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1947/07/28 第1回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第001回国会 司法委員会 第6号
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1947/07/28 第1回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第001回国会 司法委員会 第6号

#1
第001回国会 司法委員会 第6号
昭和二十二年七月二十八日(月曜日)
    午前十時四十分開議
 出席委員
   委員長 松永 義雄君
   理事 石川金次郎君 理事 荊木 一久君
   理事 鍛冶 良作君
      伊井 誠一君    榊原 千代君
      安田 幹太君    山中日露史君
      中村 又一君    八並 達雄君
      岡井藤志郎君    北浦圭太郎君
      佐瀬 昌三君    花村 四郎君
      明禮輝三郎君    山口 好一君
      大嶋 多蔵君    酒井 俊雄君
 出席國務大臣
        司 法 大 臣 鈴木 義男君
 出席政府委員
        司 法 次 官 佐藤 藤佐君
        司法事務官   奧野 健一君
    ―――――――――――――
七月二十六日
 刑法の一部を改正する請願(山口好一君紹介)
 (第六號)の審査を本委員會に付託された。
    ―――――――――――――
本日の會議に付した事件
 國家賠償法案(内閣提出)(第四號)
 刑法の一部を改正する法律案(内閣提出)(第
 六號)
 民法の一部を改正する法律案(内閣提出)(第
 一四號)
 昭和二十一年法律第十一號(辯護士及び辯護士
 試補の資格の特例に關する法律)の一部を改正
 する法律案(内閣送付)(豫第四號)
    ―――――――――――――
#2
○松永委員長 それでは會議を開きます。
 これより本委員會に付託せられております刑法の一部を改正する法律案、民法の一部を改正する法律案の兩案と、豫備審査のため同じく本委員會に付託を受けました昭和二十一年法律第一號(辯護士及び辯護士試補の資格の特例に關する法律)の一部を改正する法律案、以上三案を一括議題とし、まず各案につきまして政府の説明を求めます。
#3
○佐藤政府委員 ただいま上程されました刑法の一部を改正する法律案について、その提案理由を御説明申し上げます。
 日本國憲法の制定に伴い、政府はその制定の趣旨に適合するように、刑法の一部を改正する必要ありと考えまして、昨年夏の臨時法制調査會及び司法法制審議會の答申を基礎とし、立案を進めて参りましたところ、第九十二囘帝國議會においては、會期の切迫その他の事情により、遂に提案不能となりましたので、ここに第一囘國會に本法案を提出して、御審議を煩わすことと相なつた次第であります。以下改正の要點について御説明いたしますが、それに先だちまして、今囘の改正は日本國憲法施行に伴い、當面必要なる最小限度にこれを止めたものであつて、その全面的再検討は、今後の刑法改正事業に譲る趣旨であることを、あらかじめ御了承願いたいと存じます。
 まず改正の最も重要なる一つは、皇室に體する罪の規定を削除したことであります。新憲法において、天皇は日本國民總合の象徴たる特別の地位を有せられまして、皇族もまたこれに伴つて法律上特殊の身分を有せられるのでありますけれども、他面これらの地位と矛盾せざる範圍において、一般國民と平等な個人としての立場をも有せられることとなつたのでありまして、その限りにおいて、法的に異なつた取扱いをすることは新憲法の趣旨の合致しないことの思想に基き、この改正を行わんとするものでありまして、要するに個人の尊嚴かつ平等の趣旨をこれによつて徹底せんとするものであります。なお本改正につきましては、それがわが國民の傳統的なる感情に以上の衝撃を與うるにあらずやとの點を懸念するのでありますけれども、これらの罰條の存否がわが國民主化の問題の一環として、列國注目の的となつていることを考慮いたしまして、この際あえてこれを實行せんといたす次第なのであります。ただ天皇及び近親の皇族に對する名譽毀損罪について、被害者がみずから犯人を告訴することは、その地位に鑑み不適當であり、またこれを期待し得られませんので、この場合には内閣總理大臣が代つて告訴權を行うことといたしました。なお外國の元首、使節に對する暴行、脅迫、侮辱罪の規定を削除し、外國の元首の體する名譽毀損については、その國に代表の告訴を持つてこれを論ずることといたしたのも、これと同一の趣旨に出るものであります。
 改正の第二の點は、戰爭の放棄及び國際主義の原則に關するものでありまして、その一は戰争状態の發生竝びに軍備の存在を前提とする現行の外患罪の規定を改め外國よりの武力侵略に關する規定といたしたことであります。その二は、従來外國人が日本人に體しその法益を侵害する罪を犯した場合には、それが外國で行はれた場合にも日本刑法を適用することとなつていたのでありますが、諸外國の立法例にも鑑み、この種の國外犯については、これを當該國の刑法に譲り、日本刑法の適用より除外したことであります。その三は、外國において刑事裁判を受けた者に對し、日本でさらに重ねて刑の言渡をする場合に置いて、犯人がすでに外國で刑の全部または一部の執行を受けていたときは、第五條によつて刑の執行を輕減または免除することを得となつていたのを、必ず輕減または免除しなければならぬこととして、外國の裁判を尊重する趣旨を一層明らかならしめたことであります。
 次は憲法第三章國民の權利及び義務と關連するものであります。その第一は、従來人權の侵害がちかく公務員の側より行われることの少なくなかつた事例に鑑み、公務員による職權濫用、逮捕監禁、暴行凌虐の罪の法定刑を引上げ、この行為に對し厳罰を以て臨む趣旨を強調するとともに、一般の暴行、脅迫につきましても、その法廷刑をそれぞれ引上げ、かつ暴行罪については、従來親告罪たりしものを非親告罪といたし、併せて暴力の否定の精神をここに重ねて明らかにしまして、國民の自由權の保障を全からしめんとしたことであります。また、重大なる過失よるものと同じく、重く處罰することにいたしたのも、人身の保護をこの機會に一層厚くしようとしたものにほかなりません。さらに名譽毀損罪の法定刑を引上げることといたしましたのは、最近言論の自由がともすれば本來のらちを逸脱して、不當に人の名譽を傷つけることの多きに鑑み、社會生活に鑑み、社會生活上における個人の重要な權益たる名譽を不當なる攻撃より護らんとするものでありまして、これまた人權保障の趣旨に出づるものであります。
 次に姦通罪の規定でありますが、男女の本質的平等と夫婦の同權が憲法に明らかに規定されました今日、従來のごとく妻の姦通のみを處罰する制度の改めらるべきは言うをまたないところであります。政府といたしましては、昨年の臨時法制調査竝會びに司法法制審議會の當申に基き、姦通罪はこれを廢止して、この問題の解決を夫婦間の道義と愛情とに委ねる趣旨の立法をいたした次第でありますが、刑法の規定から姦通罪を廢止すべきか、あるいはまた夫婦ともに等しくその姦通を罰すべきかは、いずれも利害得失を伴う問題でありまして、各國の立法例も區々たる状態でありますので、この點につきましては、特に十分のご検討を願いまして、慎重御決定あらんことを切望いたすのであります。
 なお新憲法においては、國民の基本的人權の重要なる一つとして、言論出版の自由に對する保障をあげなければならないのでありますが、これとの關係において次のごとき改正を考慮いたしたいのであります。すなわちその一は「第七章ノ二安寧秩序ニ對する罪」がいささか戰時色濃厚なる感がありますのみならず、その規定きわめて概括的でありまして、その運用のいかんによつては、言論抑壓の具に供せらるるおそれもないとは申せませんので、これをこの際削除することとしたことであります。その二は、第一七五條の猥褻文書圖畫頒布販賣に罪の法定刑を引上げまして、最近見らるるごとき出版の自由の行き過ぎを訂正し、そこに正しき軌道を確立せんとしたことであります。なお公然猥褻罪の法定刑を引上げましたのも、これと相まつて、健全なる社會をつくらんとする念願に出でたるものにはかなりません。その三は名譽毀損に關するいわゆる事實證明の問題であります。さきに申し述べましたように、基本的人權として人の名譽を保護することは、新憲法の要請の一つでありますけれども、他面において公正なる批判の自由に行われることも、また社會の進歩發達のために缺くべからざることでありまして、ここに言論出版の自由の重んぜらるべき理由があるのでありますから、いやしくも發表した事實の真實なる限り、時にこれによつて人の名譽が若干害えせられることがあつても、公正なる批判はこれを罰すべきではないのであります。ここに新たに規定を設け、正當な目的のために、公益に必要な真實の事項を發表し他場合には、名譽毀損罪を構成せざることといたし、名譽の保護と言論の自由との間の調和をはかつたのであります。なお新たなる規定として未だ公訴を提起されない犯罪につき特例を設けましたのは、その公益性を重要視したものにほかなりませんが、ここに特に御留意を煩わしたいのは、第二百三十條に二第三項の規定でありまして、公務員及び公選によるその候補者につきましては、その新憲法下における地位と責任とに鑑み、特に十分なる批判の對象となし得ることにいたしたことであります。以上、名譽毀損につきましては、公正なる言論はあくまでこれを處罰の外におき、他面その限度を超えたものは、従來よりも重くこれを罰し、名譽の保護を全うせんとするのが、今囘の改正の趣旨とするところであります。
 次に従來の侮辱罪の規定を廢止いたしましたのは、事實の指示を伴わざる侮辱は名譽を傷つける程度も弱く、刑罰をもつて臨むのはいささか強きにすぐるにあらずやとの懸念に基くにでありますが、この點につきましても、賛否兩論がありますので、姦通罪の場合と同様に、社會の實情に鑑みられまして、慎重なる御検討を煩わしたいと存ずるのであります。
 改正の次の點は、いわゆる刑事政策的制度の擴張でありまして、その一は刑の執行猶豫をなし得る場合を従來より廣くし、懲役、禁錮についてはこれまでの二年以下を三年以下に引上げるとともに、五千圓以下の罰金に處する場合にも執行猶豫を附し得ることとしたことであります。その二は新たにいわゆる前科抹消の規定を設けたことであります。この二點の改正によりまして、刑罰はその必要なる限界に止め、無用なる刑罰の弊を避くる趣旨を徹底し、かつ刑の不利益な效果が終生續くというような不合理を訂正いたしますことは、やがて新憲法における刑罰の残酷性禁止の規定の趣旨にも相通ずるものがあろうかと考える次第であります。
 改正のその次の點といたしましては、刑事手續きと關連するものが二、三あります。その一は第五十五條のいわゆる連續犯を廢止したことでありまして、人権の尊重、迅速なる審判の要請に基く新刑事手續きにおいては、とうてい従來のごとき廣範圍の連續犯を一擧に捜査し審判することは困難でありまして、もし強いてこれを要求いたしますならば、かえつて不當に罪を免れる者をこわめて多からしめ、治安の維持にも缺くるところを生じますので、これを本來の敷罪の形に戻すことにいたしたのであります。その二は、第五十八條のいわゆる累犯加重決定が憲法第三十九條の精神に反する疑ありますところから、これを廢止したことであります。またその三として第百五條を改め犯人隠藏匿、證憑湮滅に親族が關豫し得ることといたしましたのは、犯人の捜索、正しき裁判に全國の協力を得んとする趣旨にほかならないのであります。
 以上要點のみを簡単に御説明いたしたのでありまして、なお詳細につきましては、御質問によりお答えいたしたいと存じます。何とぞ慎重御審議あらんことを希望いたす次第であります。
 次に民法の一部を改正する法律案について、提案理由を御説明申し上げます。
 日本國憲法は、その第十三條及び第十四條で、すべて國民は個人として尊重せられ、法のもとに平等であつて、性別その他により經濟的または社會的關係において差別されないことを明らかにし、その第二十四條では、婚姻は兩性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により維持されなければならないこと、及び配偶者の選擇、財産権、相續、住居の選定、離婚竝びに婚姻及び家族に關するその他の事項に關しては、法律は個人の尊厳と兩性の本質的平等に立脚して制定されなければならないことを宣言しております。しかるに現行民法特にその親族編、相續編には、この新憲法の基本原則に牴觸する幾多の規定がありますので、これを改正する必要があります。政府はまずこの問題を臨時法制調査會及び司法法制審議會に諮問して、朝野各方面の権威者の討議をお願いし、その答申を基礎として、さらに慎重審議を重ねるとともに、所要の手續を進め、ここにこの囘第一國會に本改正法律案を提出する運びとなつた次第であります。以下改正案の内容について御説明します。
