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1947/08/09 第1回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第001回国会 司法委員会 第17号
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1947/08/09 第1回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第001回国会 司法委員会 第17号

#1
第001回国会 司法委員会 第17号
昭和二十二年八月九日(土曜日)
    午前十時九分開議
 出席委員
   委員長 松永 義雄君
   理事 石川金次郎君 理事 荊木 一久君
   理事 鍛冶 良作君
      池谷 信一君    安田 幹太君
      山中日露史君    打出 信行君
      中村 又一君    八並 達雄君
      吉田  安君    岡井藤志郎君
      北浦圭太郎君    佐瀬 昌三君
      花村 四郎君    明禮輝三郎君
      大島 多藏君    酒井 俊雄君
 出席政府委員
        司法事務官   奧野 健一君
 委員外の出席者
        議     員 河井 榮藏君
    ―――――――――――――
本日の會議に付した事件
 民法の一部を改正する法律案(内閣提出)(第
 一四號)
 民法の一部を改正する法律案審査のために公聽
 會開會に關する件
    ―――――――――――――
#2
○松永委員長 會議を開きます。
 民法の一部を改正する法律案について質疑を始めます。池谷信一君。
#3
○池谷委員 二、三の點についてお伺いしたいと思います。まず權利の濫用の禁止の點についてお伺いいたしたいと存ずるのでございますが、これまでのわが國民の多くは法律的に無知であり、權利の上に眠ることが多かつたのでありますが、今や民主主義時代となり、新憲法の實施によりまして、基本的人權が尊重せられ、確立せられることと相なりまたことは、まことに喜びにたえない次第であります。しかしながら、いまだ民主主義的に十分の訓練を經ておらないわが國民は、この基本的人權の確立と民主主義的の風潮にのつて、今後各目の義務の履行を怠りながら、いたずらにその權利の主張のみをなし、權利の濫用の弊に陷るおそれが大いにあろうと考えるのでありまして、この點については、嚴にこれを戒めなければならぬと思いまするが、政府はこれについて民法第一條のみの規定で十分であるとお考えでありましようか。あるいは今後民法の第一編乃至第三編の全面的改正をなされることについて、さらにその點について御考慮をなされるつもりでありましようか。まずその點についてお伺いしたいと思うのであります。
#4
○奧野政府委員 まつたく御同感でありまして、義務の履行については、やはり信義に從つて誠實にこれをいたさなければ、いわゆる義務不履行ということになるわけで、この點につきましては、民法第一條の第二項にこの趣旨を明記いたしまして、權利の濫用を戒めると同時に、義務の誠實なる履行をなすべきことも明らかにいたしたわけであります。もちろんこの一箇條だけでは不十分であると考えますが、ただ基本方針をここに明らかにすることによつて、この條文の具體的な適用によつて、今後義務の誠實なる履行ということが、各事案によつて強調されてまいることと思うのであります。御説のように、本改正案におきましては、大體において親族、相續の編について、憲法の要請に基いて修正を加えたのでありまして、もちろん新憲法の精神からいたしまして、親族相續以外の財産法の部面におきましても、修正檢討を加える點が多々あろうと存じまして、この點は後日の研究に委ねるつもりでありますが、その際におきましては、御説の點を特に考慮いたしたいと思います。
#5
○池谷委員 第一條の解釋でありまするが、この第一條違反の行為は、法律上の保護を受けない、結局法律上無效であるというように解釋されてよろしいでありましようか。この點をお伺いいたします。
#6
○奧野政府委員 第一條は私權というか、一應は自己のために認められたる權利でありまするが、それは同時に公共の福祉のために存ずるものであつて、自己の利益のみに用うべきものでなく、公共の福祉に適合するように用いなければならないという精神を現わしておるのでありまして、もし公共の福祉に適合しないような權利の行使をやるような場合におきましては、やはりそれは權利の濫用ということになつて、これによつて損害でも加えた場合においては、權利濫用、すなわち不法行為になるということも考えられよらかと思います。
#7
○池谷委員 次に婚姻成立の點についてでありまするが、改正法によりましても、依然として屆出主義によつておるのでありまするが、わが國におきましては、事實婚と法律上の婚姻とが違つておりまして、しかもその間に相當の時間的な間隔がありますために、いわゆる内縁の夫婦關係という變態的な關係がありまして、從來複雜困難な問題が頻發しておつたのであります。特にこのために婦人の保護に缺くるところが多く、夫からきらわれた婦人は簡單に捨てられて顧みられなかつたのであります。今度の民法改正によりまして、妻の地位が強化せられ財産的にも大いに保護せられることとなつたのであります。このためにかえつて夫の側におきましては、從來以上に慎重な態度をとりまして、事實上の婚姻をなした後、相當永い間屆出しないで、妻の樣子を見ておる。すなわち試驗をしておるというような好ましからざる事態が現出するのではないかと按ぜられるのであります。私は親族編、相續編の根本的の大改正のこの際におきまして、一定の慣習に從つて擧式したところの事實婚をもつて、たがちにこれを法律上の婚姻と認めるように改むべきであり、それがわが國民性に合致したものであり、妻の地位を完全に保護するために必要にして缺くべからざるものであると信ずるのでありますが、この點についての御見解はいかがでしようか。
#8
○奧野政府委員 形式婚のほかに事實婚を認むべしという問題は、非常に重要な點でありまして、この點につきましては、十數年にわたりまして、法制審議會等におきましても、この問題を研究いたしてまいつたのであります。法制審議會におきましては、一定の慣習に基き、擧式結婚の式を擧げた場合に、ある程度事實婚として認めるという方式をとつたのでありますが、いろいろさらに研究いたしてまいると、いろいろ婚姻の成立を捕える點において、法制上不便な點もありまして、これはやはり、各國の立法例等に鑑みまして、この際は形式婚でまいつても、もちろんこれは憲法の趣旨に違反するものではなく、各國の立法例もその通りであります。ただわが國が將來文化國家としてだんだん智識水準も向上してまいることを期待いたしまして、婚姻當事者の法律的な智識水準の向上することを期待して、やはり法律的に合致した婚姻が今後行われて、屆出の履行されることを、今後の新文化國家として國民に要望して、從來のような事實婚をそのまま正式な婚姻とし認めていくというよりも、むしろ國民の水準を法律に合致するように高めていくことを望んで、事實婚については從來通りいわゆる婚姻のもし不履行があれば、婚姻不履行等によつて救濟して、できるだけ屆出主義の法律に合致した婚阻の方向に向上していくことを望みながら、やはり從來通り屆出主義を採用したわけであります。
#9
○池谷委員 次は離婚の點についてでありますが、權利の濫用禁止の點について申し上げましたように、今後國民の間に權利の觀念が盛んになり、權利の主張が激しくなつてまいりますに伴いまして、また離婚により妻が財産的に相當程度の保護を受けられるようになりますと、いきおい離婚は大いに増加するのではないかと按ぜられるのでありまして、中には一旦の感情からお互いの賣言葉に買言葉で、別れよう、別れましようというような簡單な動機からいたしまして、離婚の屆出をしてしまうというおそれがあるのでありまして、一旦夫婦の誓いをなし、偕老洞穴の契りを結びました以上は、理想としてはなるべく離婚なきを期したいのであります。しかしながら、それは理想にすぎないのでありまして、特別の場合にはもちろん離婚も認めなければならぬのでありますが、これを認めるにつきましては、あくまでも愼重に、そして公正に判斷いたしまして、事情やむを得ざる場合に限りこれを認めるべきであつて、そのためには、やはり親族編大改正のこの際におきまして、英米と同樣に、協議上の離婚を認めないで、裁判上の離婚のみを認めるように改めるべきではないかと思うのでありますが、この點のお考えはいかがでありましようか。
#10
○奧野政府委員 その點もはななだ重要な問題でありまして、從來のように、協議離婚を自由に認めることについては再檢討を加うべきではないか。あるいはすべて離婚は裁判上の離婚のみにいたし、自由な協議離婚を認めないというのも一つの考え方でありますが、そうなりますと、事實上別居してロ婚になつておりながら、裁判の形式を履まないがために、法律的には夫婦であるという状態におりながら、事實は離婚しておるということになつて、法律と事實が食い違うことが多々あることを考えなければならない。そういう状態を放置することも、これはいかがなものであろうか。また新憲法の趣旨に從つて、個人の自由を認めておる場合に從つて、個人の自由を認めておる場合に、やはり當事者がほんとにわかれたいという場合、何もこれを阻止することもいかがなものであろうかというふうなことをいろいろ考えまして、やはり協議上の離婚を從來通り認めるということにいたしました。ここで問題になりますのは、提案理由の説明の際にも、説明のうちにありましたように、ただ協議上の離婚屆出ということだけでは、ただいまお話がありましたように、一時の興奮等によつて屆出をする場合もなきにしもあらずということから、離婚の屆出の場合には、せめて家事審判所の確認を必要とすることにして、家事審判所において、ほんとうにわかれる意思があるかどうかということを確めた上で、これを確認するという制度にしてはどうかという議論もあつたということを、提案理由の説明において御紹介いたしたのでありますが、それらの點は、委員各位において十分檢討をいただきたいと思うのであります。
 なおここに補足して申し上げたいと思いますことは、從來協議上の離婚の場合に、それが詐欺もしくは脅迫によつて離婚をするというような場合、その協議上の離婚の取消の途がなかつたのでありますが、今囘はそういう詐欺または脅迫によつて協議上の離婚をした場合に、その離婚の取消の途を認めまして、できるだけ婚姻の維持に努める意味で、そういう新しい救濟方法を認めたことを附け加えて申し上げたいと思います。
#11
○池谷委員 ただいまの御説明によりまして、協議上の離婚を絶對的に禁止するのは、この際困難であるといたしましたならば、ただいまの御説明の中にもありましたように、せめて協議上の離婚について、家事審判所の確認だけはぜひ得るような方法に改めていただきたいと思うのであります。申し上げるまでもなく、婚姻とかあるいは離婚ということは、人生の最も重大問題でありまして、これがためには十分愼重を期せなければならないのでありまして、そのためには家事審判所の確認を得る手續の煩瑣などということは、これは問題ではないと思うのであります。現在家事審判所が津々浦々までは設置できないという困難はあるのでありますが、少くとも一縣に二箇所なり、大きい縣でしたら三箇所、四箇所あるのでありまして、ここまで夫婦でそろつて出かけていつて確認を得るということは、わずか半日、一日のひまがあればよいのでありまして、人生の重大事を決するためには、せめてその程度の手續だけはぜひ得なければならないように改めたいと思うのでありますが、これについての御意見を伺います。
#12
○奧野政府委員 その點この委員會において御檢討の上、適當に御措置をお願い致したいと思うのでありますが、一應政府の案といたしましては、まあただわかれるとふうな一時の興奮で約束をいたしましても、それと屆出を出すまでには相當な時間的間隔もあるので、その間にはその一時の興奮もおのずから收まるのではないか。從いまして、一々確認までは必要はないのではないかという考えと、それから今後は離婚ということになりますと、財産分與の請求ができることになりますので、從来通りにたやすく離婚というふうなことも行わないのではないかということと、またただいまお示しのように、家事審判所が今まで豫算上の點からいたしまして、津々浦々に設置することは現在のところ困難でありますので、相當そういう離婚の事件があるということになると、家事審判所の事務量というふうなことも考えまして、相當な増員というようなことも考えなければならないので、現在の豫算等をにらみ合わせて、まず從來通り協議上の離婚を認めて、屆出によつて效力を生ずるという案を政府案といたしまして提出いたしたのでありますが、この點は先ほど申しましたように、いろいろな議論もあつたのでありますから、十分この委員會において御檢討いただきたいと思います。
#13
○池谷委員 次に遺留分の規定についてでありますが、法律上家という觀念がなくなり、家督相續が廢止せられました現在、いつそ遺留分の規定をも廢止せられました現在、いつそ遺留分の規定をも廢して、財産の規定をすべて被相續人の自由に任せたらどうかと思うのであります。遺留分の規定がありましても、現在この規定あることを知つて、これあるがためにその制約を受けて財産の處分をしておるというものは少いのでありますから、いつそのこと、財産の處分はすべて被相續人の自由に任せて、被相續人自身の意思あるいは愛情等によつて、同人のしたいように處分することを認めたらいいかと思うのでありますが、この點はいかがでありましようか。
#14
○奧野政府委員 この點も重大な問題でありまして、自分の財産であるから自由に死後の處分をできることにするのが、まあ所有權の財産權原則から言つて、むしろ自分のものであるから死後の處分も自由であるべきだということは、理論的に相當根據のあることと思いますが、しかしやはり一面自分の死後の遺族の生活の保障ということ、あるいは遺族に對する愛情というものを考えますと、そこにたとえ自分のものであつても、死後の處置を全然自由に任すということについては、よほど愼重に考えなければならないものがあるのではないかと思います。そこで全然死後處分、いいわゆる遺言による處分を禁止することも行き過ぎでありましようし、全然自由にして、遺族が路頭に迷うようにいたすことも行き過ぎと考えるのでありまして、やはりここにある程度の妥協の意味で、遺留分の制度を殘していくべきではないか。從いまして、大體直系卑屬のある場合には、自分のものだけは直系卑屬に殘していくという現在の建前をかなり踏襲するのが妥當であろうと考えまして、本案においても遺留分の制度を殘したのであります。お説のように、遺留分があるとしても、遺留分の計算、手續等がめんどうであるとか、あるいはまた遺留分というものに氣がつかないで、それらの點に對する考慮を拂われないでもらわれないというようなこともあるのではないかという點、ごもつともであると思いますが、今後はいわゆる家督相續によつて長男子一人が全財産を承繼するということがなくなつて、庶子均分相續ということになつてまいりますので、この點については、今後は遺言あるいは遺産の處置ということについて、今までとは違つて、その點についてだんだん注意を拂うことになる傾向に、まいろうかと思うのでありまして、從つて遺留分の點につきましても、今後は從來と違つて、その點については特に皆注意深くなることと考えまして、遺留分の制度についても、これらの活用、あるいは遺留分以外の、害しない範圍における財産の處分ということが、遺言であるとかいうようなことでだんだん行われてくるのではないか。從つて遺留分の制度についての認識が今後變つてまいつて、この遺留分の效果も相當發揮されることになるのではないかと考えております。
#15
○池谷委員 遺留分の規定を全面的に廢止することができないとしたならば、せめて今少しく被相續人の個人の自由を認めまして、自由處分の範圍を擴張いたしまして、遺留分の割合を直系卑屬に對し二分の一を三分の一に、その他のものの三分の一を五分の一にというように改めるお考えはありませんか。
#16
○奧野政府委員 その點もいろいろ問題の點と考えますが、やはり直系卑屬と配偶者があるという場合には、半分くらいは殘してやるのが妥當ではないか。それ以外の場合には、だんだん少くしてよいかとも思いますが、二分の一は遺族に殘すのが適當ではないかと考えまして、本案ができておるのでありますが、これらの點につきましても、この委員會において、十分御檢討いただきたいと考えております。
#17
○池谷委員 婚姻の際におきまして、夫婦が夫あるいは妻の氏を稱することは、これは双方の話合によつて自由にきめられるようになつておるのでありますが、もちろん家が廢止されました現在におきましては、一應ごもつともなこととは存ずるのでありますが、一面におきまして、もちろんこれは多くの場合夫が妻をもろう場合には夫の姓、夫になるべきものが從來の婿養子のように、妻の家、事實上の家に入る場合は妻の姓を名乗る場合が多いだろうと思いますが、一方どこまでも法律上の建前としては自由に決定されるのでありますから、場合によつては、たとえば池谷なら池谷の姓を名乗るものが一人もいないというような事態もできるのではないかと思うのでありますが、一面におきましてはわが國古來の風習良俗に從いまして、祖先の祭祀を絶やさないということは、必要缺くべからざることであろうと思うのであります。その場合におきまして、一家の姓を名乗るものが一人もいなくなつてしまうというような事態もあり得るのではないかと思うのでありますが、その場合における何かよき救濟策というものをお考えでありましようか。
#18
○奧野政府委員 お説のように、夫または妻のどちらの氏を稱するかということは協議で決めるということで自由になつておるのでありまして、この點につきましては、兩性の平等の原則からいたしまして、こういうふうにならざるを得なくなつた次第であります。そういう次第でありますから、場合によつては、そういう親の氏を名乘らないというようなこともあろうと考えております。しかしそれと祖先の祭祀の問題とは、また別な觀點から、たとえば親の氏を稱しなくとも、氏の祀祭ということは別に考えられるのでありまして、その點につきましては、やはりこの民法におきましても、祖先の靈を祭祀するという日本古來の風習は、なるべくこれを存置してまいりたいという考えで規定を置いておるのでありますが、氏の點はやはり兩性の平等ということからいたしまして、改正案の七百五十條のようなことにいたさざるを得なくなつたわけであります。
#19
○池谷委員 夫婦の離婚の場合おけるところの財産分與の問題でありますが、これは改正案によりますと、全然裁判所の自由裁量に任せられておるのでありますが、これを裁判所の自由裁量に任した方がよろしいでありましようか、あるいは時、場合によつて多種多樣であつて、困難でありこともありましようが、少くとも妻が生活し得るに足る程度以上とか何とかいう一定の標準を設けた方がよろしいのでありましようか、その點についての御見解を承つておきたいと思います。
#20
