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#1
第033回国会 外務委員会 第15号
昭和三十四年十一月二十五日(水曜日)
    午前三時二十八分開議
 出席委員
   委員長 小澤佐重喜君
   理事 岩本 信行君 理事 菅家 喜六君
   理事 佐々木盛雄君 理事 椎熊 三郎君
   理事 床次 徳二君 理事 小林  進君
   理事 戸叶 里子君 理事 松本 七郎君
   理事 堤 ツルヨ君
      池田正之輔君    石坂  繁君
      加藤 精三君    鍛冶 良作君
      菊池 義郎君    久野 忠治君
      小泉 純也君    二階堂 進君
      福家 俊一君    古川 丈吉君
      前尾繁三郎君    森下 國男君
      山口六郎次君    岡田 春夫君
      柏  正男君    勝間田清一君
      田中織之進君    田中 稔男君
      穗積 七郎君    春日 一幸君
 出席国務大臣
        内閣総理大臣  岸  信介君
        外 務 大 臣 藤山愛一郎君
 出席政府委員
        法制局長官   林  修三君
        外務政務次官  小林 絹治君
        外務事務官
        (アジア局長) 伊關佑二郎君
        外務事務官
        (アジア局賠償
        部長)     小田部謙一君
        外務事務官
        (条約局長)  高橋 通敏君
        外務事務官
        (理財局長)  西原 直廉君
 委員外の出席者
        大蔵事務官
        (理財局外債課
        長)      半田  剛君
        専  門  員 佐藤 敏人君
    ―――――――――――――
十一月二十四日
 日米安全保障条約改定反対に関する請願(茜ケ
 久保重光君紹介)(第七四六号)
 サハラ砂漠の原水爆実験反対に関する請願(菊
 川君子君紹介)(第八〇五号)
 在日朝鮮人の帰国促進に関する請願(小川平二
 君紹介)(第八〇六号)
 同(菊川君子君紹介)(第八〇七号)
は本委員会に付託された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 日本国とヴィエトナム共和国との間の賠償協定
 の締結について承認を求めるの件(条約第一
 号)
 日本国とヴィエトナム共和国との間の借款に関
 する協定の締結について承認を求めるの件(条
 約第二号)
     ――――◇―――――
#2
○小澤委員長 これより会議を開きます。
 午後三時より再開することとし、暫時休憩いたします。
    午前三時二十九分休憩
     ――――◇―――――
    午後三時四十三分開議
#3
○小澤委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。
 日本国とヴィエトナム共和国との間の賠償協定の締結について承認を求めるの件及び日本国とヴィエトナム共和国との間の借款に関する協定の締結について承認を求めるの件、以上両件を議題とし、質疑を続行いたします。田中稔男君。
#4
○田中(稔)委員 新聞に私が何か爆弾質問をするというような報道もありますが、爆弾質問になるかどうか別といたしまして、相当の時間を要する質問であります。ところが申し合わせによって非常に短く私の持ち時間が制限されているのであります。そこで問題の要点をしぼりまして、特別円等処理の問題を中心として、それと賠償との関係について政府当局にお伺いいたしたいと思うのであります。
 まず第一に政府にお伺いいたしますが、ベトナムに対する賠償は、時期としてはいつからこれは計算されておるものであるか、そのことについてお伺いいたします。
#5
○高橋政府委員 一九四四年八月二十五日、開戦日から終戦に至るまででございます。
#6
○田中(稔)委員 日本が仏印にいわゆる平和進駐をいたしました。その後終戦時までに進駐に伴う軍事行動、明号作戦、イ号作戦、ゲリラ討伐、米軍による空襲等いろいろなことがあったのであります。これは直接の軍事行動でありまして、それに基づく戦争損害が多かれ少なかれベトナムに生じたのであります。これはベトナムの国民に対して生じたのであります。なるほど政府は、ドゴールがパリに入りまして、日本とフランスとが正式に交戦状態に入ったときから以後の戦争損害ということについて賠償を考えておるのでありますが、それは実態に即しないと考えられるのであります。そのことにつきまして、政府の御見解を聞きたいと思うのであります。
#7
○高橋政府委員 むしろ実態的問題を申し上げますれば、平和進駐のときよりも、一九四四年の八月二十五日以後の問題が主であろうと考えます。
#8
○田中(稔)委員 終戦時に近くなりまして戦争損害が大きくなったことは、もちろんありますけれども、しかしながら平和進駐のときから始まったベトナムにおける戦時状態、この戦時状態のもとにおいてベトナムの人民が損害と苦痛とを経験したという、これは否定できない事実であります。だから日本がほんとうに戦争の損害と苦痛に対して賠償するというのであれば、形式的に四四年の八月二十五日というような時点以後の戦争損害を考えるのでなく、日本軍が仏印を占領しておりました全期間にわたって賠償するのが当然だと思いますが、藤山外務大臣の御答弁を……。
#9
○藤山国務大臣 昭和十六年に平和進駐をいたしたわけでございます。ただいまの御質問では、それから賠償を考えるべきじゃないかということだと思いますが、私どもといたしましては十二月八日にドゴールが、多分ロンドンにおきましてですが、日本に対して宣戦を布告しておりまして、戦争状態にあることを言っております。しかしその後の状況から見まして、われわれは仏印の進駐というものは平和進駐であって、ヴィシー政府と話し合いのもとに出ておるわけでありますから、その期間を戦争状態にあったということはできかねると思いますし、またドゴールがフランス以外の土地においてフランスの解放委員会等を作りまして、そうしていろいろな宣言をいたしておりますけれども、そのこと自体を認めるのは適当でないと思っております。そういう観点から言いまして、これは前々申し上げておりますように、ドゴールがフランスに復帰しまして、パリに帰った日が一番適当なときであろうということをわれわれは法的に推測するわけであります。そういうことによりまして一九四四年八月二十五日ということを確定いたしたわけでございます。
#10
○田中(稔)委員 ベトナム側が主張しております賠償の算定基礎になるいろいろな損害の数字でありますが、その中に通貨という項目があります。これはインフレーション――結局は日本軍が現地においてピアストルを調達した。しかも、それは後にはほとんど軍票的なものになってしまったのでありますが、これはその損害を計上しておるのでありますが、この損害について日本側はベトナムに対する賠償を考慮されておるかどうか、賠償にはそれが含まれておるかどうか、それをお尋ねいたします。
#11
○伊關政府委員 先方の資料によりますと、最初大体二億ドル程度の通貨が、終戦時にはたしか十八、九億ドルになっておる。サイゴン地帯におきまして物価指数が約五倍になり、北方におきましては二十八倍になったというふうなことを申しておりますが、これによります損害額が幾らであるというふうな数字は出しておりません。こういうふうな物価の高騰によりましてベトナムの民衆が経済的に苦しんだということは確かであると思いますが、これを幾らに算定するということは、なかなか困難であると考えます。
#12
○田中(稔)委員 どう算定するかは別にして、その分もこの五千何百万ドルの賠償に織り込まれておるかどうかということをお尋ねしておるのです。
#13
○伊關政府委員 どれどれをどういうふうに算定の中に織り込んだというふうにはわれわれは計算いたしておりませんが、確かに、これによって苦痛を与えたとか、ある種の損害を与えたことは事実であろうと思っております。
#14
○田中(稔)委員 こういうことを質問しますとどうも本論に入れませんので、この程度にしまして、次に、特別円等処理の問題について御質問いたします。
 まず、昭和二十五年一月九日に、当時のスキャップの指令ということで、正金銀行に保管されておりました三十三トンの金塊をフランス側に引き渡したのであります。これは過去において一億五千九百万ドルの債務に充てる分であったのであるけれども、戦時中の事情で現送できなかった、それを戦後ただ引き渡しただけだ、こういうふうに政府はきわめて軽く答弁されているのであります。しかし私はこのことにつきまして、そう問題を簡単に考えるべきではないと思うのであります。これが戦前における債務であったといたしましても、平和条約の第十八条によりまして、これは戦後において両当事国がこの債務の処理について協議をするということになっているのであります。そういった協議は行なわれたのかどうか、さらにまた、三十三トンといえば百三十四億というような莫大な金額に相当するのでありますが、これを引き渡すにあたって何らかの文書的な証拠をとっておられるのかどうか、この点について御質問いたします。
