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1965/12/10 第50回国会 参議院 参議院会議録情報 第050回国会 本会議 第13号
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1965/12/10 第50回国会 参議院

参議院会議録情報 第050回国会 本会議 第13号

#1
第050回国会 本会議 第13号
昭和四十年十二月十日(金曜日)
   午前十一時十三分開議
    ━━━━━━━━━━━━━
#2
○議事日程 第十四号
  昭和四十年十二月十日
   午前零時十分開議
 第一 副議長不信任決議案(鈴木強君外四名発
  議)(前会の続)
 第二 日本国と大韓民国との間の基本関係に関
  する条約等の締結について承認を求めるの件
  (衆議院送付)(前会の続)
 第三 日本国と大韓民国との間の漁業に関する
  協定の実施に伴う同協定第一条1の漁業に関
  する水域の設定に関する法律案(内閣提出、
  衆議院送付)(前会の続)
 第四 財産及び請求権に関する問題の解決並び
  に経済協力に関する日本国と大韓民国との間
  の協定第二条の実施に伴う大韓民国等の財産
  権に対する措置に関する法律案(内閣提出、
  衆議院送付)(前会の続)
 第五 日本国に居住する大韓民国国民の法的地
  位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間
  の協定の実施に伴う出入国管理特別法案(内
  閣提出、衆議院送付)(前会の続)
    ━━━━━━━━━━━━━
○本日の会議に付した案件
 一、日程第一 副議長不信任決議案(鈴木強君
  外四名発議)(前会の続)
     ―――――・―――――
#3
○議長(重宗雄三君) これより本日の会議を開きます。
 日程第一、副議長不信任決議案(鈴木強君外四名発議)(前会の続)を議題といたします。
 質疑の通告がございます。順次発言を許します。相澤重明君。
   〔相澤重明君登壇、拍手〕
#4
○相澤重明君 どうも皆さん、おはようございます。(拍手、笑声)けさは、皆さんのお顔を見ますと、たいへん元気なお顔を拝見いたしまして、喜んでいるのでありますが、たまたま私は、いま議長さんから御紹介いただきましたように、まことに残念なことに、副議長河野謙三君の不信任決議案の提案者たる鈴木強君、岡三郎君、北村暢君、森中守義君、松永忠二君等に対して御質問を申し上げなければならぬということは、まことに残念なことであります。
 皆さんも御承知のように、河野謙三君は、私と郷土が一緒でありまして、神奈川県であります。昨日も鈴木強君が、参議院要覧を御紹介になりました。私は、土地が同じだけに、なお実は詳しいのでございまして、河野君のおうちも農家でございますし、私のうちも農家でございますし、政党的には、お互いに昔の政友会だったのでありまして、たいへん困った存在なんであります。たまたま、私は弟でございまして、よそへ出ました。河野君のほうも、御承知のように、謙三君は弟でございまして、兄の長男というのは一郎という名前をつけまして、河野一郎さんとおっしゃって、これは、政界の中では皆さんも御承知のとおりであります。そういう最も地理的には近いところでございまして、私は、神奈川県の鎌倉郡と、昔、申しました、鎌倉幕府のあったところであります。河野君は足柄下郡、いまで申し上げますと小田原市と、とうなっております。しかし、これは日本で申し上げますと、まず、勤勉に働く人の最も代表的な方がお生まれになった、二宮尊徳先生のところなんでございます。でありますから、本来ならば、非常にりっぱな模範的な人物が大ぜい出るのでありまして、私どもは実は誇りにいたしておるのであります。たまたま今回は、どうしたことか、河野謙三君が副議長になって幾ばくもたたずに、ここに不信任決議をされるなんということは、ほんとうに同じ土地の者といたしまして、さびしい限りでございます。ましてや、河野君は、政治的にも年齢的にも私の先輩でございます。よき郷土の先輩に関して、私が提案者に、そんなに悪いことをしたのかと聞かなきゃならぬ、この身のつらさ。(「わかる、わかる」と呼ぶ者あり、笑声)これは私は、たいへんなことであります。まことに残念であります。痛恨にたえない次第であります。(笑声)しかしながら、個人的な問題といたしましては、最も友好的な立場でございますが、公的の立場では、これは、いかんともしがたいのでございまして、悪いことは悪い、よいことはよい、違いは違いとして、特に不信任を受けなければならぬようなことを私も若干お尋ねをして、どうしてもいけないなら、これは、やはり斬るべし。鎌倉幕府以来、そういうことにきめておるのであります。どうぞ、そういう点で、提案者の各位に対しまして、若干ではございますが、御質問を申し上げますので、お答えをちょうだいいたしたいのであります。
 まず私は、本日の、副議長河野謙三君を信任されないという社会党の皆さんの御提案に対して、――その前に、実は私、先日「東洋経済新報」の座談会がございまして、元総理大臣の石橋湛山先生、評論家の藤原君、あるいは総評の太田薫君等と同席をいたしました。総理大臣をわずかの期間でおやめになった石橋湛山元老が、どういうふうな姿でお見えになるだろうか、おじょうぶになって、そうして元気に政界のことも御心配をされながら、よき指導をされることを念願して、実はその席に出席をいたしました。同席をいたしましたところ、石橋湛山先生たいへんお元気になりました。しかし、まだ少しここが十分でございません。そこで、物を食べるときも、まだ少し、よだれかけをかけないと、こぼれちゃう。そういうことで、いま少しじょうぶになってほしいと思うのでありますが、このときに私は、大先輩の先生でございますから、「先生、おからだはいかがでございますか」「だいぶよくなりました。しかし、近ごろの国会は少しどうも、ぼくはおかしいと思うよ」と、これは石橋湛山先生のお話なんです。ちょうど私が、皆さんの満場一致の御推薦で、実は第四十九国会で、国有財産に関する小委員会の委員長をさしてもらったあとでございましたから、「国有財産という問題は、どうもあれはけしからんな、相澤君しっかりやりなさいよ」、こういうお話でございました。それはそれといたしまして、「最近の国会における佐藤内閣は、なぜあの日韓問題をあんなに急がなければいけないのだろう、ぼくなら、あんなに急がないよ」というのが、実は石橋湛山先生のお話だった。私は、前の陸軍大将のむすこさんの徳馬さんが出したこともよく知っておりますが、いずれにしても、元総理大臣の御経験者、御生存されておる方はごく少ないのでございます。その中で、少しおからだが弱いとは申しながら、お脳のほうはたいへん発達している石橋先生が、「なぜ佐藤内閣はこういう無理をするのだろう、もっと国民の声を聞いてからでもおそくはないじゃないか」というような御発言をされて、やっぱり私はよい先輩を持ったと、実はたいへん喜んだ。
 そのときに、インドネシアの国内紛争等の問題が起きましたときに、この評論家の諸君や新聞報道関係の人たちが――実は向こうの現地から日本に照会があったわけです。ところが、その日本の外務省は、実際にスカルノ大統領のあの当時の状況というものは全然日本の外務省に入っていない。いわゆる出先のほうから照会した。外人の話を聞かなければ、一体どういうことが外国で起きているかということがわからなかったと、こういうのであります。これでは、日本の国の、いわゆる諸外国と仲よくおつき合いをし、あるいは諸情勢を知る上において、たいへん大事なことが一つ欠けてはいないか、いまの外務省には。こういうことを、実はその席においでになった皆さんがみんな言われた。そして、業界の安西社長なんかから中共の経済の話もいろいろされました。その東洋経済新報社の座談会で各先輩の皆さんからお話をいただいたときに、やっぱり私どもは、もっとお互いに、政治の土俵というものについては、意見の交換ができる話し合いの場というものがあってしかるべきじゃないか。何も、佐藤内閣も鬼ではないだろうし、社会党もそう年じゅう笑ってばかりおられません、たまに怒こることがあるけれども、怒こることばかりが能じゃないので、やっぱり一つの土俵の中において、そういう国際社会の中にいく問題については、話し合いの余地があるのじゃないだろうか。こういう点について、いま少し無理をしないで、そうしてやる。やはり日本は、諸外国の中に出て行くのに、さすが東洋の中では、だれかがおっしゃった、いい国だ、私どもも、いい国にしたい、こういう責任があるのではないかと思うので、そういう点で、これはたまたま先輩の石橋湛山先生と同席したことを御紹介申し上げて、次に順次入っていきたいと思うのであります。
 私は、この副議長河野謙三君が、なぜ不信任をされなければいけないのかということの御提案の趣旨を聞いておりますと、議長の補佐を十分できなかった、こういう点も含まれておったようであります。この重宗議長は、昨晩とにかく不信任決議案が否決をされたのでありますから、きょうは晴れ晴れしくおすわりになっておりますが、(笑声)やはり、重宗議長の補佐が十分できなかったということは、これは国会法上からいきますと、やはり二十一条にきめられたことが十分できなかったのだろうか。こういう点、いま少し、なぜこの重宗議長を十分補佐できなかったのかという点を、鈴木強君等にひとつお聞かせをいただきたいのであります。
 今回の日韓条約批准ということは、確かにこの臨時国会を持たれる前からも、それぞれの党、あるいはまた社会的にも議論をされたことでありますが、やはり国会でこの案件の内容というものを明らかにしてもらいたいというのが、国民各位の期待であったと思います。しかるに、衆議院における段階では、全く問答無用的なこの国会運営のやり方というものは、国民はだれでも、これじゃいけない、これじゃいけないから、せめて、あと残っている二院制の中の一つの参議院の段階で、もっと内容を徹底的に、お互いに与党であれ、野党であれ、ひとつ審議をして明らかにしてくれ、そういうことを十分尽くすならば、まあ国民としては、日韓案件なるものにあるいは賛成をするかもしれんし、あるいは反対をするかもしれん。だから、そういうふうなことが行なわれて、徹底的にやったその結果、なるべく早い機会に、ああいう衆議院は早く解散して、信を国民に問え、これが私は、いわゆる国民各位の実は思っていることではなかったか。また、報道関係も、そういうふうに伝えておったと思うのであります。それを、私どもは選良であり、いわゆる国民各位から、一定の期間選挙運動をやって、投票されて出てきたのだから、なに、赤じゅうたんの上に来て、この「いす」にすわってしまえば、外はどんなにあらしが吹こうと、あるいは食えない者が大ぜいおろうと、中には、なくなった池田さんが失言をした、二人や三人が死んだって――こういうことでは済まされない。したがって、国会というものは、国民とともに行く。そのいわゆる内容を十分に明らかにしなければなりませんので、私は参議院の良識を信じつつ、今回も最後まで、いわゆる問題の内容を究明をしてもらう、こういうことにしていただきたいと思っておったのでありますが、先ほど鈴木強君の提案の御説明を聞きますと、やはり、参議院においても、また衆議院を上回るような、どうも国民に納得のいかない点があった。それは、いわゆる日韓案件というものをあまりにも成立を急ぐこと、いま一つは、自由民主党の諸君が、あまりにも、いわゆる平清盛ではないけれども、自分たちがやはり権力を持っているということと、その「そで」の下によろいをちらつかせておって、権力の乱用を幾らでもできるぞというような、力の上に、人民を、まあ国民を、少数野党を、あるいはまあ野党五派を、なんというような考えでおったら、これはたいへんな誤りだ。こういう点で、私は、その自由民主党の諸君の御推薦で参議院の副議長に選ばれた河野君が、議長を補佐するのに十分でなかったのかどうか、この点はひとつ鈴木君にお尋ねをしたいと思う。
 それから、私は、特に、なぜ河野君がそういう点について――私はもっと力があると、こう信じておったんであります。ということは、御承知のように、河野謙三君は、おにいさんの河野一郎さんが追放をされたときに、神奈川県第三区から衆議院に立候補されました。もちろん、おにいさんのあとではございますが、追放中の期間当選をいたしました。しかし、おにいさんが追放解除されるというと、今度はおにいさんにその場は譲らなければなりませんでした。これはまことに兄弟のうるわしい美談なんです。(笑声)それで、おにいさんが帰ってくると衆議院に出ていただきまして、そのあと、今度は、まさか同じところで衆議院に立つわけにいかないので、参議院に回りました。地方区に回ったんです。ここで私ども参議院――現在は緑風会という名前はございませんが、緑風会に実は所属をされて、私ども神奈川県では、たいへん自民党の皆さんに、まあお聞きづらい点がございますが、一時ですね、自民党の参議院議員は一人もおらなかった期間がございます。私ども社会党が三人と、緑風会が一人ということでありました。しかし、それじゃいけないということで、おにいさんが、どうもわしが自民党におるのに、謙三が、おまえがどうも無所属あるいは緑風会じゃ困る、こういうことで、御承知のように、自民党に入党されたんでございます。私も、実はその点はたいへんきょうだいの美談ではあるし、まあやはりこれは必要だと、こう思ったんでございますが、緑風会に所属したときには、参議院の良識の府、これをいわゆる代表する、いわゆる中立性を強調されたのは実は緑風会の皆さんでした。そこに籍を置いたくらいでございますから、河野君は、たとえ自民党にお入りになられても、決して党のいわゆる片寄ったことには自分は従わないと、常日ごろよく――これはまさか皆さんの中ではおっしゃらないかもしらぬけれども、私はあまりにも親しいものですから、「相澤君、決してそういう私は無理なことはしないのだ」――ましてや、議長、副議長という立場に立てば、院の運営をする大事なかなめでございますので、よもや私は、自民党の党利党略におぼれるなんということは、これはだれだって考えないと思うのであります。しかし、鈴木強君は、河野君が議長を補佐するのに自分がそういう思想の持ち主であったということをお聞きになっておったかどうか、これはひとつお聞かせをいただきたいと思うのでございます。
 私は、衆議院から送付されて本院に本件が移りまして、そしてこの十一月の十三日の本会議の際に、おそらく、重宗議長さんが、ここに――うしろにいる議長さんが、議長席に着くんだと思っておったんです。私ども社会党は、お互いによく話し合ってから本会議を開こうじゃないかというのですから、入りませんでした。しかし、あとでそのときのお話を聞いてみますと、何か河野副議長が議長席に着いて本会議を主宰されたようでありますが、鈴木強君、そういうことだったんでしょうか。あるいはまた、その後もそういうようなことがおありだったかどうか。これはやはり重宗議長のおからだの御都合もあったかもしれませんが、しかし、大体衆議院から送付をされてきて、議長の御健康の御状態がおよろしければ――だいぶこれはむずかしいのでありますが、副議長が無理に議長席におすわりにならなくても、まあ議会運営はできたと私は思うのであります。議長はそっちへ行っておれと、それは、わしが出て、反対があろうと何があろうと、ひとつ議長の職権でやってみせる、こういう意気込みで、河野謙三君は、副議長でありながら議長席に着いて、いわゆる職権による本院の運営を行なったのかどうか。こういう点、きわめて重大でございますし、このことは私どもの代ばかりでなくて、場合によりますと、子供、孫の代まで伝えなければならぬ、いや、伝わるかもしれません。そういう意味で、郷土の者といたしまして心配をいたしますので、ひとつよくお聞かせをいただきたいと思うのであります。
 次に、河野謙三君は、まあ、人柄と申し上げましてはたいへん恐縮でありますが、りっぱな方でありまして、私ども尊敬しております。そのために、もうたいへんなお仕事もたくさん持っております。特に河野君は、おにいさんの、なくなった河野一郎さんが農林関係にきわめて熱心な実力者でございましたし、弟の謙三さんも農業問題についてはずいぶん御研究をされまして、あの米俵の問題についても、あれはずいぶん河野君の力があずかったと私は思うのです。そういう点は知る人ぞ知る、知らない者は、これからよく覚えておいてもらいたいと思うのでありますが、そういう意味で、関係は農業関係がたいへん多い。大日本人造肥料株式会社、肥料会社、肥料配給公団、肥料取締委員会の委員、農林水産の委員なんという、ずいぶん専門的とも言われるべき立場で、御熱意のほどをこの期間に実は発表されております。実はたいへんそういう点では貢献も大であったと思うのでありますが、また一面、先日から政府の御提案なり、あるいはまた、私ども社会党の代表者の特別委員会等における質問を通じましてお話を伺っておりますというと、韓国もわが国と同様、農業問題はたいへん関係が多いようでございます。まあ、私も先日、決算委員会の現地調査で山口県等に参りました。これは議長さんの、あるいはまた佐藤総理大臣の御出身地でもあるやに伺っているのでございますが、この山口県におきましても……
#5
○議長(重宗雄三君) 相澤君、時間が超過しております。簡単に願います。
#6
○相澤重明君(続) 出漁問題、李ラインのこの水域の問題が出てまいりましたが、魚とかノリとかという問題は、やはり農林関係にたいへん影響があるようでございます。関係が深いようでございます。また、そういう会社にやはり非常に問題があるようでございます。そういう点で河野先生の――いや、やはり先輩ですから先生です。――この副議長河野謙三先生は、こういういろいろな会社がございますが、そういうところに関係があったのでしょうか、ないのでしょうか。これはよくわかりませんので、ひとつ鈴木強君、お調べになっておったならばお答えをいただきたい。まあ、この問題は……
#7
○議長(重宗雄三君) 相澤君、簡単に願います。
#8
○相澤重明君(続) いわゆる中央、地方を通じまして韓国に経済援助の名によるたくさんの日本の国民の税金が行くのでありますから、それはどういうところに使われ、どういうふうになるのだということが、これはやはり各界にわたり御説明があってもしかるべきだ。場合によりますと、いま韓国じゃ戦争のことでたいへん苦労しているようでありますから、宝石なんかは、これは高いように聞くのでありますが、そういうものも、これはたまには回っていくのじゃないかという気がするのですが、そういうようなものは、はたしていま商売上どうなっているのか、そういうようなこともひとつ、文化面の問題も含んで特にあとでお尋ねをしたいと思いますから、松永君に御用意を願っておきたいのでありますが、まあひとつ、鈴木君にそういう点については、この日韓条約の問題と、そして韓国の農林水産界をはじめ業界における諸問題についてどうなるかということも、これは農林水産関係については、北村暢君にもひとつ一緒にお答えをいただきたいと思うのであります。
 次に私は、このいわゆる日韓問題について……
#9
○議長(重宗雄三君) 相澤君、簡単に願います。
#10
○相澤重明君(続) 特に、河野謙三君が議長の補佐を十分できなかった。議長は元気でありますから、たびたび何か叫んでいるようでありますが、私は、河野君と一緒に選挙をやられた岡三郎君にお尋ねしたいと思うのであります。あなたは、この間選挙には河野君と一緒にやったのでありますが、たいへんたくさん票を取って、どちらが上だったか。岡さんが上だったような気がするのですが、どういうところで河野さんと違ったのか、これはひとつお尋ねをしなければならぬと思うのでありますが……
#11
○議長(重宗雄三君) 相澤君、簡単に願います。
#12
○相澤重明君(続) この河野さんは、実はなくなった河野一郎さんが非常に実力者でございまして…
#13
○議長(重宗雄三君) 簡単に願います。
#14
○相澤重明君(続) 皆さんがそうお話になるけれども、河野先生というのは偉い人なんですよ。私ども神奈川県の者としては、やっぱり政界の中では河野一郎さんのような実力者が必要だと、こう言っているのですが、実は中央政界の仕事が多いために、弟の謙三さんが地元を回るのが多いわけです。どこへ行ってもよく謙ちゃんと一緒になるわけであります。ところで、この謙ちゃんがよく回るから、実は、兄貴のことは弟がやると、こう言って、地元ではたいへん評判がよい。しかし、その評判がよいというのは、人によると、あれは要領がよい、こういうことも言っておるのでありますが、そんなことが、岡さん、あるのかどうか。
 さらに、岡三郎君に尋ねたいのは、神奈川県には基地問題が非常に多い。厚木の基地とか――横須賀の基地をはじめとして、たくさんあって、ときどきこの日韓問題で話が進むと、ベトナム戦争に行った飛行機が日本に来るんじゃないか、韓国の兵隊がベトナムへ行ってるんじゃないか、それがまた、今度は、けがをしたりあるいは保養をするのに日本へ来なきゃいけないんじゃないか。こういうことで、神奈川県あるいは東京に野戦病院をつくって、そうしてこのアメリカの軍隊をはじめとして韓国の兵隊まで日本で病気をなおさせよう、保養させようというような話がある、ということを私は聞くのでありますが、基地をかかえた神奈川県の社会党の責任者として、岡三郎君、そういう話はあるんですか。ベトナムの問題と同様に、神奈川県民はたいへん心配をしているのであります。
#15
○議長(重宗雄三君) 簡単に願います。
#16
○相澤重明君(続) 特に、今日のベトコンの問題については、アメリカでは大体現在は二十万人ぐらいの兵隊をつぎ込んでいるようでありますが、ベトコンの攻撃が盛んで、これじゃとてもたまらぬ。したがって三十万、四十万に来年はふやさなきゃいかぬ。あるいは、横須賀における第七艦隊に、原子力空母エンタープライズ号あるいは駆逐艦ベーンブリッジ号等を配属強化する。それだけじゃ足りない。来年は原子力巡洋艦ロングビーチ号あるいはフリゲート艦のトラックストン号等を増強すると、こう言っている。というと、これはまさに物情騒然としてくるんじゃないか。こういう点で、韓国問題というものは決してベトナム戦争の問題と切り離すことはできない。こういうことも、われわれ基地をかかえているところから選出されている神奈川県の者としては、非常に心配するのでございまして、特にその神奈川県から選ばれている河野謙三副議長であります。その副議長が、国会において議長の補佐が十分でなくて不信任を受けるということになると、基地問題についてやはり一生懸命にやっておったと私は思うのですが、岡さん、河野副議長はどんなに基地問題について熱心でございましたのでしょうか、これもひとつお聞かせをいただきたいと思うのであります。
 次に、私は、提出者が何しろ五人でございますから、私としては、やはり五人の方にそれぞれお伺いをいたします。
 北村暢君に先ほど、韓国のノリの問題やら魚の問題のお話を承りたいということを申し上げたのでありますが、一体、韓国の休戦ライン、あの休戦ライン以北の領海の権利は、どういう国に、どうなっているのでしょうか。私は、佐藤総理の出身地山口県は目前にあるところでございますから、九州、中国等の各県の皆さんはたいへん御心配されると思うのであります。したがいまして、漁業関係者の今日までの御苦労に対して、政府も若干の問題をお考えになっておるようでございますが、補償問題あるいは竹島問題、あるいはそうした出漁等の問題については、きわめて多くの問題を常に私ども訴えられておりましたので、私はお尋ねをしておきたいと思うのであります。
#17
○議長(重宗雄三君) 簡単に願います。
#18
○相澤重明君(続) また、同時に、こういうこの条約等関係案件が国会で御承認をいただくと、批准が行なわれるのでありますが、昨年たしか衆議院の段階におきまして、日本の商社から、たとえば自動車が韓国にたいへん多く輸出されている、こういうようなお話もあったのでございますが、そういう肥料関係、米の関係、自動車の関係等について、輸出問題というものはどうなるのか、あるいはまた、向こうに、これに対するところの合弁会社等をつくられるのか、日本の労働者が行くのか、向こうから来るのか、こういうような点についても、北村君等にひとつお答えをいただきたいと思うのであります。
 その次に、松永忠二君には、これは何しろ、あなたが将来を背負う子供を教える立場においでになった方でありますから、専門的な立場でお答えをいただきたいのでありますが、教育というものはなかなか大事だと思うのであります。しかも、今日の時点において、将来の私どもの国を背負って立つ子供の教育を、よかれとお教えをいただくのが学校の先生方です。したがって、これは私どもの祖先のことも十分お考えになり、歴史的な点も十分御相談をいただいて、お教えをいただいていることだと思うのでありますが、今回、この文化協定なるものができたようでございます。それは、すでに韓国の重要文化財を百何十種目かお返しになったようでありますが、そのお返しになったものはどうなっているのか。これからまた、協定をされてやろうとするものはどういうものなのか、ひとつお聞かせをいただきたいのでありますが、私は実は、先日、日本書紀だったと思うのでありますが、室町時代に、韓国――いまの朝鮮半島でございますね。
#19
○議長(重宗雄三君) 簡単に願います。
#20
○相澤重明君(続) あすこから王子様が日本においでになりました。その王子様は……
#21
○議長(重宗雄三君) 相澤君、簡単に願います。
#22
○相澤重明君(続) 日本にまいりまして、大内家をたてたと言われるのであります。つまり、大内将軍は韓国の王子であったと、こう言われるのであります。これはしかし真偽のほどはよくわかりません。けれども、この足利幕府等を通じまして、大内家の勢力はだんだん、だんだん中央――京都、奈良から西にまいりまして、そうしてその主体は山口県にまいったようであります。私は、この山口県の大内家の系統が建てたと言われるあの五重の塔、実にりっぱなものである……
#23
○議長(重宗雄三君) 相澤君、発言は認められた範囲を越えないよう御注意願います。
#24
○相澤重明君(続) と言われる、ああいうものまで請求権として――いわゆる文化財として二つ以上とか三つ以上というように同類のものがあれば、何も無理に返してもらわなくてもいいというような話があったようでありますが、たまたまそれが一つしかない、国際的にもそうである。あるいは日本書紀、あるいは風土記、そういうことはわかりませんが、そういうところのいにしえの、古代文化のものが返還を求められることはあり得るでしょうか。これは松永さんにひとつお答えをいただきたいと思うのであります。私は、その他、財宝による自己の地位補償問題、そういうようなことを要求された場合にはどうするのかというような点も、ひとつあわせて松永忠二君にお答えをいただきたいと思います。
 最後に、たいへん時間を――そんなにとったつもりではございませんが、何しろたまにしゃべるのでございますから、お許しをいただきまして……。
#25
○議長(重宗雄三君) それはいけません。
#26
○相澤重明君(続) それはいかんと言っても、ずいぶん急いでいるのですよ、これは。最後に森中守義君にお尋ねをいたします。
 外交問題はきわめてむずかしいということは先ほども、私、申し上げました。スカルノ大統領のときのことが日本の外務省によくわかっていなかった。あるいは先日の中国の国連加盟の問題のあの重要指定事項のときにも、一体、あんなに同じようなことになると、だれが――日本の外務省が考えていたか。いや、絶対間違いない、中国なんかに何が支持者があるか、こう言っておったのが、実はああいう結果になってしまった。日本の外務省も、まことに私から言わせればお粗末な存在だということが言えると思うのでありますが、しかし、これは単に外務省を責めるばかりではなくて、国会も、もっと、外務省よ、しっかりせよ――抱き起こすわけではないが、しっかりせよ、とにかく一生懸命やれ、こういう激励をしてやってほしいと思うのです。それがためには、外務省の問題も、単に自民党の皆さんが自分たちの外交方針、自民党の党利党略に基づく外交方針――いや、そんなことはないと思うのですが、そういうふうなことがきわめて強いのでありまして、私は一党独裁のもとの外交というものはつくらないで、先ほども申し上げました国内の政治舞台はもとよりでございますが、ことに外交問題については、各会派、各党の意見というものを十分にいれて、日本の外交は完ぺきを期してもらいたい、こういうことを私はお願いをしたいのでありますが、特に私は、いまはおやめになりましたけれども、長い間、大臣製造株式会社ともいわれた吉田茂さんが――まだ御存命でございますが、この吉田さんは……
#27
○議長(重宗雄三君) 相澤君、議題の範囲を越えないよう願います。
#28
○相澤重明君(続) はい、よくわかりました。これはきわめてアメリカに……
#29
○議長(重宗雄三君) 相澤君、議題の範囲を越えないよう願います。
#30
○相澤重明君(続) 親切でございまして、そして、しかし、先ほど申し上げました河野謙三君のおにいさんの河野一郎君はきわめてきらいな人でございました。御承知のように、たしかあれは一九五六年でしたかね、この日ソ国交回復、日ソ国交の交流を行なったのは。あれは、なくなりました総理大臣で、からだが不自由だったけれども、御苦労いたしました鳩山一郎さんのときだったと私は思うのであります。この鳩山一郎さんが総理大臣のとき、なくなりました河野一郎さんが、たしか、日ソ交流を推進したらどうか、こういうことをお話になったと思うのであります。衆議院におきましても、このことは強く各会派の共感を呼びまして、そうして私ども社会党も、これにはひとつ、ぜひ政府に強力に日ソ国交回復をお進めいただきたいということで、たしか激励をしたと思うのであります。しかし、その当時、私はよくわかりませんので、これはひとつ森中守義君にお尋ねしたいのでありますが、この池田派の諸君があのときどうだったんでしょうかね、私はたしか、あのことを境に、河野一郎さんは吉田茂さんにたいへんきらわれ者になって、河野一郎はあれは赤の手先じゃないかと、こういうことでたくさんの印刷物を国会の私どもの部屋に流されたことを何か記憶しているのでありますが、これはもし私がそういうことで間違うといけませんから、外交関係をたいへん九州で御勉強されている森中守義君にひとつお答えをいただきたいと思うのであります。しかし、そのことは、諸君が――自民党の諸君、新しく出ておいでになった議員の諸君もおりますが、この鳩山内閣によってわが国は一つの歴史的な時代をつくったんですよ。私は率直に申し上げます、あなた方に。
#31
○議長(重宗雄三君) 議題の範囲を越えないようにしてください。
#32
○相澤重明君(続) これは日本が国際連合に加盟できたのも、ソ連がやはり強力に日本の立場というものを支持をされたと思うのであります。それから、日本の国は何回もいままで吉田内閣当時に抑留者を帰せということを言っておったけれども、たしかこの鳩山内閣の日ソ交渉以来、抑留者が日本に帰ることができるようになったんじゃなかったでしょうか。そうすると、私は、これはひとつ森中さんにお答えをいただきたいと思うのですが、もしそうだとすれば、この日ソ交流をお進めになったおにいさんはなくなって、いま草葉の陰におりますけれども、私は、この十二月四日の日韓特別委員会で寺尾豊委員長が、あのようないわゆる強盗ともいわれるべき強硬手段を行なって、そうして、ついに入院をしなければならなくなった。ことばも出せない。そうして、自分の意思を伝えに――私が議長のところに抗議に行った際に、議長のところで聞いた話でありますが、特別委員会の委員長代理は草葉隆圓君になっておりますという話を、私は議長のところで聞いた。これは、うそじゃなかったね、議長。そこで、この草葉隆圓君は、寺尾君にもし万が一のことがあれば、やはり墓穴を掘ることになるから、お寺をつくってやらなければいかぬ、草葉の陰でやはりお経文なんということも――いや、そういうことがあっちゃ困るけれども、私はそういう話を聞いて、河野一郎君は草葉の陰で眠られぬ夜が幾日か続いているのじゃないか。そういうことであってはいけない。河野謙三君は、日韓条約案件等を進めることによって、お隣の中国、北朝鮮と仲よくおつき合いができ、そうして共産圏の諸君とも、なくなったおにいさん、鳩山総理等がやったその意思を継いで、どこの国とも仲よくしていく、こういうことに反対な方向に行かないか、日韓条約を推し進めることによって。赤間文三君が幾ら言ったところで、赤い飯はたけない。こういうことになると、これはたいへんなことでありますから、私は、この日韓問題を通じて河野謙三君は、少なくとも参議院――良識の府の副議長の重責にある立場において、そういうおにいさんたちの意思に反することはないかどうか、この点も森中守義君にひとつお答えをいただきたいと思うのであります。
#33
○議長(重宗雄三君) 時間がまいりました。発言を禁じます。
   〔相澤重明君「私は、以上によりまして、わが国憲政史上に一大汚点を残す結果とならないように期待をいたしまして――自民党の諸君たいへん長い間御苦労さまでした。私はひとつ諸君の良識もいただいて、そうして……」と述ぶ〕
