くにさくロゴ
1947/08/22 第1回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第001回国会 司法委員会 第24号
姉妹サイト
 
1947/08/22 第1回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第001回国会 司法委員会 第24号

#1
第001回国会 司法委員会 第24号
昭和二十二年八月二十二日(金曜日)
    午後二時三分開議
 出席委員
   委員長 松永 義雄君
   理事 石川金次郎君
      井伊 誠一君    石井 繁丸君
      山中日露史君    打出 信行君
      中村 又一君    八並 達雄君
      岡井藤志郎君    明禮輝三郎君
      山口 好一君    大島 多藏君
      酒井 俊雄君
 出席政府委員
        司法事務官   奧野 健一君
八月二十一日
 經濟査察官の臨檢檢査等に關する法律案(内閣
 提出)(第四二號)
 司法行刑保護に關する請願(庄司一郎君紹介)
 (第一五四號)
 多治見市に岐阜地方裁判所支部設置の請願(山
 本幸一君紹介)(第一九一號)
 死刑廢止の請願(本田英作君紹介)(第二〇二
 號)
の審査を本委員會に付託された。
    ―――――――――――――
本日の會議に付した事件
 民法の一部を改正する法律案(内閣提出)(第
 一四號)
 皇族の身分を離れた者及び皇族となつた者の戸
 籍に關する法律案(内閣提出)(第二〇號)
    ―――――――――――――
#2
○松永委員長 會議を開きます。
 皇族の身分を離れた者及び皇族となつた者の戸籍に關する法律案を議題となし、討論にはいります。
#3
○石川委員 本案は皇室典範の施行に伴いまして、當然の立法と存じますので、社會黨は原案に贊成する次第であります。
#4
○打出委員 民主黨の側といたしましても、最も適當な案といたしまして贊成をいたします。
#5
○岡井委員 自由黨は同じく適當なる法案といたしまして贊成いたします。
#6
○大島(多)委員 私は國民協同黨を代表いたしまして、皇族の身分を離れた者及び皇族となつた者の戸籍に關する法律案に對するわが黨の意見を申し上げたいと思います。この法律案は、提案理由説明にもありますように、新黨法施行に伴い廢止さるべきところの明治四十三年法律第三十九號、「皇族ヨリ臣籍ニ入リタル者及婚嫁ニ因リ臣籍ヨリ出テ皇族ト為リタル者ノ戸籍ニ關する法律」にかかわるべき要請のために立案されたものでありまして、その内容をなすものは、きわめて事務的規定のみでありまして、ほとんど批判の餘地なきものであります。よつて本法律の速やかなる成立を希望して、本案に贊成を表するものであります。
#7
○松永委員長 これにて本案に對する質疑及び討論は終局いたしました。次いで採決いたします。本案について原案に贊成の諸君の御起立をお願いいたします。
  (總員起立)
#8
○松永委員長 起立總員、よつて本案は滿場一致をもつて原案の通り可決いたしました。
 なお本案に對する委員會報告書の作成については、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
  (「異議なし」と呼ぶ者あり)
#9
○松永委員長 御異議なきものと認め、そのようにいたします。
    ―――――――――――――
#10
○松永委員長 民法の一部を改正する法律案に對する質疑を繼續いたします。
#11
○中村(又)委員 公聽會における本改正法案に對するいろいろの意見を承つたのでありますが、さらにまた今日まで本法の改正に對する質疑は各委員から重ねられておりますので、ごく概要の點を申し述べたいと思うのでありますが、法律の改正でありまするから、念に念を入れておきませんと、また衆議院で話が出なかつたのが、衆議院で新たに違つた意見が出たということもありますので、最も重要と思われます點を質疑いたしてみたいと存じます。一つ斷つておきたいのは、私は缺席が多かつたので、重複が殊にはなはだしいという場合は、委員長より私に對して御注意をお願いいたしたいと存じます。
 まず第一、家を何ゆえに廢止するかという點であるのであります。この問題は昨年度司法省竝びに内閣において臨時法制審議會の席に私がおりました當時、非常な問題をはらんだ事項であります。すなわち家を廢するのがいいか、あるいは家を存續せしむるのがいいかという簡單なことではありまするけれども、わが國の長きにわたる習慣と申しまするか、この問題は非常に大きな關連をもつもので、公聽會の公述者の意見を聽いておつても、これを廢止するというのと、廢止せざるを可とするような意見と、兩方になつておるようであります。家を中心とする親族共同生活は、すなわちわが國古來の美風でありまして、民法の改廢により消滅するものではないのでございます。しかるに、民法の上から家に關する規定を削除するために、一般に古來の家族制度が廢止されるかのごとき誤解を生ずる關係から、意見が殊に強まつているものと存じます。すなわち事實上の家と、法律上の家を、なるべく一致させて存續させるような方法がとり得られるならば、非常に結構なことではないかと思います。新しい憲法のもとにおいて、戸主の特殊なる地位を認められないということは、私も了承いたします。しからば、この民法の上から戸主權のない戸主、戸主の特殊の權利を認めない家を、そのまま改正法の規定の上に存續しておくという考え方はできないものでありましようか。この問題はすでに過去の議會で憲法及び民法の應急措置に關する法律の審議の際にも、繰返し論ぜられておつたのでありまするが、すこぶる重大だと存じます。本法案はこの問題を最終的に確定する最後の機會でありまするから、この點に關して當局の御答辨を求めてみたいと存じます。
#12
○奧野政府委員 その點は非常に重大問題でありますと同時に、すでにしばしば各委員あるいはその立法當時における各種の委員會においても議論いたされ、結局先年制定された民法の應急措置に關する法律において、從來の法律上の家を廢止することになつて、現在は廢止されておるわけであります。そこでいろいろ議論がありますが、結局きわめて簡單に要點を申し上げますと、ただいま中村委員も仰せのように、従來わが國の法律上の制度として、すべての人がいずれかの家というわくに所屬しており、その家は、戸主と家族からなつておるのでありまして、すべての日本の人は、戸主であるか家族であるか、どちらかであり、それが集まつて家をなしておる。こういう法律上の構造になつておつたのであります。戸主は家族の婚姻あるいは養子縁組に對して同意權をもち、あるいは家族の居所の指定についてこれをきめる權限をもち、また家族がその家にはいり、あるいは出る場合に、一々それに對して戸主が同意をしなければ身分上の行為をすることができないという、すべて戸主權のもとに家族が統率されて、戸主權がそういう權能をもつということは、憲法上許し得ない制度であることは、中村委員も仰せの通りであります。しからば戸主のそういう權能を全部なくして、いわば戸主を家の單なる中心、あるいは精神的な中心人物ということにして、言いかえれば家の一つの象徴にして全然そういう權能を伴わざる戸主、家族という關係で、依然として權能をもたない家を殘していつてもよいではないかという議論は、いろいろの機會にいたされておるのであります。しかしながら、いやしくも法律として戸主、家族というものを認めておきながら、全然戸主權として何らの權限をもたないものを殘しておくことは、法律としてはほとんど無意味ではなかろうかということ、またかりに全然權限がないものにしても、同じ親族でありながら、自然的に、たとえば婚姻あるいは親子という、自然發生的にできるものは別として、法律的――言いかえれば人工的に戸主と家族にして、戸主が何らの權限を伴わないといたしましても、家族を統率していくということが、やはり個人の尊嚴という上からいつて、憲法の精神に合しないのではないか。そうしてかくまでして戸主というものすなわち家というものを殘していくということは、いかにも封建的な殘滓をなお固守しようとしておるという、國際的ないろいろな考慮も拂わなければならない。むしろこの際率直に憲法に基く民主的な精神を民法にとり入れて、實際の家庭生活をそういうふうに統率されるものとするもの、あるいは戸主のような權限のあるものと、戸主によつて統率される家族という制度を撤廢して、實際の親族の共同生活として民主的な新しい家のあり方をきめていく。そうしてお互いの自由と尊嚴を尊重し合つて、維持していくということが、新しい家の家庭生活あるいは家族制度の向うべき途ではないかということにいたしまして、結局戸主、家族の關係、すなわち家の關係を廢止することにいたしたのでありますが、これがために決して現實の家庭生活、あるいは現實の家族生活、家族共同生活ということは、何ら影響を及ぼされないものであるということは確信しておる次第であります。
#13
○中村(又)委員 この點もう一點だけ繰返しておきますが、この家というもの、すなわち新憲法に牴觸しない範圍における家というものも、今後ばらばらになろうかと思われるこの親子の關係などを、同じ戸籍の上にもつておるというような形式的な立場から言いましても、いわゆる事實上の家というものを法律上の家と一致させるという考え方において、今後の改正法にもお認めくださるという、奮發したる御意見は具體的におもちではありませんか。それをちよつと聽いておきたいと思います。
#14
