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1947/10/23 第1回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第001回国会 外務委員会 第15号
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1947/10/23 第1回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第001回国会 外務委員会 第15号

#1
第001回国会 外務委員会 第15号
昭和二十二年十月二十三日(木曜日)
    午前十時三十九分開議
 出席委員
   委員長 安東 義良君
   理事 加藤シヅエ君 理事 細川 隆元君
   理事 堀江 實藏君
      高瀬  傳君    戸叶 里子君
      馬場 秀夫君    和田 敏明君
      中山 マサ君    植原悦二郎君
      菊池 義郎君    竹尾  弌君
      仲内 憲治君    若松 虎雄君
     唐木田藤五郎君    多賀 安郎君
 出席政府委員
        外務事務官   與謝野 秀君
 委員外の出席者
        外務事務官   曾野  明君
        外務事務官   高野 藤吉君
        專門調査員   佐藤 敏人君
        事門調査員   村瀬 忠夫君
    ―――――――――――――
十月二十二日
 在外同胞引揚促進の請願外二十一件(岡村利右
 衞門君外一名紹介)(第九五一號)
 ソ連領からの引揚促進に關する請願外三十六件
 (岡村利右衞門君外一名紹介)(第九五二號)
 在外同胞引揚促進の請願(今村忠助君外一名紹
 介)(第九五三號)
 ソ連領からの復員促進に関する請願(今村忠助
 君紹介)(第九五四號)
 キリスト教徒の海外移民許可助成の請願(今村
 忠助君紹介)(第九六二號)
 在外公館借入金等の處理に關する請願(田中稔
 男君外五名紹介)(第九六八號)
 在外同胞引揚促進の請願(山口六郎次君紹介)
 (第九八五號)
の審査を本委員會に付託された。
    ―――――――――――――
本日の會議に付した事件
 ソ連の國内政治經濟情勢について、當局より説
 明徴收の件
 小笠原、硫黄兩島民の歸郷許可助成の請願(八
 並達雄君紹介)(第七一六號)
    ―――――――――――――
#2
○安東委員長 ただいまより會議を開きます。
 小笠原、硫黄兩島民の歸郷許可、助成の請願について小委員長より御報告がありますが、それに先立つて本件に關して政府當局がいかなる措置をとつたかにつきまして説明を求めたいと思います。
#3
○與謝野政府委員 本請願の趣旨達成に關しましては、政府は昨年來關係方面の了解許可を求めに種々盡力いたしたのでありますが、今日までこの請願の趣旨が達成されず、またその見込みもないという状況でございます。これにつきましては詳細みずから主管課長として關係方面と折衝いたしました終戰連絡事務局の高野課長から御説明申し上げたいと思います。
#4
○高野説明員 御説明申し上げます。本件につきましては、昨年の五月、小笠原から戰爭中疎開された方が直接關係方面あてに申請書を出されまして、それが終連あてに、本件は目下のところ許可されない、從つて各申請人にその旨を轉達されたいという公文がまいりました。それを各申請人に轉達いたしましたところ、各申請された方々は再び終連を通じてもう一囘關係方面に請願書を出してくれということでありまして、再び歎願書を六月に公文をもつて差出しました。それに對して七月一日、やはり日本人の小笠原諸島歸還は許可されない。但し英米系歸他人の子孫で日本に強制的に戰爭中移された者は歸ることができるという囘答を公文をもつて參りました。それによつて英米系歸化人の子孫約百二十名ばかりが、昨年の十月、浦賀の援護局より小笠原に歸つた次第でございます。その後再び本年になり小笠原諸島よりの歸還者がもう一遍關係方面と折衝してくれということで、三たび同じような趣旨の歎願書を出し、もし歸還が許されないなら家事整璧のため一時的な歸還でも許してくれという申請書を出しましたところ、七月に至り、前囘と同じように、英米系豫孫以外はやはり許可できない。また一時的の歸還も現在のところ許可できないと囘答を得たわけであります。本件は以上のような經緯をもつて、終連といたしましても同じような件について三囘申請いたしまして、三囘とも不許可の囘答を得ている次第であります。
 大體の經緯は以上の通りでございます。
#5
○加藤(シ)委員 十月十六日に、小笠原、硫黄兩島民の歸郷許可助成の請願を、八並議員よりかねて提出されておつたのにつきまして、小委員會を開いて審議いたしました結果として、本件は非常にデリケートな問題のように考えられますので、特に小委員會としては愼重に取扱わなければならないけれども、そうかといつて單に人道的立場からこういう請願が來ていることに對して、これを却下すべき理由も發見できないので、これは單に取次という程度で採擇すベきものということに小委員會は決定いたしました。以上御報告いたします。
#6
○安東委員長 ただいまの加藤委員の御報告通り、採擇することに御異議ございませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#7
○安東委員長 それでは採擇することに決定いたします。
    ―――――――――――――
#8
○安東委員長 次にソ連の最近の政治、經濟情勢に關しまして外務省の調査局第三課長曽野明君の説明を聽取することにいたします。
#9
○曾野説明員 先般は九箇國の共産黨の協議會の宣言に基きまして最近におきますソ連側の國際情勢判斷とその對策を御説明したのでございますが、本來ソ連の對外政策と申しますものは、そのときどきにおけるソ連の國内政治、經濟情勢をにらみ合わせて檢討せねばならないものでございます。このような見地から戰後の政治、經濟情勢の概略を御説明申し上げたいと思います。
 御承知の通り、ポリシエヴイーキは、十月革命によりまして政權を掌握いたしましてから、政治的には議會制度の代りにソヴイエト制度を採用いたしました。經濟的には共産主義社會に至る第一段階に達しまして、社會主義體制の完成に努力しておつたわけでございます、そうしまして政治面におきましては、ソヴイエト制度は革命とときを同じくして實現しまして、そのうちもつぱらいわゆる資本主義的分子の絶滅と反幹部派の肅正に力が注がれておつたわけであります。
