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1947/08/18 第1回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第001回国会 政党法及び選挙法に関する特別委員会 第8号
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1947/08/18 第1回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第001回国会 政党法及び選挙法に関する特別委員会 第8号

#1
第001回国会 政党法及び選挙法に関する特別委員会 第8号
昭和二十二年八月十八日(月曜日)
    午後一時四十九分開議
 出席委員
   委員長 淺沼稻次郎君
   理事 井伊 誠一君 理事 細野三千雄君
   理事 中村 又一君 理事 小澤佐重喜君
   理事 栗山長次郎君 理事 大原 博夫君
      笹口  晃君    細川 隆元君
      森 三樹二君    矢尾喜三郎君
      安平 鹿一君    山崎 道子君
      馬越  晃君    橘  直治君
     長野重右ヱ門君    八並 達雄君
      周東 英雄君    花村 四郎君
      淵上房太郎君    松原 一彦君
      石原  登君    綱島 正興君
      林  百郎君
 委員外の出席者
        衆議院法制部第
        一部長     三浦 義男君
        内務事務官   小林與三次君
八月十八日委員正木清君辭任につき、その補闕として同日林百郎君が議長の指名で委員に選出された。
    ―――――――――――――
本日の會議に付した事件
 政黨の組織及び會計に關する件
    ―――――――――――――
#2
○淺沼委員長 これより會議を開きます。この前の委員會におきまして、大體政黨の範圍についての議論が行われたのでありますが、今日の政黨の組織についていろいろ御意見を承りたいと存じます。政黨の組織については、各位のところに先日各黨の綱領竝びに規約を參考資料として配付申し上げているので、それは大體において各黨とも通ずるものがあろうと思うのであります。從つて議論もそうよけいあるわけではないと思うのでありますが、參考資料のごとく政黨立案に關する研究事項として、法制部から皆さんの手もとにまわした中で、大體の機關の要綱を書いてありますから、それを參考にして議事を進めていただきたいと思います。御意見ございませんか。
#3
○綱島委員 この前の範圍のことは、大體二つの意見にわかれておつたようでありますが、そのことについてはその後大體まとまりがどういうふうになつておりましようか。
#4
○淺沼委員長 二つの意見をそのまま殘して、まとまつた形です。意見が二つあるということでまとめたわけでありますから、意見が二つ殘つているわけです。
#5
○綱島委員 そうすると委員會では、その二つの意見を整理することについての御努力はなさいますか、なさいませんか。
#6
○淺沼委員長 これから先議論をずつと進めていつて、そういう問題について意見の合わなかつた點について、それをどう扱うかということについては、もう一遍議論をしたらよろしいと思います。合わないものは合わないなりにして先へ進んでいきたいと思います。政黨の組織の問題について御意見ございませんか――政黨の組織については政黨をより民主化させなければならぬということで、いかなる組織をもつかということが非常に重大なことになろうと思うのです。ただ資料について申し上げれば、政黨は一體屆出をした方がいいか、あるいは公表の義務を課することはどうかということになつているのでありまして、現在は屆出を勅令によつてやつているわけですが、法律によつても政黨は政策、綱領、主たる事務所、所屬黨員、これらのものを附して官廳に屆けることがどうかということが議論の題材になろうと思いますが、これについて御意見はありませんか――そうすると大體において政黨を組織する場合においては、その屆出する義務を負うというぐあいに、委員會では考慮されるという點で、話を先へ進めてよろしうございますか。
#7
○細川(隆)委員 今の政黨の組織、屆出の義務の問題は、實はこれは私の私案でありますが、前の範圍の點に多少絡んでまいりますが、範圍の中で前囘の選擧によるとかどうとかいうようなことを標準にして政黨の範圍をきめるか、あるいは全然そういうようなことを考えずに、政黨というもののわくをきめるか、こういうことによつて多少屆出の義務その他についても斟酌を加えなければならないのじやないかと考えております。しかし原則としては、屆出の義務というものはある方がよろしいと考えます。ということはこれが正しい政黨の發達、しかも目的としまして、組織の民主化ということが政黨をつくりまする一つの大きな目標となつております關係で、できる限り初期においては屆出を履行をさせまして、そうして正しく民主化されておるかどうかということを、やはり他の一般の人々がわかるようにしておいた方がよろしいのではないかと考えております。
 なおこの際附け加えて委員長にちよつとお尋ねいたしますが、範圍の點でまだ未解決の問題も殘つておりますが、それは後ほどおやり願うのであるかどうか、その點ちよつと委員長の御意見を伺います。
#8
○淺沼委員長 この前一致しない範圍を相當縮小すべしという意見と、ないしは範圍は擴大すべしという意見と二つ殘つて、そのうちでも衆議院議員竝びに參議院議員を推薦する結社をすべて政黨とみなせというような具體的な事例をあげての意見もございました。そういう點と、また比率に從つて、投票に對するパーセンテージの範圍内において認める等の意見もありまして、それはそのまま意見の一致を見ざるままにして殘して、あとで議論をすることにして議事を進めたわけであります。他に政黨の屆出について御意見ありませんか――内務省の關係では政治結社については指定主義あるいは屆出主義、あるいは右兩者の併用ということが言われておるのでありまして、もし選擧課長の方からこの點について御説明を願えれば非常に參考になろうと思います。
#9
○小林説明員 私の方の案に指定主義、屆出主義云々と述べましたのは、つまり政黨の範圍をどうきめるかという問題に絡んでまいるのでありまして、たとえば政黨の範圍を前の選擧の結果と結びつけてきめる、得票の割合とか、あるいは當選擧議員數の割合とか、そういうものできめることになると、結局たれかが計算をする、これは役所がいいのか、特別の組織がいいのか、わかりませんが、そういう特定の機關があつて、その選擧の結果とにらみ合わして、選擧の行われたつど、該當する團體の名稱を指定する、こういうかつこうになることが豫想せられるのであります。それでこの指定主義というものを一應考えたのであります。
それ以外にその政黨の範圍をどうきめるか、また選擧の結果と關連のない事項によつてやれば屆出という問題が考えられるのであります。ここに書いておりますのは政黨と見るか見ないかという認定の手續に關する問題でありまして、それ以外に政黨の組織そのものの屆出という問題は、この認定の手續が指定であれ、あるいは屆出であれ、あるいはその他どういう方法であろうと別の問題としてあるわけでございまして、指定であつたならば直ちにその指定された政黨については、やはりそれぞれの組織の重要項目について屆出る、こういう問題が起つてくるだろうと考えております。それでありますから組織内部の屆出という問題は、一般的の問題としてどうしても考えなくてはならないと思うのでございます。その屆出たものを一體どうしてうまく公表するか、一般にそれをどういうふうに見せるかという問題を併せてお考え願わなければ屆出の趣旨が徹底しない、こういうことに相なろうと考えております。
#10
○細川(隆)委員 内務省案によりますと、屆出先というか、屆出を受附ける場所が全部行政機關になつております。アメリカ等の法制におきましてもこの通りでありますが、しかしアメリカにおいては行政機構が完全に民主化されているのでありまして、政黨が行政機關の一種の管理を受けるということが少しも官僚主義とか官僚制度という疑念をさしはさむ餘地がないまでに民主化されているので、政黨はそれに對する屆出をしている。日本においては地方自治制度も、中央行政機構も一歩を踏み出したばかりでありまして、官僚臭が依然として抜けていないのが日本の現状であります。私は今日の段階においては、政黨の組織機關に對する一切の屆出は、地方においては選擧管理委員會、これを改組して民主的な形にしたもの、中央においては衆議院の事務局内に適當な機關、あるいは各政黨によるところの一つの合同の機關を設置して、――あるいは前申し上げたように、われわれの衆議院の立法によりまして衆議院の中にそういう機關を設けることが私は適當であろうと思います。それから機關につきましては、昔から幹部公選論というものが、日本の政黨史の裏表となつて今日まで推移いたしておりますが、ほぼ各政黨ともこれに近くなつておりますが、まだしかし組織としてははなはだ不完全な點があるので、政黨法においては當然幹部組織の公選制度というものが明記されなければならないだろうと思います。しからば何が公選さるべき黨の幹部の機關になるかというならば、黨の執行機關というものが必ず公選制度によらなければならぬ。公選というのは黨内の公選であります。執行機關、内務省案においては常任委員會という文句を使つてありますが、これは各政黨によつて、あるいは執行委員という制度をとつております社會黨のごときものもありますし、あるいは總務會という名稱をとつております政黨もありますが、この名稱は必ずしも統一の必要はないのでありまして、少くとも執行的の機關というものが公選にならなければならないと私は考えております。
#11