○奧野政府委員 その點も重要なる問題でありまして、一應この案におきましては、協議できめるということになつております。離婚しようという場合でありますから、協議が整わないというのが普通でありましようが、その際は家事審判所がきめることになりますが、これは七百六十八條の末項にありますように、結局夫婦の財産というものは、當事者の双方の協力によつてつくられたものであるという前提のもとに、夫婦がわかれるのであるから、その財産をわけるようにするという思想でありますが、これには單にそうなると、それでは財産の半分は――少くとも協力によつて婚姻後できた財産を半分にわけるというようなことにいたしたらどうかという議論も考えられるのであります。ただこの際さらにそれだけの單純な標準ではなく、離婚の原因がどちらにあるかというようなことでありますとか、あるいはただいまお示しのように、わかれていく者の生活状態、あるいは扶養生活費の問題、あるいは生活費だけにすればどうかということにも考えられますが、しかしその家が非常に財産家であつて、單に生活費というだけでは適當ではない。財産があり餘るほどかりにあつた場合は、ただ生活に足るだけでは實は不十分であるというふうなことがあり得るわけであります。いろいろな事情を考慮して、適當にきめる以外にないというふうに考えまして、そういつた明確なる標準をおかないで、はなはだ漠としたことではありますが、七百六十八條の末項のような規定にいたしたわけであります。
#21
○池谷委員 私の質問はこれをもつて終りといたします。
#22
○松永委員長 酒井俊雄君。
#23
○酒井委員 政正法律案一條の一、二は、結局新しい憲法に應ぜられて、民法へ新しい憲法の精神を盛りこむ意思だと承知いたします。しかし第一條の規定のように「私權ハ總テ公共ノ福祉ノ為メニ存ス」ということだけをここへ抽象的にあげるならば、これはむしろ不要なことではないかと思います。と申しまするのは、私權がすべて公共の福祉のために存することは憲法の大原則でありまして、今さらここにこのまま移すということは、むしろ蛇足である。私どもの要望といたしましては、もちろん私權が公共の福祉のために存することを最も色彩強く民法に反映しなければならぬと思います。それである以上、民法の各私權の規定の中へ、この公共の福祉に反するような場合は、その權利を制限する、あるいは權利の禁止をする。たとえば所有權について申しまするならば、所有權の規定そのものの中へ、この公共の福祉に反する意味を十分織りこんでいただきたい。現行民法のすべての規定の中に、もちろん、公共の福祉に反せざる限り、という規定はあると思いますが、しかしここへ盛られたと言葉は同じ言葉であるけれども、もつと民主的に、もつと社會公共というものを太く鮮やかに盛りこんでおることだと思います。所有權が物を收益處分する個人の利益のための權利だという、あの所有權絶對觀、そういうものについて、大きくその條文の中に制限を設ける。所有權のみではありません。すべての各個の權利について、これを盛りこむということにならなければ意味をなさぬ。民法の最初につける必要はないのじやないか、憲法にあるのだからと私は思うのでありますが、そういう點についてひとつ政府のお考えをお述べ願いたいと思います。
#24
○奧野政府委員 お説の通りでありまして、憲法においては一般的に基本人權というものについて、公共の福祉に適しなければならぬということを規定しております。でありますから、一般的私權ももちろん憲法の規定に服しておることは當然であります。從つてこの一條は當然のことを規定したことにはなりますが、私權ということになりますと、やや自己のためのみの權利であるという考えが、相當強く出てまいりますので、私權もすべて一般權利として、公共の福祉のために存しておるのであつて、自己のために利用するのではなく、公共の福祉のために適用するようにしなければならないということを明らかにする趣旨でありまして、もちろん第一條にこれを規定することによつて、たとえば所有權でありますとか、その他の財産權、あるいは財産權以外の私權、すべてこの原則の適用を受けることになつて、その具體的な適用等においては、この一條の規定において相當實質的な變化が生ずるのではないか。しかし一條に漠然とおくよりも、各所有權なり、あるいはその他の各個の權利について一々規定を設ける必要なないかという御説、ごもつともと思いますが、大體第一條におけば、それらの一々の權利についておいたと同樣の效果があるというふうに考えたわけであります。なお先ほど申しましたように、この本改正は、大體において親族相續の分野におきまして、憲法の要請に基いて修正を加えたのでありますが、もちろん憲法の要請に從つて、財産法全體についても再檢討を加えていかなければならないというふうに思いますので、御説の點はその際に十分研究いたしたいと思つております。
#25
○酒井委員 大體政府のおつしやる意味はわかりますけれども、こういう抽象的な憲法の精神をそのままここへ移したということによつて、私權の内容がはたして效果的に變更されるかどうか。公共を福するように變更されるかどうかということは、はなはだ疑問に思うのであります。たとえて申しますれば、現行法のもとにおきまして、私權は、特に所有權はわかりやすいから例をとりますれば、所有權も公共の福祉に反してはならぬということは、もちろんそういう精神は含まれておるわけであります。しかしながら、具體的な場面へまいりますると、所有權絶對であります。今日この建物の不足の際に部屋の何十ともつて豪莊の建物におりましても、民法そのものの規定ではこれをどうすることもできない。やはり特別法をつくる。あるいは特別の制限規定を設けて、そうして幾坪以上の建物はいけないとか何とかいうほかの法律によつて、ほかの規則によつて、これを制限していきたいということになるわけであります。私は單にこういう抽象的な言葉をこの民法の上に盛りまして、結果はやはり同じことになるのではないかと思う。たとえば數十の部屋をもう豪莊な構えをしてそれを妾の別宅にしておるというような場合、はたしてこの第一條が適用されて、そうしてそういう私權の行使の方法は公共の福祉に反する、家のない者があるじやないか、裸の者があるじやないた、それではいけないという判斷が下されるかどうか、こういう具體的な場合を思うのであります。食糧にしてもその通りだと思う。やみで賣買したものは、もちろんこれはやみ行為という特別の罰則によつて處罰されるが、所有權そのものからくるところの、公共の福祉に反するというこの民法の規定では、やはり相變らずどうするわけにもいかないのじやないか。だからたくさんとつて供出だけして、數十俵の米を家に積んでおいて、同胞が飢えるのを見て默つておつても、特別な法律を設ければ知らぬこと、かかる公共の福祉に反するところの所有權を行使しておりましても、どうするわけにもいかないということになれば、これは單なる私は飾り文句じやないかと思う。そういも意味におきまして、法律の内容そのものに、權利の内容そのものに、公共の福祉に副うべく規定を盛らなければならぬ、こう思うわけでありまするが、はたして政府が言われるように、内容そのものまでこの第一條ではつきりと變更するものとお考えになるかどうか。その點さらに詳しい御答辯願いたいと思います。
#26
○奧野政府委員 憲法におきまして、財産權は公共の福祉に適合するように法律できめなければならないということになつておりまして、財産權の内容自體については、今お説のようないろいろな法律なり、あるいは民法のうちに、その内容について公共の福祉に適合するように立法していくということが望ましいことでありまして、それにつきましては、先ほど來申しますように、十分考慮してそれに適合するような立法を行つていきたいと思つております。ただこの一條をおきましたのは、むしろそれが權利の行使等によいて他に迷惑を――具體的に他人との間において問題が起きて、これが裁判等の問題になつて、それらの行為についてあるいは不法行為になり、あるいは契約不履行になるといつたような問題になつた場合において、一體私權というものの本來のあり方は、單に自己のためのみに、名のごとく私の權利として認められておるのではなくて、公共の福祉に適合するような使命をもつておるのだということをここに掲げることによつて、裁判官なり、あるいはそれを適用する各國民のうちに、その私權というものに對する認識が變つてまいる。その結果、あるいは從來は許されると認められた行為でも、公共の福祉というふうな觀點から、今後は許されざる行為と見られるようなことになるのではないか、そういう意味におきまして、この内容についてさらに將來は從來と違つた影響があり、憲法の趣旨に適合した解釋等が行われるのではないかというふうに考えているのでありまして、具體的に所有權なら所有權の内容について、別に立法によつて規定していくということもさらに必要でありまして、その立法は、必ずや公共の福祉に適合するような内容をもつた財産權を法律できめていかなければならないと考えているのでありまして、それと相まつて完璧を期し得るわけでありまして、これだけでは仰せのように、具體的に變つてまいらないのであります。各個の件については、さらに研究を重ねていきたいと考えております。
#27
○酒井委員 私はこの規定こそ最尊重要なものと考えます。殊に資本主義經濟の建前のもとにできております現行民法は權利絶對、所有權絶對というような觀念からきている。ただ姑息に憲法の精神を、同じことを繰返してここに表わしたのでは、私どもは意議がないと思います。私どもの要求いたしますことは、權利の内容そのものを、あの所有權絶對の觀念、資本主義觀念から脱却してもらう、そうして少くとも過去の資本主義の形というものが憲法の大精神によつて變えられていかなければならない、こう思うのであります。そういう意味におきまして、所有權も、地上權も、賃借權も、あるいは地役權その他債權、すべての權利の内容が變更されていかなければ無意義だと思う。ただ形の上だけで憲法の言葉を借りたいということになつてはまつたく無意義なんです。法の本質、内容、權利の内容そのものが變更されていかなければならないと思うわけです。こういう意味において、各權利の内容というものを變更される意思ありや、また將來そういう用意があるかどうかということをもう一度お伺いしたいのであります。あくまでも資本主義經濟のもとに打ち立てられたこの原則を守つていかれるかどうかということは、私どもの非常な關心事であります。御答辯を願います。
#28
○奧野政府委員 お説のように、この私權といううちには、各個の所有權なり、財産權なりすべて含む意味で、これによつて權利というものの概念内容が、私權であるからといつて、自己のためのみ要するという、いわゆる所有權絶對の觀念を排して、これは公共の福祉に適合するように行使し、運用していかなければならないということを表わしているのでありまして、お説のように、これによつてもし從來所有權絶對というふうな觀念であるといたしますれば、これによつて所有權は、自己の權利であるから絶對であるろいうのではなくして、公共の福祉のために制約を受けるべきものであるという大原則を表わしているわけであります。
#29
○酒井委員 政府の答辯には滿足いたしませんが、次の質問順位の方がおいでになりますので、私はまた他の機會に讓つてこれで終ります。
#30
○松永委員長 北浦圭太郎君。
#31
○北浦委員 今日の日本の状態から申しますると、外國人と日本人との婚姻ということが多々ますます殖えてまいりまするが、法令は改正しないで、これからやつていくつもりですか。この點お伺いします。
#32
○奧野政府委員 お説のように、いろいろな渉外の關係が出てまいると思いますがとりあえず國籍法等については、現在ある程度修正案をつくりつつあります。ただいま法令の點につきましては、これまた研究いたさなければならないと思いますが、現在その改正には著手は未だいたしておりませんが、この點は研究いたしたいと思います。ただ國籍法に關する限りにおいては、せつかく改正を試みております。
#33
○北浦委員 國籍法は日本人とは何ぞやということなんかに必要であるかもわかりませんが、法令を至急改正なさらぬというと、婚姻年齡であるとか、あるいは婚姻條件であるとか、その設立要件ことごとく違つておるのでありまするから、いわゆる國際私法というようなものは、今日間に合わぬやつがたくさんある。この點お氣づきあつて、少くともこの民法改正と同時に提出さるべきものであると、私は考えているのでありまするが、大體いつごろから著手し――もうこの臨時議會には無理でありましようが、少くともこの次の通常議會に御提出になる心組みがあるかないか、その點をひとつ伺つておきましよう。
#34
○奧野政府委員 確定的には申し上げかねますが、少くとも法令の中のある規定につきましては、いろいろ改正いたさなければならない點があります。たとえば入夫婚姻といつたようなことがありますが、それらの點について、入夫婚姻がなくなるということになりますので、とりあえず改正をいたさなければならない點が相當あろうと思いますので、それを全面的に研究して、通常議會に出すかどうかという點については、まだ確定的にはお答え申し上なかねますが、改正をいたさなければならないことについては、そういう箇所があつて改正いたすつもりであることは申し上げていいかと思います。
#35
○北浦委員 なるべく早く改正なさるように希望しておきます。
 それから法律民衆化ということをやかましく言われるのでありまするし、現に片山君なんかは選擧前に法律民衆化をわれわれの手においてやるのだということを本にも書いておられるし、演説もしておられる。私もこれは贊成だ。ところがこの改正案を讀んでみますと、どうしてどうしてやはりその專門家でもわからないような文字をそのまま使つてあります。たとえば心身喪失の状況にあるということとか、心身耗弱者であるとか、こういう言葉は實はどうも民衆化どころではない。玄人でもわかりにくい。殊にこの民法改正は、他の憲法だとか、舊法なんかと違いまして、ほんとうに明治以來の民法そのそのままであつて、わずかに憲法から影響を受ける部分だけの改正をやつておられる。民衆化ということは非常に距離が遠い。そこで私はお伺いするのでありますが、どうせこの民法をもつとどしどし改正していつて、いわゆる新憲法に基く新民法というものが大成されるのだろうと思いまするが、そういう機會はあるかないか。この點ひとつお伺いいたします。
#36
○奧野政府委員 御趣旨のように今囘は憲法の要請に基いて、しかも大體親族、相續編について改正を加えたのでありまして、改めて憲法から直接影響のあると思われる部分に手をつけたのでありますが、新憲法の精神に照して、なお全般的に再檢討して、根本的な改正をいたしたいというふうに考えております。
#37
○北浦委員 その點はよく了承いたしました。次に皇室典範の民法に關係したことについてお伺いするのでありますが、民法におきましても、七百七十二條ですか、婚姻の場合について、未成年者は父母の同意を要するというのは、私は當然だと思つております。ところが皇室典範を讀んでみますと、皇族に限つて未成年でなくても皇室會議の決議がなければ婚姻はできないことになつている。私はこれは民法的規定として政府はよくお考えにならなければ、憲法には「婚姻は、兩性の合意のみに基いて成立し、」とある。「のみ」ということが書いてある。あるいはまた他人の干渉なくして婚姻は許されている。さように規定されているのに、皇族に限つてはそうでない。私の問題にしているのは、未成年者ではないのです。この原則の未成年者を保護するために、親の同意を要するというのはこれでよいと私は思いますが、成年者の皇族が皇室會議の干渉を受ける。これはどうも憲法に違反するのみならず、この七百七十二條の原則にも反する。この點について政府委員はもちろん考えておられれば今までの考、今お考えならばどういうふうにお考えなのか、この點をお伺いいたします。
#38
○奧野政府委員 皇室典範の改正の際に、その點多少問題になつたのでありますが、皇族に關する特例として、やはりそういう特別は要件を加えることは必ずしも憲法に違反しないのではないかという議論で、皇室會議の議決を經るということになつたとも考えているのであります。あるいはその點につきまして、皇室會議の決議というものが、はたして、それがなければ效力が發生しないという要件であるか、原則として婚姻については兩性の合意で成立しているけれども、特別なそういう關係の部面についてそういう要件と言いますか、婚姻自體ではない、そういう人々の間における特殊の關係から、そういう制度を設けるというのであるか、なおそういう所管の人々とお話合も別にいたしておりませんから、ここでそれらの點について確答を申し上げることは差控えたいと思いますが、あるいは皇族に關する限りにおいて、特殊な取扱いをするということが、憲法上天皇の特殊の地位と關連いたしまして許されるのではないかというふうに考えているのであります。
#39
○北浦委員 これは皇族に對する民法的規定でありまして、あなたの主管事項と違うということはいけない。所管事項である、けれども考えていないということならやむを得ません。ところで、あれは婚姻の成立要件になつておる、發效要件になつておる、それで非常な間違いだ、皇族の特殊性を考えるというならばそれは個人――天皇は別でありますけれども、皇族男子、いわゆる一般の國民である。その一般の國民に對して、かような規定を設けるということは、まことにけしからぬということを、實は私は昨年も申したのでありますけれども、政府はきかぬ、かようなものは無效だ、一體憲法に反するすべての法律は無效なのであるから、いずれ皇室典範の皇室會議の決議をもつて、成立要件もしくは發效要件とする婚姻條件であるならばこれは無效だ、私はそのときに固く強く主張し、今日もまだそれを主張いたしておる。具體的に事件が起つてごらんなさい。必ずやこれに最高裁判所は無效の判決をくだす。この點ひとつあなた方において研究問題としていただきたい。これは私の希望であります。
 次に婚姻のことばかり申しますが、配布していただきました諸外國の立法例を讀んでみますと、婚姻に豫告期間であるとか、あるいは公告期間ということを設けられてある。これは私はよほどよい立法例であると思います。これは何でも七箇國くらいそういう規定を設けておりまするが、英國にせよ、ドイツにせよ、フランスにせよ、ベルジユームにせよ、設けておりますが、日本で申しますとこれは交際期間。これさえ設けておきますると、この離婚請求の原因の人違であるとか、詐欺で婚姻した、かような問題が起つてこない。殊に人違い、兩性の合意によつて成立する結婚が人違いで離婚する、さような馬鹿なことはあり得ない。そこでそれは日本の古來の婚姻のしきたりで、親が氣に入る、あの娘をもらう、あすこへ嫁入りする、親同士きめてしまう。また親がしつかりしておればよろしいのでございますが、中には第三者の媒介者を通じて結婚する。いよいよ結婚してみると人違いである。見合のときには立派な男が出てくるが、いよいよ嫁入れしてみると變な男である。こういうことは日本にあつても外國にはない。ないはずだ。豫告期間を設けておる。政府委員も御承知でありましようが、いろいろの制度を設けて、あるいは教會に報告するとか、あるいは婚約できたことを一般に知らす方法をとる。そうして三箇月も經つて、なおかつ婚姻しない場合においては、もう一遍豫告手續をとる、これが成立要件である。これは私はよほどよい制度であると思つておりますが、政府の御所見どうであるか、これさえあれば、もう離婚原因がだいぶ抹殺できると思うが、いかがでありますか。
#40
○奧野政府委員 ごもつともな御説でありますが、とりあえず憲法の直接の要請によつて改正いたしたのでありまして、それらの點については、さらに根本的檢討の際に研究いたしたと思いますが、わが國の風習と申しますか、しきたりと申しますか、そういう點等考えまして、今囘はそういう點については、何ら觸れておりませんが、ただちにそういう制度を取入れることについては、なお研究の餘地があろうかと考えまして、今囘はそういう點については、何ら觸れておりません。將來先程申しましたように、全般的に憲法の精神に對し再檢討を加える際、十分研究いたしたいと思います。
#41
○北浦委員 それも十分研究していただきたい。
 その次にこれは將來も影響すると思いますが、この改正民法では、相姦者の婚姻を許すのかどうか。この點御意見を伺つておきたい。姦通は刑法で無罪になる。相姦者、この婚姻は許すかどうか。この點伺います。
#42