○奧野政府委員 民法の上において、戸主を中心とする家の制度を發しますが、現在戸籍は家を中心とし、すなわち戸主を中心としてその家族を同じ紙の上に集團的に記載して、それを戸籍として一つの單位にいたしておる。家がすなわち戸籍の上の單位になつておる。しかしながら、實際は同じ家、いわゆる法律上の家、すなわち同じ戸籍にはいつておりながら、實際の共同生活は、戸主は東京におる、家族は九州におるというようなことで、實際上の共同生活と、法律上の家の生活、言いかえれば一つの戸籍にあるところのものが戸籍は一つであるが、實際生活はばらばらであつて、必ずしも實際を映してないのであります。そこでお説のように、戸籍を實際の家庭生活にできるだけ近くもつていくということを考えておりまして、まだ成案を得ておりませんが、腹案として考えておるところでは、子供が新しく婚姻すればそこで戸籍を新しくする。そうしてそれに子供ができれば、その夫婦の戸籍の中に子供をつけていく。ところがその子供がまた成年になつて婚姻でもするという場合には、またさらに子供夫婦について新しい戸籍を起す。そのまた子供ができればその戸籍の中につけていくが、そのまた子供が婚姻でもすると新しくするというふうに、夫婦及び未婚の子供というものを一つの團體として戸籍を編成してまいりたいという考えでありまして、實際の家庭生活もおそらくそういうふうな方向、あり方をもつていくのが、最も普通ではないかというやうに考えるのであります。それのみならず、さらに一般にそういう戸籍の問題、あるいは民法上の家というような問題にかかわらず、實際の家庭の共同生活の圓滑なる運營を維持するために、今御審議を願つております家事審判法によつて、これらの實際の家庭生活の圓滿なる維持に努めるような制度を他面設けまして、實際生活における家庭生活の圓滑なる運營ということを期しておるわけであります。
#15
○中村(又)委員 少しくどいですが、ごく簡單に申し上げます。孫となりますと、戸籍の分離も結婚と同時に必然的に考えられると思いますが、一間扶養義務の範圍の規定から考えてみましても、親子くらいの範圍におきましては、必然的に妻帶すると同時に戸籍が分離されなければならぬという規定はいかがなものかと思われるのであります。むろん、ただいま申しまするように、事實上のいわゆる家と法律上の家と一致させるということの不便は、東京に住むものと九州に住むものというような關係も起つてまいるのでありますが、そういう點は任意に現在まで行われておりました。戸籍は本籍は九州にあつて、必要によつて寄留というものを東京に行うというようなわけで、寄留というような手續を簡單に行い得られまするように、任意によつては本籍のいわゆる九州から、あるいは東京に、ちようど寄留の手續が簡單に行い得られますように、戸籍の分離が行い得るというような便法までも法條に入れまして、親子くらいまでは妻帶すれば必ず戸籍がわかれなければならぬのだということは、あまりにも變革がひど過ぎることではなかろうか。ただいま申しましたように、戸主權などが新憲法の平等觀念から、いわゆる牴觸するのだ、食い違うのだという點などは、もちろん改むべきでありますけれども、戸籍のあり方に對しましては、いかがなものであるかというようなことから、ただいまの質問の精神を申し上げた次第であります。
#16
○奧野政府委員 戸籍法につきましては、ただいまなお成案を得ておる程度には達しておりませんが、御意見の點は十分考えたいと思います。ただもしかりに子供が妻帶をするという場合に、夫婦について新しく戸籍をつくると申しましたが、特にこの際本籍のきめ方が、親の本籍と違つた所へもつていくというのなら、格別でありますが、全然親の本籍と違つた所へもつていかない。何ら特に今までの親の本籍地と違つた所へきめるという申出がない限りは、今までの親の本籍と同じ場所に新しい夫婦の本籍ができる。結局今まであつた親の戸籍の次のページに、新しく妻帶した夫婦の戸籍が附け加えられるということだけになるつもりでありまして、紙が別になるということで、本籍の場所が別々になる趣旨ではないのであります。
#17
○中村(又)委員 わかりました。繼親子、嫡母庶子の間に親子關係を否認しておるのは情誼に反すると思いまするが、この點いかがでございましようか。同じ屋根の下に、いかに強いことを申しましても、あるいは先夫の子供と申しましても、長い間自分の子として育て、あるいは自分の子としてともに生活をしていくその關係において、この法律上の改正點の影響するところは、かなり重大のように考えられまするが、御當局の意見を承りたいと思います。
#18
○奧野政府委員 その點につきましてもいろいろ議論のあつた點であります。配偶者の一方と他の一方の婚姻によらないで生れた子との間に、從來繼親子關係を認める。すなわち親子關係を認めておつたのであります。これはなぜかと申しますと、結局從來家を同じくしておつたがために、特に親子の關係を擬制いたしておつたのであります。もつとも實際の實例において、ほんとうに愛情を感じて親子と同じように考える實例もあらうと思います。しかし、その關係はちようど嫁と舅姑との間においては、從來は親子の關係はなかつたのであります。それとむしろ同じような考え方にいたして、それは單に姻族一等親の關係だけでいいので、特にその間に親子の關係を認めることはいかがなものであろうかということになつたのであります。すなわち今囘家という制度を廢してしまつた以上、從來家を同じくするがゆえに繼親子の間の親子の關係を認めたのでありますが、結局そうなると、全然親子關係を認めないことにするとか、あるいは家をなくしてもなお親子の關係を認めるかという二者いずれを選ばなければならないかということになるわけであります。すべての場合に親子の關係を認めることは範圍がむしろ廣過ぎるし、實際のすべての當局者の意思に適合するものとは思われないのであります。殊に親子の關係を認めていきますと、相續の關係、あるいは親權の關係、すべて親子の關係と同様になるので、すべての場合にそうだということになることは、實際の當事者の意思に反する場合があろうと思うのであります。もつとも特別な場合においては、ほんとうに親子の情愛を感ずる場合もありましよう。しかしその場合といえども、先ほどの嫁と舅姑との關係と同じ程度でいいぢやないか、嫁と姑との關係は姻族一等親であります。その關係と同じことにしていおいて、事實やはりお父さんお母さんと呼ぶことは毫も怪しむに足らないので、そういう愛情によつて結ばれることは適當であるのでありますが、法律上親子にしなければならないということは、少しく行過ぎではないか。要するに姻族一等親の關係にしておきますれば、扶養の關係におきましても、扶養の義務を設定することもできますし、常に親子の關係を結んで、その相續關係を認め、親權の關係を認めなければならないということは、憲法の精神に鑑みますと、そういう場合に具體的にその當時者が親子の關係を結びたいという場合ならばともかく、そうでないのにもかかわらず、親子の關係を擬制することは行過ぎである。然らばその際にそういう愛情を感じて親子の關係を望むという場合は、これは養子制度を活用することによつて、その目的を達することができるという結論によりまして、今回は從來の繼親繼子の間に強いて親子の關係を法律上擬制することをやめた次第であります。
#19
○中村(又)委員 もう一點簡單に今の點をお尋ねしておきまするが、ただいま政府委員は養子という言葉をお使いになりましたが、要するに養子制度の精神から考えてみまして、産んだ親よりも育ての親という言葉がありまするが、嫡母庶子などの關係における養子どころではありません。ときには赤ん坊のときから自分の子供同様に育てて、しかも自分にはまだ子供がないというようないわゆる嫡子もおるのであります。そこでまつたくの他人から養子をもらつてきた、その養子と親子の關係が生れていたというような、養子制度の事實から見て、嫡母庶子の間が赤ん坊の時代から育てられ成長していく、その長い間の事實を、その親子としての關係を否認するのだという法律の建前は、日本の國情の立場から考えてみましても、あまり行き過ぎた法制のとり方ではなかろうかと存じますので、重ねてお尋ね申し上げたようなわけであります。
#20
○奧野政府委員 その養子にもらうという場合は、それはほんとうの自分の意思から親子の關係を結びたいという意思の發露でありますが、ただ先妻の子供があつたというふうな場合に、その妻になるという場合、必ずその子供の母にならなければならないというところまで、その意思を擬制していくということは、やはり個人の尊嚴を重んずる憲法の精神に適合しないのではないか。ほんとうにそこへ行つて愛情が湧くならば、前に言つた養子のような、自分の意思に基づいて親子の關係をつくる途もあるのでありますから、そういう意思に基づかないで法律上當然にただ嫁に行つた先に子供があつたからというだけで親子の關係を結びつけるのはいかがなものであらうかという擬制を行うことをよしたと言うことに御了解願いたい。
#21
○中村(又)委員 今回公聽會においても特に強く論ぜられましたる内縁關係の救濟問題であります。内縁關係を救濟いたしまするために、少くも例外的に事實婚を認めらるべきものではなかろうかと思う點であります。事實婚を認めることは、野合を許容することは別問題で、まつたく區別せらるべき事柄でございます。いわゆる事實婚主義は親戚知友の列席のもとにおきまして嚴粛な結婚式をあげ、隣り近所もこれは夫婦であると認めまして、何人も疑う者はないという男女の生活に對して、届出がなかつたために、正當なる事實婚が法律上何ら救濟の途が開かれていないという事柄でありまして、今囘の改正法にもこれを救濟せんとする事實がないのでございます。さきにも申しまするように、りつぱな結婚式をあげて知人、媒酌人のもとにおいて行われたる正當の婚姻が、届出がないために法律上は夫婦と認められず、しかもその間に生れました子供は、今日まで私生児として取扱われておつたという事實があるのでございます。世間を見てみますと、結婚はさせておきながら、實際は試驗結婚とでも申しまするか、從來はある期間この嫁は家の家風に合うかどうか、あるいは自分のせがれの妻として將來適當な人物であるかどうかというようなことなどもありまして、半年も一年も二年も、長きはもう三年もほつたらかしにしておかれたというような實例さえもあるのでございます。こういう事實なども取上げまして、野合と異なるりつぱな事實婚は届出主義をとらぬでも、何らかの方法をもちまして法律上の救濟ができるような建前に法制をお考えになることはできないか、伺いたいと思います。
