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1962/05/17 第43回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第043回国会 法務委員会 第13号
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1962/05/17 第43回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第043回国会 法務委員会 第13号

#1
第043回国会 法務委員会 第13号
昭和三十八年五月十七日(金曜日)
   午前十時五十一分開議
 出席委員
   委員長代理 理事 林  博君
   理事 唐澤 俊樹君 理事 小島 徹三君
   理事 田中伊三次君 理事 坂本 泰良君
   理事 坪野 米男君
      上村千一郎君    小川 半次君
      小金 義照君    竹山祐太郎君
      千葉 三郎君    馬場 元治君
      赤松  勇君    松井 政吉君
      田中幾三郎君
 出席国務大臣
        法 務 大 臣 中垣 國男君
 出席政府委員
        法務政務次官  野本 品吉君
        検    事
        (刑事局長)  竹内 壽平君
        法務事務官
        (矯正局長)  大澤 一郎君
 委員外の出席者
        専  門  員 櫻井 芳一君
    ―――――――――――――
五月十七日
 委員片山哲君辞任につき、その補欠として田中
 幾三郎君が議長の指名で委員に選任された。
同日
 委員田中幾三郎君辞任につき、その補欠として
 片山哲君が議長の指名で委員に選任された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 法務行政及び検察行政に関する件(死刑確定者
 の処遇問題等)
     ――――◇―――――
#2
○林委員長代理 これより会議を開きます。
 本日は委員長が所用のため出席できませんので、理事の私が委員長の職務を行ないます。
 法務行政及び検察行政に関する件について調査を進めます。
 質疑の申し出がありますのでこれを許します。坂本泰良君。
#3
○坂本委員 本日は法務行政に関しまして、先日質問要綱を差し上げておきましたが、熊本地方裁判所八代支部に再審の申し立て中の福岡刑務所在監者の免田栄の件について御質問をいたしたいと思います。
 その前に、法務大臣もお見えになっておりますし、多少そのいきさつを申しませんと、御答弁のニュアンスの変わる点もいろいろあるだろうかと思いますから、かいつまんでその要点を申し上げておきたいと思います。
 この免田栄は、すでに十四年間刑務所に入れられておりまして、最初から無罪を主張しながら、いま再審の申し立てをなし、それが熊本地方裁判所八代支部で受理になりましたが、検察側の抗告によりまして、福岡高裁で理由なく取り消され、いま、さらに新しい証拠をつかんで再審の申し立てをいたしておるのであります。しかもその新しい証拠というのが、検察側が紛失したか、出されなかったか、そういうので非常に再審の審理の構成に対して困難を生じておるわけでありますが、ぜひひとつ検察側も、真に誤判であれば再審を受理して、吉田石松氏のように、やはり無罪となるようにしてやるべきである。これは八千数百万のわずか一人だとは申しましても、やはりこの一人の人命を、法の誤解により、あるいは裁判の誤りによって、これをなくすということは、これは法治国家として重大な問題でありまするから、そういうお気持で、やはり法務省は国民の信頼のある法務省である、そういう大きい襟度をもってひとつ御答弁を願いたいと思います。
 この免田栄というのは、熊本県球磨郡免田町の者でありまして、日本三急流の一つといわれる球磨川の上流で、いまなおクマやイノシシが出るという山奥のこの村に生まれて、この村に育ったいなか者であります。昭和二十三年といえば、いまから十五年前でありまするが、十二月の二十九日の夜、熊本県人吉市の、いわゆる祈祷師殺し事件といって、世の中を騒がせた強盗殺人事件であるのであります。事件発生当時は免田栄は二十三才の青年でありましたが、いまや獄中十四年間、不安と焦燥が深く額に刻まれまして、頭髪には霜をまじえ始めまして、三十七歳の中年者であります。本員は、数年間に前後二回面会をいたしましたが、柔軟な態度、言語等からして、こんなおとなしい人間が強盗殺人犯ということで死刑に問われ、そうしていまなお無罪を訴えておる。こういう青年を、十四年もどうして拘禁をしているのかということで、こちらがその人間と接して驚くほどであったのであります。本員も青年教育ではいささか経験を持ち、三十年も弁護士をやっておりますが、この免田栄を見まして、これが死刑囚の極悪犯とは絶対思えない、そういう感じを持ったものであります。その後いろいろと調査をしますと、裁判や検察庁の取り扱いに疑問が続出するのであります。
 その二、三を申し上げますと、第一は、お金や物をとられたはつきりした証拠はないのであります。現場には凶器と思われる、熊本ことばで言えばぐにゃっとした血まみれのさしみぼうちょうが一つ落ちているばかりで、犯人の指紋らしいものは残っていなかったのであります。人吉警察署は直ちに非常体制に入りまして捜査本部を設け、八方に飛んだ刑事連は、暮れも正月もなく猟犬のように情報をかぎ集めたのであります。地元の不良ではないか、こういう見込みをつけまして、怪しい男はシラミつぶしに調べ上げたのであります。現在警視庁や埼玉県警が吉展ちゃん誘拐犯人、それから中田善枝高校一年生の殺人誘拐犯人、この捜査にやっきとなっておるわけでありますが、怪しい者をシラミつぶしに調べていますが、まだまだつかまらない。捜査当局もやっきになれば、どんな間違いを起こすかわからないのであります。あまりあせって間違いを、免田のように起こしてもらいたくないのであります。しわすの二十九日のできごとでありますから、正月になりまして一週間もたったころ、あせりを感じ始めました。捜査本部は有力な聞き込みの情報が入ったのであります。それは、元日の朝に八代郡の宮地町、当時は村であったかもわかりませんが、ここにおるところの村上キクエというばあさんのうちに、熊本県警の刑事と称してたずねてきた者が、人吉市の強盗殺人事件の話をしました上に、おまえさんの娘の文子は人吉の丸駒という特飲店におるだろう、実はその子のことで尋ねるが、自分は文子が好きになり、借金を払って請け出したい、こういうような話をして帰ったそうであります。そこで怪しんだ文子の母親が、翌日村の駐在所に届け出て、このことが捜査本部に伝わって、怪しいにせ刑事だとみんなが色めき立ったわけであります。そこで刑事連中の苦心の結果、この男は、人吉駅から三つ目の駅である那良口駅、ここの駅から二、三時間も川沿いに林道――山ですから林道をのぼった一勝地村に向ったということがわかりましたから、五人の刑事が、おっ取り刀と申しますか、いまじゃピストル、警棒をおっ取りで一勝地に向かいまして、昭和二十四年の一月の十三の午後九時ごろ一勝地村字那良口伊藤オイチ、このうちで、そこのうちの次男と談笑していた軍隊服の男をつかまえたのであります。