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1964/12/03 第47回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第047回国会 法務委員会 第2号
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1964/12/03 第47回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第047回国会 法務委員会 第2号

#1
第047回国会 法務委員会 第2号
昭和三十九年十二月三日(木曜日)
   午前十時三十四分開議
 出席委員
   委員長 濱野 清吾君
   理事 上村千一郎君 理事 大竹 太郎君
   理事 唐澤 俊樹君 理事 小島 徹三君
   理事 細迫 兼光君 理事 横山 利秋君
      草野一郎平君    四宮 久吉君
      田村 良平君    千葉 三郎君
      中垣 國男君    森下 元晴君
      井伊 誠一君    田中織之進君
      中嶋 英夫君    竹谷源太郎君
      志賀 義雄君
 出席政府委員
        法務政務次官  大坪 保雄君
        検     事
        (大臣官房司法
        法制調査部長) 鹽野 宜慶君
        検     事
        (刑事局長)  津田  實君
        大蔵事務官
        (銀行局長)  高橋 俊英君
 委員外の出席者
        検     事
        (民事局参事
        官)      上田 明信君
        法務事務官
        (矯正局長)  大澤 一郎君
        検     事
        (保護局長)  武内 孝之君
        判     事
        (最高裁判所事
        務総局総務局
        長)      寺田 治郎君
        判     事
        (最高裁判所事
        務総局人事局
        長)      守田  直君
        判     事
        (最高裁判所事
        務総局刑事局
        長)      矢崎 憲正君
        専  門  員 高橋 勝好君
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 法務行政及び裁判所の司法行政に関する件
     ――――◇―――――
#2
○濱野委員長 これより会議を開きます。
 裁判所の司法行政、法務行政及び検察行政に関する件について調査を進めます。質疑の申し出がありますのでこれを許します。横山利秋君。
#3
○横山委員 先日の木法務委員会におきまして、私は三つの問題を提起して御検討を願うようにお願いしておきましたが、まず最初に愛慈会の問題について、その後の経過をお伺いしたいと思います。
 最初に政務次官にお伺いいたしますが、政務次官は、愛慈会の問題について引き継ぎをなさいましたか。私は本委員会で過ぐる国会において、過ぐる国会終了までには愛慈会の問題については解状をしようとかたいお約束をいただいたのであります。ところが、今日をもってしてもますます紛糾するばかりで、前次官の議事録に残ったかたい御制約がまことに疑わしい。できるならば前法務次官の御出席を願って、どういうふうにおやりになったかということをただしたいとさえ思っておるのでありますが、どういうふうにお引き継ぎになりましたか。
#4
○大坪政府委員 かねて横山委員に非常に御心配願っております愛慈会の問題についても、政務次局更迭のおりに全般的な事務引き継ぎがございました。その際によく話を承って承知いたしております。そこで、私になりましてからも関係部局長からよくその後の経過も聞きますし、督励もいたしまして、ただいまの段階では理事者の更迭、病院長の更迭等、大体の見通しがついたようでございます。ただ御承知のように理事五人の陣容の中で一人だけ新しく理事に入ってくださる方、小川さんと川上さんがごあっせんくだすって、もう一人の最適任の理事をただいま選考中でございます。それが大体もうこの年末までには話がついて、片がつく見込みでございますので、そういたしますと、その段階で一応円満に愛慈会の、何と申しますか、内紛事項は解決つくものと、かように考えております。そういうことで事務当局にもよく話をいたしまして、愛慈会に対して指導をさしておるようなことでございます。
#5
○横山委員 具体的にこういうことをお話をしし、一体これはあなたのやっていらっしゃることとどういう御関係があるのか伺いたいのでありま。
 同僚諸君は、愛慈会のことについてあるいは御存じないかと思いますので、簡単に申しますと、愛慈会は法務省の監督にある刑余者その他の精神異常者を収容するわが国唯一の財団法人でございまして、精神病院、刑余関係のあります者の精神病者ないしはその疑いのある者を収容するという意味におきましては、まことにかえがたい存在だと私は考えております。
 しかるところ、その愛慈会、気違いを収容する愛慈会の理事諸君が、気違いのように二流に分かれてけんかをしておるのであります。しかも、そこへ政治家が加わっておるのであります。私は、先般本委員会で、その自由民主党の政治家のお名をもあげたわけでありまして、あげる前には、委員長並びに与党の各理事にもお願いをいたしまして、何とかそういう名前をあげることのないように、すみやかに解決を望むという友情をもって否をしたのでありますが、遺憾ながら解決ができなかったので、やむを得ず本委員会で取り上げたといういきさつがございます。
 そこで、いま私がこの文書を引用するのですが、これは現在の病院長山上氏が東京愛慈会病院長をやりながら、別なところに相模台病院というものをつくって理事長になり、愛慈会の患者及び付添人に全部手紙を出したのであります。「拝啓時下益々御清栄の段御慶び申上げます。陳者本年五月より姉妹病院として相模台病院を建設中でありました処、愈々十一月一日を以って完成開院の運びとなりました。就きましては健康保険・国民健康保険で入院されている患者さんは新設の病院に転院させたいと思いますので御諒承、承認の上同封の保証書並同意書の書換手続だけ御願い申上げ、其他の手続一切は当病院で行いますので其の必要ありませんので御安心下さい。」「記」としまして、事務手続が書いてあります。そして十一月十九日付で、東京愛慈会病院長山上松義、相模台病院理事長山上松義という書類が発送されて一おります。
 そうすると、今度は追ってこういう手紙が出ておる。「前略向寒の折から貴家には如何お暮らしですか、実は最近山上院長の名で新しく出来た相模台病院に医師、看護者が皆移るとも解釈出来る様な文面で患者さんを転院させる旨の通知が届いたことと存じますが、私共主治医の知らない内に行なわれたものであり、皆様に御心配をおかけしましたことを陳謝致します。医師看護者等の大部分は矢張り当愛慈会病院に残りますが、一部の職員が移ることも事実です。相模台病院は姉妹病院ではありません。念のため御通知申し上げましたが、転院につき御存念を抱かれますようなら主治医宛に御連絡下さい。昭和三十九年十二月二日東京愛慈会病院医局」これを出そうとしたら、厚生省の江間課長が、まあ話はわかって、どうもかっこうが悪いからこれを出すことだけはやめておけ、こういうような勧告があったというので実際は出ておらず、今度新しくこの二つの書面について御迷惑をかけたことについて陳謝するというような意味をまた別の角度で出すという話だそうであります。事務次官が上のほうでごちゃごちゃやっているうちに、愛慈会病院は、山上派と金重派がどこで裏で取り引きしたか知らぬけれども、山上病院長は職員と看護者を連れて相模台病院に逃げていく、逃げていくというか、まあお前出ていけ、そのかわり患者と職員だけはこのくらいやろう、あとは金重派が、おれのほうが実質を持とう、こういうやみ取引があったような感じがするわけであります。しかも愛慈会というものは少なくとも厚生省の監督下にあって、この紛争を調停をし、話があっている最中に、あたかも私物のように職員を誘惑し、患者に、今度は健康保険と国民健康保険の患者さんはみんな向こうへ移るのだと、当然のことのようにしてやるということは言語道断だ、あなた方が表でやっているうちに裏口でやみ取引ができて、人間を私物のように持っていくというような言語道断のことが行なわれ、あとから取り消しの手紙がいこうとし、それを厚生省が押える、そして今度はまた両方のことについて陳謝をするというみっともないことが行なわれている。一体これらの事実は法務省として御存じでございますか。
