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1961/10/24 第39回国会 参議院 参議院会議録情報 第039回国会 地方行政委員会 第6号
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1961/10/24 第39回国会 参議院

参議院会議録情報 第039回国会 地方行政委員会 第6号

#1
第039回国会 地方行政委員会 第6号
昭和三十六年十月二十四日(火曜日)
   午前十一時二十六分開会
  ―――――――――――――
  委員の異動
十月二十日委員江田三郎君辞任につ
き、その補欠として加瀬完君を議長に
おいて指名した。
本日委員占部秀男君辞任につき、その
補欠として成瀬幡治君を議長において
指名した。
  ―――――――――――――
 出席者は左の通り。
   委員長     小幡 治和君
   理事
           小林 武治君
           西田 信一君
           秋山 長造君
           基  政七君
   委員
           小柳 牧衞君
           西郷吉之助君
           鍋島 直紹君
           湯澤三千男君
           加瀬  完君
           成瀬 幡治君
  国務大臣
   法 務 大 臣 植木庚子郎君
  政府委員
   警察庁長官   柏村 信雄君
   警察庁刑事局長 新井  裕君
   警察庁警備局長 三輪 良雄君
   法務省刑事局長 竹内 寿平君
   自治政務次官  大上  司君
   自治大臣官房長 柴田  護君
   自治省財政局長 奧野 誠亮君
  事務局側
   常任委員会専門
   員       福永与一郎君
  説明員
   大蔵省主計局主
   計官      高柳 忠夫君
   建設省住宅局住
   宅総務課長   大津 留温君
  ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○連合審査会開会に関する件
○地方行政の改革に関する調査
 (警察に関する件)
 (選挙に関する件)
○昭和三十六年度分の地方交付税の単
 位費用の特例に関する法律案(内閣
 提出、衆議院送付)
  ―――――――――――――
#2
○委員長(小幡治和君) ただいまから委員会を開会いたします。
 議事に入ります前に、委員の異動について御報告いたします。
 十月二十日付をもって委員江田三郎君が辞任され、その補欠として加瀬完君が委員に選任され、本日付をもって委員占部秀男君が辞任され、その補欠として成瀬幡治君が委員に選任されました。
  ―――――――――――――
#3
○委員長(小幡治和君) 連合審査会に関する件についてお諮りいたします。
 本院規則第三十六条に基づき、水資源開発促進法案及び水資源開発公団法案の両法案について、建設委員会と連合審査会を開会することに御異議ございませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#4
○委員長(小幡治和君) 御異議ないと認め、さよう決定いたしました。
 ただいまの決議に基づき、委員長は建設委員会に申し入れることといたします。
 ちょっと速記をとめて。
  〔速記中止〕
#5
○委員長(小幡治和君) 速記を入れて。
  ―――――――――――――
#6
○委員長(小幡治和君) まず、地方行政の改革に関する調査を議題として、質疑を行ないます。
#7
○成瀬幡治君 最近、各府県で、と申しましても、全部とは申しませんが、少し公安条例の改正を見ております。そこで、公安条例のことについて、若干お尋ねしたいと思います。
 最初に、公安条例の実施状況は、現在どんなふうになっておるか。中身の点ですが、こういう制度のあるところ、ないところ、これは私どもにも大体わかっておりますが、そういうところ、それからそれにからんで、違反事項と申しますか、それで検挙されたのがどのくらいあるか。それから、現在起訴されている件数はどのくらい。あるいは、判決がもしあったとすれば、どんなものかというようなことについて、御説明願いたいと思います。
#8
○政府委員(三輪良雄君) 最初のお尋ねでございますが、全国におきます公安条例の制定をされております数から御説明をいたしますと、ただいま六十一条例ございます。そのうち、都、県の条例が二十五でございまして、市の条例が三十五でございます。町のが一つでございます。
 それから、こまかいことは、再度のお尋ねでお答えいたしたいと思いますが、今これがどう運用されているかという点につきましては、資料を差し上げてあるわけでございますが、今年の一月から九月までで、許可あるいは届出――その条例によって違いますけれども、出ました件数が、集会におきまして七千百七十七件、集団行進におきまして七百二十一件、集団示威運動におきまして三千四百四十八件、計が一万一千三百四十六件でございます。不許可になりましたものはございません。条件がつきましたものにつきましては、資料でごらんをいただきますれば詳しゅうございます。
 それから違反をいたしましたものでございますが、これが無許可あるいは無届けで実施をいたしましたものが、集会にありまして二十件、それから集団行進にありまして五件、集団示威運動にありまして三十七件でございます。計六十二件になります。それから条件がつきましたこの条件に違反をいたしました件数でございますが、これは、一つの集団行動の中で何回もあるわけでございますけれども、それを一つの行事の一つと数えてみまして、集会についてはございません。集団行進四十一、集団示威運動八百十一、合計八百五十二でございます。検挙いたしました数が、七十三人でございます。
 なお、ただいま起訴と判決のお尋ねでございましたが、ただいま手元に資料がございませんので、できる限りすみやかに調査をいたしましてお答えをいたしたいと思います。
#9
○成瀬幡治君 ここに資料をいただいたわけですが、違反件数に伴った行事の件数とおっしゃったのですが、それは一つの集団においても集団行進なら集団行進の中に、たとえば二件あったというのも一件として勘定している。それから八百十一件数あったんなら、その中に、たとえばデモならデモの中で三件ぐらいのものがあったけれども、それは一件に勘定した、そういうことなんですね。それで、それとともに、違反件数に対して、違反があったんだが、その処置は、検挙されていない場合は、どんな処置をしておるものなのですか。
#10
○政府委員(三輪良雄君) 最初のお尋ねは、お言葉のとおりでございます。
 それから検挙されませんものにつきましては、警告をいたしまして、自発的にその違反が取りやめられたということもございますし、また警告でとどまりません場合に、実力行使をいたしまして規制をする、しかし、わずかな時間であるというようなことで検挙しなかったというような事例があるわけでございます。
#11
○成瀬幡治君 それからこの六十一、公安条例が制定されているとおっしゃいましたが、町村で条例があるのが一つある。それから市のほうが三十五だとおっしゃった。市は三千四、五百――四千近くはあると思いますが、市は三十五でございますから、これはわかりますけれども、町村が一つというのは、ちょっとめずらしいのですがね、どこの町村でやっておるか。まあ資料でいただきますと近畿のほうで一件ありますが、なぜ、ここはこういうものを制定されなきゃならぬような客観的な事情、何か特別なものがあるのか、あわせてお尋ねをいたします。
#12
○政府委員(三輪良雄君) 町にございますただ一つの例が、大阪府の富岡町というところでございます。二十五年十二月二十一日に、示威運動に関しまして許可を受けるというような例があるのでございます。これはその富岡町について、特に必要な客観的事情を説明せよとおっしゃられると、私ども困るのでございますけれども、御承知のように、占領下にありまして、従来ありましたそういった団体行動等の規制に関する法律が一切なくなりましたあと、終戦後のあの混乱の際に、いろいろそういった集団行動に伴います不法行為も、あちこちあったわけでございます。そこで、当時の占領軍の示唆と申しますか、指令と申しますか、そういうものによりまして、大阪市でまず最初に条例ができたわけでございます。おそらくこの富岡町というような町にできましたのも、大阪府内でございますし、大阪市が第一にやったというようなことで、茨木、布施、八尾、守口、泉佐野、泉大津、岸和田等がございますので、一面、御承知のように、各市なり町なりが独自の警察、公安委員会を持っておったわけでありますから、そういう意味で制定されたものと考えます。
#13
○成瀬幡治君 御指摘のように、成立経過というものも、また追ってお尋ねするような場合もあるかと思いますが、私たちは、占領軍の指示によってやったということは承知しておりますし、大体この前もデモ禁の提案の趣旨の中にも、若干そのようなことが指摘されたと存じます。それはそれとしまして、公安条例をあの占領軍の命令によって作って、あのときあって、その以後廃止したところと、あるいはあの当時なかったけれども、新しく設けたというようなところはございませんでしょうか。
#14
○政府委員(三輪良雄君) 申しわけございませんが、廃止のほうは実は的確に資料を持ちませんので、これも後刻調査いたしますが、新しい例といたしまして、岡山の倉敷市の例がございます。それからお話のように、独立後にできました例としまして和歌山県がございますし、ごく最近では島根県、広島県等が新しく作りましたわけでございますが、このあとの二つの場合は、実は広島市その他にございました。それから島根県にありましては、松江市等にございましたわけであります。それを、暫定規定で県の条例と同じように生きていたものを、市のほうが廃止をすると同時に、県が条例を作るというような形でもって、県の条例に乗りかえた形のものでございます。
#15
○成瀬幡治君 私も、警察法の改正にからんで直さなくちゃならぬところ、あるいはまた、必要がなくなったから県の条例の中に、市は廃止して県のほうでやって、県の条例の中にそういうことをうたってやればいいじゃないかというようなことですが、そうでなくて、追って資料でとおっしゃいますから、資料としてはこういうふうにしていただきたいと思います。そういう区分とともに、県条例との関係じゃなくて、独自で、もう必要がないのだという格好で、もし廃止したところがあるなら、そういうような分類で資料をお出しいただければいいのじゃないか。
 次にお尋ねしたいのは、公安条例の内容の問題について、若干触れてみたいと思いますが、届出制と、それから許可制と二つあるようでございますが、その区分も、資料でいただきますと、何か関東のほうで三県ほど届出制になっているのだと思いますが、これは間違いかどうか、私は原単位だと思っておりますが、その点もお答え願うとともに、一応あなたのほうからいただきましたこの資料によって調べてみますと、届出制の場合に、時間がまちまちのように大体見ております。それは四十八時間のところと七十二時間のところと、あるいはもう少し少ないようなところもありますが、届出制か許可制か、どうなっておるかという点と、あわせて時間制限は区々になっていると思いますが、それはどんなふうになっているのか。
#16
○政府委員(三輪良雄君) 六十一の条例の中で、許可制をとっておりますのは五十四条例、届出が五つでございます。それから岩手県並びに京都市でございますが、これは京都の場合、屋内集会だけが届出になっておるという、両方兼ねたのがございます。それから届出の県でございますが、千葉、埼玉、群馬、佐賀というのが、県の条例で届出になっているものでございます。なお別に徳島市の条例がございます。
 それから時間でございますが、許可申請ないし届出の場合に、何時間前にということをきめてあるわけでございますが、七十二時間前というのが一番多うございまして、これが四十九ございます。それから四十八時間前というのが十一でございます。それからただ一つ二十四時間前というのが徳島市地方の場合でございます。
#17
○成瀬幡治君 許可基準の点でございますが、内容で、公共の福祉云々ということがございますが、私はそういうことよりも、ほとんど内規に譲っていいと思うのです。この不明確な許可基準を内規で補っておると思いますけれども、その内規で、資料として、条件の主要実例と、こういうふうに承っておりますが、一体、こういうふうに内規を明確に定めておるところ、あるいはそういうもののないところがあるのじゃないかと思いますが、それはどうなっておるか。
 それから条件の主要実例とありますが、これは大体、九つあるなら、その九つが全部整理されてそういうふうになっておるのか。ある県は一つだ、ある県は二つだ、ある県は三つだと、こういうふうになっておるのか、資料についての御説明を願いたいと思います。
#18
○政府委員(三輪良雄君) 内規が、この六十一の条例の中でどの分にあるかということについては、実は、これもまだ正確な調べはないのでございますけれども、大部分のところは、そういった基準の内規をきめておるものと考えるのでございます。
 そこで、この条件でございますけれども、御要望がおもなもの十ぐらいというようなことであったように伺いますので、ここに代表的なものを九つ入れたのでございますけれども、これは実は必ずしも全部が、一つの県にこれだけあるということではございませんで、各県の中から、おおむね代表的なものを引いたのでございます。条件は、御承知のように、具体的な事例によりまして、その集団行動がどの程度のものかによって、条件を具体的に付するわけでございますから、全然条件をつけない集団行動もあり得るわけでございますし、このうち、一つ二つがついた場合もございますし、ないし全部つけるというようなこともあり得ることだと思うのでございます。これは、個々具体的の集団示威行動で申しますならば、個々具体的の集団示威行動につきまして、必要最小限度の条件をつけると、こういうことになるわけでございます。
#19
○成瀬幡治君 私は、そういうふうな意味じゃなくて、届出ですから、主催者のほうで、このほうは不許可になる、このほうは許可になるということですから、許可基準というものが内規で明確に示されておると思うのです。したがって、内規のないところはおそらくないのじゃないかと思います。そこで内規は、大体、ここにあげてあるような九つのようなものが、主としてあげられておるのじゃないだろうかと、こういうふうに受け取っておるわけです。それは全部九つじゃないと、二つ三つの場合もあるだろうと、いろいろなものを合せてこういうふうなものになっておるのだと、条件ということは、いわゆる許可基準になっていると、こういうふうにとっておるのですか。それは違うのでしょうか。
#20
○政府委員(三輪良雄君) これは、お言葉を誤解をいたしまして資料を作ったのかもしれませんけれども、許可基準という内規は、たとえば具体的な例をお話し申し上げるとおわかりやすいかと思うのでございますが、東京都の公安委員会の条例に対する委員会決定がございますわけでございますが、この中に集団示威運動等を不許可にするという場合はどういうのかという基準があるわけでございます。これはちょっと簡単でございますので読ましていただきますと、「一、交通頻繁なる道路において、実施の時間または方法により、交通が著しく混乱することが明らかなとき。二、実施の時間または方法により、国会の審議権の行使、裁判所の公判、その他官公庁の事務(外国公館の執務を含む)が著しく阻害されることが明らかなとき。三、実施の時間場所または方法により、人の生命、身体に危険が及びまたは安寧正常なる社会生活が著しく撹乱されることが明らかなとき。」、こういうことでございますので、こういうことが明らかでありますると、これは不許可になるわけでございます。これがいわゆる許可基準と申しておりまして、明白に公共の秩序が明らかに害されるおそれがあると認められるときというような書き方をしております。内容はこういうふうにきめられるわけでございます。ところで、そこにそういうふうに至りません場合でも、あらかじめ、そういうことをしては困りますということを許可に際してつけるのが条件でございます。この条件がこの資料に掲げましたようなものでございまして、許可をいたしますものを、その態様によりまして、この条件のうち、たとえばわかりやすい例で申しますと、6のごときは、これは夜間の場合につけるわけでございますから、そういうふうに必要な場合に、この中の幾つかがつく、こういうことになるわけでございます。各県でつけております条件必ずしも一致しておりませんが、その中で代表的な例をここに掲げたわけでございます。
#21
○成瀬幡治君 そうすると、まあ許可をしない場合も、一つの基準というものが掲げられておって、しかも、そういう制限があって、なおかつ、許可をするのだけれども、条件をまたつけてやるのだ、こういう条件の代表がこのくらいだ、ここに掲げられた資料だと、わかりました。
 それから次に制限の問題で、人員を制限をされておるところが、五十名とか、五百名とか、こういうのですが、そういう人員制限も基準がまちまちのように思いますが、その基準はどんなふうになっているのか。
 それからもう一つ、これは内容の問題ですから、ついでにお尋ねしておくのですが、罰則も、どうも一年のところもあれば、二年のところもある。あるいは六カ月というのもあると思います。そういうその罰則の違いです。それはどんなふうになっているか。
#22
○政府委員(三輪良雄君) 人員も何人以上というふうにいたしました例は、私の知る限りでは愛知県が非常に特有な例だと思うのでございます。県条例といたしましては、五百人未満は許可願いの必要がない。それから特例で名古屋市その他の市に、特定の市につきましては、五十人以内は許可申請の必要がない、こういうふうにいたしておるのでございます。その他の場合には、人員を指定してないと思うのでございますが、これはまあ集団とは何ぞやといってやかましくいうと二人以上ということだそうでございますけれども、それはおのずと社会的な常識の範囲できめるということで、大体百人程度、あるいは数十人というようなことで、その県で大体扱いの基準と申しますか、扱う慣例と申しますか、そういうものもあるようでございますけれども、条例そのものにはっきりときめた例は一例ではなかろうかと思うのでございます。
 それから罰則につきましては、実はこれも比較をいたしておりませんので、必要でございましたらば、後ほど資料を差し上げたいと思いますが、これはまあ条例で罰則をつけ得る範囲がきめられておりますので、その中で若干の差があることは御指摘のとおりと思いますが、二年としたのが何条例、一年としたのが何条例というような資料が手元にございませんので、もし必要でございますれば、取りそろえてみたいと思います。
#23
○成瀬幡治君 私は、なぜこういうことを尋ねてみたかと申しますと、まあ集団行進あるいは集会あるいはデモですね、憲法との関係もいろいろな問題が議論されております。そういうような場合に、地域的に、あるところとないところと、片一方は届出制と、片一方は許可制と、同じ届出制をつけるについても、二十四時間も、あるいは四十八時間も、あるいは七十二時間もある。許可基準は内規で定められる。しかも、それが非常に各地によってまちまちだ。集まる人員は、今承っていれば、常識でやっておる。しかし、これは内規でおそらくきめられておるのですが、それにしましても、非常にあいまいもことしたものである。刑量は、私が調べておるところではどこが何年であるか明確には知りませんが、少なくとも六カ月のところがある。二年のところがある。一年のところがある。同じ行為が罰せられるのに、地域によってアンバランスがあるというようなこともどうも納得がいかないわけです。それかといって、これを国で一緒に作ったらいいじゃないかという、私はそういう意見じゃないのですが、そういうことについて、まあ法務大臣もお見えですが、法務省はどういう見解をとっておいでになるか。あるいは長官の方では、こういうことに対してこれでいいのだ、なるほど条例で処置することができるのだから、それでそういうふうになって差しつかえないのだ、地域の自主性を大いに発揮していいものだというふうにお考えになっているのか。そういうことに対する御見解を承りたいと思います。
#24
○政府委員(柏村信雄君) ただいま御指摘のように、公安条例が各地で作られておりますことから、かなり罰則にしましても、基準にしましても、届出の許可の時間にしましても、区々であるということは確かに言えると思うのであります。できるだけ開きのないほうが好ましいということも言えるかと思いまするけれども、また、地方々々の事情によって、また、そこの議会がこういうことが必要であるという考えによって、多少各自治体ごとにニュアンスが違うということは、これはやむを得ないのじゃないかと思います。しかし、同じようなことについて、はなはだしい開きがないことが望ましいということは、御指摘のように考える次第でございます。
#25
○国務大臣(植木庚子郎君) ただいま長官の答えたとおりだと私も考えます。なるほど、同じ事案に対して適用される、たとえば処罰の限度、非常に各地によってまちまちだということは好ましいことじゃない。またその他許可の基準にしましても、つける制限にしましても、それがおおむね同じ事案については同じようなことが望ましいとは思われますけれども、やはり長官が答えましたように、ところによってはやはり人情、風俗上の違いも若干あるであろうかと思います。そうした場合に、当該地の首長として条例をきめる際に、それにふさわしいような判断がおのずから、ただいまのようにまちまちになっているのだと思いますが、そのまちまちの程度が、ただいまも統計はないそうでありますが、それを全部を調べた結果、あまりに同じことについて差があるということは、そんなにまで同じくらい……、民俗、風俗の差が若干あるにしましても、そうはなはだしい差があるわけじゃないと思いますから、おおむねの、大体近いところがふさわしいのじゃないかしらぬ、望ましいのじゃないかしらぬというふうに考えます。
#26
○秋山長造君 ちょっと今の質問の関連ですが、県によって技葉のほうで多少違っているということ、私も今、成瀬委員が質問されたような感じを持つのですが、たとえば、さっき話が出ました愛知県の公安条例なんかを見ますと、同じ県内で名古屋市その他六つの市だけは五十人で線を引いて、その他は五百人で線を引くということは、人情、風俗というような問題とは違って、あまりにもこれはおかしいと思うのですが、これはどういうわけで名古屋市その他六市だけは五十人で線を引いて、その他は五百人で線をするというような、こういうことをやったのですか。
#27
