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1947/08/21 第1回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第001回国会 司法委員会公聴会 第2号
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1947/08/21 第1回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第001回国会 司法委員会公聴会 第2号

#1
第001回国会 司法委員会公聴会 第2号
昭和二十二年八月二十一日(木曜日)
    午前十時三十七分開議
 出席委員
   委員長 松永 義雄君
   理事 石川金次郎君 理事 鍛冶 良作君
      井伊 誠一君    池谷 信一君
      石井 繁丸君    榊原 千代君
      山中日露史君    打出 信行君
      岡井藤志郎君    佐瀬 昌三君
      明禮輝三郎君    大島 多藏君
      酒井 俊雄君
 出席した公述人
      服部 美登君    梶原 房子君
      九布白落実君    酒井進太郎君
      八木 孝平君    田邊 繁子君
      渡邊 美惠君    立石 芳枝君
      小美濃清子君    米山 精一君
     小田島禎次郎君    松波 治郎君
      石橋善太郎君    清水  猛君
      杉山 俊夫君    禰津 義範君
      江川 芳光君    佐藤 忠夫君
      眞木 一雄君    
 出席政府委員
        司法事務官   奥野 健一君
    ―――――――――――――
本日の公聽會で意見を聽いた問題
 家督相續廃止の可否
 親族間の扶養の範圍
 婚姻の要件、夫婦財産制及び離婚手續
    ―――――――――――――
#2
○松永委員長 昨日に引續き小委員會の公聽会を開きます。
 本日は民法の一部を改正する法律案中、家督相續廢止の可否に關する問題を中心に、一般公述人から御意見を聽くことにいたします。さきに公聽會を開くことに決定いたしましてから今日まで、意見を申し述べたいと申出のありました方々は八十九名、贊否を明らかにしない者十二名を除きまして、家督相續廢止に贊成する方が三十七名、反對する方が四十一名で、全國を通じ、あらゆる職業を通じての申出がありました。本委員會はこの中から性別、年齢別、職業別、地域別等を考慮して、贊否おのおの十名ずつ、二十名の方々から御意見を承ることにしたのであります。公述人の方々には、近來にない暑さの折、しかも御遠方の方々も多數ご出席いただきまして、その御熱心のほどには、委員會としてまことに感謝にたえない次第であります。皆さんのそれぞれの立場からの御意見は、必ずわれわれの法律審議の上に多大の参考になるかと思ひます。
 これより家督相續廢止の可否の問題を中心に、順次御意見を承ることといたします。なお時間の關係もありまして、各口述人の發言時間は十分ぐらいとなつておりますから、ご了解を願ひます。まず栃木縣の服部美登君より御意見の發表を願います。服部美登君。
#3
○服部美登君 私は家督相續の廢止を可とするものであります。但し日本國の象徴であらせられる天皇と皇族については、これを例外といたします。家督相續には三つの概念を含んでおると思ひます。すなわち前戸主の地位を繼ぐこと、祖先の祭祀を繼ぐこと、財産を繼ぐこと、すなわちこれであります。このうち第三の遺産相續につきましては、改正の民法にも規定が設けられますから問題にはなりますまい。第二の祖先の祭祀については、墓地に關する問題が起り得るのではなかろうかと思うのであります。これを解決するには、第一、戸主が遺言して自由に自分の意思を定める。第二、遺言がないときには、一應直系卑属の共有とする。第三、それが不相當で異議を生じた場合には、家事審判所に申し立てて、墓地の所有權と管理權を定めるというふうにすれば、簡單に解決ができると考えられます。そもそも祖先の祭祀を行うのは、子としての人情でありまして、これは子孫の義務であると同時に、權利と考えるときに、家督相續の問題とは切離して考えるのが至當ではなかろうかと思うのであります。
 かくして殘る問題は、全戸主の地位を繼ぐということだけでありますが、弟妹よりも早く生まれたとか、あるいは法定の推定家督相續人であると認められたという、単なる自然的原因をもつて、本人の欲すると欲せざるとにかかわらず、華族の場合には襲爵、叙位のごとき、前戸主の權利と義務とを承繼し、その結果は本家と分家という差別關係を生じ、あるいは家長と所属人との間に、あたかも主從のごとき關係を起し、妻子の犠牲によつて、辛うじて家長の地位の安定をはかつて古い傳統の家族制度のごときは、人格の平等と自由を基調とする民主主義の精神に反するのみならず、新憲法の理念に背くものとして、私は反對するものであります。歴史上から考察いたしましても、家督相續制度の前提をなす家族制度は、近代におけるわれわれの自覺と、産業革命以後における経済的變動によつて、崩壊しつつあるのでありまして、わが國におきましても職業と家柄、かばねの制は早くすたれて氏となり、氏はわかれて苗字となり、家名を表すその苗字さえも、江戸時代には、一般大衆には認められなかつたのであります。すなわち一般大衆は、家というものにはほとんど無関係であつたのであります。ゆえに家督上において問題が起るのは、名門と稱する特権階級でありますが、それさえも否認せられた今日においては、この制度はその必要性をなくしたものと言つて差支えないと思います。しからば實業界において、商家のいわゆる老舗と稱するのれんはどうなるか。これは財産權の一種として、別の規定によつて定めるのが至當ではなかろうかと思います。しかしかようにいたしましても、長子は弟妹の扶養をしなければならないといつたような、社會の實情が起るでありましようが、これも遺産相續の面において考慮を拂えばよいのではないかと思うのであります。家督相續が廢止されますと、風紀を亂し、蓄妾の制や、かの芝居の先代萩に見られる醜い家督爭いや、あるいは一夫多妻の結果起る嫉妬心も影を潜めるでありましようし、封建的、獨善的、排他的な家族主義から、開放的、共同的、包容的な家族主義に移行することによつて、人格は尊重せられ、個性は發揮せられ、文化社會はますます進歩發達するのでありまして、道徳的にも家督相續の廢止は大いに意義ありと思うのであります。社會の現實上から考えてみましても、現行民法第七百三十二條の規定する戸籍上の家族と、日常寝食をともにする事実上の家族とは、必ずしも一致しておりません。これがため家庭生活の不和、不都合を醸すことも少なくないのでありまして、これまた誤まれる家族主義の罪であります。家督相續の廢止によつて、古い傳統の家は失われるでありましようが、自然の人情に基く美しい、親しみのあるスイート・ホームとしての家は、厳然として殘るのであります。人々はこの楽しいアトモスフイァに包まれつつ、一層幸福な生活を營むことができるのであります。ニューヨークのハドソン河畔に廣大なる所有地を持つておりますルーズヴェルト大統領は、兩親の墓の横に今安らかに眠つておられます。エリノア夫人もその隣地に永遠の天国を選ばれたそうであります。有名な自動車王フォード家では、西暦一九四四年にエドゼル氏が逝去されまして、その後ヘンリー氏が祖父の跡を繼いで、フォード會社の社長として實業界に活躍しております、家督相續なく民主主義を遵法しておるアメリカにおきましては、家の相續はなくても、かくのごとく實質的に祖先の榮譽を持ち續ける實例があるのでありまして、この點から申しましても、家督相續を廢したがゆえに起る障害は、ほとんどないと私は信ずるのであります。
#4
○松永委員長 次は神奈川縣の小田島禎次郎君より御意見の發表を願います。この方は反對でございます。
#5
○小田島公述人 家督相續問題については、私は現行法を支持して、廢止に反對するものであります。私はそれよりも重點的に研究した問題は、婚姻の要件と離婚の手續についてでありますが、婚姻要件は現行法におきましては、年齢の部におきまして男が滿十七歳、女は十五歳、改正案は一年延長しまして男は十八歳、女は十六歳となつておりますが、私はもつと年齢を引上げまして、男は二十歳くらい、女は十八歳くらいにしてほしいという希望をもつております。各國の立法例を見ましても、英國はこの間まで男女とも十六歳を婚姻要件の年齢としてあつたのでありますが、最近これを二十歳に高めるという意見が旺盛になつておつて、早晩これが實現されるように考えられるのであります。またソ連におきましても、今までは男女とも十八歳であつたものが、これも二十歳、もしくは二十一歳程度にまで引上げようという運動が起つておるのであります。フランスにおきましても、男十八歳、女十五歳という制限を平等に二十歳にしたいという意見が旺盛でありまして、早晩實現するのではないかと思つております。また隣國中華民國におきましても、男が十八歳、女十六歳の現行法を改める運動が旺盛になつておるのでありますから、ぜひわが國におきましても、男子は少くとも成年以上に達したものでなければ婚姻の資格がないというような條件を附してほしいと思うのであります。女は十八歳を最低限度とする。
 それから七百三十九條に婚姻は戸籍吏に届出ることによつてその效力を發することになつておりますが、その届出には當事者及び成年の證人二人以上より口頭または書面をもつてする、これは結構でありますけれども、しかし成年の證人二人以上というのは、あまりにもふさわしくないと思います。なぜかと申しますと、未成年者に對しましては、父母の同意を得るを原則としていますから、さらに成年の證人二人以上を必要としないと思うのであります。
 それから未成年者の婚姻は父母の双方の同意を得るということが原則的になつておりまするが、これはもし双方の同意を得ることができないときには、一方の同意でもよろしいという原則でありますけれども、もし双方とも同意を得られないというような場合も必ずあり得ると思うのであります。そういう場合にいかなる處置をとるかということは明文化しておりませんが、もしこういう場合は婚姻者双方居住地の戸籍吏に婚姻の申請をして、この婚姻は婚約者の各居住地において公布されまして、ある一定期間を經過して何ら問題がなければ、當然その婚姻は認められるというように改正してほしいと思います。
 それからもう一つは戸籍吏に届出するということが條件でありますが、そのときに私は婚姻當事者から傳染性の疾患、特に性病とか結核に對しまするところの保菌者でないという醫師の健康診断を双方で提出しまして、戸籍吏にこれを提出して戸籍吏の承認を得るということにいたしたいと思うのであります。なぜかと申しますると、非常に恐るべきこの傳染性の疾患が外部に現れない場合にどうかしますと、無警戒で結婚し、結婚途上に不幸な結果をみるということは往々にして得るのでございまして、昨今かかる悲劇は随所で認められておるのでありますから、この點特に御考慮をお願いしたいと思うのであります。
 次には離婚上の手續であります。申し上げるまでもなく、現在の日本の制度では、協議上の離婚と、それから裁判上の離婚ということになつていますが、私の考えといたしましては、年々協議離婚が増加する一方でありまして、これはもとより婚姻自體を非常に輕くみて、その出發點において非常に輕率があつたということも言い得るのでありますけれども、とにかく本年になりまして、一月から五月までの間に統計の示すところによりますと、裁判上の離婚は約三萬五千二百になつております。協議場の離婚はおそらくその倍を下るまいということでありますからして、こういう推定のもとに計算しますと、この五箇月間でおそらく十萬件以上に達しているのではないかと思います。しからばこの五箇月間の全國の婚姻届數はどのくらいになつておるかと申しますと、四十二萬二千五百八十四件になつておりますから、これを比較してみますと、婚姻數四件に對して離婚一件という割合で、おそらくこれは世界一の離婚國ではないかと思うのであります。私は協議上の離婚を廢止しまして、どうしても離婚しなければならぬというような事情のある場合には、家事裁判所に訴え出る、そしてその前にもしもどうしても同居できないということでありますならば、離婚する一歩手前におきまして、協議場の別居は認めて差支えないのではないかと思います。そしてその別居間にどうしても一緒になることができないというような事情が確認された場合におきましては、さらに裁判上の手續をとることも決して差支えないと考えるのであります。
 また裁判上の離婚條件に、もしその夫婦間に成人以上の子女があつた場合には、その兩親の離婚に對してまずこどもの承認を得るという條件を付することが必要でないかと思うのであります。なぜかと申しますと、現在離婚の原因となりますることは種々雑多でありますけれども、どうかしますと、當事者一方のわがままから起きることが多いように思うのでありまして、あるいは一方的の理由によつて相手方を脅迫的に認承さしたというよな事實も、多々あるのでありますから、こういう場合におきまして、成人に達したる夫婦間に子女あるときには、その子女の同意を得るということを條件の一つに加えて、そして離婚の訴えをするようにしてほしいという希望であります。いささか意見を申し上げました。
#6
○松永委員長 次は山梨縣の梶尾房子君より御意見の發表を願います。この方は賛成であります。梶原房子君。
#7
○梶原公述人 私はこういう機會を與えられまして、皆さま方の御意見を伺い、そしてまた小さな私の意見も皆さま方に聽いていただくことを得ましたことを、まずたいへん喜びとしておるものでございます。今度この問題が發表されまして、私はすぐに、自分が今まで經驗し、またいろいろさしていただきました點から、どうしてもこれについては、たとえ自分の力は少くても、どうか一度は意見を述べたい、こういう氣持がたいへん強かつたのであります。特に改正民法におきましては、項目が定められておりますから、自分としましては、實際の生活及び今までの體驗、自分のそれに對する考え、そういうものを中心にしまして、少しお話してみたいと思います。
 まず家督相續廢止の問題についての賛成不賛成のことでございますけれども、これは今私は賛成の方の者でございます。なぜこれに賛成する意見を述べるかと言いますと、もちろん新憲法によりまして、これは當然廢止の可ということは言われると思いますが、さらにそれを延長していろいろ考えてみますと、個性の尊重とかまた男女の平等とか、また個人個人に與えられました天性と言いましようか、そういうものをほんとうに、十分に發揮さして、そして社會に貢獻する、人類の幸福のためにそれを役立てていく、こういうようなところから考えてみても、家督相續ということは、ある意味で消滅しておることではないかと思うのであります。それであとをとらなければならないから、こういうことが頭にあるために、特に農村なんかにおきましては、いわゆる長男と生れた者、あるいは女で自分があとをとらなくてはならぬというような運命におかれたものは、それが頭にずつとはいつておる。そして自分が育つていく生涯において何をするのにも、それが一つの束縛となつて、ずつと來ていた現状ではないかと思うのであります。同じ學校教育を受けて惠まれた環境におかれ、またその人が特別な天分をもつていながらも結局全部役立たせることもできない。家にはいつて、先祖代々からのと言うと語弊がありましようが、平々凡々の生活のうちに結局前の人と同じことをして終つてしまうようなことがみられるのであります。私個人のことを申し上げては失禮ですが、しばらくの間内地をあとにして北支の方へ行つて、華人の子供たち、女子師範の生徒たちと一緒に生活もしておりまして、内地を離れて自分の祖國を見ての感じですが、やはりそういう束縛されたわくの中にある生活が、外地における今までの日本人の行動及びいろいろなことに對して支障を來して、日本の本当の意味の理想の實現ができていなくて、努力してもそれが果されなかつた點を多く見たのであります。家督相續ということを廢止されるときに、從來から日本の美風とされていた家族制度というような問題になると、家族制度は維持されなくてはならないとか、家族制度の美風は云々ということがよくこれに伴つて起きてくるものでありますけれども、私はそういうものについて、少し認識をかえていかなければならないと思います。要するに私たちは、あるがままの生活で、だれも滿足していたり、またあるがままの生活を見てすべてを判斷していたのでは、少し足りないのではないかと思います。やはりあるがままの生活をほんとうによく見て、さらにこれはこうあるべきだという努力及び理想をもたなければならないのではないでしようか。私の考えますのには、やはり家督相續のことを廢止したらもう今までの家族制度はなくなつてしますのだ、皆ばらばらになつてしまうのだと考えることは、やはり少し間違いがあるのではないかと思います。問題は要するに今度生れた改正民法をいかにして育てていくかというところに重點を置きたいと思うのです。私は前にも申しましたように、この相續廢止ということに贊成いたしますけれども、この育てるという過程において今のままであつてはやはりいけない、もつと教育されてすべての人がこれに關心をもつて、家督相續廢止後の個人の尊重、男女平等下において新憲法實施をめざしていかなくてはならないと思います。學校教育及び社