 このようにいたしまして、一九三五、六年ごろに至りまして、いわゆるブルジョアジーの殘滓は絶滅されたという段階に至りまして、皆さん御承知の通りスターリン憲法が一九三六年十二月につくられたわけであります、この憲法は今申しましたように、政治的段階において考えらるべきものであると思うのであります。
 一方經濟面におきましては、革命後の戰時共産主義時代に、これも皆さん御承知のように、土地や主要な生産手段あるいは運輸機關、金融機關、こういうものが社會化されまして、社會主義體制の基盤がつくり上げられたのであります。本來非常に後進的でありました農業國であるロシアを、工業國、特に非常に進んだ工業國にするためには一方ならぬ苦心がなされたのであります。
 戰時共産主義時代ができました後に、一九二一年から一九二五年にわたりまして、採用されましたいわゆる新經濟政策――ネツプの政策は、いわば資本主義に讓歩しつつ社會主義體制に發足する經濟的な基礎をすえたものでございますが、この政策に成功しました後に、ソ連當局は鋭意重工業化と農業の集團化ということに努力したのでございます。一九二八年に始まりました第一次五箇年計畫以後、三次にわたります五箇年計畫は、すべてこのような努力に向けられておつたのであります。しかも御承知のように農業の集團化と申しますものは、一九三三年から始まりました第二次五箇年計畫におきまして、ほぼでき上りました。從いまして第三次計畫というものは、三十八年から始まつたのでありますが、もつばら重工業化軍需工業化の計畫であつたことも、皆さん御承知の通りでございます。この第三次の五箇年計畫と申しますものは、先ほど申し上げました政治面からいきましても、スター・リン憲法の段階に副うものでございまして、社會主義から共産主義への移行期の計畫であるというふうにいわれておるのであります。
 今申しましたように第三次計畫におきましてソ連が社會主義から共産主義への移行期にほいりました段階におきまして、獨ソ戰爭が始まりまして、ソ連は多大の損害をこうむつたわけでございます。從いましてこの戰爭が終りました後には、ソ連といたしましては、再び戰爭によつて受けました損害を囘復して、速やかに共産主義社會への前進を續ける必寧があるわけでございまして、しかも日獨の崩壞、他方におきまして英佛の衰勢というものに伴いまして、かねてからソ連の經濟建設の到達目標とされておりました先進工業國でありますアメリカとも、直線的に對立するような状態に立至つたわけでございます。
 しかるに本來ソ連の國是と申しますものは、やはり共産主義社會の建設ということでございますから、そのためには生産カを高度に發達させまして、國民の物質的、精紳的な福祉を増大して、能力に應じて働き、欲望に應じて分配を受けるという社會をつくることが、經濟建設の最終目標であるわけでございますが、一方ソ連といたしましては、資本主義の包圍下にあるという見地からいたしまして、高度の國防體制の完成ということにもカを注いでおるわけでございます。
 戰爭が經りましてから後の現段階におきましても、依然としてこのような見地が強く考慮されておるというふうに思えるのでございます。從いまして現在ソ連當局といたしましては、獨ソ戰爭によりまして損害を受けました國内經濟を最も短い期間に復興して、それを速やかに戰前の水準に歸すという一つの課題のほかに、やはり國防經濟體制の長期にわたる建設を續けるという二つの課題が與えられているわけでございます。
 このような課題に對しまして、ソ連政府といたしましてはすでに戰爭の終ります前からいろいろの手を打つておるのでございますが、そのおもなものを若干あげて御説明したいと思います
 まず政治面の御説明をいたします。第一はいわゆる肅正と自己批判の問題であります。昨年の三、四月ごろから政治、經濟、理論、文化あらゆる部而にわたりまして、いわゆる批判活動が活發に行われ出しまして、それと併行しましていわゆる肅正が行われ始めたのでございます。スターリン氏はすでに昨年の二月の選擧演説におきまして、戰勝者にとつても批判は必要であるということを強調しておつたわけでございます。從いまして新聞紙上におきましても、特にプラウダでありますが、非常に批判が活發に展開されました。そうしてまた連邦共産黨内のいわゆる自己批判ということも非常に顯著になつてまいつたのでございます。
 それではどういうことが批判されておるかという例を若干拾つてみますと、たとえば地方の共産黨の黨部のボス化した幹部が會談の席上におきまして、平黨員の批判に對しまして強壓的な態度に出るというような點が批判された。あるいはまた黨の役員が國營企業の首腦部との間に情報關係を結んで、わざと監督を怠つているというような點が批判の對象とされていた大きなものであります。このようにしましていろいろな批判が活發に展開され、あるいはいろいろないわゆる涜職者の肅正ということが行われておつたのでございますが、最も目立つたものといたしましては、昨年の五、六月ごろにウクライナで半數以上の黨の幹部が更迭されたというような記事が、新聞に現われておつたわけでございます。
 次に行政部面におきましても、やはり背任涜職行為が批判の對象とされておるわけでございます。どういうことが批判の對象にされておるかと申しますと、たとえばある工場で未完成品を完成品としてうその報告を行いまして、いわゆる國家の計畫を遂行したというふうを裝つて、報奬金をもらうというようなことが起つたそうであります。あるいはまたコルホーズの關係者が農業用のベンジンを横流しをしたというような不正行為が批判されておるのであります。このような批判の結果といたしまして、多數の官吏や共産黨員が肅正されたというようなことが轉えられておりました。さらに文學とかあるいは演藝とかという部面におきましても自己批判が行われておるのでありまして、ソヴイエト連邦の現實を逃避しで、いたずらに歴史的なもの、あるいは無意味なブルジョア的な翻譯物が構行しているということが問題とされておつたようであります。現に昨年度におきましては、レニングラードのある雜誌は廢刊となつたのであります。そうしてかような作品を書きました著者は、作家同盟から除名されたというような事件も起つておるようであります。最近におきましては哲學者の方面にも批判が行われ出したようでありまして、本年の夏には、有名な學者のアレクサンドロフも、相當な批判を受けておるというような状況になつておるわけであります。しかしこのような肅正と申しますものは、皆樣御承知の通りの、かつてソ連で行われました肅正とは大分趣きを異にしておるのでありまして、これは戰時中にどの國におましてもありがちな綱紀弛緩というものを引き緊めまして、戰後の建設の基本態勢をつくり上げるという措置であるように思われるのであります。