#22
○奧野政府委員 内縁關係をどういうふうにして救濟するかということは重要な問題でありまして、この點實は改正案におきましては、一應從來通り届出主義をとりまして、いわゆる事實婚を正式な婚姻と認めなかつたのでありますが、この點はさらに後日研究を重ねていかなければならぬ問題だと考えております。ただ結婚がはたして成立しておるのかどうか、またいつ成立したかというようなことは、國家及び一般社會に重大な關係がありますので、この點を明確にするためには、いずれの文明國におきましても、婚姻の成立はその届出あるいは届出に類似するような一般に公示する形式を必要とされておるのであります。そこでそういう各國の立法例及びそういつた社會上の要請に基いて、できるだけ結婚の成立の時期を明確ならしむるということから考えれば、届出主義がいいのではないか。もちろんあるいは届出ではなく、夫婦兩方が、たとえば戸籍吏員の前で公に宣言をするという方式も考えられます。あるいは教會で宣言するということも考えられますが、わが國の從來の一般の慣習として、本人がわざわざ出なくても書面による戸籍吏に對する届出によつてその手續を明確にすることができるというその趣旨をそのまま踏襲いたしたわけであります。從來届出が完成しないために内縁關係ということになつて、婚姻と同じような法律上の保護を受けなくて困つておつたということは、私から申し上げるまでもございませんが、なぜそういうように届出が事實行われなかつたかというと、これは當事者の怠慢によるか、しからざれば、父母の同意を得ることができなかつた、あるいは戸主の同意が得られなかつた、あるいは法廷家督相續人であつたがために、廢嫡の手續を濟まさなければ婚姻届出ができない、あるいは戸主であつたがために隱居か何かの手續を經なければ届出ができなかつた、というような、法律上の差支えのために、届出がすぐできなかつたということになつているのでありまして、今囘民法の改正によりまして、法律上のそういう障害は全部取拂われたことになるわけでありますから、從つてもし届出をしないということが、當事者の怠慢か、あるいはほんとうに合意が成立していないということに歸著するわけであります。今後日本の國が文化國家となり、法律的にみんなの意識が向上していまいりますと、届出という法律上の手續は當然婚姻についているのだという認識が一般に廣まつてくるに從つて、届出の励行ということが、だんだん励行されることになつてまいろうかと考えているのでありまして、現在でも大體結婚は届出でやるのだということは常識になつているだろうと思うのでありますが、從來のような法律上の阻んでおつた理由が今囘全然除かれたものでありますから、廣く法律上の知識を一般に普及せしめて、擧式と同時に届出をして、内縁關係というような理由によつて法律上の婚姻と同じような保護を受けないということのないようにいたしたいと考えるのであります。しかしそのことは内縁關係というものが事實あります以上は、これに保護を與えることを考えなければならないこととは別問題でありまして、その點等につきましては、さらに根本的に民法を改正いたす考えでありますから、その際に十分研究考慮いたしたいと考えております。
#23
○中村(又)委員 政府委員は形式主義を徹頭徹尾今のところお考えのようでありまするが、形式主義をとられるということでありますれば、たとえば出生の場合は十日以内に届出なければ過料に處するという規定があります。結婚の場合にも婚姻の届出主義をとる以上、これも十日以内というてはあまりに短期間のようでありますが、少くとも式をあげ正當なる婚姻をなした以上、野合を容認せぬという意味においても、一箇月なり二箇月の範圍において婚姻届をなすべしという一つの規定を設けられる必要がありはしないか。しこうして出生届の場合は、十日以内に出生届をしなければ過料に處するという規定があります。そこでこの場合にも、野合を彈壓するためでありますならば、もう少しひどい刑罰でも設けて、ともかく擧式主義の励行をはかるという趣旨を徹底していただきたいと思いまするが、かかる法制をとるというお考えなどはないのであるか、お尋ねいたしたいと思います。
#24
○奧野政府委員 その點も實はただいま問題にいたして考えておるのであります。御承知のように、婚姻届の内容が非常に細かい點まで記入して届け出なければならないように改正になつております。これは人口動態の統計の必要から、いろいろなことを記載して届け出るということになつておりますが、その中には結婚式をあげた場合には、結婚式をあげた日を記入するということになつておりますので、おそらく結婚式をあげない婚姻はなかろうと思いますが、そうなると結婚式後いつまでの間にこういう届けをしない場合には過料等の制裁に付するというようなことも、だんだん考え得る問題になつて、現在その點についていろいろ研究いたして問題にいたしておりますが、ただいまここで必ずそういう過料の制裁を付するというところまでは約束いたしかねますが、現に研究中であるということを申し上げて、御了解を願いたいと思います。
#25
○中村(又)委員 離婚の場合に夫婦の一方は他の一方に對しまして財産の分與を請求することができるという法制をとつたのは正しいと存じます。そうでありまするならば、養子縁組の場合におきましても、同様に主張ができるものだと存ずるのであります。離縁の結果一方が生計に窮する場合も起つてくるのでありましようし、この縁組中に双方の協力によりまして得たる財産が、その一方だけの所有名義となつていく場合が多く考えられるのでありまして、離縁の場合、離婚の場合と同様に、その一方から他の一方に對しまして、財産の分與ができるという規定をするのは正しい考え方でなかろうかと存じまするが、政府委員の御見解をお尋ねいたしたいと思います。
#26
○奧野政府委員 その點もごもつともな御質疑かと考えますが、夫婦の離婚の際に、配偶者に財産分與の請求を認めました理由は、結局夫婦の財産というものは夫婦の協力によるものである。他の一方に分與請求の權利を認めたのは、このいわゆる二人でつくつた財産の分配分割ということになるのでありますが、養子と養親の關係は、殊に養子が幼少であるというふうな場合が多かろうと思うのでありまして、それだけからいたしましても、夫婦の關係とは異にいたしておる。また夫婦が協力してその夫婦間の財産をつくつたという關係とは、いささか養子と養親との關係は違うものではないかということで、この婚姻の場合における離婚の際の財産分與と同一視することができないという理由におきまして、養子縁組の離縁の場合にはこれを認めなかつたわけであります。
#27
○中村(又)委員 この質問は大問題でもないのでありますが、朝鮮などの過去の法律關係などは、婚姻をする場合、妻といわゆる夫とは氏は別々で、そのまま正當なる婚姻が成立するという風習が法律的に容認せられておつたのであります。今囘のわが改正案におきましては、婚姻によつて氏を改めることがいくらかの餘裕を與えられたようになつておるのでありますが、婚姻によつて氏を改めたものが、離婚後に婚姻前の氏に服するか否かを當事者の自由意思に任せなかつたという改正法案の理由はどこにあるのでありますか。
#28
○奧野政府委員 婚姻の際に夫婦が依然としてやはり前からの氏を稱することにしておくか、あるいは兩方の氏を竝べて使用するということにするか、あるいはどちらか一方の氏を兩方とも使用するというふうにするか、いろいろ立法例はわかれておるのでありますが、本案におきましては、夫となるものがあるいは妻になるものが、どちらか一方の氏を夫婦兩方が稱するという前建にいたしたのであります。そこで婚姻が離婚によつて解消した場合、これはもう夫婦でなくなつたのでありますから、この場合には婚姻の際氏を改めた方をもとの氏に復歸せしむるという制度をとつたのでありまして、これは當事者が離婚しておきながら、なお今まで通りの氏を稱するということは、一般にまだ婚姻中であるのか、あるいは離婚しておるのかというようなことについての混亂を生ずるからでありまして、要するに氏というものはその各個人の名稱にすぎないのでありますから、それが婚姻關係がなくなつておるのに、依然として婚姻中と同じ名稱を用いるということは、いろいろ混亂を生ずる。あるいは特殊なる場合にそういう必要がある場合もあろうかと思います。あるいは女で非常に選擧等をやつて、その名前でもうすでに名前を賣りこんだような場合、離婚したために舊性に復歸するということは選擧というような際に非常に不利益になるというようなことはありましようけれども、これは特殊な場合でありまして、やはり國民感情といたしましては、夫婦が離婚すればもとの民に復歸するということが、一般の國民感情であり、また一般の混同誤認を生ぜしめないためにする必要があろうと思います。ただ離婚ではなく、夫婦の一方が死亡したがために婚姻關係が解消したような場合は、それは舊姓を名のろうと、なお婚姻中の姓を稱しようと、それは自由に任したのであります。離婚の場合は、はつきり判決または當事者の話合でわかれてしまつたのでありますから、やはり從來の氏をそのまま名のり得るということに對しては、いろいろ困難が生じますので、その點と未亡人になつた場合とは區別して規定をいたしたわけであります。
#29
○中村(又)委員 從來この婚姻年齢というものが、男女の間に差別が設けられておつたものであります。もちろん過去の考え方からいたしますと、妻をもつても夫は妻を養うていかなければならぬというようなことも一つの事實となりまして、幾分の理由はあつたと思います。さらにまたこの身體の發育状態、あるいは生理的關係というような方面、いろいろな事實に立脚いたしまして、婚姻年齢というものが男女の間に差別があつたのでなかろうかということも考えられるのであります。新憲法は男女同權すなわち兩性の本質的平等を主張いたしておるのであります。この觀點からいたしますと、すべてが男女同權出ある以上、この婚姻關係におきましても、男女の年齢を差別するという根據が薄弱となるのではなかろうかと存じます。この點政府の所見を伺いたいと思います。