 改正案は、まずその劈頭に民事法全般に通ずる日本國憲法の大原則を明文をもつて規定し、その解釋運用の指針としました。すなわち第一條において、私権はすべて公共の福祉のために存すること、権利の行使及び業務の履行は、真義に従い誠實にこれをなすことを要することを規定し、續いて第一條の二に本法は個人の尊厳と兩性の本質的平等とを旨として解釋すべきことを規定したにであります。今囘の改正もこの基本原則に則つて行われたものでありますが、同時にその解釋についてもこの原則に従うことを要し、その結果今囘の改正ではまだ根本的改正の行われなかつた民法第一編ないし第三編の諸規定についても、その内容はこの二箇條の規定により相當の實質的變更があるものと考えるのであります。
 第二に今囘の改正により民法から戸主、家族その他家に關する規定を削除しました。現行民法のもとでは、戸主は家の統率者として家族に體し、居所指定権、婚姻及び縁組の同意権その他各種の権力を認められておりますが、これらはすでに述べました日本國憲法の基本原則と兩立しないため、新しい憲法のもとでは、これを認めることができません。そしてこれらの権力を否定すれば、もはや民法上の家の制度は、法律上はその存在の理由を失うのみならず、これを法の上に残すことは、かえつて戸主の権力を廢止する趣旨を不明瞭にするおそれがあります。よつてこの法律では戸主、家族その他家に關する規定はすべてこれを削除いたしました。これにより従來の民法において戸主が戸主たる資格に基いて家族の上に行使していた各種の権利は認められないことになります。その他家の存在を前提とする各種の制度すなわち繼親子、嫡母庶子、入夫婚姻、親族入籍、引取入籍、離籍、分家、廢家、廢絶家再興、一家創立、隱居、法定推定家督相續人、婿養子縁組、遺言養子及び家の氏に關する規定等もすべて民法典の上からこれを削除したのであります。
 なおここに御留意をお願いしたいことは、右のように、民法典の上からは家に關する規定を全部削除したのでありますが、これはわが國において現實に營まれている家庭を中心とする親族共同生活を否定する趣旨ではないことであります。私どもは現に親子、夫婦を中心とする家庭生活を營んでおり、この親子、夫婦間の法律關係は、従來から家族制度の中心をなしているのでありまして、今囘の改正もこの點は日本國憲法の基本原則に従い、より完全な合理的な制度に高めるための努力をいたしましたが、毫もこれを制限せんとするものではないのであります。
 第三に婚姻については、婚姻は兩性の合意のみに基いて成立すべきものとする基本原則に従い、まず成年者が婚姻をするについては父母等の同意を要しないものとし、未成年者の婚姻については、その保護のため父母の同意を要することにしてありますが、この場合も父母の一方の同意を得られない場合、または父母の知れない場所等に従來の制限を緩和してあります。さらに婚姻生活に體する外部の干渉を排除する等のため、未成年者は婚姻によつて成年に達したものとみなすと同時に、婚姻年齢は男女とも従來より引上げて、男は滿十八歳以上、女は滿十六歳以上に改めました。
 また婚姻生活の内部においても、兩性の平等を徹底するため、婚姻によつて夫婦が夫または妻のいずれの氏を稱するかは、婚姻の際夫婦の定めるところによることとし、妻の無能力の制度はこれを撤廢し、婚姻中は夫婦は同居しお互いに協力し扶助しなければならないものとし、婚姻より生ずる費用は夫婦間で分擔すべきものとし、その他妻の財産に對する夫の使用収益権、管理権の規定等、夫婦の法定財産制に關する従來の不公平な規定はこれを一掃しました。なを離婚原因に關する従來の複雑勝かつ不平等な規定を整理して、これを夫婦間に平等なものとするとともに、婚姻を經續しがたい重大な事由があるときも離婚を請求できることとし、同時に、裁判所は法律上の離婚原因がある場合でも、一切の事情を斟酌して、婚姻の經續を相當と認めるときは婚姻の請求を破棄することができることとしたのであります。なほ離婚に伴い、離婚した者の一方は相手方に對し財産の分與を求めることができるものとし、その額等について爭いがあるときは家事裁判所でこれを定めることといたしました。
 離婚に關連しまして、協議離婚が當事者特に妻の真意に基かないで届出でられることを防止するため、家事裁判所の確認をもつて離婚の要件としてはどうかという有力な意見がありましたので、政府としても十分な検討の結果、家事裁判所を各地方に多數設置し、容易にその確認をうけるような途が講ぜられるならば格別、財政上家事裁判所の開設箇所及びこれに配置できる家事裁判官の數が著しく制限される現状を前提にして考えるときは、莫大な數に上る離婚について、ことごとく右のような確認の手續を經ることは、協議離婚の届出を困難にし、ひいては健全な婚姻制度を維持する所以ではないと考え、右の意見をとらえなかつた次第であります。
 第四に親子關係につきましては、まず子の人格を尊重しこれを保護するため、庶子の名稱を廢止し、未成年者を養子とするには、家事裁判所の許可を要するものとしました。養子の婚姻原因についても、離婚の場合と同様、繼續縁組みをしがたい重大な事由があることを理由とする離縁の訴えを認めると同時に、法律上の離縁原因があつても、裁判所が一切の事情を斟酌して、縁組みの繼續を相當と認めるときは離縁の請求を破棄することができることにしました。子の氏は摘出の子は父母の氏、摘出でない子は母の氏を稱するのでありますが、父または母と氏を異にする場合には、子は、家事裁判所の許可を得て、その父または母の氏を稱する途も開きました。
 次に親権は未成年の子に對するものとし、成年の子に對する親権は、子の人格を尊重するためこれを認めないことにしました。また兩性の本質的平等を徹底するため、母の親権に對する制限はこれを撤廢し、父母の婚姻中は、親権は父母共同してこれを行うべきものとし、父母が離婚した後の親権者は、父母の協議で定め協議で定まらないときは家事裁判所がこれを定めることといたしました。親権を行う父母の一方が勝手に父母の共同名義で、ある行為をした場合に、第三者を保護する規定も別に設けてあります。なお親権者が再婚その他の事情で親権を行うのを不適當とする場合にため、親権を辭する途及び一旦辭した親権を囘復する途を開きました。
 第五は後見人及び親族會は従來家の制度の擁護と後見の監督とを重要な使命としていたのでありますが、制度の運用の實情をみますと、必ずしも十分にその機能を果してはおりませんので、家事裁判所の創設と同時に、後見監督の作用の一部はこれを家事裁判所に、他はこれを後見人監督に移すこととして、親族會を廢止することにいたしました。
 また後見監督人は、従來後見の必置機關となつていたのでありますが、實情に副わぬ点がありますので、改正案では、指定後見監督人がある場合のほかは、必要がある場合に家事裁判所がこれを選任することといたしました。
 第六に、扶養に關しましては、まず扶養義務を負う者の範圍を親族共同生活の現實に即せしめるため、直系血族及び兄弟姉妹のほか三親等内の親族にまで擴張するとともに、扶養義務者の順位、扶養の程度、方法等に關する現行法の煩雑な規定を整理し、家事裁判所で適宜にこれを定めることができるようにいたしました。
 第七に、相續に關しましては、すでに述べました理由で、戸主、家族その他家に關する規定を削除した以上、戸主権の承繼を本質とする家督相續の規定もまたこれを存置することのできないことは當然であります。これに伴い、改正案においては均分相續制度を採用し、大體は従來の遺産相續制度によりますが、兄弟姉妹をも相續人に加え、配偶者は常に相續人となるものとし、配偶者の相續分については、一定の割合を確保するため、特別の措置を講じ、これに關連して遺留分の定め方についても變若干の更を加えました。その數字の詳細は法案の當該條文に譲り、ここではこれを省略いたします。
 相續については右のような均分相續制をとりますが、これを系譜、祭具、墳墓等の承繼に適用することは不適當でありますから、この法律案では、これらのものは、祖先の祭祀を主宰する者がこれを承繼することといたしました。
 第八に、今囘の改正に伴い必要な經過規定を設けましたが、その中には、離婚に伴う財産分與の請求に關する規定のように、新憲法の精神を實現させるため、實質上新法の效力をある程度さかのぼらせたものもあります。
 最後に、本改正案では、親族、相續編の條文全部を口語對に書き改めました。本來、本改正案のように法律の一部改正の場合は、従來の法律の文體に従う慣例でありますが、親族及び相續に關する規定が、國民全部の日常生活を規律することに鑑み、その理解を容易にするため、この部分のみを口語化した次第であります。ただ従前の規定の意味を正確に實現するためには、十分の検討を加える必要があるにかかわらず、そのための時間の餘裕が少なかつたため、疑わしい場合は原文の表現を踏襲しましたので、その字句は必ずしも満足すべきものとはなりませんでしたが、これらは、將來適當な機會にこれを改めたいと思います。以上が本法律案の要点であります。
 次にただいま上程せられました昭和二十一年法律第十一號の一部を改正する法律案の提案理由を御説明申し上げます。
 終戰後滿洲から引揚げた人々の中には、わが國の高等試驗司法科試驗に合格した後滿洲國へ参り司法官となつた人々が若干あるのであります。この人人は、同國の司法官として相當年月の經驗を積んでいるのでありますが、何分外國の裁判官または檢察官であつたため、當然にわが國の裁判官または檢察官のみならず、辯護士の資格をも有しないので、歸國いたしましても、ただちに司法事務に従事することができず、精神的、經濟的に悩んでいる實情であります。この法案はこれらの人人に、わが國の辯護士たる資格を與えることによつて、その經驗を活用し、併せてこの人々を救濟しようとするものであります。
 立法の形式はすでに存する昭和二十一年法律第十一號の一部を改正する方法をとりました。この法律は朝鮮辯護士令によつて辯護士及び辯護士試補の資格を得り引揚者に辯護士審査委員會の選考を經て、辯護士または辯護士試補たる資格を與える辯護士法の特例であります。この法案の内容は、辯護士法第三條の試驗すなはち高等試驗司法科試驗にあつた引揚者で、先ほど申し上げました辯護士審査委員會の選考を經た者には、辯護士法第二條第一項第二號の規定にかかわらず、すなわち辯護士試補として一年六月以上の實務修習を了え、孝試を經ないにもかかわらず辯護士たる資格を附與しようとするものであります。この人々はすでにわが國の高等試驗司法科試驗に合格した後、さらに滿洲國においてわが國の従來の司法官試補の相當する學習法官として實務を修習し、裁判官または檢察官の職に就いていたものでありますので、この事實及び滿洲國の法律が、大體わが國の法律と同一系統のものであつたこと等を考えますと、法律的素養の点では、實質的にわが國の弁護士試補の修習を了えた者と同視して差支えないと思料するのであります。なお、弁護士審査委員會の選考を經ることといたしたのは、慎重を期し、人物、實務その他各方面よりの十分な審査を行い、資格附與に遺憾なきを期したためであります。何とぞ慎重御審議の上速やかに可決せられんことを希望いたす次第であります。
    ―――――――――――――
#4
○松永委員長 次に國家賠償法案を議題としまして質疑を進めます。岡井君。
#5
○岡井委員 なるべく時間節約のために一括して御質問申し上げます。第一條、「故意又は過失によつて」という文句でございますが、ただいま官界の實状は、官吏の怠慢、懈怠ということが非常に大問題に相なつているのでございまして、怠慢懈怠というものは、法律的に申しますれば過失という中に入るのでございましようが、私は怠慢懈怠という文字を使つて、少し官吏をピリッとさせるというような民主的の法律をつくるのがよいのではないかと思いまして、故意過失または怠慢というような文句にしてはどうかと思うのでございます。國民が迷惑を蒙り損害を蒙りますのは、ほとんど官吏の怠慢によつてであるということがいえるからでございます。それから第二項におきまして「公務員に故意又は重大な過失があつたときは、」という文句がございます。これを國民が卒然として續みましたならば、不要の文字が書いてあるような感を受けると思います。前項と違うところは、過失が重大なる過失となつているのが異なつているので、それを言いたいために繰返したのでございましようが、これはひとつ全部を削除なさいました方がすつきりするのではないかと思います。今申し上げますような、國語としての體裁、とにかく故意という文字を使う必要がないのに繰返している。この國語としての體裁はささいなことでございますが、いやしくも官吏が國民に迷惑損害を加えたというような場合は、これは非常な不都合なことでございまして、少なくともその場合に過失がある以上は、過失という者は絶対的なものであつて、何も重い輕いを問う必要はないのでございまして、いわんや公務員という公の職を奉じている人でございますから、一般無知識なる國民のごとくに、これに重大なる過失がなければ、それに対して求償権が行われないというようなものではないと思います。これはただいま官吏社會が非常にただれております。このただれているということにつきましては、ほかに根本の大原因があるのでございまして、ここで申しまするのは、いささか枝葉末節に類しておりますけれども、法文といたしましては、私は重大なる過失というのは餘計なことである。全部この邊は削除したらいかがと、こういうことをお伺いしたいのでございます。