#34
○議長(重宗雄三君) 発言を禁じます。
   〔相澤重明君「この河野謙三君が、そういう
   おにいさんの遺志とあんまり反対の方向に
   いかないように、これからもよき協力者に
   なってほしい。そうして、きょうは、とり
   あえずああいうことが再びあってはいけな
   いから、一応これに罰を加える意味で河野
   副議長を信任しない。一時はやめさせても、
   またさせればいいんでしょう。そういう意
   味で、ひとつきょうのところは満場一致不
   信任に同調していただく、これはしかたが
   ないと思うんです。しかし、そういうこと
   ができるのかどうか、これは鈴木強君等に
   ひとつお答えをいただきたいと思います。
   以上、きわめて簡単でございましたが、関
   係者に対して御質問を申し上げた次第であ
   ります。御清聴ありがとうございます」と
   述ぶ。拍手〕
   〔鈴木強君登壇、拍手〕
#35
○鈴木強君 ただいま相澤議員からいろいろ御質問がございました。実は私も、少なくとも国権の最高機関における副議長の不信任案を提出するという場合には、詳細な説明をするのが筋だと考えました。したがって、最低一時間程度の提案理由の説明を申し上げるように準備をしておったのでありますが、不本意ながら二十分間に時間の制限をされてしまいました。したがって、たいへんはしょりましたから、いまのような相澤議員の御質問の出るのは、これはあたりまえだと私も思うのであります。したがって、あなたがおっしゃるように、郷土の先輩、尊敬をしておる河野謙三副議長の不信任は耐えられないというそのお気持ち、よくわかります。鎌倉幕府以来のおきてである「泣いて馬謖を斬る」という、その気持ちに、おれはまだなっておらぬ。おまえの説明をよく聞いて腹をきめたいのだと、こういうことも、またごもっともでございます。ですから、少し詳細にひとつ御回答したいと思います。
 私に対する御質問は、まず河野副議長が七月三十日に副議長に御就任になって以来、重宗議長を十分補佐できたかどうか、こういう御質問だと思います。その第一点としてお聞きになっておりますのは、河野謙三副議長は、かつて緑風会におったことがある。なるほど、きのうも簡単に申し上げましたように、初めは無所属として神奈川県から立候補されました。たしか、きのう、この点は簡単に申したと思いますが、昭和二十八年の四月の選手では、無所属として神奈川県の地方区から立候補されました。そうして二十八年の五月十八日に、きのう申し上げました加賀山之雄さん外十五名の方と一緒に緑風会に所属したのであります。この緑風会に所属されまして、その次の昭和三十四年の選挙の際には、自由民主党から立候補されておりますが、三十三年十二月の十七日に緑風会を脱会されたのですね。脱会された。これもまあ、おそらく三十四年の選挙に、自由民主党公認のほうが当選率がいいということで脱会をされて、自民党にお入りになったのではないかと、私はそう思うのでありますが、選挙の前にこれは緑風会を脱会しておる、こういういきさつであります。ですから、無所属から緑風会、緑風会から自由民主党というふうに、自分の政治的な所属が変わっているわけでありますから、あなたのおっしゃるように、河野一郎さんから、自民党は一人も神奈川県の地方区から出ておらない、だからおまえひとつ自民党に入ってはどうかというふうなことが言われたかもしれません、おにいさんの一郎さんからですね。これは私は全然知りません。知りませんが、察するところ、政治家というものは、やはり一つの信条を持ってぐっと進んでいくのが、私は本来の筋ではないかと思います。時の勢いで、こちらに入ったほうが当選率がいいからというので、まあ自分が一緒にやってきた同志とたもとを分かって当選率のいいほうへいくというのは、これは要領のいい人間ではないでしょうか。これはたいへん失礼とは思うのですが、そういうふうに思うのであります。ですから、そこらを考えますと、どうも右往左往型のような気がします。たいへん失礼ですけれども、そう思います。だが、私は、七月三十日に河野副議長が御就任になりましてから、そう多く接する機会はありませんでした。たまたま私は、国会対策の副委員長などをやらしていただいておりますから、そういう関係で、とき折りお会いすることがあります。平常お会いしますと、きのうも申し上げましたように、非常にスポーツマンでもありますし、朗らかなところもございます。ただ、少しむっつり屋で、河野一郎さんのように、むっつりしておっても、にこりとあいそ笑いするようなところがない、そういう点はありましたが、ともかくまじめにやっておられました。そう私は思います。
 ただ、今度の日韓関係の問題については、これは異常であります。先般、きのうも申し上げましたように、いよいよ四日の採決、六日の本会議、こういった報道関係の情報が流れて、私どもは、大和国対委員長以下、副議長にお会いしまして、そういう情報が流れておるが、これはぜひ慎重審議を尽くしていただきたい、まだ四十四項目のほとんどが審議を尽くしておらないのでありますから――条理を尽くしてお話しいたしました。そのときにも耳を傾けて聞いていただいております。しかし、私が、その前に河野さんにお会いしたときに、重宗さんも一緒でしたが、それは確かに衆議院の二の舞いはしたくない、慎重審議をしたいのだ、あなたにも言われたそうでありますが、そういうことを十二月三日にお会いしたときにもはっきり言っておりました。私はそれを信じておりました。しかし、いま申し上げました三日の時点では、かなり険悪な空気になりましたので、私たちが参りましたときには、多少この態度に変化がございました。それから、特に私が意外に思いましたのは、十二月七日に、私どもが例の申し入れ書を出しまして、あの四日の不当な打ち切りはけしからぬ、したがって、もとに戻すべきである、これが議長としてただ一つの残された国会正常化の道であるということを、私たちは条理を尽くして申しましたが、その際、議長からもいろいろお話があり、きのう申し上げましたように、第一次的な趣旨を含めたあっせん案なるものが出たのであります。そのときには、要するに、条約は分離採決する、そうして本会議でこれをやってもらいたいのだ、この条約と協定は八日の本会議できめていただきたい、そのあと引き続いて本会議で国内三法案をやっていただきたいというような、一応中間的といいますか、あっせん案が出ましたときに、重宗議長は、これではまだかなり不十分であろうから、皆さんの御意見も十分聞いた上で、意見があったら言ってください、ごもっともな御意見であれば、さらにそれを入れて考えたい、こういうような弾力的な立場で、ものを言っておられました。ところが、河野さんはそこの横におられまして、重宗議長がそういう発言をいたしますと、何かふきげんな顔をしまして、もうこれが最終的な案だ、これ以上動かせられないのだというような印象を与える実は態度をとられました。私は、これは議長を補佐する副議長として、まことに遺憾だと思いました。むしろ議長が強硬な意見を吐いたときに、野党側がなかなかこれでは受け入れない、そこで議長、もう少しどうですか。こう言って、最終的にはお互いに譲り合わなければなりませんので、妥協の道を選ぶために、最善の協力をするのが副議長の立場だと、私はこう思いました。しかし、そういう態度が実はそのときにございませんでしたので、ははあ、これは自由民主党のほうからどういう意見が出ておるかしらんが、党の意見に全くこう追随をしておって、議長、副議長として、厳正中立な立場に立って、事態の紛争を解決しようという考え方がない人だと、こういうふうに私は率直に感じ、非常に遺憾に思いました。まあしかし、われわれはそんなものはとても問題になりませんのでということで、基本的にわれわれは、あの「委員長」と言っただけの不法な、特別委員会における採決というものはあり得ない、だからもう一度委員会に差し戻して、横川正市委員の質問から続行してもらいたい、こういう点を明確に申し上げて引き下がったのであります。特にその際、ああいうふうなむちゃくちゃな強行採決をやっておきながら、議長、副議長として、これに対してまことに相すまないという、院の最高責任者としての気持ちというものが受け取れませんでした。そこで、その点も私たちが強く申し上げて引き下がりましたあと、八日の午前一時に再び最終的なあっせん案が出まして、それを私はきのう申し上げたのであります。これを見ると、私たちに指摘されたので、多少考え方を変えたのかどうかわかりませんが、申し上げてみますと、「去る四日の日韓条約等特別委員会における混乱はまことに遺憾である。議長としては今後かかることは再び起こらないよう希念し、現在の憂うべき事態収拾のため、ここに各会派の協力により、別紙のとおり本会議の議事を進めたい。」、で、きのう申し上げましたように、八日の日には、条約、協定その他全部を一括本会議に上程をして審議をしてもらう。そうして、まず日韓条約を審議し、質疑をやったあと、九日中に上げてもらう。あとの三法案は引き続いて審議してもらう。これは要するに、四日の委員会をもう認めたんだ、あれでいいのだ、こういう上に立ってのものでありましたから、絶対にわれわれの意見と相いれないということを、きのう私は申し上げたのであります。
 こういうふうに多少変わってまいりましたが、最終的には、いれられないにしても、やっぱりもう少し私は、あの際に、副議長からもっともっと積極的に議長にわれわれの気持ちを伝えていただいたならば、徹夜をしなくてもいいような、もう少し良識的な国会の運営ができたのではないだろうかと思いまして、非常に残念に思っておるのでございます。緑風会の所属から自民党に入った、そういうふうな河野さんでありますから、やはりちょっとそこいらに一貫性のないような気も私はいたしまして、これではとても、今後、院の運営について河野副議長にやっていただくことは不適格であろう、社会党にやはり出していただいて、そうして党籍を離脱した上に立って、党に縛られないで厳正中立な運営をしていただくことが適切であろう、こう信じましたから出したのでございまして、まあ相澤議員の言うように、きょう一日やめて――賛成してもらって、あしたからまたやらせればいいじゃないか。これはちょっと提案者としては絶対に受け入れられない。(笑声)その点ひとつ非常に残念でございますが、そういうふうな強い提案者の意思でありますから、「泣いて馬謖を斬る」という、鎌倉幕府以来の神奈川県のおきてを、いまこそ発動していただきたい、こう願うのであります。
 それから次に、十一月十三日に、河野副議長が、どこか、こちらから入って議長席に着いたというのは、それはおまえ、ほんとうか、というのでありますが、そうではなくて、十三日は、重宗議長がお着きになって、私たちが反対をする日韓特別委員会の設置をきめたのであります。そのときには、重宗議長が席にお着きになっておりました。ちょっと日にちを、相澤先生お忙しいですから勘違いしたのではないかと思いますが、それは八日の日でございます。この職権開会の日でございました。その前の日に、議長はベルを入れて、延会しましたですね、七日に。そうして八日の日に、そういう会議が開かれましたときに、私が申し上げましたように、十一時ごろに河野副議長に、やはりたいへん問題があるときですから、ちょっと面会に行こうと思いましたが……。その前に、その日の朝午前一時に、最終的な調停案をいただいて、おまえたちは十時半までにひとつ回答してくれ、こういう議長の御要望でありましたので、私どもは党に帰りまして、皆さんにいろいろ御相談申し上げ、最終的に、「これは私たちとしては、残念でございますが、受け入れることはできません、議長の御苦労はたいへん感謝いたしますが、そういうわけで、とてもこれは委員会に差し戻していただかなければだめでございます」、こういう実は回答を持って私たちは議長にお会いしておったのであります。それから、それが済みましたので、副議長室へ私が参りましたら、副議長の秘書が、「いや、いま議長室へ出ると言って副議長はお出になりました」、「何分くらい前でございましたか」と言いましたら、「たしか、いますぐで、五分とたっておりません」と、こういうお話でございましたので、「いや、いま五分前には私は議長室におったのだから」――議長室から副議長室はもう二十秒もかからぬところでございますから、「それは、うそじゃないか、どこへ行ったか」、「いや、議長室へ行かれました」、こう言っておられた。また一度議長室に行ってみましたが、議長室にはおりません。これはちょっとおかしいと思ったのでございます。そうしましたら、河野さんは、そこをずっと回ったか、こちらを回ったか、よく私わかりませんが、第六控室の政調会の室に入っておられた。やがて予鈴が鳴り、本鈴が鳴ったのでございます。それで、本鈴が鳴りますと、そこの入口から河野謙三副議長は入られて、つかつかつかと、ここへ入って、この議長席に着いたわけでございます。一体それはどういうことか。議長はおられます。事故はありません。これは国会法十九条、二十一条に、議長に事故のあった場合に副議長がかわるわけでありますから、現に議長が議長室におられるわけでありますので、そのことは私は全然理解ができないのであります。一体どういう意図であのときに河野副議長が議長席に着かれたのか、これはよくわかりません。われわれは、別にその議長をどうこうしようというような気持ちもなかったわけでありますから、どうもその辺がよく私にはわからぬのであります。だから、そんな、ちょぼいちみたいなことをおやりにならないで、すればよかったのであります。それはもう、河野副議長がここに着かれると、すぐ議長はそこから入ってこられて、そうしてすぐ交代をされた。ですから、初めからそんなことをする必要はないのであります。それをあえてやったことは一体何か。あくまでも強引に、野党側とも、もっと話をして、条理を尽くすべきだったにかかわらず、それをやらないで、力ずくで本会議を開こう、その場合の次善の策としてとられた、ばかげた措置ではなかったか、私はこう思うのでございます。いずれにいたしましても、少なくとも国会の最高権威者でありますから、もう少し堂々とやっておられたらどうだろうかということを、私はつくづく思うのでございまして、そのことをきっと相澤議員は御指摘になったのではないかと思うのでございます。そういうわけでございますから、どれ一つを見ましても、やはりその問題が多うございます。
 そこで、ちょっと前後いたしますが、私は、相澤議員御指摘のように、緑風会というのが、一体これは一番先に河野さんが所属されたところでありますから、これはたいへんな問題でありますから、ちょっと触れさせていただきますが、緑風会というのは、大体政党化に反対をして、参議院の良識の府を確立しようというところから同志が集まった会のように聞いております。で、これが結成されましたのが、たしか昭和二十二年の五月十四日、ちょうど七十四名の議員さんで緑風会というものが結成されて、一時は九十二名までいきました。そして、参議院の第一党として誇りを持って運営に当たったこともございます。その綱領を見ますと、三番目に「個人の創意を尊び、自由と秩序の調和による共同福祉の実現を期する。」、それから二つ目のところを見ますと、「国際信義と人類愛を重んじ、世界恒久平和の実現を期する。」、それから「一」のところを見ますと、「新憲法の基調たる人類普遍の原理にのっとり、愛と正義にもとづく政治の実現を期する。」……。
#36
○議長(重宗雄三君) 時間が超過しております。簡単に願います。
#37
○鈴木強君(続) このように述べられておりまして、私は、ほんとうに河野さんがこの思想をもって三十四年の選挙も戦われ、現在緑風会というのはなくなっておられるようでありますが、こういう考え方をほんとうに河野さんが終始持ち続けておりましたら、今回のようなことはなかったのだろう、こう思いまして、返す返すも残念に思います。
 いずれにいたしましても、まだ十分意を尽くせませんが、河野副議長を信任できない、こういう固い決意をもって、私はきのう提案理由の説明を申し上げたわけでありますから、どうぞひとつ、この際社会党に副議長を渡して、正副議長は党籍を離脱する、こういう慣行をこの際確立していただくように、私は心から願うのであります。
 以上で終わります。(拍手)
   〔北村暢君登壇、拍手〕
#38
○北村暢君 相澤君の質問に対して、提案者の一人といたしまして御答弁申し上げたいと存じます。
 まず第一点の質問は、河野謙三副議長が農林関係に関係の深い方である。そういう関係から、実は私も農林水産委員会に長く籍を置きましたし、また肥料審議会委員ということで、河野先生も肥料審議会委員をやっておられまして、比較的河野先生とはおつき合いをいただき、御指導をいただいておった関係からいたしまして、そういう面からの御質問のようでございます。ところが、質問の内容は、米俵、肥料、飼料等の会社に関係があったようであるから、それとの関係、しかもそれが日韓との関係がどうか、こういう御質問のようでございまして、私としても、これは、肥料なり飼料というのは、今日の日韓関係の経済協力の問題と非常に関係がございまするので、直ちに河野先生がそちらに関係しているかどうかということについては、つまびらかにいたしておりませんが、若干そういう面からの御質問かと推察いたします。したがって、的がはずれておったら再質問をしていただくことにいたしまして、お答えをいたしたいと思いますが、社会党の質問内容としてまだ残っているというものを公表いたしておりますが、その中の一つに、経済協力が、汚職・利権の対象となって、国民の税金が浪費されないようにする保証があるのかないのか、それを具体的に示せという、質問内容で漏れている点があるわけでございます。
 御承知のように、この請求権の問題は、無償三億ドル、有償二億ドル、民間の信用供与が三億ドル以上、こういうふうになっておりますが、この無償三億ドルのうち、一億五千万ドル以上のものは生産物を供与する、こういうことになっているのでございます。一部の報道によりますというと、もうすでに一億六千万ドルくらいの工業用原材料というものが韓国へ輸入せられるようになっているようでございます。ところが、この手続について非常に疑問があるのでございます。というのは、韓国政府が、生産物の品目、価格というものを決定をする、このリストを、中央銀行である韓国銀行に政府が示す、その韓国銀行が輸入業者を選定をする、その輸入業者が韓国銀行にウォン貨でもって積み立てをする、そうしてその韓国の輸入業者が韓国政府の認可を受けて日本の業者と直接契約を結ぶ、その契約は十四日以内に日本政府の承認を受ける、契約の承認によって、日本政府が韓国側に肩がわりをして、日本の業者に、品物を送ったものについて支払いをする、こういう、いま聞かれて皆さんがはっきり頭に入ったかどうだかわからないくらい複雑な経路をたどって、この生産物の供与が行なわれるわけであります。この複雑な仕組み、ルートを通ることによって、ここに利権が結びつく可能性というものが生まれてくるのであります。そういうものの中に、いろいろな肥料等も含まれている。これは河野さんの非常に関係の深いものでありますが、直ちにこれに関係あるとは私は申しません。しかしながら、この朴政権の腐敗というのが、非常に利権と結びつきやすい原因を持っており、非常に腐敗をしているわけなんであります。そこで、韓国国会で設置している監査委員会というものが、一九六四年の九月に設置されまして、活動を開始しているのですが、その結果が出ております。その中に四粉暴利事件というのがございます。ほかにもいろいろあるのでありますが、この四粉暴利事件というのは、「四粉」というのは、いわゆるセメント、砂糖、肥料、小麦粉と、こういう四つの粉なんであります。四つの粉の暴利事件がありまして、これが、朴政権がいゆる民政移管をしたときの選挙費用として使われた。この暴利でせしめたものが選挙資金に使われたという、もっぱらの、うわさがあるのでございます。そういうような点からいって、これらのものが非常に利権と、からむということのようであります。したがって、この日韓経済協力というものが利権に使われ、しかも、国民の税金によるものが、一部の韓国の政府あるいはこれの買弁資本というものと結託をして、巨大な利益を得るというような点に、もしこれが使われるとするならば、韓国の国民に対しては、まことに目的がはっきりしない、こういう問題が一つ出てくるだろうと思うのであります。こういう点について、私はまだまだ究明しなければならない問題が残っておったんじゃないか、これが、そういう点についての慎重審議という点から、質問として残っておった、こういうことは言い得るんじゃないかと思っております。
 それから民間の信用供与の三億ドル以上というものにつきましても、これもすでに、いわゆるプラント輸出という形で契約が成立しているもの、これはもう委員会の発表でも出ているところでございます。これが両国間の口上書で確認をされているというような形で、いますでにこの民間の信用供与というものについて問題が出ているわけなんであります。しかしながら、これについては、これが政府の義務なのかどうなのかということについて、なかなか政府の答弁がはっきりいたしません。問答集の読み直しのようなことを何べんも何べんも繰り返してやっているというような状況でございまして、この点に対する疑義というものは、まだ残っているわけであります。そういう点からいって、これにも、実は尿素プラントだとか、あるいは苛性ソーダのPVCのプラントであるとか、こういう問題がやはり農林関係の問題として関連を持っております。しかしながら、実はこの三億ドルというものは、民間供与でありますから、返済することになるわけでありますが、現在の韓国経済の情勢からいって、これがほんとうに返ってくるのかどうなのか、焦げついた場合に一体どうするのかということが問題であります。しかしながら、日本の資本家は多くのプラント輸出を計画している。これはやはり、将来焦げついた場合には日本政府が補償しなければならないというような問題がおそらく起こってくるんじゃないか、というような点があるわけでございます。こういうような点についても、将来のことということで、委員会の質疑においては、なかなかはっきりしたものが今日まだ出ていないというのが実情でございます。
 それからノリの問題につきましては、きのう加瀬さんが反対討論の中で、わりあい詳しく述べられておるわけでございます。問題は、通常の場合、国内のノリ生産業者を保護する意味において、年間一億枚しか輸入を認めておらないのであります。ところが、三十九年は、国内のノリが不作だということで、約一億枚の追加輸入を認めた。ところが、四十年は、二億五千万枚が、まだ価格決定が折り合わないで大阪の保税倉庫に眠っている、こういう問題がございます。従来、このノリ問題は非常に利権とからみ、政治家の顔役が入って、問題のあるものなんであります。ところが、四十年度はノリが豊作でございます。本年は豊作なのでありますが、従来の一億枚をはるかにこえて二億五千万枚の契約がすでにできている。ただ、価格の折り合いがつかないので、今日保税倉庫に眠っている。こういうのであります。しかも、これが問題になるのは、韓国の生産者価格が一枚四十銭から一円のものが、日本の消費者価格では十六円から二十円、ここに膨大な利ざや、中間流通経費というものがあるわけであります。これがどこに配分されているのか、中間経費がどこに配分されているのか、という点について、非常に問題のあるところでございます。そこで、この問題につきましても、実は渡辺勘吉君が、特別委員会において、この黒い霧に包まれた韓国のノリの問題に、まさに入らんとしたときに、委員長が渡辺君の質疑をとめた。いよいよこの韓国ノリは黒い霧に包まれるような形になって特別委員会の質疑は終わっている。こういうような状況でございまして、この問題につきましても質疑は尽くされていないんじゃないか。このように私は判断をいたしているところでございます。
 次に、いわゆる休戦ラインとの関係の問題でございますが、この休戦ラインの関係の問題につきましては、韓国の専管水域をあまりに広く認めた。いわゆる公海三海里の原則というものを、韓国の場合は、これを十二海里まで広げている。したがって、今後における国際的な公海の原則というものについて、今後の漁業問題の交渉について、いろいろ問題が起こってくるだろうというふうに思われるのであります。それはさておいて、この休戦ラインとの関係の問題につきましては、ここに地図を持ってきております。ちょっとわかりにくいかと思いますが、ここに赤くしるしをつけてまいりましたが、李ラインと共同水域は、ここに、北朝鮮のほうまで行っているわけなんでありますが、この専管水域は、いわゆる八度線のところで切れているわけなんであります。こういうことで、この問題については、管轄権の問題と関連をいたしまして、非常に疑義のあるところでございます。しかも、この共同水域の問題にいたしましても、千七百隻に規制をしているわけでございますけれども、その規制された共同水域が、北朝鮮側に延びている。したがって、北朝鮮のものがこの共同水域に入ったらどうするのかというようなことについても、非常に不明確でございます。この漁業協定は、まあ非常に急いでこの日韓会談を妥結させるということでやりましたので、この問題については、非常に矛盾が多いのであります。したがって、ただすべき疑点も数多く残されている、このように判断していいのじゃないか。しかも、わが党の中村英男先生が、質問がやや一時間ちょっとでもって、この専門の問題について、まさに論戦を展開する本論に入ろうとする手前でもって質疑が打ち切られている。まあこういう状態でございます。
 一々私が申し上げましたようなことは――、実は委員会の審議も、私、ほとんどできる限り出て、すべて傍聴もしておったのでございますが、以上のようなことで、特別委員会における審議というものは、私は十分尽くされたとは考えておらないのであります。まだ質問者も残っております。したがって、この日韓の問題については、私は、もっともっとやはり慎重に審議をする、そうして国民に疑点を晴らす、この努力は、良識の府である参議院が徹底的にやるべきであったと思うのであります。その審議が十分尽くされていないというところに問題があるのでありまして、その審議を尽くされていないものが、いわゆる四日のあのような暴挙によって、いわゆる議事の妨害によって質疑打ち切りがなされた、あるいは採決が行なわれた、と称されている。これは何としても許されないことであります。これに対して、副議長は、当然、議長を補佐して、これらの問題については、いわゆる河野さんの良識を発揮して、議長に誤った措置をなさせないことが必要であった。ところが、議長もある程度の措置はとっております、しかしながら、ほんとうの意味において、まとめようとしたとは私ども考えられない。五派があれだけの申し入れをして、結束して、四日の事態というものは不当で、認めるわけにいかない、したがって、委員会を再開して、そして横川君の質問からやれ、それが良識の府である参議院のとるべき道である、そしてまた、以前においてもその例というものは幾つかある、決してあやまちを改めるに恥ずることはないのであるから、これをぜひやってもらいたいということで申し入れをいたしましたが、議長は、副議長もおられましたが――私ども何回か、この点について抗議に行ったわけであります。ところが、議長、副議長は、野党あるいはわれわれの抗議に対して、自民党の代表も呼んで聞く、話し合いをしてくれ、話し合いができたらひとつやりましょう、いまじゃ、どうもしょうがないというようなことでありましたが、その話し合いをさせる積極的な努力というものには欠けておったのじゃないか。自民党の一方的な意見でもって、あれは採決まで行なったのだという報告書だということを認めている。これは合法だと称するところに、一党独裁の傾向がはっきりあらわれてきている。こういう点からいたしまして、私は、河野副議長が議長の補佐という点について非常に誤ったのじゃないか。こういう観点からして、相澤君の質問に対する答えになったかどうかわかりませんが、この点について不足でありましたならば補足さしていただくことにいたし、一応答弁を終わりたいと思います。
   〔岡三郎君登壇、拍手〕
#39
○岡三郎君 先ほど同僚の相澤重明議員からの質問がございましたので、それにお答えするわけでございまするが、先ほど質問を聞いておりましたところ、私が日本社会党神奈川県本部の委員長であるということからの関連的な質問が多くあったと思うのでありまするが、その点については十分とは言えませんけれども、お答えいたしまするが、先ほど、提案者である鈴木強君が、何ゆえに河野副議長を信任しないのか、こういう点について、至誠の道を歩まなかった重宗議長を促して、よく補佐して、正道を歩むようにすべき副議長の立場が、いたずらに議長に追随しているということによって本日のような事態になっているという、この責任をもって、信任することができないということを言っておるのでありまして、そういう点をやはり中心的に、県の事情というものを加えて、答弁したいというふうに考えます。
 まあ、さきの参議院選挙におきまして、河野さんが五十一万幾ら、私が五十二万幾らで、たいした違いはないのでありまするが、この点はやはり、過般の国勢調査によって、神奈川県が、日本のみならず、世界の中にあって、人口増加率は一番だ、日本の四十六都道府県の中においても、これは画期的な、目をみはる人口増加率であります。しかもそれが、大都市に住宅がない、こういう事情で、近くの神奈川県にベッドタウンを求めてくる、住宅を求めてくる、こういう点で、かなり勤労者の数も増加しておるのでありまして、この点は、あながち河野謙三君の欠点がそうさしたということにはならぬ。いまの政治の貧困が、たまたまそういう数字になってあらわれたのではないか、こういうふうにも思われるのであります。
 第二の、評判が非常によろしいが、一面においては、要領がよいという評判だが、どうかというお話でありますが、私は、常日ごろ、同じく相澤君も御存じのように、平塚あるいは各地域において、河野副議長とは、政治的には、自民党、社会党でありまするけれども、県内のことについては、極力党派を越して、相一致して、国会議員にふさわしい実績をあげていこうということについて一協力しておる立場にあるものでありまするが、そういう日常的な行動を通しても、私は、要領がいいということではなくして、非常に一本気であるし、まじめであるし、また、なくなった兄の一郎さんに比べて、また一種独特の風格を持っている人物であるというふうに思い、尊敬しておるのであります。
 このような神奈川県の情勢の中におきまして、なお神奈川県に基地が多い、そういう点についての、日常的な河野さんの考え方はという質問もあったように見受けますが、まあ、特に平塚は、飛行機がよく落ちる藤沢なり厚木なり、あるいは相模原等が隣接の町にあるわけであります。そういう点で、これも神奈川県一と言ってよいほど、軍事基地をめぐる事故の多い町でありまして、県でありまして、したがいまして、県民が基地からの解放なり、あるいは、こういうふうな基地に伴う国民の不安というものについて、何とかしてもらいたい、こういう点についても、やはり党派を越えて、基地周辺の民生の安定のために、かなり河野さんが尽くしてきたことは、これは隠れもない事実であります。こういうふうな、非常に政治家として、われわれが――これは自民党が推した副議長ということよりも、院としてふさわしい河野副議長を、何がゆえに、われわれがこの場合に不信任するのか、こういう点に本論がなっていくというふうに思うのであります。
