くにさくロゴ
1947/08/26 第1回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第001回国会 文化委員会 第6号
姉妹サイト
 
1947/08/26 第1回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第001回国会 文化委員会 第6号

#1
第001回国会 文化委員会 第6号
昭和二十二年八月二十六日(火曜日)
    午後一時四十七分開議
 出席委員
   委員長 福田 繁芳君
   理事 佐藤觀次郎君 理事 最上 英子君
      榊原 千代君    玉井 祐吉君
      馬場 秀夫君    原 彪之助君
      森山 武彦君    高橋 長治君
      並木 芳雄君    平澤 長吉君
      奥村 竹三君    佐々木盛雄君
      竹尾  弌君    山名 義芳君
      石田 一松君    川越  博君
      受田 新吉君    木村  榮君
 出席國務大臣
        文 部 大 臣 森戸 辰男君
 出席政府委員
        文部政務次官  永江 一夫君
        文部事務官   柴沼  直君
    ―――――――――――――
八月二十一日
 映畫産業の取扱業種別引上に關する請願(福田
 繁芳君紹介)(第一五〇號)
 映畫館入場料金値上の請願(福田繁芳君紹介)
 (第一五一號)の審査を本委員會に付託された。
八月二十三日
 京都上加茂ゴルフ場建設に關する陳情書(京都
 觀光施設促進委員會長和辻春樹)(第一〇〇
 號)
 觀光事業整備に關する陳情書(全日本觀光聯盟
 松平恒雄)(第一〇七號)を本委員會に送付された。
    ―――――――――――――
本日の會議に付した事件
 新日本建設國民運動竝びに文化省設置に關する件
 登呂遺跡調査派遣委員よりの報告聴取
    ―――――――――――――
#2
○福田委員長 會議を開きます。
 この際お諮りいたしますが、實は日本出版協會代表より委員長あてに、夏目漱石の著作權をめぐつての具申書が屆いておるのであります。これは漱石の遺族が故夏目漱石氏の著作に關して、商標出版公告の掲載から端を發したものであります。日本出版協會は異議的見解を具申いたしておりまして、これは今後わが國出版文化に、多大の影響を及ぼすものと考えますので、本委員會に取上げて調査いたしたいと思いますが、御異議はございませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#3
○福田委員長 御異議がないようでありますから、さように決定いたしたいと思います。
#4
○佐藤(觀)委員 この問題は著作權の問題でありまして、著作權というのは明治三十六年以來、多少の改正はありましたけれども、すいぶん古い法律でありまして、ちようどこういう問題が起きました關係上次會に研究するために特許局の局長、出版協會の代表、文藝家協會の代表を喚んで、これが調査研究のため、この委員會を開くよう、委員長において取計らわれたいと思いますが、いかがですか。
#5
○福田委員長 諸君にお諮りいたします。ただいまの佐藤君の御提案に對しては御異議ございませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#6
○福田委員長 御異議がないと認めます。さようにいたしまして次會の委員會には、關係者を招致いたしまして、いろいろ聽き取りまして、それから審議を進めていきたいと思います。
    ―――――――――――――
#7
○福田委員長 これから前會に引續きまして、新日本建設國民運動、文化省建設問題に關連いたしまして、文部大臣に質疑を繼續いたしたいと考えます。發言を許します。佐藤君。
#8
○佐藤(觀)委員 森戸文部大臣に質問いたしますが、新生活運動というのは、非常に名前はいいのでありますけれども、今までの翼贊會の國民運動と同じように、上の方からやると、結局效果がないと思うのです。それについて文部大臣はどんなお考えをもつているか、お伺いしたいと思います。
#9
○森戸國務大臣 新生活運動と佐藤君は申されましたが、正確には新日本建設國民運動と呼んでおります。これは御質問の通り、從來のいわゆる精神運動は、上からの運動でありまして、從つて官的であり、場合によつては官僚的でありまして、多少の效果はありましたけれど場合によると、國民の反感をすら招いたという事例も少くないのであります。で、私どもはこういうことを繰返してはならないと思つております。ただ現政府は、いわゆる官僚の政府ではないので、政府が先に立つてやつても、それで官僚的であるとは申すことはできません。新生活運動という名前は、隣邦中國の國民黨政府にわつて始められた運動の名前が、こう呼ばれたのであります。これは實に政府が率先して、日本の帝國主義と國内における共産主義とによつて危うくせられた支那の民衆を、三民主義のもとに擁護し、また新支那を擁護するために提唱されたものでありまして、從つて、今日の政府が提唱する運動といえども、あながちそれで惡いというわけではないのであります。しかし、皆様の御承知のように、日本は敗戰以來民主國として發程しております。五月からは新憲法が布かれて、私どもこの第一囘の國會に出ておる。こういう民主國家を建設することが、今日の日本の大事な役目でありまして、この運動もまたその線に沿うて日本の新しい民主的な成長を育てるものでなければならぬ。こういう意味で、この運動が上からの運動ではなく、國民の中から起る運動であることを期待しております。こういう運動としては、東京でも新生活運動というものがすでに結成されまして、發程する過程にありまするし、婦人團體、青年團體等でも、そういう運動が準備されてをると聞いておりまするし、地方においても、だんだんとそういう運動が興る形勢にあるように聞き及んでおりますので、こういう形で運動が興つてくることが、今日の事態では必要と思つております。
#10
○佐藤(觀)委員 文化省に關連しまして、現在の文部省で所管されております藝術院の問題でありますが、御承知のように、今の藝術院は、養老院のような形になつておるが、特に最近官展、文展の問題に關連しまして非常に物議を釀しております。こういうことにつきまして、藝術院などにつきまして、もう少し改革する御意思があるかどうか、ちよつとお伺いしたいと思います。
#11
○森戸國務大臣 ただいま藝術院が多少新しい時代に副わないものがあるのではないかという御質問であります。そういうところから、展覽會等の問題についても、いろいろな紛糾が起こつておるのではないかという御質問であつたと思うのであります。第一の點については、一面ではこの藝術院が權威のある、ある點から言うと、古典的な日本の藝術に盡された人に集まつていただいてできておる團體として、一つの重要な意義をもつておるということは、皆様お認めいただきたいと思つておるのですが、他面においては、藝術の活きた側面が、そこに十分に代表されていないではないかというような御質問であると思います。私どもも、この既成の古典的な大家という方々が文化上尊敬され、尊重されなければならぬということは、もちろんでございますが、同時に活きた藝術の動いておる所に推進的に働いておる人をも、何らかの形で、こういう團體に參加していただくことが、大いに意義があるのではないかと考えておるのです。それからその問題と展覽會の問題とは、多少違つた角度から見られるのではないかと思つておるのであります。民主的な形で、展覽會等の審査、あるいは構成等をしていかなければならぬというふうに考えてまいつておるのですが、これは日本の一般的な民主主義の組織が、なかなか十分に人々の中にはいつておらず、また藝術家の方々の間にも、必ずしも十分に民主的な精神がはいつていないということが、せつかく民主的な形でいろいろなことをやろうと試みたことが、それとは逆な結果になつたという事實もあるのであります。私どもは、その點に十分な關心を拂いながら民主的な方向に向うとともに、それが逸脱であつたり、惡用されないような形で、この問題を解決していこうと存じておるのであります。
#12
○佐藤(觀)委員 最近新學術體制というのが發表されましたが、これはどういうような意圖のもとに、どれほどの成算をもつてやられるのか、簡單でよろしうございますから、御説明願いたい。
#13
