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1960/03/17 第38回国会 参議院 参議院会議録情報 第038回国会 予算委員会公聴会 第2号
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1960/03/17 第38回国会 参議院

参議院会議録情報 第038回国会 予算委員会公聴会 第2号

#1
第038回国会 予算委員会公聴会 第2号
昭和三十六年三月十七日(金曜日)
   午前十時二十五分開会
   ―――――――――――
 出席者は左の通り。
  委員長      館  哲二君
  理 事
           梶原 茂嘉君
           中野 文門君
           平島 敏夫君
           米田 正文君
           阿具根 登君
           松浦 清一君
           千田  正君
           杉山 昌作君
  委 員
           大谷 贇雄君
           小柳 牧衞君
           小山邦太郎君
           後藤 義隆君
           塩見 俊二君
           白井  勇君
           手島  栄君
           一松 定吉君
           武藤 常介君
           村松 久義君
           村山 道雄君
           山本  杉君
           湯澤三千男君
           木村禧八郎君
           小酒井義男君
           田中  一君
           高田なほ子君
           森 元治郎君
           森中 守義君
           東   隆君
           辻  政信君
           岩間 正男君
  政府委員
   大蔵政務次官  田中 茂穂君
  事務局側
   常任委員会専門
   員       正木 千冬君
  公述人
   評  論  家 平  貞蔵君
   東京大学教授  隅谷三喜男君
   日本生活協同組
   合連合会常務理
   事       十二村吉辰君
   ―――――――――――
  本日の会議に付した案件
○昭和三十六年度一般会計予算(内閣
 提出、衆議院送付)
○昭和三十六年度特別会計予算(内閣
 提出、衆議院送付)
○昭和三十六年度政府関係機関予算
 (内閣提出、衆議院送付)
   ―――――――――――
#2
○委員長(館哲二君) これより予算委員会公聴会を開会いたします。
 公聴会の問題は三十六年度総予算であります。
 この際、公述人の方に一言ごあいさつを申し上げたいと存じます。
 大へん御多用のうちにもかかわりませず本委員会のために御出席いただきまして、まことにありがとうございました。お礼申し上げます。
 本委員会は昭和三十六年度の総予算につきまして連日慎重審議を続けておりますが、昨日に引き続きまして、本日の公聴会におきましても、学識経験者であられます各位から忌憚のない御意見を拝聴することができますれば、まことに稗益するところが多いと思うのであります。
 これから公述をお願いすることになりますが、進行の便宜上お一三十分程度で公述を願いまして、お一人ごとに質疑を行なうことにいたしたいと存じます。
 まず、平貞蔵君にお願いいたします。(拍手)
#3
○公述人(平貞蔵君) 平貞蔵でございます。
 私は財政学の専門家でもなんでもありませんが、新予算の中の特に公共投資について考えておるところを述べろということでございますので、まかり出ました。
 最初に新しい予算における公共投資についてのごく大ざっぱな私の感じを申し上げますが、さらに、公共投資の額がふやされておりますことと、かような公共投資に関連して行なわれるべきことについての配慮がさらに行なわれつつあるというのを見まして、私はかような方針に賛成するものでございます。
 農業基本法の制定なり低開発地域における工業開発の促進法の制定なり、あるいは低開発地域における補助率の変更、というふうなそういう問題まで考えられておるということからして、私は特に低開発地域に生まれた人間で、その地方のことに今でも携わっておりますので、こういう方針には賛成いたすものでございます。公共投資についてその意義等についてここで申し上げるということは、全く必要のないことでございますが、公共投資は資本主義の発達とともにその意義が変わってきつつありますし、公共事業の対象となるものもふえる時代にまあ多面的な考慮が払われるというふうになっておるように見受けられるのでございます。わが国の公共投資に対する態度も全くその通りでございますが、特に戦後の公共投資のあり方を振り返ってみますと、幾つかの変遷が見受けられるのでございますが、終戦直後、まだ非常に国内が混乱しておりました時分は、公共事業という名称で一括して予算に計上されるということが初めて行なわれて参りましたが、これはまあその時代の社会的な混乱なり食糧の不足なり、あるいは多くの失業の発生というものを対象にして、公共投資を広く総合的に考える必要があるということから生まれた最初の事柄であったかと思われます。それが二十五年ころになりますと、インフレもほぼ終息する、生産力もだいぶん回復してくるということで、それに対応して公共投資というものの性格も、その前に比べればよほど発展してきたように思われるのでございます。ただ、二十九年くらいから三十年ころまで公共投資をどう扱うかというようなことについては、国内の各方面の意見にも多少の混乱とか低迷というべきような状態があったように思われます。これは災害が頻発したり、わが国の国際収支が窮屈になったり、あるいは地方財政が非常に窮屈になったということがあったために、せっかく取り上げた公共投資というものをどう今後扱っていくかということについてのあらためてこれは考えるべき問題に当面したためかと思われます。それが三十一年から経済が非常に上昇して参りまして、輸送なりエネルギーなり鉄鋼の生産なりという面で大きな隘路が生じて参りましたので、引き続き日本の経済が発展をする見通しのもとでこれをどう扱うかということで、さらに公共投資というものが産業基盤の整備ということを眼目として再び大きく取り上げられるというふうに変わってきたように考えられます。で、それが三十五年から今のところまで、つまりわが国に新しい経済五カ年計画が制定されて、今後できるだけ一つの方針のもとで計画的に経済を発展させようという、こういう段階で公共投資という問題を今までよりももっと幅広く考えていこうということで扱われ出しておるように見受けられますが、その額がふえるにつれて公共投資のための財源という問題についても新たに研究されるというふうになって、今日、そうしてまた実際上財源的な措置も幾らか講じられるというふうになったと考えられるのでございます。かように公共投資はその扱い方が短い終戦後の期間だけでも違って参りましたが、資本主義の発展というものに即して考えれば、時代々々によって特にその意義なり役割なりというものが変わってくることは当然でございますが、私は今日ここでこの機会を与えられましたので、現在のわが国としてなぜ公共投資を重視しなければならないかということについての私見を一つ申し上げてみたいと思うのでございます。私は三つの観点から申し上げようかと存じます。
 第一は、日本の経済が発展して参りまして、産業施設とでも申しますか、広く社会資本の不足と申しますか、そういう社会資本の不足と経済の発展循環というものとの間の関係がなめらかにいかない一つのギャップがある、アンバランスがあるこの実際上の経済的な動きと、社会資本の調節をはからなければ現在も困るということと、さらにまた、将来も困るということ、こういう点からどうしても社会資本をここで思い切って充実する必要があるという観点から、一つ公共投資を重視していくべきだと考えるのでございます。
 それから二番目に、公共投資を重視すべき理由として、まあこれは私なりの考えでございますが、かなり遠い将来を考えて今から社会資本を十分に充実するために公共投資というものを考慮すべきであろうということでございます。かような席で申し上げることははなはだ恐縮でございますけれども、わが国のように外国に非常に大きく依存する国では、国際的な競争に勝たなければ経済はとうてい発展いたしません。経済が安定的に継続的に発展しないとしますと、せっかく福祉国家を目ざして参ったのが頓挫することになります。福祉国家とか福祉社会とかいうことについての解釈はいろいろあろうかと思いますけれども、私は私なりに、完全雇用の実現と社会保障制度の充実という二つの柱の上に立つのが福祉国家だと、こう解釈いたしております。完全雇用を実現しようとすれば、経済がもちろん発展しなければ雇用の場が与えられないし、また経済が発展しなければ、社会保障制度を充実するための財政もまかなえないということになりますから、どうしても福祉社会に接近しようとすれば、経済が安定的に継続的に発展する必要があると、そういう発展は今までのところ割合に順調にここまで参りましたが、今後も引き続きそれが実現しないとしますと、とうてい福祉社会への接近なり実現は不可能になってくるわけでございます。特に私が申し上げたいのは、戦後日本の経済が十五、六年間にここまで順調に発展して参りました理由は、十幾つかも数えられると思いますけれども、特に私の申し上げたいのは、その中の一つとしての、わが国が国際的な経済競争力に打ち勝つために持っている非常に有利な条件、それは日本が世界で最も臨海工業地帯に恵まれているということであります。世界じゅうの方々の国を見渡しても、日本ほど臨海工業地帯に恵まれている国はありません。この臨海工業地帯、それはとりもなおさず、今のところは四大工業地帯と、その間をつなぐいわゆるベルト地帯がほぼそれに当たるのでございます。これがあるために日本の経済が非常に順調に発展することにもなり、また国際的にも有利に競争し得るようになったというふうに考えられるのでございます。わが国にはあまりこれという量的に恵まれた資源がありませんが、今になってみると、国内にあまり資源がないということがむしろ幸いしておるとさえも考えられる点があるわけでございます。もし防衛上の理由とか、資源の賦存状況からして内陸地帯に重化学工業でも設けられたとしますと、日本の重化学工業は規模を拡大し、一そう発展させることは不可能になって参りますが、室蘭から八幡に至るまでの重化学工業地帯は、もともとまあその近くにある、ある種類の資源は利用しましたものの、港を利用することによって、海外から資源を運んでくるというそのことによって非常に有利に諸外国と競争ができるようになったわけでございます。鉄にしろ、アルミニウムにしろ、石油にしろ、港に大きな船で運んできて、すぐさま近くの臨海工業地帯でそれを生かすということが、日本をして有利ならしめておる非常に大きな原因の一つだと考えられるのでございます。こういう、日本の持っておりますこの有利な条件は、もちろん今後も最大限に生かしていかなければならない。それで、国民経済の繁栄とか発展という見地から、従ってまた、外国との競争上の理由から、私は、この臨海工業地帯の整備をさらに一そう進める必要がある、そのための公共投資は惜しんではならないと、かように考えるのでございます。そういう点から、長く諸外国との競争に打ち勝つために、一口にいえば、先進地域といわれるところに対する社会投資を重視すべきだというこのことを第二点として申し上げたいのでございます。
 私、実は所得倍増計画の産業立地小委員会に専門員として関係いたしましたが、私のような、まあきわめて低開発地域の問題に取り組んでおる者からしますと、国内の先進地域に対する公共投資の増大というようなことは、感情的にはどうもすっきりしないものがありますけれども、しかしまあ、国民経済とか国家ということを考えると、この点にまず重点の置かれることはやむを得ないという、そういう考えになったのでございます。しかし、第三点について特に私の考えを申し上げたいのでございますが、あまり自分の生まれた低開発地域などにこだわり過ぎてはいけまいと思いますけれども、まあ第三点として、公共投資を重視すべき理由の第三のものとしての私の考えを一つお聞き取り願いたいのでございます。