 それから第二條第二項「他に損害の原因について責に任ずべき者があるときは、」というのは、その公務員をも含むものでございましようか。次にそうだといたしますれば、この場合は單に求償請求を有する野でございまして、重大なる過失でなくとも、單なる過失でよいのであると思いますから、これらとの対比から申しましても、今さら申し上げました故意又は重大なる過失という工合に、求償権の場合に格段なる規定を設けられる必要はないのではないかと思います。
 第三條、これは後段のものは第一條の公共團體に該当せざるごとく思われるのでございますが、いかがでございましようか。そうだといたしますれば、この第三條冒頭に「前二條の規定によつて國又は公共團體が損害を賠償する責に任ずる場合において、」とありますが、これだといたしますれば、前者、後者とも含むように見えるのでございます。ところが第一條を續み合わせますと、後段のものは第一條のいわゆる公共團體中に含まないように見えるのでございますが、いかがでございましようか。また損害賠償の責に任ずる實質の議論といたしましても、これは、第三條の前者の方の責任ではないでございましようか。
 次は第四條、第五條、「國又は公共團體の損害賠償については」という文句でございます。これも一般國民がこの條文を續みますと、大體前からずつとそのことについて言つてきておりながらまたそれを繰返すというのは、はなはだもつて奇異の感に打たれるのでございます。そこで本法についてはとかいう工合に、常識的の文句に改められたらいかがかと思います。あるいは前に求償権の問題があるじやないかといいますけれども、これは求償権をも含めての意味であろうと思いますから、もう少し常識的に、民衆が奇異の感を懐かないように法律をつくつていただきたいのでございます。
 それから第四條と第五條を合併してお書きになつた方が常識に合します。本法については民法の規定により、また民法以外の他の法律に別段の定めがあるときはその法律により、こういう工合に常識的に書き改めてもらいたいのでございます。
 つぎは公務員に求償権を行う場合に、裁判長の和解、債務調停というようなものも適用があるのでございましようか。換言いたしますれば、なるべく實益を國庫に収める、國庫の損害をして輕からしめるためには、判決で表面の金額をうたつてもらうよりも、取りやすいようにして一文でもよけいにとる、これが國家の損害を少からしめる途であると思いますが、そういうような主義をおとりになるのでございますか。あるいは大義名分を明らかにして多額の金額を掲げるというと、かえつて本人は失望落膽して手がつけられなくなつて一文も取れぬということになるのであるが、大義名分を明らかにする意味で債務調停式のことはやらないで、表面の金額をなるべく多くうたう、こういうような主義をおとりになるのでございましようか。
 それから言い落としましたが、求償権の場合において、公務員故意又は重大なる過失あるを要せざる一つの理由といたしまして、立證責任をはたすことがはなはだもつて困難であるということと、形式主義、官僚主義に陷つているただいまの裁判所の惡習慣といたしまして、故意を發見するというようなことは、裁判所の技兩をもつてしては、私ははなはだおぼつかないと思うのである。重大なる過失にしてはじめて、今の裁判所の技兩をもつてすればようやく發見し得るのではないかと思うのでございます。さような意味におきましても、過失というものと、重大なる過失と區別する必要は毛頭なくして、われわれ國民は重大なる過失がある場合でなければ救濟を求められないということになるというのが實情だはないかと思うのでございますが、左様な意味からも、特別に求償権の場合に重大なる過失以上とせられた理由が私には解しかねるのでございます。以上でございます。
#6
○奧野政府委員 お答えします。まず第一點の、故意又は過失の中に、官吏の怠慢、懈怠というようなものがはいるかどうかという御質問でございますが、これはもちろん怠慢、懈怠というようなものは、その過失の中にはいるかと考えております。すなわちその結果他人に損害を加えた場合には、第一條の適用があるというように解釋しております。
 次に第二項の求償の場合に、何ゆえに故意又は重大なる過失ということにしているのか、一項と同じく故意、過失だけでよいではないかという御議論であります。この點は實は現行の官吏の責任として、戸籍法、あるいは公證人法、あるいは不動産登記法等における官吏の賠償の責任を規定している場合にも、大體故意又は重大なる過失があつた場合に損害賠償の責任があることになつております。ところが今囘は重大な過失がなくても、國家に対して損害賠償の責があるということにいたしたのであります。ただ官吏個人に求償する場合においては、現在以上に、輕過失の場合でも官吏に責任を負わすということはいささか苛酷に過ぎるではないか。あまり苛酷であると、官吏も職務執行について臆病になりはしないか、従つて官吏個人の求償責任を求めるときには、故意、重大なる過失のあつた場合に限定して適當でないか。その代わり國家自身が被害者に責任を負うには、それは官吏の單なる輕過失によつた場合でも、國家としては責任があるということが、大體妥當ではなかろうかというふうに考えまして、外部関係と内部関係について區別を設けたわけであります。
 次に第二條におきまして第二項に「他に損害の原因について責に任ずべき者があるときは、國又は公共團體は、これに對して求償權を有する。」というのはどういうものを考えているかというお尋ねでありますが、これは現行民法の七百十七條第二項にもあるのと同じものでありまして、すなわち公の營造物の設置または管理について瑕疵があれば、國家なり公共團體なりが責任を負う、賠償の責に任ずるのでありますが、それがその公の營造物の設置管理の工事をした請負人等が、工事が不十分であつたということのために、そういう損害を生せしめたという場合には、國家からさらに工事請負人等について求償権をもつという大體趣旨でありまして、現行の民法七百十七條の第二項も同様に解釋されておりますが、そういつた趣旨を規定したわけであります。
 次に第四條、第五條等について「國又は公共團體の損害賠償の責任については」というふうなことを繰返さないで、「本法については」というふうにしてはどうか。あるいは四條、五條を合併してはどうかという御議論でありましたが、文字といたしましては、あるいは非常によい表し方ではないかとも考えますが、要するに本法によつて、國又は公共團體が損害賠償の責に任ずる場合に、それらの点について本法に規定した以外の事柄については、民法の不法行為に関する規定を準用し、たとえばその損害賠償請求権の時效の問題でありますか、あるいは被害者に過失があつた場合には過失相殺ができるかどうかというようなことすべてが民法によるという趣旨でありまして、本法の責任については云々というのでは、かえつてわかりにくいのではないかというふうに考えまして、文字としてはどうかと思いますが、「國又は公共團體の損害賠償の責任については、」というのを繰返したわけであります。
 最後に、これらの損害賠償について調停とか和解とかいうようなことがやり得るか、債務調停の適用があるという御質疑でありましたが、これはもちろん一般の損害賠償債權として、やはり調停なり和解なりの対象となり得るものと考えております。
#7
○岡井委員 一括して申し上げましたためにお落としになつたようでございますが、第三條はいかがでございましようか。
#8
○奧野政府委員 失禮いたしました。第三條な、たとえば道路法等によりますと、管理者と費用負擔者とが違うのでありまして、あるいはそういつた例はあまりたくさんな例ではありませんが、特別都市計畫等のような場合に、行政官廳が執行するのであるが、その費用はその公共團體が負擔するというふうになつておりまして、その公務員の選任、監督、あるいは營造物の設置もしくは管理に當たる者と、それからその費用を負擔する者とが違う場合、前者が國家の事業あるいは國家がやるにかかわらず、その費用はすべて公共團體がやるということがあまり多くはありませんが、そういう例がある。そういう場合に國家が賠償責任がある場合に、國家が賠償して、それからあとで費用として公共團體に求償するということになろうかと思うのでありますが、それではまわりくどくなるので、そういう場合には直接費用負擔者である公共團體が損害賠償の直接責任者になつた方が便宜であるし、またそういう管理者と費用負擔者が違う場合によく訴訟でどちらかを被告にすべきかというようなことについて疑問があつて、判例等も出ております。そういう場合には費用負擔者を直接の被告によるということに明確にしておく方が、その点が迷わなくていいというふうに考えまして、あまり例は少ないのでありますが、そういうふうにたまたま費用負擔者と違つておる場合には費用を負擔する。これは大體公共團體――國がやつて公共團體が費用を負擔するという場合でありますが、そういう費用を負擔する公共團體が直接の責任者になるということを明確にしたのであります。
#9
○岡井委員 公共團體に少しも悪いところがないにもかかわらず、その公共團體が費用負擔の求償の責に任ずるということは、迷惑至極で不都合きわまる公序良俗にも反することだと思います。その公共團體も大いに怒るでございましよう。國が不都合であるにかかわらず公共團體に尻をもつてくる。これは民主自由の政治ではないと思いますが、いかがでございましようか。それからさような公共團體には第一條の公共團體にあたらないとおもうのでございまするが、第三條の冒頭の書出しを見ますると、この費用負擔を公共團體も第一條の公共團體にあたるがごとくに一般國語を讀む者から見れば見えるので、文理解釋からすればさように拜見せられるのでございますが、いかがでございまするか、この二點をお伺いいたします。
#10
○奧野政府委員 お説きのように、第三條の場合においては、費用負擔である公共團體としては何ら自分のやつたことではないので、國家の行為でありながら費用を負擔させられるわけで、一見別に自分に責任のない公共團體が費用を負擔するという理由のために、損害賠償をしなければならないというのは不都合ではないかというふうに考えられますが、結局そういう、まあたとえば公の營造物の設置、管理の費用を負擔するというその費用の負擔という中に、管理の瑕疵があつたためにたいへんに損害をかけて、その損害の賠償をしなければならないということも、費用の中に含まれるものと考えるわけであります。そこで、要するにそういつたようなことですべて費用を負擔しなければならないということに法制上なつておる以上は、その費用の中にはいる損害の賠償ということも費用負擔者が負擔することが當然であつて、これはたとえば保證人のような場合に、保證人が自分の事柄ではなくても保證しなければならないというのとおなじようで、要するに自分の行為ではないけれども、費用負擔者たる地位からして、やはりそういうものも損害賠償の費用の一部分として負擔しなければならないというので、それなれば一應本人に會つてそれから本人からさらに保證人に求償するというようなことではなく、直接に外部に対してその費用負擔者が負擔すればよいではないかという思想から來たのであります。そこで第二の御質問であります一條との関係でありますが、一條の公共團體と申しますのは、公共團體がみずから公権力の行使をやつておる場合が第一條でありまして、第三條というものは、その費用負擔者たる公共團體ということになるのでありまして、第三條は費用負擔者といわゆるその管理者たる地位とが違う場合の規定で、一條は公共團體が責任を負うという場合は公共團體の公務員の行為によつてその公共團體が責任を負う場合であります。三條は國の費用について費用負擔者である公共團體が責任の費用を負擔するという意味で責に任ずるというので、場合が違つてきておる次第でございます。
#11