○森戸國務大臣 學術研究體制は、昨日刷新委員會が發程したことは御承知の通りですが、日本の學術研究の團體としては、帝國学士院と學術研究會の三つの團體がありまして、それぞれその歴史と職能とをもちながら、わが國の学問の振興に寄與してまいつたのであります。ところが、實際の面から言いますと、それらの團體は、それぞれの部分で多くの功績を殘しておることは、十分認められるのでありますが、同時に、新しい日本再建という課題につきましては、十分でない點もあるのでございます。第一に、これらの團體が必ずしも民主的な組織をもつておらぬということ、また總合的なものである點に缺くるところもなくはない。さらに研究ということが、現實の面に觸れることが比較的稀薄になりがちで、實踐とわかれるというきらいもなくはなかつたのであります。そこで新日本建設に即して、學門というものが經濟面においても、また文化建設の面におきましても、特別な重要性をもつてくるという見地から學門の新しい體制をつくつていかなければならぬということが考えられる。連合軍側においてもこの點においてこの重要性を認め、非常な關心と努力とを拂われておりまして、過ぐるころには、教育施設とともに科學施設も參つて、日本の學界の人といろいろ會見されて協議されたのであります。日本の側におきましても、かような情勢のもとに學術研究體制世話人會というものが構成されまして、それらの世話人によつて、學術研究の刷新委員會というものをつくつていくための段取りができてそれらは民主的な方法で研究者から選ばれた人々によつて、この學門のための新體制をつくつていく刷新委員會というものができたわけであります。この會によつて、新しい日本の學術研究體制が、いかにあるべきかということを研究していくことになり、それと同時に、これができれば、從來の團體というものは、この新しい團體というものは、この新しい團體に一元的に吸収されるというふうになることと期待されております。
#14
○佐藤(觀)委員 今、お話の中にありましたが、日本の再建のためには科學振興ということが、絶對必要だと思います。ところが、御承知のように文部省の豫算というのは、いつも第二義的になりまして、そういう方面が非常にとりにくいということが、これはだれからも聞かれることであります。一體現在の日本の科學再建のために、たとえば、科學者を優遇するために、どのくらいの經費が要るか、日本の再建のために、必要な科學の動員のために、一體どのくらいの經費があれば、これが充實できるかということにつきまして、文部大臣はどのようなお考えをもつておられますか。調査なんかありましたら、ぜひひとつお教え願いたいと思います。
#15
○森戸國務大臣 ただいまの御質問は、私としてもまことに同感でありまして、新しい日本の建設というものが、文化的國家を目標としなければならぬことは、だれ人も認めるところでありまして、文化の中でも、科學というものが非常な重要性をもつていると考えるのであります。ヨーロツパの文明が近代化した一つの大きな力は、科學の力であつたと思います。殊に敗戰窮乏の日本再建の場合には、一方では經濟危機の突破が必要であり、これがためには、日本の自然的の資源が十分に利用されるため、あらゆる科學が用いられなければならないし、また社會状態の混亂を防ぐためには、社會科学の進歩が非常に重要な地位を占めると思います。こういう意味で、新しい日本建設には、科學の重要性が特に唱えられ、文部省におきましても、終戰後科學教育局というものを設けまして、科學研究竝びに科學的研究というものへの滲透に努めておるのであります。しかし佐藤さんが言われたように、まだまだその必要度に對する理解が十分に徹底しておりませんので、研究の費用竝びに科學教育普及の費用が、國十分に獲得できないような状態にあるのであります。本文化委員會というような、國會における有力な委員會ができますことによつて、殊に科學その他の文化に對する重要性が、國民の間に、また國會においても明らかにされまして、新日本建設上最も必要としておる科學が、研究の部面においても、また科學思想普及の部面におきましても、十分に行き渡るように、御協力、御鞭撻をお願いいたしたいと考えておるのであります。これにどれくらいの金額がいるかということは、事務當局で實は立案をし、いろいろ調査しておりますので、それができてから申し上げることにいたしたいと思います。
#16
○佐藤(觀)委員 先ほど來、岩波書店の夏目漱石の著作權が非常に問題になりましたが、大臣は外國へ行つておられましたから、よく御承知だと思うのですが、これに對してどういう御意見をもつをておられますか、ちよつと參考のためにお聽かせ願います。
#17
○森戸國務大臣 ただいま問題になつております夏目漱石の死後の著作權の問題については、遺憾ながら、まだ私のところで調査をいたすだけの十分な資料をもつておりませんので、この具體的な問題について答辯いたすことは、差控えたいと思つております。しかし、一般的な問題として申し上げますならば、著作權が死後三十年ということになつたということは、一方著作した人の勞に報ゆるという一面を備えておるとともにこの文化的な遺産が、いつまでも獨占されないで、一定の年限の後には、廣く國民の共通な文化財になるということが基調となつておるのでありまして、この立法は國際的な立法でありまして、まことに妥當な立法であると私は考えておるのであります。ただこの法律が機械的に適用されて、すぐれた著作が、場合によつてはいろいろな形で、卑俗な形で出版されて、本來の著書の權威にふさわし着物に値しないものになるという、多少の心配もなくはないのでありますけれども、これは私に二次的なもので、根本的には文化財が一定年限の後には、國民の間に廣く共通の文化財として共有されるよりになるのが望ましいことであると存じております。繰返し申し上げますが、私は漱石の著作の問題については、特許局等からまだ材料を得ておりませんので、確實なお答えはできませんので、一般的なお答えをいたすよりほかないのであります。
#18
○受田委員 大臣に對して新日本建設國民運動の問題と關連して、五つの項目にわたつて御意見を伺いたいと思います。
 第一は、新日本建設國民運動は、その要綱が閣議決定として發表されたにかかわらず、その後何ら施策が講ぜられていない。從つて國民の脳裡からは、去る六月末に發表された要綱が、何者であるかさえ、忘れ去られようとしている、これは私まことに惜しいことだと思います。實は當時發表された要綱を、私暗誦した一人であります。しかもその第八項目にあげてある社會正義の實現などは、政治家としても、最も率先垂範すべき問題であると考えております。地方の府縣そのほかの官廳、學校などを訪ねてみても、文部省はこれに對していかなる考えをもつておるのであろうかというような疑義を、しばしば聞きます。先ほどの大臣の御答辯にもありましたように、すべて國民の自主性に任すという一語に盡くせばそれまででありますが、いかように考えましても、現在の國民に何らかの目標を與えて、しかも、その目標によつて、常に正しい指導をしていくということは、ぜひ必要なことであると思います。そこで地方の官廳、學校等が率先垂範し、または青年團、婦人會等が陣頭に立つてこの國民運動を展開するならば、決して官僚の獨善的な要綱ではなくして、むしろ盛り上がつた下からの運動ということになります。すべからく當局はこの點については相當大きな自信をもつて、おれたちは翼贊運動とは別な立場で、むしろ一つの方向を示したのであつて、運動は下からあがつてくるのであるけれども、これに對しては何らかの統一をねがわなければならぬという立場で、ここにある程度の指導性を發輝していただいたらと思います。文相は先の國會において、將來の日本は國家豫算の五〇%の文化費を計上すべきであるが、現在はその過程であるからというお言葉がありました。文化國家に成り立つためには、五〇%の文化費を考えておられる大臣であるのでありますので、少くとも現在の進行過程においてはそれに進みつつあるところの誠意と努力とをお續け願いたい。從つてこの國民運動に對しても、願わくばもつと強力に、その民主的な國民運動を助長される政策をとられたいと考えます。特にその具體的な方法として、農村僻地にまで文化を均霑せしめる方策、たとえるならば、公民館、博物館と、こういうような大衆の修養機關をもつと整備していただき、特に圖書館、博物館などには、地方の山村に至るまで、ある程度の圖書、雜誌、新聞の備え付があつてほしい。しかも、地方に行けば行くほど、惡得雜誌やゴロ新聞が横行しておる状態であつて、こういうものを放任しておつたならば、國民運動は逆行するおそれがあると思います。これに對して文部當局は、出版上の統制を、いかなる方針でとつておられるのか。用紙の不足をしておるときに、やみで紙を買い占めて、それで高價な書物を發行しているこの情勢、しかもわずかにタブロイド版の小さな新聞を何圓という高い額で賣りつけているゴロ新聞、こういうようなものが認められている限り、日本の將來はまことに憂慮すべきものだと思います。