會教育及び社會教育すべて人間を培う上において、これを育てる點に全部の人が關心をもつていく、この點に特に重點を置いていきたいと思います。また私が實際の體驗といたしまして、多くの人たちに訴えられる問題のうちには、たとえばやはり自分が女で家督を相續しなければならない場合に、その婚姻の相手となる男子はとかく自分より教養も低いし、自分の理想にかなう人でなくても、要するに昔からの習いで家を保つためには自分を犠牲にしなければならないということで押しつけられて、ずいぶん苦しんでいる女性の問題がいくつもあります。そして結局思慮の足りない者は、今までの自分の境遇を捨てて間違いを起すとか、これにまつらういくつかの女性の惱み及びその惱みから生じたいろいろな女性の間違いがあるのでございます。ですから私は全般的にはこの廢止に贊成をいたし、これをどういうふうに育てていくかということに對して全體がもつといろいろと考え、よい道を選んでいただきたいと思うのであります。
 さらに今度の問題でいくつかの條件があげられていますけれども、簡單に申し上げますと、これに關連しまして親族間の扶養の範圍も大分問題にされているようでありますけれども、私の意見といたしましては、親族間の扶養が廣範囲にわたるということは、やはり不贊成でございます。直系的なもの、自分の甥も姪もというのは、いわゆる道徳的にはいいかもしれませんけれども、しかし人間の獨立心、あるいはほんとうに自分でやつていこうという自由な精神を、依頼心の多い從來日本人の缺點と言われるところへ持込むおそれもあるのではないかと思います。さらにほんとうの意味で困つている人、あるいは生活能力のない人を捨てておくというように、從來の日本の國民性が變わつてしまう民法であるということももちろん考えておりませんから、これもやはり適用していく範圍としては、私は小範圍の方に贊成いたしまして、これの活用について適當な方法が講ぜられていかなければならないのではないかと思います。
 さらに次に婚姻の要件として夫婦の財産制や離婚の手續などが與えられておりますけれども、私は家事審判所なるものが設けられることは、たいへん結構なことだと思うのでありまして、この家庭審判所のほんとうの意味の健全な發達を心から願つて、大體においてそこにお任せしてみたらどうかと考えております。夫婦財産制のことにつきましては、大分いろいろな御意見があるかとも思いますけれども、改正民法における詳しい財産制のことはともかくとして、夫婦の財産を極端にいえば妻のものと夫のものとあまりに區別してしまうということはどうかということについて、私は御意見を伺いたいと考えているところなのでございます。自分自身といたしましては、これは夫のもの、これは妻のものとしますことは、家庭生活を本当に健全なものにしてやつていくことについてどうかという點を申し上げます。
 そのほか考えていることはありましたけれども、場慣れませんために思うことが何だか十分に言えないような氣がいたしますが、御意見を伺いまして考えさせていただきたいと思つております。中心の家督相續廢止のことについて一言述べさせていただきました。
#8
○松永委員長 次には東京都の松波治郎君から御意見の發表をお願いします。この方は家督相續廢止に對して反對の立場をとられている方であります。
#9
○松波公述人 新憲法によりまする日本最初の公聽會におきまして、さきに参議院刑法改正委員會において公述人たることを得ました私が、さらにまた今囘衆議院最初の民法の改正公聽會におきまして公述人たることを得ました光榮を感謝する次第であります。大きく言いますと、民法の改正と言いますのは、私の職業から考えますと、この人生の煉獄と見るのも、はたまた天國、極楽と見るのも、これは一に人生の根本の民法のいかんにあるとすら思つておりまして、この問題の重大性を非常に痛感しているものであります。この際明るい日本の建設のためには、在來の民法上の不明瞭を取除きまして、民主主義國家のお互いの人格を尊び、男女平等を主眼として家庭を營み得る、しかも文化日本は同時に道義日本たるべき基調に立つて委員諸君の御審議を切にお願いしたいと望むものであります。
 前論者の方は御婦人でありますから、その論旨の中に婿養子をもらう婦人の方の立場がかなり強調されておりました。きわめてもつともなお話でありまするが、これは財産税の問題で解決ができると考えるのであります。私の申し上げようとするのは家督相續の可否については否である。廢止してはいけない、こう考えておるものであります。家督相續の廢止を可とする方の御議論の中にはかつて封建時代から、いやずつと昔から家督相續のためのお家騒動が多かつた、これも前論者がおつしやつたところでありますが、これは相續者が家族に對してその生殺與奪の權があつた、そしていわゆる居所指定權、戸主權の濫用による結果、この相續という問題を絶對に廢止してしまえという御議論も強いかと考えるのであります。私はこう考えております。居所指定權、戸主權の濫用ということを取除きましたそれ以外の家督相續ということは、きわめて必要であるという論旨に立つておるのであります。なるほど家督相續のありました今までの實例の中には、戸主が自分の相續者に不滿である、從つてたとえば兄弟五人でありますと、長男が何かのことで戸主たる父親には不滿である。すなわちそのために次男、三男が分家も許されず、結婚の自由も與えられず、非常に困つた場合、つまり第二の相續者たるべき候補と目されて、その自由を束縛せられた事實は非常に多いのであります。これはいささか私的な問題に移りますが、私は十一人の男の兄弟の次男坊でありまして、かかる經驗は痛切に感じておるところであります。しかしそれであるのに、なぜ家督相續の廢止を否とするかといいますと、前述の居所指定權、戸主權の濫用さえ、これを何か委員が改正されますときに取除いていただきますと、そのあとにおける相續というものは、どうしてもなくてはならぬ、こう考えるのであります。その第一といたしまして、私は社會秩序のために日本の日本的な民主化ために、東洋の倫理に副つた道が必要であると考えるのであります。孔子の禮の道であります。すなわちそこには長幼の序のないところの社會は、眞の平等でなくして惡平等であります。惡平等を去るということは、眞の平等を打立てることでありまして、やがてそれは社會秩序の根源となります。社會秩序はすなわち言わずと知れた平和のもとであるのであります。もしそれ家督相續というものが全然廢止されたといたしますると、それは背骨のない肉體のようなものでありまして、これははなはだおかしなものであります。一家の背骨がすなわち家督相續者である。その背骨は家族の各部を支えるところであります。手足その他を支えるところでありまして、家督相續者は支配者ではなくて、一家の公僕たる立場に立つて、社會秩序のために個々の秩序を支えるためにあるべきである、こう考えるのであります。
 次に第二の問題は、今最も必要なのはこの民主主義國家を打立てるときにおきまして、とかく起りやすい問題を除去するために、血族の純潔を尊ぶことであります。血族の純潔を尊ぶということは、そこに一種のプライドを生じます。このプライドによつてすなわち社會風紀の混亂を防止得ると考えるのであります。そして優生にして道義ある遺傳のよろしきを傳え、惡しきを除去して世界の文化に貢獻する優生なる人生、國家たる必要が、わが日本の將來に課せられているのではなかろうかと考えるのであります。
 第三におきまして祭祀を掌る長として、どうしても家督相續廢止はいけないと考えるのであります。それは精神生活の充實と向上と、も一つ大切な安心を與えることであると考えるのであります。從つて私の家督相續を廢止しないという問題は、居所指定權、戸主權の濫用を停止することを前提といたしまして、民主的家族の公僕としても家督相續を認める。國民のための國會のために、私は精神的の點におきまして、家族のための相續者たるに徹する家督相續の存續を、私は希望するのであります。
 そこでこれに關連しまして、ちよつと申し述べたいのは、今日の議題には直接なつておりませんが、親族間の扶養の範圍、そこにおいて成年に達するまでの子供の扶養とうことを強調していただきたいと思うのであります。家督相續を廢止しろという人の多くの中には、これはわれわれプロレタリヤの師弟はその痛苦を味わつてまいりましたが、親が子供を自分の所有物とみなしまして、子供のときからお前はこうしてやるんだから將來はこうして報いろというふうに親孝行の強制をいたします。ある場合には親の犠牲となれという強要をいたします。そして子供が自由に伸びていくのを拘束いたします。從つてそれがあるいは幼年勞働となり、あるいは文化の低落となりましたり、個性を生かさず個人の尊嚴を傷つける原因となつているのであります。そこで家督相續を認めていただきますと同時に、親族間の扶養の範圍内におきまして、成年に達するまでの扶養は親の義務である。子供がそれに感激感謝することは、子供の情操の正しさからくる。これは教育その他の問題で醇化育成していくというふうに願いたい。そういうふうに定めていただきたいと、私は考えるのであります。
 他の問題についても考えてはまいりましたが、直接問題のテーマとして家督相續の問題が取上げられておりますから、これに止めておきますが、一言結論だけを他の問題について申しますると婚姻の要件は、成人せる男女たること、それから生活力のあること、これはいずれか一方でもよろしい。第二に極端なる不具廢疾者、病弱者にあらざる者。それからまた優生學上許されたる惡質遺傳、精神病系にあらざるもの。それからこれは憲法に明記してありまする合意という問題の上におきまして、その合意は愛情の成立を立證するものでなければならないという點であります。
 次に夫婦財産制は、これは結局心理的な、實際的な夫婦の離間問題となる。ちよつと聽きましたが、某國では新聞廣告に、妻のかけ賣平にお斷りという廣告がたびたび出るそうでありますが、そういつたような状態は、わが國においては夫婦間の闘爭の原因をつくるもとの考えますので、夫婦財産制というものは、夫婦は二にして一、相互絶對信頼と尊重と、協同建設でなければならぬと思いまするから、これは非とお答えざるを得ないのでありまして、最後の離婚問題の手續におきましては、これは一方が離婚の意思があればすでにその結婚生活というものは崩れ去つたものでありますから、離婚手續というものは、きわめて簡單に、きわめて手取り早くできるようにお定めを願いたい。これが私の意見であります。御清聽を感謝いたします。
#10
○松永委員長 次は東京都の久布白落實君より御意見の發表を願います。この方は贊成であります。久布白落實君。
#11
○久布白公述人 私は今度の民法の改正につきましては、非常な喜びをもつておるものでございます。第一番に六十年來唱えておりました男女の平等、これは正義が打建てられるところに來ておることであります。自由黨としても、女子の生活權、それから男女の平等權これが打建てられる、これは喜びであります。家督相續の件につきましては、私は廢止を可とする仲間にはいつております。廢止を可とする理由といたしましては、獨占的に男子がたくさんのもの全部を受取るというそのことがなく、それから戸主權――先ほどお話がありました通り、居住指定權、戸主權の濫用、それらのことが廢止され、それからもうひとつ女性として特に私は立憲的に感じますことは、結婚の困難を排することです。たとえば長女と長男の結婚でございます。長男と長女が結婚できないために、私は幾つかの不幸な結婚を知つております。それがりつぱな結婚であるにかかわらず、いい機會に籍をいれる、ということの手筈ができなかつたために、息子は私生兒となり、妻は日蔭者となる。それはほんとにりつぱな人である。それからまたある人は結婚生活十數年という歴史をもつていながら、その機會がどうしてもできなかつたために、遂にその機會を失して、そうして夫がつまらないところに陥られた。それはほんとにすべての人に對しての氣の毒なことです。これは手筈さえよくすればと言いますけれども、このことがなくなりますことは、非常にこうした點において力強いものであると思います。私は昨年民法改正の委員に入れていただきまして、司法法制審議會、臨時法制調査會に入れていただきまして、改正民法を望んでいながらも、それが要綱を示されたときにびつくりしたのであります。あまり手取り早くいつた。キチキチといつたことをびつくりしてしまいまして、そこで私はそこに出ておる間中私がびつくりしたように、またみんなもびつくりする人もあるかもしれないというので、その要綱の第一と第二の條項をかえていただくことに骨折りました。民法上の家を廢止すること第一とありましたのを一生懸命にお願いして、民法の戸主及び家族に関する規定を削除し、親族共同生活を現実に即して規律することと書き直していただきました。その第二の方は繼父母と繼子、繼母と庶子との間に、法律上の親子關係を生ぜざるものとすると、こういうようにありましたのを、これは繼父母と繼子、繼母と庶子との間、あるいは舅姑と嫁との間に法律關係を同じくすることとかえていただく。まずこの二箇條をかえていただくのに、私はわかりもしないくせに骨折つたのであります。なぜそんなことを申したかと申しますと、第一は説明する必要もございませんが、第二の繼父母の良い實例をたくさん知つております。日本の制度で見ますと、少くとも十人に一人は男も寡夫になり女も寡婦になります。それで十軒に一軒は繼父母がはいるものとみなければならぬ。それに繼子と繼母との間に親子關係を生ぜざることというふうに法律の明文にうたわれてしまうと、繼母にはいつた者は、たださえ苦しいのに、これはどんなに苦しいかと思います。それで私は素人考えでありますけれども、何とかしてここのところはそんなふうな氣持をもたせないでいく途がないだろうかと思いまして、いろいろと法律家の専門家の方に願いましたところが、この文句を入れて下さつたので、それならばせめていくらか何とかなるのだろうかと思いまして、この第一條と第二條の變更をここに支持しておるものでございます。それから第三に申したいのは内縁關係の妻のことでございますが、このことは穗積先生が昨日これは届出ても、また届出がたとえなくても事實を些か認めるようにということをおつしやつておられましたけれども、私はこのことについて一歩進んで日本の結婚問題というものをもう一けた神聖化して、女性がほんとうにこれをしつかりやることができないだろうかと思う。私は自分の例を申しては恥かしいですけれども、結婚式をアメリカでいたしました。そして結婚式の晩ちやんと着物を着かえて今式に出ようというときになりまして、牧師さんが、あなたライセンスをもつておりますかと聽かれました。私も主人もライセンスをとつていない。それで、ありませんというと、それはたいへんだというわけで、二人で區役所へ行つて取つて來ようと、私は白い着物を着たまま、着物をかかげて、夜でしたが區役所へ行つてライセンスをもらつてくるまでお客さまを待たして式を擧げたのでありますが、あちらでは結婚許可證がなければ結婚式は行えないことになつておる。日本のように、家の片隅で結婚式をしてしまつて、昨日嫁をもらいましたというようなことになるから、こういうふうになるのですが、これは何とかして日本においても、できるだけ簡單に區役所で結婚許可證というものを與えて、それをもらつてから結婚式をする、そうすれば籍を入れるとか入れないとかの問題は絶對に起らないことです。人が死ねば日本では埋葬許可證がなくては埋めることができない、死んだ人はどこへ埋めたとていいんじやないかという人もありますが、埋葬許可證がなくては埋めさせないで、これから長く家を形づくつていこうとする結婚に對して結婚許可證というものを與えないで、どしどし式をさせていまう、これはよくない。これを何とかしてもう少し法律においてちやんとする途はないだろうか。
 最後にすべてこれらの事柄は、たいへんな變更でございますから、どうしてもこれはあまり公にさせないで、静かに家事審判所というものでやつていかなければならなぬ。そしてこれには四十條に親族相續に關する事件を適切に處理せしむるため、家事審判所を設けることというのを、この原案にもう一條加えていただいたのでございます。それでこの家事審判所につきましては、今人事調停というのが、昭和十四年から始められておりますけれども、この家事審判所は、もう一けた内輪の審判所で、最も頭の明らかな親切な人にしていただき、豫算をしつかりとつて、人間の數、場所の數をたくさんとつて、手取早くできるように殖やして、そこに人間を従事させる、しかも人間は適當な人を選ばなければなりませんが、その適營な人にぜひ必要な講習會なり何なりによつてでも、なくてならない最小限度の法律知識を與えて、そして人を準備してこの家事審判所というものを、公にならずに家事の問題が處理されるように、これをやつていくべきじやないかと思います。