○岡井委員 時間をとつて恐縮でございますが、ただいまの御説明は承服申し上げ兼ねるのであります。さらにお考えおきを願いたいと思います。この第三條を終りまで讀んでみて、初めて費用負擔の公共團體が責に任ずるということに相なつてまいりますのにかかわらず、第三條の冒頭の書出しにおいては、これらのものが初めから求償権の義務者に相なつているというふうに文理解釋上からはどうしても讀まれるのでございます。その点と、かくのごとき公共團體に費用求償を、償還をさせてよろしいかどうかという大義名分論について、さらにお考えおきを願いたいのでございます。
 それから次に立證の責任についてについて佐瀬議員も非常に心配せられたのでございまして、この點から申しましても、重大なる過失を要求する必要は毫もないのではないかと思います。その點について御説明がなかつたようでございますが……。
#12
○奧野政府委員 現行の民法の七百九條におきまして、一般的に不法行為については、故意、過失を要件といたしておるわけでありまして、それでありますから、大對において裁判所等において故意、過失の認定ということは、常に事件の上で行つておるわけでありますから、必ずしも故意、過失の認定が裁判所において非常に認定する能力がないのではないかという心配はなかろうかと思います。ただその内部において求償公務員個人の責任を問う場合は、最前申し上げました義務によつて、外部責任と内部責任との取扱いを異にするという意味で、内部責任については重大なる過失のあつた場合だけ國から賠償償還の請求を受けて、公務員の個人の賠償を認めていくという行き方にいたしたわけであります。
#13
○岡井委員 裁判官に適用せられましようか。
#14
○奧野政府委員 その點は非常に問題であります。これは特に裁判官の判決が假に間違つたような場合に適用があるかどうか。この點については外國の立法例等におきましては、一般の官吏と裁判の場合と非常に區別して、裁判の場合では非常に適用がむずかしいというか、嚴格な要件を要求しております。そこで國家賠償法を立案する場合にも、裁判官については例外的な規定を設けようかという議論もずいぶん出たのでありますが、いろいろ考えました結果、やはり憲法十七條で裁判官だけを除くとか、あるいは裁判官だけについて特別な要件をもらうということは、あるいは憲法違反になるおそれがあるのではないかということで、特別な例外を設けません結果、やはり裁判官もこのうちにはいるという解釋をするのであります。
#15
○岡井委員 私の本日の質問につきましては、はなはだ僭越ではございまするが、さらにお歸りになつてお考えおきを願います。 最後に口語體の法律は必ずではなくして常に明白でないのでありまして、一般民衆はほとんど法律の文は毎日新聞に出ても讀む者は一人もないだろうと思います。そこで口語文の法律につきましては、まだ昔の文章體の場合よりも、さらに難解であるという評があるのでありまして、これは第一立法者みずから概念の統一をなされて、自分の言いたいことをはつきりきめてかからないと、概念の統一なきために、觀念の混合を來しまして、明白でないということになつてくるかと思うのであります。次に表現の方法が非常にしつこくて、かえつてわかりにくいということに相なつてくるのではないかと思いまするので、法律をつくられる御商賣の司法省におかれましては、大いに今後御注意していただきたいのでございます。
#16
○松永委員 佐瀬昌三君。
#17
○佐瀬委員 重複を避けて要點だけを質問いたしたいと思います。
 第一條の公權力の行使に當たる公務員という概念でありますけれども、公權力とはどういう意味か、また公務員とはどういうものか。またその範圍がどうかという點であります。刑法は御承知のように、公務員について定義を掲げておりますが、その定義があつてすら、なおかなり解釋上疑義があるのであります。本法においてもあらかじめこれを明白にしておくということが必要ではないかと考えます。なおまたその説明についても、でき得べくんば具體的な事例をもつて明確にいたしておくことが、肝要ではなかろうかと考えるのであります。もちろん今後行政機構組織の改革等に伴つて、この範圍の擴張ということも豫定されておりますが、現行制度の上に立脚して應一政府委員のその點に対する御説明をお伺いしておきたいと思います。
#18
○奧野政府委員 公權力と申しますのは、大對警察權あるいは司法權あるいは財政權と申しますか、税金の賦課徴収といつたような場合もいろいろありましようが、そういうものがいわゆる公權力に該當するというふうに考えております。公務員ということにつきましては、お説きのように明確にすることが適當であろうかと思いますが、これは憲法の上にも、十七條に公務員というふうになつておるのでありまして、この點は大體従來おのずから公務員というものに関する概念が、法律的にあるのではなかろうか。要するにその職務權限が抽象的に大體法令でもつて定められてあるものを、公務員というふうに考えていいのではなかろうかという意味で、特に公務員について、刑法のように定義を設けることをやらなかつたのであります。
#19
○佐瀬委員 刑法が立法的に有限解釋を下して、おるのでありますが、大對それを本法においても基準にして、あるいはそれより以上にこの立法精神に基いて擴張して解釋していいというようなお考えは、提案者としてはおありになつておるのか、その點を簡單にお答えいただきたいと思います。
#20
○奧野政府委員 限定的に刑法のように規定をいたさなかつた結果、やはり公務員という者は結局解釋によつてきまるわけでありまして、大體はさつき申しましたように、職務權限が法令によつてきまつておるものを指すことになかろうかと思いますが、これは解釋に委ねておりますので、刑法のように限定しておりませんから、この公務員というものは、範圍が相當廣く解釋し得るのではないかというふうに考えております。
#21
○佐瀬委員 結局その點にも関連してまいるのでありますが、第四條の規定の趣旨であります。これは本法の規定によるのほかは、民法の規定によつて、國または公共團體の損害賠償の責任をきめるという提案趣旨のように承つておりますが、先ほど來その意味の説明を承つておりますると、それは時效制度あるいは過失相殺制度といつたようなことについて、本法には規定がないから、民法の規定に譲るという趣旨のように考えられるのであります。しかし私の考えから申し上げるならば、單にさような手續きに関する規定について、民法を適用するとか準用するとかいうだけの問題ではなくして、本國家賠償法に基いて國等が損害賠償の責任をもつ以外は、すべて民法の七百九條によつて、國等の損害賠償を認めていく。もつとも第五條には特別の法律のある場合は、この限りでないということになるのでありますが、とにかくさようにして、いやしくも國または公共團對の行為に基いて損害賠償をするものは、憲法十七條によつて全面的に保証されている。この大前提のもとに考えると、個人は必ずやいずれかの法規に準據して、國等に対して損害賠償を求むることが認められているのでありますから、それを漏れなく目的貫徹をなさしなめるためには、民法の七百九條がきわめてこれまで狭く運用されている関係から見まして、第一條の公權力の行使に當る公務員の行動というものは、むしろ廣く解釋するようにしなければ問題が生ずるという疑念があり、そこに憲法十七條は全うされないという不安があるのであります。従つて将來の個々の特別法は別といたしまして、あらゆる損害について民法七百九條か、しからずんば本法に基いて、すべて賠償が保障されるというふうに立法し、かつそれを運用することが、きわめて肝要ではないかと考えるのであります。この點に対する政府委員の御所見を承つておきます。
#22
○奧野政府委員 お説のように結局今までは、國または公共團體の公權力の行使の結果の損害賠償については、かかつていけなかつたのでありますが、この法律によつて賠償が請求できることになつたわけでありますから、結局すべての不法行為について、私人であると國家であると公共團體であるとを問わず、またそれが公權力の行使であると、司法関係の不法行為であるとを問わず、結局民法七百九條とこの國家賠償法によつて、完全に賠償の請求權を保障されるということになるわけであります。
#23
○佐瀬委員 公務員の選任、監督に對する責任ということは、本法の運営においては別にこれを問わない御趣旨でありましようか。
#24
○奧野政府委員 これは國家が直接賠償の任に當つておるので、民法の七百十五條のように、選任監督について注意を怠らないことを證明すれば、國家が責任を免れるという方式はとらないことにいたしまして、たとい専任監督について國家が常に注意を怠つていなくても、いやしくもその公務員がこういつたような損害を生ぜしめた場合には、専任監督について注意があつたかどうかにかかわらず、國家が賠償の責に任じなければならないという趣旨であります。
#25
○佐瀬委員 その点は大變結構な御趣旨で、諒といたします。この場合に公務員の個人的な賠償責任はどういうふうに相なりますか。
#26
○奧野政府委員 これは結局憲法十七條によつて、國の賠償義務について規定を設けなければならないという憲法の要請に従つて、國の賠償責任について規定を設けたわけでありまして、その個人たる公務員は、しからば直接責任があるかどうかというようなことについては、本法は觸れていないわけでありまして、これは結局解釋の問題として残るかと思います。すなわちこの場合に、個人たる公務員は直接第三者に對して國と併存して損害を負わなければならないのか、あるいは國がすべて責任を負擔し、公務員たるものは、これは國家の行為であるのだから、個人としての責任は問われないというふうに解釋するか、この点がいろいろ實は司法法制審議會等におきましても議論があつて、そういう場合に國のみが責任を負擔するのだという議論が大體多かつたのでありますが、この点については非常に議論が分かれまして、結局その点は解釋問題にして、少くとも憲法の要請によつて、國家が責任を負膽するということを明らかにすればよいのではないかということで、この案におちついたわけであります。要するに被害者としては國が賠償の義務があるのであるから、しかも國については個人と違つて經濟力があるわけでありますから、賠償の保障は十分得られるわけであるから、これによつて權利の保護は十分であるということで、個人責任の点については觸れてないということに御了承解を願いたいのであります。
#27
○花村委員 今の問題に對して關連してちよつと質問いたしたいと思います。――賠償責任に關しまして國家が責任を負う旨の國家賠償法ができたのでありますが、まことに本法案たるや少しの進歩的のところが發見できぬと申し上げてよかろうと思うのであります。要するに民法の不法行為による損害賠償と、刑法の不法行為による損害賠償とが混済されて解釋せられておつたようなこともあるのでありますが、しかしながらこれははつきりその趣きを異にしているのでありまして、前者は要するに個人の損害賠償というものに重きをおいている。それから後者は社會的見地から見た損害賠償という点に重きをおいたという点において異なつておるのであります。そこで民事上における損害賠償は、要するに個人の損害を賠償するということである。いわゆる損害賠償主義がその根本をなすものであると申し上げてよかろうと思います。従いまして、その損害賠償は何人が負擔するのであるか。あるいは個人が負擔するのか國家が負擔するのか、そういう損害賠償を受くる人の對象は、多く論ずる必要はない。その個人の生じた損害を賠償してもらうということが第一の眼目であつて、その賠償すべき人はあえて問うところではない。これは要するに民法の不法行為による賠償責任の根本の考え方であるのでありますが、今囘新憲法によつて國家賠償責任法が出たのでありますけれども、やはりこの民法の不法行為と同様に過失主義をとつている。これではこういう新憲法のもとにおいて劃期的な法律をつくるという考えとぴつたりいかない。むしろこういう國家が責任を負うというような國家賠償法をつくる場合においては、無過失損害賠償主義をとるということが必要じやないでしようか。その過失があるかないかというようなことを窃鑿し、しかもその過失があるかないかというようなことは、加害者の方面で立證責任をしていかなければならぬというような、ほとんど民法の不法行為と變わつていない。ただその損害を賠償すべき主體というものが國家になつてきたというに過ぎない。これでは一向損害賠償に關しまする進歩的な点が私は見られないと申してよいと思う。むしろこういう法案を設ける場合においては、その過失の有無を問わず、損害が生じた場合においては國家が賠償するというところにもつていつて、初めてそこに新鮮味があるのじやないでしようか。現に工場法竝びに鑛業法であつたと思いますが、二、三は無過失主義をとつている。過失がなくても、故意過失によらなくても損害を賠償しなければならぬという規定があつたと私は記憶をいたしております。でありますから、こういう法制にもとにおきましては、大して民法と變わりはない。ただその損害を賠償すべき主體が國家が加わつたというだけである。これは賠償という意味の根本理念に副うていかない。要するにその損害の賠償を受け得るということが根本的の考え方である。ここに損害が生じた以上、その損害が公權力の行使による公務員の故意によろうが過失によろうが、そんなことはあえて問う必要はない。故意過失があつてもなくても、ここに損害というものが客観的に生じた以上、その損害を國家が賠償するのであるということになつてこそ、初めてここに新しみがある。こういう法律を新憲法のもとにおいてあらためて設けるという必要性が出てくるのではないでしようか。それをひとつお聽きしたいと思います。