 わが国の低開発地域といわれるところは、ほとんど全部、同時に農業地帯でございます。この低開発地帯である農業地帯への公共投資がなぜ必要であるか。どういう効果があるかということを考えてみますと、第一に、国内の食糧を自給するために必要であるということでございます。今のように、世界が自由経済の方向に向かっておる際、何も国内で、高い米を食べなくてもよろしいではないかという議論も各方面にあるにはありますが、私は、国民の主食は最大限に自給すべきものと考えるのでございます。万一、安い米が買えるからといって輸入に依存することになりますと、今まで主食の生産に携わった人の生活がくずれるだけではありません。何らかの事件によって、主食を日本に運ぶ船が一ぱいどこかで沈没させられたというような事件が起こっただけでも、国内における動揺というものは非常に大きいものだと想像されますし、また、そういう主食を日本に供給する国の生産が、必ずしも年々順調に行なわれるとは限りませんし、現にタイ、ビルマ、のごときは、米の市場が次第に狭くなるという理由で、作物を転換することを始めつつあると聞いておるのでございます。どうしても主食だけは自給することが必要であろう。この農業地帯の投資といえばいろいろありますけれども、まあ農業基盤の強化がその中で大きな比重を占めることとなりますが、農業基盤の強化のための種々の公共事業が行なわれますと、そこで農業地帯における雇用の機会がある期間は増加する。真に農業基盤が強化されますと、やがては農業地帯のための財政負担も軽くなるということも必ず生まれてくるわけでございます。それからまた、農業の近代化が進められて、都市と農村、あるいは第二次産業と第一次産業との間の所得の不均衡が次第に緩和されるというふうなことが行なわれる過程において、農業の近代化が農業地帯における工業の創出、工業に対する原料の供給ということを行ない得るわけで、農業の近代化は、農村における工業化あるいは工業の近代化につながるものを持っておると考えられます。そういうふうなことを数えてみなくとも、現に四割近い農民がおるということだけで、民主主義のもとでは、農村に住む人たちの生活をできるだけ豊かにするということが必要になってくるわけでありますが、そういうきわめて抽象的なことを除きましても、農業地帯を豊かにすれば、国内市場を拡大するという直接的な効果があるわけでございます。国内市場の拡大は、日本の工業にとっても一つの市場を提供する意味で効果がありますが、そのことはとりもなおさず、また甘木工業の外国工業との競争を有利にするという点もあるわけだと考えられます。なお、あまりに農業地帯が衰微して、現にその傾向を示しつつありますように、農村の人口が劣弱化する、老齢化するということがはなはだしくなって参りますと、日本に健康な若い労働力を供給する源がなくなってしまうという意味で、人口の健全化の立場からも、農業地帯というものをもっと新しくする、豊かにするという、そのために公共投資が必要かと考えられます。農業地帯の生活水準の向上安定というものは、社会の安定に非常に役立つということ、これはまあここでさような例をあげるのは適当かどうかわかりませんけれども、非常に激しい政治的な意図を持ったデモが繰り返されても、革命に転化する危機がなかったということは、都市に失業人口がほとんどないことと、農業地帯が安定しておったことによる点が大きいと私は考えております。議会主義によって平和に日本が前進しようとすれば、やはり農業地帯の豊かな安定した生活が保たれるということが非常に意味があるというふうに考えるべきだと思います。日本の経済が重化学工業、機械工業を中心にして、きわめてスピーディに発展しますので、農業をとかく軽く見る人がありますけれども、今のようにあらゆる面で民主主義化が行なわれて、働く人は一定の休みが与えられ、一定の賃金が与えられる。交通機関は発達する。常平生住むところはアパートのきわめて狭いところである。こういう状態では、自分のたくわえたお金で、休みを利用して、できるだけレクリエーションをやらなければ、工場における生産力も上がらない結果になるかもしれない。レクリエーションは生産を上げるために必要なことになって参りましたが、その際、日本の至るところが工場で満たされたということでは、私は十分にレクリエーションの目的を達成しがたいと思います。やはり平和な豊かな農村が都市の回りに展開しておるということが必要でありますから、レクリエーションあるいは観光といっても、よろしいかと思いますが、そのための農業地帯における、あるいはまあ低開発地帯における公共投資が一つの役割をになうことになろうかと思うのでございます。で、農業地帯に公共投資がもし大幅に行なわれるとなりますと、日本の農業の合理化をはばんでおる水利権とかいろいろな問題、これも非常に解決しやすくなり、あるいは緩和されるということになりますので、農業基盤を強化し、その近代化をはかっていこうとする場合には、公共投資がどうしても必要だということが言えると考えております。で、もちろん低開発地域農業地帯の繁栄は、そこに住む人間の自主的な努力によってはからるべきであることはもちろんであります。ただ、今までの歴史的な理由なり経済的な理由によって、現実に日本の農業地帯は、自分自身の力で自分の運命を打開することができない状態に置かれております。で、一度そういう状態になれば、そのあとは農業地帯自身の努力にゆだねてよろしいわけですけれども、それまではどうしても私はまあ公共投資その他の方法で農業地帯に力づけをする必要があると考えるのでございます。世の中が今のような時代でないとしますと、これはそう急ぐ必要もないし、時間がかかってもよろしいということになりましょう。けれども、資本主義の初期や中期とは違って、世界全体が東西に分かれて制度上の争いをする、経済力の争いをするという今の時代では、そうゆっくりと時間をかけて低開発地域を開発することは許されない。できるだけ東西の谷間にあっても動揺しないような国内の状態を作り上げる必要があると考えられるのでございます。日本の国民年金等の掛金が、七、八割が農山漁村地帯から集められるのかと思いますが、その大部分が農山漁村には使われずに、ほかに使われている、こういうこともいろいろと今後考えるべきでありますけれども、しかし、そういうことだけではとうてい足りませんので、国内の地域的なアンバランスを最大限に軽くするという点から、ぜひとも農業地帯の低開発地帯に一つの重点を置いていただきたいと考えるのでございます。私が今の段階で公共投資を重視すべきだと思う理由は以上の三つでございますが、最初にも申し上げました通り、公共投資の増大と関連して、あるいはこれと並行して行なわれるべきことが、今、議会でもいろいろと検討され、そういう方向に向かっておりますので、これをできるだけ進めていただきたいと考えておりますが、なお、若干つけ加えて申し上げたいと思いますが、国土総合開発法が二十五年に制定されて、国土全体についての計画は一向立ちませんけれども、府県計画なり、特定地域計画なり、あるいは地方計画が立てられて、ある程度実行されております。そのために公共投資がふえたということは事実でございますし、また、そういう各種の開発計画の間に一向連絡がないということのために、もしくは、また、必ずしも純粋でない目的でさような開発計画を立てるところもありますために、一そう財政上の負担を重くしておりますが、今後はもう一度国土総合開発というものを全面的に検討して、国土全体、地方府県、特定地域、そういうものの開発をどうしたらよろしいか、国民経済全体の発展のために、あるいは国民の福祉向上のためにどうすればよろしいかということを真剣に考えて、公共投資との関連をもこの点から御検討願いたいと考えるのでございます。
 なお、私は、仕事の性質上、日本じゅう方々回わりますけれども、ただいま主として東北地方のことを対象に申し上げましたが、もちろん東北地方だけを考えてよろしいのではございませんが、ただ東北地方について特に申しますと、予算の執行をする時期について、どうしても何か改められなければ寒冷積雪地帯は不利であるという問題がありまするから、真に有効に予算を使うためにも、予算の執行時期というものについて、つまり年度をいつからいつにするかという問題について御検討願いたいと、これはかねがね考えております。
 なお、私は、日本の国民経済の発展にとって、自由主義諸国との政治経済関係をより一そう緊密にする必要がある。これが急速に断絶でもしますと、とうてい日本経済の繁栄は保てないという点からさよう考えますが、しかし、長い先を考えれば、西方の大陸諸国ともできるだけ友好的に、かつ経済関係を密にする必要のあることはもちろんでありますから、そのときのことを考えて、今から国土の北方、あるいはまた西北方とか西方の、つまり日本海側の港湾、臨海工業地帯の整備を今からやっていただく必要があろうかと考えるものでございます。北海道、東北の不利な理由はたくさんございますが、自然的な理由のほかに、国内の大市場との距離が遠いということと、りっぱな港湾がないために、国際的な市場の距離も遠いということもありますので、これは日本があらゆる国と友好的に経済関係を結ぶ場合を考えて、今からさような港湾の、あるいは臨海工業地帯のない、恵まれないところについても考慮を払っていろいろな公共聖業を進めていただきたいと考えるのでございます。農業基盤の強化というふうな問題一つを取り上げましても、今後農業地帯がほんとうに増産しようとしますと、新しい農業技術を導入する、新しい耕作方法を行なわざるを得ないというようなことで、よけいに農民の負担もかかって参りますので、さようなこまかいことについても、十分に研究された上で低開発地域への公共投資をやっていただきたいと念願するのでございます。今のところ、幸いにして自然増収に恵まれて、一口に言ってはいけないかもしれませんが、大きく言えば、自然増収に恵まれて、公共投資のワクが広がって参りますが、これは国民経済の健全な発展のためには、継続的に必要とされる問題でありますから、今後公共投資のための財源をどう考えたらよろしいかということについては、特に議会の方で十分に御研究の上、国民が将来心配のないようにこういう方向をお進め願いたいと私は願うわけでございます。
 一向話がまとまっておりません。もともと専門家でもありませんで、失礼と思いながら、低開発地域のことが念頭から離れませんので、低開発地域を中心として、私の考えていることをほんのわずか申し述べた次第でございます。(拍手)
#4
○委員長(館哲二君) どうもありがとうございました。平公述人に質疑のあります方は、順次御発言を願います。
#5
○阿具根登君 一点だけ御質問申し上げます。
 平さんのお話では、日本に国内資源のないのは、かえって日本の貿易を伸ばし、幸いをしておる。また半面、今度は逆に、日本の米を日本で消化しなければ、外国に依存することは非常に危い、こういう矛盾したことがあったと思うのです。もちろん米の方は、生活というよりも、生命に直結しておると思うので、当然そうだと思うのです。私が心配しますのは、たとえば日本の資源が足りないから外国に非常に依存度合いが高くて、たとえば貿易自由化によって、フィリピンならフィリピンから鉱石をたくさん入れる。そうして日本で精練をやっておるが、それが今のままでいつまでも続くとは考えられない。おそらく今度はそういう中間的ないわゆる日本の行き方は、今度は鉱石を輸出する方で大きな精練所を作って参る、そうなった場合に、一体日本はどうなる。また、油が非常に多量に日本に入って参りました。これは米の例でいわれたように、今油の出る国はほとんど後進国でございますが、もしもそういう国が少し経済が豊かになってきて、そうして自分のところで油を精製するのだ、何も原油を日本やその他に安く売って、そうしてそれを精製して日本がもうけて経済がふくらんでいくというような、そんな日本にばかりいい汁を吸われんでも、自分の方で精製をするのだ、あるいは今日のような、民族の独立の盛んな今日です。せっかくそこに投資しても、これは自分の国のものだということで、政治形態ががらっと変わってくるような場合、日本は投資をして、そういう外国の資源に依存した工場のみ続々と作って、日本古来の産業がずっと後退してきてしまっておる今日、一体どうやっていくか、こういうことを考える場合に、あまりにも日本は外国依存であり過ぎはしないか、こういう心配を持つものですが、そういう点はどういうふうにお考えでしょうか、お教えを願いたいと思います。
#6
