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1960/05/11 第38回国会 参議院 参議院会議録情報 第038回国会 逓信委員会 第23号
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1960/05/11 第38回国会 参議院

参議院会議録情報 第038回国会 逓信委員会 第23号

#1
第038回国会 逓信委員会 第23号
昭和三十六年五月十一日(木曜日)
  午前十時四十八分開会
  ―――――――――――――
 出席者は左の通り。
   委員長     鈴木 恭一君
   理事
           新谷寅三郎君
           松平 勇雄君
           野上  元君
   委員
           植竹 春彦君
           黒川 武雄君
           柴田  栄君
           鈴木  強君
           永岡 光治君
           山田 節男君
           奥 むめお君
  政府委員
   郵政政務次官  森山 欽司君
   郵政大臣官房長 荒卷伊勢雄君
   郵政省郵務局長 板野  學君
   郵政省経理局長 佐方 信博君
  事務局側
   常任委員会専門
   員       勝矢 和三君
  参考人
   日本新聞協会事
   務局次長    江尻  進君
   官業労働研究所
   理事長     岡井彌三郎君
   東京商工会議所
   常議員     五藤 齊三君
   横浜市立大学教
   授       田島 四郎君
  ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○郵便法の一部を改正する法律案(内
 閣提出、衆議院送付)
  ―――――――――――――
#2
○委員長(鈴木恭一君) ただいまより開会いたします。
 本日は郵便法の一部を改正する法律案について、参考人の方々より意見を聴取することになっておりますが、参考人の方々には御多忙中にもかかわりませず、本委員会に御出席いただきまして、まことにありがとうございました。この際、それぞれの立場から忌憚のない御意見を拝聴いたしたいと存ずる次第でございますが、ただ時間の都合もございますので、各参考人の御意見は約二十分以内でお述べ願って、後刻各委員から質疑もあろうかと存じますので、またその際御発言願いたいと存じます。
 それでははなはだ勝手ながら、御発言の順序は委員長に御一任願うことといたしまして、まず江尻進参考人より御発言願いたいと存じます。
#3
○参考人(江尻進君) 私は新聞協会を代表いたしまして、利用者、特に第三種郵便物の利用者というような立場から、若干意見を述べさしていただきたいと思います。
 第三種郵便物は御承知のように、発足以来非常に安い値段で実施されてきているものでございますが、その理由は、新聞、雑誌というようなものが、社会公共性が非常に高いという立場からそういう政策がとられてきているわけでありまして、これは世界的に同じ取り扱いを受けているわけであります。それでまあこの新聞、雑誌というようなものが公共性が高いというようなことは、今さらここにくどくどと申し上げる必要はないわけでありますが、要するに民主政治を維持する上に欠くことができないところの社会的な機関であり、そういう社会的な使命を果たしているということに由来するというように考えているわけであります。これがかりに普及しないで、流通しないというようなことになりますと、この民主政治自身が実施不可能になるというような非常に大きな社会的な機能を果たしているというようなところでありまして、ある意味において、これは社会的な政治機能を果たしている機関である、こういうふうに考えていいだろうと思うんであります。そういう立場から公共性というものを特に考えて、郵便政策というようなことも考慮願いたいというわけであります。
 それで、まあ前提としまして、新聞事業というものは公共的であり、かつ、利益のあがらない事業であるということをお考え願いたい。これは外部からごらんになりますと、いかにも景気がよさそうに見えるんでありますが、事業の収支計算、経営状態を分析いたして見ますと、一般の事業よりはるかに悪い、もうからない事業であるということでございます。売上率と利益率あるいは投下資本に対する利益率、こういうようなことを見ましても、非常に一般の事業よりも格段の差がある、景気の悪い事業なんであります。これは単に日本だけの現象でありませんで、世界的な共通した現象でございます。しかも歴年この状態が悪化しているという傾向を世界的にたどっております。最近の例でいいますと、ニューヨーク・タイムスというようなりっぱな新聞でも、その利益率は一%に満たない、〇・三%というような利益率、日本におきましても、有力な新聞社においても、その借入金というものが数十億から百億というような金額にまで有力な社においても上っているというような状態になってきているわけでございます。
 ところで、この第三種の問題でございますが、新聞がなぜ第三種の郵便制度にたよっているかということでございます。この点については、まず新聞の配達の問題にちょっと触れなければならないわけでありますが、新聞社は全国的に約二万の販売店を持ちまして、これを通じて読者に一々配達するというのが原則になっているわけであります。二万と申しますと、ちょうど一・六平方キロに一つの配達所が設けられているというわけでありまして、ここを通じて大半の新聞は朝と晩、二回にわたって各家庭に送られている。まあ余談にわたりますが、ある政治家が近日申しておりましたけれども、新聞を配達するというようなことを考えずに、何か物を朝と晩一回ずつどっかから自宅に持ってきてもらうというサービスを頼んだ場合に、やはり配達するということは相当の仕事である。三百九十円というような中でそれをやるということが、相当な負担であるということはだれでも理解できるだろう、こういうことを言っておりましたが、まあそういうふうな制度をもって配達しているわけでありますが、しかし辺僻な土地、山村、漁村というようなところになりますと、必ずしもこの平均率によって販売店が配置されていない。人口が密でないから経営上成り立たないということで販売店がないわけであります。で、特に北海道というような地域におきましては、今の平均の約四十倍の広い地域に一つの店があるというような状態、すなわち六十平方キロから七十平方キロに一つの店というような状況で配達をしているわけでございます。そういう地域の人々はラジオとかテレビというものもないとか、あるいは非常に聞こえにくいというような、文化に非常に恵まれない地域の人々でありまして、その数がわれわれの計算によりますと、七十万前後というほどたくさんの人がいるわけであります。これが七十万前後というのは部数で言っているわけでありますから、一つの部数を何人が読みますか、普通の平均家族五人というふうにしましても、三百万から三百五十万というような恵まれない人が、その郵送される新聞によって恩恵を受けているわけであります。しかし単にそういう地域では平均よりもずっと多く回覧して読むという人が多いわけでありますから、われわれの推定によりますと、もっと多くの五百万とか六百万というような人がこれを通じて恩恵を受けておるというふうになるんじゃないか、そういう地域に対しては、新聞の販売店を設置できないという理由で、第三種の郵便物という形で郵政当局の施設を利用しまして配達をお願いしているわけでございまして、でありますから、特に文化におくれた恵まれない人人に対する社会公共的な施設というふうにわれわれは考えて、との第三種を利用しているわけなんであります。
 ところで、それなら一体普通の町では、販売店が配って、そうしてその中に配達料金は入っているんじゃないかというふうに……。であるから山村においてもそういう負担を読者にかけないで、新聞社が負担したらいいじゃないかというような御議論も出るかと思うのでありますが、今度の改正によりまして二円ということになりますと、一カ月の郵税は六十円ということでありますが、二円で送られる範囲は百グラムということになっております。で、現在十六ページの新聞が出ているわけでありますが、一日平均十六ページずつ、それに少し重い帯封をつけ、かつ天気が悪くて湿気が多いというようなときになりますと、新聞紙が水気を含むというようなことで目方も重くなる。百グラムがすれすれ、あるいはこえるというようなことになります。そうなりますと、必ずしも常に二円で送られるかどうかという心配もございまして、六十円以上の月に負担になるわけでありまして、場合によってはもっと高い値段になるわけであります。ところが販売店が新聞社からもらう配達その他の経費というものは、平均してみますと月に八十円程度になっている。その八十円の中から六十円以上の郵便料を販売側が負担するということになりますと、とうていこれは経営として成り立たないから、そういう地域に対しては新聞を送ることはやめてしまうというようなことになるわけであります。また、読者が郵税を負担するという制度は、ずっと以前から新聞の慣習としてやっておるわけでありまして、また最近では、公正取引委員会の出しておる命令によりまして、特定の地域では配達料を新聞側が負担し、特定のところでは読者に負担をさせるというようなことは不公正な取引方法であるということで、法令的にも禁じられているわけでありますから、これを一律に全国的に読者負担という形にしているのが実情であります。こういうわけでありますから、文化におくれた人々に対するコミュニケーションの機関というような方法として、この郵送される新聞というものが非常に大きな役割を果たしているということが言えるわけであります。それでありますから、われわれといたしましては、基本的に、できるだけ安い料金をこの第三種というものについては設定していただきたいということであります。原則としては独立採算ということが郵便制度にとられておるということは十分に承知しているわけでありますが、独立採算に、特にまた受益者負担というようなことを強く言われるわけであります。しからば、こういう恵まれない人々に受益者負担をさせるということになりますと、新聞というものはほとんど購読不可能というような状況になり、それでよろしいのかという問題があるわけでありまして、いろいろと公共的な目的から、そういう意味で御考慮を願いたいということがわれわれの立場でありまして、これは単に技術的な問題じゃなくて、国の政治の問題であり、政策の問題であるというようにお考え願いたいということなんであります。
 それからもう一つお願いしたいことは、目方の基準の重量の問題でございます。基準の重量は百グラムということが今回の案になっておりますが、これを制度的に見てみますと、その当時の一日分の新聞を送り得る重量ということが大体重量の基準になっているのが伝統なんであります。明治三十三年の法律改正の際に、それまで基準重量が十六匁ということになっておりましたが、その改正の際に、当時の新聞のページ数がふえて参りまして、これが二十匁というふうに引き上げられております。現在の百グラムの基準というのは昭和十九年、戦争当時に、末期にきめられた重量基準だと理解しておりますが、その当時は新聞のページ数が極度に減っておりまして、夕刊は廃止されております。朝刊が二−四ページというのが平均したページであったわけであります。でありますから、百グラムという重星基準がありますと、十分に一日分の新聞が送れたわけでありますが、その後御承知のような新聞の用紙統制が撤廃されまして、現在では複雑な社会生活、政治生活というものを十分に国民に伝達するためには、もっと多くの紙幅を使いまして、われわれに課せられておる社会的機能を果たさなければいけないというわけで、ページが漸次ふえておりまして、先ほど申しましたように、平均いたしますと二十ページ前後というふうになってきておるわけであります。でありますから、百グラムの基準というものは、一日分の新聞を送るということには実情には沿わないような状態になってきておるわけであります。もしもこれを厳重に実施いたしますと、二十ページの新聞は、今までの一円から一挙に四円の負担を課せられるというようなことになりますので、これはまことに実情に沿わないことになってくるわけであります。そういう点についてもこの際十分御検討願いたいということを申し上げておきたいと思います。