○石原(登)委員 私は政黨法をつくることについて、最も重點をおきたいのは政黨の民主化、健全な政黨を助長さしていく、ここに私は力點をおきたいと思つております。從つて政黨の組織、この法制部の案によりますと、公表の義務といいますか、私はこれは當然あつてしかるべきものだと考えるものであります。まず政策、綱領、それから主たる事務所の所在地、これは當然義務としましてすべての黨員、すべての國民が全部これを周知できるように明かにする。それから第三の所屬黨員の數、これはおそらくこの四のところに書いてあります機關における總會、大會あるいはその他常任委員會等の運用については、よほど影響があるのではないかと考えますので、はたして所屬黨員數を明確にでき得るかどうかういうことも疑われます。今日たとえば共産黨員が何萬とか、あるいは天理教の信者がいくら、あるいは佛教の信者が何萬と言つておりますが、そういう數字にはどれだけの的確性があるのかわからないのであつて、今ここで所屬黨員の數を書くということは、丁度この前の選擧の時の代議士の當選豫想と同じで、よそから人を雇つてこないと足りないという結果になつて、非常につじつまの合わないものが出てくるんじやないか、こういうことも一應御調査になつたか。もう一つ私がぜひ公表の一つとして追加したいものは、黨の代表者の氏名、これだけは是が非でもつけなければいけないじやないかと考えています。
#12
○綱島委員 ただいまの屆出のことでありますが、これはもちろん私は屆出式で、しかも先ほど細川委員の御意見の通りに、衆議院の事務局に最も民主的な組織でさような屆出を受理する事務局を設けることが妥當だと思います。それは日本のただいまの民主化の状態などから見て、細川委員の御意見が妥當であると思つております。それからただいまの屆出の範圍でございますが、この一、二、三のほかに代表者を屆出るということでありますが、私は實は政黨において主たるものは綱領、政策で、人的要素を非常に重んずる考え方は、どちらかというと日本の弊害じやないか、日本の政黨の歴史から申しますと、大隅伯のために進歩黨ができておる。また桂太郎さんが出てこられたので立憲同志會ができ、伊藤さんが出てこられたので自由黨が即座に政友會と變るというようなことは、日本の善良なる政黨の發達を阻害したものであつて、もしも責任者を出すとしたならば、政黨においては實際の事務を掌つておる事務長であるとか、あるいは舊政黨の形で言えば、せいぜい幹事長の程度を選んで屆出る。つまり文書なんかの送達その他のために必要なりとする程度を越えないということの條件を附けなければならぬ。金を集めようとか、黨員の數の増減に影響をなるべく少くするという用意をもつてわれわれは立法しなければならぬ。なお機關でございますが、機關のうちに代表者という事項がございますが、この前の内務省の案によると、代表者というものが幅をきかしておつて、代表者からにらまれでもすれば、黨員としてはほとんど伸びられないような形になりやすいというふうに見えておつたが、黨内における民主化ということ、いわゆる議會内の民主化ということが、完全に行われる組織を、實はこの政黨法において具體的に法制化しておかなければならぬ。むしろそういうものはどちらかというと、身分を保障して制限することによつて、民主政治の一應の表面上の機關になるものを固定化するということは、民主政治としては反對に警戒しなければならぬ。特に日本の場合においてはしかりで、そうでそうでなくても大物を連れてきたり、名前を借りてきたりして、黨員を殖やしたり、票を取つたりということのために、日本はたくさんの被害を受けております。そういうことをやめるように注意をしてかからなければならぬ。こういう考えをもつておる從つて代表者というものについても、事務的代表者の範圍を出ないような代表者の屆出、つまり事務のやりとり、從つて黨の性格とか、社會的存在とかいうようなものは、その政策、綱領、及び實際にその黨が社會的に實踐しておるところの政治上の行動によつて保障するということを主眼におく組織をつくりあげていく。從つて代表者というものを、別な意味の固定化した權限を有するような、非常に強力な代表者の出てこないようになるべく用意して、その中で人格、識見、閲歴、功績等から、おのずからそこに民主的に一致したものが社會的に實際的に、實力ある代表者として出てくる。これは民主的の發生であつて、まことに結構でありますが、法制のためにこういうことが妨げられるようなことのないようにつくりあげる必要があるということを申し上げます。
#13
○森(三)委員 私は政黨組織に關しまして、屆出竝びに公表について義務を課することには贊成であります。すなわち記載されておるところの政策、綱領、主なる事務所の所在地、所屬黨員の數、あるいは機關、こういう國民の何人にも、政黨の所在であるとか、あるいはまた政策、綱領とか、そういう主たる問題がはつきりわかることは必要であります。しかしながら第五以下に記載されてある、たとえば前項の(ロ)乃至(ヘ)の構成員の選擧方法及び選擧の結果については必ず屆出及び公表をしなければならないかどうか。それから選擧方法、選擧の結果、機關構成員の任期を政黨法で定めるかどうか。入黨及び脱黨を全然自由にするか。それから所屬黨員の名簿の備付公表及びその屆出の義務を課するかどうか。こういうこまごましたことは、私は屆出の義務制というものを認めたくないと思うのであります。それは非常に民主化そうとすることに逆行するような結果を發生するおそれがあると同時に、私がそう申し上げるのは、實は第四ページの裏のところに書いてある八の罰則に、「政黨法において義務とされた事項について違反があつた場合、その違反に對し刑罰を科することとし本法の規定する事項の勵行を期することとするがよいかどうか」たとえば屆出義務の違反というようなことが書いてありますが、こうした屆出義務を認めると、自然罰則という問題が出てくるのでありますが、罰則の點はあとで論議することでありますから、今ここで言うのも早いようでありますが、こういう小さいことをこまごまと規定して、罰則に該當したとか、しなかつたとかいうことを論議することは、政黨の民主化を促進する上から言つて、弊害があつても利益はないと考える。むしろそれは政黨自身の自主的な發展にまつべきであつて、こうした小さな事柄を一々屆出制にすることは、かえつて政黨の發展を阻害するものである。だから何人にも知らさなければならぬということだけは、屆出及び公表の義務を課してもいいけれども、こういう小さな内部的な問題は、かえつてそういう屆出の義務を課さない方が政黨のあり方として正しいのではないかと思います。
#14
○石原(登)委員 私はこの四以下の機關、任期の決定、それから入黨及び脱黨その他に對する制限は、ある程度あつた方がいいのではないかと思います。それは範圍がまだきまつていないのでありますけれども、少くとも政黨法を制定するならば、直接國會に關係をもつところの國會議員を黨員として一人でも有するものを政黨というふうにいたしたいと思います。その前提において申し上げますが、そういたしますと、少くとも總選擧によつていろいろ國民に公約、及びその公約を實現させるために相當の努力をしなければならぬのでありますが、その努力の方法として、一つの機關、組織が必要であつて、その組織はこの公約を實現させるために一つの方法として當然責任はとらなければならない、こういう觀點からまいりましても、この機關をある程度法制をもつてはつきりと規制する。それから構成員の任期ですが、從來の行き方をずつて見ておりますと、一人の人に權力が集中している。このことは常にいわゆるフアツシヨ的な行き方を誘發いたしまして、これが今日相當の惡い歴史を殘していることも事實であります。こういう點から考えましても、この任期に對してもある程度の規制を與える。それから入黨及び脱黨についていろいろな制限を加えることはどうかというようなことになりますと、私はこれは絶對に制限を加えてはいけない、と考えます。このことについて一つの例を引いて申し上げたいと思うのでありますが、實は九十議會の初めだつたと思います。尾崎行雄先生が議長選擧の問題に對していろいろ意見を出され、その意見に對しては當時私どもは全幅的に贊成しましたが、その中に一人、民主黨でしたか、福岡縣選出の森山さんという女の代議士があつたのですが、尾崎先生の意見に非常に贊成であつた。その意見は御承知の通り、議長は少數黨から選べというので、この意見に贊成であつた。しかしながら歸つてみると、黨の方ではそれはいけないというので、黨の決定に縛られて、尾崎先生の意見と反對の方向に投票した、こういうことを堂々と新聞に發表した、こういう例もあるのであります。むしろ私から見ますならば、自分たちが公約してきたものと相反する方向に黨が動くとか、あるいは黨の政綱、事實上の政策が、かねて自分の考えておつたこととよほど違つたものに逸脱するような場合なんか、當然これは脱黨を賭しても爭うべきであつて、この場合脱黨もできないというようなことになりますと、政黨の獨善、幹部の横暴はその極に達すると私は考えるのであります。そういう意味からも、脱黨とかあるいは入黨に對していろいろな規制を與えてはいけない。最近またよい例があつたのでありますが、ああいう例がないように、脱黨とか入黨については、特に國會議員の場合なんか、その理由を明らかに聲明する義務を負わす。すなわち脱黨屆あるいは入黨申込に對しては、こういうような理由によつて脱黨する、こういうような理由によつて入黨するのだというような具體的な事實を明示する。こういうようなことはあつてよかろうと考えます。
#15