 第二には各種の生産振興策を見てみたいと思います。ただいま申しましたように、行政面の肅正に伴いまして、政府といたしましては國營企業に對する監督を強化するということは、まことに當然のことでありまして、そのような措置がいろいろとられております。地方におきましては戰時において採用されましたいわゆる戰時非常對策というものは、だんだんと緩められて、そうすることによりまして、生産の振興をはかるということも行われておるわけであります。どういうことが行われておるかと申しますと、たとえば戰時税及びその他の戰時的な課金は廢止されましたし、あるいは戰時中に廢止されておりました勞働法上の休暇も復活されたのであります。勞働時間は戰時中、憲法にきめられておりました一日七時間の勞働時間のほかに、三時間までの超過勞働が認められておつたのでありますが、戰後になりましてこの超過勞働は廢止されまして、その代りに憲法上の勞働時間が八時間に延長された、こういうような措置もとられたのであります。また一九四四年の四月ごろから、ソ連邦においてつくられましたいわゆる商業價格、すなわち日本のピース、コロナのような制度を全面的に與えられまして、高い方の公定價格の制度というものが行われておつたのでありますが、これが數次にわたりましてだんだんと引下げられてまいつておるのであります。特に注目すべきことといたしましては、昨年の二月にスターリン氏は、昨年中にバン、麥、マカロニー等に對する切符の配給制度を廢止するということを言明して、大いに國民の志氣を高揚したわけなのであります。これらの措置がソ連邦の國民に對しまして多大の明朗感を與えたことは當然であります。
 少しく專門的にわたりますが、いわゆるソ連の國營企粟にございます企業長基金というものは戰時中廢止されておつたのでありますか、戰後において復活されたのであります。企業長基金の復活というのはどういうことを意味するかと申しますと、皆樣御承知のようにソ連では獨立採算制というものを國營企業はとつております。獨立採算制の最もキーポイントとしてこの企業長基金が考えられるわけでありますが、これは個々の企業が與えられました計畫を遂行します場合に、計畫利潤の四%と、計畫以上の利潤をあげた場合の超過利潤の五〇%が、企業長、つまり國營企業のマネージャーの自由に處分が許される――もつとも完全な自由ではございませんが、許されるという制度でございます。そうしてその基金の五〇%以上がその企業の勞働者の福祉のために、ないしはよく働いた勞働者に對する特別賞與として支給することができるという制度であります。戰時中この制度が廢止されておりましたが、戰後において復活されたということは、個々の企業におきまする關係者の生産意欲を振起高揚させる效果があるわけであります。
 また住宅建設の面でありますが、ソ連におきましてもこの住宅というものは非常な損害を受けたわけでありますから、第一番に重要な問題になつておるわけなのであります。ソ連では戰後におきまして、私有の住宅の建設ということを非常に奬勵いたしております。たとえば、政府から助成金を出しまして、年賦償還によりまして資材その他を全部國家で配給して家を建てさせる、こういうような制度も行われておるわけであります。それから、これも皆さん御承知のように、從來コルホーズ農民は個人の菜園をもつことを許されておつたわけでありますが、戰後におきましてはソフホーズ、つまり國營農場の勞働者にも個人の菜園が許されるようになつておるわけなのであります。今申し上げましたような諸方策は、戰後におきます國内の復興及び建設を促進するために、個人的利害を利用するという、いわば資本主義的な方式であるとも考えられるわけなのであります。
 今申し上げましたのは、戰後の經濟建設を遂行する面からします諸方策の一端でありますが、戰後において注目すべき人事としましては、まずスターリン氏が本年の三月に國防大臣をやめたという點であります。スターリン氏は、一九四一年の五月に、つまり獨ソ戰爭が始まります直前に、從來勤めておりました連邦共産黨の中央委員會の書記長という職務のほかに、大臣會議議長、つまり總理大臣の職を兼ねたのでありまして、次いで獨ソ戰爭の始まりました直後の七月には國防大臣を選任したのであります。つまり國防大臣は陸軍大臣のことでありますが、これを選任したわけであります。地方におきましては、ベルリンが落ちました翌月の一九四五年六月には大元帥となつて、ここにおきまして、共産黨とソヴイエト政府とソヴイエト軍の三者は、スターリン氏の指導のもとに、一手に掌握されたという状況になつておつたわけであります。このようなたくさんの職務をもつておりましたスターリン氏は、先ほど申し上げましたように、本年三月に國防大臣の職をやめたという人事が行われたわけであります。このことは後ほど申し上げますことと關連してお考え願いたいのであります。
 次に、皆さん御承知のジユダーノフ氏は、客年三月に連邦會議の議長に選任されていたのでありますが、本年二月に、本來の職務が多忙であるからという理由で、それを辭任したのであります。つまりソ連邦のいわば國會にあたります連邦會議の議長を辭任したのであります。その間におきまして、昨年の十一月に毎年行われます革命記念日におきまして、ジユダーノフ氏はスータリン氏に代りまして、祝賀演説を行つたということで、非常に世界の注目を引いたということは、皆樣御承知の通りであります。
 また一方マーレンコフ氏は、從來黨の事務のために專念しておりましたが、客年の秋には大臣會議讀長代理、つまり副總理の地位に就任したのであります。副總理と申しましても現在十名おります。その中の一名に就任したのであります。このジユダーノフ氏とマーレンコフ氏は、先般も申し上げたと思いますが、スターリン氏とともに連邦共産黨の中央委員會の政治局、書記局、組織局を通ずる委員でありまして、この三局を通ずる委員はこの三人のほかにはないのであります。また先般御説明申し上げました九箇國の共産黨協議會へはこの兩氏がソ連邦共産黨を代表して出席したということも御承知の通りであります。
