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1947/09/18 第1回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第001回国会 司法委員会 第33号
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1947/09/18 第1回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第001回国会 司法委員会 第33号

#1
第001回国会 司法委員会 第33号
昭和二十二年九月十八日(木曜日)
    午前十一時二十九分開議
 出席委員
   委員長 松永 義雄君
   理事 鍛冶 良作君    榊原 千代君
      池谷 信一君    山下 春江君
      安田 幹太君    北浦圭太郎君
      吉田  安君    花村 四郎君
      佐瀬 昌三君    大島 多藏君
      山口 好一君    小西 寅松君
 出席政府委員
        司法事務官   奧野 健一君
 委員外の出席者
        專門調査員   村  教三君
    ―――――――――――――
本日の會議に付した事件
 民法の一部を改正する法律案(内閣提出)(第
 一四號)
    ―――――――――――――
#2
○松永委員長 これより會議を開きます。前會に引續き民法の一部を改正する法律案の審議を進めます。榊原千代君。
#3
○榊原(千)委員 昨日鍛冶委員の家の問題、あるいは戸籍の問題に關連いたしまして、きようは御質問申し上げたいと思います。戸籍の問題につきまして、實は昨日も鍛冶委員からちよつとお話がございましたけれども、今度の戰災によりまして、多くの親なき子供が現れました。そうして小さいために、あるいはまた戸籍が焼けてしまつたというようなわけで、親が何という名前であつたかも、ひいてはその親に對してのことが何もわかりませんで、そういう子供が將來捨身のごとき形において戸籍に殘ることは、非常に氣の毒だと思うのであります。そこでそういうことに對して、何か特別な措置をとられるようなお考えがございませんでしようか。ちよつとお伺いいたしたいと思います。そうして國家的な原因によつて、そういう不幸な子が生れ出まして、そうしてさらに育つた後も捨子のような形式になるということは、氣の毒だと思うので、何とかお考慮願いたいと思いますが、いかがでごじましようか。
#4
○奧野政府委員 もうすでに一應出正届等がつくられておつたのでありまして、そういうわけでありますから、まだ全然届出のなかつた捨子と同じような取扱いにはならないのではないかというふうに思つております。なお、戸籍簿が焼失したような場合においては、その囘腹の手續もとつております。また全然戸籍がわからなくなつたような場合には、修籍の手續もとることができますし、結局すでに届出があつて父母等がわかつておつたのでありますから、何らかの資料を提出することによつて、戸籍の囘腹と申しますか、再製ができるのではないかというふうに考えております。
#5
○榊原(千)委員 そのことは國會としてもぜひ何とか適當な措置をとらなければならいと考えております。次に第七百三十九條、「結婚は、戸籍法の定めるところによりこれを届け出ることによつて、その効力を生ずる。」「前項の届出は、當事者双方及び成年の署名した書面で、これをしなければならない。」と書かれておりますけれども、民法においては、この程度で受理されますけれども、これに今後厚生省から出ますような、お互いに身體檢査をした届出がなければ受付けないというような場合においては、その間の調和というものはどういうふうにしてはかるべきでございますか。
#6
○奧野政府委員 厚生省關係のことは今的確に存じておりませんが、戸籍法におきましては、民法には七百三十九條に關單な届出のことが頭を出しておりますが、戸籍法におきましては、届出事項を列擧しておりまして、その中には相當詳細な事項も規定しております。これは人口の動態を知る統計の必要から、そういう詳しい事項まで届出しなければならないことになつております。しかしてそれは大體すべて樣式に記入して届けることになつておりますので、大してむずかしいことではありません。ただしかし婚姻の效力ということから考えてまいりますと、ちようど七百三十九條の第二項の要件がかりに具えてないような場合でも、七百四十二條の第二號の但書によつて婚姻たる效力が妨げられないということになつておりますので、結局のところ、男女が兩性が婚姻の意思があるということが明白になるようであれば、ようするに婚姻としての效力があることになるわけであります。なおその他の詳しいいろいろな届出事項は、それは結局行政的な意味で記入せしむるのでありますから、純法律的に申しますると、そういつた點について不備があつても、もしかりに戸籍吏員によつてこれが届出を受理されますなれば、その婚姻自體としては有数なものであるというように考えるべきで、そのことは七百三十二條第二號但書等の趣旨からみても明らかだと思うのであります。
