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1948/11/20 第3回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第003回国会 運輸委員会公聴会 第1号
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1948/11/20 第3回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第003回国会 運輸委員会公聴会 第1号

#1
第003回国会 運輸委員会公聴会 第1号
昭和二十三年十一月二十日(土曜日)
    午前十時四十分開議
 出席委員
   委員長 有田 二郎君
   理事 前田  郁君
     小笠原八十美君   岡村利右衞門君
      田村 虎一君    松本 一郎君
      山本 猛夫君    井谷 正吉君
      境  一雄君    成田 知巳君
      正木  清君    志賀健次郎君
      矢野 政男君    館  俊三君
 出席公述人
      加藤 閲男君    黒澤  清君
      清水 愼三君    鈴木 清彦君
      田中 二郎君    中矢 虎夫君
      吉阪 俊藏君
 出席政府委員
        運輸事務官   荒木茂久二君
 委員外の出席者
        運 輸 次 官 下山 定則君
        專  門  員 岩村  勝君
        專  門  員 堤  正威君
    ―――――――――――――
本日の公聽会で意見を聞いた事件
 日本國有鉄道法案について
    ―――――――――――――
#2
○有田委員長 これより運輸委員会公聽会を開きます。
 本委員会が日本國有鉄道法案の審査にあたりまして、本日特に公聽会を開き、利害関係者及び学識経驗者等の公述人各位より、日本國有鉄道法案についてという案件に関しまして、御意見を聞くことといたしましたゆえんのものは、申すまでもなく、國有鉄道がその規模においても、形式、内容におきましても、わが國最大の公企業であり、國民生活と密接不離の関係を有し、その健全なる発展は経済再建にとつて一大前提でありまして、國家社会に及ぼす影響のきわめて大なるにかんがみ、その國有鉄道の機構改革については、一般國民諸君がひとしくこれに大なる関心を寄せておるからなのであります。ゆえにかかる重要な日本國有鉄道法案の審査にあたり、廣く國民の声を反映せしめるために、多年の経驗と研究とに基く貴重なる御意見を拜聽いたすことは、委員会における本案審査に一層の権威を加えるとともに、その遺憾なきを期し、もつて國民の代表としての使命を十分果すに多大の参考になることと、確信いたす次第であります。私はここに委員長として委員会を代表し、公聽会に御出席くださいました公述人各位に、深甚なる謝意を表しますとともに、日本國有鉄道法案について忌憚なく、あらゆる角度より御意見を述べられんことをお願いする次第であります。
 なおこの際念のため公述人の方々に申し上げておきたいのでありますが、衆議院規則第八十二條、第八十三條、及び第八十四條によりまして、公述人の発言の場合は委員長の許可を要すること、またその発言は意見を聞こうとする事件の範囲を越えてはならないことになつております。また委員は公述人に対する質疑はできるのでありますが、公述人の委員に対する質疑はできないことになつておりますので、念のため申し上げておきます。
 それでは会議を進めるにあたりその順序を申し上げますと、公述人の全部の方から御意見の陳述が終つたあとで、委員の方の質疑に入りたいと存じます。なお時間の関係から、公述人一人当りの発言は大体三十分以内といたしまして、発言は発言席でお願いいたします。発言なさるときには御職業と氏名をお述べになつていただきたいと思います。
 それでは本日の公述人の御氏名を一應御参考に申し上げます。委員会では八名選定いたしましたが、そのうち朝日新聞社友、行政監察委員の野村秀雄氏が欠席の旨申出がありましたので、七名の方から御意見を聞くことといたします。その七名はすなわち
 横浜経済專門学校教授
           黒澤  清氏
 東大教授      田中 二郎氏
 帝都高速度交通営團総裁
           鈴木 清彦氏
 國鉄労働組合委員長 加藤 閲男氏
 日本総同盟産業復興対策副部長
           清水 愼三氏
 東京商工会議所專務理事
           吉阪 俊藏氏
 日本産業協議会産業部長
           中矢 虎夫氏
の方々であります。
 それではまず東大教授田中一郎氏より、御意見を拜聽いたしたいと存じます。
#3
○田中公述人 私は東京大学教授田中一郎であります。
 この問題につきましてはまつたくのしろうとでありまして、学識経驗者という意味で意見を申し述べますことは、非常におこがましく存ずる次第であります。実は最近になりまして法案を拜見しただけで、説明も何も聞いておりませんので、これを一應拜見して感じましたおもな点を、大体申し述べてみたいと思います。
 元來この法案は公務員の爭議権を中心として、公務員法の改正の問題が取上げられましたのが機縁になつて、鉄道の公共企業体への轉換を要請されることに始まつたものと思われます。ところで、およそ公共企業体を轉換させようという場合のねらいといたしましては、大体四つの点が考えられるかと思うのであります。第一は、一般行政官廳機構をもつてする事業の運営が、官廳機構上の制約のために、その能率的な運営が不可能であるから、それを能率的な運営体制に切りかえるということであります。第二には、一般行政官廳機構に当るべき人的スタツフの問題でありますが、これも公務員法上の制約から、適材適所を求めるということが実際上不可能で、ことにその地位の不安定、恒久的な計画の樹立の困難、さらにまた一般從業員につきましては、労働関係その他の制約、あるいは待遇、服務関係における問題、そういつた観点から、ほんとうに能率的な企業の運営を期することが、むずかしいということがあげられます。これが改正を要するという第二の点であります。第三には、一般官廳企業の形におきましては、予算上の制約がありまして、その企業独立採算を期するということがむずかしく、時宜に適した措置を講ずることに非常に困難が伴います。そういう意味で、予算上の制約から解放しようという点が考えられます。第四には、会計関係を初めといたしまして、行政法規の上での制約が非常に嚴重にあるわけでありますが、それがまた企業の独立的な機動的な運営をはかるという上の重要な制約になつて來ます。ことに会計法上の制約、あるいは会計檢査院における檢査、そういつたものが非常に大きな制約になつておるものと考えます。要するに官廳企業としての事業の経営は、政治上の影響を受けやすい、あるいは財政上の影響を受けやすということから、眞に公益事業としての使命を全うする、あるいは能率的な運営をはかつて行くということが困難な事情にあります。それをあらゆる制約から解放して、自由にその企業の本來の目的を達成せしめるようにしようというのが、一般に公共企業体への轉換を要求する理由になつておるかと思います。ところで今度問題になつております日本國有鉄道法案において、そういう從來の制約が十分に反省され、またそれからの解放が実現されておるかとみますと、いろいろの点においてなおきわめて不徹底、不十分なものがあるように考えます。
 まず第一の官廳聖構そのものの制約という点でありますが、この点については、形の上では一つの公共企業体へ轉換いたしてはおりますが、その形の上自体につきましても、いろいろ問題が含まれておるように思います。この法案では業務の運営を指導統制する権限と責任を持つものとして、監理委員というものを置き、そのものに実際の業務の運営に当るものとして、総裁以下の役員及び職員を持つております。この官廳機構上の制約から解放して、独立企業として自由に能率的な運営を果さしめるためには、実際の業務の運営を担当いたします総裁以下の運営者自体に廣汎な裁量権を認めるところにそれを期待することができると思うのであります。ここでは監理委員会というものの存在がどういうものになるかによつて、かえつてそれが非常に大きな制約になる可能性も考えられます。第十條の規定からいたしますと、監理委員会というものがどれだけの範囲の権限を持つておるのか明瞭でありません。ただここには「日本國有鉄道の業務運営を指導統制する権限と責任を有する」とありまして、きわめて廣汎な一般的な指導統制権、そしてだれに対するかわかりませんが、それについての責任を有すると明示しております。もしこの権限を振りまわして全体の運営に干與するといたしますならば、役員の自由闊達な企画、その運営というものは、これによつて完全に制約されてしまうことになるおそれがあります。その意味からいたしまして、この行政機構上の制約から解放するという見地を貫くといたしますと、この監理委員会の権限、特に総裁の人事に関する権限とか、あるいは一権の監査的な権限を持つに止まるという意味での、権限の限定規定を明確に示すことが必要ではないかと考えます。また考え方といたしましては、この監理委員会という制度を運全な意味でのコミンシヨンという形に切りかえる。國会あるいは内閣から独立して、しかし同時に民意を代表する機関として、この新しい公共企業体の監査あるいは監権の機関になる。これは國有鉄道だけの存在として、そういう行政監督的な使命を持つということにするのも一つの案かと思われますが、もしこの法案の立て方をとるといたしましても、第十條の規定だけではその統制を通じて運営が非常に制約される。この法案をつくつた本來の目的が妨げられる危險が、多分にあるのではないかということを恐れます。
 次に第二の問題といたしまして、人事の関係について、從來の官廳人事の制約から解放されて、適任者を総裁あるいは副総裁、理事等の役員の地位に、またその他適当な職員を、それぞれの職場に配置することができるということになることは、おそらくこの案の最も意味のある点ではなかろうかと思います。すなわちその一般の職員につきましても、人事管理の自主性が認められ、その服務とか給與とか任免等につきましても、一應ここにその事業の実質に適應した定め方がされておりまして、この点で從來のような制限がはずされ、実際に適する内容を持つことができることになつたろうと思います。ただこの点につきましては、労務関係につきましては公共企業体労働関係法の方に統一的に規定されまして、三十五條には「この章のいかなる規定も、公共企業体労働関係法第八條の規定を変更するものと解釈されてはならない」という規定があります。この規定は表現の仕方が非常にまずいと思いますが、この規定の趣旨がもし公共企業体労働関係法第八條の定めておる各種の事項について、團体交渉の対象になり、それが労働協約の内容として定められ、それがこの章の規定を排除して優先的に適用されるということになりますれば、おそらくここに規定されております事業については、比較的適当と思われる内容がそれによつて排除されるということになるわけでありますが、その点はたして妥当かどうか、多少疑問の余地があるように考えられます。
 次に第三の問題として財政上の制約の問題でありますが、從來の官廳企業としてその能率的な運営を妨げておりました財政上あるいは予算上の制約は、この國有鉄道法によつてはほとんどまつたく排除されることなく、このままこの法案の合計上の制約として残つております。その点ではこの法案は、まつたく公共企業体たらしめる本來の目的の最も重要なポイントを逸したものということが、言えるのではないかと考えます。もし予算上あるいは会計上の制約があるといたしますならば、從來の國鉄の障害になつておつた点はほとんどそのまま残され、結局官廳の監督統制、特に金融上の見地からの統制を受けて、事業としてはあるいは役員の新しい創意を生かして行こうとする意図は、ほとんど全面的に押えられ、結局企業の活発な動き、あるいは能率的な運営は期待できないことになるのではないか、こう懸念いたします。たとえば第四十四條に、借入れについて、市中銀行その他の民間から借入金をすることができないことになつておりますが、結局國から運輸大臣なり大藏大臣の認可を受けて、長期借入金なり、一時借入金をしなければならないということになりますれば、從來の制約はほとんどそのまま残つて、結局新しい役員といてその創意を生かし、活発な運営をはかつて行く余地がなくなつてしまうのではないかということをおそれるのであります。
 最後に第四の問題としまして、この法律では、今申しました財政上、会計上の制約のほかに、一般の行政法的な制約、あるいは官廳機構に盛られております制約が、やはり依然として残る。たとえば会計檢査のごときにつきましても、一般の行政における檢査の方式をそのまま踏襲することになるといたしますれば、これは公共企業体としての意味をまつたく失わしめることになるのではないか。公共企業体の能率的な運営という点を考えてみますと、そういつた点についてもちろん全面的に会計檢査院の檢査をはずす、あるいは國会に対する責任をはずすということはできませんが、新しい別個の檢査の方法をここに考慮すべきではないかと考えるのであります。要するにこの法案は非常に大きな改革を断行したように見えるのでありますが、形式上その機構の一部に修正を加えたというにとまつて、実際上國鉄の運営、特にその能率的な運営を実現する上に役だつような改革をしているとは言えないのではないか、こういうふうに考える次第であります。
 なお事句のこまかな点にわたりますが、二、三感じました点を申しますと、第二條に「日本國有鉄道は、公法上の法人とする。日本國有鉄道は民法第三十五條又は商事会社その他の社團に関する商法の規定に定める商事会社ではない。」という規定がありますが、「公法上の法人とする」ということを言つた法律は今までもありませんし、また公法上の法人とするということが、どういう意味を持つものかということも、十分に檢討する必要があるのではないかと考えます。それからもし公法上の法人とするということでありますならば、あとの民法三十五條または商事会社その他の社團に関する商法の規定に定める商事会社でないことは言うまでもないことで、これを重ねて規定するのもおかしいし、またその規定の内容そのものがあまり意味をなさないのではないか。こういうことを感じます。
 それから第十條が非常に疑問である。その点権限の範囲を明確にする必要がある。その「責任を有する」ということは、一体だれに対する関係において責任を有するのか、そういつた点も明瞭でないということを指摘したいと思います。
 十一條につきましては「五人の委員及び一人の職務上当然就任する委員をもつて組織する」とあるが、一人の職務上当然就任する委員というのは一体だれを指すのか。これはどこに定めるのか知りませんが、あるいは運輸大臣であるのか、あるいは総裁であるのか、これも「一人の」ということでありますれば、むしろこれを明確にここに規定するのが適当ではないか。こう考えます。
 それから三十五條に移りまして、この規定の表現も、私は日本の法律の規定らしくない表現をして、同じ内容を規定するにいたしましても、別の表現に改めるのが適当ではないかと考えます。
 それから三十七條の第一項の但書も、こういう規定が必要かどうか、これも問題ではないかと考えます。
 なおこまから点については、若干実行の点について問題があろうかと思いますが、一應これで私の意見を終ることにいたします。
#4
○有田委員長 次に帝都高速度交通営團総裁鈴木清彦君にお願いいたします。
#5