 とにもかくにも結論といたしまして、今度の民法は、前にできまして五十年間用いられました民法と違いまして、憲法ができたというので非常な大革新であるにもかかわらず、大急ぎで行われておる氣配があります。今三百二十條に何かできているそうでありますけれども、まだ私ども拝見もいたしませんが、それがまだ應急法だといわれておる。それでわれわれがこれにつきましては、あらゆる材料を集めて、そしてこれを懇ろに取調べて、これらの進歩したる民法をりつぱに行い得るような箇條箇條についての、丁寧な法律をつくつていただくようにお願いいたして、私の口述を終ります。
#12
○松永委員長 次は東京都の石橋善大郎君より御意見の發表を願います。この方は反對の立場をとられます。石橋君。
#13
○石橋公述人 私は家督相續の廢止の可否につきましては、廢止しない方がいいと思う。なぜならば、長男とか何とかに缺陷がある場合にはしかたがなく、廢止するのもやむを得ませんけれども、さもない以上は、どうしても今まで通り家督相續制度を廃止するということは、私は不贊成であります。なぜかというと、お互いに年をとつていつたときに、自分がもしものときにだれが後をやるか、その人間をどういう處置をするかという問題になつたときに、今日の情勢ではお互いにおつつけつこするようなことになる、そういう點におきまして、どうしてもこれは今まで通り廢止をせずに、やはり家督相續制度を認めたいと思います。そうしませんと、今次の教育とか道義とかいう點からみて、非常に疑問を懐くようになる結果になりはしないかと思います。それと同時に長上の命とかすべつたころんだということになると、相當妙なことになるのじやないかと思います。
 それから親族の扶養の範圍ですが、これは社會全般とそれからその人間の人間性のいかんによつてはじめて構成をするものではないかと思います。それでやはり相當な規則を設けておくのが當然でありますけれども、法律というものは自分達がこしらえて、またときによつて改發するものでありすから、滿足な人間であつたならば、法律というものはそんなに必要なものではない、事の間違つた場合にはじめて法律というものが生きていく。それですからわれわれに對して法律というものは一つの人間の歩むべき道標にすぎない、僕はこういうふうに考えております。それですから親族の扶養範圍というものは、そういう點でもつてその人のいかんによると思います。いかに法律をこしらえてもこしらえなくても、これは社會人のはじめてなし得ることだろうと思います。それは道義です、情です。
 それから離婚の問題ですが、これは相當難問題だと私は思います。なぜならば、相當にりつぱな人の仲介だの、相思の仲だの、相思の仲でもはたが何だのというような人でも一生添つていくときがある、さもなければ仲介者があつても明日にもこわれるかも知れない。だから一概に論斷はできないと思いますから、やはり専門家にお任せして規則をこしらえてもらいたい。
 それから夫婦の離婚手續ですが、夫婦というものは同一のものでありますから、自分はどういうわけで離婚されたかという問題は、そのときそのときによらなければわかりませんが、家内なら家内に對して今まで通り、お前が惡いから出ていけということは全然いけないことであります。それに對しては、今までの關係で報賞というか、やはり財産をいくらか分け與えるべきが當然だろうと思います。やはりこれも法律できめてもらうよう、専門家に任せるよりほかないと思います。簡單ですが終りです。
#14
○松永委員長 次は大阪府の酒井進太郎君より御意見の發表を願います。この方は贊成であります。酒井進太郎君より御意見の發表を願います。この方は贊成であります。酒井進太郎君。
#15
○酒井公述人 發言に當りまして一言お斷り申し上げます。これから私の述べさせてもらうことは、あくまで私の愚見でありまして、私の勤務先と何ら關係がございませんから、豫め御了承願います。
 問題になつております家督相續、これは私は戸主權を伴わない家督相續と解釋して意見を述べさせていただきます。なるほどこの家督相續には、日本古來の淳風美俗ということもございましようがこれに伴う副作用とでも申しますか、はなはだ封建的な民主化の、阻害になるような副作用が伴うのであります。たとえて申しますならば、私は關西の人間でございますが、關西では、家督相續をした場合その相續した人を本家とする。それから、おもにこれはその人の弟の場合でございますが、これは分家とか新宅さんとかいう名がついて、新宅は本家と從屬關係になりまして、何かにつけて、殊に親類づきあいの場合には差別待遇がはなはだしいのであります。その差別待遇たるやこれは先天的に運命づけられた差別待遇なのですあります。先ほどもちよつと御意見がありましたが、なるほど本家の當主は新宅の當主より年長者であり、先に生まれた人間であるには違いないのでありますが、その子の代になればいかがでありましようか。分家の當主が本家の當主より年長者で在る場合もある。そのときにおれはお前より年長者であるからおれの方が本家である、こういうことを申さぬでしようか。そういうような矛盾が起るところの差別待遇それ自體に封建制があるのでありまして、そしてこれが著しく憲法改正の眼目たる日本の民主化ということに對して阻害をいたさないかと思うのであります。でありますから私は、この改正案通り家督相續の制度は廃止する。そして從來の家族制度の美點とされている點はこれを殘して助長する。他に條文を設けて助長するということに對し贊成致す次第であります。簡單でございますが、これが私の意見であります。
#16
○松永委員長 次は群馬縣の清水猛君より御意見の發表を願います。この方は反對の立場をとられております。
#17
○清水公述人 私は御紹介を受けました群馬の清水というものであります。本日は日本全國各地から相當の権威のあるような方が御参集のことだと存じますが、いささか、憲法は衆議院においてわれわれの代表が改正を斷行いたしまして、これは昭和二十年、日本が第二次世界大戰の結果ポツダム宣言というものを忠實に履行するということによつて憲法が改正されたのであります。しかし續きまして民法の一部改正について、本日ここに公聽會をもつて意見を各位が發表せられておりますが、基本的な憲法改正から言うならば、また連合軍の占領政策、ポツダム宣言の條項から通すならば、當然日本國民はこれは家督相續權に對しては廢止することはやむを得ないという現實と、また將來の世界の民俗の平等政策的の方向に行き進むのが、私は當然な正當なるわれわれの義務であり權利であると信ずるのであります。しかし一應は憲法においてあらゆる文字を使つて語つてはおるけれども、一般の國民大衆は、それに對して、はたして民法が基本的なる憲法に基いて改正するだけの、そのいわゆる基本的にやるという考えが私はないように聞えるのであります。しかしてこの家督相續權というものを認めますと――いわゆる過去の日本封建制度から、いわゆる戸主權の専横、大きく言えば、日本は家というものであつて、徳川時代においては、将軍の命令下には何ものもそれに反對しないという恐ろしい封建國家でありました。そのような觀點から見まして、ややもすると戸主權の専横がこの十年、二十年經つても、私はなおかつこれが改められないということは、言うまでもなく考えているのであります。
 續きまして、私は夫婦の姦通罪は認めないのであります。また扶養の範圍は、できるだけこの基本的な憲法から廣範圍に行つてもらいたいと思うのであります。それと夫婦の離縁の問題です。これは私は協議の上の離縁に對しては、いささか國民が觀念的に物事をいわゆるごまかすという性質を日本國民はもつておりますから、これは協議上の離縁は私は廢止であります。よつて裁判上の離縁に私は贊成をいたしているのであります。
 次いで婚姻の要件ですが、これは、この民法が改正せられましたが、これは私は滿二十歳男女同年齢までに引上げられたいことを要望するのであります。それと同時に、子女の承認を得るということを條件に附け加えてもらいたいことが、私の本日の意見であります。
#18
○松永委員長 これにて午後一時まで休憩いたします。
   午前十一時四十八分休憩
     ――――◇―――――
   午後一時二十七分開議
#19
○松永委員長 午前に引續きまして、これより公聽會を再開いたします。
 まず埼玉權の八木孝平君より御意見の發表を願います。この方は贊成の方であります。
#20
○八木公述人 家督相續とうことに對して、新らしい民法の改正ということに對して私は家督相續ということは廢止をすることに贊成しております。どういう理由によつて贊成するか、そういうことを少しく述べてみたいと思います。その第一番に理由とするところは、憲法第二十四條に規定されましたところの個人の尊厳と兩性の本質的平等ということであります。民法上家というものが規定されておりますが、これは實際生活という面から考えますと、非常に抽象的なものであつて、實際的ではないということであります。そういう家を相談する者について、また一種の特權的階級ともあるいはいえるかもしれませんが、法定の推定の家督相續人がいる、そういうこともひとつ問題になつてくるのでありますが、そういつたことを考えてみますと、家督相續、そういつた意味が家を廃止すればなくなるのじやないかということを私は言いたいのであります。それで私はいろいろ實際のことを取扱いました上で、一般の人が家督相續についてどういう理解をもつているかということを考えてみますと、まず多くの人が家督の相續は財産の相續である、遺産の相續であるということが非常に一般の人に知れ渡つております。相續とかあるいは相續人であるとか、あるいは總領というような言葉がよく知れ渡つておるということは、家督相續ということでなく、いわゆる財産の相続であるという點において、非常に普遍的であるということが感じられます。そうすれば家督相續ということは家の相續と財産の相続ということと兩方を含めて舊民法においては規定されてありましたが、一般の家というものがなくなる、戸主というものがなくなつたときには、家督相續という意味の半分は何ら意味をなさないことになると思います。であるから相續は財産の面においてのみ適當にこれを整理していつたならば、實際問題においては何ら影響の少いものである、こういうことになるとおもいます。またいろいろ問題になつてくることは、財産がある家の相續問題で非常に複雑なことがしばしば起りますが、何ら財産のない、ただ單に戸主を相續するといつた場合において、實際戸籍には相續者がでてこない。いわゆる法定の推定家督相續人がある場合は別でありますが、選定とかいつた場合になつてくると、選定をするという手續をやらないというのが大部分の實情であります。なお家督相續ということから、ひいて、法定の推定家督相續人ということについて見ますと、これは財産の相續においては一つの特權をもつている。いわゆる前戸主の財産を文句なしに引受けることができる。その點は非常に特權でありますが、またその反面戸籍の移動が非常にむつかしい。相續人であるがために他に縁づくことができないというような非常に身分上制肘された問題が起つてくるわけであります。これは男性における場合はまずよいとして、女の場合は最も痛切に感ずるのではないかと私は思います。きようここに來てみますと、家督相續はない方がよい。廢止した方がよいということを贊意を表しておられる方は女の方が大部分であります。それはそういう點が大體問題になつておるのじやないかと私は思います。
 その方がよいという人の意見は、どういう點に重點がおかれているかというと、これは農家において非常にそういう點が強調されているのじやないかと私は思います。農家におきましては、家督相續人がいて家督を相続してもらわないと農地が細分される、そういう點が非常に懸念されていると思います。しかし現在の農地法というものは、實際に耕作をする者に農地を與えられるというような點から、あるいは何らかの解決方法があるのじやないかと私は思います。
 なお今一つ、切實にこの相續問題について反對をしている人々というのは、中年を過ぎたところの、多くの親と言われる人々であると思います。これは相續人に財産をやつて老後を楽しく暮そうという考えのもとに、相續人があるということを非常に心強く思つている。しかしこの相續なるものは、今度は生きているうちは相續が開始されるものでなく、死んで初めて相續が開始されるものであるという點を考え、それからまた今までの親というもののもつている考えが、子供を教育して、子供によつて老後を楽しむということは、これはいささか考え方が違うのじやないかと私は思います。子供が家督を相續すれば安心して死ねる、そういうことを考えている人たちが非常に多いのじやないかと私は思います。
 以上言つた點から、この改正案において家督相續を今廢止するということは、いささか混亂するのではないかという懸念なきにしもあらずです。しかし、そうした混亂があるために、こうした大英断とも思わるべきことをやめるということはどうかと思います。こうした先進した民法を定めておいて、それに早くなじむような教育をしてもらいたい。そういうことが私は大事であると思います。現在新憲法が發布されましてから今年の五月三日で效力が發生する。その間において隠居とかいうような手續が非常に行われたという事實も、私ども多少聞いております。これは確かに過渡期における混亂の現れであると思います。
 以上、簡單に申し上げましたところは、家督相續に對す意見でありますが、なお婚姻の條件について、舊民法は非常にいろんな制限を設けておりました、年齢の點においては大分今度の方が制限が低くなつておりますが、實際取扱つたところによると、十八歳あるいはそれ以上の年齢において婚姻の届出を出したということはほとんどありません。それから父母の同意のことでありますが、未成年者は同意を要するということを言つております。これは何のために未成年者は同意を要するかということを考えてみる必要があると思います。今までの父母の同意というものは、いわゆる家族的な平和のために父母が同意を與えておつたけれども、今度はそういう意味はなくなつていると思います。いわゆる能力の補充である。そうであれば、婚姻が成立したときに成年となる。そういう點から言いますと、この同意ということもあるいは意味をなさぬじやないかということも思われます。
 なお、婚姻ということは、届出によつて效力を生ずる。これは今まで實に多くの人々が届けを出さぬ。あるいは届けを出すことを知つていて出さなかつた。あるいは故意に出さなかつた。そういつた理由のために非常に問題を起こす。この問題は實に多いのであります。午前中に久布白女史の言われた通り、これは實際に結婚の生活にはいつたときにおいて、すでに婚姻の效力が發生するということが必要である、私はそういうことを痛感します。こういつたことがあるいは届出をするということを知つていて、あるいはそういうことを知らないところの女性に對して、式をあげたから、すでに婚姻の效力が發生しているのだというような點だけを説明して、届出をせずにおる。いわゆる内縁関係でおる。そういつたところに非常な不幸をもたらす原因が多いと私は思います。制限時間になりましたから、大體これくらいにしておきます。
#21
○松永委員長 次は静岡縣の杉山俊夫君より御意見の發表をお願いします。この方に家督相續廢止に反對の立場をおつておられる方であります。杉山君。
#22