 今申し上げましたようなソ連邦の首腦部の人事と關連して注目されておりますのは、エリエム・カガノーヴイチ氏が客年の春、ソ連邦の大臣會議議長代理兼建設資材工業大臣という職からウクライナの黨の書記長に轉出したことであります。實は一九四四年のニ月でございますが、つまりソ連がウクライナ白露の戰災地域の復興にカを入れ出しました後におきまして、ウクライナ白露共和國におきましては、ソ連邦の政府が、スターリン氏が黨の書記長と大臣會議議長になつておりますと同じように、フルシチョフ氏がウクライナの大臣會議議長と黨の書記長を兼ねておつたのでありますが、このたびはカガノーヴイチ氏が黨の書記長になりまして、フルシチョフ氏が大臣會議議長になつたということであります。今申し上げました大臣會議議長と黨の書記長がわかれるということは、現在ソ連邦政府自體が黨の書記長と大臣會議議長と兼ねておる形になつておりますので、これと關連して、あるいは將來の動向を示唆するものじやないかというふうにも考えられます。
 次に、經濟面を見てみたいと思います。第一は平時體制への再轉換の問題であります。ソ連ではすでに獨ソ戰爭の末ごろから、部分的には經濟の再轉換の準備に當つておつたのでありまして、すなわち一昨年の九月には、戰爭が終りましてからは、その經濟の復興再轉換ということには非常に急速な努力が拂われていたわけなのであります。しかしながら、ソ連經濟の再轉換と申しますものは、その特異な經濟體制からいたしまして、一般の資本主義諸國の場合と非常に趣きを異にしておるということは、皆樣もお氣づきのことだろうと思います。すなわち、普通の國におきまして、戰時經濟から平時經濟への再轉換に際しましてつきまといますような、マーケットの關係とか、あるいは過剩生産問題、あるいは失業の問題、あるいは戰後インフレの問題、こういうふうな問題はソ連邦ではほとんど存在しておりませんし、また存在したといたしましても、非常に趣きを異にしておるのであります。たとえば、戰後におきまして、ソ連邦におきましても、大量の行政整理が行われたのでありますが、これはソ連邦におきましては、いわば配置轉換の問題という見地から、共産黨の統制下に非常に容易に行われるという特色があるわけであります。從つてソ連邦におきまする再轉換の問題といたしましては、主として、第一には軍需生産から民需生産への轉換、たとえば戰車工場をどういうふうにしてトラクター工場に轉換するかという、いわば技術的な問題がまず第一になるわけであります。第二の問題といたしましては、前に申し上げましたように、いわゆるソヴイエトの平時の正常な經濟秩序に引戻しますために戰時中に起つておりましたいろいろな混亂だとか、あるいは不正とか、こういうものを引締めまして、體制を強化するという問題が、第二の問題なのであります。それから第三の問題といたしましては、先ほど申し上げましたように今後のソ連の經濟の課題というものは、戰災地の復興と、それから今後の急速な發展ということにあるわけでありますから、それに應じた體制をつくり上げるということがあるわけであります。從つて一般の資本主義國家の經濟再轉換の問題とは大分趣きを異にするわけなのであります。しかもこのようなソ連の經濟の再轉換の問題というものは、非常に強力な國家の計畫を、その管理下において、ほぼ圓滑に急速に進められておりまして、昨年の末ごろまでには、一應その經濟再轉換というものはでき上つたように思われるのであります。
 しかしながら、そのような經濟再轉換の結果でありますソ連の戰後の新しい經濟體制というものは、全體といたしましては、やはり獨ソ戰爭前と同じような、あるいはそれ以上の準戰時體制であるということは、後ほど御説明する第四次五箇年計畫からおわかりになると思うのでありまして、その目標はあくまでも復興第一主義、重工業第一主義という形をとつているように思えるのであります。
 第二には昨年三月に決定されました第四次五箇年計畫であります。この五箇年計畫の特徴といたしましては、およそ次の五つの點が考えられると思うのであります。
 第一の點は、今申し上げましたような重工業第一主義であります。殊に戰爭による損害の激しゆうございました冶金、石炭、石油等の基礎部門の復興と、それから從來も非常に努力しておりましたが、なかなか思うような成績があがりませんでした機械工業の諸部門の擴充ということに、最大の重點がおかれているということが第一の點であります。
 第二の點といたしましては、ヨーロッパ、ロシヤ殊にウクライナなどを中心といたします南部ロシヤの工業地帶の復興を行うとともに、いわゆるウラル以東の地域の工業建設に重點がおかれているという點であります。今申し上げました二つの點は、すでに從來の五箇年計畫からしましてもおわかりになつていることでありまして、このニつの點はいわば從來の五箇年計畫の延長ということが申せるのではないかと思うのであります。
 第三の點といたしましては、機械化、ないし自動化を一層發展させる。つまり生産組織の點を合理化していく。そうして米國式の大量生産方式を廣く普及する。このようにしまして生産物の質と生産技術の向上をはかろうとするという點であります。
 第四の點は、原子力時代に對處いたしまして、科學研究機關の大擴充が考えられているという點であります。
 第五の點といたしましては、戰後におきましても、依然として相當強大な國防力の保持とその科學的な武裝化ということが考えられておる。こういうふうな五つの點が第四次五箇年計畫を見まして氣がつく點でございます。
 全體といたしまして、少し具體的に申し上げますと、この第四次五箇年計畫というものは、つまり昨年から一九五〇年に至る間の計畫でありますが、大體におきまして一九四八年、明年の末までには戰前の生産水準を囘復しまして、一九五〇年には工業の生産額におきましては、戰前の水準の四八%増農業の生産額においては二八%増、國民所得においては三〇%増というようなぐあいに、戰前の生産水準を凌駕するということを目標にしておるのであります。
 今これを基礎的な産業部門について少しく具體的に當つてみますと、電力は一九五〇年に八百二十億キロワツト、アワーにするという計畫であります。第三次五箇年計畫、つまり獨ソ戰爭の結果實行されませんでした一九四二年に終る豫定の計畫におきましては、七百五十億キロワット、アワーにするという計畫であつたわけであります。それからソ連の發表いたしました一九四〇年度の實績といたしましてほ、四百八十億キロワット、アワーであつたということであります。それでここに申しております戰前の水準を何パーセント殖やすというような數字は、戰前の水準が發表されませんので、個々の部門についてはわかりかねるのでありますが、一應大ざつぱな推定をしてみますと、一九四五年、つまり戰爭の終りました年の電力の生産量は約五百億キロワット、アワーではなかつたかと思うのであります。從いましてその五百債キロワット、アワーを一九五〇年に八百二十億キロワツト、アワーにするということは電力部門に關しましては約六匹%増というふうに考えられるのであります。
