くにさくロゴ
1957/11/09 第27回国会 参議院 参議院会議録情報 第027回国会 文教委員会 第4号
姉妹サイト
 
1957/11/09 第27回国会 参議院

参議院会議録情報 第027回国会 文教委員会 第4号

#1
第027回国会 文教委員会 第4号
昭和三十二年十一月九日(土曜日)
   午前十時五十四分開会
    ―――――――――――――
  委員の異動
十一月八日委員川村松助君辞任につ
き、その補欠として吉江勝保君を議長
において指名した。
本日委員林屋亀次郎君辞任につき、そ
の補欠として植竹春彦君を議長におい
て指名した。
    ―――――――――――――
 出席者は左の通り。
   委員長     秋山 長造君
   理事
           野本 品吉君
           林田 正治君
           矢嶋 三義君
           常岡 一郎君
   委員
          大野木秀次郎君
           植竹 春彦君
           近藤 鶴代君
           左藤 義詮君
           下條 康麿君
           三浦 義男君
           吉江 勝保君
           安部 清美君
           高田なほ子君
           松永 忠二君
           湯山  勇君
  国務大臣
   文 部 大 臣 松永  東君
  事務局側
   常任委員会専門
   員       工樂 英司君
  説明員
   文部省初等中等
   教育局長    内藤譽三郎君
   文部省大学学術
   局長      緒方 伸一君
   文部省管理局長 小林 行雄君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○教育公務員特例法の一部を改正する
 法律案(松澤靖介君外六名発議)
○教育、文化及び学術に関する調査の
 件
 (大学制度及び大学関係予算に関す
 る件)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(秋山長造君) これより文教委員会を開会いたします。
 まず、委員の異動について御報告いたします。昨日川村松助君が、また本日林屋亀次郎君が辞任され、その補欠として吉江勝保君及び植竹春彦君がそれぞれ選任されました。
#3
○委員長(秋山長造君) 次に、七日開きました委員長及び理事打合会の経過について御報告いたします。本日はまず、教育公務員特例法の一部を改正する法律案について提案理由の説明を行い、これに対する質疑は本日は短時間にとどめることにいたしました。大学関係予算については大学制度と一括して本日集中的に質疑を行うことといたしました。なお、昭和三十三年度文教予算については、当委員会として熱心に審議を続行して参ったわけでありますが、予算編成期でもありますので、当委員会として重要施策に関する予算の確保について何らかの決議を行う必要があるのではないかという提案がありましたが、本件については調査室において立案の上あらためて検討することといたしました。
 以上御報告いたしました通り、取り運ぶことに御異議ございませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#4
○委員長(秋山長造君) 御異議ないと認めます。
 では最初に、教育公務員特例法の一部を改正する法律案を議題といたします。
 まず、発議者に提案理由の説明を求めます。
#5
○矢嶋三義君 ただいま議題となりました教育公務輿特例法の一部を改正する法律案につきまして発議者を代表いたしましてその提案理由を御説明申し上げます。
 教育公務員特例法が制定されました折の政府の提案の理由には「教員の地一位を確立し、もって教員をしてその職務に専念させることは、教育刷新、教育振興の基礎条件であり……」と述べられており、さらに「国家公務員の規定を全面的にそのまま学校教員に対して適用することは、その職務と責任の特殊性にかんがみるとき、必ずしも適当でなく、かつ、不十分と思われる点もあるのである」と述べております。すなわち本法は、これらの理由から明らかでありますように、広く国立及び公立の幼稚園から大学までの学長、校長、教員等に適用される国及び地方を通じた教育公務員の特殊性を規定いたしているのであります。
 本法成立の際の本院文部委員長の本会議における報告には、これら教育公務員の職務は、一般公務員の行う行政事務と異なり、人間を育成する個性を帯びた創造的な活動であると述べ、国家権力による統制を制限し、教育界に広範な自治を認め、いわゆる教育権の独立を確保する必要があることが強調されております。
 ここに提案いたしました本法案は、教育公務員に対するこれらの立法趣旨に照らして、現在教育界において、最も重大な問題となっております教員の勤務評定を画一的に実施しないようにいたそうとするため、教育公務員特例法に所要の改正を加えるものであります。
 以下本改正を必要とする理由について、御説明いたしたいと存じます。
 国家公務員に対する勤務評定の制度は、昭和二十二年国家公務員法第七十二条に定めるところでありますが、人事院が評定に関し必要な人事院規則を制定いたしましたのは昭和二十六年であり、その間実に四年を経過しているのであります。一般公務員に対する評定の実施基準の制定にさえ、四カ年を要したことは、人間の評価がいかに困難なものであるかということを示していると思われるのであります。
 この人事院規則の制定に伴いまして文部省は人事院と協議し、各省にさきがけて昭和二十七年十二月訓令をもって「文部省職員勤務評定実施規程」を定めておりますが、その第一条では教育公務員特例法の規定の適用または準用を受けるものはこの実施規程によらない旨を定めております。もちろん、教育公務員特例法第十二条には大学の教員等について、勤務成績を評定する規定がありますが、評定及び評定の結果に応じた措置はその評定基準を定めることも含めてそれぞれの大学がその管理機関において、自治的に行うことになっているのであります。
 一方、大学以外の幼稚園、小、中、高等学校の教員については、教育公務員特例法には別に規定がないのであります。従いまして、国家公務員であるこれらの学校の教員、すなわち、国立大学付属の幼稚園、小、中、高空学校、国立高等学校等の教員については勤務評定の基準がなかったのであります。
 しかし、昭和二十八年以来文部省は、これら教員の勤務評定もそれぞれの学校が自主的にこれを実施すべきことを通知しているのであります。要するに国家公務員である教育公務員の勤務評定は、大学の教員については法の定めるところによって大学の自治にゆだねられ、高等学校以下の教員についてもその自主的評定にゆだねられていたのであります。
 これらの措置は、教員に対する評定基準の制定がいかに困難であるかということの証拠であるとともに教員の特殊性を認め制定を強行しなかった当時の文部省及び人事院の良識であるとも申せるかと存じます。教育公務員特例法の制定は昭和二十四年でありますが、現在七十二の国立大学のうち、果して幾つの大学がその教員について画一的な評定を行なっているでありましょうか、私どもは寡聞にしてその事実を知りません。大学管理機関が議定した合理的な基準に従って学長以下助手に至る教育公務員の勤務評定が画一的に実施されている大学など、おそらく絶無であろうと思うのであります。
 さきに述べましたように、大学以外の学校の国家公務員である教員の勤務評定に関する規程は、昭和二十七年以来きわめて最近までその学校の自主的運用にゆだねられて来たのでありますが、本年七月二十九日公布の文部省訓令によりまして、突如としてその適用を受けることになったのであります。
 御承知の通り、新たに制定されました文部省訓令による評定の実施要領は、一般公務員と教育公務員との間に何ら本質的な差異を認めないものでありまして、教育公務員の勤務評定制度に対する五カ年間の研究検討の結果とは考えられないのであります。このように、教員の特殊性を無視した実施規程がにわかに制定されましたことは、まことに不可解であり関係大学当事者から反対の声が高いのも当然であると考えられるのであります。
 翻って、地方公務員について見まするに、地方公務員法第四十条におきましては、任命権者が勤務評定を実施することになっており、県費負担の教職員の勤務評定は、地方教育行政の組織及び運営に関する法律第四十六条におきまして、都道府県教育委員会の計画のもとに市町村教育委員会が行うこととなっております。なるほど、法は地方の教育公務員につきまして、勤務評定の実施を定めているのでありますが、果してその実施の状況はいかがでありましたでしょうか。地方公務員法の制定は昭和二十五年十二月でありますが、自来七カ年幾つの地方公共団体におきまして、教員に対する評定が雲施されたでありましょうか、昨年愛媛県に端を発しました教員の勤務評定は、国をあげての大問題となり、地方教育公務員の勤務評定制度がいかに困難であるかということを如実に示したのでありました。国家公務員である教員に対する文部省の新訓令がこの問題の渦中において公布されましたことは、まことに重大であります。
 しかも、最近の文部省は、教育委員会に対し、その自主性にゆだねられている教員の勤務評定について、その実施を強要するがごとき言動をなし、あらゆる機会にそれを公言してはばからず、その実施基準の制定をさえ計画しているのであります。これこそ地方自治と教育の地方分権に対する重大な侵犯であります。
 次に、教員の勤務評定制度の教育上の逆効果について申し述べたいと思います。教育の効果が教育者の人格によって、大きな影響をもつことは申すまでもありません。特に青少年に対しては、その影響が大きいのであります。人事院規則等によっても勤務評定はその職務についての評定を行うとされていますが、いまさら申すまでもなく、教員は学校教育法第二十八条によってその職務が明確にされております。すなわち「児童生徒の教育を掌る」とありその職務は憲法、教育基本法等によって独立し他の者に侵されることのないものであります。このような立場にある教員に対し勤務評定を実施せんとするならば教育の内容に介入せねばできないことであり、これは教育の独立性と自由を束縛するものと考えられます。さらに勤務の評定はその人の人格評価になることと思います。文部省の新規程にも「性格」「能力」「適正」に対する調整評価を実施することが定められてあります。果して教育者に対しこのような機械的な評価が適当であり可能であると考えられましょうか、全く不可能であります。教員の場合は、その評定結果によってとられ措置による影響は、その教員一個にとどまりません。評定の結果がいかに秘匿されましても、その措置の結果は表面に出てくるのであります。その影響は直ちにその教員の教え子である児輩生徒に及ぶでありましょう、児輩生徒だけではなく、PTAという組織を通じて、おそるべき影響はさらに大きく教育効果を支配するでありましょう。
 児童生徒の教育は子供たちの教師に対する信頼と尊敬から始まります。評定の結果はその信頼と尊敬とをゆるがすこともあり得ます。そして教育が根本的に破壊されるのであります。
 教員に対する勤務評定の困難さは評定実施の単なる技術問題だけではなく、教育という根本使命に重大な関連をもっております。その本質的問題は、にわかの実施によってにわかに解決できるものではありません。
 次に申し述べたいことは評定結果の活用措置であります。国家公務員の勤務評定が能率増進の措置であることは法の定めるところであります。人事院は国家公務員法制定以来勤務成績優秀な者に対して特別昇給制度を実施しておりますが、勤務成績の著しく不良な者に対する矯正方法についてはいまだ研究中であって立案に至らず、法に定める適当な措置を講ずるに至っていないのであります。
 しかるに、近来財政の逼迫した地方において勤務評定結果を直ちに職員の昇給昇格停止の資料として使用する傾向を生じましたことは、まことにおそるべき評定の乱用と申さねばなりません。更に残念なことは、昇給停止の目的にのみ勤務評定を実施しようとする実情にあることであります。一般公務員に対するこれらの措置が職員間の不和嫉視を招き、職員の勤務能率の増進とはほど遠い拙策であることは申すまでもありませんが、特に教員に対するこれらの措置は教員の疑心、阿諛、追従に発展し、教育が権力に支配され、その中立性が確保されず、憲法に定める学問の自由が根本的に脅かされることとなるのであります。
 これらの現象は、すでに評定をいまだ実施していない大多数の学校においても、実施強行の声におびえて相当顕著に見られるに至ったと伝えられているのでありまして、まことにゆゆしい事態と申さねばなりません。近時順法精神を強調する声も多いようであり、法の制定後、何年間も適正に実施できなかった教育公務員の勤務評定を強行実施することが、順法の美挙であるかのごとくいわれておりますが、立法の府にあります私どもは、実態に即した法の改正をなすべきであると考えるのであります。
 国立大学の教員に対する勤務評定は教育公務員特例法の制定以来すでに九カ年ほとんど完全に害施されないで今日に至っているのであり、大学以外の諸学校の教員についても国家、地方両公務員を通じて、これまた九カ年ないし七カ年の長きにわたって、文部省が今回企図しているような評定はほとんど実施されない状態にあったのであります。何のために、今日にわかにこれを実施に移そうとするのでありましょうか、その意図するところに、多大の疑問をいだかざるを得ないのであります。
 以上、今日、教員の勤務評定の実施がほとんど不可能に近く、教育上実施にきわめて大きな障害があることを申し述べました。実際教員に勤務評定を実施しないと、どんな障害がありましょうか、教育上実施に害こそあれ、実施しないことによる実害はないのであります。
 この際、実態に即して、教育公務員に対する勤務評定の制度を、国家地方両公務員を通じて、実施しないことが、最も時宜に適した措置であると考え、本改正法案を提出いたした次第であります。
 次に、本法律案の内容を簡単に御説明いたします。すなわち、教育公務員特例法第十二条の削除、教育公務員に対する国家公務員法第七十二条、及び地方公務員法第四十条の不適用を規定いたしたのであります。従いまして、附則におきまして、地方教育行政の組織及び運営に関する法律第四十六条を削除いたすことといたしました。
 以上本法律案の提案の理由と、その内容について御説明申し上げました。何とぞ慎重御審議の上御可決下さいますようお願い申し上げます。
#6
○委員長(秋山長造君) ちょっと申し上げます。
 大臣は、やむを得ざる公務のため退席したいとのことでありますので、御了承をお願いします。
 本案に対し質疑のおありの方は順次御発言願います。
#7
○野本品吉君 委員長から短時間にという御注意もあり、御希望もあり、またただいま発議者によって提案の理由の御説明がありましたが、非常に詳細にわたっての提案の理由でありますので、この提案の理由につきましては、さらに十分の検討を加えた後に質疑をしたいと思いますので、私はこの際きわめて一般的な問題につきまして二、三の質問をいたしたいと思います。