 なお公民館建設運動も、相當廣く社會教育上の問題として取上げておられますけれども、地方には、これに對して實に貧弱な運動しか起つておりません。このような問題は博物館そのほか各種の修養機關と同時に、相當強力に政府は強腰でお進め願つたらと思うのであります。地方の青年、婦人は今、何者かを求めようとしております。また地方の小中學校、こういう學校も何らかの目標を求めております。これに對して何か潤いのある雨を降らしていただきたい。その點について占領政策に反せざる限り、もつと文部當局が積極的な目標を與えてほしい。こういうふうに考えておるのであります。(拍手)潤いのある文化運動、レクリエーシヨンの展開は、また一面において映畫、演劇、そういう方面の藝術藝能的な陶治においても考えられなければならぬと思います。映畫、演劇は、都市においては相當復興しておりますけれども、農村においてはまことに恵まれない。一年に一度か二度か田舎まわりの移動演劇がまわつてくるという程度に過ぎない。青年も、わずかな樂器を用いて樂團を組織しているというような所は、これはいい方であつて、實に貧弱な状況が農村僻地であります。こういう問題に對しても、すみずみまで徹底する文化政策、これに對して敗戰後の空虚な氣持をもつている若い人たちにも、實に希望のある將來を目ざせるような御計畫があつてほしい。これを併せてお願いするわけであります。
 次に文化功勞者に對して、國家は、過去において軍人に報いたと立場を變えて、今度はこういう人たちこそほんとうに報いてやらなくちやならぬ。先般國會の決議として、幸田露伴先生の追悼決議がされましたが、これは、私、あのとき感無量、實に押さえがたい喜びを感じたものであります。少くとも今後は、私たちは文藝に演劇に科學にあらゆる點においてこうした功勞者を國家の最高功勞者として報いる。現に文化勲章そのほかの何らかの名稱をもつて、ここに國家の功勞者として報いる途を開くべきである。こういうふうに考え、そして文化國家として強く起ち上るために隱れたる功勞者、そういう者を見逃さぬという文化政策をおとり願いたい。
 四番目に、文相は先般の國會にも申されたように、文化費は國費の五〇%を占むべきであるという理想を掲げておられる。そのためには現在の文化政策があまりにも貧弱であることを思いまして、實に殘念であります。いかに國費が多端であつても、ある程度のそうした將來への足場として、ここに文化研究助成費のごときものは、史跡、名勝、天然記念物、國賽等の保存に對しても、國家は本当に雀の涙ほどの經費しか計上しておりません。從つて現在古美術品、國賽に類するようなものでさえも、ゆだんをしておると、どんどん國外に逃避しつつあります。そうして地方の史跡、名勝、天然記念物等は非常に荒れて、記念の松も枯れ、それを何ら處置をしていない。または皇室關係の大事なものでさえもどんどん汚されていくような傾向である。こういう點についても日本のほんとうのすぐれた藝術文化を保存するという立場から、これに對して相當程度の經費を計上し、しかもその取締りについては、非常な熱意をもつて、ひからびた日本の中に、なお現存するところのこうしたうるわしい面を維持していくという點遺憾なからんことを願いたいのであります。
 最後にこれまた文化政策の一面でありまするが、觀光事業その他に對して、非常に重點をおいてきたのである。この際、そういう學術研究の面にも力を注いでいただきたい。大學に觀光關係の科を、たとえば觀光科というというようなものをおいて、觀光大學に進むための一過程としてでも、ここにエキスパートをつくる意味の養成機關を設ける、もしくは藝術家を養成するというふうにして、この際すぐれた藝術文化を學門的に打立てていくという教育機關が欲しいのではないか、こう思うのであります。これに加えて藝術、特に音樂美術等に關しては、少くとも國家はもう少し優秀な教員を養成しなければならぬ。從つて教員を養成機關において、音樂の先生とか、圖書の先生とか、こういうような方面に、もつと力を入れていただきたい。地方の學校などには、優秀な音樂教師がいない、圖書の先生もいない。こういうような立場から、實に悲慘なほんとうにひからびた教育が進められております。こういう意味において、國家の力によつてかかる方面の優秀な指導者を速やかに大量に養成するというところに重點をおいていただきたい。以上五つの問題に關しまして、總合的な文化政策の立場から、文相の御意見をお伺いしたいのであります。
#19
○森戸國務大臣 ただいま新日本建設國民運動に關連いたしまして、五つの御質問竝びに御意見がありましたけれども、私は全部その通りと存じております。新日本建設國民運動について、第一には、政府はもつと積極的にやるべきではないかというお話、もちろんその運動は國民の間から自主的に起る運動の形をしているのであります。けれども、しかし政府はそういうふうな機運をつくるために、十分骨を折つて行かなければならぬのではないか。殊に日本の民主主義の成長がまだまだ十分でないという事態を考えますと、そのことはまことにお説の通りであります。政府もこの點につきましては、各府縣にこの運動の要領を通達いたして、適當な處置を申し送つておりますし、また許すならば、一定の豫算をも得て、經濟的にも、十分ではないけれども、ある程度の援助をしたいとも考えておるのであります。もつとも、この點は、實はいろいろな點で追加豫算が非常に多額に上りますので、どの程度まで、貫徹されるかということは、實ははつきりと申し上げられないのでありますが、そういうふうに考えておるのであります。なお關係いたしております私といたしましては、二週間ほど前、京阪地方に協議會を開きまして、そこに臨みましたし、また大阪、神戸、呉、廣島、尾道、福山、三原等の都市において、新日本建設國民運動の公廳會あるいは講演會も開いております。明日は登呂の遺跡の關係者を激勵するとともに靜岡市で講演會を開こうと思つておるのであります。大體重要な都市には參つて、この運動の促進に努力をいたしたいと考えておるのであります。他面先ほども申しましたように、新生活運動も發展いたそうとしておりますし、キリスト教の團體その他では、平和運動の聲があげられております。青年團體、婦人團體等においても、かような運動の發足が協議されておるということでありますので、そういう形でだんだんと成長していくものと、私は期待しておるのであります。
 第二の問題は、殊に農村において文化的方面がもう少し強く積極的に主張されなければならぬのではないか。青年團體、婦人會等が、この問題に挺身するようなことにしたらどうかということでありまして、まことに私はごもつともな御議論だと存ずるのであります。この運動は都會とともに農村において十分に展開されなければならぬ。農村におきましては、青年團體、婦人團體等が、この運動の最もよい推進力であり、私はまた現實に即した新生活改善の目標もまた多くあるのではないかと存じておるのであります。公民館、博物館、圖書館などについても、われわれはできるだけこれを充實いたしたいと存じております。公民館の運動も一時非常に進みましたけれども、現在やや停頓の状態にあるのであります。これはもう一度各地方でこの運動が展開されるように、また圖書館については、殊に私はその必要を痛感いたしておりますので、各地方の各村落の青年たちによい讀み物が渡るようにすることが、非常に大切なことであると存ずるのであります。これに關連して、書物の統制についての御質問ごもつともであります。よい本がないのに、惡い雜誌や何かがたくさん出ておるのは、まことにおかしいではないか。何かこれに對して適當な措置はないかというお話で、まことにごもつともでありますが、しかし、今日は、出版の自由が認められております、また検閲制度はないのでありまして、これを取締まるということは、大體できない事態にあるのであります。私どもは實際目に餘るようなものが出版されておるということを存じておりますし、しかもそれが出版の中でも一番大事な教科書が足らぬというところにそういうものが出ておるということは、まことにこの矛盾を目の前にはつきりと展開させておるのであります。しかし檢閲制度が嚴格に行われると言うことは、よい方面もありますけれどまた戰爭時代のように惡ようされる傾きもありますので、これを大いに推進していくということは多くの今日の紙の供給の點で、これが必要なものにより多く割り當てられて、必要でないものには割り當てられないように、そして必要でないものがやみでこれを手に入れられないような仕組をつくつていくということが、一番よい。そしてもう一つは、國民の購買力が、不當なよくないものにたくさん金を投じないで、いいものに金を投じるようになることが望ましいのでありますが、これはなかなか急速にはできませんので、今日の事態では用紙の割當というものが合理化されて、しかもやみでこれが流れないような方法にしていかなければならぬ。それが政府の經濟緊急對策のとつておる重要な面であると思うのでありまして、こういう側面から、この問題を解決していきたいと存じております。