○奧野政府委員 今度の改正案では姦通というものをやめて、どちらか一方に不貞の行為があつたときに、離婚の原因にしております。そういうことになりました關係上、相姦者というふうに姦通罪ということが明らかになつておる場合におきましては、相姦者の婚姻の禁止ということが當然考えられるのでありますが、今度は一般的に不貞の行為とした關係上、前のように相姦者の婚姻の禁止というものをおかなかつたわけであります。ただそういうふうに廣く不貞になつたので、どれが相姦者であるということを捉えがたいという點だけではなく、もしその婚姻を禁止いたしますと、その間に生れた子供がいつまでたつても嫡出の子ということにならないことも考えられるのでありまして、生れた子供のことも考えまして、いろいろ考慮の結果、相姦者の禁止の規定は落しておるわけであります。
#43
○北浦委員 私はこう考えておる。一體姦通を離婚の原因の重大なるものに數えておること、世界民法のどれにも例外なく掲げられておるということは、御承知の通りである。一方に不貞の所為だとして、離婚の原因を規定する。そうして他方においてそれを見逃す。これはどうも理論一貫を缺く。今日それに觸れなかつたとおつしやるが、それでよろしゆうございますが、いよいよ民法を改正するときに、その點もよくお考え願いたい。この理論を整調するときにお考え願いたい。
 次に私はこと離婚の場合、子供のことを考える。この點は日本のこの改正としてどういう方針をとられたか。子供があるのに離婚をする。夫婦わかれる。子供の幸福のためにどういうことを考えられておるか。この點をお伺いしたい。
#44
○奧野政府委員 未成年の子の場合におきまして、離婚の際には必らずだれが親權者になるかということをきめて離婚の屆けをしなければならない。また裁判上の離婚では、その際にだれが親權者になるかを裁判所がきめるということにいたし、なお親權者の問題のみならず、子の看護、事實上の養育、看護を負擔するものはだれであるかということについても、同樣離婚の際、あるいは、離婚の判決の場合にきめなければならないということにいたしまして、子供の養育、あるいは親權の關係において、遺漏のないように配慮したつもりであります。
#45
○北浦委員 あなたのおつしやることは百十二條に規定してあるから、それはよくわかつております。私のお伺いする方針というのは、例をあげて申しまするが、子供を自分の方に欲しいということで爭いがあつた場合に、裁判所は裁判しやすい。父親は子をくれ、母親は手から離せないという場合にはやりやすい。ところが、こういうのが世間にはままある。この子供があつてはじやまだからと言う母親があり、この子供がいては自分の自由生活に對して困るのだという父親がままある。そういう場合に、それに對して家事審判所はどんな方式でやるか。この點を聽くのです。もう一つもつとわかりやすく言いまするならば、ロシアは――そう言つてはロシアに失禮にあたるかもしれませんが、もつぱら子の利益のために家事裁判所は審判するという規定をおいておる。子の利益はどうてもよいのだ。この方針は諸外國みなとつてない模樣でありますが、わが日本民法では、ある特定の場合に子の利益ということが書いてある。裁判所はどこに著眼して今後これを審判していくつもりであるか。この點を責任ある政府委員の記録として私は殘しておきたい。御答辯願いたい。
#46
○奧野政府委員 協議ができない場合に、結局家事審判所が親權者あるいは子の看護者をきめるわけでありますが、この場合にも子の利益のために家事審判所はどちらの親に子をつけた方がいいかということをきめるべきものであることは、大體八百十九條の末項あたりの規定に出てまいると思うのであります。一應きめておつても、さらにそういう事情があつて親權者を變更する必要が子の利益のためであるという場合におきましては、さらにその後においても親權者の變更をなし得るということを八百十九條の末項で規定をいたしております。そのほかあるいは親權の辭任、あるいは管理權を辭任するというふうな點につきましては、八百三十七條等に規定を新しく設けまして、それらの規定の運用によつて、子の利益のために今御措摘のような場合に、適當に親權者を變更し、あるいは管理權の辭任、あるいは親權の辭任とういふうなことの運用によつて、具體的の場合に適當な處置がとり得るのではないかというふうに考えております。
#47
○松永委員長 この際ただいま審理中の民法の一部を改正する法律案に關する公聽會開會の期日についてお諮りいたします。八月十五日、十六日の兩日でよろしうございますか。御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#48
○松永委員長 御異議なしとしまして、八月十五日、十六日の兩日に決定いたします。
#49
○北浦委員 しからば政府におかれては、こういう原則を認めるかどうか。離婚の場合においては、子供の利益は父母の利益に優先する。こういう原則を認められるか。この點です。
#50
○奧野政府委員 抽象的に子の利益は父母の利益に優先するということは、一般的にお答えがむずかしいかと思います。しかしながら、親權の關係において、いやしくも家事審判所がそれに關係する場合におきましては、子の利益のためということを最も重く見て、親權者の決定等を行つていくべきものと思います。それよりも前に、父母、當事者に協議をする途を與えておりますから、協議によつて父母自身が、あるいは當事者が自分の利益を考えて協議によつてきめる場合も考えられますが、しかしそういう場合も、子の利益のために必要があるという場合には、その親權者の變更をすることができるのでありまして、結局においては、子の利益ということが家事審判を行うという場合の方針というように言つて間違いないかと考えます。
#51
○北浦委員 そうしていただければ私は結構だと思います。離婚によつて生ずるミゼラブル、悲慘なことは、子供が一番かわいそうだ。今日までの日本のこの民法の規定は、親や父母のことばかり考えて、子のことを考えなかつた。そうして子にいたずらに孝養を要求しておる。今日からはこの原則を直して、今後民法を改正せられる場合においては、その原則の線に沿うて立法されんことを、これも切望いたしておきます。
 次についででありますから、離婚問題でありますが、今日の日本の状態から申しまして、これはたくさんあることでありまするが、形式的に外國人と結婚した。そして數年經たぬ間に離婚した。これは大抵の場合には協議上の離婚となるのでありましようが、一體こういう場合に、裁判上の離婚ということは、ここ三年、五年、十年、外人を相手に離婚が實際にできるかどうか。政府委員はこの點についてどう考えておられるか。この點お伺いいたします。
#52
○奧野政府委員 現在の法制のもとにおきましては、連合國軍人、軍屬、それに付隨するものにつきましては、わが國の民事裁判權は及ばないことになつておりまして、そういう者の中で、軍人、軍屬に對する離婚の訴えを提起することはできないかと思いますけれども、それ以外の外國人あるいは連合國人であつても、軍人軍屬に屬さない人々に對しては、やはり民事訴訟を起し得ることになつております。ただ、そういう場合に、連合國最高司令官において、その訴訟の中止を命じたり、あるいは判決について再檢討を施して、それを破棄取消すというような權限は、連合國最高司令官に殘されておりますが、民事裁判權といたしましては、そういう者に對しても訴えを提起することはできることになつております。
#53
○北浦委員 私もたぶんそうであろうと思つておつたのでありますが、まことに今日の國際情勢上、それはやむを得ません。得ません代りに、この戸籍は、やはり司法省管轄内にあるのでありますから、こういう者の婚姻というものは、假にインドならインド、アメリカならアメリカの法律といいますか、婚姻の屆出は一體どこの法律で今やつておられるか。現在そういう例があるか。あるに違いない。たくさんやつている。もし屆出なんかある場合において、一體日本法によるのか、アメリカ法によるのか、今日はどういう方針でやつておられるのか。この點をお伺いいたします。
#54
○奧野政府委員 この點はやはり法例の第十三條によりまして、「婚姻成立ノ要件ハ各當事者ニ付キ其本國法ニ依リテ之ヲ定ム但其方式ハ婚姻擧行地ノ法律ニ依ル」ということになつておりまして、大體これに基いて現在においては横浜の中區役所においてそれらの婚姻屆出の受付を全部まとめてやつております。
#55
○北浦委員 一體離婚原因なんかには、重婚の場しばしば耳にいたしますところでは、そういう人と結婚する、わざわざ日本の婦人がアメリカまで聞き合せに行くことはできない。そして、横浜の中區の區役所がそれを受理する。面白いことができてくる。一體區役所はさような條項に觸れるか觸れないかをよく調査して受理しなければならない。これは改正民法でもその通りである。やつていないに違いない。そこで悲慘な哀れな婦人がぽつぽつ見えている。こういうことは、形式は日本の民法に從わなければいけないのだから、戸籍の方は中區の役場の方ではこういう條項と、こういう條項が完備しなければ結婚の成立要件として受付けることができない故に、上官の證明でもよい、つけてくださいとか、そういうことをやつておられるか否や、お伺いします。
#56
○奧野政府委員 現在日本の取扱いにおきましては、中區區役所には連合國關係の人がおりまして、婚姻屆出等につきましては、全部飜譯をいたしまして、それらの人がいろいろ本國法を調査して、大體それらの人の調査を經て區役所が受付けるということにいたしておりますので、その點は大體調がついておると考えております。
#57
○北浦委員 そういう場合に、たとえば夫婦財産制、そういうこと及び離婚の場合の扶養の義務、外國の立法例を見ますると、假に不當な所為があつて離婚した、それでも扶養の義務を認めておるところがありますが、そういうような財産關係の法律は目下どこの法律に從つておられるか。たとえば捨られてアメリカの兵隊が歸つてしまう、そうすると欺されて泣いておる日本婦人は、どうすれば救濟してもらえるか、この點お伺いします。
#58
○奧野政府委員 その點につきましては、やはり法例の規定によつて、現在のところ解決していかなければならないというように考えておりまして、法例によりますると、第十四條で夫の本國法によるということになると思います。
#59
○北浦委員 私は法例は全部讀んでおる、夫の本國法によりまするが、やれますか。みな泣き寢入りなんである。やる方法がついておりますか、その點お伺いいたします。
#60
○奧野政府委員 これはまあ先ほど申したように、もし假にいろいろ請求權がありましても、連合國軍に屬する者については、わが國の民事裁判權がありませんから、その救濟ということは、現在のところむずかしかろうと思います。
#61
○北浦委員 まあまあその點をやむを得ませんから、これ以上質問申すことをやめまするが、しかし司法省としては、特にこういうことは人權問題であるのでありまするから、殊にアメリカというところは、個人の尊嚴を非常に尊重する、日本人は奴隷でないのだ、奴隷にしないとポツダム宣言に書いてある。そういう點について、しつかり力を入れていただきたい。進駐の年月が重なるにつれまして幾多の悲劇が發生する。眼に見える。今から大いに司法省は力を入れて、そういうことに盡さなければならぬ。このことは現在及び將來起り得べき憐れな日本婦人のために、私は司法省に切望いたしておく。早くやりなさい。
 次に子供に對する義務教育でありまするが、今度御承知でもありましようが、六・三・三制度になつて、今までより非常に期限が延びましたから、少くとも九年の義務教育を受けさせねばならぬ。この子供に對する教育について、この民法でまずまず父母ある者はそれでよろしい。それから頼るところがある者はそれでよろしいが、今日のこの世の中に、父母も頼るところもない子供はたくさんある。一體それはたれが義務者か。六・三の九年間その子供を教育させなければならぬ。親がない、兄弟もない。そういう場合には、司法省はどういうところに目をつけておるか。これは義務者が規定されてない。國家が義務者であるという規定をおくべきであるがおいてない。そういう場合には、政府はどういうことを考えておられるか。今日の場合としては、そういう子供は實に多い。この一片の民法改正ではこれを救濟することはできない。政府の御意見を伺います。
#62
○奧野政府委員 どうも民法の範圍内におきましは、この教育する點につきましては、親權のところに規定をおいてあるだけでありまして、その親權者がないというふうな場合においては、どうなる。あるいは後見者があれば後見人ということになりましようが、全然孤兒であるというような場合におきましては、實は司法省所管といたしましては、その點についてはいかんともできない點でありまして、この點はあるいはむしろ文部省なり厚生省の所管に屬するのではないかと思いますが、遺憾なから民法自體だけからいたしますと、そういう點については、お説のような點があるということは認めざるを得ないと思います。
#63
○北浦委員 その考えが間違つておる、こういうことは文部省でやる、こういうことは厚生省でやる、その考えが間違つておる。この民法で親もない、兄弟もない、親族もないというときは、國家――公益の代表者としてずいぶん權力を使つておる。これが一人、二人の不幸ではない。何百萬人おるかわからぬ。この不幸なる状態を眺められましては、これはどこそこの役所へ行つてくれ、どこそこの係りへ、これが今日非難されるのです。あなたは決して官僚根性ではないのだが、これが官僚のやる方法なのだ。ちよつとものを頼みに行けば、あつちの役所へ行け、こつちの役所へ行け、半日も一日もかかつてまたあした行く。これが官僚根性なのだ。決してあなたに言つてるのではない私が言うのは國家公益の代表者である。そういうものから條文を編み出して、そうして義務教育を完了さしてやろうということをお考え願わなければならぬ。あなたはそうおつしやるが、文部省へ行くとそんな法律は文部省でつくるのじやない、司法省だと言うにきまつておる。これはかりに厚生省の管轄、文部省の管轄であつても、ことごとくこれをとつてやるというお考えがなければならぬ。この點も研究問題として、ひとつ考えておいてもらいたい。
 私は主として今日の情勢について尋ねたいのでありまするが、日本婦人が外國人と婚姻した場合に子供ができます。この嫡出子というものは、どの法律でおきめになるか。
#64
○奧野政府委員 この點は、すでに法例は御承知のことだろうと思いますが、やはり法例の規定によつて十七條で、嫡出なりや否やは、その出生の當時母の夫の屬したる國の法律できまります。
#65
○北浦委員 そこで日本の法律でその子供が嫡出子ときまります。はたしてアメリカにあるところのその親の財産、そういうものに手をつけることができるかどうか。これは先ほどの政府委員の御答辯を聽いておりますと不可能だ。そういう場合にあなたのおつしやるようなさような法律がどうして行うことができるか、問題は無數にあるのでありまするが、これは深刻なる現日本の社會問題であると思うから申し上げておるのであります。
 もう一つは相續人と被相續人、一方外國人である場合にはどうするか。被相續人がアメリカの人あるいはインドの人で外國人の場合には子供はどうするか、どの法律によつて相續するか。それは相續法という日本の法律に從うか、あるいはアメリカの法律に從うか。どつちも實際において履行できない、實現できないと私は思いますが、政府委員の御意見はいかがでありますか。
#66
○奧野政府委員 その點は被相續人の本國法によるわけでありますから、現在の状態においては、事實上そういう權利を行使するのにいろいろな支障があるのではないかと思います。これはやはり講和條約が成立して後に解決すべき問題ではないかと思いますが、現在のところは、被相續人の國法によつて相續等の權利を得ても、その實現という點につきましては、現在の状態ではその目的を達し得ないというふうに考えております。
#67
○北浦委員 そういたしますると、あなたは講和條約を成立するまでとおしやいますが、それは不可能である。講和條約が成立いたしましても、それは實行できません。それよりも私が劈頭に申しましたように、法例を改正するところのチヤンスは今である。連合軍と交渉なさつて、そうして少しでも日本の利益のようにこの法例をなぜ早く改正しないか。法例を改正する、ここに連合國がその法例改正を認めますと、これは實行できる。そこは彼ら文明國の人でありますから、自分もこれを認める。そうしてこれを成立させた以上は、それは實際に行う。そこをねらわねばならぬ。あなたは劈頭におつしやいましたように、法例は今度出すとはきまらぬけれども、どういう考えだ、そういうあいまいなことを言わないで、一刻も早くこれを改正する。法案もできないものをここで論じても何にもならぬじやありませんか。こんなものは法例ではない空文である。それよりも、できるように法例を改正していただく、これが先ほどからの質問に對する結論であります。そこは司法大臣の鈴木君ともよく相談されてやつていただきたい。これは急務です。
 次にお伺いいたしたいのは、私は未成年者に親の同意がなければ結婚の成立要件は完備しないという政府案には贊成だ。ところが理論的に考えてみますと、先ほど聽きました皇室典範と同じで、これははなはだロジカルではない。第一の民法の改正を見ますと、未成年者は婚姻して戸籍係に登録されればすぐに成年になつてしまう。妻をもち、夫をもつところの兩性であるから、對外信用、取引關係、第三者の方の規定から申しまして、これは成年にするのが當然でありましよう。外國の立法例を讀んでみますと、極端になりますと、十二くらいからぼちぼち結婚適齡が規定されておる。私はむしろ憲法の條文を一貫せしめて、兩性の合意のみによりて成立するでいいじやないか。なぜかというと、結婚したらその瞬間から成年になる。政府委員はこういうことを言いなさると思うのです。結婚という一生の一大事に、親がやはりそれの尻をぬぐうのは子供のために安全だ、こうおつしやるのかもわからぬのでありますけれども、それは今日言うべきことでありますけれども、それは今日言うべきことではない。兩性の合意のみによつて成立する、ほか何も書いてない。子供であるからこいう區別もつけるのだ、しかしながら、滿二十歳にならなくても、二十、もつとも結婚年齡はもつと下にしてあつて、十八か十六かにしてありますが、もうそうなれば憲法の理論を貫いて、さつき申しました皇室典範の第何條かに規定してありますところの未成年者は親の承諾を要するのだというような、そういう規定を省いてしまつて、理論を一貫するつもりはないか。諸外國にはもつと低い例がある。これをお伺いいたします。
#68
○奧野政府委員 お説ごもつともと思われますが、これは憲法が兩性の合意のみによつて成立するという意味は、要するに他人といいますか、あるいは戸主とかいうものの壓迫あるいは干渉、あるいはそういう者の同意がなければ、當事者だけでできないというのでは、兩性の平等、あるいは個人の尊嚴ということと相容れないという意味での規定と思われるので、そういうふうな對等な自由意思を制限するというふうな意味でなく、未成年であるがゆえに、その保護の意味で父母などが同意するということは、憲法の精神にごうも反することはないという考えで規定をいたしたのでありますが、それと同時に、また婚姻すれば成年とみなされるので、紙一重の問題であるから、未成年者についても、こういう父母の同意というようなものもないことにする方が、なお憲法に規定する精神に從うことになるのではないかというお説ごもつともと思われますが、ただ今言いましたように、子供の保護ということから父母の同意を必要としても憲法の趣旨に反しない。同時に現在の社會の人情といつたようなものにも合致するという、兩法の調和妥協といいますか、それらの點に鑑みまして、未成年の子だけについて、父母の同意を必要とするという妥協的な案をつくつたわけでありますが、この點について、十分この委員會の各位において、御檢討をいただきたいと思います。
