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1948/11/15 第3回国会 参議院 参議院会議録情報 第003回国会 本会議 第11号
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1948/11/15 第3回国会 参議院

参議院会議録情報 第003回国会 本会議 第11号

#1
第003回国会 本会議 第11号
昭和二十三年十一月十五日(月曜日)
   午前十一時十四分開議
    ━━━━━━━━━━━━━
 議事日程 第十号
  昭和二十三年十一月十五日
   午前十時開議
 第一 災害対策に関する補正予算の本國会提出に関する決議案(小川久義君外二十六名発議)(委員会審査省略要求事件)
 第二 自由討議
    ━━━━━━━━━━━━━
○本日の会議に付した事件
 一、委員の辞任及び補欠の件
 一、議員の派遣に関する件
 一、日程第二、自由討議(所見開陳の範囲はこれを定めない)
    ━━━━━━━━━━━━━
#2
○議長(松平恒雄君) 諸般の報告は朗読を省略いたします。
     ―――――・―――――
#3
○議長(松平恒雄君) これより本日の会議を開きます。この際お諮りいたします。去る十三日、如藤常太郎君より運輸委員及び懲罰委員を、橋本萬右衞門君より逓信委員を、平岡市三君より図書館運営委員を、それぞれ理由を附して辞任の申出がございました。いずれも許可することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#4
○議長(松平恒雄君) 御異議ないと認めます。よつてその補欠として橋本萬右衞門君を運輸委員に、加藤常太郎君を逓信委員に、松野喜内君を図書館運営委員に、遠山丙市君を懲罰委員に指名いたします。尚欠員中の決算委員に平沼彌太郎君を指名いたします。
#5
○議長(松平恒雄君) 次にお諮りして決定いたしたいことがございます。厚生委員長より、大阪脳神経病院における被收容者処遇問題実地調査のため、大阪府に谷口弥三郎君、草葉隆圓君及び中平常太郎君を來る十八日より五日間、又決算委員長より、特殊物件処理の実情を調査し決算の審査に資するため、神奈川縣に奧主一郎君、カニエ邦彦君、中平常太郎君、羽生三七君、吉川末次郎君、柴田政次君、中川幸平君、西山龜七君、淺井一郎君、竹中七郎君、仲子隆君、來馬琢道君、姫井伊介君、藤野繁雄君、千田正君、米倉龍也君及び阿竹齋次郎君を、來る十七日より二日間の各日程を以て派遣したいとの要求がございました。これら二十名の議員を派遣することに御異議ございませんか。
   (「異議なし」と呼ぶ者あり)
#6
○議長(松平恒雄君) 御異議ないと認めます。よつて議員派遣の件は決定いたしました。
#7
○議長(松平恒雄君) この際議事の都合により、日程を変更して、日程第二に入りたいと存じます。御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#8
○議長(松平恒雄君) 御異議ないと認めます。日程第二、自由討議、本日の自由討議は本院規則第百四十七條による意見開陳といたします。各発言者はそれぞれ発言時間を遵守せられんことを望みます。これより発言を許します。
   〔原口忠次郎君発言者指名の許可を求む〕
#9
○議長(松平恒雄君) 原口忠次郎君。
#10
○原口忠次郎君 日本社会党は大野幸一君を指名いたします。
#11
○議長(松平恒雄君) 大野幸一君の発言を許可いたします。
   〔大野幸一君登壇、拍手〕
#12
○大野幸一君 私は本自由討議の時間を拜借いたしまして、憲法と解散問題ということについて、皆樣に私の所見を述べて御批判を仰ぎたいと思う者であります。
 我々は全く新憲法の中から生れ出たような、皆さんと同樣新議員であります。この新憲法から生れ出たところの者は、どういうことが頭にあるかというと、民主主義に徹底しておるという者ばかりが集まつた光栄ある議員であると思うのであります。憲法を解釈いたしまするに当りましては、私はその法律的解釈、法学的解釈というよりは、むしろ憲法はその根本法である思想法であるのであります。國の思想法の根本法でありまするからして、革命が起れば新らしい憲法が又ここに生れて來るという現象は御承知の通りであります。そこで民主主義に徹底した我我のこの議員こそ、本当にこの憲法を解釈する能力があるということを申上げるのは、從來の憲法学者必ずしもこの新憲法の解釈を論ずるに当つて正当なる解釈ができるかどうかということを私は憂うるのであります。曾つてマ司令部当局談といたしまして、こういうことが発表されておりました。今までのいわゆる憲法学者は、何故か、この新憲法が旧憲法とは異なつておる、非常に変つておる、根本的に変つておるに拘わらず、ややもすると、この新憲法も旧憲法も同じのように考え、そういう意見を発表しておるのは、了解に苫しむということを発表されたことを記憶しております。そこで我々が毎日この法案の審議をいたしまするのも、一に以てこの民主主義の方向に日本を持つて行くために努力する、その一つ一つが可決され公布されて行くのは、我々は毎日その方向に向つて進んでおり、それを喜んでおる次第であります。ところが憲法自体の解釈に至りましては、我々はここに愼重を期さなければなりません。御承知のごとく憲法九十九條には「天皇又は攝政及び國務大臣、國会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」と書いてあります。ここに、学者はこの憲法を尊重し擁護する義務を負うとは書いてありません。從つてこの憲法の運営は一に懸つて我々の責務であると思うのであります。こう申上げまするのは、我々がこれから從來の憲法学者のその説に左右せらるることなく、前申しましたような我々の光栄ある地位を以てこの憲法を擁護し、そして尊重したいと思いまして、時恰かもこの解散問題が時事問題となりましたので、私はここに解散問題と憲法という題の下に皆さんと語り合つて見たいと存ずるのであります。
 憲法上、解散が行政権行使の一部として、いわゆる六十九條以外において政府が解散権を断行することができるかどうか、ということであります。これにつきましては、その由つて來るところは、國会の國権の最高機関としての地位と、行政権の政府の地位と、どちらをどういうふうに勘案するかということになると思うのであります。私はここでいろいろ考えて見ました。大体今私たちがここへ集まりておるのは何のためであるか、これは臨時会のために召集を受けておるのであります。勿論憲法第七條の第二によりまして、國会を召集するという一項があります。その次に衆議院を解散するという一項があります。これは即ち天皇によつて、内閣の助言と承認の下に、國民のために、國事としての行爲を行わせられるのであります。そこで我々がこの召集を受けたときに、この第七條によつての召集を受けたのでありましようか。そうではありません。その召集を決定するや否やは、やはり憲法に規定されておるのであります。それは憲法五十三條によつて、内閣は國会の臨時会を召集することができると、こう書かれておるのであります。この憲法の五十三條の規定によつて、内閣がそれに基いて決定し、そうして第七條のいわゆる儀礼行爲、形式的行爲といたしまして、國事行爲といたしまして召集を受けておるのであります。我々は元來一年中働くのが当り前で、歳費は一ケ年支給されております。我が社会党におきましては、憲法草案がされる当時、國会は年中無休とするという一條を入れて置いたくらいなものであります。從つて我々は働くのは当り前で、いつでも召集を受けるくらいのことは当然であります。それにも拘わらずその権限を内閣だけに、政府だけに與えておりません。憲法五十三條によつてこそ初めて與えられておるのであります。顧みまして解散の方を考えて見ますと、解散とは、國会の、いわゆる最高機関であるところの國会を構成しておるところの衆議院議員の資格を消滅し剥奪してしまう。