#6
○武内説明員 ただいま横山先生がお読み上げになりました山上病院長の手紙というものは、事務当局ではわかっておるかもしれませんが、私はまだ承知しておりませんでした。そういうことは必ずしも適当なことでないと思います。しかし、先刻申し上げましたように、ごく最近に、年内もわりあい早い機会にいまの理事の陣容が整うという見込みでございますので、それが整いまして愛慈会の病院が平静な状態に立ち返ることができますれば、自然患者諸君等も落ちつきを来たしてつまらぬ誘惑に負けるというようなことはなくて済むのじゃなかろうかというように考えるわけでございます。ただ職員の中には山上病院長と特殊の、同郷関係とか深い個人的なつき合いもあるというような者も二、三あるようには聞いておりますから、これらの者が、山上病院長が新しい相模台病院を建てるということになりますと、手伝ってくれ、あなたについて行きたいという者もあるかもしれません。そういう何人かの者はあろうかと思いますけれども、これで病院全体の患者の動揺を来たすというようなことはまあなくして済むのじゃないか、それもごく最近の機会に解決できるのじゃないかというように考えておるような次第でございます。
#7
○横山委員 事務当局でもけっこうでありますが、この山上氏が出した手紙は、まことに当然のことのように健康保険、国民健康保険で入院しておる人は転院をするのだという押しつけるような手紙を出すということは、まことに言語道断だと思うのですが、厚生省なりあるいは法務省としては、一体この山上氏の動きについてはどういう感じを持ってどういうふうに処置しておるのか、ひとつ伺いたいと思います。
#8
○武内説明員 お答えいたします。この問題につきましては、厚生省のほうでは、病院内の経営管理上の紛争が生じた場合には、その調整指導をするという立場にございます。そういう関係から、厚生省の指導課のほうではそういう角度から指導調整をしていただいておるのでありますが、先ほど伺いました山上名義の書面というものは、実は私も見ておりません。しかし、山上病院長が相模台病院をつくりまして、そこに移る際に、島根県の縁故者で山上病院長が連れてきて就職させた者は、そういう個人的な縁故関係から行きたい者もある。人数はわかりませんが、そういう者もある。それらが自分の意思から移ることを、これはもう法務省といたしましても、厚生省といたしましても、民法法人で行なわれております内部の職員の移動問題につきましては、そういう特殊な事情から移ることをとめることはできませんが、患者につきましては、私どもも患者を連れていくという患者の意思を無視したやり方は絶対にいけない、こういうふうに指導しておりますし、厚生省のほうも、その点につきましては、患者を連れていくというそういう言い方のされるようなことは、転院と言いますか、そういうことはいけないということで押えたのでございます。しかし、将来の問題としまして、患者自身が、自分の気持ちから病院をかわるということになりますと、そういう場合が起こりますと、これはいたし方がない点と思いますが、私どもは、愛慈会が適当な理事の構成によりまして、再建されますならば、患者の落ちつきということは、これはもちろん大事なことでありますから、私どもは患者をなるべくそこに落ちつかせるような方法で再建委員会の委員の方々が病院経営に当たっていただきたい、こういうふうな線で目下指導しておりまして、最終解決は年内と思いますが、もう一週間前後の間に具体的に後任の病院長などは選ばれる見通しでございます。さようなわけで十一月の末以来、局面は非常に好転いたしておりますので、遠からず――患者の動揺ということはもうないはずでございますし、職員も一、二の者が縁故をたどって移るということは、これはあり得ると思いますが、大体職員組合の意向を十分尊重しながら厚生省の指導課でも調整していただいておりますので、すべて職員組合の了解のもとに現在まで事が運ばれております。この線で今後も進んでいくものと思っております。
#9
○横山委員 少しあなたの御観測は甘いような気がするのですが、私の入手しております情報によりますと、職員組合は事態の進行に非常に不安を感じておる。職員は約二十名ぐらいが移るのではないか、患者は数十名移るのではないか、それだけ移って愛慈会の今後の運営にそう支障がないとは私は思えないのであります。
 この際ひとつお伺いしたいのですが、厚生省及び法務省が愛慈会の再建について基本的にどういう考えを持って再建に当たっておるのかという点であります。それについては一、二の問題を出して、お答えも含めて伺いたいのでありますが、私どもが本委員会において取り上げましたのは、気違い病院の管理者が気違いのようになってけんかをしておるし、財産保全もきわめて不十分であるから、この人達は双方とも不適格者である。どっちがいいとか、どっちが悪いとかということよりも、双方とも不適格者であるという判断ができるから、この際ひとつこの紛争に関係のない人たちを主力にして、愛慈会を再建する必要がある、こういうことをくどく申し上げているのですが、その点は基本構想の中に入っているかどうかというのが第一であります。第二番目に、理事者側が紛争をしておりましても、愛慈会が平常のように運営をされておりましたゆえんのものは、法務省も先般その点は確かにそうだとおっしゃったのですが、職員の諸君がこの紛争に介入をしないという立場で運営に当たっておった。けんかは頭の上でやっておってくれ、おれたちは関係ないという立場で病院の事務的運営に当たっておったから、これが私どもはできたのだと考える。ところが、紛争解決にあたりまして上が仲直りするについて、先ほど例を引きましたように、財産のぶんどり合いみたいなかっこうになってきた。そしてそのしわ寄せが職員のほうに向けられようとしておる。そういうようなことはいけませんぞ。だから、理事者と職員組合との間に締結されておりました諸事項並びにその後締結されました協約、たとえばここに八月十四日付の協約書があるのでありますが、「一、昭和三十九年八月末日迄に理事を十名に増員する。新理事の構成に付ては紛争に関係のない公正な立場の者を半数以上加へることにより正常な公益法人の運営を期する。右理事の人選に当っては東京保護観察所長と十分協議して寄附行為にもとずき適正に選出する。一、昭和三十九年八月末日迄に評議員を改選する。右評議員の人選に付ては東京保護観察所長と十分協議して寄附行為にもとずき適正に選出する。尚右人選の中に愛慈会職員二名を含むものとする。一、和解の公正証書記載条項中(イ)紛争の為めの解雇職員の逐次整理、(ロ)配置転換並不要人員の整理、右条項を取消し実施しない。一、給与規程並退職金規定は遅くとも九月中に組合と協議制定し実施する。一、ベースアップに付いて(イ)職員の基本給総額の一〇%を昇給し、支給方法は別途協議決定する。(ロ)昇給は七月分給与より実施し、支給に付ては八月末日不可能の場合は九月早急に精算支給する。但右は組合の決議を要するに付継続交渉事項とする。一、多田儀一、金重祥二、瀬尾高知、以上三名は愛慈会に於て再採用せず、立入りさせないこと。右の通り協約書二部作製し各一部を保有するものとする。昭和三十九年八月十四日、財団法人愛慈会理事長近藤鶴代、愛慈会職員組合執行委員長及川精人、立会人東京保護観察所長島田善治」等の協約書があって、そのほかにもあるわけであります。いま私は個々の問題を議論するのではなくして、あなたのほうの愛慈会再建の基本的な精神の中に、この協約書なりあるいは職員組合についてしわ寄せをしないという立場というものは堅持されておるかどうかということが主として私の聞きたい骨格になっておるわけであります。その愛慈会をいかにして再建するかという基本的なものの考え方をこの際はっきりさしていただきたい。
#10