#28
○奧野政府委員 無過失損害賠償主義をとつてはどうかという御議論でありますが、これはきわめて重要な問題でありまして、われわれもその点については十分検討いたしたのであります。これはさらに民法一般の不法行為についても、いろいろな議論があるわけでありまして、あるいは進歩的という考えからいたしまするならば、無過失損害賠償主義をとつた方が進歩的であることはもちろんだと思うのであります。ただこれは、お話の中にもありましたように、労働者災害扶助などにおきましては、工場等が無過失的に労働者に災害の賠償をしなければならぬことになつておりますが、これは一面御承知のように労働者災害扶助責任保健法というのでありまして、一方において責任保険の裏づけによつて行われているわけでありまして、どうしても無過失損害賠償をする、それと同時にその裏づけに社會保險のような何らかの責任保險の制度を考え合わせていかなければならないかと考えます。そういう意味をもちまして、現在の一般法である民法の主義が、現在のところ過失主義をとつておる制度に鑑みまして、やや進歩性は缺けるかもしれませんが、本法案におきましても、國家の賠償についてはやはり過失主義をとることが、現段階において妥當ではなかろうかというふうに考えまして、結局本案におきましては過失主義をとつた次第であります。その点御了解を願います。
#29
○花村委員 民法の不法行為に關しまする請求訴訟などを見ましても、故意があつたが過失があつたかということが、やはり相當にむつかしい爭点に相なつておりますることは、これは申し上ぐるまでもございません。従つてこの故意、過失の程度というものを決定するがために、不法行為に關する事件というものは相當長く延びておる。しかもそれが被害者に方面でありまするところの原告の方に立證責任があるということで、不法行為に關する民法の規定は設けられてはおりますけれども、實際の場合においては、その法律によつて救われることがきわめて少ない、また訴訟等におきましても、おそらく民法の訴訟として不法行為の訴訟がまず第一にむつかしい訴訟であると呼ばれており、しかも相當にやはり年月が費されておる。でありますから、不法行為の規定は設けられておるわけでありますけれども、實際においてはそれによつて救われておらない。加害者で、あるいは腕をなくし、足を切られたというような者が不法行為に基く損害賠償の請求をして、三年も四年も五年も、はなはだしきは十年もかかる、そういう長い期間を要して訴訟で爭つても、それでただちに勝つとは言えない。この故意過失が相當にむづかしい問題となりまして、これあるがために、今日まで不法行為の規定を設けられておりながら、實際は救濟をされておらない。しかるに今度は國家がその賠償責任を負うという場合におきましても、やはり故意過失があつたかということが、これがやはり爭點の中心になるので、従つてこういう規定を設けましても、われわれの長き經驗から申しますと、やはりこれは思うように救濟の手は伸べられない。今日は御承知のように社會もだんだん複雑に相なつてまいりまして、いろいろのこういう賠償問題が起きてくるのであります。しかも社會が複雑になればなるほどこういう問題が起き、しかもそれがまたむつかしくなつてくるのであります。でありますからこういう世相が畫期的の革新せられていくというような場合において、むしろ大英斷的に、故意過失というものを論ぜずに、とにかく公権力の行使によるところの公務員が損害を生ぜしめた場合においては、その故意過失を論ぜして國家が責任を負うのだ、またそこまでいつてこそ、初めて新憲法に基く救濟の道が開かれるのではないでしようか。これではほとんど國家がただ賠償責任を負うという、この責任の主體が變つてきたということだけで、ほかには何らの進歩もなければ何らの變つたところもない。これでは私は國家賠償法として新憲法のもとにおいて國民の権利を救濟するという救濟に方法としては、まことに手ぬるいものである、こう思うのでありますが、むしろこの時勢から考えますれば、故意過失を論ぜずに、損害が生じた場合においては、客觀的にその損害を見て賠償するという方向に改めることこそ、時代に副う考え方であると思うが、いかがでしようか。
#30
○佐瀬委員 私も審議を促進する意味で、あまり重複する質問を避けることにしてまいつたのでありますが、今花村君から質された點は、私も劈頭に申し上げて政府の説明も一應伺つたのであります。憲法十七條によると、「公務員の不法行為により、」云々とされておるために、どうしても過失責任主義が維持されなければならぬというふうに解釋される。それが根據として本法でもかような責任原理を採用することになつたように思うのでありますが、ただこの憲法の範圍内においても、私は過失責任主義の運用においても立證責任の轉嫁という方式をもつてのみ被害者たる國民個人に立證責任を負わさずに、もし國または公共團體がその公務員の職務執行上生じた損害に對して責任を免れんとするならば、むしろ國または公共團體の方において故意または過失がなかつたかということを立證するという主義、あるいはこれを過失推定主義と申してもいいんかもしれませんが、そういう妥協的な案分に修正したならば、先ほどは岡井君からも立證責任の問題がここで提出されたように、ひとしくそういう方式で満足するのではなかろうかと考えるので、この點に對する政府委員の御一考を煩わしたいと思うのであります。
#31
○鍛冶委員 私も一つ關連して質問を申し上げたいと思います。これは今みな言われたように、私らも多年辯護士をやつた經驗から申しまするが、われわれの仲間では俗に損害賠償の訴訟を起して勝つようにならなければ一人前ではないと言われる。殊に先ほどの説明を聽きますと、國家公共團體を被告として訴えなければならぬということになつたら、よほど――よほどどころではない、大變なことです。われわれは今まで國家を相手にして損害賠償の訴訟を起して、これほど困ることはない。というのは、こちらは個人の力でいくけれども、向うは公権力をもつて戰つている。あらゆる手段方法をもつて戰つているのであります。五年でも、十年でも、二十年でもかかつている訴訟がある。殊にはなはだしいのは、そしようにおいて立證上公務員の書いたものは信憑力があつて、私人の書いたものには信憑力がないということになつているから、同一の官廳の公務員がこういうことで過失がなかつたのだとか、こういう事實があつたという證明を爭出してつてきている事實は、もうたびたびおつてわれわれは不都合きわまるものであると思うがやつている。これらの點から考えまして、この通りでいつたら有名無償の法律になります。少くとも不法にというようなことを入れればよろしいので、故意過失の責任を原告にもたせるということならば、この法律がないと同じだと思いますが、これは特に十分なお考えおきを願わなければならぬと思います。
#32
○奧野政府委員 先ほどからたびたび申し上げておりますように、段階においては、過失ならば責任がないという法制をとつておりますので、本法におきましてもそういう主義をとつたわけでありますが、この點については結局御審議をなさいます委員各位におきまして、これではどうしてもいかぬ、無過失賠償にしなければならぬ。あるいは少なくとも過失についての立證責任の轉換ぐらいをやらなければ實行力がないという御意見が非常に多數であるというような場合には、政府部内におきましても、さらに研究をいたしたいと思います。
#33
○松永委員 午前中はこの程度にして午後一時半まで休憩いたします。
    午後零時三十四分休憩
     ――――◇―――――
    午後一時五十六分開議
#34
○松永委員長 休憩前に引續き會議を開きます。岡井君
#35
○岡井委員 鈴木司法大臣に少しく重大なることをお伺い申し上げます。すべて國家賠償法案そのままに即したる質問でございまして、少しも離れておりませんが、初めの方がちよつと離れたようにお考えになるかもしれませんが、まず五分間で申し上げますから、五分間だけ御辛抱願います。私は昔から亡國罪というものがあるということを信ずるのです。國を滅ぼす犯罪でございます。これはおそらく私一人といつたら僭越かもしれませんが、私は昔から考えております。誠意のない、能力のない、認識淺薄なる大臣がいすに腰をかけておるということは、すなわち日々夜々において國家を覆減に導きつつある亡國罪の繼續犯であると思うものでございます。私は東條内閣當時に判事を勤めておりましたので、一例に擧げても司法部の司法大臣、はなはだ失禮であるけれども腐敗政治と無能な政治を行つておる。ただ下僚が型のごとく出席すれば精價格勤だと思つておる。あなた方は亡國罪を犯しつつある。あなた方が大臣のいすにすわつておられることは、すなわち亡國犯を繼續して犯しつつある姿であるということを非常に猛烈に書きましたために判事懲役裁判を開始せられまして、被告人を經驗したものでございます。まず開戰の際に戰爭は勝つ見込みがないというので、米内さん初めそういう考えであつたらしいのですが、これに對して徹底的に反對をしなかつた。それからその次に本土決戰というような愚劣きわまる議論をまことしやかに唱えておる。これははなはだしき無能であるか、はなはだしき無誠意であるかでございます。それに對して昔の軍令部總長であつて、重臣筆頭の鈴木貫太郎さんなどが、それを見ておりながら、何とも言わなかつた。それから私は終戰直後の御詔勅を拜承したあとで、すでに日本は昭和十八年十一月二十七日のポツダム宣言と同じ内容であるカイロ決議のときに戰爭を投げておつた。爾後政府、軍部、外交部は和平の機會をねらつておつたのであるという奇々怪々なる放送を聽きました。翌日新聞に出るかと思つたら出ませんでした。これは政府が誤つて祕中の祕を發表したのだと思います。これから考えますと、もしも鈴木樞密院議長にしても、ほんとうに樞密院議長の重職を自覺しておつたならば、彼は軍事の専門家であるし、東條がいかに墜落した政治を行つておるかということも御存じであるし、また海軍がほとんど全滅しておるということも御存じであるはずです。知らなければ知る義務があるのです。無能にあらずんばはなはだしく、誠意がないということになります。私のはまだ事情に暗くして戰爭に勝とうとしてやつたのでございますが、今のように開戰に反對であつたならばなぜ徹底的にやらなかつたか。まだだめだということを知つておりながらなぜ樞密院議長たるの重責を盡さなかつたかということこの點を責めたいのでございます。日本は、ともかくも當局がほんとうに戰爭をする氣がなくなつてから後に、内地の二百五十萬戸の家は焼失しています。五十萬人の爆死者もことごとく戰意を放棄した後です。それからその前のあまたの戰死者、特攻隊も全部、日本がカイロ決議によつて戰意を喪失してから後起つておるのです。そこで當局者みずからマツチをすつて二百五十萬戸の放火罪を犯した。またみずから刀を振つて内地の爆死者、戰死者の殺人罪を犯したのである。いわんや國を亡す犯罪を犯しておる。そこでお伺いしたい。
 第一は、憲法によつて「何人も、公務員の不法行為により損害を受けたときは、法律の定めるところにより、國又は公共體に、その賠償を求めることができる。」とあります。またこの度國家賠償法ができ上がろうとしている。そこで憲法第十七條の公務員の不法行為により損害を受けた場合の國または公共に賠償責任と、このたびの國家賠償法第一條とは、たとえば鈴木樞密院議長その他たくさんあるが、こういう人々の行為に適用されるのでありましようか、いかがでありましようか。これらは新憲法發布前のことでありますから、もちろん適用しないと仰せられるならば、
 第二に、同様の場合において新憲法ができた今日、國家は二百五十萬戸の放火罪の被害者、何十萬、何百萬の殺人罪の被害者、かような人々に向かつて陳謝の責任があるのではないでありましようか。