 以上で私の口述を終わります。
#4
○委員長(鈴木恭一君) ありがとうございました。
 次に、岡井彌三郎参考人より御発言願います。
#5
○参考人(岡井彌三郎君) 岡井でございます。
 ここに提案されておりまする郵便法の一部を改正する法律案について意見を述べよということでございまするが、この法案は、国民の生活に多かれ少なかれ影響を及ぼすところの幾多の改正事項を含んでおります。が、しかしながら、そのうちで最も重要なものは、料金引き上げの問題であろうかと思います。また、私どもも参考人としてここに御紹介になりましたのも、これがためであろうかと存じまするので、私は主としてこの問題につきまして愚見を申し述べたいと思います。
 初めにお断わりしておきまするが、私はかつて郵政省の前身である逓信省に在籍したことがあるというだけで、格別郵便事業について知識、経験を持っておるわけではございません。従いまして、私の申し上げますることは、ただ少々ばかりこの事業に対して理解を持っておるとみずから認めておる一国民の感想としてお聞き取りを願いたいのでございます。
 さて、およそ郵便料金のような公共料金の値上げは、それ自体が多かれ少なかれ国民生活に影響を及ぼしますのみならず、ひいては他の物価の値上がりにまで波及するおそれがあるということで、この値上げはできるならば避けた方がよろしい。もし上げるにいたしましても、よほど慎重に取り扱わねばならぬということが一般にいわれております。私も全くその通りであると存じます。しかしながら、また一方におきまして、郵便事業のように、郵政特別会計のワクの中で独立採算制がとられておりまする以上、この独立採算制の是非につきましては、いろいろ議論もあろうかと思いまするが、ともかく現在は独立採算制の建前であるかのように思いまするので、私といたしましては、その前提のもとにものを言うほか仕方がないのでありまするが、ともかくといたしまして、郵便事業の独立採算制をとっている以上は、その収支は相償なわなければならないのでありまして、もし総収入をもって総支出をまかなうことができなくなりましたならば、まずもって内部的に合理化、能率化によりまして、極力経費の捻出をはかるということはもちろん必要でありまするが、それでもなお足りない場合には、ある程度の利用料金の値上げをいたしまして、そうして事業の正常な運行をはかるということは、これは当然許さるべき事柄であり、また、事業の管理者としては当然なすべき責務であろうかと存じます。
 ところで、郵便事業におきましては、御承知のように、その料金が現在の料金改定にせられましたのは、大部分は昭和二十六年、一部は昭和二十七年でありまして、その後九年ないし十カ年というものがそのまま据え置かれております。その間に類似の公共事業、たとえば電気、水道、ガス、電信電話、鉄道、こういったものは少なくとも一回以上値上げせられております。また、一般物価も何割か上昇しております。それから、郵便事業に従事する職員の平均ベースも、少なくとも二倍以上にはね上がっておるのじゃないかと思います。これは郵政事業の従事員だけではありません。一般の公共、国営事業あるいは民間事業も、それと同等あるいはそれ以上の上昇をしておるのでありますが、ともかく、従業員の給与ベースも二倍以上にはね上がっておる。その中で、とにもかくにも郵便事業が十年間どうやらこうやらここまで忍んでやってきたということは、ある意味におきましてはまことに賞賛に値する事柄かとも存じます。しかしながら、その結果どうなったかと申しますれば、年々郵政特別会計の収支のバランスがくずれて参りまして、ここ数年間は財源不足のために、局舎その他の施設におきまして、あるいは人員配置の面におきまして、ほとんど何らの見るべき施策が行なわれていないのでございまして、郵便事業の施設の悪さかげんを、従業員の能率、保健衛生、ひいては労働問題にまで密接な関係を及ぼしておりまする局舎の問題を取り上げて申してみましても、もちろんこれは先刻御承知のことと思いまするが、全国郵便局舎のうち、建ててから四十年以上たっておる局舎が普通局で七%、特定局では一四%、面積が狭くて事務上現に支障を来たしておる局舎が普通局では六九%、特定局では五五%の多きに及んでおります。これはほんの一例でありまして、すべての物的施設、人的施設、みな右へならえであります。でありますから、これに伴いまして業務のサービスもよくなろうはずはなく、ある面におきましては、たとえば集配度数におきましては、いまだに戦前の状態に回復することができないようなありさまであります。今回、郵政御当局におかれまして、いよいよ料金引き上げの決意をされ、ここにその案をお出しになったということは、おそまきながら当然の措置として、私はこれに賛意を表するものでありまするが、ただ、十年目の値上げといたしましてはいささか遠慮が過ぎるのではないか、かような気がいたします。郵政御当局では、この値上げ案によりまして、平年度八十九億円、本年度は七月から実施するといたしまして六十九億円、六月実施としますれば七十四、五億円の増収額を見込んでおられるようでありまするが、はたしてこの程度の増収額をもってしまして、年々増高する人件費、物件費をまかないつつ、なおかつ、さきに申しましたような劣悪な、ないし著しく立ちおくれましたいろいろの施設の改善を行なっていく余裕、余力がはたしてあるのかどうかということについて、私は多大の疑問を抱かざるを得ないのであります。
 かりに、本年度はどうやらこうやら収支のつじつまが合うといたしましても、来年度以降におきまして、はたして収支のバランスがくずれることがないのかどうかということにつきましては、御当局といえともおそらくは確たる御成算がないのじゃなかろうかというよりは、むしろここ二、三年すれば、また赤字に悩む時代がやがてやってくる。そして再び料金引き上げの問題を持ち出さなければならないのではなかろうかというような心配を内心なさっておるのではないかと、かように推察いたす次第であります。ところが郵便料金のような公共料金は赤字が出たからと申しまして、すぐさま値上げをすべき筋合いのものではありません。少なくとも五年くらいは据え置きにすべきであるというのが常識になっているようであります。かれこれ考えてみました場合に、私はこの値上げにつきましては、せっかくと申しますと変ですが、ともかく十年目の値上げのことでありまするから、もう少しこの幅を広くすべきではないか、かように考える次第であります。
 それでは具体的にどういうふうに値上げの幅を大きくするかと申しますれば、それは昨年末郵政審議会が答申されましたあの原案、これによりますと、低料取り扱いの新聞料金は、この案のように二円でなくして三円、それから農産種苗、これもこの案のような二円ですか、でなくて六円、それから年賀はがきも、これも現在の四円の据え置きでなくして、他の第二種一般と同じように五円にする、こういうふうな案になっているはずであります。この案をなぜ御採用にならないで本案のようなことになったかと申しますれば、その詳しい事情は私どもももとより存じませんが、聞くところによりますると、それは一般公共料金と同じように、政府の方針といたしまして、値上げ率を二〇%に押える必要があったからと、かようなことのように拝承しております。しかしながら、先ほども申しましたように、この十年間に少なくとも一回以上値上げをいたしました他の公共料金と、十年間全く据え置きの郵便料金と全然同一に取り扱うということは、はなはだ不公平である。またいわゆる正直者にばかを見させるのたぐいではないかと思います。従業員並びに事業に、かようなうき目を見させないためにも、この際、多少二〇%の率をこえましても、もう少し引き上ぐべきじゃないかと私は思います。具体的に申しますならば、新聞料金は二円じゃなくて三円、農産物種子は、これまた据え置きじゃなくて六円、それから年賀はがきも、もちろん一般のはがきと同じように五円にせめてすべきではないかと考えます。新聞料金につきましては、先ほど他の参考人の方からお話がありましたけれども、私が考えますることは、かりにこの案の通り二円といたしましても、その取り扱い原価ははるかに割っております。取り扱い原価のうち直接費と間接費に分けましても、その直接費にも足らないのであります。いかに低料料金といえども、直接費だけは徴収すべきであるということが一般に認められた学説とでも申しましょうか、通説になっておるように思いまして、私はせめて三円にすべきであると思います。年賀はがきが現在四円になっておりますのは、戦後の特殊事情といたしまして、利用勧奨の意味もありまして、特に四円としたようでありまするが、今日におきましてはその必要性もほとんどなくなったかのように思いますので、料金体系の是正と合理化というような見地から申しましても、当然五円にすべきものであると存じます。
 料金の問題につきましてはそのくらいにいたしまして、この法案には料金問題のほかに郵便物重量並びに容積制限の改正であるとか、災害時における無料はがきの交付であるとか、転送の場合における措置の改正であるとか、そのほかいろいろ利用者に利害関係を及ぼすような改正を含んでおるようであります。料金を引き上げながら利用者の不便になるような措置をとるとは何ごとであるかというような声も必ずやあるかと思います。国民感情としてはまことにごもっともな点であるとは思いまするが、冷静に考えてみますと、この改正によりまして一般国民のこうむる不便とか不利益というものはさして大きなものではなくして、反面この改正によりまして、事業の負担は、それから従業員の労苦は著しく軽減され、その余力をもちまして全般のサービス改善のために振り向けようと、かような趣旨のようでありますので、私は、およそ事業というものは経営者の努力だけでは決してよくなるものではない。そこに必ず利用者の協力というものが必要であるという見地に立ちまして、あえてこれらの改正案に全面的に賛成いたしたいと思います。
 以上で私の意見開陳を終わらしていただきます。
#6
○委員長(鈴木恭一君) ありがとうございました。
 次に、五藤齊三参考人より御発言を願います。
#7
○参考人(五藤齊三君) 五藤でございます。私は商工会議所におります立場から、この郵政問題につきましては全くのしろうとでございますので、一般の社会人といたしまして感じましたところを、雑駁な点ではございますけれども申し述べてみたいと思います。でございますので、大局的から考えまして、今回の郵便法一部改正によって料金値上げ、改定が主として行なわれました結果、はたしてそれに対比するだけのサービス改善ができるだろうか、こういうことに対しての疑問について申し述べてみたいと存じます。