そういう重大なる事項について果して政府は第七條だけでやれるということが断言できるでありましようか。若しそういうことなれば、先程申しました國会臨時会の召集の場合と同じに、内閣は衆議院を解散することができると、こう一項がなければならなかつたように考えられまするが如何でございましよう。そこで、さような重大案件を決定する場合に、第七條だけによつては私は疑問がある。そう考えて見ますと、その他には何ら内閣において決定することのできる憲法上の根拠がありません。ただあります、勿論六十九條の場合であります。この場合は政府に対しで衆議院が不信任の意を表明した場合であります。信任案が提出されて否決された場合も不信任になり、不信任案が可決された場合も不信任になるという、こういう場合に限つて解散の一條があるのであります。重大なる案件に憲法上の條文なくして他にあると、こういうことを考えられることは、私は首肯できないように考えられますが、これが初めて問題になりましたときに、去る八日の朝日新聞に宮澤俊義氏が初めてこれに対する論評をいたされました。そしてその趣旨とするところは、衆議院を解散することは天皇の権限であつて、憲法第七條であるということを指摘されております。併しそれは内閣の助言と承認によつて行われなくてはならないから解散を決定する権は実は内閣の手にあるわけである、こういうふうに考えられておるようです。恰かも天皇が文化勲章を授與するが、誰にそれを授與するかを決定する権は内閣の手にあるのと同じことである。そして先程の私の疑問に答えられまして、憲法に内閣の権能として解散が書いてないから、内閣に解散決定権がないという説があるそうだが、それは憲法には内閣が栄典の授與を決定すると書いてないから、内閣にその権がないという説と同じということである。こういうことが書いてあります。私はこれを見まして甚だ残念に思いました。栄典の授與は今でもそういうことは行われておりましよう。併しながらそれは呉れてやることであります。與えられることであります。これと國会の権権者であるところの衆議院議員の資格を奪つてしまう、消滅してしまう、そういう場合と同じに考えられておるのであります。私はこのとき、まだ日本は憲法四十一條によつて國会は國権の最高機関であると、こう言いながらも、その資格たるや一つの勲章と同じに譬えられていて、甚だ遺憾と思う者であります。
 そう考えておりますと、その次に十三日の朝日新聞に発表された記事が載りました。それは「解散は六十九條で」「ホ民政局長と会見」「片山委員長語る」、少し読んで見ますと、「社会党片山委員長は十二日午前十時から総司令部を訪問、ホイツトニー民政局長、ケデイス、ウイリアムズ両氏と会見、政局について要談したのち院内で記者團に次のように語つた」、少し略します。「最後に公務員法のあとで早期解散を行うとの説があるが、と向うの意見をきいたら、はつきりと『解散は憲法第六十九條によつてのみ行われるものと思う。第七條は天皇の國事をきめた規定で儀礼的な行爲であり、その前の第四條に、天皇は國政に関する権能をもたない旨をはつきり規定している。國政と國事とははつきりと区別しなければならない。第六十九條以外に政府が独自の解散権を持つとの考え方は旧憲法の思想であり、曾ての天皇制の思想とも繋がる考え方である。』」私はこの発表を見ましたときに慄然といたしました。
   〔議長退席、副議長着席〕
 そういう考えは「旧憲法の思想である。曾ての天皇制の思想とも繋がる考えである。」現在の天皇制ではありません。曾ての天皇制、我々が慄然といたした今日の敗戰に導いた曾ての天皇制、それに繋がるという考え方であると、こういう私は記事を見ました。次に東京新聞は、その点についてこういうことを言つております。「憲法第七條により天皇及び政府が独自に解散権を持つとの解釈は、旧憲法の思想で、これを推し進めれば曾ての天皇制の復活となる虞れもある。天皇は憲法第四條によつて國政に関與できない規定があるから七條に先行している。從つて七條は告示又は儀礼のみの規定であつて國政の規定ではない」、國会の召集についても、先程私が申述べましたように、「國会の召集についても憲法第五十二條、第五十三條の趣旨によるものである。憲法の解釈は國政と儀礼とを分けて考えるべきである。憲法四十一條の規定で國会は國権の最高機関であるから、この趣旨からも解散は六十九條の規定による以外はない。こうすべきが日本憲法の本旨である。」こういうことが発表されておりました。私はこれでもうすべて解決したと考えておりましたが、翌日十四日の朝日新聞には、これと又反対の政府側の意見が発表されておりました。「解散権は政府に」という法制局の意見としての見出しで、「衆議院の解散権が政府にあるかどうか、社会党片山委員長の談話などによつて、憲法第七條及び第六十九條の解釈をめぐつて政府と野党の意見が対立したが、法務廳法制局は、この問題に関して解散権は政府にありとする解釈を確定し」、こういうことが発表されておりました。私は何故にこういう二つの解釈が起るのであろうかと考えました。細かい法律論を私はここで戰わすだけの時間がありませんが、一体日本に未だ以てこのニつの思いが底流しております。一つは日本の憲法を封建的昔の旧憲法と変りがないというように主張したい思想の持主の一團があるのであります。こういうことが今後どういうように響きますか、私はこういう人たちが未だあるということは決して連合國に対して好い影響を與えないと考えます。これは新聞には発表になつておりませんでございまするが、片山委員長との会見の席上、まだこういう考えがあるようでは、現在の天皇制についても連合国側の方で或いは批判の輿論が起きないとも考えられないということを傳えられたという話であります。皆樣、世の中に幾らも贔負の引倒しということがあるのであります。どうかこの点について皆樣の愼重なる、冷静なる御判断を賜わりたいと考えるのであります。
 時事問題を借りましたため一言申述べますれば、今度の解散問題につきましても、吉田首相は、六十九條の手続によつてやつて行けないということはないのである。何ら差支ないのである。解散がしたければ先ず信任案を提出して、その結果六十九條によつてやれば、各連合國側の認める趣旨と同じことになる。尤もそれについては政治的においては施政方針を発表せられまして、國民にその政策を開陳されまして、いろいろの政策が実行できる具体性を示されまして、その後衆議院に対して信任、不信任を問われて、そうして堂々と解散をせられることが私は好ましいと考えまして、(拍手)皆さんにこの点をお諮りいたしまして、私の討論を打切りたいと思う次第であります。(拍手)
   〔鈴木憲一君発言者指名の許可を求む〕
#13
○副議長(松本治一郎君) 鈴木憲一君。
#14
○鈴木憲一君 新政クラブは三好始君を指名いたします。
#15
○副議長(松本治一郎君) 三好始君の発言を許可いたします。
   〔三好始君登壇、拍手〕
#16
○三好始君 私は吉田内閣が施政方針演説を行わなかつたことに関する問題を批判して問題の本質を明らかにして見たいと存じます。