○杉山公述人 結論を最初に申しまして、それから説明申し上げたいと思います。廢止に反對といいましても、在來のごとき家督相續に贊成するものではもちろんないのであります。いわゆる戸主權、あるるいは居所指定權のごときものをなくした、そういうものを取拂つた家、そういうふうのものを殘したい、私はそう考えるのでございます。いわゆる家というものは、何らかの形において存續するのがいい、こう私は申し上げたいのであります。考えてみますのに、法はいわゆる國民か遊離してしまうのが一番困る問題でありまして、國民の生活に國家の統治は内在させなければならない。そういうことを私は強く主張するものであります。由來日本の社會、あるいは社會人は、一般的に言いますと、どうも物を考える力が乏しいのでありまして、デモクラシーと言えば、すぐデモクラシーになるし、いわゆる全體主義に流れやすいのであります。しかし生きた人間の生活というのは、人間の思想、物の考え方のように簡單にはまいらないのでありまして、思想を經濟的に要約しまして、私は個人主義である。私は全體主義である。こういうふうに言うのは、きわめて簡單でありますけれども、しかし人間の生活というものは、いわゆる生活の面においては、思想の要約のように、そう一言で簡単に解決できないものがあると存ずるものであります。すなわち個人主義を徹底的に主張すれば全體主義がなくなり、全体主義を徹底的に強行すれば個人主義はなくなるのでありますけれども、しかしそれは思想上の問題だけでありまして、いわゆる抽象をもつて貫かれたるものがそいうふうになるのでありまして、われわれ人間の生活、生きた人間というふうなものは、個人を離れて全體もないし、全體を考えない個人というふうなものはおそらくあるまいと私は確信するものであります。さように考えてまいりまして、今の家の問題に關しましても、日本には日本のいわゆる獨特なものの生活面がある、抽象的ないわゆるデモクラシーだけ、あるいは個人主義だけでいかないところのものが確かに存在すべきはずであるし、あるいはまた存在しておると私は確信しております。すなわち國民感情と言いますか、生活感情と言いますか、そういうふうなものから言うならば、今度の民法の改正にあたりましても、もつといい意味のいわゆる日本的なものでなければならない、そういうふうに私は考えます。それにつきまして、こちらから指名いただきましたから急遽少し統計的に調査したのでありますが、私はふだん學生を扱つておりますので、二十二歳から二十三歳のかなり進歩的な分子が多いと見られる學生につきまして、家の存續の可否について贊否を問うてみました。ところが存置論、いわゆる家の廢止に反對する者は四十五%であります。それから廢止を贊成する者が二十八%、残りの二十七%はこれは意見を保留しておるものであります。それで青年だけでは、これはかなり偏つた見方になると私は考えまして、私の居住します静岡縣のある一箇村につきまして意見を徴してみました。ところがこれは大體三十歳以上の方が多いのでございますが、九十二%、ほとんど大部分が家の廢止には反對である。そういうふうな結果が出てまいりました。意見を保留した者、あるいは家の廢止に反對するものは八%しかないわけであります。以上考えまして、私は國民がもつておるいわゆる生活感情というふうな面から言いますならば、家というものを全然なくしてしまうのは、これは絶對的にと言つていいくらいに反對者が多いのである、こういうふうに見たのであります。むろん從來のままのものでは、これはいけないことはわかつておりまするけれども、何かの形において自分の家名なり、あるいは自分の後継ぎというふうなものを殘したいというのが、國民一般の生活感情であろうと思うものであります。むろん生活感情ばかりで物を律するというのは、これは確かに謝りでありまするけれども、しかしかような面を一切考えないで理想にのみ走るということは、これはやはり危險なことであると私は思います。國民感情の面におきしましては、大體以上のごときものでありますが、次は祖先の祭祀の問題、あるいはそのほかの問題、財産の問題に關しましても、家を全然廢止してしまうというのは、かなり混亂と危險が豫想されるのではないか、私はそういう風に考えます。たとえば家屋の問題、あるいは宅地の問題、墓地の問題、そういう問題をいかに處理するかということになりますと、相當考慮を要するものがあるのではないかと考えます。いずれも人間の生活、あるいは人間としましては、自分の後繼者というふうなものを、あるいは何かによつてあとを殘したいというのは、これは一つの本能的なものであるかとも私は考えるのです。そういうものを全然なくしてしまうというのは、現在の日本あるいは日本人的な面から考えまして、非常に危險であるというふうに考えます。
 家の問題につきましては以上でありますが、結婚その他に關しましては、結婚年齢はある程度引上げた方がいい、少くとも精神的な成熟の域に達するまでを待たせなければならないというふうに考えます。そのほかにおきましては、優生學的ないわゆる缺陷を除きましたならば、なるべく自由に制約することなく、行わしたがいい、こういうふうに考えております。以上であります。
#23
○松永委員長 次は東京都の田邊繁子君より御意見の發表を願います。この方は家督相續廢止に贊成の立場をとつておられる方であります。田邊君。
#24
○田邊公述人 私は人間が生れながらにして平等であるという憲法の思想、それから婚姻自由の原則から家督相續の廢止に贊成でございます。特権をもつ戸主とそれからその地位を承け繼ぐ家督相續人、こういう二人の特權者の存在は家というものを命令と服從との關係に結合いたします。しかもこの特權者が代々男子によつて受け繼がれていくということ、それは家庭内における男性に對する女性の隷属となつて現れたのでございます。この家庭内における男女の不平等の存在を消滅せしめて、隷属から女性を解放せしめますためには、どうしてもこの家督相續制度を廢止することが必要であると存じます。しかしこの制度の廃止によつて根本的な男女不平等の根源は除去されましても、ほかのいろいろな部面で法律に女子の地位が弱くなつていて、あるいは不平等を起しやすいような制度がある。それを同時にきれいにとつてしまわなければ相變らず新憲法ができ、新しき民法が改正されても女性は隷属していることが續いていく、そう思います。それで私は次の四つの點につきまして、この際ぜひご考慮を煩わして、何とか變えていただきたい、女子の立場から特に切望する次第でございます。第一は慣習による系譜、祭具の相續というあの條項についてでございます。第二は届出を婚姻の要件としておりますあの制度、第三は婚姻中の妻の財産の問題、第四は離婚制度の問題でございます。簡單に説明させていただきます。
 第一番目の祖先の禮拝、まつりごと、それは今までの家の觀念のほんとうに本質、骨子とでも言うべき精神でございまして、このことについて慣習によるといたしますと、末子相續制度が徳川時代あるいは明治初年にはございましたが、法律というものが現實とずいぶん變りまして、今日本全國ほとんどは長男子相續制度になつておりますから、長男子相續制度というものが現實において依然として温存されている。そういたしますと、やはり女性が男性に對して隷属するという關係は、そのまま持續されるのでございます。それは私が最近どういう點に男女不平等が行われているかということを、いろいろな生徒さんたちを使つて囘答を求めて實態調査をいたしております。それに現われておりますいろいろの男女不平等を取上げてみますと、たとえば男の子には家計を傾けても大學までも勉強さすが、女の子はさせないということは、突き詰めますと、やはり男の子は家名をあげてもらわなければならないからであり、女の子はどうせ他家にやるものだからであります。結局家督相續とかこの家の權念に突きあたるのでございます。ですからせつかく家を廃しても、この中心的なことによつて、家の存續がそのまま續けられるというこの條項は、どうか女性の立場からとつていただきたい。またこういう信仰的なことを法律で扱いますのはどうも私の研究の經驗からいたしますと、今から二、三千年昔の古代法に見られることでございまして、文化國家の日本にこういうことがあるのは法律の逆行かと思います。
 第二は婚姻の届出の問題についてでございます。これはせんだつて私が放送局で離婚の相談を扱いましたときに、放送局の方から十通ほどのお手紙をいただいて開けてみますと、九通までが届出のときに難癖をつけて離縁されておる人の相談でございます。これは厳密に申しますと、厳密には法律の離婚ではございません。田舎に一、二日泊りがけで参りましても、きつと子供ができるまでは届出をしない風習、あるいは家風に染むか染まないかを試すまでは届出をしないというあの惡習慣のために、届出でないでその間に何か難癖をつけて歸らされておるかわいそうな妹をもつ兄さんや娘さんをもつお父さん、あるいは本人たちが、いろいろな相談に見えます。着物をとりに行きたいが、とりに行けば歸る意思になるしとか、いろいろなかわいそうな話があるのでございます。私は今度民法が改正されますときには、この點にほんとうに大きな改正が加えられることを期待しておりましたが、相變らずの條文のようでございますから、どうかこの點に救助の途を考えていただきたい。もとより社會秩序維持の上から、届出の必要なことは當然でございますが、もし萬が一にも届出がなかつたような場合でも、十分に婚姻の存在が認められるときは、どうか裁判所も法律上その婚姻を認めていただきたい。それは兩親がたとえば不時のことで死んでしまつたというような場合に、私生兒が大きくなつて婚姻の存在を證明したような場合でも、家事審判所などが眞實に耳を傾けて、實際の婚姻とそれを認めて、その人を嫡出子としていただく。また父母に寄せられた結婚の手紙の一束でもよいではないか。私は法律はあくまでも眞實を眞實としてみていただく。この點を切望いたします。一體婚姻というのは事實でございまして、紙の上の記載ではございません。出生、死亡と同じように、それは事實の届出でなければならないと思います。たとえば一月一日に結婚をして今日届け出ましても、紙の上ではやはり一月一日に婚姻したと記載さるべきが眞實ではないかと思います。それに、きようの日附になる。それは法律が、國家が公文書に公然と虚偽の記載をせしめて、今までだれも怪しまなかつた。そういう虚偽の制度を、この際どうか深く掘り下げて考えて、眞實の届出となるようにしていただきたいと思います。またはつきり兩性の合意のみで成立すると憲法が申しておりますのに、届出がなければ全然結婚と扱わないとこの民法が定めるということは、違憲立法でございます。私はどうか事實のあるときに證明が立てば認めていただく。その代り偽證の責任は本人の側にありますが、届け出でないことは非常な不利益であります。ラヂオのニュースのあとにでも、いろいろな社會教育機關を使つてでも、どうかこの際届出をしましようという啓蒙宣傳も、この改正にあたつてどしどしやつていただきたい。それはまた政府や國會のもつべき一つの義務であると思います。こういうふうに事實を事實をして認めます實益は、届け出ない前に追い返しておるような人たちも離婚と認めて當然離婚の財産の分與の請求ができる。あるいは多分に内縁及び私生兒の問題を解決する。また女性がこのような不安の地位から開放されるというようなことでございます。
 第三番目に婚姻中の妻の財産でございます。婚姻は精神の結合ではございますが、同時に經濟上の結合でもございます。この經濟的な構成が男女平等な仕組になつていない限りは、女性はいくら經つても、やはり家督相續制度がたとえなくなつても隷属から解放されないと思うのであります。物質というものは、人の地位というものに相當大きな力をもつておるということは、今日いなめないのでございます。ところが七百六十二條には、「婚姻中自己の名で得た財産は、その特有財産とする。」と定めてありますが、この名というような形式で人の所有權を定める基準にすることはやめたいと思います。事實上その収入を得るためにはたれの勞力が加えられたか、たれが協力したかということが考えられるべき根據ではないでしようか。農家の主婦、それは農業勞働としては夫とまつたく同等で、それにプラス育兒と家庭の雑事一般がある。そうして積み上げたその収穫は、夫の名のもとに夫のものである。それは正しうございましようか。また夫が仕入れに歩き、妻はお店を一生懸命にして、そこに出てきた収入、それは夫の名の營業であるから夫の名のものであるということは正しうございましようか。また私のような社會的に何も職業をもたない、一つの収入もないような妻でも、夫が外からあげてくる収入に何の協力もしていないでしようか。夫は一般的に考えまして、婚姻生活に必要な物資を得るために、貨幣を得ることに一生懸命に働いておるというのが普通の固いの實情でありますが、妻はその留守を守つて夫の得た貨幣で、たとえば、食糧を買い、それを血となり肉となるようにりつぱなお料理にして、家庭のものの生活を楽しませ慰める。あるいは衣類を縫い、その他夫が外で働けるあらゆる内助と申しますか協力をしております。一生懸命に營んでおりますこの男女の間の營み、それは夫の方のことも、妻の方のことも、兩方とも非常に大切な反面を受持つておりますので、どうかこの協力して營んでおります妻に、名というような形式で所有權を定めずに、現在の収入に對して妻の所有權を認めていただきたいと思います。人は夫が死亡すれば、今度は相續權が得られるからよいではないか、あるいは離婚するときはその協力が算定されるからよいではないかなどと私に申されます。しかし現在あるのと、そういうときにあるのとはわけが違うのでございます。先だつて私が山形に参つて温泉宿の女中さんたちの話を聞いておりますと、姑さんの言うのには、どんなにつらいことがあつても、今にお前の身上になるのだから辛抱しなさいと言つて、いろいろ嫁に教えこんでおるということであります。またこの間朝日新聞の小説で、ある長男のお嫁さんが、今度は民法が改正されて、平等分割に財産がなるそうだ、ほんとにそんなことはつまらない。私が今まで非常に舅姑に仕えて苦勞してきたのは、結局この身上が自分のものになるからだと思つたのだ、と言つておる會話が出ておりまして、非常に興味深く讀みました。現實はほんとうにこういうふうにして、一切の人々はもう夫婦の財産は、妻も同時にもつておると考えておるのでございますが、どうか共有財産の性質を認めるなり、あるいはまたその他非常にいい考えがございましたら、その方法によつてでも、この妻の協力を財産の上に表わしていただきたい。それが私のお願いでございます。もし今のままでまいりますと、夫は妻子を養つておるものであり、妻は養われておるものである。永遠に妻の夫に對する隷属が解放されないのでございまして、男女平等の原則は、こういう經濟的な不平等から、やはり確立されないで續いていくのではないかと案じられるのであります。
 次に離婚についてでございますが、離婚については、不公平を招きやすい制度や追出しが容易になされるような制度はやはりやめていただきたい。こういう立場から私は裁判離婚における裁判官の自由裁量權、あのあとに附いております條文はとつていただきたいと思います。と申しますのは、先だつても今も效力のございます民法應急措置法の中で配偶者の不貞というのに一言附加えられて、配偶者の著しき不貞となつております。その著しきという字が司法省で附けられたのであるか、あるいは政府筋で附けられたのであるかわかりませんが、一般にそういう氣風の行われておるところ、あるいはそういう人たちが裁判を行うといたしますと、いくら平等な離婚原因が稱えられておりましても、そこには不當な却下がたびたびなされるのではないか。それを私は心配する次第であります。
 次に協議離婚についてでございますが、これは私はぜひ家事審判所のお世話になりたいということを考えております。その理由といたしましては、第一は男女一緒にくるめて、夫婦喧嘩というようなものはどうも失業とか、あるいは貧困に陥るとか、いろいろ社會の荒波にもまれてお互いにいらいらして神經がとがつて思わない方に發展するというようなこともございます。そういうときにおいそれと署名捺印して届ければ離婚ができるというのであれば、やはり壊さなくてもよい結婚が壊れる。そこを家事審判所にいくということになれば、反省の機會を與えてくれる。もつと何か助言を得られればその家庭の建直しがきつとできるに違いないという意味からでございます。
 第二番目には、事實上社會のことも知らない女性、事實上意思の強制を受け壓迫をされておる女性に、十分に自由意思の主張の機會を與えるということは何も憲法の離婚の自由を汚すものではない、かえつて離婚の自由を全うするものではないか、そう思うのでございます。人事調停その他の實際を伺いますと、夫婦ともわかれたいと思つておる離婚は非常に少くて、どちらかが意思の強制を受けておることが大部分であるそうであります。こういうときに、女でも男でもそこでお話してよく主張すべきことは主張できる機會が與えられたいのでございます。
 第三番目に財産の分與がなされる點でありますが、夫は一體他に愛人でもできて妻を追出そうとしておるときならば決して妻にはやりたくないのであります。そうでなくともまづ十分に與えるとは想像できません。糟糠の妻その他の妻でも、ひどい計算で追出されるようなことがあつてはならない。きつと財産の分與については、公正な第三者が入つてやらなければならないのではないかと思うような、理由で私は家事審判所のお世話に協議の離婚のときはなりたいと思います。
 以上私は家督相續廢止に全部贊成なのでございまして、その精神を十分に活かすには、以上申し上げましたように、四點は非常に女性に不利な點と考えますから、その條項の削除あるいはまたはその修正について十分ご考慮をしていただきたいと、この機會にお願いをする次第でございます。
#25
○松永委員長 次は長野縣の彌津義範君、御意見の發表を願います。この方は反對の立場をとつておられる方であります。
#26
○彌津公述人 私はただいま御紹介にあづかりました長野縣の彌津義範であります。今年二十七歳になる百姓ではありますが、本日ここに百姓の叫ばんとして叫び得ない點をもつてただいまより申し上げます。今私が話をしておる間にも、私の頭の中には破れた着物を着て、働いておる百姓の姿があります。どうぞ皆様私とともに思いを信濃路の山村に運ばれまして、百姓がなにを叫ばんとしているかをお聽きください。
