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1960/03/15 第38回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第038回国会 大蔵委員会税制及び税の執行に関する小委員会 第4号
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1960/03/15 第38回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第038回国会 大蔵委員会税制及び税の執行に関する小委員会 第4号

#1
第038回国会 大蔵委員会税制及び税の執行に関する小委員会 第4号
昭和三十六年三月十五日(水曜日)
    午後二時四十四分開議
 出席小委員
   小委員長 簡牛 凡夫君
      岡田 修一君    金子 一平君
      高田 富與君    細田 義安君
      平岡忠次郎君    広瀬 秀吉君
      堀  昌雄君    横山 利秋君
 出席政府委員
        国税庁長官   原  純夫君
 小委員外の出席者
        大 蔵 委 員 安井 吉典君
        大蔵事務官
        (国税庁長官官
        房総務課長)  広瀬 駿二君
        大蔵事務官
        (国税庁長官官
        房会計課長)  村井 七郎君
        専  門  員 抜井 光三君
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 税の執行に関する件
     ――――◇―――――
#2
○簡牛委員長 これより会議を開きます。
 税務行政に関する諸問題について調査を進めます。
 質疑の通告があります。これを許します。広瀬秀吉君。
#3
○広瀬(秀)小委員 この前東電の集金人に関する、税金の取り方について集金人というものの性格や労使関係が、名目は請負契約にもかかわらず、厳然としてあるのじゃないかというような角度から御質問を申し上げ、御調査をいただくことになっておったわけでありますが、その調査の結果をお答えいただくと同時に、それに対する御回答をこの際いただきたいと存じます。
#4
○白石説明員 電力会社の委託集金人の報酬に関しまする労働組合法の上の扱いと、それから所得税法上の扱いとの関係につきまして御質問を承りましたので、調査いたしました結果につきましてお答え申し上げます。
 労働組合法の第三条によりますと「この法律」で「労働者」とは、「職業の種類を問わず、賃金、給料その他これに準ずる収入によって生活する者をいう。」と、かように相なっておりまして、これに関しまする解説書等を検討いたしてみますと、労働者とは単に雇用契約によって使用される者のみに限定されず、組合契約、請負契約、委任契約等によって労働に従事する者であって、も他人との間において使用、従属の関係に立ち、その指揮監督のもとに労働に服し、労働の対価として報酬を受け、これによって生活する者は労働者である。かように解説せられておりまして、御説のように電力会社の集金人もまた労働者として扱うという取り扱いになっておるようであります。
 飜りまして、所得税法上の給与所得者であるかあるいはそうでないかという問題であるわけでございますが、これにつきましては、やはり税法の規定するところに従いまして、税法のまた目的とするところによって判断すべきものではないかと考えるわけであります。そういう見地から、東京電力株式会社と集金人との間において締結せられておりまする請負契約書をながめてみますと、その第六条には、甲というのは集金人でございますが、「甲はみずから作業を行いがたいときは、第三者に代行させることができるものとする。」第七条には「甲はその請負業務に要する費用を一切負担するものとする。」かような条項があるわけでございまして、請負契約であることはまず明瞭であります。従いまして、この場合におきまして、手数料は一軒当たり幾らというように集金人に払われるわけでございまして、また集金人といたしましては、その集金に要する一切の費用を負担するということになっておりますので、旅費その他の集金に要する実費は全部集金人の負担と、かように相なっておるわけであります。通常給与者の場合におきましては、給料を払うと同時に、もし実費支弁に要するような旅費その他のものがありまする場合におきましては、雇用者の方で旅費を支給するというのが通常の形態でございます。従いまして、給与者につきましては、通常その経費は少額であるという考え方から、現在給与所得控除二割というようなこまかいことが、また今回さらに改正案として提案せられておりまするが、大体におきまして二割ということで規定せられておるわけでありますが、本件の場合のように、集金人の場合におきまましては、旅費に当たるものも本人が自弁をするということになっておりますので、実際の場合におきましてその経費は二割を超過するというような場合も予想せられるわけでございまして、そのような形式面から見ましても請負契約であるし、実態から見ましても、普通の給与所得者とは同一でないという状況でございまするので、これはむしろ給与所得と見ない方が妥当ではないかというように実質的にも判断せられまするので、さように御了承願いたいと考える次第でございます。
#5
○簡牛小委員長 横山君。
#6
○横山小委員 この間の小委員会で、私から次の議題といって、たしか、反面調査の限界、夜間捜査の限界、質問検査権の限界、それから犯罪捜査のためと解されてはならぬという言葉の解釈、必要があるとき、認められるときという語句の解釈、挙証責任、立ち入り権についての定義等について御調査をお願いしておくということになりましたがきょうは私も、あまり時間がございませんので、その中の一つ二つを取り上げまして、問題を明らかにしていただきたいと思います。
 第一は挙証責任の問題です。挙証責任につきましては、最初御答弁をいただかなくても、私ども調査をいたしました観点では、まだ司法上問題は明らかでないという点は実は承知をいたしておるのでありますが、しかし本来あるべき姿として、挙証責任というものはどうあるべきかという点については、いつまでもきまらないままにしておいてよいものではないという感じがいたすのでありますが、今私が質問をかりにいたしまして、いやそれはきまっていないのですということだけでは、どうも議論が尽くされないような気がいたしますから、お願いできますものならば、できるだけ立ち入って、国税庁としての挙証責任の法理的解釈を承りたいと思います。
#7
○白石説明員 ただいま挙証責任について御質問を承ったわけでございますが、実のところ非常にむずかしい問題でございます。挙証責任というのは、何と申しますか、裁判上、訴訟上の問題であろうかと思うわけでございまして、国税当局といたしましては、訴訟上一方の当事者に立つわけでございまするので、いわば国税当局の立場から申しますれば、なるべく挙証責任を相手の方に訴訟で争う場合におきましては、負わせるというような、いわば、訴訟技術と申しますか、そういった立場からは、そういった方向で訴訟を争うというような立場に立っておるわけでございます。従いまして、国税当局の方から挙証責任がどうであるかというようなことを申し上げるというのは、いささか適当ではないのではないかというような気もいたすわけでございまするし、またこの問題につきまして確定的なお答えを申し上げるというほど十分に検討もいたしていない次第でございまするので、そういう見地から、一応私どものただいままで検討しているところを、確定的なものでなしに、一応申し上げるというお気持で一つお聞き願いたいと考える次第でございます。