#30
○奧野政府委員 從來におきましても、男女の發育の實情からみて、女性の方が男性より早熟であるということは當然なことでありまして、それがゆえに男女の間の婚姻年齢を區別しておつたのでありまして、その點は世界各國大體においてそういう區別がなされておると心得ます。そこで男と女という性別的な意味における發育、生理上のそういうつたような關係から區別をつけるということは、これは憲法の兩性の本質的平等を害するものではない。勞働者でも女は妊娠の場合にはいろいろな休暇等が特に男と違つてある。あるいはまた他の關係におきましても、たとえば七百三十三條の女は再婚についてある制限を受ける、これは女のみが妊娠をする關係からこういうつたような差別が生ずるということは、これはやむを得ない現象でありまして、これは憲法の本質的平等を犯しておるものではない、そういう意味をもちまして、生理的發進等を考えまして各國の例にならつて、やはり從來通り男と女の結婚年齢について差別を設けましたが、憲法違反とは考えていない次第であります。
#31
○中村(又)委員 配偶者と他の一方の直系尊族の間に扶養義務を認めていないのでありますが、我が國の人情かつ實情に照し合わせまして、適當でないように思われますが、御所見を承りたいと存じます。
#32
○奧野政府委員 從來民法におきましても、配偶者とその一方の直系尊族との間において扶養義務を認めておりましたが、家を同じくする場合に限り扶養義務を認めておつたのでありますが、今囘家という制度を廢止いたしました現在、配偶者と他の一方の直系尊族の間の扶養義務を認めるということを無制限に法律できめておきましては、適當ではないのでありまして、むしろそれよりも具體的の場合に感情に應じて、その間に親族一等親の關係として扶養の義務を認めるのが適當と思う場合に、家事審判所がいわゆる嫁と舅、姑の間等において扶養の義務を認めるということにした方が適當であろうというので、法律的に常に畫一的にその義務を認めないで、具體的な場合において、法律――家事審判所の審判によつて扶養義務の關係を認めておくという方が實情に即するという關係から、從來の規定を改めたのであります。すなわち從來の規定は、家というものを同じくするということに根據があつたのでありますが、家がなくなつた結果、解釋といたしましては、全然扶養關係がないということになると考えますが、それでは實情に即しないので、むしろそういう場合に、實情によつては扶養關係を認めていくという途を開くことが適當であろうということにいたしたわけであります。
#33
○中村(又)委員 最後に二點だけお伺いいたします。家事審判所に遺産分割禁止の權利を認めておるのは、分割相續主義をとつておる法の精神に矛盾し、原則に反するのではないかという點、いま一つは協議離婚に家事審判所の確認を要するという制度を設けまして、その協議離婚が當事者の自由意思によつてなされたものであつて、夫の一方的な離婚強要に基くものではないとするとその精神をはつきりさせるために、離婚という一つの愼重な決定をするためには、やはり家事裁判所という特別な制度も設けて、この制度を協議離婚などにも介在せしむるという手續をとつた方が、損害賠償あるいは財産の分與請求など、結局かかる問題も附著して起る問題でありますから、この離婚そのものの確認を家事審判所にも立ち合わせるという制度をとつた方が、簡單に適正に運ぶのではないかと思われますが、御所見いかかでございましようか。
#34
○奧野政府委員 第一點でありますが、均分相續制度をとる以上は、原則として相續財産は相續人に分割するというのがお説のように當然であります。そうして被相續人が分割禁止の遺書をすることを認めておりますが、それも五年という制限期間だけは分割禁止することを認めておつて、永久に分割禁止するということは、被相續人の遺言をもつてもこれをなし得ないものといたしたのであります。しかしながら、一面相續財産の中には、家屋とか、あるいは商標、その他の個人營業、あるいは農業財産というように、ただちに分割することが不適當であり、あるいは不利益であるものが多々あると思うのでありまして、農業財産につきましては、相續の特例を法律をもつて制定いたす豫定になつておりますが、その他のものについても、いろいろ具體的な場合によつては、當時者の利益のために分割を禁止しておく必要のあるものも相當あろうと思いまして、家事審判所は具體的な場合にその裁量によつて分割禁止ができるという途を開いた次第であります。
 次に第二點は、協議上の離婚の際に家事審判所の確認を要するようなことにいたして、當時者の眞意に出た離婚であるかどうかというようなことの確認をさせることによつて、一方的な追い出し離婚というようなことがなくなつて、愼重を期することができるのじやないかという御質問でありますが、この點は昨日の公聽會におきましても、いろいろ議論があつたわけでありまして、なおそうすべきだという議論も方々で聽くのでありますが、この點は重大な問題と考えるのであります。しかしながら女性の地位がだんだん解放されて自覺するようになりますと、その意思を無視して勝手に離婚が行われるというようなことは、將來の社會情勢から見て、次第になくなつていくものではないかというふうに思うのであります。それともう一つは、離婚の場合に必ず家事審判所の確認の手續を經なければならないということにいたしますと、その手續が煩瑣でありますので、それをきらつて、むしろ事實上は離婚の状態にありながら確認の手續を經ないで、そのために法律上はなお夫婦であるという、いわゆる法律と事實が食い違つておることが多くなつてくるのではないかというふうに考えるのであります。なおそのほかに常に家事審判所にもつていくということになると、家事審判所の人員その他の點においても、相當の豫算の關係もあろうかと思います。要するに婦人の自覺、地位の解放によつて、心ならずも協議離婚をするというふうなことがだんだん少くなつてくるであろうという観點に立ちまして、離婚も自由に從來通り、夫婦が離婚したいという意思が眞に合致しますならば、離婚届出だけで離婚ができる。もつともその場合に詐欺あるいは脅迫によつて離婚に合意をせしめられたというような場合は取消すことができる途を新しく開いておるのであります。それらによつて、大體從來通り合意上の離婚は届出によつて離婚することが適當ではなかろうか。殊に大體におきましてわかれる途ができて、それからお互いに離婚届出に判を捺して出すというまでには、相當自實上の日數もかかることでありますから、一時の興奮のためにわかれてしまつて、あとで取返しがつかなくなつてしまつたというふうな悔を殘すことは、自實上ほとんどないのではないかというふうにいろいろ考えまして、やはり今囘は從來通り、特にすべての協議離婚に裁判所なり、あるいは家事審判所の確認という行為を中に入れる手續をとらなかつたのでありますが、この點は重要な問題として、いろいろ論議されておりますがゆえに、この委員會等においても、十分その點の御審議を煩わしたいと考えております。
#35
○中村(又)委員 最後のお尋ねであります。しばしば臨時法制審議會においても御意見を伺つたのでありますが、今囘の改正は、主として親族、相續編の改正のみを目標としておるのであります。しかるに民法は制定以來すでに五十年を經過しておりますために、親族、相續編以外にも現状に即しない點が多くあるのであります。かつまた新憲法に對し、その精神に副わない點が多くあるのであります。たとえて申しますと、過料の金額、短期時効にかかる債權の種類、所有權の限界、雇人給料の先取特權の金額、賃貸借、雇用の規定、あまたあるのであります。何ゆえにこれらの點を放置せられて、親族相續權のみの改正に止められたのであるか。政府當局の御方針を承つておきたいと存じます。
#36
○奧野政府委員 今囘の改正は殊に日本國憲法の制定に伴いまして所要の改正を行うことを目標としたのでありますが、この見地からみますと、改正の必要は親族、相續編がおもに改正を要請されていることは疑いないのでありまして、そういう意味で今囘はその改正に主眼をおいて立案いたしたのであります。しかしながら相續、あるいは物權、債權というような各編につきましても、時代の變遷に伴いまして改正を必要とする箇所の多いことは、ただいまお述べになつた通りであります。そこで財産法全般に對することはもとよりでありますが、今囘改正いたしました親族、相續の編につきましても、さらに研究して根本的な改正を行いたいと考えているわけでありまして、もちろん財産權に關する事柄につきましても、新憲法の趣旨に基いて再檢討を加えて、これをできるだけ早く改正し、完璧な民法法典をつくりたいと考えておりますが、今囘はとりあえず親族、相續の點について憲法の要請に從うべく最小の改正を行つたにすぎないというふうに御了解願いたいと思います。
#37
