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1962/05/16 第43回国会 参議院 参議院会議録情報 第043回国会 内閣委員会 第18号
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1962/05/16 第43回国会 参議院

参議院会議録情報 第043回国会 内閣委員会 第18号

#1
第043回国会 内閣委員会 第18号
昭和三十八年五月十六日(木曜日)
  午前十時十九分開会
  ―――――――――――――
  委員の異動
 五月十五日
  辞任      補欠選任
   中村 順造君  戸叶  武君
   千葉  信君  加藤シヅエ君
  ―――――――――――――
 出席者は左の通り。
   委員長     村山 道雄君
   理事
           石原幹市郎君
           下村  定君
           鶴園 哲夫君
           山本伊三郎君
   委員
           大谷藤之助君
           源田  実君
           小柳 牧衞君
           林田 正治君
           加藤シヅエ君
           戸叶  武君
           松本治一郎君
           小林 篤一君
           田畑 金光君
  政府委員
   皇室経済主管  小畑  忠君
  事務局側
   常任委員会専門
   員       伊藤  清君
  説明員
   宮内庁長官   宇佐美 毅君
  ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○国家行政組織及び国家公務員制度等
 に関する調査
 (宮内庁職員の職務に関する件)
  ―――――――――――――
#2
○委員長(村山道雄君) これより内閣委員会を開会いたします。
 初めに、委員の異動について報告いたします。昨十五日千葉信君、中村順造君が委員を辞任され、その補欠として加藤シヅエ君、戸叶武君が委員に選任されました。
  ―――――――――――――
#3
○委員長(村山道雄君) 国家行政組織及び国家公務員制度等に関する調査を議題といたします。
 質疑の通告がありますのでこれを許します。加藤シヅエ君。
#4
○加藤シヅエ君 私は、去る三月二十二日、エジプト展覧会が上野の博物館で催されました際、両陛下の御臨席がございましたそのときに起こりました事件につきまして、宇佐美宮内庁長官にお伺いしたいのでございます。私はこの問題に対しまして何にも偏見も持たないで、事柄を明らかにしていただいて、そしてこれが将来禍根を残さないような解決というものをしていただきたい、こういう観点からお伺いを申し上げるわけでございます。
 最初に、事がどういうようなところで起こったかということを、私の存じております限りを申し上げまして、それが誤りがないかどうか長官にまずお伺いいたします。
 私が聞いておりますところでは、三月の二十二日のこのエジプト展に両陛下が御臨席になりましたときには、高松宮御夫妻、秩父宮妃殿下も御一緒においでになった。そして、これは朝日新聞の企画で、博物館側と宮内庁、それから各新聞社のカメラマン、それらの人々が場内に入っておりまして、まあ両陛下の御臨席ということで、博物館の正面の門を約二十分間ぐらい閉ざした。したがいまして、一般の入場者はその間入っていなかった。こういうような状態のもとであったと聞いておりますが、それは正確でこざいましょうか。
#5
○説明員(宇佐美毅君) 去る三月に国立博物館と朝日新聞社主催で「エジプト美術五千年展」というのが開かれまして、主催者から両陛下のおいでを願い出がございましたので、三月二十二日におそろいでお出かけになったわけでございます。そのときは今仰せになりましたとおりに、皇族では高松宮――両殿下というふうに仰せになりましたが、高松宮妃殿下、秩父宮妃殿下でございます――もごらんにおいでになっております。こういう場合は大体いつもそうでございますが、一般観覧者になるべく迷惑のないように開場まぎわにおいでになりまして先にお入りになるということが多いのでございます。このときもそういう趣旨でお着きになりまして、ごらんになります部屋は一般の者を入れずに、次々に移っていかれましたわけでございますが、それにお供をいたしましたのは主催者側、宮内庁の供奉員、それから宮内庁クラブの記者の若干の人たち、それからカメラマン等でございます。
#6
○加藤シヅエ君 そこで私は、当日、主催者の朝日新聞の社長村山長挙氏の夫人が供奉の警衛の方と申しますか、宮内庁のほうからお供をしていた方のために傷害を受けられた事件が起こったということで、そのことにつきまして、その事件の真相を村山夫人から直接私はいろいろ質問いたしまして調査いたして参りました。それに基づきまして御質問を申し上げるわけでございますが、こういうような場合には主催者の村山夫妻というような方は特に両陛下にお近づきしていろいろお話を申し上げるというようなことは御遠慮をして、一定の間隔を置いてお供をすると、こういうふうに村山夫人は心得ておられたそうでございまして、もともと村山夫人は、その前数回両陛下にもお目にかかっているのでございますけれども、こういうようなときには特別なお話を申し上げるというようなことは御遠慮すべきであると考え、一定の間隔をもってお供を申し上げた。ただ高松宮妃殿下とは特にお親しかったので、妃殿下がお近づきになったときだけは何かお話を申し上げる。そういうようなふうにして非常に緊張してお供をしておられたと申しておられます。それで三分の二ぐらいごらんになったところで、ある会場で写真班が写真を写してそのときの脚立その他を片づけて片づけ終わったころのときに、両陛下はずっと前方のほうの何か陳列品をごらんになっていらっしゃって、そうして供奉の方及び村山夫妻は両陛下からは約十メートルぐらい離れているところの後方のほうに立っていたと記憶する。そのときに自分が気がついてみたらば、村山夫人は御主人の村山長挙氏と少し距離が隔たってしまって、夫が何か自分に話しかけたいというような様子をしているように気がついたので、急いで自分の夫のそばに近づこうと考えて少し夫のほうに歩み寄ったと、それを何と勘違いをされましたか、官内庁の供奉の方と申しますか、護衛の方と申しますか、一人の男性がそこへ飛び出して、その村山夫人を制止した。その制止の仕方がはなはだ行き過ぎであった。そのために村山夫人はたいへんなショックを受けられたわけでございます。御本人の口から聞きますと、何かから手というような方法を使った制止の仕方であって、こういうふうにやられたんだそうでございますが、それが村山夫人の胸に当たりまして、夫人はからだが二つに、こういうふうに折れるようなショックを受けられた。