○公述人(平貞蔵君) 私の申し上げたことを幾らか誤解しておいででしょうが、今日重化学工業に重点が置かれてからの現状を考えてみると、日本に重化学工業の資源がほとんどない。外国のものを利用することができるという点が非常に有利であるというふうに申したので、私は、国内の資源は一切利用する必要はないとは申しませんし、特に私は断わりましたが、日本の鉄鋼業にしましても、最初は、たとえば室蘭の輪西の鉄鉱石、石狩の石炭、あるいは九州八幡の石炭というふうに、国内資源というものがあるからああいう地帯に重工業が置かれておりますけれども、かりに長野県にああいう製鉄所があった場合をお考え下さると、はたして今日の日本の製鉄業のようなものが起こり得たかとなると、起こり得ない。これは世界全体が、ことに先進国が重化学工業中心になっておるときに、日本がそれと競争するためには、どうしても海外の資源に依存せざるを得ないし、依存し得るということが有利だという意味で申し上げたのでございますが、いろいろと米が実際上入ってくる途中でなくなるということがあると同じように、そういう原料もなくなるというふうなことが全然ないとはもちろん申すわけにはいきません。けれども、熱帯地域で重化学工業、機械工業、精密工業が発展するのには、私は相当の長期の時間を要するものと考えております。そういう国が非常に進歩して、自分自身がそういう産業を持つ段階にたった場合には、日本はまだそれに応じて新しい産業で立っていくというだけの準備はありませんが、今のところでは、世界の今後の重化学工業の中心になると考えられる鉄鋼業、軽金属工業、石油化学工業、そのどれを拾ってみても、日本は当分は原料の入手には困らないということが私は言えると思っております。スエズ等の石油はきわめて安く手に入るわけですが、日本がこれを今消費しなければ、これを消費している国がないという問題がありますし、今、日本がインドネシア等で自分の力で石油を開発しようという努力を続けておりますが、将来もし中東地区から入らない場合にはほかから入れる。あるいはまた現にウラルからウラジオまでパイプでソビエト、ロシアから石油を送ろうという準備をしておるようですが、多角的に手を伸ばせば、日本は石油の入手には困らないだろうというのであります。軽金属の材料にしましても、マライ半島その他の原料がだんだんなくなってくるようですけれども、豪州及びアフリカには無限にありますし、豪州のボーキサイトを使う国といえば、今のところ日本しかないということで、これもそう心配がない。鉄はもともと日本に若干あるものを利用して出発したものですけれども、今になって見ますと、世界中から買わざるを得ない。世界中からすぐれたものを選んで買ってくる。日本のコークス製造が進んでおるから、日本の鉄鋼業は国際的競争力に富むと考えられますが、この鉄鉱資源の入手も、今後多面的な施策によってそう窮屈にはならないだろうし、今現に研究されておるように、新しいラテライトというふうなものが実用化される段階が参りますと、一そう鉄鉱資源は楽に手に入るというふうになってくると思いますので、私は三大重化学工業の将来については今悲観する必要はないと思います。ただ現に私、低開発地域に住まって取り組んでおりますが、東北でどれほどそういう重化学工業を急に興そうとしても興す見込みはありません。最大限にその地帯にある資源を活用して工業を興すということをやはり努めておりますが、たとえば農産物を中心とするカン詰工業とか、地下ガスを利用する工業とか、現にある資源は最大限に利用しますけれども、これはしかし、国際的な競争という点から考えれば、やはり臨海工業地帯の重化学工業及びそれによる機械工業、さらにまた精密工業という、こういうものに進んでいく必要がありますので、決してその国内資源を利用するなという意味ではありません。重化学工業に移行した現代においては、日本に資源がなくて海外から入れることがむしろ有利になったのだという、一つの一種逆説的な言い方をしたのでございます。
#7
○米田正文君 私も一点だけお伺いをいたしますが、公共投資が経済の高度成長の基本の一つとして非常に強く取り上げられて参ったのですが、そこでその公共投資の配分になって参りますと、今もお話がございましたが、重工業地帯の問題、それからいわゆる地方の地域的な格差の解消のための未開発地帯の問題と、こういうふうに大きく分けると二つに分かれるのですが、それがいつも問題になることです。どういうふうにしてその配分を考えるか、どちらもまあ資金効率の面からいえば、現在の市街地に近いところに投資をするのが非常にいいということにもなる。また一面、今申し上げましたいろいろな政策の面から、未開発地帯の開発をやらなきゃならぬと、こういうふうになってくるのですが、その配分をしていく考え方をどうするか、まあ比重をどういうふうな比重にするかという点をお尋ねをいたしたいと思います。まあこれは私の考えでは、それをきめるったって、なかなかきめ手はない。そこで、まあ先ほどお話もございましたが、国土総合開発法で言う全国総合開発計画というようなものがまあ一つの基準になる。それをやるには、どうせまあこれも積み上げ方式のようなものを加味していかなければならぬとは思いますが、また国の大きい至上命令的な計画もあるわけですから、そういう面からと合わして、国土のいわゆる総合開発計画という面からきめていくべきだというような考えもいたしておりますが、その点についてのお考えをお伺いいたしたい。
#8
○公述人(平貞蔵君) どうも専門家を前にしろうとが申し上げるような形でありますが、まあ公共投資の項目が八つありまして、実質的に公共投資に入るものがそのほかにたくさんあるわけでございます。私はまあごく概念的に申しますと、今のお話にもありましたが、経済的な合理性、まあ資金効率とでもいいますか、そういうことがやはり一つ貫かれる必要がある。しかし、そのことを貫くために社会的な不合理性があまりに大きくなって参りますと、結局経済的な合理性も失われる事態が生まれてくるという意味で、経済的合理性と社会的合理性と、その双方をバランスにかけて常に政治は行なわれるべきものだというふうに考えておりますが、ただ、今お話がありましたような、都市付近に投資すれば非常に効率がいいというふうなことがよくいわれますし、現にそういう場合の方がむしろ多いでしょうけれども、ほんとうにその方がよろしいのか、あるいは低開発地域に投資する方が長い目でよろしいのかということ、そのこまかい計算が一向行なわれていないということが言えるのではあるまいか。その点についてもっとお互いに各方面で研究してみて、先進地域に投資する場合には、何年たてばこうなるといったような計算と、低開発地域では何年たてばこうなるというような一つの計算と、比較して議論をするだけの材料がまず出てこなければならないと思っておりますが、私は――まあ私が申し上げた順序にもよりますが、日本の社会保障制度の充実なり完全雇用への接近ということが、どうしても必要でありますので、それを実現するためには、国民経済が順調に発展し、財政が豊かになる必要がありますので、経済的な合理性を重んずる日本の経済の発展ということに、まず第一の比重が置かれるべきだろうけれども、それがはなはだしくなりますと社会的緊張を生じ、いろいろな問題を生むということになりますから、最大限にその格差をなくすような、産業間なり地域間の格差をなくすための、国民経済の全体のバランスの取れた発展ができるような、そういう面に公共投資が行なわれるという、私なりの頭からそういうことを申せば、経済的合理性を今のところは貫くことが大事であろう。ただし、それが極端に過ぎてはならないので、社会的な合理性をも十分に加味しつつ、公共投資がさらに大幅に行なわれる状態を作り出す必要があるだろうという考えくらいで、具体的にこれは議論ができません。
#9
○田中一君 お話よく伺いまして、今、一点、二点、三点、御意見を拝聴したのですが、との三一六年度の予算に、先生のおっしゃるような希望が十分に織り込まれておるという前提に立ってのお話でございますか、あるいはまた、部分的にはあるけれども、この点についてはこうしてほしいというような御意見があるならば伺いたいと思います。
#10
○公述人(平貞蔵君) 公共投資全体がこれで十分であるというふうなことは申せないのでございますが、しかし公共投資が次第に対象を幅広くし、多元的に考慮されて、額も増加されざるを得ないという情勢の中で、公共投資はわが国でもふえておるということと、それから公共投資に関連して考えられるべきことがまだ実現されないものがたくさんあるわけですけれども、低開発地域の工業開発に関する特例とか、あるいは農業基本法の制定とかといったような、そういう多くの問題が取り上げられつつあるという意味で、わが国における公共投資の取り扱い方が非常に、どう言ったらいいですか、よくなったと私は感じておるので、十分だとは考えておりません。いろいろな点で中小企業のための費用がふえるとか、農業基盤の造成強化に費用がふえるということはありますけれども、部分的に、あれを見ますと、前年度に比べて減ったものがありますし、しかし財源の問題がありますから、そう一足飛びにあらゆる面が完全であることはできまいという考えで、私はまあ大体の方向において賛成だというふうに申し上げるよりほかございません。
#11
○田中一君 もう一つ、税の自然増収によって財源とすることは非常に危険である。従って、固定した計画的な財源を持つべきであるという御意見は、その通りだと思います。そこで三十六年度予算の中にはその方向が出ておるとお思いになりますか。たとえば税収に対する推定が正しくなければならない。あるいは先生は、三十六年度においてもまだ千億、二千億あるいは三千億程度の税収があるのではないかというような推定のもとに立っていらっしゃいますか。
#12
○公述人(平貞蔵君) 自然増収が今度のように、いつもたくさんあるとは限らないわけでございますので、自然増収だけに頼ることはやはり危険でございますから、将来は自然増収だけに頼らない一つの公共投資の費用を作り出すという、そういうことが、今後日本の財政では非常に大きな問題になってくると思います。これについては、今後財政の組みかえ、その他についてずいぶんと大きな問題をそこで解決していく必要があるわけですけれども、私は、公共投資に投やる費用が今度よりかもはるかに大きく望み得るということは無理だろうという感じを持っておるのでございます。
 ここでそんなことまで申しては、はなはだ僣越でありますが、私は、田中さんも若干御存じの通り、社会党からシンパ扱いされた人間でありますけれども、それは党員じゃありませんで、三輪寿壮という自由人との関係でありまして、三輪を応援する場合にも、私は三輪とは違う点があるのだということをはっきり申しましたが、それは私は私なりの考えで、日本は最小限の防衛力が必要だという考えに立っておりますので、よく社会党がおっしゃるように、防衛費を削減してその他に向けるという議論には、私は早急には賛成できないのでございます。それで、予算全体を見て、公共投資がもっとさらに大額にふえる余地が今の予算であるとは簡単には考えることができません。
#13
○委員長(館哲二君) 他に御発言がなければ、平公述人に対する質疑は終了したものと認めてよろしゅうございますか。(拍手)
 ありがとうございました。
   ―――――――――――
#14
○委員長(館哲二君) それでは次に、隅谷公述人にお願いいたします。
#15
○公述人(隅谷三喜男君) 私がここに呼び出されまして、皆さんに申し述べるように言われましたことは、現在の日本経済の中において中小企業がどういう問題を持ち、あるいは将来にどのようなことが考えられるのかというようなことについて私の考えを申し述べるようにということでございました。そこで中小企業のことを申し上げたいのでありますが、その前に一、二のことを限定させていただきたいと思うのですが、それは、一つは中小企業のこと、そのことについては、ここにおられる皆様方は非常によく知っておられると思われますので、中小企業一般の問題というようなことには私は本日は一切触れないことにいたしたいと思います。もう一つは、中小企業と申しましても、非常に多種多様でありまして、そのあらゆる問題について短い時間でお話しするということもできませんし、私の能力もそれに及ばない点がございますので、中小企業と申しましても、大体中小企業というように御了解を願って、私の話を申し上げたいとと思うわけであります。
 そこで、具体的にはこの数年来進んで参りました技術革新というものが中小工業にどうような問題を与えておるのだろうか、この技術革新というものが今日まで、また、今後しばらくの間の日本の経済成長の非常に大きな柱となると思われますので、それとの関連において中小企業のことについて私の考えておりますことを二、三申し述べさしていただきたいというように思うわけであります。そこで、まず初めに問題を具体的に申し上げる方が、今日の私のような立場においては適当かと思います。中小工業と申しますが、そこで小工業の問題と中工業の問題というのが、技術革新の過程において違って展開してきているのではないかということをまず第一に申し上げさしていただきたいと思います。そこで、この中と小というようなものをどういうふうに分けるかについては、いろいろな方がいろいろな意見を申しておられる。また議会などでいろいろ立法される場合にも、そういうことがおそらく御議論の対象になったこともしばしばあるのではないかと思いますが、一応私は、ここで小企業というのは三十人以下、これは非常にある意味では便宜的ではありますが、次に私が申し上げますように、三十人以下の企業の動向というものが、非常に注目すべきものがあるというふうに考えておりますので、三十人というところで小企業というものを切りたい、こう考えております。それから中企業というのは、従って三十人から大体三百人くらいまでの企業というものを、私が念頭に置いてお話し申し上げるということを、これもまた御了承願いたいと思います。