○政府委員(三輪良雄君) 愛知県の条例につきましては、一部改正でございまして、前にも本質的に変わりない条例があったわけでございますが、その条例でも愛知県一円五百人ということでございまして、これに名古屋市その他の市にありましては、市の実は特例と申しますか、この県の公安条例の人数に対する特例というのを、そのおのおのの市で市条例を持っておったのでございます。そこで、たとえば名古屋市の場合でありますというと、県の公安条例の八条でございましたか、その人数については、当市内は五十人以内とすると、こういうふうな特例を持っておったのでございます。今回、県の条例を改正いたしますについて、その従来の実績をここに取り入れたというふうに聞いておるのでございます。御承知のように、愛知県と申しましても、名古屋市の目抜きの場所と、それから郡部の地点等を比べますと、申すまでもなく道路の状態、交通の輻湊、人の雑踏というようなことは、もう著しく違うわけでございまして、この名古屋の条例の目的にもございますように、公共の秩序の維持と道路等を通行する県民のこの権利を保障するというようなことから考えますというと、一般に県下一円には、相当大きな集団が歩くことによって、他の人たちに影響を及ぼすということを顧慮いたしますとしましても、名古屋市のような場合におきましては、その必要の度合いがきわめて違うと思うのでございます。そこでその場合には、五十人以上が繁華なところを通るというようなことを顧慮いたしますと、その場合にもあらかじめ許可を受け、必要な条件をつけて、できるだけ一般公衆に対する影響を少なからしめるという顧慮からなされたものと思うのでございます。なお一部の市にあっては、必ずしも名古屋市と比較にならぬではないかという市もあるようでございますけれども、そういう市は、確かに市内の道路が狭隘で、そこにあっては相当大きなものが通るということで著しく一般の交通に影響を与えるというような顧慮から、この市について特例が設けられたものというふうに聞いておるのでございます。
#28
○秋山長造君 それは通り一ぺんの御説明だと思うのですがね。愛知県には市はたくさんあるし、今、局長がおっしゃったように、何もこの六市、名古屋市はそれはおっしゃるとおりでしょう。だけれども、その他の市については、必ずしも他の市と比べて、五百人を特にその六市に限って五十人――十分の一ですからね、こういうかけ隔たった制限をしなければならぬという客観的な理屈は出てこぬと思うのですよ。だから、おそらく前段で局長がおっしゃったように、ただ従来六市で五十人という線が引いてあったので、そのまま県条例に機械的に引き写したものだろうかとも思うのですが、しかしそれにしても、新しく最近のいろいろな情勢にかんがみて県条例というものを作るわけですから、その県条例を作るからには、特にこの五百人、五十人というのは簡単な隔たりじゃないですから、これは実に大きな隔たりだと思う。しかも、こういう制限そのものが基本的な人権に非常にかかわりを持ってくるいわば憲法論争、なるほど最高裁の判決等はありましたけれども、しかし、依然として憲法論争というものは公安条例をめぐって続いておるわけなんです。だから、そういうきわめて重大な微妙な問題を、ただ、従来この六市では、五十人という制限があったから、そのまま県条例にも受け入れたんだということでは、一体どういう考え方で県条例というものを作られたのか、まとめられたのかということを疑わざるを得ない。県条例を作る以上は、県条例にまとめる以上は、やはりもう少し新しい見地に立って十分再検討をされた上で、もう少し問題を残さない形にされてしかるべきじゃないかと思うのですが、あなた方専門家が見られても、地方の自主性といってしまえばそれまでですけれども、やはり自主性といったところで、先ほど法務大臣のおっしゃったように、こういう規定というものは、ところによって隔たりがある、ちぐはぐになるということは、あまり望ましいことじゃないと思うのです。しかも、同じ県内でこういうことは全くおかしいと思う。あなた方は、これで、それはもっともだということが言い切れますか、どうですか。
#29
○政府委員(三輪良雄君) 御意見でございますけれども、これは地方議会で御論議になりましたことですから、私どもが私どもの立場でお答えをするというのは変な話でございますけれども、今度の県条例を改正いたしました趣旨は、これは同様な岐阜県条例につきまして、実は条例の終わりのほうに、不許可にした場合には、その公安委員会の属する県あるいは市町村の議会に報告しなければならないという規定があったわけでございます。そこで、前のほうに、集団行進等をやりますものは、その地を管轄する公安委員会に許可を申請しなければならないというような規定がありましたものを、名古屋の高裁で岐阜県の条例についての裁判に際しまして、これは今申し上げた二つの条文を読み合わせてみるというと、二十九年の警察法改正以前の市町村公安委員会、あるいは国警の県の公安委員会というものを前提としたものであって、それは警察法改正によって、今度は両方なくなって、県の公安委員会というものが新しくできたわけです。そこで性格が違ったので、許可をすべき役所がなくなったと思われるので、この無届け、無許可でやった事件を免訴にするというような判決が出たわけでございます。このこと自体につきましては、実は警察も検察もなかなか同感をいたしかねまするので、上訴をいたしておるわけでありまするけれども、しかしながら、条例というような、日々県民に権利義務の問題として影響のありますものを、そういった疑いのある状態で置くことは望ましくないという判断のもとに、今の問題を明らかにするというのが、今回幾つかありました改正の主たるねらいであったのでございます。そこで、その機会に、たとえば愛知県条例等でごらんいただきますように、二十四時間前までに公安委員会が許可、不許可の態度を明らかにしない場合には、許可されたものとみなすというような救済規定をこの際入れるというような措置をとり、あるいは一部七十二時間を四十八時間にしたというようなこともあります。また制止その他の所要の措置ができるというようなことを入れたわけでございますけれども、私ども伺っております範囲では、各県とも、先ほど申したような主眼に立ちまして、できるだけ従来の公安条例をそのままにしておく、これを全面的に改正するのじゃないのだという考え方でやっておったところが多いように思うのでございます。御意見でございまして、なるほど、その境目のところをとりまして、名古屋市でない市が五十人、その一歩外に出たところが五百人ということでおかしいではないかという御意見、まことにそういう御意見も成り立つと思うのでございます。そこで、ほかの市は、かりに五百人、あるいは某市は三百人というような段階をつけるきめ方もあるいはあり得るかもしれないと思うのでございますけれども、これは県議会で御審議の過程で、おそらく従来の慣例をこの際この部分については変えないでおこうという御判断に立ったのではなかろうかと思うのであります。
#30
○秋山長造君 県のほうはこうきめておるのですから、おそらくおっしゃったような事情でそうきめたのかもしれませんが、私がお尋ねしておるのは、警察庁として、一体こういうことがよろしい、もっともだということが言い切れるかどうかというあなたのほうの御見解を聞いておるのです。たとえば、別に広島県も、この夏県条例を作っておりますがね、広島県のほうでは、従来、広島、呉、尾道、それから宮島、佐伯ですか、この二つの町、こういうところに公、安条例があったわけですが、今度県条例にまとめるにあたっては、宮島、佐伯というような町は、全部除いて、そうして従来の広島、呉、尾道だけでなしに、最下全市だけに適用する、こういうようにしておるわけです。これも、われわれとしてはありがたいとは思いません。これは全市に適用するということは問題があると思うのですけれども、しかし、少なくとも一つの県に適用される条例の体裁としては、実際まだ広島県のほうが条文の体裁としては形が整っていると思うのです。そういうことを広島県ではやっている。それから愛知県では、さっきのように、五十人とか五百人とかいうような、何ら客観的な根拠を今日の段階において見出し得ないようなことを、わざわざ新しく条例を作るにあたっても、そのまま機械的に受け継いでおるというようなことが、非常にわれわれから見た場合に――われわれでなくても、あなた方から見られてもおかしいのじゃないかと思うのですがね。そこらの広島、愛知というようなものを比べてみた場合の御見解をもう一度お伺いしておきたいのです。
#31
○政府委員(三輪良雄君) 広島の例をお引きになりましたが、広島の例でも、ただいまのお話のように、市の地域だけでございます。そこで、同じ広島県の中でも、市の地域でやる場合には、公安条例の適用を受けるが、その地域において同じことをやる場合には、その公安条例の許可申請の必要がないというようなことが、広島県でもあり得るわけでございます。そこで、変な言い方でございますけれども、愛知県の場合でも、ここに五十人と限った市だけが、かりに適用があるということになって、そのほかは適用がないという条例をかりに比べますと、同じ形に作りましても、その間にはずいぶんな開きができる。そこで、愛知県といたしましては、そういう市の地域を除いた地域にも、五百人という相当大きな規模のものが行なわれる場合には、あらかじめ許可申請を得ることが適当だというような判断に立ったのかと思います。そういうふうにお考えをいただきますと、広島県の例と愛知県の例とが、非常な隔たりがあるというふうにはならないのではなかろうかと思うのでございます。重ねて申しますけれども、名古屋とほかの市とが、同じ五十人でいいのか、五十人と五百人との比率がそれでいいのかという点になりますと、実はいろいろ考え方はあり得ると思いますけれども、そういう愛知県のような立て方もあり得るであろうというふうにお答えを申すよりほかはなかろうかと思います。
#32
○秋山長造君 ただ、先ほど局長のおっしゃったように、名古屋で五十人と五百人とかいうような段階を設けたというのは、主として道路交通という観点から来るというお話なんですけれども、そういうことなら、市と町村では確かに交通事情は違いますから、それはわからぬこともない。しかし、名古屋であちこちたくさんの市があって、大体あの地帯は、市がたくさんつながっておるような地帯でしょう。だから、特にこの六市の中だけ五十人に限るということはおかしいのじゃないか、むしろ五百人なら五百人に統一をして、どうせ事前に届出、さらに許可をもらわなければできぬことなんですからね、そこで縛られるわけですからね。ですから、道路交通の観点ということは、相当そこで解決はついていくのじゃないかというように思うのです。とにかく道路交通の観点から五十人と制限したんだろうというのに、この六市だけにこれを限るということがどうも私は理屈としてもおかしいし、実態としてもおそらくそれはきわめておかしいことになるのじゃないかと思うのですがね。別に、どこもかしこも五十人と制限せいと言うのじゃないのですよ。そう言うのじゃないがね、これはおかしいと思う。それは、先ほどの法務大臣の人情、風俗というようなこととは、問題はもっと具体的ですからね。道路交通というこの具体的な問題ですからね。法務大臣はどういうふうにお考えになりますか、この点。何のために公安条例を作るのか。ほかに目的があるのじゃないか。
#33
○国務大臣(植木庚子郎君) 先ほど来もお答え申し上げましたし、また当局からもお答えがありましたように、私は、非常に好ましい問題とはやっぱり思えないのです。思えませんが、しかし、法務大臣としてどうかと言われますと、直接私が監督指揮するような立場におるわけでもありませんし、そうしてまた、それぞれ地方の理事者、理事機関並びに議決機関でそれを最善と考えてそれぞれ制定しておるのでありますから、今ここでそれが非常に悪いとかなんとかいうような批評は差し控えたいと思う。しかし、個人としてどう考えるかと言われますなら、それはあまり好ましいとは思えぬ、私にもそういう感じはいたします。
#34
○成瀬幡治君 なぜこういうことを私らは聞いてくるかと申しますと、これは公安条例の本質の問題ですが、これは単に行政的なものと私らは考えないわけです。行政法だとは思わないのです。広い意味ではそうかもしらぬが、少なくとも治安立法じゃないか。世にいう治安立法じゃないかというふうに私は本質をとらまえるわけです。したがって、その治安立法なるものが、しかも、憲法の二十一条との関連から見て、大体県から申しましても、ない県のほうが多いわけです。市町村でいえば三千五、六百ある中で、たった三十五しかやっていない。町村に至っては……市町村で三千五、六百のうち三十五、六しかやっていない。大半のところはやっていないわけなんです。あるいはまた届出制と許可制との違いがある。あるいはまた許可基準というものが、お聞きしましても、非常にあいまいなんです。先ほど三輪さんの御答弁によると、集合人員の制限というのは、内規もなくて常識でやっているなんということは実におかしな話だと思うのです。
 そういうことはあとでひっくるめてやっていきたいと思いますが、まず最初にお聞きしたいのは、あなたのほうは、この公安条例を狭義のいわゆる警察行政、警察法では私はなくて、りっぱな治安立法じゃないかと、こういうふうに考えておりますが、本質はどういうふうにお考えになっておるのか。これはほんとうは公安委員長なら公安委員長がお見えになるといいのですけれども、お見えになっていないようですから、柏村長官、お答え願いたい。なお、法務大臣もこれについて見解をお述べいただきたい。
#35
○政府委員(柏村信雄君) 公安条例は、公の秩序を維持するという目的があるわけでございますので、そういう意味で、広い意味においては治安立法の一種ということが言えると思います。どういう趣旨で治安立法と言っておられるかしれませんが、世を平穏にするという、不穏なことがないようにするという意味において、治安立法と言えば言えると思うのであります。
#36
○成瀬幡治君 大臣、どうですか。検察行政になりますよ、警察から出ておることですけれども。
#37
○国務大臣(植木庚子郎君) ただいま警察庁長官のお答えになったところと全く私も同じように考えます。だから、治安立法の定義をどういうふうにするかという問題でございますが、公の安全を維持していこう、あるいは公の秩序を守ろう、そういうことについて、それに反するような問題について規制を与える、それはすなわち治安立法だというふうに言えば、広い意味からは治安立法ということになるかもしれぬと、こう思います。ちょっと御質問の意味をよく解しかねます。
#38
○成瀬幡治君 それじゃもう少しその点を掘り下げてみたいと思います。大体私は、これは事前に規制する法律案なんですね。率前に、許可制あるいは届出制度で、事前に規制するわけなんです。それからもう一つは、予防的にやるわけなんです。しかし、やろうとするならこういうことができるのじゃないかと思うのです。これは公安委員会の許可も、だれがやるかというようなことも、ほんとうは明らかにしなくちゃならぬが、大体公安委員会がやるわけで、内部規定によりまして警察署長がやっておると思いますが、警備関係の人がやっておると思いますが、その人の判断によって、これは危険な集団あるいは集会である、集団行進である、デモであるといって、個人の判断によって、まあやらないとおっしゃればそれまでかもしれませんが、非常にあいまいもことしておりますからね。許可、不許可ということを自由にできるのですね。もっと言えば、思想的にもこの団体のどうも行動はおかしいから、これは許可することをやめるというような、政治警察的なこともできると思うのですよ。したがって、私は、そういう意味からいって、本質からいって治安立法ではないかと、こういうふうに考えておる。判断をする人のものの考え方によって、非常にあいまいもことしておるものが、一つのものさしによって、それもあいまいもことしたものさしによって許可されたり、解散を命ぜられたりするようなふうになるのじゃないか。非常におそろしい法律である。法律じゃなくて条例ですね。私たちはいわゆる治安立法というふうにとらえて、それは公共の福祉を守るのだから云々だと、そういうことをやっちゃいけない。もうこれは私たちは、思想的な政治警察にずっと運用いかんによってはいくんじゃないかという立場から、治安立法というとらえ方をしておる。それに対してそうじゃないのだというのなら、反論をお聞かせ下さい。
#39
○政府委員(柏村信雄君) ただいまお述べになりましたような、非常な政治的見地に立って、しかも、恣意的に許可、不許可をきめるというようなことがございまするとするならば、これは確かにおそるべきことと思うのでありますが、公安条例についてごらんになればわかりまするように、許可と申しましても、許可することがもう原則という建前でございまして、警視庁について、東京都について申しますなら、先ほど警備局長が朗読いたしましたような、非常にしぼった、危険がはっきりしているというようなものについてだけ不許可ということにする建前をとっておるわけでございます。したがいまして、ただいまお述べになりましたような、非常におそるべき恣意的な、政治的な目的を持ったものだから、治安立法でないかという、もしお尋ねであるとしますならば、公安条例は、おっしゃるような意味の治安立法ではないというふうに申し上げる次第でございます。
#40
○成瀬幡治君 許可するのが原則だと、こういうことをおっしゃいましたが、あなたの方の資料をもらいますと、デモに関して、なるほど許可された件数は多いわけなんです。しかし、条件をほとんど付しておって、デモの例をとりますと、許可申請は三千四百四十八件です。条件づきに許可になっておるのが三千二百二十六件、ほとんど大半が条件づきと見て差しつかえない。したがって、許可するのは原則だと、しかし、その許可には、ここにあげられたような九項目、これは全部だとは申しませんが、このうちの幾つかが適用されてしまう。したがって、非常に狭められてしまったデモしか許されていないというふうに解釈して差しつかえない。そういうふうに運用されておると思う、実際問題として。したがって、不許可にはなっていないのだからいいと言いますけれども、まあほとんど葬式みたいな、そういうような取り締まり対象外の行進が許される。そうでないものは全部不許可になるのだと。だから、こういうことをやっちゃいかぬからというので縛られてしまって、許可されたものは実際不許可にひとしいことしか行なわれていないじゃないかということが言えると思う。そうでなければ、三千二百二十六件も条件をつけるなんてことはおかしいと思う。それは結果的には不許可と私は同じことだと思う。いやいや、許可したからいいと、そうじゃなくて、私は、普通の取り締まり対象にならぬ行進と同じことじゃないか、たとえば葬式だとか、あるいは何か祝賀会のようなものの形式になったときに初めて許される。世にいうデモは許されていないというふうに、私たちは実際がそうなっているじゃないかというふうに言いたい。
#41
○政府委員(柏村信雄君) 実際に行なわれておりまするデモをごらんになれば、葬式のようなものだけが許されておるというのでないことははっきりおわかりだろうと思います。条件をつけるというお話でございますが、この条件にしましても、そのときの状況によって必要なものをつけておるわけでございまして、もっともなことだけであろうと思うのであります。たとえば渦巻行進をしないという条件をつけられることが、何ら葬式に似たデモになるということではなかろうと思いますし、凶器、爆薬、劇薬等の危険物を携帯しないことということは、ああいう集団の行動についてはもちろん当然のことであろうと思います。そういうような条件をつけたから、実際にデモらしいデモが行なわれないということではなくて、現実に各地で行なわれておりまするデモをごらんになりますれば、ずいぶんと活発なデモが盛んに行なわれている状況でありまして、お話のような非常に制約された状況下において行なわれているという実情ではないと私は思います。
#42
○成瀬幡治君 いや、私は、なぜそうなっておるかというと、かりにそれをやったのは、みな制止なり警告をあなたの方でしておると思うのです。そしてとまってしまう。あるいはそれ以上やったら全部検挙されている。こういうふうに解釈するわけです。あなたが、いやそうでない、実情を見なさい、相当元気のいいのをやっているじゃないか、そうおっしゃるその中には、何人か検挙数が出ておる。あるいは制止、警告がしばしば発せられておる。こういうふうに私は実際がなっているんじゃないか、こういうことが言いたい。どうですか。
#43
○政府委員(柏村信雄君) 条件に違反するという者に対しては、先ほど警備局長からも申し上げましたように、警告をする、あるいは必要によって制止をして、どうしても聞かない悪質な者については検挙をもって臨むという場合もあるわけでございますけれども、それはきわめて例外的なものでございまして、まあ警告する機会は非常に多いかと思います。しかし、そういう警告に従って威風堂々とやっておるというデモは相当あるわけです。デモの目的は十分果たすようなデモは行なわれておると私は考えております。
#44
○成瀬幡治君 私は、長官とはまことに見解が異なりますし、今後より政治的な要求になってくると思います。デモというものは、大体反政府的な要求のときに起こってくるデモが多いですから、そういうことになれば、ますますここにあげてあるような条件等いろいろな点について、非常に危険なことになるのじゃないかと思いますが、少なくとも最初に申しました特定な人が団体に向かってやるときに、どうもこれは気に食わぬというような政治的な取り扱いが、今の許可基準の内容なら私は行なわれる心配が非常にあると思うのです。そこで、そういうことのないような救済規定というようなものが、私は設ける段階があるだろうと思う。
 それからもう一つは、許可をするその人が、公安委員会が大体おやりにならなくて、警備関係の方たちが取り扱われておる。したがって、一方的な判断で許可されたり、あるいは不許可にされるというような、そういう点も出てくると思う。そういうような点、あるいは東京都の例として、先ほど内部基準をおっしゃいましたが、不許可にする場合のときに、何か官公庁あるいは裁判所、そういうような出入りにと申しますか、何か妨害になるようなところをやっちゃいかぬ、こういうことになれば、まあそういうことも必要じゃないかという意見も私たちもわかりますけれども、これは通っちゃいかぬ、あれは通っちゃいかぬ、片方では生命財産というような公共の安寧と福祉といいますけれども、片方では非常に何と申しますか、超個人的なもので制限をやっても、非常にあなたのほうの一方的な判断に基づいて、ここはいかぬ、ここは通っちゃいかぬ、この場合はやっちゃいかぬというようなふうにずっと運用をされていくとたいへんなことになると思いますから、そういうような点について、いわゆる救済規定と申しますか、あるいは許可基準というようなものを明確にせないと、文字どおり一つの正当な運動を弾圧するおそろしいものになってしまうじゃないかというふうに考えておるわけですが、そういうような点について、いや、そういうふうに運用されないのだ、その言葉だけじゃいかなくて、いや、そうじゃなくて、その場合にはこういう救済規定がある、こういう救済規定があるから、そういうふうにはならぬのだ、こういうことがあるならそれについてお聞かせ願うとともに、もし救済規定がないとするならば、おかしなことですが、そういうものについては、どんなふうにお考えになっておるか。
#45