○笹口委員 先ほど森委員から、主として五以下のことに關しまして御意見があつたのでありますが。なるほどその意見も御もつともな點が多いようでありますが、しかしながら組織の民主化ということでどこが一番大事かといえば、結局黨内の役員の選擧、その他あるいは黨の重大方針を決定するそのやり方、ここにあるのだろうと思うのであります。その他のものを屆出するとか、何とかいうことが、決して政黨の組織の民主化ということにはならないのであつて、黨内においてものごとを取極めの際に、下々の黨員に至るまでの意思がその結果に現われてくることが大事なことでなからうかと思うのであります。從つてこれを一々法律に具體的に規定する必要はありませんでしようが、しかしながら少くともその黨則にかような方法は具體的に記載をしなければならないというくらいの規定はつくらなければならぬものではないか。黨則に詳細は讓りましても、黨則には必ず黨内組織の民主化が具體化するような内容を記載せしめなければならない、というくらいの義務を負わせる必要があるのではなからうかと考えるのであります。それから選擧の結果はやはり公表した方がよろしいのではなからうかと思います。七、八の入黨脱黨の問題でありまするが、私考えますのに特に脱黨者に對しましては、もちろん脱黨は自由として差支えないのでありまするが、脱黨後の政治行動について十分の注意を拂う必要があるのではなからうか、脱黨いたしましてただちに他の政黨にいわゆるくらがえをいたすような事例をたびたび見受けるのでございますが、今日までにおきましては、これも大して世間がその方の行動を怪しまずにおりまするが、しかしわれわれはかような點については、もつと嚴格に考えてみる必要がありまするので、脱黨者に對しまして、爾後かりに一年なら一年他の政黨に所屬することができないとか何とかいうような、一つの脱黨後の政治行動の制限を設ける必要があるのではなからうかと考えております。最後に所屬黨員名簿の備付、公表であります。これは當然のことであります。私はどうしてもこの場合において、所屬黨員をお互いの政黨が、その數も氏名も明確にしてこそ、初めて政黨の民主化ということが成り立つのだろうと思うのであります。この點につきまして先ほど石原委員から、所屬黨員の數が明確に出得ないというような御意見がございましたけれども、今後におきまして黨費の公開制をとり、そうして黨員から黨費を確實に徴收することが政黨として當然のことであるといたしまするならば、時々刻々における黨員の移動は具體的に出得るのであります。この所屬黨員を明確にいたすことはぜひともやつていただきたいと思うのであります。
#16
○森(三)委員 ただいま笹口君や石原君から御意見がございましたが、先ほど石原君の御意見のうちの六の機關構成員の任期を政黨法で定めるかどうかということは、石原君は任期を政黨法で定めた方がいいというような御意見のように承つたのでありますが、私はこれはやはり政黨の自主的な規則自體に任しておくべきであつて、この政黨法自體で機關構成員の任期を金縛りにしてしまうことは不適當ではなかろうかと思います。要するに各政黨々々で黨の大會等において適當にきめるべきであつて、甲の政黨ではその役員の任期を二年にする、乙の政黨では任期を三年にする、丙の政黨では任期を四年にするということは一向に差支えないのであつて、政黨法自身がそうした拘束を規定することは、やはり政黨の民主化を阻害することではなかろうかと考えるのであります。それから入黨及び脱黨については、石原君は嚴格にしなくてもいいというような御意見のようでありますが、これは私が先ほど申し上げましたように、やはりこうしたものを政黨法で規定することも必要ではないか、かように考えます。なお笹口君からも御意見がありましたが、役員を改選した場合、この改選した新しい役員の氏名等につきましては、これは政黨の運營上屆出はしなければならぬだろうと思うのでありますが、しかしその選擧方法というようなものも、結局それはその政黨自身の規則内規に依存せしむべきであつて、政黨法自體にそれを規定することはやはり政黨の民主化から言つて必要はないのではなかろうか。そこまで規定すればやはり規定し過ぎるのではなかろうか、かように考えるのであります。
#17
○細川(隆)委員 入黨及び脱黨は、私は國會議員としての資格をもつている政黨員に嚴重に適用しなければならぬと考えるのであります。日本の政黨史を繙いてみますと、入黨脱黨の連續史と申してもよろしいのであります。既成政黨が主義主張の爭いでなくて、ただボスによるところの繩張爭いでいかに入黨脱黨が相次いでわが國の政治を混亂させたかということは、日本の政治史の惡い半面を代表しておるところの一番大きな問題であります。民主主義日本の發足に當つて、今日においてさえなお餘り批判の對象にならないぐらいに、こういうことがすこぶるたやすく行われるということは、これこそ單に自由放任に任しておくことは、結局日本の政黨の健全なる民主主義の發達を阻害する結果になると思うのでありまして、こういう場合に法の力を借りるということは當然なことである。この方法としまして、笹口君から述べられましたように、無所屬として止まる脱黨ならば一時認めるが、他の黨に轉ずる脱黨は認めないという方法もありましよう。また院議が認めた場合にこれを認めるというような方法もありましようが、方法は第二の問題として、この脱黨及び入黨の問題は國會議員に關する限りは嚴重に規定さるべき重大な一項であろうと思います。
 それから所屬黨員の名簿、これは今日の政黨の基礎がすこぶる動搖というか薄弱であることは、黨員の組織がすこぶる不完全であるからでありまして、民主主義の基礎は議會であり、議會の基礎は政黨であり、政黨の基礎はすなわち黨員であります。ですから黨費の公開の問題及び黨費の徴收の問題とも、これは不可分の關係に立つ問題でありますが、當然所屬黨員がはつきりしているということは、いかなる黨にも關係していない人から黨を見る場合においても、非常に重要なる要素となるだろうと思います。本年は某黨の甲議員の運動員として走る、來年は全然主義主張の反對の乙議員の運動員として、黨員として立働くというがごときことこそ、民主主義の基礎を薄弱にするものでありまして、黨員の範圍を明確に政黨法によつて決定するということは、政黨存立及びその民主主義發展の基礎を定める一つの重要なる要素であると思いまして、この點は私は政黨法に兩方とも規定すべきであると考えるのであります。
#18
○石原(登)委員 私は法制部の方に技術的な問題についてちよつとお尋ねしたいと思いますが、私は例をとつて實際問題についてお尋ねしたいのですが、黨員というものに對する考え方、たとえば地方の町村長などの立場になりますと、一つの黨に屬していわゆる旗織を鮮明にするということは、町村行政の上に非常なる支障を來す面が多々あると思います。町村長たる場合には、あるいは民主黨にも、社會黨にも、自由黨にも屬しておるような場合が多々あり得ると思います。そうして黨には當然どの黨にも五圓なら五圓という黨費を出すということになりますが、もしそういうことを何らかの形において政黨法に牴觸する、こういうことになつた場合――たとえば結婚の場合など重婚は罰になるのですが、そういうふうにいろいろな黨に黨員として黨籍をもつことは違法だということになつた場合でも、今度は黨員の立場から言うと、いよいよとなつたら私は一番最後に加入した黨、すなわち最後の日附ではいつた黨の黨員であるということを明らかに表明することによつて、決して罰則の適用は受けない、こういうようなことも出てくると私は思うのでありますが、そういうような場合に對する法制部の見解はどういうふうなお考えでありましようか。
#19
○三浦説明員 一應ここに黨員の問題を取上げましたのは、先ほど來御意見もありました通り、將來の政黨あり方といたしまして、殊に黨費の公開等の問題と關連いたしまして、はつきり所屬黨員というものが政黨法の上で取上げられるべきではないか、かようなことから黨員の問題を一應ここにあげましたわけであります。しかしながら地方におきまして、實際の投票にあたりまして、その人の黨所屬が必ずしも明瞭だとは言えない現状でありまして、場合によつてはいわゆるシンパ的な人もあるでありましようし、またその政策が今年はこういう黨の方がよいが、來年はこちらの黨の方がよいというように、いわゆる中間的、桃色的と申しますか、さような分子の人もあるであろうと思います。しかしながら、どこまでも根本的に政策綱領に根幹を置きまして、自分はどこどこまでもこの政黨の政策綱領を支持していくというような人もあり得るだろうと思うのであります。そこらの樣相は多樣であろうと思うのであります。從いましてはつきりいたしました黨員というものは、黨費の點から考えましても明瞭にする必要があろうと思つておりますが、それ以外に人たちにつきましてどうするかということは、皆樣方の御意見によつてきまることでありますが、いわゆる法律上二重黨籍というようなものを違法なりとして處罰する規定を置くことはどうかという問題は、これは私個人の意見といたしましては、この要綱を考えまして場合におきましては、そこまで考えていない次第であります。
#20
○淺沼委員長 石原君よろしゆうございますか。他に御意見ございませんか。――それでは政黨の組織の問題については意見がいろいろあるようでありまするが、大體において屆出主義をとる。しかし屆出る對象は行政官廳でなく、地方においては地方の選擧管理委員會、もしくは中央においては衆議院の中に政黨管理に關する委員會をつくつたらどうか、こういう御意見があるようであります。そうして屆出すべき事項としては政策綱領、主たる事務所の所在地、所屬黨員の數、主幹者、こういうようなことがあげられるように伺いました。さらに機關としては、その機關を通じてその政黨が民主的に運用せられるようなものをつくれ、それは大體法制部の方がまとめた案にこれという御意見もなかつたようであります。それから機關の構成員の選擧の方法については任期を定むべし、あるいはそれぞれの黨の自主性に委ぬべしというような御議論があつたようであります。それから構成員の任期についても同樣に政黨法できめないで、それぞれの黨派の自主的なものに任したらどうかという御意見もありました。入黨及び脱黨については、一つの規定を設けたらというような強い意見もあつたようであります。それから所屬黨員の名簿の備付、これは當然なすべきだというような御意見があつたようで、大體そういうような意見があつたということで先に進んでまいつたらどうでしようか。
#21