 そこで小企業の問題でありますが、この小企業が、技術革新の進展の過程において、一つの問題をはらんでおるということは、どういうことを私が申し上げようとしておるかと申しますと、この数年来の工業統計表などを見てみますと、こういうことが出てくるのであります。それは小工業、三十人以下の企業は、景気が後退したときには、大体その企業の数も多くなりますし、そこで働く従業員の総数もふえている。日本の経済全体がこの数年かなりのスピードで成長して参りましたから、全体的にそれは従業員の数も企業の数もふえていく傾向はございますが、そういう中で比較的規模の大きい企業は、景気が後退する時期には従業員もその増大傾向がストップする。あるいは時によると減少する。ところがそういうときに三十人以下の方は企業の数もふえますし、従業員もふえてくる。こういう傾向が出てくる。そのかわりに今度は全体的にこの経済の成長が非常にスピーディに行なわれ、一般的に申しますと景気のよい時期になりますと、三十人以下の企業の従業員の増大傾向というものが、押えられると申しますかそれほど大きくならないと、こういう事実が出てきておるのであります。このことは一体何を意味しているのかと申しますと、私の考えでは三十人以下の企業の場合には、そこで働く人たちの社会的な条件と申しますか、社会的な事情というものは、もちろんそういう企業に雇用されて働いている従業員であるという、その性格そのことは否定することのできない事実でありますが、同時に他方においては、それが過剰人口と申しますか、やはりこの不完全就業的な状況を一面において持っている。従って景気がよくなって雇用の条件が非常によくなりますと、そういうところはむしろ非常に停滞的になって、そういう三十人以下の層に働くような従業員の人たちが、むしろ規模の大きい比較的労働条件のいい方に向かって流れていく。その雇用の方に吸収される。ところが景気が多少後退しますと、規模の大きい方の企業がそういう雇用を多少でも制限いたしますから、そうしますと、そういうこの零細、三十人以下のところに働かないでは生活ができませんからして、そういうところに雇用を求めてそこに集中していく。そういう傾向が三十人以下というところにかなり顕著に出てきたということが、この、六、七年の一つの新しい現象ではないだろうかというふうに思っているのであります。と申しますのは、多少歴史的なことを申しますと、戦争前にはもっと零細な、三人以下あるいは四人以下というような零細な規模、たとえば小売業とか家内労働的な部門がそういう役割を占めておって、景気が悪くなるとそういう小売業や家内労働あるいは家内工業的な毛のが増大し景気がよくなるとそういうところは収縮するということが、戦前については見られたのでありますが、昭和二十八、九年以降について見ますと、それがどうも三十人以下の企業について、そういう現象がかなり出てきているのではないだろうか。これは今後の技術革新の進展の中において、おそらく一そうはっきりそういう傾向が出てくるのではないだろうかというように私は考えております。特にこの二十九人以下というのが問題になりますのは、これも御承知のように労働条件が非常に劣悪でありまして、千人以上を一〇〇とした場合には、年間の支払い賃金は大体四〇というように、いろいろな統計は記されているわけでありますが、そういう工場について見ますと、大体この最近の技術革新の過程で、大企業のもとに中小企業が系列化されるというようなことがいろいろ申されておりますが、そういう系列化からもはずれていく、この系列企業というようなものを私たちは多少調べてみますと、以前には小さい十五人、二十人というようなものもかなりたくさんございましたけれども、この数年来、次第にそういう小さい層が淘汰されて、もちろん中には以前は十人、十五人であった企業が、この経済成長の過程で四十人、五十人というように企業自体が大きくなったというのもございますけれども、とにかく一般的にいって、三十人以下の企業というようなものは系列からもはずされて、従って金融その他の面においても、かなり不利な条件が生まれてくる。そうしますと労働条件が改善されるということがいよいよ困難になってくる、こういう悪循環が行なわれているということを見るのであります。こういうところに最近労働力の不足ということが、いろいろやかましい問題になって参りましたけれども、労働力不足というものが最も痛切に感ぜられているのは、この三十人以下の企業であります。こういうふうに言って間違いがないと思うわけでございます。従ってこういう小企業は、そういう意味で、この社会の労働力の需給関係のある意味ではプール的な役割を占めているという性格をかなり持って、企業の活動が全体的に活発になったときには、そういう零細な企業の中から、労働力がある程度吸収され、景気が多少後退すると、そういう零細なところに、労働力がある程度雇用されていくというような、労働力のプール的な存在となっており、しかもそのプールの状況というのは、これは一般的にそうでございますが、かなり問題があると申しますか、劣悪な状態にある。こういう状態に対しては、中小工業一般に対する対策というのとは、やや異なった視点が必要なのではないだろうかというように考えるのでありまして、この数年来財政投融資などを大きな基盤にいたしまして、中小企業に対する金融なども、かなり大幅に行なわれるようになって参りましたわけですが、そういう中で、どうしてもそういう財政投融資を基盤にして、いろいろな国民金融公庫とか中小企業金融公庫というようなものが活動します場合には貸し出した金の返済というものが確実であるということが非常に大きな貸し出しの条件になりますと、条件の悪い零細な企業は非常にそういう貸し出しを受け得る機会というものに乏しくなってくる。そういう問題がありまして、経営の条件が悪いから比較的低利なお金が借りられない。金が借りられないので高利の金を友人とかいろいろな高利貸し的な機関から借りてくるということになりますと、いよいよ経営が苦しくなっていく。そういうことが労働条件にも反映すると、いろいろな悪循環が行なわれておるわけです。そういう意味におきましては小企業に対する対策というものは、多少中小企業一般というのとは違って考えられる方がよろしいのではないだろうか、というように思うわけであります。これが第一の点でありまして、二番目は、その小企業よりは規模の大きいいわば中企業、私の最初に申しました規定に従えば三十人から三百人前後までの企業について、そこに起こっております問題を次に二、三申し上げたいと思うのであります。
 一般的に申しますと、技術革新の過程において親工場、大企業の方はもちろん企業の活動自体は非常に大規模になったわけでありますが、そこに働く従業員の方はどうなったかと申しますと、必ずしもそれほどふえておらないわけでありまして、たとえば成長産業といわれております自動車産業などをとってみますと、自動車産業のシャシー・メーカーはこの六、七年間ほとんどその木工というものを増加させていないのであります。そして自動車を数倍生産するに至っておるのですが、それは一つは臨時工問題というものが出て参りますが、もう一つは下請企業を広範に利用しておるという方法をとっておることは御承知の通りであります。この下請企業に対して親シャシー・メーカーの方はいろいろ資金の導入をいたしまして新しい設備に投資をし、そして生産力を急速に上昇させて従来と同じような人員で数倍の自動車を生産する、こういうことになっておるわけでありますが、シャシー・メーカーの自動車の生産が五倍になれば工場の部品の生産も五倍になるわけでございますが、そうしますとその五倍になった生産量というものを、個々の下請企業はどういうふうにしてこなしていくかと申しますと、一部はもちろん設備に新しい投資をいたしまして生産力を高めるという努力もしておりますが、中小企業の場合には十分そういう設備資金もございませんので、他の半分は結局労働力を増大するということによって、この増大する需要に対応しておるわけであります。従って、親工場であるシャシー・メーカー、まあ自動車ばかりとは限りませんけれども、そういう親工場、大工場の場合にはそれほど人員が増加せずに、中小企業の場合には、非常に人員増加の傾向が、特に系列化された企業の場合には著しく現われてきているということが一般的な現象であります。そういたしますと、そこに中小企業の規模が次第に大きくなっていっておるだろうということが想定されるのでありますが、そうして事実そういう傾向はかなり顕著でありますが、同時に統計的にも次に申しますようなことが結果的に現われておりますし、また私たちがいろいろ調査をしてみても明らかなることでございますが、必ずしも系列企業なり中小企業の規模がそのような趨勢で大きくなっていないのであります。で、大きくなっていないというのはなぜかと申しますと、そこに一つの新しい傾向が現われている。それは中小企業はある程度大きくなって参りますときに、自分の企業の規模を大きくするということをしないで、新会社を作るという傾向が最近のこの技術革新化の一つの新らしい傾向として現われてきているように思われるのであります。何ゆえにそのような新会社を作るのか、これはもちろん、たとえば従来そういう中小企業が部品を作っておるわけでありますが、部品を一つや二つ作っているわけじゃなくて、何種類かの部品を作っている場合に、種類の違った部品の生産をもとあった工場から切って、新しい企業を作って、そこに同一種類の製品の生産を行なわせるというようなことがいろいろ行なわれていくわけであります。そこに企業としては企業なりの一つの合理的な経営ということを考えておると思いますが、それがどういう結果を一方において生み出しておるかと申しますと、これは経営者の方もかなりそういうことを考慮して、そのような企業の分割を行なっておるといって間違いないと思いますが、大体統計的にもまた実際にも従業員三百人以上になりますと労働組合がございます。中小企業の経営者にとってやはり労働組合はとかく目の上のこぶで、いろいろ経営上支障があると申しますか、ないにこしたことはないとこういう考え方が非常に一般的でありますからして、そこで企業の規模を大きくして参りますと組合の力も次第に強くなってくる。そうして賃金も次第に高くなる。これは親工場にとっても好ましくないことであり、中小企業そのものにとっても困ったことであるとこういうふうに考えられまして、そこで中小企業は自己自身の規模を大きくしていくよりは、むしろある程度大きくなったときには新しい企業を作って、それは巨人とか百五十人とかいうような規模の新会社を作りまして、そこには原則的には労働組合というものはできないように指導をして新しい企業を作る。そうしてかなり一般的に見られます現象は、大体労働時間が三十分ないし一時間延長されます。組合が存在しておるような企業において労働時間を延長することは非常に困難でありますが、新会社を作ってそういう未組織の状態のもとにおいて、労働条件その他を新しく決定していくわけでありますから、そうなりますと、労働条件がそこで多少とも従来の企業より悪くなるというような現象が、かなり広範に見られるということであります。
 それからもう一つは、支払い賃金あるいは平均の支払い賃金というものが下がっていく。中小企業の方はだんだん規模が大きくなりまして、規模が大きくなるにつれて平均賃金が高くなって参りますので、それを下げるためにも新会社を作って賃金の平均を引き下げて、そうしてコストを引き下げるという努力を非常にしておるわけであります。もちろんこれは一つには、そういう新会社の場合には、若年労働者を主として採用いたしまするから、弱年労働者の賃金が安い、これはどこの企業でも同じことでありますが、そういう弱年労働者の比重が高いということによって、支払い賃金総額を切り下げていく、特にこの技術革新の進展して参ります過程において、中小企業の作業の内容が次第に単純化して参りまして、従前のような旋盤一台あれば何でも作ってみせるという熟練工が次第に不要になってきているということもございまして、中学を卒業して一、二年も工場で実習をすれば、一応の仕事ができるというような状況も広範に生まれてきておりますので、そういうことから若年労働者が多数に使われる、それによって賃金の引き下げをはかり、コストの引き下げをはかっていく、こういう努力が行なわれているわけであります。にもかかわらず、小企業におきましても賃金の総領は一年々々高くなって参ります。この五、六年とりましても、勤続は二、三年平均が延びて参っておりますから、賃金支払い額がどうしても大きくなっていく傾向がございますので、それに対しては新しい賃金体系というものを考えなければならないということが、中企業の一つの切実な問題になって参りまして、最近の傾向でありますと、大体十六、七で採用いたします、二十二、三くらいまでは賃金の上昇カーブというのが比較的高くしてございますが、二十五、六以後になると賃金の上昇カーブを寝かしていく。そして勤続年数が長くなっても、それほど高い賃金を支払わないでもいいようにするといったような努力を、企業としてはいろいろしております。従って、どういうことがそういうことから言えるかと申しますと、経済成長のプロセスにおいて、企業の規模が大きくなり、また個々の企業の内部において賃金の上昇というものがそれぞれ見られるということは、これは否定することができない事実でありまして、これは非常に喜ばしい現象でありますが、ところが、それは中企業にとってはコストの増大ということになって参りますので、それを何とか避けようとする努力が非常になされている。それが今申しましたような新企業を作って、その労働条件を切り下げていく、あるいは賃金の上昇カーブを二十四、五才のところで大体とめてしまって、それ以上は上がらないよう――上がらないといっても、全然上げないわけには参りませんけれども、その上昇カーブを下げていくというようなことによって、支払い賃金の総領を何とか押えていこうというような努力がいろいろなされて、従って日本の企業全体として見ますと、そういう中企業というものの増大の趨勢というのは、かなり顕著に現われてきているわけでありまして、大企業の方は技術革新、設備投資等によって、かなり大幅に技術革新をいたしまして、人員の増大というものを極力押える方針をとっているわけでありますが、そういう中でも比較的好況でありました先ほど申しましたように三十人以下の零細の方は人員がふえない、ふえるのは主として今申しましたような中規模企業というところが増大している、その中規模企業において今申しましたような努力がいろいろなされているということが、現在の中企業といわれているものの大体の趨勢であると言ってよいと思うのであります。そこに大企業の方は、次第に労働条件がよくなって参りますが、中企業については、労働条件の上昇がとかく抑えられがちになっているというような状況が現われてくるゆえんであるといってよろしいと思うのであります。