○鈴木公述人 私は帝都高速度交通営團に勤めております鈴木でございます。國有鉄道の経営形態のあり方については、從來一部の人々の間に私的に論議せられておつたのでありますが、七月二十二日の内閣総理大臣あて連合國最高司令官の書簡によりまして、この組織を何らか処置しなければならぬことになり、ここに日本國有鉄道法案で提出されたと思うのでありますが、これからこの法案についての意見を述べさしていただきたいと思うのであります。私の大体の思想は、ただいま田中先生からるる述べられたところとほとんど一致しておつて、重複するところが多いのでありますが、その点お許しを願つて説明いたしたいと思います。
 國有鉄道の機構の改革に関しましては、次の諸点を前提思想として十分把握しておかなければならぬと思うのであります。すなわち國有鉄道は、全國的な廣汎な営業を営む。その営業は運送でありまして、そのとりますものは運賃でありまするが、これらの運送、運賃は國民生活の安定や國家産業の興隆に非常に重大なる関係があるということであります。從つて國有鉄道は公共の福祉に直接するところの、非常に大きな公共的事業であるということが第一の観点であります。それと同時に、その営む運送ということは、行政事務でなくて経済事業である。しかもその資産は二十一年度の帳簿價格だけによりましても百八億という大きな金であり、その從事員は同じ二十一年度でも五十七万人という多数の人間であります。こういう観点からいたしますれば、その営む事業で能率的でかつ経済的であらねばならぬと同時に、強固なね組織力をもつてするにあらざれば、この運営はなかなかうまく行かぬということであります。この二つはわれわれが國有鉄道の機構を審査するにあたつて、十分のみ込んでおかなければならぬと思うのであります。鉄道事業は運送という経済企業であるから、伸縮性のある純粹の民間の企業にすればよいということを言われる人が、かなりあつたのでありますが、先ほど申しました通り、國有鉄道がその性質上独占的であり、かつ國民の経済的基本的要素を多分に含んでおるものでありますから、利潤追求を本旨とするところの民間企業ではおもしろくないと思うのであります。かつ國有鉄道が非常にただいま申しましたような厖大の組置で、その業務内容も、時間的にまた規律において嚴守しなければ、こうした統一的の作業ができないということから考えますと、國家的権力の基盤なくしては、今日の社会状態において運行することはなかなかむずかしいのではないかと思うのであります。またこういう厖大な組織及び資産を有しておるものを民間事業とすれば、政治上、経済上に対するところの支配力というものが非常にこの企業から生ずるので、やがて第二の財閥を生ずるおそれなしともいたしませんので、こういう点はわれわれはもとより反対しておるものであります。それだからといつて、現在の國有鉄道が國営のままの企業体であつていいかということになりますと、その政治上、行政の上制約を受けてその活動が非常に非能率的であるということは、いなめない事実なのであります。國有、國営の鉄道が公共の利益に役立つということは言えるのでありますけれども、能率的でないという点から、第一次欧州戰爭後各國が、この國有鉄道の企業形態にかなりの國家上の制約、行政上の制約を緩和して來て、これに自主性を與えて行つたという事情があるのであります。それでならば、この國有鉄道に伸縮性を與え、自由活動を與えるようにするにはどうしたらいいだろう、またこの日本國有鉄道法案が、はたしてそれを與えておるだろうかということを、われわれは審査しなければならないと思うのであります。先ほどからたびたび申しました通りに、國有鉄道の不活発性は政治、行政上から受けるところの制約が多いということによるのでありますが、しかしながら、國有鉄道であつて、國民に至大な関係があるものが、全然國家の政治から切り離されて運営されるというわけには行かないのであります。しかしながら國家の政治的影響によつて、その都度営業運営の方針が変更せられては、一貫した効果のある作業はできないのであります。この矛盾をいかに解決するかということが國有鉄道運営上における一大問題だと思うのであります。
 政治行政上からの干與は財政面からも受けましようし、人事面からも受けましようし、業務監督上の面からも受けると思われますが、まず第一に人事面の方から申しますと、國有鉄道の役員が政治勢力によつて影響をされて、自己の創意と責任とを乱されるということは、最もその運営に支障を來すものだと思うのであります。この点について、この法律は第二十條の総裁、副総裁及び理事の任命及び任期において、第二十一條の役員の資格において、第二十二條の総裁、副総裁の罷免規定において、相当の考慮を拂われておるようであります。また企業的業務を行うところの國有鉄道の職員が、一般官廳の職員とその資格要件が異なるものであるということは、申すまでもないのでありまして、この意味から公務員法の適用が排除され、また人事院の制約を受けないで行くということはけつこうだと思うのであります。ただ職員の給與が予算という面から実際上の行政上の制約を受けるのではないか。この点は財政上の問題としてかなり考慮せらるべき点ではないかと思うのであります。
 次には行政官廳の監督指導面でありますが、この日本國有鉄道は、運輸大臣及び財政面において大藏大臣の監督に服することになつておりますが、その監督の範囲は、財政面を別にすれば、いわゆる運輸大臣から受けるところの監督面を見れば、これに盛られておる規定というものに対しましては、大体において妥当であり、普通行われておる規定だと思うのであります。ただ実際面において運輸大臣がこの國有鉄道に対していかなる命令をなすのであるが、また実際上どういうような監督をなすのであるかということが非常な大きな問題でありまして、運輸省としては、でき得る限りこをに干渉しないで、公共企業体の責任と創意で事業を運行せしめるように考えなければならぬと思うのであります。日本國有鉄道は運輸大臣の監督のもとにありますが、監理委員会の統制指揮の服しなければならぬことになつております。もとよりこの監理委員会は日本國有鉄道の内部の機関であり、運輸大臣は外部の機関でありますが、運輸大臣の監督方法と監理委員会の指導統制のいかんによりましては、國有鉄道の役員は二重の煩雜なる干渉を受けることになつて、運営において活発なる行動を阻害せられると思うのであります。ただいま田中さんが申されましたように、ことに監理委員会の権限の内容、及び運運大臣、監理委員会及び日本國有鉄道の総裁が、それぞれだれに責任を負うかということを明確に示す必要があると思うのであります。
 次に國有鉄道が國営であるために、経済企業体としての伸縮性並びに活発性が阻害せられておる最も大きな点は、先ほども指摘せられた財政の面であります。従つてこのたびの改革にあたりましては、公共の福祉を擁護するというために欠くべからざる限度以外は一般財政から分離して、企業の経済的自主性を尊重して独立採算制による能率的な運営をなさすべきものと考えるのであります。経済的自主性は一ぺんの会計制度から離脱して、運賃の決定が独公行に決定されることが必要だと思うのであります。御存じのごとく一般官廳は租税という確定收入をその財源とし、消費單位として行政事務を行誠ているので、收入が租税である関係と、その支出が必ず予算に合致して行かなければならないという法的拘束を與えるために、議会の協賛を必要としておるのであります。これに反して鉄道は経済企業でありまするから、その收入は量氣によつて左右される不確定のものであります。その支出もその收入に應じてあんばいし、廣汎な自由裁量のものに事業を運営するようにして行かなければならぬ。予算の依存性というものを克服して、款項目の流用ができるようになつておらなければ、その経済企業の運営はうまく行くものではないと考えるのであります。しかしながら國有鉄道のごとく、國民の福祉に重大なる関係を有する企業が、國民の批判なり、監督なりを受けないということは適当でないと思う。ゆえに鉄道の財政状態が國会の批判を受ける状態にあることは当然でありますが、ただ國会は予算においては総括的の承認を與える程度にもとめて、決算に対して重点をおくような審議に方向をかえられた方がいいのではないか。そうすれば國有鉄道の運営が円滑に行くのではないかと思うのであります。ところがこの点に関しまして、この法律は第三十六條の規定をして、何らの改善が加えられておらないのであります。せつかく公企業体の経営形体を採用いたしましても、この一條が、存するがために、國営の弊害がそのまま取入れられておる。見方のよつては、現在の運営よりもかえつて運営しにくいような状態になつておるのであります。もとよりこの厖大な組織を一氣に改革するには、多少の弊害が生ずるという考えから、この三十六條の中に、暫定的規定であるような文句を挿入されたのだと思いますが、いやしくも改革する際においては、思い切つてこの点を改正せられるといいと思うのであります。
 次には運賃の決定の問題であります。三十六條によつては財政法がそのまま適用されて、前項と同樣になつておりますが、これまた非常な遺憾の点であります。國有鉄道の收入の大宗は運賃であります。從つて独立採算制、経済的自主の観点から見て、一應國有鉄道みずからがその責任によつて運賃を決定するのが至当だと考えられまするが、たびたび申し上げました通り独占的な公共福祉の擁護から、國有鉄道の当事者の恣意に運賃の決定を任すことは、考えるべきことだろうと考えます。そうかといつて財政法第三條のように國会の議決を経なければならぬということは、度が過ぎておると思うのです。國会は経営状態の細目を知る余裕もなければ、またともすれば政治勢力によつて左右せられるきらいなしとしないのでありますから、この法は改正せらるべきが至当だと思うのであります。このことについて各國を見ましても、みな立法及び行政の府から独立したところの、運賃制定の機関を持つているのであります。日本國有鉄道の場合においても、法律の定める独立の專門機関を持つて公正にして合理的な運賃が決定せられることを望んでやまないのであります。
 最後に現行鉄道國有法と鉄道敷設法との廃止または改正案が、同時にこの議会に提出されないということに対して、私は不思議に思うのであります。ことに國有鉄道は國家の鉄道に対する根本思想を現わしている法律であります。日本國有鉄道が制定せられますれば、この点においてその思想の変更を意味しているものだと思いますのに、これが同時に廃止の法律が出ないということを、私は不思議に考えるのであります。また國家が鉄道建設を必要とする際に、これを日本國有鉄道に命じて建設せしめるところの規定がないのであります。これはいかがかと思うのでありますが、ただ日本國有鉄道も経済自主、独立採算制を持つところの企業でありますから、もし國家が命じて、採算のとれない線路であるならば、これに補償をしてもいいのでありますから、その補償ができるという條件付の規定を挿入して置くべきものではないかと思うのであります。また國有鉄道は年々二百四十億程度の工事を必要としている。それに対する資金が必要なのでありますが、それらの資金がすべて政府からの借入金のみで、民間から借り入れることができない方法にこの法案はなつております。資金の獲得方法は政府の借入金によつてのみ行くということは、当該行政官廳の干渉を受けることが非常に多くなりまして、いわゆる経済企業体の運営に対しては、非常に難澁をきわめるものではないかと思うのであります。
 以上申し上げましたことが大体私の考え方でありますが、要するに鉄道は一面経済企業で、能率的でなければならない性格を持つている。ところが他面國民の福祉に重大なる関係を持つておるのでありますから、両者の円満なる調整を目的としてこの法律案が出たと考えまする以上、政治、行政上からの自主性、さらに人事、財産面からの自主性が強く現われなければならぬと思うのでありますにかかわらず、本案は特にその根幹である財政面における自主性の欠如がはなはだしくして、せつかくの公企業体を採用しておりながら無意味に終らしめるということは、先ほど田中先生の申された通り、私といたしましても非常に遺憾であるということを申し添えまして、私の意見を終ることにいたします。
#6
○有田委員長 東京商工会議所專務理事吉阪俊藏君。
#7
○吉阪公述人 私は東京商工会議所專務理事の吉阪であります。急に公聽会に呼出しを受けまして、十分に法案を精読し、研究する時間もございません。はなはだ雜駁でございますが、お許しを願いたいと思います。
 私はこの法案の目的なり、また範囲なり、組織なり、体系というような点にふれて申し述べたいと存じます。第一に目的の点につきまして明らかにして欲しいということは、何のために鉄道業事をパブリツク・コーポレーシヨンの特別の独立の法人にするか。しかしこの前に一つ根本的な問題があると思います。それは何がゆえに鉄道を國営にしなければならぬかという問題ではないかと思うのであります。明治三十九年に鉄道國有法が採用せられましたときの最大の理由は何があつたかというと、申すまでもなく國防止の理由であつたわけであります。しかしながら今日戰爭を放棄いたしました平和日本におきましては、この理由はもはや存在しないのであります。次に私有私営を認めない社会主義の実行のために、國有とすることがあり得るのでありますが、そういうイデオロギーに基いて、はたして今回の法案ができたのでありましようか。この点は第一條に能率的な運営を確保して、これによつて公共の福祉を増進することを目的とするとあるのでありますから、はつきりとこれはイデオロギーに基いたものではない。また軍事上の理由を基いたものでもない。單なる能率運営、公共福祉を目的とするものであるということを、ひとつはつきりさせていただきたいと思うのであります。ところで公共の福祉とは何であるか、これを輸送の上からのパブリツク・インタレストと申しますと、結局人及び貨物の運送を低廉に、迅速に、安全に、また快適に行うということに帰するのではないかと思う。運賃をできるだけ安くし、サービスをよくする。改善する。こういうことが目的ではないかと思うのであります。この目的からして、はたして今回の法案が妥当であるかどうか。あるいはパブリツク・コーポレーシヨンの形のものが、その目的の達成に適当であるかどうかということも、檢討しなければならないのではないかと思うのであります。第二の問題は、國有鉄道の範囲の問題であります。形式的には法律の第一線でもつて國有鉄道事業特別会計をもつて経営する鉄道事業、こういうことになつております。けれどもこれは形式的のきめ方でありまして、実質的の限界というものは明らかではないのであります。將來國有鉄道の膨脹することは当然だと思います。その場合にいかなる線を國鉄として経営して行くのであるか。またいかなる線を私設鉄道として許して行くのであるか。つまり國鉄と私鉄との間にどういう区別の基準ができておるのであるか。その限界をひとつ明らかにしてほしいと思うのであります。國有鉄道は主要幹線だけに限りますかどうですか。しかしながら主要幹線でも、私鉄の認められないという理由はないと思うのであります。あるいはまた並行線ができることも考え得るのであります。問題はどちらが能率がいいか。また公共の福祉に適するかということではないかと思うのであります。特に公法人として特別な独立の取扱いをなす理由を知りたいと思うのであります。
 第三に組織につきましては、今度監理委員会、ガヴアンニング・ボデイーというものがあろうと思いますが、このガヴアンニング・ボデイーができるようであります。これは業務運営の最高の機関であります。経営に関しまして廣い知識経驗を持つ実業家の参加を認めてくだすつたことは、はなはだけつこうであると思うのであります。ただ権限については前の公述人がお述べになりましたように、明らかでない点があるのでありまして「指導統制」とだけあるのであります。そうして監督権は運輸大臣にまかせられておるのでありますが、この監督監査というようなことも、やはり監理委員会の責任として包含されていいのではなかろうかと思うのであります。また監理委員をつくる以上はこれを有力なものにしなければならぬと思うのでありますが、それでは一般職員とは別に、委員付の補助者というようなものを認める必要があるのではなかろうか。こういうことを感ずるのであります。