 次に第三には、文化功勞者に對し、その功勞に報い、これを記念する適當な榮典を設くべきでありという御意見でありました。これもごもつともであると存じます。軍國主義の時代には、武勲に對する多くの榮典があつたのでありますが、文化國家を日本がめざすとすれば、文化的な功績に對して、それに對應するような榮典の制度が設けられることは、ただちに考えらるべきところでありますし、私どももそうあつてほしいとと思うのであります。今日文化勲章があり、また一部分では藝術院賞があり、また藝術祭には大臣賞というものがありますが、これはきわめて小規模なものであります。もつと大きな、國民的にすぐれた文化をつくつた人に報ゆる制度がなければならぬと存じております。榮典の制度については、從來の榮典制度は、新しい民主的日本の建設とともに、幾多の點で改めらるべきものであると存じておりますが、その際には、ぜひともこの文化に對する功勞というものに對して、正しい榮典の制度が設けられなければならぬと存じまして、私ども及ばずながらこの方向にあらゆる努力をいたしたいと存じております。
 第四の點は、文化費の問題でありまして、文化費五〇%ということは、私本會議で申し上げましたが、どうもそういう數は言わなかつたと思いますが、五〇%は、これからはそれでも足らぬので、私はもつと欲しいと思つておるのであります。ところが今日では五〇%どころではない、その十分の一の五%といつたふうでは、文化國家になろうとする日本としてもはずかしいわけでありまして、この状態は、皆様方の御鞭撻によつて何とか切り抜けていつて文化國家にふさわしい豫算がつくられる時代が、一日も早く來るように願つておるのであります。それに關しまして文化は新しいものをつくるという方面を、變革の時代には、人は絶えず考えるのでありますが、他面においてすぐれた伝統的なうるわしいものを保存しておくということも、文化の上では大切な任務であると思います。殊に變革の時代には、古い物に對する正しい認識が、ややともすれば忘れられがちでそれがために實は古いものが捨てられて、これは間違つたと思つても取返しがつかないようなこともある次第であります。私どもは、新しい文化をつくることには非常な重點をおいておりますけれども、文化の建設というものは、飛躍的に行われるものではなく、古い傳統の上に立つものて、殊に日本においては、よい文化の傳統もあるのであります。その意味におきましては、史跡、國賽または重要美術品というものに對し、十分の關心が拂われなければならぬと存じております。生活の窮乏のために、國民的なことの大切遺産が荒廢されるようなことがあつては後代のために、まことに相濟まぬと存じているのであります。で、人間のつくつた文化とともに、わが國にはうるわしい自然があるのであります。國民のうるわしさは、この自然に負うところもきわめて多いのであります。私どもはこの意味で、うるわしい自然と天然記念物等も十分に愛護していかねばなりませんので、こういう點におきましても、私ども文化費を考える場合に、常に關心をもつのみならず國民一般が、これらのものについて十分な關心をもつようにすることが、變革の時代におきましては特に大事ではないかと存じております。
 最後に、第五の觀光事業に關連いたしまして、私は觀光事業というものは、藝術あるいは美的の側面の教育が重視されなければならぬと考えたいのであります。新しい日本におきましては、觀光事業というものは、いろいろの點で重要性をもつておりまして、これに對するいろいろの研究が行わなければならぬことは申すまでもないことであります。從つてこの問題に對するエキスパートも必要であると思うのであります。但し、觀光大學というものまでつくるかどうかということには、大分疑問があるように存じます。しかし觀光の問題というものは、いろいろな點で重要性があると思います。そしてそのことは、むしろそのうしろにある藝術的なものに對する國民の關心、またはそれに對する教育というものが、非常に重視されなければならぬというお話と存じますが、これはまことにその通りで、音樂、美術に對する教育というものは、まだ十分であるとは申されません。また先生方もそれに對する資格が必ずしも十全であるとは申されませんので、殊に新しい日本といたしましては、十分に重きをおいて考えていかなければならぬと存じております。實は音樂、美術等につきましては、今日の生活の窮乏の時代において、ややともすれば看過されがちでありまして、一方ではうるわしいものに對する認識が失われ、他面では卑俗な野卑な趣味が國民の間に横溢するという状態にありますので、私はこの際本当の藝術的なるもの、美的なるものに對する正しい教養が、國民の間に十分に滲透しなければならぬと思います。御質問になつた點はまつたく同感でございます。
#20
○竹尾委員 文部大臣にお尋ね申します。お尋ねが少し具體的になるかと存じますが、今、文部大臣が、登呂のいせきの發掘隊に對しまして、激勵のお言葉をお與えくださる、こういうお話でございましたが、その點につきましては、いろいろの意味合において、まことに後同慶にたえない次第と存じます。そこで、もしこの發掘がいろいろの意味において、日本の文化向上のためにその遺跡を保存することが、そういう必要に値するとということがおわかりのときには、文部當局といたしましては、これに對してどういう後處置をとられるお考えでございましようか、この點につきましてお伺いいたします。
#21
○森戸國務大臣 登呂の遺跡に對する御質問でありますが、これは本委員會でも委員長も御訪問なさり、激勵をしていただいたので、私ども關係者としては、まことに感謝しておる次第であります。この發見は一方では日本の社會學的な、考古學的な、大きな發見でありまして、今端緒が得られたのでありまして、さらにそれが完全な形で總合されるように、私どもは心から念じておる次第であります。これはただ考古學的な、あるいは社會學的な發見であるという面とともに私は日本の歴史における重大な寄與であると存じております。日本の歴史は、從來學校では、神話に基づいて教えられておつたので本當の科學的な歴史は、十分に教えられていない、その研究も實はそれほどの十分な力が盡されていなかつたと思つております。そこで新しい時代とともに、日本の民族の成長の科學的な研究がされなければならないが、かような矢先にこの遺跡が發見された。そして發掘が、しかも先生と學徒の間で義侠的に進められておるということは、私文部當局として、まことに欣幸にたえないのであります。どうか、こういう意味で、私はこの發掘が十分な成果を収めるように、そうして、できました總合的な成果によらなければ、何とも申し上げられませんけれども、明年續いて發掘が行われまして、それから得られた總合的な結果に基づいてこの事業のもたらしたものが、むだにならないだけでなく、日本の古代文化、日本の歴史の理解の上に、重要な寄與となるような形で、これが保存されるようにということを、私は考えておるのであります。ただ具體的にどういうふうにするかということは、總合的な結果が得られた後に、専門的な委員會などにお諮りした後に決定すべきものであろうと存じております。ただ日本の歴史の科學的な研究の重大な寄與がそこで見られたということでありますが、他面では、日本の祖先が、詩的に日本の民族の紀元を考えた。そういう考え方が、それで意味がなくなつたというのではなく、これはまた別の意味での存在の意義もあるかと存じます。今日歴史の科學的な研究ということが閑却されてきた時代に、この發掘というもののもつておる意義は、きわめて高く評價していいと私は考えております。
#22
○竹尾委員 今、文相のお言葉によりますると、登呂遺跡の發掘に關して總合的な結果を得られた場合には十分考慮される。こういうようなお言葉のようにとりましたが、われわれが視察をしてまいりました結果によりますると、現在そうした總合的結果を得られるまでの費用に差支える、こういう現状のようにわれわれ見てまいりましたので、そうした結果を得られるまでに、文部當局として、どういうようなご処置をとつていくか、その點について伺います。
#23
○森戸國務大臣 今、私の申したのは、この遺跡を保存する方法は、どういう形かというふうに承つたので、それは總合的な成果が現われてからでないと、どういうふうにこれを保存し、遺跡として保つていくかということはわからないと、お答えいたしたのでありまして、現在進行中の過程においては、その進行の成果がむだにならないようにということは、私どもあくまで關心をもつておりまするので、文部省といたしましては、政府に一定の豫算を要求し、また地元の方でも應分の醵金もいたしまして、今までの成果がむだにならないようにさらに次の研究の基礎となるように、努力は十分なされると思いますので、この點はご心配はないだろうと存じます。