○政府委員(三輪良雄君) 第一の点でございますが、警備係の警察官自身が自分の判断で許可、不許可をきめるのではなかろうかということでございます。これは公安委員会の権限とされておりますけれども、公安委員会の仕事の分量がだんだん多くなりまして、各県とも全部の許可、不許可を公安委員会にあらかじめかけてやるということになっていない事例が多うございますけれども、たとえば愛知県の例で申しますと、愛知県公安委員会事務専決規程というのがございまして、これで警察本部長が公安委員会の名において専決をする事項がきめられておるわけでございます。この中に「行進又は集団示威運動に関する条例(昭和二四年愛知県条例第三〇号)第一条の規定による許可に関すること」というのがございます。そこで別の条文、第四条を見ますというと、「警察本部長は第二条の規定により専決することができる事務であっても、異例又は重要と認められるものについては、あらかじめ公安委員会の承認を受けて、これを処理しなければならない。」、つまりこの重要、異例とは何かという扱いがあるわけでございますが、これは不許可にする、あるいは路線を変更するというような重要な変更を加える。つまり場合によれば、相手に迷惑をかけるというようなことをきめます場合には、あらかじめ公安委員会の承認を受けてやれ、こういうことになっておるのでございます。したがって、かりに不許可にいたします場合には、これは警察本部長、ましていわんや、その部下であります課長なり、署長なりが不許可にするということは、これはあり得ないということになるわけでございます。
 それから不許可の処分が実際になされたときの救済はどうかということでございますが、これは通常の条例に見られますように、最近の県議会にその不許可にした事情をつぶさに述べて報告をしなければならないということになっておるのでございます。そこで、まあ実際問題としては、そこで県議会としてその不許可にしたことについての御判断があり、これは不許可になったそのこと自体は生き返らないわけでございますけれども、将来に向かってそういったことが繰り返されないようなことの保証にはなろうかと思いますし、また、そういうことを顧慮いたしまするとすると、公安委員会自体だけの判断、つまり県議会という県民の代表の御判断ということを顧慮せずに不許可をきめるということはできなかろうかと思うのでございます。その不許可になったこと自体の救済ということになりますると、これは公務員が故意過失があったということになりますれば、これは国家賠償法による、あるいは違法であるということで行政訴訟によって取り消し請求をする、これもまた救えないといえば救えないわけでございますが、そういう意味で、いわばそのこと自体を即座に生き返すという救済はないわけでございますけれども、今言ったことで違法に不許可にされることがないようにはしてあるのではなかろうかと思うわけでございます。しかも、従来の例で申しまして、不許可に扱った例は、これはもうずうっと古くからとりますというと、きわめて危険といいますか、明瞭にある官舎を攻撃すると思われるようなものについて、不許可にした事例もないわけではございませんけれども、ここ数年間不許可にした事例というものはないわけでございますし、現実の扱いといたしまして、御心配のようなことがあろうとは考えないのでございます。
#46
○秋山長造君 長官が先ほどおっしゃったのですが、許可が原則で不許可にする事例はあったにないということですが、それに対して成瀬委員が、それはなるほどそうかもしれぬけれども、実際にはいろんな条件をつけられて、それでもう全くお葬式行列のような形になっているじゃないかという反論があったのですが、これは最近のデモ、特にこの国会周辺なんかで行なわれているデモなんか見ておりますと、全く成瀬委員のおっしゃるとおりなんで、声を出してもいかぬというわけでしょう。もちろん旗だとかプラカードだとかいうものは持たさないとか、何をしてはいかぬ、かにをしてはいかぬとか、やっぱりそれは示威運動ですから、何のためにデモをやるかわからぬようなデモでは全く意味がないことになると思うのですよ。そういう形にまで縛り上げるということは、これは条件といっても、それはあまりにも行き過ぎじゃないかと思うのです。たとえば歌を歌ってもいかぬ。歌も私はやっぱり示威行進の中の一つだと思うのですがね。それは歌も歌いようだという反論があるかもしれませんけれども、全然声も出してはいかぬというようなことで、見ておりまして、何かちょっと声でも出すと、すぐその人を名ざして、車からスピーカーで、その声を出している人やめなさいと、こう言うてやってますね。やめなければ検挙しますというようなことまで言って取り締まっているのですが、あれは私は、明らかに示威行進に対する取り締まりとしては限度を越した、行き過ぎもはなはだしいと思うのですが、ああいうことは何を根拠にやられておるんだろうかと思うのです。「夜間の静ひつ保持に関する事項」だとか、あるいは「官公庁の事務の妨害防止に関する事項」だとか、何かそこら辺に引っかけてやっておるのだと思うが、しかしわれわれが院内で聞いておりましても、それは歌を歌っているような声というのは、院内なんかにはちっとも妨害になんかなりやしない。ところが、警視庁があの車からスピーカーでガンガンやっているのが実にやかましい。あれこそ私は静ひつを害することはなはだしいと思うのですが、そこら辺はどういうように、長官は考えておられるのですか。ちょっと歌を歌っても、すぐその人やめなさい、やめなければ検挙しますというようなことを言っておるのですがね。これは行き過ぎもはなはだしいと思うのですけれども、どうお考えになっておるのですか。
#47
○政府委員(三輪良雄君) かわってお答えをお許し願いたいと思いますが、きょう提出いたしました条件をごらんいただきますと、この条件をはずさなければデモらしいデモはできないじゃないか、そういうことにはならなかろうかと思うのでございますけれども、今、秋山委員がおっしゃいました問題とはこれはちょっと別にしていただきたいと思うわけでございます。と申しますのは、国会周辺のデモの場合には、東京都公安委員会といたしましては、国会開会中に国会周辺で示威運動が行なわれるということは、直接には官庁事務を妨害するということになるわけでございますけれども、そもそも国家の最高機関であります国会が平穏な状態において御審議を願うということが、これは国民の念願であるという意味におきまして、高度の公共の秩序というものが要求を、と申しますか、国会の静穏に御審議を願うということが公共の秩序のきわめて高度なものであるというふうな判断に立ちまして、国会の開会中には、周辺で示威運動にわたることは望ましくないという意味で、示威運動が国会周辺に参りますものにつきましては、あらかじめ主催者と協議といいますか、よくお話をいたしまして、示威連動としてこの周辺を通るという場合には、路線を変えていただいて、その外側を通るというようにする、というようなことにいたしておるのでございます。ただ、国会に請願をするという御希望があるわけでございまして、請願はもちろん国民の基本的な権利の一つでございます。何人も国会に請願をすることはできるわけでございますけれども、ただ、その請願も、請願をするためにここまで参ります状態が集団示威行進になるということでございますと、先ほど言ったような趣旨で御遠慮を願わなければならないということで、憲法でも平穏な請願ということになっておりますので、大ぜいの方が請願に国会に見えるという場合には、いわゆる示威運動でなく、集団行進の形で国会に来ていただいて、そこで所用の請願をしていただくということにお願いをいたしておるのでございます。そこで、先ほど秋山委員のおっしゃいました国会周辺のデモを見ると、ということでございますが、これは実はデモではないのでございまして、集団行進ということでやっていただいております関係で、デモにわたることを避けていただくように警告をいたす場合があるわけでございます。これについては、いろいろ御意見もあろうと思いますが、東京都公安委員会ではそういう趣旨で、閉会中は別でございますけれども、開会中はこの周辺における示威運動というものは御遠慮を願うという関係でやっておるのでございます。そういう意味で、こちらに掲げてあります条件は、実は私ども的な観点かもしれませんけれども、ここに書いてありますような条件をつけるから、これはもう示威運動を禁止するにひとしいのだという御議論にはいささか私ども同意いたしかねるわけでございまして、御承知のように表現の自由は国民の基本的な人権でございますけれども、同時に、これは公共の福祉のために制限を受けることこれまた憲法の趣旨でございます。したがいまして、表現の自由をできるだけ認め、同時に、それが公共の福祉に反しないというこの接点と申しますか、そういうバランスを考えましてこういう条件ができているのでございまして、この条件は今日の状態において守っていただくことが無理なことであろうというふうには私どもは考えないわけでございます。
#48
○成瀬幡治君 私は救済規定のことについて、まあ治安立法と見れば救済規定というものはどうしても必要であろうという観点に立っておるわけですが、そういうことについて、いやいや、そういうことじゃなくて、将来の保証を県会等にするからこれがいいんだというそういう解釈なんですか。ほんとうにこういう条例等には救済規定がつげられることが私は好ましいことだと、こういうふうに考えておるわけですが、あなたのほうのお考え方は、いや、これでけっこうなんだ、こういうお考え方なんですか。
#49
○政府委員(三輪良雄君) お言葉の救済規定ということでございますけれども、これは私ども救済規定はこの中に入っておると思います。というのは、二十四時間以内までに何らの意思表示をしないということのために、当然許可されなかったようなことになっては相済まないということで、これは許可されたものとみなす、これはそのこと自体が生きる救済規定でございます。それと同じ意味において、救済規定をこの中に入れるということは立法上不可能ではなかろうか、不許可になったことが、何か救済で間に合う時間までに許可にされるということは、これは実は不可能じゃないかと思います。したがって、不許可になったことについて、その損害をあとで賠償されるなり、あるいは職権乱用ということで処罰されるということによって、そういうことを担保するというか、そういうことしかやむを得ないのじゃなかろうかと思うのであります。この条例の中にどういう救済規定を入れた御趣旨のようになるのか、ちょっと私もわかりませんけれども、先ほど申しましたように、この中に入れまして、不許可になった処分そのものがその時期までに許可になるという救済規定、これはちょっとここに入れるわけには技術的にもむずかしいのじゃなかろうかと思います。
#50
○成瀬幡治君 そのことについての意見はまたあとで申し述べますが、その前に、あなたがおっしゃったのは、不許可にするような場合には、愛知県の条例を引用されて本部長が云々、こうなっておりますが、内規では、とてもできないことだから署長に許可するとか許可しないとか権限はまかせるわけです。しかし、あなたが言われるのは、不許可になった場合には、本部長に報告されるということは、私たちもわかっておりますが、実際愛知県議会で若干内容の審議をしたときに、大体そういうようなお話しになっておるようなことを聞いておりますが、なるほど条文にはそう書いてありますが、また、もう一つ内部規定でこの権限を署長にゆだねるというようなことはある。そこで、私がお尋ねしておることについて御答弁がいただけないのは、その救済規定にからんで、どうも一警察署長の判断によってこの場合は許可した、この団体には許可しなかったというような、そういう何と申しますか、非常に政治的に事が取り扱われやしないかということを私は言っておる。それに対して、いいや、この許可基準規定でいいんだ、たとえば愛知県の条例の第何条でしたか、第四条だと思いますが、よそのを見ましても大体こんなようになっておりますが、「公共の安全を危険ならしめるような事態を惹起することが明瞭であると認める場合の外、これを許可しなければならない。」、非常に抽象的なんです。それに対して東京都の例を引用されて、今度は三つほどおあげになりましたが、しかし、それにいたしましても、交通がひんぱんだということも一つの基準じゃなくて、大体常識の問題になってくると思います。それから病院だとか、あるいは官公衙のあるようなところでは声を立てちゃいかぬというような、そういう地域にも非常に情状酌量といいますか、個人の判断によってどうでもなる。第三番目の生命財産なんということについては、何が何だかさっぱりわからなくて抽象的なものなんです。したがって、そういうようなことについて私はもう少し明確な――基本的人権を制限をするこれは法律なんですから、だれが何といっても。したがって、そういうものについて明確な規定というものが必要じゃないかということを主張したいのです。それに対して、いや、これでもうりっぱなものだというふうにお考えになっておるのか。そうでないとこれは運用によって、とんでもない法律なんですよ。
#51
○政府委員(三輪良雄君) 第一の点で署長にまかせておるじゃないかということでございますが、先ほど規定の読み方の中で、署長の部分を不許可の分でございましたのでわざと省略いたしたのでございますが、警察本部長が扱います事務のうち、定例かつ定期なものを愛知県警察本部の部長または課長に専決させることができるというような規定でございます。それから実際の扱い方は、受け付けますのは署長でございますので、署長の意見が反映すると、これもお話のとおりでございます。しかしながら、不許可にいたしますというようなことは、これはもうここに全然ないという資料を差し上げましたように、きわめて異例に属することでございますから、そのために七十二時間というような時間でお願いをしておるわけでございますから、これはもう不許可にしなければならぬというようなことであれば、あらかじめこれは公安委員会の議論を願って、その上できめられるということになるのでございまして、署長が不許可にした、そしてそれを本部長に報告するというような簡単な手続ではやれないようになっておるのでございます。
 それから公共の安全と秩序を乱すことがきわめて明瞭だということを言っても、なお不明瞭ではないかということでございますが、公共の安全と秩序を守るということにつきまして、これを立法上非常に具体的にするということは、ただいま技術的にも限度があると思うのでございまして、公共の安全と秩序とか、公共の福祉とかいう言葉はいろいろな――今の憲法にもちろんあるわけでございますが、そのほかに自治法、それから消防法とか自衛隊法とか水防法とか、その他にたくさんある言葉でございまして、この内容はおのずと、何といいますか、健全な社会的な見解できまるわけでございますけれども、私ども考えますには、一つには、国会または地方公共団体の議会の周辺に多数集合いたしまして、その審議を妨害をするというような場合でございますとか、それから多数が集合して裁判所の裁判の執行を著しく妨害する場合でありますとか、それから多数が集合いたしまして、すわり込み等によって官公庁の重要な執務を著しく妨害する場合でありますとか、あるいは多衆が蛇行進等をやりまして、道路における円滑な交通を著しく阻害する場合でありますとか、喧騒または異常に大きな音響によりまして静穏を乱し、多衆に著しく迷惑をかける場合、あるいはみだりに警鐘等を使用いたしまして、公衆に不安を与える場合、その他社会公衆の共同生活の安穏な状態が著しく撹乱されたり、その正常な運行が著しく阻害されたりする場合というふうなことで、一応この法規概念としては、この場合に使います公共の秩序と安全ということにはなろうかと思うのでございます。しかも、これが明白かつ現在の原則ということをいっておりますけれども、そういうことがあるかもしれないというのじゃなくて、きわめて目の前にそういうことがあることが間違いがないような場合に、これを不許可にするということになっておるのでございます。そういう意味で言葉で申しますと、なるほど、もっとこまかくきめるべきであるという御意見もお話のとおりわかるわけでございますけれども、それを各県ではそれぞれ今の扱いの中でできるだけこまかくするというようなことにいたしております。愛知県の場合も、十一月の一日にこれは施行されることになるわけでございまして、ただいまその内規を一生懸命検討し、関係当局と打ち合わせをしておるというようなことを伺っておりますので、そういうものの中にこういうものも触れるんじゃないかというふうに考えておるわけでございます。
#52
○成瀬幡治君 大臣は衆議院の法務委員会があるそうですから、一言だけ大臣の答弁を求めておきたい、罪刑法定主義との関係で。こういう条例等で刑罰規定を設けることが、法務当局としては好ましい――好ましいといってはおかしいですが、好ましいとか好ましくないとか、あるいはこれは間違っておるという議論もあるわけですね。大体刑法学者は反対、行政学者関係のほうはどうも賛成のようですけれども、そういうことについて、法務大臣としては一体どういう見解をおとりになっておるのか、その一点だけ伺いまして、あとはまは別の機会にして、衆議院のほうへおいで願っても差しつかえないと思います。
#53
○国務大臣(植木庚子郎君) ただいまの御質問に対しましては、現行の地方自治法でも、法令の十四条の五項でもって規定のありますことは御承知のとおりだと思います。で、これはやはり行政運用の実情から見まして――なるべく法定主義で、法律でもってきちんときめていくということが好ましいことはわかります。わかりますが、行政の実際の運用の場合におきましては、やはりこうした必要も生ずる場合がありますから、現行の法令の上でも、条例等に罰則を付する場合がありますことを予定しておるのでありまして、その必要はやはり私も現在においてあるものだと、かように考えておる次第でございます。
#54
○成瀬幡治君 私は、非常に抽象的じゃないかと、許可基準が非常にあいまいもことしておるじゃないかということを言っておるわけです。最高裁の判例を見ましても、この条例といえども、この運用のいかんによっては、憲法二十一条の保障する表現の自由を侵す危険は絶対に包蔵しないとは言えないので、その権限を乱用することなきよう極力戒心すべきである、こういうようなことを指摘しているわけです。非常に政治警察になるということを心配しておるわけです、最高裁といえどもですね。あるいは少数意見の藤田裁判官は、運用に責を帰して本末転倒しちゃいかぬからというので、公安条例は違憲だと、そういう意見をお述べになっていることも御承知のとおりです。したがって、書きようがないからどうにもしようがないじゃないかと、だから、こう誓いておるんだというような見解では……、私はこういう基本的人権を侵害するおそれのある法律は、やはり条件というものを明確にしておかなくちゃならぬと思うのです。先ほどあなたがお読みになりましたのは、それはどこかの条件じゃなくて、一般的にこのようなことを言っておると、こういう意味でおっしゃっておるのか、その辺のところもよくわかりませんが、少なくとも東京都の条例で、内規ではこんなふうになっておるとおっしゃるなら、私の言いたい点は、その人の判断によって、一個人の判断によってどっちにでもとれるじゃないか、こういうことが言いたいのです。ですから、そういうものに対して、これじゃどうもまずいというふうにお考えになりませんか。これでもう十分だと思っておいでになるのか、いや、そうでなくて、書きようがないからやむを得ぬのだと、こういうのか、その辺のところがちょっと受け取りにくいわけです。
#55
○政府委員(三輪良雄君) 最高裁でも、これが運用が乱用にならないようにということに心配しておられることは御指摘のとおりでございます。しかし、その場合でも、この表現をとりまして、この表現が違憲であると、こういう判断ではないわけでございます。ということは、明白な、かつ現在する危険、つまり公益を害するおそれがあるということではなくて、公益を害するおそれが非常に明らかだというようなしぼり方をしておるので、この扱いならばこれは違憲でないと、こういう判断が最高裁でもなされるわけでございます。
 そこで、その運用を気をつけなければならないということにつきまして、各県でもこの公共の秩序を害するという事柄について、さらにこの扱いの具体的な基準をきめることになるわけでございますが、その中で、先ほど東京都の例を申し上げたわけでございます。先ほど私が幾つかの問題を申し上げましたのは、公共の秩序とか公共の安全とかいう言葉が、先ほども一部触れましたが、たくさんの法律に書いてあるわけでございまして、そういうふうな公共の秩序と安全というようなことは、どういう内容をそういう言葉によって法律の内容を観念するかと、こういうことにつきまして、大体私どもの見るところでは固まった考え方ではなかろうかと思います内容を申し上げたわけでございまして、これは某県の規定に書いてある文言ではないわけでございます。そういう意味で私どもも最高裁の御注意を待つまでもなく、こういった条例が不当に広げて扱われるということがありませんように各公安委員会、各警察本部とも努めておることと思うのでございまして、この表現で著しくこれが政治的な警察に使われるかどうかという問題につきましては、この表現とあわせて、先ほど申しましたように公安委員会が必ず不許可の場合には判断をするのである、あるいは先ほど申しましたような、救済にならないかもしれませんけれども、救済規定というものがそれぞれあるわけでございますので、そういった意味で、私はこの条文が政治警察的に不当に広く使われるということはないものと思いますし、また、あってはならないものと確信をいたすものでございます。
#56
○成瀬幡治君 最高裁の指摘しているのは、非常に政治警察になる危険ということを心配して、その運用を誤ってはいかぬということを指摘していると私は思います。それだけの心配のものをこの条例は十分持っているということを、私は指摘しておきたいと思います。
 次に、こういう集会あるいは集団行進あるいはデモを特別に犯罪の予防を理由として取り締まるということは、しかも、どうも先ほども言いましたが、その基準が非常にあいまいもことしている、こういうものは、私たちはどうしても憲法に違反するような気がしてしようがない。しかし、そうじゃないのだ、犯罪を予防してということは、この前の治安維持法なり、あるいは治安警察法、いろいろございますけれども、そういうようなどうも予防というようなことが非常にクローズ・アップされて、警備関係の人たちが事前に取り締まるとかということは、どうも憲法二十一条にひっかかっているような気がしてならないのですが、そういうようなことについて、いや、それは心配ないのだというようなことをほんとうに言い切れますか。あなたは先ほど救済規定の問題は将来の問題云々というふうにおっしゃいましたが、なるほど、われわれ今日も非常に心配な段階ですが、まあしんぼうできるかもしれないが、先々これはどういうふうになってくるのか、そういう点を非常に心配しております。絶対これは政治警察にならぬ、絶対そんなことをしないのだということを断言できますか。また実際のところ、断言してもらっても意味がないが、しかし、そうじゃなくて、断言できるできないじゃなくて、むしろ逆に、そういうことにならないような最大のことをしておく必要があろうと思う。ですから、こういう立場からいろいろと意見がましいことを私どもは申しているのであります。そういうようなことについて、どういうふうにお考えになりますか。