 第三に会計の規定を見ますると、これまた前公述人がすでにお述べになりましたように、ほとんど從來とかわつておりません。依然として政府とほとんど一体をなしておるような状態であるのでありまして、新たに特別法人とする理由を解するに苦しむのであります。政府は全額の出資者となつております。政府からは借入をすることができるけれども、民間からは借入をすることができない。私はこの点についてやはり民間の資本の導入、特に外資の導入ということを認めてよいのではないかと思うのであります。最近私はスイツツルの鉄道の百年史を読みました。日本は最近七十五年を迎え、スイツツルの鉄道は百年を迎えたのでありますが、その記事を見ておりますと、各方面においてスイツツルの鉄道が非常に顯著な発達をしたことに驚いたのであります。敗戰後の日本の鉄道と比較いたしますと、あたかも明治の初期に鉄道が初めてできたころの、その当時の外國との差違というものを感ずるのであります。明治の初期に外國の資本なり企業なりを導入いたしましたが、そういう必要が今日あるのではなかろうか。電化を普及いたすにいたしましても、あるいは車体を改良いたすにいたしましても、あるいは線路や橋梁その他停車場等を改築いたすにつきましても、そういう必要があるのではなかろうかと思うのであります。今日の平和日本の鉄道というものは、世界人の利用する鉄道であると思うのであります。世界人類のために日本が委託を受けて経営をする。こういうものではなかろうかと思うのであります。その点からいたしまして、出資者を日本政府に限るという必要はないじやないか。むしろ廣く外資をも認める。こういうことにし、また民間の参加も認めた方がよいのではなかろうかと思うのであります。この点について参考になるのは、ベルギーのいわゆるナシヨナル・レール・ウエイ・カンパニーの制度であります。一九二六年にベルギーでは御承知のように國有鉄道会社を始めております。そうして政府がその資金の一部を持ち、他は民間が投資したり、特に外國で株を應募しておるわけでありますが、しかもいい成績を示しているのでありまして、これなんかはこれからの日本の鉄道につきましても、参考になるのではないかと思います。
 第四は今回の法案の最大の欠点だと思うのでありますが、それは独立採算制をとらないで、依然として損失を生じた場合には政府が交付金を出し、利益金を出した場合には政府にこれを納入する。こういう制度をとつておることであります。こういう制度をとつておる以上、またこれを継続する限り、私は第一條の目的でありますところの鉄道事業の能率的運営ということは、望みがたいのではないかと思うのであります。日本の國有鉄道は、戰前と戰後においてほとんど本質的の差異をもたらしておるのであります。あたかも古代ギリシヤと近代ギリシヤとが違うように、國鉄とは申しながら実質はかわつてしまつた。これを建て直すためには民営に移すのほかはないと私は思いますけれども、それまでの過渡的の方法といたしましても、少くとも独立採算制というものを採用することによつて、能率を上げて行かなければならないのではないかと思います。政府にいつまでも依存しておりましても、改革はむずかしいのであります。ことに政府におきましては、職員数を減らして行くということは、きわめて困難な仕事であるわけであります。むしろ赤字があります場合におきましては、これを借入金をもつてまかなつて行く。借金をするということは人間をして奮励努力せしめるというような、一つの非常な効果があるものと思うのであります。御承知の通り日本の鉄道は、大正五年には一キロ当り從業員は十二・三人ありましたのが、昨年は二九・一人というようなことになつております。もちろんこれには機械力の不足でありますとか、労働基準法の適用でありますとか、いろいろな関係があるのでありますけれども、とにかく今日不能率の点においては、世界最高であるというようなはずかしい状態になつているわけであります。この点について一体國有鉄道は從業員の数をきめることについて、何らかの基準というものができておるのかどうか。運賃をきめるのには、それ相当の基準があるわけでありますが、従業員数につきましても、何か基準があるかどうかということを聞きたいのであります。損をすれば政府がいつでも交付金を出してくれるということでありますならば、改革はやはりむずかしくして、鉄道がいつも失業救済の場所となるというようなおそれがないではないのであります。こういうことを私はおそれる次第であります。もし利益が上つた場合におきましては、これによつて運賃を引下げるのがよろしいのであります。またサービスを改善して行くのがよろしいのであります。あるいは從業員の待遇を改善して行くのがよろしいと思うのであります。私鉄、國鉄というようなものをほんとうに競爭的の立場において、能率を上げるようにして行かなければならないのであります。交付金制度というようなものによつてまかなつて行くということは、運営の能率を害し、國有鉄道の將來の発達を阻害するものではないかということをおそれるのであります。この点について率直に私の意見を申し述べた次第であります。
#8
○有田委員長 委員の各位にお諮りいたしますが、田中、鈴木、吉阪三氏に御質問はございませんか。
#9
○成田委員 田中教授に御質問いたしたいと思います。教授は最後にこまかい字句の問題であるがというので、疑問を述べられたのでありますが、この中に第二條の「日本國有鉄道は、公法上の法人とする。」という点を指摘されまして、意味は十分わからないということを言われておつた。この問題は私たちがこの法律案を審議してみた経驗から申しまして、單なる字句の問題ではないのであつて、非常に重要な点に触れていると思います。と申しますのは、御承知のようにこの法律の姉妹法でありますところの公共企業体労働関係法の十七條で、労働爭議の権利が剥奪されております。それから本法三十三條で、労働基準法の例外規定を設けまして、廣汎な労働強化の規定を設けております。八時間労働制、あるいは一週間に一回休日を與えるということに対する例外規定を設けております。なぜそういう規定を設けたかということを私たちが質問いたしましたとき、政府の最初の答弁は、その事業の本質が公共性があるからだということで説明されたのであります。それが私たち納得が行きませんので、事業の性質に公共性があるということでしたら、地方鉄道においても同じ、電氣事業においても同じ、ガス事業においても同じである。また反面日本專賣公社法によりますと、タバコの專賣なんかというものは非常に利益的なものである。こういうものは公共性はないということを当局に指摘いたしましたところ、当局は途中から説明を変更されまして、この爭議権の剥奪と労働基準法に関する例外規定を設けた理由は、事業の本質と他の一つの理由として事業の形式を考えなければいかぬ。すなわちこの第二條で公法上の法人になつておる。いわゆる公法人の意味だと思うのでありますが、公法人であるから、この点から考えても罷業権は禁止しなければいかぬ。労働基準法に対する例外規定を設けなければいかぬという説明を、最近当局がされたのであります。そこで私は法務総裁、運輸大臣、法制局長官に、この第二條の公法上の法人とした意味はどこにあるかとう質問をいたしたのですが、それに対する明確な御回答はないのであります。この法律で初めてこういう法人をつくつたのだと言われるのでありますが、この第二條を見ると、公法上の法人とする。そうして民法第三十五條また商事会社に関する商法の規定に定める商事会社ではないということだけをきめているのでありまして、民法の三十四條の私法上の公益法人で、私は十分この企業体の性格というものは規定できるのではないかという質問をいたしましたが、それに対する明確な回答はない。要するに特別な規定だということを言われるのであります。公法上の法人というのは、先生も何だか意味のわからないものだという御説明があつたのでありますが、公法人と解釈いたしますと、從來行政法上公法人というものはどういうものを公法人と言うのが正しいか、こういう日本國有鉄道というものを公法人と見ることは、おかしいのではないかという疑問を私は持つているのですが、その点についてひとつ先後の專門的な御意見を承りたいと思います。
#10
○田中公述人 今の御質問にお答えいたします。私がこういう規定を設けることに、今格別の意味がないのではないかと申しましたのは、公法人であるがゆえに、今お話のありましたような結果、当然出て來なければならないということになるわけでもなし、ま平私法人であるがゆえに、今おつしやつたような内容が盛られてはならないという結論も出て來ない。公法人であるか私法人であるかといいますのは、從來から学説上非常に議論のあるところではありますが、比較的國家的な色彩の強いものを公法人と呼ぶ。そうして比較的そういう特色の少いものを公法人という概念からはずして普通に呼んでおります私法人ということで説明をして行く。公法人なるがゆえに一切の法律関係が公法的な特殊なものだという考え方は、かつてはありましたけれども、現在はそうは認められていないのであります。そういう意味からいたしまして、ここで、公法人とするということから、何か全体が非常に違つたものでなければならないということを結論されることも、私は少しおかしいのではないかと考えます。もちろん学問上の概念として、全体として國家的な色従が非常に強い、あるいは特に國家でなければ持つていないような特権を持たせられておるという場合に、学問上そういうものを分類して公法人の中に含むという意味での説明はいたしますが、法律に公法人という概念を規定したら、あとの関係がすべて公法的な関係でなければならないという意味での論理的な関係はないのだろう。でありますから、ここには特に公法上の法人とするということを、今までない例でありますが、特にそういうふうに表現しなければならない理由があるのかどうかということを、疑いとして申し述べたのであります。かりにそれが一般の法人でないということが、ここに特に示されなければならないといたしますれば、公法上とするという言葉で表現することも、これは絶対に間違いだというわけではありませんけれども、そういう規定をすることによつて、何か公法人であれば全部の関係が公法的な色従を持つ、あるいは特殊な関係になるというような一つの誤解が、前提になつているということになりはしないか。そういう感じがいたします。國の場合でも公共團体の場合でも、一切の関係が常に公法関係というわけではありません。ですからここで公法人だということを特に法規の上に明らかにすることは、その意味からいたしまして格別意味がないのではないかと考えたわけであります。
#11
○成田委員 ただいまの先生の御説明でよくわかりましたが、政府では最初実質上の関係からいつて、仕事の性質からいつて、これは公益性があるのだから、公共性があるのだから罷業権を禁止する、労働基準法に対する廣範な例外規定を設けるという解釈をとつておりましたが、電氣事業その他を例にとつて申しましたけれども、説明をかえまして、第二條を持つて來まして、公法上の法人であるからそういう例外規定が必要なんだという説明です。しかしただいまの先生の御意見では公法上の法人としたということによつて、法律関係がすべてかわるということは考えられないという御説明だつたと思いますが、そう解釈してよろしうございますか。
#12
○田中公述人 私はそう解釈しております。
#13
○成田委員 それから第二條の問題なんでありますが、法務廳総裁だとか法制局長官は、民法上の公益法人でもないということを言われるのでありますが、條文の体裁でありますけれども、「民法第三十條又は商事会社その他の社團に関する商法の規定」云々とありまして、三十四條の公益法人に関する規定ではないのでございます。そして政府当局の説明では公法人でもない、民法上の公益法人でもない、商事会社でもないという説明をするのですが、そうしますと民法三十四條に定める公益法人でもないということを書くのが、当然だと思うのでございますが、どうでございましようか。
#14
○田中公述人 かりに公法上の法人とするという規定をそのまま置くといたしますと、あとのそれ以下の規定は私は全部いらないのじやないかと思います。
#15
○成田委員 わざわざいらないものを設けてあるにもかかわらず、民法上の公益法人に関する規定はないのでございます。そういたしますと、公益法人と解釈してもいいのじやないかというような疑問も出るのであります。これは私たち民法上の公益法人と解釈いたしまして、爭議権なりあるいは労働基準法に対する例外規定を設けることに、反対するという立場をとりたいのでありますけれども、政府はその点特別の法人だというのですが、條文の体裁からいつてもこの点は間違いだと思いますが……。
#16
○田中公述人 この後段の表現の仕方が、実は非常におかしいのじやないかと思つて……。
#17
○成田委員 ただ表現がおかしいだけではございませんで、これが労働者の根本的な労働條件に関係しまして、この二條の規定をたてにとつて爭議権を剥奪し、労働基準法に対する廣範な例外規定を設けておる。この点につきましては私たちは先生の御意見を承りまして、私たちは非常に意を強くしたのであります。ありがとうございました。
#18
○有田委員長 田中先生に私からお伺いしたいのであります。第十條をよく拝聽したのですが、十條のこの管理委員会は第一條に掲げる目的を達成するために、日本國有鉄道の業務運営を指導統制する権限、責任を有する。この件につきまして先生でありましたら、どういうような修正をなさいますか、ひとつ承りたいと思います。
#19
○田中公述人 私はこの第十條の規定を、もし非常に廣く解釈しますと、業務運営の全面にわたつて指導統制ができるということになるのではないか。それが本法の中心のねらいになつております、総裁以下の役職員をもつて、その総意と責任において運営をして行くという根本の目的を乱すことになるのではないか、その意味からいたしまして、責任を有するということもその責任の相手方というものが不明確でありますし、十條そのものが全部いらないのではないか。これは本法の中に、随所にたとえば総裁の責任等についての管理委員会の推薦、あるては総裁の任免についての同意というものが出て参りますが、そういう随所に出ている規定だけの権限をもつということになりますれば、管理委員会というものの性格も、一應これはただ單なる監査機関というような意味での地位がはつきりして來るのではないか。もしこの規定を置くといたしますれば、具体的にその権限の範囲を明示した事業の運営そのものには、直接関係するものではない。その事業の運営についての監査及びその人事について、二十條等の規定による権限をもつているということを明白にすべきではないか。こういうふうに考えております。
#20
○成田委員 これはやはり條文の字句の問題でありますけれども、先ほど吉阪さんから、触れられたのでありますが、日本國有鉄道ということになつております。その國有ということは非常に社会化イデオロギーの感じを受ける。私はこの條文を見まして、一つも社会化されているとは感じない。たまたま國有と名前をつけたために、社会化されたというような誤解を生ずることは、非常に私たちは遺憾でありますが、この國有という名前をつけることがおかしいのではないかと思う。実はこの條文の五條でしたか、全額政府が出資するということだけであつて、出資者が全部政府である。單に出資者が政府であるというだけで、所有関係はやはり公法人となつておりますが、公法人である國有鉄道が持つているのでありますから、今までの日本の鉄道でしたら國有鉄道という名前は当るかもしれませんが、こうかわつて來ますと、これに國有という名前をつけるのはおかしいのではないかという氣がするのですが、どうですか。
