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1962/12/07 第41回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第041回国会 法務委員会 第8号
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1962/12/07 第41回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第041回国会 法務委員会 第8号

#1
第041回国会 法務委員会 第8号
昭和三十七年十二月七日(金曜日)
    午前十一時九分開議
 出席委員
   委員長 高橋 英吉君
   理事 池田 清志君 理事 小島 徹三君
   理事 田中伊三次君 理事 林   博君
   理事 井伊 誠一君
      稻葉  修君    上村千一郎君
      唐澤 俊樹君    竹山祐太郎君
      千葉 三郎君    松本 一郎君
      阿部 五郎君    赤松  勇君
      猪俣 浩三君    河野  密君
      片山  哲君    志賀 義雄君
 出席国務大臣
        法 務 大 臣 中垣 國男君
 委員外の出席者
        警  視  監
        (警察庁保安局
        長)      野田  章君
        法務事務官
        (矯正局長)  大沢 一郎君
        判     事
        (最高裁判所事
        務総局刑事局
        長)      樋口  勝君
        警  視  正
        (警視庁防犯課
        長)      乗本 正名君
        専  門  員 小木 貞一君
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 法務行政に関する件
     ――――◇―――――
#2
○高橋委員長 これより会議を開きます。
 法務行政に関する件について調査を進めます。
 質疑の申し出がありますので、これを許します。赤松勇君
#3
○赤松委員 御承知のように、本委員会の国政調査の重点は、いわゆる暴力団の一掃、善良な国民の不安なき生活を確率するというところに重点を置きまして、従来調査を進めてきたわけでございます。はなはだ遺憾でございますけれども、関西方面に例をとれば、尼崎あるいは姫路というような方面では、なお暴力団がばっこしておる。私、この間姫路へ参りまして聞いた話でありますけれども――これは間接的に聞いた話ですが、あそこの警察署長は、警察官の異動を行なわなければ、とても姫路の暴力団を一掃することは困難である。つまり、長期にわたって暴力団との因果関係ができ上がっておる。従って、予算の関係があってなかなか困難ではあるけれども、この異動をやらなければ暴力団の一掃は困難だということを語っておったようであります。私は、むろん予算の問題はございましょうけれども、局長も御案内のように、一定の場所に多年勤務しておりますと、人間でありますから、いろいろな因果関係ができてくる。これを全国的な視野に立って配置転換をするということは、別に予算を伴う問題ではないのであって、ぜひこういう点については格段の配慮をする必要があるのではないかというように考えるわけであります。もちろん、これは国家警察に移行しましたけれども、ある程度自治体のそれに依存しておる面がたくさんあるのでありますけれども、そういう方向にこれを異動していくというようなお考えはないでしょうか。この際お伺いしておきたいと思います。
#4
○野田説明員 暴力団の取り締まりにつきましては、かねてから警察の主力をあげて対処しておるところでございまして、各府県とも暴力団の取り締まりの本部を県本部に置き、かつ主要な暴力団のおります大都市等につきましては、地方本部あるいは地区本部という形で取り締まりの体制を整備してやっておるわけでございます。
 姫路の場合は、これは私、三年間、五月まで、兵庫県の本部長をしておりまして、よく承知しておりますが、姫路にも、すでに三十三年ごろから暴力団取り締まりの地区本部を置きまして、特に姫路には警察が三署あります関係から、方面の取り締まり本部も置きまして、県本部から調査班を常時応援派遣してやっておるという状態でございまして、この署員の異動を行なわなければ一掃できないという意味がよくわかりませんけれども、私、そこに本部長でおりましたときから、姫路の暴力団というものにつきましては、相当徹底した取り締まりをやってきております。おそらく現在の捜査の方法なり実績ではまだまだ不十分な点はあると思いますけれども、しかし姫路における暴力団の取り締まりが、いわゆるくされ縁等で困難であるという事情はないと思います。ただ、もしそういう点があるとすれば、御承知のように、播州の平野だものですから、比較的駐在所の警察官その他で農地を持っている警察官等もありまして、その住宅とか農地の関係で姫路の勤務の警察官が長期であるという事実はございます。しかし、これは暴力団との関係ではございません。ですから、そういう面におきましては、姫路の暴力団というのは、駅周辺にある売春と結びついた暴力団、岡山との県境方面に伸びている暴力団等もございまして、この対策を特に強化していかなければならないと思いますけれども、しかし異動云々の問題はそれとは関係のない問題であろうと思います。警察庁といたしましては、この暴力団に対する取り締まりにつきましては、今後も、ただいま申しましたように県本部あるいは方面本部、地区本部という形で県の警察取り締まりの体制を整えますと同時に、これらの姫路等につきましても、地元の市民の協力を得まして、被害の申告なり、暴力団の行為に対する早期の届出なり、そういう方面からできるだけこれに力を注いでいきたいというふうに考えております。
#5
○赤松委員 兵庫県に在職されておりましたならばよくおわかりだと思うのでありますけれども、関西へ参りますと、暴力団の巣くつは尼崎と姫路であるということが一般に言われておるわけでありますが、この点については、一つ勇気を持って暴力団に対する徹底的な検挙をやっていただきたい。例の釜ケ崎事件が起きまして、そうしてこの委員会から調査団を派遣したわけであります。私が現地調査をやりまして得ました確信は、御案内のように、一口に釜ケ崎と申しますけれども、あそこのベッドはおそらく東京の高級ホテルよりはるかに高いわけです。それからいろんな社会の落後者と言いますか、ルンペン、プロレタリアと言いますか、そういう人たちがあそこに多く住んでおります。しかし、これを一定の施策を施して更生させれば絶対にできる。そうして全住民構成の二割を暴力団が占めておる。この二割の暴力団を徹底的に検挙して、残る八割は非常に善良な市民でありますから、この善良な市民に対して更生の方法を講ずれば、私は一挙に更生できるという自信を得ておるわけであります。ところが、その二割の暴力団というものは、なお今日公然と釜ケ崎に巣食っているわけです。私ども驚いたことには、調査団が署長を先頭にずっと行きますと、変な黒い帽子をかぶって、細いズボンをはいて、何かあんちゃん気取りのやつが道にずっとたっているわけです。われわれの姿を見るとぱっと逃げるのです。逃げ込む家を見ますと、何々組という組の事務所なんです。事務所の中をのぞいてみますと、何々組のちょうちんがずっと並んでおる。それと同時に、鉄かぶと、木刀、そういったものが公然と事務所に陳列してあるわけですね。これは、いざけんかというときには、それぞれ鉄かぶとをかぶり、ちょうちんを持ち、木刀を持って飛び出す。そういうように白昼公然とけんかの態勢ができ上がっておるわけです。今の法律でこれを取り締まるということはなかなか困難であると思うのでありますけれども、しかし、すでに相手に対して暴力を加える武器を公然とそこに並べてあるのでありますから、やはりこういう点については、その撤去を求めるとかすることは私は可能であると思うのであります。要するに、あんちゃんの背景をなすものは何であるかというと、この鉄かぶとであり、木刀であり、あいくちであり、拳銃である、こういうことになるわけであります。従いまして、こういう点についても一つ格段の注意をしていただきたい、こう思います。