 第一の点は、勤務評定の意義、趣旨というものをどういうふうに考えておられるかということでございます。これはただいま御説明の中にもございましたが、国家公務員法、あるいは地公法、あるいは教育行政の組織及び運営に関する法律、それから人事院規則の一〇――二、これらを彼此対照しまして考えればおのずから明らかになることと思うのでありますが、私は結局教員と言わず一般公務員の勤務評定というものは、よい職員の育成、それからよい職員による能率的な職場の運営を目ざしているものと、かように考えるわけであります。従って、教育公務員には教育公務員としてのいろいろな特殊性のありますことは私は十分これを認めるわけでありますけれども、よき職員の育成、よき職員による能率的な職場の運営ということを考えますというと、教育公務員であるがゆえにという理由によりましてこの勤務評定の対象からこれを排除することができない、こういう考え方が人事管理の理屈はいろいろありましょうが、通念としてわれわれは考えるべきではないかと、こういうふうに考えられるのですが、この点について発議者の御意見を伺いたい。
#8
○矢嶋三義君 質問者の質問要旨を私は一部認め、また多くの面について私と意見のちょっと違うところがあります。提案理由に詳細に述べましたが、私どもの考えている点をお聞きいただきましたならば、野本委員がお考えになっていらっしゃることと、私の考えていることは本質的には相違がないということに相なるのではないかと思うのです。
 まず、この勤務評定は何のためにやるかということは、公務員の能事増進のためということははっきりと規定されているところです。そして、公務員に勤務評定をやった結果、不十分な人に対しては矯正をやる、研修の機会を与えるという点がこの勤務評定を実施する目的であるということははっきりと規定されております。ここで数日来の質疑でも論じられましたが、勤務評定によって必罰をやるとか、あるいは勤務評定の結果によってその一部の人を他の人と差別待遇をして、結果として罰になるわけですが、昇給をストップするというようなことに使うというようなことは勤務評定の立法趣旨、人事院規則の精神に反するわけでありますが、現実に最近その勤務評定の問題が論ぜられるようになってかような運用が愛媛で行われましたし、今後も行われようとしている点、地公法並びに国公法に規定してある勤務評定の立法精神に反するところの法解釈を上運用をされようとしている点が重大である、乱用されようとしている、そこで私どもこの法改正を考えたわけでございます。それではこの教育公務員に対する勤務評定というものを提案者は全面的に否定するのかということの質疑内容を含んでいると思うのでありますが、否定いたしておりません。現在の各学校において勤務評定というものが行われていないかというと私どもは行われていると考えております。行われております。たとえば教頭に抜擢する、あるいは校長に優秀な人を坊解するに当っては、ちゃんと成績優秀で云云ということが書かれて初めてこの人事行政が行われている、人事管理が行われているわけです。また昇給させるに当りましても、この人物は欠勤日数が何日、あるいは早退が何回、そして勤務状況はかくかくであるので昇給させるに値するというところの書類が整えられるわけです。それ自体私は勤務評定だと、かように考えているわけです。だから、私どもこの教育公務員に対する勤務評定というのは現行の運用でけっこうだ、その足らざるところを適正に運用すればいいのであって、この提案理由にも書いてありますが、あるいは愛媛県に現在行われ、行われようとしているようなああいう内容とか、あるいは今文部省が研究していると伝えられるああいう内容の勤務評定というものは、地公法並びに国公法の規定している勤務評定の立法精神、さらに教員のその職務の特殊性と責任性から、公務員の中でも教育者の特殊性というものが認められて立法された教育公務員特例法の立法精神からいって、そういうものは適当でない、決して教育にプラスするものでない、そういう解釈をいたしておるわけでございます。
#9
○野本品吉君 そういたしますというと、人事院規則に定められておりますその第一条の「職員の執務について勤務成績を評定し、これを記録する。」私はこの「記録する」というところに勤務評定のいろいろな、しかも大事な意味があると思う。その次に第二項に「職員の勤務成績を考慮する場合には、この規則に定める勤務評定を用いるものとする。」と、こういうことになっておるわけでありますが、ただいまの御答弁によりますというと、この人事院規則の一〇−一一の第一条のただいま申しましたような点につきましてはこれを認めることができない、こういうことになりますか。
#10
○矢嶋三義君 ちょっと、あなたと私の質疑の歯車が合っていないと思うのですが、この大前提は一般公務員と教育公務員の職務の内容、その特殊性、こういう立場から同じ基準の同じ考え方に立つところの勤務評定というものは適当でない、また不能だという大前提に立っているわけです。このこと自体は文部省並びに人事院においても認めて参ったところなのです。提案理由にも書いてありますように、この国家公務員法が施行されたのが二十二年でございます。そして一般公務員に対する人事院規則ができたのは四年経過して二十六年です。そして文部省が昭和二十七年の十二月に資料として出してありますが、訓令を出されました。そのときに、この教育公務員特例法を適用されるもの並びに準用されるものは除外するというて規定されているわけです。その特殊性というものをはっきり認めて参って、その後昭和三十二年の八月に至るまでそのまま来たわけです。その特殊性というものは文部省、人事院の良識によって今まで認められてきたわけでありまして、その考え方は私は正しいと思う。そういう考え方を支持する立場においてこの法案を出しているわけでありまして、第一条の「記録する云々」というのは、校長の推薦、あるいは昇給その他についてはこれは皆記録するわけで、それでけっこうだ。記録するからといって、今この文部省が考えているようなああいう基準を設けて、そうして書かなければならぬということは私ども考えないわけです。またこの一両日ここで審議する場合に文部省の内藤政府委員の方からは国立学校の高等学校以下には実施されておった。しかもその評定要素というものは十もあって実施されておったのを、それを簡素化して評定要素を五にしたのだというふうに答弁されておりますが、今度皆さん御出張になったならば、各国立学校、それから付属の高、中、小学校でつぶさに一つ調査して帰って来ていただきたいと思うのでございますが、実施しておりません。ということは、まあ二、三年おくれて準じておやりなさいというような訓令を出された程度でありまして、実際やれないというのでいたしておりません。だから、九月一日から高等学校以下の国家公務員である教育公務員に今まで実施しておったのを簡素化してやるようにしたんだというような説明をしておりますが、この説明は調査してみればよくわかりますが当っていないと思うのです。
#11
○野本品吉君 次に、これは私は任命権者の責任、義務、そういう点から勤務評定の問題についての御意見をお伺いいたしたいと思うのです。古い時代にはいわゆる顔で自分の好き勝手な者を任用し任命して非常に職場に悪い影響を与えておる。そういうことがあってはならぬというので最近は御承知の通りに任用制度というものにいろいろな条件を付し、いろいろな手続を規定いたしまして慎重な手続方法によって公務員を任用することになっております。そこで、この任用した公務員の勤務成績、適性あるいは能力、そういうものを確実に把握いたしまして人事管理の適正を期するということは、これは任命権者の国民に対するこれは責任であり、義務として当然のことではないかと思う。で、これは裏を返しますというと、このことは公務員の汚職、公務員の涜職の頻発というような現在におきましてわれわれは任命権者や管理職に対しましてその責任を追及いたしておるわけであります。従って任命権者といたしましては自己の責任において任用した公務員の勤務に関しましてこれを確実に把握し、これを評定するということは任用した公務員に対する問題でなくして、国民に対する当然の責任である、かように私は考えるのですが、これはいかがでしょう。
#12
○矢嶋三義君 公務員として採用し、任命した任命権者が、国民に対して云々と申される野本委員の御意見百パーセント全く同感でございます。全くごもっともでございます。ただ、その把握はどうすればこの把握ができ、また公務員の能率増進をもたらし得るかという方法の私は問題だと思うのです。基本的な考え方は野本委員の考え、全く同感です。何人も否定できない当然のことだと思う。ここでちょっと私考え方をお聞き取り願いたいのは、文部省は今までの質疑によりますと、盛んに科学的々々々という言葉を使うのですが、よくお互い数字を積み上げると、すぐ合理的である、科学的であるといって一般の人々はよくごまかされるのですが、その積み上げた数字に、その積み上げたものを構成しておるところのもとの数字はどういうものかということを的確につかまなければ、数をいじり回していって、それを積み上げていったからといって、それは決して合理的でもなければ科学的でもないのです。しかしそういうあやまちをお互いはよくやります。
 この勤務評定につきましても、十要素、あるいは評定要素を五つに取って、その一要素について三占満点をつけてこれをサンゴ十五点満点にして、そうして相対評価でグラフを拙く。そうすることは人間の評価、それからさらにその公務員が果したところの教育効果に対するところの評価が、それで科学的かどうか、それ自体に私は大きな問題があると思うのです。
 今、評価が行われてない、評定が行われてないということを言われる人がありますけれども、それは各都道府県の教育委員会あるいは学校長をとらえてあなたの県の教育委員会の管轄で、高等学校の校長の最も優秀なクラスは、どういう人か書って干さいといって、述べない教育長なんておりませんよ。
 また、市町村の教育委員に、あなたの管轄下の学校で比較的に劣っている、これは矯正方法を講じなければならない、講習会等に派遣して再教育の機会を与えなければならぬという先生方は、どういう人でしょうか、あるいは非常にりっぱな先生で、よく勉強しておるというような先生はどういう人でしょうかというて、問うた場合に、それに答えない教育長、教育委員、任命権者というのはおりません。ということは任命権者が、自分が任命した公務員の把握、人事管理というものはできておる証拠なんです。その点申し上げておきたいと思うのです。
 それから何の事業をするのでも、結局人がやるのですから人が大事だし、特に教育の場においては人間を育てていくわけですからね。それはいろいろ教育振興に必要な要素はございましょう。しかし、教育者の質的、量的なんという問題は、私は基本的な問題だと思う。だから、りっぱな先生を教育界に確保して 一生懸命に働いていただくということは大切なことであり、それには先ほど野本委員から指摘されました人事行政が公正に行われるということは、基本的な問題だと思うのです。
 私もかって教育界におりました。野本さんも教育界における私の先輩、で、かっての教育界の人事行政について批判されておりました。私も同感であります。学閥がありました。それからその地方の権力者、ことに政党人が人事に強力にタッチしておった過去の事実があります。
 私は政争の激しい大分県に生まれた者ですが、小さいときによく村の政党の幹部の子供は、ちょっと先生が気に食わんことを言うと、「お父ちゃんに言うて首を切ってやる。」ということで、一年後には首が飛びよった。それを私どもは経験してきておる。ところ一が、終戦後教組運動が起って、教組運動によって皆さん方御批判もありましょう、肯定される面もありましょうが、教組運動の発足以来日本の高等学校以下の人事行政は非常に明るくなりました。昔の悪い点は是正されました。これは私は教組運動の大きな功績であったと思うのです。以来教師は三月の異動期を控えましても背の教師と違って明るい顔で、酒一木、魚一匹ぶら下げて有志のうちの門を暮夜ひそかにたたくという人は少くなりました。教育委員会法が改正になりまして、任命制になりまして、その傾向が昔に戻りつつあるという点を心配しているのは、私一人ではないと思うのでございます。で、人事行政を公正にやっていくということは、教師にその持てる力を百パーセント発揮していただくために最も大切だと思うのですが、今文部省が考えているようなああいう勤務評定を、科学的なものをやることによって今以上に人事行政が公正になっていく、そうしなければ公正に行えないということは、私としては了承できないわけで、むしろこういう改正をして、ちょっと飛躍しますが、教育委員を私は公選にすることによって、それから教員組合の運動が健全であることによって、日本の教育界の人事行政は公正に、りっぱに行われ、それはひいては日本の教育の振興の根源となるであろうと、かように私は考えている次第であります。
#13
○野本品吉君 いろいろと御答弁いただいたのですが、私はまた逆に勤務評定を厳正に行なって、任命権者がそれを持っているということは、これは公務員をいじめるとか、圧迫するとかのためのみのそれではないと、こういうふうに考えます。と申しますのは、申し上げるまでもなく、われわれ国民は公務員に対する罷免権を持っている。この罷免権が悪用され、乱用されたような場合に、ほんとうの正しい勤務評定というものを持っている場合に、そういう騒ぎの起ったときに、公務員を擁護する武器にもなる、こういう考え方もできると思うのですが、いかがですか。
#14
○矢嶋三義君 それは現行でもできることてあって、そういうために、こういう今予想されているような評定をやられるなんということは私はよくないと思う。実際愛媛県のやっているところを私どもつぶさに振り返ってみる必要があると思う。これをやってから職場が暗くなったというのです。大体教師は気の小さい人が多いわけですから、非常に職場というものが暗くなる。極端なのは父兄が知って、うちの先生は評定が一番悪いそうだ、主任をかえてくれということを父兄が校長に申し出た例があるわけなんです。それは一つでも二つでもあったらゆゆしき事態だと思うのですね。子供は何ですよ、先生の月給なんかみな知っているんですよ。だれだれ君の先生よりうちの先生の月給が安いとか低いとか知っている。それ自体でも教育公務員に影響している。ましてや総合的に相対評価で、この学校にAクラスからHクラスまで五段階ある、おれの先生はAクラスだが、お前の先生は三等じゃないか、四等じゃないかということは実際わかっているんだ、それによってこうむる影響と、さらに父兄が主任の先生をかえて下さいというような校長への申し入れが現に愛媛県あたりに起っているわけで、そういう点から見て、いかに愛媛県でやられようとしておるところの勤務評定、並びにこれは何と言おうが文部省がやはり助言、指導してやられたので、文部省が国家公務員関係に出されたものとほとんど内容は本質的には違っておりません。今後一般の地方教育公務員に基準として流そうとしているものも、まだここで答弁されておりませんが、それに近いものではないかと思う。その施行されたときの教育に及ぼす影響というものはプラスよりマイナスが多くなる。すべてがプラスであり、すべてがマイナスという事柄は私は世の中に少いと思う。いずれがプラスが多いか、いずれがマイナスが多いかということでわれわれは事を処さなければならぬと思う。そういう立場から、こういう法の改正を皆さん方に御相談に及んだ次第でございます。
#15
○野本品吉君 それから、これは今までも新聞、ラジオその他あらゆる機会に勤務評定の反対論者から言われておると思うのでありますが、勤務評定を行いますというと、非常に情実にとらわれるとか、あるいは主観的な人事が行われる、こういうことが盛んに言われておる。私も情実人事、あるいは主観的な人事に対しましては絶対にこれを排除しなければならぬと思っておりますが、これは大へん意地の悪いような質問ですけれども、勤務評定を行わなければ客観的な、公正な人事が行われる、そういう結論が出るかどうか。