#15
○高橋政府委員 ただいまの御指摘の点でございますが、平和条約第十八条の戦前債務であると仮定いたします場合、その場合には協議ではなくて、支払う義務に影響を及ぼさないものと認める。従いましてそういう義務がある場合には、これは直ちに支払わなければならない問題であろうと考えます。ただ金塊の点は、御承知の通り、これは支払う義務というよりも、支払う義務を履行して、先方に所有権を移してイヤマークしていた点であろう、このように考える次第であります。
#16
○田中(稔)委員 ただ引き渡すといったって、その債務の履行について、債務を確認するというようなことは必要でありますから、フランス政府と何らか折衝があってしかるべきだと思う。その点について、今の御答弁は非常に不満足であります。もう一ぺん答弁願います。
#17
○高橋政府委員 この点は、三十三トンの金の成立の経緯から見まして、これは当時支払い済みのものであるというのが明瞭な問題でございました。そこで、当時占領下でもございましたし、先方からのディレクティヴによって返還をいたした次第でございます。
#18
○田中(稔)委員 私が言うのは、その場合に、受領証か何か取っているかというのです。
#19
○高橋政府委員 フランスがこれを受領したことをわが方に確認いたしております。
#20
○田中(稔)委員 書類があるか、証文……。
#21
○高橋政府委員 文書で確認いたしております。
#22
○田中(稔)委員 それは、要求すれば提出していただけますね。
#23
○高橋政府委員 御提出いたします。
#24
○田中(稔)委員 それでは後ほど出して下さい。
 それから、この金の現送が中止された時期はいつですか。いつからの分がたまっているのですか。
#25
○高橋政府委員 軍費として使用しましたものが一九四一年から四二年ごろまで十二トンでございます。それからゴムの購入の代金、これが一九四一年から二年まで約十三トン、それから輸入代金、その他物資を輸入いたしましたその代金といたしまして一九四二年末まで約八トンでございます。
#26
○田中(稔)委員 その資料は前にも出されておるようでありますが、その前に現送された金がまだあるわけですね。決済のために現送した、つまり現送済みの金額、金塊はどのくらいありますか。
#27
○高橋政府委員 全部金で現送せずにイヤマークいたしておりましたから、現送した金はございません。
#28
○田中(稔)委員 以前に、藤山外務大臣の御答弁だったと思うのですが、若干は現送しましたけれども、後に現送ができなくなってこれだけたまっておるという御答弁があった。外務大臣いかがですか。
#29
○藤山国務大臣 あるいはそうした答弁をいたしたかもしれませんけれども、ただいま条約局長の申しましたのが正確でございます。
#30
○田中(稔)委員 これによりますと、いろいろなものに使った金でありますが、「昭和十七年末一般勘定残高決済のための金イヤマーク高」というのがあります。そうしますと、十八年の一月一日から御承知のように交換公文が出まして、そして金約款のない特別円によってピアストルを調達するということになったのでありますが、それ以前の、つまり金約款を持った円によるピアストルの決済ということは――甲勘定、丙勘定さらには乙勘定といろいろできておりますね、一般勘定といいますのは甲勘定のことだと思いますが、それはこれで全部済んだというわけでありますか。
#31
○高橋政府委員 従来まで初めの一般協定でありました勘定が、新たに交換公文になりましてその勘定に移ったわけでございます。その場合に従来支払うべきものも一部は――五百万円をこゆる額は金で支払いまして、その残額が新しい交換公文の勘定の方に全部収容された、こういうことになります。
#32
○田中(稔)委員 この資料はこの間お配りになった資料ですが、成田君が昨年ですか、予算委員会で質問しました。書いてある言葉に即して御答弁願いたいのですが、「昭和十七年末一般勘定(第一協定)残高決済のための金イヤマーク高」とありますが、そうするとこれで全部済まないで、まだ十八年一月一日に繰り越したのがあるということになるのですか。
#33
○高橋政府委員 ただいまの問題はイヤマークの金とは別だと思いますが、その他の勘定は全部新しい勘定に繰り込まれたということになるわけでございます。
#34
○田中(稔)委員 今理財局長が見えているそうですが、昭和十八年一月一日から交換公文によって勘定が少し変わってきたのでありますが、その移り変わりの状況を理財局長から詳細に御説明願いたい。
#35
○小澤委員長 今入ったばかりだから、もう一度……。
#36
○田中(稔)委員 いわゆる日仏協定、さらにまた銀行間協定、そういうものによって円とピアストルの決済のことについて協定が行なわれた。そうして十七年の末に参つりまして、それまでは金約款があったのに十八年一月一日から金約款を廃止して特別円によってピアストルを調達するということになったわけでありますが、その十七年の末にそれまでの勘定の一応の残高の決済が金で行なわれたと私は承知しておるのでありますが、その一部が十八年一月一日以降に繰り越された、こういう条約局長の御答弁があったのであります。それでその辺の移り変わりの状況をできるだけ詳細に、事務的に御答弁願います。
#37
○半田説明員 理財局の外債課長であります。理財局長にかわりまして……。ただいまの質問の途中で参りましたので失礼いたしましたが、田中先生の御質問は、日仏の協定の前後、特別円の協定になる前、それから特別円の協定になってからの、その辺の勘定の移り変わりはどうか、こういう御質問と了解してよろしゅうございますか。
#38
○田中(稔)委員 ええ、いいです。
#39
○半田説明員 日本とフランスとの間の決済の状況は非常に複雑で、その間に変遷がございます。あるいは今の御質問の特別の円勘定になってからということに直接関係ないかもしれませんけれども、ちょっと前からお話しした方がわかりいいと思いますので、ちょっと御説明させていただきます。
 おもな項目は、軍費と貿易代金というものに分かれると思います。それで初期のころ、すなわち昭和十五年の秋ごろでございましたが、そのころは仏印銀行のサイゴン円勘定というもので軍費も一般貿易代金も動いていたのでございます。この二つの軍費と貿易代金とはおのずから性質も違うし、勘定のやり方も違いましたものですから、混淆するといけませんから、まず軍費からお話しいたしまして――後に貿易代金の決済とそれが統一されることになるわけでございますが、その前は二つの枝に分かれていたのでございます。
 初めに軍費でございますが、これはわが軍が仏印に進駐した当初、すなわち昭和十五年の九月ごろは一般貿易代金と一緒に、先ほど申しました仏印銀行のサイゴン円勘定というものに振り込まれていたのでございます。それが昭和十五年の十一月に特別勘定――この特別勘定は特別円勘定ではございません。そのサイゴン円勘定がまた特別勘定と一般勘定に分かれたのでありますが、その特別勘定が設けられたものでございますから、軍費の部分はその特別勘定に区分して整理されております。その特別勘定がまた二つに分かれまして、そのうち米ドル売り予約つき、つまり予約つきで、予約の期限がくれば米ドルで売る、そういう米ドル売りの予約つきのものは予約期限の到来とともに逐次実行されまして、これが昭和十六年、翌年の四月に新しく設けられた米ドル勘定に繰り込まれることになったわけでございます。それからもう一つ、日本に対する輸入代金に充当する保証つきのものというのがございまして、これは昭和十六年の四月に新しく設けられた貿易勘定に繰り込まれておる。つまり特別勘定というものがまたさらに小枝に分かれたわけです。それから、そのほかに軍費は自由円による――自由円と申しますのは特別円に対応する言葉でございまして、これは日本政府によって外貨への転換、コンヴァートを保証された円でございますが、自由円によって決済されたのが昭和十六年の四月以降の軍費でございます。これは自由円勘定に振り込まれた、つまり軍費は昭和十五年から十六年ごろはこのように変わってきたわけであります。そのうち昭和十六年の七月が参ります。そのころ軍費はどうなっていたかと申しますと、自由円による決済は相変わらず続いていたわけでございます。ところがそのころ、昭和十六年十一月以降でございますが、自由円による支払いと並行いたしまして、一部は金イヤマークによって決済されたわけであります。なお非常にこまかくなって恐縮ですが、昭和十七年の四月以後、軍費は旧特別円勘定というものによって決済されていたようであります。この旧特別円勘定というのは、内容ははっきりしておりませんが、あとでお話しするほんとうの特別円勘定のこれとは違うようでございます。これがつまり昭和十八年一月の特別円勘定になるまでの軍費の大体の成り立ちでございます。