 百姓は何がゆえに家督相續の廢止を反對しているのかと申しますと、先ほど埼玉縣の八木さんが申されたことく、農地の改革とか、あるいは餘生を楽しもうとかいうような打算的な考えではなくして、本日ここに公聽會に参加された農業の人たちが全部反對されている點は、一體どこにあるのであろうかと申しますと、その理由を申す前に、終戰後の農村では一體どうなつているかという状況をお聽ききください。
 確かに農村は封建的であります。封建的であつたがゆえに、戰爭にも全力をあげて協力いたしました。しかし終戰後はどうでしようか。この戰爭に全力をもつて協力し、しかも多大なる犠牲を拂つた農村の人たちは、亡き夫の位牌にすがつて、決してあなたの戰死を無意味にいたしません。今度こそは私たちは必ずりつぱな平和な日本を建設いたしますと、お互いに助け合つて、朝夕これらの亡き靈に線香を捧げて奮闘努力をしているではありませんか。あるいは全村一致協力して供出の完納を誓い、やみをせぬように、地主は小作人にその土地を解放し、あるいは困つている人たちには、お互いに一合の米をも出し合つて助け合つているではありませんか。この肉親達を救う、いわゆる家の者を救つていく、あるいは村を救い、國を救うという心には、何ら隔たりがないと思います。家の者を愛し、祖先の靈を護るということは、ひいては村、縣、國となつていいくのではないでしようか。祖先の靈を慰めることと同じだと思います。さらに村の人々の意見を聽いてみますと、そうか、お前は東京に行くのか、ひとつ頼む、ぜひ家督は廢止されないように頼むぞと、私は一昨日村の人々に送られて東京に参りました。長男があとをとるとか、女はあとをとれないとか、そういつた枝葉末節のことはとにかくとして、だれでもいいからここで家を護つて、祖先の霊を慰めるようにしてくれというのが村の大半の意見であります。
 それから私も戰爭中は一將校として戰爭に参加いたしました。全力を揮つて参加いたしました。いよいよ終戰になつてみると、正しいと思つた戰爭が、まさに惡い戰爭であつたということを知つたとき、私は一時自暴自棄になりました。しかしある晩、外地において私の夢路をさ迷い歩いたものは、ふるさとの山川草木でありました。その山川草木を思い、ああ、おれは輕はずみなことをしてはいかぬ、村を出るときにはどう言つて出たかということであります。戰爭には負けた。惡い戰爭には確かに負けた。しかしこの五尺五寸の身體が、家へ歸つて新しい民主主義日本の建設に役立つならば、今ここで輕はずみなことをしてはいけないと、私をして反省の機をつかましめたものは、なつかしいふるさとの破れ家でありました。またある知人はこう申しました。内地へ歸つて上陸したときに、なんと内地の人々の無情なことよ。われわれが反省、更生して再起を誓つてきたにもかかわらず、いかに無情な内地の人々の姿に接したかは、涙を流しても流し切れざる姿であつたそうです。よし、おれもこの人たちのように大惡人となつて、大いに國を亂してやろうと思つたが、いよいよわがふるさとへ歸つてみれば、ああ、おれの考えは間違つておつた、惡人になるどころか、幾多の同胞の戰死をまのあたり見ておりながら、おれがふるさとへ歸つて大惡人になつてどうするのだ、おれこそほんとうの平和日本の建設の指導者でなくてはならぬと申したのであります。あるいはまたこれと反面に、平和日本の建設に努力しようと誓つて家へ歸つてみれば、わが家は焼かれ、肉親の者は一體どにへ行つているのかわからず、頼る人なきとき、その人はやみブローカーとなり、大惡人となつた。やみブローカーとなつた人のつくづくの述懐であります。さらにまた郷關を出でて、きよう一日の勞苦を荒い去り、明日の一掃の推進力となさしむるものは、ふるさとの破れ家であり、竹馬の友ではありませんか。われわれが子孫のために奮闘し、または祖先が努力してきたその跡を繼いで、眞の民主主義日本の姿に立ち歸ろうとするその根本精神は、そもそも血族を愛し、わが家の者を愛し、またわが祖先の靈を繼ぐという精神であります。その精神は、つまり國を愛し、國の人たちを愛する姿ではないでしようか。民主主義の美名に隠れて、わが國の尊い傳統をも切り棄ててしますということはいけない。ここに百姓の代表といえば語弊がありますが、切實なる聲を訥辯を振つてお話申し上げた次第です。何とぞ百姓の國を愛し、家を愛するという權念の一致し、毎日奮闘努力している姿を思い浮べられまして、家督相續廢止に反對する意をくんでいただきたいと思います。
#27
○松永委員長 三重縣の渡邊美惠子君より御意見の發表を願います。この方は贊成の立場をとつておられます。渡邊君。
#28
○渡邊公述人 このたび新憲法に基きまして、從來の民法の中、親族編、相續編關する規定が非常に進歩的なものに改正されようといたしておりますことは、私たちとしまして、たいへん喜びとするところでございます。しかしながらこの改正法案を拝見しておりますと、まだまだ女性の立場からみまして十分でないと思われる點もございますので、一、二それを申し上げたいと思います。
 今日の題目は、家督相續の廢止の贊否ということになつておりますが、家督相續というものを考えます場合には、當然にその前提をなすところの家族制度というものを考えなければなりませんし、その家族制度が廢止されるということは、私たちとしましては、極端に申しますならば、今まで私たちの上におおいかぶさつていた暗雲が拂いのけられてしまつたとでも言いたいぐらいの、そういうふうな氣持がするのでございます。考えてみますのに、家族制度という、そういう美名のもとに、多くの犠牲を強いられてまいりましたのは、すべて女性でございました。個人の尊厳として、あるいは男女の本質的な平等という點から申しましても、當然に家族制度ないし家督相續の制度がこのたび廢止されるのは議論のないことと存じますけれども、今まで家のために、あるいは家名のために、女性たちは人間としての個性の存在が非常に束縛され、あるいは制限せられてきたのだと思います。そういう意味において、家族制度がこのたび廢止せられるということは、まつたく喜ばしいことでございますが、今囘の改正案を拝見しておりましても、まだまだ家族制度が温存されるのではないかというような危惧をもたせられる點が多少あるように思われます。從來家族制度を維持してまいりましたのには、精神的な面と物質的な面の二つが考えらえると思います。その精神的な面といたしましては、祖先の祭祀というものは家督相續における特権的なものとなつて規定せられておりました。ところがこの系譜、祭具の相續、つまり今まで家督相續において特権的にすら規定せられておりました祖先の祭祀の點について、今囘の改正法を見ましても、八百九十七條において、系譜、祭具及び墳墓の所有權は、慣習に基いて祖先の祭祀を主宰すべき者がこれを承繼するというふうに規定せられております。そうすると、當然今までの一般的には法定の推定家督相續人が祖先の祭祀を續けていくことに事實上なるだろうと存じます。この場合に今まで家族制度の精神的な中核をなしてきた祖先の祭祀が、當然今まで通りに一人の者に受け繼がれていく。ここにおいて必ずや從來存しておりまして封建的な家族制度がここを足場とし今後も温存されていくのではないか。こういうふうに氣にしますのは、私だけではなく、當然こういう疑念が起つてくるのだと存じます。こういうふうに今までの封建的な家族制度を温存するおそれのある規定を、今囘もなおこのような形において存續さしていくことは、およそ意味がないと申しますよりも、むしろ有害なことだと存じますから、別にこういう特別な規定を設けることなく、これらのものについても今度の一般的な相續の原則によつて規定していただきたいと存じます。今囘の改正によつて徹底的に行われない限り、從來の封建的な家族制度は今後もなお存在していくことになりますし、それによりまして、私たち女性個人としての尊厳性も、もちろん破壊せられてまいりますし、日本が現在直面しております民主化、デモクラシー化も、徹底的に行うことができないと信じます。
 なおただいま申しましたように、精神的な面における祖先の祭祀という點もやはり今囘殘つておりますのでこれは削除していただきたいと存じますが、なお物質的な面におきましての從來行われておりました長子単獨相續制につきましては、今囘財産相續については均分相續というふうになりましたし、それと同時に問題になりますのは、妻の相續だと思いますが、こういうものも確立せられてまいりまして、この點についてほんとうに心から喜んでおります。從來維持してまいりましたような家督相續の點につきましては、ただいま申し上げた通りでございますが、一應今囘の改正法におきまして、家族制度というものは開始せられたように見えておりますけれども、先ほど祖先の祭祀の點と同時に、もう一つ養子制度について見ますときに、やはりこの點に家族制度、家というものが徹底的には廢止せられていないということが考えられるように思います。それはつまり今囘においても、養子制度につきましては、成年養子というものも認めておりますので、成年養子を認めるということは、家のための養子というものを認めることにほかならないと存じますので、養子制度につきましては、子のための養子制度がはつきりと確立せられてほしいと存じます。
 なお次に夫婦財産制竝びに離婚の手續關係におきまして、先ほど田邊さんからもおつしやつていらつしやいましたようでございますが、今囘夫婦の財産というものは、大體法定財産制になつております。しかしながら、法定財産制以外にも、契約財産制というものも認められているのでございますが、この場合においても契約財産制は婚姻の届出をする前においてのみなし得るのであります。しかしながら、婚姻の届出をする前にだけ契約財産制を認めるということは、事實上おそらく實益のないことだと存じますので、いつそ契約財産制という者を認めるのでしたら、婚姻の届出でをした後にもなし得るように、むしろそういうふうに考えていつたらどうかと思うのであります。
 なお法定財産制におきまして、婚姻から生ずる費用の分擔あるいは離婚の場合におきますところの財産分與の請求、このときにおきまして、妻の家庭における生活との協力と申しますか、そういうものが當然に考慮せられるということが明文をもつて規定せられることが望ましいのではないか、これは特に考慮していただきたいと存じます。さもなければ、さきの田邊さんのお話のように、七百六十二條の規定におきまして、夫婦の一方が婚姻前から有する財産及び婚姻中自己の名で得た財産は特有の財産とするという規定の解釋におきましても、相當問題になつてくるのではないかと存じます。この規定におきましても、あるいはさらに七百六十八條の離婚の場合の財産分與の請求の場合の解釋においても、當然妻の家事勞働といつたようなものが考慮せられるのだということを、明文をもつて規定せられることが必要ではないかと存じます。さもなければ、共稼ぎをしているという場合には、あまり問題にならないかもしれませんが、一般の場合のように、妻は家庭において主として家の仕事をしているといつたような場合に、解釋次第ではほとんど妻のために分與すべき財産がないといつたような形、そういう結果になると存じますので、この點特に考慮をお願いいたしたいと存じます。
 さらにまた離婚の場合でございますが、協議上の離婚の場合におきましても、これは現在届出だけでよろしいことになつておりますし、原則としてそれで結構だと思うのですが、實際問題といたしまして、協議離婚の名のもとに、一方的な追出し離婚というものが行われるおそれが相當にあると存じますので、これを防止するための何らかの方法を考える、これも必要ではないかと存じます。しかしながら、改正案の七百七十條においては、裁判上の離婚の訴えを起しました場合にも、裁判所は一定の離婚原因があります場合において、いろいろの事情を考慮して、婚姻の繼續を相當と認める場合には、離婚の請求を棄却することができる、こういう規定がございます。この規定は、離婚原因がございまして、裁判にまでもち出した場合に、結局結婚を繼續する意思も何もないのですから、その場合になおかつ、裁判所が結婚の繼續を相當と認めるときには離婚請求を棄却してしまうということで、およそ無意味な規定ではないかと存じます。裁判上の離婚の七百七十條における第二項は削除してしまうべきだと存じます。
#29
○松永委員長 次は東京都の江川芳光君より御意見の發表を願います。この方は反對の立場をとつておられます。
#30
○江川公述人 初めにちよつと一言申し上げておきます。第一番に、ただいままで十名餘りの方々の贊否の御意見を承りましたが、道義頽廢の今日に、道義頽廢を救うことを中心として論議された方の少かつたことを遺憾に存じます。第二、静岡縣の師範學校の杉山さんが國民感情の上からとは言いながら、九十二名までは家督相續の廢止に反對の意見だという調査報告がありました。まことに意に強うするものとして喜びにたえません。第三、田邊繁子さんから家督相續を存置することは、女子を男子に隷属せしむる制度を存置せしむる制度を存置するのと同じだという御意見を承りましたが、これは長男子相續を前提としてのお話だろうと思います。次女でも三女でも被相續人を選定する上については、田邊さんの御意見は杞憂に属すると存じます。
 次に私の意見を簡單に述べます。現在國民の多數が誤まれる、または行き過ぎたる民主主義了解のもとで、道義が著しく頽廢しておる折柄ばかりではなく、進んでは東洋の固有道徳――儒教にしろ、佛教にしろ、祖先崇拝、弔慰觀念その他の教育、東洋道徳の上から見て、家督相續を存置してもらいたいというのが、私の道義觀念から出發するのであります。道義觀念なくしては民主主義の確立もなく、高度文化國家の建設もありません。この場合において私は簡單に第一の理由として歴史の尊重の上からお話をします。
 一家でも、一國でも、歴史というものは厳然たる事實であります。歴史は人為をもつて抹消することもできません。抹消すべきものでもありません。歴史は大宇宙、大生命に對して、幾多の指標とまた文化の發展に對し寄與しておることは言うまでもありません。家の制度觀念を發するといたしましても、個人個人の活動やその苦心經營のあとを追慕して、その名譽やその事蹟を長く繼承するの思想や觀念を子孫に傳えるということは、文化國家發展上に貢獻するところ大なりと信ずるのであります。これ家督相續、すなわち家とかまたはその祖先の系圖、墳墓の尊重その祭祀等の繼承の制度をぜひ存置していただきたいというのがその理由の一つであります。
 第二點といたしましては、道義の頽廢より救うの途として、この家督相續の廢止に反對するのであります。新憲法は法律上男女の差別待遇を認めない、社会的身分も、門地も、貴族制度も、一切これを認めない。人は生れながらにして平等である。殊に雇用關係におきましては、被用者の團體權をを認めたる結果として禮儀も秩序もみな無視されております。はなはだしきに至つては、子は親に對して道義の觀念もたず、弟は兄に對し、生徒は教員に對し下級者は上級者に對し、非禮度を過ぎるものがあり、嫌惡すべき唾棄すべき態度の現われが少しとしないことは、これみな民主主義の行き過ぎであり、誤解であります。權利の裏には義務があり、自由の裏には秩序があり、禮儀があるということを忘れた結果であります。かくのごとく廢頽したる道義を高揚するの途は、祖先崇拝の觀念を養成するにあるのであります。この意味において、家督相續制度の存置を要望するのであります。
 第三の理由は東洋道徳の上からお話します。古人は江南のたちばなを江北に移せばからたちとなると言つております。氣候風土を辯えずして移植するところの無知を戒めたのであります。民主主義の先生は米國であります。これをそのままに日本に移植しておつたのでは實がならないのであります。からたちになるのであります。十分にその氣候風土に合うように育てなければならぬのであります。日本には日本國有の歴史があり、東洋道徳があり、ここに根を張り、培つて肥料を與えて、世界的に模範となり、指導的立場となるべきりつぱな民主主義國家を打建てようとしなければなりません。それにはおのおのその國の歴史や道徳を取入れて、まず個人の教育からはじめなけばなりません。個人の教育を進めていくことが、民主主義の完成の途であり、文化國家建設、平和愛好國家へ進む道であります。東洋道徳といたしましては、孔子が治國平天下の途は修身齊家にありと言つております。國を治むる際にもまず身を修め、家を齊うることが先である。國を治めるのにもその身を修めるのが第一であります。中國では父母や夫がなくなつたときは三年間墓側に假寓して喪に服するの例になつております。私が昭和十二年秋に滿州に参りましたときに、ハルビン郊外で外人墓地にまいりました。そのときソ連の相當の地位にある人の墓地でありましよう。それが五十坪くらいの面積があつて、四季のさまざまの花が咲くようになつております。兩側に腰かけができております。命日に家族一同打連れて墓前にまいつて故人を弔慰する習慣になつております。祖先崇拝の觀念、宗教情操に滿ちているソ連にうらやましい感じがしないではありません。家督相續の要はここにも存在しているのです。
 次に親族間の扶養の範圍であります。これは現在の民法では二等親。すなわち配偶者、直系尊属、卑属、兄弟姉妹に止めている。私はこれを配偶者及び三親等内の血族にまで及ぼしたいと希望するものであります。新改正案もそうなるそうであります。