この男が免田栄であるわけであります。刑事たちは、おろおろしている免田にピストルを突きつけて家の中をくまなく捜索しました。もちろん刑事たちは逮捕状も捜査令状も持っておりません。新刑事訴訟法は二十四年の一月一日から施行されていて、こんな乱暴はできないわけでありますが、そのころいなかの警察では、このくらいのことは朝めし前であったのであります。すなわち、逮捕状も捜査令状も何もなくて逮捕した。そしてその伊藤オイチという何ら関係のないところの家宅の捜査をした。免田はその場で衣類をはぎ取られ――この衣類があとで問題になる、検察庁が出さない。あと重大な関連があるわけです。それから仕事用のなたを取り上げられたのであります。免田は山の仕事をしておりましたから、なたを持っていたわけです。このなたが、判決では没収になっていないのに検察庁は廃棄したと言っているのであります。この点はあとで詳しくお聞きします。それから免田栄は約十キロ、二里半の山道をピストルでこづかれながらふもとまで歩かせられ――球磨郡は御存じのように熊本県と宮崎県の境でありまして、酷寒の地であります。東京あたりよりずっと寒い。身を切るようなこがらしの中を五人の刑事にものものしく取り巻かれて下山をして、二里半も山を下り、自動車で人吉署に連行されて、着いたのは翌十四日の午前一時過ぎであります。表面は免田の自発的な任意同行ということにされていますけれども、絶対そうではないのであります。一睡するひまもなく激しく追及されまして、さんざんどなられたり、こづかれたり、け飛ばされたり、相当やられたのであります。新刑事訴訟法の時代であります。そうして、殺人事件のことはたれから聞いたかと、暗に人吉で発生した殺人事件について自供を迫られたのであります。そうして四時に終わっております。まどろむひまもないのであります。もう午前九時ごろからまた調べが始まっております。これは言語に絶する巧妙な拷問が繰り返されたと想像できるのであります。でありますから、もう十時過ぎには調べ室で机の前にうつ伏せになったまま寝てしまっている。翌十五日も十六日も激しい取り調べが続いて、事件前後の免田の足取りを追及し、そこに突破口を求めようと刑事たちはやったのであります。殺人など思いもよらない免田が正直に述べることはことごとく刑事連の意に沿わないのでありますから、相当な拷問を受けているのであります。私も面会してこの片りんは免田自身から聞いているのであります。この点は、明日熊本地方裁判所八代支部が再審申し立てによりまして福岡刑務所に出張して本人審問をすることになっているのであります。本員もこれに立ち会いますから明らかになると思うのであります。免田は頑強に否認をしまして、一まず殺人による逮捕はあきらめまして……。(発言する者あり)ただ形式上あらわれたことでやってはだめです。一まず殺人による逮捕はできなかったわけであります。そこで、窃盗による逮捕状をとった。そして隣村で起きたもみや玄米の窃盗事件として、それを免田がやったということで逮捕状を求めたようであります。ところが、これも証拠が薄弱なものでありますから、薄弱な根拠では勾留することもできないというので、一月十六日の午後二時半に一たん釈放している。そうして、さんざん拷問を受けて、警察からとぼとぼしばらく歩いたところで再逮捕している。そうして、その再逮捕によって刑事の言うままに自白をして、一たん自白をした免田はだらしがなくて、検察庁でも警察の言ったとおりに認めておるのであります。そこで、昭和二十四年一月二十八日、住居侵入、強盗殺人、同未遂、窃盗というので熊本地方裁判所八代支部に起訴された。ところが、この裁判がまた三転、四転いたしておりまして、二十四年の二月十七日に第一回の公判が開かれて、この際は罪状を認めている。第二回公判では丸駒の接客婦村上文子というのが証人に出ております。これは十二月三十日午後九時に来て、一泊して、三十一日朝七時に帰ったので、一緒に寝た、こういうことになっております。そこで、アリバイはなくなりましたけれども、三回の公判で裁判官が被告人尋問をいたしますと、自分は二十九日夜丸駒に泊まって寝ていたんだから、現場には行っていない。こういうことになったわけです。そこで裁判所もまた、ほんとうはこのときで審理の終結をしようというようなのでありましたが、そうできずに七月十五日に村上文子の再尋問をやっております。そうすると、そのときの証言は、二十九日の晩から三十日の朝まで泊まって一緒に寝ていた、こういう証言になって、それからいろいろと免田のアリバイについて検討をいたしまして、さらに一年かかりまして二十五年三月、死刑の判決をやっておるのでありますが、主要な点は、最初の証言を裁判所が信用をして、次の第五回目の証言をとらなかった点が中心になっておる。
 そこで判決を見ておかしい点は、被告人の着衣を証拠に引いていない。相当なぐったのですから、返り血を浴びまして血まみれになったのを洗ったというのが検察側の主張なんです。血まみれになった着物を洗った、だから衣類には血がついていない。ところがこの着衣は、われわれも専門家で、小島先生も専門家と思いますが、このような事件については、着衣は大切な証拠品であります。これが証拠に引いてないわけですね。これはおそらく鑑定の結果が、血痕の付着がない。逮捕するときにはぎ取った衣類に血痕がない。だから結局出せなかったのだ。これがあとで証拠品を返さないところの原因になっておる。そのほか凶行の動機とか誘因が唐突であること、やはりこれはうその自白でありますというような疑問。それからもう一つは、窃盗、殺人のだき合わせ、こういう点からいたしまして、有罪の判決がおかしいのであります。そういう点からいたしまして再審の申し立てをやったわけであります。
 この再審の申し立てにつきましては、先ほど申しましたように八代支部では申し立てについて非常に詳細に調べまして、そして当時の西辻裁判長は、これはあやしいというので再審受理の決定をいたしまして、死刑の執行の停止になったわけであります。そこで検察側は抗告いたしまして、そしてその抗告の途中に検察側はまた古い証人を調べ直して、そして有利な証言をとって福岡の高等裁判所に出した。ところが福岡の高等裁判所は、さすがにそのあとから出された証拠は採用せずに、新しい証拠がないという一片の理由で再審の受理を取り消しておるわけです。そこで最高裁に参りましたが、手続の点等もありまして、抗告棄却になりましたから、再び再審の申し立てをいたしました。そうして法務省に対しては減刑の嘆願書を出しまして、少なくとも無期懲役にしてもらいたい。これはいなかの学校友だち、友人、村長以下全部こぞって嘆願の署名と一緒に三十七年の一月十六日に二度目の減刑の上申をしまして、この際には、川村継義代議士と私とそれから野田弁護士と代表いたしまして、これは係の局長にお会いしまして提出をしておるわけであります。そういうような状態になっておるのでありますから、この事件はまことに気の毒な状況でありまして、ひとつ今度の再審についてはぜひとも検察庁の面目なんかにとらわれずに、冤罪をなくするという大きい気持で向かってもらいたいと思うわけであります。