 挙証責任というのは、学説と申しますか、古来いろいろの議論がなされておるわけでありまして、そもそも挙証責任というのは一体何であろうか。これにつきましては、訴訟上は権利または法律関係の、いわば存否が争われるわけでございますが、この訴訟上の権利または法律関係があるのかないのかというのを争うにつきましては、訴訟の当事者はあらゆる証拠資料を提出して、自己に有利な判決を求めるように争うわけでございます。それらの状態のもとにおきまして、いずれか一方の立証が有利であると裁判官が判断いたしますれば、そちらの方に有利な判決がなされるということに相なるわけでございまするが、その両方の言い分が、両方の証拠資料に基づくところの主張が、いずれが真であるか偽であるか不明である、いわば真否不明の状態に立ち至る、法律関係または権利があるのかないのかの判断に迷う、その存否が不明であるという状態に立ち至った場合におきまして、いずれがほんとうであるかわからないから裁判はやらないというわけには参らないわけでございまするので、そのような状態の場合において、裁判所がいずれの当事者を不利益なものとして裁判をするかという、その不利益な立場にある者に挙証責任があると、かようにいうものだとせられておるわけであります。従いまして挙証責任の問題は挙証責任の分配の問題として、いずれに挙証責任を分配するかという問題として議論がなされておるわけでございまして、これにつきましては、先ほども申し上げましたように、古来いろいろの学説はありまするけれども、いまだ通説と称するようなものがないというように承っておる次第であります。
 しからば、それらの見解といたしましてはどういう見解があるかということに相なろうかと思いまするが、その一つの見解といたしましては、およそ行政行為には適法性の推定がある。行政行為というものは、一応それが処分としてなされました場合におきましては、取り消されるまでは一応適法なものとして取り扱われる、そういった、行政行為には適法性の推定があるとなされておりますので、そういう見地から、その違法を主張する者につきましては、その違法事由の存在について、違法を主張する側に立証責任があるのだという見解もあります。また特定の法律効果を主張する者は、その効果を生ぜしめるところの法律要件事実につきまして立証責任を負うという原則がありますので、行政処分につきましても、同じようにこの原則を適用すべきである、こういう見解もあります。これは先ほど申しました見解と全く反対の見解に立つものではなかろうかと考えるわけでございます。また第三といたしましては、このような一般原則を立てて議論すべきものではなくして、個々の場合について当事者の公平、事案の性質、立証の難易等を考えて、個別的に立証責任の帰属を考慮すべきものである、こういう見解もあります。従いまして、いわば学説紛々というような状態でございます。
 原則的な考え方を申しますれば、以上申し述べたところで尽きるわけでございまするが、これでは実のところ、どういうことになりますか、挙証責任につきまして的確にお答えいたしたことには相ならないかとも思うわけでございまするが、しからば判例の実際におきまして、これに挙証責任を推定せしめるどのような判例が現在あるのかというような点につきまして、若干検討いたしてみますと、挙証責任が最も問題になりますのは、推計課税の場合におきまして最も問題になるのではないかと思うわけであります。と申しますのは、一般の推計課税でない場合におきましては、たとえば売り上げがこれだけ脱漏しておる。その脱漏しておるという証拠はこれこれであるというように争われるわけでございまするので、証拠に基づいて売り上げ脱漏幾らであるという立証がなされますれば、およそそれによって問題は確定するわけでありまして、先ほど申し上げましたように権利関係存否のいずれか不明であるというような状態には立ち至らずに、これは権利関係がはっきりしておる、この事実関係の存否がはっきりしておるわけでありまするので、むしろ挙証責任の問題にまで、いわばここで議論されておりますような挙証責任の問題にまで立ち入らずに問題は解決するのではなかろうかというように一応考えられるわけであります。ただ推計課税の場合におきましては、若干この間に問題があるように議論せられるわけでありますので、そういったものに関しまして、どのような判決がなされておるかということを検討してみたわけであります。こういう判決がございます。
 昭和二十八年の名古屋地裁の判決でございますが、「所得税法四十六条の二第三項により期首在庫品、家計費、店舗修理費、公課金、期末在庫商品、借入金を基礎として資産負債増減の方法により年間所得金額を計算する方法は不正確であるから用うべきでないと主張しても同条を適用しえない旨の主張立証のない以上、単に不正確であることを理由に同条の適用を阻止することはできない。」この判決をどのように解釈すべきかでありますが、一応この文言からながめてみますと、税務官署の側では資産負債増減の方法により年間所得金額を推計したものと考えられます。しかし、それは推計したわけでありますから、ほんとうの所得であったかどうかは必ずしも明らかでない。ほんとうの所得は五十万円であったかもしれません。神様のみが知っておる所得は五十万円であろう。税務官署の推計した所得、資産負債増減の方法によって推計した所得は、たとえば六十万円であった。この場合にその六十万円という推計所得は不正確である、こういう主張がなされたものと考えられますが、あるいはそういったことが考えられるにいたしましても、同条を適用し得ない旨の主張立証のない以上、すなわちこういった資産負債の増減の方法で推計をするということが本件の場合において適用し得ないということが納税者側から主張せられ、それが立証されない以上は、単に不正確であるからという理由で同条の適用を阻止することはできない、こう判決いたしておるわけであります。従いましてこの場合には、最後の立証責任は、むしろ納税者側にあるというように判決したものと考えられるわけであります。
 また、同じような種数のものは福岡高裁の三十二年の判決でも、「推計課税が許される場合においては、所得推計方法が合理的であり、その基礎となる数字が正確と認められるときは、相手方において真実の所得と不合致の証明がなされない限り、その所得額は正当なものと推定され」と、かような判決もあります。
 また、福岡地裁の昭和二十五年の判決でありますが、「大工職が事業税の納税義務者たる請負業者に当たらないとしてその賦課処分を争う事案において、被課税者が請け負い業者であることの立証責任は課税庁にあるが、しかしその者が大工職を営んでいることが立証されれば、それを一の事業者と推定することが相当であるから、被課税者は、請負業者ではなく、他に雇傭される賃金労働者であることの反証をあけないかぎり、納税者と認められる。」このような判決もあります。
 これに対しまして、今度は税務官署の方が敗訴を受けた判決もあります。これは三十四年の東京地裁の判決でありますが、「税務官庁が所得の推計にあたり使用した所得率が近傍同業者の証言、原告方店舗の営業条件(立地条件、店舗の構造、営業の種類)からみると合理性がないと認められ、また納税義務者の主張する計算方法も正確でないため採用することができない場合には、税務官庁の認定所得金額の適法性が立証されなかったことに帰するので、所得金額は、納税義務者の自認する限度を超えて取消されなければならない。これは税務官署の方の主張が認められなかった判決のように承知されるわけでございますが、こういう判決もございます。従いまして立証責任がいずれにあるかということを考えられるような資料といたしまして私どもの一応集めました判決例をただいま御紹介いたしたわけでありますが、これら個別的にいろいろの判決がございまして、判決から直ちに挙証責任がどうであるということを確定的に帰納するということにも参らないかと思うわけでございますが、このように挙証責任につきましては学説におきましても、判例におきましても帰一するところがないというのが現状ではなかろうかと考えておる次第でございます。