 今回の要綱を拝見いたしてみますと、制度の改正と料金の改正とまあ二つになっておるように思われますが、この制度の改正に関しましては、私はおおむね賛成を表するものでございます。で、ことに高層建築物に郵便受箱を設置するということを法制化するという問題については、これは非常にけっこうであると私は存じます。いな、むしろ諸外国に例を見ますように、二階建でも一階建でも、道路に面したその家の入口に郵便箱を設置すべきであるというふうに改められまして、まあそういうことを急速に実現するためには、国の一般の大衆に対する援助が必要でございましょうけれども、そういうことによって郵便受箱というものを道路に面した家の入口に設置いたしまして、これによって配達人の労苦を軽減し、配達能率の向上をはかるべきであると深く感じるわけでございます。で、まあいろいろのテクニックをお聞きいたしてみますというと、日本の町名、番地等が非常に複雑であって、配達が非常に非能率になるのだといったようなことを承りますが、まあアメリカ等で行なわれておりますようなPOボックス・ナンバーといったようなものが家の番地にかわりまして、これがきわめて整然とつけられるといったようなことになりますならば、今日の配達能率が一段と向上をいたしまして、配達遅延の解消に多くの成果を上げる結果になるのではないかと考えられる次第でございます。
 次に、料金改正の問題でありますが、これは全国民残りなく影響をこうむるものでございますので、何といたしましても、物価値上りのムードを形成するという観点から、これは軽々に看過することのできない問題ではなかろうかと存ずるわけでありまして、十分慎重を期しておやりを願わなければならぬのではないかと、こう思うのであります。で、案を拝見いたしますと、一種、二種の一般家庭に関係のありますものは、こういうことを考慮をせられまして据え置きにせられておるようでございますけれども、この方はどうかといたしますと、一般家庭からの利用の数というものは比較的少ないのではないかと思うのであります。で、今回値上げの対象になっておりまする三種、五種、ことに市内特別郵便物、ダイレクトメールといったようなもの、並びに一般家庭にもある程度の影響のございます小包料金の大幅の引き上げといったようなことから、間接的には国民経済に相当の影響があることはいなめないと思いますけれども、こういう観点から総合的な物価対策を確立して、一般物価の値上がりの不安を解消していただくような対策がぜひとも望ましい、こういうふうに考える次第でございます。
 まあしかし、一面から拝見をしてみますというと、過去十年の長きにわたりまして、わが国戦後経済の緩慢なインフレーション的進行の中におきまして、諸物価がことごとく高騰を続けております中で、郵便料金が長い間据え置かれておった。その結果、今回値上げを必要とせられております種類のものでは、はなはだしいコスト割りになっているという現状から考えますというと、独立採算制の仕事でありますところから、前述のような国民経済に及ぼしますところの影響を最低限度に食いとめるという考慮が払われての料金改定でありますならば、これは賛成せざるを得ないと私どもは考えますところでございます。ただ問題は、この料金改定によって増収せられました収入によりまして郵便事業の設備の機械化を推進し、あるいはサービスの改善を確約することができるであろうかどうかということが問題点ではなかろうかと思うのでございます。周知の通り、現在の郵便物の遅配――配達遅延は全く慢性化しておるように思われるのでございますが、各方面にその結果いろいろの被害を及ぼしておることは隠れなき事実であると思うのであります。
 その一例を私は一つ聞いて参りましたから申し上げますならば、ある輸出貿易をやっている商社がLCを封入せられた外国郵便、しかもスペシャル・デリバリーという特別速達の外国郵便が羽田に到着して以来十三日日に東京都内に配達せられた、こういう事実があることを聞いたのであります。その結果、注文品の積み出し時期がおくれまして、多額の違約金を取られた、これは直接の大きな被害だと言ってぼやいておったのであります。これはもとよりストに際会をして異常な遅延をいたしました特別の事例ではあろうかと思いますけれども、一般的にも配達遅延がもう全く普遍化しまして、普通の業務用の書類というものはほとんど速達を使わなければ、もう郵便の目的が達せられないのが今日の常識のように考えられるのであります。私どもの属しております商工会議所からすぐ向かいのビルに手紙を出したら、その手紙が三日かかって向かいのビルに着いた、こういったような事例もあるようでありまして、全く普通の業務用の書類は速達でなければ用をなさぬと、こういうふうになっているのが現状であろうかと思うのであります。それらのことから、郵政省としましては、低料金の書籍、雑誌、印刷物等の郵便物が激増しました今日、これらの面から多くの赤字を出していることは容易に了解ができるわけでありますが、また一方におきましては、今申し上げましたような配達の遅延の結果、多くの業務用書類が速達でなければ用をなさぬということで、もう速達を多く利用するということで、郵政省の配付せられておりますグラフを拝見いたしましても、この非常な赤字種類でありますところの書籍、新聞、雑誌等の印刷物の激増とほとんど程度を同じくして速達というもののふえ方が異常な上昇を続けていることも事実のようであります。この面では私はおそらく郵政省が大きな黒字を出しているのではないかと思うのでありまして、この赤字と黒字とどっちがどうだろうということの疑問を私ども持っておる次第であります。とにかく速達利用者は今回の――現行料金でもすでに郵便料金の値上げをせられておるという、被害を受けておるという事実を考えなければならぬと、こういうふうに思われるのであります。事実郵政省の出しておられますグラフを拝見いたしましても、戦前と現在と比較いたしますというと、郵便物の集配サービスというものは、全く半分以下にサービスが低下しているということは、郵政省自身がこれを公表しておられるのであります。これをいかにして戦前並みに引き戻すかということが、国民生活の上に大きな期待を与えるものでなければならぬというころではなかろうかと思います。今回の料金改定によりまして、平年度八、九十億円の増収となるということを承りますが、一方におきましては、今回の従業員の給与ベースのベースアップによりまして、やはり平年度四、五十億円の人件費支出増が見られるというふうに思われますが、これにもしも現在まだ人手が足らぬといったようなことで定員増加でもありますならば、せっかく今度の料金改定による増収はほとんど人件費に食われてしまう、こういう結果になりまして、サービスの改善というものは一向事実上経済的にできないのではないか、こういうような心配を私どもはいたすものでございます。
 で、郵政省のグラフを拝見いたしましても、アメリカでも日本でも、郵政事業の総合経費中に占める人件費の割合がわずかに七〇%程度であって、彼我の間に大差はない、こういったようなことを公表せられておりますが、御承知の通り、日本とアメリカとの経済基盤の違いから給与ベースを考えてみますと、ほとんどアメリカが九であり、日本が一である。九対一のような差でありますことは、もう皆さん御承知の通りでありまして、これから逆算いたしますというと、人数の比率ではこれが逆に一対九、アメリカが一で日本が九といったふうに非常に非能率な操作が行なわれているのじゃないかということをこのグラフの中からも感じ取る次第でございます。こういうことから考えますれば、何といたしましても郵政省がこのグラフで将来を期待しておられます一段の機械化の推進と、そうして勤労意欲の上昇ということを考えませんならば、サービスの改善は期して待つべきではないと、こういうふうに私どもは考えるのでありまして、この点に多くの問題点がひそんでおるのではないかと、私はそういうふうに考えるのでありますが、聞くところによりますと、東京の区内の郵便局はおおむね配達の区域を四十ないし八十くらいに区分をいたしまして、その一区に一人の配達人を使っておるということでございます。やはり休日等がございますので、人員配置は大体一区に対して一・三人というふうな配置になっておるそうでありますが、この配達人も勤務を続けておりますことによりまして、年功序列によりまして、五人に一人を二級職に登用をして、主任の称号を与えておるそうでありますけれども、これは全く機械的だそうでありまして、ほとんどこれに責任を持たしていない、こういうところに問題があるように聞いております。でありますので、この一つの区を担任している配達人が休暇をとりますというと、その区の郵便物はその日は全く配達をせられないというのが現状だそうでありまして、ストの場合等に、あるいはどこそこの配達区は休めというような指令が出ますというと、そこの郵便物が山積をする、こういうことが実情として起こっているそうでありますが、これはよろしく二級職に登用いたしました主任という者を、もう少し責任を持たせまして、この配達区を四区ぐらいを一まとめにして主任に責任を持たす。そうしてその四区の中で欠勤があり、あるいはストで休んだ者があれば、その四区の中にいる約五人の中で責任を持ってその日その日の配達は必ず完了するというような責任体制をとらすことが必要ではないか、これは郵便局の局長自身がそういうことを考えておるようであります。
 こういったような点からも一つ人的な面の制度の改善等にも十分留意をしていただきまして、今回の改正を機に郵政の運営というものがほんとうに軌道に乗って、料金は上がったが、サービスは一向改善せられないといったようなことになりませんように、料金改定による増収が人件費にみな食われてしまったというようなことになりませんように十分御注意をいただくことによって、私は今回の改正は、料金改定もやむを得ないことであり、また制度の改正につきましては一部むしろ賛成である、こういうことを申し述べたいと存ずる次第でございます。
#8
○委員長(鈴木恭一君) ありがとうございました。
 終わりに、田島参考人にお願いいたします。
#9
○参考人(田島四郎君) 田島でございます。私は単なる学究でございまして、しかも専攻が簿記、会計でございます。従いまして、そういう点から、現在の郵政省が出しておる数字について私の考えるところを申し上げまして、そしてこの今回の改正が、私はむしろ至当ではないだろうかということを申し上げてみたいと思います。
 まず第一に、郵便事業の特質でありますけれども、経営的な性格から申しますというと、郵便事業は比例費的な経営の特徴を多分に持っておる事業でございます。ちょっと考えますというと、相当膨大な設備をかかえておる。従って固定費が大部分を占めるのではないだろうか、こういうようなふうに考えられるわけでありますが、しかし他の公共事業、特にたとえば鉄道あるいは電信電話というものに比べますというと、比較的設備に投資しておる額というものは割に少ない。そうして、その経営の形態は、いわば非資本主義的な経営の形態、こう言わなければならないのではないかと、こう考えております。と申しますのは、非常に人間的な力、労力というものに頼って経営が運営されておるのであります。いわば原始的な、工場制工業の出現する以前のような状態、こう言っても差しつかえないようなところに一つの特質があるのではないか。しかも、それらの人力依存主義の経営が非常に各地に広く、非常にへんぴなところまで散在しておりまして、これについての近代的な労務管理というような合理化手段が非常にむずかしい事業である、こういうことをまず言わなければならないかと思うのであります。もとより一面これは非常に文化的な性格を持っておりまして、私が考えておるような、ただ単に数字の面からのみ料金を云々する、制度を改善するということは、これはできないかも存じませんが、一応現に現われておる数字から申しますというと、結局物数が増加すれば増加するほどコストがよけいかかっていく、こういう現象を呈しております。本来設備経営であるとしますならば、その設備は――われわれの方では固定費と申しますが、大体費用の発生総額はおおよそ全体としてきまっておりまして、物数が増加すれば物数当たりのコストは安くなるのが建前なんです。その安くなるのに、物数が増加すれば反比例的に減少する。一つ当たりのコストを計算しますというと、物数が倍になれば二分の一になる、こういう性格を持つのが近代的の設備経営の特徴なのであります。ところが現在の郵便事業はそういうことはちょっと言えない状態にある。非常に機械化その他の新しい設備の導入も不十分であるのではないだろうか、こう考えます。