 そこで押収証拠品の上着、それからマフラー、チョッキが行方不明になっておるのでありまして、これは熊本地方検察庁の八代支部に書面であらためて請求をいたしておりますがわからない、こういうことになっておるのであります。ところが、この証拠物についてよく検討いたしますと、三十年の二月九日付、免田栄から返還請求が出ておりまして、十日付の受付になったのであります。これは証拠物返還請求の願いでございまして、これにははっぴ黒が一点、ズボン紺の黒一点、マフラー白一点、地下たび一点、なた一丁、これを請求しておるのであります。
 そこで疑問になりますのは、昭和三十年の三月三十日に、この願い書を出しまして一カ月ばかり後ですが、態本地方検察庁の八代支部から福岡刑務所御中といたしまして、「証拠物返還請求の件について」といたしまして、「貴所在監中の死刑囚免田栄より押収中の左記証拠物の返還方の請求がありましたが、該事件については、未だに事件記録が最高裁判所より送付がなく押収物は未処理であります。且つ押収中の物件は血痕附着の」これはうそですが、「押収中の物件は血痕附着の為腐蝕し物の用にたつとは思われないので本人にその旨を含めて若し不用ならば別紙所有権放棄書を徴して送付願います」いいですか、そうしてやはりはっぴ一点、ズボン一点、マフラー一点、地下たび一点、なた一点、そして所有権放棄書という書類をつけてやっておるのです。ところがこの書類を送りました後には、直ちに――いわゆる前年昭和二十九年五月十一日に再審の申し立てが出ておりますから、それでもうこのときにこの証拠品を処分してしまおうという形跡がここにうかがわれます。いやしくも再審申し立てが出ておるようなときに、片一方のほうで在監しておる本人に対して、証拠物の返還を請求して、そして放棄さしたらどうかというようなことをやっている点に非常な疑問があるわけであります。
 そこでお聞きしたいのは、明らかに昭和三十年の三月三十日までは存在したものが、いまチョッキ、上着、マフラーはないと八代支部では言っておるわけです。どうしてないか。それからなたは還付した。なたは判決によりますと、先ほど申しましたように没収になっていないわけです。ところが現在は廃棄した。こういうようなことを言っておるわけでありますが、この証拠品の問題についてどうしてないのであるか。それからなたをどうして廃棄したか、この点について御答弁を願います。
#4
○竹内(壽)政府委員 ただいまお尋ねの証拠品の処置につきまして、ただいま現地のほうに私のほうから照会をいたしておるのでございますが、今日間に合いませんのでお答えが実はできないわけで、しばらくの御猶予を願いたいと思うのでございます。坂本先生はこの事件の弁護人であられるようでございますので、非常に詳細に内容を御存じでございますが、法務省といたしましては、この事件が確定をいたしましてから、前にもこの委員会で御答弁申し上げたことがあると思いますが、死刑記録の審査をいたすわけでございますけれども、それには記録一切が法務省に送られてまいりまして、中身を審査するわけであります。その審査の過程において、そういった証拠品の取り扱い方等につきましても私どもが承知をするわけでございますけれども、この件につきましては、確定後一度記録がまいったことがあるのでございますが、ほとんど時期を逸せずしてまた再審の申し立てがありましたために、現地のほうへお返しをいたしておりまして、それが昭和二十九年のことでございます。自来法務省にはこの記録は戻ってまいっておらないわけでございまして、当方としましてはそういう記録を持っておりませんので、審査のしようもないわけでありますけれども、そういう次第で、現地のほうに調査をお願いして、その回答を待つ以外に方法はないわけであります。ただいま調査をいたしておりまして、まだ回答を得ませんので、お答え申し上げかねる次第でございます。
#5
○坂本委員 ほかの品物は裁判所に返ってきたのです。いま言いました三点となた、これがないわけですね。これはずっと前からのことであります。しかし、それは至急にやっていただかないと、再審の審理を今日にもするという段階になっておるのですから、二、三日じゅうにでもそれはできるでしょうか、どうでしょうか。これは実は検察庁の八代支部に私ども参りまして、野田弁護人も参りまして、ぜひひとつ出してもらいたいというのでやったが、ないということで、どうしてないかということが判明しないわけです。だから、これがなくしては、いわゆる審理中と申しましても、再審は新しい証拠を出さなければならぬのです。これが一番唯一の証拠である。本件の強盗殺人犯を証拠立てる唯一のこれは証拠ではないか、それが判決にも出ていないし、その後、こういうふうにして再審の申し立てをした後に廃棄しようとした経緯があるわけですね。それで非常に疑いを持つわけなんです。ですから、これは二、三日じゅうにでもやってもらえるかどうか、その点いかがですか。
#6
○竹内(壽)政府委員 二、三日じゅうにできるかどうか、いまはっきりしたお約束がいたしかねるのでございますが、できるだけ早く調査をしていただきまして、この席からお答え申し上げるようにいたしたいと思います。
#7
○坂本委員 これがいわゆる消えた証拠品というので、一番重要な問題ですから、ぜひひとつ出してもらいたい。出さない以上はどういうふうに処置されたかということですね、その経緯をよく調査してもらいたい。免田からはぎ取った衣類というのは、血痕はないのじゃないかと思いますが、一審のあれを調べると、洗ったから血痕がついていない、こういうふうに検察側は主張している。そして今度三十年の三月三十日の証拠物返還請求については、「血痕附着の為腐蝕し物の用にたつとは思われないので本人にその旨を含めて若し不用ならば」放棄せよ。放棄させてしまって、なくしてしまえばよい。こういう工作が講じられたのではないかという疑いが濃厚なのです。だから血痕がついているなんというのは、ここにそういうふうに書いて、そして所有権を放棄したから、それをなくしてしまえば、それで証拠がなくなる、こういうふうにわれわれが専門的に考えると考えられるわけです。ですから、三十年の三月三十日までは存在したということは明らかなんです。あったから、こういう放棄書を書かせようと検察庁はしたのでしょうから、その経緯をひとつはっきりしていただきたいと思います。
 それから次は死刑囚に対する接見及び信書の発受の問題でございますが、例の帝銀事件の平澤氏が仙台の刑務所ですか、あっちのほうに移監されたその当時だと思うのですが、あるいはその後かもわかりません。本年三月ごろからこの点が非常に制限されました。本年三月、法務省の矯正局長から矯正管区長、拘置所長、刑務所長、少年刑務所長に対して「死刑確定者の接見及び信書の発受について」という書面を出されて、それから非常に書面あるいは面接の点が厳格になりました。
 この免田に対しても文書がいっておりますけれども、それが本人にいっておるかどうかわからない。まずこれの法的根拠についてお伺いしたいと思います。
#8
○大澤(一)政府委員 死刑囚に対します接見あるいは信書の発受の制限の点でございますが、この質問要旨を拝見いたしますと、従来は無制限自由であったのが……