 少しこまかくなりまして恐縮でございますが、次に貿易の方に移りたいと思います。貿易の代金も、昭和十五年ごろには先ほど申し上げました仏印銀行のサイゴン円勘定によって決済されていたわけでございます。ところが先ほど軍費の初めでお話しました通り、軍費につきましても、このサイゴン円勘定を一部利用いたしましたので、先ほどお話した通り、サイゴン円勘定、特別勘定、一般勘定に分けまして、一般貿易代金はその一般勘定ということでやっていたわけであります。この貿易代金はその後昭和十六年の四月になりまして、この残高は先ほども出てきました自由円の勘定に振り込まれることになりましたので、貿易代金は貿易勘定というのがまたできまして、それによってやられることになったわけであります。それで今の貿易代金について昭和十六年の五月に、これは外務省からお出しになったかもしれませんけれども、「日本国印度支那間関税制度、貿易及其ノ決済ノ様式ニ関スル日仏協定」というのがそのころできたわけであります。繰り返すようですが、このころできたこの日仏協定は、これは一般貿易代金と米の勘定がこれに記載されていることになったわけであります。特別円の勘定になって初めて軍費と貿易代金とが、一つの勘定として記帳されるようになったのでございます。それで、簡単に申し上げますが、この貿易代金の昭和十六年の日仏間の協定によりまして、一般貿易代金につきましては第一協定に記載されまして、それから米の勘定が第二協定に記載されたわけでございます。それでこの第一協定というのがさらに甲勘定と丙勘定に分かれまして、甲勘定が正金の方にある勘定でございます。それから丙勘定の方が仏印銀行、インドシナ銀行にある勘定でございます。こういうような勘定が貿易代金について行なわれた。これが前論みたいになるんですが、そこで昭和十八年一月に「日本国仏領印度支那間決済ノ様式ニ関スル交換公文」それからその付属了解事項というのがあります。これが三谷大使とラヴァル外務長官、いわゆる三谷、ラヴァル交換公文と称せられるものでありまして、この交換公文以後は日仏印間の一切の決済は、すべてこの特別円によって決済される。それで仏印銀行は日本側の軍費の支払い、貿易代金の支払い等のために必要なピアストルを特別円として提供することになったわけであります。ところがこの前の一般勘定との関係は一体どうなるかというのですが、この交換公文等を読みましても、この交換公文に抵触しない限りは前の勘定は生きている。つまり抵触しない限り従来の勘定と特別円勘定とが並列しているということになったわけであります。しかしながら並列でありますが、あくまで特別円勘定というのは、これが最終的と申しますか、新しい交換公文によってなされたわけですから、漸次昔の各勘定は一定の期間閉鎖されまして、だんだん振りかえをもって特別円勘定の方に持ってきた、こういうことになるのであります。
 しからば一体どんなふうに決済されるかと申しますと、ごく簡単に申しますと、日本側がたとえば百なら百というピアストルが必要だということになりますと、日本側の正金の方の勘定に、貸方に百という特別円の債務が出るわけであります。これに対して借方はどうなるかというと、借方は正金としては臨軍会計から、補てんを受けて、そこで正金としての貸方と借方とのバランスがとれるわけであります。これに反して、インドシナ側の銀行は貸方にはピアストルが立ちまして、そしてピアストルを日本のために提供して、それが流通するわけですが、そのかわり借方としては特別円としての債権を有するわけであります。もっともこれは単純化して申し上げたわけでありまして、その間各勘定の振りかえとかあるいは相殺があるし、それから五百万円あるいは五百万ピアストルというもののいわば今のスイングがございますが、このスイングをこえる部分について決済するわけでございますが、それを抽象して申し上げますと、今のような貸借関係によりまして、それで終戦まで続いてきた。そうして終戦時に約十三億円の残額が残っておる。これがあらましの本特別円勘定の初めから終りまでの御説明であります。
    〔「明快」と呼ぶ者あり〕
#40
○田中(稔)委員 必ずしも明快ではないけれども、非常に専門的なことですから、十分に理解できない点もありますけれども、この点につきましてはもう触れないで、ただ一言お尋ねしたいのは、この特別円に関する議定書の中に四十八万余りの米ドルの残高があるというのは、それはどういう事情で発生したのか、それだけ一つお聞かせ願いたいと思います。
#41
○半田説明員 先ほどは特別円勘定の移り変わりということでしたから、特別円勘定のことを主にして申し上げたのですが、ただいまの米ドル勘定は、これは先ほど私のお話の一番初めに申し上げました特別勘定、つまり仏印銀行サイゴン円勘定の中の特別勘定になったということをお話したのですが、それが十六年四月以後特別外国勘定ということになりまして、これすなわち米ドル勘定でございまして、この勘定は、特別円の勘定とは別にずっと終戦までそのまま存じておったわけであります。これが終戦のときの残額が四十七万九千六百五十一ドル十九セント、これが米ドル勘定であります。
#42
○田中(稔)委員 そこでいよいよ特別円の問題について御質問いたしたいと思います。三十二年の三月二十七日に発効いたしましたこの議定書でありますが、この中で今御説明のあった約四十八万米ドルを支払い、それから今度は十五億円に相当する額のスターリング・ポンドを支払ってこうなったというこの十五億という数字でありますが、今までの衆議院予算委員会、外務委員会等でこれに関していろいろな御答弁があった。その間に顕著な食い違いがあるのであります。昭和三十三年二月八日の衆議院予算委員会におきまして、愛知官房長官の御答弁の中には、特別円勘定といたしまして残りましたものが十三億千五百なにがしある。そうしてこれを結局十五億円にして払ったのだ、こういうことを言っておられます。ところが三十四年の十一月五日には、つい最近でありますが、外務委員会における藤山外務大臣の答弁の中には、帳簿残高は五億七千三百万円、それを十五億にして払った、こういう御答弁だった。この場合両答弁の食い違いは、もちろん時点が違う。愛知官房長官のこの数字の場合は終戦時であり、藤山外務大臣の場合は十九年の八月二十五日、つまり日仏が交戦状態に入ったときと、こうなっておるわけであります。
 そこでお尋ねしたいのは、フランス側からの要求は終戦時の金額を言ってきているわけです。五億七千万円というような数字は議定書には出ていないわけであります。それでこれは一体どちらを基準にして計算されたものか、その辺のことを一つ藤山外務大臣に御説明願いたいと思います。
#43
○高橋政府委員 私から答弁させていただきます。
 ただいま御指摘の点でございますが、実はどの金額を取り上げて支払ったのであるかというわけでございますが、どの金額ということはないわけでございます。と申しますのは、実はフランス側との折衝の結果、とにかくこのような債務があるということは確定している次第でございます。ところがいつの時点をとりましても、たとえば昭和十六年十二月八日を開戦日といたしますと、そこに八千九百九十一万円、これは名目価値でございますが、戦前債務として支払うべき義務が存在する。一九四四年の八月二十五日をとりますと、そこには五億七千八百万円、これは名目価値でございますが、そのような金額が存在する。それから終戦時、これはずっと戦前戦後を問わず有効であると仮定いたしますと、終戦時には御指摘のように十三億支払う義務が存在するということになるわけでございます。従いまして実はこのいずれの時期をとりましても、この協定には金約款または金約款にひとしい条項はございます。従いましてこのいずれの時点かをとりまして法律的に折衝していきますと、外交上も非常に不利になるというふうに考えられるわけでございます。たとえば昭和十六年の十二月八日にいたしますれば、その当時の約九千万円は九十億になります。それから昭和十九年になりますと、約六億でございますから、六十億。それから昭和二十年当時になりますと十三億、約百三十一億というふうな額に上るおそれもありますので、そのような法律論は離れまして、とにかくここで十五億で押えた、こういう次第でございます。
#44
○田中(稔)委員 今の御答弁の中に、昭和十六年十二月八日という時点をとれば約九千万円というこの御答弁も、藤山外務大臣に伺ったわけであります。しかもその藤山外務大臣の御答弁のあった同じ日に、つまり昭和三十三年二月八日の衆議院予算委員会、その同じ日に、愛知官房長官は終戦時の十三億何がし、それから藤山さんは、いわゆる太平洋戦争勃発の十二月八日現在で九千万、こういうふうな数字を出しておる。同じ日同じ委員会で相前後してこういう食い違った数字をそれぞれの大臣が答弁しておる。そして藤山外務大臣はその後また別な数字を言われた。こういろいろあるのでありますから、私はやはりこれは全体をよく御検討の上に、御説明をきちんと統一する必要があると思うのでありますが、今そういう統一的な御見解をお示し願いたいと思う。どうですか。
#45
○藤山国務大臣 経緯につきましては、今条約局長が御説明申し上げた通りでありまして、いずれの時期をとりましても金約款がついておりますから、九十億なり六十億なり百三億なり、こういう数字になるわけであります。でありますから、当時の交渉の過程においてはそれらのものを考慮いたしまして、しかしそれに対する支払いは十五億だということで折衝が続けられまして、妥結をいたしたわけであります。今日統一解釈といたしましては、一九四四年八月二十五日の対仏開戦日における帳簿残高、ただいま申し上げました五億七千万円を基準にいたしております。