#24
○石田(一)委員 ちよつと文部大臣に今の國民運動に關連してまいりますことで、伺いたいと思います。私たちは、こうした國民娯樂などというような文化面の仕事をしておるものでございますが、終戰後檢閲制度がなくなつた。これは自由が與えられたので、まことに結構でございますが、靜かに考えてみますと、演劇、演藝、映畫方面の檢閲制度がなくなつたために――演劇とか、映畫とか、演藝というものが檢閲制度がなくなつて自由になつたために、實際は約二十年ぐらい演出法などが退歩したというふうな感じを、私たちはもつております。國策に順應させるためにどういうな檢閲制度でなく、そうした面の向上をはかるという意味の檢閲制度ではなくて、いわゆる専門家の檢討、慎重なる脚本に對する檢討とか、演出に對する援助とかいう組織があるならば、むしろ私たちはこれこそ文化面の向上にもなり、しかもよりよき文化、また藝術を生むもとになると考えておるのでございます。その點におきまして、最近私たちがつくづく考えますことは、戰爭最中に、支那大陸方面慰留民竝びに日本軍人の慰問に行つたことがありますが、大陸における大都會の一流の大劇場では、中華民國自身の手になる演劇とか演藝とか映畫というものは、ほとんど上演されておりません。結局諸外國のものばかりが、大陸の徒會の一流の劇場では演ぜられておりまして、中華民國自身のいわゆる演劇とか映畫とかいうものは、場末のすいかの種をかじりながら、手ばなをかみながらわんわんと騒いで見物しておるところに、全部追いやられていた状態を、私どもは見ております。現在の日本のこうした面におきましても、このままの状態で進むならば、やがて東京における遊樂座竝びに日劇とか、東劇とか帝劇、こうした一流の劇場に、日本人の手になる映畫とか演劇とか演藝というものは、向う十年か二十年ぐらいの間には、全部上演せられなくなるのではないか。そのときに、極端な例をいえば、古典藝術であるというので、一歩の進歩もなく、ただ單なる型どおりの物を試みている歌舞伎などを今から二十年後に見ようとすれば、どこか田舎の堀立小屋に行けば、六代目が芝居をやつておるというようなことになりはしないか。このままの状態ではおそらくそうなります。現在の日本の若人たちは、ちよつと考えのある人ならば、日本の映畫などは、全然見ようとは思わないであります。むしろ、外国の映畫には、興味を感じますが、日本映畫などは問題にしていない。この状態が進んでいくならば、大都會においてもし日本映畫をやるとしても、また日本演劇をやるとしても、日本人自身から、これが興味をもたれないことになつてくると思うのであります。そういう點におきましても、少くとも、ただいま私が申し上げましたこれらの面の向上をはかる意味で、戰爭當時、情報局がやつていたような考え方とは全然反對の、向上のための檢閲といいますが、檢討といいまするか、協議といいますか、そういう機關が設けられてもいいのではないか、こういうふうに考えておるのでありまするが、文部大臣の御意見を承りたいと思います。これにつきまして、ただいま文化章の問題もありましたが、文化章は最高の文化勲章でありますので、そうやたらにこれが與えられるものでもなし、少しポピユラーな、年に一囘くらいの、いわゆる文部省あたりの主催になるそうした文化祭というような形式のもので、その優秀なものに對して、たとえば文部大臣賞とかいうようなものが簡單に與えられるようにして奨勵するとか、あるいは一定の演藝人竝びに映畫人のレベルを定めておいて、これに適つたものが一流のものであり、また二流のものである。またそれ以下のものがこの程度のものであるというような限界があつてもいいのではないなと考えております。これにつきまして、最近經濟力集中排除の法律案が上程されるとか承つておきたいのですが、これが經濟力の集中になるかどうかという御意見も、文部大臣から承つておきたい、こういうふうに考えております。二、三簡單に御意見を承りたいと存じます。
#25
○森戸國務大臣 石田君の御質問でありますが、御質問の趣はまことにごもつともでありまして、私もほとんど同様に考えておるのであります。國民娯樂の點につきましては、殊に石田君は關心の深い、多くの造詣をもつておられる方ですので、そのお話は特に傾廳に値すると存じております。實は檢閲がなくなりましたと時を同じうして、日本の藝術が非常に退歩しました現状にあることは、實際に御承知の石田君から申されたのでありまするから、これはその通りであろうと存じております。ただ藝術の非常に遲れたというとは、檢閲がなくなつたからということが、おもな原因であつたかというと、それについては、私は必ずしもそうではない。それも一つの原因ではあろうが、戰爭後の日本の諸状況というものが、物質的にも精神的にも、民衆娯樂を含めた藝術的なものを育て上げる上に適當でなかつたということが、最も大きな原因ではないかと存じております。ですから、檢閲制度をよい意味で復活いたしたとしても、そのレベルをそのことによつて上げるということは、なかなかむずかしいのではなかろうか。これに對してはむしろそれと同じに、お話の奨勵といいますか推薦の制度というものが、お話になつたように最も適當ではないか。惡いものをずんずん除いていくよりも、こういうものがいいのだということを、適當な形で、從來文部省が推薦をしておりましたが、これはどうも非常に評判が惡かつた。だから文部省で推稱したものは見に行かぬと言う人もあつたようでありますが、そういうことではなく、實際の現實を離れない適當な、審査員が選んで、これはいいものであるという折紙をつけたものについては、國家も適當な考慮をするということでよい、よいものを薦めていくということが適當なのではないか。よいものは割合少い、惡いものは非常に多いのですから檢閲制度をすると、やたらに苛酷なものになる心配もあるので、いいものを選ぶことにすれば無理もなく進んでいくのではないかと私は存じておるのであります。そうして御心配になりましたように、實は日本におきまして、もう一つの傾向からいうと、日本人のつくつた殊に大衆藝術がいろいろの點で重視されるようになりはせぬかという御心配は、これも至極ごもつともなことであると存じます、しかし、これは私は、そういう危險は著しくあるが、必ずしもそうはまいらないとぞんじます。けだし、藝術にはやはり國民の感情というものが反映されておりますので、どうしても外國のもの、た國民のつくつたものにはそういうものが缺けておるという點から、ある點の制約があると存ぜられます、しかしそのことは、日本の藝術が戰爭のために、大衆藝術も含めて非常に遲れたので、これはあらゆる努力をして取返さなければならぬと存じております。そういう點で、これは石田君のように民衆娯樂に御關係になつておる方々、また觀衆あるいは聽衆竝びに政府ともに、この局面に大きな努力が必要であらうと存じております。
 なお經濟力集中排除が、映画館の問題にどういう關係があるかという點は、これは私實は詳しく存じておりません、むしろ安定本部総務長官の方に聽いていただくことが適當かと存じますので、私からは控えたいと思います。
#26
○石田(一)委員 ただいま私の言つたのは、檢閲制度がなくなつたから退歩したという意味ではなかつたのであります。檢閲制度をなくして、自由に思うままに腕を揮わした結果、戰爭當時の何というのですか、虐待された状態の人たちばかりが虚脱状態に陥つたというか、何ら一歩も進むという――その努力はあつたでしようが。そんな努力も見えないで、十五年も二十年も前の古いものをひつぱり出してやつておるという傾向があるので、この邊に少し嗜好的な意味をもつたものを與えた方がいいのではないかという意味であります。ただいま文部大臣のいいものを奨勵していくという方針は、まことに結構だと思いますので、ぜひ具體的なものをつくり、われわれも大いに検討してやりたいと思います。
 最後に經濟力集中排除に關する法律案につきまして、これが安本の方の關係だとただいまおつしやいましたが、これはたいへん文部大臣は勘違いをしていらつしやるのではないかと思います。たとえば一つの興業師といいますか、事業家が撮影所を自分の同じ資本で經營し、撮影した映畫を自分で經營する配給所で日本全国に配給ししかも同じ資本系統における映畫館をもつていて、この一番最初に撮影した自分の會社のものを自分の會社の映畫館でやる。この三つの機構を全部一つの資本のもとにする。もしこれを撮影所を分離し、配給を分離し、映畫館も全部分離し、それぞれ違つた資本のもとに行わせたならば、そのときにできる映畫の方が、よりよき文化性を保ち得るか、藝術性を保ち得るか。それとも現在のままのような一つの資本の中にこれだけの部門を集めて、自分でこれをつくつたのでは、大衆が來ないので損をするかもしれないけれども、會社の対面にかけて、映畫館は自分で經營しておるから、損を覺悟でいい映畫をつくつてみようという映畫をつくつて自分の映畫館でやつてみて一應損することはありましようが、しかしこれが今に提出されるだろう法案で分離されるという形になると、撮影所は結局自分の映畫館を持たないし、自分の配給所を持たないのですから、できる限り各配給所、各映畫館が飛びついてきて、もうかるような映畫をつくろうという傾向になりはしないか。こういうふうな觀點から御意見を伺つたのでございまして、經濟的な問題でなくて、よりよき映畫をつくるのに、撮影所、配給所、映畫館をそれぞれ異なつた資本で經營するのがいいか。それとも現在の状態にあるような撮影所も配給所も映畫館も一つの會社によつて經營されておるこの方がいいか。この點を伺いたい、こういう意味であつたのであります。