 同じように石炭を見てみますと、石炭は第四次五箇年計畫におきまして二億五千萬トンにする豫定であるというふうに發表されております。ソ連の發表によりますと、一九四〇年度、つまり獨ソ戰前の實績は、一億六千六百萬トンであると發表されておつたのであります。いろいろな斷片的な資料から總合しますと、戰爭が終りましたときの水準というものは一億四千五百萬トン程度ではなかつたかと思えるのであります。從いましてこの五箇年間に、ソ連といたしましては約七三%の増産をはかるということになるようであります。
 石油につきましても、同じく増加率を推定してみますと、約六八%増ではないかと思うのであります。銑鐵につきましては七七%増、鋼材については七四%増、こういうように大抵の主要な生産部門をみますと、どれも六〇%以上の増加を考えている。つまりこの五箇年間に六〇%以上の増加が考えられているということが言えるように思うのであります。從いまして工業全體といたしましては四八%増でありますが、基礎的な生産部門につきましては、どれもこれも六〇%増というくらいの努力が必要になつているわけでございまして、從いましてこの五箇年計畫におきましては、やはり從來の五箇年計畫と同じく、基凝産業に非常な努力がされるということが、この點からもおわかりだろうと思うのであります。
 しかしながら、このような非常な努力をして達成に努められております、ソ連の經濟發展ではありますが、アメリカがソ連の經濟建設の到達目標であるとかねてからいわれておりますが、アメリカの生産力に比べますと、まだ多大の縣隔があるわけでございます。一九四五年、一昨年當時におきまする米ソの經濟力を比較してみますと、おもな生産部門につきましては三對一ないし四對一というくらいの比率があるようであります。從いましてこの點からしましても、昨年二月にスターリン書記長が一九六〇年の、十五、六年先のソ連の經濟生産の厖大に數字を發表されているということは、當然のことでありまして、第四次五箇年計畫だけではとうていアメリカの生産カに追いつかないということはあらゆる面から見て明らかなところであります。
 ただいま申し上げましたのは第四次五箇年計畫に關する概要でありますが、第三に戰後におきまする現實の生産状況というものを若干御説明申し上げたいと思います。新五箇年計畫は昨年度から始つたわけでありますが、昨年度の年度計畫といたしましては、各産業部門につきまして、その前年に對しまして約一〇%ないし一三%の増加をはかるということが出ておつたわけであります。つまり昨年度におきましては一昨年度に對しまして一〇%ないし一三%の増加をはかるということが發表されておつたわけでありますが、實際上の昨年の實績はこれよりも少し下まわつているという状況であつたように思えるのであります。これに對しまして、本年度の年度計畫といたしましては昨年に對しまして石炭は一六%増、石油は一八%増、電力は一六%増、銑鐵は二一%増、鋼材は二一%増というような目標が與えられているわけであります。つまり今年度におきましては、昨年度に比べましてこれだけ殖やすという目標が立てられているわけであります。
 さらにその他の産業部門を含めまして本年度の計畫の全體を見ますと、今年度の計畫は、昨年の計畫に比べまして非常に強行的な、つまり無理して進むという計畫であるように思われるのであります。しからば本年度の實績はどのようになつておるか、そのような非常な強行的な計畫が、どの程度まで實行されているかという點を、斷片的な資料から拾うてみますと、本年の一月ないし三月の機關におきましては、昨年の一月ないし三月に對しまして、石炭は四%増、石油は一五%増、電力は一四%増、銑鐵に一〇%増、鋼材は六%増というような、はなはだ不振な状態であつたわけであります。しかしながら第ニ・四半期、つまり四月から六月までの成績におきましては、かなりよくなつてまいりまして、昨年度の四月ないし六月に比べまして、石炭は一一%増、石油は一八%増、電力も同じく一八%増、銑鐵一一%増、鋼材八%増という數字が發表されておるわけであります。すなわち石油と電力は大體よいのでありますが、製鐵部門が依然として惡いということがわかるのであります。このようにしまして本年度の強行的な年度計畫を遂行いたしますためには、ソ連當局といたしましてはあとに殘りまする下半期の間に相當な努力が必要であるということが言えるわけなのであります。
 一般に申しましてソ連の經濟の今後の發展、あるいは特に第四次五箇年計畫に對しましてネックとなつておる點は、どういう點であるかということを觀察してみますと、第一には今申し上げましたような基礎産業部門、特に製鐵とか、あるいは石炭、石油、こういうふうな部面の生産が十分でないという點が第一に考えられると思うのであります。第二の點は勞働力特に熟練工が不足しておることであります。戰爭によつて多大の人的損害をこうむりましたソ連邦において、勞働力殊に熟練工が不足しておるという點であります。第三點といたしましては、一般的に技術水準が低いという點であります。第四番目といたしましては、生産施設が戰爭によりまして、全般的に消耗しておるのではないかというような點であります。これらのネックに對しまして、ソ連邦政府は非常な努力をいたしまして、第四次五箇年計畫の完遂に邁進していることは當然のことであります。ただいまはおよそ工業の面について申し上げたのであります。
 最後に農業生産の状況を申し上げてみたいと思うのであります。さきにも申し上げましたように、昨年の二月にソ連邦では昨年の暮までに食糧切符制度をやめるということが發表されておつたのでありますが、昨年度の收穫はソ連の發表にもありまするように、五十年來と稱される大旱魃あでつたわけであります。從いまして切符制度も昨年中には廢止にならなかつたという状況であるわけであります。このような食料生産上の不振状況というものは、ソ連邦政府が大いに努力しております第四次五箇年計畫の遂行に對しても、非常な影響を及ばすものでありまして、本年度の收穫はソ連邦にとりましてはまことに重要なモメントとなるわけであります。第四次五箇年計畫によりますと、一九五〇年度の粒穀の收穫量は、一億二千七百萬トンというふうに豫定されております。そして一九五〇年度におきまする一ヘクタール當りの平均收穫率は一・二トンという豫定にないておるそうであります。この二つの數字から一九五〇年度におきまする收穫の豫定の面積を見て計算いたしますと、一億五百九十萬へクタールという數字が出てまいるのであります。