○八並委員 改正案の第一條につきまして他の委員からも御質疑がございましたし、政府委員からもしばしば御説明がございまして政府のお考えも私了承いたしましたが、第一條の規定は私權の意味を少くとも誤解されるおそれがあるのぢやないかということを疑つておるのであります。申すまでもなく私權、すなわち個人の權利を保護し個人の幸福利益を確保することは、私權の本質であろうと思うのであります。あの規定をそのまま讀んでみますと、いかにも私權は公權によつて、すなわち公共の福祉によつて制限されるのでないというような、いかにも逆なように解せられるおそれがあるのであります。さような誤解があります上に、御承知のように彼の戰時中に國家主義的な思想から公益優先というような考え方によつて、あるいはまた全體主義的な考え方、あるいは今後また起るかもしれないと豫想されます社會主義的な、あるいは共産主義的な所有權の否定の根據になるおそれがありはしないか、それに利用せられるおそれがあるのじやないかということを私も實は疑つておるのであります。この點につきまして政府委員からご説明がございまして、私自身としては了承をいたしておるのでありますが、しかし一般の國民の間に誤解されるおそれがあるのではないかということを疑つておるのであります。從いまして、私はこの規定は削除せられるか、あるいはまた御修正に相なる方がよろしいのじやないかという考えをもつておるのであります。外國の例に見ましても、最近の立法はかような原則を民法でとつておるのも相當ございますが、しかしわが國の法律の解釋におきましては、民法九十條の適用により、あるいはまた法律の全精神の解釋によりまして、今まで權利濫用の禁止の規定もございません。また信義誠實の原則の規定もなかつたのでありますが、事實は權利濫用もせられ、また信義誠實の原則の適用も判例によつて明確になつておるような次第であります。殊に現在政府のお考えでは憲法の改正に伴う必要やむを得ない最低限度の御修正に相なるというようなことでございますからして、できますれば私はこの用語の方法等につきまして、さらに御研究の上、次の改正、すなわち根本的な改正の機會に、この問題を御改正になる方がいいのじやないかと、實は考えておる様な次第であります。別に政府の方から伺つておりますから、特に御答辨は必要でありませんが、もしそのお考えについてただいま御決定になつておるものがございましたならば、承りたいと存ずるのであります。
#38
○奧野政府委員 この改正案の第一條の第一項ににつきまして、いろいろ議論があるわけでありますが、ただこの趣旨は私權ということでありますがゆえに、いかにも自分の利益のためのみに、自分の利益のためのみに認められた權利である、從つてそれを公共の福祉に反してもどういうふうに使つても自由だというふうに思われて誤解されてはいけないので、やはり要するに私權を認めたのは公共の福祉に反するような私權は認めないのだという趣旨を表わしておるのでありますが、その點は表現が多少問題になろうかと思います。二項は各國の立法例にあるように考えますが、一項の點につきましては、そういう誤解がありといたしますならば、この委員會において、とくと御審議くださるようにお願いいたします。
#39
○八並委員 これも別段取立てて申し上げることではありませんが、この第一條の二の問題でございます。「個人ノ尊嚴ト兩性ノ本質的平等トヲ旨トシテ之ヲ解釋スベシ」という民法の解釋規定でございまするが、今度の改正によりまして、なおかような規定をおおきになりましたのは、この個人の尊嚴と兩性の本質的平等に反するような規定が殘存しておるかもしれぬというような御考慮から、こういう規定をおつくりになつたのかどうか承りたいと思います。
#40
○奧野政府委員 御承知のように、憲法二十四條によりまして、立法は必ず個人の尊嚴と兩性の本質的平等に立脚してつくらなければならないというのでありまして、その趣旨の基きまして立法いたしたのでありますが、殊に親族、相續につきましては、相當いろいろ考慮の上、そういう方針に基いて立法改正をいたしたのでありますが、殊に他の財産權の方向、その他全般にわたつてなお十分の改正をいたしてない部分もありますので、要するに立法の精神はそういうことに立脚して立法したのであるが、なおこれを運用、適用していく上にも、そういふ精神で運用なり解釋なりをしていただきたいということをここに表わしたいわゆる解釋方針である。憲法二十四條は立法の大原則で、これは立法された成文を解釋適用する上における方針という意味で掲げたわけであります。
#41
○八並委員 婚姻の問題でありますが、この問題につきましても、たびたび質疑應答が繰返されたと思うのでございますが、これは第一辨護士會から全日本辨護士會及び第一辨護士會の意見としてすでに参つたのでありますが、七百九十條の二として「慣習に從つて婚姻の式を擧げた後ち一箇月以内に前條第二項の届けをしないときは、當事者の一方は家事審判所の許可を得て婚姻の届出をすることができる。前項の届出をすることができる。前項の届出には家事裁判所の許可を證する書面を添えるほか證人を要しない。」かような規定をおいたらいかがかというような意見がございます。この點につきましては、特に御説明申し上げる必要もないと思いますが、その點に關する御意見を承りたいと思います。
#42
○奧野政府委員 その點すでに中村委員の御質問に對する答辨の中にもありましたように、内縁關係、いわゆる事實婚というものをどういうふうに取扱うかということは、これは非常にむずかしい問題でありまして、臨時法制審議會におきましても、大正八年から引續き最近にいたるまで、その問題について研究を重ねてまいつたのでありますが、いまだに結論に到達していなかつたわけであります。そういう關係で、内縁關係についての取扱いということは、愼重になお研究を要する問題と考えまして、今囘は從來通りの届出主義を採用いたしたのでありますが、先ほど申し述べましたように、いずれ根本的な改正を近く行いたいと思いますので、その際においては内縁關係、事實婚というものをいかに取扱うかをさらに研究してみたいつもりでおります。
#43
○八並委員 なお婚姻の問題でございますが、未成年の子は父母の同意を要することになつております。もし父母の一方が同意しないときは、一方のみの同意で足りる。一方が死亡した場合にも同様になつておりますが、そういたしますると、兩親とも死亡した場合においては、未成年者は婚姻ができないということになつておりますが、さようでございましようか。
#44
○奧野政府委員 そうではありません。兩方死亡した場合には何らの同意者の同意がなくても婚姻ができるというふうに考えてあります。
#45
○八並委員 さような場合に父母に代わるべき後見人の同意というようなものを必要とすると規定した方が、前の兩親の同意、または一方の同意と對して適當ではないかと考えますが、その點に對する御意見はいかがでありますか。
#46
○奧野政府委員 未成年者の婚姻に對しての同意も、憲法の精神から言いますと、できるだけ同意を必要としないようにという考えでまいつたので、その意味から父母が双方ある場合に、双方が反對をすればこれはしかたがないが、一方でも贊成があれば結婚ができることにいたし、またたとえ父母双方の反對がありましても、婚姻の届出が受理されたという場合には、これは取消しの原因にもいたしておらない。受理されれば有効な婚姻になるということにいたしておるのでありまして、そういう意味で、父母がいない場合に、さらに後見人が何らかの同意を必要とするということも、むしろできれば避けたい。後見人はそうなると他人でありますから、父母がないから後見人が同意者になり、後見人が同意しないと婚姻ができないということになると、やはり憲法の精神からいくと、あまり適切ではないという意味で、今さらにそういう規定をおかなかつたのであります。
#47
○八並委員 扶養の義務問題につきましても、しばしば質疑應答が繰返されておりますが、この扶養義務につきまして、私はやはり現行民法のように、その扶養義務者の順位を規定しておく方が適當ではないかという考えをもつているのであります。もちろんこの法律で規定してある親族關係の人々は、當然扶養義務を履行いたさなければならぬのでありまして、もちろん家事審判所も關與して、それを合理的に妥當に決定するでありましようが、しかしやはり人情といたしまして、第一次、第二次の扶養義務者をきめておく方が、責任を重んじ、結局扶養義務の履行が全うされるのじやないかと私は考えるのであります。前に扶養の義務の順位を規定してありましたのに、この法案にはそれを削除改正されましたわけを承りたいと思います。
#48
○奧野政府委員 現行法におきましては、扶養の順序等をすべて畫一的に法律で規定しておるのは、むしろ實情に副わないのではないかということが、前から論じられておるのであります。まあ少くとも戸主の家族扶養の關係は家の廢止とともになくなりますし、また家を同じくする場合、家にある者とない者とでいろいろ差別待遇をいたしておるというようなこともなくなるべき運命でありますし、そして法律で扶養の權利義務を限定畫一的にきめておくことはどうしても實情に適しないということが昔から論じられておりますので、このたび家事審判所というものができて、深く家庭の相談相手になる制度ができるにつきまして、扶養の義務者、あるいは權利者等の順位、どういうふうな方法で扶養すべきか、あるいははたして扶養すべきかどうかというようなこと、程度方法というようなこと、すべて一應當事者間の話合いで進めていくが、話合いのできなかつた場合に、家事審判所が實情に即して審判していくというふうにやつた方が、實際の親族共同生活の意義に適するのではないか。法律的に順序をきめておいて、その者が全部の扶養義務を負わなければならぬ。そしてその者がほんとうに無資力になつた場合に、次の順位の者が初めて扶養するというようなむしろ水臭い關係ではなく、そういう場合に適當に、どういう順位であるとか、あるいはその割合をきめるとか、どういう方法でだれが扶養するといつたようなことを、實情に即して家事審判所に相當裁量の餘地を與えた方がいいのではないかという考えから、畫一的な現行法を彈力性のある改正案のように改めたわけであります。
#49
○八並委員 この相續に關する八百九十七條の系譜、祭具及び墳墓の所有權についてでございますが、その相續は放棄できないという規定をおくべきだと考えます。その理由といたしましては、この祖先の祭祀はわが國におきまして古來の淳風美俗であります。この淳風美俗をどうしても私ども保存いたしたいと考えておるのであります。さような見地からいたしまして、放棄することを得ないという規定を欲しいと思うのでございまするが、この點に關する御意見を承ります。