 最後にもう一つ申し上げて私の話を終わらせていただきたいと思いますが、それは、系列企業というものが――月末の場合には中小企業というものは大体親工場というものがあって、その系列企業として成長していく。もちろんそのほかに独立して、輸出中小企業というような形で伸びている中小企業その他がございますことは言うまでもございませんが、この系列企業というものについて、今日一つの問題が起こってきているのではないかということを申し上げたいと思うのでありますが、それはどういうことかと申しますと、具体的に申し上げた方が話が簡単かと思いますが、たとえば自動車をとってみますと、自動車は部品の半分以上というものを外注してそれを組み立てておるわけでありますが、この自動車工業は、今日一つ非常に大きなジレンマにぶつかっているといってよいと思うのです。それはいかなるジレンマかと申しますと、それぞれのシャシー・メーカー、自動車の親工場といわれるものは、長年かかって部品工業、下請工業というものを育ててきたものでございまして、それぞれシャシー・メーカーというものは二百前後のそのような協力工場というものをかかえておるわけであります。そして、それに対して多少の資金の援助を与えるとか、技術者を派遣するとか、あるいはそういう企業が金融公庫等で金を借りる場合の多少の背後からの援助をするとか、そういうことをして部品工業を育ててきたわけであります。そういう部品工業が自動車の部品となるわけですから、自動車工業としては、これを育てていくことに非常な努力を払ってきたわけであります。ところが、御承知のように自動車の場合は自由化というような問題を控えまして、この数年来自動車の価格の引き下げに非常な努力を払ってきたわけで、この四、五年の間にも四、五〇%の単価の引き下げをやったわけでございます。その単価を、自動車の価格を引き下げるということは、具体的には部品工業にとっては部品の引き受けの単価をそれだけ切り下げてきたということを意味しておるわけであります。そして今日の状況では、これ以上部品の単価を下げるということはなかなか困難である、大体まあ一つの自動車工場の一つの部品生産というのが月に一万――もちろん個々の自動車会社には、月にもう少し多い台数の自動車を作っておるのもありますが、それはトラックを作ったり、乗用車を作ったり、トラックも大型や小型がいろいろあるわけでありまして、一つの部品について申しますと、せいぜい一万くらいの部品を作っておるわけであります。そうしますと、その一万の部品、それを同種類のものとしましても、二、三方の部品を作るのでは、今の設備以上に設備を合理化するということが必ずしもプラスではない。これ以上の設備投資をしますと、生産力が高くなりまして、高くなりますと、その二万や三万でなくて、五万、十万の部品を作らなければそういう設備投資に見合わない、こういうことになってきておるわけであります。従って、現在のような自動車の生産規模においては、現状よりももちろん多少改善していく道はあると思いますが、それほど大幅な生産力の上昇というものは期待できない。そうしますと、単価の切り下げということも今日大体限界に近づいてきておる。ところが自由化というようなことを考えますと、さらに二、三割の単価の引き下げをしていかなければならない。これをどうするか、国際競争ということを考えた場合に、日本の自動車工業の将来はどのようにあるべきかということを考えてみますと、結局そういう親工場に従属した系列企業というようなワクを離れて、特定の部品についてはどの自動車会社もその部品メーカーから買うと、こういう体制になることがむしろ望ましいということが起こってきておるわけであります。そうしますと、その部品メーカーが日本の自動車生産業者全体に対して部品を生産するということになりますと、部品の単位が現在の五、六倍というふうに大きくなって、そうしますと、そのためには相当な設備投資もして単価の切り下げも可能になる、こういう状況にあるわけです。ところが、車種メーカーにしてみますと、今までいろいろ苦労して育ててきた部品メーカーを、簡単においそれと開放して、どこの企業も共通に発注するというようなことにはなかなかしたくない。これは企業間の競争が非常に激烈でありますからして、企業間の競争ということを考える際は、自分が育てた部品工業をやっぱりしっかりかかえていきたいという考え、しかし、他面考えると、日本の自動車工業の将来、世界市場における自動車というようなものを考えると、それではやっていけないというその両方の間の板ばさみになっておるわけでありまして、こういう状況は、個々の企業の主導権のもとで解決するということは、実際は非常にむずかしいと思われるのであります。そういう意味で、たとえばそういう部品工業に対して設備投資のための資金を融資するというようなことに対して、政府はいろいろな対策を講じておるわけでありますが、そういうような際にも、これは現実に通産省などそういうことをやっておるようでありますが、日本の個々の企業の利益を考えますと、なかなか思い切ったことができない点もございますが、日本の工業全体のことを考えて、いかなる対策を講じたらよいかということが非常に大きな問題になってきている。ただいま申し上げました自動車の部品工業の例について申しますと、個々の自動車メーカーに系列化している部品メーカーじゃなくて、独立したメーカーというものを育てていくというような政策ということが、日本の工業政策としてはきわめて望ましいのではないだろうかというように思われるわけであります。
 私に与えられました時間も参りましたようでありますので、結論というようなことを私は特に申し上げる必要もないと思いますので、以上二、三のことを申し上げて、私の責めをふさがせていただきます。(拍手)
#16
○委員長(館哲二君) どうもありがとうございました。
 隅谷公述人に質疑のおありの方は順次御発言願います。
#17
○田中一君 最後に先生からお話しがありました系列会社の問題ですが、なるほど各メーカーともに異なった車種を持ち、また、ことさらに異なったものを作ることの方が販売競争の上においてはプラスの面もあるわけなんです。しかし、今お話しのような系列工場が、一万ないし二万程度の部品の製作ではコストの引き下げができないというようなことになると、お話のような統一した共通の部品ということにならざるを得ないと思うんです。そうなりますと、結局、生産される自動車そのものがやはり同じような、車種が似かよってくるということにならざるを得ないと思う。自由競争の時代でございますから、資本主義のもとですから、何を作っても自由でありますけれども、国家的な見地から見た場合には、われわれはそれが望ましいと思うんです。いわゆる車種の数をそう勝手に自由にさせないで、国民的な立場から、国がもしそれらのものを規制するならば、やはり一応の制限――統制という言葉は使いませんけれども、制限をする方が貿易の自由化によるところの自動車産業のあり方が健全になるというように先生から示唆を受けたわけでございますけれども、そういうような考えで今の御発言があったわけでありますか。将来どう行くべきかということをやはりはっきり伺いたいと思うんでございます。
#18
○公述人(隅谷三喜男君) 自動車は、御承知のように非常に競争が激しくて、その競争についてはいろいろな点があると思いますが、たとえばスタイルというようなものは、これは企業によって非常に違うと思うんですね。そういうことは私は大いに競争してかまわないことだと思いますが、基本的な部品でございますね、とにかく自動車は数千の部品からできておりますが、そういう数千の部品の一つ一つの部品については、それはある程度規格化する、標準化するということが非常に望ましいのではないだろうか。これは今日でもベアリングとかそういうようなものはかなりの程度に標準化されておるわけでありますが、そういうような標準化する範囲を、もっとずっと広げていって、自動車工業というのはそういうものを組み立てる工業ですから、それをどういうふうに組み立てるかというのは、個々の企業におけるアイデアがいろいろと違うと思いますが、そこは自由に競争したらばよいと思いますが、その基礎になるべき個々の部品については、なるべく規格化、標準化というものを推し進める。そうして、そういう標準化された部品を、特定の企業に供給するのでなくて、一般的に市場に対して供給していくというような部品メーカーというものが育っていくことが望ましいのではないか、そういうふうに考えております。
#19
○田中一君 それで、一つの部品が二、三万程度では、設備投資または合理化ができないというならば、生産が三万、五万になった場合にはそれはペイいたしますか。系列工場が、新しい設備投資をして合理化をするということによってペイいたしますか。それが一万、二万じゃ困る、五万、八万になればいいという何かそういう限定はございますか。
#20
○公述人(隅谷三喜男君) それは程度の問題でございます。要するに、問題は、現在の単価を、自動車の価格そのものを三割なら三割下げるということが必要なわけです。そうしますと、車種メーカーも三割下げなきゃならぬ。部品メーカーにも大体同じように三割下げるということが、ごく算術的に申しますと、かかってくるわけです。その三割という程度のものを下げるということは、どうしたらよいかということになると、それはやはり生産量をふやしていく。生産量をふやすことによって設備の多少の新しい投資ということも考えていくということでやっていけるのではないか、そういうふうに考えております。
#21
○小酒井義男君 今のお話で、そういうふうに部品が規格化されていくということは非常にいいことだと思うんですが、そうなると、工場の規模なども、現在のものと違った規模に変わっていくと思うんです。そういう中で、雇用にどういう影響を及ぼすか、雇用量ですね。それが賃金にどういうふうの影響が出てくるかというようなことについて、どういうお考えを持っていらっしゃるか、承りたい。
#22
○公述人(隅谷三喜男君) 現在はそういう再編成をするのには比較的適当な時期ではないだろうかというように考えておるわけであります。それは、先ほど少し申しましたように、中規模企業というものは今日非常に人員が増大しておる。特に具体的に申しまして自動車工業なら自動車工業をとってみますと、自動車工業の協力工業、部品工業というものは、非常に人員が増加しつつあるというのが現在の状況であります。そこで、部品工業というものを今私が申し上げましたように専門メーカーとして独立させていくということを考えますと、おそらくその雇用総軍は、かりに経済成長というものがストップしている、静態的な状態であるということになりますと、生産力が高くなりますからして、雇用量は多少減ると思われるわけであります。ですが、今日は雇用総量が非常にふえている最中でありますから、そういう再編成をすることによって、失業問題とか、そういう問題が非常に深刻な問題になるというようなことは、むしろきわめて少ないのではないだろうか。それよりも、今後自由化が進んだ場合に、現在のような体制のままでいきますと、結局やはり三割なら三割引き下げなければならないということが、企業の側から非常に至上命令的に出てくるわけであります。今日までも、かなりそういうことで親企業の方から一割引き下げ、二割引き下げということを言い渡されてきておるわけであります。それを何とか今日までは切り抜けてきたわけですが、今後、現在のままの生産量は――もちろん個々の自動車の企業の生産力は多少大きくなりますけれども、このままで参りますと、そういう一割、二割、三割の単価の切り下げというものが、賃金の切り下げと申しますか、賃金の問題に直接響いていくことになるのではないだろうか。ですから、むしろそういう独立の専門メーカーというものを育てて、そして私たちが調査をいたしましても、もちろんそういう独立の専門メーカーが、非常に局部的ですけれども、少しずつ育ってきているわけでありまして、そういう企業は、企業の中では比較的成長度の高い企業になっております。そして労働条件その他も比較的良好であるというふうに見ているわけであります。ですから、景気の後退期にそういうことが起こりますと、非常に重大な問題になりますけれども、今日のような状況では、それがそれほど大きな摩擦を生じないでやっていけるのではないだろうかというふうに思います。
#23
○田中一君 最初のお話の小企業の問題ですが、どうでしょう、共同化、あるいは協同組合化とか、あるいは企業組合化というような線で小企業を守るというような方向は、現在出ておりませんか。たとえばサービス業にいたしましても金融その他の措置、あるいは媒体であるところの店舗等の共同化もありますし、それから生産部門でありますと、これは協同組合化というような方向で一応安定した小企業のあり方というものを考うべきじゃないか。われわれ常に考えているのですが、そういう傾向は全然見られておりませんか。また、そんなような指導も、実はこれは国ばかりじゃないでしょう、都道府県もございましょうが、そういう傾向はございますか。