しかるに本年度二月に連邦共産黨中央委員會の決定がありまして、播種面積を、今年から來年にいくら殖やすというような詳しい計畫が出ておつたのでありますが、それから逆算いたしますと、本年度におきまする收穫面積というものは約九千三百八十萬ヘクタールという數字が出てまいるわけであります。つまり昨年度の秋まきの面積と今年の春まきの面積を合計した數字でありますが、約九千三百八十萬ヘクタールという數字が出てまいるわけであります。先ほど申し上げましたように、一九五〇年におきまする一ヘクタール當りの收穫率というものは、一・二トンと豫定されておるのでありますが、これは戰前の實績からいたしましても相當高いものであります。本年度におきましてソ連の新聞にいろいろあらわれました平均收穫率目標というものを斷片的に拾つてみますと、ソ連邦當局としては、本年度において一ヘクタール當り一・一トン當りの收穫を豫定しておるのではないかと思われるのであります。從いまして本年度の收穫面積を今の一・一トンという數字から考えてみますと、本年度におきましてソ連邦當局は約一億三百萬トンぐらいの收穫を豫定しておるのではないかということが考えられるのであります。戰前におきまして、一九三七年度は一億二千萬トンという收穫をあげております。一九四〇年度は一億千八百萬トンという數字をあげております。これは非常な豐作の年でありますので、本年度はやや平年作と豫想して計畫を立つておられるというふうに考えられるのであります。それでは現實に、はたしていろいろな状況からしましてそのような計畫が實現され得るかという點であるのでありますが、この點は非常にむずかしい問題でありまして、資料も十分にはないのであります。ただソ連邦政府としましては、いろいろな手段をとつてこの目標達成に努力しておるということは申せるのでありまして、若干どういうことが行われておるかという例を申し上げますと、昨年度は非常な旱魃によりまして減收を來したわけでありますが、本年度は早くから旱魃對策をとつておるということは注目すべき點であります。それから本年の二月には先ほどもちよつと申しましたが、連邦共産黨中央委員會は、農業の増産對策というものをきめておりまして、たとえば連邦共産黨及びソ連邦政府の農政機關及び中央機關の整備強化をはかり、あるいはコルホーズ體制を再びもつと強化する、あるいは農業委員を養成する、あるいは機械カをさらに一段と強化する、あるいは肥料を大いに利用する、こういうような對策を本年の二月において決定したわけなのであります。
 機構の面からしましては、たとえば今まで三つの省にわかれておりました農業關係の官廳を農業經濟省というふうな一本建にしまして、強力な指導に當り、あるいはなくなつておりましたソフホーズの面からする收穫物も増大をはかるという、こういうような機構面からの改正も行われておつたわけであります。それから戰時中におきましては政治面においていろいろ申し上げましたように、まずコルホーズの面においてもいろいろ規律の弛緩があつたわけでありますが、それは大いに引締めてコルホーズの定款に違反するものはどしどし處分する、こういうような對策を講じておるわけなのであります。それからコルホーズの農業要員でありますが、やはり戰爭の結果としまして非常に不足を來しておりますので、政府は大いに力を入れまして、その養成に當つておるというわけであります。また農業機構が非常に足りないのでありますが、生産面から見ましても、トラクターの生産というものは豫定通りにいつていない、こういう状況であります。從いましてこの人員不足、トラクターの生産が十分にいつていない、あるいはその他の農業機構の生産が不足しておるということは、本年度の收穫に對しましては、ある程度やはりネツクの面をなしておるのではないか、こういうふうに思われるのであります。ただここに注目すべきことといたしましては、從來ソ連邦の農業計畫におきましては、種子を改良したり、あるいは合理的な林産物をとるということが行われておつたのでありますが、最近に至りまして肥料を大いに利用するという點にも著目してきたわけなのであります。この點は本年度におきましても相當な成績をあげておる樣でありますので、本年度の收穫にとりましては相當好影響を與えておるというふうに考えられるのであります。そのほかに皆樣御承知のように、社會主義競爭ということを本年度においても農業面において大規模に採用いたしまして、生産の増加をはかつておるということが見られるわけなのであります。
 今申し上げましたような、いろいろな經濟的、社會的な條件があるわけでありますが、結局において農産物の收穫は天候その他に支配されるわけであります。本年度の天候は大體としてはよい天候であつたということが言えるようであります。但し東ヨーロッパは非常に不作でありますので、それに續いておる地域は若干の惡い所もあつたのじやないかと思いますが、全體としては相當よい成績であつたということが言えるようであります。
 それから農業作業の問題もいろいろありますが、先ほど申しましたように、農業機械ないしは勞働力の不足という點は相當程度惡く響いておるというふうにも考えられるのであります。今申しましたようないろいろな條件を勘案いたしまして、ソ連當局としては一ヘクタール當り一・一トンの目標を立てておるといたしましても、これはあらゆる面を有利に考えた數字であるとも思われますので、それよりは少し下まわつておる數字程度の收穫があつたのじやないかというふうに考えられるのであります。今かりにそれを一・〇五トンというふうな數字をとつてみますと、本年度の收穫高は約九千八百五十萬トンという數字が出てまいるわけであります。戰前の非常によい年よりは落ちておりますが、ほぼ平年作あるいは戰前におきます平年作よりもちよつとよいくらいの生産量が、今年は出ているのじやないかというふうにも思えののであります。しかしこの點はほんる推定でありまして、先ほど申しましたいろいろな條件が――これはここから見ておりましてもわかるものではありませんので、約九千八百五十萬トンという數字を基礎として考えてみますと、本年度においていろいろな國内の消費面との關係を見てみますと、この收穫量の中から食糧に利用されるものは約五千六百十萬トンというような數字が、この面からの實績を基礎にして算定されるわけであります。その五千六百十萬トンという數字がはたして國内需要にマッチするかどうかという問題が出てくるわけでありますが、これも非常に計算はそう簡單にはできないものでありますが、大よそは五千二百トン程度の國内生産があれば、現在の切符配給制度のもとにおいて、現在の軍需用必需棉を充たしまして、約五千二百萬トンあればほぼ足りるのじやないかというふうに考えられるのであります。そうしますと、約四百萬トン程度の餘剩は出てくる、こういうふうな状況になつておるのじやないかと思います。