#27
○森戸國務大臣 その點では經濟力集中の時にも、いろいろな産業の過程がありまして、製造とか配給、ある點では消費というものまでを一つの事業にするか、それをわけてやるかということ、それがつまり經濟集中のときに一つの問題になるわけなのであります。映畫館、つまり映畫事業の問題もそういうところで問題になるということを私は申したわけであります。ただ文化的な觀點からいうと、それが統一的にされた方がよい映畫がてきるのか、あるいは分離した方が競争的にいいのができるかという問題があるのでありますが、これはただいま私としては、すぐにお答えするだけの用意をもつておりませんが二面的な觀點があると思います。
 それから先ほどお答え申すのを忘れましたが、よい藝術を積極的に表彰いたしていくについては、今日行いまする藝術祭というものがありますが、これはむしろ古典的な藝術の保存というところに重點がおかれておるのでありまして、これだけでは不十分であつて、他面では藝術祭というようなもので、古典的でない、活きた民衆的なものもこれに取り入れと、しかもそれらのものについても、適當な表彰制度をつくつていきたいというふうに私どもは考えております。
#28
○森山委員 先ほどからお話がありましたが、農村文化の問題であります。われわれも農村組合をこしらえておりましていろいろやつておりますが、結局は、縣廳の中に文化問題について特に興味をもつていろいろ斡旋をしてくれるような人がいないのでありまして、われわれとしては、地方自治體の特に縣廳の中に、文化部のようなものがあつてほしいと思うのであります。これに對しまして、文部大臣はどういう御意見をもつておられるか、第一點としてお伺いしたいと思います。
 それから第二番目に、先ほどからたびたび話が出たところの登呂の遺跡でありますが、實は私はひじように墓掘りす上手でありまして、十數年以來古墳を發掘しておるのでありますが、この登呂の遺跡の居住の跡というものは、これを突き止めるということは困難であります。宮崎縣の西都原が長年発掘されましたが、とうとう完結するまでに至らなかつた。しかも莫大なる費用を要するのであります。ところがさいわいなことには、こういう古人文化の跡というものは、ある程度掘つてみますれば想像がつくのであります。それからそこから出て來た品物にあまり拘泥すると、また間違いが起るのでありまして、先ほどから黙つて聽いておりますと、全部を発掘するというお話でありますけれども、私の考えでは――行つて見ませんけれども、全部発掘しなくても一部発掘してみれば、これに對する費用とか、すべてのことが判明すると思います。ですからそう大した経費はかからぬうちにわかると思いますからその點は文部省として、ある程度目標がつくまでのことをぜひ御面倒を見ていただきたいと存じます。それからこの発掘者は、大概學者は、特に考古學の學者は少し頭が變でありまして、實は掘り出したら、どこまても掘りたい。費用などは全然考えないで、ただ掘りたい一心でありますから、その人たちの言うことをあまり聽きますと、たいへんなことになると思います。でありますから、その邊もよほど考慮に入れなければならぬと思うのであります。
 それから登呂の附近には必ず古墳があるということを私は想像しております。この古墳を掘つてみればすぐわかるのであります。この文化の問題については、先般も文部大臣に對する御質問の中に今の文化をさらりと捨てて新しい文化をやるつもりかというような質問があつたようでありますが、御承知の通り、さらりと捨てられるようなものは文化ではないのでありまして、古代のわれわれの祖先が築いたところの文化の上に、さらに進んでいくところに文化があるのでありまして、この古代文化を無視しては、文化はないのであります。そこで私はこの古代文化をぜひ研究しなければならぬという觀點から、ここに改めて文部大臣にお尋ねしたいことは、これは私の念願でありますが、日本の歴史を明らかにし、また東洋の歴史を明らかにするために日本の皇祖の古墳を発掘することだと思います。これは決して皇祖を輕別するのではありません。またそういう考えでなくして、われわれは日本の歴史を明らかにするために、にほんの二千年前からあるところのこの古墳を発掘してみたならば、必ずこれにはりつぱな文化の跡がありまして、そうして日本の過去の歴史が明瞭になると思うのであります。これは實は朝鮮の王族の古墳を私が行つて発掘したことがありますが、これを発掘してみましたところが、やはり朝鮮の王族の先祖であるという古墳の約四千年くらい前の墓がありました。しかもその中から出てきましたのが金環からすべての純金だけでも二貫目ははいつておりました。ひすいの玉が五萬個はいつておりました。そういうわけでありまして、その點につきましては、日本と朝鮮との關係がどうなつておるかということを見るには、やはり古墳を掘つてみなければわからないのであります。私は日本の過去の文化を明らかにするためには、一番丁寧にまつてあるところの皇祖の古墳を調べてみる必要がないか、こういうことを考えておりますが、いかがでありましようか。
 その次に先般から、日本の古美術が外國に流出するという話がありますが、これはさようでありましよう。ところが實は外國に流出するどころではなくて、われわれは過去におきまして、日本のりつぱな文化の、しかも文献が、當局の壓迫のもとに焼却されたことを知つております。そう遠い昔ではありません、戰時中であります。とにかく何か皇室に少しでも差障るようなものは、不敬罪だということで、みんなぶち壊されたのであります。御承知の通り茨城縣の竹内文庫というあの事件でありますが、これなどは古代文字が千三百冊あつたのであります。しかも裁判所がこれを不敬罪なりと稱し、偽物なりと稱して取上げました。その他これにはいつておるところの種種なり古代の品物が千三百八十點ありました。これも裁判所が押収したまま返しません。鵜澤博士がこれに一生懸命になつて辯護したのでありますが、とうとう竹内のおじいさんも懲役六箇月という、ことになりまして、不敬罪でぶち込まれたのであります。かような次第でありまして、わが國には古いよい文化があつつたのでありますけれども、とにかく最近皇室に少しでも差障りがあるということになると、ただちに不敬罪ということで取上げる、ぶちこむということがありましたので、實は現在海外に逃げるよりも、日本の内地にはたくさんの文献があるということを知つてしかし過去の經驗上、うつかり出すとすぐ報告されるということで、黙つて持つておるものがあります。そうしたような文献を、私は今日遠慮なく取出して、そうして一つの材料とするということは、大事な日本文化の將來のためにも必要だと思いますから、この點につきまして、文部大臣は、もしそうたようなもくろみがありました場合には、これを積極的に御援助なさる氣持があるか、それとも過去のように、壓迫した方がいいというお考えでありますか、一つお伺いしたいと思います。
#29
○森戸國務大臣 第一の御質問は、縣廳に文化を理解する人ありや、部か課が少いので、そういうものをひとつつくつてはどうか、そういうものに對する文化省の考えはどうかという御質問であつたと思います。至極ごもつともであると思います。各府縣においてもあるいは民生部とか學務部とかいろいろな一つの部の中に課あるいはその他として、文化を取扱うものも含まれておるのでありますが、それが獨立した一つの局になるということは、きわめて望ましいことと思つております。ただそれはおそらく地方の財政などに多く關係しておりますので、そういう問題と結びつけながら解決されるべきではなかろうかと存じております。私どもといたしましてはそういう理解のある人が、しかも一つの獨立な課とか部とかいうものをもつて文化の問題を取り扱うことが、日本の行かんとする目標から見てふさわしいことであろうと思つております。