#21
○田中公述人 この法律全体は別個の法人ということにはしておりますが、結局これは國家、政府とのエーベンベルトというような関係で、そこにそのままのものが法人の形をもつているにすぎないという考え方になつているのではないか。予算の面あるては会計経理の面、その他一切政府がやると同じような扱い方をしているのは、そういう点から出ている。だから國有國営の一つの形態にすぎない。そういう意味からいたしますと、國有ということは必要かどうかは問題だと思いますけれども、使つたら実質と合わないということにはならないだろうと思います。
#22
○成田委員 実質と合つていることが非常におかしいのでございまして、私たちもよく申すのでありますが、單に現在の鉄道総局を切離したにすぎない。何ら新しいところはない。そういう氣持があるものですから、やはり実質上今までの國有とはかわりないから、國有という名前が出たのでしようけれども、第一條の目的を十分推進して行くためには、相当規模をかえなければならぬ。また会計の面においても変更を見なければいかぬ。そうして結局國有という観念をはずして行かなければ、ほんとうじやないという氣がするのですが、法律の内容そのものが第一條の目的に合してない。政府側もよく、大した期待は持てないということを言つておられるが、そういう実体を反映して國有という名前が出たと思うのであります。第一條の目的を十分充たすような内容にいたしましたから、当然國有という名前は省かれてよいと思うのでありますが、どうでしようか。
#23
○田中公述人 その点は私は先ほど申し上げました通り、この法案では今お話のように実体的に國有の関係にあるわけですが、その形で行く場合には現在の制度をどけだけ改善をすることになるか、非常に疑問に思います。むしろこの監理委員会なり運輸大臣あるいは財政の面における大藏大臣の監督などから、かえつて二重三重の制約を受けるということになり、運営いかんによつてはそういう危險性もないではないというふうに考えます。
 この第一條の目的を達しますためには、國有國営の一つの形体というのではなくて、むしろほんとうの意味で独立した法人格に持つて行くということの方が適当なのではないか、その点では先ほども申し上げましたが、御意見の通りに私も考えております。
#24
○正木委員 田中さんに一言御意見を承りたいと思うのでありますが、今委員長からも御発言のありました監理委員会の権限のことでございますが、この十條に示された監理委員会の権限と責任、そうしてその仕事の内容は指導統制という抽象論がうたわれているわけです。これに対して非常な疑問を持つておりまして、昨日も政府の事務当局との間に質問應答をいたしてみたのでありますが、事務当局それ自体の間でも完全な意見の一致をみておらぬようであります。私どもは一体この監理委員会は、日本國有鉄道の意思決定機関なのか、それとも諮問機関なのかということに疑問が生じておるわけであります。ということは條文を参照して参りますと、第十九條では、この日本國有鉄道を代表するものは総裁であると、規定されてあるわけであります。從つて総裁はこの監理委員会に対して責任を負うのだと規定されてございます。またこの監理委員会の任免権は一にかかつて内閣にございます。また二十二條ですが、総裁の任免権のうち、罷免の件は監理委員会の同意を得なければ罷免することができない。また二十條の役員の任命の件についても、総裁は、監理委員会が推薦した者について内閣が任命するとなつておりますからして、この法文の各條から照らして行きますと、この監理委員会というものは非常に重い権限を持つておるものであります。しかもこの指導統制ということは、日本國有鉄道がなすべき一切の業務についての指導統制だと解釈しておるわけであります。そういたしまして第十九條を考えてみますと、私はこの監理委員会というものは少くともこの法の各條から照らしてみると、意思決定機関ではないかというように実は考えられるのであります。事務当局の意向では、意思決定機関は総参にあるのだ、こういうのと、必ずしもそうではないのだというので、その点不明確なのでありますが、この機会にひとつ田中さんの御意見を承りたいと思います。
#25
○田中公述人 その点はこの規定の全体を見ますと、たとえば第十六條などにも議決方法という言葉も現われておりますし、第二十條の規定を見ましても、その他の規定を見ましても、結局この法律で示されておる事項についての議決決定の権限を持つた機関であるということは疑いをいれない。ただそれ以上に実際にその業務の運営を指導統制するという権限の具体的内容として、どういう程度のものを持つかということは、この規定の上には全然現われておりません。そのために先ほども申しましように、場合によつてはこれが最高の責任者である。そうして実際の運営の面では、総裁がその衝に当るとしても、それをさらにもう一つ高い見地から指導し統制するという権限を持つた最高の機関だというような考え方が、出てくる可能性があるのではないか。もしそういうことになりますと、これは事務当局も何も持たない五人の民間の人が中心になつて運営することになるわけでありますが、もつともその一人といいますのは私の見落しでありまして、職務上当然これに就任する委員というのは総裁でありますから、総裁が加わつておるとはいいながら、それが全体を動かして行くということになりますと、事務当局、総裁を初めとする役員の創意と責任によつて、自主的に能率的に運営するという面が、その指導と統制によつて相当に制約を受けるということになる可能性があるのではないか。またそれに運輸大臣の監督というようなものが加わつて來ますと、その創意と責任による運営という面が実際に非常に混乱した、從來の運営よりも一層複雜化した、そうしてその責任の所在がかえつて不明確になるおそれがあるのではないか、そういう意味からいたしまして、この規定の上では、特にその條文の中に現われた限りにおいては、明らかに決議機関――單なる諮問機関でない決定機関になつておると思いますが、その趣意が、指導と統制という言葉から全業務の運営にまで干渉して來るということになつて参りますと、非常に問題が困難になるのじやないか、この法律の趣意を達成することがむつかしくなるのじやないか。こういう懸念を持つておるわけであります。
#26
○正木委員 もう一言、今のあなたの御説のように、私の非常に心配いたします点は、この五十二條に規定されてあります運輸大臣の監督権とこの監理委員会との関係、それから今の十九條によつて示された総裁の権限との三者の間が、常に調和がとれませんと、現在の國有鉄道がいたしております以上の大きな混乱が出て來る。そのことが日本の再建の上に非常な妨害になるのではないか。このことを私は非常に心配いたしておるわけであります。そこでこうした過渡的であればあるほど、私の考え方としては、そうした混乱摩擦というものは避けたい。避けたいためには、この不明確な法案を作成技術の面で、責任の所在が明確にされるものであれば、しておいた方がよろしいではないかという考え方が、私の頭を支配いたしておるわけであります。この監理委員会の権限というものが、指導と統制をする権限と責任を有する、この規定されてあります限り、業務全体に対して少くとも指導と統制をする権限と責任を持たなければならぬのであります。私は責任を持たないのであるならば、これはおのずから別でありますが、責任を持つ限りにおいては総裁を加えたこの役員会というものは、私は決議機関であると見ることが妥当ではないか。そして総裁以下は一つの事務執行機関である。こう見るべきではないか。そしてこの五十二條の鉄道大臣の監督命令権というものは、私は監理委員会に來るべきものではないか、こういうような解釈を実は下すわけであります。この点が不明確であります。一つの具体的な場合を引用いたしてみますれば、この監理委員会は民間の出身者によつて構成されるわけであります。しかもまた総裁は監理委員会の推薦によつて内閣が任命するわけでありまして、監理委員もそうでありますが、そうしますとこの民間から選ばれた監理委員及び総裁と、場合によつては政府機関であるところの運輸大臣との間に、意見の相違が來ないとも限らぬと思います。それからかりに監理委員会が推薦いたしました総裁と監理委員会との間に、この廣汎な事業を遂行するのでありますから、意見の相違を來さないとも断定できないと私は思う。そこでこうした困難なときであればあるほど、私は責任の所在というものを、決議機関、執行機関、運輸監督機関というこの三つの段階をこの法律の中で明文化しておく必要があるのじやないか。これはあいまい模糊としておるところに、今後の運営上に非常な混乱と摩擦を來しはしないかということを憂えておるわけであります。重ねて御所見を承りたいと思います。
#27
○田中公述人 この法律の責任帰属の関係を明確にいたします上からだけ申しますと、今御説の通りこの監理委員会が運営についての最高の責任者になり、その決定した方針に基いて総裁がその運営の代表者になる。運輸大臣の監督権というものは、その監理委員会に対する関係においてなされるということになれば、法律の体裁の面から申しますとそれですつきりした形になると思います。ただそれが運営の眞の能率化をはかる上に役立つかどうかという点については、私は監理委員会というものがそういう実質的な決定権というものを持つことが適当かどうか。むしろほんとうの運輸関係の專門家である総裁が全責任を持つてやつて行く。監査委員会はただその事業についての監査的な仕事をする。この法律の定めておる人事のほかには、ただそれについての監査的な仕事をするという意味で、監査委員会の地位を認めて行つた方が妥当ではないか。その点で結論は違いますけれども、法律の形式あるいは責任の帰属を明らかにするという上から申しますれば、今仰せの通りにすれば非常にすつきりするだろうと思います。
#28
○正木委員 あなたの言われるように、この監理委員会の持つ権限と責任が監査的なものであれば、これはまつたく私同感なんです。ところが監査的なものでない。諮問機関でもなければ意思決定機関でもないというところに私の疑問が出て來る。監査機関であるならば、場合によると事人の任免の権限以外には、ある意味で実質的には監督機関にもなり得るわけであります。そういう方向に持つて行くのであるならば、私まつたく同感であります、私の質問を終ります。
#29
○有田委員長 それでは私から鈴木さんと吉阪さんにお尋ねしたいものでありますが、ただいま成田委員、正木委員からお話がありました第十條と十九條、五十二條のこの総裁、大臣、監理委員会の関係と、日本國有鉄道という名前に対して、さらにもつて適切な御意見があるかどうか、この点を一つお尋ねいたしたいと思いますが、鈴木公述人に御説明を願います。
#30
○鈴木公述人 日本國有鉄道という名前はこれは法案そのものを見ますれば、鉄道の資産は國が出資したもので、資産の所在主はこの公共企業体でありまして、國有ではない。從つて私は先ほど國有鉄道法第一條の問題を申し上げましたが、実際論に見ますれば、これは先ほど田中委員の申されるように、実質的には國有の鉄道であります。從つてその名前を日本國有鉄道にするかどうかということは、名前の問題でありまして、私は日本國民の感情から申しますると、やはり日本國有鉄道という名前がこの公共企業体に合つている。そういう意味において、私は名前は日本國有鉄道でいいと考えます。
 それから監理委員会の問題でありますが、これも先ほど申し上げましたように、また正木さんや成田さんの申された通りに、このままではがんだと思います。この一つの方向は、やはりこの事業は総裁がほんとうに自分の責任を持つてやるのが至当だと思います。從つて監理委員会というものは、先ほど田中さんの言われたように、監査あるいは監督の程度がいいと思う。あるいはまた一つの考え方としては、この條文から監理委員会を運輸大臣の監督機関にする。運輸大臣が國有鉄道を監督する場合においては、この監理委員会的のもののいわゆる議決を経て監督命令をする。こういう形式にするのも一つの筋かと思います。このままでは非常な混乱を生ずるから、この点を明確にされることがいい。もしこれを日本國有鉄道の内部機関とせられるならば、これは諮問または監督、勧告の機関にとどめることが至当だと考えます。
#31
○成田委員 今監理委員会の問題について田中教授も、この権限を縮小した方がいいだろうという御意見があつたんですが、それに関連いたしまして政府の説明では、この監理委員会を設けたのが本法の特色だ、これによる企業の民主化という点がこの特色だという御説明があつたんですが、公述人の皆さんの御意見を承りましても、監理委員会の権限の縮小の方向に進んでいる。そういたしますと本法の特色はなくなるわけですが、その代り私たちはこう考えるんです。やはりこの公共企業法を民主的に運営するためには、この前の石炭國管法では生産協議会ができておりますが、これに労働者代表が出まして、業務の運営については、この生産協議会の議決を経なければ、重要な業務の執行はできないということになつておりますが、特に補強性という問題につきましても、労働代表を入れました生産協議会的な経営協議会をもつて、事業の民主的な運営をはかる必要があるのではないかと考えますが、この監理委員会の問題に関連いたしまして、特に実際的である鈴木さんにお尋ねする次第であります。
#32
○鈴木公述人 私はこの監理委員会が日本國有鉄道の内部機関で、業務を執行する勧告及び監査機関といたしますれば、もとより多数の從業員を所有している國有鉄道として、労働問題に対しまするごとに、労働者の意見というものをいろいろしんしやくし、考慮して業務を執行するということが、必要なことと思うのであります。しかしながら実際の業務において、かくのごときものは團体交渉権が認められておりますから、その團体交渉権において行われるのがいいのでありまして、実際の経営経理の面からいえば、これはこういう條文にあるところの委員の人が監督して行く方が、実際は穏やかに円滑に行くものである。これを両者を入れたところの監理委員会の勧告その他を聞いて運営して行くことにおいては、種々の点においてかえつてその運営の円滑を妨げるものである。労働問題に対しては團体交渉権をもつての交渉においてやつて行くべきものだ。私はそう考える。
#33
○成田委員 ただいま團体交渉権によつて、運営その他の問題をきめたらどうかという御意見なんですが、先ほど田中氏からお話がありましたように、三十五條に「公共企業体労働関係法第八條の規定を変更するものと解釈されてはならない。」公共企業体労働関係法第八條第一項には「公共企業体の管理及び運営に関する事象は、團体交渉から除かれなければならない。」團体交渉から省く。團体交渉によつてこれをとりきめることはできないということになります。
#34
○鈴木公述人 それは運営そのものは経営権に存在するものかどうかということでありまして、その運営の問題そのものは、この監理委員会でやつて行つていいのであります。
#35
○成田委員 單なる労働條件だけでございますか。
#36
○鈴木公述人 ええ。
#37
○前田(郁)委員 ちよつとお尋ねしたいことは、これは條文の問題ではありません。今後國有鉄道としてやつて行く上において、こういう問題がはたしてよいかどうかという問題です。先ほど吉阪さんからお話のありました損益の処理の問題です。損失の額を限度として交付金を交付するという問題です。県在の運輸省というものが、すでに六百億以上の赤字を出しておるのでございます。これは重大な問題で、あるいは議会にかけて承認を得なければならぬ、あるいは運輸大臣の承認を求めるというようなことで、なかなかめんどうな問題だと思います。先に吉阪さんから將來こういうことは借入金をするようにしたらよいではないか、またそうすればたいへんはげみがあるというようなお話がありまして、経営の面からごもつともと思いますが、はたしてこういう日本國有鉄道として経営して行く場合に、こういう條項でやつて行けるのか。こういう点をひとつ伺つてみたいと思います。