そういたしますと、昨年度において食糧の切符制度を廃止するということが聲明されておりまして、現在まで行われておらないのでありますが、あるいはそういう方面に使う可能性もあるのじやないか。あるいは從來ストックがこの戰爭によりまして非常に減つておるという面からしまして、ストックにも使うという點も考えられます。あるいは昨年度行われましたように、西ヨーロッパに對する援助に相當量もつていくということも考えられるわけであります。約四百萬トンと申しますと、結局においてソ連邦政府としては、國内の所要量を現在程度に抑えますならば、ある程度の對外授助も可能ではないかというくらいの數字が見込まれるのであります。もつともこの數字は非常ないろいろな前提條件に立つておる數字でありまして、これほどの程度違つておるかはわからないのでありますが、一應過去の實績を基礎として斷片的な情報を參酌して考えてみますと、そういうふうな結論が得られる、これはほんの御參考までにお聽き願いたいと思います。
#10
○馬場委員 先ほど四十八年に戰前水準に復歸させるということを言われたが、スターリンの戰爭が終つた後の演説によると、國内情勢を戰前に復歸させるには五六年かかるということで、少しかけ値があるように思う。その一點と、農作物の關係で昨年旱魃があつたということは事實としても、戰爭によつて受けた被害のうちにコルホーズの被害が九萬八千、ソフホーズが一八七六ということを發表しておる、これらはさう簡單に復歸できない。旱魃ばかりではない。これに伴つて生産面におけるいろいろな設備、支出とか、勞働力とかで、今あげられにような數字はかなり對外宣傳の意味があるのではないかと思うのですが、そういう點どうでしようか。
#11
○曾野説明員 第一の點については、私もはつきりわからないのでありますが、第四次五箇年計畫の遂行ということは全力をつくしてやるのでありましようが、この一、二年の經過を見ますと、相當苦しいような氣がするのであります。ソ連邦政府の今までのやり方では五箇年計畫を四箇年、三箇年ぐらいでやつておりますので、やはり先ほど申したように、國内の各般の體制を引締めて、相當強行的に達成にもつていくのではないかと考えるのであります。スターリンが申しましたことと、計畫とが、はたしてどちらがかけ引であるかということはちよつと判斷できかねるのであります。
 それからコルホーズの破壞の點でありますが、その點は特に大きい影響を及ぼしておりまして、從つて本年度においてもコルホーズの強化、あるいはトラクターその他の農業機械の増産ということに、非常に努力されておるわけなのであります。ただいま申しました數字は、非常に甘めに見ておる數字であります。但し消費面におきましても非常に大きく見ておりますので、その點はそこで少しは調整がとれておるのであります。これはほんの御參考だけに願いたいと思うのであります。
#12
○竹尾委員 ニ、三お尋ねいたします。今の御説明によりますと、ソ連邦は共産主義の理論づけにやつきになつておると同時に、高度國防國家體制の完備に努めておる。そこで共産主義國家の實現と高度國防國家の建設ということが、どういう關連をもつておるか。理論的な關連はどういうことになるか。
 それからそれに關連して、御承知のように、ソ連はレーニンが階級國家論によつて、階級が消滅すれば國家は當然消滅するということを、何囘か繰返されておりますが、それにもかかわらず國家の擴大強化をはかつておる。その點については、ソ連ではいろいろなことを聞きますが、はつきりした理論的にどういう具合にこれを理論づけるかという點が第ニ點。
 第三は、今のソフフオーズとコルホーズの使命でありますが、ソフフオーズにソフフオーズ農家と申しましようか、農民と申しましようか、個人的の菜園を許すというような御説明でありましたし、なおツフフオーズをつくり、又改めて復活させるというような御説明でありますが、それと同時にむしろコルホーズの強化に非常にやつきになつているということを考えてみますと、この社會主義農業を建設する過程にあるソ連は、社會主義農業建設とはむしろ逆なコルホーズの強化というような方向に進んでいる。ソ連はこういうことについてどう考えているか。この三點をお聽きします。
#13
○曾野説明員 第一の理論の點でありますが、これはいろいろな見方もあり、私の意見になりますので、この點はひとつ御説明の方は御勘辯願いたいと思います。
 それから第二の點は、ちよつとわかりかねたのでありますが……
#14
○竹尾委員 レーニンは階級が消滅すれば國家は消滅するとはつきり言つております。それにもかかわらずソ連邦の國家體制というものは消滅しないで、むしろ非常に強化されているという點を何囘か説明されたように思いますが、最近その點をどういうぐあいに考えておられるかということをお尋ねしたい。
 もう一つついでですから、お聽きしますが哲學の批判というようなことを言つておりますが、哲學がどういう方向に批判されているかということをお尋ねしたい。
#15
○曾野説明員 最近においては、スターリンは一國共産主義は可能であるという事を述べておりまして、現在のところ、ソ連邦としては世界革命ということは考えていないという建前のもとにおいて一應ソ連邦だけ共産主義をやろうということをアメリカのジャーナリストなんかに語つております。それ以外のことは資料が十分でありませんので、どうもはつきりいたしません。
 それから哲學の問題でありますが、これは結局においてアレキサンドロフという哲學者が、要するにボルシエヴイーキ的な哲學、ソ連的な哲學というものは從来の哲學の發展であると言つたのに對しまして、これは革命なんだという批判が行われているようであります。
 それからレーニンの申しましたのは、終局の共産主義社會ができた場合のことであつて、現在においては、決してソ連邦は共産主義の段階に立至つておりません。しかし少くともソヴイエトの場合におきましては、一般の資本主義國家の言つている階級はすでにないといぅ建前のもとに、スターリン憲法ができ上つたわけでありまして、ソ連邦においては現在の憲法の十二條に書いてございますように、各人は能力に應じて働いて、勞働に應じて分配を受けるということが書かれてありますように、現在においては要するに能力に應じてそれに相應した待遇を受けているということの結果として、相當程度生活に上下の差のあることは事實でありますが、決してそれが階級の分化であるというふうには、ソ聯邦では考えられていないというわけなのであります。