○松原委員 この中に黨の規約というものを入れて、規約に記載すべき事項の中に、役員の任期とか、選任方法とかいうものを自主的にきめさせておけばいいのであつて、その規約が役員の任期を三年にしようが五年にしようが、あるいは指名の方法によるというようにしても、それは黨自身の問題であつて、屆出の中に規約があればいい、私はさように思います。だから屆出の中には黨の規約とかいうものをぜひ一つ入れておきたいと思う。法律で任期を何年にするというような窮屈な規定を設けることはいけないのではないか。つまり私は構成員の任期を法律で定めることには反對であります。それから所屬黨員の名簿は絶對に必要だと思います。しかし屆出るのは黨員の數だけであつて、これは備えつけておくべきものであると思います。黨がもつておるべきものであつて、しかも法律上に、黨員は必ず黨費を負擔するというくらいな義務は規定しておきたいと思う。黨費も負擔しないような黨員というものは實はあるわけはないのであります。民主的に一つの結社をつくつてそれに加盟する以上は、それだけの義務もあり權利もある、また主張もなければならない、私は常にかように信じております。この自由主義の立場から、黨員は精鋭主義で、ほんとうに黨費も負擔し努力もするという者をもつて黨を構成するというのが原則であつて、一般の大衆は、その黨の行動に從つてそれを批判しつつ自由に投票をするというのでなければならないのであつて、政黨が黨員にのみ頼つたのでは腐敗すると思うのであります。現に共産黨のごときも、黨員としてはおそらく今日でも十萬ありますまいが、投票においては百萬票以上を集めているのであります。一般の婦人あるいは青年というものの中にも、はつきりした政治上の批判力をもつている者もありましよう。そういう人々が黨籍をもつことはもちろん異議はありませんけれども、今石原君からも心配されたような、村中を三つにわけて、それが全部ある黨籍をもつという過去のやり方は、私はいけないと思う。何でもかんでも狩り込んでしまつて、黨費もとらないで、黨員だと言つて縛つてしまうというあのやり方がいけない。それが政黨法の中に規制せられるとするならば、やはり黨費という所ではつきり打切れば一つの限界がつきはしないかと思います。それもぜひこの屆出の中の要項としてお入れを願いたいと思います。
#22
○石原(登)委員 私は政黨の組織のことについて、はつきりと法において規制していただきたいと思う。それはなぜかと言いますと、一般の國民大衆のいわゆる政黨、國會議員に對しての監督權というものは、きわめて消極的な、次期の選擧においてその人に投票するか投票しないかということなのだ、ただそれだけの消極的のものしかない。しかもそのくせ、大體四箇年という長い任期を限つて、非常に大きな權限を委讓して委任している。そして委任しておりながらその人の行動を監視することができないというのが現状であります。そういたしますと國民というものは、まつたくばかをみておるのであつて、選擧の當時得手勝手なことを簡單に約束されて、その公約を守らなくてもこれを何ともすることができないということになりますと、選擧なんというものはまつたく一日をつぶして勞を得ただけであつて、選擧權は何ら權利ではない、義務だけである、私はこういうふうに考える。一般國民大衆は自分が選んだところの國會議員に對して、進んでこれを鞭撻すると同時に激勵する。そうしてこれが違つた場合には、これを何らかの形において糺彈するというくらいの權利を保有しておらなければならぬ。日本の場合は議會政治でありますから、一人々々の代議士をつかまえて、どうこうすることはできないでしようが、少くともその代議士の屬するところの政黨に對して、選んだ國民の名において糺彈するところの權利を保有さしてやつて差支えないと私は思います。そういたしますと、政黨の組織、さらに運營、こういう面に對しては、これは、われわれが自立的な立場で反省してよいのでありますが、決して今日までさようにはなつておりません。けれども外部からの制肘もあり、内輪からの反省もあつて、兩々相まつてほんとうに聲明書に掲げたところの、健全なる民主的な政黨が確立されるという目的を達成したいのであつて、政黨の運營に對してとやかく言われて、みずからそれに追隨するというようなことは、むしろわれわれが聲明書を出した趣旨と反するのではないか。私はかように考えるわけであります。私はたびたび言つておりまするが、新しい政黨ができることに對しては絶對に制約を加えてはいけない。しかしながら國民によつて國政の擔當を任されたところの政黨に對しては、これは十二分に監視をする權利を國民に與えなくてはならない。私どもはこういうような趣旨において、この政黨法をつくろうというのでありますから、この點は十二分に御考慮をいただいて、この政黨の組織と運營については、十分なる法的な規制がなければならないということを強調いたします。
#23
○淺沼委員長 他に御意見ございませんか。――なければどうでしようか、會計の點に進んでみたら……。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#24
○淺沼委員長 それでは政黨の會計について御意見のある人は……。
#25
○森(三)委員 私はこの政黨の會計というものは、やはりこれは一つの自治團體のようなものでありますから、國家にしてもまた一家にいたしましても、結局收支のバランスというものが、ここに明らかにされなければならない。政黨におきましてもそこは人の集まりでありますから、やはり會費、經費、負擔金というものは當然に要るのであります。政黨には事務員も使わなければならないし、あるいはまたパンフレツトもつくらなければならぬから、相當に金が要る。ところが政黨と金という關係において、われわれはずいぶん幾多の歴史的な、非常におもしろくないことを聞いておるのでありますが、これはやはり明らかな政治をする上において、黨の會計というものは明確にしておかなければならない。そうしなければボス政治が跋扈したり、あるいはまた政治にいつも暗い影を落すようになるから、どうしても私は政黨の會計を明確にすることは必要であると思う。ここに會計責任者の職責であるとか、黨員の黨費負擔の問題だとか、政黨に對する寄附の取扱だとか、いろいろと出ておりますが、現在われわれも黨に對して黨費を負擔しておる。またこうした問題はいずれの政黨でもあるのであります。そこで私はこれを明らかにし、政黨が自主的にみずからを守り、かつ明朗ならしむるために、こうした會計を明らかにすることはよろしいのでありますが、先ほども申しました通り罰則がある。罰則に帳簿類の備付、書類の保管あるいは虚僞の報告、こうした場合に政黨の責任者に罰金を課すとか、懲役に處すとかいう罰則規定が設けられた場合に、かえつてそのためにしよつちゆういろいろな内紛が起るのではなかろうか。そうでなくても黨の會計が紊亂しておる、あるいはたれそれが金を使つてしまつた、あるいはつまらない飲食に使つてしまつたというような、つまらない事柄がいろいろある。それにこうした罰則が附加えられておると、黨内ばかりでなく、外部からいわゆる司直の手によつて、檢察官というものが政黨の中に手を入れてくるということがありますから、私は會計を明らかにするところの規定は、政黨法にもつくる必要はあると思いますが、しかし罰則をおくのには私は反對せざるを得ない。これをつくるという實際の建前においては、もとより私は贊成であります。しかし罰則が幾分でもこれにはいつてくるとすれば、かえつてそのために、嚴正であるべき國民の代議機關である議會にまで累を及ぼしてくる。結局政黨が腐敗してくるということは、議會政治までも腐敗してくる。一面においてはさような場合に、國家の檢察當局がこれに手を入れてくることも必要ではないかという議論も立つかもしれませんが、しかしわれわれはあくまでもこの議會内部に檢察官廳の方が伸びてくるということは、かえつて議會政治というものを非常に紛糾さすものである。それよりもむしろ多少會計に間違いがあつても、過失のような場合がありましても、また多少金錢上のいざこざがありましても、かえつてそのために檢察當局等の手が政黨の中にはいつてきて、大した金でもないことのためにいざこざが起つてくるということは、非常に私はおもしろくないと思う。私はこうした建前の規定は絶對におきたいと思います。しかしこうした立派な規定を政黨法の中におきたいと思う半面に、もしもやむを得ず罰則規定というものをおくならば、こうした會計の規定はおきたくないような氣持がするのでありまして、この點をぜひとも皆さんに御了承いただきたい。かように思うのでございます。
#26
○石原(登)委員 私はこの政黨會計の問題については、ただいまの森君の御趣旨と實はまつたく反對であります。私は今日この政黨の地位が非常に低くて、しかも官僚に對抗できない。十二分に研究も勉強もできない。というのは、要するに費用をもつていないからであります。國憲の最高機關であるところの政黨が、實際勉強しようとしても一錢の金もないし、いろいろな調査をしようとしても一つも支出の財源がない。法制部の方々が第二十條のところで、政黨費用一部國庫負擔ということを取上げておりますが、一部ではない。政黨費用の大部分を國民負擔にしてもらわなければならぬ。私は國會議員を一人でも有しているものを政黨とみなすというその前提において論ずるのでありますが、そういたしますと、政黨は十二分の活用ができてまいります。從つていろいろな方面から費用をもらう必要もなくなります。また内容に會計の監督にあたつても、檢察當局が來ようが、何當局が來ようが自由勝手だと思う。大體會計がうやむやであるために、たとえこういうような法律をつくりましても、表面はいい加減なものしか發表しないで、實際の政黨の大ものは内幕で處理されるということになりますと、この法文は事實的には國民の大多數が協力しないという法律になりますので、ちようど今日の統制法規と同じでまつたく何の足しにもならないのであります。私はこういうふうに考えていきます時に、これまで政黨が惡かつた――今でも政黨がもし非難を受けるとするならば、この費用に絡んでの政黨内部の不明朗さにあるのであります。事實政黨の中で金を持つている者が非常な有力者にみなされたり、相當の地位を與えられる、こういうことがあつたのではいけないのであつて、この點の弊を除去するには、政黨自體が獨立して、しかも政黨は決して個人の一部の人々の存在であつてはいけない。これは國民の利益を助長させる機關に間違いないのでありますから、そういう意味でいつても、政黨の費用を國家が負擔することは、決して惡くない。但しその費用の使い途に對しては、今日の豫算、決算の關係のように、十分な監督を會計檢査院なりその他の機關で受けるのはもちろん結構だと考えます。その他一部の人からの好意的な寄附は、當然受けてもいいと思いますが、その範圍においては今日の法制部の試案に示された程度で異議はございません。