 新内閣が成立して國会に臨むとき、先ず施政の方針を明らかにして然る後議案の審議に入ることが議会政治の常道であることは、殊更申上げるまでもありません。ところが政治におけるルールの確立を叫んで内閣を組織した吉田首相は、その出発点においてルールを破つて施政方針演説を後廻しにするという方針に出たのであります。そこで衆議院におきましても本院においても、これを問題として緊急質問が行われたわけでありますが、私は質問、答弁のいずれの側も根本的な問題を回避していることを指摘せざるを得ないのであります。それは吉田内閣の性格と解散に関する問題がはつきり表現せられていないことであります。質問者はいずれも議会政治の原則論の上に立つて施政方針演説の欠くべからざるゆえんを強調し、野党時代の公約を如何に具体化せんとするかを政府に迫つているようであります。これに対しまして吉田首相は、国家公務員法改正の緊急性を主張いたしまして、決して施政方針演説をしないのではない、公務員法改正が急ぐから後廻しにしているのである、こういうことを繰返して答弁しておられます。いずれも靴を隔でて痒きを掻くの感なしといたしません。私はルール確立を叫んだ吉田首相がみずからルールを破つたことには余程十分な理由があつたと思うのであります。それは首相みずから繰返しておられます公務員法改正の緊急性だけではありません。ただそれだけであれば、施政方針に続く質疑は数日を以て足るわけでありまして、公務員法改正が、数日を争うような根拠があるとは考えられないからであります。吉田首相は最初から、内閣が実行せんとする政策全般に亘る構想或いは具体案としてのいわゆる施政方針演説をする意思は全然なかつたものと私は考えるのであります。(拍手)(「ヒヤヒヤ」と呼ぶ者あり)そうして現在も尚する意思はないものと推測し得るのであります。そうして公務員法改正などの緊急法案を短期間に成立せしめて置いて、解散乃至内閣信任決議案の前提としての内閣の基本方針を明らかにするという順序であつたと思うのであります。かかる立場においてのみ吉田首相のルール違反は一應の筋が通るのであります。國会における少数派内閣が、そのまま政権を担当することを前提として施政方針を立案実行せんとすることは、議会政治の常道から生れては來ない結論であります。從つてそれを要求するには当らないのであります。衆議院において取上げられんとしております施政方針演説要求決議案は、從來通常行われております内閣の政策全般に関する実行を前提とした、いわゆる施政方針演説の要求であるとするならば、それは十分な理由があるとは言えないのであります。本來ならば、吉田内閣は、成立後直ちに衆議院において内閣信任決議案が提出されまして、それが否決されて後に衆議院を解散すべき立場にあるのでありまして、決して積極的な政策を実行する内閣とは言えないのであります。それはただ與えられた緊急案件を処理するを以て任務とすべきであります。私はいわゆる施政方針演説を行わない根拠がかくして理解されると思うのであります。ところが吉田内閣は今日救うべからざるルール違反を犯すに至つております。それは施政方針演説を行わないで國会に臨むことが例外的にあり得る範囲を逸脱して各種法案を続々と提出しておる事実であります。これらの法案の中には、例えば水産業協同組合法案であるとか漁業権等臨時措置法案などのごとく、積極的な政策の範囲に属するものも含まれております。私は、これらの法案提出そのものが不必要であると申すのではありません。私も前水産委員として、これらの法案の速かな成立を期待する一人でありますが、施政方針演説を行わないでこの種の法案を提出することの反ルール性を指摘したいのであります。かかる事実は、施政方針演説を行わなかつた理由である内閣の性格に対する認識の混乱を示すものであります。ここに至つて私は、現内閣の行動は理論的な一貫性が認められず、その無軌道振りはすでに議会政治の常道を去ること甚だしいものがあると断ぜざるを得ないのであります。
 以上簡單であります、施政方針演説問題についての私の批判と所見を申上げた次第であります。(拍手)
   〔佐々木良作君発言者指名の許可を求む〕
#17
○副議長(松本治一郎君) 佐々木良作君。
#18
○佐々木良作君 星野芳樹君を指名いたします。
#19
○副議長(松本治一郎君) 星野芳樹君の発言を許可いたします。
   〔星野芳樹君登壇、拍手〕
#20
○星野芳樹君 今回無題の自由討議の機会を頂きまして、私は私の年來の抱負である平和擁護について一言述べたいと思います。この平和を擁護し、平和を維持したいという願望は、八千万全図民の心の底に抱いておるものであることは、今年の春あの在外未帰還同胞の帰還を願つておる留守家族の間に私が提唱いたしまして、我々の最も念願とするところは世界の平和維持である、これを米ソ両主権者に嘆願書として出そうという提案をしたところ、実に意外にも全國一千百二十八万通集まつたという事実を以てしても知られるのであります。それでこの平和という國民の輿望に押されて、平和がはやり言葉になつておりまして、平和デパートとか平和商会というようなものも生れております。併し私の見るところ、残念にも政界の指導者たちにこの平和擁護の固き信念を欠くかのごとき言動が間々見受けられるのを甚だ悲しむ者であります。
 例を民主自由党に拜借いたしますと、民主自由党の方々において、蔭においては、米ソいずれかの立場となつたら、我が党には地盤があるというようなことを発言される方があります。これは米ソニ大対立がはつきりもつと尖鋭化して、戰時体制、準備体制となることを望む、つまり戰事挑発の心構えがあるというのであります。(「そんなことがあるものかと呼ぶ者あり)と言つて差支ないのであります。
 次に民主党に参りますが、前内閣総理大臣芦田氏は、曾て共産党排除案なるものを問題にしましたが、これが衆議院の問題となつて議論をしましたが、結局最後の言葉は、英米は民主國家である、英米でも考えているから、日本も民主國家であるからこれを考えるのは当り前だというのであります。併しながら芦田首相は、英米を民主國家であると、これは私も認めることは吝かではありません。併し、日本は民主國家であると共に平和國家であらねばならんということを忘れておるのであります。平和國家である以上、政治はガラス張りでなければならず、その上に何党を排除するなどということは考えてはならない筈であります。英米は民主國家であつても、まだ武装権力を持つており、武装権力を持つておる限り、軍事機密ということはありましようから、そういう考えも起り得るのでありますが、そのはつきりした違いを知つていない。これ芦田首相が平和の確信を持つていない証拠であります。
 次に社会党に参りますが、曾て片山首相は、某方面からOKボーイという名前を頂いたそうであります。片山首相は平和々々ということを言われておりますが、平和擁護とは、その裏に、平和的手段によつて國民の生命と國民の福祉を守り得るということを実際に証明して、國民に成る程平和國家でもやつて行けるわいという自信を持たせなければ擁護できないのであります。それをOKボーイという綽名を受けるようなことでは、この平和主義は迎合的平和主義であります。
 次に、最後に共産党に一言いたします。共産党が最近平和擁護を非常に掲げられておるととは、私甚だ喜んでおる者でありますが、私が聊か腑に落ちない点は、これは、私は労働者農民党に参加いたしましたが、党としての意見ではなく、私個人の意見として申上げますが、聊か腑に落ちない点は、共産党は、平和を叫びながらも、その根本的理念において、戰争論において、進歩的戰争、反動的戰争ということを考えられておると思うのであります。反動的機構を保つため、腐朽せる資本主義体制を保つため、或いは市場の獲得のための戰争というのは反動であり、進歩的な社会機構を守るため、進んで腐朽せる社会機構を撃破するための戰争というものは進歩的戰争だという理念が、根本的理念にあると思うのであります。併し私が考えて頂きたいことは、現在まで、過去の世界の歴史においては誠にそうでありました。併し、原子爆彈というような驚異的な武器が発明された現在、進歩的戰争が考え得るかということなのであります。物理学者の最高権威であるアインシユタイン博士は、若し第三次世界大戰が始まつたならば、人類全部が死滅しないかも知れないけれども、まあ三分の一ぐらいは残るだろうということを言つております。かかる情勢において、我々が如何に進歩的と思つても、戰争自体が起つたら、それは人類の破滅であつて、社会主義の建設も烏有に帰するものだと思うのであります。その意味においては、我々は飽くまでも戰争防止、世界の平和擁護という点に集中すべきだと思うのでありますが、その点如何かと思うのであります。
 以上平和擁護の所信を展開いたしまして、皆樣の反省を促す次第であります。(拍手)
   〔岡元義人君発言者指名の許可を求む〕
#21
○副議長(松本治一郎君) 岡元義人君。
#22
○岡元義人君 緑風会は柏木庫治君を指名いたします。