#50
○奧野政府委員 この家督相續をやめてしまつたからといいまして、やはり祖先のまつりというふうなものは、たれかが承繼していかなければいけないのではないか。それだからといいまして、その關係をあまり法律でいろいろ書くということもむしろ適當ではない。こういうことは今までの慣習であるとか、當事者、殊に相續人間の話合いというようなことできめていくべきで、むしろ法律でいろいろきめるということは望ましいことではないと考えるのであります。しかしながら、系譜、祭具、墳墓といえども、これは財産であつて所有權の客體になるものであります。そこで遺産相續というものがあつて、いやしくも被相續人の財産が遺産としてだれかに承繼されていくということになるわけでありますから、何らその點に觸れないと、それがあるいは分割をするとかいうことになるが、これらのものを分割するということは適當ではない。やはりだれかが祭祀を續けて主宰していくということで、これらのものは遺産相續の客體にはならないで、別に慣習等で適當に主宰者が承け繼いでいくということを書き表わす必要があるのでありますが、法律の中にこの點が表わされないから、單にこの點を道徳に任すということは不可能なことと考えるわけであります。そういう意味で、この點をいろいろ批判をする者もありましようけれども、法律の中に特に表わしてまいつたようなわけであります。實はその點について非常に嚴格に、いろいろのことを考えれば無數に疑問も出てまいるのでありますが、大體これは當事者の話合いなり、あるいは被相続人の遺志とか慣習、場合によつては家事審判所までいつてきめるという程度でいいので、これを全然放棄できないかどうかということになると、これも一種の財産權だというようなことになつて、それも放棄ができぬというようなことにすることを法律で規定することは、なるべく避けたいというので、八百九十七條等においては、いろいろな疑問があるのでありますが、要するに慣習なり、日本古來の風習なり道徳なり、宗教のいろいろな分野とからみ合いまして、はなはだ漠然とはしておりますが、この程度の表現で、この點に觸れておくのが適當であろうということにいたしたので、これが放棄できるかできぬかというふうなことは、明文の上ではむしろ何ら規定をいたさない方が適當ではないかと思いまして、こういう簡單な條文にいたしたわけであります。
#51
○八並委員 九百二十三條でございまするが、相續人が數人あつて、限定承認をいたします場合には、共同相續人の全員が共同してのみこれをなすことができるという規定になつておるのであります。申すまでもなく、これにもいろいろかようにいたす理由もあろうと考えますが、しかし相續人の方から考えてみますると、いろいろ不便な場合が起ると思うのであります。三人なら三人の相續人があつて、一人は單純承認をする一人は限定承認をしたい、あるいはまた養子の關係とか、いろいろ複雑な關係ができると思うのでございますが、おのおの自分の相續分の限度において相續するという規定をするとか、あるいはまた限定承認にしても、自己の持分の範圍において自由に限定承認ができるという規定にした方が、法規の複雑化を避け實際の便宜に適するのではないかと考えるのでございますが、この點について御意見を承りたいと思います。
#52
○奧野政府委員 その點は非常に考えたのでございます。從來は共同相續、遺産相續ということは割合に問題にならなかつたので、その點ほとんど問題になつていないのでありますが、今度は遺産相續ということが原則になり、共同相續ということが原則になるといたしますれば、それが將來非常な問題になつてまいると思うのであります。そこで實は多少實施の上を見なければ、どういう方式でやるのが一番いいかということは決定できないことでありますが、とにかく數人の遺産相續人で、一人が限定承認をし、一人が單純承認をし、一人が放棄をするというようにごつちやになつては、清算の手續が非常に複雑になつてまいつて、収拾がほとんど不可能になると考えまして、とにかく全員共同一致してやらなければ限定承認はできぬ、全員一致の歩調をとるという建前にする。現在でもそういう解釋をなす人があるのでありますが、その點を全部が限定承認して、初めて限定承認ということで清算をやつていくということが、一番明快ではないかということで、全員一致共同してやらなければ限定承認はできぬということに、畫一的にいたしたのであります。この點は今後の共同遺産相續と非常に關係があるので、これらの點は實施の上さらに不都合な點は改めて根本的改正の際に練り、改正を行うべきところがあれば、修正いたしたいと考えております。
#53
○石川委員 一條の一が新しく出てまいりましたので、これに關連してできるだけ重複しない範圍でお聽きしたいと思います。まず第一條の一項ができてまいりましたために、一編ないし三編に實質的に相當の變更があるだろう、このように提案の説明でおつしやつているのでありますが、どのような變更を一編と二編と三編とに加えるかについてお聽きしたいのでありますけれども、時間の都合もございますから、私二、三の點をお聽きしたいのであります。
 問題になつているのは、第一に所有權の問題だと思うのであります。民法の二百六條と二百七條のいわゆる所有權の内容の規定であります。これらの内容が新しい民法の第一條によりまして、どのような變更をうけてまいりますかを、聽きたいのであります。所有權の内容は使用、収益、處分の三つをあげておるのでありますが、これらの三つの權能は、これまでどれか一つがなくなるということでなくて、これらの權能三つが從來の通り存在するのだけれども、しかし公共の福祉という範圍においてこれが行政の限界が定められる。こういうふうにおつしやるのであるか。權能の一つがなくなるとおつしやるのかを伺いたいのであります。
#54
○奧野政府委員 權能の一つがなくなるとまでは考えておりませんが、ただいま御指摘のように、公共の福祉という制約を受けて、その制約のためにほとんど權能がなくなることも、具體的な場合にあるいはあるかもしれませんが、抽象的に考えて、使用、収益、處分の權能は、所有權の權能として認めてよい。ただそれは公共の福祉という制約を受けるというふうに考えておるわけであります。なおさらにそれと同時に、信義、誠實の原則の適用を受け、場合によつては、その使用、収益、處分ということが、權利の濫用ということになり、不法行為に展開することも考えられるというふうに考えます。
#55
○石川委員 それでは第一條の第一項と二項とは、所有權に關する限り、從來の權能の内容を維持しておるものである。こうお伺いして間違いないことかと存じますが、さようでございますか。
#56
○奧野政府委員 さようでございます。
#57
○石川委員 それでは從來命令によりましても、法令の範圍といたしまして、所有權を制限し得たのでありますが、今後は法規によらなければ、所有權の制限というものはできないかと存じます。そういたしますと、過去における命令によつて所有權を制限するものがあつたといたしまするならば、それは新民法の施行と同時に、無効になるものかどうかということをお聽きしたいのが第一點。將來は政令等によつては、所有權に何らの制限を加え得ないものかどうかをお聽きしたいと思います。
#58
○奧野政府委員 その點は憲法ですでに公共の福祉というわくがついておるわけでありますから、そのいわゆる法令というものによつては、公共の福祉という觀點から、そういうふうな制約を實質的に受けるということもあり得るわけでありますけれども、從來の法律以下の命令で制約したものが、全部憲法違反というようなことになるとは斷言できないと思うのでありまして、要するにその實質が、公共の福祉の意味の制約である場合が多いのではないかというふうに考えます。なお法律の委任を受けてある場合におきましては、もちろん法律で制約したことに相なるわけでありまして、それが結局憲法の趣旨に合致しますならば、その委任による命令ということになろうと思うのであります。
#59
○石川委員 民法九十條と第一條との關係でありますが、公の秩序と公共福祉との觀念上の異同がありますならばお伺いしたいと存じます。結局は觀點の相違から表現の相違となつてきたあのであるかもしれません。しかしわれわれは一方には公共の福祉という觀念をもつて律しなければならないと同時に、一方には公の秩序という觀念をもつて律していかなければなりません。これは同一のものでありますが異つた觀念でありますか。異つた作用をこの民法改正の上に及ぼすものであるかどうかをお伺いしたいのであります。
#60
○奧野政府委員 この點は將來研究をいたさなければならない問題と思いますが、今突然に考えておるところでは、公の秩序というよりも、公共の福祉という方が積極的の意味をもつのではないか。公の秩序はもちろん公共の福祉を増進するその一つのものではあろうと存じますが、單に公の秩序を守るということ、あるいは公の秩序に反するということはやや消極的なもので、公共の福祉のためにというようなことの方が積極的なる意味をもつものではないかというふうに考えております。
#61
○石川委員 そこでこの公共の福祉という觀念は、これから概念が定められていくと存じますが、要するに公共の福祉に反する法律行為はやはり無効となるものでありまようか、お伺いいたします。
#62
○奧野政府委員 これはむつかしい問題と考えますが、今後公共の福祉という指導原理が、今までの公の秩序というようなものにもちろんとつて代るべきものと考えますが、しからば公共の福祉に適合しないものがすべて無効というふうに即答申し上げてよいかどうかは、なお疑問をもつておりますが、大體におきまして憲法の精神から申しまして、公共の福祉に反するものは今後は無効ということになるのではなかろうかというふうに、ただいま個人的に考えております。
#63