#69
○北浦委員 もう一點お伺いしておきたいと思いますが、この憲法を讀んでみますと、親子關係といものが一つも規定してありません、そこで親が子を看護するとか、それから親が子のためにどんな義務を負うとかいうことはとんと書いてない。教育の義務も、これも權利みたいなぐあいに書いてありまして、「學問の自由は、これを保障する。」それから「すべて國民は、法律の定めるところにより、その能力に應じて、ひとしく教育を受ける權利を有する。」こう書いてある。それから「すべて國民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。」とありまして、この「保護する子女」、これは必ずしも親ということにきまらない、そこでお伺いするのでありますが、私は本來から言えば戸主權の廢止には反對だ、しかし封建的制度とかいろいろなことを言われまするから、私はこの點についてはお伺いもしないのでありますけれども、この憲法で親子という關係が一つも規定されていないのに、子に對して親の權利を認めておる。それから國家は親に對して義務を命じておる。こういう法律をつくるについては、司法省はどこを根據にしてつくつたか、この點お伺いいたします。申し添えるならば、根據もない。この憲法は實は親の義務ということをほとんど書いてない。その代りに公共の福祉のためということを書いてある。そういう意味で公共の福祉のために親の權利義務をいうものを認めてある、こういうふうになるのか。とにかくこの憲法には親子ということを書いてない。どういう根據でこういう民法をおつくりになつたのか。この點を確かめておきたいと思います。
#70
○奧野政府委員 親子の關係は、これはもう事實上存在することは否定できないのでありまして、この點については、すでに現行民法にいろいろ規定があります。そこで直接親子の關係については、御説のように憲法には表わしておりません。やはり親子關係につきましても、兩性の本質的平等という建前から、現行法では應急措置法で改めてはおりますが、從來の法律では親權の行使ということについても、父母の間に差等を設けており、その他母親が親權を行う場合には、親族會議その他いろいろな制約を受けておる。これらは憲法のいわゆる兩性の平等という原則に反するというので、子に對する關係において、親子夫婦というものは、やはり本質的な平等な取扱いをなすべきものだという觀點、そういう憲法の精神から、從來ありました親子の法律關係を再檢討して修正をしたのであります。
#71
○北浦委員 そういうように承つておきましよう。そこで今あなたがおつしやつた兩性の本質的平等、このことについてお伺いをするのでありまするが、一體この民法は他の刑法、商法なんかと一緒に、實體法であることは爭えない。これは政府委員もお認めくださると思う。裁判所はこの實體法をいかに解釋しようと、これは裁判所が法律を解釋し、具體的事實を調べて適法をあてはめる。これは裁判所の任務である。そこでこの民法をどう解釋していけ、ああいうふうに判斷していけ、こういうことを書くのは私は間違いだと思つておる。實體法に、さような裁判所の判斷を束縛するようなことを書くということは間違いである。外國の立法例にはあります。ありますけれども、さようなことは間違いであると、私は思うのでありまするが、一體第一條の二はどういうわけでお書きになつたのか。
#72
○奧野政府委員 これは御説にありましたように、外國の立法例等にもある。要するに法律はこれを解釋適用していくべきもので、それの解釋方針を明らかにするということは、やはり法律をもつてできるのではないか。殊に今おつしやつたように、外國の立法例等にもありまするし、またこれは必ずしも裁判官だけに對するものではなく、一般に適用を受けるものがこれを解釋する國民についても影響があるわけでありまして、必ずしも裁判官に對するものとは感じませんが、こういう解釋基準を表わすということは、この法律解釋運用の指針を示す上において效果的なものである。必ずしも不都合なものではないではないかと考えまして、この解釋指針を一條の二で規定したわけであります。
#73
○北浦委員 私はこれは不都合だと考える。一體法律をつくつて、こういうふうに解釋していけ。そうすると裁判所は自由心證の範圍が非常に制限され、殊に憲法にはこういうふうに立法せよということはよく書いてある。そんな條文が二、三、箇條あつたと思いまするが一例を申してみますと、配偶者の選擇であるとか、財産權であるとか、住居の選定、離婚竝びに婚姻及び家族に關するその他の事項に關しては、法律は個人の尊嚴と兩性の本質的平等に立脚して制定しなければならぬ、そういうように法律に解釋していく、こういうように書いてある。こんな實體法にそういうのが出る。さようなことは憲法には一つも書いてない。現にかような個人の尊嚴と兩性の本質的平等これは憲法でいやほど謳つておる。そうすると解釋するもせぬもない。當然の解釋である、ただ私はこの民法の形體とし内容とし體裁として、かような條文を入れるということは、いかに外國の立法例を模倣するのに巧みな日本人であるといえども、これは贊成できない。間違つておる。私はこう思う。この點は意見の相違になりますから、これ以上申しませんが、一體兩性の本質的平等についても、私は議論がある。姦通というものは何も別に本質的不平等ということは言えない。これは參議院あたりでもだいぶ問題になつておるようでありますが、あなたの改正方針を讀んでみますと、これくらいなものは家庭の道徳としてやつていけばいい。法律の關するところにあらずというような趣旨に書いてあつたように思いますが、姦通が離婚の原因になるし、それから不貞行為も離婚の原因になると思いまするが、こういうものでも、兩性の本質的平等から解釋していきますと、女だけいろいろな制裁を受けて、男はどうか、ここで民法でいうところの不貞行為というものは、一體婦人だけはいるのか、男もはいるのか。まずこの點からお伺いしていきましよう。不貞行為という文字が何條かに出ておりますが、男性の不貞行為というのは何を指すのか、どこかにあつたように思うが、八百十三條だつたか、夫婦の一方は、左の場合に限り、離婚の訴を提起することができる。配偶者に不貞行為ありたるとき……。
#74
○奧野政府委員 新しく七百七十條になつたのですが……。
#75
○北浦委員 條文はどうでもよろしいが、配偶者という以上は、男はいるが、不貞行為というのはどういうものを言うのですか。
#76
○奧野政府委員 御説のように配偶者と男と女を區別せずして、男が他の女に關係するという行為は、不貞な行為というように考えております。
#77
○北浦委員 これはこう書いてある。配偶者が重婚をなしたるとき、妻が姦通したとき、夫が姦淫罪によりて刑に處せられたるとき。この三つをひつくるめて配偶者の不貞行為ありたるとき、こういうふうにこの形式から考えてみますと、そういうものが含まれる。そうすると、夫の姦淫罪、つまり強姦とかその他の犯罪ですが、これには姦通罪が入つていないと私は思う。有夫の婦、夫ある妻がやるときには姦通罪になる。男がそれをやる場合においては適當な言葉がないので露骨に言いますが、それは男の姦通罪である。そうすると平等ではないか。ただ夫が有夫の婦以外の婦とやつた場合には、これは姦通罪にならない。ここが不公平ではないかと世問の人は言つておる。これも不貞の行為の中にはいるのであろうか、この點伺つておきましよう。およそ男性がこんなことをして不貞行為の中にはいる、そんな馬鹿なことがありますか。第一條の二に「本法ハ個人ノ尊嚴ト兩性ノ本質的平等トヲ旨トシテ之ヲ解決スヘシ」となつておりますが、この點をひとつお伺いしたい。
#78
○奧野政府委員 御指摘の場合はやはり夫の不貞な行為ということにはいるわけであります。
#79
○北浦委員 入ると解釋するのですか、これは驚いた。私は何も自分のことで驚くのじやない。私は品行端正で、そういうことは決してやらない。しかしこれはあなたがはいるとすると世の中に離婚はたくさん起つてきます。これは實に重大な問題です。そういうことをあなた方が答辯しなければならないのは、こういう變な規則、條文を第一に書いておられるからである。これは私はこんなものは當然のこととして第一條は削つてしまう。これは今一例をあげただけでありますが、たくさんありますよ。婚姻の場合でも、それから相續の場合でも、矛盾撞著が詳細に調べればたくさん出てくる。この條文はひつかかる、そうするとあなた方は釋迦、キリスト、孔子、孟子のような公式でぴしぴしと解釋していかれるかわからないが、今の時勢はそれが適應しない。その點をよくお考えになること。私の質問は今日はこれで終ります。また思いついたら質問するかもしれません。
#80
○松永委員長 午後一時半まで休憩いたします。
    午後零時十五分休憩
     ――――◇―――――
    午後一時五十九分開議
#81
○松永委員長 休憩前に引續きまして民法の一部を改正する法律案に對して質疑を續けます。八並達雄君。
#82
○八並委員 實はただいま資料を集めたり研究中でありまして、いずれお伺いする時機であろうと思いますけれども、さしあたりお尋ねいたしたいと思います。憲法改正の結果、家族制度が憲法の趣旨に反するということにもなりまするし、いわゆる家督相續ということがなくなりました結果、もちろん均分相續ということは當然の結論のようにも考えまするが、いわゆる系譜、祭具及び墳墓の相續權については、なお今の改正案より考慮する必要があるのじやないかということを考えますが、その點に關する御所見を承ります。
#83
○奧野政府委員 御説のように家督相續がなくなり、遺産相續になりまして、遺産相續の關係におきましては、大體において均分相續の制度をとつておるのでありますが、系譜、祭具、墳墓の所有權というのは、これはやはり祖先の祭祀を主宰していく者が、それを承繼していくというのが最も適當であり、この關係はわが國の古來からの風習でもありまして、憲法の精神からいきましても、これを規定しなければならない風習と考えますので、その系譜、祭具、墳墓の承繼の關係だけは一般の遺産相續から別に離しまして、それは祖先の祭を主宰する者が承繼することに取扱つたのであります。しかしてだれがその祖先の祭祀の主宰者であるかということは、第一次には被相續人がきめるのでありますが、もし被相續人がきめない場合には、慣習できまつていく。その慣習が不明である場合には、家事審判所がきめるというふうなことにいたしまして、一般の遺産相續とは別に取扱いをいたしているわけであります。
#84
○八並委員 祖先の祭祀をいたし、また墳墓の管理というようなことをいたしますには、やはり相當の費用を要することでありまして、この點に關しまして、資産の分割につきまして、多少の考慮を要するのではないか。その點に關する御所見はいかがですか。
#85
○奧野政府委員 この點につきましては、法律の明文の上で、特にそういう祖先の祭祀を主宰する者が、他の相續人よりもよけいに當然相續分をとるということは、いろいろな關係からやはり、あたかも家督相續の制度の殘滓を殘すかのごとき感を抱かしめすから、その點は法文上には何ら規定をいたしておきませんが、事實遺産の分割は大體協議によつて分割を行うということになつておりますので、協議の際にその點は適當におのずから何らかの考慮を拂われるものであることを期待しておるわけであります。
#86
○八並委員 なるほど、政府委員のおつしやるところもまことに道理のあることでありますけれども、實際の問題といたしましては、やはりそこにいろいろな紛爭、ごたごたが起るのでありまして、もちろんさような場合におきましては、家事審判所におきまして適當に處理することもあろうと思いますけれども、しかし何かその點に關する規定を要するのではないかというふうに、私は考えておるのであります。もしかような矛盾がある、いわゆる家督相續の殘滓が殘されるおそれがあるということでありますならば、一部の論者が申しまするように、むしろこの規定を削除いたしまして、やはり他の財産と同樣、共同に相續するという原則的な規定を適用されるようにしてはいかがかというような議論があるのでありますが、この點の關する御所見を承りたいと思います。
#87
○奧野政府委員 ごもつともであります。系譜、祭具、墳墓のようなものについては全然規定を置かないがいいではないか。一般慣習、習俗に任せていいではないかという議論も十分根據のあることと考えます。そういう意味で、この規定を殘すことが、やや家督相續の殘滓のような感じも、見方によればあり得るかと思うのでありますが、しかし家督相續というものは、はつきり遺産相續ということにいたして、家督相續をよしてしまつたのであります。現在でも系譜、祭具というようなものはやはり一般の相續から分離して、家督相續人の特權的なものにいたしておるのでありまして、こういうものを遺産相續して分割するということも適當ではないので、むしろ一方祖先の祭祀を續けていくということは否定すべからざる風習であるとするならば、ややそこは妥協的に見えますが、それらのものの所有權は、祖先の祭祀を主宰する者に受け繼がしめるのが適當であるということで、規定をいたしたのであります。さらにその者に、他の相續人を越えて、特殊な相續分を與えるということになると、それまたやはり行き過ぎではないかというので、結局それらの點を考慮して、大體この程度が穏當であろうという點に落ちついたわけであります。
#88
○八並委員 私も實は政府とまつたく同意見でありまして、この規定をつくることにつきましては、もちろん贊意を表するものでございますが、しかし先ほど申し上げましたように、系譜、祭具、墳墓といつたようなものを管理し、祖先の祭をいたしていくについては、相當なる負擔でありまして、この點につきまして、祖先の祭をおろそかにするというようなことがあつては、せつかく、この規定をつくりました趣旨にも反することに相なりますので、將來立法されることになつております農業資産相続特別法みたような考え方におきまして、やはり何らかの民主主義的な方法において、憲法に反しない限度において、何か工夫があるのではないかということを考えておるのでございまするが、この點に關する御所見を承つておきたいと思います。
#89
○奧野政府委員 その點もよく研究いたしまして、全般的、根本的な改正の際にはなお研究をいたしてみたいと思います。
#90
○八並委員 この新しい改正案によりますと、繼父と繼子との關係に親族關係が認められないようになつておりますが、その立法理由につきまして承りたいと思います。
#91
○奧野政府委員 繼親子關係というものは元來が家を同じくするという場合における考えを前提としておるという點と、それから家を廢した以上は、それらの點も當然家を同じくするを前提とする意味においては、特に家を同じくするために親子關係を同じくするということは根據のないことになりますのと、それからそういう關係はちようど嫁が舅、姑に對してお父さん、お母さんというふうに呼んではおるけれども、法律上は親子関係は全然ない、それと同じような考え方でよいのではないか。特に繼親子あるいは嫡母庶子の間で親子關係を認めて相續の關係まで認めるということは、行き過ぎではないか、それとまた親子關係と從來の法律ではいたしておりながら、なおほんとうの親子のように取扱わなくて、繼父母が親權を行使する場合にいろいろと親族會議とかその他の規定によつて制限を加えて、ほんとうの親子のようにまで認めてはない、そういう中途半端な状態である。それよりもむしろ、その間の關係は本來の關係である姻族同士の關係だけにいたしておけばよいのではないか。また特にその間において扶養の必要があるというような場合には、それらの個々の場合について扶養義務を認めていけばよいので、むりに親子にして相續あるいは扶養、あるいは親權というふうな關係を結びつけるべきではないという議論になりまして、その關係をやめたわけであります。
#92
○八並委員 この政府委員のただいまの御説明によりまして私もその意味を了承いたしました。なるほど繼父母と繼子との關係を法律が擬制するのはむりな所があることは御承知であります。その後にいろいろ起ります相續の問題とか親權の濫用、いろいろな點についてむりなることも承知いたしておりますが、しかしまた反面考えますと、もとよりこれも眞の愛情の問題でありまして、法律が親子關係を擬制するというようなときにもかかわらず、繼子でも繼親でも、お互いの愛情によつて一家の平和の生活と圓滿な保たれるのでございますけれども、しかしやはりその點は法律において親子關係を擬制でもしておいた方が、また一家の平和圓滿をはかるゆえんでもあるのじやないかということを考えておるのじやないかということを考えておるのであります。その點に關しまして、どのような御意見をおもちでございましようか、承りたいと存じます。
#93
○奧野政府委員 その點はいろいろ議論のあつた點であります。いろいろ審議をいたしまして、結局まあ本來姻族一等親の關係であるから、その親族關係でされにほんとうの親子と同じように相續の關係とか、あるいは親權の關係、扶養の關係というようなことまで立入るということは、むしろいろいろな弊害等もあつていけないのではないか。殊にそれは現在なぜそういう關係にさらに親子の關係というものを認めていつたかというと、それは家というものを前提として考えられた擬制であるという意味で、家というものがなくなれば、やはりそういう擬制を解いて本來の姻族一等親の關係で殘していくのが適當ではないかという議論で、こういうふうに規定を設けたわけでありますが、その點は十分御意見の點も議論した結果、こういう形になつたわけであります。
#94
○八並委員 立法趣旨につきまして、十分了承いたしました。しかし養子の場合に、法律が親子關係を擬制にしながら、この場合にそれに逆になるのは一體どういう根據からさように決定されたのでございますか。その點も承りたいと思います。
#95
○奧野政府委員 養子の関係も特に養子という意思から出たわけではありますが、この關係は自然發生的な關係である。從つてほんとうに親子の關係に結びたいということであれば、それをさらに養子縁組をいたしたならば、親子關係を結び得る道はあることも、言い落しましたが、考慮の中に入れてあつたのです。
#96
○八並委員 なお養子は養子縁組によりまして、養子になりますので、お互いに納得づくでさような關係になるのであります。しかしながら、この繼父母、繼子の關係は、必らずそれとは形を異にいたしておりますが、しかし養子と同じように、本人の意思がお互いに親子になつてもよろしいというような意思の場合、あるいはさように忖度されるような場合におきましては、やはり養子と同じように、法律上の親子關係を認めてはどういうものであるかと考えるのであります。その點に關する御意見を承りたいのであります。
#97
○奧野政府委員 養子の場合は、お説のようない納得づくでお互いが親子關係を結ぼうということで、親子關係ができるわけでありますが、繼父母、繼子という關係におきましては、あとから後妻がくるというような關係で、家つきの子供との間に關係ができるわけでありまして、婚姻ということについては意思があるということも、その前から家つきの子供との間で、親子の關係を結ぶと言うところまでの意思は必ずしもあるとは申されないのでありまして、そういう場合に、改めてそれを養子にすればいいわけで、そういうことを豫定して夫婦の一方の子供を養子にするというふうな場合も規定しておるのでありまして、ほんとうの法律上、親子關係を設定いたしたいということでありますれば、さらに養子縁組によつてその關係を設定すればよろしいというふうに考えております。
#98