#46
○田中(稔)委員 今の御答弁でありますが、三つの数字が出ている。しかもそれはみな計算の時点が違う。ここに私は非常に重大な政治的な意義があると思うのであります。と申しますのは、十六年の十二月八日の時点で数字をとれば、つまりとるということは、これはやはり開戦の時期と関係がある。私どもはむしろ十二月八日から仏印においては平和進駐という名の、やはり戦争状態があると理解して、賠償もそういう見地から考えなければならぬと思うのでありますが、そういうことになっては困るという政治的配慮があって、十二月八日という時点の数字は取りやめになったんだろうと思う。
 それからもう一つは、終戦時の数字をとるということになりますと、日本がフランスと戦争状態にある。そうしますと戦争状態が発生いたしますならば、いわゆる日仏協定なんというものは当然効力を失うわけであります。ところがその効力があって、終戦時までずっと現地においてピアストルをどんどん調達している。しかも金の裏打ちのない特別円でそれをどんどん決済していくというような、そういうことはいかにも不合理に考えられるので、この時点を繰り上げて結局十九年の八月二十五日、こういうふうにお考えになると数字は五億七千三百万円になるのであります。しかしその数字はどうなりましても、フランス側の要求にこたえなければならない。フランス側の要求はつまり終戦時の数字できている。だからそのフランス側の要求する数字を満足させるために操作が行なわれた結果、この五億七千三百万円を水増しして十五億にしたのではないか。しかもその場合の言いわけとしては、金約款を考えるならば一〇・〇三倍をかけなければならないから、実はこの五十七億という巨額な数字になるのだけれども、これを政治的な折衝で圧縮して結局十五億で済ましたのだと非常に手柄顔をされるわけであります。しかしながら私はそういうふうないろいろな擬装にもかかわらず、結局政府のねらいはやはり十九年の八月二十五日、このときから戦争は起こったのだ、こういうふうにしたいというお考えからだろうと思うのであります。ここで五億七千三百万円としますと、十三億一千五百二十七万何がしかとの間に七億五千万円の開きが生ずるのでございますが、一体この数字はどこへいったのか、これについてどうお考えになるかお聞きしたいと思います。
#47
○高橋政府委員 ただいま申し上げました通り一九四四年、昭和十九年、われわれの法律的立場といたしましてはここから開戦をいたすわけでございますので、戦前債務として約六億の金銭債務が残る次第でございます。終戦時には十三億という数字が残るわけでございますが、いずれにいたしましても金約款またはそれに近い条項がございます。それが法律または協定通りに適用されて要求されるということは、われわれとしてはできるだけ避けたいという気持がございました。そこで外交折衝によってできるだけこれを圧縮した、こういう次第でございます。
#48
○田中(稔)委員 しかし事実としては十三億何がしかという債務が残っておったのでしょう。それをお認めになりますか。
#49
○高橋政府委員 その勘定残高が十三億あったということは事実でございます。
#50
○田中(稔)委員 その根拠に基づいてフランス側の口上書が書かれておるわけであって、そうしますとフランス側は、十三億幾らを五億幾らに打ち切って、それで満足しましたか。フランス側の態度を一つ……。
#51
○高橋政府委員 フランス側といたしましては、一応この帳じりの十三億を基点として考えたことは事実であろうと考えます。しかしながらこの十三億のみならず、その場合の倍率をかけまして百三十億以上の金額を、フランス側は一時的には要求してきている次第でございます。そこでそのような数字は、われわれはとうてい支払うわけにはいかぬわけでございますし、認めるわけにもいかないというので、折衝を開始した次第でございます。
#52
○田中(稔)委員 フランス側は、なるほど数字だけが一応十三億を上回れば、満足したかもしれない。しかしながら理論的に考えますと、五億七千三百万円で打切るということに満足するわけはないのです。その間のつじつまを合わせるために倍率をお考えになったのでございますが、本来ならば一〇・〇三倍しなければならぬのに、約三倍でとどめたということは、一体日本政府側のどういう主張に基づくのですか。
#53
○高橋政府委員 日本側といたしましては、当時できるだけ名目価値――名目価値と申しますか、この勘定に現われた数字だけに圧縮したい、こういうふうに考えております。
#54
○田中(稔)委員 金約款があったとおっしゃるのですが、一体それはどういうことですか。なかったのじゃないですか。
#55
○高橋政府委員 先ほど申し上げました「日本国印度支那間関税制度、貿易及其ノ決済ノ様式二関スル日仏協定」これの第二十一条の第二項でございます。それから第二十五条にもございます。その後これが一部改訂になりまして、昭和十八年一月二十日の三谷・ラヴァル交換公文でございますが、それの第四項、また了解事項、こういう点を考えますと、第一の協定には、明瞭な非常に強い金約款の条項がございます。それから交換公文によりましても相当強い、金約款に近い条項がございます。従いましてこれを無視するわけにはいかなかったというのが、当時の事情であります。
#56
○田中(稔)委員 交換公文のどこですか。もう一度お伺いしたい。むしろそれは金約款を認めないという規定じゃありませんか。
#57
○高橋政府委員 交換公文の第四項に、換算率の変更は日仏間の合意によると、一応こういう規定がございます。それからこれに対しまして了解事項というのがございまして、その第十二項に、「事情許すに至れば、特別円勘定の資金は金または金に兌換し得る外貨をもってこれを決済することを得べし。」というふうな規定がございます。これに対してまた日本側の書簡を出しておりまして、「換算率の変更の場合は新換算率によって勘定を再評価すべし。」こういう規定がございますので、明らかに換算率の変更の場合も予定している規定であるというふうに考える次第でございます。
#58
○田中(稔)委員 十九年の四月から新しい貸し上げ方式が実施されましたが、その場合にはその金約款は無効になったものでありますが、私はこの場合は全然それがなくなっておると思いますが、どうですか。
#59
○高橋政府委員 初めの一九四一年、昭和十六年の協定のような金約款じゃございません。しかし、やはり事情許すに至れば金または金に兌換し得る外貨でこれを決済することを得べしというふうな規定がございますので、これを名目価値だけで支払いを済ますというわけにはいかないわけでございます。
#60
○田中(稔)委員 交換公文においても、これはむしろ金約款を指定しておる。ただ特別な場合の例外として、換算率の変更ということが両者の合意によって成り立つことがあるのでありますが、しかしそういうことは実際行なわれ得なかったと思います。さらにまた十九年四月以降は、現地において軍票を発行するのと何ら変わりのないような姿であったのだと思うのであります。そういう終戦直後の特に混乱した事情等を考えました場合に、十三億何がしかというこの債務を全部認めて、しかもまたそれを金約款によって倍率をかけて支払うなんということは、私は全く実情にそぐわないものだと思うのであります。実は日本がタイの特別円を処理いたしましたときには、御承知のようにこれは金約款があったにもかかわらず、十五億の円の債務は、十五億としてそのまま現行の円で決済をしておる。こういう事情がある場合に、このタイの特別円の場合とインドネシアの特別円の場合と、その決済につきまして非常にアンバランスがあると思うのであります。それについての御答弁を願いたい。
#61
○高橋政府委員 タイの場合は金約款の規定がございましたが、これは先方がこの協定を破棄してきたという事実もございます。そこでできる限り名目価値として支払った次第でございます。それから仏印の特別円の場合も、先方の倍率の要求は全然これをけっております。そうしてでき得る限り名目価値に押しつけようと思ったわけでございますが、先方との折衝の結果現在の額になった次第でございます。
#62
○田中(稔)委員 こういうわけで、私は政府の特別円処理については非常にからくりがあると思うのであります。かりに政府が考えておりますように、昭和十九年の八月二十五日を開戦の日として、それまでの債務五億七千万円というものを支払ったといたしますと、それから約一年間、終戦時に至るまで、非常に大きなインフレーションがベトナムに発生した、そのために多数の餓死者を出した、そのほか非常に大きな経済的な混乱を来たしたという責任があって、これについ何らかの処置をしなけりゃならぬ。これは結局賠償の問題になると思うのでありますが、この問題について政府はどういうふうな責任を考えておられるか、お尋ねいたします。
#63
○藤山国務大臣 一九四四年八月二十五日以後、今お話しのような点についての問題については、先ほども御答弁申し上げましたように、経済上の変動をそれによって起した、それに伴う苦痛あるいは損害というようなものを総括的に対象としてわれわれは頭の中に考えながらそれを処理して参った、こういうことでございます。