#27
○松原(一)委員 私は石原君の御意見には反對であります。一人でもよろしい、政黨を組織すれば、その調査の費用は國庫が負擔するということは、常識で考えられない。政黨は志をもつ者の自由に結社すべきものであつて、その消長は、その黨の行動價値において國民が批判する。それが選擧となつて現われて、消長を自然に決定するのでありますから、眞に國民から認められ、國政の重責を擔う自信のあるものならば、私はおのずから費用は集まつてくると思います。黨員が負擔するのみならず、その投票の際においても金が集まるのが私は正しい行き方だと思うのであります。もちろんこの十に掲げてありますものについても、贊成の意見がありますが、しかしその贊成の意見は、百萬票をとつたる政黨に對しては、一人に對し何圓ずつの費用を國庫からその黨に交付するといつたような行き方を希望する向きもあります。しかし原則としては私どもかつてやつた經驗があるのでありますが、選擧肅正同盟會という團體をつくりまして、選擧の際に會員となつた者は、投票すると同時にその當時の選擧費用の計算の基礎であつた三十錢、後に四十錢となりましたが、私は貴下に投票しました、私は貴下をわれわれの代表者として十二分の御活動を祈りますために、貴下が選擧に要したであろう費用を私に分擔させていただきますといつて、小爲替にして送らせたのであります。現にそれはあまり多くもありませんが、私どもの記憶しているところにおいては、數千圓の金の集まつた代議士もあるのであります。その代議士を信頼し、その代議士の所屬する政黨を活動せしめようとするならば、それは當然黨員が負擔し、有權者、すなわち投票した人間がこれを支持すベきものであつて、國家が見境いもなくあらゆる政黨に國費を支給するといつたようなことは、それは常識的にも考えられないことであり、なすべきことではないと思う。こういう意味におきまして私は國庫が政黨の費用を負擔するということは、斷じていけないということを申し上げたい。但し議會を構成し、國會内において國事の重責に任ずるためにあらゆる調査、研究等を行うための費用は、それは國會の費用として豐かに今後支出せられなければならないともちろん思います。政黨の任務ではない、それは國會の任務であります。ここにはつきりした區別を立てておきたいと思います。そういう意味で森委員の言われたように、私はこの會計上の規制はやはりあるべきものであるが、その會計上の内容を官憲が立入つて調査するというようなことは、私は避けたいと思う。これは將來天下の公黨として紳士的に行動しなければならないのでありまするから、ちようど株式會社等がやりますように、年何囘かを期して天下に公表すべきものであると思う。うその公表はわかります。うそを公表するものは信頼を得ません。正しい公表をするものが、次第に信頼を得て黨費も集まると信じます。由來政黨は、黨費の面において今日まで非常に大きな缺陷があつたことは周知の通りでありますが、この費用は暗い面に使われておつた。つまりやみの本場は政黨であつたのであります。それは選擧の際に、大がかりにやみが横行しておつたという事實、これを除きたい。それを除くためにも政黨の費用を公開するということが非常に大切であつて、その公開の責任は政黨自身が負えばいいのであつて、別にこれを官憲が檢査するとかいうようなことは必要がない。あくまで紳士的に自律をもつてやつていけばいいと思うのであります。罰則等につきましては、私はそういう意味におきまして贊成いたしません。
#28
○綱島委員 私は今御意見がございましたが、先ほどの石原委員の意見、そこのところで考えていただかなければならぬことは、國會議員が政務調査についてのいろいろな便宜をもたなければならぬということは、非常に大事なことで、またその便宜は國會だけじやない、政黨ももたなければならぬ。一定の政黨というものは、國會の中に政務調査に要する機關をなるべく整備して、たとえば法制局のごときもの、統計局のごときもの、そういつたものをなるべく國會の中に整備して、そういうものは國會議員も利用することができるが、政黨もまたこれを利用することができる。つまり解散後の場合にも、各黨はこれを利用して政務調査の便に供することができる。こういうような組織にしておいていただけねばならぬじやないかと私は思う。それから黨費の點について特に大事なことは、特殊の請負業者のごときものから黨費を寄附してもらう、こういうようなことだけは、ぜひ政黨は遠慮しなければならぬ。そういうことで國家の大工事を請負わすとかいろいろなことから、あまりおもしろくない風評が現在もございますし、今までもしばしばあつたのですから、特殊な國家の取扱によつて非常な利益を得たり、不利益を與えたりする業者等から寄附を受けるという、つまりここに書いてございます「株式會社その他營利を主たる目的とする」という中の、特に營利の關係が國家の權力と結びつくことによつて、非常に利益を得られるかもしれぬという種類の營利を主とする個人、もしくは會社からの寄附だけは受けないようにした方がよろしいと私は思います。それから一人の人の寄附の最高限をきめることもよかろうと思います。それでないと、金を出した人が黨内において非常に幅がきくというようなことのために、非常な英才も黨内においては伸びないで、たまたま金持の婿となつたというような者が、だんだん勢力を得てくるということでは、國家のために非常に痛ましいことでありますから、そういう缺點は除去するような方針で、ある一定の寄附の制限をされる方が適當ではなかろうかということを考えます。それから立候補することについての寄附、言いかえれば公認公補になるために黨のボスとの間の取引でありますが、これも一定の制限を設けられた方がよろしいと思います。いろいろな風評がこの前の選擧等にもございまして、何百萬圓とかいう寄附をしたために公認になつた。あるいは黨の支部が黨費を負擔しない、金があるはずだというような文句を言い出したというようないろいろな評判がございます。そういうようなことは根絶した方がよろしい。從つて金によつて公認候補をかち得ることは、決してよろしくないと思います。それからこれは立候補者の豫選ということに關係してまいると思いますが、そういう點ともにらみ合わせて、實は政黨の方においても、政黨に對する立候補するための身分をかち得るために、あるいは豫選において有利な地位をかち得るため、そういうことのために特に多額なる金を寄附するというようなことは――一般的な黨費の負擔、たとえばよく社會黨がやつたような、立候補するにはこれだけの負擔をするというようなことは、まことに結構なことでありますが、そうじやなくして特殊なる寄附をすることは、私は制限された方がよかろう。私はこういう意見をもつております。
#29
○森(三)委員 先ほど石原君から政黨の費用を國庫で負擔する云々ということについて御意見がありましたが、私は政黨の費用は、あくまでも黨員によつて自治的に盛り上つてくるものでなければいかんと思う。それは黨の政策なり、綱領なり、主義主張に黨員が眞に共鳴してくるならば、やはり黨員が、みずからの黨費を完納してくる。そこまで政治的意識というものを活用していかなければ、政黨というものは存在價値がないと思うのであります。それを國家の豫計に計上して、國家の豫計をもつて政黨の費用を賄うということは、本質的に誤りではなかろうかと私は思うのです。だから政黨の費用というものは、あくまでもその本質から考えまして、政黨を組織するところの黨員がこれを醵金すべきものである。そうでなければほんとうの政黨の新しい發達はあり得ないというふうに私は考えるのであります。なお先ほど石原君は統制法規に刑罰規定を設けてもやはりやみはあるじやないかというような御意見がありましたが、それならばなおさら、こういう政黨の會計などに、刑罰規定を設けることは意味をなさないのであつて、もし政黨の會計やあるいはその責任者に違反行爲とか、あるいは犯罪行爲があつた場合には、それはその政黨所屬の人々によつて糺彈されるべきものである。政黨というものはやはり自治團體のようなものでありますから、その政黨の内部において金錢上の間違いを故意にやつた者があるとか、あるいは虚僞の記載をした者があつたならば、それは政黨の内部の役員の機關によつて糺明さるべきものであつて、一般の犯罪やその他と同じような取扱いを受けるということは、かえつてその政黨自身の發達を阻害するものである。だからもしもその政黨自身の中にそうした犯罪行爲を起すような者がしばしばあつたならば、そうした政黨自身がその責任を負擔する。そうしてその政黨はだんだんと國民から信望を失つていくのであります。そこで私は政黨の會計であるとか、そういうようなものの自主性が尊ばれなければならぬじやないか、かような考えを私はもつております。從つて會計というものは明白にしなければならぬ。またこれを明白にすることをわれわれとしても大いに希望するのでありますが、そういう會計に關する規定をおくことに私は反對はしないのでありますが、後に書いてありまする罰則規定と絡んで、もしそうした規定をあくまでもおくというならば、私はこの會計に關するこうした微細な規定というものは置きたくない。かえつてそれをおくことによつて政黨の發達を阻害さす、それよりもむしろ政黨の自主性によつて帳簿の監督とか、あるいは寄附の問題とか、黨費の問題等は、政黨の中に調査とかあるいは監査の機關をおいてやつていくのがほんとうの民主的な政黨のためになるのである。かように考えるのであります。
#30