#24
○公述人(隅谷三喜男君) これは産業の業種によってかなり違うのではないかと思いますが、何と申しますか、伝統的な企業、古くからある企業の中には、そういう動きをかなり顕著に始めつつあり、あるいは共同化というようなことが動きつつあるのじゃないかと思われますが、いわゆる成長産業といわれる化学工業や機械工業などの場合には、流動が非常に激しいために、政府あるいは通産省、中小企業庁等でそういうようなことはいろいろ進めておられるのではないかと思われますけれども、実際にはなかなか思うように進展していないのではないか。確かに、問題はそういう五人、十人というような規模の企業が共同することによって、実質的には五十人、百人というような人員の規模の企業と同様の活動ができるようになれば、それはそれなりの法則に従って活動し、発展の契機もつかむことができるのではないかというふうに思われるわけですが、実現の具体的なことについて、もう少しいろいろ行政的あるいは政治的に打つべき手があるのではないだろうかというふうに考えます。
#25
○委員長(館哲二君) 他に隅谷公述人に御質疑もないようでありますが、質疑は終了したものと認めてよろしゅうございますか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#26
○委員長(館哲二君) それじゃ終了したものと認めます。
 大へんどうもありがとうございました。(拍手)
 午後は一時十五分に再開することにいたします。暫時休憩いたします。
   午後零時十六分休憩
   ――――・――――
   午後一時三十四分開会
#27
○委員長(館哲二君) これより公聴会を再開いたします。
 この際、御報告申し上げますが、本日午後の公述人として出席を予定されておりました加藤万吉君が、都合によりまして出席されないことになりましたので、御了承を願います。
 公述人の方にごあいさつ申し上げます。大へん御多用のところを当委員会のために御出席いただきまして、ありがたくお礼申し上げます。どうか御忌憚のない御意見を拝聴することができますれば、私どもとして非常に得るところがあると思われます。よろしくお願い申し上げます。
 ただ、公述は、三十分程度御陳述を願いまして、続いて質疑を行なうことにいたしております。そのおつもりでどうぞ……。
 それでは、十二村公述人にお願いいたします。(拍手)
#28
○公述人(十二村吉辰君) 御紹介をいただきました日本生活協同組合の十二村でございます。私は、今回の予算が衆議院を通りまして、参議院の段階にこれが移されまして、非常にわれわれ消費者が衆議院の段階で、われわれ消費者のこの生計が苦しくなるであろうという問題点を、われわれは消団連の活動の中にまとめまして、そして衆議院で陳情、嘆願を続けて参りましたが、残念ながらついに衆議院では一われわれの要望は何一つ取り上げられないで通過したので、ぜひとも参議院の良識に期待することを、消費者を代表してこれからいささかの所見を述べさしていただきたいと思います。
 まず、私どもは、この膨大な二兆円に余る予算の内容を説明し、解明するような、そういう知識もまた経験もございませんので、真に国民が不安で不安でたまらない特価問題の諸点について、まず、われわれのこの予算に対する基本的な理解をまず第一点に申し上げたいと思います。
 まず、本予算案が昨年度よりも公共の財政投融資が非常に増額されてきておる、この点と、民間の合理化あるいは今後の自由化に備えまして設備拡張の資金が三兆円以上になるのだろうということを仄聞しております。この点からいって、政府も今後の公共の設備投資に相当量の物資購入に積極的になるのであろう。他方、民間の経営者の方も、これも設備拡張によって相当量の物資を要望されるに違いない。そうしますと、物理的に当然需要供給の面で景気を刺激しまして、上げなくてもよろしい物価を上げなくちゃならぬということは、眠っている子の目をさますように、次々と物価を値上げするのではないか、こういうことで、本予算案がわれわれ消費者の立場から判断しますと、物価値上げの性格が貫かれているということを一点申し上げたいと思います。
 次に、この物価値上げが従来の政府の公約の面からいっても、われわれはほんとうに心配であるという点は、昨年の九月三十日の閣議決定では、今後の物価に対する深い御理解のもとに三点の決議がなされております。第一点は独禁法を強化する、第二点は公共料金の値上げを抑制するという決議、第三点目はわれわれの最も切実な関心を持っております消費物価の値上げ抑制のために各省間の連絡会議を作って、このコントロールによって安定物価を確立するということを閣議決定によって発表されまして総選挙に臨まれました池田首班内閣は、選挙のためにわれわれにそういう幻想を抱かしめて、そして選挙にお臨みになった。この経験からいって、本年度予算案がさいぜん申し上げた二点から刺激され、この政治を行なうこの態度は、良識ある政治とわれわれはとうてい判断できない点からいって、この予算が巷間伝えられるように物価値上げのムードからブームに発展する要因をこの予算みずからが本能的に持っておるんでないかという点にわれわれは深い関心を持っておるのでございます。
 次にもう一点は、日本の消費物価をきめる市場が残念ながら一方的に売手市場によってすべてのものが価格構成されておって、買手市場の側にはわれわれ消費者の意見が何ら政治の中に吸い上げられておらないという一点、最近いろいろの会議あるいは国会から大臣諸公の御説明の中においては、絶対に物価は一・一%によって押えるということをしきりに情報機関、広報機関によってわれわれは聞いておりますが、この卸売物価がほんとうに生産者と消費者の切実な意見を政治的にこれをお取り上げになって、そういう政策のもとに作られた卸売物価であるならば、われわれは確かにある程度の理解とあるいは信頼を持てるのでございますが、この卸売物価は、たとえば昨年私は群馬県の大根耕作農民のところに参りまして、この実態をお聞きしましたところによりますと、一キロ大根が十円である、この十円が少なくとも来年四月ごろ東京の皆さんの御家庭に行くころは百円にはなっておるんだろうということを申されております。この加工費あるいは運搬費、そういったようなものを加えても、一キロ大根がつけもの用になって二十五円以上のそういう価格は、われわれは承服できない価格であるということを生産者は申されております。そうしますと、この卸売物価は消費者と生産者の中間で流通面における問屋の資本によって五倍から十倍の価格になって、東京の卸売物価の基礎とされて、これが経済企画庁の統計の上に現われてくる、この卸売物価は真に消費者と生産者のための価格ではなくて、そういう流通経済が作った卸売物価であって、われわれは卸売物価以前のこの中間におけるいろいろのロスを、十二分に適正な物価政策の中においてコントロールされたこの卸売物価であるならば、経済企画庁長官がおっしゃっておられる一・一%の卸売物価を押えるという点にある程度のわれわれは期待を持つのでございますが、最近の値上がりは昭和三十年を起算点としまして現在まで約一〇%の卸売物価が上がっておりますが、この上がり方のカーブがわれわれは非常に問題にしておるところでございます。昨年二月と本年二月のこの卸売物価値上がりのパーセンテージは、三・九%値上がりしておることを総理府統計局が先々週の新聞発表に示されております。このことは値上がりのこのカーブが予算措置に刺激されたかどうかは知りませんが、急角度に上がってきておる、この現状からいってはたして政府がおっしゃるように今後一・一%に押えるという、そういうコントロールとか、あるいは政治的に押える条件がどこにあるのか、われわれ消費者としても心配でならない問題点でございます。その点は国鉄料金の値上げも昨年の閣議決定の線を守っていただけるならば、もう少し適正な料金値上げの査定が十二分に行なわれなければならないにもかかわらず、われわれ消費者は非常に低額所得階層の者が一番この国鉄料金によって犠牲を払わされておる。この点をたとえば申し上げるならば、われわれは通勤バスによって、一カ月ないし三カ月の前払いを国鉄にわれわれは約束をしておる、さらにいろいろの仕事のために出張の場合には、この面も全部たな上げしまして、別途に料金を払ってわれわれは国鉄を利用しております。このようにわれわれは、言いかえるならばむしろ国鉄に対して一番犠牲を払っている階層でなかろうかと思います。この階層の二等料金が値上げされまして、一等料金の方が値下げになっていることは、少なくとも一等車を御利用なされる方は、これは自家用車をお持ちになる方とか、あるいは通勤パスなどを使わなくてもよろしいような、そういう会社、団体の重役の方々でなかろうかと思います。ここに僕らが、真に物価の決定に際しまして、そういう国民的な一つのヒューマニズムと申しましょうか、そういったような愛情が何ら政治の中に貫かれておらない点に、われわれは政府が今後の便乗値上げはやらないということを公約されましても、この面からいって、真に消費物価を押えて国民安定、社会安定をお考えになっている具体的な、政治的な立証が行なわれておらない点が、非常に不安なのでございます。ついでに申し上げますと、国鉄運賃値上げに対して、私鉄は一〇%の料金を昨年以来政府に陳情しているやに聞いております。たとえば電気が、九電力にこれが分けられておりまして、東京電力は一五%以上の要請を昨年以来続けておられるやにも聞いております。そうしますと、すでに値上げの根拠を作っておいて、他の九州電力以外の値上げは認めないのだと言っても、卑近な例で恐縮でございますが、子供九人を持っておって、この九人の子供がそれぞれの立場から小づかい銭を要求しているのに対して、一番かわいい長男のみに小づかいをあげて、あとにはもう小づかいをあげないぞと言って、はたしてこれをコントロールすることが現実に理論的に、あるいは人間的な立場からできるかどうか。われわれは消費者という素朴な見方からですから、どれだけの御自信がおありかどうかは知りませんが、もう一企業には認めて、他の企業には認めないということが、政治としてもし行なわれるとするならば、私は今回ここに消費者代表として陳情を述べる機会を与えていただかなくともよかったのでないかと思います。
 このような点からいきますと、われわれが真に不安に思っている点は、いかに消費物資を上げないと言っても、上がるような仕組みが常に行なわれている点は、たとえばこの点は、昨年厚生省保健指導所の委託によって、東京都の消費世帯五人の方を対象とした消費物資の統計が作成されておりますので、参考に申し上げたいと思いますが、この取り扱った品物はひき肉、卵、バレイショ、タマネギ、ニンジン、バター、パン、塩、コショウ、砂糖、油、ケチャップ、この品目を同一世帯が同一店舗で、昨年の二月と本年の二月を累計した統計でございます。これが昨年は、この申し上げた品目が二百円で購入できたものが、本年は二百六十五円になっております。パーセンテージで申し上げますと三二・五%もうすでに値上がりしている。これが、今後の物価政策がこれをどうしてとめるのか、もしとめられるとすると総理府統計局が先々週新聞発表された統計はすでに先取りの値上げをしておったとすればこれは別ですが、もしとまっておるとするならば、従来のこの統計がすでに先取りの値上げを指導されたのではなくて、政治的な一つの作用としてそういう値上がりの起こるような政治の欠陥がどこかにありはしないかということがわれわれ消費者にとって非常に心配な一点でございます。
 次に、高度経済成長政策ということが、いろいろわれわれは経済方面の政治経済の良識をお持ちの方からお聞きするところによれば、物がだんだんと多く生産されることによってだんだんと価格は下がってくるのだということをおっしゃっておるので、われわれはこれに対して真にそのようになっておるかどうかを生活協同組合の立場からいささかその一端を調べましたところによりますと、日本の消費物価が生産の向上に反して、だんだんと品物が上がってくるばかりではなくして、国内の価格と輸出価格との開きのある点をわれわれはこの調査によって知ったのでございます。たとえば綿金巾はイギリスに売っておる価格が五十九円八十銭に対して、愛すべき国民に対しては六十七円でわれわれは買わされております。たとえばタイプラィター、カメラ、ミシン、トランジスター・ラジオがわれわれよりも三〇%から五〇%安く国外に輸出されております。そうしますと、生産性向上は、縁のない外国のために恩恵があり過ぎはしないかという、われわれはいささか偏見すら持ちたくなるのでございます。このことは、それならば反対に外国から買ってくるものが、この罪滅ぼしとして、真に物価政策の中において恩典に浴しておるかといいますと、決してそのようにはなっておりません。たとえば、昨年度の小麦のCIFの輸入価格が六十キロ単位で千五百九十一円で輸入して、そうして国内では二千二十四円、一袋の製品の小麦でわれわれは四百三十三円も高い小麦を買わなくてはならない。この間、私は衆議院の商工委員の先生からお聞きしましたことでございますが、台湾政府ですら国民に対してはバナナを安く売って、外国には高く輸出しておる。日本では最も高いバナナを買ってくる。こういう点からいって、私は他山の石として、何も政治経済の実態がどのようになっておるのかはわかりませんが、素朴な消費者の気持としては、あまりにもわれわれのこの消費者生活の保護ということや、あるいは池田総理のおっしゃっておられる声なき声を十分に政治の中に反映するということのない消費者行政です。愛すべき農民には高い肥料を買わせ、消費者には高い金巾、食料品を買わせて縁の薄い外国に物を安く売ることが高度経済成長政策であるとするならば、われわれは真に今後の生産向上に対して賛成していいのか反対していいのか、その批判の積極的な意思すらも失うところに国民が置かれておるということを、少なくとも僕は参議院の予算修正の中において十二分おくみ取り願えれば幸いだと思っております。