#7
○榊原(千)委員 この七百四十二條の二號の規定におきましては、その届出が第九百三十九條の第二項に掲げる條件を缺くだけであるときは、婚姻はそれがためにその效力を妨げられることがないと書いておりますが、これは事實婚を認めることにはならないのでございますが。
#8
○奧野政府委員 それは事實婚を認めることにはならないので、やはり届出によつて効力は生ずるのだが、その届出に、たとえば證人の書面というようなものがなくてもよろしい。であるから當事者のいわゆる婚姻の届出ということがなければ無効であるので、ただ證人の書面というようなものがかりになくても、受理いたされますならば、婚姻として届出のあつたものは届出して効力があるという意味でありまして、届出自體を必要としないという趣旨ではないというふうに、從來解釋されておるわけであります。
#9
○榊原(千)委員 そういたしますと、たとえば厚生省等から優正學的立場からのいろいろの條件が、婚姻に際しまして掲げられました場合でも、民法においては、ただ單に當事者がその意思を表明した關單な届出をすれば、それで承認されるということになるのでございますか、もう一度確かめておきます。
#10
○奧野政府委員 それは戸籍法等で、この婚姻届出の以外にそういう届出をするということになつておりまして、これは問題なく婚姻届出とは別でありますが、婚姻届出とは別でありますが、婚姻届出の中の記載事項として、いろいろ他の法令の要求によつて書かなければならないというようなことがありますれば、やはりそれはそういう記載事項がなければ、原則としては受付けないのでありまして、すなわちこれがこの七百四十條にありますように、「その他の法令に違反しないことを認めた後でなければ、これを受理することがでいない。」ということになつております。そういうので、他の法令等の要求しておる事項が記載してなければ、戸籍吏員としては受付けないのでありますが、もしかりにこれを受付けました場合においては、そういう點について缺點がありましても、婚姻自體としては、有効に成立するものと解釋しておるわけであります。すなわち男女の間の婚姻の意思が現れた届出がある以上は、その届出の他の條項等について多少の缺點があつても、それを受理した以上は、有効であると解釋すべきものであります。もちろん戸籍吏員において、他の法令等によつての要求事項が具わつていない場合においては、受理しないのが建前であるが、かりに間違つて受理されるということがあれば、婚姻自對は有項であると自分は考えて、解釋さしておるわけであります。
#11
○榊原(千)委員 日本におきましては、この事實婚の問題が、非常に大きな社會問題になつているのでありまして、そのためには届出は非常に簡單でなくてはならない。それを醫者の檢査が要つて、そのような書類を取交わし、それを届出るといういろいろ複雑な手敷がそこに出てまいりますと、よほど民法の啓蒙運動なり、あるいはその方面の啓蒙運動の徹底をいたしませんと、この重大な社會問題である事実婚の問題が解消しないではないかということを一言申し上げまして、これでその點は打切ります。それからさらに夫婦の財産問題でございますけれども、これはこの前私がお聽きいたしまして、多少の了解を得たのでございますけれども、もう一度確かめたいと思うのであります。夫婦共同生活をしております間に、自己の名で得た財産は、その人の特有財産になるという規定でございますが、そういたしますと、夫婦一方の妻の家庭における勞働は、ほんとうに單なる消費的な勞働としてしか認められないものでありましようか。私ども婦人の立場から申しますと、それによつて夫の生産活動ができるのであつて、それは生産に繋がつていることだと解釋するのでございますけれども、その點もう一度お伺いいたしたいと思います。
#12