#57
○政府委員(三輪良雄君) 御心配の、この条例がたとえば治安警察法というようなものにかわるような心配があるのではないかということと思うのでございますが、御承知のように治安警察法は、たとえばある集会で、予審に属する事件について、あるいは公開を禁止した裁判のことについて講談論議してはならない、犯罪人を賞恤してはならないとか、そういったいわば内容に立ち入っての規制を主たるねらいでやっているのではなかろうかと私は思います。この条例は犯罪の予防とか、そういった集団行為の内容そのものを問題にするのではございませんで、その形、つまり大ぜいの人が集団として行動をする、あるいは道を歩く、あるいは公共の場所で示威運動をやるとかいうような形の、その外見がいわゆる他の公衆に対して迷惑をかける、他の公衆の静穏な、平穏な生活を妨害するということを顧慮する、それが公共の安全を保つということでございますので、そういった私は政治警察の、いわゆる政治警察と御心配なさいますような、表現の内容に立ち入っての問題ではないということをまず御理解をいただきたいと思うのでございます。そこで、表現の自由というものは、これは最大級に守られなければいけないということはおっしゃるとおりでございまして、最高裁の判決等をごらんいただきますとわかりますように、表現の自由の中で、文書でありますとか、言論でありますとか、そういうものはこれはもう何としても守られなきゃならない、したがって、事前の検閲をやるというようなことは許されないわけでございます。ところが、集団行動による表現というものは、先ほど申しましたように、集団というものがあるということで、大なり小なり何といいますか、影響は一般公衆に及ぶわけでございます。最高裁の表現を借りますというと、そういう集団というものは、いわゆる群衆心理によってややともすると、はずみがつくというと不法行為も起こる可能性がないわけじゃない、遺憾ながらこれも現実の経験則から見ましてもそのとおりかと思うのでございます。そこで、そういう集団の行動が、公共の安全と秩序というものから照らしてみて、ある規制を加えられることはやむを得ないではないかということを最高裁の判決もいっておるのでございまして、そういう意味では、この公安条例が本来犯罪の予防なり、あるいはその表現の自由の内容に立ち入ったものでないことは御理解いただけると思いますが、しかしながら、この武器といえども、これがまた誤って使われれば非常におそろしいではないかという御指摘は、そのとおりと思って戒心しなければならない点だと思いまして、その点につきましては、先ほど来繰り返して申しておりまするように、公安委員会が必ず不許可の決定をする、県議会に報告をして御審議を願う、あるいはそれが国家賠償法の問題になり、あるいはまた刑事上の責任も故意過失があれば負うような場合があるというふうなことで、担保されるわけであります。要は、警察なり公安委員会のこれは扱います心がまえの問題でありまして、これは御信頼下さいと申し上げるよりないのでありますけれども、私ども一生懸命やって、そういうことのないように努力をして参りたいと思うわけでございます。
#58
○成瀬幡治君 時間の関係もございますから、次に、私は、条例と法令との関係で、具体的に申しますと、たとえば道路交通取締法あるいは何というのですか、銃剣等の取締法あるいは警職法その他いろいろなものがあると思いますが、憲法上の争いとしても、やはり条例がこの法令に抵触しておるかどうかということをしばしば議論をされております。こういう点について、あなたのほうとしては差しつかえないんだ、抵触しないのだ、こういうふうにお考えになっておるのかその限界ですね、どういうふうにお考えになっていますか。あるいは警職法に対する考え方ですね。いやそうじゃなくて、これは関係ないんだ、あるいはそうじゃないのか、御説明を願いたいと思います。
#59
○政府委員(三輪良雄君) 条例は、御承知のように法律に反しない限り、その府県の本来の事務であるならば、条例ができるということは自治法の明示するところでございます。そこで、法令に反しない限りという問題でございますけれども、現在法律がその問題をねらってきめておりません分野、そういう分野について、条例が自主立法権としてきめるということは、これは差しつかえないんだということが一般論として認められておるのでございます。しからば、今公安条例でねらっておりますその事柄は、御指摘になりましたように幾つかの法律のねらっておる分野がどうかということでございますけれども、この集団行動によって公共の秩序と安全が侵されないようにするということをねらった法律は、現在ないことは御承知のとおりでございます。しからば、そういった観点から、国民の表現の権利というものを、公共の安全と秩序を守るという観点から規制をしていくという行政目的に立ちまして、そのことに有効な手段といたしまして、たとえば刃物を持たせないというような規定を作る、あるいはその条件をつけて、その条件に反した場合に警告、制止をするということが、ちょうど御指摘のような法律のそれぞれの条文に当たるように見えるのでございますけれども、たとえば警職法の例をとってみますというと、警職法は警察官が一般的に権限を行使する、その権限についてきめられた法律だと思うのでございまして、警職法の第八条をごらんいただきましても、この法律で他の法令もしくは警察規則できめられた事柄を警察官が執行するということになって、警職法同体でも他の法令で警察官にいろいろな職務をきめるということを前提をしていると申してもいいかと思うのでございます。その意味で先ほど申しました公共の秩序と安全が、集団の行為によって乱されないという観点からきめました条例、そういう条例の見地から見て必要な規制を加えますことは、警職法の一般的な権限に私は抵触をしないというふうに思うのでございます。また銃砲刀剣類の取締規則で、刃物というものがきめられまして、ある一定の長さ以上のものということになっております。ところが、この条件では刃物というものは全部だという意味で、これも法律をこえるではないかという御指摘であろうかと思うのでありますけれども、これまた、集団が公共の秩序を危うくしないようにという観点から見て、それを担保いたします行政措置として、とかく群衆心理になりやすいような場合に、刃物を持っているということが、じかに及ぼしますことをおもんぱかって、そういう措置をとったのでございまして、いわば銃砲刀剣取締法とねらいが違うというように考えているのでございます。くどくど申しましたが、ある分野が法律によってすでに占有されていないその分野について、自主立法権として公安条例というものが定められたということは、私は違憲、違法の問題ではないというふうに考えるのでございます。
#60
○成瀬幡治君 まあ私は、ここで逐一条文をよく知りませんから、例をあげて争うわけにいきませんが、少なくとも非常に問題がある。少くともあなたがおっしゃるように、法令では占有されていない、しかし、それをこえてまでやることの是非などについては非常に議論があるのが一つ。それから同じ警告、制止をやる場合でも、これは警職法の警告、制止だ、これは条例に基づく警告、制止だと使い分けなくちゃならぬと思う。そうじゃなくて、やはり制止、警告というものは、警職法において私は占有されている問題だと思っている。それを何というのですか、デモをやってきたのだから、その場合に一般にいう警職法とは全然違う。すると、警職法でいっているのは、すでにそういうものまで含んでいるという解釈を実はしておった。ところが、聞いてみると、そうじゃなかった。そうすると条例のないところはどういうことになるのですか。もし警職法でやれば、制止、警告をする。これは警職法。条例のあるところは条例でやる。刃物もそういうふうになるということになると、どうもあなたの御説明じゃ納得がいかないのですよ。やはり一般のところが警職法、あるいは銃砲刀剣類所持取締法あるいは道路交通取締法でおやりになると思うのですよ。あるところだけやるということは、結局占有されている法律のほうが上回って、条例のほうが部分を示しているというふうに思うのです。したがって、やはり法規を侵しているのじゃないか。しかも、上回っているということも指摘したいのです。どうでしょう。
#61
○政府委員(三輪良雄君) お話のように公安条例のない県で警告すべき場合はどうするのかということにつきましては、これは警職法で警告するほかはないのでございます。しかしながら、公安条例の規制対象というものと、警職法に申します規制対象とは、御承知のように違いますので、公安条例のあります県において、その公安条例に違反して警告、制止する場合でございましても、さらに、それが警職法の要件があればこれは当然に警職法によっても警告、制止をすることができるわけでございます。いわば、ねらいの違いました二つの法令というものの形がその部分においてきわめて相似たものになる。これはまあいろいろな法規による立ち入りという問題などでも、これは警職法の立ち入り、それから青少年保護条例等によります保護などでも警職法にいう迷子の保護というものときわめて相似たものがあるわけでございますけれども、おのおのそのねらっております分野というものが違いまして、そういったその手段において相似たものがございましても、これは今の建前からやむを得ないのじゃなかろうかというふうに考えるのでございます。
#62
○秋山長造君 三輪さん、その点は私どうもやっぱり成瀬委員の議論のほうが正論だと思うのですが、規制対象は違わぬと思うのです。規制対象はやっぱり集団行進なり、あるいは集団示威運動という規制対象は違わない。ねらいは違うというかもしれぬが、それはあとの問題として、規制対象は違わぬと思うのですよ。それと、さっきお読みになりました警職法の八条の規定にしても、これは別にこの警職法できめておる警告、制止よりも広範囲なものを予想しているわけじゃないと思うのです。やっぱり警職法の五条できめておる警告、制止と同じ範囲か、あるいはその範囲で実際にやる場合の細則のようなものをきめておる法令を予想しておると思う。なるほど、他の法令による職権職務、そういうことは第八条に書いてありますけれども、しかし一方、自治法の十四条には、法令に違反しない限りにおいて条例を制定することができるということを書いてあるわけですから、やはりその警職法という法律できめられておる範囲内で事が行なわれなければだめだと思うのです。今の問題になっておる公安条例、まあ多少ニュアンスの違いはありますけれども、どの公安条例を読んでみても、警職法できめられた警告、制止よりはるかに緩和された条件で、はるかに抽象的なばく然とした条件で警告、制止ということがきめられておるのですね。一番はっきりしておるのは、島根の条例だとか、岐阜だとか、静岡とかいうような条例では――警職法は事後の警告、制止ということをきめておるわけですけれども、今申し上げたような各県の条例では、事前の警告、制止まできめておるわけですね。そうなりますと、これは法律のきめておることよりもはるかにそのワクをはみ出して広範囲な警告、制止の重要な権限を条例できめておるということになりますから、やはりこれは条例とこの法律という関係からして非常に不穏当じゃないかというように思えてならぬのですがね。その点の御見解をもう一度……。
#63
○政府委員(三輪良雄君) 御意見も私もよくわかると思うのでございますけれども、こういう意味の条例制定、全体のこの条例が本来制定さるべきものではないということの御意見だとまた別でございますが、先ほど来繰り返して申しますように、集団行動によって公共の安全と秩序が阻害されないようにというねらいで、自主立法権で条例ができる。そうすると、その条例を有効ならしめる手段というものもおのずとこれは許されていると思わなければならないと思うのでございます。そういうことで、もしその必要な手段が許されないということになりますと、これはまあ自主立法権としてきわめてて、何といいますか、かたわと言っては変ですけれども、不完全なものになるのではなかろうかと思うのでございます。そこで、警職法を基本的な、つまり排他的なものと見るのであるか、他にそういう法令のあることを認める趣旨であるかということが議論の分かれ目かと思いますけれども、これは先ほど私も他の事例で申しましたように、たとえば青少年保護育成条例というもので、そういう観点から、午後十一時までに外出から帰らなければいけない、あるいはバーなどに入ってはいけないとかいうようなことで、そういう者を見つけると保護することができる。これは軽職法にいういわゆる迷子等の保護というものと、保護するという段においてはこれは同じ手段になるわけでございますけれども、これも、迷子の場合には、本人がいやだと言えば保護できないという一般的な規定に反して、青少年保護育成条例ではそういう制限がございませんから、ともあれ保護して保護者に通知するということになろうと思うのでございます。そういう事例は、実はいろいろな、金属屑条例等できめて、立ち入りを認めるとかいうふうなことを見ますというと、警職法というものにきめられた権限が、唯一排他的な警察官の権限であるというふうには考えられないのではなかろうか。ただ、もちろん国民の自由なり、権利なりを抑制するということになるわけでございますけれども、これはもう条例の場合でありましょうとも、法律の場合でありましょうとも、最小限度にきめられ、またさらに執行が警察比例の原則によらなければならないということは、これはもちろんでございますけれども、しかし、警職法にきめられた警告、制止という形があるから、他の法令でそれと違う要件で警告、制止を認めることはいけないのだというふうに考えられないのではなかろうかと思うのでございます。御承知のように、警職法におきましては、犯罪がまさに行なわれようとし、それによって国民の生命、身体に危害が及ぶ、あるいは財産に重大な危害が及んで急を要するときということになっております。そこで、道路で非常にジグザグデモが行なわれる、交通が全く途絶をするということがございましても、必ずしも今の要件には該当しないかもしれない。しかしながら、公安条例のございますところでは、そういう意味でこれを規制するということはあり得ていいんじゃなかろうかと思うのでございます。
#64
○成瀬幡治君 まあ委員長のほうから時間ということでございますから、私は総括的なことでお尋ねしておきたいのですが、まあこういうような治安立法になる危険なもので、私は、そういうものは当局としては制定したくないと思うのです。しかし、やむにやまれず、自主的に地方自治体がやるのもやむを得ないじゃないかという態度であられると思うのです。だからこそ、地域にいろいろなアンバランスが起きる。そういうことについて、いや、そうじゃなくて、これはどうも、もう一ぺん必要なのか。前に一度世にいうデモ禁止法を出したことがあるのです。十二、三回国会ですか、あると思うのですが、そういうことを一体お考えになっておるのか、その辺はどういうふうにお考えになっておりますか。
#65
○政府委員(柏村信雄君) 公安条例は、やはり地方の実情に応じて、やむを得ざるものとして必要性を認めて作られておると思いますし、私どもも、現在の段階において存在の理由が確かにあるというふうに考えております。また中央でと申しますか、法律によってこうしたものを制定する考えがあるかどうかというような御質問のように受け取ったのでありますが、確かにお話のように、昭和二十七年に国会に、たしか集団示威運動等の秩序保持に関する法律案といいましたか、そういうのを出しまして、国会で審議未了になったことがございます。そういう点についても検討をすべき点はあるかと思いまするが、現在のところ、私ども法律によって急速にこれを成立させるようなつもりで今立案を急いでいるという段階ではございません。
#66
○成瀬幡治君 私は、県を見ましても、ない県のほうが多いわけですね。市町村を見ましても、圧倒的にないほうが多いわけです。方向としては、必要ないのだと大体見て差しつかえないと思うのです。必要があるなら、都道府県においてある程度自主的におきめになるところがあるかもしれぬと思うのですが、しかし、立法過程が占領軍の指令であったように承知しておりますし、あなたのほうもその点については認めておいでになります。しかし、警察はこのごろだんだんこすくなりまして、どうも法律でやれぬようなことを条例でやっていこうというような動きがあるのですよ。例をとれば、ここであげることもできますけれども、そういうことは差し控えますけれども、どうも何か卑怯な――国会へは出さない、閣議了解事項でやるとか、条例でそれを肩がわりしていくというような、どうもインチキと言っては言葉が悪いのですが、しかし、そういうことが言いたいのです。したがって、今後こういう条例を、国としては法律は作らぬけれども、なるたけ都道府県で作ってもらおうと、そういうようなことを、あなたのほうではおやりになるのかどうか、そういうことは一切やらぬと、こうおっしゃるのか。
#67
○政府委員(柏村信雄君) 法律につきましても、これはさらに検討を要する問題だとは考えておりまするけれども、先ほど申し上げましたように、現在急速に法律を制定しようという考えは持っておりません。しかしながら、だからといって、法律を作りにくいから条例で肩がわりして実質を得ようというような意図を持っているわけではございませんで、条例は各地方々々の実情に応じて作られているものでございます。今後ないところにもどしどし作っていくというような指導もいたすつもりはございません。
#68
○成瀬幡治君 指導されないと言うけれども、実は、愛知県、岐阜県、三重県も、こう言いますと、何か東海管区のところだけ一緒に打ち合わせておやりになったような気がしてしょうがないのですね。しかもやり方は、岐阜県は御承知のとおり当日すぱっと出してきたやり方なんですね。愛知県もそれにひとしいようなやり方なんです。何か打ち合わせをしてやっているのではないか。そうすると、それはあなたのほうに全然連絡なしではないと思うのです。私は、一本化されるについては、相当な緊密な連絡をとっておいでになるのではないかと思うのです。ですから、今後そういうことを――これは要望に終わってしまうのですけれども、少なくとも公安条例がふえていかないように私はしてもらいたいと思うのです。むしろ今まで終戦直後占領軍がおって指令したようなときは、若干のこともあったかもしれないと思うのですが、しかし、その後十数年間なかったということは、なしに他の法令でやっていけるということを実績が示めしておると思うのです。しかし、今後ふえたら、どうも警察がけつをたたいて、あなたのほうが勧めたとしか受け取れぬですから、ふえたらあなたのほうでやったなという判断をする以外にないと思うのですよ。減ったら、私は非常にいいことだと思うので、なかんずく、こういう問題は、憲法違反の問題が非常に論議があるところです。なるほど、最高裁はそんなことを言ったかもしれないですけれども、学界で評判が悪いことは、私が申し上げるよりも、あなたのほうがよく御承知だと思うのです。こんなばかな判例はないと、田中裁判長が一人で言っているようなもので、悪評ふんぷんたるものですよ。最高裁の判決があるから、これは何ぼ言ってもというような、そういうことはいかぬと思うのです。また治安警察法では届出制だ、あなたのほうで十三国会でおやりになったのも届出制です。だから、なしになるような指導をしてもらいたい。ふえたら、裏口と言ってはおかしいですが、とにかくそういうことのないように十分していただきたいと思うとともに、最高裁の判例でも、指摘されたように、運営には特別な注意をしてもらいたい。政治警察にならぬようにだけはお願いしておきます。政治警察だけはもう真っ平なんです。以上で私の質問を終わります。
#69
○秋山長造君 私、一点だけつけ加えてお尋ねしたいのですが、先ほどの法律と条例の関係について、警告、制止ということで問題になったわけですけれども、どうも警察庁のほうの御説明では、私どもが常識的に法律と条例との関係について解釈をしておるところと、だいぶやはり食い違うと思うのです。法律で警告、制止というものにきびしい、相当しぼった条件をつけてあって、しかも、警職法改正のときに、その条件を公共の安全というようなばく然とした理由のもとに、事前の警告、制止にまで広げようというようなことで、あれだけ大問題になったような問題なんですね。それが、地方の公安条例では、事もなげに、当然のことであるかのごとくどんどん使われておるということになりますと、これはもう全くあぶなくてしょうがないという感じを受けざるを得ない。特に、その理由が公共の安全とか公共の安寧とかいうような、つかみどころのない、きわめてばく然とした、先ほどの成瀬委員の質問じゃないけれども、取り締まり側のものの考え方でどうにでもこれは解釈のつく、クラゲのようなものですからね。だから、そういうものを根拠にして、そうして事前の警告、制止にまで広げていけるということになりますと、これは悪意に解釈すれば、警察庁は警職法の改正ができなかったので、公安条例でその穴埋めをやっていると、実質的には公安条例で警職法改の正をどんどんやっているというても、私は言い過ぎではないと思う、われわれの感じとしてはね。そういう憲法論争にまで発展するようなきわめて重大な内容を含んだ警告、制止というような問題について、法律と条例との関係というものはもっともっと掘り下げてやはり研究していただきたいと思うのですね。われわれも研究します。この問題をさらに続けておっては時間がありませんので、この問題は後日に残しておきたいと思うのですが、私のお尋ねしたいのは、条例と法律の関係でもう一つひっかかってくる問題があると思いますのは、道路交通法七十七条との関係ですね。道路交通法七十七条の一項の四号ですか、あの四号というものが、やはり集団行進とか集団示威運動というものを予想した規定だと思うのです。といたしますならば、道路交通法ですでに予想し取りきめていることを、さらに地方の公安条例で同じことをまた規制していくということは、やはり条例の建前からいって非常におかしいのではないかというように考えるわけです。その点について警察庁はどのようにお考えになっておるか。
#70
○政府委員(三輪良雄君) 公安条例のねらいにつきましては、もう再々申し上げたとおりでございます。そこで、道路も含むその他の公共の場所でも、集会、集団行進、集団示威運動等が行なわれる場合に、それが公共の秩序と安全を阻害しないようにしたいというのが、公安条例のねらいでございます。道路交通法のほうは、道路上の交通が阻害されないということを、安全と円滑を保持するということをねらいといたしたものでございまして、なるほど道路におきまする集団行進、集団示威運動等は、その意味では両方の規制を受けるような格好になるわけでありますけれども、これは他の例で申し上げたと同じように、ねらいが違う結果であろうと思うのでございます。ただ、同じ国民が同じことをやるについて、二つの法令によって許可願いを出さなければならない。つまり道路交通法のほうで申しますというと、当該署長の許可を必要とするということで、両方に許可申請をさすということになりますと、これは著しく迷惑をかけるということにもなりますので、これは道路交通法施行規則によりまして、この公安条例があります県なり市なりで、この道路交通法の許可を必要とする当該行為が、その公安条例によって、公安委員会の許可を受けるものであるという場合には、公安委員会の許可があったならば、この道交法にいうところの許可があったものとみなすということで――失礼しました。ただいまの答えは訂正をさせていただきます。