#38
○鈴木公述人 私はこの條文は何條をお指しになつておるかはつきりいたしませんか……。
#39
○前田(郁)委員 四十三條です。
#40
○鈴木公述人 いわゆる企業体が公共企業体になるからにおきましては、その收入をもつて支出をまかなつて行かなければならぬと思います。しかしながら現在における收入の運賃の態樣を見まするときには、國民生活の安定、産業への影響からいわゆる生産原價を割つておるところの運賃を設定することがはなはだ多いので、この原價を割つておる運賃をだれが負担するか。これについては私は政府が負担すべきものではないか。それを國有鉄道がかりに收入をもつてするとすれば、運賃を上げては國家の社会政策、産業政策とマツチしない。たとえば貨物の石炭運賃、あるいは米の運賃、あるいは旅客の定期運賃のごときは、はるかに原價を割る。こういうものはすなわち國家が負担すべきものである。そういうところから來るものは相当國家が交付すべきものである。もとより鉄道内部において合理化して節約すべき点は多々あると思います。すなわちその合理化せざることによつて生じたる損害は、これを國家が交付するやいなやは、それは交付金を審査するときに四十三條によつてきめられる。しかしそれが合理的かどうかというところの見解をきめることが、非常に問題だと思いますが、これは交付金をやるからには、國会の審議を経なければならぬ。それは國会においてほんとうの社会政策上、その他國家の負担すべき損害であるかどうかを審査すべきであると私はそう思う。
#41
○有田委員長 吉阪さんにお尋ねいたしますが、第十條の問題と十九條、五十二條と日本國有鉄道の名称について、御意見を拜聽したいと思います。
#42
○吉阪公述人 日本鉄道という名前が適当であるか、もつとほかにありはせぬかというお尋ねにお答えいたします。これはマツカーサー司令官の書簡に基いて、今度は公共企業体にするということになつたわけです。その公共企業体というものは何かというと、私は一つの公團ではないか、いわゆるパブリツク・コーポレーシヨンではないかというふうに考えるのであります。それで現在のいわゆる國有鉄道の特別会計に属するところの、國家の所有に属する鉄道を、パブリツク・コーポレーシヨンの形で経営しろということでありますから、これは國有鉄道公團法というような名前にした方が、適切ではないかと思うのであります。それで先ほど私は社会主義のイデオロギーに基いてやるのかどうかということを伺つたのでありますが、それは國有とする場合におきましても、公團として経営する場合におきましても、やはり社会化の意味においてやる場合と、しからざる場合に二つの場合があり得ると思います。社会化として公團にするということもあり得るのでありますが、もしそうであるとするならば、その意味を政府ははつきりしておいた方がよかろう。またそうでないとすれば、その意味をはつきりさしておいた方がいいじやないかと思います。私の希望といたしましては、國有鉄道といえども会社組織で経営することができるのでありまして、公團とせずに、ベルギーなどのように――ベルギーはたしか國有鉄道会社というものでやつております。株式組織であります。千万株が政府持ち、二千万株が民間持ちということでこういうような形態にすれば、経営は能率的な経営ができるものと信じております。しかしながら公共企業体というマツカーサーの書面にある意味がどういう意味であるか。これは私ははつきりいたしませんが、もしも公團というようないわゆる公法人としてのパプリツク・コーポレーシヨンでやるというのでありますならば、またそれを変更することができないということでありますならば、日本の國有鉄道公團法というような名前になすつた方が、むしろ内容をして適切にするのじやないか。何もこの法律が鉄道を國有にするというような明治三十九年の法律の意味とは大分違うと思います。むしろ運営の形態に関することでありますから、日本國有鉄道法人法とか、あるいは日本國有鉄道公團法とか、むしろ公團法というような名前が適切じやないかと思います。
#43
○有田委員長 それから監理委員会の問題ですが、第十條のそれと大臣、総裁の関係で今御議論があつたのですが、これにつきまして……。
#44
○吉阪公述人 これはごもつともだと思います。二重、三重の監督を受けるということになると、能率に非常に影響するかと思うのであります。私はむしろ監理委員会、これは外國で言うガヴアニング・ボデイだと思いますが、ガヴアニング・ボデイだとすれば、やはり意思の決定機関、議決機関でありまして、その監督のもとに國有鉄道公團の総裁がいわゆる事務局長として働くということになつて、一つの理事会のようなものになると思うのであります。重役会になると思うのであります。同時にこの重役会がやはり監督の責任を持つてよいと思う。運輸大臣の監督のもとに服しなくてもよいじやないかと思うのであります。しかしながら先ほど責任はだれに対して負うかというお話がありましたが、この委員も運輸大臣から指名されておるのでありまするからして、やはり運輸大臣に対して示されておるような一つの國家機関として、今の法案を解剖いたしますと、行政官廳ではありませんが、やはり行政官廳と同じような一つの國家機関として、運輸大臣のもとにこういう公團を置くというような組織に、なつておるのではないかと思います。
#45
○有田委員長 それでは午前の会議はこの程度にして一但休憩をし、午後一時三十分より再開することといたしまして、それまで暫時休憩いたします。
    午後零時三十一分休憩
     ――――◇―――――
    午後二時十一分開議
#46
○有田委員長 休憩前に引続き会議を開きます。
 横浜経済專門学校教授黒澤清君より御意見を承りたいと思います。黒澤清君。
#47
○黒澤公述人 私は横浜経済專門学校の教授黒澤清であります。はなはだわずかばかりでありますが、数年來英米のバブリツク・コンポレーシヨン等の問題を研究して参りました一研究者の立場で、自由な意見を申し上げてみたいと思うのであります。ただ時間の関係上、この法案の全勲について御意見を申し上げる余裕もありませんので、大体財政及び会計の面について考えを申し上げてみたいと思います。主としては第五條の資本金、第三十六條の経理原則、第三十八條の予算、第四十條、第四十一條の決算、第四十三條の交付金並びに納付金、第四十四條の借入金、同じく第四十五條の借入金償還の問題、それから第四十七條の現金出納、第五十一條の会計檢査、それらの條文だけに一應限定いたしまして、意見を申し述べてみたいのであります。
 まず第五條の資本金に関する規定につきましては、これを拜見いたしまして非常に大きな疑問に逢着するのであります。この條文に限りませんが、全体としての感想を申し上げてみましても、この國有鉄道法案によつて組織された新しい公共企業体の運営というものが、現在までの運輸省の内局としての國鉄の経営方針に比べて、むしろ改惡ではあるまいかと思われるような点が多々あるのであります。まずこの第五條の資本金というものは一体何を意味するかということが十分に理解しかねるのであります。しかしこの條文を生かして解釈すれば、どういうふうにとられるかということも考えてみたいのでありますが、昨年度の國鉄の決算報告を見ましても、赤字はすでに百八十五億になつております。本年度末までの予想を考えてみると、おそらくは五百億あるいは六百億になるのではあるまいかと思うのであります。それに対應して負債側の借入金に該当するものが、昨年度までで四百七十億あるのです。これまた年末までの予想では、おそらくは六百億を越えるであろうと思うのでありますが、この第五條の資本金というのは、赤字や借入金の問題を度外視して考えているのであろう。それを度外視して考えておるのであれば、第五條はきわめて合理的な規定であると思うのであります。國鉄の現有財産というものは、固定資産が二百億、その他事業用資産を加えて三百五十億あるのでありますが、あるいは年末までにはこれまた四百億を越えるでありましよう。そこで四百億の資産を政府が全額出資して、四百億の資本金をもつて新たに公共企業体を設立する、こういう観念であるならばまことにけつこうだと思うのであります。もしもそういう意味において第五條を設けたのでなければ、第五條をもつと明確に規定しなければ、いざ公共企業体としての営業開始というときに、いろいろ困る問題が生ずるのではあるまいかと思うのであります。そこで第五條を、全額出資四百億の自己資本をもつて公共企業体として設立する、こう考えますならば、從來の赤字はこの際切り捨ててしまう、借入金は政府の公債としてそのまま残すという方式で一向かまわないので、もしもこの借入金をも包括的に公共企業体に移すというならば、そのことを明確に第五條にうたわなければならぬと思います。またこの厖大な借入金を承継するならば、かつて外國において公共企業が設立された場合にならつて、有形資産以外の無形資産を出資する。すなわち営業権を出資する。こういうような観念に改められるのが合理的ではあるまいか。こういうふうに考えます。第五條はある意味において技術的な問題でありますから、日本國有鉄道の本質的な問題から、一應別個に切り離して考えてもよろしいのでありますが、非常に重要な点は、第三十六條以下の経理原則、予算決算等に関する規定であると思います。これは第一條の精神から言うならば、第三十六條から第五十一條に規定するような規定は、出て來ないはずだと思うのでありますが、第一條の精神と反するような多数の規定がそこに網羅されている。おそらく想像いたしますのに、このパブリツク・コーポレーシヨンの設立は、國鉄の労働関係の改正が主眼であつて、他はこの改正を將來に延期する。暫定的にまず名前だけの公共企業体にして、労働関係だけを主眼としたというならば一應はわかるのであります。しかしせつかく公共企業体の設立をいたします場合に、將來の改正を阻害するような規定を残置したままで進むということは、非常によくないのではないか。こういう考え方から、第三十六條改正の私の所見を申し上げてみたいと思います。
 このパブリツク・コーポレーシヨンというものは、世界的な傾向の一つとして現われているものであつて、英國のナシヨナリゼーシヨンにおいて、英國の鉄道、英國の鉱山等はすべてパブリツク・コーポレーシヨン、公共企業体の形態をとつております。それからまたアメリカにおいても一九三三年以來百数十以上に上るパブリツク・コーポレーシヨンがつくられておりますが、これらにはすべて一貫する思想がある。決してこれは必ずしも社会主義的イデオロギーでありませんで、公共の福祉にかなうように國有企業を経営する。あるいは單なる私企業として経営するよりは、むしろ公共企業として経営する方が國民の福祉に合致すると思われるものを、パブリツク・コーポレーシヨンに編成がえをしておるのでありまして、その場合には明確な公共企業経営原則というものがあるわけであります。その経営原則がこれらの規定の中で全然現われていないことは、非常に困ることではないかと思うのであります。それはひいては労働関係法の規定とも、そぐわないものになりはしないかと思うのでありますが、一般論はさておいて、まず三十六條の経理原則及び運賃に関する原則でありますが、この三十六條を見ますと、將來「鉄道事業の高能率に役立つような公共企業体の会計を規律する法律が制定施行されるまでは、」現在のままで行くとなつておるのであります。早晩公共企業経営の世界的通念に從うところの、新しい規定ができると予想しなければならぬのでありますが、しかしその予想を裏切るような規定が、三十八條以下にたくさん並んであるのであります。この改正を妨げるような規定を出しておきながら、第三十六條の前半においてそういう新しい法律ができるまではとうたつてみたところで、意義がないと思うのであります。でありますから、第三十六條それ自体はこれでもいいのでありますが、將來改正することを考えておるならば、当然三十八條以下をそれに合致するようなものにしてほしいと、私ども一研究者の立場で考えるのであります。特に考え合せられますことは、專賣公社というものが同じような方式でつくられる予定になつております。國有鉄道と專賣事業とをまつたく同じものと考えて、そのいずれかに右へならえをするような規定のみが、あげてあるような思うのでありますが、國有鉄道というものは、專賣事業とはまつたく違う経営権利を持つていなければならぬと思う。日本のタバコ專売は財政收入の確保という大きな目標が與えられておりまして、自然財政收入の確保という面から、大藏省の強い監督を受けなければならぬことは当然なのであります。ところが鉄道事業というものは、財政收入の確保が目的になつておるのではありませんで、当然國民経済の輸送体系の完全なる維持ということが目標になつておるし、國民に低廉豊富な輸送力を給付することに目的があるのでありますから、できるだけ運賃は低くする方針を立てなければならぬ。財政收入の確保とは何の関係もないのでありますから、この公共企業体に対する監督方針というものは、おのずから專賣事業と異ならなければならないにかかわらず、その考慮がこの法律において拂われていないということが、三十六條の簡單な文言の中にも、現われておるように思うのでありまして、この点について修正を要しはしないかというふうに考えられるわけであります。
 次には運賃でありますが、独立採算制の原則というものが、公共企業体について強い要求になつて來ておる。それが日本ばかりでなく、およそ公共企業体というものを設立したところのすべての國において、共通の要求であつたのであります。その観念はほとんど國有鉄道法案にはとられていない。わずかに運賃について、そういう意味の規定を將來つくるように出ておるのであります。アメリカでも鉄道の運賃決定の基本原則は、公正報酬の原則ということになつておる。パブリツク・コーポレーシヨンをつくつた以上は、この公正報酬の原則の上に立たなければ、労働組合とのコレクテイヴ・バーゲニングに應ずる経営主体というものが成立し得ないのであります。その際にこのパブリツク・コーポレーシヨンに代表権を與え、経営責任を與えましても、眞の意味において労働組合と團体交渉をするということは、不可能になりはしないかと思う。その点が大体第三十六條に対する意見でありますが、第三十八條の予算であります。國有事業でありますから、國会がこれに対して適切なる監督を加えるということはもとより言うまでもない。國会が國有事業を監督する方式というのは大まかに言つて、事前監督と事後監督の方法があるわけでありまして、事前監督は予算の方式により、事後監督は決算の方式によるものでありますけれども、この事前監督の予算方式においてもパブリツク・コーポレーシヨンにおいては、おのずから他の行政官廳とは異なる予算方式がなければならない。これらの予算方式については、外國の公共企業体では非常に長い経驗が積まれて來ておるわけでありますが、そういう経驗が取入れらるべきであつたと思うのであります。もしも現在の事情がそれを許さないならば、それを將來取入れることができるような余裕を残すべきではあるまいかと思う。それからまた現実の問題といたしましても、この第三十八條に掲げてあるような予算の観念では、第一條の根本趣旨にも反するし、それからまた將來公共企業体を能率的な運営をなさしめる意味からいつても、非常な妨げになりはしないか。國会が予算によつて公共事業を監督する場合のその予算というものは、彈力的な予算でなければならぬのであつて、このことはアメリカの公共事業統制法の中にもはつきり書いてある。たしか百二條であつたかと思いますが、そこには公共企業体の予算は他の行政官廳の予算とは異なり、彈力的な予算、すなわち事業計画でなければならない。その事業計画を國会は詳細に審査いたしまして、これに承認を與えるということになりのではありますが、從來の行政官廳の予算のように、款項目節によつてその行為を拘束するというものではない。