もちろん転倒するというようなことはなかったそうでございますが、そういうような制止の仕方を受けられたそうでございまして、そのことのために、そのときには気がつかなかったけれども、うちへ帰ってみたら非常に痛んでいて、そうして夜になったらさらにその痛みがたいへんに加わってきた。そうして日ごろ丈夫であるためにすぐに医者に見てもらうというようなことはなさらなかったらしいのでございますし、また、最初簡単に見てもらったときにはたいしたことではないというように医者から言われたそうでございますが、三月の二十八日に夜行で大阪の本邸のほうへ帰られますときに、夜行の寝台車の中で耐えられないほどの苦痛を感じられて、それで大阪へ行かれましてから主治医の診断を受けられましたその結果が、軟骨とかたい骨と両方二本の骨折であったという診断が下されたわけでございます。それでその診断書その他を私はなお参考のためにここに全部村山夫人から拝借して持っておりまして、こういうような大阪厚生年金病院の主治医の内藤寛という方の診断書によりますと、病名は左第二、第三肋骨骨折(清水氏骨折)とカッコしてございますが、そういうような症状であったと、こういうわけでございます。これに対しまして宮内庁のほうではどういう態度をおとりになったのか。また、この事件に対して長官としてはこれをどんなふうに考えられたのか。そしてこれの結末はどういうふうにしたらいいとお思いになっていらっしゃるのか、そこを承りたいと思います。
#7
○説明員(宇佐美毅君) 御質問でございますので、このたびのことにつきまして一応私からも経過を申し上げたいと思います。
 当日両陛下が展覧会をごらんになります際には、主催者の一人である博物館長が御先導いたしまして、専門の人たちが二、三人御説明におそばにつき添っていたわけであります。そのほかにやはり主催者の一人として村山社長も陛下のすぐうしろにおられたのであります。そのほかエジプトの大使やアラブ連合の大使も来ておられまして、ほとんど村山社長と同じような位置に、両陛下のすぐわきにおられたわけでございます。
 両陛下が外にお出ましになります際にはいろいろな態様が、ございまして、その取り扱いについてはわれわれもいつも苦心をいたすところでございますが、直接御案内し、あるいは主催者としてお介添えをするとか御説明をするとか、必要な方は両陛下のそばで自由にしていただいておるのでありますが、その他の者は私どもを初め、少し離れてお供するという形をとっておるわけでございます。
 当日も今申し上げたようなことで事が進行いたしたのでありますが、これはあとで聞いたことでありますが、大体行幸啓の際は、主催者側と当日どういう方が見えるか、したがって、そういう方のお出迎えの位置だとかその他をお打ち合わせするわけでございますが、事前には村山社長夫人が見えるということはございませんで、当日見えたわけでございます。当該事務官は、見えておるので、主催者側とお打ち合わせして、お出迎えその他については主催者側幹部と、いわゆる社長その他直接御先導する人とは別に、その他の幹部と一緒に御行動願いたいということで、主催者側もこれは当然のことであると認められまして、分かれて本人はちょうどその展覧会の一号室と三号室に各社のカメラマンが待機いたしておりますので、その整理に行ったわけでございます。
 それからあとの状況でございますが、ちょうど第三号室のカメラマンのところまで進まれたときに、それまでも前にも夫人はときどき妃殿下のそばに行かれ、あるいは社長のそばに行かれておったように思いますが、その事務官といたしましてはそういうお話し合いになっておりますので、あまり前にお出にならないように本人、社長夫人の前に立ちまして、ちょっと手をあげてお出にならないようにとお話をしましたが、自分は社長夫人で、社長に用があるからと言って前に出られたために、あげていた手が胸に当たった。それは本人もそう認めておるところでございます。したがって、一部に報道されましたように殴打をしたとか突き飛ばしたとかというようなことは、やるはずもないと思いますし、それから本人はから手でもやるのではないかというお話でございますけれども、比較的小柄でございますし、ごく近いころ結核のために三、四年療養をした人でございます。そういうようなことはわれわれのほうから見ますと、特に激しくやったと、不幸にしてそういうような偶然手が触れるような事態になったものであると、私どもは見ておるわけであります。
 そういうことがございまして、翌二十三日に、その場はあまり周辺の人も気がつかないまま過ぎたようでございますが、翌日朝日のほうから、夫人が非常に憤慨しておられるということを言って参りまして、本人が博物館及び朝日の人とともに夫人のところに出まして、たいへん扱いとしては礼に反する非礼なことをいたしましたというおわびをいたしたわけでございますが、帰りにはお引きとめがあってお茶が出たというようなことの報告がございますが、一応御了承を得たような気で帰ったわけでございますけれども、ただ事務官本人としておわびをするというのではなく、宮内庁として措置してほしかったというお話もございまして、ちょうど東宮妃殿下が手術のため御入院の問題がそのころ起こっておりまして、非常に忙しかったのでございますが、二十五日の日に当該所管が官房総務課でございますが、総務課の課長補佐が、夫人にあらためて出るということで御連絡しましたら、わざわざ来ることもないということでございましたが、その夕方お宅に伺ってるるおわびも申し上げお話をしたわけであります。そのときに、やはりその晩胸が痛んで翌日レントゲンをとったけれども何でもなかったということで御了承をいただきまして、それでは博物館及び朝日新聞の担当者も必配しておりますからよろしく御連絡をいただきたいと言って、電話をかけて下すって、関係者は一応事柄の落着を喜んだということでございます。その経過を済みましてから私耳にいたしましたのですが、三十日に至りまして朝日新聞のほうから、いわゆる肋骨に障害を受けたという御連絡がございました。厳重抗議するとともに、当該の事務官についてしかるべき措置を願いたいという申し出がございました。
 自来、四月に入りましていろいろお話をいたしまして、われわれといたしましては、そういうことならまことに申しわけないことで、ちょうどベアトリックス王女――オランダの内親王が国賓としてお着きになるまぎわでございまして、とりあえずお見舞を申し上げ、それから朝日からは十日ごろ上京をされるということでございますので、そのときにお目にかかって申し上げ、とりあえずお見舞を申し上げるということで、私の代理としまして京都の宮内庁の事務所長にお見舞にすぐ神戸に伺えということで、朝日のごあっせんで日まできまったわけでございます。ところが、事前になって急にお会いできないというお取り消しがございました。