○石原(登)委員 さつき私は簡單に言つたものですから國費を政黨に云々というようなことを言つたのですが、私は決して見さかいもなく、どの政黨にも、政黨と名乘り出たものには國家の費用をやる、こういう趣旨で申し上げたわけではないのであります。私は新しい憲法の精神に鑑みまして、政黨を組織しておりまするところのいわゆる國會議員の地位に鑑みて、この政黨の活動というものは決して一部の人のための活動では斷じてないと私は思つております。主義主張はもちろんその立場立場において變りもしますし、利害ももちろん相反する場合もありまするが、しかしながらその主張は常に大多數、すべての國民のためを思うという趣旨のもとにやられるのであつて、政黨の活動というものは一つの國民活動である。この國民活動の費用を國家が負擔するという考え方は、これに決して原則として少しも遠慮すべきものでもなし、むしろさようにやつていかなければならないと思つております。大體今日政黨が糺彈されておりますところの原因を見てみますと、今まで政黨の費用の問題に對してあまりにも無關心である。政黨が何をやるにしても、一つの事業を行うためにはそれに要する經費が伴います。しかもこういうような國家的大事業に對して、その經費の面を考えなかつたということは、國會議員としてよほどうかつであつた。かように考えます。こういうことをはつきりと國民に考えさして、事實國民がその通りであると考えるならば、政黨のために使う費用は國民は喜んで出すべきだ、こういうふうに考えるのでありますが、今までは國民によく理解させようとしないで、自分たちはやみでいろいろな金をとつている。そうしてそのとつた金が一つの因縁を生み、その金の埋合わせをするためには、もう一度ぐるつとまわつて國民の負擔にきているのであります。そうして政黨内の運營も、そういうような金を集めた者が自然權力のある地位につくというのが、今日の實情であつて、今政黨に要する費用を國民から、税金あるいはその他の形でとることは、よほどの負擔だ、こういうふうに直接的には考えられるけれども、實質的には決してそうではない。さらにまたその集まつた寄附の使途についても、何の制約もありませんから、政黨の内部の、いわゆるボス連中が適當に使つておる。そこに私は政黨が國民から遊離し、ほんとうの民主的な政治ができなかつた原因があると思います。私は正しい政黨の活動のためには、官憲のはいつてくることも惡いこととは思いません。たとえ政黨であろうと何であろうと不正なところに司直の手の伸びるのは當然であります。政黨自身が明らかに出された金を正しく使用して、しかも國民の政治道徳を指導していくのが、りつぱなほんとうの政黨であつて、今この程度の罰則とこの程度の規定では、たとえば五萬圓の寄附とか何とかの程度のものは帳面にも載りますが、それ以外のいわゆるやり手のやる從來の行い方というものは、こういうものができてもとうてい拂拭することはできません。大政黨がどのくらいの黨員があつて、どれくらいの金を使つておるか私はよく存じませんけれども、少くとも私が聞いた範圍では、今日の政黨の維持費は、とうていそのわずかの限られた範圍から出す黨費で足りるものではない。いわゆる正しい政治意欲に燃えて、正しい政治をやろうという意欲に燃えたところの黨員の零細な黨費では、とうてい賄い得ない、かように考えます。また寄附いたしましても、何らかの保證がない限り、直接の利益が伴わない限りは、そう簡單に寄附をするものはないと思う。結局こういう立法をいたしましたところで、つまるところは同じであつて、これはただ單なる國民ごまかしの一つのゼスチユアにしかならない、私はかように考えるのであります。私はそういう意味で繰返して申し上げますが、政黨は國民のほんとうに大事な、しかもわれわれがすべてを任せるところの官廳の監督機關でもある。そういうような精神から出すもので、少しも異論はないし、この點に對して國民にも遠慮するところはない。そうして政黨にはいる金、出る金、さらに政黨が他の力を借りなくても實際に經理をやつていける、運營が十二分に賄つていけるような體制を確立しなければ、どういうりつぱな法律をつくりましても、その間には、やはりりつぱな政策を考案する者よりも、結局腐敗金をもつてくる者が日本の政治關係を壓していく、こういうような從來の最も唾棄すべき弊風が除去できない。私はぜひこの點は今日の國會の地位に鑑みて、この國會を形成する政黨の考え方というものについて、十二分に御審議をお願いいたしたいと思います。
#31
○花村委員 政黨が法律化されまするこの場合において、その設立行爲竝びに性格、行動等が法文化され、ある程度の制約を受くべきことは當然であると申さなければならぬのであります。從いまして政黨の組織に關しましても、政黨の根本をなしておりまする黨則を明らかにすることは、これは必要でありますので、從つてこの黨則の屆出ということに對する義務を課するのは、これは當然であろうと思うのであります。從いまして第四政黨の組織の分の四、五、六、七というような條項については、あえて論ずる必要はないと思います。すなわち屆出の義務を課するの必要はないと、こう私は申し上げてよかろうと思います。但し黨の代表者竝びに重要なる役員に對しては、その屆出の義務を課することがよかろうと思うのであります。そこでただいま問題に相なつておりまする會計の點でありますが、これは要するに黨活動の源泉をなすものであり、黨の生命を持續する上においてのいわゆる種にも等しいものでありますから、この會計についてこれを明確にいたすことは、當然すぎるほど當然であると申さなければならぬと思うのであります。從いましてその會計の收支に關しまする帳簿を備えつけておき、あるいは一定の期間その帳簿を保存していかなければならぬという義務を負わせますることも、これまた當然であると申し上げてよかろうと思うのであります。そこでこの政黨の費用についての問題でありますが、これは大體において、原則として黨員の負擔によるべきことは當然でありますが、しかし寄附を希望する者に對しては、政黨がその寄附を受けるということも、これまたそれに對する何らの制限をする必要を認めないと、こう申し上げてよろしいと思うのであります。要するに寄附をしようという者は、その政黨を支援してやろうという氣持から出てくるのでありますから、その寄附をする人がいかなる人であろうが、あるいはその職業がいかなる職業であろうが、あえてそれは問うところでない。要するに政黨を援助しようという氣持をもちまして寄附をする者があるならば、政黨としては何人から受けてもよろしいということに相ならなければ、理論が一貫せぬと思うのであります。しかしながらその受取つた寄附金というものは、おのずから明瞭にすべき備えつけ帳簿の會計簿によつて明瞭に相なつておりますがゆえに、從いまして寄附金の性質等に關しまして、あるいはそれが忌むべきものであるかどうかというようなことは、おのずからこの會計簿を見ることによつて明瞭いたしますのみならず、むしろ進んではこの會計簿を公表する。備えつけ帳簿を何人でも――何人でもと申してはあまり廣きに失すると思うのでありますが、少くとも利害關係をもつている者は、その帳簿の閲覽をいつでもできるというところまで帳簿を公開いたしますならば、おのずからこの寄附につきましても、ただいままでいろいろ申し述べられましたような不合理、あるいは懸念は生ぜぬのではないかと、こう私は思うのであります。しかしこの政黨に對して國庫の面から補助すべきものなりや否や、補助するのがいいか惡いか。これについても議論があつたようでありますが、私はこれは當然補助すべきものなりという斷定をいたすのであります。と申しますのは政黨を法制化するということは、要するに政黨の立憲政治に對しますところのより大きい貢獻をなさしめんとするところに、その意圖があると申してよかろうと思うのであります。立憲政治のもとにおいて政黨の生じてまいりますことは、これは必然であります。その好むと好まざるとにかかわらず、必ず政黨というものが生じてまいりますことは、これは御承知の通り事實でございます。從いまして、政治をやつていく上において、政黨が缺くべからざるものであるという意味において、政治の面から見て、政黨を度外視するわけにはいかぬのであります、從いましてその政黨政治がよいか惡いか、その政黨がよいか惡いか、政黨が充實しておるか充實しておらぬかという政黨の性格そのものが、ただちに政治に影響を及ぼすのであります。從いまして政治というものと政黨というものは不分離の關係にある。しかして今日まで自由に相なつておりますところの政黨を、今日初めてこれを法文化していう。法制化していこうということは、要するに政黨の使命の上から、立憲政治に大きな寄與をさせようという意味でここに法制化するものである。こう申し上げてよかろうと思うのであります。そういうことでありますならば、やはり國家財政の見地から見て、國家の政治をよりよく改善し、よりよく運行するその基盤となり、その原動力と相なつてまいりますところの政黨に對して、國家が補助するということは、決して怪しむに足らぬ。これは當然であると申し上げてよかろうと思うのであります。殊に今日の憲法の上から見ても、議會政治運行の上から見ましても、政黨というものの力、政黨の權威というようなものが相當に増大せられてきたのでありまして、殊に議員の發案權というものは今後の議會においては相當強く働かなければならぬというような方面に議會政治が發展向上いたしてきたのでございますが、こういう點から見ましても、政黨がその主義政策を掲げ、そうして立憲政治をりつぱに運行していこうというのには、どうしてもその主義、政策に關する調査機關の充實したものをもたなければならぬ。今日までの政黨はどちらかと言えば、まつたくこういう政務調査會の方面が、名ばかりで充實しておらぬのであります。これは私はまことに遺憾に思う。むしろ政黨の中心はここにあつてしかるべきものである。それでこういう政務調査研究をいたし、さらに進んではその政黨に屬する議員の發案權の行使にもまた妨げのないように、相當の材料を集めて、そうして法律案等をつくるというようなところまでやはり進むべきものであろうと思うのであります。もちろん議會の面においても、こういう發案權行使に缺くるところのないように、それぞれの發案機關に關する整備充實をしてまいらなければならぬことは當然であります。