 この点は、このうしろにおりまする重宗議長さんについても言えることでございまして、これは、松野議長にも匹敵する以上の名議長とわれわれは考えておったのであります。これはおせじではなくて、昨日、一昨日以来、わが党の各議員が言っておりまするように、暴力行為等の処罰法の審議のあり方について、委員会では可決したと言っても、議長が、これは討論を省略することは穏当ではない、こういう立場で差し戻してやり直さした。これはあたりまえのことでありますけれども、過去においては、なかなかこういうことはなかったのであります。松野さんのときにおいては、「ずる平」といわれている松野さんですけれども、なかなかこういうことは、やらなかった。ところが、重宗さんは堂々と、こういう点については、各会派を呼んで、あやまちを犯すことをさしてはいかぬという立場で、就任の辞のあいさつのごとくに、りっぱに行なってきておるのであります。しかも、そればかりではなくして、きのう言われたように、スーパーマーケットの法案についても、青田源太郎さんが強引にやったやつを、何とかこれをもとへ戻さした。青田さんも青田さんですけれども、重宗さんもりっぱだ。(「仲原さんだ」と呼ぶ者あり)仲原さんです。これはちょっと取り消しますが、仲原善一さんだった。そこで、このような議長を補佐する河野さん、人間的にも政治的にもりっぱな人物であるところのこういう人々が、なぜ今回のようなことをしたのか。これは私が、いわゆる自由民主党を攻撃するために言うのではなくして、私も過去においてしばらく議会運営の任に当たってきた立場において、やはり無視してはならない限度というものが、国会運営にはあると思うんです。もしも、この無視してはならない限度というものを越えて、いかなる背後に事情があろうとも、この一線を越えるというと、議会政治というものは将来成立しない危険性というものを、はらんでくるのではないか。これは、少なくとも私がここで重複するまでもなく、衆議院、参議院において、クーデター的に、ファッショ的に、衆議院の議長とこちらの寺尾委員長が、ともにやったあとで、両方とも雲隠れ的に入院しているということの事実であります。これはまことに不可解でありまして、血圧が上がったとか、病気だとか、これは、ここに小林章君がいるけれども、この人は専売の病院に入って、なかなか出てこない。からだがなおったが出てきませんが、大体、議長といわれる人が、もしも健康的に不安ならば、これはやめてもらわにゃいかぬのじゃないか。ところが、やはり何といっても、こういうむちゃな採決をするということによって、良心の苛責といいまするか、攻撃をおそれて入院する。これはまことにひきょうな手だと思うのであります。もしもそれが正しければ、堂々と――入院して血圧が少し高いならば、もう数日たっているから安定していると思うので、出てきて、自分の行動に関して一身上の弁明なら弁明を、堂々と、して、自分はかくかくに正当な道を歩んで採決したということを言ってもらわにゃ困ると思う。質疑打ち切りも、したのか、しているのか、していないのか、わからなくて、それも、先ほどもたびたび言われているように、新聞社の方々に、公に、質疑打ち切りだけ終わったんだと言っていながら、あとで国対の斎藤さん――斎藤さん、そこにいるけれども、あるいは塩見さんなり、その他の自民党の幹部に、いや、あれは全部終わったんだと言われて、言い直したというこの事実は、まぎれもなく、これは何ともならないと私は思う。
 で、やはりこの段階になったときに、まだ十二月の四日ですから、十三日までの間合いを考えたときに、これは何としても、かりにですよ、会期延長をしても、日韓条約というふうな、国民の論が二つに分かれているような、こういう問題については、「急がば回れ」という故事があるように、こういう疑義をすべての国民が持ってるということになるならば、これはどうしても、もう一ぺんやらしていかなければならぬというところに立つのが、私は、議長、副議長の立場だというふうに考えるわけです。このことは、どうしても私は、この日韓条約の審議をめぐっての問題として譲れないのであります。かりに、もしもこのことを譲るということになれば、これはたいへんでありまして、衆参両院の議長、副議長というものは、男を女にできないということだけで、あとのことは何でもできるということに、これは、なってしまうわけであります。男の人を女にはできないけれども、ほかのことは何でもできるというふうな、こういうふうなことを、議会民主主義の立場において断行できるということになったならば、将来、ほかの党派が多数を持ったときに、かりに自衛隊の廃止にしても――これには暴力でくるかもわかりませんが、ほかの法規についても、かりに、この法律を何としてでも通さにゃならぬというときに、自民党各位の抵抗を排して、手を一本あげればきまったんだということになれば、これは、裏を返せば、たいへんなことがいま現実に行なわれてるということになると私は思うのであります。このことは、牛歩をするとかなんとか、いろんなことを言っておるけれども、それと比較にならぬ問題だ。いいですか。衆議院で船田さんがああいうことをやった。ああいうことをやったならば、識者が言うでしょう。船田さんができるならば、ほかの会派でもできるだろう。そうなったときに、これは、上のほうで権力でやったとかなんとか言っても、その道を自民党が開いたということは、この国会において自民党が片山内閣のときに牛歩の先例を開いたということを言われてると同じですよ。これは、それと比較にならぬ大きな政治的な問題です。石炭国会のときに、石炭国管法案を葬ろうとした自民党が牛歩をやった。これはいいですよ。なぜいいかといえば、意思に反するものを何とかつぶしたい、これはあたりまえのことであって、自分で反対をしながらも、のんべんだらりとやってるようなら、国会に出してくる必要ないと思う。もちろん、これは何をやってもいいということではなくして、限度があるにしても、やはり、この問題についての今回とった重宗、船田両氏のこの措置、これに伴うところの両院の副議長、特に本院の河野副議長さんのとった態度については、承服が何としてもできないのであります。
 これは、もしもかりに、河野副議長が日常的に尊敬されるような政治行動をとるならば、現時点においても、これはやはり職を賭して重宗議長と相談をして――いままでやってきたけれども、これは何ともたいへんなことになる、自民党がいま多数をとり、権力をとってやっているからできるけれども、事は、逆を返せば、いつ何どき、だれが出ても、多数を占めれば何でもできるのだということを、いまやっているのだという自覚に立ち至るならば、がく然として憲政の大道に返らなければならぬということは、だれにでもわかることだというふうに私は考えるわけであります。社会党が一昨日以来抵抗しているということはこのことであって、このことを、マスコミなりテレビなりが、ごっちゃごちゃにして、国会の審議が何だかんだと言っている。こういうぐうたらな報道では、国民には納得できないと思うのであります。国会が、立憲政治、いわゆる議会制民主主義なら民主主義を尊重するというならば、その一点に焦点を合わせて――ほかのことは物の荷物としては比重が問題にならぬ。このことだけは、これは何としても片づけさせなければ、議会に、国民が選挙した制度というものの根幹が失われるということを、自民党の諸君も考えてもらわなければいかぬと思う。これは単に時間の引き延ばしではなくて、このことは口をすっぱくして言うけれども、船田さんなり重宗さんは、いま言っているように、寺尾君が言ってきたからこれは可決されたのだという、こういうふうないいかげんな議長ではないと思ったから、私はなおさら許すことができないと思うのであります。いいですか。自分は電話で聞いて、成規の手続があった、五派の代表を呼んで何とか調停案を出す――ばかも休み休み言ってもらいたいと思う。五派の代表を呼んで一体何をやるか。そうしたら、本会議がどうの、分離採決がどうの、八日に条約をやって、十日以後に三法をやる、こんな本質を忘れた議会の運営の方法の調停なんというものは、あり得べきはずが私はないと思う。これは、現実に日韓特別委員会の中において、どういう議事手続が行なわれたのか、委員長がほんとうに植木君のいわゆる質疑打ち切りの動議を受けて、どういうふうにやったか――これは話し合いではなくして、いかにその事実が行なわれたかということを、事務総長を通じて克明に調査したその結果として、これをどういうふうに処理すべきかをやるのが、議長、副議長の立場です。各会派の代表を集めて、本会議をどうするか、こうするか――これは問題にならぬ、これは名議長ではなくして、迷っている議長にすぎないというふうに思う。この議長を補佐し切れない河野副議長も、これにおいて私は政治生命が終わるのではないかというふうに考える。
 いまここで日韓条約が可決されても、この問題は残るのです、未来永劫に。将来、ファシズム台頭の中においてこれをまねる者があったときに、自民党は、これはいけないと、だれが指摘してこれを拒否することができますか。事実を曲げて捏造するだけではなくして、実際にやられてないものを、やられたごとくにして、いまこれをやっているのは、これは擬装国会ということば以外に私は何もないと思う。(「まぼろしだ」と呼ぶ者あり)まぼろしではなくして、意識的に明確なる意図を持ってやっているということは、兇悪犯ですよ。これは、知らないのではなくて、十分何でもかんでも知り尽くしながら何でもかんでもやってしまうという、このやり方は、私はファッショ以外にはないと思う。これについて……(「社会党がそうさせたんだ」と呼ぶ者あり)いま言っているように、社会党がそうさせたと言う。ばかげたことを言いなさい。安保のときにおいても何のときにおいてでも、自由民主党はこのようなむちゃなことをやったことはない。少なくとも道を踏んだことはちゃんと踏んでいる。その道は十分でないにしても、一通りの道をやって、その良心の上に立って、不十分だが社会党の抵抗だから、まあこのくらいでしかたがないと、こういうところでやってきたが、今度は何だ。初めから無視してかかっているという態度について、だれがそうさしたかという論は、私は、うなずけないのであります。これは絶対に通らない。そういうものとすりかえてこの論をするということは、私は許されないと思う。私は、そういうふうな点を考えたときに、これは、重宗君と、重宗議長を補佐する河野さんの、根本的な重大なる過失であるばかりでなくて、いまでも、もとに返れるわけですよ。だから、私は、この点について、声を大にして、ほんとうに憲政の大道を歩むところの議会制民主主義というものについては、はっきりしてもらいたいと思う。民社党の諸君は、私は言いたくないけれども、日ごろ議会制民主主義、議会制民主主義と言っているが、いやしないじゃないですか。だれもいやしない。私は、これは言いたくないけれども、一人ぐらいいて――何をやっているか、さっぱりわからない。こういうときこそ、日常のそれが信念ならば、ほんとうに肺腑をついて、こういう行為というものに対して、議会制民主主義を守るなら守るという立場において堂々とやっていかなければ、国民大衆は、民社党というものは、りっぱなことを言っているけれども、実際は全く違っていることをやっているじゃないかというふうに私は感じると思う。これは、まことに民社党のために惜しむものであります。
#40
○議長(重宗雄三君) 岡君、時間です。簡単に願います。
#41
○岡三郎君(続) 私は、いま議長がいろいろと言っておりますけれども、その議長の言う時間についても尊重します。尊重しますけれども、私はこの点について何としても納得できないので、国民を代表して、社会党だけではなく、国民を代表して、この点を明確にしてもらわなければならぬ国会の責務があると思うのであります。(拍手)じゃ、なぜ、賢明な河野さんなり重宗さんが、わかり切ったことを、こういうふうにむちゃにやっているのか、そのやはり背面というものを熟知しなければならぬというふうに考えるのであります。私は、この点についてずいぶん考えました。今年の一月に、佐藤総理がジョンソン大統領に会った。二月に椎名さんが韓国を訪れて、それまでかなりあいまいであった佐藤総理が、この日韓条約に対して急速に前向きの姿勢をとるようになってきた。これはやはり、ベトナムの戦局がかなり困難になってきている背景というものがあり、また、韓国の軍隊をベトナムに増派するという、こういう強い要請のもとに日韓条約が行なわれたということは、まぎれもない事実でありましょう。しかし、先ほど北村さんなりが言っているように、それだけではなくして、経済協力という美名のもとに、いまの財界なり政府が、かなり日韓条約に伴うもろもろの経済的な問題に対して大きな仕事をしょっているのではないか。これは、今回の自民党の日韓条約に対するPR費を見てもたいへんなものです。安保のときには三億円使ったといわれておりまするけれども、今回はその二倍三倍を使っているのではないか。つまり、そういえば、六億なり十億に近いところの日韓条約の宣伝費というものが、一体どこから来たかということになるのであります。そのような、ばく大な金を使って無償で国民に配布しているというこの事実の中から、その大きな金がどこから出てきているか。これはやはり財界から出てきているので、日韓経済協力という問題をめぐって、かなり財界の圧力というものがこの背面にあるということを、ようやく私も勉強して知りつつあるのであります。この点につきましては、作家の梶山さんが、「有償無償八億ドルの中で、日韓協力によって大いにふところの潤う日本及び韓国の政財界、これが批准を強行させた張本人であるかもしれない」ということを言っておるのであります。(「でたらめだ」と呼ぶ者あり)だめなら、だめでいいから、これについて、だめだということを言ってもらわなければいけませんが、少なくとも、日本から尿素なりその他プラント輸出をする場合において、三割はもうかるということを言っておるのであります。これは一つの常識だそうであります。つまり、日本から、経済協力の名のもとに各種機械が国民の税金によって運ばれていく、その利益が、少なくとも三割は日本の産業に落ちていく、八億ドルの国民の金の中から天引きして日本の資本家に三割落ちるということになれば、これはたいへんな利益になるというふうにも考えられるでしょう。さらにですね。いままで対韓の焦げつき債権というものがあります。これは四千七百五十万ドルあるといわれておりますが、今度の無償供与の中から四千七百五十万ドルは差っ引くということは協定になっているそうであります。いまの韓国の経済の中に、いままで韓国に貸した債権が四千七百五十万ドルあるけれども、これが焦げついて取れない。そこで、三億ドルの無償の中から四千七百五十万ドルを天引きして、日本の国民の金を払った形にして、それを日本の資本家に国民の金を与えるということの、これは公約になっているわけであります。それで、これをどうしても無理じいをするということが、一つずつわかってきたのであります。私は、そういうふうな点を考えたときに、これは単に、重宗、河野さんを責めるだけの問題ではないと思います。しかし、重宗、河野さんを責める問題ではないといたしましても、少なくとも、この強行という黒い霧の中において、議会運営の将来の大道というものを見渡したときに、あくまでも参議院――衆議院のことは、他院のことは別として、少なくとも本院における、日韓特別委員会のこの議事進行、質疑打ち切り、討論省略、採決の、この事態については、この問題については、ここで改めない限りにおいては、どうしても将来に禍根を残すということを、私は大声疾呼して言わなければならぬと思うのであります。そういう点について、これは笑いごとではなくして、あくまでも河野謙三君が、副議長として、議長をここで叱咤激励して、不信任にならないようにしてもらわなければならぬと思うのでありますが、現実においては、この議場におらぬようでありますので、われわれはあくまでも、この副議長なり議長の非を鳴らして、信任することができないということを申し上げて、私の答弁を終わりたいと思います。(拍手)
   〔松永忠二君登壇、拍手〕
#42
○松永忠二君 相澤議員から私に御質問ありましたのは、文化財及び文化協定と河野副議長の不信任との関係はどういうところにあるのか、また、文化財及び文化協定の内容や問題点はどういうところにあるのか、こういう御質問なようであります。私は、こういうことについて相澤君が質問されるということは、相澤君が文化に対する高い教養を持っておられるということだと思うのでありまして、私は、こういうことについて御質問をいただきました相澤君に敬意を表しますとともに、非常に明らかになっておりません文化財や文化協定の問題について、その一端を申し述べる機会を与えられましたことについて、深く感謝をしたいと思うのであります。
 御承知のように、衆議院の審議においては、この文化財と文化協定の問題は一言も実は触れられておらないのであります。で、本院の日韓特別委員会では、同僚の小林武議員がこの問題について質疑をいたしましたけれども、在日朝鮮人の教育の問題が中心に論議をされて、いよいよこれから文化財と文化協定の問題に入るというところで、実は審議打ち切りまして、その後も質問の余裕を残したのでありますが、ついにその機会を与えられることはできませんでした。
 先ほど鈴木強君からお話がありましたように、河野副議長は、八日の日に、日韓特別委員会を設置をするというこの本会議の議長を副議長が代理としてつとめたのであります。したがって、私は、当然河野副議長は、一体、日韓特別委員会の衆議院の段階でどういう論議が行なわれて、どういう問題が不十分であるかということは、よく御承知なはずだと思うのであります。なおまた、先ほどから問題になっておりますように、この特別委員会で強硬なやり方をされて、これを議了したものと考えるという、この段階においても、私は、どういう状況で日韓特別委員会が審議を行なわれたかということはよく承知をされ、検討されたと思うのであります。こういう意味から、言うまでもなく、全く重要な文化財、文化協定の問題が十分に触れられていない事実を考えて、当然これは差し戻すべきものだと思うのでありますが、こうした点について、議長を助けて十分この問題について努力をしない、そういう点に非常に欠けていたという点について、私は不信任のこういう必要性があると思いまして、そういう意味からも、私は発議者の一人として、残念ながらこの河野副議長不信任の発議者たらざるを得ない状態になったということを申し述べたいと思うのであります。
 そこで、いま日本の国には、ばく大な朝鮮の文化財があるのでありまして、これは数万点あるといわれておるのであります。これは、美術品としては、陶磁器とか、仏像とか、装身具とか、「かめ」とか、書画その他の考古資料や書籍というものもあるのでありまして、これらが国立、公立、私立の美術館、あるいはまた博物館、あるいはまた図書館、大学などにあるのであります。個人で小倉武之助のコレクション、あるいは根津美術館のコレクションなど、非常によいものを集めたものもあるのでありまして、この数万点の美術品の中には、重要文化財あるいはまた国宝として指定をされたものもあるのであります。こうしたばく大な朝鮮の文化財が、どういう事情をもって日本の国に渡ってきたのかということになりますと、実は、その渡ってきた時代、方法というものは、いろいろあるのでありますけれども、最もたくさん日本の国に渡ってきたのは、やはり日本が朝鮮を支配していた時代が最も多いのであります。あの伊藤博文が朝鮮総督として、たくさんなものを日本に運んだ事実は、皆さん御承知だと思うのであります。あるいは寺内正毅朝鮮総督もまた、たくさんな朝鮮の文化財を日本に運んだのであります。あるいは高級の官僚が朝鮮総督府に任官をして、その辞任をし、退任をすると同時に、たくさんな朝鮮の文化財を日本に持ち帰ったのであります。あるいは朝鮮総督府自身が、このたくさんな、また優秀な朝鮮の文化財を日本に送ってよこしたことも事実であるのであります。あるいはまた、学者であるとか、富豪であるとか、骨とう屋の人たちが朝鮮に渡って、この文化財を集めて日本に持ち帰ったこともある。特に私たちが残念ながらここで申し上げなければならないのは、職業的な盗掘団というのがあって、日本の憲兵や警官を使って、白昼堂々古墳を掘り起こし、塚を掘り起こして、そうしてそれらのものを日本に持ち帰り、送ってきたことも、私たちは認めざるを得ないのであります。日本の大官が朝鮮を旅行して、そうして、それから帰ってくると、その旅行した所の仏寺の仏像がなくなってしまったり、美術品がなくなってしまっているということも、実は非常に多かったのであります。私たちは、全部が全部ではないとしても、こういう事実があったということについては、否定することが実はできないのであります。したがって、朝鮮がいよいよ独立をした際に、特に、あの長い歴史を持ち、相当な高い文化を持った朝鮮の人たちが、独立後に、この民族の独立を象徴するものとして、何としても、日本に奪われ、持って帰られた文化財を朝鮮に持ち帰りたいという、こういう強い熱望の起こっていることは事実であります。あの朝鮮の人たちは、これは単に文化財としての価値を言っているのではない。民族の象徴として日本にある文化財を持ち帰るべきだという強い主張が行なわれ、朝鮮の国内でもいろいろな古墳が発掘されて、そうして朝鮮民族が築いた文化財をここに象徴的に出現をさせたいということで、国家の重要な事業としてこれが行なわれているのであります。私たちの国と違って、長い歴史を持ち、しかもなおかつ他国に占領されていた民族が解放されて独立したときに、いかに自分たちが文化財について、たえがたい熱望を持っているかという、こういう事実を、私たちは見のがすことはできないのでありまして、私たちは、文化財の問題について、やはりこういうことを腹に置いて問題を解決していくということが必要であろうと思うのであります。しかも、この文化財が不法に持ち出された、その日本の責任を追及するということと、いま申しましたような民族独立の象徴としての文化財の国内への持ち帰り、返還という要求が強く朝鮮の人たちに起こっているという、こういう事実は、私たちは十分に考えてまいらなければできないと思うのであります。
 そこで、こうしたことから、御承知のとおり、この文化財返還ということが強く主張されたのでありますけれども、今度の日韓条約における文化財及び文化協定の基本の考え方は、返還ではありません。引き渡しをする、日本が朝鮮の文化財を持っているのは合法的に持っていることであって、これを返す必要はないのだ。したがって、引き渡しをするけれども、協力はするけれども、返還はしないのだという、こういう考え方の上に立って、実はこの文化財と文化協力の協定がなされているのであります。この文化協定の内容は非常に簡単でありまして、「日本国政府は、附属書に掲げる文化財を両国政府間で合意する手続に従ってこの協定の効力発生後六箇月以内に大韓民国政府に対して引き渡すものとする。」、こういうことが中心であります。いま申し上げましたように、返還を強く要求いたしましたが、民間のものを引き渡すわけにはいかない。日本国の持っている文化財について、将来の朝鮮あるいは韓国の文化の向上のために協力をするために引き渡しをしようという、こういう日本の主張を貫いて、この文化財の協定がなされたのであります。
 で、民間の問題については、この議事録に合意がされて、「韓国側代表は、日本国民の私有の韓国に由来する文化財が韓国側に寄贈されることになることを希望する旨を述べた。日本側代表は、日本国民がその所有するこれらの文化財を自発的に韓国側に寄贈することは日韓両国間の文化協力の増進に寄与することにもなるので、政府としてはこれを勧奨するものであると述べた。」、つまり、民間のものについては自発的に寄贈する、寄与をするということについて、日本の政府はこれを勧奨するということで、この問題を片づけたのであります。したがって、この中には、先ほど申しましたように、朝鮮の文化財返還という主張は、ついに韓国側として貫くことができない。単に政府のものを引き渡すと、こういうことで問題が処理をされ、民間のものについては、今後これを民間の人が寄贈することについて政府がこれを勧奨し、奨励をしていこうと、こういうことで問題を解決をしていったのであります。
 そうして、日本の陶磁器、考古資料、石造美術品、装身具百七十六点、全部で四百三十四点であります。書籍が百六十三部、八百五十二冊、逓信関係の資料三十五点が附属書に列挙されて、日本の国有の文化財を、朝鮮の文化財の国有のものを引き渡しをするということになったのであります。特にここで指摘をしなければできないのは、韓国側が強く引き渡しを熱望していた慶尚南道の梁山の「夫婦塚」の発堀品は、ついに日本が引き渡しを拒否したのであります。日本の態度としては、合法的に日本へ持ってきたのだ、したがって、これを返還することはできない。引き渡す場合でも、類似の品が韓国にあるものについては日本は引き渡しをしないという、こういう基本線に立って、強い熱望があったのでありますけれども、ついにこれを拒否して、梁山の「夫婦塚」の発掘品の引き渡しは行なわれなかったのであります。
 そこで、先ほど申しましたように、この引き渡される朝鮮の文化財は、一体文化財としての価値がどの程度あるだろうかという問題でありますけれども、日本が朝鮮の文化財を引き渡したのは、あの岸内閣のときに、昭和三十三年、抑留日本人の漁民の釈放と交換に、日本にある朝鮮の文化財百六点を実は引き渡したのでありますが、これは、全く値打ちのない雑品を、ただ並べ立てたというので、韓国側から非常な非難を受けたのでありますが、今度の引き渡しのものについては、そういうものとは相違をしていることは事実でありますけれども、この引き渡しの中には、一つの国宝もなければ、一つの重要文化財に指定されたものも、実はないのであります。特に、引き渡し書籍の中には、曾禰荒助氏が集めたものが中心でありますけれども、全部李朝後期に属するものであって、中には、この書籍を筆写した複製品が非常に多いということが指摘をされているのであります。
#43
○議長(重宗雄三君) 松永君、時間がまいりました。簡単に願います。
#44
○松永忠二君(続) こういう点を見ますならば、つまり、先ほど申しましたような、一体この日韓条約の中で、協定の中で定められている内容は、先ほど申しました朝鮮の民族独立の象徴としてのものだ、そういう強い熱意に対して、これに十分こたえたものでないということについては、私たちは残念ながら指摘せざるを得ないのであります。
 そこで、ここには幾多の問題点があります。特にその一つとしては、日本が主張したのは、フランスだって、アメリカだって、イギリスだって、植民地のアフリカ等から、たくさんなそういう文化財を集めて、国内の美術館に展覧をしているじゃないか、正々堂々と展覧をしているじゃないか、日本だって、朝鮮の文化財を日本に持ってきて、日本の国内でそういうことをやったからといって、何にも恥じるところはないんだ、これは国際的な慣例に属するものであって、返還は国際的な慣例に反するという、こういう主張を貫いていったのでありますけれども、私たちは、イギリスがこういうことをやっているから、フランスがこういうことをやっているから、それだからいいという筋合いのものではないはずだと思うのであります。あのフランスやイギリス等が植民地支配の気持ちを貫いて、いまなおそれを返さずして、自国の美術館にこれを一種の誇りとして飾っているという、こういう事実を、むしろ反省の材料として、この朝鮮の文化財を引き渡すという、との考え方を十分に検討すべきでないか。特に引き渡しを熱望されたものを拒否した先ほど申しました慶尚南道の梁山の「夫婦塚」の遺品のごときは、国有でありますので、これらの問題について今後検討を要するものであります。
#45
○議長(重宗雄三君) 時間がまいりました。
#46
○松永忠二君(続) 特に、私はなおもう一点指摘をしたいことは、この朝鮮文化財は、三十八度線で区切られる筋合いのものではありません。文化財を三十八度線で区切ることは実はできないものである。これらの文化財は朝鮮人がつくり上げた文化財であるのであります。単に、その文化財が三十八度以南から出土された、発見をされたからといって、これを韓国に返すということだけで事足れるものではないはずであります。私たちは、文化財は単に一握りの政権担当者に返還するのではなくて、全朝鮮人、朝鮮民族に引き渡さるべき筋合いのものであろうと思うのであります。こうしたことを考え合わしたときに、この日韓条約は、朝鮮の統一という問題、朝鮮民族を相手として処理されなければならないのに、矛盾したこういう中で、この問題が強行されるところに、私たちは象徴的にこの日韓条約の問題の欠陥を指摘しなきゃいけません。
 最後に、もう一点申し上げたいことは、この文化協定は、全く文化財引き渡しの協定であるのである。日本は、フランスやイギリス、その他多くの国と文化協定を結んでいるのでありますけれども、これらの文化協定には、学者、芸術家等の文化の交流協力ということが強く規定をされておりますのに、一衣帯水、長い関係のあった韓国と協定を結び、条約を結び、何が悪いのだというならば、なぜ、こうした問題について、積極的に日本は協力する文化協定をつくらないのでありましょうか。(拍手)私たちは、ただこちらの都合でできるだけのことをやりさえすればいいという、その御都合主義なこの日韓条約の考え方では、日本と朝鮮の問題は根本的に解決ができない問題であるということを強く考えるのであります。私は、相澤議員の御質問になりました文化財と文化協定の中にも、この日韓条約の包蔵する幾多の矛盾、こうした問題が端的にあらわれている事実を指摘をいたし、今後こうした問題について、われわれもまた政府も、十分な努力をしていかなきゃいけない事実も強く指摘をいたしまして、相澤議員の御質問に対するお答えとしたいと思うのであります。どうも失礼いたしました。(拍手)
   〔森中守義君登壇、拍手〕
#47
○森中守義君 相澤君の私への質問は、河野謙三君の兄貴に当たる、故人でございますが、河野一郎さんとの比較をしてほしい、まあ、こういう質問の要点であったかと思います。なかなか含蓄のある質問でございまして、私は、このように理解をいたします。つまり、質問の中に出てまいりました日ソ交渉の当時、河野さんがどういう働きをされたか。裏を返して申し上げるならば、少なくとも、今日の自民党の外交政策と、当時とり行なわれておりました外交政策に、相当以上に大きな変化がある。相澤質問の要点は、そのことを背景に置きながら、河野謙三君の不信任案提案者に対する質問であったかと心得る。
 そこで私は、逐次お答えをしてまいりたいと思いますが、言われたように、日本書紀ほど古いものではございません。すなわち、私が初回に当選をしてまいりました昭和三十一年のできごとでございます。すなわち、昭和二十六年講和条約が結ばれ、あるいは安全保障条約が結ばれまして、国論がとみに、外交問題に関して非常に大きな変化を遂げつつあったことは事実であります。しかも、その中心は、何といっても、先ほど御指摘になりました当時の吉田内閣でありました。つまり、河野さんと一緒になっていた鳩山さんは、当時の吉田さんのやっていたような対米一辺倒の外交政策では――アジアの中心ともなっていかねばならない、しかも、第二次世界大戦の重大なる責任をになっている日本としては、適当でない。ここにすみやかに対米一辺倒の追随外交を放てきをして、ソビエトとの友好関係をすみやかに回復すべきであるというのが、これが当時一貫をした鳩山・河野、そしてこれまた故人でございますが、三木武吉さん、こういう当時の政界指導者の一貫した考えであったのであります。しかも御案内のような、当時の自民党の混乱によりまして、ついに吉田内閣は退陣、鳩山内閣の出現。そのまず冒頭にやろうとしたのが、いわゆる日ソ国交回復であります。いろいろと当時の記録等をたどってみますると、この日ソ国交回復の中心的な役割りを果たしたのが、ほかならず、河野謙三君の兄貴さん河野一郎さんであったのであります。いま私の手元に、外務の専門調査室からいただいた資料がございますが、これによりますと、鳩山さんが総理になり、そしてまず外交の方針としては対米追随一辺倒の外交を捨て、ここに何としてもソ連との国交を回復する、このことを第一義として、一九五六年、すなわち昭和三十一年十月七日に鳩山総理を全権代表とする御一行がモスクワに出発をいたしております。そして当時の全権団を御参考までに申し上げますから相澤君お聞きください。鳩山一郎総理大臣、当時の農林大臣河野一郎、それから外務省顧問であったと思いますが、松本俊一、それから全権委員の顧問として、当時の官房副長官松本瀧藏、随員には今日の法制局長官である高辻正巳君、それからいまオーストリアの大使である、当時の外務省アジア局の参事官法眼晋作、それからいま外務省のユーゴースラビア大使である、当時の条約局次長高橋通敏外一行二十名、こういう顔ぶれで昭和三十一年の十月七日に羽田を出発をいたしました。そしてブルガーニン首相、ミコヤン第一副首相、フルシチョフ第一書記、グロムイコ第一外務次官、フェドレンコ外務次官、こういう人たちとの間に、十月の十三日から十九日の共同宣言の調印に至るまで、本交渉あるいは小委員会、こういう幾つもの会合に分かれまして、きわめて精力的に、しかも真実を披瀝した交渉が記録にとどまっております。これも御参考に申し上げておきたい。十月の十三日には、河野代表とイシコフ漁業担当相との非公式会談、十五日にはこれは公式会談として河野・イシコフ第二回の会談、十六日に河野・フルシチョフ会談、河野・イシコフ第三回会談、十七日に鳩山・河野・ブルガーニン会談、十八日に河野・フルシチョフ会談、十九日に共同宣言調印、ざっとこういう内容であります。(「中身がわからん」と呼ぶ者あり)中身はこれから申し上げます。そこで共同宣言の調印をやり、しかも交換公文あるいは協定等を締約して、日本に帰ってまいっておりまして、その内容は両院で審議をされるに至りましたが、いまの日韓の問題とは根本的に異なったものであるということが、きわめて明瞭に相なってまいります。すなわち衆議院へ――帰国後直ちにこの案件を国会に出してまいっております。三十一年の十一月二十七日……。
#48
○議長(重宗雄三君) 議題の範囲をこえないように御注意ください。
#49