○武内説明員 愛慈会の再建問題につきましては、再建委員会をつくりまして具体的な改善計画を立てていくということで秋以来話が進んでおりました。幸い、現在の癌研につとめておられます川上先生とか、あるいは法務省の刑事政策の専門家として組合、理事全員が就任を熱望しておりました小川氏におきましても、この御両所が組合側の意向どおりに、またこれは理事の意向にも一致したものでございますが、最近のことでございますが、厚生省の指導のもとにこの御両所が出ていただくことになりました。そういたしますと、この御両所を中心にいたしまして、再建委員会で病院長の選任ということが現在残っておるわけでございます。この御両所が全関係者から信望を受けておられますので、この情勢は十一月末から生まれたものでございますが、今後の発展はスピードを増しましていい方向に展開するものと私どもは思っております。御指摘になりました再建方針は、すべて理事側あるいは職員組合の一致したところの人選がこの御両所が出られましたことになりました点において、大きな難関を越えたものと思います。将来はこのお二人のほうで病院長を選んでいただくことになっております。なお、この病院は義きょうだいの間の争いでございますので、各医師の方々も非常にちゅうちょされまして、普通の病院のようにすぐ右から左に就任を引き受けられる方はなくて、厚生省の指導課のほうでもその点が非常に苦労があったというふうに承っております。しかし、このお二人が出てくださいましたことによって、いろいろの人が集まってくるという見通しはついておるように関係者は申しております。そういう意味で非常に期待を持っておるのでありまして、もう一週間ぐらいでこの見通しが固まるというふうに報告を受けております。
#11
○横山委員 私の申し上げていることに率直にお答え願いたいことが一つあります。それは、私は強くこういう疑念を持っておるわけです。つまり端的に申しますと、山上さん出て行ってくれよ、そのかわり職員と患者をあなたの希望のやつを引き抜いてくれ、そのかわり金重さんのほうは、山上さんが出て行ったらあなた方の実権を温存する、その意味においては係累の人を病院の中へ置く、こういう取引が結果としてあらわれているのじゃないかと言っているのです。私どもが申し上げておったのは、こういう不適格者はとにかく両方とも下がったらどうだ、あなたの言うような元厚生省の人やあるいは第三者がお二人お出になったのはけっこうだけれども、結局追い出す人間には銭つけて人つけて追い出しておいて、そうして片一方の、名目だけと一応言うけれども、実際は係累を温存させるという結果の取引ではないかと言っているのです。どうですか。
#12
○武内説明員 私どものほうは、指導に際しましては、職員組合側の幹部を通じまして組合側の意向を十分尊重いたしておりますので、そのような御懸念の生じないように、これは私どももかねがお話をしております。でありますから、一人一人の具体的、個人的な関係までは、たくさんおりますので私どもわかりませんが、方法としましては、組合側の意向は十分尊重するということを、一項目ごとに組合側の幹部とは話をしておられるそうでございまして、そういう点で御指摘の懸念はないというふうに思っております。
#13
○横山委員 ちょっとお断わりしますが、私、組合側からも話は聞いておるけれども、しかし、私が組合の代弁者のようなことであなたが私に答弁されるのは心外千万です。私は私の立場で全般を総合して、いまあなたが到達しようとする結果というものは、一方の山上派には職員や患者をつけて追い出す、片一方の金重派には、いまは名目上だけれども実際は係累を温存させるという取引に結果においてはなったのじゃないか、そういうことをあなたに聞いているのですが、あなたはそれを、そういうことはないという言い方だけで、私が結果論としてそういう結果になりそうだということについて、あなたは違うと言い切れますか。
#14
○武内説明員 現在中心人物なる病院長が、まだ川上さんと小川さんとの間で、また厚生省の指導のもとにきまっておりませんので、その段階でいろいろの問題は解決されていくことだと思っております。現状におきましては、まだ具体的に向こうに移った者も一人もおりませんし、患者も動いておりません。でありますから、私どもは十分先を考えまして、御指摘のようなことのないようにいたしていきたいという気持はございます。現在におきましては、まだ具体的な動きがございませんので、結果的にもまだあらわれておらない。ただし、憶測はいろいろとございます。でありますから、その憶測がほんとうの結果にならないように私どもは念じておるわけでございます。
#15
○横山委員 それじゃ逆な聞き方をしますが、新理事が構成されました場合に、いままでの山上派、金重派両方とも、あなたの判断でいけば理事にはならないというふうに判断していいですね。
#16
○武内説明員 その構成につきましては、再建委員会のほうでおきめになることでございまして、法務省といたしましても、法人の理事の人選にまで強く言いますことはこれは差し控えなければならぬと思っております。私どもは、ただ経営責任者として、将来認可申請が出るだろうと思います。そのときに経営責任者についての法律上は大臣の認可権が動いてまいりますので、それ以外の方々の理事の人選につきましては、これはみずから再建委員会が自主的におきめになることでございます。このけじめは十分私ども乱さないようにして、法人としての自主性を考えながら、同時に更生保護会としての運営に支障のないようにしていきたい。こういうふうに考えておるわけでございますので、人選のこまかいことにつきましては、あげて再建委員会の良識ある結論を待っておるわけでございます。
#17
○横山委員 形式論を言っているのじゃないのですよ。この春以来、いろいろ私と法務省の間に見解の相違はなかったのですよ、この問題の扱いについては、そしてあなたのほうは内面工作をやる。ところが、お医者についてはようわからぬので、いまごろになって何だと私は言ったのですけれども、厚生省の江間課長にその人選その他を頼むということになった。厚生省は最初はおれのほうに、と言っておったけれども、それじゃやりましょうということになった。そういう内面指導の方向からいうならば、形式論はあなたの言うとおりだけれども、実質的には愛慈会をいかにして公正な第三者の手に移して健全な運営をさせるかについては、内面指導の方向に動かなければおかしいですよ。理事はだれになるか、それは財団法人の愛慈会のことでありますから、私の関知したことではありません、そんな白々しいことを言うならば、われわれは何のためにここで議論をしておるか。何のためにあなたが所長や厚生省にまで知恵をつけてやらせておるのか疑わざるを得ぬでしょう。だから、私の聞き方があまりにも具体的であるならば、抽象的に、あなたはこういうふうに理解をしておるのかというのですよ。つまり、この愛慈会の公正な健全な再建というものは、とにかく紛争の当事者である山上派及び金重派は適当と思われないという判断については、一致しておると私は春以来思っているのですが、これはどうですか、これが経営責任者に加わることは。
#18
○武内説明員 そういう御指摘の考え方は、確かに私も思っておりまして、その方向で人選を進めていって、将来経営にも当たっていただくということは、厚生省のほうにもお願いいたしておりますし、また部内でも、話が出るたびに、関係者にも申しておることでございます。
#19
○横山委員 それならばけっこうですが、私の承知しておるところによりますと、厚生省が当初笠松教授並びに柘植教授を中に入れておった。ところが、聞くところによれば、両方ともまあ顧問か相談役か何か名なしになっちゃって、いま進行しておる問題は、あなたがおあげになった二人の人が、もう一人の理事を選出し、あとは金重、有地が加わって五人の理事になる、こういう情報を得ておるのです。そんなことならば、一体何をやっておるのだと私はさっきから言っておる。そういうことは誤報でございますか、あなたの御存じないことですか、厚生省が勝手にやっていることですか。
#20
○武内説明員 東大の笠松先生と法政大学の柘植先生のお話を私もかつて聞いたことがございます。御両所ともごりっぱな方ですが、お二人とも、大体組合の幹部の方々の意向を参酌されまして話を進められた結果、御両所ともいろいろ御自分の仕事もありますので、辞退されたそうでございます。そのお二人のことは聞いております。これも厚生省の指導のもとに、全部が円満にいくようにというふうな、押しつけな理事の人選をしないようにというお計らいで進めてくださったおかげで、このお二人は理事の御就任は実現しないで済んだことは聞いております。そのほかのことは、現在再建委員会のほうでやっていただいておりますので、こまかいことは知りません。
#21
○横山委員 本人が辞退したのか、辞退させられたのか、その辺のところは私も正確ではありません。しかしながら、笠松教授並びにもう一人の教授が引いたあとに金重と有地が入るという結果が私には釈然としないと言うのです。二人がほんとうに自発的に引いたのか、あるいは引かされたのか、それは知らぬ。知らぬけれども、そのあとに何で金重と有地が入ってこなければならぬか。その二人が適任でないというならば、かわりの人が入ってくるならまだ話がわかる。そこに一方の派が急にぞろぞろと入ってくるということについて私は釈然としないと言っておる。どこでどういうふうにそういう曲がり角が曲がってしまうのか。だから、私は基本方針が確立していないのではないかと言うのです。いつの間にやら一方は患者と職員を持って食い逃げする。一方は自分だけ入ろうと工作したとしか思えぬ。こういう考えを私は強くしておるので。私の心配は杞憂でございますか。