これは各議員がおのおのその使命を果し得るように、議會内における機能を發達向上せしめてまいらなければならぬことは當然でありますけれども、政黨政治に缺くべからざる、しかも法制化された政黨というものから見ます場合において、その政黨の眞に生命とも頼むべきところの主義、政綱というものをつくつてまいりますその機關を充實せしむるということも、これまた公の面から考えられなければならぬと思うのであります。はたしてしかりとするならば、その費用を國家が負擔することにおいて何の異存がありましようか。決してそれは遠慮すべきものじやない。國家の政治と政黨というものとは不分離な關係にある。密接な關係にある、離るべからざる關係にある。政黨の進歩發達は要するに政治の進歩發達を促すことになる。でありますからこういう見地から考えまして、國庫が負擔をすべきは當然である。否むしろ進んで國家財政が許されることでありますならば、その大部分の黨費を負擔することもいいでありましよう。けれども今日の國家財政の上におきましては、そういうことは理想でありますけれども、實行はなかなか困難であろうとは思うのでありますけれども、觀念的にはやはり幾分でありましても、その費用を國庫が負擔する。そうしてその政黨が最も憲政のために働き得るように仕向けてやるということこそ望ましいと申さなければならぬのであります。かような次第でありますから、この會計の點はまことに重大なる問題でありますので、ただいま申し上げましたような方向に向つて條文化されんことを希望いたします。
#32
○松原(一)委員 私は申し落した點もありますから添えい申しますが、政黨が今日までたくさんな費用を要しておつたのは、要するに選擧であります。選擧に莫大もない費用がかかるというところに、政黨の會計の無理があるのであります。この意味におきまして私は政黨を正しいものとし、天下の公黨として寄與せしむるためにも、選擧費用の國庫負擔、つまり選擧の公營という面を今後強く取上げたい。今日も若干の公營にはなつておりますけれども、なおかつ一人が數萬圓の金を要するといつたようなことが殘つておるのであります。これは選擧法に關連しておりますから、後に言いますが、選擧費用をできるだけ公營に移すようにいたしたい。そうすれば政黨の選擧に要する巨額の費用は減少するのであります。今花村委員からの御意見もごもつともであります。十二分に理由があるとは思いますけれども、各政黨がそれぞれ獨立の調査機關をもつことはもちろん便利でもあり、また獨自の特色も發揮できましようが、日本のこの苦しい世帶の中で、各政黨がそういうふうな完備したる調査機關等をもつことは、まず當分理想としてはよろしいが、實際においては行われない。それは當然國會の調査機關として、どの政黨が利用してもいいような統計もあれば、調査もあり、外國の文獻もあれば、法規もある。あらゆる活用すベき機關がこの國會の内部に備わつておつて、それを各政黨は自由に利用もし、活用もし、あるいは命じて調査をさせるというようにすればよいと私は思う。今日の段階においては、各政黨の調査機關を全部國庫が負擔する餘裕はないと思う、それで國會の方の機關を全政黨が活用するようにすればいいのであつて、その意味におきましても今後國會における施設に、十二分の積極性をもつて研究せねばらぬと思うのであります。かりに政黨に國費をもつて補助をするとしましても、それは非常に分配がむずかしい。議員の頭數に比例するか――當選數に比例するか、得票數に比例するか。そういう意見もあり得るのでありますが、そうしますと、たとえば一番小さい數の政黨のごときは、非常に微々たる補助金しか貰えないことになり、大きな政黨は巨額の金を得るということになるのであります。それでは石原委員がかねて主張せられるところの機會の均等、あらゆるものに公平に政治的な進出を自由ならしめるという趣旨にも反する結果が生ずると思う。政黨の費用はどこまでも政黨自身が賄うべきものであり、選擧の費用は極力國家がこれを公營において賄つて、なるべくむだな費用をかけさせないようにする。そこでバランスがとれていくと思うのであります。それを私は附け加えまして政黨は自分の費用は黨員の負擔とし、あるいは寄附にまつ、あるいは國民の信頼によつて充足すること、國費をもつて支辨するということは、この際においては不可能であり、取上げてはならないと思うのであります。
#33
○淺沼委員長 内務當局からの何から御意見がありましたら……。
#34
○小林説明員 ただいま會計の問題、特に黨費の公營の問題でいろいろ議論が出ておるところでありますが、これについてほんとうの私見に相なりますが、私たちの考え方といたしましては、ただいまも松原委員のおつしやつた通り、政黨の費用ということについて、國がある程度の負擔をするということについては、相當疑問があるのじやないだろうか。ここで考えられるのは、一體政黨の費用のどういう費用について國が負擔をするのかということも問題でありますし、おそらくは政黨の費用のうちの選擧の部分を考えるということが一つの問題であり、あるいは政黨一般の費用を見るということも考えなければならぬかと思いますが、やはり考えられるのは選擧運動の公營をもつと擴充することによつて、逆に間接的に政黨の費用をある程度もつ、こういうことがせいぜい考えられるのではないかと考えておるのでございます。
 それから選擧運動の公營の擴充につきましては、選擧法の問題になりますが、これは理論上から考えましても、實際上から考えましても、國家として選擧の機關均等と公正なる選擧の執行という兩方の面から考えて、できるだけのことは考えてしかるべき問題であつて現在の公營程度で滿足すべきか、もつとよい方法があれば當然積極的に考案してよい問題だろうと考えておるのであります。しかしながらそれ以上の問題について、政黨は國家の公黨であり、政黨の活動についは明らかに公共的な活動と見ることは、もう當然そう考えてしかるべきでありますが、その政黨本來の費用についてまで國家がどうこう言うことは、相當行き過ぎではないだろうかと考えておるのであります。そこでこの政黨法として會計上問題になるのは、むしろそういうことではなしに、政黨の費用の收支そのものが國家、國民の前に公明にされる點をいかに保障するかということが、根本の問題であろうと考えるのでございます。そこで費用の收支というものをなるべくガラス箱の中に置いて、國民の自由な批判の前に公開する。それを保障するということが政黨法として考えられる會計の問題の根本であり、また止まるべき限度の問題ではないか、こういうように私たちとしては實は考えておるのであります。ただ問題は、その黨費の收支をいかなる方法で支辨するのを法律的に規制するかという問題があると思うのであります。一般の費用は黨員の負擔によるべきものでありますが、寄附金をどういうふうに扱うかということが、一つの大きな問題であつて、一體これを制限した方がよいのか惡いのか、そこのところはいろいろ問題がありましようが、特定の方面から寄附の額というものを一定限度抑えるということが、政黨のほんとうに公明な、自主的な、民主的な活動を保障する上から言つて、あるいは適當ではないのだろうか。そのことの是非については、いろいろ御意見もありましようが、このことが一つ考えられる問題ではないだろうか。あとはその費用の大要が、常に國民の批判の前に十分な資料として提供される。それを法律が保障、擔保すればよいのであつて、それ以上のことをどうこうすることは、むしろ行き過ぎになるのじやないだろうか。こういうのが私たちの考えでございます、それからほかに問題となるべき事項は一應取上げてはおきましたけれども法律上取上げてどうこうということになれば、せいぜいそれだけの限度で止めてしかるべきでないかと一應考えているのでございます。
#35
○石原(登)委員 私は内務當局が、政黨というものの定義をどういうふうに御解釋になつての御意向か存じませんが、どうも考え方に少し食違いがあるのじやないかと思う。というのは、私たち國會と官廳とは、兩々相まつて初めて國民の利益を擁護する完全なる機關になるものと信じているのであります。ゆえに官廳だけで一生懸念にやつても、決して十二分なる國民の利益の擁護機關ではなし、また一方國會だけがいくら頑張りましても、決して國民の利益の擁護機關にはならない。こういうふうに考えますがゆえに、私は政黨の最も大事なことは選擧とは思わない。選擧はただ一つの段階であつて、新しい立派な政策を編み出して、それを役所に代行せしめるまでの段取をやるのがわれわれの任務である。この段取こそ最も重大な段取であります。これはわれわれ國民に言わせると、むしろ段取八分とさへ言われる。段取が八分だとあとの二分は容易にいくのであります。こういうふうな大事な國會の任務と、國會の國民に及ぼすところのことを考えてみますならば、私はただいまの内務當局の考えはどうかと思う。今選擧々々ということが言われておるようでありますが、選擧は一つの前提の段階である。最後のものはいわゆる立派な政策を編み出して、政府にこれを行わしめるということになるのであつて、その國會を構成する選擧、こういうような觀點でいかなければいけないと思います。國會の事務局のあり方というものは、ただわれわれがここに來て會議をやつて、その勉強をやるだけである、その根本の性質にちつとも觸れてない。ところが役所の役人はいろいろな機構を十分に勉強ができる。國會もやはりそういうような機構がなければいけない。これを例をもつて言うならば、たとえば國會に專門委員というものができて、それから法制部というものができました。ところがこの法制部の人たちでも、專門委員の人たちでも、局長と次官の間ということを言つておるのでありますが、事實局長と次官の間のそれだけの待遇が與えてない。それだけの勉強がやつておられるかと言うと、そうでない、ちつとも與えられてない。端的に言つて、役所における次官とか局長とかは、大きな組織と機構をもつておるから、その實力が發揮できるのでありますが、國會にはそれがないのであります。ゆえに國會においては一人々々というわけにはいかないが、國會を代表しておるところの黨に對しては、十二分の意味における國庫の支出、國家の支出を當然國會費として支辨すべきものである。そうして國會が自主的に運營できるように方法をもつてやれば、決していろいろな事業家に對して、いろいろな方面に對して寄附を要請したり、その貰つた寄附のためにほんとうの國家の政治を曲げるようなことがなくて濟む。こういうようなことであつて、私はもつと進んで論議をしておるつもりであります。私はこの國會の地位とそれから官廳の地位、官廳には當然、それを維持していくだけの經費があり、國會にはそれがない。こんなわからないことはない。これが十分にできるならば、今日言うところの官僚の横暴とか何とかいうものは自然になくなつていく。國會にりつぱな有望の人たちがどんどんくる。こういう結論になることを私は信じて疑わないのであります。