#8
○横山小委員 非常に複雑というか、理論的な問題でありますから、短い時間で議論するわけには参らないのですが、今の白石さんのお話によれば、国税庁としての根本的な立場は、税務訴訟の段階で一応国税庁としては挙証責任が納税者側にあるという立場でなければならないから、だから客観的な資料を出して、こういう事情にあるということを説明するにとどめたい、要するにこういうことですか。
#9
○白石説明員 あるいは若干言葉が不十分であったかと思いますが、挙証責任は先ほど申し上げましたように訴訟の上におきまする問題として考えられる問題でございます。訴訟におきましては、国税当局はいわば納税者との関係におきまして争う立場に一応立つわけであります。従いまして訴訟の当事者に立つわけであります。その場合に挙証責任がどうであるかということを同税当局が考えてみましても、これは最後に裁判所が決定を下す問題でございますので、そういう意味で私の方からどうこうということはむしろ適当ではないのではないかということがまず第一の問題でございます。
 第二の問題は、挙証責任そのものが非常に複雑困難なむずかしい問題でございまするので、私がここで正確なる権威のある答弁を申し上げるということもなかなか困難であろうかと思いまするので、一応私どもの検討いたしました結果を申し上げたという次第でございます。
#10
○横山小委員 私も方々の学説を拾ってみたのでありますが、金子さんの学説も拝見をいたしました。今手元にありますのは、税務講習所の所長さんの忠さんというのですか……(「もうやめたよ」と呼ぶ者あり)やめたのですか、この人の学説なるものも持っておるわけでありますが、最初のこの人の説明は、先ほど白石さんが言ったように、「民事訴訟における債務不存在確認訴訟における挙証責任の分配に準ずべきもの」だという説と、もう一つは、やはり今おっしゃった「適法に成立した行政行為は性質上適法の推定を受くべきものである。」だから、誤っている、間違っているという納税者側に責任がある。こういう二つを並べて、そうして結論的に言いいますと、この人は、「民事訴訟における筋立てをそのまま税務訴訟にあてはめることは適当でない」と言い、「この場合において、租税法上の義務者の行動には、税務訴訟が権利保護の構造をとるうえにおいて、おのずからなる限界があるものと考えられてよい。したがって、税務官庁が、主張および立証について決定的な職責をもつことは、いうまでもない。しかし、裁判所が、双方の主張について、双方の立証の限度において法律関係を確定するをもって足るとの法理は、どこからも出てこない。税務官庁が経験則によって、その主張を立証しようとする場合においては、裁判所もまた、弁論の全趣旨に照らし、経験則によって心証を形成すべきものである、と解することになる。」と結んでおります。私が本来挙証責任を持ち出しましたゆえんのものは、今そういう定説がない。それで、白石さんもおっしゃるように、裁判所においては、私どもはけんかの相手だから、挙証責任は納税者にあるというわけであって、挙証責任がどちらにあるかということは私どもの範疇ではない、わしの方としては、納税者がいかぬのだ、文句があるのなら納税者が証拠を持ってこいというふうに言わざるを得ないというものの考え方の問題なのであります。それは裁判の過程においては、争いの当時者である。だから、審判官は別におるのだから、けんかの相手としてはこちらはこう言うのだ、こういうのはわかるのでありますが、このものの考え方というものが、裁判に至る過程においても、実際問題としては存在をするわけですね。これは正式に言って挙証責任の問題と言えないかもしれません。しかしそのものの考え方が、たとえは推計課税が許される、許されるということは法律によってきまっておることだ、だから、わしの方は推計課税をした、文句があるなら証拠を出せ、こういう方向に、日常の税務の問題について、その理屈が敷衍をしておるのではなかろうか。私はそういうことを考えて、そうして行きつく先の挙証責任については、なるほど学説がきまっていないけれども、争いの当事者としての国税庁が、ぎりぎり一ぱいのときに、この挙証責任は全部納税者側にあるという主張をする理論的根拠が根を張っておることから、税務署、局、庁の段階においても、挙証責任は納税者側にありという思想が、更正決定、推計課税、審査等々の段階において根を張っておりはしないか、そういうことを私は心配をするわけです。ですから裁判所の段階におけるあなた方の考え方はわかりました。しかしその考え方が、日常の税務の問題の中にどれほどのウェートを占めておるのか。その点について、まああまり時間がありませんから、できたら一、二の具体的な問題をとらえて御説明を願いたいと思います。
#11
○白石説明員 挙証の責任の理論を若干離れて、課税の実際の実務の上におきまして、むしろ端的に申しますれば、調査の段階において、税務官庁はどのような態度でやっておるのかという種類の御質問だと承ったわけでありますが、課税の段階、調査の段階におきましては、私どもは、真実の所得を発見をして、適正なる課税をする、そのためにあらゆる努力をやっておるわけであります。そのためには、現在自主的なる申告納税の段階でございまするので、まず、納税者の皆様方が記帳を正確に記帳していただいて、そうしてその記帳に基づいて正確なる納税をしていただくようにというように指導をいたし、努力をいたしておる次第でございます。ただ、数多い納税者の中におきましては、帳簿書類を作っておいでにならない。いろいろ御質問を申し上げても的確なる御答弁がない方もある。しかしながら、営業をおやりになっておりまするし、様子を拝見いたしますれば、相当売り上げその他の収入金がある。こういういろいろの基本的なる資料を掌握いたしました暁におきまして、やはり何らかの所得があるということは推定せざるを得ない。納税者は申告もお出しになっていない。帳簿もおつけになっていない。しかし所得がありそうだから。課税を放棄することはできない。そういたしますれば、やはり何らかの意味における推計課税をせざるを得ない。従いまして、理髪屋さんで申し上げますれば、理髪の台数を何台お持ちになっておる、従業員が何人おいでになる、隣近辺の理髪屋の状況から見て、大体この程度のものであろう、こういう推計をやるわけであります。その場合に納税者の方が、そうでない、それだけの所得がない、こうもしおっしゃるといたしますれば、その場合は、やはり納税者の側から、こうでないということを何らかの資料に基づいて御主張願わなければ、税務官庁の側に、お前の推定は五十万円と推定しておるけれども、おれは三十万円だ、お前の推定が間違っておるとただ言われるだけでは、ああそうか、三十万円かというわけにはなかなか参りかねるだろうと思う次第であります。従いまして、まあそういった場合におきましては、やはり私どもといたしましては、推定の課税をせざるを得ない。しかしこういったことはもちろん望ましいことでないわけでありますので、従いましてまず私どもがお願いしたいことは、やはり納税者の方方にはよく帳簿書類を備えつけていただいて、そうして真実の所得をよく記帳し申告していただいて、そういった推計課税をせざるを得ないような状態に立ち至らないように、もっと一つ自主的にやっていただくようにお願いいたしたいということをお願いする次第でございます。
#12