 そういう経過でございますが、十日に御上京になりませんで、ちょうど十一日の日に朝日の編集の幹部の人たちがほかの用もあって大阪に行かれるということで御連絡ありました。私は自分で丁重なおわびとお見舞いの手紙を託してお届けしたわけでございます。その後、朝日のほうから二十四、五日に上京されるので、社長夫妻に会っていただけるかということで、それはもう上京になりましたときにお目にかかってごあいさつすると申し上げておるので、時間の御指定でうかがうということで、二十五日にうかがったわけでありますが、事のいきさつも申し上げまして、当該事務官の取り扱った措置につきまして確かに行き過ぎがございます。そういう場でとるべき態度でもございませんし、ことに夫人のからだに手が触れるというようなことは礼にも反することでございます。その点はおわびをいたしたわけでございます。それからそのために骨折を受けられたということでございまして、その点もおわびもし、お見舞もいたしたわけであります。清水氏骨折というのは、いわゆる胸の骨の軟骨にひびが入ることだそうでございます。聞きますと、やはり六十こえた老齢の方が電車等で込んで押されたときに、ときに起こる例だということで、そういうような殴打とかいうようなことではないと思いましたけれども、そういう性質のものであれば、あるいは起こるかもしれないということで、私どもは率直にその点についてもお見舞を申し上げておるわけでございます。しかし、二十五日のときには、とにかく自分としては金銭的な要求をしようとは思わない、それから当人を処罰してもらっても仕方ない、自分の考えとしては、もっとそういったことと離れたことであるけれども、それをお話ししても、おそらく聞いてもらえないと思うから、お話しできないということでございました。私もそれ以上どう申し上げていいか困ったわけでございますが、ときには社長がそういう両陛下、皇族のお出ましの場合の取り扱いというものが、やはり皇室と国民の間に立って非常に重要なことなので、よく検討すべき問題じゃないか、そういう意味だというようなことを言われまして、それはわれわれとしても最も注意をいたしておるところで、そういうところにお出かけになる趣旨がそういうことであるために、いろいろな苦労があるわけでございまして、世間にはいろいろな方がございまして、いろいろ若干の例も申し上げてお話ししましたら、場合がいろいろあってむずかしいだろうということを社長も言われたのでございます。とにかくいずれにしても、ああいう場合において限られた人たちの場合に、手を上げてからだに触れるような制止の仕方というのは適当でないということでおわびを申し上げたわけでありますが、ちょうど一時間以上でございましたが、会う約束があるということで、結論のはっきりしないままお別れしたわけです。その後五月二日になりまして朝日新聞のほうから、本問題は解決したものと考えるというご連絡がございまして、私どもも本人につきましては十分厳重な訓告をして配置の転換をいたしたわけでございます。そういう経過です。
#8
○加藤シヅエ君 今、長官からその後の経過について承ったわけでございますが、今の御説明を伺っている中で、私はちょっと気がつきましたことは、主催者の社長の夫人がそこに行かれるということは最初にリストの中に入っていなかった、それが御相談なくそこに出られたということが、何か非常に御不便を来たすというようなことがあったのでございましょうか。
#9
○説明員(宇佐美毅君) 別に不便ということもございませんし、ただお迎えの位置でありますとか、お供して歩かれる場合のやり方について主催者側と打ち合わせをしたということで、特にお届けがないからどうこうという問題はなかったはずでございます。
#10
○加藤シヅエ君 私どもの常識で考えますと、天皇、皇后両陛下がお出ましになるということになりますと、やはり主催者も村山氏お一人でなくて、夫人が当然やはりそこに出席をされるのが礼儀であると、こういうふうに、これは常識ではないかと思います。したがいまして、お届けがなくても、あるいは最初から、ぜひ御夫妻でこられたほうがいいというようなことを言われるのが当然じゃないかと思いますし、また、お届けなしで来られたということは別に何ら差しつかえないとおっしゃいますけれども、それはぜひそうでなければならないことだと思います。妃殿下方もおいでになることでございますし、村山夫人が女性としてそこに出られるということはこれは最も当然なエチケットであると私はこういうふうに考えるわけでございます。ところが、その当該事務官が制止されたときの形が確かに適当でなかったということは長官もお認めになっていらっしゃるのでございますが、それが六十以上の老婦人というものは何かの機会にちょっと手が触れるとすぐ肋骨にひびが入るほど、そんなもろいからだでないということは、私も村山夫人と大体同年配でございますけれども、トラックでもなんでも乗って働いておりますし、世間には六十才以上でも労働しておる婦人もたくさんあるわけでございますし、そういうようなことが通例だというふうな考え方をどなたかがおっしゃったら、そういうものをすぐお取り上げになって、ちょっと手が触れても骨折があるかもしれないというような見方をなさるということは、これは非常に御自分のほうに都合のいい解釈の仕方であって、これは決して適切な例ではないと私は思うわけでございますが、いかがでございましょうか。
#11
○説明員(宇佐美毅君) その二十二日の翌日にすでにレントゲンをおとりになって故障がなかった、これは夫人みずからおっしゃっておるところでございます。それから一週間後になって、そういうお話がございまして、清水氏骨折というものがどういうものか私もわかりません。専門家にこの事件を離れて清水氏骨折というものはどういうものかと伺いましたら、軟骨にひびが入ることで、そういうことはよく老人の人は電車なんかに乗りますと、押された場合に見る事例であるということでございます。私どもはその当日非常な殴打をしたとか、それから非常に乱暴を働いたというようなことはとうてい考えられないと思います。これは不幸にも手がさわるような状況になりましたけれども、制止のやり方としては確かに手で当たるようなやり方というものはおかしいと思います。そういうような事態ではございませんというふうに私どもは思いますけれども、したがって、清水氏骨折の性質や何か、これは医者の申したことで私が申したことではございません。ですから、あるいはそう本人はひどくないつもりでもそういう場合も起こるのかなと思ったということを申し上げただけでございます。
#12
○加藤シヅエ君 これは憶測でございますけれども、この当該事務官はから手の四段とかいうようなことを、もうすでに世間ではそういうことを流布しているのをちょっと私耳に入ったのでございますが、特にから手とかそういうものを練習した人なんでございますか。