#16
○矢嶋三義君 相対的なものでございまして、人事に情実を排除するということは極力これはしなければならぬということは申すまでもないと思うのです。昔の教育界の人事に比べて、戦後の人事が、情実が排除されたということはお認めいただけると思います。しかし、その戦後改善されたものが、教育委員の任命制以来また昔に戻りつつあるという点も、これはどなたも私は、否定できないと思う。ということは、町村の議会議員並びに都道府県の議会議員の有力者、大がいは政党に入っていらっしゃいましょうが、そういうところの門をたたく教員が多くなりつつあるという点は、これは否定できません、全国的に。これは非常に私は嘆かわしいことだと思う。だから、勤務評定をやらない、文部省が考えているような勤務評定をやらなければ情実は入らない、やれば情実が入る、そういうものでなくて、相対的なものだと思う。私どもが情実ということ以上に、どこで新聞をごらんになったかしりませんが、私は多く読んでいないわけですが、そのことよりも、この勤務評定を、こういうものを行うことによって教組への影響、父兄への影響、子供への影響、総合的に日本の教育への影響というものが、マイナス面がプラス面を上回って非常に大きい、何とかして教育をりっぱにしたいというお考えで、今伝えられたような勤務評定をやられようと善意にお考えになっていらっしゃるのでしょうが、そういう考え方がやっぱりデスクプランであって、いなかの小さな学校で、親兄弟のような気持で同じ職場で働いている現場の先生方の心理状態というもの、また勤務状況というものの私は現状認識の不足から、東京のまん中のお役所の机の上で考えたものであって、起りは善意かもしれませんが、適当でない、
 マイナスになる、しかも文部省としては、地公法に法的根拠があるからやらざるを得ない、やらなかったならばわれわれは公務員として怠慢になるので、今までも怠慢であった、だから法的根拠があるからやるのだ、といってしゃにむにやろうという態度があります。それは現状認識が違うし、これは立法の精神、それからその運用が適正でない、そういう立場から法の改正を考えたわけで、野本委員も御承知と思いますが、国家公務員法、地方公務員法、さらに二十四国会で異常な状態に成立いたしました地方教育行政の組織及び運営に関する法律における勤務評定の条項についての質疑応答というものは、国会ではほとんど行われていない、ことに、あの地方教育行政の組織及び運営に関する法律の勤務評定の条項は、御承知のような国会の状態でありましたから、審議は全然行われていないわけです。だから私どもは、この際この調査も必要である。それから広く第三者の学識経験者の意見も聞くことによってこの法律案の審議に慎重を期したい、こういうふうに考えているわけです。野本委員の根本的な考え方と私は違わないと思うんです。
#17
○近藤鶴代君 この間からいろいろ勤務評定の御議論を伺っておるのですが、大きい問題ではございませんけれども、ただいま矢嶋委員のおっしゃいました、これをすることのプラス、マイナスいろいろあるが、マイナス面の一つとして、生徒が知り、父兄が知り、というようなことをおっしゃったんですが、私どもかつて教職にあった者が、今のような形式であるかどうかわかりませんけれども、やはり勤務評定のようなものがつけられていたと思うんです。けれども、それを先生自体があまり関心を持たなかったかもしれないけれども、生徒もそういうことを知っておったというような気がいたさないのですけれども、ただいま御発言になりましたような実例があるといたしましたならば、それはどういうことで生徒やPTAの人たち、あるいはその父兄の方々の中にわかるんでしょうか。それを伺わしていただきたいんですけれども。
#18
○矢嶋三義君 秘密々々といっても、これはどこからかわかっていくんです。現にそういうことが起っているわけです。で、ことに私はこれを学籍簿みたいに、年々こしらえていきますと、校長がそれぞれかわる。それから郡市の出張所の管理主事等がかわれば、前の人とあとの人の意見が違うとか何とかということがあれば、前はこうだったというようなことが、公けの席でなくて、私的の会合で漏れることは、これはもう十分想像できることで、実際漏れていっているわけです。それからまた近藤委員は教育界における私どもの先輩でございますが、その平教員としては、その書面は見ていませんが、昇給とか人事異動等によって、どういうものであるかということは、はっきり当時の教員にはわかっておったと思うんです。私でもその経験したわけですが、たとえば年末の賞与が出るときに、教師一人々々が校長室に呼び出されていく、そうして校長先生の前で、大がいの校長先生はどう言ったかというと、あなたは非常によく働いたから特にあなたには賞与をよくしておきました、大がいの先生はそう言われて出てくる。そう言われると、先生方はみんな自分がよけいもらったと思っているんですね。お互いに自分が幾らもらったということはだれとも話し合わなかった。私は過去十五カ年間の教員生活を思い出すんです。そのときは、私は就職したときの賞与は十円もらいました。私も、君はよくがんばるから特に多くしてやったと言われた。あとで聞いてみると、みんなそう言われておる。お互いがみなんな多くもらったと思っておる。当時の金で十円程度ですが、幾らずつもらったということは言わなかった。そこに私は日本の教師の卑屈さというか、自由闊達な雰囲気というものは教育界に見出せなかった。そういう私は大きな欠陥を持っておったと思います。ところが、戦後は賞与にしても何にしても、全部わかっていますから、私どもの勤めた時代から比べますと、今の職場というものは、非常に明るくなっております。それは教師の顔が明るくなっている、伸び伸びしている。だから、ときには失礼なことを皆さん方に言う者が中には出てくるかもしれませんが、全般的に非常に明るくなってきておる。その結果、子供は身心ともに伸び伸びとなってきた。これが今の教育は十分ではございませんが、戦後の日本の教育は欠点があります。これは直さなければなりませんが、非常に闊達になり、自主性を持って教育は伸びてきた、かように考えるわけで、それは今愛媛県でやっているのは、すでにその欠点を暴露してきているわけですが、文部省はやはり基準的に全国的にやらんとするような勤務評定をやったら、私は教育界に影響が大きくて、決して私どもはプラスにならない、かように固く信じてこの提案をいたした次第でございまして、先輩の近藤委員の御賛同をぜひお願いしたいと思います。
#19
○近藤鶴代君 私はただいまのお話、わからないこともありませんけれども、大体矢嶋さんのお話を伺っておりますと、いつの議論を通じましても、今は関係ないとおっしゃいますけれども、多分に日教組の考えておられますことを代弁しておられ、代表しておられるような感じがいたしましてものの考え方が、非常に基本が違っておるんじゃないかと思うんです。と申しますことは、たとえばこの間の文部省主催の校長会議なんかございましたときのこともこの間ここでお話しになりましたが、非常にあれが文部省が高圧的であったとか、非常に官僚独善であったとかというようなお話があったんですけれども、たまたま私きのう地方から送って参りました地方新聞を見ますと、その校長会議に列席したという校長さんが、その模様を県民に報告するというような意味で書いておられるのを見ますと、いろいろございましたけれども、文部省のいろいろなことをずっと条件に書いて、まだ続いているのですから、このあとにどういうことが出てくるかわかりませんけれども、第一回の寄稿を見ました範囲においては、文部省の態度は、非常に何かにおびえおびえしておって、何というか、まるで矢嶋さんがここでおっしゃることとは全然違った報告が出ておるわけなんです。そういうことを考えてみますと、ただいまの勤務評定にいたしましても、プラスマイナス科学的に研究いたしまして、どちらが多いかわからないということもあるかもしれませんけれども、今おっしゃいましたように、生徒が知るとか、あるいはPTAがわかるとかそういったようなことは、きわめてマイナスと考えるのに大きな問題ではないと思い、またそういうことが極秘のものが漏れていくというようなことは、別の角度から私は考、えてみたらいいことであって、(「その通り」と呼ぶ者あり)この際は、そういうことは理由の一つに数えていただきたくないというのが、先輩としての私の考えであります。(笑声)
#20
○矢嶋三義君 野本委員の質問に答弁するときに、漏れてこういう事態があるということを、さわりとして申し上げたわけでございまして、漏れたからこういう立法をするんだ、それが主なる理由ではもちろんないわけでして、そういう内容のものを勤務評定をやることは、教育に従事している教育公務員に対して適当であるかどうかという点から立法されておるわけでありまして、その点御了承いただきたいと思うわけでございます。
 なお、岡山の地方新聞で校長会の報告があって、私どもここで質疑応答したのと、ずいぶんかけ離れた記事が出ているということでございますが、まあ数多い先生方の中には、いろいろな先生がいらっしゃるから、いろいろな意見があると思いますが、私どもはやはりつかむべきものは最大公約数でなければならぬと思うんです。で、ああいう研究大会が、教育委員会法の改正されました昨年から開かれるようになったわけですが、まあ文部省の方でできるだけ外部の者を入れないで、先生だけ集めて一つ話をしたいというのは、こういう気持が、事、教育に関する限り、適当でないという私どもの立場から、先般反省を文部省にお願いしたわけです。それと、これは教育関係の報道に従事されている記者諸君がこぞってペンをもって指摘しているところですが、昔の研究会というものは、上司のを承わるというのが研究会だった。戦後の研究会というものは、下から盛り上る自発的な研究会のように、形式的に質的に変達してきたものであるが、去年の校長研究会を見ましても、ことしの研究会を見ても、やはり研究して報告される人は、あらかじめ指定した人にやらせるし、それからやはり校長に、文部省の考えはこうだ、こうだと言うて説明して、それで学校長は承わって、帰るような性格の研究会だということは、報道陣の方が皆さん指摘している。こういう方向では、教育の中央集権、官僚支配になるのじゃないかと指摘されているわけで、私は同感だと思う。それからまた集まった多数の校長先生方は、そういう運営については相当の不満を持っている人も多いわけでございまして、まあいろいろの先生方の意見がありましょうが、最大公約数というものは、多数意見というものは、私は読んでいませんが、岡山の地方新聞に出たようなものではないと思うのです。
 なお、私は確かにもと日教組の組合員の一人でございましたが、近藤委員から日教組の代弁をしているように思われることは、なぜ思うかというわけにいきませんが、私はその点は十分慎んでいるつもりでありまして、今私は日教組の顧問でもなければ、もちろん組合員でもありません。意見を取り入れる場合もあります。ときには私は峻烈なことも言います。いや、そう言ったら、矢嶋もこの次は推せぬと言う人もあります。まあ推せぬなら推してもらわなくてもしょうがない、こう言っているわけでして、決して私は日教組だけの票をいただいているわけではありませんで、まあ二十八万ほど国民の清い票をいただきましたが、私の言動について御不満のある点は、今後私も近藤先輩の意に沿うように努力いたしたいと思いますが、決して代弁をしているわけではありませんので、その点は御了承いただきたいと思います。
#21
○吉江勝保君 私は教育の方の、今論議されております各位のような経験者ではないのでありまするが、きょう参りまして承わっておりますと、実は勤務評定に関しまして、教育公務員の特例法の一部改正と、こういう法律案の理由を聞いておりまして、あるいは一般の公務員――国家公務員や、地方公務員と特殊性がありまするので、そのままのものでは不十分なので、何かこれに補足されるといいますか、補充されるといいますか、違った面から検討した勤務評定が論議されるのかと、こういうように実は思ったのでありまするが、聞いておりますと、教育公務員だけは国家公務員法や、地方公務員法から除外――条文を不適用にしまして、これをはずしてしまって、何と申しますか、勤務評定の作成につきましては除外されるようなちょっと感じに聞いたのでありますが、これは十分まだ検討されておりませんが、勤務評定につきましては何か別のものをお作りになるのでありますか、あるいは全然はずしてしまうというような御趣旨なんでありますか。まず最初にそれからお尋ねいたします。
#22
○矢嶋三義君 教育公務員に対する可能な範囲内の実情に適する評価、評定は、現在でも地方それぞれの教育委員会の自主性において行われているわけでございます。大学においても何らかの形で行われているわけでございます。それが、内容はまちまちでありますが、とにかく行われている。それでけっこうだ、こういう立場に立っているわけでございまして、この改正案は、教育公務員の勤務評定はやってはならぬぞ、評定というものは禁止するのだ、そういう趣旨のものではございません。
#23
○吉江勝保君 そうしますと、勤務評定そのものを否定されるのでなしに、そのやり方につきまして一般の公務員――国家公務員や、地方公務員と違った勤務評定を実施するなら差しつかえない、こういう御趣旨なんでございますか。
#24
○矢嶋三義君 この公務員の能率増進をもたらし、それから不十分な教育公務員に対して再教育の研修の機会を与える、矯正の道を講ずるという立場を堅持する評定、それは現在行われているわけでございましてその点はもちろん認めているわけで、それはやらにゃならぬことだと思います。
 しかし、ここではっきり申し上げておきたいことは、あるいは愛媛県当局、これは愛媛県当局と言っても、これは文部省の地方課の助言と指導を仰いでやっている、実質的には上は地方課、下は――同心一体のものと私は思っておりますが、愛媛県当局のなにで今やっている。それから今文部省の事務当局が考えられ、やらんとしているような勤務評定というものは、教育公務員に関しては断じてやってはならない、認めない、こういう立場に立っている次第でございます。
#25
○吉江勝保君 愛媛県がやっておりまする内容というものは、私まだ承知いたしておりませんし、また文部省からどういう案を出されるのかも、まだ見ておらぬのでありまするが、もし文部省の出されます勤務評定の中に、やり方、あるいはその内容に不満足な点があるのでありましたら、この国会で一つ御修正になるとか、改正されまして、そしてお進めになったらどんなものか、こういうように考えます。
#26