#22
○武内説明員 私も先ほど申しましたように、小川先生と川上先生が入ることを御了承くださいましたそうなので、厚生省の指導課の御指導のもとに私どもの意向は十分申し上げているのでありますから、そういう方向で再建委員会の人事構成が進められるというふうに思っております。
#23
○横山委員 あなたは少し情報が足りませんね。厚生省におまかせをなさった。厚生省は今度どういう判断でやっておるのか、私はただしたいくらいです。けれどもあなたのほうが最終責任者なんですから、その解決がおかしくなっちゃって、今度は残った歯が欠けた愛慈会自身で新しい紛争、問題がまた残るような解決をしては断じてならぬと私は思います。ですからいま、私が心配しておるようなことが、あなたの言うところによれば、一週間かそこら、ないしは本年中に解決するならばするという状況であるならば、的確に法務省の基本的な考え、本委員会であなたが言われた基本的な考えの筋が通るように、ぜひひとつ御留意を願わなければなりません。
 それから特にその経営の心棒になります常任理事、院長、事務長、この選任はきわめて重大だと思いますが、これは当然公正な第三者に御依頼をなさると思っておりますが、間違いありませんか。
#24
○武内説明員 私どものほうは、理事及び医師、看護婦その他事務員、大ぜいございますので、そういう人たちの全部の意向を尊重して再建委員会はしてくださるように期待しております。また、そういうふうなことは申し入れてございます。御指摘の事務長などにいたしましても、すべてその線でみんなの了解の得られる人を選ばれることになるというふうに思っております。
#25
○横山委員 先ほど引き抜き問題について何回も申しましたが、法務省並びに指導をされる厚生省その他におきましては、現在の相模台病院というのは、山上さんがこれからおやりになる病院であるから、その経営についてとやかく申し上げる権限はわれわれにはない。しかし、愛慈会というのは創立の趣旨並びに広く日本に一つしかないという病院の意味からいって、山上さんに対して職員の引き抜きなりあるいは患者の引き抜きなり、そういうことについては厳に慎しまれるようにということを強く言うべき必要があると思いますが、いかがでございますか。
#26
○武内説明員 職員なり患者の引き抜きと言いますか、そういうことにつきましては、私どもは絶対にあってはならない、これは更生保護会ということを離れましても、病院の患者を抜くということは考えられないということで、私どもは、職員の引き抜き、患者の引き抜きというふうに世間から指弾されるようなことがあってはならない、こういう点は十分管下の観察所にも申しておりますし、また厚生省のほうでも、ぜひその点は御留意をくださって再建委員会の運営のできるように御指導願いたい。
#27
○濱野委員長 ちょっと速記をとめてください。
  〔速記中止〕
#28
○濱野委員長 始めてください。
#29
○横山委員 それでは委員長のおとりなしもございますから、以上申し上げた点を政務次官にもお願いをいたしますが、しかとひとつ愛慈会の公正な再建に御尽力を願いたい。
 では次の問題に移りたいと思います。先般最高裁は、いわゆる利息判決なるものをいたしました。この判決はきわめて重大な影響をもたらすものでありますから、私はこの最高裁判所の判決の内容についてただすということはいかがかと思われますけれども、この際ひとつ、その及ぼす影響も含めて、しろうとの私でございますから、ひとつ次の点の質問をお許しを願いたいと思うのです。一体この判決というものは、わずか二年くらいでございますか、三十七年の六月十三日に大法廷で判決をいたしましたものと考えますと、まさに百八十度の転換と言いますか、そういうことになると思われるのであります。もちろん、今度の判決といえども、少数意見の裁判官が少数意見を列挙しておりますから、全員がくるっと変わったということではないけれども、しかし、それにしても非常な変化であります。こういう最高裁の判決が二年の間に非常な違いを見せたということについては、どう考えるべきでありましょうか。国民の中には、最高裁の判決というものは非常に権威があり、そしてそれがある意味においては至上命令的な、民主政治最後の問題だと考えておりますのが、二年の間にくるっと変わるということについて、最高裁判決の持つ意味において少し誤解が生まれておるようであります。この点についてはどういうふうに理解をすべきものであるか、ひとつ御教示を願いたい。
#30
○上田説明員 裁判所で法律の解釈について短期間の間に変更があるということは、これは現行法のもとにおいてはやむを得ないのではないかというふうに考えております。
#31
○横山委員 まことに簡明なお答えでございますが、不親切きわまる御答弁であります。やむを得ないことぐらいはわかっておりますよ。けれども、国民に与えておる影響というものを考えると、その百八十度の変化というものがどういうふうに国民に理解させたらいいのかということを、私に答えるのではなく、国民に言うてごらんと言うておる。やむを得ないものでありますと言うて国民が納得しますか、それなら、最高裁の判決なんてものはいいかげんなものだ、すぐ変わると国民は思いますよ。もう少し親切ににおっしゃいよ。
#32
○上田説明員 実はどういうふうに答弁申し上げていいのか、ちょっとわかりにくいのですが、そういうふうになっているので、ちょっとほかに言いようがないのではないか。ことに法務省といたしましては、裁判所で裁判をおやりになったことに対して、大体従来からとやかく申し上げないという慣行もございますし、これがいかぬとかいいとか、そういうふうにはちょっと――そういう問題にはちょっとお答えしにくいと思いますが、そういうものだというふうになっておりますから、しかたがないと実は申し上げたので、実は答弁をどういうふうに申し上げていいのかわからぬのでありますが、もしそれがいけないというなら、どういうふうに申し上げていいのかちょっと……。
#33
○濱野委員長 判決理由でも、君なりに解釈して説明してみたらどうだね、そういう意味だと思うということで、しかたがないということじゃおかしいじゃないか。だから裁判所は切り捨てごめんだなんということを言われるんだ。何かありそうなものじゃないか。
#34
○上田説明員 これは私の答弁があるいはまずかったのかもしれませんけれども、法律の内容について裁判所が今度は前と違った立場をとったのでありますけれども、最高裁判所といたしましては、利息制限法の趣旨は債務者を保護するものだという立場を強く主張されたのであります。強くそういう考え方のもとで判決されたのでありまして、私の聞いておりますところでは、最初の利息制限法が制定されますときの立法趣旨と大体同じであったというふうには理解しております。
#35
○横山委員 制度的には当たっている、そのままですけれども、最高裁の判決だって金科玉条じゃない、わかる、一たんきめたらもう変えられぬというものではないということはわかる。ところが、運営上裁判官の意見が変わったというふうに見るべきでしょう、これは。そこらがちょっとあなたに答弁ができるかどうかわからぬけれども、それじゃ、この判決はどういうふうに意見が変わったのか、なぜ意見が変わっていったのであろうかという点について、参考意見を求めているわけです。
#36
○寺田最高裁判所長官代理者 最高裁判所の総務局長でございますが、実は裁判所としての所管局長が民事局長でございまして、それがたまたま病気で入院いたしまして、後任者が昨日発令になったばかりで、まだ着任いたしておりませんので、私所管でございませんので、あるいは説明が非常に不十分になるかと存じますが、一応裁判所としての立場を御説明申し上げたいと存じます。