#13
○説明員(宇佐美毅君) そういう流布があるということを聞きまして調べて見ましたら全然ございません。
#14
○加藤シヅエ君 それじゃ拳法とか柔道とか、そういうふうなものをやった人でございますか。
#15
○説明員(宇佐美毅君) それも聞いておりません。先ほど申し上げましたとおり、柄も割合小そうございますし、ただ非常に目が近いということはございますけれども、さっき申したとおりに結核で三、四年役所を休んで療養した人でございます。そういうようなことがあろうとも考えられないわけでございます。
#16
○加藤シヅエ君 この当該事務官の心の中にどういう感情があったかということまでここでせんさくするわけには参らないと思いますけれども、どうもこのいきさつを見ておりますと、何か女性というものがそこへ出られたということが、ある場合には封建的な感情を持った男性を刺激するということがあるわけでございます。そして村山夫人は、最初リストの中に入っていなかった方がそこへ出られた、しかも別に村山夫人のほうからいえばだんなさんとの距離が離れたために、何かものを言いたげな様子だと思ったもので、夫のそばへ近づこうとしたときにそういうことになったと言われておりまして、決して陛下のほうへ特に近づいて、ほかの方にはらはらさせるようなそういうことを計画したわけでもなんでもなかった、そういうようなときにでも、ちょっと夫人がそういうふうに動いたというようなことを、もし封建的な感情を持っている男性でございますと、女の出る幕ではないところへ出しゃばりの女が出てきたというような感情がどこかに残っていて、そしてそういうようなときに手が触れたというようなことが骨折にまで、危害を及ぼすようなことにまで、どこかに力が入っていたというようなことが今度の問題じゃないかしらというふうに、私も女性でございますから特にそういうようなことであったらこれはたいへん遺憾なことだと思うわけでございます。それで長官としてはそういうようなことについてどんなふうな御所見をお持ちになっていらっしゃるか伺いたいと思います。
#17
○説明員(宇佐美毅君) 本人がこのことにつきまして申し述べたところにもそういうような感じは私は全然汲み取れなかったのでございます。ただ当日お届け出のない方が見えましたので、どこでお迎えするか、それからどのように、お供をするときにはどうせられるということを主催者側と、相談をした主催者側からお伝え願いたいということで、本人は写真班の整理のほうへ先に行ってしまったわけでございます。そういうような偏見を持ってやったとは考えられません。先ほどもお話がございましたが、私どもは宮内庁の人も、ずいぶん本人も三十年くらいそういったことを、旅行の関係のことをやって熱心な男でありまして、今までそういう事故もなかったわけでございます。そういうような何か特別の思想でやったとは私どもはどうしても考えられないと思います。
#18
○加藤シヅエ君 村山夫人の私に伝えられましたところによりますと、その当該事務官が最初村山夫人のところへおたずねしたときには、たいへんに客観的に見て横柄な態度で部屋へ入ってきてもおじぎもしないで、いきなり私は宮内庁の職員として来たのではなくて、個人として来ましたというようなことをまず発言して、そして何か自分の立場を弁護するようなことを言われた、けれどもそこには自分は当然のことをしたまでであって、何らそこであやまらなければならないようなことをした覚えはないというような、そんな心情でものを言ったというふうに村山夫人は受け取られたわけでございます。そういうようなことを見ますと、あるいは供奉の方というのはもう供奉をするということに非常に熱心なあまり何かきまったこと以外のことがあった場合に、たとえば名簿の中に載っていなかった夫人がそこへ急に加わったというようなときには、何かそこに供奉ということに熱心であるあまりにそういうような行き過ぎたことをされると思うのです。そういうような限られた人だけが入っているところで主催者の夫人であるという身分もすっかりわかっている夫人に対して手を触れるというようなことは、これはもう実に非礼きわまることでございますが、そういうことが非常に非礼であるということをあんまり感じない。自分は当然の職責をやったまでだ。それに少しぐらい行き過ぎがあったかもしれない程度しか認識ができない。もし、そういうようなことでございますと、これは相手が村山夫人というような地位のある方であり、御本人も非常に御性格のはっきりした御婦人ですから、こういうことに対して立ち上がって御自分の考え方を述べるというような立場におられますけれども、たくさんの一般の大衆というようなものに対して、もし供奉に熱心のあまり事務官その他がこういうような問題が起こったときには、これはもうおそらく泣き寝入りになってしまって表面の問題にはならないわけでございます。そういうようなことが長官などのお耳にも入らないようなところであるいは起こっているかもしれない。そういうようなことがあちらこちらでもし起こっていた、あるいは今後も起こるかもしれないというようなことがございますときには、長官も、また私どもも、皇室と国民との間の親近感というものがだんだん盛り上がっていくということを希望している、そういうようなことに対してこれは非常に大きな障害を与えるものである、私はこういうふうに思うのでございますが、長官はそういうような供奉に熱心のあまりそういうような行き過ぎた考え方が皇室に対してかえって御迷惑を与えるということに対してどういうふうな御所見をお持ちになっていらっしゃるか伺いたいと思います。
#19
○説明員(宇佐美毅君) 最初に本人が夫人のところへ出ましたときのことにお触れになりましたが、こまかいことでございますけれども、朝日のほうから翌日連絡ございましたときに、これは主催者側として夫人にも十分連絡しなかった、自分たちが取りなすからということでございましたが、本人は自分がしたことだから自分が出ますということで出たわけでございますが、ただ、お話のとおりに、本人としては私のやったことであるから私がおわびするという態度で出たわけでございます。しかし、その間どういう印象をお持ちになったか存じませんけれども、本人としてはそういうような非礼は、非常に礼に反したことについては心からおわびしたはずだと私は考えております。本人もそう申しているわけでございます。ただ、そのときのあとのいろんなお話でどういう印象を受けられたか、これも、私はよくわかりませんけれども、一応帰りぎわには先ほど申し上げましたとおりに、みんな御了承を得たような気持でおったようでございます。