#23
○副議長(松本治一郎君) 柏木庫治君の発言を許可いたします。
   〔柏木庫治君登壇、拍手〕
#24
○柏木庫治君 私は國会議員の在り方について所見の一端を述べて見たいと思います。(「しつかりやれ」と呼ぶ者あり)
 東京裁判の経過を目の当りに見まして、軍部の出過ぎ、專横、独善が國を破り、我々を苦しめた。殆んど國政の全部を我がまま勝手に取扱つておつた感があります。どうしてあの軍部が出て來たかと申しますると、それは政党が國民と遊離したときに軍部がのさばり出たのであります。政党が政権争奪にのみ憂身をやつして、一度政権を握れば権力の下に勝手と氣ままの限りを盡したのが國民に飽かれ、政党の動きに國民の関心が薄くなつて、そこに軍部が出て來たのでありまするから、出たのは軍部であるが、これを出さしめたのは政党の堕落であります。(拍手)政党の堕落は、議員の在り方が不まじめであつたということを見逃してはならないのであります。主権が國民の手に移りました今日、國会は國家の最高機関でありまして、若し國会が國民と遊離いたしましたならば、國民はすべて寄る辺なき宿無しとなる感がありますので、寒心に堪えられないのであります。然るに今日、國会が國民の信頼を得る方向に進んでおるかと申しますると、逆であることを悲しまざるを得ないのであります。副総理と言われた人が、多年培うて來た自分の政党から除名されたごときは、双方言い得ない悲しみもありましようが、國民をして罵らせる一面があることは明らかな事実であります。私は個人問題については余り申したくないのでありますが、最近行われました総理大臣の指名問題につきまして、國会議員として総理大臣を指名いたしますことは最も重大なる務めの一つであります。先に行われた指名において、衆議院では白票を投じた者が二百余名に及んだのでありますが、翌日電車の中で、あの白票は白痴票だと罵つておる者がありました。(「その通り」と呼ぶ者あり)國民の負託を無にして白票を投ずるがごとぎは、議員として自殺行爲であると私は論ずるのであります。(「そうだ」と呼ぶ者あり、拍手)それは総理を指名する能力なき白痴であると評せられて言い返すことができるでしようか。(「独断は止せ」「独断じやない」と呼ぶ者あり)法的に申しまするならば、或いは白票を是とするものもありましよう、非とするものもありましよう。いずれにいたしましても、國民の一部にかくのごとき批評をさせるような行爲を、個人でなくて政党がこれを命じたとするならば、政党の在り方が甚だ不当であると私は存ずるのであります。信任投票であるから、信任すべき者がなかつたから白票であるという者がありますならば、信任せない者が出たときに、白票を投じたすべての者は劈頭に不信任案を出すべきではないでしようか。それを敢てなし得ないところに國民をして納得せしめないものがあるのであります。
 それから、先日波多野君が世界の輿論を提げて吉田内閣の不人気に迫りました態度は、さすがに学者であり、前大臣である貫録を拜見いたしまして心強さを感じたのでありますが、(「民自党顔色なし」と呼ぶ者あり)あの輿論の中に、非常に詳しく、この新聞、あの新聞、いろいろおつしやいましたが、そのすべてが惡評の方面だけでありました。私の記憶いたしておりまする新聞で、一つだけは吉田内閣よろしいというのがあつたのであります。(「読賣だろう」「たつた一つ」と呼ぶ者あり)波多野君の知つておる輿論だけならば、あれで結構でありますが、世界の輿論というならば、波多野氏の人格として、良きも惡しきもすべてをさらけ出すところに、議員として正しい行き方があると私は存ずるのであります。(「その通り」と呼ぶ者あり)惡いことだけを言うのならば、反対するがための反対でありまして、我が党には受入れられましようが、國民全体はそれを受入れないのであります。(「いい所がないから仕方がないじやないか」と呼ぶ者あり)私は参議院議員の在り方といたしましては、常に内閣にだけ訴えるのではなくて、國民全体にいつも訴えておるのだという態度を堅持いたしますならば、良きも惡しきも、ありのままを訴えてこそ、國民が國会に直結をする心構えを持つのでありまして、反対せんがための反対の言論は、その昔、國民が國会と離れたがごとく、今日も亦離れる第一歩を踏み出すものであると存ずるのであります。(拍手)幸いにして参議院には多士済々でありますから、万一衆議院が政権爭奪のために、議院の大責を誤まるようなことがございましても、参議院だけははつきり國民と直結した議会でありたいと存ずるのであります。(拍手)私の所見を終ります。
   〔堀末治君発言者指名の許可を求む〕
#25
○副議長(松本治一郎君) 堀末治君。
#26
○堀末治君 我が党は城義臣君を指名いたします。
#27
○副議長(松本治一郎君) 城義臣君の発言を許します。
   〔城義臣君登壇、拍手〕
#28
○城義臣君 私は我が民主自由党に與えられました二十分の時間の範囲内において、現下の解散論をめぐる参議院の重大なる使命と参議院本來の在り方について、私の所見の一端を開陳いたしたいと存ずる次第であります。
 去る十月開催されました民主自由党第二回臨時党大会におきまして、十九ケ條の緊急決議をいたしたことは、皆樣の御承知のごとくであります。然るに不可解な政局は前代未聞の誠に恥ずべき一大汚点を日本憲政史に残し、芦田首班内閣が退陣となり、我が党の吉田首班が内閣を携えて時局を担当することになつたは、諸君の御承知の通りであります。民主自由党が天下に公約したこれら一連の政策を誠意を以て國家再建のために具現すべきは、ひとり我が党に限らず、立憲民主政治を確立すべき政党の在り方としては当然の任務であり責任であります。
 然るに與党が野党よりも議席が少いから、解散をして国民にその信を問い、國民の正しい審判によつて正しい政権の在り方を明確ならしめようという考え方は、実に率直であつてよろしい。ところが今日の衆議院の構成メンバーは昨年四月の民意の反映でありまして、今日では輿論の支持は、まるで変つているのであります。この夏の七月頃ですら、すでに與党三派の支持合計の輿論調査の得点に対しまして、民自党の支持が圧倒的に多かつたことは、すでに天下諸君の周知の事実であります。(「読賣新聞のだろう」と呼ぶ者あり、笑声)例えば七月二十一日、朝日新聞の報道した輿論調査では、どの政党に投票するかとの問題に対して、社会党一・七%、民主党一〇%、國協党僅か二%で、この合計が二九%、これに対して民自党は三九%を示していたのであります。如何に衆議院の三派連合の多数が輿論からかけ離れた、浮き上つた存在であるかということは、この一事を見ても明々白々であるのであります。(拍手)僞裝された與党の絶対多数、国民は誰でもこの事実を知つている。(「分らない」と呼ぶ者あり)然るにこの僞裝された與党の絶対多数が、今日では僞裝された野党の絶対多数に塗り変えられたのであります。これでは國民が承知をいたしません。輿論が納得しないのである。政治的良識を持つ者は、與党に限らず、野党の者も解散を当然といたしております。(「辞職するのか」と呼ぶ者あり、その他発言する者多し)