#64
○田中(稔)委員 次に、特別円に関する議定書というものはついに国会にはかからなかったのであります。このことにつきまして、その後けしからぬじゃないかというような意見も多かったのでありますが、政府はこのことについてどういうふうにお考えになりますか。前に林法制局長官は、これは単に過去の債務の履行にすぎない、こういうことを申しておるのであります。しかしながら、私どもとしましては、そういう債務を確認する、さらにまた五億七千万円が十五億になった、そういう倍率がそこにかけられておるというようなことで、債務の金額についてもいろいろ私は議論があると思う。これを何ら国会に諮らない、しかも調印をいたしましてわずか数日の間にこれを支払ったというようなことは、私は非常に奇怪なことだと思う。このことについて、当時もその問題で政府の責任を問うた人があるのでありますが、この機会に藤山外務大臣の御答弁を一つお願いいたしたい。
#65
○西原政府委員 お答え申し上げます。ただいま仏印特別円の処理議定書の署名につきまして事前に国会の承認を経なかったのはどういうことかというお尋ねだと存じますが、これにつきましては、本件議定書は、お尋ねの中にございましたように、新たなる債務ではなく、既存債務の額を確認いたしまして、その支払いを約するものでございますので、そういう関係から国会の承認を経る必要はないと考えたものでございます。また本件議定書に基づきます支払いは、昭和三十一年度の賠償特別会計予算において国会の議決を経た範囲内における支払いでもございます。この支払いにつきましてあらためて予算として国会の議決を経る必要はなかったものと考えております。以上のような次第で、本件の議定書につきましては国会の承認または議決を経なかったのでございます。
#66
○田中(稔)委員 では、私の質問は終わります。
#67
○小澤委員長 柏正男君。
#68
○柏委員 ベトナムの賠償協定について国民が非常に疑問を持っておる点の中で最も私どもが感じますのは、政府がいつも全ベトナムを代表する正統政府ということを言われるのでございますが、この問題について、私どもはまだまだ十分に理解できないところがあるのでございます。それでまず全ベトナムというのはどういう観点に立って言われるのか、また代表するというのはどういうお考えか、正統政府というのはどういう点を言われるのか、一つ外務大臣に説明を願いたいのであります。
#69
○藤山国務大臣 たびたび申し上げておりますように、戦後フランスが仏印三国――むろんこれは植民地もございますし、属領もございますが、そういう三国を処理いたします場合にいろいろな経緯がございました。ホー・チミンとの関係もございました。しかしホー・チミンとの関係も、相手にせずという宣言のもとに戦争状態にもなりました。それらのいろいろな経緯がありまして、一九四八年のアロン湾宣言、翌年続いてエリゼ宮の宣言等によりまして、全ベトナムの地域を代表する政府として、仏印三国の独立を認めます場合に、ラオス、カンボジアと境界を決定して、そうしてこれを承認をいたしてきたわけでございます。従ってその意味からいたしまして、われわれはこれを正統政府と見ることが適当だと思うのであります。その後選挙によります政体の変化はございましたけれども、引き続き前の権利義務を継承しておるということを認めざるを得ないと思っております。なお、これもたびたび申し上げております通り、その事実に立ちまして四十九ヵ国がこれを承認しておるという事実もまたそれを裏書きりするものであろうとわれわれは考えておるのであります。以上のような経緯によりまして、われわれとしては全ベトナムを代表する政府としてこれを認めておる次第でございます。
#70
○柏委員 政府は賠償協定を調印したのでございますが、その賠償協定を調印したベトナム共和国は、今お話しの通り、全ベトナムを代表する正統政府と言われますが、それならば、その前提となったサンフランシスコ条約の締結国としてのベトナム国、これもまた政府の言われる通り、全ベトナムを代表する正統政府と解釈して間違いございませんか。
#71
○藤山国務大臣 今私が申し上げましたベトナム国が、ベトナムを代表する全権委任状を持ってトラン・ヴァン・フー氏がサンフランシスコに行かれまして、そうして調印したのでありますから、さように存じております。
#72
○柏委員 では、そのトラン・ヴァン・フーが持って参りました信任状の問題についてでございますが、日本政府はこういう信任状に対してどういう手続をとっておられますか、日本政府の場合をちょっとお聞きしたいと思います。
#73
○高橋政府委員 全権委任状の場合かと思いますが、閣議の決定を経て、天皇の認証を得て、これを発行いたしております。
#74
○柏委員 それではベトナム国の全権委任状は、どういう手続をとって出されたものでございますか。
#75
○高橋政府委員 ベトナム国の国内問題として、国内法に従って発給されたものと思います。
#76
○柏委員 では国内法に従ってやったという国内法は、どういう法規を基準にしてやったか、それは条約局長の方でおわかりだと思いますが。
#77
○高橋政府委員 それはベトナム国の国内法に従って全権委任状を発給したのであります。その全権委任状がサンフランシスコ会議におきまして、会議の事務局長によって有効妥当なるものであるとの判定を受け、それが会議で報告され、会議で了承されたものであります。
#78
○柏委員 今外務大臣は、エリゼ協定を結んでベトナムは連邦のワク内の一つの国家になったということを言われたのでございますが、そのエリゼ協定によってベトナム国の外交主権は制限を受けておるはずでございます。首席全権の委任状に対してどういう制限を受けておるか、お調べになっておられますか。
#79
○藤山国務大臣 条約局長から答弁をいたさせます。
#80
○高橋政府委員 それはフランス連合の問題でございます。フランス連合のワク内において一般政策がきまりまして、その政策によって外交政策がフランス本国またはベトナム、それぞれ行なわれるわけでございます。エリゼ協定によりますれば、外交交渉を行ない、ある協定を結ぶ前にはフランス連合においてその承認を得なければならない、こういう規定がございます。
#81
○柏委員 条約局長、もっと外交事項に関してお調べを願いたいと思います。その中に、首席全権に対する委任状の渡し方が書いてございますが、そこを一つごらんになったらどうでございますか。そうして御答弁を願いたいと思います。
#82
○高橋政府委員 大公使の場合でございます。フランスの大統領が大公使の信任状を発行いたしまして、ベトナムのバオダイ帝がこれに副署するというふうな規定がございます。
#83
○柏委員 そういたしますと、外務大臣にお尋ねしたいのですが、サンフランシスコの会議に出て参りました首席全権のトラン・ヴァン・フー首相は、その信任状はフランス連合の大統領から渡された信任状で、ただバオダイ皇帝はその副署をした。そうすると、信任状を出した人はフランス連合の大統領じゃございませんか。そうじゃございませんか。
#84
○高橋政府委員 ちょっと不十分だったかと思いますが、ただいま申し上げたことは通常の外交使節のことでございます。大公使としてベトナムが派遣する、そういう場合でございます。このような、平和条約とかそういうふうな会議に行く場合の全権とは別だと考えております。
#85
○柏委員 外務大臣にお尋ねしたいのですが、それではサンフランシスコ会議の代表の全権委任状はどんな全権委任状でございますか。今お話しの通りでございますと、大公使に対してはフランス連合の大統領の全権委任状をもらっている。それならばサンフランシスコ条約の首席も同じような全権委任状を持っていったということが私どもの考えられるところでございますが、それに対して外務大臣はどういうようにお考えでございますか。
#86
○藤山国務大臣 私は、サンフランシスコ平和会議に出しました全権委任状は見ておりません。でありますからそれがどういうものであるかはわかりませんけれども、(発言する者あり)少なくも平和条約の会議におきまして資格審査委員がございまして、その資格審査委員の審査を経て総会に報告されましたものを各国が異議なく承認されておりますので、これは当然ベトナムを代表しており、そして調印する権利があるということは……。(発言する者あり)
#87
○柏委員 外務大臣、もしこの全権委任状がバオダイ皇帝が出した全権委任状でありますならば、独立国家と申しますか、ベトナム国家の出した全権委任状でございます。その全権委任状ならば、サンフランシスコ会議に出ましても正当であろうと私どもは思います。しかしながら、エリゼ協定に従ってもしトラン・ヴァン・フーの全権委任状がフランス連合から出ておりますものであるならば、私は、その全権委任状は決してベトナム国を代表するものでないと思わなければならないと思いますが、藤山外務大臣はこれに対してどういう考えを持っておられますか。
#88
○藤山国務大臣 私は、ベトナム国を代表したものと信じております。
#89