 道交法による申請は、これは警察署長の許可をもらうために警察署長にあてるわけであります。公安委員会に出します許可申請は、警察署長を経由して公安委員会に出すわけであります。これは同じものについて両方出させないということに規定をいたしておるわけでございまして、その条文は、ちょっと読んでみますというと、「法第七十七条第一項第四号に掲げる行為について当該都道府県の条例(市町村の条例を含む。)により公安委員会に届出をし、又は許可を受けなければならないこととされている場合において、その届出書又は許可の申請書に第一項に定める事項が記載されているときは、前項の規定にかかわらず、当該届出書又は許可の申請書を法第七十八条第一項の申請書とみなす。」ということで、一つの申請書をもって足りるというふうにいたして、国民の御迷惑を少なからしめるように配慮いたしておるのであります。
#71
○秋山長造君 警察庁は、第七十七条の第一項四号の規定の中に、集団行進なり、あるいは集団示威運動なりというものは含めておられるでしょうね。その点ははっきりしているのですか、どうですか。そういうことを予想しておられるのではないのですか。
#72
○政府委員(三輪良雄君) この第四号にございますように「一般交通に著しい影響を及ぼすような通行の形態若しくは方法により道路を使用する行為」ということでございますので、御指摘のように、各県でもこれに入れておるわけでございます。
#73
○秋山長造君 それに基づいて各県の公安委員会では、公安委員会規程か、規則か、何かを作って、そうしてこの集団行進なり集団示威運動なりというものの規制を現実にやっておるのですね。やっておるのですよ。ですから、これはこの公安条例にあげられておるようなことの問題は、全部その面で解決がついていっているのではないかと思うのですね。にもかかわらず、この公安条例で、さらに屋上屋を架するごとく、同じようなことをきめるということは、やっぱりさっきの警告、制止の問題と同じように、条例の法律に対する侵犯ではないかと思うのです。法律の分野というものを条例が侵しているのではないかというように思うのですね。むしろこの道路交通法七十七条があることによって、できたことによって、今までの公安条例の存在理由というものは、もうほとんどこれは消えてなくなっている実情ではないかというように考えるのですけれどもね。その点、いかがですか。
#74
○政府委員(三輪良雄君) 繰り返し同じことを申し上げて恐縮でございますけれども、公安条例がねらっておりますのは、公共の場所における集団行動による公共の安全の保護ということになるわけでございまして、道路交通法に申します道路交通の安全というよりは、これは広いと申しますか、違う観念になるのでございます。そこで、道路における行進というような部分をとりますと、今のように両方に該当するということもあり得るわけでございますけれども、条例のねらっておりまするのは、道路ばかりでなく、他の公共の場所におきましても同様の観点で規制をいたしております。その限りで、道路をそういう形で使用いたしますものは両方の規制を受ける、こういうことに相なるわけでございます。
#75
○秋山長造君 言葉を返すようですけれども、そういう点を含めて、条例のないところでは、これは道路交通法の七十七条に関する公安委員会規則その他で規制が十分行なわれているはずなんです。にもかかわらず、こういう条例のある県に限って、どうしても条例でなければ、それが道路交通法だけではだめだという理屈がわからぬ。それで、ねらいが違うということをしきりに最初からおっしゃっていますけれども、私は、ねらいといってもそれは違わぬと思うのですがね。それは道路交通法にしても何にしても、こういう警察法規というのは、すべて警察法の初めに書いてあるように、公共の安全だとか公共の秩序を守るとか、あるいは安寧を保持するとか、こういう目的のためにすべてあるものだと思う。そこから出発しておると思うのです。だから、一がいに目的が違う、ねらいが違うということは、それほどとことんまでの理由に私はならないのじゃないかと思うのですね。もしそれでもあえてねらいが違う、目的が違うのだから、どうしても公安条件が必要だということをおっしゃるのでしたら、たとえば秋田県の条例ですね、秋田県の条例なんというのは「道路交通等保全に関する条例」という、条例の名前からしてきわめてもうはっきりしている。そらしてその前書きにも、これは現行の道路交通取締の法令には集団行進等の規制について規定されてないから、だから、その穴を埋めるためにこの条例を作るのだ、こういうようにはっきり書いてある。ところが、これはこの前の道路交通取締法のときにできたものだからこう書いたのだと思う。その点は今度の道路交通法にはっきりしておるわけですからね。秋田県の公安条例なんかというのは、もうたちまち、全然自然消滅で不必要になるはずだと思うのですよ。その点はどうですか。
#76
○政府委員(三輪良雄君) ただ言葉で目的が違うということばかり申し上げたので、御指摘のような御批判があったと思いますが、たとえば道路を交通いたしますにつきましても、道路の交通の安全と円滑をはかるという目的から離れたと申しますか、それを越えて必要とされる規制が公安条例にはあり得ると思うのでございます。たとえば危険物を携帯してはならない、あるいは騒音を発してあたりに迷惑を及ぼしてはならないとか、あるいは官公庁の事務を著しく妨害するようなことがあってはならないということは、これは道路交通法のほうからは出てこないねらいではなかろうかと思うのでございます。
 なお、秋田の条例につきましては、御指摘の前文はまさしくそのようなことになっておるわけでございますけれども、この内容をごらんいただきますと、他の公安条例と同じような内容を含んでおりますので、その意味で、道路交通法が変わりましても必要とする分野はあるものではなかろうかというふうに考えるわけでございます。
#77
○秋山長造君 先ほど来、局長はしきりにねらいとか目的とかいうことばかりおっしゃるのですが、これこそ前文がこのねらいと目的じゃないですか。このねらいと目的が道路交通の保全に関するということならば、この道路交通法ができて、本来、秋田県の条例がねらいとし目的としたことはちゃんと全部満たされているわけですから、こんなものは不必要になるのが当然だと思う。私はその点は確かにあなたのほうでも実際にはお気づきになっているのじゃないかと思うのですね。その証拠には、去年道路交通法が新しくできまして以後、改正されたり、新しく作られたりした各県の条例を見ますと、この許可条件の中にずっと列挙してある中に、たとえば交通秩序維持に関する事項というようなのがずっと申し合わせたように抜けているのですね。ですから、そこら辺はあなたのほうでもお気づきになっているのじゃないかと思うのですね。そういうことならばなおさら、一番私は極端な、顕著な例を一つだけあげているのですが、秋田県なんかの条例そのものがすでに無意味になり、不必要になっているのじゃないかと思うのです。その他の県の条例にしても、道路その他の集会云々と言われますけれども、いろいろな条例の名前を読んで見ましても、すべてこれはもうその大部分は、九分九厘までは集団行進なり集団示威運動なりの規制を目的にし、ねらいにしておることはこれはきわめて明白なんです。しかも、条例を持っていない全国半数の県においては、新しい道路交通法でやって、それで事が足りているのに、何も特に二十五都府県に限って、今やそれでも道路交通法ではだめなんだ、どうしてもこれが要るのだという今までの惰性でやるのならわかりますが、積極的にどうしてもこれが要るのだ、新しく要るという理由づけにならないのじゃないかと思うのですがね。
 それからついでに申し上げますが、今まで判例はともかくとして、公安条例の違憲論に対して、これを擁護する立場から合憲論を吐いた学者なんかの学説を見ましても、そのほとんどがこの道路交通法のできる前に、旧道路交通取締法ですか、あの法律では集団行進なり、あるいは集団示威運動なりに対する規制措置がなされていないから、だから、それを補足する意味において公安条例というものが合憲だ、こういう理由づけをした学説が多いと思うのですが、だから、そういうものは道路交通法が新しくできたものによってだいぶ問題が解消しているのじゃないか。それをあえて条例がやっぱり必要だということは、私はよほど何かこじつけの理屈をつけぬ限りは成り立たぬのじゃないかと思うのですが、いかがですか。
#78
○政府委員(三輪良雄君) 御指摘のような部分について、重なりの部分が救済されるから現在ある条例を廃止すべきであるという御議論かと思いますけれども、これはそれぞれの県議会でおやりになることでございまして、新道路交通法ができてから新しくその必要を認めて作ったというふうなお言葉でございますけれども、愛知県にいたしましても、静岡県その他にいたしましても、従来のもの、大体従来、市でありましたものを県が承継するというふうな形にいたしましたものでございます。その際に大きな部分が道交法で救済されるから、廃止をすればよかったではないかということかと思いますが、これは、先ほど来御納得をいただけないようでございますけれども、公安条例でのねらいは、必ずしも道路の交通の安全と円滑ということばかりでない、危険物の携帯、騒音防止、官公庁の事務妨害というようなものもございますし、また集会あるいは集団示威運動にいたしましても、必ずしも道路の行進を伴うものではないわけでございますので、公安条例全部がそのために必要がなくなったので廃止すべきであるという御議論は御議論としても、これは各県で廃止しなかったことにも意味があるというふうにも考えるわけであります。
#79
○秋山長造君 最後に、その点はきょうはこれで一応打ち切りにしますけれども、さっきの警告、制止の点と並んで、やはり条例と法律との関係をひとつ、あなたのほうでもさらに十分御検討いただきたい。私のほうでもさらに十分研究をして、また次の機会にあらためて御質問したいと思います。
  ―――――――――――――
#80
○委員長(小幡治和君) それでは、委員長からひとつ。
 選挙の事前運動の問題について、ひとつ御質問いたしたいと思うのですが、現在公明選挙運動というものが徹底的にやられておりますけれども、しかし、参議院の選挙あるいは知事選挙、そういうような期日の大体きまっておるそういう選挙に対しては、相当前から相当悪質ないわゆる選挙違反と目されるような、そういう事前運動というものが熾烈に行なわれておる。そういう面に対して、一体取り締まりというものはさかのぼって一体どこら辺まで取り締まり得るものかどうか。いわゆる六カ月前まではどんなことをやってもかまわぬというふうなことで、傍若無人に選挙違反と目されるべきものが横行しておるというような事態も見受けられるわけなんですが、そういう面について、警察当局並びに法務省としてはどういうふうな見解を持っておるものか、お伺いしたいと思います。
#81
○政府委員(新井裕君) ただいまのお言葉の中にございました、六カ月にさかのぼらなければできないから、今やっておいても何も法律に触れないというお言葉でございますけれども、これは非常に一部に誤解をされておりまして、御承知のように、公職選挙法の時効は三種類ございまして、六カ月の時効と一年の時効と二カ年の時効とございます。結局、選挙運動として、事前運動としてやられるもののうち、多くの場合問題になります文書と言論の違反が問題になりますものですから、これがちょうど六カ月の時効に当たっております。したがって、こういうような事前運動をやっておる場合、選挙の告示がなければ取り締まりはできない。選挙の告示があってから取り締まると、六カ月さかのぼった以前のものは時効にかかっているからできない、こういう一つの俗論が行なわれておるわけでございますが、公職選挙法の百二十九条をごらん願えばわかりますように、選挙運動は、選挙運動の期間の中でなければやれないということになっておりまして、それ以前に選挙に当選を得る目的でやっておる運動ということがはっきりしたものにつきましては、半年とか一年とかいうものにかかわりなく、検挙、取り締まりをすべきものであります。現に私どものほうにおきましても、先般来、しばしば本部長なり、あるいは管区局長なり、あるいはわれわれのほうの関係の刑事課長の会同がありまする際に、事前運動としてはっきりしておるものについては、十分に監視をし、取り締まりすべきものは取り締まりをすべきものであるということを、はっきり指示いたしておるわけでございます。ただ問題は、はたしてこれが選挙運動に当たるかどうかという問題、それからまた、それを立証する問題、これは別問題でございますけれども、理論としては、そういう六カ月ということにこだわりなくやるべきものであり、また、やるつもりでございますので、御了承を願いたいと思います。
#82
○委員長(小幡治和君) 法務省のほうはどうですか。
#83
○政府委員(竹内寿平君) ただいま警察当局からお答えになりましたように、六カ月というような制限があるものではなくして、問題はむしろそれが事前運動と認めるに足る証拠があるかどうかということに帰するのでございまして、取り締まりについて、六カ月前は取り締まらぬとか、あるいは法律上処置ができないのだというような性質のものではございません。考え方におきましては、警察と全く同一でございます。
#84
○委員長(小幡治和君) 一応選挙運動と目されるかどうかということの限界に入ってくるのですが、たとえば後援会組織みたいなものを、選挙で立候補を大体決意しておると認められるべき者が後援会組織をやっていく。そのためにいろいろそれに対する金銭の授受とか、あるいは供応とかいうふうなものがどんどん行なわれておる。あるいは各戸に対する戸別訪問というふうなものが、後援会という名目のもとにどんどん行なわれていくというような面に対しては、これはどういうふうに考えられますか。
#85
○政府委員(新井裕君) 選挙運動というものの定義が、公職選挙法には必ずしもはっきり出ておりません。また御承知のように、一部に改正の動きがございますけれども、今は百二十九条によりまして、選挙の期日の前は、告示があるまでは選挙運動は何もしてはいけないということになっておるわけであります。それだけ見ますと、たいへんに強いのでありますけれども、しからば、選挙運動とは何かということの定義が、昔からの行政解釈がございまして、たとえば地盤の培養行為であるとか、あるいは政治家としての社交活動であるとか、あるいは今御指摘になられましたような後援会の活動とか、あるいは選挙のための準備行為というようなものは、この選挙運動という概念には入らないのだという解釈がございますので、御指摘がございましたように、後援会の活動というものは一応適法と今までずっと理解されてきております。ただし、今、設例としてあげられましたものが、選挙のためにする運動だと、たとえば露骨に、今度私は選挙に立つ、そのときはよろしく頼むというような言動がありまして、はっきりこれが裏づけがとれますれば、これは後援会活動とは別個に、そのものとして選挙違反になるわけでございます。そこらのけじめが非常に微妙でございまして、私どもも、今までもたびたびお尋ねがございまして、のらりくらりと、選挙運動のためにするものであれば選挙運動だと、選挙のためにするということがはっきりしなければ、選挙運動でないという、そういうどっちからいってもはっきりした結論が出ないような結論のままでございますけれども、ただいま申し上げましたとおり、そこがはっきりいたしましたものについては、事前の選挙運動として取り締まられているものと理解しております。
#86
○委員長(小幡治和君) そうすると、要するに後援会という運動、これは常識的に考えて選挙のために一つの選挙母体として後援会というものを考えていくというふうな考え方が常識的なんだが、後援会という名前さえつければ、結局その点が立証されなければかまわぬということなら、選挙告示になるまで、あるいは告示になってからでも、こういうふうな後援会というふうなものについて、いろいろ金銭の授受でも、供応でも、戸別訪問でも、横行してみたところで、それは選挙取り締まりの対象に一体なりにくいのかどうか。そこらのところを一体警察としては、当然認定され得るならば、そういう面は取り締まりの対象にするというふうに考えていくのか。そこらは言葉でそういうふうにさえにげておれば、全然手がつかぬのか。そういうことになると、一体選挙違反というのは何だということなんで、そういう名前さえ使ってやれば、どんな悪質なことでも勝手にやれるのだということじゃ、公明選挙も、また選挙違反も、何もないじゃないか。結局そういうふうに巧妙に、それをただそういう名目でやっていきさえすれば、当然だれもかれもがそういうふうに思っている。思っているけれども、後援会だというふうに言っておけば、警察も手がつかぬのだというのでは、選挙違反も、公明選挙も私はないと思うのです。そういう点について、一体現実にどうこれを取り締まっていくかということですね、それを警察当局並びに法務省のほうからお聞きしたいと思うのです。
#87
○政府委員(新井裕君) 今御指摘になりましたうち、比較的はっきりいたしておりますことからお答えいたしますが、告示が出てから後でも後援会の活動ならいいのかという御指摘でございますが、告示が出てから後の後援会の活動というものは、選挙のための運動だということの認定が非常に容易でございます。今までもそういう点につきましては、告示の直前とか、あるいは告示の後におきまする後援会活動につきましては、趣旨の立証が比較的容易でございますので、取り締まりをいたしております。ただ問題は、来年七月の選挙で、今からやっていることをどういうふうに認定するかということが、たいへんむずかしい問題でございまして、私は今、公職選挙法の改正に関する審議会で議論されておられますように、事前においてやってもいい運動というものをはっきりきめていただくほうがむしろやりやすい。それを何でもかでもいけないということでありますものですから、今申しましたような行政解釈がずっと昔からございまして、それに類似したものは、その実態をつかむのにたいへん苦労するし、また、それを立証するにさらに一そう苦労するという段階でございます。もちろん、われわれも選挙が公明に行なわれるということにつきましては非常な関心を持ち、われわれも自分の責務として考えておるのでございまして、こういう悪質な事前運動で公正な選挙が行なわれるということに対して非常な障害になるものにつきましては、われわれもできるだけの力をあげましてやって参りたいと思いますが、何分法律それ自体にそういう一つの抜け穴というと言い過ぎかもしれませんけれども、不十分な点がございまして、非常にわれわれの取り締まりがやりにくいという事情を御了察を願いたいと思います。
#88
○西田信一君 先ほどのあなたの御答弁に関連してお尋ねいたしますが、後援会活動はいろいろあると思うのです。先ほど委員長が質問されたような後援会のとり方もあると思います。しかし、後援会というのは、大体自然発生的にできるのが後援会だと私は思う。自然発生的にだれそれを後援しようじゃないか、そういうようなのが、もちろんこれが取り締まりの対象などになること自体がおかしいと思うのです。しかし、同じ後援会といっても、いろいろ後援会の性格とか作り方といいますか、それらのでき方によって非常に違うと思うのですがね、そこで、あなたがさっきおっしゃった、たとえばそういう後援会に対してとか、あるいはその他の方面に立候補するというようなことを意思表示をすれば、これは選挙違反になるという御弁答があったように私はお聞きしたわけです。そこで、たとえば各政党に所属している人は、政党の公認という問題が起きましょう。たとえば政党には、それぞれの支部とかいろんなものがありますね。あるいは後援会なら後援会に、公認になったということの通知をしても、違反になるのですか。あなたの御答弁は、自分が立候補するというようなことを相手方に文書かなんかをもって意思表示する、そういう場合は違反であるという御答弁があったようにさっきも伺ったおけです。そこで、たとえば後援会なら後援会ができておる。その後援会に、自分がこういうことで公認になった――公認ということは、選挙に立つという意思表示ですね。たとえば政党の支部とかいろんなものがありますね。そういうものに、公認になったということの通知なら通知を発するのも、あなたのさっきおっしゃった違反行為に入るのかどうかということをお聞きしたいのです。
#89
○政府委員(新井裕君) ただいまのお尋ねは、今まで私が御説明しておるのとやや性質が違うというふうに解釈されておりまして、後援会なら後援会という一つのきめられたグループと申しますか、そういうものに通知するのは、内部行為だ、こういう解釈をしておるわけです。したがいまして、たとえば労働組合が今度自分の組合ではこういう人を出そうじゃないかということでやる行為は、内部行為だということで許されておる。しかし、これは法律をごらんになりましても、許されておる法律はどこもございません。ただ、今までそういう解釈をいたしておるわけでございます。
#90
○委員長(小幡治和君) 今の後援会も、今の西田委員の言ったように自然発生と言っちゃあれですが、ほんとうに後援しようという気持じゃなしに、むしろ候補者たらんとする者が作ってくれということで、それぞれに分担して、そして町内会長なら町内会長に、ひとつこの後援会名簿に町内会長、ひとつぐるぐる回わって戸別訪問をやって署名捺印をとってくれというふうな指令を発して、町内会長が自分の町内の各戸を歩いて署名捺印をとる。一体そういうことの後援会はいいのかということですな。一体、後援会じゃないんじゃないか、それは。要するに、選挙運動の一つの変形なんで、おれが選挙に出るからおれを選挙をしてくれ、応援してくれということを、分担して皆に署名して約束させるという行為なんですね。そういうことが一体後援会という名目でやられるならそれでいいのかということですね、どうですか。
#91