 更に第三の解散の理由は、当時の自由党は民自党となり、民主党は割れております。社会党も分裂組が出ている。即ち選挙当時とは議会の分野勢力に相当の異動があつている。この異動も一つの解散の理由であるのは当然であります。選挙民の意思に反した議会の分野を、現在の國民の意思に待つて正しい姿に置き換えようとする解散論は、当然過ぎる結論であり、民主政治確立の第一頁であります。(「それは輿論だよ」と呼ぶ者あり)議論の余地はなし。これが國民の感情であります。(「解散をようやらんじやないか」と呼ぶ者あり)然るに國会の最近の動向はどうであるかというと、公務員法一部改正の法律案が出て、從つてこの審議中でありますが、曾て片山委員長によつて冒頭解散論が叫ばれた。この社会党も、與党中解散ジエスチユアで野党に迫つた民主党も、手の裏を返したがごとく解散延引策に汲々としているのは、一体どうしたことか。殊に一党の委員長として片山哲君は繰返し繰り返し解散論を主張せられまして、加藤、野溝、鈴木等の左派の領袖たちも、声を大にしてこれに賛同せられたことは、天下周知の事実であります。(「それはその通りだよ」「解散をやれよ、ようやらんのか」と呼ぶ者あり)昭電疑獄その他醜状百出、到底選挙民に顔が合せられぬ状態に陷るや、俄かに憲法論を振廻したり、関係方面の意向を聞いて見たり、極力解散を回避遷延せんとする、その不合理なことは全く了解に苦しむ者であります。(「その通り」「解散をようやらんじやないか」と呼ぶ者あり)決議案の波状攻勢などという新発明をして食い下がると言われている。(「解散をやつて見ろ」と呼ぶ者あり)祖國の急を救う発明発見なら國民も納得し、輿論も支持するだろうが、議会人のやつている駈引では、肚が見え透いているだけに、人気ががた落ちになるばかりであります。(「やつて見ろ」と呼ぶ者あり)神聖な議場がかかる政治的陰謀と肚の見え透いた策略で政治の遊戯を繰返しているのでは、断じて國民が承服いたしません。(「フアツシヨには加担しないぞ」と呼ぶ者あり)民主政治とは、國民の声に忠実に從つて、おのれの責務を果すことである。こんな駈引をやつて、どこに國民の声に從つていると言えるか。どこに忠実な責任を果していると言えるか。我々は国民の意思と感情とに從つて、かかる政治の遊戯を即刻中止せよと言わざるを得ないのであります。特に議会テクニツクに長けた連中が、決議案を政治の具に供し、これを弄ぶに至つては、言語道断である。往年の政党の堕落ももう忘れ果てたと見えまして、國民は憤激するでありましよう。國民が政党政治に失敗し、愛想を盡かされたとき、そこに芽生えて來るものは何であるか、それは恐るべきフアツシズム政治形態への擡頭である、我々は國民の名において政党政治、民主政治を守り拔くために、政治の遊戯と、陰謀とを打ち破らなければならないのであります。そのためには一体どうすればいいか。私は参議院の高い叡智と見織とによる指導力と批判力とに期待を持つ者でございます。民主政治を擁護して、世界にその信を得るためにも、参議院の使命と責務は今や極めて重大であります。この際参議院の矜持を高く堅持いたしまして、正しい民主政治確立のために、國民に対する大奉仕者の大信念に徹し、党人根性を一掃して、國民の常識とすらなつている解散の常道にまで、筋道を立てて、極めて明朗に持つて行くべきではないでしようか。正義を行うには勇氣が必要であります。民主党や、社会党や、國協党や、緑風会は勿論、その他の諸会派の諸君も、正義を守り拔くために勇氣を持たれることを私は切望いたします。(「東條のようだ」と呼ぶ者あり)参議院の独自の嚴正な行動こそは、政界を淨化するものであります。今にして思う。憲法改正の当初から一つの謎とされて來た参議院の性格が、かかる場合に際して初めて運用の妙を発揮することによつて、独自の存在の理由を天下に示すものではないでしようか。過般來、参議院が衆議院と異なつた性格、特質を発揮することができなかつたならば、むしろこれを廃止して、一院制度にしてもよいではないかとの議論も出た通りであります。而して某新聞紙上の賛否両論に際しましては、本院議員たる堀眞琴君のごときは、無用論を論断されていたやに記憶いたしております。論理の前提は只今記憶にないが、國会第一院の優位性が否定されないとして、第二院たる参議院の抑制の機能がかれこれ論議されているときに当つて、國民の輿論を正しくキヤツチし、衆議院の行き過ぎや脱線に対して、これを正しく軌道に戻し、國民の信託によく應えることができるとすれば、二院制度の價値は直ちに実証することができるのであります。参議院廃止論のごとき無用のかかる流説を一掃するためにも、党利党略をお互いに離れ、毅然として憲政運用の軌範を示し、参議院の存在の理由を明確に実証されんことを希望する者であります。(「それを言う資格があるか、青票組が」と呼ぶ者あり)
 本日の処女演説として特に一言申上げたいことがあります。それは解散に関する憲法の解釈論が最近急にかれこれと論争の対象にされておりますが、法理論はともかくといたしまして、政治論の一点においては明らかに解散延引策であることは何人の目にも明らかであります。かくのごとき議論がなされている間にも、シベリアの未だ滞らざる同胞は、零下何十度の氷雪を踏んで強制労働に血涙を搾つているのが現状であります。諸君どうです。この悲劇を何と見られますか。(「脱線々々」と呼ぶ者あり)食うに食なく、住むに家なく、働くに職なき我々の同胞が、街頭に、村落に泣いているのである。これに対しまして私共は、こういう政治の遊戯を今いたして、果していいでありましようか。(「その通り」と呼ぶ者あり)我々は虚心坦懐、猛省したいと思うのであります。政党の相剋は、決して祖國を再建し、國民を塗炭の苦難から救う途では断じてないのであります。(「さればと言つて、國党ではしようがないだろう」と呼ぶ者あり)政治が國民の味方であるためにも、愚にも付かぬ論争は棚上げにすべきではないでありましようか。解散を回避したい者や引延ばしたい者は、それは議員個々人の利害の問題であつて、國民には何ら関係のない事柄であります。政事による政治の空白こそは大きなマイナスであります。尤もらしい理論も理窟も、この國を再建する愛情と熱情のないことをただ暴露するばかりであります。須らく大局に立つて、よろしく達観し、(「誰に言うておるのか」と呼ぶ者あり)國会が総智総力を糾合して國民に奉仕することを我々は決意いたしたいと思う者であります。参議院の同憂諸賢と共に、我が参議院の性格を明らかに天下に示すために、この際大いに自重いたしまして、運用の妙を発揮されんことを切望いたして、私の意見の一端といたす次第であります。(拍手)
   〔原口忠次郎君発言の許可を求む〕
#29
○副議長(松本治一郎君) 原口君。
#30
○原口忠次郎君 先程の星野芳樹議員の発言中、不穏当の言辞があつたと思いますが、これは議院の品位を汚すものであると考えますから、議長よりお取消しなされるよう要求いたします。
#31
○副議長(松本治一郎君) 議長といたしましたは、只今の原口君の御要求につきまして、速記録を調査いたしました上、処置すべきものがございますれば適当な処置をいたしたいと存じております。
   〔小林勝馬君発言者指名の許可を求む〕
#32
○副議長(松本治一郎君) 小林勝馬君。
#33
○小林勝馬君 民主党は谷口弥三郎君を指名いたします。
#34
○副議長(松本治一郎君) 谷口君の発言を許可いたします。
   〔谷口弥三郎君登壇、拍手〕
#35
○谷口弥三郎君 私は問題が余程違いますが、人口政策の確立をこの際特に希望したいと存じておるのでございます。(「自由討議はそういうことを言うて貰わねばならん」と呼ぶ者あり)
 我が國の人口の状況は、皆さん御承知の通りに、実に飽和状態になつておるのでございます。即ち國土の関係から申しましても、この戰争のために、敗戰の結果、四割三分強の國土をなくしておるのでございます。從つて只今のところでは、國土におきまして耕地面積が僅かに六百万町歩しかないのでありますから、これに生存するのには六千万ぐらいの人口でなければ、なかなか食糧問題その他に困難をいたして來るのでございます。それに拘わらず、昨年度のごときは、出生におきましては二百七十一万、死亡におきましては百七十五万というのでありますから、自然増加が百五十六万余になつておるのでございます。從つて現在におきましては、八千万人目を超えておるのでございますが、この状況で参りますというと、八千万どころか、昭和二十七年頃には、すでに八千七八百万というような状況になつて來るのでございます。これをこのままにして置きますというと、今後食糧問題その他について非常な困難がやつて参ると思いますが、これに対しまして、第二國会におきまして優生保護法というのができました。あれのお蔭によりまして、不良な分子の出生の断種手術によつて或る程度少くすることができると思いますが、これは余程うまく行きました場合に、僅か一年に五万人ぐらいの出産を防ぐ程度にしかならんのでございます。