 この利息制限法の解釈の問題は、これは先ほど法務省の上田参事官からもお話がございましたように、立法当時から立法御当局のお考えと、それからまたそれを受け取りました裁判官のほうの考え方と、裁判官の中にもいろいろな考えがございましたが、いろいろな意見があったところでございます。それからなお、学者の中にも非常に正反対の御意見が多々あるわけでございます。そういたしまして、各地の裁判所でそれぞれまちまちの判例が出ましたために、それが最高裁判所へ参りまして、それで特に前回のときに大法廷で――これは必ずしも大法廷でやる必要もなかったのかもしれませんが、憲法問題ではないわけでございますが、大法廷で慎重に審理されまして、そうして前回の判決になったわけでございます。しかし、その際にも御承知のとおり、多数意見と相当な少数意見がついておったことは、これまた御承知のとおりでございます。その最高裁判所の多数意見なり少数意見に対しまして、さらにまた学者の方々からいろいろな判例批評がございました。これは全体としてどちらが多かったかということを申し上げることは、あるいは妥当でないかもしれませんが、あるいは少数意見のほうに対する学者の支持のほうがやや多かったかもしれないと思います。これは正確には申し上げられないと思いますが、とにかく前の判例に対して学者の間で賛否両論があったわけでございます。そうしてその後二年ばかりたったわけでございますが、その間に、これはいまの制度上はやむを得ないことでございますが、つまり最高裁判所にかなり御老齢の裁判官が多いものでございますから、定年でおやめになった方がずいぶんあるわけでございます。逐次にその定年でおやめになりまして、それからその後任の裁判官が、これは内閣のほうから任命になりましておいでになるわけでございますが、そういたしまして相当裁判官の構成が当時と現在とでは変わったわけでございます。そこで、これは前の判決のときと今度の判決のときと、個々の裁判官で説をお変えになっておられる方はないように見受けるわけでございますが、これまた私どももしさいに検討いたしておりませんので、あるいはやや不正確かもしれませんが、私ども承知いたしております範囲では、前の判決のときの多数意見の方は今度の少数意見であり、前のときの少数意見の方は今度の多数意見である、そこは変わっておらないのでございますが、ただ、しかし、新たにお入りになりました方の御意見が、これはあるいは学者の判例批評とか、あるいは先ほどの立法当局の御趣旨とか、そういうことも影響もあったかと思いますが、ともかくそういう御意見になったわけでございます。これは申すまでもなく、それぞれの裁判官が信念に基づいて判断されるわけでございますので、構成が変わりますれば、そういうふうに多数、少数が変わるということも現在の制度のもとではやむを得ないわけでございます。しかし、あまりその判例が変更するということは、これまた好ましくないことももちろんでございますし、そういう点は私、よう存じませんけれども、しかし、それぞれの裁判官が、単に、御自分の学説といいますか、法律的な解釈の立場だけでなしに、前にそういう判例が出ておるということも頭に置きながら、しかし、なおかつ改めなければならないかということについて、相当深刻に御討論になり、また御研究になった上での判例と私どもとしては理解しておるわけでございます。単に、おれが反対の説だから変えるということじゃなしに、前に一応判例が出ておるから、それをなおかつ変えなければならないほどの強い要請があるかどうかということを深刻に御検討になって、しかし、やはり変えなきゃならぬということに個々の裁判官が御到達になって、しかもそれが構成が変わっておるものですから、そういう結果になってくる。これは非常に、いまの御指摘の点、確かに影響も大きい問題でございますし、ごもっともでございますが、いまのところはそういう状況になっておるわけでございますし、決して最高裁判所としても軽率に判例を御変更になったということではないと理解しておるわけでございます。
#37
○横山委員 私は、はっきりしておきたいのですが、今回の最高裁の判決を支持する立場にあるのです。しかし、国民の間に及ぼす影響というものがきわめて甚大であると思うのです。国民は、わずかの間に最高裁の判決が変わったことについて議論が起こっておるわけですね。したがって、この最高裁の判決が変わった必然的な理由といいますか、内容をいえば、あなたもおっしゃるように構成要素が変わったから、意見が違った人が出てきたんだから変わったんだということなんでしょうけれども、それでは説得力が実はないのです。その中に底流として流れておる時勢といいますか、今日の経済情勢に即応したといいますか、そういうような、何か国民の中に説得力のあるものがなくてはいかぬのではあるまいか、そういうことを判決の中からながめることは、なかなか理論的な判決でありますがゆえに不可能なんであります。その理論的な問題だけを限定してとらえますと、前にもなおかつ正しかった、今回も正しかったというふうに言わざるを得ぬのですが、それではなかなか生きた国民経済の中においての説得力がない、そこでどういうふうにこれは説明したものかということを私はお伺いをしたいと思っておったのです。けれども、適当に判決の中で考えてもらわなければしようがない。いままでのやつも正しかったんだけれども、今度は変わったんだ。今回からこれでやってくれということであるのかどうか。これは責任ある答弁が得られないかもわかりませんけれども、どなたか勇敢に、国民にはこういうふうに理解してもらったらどうだという人はありませんかね。
#38
○濱野委員長 役所の局長の方に申し上げますが、裁判所の判決にけちをつけるという意味でなしに、制限した立法の趣旨本来の精神に戻ったんだと思うのです。それは日本の資本主義の最近の、ことに金融資本の行き方に大きな警告を与えたと私は思うのだが、ここは立法府ですから、けちをつける、判決を否認するという意味でなしに、自由に答弁してもらいたい。その責任は、うるさい問題ですから問わないことにしましょう。それで総務局長どうですか。
#39
○大坪政府委員 ただいまの横山先生のお尋ねでございますが、お尋ねと申しますか、まことにお答えのいたしにくい意見の御発表でございますが、裁判所の判決というものは、国民の側から見ますると、国民はきわめて人数も多いし、社会的の地位、経済的の事情、その他ずいぶん違ったものがございますから、国民の目から見ますると、非常にかっさいを博するような場合もございましょうし、憤激を覚えるような場合もあろうかと存じます。裁判官としては、わが国の憲法を土台としての法律の立法の趣旨をとらえての法律解釈、それは流動しております社会に適応するようにやろうというお気持ちでやろうということは、少なくも最高裁判事諸公には十分そういうお気持ちがあろうということはうかがえるわけでございます。社会が流動いたしておりますから、そういう流動しておる社会のそのときそのときによって、その当時の社会に適応するような判決を、やはり、なまの人間のなさる判決でございますからなさることがあるだろうと思うわけでございます。でありますから、同じ事柄についても、ある時点では賛成したいことが、ある時点では必ずしも賛成しがたい思いを国民の側においてするということはあり得ると思うわけでございます。これはどうか言論は自由でございますから、判例の批判というものは、いかようにでも国民各階各層の方々で批判をなされて、そうして、もし最高裁において反省をされるとか、参考にされるとかということができるようになれば、これはやっぱり社会の進歩にこたえていくゆえんではなかろうかというように存ずるわけでございます。私どもはそういう見地で少なくも最高裁の判決については臨んでいきたい、こういうように思っておるわけでございます。
#40
○上村委員 関連して。お許しを得まして一点だけ関連の質問をいたしたいと思います。実は最高裁の御判決の内容いかんにつきましては、これはいろいろな意見もありますし、なお、学者間におきましても、利息制限法一条二項、四条二項の問題につきましては、従来も非常に意見もあったし、また今後も行なわれると思いますし、またこの場でいろいろ申し上げる場でもあるいはなかろうかと存じますので、私がきょう質問を申し上げるのは、今度最高裁判所昭和三十五年(オ)五一号貸金請求事件判決書中の裁判官奥野健一さんの補足意見の中に立法趣旨の問題が引用されております。その立法趣旨の問題につきましては、当委員会で御質問申し上げても適切かと思いますので、その間をひとつ申し上げます。昭和二十九年三月二十二日衆議院法務委員会における政府委員の説明の一部である元本を請求することはできない旨が判決内に引用されております。先ほどの横山委員の御質問に際しまして、立法趣旨に沿うような判決であるというようなことであったと思いますが、ただ、この点だけではまだ十分でないのは、もし元本が全然ない場合にはその公平をどういうふうに期するのか。元本があった場合には、あるいは制限超過の利息を充当するということは考えられるとしまして、元本が全然なかった場合は、あるいは元本を支払ってもなおかつ余分に金額が残っておるような場合をどういうふうに公平の理念として処理するお考えであるか、その当時の立法の趣旨ですね、このことについてもし現在おわかりでございますればお答えを賜わりたい、こう思うわけです。
#41