 後段の問題につきましては、先ほどもお答え申し上げましたが、両陛下なりその他の皇族が地方にお出になりまして御激励になったり御奨励になるというようなこと等の場合、その間にやはり国民と非常に親しまれるというお気持でおられますことは、これはもうそのとおりでございまして、私どももそのお気持が通るように努力することが宮内庁としての大きな問題だと存じます。お出かけの先は、非常な屋外でいろんな人が近くまでお迎えしているときもございますし、屋内でも、たとえば晴海埠頭のような大きな建物にいろいろの人が入っている場合もございます。それから今度のような、展覧会のような特に限られたところで整理しているようないろんな場合がございます。過去に、私どもの経験ではお近くまでいろんな人が飛び出した例もございます。それから非常に輪を作ってお迎えしているときに両陛下がお着きになりまして、私どもあんまりおそばにおりますと、お待ちいただく人たちもなかなか御様子をうかがうことができなくなりますので、私どもはその輪の辺で足をとめてみんながお迎えできるように心しているわけでございます。中には写真がありますと、特に前に出てきて手をあげて合図をして写真をとろうといたしましたり、出るために私自身がわき腹を突かれたこともございます。いろんなケースがございますので、その取り扱いについては場合々々で非常に苦心の要るところでございます。そういうようなわけでいろんなケースがございますから、ただ固まった考え方でなくて、その場合に合うやり方をすべきものだと私どもは考えております。常識的にやらなきゃいけないものだと考えております。そういうことにつきまして、やはり宮内庁の古い人たちにつきましては、いろいろ新しい時代に合わせるように研修制度もとっておりますし、事に触れて研究してもらうとか、いろいろな留意はいたしておりますけれども、まあ、多くの場合に若干のやり過ぎがあり、不行き届きというものが起こることは、どうもやむを得ないこともございます。しかし、そういうことが小さなことでもあっては、両陛下の、皇室のいろいろなことに影響いたしますので、小さなことといえどもそういうことがありますれば、私どもは一々反省をして直していくように努力をいたしているつもりでございます。まだ至りませんけれども、皇室としてはそういう点が非常に大事なことだと私も考えます。今後もそれに努めたいと考えておるわけでございます。
#20
○加藤シヅエ君 長官の御説明によりまして、いろいろの違った場合があって御苦心をしていらっしゃることもよく私も了解できます。ただ一つ申し上げたいことは、当該事務官のされました行為は、翌日村山夫人をおたずねしたときに、個人として来たのだと、そして個人として謝罪をするというようなことを当該事務官が申されたそうでございますが、いやしくもそういうような供奉という任務を担当して行なったことは、これは個人的な行為であり得ないわけでございますから、それを個人として来て個人としておわびをするということでは済まされないわけでございまして、これはやはり、どうしても監督の任にあられる長官の御責任であると私どもは考えるわけでございます。したがいまして、非常に御責任が重いわけでございますが、この事件を通じまして、どうも一般に何か暴力というものに対してはっきりした宮内庁長官のお考え方というようなものがはっきり発行されませんと、何か、ある場合には暴力を使ってもやむを得ないんだというふうに思っているんじゃないかとか、女性は特に出しゃばってはいけないと宮内庁は考えているんではないかとか、まあいろんな憶測が広まるわけでございます。今、日本では、小暴力というものに対しても、大衆がそんなものを見て見ぬふりをするというようなことをしないで、小暴力でも暴力は絶対にいけないという考え方を広めたいという国民的な運動が起こりつつある際でございますから、やはり長官としても、これを単に、ちょっと手が触れたらたまたま相手が老婦人であったから手が触れた程度でも骨折があるというようなことではなくして、これは長官がそうおっしゃったことでないことはわかりますけれども、そういうような言葉をお繰り返しにならないで、やはりいかなる場合でも暴力というものは遺憾なものであると、そういうものは絶対に宮内庁では否定する考えの上に立つというはっきりした御表示があってほしい、私はこう考えまして、もしその御所見が承れましたら承って、私の質問は終わりたいと思います。
#21
○説明員(宇佐美毅君) ただい薫の御質問でございますが、もとより暴力というものに対しまして何ら是認すべき根拠は一つもございません。特に皇室のお立場というものを考えますと、私どもがその事務をあずからしていただいている場合におきまして、皇室がほんとうに平和ということを中心にお考えになっているとすれば、どんな処理につきましても、暴力、あるいは暴力めいたことをいたすというようなことは、絶対にあってはならぬというふうに考えるわけでございます。いろいろな場合に、過去におきましても、飛び出して陛下のおからだ近くになったときもございますけれども、これは側近護衛の人がおりまして、側近護衛の人が、皇宮警察の人がいたしますけれども、あるいはときには私どももからだを出さなきゃならぬ場合もあるかもしれません。そういうのはまあ特別な場合といたしまして、一般の国民に接する場合において、ちょっとでも手を上げる、からだに触れてどうするというようなことは避けなきゃならぬ。緊急のようなことが起これば仕方ございませんけれども、そこはやはりそのときの情勢判断によって考えなきゃならぬと思います。ただいまお述べになりました点につきましては、私どももそう考えますし、なお、宮内庁、たくさんおりますが、そういう者にもよく徹底するように今後も努めたいと考えます。
#22
○戸叶武君 この村山朝日新聞社長夫人の負傷した事件は、私たちは週刊新潮――これは五月十三日発刊の週刊新潮で初めて知ったのでありますが、事件が起きたのは三月二十二日です。その間に、たしか五十三日ぐらい経過していると思いますが、人のうわさも四十九日と言われていますが、それよりも距離をおいたこういうときに、こういう問題が問題として取り上げられてきたというのは、結局そういうことが日本の新聞に載らなかったからであります。それから、日本の新聞に載らないだけでなく、その週刊新潮の記事というものも、UPI通信の特種として、ホーブライト副社長兼極東総支配人署名入りで発せられたもので、それが英文のザ・マイニチ・デーリー・ニュース、これに四月の二十六日に載っており、外国の新聞には当然特種記事としてこれは載っていると思いますが、それが週刊新潮には、東京情報という形で逆輸入された形なんです。こういう記事が日本の新聞に取り扱えないで、外人の記者で、日本で取り扱うときには英文の新聞で、外国ではみな話の種になっているが、国民には一つも知らされない、こういう結果が今生まれてきておりますが、こういうことになると、何か外国でも、日本の新聞の報道というものに私は疑惑を持つと思うのです。