尚不良な分子に対しまして、又母性保護という立場からいたしまして、合法的に或る程度人工妊娠中絶を許すことになりましたが、これにおきましても実際の人口調節は我々の思うように多数には上つて参らんのであります。それで是非今後受胎の調節をやらなければならんと存じておるのであります。受胎の調節は併しこれは、やり方によりますと、現在方々で行われておるようなことをやりましたら、優秀な階級のみに行われて不良な階級には全然顧みられぬ。言い換えれば国民素質の低下がずんずん起つて來ると存じますのでございます。それで今後の人口対策といたしましては、或る程度のいわゆる不良な分子とか、経済的に無能力な者とかいうような方面に……この方面の者をよく調べて見ますというと、日本に約六百万人ぐらいの人々がおられるように思うのでございます。六百万人と申しますと、それは特にそれに適合する者でございまして、年齢から申しますと十七八歳以後五十歳ぐらいの婦人でございます。而もその方々はいわゆる生活能力に非常に困つておる、貧困で多産な者でありますとか、病弱な者でありますとか、或いは子供を持ちましてから間もない方々であるとかいうような方々をずつと調べて見ると、約六百万人ぐらいの人口になるのでございます。その六百万人の方々に受胎調節をいたしますというと、一年に約八十万人ぐらいの出生を低下することができるのであります。それには方法が特に必要でありまして、これに対しましては、例えば現在の助産婦に一定度の講習をいたしまして、そうしてそういう方々をずつと訪問いたしまして、勧告いたしまして、そうして受胎調節をやるように勧めるのでございます。そうしますと、助産婦は現在六万人ぐらいおりますけれども、そういう講習をしてから後の助産婦と申しますのは約四万人ぐらいになるのでございます。言い換えれば一人が百五十人ぐらいづつを担当いたしまして、そうして十分な受胎調節をいたしますというと、そうすると不良の或いは困つた家庭の出生を低下することができますので、即ち現在の八千万人口を先ずそのままに喰い止めることができると存じておるのであります。尤もこの方法は、或いは未婚者とか未亡人の方には、これは道徳的頽廃防止の関係上、絶対に行わないようにいたしたいと思います。又精神病の患者とか癩の患者とか申しますのは、これはいわゆる断種手術を行なつて、この方面の方には入つて來ないのであります。この方面に入る階級は前にも申しましたように、六百万人の或る程度の人のみに行なつて見たい。又この方法によりまして人口の急激な増加を防ぎますと共に、國民素質の低下を防ぐのが目的でございますが、その方法については新聞、雑誌、ラジオなどではこれは到底……そういうものを使うと却つて或る優秀な階級、特に子供を持つて貰いたいと思われるような階級の者に惡用される危險がございますので、これは是非とも或る一種の特別な指導者を作つて行わせたならば、必ず目的を達し得るだろうと思うのでございます。即ち今後の我が國の人口対策は量よりも質に重きを置かんければならんと思つておるのでございます。現在各地におきまして、或る方面から頻りとバース・コントロールをやるようにという示唆があるとかいうような話も聞きますが、これは非常に私共の考えでは危險であると思つておるのでございます。即ち前に述べましたような優秀な階級に行われる危險がございますので、不良の階級にこの方法を採ること、即ち国家は一日も早くこの対策をやつて頂きたい、政府は是非これを採用して、大いに速かにこの方面に十分な施策を行なつて頂きたいと思いまして、実はここに自由討議の時間を拜借いたしまして、私の平素考えておることを申上げ、皆さんの御賛同を得て、大いにこれが実施を一日も早く進めたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。(拍手)
   〔梅原眞隆君発言者指名の許可を求む〕
#36
○副議長(松本治一郎君) 梅原眞隆君。
#37
○梅原眞隆君 緑風会は北條秀一君を指名いたします。
#38
○副議長(松本治一郎君) 北條秀一君の発言を許可いたします。
   〔北條秀一君登壇、拍手〕
#39
○北條秀一君 私は國会の運営について意見を述べたいのであります。四つの点に要約して述べます。第一は國会の本質についての自覚、第二は立法と決議、第三は國会の採決について、第四点は自由討議の重要性について、この四つの問題について考えたいのであります。
 第一の國会の本質についての自覚、この点につきまして、私共は今日最も強く國会議員そのものが反省をしなければならんと考えます。國会が開かれてからすでに一年半の時日が経つております。その一年半の経過を顧みまして、果して國会というものが正しく運用されて來たのかどうかということを考えますと、私は非常に遺憾の意を表せざるを得ないのであります。敗戰後日本は民主化される線をまつしぐらに進んで來たのでありますが、日本全体が民主化されるためには、何よりも國会そのものが最も正しく、而も強く民主化されなければならないのであります。にも拘わりませず、今日まで一年半の経過を辿つて参りましたところの國会が、果してその民主化の線に沿うておつたかどうか、この点について我我は特に強く反省を繰返さなければならないのであります。國会は言うまでもなく國の最高機関であります。そうして又それは立法機関であります。にも拘わりませず、その最高機関であるところの國会というものに対して、議員はもとより、國民全体がどういうふうに認識しておるでありましようか。この点につきまして私は一つの例を取りますが、去る六月、或る委員会におきまして、最も急進的な議員の一人が、政府は我々の上にあるということを言つたのであります。即ち政府は國会の上にあるのだということを発言されたのであります。私はその発言に対して直ちに注意を加えたのであります。その時にその議員は、それは失言であつたということを言われました。併しこの極めて急進的なる議員は、常に人は言葉の端々にその本質を暴露するということを言われていた方であります。正にその通りでありまして、この、失言は決して失言でなしに、かの急進的な議員の意識をはつきりと実証するものであります。即ちこの急進的なる議員においても國会の上に政府があるという考え方を持つていることは、正にこれこそ日本の民主化に対して非常に反対な側にあるのだということを私は断言せざるを得ないのであります。どうしてもそこで我々議員は一年半の経験を顧みまして、十分にここで國会とは何であるかという点を反省を繰返しまして、その反省の上に今後の國会の運営を、正しい國会の本質、正しい國会の地位にまで高めるように努力しなければならないことは言うまでもないところであります。
 第二に立法と決議について私は論じて見たいと考えます。それは言うまでもなく國会は立法府であります。然るに第二回國会の例を取つて見ますと、第二回國会におきまして、政府提出の議案は百九十、議員提出の議案が二十一、その外に決議が八つありました。この数字は今日の國会の実力を明らかに物語つていると私は指摘したいのであります。元來ならば、立法すべき國会は沢山の議案を準備いたしまして、それをここに持出しまして法案を決定する。從つて政府の提出百九十と國会の提出二十一が逆になつて、政府が二十一出して國会が百九十出すというところまで國会は成長して行かなければ、國民の負託に應えることができないのである。にも拘りませず委員会等等で我々の見聞するところでは、何故政府は法案を出さないのか、何故議案を出さないのかということが議員諸君の口から出て來るのであります。ということは、言い換えますと、政府にのみ議案の、或いは法案の提出を追つて、自分は議案を提出しない。ここに私は問題があると思うのであります。議案を提出しないのか、或いは議案を提出するところの力が未だ十分でないのか。その点については、私は今日の國会は遺憾ながら自分の手で議案を準備し、法案を作り上げるだけの十分な能力を持つに至つていない。ここに今日の國会の非常な弱点があるのであります。