 基本的人權を認め、國民皆平等に自由と權利を與えられた新時代において、扶養範圍の擴大は一見はなはだ矛盾したるかに考えられますが、私は左の理由により、一言これを強調したいと思うのであります。
 つまり第一點は、今日の世相の上から、今日の世相は幾十萬の恩給生活者であるとか、扶助料生活者であるとか、その老幼者が生計の大部分を皆犠牲にされておるのであります。在外會社、あるいは軍需會社のその投資株式の利潤によつて生活しておつた者等々、すべてが日々の生活危機に當面しておるのであります。しかるに政府は進んでタバコや酒や郵便や鐵道をはじめとして、生活必需品に至るまで、次から次へと引續き厖大なる値上をして、やみとインフレに拍車をかけるの政策を強行しておるのであります。今日は國家も企業經營者も、ほとんど豫算の大部分を皆人權費に使つて苦しんでおります。この人件費に浴せざる國民から生産者を除いた殘りのわれわれ消費者に至つては、どうして生活しておるのであろうか。ここに當局者は思いを及ぼしてほしいのであります。せめては親族間の扶養義務を擴大存置して、一は道義心の高揚に努め、一は民主主義の究極の目的である人類愛に到達する第一歩として手近なる近親の援護扶助に努めさしていただきたいというのが第一點であります。
 第二は國民道徳の現状から申し上げたい。今日各家庭における実際生活及び交際関係において、少數の例外は除いて、三親等内の適例たる伯叔父母と甥姪の間柄は、相互扶助の觀念が處生上、經濟上の萬端にわたり相談相手となり、相より相扶けている現状は、否むべからざる事實であります。家事審判所の介入を待つまでもなく、まず法上において義務づけられたることは、道義高揚の上において大いなる效果あるものと存じますから、まず三親等まで及ぼしてほしいのであります。
 もう一點簡單です、第三點、國家の負擔を輕減し、行政上の煩瑣手續輕減の上から、及び人權尊重の上から、この扶養家族を三親等まで及ぼしたいのであります。納税義務を免ぜられている無財産にして無職、無収入の町會や區役所の證明あるものでも、どうかこうか無理算段して子供を學校に入れておるものは、ほとんど國家の保護扶助は受けられないのであります。また國家の扶助を受けるまでの手續もはなはだ厳密であります。國家として當然ではありますが、この扶助を受ける者も、なるべく國家の厄介にならぬよう心掛くべきものであり、國家としてもなるべく國家の負擔輕減の上から、近親間の扶養義務者に託するべく畫策しなければならぬ。また個人個人人格尊重の上からも、國家のお世話になつて過去の經歴に汚點を付するなきよう勤勉努力を奨勵するためにも、なるべく近親者の間において、お互いに扶養して、そうして更生の途を發見するように指導していきたいものであります。すなわち扶養範圍の擴大を要望するところであります。
 以上私は相続權の問題と扶養の問題は、滿腔の熱誠をもつてこの希望を述べるものであります。どうか立案改正に際しては、とくと御考察の上、御採納を希望いたします。終り。
#31
○松永委員長 次は埼玉縣の立石芳枝君より御意見の發表を願います。この方は贊成の立場をとつておられます。
#32
○立石公述人 家督相續の廢止は、新憲法に認められた個人の尊嚴、男女の本質的平等の趣旨よりはほとんど自明の理だと存じます。そしてこの線に沿つて考えますとき、ただいま田邊女史や渡邊女史も御指摘になつたように、改正案が、八百九十七條で從來家督相續的なやり方で承繼せしめることに再び法文に掲げることにしているのは不當である、かかる事柄は近親達の自由意思に任せておけば十分で、外國の立法案に徴しましても、八百九十七條ごとき規定は不要であります。しかしともかく改正案が原則として家督相續を廢止し、他面子供達の間に均分相續を認め、從つて息子の相続權も娘と同等に確保され、さらにまた妻の相続權も確立したことは、私ども女性といたしまして、まことに喜びにたえないところでございます。ただ女の立場からこの點に關してちよつと申し上げておきたいことは、少しこまかくなるかもしれませんが、結婚した娘と結婚していない娘とを親の遺産の相續に當つて區別すべきではないかということ、それから妻に亡夫の遺産を相續させるについて、妻、すなわち未亡人が再婚した場合と再婚しない場合とを區別すべきではないかということ、英法では女子に相續させる場合について、親の遺産を相續させるときも、夫の遺産を相續させるも、いずれも結婚なり、再婚なりを考慮いたしております。たとえば一九三八年のインヘリタンス、これはつまり遺留分法でありますが、御承知の通り遺言自由を大原則とする國柄ながら、特に制定法をもつて配偶者と未婚の娘と體が惡く獨立できない息子とに一定額が慰留されることにしたのでありまして、配偶者は再婚が、娘は結婚が停止條件になつております。すなわち再婚したらおじやん、結婚したらおじやんというわけであります。なお御承知のように、英米法には不動産物權の一種にライフ・エステートというものがあります。すなわちその人間の一生の間だけの權利で、その人が死ねばその人の相續人にはいかないで、いわゆる復歸權ををもつている人間に復歸してしまう。英米法のダウァー、寡婦産、未亡人の取得分は、このライフ・エステートであることが多い。すなわち寡婦はダウァーとして得た亡夫の土地や家屋を自分の生きている間は使用収益できる。地代や家賃を取立てまたは自分がその家に住むことはできる。しかしそれを賣飛ばしたり、自分の好き勝手に遺贈したりすることはできないのであつて、寡婦の死後は、たとえば息子に復歸する、その仕組をわが國にも少し取入れることにいたしましたならば、殊に農村などで先祖代々の田畑、家屋敷きを嫁のもの、やがては嫁のさとのものにしたくないがために、何とか嫁にやるまいとする、そういつたもつれも、かなり緩和されるのではないかと存じます。そしてまた再婚なり結婚なりを停止條件とすることも、妻となつて日の淺い未亡人の場合など、何だか未亡人がたくさん遺産をもらうことが不當利益のように思われないでもない。しかしまたその若い未亡人が再婚の機會に惠まれずに終るような場合のことを考えれば、財産などではとても埋め合せがつかないほど彼女は不幸であつたかも知れず、そこで夫に先立たれた妻には、とにかく一應氣前よく財産をわけてやり、しかも不當利益者に對するように冷たい目で見ない風習をつくるために、かえつえ再婚したらまたその財産は復歸するということにしておく方が工合がよいではないかと思います。家督相續とは大分話がそれましたが、女の立場から女の相續に關して少し述べさせていただきました。
 次に親族間の扶養の範圍、扶養の範圍は、強いて規定するのであれば、法律上は親子、兄弟、夫婦に限つて十分だと思います。殊に改正案八百七十七條二項の規定、家事審判所は、特別の事情があるときは、三親等内の親族間においても扶養義務を負わせることができるという規定は、不要と思います。この規定によつてとりわけいわゆる嫁舅の關係、從來の家族制度の弊害中でも、非常に大きい弊害の一つが温存される可能性が多分にある。しかしお嫁さんがお舅さんに對して奴隷に近い親孝行を強要されることになつては確かによろしくないが、またその規定があればお嫁さんは食べるに困るときにお舅さんに扶養してもらえるのだから、お嫁さんばかり不利な規定とも言えないという論もあるそうでありますが、これからのお嫁さんは、今までのお嫁さんに比べて、親の遺産も、夫の遺産も必ず相續できるのですから、はるかに経済的基礎を得ているわけで、お嫁さんの方でお舅さんの援助を必要とする場合は、ずつと從來より減ると思います。
 なお八百七十七條二項に関連して、七百二十八條二項の夫婦の一方が死亡した場合も、生存配偶者が婚姻關係を終了させる意思を表示しない限り、姻族關係は當然に終了しないとする規定も問題だと思います。これはやはり夫婦の一方が死亡したならば、姻族關係も當然にやむものとすべきで、生存配偶者が特に姻族關係をやめたくないとする場合のみ存續せしめればよいと思います。夫の死後も嫁、舅の關係は法律上も當然には殘り、しかも嫁は舅、姑その他の不要までも法律で強制されることがあるというのは、すこぶる家族制度的だと思います。七百三十條の「直系血族及び同居の親族は、互いに扶け合わなければならない。」という教訓に至つては、法律の規定としてはナンセンスに近いと言えましよう。およそ扶養義務をめぐる依存隷從こそ、東洋的淳風美俗的家制度の正體として、今日おおうべくもありませんが、それの護持される危險を、われわれは絶対におかさぬよう心がくべきだと思います。大體親子というような最も人類自然の神聖な關係を擬制、フィクションすることが實におもしろくありませんが、その擬制のもとに、親孝行というこれまた最高の道徳を法律ないし裁判官をもつて強制し得るものとする。徳というものは他から強いられたものでないところに高さがあり、徳の徳たるゆえんがある。親孝行その他夫婦間の道徳などを法律に規定することは、かえつてそれらの徳を損なうものであると思います。要するに互いに助け合うことはひとしく人間社會の一員としてあたりまえのことであり、それを一々法律に規定することは不必要で、やむを得ず法律で最後の一線に睨みをきかせておくというのであるならば、その限度は、初めに申しましたように、實の親子、兄弟、夫婦で十分と思います。ちなみに英法では實の親子間の扶養義務ははプーア・ロー救貧法の規定するところでありまして、つまり親だから子だからというよりも、一九三〇年のプーア・ローにいわゆるプーアすなわち貧困者や老人やめくらやちんばその他生活能力のない者を餘裕のある者が、社會一員として社會的義務から扶養するという立場の方が強く全面に出ておるわけであります。
 次に婚姻の要件。先ず婚姻という言葉が條文に使われておりますのを、結婚と改めることを提唱いたします。法律の用語はなるべく民間の用語に近づけることが望ましいと存じます。結婚の要件については、父母の同意を未成年が結婚する場合に限つた點は賛成でございます。しかし七百三十七條一項で未成年者は父母の同意を得なければならないといいながら、同じく二項目で父母の一方が同意しないときは、他の一方の同意だけで足りるという規定のしかたは、法律としては邪道でありまして、それくらいならば、初めから父母の一方の同意一本槍でいくべきものと思います。相姦者の結婚を禁じた舊法の規定を削除した點も大いに贊成で、刑法の姦通罪の規定のごときも、ぜひ廢止されたいと存じます。近親婚の禁止も舊法通りに認めておくことをせず、禁止して、眞の血族間に限り、養親子とか、かつての嫁舅というような擬制的親子間では結婚は有效として、擬制的に親子關係の方をやめるようにすればよいと思います。ドイツ民法、スイス民法では養親と養子の結婚を禁止はしますが、ひとたびどの結婚が成立した上は、結婚は取り消さずにかえつて縁組を取り消すべきものとしております。
 それから夫婦財産制に關連いたしまして、妻の無能力が取除かれ、夫と妻の平等が法律上徹底されて規定されておることは、妻にとつて實に輝やかしき誇らしい革命であります。しかしながら、現實の社會生活ないし社會活動上の男女の不平等は、とりも直さず夫と妻の現實的不平等となつて現われ單なる法文上の形式的平等では、容易に是正されないということも、とりわけ現段階にあつてフェミニストであられる識者の方々にも御斟酌いただきたいことで、實質的平等をねらつた規定こそ望ましく、かくて初めて憲法のいわゆる本質的平等も完成されるのではないでしようか。英法の書物には、夫婦間の扶養に關してこういうようによう書かれております。夫は妻を扶養する義務がある云々、しかし妻の夫に對するものについては、これまた先刻ちよつと申し上げましたプーア・ロー上の義務だというものであります。つまり夫たるもの妻を扶養することは、その本懐とすべきところで、妻に食べさせてもらうことは、よくよくの場合でなければならないという考え方でありまして、ではこういう考え方の社會で、妻は奴隷的要扶養者的屈辱を受けておるかといえば決してそうではない。この邊のデリケートな夫と妻、男と女の社會生活におけるあり方を深く御配慮下さいまして、萬事婦人の本質的平等から割出していただきたいと、切に念ずる次第でございます。離婚の手續に關しては略します。
#33
○松永委員長 次は宮城縣の佐藤忠夫君より御意見の發表を願います。この方は反対の立場をとつておられます。
#34
○佐藤公述人 私は二十二歳の農村の青年であります。このたびの民法改正では、新憲法の基盤を個人の人格人權の尊重の點から言えば、いままでの長男にのみ財産の大部分を與える家督相續の制度は廃止さるべきでありますが、現在のままの農業形態では、家督相續廢止は絶対に反對であります。そういうことを前提としてお話申し上げたいと思います。
 今度の民法改正中の家督相續廢止の問題というのは、農村に對して非常な影響を與えております。しかし農村の人々はこの未曽有の改革に對しても、黙して語らずの態度をとつておるのであります。はなはだ遺憾であると思うのであります。ここに私は農村青年の代表者として、農村のありのままを御報告申し上げ、農村の主張も十分に御考慮おき願いたいと存じます。そして政府、都會、農村、お互いが譲り合つて、この畫期的な民法の改正を、あまりにも民衆の實情とかけ離れたものでなく、無理のない美しいものにしたい念願で一ぱいであります。
 次に私の青年團關係、農業の同志團體の關係などで調査いたしました家督相續廢止に對する農村の輿論をお傳えいたしたいと思います。山村に近い環境にある私の郷土の場合では、青年層の廢止に反對する者が九八%であります。殘りの二%は廢止は可であるけれども、未だ時期が早いという意見を有するものであります。壮年層、及び老年層は一〇〇%反對であります。次に漁村、福島縣相馬郡の濱通りの青年層の輿論では、廢止反對者が九九%の實情であります。婦人及び壮年、壮年層に至つては、全面的に反対意見を有しておるのであります。これらを總合してみますと、宮城縣、福島縣、ひいては東北一般の農村地方において、その九割九分までが反對の意見を有しておるのであります。なぜそれならば農村がこの家督相續というものに對し反對の意見を有するのでありましようか、家督相續が廢止されたあとにくるものとしては、財産の均分の相續が行われることになるのであります。それに對してさきに政府で發表されました案によりますと、農家の均分相續に對しては、一子にその農家の財産を一括して相續さして、その他の相續人に對しては借用書を出して、將來の農業經營によつて得た利益でそれを辯濟させる、そういう政府の案でありますが、これは農村の實情に副わないものであると思います。なぜでありましよう。今のように米の高い農村ならばこれは問題でないのでありますが、農村恐慌というものが來るということを豫想しなければならないときに、農村の經濟状況が、その他の相續人にそれを辯濟させる金というのは、どこからでるのでありましようか。農村の現在の農業經營の収益金では、農家の生活資金でぎりぎり一ぱいなのであります。それに對して相續人にその借用書に對する辯濟履行ということは、絶對にできないのではないかと思うのであります。これから推しても、家督相續を廢止することによつて起る農地の零細化という問題は、非常に農家にとつてむずかしい問題なのであります。しからば農家が家督相續を廢止して、すなわち戸主の専横のままだつた今までの家の權念を破壊して、よりより改善されたところの家を存續するにありましては、今の農業形態を根底から破壊しなければ、絶對にできないのではないかと思うのであります。民法は社會慣習を基盤として制定されるものであるにもかかわらず、現在の農村の生活の状態、相續の状態、それから農地の零細化の問題、こういうようなものも考慮されずに、ただ今の農村のレベルよりももつと低い三十年も前のレベルの法律を制定して、それを農村に強いるということは根本的に間違つているのではないでしようか。もし政府に今の家を破壊してもつとよりよい家を存續させるだけの意思あるならば、現在の農村をもつとよりよりデンマークの農村のごとく改善されんことに努力をしていただきたいのであります。そうでないならば、農村における家督相續の廢止ということは、絶對にできないのであります。農村のレベルを向上させ、農村の形態を改善して、そして家督相續というものを廢止するならば、美しい日本というものもできるのではないかと思うのであります。
 私の言わんとしたことは、要は農村の現在のレベルは非常に低い。日本の大部分を占める農村のそのレベルの低いのも顧みないで、ただ高尚な民法を制定しようということに絶對に反対であるということを表明するものであります。
#35
○松永委員長 次は東京都の小美濃清子君より御意見の發表をねがいます。この方は贊成の立場をとつておられます。
#36
○小美濃公述人 私は家督相續の廢止は當然のことと思つております。すでにこの家とか、戸主權あるいは家督相續權について、各方面から盛んに論議せられまして、この問題については廢止が當然の運命でもあり、また大勢でもあると考えておりましたところ、先ほどからの皆さんのお話や、あるいは委員長からのご報告にもありました通り、その反對論が非常に根強いことに改めて氣づきました、さらに私がこの家督相續は廢止さるべきものであるということに對して、もう一度その理由を檢討しますのも、あえて無駄なことではないと存じます。