決算というものは事業官廳の落合、特に公共事業の場合においては、從來の行政官廳の予算と非常に異なる意味をもつていなければならぬ。その点は四十條、四十一條について御意見を申し上げる際に、あわせて申し上げたいと思うのでありますが、予算と決算との関連が非常に密接な関係をもつておるのでありまして、從來の他の國会予算の性質からいうならば、決算というのは予算が遂行せられた結果をいうのであります。ところが企業の決算というのは、予算が遂行せられた結果でありませんで、事業計画が遂行せられた結果であります。予算というものは、この場合事業計画でありますけれども、予算が遂行せられた結果が決算なのではなくて、事業活動の結果が決算なのでありますから、この事業決算によつて國会が國有事業を監督する場合においても、從來のような予算が幾ら使われたか、正不正があつたかなかつたかを吟味するだけでは足りないのであつて、第一條の趣旨に合致するような事業活動が行われたかいなかを、決算によつて監督しなければならない。こういう意味において第三十八條の予算の方式や観念を相当大きくかえないことには、公共企業体を設立した意義がないことになるのではないかと思います。これを具体的に申し上げる余裕がないので、簡單な要領にとどめますが、たとえばアメリカの公共企業体の場合で言えば、建設予算だけは國会の議決によつて拘束する。建設予算以外の予算は、國会はこれを審査して承認するにとどめる。そこで事業遂行の結果が計画と異なる場合には、計画と実績との差異を説明せしめて、経営責任者の責任を追給する。こういう形にならなければならない。從來のような予算の拘束を行つておりましては、とうてい能率を上げることはできないのであつて、從來の運輸省が、官僚的な経営をやつておるというふうに非難された一半の責は、予算制度にあつたろうと思います。なおもう少し具体的に補足いたしますならば、もしもこの三十八條のような予算制度を固執するとすれば、実際の日本國有鉄道の経営は非常に乱れはしないかと思う。少くとも四月一日に新しい年度が開始せられるものといたします場合に、その三箇月前に事業計画が確定していなければ、とうてい現実の企業活動を円滑に進めることができないというのが、これまでの経驗であると思うのであります。國有鉄道のような厖大な企業体になりますと、その物資調達の計画は非常に厖大なものでありまして、全國至るところにおいて、その末端機構がいろいろな物資を獲得、調達しなければならない。その獲得、調達の準備をするためには、予算が、つまり計画が確定していなければならぬのであります。もしも三十八條をこのまま実施いたしますならば、とうてい三箇月前に予算が確定して、それに順應するような現実の物品調達はできないのではないか。資金計画と現実の物品調達とが非常にちぐはぐなものになつて來はしないか。これを避ける方法は三十八條を將來改正するとして、目前の應急策としてならば、便宜國有鉄道の予算に対して、ある範囲において國会が事後承認を與えるような一箇條を入れるのが、いいのではないかというふうに考えられるのであります。ともあれ第三十八條の予算の規定は、從來の文部省等の消費官廳の予算規定と、大差のない予算原則の上に立つておるわけでありまして、これまでパブリツク・コーポレーシヨンが発展して來た進歩した財政技術というものについて、何も顧慮されていない。こういう欠点があるように思います。
 それから次に第四十條、第四十一條の決算の規定でありますが、この決算の規定が私どもに十分わからない点がある。これで見ますと、決算の観念が二つあるように思うのであります。第四十條で言うところの決算というのは、これが本来の企業決算でありまして、日本國有鉄道は、毎事業年度ごとに財産目録、貸借対照表及び損益計算書を作成し、これを運輸大臣に提出して承諾を得なければならない。こうあります。この方式は一般に私企業のとつておる決算の方式であります。これを公共企業体の決算方式に取入れたことは正しいのでありますが、四十一條に参りますと、なおもう一歩別の決算の観念が加えられておる。すなわち「日本國有鉄道は予算の形式に準じ、毎事業年度の決算報告書を作成し、運輸大臣を経て大藏大臣に提出しなければならない。」ここに決算の観念が二重に現われているのでありますが、四十一條の決算というのは、在來の予算を決算するという観念であります。四十條の決算は企業の活動を一定の期末に決算するという観念であります。こういう二重の方式は、この國有事業があくまで國有であるから、こういう二重の方式をとるのだという説明があるかと思うのでありますが、百尺竿頭一歩を進めれば、第四十一條の観念というものはいらないのではないか。第四十一條にかえて第四十條の決算で足りる。そうして予算と第四十條の決算との食い違いは、経営責任者の責任として追究するという、國会の事後監督に委ねるべきではないか。もちろんその間において会計檢査という方式が介在いたしますが、この観念から会計檢査院の檢査原則というものが、根本的にかわつて來るわけであります。第四十一條の観念は、およそ公共企業体の決算の観念とは、縁遠いものであるように考えられます。
 次には第四十三條の交付金と納付金の問題であります。この交付金の問題については、國鉄が赤字を生じた場合には、その限度において國家がこれに交付金を與えて補給するという観念であります。これは独立採算の原則に合致しないではないかという風評があるようでありますが、これは必ずしもそう解釈しないでいいと思うのでありまして、公正報酬の原則が確立しておるなら、第四十三條は意味を持つて來る。企業体としては公正報酬の原則の上に立たなければならぬけれども、およそ國有事業であるから、特にインフレに際して國民の運賃負担力の低い場合においては、國鉄はときとして原價を割つても、低運賃に甘んじなければならない。從つてそういう場合に、その限度内で交付金を與えるということは少しもおかしいことではない。問題は公正報酬の原則を立てないで、第四十三條第一項のような規定を設けているというところにあるのであります。
 それからその第二項の納付金の問題でありますが、國有鉄道は利益を生じた場合には、その中のある額を政府に納めなければならない。これも独立採算の原則から言つて少しもおかしくない規定ではありますが、この國有鉄道法案の趣旨から言うと、矛盾したものを含んでおる。第五條において資本金というものをいかに定めるかということが、非常にあいまいになつておるのでありまして、資本金の定め方と納付金の問題とは、非常に大きな関係を持つておる。何となれば、会計というものは資本と收益とを明確に区分するというところに意味がある。政府の一般会計はそういう意味を持つておりませんが、國有事業であれば、それが企業である限りは、一定の資本を持つており、そして獲得する收益が幾ばくであるかということを決定するためには、資本が定まつていなければならぬのであります。赤字をそのままもし承継する。厖大な借入金をそのまま承継するという方式で進んで、なおかつこの四十三條第二項のような規定を挿入いたしましても、これは羊頭を掲げて狗肉を賣るようなものでありまして、実際には何の意味も持つて來ないのであります。この第二項に意味を持たせるためには、まずその前提に当ることをもつと明確に規定してかからなければならない。第一項については、公正報酬の原則をはつきり打立てなければ意味がない。第二項については、國鉄の資本の制度というものをはつきり立てなければ意味がない。こういうことになるかと思うのであります。
 それから第四十四條並びに第四十六條は、借入金の調達の方法と、それからその償還計画を規定したものでありますが、四十四條については、午前中の公述人の御意見とまつたく私は同意見でありまして、政府からだけしか借入れができない。こういうような公共企業体というものはおよそ考えられない。それならば從來の運輸省内局たる鉄道総局のままでおけばよいのでありまして、およそ外部に、政府の行政活動の外に公共企業をつくる以上は、一般資本市場を利用しないという法はない。ことに大きな生産信用を持つておるはずの國鉄が、その信用を利用して、赤字公債でないところの、建設的な借入れができないという法はないのであります。もし四十四條の方式で行くならば、この日本國有鉄道の借入金は、すべて赤字公債の中にまぎれ込んでおつて、むしろ逆にインフレの促進のもとになる結果になる。資本市場を利用せしめなければ、國有鉄道が経営の能率を増進するような、何の刺激もある得ないわけであります。これは他の公述人とまつたく意見の一致するところでありますから、詳しくは申し上げません。四十六條の借入金償還計画でありますが、これまた根本的に四十六條を入れても意味がないのであります。借入金の償還を計画するには、その財源がなければならぬ。その財源というものがまた借入金であつては、これはただ肩がわりでありまして、償還計画にはならない。およそ借入金の償還ということは、言葉をかえて言えば、自己資本を増大することなのであります。借入金の償還は、すなわち自己資本の増大なのでありますから、その財源というものが存在しなければ、四十六條の意味を持つて來ない。そこで四十六條が意味を持つためには、これまた公正報酬の原則のようなものがなければならないし、それからまた四十三條の納付金の制度等についても、なお一項を加えなければならない。借入金償還の財源というのは、営業收入以外にはないのであります。営業收入以外のところから借入金を返す金というものを求めても、これは繰返すようでありますが、再び赤字借入金を繰返すほかない。そういう点から見て、この四十六條の意味するところが、私どもには十分に理解できないことになります。
 それから四十七條の現金出納に関する規定であります。この規定がまつたく從來の運輸省が拘束せられておつたところの、國庫金取扱いの制度から一歩も出ていない。公共事業が発展して來た径路を見ますのに、公共事業の收入、支出というものは、生産活動に伴う收入支出でありますから、國庫金のような方式をとつて、常に收入はすべて國庫に入り、支出はすべて國庫より出て行く。こういう方式をとつて、いかにして経営の財政を合理化するかということは非常な疑問であります。またこういう方式をとつて、どうして労働組合の團体交渉に應ずることができるかということも疑問であります。それから從來の運輸省としての國鉄が、その莫大な收入を非常に浪費的に管理しておつた。浪費的といいますのは、もつと有効に経済的に、合理的に運用する金を、まつたく死んだ金として國庫の中に寢かしておいた。何ら國鉄の企業活動に伴う信用を背景にして、これを運用していなかつたという、その弊をそのまま受継ぐのでありますし、それからまた現実の問題としても、あの全國津々浦々の無数の停車場からあげられる莫大な收入を運搬しなければならない。國庫に納付するために非常な労力と危險を冐して運搬しなければならぬ、それからまた再び無数の人に給與を支拂わなければならぬ。あるいは莫大な物品を調達するのに再び國庫から出して、これを支出しなければならぬという、非常に非経済的な現金管理をやつておつた。その方式をそのまま受継いでおつた。もちろんその便法として振替拂いというような制度があるにはありますけれども、これは一種の便法であり、十分な効果を発揮していなかつたのでありますから、このような公共企業体がつくられるにあたつて、思い切つてこの現金管理は、民間銀行かあるいは日銀でもいいのでありますが、一應國庫取扱いの形式から離脱させるという措置をなぜとらなかつたか、疑問に思うのであります。これは要するに專賣公社と國鉄のような事業とを一緒にして、すべてそこへ出入りをする金は國庫に入れて、大藏大臣が嚴重に監督しなければならぬという、非常に古い官僚的思想がこびりついておつた結果である。遠慮なく申し上げますと、かような感じであります。
 最後に第五十一條でありますが、そこには、日本國有鉄道の会計については会計檢査院が檢査するとありますが、これはもちろん当然のことであります。けれども会計檢査院が檢査するというその檢査の原則が、何ら公共企業体の精神と合致していない。これは要するに四十條、四十一條において檢査の観念が二重になつておるところから來ておると思うのでありますが、この会計檢査院はあくまで從來の官廳の会計を檢査するという建前をとつておるから、こういう規定になるのであります。これまたアメリカの例をたびたび引用するようでありますが、アメリカの公共企業体統制法第百五條においては、明確に公共企業体の会計檢査は会計檢査院が行うが、その会計檢査の原則は一般行政官廳の檢査の原則と異なり、商事原則に從わなければならぬと明文をもつて規定しておる。その明文をもつて規定した根本趣旨は、決算の観念というものがまつたく異なつて來たことから來る。会計檢査院はもちろん憲法に基く会計檢査院法に基いて会計檐陽をやるのでありますけれども、その檐査の原則も公共企業体に対しては、そういう別個の立脚の上に立たなければならぬ。それを第五十一條に現わし得るようにするためには、先ほど申し上げたような決算の観念を、改めなければならぬのではないかと思うのであります。
 以上非常に大まかに遠慮なく考えるところを申し上げました。その他の條文についてもいろいろ疑問はございますけれども、私の專門はもつぱら財政及び会計にありますので、これらの点だけ申し上げます。
#48
○有田委員長 國鉄労働組合委員長加藤閲男君。
#49
○加藤公述人 國鉄労働組合中央執行委員長の加藤でございます。本日この委員会におきまして、日本國有鉄道法案に関し、從業員の立場を代表いたしまして意見を申し述べることを、非常に光栄に存ずるものでございます。ただ私二十七年間現業におりまして、法案の解釈その他につきまして御期待に沿い得るかどうかということは、すこぶる疑問でございますが、考えておりますことを卒直に申し上げまして責任を果したい。かように考えております。
 提案の理由にもございましたように、この法律はまつたくマ書簡の勧告に基いて、國有鉄道事業を公共企業体の事業とするために、きわめて早急の間に立案、十分な檢討を経ずして提案されたものであると考えております。元來マ書簡は何と申しましても労働問題処理に重点がおかれておつたのは、爭われない事実でありまして、私どもはこの点につきまして十分反省をいたしております。しかしながら國有鉄道に関しまして公共企業体にするということは、あの書簡にはマイト・ウエル・ビーという字句が使つてあつたように思うのでございます。從いまして私は当面の國鉄労働組合の問題処理のために、その理由を重点的に考えられて國鉄の機構改革を考えるということは、本末を顛倒しているように考えまして、わが國將來の計画に大きな支障があるのじやないか。こういうふうに直感をいたして、しばらく成行きを靜観しておつたのでございます。私どもは過去の経営協議会において、しばしば國有鉄道の機構編成について研究を続けて参りました。基本方針といたしましては、官僚の非能率的経営を排除して経営の民主化をはかり、能率的運営を確立する。第二には單なる收支のバランスをはかるという意味ではなく、社会主義政策を十分織り込んだ眞の意味の独立採算制をとる。第三番目には、行政と企業の二つに切り離し、企業部面における官僚支配を断ち切るこういうことを決定して参つたのでございます。このことは簡單に申しますれば、從業員は積極的に経営に参加して行く。経営の自立性を確立する。会計の自主性を確立する。こういうことになると考えております。マ書簡を契機として公共企業体となるならば、この点について十分な改革がなされなければならない。かように考えております。また当然われわれはこの機構改革については、十分組合側の意向も参酌されるものと考えておつたのであります。しかしながら書簡がマイト・ウエル・ビーという勧告でありましたのを、あたかもシヤル・ビーというように解釈をいたしまして、政府が一方的に自己陣営に有利なように、この書簡を処理して参りました。從いまして國有鉄道法案の点につきましては、私どもには極力悲密主義で押し通して参りまして、法案が國会に上程されるまで何らの話合いもいたさなかつたのでございます。過日参議院におきまして内村議員の質問に対し、運輸大臣は労働組合と協議を行つたかのような答弁をいたした由でありますが、これはまつたく偽りでありまして、この意味で私ども組合側は、この法案の立案がきわめて非民主的に立案されたものであるということを、まず申し上げておきたいのであります。