○八並委員 そのお考えはまことにごもつともでございまするが、法律上さような手續をいたしますより、大體普通の場合におきましては、あるいは前夫の子供があるところに後妻がはいりますにいたしましても、あるいはまた連子をいたして婚姻する場合にいたしましても、大體前夫の普通了解があり、場合によつては納得づくではいる場合が實際多いと思うのであります。だからさような場合においては、特に法律上養子とかいうような手續をとらずとも、さような場合に限つて本人がそれを承知した場合、または承知したと明らかに推定されるような場合におきまして、法律上やはり親子關係を認めたらいかがなものかと思いますが、その點に關しまして、さつきのお答えで大體御意思はわかりましたが、お尋ねいたしたいと思います。
#99
○奧野政府委員 一つの御意見かと考えますが、一應法制審議會等によつて、ただいまありますような形で、別にいたされまして、それに基いて立法いたしたわけであります。必ずや反對の立場からも、立論はできるかと思うのでありまして、この點現在の國民感情、その他とにらみ合わせられまして、この委員會において適當に御決定されるものと思います。
#100
○八並委員 協議離婚の場合に、その當事者のみの自由に任せずに、家事審判所の許可を要するというふうにしたらいかがかというよな意見も聞いておりますが、この點に關しましてはどのようなお考えをおもちでございましようか。
#101
○奧野政府委員 この點は午前中にもいろいろ議論があつた點でありますが、この案といたしましては、やはり婚姻の自由と同時に離婚の自由を認めて、協議上の自由なる離婚を認めております。この點はアメリカ等のように、全部協議上の離婚というものをなくして、裁判上の離婚にする方が、裁判でなくとも、あるいは家事審判所が、ほうとうにわかれる意見があるのかということを確認せしめるというような方法で、一時の興奮で協議離婚して、あとでしまつたということのないようにすべきではないかという議論も相當あつたので、その點も十分御審議を願いたいということで、提案理由の説明の際も申し上げたわけであります。政府の原案としましては、離婚の自由を認める。殊に屆出の主義をとつておりましから、いよいよわかれ話がついて、屆出との間には多少の期間もありますので、その間にもし、もとのさやに收まるものであれば、思い直すであろうから、協議離婚を認めても、それほど弊害はないであろうということと、家事審判所で全部それを確認していくということになると、人員の手不足というようなこと、あるいは家事審判所が全國津々浦々に設立いたされないと、當事者の利便の上から見ても、適當でないというふうに考えまして、現状通り協議上の離婚の自由制を認めてまいつたのでございまして、この點はさらにこの委員會で愼重御審議されんことを希望しております。
#102
○八並委員 ただいま資料を蒐集いたしましたり、また私といたしましても、研究中でありまして、本日のお尋ねはこの程度で打切りたいと思います。
#103
○松永委員長 この際委員外の方から質問を求められております。これを許します。河井榮藏君。
#104
○河井榮藏君 簡單に質問いたしたいと思いますから、しばらく時間を貸していただきたいと思います。この民法改正のような大きな仕事を、ある特殊の関係で、きわめて簡單な期間に改正なさるので、非常に困難な仕事で、改正民法の法典の編纂の上から、あるいは字句の上から、箇条書の體裁から、はなはだ遺憾の點もあるが、これもやむを得ないことと考えております。私は第一條の二までのことにつきまして、お尋ねしたいのですが、第一條に「私權ハ總テ公共ノ福祉ノ為メ存ス」、こうこいう條項でございますが、これはこの私權のことだけを規定する民法上に、これを書かれることはどうかと思うのですが、これによりますと、相互契約における賃貸借、その他の純然たる私權でも、公共の福祉のために存するというようなことになるのであります。むろんすべての權利は公共のためにあるのですが、そうすると人間の存在それ自身が公共のためにあるというような、廣汎なことになるのですが、これは外國において公法と私法との別がだんだんなくなりつつあるというようなことが反映して、この條文ができて、それを日本の改正民法に入れられたのではないかと考えるのでありますが、その點いかがでありましよう。
 それから「權利ノ行使及ヒ義務ノ履行ハ信義ニ従ヒ誠實ニ之ヲ為スコトヲ要ス」、こうありますが、第一條の二で「本法ハ個人ノ尊嚴ト兩性ノ本質的平等トヲ旨トシテ之ヲ解釋スヘシ」、これによりますと、權利の濫用ということについては、あるいは午前中に池谷君が御質問になつたかもしれませんが、私おりませんでしたのでお伺いします。權利の濫用ということは、これでは防がれないように思いますが、そういう規定をなされなかつた理由はどうでありましようか。そうして「本法ハ個人ノ尊嚴ト兩性ノ本質的平等トヲ旨トシテ之ヲ解釋スヘシ」というのは、新憲法の第二十四條に基く條文をここへ出されたのだと思いますが、要するに第一條はあれやこれやの條項をとつた、寄せ集めの條文であるかのごとく考えられるのであります。これらの點について、特にこの權利の濫用については今日問題になつておりますが、どういうふうなお考えをもつていらつしやいますか、お伺いしたいと思います。
#105
○奧野政府委員 この點は司法法制審議會という會が、この改正のために司法省に設けられましてその司法法制審議會の決議によりまして、民事法に關する憲法改正案の大原則を、民法中に明文をもつて掲ぐることという條項が、その中にはいつておりまして、これに基いてここに規定することになつたわけでありまして、これはまつたく憲法の精神を、民事法にも當然はいつているわけでありますから、特に明文をもつて明らかに規定するというのであります。憲法におきましては、御承知のように、すべての權利は公共の福祉のために適合するように運營していかなければならないことが規定されてありますので、それで明らかでありますが、民法は特に私權關係を規定するので、私權という言葉から、いかにも自己のためのみに權利の行使をやつてよいかのごとく考えられては憲法の精神に反するので、私權といえども、これはすべて公共の福祉のために存しておるがゆえに、その行使は公共の福祉に適合するように行使しなければならないのだという根據を示したものでありまして、憲法と民法との繋がりを明らかにしたわけであります。
 第二は、これはドイツ民法とかスイス民法とかに規定がありますが、それは反面において當然權利の濫用になるのだ、信義誠實の原則に從わない權利の行使というものは、權利の濫用になるという考え方で、この法律においては權利の濫用を禁止しておる趣旨を表わしておるわけであります。
 第三の第一條の二の立法趣旨は、結局これは憲法二十四條によつて、個人の尊嚴と兩性の本質的平等に立脚して法律を制定しなければならないことを規定しておるのであります。すなわち立法の精神は、憲法二十四條によつて、個人の尊嚴と兩性の本質的平等に立脚しなければならないと同時に、それによつてつくられた法律を解釋していくのにも、また同樣の根本理念が働いて、これを基本として、法令を解釋していくということを表わしたわけでありまして、憲法を立法についての指針であり、同時にそれは民法第一條の上で、そういうふうにつくられた法律をさらに解釋適用する場合における根本方針もまた、個人の尊嚴と兩性の本質的平等に基いて解釋していくべきものだという指針を表わしたわけであります。
#106
○河井榮藏君 ただいまの政府委員の御答辯では、第一條の「權利の行使及ヒ義務ノ履行ハ信義ニ從ヒ誠實ニ之ヲ為スコトヲ要ス」、これによつて權利の濫用は禁止される。こういうふうにおつしやいましたが、この條項はただいま政府委員もおつしやいましたように、スイス民法の第二条第一項だと思いますが、その次には、オツヘンバール・ミスブラウフ・デス・レヒツハツト・カインレヒトシユツツ、明白なる權利の濫用は法律の保護を受けないということで、この權利の行使、義務の履行は信義と誠實にこれをなすと竝べてあるわけです。それによりましても、この信義誠實に基いてやるということだけでは權利の濫用ということは防がれない。これはどうしても明白なる權利の濫用は法律の保護を受けないというような條文をこの次に入れなければはつきりしないと思うのです。これだけでは權利の濫用について將來疑義が起るに違いない。權利の濫用なんという新しい概念になりますから、日本においては當然議論が起きるだろうと思います。それは信義と誠實によるということのほかに、別に明白な權利の濫用は法律の保護を受けないということを入れなければならないと私は確信するものであります。これだけによつては權利の濫用の問題が防がれるということは絶對にないと考えます。この條文に用いられているスイス民法によりましても、明らかにこの條文が二つ重ねられて竝べて書いてある。政府委員はスイス民法によつてとうたのであるというお言葉があるならば、それを全部具體的に權利の濫用についてオイゲン・フーバーが編纂したスイス民法が、特に世界の民主主義に貢獻したというようにいわれるのも、いわゆる權利の濫用について、はつきり明白に條文化しておるから、民主的法典であるといわれたのである。これをどうしても考えなければいけないと考えます。政府の言われるこの權利の行使義務の履行が、信義と誠實に基くだけではものたりないと思います。
#107
○奧野政府委員 ただいまの御質問の點についても、いろいろ考慮したのでありますが、そのほかに權利の濫用は保護を受けないということにすれば、なお完全であるかと思いますが、それは同時に信義誠實の原則に從つて履行をしなければならないということで、その趣旨は實現されるので、さらに權利の濫用の禁止ということを特に附け加える必要もないではないか。むしろその點については憲法の十三條で、權利の濫用をしてはならないということも明らかになつておる次第もありますので、まあ特に權利の濫用を禁止する規定は設けなかつたけれども、趣旨はまつたくこれによつて權利の濫用は禁止されておるというふうに、立案者として解釋しておるわけであります。
#108
○河井榮藏君 私の考えでは、權利の行使、義務の履行と、信義誠實の要求というものとは、觀念が全然違う、別個の觀念であると思う。將來必ずこの點について疑念が起きるであろうと私は考えておるわけであります。なお總則などにつきましていろいろありますが、それは次會に讓りまして、私はこの點だけで打切ります。
#109
○荊木委員 改正民法の草案の第一條ですが、「私權ハ總テ公共ノ福祉ノ為メニ存ス」、こういう書き方について、解釋はどうでもできますが、今御指摘の憲法の十三條「すべて國民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に對する國民の權利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の國政の上で、最大の尊重を必要とする。」こうある。屁理屈のようでありますけれども、正面から見ました憲法の精神というものが、そのまま私權に關する原則として、民法の第一條にぴつたりくるというどうも感じがもてないのですが、その公共の福祉のために存するというのであつて、私權は私權として尊重される。すなわち公共の福祉に反してはならないというわくがある、こう理解すべきではないかと考えますが、こういう言葉を使つていいかどうかしりませんけれども、民法の内容に比べてみまして、何かしらよその借物をもつてきたような感じを受けるのですが、私權の行使はすべて公共の福祉に反してはならないという制限と、第一條のすべて公共の福祉のために存するというこの規定のしかたとの關係は、つかみどころがだいぶ違うのではないかという感じをもつのですが、この點に關しては、おそらくいろいろ審議を盡されて、こういう文字に落ちついたことと思いますが、私權は公共の福祉に反しない限りこれを許すという制限規定になつておるのに、どうしてこういうふうに正面切つて私權は公共の福祉のために存するというふうにされましたか、その經過とか理由とか結論を承りたいと思います。
#110
○奧野政府委員 この點はいろいろ議論がありまして、こうなつたのでありますが、お説のように、考え方としては公共の福祉に反しないように私權の行使をしなければならない、言いかえれば私權の行使は公共の福祉に適合するようにやらなければならないという程度でいいのではないか、本案をそれよりもさらに進んで私權というものは公共の福祉のために存する、從つてその效果として公共の福祉に適合するように利用しなければならない、憲法に公共の福祉に反しないように利用しなければならないという根據があるが、憲法よりさらに奥深く進んで、なぜ公共の福祉に反しないように利用しなければならないかというと、私權それ自體がすでに公共の福祉のために存しておると認められているのであるからというようなところまではいつていくわけでありますが、實はそういうふうなところまで書くべきか、あるいは單に公共の福祉に反しないように行使しなければならないというに止めておくべきか、いろいろ議論があつたのでありますが、公共の福祉に反しないように利用しなければならないというのでは、憲法とまつたく同じことになる、それで實はさらにその奥に、なぜそうならなければならないかという根本は、權利自體が公共の福祉のために認められておるのであるからということを表わしたいということと、それから私權という字それ自體が自己のために認められた權利であるということを含んでおるのであるから、それは自己の利益のみに利用するのではないという趣旨を、もう少し根本的に表わすために、やはり私權のよつて存するゆえんをここに書いた方がよろしいという意見になつて、こういうふうな表現をいたすことになつたのでありまして、趣旨としては、公共の福祉に適合するように、反しないように行使しなければならないという結果を生み出す基本になる趣旨で起案したわけであります。
#111
○荊木委員 これは日本語の不正確から、解釋上いろいろな議論が出てくるのでありますが、第一に、根本原則があげられておりますので、この委員會でもこのままいけるかどうか疑問がありますが、英文に直されてあるならば、この「為メニ」というのは、どういうように譯されておりましようか、何なら全文の英文をお示し願いたいと思います。
#112
○奧野政府委員 これは全文英譯になつておるのでありますが、皆樣全部にお配りするだけの餘分はないそうでありますが、若干はあるそうで、今ここに持合わせはありませんが、次會にでもあるだけは持つてまいります。
#113
○荊木委員 重ねて伺つて恐縮ですが、私もちよつと法律論を離れてしまうかしれませんが、私の認識するところでは、憲法の十三條にいつている考え方というものは、要するに、國民というものは個人として尊重されなければならないそれからその生命、自由及び幸福追求に對する權利は、これは固有の權利である。しかしそれは公共の福祉に反してはならないという大きなわくがわかつている。つまり考え方は個人主義的といつては語弊がありますが、個人として尊重され、從つて私權も個人のために存在するのだ。但し公共の福祉に反してはならないというわくがあるのだ、こういうふうに理解をしているわけでありまするが、實はこの民法の一條は、このまま見ますと、まつたく全體主義國家の書き方、純然たる社會主義國家の書き方で、これでは私權は公共の福祉のためにしか存在しないようにとれる、「為メニ」という言葉がどういうふうに將來解釋されるかは別として、非常にスタンデイング・ポイント、立場が違う。憲法の十三條と民法の一條とは立場が違う。憲法の十三條と民法の一條とは立場が違う。裏から表に出ているような感覺を私は實はもつんですが、政府委員はこの點双方を對照なさいまして、いろいろ説明を加えていかれれば、その解釋がまつたく同意義であるということにもつていくことは不可能ではありませんが、原則と制限というものは、裏と表をひつくりかへしているような感じを私はもつんです。從つて世相のいかんによりましては、この第一條竝びに第一條の二を大原則として掲げられて、將來裁判が律せられるということになると、かなり國情と違つた見方があるんじやないかというふうな危險を實は感ずるのですけれども、その點の政府委員の御意見を、速記録の上に止めておきたいと思いますので、もう一遍お答えを願います。
#114
○奧野政府委員 私權というのはまず第一次的には自己のために存すというふうに考えられるのであろうと思うのでありますが、それは自己のためにのみ存するのではなくて、公共の福祉のためにも存するのである。その點を明らかにするために本條をおいたのであつて、その結果、從つて私權の行使は、公共の福祉に適合するように行使しなければならないので、そういう結果を導くためにこの規定をおいたのであります。
#115
○荊木委員 よく了解できませんが、そうすると、私權の行使はすべて公共の福祉に反してはならないということと違うのですか、同じなんですか。私權の行使はすべて公共に福祉に反してはならないという表現のしかたと、この第一条は何か内容に差があるんですか。
#116
○奧野政府委員 部内においてもそういうふうに修正したらという意見も、いろいろあつたのでありまして、同じようでありますが、感じはそう書くよりもその本を押えて――その權利の行使が公共の福祉に適合するとか、あるいは反してはならないということは、その現われでありますが、その現われる本をこれで押さえていくというような感じであります。
    ―――――――――――――
#117
○松永委員長 休憩前に決議いたしました公聽會開會期日の件でございますが、公述人の申出期限等を考慮いたしますと、あまりにも開會までの期間が切迫いたしておりまして、事務的にも不可能でございますので、先ほどの決定は取消して、あらためて期日につきお諮りいたさなければならぬのでございますが、いかがでしようか、本月二十日、二十一日の兩日ならば、まず最小限度可能の期間と考えておりますが、御異議ございませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#118
○松永委員長 それではあらためてお諮りいたします。八月二十日及び二十一日の兩日に、民法の一部を改正する法律案審査のため、家督相續廢止の可否、親族間の扶養の範圍、婚姻の要件、夫婦財産制及び離婚手續等の案件につき公聽會を開くことに決定いたしまして御異議ございませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#119
○松永委員長 御異議なきものと認めまして、以上のように公聽會を開くことに決定いたします。
    ―――――――――――――
#120
○松永委員長 佐瀬昌三君。
#121