○森中守義君(続) はい。これは関係がある。――内容は、どういう内容であったかと申しますると、まずは、日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との共同宣言の批准について承認を求めるの件、つまり今日の日韓の基本条約案件とほぼ内容を一にいたしたようなものであります。そのほか、つまり先ほどお話になりました抑留者の帰還協定であるとか、いろいろございますが、問題は、いまのような状態ではございません、国会の審議が。特に、この発言中に、私はぜひ皆さんに御理解をしていただきたい。そうしてまた、当時のことを回想しながら、お互いに国会というもの、国の外交というものは、およそ、こういう方向に行くべきであると思いますことは、衆議院の場合に全会一致でこのことが可決決定を見ているということでございます。もちろん、いろいろ背景はある。当時・四百六十五名であったと思いますが、衆議院の出席者は三百六十五名、しかし出席者の三百六十五名は全部賛成ということが記録に残っている。百名が欠席をしております。この百名の欠席が、つまり日ソ間の国交の回復は困るという当時の自民党内の勢力であったようであります。このようにいたしまして、衆議院では全会一致決定を見ている。また、参議院に至りましては、これまた、当時の三名の無所属の皆さんが反対をしただけであって、全員賛成をいたしております。したがいまして、日韓のように、こういう状態で、条約とか、あるいは協定、交換公文、関係国内法が採決される、こういうかつてない混乱の中で外交問題等は処理されるものであってはならぬということが、実は相澤君にお答えをする第一の点である。当時の状態と、今日の状態と比べてはなはだ懸隔がある、しかもまた、河野謙三君と一郎さんを比べた場合に、一郎さんは、およそ比べものにならないような大人物であった、こういうように私は感じておるのであります。もちろん当時の国際情勢というものは、今日と同じように――あるいはもっと深刻であったようであります。共同宣言が発表されましたときに、ハンガリー、ポーランドの事件が起こり、あるいはスエズの動乱等が続いておったのでございます。つきましては、ほんとうに対米追随の外交政策を一変いたしまして、東の陣営との窓口を開こうとしたことが、いわば今日の日本をここまで持ってきたということになるのではないでしょうか。その一つの大きな成果といたしまして――それまでは国際連合に日本が参加したいといっても、氷づけになっていた、国連の加盟が認められなかった。ところが、この日ソ共同宣言の調印による国交の回復によりまして、わが国が国連に加盟できて、今日安保理事会等で活躍ができるのも、実にこういう結果によるものであるということを考えますならば、非常に大きな成果があったと思う。同時に、長年ソ連に抑留されていた皆さん方が元気でお帰りになる――直ちにソ連がその手続をとったということは、これまた大きな成果であったということを考えますならば、今日の日韓の問題に比べて、どのくらい大きな隔たりがあるかということを、しみじみ感じないわけにはまいりません。おおよそ、外交というものは、かくありたい。しかも、全会一致ですべて外交問題等は処理できるように、時の政権を担当する者、多数を握っている者は、包み隠しなく問題の内容を国会に出してほしい。見てごらんなさい。衆議院、参議院を通ずる今回の自民党政府の出方はどうですか。出すべき資料を出そうともしない、答うべきことを満足に答えようとしない。のみならず、これは儀式であるなどという、こういう自民党の幹部がいるという話を聞きまして、言語道断であると私は思っております。社会党は、衆議院、参議院を通じまして、この日韓の問題は、あまりに問題が多過ぎる、したがって、慎重に審議を重ねると同時に、政府・与党に何とかして、妥協の方法といいましょうか、言うべきことを言う、語るべきことを語る、出すべきものを出すという、そういう態度があるとするならば、何も私どもは、ここまで問題の紛糾はなかったと思う。この点は、特に私は自民党の諸君に十二分に理解をしていただきたい。
 ところが、日韓の問題について、日ソ交渉等とあまりにもかげ隔てている問題の一つに、例の請求権の問題があるということは、皆さん御承知のとおり、第一次会談から第三次会談に至るまで、日本側は、対韓請求権がある、これは存在するということを、一貫して主張してまいりました。きのう、わが党の稲葉議員から詳しいお話があったとおりであります。ところが、第三次会談まで執拗にこのことを主張し、しかも、韓国が日本に持っていた資産が、その評価の額として大体九十億から百二十億、日本が韓国に持っていた私有財産が、大体百二十億から百四十億、したがって、これは若干の持ち出しにはなろうけれども、相殺をしてもよろしいということが、第三次会談の柳発言等によって記録に残っている模様であります。要するに、日本としては、予備会談、第一次会談、第二次会談、第三次会談に至るまで、この請求権の問題を一歩も譲っておりません。最後までこの態度を外務省も政府も貫いてほしかった。ところが、おそるべき事件がここに発生をいたしました。何か。昭和三十二年、もう大みそかの日であります、十二月の三十一日、アメリカ側は、平和条約四条に対する解釈といたしまして、四条の(b)項にいう対韓請求権は実はないのだ、こういうことがアメリカ大使を通じて日本政府に伝えられてまいりました。直ちに日本政府は、いままで対韓請求権があるということを主張しながら、一変をして久保田発言を取り消すと同時に、この対韓請求権を取り下げるという口上書を韓国代表部に送ったのであります。ここに問題がある。だから、幾ら自主外交である、こういうことを主張しても――この対韓請求権の問題につきましては、自主的な判断では請求権があるといって、これで突っぱってきながら、三十二年、アメリカの強烈なる指示、指令、圧力、こういうものが届くやいなや、豹変をして、節を曲げてしまっております。これが、今日の請求権を放棄せざるを得ない、しかも、当時韓国に私有財産を持っていた多数の引き揚げ者の皆さん方に迷惑をかける結果になってしまったということを、私は申し上げておかなければなりません。そこで、今回の……
#50
○議長(重宗雄三君) 時間を経過しております。簡単に願います。
#51
○森中守義君(続) 参議院に出ているこの種問題につきまして、佐藤総理は何と言ったか。いや、それは十二分に調査をして、善処したい、調査会に諮問をすると、こう言っております。しかるに、皆さん、調査会ではない。実は、総理府の設置法によりまして審議会がつくられていることは間違いない。ところが、この審議会は、平和条約十四条に言う、つまり、放棄した領土の各地域の在外資産の諮問機関であることは、実は間違いございません。ところが、昨夕、私がいろいろと問い合わせてみますると、この審議会には、日韓の問題につきましては、いまだ政府は諮問に付しておりません。全然この審議会にかかっていない。これでは、すでに朝鮮から帰って二十数年たった皆さん方が、いくら引き揚げ者の運動ということで問題を提起しようと思っても、一歩も前進をするはずがないのであります。はなはだ遺憾と言わなければならない。のみならず、予備会談から第三次会談まで主張してまいりました一貫した対韓請求権があるという主張は、アメリカの一言のもとに放棄してしまう。これは、単にそれだけではとどまりません。国際条約に反する。と申しますのは、しばしばこの議場でも問題になったようでございますが、例の「陸戦の法規慣例に関する条約」というのがあります。ヘーグ条約、この四十六条に私有権の尊重というものが保障されております。つまり、公有財産等は敵産管理ということで没収されることがあっても、私有財産は没収されない、こういうのがあります。一体、このことを日本政府はどうしてくれるのか。いままでの両院における日韓委員会の会議録等によりますと、外務省が一貫して対韓請求権があるということを主張してまいりましたのは……。
#52
○議長(重宗雄三君) 森中君、簡単に願います。
#53
○森中守義君(続) 実は、このヘーグ条約であったことは皆さん御承知のとおりでありますから、私どもといたしましては、絶対にこの対韓請求権は放棄すべきではなかった。ここに放棄すべきでないことを……。
#54
○議長(重宗雄三君) 森中君、時間が来ております。簡単に願います。
#55
○森中守義君(続) しかも、国際条約を無視するという、こういういわゆる、暴挙、暴論によって、日韓条約案件を強引に通過成立せしめようということは、何としても私は、民主的な国会の名において、議会民主政治の名において許されるものではないと私は思います。自民党の中の宇都宮さんが……。
#56
○議長(重宗雄三君) 簡単に願います。
#57
○森中守義君(続) はなはだ国益を損するという重要な一項にあげられていたのは、このことでもございました。そこで私は、質問に対する答弁の結論として申し上げたいのでございますが……。
#58
○議長(重宗雄三君) 時間がございません。
#59
○森中守義君(続) 形は衆議院の所定の会議の形式をとっている。あるいは参議院の会議の形式をとってる。内容はどうでもいい。それだけで国会が通せるというならば、これは民主政治の名に値いいたしません。自民党の諸君がいまやっていることは儀式だということは、まさに私はこのことを意味すると思う。しかし、そういうことでは、おそらく国の発展も国民の利益も守られるはずがございません。お聞きください。こういうことに、ひとり社会党だけが反対をし、やり方がけしからぬというならば、これは一考の余地もあるでしょう。ところが、御承知のように、現実、公明党、第二院クラブあるいは共産党、投票こそいたしませんが、民主社会党にしましても、この運営をだれ一人としていいと言う人がおらぬじゃありませんか。こういうことを考えますならば、私は変則国会などというものじゃございません。まさに議会民主政治の破壊を自民党はやろうとしている。
#60
○議長(重宗雄三君) 簡単に願います。
#61
○森中守義君(続) 私が三、四日前に、議長室へ議長及び副議長に対する抗議団の一員として入りましたときに――ちょうど皇孫の命名の日です、議長がたしか一時半からどうしても皇居に行かねばならぬ、あと副議長がいると、こういうことである。ところが、副議長は、いや、議長はそういう用件でどうしても席をはずすが、私がおります、こう言って、河野謙三君は私どもに約束した。だから、私どもは当然議長の補佐に当たるべき重職として河野さんがおるものと――最後までわれわれの話し合いに応ずるものと理解をしながら、いろいろと話を詰めてまいりますると、何と三十分か四十分たつかたたない間に、いや、実は私も皇居に行かにゃならぬのだ、こういうことである。それならそのように、ちゃんと自分もこうして皇居に行かねばならぬということを、私は副議長ほどの見識のある人ならば、野党が全部行っているのですから、当然言うぐらいの見識があってもいいと思う。一言もそんなことは言わない。行かねばならぬ――まるきり、議長を出すために適当にだます。今度はまた、議運の田中君かだれかだったろうと思いますが、これにバトンを譲っていこうとする。一事が万事、だまし討ちにだまし討ちを重ねるようなことでございまして、要するに日ソ交渉と今度の日韓は比べものにならない、兄貴の河野一郎君と弟の河野謙三君と比べると、全然問題にならない。だから私は、先ほど来しばしば強調してまいりましたように、自民党がほんとうに国会の正常化を願い、そうして日韓条約案件の正しい成立をはかろうとするならば、四日のあの暴挙を直ちに撤回をして特別委員会に返すこと。私は、まだ同僚の横川正市君の特別委員会における質問の続行中であると思っておりますので、当然横川君の質問を継続すべきだと思います。
 最後に申し上げておきたい。
#62
○議長(重宗雄三君) 簡単に願います。
#63
○森中守義君(続) 十三日までに……
#64
○議長(重宗雄三君) 約束の時間をお守りください。
#65
○森中守義君(続) 十三日までに日韓条約を、こうも強引に――人が寝るべきときに寝かしもしない、食事の時間に食事もさせない。こういうむちゃな国会の運営をしなければならない。私も、三十一年以来今日に至るまで議会の経験がございますが、こういう国会は初めてである。したがいまして、きのう、心なき自民党の諸君によって、不見識な議長は、ついに信任をされたようでございますが、きょうはひとつ、こんなむちゃな議会の運営を推進をしている副議長河野謙三君に対しましては、心ある議員各位全員の賛成をお願いいたします。同時に、質問者の相澤君には、はなはだ申しわけありませんが、この副議長の不信任案の提案に対しましては、私どもは全力をあげて成立をせねばならぬという、異常な決意に燃えていることを質問者にお答えいたしまして、私の答弁を終わる次第であります。
#66
○議長(重宗雄三君) これにて休憩いたします。
   午後一時五十五分休憩
     ―――――・―――――
   午後三時三分開議
#67
○議長(重宗雄三君) 休憩前に引き続き、これより会議を開きます。
 質疑を続けます。野上元君。
   〔野上元君登壇、拍手〕
#68
○野上元君 私は、質問に先立ちまして、議長に御忠告と要望を、まず申し上げておきたいと思うのであります。先ほど、同僚相澤重明君の演説を聞いておりましたが、ちょうど五十分議長は相澤君の発言を許しました。したがいまして、これも一つの慣例であろうと思うのであります。私は相澤君ほど博学ではございませんから、五十分も長くしゃべるわけにはまいらぬと思います。しかしながら、議長は五十分間は許したのでありまするから、五十分になる前に私に発言を中止させるなどという行為だけは、行なってもらいたくないと思うのであります。それでは明らかに差別待遇ということになろうと思うのであります。したがいまして、その点については、はっきりと申し上げておきます。(発言する者多く、議場騒然)
#69
○議長(重宗雄三君) 静かにしてください。
#70
○野上元君(続) もしも相澤君に許し、私を中止さすということがあるならば、明らかに公平を欠いた措置となるわけであります。あらためて議長不信任の条件が一つでき上がるのでありますから、そういうことのないように、あらためて申し上げておきたいと思います。皆さま、どうかひとつ証人になっていただきたいと思うのであります。
 私は、さきに鈴木強君、岡三郎君、北村暢君、松永忠二君、森中守義君、以上五君の共同提案になっております河野副議長不信任案について、若干の質問を行ないたいと思います。質問に先立ちまして、私は、この不信任案は、単に河野副議長に対する不信任案であるばかりでなく、十二月四日、わが参議院日韓特別委員会における政府与党の暴挙に発し、まさに音を立ててくずれ落ちんとするわが国の議会制民主主義の危機に対する深い憂慮が秘められているものとの認識に立ち、マクロ的視野に立っての質問を試みたいと思うのであります。御提案者には、あらかじめ御了解を賜わりたいと思います。
 まず、提案者の一人であります松永忠二君にお尋ねをいたしたいと思います。
 ある人は、私にこう言いました。「この本会議は、まぼろしの本会議ではないのか」、こういうふうに言われたのであります。「諸君は、このまぼろしの本会議で一体何をそこから生み出そうとしているのか」、こういうふうに質問をされたのであります。御承知のように、十二月四日の日韓特別委員会の事態には何ものもなかったということは、耳をふさぎ目を閉じた自由民主党を除いては、何ぴとといえども、これを認めているのであります。したがいまして、あの日韓特別委員会は何もなかったということであります。そのなかったものを土台にして何を審議しようとしているのか、こういう質問を受けて、私はショックを受けたのでございます。ゼロから何を得ようとしているのか、無をもてあそんで一体何を生み出そうとしているのか、まことにむだな話ではないか、むだをやっているほど人生は長くはない、こういうふうに忠告をされたのでございます。私は、これを言われたときに、考えました。なるほど、われわれのやっていることは、これはまぼろし本会議の会議なのか、確かにそのようにも見えます。日韓特別委員会における可決報告書と称するものを議長の手元に出した寺尾さんの姿は、今日まで見えないのであります。これを「まぼろし」と言わずして何であるか。なぜ寺尾さんは、正々堂々とこの本会議場に来られて、われわれの前にその姿をあらわさないのでありましょうか。日韓特別委員会の委員長席にすわっておった寺尾さんは、皆さま方の錯覚ではなかったのでしょうか。実際は、いなかったのじゃないでしょうか。これが、まぼろしの本会議といわれるゆえんだといわれております。しかも、あなた方は、八日に職権本会議が開かれてから、何時何分に何が行なわれたか、どういうことが行なわれたか、思い出せる人が一人でもいるでしょうか、正確に。(「何もなかったから思い出せない」と呼ぶ者あり)思い出せないでしょう。何時何分に何が行なわれたか、はっきりと皆さん方はここに証言できないでしょう。したがって、職権本会議を開会した議長の、人権を無視し、人道を無視した強行な議事運営によって、あなた方は、もうろうと、ただ動いておったにすぎないのであります。こういう本会議をこのまま続行していくことは、はたして価値あるものかどうか、何かこの中から価値が生まれるのでありましょうか、その点を私は提案者に伺いたいのであります。(拍手)何のためにわれわれはここで会議を行なっているのか、その点をはっきり伺いたい。また、この状態になった背景についても私はあまり知りませんので、ゆっくりひとつ説明を願いたいと思うのであります。
 さらに、松永忠二君に対しまして次のことをお尋ねをいたしたいと思います。今を去る二十四年前、昭和十六年十二月八日、すなわち日本が大東亜戦争に突入した日でありますが、「新高山へ登れ」、こういう連合艦隊司令長官の指令に基づきまして真珠湾の攻撃が行なわれたのであります。この日未明、「帝国陸海軍は西太平洋において米英と戦闘状態に入れり」という有名な宣言文を発表いたしまして、日本は破滅の第一歩を踏み出したのであります。そうして、それからちょうど二十四年後の十二月八日、はからずも本院は、日韓特別委員会におけるあの唾棄すべき与党の暴挙を正当化するために、ついに議長は、自民党の言うがままに、集中する非難と抗議に耳をかさず、強引にも職権による本会議を開会いたしたのであります。日本の議会制民主主義は、まさに破壊の一歩を踏み出したのであります。いずれも十二月八日でございます。これは、偶然の一致というにしては、あまりにも、くしき「えにし」と言わなければなりません。
 私は松永さんに聞きたいのでありますが、この二十四年間、日本の支配階級は一体何を勉強してきたのか。彼らは半歩も進歩しておらないではありませんか。佐藤首相は、口を開けば、こう言っております。「保守主義とは、悪きものを排除し、よきものを保守するのだ」と言っております。これが保守主義である、保守反動とは区別してもらいたいと言っております。これはディズレリーの言ったことばであります。確かにディズレリーはそう言いました。保守主義とは、よきものを保守し、悪きは捨てていく、これが保守主義だと、こう言ったのであります。しかし、佐藤さんは、何ですか、悪きもののみを保守しているではありませんか。よきものは全部これを捨てているじゃありませんか。これを私は保守反動と呼びたいのでございます。(拍手)このことについて、松永さのお知りになっている点について、十分にひとつ御説明をいただきたいのであります。しかしながら皆さん、日本を破滅に導いた、かつての支配者階級は、人道の名によって、ついにさばかれたのであります。ある人は絞首刑になりました。ある人は戦犯で巣鴨に月を眺めたのであります。おそらく、今日の民主主義の破壊者も、早晩、人民の手によってさばかれることは間違いないと確信をいたしておるのであります。歴史が繰り返すとするならば、まさにそのことは当然のことだと思われるのでありまするが、松永さんの見解をお聞きしたいと思うのでございます。また、この民主主義の危機に臨んで、議長は、あるいは副議長は、どうすべきかという点も、あわせてひとつ十分にお聞かせいただきたいと思うのであります。
 次には、提案者の一人であります北村暢に対しまして御質問を申し上げたいと思うのであります。
 いま私が申し上げましたように、日本における議会制民主主義は、まさに破壊の一歩を踏み出したのであります。国民は、いまや地獄行きの片道切符を買わされたのであります。こういうときにおきまして、われわれは一体何をなすべきか。国国の荘子は、こう言っております。「鉤を盗む者は誅せられ、国を盗む者は侯たり」と言っておるのであります。今日の社会においてもまた同様ではございませんでしょうか。平和を求め、職を求め、その日のパンを求めてデモをする者は、これは罰せられ、民主主義を破壊する者は権力の座にあるのであります。何千年も、進歩は全く見られないと言わなければならぬのでございます。こういう状態の中にありまして、われわれは一体何をなすべきかということを聞きたいのでございます。そして、これはフランスの革命家でありまするが、一七五五年から一八四一年にかけて生きた人でありまするが、バレル・ド・ヴィウザックという人がおります。この人は、こう言っております。「自由の木というのは、ただ暴君の血を注がれるときにのみ生長する」と言っておるのであります。当時のフランス革命史をお読みになった方は、よくおわかりだと思うのであります。今日のこの日本に、直ちにこれが妥当なものだとは考えておりません。これは、おそるべき一つの思想が含まれていることは私もよく存じておるのであります。だから、これを防ぐためには、われわれは一体何をすべきか、特に自由民主党はよく考えていただきたいと思うのであります。今日、国会における多数党は、「多数こそ真なり」という考え方を持っております。「多数は絶対なり」という考え方を持っております。「多数は万能なり」という考え方を持っておるのであります。このような思想のもとにおいて国会を運営するということになりまするならば、先ほど申し上げましたフランス革命家のことばが、十九世紀の神話としてではなくして、今日においても通用することになる可能性があるのであります。まことにおそるべき状態と言わなければならぬと思います。また、皆さん方が非常に尊敬されておられると思いますジェファーソンは、こう言っております。「暴君への抵抗は神への服従である」と言っております。私は、これを、こう言いかえたいのであります。「民主主義の破壊者や圧政者に対する抵抗は人民への服従である、国民への服従である。」と言いかえたいのであります。そして、今日われわれが、この与党の暴挙に対し徹底的な戦いを進めておることこそ、これこそ人民への服従の道であると確信をいたしておりまするが、北村君の御見解をお聞かせいただきたいのであります。
 次に、提案者岡三郎君に御質問を申し上げたいと思います。
 今日このように国会が混乱をし、常に混乱を続けているのは、議長の地位とリーダーシップに重大な関係があるのではないかと私は愚考をいたしておるのであります。したがいまして、まず私は、議長の地位というものについて岡君の見解を聞きたいと思います。日本国憲法四十一条には、「國會は、國權の最高機關であって、國の唯一の立法機關である。」と明記されております。したがいまして、その最高機関の長である議長は、文字どおり国の最高の権威者でなければならぬと思うのであります。しかるにもかかわらず、今日、議長あるいは副議長の権威は、必ずしも確固たるものではないのであります。何ゆえに権威がないのか。これが問題であろうと思います。私は思いまするに、次のごときいろいろの理由があげられるのであります。今日、日本における状態は、議長、副議長に就任をされても、依然として一党員にとどまっている、この点が重要ではないかと思うのであります。したがいまして、常に、議長、副議長は党の規律に縛られてしまうのであります。これでは、議長は公平な立場を貫くことは不可能であります。当然だと思います。したがいまして、公平を欠いた議長は、もはや権威はないのであります。そのことを考えますると、いかにして議長の地位を確固たるものにするかという点について十分な検討が必要であるのであります。したがいまして、議長、副議長が最高の権威として保持できるような具体的な措置を積極的に建設的に講ずる必要があろうと思うのであります。たとえば、議会政治の母国であります英国においてとっておられる方法も、一つの方法ではないかと思うのであります。研究に値するものがあろうと思います。すなわち、議長は終身職であります。もちろん党籍はございません。そうして彼には、永久に選挙に際しては対立候補を出さないという保障を与えておるのであります。この議長であるならば、私は十分に公平妥当な議事運営ができると考えるのであります。
#71
○議長(重宗雄三君) 野上君、時間が超過いたしました。簡単に願います。
#72
○野上元君(続) しかしながら、それが今日の日本の状態において一挙に解決することができないとするならば、次善の策を講じなければなりません。「ローマは一朝にして成らず」とするならば、もう一つの道をさがそうではございませんか。その道は、言うまでもありません、議長、副議長が、まず党籍を離脱されることであります。これも完全ではありません。そうして、副議長は少なくとも野党第一党に譲り、今日の公平を欠いたこのギャップを埋めることも一つの方法であろうと思うのであります。これができないならば、今後このような国会の運営は改められないであろうと私は予言してはばからないのであります。政治の目的は、「善をなすにやすく悪をなすにかたき社会をつくるにあり」、といわれて一おります。私は、議長の任務は、よき運営をなすにやすく、強行採決をなすにかたき議会運営を守ることが、議長の任務であろうと思うのであります。したがいまして、そういう議長をつくり上げるためには、観念論ではだめです。私が申し上げましたような、具体的な、積極的な、建設的な方策が講じられなければならないと思うけれども、提案者はどうお考えでございましょうか。この点についてのお考えを伺っておきたいと思うのであります。
#73
○議長(重宗雄三君) 野上君、簡単に願います。
#74
○野上元君(続) 次には、先ほども申し上げました議長のリーダーシップということについてであります。いかに法律上あるいはまた制度上、議長、副議長に最高の権威を与えたと申しましても、それは虚構の権威であろうと思います。やはりその人に卓抜なリーダーシップがなければ、魂を失った仏になるのであります。それはあたかも、艦載機をおろした航空母艦のごときものであります。議長の発揮すべきリーダーシップで最も大切なものは、言うまでもありません、議会の円満かつスムーズな運営であろうと思うのであります。先ほど申し上げましたように、グラッドストーンは、「政治の目的は、善をなすにやすく、悪をなすにかたき社会をつくるにあり」と言っておるのであります。したがいまして、議長の職権は、任務は、よき運営を保証するということに尽きると思うのでございまするが、その点についてのリーダーシップについても、岡さんにお聞きしておきたいと思うのであります。リーダーシップというのは、ややもすると、調停能力ということがいわれております。私は、調停能力も確かにリーダーシップの一つであろうと思います。しかし、私は、調停以前に、このような混乱を起こさないリーダーシップがここに必要なんではないかと思うのであります。常に混乱を起こし、そして潮どきを見て調停に乗り出す、これはリーダーシップとは言えないのであります。それは単なる調停なんであります。これは、議長でなくてもできるのであります。議長は、そうではなくして、このような混乱状態を起こさないような議会運営をやるためのリーダーシップが必要であろうと、私は痛感をいたしておるのでありますが、リーダーシップとは、はたしていかなるものか、この点について岡君の御意見をぜひ聞いておきたいと思うのであります。
 そしてまた、議長の心がまえというものについても、この際一言お聞きしておきたいと思います。最高の責任者は常に孤独であるといわれます。これは皆さん方も、ある機関の最高の責任者になられた方は十分に御経験済みだと思うのであります。最後の断は最高責任者がきめなければならないのであります。偉大なる政治家、あるいは偉大なる大軍司令官は、常にそういうことばを吐いておるのであります。国の運命を左右するような、あるいは民主主義を左右するような重大な時期に直面したときに、最高責任者は、孤独に耐えて、しかもあやまたざる判断を下す必要があるのであります。それこそが議長の卓抜した識見といわれることだと思うのであります。
#75
○議長(重宗雄三君) 野上君、発言の範囲をこさないように御注意ください。
#76
○野上元君(続) 多くの助言があろうと思います。しかしながら、これらの助言は、責任のある助言ではありません。やはり、最高責任者が最後の断を下さなければならぬ、しかも、正しい判断を下さなければならぬのであります。なぜならば、あやまてる最高責任者の判断は、その国の利益に大きな影響を与えるのであります。いま議長から御注意がございました。
#77
○議長(重宗雄三君) 時間が超過いたしております。
#78
○野上元君(続) しかしながら、私が考えまするのには……。
#79
○議長(重宗雄三君) 簡単に願います。
#80
○野上元君(続) 副議長というのは、議長を補佐する役目であります。したがいまして、重要な地位にあるのでありまして、いわば、議長と一心同体の状態にあるのでありまするから、その点を私は申し上げておるのであります。皆さん方も御承知のように、清水の次郎長は、次郎長が強いんじゃないのです。あの三十六人衆が強かった。大政、小政がおったから、清水の次郎長は、あの力を発揮することができた。ところが、自由民主党には大政がいない。森の石松はたくさんいる。(笑声)だから、今日の自由民主党の悲劇があるんです。その点を十分にあなた方は自己反省されなければならぬ。でなければ、国民の皆さんが非常に大きな被害を受けるということを十分に知っていただきたいと思うのであります。
 さらに、また、鈴木強君にも御質問申し上げなければなりません。
 十二月四日午後三時二分、参議院日韓特別委員会において惹起した不祥事は、きわめて特異な事件でございます。その点については、同僚議員がしばしば明らかにしたところでありまするから、私は内容については触れたくはございません。しかし、その結果は無効である、白紙である、この本会議は、まぼろしであるということが言われておるのでありまして、そういう点について、自由民主党を除く他の五派は、ことごとくこれを認めているのであります。自由民主党は、耳をふさいで、目をつぶっている、口だけ開いている、こういう状態ではないでしょうか。だれが見ても、あの状態は正常なものとは言えないのであります。だからこそ、あの状態に引き戻す以外に……。
#81
○議長(重宗雄三君) 簡単に願います。
#82
○野上元君(続) 今日のこの国会の混乱を、もとに戻す方法はないということを、われわれは言っておるのであります。そして五派は、しばしば代表を選びまして議長と折衝を重ねたのでありまするけれども、このときに、議長はどういうリーダーシップを発揮されたのでありましょうか。彼は、「確かに諸君の言われることは正しい。しかし、いまや職権本会議のベルを押してしまった。したがって、私はどうにもならぬのだ」、こう言っておる。これが問題であります。全国民は、議長のあやまちを認めるために、がまんしなければならぬのでしょうか。そんなばかなことが、どこにありましょうか。あやまちを改めざる、これを「あやまち」と言うんです。あなた方に、いま最後のチャンスが与えられているのです。まだおそくはありません。どうですか、このあやまちを改める勇気はありませんか。そういう人たちは自由民主党の中にはおりませんですか。まことに、れんびんの情きわまれりと言うべきでございます。そのときにおきまして……。
#83
○議長(重宗雄三君) 発言は議題の範囲をこえないように御注意ください。
#84
○野上元君(続) 鈴木さんに伺いまするが、議長並びに副議長は、どういうリーダーシップを発揮されたか、あなたは直接出席されておりまするから、詳細にお伺いしたいと思うのであります。おそらく、これが不信任案の一つの大きな原因にもなっておろうと思うのであります。
 さらに私は鈴木さんに聞きたいのであります。人間というやつは、しばしば脳みそを忘れたような行いをして平然としておるのであります。たとえば、原子爆弾を製造して、そうして、いまやあわてて土を掘っているじゃありませんか。何で、こんなむだをしなければならぬのでしょうか。片一方じゃ原子爆弾をつくって、そうしてせっせとモグラのように土を掘っている、あるいは超高速道路をつくって、スピード制限をしているじゃありませんか。そうして白バイを派遣して、スピード違反をどんどん検挙している。そんなことなら、初めから高速道路をつくらなければいい。こんなふうに、脳みそを忘れたようなことをしばしば人間は行なっているのであります。この国会においてもそうであります。職権本会議を開けば、強行採決をやれば、必ず国会は混乱するということはわかりきっておりながら、何回も何回も繰り返しているのであります。脳みそを忘れていると言われても、しかたがないではありませんか。そういう点について、鈴木さんはどうお考えになるでしょうか。
 また、チェスターフイールド氏はこう言っております。「忠告はめったに歓迎されない」と言っております。確かにそうであります。忠告するときは、なかなか歓迎されません。そして、それを最も必要とする人がそれを最も好まないのであります。いまの自由民主党が、そうじゃないでしょうか。いまや、自由民主党に対して、民主主義の破壊を阻止するために忠告をしたいが、しかし、あなた方はその忠告を受けつけない。「最も必要な人が最も好まない」というのが、今日の自由民主党の姿だと思うのですが、鈴木さんの考え方はどうでありましょうか。