 ところで、そういう状態のもとに成立しておるところの今のコストでありますが、これはこのコストを回収するだけの料金収入、つまり収入の基礎になる料金を決定するということでは、私はもうそもそも郵便事業のこれからの運営というものは、これは困難を感ずるのではないか。その理由は、このコストを分析してみますというと、非常に重要な項目として、近代的な経営としますならば、それは減価償却費というものがあるのでありますが、この減価償却費は、郵便事業に関する限り非常に低いのであります。こういうような現在のような物数の増加、利用の増加ということはおそらく考慮しないでその耐用年数を定めております。それから、お話がありましたが、すでに老朽施設になったものを使っておる、こういうようなこともありますが、そうでないものでも、物数の増加ないしは新しい経済的な運営をするためには、耐用年数が尽きる以前にでもこれを更新しまして、そうしてサービスの提供に資すると、こういうようなことが必要であるにもかかわらず、それができない。そうして非常に低い減価償却費が盛り込まれておる。それが原価の一構成部分であります。もしもこのコストを回収するだけの料金をきめたとしましても、それは今の設備を更新するだけの料金収入しか望めないものであります。ところが、一般の郵便事業の利用という点から考えますというと、ますますこれは増大する。もしもその増大する需要に応ずるということになりましたならば、もしも独立採算ということが動かせるとするならば、たとえば一般会計からの繰り入れが可能だとするならば、そちらの方から資金を出してもらうということは、それは可能でありますが、私は現在のところ、これは相当困難性があるのじゃないかと、こう考えますので、根本的な料金改正をする場合の、まさにあるべきコストというのはいかなるものかということについては、これは相当時日をかけて考え直さなければならない問題が多々あると思いますが、現在算定しておるコストを回収するだけでは、とうていそういうようなことは不可能である。本来は事業の伸びというものに対する相当額の必要経費を料金の中へ盛り込んで、そうして料金で償うということでなければならないと思いますが、そういうようなことは、全然今の料金には入っておりません。減価償却費が不十分である。
 そうしてまたさらに、もう一つの郵便事業の特殊性は、非常に複雑多岐にわたっており、たとえば銀行のような仕事もやっておるし、運搬、運送業もやっておるし、あるいは保険会社のような事業もやっておる。こういったようなものが、比較的ウエートの軽い固定費が全部割りかけられておるわけですから、そうした意味において、それぞれ業種別に原価を計算してみますというと、その原価の大部分が、固定費的な部分がごくわずかで、主として比例費だ。もしもこの比例費中心のコストが算定されておるとして、これをどこから負担したならば最も適当なのか、こう申しますというと、先ほど発言がありましたように、少なくとも直接費だけは――直接費と申しますのば、今申しました固定費を差し引いた比例費に該当する部分であります。変動費ともいいます。これは物数が増加するに従って増加する費用であります。これだけは受益者が負担する、これの方がかえって私は実質的には公平じゃないだろうか、こういう考えを持っておるわけであります。そうした意味で、設備の改善の費用などは、これはできるならば国の一般会計からまかなっていただけばこれはいいんですけれども、これは政治的な大問題になるかと思いますので、私はこの点どちらが負担するかということは別にしまして、コストの大部分を占めておる比例費は、これは料金でまかなう建前をとるのが至当じゃないか。そういう見地からこの料金改正の原案を拝見しますときに、実は当座は料金の中で比例費のまかないはできると思います。ただ、この比例費のまかないができるのは、はたしてどの程度であろうか、これは私は将来の見通しは、いずれもこれは見通しであって、結局過去の趨勢から推していかなければ、神ならぬ身のだれにも判断できない問題だと思いますけれども、今までの情勢からしますというと、ただいま岡井参考人が申されましたように、ここ三、四年しかできないのじゃないだろうか、このような考えを持っております。そうしますというと、やがてはまたこの問題が生じてくるのではないか、こういう心配を持ちます。と申しますのは、むしろ今回の料金値上げが、私は漸進主義をとったのではないだろうか、こう推定いたしまして、こうした推定が正しいとしますならば、この料金の値上げは、むしろ私は全面的に賛成、こう言わなければならない、こう思います。もとより、非常に利用者が広範囲に散在しておりますから、今回のこの値上げは、たとえコストを十分取り戻すことのできない値上げであるとしましても、この及ぼす影響はいろいろな面から考えなければならないかと思います。
 その一つとして、一番大きい反対論になっておるかと思いますが、値上がりムードを醸成する、私はこれは否定できないのじゃないか、こう考えます。問題は、一つは、こういう時期に問題になりましたから、この時期が非常に悪かったのじゃないだろうか。ふだんのときであるならば、この程度の料金の値上げは、決して値上げムードの醸成ということには関係がなかったのではないだろうかということを考えます。それから第二には、国民経済、ないしはわれわれの消費経済への料金値上げのはね返りということがしばしば言われております。これも料金の値上げによる部分だけは結局受益者が負担する、こういうことになりますので、利用する人は確かにそれだけ余分に出費を負担しなければならない、こういうことになりますから、私はそのパーセンテージはきわめて軽微なものであって、たとえ小包などが大幅な値上げをしたとしましても、それの家計に及ぼす影響というものは比較的、るいはきわめてといってもいいのじゃないかと思いますが、軽微なものであって、運賃などの比、ないしは電灯料などの比ではないのではないか、こういう考えを持っております。
 それから文化事業としての郵便事業にとって、料金の値上げというものは、これは矛盾しているのではないだろうか、こういうような批判が出るだろうと思います。およそ郵便のごとき公共事業、これを経営する基本的な理念を、企業主義に置くか、あるいは文化主義によるか、これは相当大きな問題じゃないかと思いますが、私は確かに公共性は認めるけれども、現在の郵便事業の経営の前提条件と考えてよろしい特別会計による独立採算――これは完全な独立採算でないにしましても、独立採算の方針を否定することができない場合には、一般会計からこれを補助することによる一般国民の負担、受益者の負担ということを考えるとき、かえって料金を値上げすることによって、利用者がそれぞれこの経費の一部を負担するということの方が実質的な公平性が望めるのではないだろうか、こういう考えを持ちます。そうした意味で、確かに文化的な使命を帯びた事業ですけれども、この際、企業主義的な要素を若干取り入れるということは矛盾したものではないというような考えを持つわけでございます。
 ただいまも局舎改善、その他のサービス改善ということについては、はたしてどの程度までできるか、非常に御心配の向きがありました。これはやはりできるだけサービス改善ということについては努力してもらわなければならないと思います。その点について申しますというと、やはり特別会計のワク内でまかなうということの方が、合理化の要素を推進させることができるのではないだろうか。ただ単に赤字が出たならば一般会計からそれを補てんしてもらえるのだというような考えよりも、いろいろな創意工夫を働かせて、そうしてコスト・ダウンを実現させるということは、むしろ現在の郵政当局に与えられた大きい問題でありまして、これは料金を値上げする、値上げしないということとは関係なしに、やはり常に考えていかなければならない問題で、ぜひやってもらわなければならない問題である。こう考えて参りますというと、この料金値上げということに関連しましては、いろいろな面からいろいろな批判はあるかと思いますが、私は現在のコストが、料金算定の基礎として当然あるべきコストに比べて非常に低いコストである。それを料金値上げによってできるだけ回収していく、こういうのですからして、この際値上げは認めてしかるべきじゃないか、こういう考えでございます。
 以上で私の口述を終わります。
#10
○委員長(鈴木恭一君) ありがとうございました。
 以上で参考人の方々の一応の御意見の御開陳をお願いいたしたのでありますが、これより参考人の方々に対する質疑に入ります。御質疑のある方はどうぞ順次御発言を願います。
#11
○奥むめお君 新聞協会の江尻さんにお伺いします。きょうは郵便料金の第三種値上げの問題でございますけれども、新聞が先ごろ値上げをしたときに、サービスをよくするためにというので、日曜版をお出しになりました。あのとき非常に内外から反対がずいぶん強かった。読者の方からも、また配達する人からも、印刷する人からも、こんなに物価が上がったり、ベースアップをする時代がくるという御予想がなかったのじゃないかと思いますが、新聞が非常に重い、日によっては百グラムすれすれだというお話がありましたけれども、新聞を私ども、たとえばページを少なくするとか、あるいは日曜版をやめるとか、いろいろな点はお考えになっておりますか、どうですか。
#12
○参考人(江尻進君) 外国の新聞に比べますと、日本の新聞は非常にページ数が少ないわけでございます。アメリカあたりでは平均して一日、平日の新聞が四十ページございます。日曜日になりますと百数十ページというような紙面を出しております。これはヨーロッパにおきましては幾分少のうございますが、日本よりもはるかに多いページ数を出しておるわけでございます。これはやはり世の中の事象というものが複雑になって参りまして、大衆に知らせる必要のある事項をなるべく多く知らせよう、こういう目的のために、自然に社会が複雑になるに伴いまして、その紙面も多くなるというのは避けられないことと思います。日曜版といいますのも、やはり同じような意味におきまして、ニュースの解説とか、あるいは直接ニュースでなくても、いわゆる平常的なこと、この地方においてどういう生活が平常行なわれておるかというようなことも、これは知らせる必要のあることなのでございます。一般的にいいますと、新聞というものは、異常なこと、変わったことを知らせるのが多いのでございますが、しかし、それだけではやはり目的は達せられない。日本の普通の生活はどうあるか。たとえば、鉄道の各線を中心にした、いろいろな観光的な記事のように見受ける紙面なども出ておりますが、それはやはりそう目的で必要があるから、あるいは新聞が持っているそういう社会的な使命を達成するのに必要だからというためにやっているわけでありまして、決してむだなことをやっているというわけではないわけでございます。私はそういうように考えてやっております。
#13
○奥むめお君 あとまだ新聞の問題を伺いたいのですけれども、きょうは控えておきます。
#14