 第三は、國家が滅亡に瀕しておるのを見て救う義務は、だれにでもありますが、殊に前總理大臣樞密院議長等いわゆる重臣、それから政府の代官、殊に外交部の人々、陸海軍省、参謀本部、軍令部等の世界の大勢を知つておるところの樞機參畫した少壮武官、それから當時の議會人、こういう人々は當時大臣の顔色を見、祕密會議も開いてもらつたであろうが、何をしておつたか、こういうときにこそものを言うのが勤めである。こういう人々は、罪萬死に値するというが、それでは濟まない。千遍萬遍死んでもまだ足りない。死ぬ人があれば死んでもよろしい。そうでなければ、幾多の英靈が――西洋の學説によれば英靈の魂は存在しておるので、これらの人々が納得しないから、強盗など特攻くずれその他が多いし、ますます世の中が亂れるのでありますから、こういう人々を議會において陳謝さすべきではないかと思います。
 第四は、法律は既往にさかのぼりませんけれども、かくのごとく多數の殺人罪、放火罪、それにもまして亡國罪というようなものを超したる今列擧したような人々を訴追すべきではないでしようか。法律は既往にさかのぼりませんけれども、東京裁判所なんかでは、既往にさかのぼるということでやつております。もし新舊兩法、行政法の交替する機會に、殺人罪放火罪のごときものを新法に誤つて書き落としたことを後日に發見した場合に、それの空白時代の殺人、放火行為を放つておかれぬのではないかと思います。さような犯罪、それにもました亡國罪というようなものは、人類なり國民の根本的犯罪でありますから、これは法律をまたないと思うのでありまするが、いかがでございましようか。
 第五、舊憲法のきましては、國務大臣は天皇輔弼の責に任じております。それから新憲法は第六十六條三項、國會に對して内閣は連帶責任を帶びているようでございます。私は昔から次の疑問をもつておりました。輔弼も責に任ずるといつたところが、國家を亡ぼすかもしれないということに對して、死刑にしても、あるいは千遍、萬遍死んでもあきたらない。金錢的賠償もしかりである。そのことを憲法は麗麗しく書いて憲法學者も何も疑問にしない。がくのごときところに國家亡滅の原因があると思ひます。今後の法律においても連帶の責任を負う。責任を負えればよいですけれども、辭職したくらいでは濟まぬです。かくのごとき場合に憲法の條文は空文になると思います。それから憲法第十七條の公務員不法行為による國家の賠償責任、それもさような場合には空文になると思うのであります。國が賠償のしようがないのです。空文になります。そこで私はどうせこれは空文になるのであるから、ひとつこの際に司法省におかれまして、ただいま申し上げましたような亡國罪というようなものを犯罪の筆頭に御規定になるお考えはないでありましようか、どうでありましようか、法律の空文になるということを救うためでございます。それが第五でございます。
 第六は、さような不都合なる人々に向かつて國家は償還請求權、求償を御實行になりますでしようかどうですか。償還を求めたところが償還する力はないのですから、やはり今申し上げたような憲法の條文は空文になるのでございまして、そこでそのためにもやはり亡國罪というようなものを規定して、政治に任じているような人々をピリツとさせなければだめだと思う。今までに議會を何年勤めたからというので、それが威張つているというようなまことにばかばかしいものを放つたらかしておくから、ほんとうの政治ができない。恥入つて死ななければならぬ者が威張つているというのが現状なんです。
 第七は、日本は戰爭を放棄したのであるから、今後はその国が亡びるとか何とか言う激しいことはないよと仰せられるかもしれませんが、斷じてさようではありません。将來のことはわかりません。それからまた眼前の有様を眺めましても、昔の本土決戰のようなこと、これは國民の眼をごまかしたのか、はなはだしく無能であるが、どつちかでございますけれども……。それから現内閣におかれましても、炭鑛の國家管理ということを唱えておられます。これは新聞でも、單に水谷商工大臣がイデオロギーにためにやつておるのでないかというようなことを新聞でもたたかれて、國民も非常な疑念をもつておりますが、もし内閣の面目のためにとか、今までの主義、行きがかりのためにやる。そのうち内閣も潰れるであろうから、われを咎める者は天下一人もない、辭職してしまえばそれまでである。理窟というものは何とでも立つ。もつと内閣におつたら成功をおさめておつたかもしれませんが、成功をおさめるいとぐちにおつた時にわれわれは辭職したのであるとか何とか、言譯は立ちます。本土決戰と同じようにこれは私はイデオロギーのためにこういうことをやつておられるのではないかという懸念を大いにもつのであります。しかりとすれば、一黨一派を重んじとして國家を輕しとする態度であります。そこで私は第七といたしまして、國家の法規を擔當しておられる鈴木司法大臣におかれまして、もしさように御同感でございましたならば、水谷商工大臣に對して痛烈なるご忠告を發しになる必要があるのではないかと思います。私は司法省は、戰爭中でも敗戰亡國のためにのみ奇與しておるという感じを深くしておつたのであります。敗戰亡國のためにのみ働いておつたというのが司法省だと思つていたから、私は痛烈な手紙を出したのでありますが、私は鈴木司法大臣がほんとうの面目を發揮せられんことを希いまして、第七のお尋ねをする次第であります。
#36
○鈴木国務大臣 ただいま非常に重要な、問題について御質問がありまして、深く感銘いたした次第であります。法律論、道議論、いろいろまざつておつたように存ずるのでありまするが、従來も小黨は罰せられて大黨は罰せられず、國を滅ぼす者は罰せられないということが歴史上においてもあつたことは御同感でありまして、人類の知識が發達し、同時に法制が備わるに従つて、そういう者も嚴然たる處罰を受けなければならないということは當然のことであります。幸いにして國際法が發達をいたしました結果、せめても國内においてできないことが、御承知のごとく戰争犯罪として處罰せられるというようなことに相なつておるのであります。今後はそういう方面から、よほどのお説のごとき制裁が強化されていくと考えるのであります。わが國としては従來確かにその弊があつたのでありまするが、新憲法におきましては、一擧に戰争を放棄して、永久に戰爭やらないという宣言いたしたのでありまするから、少くともお説のうちの亂暴なる、無暴なる戰爭を惹起して、これによつて責任を明らかにしなければならない場合に當面することは、まず将來はなかろうと存ずるのであります。しかし不幸にしてそういう者がありまするならば、國際法によつて裁かれることを覺悟しなければならない。またわれわれはそれに協力するということによつて、制裁を全うることができはしないかと思うのであります。国内法上の問題といたしまして、固より政治道徳論的に解決をしなければならぬものが多いのでありますが、結局結果が殺人のごとく、あるいは放火犯のごとく、ただちにその人の故意過失がわかるものは法によつて處斷できますけれども、歴史の上で判斷されなければならぬというものになりますと、ただちにこれを處罰するということが技術的に非常にむずかしいのでありますから、そこで議會政治というものが發達をして、その任にあらざるだいじんがその任におる。私ども夙夜その任にあらざるなきかを憂えておる次第でありますが、とにかくそういうことで國を誤り、國民大衆に非常な迷惑をかけるということでありますれば、遠慮なく議會においてこれを糾彈し、彈効し、辭職を要求することができるわけでありますから、これが唯一の立憲法政治の特徴であります。損害賠償の問題になりますと、これは非常に技術的になつてまいりまして、すでに國家賠償法におきましても、相當御議論が繰替えされたように思うのでありますが、政治家がその失政に對してどれだけの損害賠償を拂い得るか。また法律の上にそれを規定しても、おそらくは個人の財産から見るときには、天文學的数字に及ぶものでありますから、また國家がこれを賠償すると言いまして、國家と個人たる政治家との法律上の關係いかんというむずかしい問題が出てくると思うのでありまして、それは法律に規定するということは技術的の難しい問題であります。あくまでやはり政治道徳的にこれは糾彈し、罪萬死に値する政治家は、再び政治の舞臺にたたせないということが必要なことでありまして、私も確かに御質問の趣旨を諒といたしておる一人でありまして、ただ政府は、辭職すれば前に失政をしても一定の時が經てばのこのこと出てきてよい、これは非常に間違つたことであります。國民に對しまして顔向けのできない失政を致しました場合は、辭職することは當然であります。また今囘のごとき非常な過ちを犯した者は、公職から追放されるということによりまして、一つの制裁をうけるわけでありますが、そのほかに再び公人として立つことができない、立つべきでないという制裁が政治慣習として成立しなければならぬ、こんなふうに考えておるのであります。そういう習慣も皆さんの輿論の力によりまして、だんだん發達していくことを希望するものであります。
 次に日本が純然たる中立的立場に立つておることは、新憲法が明らかにしておることでありまして、少くとも法律上國民がどちらに味方して立つ、あるいは國民がどちらかに味方して武器をとるということはあり得ないことでありまして、その點については私どもは心配はいたさないのであります。ただ國際連合に将來加入を許されました場合に、おそらくわが國も基地提供ということは盡さなければならぬことと思いますが。それによつて國際連合に参加しておる一六箇國は日本を守るべき義務を生ずるのであります。その防禦力に頼つて私どもは國家の安全を期待することができはせぬかと思うのでありまして、その點までも考えることは、やや杞憂に近いのではないかと思うのであります。
 水谷商臣大臣は石炭の國家管理をやろうとしておる。これがもし誤つたら國家に非常な損害を與える。国民に非常な損害を與え、迷惑をかけることになる。ゆえにその點を十分考慮すべきこともごもつともでありまして、新しき政策を與行しようといたします場合には、お互いに慎重に考慮して研究した上でやることでありますけれども、しかし千慮に一矢、誤りなきを保せないのであります。しかしその場合もとより政治上の責任を明らかにし、先ほど申し上げますように、辭職することは當然のこと、さらに進んで再び公人として立たないというだけの覺悟をもつてやるほかはない。これがいいか悪いかはやつてみなければわからぬことでありますし、ある程度まで外國にも例のあることでありまして、そう無茶に亂暴なことは考えておらないのであります。念には念を入れて注意してやるように、私も同僚として忠告はいたしておりますが、なおこの上とも十分に注意をした上、真に國家のために過ちなき政治を行うという覺悟と氣魄とをもつて事に處するようにいたしたいと存ずるのであります。
 それで國家賠償法の中にただいま申しましたような規定を入れるべきであるかということになりますと、新憲法からみても、そういう場合を考慮することが非常に困難であることと、また法律技術的にそういう規定をいたしますことがいかがと存ぜられるのでありますから、なお獨立の法規として考えてみたいとは思いますが、とにかくこのただいま提案しておりまする法律の中に入れることは少しむづかしい。むしろこれは政治道徳の問題としてそれこそ國會がひとつ御解決を願うべき問題ではないか、皆さんが勇敢に政治責任を糾彈することによつて、だんだん政治家の責任というものを明らかにしていくことができるのではないか、こう考える次第であります。この點をよく御了承を願いたいと思うのであります。
#37
○岡井委員 有難うございました。もう一つ簡単にお尋ねいたします。立證は、はなはだ困難ではございますけれども、かくのごときゆゆしき大犯罪の場合にも憲法第十七條、國家賠償法一條は適用をみるのでございましようか、それはすでに伺いましたけれども、なお伺いたいのでございます。
 それからもう一つ、第二はわれわれはすでに過去の議會政治において失敗したるがために軍閥の跋扈を招來して今日の悲境にあるのでございます。これは一番惡いのは何が惡いかと言うと、政黨より惡いものはないのであります。現在の有様も議會は新聞から大分非難されておりまして、國家最高に機關ではなくて、國家最低の機關であると言つております。自分はただ最高の機關だといつて町内の顔役みたいに空威張をしておるだけであります。多数決で押切るのなら何でもできます。今見るがごとき場合に、東條政治のときのように、國家は深い淵にずるずると引込まれるのではないか。さようなために亡國罪というようなものを掲げて政治家を戒める、そうして輔弼の責に任ずるとか、責任を負うとか、國家が賠償するとかいうようなゆゆしき犯罪に向かつて、空文に等しきものを掲げて満足せずに、ちやんとやればやれるかも知れぬということを大々的に掲げる必要があるのではないでございましようか。議會政治の現状、ただいま今月今日の有様に照らしまして、さようなことを感ずるものであります。この二つの點につきさらにお教えを受けたいと思います。
#38