○柏委員 ではまたお聞きしたいのですが、こういう問題の由来する基本的なところは、ベトナム国が完全な主権を持たない国家である、そのためにこういうことを私どもがこの議会において論議しなければならないということになるのではございませんか。要するに、ベトナム国が完全な主権を持っておらないという証拠がこの全権委任状に現われるのではございませんか。そうはお考えになりませんか。
#90
○藤山国務大臣 私はそうは考えておりません。私は、大筋から見て先ほど申し上げたような答弁で尽きていると思います。こまかい点につきましては条約局長から御説明いたします。
#91
○高橋政府委員 お答えいたします。主権の制限ということでございますが、独立国家間の関係でもいろいろそういう関係がございます。たとえば英連邦諸国間の国際条約でも事前に相互の協議をするとか、いろいろそういう国家の結合形態がございます。私は、その結合形態の一つであろうと考えておる次第でございます。
#92
○柏委員 しかし、これは条約局長にいま一度お尋ねしたいのですが、主権の制限があるということ、完全な主権を持たないということは、国家論の立場から見ましても、私は主権の性質に反するものだと思いますが、そうはお考えになりませんか。完全な主権を持ってこそ初めて独立の国家である。そういう点から見たならば、今、全権委任状の点につきまして、ベトナム国のトラン・ヴァン・フーの持って参りました全権委任状には非常な疑義がある。これは世界の諸国家が認めましても、その諸国家が間違えておるかもしれません。そういう点もあるいは考えなければならぬと思います。またトラン・ヴァン・フー氏は、日本に来て、日本の国会に出て、そのことを申し開きしてもいいと言っておりますが、何なら政府はトラン・ヴァン・フー氏に来てもらって、全権として出席した当時のことを申し開きをさせるというようなことはお考えになりませんか。外務大臣にお聞きしたい。
#93
○藤山国務大臣 そんなことは全然考えておりません。
#94
○柏委員 しかし私はこの全権委任状の問題につきましては、トラン・ヴァン・フー氏がさきに国籍問題においてもフランスとの二重国籍である。しかもこれは二つの場合が考えられる。一つの場合は、バオダイ皇帝だけの信任状を持っていった場合、それからいま一つの場合は、フランス連合の大統領の出した委任状を持っていった場合、この二つの場合の後者の場合であるとしたならば、私は、このサンフランシスコ平和条約に対して出席した首席全権の資格において非常に疑義があると考えなければならないと思いますが、この点いかがでございますか。
#95
○藤山国務大臣 疑義がないと考えております。
#96
○柏委員 それでは外務大臣にお聞きしたいのですが、こういう事実をもって完全なる主権がない国家であるということに対しては、いま一度御信念を伺いたい。
#97
○藤山国務大臣 歴史的経過から見まして、いろいろな過程をたどっておると思います。あるいはフランス連合の中にあった場合もありましょう。そういう時期において、それが必ずしも完全な独立国家でないということは言えないと思います。あるそのワク内においての制限というものはありましたといいましても、それが独立国家でないということは言えないと私は信じております。
#98
○柏委員 それでは私は、サンフランシスコ条約が完全に効力を発するためには、批准書を寄託しなければならないという条項がございますが、この批准書の問題につきまして、私どもは、この批准書が最後の効力を発する根拠になるものである。そういう意味において、ベトナム国が寄託いたしました批准書を作成しますまでの手続について、エリゼ協定あるいはバオダイの出しました政令第一号、その二つを基準にして、政府はどういうような批准書を出したとお考えでございますか。どんな手続を経て出したとお考えでございますか。
#99
○高橋政府委員 ベトナムの国内手続に従いまして、元首は協定を締結し、これを批准するという規定がございます。この規定に従いまして行なわれたものと考えます。
#100
○柏委員 ではその批准はだれが批准したのでございますか。どういう権限をもって批准できたのでございますか。
#101
○高橋政府委員 ベトナムの国内手続によってベトナムがやったことだと思いますが、これはバオダイだと思います。
#102
○柏委員 ベトナム国の政令第一号には、第二条のところに、元首の行為として、国家元首は条約を調印しこれを批准するとございます。しかしこの批准につきましては、エリゼ協定の中に制限条項がございますが、ごらんになりましたか。
#103
○高橋政府委員 それが効力を最終的に発効するためには、フランス連合のオ・コンセイユ・デュ・ユニオンでございますか、最高理事会の承認を得なければならない。これはフランス連合の規定でございます。
#104
○柏委員 そうしますと、この批准書については、この最高理事会の承認をとっておりますか、とっておりませんか、お調べになったことがございますか。
#105
○高橋政府委員 それは当然とっておると考えます。
#106
○柏委員 今お話のありました通り、当然この批准書はフランスの最高理事会の決定を待って、その後にバオダイ皇帝が批准をして、批准書として完成しておる、そういうようにお考えでございますか。この手続において欠けるところはございませんか。それではいつ批准の決定をし、いつバオダイが批准をし、これを批准書として寄託したのでございますか。
#107
○高橋政府委員 批准書の寄託は一九五二年の六月でございます。それに至るまでいかなる手続をどのようにしてとったかということは、私は承知いたしておりません。
#108
○柏委員 私は、批准書が有効であるかないかということをきちんときめるためには、その手続が有効で、適正になされたことを立証しなければいけないと思いますが、それを立証することができませんか。
#109
○高橋政府委員 批准書を寄託することによって、それが正当に受け付けられ、そうしてそれが日本に通報を受けたことによって、すべての国内手続が妥当に完了したものであるということは確かと思いますが、そのように見られるわけであります。それ以上、それが事実上どうであったかいなかということは、その国の国内問題でございまして、そこに至るまでわれわれは関与する権限はないと思います。
#110
○柏委員 しかし、今までに批准書が有効なる手続をもって批准されなかった場合に、条約が無効になった前例がございますが、政府においては御存じでございますか。
#111
○高橋政府委員 原則として、国内法上の手続を理由にして国際法上の効果、国際条約の無効を宣言することはできない、これは原則だと思います。
#112
○柏委員 それならば、この問題について今までに三つの例がございます。この例を政府は御存じでございますか。一つは一八三一年のアメリカとフランスとの条約であって、フランスはこの条約で二千五百万フランの支払いをアメリカに約したのでございますが、この条約は当事国によって批准され、批准書が交換されたのでございますが、その批准にあたり、フランスの議会は必要な金額の支払いを議決しなかった。従ってこの条約は履行せられなかったのでございます。また一八三六年に、ペルーとチリーの間に同じような条約無効――これは批准の資格のない者によって批准せられたというので、条約が無効になっておるのでございます。また一九二一年には、ルーマニアとオーストラリアとの通商協定の場合にも、ルーマニアの政府によって適法に承認せられなかったというために、この条約は、適法ならざる批准というために無効になった例がございますが、もしこの批准書が有効適切でなかったならば、サンフランシスコ条約は、事ベトナム国に関する限り無効になるとあなた方はお考えになりませんですか。
#113
○高橋政府委員 先ほど申し上げました通り、有効な全権委任状による署名、また有効な批准書の寄託ということによりまして、有効な国際条約の権利義務を発生する次第であります。
#114
○柏委員 この問題に関しましては、あなた方の言いのがれの道としては、日本政府の関するところではない。これはサンフランシスコ会議の当事者がそれを決定したのだから、これで有効だということをお言いになりますが、しかし、今の全権の委任状にいたしましても、批准書にいたしましても、その内容において、真実に瑕疵がありますならば、それは有効ではないと考えるのが当然ではございませんか。瑕疵があるかないかということにつきましては、私どもが今ここで調べることはできませんが、これを正当に、条約上の疑義のあるものとして、国際司法裁判所なり何なりにかけて調べるということはできるのではありませんか。
#115
○藤山国務大臣 サンフランシスコ平和会議におきます出席国の審査をわれわれは信頼して差しつかえないと思います。その上に立って、われわれはこの問題を考えております。
#116