 それと同時に、私は思うのですが、最近映画あるいはテレビなどを見ましても、映倫の存在は、私はエロチシズムを取り締まるということだけでなしに、むしろあれなんかは、いわば頽廃的な傾向で、これはある程度思想的な教育その他によっても是正できる。しかしながら、そうでなしに、今殺し屋といったようなものがどんどん、これは輸入映画だけではありません、日活その他でこういうものがどんどんつくられている。映画の影響というものは非常に大きいものです。しかし、これは今野放しになっているというのが現状なんです。この間も新聞でやかましく言われておりましたが、例のほとんど本物の拳銃と違わないような玩具のピストルが出ている。これなども私は、業者がつくってもうけたいという気持はよくわかるのですけれども、これが社会的にどんなに悪用されておるかということは、私が申し上げるまでもなくよく御存じだと思うのであります。こういう一連の暴力を助長するような傾向を克服するために、私は、警察庁として一定の方針を立てて、これに対して断固とした取り締まりの方針を打ち立てて実行していくことが必要じゃないかと思うのですが、こういう点についてはいかがでございましょうか。
#6
○野田説明員 暴力を是認する、あるいは暴力を容認するというような社会風潮が存在することは治安上非常に重視すべき問題でございまして、やはり法を意識的に無視し、軽視し、あるいは暴力を是認するという風潮に対しましては、あらゆる機会に適切な方法を発見してこれを是正していかなければならないというふうに考えております。先ほどちょっとお話がありましたいわゆる暴力団、ぐれん隊等の持っているいわば凶器になるようなものにつきましては、これは銃砲刀剣につきましては、銃砲刀剣の所持禁止の法令によりまして取り締まっていくように努めております。現に御承知のように、尼崎等でたしか三十五年の三月初めと思いますが、組同士の乱闘事件がありまして、それを契機に尼崎等におきましても暴力追放の市民運動も非常に強くなったわけでございまして、自来暴力団等の公然たる活動につきましては相当是正はされてきておると思うのです。兵庫県の暴力の取り締まり等も、三十四年に約二千件、三十五年に三千五百件、三十六年には約五千件というふうに、非常に暴力関係の事案の取り締まりは強化されております。その間に凶器の不法所持とか、あるいはいわゆる集団的な暴力のための集合は、いわゆる凶器準備集合罪あるいは銃砲刀剣不法所持という形で乱闘直前に押えているという例が毎年約十七、八件あるわけです。そういう形で、暴力団の情報というものがかなり前に入りますと、乱闘一歩前という段階でこれを凶器準備集合罪なりあるいは銃砲刀剣不法所持なり、そういう形で押えることができる。ですから、いろいろな情報なり動きに応じて、できる限り迅速にそれらの者を取り締まっていく。同時に、ある程度暴力関係の事案の内偵が進みますれば、押収捜索等によって合法的に入り得る機会にそれらのものを押収していくというようなことにも努めております。特に今お話のありましたように、暴力団等の暴力を助長し、暴力を是認するような動向につきましては、今後ともあらゆる機会を通じて十分な取り締まりを実行させていくというふうに考えております。
#7
○赤松委員 東京都条例の効果についてお伺いしたいのですが、その前に、局長のお耳に入れておきますけれども、実は私は名古屋なんです。私の家は名古屋でも非常に東郊通のにぎやかな十字路の角なんです。ところが、夜の七時ごろ私の家の前を通っておりました十七才ぐらいの二人の女の子に、一人の男がやって参りまして、僕の言うところに来い、こう言ってバンドをとってそれで二人をなぐりつけた。それでその二人の女の子が私の事務所にかけ込んで参りまして、すぐ一一〇番に電話しまして、すぐ来てくれまして調べました。その後どうなったかわかりませんが、そういうようにまだ七時で夜中じゃないのです。しかも私の家はそういうように通りに面したところなんです。そういうところでもってバンドで少女を脅迫するというようなことが公然と行なわれている。おそらく全国的にもそうじゃないかと私は思うのであります。これは全体的にそういう傾向をあれしようとしても、警察の力だけでは何ともならぬ。むろんこれは今の社会の仕組みにも問題があると考えておりますけれども、そういう中で、今警察官になり手がだんだん減っている。これはやはり待遇の問題もあると思うのでございますけれども、こういう点についても、やはり働く立場にあたる人なんですから、私どもが特別に警察官だけが待遇が悪い、あるいは賃金が低い、そんな考えはみじんも持っておりませんがこういう点についても、いわゆる警察官の生活の向上のために十分努力を払っていただきたい。
 次に、東京都の公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例についてお伺いいたします。この条例制定の趣旨は「この条例は、公共の場所または乗物において公衆に著しく不安や迷惑をかける暴力的不良行為、すなわちダフ屋、ショバ屋、押売り、ぐれん隊等の行為を防止し、都民の生活の安全をはかり、さらに二年後にひかえているオリンピック東京大会において明かるく住みよい東京の姿を世界に紹介してわが国の国際的信用を高めるための町作りを目的として制定したものである。」こういうように制定の趣旨が書かれているわけであります。その後、この条例は実は全国民注視の的になっております。この条例に対する非難の声は私はあまり聞いておりません。そこでこの条例制定後どんな効果があったか、あるいは暴力団の検挙数、その他こまかい数字があれば、大まかでけっこうでございますから明らかにしていただきたい、こういうふうに思います。
#8
○野田説明員 今回東京都で制定されましたいわゆるぐれん隊防止条例の施行後の検挙件数を申し上げますと、これが十一月十日に施行になりまして、三十日までの二十一日間におきます取り締まり検挙総数は二百六十六件、三百六名に及んでおります。この三百六名の中で、いわゆる暴力団の組織に加入している者が六十八名ございます。その他はいわゆるぐれん隊等の者で、ほんとうのいわゆる暴力組織加入者は六十八名でございます。なお、このうち少年が二十三名、成人が二百八十三名という数でございまして、その内容を詳しく申し上げる必要はないかと思いますが、いわゆる、ダフ屋、ショバ屋、パチンコ屋の景品買い、それからいわゆる先ほどお話がありましたようなぐれん隊的な行為、押し売り、客引き等を含めた数字でございます。
 なお、現存の段階におきましては、検挙件数はこの程度でございますが、やはり従来ぐれん隊等がしょっちゅうたまりにしておりましたような繁華街の一部等から表面上姿を消すというような現象が現われております。ただ、これが完全になくなったというのではまだないと思いますけれども、少なくとも現存のところでは表面上外に出られないというような空気が非常に強くなっているという面の効果が現われているようでございます。
#9
○赤松委員 警察官の諸君がきわめて危険な仕事に従事をされまして、都民及び国民の生活の不安を一掃するために努力をされておるということに対しましては、私は心から感謝をしております。そして聞くところによれば、超勤手当、その他についてずいぶん無理があるようでありますから、そういう点については、先ほど申し上げたように一つ十分の配慮をいただきたい。この条例は、大阪においても今問題になりましてつくられるようになり、おそらく非常な効果をあげておりますので、全国各地につくられるのではないかと思います。ただ一点、私杞憂します点は、鉄道公安制度をつくるときには、ここに猪俣さんがおられますけれども、あの当時の政府答弁は、あれは決してストライキの弾圧や労働運動弾圧に使わない、つまり第三国人が車内で暴力をふるうので、従ってそれを取り締まるためにやるのだ、あくまでその行為はその範囲に限定するのだということは、今でも速記録に残っているわけです。その後、むしろそういうことが目的でなくて、公安官の仕事は国鉄労働組合を弾圧することが目的のような形になっちゃった。むろん都条例の趣旨から申しまして、そういうことは私は万々ないと思いますけれども、そういうことはないように十分注意していただきたい、こういうふうに思います。
 なお、先ほど私が委員長にお願いしました、この条例制定の効果について都民はどのように考えておるかということをぜひ聞きたいと思いますので、理事会できまりました人たちを参考人として呼んでいただくということを、一つ委員会に諮っていただきたいと思います。よろしゅうございますか。
#10
○高橋委員長 後ほど……。
#11
○赤松委員 それでは一応参考人を呼びましていろいろ意見を聞きまして、またお尋ねすることにします。
 大臣が来られましたので、大臣に対する質問に移りたいと思います。
 前回の委員会におきまして、出射検事が東京拘置所に平沢を取り調べた問題について、それは事実であるということを立証するための書類をいただきました。これに対する私の疑点がございますので申し上げたいと思いますが、本日刑事局長は所用のために旅行されておりますので、刑事局長がいらっしゃらないときに質問をするということもなにでございますから、これは次回の委員会において質問したいと思います。