どうしても我々は國会が正しくその使命を果たすために議員諸君を中心といたしまして、各政党の急速なるところの発展を促進しなければならないと考えるのであります。そこで立法と決議の問題について、私は一つの問題にしたのでありまするが、第二回國会におきまして我々は八つの決議案を採択いたしました。この決議については私は特に主張をしたいのでありまするが、決議は國家最高機関であるところの國会の意思の決定であります。從つて最高の機関において決定された意思は直ちにこれは立法に移されるということでこの決議は生きて行くのであります。そこで先程申しましたように、今日の國会が実際に必要なる議案と法案とを準備することができなければ、少くとも決議によりまして、國が何如なる方向に行くべきであるか、即ち國家の政治の計画を決議によつて私はやるべきである。少くともそこまで國会は成長して貰いたいということを考えるのであります。從つてこの國会の決議は國の政治の計画の根本を決定するものでなければならんと考えるのであります。然るに今日までの決議或いは第三回國会におきますところの決議は、私は必ずしもそうした決議の方向にない決議があるということを考えるのであります。或いは政府が施政方針を早く発表しろとか、或いはこれをやれとか、或いはやれんとかいうふうな極めて抽象的な決議を國会がやつておるということは、誠に私は國会の権威を損ずる以外の何ものでもないのではないかというふうに考えざるを得ないのであります。どうしてもこの現状におきまして、國会の意思の決定は飽くまでも決議によるか、乃至は議案の採決によるのであります。ところが議案に関しましては先程申しましたような状態でありまして、國会が独自の見解に基いてこの敗戰日本を民主化の線に、或いは文化國家の線に持つて行くというために、どうしても國会自体の意思を決定するということが絶対に必要でありまして、從つて國会としては議案の提出にまだ十分な力が出し得なければ、少くとも國の政治の大綱を決定する方向において重要なるところの決議を私はやるべきであると考えるのであります。多少言い過ぎになるかも知れませんが、今日までの八つ、或いは本國会におきまするところの決議の中の或るものは、それは或いは政府に対するところの緊急質問であり、或いは委員会においての質問であり、政府の鞭撻、そういう程度で十分な決議が國会の本会議において論ぜられるということに、私は非常に遺憾の意を表せざるを得ないのであります。
 第三点は國会の採決であります。第一回国会の冒頭におきまして総理大臣の指名をする際に、私は特に本会議におきまして発言をいたしまして、國の運命の重要なる部分を委託するところの総理大臣の選挙に当つては、苟くも民主議会の議員諸君は白票を投ずるがごときことがあつてはならないということを、私はこの議場において発言いたしまして、満場の議員諸君の御賛同を得たのであります。然るにも拘わらず、それから後一年半のこの第三回國会におきまして、吉田内閣の成立に当りまして、衆議院におきましては二百余票の白票が投ぜられ、参議院におきましては五票の白票が投ぜられたのであります。かくのごときことは民主國家において執るべからざるところの、あるべからざるところの結果であると言わざるを得ません。高くも國民の代表として國会に臨むような議員であるならば、而もそれが最も重大なるところの國の運命を付託すべき総理大臣の指名に当つて白票を投ずるがごときは、断じてあり得べからざるところであります。この点について特に國会自体の白票投票の結果を我々は考えまして、参議院はもとより衆議院におきましても十分な反省を加えなければならないというふうに考えます。
 第四点は自由討議であります。本日のこの自由討議であります。三週間に一遍ずつ行われますところの自由討議、この自由討議の重要性を我々は培つて行かなければならないと考えます。然るに一年半の経験の結果、自由討議というものは凡そその債値を認められていないという現状は、今日のこ会議におきますところの議員各位の出席の率を見ても分るわけであります。而も本日の自由討議は、まるで各党が区々に、それぞれ思いの見解をここに述べるというふうな自由討議は、私はむしろ止めた方がいい。第一回國会におきまして、片山内閣が初めて成立しました当時、議員諸君は非常な政治に熱意を持つておりました。又当時の片山内閣は、口を開けばガラス張りの箱の中において政治をやるということを言いました。我々も亦これに相和したのであります。然るに一年そこそこやつている中に、段々と言い疲れたのか知れませんが、ガラス張りの箱の中で政治をやるということは、新聞を見ましても、或いは世間の人の言葉を聞きましても、段々とそういうふうな言い方がなくなつてしまいました。何故ガラス張りの中で政治をするということが、そういうふうに輿論の中から姿を消して行つたかということを、一つ反省する必要があると思うのであります。この自由討議の重要性について私は今申しましたが、自由討議の重要性は、正にこの自由討議において、各党が今後國をどういうふうに持つて行くべきであるか、その根本についてここで自由に討議し、即ちガラス張りの箱の中において討議する、各党の主張をここで明らかにするというところに、自由討議の私は妙味があり、その重要性があるということを考えるのであります。(拍手)にも拘わらず、この自由討議が、まるで中学校の弁論会のように、各人が勝手にここに出て來て、十分なり、十五分なり喋るというふうなことでは、この自由討議は、あつて害あるとは申しませんけれども、價値はない、無意味だというふうに言わざるを得ないのであります。須らく現状のような状態ならば、國会法を変えまして自由討議は止めろ。私は自由討議というものが非常に重要である、特にこの自由討議が國民にとつて非常に関心の的になるように、我々國会としては、これを育成して行かなくちやならんというふうに考えるのであります。我々日本人は、今日まで長い間ガラス張の中の政治でなしに、幕の中の政治に苦しめられて來たのでありまするが、漸くその幕が取拂われまして、そうして自由自在にガラス張りの中で政治を行い、ガラス張りの中で自由自在に自己の主張を発表するという時代が來ておるにも拘わりませず、いわば各党が堂堂と自己の見解を天下に声明できるこの自由討議の絶好の機会を、今日のごとく國会みずからが蹂躙しておるというところに、今日の國会の反省すべき点があるわけであります。(拍手)
 以上私は四点について申上げたのでありまするが、最後に、國会は新らしい憲法に從いまして、最高の國家の機関であり、最高の立法府としての地位を獲得したのでありまするが、遺憾ながら今日まで一年半の間の経験を通して見ますと、今日の國会は依然として旧憲法によりますところの帝國議会、即ち翼賛議会と申しまするが、古い帝國議会の域を殆んど脱していないのが今日の國会の姿ではなかろうか。我々としましては速かにこの國会を眞に新らしい憲法に即したところの國会に作り上げて行くということが、日本の民主化の根本であるということを私は本日述べまして、私の自由討議を終りたいと考えます。(拍手)
   〔板野勝次君発言の許可を求む〕
#40
○副議長(松本治一郎君) 板野勝次君の発言を許します。
   〔板野勝次君登壇、拍手)
#41
○板野勝次君 私は國家公務員法改訂案が、労働者、農民、中小商工業者に如何なる影響を與えるかについて意見を述べたいと思うのであります。