 私はだんだん時間がなくなりましたので、最後に御要望を申し上げたいと思いますが、まずわれわれは第一にお願いしたい点は、昨年の三月三十日の閣議決定でお取り上げになるような方針をお出しになった独禁法のこの強化の問題でございます。私どもはこれは経済憲法というように理解をしておりますが、この経済憲法が、アメリカあるいはスエーデン、イギリスの協同組合の偉い人が日本に参った際に、われわれに第一に聞くことは、日本は独占禁止法がどのように運用されておるかということを第一に質問を受けました。この点で、日本だけが独占禁止法が緩和の方向をとっておるように我々は理解しております。その現われが、最近国会で問題になっておるやに聞いておる輸出入取引法の問題、あるいは国内の消費カルテルに発展するのではなかろうかと消費者が不安に思っておる割賦販売法案、こういったようなものが次々に国会に提起されて、消費者の要望を無視して次々にこういったような、経済憲法によって守られなくちゃならない消費者の家庭の支出は年々激増していくこの実態からいって、ぜひとも独禁法を強化していただきたいという一点でございます。
 次に、われわれは買手市場をもう少し政治的にこれを育成強化するという方向をお取り上げ願いたい点は、さいぜんその問題の一点として大根の件を参考に申し上げましたが、生産者と消費者のこの要望を物価構成の中において何らか政治的にお取り上げを願える機関を作っていただく。
 次にお願いしたいことは、私どもの調査ではなくて、日経連の調査によるところの、宣伝広告費があまりにも日本は多くこれが使われ過ぎておる点からいって、宣伝費はわれわれの生活のプラスになりませんので、ぜひともこの点についてもう少し自粛するような方向を政治的にお取り上げを願ってコントロールしていただきたいと思います。この点は、昭和二十九年を起算点にしますと、三十三年度の日本の宣伝費は約倍に上がっております。この現われが、専売公社のポスターを見ますと、うら若い女の方がたばこをのんでおる。このポスターが随所に張られておる。これは単なる問題ではなくて、もっと深いやはり今後の青少年に対する経済に即応した宣伝をするならいざ知らずでございますが、十二分に経済的なそういう評価力のない者にも宣伝、マスコミによって、次々に売りつけようとする。さらに割賦販売法案とか、信販事業を育てようとしていることは、いまだ取らざる賃金を担保にして、十カ月、十二カ月先の生活破壊の最たる信金生活をこの広報活動によって助成するような、このような宣伝行為は世界のどこを探してもわれわれはあまり例が少ないのではなかろうか。アメリカですらも社会評論家がきびしく最近このマスコミに対して批判を加えておることを私は聞いております。これは生活協同組合のアメリカからおいでになった方の御意見でございますが、日本はあまりにも宣伝費を使い過ぎはしないか。よくこれで消費者は黙っておるな、アメリカの社会評論家が、マスコミに誘導された消費者生活の方向はアメリカ市民に繁栄と幸福をもたらさないという、きびしくアメリカですらも批判をされつつあるようなそういう現在の情勢の中において、日本だけが工十九年度の倍もの宣伝費を使って、そしてわれわれの生活には全く経済的に即応しないような上向きの生活を育成されることが、ますます今後の消費者生活が逼迫する点を憂えるので、いろいろ申し上げたい点はございますが、少なくともこの三点は、今国会においてお取り上げ願えないとするならば、来国会でもけっこうでございますので、真に低額所得者あるいは生計の面で単なるそういう羨望感だけで見つめておるような、そういう暗い谷間に生活をしておる相当多数の国民がおることを知っていただきたいと思います。
 生活が向上したために電気洗濯機が、あるいは冷蔵庫が家庭の中に相当量浸透してきているんでないかということをおっしゃっておられるが、二万円以下の俸給生活者が一千万人日本におるというこの冷厳なる事実を、政治の中において十分に御検討願いたいと思います。家族構成を、これを計算するならば、約三千万人のこの暗い生活の中に、今国会に提起された予算案の性格からいって、これ以上の、生活がだんだんと向上するんだという幻想だけを描かせて、実態においてそのような生活が実際に行なわれておらない実情も、声なき声として十二分にお取り上げ願いたいと思います。
 私は消費者代表でございますので、専門的な知識はございませんが、生活協同組合はあくまで人間が人間を愛さないでだれが愛するんだろう。私たちの組合活動は利潤追求の目的ではございませんしあくまでわれわれは適正な物資を、この暗い谷間におる消費者と手をつないで、ともに生きていこうとする目的意識を持った協同組合を日本だけが育成強化をしないということは、国際的にも大きな問題にやがてなるのではなかろうかという私は懸念を持つのでございます。たとえばイギリスにおいてすらも、年間小売総額の二一%が消費者協同組合の手によって小売物資が扱われておることは、単に扱っておるだけではなくて、独占物価を物理的にコントロールする役割を持っておる生活協同組合であるという、そういう政治的な理解から、日本的なこんな弾圧はしておりません。その意味において、西欧では消費者はキングであるというこの常識が、政治的な良識として十二分に政策の中に取り上げられており、片や資本主義の王国といわれておるアメリカにも、協同組合運動を育成する、そういう政治的な一つの良識があるばかりではなくて、国民は納税者であるというこの政治的常識が政治の中に常に反映して、日本的なこんな見せかけの減税案などは、アメリカの世論が、権威ある世論がこのような予算はアメリカ的な常識では絶対通らないにもかかわらず、日本的な常識はそういう良識を育てようとする政治的なモラルが欠除しておるのではないかとわれわれは非常にひがみを持つものでございます。
 そういう点では、最近両党首会談が行なわれたことを私は隣の家のテレビで見ましたが、少なくも政府並びに自民党の諸先生の方が真にわれわれの暗い谷間におる消費者のことをお考えになるならば、一番革新政党の諸先生方がわれわれの意見を真剣に国会の中に反映しようとしておる御努力を、われわれはまざまざとこのからだで知っておるのでございますので、たまには自民党と革新政党の懇談会なり何かをお持ちになって、十二分に革新政党の要望する点を国民の声としてお取り上げ願えることを最後にお願い申し上げまして、私の公述は終わりたいと思います。ありがとうございました。(拍手)
#29
○委員長(館哲二君) 十二村君に対して質疑のおありの方は、順次御発言を願います。
#30
○阿具根登君 十二村さんに一、二点質問を申し上げたいと思うのですが、私が聞き漏らしたかわかりませんが、国鉄の運賃について、非常に国会はこの問題について重視をして審議をしておるのですが、通勤、通学のパスを持っておる人が他に旅行するとか用件があった場合は、また何を買わねばできない。もちろんそうでしょうが、そういう場合にどういうことをわれわれに御要望下さるのか、そういう場合にどうすればそういうことができるかという問題でお気づきがあったならば、教えていただきたいと思います。
 それから、物価の安定というのが十二村さんの趣旨であったと思うのですが、十二村さんは生活協同組合の理事をされておるようですが、その立場から、生活協同組合がどういうその物価安定の役割をしておるのか、何がそれに大きなあるいは邪魔をしておるのか、そういう点でお気づきの点があったらお教え願いたいと存じます。
#31
○公述人(十二村吉辰君) 第一点の問題は簡単であると思います。と申し上げますことは、私も通勤パスを使っておりますが、朝晩改札所で検札を受けております。このときに、この検札の際に使ったか使わないかのスタンプなり何なりを押していただければ、一カ月旅行しても、これは使わないために、別途に北海道まで一カ月旅行の中につまり料金を払っておるのですから、新しい予算を伴わなくても頭の切りかえでできるのではないかと思います。この点は、一計悪口を許していただけるならば、かつて徳川時代の御用商人ですら、もう少し領民に対する配慮があったのではなかろうかと思いますが、現在の政府の、公共企業のこの美名に隠れて、民間経営よりももっとわれわれ消費者に対して犠牲をしいておるので、こういう点で、この使った限界を何段か規制するならば、たとえば五割使った場合は幾らである、あるいはもう一カ月全部使った場合は幾らであるとするならば、この点は技術的にも予算的にも簡単でなかろうかと思います。
 次に、生活協同組合として一番重要問題にしておる点は、日本には買手市場がないという点でございます。売る方だけが一方的にきめられるのです。少なくとも公正取引委員会の中に、真に消費者のための意見を申し述べるようなそういう委員をわれわれも入れていただくことによって、この買手市場が西欧のように消費者主権の政治的な常識が生まれてくるのでなかろうかと思います。次に、物価についても、政府は消費者審議会をお作りになられるように聞いておりますが、そういう国民的全般に及ぼす物価の諸諮問機関、あるいは決議機関に、少なくとも消費者の代表を入れていただくことによって、政治的な面で徐々にこの解決の道が開ける。
 同時に、協同組合をもう少し敵視しないで、何か聞くところによれば、農協と漁協はこれは自民党が育てるものであって、生活協同組合は社会党が育てるものであるというような、実にわれわれれにとっては不愉快なそういう御意見を聞いておるのでございます。私どものこの日本生活協同組合は、自民党の党員の方にも、社会党にも、また民社党の方にも門戸を開いておるこのわれわれの組織であることを御理解いただきたいと思います。そうしますと、この生活協同組合はイデオロギーを越えて、階級を越えて、真に国民の消費物価の適正な、そういう物資を皆さんにお上げすることによって、しかしこれを野放図もなく私どもはこれを育成していただきたいというのではなく、少なくとも適正物価の指標になる一つの目標が、生活協同組合の流通経済の中に果たしている役割と、ともすれば独占物価をつり上げようとする価格とのコントロールによって、この適正価格の目安がつくのでなかろうかと思いますので、ある程度年間小売総額の、たとえばイギリスは一三%であるが、あるいは日本は今のところで五%ぐらいは認めてやろうというような、そういう一つの保護助成の政策をいただくことによって、一方的なこのカルテル価格に対する適正なコントロールの役割を果たすような実際の政治的御配慮によって、そして徐々に生協と一般のコマーシャルの営業との比較の上において常に物価に反映され、常識が生まれてくるのでなかろうか、このように私どもは理解しております。
#32
○阿具根登君 これはお答えにくかったらお答えいただかぬでもけっこうなんですが、十二村さんの冒頭言われました、たとえばいなかに行って大根一キロ十円のものであるならば、加工されてであろうけれども東京に行ったときには百円以上になる、こういうおっしゃったのですけれども、私もそういうことになるのではないかと思うのですが、これはいわゆる中間の搾取といいますか、中間で利潤を多くとっておるからこうなっておるんだと、こういういうような考え方ですか。それとも、中間でこれを加工する場合にそれだけ膨大な金が要るんだということになるのか。
 それから、もう一つ、これもむずかしいと思うのですが、最近主婦の店といいますか、マーケットといいますか、非常に大きな組織で、そして人が非常におらない。品物がたくさんあって、その品物にちゃんと値段がついておって、そうしてそこにはだれもいない。そうして、主婦の方々は自分の好きなものをバスケットの中に入れて、出口で勘定していく。非常に主婦の方は買いよいんだということを言っておられるようですが、このマーケットのあり方に対してどういうお考えをお持ちでございますか。
 以上二点をお尋ねいたします。
#33