 本日の課題といたしましては、家督相續廢止の可否ということが、中心問題となつておりますが、この家督相續とは、戸主たる身分の承繼でありまして、戸主たる地位はさらに家を前提としてのものでありまして、家の制度、あるいは家族制度そのものを檢討することによつて、この問題の結論も導き出されることと思います。家と申しますものは、申すまでもなく、この場合は法律上のいわゆる家でありまして、それは戸主權により統率された家族團體でありまして、これが戸籍簿上の單なる形式的な抽象的な存在であるということは、改めて今指摘するまでもないことであります。家族制度を存續すべしという論の出てくるのも、あるいはこの點に大いなる混同があるのではないかと考えられます。また戸主權というものは、家族に對して、その居住を指定し、あるいは養子、婚姻の縁組みに對して同意を與え、その他家にはいるとか家を去るとかいうような場合に、常に戸主の意思によることを必要としているのでありまして、かかる統制的な指導理念というものが、あるいはその戸主權というものが、沿革的に封建制の殘肴であるか否かという問題は別といたしまして、新時代の基調であります自由平等の原則に反することは申すまでもなく、また戸主権というものが現在何ら自主的なものではなく、權利のみが濫用されておつて、家督相續とともに全財産を長男一人に相續させる。先に生れたとか、男だとか、女だとかいう偶然な事情によつて、こういう不公平が起るということは、新憲法の精神から言つても改正されなければならないと考えるのであります。でありますから、從來の民法を貫いておりました家族制度的な色彩は、すべてにわたつて取除かれなければならないのであります。家族制度そのものも取除かなければならないのであります。家族制度そのものの存廢について、憲法は直接何ら觸れるところがない關係上、今まで濫用をうたわれた戸主の權力だけを奪つた家の單なる精神的中心としての戸主を存在せしめて、わが國特有の美風であるとされておる家族制度を殘そうとする論も出てくるのであると思います。この家が現實にどういう機能を營んでおるかということを檢討することによつて、さらにはつきりこの結論が出てくると考えます。家族制度を營んでおる現實の機能を考えてみましても、現在法律上においては、日本の國籍を有する者は必ず日本の家に属さなければならないとか、あるいは日本の家に属する者は日本の國籍を有するものでなければならないということが、國籍法や戸籍法に規定されておる以外に、法律上家を取扱つた規定はほかにないのであります。また社會的作用として家が營んでおるところを見ましても、たとえば人口調査をするにしても、あるいは配給制度とか、税金を課するとか、個々の問題を取上げてみても、それが個人に對するものであり、あるいは民法上のいわゆる家でなく、世帶を對象にしておることは事實でありまして、法律上の家は、まつたく形式的な戸籍簿上のものに取殘されておるのであります。また經濟的にも家産というものは認められず、戸主、家族という身分に関係なく、別産制をとつておるのであります。ただ生産團體としての機能は、原始的生産團體としてその價値が認められておるだけで、大部分の消費生活者にとつては、何ら意味がないのであります。
 以上家の機能的方面を見ましても、日本國家の構成単位として、その機能を発揮しておる面は、一つも存在しないと言えるのであります。要するに、民主主義の基本原理たる個人の尊厳と、男女の本質的平等という新憲法の精神からしましても、現實の機能的價値から申しましても、法律上これを認める必要がないと思うのであります。ゆえに家族制度を認めないとすれば、當然の歸結として、家督相續制度の廢止ということになるのであります。しかしこれの反對論として、農地の細分化とか、企業の零細化ということを理由に、根強い反對論があるのでございますが、こういう場合の救濟方法は別に特別法によつてするのが適當でありまして、こういう結果になるから家督相續は殘さなければいけないという理由は成り立たないのであります。また家制度が營んだ社會政策的作用を強調する方もありましよう。たとえば戰災によつて何百萬という罹災者が出ておりますが、とにかくこの罹災者を吸収してしまつたのは、ある程度家族制度の行つた重要な作用であると思います。しかしこういう作用は、いつまでも個人や親族に頼るべきでなく、當然これは國家が代らなければならない作用だと思います。要するに民法の改正の眼目は、統制的な家族制度の色彩の除去にあるばかりでなく、さらに進んで新憲法の精神を導入することであり、民法上いかに個人の人權とか、男女の自由平等等を定めても、わが國における家族制度の家庭生活の現實に根強く存在している封建的美風は、容易に改まるものでないことを強く感ずるのでありまして、それを取除くための自覺と、努力の方がより淳風美俗を殘すため重要なことだと思います。まして淳風美俗論そのものが、あるいは、懐古的な形式的な思想であつて、その背後に封建的思想を殘している場合は、さらにいかなる形にしても、家族制度的なものを殘すことは、非常に危険であると思います。また淳風美俗をたとえ維持するにしても、眞に個人が自由で平等な立場に立つて長幼序あり、あるいは夫婦相和するというそのときにおいてこそ、眞に家族的な倫理が包容されるのであつて、強制された淳風美俗は、眞の美徳でないと思います。そうしてこのためには民法をただそういうふうに規定するだけでなく、いろいろの社會制度、あるいは教育の力によつて眞に憲法の意思を生かし、また民法をも生かすようにしていただきたいと思います。またこういう立場に立つてさらに考えますと、特に今度の改正案において、まだ家族制度的色彩であると考えられるのは、八百九十七條に系譜、金具及び墳墓の相續を規定していることであります。こういうものは、子供一人だけに祖先のおまつりをさせるものでなく、また特に法律的に取上げるべきものでなく、道徳上の問題として任せるべきだと考えております。
 次に親族間の扶養の範圍につきまして、大體改正案に贊成でございますが、先ほどからもおつしやられましたように、依頼的な隷属關係を認めるという立場から、これは法律上なるべく狭く規定した方がよいと思います。そのほかは親族間の協議に任せるのが適當だろうと考えます。でありますから、不當に範圍を擴張される危險のある八百七十七條の二項は、ぜひ削除していただきたいと考えます。また婚姻の要件といたしまして、まず形式的な要件で特に届出主義というのが從來通り採用されておりますが、今まで内縁關係が派生したというおもな原因の大部分が家族制度というものを廢止することによつて除かれますから、やはりこの届出主義が適當だと考えます。またこの届出ということが非常にやつかいだから、それを怠るというようなことは、たとえば配給制度を考えてみましても、子供のためにミルク一カンもらいに行くのに、半日も一日も區役所に竝んだり、あるいは從來のように町會長や隣組長の印をもらつて行つた、それよりももつと簡單だと考えますから、この届出主義ということを普及させて、内部内縁関係というものをできるだけなくするように努めるのが妥當だと思います。
 次に夫婦財産制については、この今度定められました法定財産制に全面的に贊成いたします。そして從來名だけあつて實のないような制度が、實質的に進歩的な規定になつた上においては、契約財産制の餘地、あるいは契約財産制というものが婚姻届以前になされなければならないということを厳守するのでなかつたら、實效が少いと思いますから、この契約財産制の方は削除する方がよろしいかと考えます。
 それから離婚の要件としまして、法定原因が存した場合でも、場合によつては裁判所は離婚請求を棄却し得るという規定は、その當事者の意思、やむなく離婚を請求する人に、この死んだ婚姻の死亡診斷書が與えられないというような非常な不合理な結果になると思いますから、この規定は削除していただきたいと思います。以上簡單でありますが…。
#37
○松永委員長 次に滋賀縣の小林喜録君は御申出はあつたのですけれども、こちらの通知に對してお讀みになつたことと思いますけれども、缺席せられておりますから、御報告申し上げます。さらに東京都の米出精一君より御意見の發表をお願いいたします。この方も同様贊成の立場をとつておられます。
#38
○米山公述人 私に與えられました問題は、新憲法の基き將來改正さるべき民法のうち、特に親族、相續編の主要なる諸點でございますので、まず私の考え方の根本を申し上げ、繼いで各諸點に對し簡單なる結論を申し上げてみたいと思うのであります。
 このたびの民法改正は、さきに施行になりまた應急措置法にもありますように、個人の尊厳と兩性の本質的平等に立脚してなさねばならないことは申すまでもないことでありまして、このために今までの法上の家とか、戸主とか、家督相續制度などが廢止になつたのでありますけれども、これに對しては、私はおそらくその大部分はこの廢止に對して反對はない、こう思うのであります。ただ私が懸念いたしますことは、今までの封建的な家族制度だというものが、まだまだ國民の間に大きな根を張つておりますため、いかに民主的な法律ができましても、このような陋習を打破するどころか、かえつて新憲法の趣旨である人間解放という憲法の理念を離れ、反對に利己的な、がりがりな人間をつくりはしないかという心配でございます。特に終戰後の頽廢した世相を見ますときに、この感を深くするのでございます。しからば法律の上で妥協する方がよいかと考えてみますと、これはむろん憲法の建前に反することになりまして、絶對に不可でございます。法律の中でも民法、その民法のなかでも身分關係を規定しておりますところの親族、相續編は、決して輕々に開始できるものでもなし、また改正すべきではないと考えますがゆえに、あくまでも新憲法の指向します崇高なる理念を大膽に掲げることこそ、今後の新しい日本の將來のため、ぜひともやらねばならぬ急務だと思うものであります。そこで私は以上の新舊思想の對立を緩和する意味で、民法に附属します種々な特別法をもつてこれが調整をはかることが望ましい、こういうふうに考えておるものでございます。
 さて次に各論にはいりまして、家督相續の問題でありますが、これは家というものがなく、戸主がなければ廢止になるということは當然の歸結でございます。家督相續がなくなつて遺産相續一本になつて、一應先祖代々の縦の関係はなくなりましたけれども、墳墓とか祭具とかいつた家の象徴ともいうべきものは依然として殘存し、かつまた今なお直系卑属とか、卑属とかいう觀念もあります以上國民感情から言えば、從來の家とは違つて、新しい家の理念を法律上に殘したという氣持がいたすのでございます。そこで私は法律上の家はないにしても、事實上の家庭、ホームというものは、社會の最も重要な構成分子であります以上は、家庭を保護するという意味で、現在米國、スイス等で行われておりますところの家産制度、ホーム・ステッドというふうな制度を設けてはどうかと考えるものであります。この詳細は、それぞれ専門の方々の御研究に譲るといたしまして、たとえば均分相續に適しない農業用資産とか、土地、家屋などの不動産、それに中小工業者の零細な營業用資産などを家産として登録して分散を防ぎ家庭を永續性をはかることが、一面新憲法と矛盾するかのように見えますけれども、少くとも現在の段階においては必要ではないかと考えるものでございます。
 次に家庭内の秩序に關することでありますが、現在私どもが世帶主とか世帶員とかいう名稱を、公私とも使用いたしております。これはもちろん法律上の名稱ではありませんけれども、生活上非常に便利な名稱であります。この事實は、家庭――ここでは同居の夫婦とその未成年の子の一團を意味しますが、この家庭というものが人と人との集團であり、しかも一つの社會を形成しております以上、外部に對する代表者が必要であるということを裏書きしているものと思うのであります。從つて個人の尊厳と兩性の本質的平等に立脚します新憲法においても、これらは觀念は何ら矛盾する性質のものではありません。ゆえに家とか戸主權とかいう觀念が法律上なくなりました反面、かえつて家庭とか世帶とかの觀念、たとえば家庭法というような法律を明定することによつて、正しい民主的な家庭のあり方を指示いたしますことは、長い間封建的な家庭家族制度にはぐぐまれ、しかも民主的な教育になれていない現在の日本には、きわめて大切な措置ではないか、こういうふうに考えるものでございます。
 次に親族間の扶養の範圍でございますが、これは憲法第二十五條によりまして、すべて國民は健康で文化的な最低限度の生活を營む權利をもち、かつ國はこれを保障いたしております以上、できるだけ扶養の範圍を最小限度、つまり未成年の子と生活能力なき直系尊属程度に止めるのか、法の建前として適當であると考えます。もつともこれには國の社會的ないろいろな施設が完備しなければならぬということはもちろんでございます。
 續いて婚姻と離婚でありまするが、これはどちらもできるだけ自由に結婚したり、離婚したりできる制度が望ましいのであります。ただ戸籍をめぐつての籍の問題とか、扶養の問題とか、またまた財産をめぐつての問題は、將來制定されると聞いておりますところの家事審判所の制定に委ねるべきものだと存じます。離婚の問題に關連しまして、現行法では離婚や養子縁組の取消があります場合、離婚された者とか、養子でなくなつた者は舊姓をを名乗るということになつておりますけれども、これは從來の家の權念から生ずる考え方でありまして、便宜ではございますが、理論上納得がいきかねますので、ぜひともそのような場合は、新たに一家をつくるという解釋で、本人の自由意思によつていかなる姓を使用しもよい。こういうふうに改正をしていただきたいと希望しておるものでございます。
 次に遺留分についてでございますが、このたびの応急的措置では、全體として少し低くなつておりますけれども、これは故人の意思を尊重する建前から申しまして、むしろ全發して、遺言というものを法律が全面的に尊重するのが、立法上正しいと考えるのでございます。
 最後に一言申し上げたいことは、私が去る十六日衆議院より電報を頂戴しましてより昨日まで五日間、私の友人、知己竝びに商売關係の人々にまで、これらの問題に對して所見を頼みましたところが、殘念ながら私の期待に反し、相續問題とか、遺言の問題とか、こと財産に關係します點については、いずれも熱意のある囘答は得られなかつたのでございます。これは一友人の言によりますと、そういう問題には實感がもてないという話でございました。私はこの言を聞きまして、現在の勤勞大衆の生活に實態に觸れたという感を深くいたした次第でございます。どうか一日も早く國民大衆が遺産相續するとか遺言の問題を實感をもつえ考え得るような時代がきてほしいということを念願いたしまして、私の公述を終わりたいと思います。
#39
○松永委員長 最後に大阪府の眞木一雄君より御意見の發表を願います。この方は反對の態度をとつておられます。眞木君。
#40
○眞木公述人 私は家督相續廢止に對しまして反對の立場をとります。人權を尊重されている國民は、政治の認識及び教養が高まれば、家督相續を廢止しても、あるいは存續しても、民主主義の名をかりて、軍國主義あるいは超國家主義の魔の手が及ぶ。その點においてかのシーザーが、それがために、三百人の役人がアテナ市民に對して投票を獲得して、遂にシーザーは殺されました。同じ點によつてユダヤ人がキリストを殺しました。かのごとく、そういう手にかかりやすい人々によつて家督相續廢止に對して贊成をされるというような單なる、あるいは封建的な思想をもつて、それが民主的な理由に名をかられて、それの廢止を贊成するということは、私は慎重に考えなければならぬと思います。それに對して私は家督相續廢止に對して反對――この意見は今まで女の方でも大體七〇%、男子の方で三〇%、家督相續廢止に對して反對の方は百パーセント、これは何をもつて知るか。これが私はどういう方法でここへ記載されたかしりませんが、大體今までの意見を承りましても、大體戸主權の濫用とか、あるいは特権階級とか、そういうもので大體この贊成という意見が多かつたように伺われますが、戸主權あるいは特権階級、あるいは自由の束縛、これから解放へ、あるいは文化向上のためにそういうことがあげられまするならば、私は戸主權の權力行使範圍を縮小すればいいと思います。先ほど松波さんが、言われましたことく、家族は戸主の意に反して居所を定めることができない。あるいは婚姻届けに對しても父母の了解を求めねばならない。こういうようなことは、改正法律によつて改正されたとこと思いますが、さようなことで私はよいのじやないかと思つております。なお戸主權の概念として、今まではわが家の戸主が一國の國王、皇帝に似ているごとくであつたのを、大統領のような觀念であつたかどうかと思つているのでありますが、大統領だからといつて、何もその親族間において選擧をするわけではありません。それは親族間において戸主を立てるのであるからであります。またこの家督相續を廃止すれば傳統がなくなるのじやないかと思います。キリストはキリストの神話、日本は日本の傳統美風があります。戸主はその傳統を保持するために何も家族に對して封建的な壓迫を必要としないのであります。それが今では我田引水のごとく必要とする封建的思想が殘つているとか申されましたが、私はそういうようなことはないと思います。なお文化向上のために、あるいは道徳の高い國を建設するためには、あえて私もこれだけであるならば、ここに家督相續廢止に對して反對は唱えないのでありますが、いやしくも宗教にはおのおのその元祖以來その傳統があります。傳統を保持するために宗教が生まれたのではなくて、新しい宗教が生まれるから保持せざるを得ないのであります。