不信感を持つと思うのです。何か手が加えられているのじゃないかという感じが私は出てくるのだと思いますが、まあ今宇佐美長官の説明の経過を聞くと、問題の診断書が出て、レントゲンにはっきりその骨折のことが証明されてから後、問題の重大性というものを宮内庁でも確認したようでありますので、その間に間がありますので、そういう形でニュース価値がなくなって、あるいはニュースに取り扱われなかったのかもしれませんけれども、何か宮内庁なり、あるいは内閣のほうからでも手を回して、記事にしないようにというような一つの手心が加えられたのか。それとも、こういうことは宮中に関する記事――これは直接皇室に関係はないのですが、記事をうっかり取り扱うと、新聞には暴力団がなぐり込んだり、いろいろなことをやるので、新聞がそういうことにちょっとおののいている習性があります。そういうところの欠陥がここに現われたのかどうか。とりあえず宇佐美長官からは経過の説明はありますが、どうしてこれが新聞に報道せられなかったかという経緯を、御承知であったらお知らせ願いたいし、あるいは知らないというふうに答弁するのが、まあこれは一番官僚的な習性だと思いますが、いずれにしてもそのことの御答弁を願いたいと思います。
#23
○説明員(宇佐美毅君) この事件に関連いたしまして、朝日新聞社はもちろん、その他の報道機関に対して、宮内庁から記事を書かないでほしいというようなことを話したことは一度もございません。そういうようなことは絶対にございません。これは各社の判断によって措置せられたことだと私は思います。朝日新聞がどうして書かないかということも私どもは問い詰めたこともございません。やはり私の察するところでは、ちょうど話し合いの途中でもございますし、自分の社に関係されたことでもあるので、そういう措置をとられたのかもしれません。これも推測でございます。私どもが特に書かないでほしいと申し入れたことは一度もございません。はっきり申し上げておきます。
#24
○戸叶武君 新聞は村山社長個人の所有物でなくて、社会の公器です。そういう事実は、社長夫人であろうが、小使さんであろうが、新憲法のもとにおいて何ら差異を新聞はすべきではないと思います。宇佐美長官の個人的な見解によると、各社の判断によって書かなかった。それは話し合いの途中であり、かつまた朝日としては自分の新聞に関係したことだから遠慮したのではないかというような御推定をしておりますが、あるいはそういうこともあるのかもしれません。しかしながら、これは新聞記事の方法論のABCでありますが、いつどこで、だれが、何をしたか、この四つの柱を中心として新聞記事ということを追求するときに、三月二十二日朝日新聞、国立博物館共催のエジプト美術五千年展で、天皇、皇后両陛下がおいでになった際、朝日新聞社長、村山長挙氏夫人藤子さんを宮内庁職員が負傷させた、これは最近経過の中で、朝日新聞のいつの夕刊でしたか、おとといですか、夕刊に記載されておりますが、これは四つの柱にみな適合しておって、しかもこれを載せる載せないは別問題として、ニュース価値はあります。問題点は朝日新聞の事件の経過を説明した記事によると、「村山夫人は、第三室で両陛下の後に従っていた村山朝日新聞社長に近づこうとして進み出た。あわてた土田宮内庁総務課宣旨係長がそれを制止しようとしたことから不測の事故となった。」との報道です。非常に慎重にあとから書いたので、慎重に文字も使っておりますが、問題点は不測の事故です。この問題点の不測の事故に対して、加藤さんが長官に対して繰り返し質問しておりますが、宮内庁の見解というものは、これは世間に通用しない非常識な見解だと思うのです。私はその見解の非常識さというものを、あなただけでなくて、これは宮内庁の今のお役人さんに共通した一つの見解となっているところに、私は心配でならない点があるのであります。衆議院において、同僚議員から質問があったときの瓜生宮内庁次長の答弁でも、「宮内庁病院長の話では、六十才過ぎた人の場合はちょっとしたことでロッ骨にひびがはいるような例はあるということだ。」という見解を引用しております。すべて責任を他に転嫁しておりますが、あのレントゲンの写真も加藤さん持ってきておると思いますから、長官にも見せたほうがいいと思います。この参議院におきましては、参議院内で、院内に起きたできごとでありましたが、やはり軟骨が折れたということだけでもって、第三者から告訴されて裁判事件が起きて、同僚の社会党議員は非常に苦労したことがあるのであります。あのレントゲン写真を見ると、軟骨だけではないようです。よくそれは見てもらったほうがいいのですが、問題が起きたときに、問題の真相というものを当事者間において十分に究明することなしに、宮内庁だけの、宮内庁はこれを見もしないで、医者の言うことや何かを引用し、そうしてこれをあたかも一般常識のごとく弁解の辞に使うというような非常識なやり方というものは、世間に通用しません。これは宮内庁長官も次長もこれを引用しているから、一種の宮内庁的な非常識の常識という定説があるかもしれませんが、こうしたところに問題をこんがらせた原因があると思います。やはり加藤さんも最後に言いましたように、その制止して、それが行き過ぎて胸に強く当たって、相手に傷害を与えたという人だけに責任を転嫁するのでなくて、問題が起きたときにその責任というものは長官が自分でかぶって、そうして問題の解決に当たるという態度が宮内庁長官としての任務ではありませんか。これに対する宇佐美さんの御見解を承りたいと思います。
#25
○説明員(宇佐美毅君) 正式のお出かけの際に起こったことでございますので、もちろん部下のいたしましたことにつきましては、私が最終的に責任をとることはもとより当然でございます。そういうことで、ただ先ほど申し上げましたとおりに、初めのころは御了承を得たと考えておりましたが、事態が非常なことになりましたので、私からも直接おわびもし、お見舞もしょうということで、朝日新聞社のほうとも十分連絡をとって私はいたしたつもりであります。決して私自身責任をのがれるつもりはございません。
#26