 さらにまた、最後に森中守義君に御質問申し上げたいと思います。何といっても、この国会の混乱を招いたそのもとは、日韓条約にあろうと思います。したがって、これにも、どうしても少しは触れなければならぬと思うのであります。すでに同僚議員がしばしば行なってまいりましたので、私はごく簡単に質問をしたいと思うのであります。
 十二月の六日に、衆議院日韓特別委員会におきまして、わが党の横路君が……(「十一月だ」と呼ぶ者あり)十一月六日であります。間違いました。衆議院日韓特別委員会におきまして、わが党の横路君が、対日請求権八項目について質問を開始せんとしたとたんに、質疑打ち切りの動議が出されたのであります。そして、参議院の十二月四日はどうでしょうか。わが党の横川正市君が八項目中を詳細に質問しつつあるときに、突如として質疑が打ち切られたのであります。何かその裏に隠されておるんじゃないでしょうか。その点を国民は疑っているのであります。明らかにしてくれということを国民は言っているのであります。しかも、椎名外務大臣は、対日請求権八項目の内容については、韓国のきびしい注文があるので、これを発表するわけにはいかぬと、こう言っている。おそらく、韓国にとっては不利な条件があるのではないかと思うのであります。もしそれが真実であるとするならば、この日韓――韓国は、韓国国民の耳をふさいで、この条約を結ぼうといたしているのであります。わが国においては、野党を通じて国民の質問せんとする口を封じているのであります。耳と口を封じて、この日韓条約を締結せんとしているところに、私は、大きな政治的野望があると考えるのであります。その点について森中守義君の御説明をぜひ聞いておきたいと思うのであります。したがいまして、日韓条約は、佐藤総理のことばをかりれば、日韓友好のための条約であると言っております。しかしながら、この国会を通じて明らかにされたごとく、管轄権の問題、李ラインの問題、竹島の問題、相当な食い違いがあります。そうして八項目の内容は国民の前に明らかにする勇気がありません。その他、ノリの問題、経済侵略の問題、多くの問題を、全部国民の目からふさいで、これを強行可決しようとしているところに、大きな問題があろうと思うのでありますが、森中守義君の――八項目に限定いたしません。この混乱を起こした日韓条約について、あなたの御見解を、ぜひこの機会にお聞かせいただきたいと思うのであります。
 私の質問は終わります。(拍手)
   〔松永忠二君登壇、拍手〕
#85
○松永忠二君 野上議員からの御質問は二点でありますので、少し時間は長引くかと思うのでありますが、お許しをいただきたいと思うわけであります。
 まず第一点は、十二月四日の日韓特別委員会のあのような状況のもとに、それを基盤として行なわれているところの参議院の審議というものは、これは全くまぼろしではないかというようなことであります。また、こういうふうなことをあえてやってきた河野副議長は、不信任に値するのではないかという、こういうような御質問であると思うのであります。しかし私は、単に参議院の審議がまぼろしであるという、そういうだけではなくて、国会というのは衆参両院でできているのでありますから、衆議院における十一月六日の日韓特別委員会の強行なやり方や、十二日のあの未明に行なわれた船田議長のやり方というものが認められないとすれば、その時点から、すでに私はこの参議院の――国会というものの欺瞞性というものが、そこに出てくるということを強く感ずるわけであります。実は、あの日韓特別委員会で、あの強行なやり方が行なわれた。お話のように、横路質問の途中で、しかも、理事に約束をしておきながら、これを破って強行したのであります。そのあと、私たち社会党では両院議員総会をやりましたが、その席で、北海道から出てまいりました一年生議員の人が、一体こんなことが国会で認められるということであるならば、議会とか民主主義というのは、一体ほんとうに存在するのか、私は何のために国会へ出てきたんだ、と言って、涙を出して訴えていたのであります。ほんとうなんです。私はこれを聞いて、ハッという感じがしたのでありますが、この、初めて国会に出てきた人が、国会の役割りを期待しながら出てきた人たちが、あのやり方が認められる国会というものならば、国会というのは何らの意味がないのじゃないかということを率直に披瀝するのは、私は当然だというふうに感じるのであります。この十一月十二日の本会議では、御承知のとおり、規則や慣例を破って、わずか四十秒くらいで、船田議長は強行なやり方をやりました。まさに、ねらいを定めて、さっと、だまし討ちをしたと言って私は誤りはないと思うのであります。この間、社会党の議員が、こういうことを言っております。私は十数年国会をやってきたけれども、こんな屈辱を受けたことは初めてだ、こう言って述懐をしているのであります。参議院のあの日韓特別委員会で、藤田議員が佐藤総理に対して、あなたは過去において、私の質問に対して、「単独審議とか強行採決は過去にあったけれども、私は民主政治のもとにおいて、かようなことは忌まわしいことだと思いますから、私のとらないところでございます」と、こういう約束をしたじゃないですか。「一体この十一月六日の日韓特別委員会、あるいはまた、十二日の本会議は、あなたは総裁として知らないはずはないじゃないか。一体この気持ちは真にあなたが持っている気持ちなのか」と、こう質問したのに対して、私は知りません、存じません、こう言うのであります。「盗人たけだけしい」ということばは、こういうときに使わなければできぬと私は思うのであります。こういう状況の中で、ついに衆議院から参議院に送ってきました。その十一月十二日の強行を行なった直後に、田中幹事長は何と言ったかというと、この条約の参議院送付後三十数日の審議日程が残されている、与党、野党と言わず、より一そう審議を通じて、この条約、協定の発効について有終の美を飾りたいと、田中幹事長は声明を出しているのであります。当時、読売新聞は、こういうことをいっているのであります。「参院の日韓審議に期待」と、そういう題目で、「隣国との友好関係を決めるこの日韓条約が、もし十分論議されないために国民の胸にばく然とした不安感を残したまま締結されることになったら、日韓関係にとってもこれ以上の不幸はない。時間の許す限り十分の論議をつくし、国民多数の納得のゆく解明に努力、日韓条約を真の国民と国民との友好条約にすることができるかどうか、そのカギは参院が握っているといってよい」と、こういって、参議院の審議を期待したのであります。ところが、どうでありますか。参議院においてまだ日韓特別委員会が持たれて審議を始めない、その十五日の日に、佐藤総理が橋本官房長官や下田外務次官と協議をした結果、伊関佑二郎氏を駐韓大使として起用することに内定した、近く韓国政府にアグレマンを求める方針だと、こういうことをきめているのであります。十七日には、韓国政府の高官筋は、十六日、日本の初代駐韓大使として、職業外交官よりも、元老級を任命するように日本政府に要望した、ということが発表されているのであります。十八日には、韓国国会の外務委員会所属の与野党の議員が、十五日の初代日本駐韓大使に伊関佑二郎氏が内定されたことについて、民族感情を刺激する心配があると反対意見を表明したと、こういうのであります。しかも、二十日の日には、椎名外務大臣と在日韓国代表部大使が協議をして、約三十分、日韓条約批准書交換の日取りなどについて話し合いをして、ソウルに派遣する全権団は外相を含めた四、五人とし、別に国会議員約十名による親善使節団を送りたいということを発表しているのであります。一体、参議院において、日韓条約がまだ審議をされ、あるいは審議の途中にありながら、もうすでにこれを決定したと同じような態度をもってこの問題を進めているこの政府の態度、こういうことをあえてやる自民党……。私たちは、参議院のために、何としても、こういうことに強い抗議と不満を感ぜざるを得ないのであります。(拍手)私たちは、自民党の方々といえども、こうした問題については、強く政府に対して抗議を申し入れたと思うのでありますけれども、全く参議院を無視したこのやり方を、私どもはここにも強く感ぜざるを得ないのであります。
 衆議院における十二日の問題については、もう各方面からいろいろの御説明があり、私は繰り返して申し上げることを略したいと思うのでありますけれども、参議院の日韓特別委員会の審議のやり方は、もう審議の最後までの日程をつくることを社会党の理事が再々要求したのに対して、その日その日の日程しか組まないのであります。しかも、なるたけ早く民社をやらせ、なるたけ早く公明党をやらせ、二院クラブをやらせて、そうして形を整えて、いつでも打ち切りをやっていこう、こういう態度であったのであります。しかも、地方・中央の公聴会を開いたのでありますけれども、一体、この地方・中央の公聴会の何に耳を傾けたというのでありましょう。全く、形式を整えて、早く早くこれを打ち取ってしまおうというこのやり方は、衆議院の十二日のやり方とともに、私たちは、全く議会民主主義を考えないやり方だと考えるのであります。もう全く、黒か白か、要するに、先ほどからお話がありましたが、この本会議などというものは儀式なんだというような考え方で、形式的に、ものをやる、すべて多数でものをきめていこうというのであります。私は、いまの日本の政治の腐敗堕落は目に余るものがあると思うのでありますが、これをつくり出した一つの原因というものは、多数の上にあぐらをかいて、ちっとも反省もなければ謙虚さもない、努力をするところもないところの、自民党のこのやり方の中に、政治が腐敗堕落をしてきている一つの原因があると、私たちは考えるのであります。私たちは、自民党を攻撃することをもって事足れりと言うのではありません。社会党も、この自民党と競争できる政党として成長していくことは、これは私たちのとるべき方法でありますけれども、黒か白か、ものをきめて、多数の上にあぐらをかいて、すべて数でものをきめていこうというこの態度が、私たちは議会民主政治を破壊するものだと思うのであります。予算案の編成にあたって社会党の意見を聞くではなし、予算を修正するということをやるではなく、もう、おれたちが予算をつくって、おれたちがものをやっているのだ、野党何するものぞ、というこの考え方が、全く、今度の日韓の問題についても、参議院が、まぼろし国会として指摘をせざるを得ないような状況にも入っている大きな原因だと、私たちは考えるのであります。こういうふうになったことについては、社会党が審議を引き延ばす、こういうことがあったからだ、こういうお話もありますけれども、それは国民が批判をするのであります。あらゆることをやって、国民みずからが、これはもうよいという、そういう世論を待つまで、一体、自民党は時間と審議を十分にかしたことがありますか。私は、こういうことについて、これが、こういう考え方が、ついにこうした状況にまでおとしいれてしまうと思うのであります。こうしたことが、国会の審議の権威を落とし、政治に対する国民の不信を一そう大きくさせる。こういうことについて、この副議長が何らの責任を果たしていないというところに、この不信任の大きな根拠があると私たちは考えるのであります。
 もう一点については、二十四年前の昭和十六年十二月八日に日本は太平洋戦争に入りました。この午前六時、大本営の陸海軍部の発表で、「帝国陸海軍は今払暁西太平洋方面において米英軍と戦闘状態に入れり」ということを発表いたしました。その二十四年後、くしくもこの日韓の条約の本会議が参議院に開かれる。これは、当時のテレビもそういうことを言っておりましたが、私もまた、朝、出がけにそのテレビを見て、何か、そういう因縁の深さを強く感じましたので、野上議員がこういう点について疑問を持たれることは当然なことだと私は考えるのであります。そこで、私は、非常に類似の点が多い、しかしまた同時に類似してない点もあるということを強く感ずるのであります。それはつまり、日本が昭和十六年、開戦前当時に、日独伊三国同盟を結んで、そうして口には、日本の安全をはかるのだ、アジアの繁栄、大東亜の共栄圏をはかるのだ、平和の維持をはかるのだと言いながら、事実は、帝国主義的な侵略へと発展を考えていたのであります。これは、開戦当時の十一月の二十九日に、政府が大本営の会議で開戦を決定し、十六年の十二月一日の御前会議において総理大臣が説明したものがあります。この中には、「若し帝国にして之に屈従せんか、帝国の権威を失墜し、支那事変の完遂を期し得ざるのみならず、遂には帝国の存立をも危殆に陥らしむる結果と相成るのでありまして、外交手段に依りては、到底帝国の主張を貫徹し得ざることが明らかとなりました」、こういうのであります。日本の国を守るために、危殆に瀕している帝国を守るために戦いを宣する、こういうのであります。日本の平和を守るために、であります。しかし、また一面、当時日本の国が考えたことは、やはり日本の帝国主義的な発展を裏面から推進したことは事実でありまして、「絶対極秘」という、らく印を押して、外務大臣から在京のドイツ大使あての往翰の文書があります。この中で、「南洋に於ける其の他の旧植民地に関しては、右植民地は現欧州戦争を終結する平和の成立と共に、自動的に独逸国に復帰すべし。」――南洋における旧植民地についてはドイツに復帰する、「然る後独逸国政府は、出来る限り日本国に有利に、右植民地を有償にて処分する目的を以って、友好的精神に基き、日本国政府と協議するの用意あり」と、つまり、南洋の植民地を日本に留保していこうと、そういう帝国主義的な考え方を推進している事実があるのであります。しかし、口にはそういうことは言っていないのであります。大東亜共栄圏、そしてまた、アジアの平和をはかるということを言っているのに、この推進は、実は帝国主義的な侵略をはかろうとしているのであります。いま、どうです。日米安保条約を結んだことも、日本の安全と平和のためだと……。
#86
○議長(重宗雄三君) 松永君、時間がまいっております。
#87
○松永忠二君(続) 日韓条約を結んだことも、これには軍事的な性格はない、平和のためなんです――佐藤総理は、平和に徹するというようなことばをしばしば使っているのであります。しかし、事実はどうでありますか。日韓台の軍事同盟への方向をたどりつつあるのではないか。アメリカの防共の拠点をつくるために努力をしている、そういう裏面があるのであります。そうして、共産主義の陣営と対決を深めながら、日本の帝国主義的な発展を考えているという、こういう事実を私たちは見のがすことはできません。かつては、全体主義国家群と自由主義国家群と対立をしておりましたけれども、いまや、世界は、共産主義の国家群と自由主義国家群と対立をしているのであります。
#88
○議長(重宗雄三君) 松永君、簡単に願います。
#89
○松永忠二君(続) わかりました。ただ、こういう類似点があるだけではありません。第一次大戦後に、日本は、工業力が非常に発展をして、日本の製品を海外に輸出をするという、こういう必要に迫られた当時の経済的な状況、あるいはまた、思想的な面からいえば、日本主義、国粋主義、国家主義が台頭して、黒龍会とか、浪人会とか、国本社がつくられ、軍部内には青年将校の秘密結社が、大川周明等によってはかられていた。このファッショ的な政治、この思想的な傾向と、いま日本の国が高度経済成長の設備投資の過剰に、不況におとしいれられている、この不況を打開するために、韓国へ、あるいはアジアへの経済的進出をはかろうとしているこの経済的事情と、全く類似をしていると言わなければなりません。しかも、政治的、思想的には、民主主義を抑圧し、不況を克服し政治の進展をはかろうとする国民大衆の運動に対して強い弾圧を加えたり、右翼と暴力団の働きの顕著なこの事実を見ても、私たちは、ここに類似の点を見ることができると思うのであります。
 ただ、しかし、私は一点違うところがあると思うのであります。それは、さっき申しましたように、共産主義国家群と自由主義国家群の対立の中にも、非同開国、中立主義を推進する新興国家の起こりつつあることであり、また、勢力の拡大されていることであります。
#90
○議長(重宗雄三君) 発言は議題の範囲をこえないように御注意ください。
#91
○松永忠二君(続) 当時、あの太平洋戦争の当時でさえも、スペインのフランコ将軍は、ヒトラーよりの数度の圧迫を排除して、平然として動かず、中立の態度を守ってまいりました。トルコは、当時、ドイツ、ソ連、イギリスの三国の勢力の包囲下の中で、非常な困難にあいながら中立を守ってまいりました。私たち日本の国は、日本軍部がドイツに誘惑されて、崩壊に瀕しているイギリスの植民地の分け前を得んとして、時流に乗り、早まって独伊と同盟して大局を誤ったのであります。しかし、いまや、私たちの国には、積極中立の外交をし、平和共存を進める日本社会党が厳として存在して、その外交の推進をはかっているのであります。私たちは、この外交の方針こそ、再びあやまちを繰り返さないものであり、再び私たちの国がこの太平洋戦争に巻き込まれた轍を踏まないためにも、私たちは、この勢力を拡大していく必要を強く感ずるのでありまして、数種の類似点を強く感じながら、なおかつ、私たちは、前進する日本の姿を、特に積極中立、平和共存の外交の力に期待するものが多いと考えているのであります。
 たいへん長くなりまして失礼いたしましたが、御質問にお答えいたしました。(拍手)
   〔北村暢君登壇、拍手〕
#92
○北村暢君 野上君の質問に対して答えるわけでございますが、提案者と質問者がかわったほうがいいくらい、うんちくを傾けての質問でございまするので、満足な答弁ができるかどうか、心配しているところでございます。私に対する質問は、議会制民主主義が破壊せられて、地獄行きの片道切符をもらって、一体今日の議会政治というのはどこへ行くのだろうか、政府与党は、絶対多数の上にあぐらをかいて何事もできる、こういう形の中で、人民への服従というのが、今日解決されるべき方向ではないのか――全くそのとおりだと思うのでございます。その点について、いささか私の考え方、今日までの状況等について所見を申し述べまして、御答弁にかえたいと思うのでございます。
 まず、日韓条約の重要性でございます。今日の紛糾する大きな原因が、この重要な外交問題である日韓問題が、いわゆる自民党のスケジュール的な方向で、何が何でもこの国会でこれを押し通そう、こういう考え方。私ども社会党は、今日の不況下、公務員給与、災害、こういうものをまず優先をして、これを片づけてから、じっくりこの重要な日韓問題に取り組んで、臨時国会といわず、通常国会に継続してまでも、真剣に日韓問題は検討しなければならない、こういう基本的な考え方に立っているのであります。なぜならば、この日韓問題という問題について国民の関心が一体どの程度であるか。おそらく、先ほどの参議院選挙において新しく当選せられた方、何回か当選せられた方で、日韓問題を前面に押し揚げて参議院選挙を戦った議員は、一体この中にどのくらいいるでしょうか。日韓をやっていたのじゃ落選するから、道路だの橋だの、そういうことでやってきた候補者が圧倒的に多いのではないかと思うのであります。こういう点からいって、まず、日本の民主主義的な国民の政治意識というものについて、外交問題については特にまだ、それほど高いとは、残念ながら言えないのであります。したがって、重要な外交問題については、選挙を通じて、日韓問題なら日韓問題を掲げて、解散・総選挙をやり、あるいは国民投票による、こういうような民主的手段を通じて日韓問題を真剣に国民に問う、この態度があってもいいではないかという意見すらあるのであります。このような手続を経て、今日、日韓問題が論ぜられるならば、私は、このようなことにはならなかったのではないかと、このように思うのであります。ところが、日韓関係案件の審議に対する政府の態度というものは、不況問題も公務員給与も災害もそっちのけにして、まず日韓を急がなければならなかったこの背景については、十四年かかったから、やるのは当然だとか、お隣の国の韓国と友好を深めるのであるからと、こういう俗論をもって、この日韓問題を処理しようとするところに、根本的な誤りがあるのであります。日韓問題については、今日、アジアの緊張の中で、ベトナム問題にアメリカが精力を集中し、韓国に対する軍事援助が逓減をし、この肩がわりとして、日本の経済協力という名のもとに援助をしよう、そのためには、今日の韓国の経済情勢からして、一日もこれをおくらせることができない、こういう考え方のもとに、今日強引にこれを押し切ろうとしているのが、その実体であります。
 こういう観点からして、この日韓問題に取り組む政府の姿勢というものは、七十日間の会期の、十二月十三日の最終日を目途に、衆議院においては何日まで、参議院においては何日に委員会を通過、本会議は、いつからかかるか、こういうことをあらかじめきめて、これに強引に持っていこうとするところに、今日の混乱があると思うのであります。まず、衆議院の強引について、先ほど松永議員からも言われましたけれども、この日韓の問題が十一月六日の衆議院の日韓特別委員会において、前日の理事会において横路節雄君の質問が決定をいたしておるのであります。すでに九時三十分に出席をして、質問台に立っておるのであります。ところが、十時一分安藤委員長が開会を宣した瞬間に、自民党の藤枝泉介委員が質疑終了動議に立ち上がり、大混乱になったのであります。わずか二分で、日韓条約案件を承認、関係国内法三案は可決し、委員長報告書の作成の委員長一任まで議決したというのであります。言論の府において、しかも与野党の話し合いの中で、横路質問が確定をしているのに、全くこれをだまし討ちにして、可決したと称する。言論の府において、討論もやらせず、わずか二分で可決する、これは、言論の府としての自殺行為である。こういう観点からして、このことが繰り返される限り、国民の議会に対する、国会に対する信頼というものをなくする。議会制民主主義を守る上において、これに対する抗議の形となって、国会は空白になりつつあったのであります。本会議を開くめどもなかったのであります。こういう状態の中で、この問題について解決する方法としては、職権による本会議開会の強行――十一月九日の午後二時三分に本会議を強行したのであります。こういう点からして、まず、日韓の問題よりも、議会制民主主義を守るための抗議の行動というものになってあらわれたのであります。さらに、十二日の本会議においては、午前零時十八分、あらしの一瞬が来ました。船田議長が、必死の形相でもって、日程をあと回しにして、法務大臣の不信任案をあと回しにして、日程第二から五の案件を一括議題とすると宣し、日韓案件全部を起立多数で可決いたしたのであります。この間わずかに一分であります。衛視に守られて船田議長が入ってきて、やにわに、持ったものを読み上げて、これで日韓案件が一切議了したと、こういう状態ではです、全く佐藤政治によって、議会制民主主義というものは踏みにじられ、残骸となって残っただけなのであります。
 このことから、今日なお、衆議院においては空白が続いているのであります。私どもは、参議院において、この衆議院のとられた採決というものは無効であり、認めるわけにいかない、したがって、衆議院はすみやかに解散すべきである、こういう観点に立って、今日政府に迫っているところであります。この無効であるものを、参議院において今日まで審議をしてきた。これは、理論から言えば矛盾であります。また、本会議に出るべきでないかもしれません。しかしながら、それでは参議院の良識というものを守るわけにいかない。参議院解散というものはないわけであります。私どもは、審議を通じて、衆議院段階の無効であったということをあくまでも立証する、したがって、審議にはあくまでも加わっていく、こういう観点に立って今日まで努力をしてきたのであります。ところが……。
#93
○議長(重宗雄三君) 時間がまいりました。簡単に……。
#94
○北村暢君(続) わかりました。私どもは、審議の過程において、実は自由民主党が十二月四日ころを目途に委員会の質疑を打ち切るという空気、その二、三日以前から新聞は盛んにこれを書き立てております。公聴会が一日に終わり、二日からはもう公聴会も終わったから採決をするのじゃないか、二日の日には民社党に、しゃにむに質問をさせる、そういうおぜん立てをとって、審議はできた、こういうことで、採決をとろう、こういう動きを察知いたしました。したがって、私どもは、三日の日に自民党に対し申し入れをいたしているのであります。日韓特別委員会における審議は、いまだ不十分であるので、慎重審議のために、強行採決は行なうべきではない、条約、協定、交換公文は、本院における自然成立の前、十二月十日に討論、採決をしていい、自然成立前に参議院の意思を決定するということには賛成しよう、国内三法案については審議を尽くすべきである、こういう申し入れをいたしました。これが、四日の強行採決の後に出てまいりました議長のあっせん案とやや似た考え方になっております。しかしながら、この議長のあっせん案というものは、四日の強行採決の行なわれた事態については何らの効果もないのであります。今日われわれがこうやって審議をやっているのも、事、日韓に関することにのみやっているのではないのであります。この点について、もしかりに四日の事態がなく、三日のわが党の申し入れをそのまま実施したならば、今日こうやっていることが、特別委員会で審議を重ねてきて、あす採決をやる――こういう議長不信任案、副議長不信任案を出さずに、特別委員会で審議をやってきて、あす採決するのと、今晩夜なかにかけて不信任案をやって、あす採決するのと、同じ結果になるではありませんか。こういうことを見越して、私どもは、審議に協力をするという形をとっているのであります。しかも皆さんが、自民党がきめている、条約、協定と国内三法案を一挙に通す、何もそういう必要はない。三法案は、会期はまだ十三日まである、それで審議ができなければ、通常国会へ持っていく、継続審議にすれば、これは、何だかんだと言ったって、あがることはきまっている。そうでしょうが。民主主義のルールというものは、少数党は抵抗はいたします、抵抗はいたしますが、最終的に数で負けるのはやむを得ないのであります。その過程が大事なんです。過程がわかっているからといって、それじゃいつでも採決していいかというと、そういうことにはならないのであります。結果がわかっているから審議の必要はないということになれば、投票をやることもなければ何もない。皆さんはボタンを押す機械になってしまえばいいのであります。それでは議会制民主主義は成り立たないのであります。国民の負託にこたえることはできないのであります。ここに議会制民主主義を守る意義があり、国民の負託にこたえるゆえんがあると思うのであります。われわれが、八日に強行された議長職権による本会議から今日まで徹夜で抵抗してきた、これは何のための抵抗であるか。牛歩は社会党の専売特許じゃない。牛歩の先例は、端緒をつくったのは、片山内閣当時、自由党の諸君が牛歩を始めたのです。自由党の諸君が社会党に牛歩を教えたのです。何も専売特許ではない。
#95
○議長(重宗雄三君) 北村君、結論を急いでください。簡単に願います。
#96
○北村暢君(続) しかしながら、この抵抗は、日韓に対する抵抗じゃない。今日、四日の時点において、良識の府である参議院の議会制民主主義が破られた。これに対する議会制民主主義を守ろうとする抗議の行動であります。言っても、しゃべってもわからない自民党諸君に対して、思い知らせるための抗議の行動であります。(拍手)強行採決をして、今日のこの状態、皆さんはスケジュールを立てて、何日に強行採決をやる、強行採決では自民党はどろをかぶるけれども、そのあとで社会党が牛歩をやって、国民からまた批判を受けて、チョンになる、そういう考え方で、これを繰り返していったら、一体、議会制民主主義はどうなるでしょうか。(拍手)われわれも好むものではございません。国民は、初めのうちは、牛歩をやっても、なかなか珍しいことをやるというふうに思っているけれども、刺激逓減の法則によって、何回も何回もやっているうちに、またやっているかと、これになれてしまって、国民が国会から離れていくことが、なれっこになることが、おそろしいのであります。私は、自民党の諸君についても、われわれ自身についても、反省しなければならない段階に来ていると思います。私は、そういう意味において、今日国民から遊離しつつある国会が、みずから墓場を掘って、国民がこれになれている間に、自民党の諸君が、一党独裁で、そうして何でもできるというファシズムの道に通ずるから、おそろしいのであります。今日、先ほど言われたように、責任と情熱と洞察力は政治家のモットーとしなければなりません。責任があり、情熱を持ち、洞察力を持つ、このことを議長、副議長に要請したいのであります。今日の議長は、副議長は、全く自民党の一方的な走狗と化している。ここに議会制民主主義の危機があると私は考えております。(拍手)
 議長、副議長は、国会の最高の権威として、もう少し自主性を持っていただきたい。きのうのざまは何ですか、あれは一体。本会議を零時十五分に開くということを、この本会議で宣しながら、十五分になっても開かない。議長室へ押しかけていったならば、議長室には、斎藤幹事長と塩見国対委員長と田中議運委員長と、共同謀議をやっている。議長は軽々しく一党の大幹部に会っちゃいけない。議運を通じて、ものをしゃべるべきだ。これが一党の走狗となった議長の姿でなくて何でしょうか。私は、そういう点からいたしまして、議長の不信任案は終わったけれども、のうのうとしていたら、また不信任案がかかるということを理解しておいていただきたいと思います。そういう点からいたしまして、この補佐に立たなかった副議長についても同罪であるという点に対しまして、今日の議会制民主主義の危機を訴える野上元君の意見はもっともであり、私は、野上君のこの意見というものは自民党の諸君もよく聞いていただいたと思う。ぜひひとつ、参議院の名誉にかけて、今日の状態を何とかしてお互いに脱皮していかなければならない、このように考えまして、野上君の意見に賛成をし、提案者として答弁にかえる次第でございます。(拍手)
   〔岡三郎君登壇、拍手〕
#97
○岡三郎君 野上君の質問に対してお答えを申し上げまするが、先ほどの質疑は、今回の日韓条約の可決のしかたについて議長のとった行為、また河野副議長のとった行為について、いろいろと午前中相澤君の質問に対しても答えたわけでありまするが、私は、質問のありました議長職のリーダーシップの問題を中心として、いろいろと議会運営についての考察というものについて述べて、御答弁にかえたいと思います。
 私は、現在の政治というものを考えたときに、一体、公約というものはどうなされているかということになると思うのです。これは、重宗議長なり河野副議長が就任をせられたときに、就任のことばというものがこの官報に載っておるのであります。河野謙三さんは次のように言っております。「ただいま、皆さまの特別の御支援により、不肖私が副議長に当選いたしましたことは、まことに光栄でありまして、感激の至りでございます。」、これは、自由民主党の副議長ではなくして、参議院という国民の声にこたえる副議長としての「光栄」という意味であろうと思うのであります。「私は至らぬところ多くして、皆さまの御期待に沿うだけの力を発揮し得るやいなや危惧の念にたえない次第でございますが、その職務を行なうにあたりましては、日々反省の上に立って、中立公正を旨とし、誠心誠意議長を補佐し、諸君の御厚情にこたえる覚悟でございます。ここに、各位の絶大なる御支援、御指導を切にお願い申し上げる次第でございます。」、こう言い切っておるのであります。もちろん、議長が公正な立場に立って事を処するということになるならば、われわれは、自由民主党出の副議長であっても、協力することにやぶさかではないのであります。しかし、このように堂々と副議長就任のことばの中において言い切っている立場から言って、われわれが口をすっぱくして言っているように、今回の問題は、日韓条約というものの批准よりも、永遠に続く日本の議会制民主主義の生命をかけている問題でありまして、このことについては、あくまでも、是は是、非は非として、ものごとの筋を通してもらわなければだめなのであります。私は常に思うのでありまするが、制度は制度として、最後は人にあるということを言われておりまするが、しかし、何といっても民主主義というこの制度の上に立って議会運営がなされてもらわなくてはならない、こういうことを皆さま方に強く訴えたいのであります。しかし、現状における議長、副議長のリーダーシップといっても、なかなか事は簡単ではないと思います。しかし、われわれが常に言っているように、議長、副議長のリーダーシップを確立するということの第一歩は、やはり、平凡ではありまするが、党籍を離脱するということにあると思うのであります。これは、野上さんが言うておるとおりに、私もそのとおりだというふうに考えます。ただ、議長、副議長が党籍を離脱するということだけではなくて、議会を運営し、議長を補佐するこの議院運営委員長というものも、私は、党籍を離脱し、中正公平な立場に立って運営をするということが必要ではないかというふうにも考えます。さらに一歩進めて、議院運営委員長だけではなくして、各常任委員長、特別委員長が、その座に着いたときから、これは一党の委員長ではなくして、国会役員として公正な立場に立つという、そういう見地から、やはり党籍を離脱して、明確に自分の職務というものを公正に行なうということが必要ではないかというふうに考えるのであります。(拍手)このことをわれわれが口をすくして言っても、馬耳東風でこれを聞き流すということでは、これは、多数党としての自民党が真に国会を民主的に公正に行なうという意思に欠けているということを、残念でありまするが、指摘せざるを得ないのであります。