○横山小委員 推計課税をする。それが許されておる条件というものは、おわかりの通りに、帳面がないとか判断をする資料がないというわけですから、推計課税をした。それに文句があるなら証拠を持ってこいといっても、証拠はない。ないから推計課税をしたわけですから、そこへいきますと、納税者側にも、いい悪いは別として証拠がない。税務署側にも証拠がない。証拠がないのは両方とも一緒である。ただ、税務署側には、客観的な証拠といいますか、それが証拠とは私は法理上言えないと思うのですが、客観的な判断要素というものがある。納税者側には何があるかというと、経験といいますか、自分の勘というものがある。その意味では相打ちではないかと思うのです。その場合に一方的に、文句があるなら証拠を持ってこい、それがなければお前の方に責任があるのだという論理は、少し私は国税庁側の手前みそがあるのではないかと思うのです。更正決定をする。更正決定は納税者側のやったことについて間違いがあると思う、間違いがあると思うならば、それについての挙証をする責任がむしろ国税庁側にあるのじゃないか、こういうふうに考えるわけです。私もそれだけの話しをしまして、絶対に国税庁側に挙証責任があるというわけではありませんが、しかしながら今の例を引いてみましても、要するに国税庁側としては、刑法は疑わしきは罰せずであるけれども、税法においては、推計課税が許されておる以上は、疑わしきを罰するというようなことに論理としては帰結するような気がするのでありますが、私の言う、両方とも証拠がない、しかし両方とも片一方には客観的な判断資料があり、片一方には自分の経験というものがある。その場合にも税務訴訟の場合における挙証責任のような論理をおとりになるのですか。
#13
○白石説明員 推計課税をいたしました場合におきまして、税務官庁側の主張と、それからそれに対しまして記帳もない、帳簿もない、その他の資料もなくして納税者側がただ税務官庁側の言い分と争っておる、こういうような場合におきまして、横山先年のお尋ねは、その場合両方五分五分ではないかというようにおっしゃっておるように承ったわけでありますが、その場合におきましては、税務官庁側の推計というのも、やはり合理的な判断に基づいてなされるものであることが必要であると思うわけであります。これは単に推計だから、言葉は適当でないかとも思いますが、いわば当たるも八卦当たらぬも八卦、で五十万円だ、ただでたらめに推計したのだというようなことではもちろん悪いわけでありまして、その推計をなすにつきましては、やはり推計をなす基礎的なものがある。たとえば理髪屋さんで申し上げれば、理髪屋は何台の理髪器具を持っておいでになる、あるいは従業員は何人おられる、一日の売上高を計算してみたら幾らである、その一日だけはわかったが年間全部はわからないので、それを基礎に置いてそれぞれ合理的にかくかく推計をしたのだというような、やはり推計したことについての合理的な基礎がなければならぬし、そこにはやはり合理的な主張がなされなければならぬ。そのような合理的な推計がなされた場合において、これをくつがえすに足るような反証が納税者の側から提出せられない場合におきましては、これはやはり税務官庁の主張を認めざるを得ないのではないか。現に判決といたしましても、そのような判決があるわけでございまして、そのような推計が合理的になされておれば、反証がない限りこれはやはりその推計を認めざるを得ないというように相なっておる、こう思うわけであります。従いまして今のような設例の場合において、納税者と税務官庁の主張は五分五分であるということでなしに、むしろその場合には税務官庁の主張がより合理的であって、裁判所はおそらくその税務官庁の方の主張を合理的と認めて判決を下す、そういう場合に税務官庁の方に有利な判決がなされる、かような問題ではなかろうか。従いましてその推計の過程が合理的でない、どうもこれは少し不合理だというように裁判所が判断する場合におきましては、これは場合によりましては税務官署の方が敗訴の判決を受けるというようなこともあり得るかと思うわけでありまして、さように私ども考えておる次第でございます。
#14
○横山小委員 あなた自身が問わず語りに言っているように、推計は推計だからこっちの方が合理的だと思うけれども、裁判所で勝つ場合もあり、負ける場合もある。問わず語りに言っているように推計は結局推計なんですから、そういう点は私は今のものの考え方、つまり挙証責任というものは、税務訴訟の段階においても、あるいはそれに至るまでの推計課税あるいは更正決定等々に対して、挙証責任が納税者側にあると判断されるような御意見には、私もいささか承服しかねるところもあるので計ります。しかし挙証責任に関する議論はきょうは一たんそれまでにいたしまして、さらに新たにそれに関連して問題を提起いたしたいと思います。どうしてもそれを申しますればあなたの基礎になっております標準率表、効率表というものが、それが適当であるかどうかということになってしまいますと、時間がなくなりますから、その問題に関しては別の角度からさらに申し上げたいと思います。
 少し問題を変えまして、本小委員会に付託されております第三番目の問題、税務職員の心がまえとその責任という問題の一端について質問をしたいと思います。
 最近あの問題が付託されましたので、私も税務職員の実態についていろいろと訓育を私なりにしてみました。いろいろと気がついた点なり何なりありますが、やはり一番根本的な問題は、先般本委員会でも言いましたように、税務職員にどういう誇りがあるだろうかという根本的な問題であります。それから日常に至るまでいろいろの問題が、長官にも一つぜひ判断してもらいたいし、一つやってもらわなければならぬことがずいぶんあるという感じがいたすわけであります。こまかい問題、しかしこれが大事な問題でありますが、それからまず取り上げてみますと、大体税務職員は三年くらいで転勤でございますね。そうすると一年にどのくらいの人が転勤をいたしますか。概括でよろしゅうございます。
#15
○原政府委員 税務の仕事は金を扱うという意味で、あまり長くなりますと、とかく問題を起こしやすいというようなことから、ある程度の時期に転勤をさせるという配慮はいたしておりますが、お話のように二年平均で移るというようなことにはなっておらないのであります。もう少し長い、平均としては私正確な数字を今持っておりませんが、おそらく三年ないし四年ぐらいが平均になっておりはせぬかと思います。税務署の職員の数は、施設職員を入れましても四万人ちょっとこえます。抜きましてたしか三万七千人程度だと思いますので、お話の通り二年に一回ということになりますと一万八、九千人ということになりますが、そんなにはなっておらないので、年によって違いますが、大体六、七千人を上下している、ときに全体を入れると八千人になるという年もあろうかと思いますが、前の数字と必ずしもぴしっと合いませんが、私の記憶にある数字をそのまま申し上げましたので、大体の感じはそんなところだと御承知いただいて、なお後ほど数字を直す点がありますれば、お答え申し上げます。
#16
○横山小委員 それだけの人数が転勤をする。この間もある税務署で、去年でしたか行ってみましたら三分の一変わっていますね。大へんな異動だがということで、少し事情を聞いてみたのであります。本委員会がかって国税庁に参りましたとき、こもごも各税務署長なり国税局長から意見が開陳されました中で、共通しておりますことが住宅の問題、私もいろいろ実情に沿って聞いてみましたけれども、まあ役所としては転勤があるのは当然でありますが、本人の希望なり、あるいは一般的な昇任なり、あるいは転勤なりだけでなく、税務職員は、あなたのおっしゃる言葉をもってすれば、長い間いるといけないからという特別な一つの理由というものがあるわけですね。特別な理由があって他の官庁に比べて非常な多数の転勤が一定の時期にされるというにかかわらず、それに伴う住宅というものの措置が非常に不工合だ。某財務局で、役所の住宅の配分はどうなっているか、財務局としては国税庁職員に対して特別な配分比率があるかといって聞いたことがございます。そうしたらいろいろ御意見もございますので、なるべくはしておりますものの、そううまくはいっておりませんという返事でありました。各官庁の転勤比率と比べてはたしてそれだけの住宅が一体確保されておるのであるかどうか。こまかい数字まで私は必要としておりませんが、私の勘といたしましても、また各官庁なり税務官庁の意見を聞きましても、とうていそれには及ばないという一致した意見でございますが、日ごろどういうふうになっておりますか。