○奧野政府委員 婚姻の中に自己の名によつて得た財産というのは、たとえば妻の場合でありますれば、妻が他人から贈與を受け自分のものといたす。あるいはまた自分で働いて財産を得たという場合を意味するわけでありまして、妻が内助の功によつて勞力を提供した結果、ある財産を具體的に得たということでなければやはりここに含んでこない。いわゆる消費勞力を出すことによつて、それに對して何らか具體的な財産を得た場合に、いわゆる特有財産と考えておるわけであります。從つて妻がほかから贈與を受けるとか、または妻が働いてほかから特定の財産を得るという場合を考えておるのでありますが、もちろん御説のように、夫婦の共同生活においては、妻の内助の功というのが、やはり夫の財産をつくる上の重大なる原因を與えておることは、いなみがたいことでりまして、そういう意味において、夫婦の間の財産は、二人の協力によつてできたものであるという建前から、もしこれが夫婦わかれになる場合には、財産の分與によつて、ある一種の財産の分割というようなことを認めていこう、また夫が死亡した場合には、妻が必ず相続人になつて、その三分の一の相續に與かることによりまして、やはり夫の財産も、一種の妻の協力によつてできておるという趣旨を現しておるわけであります。從いまして、婚姻継續中は、いわゆる夫の名で得た財産は、夫の特有財産、妻の行為によつて得た財産というふうにいたしておりますが、結局先ほど申し上げましたように、夫婦わかれ、あるいは死亡したというような場合においては、お互いにその分配に與かる途を開いた趣旨はそういうところから出て來ておるわけであります。
#13
○榊原(千)委員 私は世界の傾向はだんだんに個別的になつていくものであつて、この規定は非常に進歩的であるとは思うのですあります。女が内助の功の陰に隠れていて、女自身を伸ばすことを怠るようなことがあつてはならないし、その意味でだんだん女も家庭の消費勞働だけに携わるのではなく、やがてはいろいろな社會施設ができまして、育児の負澹から經減され、あるいは家庭内のぼろを繕ろうということも、社會的生産に轉嫁されまして、女自身が社會の生産面をも受持ち、自分自身の収入をも得て、自己が完成されていくという方向に向わなければならないと考えますけれども、現段階におきましては、せつかく民法刑法が夫婦の平等を確認してくれ、また擁護してくれましても、この規定では私どもは扶養される立場にやむを得ずして立たなくてはならないのであります。また離婚に際してはというようなことがございますけれども、このことによつて家庭生活中における地位というものは、決して高くなり得ないのであります。たとえばこれを農家などに見ますと、農家のお嫁さんの地位などというものは、非常に哀れなものでありますけれども、やがてはお姑さんたちが死ねば自分の財産になるかもしれぬからというような諦めの言葉をかけられておりますけれども、何一つ自分一人で處理することもできないのであります。家庭の夫婦間におきます妻の立場もこれに似たものとなるので、現在において平等であり、同等であるためには、この經濟關係が非常にそれを支配するものと考えますので、これにつきましては、何か適當な、妻の家庭におけるその勞働を生産に連なるものとして認めていただくような処置をとれないものでございましようか。行政的にそれはむずかしいことであろうかどうかをお伺いしたいと思います。
#14
○奧野政府委員 夫婦の間の財産につきましては、あるいはこの案にありますように、夫婦の一方が婚姻前からもつておつた財産、あるいは婚姻中に自分が得た財産は、その者の特有の財産とするといういわゆる夫婦別産制度をとるがいいか。あるいは婚姻中に得た財産は双方の共有にするというふうに、共有制をとるのがいいか。あるいはまた從來ありましたように、妻の財産について夫が管理をするというような制度がいいか。これはなかなかむずかしい問題であるのでありますが、夫婦の財産を共有ということにいたしましても、結局それはだれかが管理をするということになると、あるいは夫が共有財産を管理するというふうなことになつておる例が多い。それではかえつておもしろくないのではないか。また夫婦共産制にいたしますと、夫が事業等によつて莫大な負債を負つたような場合に、その負債についても妻が責任を負わなければならないことになるわけであります。これはかえつて妻の保護にはならないというふうな、いろいろな點を考えまして、結局やはり別産制、いわゆる自分のものは自分のものというふうにわけて、しかも管理はおのおの各自が自分の責任において管理する。從來のように夫が妻の財産を管理、使用、收益するということは不適當であつて、やはりおのおのが自分の物を管理するというふうな制度が最もいいのではないか。ただ先ほども申しましたように、夫婦の離婚の場合、あるいは相續の場合等によつて、何らかの手當をするということが、最もいいというふうに考えて、こういたしたのであります。それでありますから、法律上の手當といたしましては、これ以上の案も現在のところないというふうに考えております。そのほかの點に行政上の何らかの處置はないだろうかというお話でありますが、それは別に何らか今後研究いたすべきものがあろうかと思いますが、現在のところ、別段それに對しての確たる考えはもつておりません。將來全面的に民法の改正の際に、そういうことも考えなければならないと思いますから、婦人の方々においても、その點についていい御意見がありますれば、御開陣を願いたいというふうに考えておるわけであります。