○野上元君 田島さんにちょっとお伺いしたいのですが、私も田島さんの御意見を非常に興味深く、かつ非常に参考にして聞いておりました。私も実は一昨日の逓信委員会でその点に触れたのです。それで、今日の郵便事業の運営状況から見て、かりに原価を償うものであっても、将来性から見ていくと、だんだんコストが高くなっていくという傾向がある。従って、郵便物数がだんだんふえても、郵便物の成長があっても、経営は苦しくなっていくのじゃないか、こういう点に触れたわけです。そして、最終的には、この四、五年はもつと、こう言われるわけです。しかし、今お二人のお話を聞いておりましても、特に、郵政審議会のメンバーの方々ですから、お聞きしておきたいのですが、私も二年ともたないのじゃないかと実は見ておるわけなんです。そうした場合に、再び料金改定の問題が出てくる。しかし、御承知のように、岡井さんも意見を述べられておるように、五年間はやはり上げるべきじゃない、こういう非常に矛盾したことが出てくると思うのです。そこで、私は、田島さんが述べられた中にもあったのですが、たとえば局舎の新築あるいは改築その他、公共負担的な性格の著しく強い部面における赤字は、この際一般会計から補てんするのはやむを得ないのじゃないか。そういう制度にしてしまわないと、今日のような、文化的事業であると同時に、企業的事業であるというようなことを言っておったのでは、いつまでたってもこの経営の改善はできない。従って、東商の方がおっしゃられたように、料金は改定するけれども、ほとんどそれは人件費に食われてしまうというのが今日の現状なんです。そうすると、サービス改善には全然手が打っていかれない。おそらく、これは、予算を見ればはっきりすると思うのですが、局舎がどんどん狭隘になっているために、従業員も苦しんでおりますし、かつまた、利用者も苦しんでおられるわけです。これはどうしても設備の改善をやらなければならぬが、その設備の改善をやる金がないわけなんです。おそらく、今度の改定をやられても、私は出てこないのじゃないかと思うのです。私どもの社会党としては、やはりその値上げムードの一つの大きな要因になっておるという点について、これは強硬に反対しているわけなんですが、しかし反対ばかり言っておられないわけです。この際、反対とか賛成は一応たな上げにして、どうすればそれでは健全なる郵便事業が運営でき、国民の皆さんに喜んでいただけるのかという点に着目すべき時期にきているのじゃないかと、この点を特に郵政当局に質問したのですが、このままの状態でいくのだと、五年後を見て、そこでまた考えるのだということですが、それでは私はあまり消極的過ぎるのではないか、今日の段階ではそうじゃないかと思うのです。
 特に、コスト割れをしている種類の三種ないし五種あるいは小包等が、一種、二種に比べて比較的に増大率が大きいわけです。昭和四十年になるとこの率が逆転していくわけです。むしろ三種以下の方が大きくなっていく。これが四十五年、五十年になってくると、これを抑制しなければ、ますますその逆転の度はひどくなっていく。そして、いよいよ赤字で苦しんでくるということになりますと、これはもう幾ら料金の値上げをやってみても、なかなか改善できないのじゃないか。その点、この際、独立会計でいくのがいいのか、昔のように一種、二種を扱っておって、三種、五種は付帯事業であったという時代においては十分にまかない得た。人件費にもつぎ込んだし、一般会計にも相当多額のものを繰り入れたことがある。しかも、その後何十年も料金改定をしなくて済んだことがあるのです。しかし、今日の段階は違うのです。郵便事業の構造が改変されつつあるのです。この点を考えると、この辺で、一体あくまでも独立会計を守るべきなのか、あるいはこの機会に一般会計の方にしてしまうのがいいのか、どちらがいいのかという点について、御意見があったらお聞かせ願いたいと思います。
#15
○参考人(田島四郎君) ただいまの御質問、これは非常にむずかしい基本的なものだと思います。結局、料金のきめ方いかんと、こういうことになると思います。本来の郵便事業の特質として、非常に公共的、文化的な使命を重く見る限りにおいては、私は、特に施設面の、当然文化的使命の濃厚なもの、たとえば非常にへんぴな土地に局舎を設ける、こういうようなことは、経済主義から申しましたならば全く引き合いません。むしろ大都会の利用の大きいところ、これならば、相当設備投資をしても十分引き合います。そういう場合に、引き合わないところに補助金をという結論になるかと思いますが、私は全体を平均して見まして、公共料金政策としましては、正常な伸びというものは、当然料金の中へ入れて定めますれば、たとえば七%伸びるか五%伸びるか、ここの見解の相違はあるでしょうけれども、それを入れて料金を定めるということを基本的な政策としていく方がよいのではないかと、私はこんなふうに考えます。設備投資の点は、一般会計からこれをまかなってやれということも、これは私は非常によろしい考えだろうと思いますけれども、私としては、基本的には事業の成長率を見込んだ料金制度の確立ということに持っていく方がこの際よいのではなかろうかと、こんなふうに考えます。そうした意味で、一般会計からの無条件の設備投資の負担ということも、私は料金政策としては、むしろすぐさまとるべきではないのではないかと、こういう考えでございます。
#16
○野上元君 あまりしつこく質問しませんが、郵便事業を運営しておる状態を見ますと、全国に一万五、六千局あるわけです。そのうちで大体ペイしている局はほとんど少ないと思うのです。ほとんど一万数千局は赤字だと思うのです。しかし、これは赤字だからといってやめるわけにいかないのですね。どうしてもやらなければならない。そうしてまた、先ほど来問題になっております三種、五種も、あるいは小包も、これを法律によって抑制してしまうというようなことも、これは非常に危険だと思うのです。ということになると、結論としては、生産性の向上をするということになると、私はおそらく不可能だと思うのです。この郵政事業に関する限りは、やはりいつまでたっても七〇%ないし八〇%の人件費が必要ではないかと思うのです。そういう状態を考えてみたときに、独立会計で料金をやった場合に、かえってそれが公平でなくなるのではないか。めったに出さないところと、うんと出すところとあるわけですね。特に東京、大阪等は郵便物が集中しておるわけですね。そうなると、その料金を引き上げることによって、設備の改善とか経営合理化をやろうということになると、かえって不公平になりはしないか。この際思い切って、一般会計にした方がよろしいのじゃないか。そうすれば、料金改定の問題が起きてきません。これは徹底的な政策料金によって、これを抑えることができるということになると考えると、もうこの段階では、そういうことに対して、十分なる検討が必要なんじゃないか、実はこう考えて、お尋ねしたわけです。これは御答弁は別に私要求いたしませんが、そういう考え方であります。
 さらに、新聞関係の方にお聞きしたいのですが、新聞関係の持つ公共性、文化性というもの、これについては、私たちも十分わかります。しかし、沿革的に新聞の低料金制度というものを研究してみますと、当初新聞が発行されたのは、政府の方針をあまねく国民の全般に知らしめるということが最も大きな任務であった、こういうふうに言われているわけです。さらにまた加えて、日本の文化の発展に寄与するために必要なんだ、そういう性格を新聞は持っておった。さらに加えて、当時創業時代でありましたから、これを経済的に育成助長する必要があった。こういうことの三つか四つの理由によって、低料金制度というものが設けられた。
 しかし、最初の政府の方針をあまねく国民に知らしめるという任務は、もう今日の段階においては、ほとんどないと思うのです。第二の点の文化的な問題は、まだ残っている。第三点の経済的な育成助長をするということは、今日の段階では、これもあまり必要でなくなったのではないか、実は、こう考えておるのです。というのは、今日新聞の資本といいますか、あなたは先ほど、そういう点について触れられましたが、それならそれで、一応わからぬことはないのですが、われわれが客観的に見てみまして、いわゆる大新聞の資本の構成といいますか、そういうものを見てみますると、今日御承知のように、直接プロ野球のオーナーになってみたり、有名な選手をスカウトするために莫大な経費をつぎ込んでやっておるとか、あるいはまた民間放送に莫大な投資をして、民間放送に同時に資本をつぎ込んでいっているということを考えてみますと、今日、新聞事業の経済的援助をする必要があるかどうかという点について、私たちは若干の疑問があるのです。もしも新聞の文化的社会性を独調せられて、どうしても料金が安くなければならぬというならば、新聞自体の料金をやはり法律できめて、これを値上げできないようにすることの方が本質であって、郵便料金を云々するということは逆ではないか、こういうふうに、私は実は考えておるんですが、その点についての御意見はいかがですか。
#17
○参考人(江尻進君) 問題点は、新聞に対する郵便料金を通じての経済的援助という問題だろうと思いますが、私たちは、この郵便料金が安いということによって、経済的援助を受けておるというふうには考えておりません。新聞事業が受益者でなくて、読者である国民が受益者であるという建前であって、その後進的な地域の国民に対して、社会政策的に国家あるいは社会が援助していいのじゃないか、こういう建前から主張しているわけであります。御承知のように、新聞事業というものは、他の事業と違いまして、国家的援助は、いかなる角度においても全然受けておりません。一部の事業においては、利子補給を受けるなり、あるいはまた低利の資金を借り入れるなり、いろいろな方法で国家的援助を受けておりますが、新聞事業に関しては全然受けておりませんし、また受けべきものではないというふうに感じておるわけであります。それでは、この郵便の第三種の低料金をやらないという結果、だれが困るかという問題ですが、それは、先ほど言いましたように、後進地域の読者が困るということでありまして、新聞はあくまで、これは私企業でありますから、経済性の合わないところは、いかに公益事業といえども、やれない。だんだんにそういう読者には配れないという状態が起こってくるわけでありますから、結局、高い金を後進地域の読者が払ってとるか、あるいはそれに耐えないでやめるかということになるわけです。そうしますと、それによって起こる社会的な障害というものが必ず起こるわけです。政治的、文化的、社会的に、いろいろな障害が起こってくる。
 ところが、この郵便制度というものは、言うまでもなく、公共的目的、政治的、文化的、社会的な何らかの目的を達成するためにある制度であって、それがゆえに公益事業になっている。それがないなら、私企業としてやらしていいのじゃないかと考えますが、そういうために、一つの助成手段として、原価主義だとか、あるいは受益者負担だとか、独立採算ということが言われているわけでありますが、これはあくまでも、それを達成するための一つの技術的手段にすぎないと考えるわけでありますが、そういう技術的手段とか目的が先行しまして、公益的な社会的目的というものを忘れるということになりますと、それは倒錯しているのではないか。あくまでそういう制度であるべきであって、もしもそれが達成できないで、そういう後進地域の国民に対して、文化的なインフォメーション、あるいは政治的なインフォメーションが与えられないというような制度になるとすれば、それは制度そのものの運営か目的かに欠陥があるのじゃないかと思います。
 そういう点について、根本的検討を要するのじゃないかというふうにわれわれは考えるわけであります。決してこのために新聞が経済的援助をほしいという目的で言っておるわけではなくて、そういう政治的、社会的目的を達成するために、制度そのものとして考えてもらいたいということを言っておるわけでございます。