#17
○原政府委員 お話の通り、税務職員の実情、特に転勤を必要とするという実情か考えまして、私どもとしては職員の宿舎を確保することは非常に重要な問題だと考えております。私も昨年四月に長官職にすわりまして以来、三十六年度の予算要求の重点をいろいろ考えました場合に、職員の住宅を確保するというのをまず先頭第一の問題に掲げたわけであります。これは単に私だけでなく、歴代国税庁当局といたしましてはそういう方針でやってきておりまして、毎年の宿舎予算のうちで税務関係は相当配慮をしてもらっておるつもりであります。御案内の通り、今もお話がありましたが、公務員宿舎は大体原則として財務局系統、管財局系統で一括して作りまして、それを必要に応じて各省庁の職員に分けて使わせるということになっておりますが、昨年度、昭和三十五年度では、たしか一千十一戸を全体として割り当てられました。この数字は、五年前の三十年度は四百六十七戸でありましたのが、自後累年ふえてこうなってきておるわけであります。三十六年度におきましては、現在の段階ではただいま申しました公務員宿舎全体の予算しかまだきまっておりませんので、その中で税務関係がどれだけ使えるかというのは、なお今後の折衝問題といいますか、現に折衝中の問題でありますが、総体のワクにおきましては、たしか昭和三十五年度の宿舎設置予算が十七億五千万円であったというのが、昭和三十六年度におきましては二十二億円にふえましたほか、新たに特殊な工夫をいたしまして、共済組合の持っております十地に共済組合の資金で宿舎を建ててもらう。そしてそれに入る費用について、一般会計から今までの公務員宿舎に入るのと同様な条件になるような、いわば補給的なものと申しますか、そういう措置が考えられまして、この分の建設費予算が約十二億円ございますので、合計いたしますと三十四億円、つまり三十五年度の十七億五千万円が三十四億円になるということで、総体の金額としては倍近いものになっております。これはもちろん私どもだけの使えるものでありませんが、私たちが特に宿舎についての強い要求を出したということが相当考えられて、こういう予算の措置になったということは申し上げて差しつかえなかろうかと思います。従いましてこれの配分についても、相当割のいい数をもらいたいと思って、ただいませっかく鋭意努力中でございます。概略申し上げるとそういうことで、だんだん明るくなってきておるということを申し上げられると思います。
#18
○横山小委員 多々ますます弁ずるということがありますけれども、それにしても私は、あなたが長らくおるとよくないことがあるからという、そのお言葉にはひっかかりを感ずるわけでありますが、それが行政上の必要に基づいて、どうしても七、八千名の転勤が必要であるとするならば、これが受け入れ態勢ができる措置というものが、もっと飛躍的になされなければならぬと思うわけであります。あと二、三こういう問題を出しますが、こういう問題が最終的に本委員会の到達すべき税務職員の心がまえとその責任についての関連性を持っていることをまずもって私は予告をしておきたいと思うのです。
 第二番目は、結核患者の問題です。手元にあります資料を見ますと、昭和二十九年から三十四年ごろまでの表でありますが、国税庁の結核性の疾患率は二十九年が四・六%、三十年が五・六%、三十一年が五・二%、三十二年が四・八%、三十三年が四・七、三十四年が四・七%と、少しも率が減っていないわけです、ところが非現業共済の平均を見ますと、二十九年四・一、三十年が四・一、三十一年三・九、三十二年は三・三に減って、三十三年二・九、三十四年は二・八というように、非常に改善といいますか、罹病率が減っているわけです。これは一体どうしてこういうことになるのだろうか。職場で全く正常の生活をしておってよい者をも含めますと、三十四年度で非現業共済の平均が一一・三%であるにかかわらず、大蔵省共済の平均は三〇%、これは国税庁ですね。どうしてこういう驚くべき比率になるのか、また毎年全国的に結核罹病率というものは激減しておるのに、どうして国税庁職員ばかりが変わらない結核の疾病率を持っているのか、どこが一体悪いのか、どういうふうに改善をしているのか、その点をお伺いいたします。
#19
○原政府委員 国税庁系統においても非常にこの点は意を使っておりまして、その結果、結核性患者の数も年ごとにかなり顕著に減っております。ただいまお読み上げになりました数字は、結核患者で正常の生活はできないつまり仕事を少し軽くしなければならぬという者のうち、勤務をほぼ正常に行なってよい者というランクになりますCクラスというものの比率をお読み上げになったのでありますが、そのほかに勤務に制限を加える必要のある者、それから勤務を休む必要のある者というB並びにAの階級の数字を加えますと、昭和二十九年は一一・〇、三十年は一一・二と若干上がりましたが、三十一年九・六、三十二年八・一、三十三年七・〇、三十四年六・一ということになっておりまして、なお三十五年十二月末ではさらに四・八%、実にこの数年の間に一一%から四・八というのでありますから、非常なる下降を示しております。その中で、お読み上げになりましたC、つまり勤務をほぼ正常に行なってよい、いわゆる軽業勤務にしておきなさいというものが大体横ばいであることは、勤務を休む必要があり、ないし勤務に制限を加える必要があるというA、Bの率が非常に顕著に減っておるということであります。これを申し上げますと、A、Bの合計は二十九年が六・四、その次の三十年が五・六、三十一年が四四、三十二年が三三、三十三年が二・三、三十四年が一・七、きわめて顕著なる下降を示しておりまして、結核関係の税務職員における状態は非常に明るくなってきていると私は思っております。こういう結果になりますための施策としましては、御案内の定期健康診断というようなものが、やはり第一のスタートでありますが、この措置におきましても、私正確には知りませんが、私どもの部内では毎年二回これをいたしております。そのためにレントゲン課を持ち、その他の施設もやっておりますが、各省庁その他におきまして二回やっているのはむしろ例外的な方だというふうに聞いております。
 なお不幸にして罹病したというような者につきましては、きわめて確実に責任医師の報告をとって、そしてそれぞれの勤務を休ませる、ないし制限する、必要に応じて確実にそれをやるということを励行しておるような次第で、その他の一般の厚生につきましても、予算の制約がありますし、必ずしもこれで十分とは言えないかもしれませんが、鋭意努力しておりまして、数字としても非常によくなってきている。全般との比較では、私も急なお話で、あまり的確な数字はわかりませんが、厚生省でお調べになったものだと思いまするが、昭和三十三年の職業別の統計の中で、事務従事者というグループの人たちがどれだけ――これはたしか、今のA、B、C、これがわれわれの方で言いますと、最近では四・八%となっておりますが、この数字に対応するものがどれだけあるかというふうに見ますと、一〇・五だというふうに聞いておりますので、必ずしも国税系統が非常に悪いということは、レベルとしても言えないのではないか。