 次に、とかくの批判のございました平沢を仙台へ移されたその理由につきまして世間が非常な疑惑を持っておりますので、この際、法務大臣から明快な御答弁をいただきたいと思います。
#12
○中垣国務大臣 赤松さんにお答えいたします。平沢の仙台移送につきましてのいきさつでございますが、平沢は最高裁の判決を受けましてからすでに十年余りもたっておりまして、非常に長期にわたり拘置所に収監されておる一人であります。あの当時東京拘置所に死刑囚が十四名入っておりまして、事務的にも東京拘置所に少し人数が多いというようなことが前から言われておったのであります。ちょうど最近でございますが、いろいろ平沢救援会等が活発な活動をするようになりまして、面会が非常に多い、なおまた報道関係者の面会要求等も多いというようなことで、他の死刑囚に対する影響等も非常に心配されておりましたし、また刑務所内の秩序というような点につきましてもどうかと思われるような点が実はあったのです。ちょうど、赤松さんも御承知の通り隠しマイク事件というようなものもございまして、平沢をこのままに置くということはどうも好ましくないのじゃないか、そして宮城の刑務所を調べてみましたら、向こうは死刑囚のあれが非常に少なくて、順序もきておることだし、なおまたマスコミ等が興味本位にどんどん騒ぎ過ぎて、いろいろな意味で、もう少し冷却しなければならぬというようなことも考えまして、相談の上向こうに送った、こういうのが実は真相でございます。
#13
○赤松委員 私は国会議員であり、法務委員でございますから、平沢の事件に関しまして、その裁判の内容に立ち入って、これが白である黒である、有罪である無罪であるということをかって主張したことはないのであります。ただ私は、あくまでも再審の必要があるのではないか、今は人権擁護週間でありますから、時あたかもきのう名古屋高等裁判所におきまして、御心配をかけておりました吉田石松老人が再審を受けております。あのようにやっていただけまいか。その結果がどのように出ましょうとも、私は法の尊厳と威信を確保し、かつ世間をして納得させることができるのではないか、こういうように考える。そういう立場に立ってぜひ再審すべきである、またそういう必要があるのではないか、こういうことを終始一貫主張して参りました。今後といえども私の態度は変わりません。たまたまこの間面会に参りました際におきまして、立ち会いの看守がちゃんとメモをとっておりましたが、それをお調べになりましても、私が今申し上げましたような、この信条を逸脱するような言動は一つもしておりません。しかも平沢の態度は非常にりっぱでございました。私はすべて運命にまかせてあります。私のただいまの心境は非常に澄み切った心境でございます。しかし正しい者は必ず最後に勝つでしょう、ということを言っておりましたが、それについて私は何の反応も示さないで帰ってきたわけであります。まだ向こうは面会時間を、さらにほしがっておりました、看守の方も別に私に帰れとも言いませんでした。しかし、私はそれ以上立ち入ることは私の立場上いけないことである、こう思いまして、自分の自主的な判断で非常に簡単に、おそらく二、三分でございましたでしょうか、会いまして、そうして帰ってきたわけであります。これは私がソ連へ今年八月に参ります前から、何度も何度も手紙をよこしまして、せめてあなたの姿を一目見たい、こういうことを言って参りましたから、これも何と言いますか、私の人間性に影響しまして、向こうに参ったのでありまして、他意はなかったわけであります。
 隠しマイクの点につきましては、これはいろいろ議論もございましょう、ごさいましょうが、きょう仙台からある人の連絡がございまして、それによりますと、新聞記事によりましても、移送される場合に何か非常に秘密に、しかも自動車で仙台まで送られた、こういう話を聞き、かつ新聞で読んだわけであります。私は何のために法務省はそんな、あれはたしか深夜であったと思うが、車に乗せて、そうして……
#14
○中垣国務大臣 深夜ではありません。朝の八時半です。
#15
○赤松委員 八時半にしましても、とにかく自動車に乗っけて、そうして秘密裏に向こうへ移送しなければならぬ理由はちっともないと思うのであります。そういうことをおやりになるから、すぐに死刑を執行されるのじゃないかというように世間は疑惑の目を向ける。つまり疑わしい事件でありまして、全体が納得をしておりません。そういう事でさらに納得のいかないような取り扱いをされる。それに輪をかけまして――ことに仙台刑務所は死刑場があるそうでありまして、死刑を執行するために送ったのではないだろうか、こういうような疑惑を持つのであります。この際私が法務大臣にお尋ねしておきたいのは、法務大臣は判決記録をお読みになったかどうか。いかがでございますか。
#16
○中垣国務大臣 お答えいたします私は、死刑の執行を命ずる書数につきましては、まだ全然見ておりません。まだ私の手元に参っておりません。
 ちょっと先ほどお触れになったことについてこの際お答えいたしたいと思いますが、平沢というのは少し話題になり過ぎておると思うのであります。有名になり過ぎてしまって、普通であれば、今あなたのおっしゃったように当然列車送りで、その方が経費もかかりませんし、ほんとうは好ましいことですけれども、あれほど騒がれて参りますと、こういう死刑囚の移動というものはよほど慎重を期する必要があるというふうに考えました。特に老齢でもありますから医者まで一人乗せまして、そして途中で休養しながら、移送そのものについては考えられるすべての点について十分慎重を期したのでございまして、おとがめのような、深夜とかそういうことは実はないわけでございます。
 それから、これはあなたのお尋ねにあるいは関係ないかもしれませんが、死刑囚につきましては、平沢に限らず、私はほんとうに慎重を期すべきだと思います。そして制度できめられたあらゆるチャンスを与えまして――ただいま再審等のことをお尋ねになりましたが、すでに数回にわたりまして再審もされておりますし、また却下されたことも数回ありますし、現にまた再審も要求されておるようであります。そこで、これは私の考えでございますから、裁判所に対しまして何ら拘束するほどの力はございませんけれども、裁判所はあらゆる制度上のチャンスを与えてすべての手続を慎重に進めてもらいたい。内容につきましては、私もあなたと全く同感でありまして、私自身がとかく言う考えはありません。そうしてまた白か黒かというようなことにつきましても、私は最高裁判所の最終の判決というものをば尊重する、そういう立場に立っておるということでございます。しかしながら、もし関係書類を精査、精読いたしました結果、私が納得のできないような点がありましたら、なお私は慎重に執行ということは考えたい。もし私が精査、精読した結果、これは死刑を執行すべきだということでありましたら、やはり国民に対する義務といたしまして、決裁をすることが当然であろう、こういうふうに考えておるわけでございます。
#17
○赤松委員 ただいま大臣から非常に明快な答弁をいただきました。まだ公判記録を読んでいない、また、死刑執行については慎重に扱う、こういうことでございまして、ぜひそういう考え方で問題を処理していただきたい、こういうように思うわけであります。
 そこで、私非常に不愉快なのは、平沢が私に電報を打ったそうです。仙台に来たという。それから、何か大野伴睦さんにも手紙を出したそうですね。御承知のように、監獄法では発信の自由が認められている。ただ、発信の自由といっても、無制限ではございません。御都合の悪い点は墨で消せばよいのですから、どうもありがとうございました、お世話になりましたくらいのことは残しておいてよいと思うのです。それが全然私の手元に来ていないということです。それから、聞きますと、仙台の刑務所は施設が悪くて非常に寒いそうですね。近く予算をとられて新しいのをお建てになるようでありますけれども、東京拘置所から見ると問題にならぬほど施設が悪い。松川の諸君などもそれで健康を害したと言っている。ある人は、そんなことはないと思いますが、どうも平沢は死刑にするよりも病死させるために仙台へ移した、そういうことを勘ぐる向きも実はあるわけであります。こういう点、再び東京拘置所に帰せといいましても、いろいろな事情がございましょうが、やはり獄中で病死をしたということになりますと、一そう疑惑が深まりますので、そういう点につきましては、どうぞ十分な配慮をしていただきたい、こう思います。