○佐瀬委員 ただいまの點でありますが、私も民法第一條の改正案については疑問をもつものであります。どうも第一條の「私權ハ總テ公共ノ福祉ノ為メニ存ス」という規定のしかたは、私權というものの本質を逸脱した、あるいは論理的に權利の私權の概念に反する規定のしかた、立言のように思われるのであります。その思想的根據というようなものを探究してみますと、そこに國家と個人に關する關係をどう見るかということに對する見解の相違がここに反映しておるのではないかと私は考えるのであります。あまり多く言う必要がありませんが、全體主義的な國家觀からすると、全體あるいは國家が目的で、個人は手段である。從つて國家の名において、あるいは全體の名において、あるいは公益優先主義の名において、個人、從つて個人の權利というものは、すべて從屬的にこれが扱われるということになつてきたのであります。しかしながら、健全な民主主義國家觀念から言いますと、個人が目的であつて、國家全體はその主段であるという觀點に立たなければならぬのであります。從つて國家と個人の關係もまた個人の權利の性格もそこから規定づけられいかなければならぬのであります。いうまでもなく、新憲法は民主主義憲法であります。主權は國民に在りとして、國民が、個人が目的である。國家政治組織はその手段であり、行使者であるという觀點になつておるのであります。從つて憲法十二條が個人に附與した自由、權利は、すべて公共の福祉のためにこれを利用する。また十三條において國民の權利は公共の福祉に反しない限り尊重をされるというようなことは、やはり今申しましたあとの立場から規定されたものであつて、權利が個人に附與され、その權利の行使をするにあたつて、個人も公共の福祉を念頭において、なるべくそれを利用する。あるいはそれに反しないようにしていくということが、この憲法第十二條及び第十三條の前提でなければならぬと考えるのであります。依然として私權そのものは個人の利益のために與えられた法律上の力である。ただそれを行使することは、單に利巳主義的なことばかりにはしつてはならぬ。公共の福祉を尊重しつつやるということが正しいのだという一つの附隨的な性格をここに規定しておるのだ。こう見るのが、私は新たな民主主義國家觀に立つたところの權利思想でなければならぬと考えるのであります。従つてこの改正民法草案第一條の第一項を考えてみますと、どうもこれは私權の本質をそういう意味から規定せられるものにまつたく相反して、これは行き過ぎた、國家全體主義的な思想に基いた成文化のように思われるのであります。そこで私は「公共ノ福祉ノ為メニ存ス」といつて、私權の内容、性格を規定するということは行き過ぎではないか。極端な言葉で言うならば、民主主義憲法の精神に反するような結果になるのではないかということを憂うるのであります。第二項の「權利ノ行使及ヒ義務ノ履行ハ信義ニ從ヒ誠實ニ之ヲ為スコトヲ要ス」という程度のことが、實は必要にしてかつ十分である。しかもその内容はここに、今の委員からも指摘されましたように、公共の福祉のためにとか、公序良俗のためにとか、いろいろ他にも具體的な標識として適切な言葉はあるでありましようが、そういう標識のもとにその私權を行使するというふうに規定することによつて、この民主主義民法というものもまた體をなすのではなかろうか、この考えるのであります。第一條の二の「個人ノ尊嚴ト兩性ノ本質的平等トヲ旨トシテ」民法を解釋すべしといつて、一つの法律上の價値判斷の基準をここに出したことは、私はやはりそういう意味において初めてこれがいわゆる立法的解釋、有權的解釋を附與したものとしての意義がある、こう考えるのであります。權利の濫用とか、あるいは權利の相對性とか、權利すなわち義務なりといつたような新しい法理論も、これはひつきよう社會本位的自由主義思想のもとに生れた法律思想でありますが、これを私はここに取り入れようとするならば、やはり根本においては、先ほど申しましたように、國家と個人の關係を嚴格にして、しかして民主々義憲法及びそれを反映する民主主義民法としての性格を把握して、その基盤の上にかような規定を按配するということでなければ、まつたく全體主義思想や公益優先主義のもとに專斷的な公統制をしたような時代と何ら選ぶところのないような結果に陷りはしないかということを懸念するものであります。先の民法改正では、民法なつて忠孝滅ぶといわれた言葉があるようでありますが、かようなことをここに比喩として申し上げるならば、あるいはこの民法改正なつて民主主義滅ぶといつたような、極端な言葉も言い得るのではなかろうかということを懸念するがゆえに、私はこの第一條と第一條の二の改正については、政府の意の存するところは、先ほど來の説明でわかつたのであります。けれども、それをせつかく健全に忠實に表わすためには、せう少し成文化する上において、ねる必要があるのではなかろうかと考えるのであります。しかし私の考え方が間違いであるならば、この際政府の所見をなおお伺いいたしまして、參考といたしたいのであります。
#122
○奧野政府委員 この第一條第一項につきましては、いろいろ内部においても異論があるわけでありますが、二項は權利の行使の關係、一項は權制自體の關係を規定したわけでございまして、言いかえれば、私權というものはやはり公共の福祉に反するような私權を認めない。言いかえれば、私權というものはやはり公共福祉に反するような私權は認めない。言いかえれば私權はすべて公共福祉のために存する。しかしその解釋いかんによつては、全體主義的なにおいがするではないかということも、文字の上からあるいは誤解を招くことも考えられます。殊に私權ということ自體で、それが第一次的に自己の利益のために存しておるのであるということが、おのずから表われておるのではない。從つてそのあとで公共の福祉のために存するということによつてこれは私權だからといつて自己の利益のために存するのじやないかということを表らす。從つてこれをもしかりに、私權が公共の福祉に適合するように、奉仕しなければならないというふうに規定をするということであれば、これはもう憲法に規定があるので、特にこれに書く必要もないというふうな、いろいろな事情がありまして、結局こういう立案になつたわけであります。
#123
○安田委員 ただいまの點について私も牽連質問を申し上げたいと思います。第一條の二の追加につきましては、私の主義思想からはまことに結構だと考えるのであります。しかし憲法の精神から私權の本質はどうかというようなことを純理論的に申しますれば、私は荊木委員、佐瀬委員の意見と同樣に考えざるを得ないのであります。そこで本條はむしろ憲法の規定よりももう少し進んだ規定であるという議論の方が正しいように思うのであります。私はその議論は省略いたしますが民法改正の趣旨は、憲法の改正に伴つて必要やむを得ざる最小限度の改正を行うというのが、今囘の民法の改正の趣旨であると私は考えるのであります。しからば一條の二は、憲法が改正されたがためにぜひ設けなければならぬのであります。かような法理論を民法の規定に掲げることがいけないという議論も出ております。これも私は十分に尊重すべき議論であると思うのであります。從つて司法法制審議會の意見もごもつともでありますが、唯一の立法機關であります國會におきまして、これほど議論が出てくるのでありますから、今囘の改正は憲法の定めるところに從つて、どうしても改正しなければならない最小限度に止めるという趣旨で、この一條の二を削除するということも考えられるのではないかと思うのでありますが、かような點につきましての立案者のお考えを一應承つて置きたいのであります。
#124
○奧野政府委員 御説のように、この民法は憲法の要請に從つて必要缺くべからざるものという觀點から改正を試みたものでありまして、憲法の要請から言いますれば、いきおい財産關係についても、憲法の要請を探求して、それに適應したように改正を行わなければならないのでありますが、最も明白に憲法の要請に現われておるものは、いわゆる親族、相續の關係で、男女の平等、それから個人の平等というふうな、不平等の點を修正するということが、最も明白に現われた憲法の要請でありまして、一般財産法についても、その點について檢討を加えなければならないのでありますが、それは後日の問題として、ただはやり憲法の精神である大原則は、經濟あるいはこの財産法規の上においても適用があるのだという程度のことは、どうしてもやはり憲法の要請として財産法規のどこかに、その原則は表わしておく必要があるのではないかということで、法制審議會におきまして、第四十の決議として、先ほど申しましたように、民事法に關する、憲法に基く改正案の大原則を民法中に明文をもつて掲げることという決議になりまして、それに基いてこう改正をいたしたわけでありまして、この點、もしこの國會においてそういう點を不必要なりと考えられるならば、これまた適當に取捨選擇いたされてしかるべきだと存じます。
#125
○安田委員 憲法の掲げる大原則をそのままにお掲げになつたというお説明でございましたが、これは正直に見まして、憲法は私權の尊重ということをうたつておるので、ただそれが公共の福祉に反してはならないというわくが設けられているという荊木委員の御意見が正しいと思う。それを第一條の二に掲げていることは、私は了解いたしかねるのであります。それ以上は議論になりますから、御説明を求めることになりませんから、私はやめます。
#126
○松永委員長 今度は正式の順序に入れまして、大島多藏君。
#127
○大島(多)委員 私は二、三點につきましてお伺いしたいわけでありますが、まず第一に姻婚の年齡について、七百六十五條と規定をしてございますが、それが改正になりまして、男は滿十八才、女は滿十六才、こういうふうに一年ずつもとよりも上げられたわけであります。これがどういう理由で上げられたか、その理由をお聽き申し上げたいと思います。
#128
○奧野政府委員 これは現在の社會状態におきまして、だんだん晩婚になつておるという事實、竝びに外國の立法例等も參酌いたしまして、一才ずつ引き上げたものでありますが、これと同時に牽連して考えなければならない事柄は、婚姻について、未成年者が婚姻をすれば、これは成年者であるとみなして、完全な法律行為能力を與えることにいたしたのであります。從つてその實力といいますか、知力の發達において、なるべく成年に近いものをもつてきて、その擬制と實力とを一致せしめることが望ましいというふうな考えもありまして、婚姻すれば一人前になつて完全な能力者と取扱うのであるから、それにふさわしいだけの實力を具えていなければならない。それにはやはり、なるべく成年に近い年齡に引き上げた方が妥當であるということ、竝びに實際わが國においては十八才、十六才くらいで押さえるのが、實情に適するのではないか、それから外國の立法例としても、この程度が最も多いように見受けられますので、それらの關係を考慮して、一才ずつ上げたわけであります。
#129
○大島(多)委員 年齡を引上げられるというその理由はわかりましたが、今度の改正の第一條の第二におきましても、兩性の本質的平等というのであつたならば、外國の立法例にもあります通り、イギリスなんかは十六才、それからソヴィエトが十八才と、男女一緒にしてあります。本質的平等にならなくちやならぬのであつたならば、男の方は滿十八才にならなければ一人前に取扱わない、女の方は滿十六才でよろしいというところは、憲法の精神に反する。一種の憲法違反の規定じやないかと私は考えますが、その點はどうでございましようか。
#130
○奧野政府委員 その點もいろいろ考慮したのでありますが、やはりこれは男女の生理的な關係その他において本質的平等には反しない。これはどうしても婚姻というものの性質から考えまして、男と女の間に年齡が同一でなければならないというのではなく、やはり女と男との間に、男が女より年上であるというその關係は、本質的に考えて、これは本質的平等に反しないものである。そういつたような、男女の生理的關係から生ずる區別という點に區別を設けても、これは本質的な意味における平等を害するものではない。本質的平等を害してはいけないが、そういつたような生理的關係から生ずる差異は、これはやむを得ないものであると考えて、憲法違反ではないという結論になつたわけであります。
#131
○大島(多)委員 男女の生理的な發達の違いから、そういう差別を設けることが本質的にかえつて平等だとおつしやいますが、しかしながら、この民法の他の部面におきましては、本質的平等、私たちが憲法の審議を昨年やるときにも、このことはだいぶ問題になりました。ひら平等というもの、いわゆる均一というものが本質的な平等じやない。そこに男は男、女は女として差を設けることこそ、ほんとうの本質的、平等である。しかしながら、民法のほかの部面におけるところの規定は、いわゆるひら平等でありまして、あるいは惡平等であるとさえ思われることがあるのに、ここのところだけするのは、どうも理論上私は一貫しないような感じをもつわけであります。財産を分配するとか、あるいはその他の夫婦關係等の法制上の規定は、まつたく男女のそういう本質的な差異というものを認めないで同じ取扱いをしながら、この結婚の年齡だけ、そういうふうに生理的には男女というものは違いがあるとか、この方が本質的平等であると言われるところのその御主張に、私は一種の矛盾を感ずるわけであります。そしてまた私の意見といたしましては、大體年齡が十八歳にならなければ結婚をさせないとか、法律上それを認めないとか、こういう制限は私は民主的なやり方でなかろうかと思います。十八歳でなくても、十六歳でりつぱな能力をもつたところの男子はたくさんおるわけであります。現にまた外國における立法例におきましては、イギリスなんかも十六歳で男女ともに認めておる。それだから別に民法の規定といたしまして、法律上の結婚は男が十八歳にならなければいけないとか、女が十六歳でなければいけないという規定を設けることに關しまして、私は贊成できかねるところをもつております。しかしながら、それはそれといたしまして、七百九十一條におきまして、これは明らかに規定されましたが、未成年者が婚姻によつて成年に達したいとみなすことは、これはどういう必要から、そういう規定をなさつたわけでございますか。
#132
○奧野政府委員 大體におきまして婚姻すれば、これは一人前の完全な市民として取扱つていくべきであつて、婚姻しておるにもかかわらず、まだ未成年であるという理由によつて、あるいは法定代理人の同意が必要であつたり、あるいは後見の關係がそこにあるということでは、夫婦一體となつての生活運營は、法定代理人あるいは後見あるいは親權に服するということがあつては、その間圓滿なる夫婦生活の一體としての活動ができない。それでむしろ夫婦が相寄つて婚姻するならば、その婚姻によつて、社會に一人前として完全なる能力のあるものとして取扱うことが、婚姻生活というところから考えてみて適當なのではなかろうか、こういう立法例は外國にもあります。もし未成年者が婚姻しても、依然として親權なり後見なり、その他いろいろ制約を受けるということであつては、かえつて法的關係の混亂を生ずるし、夫婦關係の完全なる營みということにも、いろいろ差支えができるということと、外國の例等にならつて、婚姻すればもう一人前の獨立完全なる能力者として取扱うということにいたしたわけであります。
#133
○大島(多)委員 私も大體そういう理由からとは考えておりましたが、しかしながら、男ならば片方の方は十八歳になつても、まだ成年扱いをされない。結婚しておるために成年扱いをされるというところに、私はここのところにもやはり平等という憲法のひとつの原則、法のもとに平等の取扱いを受けるというその精神に反する。これは微細であるかはしらぬけれども、やはりあまり便宜にはしつて、その結果憲法の精神に反しておる。そういう感じをもつわけであります。そうしたら、これは民法上だけでなくして、たとえば未成年者は煙草を吸つてはならない、そういう規定にもこれは適用されるわけでありますか。
#134
○奧野政府委員 これは民法その他の法律行為の關係においてのみそう取扱うのであつて、その他の點においては、關係のないことであります。
#135
○大島(多)委員 次に裁判上の離婚の原因といたしまして、八百十三條でございますが、そこのところにずつと條件が列記されております。一番最後に「その他婚姻を繼續し難い重大な事由があるとき。」ということが規定されてありますが、この規定の中には、どういうことをお考えになつてこういう御規定をなさつたのであるか、その點をお伺いします。
#136
○奧野政府委員 從來の八百十三條に代つて、今度七百七十條の規定をおいたのでありますが、從來はむしろ列擧主義でこの各號に該當した場合に限つて離婚の原因といたしたのでありますが、今度は列擧主義をやめまして、例示的に一號から四號まで掲げておりますが、それは結婚を繼續しがたい重大な原因の場合である一つの例であるということで掲げておるのであります。從いまして、從來の八百十三條の各號に掲げてあつて、しかも今度の七百七十條の各號に規定されてないような場合は、おそらく「その他婚姻を繼續し難い重大な事由があるとき。」ということに該當しようかと考えます。その他にも列擧主義にいたしますと、それ以外の場合は、たとえだれが考えても婚姻を繼續しがたき重大な原因だと思われるにもかかわらず、たまたまこれに規定がないために離婚の原因にならない不都合があつてはというふうに考えまして、包括的な規定を五號に掲げたわけでありまして、從來八百十三號に列擧して、しかも今度の七百七十條に列擧してないような場合がおそらくこの第五號に該當するという考えでおるわけであります。
#137
○大島(多)委員 午前中にも同樣な御質問がありましたけれども、離婚の訴を提起することを得という一つの條件に、不貞行為がありたるときというのがあつて、これは午前中の御説明のときには男子の方が妻以外の女と關係をしたときは、不貞と認めるというお話でありましたが、こういうことになると、實際問題のときに非常に私は困るだろうと思うわけであります。男の場合は妻以外に女をもつということが、これは皆様御承知の通り非常にたくさんあるだろうと思う。そういう場合に、計畫的に離婚の訴を提起する原因になりはしないか。つまり從來のように、離婚しても必ずしも財産をわけてやらなければならないことになつていないときはよかつたのでありますが、今度のように女の方から訴えられて離婚ということになつた場合には、必ずその男の方の財産をわけてやらなければならぬ。そういうふうになつてきますと、ある程度私は計畫的な不心得な女の人が何遍でもそういうことをやり得る可能性があるように思いますが、その點は御考慮になつたわけでございますか。
#138
○奧野政府委員 この點が例示として不貞な行為があつたということにはなつておりますが、もちろん第二項等も働き得る餘地があつて、それでも、そういう事由があつても實際の例を考慮して婚姻の繼續を相當と認められる場合には、そういう離婚の請求は棄却されることも豫想されますので、それぞれの事情を考慮して、もし訴訟が起きた場合においては、裁判所は一切の事情を考慮して、適當なる裁判が下るものというように考えます。
#139
○大島(多)委員 大體わかりましたが、舊刑法においてもそうでありますが、今度も改正になつておりませんけれども、七百六十九條において三親等以内の血族結婚を禁止をする條項がやはりあるわけであります。その他の禁止條項もありますけれども、三親等以内の血族結婚ということは、これは別にだれも希望して特にやるわけではありませんけれども、しかしながら、時と場合によりましては、やはりこういうことがあるわけであります。そうして結婚というものが、大體今度は特に本人たちの意思によつて、その合意によつてのみ行わなければならぬということになりましたが、三親等以内の血族結婚を禁止をするという理由は、もちろんわかりますけれども、そういうものが結婚をしなければならぬような状態に至るというのは、これはよくよくの事情があるからであります。私はこういう規定を民法に殘しておくというのは、やはり新憲法の精神に反するだろうと思うわけであります。お互いに好きになつておるならば三親等であろうがどうであろうがどうであろうが、そんなことはどうでもよい。私はそういう主張をするわけであります。またこれをとつてしまうからといつて、弊害がそう起るはずはない。ただそういう特別な事情の人を困らせるための規定としか考えられない。その點について御意見を伺いたい。
#140
○奧野政府委員 これはやはり舊來近親の血族の間の婚姻は、優生學上禁止されていおるのでありまして、こういうふうな禁止をおくことは、結局公共社會、あるいは國家全體の建前から見て、民族的な發展ということを考えて、廣く公共の福祉のためには、そういつたある制限をおくこと、これはやはり憲法の趣旨に反しないものと認めまして、從來あるこういう規定をそのまま殘すことにいたしたわけであります。
#141