 さらに、議長のリーダーシップの問題に関連いたしまして、もう一点は会期の問題であります。いまの国会法なり憲法にのっとって、通常国会百五十日、あるいは臨時国会が召集されまするが、常に最終段階におきましては、会期の問題が問題となってくるのでありまするが、これは、アメリカの議会制度というものにならった現状において、戦後二十年、いましばらく世界の議会運営というものに目をはせて、現存の日本のこの国会運営の姿について、やはり基本的にわれわれは考えていかなければならぬ問題があるのではないか。それは、イギリスの議会の例といたしまして、イギリスは一年じゅうを会期といたしております。議題がなくなれば休会するのであります。一年じゅう開いているというと、また、滞在費がどうだこうだ、というふうに口さがなく言う人もあるでありましょうが、休会すれば、これはもらわなくていいのでありまして、そのような問題については何ら心配することがありません。そうすれば、七十日とか六十日とか五十日という論議はなくして、その議題が終了すれば自動的に議会は休会になる、こういうシステムになるならば、時間の問題で自民党が無理押しをし、これを強行可決するということはなくなるのであります。あくまでも、是は是、非は非として、国民大衆に対してお互いに言うべきところを言うという、筋道にのっとった議会政治というものの確立が、私はここから生まれてくるということを信じて疑いません。いたずらに、二十日とか三十日とか、あるいは言論を封殺するために、十分、十五分、あるいは二十分というふうな、そういう言論の制約の中からは、国民は、正しい法律なり条約というものが生まれてこないということを指摘をしているのでありまするが、どうしてもわれわれは、議長のリーダーシップを考えるとともに、議会のあり方、特に会期の問題については、これは三百六十五日ここに、帝国議会以来、あるいは終戦後民主議会が生まれてからも、現存して、これがもう将来もあるわけでありまするから、国会は常に開かれている、議題がなくなれば休会にする、休会中は一銭も国会議員は要らないのでありまして、そういう立場で堂々とやる、会期延長などという問題に労をわずらわすことなく、堂々とやはりやっていくということが必要ではないかというふうに私は考えるのであります。
 次に、私は、リーダーシップの問題に関して、やはり新しい一つの問題を提起しなくてはなりません。議長が就任をせられ、先ほど言ったような公正な立場に立って運営する。その中において今回の事件を問題にするときに、議長がリーダーシップをとる機会があったのであります。現実においてもあるわけでありますが、それは、五派が議長に対して、寺尾日韓特別委員長のとったあの可決報告書は捏造である、ない、こういうふうに申し入れたときに、議長は、もうすでに公報に掲載してしまったから、これは無理押ししてもやる以外にないのだということを言わずに、百年の将来を考えたときに、議会政治として、なるほど少数多数ということではなくして、真理は真理として、事実は事実として、その調査をすべきことを午前中にも申し上げました。五派の言うておることが正しくあれば、自民党を抑えて、このことはいま自民党が数をたのんでやっても、将来において重大なる禍根を残すということになるので、これは自重し、もってこの問題についての処理を誤らないようにやってもらう、このことが重要であったわけであります。日韓特別委員会の寺尾さんが病気で入院された。これは私は、どの程度の――ほんとうの病気かどうか、先ほども疑ったわけでありまするが、草葉隆圓君が代理としてやるならば、現状においても私はできると思うのであります。したがって、このときにわれわれが考えたのは、自民党の多数を制止するのは、社会党、公明党、民社党、共産党、第二院クラブ、この五派が、野党五派が足並みをそろえて、もしもこのまま突っ走るならばわれわれは議席に出たいけれども出られないという形で、これを阻止するという方法以外はなかったのでありましょう。しかるに残念ながら、話は話として、議長が専断的に職権をもって開会するということになれば、野党の中にも、入らなければならぬという……。このなまはんかな議会制民主主義というものがあったから、議長は思いとどまることができなかったのかもわかりません。少なくとも、単独審議というものはやらないと佐藤総理が言明している限り、重宗議長も、河野副議長も、野党が全部そりゃあ無理だということでこれを強く主張するならば、その方向に行ったと私は考えておりまするが、現状においては、なかなかこれができなかった。ここに一つの大きな問題があったというふうに考えております。
 今回の事件の中で、河野さんは体協の会長をせられておりまするが、私に言わせるというと、あの十二月四日の特別委員会において、「委員長」と植木君が言ったことで、すべてが終わったという、これは、陸上競技において、「ヨーイ」と言ったら、すでにテープが切られて、もうきまったと言っているのと、何にも違わないと私は思う。「ヨーイ」と言ったら、もうすでにテープが切られて、もうすべて勝負がきまったんだと、こういうばかげたルールがあってはなりません。私は、議長のリーダーシップというものは、あくまでも公正なる審判官の立場に立たなくてはならぬというふうに考えるのであります。田中君はいま何かそこで言っておりますが、議院運営委員長は、との公正な審判官のよき補助者でなければならぬ。その補助者が議長をそそのかし、副議長をそそのかして突っ走らしたということを、これをたなに上げて、自分で、ぐずぐず、先ほどから、わが党の言っていることに文句をつけているが、もしもそのような気持ちがあるなら、常々とここに出て、成規の手続をとって、堂々と、おれはこういうふうに正しくやったんだということを言うべきだと思う。国民に対して解明すべきだと思う。それを、何にもやらないでだ。何にもやらないで、ただやじることにのみ終始しているこの態度は、私は、なげかわしいというふうに思うのであります。私は、第一のリーダーシップを発揮すべき時期というものがあったと言いましたが、いまこの時点に立って考えるとき、よく言われておりまするが、重宗議長あるいは河野副議長は、やはり国民に対する議長、副議長であるから、先ほど言ったような党籍離脱はもちろんのこと、これは制度的にいって、ある時期に、衆議院の清瀬前議長がこの点に苦労したことがありまするが、やはり参議院自体として、議長職についた者、副議長職についた者は、国鉄の終身パスを出すなんという、そんなばかげたことではなく、これはやはり、議長職、副議長職にある者には対立候補を出さずして議席を占めさせる。それからさらに進んで、議席を占めさせるだけではなくして、この議長、副議長に対しては、積極的に、スポーツにはスポーツの殿堂があるように、応接間に写真を掲げておくのでなくして、堂々とやはり議会政治における功労者としての真の意味における表彰というものを確立すべき必要があるというふうにも考えます。(「賛成」と呼ぶ者あり)賛成賛成といって、都合のいいとこだけ賛成せられては、われわれは迷惑をするわけであります。いずれにいたしましても、私は制度的によく考える必要があると思います。
 河野副議長は、かつて、今回の参議院選挙のときに、私とともに戦ったわけでありまするが、河野さんは、このときに、参議院の立場をこのように言っておりました。参議院が自主性がなく、衆議院の意のままに動くということは、これは大臣になりたいという気持ちがあるからだ、大臣になりたければ、それは衆議院に出ればよろしい、参議院は、衆議院のやったことについて、これが間違ったならば本道に返すという働きがあってこそ、初めて参議院としての価値がある、ということを言っております。私は、まことに、心からそのとおりだということを考えたのであります。皆さん、少なくとも大臣病患者が多くて参議院の自主性はございません。参議院においては数多くの大臣が出ましたが、依然として、いわゆる伴食大臣、大臣という名前がつけば三カ月でも二カ月でもよろしい、また、それが、食い余したといっては失礼ですが、取り残された大臣に就任するという以外にない。これでは、だれが何といっても、参議院の地位を高めるとかなんとかということにはなりません。しかも、松野議長にしても、重宗議長にしても、組閣が始まるというと、のこのこと組閣本部などに出かけている。また、総理から招かれたのかもしれませんが、自分の意中の人を大臣として推薦してくる、このような俗臭ふんぷんたるやり方では、院の権威、議長の権威を高めることに私はならぬのではないかということを心配するのであります。しかし、これはいろいろと事情がありましょうからまた田中君も言っておりますが、あなたも推薦せられたのかもわかりません。それ以上言いませんが、少なくとも参議院の自主的な立場を考えたならば、やはり参議院は、衆議院の行なったことについて厳正公正な審判の立場に立つということにおいて、大臣になるということはやめて、大臣になりたい者は衆議院に出る、そうして衆議院から回ってきたものについては、同じ党派であっても、一歩高い次元において公正なる批判をするという立場がなくては、私は、後世参議院は要らないということになるのじゃないかということをおそれるのであります。これは、さきに緑風会の良識がこの参議院からなくなってきたことについて、かなり有識者が嘆いていることを私は耳にしております。しかし皆さん、緑風会から自民党に数多くの人が入ったというこの事実、これは、権力なり地位になびくということ以外にないと思います。緑風会というものの良識があったわけでありますが、これも、現在の政治の体質の中において、緑風会では当選をしない。つまり、きれいごとでは政治ができないという、このびまんとした空気の中において政治というものが運営されている以上、どうしても、言うことと行なうこととが違ってくるということを考えるときに、私は、やはり制度的に議長のリーダーシップがとれるような形へのお互いの努力を、ここに積み重ねていかなければならないということを、しみじみ思うのであります。
 先ほど野上さんが、現在の議長、副議長は調停能力もないと言っておりますが、私は、十分調停能力はあるのではないかというふうに思うのであります。何といっても、多数を持っておるものが謙虚に進まなければ、大道というものが開けてこないことはあたりまえでございます。多数のものが謙虚にならずして、横暴を重ね、専断を重ねていって、そこで、ものが正道に戻るということはあり得ません。もちろん野党の言うことについても十分批判があってしかるべきでありましょうが、少なくとも今回のことについて、牛歩とすりかえて問題をごまかすということは、私は許されないということを言いたいのであります。私は、先ほど野上さんが言うように、議長がリーダーシップをとって、孤独に耐えて議会制民主主義を守るということになるならば、以上のような方向の中に一つの光明というものが導き出されるのではないか、そういうふうに心から信じてやまないのであります。不偏不党、中正無私の立場において、ここに議長職、副議長職をつとめるということにおいて、これはどの大臣になるよりも、すべてを超越して最高のものであるという感覚こそ、私は議会を尊重する国民の声の基本的な原動力になるということを、信じて疑わないのであります。先ほどからいろいろと申し上げましたが、このように強行採決をまことにすりかえ、サギをカラスと言い、そうして、これが正当なものだと言っておりまするが、私は、韓国のこの隠された裏面――日韓条約を何でもかんでもがむしゃらに強行していくというこの裏面、これは安保のときにもなかったことであります。一体どうしてかということについて、先ほど韓国における焦げつき債権の問題、経済協力の美名のもとにおいてのプラント輸出、その他の利権の問題について一言触れましたが、私は、なお一点、巷間いわれておりまするところの、ノリの利権の問題について触れなくてはいかぬと思うのであります。
 いま東京の芝伊皿子に海苔会館というものがございます。ここには一人の事務の方がおるようでありますが、この月給が十万円といわれておりまするが、その問題は大したことではございませんが、この東京芝の伊皿子の海苔会館の中に海苔増殖振興会というものがある。この海苔増殖振興会というものが眠り口銭を分けて六十七社で取っている、こういうことをいわれておるのであります。これは、わが党の衆議院の横路節雄君が、委員会、本会議で質問をしようとすることについて、対韓請求権の問題とあわせて、これがやみに葬り去られたということをいっておりまするが、私はこの内容を聞いたときに驚いたのであります。これは一つの例でありまして、韓国において生産者漁民がわずかに一枚四十銭で売るものが、日本の国内に入るというと一枚二十円でこれが取引されているということになります。二十円で国民に売られている、四十銭の原価のものが二十円で売られているということ自体、まことにこれは奇々怪々のものと言わなくちゃなりません。これが四、五年前から一億枚であったものが、昨年は二億枚、本年の昭和四十年においては二億五千万枚を韓国から輸入することになっておって、この利権をめぐっての裏の葛藤というものは、もうすでに公然たる一つの秘密事実になってきているということでございます。私は、このように、国民の血税において有償無償あるいは韓国に対する民間供与として、八億ドルをこれから日本国民が払うわけでありまするが、八億ドルは私はまだがまんができると思うのであります。しかし、少なくともわれわれ国会に身を置くものが、国民の信託にこたえて、あくまでも百年の大計の上に立って、議会政治を曲がりなりにも軌道に乗せていくという気持ちがあるなら、再び三たび私は議長、副議長に対して――やはり日韓特別委員会に現在のこの状況というものを差し戻して、そこからやってもおそくはないし、われわれ社会党も、これに対して十分協力してやってもよろしいというふうに考えているのであります。少なくとも根本的に、この問題についての、十分なるお互いの責任というものを痛感していかなければ、私は、単なる社会党に対するやじだけでは事は済まないと考えるとともに、その最も重責にあるところの河野副議長、重宗議長の、やはりこの場合においても、あくまでも議会主義というものを守るために、良心に基づく公正なる措置を、私は要求したいのであります。
 以上のことを総合的に申し述べまして、議長職のリーダーシップを中心とする今後の議会運営のあり方について、一考察を述べて、野上君に対する答弁にかえたいと思います。(拍手)
   〔森中守義君登壇、拍手〕
#98
○森中守義君 野上君の私に対する質問は、日韓の請求権及びこれらに関連する問題でございます。先ほど若干答弁をいたしたことと重複するかもしれませんが、まず、私は、この際、考えておかなければならないのは、なるほど十四年間にわたる長い年月を費やした今回のこの日韓条約、あるいは協定、交換公文等が、一体どういう経過をたどっているのか、このことであろうと思うのであります。
 佐藤内閣総理大臣は、就任早々、両院における施政演説の中で、こういうお話をいたしました。これから先の日本の外交は、あくまでも自主独立の方向で進んでいく、こういうのであります。しかるに、妥結に到達した日韓条約、そうして、その経過、沿革を顧みまするときに、はたして自主外交の基本線に沿っているかどうか。ちなみに、私はいろいろな記録あるいは権威ある読みもの等を中心に、その沿革を実は調べてみました。御参考までに申し上げておきたい。
 すなわち、一九五一年の十月二十日、昭和二十六年であります。千葉・梁会談と称する予備会談が、時のGHQの司令部−第一生命ビルの中で開かれております。この日が実は始まりです。そこで、この時期を検討してみますると、一九五一年九月八日、サンフランシスコにおきまして平和条約に日本が調印をして、ちょうど四十日経過をしたときであります。しかも、当時の朝鮮の戦争は、三十八度線を限界といたしましてきわめて困難な膠着状態にあったのである。そこで、いままでの記録によりますと、予備会談をぜひGHQ本部でやったらどうか、こういうとりなし、いざないをやったのは、もとよりアメリカであったということは否定できません。これが第一回の予備会談、それから、しばらくたちました一九五三年の一月、昭和二十八年には、当時の李承晩大統領が日本に参り、当時の吉田内閣総理大臣と会談をいたしております。しかも、この会談を極力具体的に推進をしてやったらどうかとすすめたのは、当時の国連軍総司令官クラーク大将であったということが、これまた正確に記録に残っております。しかもこの会談では、第一次会談が停滞状態にあるので、竿頭一歩を進めたらどうか、こういうクラーク大将の提言により、吉田・李会談が終わっておるのであります。漸次進みまして、一九五三年と一九五五年――昭和二十八年と三十年、二回にわたりまして、アメリカのアリソン駐日大使は、これまた停滞状態にありましたこの日韓の問題について会談を進めろ、早く妥結の方向にいくべきであるという、こういう強烈なるサゼスチョンを与えたということも、これまた記録によって明瞭であります。また一九五六年になりますと、当時のダレス国務長官が日本及び韓国を訪問いたしまして、会談を早く開け、何でとまっているか、こういうように叱咤激励をしたということでございます。さらに一九六〇年――昭和三十五年になりますと、交代いたしました国務長官ハーターが、当時北朝鮮の帰還協定で、とみに国内は騒然とする、あるいは韓国においては日韓会談が決裂である、なぜ北朝鮮とそういう取りきめをするのか、こういうわけで、少なくともこの日韓会談の雲行きは非常にあやしい状態にございました。いわば中絶の状態にありましたので、当時のハーター国務長官は、その中絶を再び復活させるために、両国に強烈なる圧力を加えたというのであります。それから翌年の一九六一年七月に、軍事政権、すなわち今日の朴政権ができたのでございますが、当時日本政府は、アメリカが朴軍事政権を認めるとも認めないとも、一向に態度表明をいたしておりませんので、この間に交渉を進めていいかどうかがよくのみ込めなかった。しかるに、この朴軍事政権に対しましては、これまた代わっておりましたラスク国務長官が、朴政権を認めると、こういう公式の声明を発表いたしましたので、一躍、日韓の問題は、アメリカが朴軍事政権を認めたので、ここでひとつ前進をしようということになったのであります。また、同年の十一月には、第一回日米貿易経済合同委員会が日本で開かれました。そのときに日本を訪れたラスク国務長官は、当時の池田内閣総理大臣に対しまして、早く日韓の問題を片づけなさい、このように強い指示を与えたと言われております。同時に、ラスク国務長官は、同じように韓国に渡り、朴大統領に対しまして、日本の池田総理にも同様の趣旨を言っておいた、ついては、すみやかに日韓の交渉の妥結をはかったらどうか、これまた、こういうサゼスチョンを与えておるのであります。したがって、こういう経過の中にいよいよ日韓の交渉が大詰めに入りました一九六四年、すなわち昨年でありますが、第七次会談が開催をされる段取りになったのでございまして、このときにも、この第七次会談すなわち最終会談に先立って、米国の国務次官補バンディ氏が、これまた日本と韓国を訪問して、こう言っている。日韓国交の正常化、そうしてその早期の実現は、アメリカの基本政策である。かように両国政府に言明をし、しかも、このために交渉妥結の具体案を提示したということが、当時の各新聞によっても明らかであります。
 大要、以上のような経過をつまびらかに検討してみますると、私は、政府が、いやアメリカの指示は受けていません、日本独自の立場で日韓の交渉をやってきた、このように強弁をいたしましても、実はそのとおりに受け取れない。このことは、何も今回の国会に限りません、いままでしばしば開かれた国会の中で、この日韓問題に焦点を合わせました際、絶えず、アメリカの圧力によって日韓の問題を急ぐべきではない、こういう質問あるいは追及が行なわれてまいったことは、同僚諸君の十二分に御承知のところであります。
 さて、こういう沿革あるいは背景を持ちながら進んでまいりました日韓の問題で、特に注目すべき点は財産及び請求権の問題であります。午前中に私が答弁をいたしましたように、第一次会談から第三次会談に至るまで、外務省を中心に特に交渉の焦点に立っていた諸君は、平和条約四条に定むるいわゆる対韓請求権というものは明らかに日本に存在をする、この説を主張し、しかも一貫をしてそのことを提唱してまいっております。これは交渉経過の議事録等によっても明らかでございます。ところが、第三次会談までそのように、き然たる態度を堅持しておきながら、結果的にどうなったでありましょうか。アメリカ側が、いや条約四条はそういう意味ではない、日本は軍令三十三号によって明らかに請求権は存在しない、敵産管理ということで米軍が没収をした。それを韓国政府に渡したのだから、韓国が日本に対する請求権はあっても、日本が韓国に対する請求権はない、こういう実は強い意思の表明を行なうに至りました。第三次会談で問題になりました久保田発言の取り消しと同時に、対韓請求権をそのまま放棄してしまったのであります。しかし、私はこのことを主張したいのでございますが、その必要はなかった。なぜだろう。それは、先ほど申し上げましたように、ヘーグ条約、すなわち私権の尊重、私有財産は没収してはならないという項目、これが一つあります。それからいま一つは、平和条約の二十二条に、このことを十二分に立証し、かつまた実施すべき条項がある、すなわち、平和条約の第六章「紛争の解決」、二十二条に、何と書いてあるでしょうか、御参考までに読み上げてみます。「この条約のいずれかの当事国が特別請求権裁判所への付託又は他の合意された方法で解決されない条約の解釈又は実施に関する紛争が生じたと認めるときは、紛争は、いずれかの紛争当事国の要請により、国際司法裁判所に決定のため付託しなければならない。日本国及びまだ国際司法裁判所規程の当事国でない連合国は、それぞれがこの条約を批准する時に、且つ、千九百四十六年十月十五日の国際連合安全保障理事会の決議に従って、この条に掲げた性質をもつすべての紛争に関して一般的に同裁判所の管轄権を特別の合意なしに受諾する一般的宣言書を同裁判所書記に寄託するものとする。」、こういうのであります。つまり、この条約の実施にあたりまして、条約の解釈または執行上、二国間あるいはその他の国との間に疑義があるならば、当然国際司法裁判所に提訴ができる、こういうのであります。のみならず、国際司法裁判所規程の三十六条一項の規定によりますと、これもまた、平和条約二十二条と同じように、きわめて明瞭に、二国間の意思が食い違う場合には国際司法裁判所に付託をするという、こういう条項があるのであります。私は自民党並びに政府に言いたい。ほんとうに自主独立の外交を進めていると言うならば、第一次会談より第三次会談に至るまで、終始一貫して対韓請求権の存在を実は主張してまいったのでございますので、これを、アメリカがそうじゃない、その条約の解釈はこうであると、日本政府に対して圧力をかけてきたとするならば、これは何も私は黙っている必要はないと思う。名実ともに、自主独立の外交を展開する、そのことを国民に宣誓をしているならば、当然、国際司法裁判所に、平和条約二十二条、国際司法裁判所規程三十六条の一項の規定によって、なぜ、対韓請求権を持ち出していかないか、これが問題であります。そのことをやらないで、アメリカが平和条約四条の解釈はこうである、こう言われて、はい、そうですが、それならば久保田発言も取り消しましょう、対韓請求権も撤回をいたしましょう、それで会談を軌道に乗せましょうという出方については、少なくとも、講和条約によって自主独立の外交を進めるという日本の独立が疑いなく保障されているとするならば、なぜ、こういう措置をとらなかったか。ここに私は、現在に至るまでの日韓交渉の沿革は、要するに、日本の独自的な立場の交渉でなかった、しかも、そのことは、いま申し上げた平和条約四条あるいは二十二条、国際司法裁判所規程三十六条の規定によっても、いかにわが国の自主的な、あるいは独自的な日韓交渉でなかったかということを裏づけるものでないかということを、野上君にまず第一のお答えとして申し上げておきたいのであります。
#99
○議長(重宗雄三君) 時間が超過しております。簡単に願います。
#100
○森中守義君(続) それから第二の問題である、衆議院における横路質問並びに参議院における横川質問が、あたかも八項目に入らんとするとたんに、ついに両院いずれにおいても――先ほど来しばしば弾劾をされましたが、自民党の横暴な打ち切りが行なわれた。その背景には黒い霧がかかっているんじゃないのか、こういうお尋ねでございました。私も実は、そのとおりであるということを申し上げたい。と言いますのは、ほかでもございません。しばしば国会でも議論され、あるいは、新聞等がこの種の問題を取り上げてまいった経過からまいりますると、日本側の対韓請求、すなわち、韓国に残してまいりました私有財産は、御承知のように、百二十億から百四十億程度であるとされてまいりました。また、韓国が日本に残していった財産は、九十億ないしは百二十億。しかし、結果において、これは多少の持ち出しにはなるけれども相殺をしようという、こういうことが、いままで会談の中でも言われてまいっております。しかるに、韓国側が八億ドルあるいはそれ以上ということは――日韓会談の当初より一貫して主張されてまいった金額、その金額が、会談がだんだん七次会談に進展をするにつれまして、かなり韓国側としては具体的な、しかも強い内容のものになり、しかも、個々的に具体的に八項目のような内容が表に出てまいりました。そこで私どもが問題にしてまいりましたのは、一体、八億ドルの根拠は何か、こういう追及に対して、ことばに詰まって、いや、それは韓国の独立のために祝い金としてやるなどという、こういうこと等もしばらく政府は言ってまいったのでございますが、いまの八億五千万ドル、これの正確な内容というものは公的に発表されておりません。しかし、お読みになったかどうかわかりませんが、十一月二十八日付の「朝日ジャーナル」、これに、当の質問者でありましたわが党の横路節雄代議士が、「封じられたわたしの日韓質問」ということで原稿発表をいたしております。しかも、この中に、八項目をこまかに、何が幾ら、何が幾らと全部出してある。政府みずからは、まだこの内容を表には出しておりません。ただし、衆議院の場合におきましては、委員長の手元にこれが届いておったという話を私は聞いておりますけれども、私ども一般の議員に対しましては、この種の内容のものは政府は公表していない。私は、この一々をこまかく申し上げるといいのですが、要するに、納得できないものがあまりにも多過ぎる。この八項目の中で問題になりますのは、これは管轄権……。
#101
○議長(重宗雄三君) 簡単に願います。
#102
○森中守義君(続) あるいは領土権、こういうものがはっきりしておりません。そこで私どもは明らかに、北南――いわば朝鮮の統一のためにこの交渉を急ぐべきではない、こういう一貫した主張を続けてまいり、しかも結果的には、この八項目には北の分までも含まっているという内容がずいぶん多い。しかも、横路論文による八項目の内容の中で、私はもちろん、二、三の同僚議員が、この中の第二項の逓信関係ということで、郵便貯金、あるいは振替貯金、あるいは郵便為替等、この請求の内容について、関係の向きに照合したことがございますが、照合の結果、ぴしゃりと、この金額は合った。ということは、今日の三十八度線以南だけの問題ではない。三十八度線以北の分も実はこの金額に該当するということが明瞭になったのであります。これは重大な問題であります。このように、八項目の内容は、いままで国民に口を閉ざしておきながら、しかも北に一つの政権があるということを言ってきながら、実際問題としては、全部これは韓国に支払う、こういうのでございまして、結果的に、経済協力により、請求権の問題は事実上消滅をするという政府答弁は、決してそういうことにはならない、私は、こういう結論が導き出されると思うのであります。こういう意味におきまして、この八項目については、なお今後、議長あるいは副議長の良識ある裁量により、明日あたりからは特別委員会が再開をされて、横川質問が続行されると思いますので、その特別委員会を通じ、なお詳細に検討の必要があろうかと思っております。
 それからいま一つ、実は竹島の問題等に対する野上君の質問もございました。この問題は、同僚の森議員から後ほどまた詳細なお話があろうかと思いますので、詳しく申し上げることを省略をさしていただきたいと思いますが、一言簡単に申し上げるならば、昭和二十七年の七月、実は日米行政協定によりまして、竹島はわが国の固有の領土である、この事実認定の上に立ち、行政協定により、米軍に対しまして海軍の爆撃機の基地に提供しております。これが二十八年に返還をされている。この事実がある。この事実がある限り、断じてこれは日本の領有といわなければなりません。これをなぜ――実はこの日韓案件の趣旨説明の際に、森さんが佐藤総理にここで聞いております。聞いているのに、おそらく私は故意に、意識的にであろうと思うのですが、佐藤総理からは、この森質問に対して、行政協定によって竹島を米軍基地に提供したという、この事実に対する回答がなかった。これはまた、後ほど森さんから詳しいお話があるはずであります。このように、竹島は、行政協定の取りきめ等によって米軍に日本が基地として提供した事実があるならば、会談の進行の過程において竹島の問題を、アメリカ、日本、この二国間の具体的な領土問題として――あまりにも明瞭でありますから、これをなぜ出して韓国に言わなかったか。あるいは先ほど申し上げましたように、アメリカの要人たちがしばしばこの問題で日本に来ている。韓国に行っている。交渉の促進を促している。そういう際に、この竹島の問題をどうして政府は言わなかったのか。アメリカに助言を求めなかったのか。こういうことも大きな問題であると思う次第であります。しかし、今回の基本条約あるいは協定、交換公文、こういうものによりますと、竹島をたった一言半句も言っていない。はなはだしきに至っては、衆議院の特別委員会に坂田農林大臣が提示した地図の中には、竹島は、いつの間にか消えておった、こういう実は次第でございます。ですから、今回この交渉に臨んで、いかに屈辱といいましょうか……
#103
○議長(重宗雄三君) 簡単に願います。
#104
○森中守義君(続) こういうことはあり得ない。私どもは、ほんとうに友好親善、善隣友好の二国間の関係を樹立せんとするには、こういう内容のものではなくして、これこそもっと高い次元に立って、しかも自主独立の外交に沿った日韓交渉が進められてしかるべきであると、いまなおその考えを持っている。
#105
○議長(重宗雄三君) 簡単に願います。森中君、もう時間がありません。
#106
○森中守義君(続) そこで、私は、野上質問の主要な点についての答弁でございまして、満足いただけたとは思いません。しかしながら、このように重要な内容で、これほど大きな問題に発展をしているのに、なぜ自民党は、衆議院、参議院を通じ、無謀な採決、無謀なる職権会議等を開かねばならぬのか、その内容等について一々申し上げるわけにはまいりませんが、これはもう何といっても党利党略、しかも、多数によって少数党の意見を黙殺する、抹殺する、(「粉砕する」と呼ぶ者あり)こういう行き方以外の何ものでもありません。いま田中君のことばによりますと、少数意見を粉砕するという発言がございました。これは、やじだから、私はあまり取り上げないけれども、実は田中君の心臓の中には――確かに少数党の意見を粉砕するという、そういうことが、具体的に国会の運の中にあらわれているということを、私は見のがすわけにはまいらない。
#107
○議長(重宗雄三君) 簡単に願います。
#108
○森中守義君(続) 私は、だから、副議長不信任提案者の一人といたしまして……
#109
○議長(重宗雄三君) 森中君、もう時間がきております。
#110