○鈴木國務大臣 憲法第十七條の公務員の不法行為によつて損害を與えた場合には、國家は損害賠償の責任があるということは、御説のごとき場合に本來適用せらるべきものと考えます、但し實際故意または過失によつてわれわれが政治をやつて損害を与えたということが、はたして立證し得るかということになると非常にむずかしいのである。實際問題としてそういう適用をすることがまず非常に困難ではないか。しかし明らかに立證できる戰爭犯罪人のごとき場合には、一つはこの精神を酌んで財産を没収するわけであります。せめてできるのはその政治家のもつておる財産を全部没収するということであります。そこで國家はその公務員を使つたということについての責任をとりまして、戰爭によつて非常な損害を受けた。おそらくいまの日本のあらゆる家庭、あらゆる人々は何らかの形でこの戰爭の打撃を受けないものはないでありましよう。私どももその一人でありますが。そういうものは、後にまいつた政治家が、國家の名において、責任をもつてその損害を賠償してやらなければならぬ。そのためにいわゆる戰災者に對しては國家の財政による救濟の政策を講じなければならぬ。あるいは遺家族に對しても慰藉の方法を講じ、損害を受けたものに對してはいろいろな形において國民全體が分擔する保險制度のようなもので救濟をしていかなからばならぬというようなことが論ぜられておるわけでありまして、これがすなわち政治によつて――後に來た政治家によつて、前の失政を賠償して、法律的には憲法第十七條の精神を實際に行うのだ、こうひとつ考えていただくほかはないのでありまして、私どもはそういう氣持をもつて、あらゆる社會政策的政策を提唱しておるつもりなのであります。そういう意味でひとつ御了承願いたいと思うのであります。
#39
○岡井委員 それから亡國罪のことをお答え願います。亡國罪を規定遊ばされる御意志があるかどうかということ。それはつまり、理想論を言いましても實行實益を遂げることはむずかしいからでございます。
 さらに最後にたつた一つだけ追加いたしまして、東條さん以下の、本当の誠意なくして、不まじめなる戰爭を遂行しましたこの誠意もなければ認識もない實に評しようもない人々、これらの人々が萬々一巣鴨から釋放せられましたる暁には、司法省の御方針として、私の言いまするごとき亡國罪の被告人として御訴追あそばされるお考えがあるものでございましようかどうか。この點を追加して最後にお伺い申し上げます。
#40
○鈴木國務大臣 亡國罪という犯罪の構成要件を論ずるのは非常にむずかしいと思ふのでありますが、御趣旨はよくわかるのでありまして、何らかの形でそういうふうな制裁をひとつ樹立してみたいという氣持はもつております。そこで今の東條大将がかりにあそこで釋放されるというお話は少し假定論がすぎると思いますが、もしそういうことがあつたといたしましても、直ちに亡國罪という今規定なき罪名をもつてやるわけにはまいりませんが、日本國民はおそらく憤然として立ち上つて、何らの態度に出ると思うのでありまして、刑法何條によつてやるというようなことは申し上げられませんが、刑法以上のものがそのときは発動いたすであろうということを、私は期待いたしましてお答えに代えたいと思います。
#41
○松永委員長 佐瀬昌三君。
#42
○佐瀬委員 私は法律を豫算の関係について、憲法上の解釋をこの際司法大臣に承つておきたいと思います。先般政府委員は本案が通過した場合に損害賠償は何の豫算をもつて支辨するかということに対して豫備費もつて辨ずるという旨の説明がございました。おそらく今後も豫算を伴う法律案が逐次上程されることと思うのでありますが、國會においてさような種類の法律案を可決し、憲法五十九條で従來のごとき政府關與の御裁可なくして、直ちに法律としてこれが成立した後においては、憲法七十三條第一號によつて、政府は誠実に法律を執行するという義務が規定されております。この關係からして、常に成立した法律に対してはその執行に必要な豫算というものが伴つていかなければならぬのであります。しかるにそれが伴わないような手違いができた場合には、政府は憲法の規定しておる職責を全うできないようなはめにもならざるを得ない。かように観察されるのでありますが、この関係において政府は豫算の編成上どういう處置をとられるか、その点に対する司法大臣のご意見……これはひとり司法大臣の關係ばかりでなく、各種の経済法規の立法に伴つて、當然将来起るべき問題であろうと思うのでありますが、この際司法大臣のご意見をお伺いしておきたいと思います。
#43
○鈴木國務大臣 お答えいたします。豫算を伴う法律には二通りあると思うのであります。一つは確定的な數額を出し得るものであります。一つは、いくらかかるということは立法の當時においてわからない、立法當時だけでなくその後も年によって差等がありましてわからないというものがあると思うのであります。この國家賠償法のごときは、國家におきましても、地方自治體におきましても、實は計算しかねる、豫測しかねる費目に属すると思うのであります。それで、外國の例等は私はよくは存じませんが、大體名目的豫算というものを計上しておきまして、そうして一應それで支辨する、しかし足りない時には予備費をもつて賄うという建前でいくように思うのであります。この國家賠償法のごときは、あるいは不都合なことをする官吏がたくさんあれは非常な尨大な數額に上る、そんな官吏が多ければ多いほど、あるいは國家が破産するかもしれないのでありますが、どうかそういうことのないことを祈る、またいましめるために特にこういう法律があると申してもよろしいくらいなものでありますから、そういう費用の多くないことを祈りますが、しかし、とにかく、ある各目的予算を計上しておきまして、そうして、あと足りない部分は予備費をもつて出す。しかし年々の經驗に照らして、もしそれが相当な額に上がるということでありますれば、各目的予算でなくて、もつと實質的な予算を計上するようになるかと思うのであります。國家がどうしてもやりきれないほど額が大きくなるということでありましたならば法律を變えなければならぬということにも相なるかと思うのであります。そういう態度でやつていくつもりでおるのであります。
#44
○佐瀬委員 豫算編成の理想はなるべく豫備費を少くするということに一大原則があるようでありますが、そういう意味で御善處願うことを希望しておきます。
#45
○松永委員 暫時休憩します。
    午後二時三十九分休憩
     ――――◇―――――
    午後二時五十五分開議
#46
○松永委員長 休憩前に引き續き會議を開きます。佐瀬昌三君。
#47
○佐瀬委員 第二條についてお尋ねしたいのであります。この第二項の國または公共團體が求償権を求める場合に、その求められるものが損害の原因について責に任ずべき場合と限定されております。この責に任ずるという場合の責任原則、これは何によつたのかということについて御説明を願いたいと思います。
#48
○奧野政府委員 この規定は先ほど申し上げましたように、現行民法第七百十七條の二項と同じ趣旨でありまして、たとえば工場を請負つた請負人のやり方が惡くて、その公共の營造物が倒壊して、それがために損害を生ぜしめて國家が賠償をした。そういう場合には、その工事をやつた請負人に求償ができるというようなことを想像しておるのでありますが、その場合その損害の原因につて、責に任ずべき根據と申しますのは、これは一般契約による債務の十分なる履行をやつていないというようなことで、債務不履行を原因として損害賠償の請求というふうなことになるのであります。
#49
○佐瀬委員 これは結局契約不履行もしくは不法行為として過失責任主義を採用せられるという御趣旨に承つていいわけですか。
#50
○奧野政府委員 そうです。
#51
○佐瀬委員 すると第一項の方は瑕疵に基くいわば結果的責任を規定されたようにみられるのでありますが、一項と二項では責任原則を異にしておるという結論になるように思いますが、この点はいかがでしよう。
#52
○奧野政府委員 その通りで一項は無過失責任でありますが、二項の求償の場合においては、一般契約あるいは不法行為の適用によつて損害の原因を生ぜしめた場合でありますから、この場合は一般原則で無過失主義をとつておりません。
#53
○佐瀬委員 よくわかりました。次は第三條に關してでありますが、管理者と費用負擔者と別人の場合には、費用負擔者に第一義的な責任を負わせるという趣旨の規定にみられるのでありますが、これは被害者の方からそのいずれに対しても請求できるように、兩者が損害賠償の責任主體であるというふうに定める方が被害者救濟の趣旨を徹底せしめる上において便宜なように思われるのでありますが、特にこれを費用負担者の責任に選択的にしなければならぬ特別な理由があるのでありましようか。その點について事情を承りたいと思います。
#54
○奧野政府委員 この点は管理者と費用負担者とが違つております場合に、どちらを被告にすべきかということは、訴訟の上でいつも相当疑問になつております。しかし損害賠償の費用の一部をなすものである、かように考えられますので、結局は費用負担者が負担するのが最も落着くべきところであるという考えから相手方を明確にするというのと、結局落著くのは費用負担者であるから、それならば費用負担者が直接被告となつて損害の賠償の責に任ずるということに明確にした方がよろしいというので、第三條ができておるわけであります。しかしお説のようにこの場合國家に賠償を請求してもよい、また費用負担者に賠償を請求してもよい、どちらに賠償を請求しても良いと言うようにした方が、被害者の救濟の上によりいいのではないかという御議論も非常にごもつともと思うのであります。實は衆議院、参議院の豫備審査の場合にも、そういう議論が相当多數出ておるのでありまして、それでむしろ一番最後の費用を負担すべき者がその賠償の責に任ずるとあるのを、費用を負担する者もその賠償する責に任ずるというふうになれば、兩方が被告であることが明確になるから、そう修正してはどうかという議論現に出ておるのでありますが、それに対しては、私どもとしてはそういうふうに修正なさることについては、政府としては別段意見はないというふうに申し上げておるのであります。
#55
○佐瀬委員 その点はよく了承しました。
 次は六條の問題でありますが、これは被害者が外國人である場合には、その外國人の屬する外國において、日本人に同様な待遇をするばあいには、いわゆる相互主義のもとに、その外國人に対して日本の國及び公共團體が損害賠償の責に任ずるという趣旨の規定のように思いますが、やはりそういう趣旨でこの條文をつくられたことになるのでしようか。
#56
○奧野政府委員 その通りであります。
#57
○佐瀬委員 私は日本の新憲法は國際的平和主義を目標にして、あらゆる法律制度が改革されなければならぬという信念をもつておる一人であります。政府においても今度は刑法の改正において、その観點からいろいろと新しい立法をせられるような趣旨のもとにはさほども刑法の一部改正の提案理由の説明にも、政府委員からその点に觸れておつたので、大變結構だと同感しておつたのでありますが、ついてはこの第六條においても、むしろ相互主義という國際法上の傾向としては國家主義に立脚したところのものを清算して、あえて相互主義によらずに、日本は日本として獨自の責任規定を設けて臨んだ方が國家のこれから行くべき遂に合致するものではなかろうかと考えるのでありますが、この点はいかがな御所見であるか、この際承つておきたいと思います。
#58
○奧野政府委員 そういう考え方も實は成り立ち得るかと思いますが、もしかりに日本人がその外國に行つて損害を受けた場合に、外國相手に損害賠償ができないようになつておる國の外國人までも、進んで日本の國が賠償の責に任じなければならぬというほどのことも必要ではないのではないか。國家賠償の責任を認められておる國の外國人に対して初めてわが國でもそれに救濟を與える、いわゆる相互主義で適当であるのではないか。こちらも進んでその國では日本人が救濟を得られないのにもかかわらず、こちらが進んで救濟を與えるというほどの國際主義を貫く必要もないのではないか、憲法ではすべてということになつておりますが、これは法律の定むるところによつて、そのくらいの制限を加えても憲法違反ではないという考えからこの條文をつくつたのであります。
#59