#9
○坂本委員 いやいや、そういうことまで言われては困る。これはあなたたちの答弁のためにやったのだから、私がここで発言することを受け取ってください。そうでないと質問要旨の要綱なんか出せませんよ。これを出すのはあなた方の答弁の便宜のために、真実を調査してもらうためにやっているのだから、これは発言ではありませんよ。そういう気持はあるかもしれないけれども、この当委員会で発言したことについてやってください。
#10
○大澤(一)政府委員 死刑の確定者は、いわゆる死刑の刑を受けて刑務所に拘置されるのでございまして、その判決の効果といたしましてその自由が制限されるのは当然のことであります。特に死刑というものは社会から厳格な隔離を内容とする刑罰でございます。さような意味で社会との交通につきましては、その死刑の本旨に照らしまして交通の制限を受けるということは当然のことでございます。この根拠にのっとりまして実際の運用を定めるために……
#11
○坂本委員 今の根拠は何ですか。法律上のことは言われなかったですね。
#12
○大澤(一)政府委員 刑法の刑罰の効果といたしまして制限を受けておるわけでございます。
#13
○坂本委員 そうすると刑罰の効果という抽象的な根拠だけですか。監獄法とかなんとかの根拠は求めておられないわけですか。
#14
○大澤(一)政府委員 元来、死刑囚を含めました有罪判決の確定した者、これは社会隔離ということが刑罰の本旨であろうかと思います。その社会隔離が本旨でありまする以上、外部との交通権にその刑罰の行使の目的に合った制限を本来的に受けることは当然のことと存じます。さような刑法の、いわゆる刑罰の本旨を受け継ぎまして、その執行法であります監獄法によりまして九章以下で規定をしておるわけであります。そこで本来制限されるべき交通権は、監獄法第四十五条にこれを許すという規定を置いておるわけであります。しかし、これとてもいわゆる刑法の規定を受けまして許すのでございます。そこにそれぞれの交通の目的に合したところの許可が与えられるという趣旨でございまして、決してこの監獄法第四十五条も無制限に許すという趣旨ではないのであります。死刑確定者の地位あるいはこれを拘禁する目的に照らして条理上制限がなされることは当然の帰結だと考えられます。さらにその第二項におきまして、受刑者について親族以外の者は許さないという規定も置いておるのでございます。私はこの中に死刑囚、死刑確定者も当然入るものと考えるのでございます。さらに進んで、死刑確定者、死刑囚というものは、いわゆる懲役、禁錮というような者よりもさらに厳格に一般社会から隔離さるべきものであって、この規定の適用はないという強い考えもございますが、一応私は、その第二項の範囲内におきまして死刑の確定者もその外部との交通は制限を受けるべきものである、かように思う次第でございます。
#15
○坂本委員 この監獄法第九条は、刑事被告人に適用すべき規定を準用すべきものとはしておりますが、死刑囚は懲役囚と異なりまして、刑の執行として拘禁されておるのではないのでありますから、懲役囚に準じて考えるということは間違いではないかと思います。死刑囚は、かつて刑事被告人であったけれども、懲役刑の既決囚ではないわけですね。したがって、死刑囚の刑の執行に至るまでの拘置生活においては、やはり人たるに値する生活を保障すべき度合いが未決勾留者以下であるべきであって、未決勾留者以上のものであってはならない。これが法律的、道義的の理由ではないかと思いますが、その点いかがですか。
 そしてなお、しかるがゆえに九条が四十五条を準用しておりますけれども、一項の方を準用すべきであって、二項の方の、囚人と申しますか、すでに確定して懲役刑に服役しているのが二項で、引致だとか、死刑囚は一項の方を準用してやるべきではないか、こういうふうに思うのですが、どうですか。
#16
○大澤(一)政府委員 監獄法第九条につきましては、死刑確定者につきまして特段の規定のない限り刑事被告人に適用すべき規定を準用する、かような規定でございまして、ただいま御質問の外部交通の規制につきましては、監獄法上刑事被告人についての特段の規定は存在しないわけでございます。したがいまして、死刑確定者に準用すべき刑事被告人に適用すべき規定は存在しない。しからば、この監獄法第四十五条の関係になりますけれども、これには在監者というふうに広く規定しているわけでございます。在監者という考え方に立ちますと、いわゆる刑事被告人を含みまして、懲役、禁錮囚も含みます。また死刑確定者も含みます。いわゆる監獄に現実におる者ということで、第四十五条第一項というものは、すべて刑務所内におる者、施設内におる者に、準用ではなくてそのまま適用される、かように解釈できるわけであります。ただいま死刑確定者が刑事被告人以上と申しますか、以下と申しますか、その制限がゆるやかでしかるべきであろうという御質問がございましたが、刑事被告人は御承知のようにまだ無罪であります。死刑確定者は有罪判決を受けた既決の囚人であります。われわれはむしろ、刑法の規定もございますけれども、懲役、禁錮よりもなお重い判決を受けてそれが確定した者と思います。その死刑確定後現実の執行に至りますまでの刑務所における拘置というものは、私どもといたしましては、刑法の十一条でございますか、死刑は絞首してこれを執行する、そうしてその執行に至るまで監獄に拘置するという、その拘置というのは、結局死刑判決の内容なんでございます。その死刑判決の効果の実現として刑務所内に拘置されているのでございます。決して無罪の推定を受ける被告人として入っているのではございません。死刑判決の確定者としまして、つまり有罪判決を受けた者として、既決の囚人として入っているわけであります。いわゆる刑罰の効果が現実にその上に及んでおりまして、その効果として拘置されているものでございます。いわゆる受刑者の中に当然含むものである。むしろ、先ほど申し上げましたように、その自由制限の限度というものは懲役、禁錮よりも重くあってしかるべきではないかというような考え方もあるわけでございます。
#17
○坂本委員 刑の重い軽いで拘禁中の処遇を区別するということも考えられますけれども、死刑囚というのは、いつか死刑を執行されれば生命を断たれる人間でしよう。だから三年あるいは五年後に出てくる既決囚とは違いますね。そこで、それより重いからそれと一緒にしてはいかぬ。もちろん未決勾留者とは違いますけれども、しかし、実質上は未決勾留者と同じようなものですね。死刑の確定判決を受けておりましても、執行されていつかは生命を断たれる運命にあるのです。ですから、未決囚と同じような取り扱いをするためにも第二項の規定があると思うのですよ。あなたのいまの解釈のようでしたら一項だけでいいわけなんですね。なぜ二項の規定があるかと申しますと、引致というのはわずかの期間のあれですから、引致中は面会してはいかぬというような特別の目的のある場合の引致処分と思いますから、これは別としまして、もうすでに確定した囚人と引致者は親族以外これこれだという第二項を規定したのは、やはり死刑囚に対しては第一項によって未決勾留者と同じ取り扱いをする、間もなく消えてなくなるんだから、やはり人の人たるゆえんは保持させてやって、面会なんかも十分させて――聞くところによると、執行する前にはうんとごちそうするようですが、そういうふうで、刑法上から考えますと、それは普通の有期懲役なんかより重いでしょうけれども、もう死刑の執行をされる運命にあるということを考えると、 そうでない。そういう法意に基づいて四十五条の一項に入れまして、二項の例外には入れなかった、私はこう考えるのですが、その点いかがですか。