 それから登呂の遺跡の発掘その他についての專門家としてのいろいろな御意見は多くの參考として承つておきます。なお一部掘れば大體わかるから、全部は掘らぬでもいいだろうというようなお考えについては、これはその點も一つでありますが、全體の聚落の關係等を見ることも必要であつて、場合によつてはできるだけ一つの聚落全體を發掘してみるという必要も起るかもしれませんが、これはその實際の状況によつて進めていきたいと思います。またいろいろ過大な要求が、專門家としては起るということでありました。これは實はごもつともと思うのでありますが、これは日本の經濟状態から、なかなかそう十分なことはできませんから、そう御心配はなくてもよかろうかと思つております。
 それから第三の點は、日本の歴史の研究の上で、古墳の発掘というものが非常に大きな地位を占めておる。それでその一つは皇祖の古墳の発掘ということもたいへん必要ではないかということでありまして、これにつきましては他に考慮すべき點もありまするので、有力な御意見として承つておきたいと思います。
 それからその次に美術が外國に逃避するということでなく、ずいぶん日本でも美術資料が不當な扱いを受けておるということであります。これもごもつともでありまして、私も同感であります。しかしその状態は、實は今日でもはや、少くとも法制上ではなくなつておると思いますので、もとのようなことはないと思います。あつたといたしましても、これは内務省はそのうちになくなるでありましようが、そちらの關係でありまして、文部省はこれを管掌する省ではないのでありますから、どうかその點御了承願いたいと思います。
#30
○森山委員 先ほど私が申しましたのは、登呂の遺跡を全部掘つては惡いというのではないのではありまして、ぜひ掘つていただきたいが、一部掘つてみて非常に有望であつたならば、ぜひどしどしやつていただきたい。とりあえずその目鼻がつく間は文部省として考慮していただきたい。これが一番の眼目であります。
#31
○山名委員 文部大臣お急ぎのようでありますので、簡單に伺いたいと思います。一つは、從來本委員會でもお話が出ましたし、また論議があつたようでありますが、日本の重要な國賽あるいは古美術の保存については、萬遺漏のない保護保存の方法を講じて下さる。これは私どもも信頼しておりますが、從來のそういう保存という消極面より、今一歩進んで、積極的にこれを生み出す、世界文化にもつと貢献するような、日本獨自の創造をしてもらうということで、人の面にも相當の御留意を願いたいのであります。殊に最近貿易再開によりまして、使節團が來ておりますが、陶器などは非常に期待されておるようであります。名陶はいくらでも買いこむという話でありますが、それについて、たとえば京都の樂燒の當主が戰爭中に應召しまして、行方がわからないという状態であつたり、あるいは備前燒のかま元の相續人はおらないということでありますが、これらについては當局の御留意を願つて、最前お話のように、文部當局主催の藝能祭とか藝術祭、こういうような催しをして、名工、名陶というようなものの感謝激勵をする、これをぜひ企てていただきたいと思うのであります。そういうような點で、文部当局の主催あるいは後援で近いうちに藝能祭などをやるお企てがありますかどうか。
 もう一つは農村文化であります。これは經濟面だけでなしに、日本の思想、平和再建、あるいは文化の再建は、農村にありと確信しております。ほとんど農村青年の藝能と申しましても、鼻つまみものであり、スポーツと申しましても男女の戯れごとであつて、指導性もなければ、もちろん施設もない。こういう問題に對して文部省はどれだけ積極的な御施設をお考えになつておりますか。最近承りますと、文化費が雀の涙ほどである。こういうことでは、口には相當文化國家と言つておりますが、實際問題としては、私は文化の推進ということはできるものではないと思う。もつと物に對して積極性をもつてもらいたい。文部大臣の御所見を承りたい。
#32
○森戸國務大臣 ただいまの御質問の第一點は古美術あるいは國賽というような保存の面とともに、新しい美術藝能というものを興さなければならない、殊に輸出の面に即しても、その點が痛感されるのではないかというお話でございまして、まことにその通りと思います。純粋な藝術とともに私どもは日常に藝術をもたなければならぬ。それは私は美術工藝の面であると思います。私どもは、生活から多少離れた床の間に置かれるような藝術とともに日常の生活で常に接しておる用品において、うるわしさをもたなければならない。たとえば、食器において、着物において、讀む本において、みなうるわしさをもたなければならない。それは美術工藝の擔當すべきものであります。こういう側面においても美的なものが促進されなければならぬと思うのであります。私どももできるだけそういう側面を、美術が工業と結びながら進んでいく、大量生産となつて日常の生活に結びつきながらうるわしさが國民に浸透するように考えていかなければならない。だから、いわゆる純粋な藝術家とともに、藝能人というものも、高く評價しなければならないと思つておるわけであります。こういう意味で、私どもは、すぐれた古典的な藝術家とともに大衆の中にうるわしさをもつておる藝能的なるものについても十分な敬意を拂い、表彰の途も講ずべきだと思つております。この意味で、私どもが藝術祭と並んで藝能祭というものを企画しておるのは、そこにしゆがんがあるのであります。
 第二の點は、特に文化のレベルが低くなつておる感じがあるということであります。これは私はただ農村を責めるのは多少酷だと思います。日本全體において、戰爭の後には、あるいは世界的にも、文化の水準が戰爭という大きな衝撃のために落ちております。殊にそれが農村において著しいというふうに理解していただく方が、妥當なのではないかと思つております。ところでそれに對して文部省はどういうことをやつておるかということになりますが、これは一方では公民館の運動をしておる、その他それを通してのいろいろな運動なり、青少年團あるいは婦人會等の運動も、實は文部省が直接擔當しておるのではありませんが、そういう側面から正しい文化が農村に目覺める要にと考えておるのであります。一方では學校を通し、他方ではさような社會教育の面を通して、新しいよい文化なるものが、農村においても根を張るように熱望しておるのでありますが、これについては私どもは、結局は民主的なものでなければならぬ。ことに婦人團體、青年團體などが新しい日本をつくる力として、正しい形の文化的なるものを把握していくようにと念じておりまするし、さような努力をいたしておる次第であります。
#33
○佐々木(盛)委員 大臣お急ぎのようでありますので、きわめて簡單にお聽きしますが、例のローマ字の問題であります。これは日本の新しい國語の發展進歩というような見地からも、また國際的な立場からも、非常に必要であり、かつ重要なことでありますが、そのローマ字が、今、日本で大體二つのシステムが行われておるのであります。今までやつておりましたヘボン式のローマ字法というものが、その後、戰爭中でありましたが、訓令式というものが文部省によつて採用され、大體これが一般的に普及されつつあるように聞いておるのであります。ところがこの訓令式のローマ字が全然國際性がない、國際的な適應性が非常に乏しいのでありまして、今、日本が當面いたしております、たとえば貿易再開の場合におきましても、このローマ字のために非常な不安が起つておる。また將來日本が國際社会へ文化國家として復歸いたしまする場合におきましても、非常な障害になりはせぬかというふうなこともあるのであります。私のつきあつておりまする外國人などは、ことごとくこの訓令式には反對をしております。二、三日前でありましたが、UPの東京の支局長をやつておりますミスター・ホースライドから私の所へ手紙がまいりまして、どうしてもヘボン式に復活してもらいたいということを申しておるのであります。そうして、その中にも殊に指摘してありますが、たとえば貿易再開の場合におきましても訓令式のローマ字だと商品の名前とかその他においても、日本の輸出貿易の上に非常な混亂と損害を與えるような場合が非常に多いというようなことがいろいろと書いてあります。詳しいことは時間の關係上省略いたしますが、そういうふうにいたしまして、最近外國から參りまする新聞電報特にジヤパン・タイムズなどを讀んでおりましても、ことごとく反對であります。またこちらにおります連合國の人々、あるいは新聞記者なども、これにことごとく反對しておりますし、かつまたマツカーサー司令部におきましても司令部ではヘボン式を採用するように希望しておるようなわけであります。私は一日も早くヘボン式への復活を望んでおるわけであるますが、當委員會にも請願なども出ておりますし、われわれの仲間でも近日中に決めなければならぬことになつておりますが、文部當局といたしまして、この訓令式竝びにヘボン式の問題についてどういうふうな考えをもたれておるか、ヘボン式の復活をお考えになるかどうかということを、お尋ねしたいと思います。