○柏委員 では、今の政府の答弁の通りに、そういうものとして、有効適切であったと一応私ども考えてみます。そうしてその上に立って言いたいことの一つは、今の批准書の決定にいたしましても、批准書の決定は、一九五二年三月二十五日のフランスの国民議会の諮問機関の連合会議において、この条約の批准を可決したのでございます。そうしてその年の五月九日にベトナムのバオダイが批准をいたしまして、六月の十八日に批准書を寄託いたしております。その意味において、内容はともかくも、手続において一応の順序を経たものだと思います。しかしながら、これによって生ずるものは、やはりエリゼ協定によって、ベトナム国が決して完全なる独立国ではない、完全なる主権を持たないということが、この批准書の手続の中においてもはっきりとうかがえるのでございますが、これでもなおまだ藤山外務大臣は、ベトナム国が完全なる主権を持った主権国家であると言われるのでございますか。
#117
○藤山国務大臣 むろん、当時の事情から見ましてりっぱな国家として存立しておった、こう考えております。
#118
○柏委員 私は、ただいまの外務大臣の答弁ではなかなか満足ができないのでございます。もし外務大臣が言われます通り、ベトナム国が完全なる独立の国家でありますならば、一九五四年に――このサンフランシスコ条約が済みまして三年後の一九五四年の六月四日に、ベトナムの独立に関する条約が結ばれておるのでございます。これはパリでラニエル首相とブー・ロック首相との間に結ばれておって、その第一条に「フランスはベトナムを国際法の認めるすべての権限を与えられた完全なる独立主権国家として承認する」とある。この完全なる独立主権国家として承認せられたのは、サンフランシスコ条約より三年後でございますが、それでもなお、このサンフランシスコ条約のときに完全なる国家ということが言えるのでございますか。もし完全なる国家であるならば、そういう条約を三年後に結ぶ必要はないじゃありませんか。
#119
○高橋政府委員 ただいま御指摘の条約は発効いたしておりません。それから、ただいまの条約は一九五四年の六月四日にそのような条約ができておりますが、その内容は、従来までのフランス連合との関係を御承知のように改めまして、そして同時に六月四日にフランス連合との関係に関する条約というのを結んでおります。従いまして、やはりフランス本国とのいろいろなそういう関係は、そのようにあるわけでございます。
#120
○柏委員 今条約局長もお認めになりました通り、発効はいたしておりませんが、発効はいたしておりませんでも、それならば何のためにこういう条約を作る必要がありますか。完全なる主権国家であるということは、外交主権において、対外主権において、みずからの主権を完全に行使できるというところに、完全なる主権国家としての意義があるのでございます。それがないからこそ、一九五四年にこういう条約を作るという立場になったのではございませんか。だからサンフランシスコ条約を締結したときには、完全な主権を持つ独立国家でなかったということが、こういう幾多のことで例証されると思いますが、まだそれでもお認めになりませんか。
#121
○藤山国務大臣 私は先ほどから申し上げておりますように、フランスが戦後処理のために、それぞれの植民地解放あるいは属領の解放をして独立国にする過程においては、そういう事実があったと思います。しかしフランス自身として、将来完全な主権国家を作るように努力していく過程においてそういうことが言える、そういうことはやむを得ないことだと思います。
#122
○柏委員 今の藤山外務大臣の答弁は、やはり私は言いのがれだと思います。ともかくサンフランシスコ条約を結んだときには、完全なる主権を持っておらなかったかどうかということをお聞きしているのです。その点について、はっきりとイエスかノーかの御返事をいただきたいと思います。
#123
○高橋政府委員 エリゼ協定で、ベトナムの独立を厳粛に承認するということをフランス本国は約束しておるわけでございます。従いまして、ここに完全に独立のベトナム国が成立したわけでございます。その後このベトナムが本国とどのような関係に立つかということは、それはフランスとフランス連合内の個々の国々との関係でございます。
#124
○柏委員 では、日本国と平和条約の第一条のb項に、「連合国は、日本国及びその領水に対する日本国民の完全な主権を承認する。」この完全な主権というのは、どういうことを意味しておるのでございますか。(発言する者あり)黙っていなさい、あなたに聞いているのじゃない。
#125
○高橋政府委員 これは第一条には、「日本国と各連合国との間の戦争状態は、第二十三条の定めるところによりこの条約が日本国と当該連合国との間に効力を生ずる日に終了する。連合国は、日本国及びその領水に対する日本国民の完全な主権を承認する。」これは、今まで連合国によって完全な占領状態にございましたので、ここでその占領が解除されてもとの日本の姿に返ったということを申しておる次第でございます。
#126
○柏委員 その完全なる主権ということは、日本が占領期間外交に対して完全なる主権を持っておらなかった、日本はこの占領期間は占領軍によって外交を行使しておった。こういう事実をさして、完全なる主権を平和条約が効力を発するときから与えた。外交主権、対外主権を獲得したのが完全なる主権を獲得したということになるのではございませんか。
#127
○高橋政府委員 占領でございますから、対外対内のみならず、すべての点において施政権を持っていなかったということでございます。
#128
○柏委員 それでは、サンフランシスコ条約に対してインドは参加を拒否したのでございますが、インドはどういう理由をもって日本のこのサンフランシスコ条約に拒否したか、御存じでございますか。外務大臣一つ……。
#129
○藤山国務大臣 インド自身の考え方でございます。
#130
○柏委員 今の外務大臣の答弁は、非常に私に対して誠実なる答弁と私は認められませんが、そうはお考えになりませんか。こういう答弁はないと思います。委員長注意をして下さい。
    〔発言する者多し〕
#131
○高橋政府委員 賠償の問題と安保条約の関係の問題だったと思います。
#132
○柏委員 そうでしょう。なぜその安保条約に関係があったか、これは日本がこうやって平和条約には完全な主権を与えると言っておりながら、平和条約の後に、なおアメリカの軍隊が日本に駐留するということは、インドとしては、日本が完全なる主権を持てないということになるから、この条約に対して賛成することはできないということを表明したのでございます。ということは、私どもは、完全なる主権を持つということがいかに国家として重要なものであるかということをお考えを願いたいのでございます。なお私は、この平和条約の第五条のC項に書いてあります「連合国としては、日本国が主権国として国際連合憲章第五十一条に掲げる個別的又は集団的自衛の固有の権利を有すること及び日本国が集団的安定保障取極を自発的に締結することができることを承認する。」この中にございます「日本国が主権国として」と書いてございますが、これについてどういう解釈が日本政府においてなされておるのでございますか。
#133
○高橋政府委員 このような条約関係に入ることができることをここで規定をいたしております。
#134
○柏委員 外務大臣、この主権国という言葉は、日本がこれによって、前の第一条にもございましたように、完全なる主権を持つということを前提として、完全なる主権を持った国家であるということが意味されているとお考えにはなりませんか。
#135
○藤山国務大臣 日本はむろん完全な主権を持った国だと考えております。
#136
○柏委員 それでは外務大臣は、主権国ということは、日本の現実から見ましても完全なる主権を持っておる国家であると、そういうふうにお考えでございますね。そうすれば、この平和条約の前文の中に書いてございますのを、ちょっと読みながら引用してみます。「連合国及び日本国は、両者の関係が、今後、共通の福祉を増進し且つ国際の平和及び安全を維持するために主権を有する対等のものとして友好的な連携の下に協力する国家の間の関係でなければならないことを決意し、」とございますが、この「主権を有する対等のもの」ということに対して、どういうように解釈を持っておられますか、外務大臣からお聞きしたい。
#137
○藤山国務大臣 独立国の立場に入りました以上、主権を行使するのは自分自身の国の考え方で行使するわけでございます。他から制肘を受けることはないわけです。そういう国々の間でということを意味しておると考えます。
#138
○柏委員 私がなぜこうやって今平和条約の条項について政府に質問するかと申しますと、ベトナム賠償協定はこの平和条約の第十四条を根拠としてやっておるわけです。そうすると、この平和条約がはたしてこの賠償の中にどういう地位を占めるか、このことを私ははっきりとさしておかなければならない。その意味において今の「主権を有する対等のもの」ということを政府にお聞きしたのです。そうすると、日本が連合国と同じく主権を有する国家であるということは、これを裏に返しますと、連合国は主権国でなければならない。そういうように解釈できますが、政府はそれに対していかなる所信を持っておられますか。
#139
○高橋政府委員 その御趣旨の通りでございます。
#140
○柏委員 それならば、この連合国は主権を有する国家である。そうしますと、ベトナム国がこのサンフランシスコ条約に署名する、このサンフランシスコ会議に参加するに至りました経緯の中において、このインドシナ三国だけがおくれたのでございますが、おくれたことについて何か事情を御存じでございますか。