 もう一つ申し上げておきたいのは、国税庁五万の職員の年令構成でございますが、これは御案内の通り戦後、昭和二十二、三十三年、あの辺に非常に多数の人を採用しておりまして、この二年の採用だけで、現在たしか一万五、六千にはなっておると思います。この人たちは今ちょうど三十三、四から四、五というような年になるため、結核問題としては一番かかりやすい時期で、統計を見ましても、その時分の人が一番罹病率が高いようであります。それらも考えて見ておりますと、逐年顕著に改善しつつあるし、レベルとしても、決してこれで十分だとは申しませんけれども、非常に高いということでなくて、率直な感じでは、私、十年前、国税庁におりましたときから比べてまことに夜が明けたように、今回帰っての感じはいたしております。ただ何分非常にむずかしい努力をよけい要する問題でありますから、足らぬ点は今後も気をつけて十分注意していきたいと思っております。
#20
○横山小委員 長官の答弁は長過ぎるから、御趣旨はよくわかりますので簡単にして下さい。
 今私の読み上げた数字も、これはCのところですから間違いがない。あなたの読み上げた数字も間違いはありません。しかし、数字のとり方、考え方に問題があるという見方と問題がないという見方といろいろあると思う。あなたのおっしゃったことにも間違いがないが、改善がされたとしても、一般との比較はなお顕著なものがある。たとえば三十四年度を見ますと、Aの方の勤務を休む必要のあるものは、国税庁は一・四%だけれども、非現業共済では〇・四%だ。Bの勤務に制限を加える必要のあるものは、国税庁は一%だけれども非現業は〇・六%だ。勤務をほぼ正常にやっていいものは四・七に対して二・八である。それから全く正常でいいものは二二・九%だが、一般では七・五%である。これは間違いないですね。そういうふうに見ますと、あなたのおっしゃったことはわかるのですけれども、全般的に言って、国税庁職員の改善がされたと言いながら、どうして国税庁職員だけが結核罹病率が多くて、いまだに一般との比較で接近をしないのかということを私は痛感をするわけです。この点は、長官は少し楽観的過ぎるように私は思う。
 それから第三番目の問題は休暇であります。休暇は基準法によってそれぞれ国家公務員にきまっておりますが、休暇というものは計画的に付与しなければならぬというふうになっている。休暇全日数が完全に消化できるような定員になっていますか。また実働人員というもの、現在員というものは、その休暇が完全に消化できるような人数になっておりますか。こういう聞き方は非常にラフな聞き方でありますが、一つ率直に答えていただきたい。何となれば私どもが本小委員会でいろいろな結論に到達をいたしますが、その場合に、人が少ないなら少ないと言ってもらわなければいけません。業務運営方式を変えて人を生み出すなら生み出すということもありましょう。一番基礎になっていますことは、休暇なりあるいはこれだけの結核性罹病率があって休んでいる人があるのですが、常に平均欠勤人員というか、欠勤延べ人員というものも大体割合としてあるでありましょう。そういうものを含めて定員の算定がされているのか、実員が現にあるのかという点も、この際数字を並べてもらってもいいのですが、ほんとうの意味のお話を聞かせておいていただきたい。
#21
○原政府委員 結核の問題は、なお私どももよく検討して参りたいと思います。
 今のお話の休暇は、つまり自分の都合で休暇をとる年次休暇のことであろうかと思いますが、これと事務計画との関係は、大体休む人も休まぬという前提で事務計画を組みますとしくじりますから、休むだろうという程度のものは考えて事務計画は組んでいると考えております。休む度合いは、署によっても局によってもいろいろでございましょうから、すぱっと年次休暇を二十日間全部休むというふうに必ずしもやってないのじゃないか。実績その他を勘案して見ているというのが大体のところであろうと考えております。
#22
○横山小委員 休暇を余している数の統計をおとりになったことがありますか。その延べをとられたことがありますか。
#23
○原政府委員 その統計は、私そういう統計はないように思いますけれども、しかし二十日間を全部休んでいるかといえば、余している人の方が多いと思います。大部分が余している、ごく一部が二十日全部とっているということではなかろうかと思っております。数字については、ちょっと記憶がありません。
#24
○横山小委員 それでは次会に、定員、現在員、それから今僕が申しました定員の中に休暇なりあるいは欠員が入っておるという定員の算定基礎、それから有給休暇の使用状況、そういう定員と現在員の構成要素、その使用状況について、一つ資料を出していただきたいと思います。
 それからこういうことはおやりになっていますか。基準法に基づいて、一応計画的付与ということが義務づけられておる。計画的付与をまずして、それがどうしてもできない場合においては振りかえということがなされるのでありますが、国税庁においては、計画的付与のその作業はなさっていらっしゃるのですか。
#25
○原政府委員 私は、年次休暇は計画的に付与しろというのは、実はちょっと記憶にありませんので、よく調べてみますが、やはり職員の申し出を受けて、仕事の繁閑を考えて、非常に忙しい時期ならば困る、しかしまあこの時期のことならよかろうというふうにやっておると思いますので、ちょっと計画的付与ということはやっておりません。
 なお先ほどの御要求の資料でありますが、定員の算定の基礎にどうということはちょっと出ないと思います。というのが、御案内の通り、約五万人の定員は最近のところ大体年々不変でずっと置かれておる。仕事からいいますれば、徹底して調査を行ない、全部やり上げるというためには足らないことはたびたび申し上げている通りでありますが、そのワクの中で、それを最も効率のいいように配置をして、そして仕事に当たるというのが現状でありますので、その資料はちょっとお出ししにくいと思います。
 それから休暇の使用状況は、帰りまして調べまして、ございましたら差し上げるということにいたしたいと思います。
#26
○横山小委員 ちょっと今同僚委員から注意がありまして、計画付与は国家公務員に義務づけられていない、しかしこの際そうであるならば、逆に私は希望したいと思うのでありますが、仕事が非常に密度が強くて、実際問題としてあなたが御想像なさるように休暇の余っておる者、余さざるを得ない者が非常に多かろうと思うのです。もし先ほどの健康の面から考えますと、それだけの休暇が労働者の権利として付与されるのでありますから、それだけの休暇は労働者として与えることが適当だというふうに定めてあるのでありますから、業務の都合で、結局忙しいから出てくれ出てくれということで、その休暇が使えないというふうな状況を改善して、休暇は全部使え、そして十分に心身のゆとりを持って仕事をせよ、こういうふうに指導なさるお気持はありませんか。そのためには、私が言いましたような計画的付与、年度の初めに、大体この課は、この局は、この部は、こういうふうに、お前はどういうふうに使ったらいいかというような意味も含めて、全部休暇が消化できるようにあなたの方として業務計画をお立てになるお気持はありませんか。
#27
○原政府委員 この年次休暇の問題は、実際の社会風情、また職員の経済事情というようなものとも、実際上は関係のある問題でありまして、先ほど申しましたように、一部の人は全部とっておるが、大部分は全部はとってないという状態を、横山委員のお気持はわかりますが、にわかに全部とるようにということを言うかどうかというあたりの点は、なお今申しました一般の慣習その他を考え、仕事のことも考えてみないと、にわかに結論は出ないというふうに思います。職員ができる限り休養をとって、レクリエートして仕事をやってもらうのが原則として望ましいというのは、その通りだと思いますけれども、今お尋ねのように、これを計画的に与えるという方向にいくかどうかというのは、先ほどの法律との関係のお話もありましたが、よく検討してみたいというふうに思います。