#15
○榊原(千)委員 このことは女性といたしまいしも重大な問題といたしまして、今後も研究し續けるつもりであります。そこで離婚の際の財産分與についてでございますけれども、大多数の大衆の家庭においては、わけるべき財産というようなものがほとんどないと思いますが、その場合夫の腕による、あるいは才能によるところの収入というようなもの、たとえば今後もらうところの日給というようなものの幾分かをやはり財産として分與するということはお考えになりませんでしようか。お伺いいたします。
#16
○奧野政府委員 これはやはり將來の收入を考えまして、年金等にいたして財産の分與をはかる。そういう方法による分與ということも、この中に含まれると考えております。
#17
○榊原(千)委員 それではたとえば日給とか商賣によるもうけというようなものは、いかがでございましようか。現在は財産はなくても、そういうような收入が夫のような場合にはあり得ると思いますが。
#18
○奧野政府委員 そういうこともあり得るという考えであります。
#19
○榊原(千)委員 それから今度は扶養の問題につきまして、もう一度お伺いいたしたいと思います。扶養を第三親等まで擴げましたのは、どういう立場からでございましようか。お伺いいたします。
#20
○奧野政府委員 現行九百五十四條におきまいしては、直系血族それから兄弟姉妹は當然に扶養の義務がある。そのほかに九百五十四條の第二項におきまして、家を同じゆうする自分の配偶者の直系家族との間において、扶養義務があるということになつております。しかしこの規定、すなわち九百四十五條の第二項はこれをやめまして、それに代わるものとして、この八百七十七條の二項というものを設けたのであります。その意味は、結局一應扶養の關係は直系血族、兄弟姉妹の間に限つたのでありますが、特別の事情にあるときは、その關係を特に三親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることは、家事裁判所がそういうことができるということにいたしまして、一様にすべて自分のしゆうと、しゆうとめと妻との間に必ず扶養の關係があるということはいかがなものだろうかという考えからーーしかし全然、そういう場合に扶養の義務がないということも、現代の實生活、國民感情からいたしましても不適當である。そこで常にそういう場合に家を同じくする自己の配偶者の直系尊屬との間に扶養の義務を認めることは適當ではないが、やはりそこにおいて具對的な各場面々々において、これは扶養の關係を認めるのが相當であるというふうな、特別の事情のある場合に限つて、扶養の關係を認める。ただその親族の關係においては、どういう間の親族でも、すべて場合によつては扶養の關係を認めるということはいきすぎでありますので、三親等内の親族間においてのみ扶養の關係を認めることができるということにいたしたいのであります。すなわちその結果嫁、しゆうと、しゆとめ、あるいは從來のような繼親と繼子の間、嫡母と庶子の間というようなものは、從來は親子の關係になつておりましたが、今度は親子の關係は法律上そういうふに擬制することは適當でないというのでやめました。その關係は姻族同士の關係になります。そこでこれらの場合に特別な事情のある場合においては、繼親、繼子の間、嫡庶子の間におきましても、やはり扶養の關係を認めることができるということにいたしたわけであります。
#21