○大島(多)委員 優生學上の理由からそういうことになつておるとおつしやいますけれども、近親の場合には、優生學上でも非常にいい場合は非常にいい結果を來す。惡い場合にはまた惡いことにもなるというようなところで、私としては、近親の者が結婚したならば、必ず不具とかその他の非常に惡い結果を來すとは考えないわけであります。そうしてこういうことは、この規定をとつてしまつたところで、それがために起る弊害は、私は實際上ほとんど考えられぬ。千人のうち一人もこういうことはめつたにない。ところが、たまたま千人のうち一人くらいこういう特殊な關係の者が、一緒のなれなかつたならば自殺をするとかいうような悲惨な例があるわけです。そこで特にこういう規定を、今度の改正民法に殘しておくということは不必要であると私は考えます。
#142
○松永委員長 明禮輝三郎君。
#143
○明禮委員 民法の第二章以下の家族制度の規定でありますが、私どもは舊思想だと言われるかもしれませんけれども、家族制度は日本古來の淳風美俗の賜であつて、家族制度のために日本は非常なる發展をし、また家族相助け合いまして家をなし、家が隣組、村というようなものに發展して強固なものになつておる。こういう制度を廢止されることになると私は思うのでありますが、この點については、別に憲法も何ら直接に制限していないように思つておりますが、いかがなものでありましようか。これは家族制度を破懷しないようにというか、家族制度という言葉が惡いといたしますれば、今までのような家族的な生活状態を維持しつつやつていくような法制が望ましいと思うのでありますが、御所見を伺います。
#144
○奧野政府委員 その點は立法の際、いろいろ議論がありましてこういうことになつたのでありますが、實際のわが國の家族共同生活それ自體を否定するものではもちろんないのであります。ただ從來御承知のように、戸主と家族というものにわけて、家というものがそれらによつて構成されることにいたしまして、その戸主を中心にして戸籍編成等を行う。それからまた戸主が家族に對していろいろな權力をもつており、家族の婚姻、養子縁組等についてすべて戸主の同意を必要とされ、家族の居所の指定まで戸主が行うということになつておる。それからまた家督相續ということがあつて、戸主權を相續と同時にその相續人たる長男に全財産を相續せしめる。そういつたような一連の法律上の戸主家族、すなわち家の制度がどうしても憲法の精神に反するのではないか。すなわち同じ親類の間において、一方のものが戸主となつて各種の權限を家族といわれるものの上に揮つていくということは、やはり個人の平等、個人の尊嚴ということから言つて相容れない。それは從來家というものは必ずしも實際生活上親族の共同生活を維持しておるものではないので、同じ戸籍の中におるものも、實際はいろいろのところにばらばらに住んでおるものとして戸主に統率されるところとなり、あるいはすべていろいろな身分上の行為について、一々戸主の同意がなければ身分上の行為をすることはできないということであつては、それがあるいは封建的といわれますか、少くとも憲法の個人の尊嚴というものに衝突するのでないか。これは新憲法のもとでは、どうしても相容れない制度であるということで、結局戸主家族の別、すなわち家というわく内において戸主と家族とがあつて、戸主の統率を受けるというような制度をやめたらどうかという結論になつたわけでありまして、その際もあるいはそういう權限を戸主にもたすということが封建的であるならば、戸主は家の中心として、ただ家の代表あるいは家の象徴として何ら權限をもたないものにしておいてはどうか。そうして家という制度を殘していくのも一案ではないかという議論もあつたのでありますが、しかし全然戸主の權限のない戸主を認めることは無意味なものではなかろうかということ、及びかりに全然戸主に戸主權がないとしても、戸主というものがあつて、他のものがそのわく内にはまつた家族として戸主の統率を受ける。そういう親族間の身分關係を認めること自體が、やはり個人の尊厳の憲法において保障した精神に反するのではなかろうかということで、結局すべて民法上の家あるいは民法上の戸主と家族という關係をやめてというので、これはすでに御承知のように、前議會において應急措置に關する法律によつて家の制度、戸主家族に關する規定は全部廢止されておりますので、この法案はそれに基いて、それを整備して規定の中に表わしたので、すでに現在でも法律上そういう家の制度はなくなつておるわけであります。しかしながら、これはわが國古來からの親族共同生活をなしておる實際上の家というもの、家庭生活というものを破壞するものではないのでありまして、この點について特にこの法案では七百三十條等において、同居の親族は互いに助け合わなければならないというふうな道徳的規定も設けておるわけであります。なお今後、すでに提案になつております家事審判法によりましては、家庭生活の圓滿なる維持のために、いろいろな家庭上の紛爭を解決していくという趣旨のもとに、家事審判所法をつくられておるのでありまして、これらもやはり實際上の家庭生活を今後も否定するのではなくて、ますます圓滿に發達をることを願つておるという趣旨の制度でありまして、これは實際上の家庭生活の否定とか、破壞とかいうものではない。ただ法律上のそういつたようなわく、あるいはそういつたような權限、權力に從う、そういう關係をなくしたというにすぎないのであります。
#145
○明禮委員 元來家を廢する措置法ができたということが、私どもおかしなように思つたのでありますが、なるほど今お話の通り、戸主權というものを振りまわして、居所指定權、それに從わなかつたら籍をはずすとかいうようなことをやる惡い一點だけを見てあると思うのであります。私どもはこれによつてどういう效果が生じるかを憂えるものでありますが、第一今われわれが現にここで見ておつてまことに困ることは、あの隣組の廢止であります。配給をやつておりながら、隣組を廢止しために、すべての交渉あるいは判をとりにくいのに、今までは一町か二町で濟んだところが、今は十町も歩かなければならぬという状態におかれておる。すべてが非常にああいう結果を見ておるのであります。何も家を置いておいたからといつて弊害というものはない。あるいはそれによつて帝國主義者ができるわけでもなければ、戰爭奬勵者でもない。むしろこういうようなことがばらばらにして、砂という言葉は變でありましようが、一握りの砂ということはこの邊から來るのであります。團體性をとつてしまうということは、帝國主義とか、あるいは戰爭主義ということによる全體主義的な氣持を清算するという意味においては私どもは贊成するのでありますけれども、そうでなくて、家の中心というものがおのずからあつて家が治まつておるのでありまして、親子は互いに助け合わなければならないというこの七百三十條の規定は、あつてもなくても、實際はやつておるのであります。でありますけれども、實は相續の問題になつてくるのでありますが、家というものの内はなかなかそう簡單にはいかぬものであつて、小さいときは子供も言うことを聽きますけれども、大きくなつたら言うことを聽かない。この結果は戸籍なんかどういうことになるのでありましようか。ひとつそれを聽かしていただきたい。
#146
○奧野政府委員 經過的には、大體今できておる戸籍をそのままにして今後發展することになりますが、戸籍の新しい建前としては、夫婦婚姻すれば新しい戸籍をつくつて、その間に子供ができればその戸籍の中に記入していく、そうして子供が結婚すればそこで新しい戸籍をつくつて、その子供をまたその戸籍の中に入れていくというふうに、婚姻すれば新しい戸籍をつくつていくというふうな建前で、戸籍法を今立案中であります。
#147
○明禮委員 日本人は眞似をするのが上手であつて、何でも外國流に真似をやり始める。なるほどそういうふうに個別になつていくということは、結局私は親子、兄弟姉妹の愛情というものをなくして、いわゆる上から忠から下は孝という忠孝の道を斷つものである、大きな禍いを殘すものであると思います。私は今までのような、戸主に強權をもたせるというか、強權でもないでしようが、戸主權というものをもたせるというようなやり方はよくないと思いますけれども、實際において、嫁をもらつてそうしてかりに今別家したといたしましても、若い人は今の生活ではとうてい食つていけないのが實情であります。親の脛をかじらなければ、嫁をもらつたつてとうてい食つていけないのが實情であります。從つてその家に屬するというか、父母に屬するという建前から、家族中心主義の何らかの方法で、今までの家族制度という言葉はいずれにいたしましても、そういつたような意味のものをこしらえることが、私は日本將來のためのみならず、將來國家がいろいろな建設をいたしますのにも、これが基礎となつていくのではないかと考えます。從つて生産増強についても、ほんとうに團結力というものができてまいりますから、食糧についても、機械についても、すべてのものが外國の御支援を得ないで濟むように、できるだけ一人立ちになつていくということは、かような點から私どもは考え直さなければならぬ。ただ破壞することがよいのではないと私は考えます。いかがでありまようか。これはこういうふうになつておりますけれども、日本の將來のために、この日本古來の淳風美俗というものを維持するようなことについて、當局においては何らかの考えがありますか。またかようなことをある人のお指圖よつて、憲法の平等の原則からのみこれを下し得るものではない。先ほども第一條の問題がありました。あれも憲法にああいつたような文句があるのが禍いした。公共の福祉という言葉が書いてあるので、公共の福祉に反しない限りこの民法を活かしていくという意味のものであろうと思うのに、それを進んで「為メニ存ス」とまで書いてしまうようになつた。これも一つの憲法の言葉をあまり深く解釋し過ぎたのではないか。憲法の精神がどこにあるかということを私は考えてみる必要があると思う。私は家族制度そのものを活かしてくださいとは申しませんが、この制度というものがあつて、初めて忠孝の道が立ち、忠孝という言葉がいいか惡いかしりませんが、とにかく家庭秩序を保つことができるのであります。これをとることが、御都合がよかりそうだというような意味において、これを削除するというようにてらうことは、どうかよしたいものだと思います。御所見を伺います。
#148
○奧野政府委員 もちろんわが國古來の親族共同生活を營むという事實は、これは結構なことであり、そういう親族が協力してやることによつて増産等の能率を上げることも事實であろうと思います。ただこれは實際上の問題、實生活の問題、あるいは道徳の問題として遺せばよろしいので、法制の問題としてよくいうわくを設けて、戸主、家族という關係を法制の上において認めなくても、これは實際生活、家庭生活において、從來通り、相互いに助け合つて共同生活を營むということは、わが國の美風であり、生産増強等のためにも役立つ制度であろうと思います。そういう慣習、あるいはそういう風習を否定するものではないことは、この前いつか申し上げた通りであります。殊にまた實際の家庭生活の間に不和あるいは紛爭等が起きた場合に、むしろ有效適切にその間の處理をするために新しく家事審判所を設けて、そういう面から實際の共同生活、家庭生活の圓滿なる維持ということに努めていきたいと考えているのであります。
#149
○明禮委員 この點まだ申し上げたいのでありますが、相續のところで後でまた申し上げてみたいと思います。
 次に婚姻でありますが、婚姻が成立いたしましても、この規定からいきますと、兩性の合意によつてできるが、しかし七百三十九條によりますと、「屆け出ることによつて、その效力を生ずる。」となつている。そこで屆出をしなければならないわけであります。ところが今まで私ども在野法曹として取扱つておりましてよく知つているのは、婚姻の豫約、不履行であります。どういうのを申しますかというと、大體において見合も濟み、あるいは式も濟んで、そうして夫の家に引取られる。家と申しましても家屋のことですが、家屋に引取られて、半年しても一年しても一向籍を入れてくれないというようなことから問題が起ります。そのうちに變心したとかどうとかいうことで、損害賠償というような問題が起つてくるのは、ここから起つてくるのでありますが、この場合に、いかがでありましようか。たとえば式が濟んで、一箇月なり二個月なり、一定の期間が濟んだにかかわらず籍を入れなかつた場合には、家事審判所に申し出るとか、あるいは一方的行為によつて屆出ができるという方法は講じてないのかと思いますが、この點について御説明願います。
#150
○奧野政府委員 そういう點は今度の改正案においては講じてないわけもありまして、今度の改正案は、從來通りやはり屆出主義をとつておりまして、その屆出は、當事者双方の屆出である。この點は憲法の兩性の合意によつて成立するということと矛盾しないというふに考えられます。すなわち外國の立法例におきましても、夫婦が兩方牧師とかあるいは戸籍機關の前において相互に婚姻の意思あることを表明して、そこで登録を受けるというのと同じ趣旨におきまして、自由なる合意の表明の形式を屆出という形式によらしめたわけであつて、それはやはり兩性の合意によつて成立するもので、他の父母とかあるいは戸主の同意というようなものを必要としないということによつて、憲法の要請に充足するものであると考えたわけであります。そこで先刻問題になりましたが、事實婚を認めるかどうかという問題も、非常に重大な問題でありますが、とにかく事實婚を認めるということになりますと、法制上いろいろ困難な問題もあるのでありまして、元來法律思想がだんだん發達してまいりますと、皆婚姻をする時に屆出をするという風習、竝びに法律思想の發達ということになつてまいりますと、事實婚がだんだん少くなつて法律婚に變つて向上していくということを期待いたしましてこういう案をとつたわけで、事實婚を認めますと、その事實婚がだんだん多くなりまして、ほんとうに婚姻があつたかどうかということのつかまえどころが非常になくなつてまいつて、法律上の混亂が豫想されるのであります。その他にも、戸籍法の取扱いというような點において、いろいろ問題がありまして、今囘事實婚はやめて、やはり從來の形式婚にいたしたわけであります。それならば先ほどお話のありましたように、ある一定の期間を過ぎれば、一方的に婚姻の屆出ができるとか、あるいは家事審判所の許可を得て婚姻屆出ができるということにしてはどうかという議論も、傾聽に値するものと思いますが、要するに婚姻の意思を兩性の合意によつて求めるという建前をとりまして、屆出という形式によつてその合意を表明するという建前をとりますと、どうもそういう表明を一方だけでやれるということにすることは、やはり憲法上兩性の合意ということが屆出という形式による合意だということになると、そこが憲法上いろいろ問題になろうかと思うのあります。なおできれば事實婚等を救濟する何ららかの方法も講じていきたいと思いますが、とりあえず現在の改正におきましては、從來の主義を大體踏襲したして、ただ父母とか戸主という第三者の同意という介入物をとり除きまして當事者だけの兩性の合意で成立するんだという趣旨をとつてまいつたのでありまして、事實婚については、いずれ全般的な根本的改正の時にさらに十分檢討いたしたいと考えております。
#151
○明禮委員 今申し上げたのは成立だけでなく、私は事実婚と申しますか、あるいは法律婚と申しますか、日本における習慣として、要するに式をいたしまして嫁に行つたにかかわらず、籍を入れないで問題が起る場合が多いのでありまするから、さような場合には男の方はよいわけでありまするけれども、女の方は非常な精神的の苦痛を受けるわけであります。そういう場合を救うためには、どうしても――たとえばどこそこの神宮で結婚式をした。仲人にだれそれを頼んだというようなことに一つの形がなければならぬかどうかということは、問題になりましようけれども、少くともある一定の方式といいましようか。あるいは雙方が合意したものだということがわかり得る證人二人なり三人なりをつけて家事審判所へ申し出て、家事審判所は調査して結果これを至當と認めるときには、一方的の行為によつて屆出を受理させるという手續が必要じやございませんかというのであります。どうしても、それがなければ、相當に世の中において嫁入りとしても籍を入れてくれないというがために、大きな問題が始終起つておることは政府當局も御承知の通りであると思います。でありまするから、私はこの際この七百三十九條の第一項、第二項、第三項に今のようなものを加えるか、あるいは條文を移して別に拵えるかして、どうしてもある一定の形式を履んだにかかわらず籍を入れないという場合には、これを入れる方法、そういつたような屆出を受理させる手續をする必要が絶對あると思います。從つてそれについての御所感を伺つたわけであります、もう一度その點を。
#152
○奧野政府委員 それらの點についてはなお研究を重ねてまいりたいと考えますが、従来事實婚姻ができておるのに屆出ができなかつたというのは、たとえば女が法定推定家督相續人であるがために、相續人廢除の判決を得なければ屆出ができない。戸主あるいは父母の同意がどうしても取れないというようなことで屆出ができないために、己むを得す屬出をしないで、事實上婚姻のみを營むというようなことが多かつたのではなかろうか。今度はそういつたような制約はすべてなくなつたわけでありますから、當事者が同意で屆出をしようと思えばいつでもできる状態になつているのでありますかる、できるだけ法律と事實と合致せしめた婚姻制度を立ててまいりたいというふうに考えまして、特に事實婚を認めず、やはり形式婚でまいつたというくらいでありまして、お説の點はさらに研究をいたしてみたいと思います。
#153
○明禮委員 まことに結構な御意見ですが、さらにお考え願いたいと思う。ただ政府委員はこの點はどうもお間違いになつていると思うのであります。相續人をもらつたために籍の關係上入らぬとおつしやるのですが、これはもうたいへんな間違いで、私どもが取扱つて見ているところは、嫁にもらつたが、その嫁がほんとうに自分の家に合うかどうか、氣に入るかどうか、あるいは親やなにかも見てくれるかどうかというようなことを考えまして、一年も、はなはだしいのになると子供が生まれるが、籍をいれなければ子供の名前のつけようもないというようなときになつて初めて籍を入れるのが事實上相當多い。それでも入れるのはまだいいが、入れないでとやかく言うて、遂にはお歸りなさいで歸してしまつていろいろな訴訟を起さなければならぬということになつているのは、私ども始終見たり取扱つたりしたことであつて、これが多いのでありますから、そういうことは私どもの考えから言いますと、日本の家庭というか日本の結婚についての認識が十分そこまで行つてないところが多いのであると考えます。そういうようなわからない人はえてして嫁をもらいながら嫁を歸すということが往々にしてある。それがために非常な苦痛を受けるのであつて、これはどうかぜひとも御研究の上一部御修正御加筆を願いたいと思います。
 もう一つ先ほど大島委員が尋ねておつたのでありますが、七百七十條の離婚の問題であります。この離婚の問題の第一の條件は「配偶者に不貞な行為があつたとき」と直してありますが、これがもとの民法八百十三條から見るとたいへん違うわけであります。要するに前の條文からいきますれば、男の場合には重婚をしたとか、姦通をしたとか、姦通罪によつて刑を處せられなければ離婚原因がないということになつておつたのでありますけれども、男女平等であるという民主的な憲法の立場から見て、男も要するに姦通行為があつた場合にはやはり離婚原因はやはり離婚原因になる、離婚をされてもしかたがないということが私はよいと思うのでありますが、しかしその第二項は、その終りに書いてある「裁判所は、前項第一號乃至第四號の事由があるときでも、一切の事情を考慮して婚姻の繼續を相當と認めるときは、離婚の請求を棄却することができる。」というのとは、どういうふうにこれを考えるのでありましようか。ちようど今の配偶者に不貞な行為があつたというのと裏表がある。先ほどの政府委員のお答えによると、男の方が不貞は行為があつた場合にも離婚の原因にはなるのであるが、しかしながら、この第二項の規定によつて繼續させて、離婚の原因はあつても夫婦生活をさせるがいいと思う場合には、繼續させる、離婚の請求を棄却することができると言われたと思いますが、私はこの點は少し嚴格に解釋してみまするならば、お互い同志に原因があつて、お互い同志がわかれるということになつておる場合には、これをむりに繼續させるということはかえつて逆効果であります。もう一遍この點第一號と末項、第二號と繼續させる離婚の請求を棄却するという點についての御説明を伺いたいと思います。