#28
○横山小委員 それはぜひ御検討願いたいと思います。この休暇というものは、言いようはいろいろあるけれども、これだけの年次にこれだけの休暇を付与するということは、労働者がそれによって家庭の問題なり自分の心身の回復なりをはかるために与えられた権利と見なければならぬし、それが当然休んで差しつかえないような業務態勢に置かなければならぬのですから、私の言葉がきついとお思いにならないで、それだけの休暇をとらせなければならぬのだ、それだけの休暇をとらせることによって職場も明るくなるし、それから本人の心身の疲労も回復するのだ、こういうふうに腹をきめてもらって休ませるように私はしなければならぬと思う。その点は一つ次会に休暇の実績が出ましたら、あらためて議論したいと思いますので、御勘考願いたいと思います。
 その次の問題は庁舎の問題であります。最近一、二の税務署が非常に――私の名古屋でも改善されましたが、まだまだ非常に古くさい、感じの非常に悪い税務署があります。私がこの間視察をいたしましたのは昭和の税務署でありますが、あまり狭いので、隣に軽量鉄骨でバラック建工事で建てている。その中に入っていって、便所のそばを通って、狭い階段を通って所得税課に行く。だから張り札がなければどこに行くのか全然わからない。納税者も、便所のそばを通って、狭い階段を右に上がって、左におりるとドアがあるから、そこに入るというようなことは、これは働いている職員の諸君の気持ももちろんでありますが、納税者の諸君にとってはまことに感じの悪い税務署です。何もこれは昭和の税務署ばかりではありません。全国の税務署が何といいますか、戦前の税務署のものの考え方で作られている。あなたがどんなに納税者に親切であれ、あるいは職員はこうであれと言ったって、ああいう環境の中ではそういう雰囲気は育たぬと思います。ですから庁舎の改善をするのだ、そうしてその庁舎において職員諸君が気持よく仕事がやれる、花なり何なり飾って、快く応待ができるしかけを作る、こういう環境の整備ということが今日の税務行政の一番の喫緊事だと思いますが、いかがですか。
#29
○原政府委員 ただいまの御意見は全然同感であります。昭和の署について御指摘がありましたこと、他の署においてもいろいろそういうことがあると思います。私どもとしては、毎年局、署の新営費をいただきまして、これで新党を進めておりますが、まだまだ非常に足りないと思っておりますので、さらに今後一段というか、努力を倍化する気持でやって参りたいと思っております。さしあたり昭和三十六年度の予算におきましては三十五年度に比較しまして、金額においては三十五年度の二億二千万というのに対しまして、四億四百万余りをいただき、署数におきましても、三十五年度の十一署に対しまして十六署を新営できるということになっております。まだまだ足りないので御指摘の昭和はこの中に入っておらないのでありますが、一日も早くそういうような署にも手が回るようなことにいたしたいと思いまするし、また新営だけでなく各所修繕等の費用を活用したり、あるいは署内の納税者用の調度なりカウンターなりというものの改善につきましては、実はここに会計課長も来ておりますが、あらゆる予算のやりくりをいたして、三十五年度においてもお客さんの多い署には何らかの施設をするというようなことを鋭意進めております。今後もそれはぜひやって参りたい、さはさりながら非常に貧弱で、またお話のような、納税者に感じがうまくないというような面が多々ありますので、これはもうとにかく努力を何倍かしてやって参りたいというつもりでおります。
#30
○横山小委員 昭和はその中に入っておりますか。
#31
○原政府委員 三十六年度の新営計画には、入っておりませんが、昭和署の現状からして、なるべく早い時期に計画に入れたいとは思っております。なお必要な補修は本年度においても行なってはおります。
#32
○横山小委員 何も私は昭和に固執しておるわけではございませんけれども、ああいうところがまだ改善されないというならば、どんなひどいところがほかにあるのだろうかというふうに私は想像するわけでございますが、今改築をしなければならぬ税務署はどのくらいあって、そして明年度はどのくらい改築をするのですか。
#33
○原政府委員 署の数は五百四署ございます。しかも新しいのは少なくて古いのが非常に多いので、この新営を待っている数は毎年相当になるわけであります。毎年改築計画に四、五十は要求して十前後しか認められなかったのが、今度やっと十六になったということでございまするが、まだ非常に不満足な状態であります。私たちとしては、従来にも増して今後とも庁舎の新築補修等を含め、職場環境の改善のため努力を続けていくつもりであります。
#34
○横山小委員 その次は転勤の実態なのですが、私も承知をしておるのですが、毎年六月なり七月なりに大幅の転勤があるのですが、それ以前に身上申告書なり本人の希望をおとりになる。それはまあいいのですが、そういったときに、おそらく私の想像では第一希望、第二希望、第三希望というふうにおとりになると思うのですが、それではきまったときに本人に内示をなさるしかけになっていますか。私の国鉄における経験からいっても、大体あれだけの大幅な異動があるのだから、人事異動も大へんだろうとは思うのですけれども、本人にとっては、自分の一身上の大変革があるわけですから、事前にその希望を出しておいても、さてそうばかりに参らぬ場合がある。その場合に本人に大体こういうことになったという内示をなさるしかけになっていますか、それはもう希望をとったのだから、その中で、当てはまったか当てはまらぬかは別として、本人の希望をとったということにしてそのまま発令をなさるしかけであるか、私は前者が望ましいと思うのですが、それはどうか。それから大体きまったという点について、本人がそれではちょっと因る、かくかくの事情において困るという場合の苦情の処理というものは認められないものであるかどうか。私は、国税庁のような特に転勤の大幅に行なわれるところでは、人事異動についてはよほどの工夫が必要だと思うのでありますが、特に国税庁職員、税務署の職員に会いますと、転勤の話題というものが、いつもだれしも一ぱいなんですね。あんな雰囲気というのは、私はほかの官庁にはあまりないと思うのです。それなるがゆえに、転勤に対する措置というものは十全に、非常にモデル的にやらなければならぬと思う。そういう扱いはどういうふうに工夫をなさっておられますか。
#35
○原政府委員 本日お答えの冒頭にも申しましたように、税務署はその職場の性格からして、やはり転勤ということがどうしても必要だという職場でありますので、職員には非常に御苦労でありますが、原則として、ある程度の期間がたてば転勤があるということは考えてもらうというふうに前提して人事をいたしております。従いまして発令のときにおきましては、ただいま、別段内示ということを行なわずに、転勤の発令をいたしております。まあいろいろ事情があるということは、身上申告書なりあるいはその他の方法によりまして、管理者が極力平生から把握をして、あまりに無理なことはないようにというふうにも思いまするが、職種にもよりまして、いろいろと困難な面が出てくることはありまするが、それを事前に内示して同意を得るといいますか、そういうことにいたしますのは、人事のやり方としていかがかというような考え方で、別段内示はせずに異動発令をするということにいたしております。
#36