 私は十一日の本議場において、公務員法の改訂よりも先ず飯を與えよということを強調したのでありました。併し政府は何よりも公務員法改訂案の原案通過を強行しようとしておるのであります。公務員法改訂案は全く憲法に違反している数々の点のあることは、すでに私の指摘したところであるが、この違憲問題が眞剣に取上げられないところに、憲法を守るよりも、独占資本の利潤を如何にして守るかが何よりも大切であるということを暴露していると思うのであります。公務員法の改訂と給與とは車の両輪であるという意見もあります。即ち團結権、罷業権を奪うのだから、当面する給與を幾らか引上げて置こうではないかというのである。併し眞に勤労大衆の生活の安定と向上を実現し得る能力があるならば、公務員法のごときものを制定しなくてもよかつた筈である。労働者の低賃金政策を強行し、人民收奪を容易にして、その上に資本の利益を守る必要があればこそ、公務員法の改訂も必要なのであります。給與問題を單に次期選挙を狙う党利党略に利用せんとするのであれば、このような態度は断乎排撃されなければならないと思うのであります。官公吏給與改善に伴う補正予算の即時國会提出に関する決議に対しては、我が党もこれに賛成しました。併し問題は、各政党が給與予算の具体的内容を明らかにすることが焦点でなければならなかつたのであります。私はここで過去における賃金政策を今一度檢討したいのであります。片山内閣以來の、いわゆる賃金ベース政策の跡を見まするに、第一に賃金の実質は段々惡くなつて來ている。即ち低賃金政策の強化である。第二に、人民收奪が刻々強化されつつある跡を示しているのであります。第三に、これらは一方において國家予算の厖大化、即ち資本家救済と警察力の強化へと、全く逆比例的になつている。これは明らかに低賃金政策の強化こそは、資本救済政策と表裏一体に結び付いているのであります。第四に、而もこれは労働者を初め人民の弾圧と並行して進められて來たことである。
 以上の四つに要約することができるのであります。これらは他の面から言えば、権力に結び付いてさえいれば、仮に表面上は赤字経営でも、この赤字を理由にして、國家予算及び金融の両面から莫大な利潤を保証されるそのからくりでもあります。これ即ち國家権力と結合した独占資本の超過利潤の搾取を強行する過程であります。今、低賃金政策強化の足取りを、各税引きで戰前に直して各べース賃金を比較して見ますると、千八百円ベースは二十六円余となり、二千九百二十円ベースは十四円余りであります。三千七百円ベースは十円四十七銭であります。吉田内閣が押付けようとしている五千三百円は十二円丁度に当るのであります。五千三百円は戰前のあの惡名世界に轟いた低賃金に比較しましても約五分の一に過ぎないのであります。このように名目賃金は上つたが、実質賃金は段々低下して來ております。臨時人事委員会案六千三百七円は、戰前の十四円二銭となりますが、前回すでに指摘しましたごとく、極端なる職階制によるもので、下級職員は五百九円しか上らないのに、上級職員は二千五百円も上るという性格を持つております。これは労働者の階級的團結心に楔を打ち込み、仲間割れをさせることを目的としており、下級職員にこの上の犠牲を拂わせ、高級官僚を生かす給與であります。アメリカでは一九二三年に職階法ができ、一九四六年の改正法によれば、平職員と主任級との間では僅かに一・七四倍にしか過ぎないのに、日本では下級職員との差は実に五倍も遅い、総理大臣に至れば六十七倍も違うのであります。ここに日本の職階制はアメリカ式とも違つて、絶対主義的であることが分るのであります。而もこのような職階制の内容において六千三百七円案を五千三百円で押えようとし、その上、公務員法通過後、これを武器として、民自党内閣は下級官吏の三割乃至四割の首切りを狙つておるのであります。人事委員会配付の資料の示します年度別官吏増加表によつても、戰時経済即ち國家独占の進行と並行して増加して來たことを示しております。終戰直後の年は多少減少を示しておりますが、終戰後日本の独占資本の支配から、はみ出して來た中小企業に強力な制限を加え、独占資本だけが戰後情勢に感じて以前の超過利潤以上のものを確保する体制を復活し始めたため、前の吉田内閣、片山内閣と、その数字は殖え、芦田内閣は更にこれを強化し、その結果、昭和七年を一〇〇として指数を示せば、一級官が六五四、二級官が六一七、三級宮が二八九の指数を示して來たのであります。これは明らかに独占資本と國家権力と結合して行く國家独占資本主義強化への過程を示し、その結果、官吏数は一級官や二級官が三級官とは比較にならんほど大きな開きで増加して來ておるのであります。從つて民自党の下級官吏首切りは、安價な政府の実現ではなくして、超過利潤を搾取するため、独占資本と高級官僚の結合をますます容易ならしめるもので、安價な政府の実現は、我が党の重要企業及び金融機関の國営人民管理以外の方法では断じてでき得ないのであります。片山内閣が中小企業を圧迫し、消費生活では耐乏生活を押し付け、芦田内閣はこれを引継ぎ、その上に重税政策を強行して來ました。世間ではこれは、片山、芦田内閣が惡いのだと思つて、独占資本の政策から出て來たものであることに氣が付かないでおるのであります。民自党もこの独占資本本位の政策の代弁者であることを、今度こそ一般大衆が経験によつて学ぶときが來たのであります。
 公務員の給與ベースは官公吏だけの問題ではないのであります。それ故に吉田内閣の極端なる低賃金政策実現のために、公務員法改訂案の原案通過を強行せんとしておるのであります。團結権、罷業権の剥奪のみでなく、公務員の政治的自由を制限し、官僚制度を温存強化せんとする公務員法改訂案が通過すれば、これは勤労大衆にとつては、外堀と内堀を同時に埋められたことになるのであります。労働階級が今や公務員法改訂案の賛成議員並びに手取り七千三百円を始めとする諸要求に反対する議員に対して、次期選挙に投票せずとの強力なる運動を展開しておるのもそのためであります。公務員法改訂案を通過させれば低賃金政策は自在にできると政府は考えておる。低賃金になれば農産物價格は工産品との鋏状價格差をますます大きくする必要があり、從つて低農産物價格政策となり、これに加うるに主要食糧確保臨時措置法に基く事前割当はますます重くなり、これが強行される結果となるのであります。その結果は農業の破壊であり、輸入食糧依存主義となるのであります。重視はますます中小商工業者、農民の上に襲いかかつて來ます。農民の生活窮乏と共に、労働者の低賃金は中小商工業者の経営をますます困難ならしめます。労働者農民の購買力の減退は中小商工業者の生きる道を塞ぎ、中小商工業者を破滅させる途であります。破滅せんとする中小企業に対して政府は一体何をしておるのか。商工省の外局として中小企業廳を作つたが、世人これを評して企業整備廳と言つておる通り、單に資金や資材の処方箋を書くに止まつて、資金資材をこの企業廳は実際に握らされておらず、ただ業者の不平不満を一手に引受けて、袋小路に追いやつて、問題を一つも解決しないでおるのであります。大屋商工大臣は十月二十二日の新聞報道によりますると、中小企業対策としては資材の適正な配分に欠けておる点を是正し、割当の時間的ずれをなくすると共に、金融の適切な運営を図ると、一應利き目のない処方箋を書いておるのでありますが、その次に、併し救い難い中小企業は自然淘汰に俟つより外ないだろうと、中小企業の行くべき運命を指し示しております。大衆の購買力は賃金ベース改訂ごとに実質的に切下げられておるので、昨年に比して約六割に落ちておるのであります。民自党大会で決めた統制解除品目は、人民收奪に伴う購買力の低下で大衆が買えなくなつたために必然に賣れなくなつたマル公を割る品目のみを挙げておるのであります。大衆を食えない目に会わせ、買えない状態に置いて、統制解除品目を羅列しましても何らの意味もないのであります。時間が参りましたから、私は以上のことから判断して、公務員法改惡は明らかに労働者に低賃金、農民に低米價、中小企業に重税を課し、容易に人民收奪をなし得る体系を整備する以外の何ものでもないことを断言いたしまして、私の所見開陳を終らして頂きます。(拍手)
#42
○副議長(松本治一郎君) これにて本日の自由討議は終了いたしました。本日はこれにて延会いたしたいと存じます。御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#43
○副議長(松本治一郎君) 御異議ないと認めます。次会の議事日程は決定次第公報を以て御通知いたします。本日はこれにて散会いたします。
   午後零時五十九分散会
ソース: 国立国会図書館
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