#154
○奧野政府委員 お互いにわかれたいというような場合には、離婚してまいるわけでありますから問題はないのでありますが、一方の方からどうしてもわかれたいが、他方はわかれたくないというところで訴訟になつてまいるわけであります。そこでかりにその例は適當であるかどうかわかりませんが、形式的に不貞な行為ということならば、かりに旅先等で何か間違いがあつたというような形式的なことでも、やはりこれにはいるというようなことになるのでありますから、そういう場合にいろいろの事情を斟酌して、そこはやはりか婚姻を續けていつた方が適當ではないかというように裁判所が認める場合、形式的には一號がこれにはいつても實際上の實情を汲んで婚姻を繼續せしめる方がよろしいと思う場合には、その請求を排斥することができるというゆとりをとつたわけでありまして、これは一方現行法の八百十四條ないし八百十八條等でたとえば相手方が同意をしておつたとか、そういうようなときには離婚の訴訟が起し得ないというようないろいろな、訴えを起すことを許さない場合を規定しておりますが、それらの規定は全部削除いたしまして、それにかえてこの彈力性のある第二項を設けまして、この法律上の第二項で、そういつたような事情がある場合においては、むしろ第二項の規定の活用によつて請求を棄却して、言いかえれば出訴が許されないというような、現行法において出訴を許さないというような規定をしておる事情等があれば、そういう請求を排斥することができるという、そういう關係もあつて、第二項というものを設けたわけであります。
#155
○明禮委員 どうも少し變でありますが、今のこの改正民法の第一條の二には「本法ハ個人ノ尊嚴ト兩性ノ本質的平等トヲ旨トシテ之ヲ解釋スヘシ」と書いて、男女平等で、兩性ともに本質的平等を旨とするということであります。ここにおきますと、不貞があつたというので離婚の請求をやる場合は、今の場合といたしますれば女の方でやつたとします。そこで今のあなたの言われる形式的不貞というのはとくわかりませんが、私は實質的不貞ということがあつたとして、離婚の請求をしておる場合に離婚の請求を棄却するということは、私はその女性の尊嚴を平等にするものじやないかと思うのであります。何もほんとうに子供があつて家庭的に見て一遍はそういうことがあつても、ともかく反省させて、どうかもとの妻におさまつた方がいいのじやないかというような場合には納得するわけでありますから、この納得もしない、どうしても見込みがないからそういう人間とは一緒にいないというものを、ここで法律上くくりつけて縛つておくということは、むしろ私どもは民法の解釋、憲法の解釋から見ても、まるで逆ではないかと思うのであります。こういう意味において、私どもはこの點は削除されるべきものであると考えます。今言われるように、審判所あたりでやるとすれば、十分にそれは納得して取下げられる。また法廷において訴訟手續においても取下げられておるのでありますから、それをむりにどうしてもつつぱるものを、法律上ここに規定があるからといつて棄却するということは、女が訴えた場合のごときは、特にそういう問題は十分理解しておるのでありまして、私どもは今までの經驗上からいきまして、第一號に不貞ということを入れる以上は、このうしろのこれはとつてのけなければならぬと私は思うのであります。まあそういうふうに政府の方においても、一遍御研究を願いたいと思います。
 それから八百十八條の親權に對する規定でありますが、「親權は、父母の婚姻中は、父母が共同してこれを行う。」となつておるようでありますが、父母の一方が親權を行うことができないときは、他の一方が、これを行うとありますが、これはいかがでありましようか。私どもの一般の常識からいたしまして、親權を行うものは、今までの規定は父となつております。父がないときは母、今の平等からいつて、この點は共同して行う。これはよろしいと思うのでありますが、但し外部的に見て、女が親權者ということよりも、男が親權者ということがいいのじやないかと言う考えをもちますが、この點のお考えを承ります。
#156
○奧野政府委員 外部に向かつて子供にかわつて法律行為をするというような場合においては、やはりその行為はおそらく父母が共同の名義で子にかわつて法律行為をするというふうな形式に外部的になろうかと思うのであります。そういう場合に、共同の名義ではやつておるが、實は他の親權者の意思を聞かないで、意思に反して、獨斷で共同の名義を使つてやつたというふうなことになりますと、もしあとで他の一方は承諾をしていないというようなことになると、その一人で共同の名義をもつてやつた法律行為が無效であるというふうな議論も起るということになると、取引のその相手方であつたものが非常に迷惑をこうむるというような趣旨で、そういう場合に、その相手方を保護しようというので、新しく八百二十五條という規定をおいたわけでありますけれども、この規定の精神からいたしまして、やはり外部に對する親權の行使の場合は共同名義でというふうなことで現われてまいるという建前であります。
#157
○明禮委員 次は相續であります。この相續の八百九十七條には、先ほども質問があつたようでありますが、「系譜、祭具及び墳墓の所有權は、前條の規定にかかわらず、慣習に從つて祖先の祭祀を主宰すべき者がこれを承繼する。」とありますが、この「慣習に從つて」というのはどういうことでありますか、その點を伺います。
#158
○奧野政府委員 まず主宰する者が、被相續人が指定してあればその指定された者が承繼するのでありますが、何ら指定がない場合においては慣習による、その慣習というのはおそらく、たとえば大體長男がそういう先祖の祭祀をやるというふうな慣習の場合にはそういうことになり、あるいは末子がやるというような慣習があるかどうかは存じませんが、そういう慣習があればそういう慣習による。要するにそれは慣習によつて主宰すべき者がきまる。それが系譜、祭具及び墳墓の所有權を繼承するということを規定したのであります。
#159
○明禮委員 私どもが實際において知つていることは、こういうことであります。今までの家督相續人はこういう系譜、祭具及び墳墓その他の祭祀を主宰すべきものとなつておりますが、それと同時に最も意味の深いものは父母を見るということであります。あるいは父母以外に病氣になつている兄弟があればその兄弟を見るということであります。また嫁にやつても不幸にして歸つてきた場合には、その家督相續人がその歸つてきた妹を見るということであります。これが今まで淳風美俗、最も私ども日本の家庭としてうるわしいところであつたと考えるのであります。從つて今日のような世相になりますと、たとえ金を幾萬積んでおきましようとも、その金によつて被相續人である父母は満足ができないのであります。どうしても、自分のめんどうを死ぬまでみる――死水をとると私どもの田舎では申しますが、死水をとる者を定めておいて、死水をとる者の世話になりたいという、それが非常に家督相續の美點であつたと考える。ところが今度の改正によつて實際においてその死水をとつてくれる者がなくなるような状態になるのでありまして、あるいは遺言あるいは贈與その他で財産を移して、おけばいいじやないかと言つておりますけれども、人間でありますからいつ即死をするかわからないし、そう毎日毎日遺言書ばかり書いてもおれない、それはとうてい間に合わないから、お互いにおれは親を見るのだ。それがおれの使命だと思わせて家を守り、その家庭を守り抜いていくという人が欲しいものであると私は思う。そういう意味において、私どもは今の家督相續というやり方がいいと思うのでありますが、あながち家督相續でなければならぬとも申しませんが、今のような意味において、贈與によればいいじやないか、あるいは遺贈その他の遺言によつてやればいいじやないかというようなことでは、間にも合わないし、また大體そういうような頭をもつて子供たちが生活してきてくれないと、そういうことにいかない。ここで一つの例を申してみますならばこういうことがある。もとの相續人でありながら意見が合わないから親はもう見ないとこう言うのであります。ところが、お前が親を見るように家督相續人に生れてきてそうなつているのだから、見なければならぬじやないかというのですが、ついに家庭爭議を起してごてごてしている家があるのでありますが、これはおそらくたくさんあると思います。もとの家督相續人でそういう制度でありながらもそうであります。しかるに、もしこういうことになつてまいるならば、財産もみなわけてとつてしまうのだ、親だけおれが見るのだということになると、なかなかそこに困難さを私は感ずるのであります。この點はどなたか仰しやつていたとも思いますが、これについて政府はどういうお考えをもつておるか承つておきたいのであります。
#160
○奧野政府委員 これはもつぱら扶養の關係の問題であろうかと思いますが、この點につきましては八百二十七條以下、扶養の關係については、家事審判所が懇切にそういう親族の關係に深くタッチして、從來よりもその扶養の程度、方法、順序、扶養をなすべき者、扶養を受くべき者の順序であるとか、扶養をどの程度にすべきであるとか、あるいは方法はどうするかというようなことについて、家事審判所が從來より深く家庭生活にはいつてこれに関係をもつことによりまして、いわゆる親族共同生活の實情に即した解決をはかつていきたいというふうに考えておるわけてありまして、その意味でこれと相關連して家事審判法を設けまして、その點について遺漏のないようにしてまいりたいと考えております。
#161
○明禮委員 私はそういたつような意味で伺つていない。家事審判法なんかによりますと、そういうところへ必ず行つてきめてもらわなければならぬわけでありまして、そういうことでなく、慣習と申しましても、必ずしも兄が見るということにならぬと思います。こういうような相續制になつてくると、今までは日本の淳風美俗としては總領が親父おふくろを見るのだという頭になつておりましたが、こうなると兄は必ずそれを見なければならぬという考えはありません。従つてその都度扶養の規定があるからといつて家事審判所へみなもつていつたのでは、とにもかくにもそれはいけないのであります。何とかして私どもはそういうやつかいなことをしないでも、親というものはだれそれが見るのだ、たとえば相續人のうちの長男がみるのだとか、あるいは次男が見るのだとか、みんながこれを平等に見るということではいかぬのです。なぜいかぬかというと、とにかく子供が五人おつたら、その五人の子供がそれぞれ東京、京都、大阪、四國等におるというと、その家をぐるぐるまわつているわけにはいかない。どうやつたところで、そんなわけのものでない。どうしても何人かおやじやおふくろを見るという責任者を私は法律上こしらえてもらいたい。そうしてその者には、少くともこの祭祀、系圖、あるいはすべて墳墓というようなもののせわをし、傍それに對して相續分というものを殖やしてやるというような制度がなければ、私はうまくいかない。それは審判所へ行きますから、審判所が繁榮していいかもしれませんが、それでは實に私どもは今までの制度というものが破壞されて、惡い結果ばかり起つてくると思う。改正してよくしようというならよい。改正したためにいろいろ紛爭が起るということは、私は非常に遺憾だと思う。その點の御見解を一つ伺いたい。
#162
○奧野政府委員 その點に關連いたしまして、先ほどもお話があつて、この祭具、墳墓、系譜の承繼を受ける者は他の相續人よりも餘分に多く相續分を與えてしかるべきではないかという御議論もあつたのでありますが、まあいろいろの關係で祭祀の主宰者に特に相續分を増加するということは適當ではないと認めまして、特にその承繼者に相續分を多くするという建前をとらなかつたのであります。從いまして、その祖先の祭祀を主宰する者が必ず親を扶養するとかいうふうなことには、當然には關係をもたない建前でありまして、扶養の關係におきましては、すべてこれはまず第一に關係者が協議してそういう關係をきめるということになつて、もし協議が整わなかつた場合に限つて、家事審判所がそれにタッチするという建前でありまして、親族共同生活の美點は、やはりお互いの協議によつて圓滿にその關係を話合いで解決していくことが最も望ましいのでありまして、親のめんどうをみる者はどういうふうにするかということは、まず子供相互の圓滿なる協議によつて解決していきたいというふうに考えて、法律の上ではその點は何ら明定をいたさなかつたわけであります。
#163
○明禮委員 どうも私は少し御説明がわからないのでありますが、今の私の申し上げるのは、協議しろというてもなかなか子供同士で、平たく言いますと、ほんとうを言うと親のめんどうを見ることを引受けよう、おれがやろうと言わないのであります。おれが親を見るから君らは活動してくれと言わないのであります。早くいえばお互いひつかけつこであります。これはいい家庭ではそうではありますまいが、一般的に見て私はそう思います。そうするとその紛争ごとに家事審判所を煩わさなければ解決がつかないということになりますと、おそらくこの改正の結果というものは改惡になつたということになる。そうでなく、とにもかくにも八百九十七條の規定に加うるに、親をみるものはこういう者がみるのだということを、一應は私どもは規定を設けるべきものである。そうしてその者には、それに必要なある程度の財産はよけいやるということにすべきものである。こう私は深く考えるのであります。殊にこれは先ほどここで配られましたけれども、相續法のこの缺點によつて、農地を一段歩か二段歩しかもつていないのに、五人の子供にわけたら、みなこの農地法の制度というものは全部壞れてしまうというので、農業資産相續特例法というような草案が來ておりますが、まことにあきれたものでありまして、こんなものをこしらえなければならぬということでは、すでにこの相續法は改惡であります。それをやりましても、うれだけで收まると思うておられるならば、これはよほど間違いで、世の中を知らぬということであります。たとえばここに大きな一軒の店舗があつたとする。その大きな店舗で、ただ一人で今まで商賣をやつておつた。相續するものがそれだけしかないとします。そうして子供が五人あつておやじが死んだ。一體その店舗を相續せんとする場合、どうでありましようか。結局五人がこの權利の争奪をしてわけてしまおうとするならば、おそらくはこの店はばらばらになつてしまう。五人がすみからすみに店をこしらえて、同じ商賣をやつたところで、これはいかないのであります。どうしてもこういう缺陷はこの相續法によるとどんどんと出てくるのであります、この點についてお伺いいたします。
#164
○奧野政府委員 遺産の分割につきましては、九百六條とか、あるいは九百七條に規定を設けておりますが、必ずしも現物の分割のみに限られておりません。そういう場合にこの點もやはり協議が第一になつて、協議が整わない場合に家事審判所が出てまいるのでありますが、家事審判所においては、あるいは遺産の分割をある一定期間禁止することもできますし、また分割をいたしても、その分割の方法は必ずしも現物の分割でなくても、そういう商業、營業、その他の施設のようなものはこれを分割することは事實上不可能でありましようから、相續人の中のある一人のものがそれを承繼して、他の者に對しては價額によつて借金の形にして債務を負擔するとか、あるいは收益の上から相續分に應じて分配をするとか、あるいはまた共有のままにして分割はしないで、ある一人の者がその經營の任にあたるとか、いろいろな方法によつて、いわゆる遺産分割とはいいながら、そういつた分割の方法もあるわけでありまして、將來はそういつたような方法によつて適當に遺産の承繼が行われていくことにならうかと考えるのであります。
#165
○明禮委員 どうも私は何だかこの條文を見ますると、どうしてもいけないときには協議をしろ。協議でもいけないときには家事審判所に逃げこむというようにできておるように思います。家事審判所はまことに繁榮するでありましようが、すべての問題をこういうふうに家事審判所へ家事審判所へともちこんで、それがなかなか審理できるものではないし、利害關係においてたいへんなごてつきだと私は思います。今のような店の問題は、第一親というものが死んだら、すぐ子供というものが、十分にそこを生かしていくだけの力はないものでありまして、まあたまにそういう者もありますけれども、大體子供というものは、親が辨護士をすれば子供ば醫者になり、親が醫者をやれば、子供は會社へ行つたり、官吏になつたりいろいろかわつてまいります。だから自然に相續というものは形がかわつてまいりますから、個々の場合においてうまくいかない。そうするとその間に生活問題が起つてくる。相續税その他そういう問題がごてごてして、結局は兄弟争いが始まる。結局兄弟が訴訟をするといういはゆる濫訴の害を招來するのではないでありましようか。もう少しこの規定というものを日本の社會にぴつしりとはまるように取入れていく方法はないでありましようか。ある所の意向ばかり聽いていないで、日本の實際の實情に合うような方法を講じてもらうことが一番だと考えます。要するに私どもはこの條文では、ただ將來において濫訴の害があるだけだと思う。遺産を十分に分割するという思想はまことによろしいようでありますけれども、實際においては不徹底で、しかも困る場合が多いと考えます。
 もう一つ、これで終りでありますが、九百二十二條「相續人は、相續によつて得た財産の限度においてのみ被相續人の債務及び遺贈を辨濟すべきことを留保して、承認することができる。」これは限定承認でありましようが、どういうやり方なのでありましようか、この留保という點について伺います。
#166
○奧野政府委員 これは現行法の千二十五條そのままでありまして、全然從來と變りはありません。要するに限定承認でありまして、これは限定承認の申述べを家事審判所になすということで、明禮委員はすでに十分御承知のことと思いますが、要するに被相續人の負債、いわゆる相續債権者に對しては、相續財産の限度においてのみ返濟すればいいので、自分の固有財産の限度において、相続債權者に對する負債を拂えばよろしいという現行法の趣旨をそのままここに移したわけであります。
#167
○明禮委員 この場合は遺留分の規定で大勢の相續人ができるのでありまして、この「留保」というのもどうもはつきりしないので、被相續人の義務を承繼した限度において、債務及び遺贈を辨濟するということをはつきりおつしやつた方がよくはないかと思われますが、この點はいかがですか。
#168
○奧野政府委員 今申しましたように、これは現行法の千二十五條の通りで、要するに相續をした財産の限度においてのみ、債務を拂うのだという條件で承認をするというので、この「留保して」という文字の意味がよくわからないとおつしやれば、それは現行法の通りで、大體現行法において限定承認といい觀念が普通に常識になつておりますから、それを踏襲してそのまま口語體に直したにすぎないのであります。
#169
○明禮委員 この點はもう少し調べまして、また時間がありましたらお尋ねすることにしまして、私の質問はこれで終ります。
#170
○松永委員長 本日はこの程度にいたしまして、明後十一日午後一時より開會、彈劾裁判所法の審査を行います。
 本日はこれにて散會いたします。
  午後四時四十七分散會
ソース: 国立国会図書館
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