○公述人(十二村吉辰君) 第一点は、生産価格と消費価格がなぜこのように開いておるかという問題点でなかろうかという理解で申し上げたいと思います。端的に申し上げますと、たとえば、昨年私が長野に参りましたら、農村の副産物として作っておられるカン詰工場が長野にございました。この長野で作られたカン詰工場の価格が、生産者がきめておるのではなくて、国分というブランドがここに設定しまして、そうして今度はそこにべーパーだけを送って、そうしてこの価格を左右しておる。そうしますと、煙突のない商事会社が実際の価格を作っておる。この価格が真に生産者と消費者の話し合いの場で作られる価格と、本質的な価格構成の内容が違うのでなかろうかと思います。これが、現在の日本の経済政策は生産面重点の経済保護政策であって、消費流通面に対する思いやりが欠けているのではなかろうかと思う。実際に長野県の、原料を使ってそうして設備投資をし、操業しておるこの生産者よりも、この煙突を持たない商事会社の方が有利な経営が成り立っているところに、私ども消費者としてどうしても生活協同組合の、生産者から消費者へという、この国民小売総額のうち何%かをお認め願いたいという主張は、そこにわれわれが申し上げたいのでございます。
 次に、第二点目でございますが、私はこの主婦の店という言葉の、タイトルの店が作られるところに問題があるのでなかろうかと思います。たとえば第一次農業人口と第二次鉱工業人口が第三次商業人口に転落しまして、われわれ生活協同組合の調査によりますと、十二世帯に一軒の割合で店舗が日本政府によって許可されており、さらにかつぎ屋、がんがん部隊まで計算に入れますと、七人につき一人の消費人口でございます。物理的に形式的に、経済政策でこの企業、商業が成り立つということは、とうていわれわれの理解の中では出てこないのでございます。こういう宿命的に、物理的にできないものを、高度経済成長政策によってだんだんと、ともかくも豊かになるであろうという幻想を描かされているということを知っているこの商業人口の中で、苦しまぎれに主婦の店などというそういう一つの見せかけをやっている。真に主婦の店に値するというものは、少なくとも非営利商業目的意識であるならば、これは主婦の店などということは掲げなくとも、十二分にわれわれ協同組合のこの運動の中にお入りいただける僕は経営者でなかろうかと思います。そういう点で、主婦の店というそういう店舗が出ておること自体に、日本の中小企業政策の欠陥があるのではなかろうかという理解をしております。
#34
○高田なほ子君 いろいろ御意見伺いまして、私も全く同感です。ただ二、三、御質問を申し上げたいと思います。
 一つは、流通経済の面における計画性のないという点が、消費者にはね返ってきて、消費物価が値上がりをして、大へんに困っている。実際私どもも最近、注意をして買物かごを下げて八百屋に行きますけれども、あなたが統計で示された通り、それ以上の物価高で、まことに驚き入っているわけです。そこで、私はマージンの問題についてお尋ねをしていきたいのですが、生産者価格と消費者価格との間に横たわっているマージンの問題については、私もいろいろ疑問がございます。また、マージンを適正にしていけばそれに越したことはないと思いますが、値上がりのムードにつれて中間マージンというものがべらぼうな形で存在しています。この中間マージンをどういう形で合理化すればよいのか、こういう点について率直な御意見を承わりたい、これが一つです。
 第二番目に、消費者の生活を安定させるために、公正取引委員会の活動は大いに期待されなければならないはずであります。しかし、現在の公取委員会の活動というものについては、私も疑問なきを得ないという感想を持っておる一人であります。従って、生活協同組合、すなわち消費者を代表する立場から、現在の公取委員会に対してどういうお考えをお持ちになっておるのか。そして、率直にこれをどういうふうな形に持っていったならば期待にこたえられるようになるのであろうか。これが二番目の質問です。
 第三点は、このサービス業、つまりパーマネント、理髪あるいはまたおふろ屋、こういうものも最近特段の値上がりをしております。私から言わせると、このサービス業の値上がりを全部押えるということは、これは妥当でないかもしれません。なぜなればおふろ屋が安くなったからといって、そうよけい一日に二回も三回も入れるものじゃない。床屋が安くなったからといって、これはよけいに散髪するというわけにもいかない。一般の物価が値上がりし、一般の原材料が値上がりすれば、自然にサービス業というものの値上がりも、一部これは認めなければならない。しかし、はたして今次のサービス料金の値上がりというものが妥当であるかどうか。これは主婦の間でも大へんに問題にしていると思います。従って、サービス料金の値上げという問題について、消費者を代表するあなたの機関は、これについてどういう見解をお持ちになっているのか、これが第三点の質問です。
 もう一つお伺いしたいことは、サービス業者に対してというのかしりませんけれども、カルテルのようなものが結成されておる。もっと具体的に言うならば、百五十円に値上げされる一般の髪床、丸刈り、これは耳五十円でなくても百円でやれるからといって百円にしているお店があります。ところが、この百円にしているお店に対して集中的に有形無形の攻撃をかけておる。つまり業者間におけるカルテルの有形無形の形で、不当な料金を取ろうとするものに、不当な料金に抵抗するものに対して攻撃をかけておるということは、明らかにサービス業者間における不当なカルテルの結成じゃないか。こういう不当なものに対してどういう方法を講じられておるのか。また、このサービス業の不当な値上がりに対してどういう形でいくのか。きわめてこの点は微妙な点でありますけれども、重要な点ではないかというふうに私考えられます。いろいろ四つの問題について御質問を申し上げますけれども、どうか一つ忌憚のない御意見を伺わせていただきとうございます。
#35
○公述人(十二村吉辰君) 中間マージンの問題でございますが、この中間マージンを私たちは二つの性格に見たいと思うのであります。たとえば、米の問題にしましても、あの米価の中にわれわれが計算した中では四〇%から四五%くらい肥料とか農機具とか、そういったような不適当価格と思われるものが、この四〇%ないし四五%の中にあるのではなかろうか。これは言いかえますと、肥料を操短する。われわれは非常に操短を反対なんです。工場を休めて賃金を払わないで値上げできるようなこんなものに、何ら公正取引委員会の権威ある発動がないところに、中間マージンの適正マージンというものが、われわれはどこに起算点を置いていいかわからないわけです。ですから、先生がおっしゃられる中間マージンというものは、われわれは承服のできない中間マージンが多う過ぎる。この点でわれわれが一番わかりやすいのは、たとえば床屋の料金とかそういったようなものは、われわれはもう直接この経営の内容をはっきり査定できますので、この料金と一般的に先生がおっしゃられる中間マージンは、マージンそのものを構成しておる諸条件が、非常に私どもが確信を持って中間マージンと言えない。われわれが中間マージンを排除するのが、生活協同組合の現在の一つの仕事の大きな役割を持っているわけです。さいぜん申し上げたようにブランドを設定して、そうしてとにかくペーパーだけをやって、そうしてこの中間マージンは宣伝費のような、要のないものまで含んでおれば、とても権威ある適正マージンでないので、さいぜん申し上げたような宣伝広告費が異常に日本では使われております。とにかく公共経営である専売公社までも宣伝しており、国鉄も最近は電車を見ますと、年々あの中に、いろいろのポスターがたまにちらりほらりだんだんと仲間入りしてくる。こういったものも広義の中間マージンとしてわれわれはあまり歓迎しないだけではなくて、排除をしてもらいたい。
 それから次の第二番目でございますが、これはさいぜん申し上げましたように、われわれは公取に期待を持っておらないということは、昨年の三月の上旬に、私どもが消費物価に対する運動を起こそうとしているところに、新聞労連の委員長さんと書記長さんが参りまして、四月一日から新聞料金が約一割七分値上げが発表されて、そのまま強行されるので、ぜひともこれに対して運動を起こしていただきたいという要請を受けましたので、私が直接聞きました。非常に労働組合の皆さんも、国民の福利全体に対して値上げの持つこの性格を十分に御理解されたという根拠はどこにあるのですかと聞きましたところ、新聞協会の経営者の皆さんとわれわれ新聞労連の幹部が築地でお話し合いしたその中で、十月の定期昇給に対しては千円前後のベース・アップを認めてやるから、新聞値上げ反対なぞというようなきびしい運動の旗上げはしてもらいたくないということを、われわれは築地の会談の席上、これを経営者から聞いたので、実際は北海道の一日おくれの古新聞を、どうしても当日にこれを作りたいので、設備投資の金が実際は値上げの大いなる要因であるということをおっしゃる。このことは私どもは公取委に勇気を持って昨年提訴したのは、協同組合でございます。この協同組合の提訴に対しまして、公取委は開所以来このくらい具体的な証拠がそろったのは初めてだということを、調査部の方がおっしゃられおりました。それにもかかわらず、ついに審決がなしにうやむやのうちに葬られました。この点は私どもは経済憲法を運営される唯一のよりどころとしての公取委に対して、現在何らか僕は政党政治の圧力を加えられておるのではなかろうかと、そういう猜疑心すらも持たざるを得なかったのであります。そういう点から、私はぜひともこの公正取引委員会の構成メンバーの中に消費者代表も入れていただきたいという点で、私はなまいきなことを申し上げて失礼ですが、公取委の体質改善の必要があるのではなかろうかと思います。
 次にサービス料金の問題でございますが、先生もおっしゃられた通り、私どもも勤労者の立場から言って、真に値上げを反対するということは快しとしないわけですが、さいぜん申し上げましたように、新聞料金は労働組合の賃金値上げによって上げられるのではなくて、別個の要素によって物価が上げられるわけでございます。新聞も上げられる、あれも上げられてくる。これに対して最低賃金制はない。社会保障はない。ほんの申しわけの社会保障制度であって、そういう苦しい勤労者が、この料金を上げられるということは、値上げを反対せざるを得ない。そういう経済的な背後の事情によって、われわれは料金値上げを反対するので、真に反対のための反対ではなくて、実際減税の面においても、三・三人の消費者世帯に対して、政府は約四百億円の減税が生ずることによって、恩典が与えられると言いながら、実際は昨年以来の物価の、いわゆる月々の数字の示すところによっては、少なくともわれわれは三彩以上は今年一年間に物価は上がるであろう。そうなりますと、三万三千円に対して、九百九十円の家計支出が伴って、減税の恩典がわずか四百円が、実質の所得の面では五百六十円の損失を伴う、こういうことでわれわれが料金を上げられるのは困るという点を御理解いただきたいと思います。
 次にカルテルの問題でございますが、まず一番われわれが現在心配しておりますのは、衆議院の商工委員会に提起されましたところの、割賦販売法案でございます。なぜ耐久消費財などという銘を打って、この耐久消費財は政令をもってきめると条文に書かれております。何かわれわれのとにかくもう推測では、この耐久消費財が今度の高度経済成長政策の中で、有効需要の場を開拓されない品物に対しまして、耐久消費財という官制のマークが打たれたものだけが登録店に扱われて、これに合致しないような品物を耐久消費財でないとするなら、この登録店では扱えないというような、そういう商品の官制をここで法律によって区分されることは、行く行くは消費カルテルに発展し、価格カルテルに発展するのでなかろうかと思いますが、この点は、団体法をこの国会に上程されたとき、われわれは真剣になって、消費者の立場からこれを反対いたしました根拠も先生が御指摘された問題点を心配したからでございます。この点現在は、次々にとにかくもうこの業者間の申し合わせによって、勝手にぽんぽんと、とにかく料金が上げられていく。この点は医療の一点単価の問題でも同じでございますが、とにかくピンセットと聴診器を持っておっても、極端な話で非常に失礼でございますが、一点単価は同じ。厚生年金病院のような、あの高度な完全看護の医療器具、設備をされた所も、一点単価同じであるならば、決してわれわれは設備の悪い所には行きません。しかし、行きませんと言っても、経済的に力がなければ行かざるを得ない。しかし、行く所がない。この面でも、結局適正な、とにかくもう物価に対するコントロールが、一律一体の一点単価のようにされることは、われわれ生活協同組合が、医療協同組合を作っているところでは、一般のとにかくもう医院のように、この一点単価に対して、何らきびしい批判は持っておりません。協同組合の医療病院は、政府から一点幾らでもらえるから、安心して固定した経済的なそういう経営の基盤を持っておりますので、こういう点から言っても、やはりカルテルを作らせない面においても、たとえば医療行政の面でも、生活協同組合がやっている医療病院の方は、現在巷間問題になっているほどの問題を起こしていないという点からも、いろいろ多面的な点から先生の御勘案を願いたいと思っております。
#36
○委員長(館哲二君) 他に御発言もなければ、十二村公述人に対する質疑は終了したものと認めます。どうもありがとうございました。
 以上をもって昭和三十六年度総予算に関する公聴会は終了いたしました。明日午前十時より委員会を開会いたします。本日はこれにて散会いたします。
   午後二時三十六分散会
ソース: 国立国会図書館
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