○榊原(千)委員 ただいま新憲法によりまして、世の中がすつかり變ろうとしておるときであいります。この扶養の義務というものが、從來の家族制度の一つの大きな柱であつたことは、疑いのないところでありまして、義務としての扶養がかえつて家庭生活を非常に暗くしていたということは、私が先の御質問の際にも申上げたことであります。ここの第六章、扶養の章において書かれてありますことは、みんな扶養すべき者の順序についてとか、あるいは扶養を受ける權利ある者の順序についてとか、扶養の程度あるいはまた方法などについて、すべてが家事裁判所によつて行われることになつております。と申しますのは、これは鍛冶委員も指摘されたように、貧しかつたりいたしました場合に非常に困難があり、あるいは怠けていて貧乏であつたものは扶養する義務がなく、一生懸命勤儉力行働いて産をなし、餘裕のある生活をしておる者は扶養すべき義務があるというようなことになつて、お互いの間に不滿があつたりいたします。そして老後の親だけが、そういうような家事審判所によつて強制されたところの親族の義務的な扶養を受けるということは、非常に氣の毒なことでもありまして、鍛冶委員は昨日いかなる貧乏人でも親を扶養して、今までは扶養の順位も定められていたために、扶養されることができたのだけれども、ということをお話になりましたが、それがいかに貧弱なあわれな扶養であるかということを考えますときに、これはどうしても社會保障法のようなものに轉嫁されなくてはならないことであり、すでにそういうような準備が、日本においてさえも著々と整備されようとしつつあるときであります。そこで私はこの扶養の義務というのもは、むしろ第七百三十條の「直系血族及び同居の親族は、互に扶けあわなければならない。」というここに集中してしまつてよいのではないかと思うのです。家事審判所においてさえも、この條文によつて適當に處置をとることができると思うのであります。いやいやながら扶養しているような家庭に育つ子供というものは、決して幸福ではありません。私はむしろ法律は家庭の幸福を守り、家庭がいかにも朗らかでありますときには、お互いこういうことを義務として強制いたしませんでも、兄弟は相扶け合い親子は協力し合うことを學ぶと思います。このような義務としての扶養があるために、かえつて日本人のへんぱな思を養成するようなもとになりはしないかということをも考えるのでります。たとえば電車に乗りましても、自分のうちの老人であるときは席を譲つても、よその人であるときには知らぬ顔をしておるというような現象も、こういうような狹い思想に基く規定から、かえつて生れ出るのではないかと思いますので、私はそれを第七百三十條に譲つた方がいいと思いますけれど、どうお考えでございましようか。
#22
○奧野政府委員 お説のように、扶養の義務というふうな事柄を法律の中で義務づけることは、實はおもしろくないので、七百三十條にありますように、わが國古來の家庭生活の美風として、親族共同生活を營んでおる間の、お互いに相扶け合つていくという道徳的な美風によつて、すべて圓滿に處理されることが最も望ましいことで、そういう意味からいきまして、親族の中に扶養の義務があるという法律上の義務を義務づけることは好ましくないと考えますが、やはりただ七百三十條のような道徳的な理想を掲げておるだけでは、法律といたしましては、やはり裁定の問題が起つた場合において、放置しておくことはできない。もちろん社會立法等の發達によつて、扶養の規定がおとんど無意味になる程度に發達いたされることは、最も望むべきことであろうとは考えますが、最後の關係において扶養の規定を置く必要があるように考えます。ただ從來のように扶養の關係、扶養の義務の順序あるいは權利の順序等について法律で初めから動かすべからざるように確定してしまうことはー實際の家庭生活における人情あるいは愛情といろいろ絡み合つた實生活において、そういうふうに法律で方法、順序等を規定することは不適當であるという意味で、家事裁判所というものが今度できて、深く家庭の問題等をみるという制度ができることと相まちまして、實際の家庭生活、親族共同生活の實情に即したような處置をすることができる權限を家事裁判所に與えるのが、最も適當ではないかということで、八百七十七條以下の規定ができたわけであります。扶養の關係等を全然民法からとつてしまうことは、社會立法が非常に高度に發達いたいました場合はともかくといたしまして、現在の段階におきましては、扶養の義務を全部法律の上からとつて、七百三十條の規定でもつて全部道徳的にお互いの愛情なり、人情あるいはその他のわが國の習慣に任せておくことは、現在の状態においては適當でないと考えまして、やはりこの規定をおいた次第であります。
#23
○榊原(千)委員 家事審判所によつて強制的に負わされました扶養の義務が、どんなに家庭を暗くするものかということを、私は一言申し上げます。そうしてこのことはそれ以上に議論になりますから、一應私の質問はこれで打切ります
#24
○松永委員長 本日はこれにて散會します。明日は午前十時定刻より開會いたします。
   午後零時十分散會
ソース: 国立国会図書館
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