#18
○大澤(一)政府委員 ただいまのいわゆる死刑確定者、いつ何どき死刑が執行されるかわからない、死に直面した者に対する処遇につきましては、あくまでも人道的な、また仁愛のこもった処遇をいたすべきだ、さような考え方で処遇いたしますことにつきましては、われわれも賛成でございます。また、現在その考え方で処遇をしておるわけでございます。ただ、いま法的根拠という点の御質問でございましたが、法的にはかような制限はなし得るんだということを申し上げた次第でございますが、われわれ実際の運用におきましては、ただいま御説示のございました趣旨に基づきまして、十分死刑確定者の個人的事情等もしんしゃくいたしまして、この第二項にいたしましても、第一項にいたしましても、全面的な禁止規定ではございません。例外は認めておりますので、その死刑囚という拘禁の目的に照らして、十分な配慮をもちまして、その実際の交通については相当の幅をもって許可をしておるわけでございます。
#19
○坂本委員 戦前のことは別にしまして、終戦後すでに十八年にもなるんですね。いままで何にもないのに本年三月になって何で初めてこういうものを出したのですか。もちろん、あなたたちのような取り扱いでずっとやってきて何もなかったのでしょう。それを本年三月に至ってこういう文書を書いて、この文書を見ると、裏を返せば接見、信書の自由なんかも厳格にして、ほとんどやらぬでもいいようなことに考えられるのですが、なぜ本年三月に至ってこういう通知を出したか。終戦後刑事訴訟法が改正になってから、憲法ができてから初めてでしょう。取り扱いは何も出していない。こういう通達を局長が出されたというのは今度初めてでしょう。何がゆえにここに初めて出したか、それをお聞きしたい。
#20
○大澤(一)政府委員 各刑務所におきまして、死刑囚の外部交通につきましては、ただいま申し上げましたような取り扱いの方針をもちまして処理してまいったわけでございますが、たまたま一、二の例でございますが、週刊誌等で名前を知った未知の人に手紙を出した、ところがその人がそれが死刑囚であるということを知って、かようなことは迷惑だというようなことでその取り締まりを要求せられてきたような事例もございまして、各所の取り扱いがやや区々にわたりまして、一般社会感情から見ましていかがかと思われるような事例も散見されるに至りましたので、その適正な取り扱いを期したいという意味でこの通牒を出した次第でございます。したがって、取り扱いの根本方針というものを変更したわけではございません。
#21
○坂本委員 特殊なものがそこにあれば特殊なところを見ればいいのですけれども、この通牒は全国全部に出したわけですね。それは、もういよいよ死刑になるようなことだと、また死刑になるようなのでも冤罪の点もありますし、吉田石松氏なんかは死一等を減ぜられて無期になって、相当犯則をしたけれども、最後に刑務所の温情によって仮出獄で出ているわけですね。だからあれだけの行動ができたわけなんです。死刑囚だって、ことに面談のような点でこういうような制限をされたとなれば、主張すべき点が主張できなくなる。収監されておるというので非常に制限を受けますけれども、さらにこういう通牒を出してやられると、外部との接見なんかできないですから、正しい事実の把握等ができなくなる。それが一般的のものとしてそういういかがわしいのがたくさんあって、いままで何も通牒を出さなかったのに通牒を出してそういうのを防止するというのなら、どういう事例がありましたか、それをお聞きしたいのです。
#22
○大澤(一)政府委員 何せ十分な資料をただいま持ち合わせておりませんが父のほうから死刑判決に対しまして家族が非常に嘆き悲しんでおるというような手紙が参りまして、それを見ました死刑囚が自殺を企てた、また妻から生活苦のために離婚したいというような手紙が来ましたために、これも自殺を企てたというような事例もあるわけでございます。また、キリスト教の宣教師からいろいろ信仰上の教えを受けて、そして信仰上の友だちという意味である女性を紹介してもらって、初めのうちはほんとうの信仰上の慰めの友だちとして文通しておりましたところが、それがだんだんと愛情を訴えるような手紙になる、あるいはまた同情の金品を要求するような手紙になりまして、その女の人からたいへん困るというような苦情も出てきた事例もあるのでございます。かように、すべてを自由にするというような取り扱いがさように区々にわたりますと、あるところでこれを許しているじゃないかというようなことで、死刑囚の処遇ということで統一を欠くというようなことになりますので、一応の根本的な基準を定める必要があると思いまして、この通牒を出した次第であります。
#23
○坂本委員 いまあげられたような事例はごく特殊な事例だと思うのです。いままでにもこういうような事例があったら必ず所長は法務本省の方に報告、あるいはこういう場合どうするかというような許可――表面的な許可じゃないけれども内意を伺って善処する方法は講じておると思うのです。こういう特殊の例の場合にはそれはそれとして、ずっと二十年も二十五年も済んできて、いまになってこういう通知を出すというのは別に目的があったのじゃないですか。
#24
○大澤(一)政府委員 ただいま申し上げたほかに他意はございません。
#25
○坂本委員 たとえば吉田石松氏が再審で無罪になったし、帝銀事件の平沢がいま非常に問題になっている。また死刑囚がどんどん再審を申し立てたら困るから、申し立てないように、これを未然に防止しようということじゃないかとも推測されるのです。これは推測ですよ。そうしますと、誤った裁判に基づいて――死刑囚がいま何名おるですか、相当おるでしょう。そういうのがほんとうに殺人とかそういうことをしていない以上は、死刑台上に立つ前に全力をあげたいというのは人情であるし、また、それを知った外部の人が、法治国民といたしまして、そういう冤罪のないようにしなければならないということから全力をあげるのは、これはやむを得ないことだと思う。またそうすべきだと思うのですよ。そうして十分力を尽くした上で再審が却下になるというならばやむを得ないでしょうが、その前にはやりたい。だから、それをやめさせるような方法はとるべきではないと思うのです。もちろん、たくさんの中にはむだなようなものもあるいはあるでしょう。しかし、かりにそれがあっても、そういうわずらわしさはやり方によるわけです。人員が足らなかったら予算をどんどんもらってやるべきだと思うのです。労働組合運動を抑止するためにどんどん予算をふやすばかりが能じゃないのです。九人か七人の有罪者をのがしても一人の冤罪者を出してはいかぬということがいわれる。