○政府委員(新井裕君) 後援会とはいかなるものであるかということは、法律には何も、先ほどから申し上げておりますとおり、規定はございません。したがいまして、じゃ、作るほうも一体どうしたらよいのかということも何にも規定はございませんものですから、今御指摘のございましたようなことも、ただそれだけで、じゃ、違反になるかというと、私どもは今の規定ではつかまえどころがないということになっておるわけであります。私は、個人的な意見を申し上げてたいへん恐縮でございますけれども、一体今の選挙は何をもって戦わんとしているのか、私ども実に不可解なのでございますけれども、言論、文書で戦えと言っておきながら、言論、文書を非常にやかましく制限されておる。われわれは選挙取り締まりをしておるときに、ほんとうに選挙運動中因りますことは、あそこに違反のビラが張ってある、あそこには違反の看板がかけてある、なぜやらないのかと、私どもに聞いてくるのはまだいいのですが、駐在の巡査、交番の巡査にも、お前の目は節穴なのか、あそこにかけてある。ポスター、看板は違反じゃないかというようなことで、たいへん悩まされておるのであります。そういたしますと、言論、文書で戦うということを本旨とする戦いなのか、ほかにいろいろ方法があって、われわれをそのものだけに目を向けさしておいてほかでおやりになっておるのか、私ども非常にそこのところは、きわめてそれ自体の理解もしにくい点がございますので、私どもはそういう点につきましては、選挙は何で戦うかということを積極的にお考えを願いまして、そうして戦う部面は、できるだけ警察の手を離れて、公明に戦っていただいて、そのワクをはみ出したものをわれわれが受けとめて整理する、こういうふうにしていただきたいことを非常に強く考えておるのであります。今の後援会の活動でも、選挙の告示までは何にも黙っておいて、素手で裸でおって、告示と同時に、ひとりで走り出すなんていうことが選挙の実態なんていうことは、われわれ絶対に思っておりません。やっぱり候補者なり、これを推そうという人があり、これを後援しようという人があり、これを手伝って戦おうという人がございまして、集団でやっておられるのが選挙運動だと思います。したがいまして、告示があるまでは何もしちゃいかぬのだということを言うというのは、たいへん非常識な話でございまして、そういうことで先ほどから申し上げましたように、昔からの解釈として、選挙のための準備行為とか、あるいは社交活動とか、政治活動とか、地盤培養活動はよろしいということは、戦争が終わる前からずっと来ておりまして、この考え方はおそらく公職選挙法をまとめたときも受け継がれておると思うのであります。したがいまして、御指摘の点でたいへん行き過ぎの後援会活動があるということにつきましては、われわれもできるだけそういうものが行き過ぎないようなふうにやりたいと思いますけれども、今申し上げましたように、つかみどころがたいへんないということをひとつ御了察願いたい。しかし、われわれ手をこまぬいているわけではございませんで、現に非常に露骨なものについて数件捜査中のものもございます。できるだけ皆さん方が公正に戦いができますように応分の力を尽くしたいと思っております。
#92
○委員長(小幡治和君) いや、それが、私が言うのは、そういう意味の正しい意味のあれならいいんだが、それに金銭の授受だの、供応だのいろいろなものが入って、そしてやられていく。しかも、告示になったらいかぬというのだが、それでは告示の直前はどうだ、告示の、月前はどうだ、それは結局継続して入ってくるわけですね。そうすると、告示になってからぴたっと違反になる。告示前はずっと継続しているわけだ。継続しているわけだが、告示前は放任されているのか。そういう問題ですね。そうすると、告示後そういう問題があったら、継続されているのならば、さかのぼってそれが取締まり対象になるのかということです。それはどうです。
#93
○政府委員(新井裕君) 御指摘にございましたように実際問題といたしましては、五年前、十年前からやっておったからといって、五年後、十年後の選挙に役に立たないという実態的な問題もございまして、おそらく選挙の告示が迫れば迫るほどそういうものが実効が上がり、ますます問題になってくるものだと思っております。したがいまして、今御指摘のございましたものが、買収供応というものがはっきり認定されるものでありますれば、先ほどの設例で言えば、時効はこれらは一年でございますから、一年前のものもさかのぼってはっきりしたときにやられるわけでございます。したがって、告示にならなければやらないなどとは私どもも思っておりませんし、告示の半月前ならやるけれども、一月前ならやらないということは思っておりません。おのずから事柄の影響力に従って認定というものについての立証が容易になったり難儀になったりするという実情があることを御了察願いたいと思います。
#94
○秋山長造君 悪質な事前運動という言葉がさっきありましたが、選挙違反についても悪質違反という言葉はよく使われるのでありますが、悪質というのは、やっぱり買収供応ということがおもな内容ですか。その点、例示的に悪質違反だとか、悪質な事前運動だとかいう場合の悪質というのはどういうことを警察庁で考えておられるのかということと、それから、そういう悪質な限界はなかなかむずかしいでしょうけれども、あまりにも目に余るという場合ですね、そういう場合に手をこまぬいて見ているわけではないとおっしゃるのだが、そうすると、それに対しては何かそのつど警告でもするのですか。何かそういう具体的な手を打たれるのですか。どうですか、その二点。
#95
○政府委員(新井裕君) 悪質犯というのは、買収供応というものはわれわれの言葉で実質犯と称しておりますが、これが一つの悪質犯でありますが、形式犯についても、計画的に大規模に行なっているもの、これは悪質犯だというふうにわれわれとしては理解しております。
 それから手をこまぬいているわけではないというのは具体的に何をさすのか、こういうお話でございますが、現に今度のと申しますか、来年の選挙を目当ての運動につきまして、警告を現に行なっているものも数件でございます。警告をすべきもの、警告して防犯し得るものは警告をいたしますし、むしろ実態的な捜査をすべきものについては捜査をしております。
#96
○秋山長造君 具体的にはその警告をすでに発したものもあるというのは、どういうものですか。どういうものに対してやるのですか。
#97
○政府委員(新井裕君) 今資料を持ってきておりませんが、選挙目当てだということが比較的容易に認定できる文書活動のごときものを今警告している段階であります。
#98
○委員長(小幡治和君) それでは、たとえばある社長がいて、その社長名義で従業員募集をやるわけですね。そうすると、その礼の社員なり従業員は、その女工募集をやっているといって、そうして戸別訪問を全部やるわけです。そうして女工募集と称しながら、女の子のいないところでもどんどん戸別訪問をする、そうして社長をよろしく頼みますと言って灰皿を貰いていったり、手拭を置いていったりする、一体これはどうなんですか。
#99
○政府委員(新井裕君) たいへん微妙な問題でございまして、われわれも、しばらく文通のとだえていた友人から突然丁重なはがきをもらって、何のためにくれたのであろうかと思いますが、そういうことは何にも書いてないけれども、何となく来年になると元気が出るような意味のことが書いてございまして、ははあと思うことがございます。そういうことで非常に気やすく考えますと、たいへん気やすく出るのだなと思いますけれども、選挙に出るということがある程度重々しく、積極的に出てきませんと、私のほうとしてこれを立証するのに非常に困難なのでございます。選挙が迫ったら社交活動はほどほどにしなければならないという規定もございませんから、たいへん派手になっても、金回りがよくなったから派手になったと言われればそれまででございまして、そういう点で認定がたいへんむずかしいのでございます。
#100
○委員長(小幡治和君) それじゃ、はっきり言いますが、いまだかつてその会社は、要するに女工募集に灰皿を配ったりそんなことをやったことがない。しかし、今度に限って、当然出るということは新聞にも出ている、それだからもう既定の事実なんです。そうすると、その社長名でどんどん戸別訪問をやって、社長をよろしく頼みますと言って灰皿を置いていったというふうなもの、具体的に私は申し上げますが、そういうものが一体選挙違反にならないのかということです。
#101
○政府委員(新井裕君) 今御指摘のございましたように、今まで全然やらなかったのに急にやり出したというだけでは、違反とは言えないのでございますけれども、今御指摘のございましたように、社長をよろしく頼む、女工募集とはおよそ関係のない者が言ったということがはっきりいたしますれば、違反に間違いございません。
#102
○西田信一君 さっきおっしゃった文書活動の違反とおぼしきもの、これをちょっと明示してもらいたいのですが、どういうことですか。文書活動で違反になって、警告に値するようなものはどういうものですか。
#103
○政府委員(新井裕君) 来年になればまた皆さんのお世話になるようなことになるけれども、よろしく頼むということを相当広範に文書を配付しておる、こういう事例でございます。それから、今御指摘のありましたように、今度社長が出るからよろしく頼みますと言っていれば、これは間違いなく違反ですということは少し言い過ぎでございまして、それだけでは違反の疑いがあるという段階でございますけれども、一体何のためによろしく頼むかということがはっきりとれていないのがたくさんあるわけでございます。そこで、諸般の状況からいって、社長が今度選挙に出るからよろしく頼むというふうにとれるなら、違反になるのであります。ただ、御指摘のございましたように、全然無関係に、社長をよろしく頼むというのでは、非常に疑いが濃いということでやった例がございます。
#104
○西田信一君 文書で特に警告に値するようなもの、あるいは警告を発せられたとか推せられる用意があるということを言われましたが、あなたのほうで、こういうものが違反になると思われるというようなものを二つ三つ明示できませんか。いわゆる選挙目当の文書というようなもの……。
#105
○政府委員(新井裕君) それを参考資料にしてくれというのですか。
#106
○西田信一君 ここで口頭で、たとえばこういったものは選挙目当ての違反文書だとみなされるというものを幾つか、大体頭にあるものを明示できませんか。
#107
○政府委員(新井裕君) 今資料をここに持ってきておりませんから、適切な例を申し上げかねますが、比較的露骨に、今、委員長からも御指摘がございましたように、社長をよろしく頼むというようなことで、後援会の趣意書を配って歩いているという程度のものであったと思います、一つの例は。そのほか、一件だけではございませんけれども、大体その程度、警告をするものでございますから、軽い段階でとらえておるのでございます。
#108
○秋山長造君 検挙したものがありますか、事前運動で。
#109
○政府委員(新井裕君) ただいま来年度の選挙に関連して検挙したものは一件もございません。
#110
○委員長(小幡治和君) それでは、たとえばある会社の、要するに候補者たらんとする社長がやっておる会社と全然縁のない各種団体の会合がありますね、そうすると、そういう会合の席上、その集まった人たちに、その社長の名前でいろいろな物品が全部に贈呈される。もらった者はははあ、これは選挙のあれでもってよこしたなというので、それを持って帰る。一体そういうものは選挙違反ですか、そういうものはかまわないのですか。
#111
○政府委員(新井裕君) 今御指摘になりましたような点が全部立証されまして、非常に広範である、また、その際全部の会合とは言わないけれども、相当数の会合のそういう趣旨が読み取れるということがはっきり立証されますれば、当然違反なのでございますが、今までの捜査の実例で申しますと、たとえば百人集まったところに物を贈る。そうすると、十人くらいの人は、そういう趣旨のことを言った、あと三十人くらいは、おれは全然そういうことを聞かないということになると、非常に立証が困難になってくるのが実情でございまして、大ぜいになればなるほど、会合の趣旨を立証するのに非常に困難が事実ある、こういうことでございます。しかし、今御指摘のような事例が、はっきりした事実がつかめ、その趣旨についても、ある程度はっきりしたものと、はっきりしないものがあるにせよ、全般を通じておのずから疑いが浮び上がるということであれば、われわれも捜査をいたしまして、検察庁に送り得ると思うのでありますけれども、なかなかそこまでいかないのが実情でございます。
#112
○成瀬幡治君 新井さんに伺いますが、買収供応というものがありますね、これは今、委員長があげましたように、不特定多数の人に物を贈るのですね、よろしく頼みますというようなことをだれが言うものですか、そんな下手はいない。趣旨としてそういう趣旨だ、買収供応とは一体どういうことを言うのか。僕は不特定多数の人に物を贈るというのは買収供応じゃないか、あるいははまた後援会の会費は五十円とか百円で、何百円というごちそうをして帰す、なるほど、よろしく頼むということは言わない、しかし、だれでもがどういうことでおやりになっているかという趣旨は十分了承ができるような雰囲気であり、取りなしなんですよ。買収供応になりませんか。
#113
○政府委員(新井裕君) 今御指摘になりましたものは、公職選挙法の違反全部に通ずるものなのでありますけれども、これはわれわれは俗に目的罪と呼んでおりますけれども、目的がなければ、あるいは目的がはっきり立証されなければ、違反にならないわけでございます。したがいまして、目的がどの程度立証されるかというところが非常に問題でございまして、実際に調べてみますと、一言も何にも言わないということで、選挙民のほうも心得たもので、これは自分だけごちそうになっていればいいんだという気持もあるかもしれませんが、非常に目的がはっきりしない。しかし、一般的にいうと、常識的にはそういうふうに理解できるということであるのに、なぜそういうことをやらないかとお感じになるのはもっともであると思いますけれども、われわれ、いやしくも検察庁に送りまして起訴をしてもらって、裁判で有罪にしてもらうというには、目的についてはっきりした立証がなければできませんというのが実情でございます。
#114
○成瀬幡治君 そうすると、逆にいえば、たとえば後援会、今言ったようなのは、われわれも十分承知している例があります。そういう点は、よろしく頼むと言わない限り、やってもいいということですね。
#115
○政府委員(新井裕君) よろしく頼むと言った、言わないというのは一つの例でございまして、その趣旨が全般としてはっきりしておればいいので、たとえば、たいへんふざけた例でございますけれども、ここで私がよろしく頼むと言うと公職選挙法の違反になりますから、そういうことは申しません、まあ本日はよろしく御歓談下さい、こういうようなことを言っております。そうすると、そういうことは申しませんというのですから、申さないということになりますが、そういうことではございません。
#116
○西田信一君 さっきあなたが御答弁になった、違反文書の例示としてあげられた、後援会の趣旨を書いたものを、あるいは規約を書いたものを配ることが違反文書の例としてあげられている。そうすると、先ほどの御答弁の後援会活動というものは、以前のものについては、違反としての制約がないということと、後援会があって、後援会がそのメンバーをふやそうとして、その趣旨を書いたものを配ること自体が違反であるということであれば、これはちょっと僕はさっきの御答弁は受け取れないのですが、どういうことなんですか。後援会の趣旨を書いたものを配れば違反なんですか。
#117
○政府委員(新井裕君) 先ほど申し上げましたのは、そういう趣旨を書いたものを配って、今度うちの社長が立つからよろしく頼む、そういう趣旨のものが入っている、そういう場合でございます。ですから、後援会自体が、先ほど来委員長から何回も御指摘がありましたように、後援会を作るんだということであって、選挙ということを表にともかく出さないということでありますれば、これは後援会活動として今まで行政解釈上認められている活動であります。
#118
○委員長(小幡治和君) 法務省、どうですか。今いろいろ事例がたくさんあって、問答がありましたが、法務省は一体どういう見解を持っているのですか。
#119
○政府委員(竹内寿平君) 今まで委員の方々から御発言のございました問題は、いずれも政治活動に藉口した選挙運動というふうに見られるか見られないかという、事実認定の微妙な問題でございまして、警察を初めとしまして、私どもの立場におきましても、証拠がこれにくっつかないと、事実認定は勝手にできますけれども、証拠のない事実認定なんというものは、裁判所に通用しないわけであります。そこで、これは選挙運動を実はやっておるのだけれども、口実は後援会活動をやる、あるいはほかの社交に藉口した会合であるとか、ごちそうであるとか、金品の供与であるとかというようなこと、こういう外形的な事実だけから、常識的には、選挙運動らしいということは推測できるわけでございますが、ここで私どもが、これは犯罪になるとか、これは犯罪にならぬとかいうふうに申しますときには、その外形的事実が選挙運動であるということを、証拠をもって説明ができるようなそういう事実だけが問題になるわけでございます。そこで、証拠を伴いませんために、巷間おかしいじゃないかという御意見はたくさんありましても、それでは、その証拠を集めていく段階になって、先ほど警察からも御説明がありましたように、百人集まっている中で、聞いてみると、十人はそのような趣旨のことを述べてくれますが、あとの人は全部、聞いてはいない、こういうことになりますと、証拠の量からいいますと、一割だけが認めて、九割が認めないという結果になりますから、これを裁判資料としての事実認定ということで見ますると、これは白の方に近いという結果になるわけでございます。そこら辺が、皆様方の御心配の点もそこにあろうかと存じますが、ただいまは証拠裁判という形をとっておりますので、証拠が伴わない事実の憶測、そういうものは一片の価値もないということになるわけでございまして、いやしくも、これが犯罪になるということをいいますためには、積極的にそれを裏づける証拠がなければならぬということを申さなければならぬと思います。そこで、その裏として、それではそういう証拠の伴わないものは許されるかということになりますと、これはすぐ許されるとは言えないわけでございまして、そこのところをひとつ御理解を願いたいと思うわけでございます。
#120
○委員長(小幡治和君) この問題は、たとえば選挙違反、今までの選挙違反の事例なんか見ますと、たとえば労務者を使います。そうすると、選挙法上許容されている労務者の報酬はとても少ない。それではとても旅費にも足りぬというようなことで、法定の労務者使用の料金以上にやったということの場合、そういうものがみんなひっかかって、そうして選挙違反ということでずるずるとやられているわけです。しかし、そういうようなものは、ほんとうからいえば実費なんで、別に買収というようなものでもないわけだ。それよりももっと大きいのが、今私が例をあげたように、いろいろな名目によって、まあ買収供応というものが縦横無尽に行なわれておる。そういうものは、今あなたが言うように、どうも立証がつかぬというようなことで、みんな逃げられておって、しかも、そういう労務者を使うのに、今日労務賃金の時価からいっても非常に少ないような法定費用、それに対して、もう少しそれを高くやったというようなこと、そんなことばかりが選挙違反となって引っぱられておるということは、私は公明選挙というものの取り締まりというものが一体何をやっておるのかという感じがするのです。ですから、警察当局にしても、法務省にしても、公明選挙をやる以上は、実際悪質なものは何だということをよく考えて、名目のいかんを問わず、そういうものについては、やはり徹底的に取り締まっていくということでなければ、一体公明選挙の声だけやっても、また予算を相当取って公明選挙をやったって、こんなものは児戯に類する。それから一般の常識から考えて、要するに選挙違反なんてものは縦横無尽にやってかまわない。ただ告示になってから、そういう実につまらぬ、常識的には無理もないというようなものがみんなひっかかって、選挙違反になっておる。そういうところに、今日の選挙違反取り締まりに対する国民の考え方というものは、ばかばかしくて、一体選挙違反なんていうものは考えられぬという、そういう気持が非常に強い。そういう面について、ひとつ警察当局なり法務当局なりというものは十分考えて、そうして末端警察にもよくそういう面を徹底させて、取り締まるべき面は取り締まる。あるいは警告を発すべきものは警告を発するということでやってもらわなければいかぬというふうに私は思うのです。
 まあこの程度にとどめておきますが、そういう面について、警察庁長官並びに法務省の御意見を承っておきたいと思います。
#121
○政府委員(柏村信雄君) ただいまお示しのように、悪質なものが、証拠不十分と申しますか、証拠が固められないために、多く逃げてしまって、ささいなものが取り締まられるというような実情だというお話でございます。そういう面も実情として確かにあるのではないかと私どもも常に申しておりますのは、やはり悪質な犯罪に対して、特に厳正に取り締まるということを言っておるわけでありますが、その具体的な方法等についても、さらに研究いたしまして、御趣旨に沿うように進めるように努力したいと考えます。
#122
○政府委員(竹内寿平君) ただいま委員長が御指摘になったような点は、私どもも最も苦心をしているところでございます。わかりいい今の報酬のような点の簡単なものだけを取り締まって処罰をして、能事足れりというような考えは、私どもいささかも持っておらないのであります。昨年十一月の衆議院選挙におきましても、先ほど来御議論のありました後援会活動に藉口した選挙運動というものは相当広範囲に行なわれておりまして、昨年の選挙のひとつの特徴と申してもいいかと思うのでございますが、そういう点につきましても、検察庁におきまして相当苦心惨たんをいたしまして、証拠の収集等にも努めた次第でございまして、このような、申さば脱法的なやり方につきましては、深い関心を持っておるのでございまして、この辺の証拠の収集の仕方等につきましても、過去の幾多の経験を生かしまして、来たるべき参議院選挙にあたりましては、御趣旨の存するところ全く同感でございますので、十分意を尽くしまして取り締まりに当たりたいというふうに考えております。
#123
○委員長(小幡治和君) それではこれで休憩にしまして、三時から再開することにいたします。
   午後二時三十二分休憩
  ―――――・―――――
   午後三時五十二分開会
#124
○委員長(小幡治和君) それでは休憩前に引き続き委員会を再開いたします。
 昭和三十六年度分の地方交付税の単位費用の特例に関する法律案を議題とし、前回に引き続き質疑を行ないます。御質疑の方は順次御発言願います。
#125
○加瀬完君 予算委員会で社会党の山本君が質問をいたしました屎尿処理、それから塵埃処理の単位費用の問題でありますが、大臣は、結局人口十万を押えまして、庁費が幾ら、それから事業費が幾ら、こういう御説明をされたわけであります。たとえば、人頭庁費としては三十二人を組んである。これは塵埃処理ですね。乙吏員では一人、丙吏員では一人、甲の雇用人では十七人、乙の雇用人では四人、こういう数字を相当こまかく説明されたわけでありますがね。ですから、結局塵埃処理も、あるいは屎尿処理も滞らないという御説明でありましたが、これですね、計算をしてみますと、まあ人口十万といっても、塵埃あるいは屎尿処理を必要とする対象の戸数が幾らあるかという差異はありましょうけれども、結局一軒の家を押えますと、何日たてばくみ取りの車あるいは塵埃を収集する車が回ってくるという計算になりますか。