○上田説明員 私の記憶いたしますところでは、元本がすでに存在しないときには、この余分に払った利息、余分に払った分は裁判上請求できないものであるというふうに考えます。
#42
○上村委員 もう一点だけ。そうすると、これは学者間でも意見が出て相当うるさいですが、元本がない、要するに充当される元本が残ってないというような場合には返還の請求ができないということは、債務者が不利になることですね。ある場合には充足していく。その問題は当時、昭和二十九年の経済の実情、社会実情としまして、当然論議の対象になると思うのです。いまのような社会事情になりますと、あるいはいろいろな判断というものが違ってくるかと思いますが、昭和二十九年の利息制限法制定当時の趣旨から言いますれば、そこに非常に割り切れぬものがある。しかも学者の中においては、この点が非常に不均衡であるという点を有力な学者も指摘しておる。だから、そういう点について、立法過程において相当の論議が戦わされておったのか、あるいはそうでなかったのか、その点について、もし御記憶がございますれば御答弁を賜わりたい、こう思います。
#43
○上田説明員 実はそのころの議事録は読んでおりませんので、はっきりした御答弁はできないのでありますけれども、私の聞き及んでおりますところでは、大体いま申されましたように、その点の不均衡はやむを得ないんだというふうに言われておったように理解しております。
#44
○濱野委員長 最高裁の判決でも、民事、刑事とも、必ずしもそれが正当だとは限らぬ。判決がくつがえっておる事実がたくさんあるのですから。もし法の不備なら不備で、ここで大いに論議をして、それから政府にも考えてもらう。それから、だめなら議員立法もやろう。いまのような場合をそのままに、学者にばかりまかしておいても私はどうかと思う。この点はひとつ大いに論議してもらいたい。
#45
○上村委員 きょうは関連質問でございますので、いずれその点につきましては後日機会を得まして発言をお許し賜わりたい。
#46
○横山委員 私もその点を実は指摘をしておきたかったのですが、最高裁の判決が出たから、それによって利息制限法を改正するとかせぬとかということは、これは逆なんですから、私はそういうような気持ちはないのですが、しかし、いま同僚から質問されたように、立法趣旨は一体いかなるものであったかということをこの際究明して、立法のときに、そういう元本がなかった場合においてはもうしかたがないんだという解釈であったとするならば、これは問題の解釈で、そんなばかげた不均衡を立法の際に許しておいたのであろうか、私は非常に疑問を感ずるわけです。したがって、最高裁の判決があったからであるということは一応除外して、そういうことを抜きにして、利息制限法がそういうふうな解釈をしておるということがほんとうに正しいのであろうかどうかということを、私は疑問に思うのですが、この点は政府側としては、いま一片の疑問も抱いていないのですか。元の残っておった人については超過利息分を充当し、元本の残っていない人はもうそれで債務者を保護しないという解釈でよろしいのであろうかどうかという点について、利息制限法の現在の解釈をもう一度ただしたい。
#47
○上田説明員 私の聞いておりますところでは、大体そういうふうな考え方が一般に行なわれておるんではないか、少なくとも今度の最高裁の判決は、元本が残っておってそれに充当した、こういうことになるわけでありますが、たまたま元本がない場合には、これは裁判上は請求できないのだというのが一般の考え方だと思います。
#48
○横山委員 それは、利息制限法の何条の何項によってそういう解釈が生まれるのですか。もう一つは、そういう解釈が何条何項によって生まれるが、政府としてばいまそれに矛盾を感じないのかどうかという二点をお伺いします。
#49
○濱野委員長 暫時休憩します。
   午前十一時三十六分休憩
     ――――◇―――――
   午前十一時四十四分開議
#50
○濱野委員長 引き続き会議を開きます。横山君。
#51
○横山委員 ただいま質問をいたしましたその解釈につきまして、追って、同僚委員も関連質問を保留しておりますので、時間の関係上後日に譲りまして、大蔵省に少しお伺いしたいと思います。
 いまも休憩中に同僚委員と議論をしておったのでありますが、こういう高金利が出ますのは、通常においては、いわゆる貸し金業という町の高利貸しの場合に非常に多いのであります。ところが、川の高利貸しにつきましては、出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律の五条で、高金利の処罰が定められておる。そしてまた別なところでは、これは都道府県知事にその取り締まりが委任されておる。私はかつて大蔵委員会で、町の高利貸しについて大蔵省の意向をただしたところ、大蔵省の所管ではありません。私ども、とてもそんなものは監督指導はできませんと言うて逃げてしまったわけです。いま、この最高裁の判決があって、いろいろ問題はあるけれども、利息制限法等についての一つのめどが出た。これが一般社会における高利貸しに対する非常な影響が出て、そして今度は逆現象が生じて、それならあんまり貸さぬということになりかねない。そこのところが、同僚委員の心配する最高裁判決の逆現象という問題が現実的に起こっておるかどうかとしていろいろうわさをされておるわけであります。銀行局長は、まず第一に、このような判決の出たことを銀行行政としてどういうふうに考えるかというのが第一です。第二番目には、都道府県知事に委任されております町の高利貸し、いわゆる貸し金業について、この機会に、ないしは経済情勢の推移に従って今後措置をする必要を何ら認めないか。これが第二番目であります。第三番目は、この法律で禁止をされておる高金利はともかくとして、それ以下の高金利について、これは法律違反ではないのでありますが、しかし、それ以下の高金利については、政府は歩積み、両建ての問題でここ一、二年国会の決議を体して実行をしておると思うのだが、しかし、金融引き締めの今日、さらにこの際百尺竿頭一歩を進めるべきではないかと思われるのだが、それらの点について見解を伺いたい。
#52
○高橋(俊)政府委員 今回の判決につきましても、合理的な解釈についてもいろいろと意見が分かれるところでございまして、私どもも実はやや当惑しておるというのが実態でございます。
 そもそも利息制限法は純粋の民事上の行為と私どもは考えますが、その民事上の契約の金利について一応の制限を設けたが、しかし、そもそも絶対的な制限でないことは法文の上にもあらわれているわけであります。不均衡もありますけれども、今度の判決によれば、元利金の返済が完済されてしまったあとにおきましては、裁判所に返還の請求訴訟はできないということだけは明らかになった。その以前の解釈におきましては、私はあまり詳しくありませんが、今度のように途中で制限超過の分が元本に充当されるというふうな解釈はとられていなかったのじゃないか、その点が現在と今回では判決において非常に差異がある。としますると、実際にいわゆる町の金融業者が金を貸す場合の金利といたしましては、この制限法をはるかに越える金利で行なわれているのが実情でございます。私どもは、直接は取締まりその他に従事しておりませんが、財務局等を通じて実態をある程度調べさしたところによりますると、やはり日歩二十銭前後というようなものが非常に多いということになっております。金額におきましても、これは運用している金が幾らであるか、いろいろな諸説がございますが、三千億近い金が元本として動いているのではないか。年間における新規貸し付け額、これは回転いたしますから、そのような高利の金を何年も続けて利用するということはおそらく自殺的な行為である。経営体としては成り立たないと思います。年十割というふうな金利を払って存続する企業体というものはよほどの例外でございます。そのような金利では、長期にわたってその金利を払ってはとてもつとまるものではない。でありますから、民事上の感覚から申しますと、三十銭という現在の限度は、非常に短期の急場をしのぐという意味での金の使用という点についてはうなづける点がありますが、長い目で見た場合には、やはり現在の制限の金利の範囲にとどまることが望ましいということは言えると思います。しかし、その間隔があまりに広過ぎまして、金額が大きくなりますと――制限法のもとでは年一割五分であり、罰則の適用を受ける刑事罰の対象となるものは十割九厘であるというふうな非常な差がはなはだしいものでございますから、その中間にいろいろな実際上の金利があるということは否定できません。そういう点から申しまして、いわゆる町の金融業者が今後これらの問題についてどう処すべきか、やや頭を痛める場合があることを実際に推測しています。