#36
○淺沼委員長 他に御意見ございませんか。
#37
○中村(又)委員 會計の點について最後の質問の機會のようですから、少しばかり要點を申述べたいと思います。各委員から詳細なお尋ねがありましたが、私はこの會計の根本の考え方は、やはり黨員の負擔を原則とし、熱心なるその黨支持者の寄附負擔をもつて賄うという方針でなければならぬと考えます。しかして何人の寄附であるにせよ、またその額等も餘りに制限を加えぬで、熱心なる自由の寄附を受くる途を開かなければならぬと考えます。しかして政黨の寄附に殊に注意をしておきたいのは、税金をかけない、政黨に對する公の性質をもつところの寄附金には課税せぬという建前をとりまして、政黨の發達のために、國家公權の樹立に對する活動の力をいたすために、この寄附が次ぎ次ぎに行われていくような途を開きたいと存じます。しかしてある委員などの説には、黨費の國庫補助、あるいは國庫負擔というような議論までやつたようでありますけれども、大體においてその御意見に對しましては、私は贊成いたしかねるのでございます。大體政黨というものは、第一には政府を指導し、あるいは政府を警告するという大きな立場におるのであります。これが官費をもつて賄われて行くというようなことであつては、政黨の本質的力から考えても、遺憾なことになりはせぬかと存じます。これは少しく離れた考え方でありますけれども、翼贊會などが官製豫算によつて運營せられ、政黨類似の行動をなされましたる事實などにも鑑みて、今後のわれわれの理想とする政黨の豫算は、やはり黨員みずからの力によつてこれを運營するという所におきたいものだと考える次第であります。またさきの委員が申された通りに、選擧公營という點になると、これは別として、内務當局も申された通りに、できるだけ高度にこれを擴張いたしまして、その候補者はどこまでも國家の營む選擧公營のもとに、同じ地位において堂々と選擧戰を行つていくことができるということにまで、これを推し進めたらどうであろうかと考える次第でございます。
 それから黨に對する會計の監査の問題でありますが、この監査は私は必要だと思います。收支の監査などに對して、嘘八百があるとは申しませんけれども、政黨は何百もあるということを承知をいたしておりますが、この政黨の會計收支の問題などに對しましては、少くも當分の間、相當なる監査制度を設けることが當然のことだと私は考えます。しこうしてこの監査のやり方が、官廳に任せれば官廳から監督を受けるという考え方が生れて來ることも當然でありますから、裁判所によつて監査をさせるということも、考え方の一つではなかろうかと思うのであります。元來この會計という問題を取上げて法律的に考えてみますと、今のままにしておきますと、政黨というものは法人であるか何であるか、人格があるかないかという根本問題に陷るわけでございまするが、今日までの政黨は、おそらく法人格はもたぬと私は考えます。法人格がないとしますれば、いくら金がありましても、政黨自身の名においていわゆる財産の所有はできないということに法律的にはなるのであります。こういう點から考えましても、この會計の重大さなどをみるときにおきまして、政黨というものを早く法定をいたしまして、人格を與えるということは重大なることと考えなければならぬ點だと存じております。會計に關する私の意見はこの程度でございます。
#38
○綱島委員 ごく簡單に意見を申し上げておきたいと思います。先ほどから黨費というものはどこから出ても、そうしていくらの額でも、熱心な支持者でさえあればよいということでありますが、なるほど熱心な支持ということだけの意味から出るならば、それは結構でございますけれども、熱心な支持であるかどうか、單なる政治上の支援金であるかどうかということの見解は、なかなかわからないのであります。そのことを實質あらしめるための制約といたしまして、第三の政黨に對する寄附の取扱のうちのイでございますとか、ロでございますとか、ホでございますとかいうような問題が取上げられておるのでありまして、この點は私はこの案はまことに結構だと思つております。非常に注意深い案である。これはぜひこの委員會では御採用願つて、政黨を明朗化する意味において一定の限度を加え、つまり寄附の額についても一定の限度を加える。それから寄附の出先については、政府と特殊な關係をもつおそれあるものからの寄附は嚴禁をする。そういうことはできないようにする。それから公認されるための寄附、いわゆる公認候補になるための、黨を動かすための一つのゼスチユアとしての寄附、こういうものは禁止する。こういつたようなことは私はどうしても必要だと思う。そういうことによつて政黨はよくなるものだと思う。この點だけはぜひ御採用願つた方が日本の政黨をほんとうに明朗に發達せしめるという意味において必要だと私は考えるわけでございます。
#39
○細野委員 私は遲くまいりまして、ほかの同僚諸君からの意見を聽きませんでしたが、黨の經費を黨費で賄うということは非常に結構なことでありまするが、しかし現實の各政黨は、おそらく黨員の均分均一に負擔する黨費によつて黨の經費を維持している政黨はないのであります。また全國に何十萬あるいは何百萬の黨員があると言いましても、税務署のように黨費を徴收する強制力をもつているわけではありませんし、また黨費として納めるのは黨員としての義務を果すわけでありまするから、一面黨員に對しては大會なり、總會なりにおける發言權を與えておるでありましよう。ところが大會なりなり總會なりにおける發言權を獲得するために、黨員を假裝して何十人、何百人、何千人の黨員があると稱して、大會などになりますると黨費が納まるような場合もわれわれは見聞している。結局黨費によつて政黨の經費を賄うということは非常に結構でありまするが、現在の日本の政黨においてはそれは實行不可能であります。かつてわれわれが無産政黨というものを初めてつくつて、無産政黨が初めてできましたときに、もちろんそれはまだ議會なり縣會なりに議席をもつておらなかつた。そのときにわれわれは政黨というものは大衆政黨でなければならぬと言つておりましたが、當時われわれの先輩でありまする吉野作造博士が政黨というものはそういうものじやないのだ、議會なり縣會なりに議席をもつておる議員で、政見を同じうする者の集まりが政黨だ、大衆政黨などというものはあり得ないということを言われておつたことを今思い出すのでありますが、黨費のみによつて經費は賄えませんから、結局議員たる、あるいは議員たらんとする人々から言わば寄附という形において經費を出してもらつておるのでありまするが、黨員の中にその政黨の政策、主張、主義に贊成するが、自分自身は決して政治家になるという考えもない、議員になろうという考えもない、そういう黨員と、あるいは將來議員たらんとする、あるいは現在議員であるという、そういう三通りの黨員があるのでありまして、同じく黨費と言いましても、私は議員である人たちが負擔する一種の寄附金は、これはやはり一種の黨費であろうと思う。けれども現在の日本の政黨は、ちようど大衆政黨と議員政黨とのごつちやのようなかつこうにあるのが現状であろうと思うのでありまして、私は黨費というものは、それが黨内の議員、あるいは議員たらんとする人が負擔する一種の寄附金、こういつたものも黨費の範疇に入れて考えて差支えないと思うので、從つてその場合、黨費というものは黨員が全部均一に均分に負擔するのでなくて、議員である者はよけいに負擔するということになりまするが、ある一定の最高限度を制限するならば、二種額の黨費を認めて、それによつて黨の經費を賄つていくベきであると思うのであります。それから黨籍を有しない第三者からの寄附は、明かに最高限度を限定しておく必要があると思う。それからなお黨の經費を國家から補助せよという問題がさつきから出ておるようでありまするが、黨の經費の中には――もちろん政黨のやることでありまするから、結局において國政に寄與することでありまするが、しかしその經費の中には、純粹にいうて、その政黨それ自身の利益のために使われる費用がある。黨の宣傳擴張の費用、組織の費用、こういつたものはもちろん黨自身の負擔において賄うべきであるが、しかし直接國政に寄與すると認めらるる選擧費用なり、あるいは政務調査會の費用などは、私は國家から補助があつてしかるべきであるという考えをもつておる次第であります。
#40
○淺沼委員長 まだ御議論があるかもしれませんが、いかがでしようか。大體會計に關する點はこの程度で打切りまして、次會に政黨と立候補の關係、政黨と官廳の關係に絡んで、政黨管理のための特別機關を設置するや否や等のことを議論いたしまして、あと罰則等についても議論して、一應意見の交換を終了したという形において、次會のしまいごろには立案起草といいますか、いろいろ意見のあつたことを要綱的にまとめていただく小委員會をつくるようにしたらいかがでしようか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#41
○淺沼委員長 大體そういう進め方をしてまいりたいと思います。
 それでは本日はこれで散會をいたします。
   午後四時散會
ソース: 国立国会図書館
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