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1948/10/13 第3回国会 参議院 参議院会議録情報 第003回国会 本会議 第3号
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1948/10/13 第3回国会 参議院

参議院会議録情報 第003回国会 本会議 第3号

#1
第003回国会 本会議 第3号
昭和二十三年十月十三日(水曜日)
   午後五時十五分開議
    ―――――――――――――
 議事日程 第三号
  昭和二十三年十月十三日
   午後十時開議
 第一 内閣総理大臣の指名
     ―――――・―――――
#2
○議長(松平恒雄君) これより本日の会議を開きます。議員佐佐弘雄君は、本月九日逝去せられました。誠の痛惜哀悼の至りに堪えません。同君に対しまして、議長はすでに弔詞を附呈いたしました。この際、佐藤尚武君より発言を求められております。許可いたします。佐藤尚武君。
   〔佐藤尚武君登壇、拍手〕
#3
○佐藤尚武君 只今議長の述べられました通り、佐佐弘雄君は、去る九日心臓内膜炎という病気で遂に永眠されたのでございます。佐佐君は、生前参議院議員として外務委員会に属しておられました。当時私は外務委員の委員長を勤めておりました関係から、一言同君のために追悼の言葉を述べるお許しをお願いしたいと存じます。同君はもともと熊本の出身でありまして、大正九年に東京の帝國大学を出られ、その後、政治学、政治史、そういう方面にますます薀畜を深められたのであり、且つ又その方面におきまして外國に遊学せられ、英佛独等の諸國両3年留学せられたのでありました。帰朝後は九州帝國大学の教授となられ、且つ又それを辞められた後、朝日新聞に入社をせられまして、論説委員となり、或いは副主事、参事等の新聞社としての要職についておられた煮でありましたが、その後再び九州大学の講師となられて、そうして昨年参議院議員の選挙に当選され、その後まもなく熊本日日新聞の社長にもなられたのでありました。参議院においては、皆さん御承知の通りに、緑風会に属せられてまして、私も緑風会の一員として常に御親交をお願いしておつたようなわけでございまするが、同君の性格はきわめて清癖高邁と申しまするか、一点非難の打どころのないような立派な性格をもたれた人物でございました。そして又その政治の方面における意見というものが、常に高所から見られ、大局から判断を下すというような行き方でありまして、少くとも緑風会内におきましては、そういう方面の知識として、同君を第一に推さざるを得なかつたのであります。単に緑風会ばかりでなく、参議院議員全体におきましても、正に同君はそういう意味で以て同僚議員諸君から重く見られておつたということは、今更申すまでもないことでございました。私も実は昨年この参議院に参りましてから以来、御交際をお願いしたようなわけでありまして、以前から古く眤懇の間柄では不幸にしてなかつたのであります。併しながら同君の政治、外交方面に対して有しておられたる高邁な御意見というものは、常に私を敬服させずにおかなかつたのでありまして、年齢から申しますれば、私は長けて数年の長でありますけども、併し年齢の差異に問題はなく、私は常に同君を深く推賞し、且つ又同君に教えを受けておつたというようなことでございました。然るに勿然として同君は逝かれてしまいました。尤もこの夏以来、かなり長い間病魔と闘われたのでありましたけれども、遂に医薬その効なく、又御家族方の看護もその効を奏せずして、去る九日忽然として他界されたのであります。誠にこれは参議院といたしまして、大きな且つ又償い得ざる損害であるということを痛感させられるのでございます。今や我が國は非常な困難に直面しておることは申すまでもございません。世界の平和もまだ確立されておりません。こういう際に同君のごとき人材が、如何にこの日本に取つて必要な人材であつたかということも多言を要しません。第三次大戦が日本の立場から見まして何を意味するかということは、これは申すまでもないことであります。そういうような大きな問題を前に控えておりまして、こうして正に佐佐君のような傑出した考えを持ち、大局を見抜くだけの力のある人材を我々は正に要求するのでありましたけれども、遺憾ながら同君は遂に五十二歳の若さを以て永眠されることになりました。我々全員心からこれに対し哀悼の念を表せざる得ません。殊に同じ会派に属しておりましたものといたしましては、痛惜おく能わざるものがございます。ただ平和そのものが日本に取りまして極めて尊いものであるということを考えまするときに、我々は何とかして同君の抱いておられた世界の平和維持、そういう面における同君の遺志を継いで、何とかやつて行かなければならんということを考えさせられるのでございます。同君の郷里の熊本におきまして、確か平和協会というような名称の教会を拵えてまして、そうして盛んに平和運動に着手されておつたのであります。その事業まだ半ばにして遂に他界されたのは誠に残念なことにございます。我々はその同君の遺志を継ぎまして、そうしてこの世界平和の維持に何とか貢献せねばならず、それが現在の日本の要求するところであるということを固く信ずるんでございます。聞くところによりまするというと、同君の御遺族といたしましては、御長男がまだ若く、確か東京大学にご在学と聞いております。どうかこの非常な御不幸に際しましても、故父君の遺志を継がれ、そうして父君の跡目を立派に継がれるように心から念じるわけでありまして、御遺族に対しましても深く哀悼の意を表す次第でございます。誠に蕪辞を呈しまして恐縮でございましたが、これを以て私の追悼の辞といたします。(拍手)
#4
○議長(松平恒雄君) 暫時休憩いたします。
   午後五時二十七分休憩
     ―――――・―――――
   午後六時五十六分開議
#5
○議長(松平恒雄君) (拍手)休憩前に引続き、これより会議を開きます。本日はこれにて延会いしたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#6
○議長(松平恒雄君) 御異議ないと認めます。(拍手)次回は明日十一時より開会いたします。議事日程は決定次第報告を以て御通知いたします。
   〔拍手〕
本日はこれにて散会いたします。
   午後六時五十七分散会
ソース: 国立国会図書館
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