 このような状態でございましたので、私どもは当局側の考えを知る由もございません。やむをず独自の見解に基きまして、過日國鉄機構改革について組合側の基本方針、具体的要網、これらをパンフレツトといたしまして、参衆両院議員の全議員各位にお届けいたしまして、われわれの主張と立場を御理解くださるよう、お願い申し上げた次第でございます。
 その後この法案を手に入れましたので、急遽組合の内部に法制小委員会を設け逐條審議を行いまして、前のパンフレツトに引続きまして、法案條文の修正意見を提出するつもりでございます。本日この席にそのパンフレツトを持参いたしますれバ、きわめて好都合であつたのでございまするが、印刷の都合で間に合いませんでしたので、組合側の改正を希望いたしました重点的なものについて、少しく申し上げて見たいと存じます。
 第一章総則中にございます第五條は、資本金について規定しております。資本金は政府が全額出資すること、二十四年三月三十一日における資産の價格に相当する額となつております。このことは一見当然のことではありまするが、重要な内容をもつているのでありまして、國鉄の資本は借入資本と特有資本とからなつております。本年当初において、先ほど御指摘のございました通り、前者が四百九十九億、後者が四十九億、合計五百二十八億となつておるのでございます。すなわち公債、借入金等の借金が総額の九〇%以上になつておるのであります。もつとも資本総額の六二%は固定資産でありまして、かつ大部分が國鉄開業以來の時價によるものを含んでおるのでありますから、今回正当に再評價されるならば、数千億にも達するかと考えますので、この点は問題はないと思うのでありまするが、この公共企業体移行に際しまして、再評價の適当な手続、計算が必要であるということを、私どもは考えているのでございます。これらの点が不明確にされますならば、將來この日本國有鉄道がわずか数百億足らずの資本によつて、國鉄企業が民間資本家の手に移るということが予想されるので、これは條袋の解釈ということでなく、強力な措置をお考えおき願いたい。こういうふうに希望するものでございます。
 次に各條について具体的に修正意見を申し上げます。第六條、これは但書以下の削除を希望いたします。第二章の監理委員会中第十二條は、きわめて組合にとりまして重大な問題でございますが、この第十二條の監理委員会の委員に、「商業又は金融業について」とございます。この末尾に労働組織の代表者をぜひ加えていただきたいと思うものでございます。この條の本文の字句は英國にも例がございまして、多分その例を参酌されたものと思いますけれども、内容はまつたく異なつておるのでありまして、日本政府は、今回労働組合の経営参加は、全面的にこれを否定する建前をとつておりますが、英國の場合は任命権の建前から法文化されてはおりませんけれども、石炭國有化にあたりましても、八名の理事中二名が労働組合の幹部であつて、それが理事に任命されているという状態でございます。かくしてこそ経営の民主化も実現するのでありますゆえ、ぜひこの「金融業について」という次に、労働組織の代表者ということの挿入方をお願いするのでございます。
 第十五條でございますが、これは先ほどの公述人のお述べになりましたのと私どもは大分異なりまして、第十五條は「委員は、名誉職とする」云々という條文がございますが、これを全文削除していただきまして、「委員は、國務大臣の俸給に準ずる俸給を受ける」かように修正されんことを希望いたすものでございます。その理由は、原文のように名誉職といたしておきますと、委員会が從來ございましたように、すべて有名無実になりますので、常時責任ある機関として運営の監理にあたらしむべきである。かように考えるからでございます。
 次に第十六條の議決方法でございますが、このうちの四項、五項に「日本國有鉄道の役員又は職員」とありますが、その次に「日本國有鉄道の労働組合の代表」こういうように加えていただきたい。かように考えております。
 次に第三章の役員及び職員の章でございますが、第二十二條の総裁及び副総裁の罷免の規定におきまして、監理委員会に総裁の彈劾権を持たせる條文の挿入を希望するものでございます。
 第二十六條の職員の地位及び資格を規定いたしました條文の第二号において、これは國家公務員法の場合にも強く主張しておるのでございます。地方公共團体の議会の議員、政党の役員が職員であることができないとなつておりますが、これを削除していただきたいと希望するものでございます。
 それから第二十八條、給與に関する條文は、きわめて抽象的であります。私見たわけではございませんけれども、米國のTVA法第三條には、公社が一方の当事者となり、労働者、技術者の傭入れを必要とする契約には、これらのものの給與をその地域の類似業種の標準賃金以下としない者の條項を加えなければならない、というような條項が入つておるということを聞いております。從つて私どもも從業員の立場から、この法文は科学的調査に基く國民給與水準及び類似業種の給與水準を下つてはならない。かように修正していただきたいと希望するものでございます。
 第二十九條から第三十五條に至る各條項は、私どもに言わしむらならば、かつての官吏服務紀律の実現を意図するところが多く、從業員に対して不利益を見るがごとき條文が非常に多いのでありまして、きわめて不満に思つておるものでございます。
 第二十九條の降職及び免職を規定した條文におきましては、第一項の「勤務成績がよくない場合、」かようにありますものを、少くとも「勤務成績が著しい惡い場合」と修正していただきまして、第三号、第四号のごときは、まつたく削除していただくことを希望するものであります。
 これらの二十九條ないし三十一條の処分決定を使用者側の一方的処分にまかせないために、三十一條の次に從業員の保護規定を一條設けていただきたい、かように考えております。それは三十一條の次に設けていただくのが、法文の体裁上よろしいかと私どもは考えておりますが、降職、免職、休職、懲戒の認定にあたつては本人もしくは本人の所属する組合の発言を、十分考慮する審議会を持たなければならない。前三條の規定はこれを組合運動抑圧の手段としてはならない。本條にきめる手続を経ないいかなる処分も法的には無効とする。こういうふうなはなはだむしのよいようなことにお聞きになるかもしれませんけれども、二十九條ないし三十一條に対しては、從業員側に一應の保護規定を設けられることが当然であろうと考えて、かように希望するものでございます。
 次の第三十三條、勤務時間の延長、時間外及び休日勤務に関し規定いたしました條文は、これは政府部内でもおそらく異論のあるはずでございます。労働基準法関係から申しましても、かかる條文をここに政府みずからが入れるということは、まつたく間違つた條文である。かように考えますので、第三十三條については全文削除を希望するものでございます。
 次に第四章、会計の章につきましては、私どもは三十六條の第三項の次に、次のような一文を挿入していただきたい。かように考えておるものでございます。從來われわれは從業員といたしまして、國鉄赤字、赤字が実に人員の多いというような点、それらに集中されまして先ほどの方もその点を言われたようにも聞いておりますので、私どもはこれらがまつたく違つた國有鉄道の本來の面から生じておる赤字でないということを主張し、また將來ともこの移りかわりについて誤解のないようにいたしますために、入れていただく條文として考えておりますのは、戰災施設の復旧、電化促進その他國土計画に基く拡張工事、運賃の國民経済的制約、占領軍、賠償関係輸送等による費用はこれを明確化して、國において負担すべきものとする。かようにしていただきたいのでございます。
 次に第四十九條、財産処分の制限を規定した條項でございますが、営業線及びこれに準ずる重要な財産の讓渡は、運輸大臣の認可を受けなければならぬとありますが、これを國会の議決を経なければならない。こういうふうに改めていただきたいということを希望するものでございます。これは前段に主張いたしました会計の独立性あるいは経営の自活性ということについて、いささか逆行するような傾向にお考えになるかもしれませんが、最近鉄道審議会で買收線の拂下問題を審議されておりますが、私はその席に公述人として出ましていろいろ承つておりますと、非常にこの買收線の営業線の処分ということについて、資本家の方々の策動と申しますか、そういうふうな動きがございますので、これをぜひ國会の権威において処分していただきたい。かように考えましてお願いをするものでございます。
 以上きわめて大まかに各章各條につき修正、希望意見を申し述べたのでございますが、組合といたしましては明後二十二日には各章各條にわたる希望意見をプリントとして、各委員の方々のお手もとにお届けすることができると考えておりますので、ぜひわれわれの意のあるところを御了察くださいまして、全面的にお取上げくださいますようお願い申し上げまして、私の公述を終らしていただきます。
#50
○有田委員長 日本総同盟産業復興対策副部長清水愼三君。
#51
○清水公述人 労働総同盟の清水であります。ただいま國鉄総連合の加藤委員長からるるお話がございました。これによりまして大体私の述べんとするようなところは盡されたのでありますが、なるべく重複を避けまして、私の考える一端を申し述べてみたいと思います。現実から申しまして、この法律案を貫いております精神、多くの條文の持つておる色彩につきまして、われわれ労働陣営におる者といたしましては、とうてい賛成いたしがたいのであります。できるならばこのような法案の撤回を要求いたしまして、全然構想を新しくし練り直して、所定の國際的な手続を経た後再上程していただきたい。このように考えるくらいでありまするが、時間の関係その他の点から、どうしてもこの第三國会で審議決定する必要があるといたしまするならば、全面的な修正が行われることを希望してやまないのであります。
 私が本法案に反対する点、あるいは修正を要求する点は、大別いたしまして次の四点に帰着すると思います。第一に本案を流れておりまする思想でありまして、これは國鉄の過去の官僚支配をそのまま温存しておる点であります。第二点といたしましては、公共企業体たる國有鉄道の管理、運営機構に、労働者階級の意思を反映し得るような措置が、全然とられていないということであります。第三点は國鉄從業員諸君に対しまして、はなはだ反動的な残酷な規定をもつて、縛ろうといたしておることであります。第四点は、日本経済の再建の面から申しまして、國有鉄道に課せられておりまする使命を十分に果すためには、機構の上からもつと強力かつ迅速に機能し得る体制が望ましい点であります。以上の四点につきまして、これから若干立入つて申し述べてみたいと思います。
 第一の点につきましては、去る七月二十二日にマツカーサー元帥の書簡が発せられたのでありまするが、その中で元帥は國有鉄道に対しましては、第一に從業がは普通公職から除外されるということ、次に國鉄は公共企業体とすることを指摘されておるわけであります。さらにこの書簡の重要な目的の一つが、日本の官僚制度の改革に置かれていることを勘案いたしまするならば、國鉄機構改革の第一義的な要請は、國鉄の経営を古い官僚支配から断ち切つて、民主的かつ能率的な経営形態を採択いたしまして、同時に十分に公益に奉仕するものに改めるということにほかならないと思うのであります。しかるに本案では、現在の運輸省の機構から昔の鉄道省にあたる部分だけをひつぱり出して参りまして、そこから私鉄、その他に対する監督行政を取除き、あとの官僚的な鉄道経営をそつくりそのままに公共企業体の名称にすりかえ、高級官僚が理事に早がわりして、実権をたくましくすることに相なつておるのであります。その上一見民主的に見える監理委員会を設置いたしまして、資本家階層だけを各部門から集めて参りまして、その利益を代表さしております。しかも單なる名誉職の地位を與えるにすぎないため、結局現実には現職にあられる現役資本家だけが集まる関係上、経営上の実権はあげて高級官僚に帰するような仕組みと相なつておるのであります。このようなことでは、まつたくマツカーサー元帥の書簡に便乘して、公共企業体の名をかりて反動的な野望を貫こうとしておるものと言うよりほかはありません。書簡に指摘せられておりまする公益の確保は、このようなことではとうていはかり得ないと思うのであります。元帥の書簡にある公共企業体という言葉は、一般のこの言葉からアメリカのTVAのような形態を示唆しておるように解されるのでありまするが、私は、この書簡で元帥が、アメリカで一般に使われておりまするガバメント・コーポレーシヨンの言葉を用いないで、廣くパブリツク・コーポレーシヨンという言葉を使われたことに、一つの意義を認めらるべきと考えるのであります。アメリカのガバメント・コーポレーシヨンだけでなく、英國労働党がやつて來たような社会化された企業形態、これをも参酌してよかろうという意味ではあるまいかと考えておるのであります。私どもはかねがね重要産業の社会化を主張して参りました。日本経済の現実におきましては石炭、電力、鉄道が國民経済の基盤を形成しておりまして、相資本の再生産過程の基底となつている事実にかんがみまして、この三部門の実情に適した社会化形態を特に希望いたしているのであります。大まかに申しまして、現在までの國有事業につきましては、これを國有のまま官僚経営から切り離し、民主的に運営される形態を、また從來の民有事業につきましては、一應民有を肯定しながら所有と経営を切り離し、民主的に運営される形態を望んで参りました。このいずれもがいわゆるパブリツク・コーポレーシヨンのカテゴリーに入るのでありまして、元帥の書簡の線から離れているものでないと確信いたしているのであります。この法案が眞に民主的な公共の利益を推進し得る國鉄を目的とするものでありまするならば、すべからくこのような官僚支配を温存せんとする行き方を排し、行政部門と経営部門を嚴密に切り離しまして、能率的な運営ができるように、経済計算と人事管理制度を確立して、さらに進んで社会化の理念を大きく貫徹すべきであると主張してやまないのであります。
 第二点といたしましては、第一の点からの当然の帰結といたしまして、労働者の経営参加の確認ということであります。私どもは公共企業体労働関係法案につきましては、その全体をわれわれの立場として否認するものであります。そのような法案の必要なしと考えているのであります。その中でも特にこの法案のうちの労働者の経営参加を認めないというこの一箇條に対しましては、われわれのような建設的な平和革命を念願といたす者にとりましては、まことに憤懣おくあたわざるものがあるのでありま4。以上の見地から、この法案の第九條以降第十七條までの監理委員会の設定に対しましては適宜修正を加え、さらに第十二條に加藤委員長が申されましたように労働代表を加えること、それから第十一條に「職務上当然就任せる委員」とありますが、この委員一名を二名といたしまして、國鉄労働組合の代表者を加える等の措置を要望するのであります。なお第十二條第三項第二号に「禁こ又は懲役に処せられた者」とありまするが、この点につきましては、連合軍の指令で無効になつたような過去の彈圧法規の犠牲者に対しましては、これを例外としてもらいたいのであります。最後に労働者の経営参加のため経営協議員の設置を、あくまで要求する次第であります。