われわれもこういうような大前提があるから司法に志して、現在も司法の職にあるわけなんです。あたりまえのことをあたりまえにするのはだれでもできるでしょうが、相当の死刑囚の中には、あるいは冤罪の人もおるしそうでない人もあるでしょう。しかし、それに対しては全力を尽くして保護してやって、真実を見きわめてやるべきが至当でございましょう。この通牒などはそれを押える通牒ではないですか。しかも新憲法ができてからいままでこういう通牒が出ておるのですか、出ておるなら示してください。初めてだと思う。何で初めて出すのですか。私は人権じゅうりんもはなはだしいと思う。死刑囚においても人権はあると思うのです。監獄法でも、――あなたの解釈は、あなたはその職務上そうしておられるけれども、その職務を離れたらそうであってはならないと思うのじゃないですか。帝銀事件とかその他いろいろ騒がれてめんどうくさい。再審申し立てをどんどんやらせるから、面会も多くなるし、文書も多くなる。だからやめさせてしまえというのでしょう。そういうのは人道上どうですか。刑が上だから人権が少ないというわけじゃないでしょう。死刑という一番最高の刑の宣告を受けながらも、吉田氏のように誤っていたならば無罪じゃありませんか。それを助けるために外から手紙をやる、中から手紙をもらう、いろいろの面会も多くなる、それをわずらわしいからやめさせるというふうにしかとれないわけです。どうですか。いままでこういう通牒を出されたことがあるかどうか。そして出されたなら、そういう結果になるわけですが、そういう結果を考えて出されたかどうか。その点をこれは法務大臣に承りたい。
#26
○中垣国務大臣 お答えいたします。御指摘のとおりに死刑であろうとその他の刑であろうと、真実を追及していくということは、これはお説のとおりであると思います。ただ法務省といたしましては、死刑の判決確定者を拘置所に収監をいたしましたときに、その人に対する判決が冤罪であるかどうかというのを考える立場にはないのでありまして、やはり死刑判決確定者に対しますそういう拘置所内の行政というものがあるわけであります。通達が出されましたのは、これはそういう死刑確定者が持っておる基本的なものに対しまして全部を拒否しようとするものではないのでありまして、当然のこととして自分がもし冤罪であるということの主張をいたしますならば、それは担当の弁護士であるとかあるいは拘置所長であるとか、それぞれ当然主張をするそういう機関を持っておるわけであります。この際の通知は、私もこの通知が局長通達で出されますときに内容をよく検討いたしましたし、よく存じておりますが、これは、あのような状態であってはとうてい拘置所内の行政というものが行なわれがたくなる、特に秩序が行なわれがたくなる、こういうことを非常に考えなければならないような点が続発をいたしました。先ほど局長からいろいろ答弁をしたようでありますが、局長が漏らしましたものの中に隠しマイク事件というようなものもあったのです。そういうようなことで、やはり、たとえば面会人等を無制限に許すということは、これは何人が常識的に考えてみてもとめるべきものであると私は考えます。それからなお本人が出すたとえば手紙のようなものでも、それが非常に社会人に害を与えるようなものでありますならば、当然のこととしてそういうものは私はとめるべきものであろうと思います。本人が死刑確定判決を受けるのに当然主張すべき点、あるいは証拠であるとか、そういうことについての外部との連絡であれば、当然弁護士であるとかあるいは拘置所長であるとか、そういうところを通してこれはいかなるときでも行なえるのでありますから、今度の通達は、そういう問題について、ただいま御指摘のような人権を抹殺するものじゃないということを私は申し上げたいのであります。全般的にたとえばそういう死刑確定者であっても、本人が無実であるというならば、全力を尽くしてそれを解明するあらゆる努力をすべきじゃないか、それはなるほどそうであると思いますけれども、法務省といたしましては、そういうことは検察行政あるいは裁判というようなワクの中で行なわるべきでありまして、ただ単に第三者がそういうものに興味を持って、しかも正当な手続等によらない運動等によりまして呼びかけるということは、どうかしますと真実というものに触れずに、一つのムードと申しますか、風潮と申しますか、そういうことのためにそういう運動等が行なわれますことは、私もむしろ好ましくないと考えておるくらいでありまして、できる限り法的な手続によりまして当然のこととして死刑判決確定者といえども主張すべきものは主張していく。そういう主張に対して、それを阻害したり、故意にそういう主張を曲げたりするようなことのないような、そういう法務行政こそ大事であろう、こういうふうに考えております。
#27
○坂本委員 私は、人権擁護の上に立つ法務大臣のお答えとして非常に疑わしく思うのです。死刑囚というのは制限をされておる中でその活動をしなければならぬでしょう。もしも冤罪の人ならば十分の活動をするためには、百倍も千倍も非常な努力を要するわけです。それを制限しているわけです。それを弁護士に頼んでやるなんて言っても、弁護士というのは今全国に何千人おりますか。その弁護士の人が多数事件を持ちながらそういう困難な事件にみずから打ち込んで携わるというのは、相当容易なことではないわけです。吉田君の事件にしても、円山田作君はじめ日弁連の方々が特別対策委員会を設けられて、そうして献身的にやられたからあれだけできたでしょう。それに対してはいろいろ法務省関係からは制約を受けたけれども、しかしながらやはり打ち勝ってやった。やったのも一人や二人の弁護士ではできませんよ。やはり日弁連という組織があり、その中で取り上げられて、そうして吉田石松特別委員会というのができまして、その代表として円山氏以下数名の方々が名古屋と東京で非常な努力をされて、ようやくあそこまでなったわけなのでしょう。まして死刑囚がやる場合に、中に拘禁されていてやる場合においては制限される。しかもこういう通知がきておれば、所長なんかは忠義顔して、そんな問題なんか起こらぬほうがいい、人を助けるよりも自分の職を全うしてやりたい、これは人情ですよ。だからあんまりそういう問題が起こらぬようにする。それがやはり権力に対するところの乱用となり、また不都合になってくるわけです。ですから、弁護士に頼んだりしてやればいいというようなことは、死刑囚にもなったような人は、よほどの金満家のむすこでなければ、事実問題としてできませんよ。ですから、少なくとも死刑囚がそういうようなことでもやる場合には、取り締まり当局とか法務省当局では、御迷惑ではあろうけれども、それが迷惑なことでもめんどうを見てやって、真実を見きわめてやるというのが法務省の一大目標であるし、またやっていただかなければならぬことだと思うのです。それが、このような通知が出ますと、大臣が考えるようなことを末端の役所の係の人は考えません。こういうのが出ずにおれば、相当めんどうなようになったものは、法務省の本省のほうに相談をして今まで善処してきたわけなんです。それをこの通知を出したから、もう末端の刑務所の所長その他は、これによってもう何もやらぬでいいのだ、ほったらかせ。これは公開でない自由でないところでは人間というのは何をやるかわかりません。