○佐瀬委員 次にお伺いしたいと思うのは、ただ憲法の上ではあらゆる個人に対して國家が損害賠償を保障して基本的人權を保障するという建前のもとにあるので、従つて内外人を區別する以上は、新憲法の精神に反するかどうかという重大な問題があるので、その前提としてただいまの相互主義を維持するべきかどうかをお尋ねしたのでありますが、これに対する政府委員会の御説明も簡單に觸れられておるようでありますから、その程度に承り、最後に一點だけお尋ねしておきたいのは、今後公共團體は憲法上廣い自治權を認められ、しかも公共團體の活動について、廣凡な立法權すら附與せられておるのであります。従つて将來公共團體のあるものについてはこういう重大な責任を法律で規定された場合に、何とかその適用を囘避しようというような誤つた考え方から、中には自治的な立法をもつて、あるいは個別的な契約をもつて本法の適用を除外するような、いわゆる免責約款の定めを設けないとも限らぬというふうに懸念せられるのでありますが、この點はいかがでありましようか。
#60
○奧野政府委員 もしそういうふうな自治的規則等によつてこれを適用しないというふうな立法を行いますならば、それは憲法違反になるわけであります。
#61
○佐瀬委員 契約によつた場合も従つて當然すべてそれは法律上は無效であると解釋して差支えないわけと思いますが、いかがですか。
#62
○奧野政府委員 契約の場合は一應そういう權利があるが、そういう權利を放棄するというふうなことになるかどうか、具體的な場合でなければ一概に當然そういう契約が無效であるかどうかということは、一般的にそういうふうなものを請求しないというような、あらかじめ法規に強いられるようなものは無效だと思いますが、すでにその点について權利の放棄までも禁止するものではないというふうに考えますので、その点は具體的な場合についての條項によつて判斷するよりほかなく、一般的に斷定を下すことは、ややむずかしくはないかと思ひます。
#63
○佐瀬委員 先ほどせつかく政府委員が自治的主法ですらも憲法違反の疑いが起こるというふうに御説明があつたので大いに諒としたのでありますが、いわんや契約で、この法律に基いて發生すべき權利を無效とするような約款は、やはり法律上は適法でないというふうに判斷するのが妥當のように私どもは考えます。もし政府委員のこの立案がさようでないという趣旨であるならば、やはりその点について委員會としても新たな規定を設けるなり、考えなければならぬと思うのでありますが、重ねてこの点について、はつきりした御説明を煩わしておきたいと思います。
#64
○奧野政府委員 一般的にはちよつと申し上げかねると考えますが、あらかじめこういう損害賠償をしないということを、まだそういうことの具體的に起つてない前からそういうことを約束せしめることは、やはり違法ということになつて無效になるのではないか、ただすでに生じた債權を放棄するというふうなことであれば、これは權利の放棄までも認めないわけにはいかないから、そういう場合は權利の放棄は有效と思われますが、あらかじめ一般的に損害賠償は本法によらないというような契約條項があるというふうな場合では、おそらく無效と解釋しなければならないのではないかというふうに考えております。
#65
○佐瀬委員 最後にもう一点お尋ねしておきたいのはこの法律の時に關する努力の問題であります。この法律執行前の行為に基く損害については従前の例によるという原案では、この法律執行前の行為に基いて、しかも本案執行後に發生した損害に對しては賠償が求められないという結果に適用上なるのであります。しかしこれは新憲法の趣旨竝びに本案提出の精神を貫徹するためには、たとえ本法執行前の行為に基いたものであつても、いやしくも本法執行当時に生じた損害については、すべて賠償するということが妥當ではないかと思うのでありますが、この點に對する御所見を承りたいと思います。
#66
○奧野政府委員 これは本法執行前の行為に基く損害については、従前の例によつて本法の適用がないという考えで立案をいたしたのでありまして、御承知のように行為は本法執行前であるが、それに基く損害の發生が本法執行後のような場合でも、行為の時で押えることになつておりますので、これはやはり本法の適用はないというふうに解しております。
#67
○佐瀬委員 第一條は、せつかく權利の侵害をもつてこの不法行為の要件としないというふうに進歩的規定を設け、いやしくも何らかの損害を生じた場合にはすべて賠償するという主義を採用しおるのであります。この第一條の立法形式からしましても、權利侵害の行為を基準にするというようなことは第一條自身にも矛盾するように考えられ、なおまた今申しましたように廣く損害を賠償するという趣旨からしましても、あえて行為を基準にせずに、損害の發生の時期を基準にして本法の適用を決定するのが至当であると考えるのであります。私の質問は、これをもつて打切りといたします。
#68
○鍛冶委員 先ほどの契約に基く免責契約の點ですが、損害發生したる後において当事者がやるというのは問題ありませんが、さきに佐瀬君のされたのはそうではない。前もつてやつた場合でも、民事局長のお答えでは放棄と見る場合は有效だというように聞こえたのですが、そうだとすると、これは重大なる結果を來します。一方は權力をもつておる。一方は權力をもたない者がやつたのです。だからそんな場合は大いに起り得ると思いますから、前もつてやつたものとは絶對に效力がないものだということを言明してもらわなければ、この法律を拵えた效果がないと思いますが、その點まず一つ嚴格なる御答辯を願いたい。
#69
○奧野政府委員 先ほどの答えが少く言葉が足りなかつたがために誤解を招くかと思いますが、やはりあらかじめ損害賠償をしないというふうな、あらかじめの條項を契約に入れることは無效と考えます。
#70
○鍛冶委員 先ほど公團の話が出ましたが、今設けられている公團法による公團の場合は、公權力の行使といつて差支えございませんでしようか。
#71
○奧野政府委員 ちよつとそれは公團の内容いかんによつて判斷しなければわかりませんので、ここではちよつとお答えしかねます。
#72
○鍛冶委員 なお、そのほか現在あるような統制團體団体のごときものも、なるべくならばこれにあてはめるべきものと考えますが、この公權力というものに縛られて、それが逸脱するようでは困りますから、併せて研究して御答辯あらんことをお願いいたします。
 なお續いてお聽きしたいことは、公證人法の改正でありますが、公證人は地方裁判所長の監督に属しておるから、公證人の不法行為に對しては、地方裁判所長が責任を負うのでしようか。そういう意味に解釋せられたのかどうか。
#73
○奧野政府委員 これはやはり公務員であるという前提のもとに、國家が賠償責任があるということになるわけであります。
#74
○鍛冶委員 相手方は地方裁判所長ですか。
#75
○奧野政府委員 相手方は國です。
#76
○鍛冶委員 具體的に申し上げますと、訴訟を起すときにはだれを相手にしてやるのですか。
#77
○奧野政府委員 これは國を相手にして、その代表者をだれにするかということは、これは國庫等の關係もありますので、あるいはその點について今後指定賠償者の指定を行う必要があるかとも思います。
#78
○鍛冶委員 現在のところそれは確定しておらぬのですね。私は疑問があるから聽くのです。
#79
○奧野政府委員 現在のところでは、司法事務局、それから司法大臣というふうな監督系統になつておりまして、地方裁判所の監督は受けていないことになつております。
#80
○鍛冶委員 そうでありますと、今の法律では、公證人たる個人が不法行為の責任を負うことになつておりますが、これが轉換しまして、國家もしくは司法省を相手にするということになると、かえつて一般國民の保護が薄くなりはせぬかというきらいがありますが、ただ故意または重大なる過失というのが、重大ことというだけなら、実際においては原告となる者にも、先ほど申したように國家權力を相手にして訴訟をするという不均衡が起る。また公證人個人が責任を負わなければならぬと考えている時と、まず第一段としておれの代わりに國家が負つてくれるのだのいう場合と、公證人自身の心構えにもたいへん考えが違つてくると思いまするが、かえつてこれは一般國民の保護の點で薄くなりはせぬか。むしろこのまま、現在のままにしておけば、この法律でもやれるし、公證人法でもやられるということになつて、かえつてよいのではないかと思いますが、その點に對していかなる御見解でしようか。
#81
○奧野政府委員 公證人が無資力等のために賠償ができないというおそれは、國家を相手にする場合にはない。その意味におきまして被害者は救濟を十分受けるようになるというふうに考えられます。なお先ほども一言觸れましたが、立案の際はとにかく國家の賠償の義務を認めるという意味で規定を設けておつて、公務員個人に直接責任がないということをはつきり現わしておるわけではないので、その點は結局解釋に任そうということにいたしておるので、解釋によつては直接公證人に賠償責任があるのだという解釋も十分成立ち得るのじやないかと考えます。
#82
○鍛冶委員 それは執達吏のときも同様の考えをもつのだが、民事訴訟法の第五百三十二條を見れば「執達吏ハ債權者ノ委任ニ困リテ為ス行為及ヒ職務上ノ義務ノ違背ヨリシテ債權者其他ノ關係人ニ對シ損害ヲ生セシメタルトキハ第一ニ其責ニ任ス」と書いてあります。これは執達吏の職務執行に非常に重い責任を負わしておる規定で、重大なる意義のあるものとわれわれは解釋しています。しかるにこれがもうなくなつてしまつたということになると、まずおれの責任よりは上の方でとつてくれるひとが多いのだからということで、おろそかになるのじやないかと憂えられます。また今局長の言われるようにこれでも解釋上やれるということであるならば、こういう規定をそのまま残しておかれてもいいじやないかと思います。この點は意味になるかしらぬけれども、お考えの上御返答願いたいと思います。
#83
○奧野政府委員 かりに個人が直接被害者に對して賠償の責任があるという解釋の餘地があるのだから、この條文を削除しないで、残しておいておいてもいいじやないかという御意見でもありますが、これらの不動産證人等ではすべて故意または重大なる過失があつた場合だけの責任であつて、本法では少くとも被害者の關係においては、故意過失だけでも責任を國が賠償するという建前をとつた關係上、外部關係において、一方と他方とによつて要件が違うにはいかがなものであらうかというような意味もあつて、そうなると、解釋によつては、故意過失があれば、國家にもあるいは個人にも重過失がなくてもいいという解釋も成り立つのじやないかと思つております。
#84
○安田委員 先ほどの第三條について他の方の御質問と一部重複するようでありますが、一言御質問申し上げたいと思います。問題を簡単にするために、第二條を例として第三條の場合をお尋ねいたします。甲公共團體に所属する吏員が管理するその管理費用は國が負擔する、こういう場合に、その管理をする甲公共團體の吏員が不法行為をやつたときに、その不法行為に基く損害賠償もまた費用の一部であるから、結局乙、國が負擔すべきものである。こういうことを前提とされた点から、結局まわりまわつて國が損害賠償をしなければならぬのであつたら、甲を訴えるよりも、いきなり國を訴える、費用を負擔する乙の方を訴える方がよろしい、こういう意味で第三條の規定ができたのだ、こういう御説明のように承つておるのであります。そうすると、私はその前提自體が一應うたわれなければならぬのじやないかと思うのであります。すなわち甲の公共團體の吏員が管理をしておつて、その管理費用は國が負擔するという場合に、その損害賠償、吏員が不當行為をやつた損害賠償というものまで、ただちに費用の一部として國に負擔せしめるということを前提とすること自體がどうかと思う。私は実は第三條の條文を讀んでみました場合に、第三條はこの問題自身を直接きめているというふうに拜見したのでありますが、さような意思ではなかつたようであります。もしこの費用の負擔の問題を全般的に本條で規定するのであれば、これはどうも不當であろうと思いますし、もしそれを規定せずに、ただ訴えの相手方も規定するのだということになると、前提が疑うべきであるから、この規定は差控えた方がよいのじやないかと思うのでありますが、立案者といたしましては、この損害賠償の負擔者が、すべての場合に費用負擔者であるということをおきめになつた趣旨か。あるいはそれとも、前提として訴えの相手方だけをおきめになつた趣旨かを一應承りたいのであります。
#85
○奧野政府委員 相手方を明らかにするのと同時に、損害賠償の費用負擔者が負擔すべきものだということをも併せてきめたつもりであります。
#86
○安田委員 それは非常に重大な問題でありますから、もしその費用負擔者が負擔するのだということになりますと、いま少し実質的に熟考をしなければならぬ問題だと思います。これは私の意見として申し上げておきます。
#87
○松永委員長 本日はこの程度にいたしまして、次會は明二十九日午前十時より開會いたします。
 本日はこれにて散會いたします。
   午後三時三十五分散會

ソース: 国立国会図書館
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