 次に第三点といたしましては、國鉄從業員に対する諸規定の根本的な修正であります。前にも申しましたように、私どもは公共企業体労働関係法案は否認するものでありますが、かりに爭議権を認めないということになりますならば、加藤委員長が申されましたように、当然第二十八條には生活保障の規定が置かれるべきであることを確信いたします。さらに第二十九條以下にあります降職、免職、休職、懲戒、これらに対する一方的な規定、第三十三條の労働基準法の一方的な破棄等につきましては、とうていこの原案をのむことはできないのであります。これらの諸点につきまして加藤委員長から條文の修正の御意見がございましたが、私どもはこれを全面的に支持するものであります。
 最後に第四点に移ります。日本経済再建のためには、國鉄の再建が絶対に必要な前提要件の一つであることは、いまさら申すまでもありません。國鉄は能率的に運営されるようになり、國鉄の物的な基盤が調整され、機関車もレールも鉄橋も昔のように復旧し、電化また促進されて参りま4るならば、その上にまた独立採算制の基礎の上に運賃が合理的にきまり、しかもそれが國民経済上むりのない價格となるに至りましたとき、このような状態が電力事情や石炭事情の好轉と時を前後して訪れるならば、そのとき初めて日本経済は本格的な拡張広生産の段階に入つたと言えるのであります。國鉄はこのような日を迎えるために、今後最も困難の大きな時期に、大きな事業を完遂する必要に迫られていると考えられるのであります。本年度一億三千万トンの輸送要請量が、政府の復興五箇年計画によりまするならば、一億六千万トンまで上昇させる必要があるように相なつております。そのために年間二十万トン以上の鋼材を毎年必要とし、さらに同じ程度の量のセメントが調達されなければならないように相なつております。またこの建設改良のためには現在の物價体系で計算してみましても、特別会計で負担するものだけでも、二千三百億に近い長期資金の需要が計算されている模樣であります。このような大きな需要を最も困難な時期にやり遂げるためには、企業形態の上からも、非常に活動的な要素が要求されて來るに違いないと考えられるのであります。この法律案によりまするならば、おそらく國鉄の執行部は、古手官僚の巣窟となる危險が多分にあると思います。かつて多くの半官半民の会社が古手官僚を集めまして、半身不随の経営を行い、それらの経営は役所と民間の短所を集約したような例が、枚挙にいとまがないのであります。かりにこの法律によりまして総裁にその人を得ましても、おそらく下部の牢固たる官僚組織の中で身動きもとれず、浮き上つた在存となる危險が多分にあると思うのであります。本案の監理委員会が、單に名誉職として各界の要人を集めるだけでありまするならば、おそらく経営の機能から申しますと、実際上はほとんど役立たず、單なるイエス・マンに終る危險が多いと考えられるのであります。この点は加藤委員長も申されたのでありますが、監理委員会をかようなものとしないで、最高の意思決定機関といたしまして、委員を專任とし待遇も十分に支拂われることが当然だと思うのであります。さらにこの委員はそれぞれの專門に應じまして、たとえば経済安定本部の総合的な資金計画や、資材計画にも参加し得るような、具体的に申しますと、ただいま安本に参與というような職がありますが、あのような公職をも兼職する道も考えられてしかるべきだと考えます。その場合総裁は監理委員と同格のようなものであつてもかまわないと思います。かつTVAのゼネラル・マネージヤーのような役を兼ね備えるような役であつても、さしつかえないと思います。ともかく経営の官僚化を防ぐ最も大きな役目を果させるべきだと考えるのであります。なお本案では委員の数が六人になつておりますが、必要でありますならばこの委員の中に、インナー・キヤビネツトのような形のものを置いて、たとえば三人委員会のような制度を採用することも考えられると思います。なおこの法律案で考えられております名誉職扱いの各界の名士は、むしろこの公共企業体を監督すべき行政監督部門におきまして、大臣の諮問機関として残して置くべきだと考えるのであります。
 最後に今まで多くの公述人の方々から、第四十四條の資金調達のことがろる申し述べられました。私もこの点まつたく同感でありまして、たとえば長期資金の調達法といたしまして、この公共企業体の鉄道公債のようなものの発行の特権を、政府の許可を條件として與えてしかるべきだと思います。もちろん今のような金融市場の状況、從いまして証券市場の実情から見ますならば、現状ではその効果は大して期待できないかもしれませんが、こうしたルートは法案の上からも認めておいてしかるべきだと考えます。短期資金につきましても皆さんのおつしやつた通りでありまして、まつたく同意見であります。
 最後に午前中の吉阪公述人から外資導入の話がございました。これに対して私どもの考えは政府対政府のクレジツトによる外資を公共企業たる國鉄が受けまして、その物的な基盤の再建に充てる。こういう形態はけつこうだと思うのでありますが、私たちは民間外資を直接に、このような公共企業体に入れるという考えに対しましては、民族の見地からも階級からもこれには賛成いたしがたいのであります。以上簡單でありますが、私の公述を終ります。
#52
○有田委員長 日本産業協議会産業部長、中矢虎矢君。
#53
○中矢公述人 日本産業協議会の産業部長をしております中矢虎夫であります。大体私から申し上げたいと思つておりましたことは、皆さんの公述によりましてほとんど、述べ盡されたような感がいたします。しかし重複をいといませず、私の意見をきわめて簡單に申し上げたいと思います。
 まず第一條でございますが、この法案は御承知のように、鉄道その他の政府事業を一般行政官廳から分離いたしまして、公共企業体をつくつたらよかろうというマツカーサー書簡に基いたものであります。從いまして本法の目的とするところはただ單に、特に本日問題になつております鉄道事業を能率的に経営して、公共の福祉を増進するというだけでは不十分でございまして、鉄道事業を、本來権力機構でありますところの行政官廳組織から分離して、私企業の場合と同樣な経済原則に立脚した、自主的なかつ独立的な公共企業を設立するという意味の文句が、第一條の條文の中に明示されることが必要であると思います。と同時にこの趣旨に從つて、以下の各條文を再檢討する必要があるのではないかと考える次第であります。
 その次に、これは午前中田中さんその他からお話もございましたが、第十條の監理委員会の権限でございます。監理委員会の人事その他に関する権限は、それぞれの條文において明示されておりますが、業務運営に関する権限と責任というものは、ただ單に日本國有鉄道の業務運営を指導監督するというだけにとどまつておりますが、これではきわめて不明確でございますから、もつと具体的に規定する必要があると思います。
 その次は、三十六條の中の特に運賃の決定方法に関する問題でございます。現在のところでは、財政法の第三條によりますと、專賣價格、鉄道運賃その他郵便料金というものは、法律もしくは國会の議決を経てきめるということになつておりますが、運賃は本來一般物價と同樣に、経済原則に從つて設定さるべきものでありまして、國家権力によつて強制的に徴收される租税とは、その性質を異にしておるのであります。從いまして運賃は國家が一方的に決定することなく、たとえば運輸大臣の管轄のもとに、かりに名をつけますれば運賃委員会というようなものを設置いたしまして、これに鉄道の利用者の利益代表者を参加せしめまして、ここで私鉄をも含めて、一般の鉄道運賃率を審議し、運輸大臣の承認を経て決定したらどうか。こういうふうに考えます。その他この第三十六條の條文によりますと、國有鉄道に対しましては、これは先ほど來の公述人が繰返して述べられたところでありますが、今後とも公共企業会計法が制定されるまでの間は、現在の國鉄特別会計法、國有財産法等が從來通り適用されることになつておりますが、これでは人事、経理について、從來通りの官廳的な制的を受けることになりまして、何のために本法案を提出したかさつぱりわからないことになりますから、本來でありますならば、本法と同時に公共企業体の運営に適應した公共企業体会計法を制定するのが妥当であります。もしそれが今困難であるとするならば、本法案そのものの中に、官廳会計と異なつた一般企業会計方式をとり得るような規定を設けたら、どうかと考えます。
 その次は第四十四條でございますが、これは田中さん、鈴木さん、黒澤さんその他の皆さんからほとんどこぞつて御発言がございましたが、國有鉄道は一般の経済原則に立脚いたしました公共企業でありますから、定められた範囲内においては、市中銀行その他の民間金融、いわゆる一般資本市場からも借入金をなし得ることができるようにしなければならないと思います。この点につきましては、現在いろいろな公團が設置されておりますが、この各種の公團は、現在の公團法によりますと、復興金庫だけから融資を受けることになつておりまして、民間からはこの法案に規定されていると同じように、借入金をすることができないことになつております。このために、現在設置されております公団そのものの運営が、非常に支障を來しているという事実がございます。この問題に関しましては、各配給公團の八人の総裁から連名の陳情書が出ておるようでありますが、これは公團設立の当初からすでに反対意見のあつた点でございまして、また同じような規定がこの國有鉄道法案にも挿入されておりますが、先ほど申しましたような公團の運営の経驗に徴して、すでに経驗済みの事項でありますから、これはやはり一般市中銀行からも借入金ができるような措置を講じたらどうかと考えます。
 それから四十七條につきましては黒澤さんから御説明がございましたが、これも同じようにすでに――つまり出納手続を國庫金の例に從わしむるということも、前に述べた理由と同じ理由によりまして適当でないと思います。この点も、現に設置されております公團の運営そのものの経驗によりまして、先ほど申しました各公團の入総裁の連名陳情書の中にも、この点が訴えられておる点でありまして、これは前に述べられました公述人の意見とまつたく同樣に、私は適当な改正を要するのではないかと考えます。
 大体私から特に申し上げたいことはそれだけでございますが、要するに公共企業体の設立そのものが、業務運営に際して官廳特有の――これが現在の公團でもそうでありますが、官廳特有のいろいろな制約を排して、ことに自主性と機動性あるいは彈力性を持たせることが適当と考えまして、この法案全体を貫いている官廳的性格を拂拭することが必要である。もしこれを拂拭しないならば、形式は公共企業体ということにはなりましても、実質的には從來の國鉄と何ら異なるところはないのであります。従いまして本法は單なる名目的な立法に終るのではないか。こういうふうに考える次第でございます。簡單でございますが、一言申し上げた次第であります。
#54
○有田委員長 御質問はございませんか。
#55
○成田委員 黒澤教授にお尋ねいたします。ただいま中矢さんからも御指摘があつたのでありますが、從來の官廳会計と私企業会計の相違というものは、彈力性があるかないかによつて決定される彈力性のある私企業の会計制度というものが、高能率に非常に役立つているという御趣旨でありますが、私たちもまことにそうであると考えるのであります。この三十六條で、黒澤さんの御指摘のように從來の会計法、財政法というものがそのまま踏襲されておる。これでは独立採算制をとつた高能率の経営はできないという御趣旨であります。この点も委員会で相当問題になつたのでありますが、それにつきまして、パブリツク・コーポレーシヨンの会計というものを――今この法案の審議を急いでおるのでありますが、ただちにこれに織り込んでやれるような制度であるかどうか。またそれが非常に複雜なものであるといたしましたら、一應会計制度については民間企業の長所を入れまして、民間の私鉄と同じような会計制度を取入れましても、あまり混乱と摩擦がないだろうか。そういうような点について、專門的な意見を伺いたいと思います。
#56
○黒澤公述人 ただいまの公共企業体の会計制度はどうあるべきか。それをこの法案にただちに取入れる方法がはたしてあるか。こういうふうな御質問と思います。現在までの國鉄の会計制度というものは、まつたく官廳会計の例にならつております。もつとも昨年度から若干の改正が行われたようでありますけれども、実際にはこれが十分に実現していないわけであります。公共企業体の会計制度、すなわち官廳会計の方式を脱して、企業会計にならなければならた点では、官廳会計というものは、現金出納においては國庫金を経過しなければならぬことが一つ、次に現金出納式の会計をやつている。そのために物品会計、財産会計というものが金銭会計から遊離しておりまして、その会計制度は非常に複雜になつている。金銭会計は金銭会計として一方に行いながら、物品会計と財産会計と別個に行つて、それぞれ物品会計の決算、財産会計の決算ということになつておる。企業会計というのはこの金銭会計、物品会計、財産会計というものを融合統一して、一つの張薄の上で計算する方法なのであります。観念としては一應そう申し上げられますが、今この國有鉄道を設立するにあたつて、即座に企業会計の制度がとれるかというと、理論的にはとれるのでありますが、この会計を担当する末端の人員においては多少不足をする。つまり機能において若干の年月をかけなければならないというような問題が銭るわけであります。それで應急の考え方としては、企業会計の原則を取入れ得るような條文になつておれば、早晩その制度の改正ができると思うのであります。ところがこの法案では、近代的な企業会計制度をとるのに妨げになるような條文が、ここかしこに残つております。むしろこの際いろいろな混乱を避ける意味ではただちに切りかえるようは、なるべく近い將來に切りかえ得るように、條文を消極的に整備しておく方がいいじやないかと思うのであります。その消極的に整備しておくという意味は、つまり第三十八條の予算の観念を改めること、第四十一條の決算の観念を改めること、第四十七條の現金出納の原則を改めること、こういうことで企業会計の近代化をはかる下地が十分できるかと存じます。ただちに新しい会計制度をこの法案に入れることは、私ども研究者の立場からいえば最も望ましいのですが、國鉄の現状から見て、そういう下準備ができるような法案であればいいのではないか、こう考えます。
#57
○成田委員 ただいまの消極的な修正というところで、國庫金の現金出納の問題と決算が二つある。この点については私了解しておるが、最初の予算の問題について改めるというのは、予算に彈力性を持たすようにしろという御意見ですか。
#58
○黒澤公述人 そうです。
#59
○成田委員 從來の官廳の予算は、きまつた以上はどんなに必要やむを得なくても出してはいけない。余つた場合は全部使つてしまうというような予算制度でなしに、來年のことも考えてやるような民間企業の予算制度と同じにしろ。こういう御意見ですか。
#60
○黒澤公述人 その通りでございます。
#61
○有田委員長 ほかに御質問はございませんか。――それではこれをもつて公述人各位の陳述を全部終了いたしました。本日は御多忙中にもかかわらず、わざわざ御出席くださいまして、日本國有鉄道法案について種々なる角度より、貴重なる御意見を聞くことを得まして、本委員会として、今後の日本國有鉄道法案の審査に、多大の参考となりましたことに対しまして、委員一同深く公述人各位に謝意を表する次第であります。
 それではこれをもつて運輸委員会公聽会を終了いたします。本委員会は來る二十二日午後一時より開会することとし、本日はこれをもつて散会いたします。
    午後三時四十四分散会
ソース: 国立国会図書館
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