私が申し上げるまでもなく、裁判でさえも公開するというのは、やはり人間さまが裁判をするわけだから公平にやるようにやっておる。ところが、刑務所の所長なんというのは、これは全然秘密にやっておるのだから、この通牒がきたら、これよがしにやらなかったら何も活動ができなくなる。それを私は憂えるわけです。ですからこれは法務大臣、もう少しお考えを変えてもらわないと、藤本松夫の死刑に判こをつかれたのと同じわけで、あれにしても、これは全く間違いではないかというので多数の文化人その他評論家の方々が救う会をつくって、そして一ぺん実地を見てみようじゃないかという、そのきまったやさきにあなたが判こをついたから死刑の執行になったのでしょう。ですから全国のハンセン氏病の患者はこぞって差別されたのではないかというのでいまでも非常に憤慨しておるわけです。一般では帝銀事件のテレビなんかの問題が起こって、そうして平沢を移監して、この際再審なんかあちこち出てはたまったものではない、まずここからのど口を締めろ――これはわれわれ専門家から見れば、あなたがいかに言ってもこの通知を出したので文書活動その他についてずいぶん制限を受けておる。というのは、再審なんか絶対にやらせないようにそののど元を締めておけという通知にほかならないとわれわれは考えるわけです。いま法務大臣なんかがあげられた事件なんかはそれはあったでしょう。しかし、そういうのは新憲法が施行された後、ほんの数えるくらいしかないと思う。それくらいのことは一般的なこういう文書を出さずに幾らでも個別的に善処される道が私はあると思う。そういうふうに考えるから、この文書はこれを撤回される御意思があるかどうか。また撤回でなくても、大臣は専門家ではあられないけれども、専門家でない一般的な考えは、かえって的はずれなくやられるのではないかというふうに期待するわけですが、死刑囚の拘禁というのは、証拠隠滅の防止というのはなくなっておるわけですね。その点は刑事被告人とは違うけれども、死刑囚だから拘禁するということと、やはりその死刑囚に対して戒護の面に当たる、こういうことはその事件が死刑になったとしても、死刑囚の人間としての処遇は特に悪質に取り扱うべきものではないと思う。ですから局長とは見解は違いますけれども、やはり四十五条を準用して、これは第一項によって、ざっくばらんに簡単に考えれば、未決勾留者と同一に取り扱っていい、しかも未決勾留者よりも証拠隠滅のおそれはない。それよりも近く死刑をされれば生命を断つのですから、文書の授受とか面会とかは十分やらせてこの世のなごりを楽しませてやるというのがほんとうの人道ではないかと思う。こういう点からして、上の方ではこういう通牒もあたりまえと考えておられても、これを実施する面においては、これをやはりしゃくし定木に解し、また職務の繁雑を避けるためにこれを乱用するということも考えられる。もう少し憲法の人権の立場に立って、また死刑囚の置かれておる立場に立って、このような通達をもっと改める、少なくとも死刑囚に対しては長・い命じゃないからこれをもっと自由にさせるのだ、また長い命じゃないのにやはり自分は無罪だと訴える者に対しては、それは十分その手を尽くしてやっても、人員をふやしたところで大した費用もかからないと思うのです。そういうようないろいろな点からいたしまして、死刑囚に対しては自由にさせてやる、そういうようなお考えはないかどうか、承っておきたい。
#28
○中垣国務大臣 お答えいたします。坂本さんは非常に専門家であられます。私はしろうとでありまして、法律上の議論をあまり申し上げる気はないのでありますが、死刑確定者に対しましては、ただいま一般論的に申し上げますと、極刑を受けた人でありますから、心も非常に安らいで、そして死刑執行のときなど取り乱さないような、そういう心の状態にして差し上げるような努力を拘置所は当然するべきであると私は思います。それから本人が冤罪を訴えまして、新しい主張や新しい事実等を訴えることがありましたならば、拘置所の所長は、そういう死刑確定者に有利な新しい事実であるとか主張であるとかいうようなことは、それを隠すようなことをせずに、当然のこととしてそれぞれの上の機関にそれを上達するようにしまして、もし冤罪であるならば、どこまでもそれを晴らして上げるという気持を当然持ってやってもらいたい、こういうふうに私は考えます。もちろん、先ほども御指摘のとおりに、死刑確定者の拘置中に、たとえば文書であるとか面会であるとか、そういうことが、大多数の人には今日といえどもごく自然に行なわれ、また許されておるのでありますが、私が法務大臣になりましてから起きただけでも、なるほどこれは人数にしたらごくわずかの人だと思います。私が知る限り六、七人の死刑確定者に対しての問題が起きただけでありますが、それはたとえわずかでありましても、そういうことのために拘置所内の秩序の維持ができないとか、あるいは死刑確定者そのものが特定の社会人に対して不安やあるいは迷惑をかけるというようなことがあってはならぬと私は思いますので、局長が通達をいたしましたこの内容等につきましては、これはむしろごく特定の人のためにこの通達は活用されてしかるべきだと私は思います。一般の者に対しまして来る手紙、出す手紙等を制限をしたというようなことは今日まだ聞いておりません。また面会等の制限をしたということも聞いておりません。むしろ、先ほど申しましたのは、極端な事例を申し上げたのでありますけれども、あれは一般の国民が考えましても、一体どうしてそういうことを拘置所は許しておるのかという、むしろそういう疑問のほうが、投書などではたくさん投ぜられてまいったのでありまして、あれをいま撤回するようなことは私はしたくないと考えております。
 それから死刑の判決を受けた確定者に対しては、人道上これに同情して、できるだけこれらの人々に対して温情のある措置をとるべきではないかということにつきましては、私もそのとおりに考えておりまして、刑務所長会合等におきましてはそういうことも申し上げております。ただし、これらの人々に対しまして、法務大臣はあるときには非常に厳粛な気持を持たなければならないことは、これらの人々は一般の社会から隔離されるという法的根拠に立つわけでありますから、その隔離される根拠というものを十分念頭に置きますと、そういう温情ある措置をとると同時に、また一面厳格な措置をとらざるを得ない。それでなければ拘置所というもののほんとうの存在価値がなくなってしまう。こういうふうに私は思うのでありまして、死刑確定者であるから粗末にすればいいとか、これらの人々の正当な主張というようなものも耳をかすべきでないとか、あるいはまた日常の起居動作あるいは食事その他の給与等においても、こういうものは粗末にしていいとか、さようなことは全然考えておりません。現に行なっておりますことはその逆でありまして、できるだけ温情ある措置をとっておると申し上げて決して言い過ぎではないのであります。私もしろうとで、あまり法律上の問題については、確実なお答えはいたしかねるのでありますけれども、ごく少数に人に対する問題であるから、このような通達は要らなかったであろうというお考えもわからないことはございませんが、法務大臣の責任から申し上げますと、いかに少数な者であっても、そういう秩序を維持すべきところはきちんと筋道を立てていくべきである。またそういう考え方も御了解をいただきたいと思います。