○戸叶武君 その当事者が翌日かけつけたというのは、まさか当事者としては一応恐懼して、恐懼というのは、相手よりも累が宮内庁長官に及んではたいへんだと思って、個人の責任において、個人の資格においてというようなことに力点を置いて硬直した姿勢で相手に対処し、相手がどういう傷害を受けたかというようなことの究明よりも、一応とにかく責任を自分がかぶるというような形であいさつに行こうというような、非常に私は気の毒な心境だと思う。そういうふうな何といいますか、卑屈性の中に宮内庁の職員というものを培っていくということは、やはり上が責任の重大に硬直して、大らかな気持を持って職員をやはり民主的に育成していないという一つの私は証拠になるのではないかと思うのです。この問題はやはりこの社会がどう受けたかというところが非常に問題になるのですから、社会から隔離している別天地における宮内庁においては、この際社会の受け取り方というものをもう少し私はやはり突っ込んで知ってもらいたいと思うのです。これは宮内庁だけじゃなくて、私は朝日新聞も非常に批判の対象にされると思うのです。まあ自分のところの社長の夫人だから遠慮しなくちゃならないとか、あるいは問題がさっきあなたが推定したように、まあ話し合いの途中であるし、あるいはいろんな問題が、トラブルが起きてはいけないからということもあったかもしれませんが、とにかくあの朝日新聞の経過の記事を見ますると、あの診断が出てから宮内庁側と交渉をやっております。その交渉に当たったのは木村朝日新聞本社編集局長です。これは三月二十九日ということを書かれておりますが、そして「宮内庁側は1重ねて陳謝する2土田係長を処置する3総務課全員に厳重訓戒する、と約束した。」とのことであるが、そのときにもこの不測の事故であるという判定の上に立っておるのです。やはり不測の事故かもしれません。それであれは新聞記事にしなかったかもしれませんが、新聞社の編集局長というのは編集の最高責任者であります。事件としての交渉の当事者となっておるが、この新聞へ掲載のほうに対しても当然その責任をとったと思うのですが、そこいらに対してはやはりこれから若干私は世間の批判も加わると思うのでありますが、さらに問題は、この問題化したのが五月十三日発刊の週刊新潮であり、しかもその週刊新潮はSPIの特派員のヤン・デンマンが「東京情報」として提供しておるのでありますが、しかもその記事の出どころというものは、UPI通信の特種としてホープライト副社長兼極東総支配人の署名入りの記事であります。その冒頭において「日本の指導的日刊紙、朝日新聞の社長村山長挙氏の夫人は、天皇、皇后両陸下が臨席したエヅプト美術展特別鑑賞会において、宮内庁職員になぐられ、ロッ骨二本を折る負傷をした。」こういう記事が書き出しであります。それからザ・マイニチ、デイリー・ニュースのほうにおいては、バイオレンスという形で英字は取り扱っております。この点が、女性にバイオレンスを加えたという点において、加藤さんがやはり心配していることと思いますが、外国においてはこういうことは皇室関係においても皆無だと思います。来年はオリンピックが開かれるので、天皇、皇后両陛下はいろいろな会合に出られるのではないかと思いますが、これでは六十才以上の婦人は、外国婦人なんてこわがって、とにかくもう寄りつきません。こういう考え方が宮内庁の長官なり次長なりに公然として披瀝されて、反省したという言葉はあるが、実質的において反省してないでいる以上は、これは私は今の宮内庁の人々の頭の切りかえをやらないと、私は日本国内はあまり知ってないですが、外国中に知れ渡ったこの事実によって、日本の宮内庁の職員というものに対する不信感というものはぬぐうことが私はできないのじゃないかと思うのです。しかもこの週刊新潮の中においてはこれだけの問題を取り扱っていないのですよ。やはりヤン・デンマンの中に紹介されているのには、「たとえば、両陛下が三十五年に熊本の国体に出席したときは、宿舎の前のビルの非常階段は、宿舎に向いているからというので閉鎖させられた。そして道順に沿った商店街、オフィス街には、「三階以上の窓からのぞいてはいけない。室内の見苦しいところをお見せしては、お目を汚すからカーテンをつけろ」という布告がだされたそうだ。」こういうことが外人記者によって書かれています。戦前と同じような逆戻りがこのごろは憲法改正の問題とからんで横行しておりますが、そういうようなことはあるのですか。
#27
○説明員(宇佐美毅君) 今熊本の例をお引きになりましたが、私どもからはそんなこと県なり警察のほうに申したこと絶対にございません。その記事は宮内庁がやらしたような意味でありますれば絶対の間違いでございます。
#28
○戸叶武君 もうすでに加藤さんから十分いろいろお聞きになっておりますから、繰り返してこれ以上時間をとる必要はないと思いますけれども、このホープライト氏なり、ヤン・デンマン氏なりのやはり見解の中に現われているものは「ボデーガードが国民をつきとばすのは天皇尊敬のあらわれであり、つきとばされた国民がだまっているのも天皇尊敬のあらわれ、ということになるが、そうした傾向が激化すれば、皇室と国民の間にミゾが生まれないものでもない。そして、そのときいちばん悲しまれるのは、天皇陛下だろう、とわたしは思うが!」という言葉で結んでおります。なかなか外人でありますが、日本を理解し、ジャーナリストとしての勘を持って急所を私はついていると思うのですが、外国の一ジャーナリストが、やはりこういう好意的な警告を浴びせなければならないほど、私は今のこの宮内庁のあり方やなんかにおいては、非常に古ぼけたものが私は内在しているのだと思うのです。たまたまこれは先ほど加藤さんも言われたように、村山夫人をめぐる問題だから表に出たのだが、このほかにいろいろこういうことをやられても泣き寝入りしている者が多いんじゃないかということをやはり外国人すらも感ずるほど、私は暗い感じというものが世間の一隅にでもやはりひそむということは不幸なことだと思います。今回のことは私はおくればせながら表面に出てよかったと思うのです。だれを罪するとか罪しないとかいう追及を私はやっているのではないのです。だれの責任をとれということだけを追及しているのではないのです。宮内庁みずからがもう少し、私はさっきを言動を見て、ああ世の中にはこういう非常識な答弁というものも通用するのだなあということを感じて非常に私は慨嘆しました。これは私だけじゃないと思うのです。内閣委員会各位というものが、やはり宮内庁というものはずいぶんわれわれと距離のある感覚だなあ、うっかりかけ寄ることはできないぞという感じを受けたと思うのです。国民の中の天皇です。新憲法の中における象徴という形で表現されておりますが、もっと私は親しみを持ち、もっとあまり変なところに力こぶを入れないで、そうして国民の中にとけ込むという姿勢を、イギリスの皇室以上に日本の皇室はしなければならない大きな私は今転換期じゃないかと思うのです。そういうときに、このことが偶然にでもあったということは不幸中の幸いです、表に出たということは。