○矢嶋三義君 今の吉江委員のお考え、ごもっともな点があると思うのです。で、御承知の通り、この勤務評定の件は法律事項でございませんで、行政事項になっておりますので、文部省の方では、地公法に法的根拠があるから、十年ぶりにその画一的な基準を出して、そして全国的に同一基準でやっていただきたいという大きな期待感と、それから都道府県教育委員会べの心理的影響性を考えながら作業を進めておられる。この点、私ども認めるわけにいかないので、まあ文部省が考えておる内容はどういうものかというのを、質疑もして参りました。具体的に拝見したいとも思って参りましたが、まだ成案を得ないというので、発表されておりません。そもそも、この点はぜひとも御理解いただきたいと思うのです。教育というものは、自主性が大事であり、教育の地方分権が堅持されなくちゃならぬというのは、戦後新憲法、教育基本法からきた日本の文教政策の根幹でございます。で、各都道府県教育委員会なり、あるいは市町村教育委員会、あるいは大学は、実情に即した可能な範囲内において、何らかの評価をして、人事管理をやってこられているわけなんです。それを文部省が――しかもこの都道府県教育長の任命については承認権を持っているその文部省が、一つのこの基準をこしらえて、そしてこれを下部に流す、強力なる指導、助言をするということは、これは私は大きな教育の地方分権に反するものだ。内容のいかんにかかわらずず、そういうことは文部省としてやるべきでない。これは文部省が助言、指導権を持っているというのを拡大解釈した私は乱用だ、その底意には教育の中央集権、それから官僚支配、自分らの持っている通りの、それに百パーセント近い、全国の教育をそういう方向に持っていきたい、意識するとせざるとにかかわらず、事実はそういうところに間違いないのである。こういうところに、私は大きな問題があるわけであって、文部省はそういう画一的な基準をこしらえて流すようなことに骨折るよりは、もう少し全国の教育の現場が、教育がよりょく行われるような環境ができ上るように予算の獲得等に精を出されることが私は文部省の第一義的な、最も重要な任務だと思う。極端にいえば文部省は自分の責務をどこに重点を置くべきかという点について、少し写真でいえばピンぼけをしているかにさえ私は考えているのでありまして、根本的には吉江委員と私の見解は違います。
#27
○委員長(秋山長造君) ちょっと速記とめて。
  〔速記中止〕
#28
○委員長(秋山長造君) 速記を起して下さい。
#29
○吉江勝保君 私は、あとにたくさんおられるようですから、もう少し保留しておきます。
#30
○野本品吉君 先ほど来矢嶋先生が多年の御経験から、教育の現場に対していろいろな御意見がございました。私も同感する点が非常に多く、伸び伸びした子供を養成するためには先生を伸び伸びさせなければいかぬと、これは私も全くその通りであろうと思います。それからまた教育委員の任命制の問題でありますが、私は実はあの法律のできました直後から口をきわめて言っておりますことは、教育委員は一応任命という形をとっておるけれども、任命された委員によって構成された教育委員会というものは、絶対に政治勢力その他によって侵さるべきものでない、独自性を持っておる、この独自性を堅持しなければいかぬということが地教委に対しましても、県教委に対しましても私はいつも言っておることでありまして、この点につきましては、これはお互いもそうだと、そうでなければならぬと思いますし、それから文部省等におきましても、日本の教育全般に対する指導、助言の上において、その線を強く堅持すべきであるということは、私は考えておるわけです。で、いろいろとお伺いしたいことがありますが、委員長との約束もあり、御注意もありますので、あときわめて簡単にいたしますが、先ほど来申しております、情実人事、あるいは主観的な人間評価、こういうような事柄が心配されるということは、これはごもっともなことであります。また私どももその点は極度に警戒しなければならぬと考えておりますが、人が人を評価し、人が人をさばくということは、ほんとうに良心的に考えればむしろおそろしいことだと私は思う。しかしながら、多数の教員によって組織された組織体としての学校が、教育の場というものが総合的に、能率的に運営されますためには、個々の教員の特性、能力その他を知悉いたしまして、おのおの所を得せしめ、そうしてそれらの大ぜいの者が有機的に能率的に運営されるということが必要なんで、このためにも私はやはり適正な人事、勤務評定というものは必要であるというふうに考えております。その点についての心配があればこそだと私は思うのですが、先ほども申しました人事院規則に、評定を記録し、こうある。私はこの記録という意味は、証文としてとっておいて、そうしてそれを振りかぶって教員をいじめるための記録ではなくて、評定者が自己の良心に対しましても、第三者に対しましても責任をもって評定したものでなければ、将来に残る記録でありますから、この記録に対しては非常に責任をとらざるを得ないというところに記録の意味があるようにも考えるわけです。
 もう一つは、これも人事院規則にあります。二人以上の者による評価を含む特定の者の専断を防ぐ手続を具備するものである、つまり一人の独断的な、専断的な評定、評価を許さない、三以上の者による評価を含めて個人の独断を防ぐ、こういうような手続をとらなければならぬということにもなっておるわけです。それからなおその十七条には、いわゆる非公開の原則がうたわれております。評定の結果は外部に対して公開してはならぬ、そういうような点がすなおに守られていくとしますならば、先ほど来いろいろ御心配になっておられます点が相当、あるいは大部分これを除くことができるのではないか、かようにまあ考えておるわけです。御答弁をいただきますと、時間が長くなりますから、一応そういうことについての御所見を承わりたいのでありますが、これは私の意見になりましたけれども、あえて御答弁を求めません。
 それからもう一つは、教育公務員の諸君の職務と責任の特殊性にかんがみまして、勤務評定をしてはならぬ、こういうお考えなんでありますが、教育公務員の中には校長もありますし、教員もありますし、指導主事もありますし、社会教育主事等もろもろその職種が違い、教育ということにおいては共通しておりますけれども、職務と責任の内容というものがいろいろ違っております。従ってこれをおしなべて考えるわけにもいきませんので、それぞれの職務と責任を異にしているそれぞれについて勤務評定を実施することが不当であるということの解明が十分になされる必要がある、なされなければならぬ、このようにもお考えられるわけでございます。
 それからもう一つの点は、昭和二十二年以来の懸案がその後放置されておる、実施されておらないのを、にわかに実施しようとすることに何か底意があるであろうというような御意見も、これも矢嶋委員だけでなしにほかの方からもかねがね拝聴しておるわけです。私はその点につきましては、これをもっと忠実に、確実に実施、これを運用していく当面の責任者である文部省の責任は一応追及されてしかるべきだと、こう思う。今までこのことを放置しておりましたことに対する責任は、これは一応負わなければならぬ。しかしまた今日に及んで勤務評定を実施しようとすることになって参っておるんでありますが、そこで考えなければなりませんことは、今まで行われなかったということが、今後行なってはならぬという理由には、これはならないし、同時にまた今までのあり方が最善である、それが最善であるということの証明もまだわれわれはどこからも得ていない、こういうようなことをまあ考えておるんでありますが、まあ今までいろいろとお伺いしました範囲におきまして、私どもと提案者との間には、この問題に対する相当の意見の違いがあり、にわかに、(「討論、採決だ」と呼ぶ者あり)討論するわけじゃありませんけれども、納得しがたいことがありますので、また時間も来ておりますから、あとの機会に御質問申し上げたいと思います。
#31
○矢嶋三義君 教育界の先輩である野本委員からただいま質疑の時間でございますが、意見を述べられて、そして答弁は無用だという実に巧妙な御発言でありますが、ただいま質疑応答のディスカッションの時間でして、委員のお考えと提案趣旨説明とはかなりの懸隔がございますが、十分お互いに話し合い、ディスカッションしていただけば御了解いただける点が多々あることを確信いたします。それできょうは多くお答えいたしませんが、野本委員の御発言の中で一、二ぜひお聞き取り願いたい点がありますので、その点だけちょっとお答えいたしておく必要があると思います。
 第一番は、任命された教育委員の自主性云々という点でございましたが、私はなぜあういうことを発言したかといいますと、これは公選から任命になってずいぶん変って参りました。それで私は九州の各県教育委員会の任命状況、それからその後の状況というものをつぶさに知っております。で、私のいる熊本県のごときは、県の教育委員の任命はスムーズにうまく行っていますが、九州内においても全国的な政党の争いの場に巻き込まれて、県の教育委員が円満に任命されなかったという例は多々あるのです。それから佐賀に起ったあの休暇闘争以来の処分の問題等の決定はどこでされた、これははっきり知っています。佐賀の自民党の幹事長さんのお宅、特にお宅といっておきます、そこであの処分というものは決定し、発表されています。それから私は責任をもって言っていいことと思うのですが、大分県の場合でも、県立高等学校長の人事異動のあの決定は、自民党の幹事長さんに関係ある所で行われております。また大分県で先般婦人の教育委員が満期になって任命するというに当っては、大分県の自民党の婦人部の推薦を、大分県の自民党としては、教育委員に任命するというのを党議として決定してやった。そうして大分県の自民党の婦人部が自民党所属のある人を決定し、それを大分県自民党の中へ持っていかれて、そのまま県会へ持っていって、社会党は少数ですからそれが任命された。かような、私はこれは責任を持ちますが、現にそれは一つの例ですが、そういうふうに任命制になってやられている。以来あの地方の教育行政というものは、政治的中立というものは脅かされつつあるということは、事実をもって幾らでも申し上げることができると思うのです。
 それから第二点として、この先生に点数をつけることによって、そうして階層に分けることによって先生を引き締めていく、がんばらせるということは私は愚だと思う。教師への評価というものは、私はPTAを通じてしょっちゅう行われていると思う。これは父兄の参観があり、研究発表会があります。教師というものは研究熱というものは旺盛ですが、これは今後の教員養成学校、養成学部においても今後心がけていかなければならんと思いますけれども、根本的に、愛媛県に現にやられておる、あるいは文部省で国家公務員関係にやらしている、ああいう形で先生をがんばらせるというような考え方そのものは基本的に私は入れられないと思う。
 それから記録をすることに云々と言われますけれども、たとえば何々の教師はいつの研究会でこういう研究を発表した、それから欠席が何日である、欠勤が何日だ、早退は何回だった、こういうような記録ですね、そういうものはりっぱに今現に都道府県の教育委員会でやられておりますが、りっぱな私は勤務評定だと思う。しかもこれは客観性を帯びておる。客観性を帯びたそういうものを現にやられているわけであって、記録する云々に違反している私は実情はないと思う。それは文部省は科学的、合理的云々と言いますが、科学的というと何人もしゅんとなって、近ごろはやり言葉ですから納得するというので、科学的という言葉の僕は乱用だと思っている、科学的という言葉のですね。
 それから最後に申し上げたい点は、これで終りますが、野本委員も肯定されましたが、教育は、終戦後大いに叫ばれたことですが、自主的な雰囲気ですね、自由な雰囲気、その自由というのは無軌道な自由じゃございませんよ、今の戦後の教育というものは、憲法、基本法から、法律に基いてやっておるわけですから、決して無軌道の自由じゃございません。しかし戦前と大いに違った自由な雰囲気、自主的な雰囲気の中に教育が進められるということは、私は最もこの基本的な要素だと思う。そういうものとも関連づけて考えるときに私どもこの教育公務員に対しては、こういう法の改正を立法府で考慮することは大事だと思う、かように考えて提案したわけでありまして、今後とも慎重御審議の上御賛同いただきたいと思います。
#32
○松永忠二君 簡単に一点だけ御質問しておきます。御承知のように、現在文部省が現行法に基いてとにかく基準を作り、試案を作って実施をしていきたいという方向で進められていることはわかっておるわけであります。それと、今提案された一部を改正する法律案の審議との関係をどういうふうに考えておられるのか、その点を一つ御意見を聞かしていただきたい。
 なおもう一点、委員長に一つお願いしておくわけでありますが、やはりこの改正する法律案を審議するには、必要なやはり資料があると思うわけです。これは一つは今近藤さんからもお話がありましたが、文部省の主催の校長研究協議会で、校長さんが勤務評定についてどういう発言をされておるか、その詳細を一つ記録してお渡しをいただきた、それが一つ。もう一つは、やはり資料で府県の教育委員会が現在勤務評定を実施している県があるわけであるが、この実施を始めた期日を入れた実施状況を一つ御報告をいただきたい。でき得るならば評定要素についてもそれを含ませていただきたいというのが私の資料の二つ。もう一つは、都道府県と市町村の職員に対する勤務評定の実施の状況をやはり報告していただきたい。この三つの資料を委員長においてととのえられるように文部省に要請されて、そうして合わせてこの改正する法律案の審議に役立てていただきたいと思うわけです。
 質問の点についてまずお伺いをしたいわけです。
#33
○矢嶋三義君 松永委員の質問は、私に対してのは一つだと思うわけです。その点をお答えいたしたいと思います。
 私は何事も朝令暮改というものは厳に慎しまねばならぬと思っております。ことに人を育てる教育の場においては特に朝令暮改は慎しまなければならない。一たび回った歯車を返すということは、生徒、児童は日々成長しておりますので、歯車を返すことはできませんので、朝令暮改等は厳に慎んで、慎重にやらなくちゃならぬと、かように考えておる次第です。それで文部省かとられている態度は、まあ内藤局長さんいらっしゃいますが、私は非常にこの納得いたしかねる点を持っているんです。それは既成、事実を積み上げていってそうして自分らの考えている――失礼かもしれませんが、私は官僚独善のそしりを免れないと思うんですが、そういうものをやらせようという態度は教育界に臨むべき基本的な態度として大きな私は誤まりであると指摘しなければならぬと思うんです。次官を初め、愛媛県は実際やっているじゃないか、だから何をよけいなことを文句を言うのかと言うてみたり、それから特にこれだけ議論になってやられているのに、国家公務員と地方公務員に対する1同じ教育公務員ですからね、同じ検討した結果は、同じものが私は指導されなくちゃならぬと思うんです。それを非常にあわてて、私は部内不統一だと思うんですが、国家公務員の高等学校以下の先生方だけに九月一日の実施を規定して、そして早々と七月二十九日通牒を出した。そして地方公務員はこれからやるが、この前の答弁では、今国家公務員に出したあれと地方公務員の場合とはかなり違うかもしれないということを答弁されていますが、非常に私は不謹慎なことだと思うんですねこれは高等学校、中学校、小学校に勤務評定をやるならば、国立学校と公立学校とがそう違うべきものではないと思う。こういう点愛媛がやっている、そして国立学校がやっているのが既成事実を積み上げていこうという、こういう態度というものは厳に私は慎んでもらわなければならぬと思う。