 そこで道義の高い國を形成するためにも、文化向上のためにも宗教を必要とするから、傳統を保持し、家督相續を廢止することには私は反對であります。これは單なる宗教と傳統を一つのテーマとしてとりたるにすぎないのでありますが、具体的なる條件は、まだ私は深く勉強しておりませんので、これまでといたしておきまして、なお婚姻の要件あるいは夫婦財産制その他のことは、男女同權の立場として、あるいは人權を尊重する意味において障害がある條項は削除したらよいのであると思います。以上でございます。
#41
○松永委員長 これにて公述人各位の御意見の御發表は終わりました。質問ありますか。――明禮輝三郎君。
#42
○明禮輝三郎君 いろいろたいへんよい御意見を承つたのでありますが、けさ私は電車の中である學生の方々がこの公聽會の話をいたしておりました。結局日本の今までの民俗として、法律は別として、何らかのものを殘していくというのが人間の本質であるということと、お墓とかまつりとかいうものは、やはりだれが相續人が――みんながやるというようなことではなく、だれか一人責任を負う者がなくちやならぬじやないかという議論と、もう一つは親をみるというのは、みんなでみるということは、なかなか兄弟大勢だからできぬ。だれかやはりみる人は一人きめてもらう方がお互いよいのじやないかというような議論をいたしているのを私は聽いたのでありますが、まずきようのお話をいただきました梶原さんにちよつとお伺いしたいのでありますが、家督相續を廢止した方がいいという御議論のようでありますが、その議論のもとは相續人として相續人のように育てあげられるということによつて拘束を受けるから、非常にそういう點が窮屈であつて困るというように承つたのでありますが、これを教育によつて補助していくということでありましたけれども、いずれにいたしましても、教育もよろしいが、道義も殘つておるのでありますから、道義によつていくのもいいのでありますが、道義というものだけではいけないのであつて、やはりそれの裏づけになる、今學生が話しておつたことを思い出して考えてみますと、やはり祭りをする者、家を續かせていく人間の本能があるというようなこと、だれかが親をみなければならぬのじやないかという點については、ある程度皆様一致するのじやないかと思うのでありますが、梶原さんはその點について、どういうお考えでいらしやいましようか、お尋ねいたしたいと思います。
#43
○梶原公述人 私が申し上げましたことに不十分の點がたくさんあつたために、ただいまのような御質疑も出たのだろうと思いまして、まことに申譯けないと思いますけれども、私の考えておりますことを、そのまま申さしていただきますと、私は祖先のまつりをする者がなくなつてしまうことを望む者ではもちろんなく、またそうあつてはいけないと思います。家督相續ということを廢止したから、祖先のまつりをする者がなくなるとか、相續人として育つがゆえに束縛を受ける云々というようことがありましたけれども、實際問題としまして、法によつてこうきめられたから、すぐに全部の人がその法の通りに財産分配を受けて、皆私もその責任はないんだ、あの人も責任はないんだというようになることは、私は實のところ不用意かもしれないですが、豫想さえしていないくらいで、もちろん祖先の祭祀といつたようなものは、今からもますますなされていかなければならないだろうと思います。それをやつていく上に、自分の立場から教育ということをたいへんに主張するわけですけれども、とにかく定められた法は生れたものであり、それを育てていくその育てて役に立てる一つの方法として、私は自分の立場から、運用面において、今からの教育及び教育者――教育者と言いましても、その直接當つている者以外に、家庭においても要するに母親があり、また社會的な教育、そういうもの全般を含めての意味ですけれども、そういうことによつて、新しい制度の上におけるところのいわゆる家と申しますか、祭祀というものがなくなつてしまつたり、またそれが捨てられて踏みにじられていくものでないと思つております。
#44
○明禮委員 今の問題にやはり關連しておるのですが、今日お話を受けた人、渡邊さんと立石さんと小美濃さん、このお三人さんはみな揃つて八百九十七條は家族制度の保持をしておるものだというような御意見に承つたのでありますが、私はこれは何とも申すわけでありませんけれども、今梶原さんに申し上げたように、家というもののまつりをすることをしないで、これをとつてのけてしまうということになりまするならば、一體どういうふうになるだろうかということ、いろいろなことを考えて、やはり家族制度ということにかかわらず、まつりをする人、あるいは親をみる人という、ある程度のものはなくてはならぬのじやないかというように考えるのでありますが、これもとつてのけていいということになりますと、さらに進んで家というものは、もうばらばらになつてもいいというところまで考えておられるのでありますか。その點これをとつてのければどうすればよろしいとお考えになつてお話になつたのでありましようか、承りたいのであります。御三人にどうぞ順々に明確に一つその點をお願いいたします。
#45
○渡邊公述人 ただいまのご質問にお答えいたします。つまり系譜などの相續を特別にああいうふうな形において一定の人が相續をしていく、そういうふうな規定のしかたが非常におかしいのではないか、こう申し上げたのでございまして、何も祖先のまつりを全然やめてしまえ、こういうふうに申し上げたのではございません。ですから一般の相續の原則によりまして、結局相續人が何人ももしありましたならば、お互いに話し合つて、そうして適當な人がそれらの點につきましても相續をし、おまつりなんかもしていく、こういうふうに解釋していつたらいいんじやないかと思います。
 それからもう一つは扶養のことでございますが、扶養の點につきましても、先ほどのお話では、何人もで一人の親を養うというわけにはいかないのではないか、こういうようなお話のようでありましたが、これらの點につきましても、財産は均分に相續をしておりますし、現在では親は子供が二、三人ありまして、あちこちにわかれております場合に、同時にあちらにもこちらにもおるというわけにはもちろんまいりませんですけれども、そこは適當に皆さんのご相談によりまして、皆で養うというのを原則にいたしまして、現實の問題といたしましては、きようは、一番上の子供の所におる、あるいはその次にはほかの子供の所におるということもできましようし、あるいはずつと一人の所にいて、その生活費というものを皆で分擔して出し合つていくということもできると思います。そういう場合、私の意見として非常に恐れますのは、系譜、祭具というようなものが特定の人に相続せられていく、そういうことにおきまして、今までの家族相續における特權とされていましたそれらのものが、同じ形において殘されていく。そこに今までの封建的な家族制度というものが、それを足がかり手がかりといたしまして、今後ともずつと温存されていくだろうということにおいて、非常に恐れるわけでありまして、何も現實の問題として全面的にそれを廢止をしてしまうというわけではございません。
#46
○明禮委員 議論するわけではございませんが、ちようと伺います。そうしますと、祭具などは兄弟が大勢でみんなで到るところぐるぐる持つてまわるのでありますか。それともみんなが同じようにこしらえることになるのでありましようか。それから親は京都、大阪、ハルピンと、こういるときに、きようは京都、あすは大阪といきますか。一月ずつまわりましようか。
#47
○渡邊公述人 それはお話合いできめられることではないでしようか。
#48
○明禮委員 それは實際の問題としては、そういう問題にぶつかります。そういうときであると考えますが、そういうときをあなた方は豫見しておられないでしようか。それから家のお墓なり累代のお墓、何々累代のお墓というような墓が殘つておつては、それもやはり封建的だから、墓はなくする必要はないでしようけれども、やはりそういうような先祖の墓のせわも、みんな共同でやるということは、まことに仲がよくてよいのでありますが、うまくいかないことが多いのではないか。實際そういうことはあなた方の立場から言われる女子解放運動とでもいいますか、本質的平等ということが大體通れば、そういうところまで、これを家族制度としていわれなくても、あるいはあなた方の腹の中はおさまるのではないかという氣持がいたしますが、いかがでありましようか。どういうところまでお考えになつておりますか。
#49
○渡邊公述人 結局それらの點につきましても、日本の民主革命というものが徹底的に行われるために、從來行われてまいりました家族制度を温存するおそれのあるという點が、一應全部拂拭されてしまうということを望むわけでございます。そういう意味ですから、實際問題として、ただいまのお話のような點につきましては、事實問題として、ただいまのお話のような點につきましては、事實話合いにおいて解決はつくはずだと思います。もしそういうふうになつた場合に解決がつかないということになりましたならば、あるいはそういうことを法律によつてたれかにむりやりに押しつけて、事實上はたとえば祖先のまつりにつきましても、やりもしないのに形の上においてだけ一人の人が祖先のまつりもやることになつているということ

になるのではないかと思います。これらの點につきまして、法律によつて今のような形において規定するということは、かえつておかしなことではないかというふうに考えるわけでございます。
#50
○明禮委員 このぐらいのところであなたのはよろしゆうございましよう。いろいろ矛盾しやしないかとは考えております。
#51
○立石公述人 渡邊さんと全然同じです。
#52
○明禮委員 同じようなことでも、皆さんにいろいろ聽いてみたいので、言うていただけませんか。あともう一人の小美濃さんも同じですか。
#53
○小美濃公述人 同じですけれでも、私は法律で強制しないでも、するのだから、強制をするからするという問題じやないと思います。
#54
○明禮委員 道徳的というわけですな。
#55
○小美濃公述人 強制する必要はないと思います。
#56
○明禮委員 このぐらいでよろしゆうございます。
#57
○池谷委員 杉山俊夫さんにちよつとお伺いしたいのですが、進歩的な學生について輿論調査したところが、家督相續廢止に對する贊成が四五%、反對が二八%ですか、あつたという話ですけれども、同じく學生と申しましても、その學校の種類等によつて進歩性の度合が違うじやなかと思つております。農學校の生徒、師範學校の生徒、高等學校の生徒というように、全般的にやつたわけではないでしよう、特定の師範學校なら師範學校にやつたのではないか、またこれは輿論調査した人數によつても違うと思います。あるいは三百の學生、五百の學生、千人の學生に對して調査をすることによつて、そのパーセンテージも違つてくるじやないかと思いますが、その邊いかがでありますか。さよつとお伺いします。
#58
○杉山公述人 調査の時日がございませんために、私は自分の奉職しております師範學校の最上級生、いわゆる三年生を四百五十名、四百四十何名かでありますが、その程度で調査いたしました。男女は半々くらいの割合でございます。年齢は二十二歳あるいは二十三歳になつておるのもあります。その場合家というものを廢止するのに反對が四五%となつております。
 それからそのほかの調査は、私の住んでおります静岡縣清水市の村松區であります。調査人員は約二百二十名ばかりでございます。職業別によりますと、大體農業が三○%ぐらい、あとはいわゆる中小商工業、そのほかは幾分自由業というようなものを含んでおると思つております。それは大體戸主のような形をとつておるような方が多かつたのでありますが、その場合は大體反對が九二%というような結果になつております。
#59
○池谷委員 佐藤忠夫さんに伺いたいのですが、佐藤忠夫さんの先ほどの御發表によりますと、家の廢止に對して反對が九〇%、九九%、場合によつては一〇〇%であると言われますが、これらに關しては、法律上の家の廢止と事實上の廢止とを盡然と意識しての上でありましようか。その邊について調査される方で十分の理解がなされておらなかつたではないでしようかという點と、どれだけの人數に對してなされたかという點だけをひとつ簡單にお伺いいたします。
#60
○佐藤公述人 私の調査しました團體は青年團、自分の主宰する農業同士團體の構成員であつたのであります。それから老人層については、一般の人々を對象にしてやつたのであります。青年團關係の家を廢止するという觀念は、家そのものを廢止するのでなくして、家督相續の惡い點を改正して、家督相續を廢止するのに反對でありました。老人層及び婦人層の調査の對象は、今までの家そのものを全部含んだ廢止というのに反對の調査であります。
#61
○石井委員 長野縣の禰津さん佐藤さんは二人とも農業關係の方でありますが、今度家の廢止、特に家督相續の廢止によつて農業資産が細分化されるという御議論でありますが、農業資産に對しては相續の特例法が出て、その點については防止する考えが十分練つてありまして、現に法案が出ております、その邊御存じだつたのですか。
#62
○佐藤公述人 農地の細分を防止するという政府案は見たのでありますが、それによりますと、ひとまず農地の相續を一人の人に全部相續させて、それを他の相續人に、たとえば一町歩の田があるとする、そこに五人の兄弟があるその場合に、均分相續からいえば大體二段ずつにわかれるわけでありますが、一町歩全部を農業經營に當る人にひとまず全部相續させて、他の相續人に對しては二段分に相當する金額を借用書として出すというのが政府案じやなかつたのでしようか。それに對してその政府案では、今までの農業經營でいつた農家經濟では、その借用書を出したものを辨濟する能力がないのではないかと言つたのであります。それでありますから、そこに農村を根底から建直すところの強力な施策のない限り、そんな小手先の解決策ではだめなのではないか、こう言つたのであります。
#63
○石井委員 その點佐藤さんや禰津さんが、農村の財産が非常に細分化され、またただいま申されたように相續分の中から弟や何かにわけるようになつて、農業經營ができなくなる、かような點についての御心配から、家督相續の廢止ということについて反對であるという御意見が出たのだとすると、その點については農業資産相續特例について十分に心配のないような方法は講ぜられると思うのであります。御安心願いたいと思います。
 なお、一點農村の方に伺いたいのですが、そういう場合にだれにその農業經營のあとを繼がせるかというようなことについて、御研究なさつておりましたら、お聽かせください。親父さんの勝手に繼がせるというのでなく、どういうふうな人にその農業の繼營を繼がせるように、皆さん御考慮なさつているのかどうか、もし御考慮なさつておつたらお伺いしたいと思います。
#64
○禰津公述人 ただいまのご質問はだれがあとを繼ぐかということですが、村の人の意見では最適任者、とにかく女でも男でも最も農業に適するものをやつたらいいじやないかというような意見であります。
 それから先ほど私が家督相續廢止を反對した理由は、農業の經營から反對したと今言われましたが、私はその點はそういつた打算的なものではなくして、家を愛するという愛によつて、國も世界も全部が仲良く暮していけるのであるから、愛の力を強調したのでありまして、決して農業の經營という方面から反對したのではなかつたのであります。
#65
○松永委員長 これにて質疑は終了いたしました。家督相續廢止の可否の問題を中心としつつ、親族間の扶養の範圍、婚姻の要件、夫婦財産制、離婚の手續等について、それぞれ職業的な立場から、あるいは女性の立場から、おのおの貴重なる御意見を活發にかつ御熱心にお述べいただきましたことは、本委員會といたしまして、今後の民法審議の上に多大の参考となつたものと思います。お暑い折柄午前、午後の長時間にわたつてご苦勞様でございました、厚く御禮申し上げます。公聽會はこれにて終了いたしました。
 本日はこれにて散會いたします。
   午後四時七分散會

ソース: 国立国会図書館
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