○森中守義君(続) 断じてこういうことは承服できない。議長の不信任、これは不幸にしてやぶれた。しかし、野党全会派が、参議院の正常化をはかるために、一党一派のためではなくして、国の将来、国の現在の議会政治を守るために、私どもは、河野さんには、やめてもらう。そして、正副議長は、すみやかに党籍の離脱をして、一党と無関係の状態におるところに、実は国会の正しい運営があります。お考えください。いま、私ども少数党である者は、正副議長が――議院の最高責任者が、一党一派の悪だくみに手を組んでやった場合、どうなります。だれを信頼したらいいんですか。私どもは行くところがない。まさにこれは破滅であります。これは参議院としてだ、しかも、これは一回、二回じゃございません、数回にわたって、正副議長党籍離脱の問題を――そしてまた、厳正公平なる立場から問題を処理するように、しばしば私どもは主張してきた。ところが、先ほど岡君からもお話がありましたように、昨晩のあの状態もそのとおり。十分に延会をして再開をすると言いながら、自民党の議員と協議をやって、協議じゃなくて、謀義をやっている。こんなばかな話はありません。少数党の、実は各党間の話し合いがつかない場合、たよるもの、信頼すべきものは、議長であり、副議長である。その議長、副議長が、一党の幹事長、そして国会役員たる議院の運営委員長だけと相談をしたんじゃ話になりません。野党の議運の理事と会っていない。こういうむちゃくちゃなことを、きょう、ただいま、これをもってやめるために、私は、副議長にはすみやかに退陣をしてもらいたい。そうして、これからの課題は、正副議長は政党離脱をして、一党一派に組まない、いわんや自民党の悪だくみに乗らない、国会の正常化のために、ぜひ全力をあげてもらいたい。こういう意味から実は提案をした次第でございますが、どうぞ、野上君もそういう意味で、副議長の不信任案に対する御質問について満足な答弁ではございませんでしたが、御了解いただきたいと思います。(拍手)
   〔鈴木強君登壇、拍手〕
#111
○鈴木強君 野上議員の私に対する御質問は、十一月六日、そして十二日、日韓関係案件を強行採決した衆議院のやり方、さらにまた、それを上回るような十二月四日の当院における特別委員会の強行採決のやり方、まさにこの国会はまぼろしの国会である。この間、五派一致して、政府に対し、あるいは議長に対し、自民党に対して、いろいろ折衝したようだが、まず第一番にその経過、さらにまた、その折衝の中から、副議長はどういうふうな態度をとられたか。それから、さらにまた、自民党には、野党五派の、このもっともな意見に対して、耳をかせる人たちはなかったのかどうか。こういう御質問であったかと思います。したがって、まず第一番に私は、具体的にお答えをする前に、衆議院で強行採決してまいりました日韓条約等関係案件の審議の大まかな経過について、一応皆さんに申し上げませんと、四日以降の五派会談の問題を中心とすることが議題になってまいりませんので、あらかじめ、その点を最初に申し上げてみたいと思います。
 十二日の未明に強行突破をしてこちらにまいりましたのでありますが、先般来たびたび申し上げておりますように、十三日(土曜日)、職権によって本会議を開会し、特別委員会の設置をきめたのであります。そして十九日(金曜日)に本会議を開会、趣旨の説明をいたしたのでございます。それから二十日に特別委員を任命し、引き続きまして二十二日に特別委員会を開会して、同様に関係法案の趣旨の説明をいたしております。それから二十四日(水曜日)、二十五日(木曜日)、二十六日(金曜日)と二十七日、この四日間、特別委員会を開会して、二十九日には地方公聴会を大阪と福岡でやっております。さらに三十日は、飛行機で帰ってまいりまして、休むいとまもなく特別委員会を開会しております。翌一日は中央公聴会、二日、三日、四日と特別委員会が開会されておりまして、大体実際に審議をいたしましたのは八日間でございます。
 この間、記録をたどってみますと、質問に立ちましたのは、自民党では二人、木内四郎、長谷川仁の両氏であります。木内四郎氏が四十八分五秒。長谷川仁氏が五十一分二十九秒。自民党の質疑時間は、合計一時間三十九分三十四秒。社会党は藤田進氏が一時間十七分三十六秒、関連質問が一時間五分五十一秒、合計二時間二十三分二十七秒であります。それから亀田得治氏が二時間十九分五十秒、関連質問が一時間十三分五十五秒、合計三時間三十三分四十五秒。しかし、この質問は、本題に入ってからの質問じゃございません。後ほど申し上げますが、議会制民主主義を守る、奪われた民主主義を守る、政治の危機――こういう問題について、政府の所信をただしたのでございますから、これは審議とはいえないのであります。続いて羽生三七氏が一時間八分五十二秒、関連が六分三秒、合計一時間十四分五十五秒。続いて岡田宗司氏が二時間十分四十四秒、関連質問が十八分三十九秒、合計二時間二十九分二十三秒。続きまして、稲葉誠一氏が一時間二十一分三十一秒、関連が十五分二十三秒、合計一時間三十六分五十四秒。次に渡辺勘吉氏が一時間三十六分五十秒、関連が七分二十九秒、合計一時間四十四分十九秒。中村英男氏が五十六分、これはちょうどであります。続いて伊藤顕道氏が一時間十八分四十六秒、関連なし。それから小林武氏が五十一分四十七秒、関連なし。横川正市氏が五十分二十秒、関連が二十一分二十九秒、合計一時間十一分四十九秒。森元治郎氏の関連が三十六分五十三秒ございます。社会党がやりましたのは合計十三時間五十二分十六秒、関連が約四時間、合わせて十七時間五十七分五十七秒であります。それから公明党は、二宮文造氏が一時間二十七分三十五秒、関連なし。黒柳明氏が四十二分一秒、鈴木一弘氏が関連一分三十七秒。公明党は合計二時間九分三十六秒、関連を入れまして二時間十一分十三秒であります。次に民社党は、曾祢益氏が一時間十九分三秒。共産党の岩間正男氏が五十一分三十四秒、関連十二分二十三秒、合計一時間三分五十七秒。第二院クラブは、残念でしたがその機会を与えられずにおるのでございます。
 こうして見ますと、累計いたしまして十九時間五十二分三秒、関連四時間十九分四十一秒を入れましても、わずかに二十四時間十一分四十四秒でございます。これが実質的に審議をした時間でございまして、特に小林武氏、横川正市氏、中村英男氏は、いずれも一時間に達しておらないのでございます。こういうふうな特別委員会の審議でございます。それで、まだこの特別委員会におきましては、申し上げておりますように、社会党は四名の質疑者が残り、四十四項目にわたる質問に全然触れなかった問題点が残っている。公明党は一人残っております。第二院クラブは全然質問の機会が与えられない。まあこういう事態で、四日の午後三時二分、例のまぼろし国会と言われるようなむちゃくちゃな「委員長」の一言によって、この大事な案件が可決されたと称しておるのでございますから、事は非常に重大でございます。したがって、御質問の最初の問題点でありますが、私どもは、十二日に衆議院を通りまして参議院へ送付されてまいりましたので、この問題につきましては、非常に事が重大でありますから、慎重に私どもは協議をいたしたのであります。およそ、われわれは選挙に際して、政党に属すると属せざるとにかかわらず、それぞれ、おのれの政策を掲げまして国民の支持を得、そうして当選をしてここに参っておるのでございます。私は、国会というところは、話し合いを通じていろいろな異なった意見を調整し、そして民意に沿うところの国策を決定する代表機関であると思うのであります。国会での民主的な諸討議が――いろいろな意見の交換があって、初めて議会制民主主義というものが成り立つのでありまして、国会に関する一切の法律、規則あるいは先例、慣行等は、こうした民主的な討論を保障するためのものでございます。国会が、憲法に言う国権の最高機関としての任務を果たし、みずからの権威を確立するためには、この大前提を実際に守り、少数意見をも十分に尊重して審議の実をあげなければならないと思うのでございます。六日、十二日にとった衆議院における自民党の言論無用の態度、これは議会制度の原則を踏みにじることによって、議会の存在価値を否認するものだと考えます。数をもって一切の論議を押し切ろうとする、そういうやり方は間違いであります。私は、こういうことになりますと、何でもかんでも数によって、ものを押し切って、これが合法的だということになりますと、国会は要らなくなると思うのであります。こういうむちゃくちゃなやり方がいいのかどうなのかということは、みなわれわれがよく理解しているところでございます。したがって、衆議院においてあのようなめちゃくちゃなことをやったのでありますから、二院制の立場から、参議院は慎重審議を尽くし、国民の期待に沿うべきである。このような観点に立ちまして、十一月十六日に、公明党、共産党の諸君と一緒にわれわれは議長に会いました。副議長にも会いました。そして、どうかひとつ参議院の名誉にかけても再び衆議院のような愚劣な二の舞いをやらないでほしい、こういうお願いをいたしたのであります。議長、副議長も、そのことについては了承されたのでございました。しかし、了承をされましても、具体的に特別委員会の審議が進んでまいりますと、先ほど申し上げましたように、何かしら、十三日までの慎重審議を尽くそうという野党――特に社会党の積極的な意見に対して、日程はその日その日の日程でなければ応じてこない、こういうふうな態度が出てまいりまして、御承知のとおり、三日の日に、新聞報道関係からは、どうも四日には、やりそうだというような報道もありましたので、何回も申し上げてありますように、私たちは、自由民主党に対しても強硬な申し入れをいたしました。その内容は、すでに北村議員からも答弁がされておりますので、省略をいたしますが、要するに、委員会に差し戻してもらいたい、委員会の審議を十分やってもらいたい、どうもむちゃくちゃをやりそうだから十分注意してもらいたいという、そういう話をしたのでございます。ところが、そういうことに対して、議長、副議長は、積極的に特別委員会に対して助言を与え、指導を与えるような気配が、ほとんどみられなかったのでございます。野党五派といたしましては、そういうふうな自由民主党との折衝も社会党が積極的にやると同時に、さらに、議長に対しても慎重審議を促進するような努力を、いま申し上げましたように積極的にやってまいりました。ところが、自民党からは、あとからまた申し上げますが、われわれの申し入れに対しては、さっきも田中さんが言っているように、黙殺をするというような態度に出てまいっております。そして、ついに四日の日に、あのような「委員長」一声の強行採決がでっち上げられた、こういうのでございます。したがって、社会党は、このような態度をもって、野党五派の皆さんとしっかり手を組んで、とにかくいまここで民主政治を守るには、たった一つ、議長の決断によって委員会に差し戻し、そして質疑を続行することにある、こういう誓いをいたしまして、積極的に議長への要請をいたしました。そして、七日の日には、五派そろって、議長、副議長に会見を申し入れ、われわれの考え方を伝えました。また、同日――七日の五時十五分からも議長に会いましたが、どうも議長としては、ほとんど、この寺尾委員長から上がってまいりましたでっち上げの可決報告書というものを認めて、本会議を開く、そういう決意がみなぎっておりまして、われわれの忠告に対しても、抗議に対しても、要請に対しても、なかなか耳を傾けてくれませんでした。そして、中間的な調停案が示され、条約、協定と国内三法案は、分離採決する、また、条約、国内三法案は、正常な運営のもとで八日議決するというような、そういうふうな考え方が示されまして、私たちは憤激をし、これでは議長がほんとうに、副議長がほんとうにこの事態を解決しようとする熱意がない。重宗さんは農地報償法案のときにも職権開会をした。しかし、例の暴力行為等処罰に関する法律の一部改正法案の当時には、議長として委員会差し戻しの方法もおとりになったのでありますから、何とかしてこの際そういう方法をとるべきであるという、われわれの強い要請に対しても、なかなかがえんじませんでした。そうして、もの別れになり、同日の九時四十分に、われわれは、議長、副議長と再度また会いまして、もう一度、委員会差し戻し、質疑続行の強い要求をいたしました。そうして八日の午前一時に回答がありましたが、その回答も、依然として、もうあのむちゃくちゃな委員会の採決は正当である、合法である、そういうたてまえに立ちまして、委員会差し戻しの決意がほとんどないというふうに、私たちは判断をせざるを得ないような調停案が出てまいったのであります。したがって、野党は、これではとても、議長、副議長がたった一つ残された参議院の良識を守り、議会主義民主政治を守るその道をとってくれそうもない、こういうふうに判断をして、残念でありましたが、最終的にはもの別れのかっこうになっておるのであります。率直に申し上げまして、これは野党五派が結束をして、議会主義民主政治を守るために最後まで議長に要請をいたし、副議長に要請をいたしました経過でございますが、残念ながらそれがいれられずして、ここに本会議職権開会という不幸な事態を招いていることを、非常に残念に思う次第でございます。したがって、この間、河野副議長がおとりになりました態度は、私たちが見ておりましても、積極的に議長を鞭撻し――たいへん失礼な言い分でありますが、こうだと信じて直言するような態度は見せず、むしろ議長よりもたいへん右寄りな窮屈な考え方を持っておられるように思われました。たとえば議長は、第一次あっせん案を出しましたときにも、むしろこれは最終的なあっせんと取らないでもいいから、ひとつ皆さんに意見があったら、ぜひ聞かしてほしい、何とか私はまとめたいのだというような意見を言われました。なるほどと私は思ったのでありますが、その横にいる河野副議長は、むしろそれを議長の足をつついて、いや、そうでないのだ、これが最終的な案だというような態度をとられましたことは、これは副議長としての値打ちがないな、こういうふうに直感をいたしました。そういうふうに考えてみますと、私もあまり深い仲ではございませんが、どうも副議長として、ほんとうに議長をもっと積極的に補佐して、何とかこの際、自由民主党が何と言おうと、議会人として、そこまで失われている権威を何とか回復するために、死にものぐるいになってやろうという、そういう御決意がなかったことを、非常に残念に思います。先般からいろいろ言われておりますように、こんな「委員長」と一言言ったものが既成事実となって認められ、本会議において数によって押し切られるということは、としても忍び得ないわけであります。非常に事は重大でございまして、この重大な民主主義の危機――議会政治の民主化の基本を守ってくれなかった。非常に私は憤激にたえません。これで大体野上さん、おわかりでございましょうか。
 それから、この間、自由民主党の諸君は一体、率直にわれわれの意見に耳を傾けなかったかどうか、こういうことであります。いまも申し上げましたように、三日の日には、確かにこれは事が重大でありますので、したがって私たちは一時二十分に、塩見国対委員長に抗議するために会見を申し込みました。そしてわれわれが意見を伝えましたのは、北村議員も言いましたように、日韓条約特別委員会における審議というものはまだ非常に不十分でございますので、慎重審議を行なうという立場に立って、どうぞひとつ強行採決などということは、やらないでほしい。それからいろいろ社会党にも考えはあるが、条約、協定、交換公文、これだけは自然成立の前にひとつ結論を出しましょう、けっこうでございます。そしてこれが成立いたしましたあと国内三法案についての審議を進めていただきたい。こういう、条理を尽くし、まことにもっともな、適切な意見を出したのでございますが、ついにこれについては何らの回答もございませんでした。
 それのみか、私は四日の朝、新聞を見まして非常に驚きましたのは、朝日新聞を見ると、「既定方針通りやるつもり・参院自民幹事長談」と、こう斎藤さんの談話が出ておりました。時節柄、直ちに私の目を引きまして、読んでみたのでありますが、そこにはこういうふうに書いてありました。「参院自民党の斎藤幹事長は三日夕刻、塩見国対委員長とともに院内に佐藤首相をたずね、参院での日韓審議の経過を報告したが、同夜記者会見して次のように語った。一、四日の日韓特別委は同委理事会の決めた通り小林武氏(社)の質問は認めるが、その後の質問者についてはまだ決っていない。こちらとしては既定方針通りやるつもりである。」、こう言いましたので、「この既定方針とは何か、四日中に質疑を打ち切り、採決をする、これが既定方針か」と、こう記者が問いましたら、「そのように考えてよいと思う。」と答え、それから、「参院社会党から、三日、日韓条約承認案件を十日の本会議で採決、関係三国内法案は引続き審議する、との提案があったが、国内三法を今国会の会期中に成立させることの確約がない限り問題にならない。この提案については、しいて回答の必要はないと思う。」、こういうふうに記者団に対して見解を明らかにしております。私は、もしかりにそういうお考えをお持ちになったとするならば、私たちの正式な会見の要請、これに応じてわれわれの意見を聞いてくれたのでありますから、それを通じて私たちに言ってほしかったのであります。こういう態度を見ましても、この日韓条約をめぐるまぼろし国会の正常化のために、ほんとうに、本心から自由民主党の諸君が努力をしようとする熱意がなかったことを、雄弁に物語るものだと思います。ですから、この日韓条約案件の今国会の成立ということは、森中議員も指摘しておりますように、いろいろのいきさつがあるようでございます。したがって、至上命令がどこかにあって、その至上命令によって、どうしてもこの国会で、問題の多い、審議の不十分な関係案件を一切可決してしまおう、そのためには、憲法も、国会法も、衆議院規則も、参議院規則もない、というような、まことにむちゃくちゃな国会否認の態度というものが私は根底に流れていると思うのでございます。ですから、おそらく、議長、副議長も、こういった党の方針――幹部諸君はもちろんそうでありますが、その方針をひたすら忠実に実行するために、話し合いということをできるだけ避けて強行突破しようという考え方があったように思うのであります。しかも、十三日の会期の終わりを考えまして、逆算をして、すべてものを考えているように思われてなりません。こういった態度から見ますと、野上議員の指摘しておりますように、人間というものは、やはり直言をされたその忠告には率直に耳を傾ける、私はこれがほんとうに正しいあり方だと存じます。ほんとうにその人を信頼するがゆえに、公私ともに直言をするのが、ほんとうの友人の立場であり、人間のつき合いだと思います。悪いことをしておってもこれを是認し、いいかげんにすることは、私はいけないと思うのであります。そういう意味からいって、大政党である自由民主党の諸君の中に、また幹部の中に、ほんとうにひざを交えてこの危機を救う、そういう熱意があってこそ、私は民主主義議会も、民主政治も運営ができると思うのでありますが、そういうことがないことを非常に残念に思います。ですから野上さんもおっしゃるように、人の忠告に耳を傾ける――忠告された人がその忠告を聞かないように避けていくという、こういうふうな考え方がやはり現存しておるのではないかと思いまして、まことに遺憾にたえない次第でございます。大体御指摘の三つの点につきましては申し上げましたが、まだ不十分でございましたら再質問をしていただきまして、もう少し答弁をさしていただいてもけっこうでございます。
 以上で終わります。(拍手)
     ―――――・―――――
#112
○議長(重宗雄三君) 鍋島直紹君外一名から、成規の賛成者を得て、
 質疑終局の動議が提出されました。
 これより本動議の採決をいたします。
 表決は記名投票をもって行ないます。本動議に賛成の諸君は白色票を、反対の諸君は青色票を、御登壇の上、御投票を願います。
 議場の閉鎖を命じます。氏名点呼を行ないます。
   〔議場閉鎖〕
   〔参事氏名を点呼〕
   〔投票執行〕
#113
○議長(重宗雄三君) すみやかに御投票願います。――すみやかに御投票願います。――投票漏れはございませんか。――投票漏れないと認めます。投票箱閉鎖。
   〔投票箱閉鎖〕
#114
○議長(重宗雄三君) これより開票いたします。投票を参事に計算させます。議場の開鎖を命じます。
   〔議場開鎖〕
   〔参事投票を計算〕
#115
○議長(重宗雄三君) 投票の結果を報告いたします。
  投票総数          二百二票
  白色票           百十九票
  青色票           八十三票
 よって、質疑は終局することに決しました。
     ―――――・―――――
  〔参照〕
 賛成者(白色票)氏名      百十九名
      植木 光教君    和田 鶴一君
      中上川アキ君    沢田 一精君
      野知 浩之君    前田佳都男君
      伊藤 五郎君    林田 正治君
      吉江 勝保君    白井  勇君
      梶原 茂嘉君    岡村文四郎君
      木暮武太夫君    草葉 隆圓君
      宮崎 正雄君    柳田桃太郎君
      山内 一郎君    山本茂一郎君
      園田 清充君    船田  譲君
      藤田 正明君    平泉  渉君
      八田 一朗君    土屋 義彦君
      木村 睦男君    高橋文五郎君
      内田 俊朗君    大森 久司君
      丸茂 重貞君    源田  実君
      熊谷太三郎君    小林 篤一君
      山崎  斉君    川野 三暁君
      温水 三郎君    日高 広為君
      亀井  光君    石井  桂君
      稲浦 鹿藏君    大竹平八郎君
      柴田  栄君    鹿島 俊雄君
      横山 フク君    青柳 秀夫君
      平島 敏夫君    剱木 亨弘君
      古池 信三君    田中 茂穂君
      近藤 鶴代君    井野 碩哉君
      石原幹市郎君    重政 庸徳君
      笹森 順造君    平井 太郎君
      林屋亀次郎君    杉原 荒太君
      中野 文門君    後藤 義隆君
      堀本 宜実君    山本 利壽君
      玉置 和郎君    内藤誉三郎君
      任田 新治君    西村 尚治君
      中村喜四郎君    長谷川 仁君
      岡本  悟君    奥村 悦造君
      楠  正俊君    黒木 利克君
      栗原 祐幸君    久保 勘一君
      岸田 幸雄君    米田 正文君
      谷村 貞治君    村上 春藏君
      木島 義夫君    山本  杉君
      徳永 正利君    大谷藤之助君
      天坊 裕彦君    西田 信一君
      仲原 善一君    松野 孝一君
      森部 隆輔君    津島 文治君
      斎藤  昇君    植竹 春彦君
      新谷寅三郎君    迫水 久常君
      松平 勇雄君    八木 一郎君
      山下 春江君    青木 一男君
      安井  謙君    小林 武治君
      小山邦太郎君    高橋  衛君
      吉武 恵市君    廣瀬 久忠君
      近藤英一郎君    田村 賢作君
      谷口 慶吉君    櫻井 志郎君
      北畠 教真君    金丸 冨夫君
      青田源太郎君    赤間 文三君
      井川 伊平君    江藤  智君
      森 八三一君    三木與吉郎君
      西郷吉之助君    木内 四郎君
      紅露 みつ君    上原 正吉君
      増原 恵吉君    中山 福藏君
      小柳 牧衞君
    ―――――――――――――
 反対者(青色票)氏名      八十三名
      鬼木 勝利君    原田  立君
      山高しげり君    黒柳  明君
      矢追 秀彦君    市川 房枝君
      中尾 辰義君    浅井  亨君
      田代富士男君    北條 雋八君
      小平 芳平君    渋谷 邦彦君
      鈴木 一弘君    和泉  覚君
      柏原 ヤス君    鈴木 市藏君
      達田 龍彦君    前川  旦君
      戸田 菊雄君    竹田 現照君
      山崎  昇君    木村美智男君
      村田 秀三君    小野  明君
      矢山 有作君    野々山一三君
      瀬谷 英行君    杉山善太郎君
      大森 創造君    小柳  勇君
      横川 正市君    藤田藤太郎君
      相澤 重明君    岡  三郎君
      永岡 光治君    藤田  進君
      柳岡 秋夫君    佐多 忠隆君
      北村  暢君    鈴木  強君
      大和 与一君    岩間 正男君
      須藤 五郎君    野坂 參三君
      春日 正一君    森  勝治君
      鈴木  力君    中村 波男君
      川村 清一君    大橋 和孝君
      吉田忠三郎君    渡辺 勘吉君
      小林  武君    松本 賢一君
      佐野 芳雄君    中村 順造君
      野上  元君    千葉千代世君
      山本伊三郎君    武内 五郎君
      森中 守義君    柴谷  要君
      松永 忠二君    占部 秀男君
      光村 甚助君    大河原一次君
      伊藤 顕道君    中村 英男君
      久保  等君    秋山 長造君
      阿部 竹松君    近藤 信一君
      大倉 精一君    松澤 兼人君
      小酒井義男君    椿  繁夫君
      成瀬 幡治君    鈴木  壽君
      木村禧八郎君    藤原 道子君
      加藤シヅエ君    羽生 三七君
      野溝  勝君
    ―――――――――――――
#116
○議長(重宗雄三君) これにて休憩いたします。
   午後六時十七分休憩
     ―――――・―――――
   午後八時十七分開議
#117
○議長(重宗雄三君) 休憩前に引き続き、これより会議を開きます。
 討論の通告がございます。順次発言を許します。山本伊三郎君。
   〔山本伊三郎君登壇、拍手〕
#118
○山本伊三郎君 私は、わが党の鈴木強君外四名から出されました副議長河野謙三氏の不信任決議案に対し、賛成の討論をするものであります。(拍手)
 私は思いますのに、この院の議長あるいは副議長は、船にたとえますと船長に当たるものだと思っております。それには二つの意味があると思います。一つは、もちろん、もし船長が船のかじを誤りますと、航路が変わる。また、それだけではございません。転覆することもございます。したがって、院の議長、副議長は、院の運営につきましては重大な責任もありますし、常に公正に運営をしなければならぬと思うのであります。もう一つの意味は、船長は、すべての乗客を安全に目的地に送らなければならぬ責任がございます。昨今の国会の運営、衆議院あるいは参議院を見ましても、どうも、この参議院丸の船長は、自民党という乗客に対しては、遭難があっても救命ボートでその生命を守るけれども、野党の社会党あるいは公明党、その他の野党に対しましては、その船とともにおぼれてもよいのだというような考えで運営をしているのじゃないかと存ずるのでありまけ。けさの零時十分からのあの状態を見ますると、私のような、おとなしい者でも、議長の部屋に押し込まなければならないという事態が起こっております。私は、うしろですわっている議長なり、この不信任の当事者の河野謙三君に対し、心から反省を促したいのでございます。
 今回の日韓条約案件の審議にあたりましても、かかる混乱を生ぜしめたということは、もちろん、自由民主党の強引な態度にあると私は断定をしております。しかし、やはり院の運営の責任者は、議長、副議長であります。たとえ、自分の属する自民党から、どのような要請があっても、先ほど申しましたように、参議院丸の船長でありますから、どの党派、会派も越えて、公正に運営をしなければならぬ責任があると思います。
 かつて私は、松野議長からいまの重宗議長を通じまして、いろいろ問題を取り上げて、本会議場でも、あるいは委員会でも、論争をしてまいりました。たとえば、昭和三十五年の、非常に国会が荒れました日米安全保障条約の問題にいたしましても、また、防衛二法案の審議にいたしましても、一昨年の失業対策関係二法案の審議にいたしましても、国会は非常に混乱いたしましたけれども、今度のような、職権で開会する、また、日韓特別委員会の設置を一方的にきめるというようなことは、私はいまだ経験をしておらないのであります。特に、岸内閣の退陣の原因となりましたあの日米安保条約の改定の問題で、与党野党が激突いたしましたときでも、当時の松野議長は、職権をかつて院の運営をこのような混乱に落としたことはございません。今回の日韓特別委員会において、あのように採決を強行し、何ら存在しない可決報告書を捏造するがごときことは、おそらく国会史上始まって以来のことであると思います。しかし、私は、これらのことを静かに考えますと、もともと、政府自民党は、この日韓条約に対し、初めから自信がなかったのでないかと思うのであります。このことは、衆参両院におけるわが党の追及に対する政府の答弁からも、はっきりうかがい知れることであります。
 私は、かつて池田内閣の当時、小坂、大平両外務大臣に対して、たびたび日韓会談の問題について、予算委員会等を通じて追及をしたことがございます、この私の質問に対し、池田総理――当時池田総理でございますが、池田総理あるいは小坂、大平両外相は、常に、日韓条約を締結する際には、日韓問題のすべての問題が全部合意に達しなければ妥結をしない、このことは再々言ってきたのであります。外交の問題でありますから、相手方があるので、やはりそのときどきによって方針は変わると思いますけれども、最も重要な、御存じの今度の竹島の問題につきましては、再々私も予算委員会で追及したのであります。佐藤内閣になりましてからも、椎名外相が外交の衝に当たった当時は、やはりそのような態度で国会答弁をされております。しかるに、今回の日韓条約が締結されてみますると、最も国民の関心のある、しかも国家の基本的な問題であります領土権については、あたかも放棄をしたかのごとき感じを国民が受けておるのであります。かりにわれわれが一歩譲って、交換公文には明記しておらないけれども竹島問題は紛争事項としてあとに残っているのだ、と政府は言明をしておりますけれども、かつての政府の一括妥結をするという、このことだけでも、政府はその態度を豹変しているのであります。
 私は、ただ抽象的に言ってはどうかと思いまして――かつて予算委員会で質疑をしたことで、はっきりここに出ております。当時、日韓会談の問題は、国会が開かれるたびに問題になったのであります。私のやったやつを全部読むと、一時間、二時間かかりますから、そういう非常識なことはいたしません。最も中心であることについて、一節だけちょっと大平外務大臣の答弁を引用します。これは昭和三十九年三月三十日、月曜日です。このときの予算委員会で、いろいろの問題を私は質問しておりまするが、その中で、そのとおり読みますが、「それでは外務大臣に聞きますが、こういう事態の中で、政府がいままで言われておりましたように、日本の一括解決、この基本的な態度は依然として変わらなく進むという基本方針は政府として堅持するかどうか。」、との質問に対しまして大平外相は、簡単な答えでありますが、簡単だけに明瞭になっております。「○国務大臣(大平正芳君)基本方針は変えておりませんし、変えるつもりはございません。」、こういうことで、これだけじゃないのです。たびたび答弁をしておりますけれども、その後、いよいよ条約締結になると、竹島問題は紛争事項として残していると言うけれども、その影が薄い。それを認めても、実は、政府の態度はきわめて豹変をしているのであります。これだけでも、わが社会党が、この日韓条約を国会に提案することも妥当でないとする理由はあると思うのです。しかし、その主張を一時預けるといたしましても、この日韓条約案については、まだまだ国民の前で論議を展開し、審議を深め、解明しなければならぬ問題が多くあることは、同僚議員が、るる、この壇上から述べたとおりであります。
 しかるに、本月四日、突如として日韓特別委員会において、自民党の暴挙ともいうべき審議の打ち切りでありました。これこそ、自由民主党としては前代未聞の醜態であると私は確信しております。ここで醜態ということを言うと、あまり響きが強うございませんけれども、ここで、「醜態」とは一体どういうことを意味しているかということを、学者ではありませんが、若干、字引きを引いてみますと、漢語の語源をたどると、こういうことだそうであります。醜態とは、地獄の鬼の獄卒が、すなわち鬼が酒を飲んでいるていたらく、ということであります。そう申しましても、私は、自民党の皆さん方が、地獄の獄卒だとは思っておりません。一人一人の方々と接触いたしますと、善良なる紳士であります。しかし、次の、ここが大事であります。権力を持っているものが集団的に行動すると、実におそろしいことが出現するのであります。これは、私は、静かに内外の歴史を振り返られてもわかると思うのです。権力のないものの集団行動には限界がありますけれども、権力を持ったものの集団行動というものは、おそろしい事態が出現するものであります。私は、自民党のとっている態度が直ちにそうだとは言いませんけれども、このような事態が続いていく限り、国会の正常化もありますまい。今後国民が信頼する議会政治も破壊されると憂うるものであります。このことは、われわれといたしましては、何ぴとも後世まで戒めなければならぬ問題でございます。