 そこで結論的なものをお答えいたしますが、この問題は非常に重大であるということは他の委員の質疑からもうかがえると思うんですし、また日々の新聞、雑誌、あるいはラジオを通じましてもずいぶんと伝えられているわけでございます。従って本委員会といたしましては、先般閉会中に、まあ他にも調査目的がありましたが、国政の調査権によって勤務評定の実施状況を一つつぶさに現地で調査しようということが決定されております。また十二月に開かれる通常国会の冒頭において、文部省の考え方が固まる前に、できるだけ早い機会に一つ当事者並びに第三者、有識者の意見を参考人として一つ承わろうというようなことが決定されておりますし、このことはこの法律案を審議するのに非常に私は幸いすると考えておる次第でございまして、本国会短期国会でございますので、提案者の趣旨に全面的に賛同いただくのにはまだ質疑が足りないということになりまするならば、本委員会の皆様方の御同意を得ましてまあ継続審議にしていただいて、(「反対」と呼ぶ者あり)そしてその間に参考人の意見聴取、それから現地祝祭等をやって慎重を期したい。で、立法府においてそれほどの取扱いがされている間は、まあ行政府としてはこの事態を知っておられるわけですから、十分その点を考慮されて行政府は事に処していただきたいと、こういう私は期待を持っておるわけでありまして、十分一つ御審議願いたいと思います。
   〔松永忠二君発言の許可を求む〕
#34
○委員長(秋山長造君) 簡単に頼みます。
#35
○松永忠二君 矢嶋さんの、提案者の御意見に私は全面的に賛成であります。(「質問じゃないでしょう、それは。扱いなら僕らも発言がある。」と呼ぶ者あり)いやいやちょっと……こういうふうな案が社会党から出ておって、具体的に十分これは審議しなきゃできない、そういう状況でもあるわけでありますから、文部省としてもまだはっきりしたものがきめられておらない現段階にあるのでありますから、やはり実施をしている県等の調査をし、文部大臣自身も十分に世論を聞くということも言われておるのでありますから、各方面の意見を聴取し、そうして現行法と提案されている改正法律案といずれをとるべきであるかということを慎重に審議をしていくということが私は必要であろう、そういうことを考えないで法律案を提案されるということはまことに慎重を欠いておると私は思うのでありますが、そういう方向で(「同感」と呼ぶ者あり)お進めいただきたいと思うわけです。
#36
○説明員(内藤譽三郎君) 先ほど資料の御要求がございましたが、校長会議の資料でございますけれども、校長会議におきましては大体先般私から勤務評定についての質問の要旨、それに対するお答えの要旨は述べたと思いますけれども、これは時間が、長くなりますからあとで要旨を簡単に御説明いたします。
 それから勤務評定の実施についての調査がざいましたが、これも都道府県でやっているもの、あるいは市町村でやっているものについてあとで資料として御提出します。ただ、先ほど矢嶋委員が何か私文部省が少し既成事実を作ってどんどんやっているというようなお話がございましたので、これは非常に誤解がありますので、私はこの際私どもの考え方を述べさしていただきたいと思うのです。
 第一に、愛媛県の問題でございますけれども、愛媛県はこれは愛媛県全体として地方公務員全部についてやったわけなんです。それは昨年度愛媛県が再建団体になっておったので、昇給予算を全部組めない、そうして当初七割の昇給予算を組んでおりました。愛媛県としては従来延伸でやっておった。で、延伸々々という形をとらないで、優秀な者は昇給させると、そうでない者はストップさせると、こういうことによってまあ延伸のような措置を打ち切りたいというのが愛媛県のねらいであったわけです。そこで最初に地方公務員をやったのです。そのあとで教育公務員――一緒ですから、予算も同じでございますからやったと、で教育公務員についてはやり方について一部御相談があったけれども、必ずしも私どもの申し上げた通りおやりになったわけではないので、この点は何か私どもが愛媛県に既成事実を作ったということは全然別個で、愛媛県御当局の御意見でおやりになった。一部については私どもが意見を聞かれた点については私どもの意見を述べた点もございます。
 それから国立学校については、これは何か突如として私どもが七月にやったと、こういうような矢嶋委員のお話がありました。これも非常に事実に相違しておるのでありまして、これはすでに二十七年の十二月に実施しておるのです。で、これを簡素化するということがこれは年度の当初から話がありましたので、簡素化する方向に向ったのです。そうして今度地方の教職員について文部省が考えておりますことは、もちろんこれは地方がやっていただくことが原則でございますので、できるだけこれの実施を促進させるという意味で、必要があれば参考案を出せるようにというので検討しておるのです。で、この内容が何かもうきまったというふうにお考えになっていらっしゃるのは私非常に遺憾に思うのですが、皆さん方からいろいろと御議論も出ておりますので、こういう点は十分尊重してやっていきたい。
 それから何か不統一があるようなお話がございましたが、国立学校については十七年からもうできちゃっているのです。それを変えたということが主なんで、これを簡素化したのが主であって、私どもは国立学校においても悪い点は私直していいのじゃなかろうかと思うのです。愛媛県の場合及び国立学校のものも十分検討して、そうしていいところをとっていくというふうにするのが私どもの基本的な考え方ですから、これは何か既成事実を作っていくとか、あるいは私どもの考え方に非常に矛盾があるというふうに御指摘があったのですが、これはちょっとこの点は御了解いただきたいと思います。(湯山勇君「ちょっと重大な問題があります、今の内藤局長の」と述ぶ、矢嶋三義君「それは絶対に了解できません。あとでやります。ここではやりません。違います。非常に違います。」と述ぶ)
#37
○湯山勇君 局長にお尋ねします。あなたは今愛媛県は延伸をやっておった、でそういうことのないように、優秀な者は昇給させると、そうでない者はストップさせると、そういうことのために勤務評定をやったと、(「あとで言え。」と呼ぶ者あり)いや、局長が発言したから……。今、そういうことをはっきりおっしゃいましたけれども、間違いがありませんか。(「それは文部省のときにやればいいじゃないか、約束だから。」と呼ぶ者あり)今言ったから言っているんじゃないか。
#38
○委員長(秋山長造君) 静粛に願います。
#39
○湯山勇君 もう一ぺん言います。今誓ったことが大事なんだ。局長は今愛媛県は優秀なものは昇給させる、それからそうでないものはストップ、あなたの言った言葉通り言いいますよ。ストップさせるために勤務評定をやった、こうはっきり言われました。間違いありませんか。
#40
○説明員(内藤譽三郎君) 私は、愛媛県は財政上の措置で財政負担額に昇給する予算がないから制限するためにこのことも考えた、こういう意味です。
#41
○湯山勇君 私が今言ったことは間違いか、間違いでないかだけ言って下さい。よけいなことは言わないで……。
#42
○説明員(内藤譽三郎君) 私が申し上げたのはそういう趣旨でございます。
#43
○委員長(秋山長造君) 本案に対する質疑は本日はこの程度にし、なお政府に対する資料要求等があれば後刻委員長まで申し出ていただくことにしたいと思いますが、御異議ございませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#44
○委員長(秋山長造君) ちょっと速記をとめて下さい。
  〔速記中止〕
#45
○委員長(秋山長造君) 速記を起して。
 御異議ございませんね……。
    ―――――――――――――
#46
○委員長(秋山長造君) 次に、大学制度及び大学関係予算を議題といたします。
 質疑のおありの方は順次御発言を願います。
#47
○高田なほ子君 ちょっと議事進行についてですが、もう十三時を半ば過ぎておるのですが、大学の予算は昼食抜きで何時までおやりになるおつもりですか。私の考えではここらで休憩をしたらいかがかと思いますが。
#48
○委員長(秋山長造君) 委員長からお答えいたしますが、前回の理事会で協議し、さらにけさほど開会冒頭皆さんに報告をして承認をいただきましたように、本日は午後の日程がそれぞれおありのようでございますので、ただいまの問題に引き続きまして大学の予算の審議に入りたいと思っております。いましばらくごしんぼうをお願いします。
 御質疑のおありの力は御発言を願います。
#49
○野本品吉君 大学の問題につきまして、まず第一にお伺いいたしたいと思いますことは学制の改革ということがいろいろと論議されておりますが、大学の問題に関する今の文部省の考え方、現状について一つお話願いたいと思います。
#50
○説明員(緒方伸一君) 大学の制度の全般の問題についての改革意見というものは、まだ文部省といたしましてまとまっておりません。ただ、現在論議に上っておりますことは、特に科学技術教育の振興という観点からいたしまして、それを中教審に諮問いたしております。科学技術教育を振興いたしますために、これに関連して大学の制度も相当考えていかなければならぬ点があるということが中教審の中におきましても指摘されておるような状態でございます。これはまだ中教審の正式の答申はございませんから、どういう形で答申が参りますかはまだわかりませんけれども、御参考にそこで論議をされております一部のことを申し上げますと、一つは四年制大学で果して十分な質の科学技術の教育ができるかという点でございます。特に工科等においては一年修業年限を延長するような考え方があるのじゃないかというようなことが一部で言われております。それからまた大学院の問題につきましても、これに対しまする科学技術教育の面から高級な科学技術者を養成するという面からいたしまして、修士課程等について何と申しますか、技術者養成課程といったようなものの面を少し強く出す、明らかに出す必要がありはしないか、従来の大学院の考え方は、主として研究者の養成というふうな目的を示されておりますけれども、それに加えまして、特に修士課程等におきましては高級な技術者を養成するために技術教育というような点をはっきり出していく考え方がありはしないかということが一つ二日われております。
 それからなお、御承知のように、産業界の技術者養成、技術に対しまする、その質に対しまする養成につきましては、これはいろいろ複雑でございます。企業の種類や規模に応じまして、非常に上級の技術者を養成するという百面もありますけれども、中級技術者、ちょうど以前の工業専門学校卒業者に求められておりましたような施設を要望しておるという実態があります。ところが、今日は以前の高等専門学校が一律に四年制大学に昇格いたしまして、画一的な制度になっておるのでございます。けれども、もっとも四年制大学のほかに現在短期大学がございますけれども、これは必ずしも技術者を養成するという専門教育の面につきましては適当でない、十分でないという批判が一面ありますので、現在におきましては、先ほど申しましたように、産業界の要望であります充実した中級技術者を養成するということが欠けておる現状があるわけでありましてこれに対しまして、今の短期大学制度の改善を基本にしまして、そして何かもっと充実した中級技術者を養成するような学校制度を作ったらどうかというようなことが論議されております。この短期大学の改善の問題につきましては、中教審からも以前に二回ほど答申が出ておりましてこれはなるべくすみやかに実施するようにという意見が中教審におきましても強いようであります。改善につきましては充実をするようにという要望があります。
 そのほか大学制度につきまして、いろいろ意見がございますけれども、まだ文部省といたしまして、まとめた案を発表するところまでいっておりません。
#51
○野本品吉君 審議会の答申の時期はいつごろになりますか。また文部省としては早期に具体的な対案を考えるために答申の時期をなるべく早くしたいというようなお考えでおりますかどうですか。
#52
○説明員(緒方伸一君) 中央教育審議会の審議は、科学技術教育、あるいは研究の教育ということでございますが、科学技術教育の振興策全般につきまして論議されておるわけであります。でございますから、その一部として今の学校制度にも若干及んでおるわけでありますけれども、主体は科学技術教育の質の充実、あるいは養成数の増加というような点が論議の中心になっております。私どもとしましては、なるべく早く答申が行われまして、それに基いて将来計画を文部省としても樹立していきたいという考え方でございます。中教審でも審議を急いでおられまして、そう遠くないうちに答申が出るのじゃないかと私は考えております。
#53
○野本品吉君 そのそう遠くない時期に出る答申に基きまして、政府としましては急速にその答申に基き具体的な提案をする方針でありますか。
#54
○説明員(緒方伸一君) 来年度の予算につきましては、科学技術教育充実の観点におきましても、これは予算提出の時期がありますから、すでに計画を立てまして、要求はいたしております。
 それから学校制度の問題につきましては、今申し上げました無期大学制度の改善を中心にいたしましたその点についての改革につきましては、私どもも鋭意検討いたしまして、なるべくすみやかに実現の方向に持っていきたいという考え方でございます。
#55
○野本品吉君 最近文部省の大学の扱い方におきまして、いわゆる旧帝大というような所に予算その他の配分が多くて、新しく生まれました地方の大学に対して非常に薄いといいますか、冷たい扱いをしておると、こういう声が非常にある。そこで、具体的なことにつきましては、あとでお伺いいたしたいと思いますが、これらの点について、予算の配分その他について、均衡を期する、公平を期するというような考え方がなされておりますかどうか。
#56
○説明員(緒方伸一君) 予算のつけ方に厚い、薄いという考え方は持っておりません。ただ、しかし、大学の内容に応じまして、おのずから予算が多い、少いということは生じて参るわけであります。それからもう一つは、今お話のございました、旧帝大とおっしゃったように思いますが、特に、大学院を持つ大学と、そうじゃない大学と比較いたしまして、研究という面が非常に整備もされ、実績も上り、あるいはまた、その研究を進める上におきまして適当な状態にあるという大学につきまして、その面につきまして予算がつけられるということは当然起って参ると存じます。特に、大学院の関係におきましては、御承知のように、学部の上に大学院がありまして、そしてその両方の教育をやり、あるいはそこで研究を進めておると、こういう状態でありますから、おのずからそこに、講座研究費等につきましても、異なったものがやはり出てこなきゃならぬと、私はむしろそう思っております。要は、各大学の内容に応じた、特色に応じた予算を配分していく、つけていくということが心要であろうかと考えております。
#57
○野本品吉君 大学の数が非常に多過ぎるというような声もありますし、地方の大学の内容が整備されないために、非常に古い大学との間にいわゆる格差が大きいものがある。このことにつきまして、いろいろと議論をされるのでありますが、私は、地方大学の充実ということは、やはり、教育の機会均等という大精神、それから、地方の産業、経済、文化の発展、そういう観点からいたしまして、最も効果的な方法で育成の努力を続けなければいかん。また、地方大学が学生の希望を満たす程度に充実されていけば、おのずから中央に希望者が集中殺到するというこの弊害も除去することができると思う。このことについてどういうふうにお考えになっておりますか。それだけお伺いして私の質問を終りたいと存じます。
#58