 そこで私は、新しい事実としてぜひ法務大臣にお考えを願いたいことがあるわけであります。これは今まで外へは出しませんでしたが、本委員会において明らかにし、かつ、あなたも有利な材料があればぜひ提出するようにというお考えのようでございますから、ここで私は、ぜひ再審をしていただきたいということの理由の一つとして申し上げたいと思うのであります。大臣、これはお調べになるとわかりますが、「ライト」という雑誌があります。朝日新聞社出身の武藤貞一さんの動向社という雑誌社の発行の三十七年十一月号、ここに、平沢事件が発生しました当時警視庁の主任捜査官をやっておられました成智英雄、これは元警視庁の警視です。この成智という人が書いている。そのうちの重要な点だけをぜひ国会の記録にとどめておきたいので、また法務大臣の耳に入れておきたいので申しますが、「昭和二十三年一月、東京の一角で所謂帝銀事件という大量殺人事件が突発した。私はその時、この事件の合同特別捜査本部長、藤田次郎警視長直属の秘密主任捜査官として特命を受け、殺人工場といわれた関東軍満第七三一部隊の解明に専従し、平沢貞通が犯人と確定するまで、実に半歳余に亘って多数の元隊員を捜し出して取調べ、また元幹部の積極的協力を受けた。この結果、数千人に及ぶ生きている健康な人間を細菌、凍傷、毒物等の実験に使用して殺害していたという戦慄すべき業務が明かにされ、技術的にみると帝銀事件の犯人は同隊出身者でなくては、不可能な殺人と認められた。」さらに「青酸加里実験と帝銀事件」という項の中で、「第七三一部隊第一部では、謀略用として青酸化合物による中毒死研究を、マルタを使用して実験した。各国の文献によると、青酸加里の人体に対する極量は〇・二五〜〇・三瓦の範囲内になっているが、この計算は小動物の実験によって、体重比例で算出されたものである。同種のモルモットでも、産地、風土、飼料等の相違によって著しい抵抗差があるので、このように極量に差異があるものと認められていた。人間が多量に嚥下すれば、一分の何分の一という早さで窒息死に致らしめる猛毒ということは、自他殺死体によって実証されていたが、人間に実験することは許されないので、その正確な致死量の限界を知ることができなかった。昭和十六年頃、人間の最低致死量を知るために、十人のマルタを使って実験された。第一回は〇・三瓦を投与したが、その結果は身体的異常は認められなかった。漸次増量して反覆実験して研究したところ、年令と体重によって限界量に差異があって、成人の場合は、〇・六〜七瓦ということが発見された。この量を嚥下すれば、頭痛、めまい、動悸がはげしくなって胸苦しいと云う初期中毒症状が起きるまでには、一分から一分三十秒を要し三四分後に呼吸が乱れて苦痛を訴え、次次に全員嘔吐して脈博は徐々に弱少となり、痙攣を発して意識を失い、死亡することを発見した。このデータは厳に秘匿された。終戦後は戦犯の捜査が開始されたので、研究員たちの口はさらに堅くなった。」そうして「帝銀事件への疑惑」という項で「帝銀の犯人は赤痢予防薬と称し、行員十六名を一カ所に集めて、各自の茶椀に一人約五瓦の青酸加里溶液をピペットで注入して持たせ、刺戟か強すぎて歯をいためるから、仰向いて喉に流込むように、ぐっと一息で飲むように……と注意を与え、同種の溶液を自分で飲んでみせた。それから、さア、一緒にぐっと飲んで下さいと指示したので、十六人が一斉に飲みほすと、一分後に第二薬を飲んでくれと云って次々に茶椀に水を入れて、時計を見ながらその場に引き止めた。約一分後初期中毒症状が現れ、次々に倒れて意識を失った。犯人はその間に現金十六万円と、安田銀行板橋支店払の額面一万七千四百五十円の小切手一枚を奪って悠々と逃走した。この時行員十二名か死亡したが、四人の生命を取り止めたので人相着衣が判明し、小切手を現金に換えた者の人相ともほぼ一致し、裏書きの住所氏名も犯人の筆跡と推定された。調査の結果、前年十月十四日午後三時頃安田銀行荏原支店へ、厚生技官医学博士、松井蔚の名刺を差出して支店長に面接し、集団赤痢が発生したので消毒にきたと言った男と同一人物と確認された。松井蔚というのは当時の厚生技官で、実在しておりましたね。「そのとき支店長が不審に思って巡査を呼んだが、赤痢が現に発生していて、巡査と十分ばかりも話し合って、帳簿や窓口を消毒して帰っていった。少くとも十数名の記憶に残る犯人なので、逮捕は時間の問題と考えられたが、暗中模索的捜査に終始し、迷宮の色が濃くなった。この部隊研究員の意見を総合すると、」部隊研究員というのは細菌部隊ですね。(一)犯人自ら毒物を飲んで見せたことが事実なら、致死量の限界を知っている者だけに出来る殺人犯と思われる。(二)使用した青酸加里溶液は最低致死量と認められる。この場合は初期中毒症状が発生するまで一分乃至二分を要するので、現場に引き止め策として第二薬と称し、単なる水を飲ませているということは、実験の経験者か、その実験報告を検討した者だけが知る秘密である。(三)最低致死量を五瓦の水に溶解すると混濁するし、ピペットの持ち方と飲ませ方が、軍で予防薬を飲ませたときと、大体同じである。(四)冷静沈着に行動したらしいかそれは殺人の実験者特有のものである。(五)従ってこの犯人は第七三一部隊出身者の疑いが濃い。」これが当時の主任捜査官が、警視庁の捜査方針が決定しまして、石井部隊を洗え、満州において五千人の生きた人間をペスト菌、コレラ菌その他によって殺した、この石井部隊を洗えということになった。あとでまたさらに事実を明らかにしますが、その際に石井部隊の隊員からこの主任捜査官が聞いた結果、これは殺人経験者でなければできない、こういうことを言っております。さらに「毒物研究と帝銀事件」という項で「満第七三一部隊では、あらゆる毒物の研究が行なわれた。殺人を完全に実施するには、中毒症状が発生するまでの、何の反応もない経過時間が長くてはならないし、毒物特有の臭い、刺戟、味などのないもので、投与が容易なものでなくてはならなかった。最初に発明ざれたのは皮下注射液であった。特務機関や憲兵隊では、昭和六年柳条溝事件の頃から嘘発見薬と称し、満洲の広野に咲き起れる白い花の気狂ナスの実を煮つめた液を飲ませて取調べたが、その効果は極めて顕著であった。だが、多く飲ますと死亡するので製薬化の必要があった。研究員はその実からエキスを抽出して殺人用注射液を発明した。この毒物の特徴は注射後何の異常もなくて、七十二時間後に百%急死し、死体を解剖しても死因が全く不明であったが、注射しなくては効果がないので実用には適さなかった。ついである種の謀略殺人には青酸を使用したが、帝銀事件のような嚥下させる方法ではなかった。あらかじめ室内に酸液を入れた痰壷をおいて、消す必要のある人物を招聘して、青酸を投入して席を外すことだけで目的を達したが、この死体の処理に困った。同十六年になって理想的な恐るべき完全殺人薬が発明された。その致死量はケシの実一粒位の少量で、無臭、無刺戟、無味で飲ますことによって、痛くもかゆくもない日が七日間も続いて頓死するものであった。この外、凍傷の病理的実験の吉村研究員によって反覆実施をし、静脈に空気注射、婦人に梅毒を人工感染させて実験に供した。同年八月二十三日、居木井警部補の一行は遠く北海道小樽市に出張して、一応詐欺被疑事実で平沢貞通を毒殺犯人として逮捕し、意気揚々と帰京した。平沢は九月二十七日になって犯行を自供したが、拷問、自白の強要、誘導尋問等は全くなかったので、その供述の真実件は高く評価された。私にとっては正に晴天の霹靂であった。取調べが進むにつれて平沢の青酸加里に対する無知が一層明白になり、その入手先も確認できず、犯行時の目撃者十数人に面通しをしたが、この男であったと言う者は一人もなかった。あまつさえ平沢は、十月二十三日になって一切の犯行を否認し、すべて捜査機関のデッチあげだと言いだした。平沢は犯行の前には千円の金に窮していて、犯行のあった翌日に十数万円の大金を入手していたが、その出所を明らかにすることができなかった。この金の問題と、小切手の裏書きの筆跡が八〇%似ているということがキメ手になって一、二審とも死刑の判決を下し、衆高裁は上告を棄却したので遂に死刑が確定した。あれから十四年六月を経過しているのに、未だ刑が執行されないので、世に真犯人かどうかの疑惑がもたれるのも当然と言えよう。とも角、金の出所さえ判明していたら無罪になったであろうと思われる後味の悪い事件になった。これが当時の警視庁の警視、すなわち主任捜査官の書いたものであります。
 それならばその金は一体どこから入ったのか。これは当時平沢は、無罪になって、そして簡単に社会復帰ができる、つまりあの絵の社会に復帰できるというように考えておったようであります。従って、その入手先についてはこれは否認をしておったそうです。だが、その後明らかにしておるが、このことはあまり問題にされていない。だれからその金を得たかといえば、当時飯野海運の村長のおめかけさんに春画を売っている。その金が入っている。当時彼はすぐに社会復帰ができると思って、そして彼も有名な絵かきさんでありますから、そういうことを世間に発表することを避けたのでありますけれども、今やその事実が明らかになってきている。