#29
○坂本委員 本年の三月、法務省の矯正局長から出された通達、これを読んでもいいのですが、時間がないようですから、局長の方から借りて、速記録に掲載してもらいたいのですが、よろしゅうございますか。
#30
○中垣国務大臣 いいと思います。
#31
○坂本委員 そこで最後にお聞きしたいのは、いろいろ世間でもいわれておることですが、一般論としては、判決の批判その他で、死刑囚は再審の申し立てをしたならば死一等を減じて無期にすべきではないか、これが世論になっておるかどうか、そこまでのあれはありませんが、あるわけですが、免田栄の問題については、先ほど判決の内容等も若干申し上げましたけれども、この第一審裁判における証拠を検討しますと、事件の全体にわたって捜査と推論に真実をねじまげた疑いが黒くただよっておるのではないか、こういうふうに考えられます。いままでも、前大臣にも、免田に対しましては再審の申し立て中であるから、それの結末がつくまでは死刑の執行をしないようにしてもらいたいというので、私が先頭に立ちまして、親族の方々、川村代議士等々をお願いをしまして、そして今日まできておるわけであります。そこで、そういう意味も含めまして、昨年の一月、二度目の減刑嘆願も出したわけでありますが、やはりいまのように証拠の問題等もあるいは出てくるかもわかりません。また出てこなくても、その経緯がはっきりするかとも思います。そういうふうで、まだいろいろ疑惑があるうちに死刑の執行をするということになると、国民の疑惑もますます深くなる、こういうふうに思うわけであります。もちろん、私たちの考え方と法務当局の考え方は違いはありましても、ほんとうに冤罪ならば冤罪としてやらなければならぬ。ほんとうに事実犯罪をやっておるならそれをやらなければならぬというので、幾多の疑惑の証拠もありますから、それを十分尽くさせることにひとつぜひ御協力と申しては恐縮ですが、御了解をいただきたいと思います。免田栄はすでに十四年間もあそこにおるわけでありまして、十年一昔と申しますと、その一倍半になるわけなんですが、会ってみますと、冒頭に申しましたように、場所柄にもよるでしょうが、全くこれが極悪犯人かと思われますし、十四年間もあしたやられるか一ヵ月さきにやられるかとびくびくしながら過ごしてきたわけでありますから、これに対してやはり死一等を減じて無期懲役にしてもらいたいというのが、昨年のわれわれの減刑嘆願の趣意でございます。やはり再審の裁判もなかなかそう急にいかぬと思うのです。八代の裁判所が急に裁判の審理を急速にやられるということは、われわれが証拠の問題等でいろいろやるし、記録を早く本省によこせとか、いろいろなことがあるものですから、やる。そうすると、あまりいそいで仕損ずると、ほんとうにやっていないということになれば、大へんなことになるわけでありますから、この際死一等を減ずるように――もちろん減刑嘆願書には書類等もまだ補充しなければならぬ点もたくさんあると思うのですが、そういうように御検討を願って、御検討の上で考えていただく、そういうような御意思はあられるかどうか、承っておきたいと思います。
#32
○中垣国務大臣 お答えいたします。免田の問題につきましては、ただいま再審の要求が福岡高等裁判所になされまして、福岡高等裁判所におきまして、その再審要求をいかにするかということについての審理が行なわれておるようであります。それからただいまの御指摘のとおりに、証拠あるいはそういう事実問題について、また坂本先生は弁護士としても活動をなさる御意思もあるようでありますので、私といたしましては、本来の制度からいけば再審中であっても死刑執行はできる制度になっておりますけれども、これを直ちに死刑執行をするという考え方は実は持っておりません。でありますから、できるだけそういう正規の機関、正規の場を通じましてこれらの問題が明らかになることが望ましいことでありまして、内容につきまして、ここで、たとえば刑一等を減ずるような努力をするとかしないとかいうことを申し上げるということは差し控えさせていただきます。私は、何もすべての人を死刑にしなければならぬとは実は思っていないのであります。しかしながら、法務大臣は最後にはやはり裁判所の判決を尊重するというたてまえをとりますが、何も急ぐこともありませんので、できるだけ十分そういう本人のために主張する機関や場を通じましてなされることをむしろ私は期待をいたしております。
#33
○坂本委員 実は免田の問題については、別に証拠の問題がありましたので、私は先月熊本地検の八代支部にも参りまして、ぜひ一つさがしてもらいたいということを頼むと同時に、裁判長に面会しましたとき、法務省の方で記録を急いでおられるような点もあるので、この事件の審理を急ぐのではないかというようなふうにも私には推測されたわけです。それで裁判所に対しては、実はこの証拠の問題で、これは新証拠と思うから、少なくとも証拠が出るまであれしてもらいたい。いままでに紛失とかいうこともないとも限らないが、そういうことがあっても、検察庁の方ではいろいろ移転するときには帳簿に載っておるわけだから、その点も明らかになるからお願いします、こういうふうに言ってきたわけなんです。三年ばかりになりますが、なかなか福岡の拘置所に面会等で行くことがない。私も二回しかやりませんが、しょっちゅう面会に来てくれ面会に来てくれという手紙をよこすのです。行ってやればいいのですが、福岡の高等裁判所に参りましても、刑務所にはなかなか行けないわけなんです。そういう点もありますので、期間の点は少しかかると思いますが、その点はひとつ慎重審理をするということでやっていただきたい。
 もう一つは、いま大臣から御答弁もいただきましたけれども、とにかくいつ死刑の執行をされるかわからぬというので、びくびくしながらもうすでに十四年間経過しまして、何度も繰り返しますように、本人はほんとうに従順な人間になっておりまして、直ちにこれを釈放してどうこうしてもらいたいということは言いませんけれども、無期懲役にして、懲役囚として仕事をしながら――刑務所の中に入りますと、一級から何級までか階級もあって、まじめに働く者についての優遇の道もあるわけですから、そういうふうにして無期懲役にしていただきまして、刑務所の中でまじめにやりながら再審の際に全力をあげてやらなければならぬと思っておるのでありますが、十四年間もびくびくしたという点に免じても、この際死一等を減じて無期懲役にしていただきたい、こういう念願でございますから、これは昨年の減刑の嘆願に加えて、またいろいろお願いに出ると思いますが、そういう点も十分ひとつ御考慮いただきたいことを要望いたしまして、本日は質問を終わることにいたします。
#34
○林委員長代理 次会は来たる二十一日午前十時より理事会、十時三十分より委員会を開会することとし、本日はこれにて散会いたします。
   午後零時二十九分散会
ソース: 国立国会図書館
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