#18
○野上元君 そうしますと、郵便料金の値上げは、新聞の事業にとっては経済的には影響がないと、こういうふうに判断してよろしゅうございますか。
#19
○参考人(江尻進君) いえ、そういう趣旨ではございません。確かに、先ほど申し上げましたように、六十万とか七十万という読者が、郵便によって新聞を購読しておるわけでありますから、そういう多数の人が、値上げになりますとやめる人が出てくる。でありますから、値上げになるということは、経済的にもマイナスの影響のあることでありますから、われわれとしては、必ずしもこれに同調できないわけでありますが、今回の二円という値上げであり、かつそれが一日分が送れるような重量制限というものがされるのならば、われわれはあえてこれに反対はいたさないという立場でございます。
#20
○山田節男君 私は田島教授にちょっと伺いたいのですが、これはちょうど、本国会で郵便料金の値上げをわれわれが審議しておると同時に、ワシントンでも郵便料金の値上げをやっておるわけです。アメリカでも、過去三回、第一種、第二種を含めて、郵便料金の値上げは、いつも下院の反対によってその法案が通らない。ところが、今回出しておる内容を見ますと、やはり第一種、第二種、第三種、それから第五種――日本で言えばそれに相当するもの、並びに直接国会の承認を得ないで――向こうは御承知のように国営でありますから、国会の承認を得ないで値上げできる部分を値上げすることを含めて今やっておるわけです。
 さっきあなたの言われた、郵便事業の経営の合理化という観点から見て値上げやむなしと、それから国の償却ということが非常に程度が低いと、そういう本来本質的な欠陥を持っておるということになれば、今回郵政省が出しておる郵便料金値上げを見ますと、第一種、第二種は値上げしないと、こういうやり方をしておるわけです。一方においては、改正しないのみか、あるものについては無料である、こういうような制度はそのまま置くと、こういうやり方ですね。経営ということがきわめて、これは一般会計予算からの補助を受けるなんということは、私は邪道である、こういう見地からの質問ですが、これはやはり自主独立の採算主義でくれば、一種、二種をオミットする……。ここにわれわれに示されている昭和二十六年から三十四年までの九年間の年度別の引受郵便物数の経過を見ますと、パーセンテージはなるほど第五種は多い。ほとんど三四〇%に近い増加です。第一種、第二種、これは第一種においては四七%、第二種においては一七%、しかしその扱っている数と、それから十円、五円という何から見ますと、たとえば三十四年度の第一種をかりに九億通としますと、一円上げれば九億円、それから第二種、すなわちはがきが、これが約十八億通、これをかりに一円上げるとすると、これは十八億、上げる比率は、レートは別として、経営という立場からしてコストということも考えれば、一種、二種を政策的にオミットするということは、これは料金改定の態度としては、私は非常に誠意を欠くのじゃないか。ということは、マネージメントに忠実であれば、そんなこと気にする必要はないのです。ことさら第一種、第二種だけを現状のままにしておくというような料金の値上げ、やり方がいわゆる合理的の経営から見て正しいかどうか。さっきのあなたの御意見からいえば、これは当然経営の運用から見て正しい行き方かどうか、しかも非常な赤字なんですから、これについて、どういうふうな感じを持っているか。
#21
○参考人(田島四郎君) ただいまの御質問、私は理念的には第一種、第二種も、それぞれコストを償うだけの料金は必要だと思います。それが今回第一種、第二種が問題にされなかったというのは、理論の問題にはあらずして、別個の理由から出ているものと私は推定しております。コストを出して見ました限りにおいては、第一種は、今のところコストを償うだけの料金になっておると思います。第二種のはがきの方ですね、これは、せいぜい今のコストを取り戻すだけの料金でありまして、やがては、私はこの方面は赤字になっていく、こういうふうに思います。ただ、これを除外した理由は、理論の問題ではない、こういうふうに私は考えております。
#22
○山田節男君 今度の改正料金体系を見まして、五種の値上げは、一番これは大きいわけです。パーセンテージでいけば、二四〇%の値上げ、二倍以上値上げしている。これは、なるほど扱うものの件数も、また非常にふえて三四〇%にふえておるのですが、なるほど五種に関しては、近来非常にボリュームもふえて、たとえば一つの宛名に送るべきものの目方が、あるいは大きさなり、これはふえていくことは事実です。しかしそういうものは二四〇%もふやしておいて、これはやっぱり経済成長ということになれば、こういうものは、むしろこれは一種の文化事業という面で価値もあるわけですから、そういうものに対する一つの課税的の二四〇%という値上げをしておいて、片一方所定の目方とそれからサイズの固定した第一種、第二種は、これは取扱いにおいては、これは非常にいいかもしれない。しかし料金体系から見て、また非常に均衡を失しているのじゃないか。今アメリカでやはり国内郵便を四セントから五セント、国内航空郵便を七セントから八セントにするというのです。大胆に第一種、第二種に対して値上げを要求しているのですね。だから、少なくとも経営の責任のある者にしたら、第一種、第二種、もちろんあなたのおっしゃるような第一種、第二種を上げると、たちまち値上げムードを醸成してしまう、これはわかるのです。わかるけれども、単に郵便料金だけじゃない。国鉄料金も上がっているし、やがてガス、水道、電気も上がるし、上がりつつある。こういうさなかにおきまして、あまりに私は政策的で、何といいますか、いかに国営の郵便事業とはいえ、やはりコストというものは第一におかなくちゃならぬ。ことに昔のように、一般会計から補助金を出すなんというようなことは、これは郵便事業の本来の性質はなくなってしまう。封建時代です、これは。ですから、そういうことの、どうも私は郵政省当局の郵便事業に対する経営者の態度といいますか、少なくともメンタルな態度というものは、昔のものが残っているから割り切れぬこういうものを出す、これは政府が、全体の問題として一応の案として出して、国会で論議すべきだ、政府が経営に忠実な態度を示してしかるべきだ、こう思うんですけれども、経営というきわめて客観的な立場から言えば、邪道と考えませんか。
#23
○参考人(田島四郎君) ただいまの御質問、私は趣旨は、まことにその通りで、賛成でございます。今回のこの料金の問題につきましては、理論が基礎になっているということよりは、むしろ従来の料金を基礎にしまして、そうして多分に政策的な配慮、たとえば第一種、第二種が、なぜ問題に取り上げられなかったのかいうことなどを考えてみましても、決して、これは理論の問題ではない。過去の料金について――いいか悪いかはともかくとして――多分に忠実に従い、政策を加味した方に改正案というあものが出たのでありまして、そうして、先ほど私もちょっと申したと思うんですが、根本的な料金の決定ないしは研究というものにつきましては、これは相当時間をかけ、いろいろの立場から十分な検討をし、考慮をした上で定める必要があるのではないか、こういうようなふうに考えております。
#24
○山田節男君 江尻参考人にちょっとお伺いしたいんですけれども、先ほど野上委員の御質問に対しての御答弁で、ちょっと私わからないんですが、今全国で、配達し得ないきわめて僻陬な地域に居住している人が約七十万戸かある。これは郵便でやらなくちゃならぬ。それが、今度は五割値上げして、これは新聞には、必ず郵税が付随しているんですから、要するに新聞社としては七十万戸の今読者をもっているものが減るということが、あるいはあるかもしれないという懸念から、新聞社としての経営に響くという御心配なのか、そうでなく、七十万戸というものが、新聞を読むことによって五割の値上げをされると、それだけの加重を与えるからいけない、どっちの観点なんですか。第二の場合なら、新聞社は何も損はない、ただ読者に対して気の毒だという程度の反対であるのか、この点一つ明らかにしておいてもらいたい。
#25
○参考人(江尻進君) 第一は、やはり僻陬の地の読者に、そういう負担をかけることが社会政策的として適当かどうか、不適当じゃないかという立場で反対するわけであります。
 第二点は、やはり全然新聞の経営に影響がないということは言えないわけでありまして、若干減ることも当然考えられる。それは二義的な意味でありまして、私たちとして言っているのは、社会公共性から、そういう負担の不均衡をかけることはどうかという反対であります。
#26
○山田節男君 これは料金と、ちょっと離れますが、さっき奥議員からの御質問にも関連するんですが、過般大新聞がイニシアチブをとって、突如として新聞の値上げをやった。これはいろんな事情がありましょうとも、国民全般としたならば非常に響くし、しかも反対する機運が非常に多い。しかしこれはあえて強行した。
 その後の新聞の状況を見ますと、なるほど大新聞の、しかも全部じゃなくて、ある一部は、なるほど日曜版というものを出したですね。八ページぐらいのものをつけております。しかしその他の新聞社では、どれだけサービスがよくなったか。読者としては、配達の能率ということもありましょうけれども、むしろそれよりも新聞の記事の内容というようなものですね、そういうものに対して改善のあとが非常に見えないのですね。一般として、なるほどよくなったというような評価のできるようなものが少ないのですね。そういうような情勢から見て、今回のこの料金が百グラムまでの限度が五割上がるということになりましても、先ほどあなたがおっしゃったように、日本の新聞は、世界中ということはないが、アジア、アフリカあたりの新聞は別ですが、少なくともヨーロッパ、アメリカの新聞に比べると、日本ぐらい新聞の内容のない、しかも少ない新聞はこれはありません。われわれはむしろ英字新聞を読むことによって、外国記事なり、国内記事すら英字新聞の方が詳しくてニュースとしても妥当である。こういうような状況なのですが、これは新聞とすれば、日本の新聞は、少なくとも大新聞は、今よりもどんどんもっと郵便料金がふえるふえないにかかわらず、ふえなくちゃいけないと思うのですがね。この料金が今回値上げされる、五割値上げされるということになって、たとえば一円であったものが新聞の内容をふやしていくというと、これが四円になってくるというような憂いのために、当然内容がもっと豊富になるべき新聞の使命というものがチェックされるようなおそれを生じるのではないか。これはあなた、新聞の経営に御関係になっておる方として質問申し上げるのですが、この点について、どういう感じを持っていらっしゃるかお伺いしたい。
#27
○参考人(江尻進君) 山田さんは五割の値上げとおっしゃっておりますけれども、一円が二円になるということは十割の値上げでございますから、これは御訂正申し上げます。倍になるわけであります。
 そこで第一の新聞の内容が定価を上げてから後改善されてないじゃないか、きょうの本題とは、だいぶ関係ございませんが、これは新聞としては聞き捨てならない御発言だと思いますが、非常に改善されておるのでありまして、われわれの方で紙面を調査して分析をいたしまして、ことに最近では、社会生活が変りまして、科学的な部面というものが非常に多くなってきておるわけであります。ある新聞のごときは、科学記事というものは、一週間七日のうち六日まで、毎日なんらかの形で科学的なものを出すというような改善がされておりまして、科学記事一つをとりましても、全国的に非常にたくさんのスペースがさかれるようになってきた。これには記者の養成というようなことが大へんなことなのでありまして、現在技術者が全般的に不足しておるような、産業界でも、そういう状態でありますが、新聞社において科学を養成するなんということは容易なことじゃありません。地方の比較的小さな都市の新聞も、そういう努力をしている、これが一つの例でありますが、そういうふうにいろんな改善がされております。