 もう一つ、ぜひ法務大臣の耳に入れておきたいのは、これは今、読売新聞に現におられる記者であります。当時読売新聞の社会部次長をやっておられました大木という人ですが、こういうふうに言っておられる。「帝銀犯人が銀行員に毒薬を飲ませたやり口を検討すると、どうも支那式の乾杯の酒のつぎ方を連想させる。支那で毒薬を相手に飲ませる場合、ビンの中に酒より重い比重の毒薬を入れると薬だけが下部に落ちついて上部は無毒のものがたまる。そこで主人側は上部の無毒の部分をコップにつぎ、相手方には底部の毒薬の入った方をつぎ主客ともに乾杯する。そして盃の底を見せるという方式である。それが帝銀事件の犯人のやり口ととてもよく似ている。しかも大陸育ちの人のような不敵なやり口である。犯人は中国関係の特務機関にいた男ではないか……」五千人の生きた人間をペスト菌、コレラ菌によって殺して、人体実験をやった。そうしてあの終戦のときに、その五千の死体を隠すのに困って焼いたわけです。焼いてもなかなか一挙に焼けないということで困った。すでにこのことが明らかになっている。GHQの調査によって明らかになっているわけです。さらに続けて読みましょう。「大陸育ちの人のような不敵なやり口である。犯人は中国関係の特務機関にいた男ではないか……。この線を追って調査していると、浮び上がってきたのが、関東軍の石井四郎軍医中将が率いていた防疫給水班である。これは細菌部隊であって、もともと対ソ戦に備えて研究していたものであるが、終戦直前、内地に引き揚げて米軍の日本本土上陸作戦に対する対米戦術として備えてあったが、ついに終戦となり、使用する機会を失った部隊であった。この調査には、社会部の遠藤というシェパードのような敏腕記者を当てていた。やればやるほどいろいろおかしなことや興味ある状況がほぐれてくる。ところが、石井軍医中将に手をつけたとたん、警視庁藤田刑事部長から私(大木)に会いたいという電話がかかってきた。私は「いや、こちらから出向きます……」と返事してさっそく警視庁へ行ってみると、藤田刑事部長と、当時のGHQイートンさんと二世の服部中尉の三人が立って私を迎えた。この三人の話は「帝銀事件調査から手を引いてもらいたい」との宣告である。私は「そんな命令はお断りするほかありません。私たち新聞人は社会の公器として読者の報道の義務を持っており、また取材は自由でだれからも制限を受けることはないと信ずる」と言うと、先方もちょっとあわて「いや命令ということではない、これは相談であり、要望であるが、まあゆっくり話しましょう」と、隣室からあちらもののウィスキーやブランデーを持ち込んで懇談に移った。GHQ側の考えていたことは「石井部隊は米国側の対ソ戦に備えて現在保護を加えて温存しているわけで、おまけに石井中将は戦死したことになっているが、都内某所に手厚い保護を加えられてりっぱに生活している。これを読売新聞であばき立てられては非常に困る。帝銀事件そのものから手を引けというのでなく、石井部隊を洗うことをやめてくれぬか、そのかわり司令部に入った情報は全部読売に提供する」とのことであった。私も司令部とけんかするばかりが能でないこともよくわかるので、諸般の情勢を加えて判断した上で、やむを得ずこの申し入れを承諾した。」これが当時読売新聞の大木社会部次長の話です。そうすると、先ほどの警視庁の主任捜査官のいわゆる石井部隊、細菌部隊の中に犯人がいるのではないかということ、それと今の大木社会部次長の話とが期せずして一致してくるわけです。
 そこで私は、これは大臣の答弁を受ける問題じゃありません。ありませんが、これほど当時の主任捜査官ですら、金の出所さえ明らかになればこれは無罪になるのだ、こう言っている。それから石井部隊を洗うというその警視庁の最初の方針がどこで修正されたかといえば、これはGHQによって修正された。私はこの事件をずっと調べていくにつれて、その背後関係が実に重大なものであって、私の正義感が黙っておることを許しません。石井部隊の残党はなお全国至るところにおるでしょう。あるいは私に対して危害を加えるかもわからない。けれども、ここで考えていただきたいのは、私は法務大臣に勇気を持っていただきたいということです。と申しまするのは、一番安易な道は死刑を執行することです。これは勇気は要りません。死刑執行は一番安易な道です。ここでわれわれ政治家とし、またあなたが法務行政に携わる大臣として、私の要求する勇気というのは何かといえば、真実を発見するために何ものにもとらわれないでやっていただきたい、このことなんです。別にむちゃな要求をしているのではない。今法務省がやっておるところの人権擁護週間にちなんで、その精神を法の上に生かしていただきたい、このことを私はお願いするわけです。平沢が今どういう心境にあるか、これはおそらくあなたじゃわからないと思うのでありますけれども、どこでも死刑場というのはあばら家です。ずっと離れたところにあばら家のようなものが建てられておる。そうして目隠しをして、手錠をはめて、この板の上に乗るわけです。それから一方でボタンを押すと、その板がばっと両方に分かれて、そのままぶらんとぶら下って、それから青ばなをたらして死んでいく。下にはちゃんと棺桶が用意してあり、そこへすっと入れる。それから死体の解剖をやるわけですね、ですから映画や芝居でやるようなものじゃないのです。いよいよ死刑の確定判決があって、そうして刑務所の中におると、ことっという靴音だけでも非常なショックを受ける。きょう死刑を執行されものじゃないか、あす死刑を執行されるのじゃないか、その精神状態を考えると、――私は、真実にこの平沢が十何人の人間を殺したということになれば、憎んでも余りがある。私は死刑をすべきでないという論者でございますけれども、ただ単なるセンチメンタリズムに陥っているのではないのです。ある場合には苛酷な刑罰も必要でしょう。しかし、こういうように疑惑が持たれておるのであります。そして週刊誌なども一斉に書きました。あなたのことも書いている。私もここで読み上げるのには忍びない。あなたの場合には割合簡単に死刑を執行されると言っておる。前の植木法務大臣なとはじゅずを持って念仏を唱えながら――ずっと読んで御紹介すればいいのですけれども、同県人でもあるし、郷土においては、あなたは非常に良識のある政治家として前途を嘱望されておる人なんだから、あえて私は週刊誌の批評を引用しようとは思いませんが、植木法務大臣などは、死刑を執行する前に十分に上申書も読み、あるいは判決書も読んで、そうして自分自身が納得がいっても、なおかつあの二名の死刑を執行するときには、念仏を唱えて、そうしてじゅずを持って死刑を執行し、なおそのあと、その死刑を執行いたしました人に対する祈りを続けたということがここに書いてある。これは唐澤さんの場合でも同じだということが書いてある。人間の生命というのは尊厳です。人一人を殺すか生かすかということは非常に重大なことなんです。だから私はさっきから言っておりますように、十何人に対して青酸カリを飲まして殺した、その罪は憎んでも余りあります。私は苛酷な刑罰をもって臨むべきだと思うのです。しかしながら、今言ったような事実が出てきておるのであります。だから、この点につきましても、これは裁判のことでございますから、法務大臣とは別でございます。ただ私は、こういう発言を通じまして裁判官の良識に訴えると同時に、法務当局の良識に訴えたいと思うのであります。
 先ほども申しましたように、昨日から名古屋高等裁判所で吉田石松老人の例の巌窟王といわれたあの再審が受理されて、そうしてきのうは電話をかけてみますと、おとといからきのう一日テレビ、ラジオ、新聞は一斉に書いている。そうして町では同情の動きがずっとわいて、裁判所の措置に対してみんな感謝する気持が市民の間にみなぎっている、こういうふうに新聞は報道している。私は、真実に法を守る精神というものはこれだと思う。いたずらにものを隠し、これは検察庁の非常に悪い点でありますけれども、自分が一たんこうだときめれば、その構造、機構が一本でありますから、非常にえこじにその方針を変えないでいく。私はこういう点は、検事をやっておられる限りは、その人間性というものはよくわからないと思う。もし検事をやめて、ほんとうにどん底に陥って食うや食わずの生活をして、人間同士がはだで触れ合うような生活をしたら、私はその人間性というものを初めて会得することができると思う。どうぞ法の運用にあたりましては、冷たい気持でなしに、たとえば平沢が感謝の電報を一本打とうとする、それさえも発信を停止させてしまう。そんなむちゃなことは、大きくいえば憲法違反です。ここで私はそういうことを申し上げませんけれども、ピンからキリまでこういう過酷な扱いをするということは、私はどうしても納得がいかないわけであります。どうぞそういう点につきましてぜひ御考慮をお願いし、今非常な寒さでもって健康を害しておるようでありますが、もしあそこで病死をするようなことがありますと、あらぬ疑いも当局がかけられますから、それはわれわれとして忍びませんから、やはり万全の対策を講じていただいて、なおそれでも病死する者は、これはやむを得ません。どうぞそういう点にぜひ御考慮をいただきたいと思うのであります。