と申しますのは、たとえば質屋のようなものでございますと、公益質屋の場合は都道府県知事が特別の定めをもって月三分までよろしい。この月三分というのは年三割六分でございますから制限法を越えておるわけであります、こういうものについていかぬということになりますと、質屋営業として成り立たぬ。また質屋の金は、おそらく非常に小さいものは何千円とか、せいぜい大きくて何万円ということでございまして、裁判に持ち出して、今回の例にありますような未払い分についてはすでに超過利息をもって支払い済みであるというふうな訴訟を起こす可能性はまずないと常識的には判断されます。しかし、町の金融業者の場合になりますと、かなり大手が、私はよく知りませんけれども、実際に倒産あるいは会社更生法の適用などを受けましたものについて見ますと、かなりまとまった億単位の金を町の金融業者の割引に仰いでおるという実例がございます。そういたしますと、非常に悪質な債務者――悪質と申して何ですけれども、債務者の方がこれを使おうと思いますれば、何億円か支払ったあとにおいて、なおさらに何億円の残存元本があるという場合に、超過利息分によってすでにそれは完済したとれみなさるのではないかというような裁判をかりに起こしたといたしましても、今度の判決に従えば、残りは支払わなくてよろしいということになりかねない。ですから非常に大きな金額を動かしている町の金融業者、こういう者にはこの判決はかなり深刻な問題にならざるを得ないのじゃないか。しかしながら、私ども一方で、そういう非常にまとまった金額がかなり長期間にわたって非常に高い金利で運用されておる、これを借り受けて使っておるという事態は、ほとんどそれらの会社がいずれ倒産その他の状態におちいるということをもう予告しておるようなものでございまして、この金額によってかなり考え方を変えていかなければならない。どのような大きな金額でも、日歩三十銭までは刑罰に触れないからいいのだということになっておりますけれども、これらのことは経済の実態から申しますれば、それは相手を倒産に追い込むだけのことではないだろうかというふうな感じがいたしまして、一律的に最高三十銭となっておりますのはやむを得ないことでございます。内容といたして見ますと、ほとんど実態の問題としては裁判上の争いにならないものが多数であろうと思います。だから、質屋の方々もたいへん気にしておられるようでございますけれども、さてそれならば裁判所にわずか何千円の問題で、法理をもてあそぶならいいですけれども、そうでなければ、わずかな期間だけ質屋に融通を受けた方々が、そういう裁判を起こす可能性はまずないだろうから、そう問題にすることはない。問題は、ただ明らかに利息制限法を超過するような金利について都道府県知事が公示しておるわけですね、月三分まではよろしいということになっておる。公益質屋についてもそう言っているくらいですから、一般の質屋の最高金利の申し合わせば大体月九分ぐらい、九分というのはほとんどもう限度一ぱいです。そういうふうになっておる状況でございますが、これは今度の判決によって実態的なものとやや矛盾するという感じはいたしますが、制限法をはるかに越えるものを申し合わせにしておる。また、三十銭というものが現にそれ自体矛盾がありますけれども、経済の実態から申しますればやむを得ないことである。質屋に対して月一分で金を貸せということは商売をやめなさいということになるから、そのようなことは望めない。問題は非常に大口の資金を、一口当たり比較的大口に貸し付けている町の金融業者の場合に、今回の判決はかなり微妙な影響を及ぼすということになりますが、それについて、われわれはいまどうするということは、御答弁申し上げるのにはいささか私どもこれをそしゃくし足らぬ点がございますので、直ちにお答え申し上げるわけには参らないと思います。
#53
○横山委員 要するに、いまあなたの御答弁を聞くと、私なりに解釈をすれば、最高裁の判決、それはそうだけれども、まあまあという印象を受けるわけですね。私は現状におけるあなたのそういう心境をどうこうするつもりはないけれども、それが一般的に今後続きそうな気がするわけであります。最高裁の判決はなぜ出たかということを一番最初にお答えをした人もあまり的確なお答えでなかったけれども、しかしこの際、いやしくも一国の最高裁の判決であるから、その権威、その今後の運用というものを的確にしないと、最高裁の判決が結局空文になってしまう。そういう意味においては、行政面においてその最高裁の判決をいかに運用し、法治国家としていかにこれを国民の中に浸透させるかということはきわめて重大なことだと思う。あなたのお話は、最高裁判決、そうですね、けれども、まあ、こういうことでは、今後必ずしもよくないと思うのですが、結論がどうもあなたのお話では現状分析にとどまって今後示唆するものがないようで、このまま質疑を打ち切ることはまことに私は不満足です。私が先ほど申し上げた、まず第一に、貸金業は、出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律をもって大蔵省の管轄はあるが直接タッチしておるものではないということになっておるけれども、この機会に、貸金業法の問題等一歩ずつでも進める意図はないのか。それから最高裁の判決を国民の中に浸透させる責任が行政当局としてあるのではないか。もう少し前向きの御答弁を議事録にとどめておきませんと、あなたの職責はつとまらぬ。
#54
○高橋(俊)政府委員 その点まことに私も申しわけないと思うのですが、この最高裁の判決が出たから、これに合うような実態的な金利を見つけて利息制限法の範囲にとどまるように行政指導をするかと言われますと、私どもはそうは簡単に参らぬと申し上げるほかありません。経済の実態から申しましても、質屋の例におきましても、また町のいわゆる金融業者の問題につきましても、この利息制限法の制限を守れというのには、実情としては遠過ぎるという感じでございます。しかしながら、この判決の趣旨は――制限法というのはあくまで債務者のほうを保護する、ただ保護が行き過ぎにならぬという程度に若干抜け穴ができておる程度でありまして、非常に債務者の立場を考えた法律である。しかし、今度の判決においては、一そう強く債務者保護の趣旨が徹底して採用されたというふうに感ずるわけでございます。しかし、これは横山委員もはっきり御存じのように、緊急やむを得ざる場合に金を調達する場合、金利をこの制限法の範囲内でやれるかどうかという問題になりますと、そうは参らぬ実態がたくさんございますので、結局債務者のほうの資金融通をきわめて困難にするというふうな結果になりましては、やはり角をためて牛を殺すのたぐいになると思います。でありますから、こういう民事上の制限、刑罰法規の対象となるような著しく公序良俗に反する行為、こういうものとの間にやはり何か適切なるつながりを見出していかなければならぬと思う。それは非常にむずかしいものでありますし、あるいは場合によってはこれは法律自体の、法律の上での、何と言いますか、欠陥があるのではないかとも思いますけれども、それはほっておいて、この法律をそのままにしておいて、しかも最高裁の債務者保護の精神を徹底的に生かすように行政指導をするということになりますと、非常にぎこちない結果におちいるということが目に見えております。ですから、その両方に問題があるわけでございまして、行政指導という問題もありますが、また立法の問題にもあるいは欠陥があるのではないか。そのいずれをどういうふうに折衷させたらいいのかという点を申し上げるのには、私どもまだ十分そしゃくしてないと申しますか、問題をつかんでおらないという点を先ほど申し上げたわけでございますが、今後ともこれらの町の金融機関、町の金融業者の問題は、経済の実態においてはかなりの影響力を持っておるのでございます。金額は全体の資金量からすれば、正規の金融機関の総量に比べてまことに微々たるとは申しながら、かなりの影響を持っております。それらの点をまじめにこれから検討いたしまして、立法の問題として処理すべきか、あるいは行政指導の問題として片づけていかなければならぬか、それらをいましばらく考究の時間を与えていただきたいと思います。
#55
○横山委員 委員長、先ほどおっしゃったように、ここではきょうは解決しませんし、明らかにこの最高裁判決と行政の間にズレがありまして、矛盾があるといいますか、問題があるといいますか、そういう点が明らかになってまいりましたので、先ほど上村委員の発言をいたしました問題も含めて、適当な機会に大蔵大臣にでも来てもらわなければいかぬ、こういうふうに判断いたします。