#126
○政府委員(奧野誠亮君) たいへんむずかしい御質問で、従来の実績を基礎にしてこういう数字を積み上げて参ったわけであります。ただ、この関係の充実を期する、また同時に、塵埃等が文化の発展に伴いまして増加するという傾向があるというようなことから、三十六年度の単位費用を決定するにあたりましては、さきに予算委員会で議論がありましたように、増額を行なったわけでございます。したがいまして、今御指摘になりましたように、何日に一回回ってくるというようなことにつきましては、今ここですぐにお答えをする資料も持ち合わせておりませんので、御了承いただきたいと思います。
#127
○加瀬完君 私はいろいろ計算してみたんですよ。で、人口十万の都市というものを押えます場合は、割合にそう無理がないと思う。しかし、これが一万五千なり二万なりという町になりますと、一体、これを基準にしての押え方によりまして、非常に足りなくなる場合も生じてくる。そこで、逓減方式を用いるということになっておりますけれども、かりに一万五千の人口も、二万の人口も、これはただ人口だけ押えては処理のつかない問題が出ると思うのです。たとえば連檐戸数なんか多ければ、これは塵埃処理、採尿処理が割合に需要の多いところですね。しかし、連檐戸数の少ない農村地域が大部分というところは、塵埃処理も屎尿処理も、それほど連檐戸数の多いところほど必要はない。そういうことで、人口十万と押えての計算は一応妥当なるものと認めたとしても、下へおりてくる場合、どういうような方式で、人員なり、あるいは予算なり、といいますか、経費というものを配当するのか。この基準はどうなっておりますか。
#128
○政府委員(奧野誠亮君) おっしゃっているとおりの状態になると私たちも考えているわけであります。したがいまして、これも御承知のように、態容補正とか、段階補正とかというような補正係数を乗ずることによって、それぞれの市町村の実態に合ったような基準財政需要額の算定になるように心がけております。規模の小さい市町村になりますと、人数は割増しになっていくわけでありますから、そういうようなことで、一応段階ごとの市町村の所要員数、これを基礎にいたしまして、規模の小さい市町村ほどかさ上げするというような割増し係数を用いております。それから反面、態容補正で種地の高くなる市町村ほど経費が割高になる。これは御指摘になりましたように、種地の高いところは経済構造が高いところでもございまして、連檐戸数そのものは抑えておりませんけれども、比較的連檐戸数の多い地域になると思うのであります。そういうところにつきましては、やはり割増し係数を乗ずるというようなやり方をいたして参っているわけであります。
#129
○加瀬完君 この屎尿処理の人頭庁費の八人というのは、どういう仕事をするのですか。
#130
○政府委員(奧野誠亮君) 今お話しになりました人頭庁費のほうは、これは人夫に要する経費ではございませんで、職員に要する経費でございます。したがいまして、自動車の運転手などはこれに入って参るわけでございまして、その他事務をとっております者の職員の費用も含まれるわけであります。
#131
○加瀬完君 人夫十二人というのは、これは日当三百円とし、十二人、二百九十日、百四万四千円というのが事業費の中にありますね。三百円という日当、それから十二人という人数、二百九十日という日数、これが確実にこのとおりいきましょうか。具体的に申しますと、三百円という日当で、一体くみ取り人夫が出てくるのか、現在……。それから十二人という人数で間に合うのか、一年の稼働日数二百九十日というのは多過ぎるのではないか。たとえばですね、休日や祭日を別としても、非常に雨が降ったりなにかするときには仕事のできない種目ですからね。そうしてみると、二百九十日というのは、日数の取り方が多いのじゃないかと思うのですがね。この点、これがおおむね妥当だというのはどういうことからですか。
#132
○政府委員(奧野誠亮君) 人夫賃を幾らに見るか、三十六年度の地方財政計画を算定いたしましたときには、そういう数字を使ったわけであります。しかし、最近賃金がかなり上がっているようでありますので、現在の時点をもって考えて参りますと、これは将来増額をはかっていかなければならぬと思っております。また、人数の問題につきましては、若干いろいろな事情から本年度増員をはかったわけであります。二百九十日と押えておりますのは、たしか一カ月二十五日と計算して、祭日をさらにそれから差し引いたように存じておりますが、大体人夫賃の年間の経費を計算する場合に、稼働日数はこういうような計算の仕方で計算するというような例にいたしておるわけであります。
#133
○加瀬完君 ですからね、人夫賃としての総額を出すには、二百九十日という稼働日数はいいと思うのですけれども、しかし、二百九十日は実際は働けない。その場合は、この十二人がふえてこなければ、あるいは自動車がふえてこなければ、実際のくみ取りという作業が行なわれないということになるのではないか。ですから、むしろ百四万幾らという総額は、そのままにしておくとすれば、稼働日数を減らして人数をふやすという形にしなければ、これは実際に合わない、そういう感じがしますからね。やはりこれは総額を出すための便法でありますから、そう問題にすべきではないかもしれませんが、これは小さいところへ行くと、結局人数と日数というもので押さえられると、実際においては持ち出し分といいますか、計算以上の持ち出し分というのがどうしてもふえてくる、こういうことになりますので、この点は若干ある程度幅を持たしていただかなければと思うわけです。この点はどうですか。
#134
○政府委員(奧野誠亮君) お話のようなことになると思います。人夫賃も今まで二百四十五円で計算しておりましたが、ことし、三百円に上げたわけであります。しかしまた、来年度の地方財政計画を計算する場合は、その際の状態において適正な金額を考えていきたいと存じております。何分、全体として財源を幾ら保障すべきかというようなことを中心に考えておるわけでありますので、もちろん個々の計算例において不穏当なところは直さなければなりませんが、今おっしゃいましたような結果になろうかと思います。
#135
○加瀬完君 これは、今度の補正予算における交付税という問題よりは、明年度予算における交付税の算定にいろいろとお願いをしなければならない問題がありますので伺うわけでございますが、今度の補正の中にありまする公営住宅の補助について、これは第一種は、建設省は三万五千円と一応要求したわけですね。それで結局、大蔵省の決定は三万一千円。それから簡易耐火構造の平尾建ては四万三千円の要求に対して三万六千五百円、同じくブロック二階は四万八千円の要求に対して四万三千五百円、中層耐火構造は六万二千円の要求に対して五万四千七百円、第二種は三万三千円の要求に対して木造は二万七千四百円、こういうように決定されましたので、私どもは予算委員会等でも、建設省の要求でもやや下回るんじゃないか、建設省は別の統計を出しておるにもかかわらず、はるかに下回る単価できめられてできるのか、こういう質問をいたしましたときに、これはあとで質問をいたします文教施設も同様でございますが、あとは地方財政のほうでまかなってもらうんだ、こういう御説明があった。私は建設省に伺いたいのは、地方財政でまかなってもらうといったって、地方の実情というものがまかなえる状態にあるかないかということは、自治省もよく御存じだと思う。こういう単価に決定させられてしまったわけなんですけれども、これで建設省では家が建つかどうかということです。それから持ち出し財源というものを、一体自治省は、関係大臣の言うように、保障できるのかどうか、これをそれぞれの関係の省にお答えをいただきたいのです。
#136
○説明員(大津留温君) 今度の補正予算に盛られました建設単価で公営住宅ができるかというお尋ねでございますが、まあこれはざっくばらんに申し上げまして、なかなかこの単価では困難ではなかろうかと思います。これは全国平均の単価でございますから、これを地域に応じまして配分するわけでございますが、私どもの積算いたしました要求の単価、これでもまあむずかしいんじゃないかという御意見でございますが、これならばできると考えております。なお、これを多少下回る程度のことでありますならば、やり方によりましてはその単価でできないことはないと思いますけれども、この補正の単価程度になりますと、これだけで建つかとおっしゃいますと、ざっくばらんのお話、先ほどから申し上げたように、なかなか困難があろうかと思います。そこで、先生が今御指摘のように、今回の補正予算の単価がこういうことになりましたのは、昨年の六月からことしの六月までの建築費の値上がりを織り込むということに落ちついたわけでございまして、昨年度におきましても、やはり地方公共団体から、まあ協力といいますか――御協力を得て、持ち出しをしていただいて建っておったような実情でございます。それで、それと同じ程度の持ち出しはやはりしていただかないと、こういう単価でも建たない、まあそういう状況でございます。
#137
○政府委員(奧野誠亮君) 国庫負担の基礎は、実際必要な額を基礎として定めなければならぬことは当然だと思います。そういう建前において建設省にも努力していただいておると思います。不幸にして実際と食い違いがあった場合にどうなるかという問題でございますが、場合によっては、そこに手抜きが行なわれる、質を落としていくという場合があり得ると思います。
 もう一つは、やむを得ず地方団体が他の財源を割愛してきて振りかえるということになろうかと思います。そういう場合には、一般的に行政水準の向上を期待している部分がそれだけはばまれるとか、あるいは他の仕事において若干しわが寄ってくるとかというようなことになる可能性が出てくる。かように思います。
#138
○加瀬完君 鹿児島県では、このままの設計で行くと、二割以上の市町村の持ち出し分が出てくる。それで、設計をぎりぎりの線まで落とせば、一割程度で持ち出し分が済むんじゃないか、こういったことを建設課長が談話として発表しております。そうしますと、この経費不足は、これは鹿児島だけの場合でなく、経費不足をカバーするために、設計変更あるいはいろいろの材料の質を若干落とす、こういったように、初め考えた計画よりも、金額を合わせるために内容を落としてくるという工事の仕方というものが諸所で、これは、背に腹はかえられませんから、出てくるんじゃないか。これは、しかしながら、最低限を保持できればいいけれども、今、局長の御説明のように、手抜き工事の原因になる。これは公営住宅だって困るのですが、公営住宅であれば、これは被害が一部分でとまるかもしれませんけれども、この手抜き工事のやり方が災害復旧などに行なわれるとすれば、これはゆゆしい問題じゃないか。また、もう一回災害のもとを作るということになりかねない。この点、どうも私には、今度の公営住宅などの補助単価の引き上げだけでは、心配の種がどうしても残るわけです。この点の御心配は、自治省としてはお持ちになっておりませんか。
#139
○政府委員(奧野誠亮君) 経済事情が変わって参りましたので、補正予算の問題も起こったわけでございますが、私たちとしては、ぜひ単価補正をやってもらいたいということで、努力して参ったわけでございます。単価補正が十分でないとか、あるいは災害復旧の事業費の積算についても問題があるとかというような御指摘がございました。私どもも、全く同じような気持を持っているのでありまして、そういう意味で、大蔵省に対しましても、無理な単価を基礎にして予算を作るというようなことは避けてもらいたいということを、加瀬さんがおっしゃったと同じようなことを、私は若干の府県知事から伺っているわけでございます。そのことをそのまま大蔵省にも先般話して参ったわけであります。そういうような方向で努力をしながら、御指摘のような結果の生じないように努力して参りたい、かように思っているわけであります。
#140
○加瀬完君 補助単価の一応修正はありましたが、地方団体の持ち出し分は、去年と比べて、どのような形になると大体御推定ですか。
#141
○政府委員(奧野誠亮君) 昨年と比べてどうということになりますと、たいへんむずかしい問題だと思うのでありますけれども、建築単価等が値上がりしておりますので、昨年以上に、地方団体としては、事業執行に苦慮しておるということは事実だ、かように私は考えております。
#142
○加瀬完君 これは、単価補正がきまらない前でありますけれども、京都では、二百七十二戸の計画に対して、八月までにはまだ一戸も建っておらない。横浜では、四十九万円の国の算定に対して、七十六万九千円でやっと契約をした。群馬では、標準建設費では、何回やってもとうとう落ちなかった。これは、学校でも同じようなことがいわれますけれども、こういう結果がどうしても単価補正をしても残るんじゃないか。といいますのは、愛知では、去年の持ち出し分が、つけ足し額が六千四十万円で、二〇・二%前年に比べて持ち出し分がふえた。三十六年度は、千二百戸の計画だけれども、標準建設費が、四億四千七百六十二万円、これに対して、一応予算の上で計画した額が六億四千七百九十万円、超過負担が四四・八%出ると計算しています。今度は、どういう補正のやりくりをしても、四四・八%埋まるはずはないのでありますから、超過負担というのが残ってくる。これをいとやさしく、建設大臣も文部大臣も、これは地方で十分起債その他交付税等でまかなってくれる、こう言い切っておりますが、今度交付税の単位費用の改訂の中には、これを十分補うだけの計算なりあるいは対策なりというのがおありなんですか。
#143
○政府委員(奧野誠亮君) 地方財政計画を立てたり、あるいは地方交付税の算定の基礎を定めたりいたします場合には、教育施設については文部省、公営住宅などにつきましては建設省、それぞれが単にそれぞれの一省でおきめになっておるのじゃなしに、政府としておきめになっているだろうと思うのでございます。したがいまして、これを基礎として今申し上げましたようなものも算定をしていくというようなことにいたしておるわけでございます。したがいまして、政府の用いております基礎に矛盾があります場合には、いろいろな形においてやはりしわが残っていくということにならざるを得ない、かように私は考えております。
#144
○加瀬完君 と言いますことは、たとえば、建設省が公営住宅の第一種の木造は三万五千円かかると考えても、政府は三万一千円でできると決定したわけでありますから、三万一千円でできるという基本線ですべての財政計画が編成されておるわけですね。ですから、これが事実三万五千円かかったって、足らない一坪の単価四千円分が地方交付税なり起債なりで算定されるということにはなりませんね。
#145
○政府委員(奧野誠亮君) お話のとおりでありまして、そのことは、先ほど申し上げましたように、工事の手抜き、質の低下、そのために国の財源を食うということになってくるわけでございます。
#146
○加瀬完君 大蔵省いらしっておりますか。まだおいでにならない。そうですか。それでは建設省に伺いますがね。あなたのほうの計算は、三万五千円というものを一例にとれば、出した基礎は、昭和三十五年度の単価プラス地方持ち出し分、その合計額に物価指数をかける、こういう計算をとったわけですね。
#147
○説明員(大津留温君) そうです。
#148
○加瀬完君 大蔵省は、昭和三十五年の単価かける卸売物価指数。そこで、大蔵省の説明によれば、昭和三十五年の六月と昭和三十六年の六月の卸売物価指数の上昇率を見て、その上昇率を三十五年の予算単価にかけたということでございますが、これは、自治省が第三者として考えて、的確に物価上昇率が単価補正の中に位置づけられたとお考えになりますか。
#149
○政府委員(奧野誠亮君) 私たちとしては、一応政府として決定しておる線でいろいろな財政措置をしていくということ以上に申し上げることは困難だと思うのであります。しかし、現実に、多くの地方団体が事業の執行に苦慮しているということも事実でございます。
#150
○加瀬完君 これは、大蔵省が来てから詳しく聞きたいのですけれども、この公営住宅でも公共文教施設でも、単価が決定したのは三十三年ですね。とすると、三十三年から三十五年まで、物価指数なり名目賃金なり賃金指数なり、上昇率がゼロという場合は、大蔵省の示した三十五年度単価に、三十五年六月と三十六年六月を比べて、物価指数の上昇率を見る、それをかけて増加分をきめるということは可能ですけれども、三十三年から三十五年まで、物価上昇率も賃金上昇率もゼロだということであれば、大蔵省の説が正しいということになりますが、ゼロという見方を政府はしていることになりますか。また、それが正しいと自治省としてはお考えになりますか。
#151
○政府委員(奧野誠亮君) 私たちは、現在幾ら建築などに経費を必要とするかということで算定してもらうことが一番よろしいと思うのです。過去のものも必ずしも絶対に正しいとは言えませんので、ただ上昇率だけをかけるということじゃなくて、現在の時点において、それぞれの物価がどうなっておるかということから算定してもらいたい、基本的にはそう考えております。
#152
○加瀬完君 大蔵省のほうでは、資材費それから労務費その他と、こう計算の基礎をおきまして、三十五年と三十六年と比べて、資材費で何%上がったか、労務費で何%上がったか、その他で何%上がったか、それをもとのものにかけて合計額を出したのですね。その一番の問題は、資材もさることながら、建築関係では労務費だろうと思う。その労務費は、大工や左官といった実際の建築労務者というものを押えないで、常用労務者というのを押えたのですね。常用労務者というものとこの建築労務者というものの単価は、はるかに三十六年では違っていますね。これは大蔵省に、常用労務者平均賃金の上昇率を押えて、これで労務費の上昇率としたのですけれども、これが不合理だという御折衝をなさいましたか。私は不合理だと思いますが、まず、不合理だとお考えにならないかどうかという点が一点、不合理だとお考えになって、これを大蔵省にどう説明して、大蔵省がどうこれをお受け取りになったか、この点を御説明いただきたい。
#153
○説明員(大津留温君) この補正予算の建築単価に含まれた労務費のとり方の問題でございますが、実は、建設省と大蔵省との間で意見が食い違いましたのは、どこの調査による統計指数を使うかということでございまして、私どもは、在来、建設経済研究会というののいわゆる積算資料というのを使っておったのです。大蔵省のほうは、労働省でやっております毎月勤労統計調査、この数字を使うべきだという御主張でございまして、まず、この点で非常に食い違ったわけでございます。大蔵省が言われるには、同じ政府機関でやっておる毎勤ですから、このほうによるべきだという強い御主張がございましたので、最後に、それではそれによろうというようなことになったわけでございますし、その際に、毎勤の中の建設労働者の常用の平均、こういうものによったわけであります。実は、毎勤によりますと、その建設労働者の中の建築関係だけというものは的確に抜き出され得ないような集計の仕方になっておりますので、そういう点も、やむを得ずこの常用の建設労働者というものの平均、こういう形になりますが、建設労働者の中に建築労働者も含まれるわけでございますが、建築労働者の平均と広い建設労働者の平均というのは、職種が違いますから、その平均の指数も幾らか違っております。そういう点も一応主張はいたしたわけでありますけれども、そういう毎勤のうちに、先ほど申したように、建築労働者だけの的確な指数というものはございませんものでございますから、広い建設労働者の指数を使った、こういう結果になったのであります。
#154
○加瀬完君 建設労務者の指数じゃありませんね、常用労務者というのは。たとえば、普通工員といいますか、工員というものたちも全部含めた場合の平均が常用労務者の平均ということになりますね。あなたのほうでも、全部の労務者関係が、三十五年から三十六年では、七・八%上がっているのに、建設労務者関係は一四・三%上がっているという見方をいたしましたね。ですから、大蔵省のとったのは、これは建設労務者の常用をとったのではなくて、統計でいう常用労務者をとっているのです。建設労務者の統計というのは、三十五年九月、それから三十六年九月の統計はまだ出ませんよ。だからこれは、去年の統計しかないはずです。それで結局、常用労務者の統計をとった。常用労務者の統計ということになりますと、これは月額か年額でしょう、おそらく月額でとるでしょう。これはしかし、建設関係の大工、左官というのは、月額ではだめです。日給でなければ正しいものは出ませんよ。そうでしょう。一つの学校を請け負う、一つの家を請け負うのは、一月幾らということで大工の手間とか人夫賃は契約するのじゃなくて、働いた日数で、その手間でやる。三十人かかれば三一人手間、百人かかれば百人手間で御承知のように計算するわけでございますが、大工、左官の日給が幾ら、常用労務者の日給は幾らと、こういう形で比べなければ正確な比較はできませんよ。常用労務者で比べれば、これは月額収入で比べることになりますよ。だから、実際の大工、左官の手間から見ると、常用労務者のほうはぐっと低くなってしまうわけですよ。そうでしょう。あなたのほうの調べだって、大体業界調べの三十六年五月でも、大工が千二百円、トビが千円、石工が千二百二十五円、左官が千四百円、しかも、かれら仲間の協定賃金というのは、東京で、大工が千五百円、トビが千三百円、石工が千八百円、左官が千七百円、建具が千六百円、こういうふうになっているでしょう。協定値段は一応おくとしても、業界の現状においても、大工が千二百円、トビが千円、これで頼むのはもう困難になっておりますよ。それよりはるかに低い常用労務者の上昇率を抑えて、これが確実な建築関係の労務費にはならないと思うのですが、建設省のこの点についての御見解はどうですか。
#155
○説明員(大津留温君) 先ほど申しました統計は、三十五年の六月から今年の六月までの一年間にどのくらいの、何%の労務賃の値上がりがあったかという比率を出す、比率を求めたわけでありまして、したがって、額はこの場合には問題にしたわけではございません。したがいまして、月額と日額という場合に、確かにおっしゃるとおり比較しにくい点があるかと思いますが、先ほど申し上げましたように、一年間の建築費の値上がり率を求めて、それを三十五年度にかけたわけでございますから、この常用の建設労働者の一年間の値上がりの率は、一九・四%という見込み額になっております。今の日額か月額かということは、この場合特に問題にならないと思うのです。
#156
○加瀬完君 あなた方は、だから大蔵省にごまかされるのですよ。常用労務者といっても、建設関係の常用労務者という統計は特別に出ていないのですよ。労働省の統計部にお聞きになってごらんなさい。出ておりますのは、一般の工員を含めての常用労務者しか出ておらない。いわゆる実際にわれわれが建設事業をする上の労賃になる大工、左官、トビ、石工といったような職種の統計は、毎年九月でないと出ないのです。ですから、三十五年九月、三十六年九月、三十六年九月の統計はまだ発表されておらない。だから、三十五年の大工の手間と三十六年の大工の手間というものを統計の上では比較することができないのですよ。比較することができないから、三十五年の五月には、全国の平均が幾ら払ったのだ。それから、あなた方のほうの調べている三十六年の五月に大工が千二百円になった。この基礎数字というものをもって何%上がったかということを比べて大蔵省と交渉するのでなかったら、事実に合わないと私は思う。この点はどうでしょう。