 なお、刑事局長の先般の私に対する文書の回答につきましては、先ほど申し上げましたように、本日は刑事局長自身の御都合で旅行中でございますので、次回の委員会におきまして私の疑問点を明らかにしたいと思うのであります。
 それでは委員長、ちょっと条例の承認を求めておいて下さい。
#18
○高橋委員長 赤松君、条例の問題は、明日から新しい会期が始まりますので、新しい会期でやるべきだそうです。
 志賀義雄君。
#19
○志賀(義)委員 ただいま赤松委員から質問がございました帝銀事件の平沢貞通は、昭和三十年から引き続き当法務委員会に対していろいろ訴えをしてきております。世耕弘一君が委員長であったときには、特に法務委員長あてにやはり願いを出しておったのであります。ただいま赤松委員もちょっと触れましたけれども、例の石井部隊のことは、戦争が終わりました翌年一月、当時UPの記者をやっておりました、今CBSの記者としてやはり日本に滞在しておりますピーター・キャリッシャーに私が話したのであります。それに基づいて彼がGHQに行って話をして大問題になりまして、アイケルバーガー第八軍司令官の名でもって彼をロケートしておるということが出ております。ところが、それからずっと後になりまして、ベトナム戦争の終わりごろに南ベトナムのフーロイ収容所において大量の毒殺事件が起こりました。南ベトナム政府による毒殺でありますけれども、これに利用された毒薬が帝銀事件で使われたものと同性質であるということが言われております。青酸カリによく似ておるが、青酸カリでない、新しいものであり、それは石井部隊によって作成され、それが一方では帝銀事件のときに使われ、後日フーロイ収容所において使われたのだ、こういうふうに言われております。それから石井中将の消息については、今赤松委員が申されたのでありますが、このロケートしたという以後は、何ら石井部隊が中国東北において暴虐なことをやったことに対する戦争犯罪の追及ということも一切なされていないのであります。そこで世上に、この石井部隊が発見し、つくったところの青酸カリではないが、これに似た毒物、これが今申したように、一方では帝銀事件のときに、他方ではフーロイ収容所の大量毒殺事件のときに使われたのではなかろうか、こういうことも言われておるくらいであります。当法務委員会にもたびたび平沢貞通からいろいろと訴えがきております。私は、この点について、ただ訴えがきているから問題にしようというのでなくて、今のような非常にうしろに暗いことがあると思われる事件でありますし、最近も――法務大臣はお読みになりましたか、あるいはこういうものは雑音としてあまりお読みになりませんか、サンデー毎日、それから週刊読売、そのほかに盛んに出るようになりました。それによりますと、平沢を仙台の宮城刑務所に移した、一体だれがこれを漏らしたのだといって、本省の方から法務省矯正局がだいぶしかられて追及を受けたというようなことも書いてあります。御存じですか。
#20
○中垣国務大臣 聞いておりません。
#21
○志賀(義)委員 そういうふうに言われておるのです。世間は、こういうものは羽がはえて飛びますから、まだまだ平沢のことについては弁護士仲間では、そのうわさを聞いたら、法務大臣、あなたがびっくりするようなうわさが広がっておりますよ。秘書官を通じて少し調べてごらんなさい。私の口からここで申すのは遠慮します。
 私が問題にいたすのは、最近あなたのときになって死刑が執行された。第一が、例のハンセン氏病患者である藤本君です。実は彼の無罪を証明するに足るような新しい資料が最近どんどん出てきつつある。それが彼を救おうとする人々の間で、弁護士を通じて再審請求にこれを出そう、こういうことになっておりました。死刑を執行したことについて、死刑執行規程第五十五条を私は引用しまして、再審の請求がある場合は死刑の執行を延期するという規定があるが、これをどうしたのだ、こういうふうに私から尋ねましたところ、残念ながらきょうは出張してまだ帰っておらないという竹内刑事局長は、刑事訴訟法を引用して、再審の請求があった場合にも刑の執行を妨げない、こういう規定を援用して答弁しておられました。他の懲役その他の刑罰ならば刑を執行しておっても再審はできます。しかし、死刑は執行したら、再審のしようがないのです。この点について、死刑の執行の場合も、再審請求があってもこの刑事訴訟法の規定で無視してよろしいものかどうか、死刑の場合には別の取り扱いをしなければならない、法の運用ではそうなっているのではなかろうか。そういう点はいかがでございましょうか。まずそのことから伺いたいと思います。
#22
○中垣国務大臣 志賀さんにお答えいたします。再審の問題は、私が知る限り、新しい証拠等に基づいて再審がされた場合、それが無視されたということはないと思います。ただ同じことを繰り返し繰り返ししてきて、最初に却下された問題を一定のときが過ぎてからまたやってくる、そういうことについては二回も三回も却下になったという事実を私は知っております。
 それから先ほどの個々の問題についてでありますが、あの問題は、私の方の手続の上から言いますと、すべてが一切整って、そういう疑惑の点はなかったと思います。ただ弁護士同士でそういう計画があったかどうか、それは存じませんけれども、少なくとも手続の上でそういうことがなされておって、それが無視されて、私が執行した、そういう事実はございません。私も決裁をする以上はよく精査精読いたしまして、なおまた問題点はないかどうかということを聞いてでなければ、人の大事な命でございますから、そう好きこのんでこういうものに判を押すようなことは断じていたしておりません。
 それから平沢のことについてもそうでありますが、私はまだ関係書類を、決裁用として出てくる正式なものは一ページも読んでおりません。そういうことでございますので、内容について、たとえば判決通りに私がそれを信じて行なうものか、あるいは若干の疑惑を持つような内容のものか、そういうことについても、何も見ておりませんから、具体的には実はお答えできないと思うのです。
 それから一般論としましての死刑囚の取り扱いに対する再審は、刑事訴訟法の手続によりまして、再審中であっても死刑の執行ができるというのは、やはり一応の議論だろうと思うのです。しかし、実際大臣といたしまして決裁をするときには、そういう問題があったら、これはやはり努めて避けて、十分な機会を与えてあげるということの方が当然だろうと思います。
#23
○志賀(義)委員 平沢が仙台に移されたが、これは決して死刑を執行するという判を押したからでもない、自分はまだそういう書類が出ていることも知らないし、見てもいない、おそらく出ていないんでしょうね。ところで、それだとかえって私どもから見れば、中垣法務大臣、何か大きい歯車の中に巻き込まれているように思うのです。と申しますのは、私ども松川事件のこともここで扱いました。実は最高裁判所であれが原審差し戻しになりましたのは、法務委員会において、これは有力な証拠になるものであるから、諏訪メモを出してくれということを請求して、それが出たためであります。ところが、この諏訪メモについて、これがきめ手になって原審差し戻しということになって無罪になったのであります。またこれは検察庁の再上告で近く審理されることになっておりますが、ここに植木法務大臣のときに出しました、福島地方裁判所で調べたときの検事の調書があります。これは検事が宣誓した調書であります。安西という当時の福島地方検察庁の検事正が副検事に諏訪メモを保管させておいて、この副検事は福島検察庁から宮城県あるいは岩手県にまで転任している。そのときにも全部持たせてやったのですよ。自分の信頼する男だから、間違いない男だから持たしてやった。ここに、安平政古、井本台吉、福島幸夫、山本諌、大沼新五郎、安川光雄検事正、こういう人たちの陳述を私は全部写真にとって持っております。これによりますと、こういう奇怪なことが当時法廷で言われております。裁判長は、なかなか辛らつな判事だったらしいのですが、「騒がしいのは弁護人の方ですか、」と聞いておるのですね。そうしたら「それだけでなく、アカハタと商業新聞にも同調者がいますから。」と検事が答えております。これも私なんかがアカハタを通じてやったのが先でなくて、朝日新聞がこの諏訪メモを取り上げたのが昭和三十二年六月のことです。私が取り上げたのは、昭和三十三年八月九日のことです。さらに裁判長は、「国会の法務委員会の問題も一つの理由ですか。」と聞いたところ、検事は、「そうです。」「騒いでいる中に入るのですか。」「入ります。」「検察の威信ですか。」「信用、権威が失墜されることがないように、そういう趣旨を入れてですね。」「そういう趣旨ですか。」と聞くと、「そういう趣旨も入れてです。」「結局騒がなければ返さない訳か。」「それはそうですよ。」と検事が答えております。こういう奇怪なことがあるのです。ちゃんと植木さんに見せると、えらいものを手に入れたなと言っておりました。こういうことがあるのです。