 昨年の春に、東京で国際新聞編集者会議というのが開かれました。その席上で、世界の新聞の比較検討というものが論議されたわけでありますが、日本の新聞が、内容の点からいきまして世界有数の優秀なものであるということは、世界の国際的な新聞人の集まりにおいて評価されておりまして、われわれ外国の新聞も研究もしておりますが、一般水準からいきますと、世界で一、二を争う内容を持った新聞紙であるということを、かたく信じております。
 これは、皆さんのお読みになる新聞が、たまたまロンドン・タイムスであったりマンチェスター・ガーディアンであるというようなことから、そういうふうなことをおっしゃるかもしれませんが、そういう新聞は、特殊の新聞でありまして、一般の大衆的な新聞ということになりますと、質は必ずしも高くない。平均の質を見ますと、日本の新聞は、大都市の新聞も中小都市の新聞も比較的質が近ずいておりまして、いい新聞を出しておる。これは一〇〇%の自信を持って申し上げることができるわけでありまして、そういう意味で相当社会的な要望にこたえる使命を果たしておると確信いたしております。
 また経営上、これが影響するかどうかという問題であります。影響がないとは言えないんでありまして、しかし先ほど申し上げましたように経営上の影響というよりも、社会公共性に及ぼす影響力というものを、われわれはもっと重要に考えて、この公述をしておるわけであります。
#28
○山田節男君 今の、ちょっと私言い回しが悪かったかもしれないが、第二の質問は、この郵便料金が上がるということによってですね、私から言えば、これはあなたの抗弁になりますが、少なくとも文明諸国の新聞、国会でも約二十種類ありますが、英独仏、われわれはしょっちゅう見ておりますが、日本のようにページ数がせいぜい八ページか十ページというものではなくて、これは二〇ページ、平均すれば少なくとも四〇ページくらいになるような趨勢に新聞というものはあるんじゃないか。しかもそれはいかにボリュームがふえても、広告料というものが入るんです、新聞というものは。そうすれば当然ペイするのです。郵税がふえても、広告料金というものがどんどん入ってくる、商業紙の建前からすれば。これはアメリカのニューヨーク・タイムスみたいに日曜版が三キロも四キロもある。これは日本ではできないでしょう。できないにしても、今のようにせいぜい日曜版としてわずか八ページくらいのものをつけるということは、これは内容がいいとおっしゃるが、そのバラエティというものは制限されておりますよ。世界中の非常に内容の複雑な文化という考えから言えば、今のあなたの最も優秀であるということを言われたけれども、スタンダードが違うのです。われわれとあなたのおっしゃるスタンダードとは違う。これは見解の相違だから論議しませんが、今申し上げたように、会社自体としたらば、目方がふえても料金が一〇〇%、一円が二円になる、一〇〇%ふえても、あるいはこれがボリュームがふえて、たとえば六円の郵税を要するようなものをお作りになっても、会社自体としたらば郵便料金というものは全然経営力から言えば差しさわりがないと、こういうように私は思いますから、この点に対しての御見解を聞きたい。
#29
○参考人(江尻進君) 山田さんは、おそらくその上げた値段を新聞の経営費で吸収しろというお考えだろうと思いますが、それは現在のところ許されてないわけでありまして、これは必ず読者負担という建前になっておるわけであります。公取の建前からも、これは全部読者に負担させるということになりますから、先ほど申しましたように約五、六百万の人口というものが、そのために新聞を見ることが経済的にできなくなるというような事態に追い込まれる危険があるわけであります。そういう点をわれわれは言っておるわけでありまして、そういう角度から、御考慮を願いたいということを言っておるわけでございます。
#30
○鈴木強君 ちょっと私、参考人の方に大へん失礼でございましたが、離席をちょっといたしまして、あるいは前の方がお聞きした点かもしれませんが、お許しをいただきまして、岡井参考人それから江尻参考人にお聞きしたいと思いますが、岡井さんはさっきお話の中で、ここ十年近く郵便料金というものは上がっておらん。他の公共料金は、かなり上がっておるという立場から、むしろ理論的な値上げであるというような、こういうような御趣旨であったと思うのですが、私は、他の公共料金が上がったから郵便料金も、それに伴って当然上げなければならぬという理屈じゃないと思うのですね。それは郵政事業の経営者諸君が、いろいろ工夫され、合理化もされ、健全経営の方向に努力したことと、それからそれを理解する一般国民の――私は施策がよろしかったからだと思うのです。ですから、そのこと自体については、私は、あまり論拠にならぬと思いますがね。
 そこで、お話にもありましたように、今郵政事業の経営というものが、かなり努力をされておるのですが、なかなか努力をしても赤字が出る、従って、値上げに頼らざるを得ない、こういうことだろうと思うのです。そこで岡井さんに伺いたいのは、われわれも国会の中から絶えず郵政事業を見ておりますが、いま一段と経営努力をすることによって、今出ておる赤字を少しでも埋めるようなことはできないものかどうか、こういう点を、われわれは絶えず鞭撻しておるわけですが、岡井さんのごらんになったところで、そういう経営努力に対する点は、どういうふうに考えておられるでしょうか。
 それからもう一つは、山田さんは、一般会計から補てんするというような方法は邪道だと言われました。もちろんこれは、いろいろ見解があるから、私はそれを否定しようとか何とかということじゃないのですが、現にアメリカあたりでは、公共事業である郵政事業というものの特殊性からして、一般会計から数十億の赤字を補てんをしておりますが、これは現にやっておる。ですから、そういうこともあわせて、大衆負担になる公共料金の値上げをおさえていくというような政策について、どうお考えでございましょうか。その二つをお伺いいたしたいと思います。
#31
○参考人(岡井彌三郎君) 郵政事業におきまして、将来経営努力の余地はないかどうか、こういう御質問の御趣旨かと思いますが、その前に、私が郵便料金は十年間据え置き、他の事業は、みな再三にわたってやっておるから遠慮なくやれというふうにお聞き取りになってのお言葉のような気がいたしますので、その点に触れておきますが、私は何も、十年間据え置いて、ほかもやっておるから、郵政事業でどんどんやれというような趣旨で申し上げたのでは決してないのでありまして、一番初め申し上げましたように、公共料金の値上げというのは非常に大切なものであるから、もし収支を償う、何とかしてやっていければ、上げないにこしたことはない、こういう趣旨でございます。
 ところが、同じように、十年間据置のものと、それから少なくとも一回以上その間に上げたものと、同率に、一様に取り扱うということは、郵政事業は十年間現実に据え置いた結果、いろいろな欠陥が生じておって、どうしても必要が、ほかの事業に比べて余計ある、この現状に照らしまして、同率に二〇%でおさえてしまうということは不公平じゃないか、こういう意味で申し上げましたので、御了承を願いたいと思います。
 それから、今後内的な経営努力によって、幾らでも増収の道がありはしないかどうか、こういうことでありますが、それは私、鈴木さんがお留守のときだったかとも思いますが、初め申し上げましたのですが、私は決して、この郵便事業についての知識経験者ではないのでありまして、ですから外部から見まして、資料を見せてもらっておるわけでもありませんし、また内部的にどういうふうにやっておられるかということを詳しく知っておるわけでもございませんので、はたして、この上経理、経営努力によって、幾ばくの経費が捻出できるかどうかということについて、これは確信を持って申し上げることは、とうてい不可能でありますが、大体第三者的の勘といたしましては、郵政事業というものの御当局におかれましては、いつも非常な努力をなさっておるということをみずから言われておるようでありますから、それを信ずるほかないのでありますが、しかし、まあわれわれ第三者的な見方としますならば、そうは申しながら、なお一そうの努力を続けるならば、多少のあるいは料金引き上げに見合うだけの経費を見出すことは、これは不可能だとは思いませんが、多少なり、つまり国民の引き上げに対する感情、何といいますか、国民感情のきびしさ、これを緩和するための幾ばくかの節減の余地は、これは必ずある。まあ一例を申しますと、管理機構でありますが、郵政、郵便事業に従事しておる職員数は、ほかに比較いたしまして、はるかに低い率しかふえておりませんが、しかし背と比べまして、管理機構は、きわめて膨大になっております。これはみずからやったことでなくして、御承知かと存じまするが、終戦直後、いわゆる進駐軍の半強制によりまして、郵政省は好むと好まざるとにかかわらず、膨大にさせられたという節もありますので、それらの点も、しさいにあらためて検討いたしますならば、多少とも機構を縮小する余地はおそらくはありそうなものだと――まあ確信を持って言うわけじゃありませんが、ありそうなものだというくらいの気は現在いたしております。
#32
○鈴木強君 それから最後の――まあこれは、私特にむずかしいかもしれませんがね。財政的な措置として、今の郵政の赤字を何らかの形において補てんをしなきゃならぬということは、われわれにもわかるのです。まあ郵政当局が今日まで十年間、健全財政をとにかく貫いたということは、これは私は評価していいと思うのです。
 で、今現在この法律案が出てきて、やむにやまれないという。そういう考え方のもとですから、私も、その考え方はわかるのですが、しかし公共事業ですからね、特に一般大衆のほとんど使っている事業ですから、だから、今言った一般会計からの資金の手当をするというようなことについてはどうお考えでしょうか。
 それからもう一つ、あなたも心配されているように、おそらくこの値上げをしても、郵政の健全経営というものは困難になるだろうという見通しはあるのです。郵政大臣は過去、これから五年間は大丈夫だと、こう言っていますがね。そこら辺のお見通しは、どうでございましょうか。簡単でけっこうです。
#33
○参考人(岡井彌三郎君) 第一の――何でしたか。失礼しました。
#34
○鈴木強君 一般会計から赤字を補てんする……。
#35
○参考人(岡井彌三郎君) ああ、一般会計からの繰り入れでございますね。これも私、一番初めに申し上げた通り、現在の制度では、独立採算制の建前になっておるから、これはなかなか困難なことだろう、こう申しましたのは、その現実の問題を離れて、将来特別会計でなくして、つまり赤字が出れば、一般会計から補てんする、こういう式にすることの是非と申しますか、その点につきましては、これは田島参考人からもお話がありましたが、大体同意見でありますが、ただ、それに加えて私が申し上げたいのは、御承知のように、郵政事業は、昔は特別会計でありませんでした。一般会計であった。それを、昭和九年でありましたか、とうしても特別会計にしたいという、郵政事業の当局並びに従業員の熱烈なる希望によって、やっと特別会計になった。