 それから第三でありますが、コルホーズの強化にも大いに努力しているという事は、要するに戰時中に相當破壞されたコルホーズの體制を建直すということでありまして、ソ連邦としてにコルホーズにもいろいろな形があり、現在は必ずしもソ連邦の考えからして最高度に發達したコルホーズではないというわけでありますが、少くともソ連邦の現段階においては若干數のソフホーズとともに大多數を現在の程度以上のコルホーズ型へもつていくことがソ連邦の現段階に適しておるということから、コルホーズの體制強化ということをやつているのではないかと考えられます。
#16
○馬場委員 コルホーズ員に個有の菜園を許すという事は、コルホーズの組纖からいつてやりやすいのですが、ソフホーズ員に自己の個人の菜園を許すというのは、私の見ましたソフホーズでは、さような所はあつたとしても區切つてあるのであります。いわば工場のようなところに收容しておるソフホーズ組織で、それを個々の人に菜園を許すというのは、何か特殊な土地でも與えるのでしようか、あるいはどのくらいの面積を與えてやらせるのでしようか。
#17
○曾野説明員 許しいことはどうもはつきりわからないのであります。
#18
○馬場委員 コルホーズの方は各家のまわりとかということはありますけれども、ソフホーズの方は家のない集團しておる場合のところですから…
#19
○安東委員長 一つお尋ねしますが、戰時中はソ連は黨と軍というものを一元化して動かしておつたのですが、戰後これに對していかなる變化が起つてきておるか御説明を願いたい。
#20
○曾野説明員 戰時中は獨ソ戰爭が始まりまして、御承知のように、國家防衞委員會というものがつくられまして、スターリン以下約七名でございましたか、委員ができまして、結局におきましてその委員は黨の幹部であると同時に、政府の首腦部も占め、あるいは軍の首腦部も占めていたという形になつております。特にスタリーン書記長は、同時に總理大臣を兼ね、あるいは、先ほど申したように、獨ソ戰爭が始まりますと、國防大臣を兼ね、スターリングラードで敗退しをした翌月には元帥になり、ベルリンが陷落して翌月には大元帥になつてまいつてきたわけでありますが、戰時の國家防衞委員會は解體しまして、昨年度におきまして、從來は國防省と海軍省があつたわけでありますが、今度はそれを一本建にしました國防省をつくりまして、まずスターリン書記長はそれを兼ねていたわけであります。その國防大臣、つまり陸海軍大臣という意味の國防大臣を今年三月にスターリン書記長はやめたわけなのであります。從いまして現在におきましては、スターリン書記長は依然として大元帥という意味において、黨と軍と政府の三者を一手に掌握しておるわけでありますが、一應行政面の陸海軍大臣という方面からはまず手を引いたという形になつているわけなのであります。戰時中におきましては、だんだんとソ連の軍隊が成功を收めますに伴いまして、黨と軍の對立というものが起つてくるのじやないかといううわさも出ておつたわけなのであります。本年三月スターリン書記長が國防大臣をやめたということは、とりもなおさず黨と軍との關係がやはり依然としてゆるぎないものであるということを證明するものじやないかと思うのであります。從いまして戰後におきましても、ソ連邦に關します限りは、ソ連邦共産黨とソ連邦政府とソ連軍というものは、完全な三位一體になつておるというふうに考えてよいのじやないかと思うのであります。
#21
○仲内委員 シベリアあたりにはアメリカの物資があるということも聞くのですが、ソ連のアメリカその他の外國との貿易關係、あるいは交易――バーターの方面について、もし材料がありましたら承りたい。
#22
○曾野説明員 詳しいい資料は今もち合わしておりませんが、概略の問題として御説明いたしますと、ソ連邦の外國貿易政策の特徴といたしまして、一番大きな點は外國貿易の獨占という點でありまして、外國貿易商が一手に國家の貿易をやるという點であります。第二の點といたしましては、輸入に重點がおかれておるという點であります。やはりソ連邦といたしましては自給自足の經濟體制をつくることを目標にしておるわけなのでありますから、自分の方の建設に必要である物資を手に入れるだけで、輸出するために輸入するということは毛頭考えないのであります。從いましていかなる物を買うかという點が非常なキー・ポイントになるというわけであります。第三の點といたしましては、クレジットないし借款をできるだけ外國からもらうという政策であります。從いましてソ連邦といたしましてほ、今申しましたような點からしまして、なるべくらならば貿易に依存しない、しかし依存しなくなるまではできるだけ必宴なものだけを輸入する。しかもそれは國家の統制下に、嚴重な管理のもとに行うというような態勢になつておるわけなのであります。現在の状況を見てみますと、貿易の面からしましては、やはり東ヨーロツパというものがソ連の見地からしましては一つの自分らのわくの中として考えられておるようでありまして、現在としては東ヨーロッパの諸國は、ニ箇年計畫とか、三箇年計畫とか、あるいは五箇年計畫というものによりまして、自分の方の經濟發達をはかりますと同時に、バルカンの東ヨーロッパの相互間、あるいはソ連邦との間にバーター協定を結んでやつているわけなのであります。一方借款の問題といたしましては、終戰後アメリカから六十億ドルの借款がソ連にいくというようなうわさが出ておつたのでありますが、だんだんと額が減つてまいりまして、今年の春ごろには十億ドルというようなうわさになつてきたのでありますが、結局において現在それは消滅しております。一方ブレトン・ウツズ協定に對しましてもソ連邦は參加したのでありますが、昨年の九月の現加盟國としての最終の加盟期限までにはいりませんで、昨年の暮まで延期してくれというような話があつたのでありますが、結局において、昨年の暮までも參加をいたしませんで、ブレトン・ウツズ協定にははいつておりません。今申しましたように、結局におきましてソ連邦の經濟というものは、自給自足の經濟體制をつくるという點からいたしまして、できるだけ日分の勢力圈の開發によつて自己の建設をはかつていくという點に重點がおかれておるのであります。但しもしほかの國がソ連に對しましてクレジットが與える、あるいはバーターによつてソ連に有利なものを供給するというような條件が揃います場合には、ソ連邦としては當然喜んでこれに應ずるのではないかと思うのであります。
#23
○安東委員長 ほかに質問がございませんければ、これをもつて散會いたします。
    午前十一時五十三分散會
ソース: 国立国会図書館
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