○説明員(緒方伸一君) お言葉のように、それぞれの大学につきまして、それぞれ特色に応じてこれを整備することには十分力を尽さなければならぬと考えております。ただ、先ほど私が申しましたことは、やはり大学の内容につきまして、それぞれやはり実体には、格差と申しておられるようですが、差別はございますから、それに応じた予算は、そういう特色々々に応じて計上されていくということは当然であろうということを申し上げたわけでございますが、しかし、百八十二の国立大学がありますけれども、いずれもそれぞれ整備充実をはからなければならぬことは、これまた当然のことでありまして、そういう努力をいたしたいと思っております。
#59
○矢嶋三義君 大学の問題についてはずいぶんいろいろと質疑したいことがあるわけで、重大だと思うんですが、大臣も来ていないし、時間もないことですから、ごく二、三点について承わっておきたいと思う。
 あなた方の心がけですがね。私は、文部省の役人というものは、時の与党政権に迎合してはならない。政権というものはしょっちゅうかわるのですからね。そうしてはならないということを常に主張しているわけですが、最近科学技術の振興ということがはやり言葉として言われています。この科学技術にしぼって考えても、今の文部省は非常に日経連の文教政策をまるのみにする傾向がある。私は、もう少し長きにわたって、日本の文教問題と取っ組む文部官僚というものは、時の与党政権に迎合することなく、何か一本バック・ボーンがなけりゃならぬと思う。私は、今の大学における専門教科、それから一般教養、これが今のままでいいとは考えませんが、日経連あたりの、ややもすれば一般教養、それから基礎研究は無視して、応用、実用に突っ走る、そういう立場から出てくるところの政策を、事務当局は何ら反撥することなく、うのみにする傾向は、私は将来に大きな禍根を残すと思いますが、そういう反省を持っていませんか。
#60
○説明員(緒方伸一君) どういう点を具体的におさしになったのか私わかりませんけれども、今おっしゃったような考えは、全然持っておりません。
#61
○矢嶋三義君 時間がないから、具体的なことは省いておきます。
 次に第二点として承わりたい点は、科学技術の振興五カ年計画で技術系統の学科生徒を増員することによって、今文科が七割で理科が三割のを、逆にする、せめて近い将来に五分五分にするということを言われておりますが、ほんとうに重大な決意をもってやらなきゃできることでないと思うのですが、私は具体的に承わりますが、来年度の計画においても既設学科の学生増員を千百人とするとされていますが、私は熊本大学に行って実情を調べてみた。ところが、昨年度理工科系の学生を増員した。たとえば、機械科は十人増員した。その十人増員しても、ただ十人の学生経費をふやすだけであって、施設も設備も一切はふやすわけでなく、それから教授から助教授、こういう人の面についても何ら手心を加えていない。これじゃ、ただ理工科系の学生がふえるだけで、教育はできないと思う。来年度は千百人の既設学科の増員をやる、それ以外に新設学科等もあるわけですが、こういうやり方については、どう考え、また、大蔵省に対してはどういう対処の仕方をされているのか、承わりたい。
#62
○説明員(緒方伸一君) 学生を増募いたします場合には、既設の学科を十分整備をした上で増募いたしたいと思っております。それから新設の学科を作ります場合にも同様であります。
#63
○矢嶋三義君 昨年度は全国においてかなり理工科系の学生の増募をやったわけですが、学生経費をふやしただけであって、他の面はされていないでしょう。
#64
○説明員(緒方伸一君) 昨年の理工科――工科系を主としてふやしました場合には、大学で現在の施設、設備あるいは教科陣容等が受け入れられる限度を十分相談いたしまして増募いたしたつもりであります。お話の通り、昨年度は、その学生増募に伴いまする施設、設備というものは特別には予算上計上しておりません。そのほか一般的には、施設、設備の充実をいたしましてそれに伴って見合った数字というものは計上いたさなかったのでございます。しかし、将来におきまする学生増募につきましては、今お話しのような研究のための、あるいは教育のための施設、設備、あるいは教科陣容等、十分考えていかなきゃならんと考えております。
#65
○矢嶋三義君 昨年の理工科系の学生の増員のやり方について、大学協会あるいは教授連合等から教育ができない、非常に実情を知らぬやり方で不満だという声はあなたの耳に入っていますか、いませんか。
#66
○説明員(緒方伸一君) そういう非常に不満だという声は入っておりません。ただ将来については十分注意してもらいたいという要望はしております。
#67
○矢嶋三義君 来年度の予算の編成に当ってはその点は十分考慮いたしますね。
#68
○説明員(緒方伸一君) そういうつもりで要求しております。
#69
○矢嶋三義君 次に、承わりたい点は、ソビエトで人工衛星を打ち上げることに成功したということが伝えられておりますが、ともかくああいう国では学者、研究者を非常に優遇して、ほんとうに研究するのにふさわしい研究環境、生活環境に置くべく政策面で考慮されておりますが、そういう立場から日本の科学技術の振興を叫びながらも、研究者、学者の研究環境、生活環境について考慮が払われてないと思うのですが、そういう改善についてはどういう具体策を講ずるつもりですか。
#70
○説明員(緒方伸一君) 大学の運営費の面から申しますと、教官研究費を増額していくことが今お話しのような点にこたえる一つの方法であると思います。従いまして、これにつきまして増額要求を出しております。
 それからなお、大学院、多くの大学につきましては、特に将来次代をになう研究者、あるいは教育者、あるいは高級な技術者等をそこで養成しなければなりませんので、それを担当する講座につきましては、相当充実した研究費や、あるいは教官に対して優遇するということを考えて参りたい。
#71
○矢嶋三義君 来年度の予算の概算要求において学生経費の二増割、研究費の五割増を事務当局で折衝しているようでありますが、大学側の資料に基くわれわれへの陳情を見ますというと、研究費というものは少くとも現状の三倍程度にならなければ研究できないということを、資料をもって訴えております。それに比して概算要求は微々たるものでありますが、この学生経費の増と研究費の増は、今事務当局の折衝段階においてこれは必ず確保できるという見通しと自信を持っておるかどうか、それを承わっておきたいと思います。
#72
○説明員(緒方伸一君) まだ折衝中でございますから見通しは申し上げかねますが、努力いたしたいと思います。
#73
○矢嶋三義君 大学学術局長の私は腹と努力が結果を左右すると思うのです。この程度のことをやらないようだったら、私は文部大臣は科学技術の振興なんか言うべきじゃない。それから岸総理大臣は全国に遊説の際に、科学技術の振興とかいうようなものを政策の大きな柱として演説するに値しないと思う。あれだけ総理みずから国民に公約しているのですから、あなたは所管局長ですから十分これは努力することを私は要請いたします。この程度の予算が取れない場合にについては、私は他日岸総理大臣並びに文部大臣の言明に対しては重大なる決意をもって応ずるつもりでありますから、総理にお伝え置き願いたいと思うわけです。時間がございませんからもう一点承わって質疑を終りますが、それは国立大学の施設の問題ですね。これはよく年次計画等、聞くわけでありますが、概算要求においては二十九億ほど増加されておりますけれども、一、二の大学を見てもきわめて不十分ですね。小、中学校は市町村有の財産とか、あるいはPTAの努力によって、ゆがめられた形で施設、設備がだんだんと整備されておりますが、国立大学は国家予算が不十分なために惨たんたるものです。ことに基礎学科、応用学科の方は別として基礎学科、たとえば具体的にいえば理学等の施設、設備というものは非常に不十分だ、こういうところから積み重ねなければ、私は日本の科学水準の向上というものはあり得ないと思う。たとえば例をあげますが、熊本大学なんか理学部はまだ本館を持ってない。建物はばらばらである。こういうような実情とか、それからもう時間がないから私は具体的に聞きますが、たとえば熊本大学の藤崎台にある病院は何ですか、あれは。あんな病院は国立大学の病院といえますか。私は人造問題だと思う。さらに藤崎台に付属の看護婦養成所がある。局長ごらんになったかどうかお聞きするとともに、あんなところに若い娘を入れておいて事件が起ったらだれが責任を持つか、人道問題ですよ。もう倒れかかっておる。真夜中トイレットに行くのに外に出なければならぬ。ああいう所に国立学校の名において若い娘を収容しておるのは国辱ものだと思う。これは一つの例だが、ああいうのは全国至るところにあるというのですが、一体大学学術局長はあの国立大学の最低限の施設、設備の充実についてどれだけの決意を持っておられるのか、その点をまず大学教育の振興という立場から大学局長の答弁を求めるときに、私が具体的に聞きました熊本のああいう例は他の大学にもあるわけなんですが、管理局長はどういう解決策を考えておるのか承わるのと、それからもう一つは、最近いろいろと議論されておりますが、それは教員養成大学、教員養成問題はまた他日聞きますが、一つしぼって聞きたい点は、従来、従来といっても戦前、戦時中ですが、一県に教員養成学校が二校ないし三校あって、それが閥を作って都道府県教育界に非常に災いしたということが全国にあったわけですが、戦後は一県一大学、教員養成学校は一つになっておる。最近に至って一県二つにしようというような動きがあるやに伝えられて、それをめぐっていろいろ教育界に議論がありますが、こういう点についてはどういう方針で進まれつつあるのか、それだけ承わって、きょうの私の質疑は終ります。
#74
○説明員(緒方伸一君) 最初言われました国立大学の施設の充実ということは、御指摘の通り不十分な点がまだたくさんございます。これらにつきましては十分に今後努力しまして、整備に努力したいと思います。
 それから次に、教員養成制度につきまして申し上げたいと思います。御質問がございました教員養成制度につきましては、二十六国会だと思いますが、衆議院で科学技術の振興ということとあわせまして教員養成制度の改善を急速にはかれ、こういう趣旨の決議が全員一致でございました。その決議の趣旨を受けまして、私どもは今教員養成制度そのものの検討に取りかかっております。すでに中央教育審議会に諮問いたしまして、審議会におきまして今審議中でございます。で、この趣旨といたしますところは、現在の養成制度でわれわれ養成いたしておりますけれども、現在の養成制度ないし免許制度で十分な資質の教員が養成できるかどうかという点が一つ。もう一つの点は需給の関係であります。需給の調節ということが今の制度ではなかなかはかりにくいのじゃないかという点が指摘されております。そこでそれらの点につきまして、一つ根本的な検討を進めたいということで、中央教育審議会に諮問いたしまして研究いたしておる段階でございます。
 それから、さらに今具体的にお触れになった点でありますが、お話の通り、戦後大学制度といたしまして一県一大学ということでやって参りました。そこでまあ県によりましては、教員養成は御承知の通り、教員養成の一つの単科大学、学芸大学ができておる所もありますけれども、大部分は総合大学の中の教育学部、あるいは学芸学部として、一つの学部として存置いたしております。しかし、これはやはり原則として一県一大学ということでございまして、前にございました師範、あるいは二つ以上あった師範学校は多く分校として残っておる実情であります。しかしまあ何としても一個所にまとめて充実した教育を与えることが、これは教育効果を上げる上に適当でありますので、大学におきましても努力をしまして、分校が統合した所もたくさんあるわけでありますけれども、しかし県の事情によりまして、まだ分校が残っておる所もあるわけであります。そこで、今お話のこれに対しまして、これは最近ではありません、数年来の問題でありまして、特に県が広いとかというような事情があったりいたしまして、そうして分校は主として二年前期だけをやっているというのが大体分校の実態でありますので、その分校にも四年の課程を立てる、あるいは進んで独立をするといったようなことが地方の教員を養成するためにはむしろいいのではないかというような議論が起っておるわけであります。これは私は、まあ事実その地方の実情によっては理由のあることだと存じております。広い所で、一県一校でありまして、そこに行って、まあ分校で前期を上げる、後期は本校に行ってというやり方では十分ではないという理由もこれはあると存じております。しかしながら、今御指摘になりましたような、その反対の理由もいろいろあると思いまして、先ほど私が申しましたように、ほかの大学でとって参りましたように一個所にまとめた方が教育効果は上るという点は確かにあるだろうと思いますし、それからまた学閥の問題もありますし、そこで従来は分校に四年課程を立てるという方針はとっていなかったのであります。しかしながら、数年来各地方の御意見等もありまして、現在先ほど申しますように、教員養成制度あるいは免許制度そのものも検討をいたしておりますから、それらを勘案して、文部省としましてはそういう問題につきましても検討をいたしておるような段階でございます。
#75
○説明員(小林行雄君) 国立大学の施設の点についてのお尋ねでございますが、御承知のように、国立学校は戦争中約三十万坪程度の大きな戦災をこうむっております。四十万坪のうちの三十万坪が焼けたということで、戦後一番力を入れましたのが戦災復旧でございます。で、その後いろいろな大学の集合、整備というようなことに力を入れなければならなかった関係から、比較的大学自体の、まあ基礎的な面の整備の面はおくれてきておったと思います。で先ほど来、いろいろお尋ねがございまして、大学局長の方からもお答え申しておりますが、ここ一、二年から科学技術関係その他のまあ基礎的な面の施設の方にもできるだけ重点を置くということで仕事をして参っておるわけでございます。熊本大学の具体的な例でお話がございましたが、確かに熊本大学の理学部も非常にまあ施設の面からは貧弱な大学の一つでございますが、御承知のように、熊本大学は非常に大きな戦災を受けております。また戦後新しい学部もできた等の関係で、従来の建物を相当使っているというようなことで、今までやってきたわけでございます。こまかなことまで申しますと、熊本大学では病院、医学部が全部焼けてしまった。従ってまず病院の外来、あるいは病棟の復旧というようなことをやって参りまして、まあ、この病棟のある大きな建物と、外来の部分だけは今年度までに完成をしてきているわけでございますが、お話の中にありましたような藤崎台の分院、あるいは藤崎台にありますところの看護婦の看護学校、それから看護婦の寄宿舎、いずれもきわめて貧弱な不完全な建物でございますし、また環境も熊本城内の非常に暗い所にございまして、私も拝見しておりますが、非常にこれはよくない。早期に何とか解決しなければならぬと文部省も思っているわけでございます。ただ病院と申しますか、大学の当局は、まず医学部関係では外来なり病棟なり、あるいは同じ城内にありますところの基礎医学を早く市内の方におろしてくれということで、基礎医学の方の建築も本年度から始めている状況でございます。だからといって、この看護学校をそのままにしておいてよいと私は考えませんけれども、実情はそういった予算のワク等の関係もございまして現在まで放置されているわけでございますが、文部省といたしましてもこの看護学校並びに寄宿舎については、できるだけ早期に少くとも城内から市内の方におろしてきて病院の近辺に何とか施設を設けなければならぬというふうに考えているわけでございます。