 まだ事件はあります。有名な徳島のラジオ商殺しで、後妻が今、和歌山刑務所に入っております。当法務委員会から出張して、この女の人にも会っております。偽証しましたという者も出てきておる。私が偽証しましたということを当時の二人の住み込み店員が言っておるにもかかわらず、これが取り上げられない。そうして当時、鈴本人権擁護局長を通じて、社会党の神近市子さん、猪俣浩三さん、私などが請求しまして調べてみた。そうしたところが、徳島の方の法務局と申しますか、この人も、それから法務省の擁護局のその調べに当たった人もみんな転任させられたそうです。現に中央公論には、擁護局が、証人が偽証したということで威圧を加えているということまで検察庁の方が言っておることもあります。
 さらに昭和三十四年に起こりました松山事件の被告斎藤幸男、この死刑が最高裁で確定いたしました。これなどもやはり本人は無実の罰を訴えておりますが、今日まで再審を請求しても一顧も与えられておりません。
 先ほどあなたは申されましたが、再審について新しい事実がないとかなんとか言うけれども、私も長い間監獄の生活をしておったのでありますが、普通の人間は、刑務所にほうり込まれてあの鉄のとびらの中に閉じ込められて、監獄の役人、それから検察庁の役人、その前は警察、こういうがんじがらめの中におりますと、言うことも言えないのです。たとえばラジオ商殺しの婦人に対して、私ども話しかけても、さめざめと泣くだけです。上告しておったものも取り下げた。経済上の理由もあります。それから裁判に対する不信と、中にいるときに圧迫を加えられたことで対抗できなくてやめたことなんです。松山事件の斎藤幸男というのも、全然知らない。ふとんのえりに血がついておったということで――血がついておったということは、そのときに血がついてないということを見た家族の人がいる。これすらも取り上げてもらえないで、死刑が確定してから家族の人がそれを言わなければならないという始末なんです。今になって何を言うかということになりますと、法律の建前から文書を調べれば、いかにも一応は検察側に筋が通るように見えましても、また裁判の筋が通るように見えても、事実はそうでないことがいろいろあるわけです。私は、こういうこともあわせて、私は、今までつき合ったところでは特別蠻勇をふるう人でもなさそうだけれども、最近のジャーナリズムを通ずると、あなたがだいぶぽかぽか勇ましく死刑の判決に判をつかれるように書かれておりますが、私の見るところを申し上げます。ただいまの通り、死刑の判決を受けた者でも、何とも無実の罪としか思われない者がしばしばある。これを第一にお考え願いたいということと、次に申し上げたいのは、あなたが最近判をつかれて死刑を執行されたのがハンセン氏病の藤本ですね。それから小松川の女子高校生殺しの李鎮宇であります。この藤本については、先ほど申し上げましたように新しい証拠があったやさきであります。どうも一つの一定の政治的目的に沿って事を運んでいるのではなかろうか。法務大臣、これを御存じかどうかは別として、特にそれを私が強く感じたのは、あなたが先日大阪で暴力行為等処罰法、これの罰則を重くする、刑法を改正して来年の通常国会に出したいという、このことであります。これで私は、どうも私のかねて考えておったことに裏づけが与えられたような気がするのであります。と申しますのは、平沢の帝銀事件にもせよ、それから竹内の関係している三鷹事件にもせよ、それから松川事件、白鳥事件、この二件は近くまた新しい判決が出るのでありますけれども、こういう事件を通じて、これはアメリカ軍に関係のある、アメリカの占領者に関係のある犯罪が、事件だと言われております。ところが、安保条約が二年前に新しく改正されてから、今度は占領時代と違った新しい法の建前をつくろうとするのに、どうもこのアメリカ関係の事件がいつまでも置かれては足手まといになる。あなた方が法を改めようとする、そうすると、すぐこの問題が結びつく、これを早く片づけたいというのが政府なり法務当局にある。そこまであなたに打ちあけられてあるかどうかは知らないけれども、そのために最近の平沢を仙台に移したという事件は、あなたはまだ書類を見なくとも、仕組まれているのではなかろうかという感じがするのであります。しかし、いきなり平沢という戦後長い事件、これに判を押したのでは、いかにもそれがむき出しになるので、社会的にきらわれているハンセン長病の藤本、また民族的偏見のまつわりやすい李鎮宇、こういう者の死刑執行に先に判を押しておけば、次に帝銀事件の平沢、アメリカ関係の犯罪に法務大臣として判を押されても、二度あることは三度ある、三度あることは四度あるということで、ああまたかというようなことでなれっこになる。こういうことでアメリカ関係のものを片づけていこう、そして竹内の三鷹事件、それから白鳥事件あるいは松川事件までもこの際清算した上で刑法の改正あるいは暴力行為等処罰法の罰則改正、こういうことになるのではないか、こういうように私らには思われてしようがないのでありますが、そういう意味で、私はこの平沢問題なんかを十分あなたの方で考えられる必要があると思うのです。そういう点について、裁判所なんかがいろいろな判決を出してくるときに、そういうことになります前に検察庁の力で、あなたの方でこういう問題についていろいろ考えられる、また刑の執行なんかについてもいろいろと考えられる、こういうことがございませんか。今のような点についてあなたは全然お気づきになりませんか。
#24
○中垣国務大臣 志賀さんにお答えいたします。重要な二、三のあなたの質問にだけお答えいたします。あまりにも範囲が広過ぎるので。
 一番大事な点は、最近の死刑執行についてアメリカ関係の影響力があるのではないかという御質問の点でございますが、さようなことは全然ございません。そういうことをあなたに初めて――ほんとうの初耳でありまして、私はそういうことは何人からも受けておりませんし、今の藤本とか李とかいう問題につきましては、ほんとうに私が良心的に関係書類を精査精読いたしまして、そしてたとえば李君のごときは、さっきおっしゃったように韓国人ということでございますから、一そう恩赦その他の所定の手続を経まして、そしてこれ以上の機会を与えるというような制度がもうないということを実は考えて私が決裁をした。こういうことでありまして、そのほか平沢のことなどにつきましても、これはもう率直に申し上げますと、隠しマイクというようなああいう事件がありまして、その前から平沢に対しましてはいろいろ面会等が、たとえば妻子とかあるいは両親もしくは三親等と申しますか、そういう身内の人よりも、報道関係であるとか、あるいはそういう第三者の救援会の方々とか、非常に面会の人が多いということが前からいろいろと言われておったのであります。そこへたまたまああいう問題が出て参りましたので、これを法務省といたしまして、ああいうことがあったにもかかわらず、何ら外から見て表われるほどの措置がとれないということでは、私は法務行政というものはかえって批判されると思うのです。現に投書その他では、隠しマイク等も、ああいうことが刑務所で行なわれていいのかどうか、そういう投書の方がもう圧倒的に多かったのでございまして、私もそういう点非常に心配しまして、他の死刑囚に及ぼす影響、それから刑務所内の秩序の問題、できるだけ死刑囚を公平に取り扱うということの方が正しいのであって、いかなる死刑囚といえども特別な扱いをするようなことがあってはならぬと私は思います。そういう意味で、これは拘置所が東京は一ぱいだから、宮城の方はたまたまあいているから、しかも従来の記録から見ましても、古い者から古い者から送っておるのです。これは平沢に限りません、そういうごく自然に事を運んだつもりでおりますが、たまたまそういうマスコミで話題になっておる男であっただけに反響が大きかった。こういうことでございまして、特別な意図があって、特にアメリカの何か関係の犯罪じゃないかというようなことを今私はあなたから初めて聞いて知ったくらいで、何も予備知識等はありませんでした。でありますから、そういうことは、今後といえども外国の政府なり外国の力によって私が左右されるというようなことは、私に限って断じてございません。それはもう私、確信をもって申し上げます。