 さて、私はここで、当の責任者である副議長河野謙三君について若干触れてみたいと存じます。河野謙三君とは、三年前、彼が内閣委員長の当時、私は内閣委員会の理事として、委員会の運営の折衝あるいはまた相談をいたしました。河野副議長は、あの風貌の示すごとく、きわめて人情味のある人格者であると思います。委員会の運営も比較的公正で、委員会がたまたま紛糾しても、冷静で、しかも理解ある態度をとって、事態の処理をされたことは、今日まで私の印象に残っておるのであります。内閣委員長は、五人ほど、私が委員会に属するうちに、かわられましたけれども、私は、河野謙三君はそのうちでも及第点に値する人だと、いまも信じておるのであります。かつて、こういう話があります。このことは、実兄の河野一郎さんがまだ健在の当時であります。河野一郎さんは、鳩山内閣当時……。
#119
○議長(重宗雄三君) 山本君、時間が超過しております。
#120
○山本伊三郎君(続) 日ソ講和条約の問題で……。
#121
○議長(重宗雄三君) 簡単に願います。
#122
○山本伊三郎君(続) 鳩山総理とともにモスクワに使いされたことがあります。その後、帰国後でありましたか、河野謙三君の仲介で、当時のフルシチョフ首相、ミコヤン第一副首相――きょうは、最高会議幹部会議長をやめられたようなことが新聞に載っておりましたが、これらの方々と外交折衝した裏話を聞かないかということであります。私は、その誠意にほだされて、河野一郎氏をはさんで話を聞いたわけであります。裏話でありますから、また、故人になられた河野一郎さんのことでありますから、その内容をつまびらかにここでやることは、私は避けます。しかし、その会話を通じまして、河野一郎氏あるいは河野謙三氏、このきょうだい政治家は、自民党に属した方でありますけれども、社会主義国に対する、きわめて観察が鋭い。しかも、理解があるということを印象づけられたのであります。
 このような私の印象を通じて、河野謙三君は、少なくとも、今回のような、民主主義の道を踏みはずすようなことをやる人であるとは、私は信じなかったのであります。しかし、案に相違して、今回の醜態であります。醜態の語義については、先ほど解釈いたしましたから申しません。あまりにも、私は河野氏を信ずるわけではございませんけれども、印象の上から、今回の措置を――重宗議長は、うしろで聞いておられますけれども、議長を補佐する河野さんとして、適当な人だと思っておったのが、実に裏切られたわけであります。しかし、私は、まだ河野謙三君について、あきらめてはおりません。私は、政治家は勇気が必要であると思います。党の圧力に屈して甘んじて地獄の獄卒になるか、それとも、勇気を鼓舞して眠れる老獅子に活眼を入れるか、まだ時間が残されております。あと、わが党の討論が一名、永岡君が残っておりまするが、時間がまだ残っておりますので……。
#123
○議長(重宗雄三君) 簡単に願います。
#124
○山本伊三郎君(続) どうかひとつ……。議長は、そういうことを言うから、参議院丸の名船長でないと、私は断言するのであります。私は、以上をもって河野副議長の不信任決議案の賛成討論といたしますけれども、最後まで河野副議長の猛省を促しまして、私の討論を終わります。(拍手)
    ―――――――――――――
#125
○議長(重宗雄三君) 永岡光治君。
   〔永岡光治君登壇、拍手〕
#126
○永岡光治君 私は、日本社会党を代表いたしまして、ただいま議題となっております河野副議長不信任決議案に賛成をするものであります。以下、若干その理由を申し述べたいと思います。
 もともと、私は、人が人をさばくということは好むところではございません。したがって、副議長を不信任するという、こういう事態は、よほどのことがなくてはならないと思うのであります。昨夜来、鈴木強君から不信任決議案の提案理由が述べられ、質疑応答がなされてきました。できることならば、不信任をせずに済むような理由がありはしないだろうかと、ひそかに期待をいたしておりましたけれども、残念ながら見つけることができませんでした。むしろ、それよりは、もっともっと、日本の永遠に続くであろうこの民主国会の、議会民主主義というものが破壊されて、日本は一歩一歩破滅の方向に追い込まれていくであろうことをおそれるがゆえに、どうしても泣いて馬謖を斬らざるを得ないという心境に立ちまして、ここに賛成をせざるを得ないのであります。(拍手)副議長の前には、寺尾日韓特別委員長の不信任の提案がなされました。引き続いて議長不信任の提案がなされました。一々全部もっともなことでありますが、シーザーじゃありませんけれども、「河野副議長、おまえもか」という感をいよいよ強くしたのであります。
 私は、国会は国権の最高機関であり、その国会の議長である重宗さん、あるいはそれを補佐するところの副議長の河野さんは、非常に重大な責任が課せられていると思うのであります。言うまでもなく、その使命と申しますか、責任と申しますか、それは何かと言えば、議会民主主義制度というものを死守することが基本的な態度でなくてはならぬと思うのであります。そうして、その国会の運営にあたりましては、公正を期する、この精神に徹しなければならぬと思います。さらにまた、参議院の持っているところの使命、すなわち第二院として持っているところの使命は、衆議院から送られてまいります法律案その他についての、行き過ぎがあるかないか、あるいは、あやまった議決をしていないかどうかを、特に審議をしなければならぬ立場にあるはずであります。こういう観点から見て、はたして河野副議長が不信任に値するものであるかどうかということを検討してみたいと思うのであります。
 話は少しくさかのぼりますが、いま、この国会が、かくも混乱に終始をしております原因は一体何か。それは、言うまでもなく、十二月四日に行なわれましたわが参議院における日韓特別委員会における寺尾委員長の行なってまいりました暴挙だと、私は思うのであります。もう一度振り返ってみたいと思うのでありますが、わが党の横川君が、非常に重要な問題であります賠償責任の問題について質問の最中、植木光教君が、「委員長」と叫んだ。また植木君を引き合いに出しますが、これは何回責められても、私は、その責めを免れることにはならないと思うのであります。この、「委員長」と言いますと、寺尾さんは、どうしたことか――副議長の経歴を持っている寺尾さんです。――一言もなく、あわてふためいて、そのまま自民党の議員の諸君に抱きかかえられるようにして議場から出ていかれました。そこで、その前に植木君が「委員長」と発言するやいなや、これは議事妨害と見たものでありますから、わが党の藤田君が、これを阻止するために寺尾委員長の席に参りまして、委員長不信任の動議の提案をしたのでございますが、これはそのまま、周章ろうばいをいたしまして、取るものも取りあえず、議場を出てしまったというのが真相であります。しかも、散会も、あるいは休憩の宣言もいたしておりません。その証拠に、速記者も深夜に及ぶまで、そのまま速記の席に着かざるを得ないという、まことに国会始まって以来の珍事が、実は起きておるのであります。もし、これがほんとうに採決をされたというのであるならば、先ほど申し上げましたように、寺尾さんは副議長の経歴を持っている人でありまするから、よもやそんな、ばかげたことは、私はなかったと思うのです。だから、明らかに、この事実をもってしても、何ら採決は行なわれていなかったと、はっきり証明をいたしておると思うのであります。したがって、傍聴をいたしておりました新聞社の記者の諸君も、寺尾さんを、議場から出て、つかまえたのでありますが、どうなったのだと言ったところが、いや、質疑打ち切りの動議を可決したのだと、こういうことを言ったわけであります。ところが、その寺尾さんが、そういうことになると、これはたいへんなことになるものでありますから、自民党の控室に帰りますと、いわゆる統一見解というものが出たわけです。自民党の幹事長、国対委員長の相談によりまして、全部これは可決されたと、こういうことであります。私は、これが実は問題だと思うのであります。何も可決をされていないところのもの、すなわち無のものを、可決をしたと称する、そのことも重要でありますが、同時に、寺尾さんは質疑打ち切りだけだと言うのに、委員会の場を出て自民党の部屋に帰ると、国会の場でないその場で、自民党が、これは全部可決したということになると、それが可決されたと生きてくる。このことが、私は、一党の独裁であり、このことが国を滅ぼす一番大きな問題だと考えているからであります。(拍手)ここに自民党の圧政があり、暴政があり、一党独裁の政治が生まれていくわけであります。国会はないのです。国民不在の国会ができ上がって、あるものは自民党ただ一つ、それによってどうでもなるという、このことを私は一番おそれるのであります。したがいまして、この点について、もっと河野さんは、この真相を確かめて、議長を補佐しなければならない責任があったと私は思うのでありますが、そのことが何らなされていないというところに、不信任にあえて賛成をしなければならない理由があるのであります。
 さらにまた、私は、参議院の持つ使命について若干触れたいと思うのでありますが、多くの賢明なる先輩諸公でありますから、あえて申し上げる必要もないと思うのでありますが、参議院の持つ使命、チェック・システムのもとにおける参議院の使命は何か。重宗議長をはじめとし、重宗議長を補佐するところの河野副議長は、その責めを十分果たさなければならぬのであります。御承知のとおり、条約は、衆議院で可決をいたしまして送られてまいりますと、会期中であれば、その後三十日以内に参議院の意思表示がきまらなければ、自然成立をするというたてまえになっております。私は、これは非常に実は不満に思っておるのであります。予算においても、しかりでありますが、国民にとって一番大切な予算と、国の運命を決定する条約について、衆議院の行き過ぎあるいは誤りをチェックしなければならない使命を持つその参議院が、何らこれを押えることができないという、実権を持つことができないという、この参議院のあり方に、私は大きな不満を持っているのであります。持ちながらも、この三十日以内で、やはり私はなさなければならぬ問題があると思うのであります。これは、参議院の持つ制度を改革する場合に、十分考慮しなければならぬと思うのでありますけれども、その点については、今日の法律のもとにおいては、この立場から、なおかつ、重宗議長なり河野副議長が、十分その果たさなければならぬ使命を自覚しなければならぬと思うのであります。ただ、示された会期内あるいは期日内に議決をすることが使命ではないのです。誤りがあるか、行き過ぎがあるかを正すことのほうが、より重大な使命であるのであります。もし誤りがあり、行き過ぎがあるならば、当然、これは審議を尽くして、もしそれが期間を過ぎるならばやむを得ません。特にまた、これに関連をいたしまして、法律も三つの法律が出ているわけでありまするから、これについても審議を尽くさなければならぬのであります。しかるに、絶対多数をたのむ自民党の圧力に押されまして、議長、副議長は、ないものをあると捏造いたしまして、本会議の強行までに及んだのであります。
 私は、特に申し上げたいのでありますが、絶対多数であるならば何をやってもよろしいということにはならぬと思います。言うまでもないことであります。国民が自民党に絶対多数を与えている、この数の上での絶対多数ということは、何もかも一切まかして、あなた方のするとおり、してよろしいという判断ではない。このことを十分御銘記をいただきたいと思うのであります。ものごとによって、十分審議をしなければならぬのです。少数の意見といえども、多数の意見であやまちがあるものがあれば、聞かなければならぬのであります。当然であります。ここに、この絶対多数の行き過ぎについて議長なり副議長のとられてまいりました今日のこの態度というものに、不信任をしなければならぬ大きな理由があるわけであります。
 さらにまた、副議長は、言うまでもなく、議長を補佐する責任があるわけであります。ところが、河野副議長は、日韓特別委員会における審議の状況は、新聞紙上でもテレビでも十分国民に周知されている事実でありまするから、その真相は知っておるに相違ないと思うのでありますが、その誤ったと申しますか、自民党の執行部から押しつけられているその強行採決をしようとする誤った重宗議長の態度を、制止をして、これを正しく戻さなければならぬ使命があると思うのであります。また、社会党も、これは慎重審議をしなければならぬ。衆議院の船田議長があのような暴挙をあえてして参議院に送られてまいりました条約案件でありますだけに、参議院だけは、よもやそういうことはあるまいと、一るの望みをかけている、この国民の期待にも、こたえなければなりません。したがって、社会党も、問題があるでありましょうけれども、十日までには討論採決に応じましょうという、こういう謙虚な態度にまで出ているにもかかわらず、なおかつ、これを退けて、本会議の開会を強行しようというのでありますから、当然私は、河野さんは、それは重宗議長、行き過ぎじゃありませんかと、制止をするのが副議長としての任務だろうと思うのであります。ところが、その副議長は、とんでもないことでありまして、十二月八日には、事もあろうに、自民党の第六控室に潜入をいたしまして――私は後ほどまた触れたいと思うのでありますが、党籍を持っていることが大きな弊害を呼ぶ原因にもなると思うのでありますが、副議長は自民党の副議長ではないのです。自民党、社会党、公明党、民社党、共産党、二院クラブ、こういうものを合わせた、この国会のトップに立たれている議長を補佐するところの副議長の立場にあるわけでありますから、自民党の第六控室に入りまして、そそくさと、この神聖なる壇上に上がってくるようなことをしてはならぬのであります。あるいは河野さんは、そういうことを、いや、私は自民党には政策審議会の部屋だから行ったと言うかもしれません。しかし、「李下に冠を正さず」ということばもあります。そういうばかげたことをするものではないのです。正々堂々と入るべきだと私は思います。その補佐の責任を果たしていないところに、河野さんのまた不信任をしなければならない理由があるのであります。
 ところで、そういう一方的な横暴を、暴走に暴走を加え、むちゃくちゃな採決を行なう、運営を行なうということは、一体どこに原因があるのか。言うまでもなく、議長、副議長が党籍を持つというところに私は原因があると思うのであります。これはもう、前のいろいろな質疑の中、あるいは提案の中で申されたことでありますけれども、なおまた、これについて強調しても強調し過ぎることはないのでありますから、申し上げたいと思うのでありますが、党に所属をいたしておりますと、どうしても公正は期し得られません。もし、その党の決定にそむくということになれば、下から突き上げられまして、完全に浮いてまいる。自分の身がかわいい。したがって、その党の言うことは無理であっても応じなければならぬ、こういうことに実はなるのでありまして、これは、議長、副議長を選出するたびに社会党が主張しておりますように、議長、副議長、これは党籍を離脱して、公正な院の運営に当たるべきであるという主張をいたしておるのでありますが、これを河野さんみずからが果たし得なかった責めを、私は負わなければならぬと思うのであります。河野さんが、副議長の就任のときに――岡君からも皆さんに御披露がありましたけれども、「私は至らぬところ多くして、皆さまの御期待に沿うだけの力を発揮し得るやいなや危惧の念にたえない次第でございますが、その職務を行なうにあたりましては、日々反省の上に立って、中立公正を旨とし、誠心誠意議長を補佐し、諸君の御厚情にこたえる覚悟でございます。」と、この壇上であいさつをしたのは、ついせんだってであります。七月です。それが、十二月において、どうですか。このような信のおけない虚偽のあいさつを平気でするような副議長であっては、私はならぬと思います。言うまでもなく――繰り返しますが、いま国民不在の国会がここにでき上がって、日本が破滅におちいろうという危険な状態になっているわけであります。この議会民主主義制度、この民主制度の確立擁護のために、議長も副議長も、身をもってこれに当たらなければならぬのでありますが、ただ条約を通すことのみに専念をいたしております。こうまでして、この条約を通さなければならぬということになると、そのあとに何かあるのではないか、また、質問の中にも、黒い霧があるのではないか、あるいは八項目についてはどうだと、いろいろ質問がありましたが、国民がこれに疑念を持っても当然だろうと私は思います。世上、スキャンダルが幾つかあるやの、うわさも私は聞くのでありますが、条約はそう急ぐ必要はないのです。十四年間もかかった条約です。何も一日を争う必要は、私はないと思います。一日を争うことのほうが大切なのですか、日本の民主国会を滅ぼすことのほうが重大なのですか。どちらをあなた方は選ぶのでありますか。私は、日本を守らなければならぬと思うのであります。条約は短いのです。日本は長いのです。国は長いのです。この点に十分心をいたさなければならぬと思うのであります。
#127
○議長(重宗雄三君) 時間が来ました。簡単に願います。
#128
○永岡光治君(続) こういう観点から考えますと、どうしても河野副議長を不信任しなければならぬと思うのであります。
 さて、前の質疑の中にもありましたし、またその答弁の中にもありましたが、十二月八日というのは、どうも気になってならない。十二月八日は、大東亜戦争の宣戦の布告があった日だ、つまり、日本を破滅に導いた、その原因をなした十二月八日であります。ことしの十二月八日は、国会破滅に導く出発点になろうとしております。しかも、ふしぎなことに、あるいは奇縁と申しましょうか、安保条約を強行いたしましたのは岸総理です。日韓条約を強行してまいりましたのが、岸さんの実弟の佐藤総理です。くしくも、きょうだいが、この問題を強行しようとしていることに、私どもは何か不吉なものすら感ぜざるを得ない状況にあるわけであります。
#129
○議長(重宗雄三君) 時間が超過しております。簡単に願います。
#130
○永岡光治君(続) また、私の前の山本君も皆さんに話しておりましたけれども、私が申し上げるまでもなく、山本君の話までで、この不信任をして、もう一度委員会に条約案件を返さなければならぬということになると思いますが、なおかつ皆さんにこのことを強く要望し、期待をいたしまして、私の賛成討論を終わる次第でございます。(拍手)
     ―――――・―――――
#131
○議長(重宗雄三君) 鍋島直紹君外一名から、成規の賛成者を得て、
 討論終局の動議が提出されました。
 これより本動議の採決をいたします。
 表決は記名投票をもって行ないます。本動議に賛成の諸君は白色票を、反対の諸君は青色票を、御登壇の上、御投票を願います。
 議場の閉鎖を命じます。氏名点呼を行ないます。
   〔議場閉鎖〕
   〔参事氏名を点呼〕
   〔投票執行〕
#132
○議長(重宗雄三君) すみやかに御投票願います。――すみやかに御投票願います。――すみやかに御投票願います。――すみやかに御投票願います。――ただいま行なわれております投票につきましては、自後五分間に制限いたします。時間がまいりますれば投票箱を閉鎖いたします。すみやかに御投票願います。――まだ投票をなさらない方は、すみやかに御投票願います。――すみやかに御投票願います。――まだ投票をなさらない諸君は、すみやかに御投票願います。――時間がまいりますれば投票箱を閉鎖いたします。すみやかに御投票ください。――まだ投票なさらない諸君は、すみやかに御投票願います。――すみやかに御投票願います。
 制限時間に達しました。投票箱閉鎖。
   〔投票箱閉鎖〕
#133
○議長(重宗雄三君) これより開票いたします。投票を参事に計算させます。議場の開鎖を命じます。
   〔議場開鎖〕
   〔参事投票を計算〕
#134
○議長(重宗雄三君) 投票の結果を報告いたします。
  投票総数          二百二票
  白色票           百十七票
  青色票           八十五票
 よって、討論は終局することに決しました。
     ―――――・―――――
  〔参照〕
 賛成者(白色票)氏名      百十七名
      森田 タマ君    植木 光教君
      和田 鶴一君    沢田 一精君
      二木 謙吾君    野知 浩之君
      伊藤 五郎君    林田 正治君
      吉江 勝保君    白井  勇君
      梶原 茂嘉君    岡村文四郎君
      木暮武太夫君    草葉 隆圓君
      宮崎 正雄君    柳田桃太郎君
      山内 一郎君    山本茂一郎君
      園田 清充君    船田  譲君
      藤田 正明君    平泉  渉君
      八田 一朗君    土屋 義彦君
      木村 睦男君    高橋文五郎君
      内田 俊朗君    大森 久司君
      丸茂 重貞君    源田  実君
      熊谷太三郎君    小林 篤一君
      山崎  斉君    川野 三暁君
      温水 三郎君    日高 広為君
      亀井  光君    石井  桂君
      稲浦 鹿藏君    大竹平八郎君
      柴田  栄君    鹿島 俊雄君
      横山 フク君    大谷 贇雄君
      青柳 秀夫君    平島 敏夫君
      剱木 亨弘君    古池 信三君
      田中 茂穂君    井野 碩哉君
      石原幹市郎君    重政 庸徳君
      笹森 順造君    杉原 荒太君
      中野 文門君    竹中 恒夫君
      後藤 義隆君    堀本 宜実君
      山本 利壽君    玉置 和郎君
      内藤誉三郎君    任田 新治君
      西村 尚治君    中村喜四郎君
      高橋雄之助君    長谷川 仁君
      岡本  悟君    奥村 悦造君
      楠  正俊君    黒木 利克君
      栗原 祐幸君    久保 勘一君
      岸田 幸雄君    米田 正文君
      谷村 貞治君    村上 春藏君
      木島 義夫君    山本  杉君
      徳永 正利君    大谷藤之助君
      天坊 裕彦君    西田 信一君
      仲原 善一君    松野 孝一君
      津島 文治君    斎藤  昇君
      塩見 俊二君    植竹 春彦君
      新谷寅三郎君    迫水 久常君
      松平 勇雄君    八木 一郎君
      山下 春江君    青木 一男君
      安井  謙君    小林 武治君
      小山邦太郎君    高橋  衛君
      吉武 恵市君    廣瀬 久忠君
      田村 賢作君    谷口 慶吉君
      北畠 教真君    金丸 冨夫君
      青田源太郎君    赤間 文三君
      井川 伊平君    江藤  智君
      森 八三一君    三木與吉郎君
      西郷吉之助君    木内 四郎君
      紅露 みつ君    上原 正吉君
      増原 恵吉君    中山 福藏君
      小柳 牧衞君
    ―――――――――――――
 反対者(青色票)氏名     八十五名
      鬼木 勝利君    原田  立君
      山高しげり君    矢追 秀彦君
      石本  茂君    市川 房枝君
      中尾 辰義君    浅井  亨君
      田代富士男君    北條 雋八君
      多田 省吾君    小平 芳平君
      渋谷 邦彦君    鈴木 一弘君
      北條  浩君    和泉  覚君
      柏原 ヤス君    鈴木 市藏君
      達田 龍彦君    前川  旦君
      戸田 菊雄君    竹田 現照君
      山崎  昇君    木村美智男君
      村田 秀三君    小野  明君
      矢山 有作君    野々山一三君
      瀬谷 英行君    杉山善太郎君
      林  虎雄君    小柳  勇君
      横川 正市君    藤田藤太郎君
      相澤 重明君    岡  三郎君
      永岡 光治君    藤田  進君
      柳岡 秋夫君    田中  一君
      佐多 忠隆君    北村  暢君
      鈴木  強君    大和 与一君
      須藤 五郎君    春日正一君
      森  勝治君    鈴木  力君
      中村 波男君    川村 清一君
      大橋 和孝君    田中 寿美子君
      稲葉 誠一君    吉田忠三郎君
      渡辺 勘吉君    小林  武君
      松本 賢一君    佐野 芳雄君
      中村 順造君    野上  元君
      千葉千代世君    山本伊三郎君
      武内 五郎君    森中 守義君
      松永 忠二君    占部 秀男君
      光村 甚助君    大河原一次君
      伊藤 顕道君    中村 英男君
      久保  等君    秋山 長造君
      大矢  正君    加瀬  完君
      阿部 竹松君    近藤 信一君
      松澤 兼人君    小酒井義男君
      椿  繁夫君    成瀬 幡治君
      鈴木  壽君    木村禧八郎君
      藤原 道子君    加藤シヅエ君
      野溝  勝君
     ―――――・―――――
#135
○議長(重宗雄三君) これより本案の採決をいたします。
 表決は記名投票をもって行ないます。本案に賛成の諸君は白色票を、反対の諸君は青色票を、御登壇の上、御投票を願います。
 議場の閉鎖を命じます。氏名点呼を行ないます。
   〔議場閉鎖〕
   〔参事氏名を点呼〕
   〔投票執行〕
#136
○議長(重宗雄三君) すみやかに御投票願います。――投票漏れはございませんか。――投票漏れはありませんか。――投票漏れないと認めます。投票箱閉鎖。
   〔投票箱閉鎖〕
#137
○議長(重宗雄三君) これより開票いたします。投票を参事に計算させます。議場の開鎖を命じます。
   〔議場開鎖〕
   〔参事投票を計算〕
#138
○議長(重宗雄三君) 投票の結果を報告いたします。
  投票総数          二百七票
  白色票           八十七票
  青色票           百二十票
 よって、本案は否決せられました。
     ―――――・―――――
  〔参照〕
 賛成者(白色票)氏名     八十七名
      鬼木 勝利君    原田  立君
      山高しげり君    矢追 秀彦君
      石本  茂君    市川 房枝君
      中尾 辰義君    浅井  亨君
      田代富士男君    二宮 文造君
      北條 雋八君    多田 省吾君
      小平 芳平君    渋谷 邦彦君
      鈴木 一弘君    北條  浩君
      辻  武寿君    和泉  覚君
      柏原 ヤス君    鈴木 市藏君
      達田 龍彦君    前川  旦君
      戸田 菊雄君    竹田 現照君
      山崎  昇君    木村美智男君
      村田 秀三君    小野  明君
      矢山 有作君    野々山一三君
      瀬谷 英行君    杉山善太郎君
      林  虎雄君    小柳  勇君
      横川 正市君    藤田藤太郎君
      相澤 重明君    岡  三郎君
      永岡 光治君    藤田  進君
      柳岡 秋夫君    田中  一君
      佐多 忠隆君    北村  暢君
      鈴木  強君    大和 与一君
      須藤 五郎君    春日 正一君
      森  勝治君    鈴木  力君
      中村 波男君    川村 清一君
      大橋 和孝君    田中寿美子君
      稲葉 誠一君    吉田忠三郎君
      渡辺 勘吉君    小林  武君
      松本 賢一君    佐野 芳雄君
      中村 順造君    野上  元君
      千葉千代世君    山本伊三郎君
      武内 五郎君    森中 守義君
      松永 忠二君    占部 秀男君
      光村 甚助君    大河原一次君
      伊藤 顕道君    中村 英男君
      久保  等君    秋山 長造君
      加瀬  完君    阿部 竹松君
      近藤 信一君    大倉 精一君
      松澤 兼人君    小酒井義男君
      椿  繁夫君    成瀬 幡治君
      鈴木  壽君    木村禧八郎君
      藤原 道子君    加藤シヅエ君
      野溝  勝君
    ―――――――――――――
 反対者(青色票)氏名     百二十名
      森田 タマ君    植木 光教君
      和田 鶴一君    沢田 一精君
      二木 謙吾君    野知 浩之君
      前田佳都男君    伊藤 五郎君
      林田 正治君    吉江 勝保君
      白井  勇君    梶原 茂嘉君
      岡村文四郎君    木暮武太夫君
      草葉 隆圓君    宮崎 正雄君
      柳田桃太郎君    山内 一郎君
      山本茂一郎君    園田 清充君
      船田  譲君    藤田 正明君
      平泉  渉君    八田 一朗君
      土屋 義彦君    木村 睦男君
      高橋文五郎君    内田 俊朗君
      大森 久司君    丸茂 重貞君
      源田  実君    熊谷太三郎君
      山崎  斉君    川野 三暁君
      温水 三郎君    日高 広為君
      亀井  光君    石井  桂君
      稲浦 鹿藏君    大竹平八郎君
      柴田  栄君    鹿島 俊雄君
      鍋島 直紹君    横山 フク君
      大谷 贇雄君    青柳 秀夫君
      平島 敏夫君    剱木 亨弘君
      古池 信三君    田中 茂穂君
      井野 碩哉君    石原幹市郎君
      重政 庸徳君    笹森 順造君
      平井 太郎君    林屋亀次郎君
      杉原 荒太君    中野 文門君
      竹中 恒夫君    後藤 義隆君
      堀本 宜実君    山本 利壽君
      玉置 和郎君    内藤誉三郎君
      任田 新治君    西村 尚治君
      中村喜四郎君    高橋雄之助君
      長谷川 仁君    岡本  悟君
      奥村 悦造君    楠  正俊君
      黒木 利克君    栗原 祐幸君
      久保 勘一君    岸田 幸雄君
      米田 正文君    谷村 貞治君
      村上 春藏君    木島 義夫君
      山本  杉君    徳永 正利君
      大谷藤之助君    天坊 裕彦君
      西田 信一君    仲原 善一君
      松野 孝一君    津島 文治君
      斎藤  昇君    塩見 俊二君
      植竹 春彦君    新谷寅三郎君
      迫水 久常君    松平 勇雄君
      八木 一郎君    山下 春江君
      青木 一男君    安井  謙君
      小林 武治君    小山邦太郎君
      高橋  衛君    吉武 恵市君
      廣瀬 久忠君    田村 賢作君
      谷口 慶吉君    北畠 教真君
      金丸 冨夫君    青田源太郎君
      赤間 文三君    井川 伊平君
      江藤  智君    森 八三一君
      三木與吉郎君    西郷吉之助君
      木内 四郎君    紅露 みつ君
      上原 正吉君    増原 恵吉君
      中山 福藏君    小柳 牧衞君
     ─────・─────
#139
○議長(重宗雄三君) 本日はこれにて延会することとし、次会は明日午前一時より開会いたします。
 これにて延会いたします。
   午後十時四十五分延会
ソース: 国立国会図書館
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