 あと、第三の問題について、実は私、逐一附帯決議について御質問をいたしたいと思っておりましたが、時間もありませんし、政務次官もいらっしゃいません。そうすると、総括的なこの附帯決議の質問についてはどなたもお答え願える人はないわけですね。
#56
○濱野委員長 政治性がありますから、やはり大臣か政務次官が来てないと困るので、次にしましょう。
 細迫委員。
#57
○細迫委員 矯正局長にお聞き取りを願いたいと思います。
 私は、去る十一月十八日に網走の刑務所へ参りまして、いろいろな点を調査して帰ったのであります。調査の方法はもっぱら所長との会談をいたしたのでありますが、所長の受刑者処遇の改善に関する意欲は認めるべきものがあったと思います。たとえば暖房の効果を上げるために監房の天井を下げようとする計画を持っておること、毛布の支給を二枚から三枚に増加したこと、あるいは入浴時間を操作して、入浴を終わった者が再び作業場に出るようなことでなく、入浴を終わったら監房に帰ってふとんにでも入れるというような改善を行なったことなどから、改善の意欲は認められるものがあると思いますが、しかしながら、処遇必ずしもよいとは思いません。その壁は何としても中央の問題であり、法律の問題であり、予算の問題であるというように感じて帰りました。
 そこで、いま法務省におきましても監獄法の改正が取り上げられておると思いますが、それの問題はどういうところが議論になっているか、またどういう結論になるかという大勢がわかるような資料をひとつちょうだいしたいと思いますが、まず、概括的にその問題点、帰着する大勢について御説明を願えれば幸いと思います。
#58
○大澤説明員 ただいま網走刑務所の処遇の現状につきまして、親しく御視察いただき、重要な点につきまして御示唆を得たわけでございます。
 まずこの処遇の問題ということは、結局監獄に課せられました刑の執行についての根本の考え方ということになるわけであります。ひいては刑の本質までさかのぼる問題ではなかろうかと私は考えるわけであります。現在学者あるいは実務家等の中で刑の本質といたしまして、刑は結局社会秩序を破った者に対する正義の反発である、したがってその本質は、その者に対する法益の剥奪であるという考え方があるわであります。他の一面、刑の本質は、なるほどさような古い考え方と申しますか、応報刑といいますか、さような考え方ではあるけれども、その執行にあたっては、あくまでもその者を社会に有用な人間に仕上げていくという教育刑的な、目的刑的な考え方もあるわけであります。これは次元の問題だと言う方もあるわけであります。要するに広く考えまして、刑罰にはさような社会の反発によって法益の剥奪という面と、そうして社会に有用な人間を教育して、そして社会に復帰せしめるという二つの本質的な問題を含んでおると思います。さような意味合いで、われわれ行刑の執行の立場に立ちまして、もうすでに刑の本質というものがさような懲罰的であり、利益の剥奪であるけれども、われわれがこれを実行していく場合には、むしろ目的のみを見て進んでいいのじゃないかという考え方でわれわれ行刑の衝に当たっておるわけでございます。
 さような意味合いにおきまして、収容者に対して要らざる苦痛は、もう絶対に避けなければならぬという考え方、これは現在の監獄法にも出ておりまして、いわゆる体罰の禁止あるいはその者の人としての生活を保障するという考え方、これはもうわが行刑が始まって以来の考え方でございます。われわれとしましても、収容者の日常生活というものは、できるだけ一般生活に近いもの、同じものということを心がけて進んでおるわけでございます。さような意味合いで、非常にささやかではございますが、収容者の日常の給与の問題、食事の問題あるいは被服の問題あるいは寒暑に対する防護の問題等を、遅々としてではございますが、一年一年積み重ねて、その向上につとめておるわけでございます。
 さような問題を監獄法上どう取り上げるかという問題でございますが、監獄法の規定は、あくまでも抽象的な刑の本質と申しますか、そのものの規定にとどまっておりまして、日常生活をこうしろ、ああしろというこまかい点までは規制せられす、それがむしろ行政面にゆだねられているわけでございます。さような意味で、現在受刑者が入っているだけで自由の拘束を受けること、このこと自体が苦痛だと私は考えております。これ以上の苦痛は与えたくない。あくまでも日常生活は、、ぜいたくにはいきませんが、相当の生活を営むという考えでやっておるものでありまして、監獄法の改正におきましてそれを法律で保障するということになりますと、ただいま利息制限法等で問題がありましたように、日常一日一日進んでいく国民生活に合わない。それらの生活基準ということを法律に規定するということは、今日妥当であっても、あすは不妥当になるということを考えますと、私としましては、この処遇の面につきましてはむしろ行政面にまかしていただくのがいいのではなかろうか、こう考えておるわけであります。
 なお、監獄法改正の問題につきまして、むしろ私のいまの考え、すでに数年かかって議論しておるところでございますが、その根本の問題は、私は自由制限の限度をどこまでにとどむべきかという問題ではなかろうかと考えておるのであります。現在の刑法、監獄法の一連の刑事法でとっておりますいわゆる自由権の制限というものにつきましては、法文から御理解いただけますように、通信にしましても、また面接にしましても、必要あるときはこれを許すことができるという形で自由の限界を定めておるわけでございます。これがはたして現在の世情に合うか。この表現のしかたというものにつきまして、私は目下みずからも疑問を持ち、またそれぞれの識者の間でも議論のあるところでございます。制限を規定すべきか、あるいは現在のような方向で進むべきかという点で大きな問題になっているわけでございます。この点が結局は刑をどう見るか、刑の本質にかかる問題でございまして、これは現在の監獄法改正では、いまの監獄法では許すことができるという範囲を行政面で相当拡張いたしまして、結局刑の目的、懲役刑に合う――懲役刑というもののわれわれの社会復帰という目的の範囲内においてのみ制限する、この目的に反する限りにおいて制限するという方途をとっておるわけでございます。これを法文にいかにあらわすかということにつきまして、先ほど申しましたように、いろいろ議論がございます。この点が目下一番大きな問題になっているわけでございます。
 それともう一つ、われわれが刑を執行していく上において、その目的に合いますために、いろんな外部にも働きに出す。へいの中にいたものを直ちにあしたから激動する社会の中にほうり出したのでは、また戸惑いして間違いを起こす。それで順次処遇を緩和して外に出し、あるいは進んでは民間工場に働きにやって、順次社会に馴致せしめて釈放するというような方途も外国法では実施されております。ところが刑法、監獄法のたてまえでは、受刑者はこれを拘禁すという規定があるわけでございます。この点、拘禁というものの法律概念をどこまでゆるめるかと申しますか、いわゆる実質的支配下にあればいい、あるいは監視下にあれば、それが拘禁の概念に入るんだというような法律概念の研究、それでまかなえなければ立法上どうそれをあらわすかというような点で、いま議論を重ねておるわけでございます。現在刑法改正につきまして法制審議会で御審議がございますが、その議論の中にもわれわれが出まして、その一般的な考え方と申しますか、要するに国民が刑の本質をどう受け取っておるか、国民の認識に沿った監獄法ということを目途に、その議論の進展に合わせて進めていきたい、かように考えておるわけでございます。
#59
○細迫委員 資料は……。
#60
○大澤説明員 現在、われわれ過去数年来集めましたものが、これは現在の監獄法で、たとえば監獄法施行規則等に祝祭日ということばが使ってありまして、それがそのまま規則にございますが、しかし実際上はない。そういうものの整備、あるいは先ほど申しましたように、自由制限についてもある程度の最低限度の保障というものが、これは受刑者に対する一つの権利の保障になりますので、それをどの程度にあらわすかということについて、いま案をつくりまして、大体各条についての審議を終わりまして、いままとめに入っております。来春の早々には一応まとめられると思います。その節にひとつできればお手元に配付したい、かように考えております。しばらく御猶予願いたいと思います。
#61
○細迫委員 終わります。
#62
○濱野委員長 本日はこの程度で散会し、次回は公報をもってお知らせいたします。
   午後零時十六分散会
ソース: 国立国会図書館
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