 なぜ特別会計になったかと申しますれば、一般会計にしておくというと、せっかく働いても、そいつを、場合によったら一般会計に吸い取られてしまう、こういう見地。ところが、今はその心配がないから、一般会計にしてもいいじゃないかという説もあろうかと思いますが、しかしながら、一般会計であると、特別会計であると、大蔵省の見方が非常に違ってくる。現実の問題として違ってきやしないか。今は特別会計でありますから、何とかかんとか言いながら、予算は割合に認めてくれる。ところが、これが一般会計になるとなりますと、ちょうど昭和九年以前の姿に帰って、なかなかあれに、剰余がありましても、使わしてくれない。赤字があった場合には、なかなか補てんしてくれない。自分の方で何とかやれ、こういうふうなことも当然起こってくるかと思いますので、私は理論的なことは……。そのほかに、また郵政事業だけを考えるわけには参らないと思います、現実問題として。これは、ほかの国鉄についても、赤字路線に対する一般会計からの補てんで、また問題にされている。そのほか電信電話がある。電信電話は今もうかっておりますから、そう心配ありませんけれども、将来、いつまでたっても、電信電話というものは、必ずもうかるものとはきまっていない、そのほかの国営事業いずれも、そうであります。そういう場合に、はたしてそのときの財政状況がまかなえるかどうかということも、高い見地から、広い視野から考えなければならぬ問題でありまして、とうてい私ごときが、ここでお答えする筋合いではありません。それは先生方が、ゆっくり資料をもちまして、御検討になってしかるべき問題だと思います。
#36
○鈴木強君 値上げを、これから五年間ぐらい大臣はいいといっているのですが、これは、どうでしょう。
#37
○参考人(岡井彌三郎君) それは私も、もちろん十分な資料をもって、二、三年で、すぐだめになるのじゃないかと申し上げたのではなくて、ただいろいろ、郵政審議会の委員でありますので、その審議会にも列席しておりまして、そのときの当局からの説明をいろいろ聞いておりますと、そういう感じがする。
 具体的に申し上げますと、その当時の、この審議会の答申案ができましたあとの新しい事実といたしまして、仲裁裁定が、従業員からみますと、当然なことかもしれませんが、当局からみたら、予想外に大きかったというようなこと。来年もおそらくあるだろうというようなこと。それから国鉄の集約輸送の問題もありまして、そのうちには、いやでもおうでも航空機をもって第一種、第二種郵便物は運送せねばならぬだろうという問題も、おそらく来年以降は起こってくるだろうというようなことを、かれこれ想像いたしまして、当局は、五年間は大丈夫だといっておられるようでありますが、内心は、はたしてどうだろうかということを、率直に申し上げたのでありまして、何も確たる自信があって申し上げたわけでは決してございません。
#38
○鈴木強君 私は岡井さんにお尋ねしたことは、参考人として御出席をいただき、われわれ国会の立場で、いろいろ郵政事業をみて参るのでありますが、その審議の参考にしたい、こういうことが趣旨でありますから、具体的に、やはり会計制度のあり方について、私は何も一般会計にすぐ移行せよということでなくて、特別会計、一般会計の制度は、制度として、今のような赤字に対する公共性からみて、そういう措置をアメリカでもやっているじゃないか、だから日本で、それがやり得ないことはないだろう。そして一般大衆からの負担というものを押えていくという方法がいいのじゃないかということで、御質問したのですが、しかし御答弁がないようですから、私はもうそれでけっこうです。
 それから江尻参考人に、ちょっとお尋ねしますが、先ほどの公述の中で、配達料でございますね、配達料のことについて、二万の販売店があるそうですが、そのうち月八十円が手数料としていくわけですね。そのうち六十円を、今度上がりますと、二円ですから、これをとられてしまうと利益がなくなる。こういうことをおっしゃったのですが、片や受益者負担ということですね。配達料は、その辺のあれは、どうでございましょう。根本的には。そういう受益者負担の場合と、配達料から販売店が出してやっている場合と、二つあるということでございましょうか。もしあるとすれば、そのパーセンテージは、どのくらいでございましょうか。
#39
○参考人(江尻進君) 原則として受益者が配達料を負担しておるわけであります。しかし、非常に山村でありますから、集金などに経費がかかる。馬に乗って集金に、毎月でなくて、二、三カ月まとめて取りに行くというようなことになりまして、出先の山で二泊、三泊というようにしないと、金が集まらないということなんです。それから、郵便に頼むために、配達の経費が全然かからないかというと、そうではなくて、まず帯封を切って作る、その帯封にあて名を書きはりつける、切手をはる。それを郵便局に持っていくというような、いろいろな手数がかかりますから、八十円の手数料というものは、そういう集金とか、いろいろな経費に充てるためにあるわけでありまして、それを、かりにその中から郵便料を払っていくということになると、むしろマイナスになってしまうということで、引受人がなくなってしまう。そういう実情でございます。
#40
○鈴木強君 私は社会党の立場ですから、この案には、全面的に反対の立場なんです。ですから、江尻さんのおっしゃることはよくわかります。それで、あなたのお話の中にも、後進地域と申しますか、非常にへんぴな場所に住んでいる人たちも、何もこれは、好きこのんで住んでいるわけではないのです。国民からみれば、どこにおっても、公平なサービスを提供してもらうということは原則ですから、そういう立場に立って、安い料金を設定してもらいたい、こういう御意見だと思います。私も同感です。
 そこで、料金の設定について、安い料金ということをおっしゃったのですが、具体的に、どういうふうにしたらいいとお考えですか。何か御意見ございますか。
#41
○参考人(江尻進君) これは、全くしろうとでございますから、私の純然たる個人の意見として、新聞協会には何ら関係ない意見として、お聞き願いたいと思うのですが、原価主義とか、独立採算、まことにけっこうなんですが、日本の公共事業に独立採算制をしいた時期というものが、戦後の非常に経済的混乱をした、困窮をした特殊な状況のもとにおいて行なわれたのでありますから、施設その他も、独立採算をやるにふさわしい施設を持たずに始まった。だからあとになって、それを非常に改善しなければならぬという事態があると思うのです。普通の株式会社が、このときに郵便会社というものを建てたとしたら、りっぱな施設をしてから、初めてやるわけでありますから、後に施設を改善するために、負担を上げなければならぬというような、商品の価格を上げなければならぬというような事態は、すぐには起こらぬのじゃないか。かりにそういう事態になりましても、増資をするとか、あるいは借入金をやるとかいうような方法でまかなって、そうして長く商品の価格の中に、それを繰り入れていくというのが、当然な経営の方法だと思います。それから、突如として独立採算、あるいは受益者負担だからといって、そのときの受益者に、全的に負担させるということになると、公共性というものは、一体どこにあるかということになります。
 そういう点で、いろいろな考え方があるでしょうけれども、私は、そういう立場から、違う検討があってしかるべきじゃないか、こういう私見を持っているわけです。
#42
○鈴木強君 それがやはり、新聞経営の面で、あなたもおっしゃっているような、一つの悩みはあると思うのです。ですから、ときには配達料というものを、八十円の中から、多少サービス的に出してやるところもなきにしもあらずだと思いますね。そういうところは、新聞経営上の問題として、一つの問題になってくる。しかし一面そうであっても、受益者負担ということに重きをおいて、受益者負担の軽減をはかろうということが、相当部分を占めていると思うのですね、あなたの御意見の中で。そういうへんぴなところに住まっている人たちが、料金値上げによって、たとえ六十円でも負担が多くなっていくということは忍びないという、こういうところにウエートがあると思うのです。
 そこで、あなたも言われているように、政策的にやはり考えてもらいたいということになるわけですね。従って、この一面、郵政省の現実をみますと、非常に山間僻地のところで、まあ三戸なら三戸の部落がございます。私、山梨県ですが、非常に山の上でして、私の生まれたところも、山の上なんですが、やはりその新聞を配達してもらう人たちの立場を考えますと、八町も山へ登って来て、安い料金で持ってくるということですから、採算を考えてくると、非常に気の毒だと思うのです。しかしまた一面さらにそこへ配達人を派遣したら、販売店の方が非常に困難になる。こういう問題もあると思うのですね。いずれにしても、これは経営の本質から、多少論議があると思う。ですから私は、江尻さんのおっしゃるように、政策的に、こういう問題については検討を加えて、善処してもらいたい点はよくわかる。ですから、この程度の問題については、やはり受益者に加重をさせるより、政府が政策的に新聞の料金については考えて、安いものを設定する。そのかわり、ある程度の国から補助といいますか、そういうものでも出して、そこらの人たちを、皆でかばってやるというような、そういうお考えでございましょうか。そうしませんと、やはりその郵政事業の現実からみると、われわれもずいぶん検討しているのです、合理化できる点は、できるだけ合理化するようにしているのですが、とにかく採算がとれない。公共性というものと採算性というものが、バランスがとれない。これは国鉄の場合も同じなんですが、そういう場合に、だからと言って、すぐ大衆に転嫁するということは、これはもういけないことだということで反対するわけですが、しかし、その出ている赤字をどういうふうに克服していくかということが悩みなんですね。
 そういう立場からわれわれも経営の合理化をなお一そうやっていただく、健全な経営をやっていただくと同時に、一面には、そういう政策的な面も取り入れてやることが、この郵政事業の場合とか、国鉄の場合には、特に必要ではないかという気が強くしているのです。ですから私は、幾らになるかよくわかりませんが、七十万だから計算してみればわかると思うのですが、その程度の料金は、これこそ政策的にやはり国がめんどうを見ていくという方向でやったらどうかという気持を持っているわけなんですよ。だから、そういうふうなことは、具体的にどうでございましょうね。江尻さん。
#43
○参考人(江尻進君) 先ほど申しましたように、これは純然たる私の個人的な見解でございますが、独立採算制度というものは、原則としてはこういう事業に当然とるべき制度と考えますが、先ほど申したように特殊な事態のもとに作られた独立採算の事業でありますから、現在の段階では、それを原則通り維持することが困難ではないか。それでありますから一般会計から、あるいは一般会計という言葉が適当でないかもしれませんが、何らかの方法で国家的な援助を得て、それがほんとうの意味で独立採算が実施できるような発展をしたときに、初めて独立採算制を実施したらいかがかと、こういうふうに私個人は考えております。
#44
○委員長(鈴木恭一君) 以上をもって、参考人に対する御質疑は終了いたしました。
 参考人の方々に、一言ごあいさつ申し上げます。
 本日は、御多用中をお出向き願いまして、当委員会のために、長時間にわたり御高説を拝聴できましたことをありがたく感謝いたします。本委員会といたしましても、本案の審議の上に非常な参考になったことと存じております。委員一同を代表いたしまして、厚く御礼申し上げます。まことにありがとうございました。
 本日は、これにて散会いたします。
   午後一時三分散会
ソース: 国立国会図書館
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