#76
○湯山勇君 簡単に二、三点お尋ねいたします。
 その一つは、大学院を置いている大学と、それから大学院を置かない大学との間に何か文部省の方で差別をつけておられるとかいうようなことを聞くのですが、大学院を置いている大学の大学課程の間、置かない大学の大学課程の間、その間には差別がつかないのがほんとうではないか。それは学校教育法の五十二条の精神から申しましても、教育の機会均等の原則から申しましても差別がつかないというようなことが私はほんとうではないかというように思いますし、それからまたそういうもし差別があるとすれば、そういう差別が今日の入学難といいますか、そういうことに拍車をかけているのじゃないかというようなことも感じられますので、原則的に大学院を置いている大学の大学課程と、置かない大学の大学課程の間には差別があるのかないのか。あるとすれば、どういう考えで差別をおつけになるのか、この点を伺いたいと思います。
#77
○説明員(緒方伸一君) それは差別はありません。
#78
○湯山勇君 差別がないとすれば、研究費等ですね、これも大体計算される場合に、大学院を置いている大学の大単課程の研究費、それから置かない大学の大学課程の研究費、そういうものは大体バランスがとれるように御配慮になっておられるのでしょうか。
#79
○説明員(緒方伸一君) 差別がないと申し上げましたのは、今御質問が、大学院を置く大学も置かない大学も、学部の大学としての教育内容等の差別があるはずはございません。そのことをお答えいたしたわけでありますが、しかし研究内容等はやはり大学々々によってこれは違うわけであります。たとえば大学院を置く大学と、そうじゃない大学との間に、これは大学院を置く大挙は相当歴史のある大学でありますし、おのずから従来の研究の実績もありますし、研究の幅にしましても相当広いということになるわけでありまして、そこの大学におきまして研究しておられる事項に応じて、そうして予算等が計上されているということは、これは先ほど野本委員の御質問に答えましたように当然であろうと存じます。
 それから今の研究費の点でございますが、満座制のところと、そうじゃないところの区別、これはいたしております。これらは先ほど申し上げましたように、講座制の方は、学部の教育のみならず大学院の教育、あるいは研究ということまで担当いたしておりまするし、さような意味で私はやはりこれは差別をつける方が当然だ、かように考えております。
#80
○湯山勇君 今おっしゃることはよくわかる点もあるし、ちょっと了解できない点もあるのですが、それは研究内容によって差別がつくということは当然だと思います。そこで大学院の研究、あるいは大挙院と大学が一緒になってやる研究、これは確かにおっしゃるような点があると思いますけれども、そうじゃなくて、純粋に大学だけというものの研究費、そういうことになればやはり区別がつかないのが普通だと思いますが、これはいかがでしょうか。もちろん学部による差というものはこれはありますね。
#81
○説明員(緒方伸一君) それは、ちょっと誤解があるのじゃないかと思いますが、大学院を置く大学に学部の部分の研究費と、講座研究費、それから大学の部分の研究費、こう分けておるわけでありません。これをひっくるめて大学と大学院を置く大学の講座研究費は幾ら、こういうきめ方であります。それは大学によって区別はございます。それは先ほど申しました理由によってつけているわけであります。私はつける方が至当だと思います。
#82
○湯山勇君 私が言うのはそういう事実の問題じゃなくて、考え方として大学院大学、つまり大学院のある大学の研究費を考える場合には、大学と大学院と一緒になった形でおつけになっている。そうでないところは大学の部分だけを考える。それから大学の部分だけでいえば、これは実際は課程の問題になるかもしれませんけれども、大学院のある大学であっても、大学の課程だけを考えた場合にはやはりその間には、かりに研究費を配るとしても区別はつかない。同じような研究費を出す場合には区別はつかないという、これは考え方の問題ですけれども、そういうふうに考えていいわけでしょうか。
#83
○説明員(緒方伸一君) 非常に厳密に分析されたお話でありますからお答えが非常にしにくいのでございますけれども、現実の事態といたしまして、やはり大学院を置く大学と、そうじゃない大学との間の、今区別をつけております。その区別はつけた方が至当だと思います。私はそういう見解であります。ちょっと今分析したお話でありますから、研究の実態、あるいは教育の実態はもっと総合されたものでありますから、私としてちょっと区別してお答えすることは困難であります。
#84
○湯山勇君 原則的に仰せの通り、大学院を置く大学課程の大学と、そうでない大学課程の大学との間には一切差別はない。それは、その部分だけ切り離せば、研究に差別があっても大学院がくっついておるから差別があるだけで、そうでなければ差別がつかない、こういうことになります、、もちろん研究内谷が違えば違うのは当りまえであります。そういう原則が確立されますがどうでしょうか。それは別に他意あって聞いておるのではありませんから用心なさらないで下さい。
#85
○説明員(緒方伸一君) 私も非常に実は率直に申しておるのでありますけれども、その差別がないというのは、同じ四年制大学にあっても、その大学を出れば資格も同じだし、それから建前として教育内容に違いがないはずだということありますけれども、実態としてはこれはあると思います。やはり学校差というものは現実の問題としてはこれはめると思います。それは歴史がある大学と、そうでない大学では第一教官、教員組織におきましてもそれはやはり違うと思います。そういう意味ならば実態の区別はある程度やはりあると思います。
 それからもう一つ研究費のお話でございますけれども、やはりそういう大学院を置く大学を区別したというのは、大学院の教育や研究指導を担当しているという点がございます。なお実体的にも、従来の沿革から申しましても、そういう大学には研究の実績等も積み重ねられておりますし、重要な研究もこれから行われるということに一応なると思います。そういうことを総合してそういう研究費に差がつく、こういうふうに考えていいのじゃないかと私は思います。
#86
○湯山勇君 もう少しゆっくりお聞きしたいと思います。それは私は今のように制度の上で差別をつけると、機会均等の原則、それから学校教育法五十二条に持子抵触する面ができるのじゃないかというような懸念があったのでお聞きしておったのです。ですから、その問題はまた、時間をとりますから、別な機会にお聞きすることにいたしまして、
 その次には文理学部の問題です。全国で十四ばかりあるはずですが、今日のように大学制度がいろいろ検討される段階においては、文理学部をこのまま置くのか、これを何とかするかということは相当重要な問題だと思いますが、これについては文部省はどういうお考えを持っていらっしゃるか、伺いたいと思います。
#87
○説明員(緒方伸一君) 文理学部の今後の問題と思いますけれども、これもまだ文部省として考えはまとめておりません。事実まとめておりません。ただしかし、御指摘の通り、それはいろいろ問題はあります。先ほど教員養成のお話が出ましたが、この観点からいたしましても、これは問題があると思いますが、御承知のように、これは中学校以上になるかもしれませんけれども、教員の養成の関係になるかもしれませんけれども、教科の単位は文理学部でとり、あとの教職課程を教育学部でとる、こういうふうに別々に分れております。この辺がもう少し総合的に、教員養成の目的のために総合された、計画された教育を行わなければならぬのじゃないかという議論もあるわけでございまして、そういう観点において文理学部の問題も今後研究しなければならぬ課題に残ってくると思います。現に大学自身におきまして、これは十四の大学でございますけれども、文理学部のある大学におきまして学長が集まってしばしば研究をしております。また、国立大学協会としても従来取り上げてやっておったのでございますが、なかなかむずかしい問題であるので、にわかに結論が出かねておるわけであります。しかし、文部省としましても今後研究の対象として取り上げていかなければならぬ、こういうふうには思います。
#88
○湯山勇君 その文理学部というものを廃止するというような観点に立って今のような検討が続けられているのか、文部省としてはやはり文理学部というものは置いておくべきだ、そうしてその内容を変えて存置する方針だ、そういうどこをどうするというのじゃなくて、原則的なこともまだきまっておりませんか、方向としては……。
#89
○説明員(緒方伸一君) 文部省としてはきまっておりません。先ほど申しますように、大学自身におきまして文理学部を置く大学の学長等が集まられまして検討されておるというような段階でございまして、まだどうするという方向が出ておりません。
#90
○湯山勇君 もう少しお聞きしたいのは現在の文理学部で都合悪いというようなことは文部省としては把握になっておられるのですか、いかがですか。
#91
○説明員(緒方伸一君) これはいろいろな問題点はあると思います。これは一々私ここでこまかく申し上げる準備ばございませんけれども、先ほど申しましたような教員養成の制度の関連におきましてもありますし、それから何と申しますか、非常に専攻が細分されておって、しかも、その専攻に先生がおっても学生は非常に少いといったところもありますし、いろいろ、やはりこれで研究しなければならぬ面が多いだろうと思っております。
#92
○湯山勇君 いつごろこの結論を出すおつもりでしょうか。
#93
○説明員(緒方伸一君) ちょっとこれは申し上げかねます。
#94
○湯山勇君 それではあと事務的な問題一つと、要望を申し上げたいと思います。
 それは、この間ラジオを聞いておりましたら、本年度の研究費は八月にならないと支払われなかったということをラジオで申しておりました。それで非常に困ったというような放送がありましたが、これはこういうことなんでしょうか。
#95
○説明員(緒方伸一君) その研究費というものは何で、ございましょうか、学校校費という中に教官研究というものが入るわけでございますが、これは予算が成立して所要の手続をとって大学に配分するわけでありますから、私いつの時期に配分されたか、これは会計課でやるわけで、私どもおそらく関与いたしておりますけれども、記憶いたしておりません。なるべくすみやかにやることになると思います。
#96
○湯山勇君 多分局長も御想像がつくだろうと思うように、八月にならないと研究費が支払いされない、研究は学年の初めから行われている、そういうことで相当研究に支障を来たしておるということがこの間ラジオで当事者から発表されておりました。こういうことは、せっかく予算化しても八月にならなければ支払われないというような事態では大へん困りますから、ぜひ一つすみやかに支払われるように御努力願いたいということが一点と、それから第二点は一々については申しませんけれども、ともかくもこの研究費が出されたためにかえって研究ができないという事態があることも、これもよく言われております。たとえばある施設を予算措置してもらったと、ところがそれに対する人件費その他のものがつかないために、学者がもうエネルギーの六〇%をドライバーを使ったり、ハンダこての修繕をしたり運搬したり、結局エネルギーの六〇%は一般の人夫の仕事に使われてしまう、こういうことではかえってありがた迷惑だと、ありがたいのはありがたいからやるけれども、まことにつらいと、それからもう一つは、研究費をもらって研究の責任者になったような人は、いろいろな報告書や事務のために追われて、ほとんど自分の研究ができないというようなことも申しておりましたが、来年度予算に当りましては、あれこれ言うことよりも、やはりその研究がほんとうにできるように、今のように、ハンダこての修繕まで学者がやらなくてもいいように、ある意味で徹底した予算化をしなければ、せっかくやったことも喜ばれないし、逆効果になる場合もあると思いますので、そういう点については十分御留意願いたいと思うのですが、今の八月支払いの問題と、それから今言ったような、せっかく予算をもらったためにエネルギーをほかのことに取られると、そういう事態に対して御所見を伺いたいと思います。
#97
○説明員(緒方伸一君) その研究費が入ってかえって研究ができなくなると、お話が少し大きいようでございますけれども、中には学者自身が、研究でございますから、自分でハンダこてですか、それを使っていろいろ操作しなければならぬということはあると思います。しかし今御指摘のうちにありました、まず科学研究費等で施設を整備し、そうしてそれに十分の運営費あるいは人が伴わないという場合は、これは実態としてございます。これにつきましては私どもも問題点として今取り上げておりまして、特に今度の要求につきましては、その研究の補助職員の足らぬ部分を補うという点を一つの点として出しております。そういうような考え方で進めて参りたいと考えております。
#98
○矢嶋三義君 さっきの答弁で不明確な点を、ノーかイエスかお答え願いたいと思います。それは学芸大学の分校のうちで、来年度四年課程に昇格させる考えかどうか、もしその考えだとすると、どこの分校を昇格させる考えか、その点承わっておきたいと思います。
#99
○説明員(緒方伸一君) 結論に至っておりません、先ほど申し上げましたように。
#100
○矢嶋三義君 結論に至ってない、検討中ということですか。
#101
○説明員(緒方伸一君) さようでございます。
#102
○委員長(秋山長造君) 私から二、三簡単にお伺いいたしますが、第一の点は、先ほど野本委員への御答弁でちょっとお触れになったのですが、大学院大学と一般大学との差別の問題、これは制度上、実績上の差別があるということは一応やむを得ないと思うのですけれども、これが今度の研究費の予算要求を見ますと、結局大学院大学と一般大学との間の隔たりというものがだんだん大きくなっていく傾向にあるのじゃないかと思うのですね。数字を申しますと、三十年度まではその比率は大体一対二という比率だった、それが三十二年度では一対二・四になり、そうして来年度はさっきのような計算でいきますと一対三ということになって、だんだん研究費の面では隔たりがひどくなっていくということになる。これは結局研究費の総額が少いから、それを逆に地方大学にしわ寄せせざるを得ないから、こういう一対三というような数字になっていくのか、それとも研究費総額の多い少いという問題とは別個な一つの立場からこういうような差別がついていくのか、その点まずお伺いしたい。
#103
○説明員(緒方伸一君) 今お話にもございましたが、やはり私は先ほど来申しますように、これは区別をつけていくことが、私は特に研究の伸展という上から基礎研究を進めていくという上からいきますと、区別していくべきだと私考えております。ただ一般の大学を低くするという考え方じゃないのでございまして、その上に積み重ねて、その上にさらに重点的に多くしていく、こういう考え方で進みたいと思います。決してそうじゃない大学の研究費が少くていいという考えじゃないのでございまして、それも漸次向上させていきますけれども、なお特に基礎研究が非常に進み得る体制のところには集中的に研究してもらって、日本の学術研究をさらに集中的にやっていくということが、まあ日本の全体の学術の水準を上げるゆえんだと考えます。