○石川委員 そういう點から考えてまいりますと、民法法規中にあります利息制限法でありますが、利息制限法が、第一條によつてどのように解釋されていくかという點であります。從來法定利息以上の額は裁判上請求することができないという規定になつておるのでありますが、高利の契約がおそらくは公共福祉という問題に絡んでまいりますので、無効になるものではないかと存ずるのでありますが、この點に對する御見解と、利息制限法の内容について、新しい民法の一條はどう作用していますか、御見解を承りたい。
#64
○奧野政府委員 具體的な問題になりまして、超過利率は法律上無効ということになるかどうか、この點は突然の問題でありますが、すべてこれは公共の福祉ということに適合しておるかどうかということによつて、判斷を受けなければならない問題であろうと思うのでありまして、現在におきましても非常な高率の利息の約束というものは、公の秩序に反するものとして全部が無効ということになりますが、そうでないものは超過の部分だけ無効ということになつておるようであります。そこで今度公共の福祉というような制約のもとにおいては、そういう場合にどの程度のものが全部無効になり、どの程度のものが修正されて有効となるというようなことは、新しい觀點、いわゆる公の秩序に代り公共の福祉という眼鏡を通して見直すいうことが必要になるのでありまして、その具體的な判斷につきましては、今ただちにここで私の判斷を申し上げるということは、ちよつとできかねるのでありますので、御了承願いたいと思います。
#65
○石川委員 私のお聽きしましたことが無理であつたかもしれませんが、それはそれといたしまして、問題になつております農業資産の相續特例法が、政府によつて提案されると聞いておるのでありますが、ある人たちが、この農業資産相續特例法を憲法違反かのごとく議論しておる人があるのでありますが、これが民法におきまする均等相續に反しますることは申し上げるまでもございませんが、當局のお考えは農業資産の相續に關する特例の法規を、憲法から見ましても、また民法の特例法といたしましても、適法なものであるという御見解に立たれるだろうと存じますが、なお御確信を承りたいのであります。
#66
○奧野政府委員 御承知のように、憲法の要請といたしましては、法の前に各人が平等であり、各人の尊嚴を十分尊重しなければならないということは明らかであります。從つて相續等につきまして、各人に不平等の取扱い、男女の間あるいは長幼の間において、不當な差別的待遇をいたすことは、これはやはり憲法の要請に從つて、そういうものは認めることができない、そういう意味で家督相續の一人が全部の財産を承繼するというのは適當でないという憲法の趣旨に基いて、民法の相續制度の改正をされたのであります。一方その精神をいかなる場合でも、たとえば農村についてもこれを徹底的に行いますことは、さなきだに少い農地をもつて經營しておりますわが農業の實情に照しますと、その分割による農地の細分化、あるいは零細化ということによつて、すべての農業の經營を營むことがだんだんできなくなる、その結果日本全體の農業が破滅してしまうということが、公共の福祉ということから考えてみますときに、そこに何らかのそういうものに對する防止の策を考えるということは、同じ憲法の要請である公共の福祉という要請上、當然考えられる問題であろうと思うのでありまして、一方個人の平等ということと、公共の福祉との間の調和ということを考えていきますならば、公共の福祉のために農地の細分化を防ぐという、その程度の民法の特例を設けるということは、憲法の違反ではないという考えのもとに、そういう意味の農業資産に關する特例を政府が立案いたしたわけであります。
#67
○石川委員 もう一つ、次に第一條の適用のことでありますが、從來私たちは契約は自由である、いわゆる契約自由の原則というようなことが民法を支配しておる、民法の原則であると聽いてきたのであります。現に民法の規定を見ますと、その原則に立つかと思われる法規が多いのでありますが、新しい民法の第一條ができてまいりました關係上、契約におきましても、その契約の締結、繼續、契約の解除、こういうものは、公共の福祉のためには強制する。つまり契約の繼續を強制する場合もあるのだ、このように解すべきものと見られるのでありますが、この點につきましての政府の御見解を承りたいと思います。
#68
○奧野政府委員 契約自由の原則、また公共の福祉に反することは許されないと思います。その意味からいたしまして、維持する契約關係の持續と申しますか、あるいは契約關係の破棄權と申しますか、そういうものも、公共の福祉のために、やはりその制約を受けることがあろうと考えております。
#69
○石川委員 もう一つお伺いいたしますが、かりに私の見るところによりますと、第一條は二項以下すべて公共の福祉のために存する、まことによい法規であると思います。これはわれわれは現代におけるところの民法の一つの宣言となるかと思うのであります。かりに民法第一條第一項がないとしても、第二項が存續しておる限り、民法の解釋にあたりましては、一條の一項があるなしにかかわらず、同一に解釋していくべきものと考えますが、御見解いかがでありますか。
#70
○奧野政府委員 一條は私權の存在自體の問題でありまして、二項はその權利の行使の問題であります。權利の行使につきまして、すでに憲法第十二條におきましては、公共の福祉に適合すればよい、言いかえれば、公共の福祉に反するような利用方法は認められないことになつておりますので、その意味におきまして、權利の行使という方面から見ますれば、その憲法の規定竝びに民法の第一條第二項の規定と相まちまして、公共の福祉の制約を受け、かつそれは根本的に見て、信義誠實の原則、公共福祉というのは一般的な觀點から見、同時に個々的な相手方個人個人の關係から見て、信義誠實の原則にかなわなければ、適法の私權の行使とは言えないということになりますので、大體同じような結果になるのではないかと思います。
#71
○石川委員 七百四十條も問題になつたと思つておりますが、先ほどの御説明の間にちよつと現れてきたのでありますが、かりに七百四十條の婚姻の届出が法令に違反した届出でありましても、受理いたしました以上は、婚姻の効果が法律上發生するものと存じますが、この點の御見解はいかがでありますか。
#72
○奧野政府委員 さようでございます。
#73
○石川委員 それから九百條、九百二十条の點をちよつとお尋ねいたします。これも問題になつたのでありますが、單純相續の場合、無限に被相續人の權利義務を承繼するということが書いてある。相續は均分均等の相續でありまして、債務の相續も資産の相續も、均等分割の相續でありますが、そうすると債務の相續が、千圓の債務があつて五人の兄弟があるときは、二百圓づつの債務になるわけであります。ここに無限の權利義務を繼承するという、この無限ということを加えました意味をお聽きしたいのであります。
#74
○奧野政府委員 これは限定承認に相對して無限という言葉を使つたわけでありまして、要するに、今のお話の場合に、五等分して二百圓ということになれば、この二百圓については自分の固有の財産をもつてしても辨濟しなければならない。ただ限定承認の場合に、親から讓り受けた遺産をもつてすれば百圓しか拂えないという場合におきましては、限定承認の場合は二百圓の債務があるけれども、承け繼いだ百圓だけ拂えば、あとの百圓は拂わなくてもいいということになるのが限定承認でありますが、單純承認の場合は、たとえ親から承け繼いだ金が百圓しかなくて二百圓の中百圓しか拂えなくても、あとの百圓は自分の財産からでも結局拂わなければならぬという意味で、無限ということを書いたわけであります。
#75
○石川委員 そうすると、共同相續で、相續人が數人ある場合には、ここに連帶債務となつて承繼されるのだという意味がないのであります。
#76
○奧野政府委員 その點は解釋上いろいろ問題があろうかと思うのでありますが、現在の遺産相續の法理をそのままここに移しているわけでありまして、現行法の解釋といたしましては、少くとも金錢債務については、民法の四百二十七條の原則によつて分割されるという解釋が多いように考えておりますが、この點については、たとえば質貸借の賃料の債務というようなものは、あるいは不可分であるといつたような判例もありますが、普通の借金のようなものは、分割債務というふうに解釋されているようであります。
#77
○石川委員 そこで無限という言葉を使いましたために共同相續人の連帶債務になりはしないかという見方もあるのでありますが、その點はそういう意味でお書きになつたのではないというようにお伺いしてよろしゆうございますか。
#78
○奧野政府委員 そうであります。要するに、この點は現行法の千二十三條を口語的に改めただけでありまして、趣旨においては現在と同様で、現在の解釋で、そういうふうに分割されるという解釋が正當であれば、この法律におきましても、そういう解釋になるはずであります。
#79
○石川委員 次に九百條でありますが、同條四號に有ります權利義務繼承に差等がついているのであります。この差等のつきました理由をお伺いしておきたい。相續分に對する差等であります。
#80
○奧野政府委員 四號の担書の嫡出でない直系卑族と嫡出である直系卑族との相續分に差等をつけてあります。これについては、あるいは憲法違反であるという議論も起きたのでありますが、要するにやはり現行法千四條の担書を承繼いたしたのでありますが、やはりこれは嫡出でない子に相續權を與えるべきではないという思想が、相當各國の立法例にあるのでありまして、むしろ正當な婚姻を尊重するという建前からいいまして、正當な婚姻の結果生れてきた子供と、そうでない正當でない子供との間において差等を設けるということは、これはむしろ妥當なんではないか、むしろそういう嫡出でない子供を相續人に入れることが一體よいかどうかということが問題になり、入れないという方が正當があるという議論さえあるくらいでありますから、入れるには入れたが、やはり正當な結婚の子供より一段少い相續分を與えるということを法律に入れるべきでないか、その意味において憲法違反でないという解釋でおります。