#157
○説明員(大津留温君) 予算の単価の最も適当な積算の方法は、先ほど自治省の財政局長もおっしゃいましたように、今日実際にやってどれだけの金がかかるかという計算をするのが最も合理的だと思います。ただ、予算の従来の大蔵省との折衝の慣例といいますか、そういうような形で、昨年度、前年度の単価を一応基礎にしていろいろ論議をして定めるということを在来はやってきたわけでございます。そこで、今回の補正予算の単価も、先ほど申したような事情で、そういう計算の仕方をしたわけでございますが、建設労働者の賃金につきましては、私が聞いておるところでは、建設労働者の常用作業者の平均賃金の一年間における上昇率、こういうものをとった、それが一九・四%である、こういうように承知しております。
#158
○加瀬完君 その建設業者関係の常用者といえば、重作業人夫、軽作業人夫、こういうものになるのですよ。重作業人夫は、三十五年の賃金を押えますと、大工は七百五十四円に対して、重作業人夫は五百二十三円ですよ。トビが七百五十六円に対して、軽作業人夫が三百七十六円ですよ。こういうものだけを押えますと、単価ははるかに低くなるのですよ。私の言いたいのは、初め建設省が考えたように、去年の持ち出し分というものを加えて去年の補助単価に、それに物価指数の増加分を合わせるというなら、うなずげるのです。しかし、それがだめで大蔵省の計算方式が出たのだから、計算方式が出て、あなた方の一番各地域から苦情を言われて困っておるのは、この建設費の中でも、労務費の高騰だと思う。労務費をどうとるかによって、補助単価の額はふくらみもすれば減ってもくるんですね。減らないように、初め考えたような、現実に合ったような、実際に合ったような金額にするには、どうしたって常用労務者平均上昇率などという、実際の大工、左官よりも低いものを押えては、これは、問題は解決できないということは十二分におわかりだと思う。あなたが折衝したんじゃないのですから、あなたに文句を言ってもしょうがないけれども、あまりにも担当の建設省は実情を知らない。大蔵省に簡単に計算方式で乗り切られるということが、はなはだ私どもにとっては心外にたえない。
 じゃ、あなた方のほうに答えていただきますけれども、そこで、あなた方の計算の実際の大工、左官の賃金の上昇率、常用労務者の上昇率というものは、どっちが有利になるか、不利になるかという御検討をなさいましたか。
#159
○説明員(大津留温君) 先ほどもお答えいたしましたのですが、建設労働者の常用作業者の平均をとっておりますので、これを職種別に見ますと、職種によっては、上昇率が高いのもありますし、低いのもある。そこで、建設労働者の常用作業者の平均の一年の上昇率は一九・四%でございましたが、その職種別に見ますと、大工、左官、トビ、こういうものがこの平均を上回っております。土工、配管工、そういったそれ以外の職種がこの平均を下回っておるという数字が出ております。
#160
○加瀬完君 それがあなた認識不足なんですよ。大工、トビ、石工、左官などという公式な統計は、毎年の九月でなければ出ないのですよ、九月の集計ですから、三十六年度はまだ出ていませんよ。ですから、建設関係の常用労務者といったって、大工、左官は含まれておらない、その中には。これは別に統計に出るんですよ、常用じゃないですから、大工、左官は。そこに私は間違いがあると思う。これは、よくお帰りになって御研究していただかなければならないと思います。労働省の統計部で、私もいろいろ質問をしようと思って聞いてみた。大工、左官の統計は、毎年九月に集計するので、本年度分はまだ出ておりません。じゃ、去年の六月とことしの六月を調べ上げたものはないかというと、中間の統計はとっておらないから全然ないんだ。じゃ、常用労務者というものはどうしてとったんだ。建設省は、これは建設関係の常用労務者だと言うがと言ったら、常用労務者という統計はそういうものではありません、普通工場に通っておる工賃も全部含めて、常勤の工員も含めて、労務を提供している者の賃金の平均をとるのが常用労務者だ、建設関係という限定したものの中にそういう統計の種目はありません、こういうお答えであった。そこを、大蔵省にそういうような形で説明をされて、あなたのほうが出した業界調べの賃金表というものが全然効をなさなかったというところに、今度の単価の問題が現実と、ズレがあると思うわけです。そこで、押し問答をしておっても仕方がありませんので、自治省に具体的な問題を伺うのですが、来年度予算では、地方持ち出し分というものを加算していただけますか。
#161
○政府委員(奧野誠亮君) 新年度の予算編成にあたりましては、実際の使用額を基礎として国庫補助負担金を算定して参りたいと、また、そういう方向に努力して参りたいと、かように考えております。
#162
○加瀬完君 これは、文部省が来ると、もっとはっきり言えるのですけれども、大蔵省、建設省は、来年度予算の折衝に、この単価の修正は、さらに増額を要求していますか。悲しいかな、文部省は、補正予算の単価の要求よりも低いものを来年度予算の折衝に出しているのですよ。こんなばかな話はないはずですけれども、出している。あなたのほうは、来年度の公営住宅の補助単価は、この補正予算に出した額よりも上回るものをお出しいただいておりますか。
#163
○説明員(大津留温君) 来年度の予算の要求書というものを八月末に出したわけですが、このときの最新のデータというものが、補正予算の要求をしたのと同じデータでございまして、出ている要求書は同額でやっております。ただ、最近になりまして、その後新しい指数がわかって参りましたので、新しい指数で追加の説明資料を出すことにしております。
#164
○加瀬完君 大蔵省はいらしていただいたようでありますから、今伺いました点を重ねてもう一度伺いたいと思うのですがね。公営住宅なり文教施設に対する補助額に補正をいたしまして今度の予算に提出をしたわけです。その過程におきまして、建設省なり文部省なりのはじいた単価と大蔵省が査定で決定した単価と違う。今、建設省関係を例にとれば、あなた方のほうは、三十五年度の単価に三十五年六月と三十六年六月の物価指数の上昇率を見て、その分だけを加えた。しかしそれは、たとえば第一種木造住宅にすると、建設省の、要求が三万五千円に対して、補正単価として決定したものは三万一千円と、必ずしも意見の一致を見なかった。見なかったところはどこかというと、結局物価指数のとり方にもありますけれども、建設労務費の上昇率をどう見るかというところに一番大きな理由があると思われるわけです。建設労務費をどう見たかというと、大蔵省は、常用労務者の賃金上昇率というものをもって計算をしたわけです。常用労務者というものは、大工、左官とは違う。賃金が違うのだ。建設省に伺いましたけれども、建設省は、この点もつまびらかにしておらない。大蔵省に伺いますが、常用労務者の賃金というものと、大工やトビ、石工、左官といった、実際の建設業を主体とする労務者の賃金が同じだと、こうお考えになりますか。
#165
○説明員(高柳忠夫君) 積算の過程につきましては、担当の公共事業のほうの主計官のほうが一そうつまびらかでございますが、私が承知しておりますところの労務費の算定につきましては、労働省の建設業の常用労務者のアップ率と、それから東京を標準といたしましたところの大工のアップ率と、さらに経済調査会で資料としてございます大工の賃金のアップ率、これらの点を勘案して適当なところをきめておりまして、御指摘のように、建設業の常用労務者だけのアップ率のみをとっているものとは思わないのであります。
#166
○加瀬完君 それはあなた、責任を持ってお答えになりますか。大蔵省は、文部省なり建設省なりの説明には、常用労務者の賃金平均上昇率をとったと、こう説明しているのですよ。常用労務者の中には、大工、左官は入らない。統計関係の、労働省の統計部でも、大工、左官の賃金というものは常用労務者の中には入っておりません、こう言っている。この実費的な大工、左官の賃金の上昇率というものと大蔵省のとったものとは違うのです。明らかに下回っている。大工、左官の、特に木造建築なんかの大工、左官を主とする建設賃金というものは、大蔵省の算定ではじき出せない、こういうことが、言われるのじゃないかと思うのです。これは、ひとつ卒直に、常用労務者というもので計算したなら、御認識を改めていただかなければ、いつでもこういうことをやっておりましては、大蔵省の算定の補助単価が実際よりもいつも低目にきめられるということになりまして、これは手抜き工事のもとになるし、設計変更で、実際の工事が角落ちをするもとになるので困ります。確実な指数の上ではじき出されるものに、私どもは文句は言いません。ただ、地方の予算をよこせ、国の予算もたくさん補助をよこして、住宅をずんずん建てろ、そういうような一方的なことを私は申し上げているのでない。実際家が建つためには、正しい計算の基礎に立たなければならない。そういう点で、大蔵省のおとりになった常用労務者指数というのは、これは実情と合わないのではないかと、疑いを私は持つわけです。
#167
○説明員(高柳忠夫君) 途中からで、どういうお答えをしておったか、ちょっと調子が合いませんが、先ほど申し上げましたように、建設業の常用労務者の指数を見ますと、一一九・五という数字が出ております。おそらくこれは、今伺いますと一九・四というような御説明をしておるようでございますが、大工の東京の標準を私のほうの資料で調べましたところが、ほぼこれに近いアップ率を示しております。したがいまして、これらを勘案して、積算上に、一一九・四、私のほうは五と承知しておりましたが、四と端数がございますが、採用いたしまして、積算の根拠にしたものと思うのでありまして、常用だけをとったとは理解いたしておりません。
#168
○委員長(小幡治和君) ちょっと速記とめて。
  〔速記中止〕
#169
○委員長(小幡治和君) それでは、速記を起こして下さい。
#170
○加瀬完君 大蔵省は、初め、この物価指数はPWをとったと、こうおっしゃった。それから今度は、常用労務者の平均賃金の上昇率だと、こう言っている。今の主計官の御説明では、東京の大工などの賃金の上昇率も加味した。しかし、正確な統計としては、先ほども何度も私は念を押したのですけれども、九月の統計の集計を待たなければ、大工、左官の労働省としての統計は出てきませんよ。ですから、もしも大工、左官の賃金の上昇率も加味したと言うなら、昨年の九月と三十六年の九月の大工、左官等の賃金上昇率が、来年度は出ますか、来年といわず、もう出ますか。そうしたら、来年度の単価補正にそれを確実に加味すると考えてよろしいですか。なぜならば、大蔵省は大工、左官の上昇率も加味したと言うから、大工、左官の上昇率は、この九月の統計で確実に出るのだから、出た数値というものを確実に加味するということをお約束できますか。
#171
○説明員(高柳忠夫君) 先ほど加味すると申し上げましたか、ちょっと今、記憶がはっきりいたしません。勘案し、と申し上げたように私は記憶いたしておりますが。
#172
○加瀬完君 勘案でけっこうです。
#173
○説明員(高柳忠夫君) 勘案した結果、一一九・五という数字を積算の基礎にいたしましたと申し上げたのであります。
#174
○加瀬完君 勘案はできないですよ。統計が出ないものが勘案できるはずがない。あなたのほうでとった統計というのは、これは、現実の大工、左官の賃金じゃない。東京都の標準額を押えている。東京都の標準額というのは、大工は七百七十円、しかし、実際の賃金というのは、本年の五月に千二百円です。左官が八百三十五円に対して千四百円です。こういう開きのあるものを、七百七十円、八百三十五円と押えたって、これは大工の賃金、左官の賃金になりますか。これはしかし、統計のとり方で、業界の現実の賃金の統計はとれないというならば、九月には、労働省が確実に大工、左官の一年間の上昇率というものを出しますから、それで三十七年度の単価をおきめなさい。そうでなければおかしいでしょう。こう私は申し上げておるのです。
#175
○説明員(高柳忠夫君) 御指摘のように、九月の今まではとっておりませんで、東京の七月の七百七十円のところまでを勘案いたした次第でございます。予算単価は、もちろん実情に合うように組むのが望ましいのでございますが、従来からも、単価の積算に使う場合には、必ずしも現実の単価そのものを予算の単価としなければならないというわけにも参らない要素もあるかと思いますが、補正につきましては、ただいま申し上げたような率を採用いたしたわけであります。来年度の予算のお話でございますが、これはまた、今後の賃金等の趨勢を見まして、補正で用いた単価が妥当を欠くような場合には、またあらためて検討をする必要があるものと考えております。
#176
○加瀬完君 これは、時間がおそいから、くどくは申し上げませんけれども、それは、予算単価の積算に、現実の大工の手間黄なら手間賃というものの一番最高額がそのままに入るものでもなければ、入れろとは申しません。しかし、実情と近い線が押えられなければおかしいじゃないか。たとえば北海道では、基準単価が、大工は七百四十五円、左官は八百三十円、こういうことになっておる。ところが、大工は千二百円、左官は千三百円から千五百円、こうはね上がっておるのですよ。京都では、大工は八百円という基準単価から千五百円、倍近く上がっておる。これが実情なんです。だから、七百七十七円なんという、こんなもので大蔵省頼んで下さいと言ったって頼めますか、一体。だから、実情に近い線というものを出していただかなければ困る。これはお願いをいたします。
 それから、自治省と大蔵省に伺いたいんですが、ここに、国の財政計画の地方へのしわ寄せについて、山梨県甲府市の統計が出ておりますけれども、これは文部省にも関係がありますが、文部省来ておりませんので、自治省に答えていただきたいと思いますが、ある中学校の総額が二千七百七十七万一千円、補助が九百七十八万、負担額が千七百九十九万。これは、率は二分の一負担ということになっている。しかし、補助は三分の一程度にしか当たらない。屋体は四千二百四万、補助が千六百二十七万、負担額が二千五百七十八万、失対事業なんかにいたしましても、千二百七十一万、補助が七百六十三万、負担額が五百八万というように、負担額というものが、実際の財政計画よりも、これは地方の責任に帰すべき点もあるかもしれませんけれども、財政計画そのものにやっぱり相当無理があると思われるんです。これは、ほかの委任事務について同じことが言われます。国道改修にしましても、国民年金にいたしましても、学校給食にいたしましても、準用保護にいたしましても、どうしても負担分というものが、非常に実際の計画よりも実際支出のほうがオーバーいたします。これは、今後の財政計画、あるいは交付税の単位費用などの計算でも、もう少し考えていただかなければならない問題じゃないかと思うんですが、自治省、大蔵省、いかがですか。
#177
○政府委員(奧野誠亮君) 地方団体の財源措置をいたします場合には、どうしても国の予算の基礎と合わせて設定をしていくというふうにならざるを得ないと思います。したがいまして、国の予算の基礎に無理がありますと、そのことが地方財源措置にも影響を持ってくるわけでございまして、国の予算の編成にあたりましては、現実の所要額を基礎として編成されるように、われわれは今後も大蔵省に強く要望して参りたい、こう考えております。学校に例をとりますと、私たちは、このように経済が発展し、生活が向上してきた。いつまでも生徒一人当たり〇・八坪とか〇・九坪ということでがまんをしろといっても、市町村はこれで押し切れるものじゃない。こう思うのでございまして、やはりそういうものの基準もある程度上げていかなければならないのじゃないか。国の予算なり地方財政計画も、そういう考え方に立って来年度はぜひ編成してもらいたいものという希望を強く持っておるわけでございます。失対事業につきましては、失対事業をどうすべきか、この点に根本の問題があるように思っておるわけでございまして、今のままでは、市町村は非常な苦境に立たざるを得ないというように、私たち心配をしておるわけでございまして、これらの点につきましても、関係各省にいろいろと希望を申し述べている段階でございます。
#178
○加瀬完君 大蔵省には、あとでまとめて伺いますが、これで終わります。
 工業高校の整備分という当初予算に項がありまして、一億九千三百万という額があがっております。これを各県平均にすると四百万、これで一体校舎建築の、初年度だというけれども、初年度の事業すら一体できるのかどうか。これは大蔵省に伺いたいんですが、工業高校を所得倍増計画でやるという国の方針であるならば、実際に各県に一つぐらいずつこういう高校が建つように予算の配分というのがされなければ困るのじゃないか。一億九千三百万円で、四十何県にどうこれを分けるのか、こういう問題があるのです。
 さらに大きな問題は、去る予算委員会の文部大臣の説明によると、大体昭和四十年がピークとなって、高校の生徒が現在より百二十万ふえてくる。このうち二十万は工業高校に収容するとしても、それから、さらに二十万も私立学校が吸収するとしても、八十万人の急増対策というものが、これは地方にまかせてできるものではないはずです。大蔵省に聞いていただきたいのでありますが、現在六・三・三制がしかれましてから、高校の教育は、経費負担の主体はだれか。県ではありません。市町村ではありませんよ。少なくとも多い所は三分の一、少ない所でも三分の一は、父兄なり地元なりが持っている。これは、新聞に出ておりましたから、大蔵省も御存じですよ。岩手県では、盛岡市の市長が会長になって、高校増設期成同盟会というのを作りまして、費用の負担計画を市内の小中学校の家庭から、小学校は三百円、中学校は四百円、市内の一般家庭から一戸二百円、こういう形で費用を集めなければ、高等学校の増設ができないという現状です。集めることがいいのか悪いのかということは別にして、これでは一体県立といわれますか。市立といわれますか。公立といわれますか。そういう状態で、現在の学校がほとんど公立といっても、公で経済的に全部負担しているという形にはなかなか遠い線にあるのに、八十万人の増設分をどうする。これを地方にやれといったって、なかなかできないのじゃないか。この財源を大蔵省も考えていただかなければならない。自治省も考えていただかなければならない問題でありますが、これは、三十七年度の予算にこの計画というものをある程度盛り込んでいただかなくては、ピーク時には間に合いません。三十八、三十九、四十とふえてくるんですから、三十八年以降のピーク時には間に合いません。この点をどう処置をなさっていただけるか。大蔵省と自治省にお伺いをいたしまして、いい答えが出れば、質問を打ち切ります。
#179
○政府委員(奧野誠亮君) 高等学校の問題は、主として府県が担当しているわけでありますが、生徒急増の問題もございますので、三十六年度は、さしあたり地方債を、特に高等学校の建築費ということで、三十億円ワクを設定したわけでございます。私たちとしては、相当な熱意を持ってこの問題に対処していきたい、こう考えているわけでございます。文部省が中心となって、どの程度の学校の建設を必要とするかというような計画が作られると思いますが、国として案がきまりました場合には、地方負担分については完全な財源措置を講ずるように、いろいろな面で工夫をして参りたいということで、現在も検討をいたしている最中でございます。
#180
○説明員(高柳忠夫君) 高等学校のうち、特に工業高等学校の新設増設等につきましては、三十六年度の予算では、補助事業といたしましては、御指摘のように、少額な補助金額にとどまっておりますが、従来から、国の文教施設の補助対策の重点が、何と申しましても、義務教育施設の完備というところに手一ぱいでございまして、それが、あと数年たちまするならば、義務教育のすし詰めとか危険とか統合とか、こういうふうな分野における補助事業も相当達成される目標になっております。そちらのほうとのかね合いもございまして、高校の生徒の増加ということは十分承知いたしておりますが、補助事業として十分取り上げる段階に参っておりませんので、三十六年度の措置といたしましては、現実の需要を満たすために、政府資金引き受けの地方債を三十億計上していることは御承知かと思いますが、とりあえずそれらの措置をあわせまして高校対策をやっておる次第でございます。三十七年度におきましても、それらの方法をとりながら、整備の拡大強化という面で資金の手当を考えて参らなければならぬのではないかと考えております。
#181
○加瀬完君 終わったのですけれどもね。もう一つ念のために。一応池田内閣は、所得倍増という一つの方針で、しかも、工業の旧専門学校みたいなものを作って、技術者あるいは理工科系の教育というものに一つの重点を置いたわけです。これが下へおりてくれば、工業学校なり、あるいは工業技術の訓練所、養成所といったようなもので、各地方に充実がはかられなければ、実際の所得倍増計画というのは進行しないわけですよね。だから、まあ古い言葉で言えば、国策的にも、工業高校なら工業高校というものには重点が置かれているわけですから、予算配分も重点的になされなければならないわけです。まあ初年度は三十六年度で首を出したというならば、それならば、三十七年度では具体的に、起債などというけちなことではなくて、どれだけの補助を国が考えるのか、あるいは財源をどれだけ地方に与えるのかということも予算の上に出てこなければおかしいじゃないか。さらに、工業高校というものよりももっと大きな幅で、一般普通高校の生徒増というものにどういう対策を立てるか。これは、地方にまかせておいたって解決できない一つの社会問題になるので、そこで、そういう点を十二分に御考慮をいただきたい。これは、最後に希望を申し上げまして質問を終わります。たくさんありますけれども、お急ぎですから、やめます。
#182
○委員長(小幡治和君) 本案に対する質疑は、これをもって終局したものと認めて御異議ございませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#183
○委員長(小幡治和君) 御異議ないと認め、さよう決しました。
 なお、この際御報告いたします。午前の委員会におきまして決定いたしました建設委員会との連合審査会につきましては、関係委員長協議の結果、来たる二十七日午後一時より開会いたすことになりましたから、さよう御了承願います。
 次回は二十六日午前十時より開会することとし、本日はこれにて散会することといたします。
   午後五時十三分散会
  ―――――・―――――
ソース: 国立国会図書館
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