 それから、先ほど再審のことを非常に強く、いろいろ示唆の多い御議論が多かったのでございまして、私も、再審ということについては、あなた同様に、特に収監されておる人々にとりましての人権を擁護する最大のものだろうと思うのです。特に刑の決定者についての残された、これは自分の権利を主張する最大の制度だと考えておりまして、つまりあなたがそう言われることよりも、まず事件を担当をしておられる依願人である弁護士のような人が、なぜ先ほどの赤松さんのようなああいう資料、それからまた今あなたのおっしゃった四国と言われたと思いますが、まだ事件も私見たこともございませんのでよく存じませんけれども、ラジオ商殺しですか、何かそういう、裁判で証書をしたのはうそであったとか、そういうあなたの言われるような事実があるなら、なぜ弁護士がそういうことを法廷で裁判所に強くやらないのか。法務大臣がまさかそういう資料をもって判事とわたり合ってやるわけでもありませんので、私は、むしろその書類のことは、法廷を担当しておる弁護士が、そういう問題をもってほんとうに人権擁護のために争っていただきたい、こういう感じをきょうは非常に強くするわけです。これはあなたに限らず、赤松さんのいろいろ御発言の中にもそういう感じを強くしたのでございますが、いかにも何かしらそういう被告にとって有力な事実や資料があるにもかかわらず、法務大臣や法務省がそれを阻止しておるような言い方をなさっては、私はどうも大へん迷惑なんで、事実はそうでないのでございまして、そういうところは一つ御理解をいただきたいと思います。
#25
○志賀(義)委員 このごろ若い者の間に、年寄りは何も知っちゃいないんだというような言葉があるそうでございますが、あなたも御存じないからそういうふうにおっしゃっているのですが、今のラジオ商殺しの罪を……。
#26
○高橋委員長 志賀さん、きょうは長ければ、臨時国会が閉会したら毎日くらいやれますから……。
#27
○志賀(義)委員 私も時間があるから、もうすぐやめるよ。
 富士茂子というのは、徳島検察審議会で再審のなにを出して、そういう手続もとったのです。法務省人権擁護局長鈴木才藏殿というので、今の偽証いたしましたというので渡辺倍夫という、これからも上申書が出て、とるべき手続をとった上で検察庁が調べて、そういう手続をとった上でやられておる。そういうことで今現に裁判所の手から離れて法務大臣の管轄下にある和歌山刑務所の中にいるから、ここで問題にするのですよ。裁判の内容について今ここでかれこれ言っているのではないのです。そこは考え違いをなさらないで下さい。
 それからもう一つ、松山事件の斎藤被告、これは凶器で一家を皆殺しにして、あと放火して証拠隠滅をはかったという事件であります。これも死刑が確定しております。これからもやはりいろいろと本人及び観たちが、当日はうちにアリバイがあるということも言っております。そういう問題があります。しかもこの人たちは、先ほど申しましたように、国家の巨大な権力によって抑えつけられると、言うことも言えない、頭も混乱する。こういう人々に対しては、言い分がなかなか通らないだけによけいに法務大臣としては事情を察するようにやっていただきたいこういうことであります。このことについてはきょうは手始めでありまして、今委員長も申されますから、いずれこれは通常国会にかけて十分やりますけれども、とにかくあぶなくてしようがないのだ、もう二人もこれをやられておりますからね。今度はだれの番かということになると、これは死刑にしておいて、あとであれは誤審だった、無実の罪だったと言ってみたって始まらないから、とにかく首の綱を引っ張られない前にということがあるから、きょうここでも問題にしなければならぬのです。それはわかるでしょう、法務大臣。そういうことがあるのです。とにかくあなたは外国に対してその威圧に屈することがない、そのことは断言するとおっしゃったが、とにかく今まで戦後そういうような威圧に屈した人間がいた。その事件がいまだにあとを引いて残っておる。これを片つけないことには刑法を新しく改めるということも困難です。この問題と両方こんぐらがってくるから、だから前のを片づける。そうしてあなたが外国の威厳に屈しない人間である、見どころがあるというので悪用されてはいけませんよというのですよ。これは図星ですよ。今度の法務大臣はそういう点でなかなか骨があるから、これにうんと今のうちに過去のしりぬぐいを全部さして、全部やらしてしまえ、こういうことで巨大な陰謀がなされておったとして、あなたがそれに乗ったらどうなります。後世の物笑いですよ。そういうことのないように気をつけていただきたい。その証拠には、松川事件についても安西光雄という当時の福島の検事正が、これはその検事正の陳述のなにでありますが、宣誓書が先に出ております。「良心に従って、ほんとうのことを申上げます。知っていることをかくしたり、ないことを申上げたりなど決していたしません。右のとおり誓います。安西光雄」それで中にどういうことを言っているかと言うと、こういうことを言っているのだ。「国会でいんとくが問題にならなかったら返えさなかったかもしれない。」これは諏訪メモのことですね。「外部の情勢もあずかって力があります。」「志賀義雄に検察当局の責任を追及されたようになってこれに対する態度をいろいろと集まって話したことはある。」こうなっている。じゃ、だれが集まったかというと、「井本、神山、私の三人で話合った。」井本というのは、今札幌高検の検事長をやっておる。井本君ともう一人神山検事とそれから安西光雄検事正、この三人で善後処置を協議したというのです。こういう奇々怪々のことがあるのです。それでどうもあぶなくなったと思ったのか、後に公判部長をやって、そのときにはそうでなかったのですが、安平検事ですね、御存じでしょう。この人はこういうことも言っておる。「秘密事項があって部内にも教えず、松川事件の内容は公安の代表的なものでした。」「公安は特殊な領域にあり秘密事項は全然教えてくれません。」こう言っております。自分の責任のがれですね。これはあぶなくなってきたと思ったら、検事でも、いざというときには逃げます。それで諏訪メモについて聞かれたときには、「とにかく被告人、弁護人にとって重大なものであることは分りました。」こういうふうになっております。とにかく私が非常に心配するのは、あなたがアメリカの黒い手がうしろにあると言われるような事件に、むやみに死刑のなにをされたり、それから弱い者で十分に自分の権利、自分の無臭を主張することのできない押しつぶされるような者に対する死刑の判決に対する執行、これは十分慎重にやっていただきたい。そうしませんと、今申したようなことに客観的に利用されるようなことになる。ことにあなたは最高裁の判決の結果を執行する場合の最高の責任者になりますから申し上げますけれども、八海事件なんかはどうです。有罪にしたのがけしからぬから原審差し戻しだという。そうしてこれを無罪にしたら検察庁が再上告をして、その結果は無罪にしたのがけしからぬ、もう一度やり直せという。そのために裁判官で、憤慨して裁判官をやめて八海事件の弁護に当たる人も出てきました。この八海事件の最高裁小法廷の責任者は下飯坂という判事であります。私もちょっと会ったことがあります。これが今度はまた松川事件の小法廷にも判事として関係しております。この人は松川事件では自判有罪説という少数説を唱えた人であります。私はこの最高裁の口頭弁論には出ておりました。この人は松川事件の裁判中――ちょうど暑いときでありました。あすこは冷房がありませんから、天井で扇風機が回っているだけです。初めから終わりまで、この人はよだれをたらして居眠りをしていた。派手な格好をして、よだれが落ちるのが傍聴席から見えるのだ。そういう人が判決を書くときに自判有罪というような判決を出すのです。これがまたこの事件に関係している。こうなってくると、われわれは裁判そのものも信用できなくなるのです。これは司法機関としてそれの権限に基づいてやるのでしょう。その裁判の内容にはここでは立ち入りません。これをどう左右するということは言わないにしても、少なくともこれを傍聴した者として、これは公然と言う権利はあります。こういうでたらめが行なわれておるのです。だから検察の方にもそういうことがある。裁判にもこういうばかげたことがある。その結果は、あなたが自分は断じてアメリカ軍の言い分に屈しないなんて力んで、よけいに死刑の判決の判こでもこれからぼんぼん――五十七ほど残っているのですが、押されちゃ困る。このことを申し上げたいのです。
 あとは高橋委員長の言われる通り、また来国会開会したら時間たっぷりやります。とにかくこれは前に法務大臣だった牧野良三君にも申し上げたのです。まあ年の暮れだから、万事大掃除のつもりで死刑の決裁をされたら困るぞと言って、私とめたのがあります。まだこれはとまっているのがありますけれども、まあ年の暮れですけれども、年の暮れに大掃除のつもりでおやりになることはやめて下さい。来年まで延ばしておいて、十分われわれの意見も聞いて考え直していただきたい、こういうことだけきょう申し上げておきます。
#28
○高橋委員長 それでは、これにて散会いたします。
   午後零時十五分散会
ソース: 国立国会図書館
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