#34
○森戸國務大臣 ローマ字の問題でありますが、大きく考えて、日本の國字としてローマ字を用いるかどうかという問題は、實は早急には決し得ない問題でありまして、これは私ども、國語、國字の研究所を設けてこの問題を決定いたそうとしておるのであります。そこで、そういう問題とは別に、今日行われておるローマ字をどういうふうな形式によるべきかということが、ただいま御質問になつた問題であるのであります。すなわちヘボン式によるか、訓令式によるかという問題であります。訓令式はヘボン式と日本式との折衷的な形でできたものと考えられておりますが、そういう點で、双方のよさも惡さをももつておると考えられるのでありますが、今日こういう二つの方式が存在しておるのでありまして、どちらをとるかということが問題になるわけであります。これはただいま御質問にあつた通りでありまして、實は國内においても二つの考え方がありますし、また外國においても二つの考え方が存在しておるのであります。そこで當局といたしましては當局が勝手にこれをきめるというよりは、むしろ專門家――これはただに言語學上の專門家のみならず、實際に言葉を使うという意味の專門家を含めた委員會をつくつて、それによつてこの二つの方式のいずれによるべきかを定めていただくことが適當であろうと存じまして、實はこういうことを考え、そういう運びに進もうとしておるのであります。從つて文部省は一體どちらをとるかという御質問に對しては、はなはだまつすぐなお答えはできませんけれども、當局としてただいまそういうふうに考えておるということをお答え申すよりほかにないのでありまして、御了承を願いたいと思います。
#35
○佐々木(盛)委員 不滿足ですが、時間がございませんのでこの程度にしておきます。
#36
○福田委員長 諸君にお諮りいたします。實は文部大臣は參議院の方に委員會がありまして、非常の出席を促されておりますので、あと政務次官竝びに柴沼政府委員もおられますので一應この程度にして、委員長から委員各位に成り代わつて文部大臣に御挨拶を申し上げたいと思うのでありますが、いかがでありましようか。
    〔「異議なし」という呼ぶ者あり〕
#37
○福田委員長 御異議がありませんから一言委員長として文部大臣に御挨拶を申し上げます。
 森戸文部大臣には御多忙中のところを前後二囘にわたつて本委員會に出席せられ、國務大臣として文化省設置問題に關し、また政府の御提唱にかかる新日本建設國民運動に關してるる御説明の上、御懇切なる御答辯を賜りましたことは、まことに委員一同感謝にたえません。
 終戦後の國民的標語としての文化國家の建設ということは、實はあきらめの気持に出たものでもなく、慰め言葉でもないのでありまして、われわれはぜひともそこに積極的な意義を見出して、希望と光明のよすがとし、努力と發展の目標といたさなければならないのであります。つきましては政府におかれても、今後一段と文化行政の體系の樹立に邁進せられんことを祈つてやみません。もちろん個々の文化現象につきましては、その行政の技術と方法とを、かなりお考えになつているように見受けますが、しかし教育行政、出版物行政などのあらゆる部門を含み、しかもそれらの單なる總和以上に立つ、高次の行政體系の樹立は刻下の急務といわなければなりません。文化行政が警察行政の中にでも含まれるようになつたら、それこそたいへんであります。われわれが森戸國務大臣に期待するところで多いのは、この點であります。
 次に新日本建設國民運動につきましては、森戸大臣はしばしば中國の新生活運動を引合ひに出されました。あの中國新生活運動は、御承知のように實に徹底したものでありました。戰爭中、重慶の婦人たちは、かつて女中だけしか著なかつた紺色一色の隠丹志林を身につけながらも、その文化生活はまことにゆたかであつたのであります。たとえば、南京が映畫館を六つもつていたのに對し、重慶は連日爆撃を受けながらも、なおかつ八つの映畫館をもつて、しかもそれを毎日上映していたのであります。さらに、かの蒋介石氏の「中國の命運」といふ著書があります、これは實際的の執筆者が陶希聖、高宋武の二氏であつたことは公然の秘密でありますが、獨裁政治と民主政治との區別はありますけれども、現内閣における陶希聖、高宋武に當たる人はまづ森戸大臣に指を屈しなければなりません。森戸大臣が理想家情熱家であられまた戰爭中、名著「戰爭と文化」を世に問われたことは、人の知るところであります。鐵は赤いうちに打てと申しますが、本運動の要綱はすでに六月二十一日に御發表になつております。その後いろいろと手をお打ちになつておりましようけれども、先日來、この委員會でしばしば問題になつておりますように、地方農村の文化は、まだまだ低いものがあります。大臣は要綱に示された七項のうち、一項目でも二項目でも實現すればいいとおつしやいましたけれども、どうかご遠慮をなさらずに、七つの項目ことごとくが實現せられるよう邁進せられることが、文化國家の再建になると存じておりますから、一層の御奮闘をお祈りいたしながら、委員會の名のもとに、心から感謝いたします。
#38
○竹尾委員 議事進行について――森戸大臣の御出席をいただきまして、非常にご熱心に皆さんご審議くださいましたが、本会議も始まつておりますので、本日はこの程度にしていただきたいと思います。
#39
○福田委員長 ちよつとこの際報告事項がございます。二十二日、二十三日の兩日にわたつて、本委員會から委員七名が靜岡市の登呂遺跡発掘の現状を視察いたしたのでございます。ついては榊原委員から簡單に御報告をお願いいたしたいと考えるのでございます。榊原千代君。
#40
○榊原(千)委員 八月二十二日私ども七人の者が議會から派遣せられまして、現地を見學にまいりました。豫定されております発掘の總坪數は二十萬坪でございまして、これは昭和十八年に發見されたものであります。發見されるに至りました端緒は、初め軍需工場をそこに建てますつもりで農耕地の半分の土を掘りまして、そうしてその一方へと盛り上がりましたときに、何かそこから出てきたので、土地のそういうことに興味をもつております人が、早速東京にかけつけまして、學者にそれを報告いたしましたところ、東京の各考古學者が早速そこにはせ參じまして、實地に調べたのだそうであります。しかし、當時は戰爭中でありましたから、何とも手のつけようがなくて、ただその學者たちは内密に少しづつ研究を進めていたのであります。それが本格的に発掘を進めるようになりましたのは本年の七月十四日、縣、市その他から少しばかりの豫算ができて始められたのであります。農耕地は六萬坪ほどありまして、聚落としての農耕地をも含めたようなものが発掘されるに至りましたのが最初でありまして、これがうまく発掘されますと、あるいは東洋におけるポンペイのようなことになりはしないかと、學者たちは期待しているわけであります。部落にも家が建つていたと想像とれるのは、土臺石の代わりに杉の木が四隅に埋められております。それを掘り出してみますと、かなり鋭利な刃物で切つたような、巧みに切られているようなことも見られますし、また農耕地も六百坪単位でそのまわりに畦道が杉の木によつてきちんと列べてつくられているのであります。そこから出てまいります道具なども、いろいろりつぱなものが出てくるのであります。つぼにいたしましても、あるいは機織の器具と思われるやうなものにいたしましても、ほとんど農民藝術といつていいようなりつぱなものが出てまいりますし、また珍しいのは、ガラスでこしらえたビースのようなものが発掘されております。あるいは指輪かと想像され、腕輪かと想像されるような銅の道具も出てまいりましたし、その他動物の骨、あるいは桃の種、きうりの種、稲などが発掘されてまいります。これが今後いろいろ經濟學者とか、社會學者とか、あるいは植物學者などのそれぞれの各方面の學者によつてもよく研究されましたならば、今まで神秘化されておりました日本の歴史に、かなりに貢献するものがあるであろうと期待しておるわけであります。單に日本歴史に貢献することを期待するのみならず、世界的な、學門的な貢献となるであろうことを期待して、しかし一生懸命に私ども文化委員としても、これを何とか援助したいと努力しておる次第であります。當日私どもがまいりましたときに、學生や學者が一へらずつ大切に発掘しておりましたし、村の青年たちは、それらの學者、學生にあるいは食事を備えるために、あるいはそれらの人たちのために洗濯をしたりして、一生懸命それに協力していたということをも、併せてご報告を申し上げます。以上簡單なから御報告申し上げます。(拍手)
#41
○福田委員長 本日はこれにて散會いたします。次會は公報をもつて御通知申します。
    午後三時四十二分散會
ソース: 国立国会図書館
姉妹サイト