 次に差等を設けておりますのは、父母の一方のみを同じくする兄弟姉妹と父母双方を同じくする兄弟姉妹との間における相續分の差異でありますが、この點も各國の立法例が大體そういうようになつております。要するに母を異にする兄弟、父母ともに同じくする兄弟との間において、すなわちこの場合は兄弟が相續人になるのでありますから、自分と父母ともに同じくする兄弟と、父母の一方だけを同じくする兄弟とあつた場合に、肉體的感情からいきますと、自分と父母を同じくする兄弟の方に多く相續してもらいたい、すなわち父母の一方だけしか同じくしない兄弟よりも、父母ともに自分と同じくする兄弟の方に厚く相續してもらいたいというのは、一般の人情であろうと思うのでありまして、そういう意味で、やはりその間に法律をもつて差等をつけることは違憲ではない、むしろそういう場合に、いやしくも兄弟姉妹の中でも、父母ともに同じくする兄弟のみを相續人の中に加えるというやり方、あるいは兄弟姉妹というものを相續人に全然加えないということも考えられる。あるいは配偶者を相續人に加えないということも考えられる。要するにそれを法律でもつてどういう範圍の人を相續人にもつてくるかということは、法律の自由であると考えますので、その場合に兄弟姉妹全體をもつてくるのは、その間に父母を同じくするもの、あるいはいわゆる全血の兄弟と半血の兄弟において差等を加えるということは、立法例にもあるし、憲法の趣旨からみて、必ずしも違憲ではないというふうに考えて、こういう規定をおいたわけであります。
#81
○石川委員 あと一點でありますが、相續につきまして、相續といえば財産を多く考えますが、私たちのような者は、これから借金以外に殘せなくなるかもしれません。それで相續人全員が、かりに財産があつた場合といたしましても、相續を放棄したという場合、積極財産があつた場合、この法規に基づきまして、この財産の管理、歸屬はどこにいくようになりますか。
#82
○奧野政府委員 各場合によつて違つてまいりますが、これは現行法におきましても同様な問題があります。それで相續を放棄した者と、しない者とがあるという場合によつて、おのずから相續人が放棄しないものに債務を増加することになりますし、そういう場合に限定承認というふうな途、あるいは財産分離という方法によつて清算をいたしていくことになろうと思います。
#83
○石川委員 相續人全員が相續を放棄した場合でありますが、この場合九百五十一條が働いてきませんことは明らかであります。その場合どうなるかをお伺いいたします。
#84
○奧野政府委員 結局それは相續人曠缺の手續になつて、相續財産管理人が清算をしていくことになろうと思います。
#85
○石川委員 そういたしますと、九百五十一條がこの場合働いてくるということになりますか。
#86
○奧野政府委員 そうであります。
#87
○石川委員 九百五十一條の讀み方でありますが、「相續人のあることが明かでないときは、」と切つてあります。私の聽いておりますのは、相續人全員が相續を放棄した場合をお聽きしているのでありまして、九百五十一條が相續人全員が相續を放棄いたしましたときに活動してまいる放棄とはとれなかつたのでありますが、これが働いてくるということになるのでしようか、お伺いします。
#88
○奧野政府委員 全然全員が放棄してしまつたあと相續人がないという場合には、やはりこの六章の規定が適用になるというふうに考えております。
#89
○石川委員 もう一つ現行民法の九十二條でありますが、これはお聽きしなくとも明らかでありますが、念のために明らかにしておきたいのであります。九十二條はいわゆる慣習が意思表示の補充となつてはいつてくる場合でありますが、法律行為の意思によつてここにある慣習が今度新しい憲法及び民法のもとにおいては非常に効力がなくなる。從來の慣習というものは非常に影響を受けて、おそらくは破棄せらるるものであるというように思われますが、やはり同様のお考えでございましようか。
#90
○奧野政府委員 この點はやはり新憲法に基いて、新憲法の精神に照らして、その慣習が公の秩序に反しない慣習であるかどうかという點について、先ほど來公共の福祉との關連により、あるいは具體的な場合において相當の差異を生ずることもあることと考えます。
#91
○石川委員 九十二條は結局公共の福祉に反し、兩性の本質的平等に反する慣習がこの九十二條にははいり得ない、こう思わなければならぬのでありましようか。
#92
○奧野政府委員 そうであります。
#93
○松永委員長 山口好一君。
#94
○山口(好)委員 今度の民法改正問題につきまして、民間の實際の取扱い上實際氣を揉んでおります點は、先ず戸籍の取扱いだと思います。この點は先ほど中村君から質問がありまして、奧野さんからいろいろご説明があつたので、たいへんはつきりいたしました。これは裁判所關係などの實務家には、非常に参考になつたと存じます。もう一つは、相續の改正に連れまして、遺産が平等に分割される。その問題について、農村などでは農耕地その他のいわゆる農業資産、それがどういうぐあいになつていくかということで、非常に心を惱ましておりまして、いわばそれが増産にも影響を及ぼしておるという點が見られますので、政府におかれましても、農業資産相續に關する特例法案をここにお出しになつたことは、たいへん結構だと思います。これはいまだわれわれの審議段階には入つておりませんが、草案を一瞥いたしますのに、まずもつて結構だと思います。しかし大體この法案の目指すところを、この委員會の席上で、一般にもわかるように簡單にご説明を願います。さらに農業資産ばかりでなく、この精神なりいき方を、商業資産、工業資産などにまで敷衍していくお考えであるかどうかお伺いいたします。これをはつきりいたしますと、一般の、農民なり、工業あるいは商業に從事する人々につきましても、目指すところがかなりはつきりいたしまして、非常に役立つことになると思うのであります。實際われわれが辨護士をいたしておつて、今日將來のかかる分割問題について、いろいろな疑義を生じ、また一部争いが起きております。その點をお伺いいたします。
#95
○奧野政府委員 農業資産につきましては、大體農業資産相續特例法という法案によりまして、農地及びそれに附屬するいろいろな家屋、樹木、農耕機具、家畜なども、すべてひとまとめにして、農業資産ということにいたしまして、遺産の分割によつつて二人以上には所屬せしめない、必ず一人に所屬せしめるということにいたします。しかしてたれに所屬するかということにつきましては、相續人が數人ある場合、そのうちのたれにするかということは、まず被相續人がこれを指定することができるということになり、あるいはそれが適當でなかつた場合においては、家事審判所等が代る、あるいは指定がない場合はどういうふうにするかといつたような、詳しい規定があります。結局共同相續人の中の一人が、農業資産を全部承繼して、農地全部をとりますと、他の相續人はどうなるかということになりますが、これは今後は結局その農業資産を承繼する者の相續分は、その農家のもつておる全財産の半分と、それから殘りの半分を相續人全部で等分した相續分を考えまして、三人の場合はあとの殘りの半分を三分して、結局その農地を承繼する者が半分のほかに半分の三分の一を加えたものを承繼することにしまして、結局その半分、及びあとの半分の中の等分の一を加えたものと、それをその農地と比較して、もし農地の價格よりその承繼された相續分が多いときには、その超過部分を他の相續人に金でわけてやるという方法をとつたものであります。すなわちこの民法の規定によりましても、遺言の規定に反しないでそれだけのことができることになつておりますので、言いかえれば、遺言の規定に反しない限り、半分をまず長男に與え、そしてあとの半分について相續人がある場合には、その中で長男が受けるべきものはやはり長男が受ける。そういう結果になる。言いかえれば法律的遺言をしてあつたようなことになるわけです。その意味で民法にも反しないことになるわけであります。その場合は結局農家の資産の六割が七割がその農業を營むものが承け繼ぐということになります。そして殘りの三割なり四割を自分の力で埋めていけば、また十になる。それで相續人は七割くらいになり、あと三割は他の子供にわけます。その三割の不足分はその次の子供がさらに稼いでいくということにいたしますと、現在の農業の機構というものは、將來に向つても壊されないで、現在の農業形體が繼續できるというような考えで、農業資産の特例というものができておるわけでございまして、商業その他につきましては、これは企業でありますから、おそらく分割ということはなかろうし、あるいは店舗であるような場合は、これを分割するすることもできませんので、これは實際におきまして遺言をするとか、あるいはまた實際に分割の場合、現物分割をやらないで、一人にそれを與えて、他の者には金あるいは他の財産でわけてやるというような方法、殊に家事審判所が中にはいつて、適當に按配していくのではなかろうか、殊に遺言は、商業者のようなものは農民と違つて、遺言制度を活用する場合もありましようから、そういう意味で、農地ほど細分というようなことについて神経を惱さなくていいのではないか、またその點について、將來何らかの手を打たなければならない場合になつたならば、そういう特別法ということも、さらに研究しなければならないと思いますが、さしあたつて農地について特別の手當をいたしますが、商工業などの營業施設については、遺言それからお互いの話合いで適當に分割していくことにいたすという考えで、その點は特に現在として特別の措置を講じなかつたわけであります。
#96
○松永委員長 本日はこれにて散會いたします。明日は午後一時より開會いたします。
    午後四時三十六分散會
ソース: 国立国会図書館
姉妹サイト