このことを通じて私はもっと宮内庁も反省してもらいたいし、それから日本の新聞のあり方というものも、事を荒立てるというのではないですけれども、とにかくプライバシーを侵すということはいけないことかもしれないですが、いろいろなことに名をかりて、この皇室に直接関係がないような宮内庁職員の始末であろうが何であろうが、そういうことでもうっかり触れたらたいへんだという感じをもしもかりに抱くとするならば、これは私は非常に不明朗なものが全部につきまとってくると思うので、この際においては、報道機関も私は反省するだろうと思いますが、それ以上に、やはり問題の出どころは事件が起きたときの態度ですから、あとになって、それはわかったのだと言いますけれども、あの態度が、とにかく責任のがれをどうやってやろうかという形、それからそういうところでもってざっくばらんに、率直に問題を解決しようという態度でないから問題はこじれてきたのですけれども、こういう点からして、私は宇佐美さんにしても、瓜生さんにしてもあなたたちの言動というものが社会に響くんです。私はこの五月十四日の朝日新聞の報道記事を読むまでは、私は、これほどきびしい警告をあなたたちにしたくなかったのですが、この記事を読むと、事実の真相を知らないで読むと、宮内庁の言ったことだけが全部正しいような錯覚に国民は陥ります。新聞が、しかも、これに対して受け身であって、何らの真実性を追求しようとする気魂もここにおいては見出すことができないのは、私は非常に残念だ。少なくとも、国会は、一つの今転換期における、あらしの中にある、日本における皇室のあり方、皇室のあり方よりも、そのまわりにあるところの宮内庁のあり方というものには深い関心を寄せております。これは私たちの警告というよりは、一番、宇佐美さんが私は心痛されているので、それ以上どうこうと言いませんけれども、これは宇佐美さん一人の頭の切りかえをしたのではどうにもならない。やはり、社会から隔離されているところにある人々の常識を、離れたところの非常識の常識というものを、もっとやはり私は時代に即応するように切りかえてもらうように、全部の人が心がけてもらいたいと思うので、そのことを宮内庁長官に私は希望いたします。
#29
○山本伊三郎君 私、この問題については触れないのですが、先ほど、宇佐美長官が戸叶委員から言われた熊本の行幸の際に、三階以上からのぞいたらいかぬというような問題は、絶対にそういうことはないと宮内庁は言われているけれども、この前、瓜生次長もそういう答弁です。ところが事実はそうではないのです。私も経験がありますが。三階以上ではなしに二階から歓迎してもいけないというのが、各県の警察本部の取り締まり方針です。したがって、この点を私は言わないんです。そうしなければ取り締まりができないならば、私はそれで徹底して、はっきり、公示したらいいと思うのです。でないと、一般国民も非常に迷惑するんです。それで、私はいい悪いは別として、もしそういう方針であれば、少なくとも行幸の際には、高いところから見おろして、歓迎することは、これはいけないのだ、こういう方法を私は確立しておいたほうが、むしろいいと思う。それに私は反対論がありますけれども、むしろ、そうされたほうがいいと思います。私の経験もあるんです。非常に警察が厳格に、われわれだったからああいうことで済んだんでございますが、一般の国民であれば、もう罪人扱いで追っ払うということで、強制的に窓を締めさせてしまう、こういうことをやっているんですよ事実。したがって、私は宮内庁の責任だと言わないのです。これはやはり、政府のほうと、はっきり行幸の際の取り締まり方針はこうだということを、やはり宮内庁は、そういう意思でなければ、そういうことをやってもらっては困るのだということで、そういうことを除去するか、それとも、そういうことは宮内庁の責任でない、権限でなければ、政府からこうするのだという方針をはっきりさせられたほうが、私はいいと思うんです。長官はそういうことをやっておらないと言うが、宮内庁はやっておらないと言うが、事実やっておるということについて、宮内庁長官としてどう考えられますか。これは聞いておきたい。
#30
○説明員(宇佐美毅君) 地方にお出かけのときの警備取り締まり等は府県あるいは警察当局が計画を立ててやっておられることでございまして、一々詳細な御連絡はもちろんございませんけれども、私どもは目に触れましてどうかと思う点は、警察当局にも希望として申し述べたことはございます。
 で、熊本のことで思い出しましたが、ちよどお供しているときに、カメラマンが電柱に上がっておりましたら、奉迎者からおりろおりろというような声がかかって、あれはどういうわけだと不思議に思ったことはございます。そういうことはございますが、気づきましたことは、私どもも警察当局とも十分な連絡をとるということで、今はときどき連絡会議を開いて、こちらで耳にしあるいは気づいたことも申しておりますし、向こうからの希望も開いてやっておるわけでございまして、御指摘の点は今の時代から見て行き過ぎのない、たとえば鉄道なんかでも、通過の際にすれ違いのときに、反対側の汽車の窓を締めさせるというようなことがございまして、その必要がないではないかという申し入れをしたこともございます。そういうわけで気がついたことはなるべく申し入れをして、ほんとうに喜んで国民がお迎できるようにしたいと私ども考えておりますし、今後も努めたいと思います。
#31
○山本伊三郎君 その答弁はこの前もお聞きしたんです。
 私、言っておる趣旨というのは、最近たびたびお出かけになる機会が多うございますから、気づいたらどうではなしに、現実にそうなっておるんです。これはまたやがてどこかに行かれると思いますが、地方に行かれたときに、それはむしろ警察のほうがよく知っておると思う。しかし、この前、いつだったか兵庫に行かれたときだと記憶しておりますが、警察当局に言ったんです。そういう取り締まり方針というものが政府の方針であるか宮内庁の方針であるかといったら、その当事者は、いや私はそう言われておるからそうやっておる。もちろんそうだと思うのです。現場の警察官はそうだと思うのです。したがって、私はここで特にお願いしておきたいのは、気がついたときではなくして、天皇が御旅行をされるときにはこういう方法で歓迎するんだということを一般国民に知らせてほしいというのですよ。二階以上はだめなんだ。二階からテープを投げようとしてそれこそたいへんな騒動が起こったこともある。そういうことをやってはいけないのだ。こういうことを知らせていただきたいというのが、私の趣旨なんです。そういうことかできるかどうか、こういうことなんです。
#32
○説明員(宇佐美毅君) いろいろなことがあると思いますが、私どもとして、二階からお迎えしてはいけないというようなことは申したことはございません。しかし、現実にそういうことがございますれば、よく警察当局と連絡いたしたいと思います。
#33
○委員長(村山道雄君) 他に御質疑はありませんか。他に御発言がなければ、本件の調査は本日はこの程度にとどめます。本日はこれにて散会いたします。
   午前十一時三十八分散会
ソース: 国立国会図書館
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