○横山小委員 これは少し意見になるかもしれませんが、それはいかがなものでしょうか。私は本人に内示して、そうして同意を得るということが望ましいと思う。同意が得られるかどうかは、それはまあ場合によりましょう同意という形にするか、あるいは説得をするという形になるかも議論の余地はありましょう。けれども、これだけ膨大な転勤者を毎年々々擁しておって――私の聞いた人はこういう人です。その人は二年か三年前にそれを出しておきました、そのままほうっておきましたら、二、三年前の自分の希望が達せられたことになっています、けれども、二、三年のうちに情勢は一変しておりますから、一言話があってもしかるべきだというような人が一人、それから一人は、突如として名古屋から大へん奥地へ転勤させられました、それによって勤務地手当は激減いたします、通勤は一時間有余かかります、これも全然内示がありません、こういうことはいかがなものでしょうかという話で、私はまことに同情を禁じ得なかったのであります。希望をとるのはよろしい。とるのは大いによろしいけれども、その希望がそのままに当てはまるということはほとんどなかろうと思う。けれども、その過程で、公式な意味の内示でないにしても、その担当の係長なり課長なり部長なりあるいは署長が、それぞれの分野に従って内示をして、そして全き転勤の適正を期する、そして納得して転勤をしてもらうというふうな方法をおとりになるのが、あれだけの転勤者がある場合においては、至当なやり方ではないか。そうするとあなたは御心配になるかもしれない。そんなことをしたら、あれやかれや言って話がまとまらぬ場合がある、それで他に関連してごっちゃになってしまうというようなことを御心配かもしれぬ。それはそれで、私がかって国鉄におりました当時のやり方というものがある。決して解決の方法がないわけじゃない。一、二の弊害のために、これだけ膨大な転勤者を擁するあなたの方で、そういう希望はとった、あとはそれがいつのことであろうと、こちらの権限で問答無用であるという考え方はいささか不穏当な気がするのでございます。改善をなさるお気持はありませんか。
#37
○原政府委員 先ほども申しましたように、この仕事の性質として位置に固定して長くやっていることは好ましくないという事情がございますので、転勤は当然のことと思ってもらわなければならぬ職場であるということが大前提であります。従いまして、その異動につきましても、時期等については職員の子弟の教育等に都合のいいような時期を選ぶというような配意はいたしますが、やはりそういうような何年かに一回という時期になりますれば動いてもらう。その際も身上申告等によって事情は極力事前に把握して考えまするが、この身上申告の話で二、三年前のというのは、毎年とっておりまするから、あるいは怠ってそれで間違いがあったとすれば大へんいかぬことでありますが、こちらとしては毎年とって毎年の最近の事情を調べて転勤発令をするという建前にいたしておりまするので、私としてはただいまのところこの建前で参りたいというふうに考えております。なお山奥へ参りましたために勤務地手当が減る問題につきましては、御案内かと思いますが、先般規則が変りまして、六カ月間は勤務地手当が前のなにをもらえるというふうになりましたのを、私どもとしては非常に喜んでおる次第であります。
#38
○横山小委員 私の言うのをあなたは誤解されておるのだが、転勤をする必要性は認めるが、転勤をするについてはもう少し納得のいく方法をとる必要がないだろうか。身上申告書なり希望を出すということもよろしい。けれどもその直前にもう少し本人と話し合いをする、それがどういう形で話し合いをするかは議論の余地があるだろう。あなたの方の立場もあるだろう。しかしこれだけの数千人の人の転勤を毎年毎年させるならば、もう少し内示なりあるいは本人の苦情というものを処理する機構なり何なりというものがあってしかるべきではないか。もう身上申告書をとったのだからあとは問答無用だと、転勤は当然だというふうなお考えで転勤をするのは機構上やむを得ないとして、そしてその転勤のときにおける本人の苦情なり本人の最終的な意見というものをとるということが必要ではないか。何もそれはあなた一人にやれというわけじゃない。署長、部長、課長、係長、それぞれの責任のある者がおるのであるから、そのやり方というものはいま少し進んだならば、あなたの転勤をしなければならぬという大前提は生かすにしても、民主的な転勤というのが、本人の納得のいく転勤ができるじゃないか、こういうことを言っておるのでありますから、誤解なさらないように一つ改善方法なり何なりを承りたい。
#39
○原政府委員 非常に大きな問題で、私としてはやはり私どもの職場にいる人は何年かに一回は転勤があるということを考えていてもらわねばならないというふうに思います。そういたしますると、発令の際に事前に内示をして、それに苦情があれば聞くということは一応の考えとしては成り立つと思いますが、実際の人事の方針として、私はそれはどうも適当でないというふうに思います。やはりある土地で仕事をすればもう一生と申しまするか、そこにおるというような職種でありますればそれを変えてわきに持っていくというようなときにはまたいろいろなにがありましょうが、やはり税務行政という組織で仕事をしてもらう、その組織が転勤を必要とするということになります場合には、それを全部内示をして意見を聞いてというのは人事のなにとしては私はどうもにわかにとりがたいというふうに思います。なお民間その他のやり方というような点もよく検討いたしまして、お話の点は考えてはみまするが、ただいまの気持としてはそういう気持でおります。
#40
○横山小委員 固執するようでありますけれども、あなたの周辺の、国税庁の高級といいますか、上位のクラスの人たちは全部予告を、内示をもらっていますね。私はずいぶんそういう人たちの転勤を前もって伺っておるのでありまするが、そういう上の人たちは内示があって事前に承知をしている。もうじき変わりますということを承知しておって、そうして下級の労働者諸君、税務職員諸君は問答無用、まあそういう言葉が適当かどうか知りませんけれども、そういうような雰囲気というものは、私は住宅から始めていろいろお伺いいたしましたけれども、を一つ暗くさせておる要素ではありませんか。私はこういう国税庁のような仕事を――この委員会で何度も申しましたけれども、本質的に国税庁職員というものは、まあ、あなたは一ぺん怒られましたけれども、本質的に納税者諸君から、あなたから言わせるならば脱税者諸君からと言うかもしれませんけれども、僕から言わせるならば納税者諸君から好意を持たれない雰囲気に置かれざるを得ない。そういうのを、環境を明るくし、そうしてそれに処遇を適当にし、そうして事業も改善し、転勤についてもなるべく本人の納得を得る、それが終局的には、最後にはやむを得ない、あなたがいやでも行ってもらわなければならないということに場合によってはなるかもしれない、しかしそうなったらその苦情処理機構を考えてやるというふうなことは、当然他の官庁に比べて一そう考えなければならぬことではないかと思う。この点では次の機会に私は労働問題についてお伺いをいたしたいと思っておるのですが、これは労働問題、労働運動問題以前の問題であると思います。以前の問題としていろいろ指摘いたしましたけれども、家も足らぬわ、転勤はどんどんやらなければならぬわ、結核罹病率はよその官庁に比べて多いわ、それから働く場所は暗いわ、こういうことではあなたが長官になられてからいろいろ改善せられたとはいえども、他に比べて不十分なものがあるのではないか、こういうふうに私は考えるのです。
 時間がございませんので、この辺で質問を打ち切りにいたしますが、きょうの私の質問いたしました諸点につきましては、いずれ税務職員の心がまえとその責任という問題について具体的に意見を出したいと思いますから、委員長においては御承知おきを願いたいと思います。
#41
○簡牛小委員長 次会は来たる二十二日午後二時より開会することとし、本日はこれにて散会いたします。
   午後四時十八分散会
ソース: 国立国会図書館
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