#104
○委員長(秋山長造君) その点は一応わかるんですが、ただその大学院大学が一般大学に比べてそれ相当の実績を持っているから、その実績に応じただけの研究費を集中していくということは、これはわかります。わかりますけれども、しかし、ではその前提になっておる実績があるかないかということになると、結局、じゃ実績を作ってやるかどうかということになるので、やはりこれは文部当局の方針一つだと思うのです。地方大学は、なるほど現状はあまり施設費その他が少いものですから、実績が従ってできてない。しかし、この実績を作ってやって、そうして大学院大学だけでなしに、一般大学においても相当の実績も備えてき、従ってそれに配分される研究費というものも、大学院大学と同じまでにはなかなか骨が折れるにしても、その隔たりというものはだんだん縮めていくという努力をされることが、先ほど来質問が出ております地方大学の育成強化ということになるのではないかというように考えるのですが、その点いかがですかし
#105
○説明員(緒方伸一君) 今の御所論に私は反対はございません。ただ私の考え方は、やはり現在の大学院を置いている大学は研究体制が十分整っておると考えておりますから、そこには集中的にさらに研究費は増額していきたい、こういう考え方で進みたいと思います。決してそうじゃない大学にそれをほうっておくというわけじゃございませんで、今度もやはり研究費を五割増額して要求しております。それは漸次そちらの方も高めていく。しかしほんとうに研究のできるところは集中的に研究をしてもらう、これはやはり日本の全体の学術水準を向上するゆえんだと、こう考えてこういう方針で進みたいと私は思っております。
#106
○委員長(秋山長造君) 小林局長、どうですか。
#107
○説明員(小林行雄君) 私ども施設を扱っております建前から申しますと、特に旧制の大学、あるいは新制の大学という点で、特別な配分上の差別をしておるということはございません。
#108
○委員長(秋山長造君) 第二点としてお伺いしますが、研究費の配分の方法についてですが、聞くところによると、研究費の総額がきまれば、その一割程度は文部省で保留され、さらにそれが大学にいってまた何割かが事務局で保留され、だんだん削り取られていって実際研究室に届く金額、研究費というものは当初の研究費の、一般的には半額以下くらいになっておるのですね。こういうやり方そのものが私ははなはだおもしろくないと思う。で、しかも大学の事務費が非常に窮屈で、その事務費の単価等も、これは税務署だとか何とかというような、一般の地方にある官庁並みの単価しか与えられていない、そのために研究費の一部を保留して、そちらの事務費の穴埋めに回すということが、一般的に行われておると思う。こういうことを大学局長はおそらく十分御承知だと思うのですが、これは御承知でありながら依然として本年も行われ、また来年も今のままでいけば行われるのではないかと思う。こういう点を抜本的に改められる用意がなければ、少々五割増だ、その三倍だと言ってみたところで、これは大した所期の効果は上らないのじゃないかと思うのですが、この点について御見解を伺いたい。
#109
○説明員(緒方伸一君) 今の御指摘のことでありますが、これは御承知のように、今の予算のきめ方、予算の項目としまして校費、そのうちの何と申しますか事項としまして研究費、あるいは学生経費、庁費というようなものがございます。従いまして、これは全体としまして校費ということで運営しておるのでございます。文部省で一割保留するということは、やはり総合的な運営をする上には、どうしても必要でございますので、配分につきまして、一応最初にそういうような配分で、これはもちろん取り上げてしまうわけではございませんので、配分するのですが、しかしながら最初の配分はそうなる。それから大学の運営は、これはやはり研究費ということにいたしましても、その使途につきましては、あるいは光熱、水道、これは大きな部分を占めるのでございます。それから、あるいは消耗品のようなもの、あるいは部品、機械器具等を設備をするというようなことが研究の内容であります。でございますから、それをやはり大学の本部なら本部で総合的に運営をしていくということは避けられない部分があると思う。ことに光熱、水道等につきましても、各単部、教室で使います水道、電気等は一々はかって運営するということはなかなか複雑でもあるし、めんどうであります。それをやはり本部で統一的に運営していく、こういう実態でございます。研究費ということで積算されました金額が、そのまま教室にいくという実態ではないということは御指摘の通りでございますけれども、今の校費、学生経費、庁費というものが、そういうものが総合的に運営されておるという実態でございます。しかしながら、これはなるべく、決して従来の運営といたしましても、研究費に使われていないわけではございませんけれども、教室にそのままの金額を預けて、そこで使うという、そういう格好になっていない、こういうことであります。これらの運営につきましては、なお研究を進めていきたいと存じます。ただしかし、これはやはり研究費なり、学生経費なり、庁費にいたしましても、単価を引き上げるということが全体を高めていきますし、研究の内容を充実していくことになりますので、先ほどから言いましたように、運営につきまして予算の立て方等につきまして、今後も研究していきたいと思います。
#110
○委員長(秋山長造君) それは、配分された研究費が、現金の形でそのまま研究費に行かないとか何とかということを言っておるわけじゃない。それは、おのずから支出命令権を持っている人というものがあるのですからね。その点を言うのじゃないのですけれども、一般の庁費、あるいは学生経費、こういうものの単価が低いから、ことに庁費は非常に低いですね。どうしたって国立の大学の庁費が、税務署とか郵便局とかというような、一番末端の官庁の庁費と同じ率でいくということは、どうしてもこれは不公平だと思うのです。せめてブロック官庁並みくらいのところまでは、地方大学も上げてやらなければ、研究費も非常に少い、さらに庁費とか学生経費も少い。そこでどうしても研究費というものを、そっちの方へ持っていって穴埋めにしようという、大学の事務局長というのは事務を握っているだけで、相当にらみをきかして実権を持っておりますから、だからこれはなかなか研究なんかに専念している学者なんかというものは、えてしてそういう事務的な能力、あるいは事務的な関心というものは希薄な人が多いわけですから、なおさらそういう点は、十分やはり事務的にも研究費が、あまり脇の方へ流れないように、やはり本来の研究目的にできるだけよけい届くように、やはり筋道というものはこれから文部省で立ててやるべきだと思うのです。予算の実際の事務は、会計参事官のところでやっておられるのだと思うのですけれども、この点はぜひ一つ大学局長から厳重に、会計当局の反省を促して、いやしくもそういうような面で、研究に専念すべき学者が、地方の堂々たる碩学大家が文部省へやって来て、ぺこぺこぺこぺこ金をもらうために、あっちこっち頭を下げて回るというようなことをやらなくても、何とかある程度のものは、曲りなりにもまともに研究費として届くようなやり方というものを、考えるべきじゃないかと思うのですがね。その点いかがですか。
#111
○説明員(緒方伸一君) 今、庁費が非常に低く積算されているという点は、御指摘の通りであります。これを増額することに努力することは、今お話しの通りであります。これは私ども年々やってきておりますけれども、なかなかむずかしい、現在も実現しておりませんけれども、来年度も要求ばいたします。それから経理の方法等につきましても、お話のように考えておる次第であります。現在の立て方におきましても、可能な限り御趣旨の線に沿うように、努力いたしたいと思っております。
#112
○委員長(秋山長造君) それからもう一点、今第二学部の大学の学生から、ずいぶん要望が出てきておるのですが、第一学部と第二学部を統合してもらいたいという声があることは、御承知の通りだと思います。就職その他いろいろな場合に、非常に差別待遇を受けるというようなことも、一つの理由になっているのであります。この統合問題について、やるとすれば、学校教育法の改正ということになると思うのですが、文部当局ではどのようにお考えになっておるか。
#113
○説明員(緒方伸一君) 統合ということでありますが、第一学部、第二学部と言わないで、昼、夜と申しますか、全日校講座を開いて、どの時間でも講義を聞きに行けば、それで単位がとれて卒業できるということにしてくれということであろうと思うのでありますが、私は何といいますか、考え方として反対でございます。それは第一学部、第二学部、つまり昼間、夜間の制度を設けましたのは、夜間に学ぶ勤労青年が、夜間に学んで大学を出る、こういう制度のために第二学部、つまり夜間の課程が作られているわけでございまして、第一学部、第二学部と分けて開設されているわけでありまして、そこでこれを一緒にしてしまうということになりますというと、どうしたってほんとうに夜間で学ぶべき勤労青年の教育機会というものが、失われていくという実情が出て参ると思うのであります。それは、非常に大学の入学難でございますし、昼間の普通第一学部の課程に入学できなかった者が、夜間にも入っている実情が若干あるようでありますけれども、そういうふうな制度になったら、ますます勤労青年の教育を受ける機会というものが私は失われることになろうと思います。
 それからもう一つは、やはり学校におきまして第一学部、第二学部としておのおの教員組織、あるいは施設、設備等が計画されまして、それに相応した学生が昼、夜と学んでいるわけでございまして、それが一緒になってしまいますと、何人の者がどこで学ぶかわからないような実態になって参りまして、おそらく教育内容が低下してくることになると思います。そういう観点からして原則的には反対でございます。
#114
○委員長(秋山長造君) 今局長のおっしゃることは私もよくわかります。よくわかりますけれども、実態はね、実態はさっきおっしゃったように、第一学部に入れなかった者が便宜上第二学部へ行くというのがこれは圧倒的に多いというのが実態じゃないかと思うのですね、その点はいかがですか。
#115
○説明員(緒方伸一君) でございますから、夜間の第二学部を作ったという趣旨が、本来勤労青年のためのそういう施設、教育の機会を与えるために作った制度でありますから、それを一緒にしてしまうということは私は意味がないと、こう申し上げたわけでございます。
#116
○委員長(秋山長造君) ほかにございませんか。
#117
○湯山勇君 さっき委員長から御質問になった研究費の問題ですが、これは昨年の、つまり本年度の予算をきめる予算委員会の分科会で文部大臣にお尋ねいたしまして、文部大臣としては、そういうふうに定義されることは確かに問題があるから、文部省としても十分検討して一つ是正するようにしたいというお約束があったのですが、そういう方向の御検討がなされたのか、なされなかったのか。それからもう一つは、あのときも申し上げたのですが、どの学校へ行って聞いてみても、うちの大学で今年研究費が幾ら来たということがわからないのです。で、そのことはやはり明確にすべきじゃないかということについても大臣も、それはそうだという御答弁があったわけですが、これは今おっしゃったように、庁費が少い、特に事務費が少いということが今のように明瞭になれば、一そう明瞭になることで、今のところ何とかやりくりしてやっておるから、大蔵省の方も何とかやりくりでやっておるじゃないか、というようなことで、研究費へ正当な食い込みじゃなくして、不当な食い込みが多く行われておると思います。そこでやはり、お前の学校へは研究費は幾らいっておるのだということが一つ明瞭になるようにぜひ措置されるべきではないかということを思いますが、そういうふうにおやりになるんでしょうか、どうでしょうか。
#118
○説明員(緒方伸一君) 今の第一点の御質問の点ですが、これは検討いたしております。しかし、なかなかまあむずかしい。積年こういう方法でやってきましたものを改めるとしますことはいろいろ問題点がございまして、まだ来年度の予算におきましては従来通りの方式で要求をいたしております。
 それから第二点でございますが、これは私ちょっと一存でここでお答えしかねますが、経理の関係に属しますので、会計とも十分相談いたしまして、まあ御趣旨はよくわかります。でございますから、私ちょっとここではお答えいたしかねます。
#119
○湯山勇君 そういう方向にやるという努力をされるべきではないかと思うのですがね。
#120
○説明員(緒方伸一君) よく会計とも相談してやりたいと思います。
#121
○野本品吉君 一点その点で……。大学における研究費がきわめて貧弱であるということは、大学に配属されております若い研究意欲の一番盛んな助教授、教授諸君ですね、研究意欲を非常に阻喪させておる。このことは私は従来学術の研究の上から言って、非常に大きな問題だと思うのです。
 まあだんだん実情を見たり聞いたりしていますと、いわゆる大学院を持っておるというような、お店でいえばしにせのような学校は、学長なりその他の人の顔で、民間から相当の金を集め、そうして研究費を若い教授、助教授等に割り当てて研究させておる。地方においてはそういう顔もきかなければ、入る道のないところもあるわけです。そういうことで、地方大学の尊敬に値するような若い学術研究の熱に燃えておる諸君が、そういう研究費が十分にとは言わないまでも、ある程度こないので、非常に地方におるのをいやがるという傾向が強い。この点については、私はやはり最低の研究を持続するに足るだけの研究費を配分してやらにゃいけないということを、幾つかの学校の現場で私は見ておるわけなんです。そういう点について格別な御考慮をわずらわしたいと思うのですが、どうですか。
#122
○説明員(緒方伸一君) 大学院を持たない大学についての研究費につきまして、決して私の方、なおざりにしようという考えはございませんので、先ほど来申し上げますように、来年度におきましても増額を要求をして、今後その努力したいと存じております。
 なお先ほど来からお話に出ておりますのは、大学の一般の運営費としての研究費のことでありますが、そのほかに御承知の科学研究費というのがあります。これにつきましては、いろいろまあその研究費の配分の方式がございまするけれども、その研究費を受ける優秀な研究実績等があれば、若い助教授、助手等の研究費の薄い人でも、この科学研究費の交付を受けられる仕組みになっておりますので、優秀な先生たちは今の大学の運営費としての研究費のほかに、科学研究費等の配分によって、相当研究を進めて行かれる態勢はあると思います。その科学研究費につきましても、来年度相当な増額を要求いたしております。これらを総合いたしまして増額をはかりまして、今までのお話の御趣旨の点等につきまして、若い学者たちが研究意欲を阻喪しないような努力をいたしたいと思っております。
#123
○委員長(秋山長造君) では、他に御発言がなければ、本日はこれにて散会いたします。
   午後一時四十八分散会
     ―――――・―――――
ソース: 国立国会図書館
姉妹サイト