#141
○高橋政府委員 ちょっと今聞き漏らしましたので、恐縮でございますがもう一度。
#142
○柏委員 いま一度申し上げましょう。招請されたのは連合国に対しては七月でございます。インドシナ三国に対してはこれが八月の二十日かと思いますが、二十二日に初めて三国だけがおくれて鼻招請されたのでございますが、それはどういう理由によっておくれたか、政府において御存じでございましたらお教え願いたい。
#143
○高橋政府委員 アメリカに対してフランスの要請があったのだと思います。
#144
○柏委員 では、私はまたお尋ねしたいのでございますが、今高橋条約局長は、連合国は主権国でなければならない、これはお認めになりました。では、ベトナム国がサンフランシスコ会議に参加するようになりましたのは、連合国としての資格において参加をしたのでございますが、どういう点から連合国としての資格を得たのでございますか、連合国では実際はなかったはずでございますが。
#145
○高橋政府委員 平和条約第二十五条によってなったわけでございます。
#146
○柏委員 もっと説明して下さい。
#147
○高橋政府委員 この前御答弁したかと思いますが、この問題はあったかと思いますが、第二十五条「この条約の適用上、連合国とは、日本国と戦争していた国又は以前に第二十三条に列記する国」これはフランスも入っております、「国の領域の一部をなしていたものをいう。但し、各場合に当該国がこの条約に署名し且つこれを批准したことを条件とする。」
#148
○柏委員 しかし、それではこのベトナム国がサンフランシスコ会議に参加するようになったことは、ベトナム国が主権国であるということが前提になるわけでございますね。
#149
○高橋政府委員 お説の通りでございます。
#150
○柏委員 そこで外務大臣にお尋ねしますが、ベトナム国は完全なる主権を持った国家でございましたか。今までの首席全権の信任状の問題にいたしましても、批准書の問題にしましても、エリゼ協定によってベトナム国は外交の制限を受け、主権の制限を受けておることは明白でございます。また一九五四年に、発効はいたしませんでしたが、完全な独立国家でなかったればこそああいう条約が結ばれたという、これらの事実を考え合わせまして、ベトナム国が完全なる主権国家でなかったと思いますが、あなたはまだそれでも主権国家であるとお言いでございますか。
#151
○藤山国務大臣 完全なる主権国家でありますが、その主権を行使する点においてフランスと協議するというような事情にあったと思います。
#152
○柏委員 では外務大臣、私どもは国家の主権という問題につきまして、主権というものは、そういうように対外主権におきまして、対外主権を持つということが完全な主権国家の姿であって、対外主権を持たない主権国家というものが、こういう条約を結ぶ主体となり得る国家でございましょうか。少なくともサンフランシスコ条約のこの署名国はみな、今高橋条約局長が言いました通り完全な主権国であるということが前提になっておるはずでございます。先日参考人として外務省参与の横田喜三郎氏が出席になりました際に、私はこの点について特に横田さんの御意見を聞いたのでございます。主権国でないものが条約を結べるかどうか、これにつきまして横田喜三郎氏は、これは国際連合においても問題になったことがある。しかし完全なる主権を持たない国は政治的条約を結ぶことはできない。だが、経済条約その他のものは結んでおることができるということを言われたのでございます。このサンフランシスコ条約は完全なる政治条約だと私は思います。この政治条約を結ぶためには完全なる主権国家でなければならないと考えますが、この点重ねてあなたの正確なる御答弁を願いたい。
#153
○藤山国務大臣 重ねて申し上げまするけれども、私はサンフランシスコ条約に調印する資格があったものと考えております。
#154
○柏委員 どうも外務大臣の答弁は、この場をのがれさえしたならば、何時間か時間がたちさえしたならばかまわない、どうもはっきりと私どもに納得のいく答弁をしようとしていないと思いますが、委員長、こういう答弁でもって問題を続けていくことは私ははなはだむずかしいと思いますので、委員長御注意願いたいと思います。
    〔発言する者多し〕
#155
○小澤委員長 静粛に願います。
#156
○高橋政府委員 御答弁申し上げます。主権云々の問題でございますが、主権国、非主権国、いろいろございますが、これはやはり主権という概念の問題にも関連する問題だと思います。しかしながら、現在の国際法の国家間の関係におきましては、いろいろ国家の結合関係がございます。それによりまして相互にいろいろな制限あるいは手続がとられることはございましょうとも、おのおのそれは主権国であるというふうに考える次第でございます。たとえば最もよい例といたしまして、英連邦の例は御承知の通りでございます。英連邦は一九二三年ごろまではいろいろ条約を結びました。特にそのうちのカナダなんかはいろいろ条約を結びましたが、本国の事前の承認を得ることが条件とされておった次第でございます。しかしながら、それかといって、何人もカナダが独立国である、主権国であるということは疑わなかった次第であります。
#157
○柏委員 私は、そのカナダの条約を問題にいたしておるわけではございません。このサンフランシスコ条約において、サンフランシスコ条約の署名国家が、この主権国家という問題についてどのように考えておったかということをあなたはお調べになったことがございますか。主権国家として主権が平等である。主権が平等であるということは、平等な主権国家としての仲間に入るということをいろいろな姿において宣言をいたしておるのでございます。たとえば第五回総会のときにパキスタン代表はこういうことを言っております。これは日本国が主権国に伍して、尊厳と名誉と平等の地位を獲得するということを言っております。主権国に伍して――それは主権国でなければならない。この条約が半主権国でもいいということはどこにも書いてございませんが、それについてどのようにお考えでございますか。どこに主権国でなくてもこの条約を結べるということが書いてございますか。その点は一つ明確に御答弁願いたいと思います。
#158
○高橋政府委員 これはサンフランシスコ会議に招請を受けまして、相互に条約の商議をして調印をいたす次第でございますから、これは当然主権国としての前提のもとに立っておるわけであります。
#159
○柏委員 それでは今まで私どもがお話をして参りました全権委任状とか、批准書とか、エリゼ協定とか、あるいは一九五四年のあの条約とか、こういう実体に対して、あなた方は何とお考えになるのですか、この実体はないとお考えですか。そういうように現実に完全な主権を持たない国家であるということがわかっておりながら、なぜあなた方は真実を国民の前に言うことができませんか。このベトナム国を、サンフランシスコ条約を結んだときに完全なる主権国家と考えるか、不完全なる主権国家と考えるかによって国民の考え方は違うのでございます。私どもはこうやってあなた方に対して、このベトナム国が完全なる主権国家でなかったということを申し上げておるのに、この事実をお認めになりますから、なお主権国家であると言い張っておられますが、その根拠はどういうところにございますか。
#160
○高橋政府委員 たびたび同じことを申し上げるようで恐縮でございますけれども、サンフランシスコに出席して商議をして調印するということは、当然そのような主権国家であることを前提としているものだと思います。ただその内部において、エリゼ協定とか、御指摘のような協定がございますが、これはベトナム国とフランス本国との国家結合の一つの形態であるというふうに考える次第でございます。
#161
○柏委員 私がこうやって今まで申し上げて参りましたことは、決して私はこの場で政府と言い争いをしようとするのではないのでございます。ほんとうにこの賠償を正当なる相手方に払わなければならない、国民はそう考えておる。そういう正当なる相手方であるかどうかということを私どもは究明したいのでございます。それに対して政府はあくまでもこういう言辞を弄して、平行線をもって時間のたつことだけを考えておる。私どもは、こういう不誠意なことに対してなかなか承服できません。しかしながら、こういう状態の中で、私は、国民はちゃんとわかるものはわかってくれると思っております。政府がどんなにごまかしましても、国民は必ず身をもってわかるものがあると思いますから、これ以上この問題に対して論議を進めようとは思いません。
 しかしながら、私は委員長に対して一言お聞きを願いたいことがあります。と申しますのは、これが国民の世論となって参りましたときに、私どもの考えておりますことも、サンフランシスコ条約に対して国際法上の疑義を持つ一つの要素になると私は考えるのでございます。もし将来において、ベトナム国はサンフランシスコ条約に参加する資格のないものであったという声が国民の中から盛り上がってきて、国会に反映して参りましたならば、この問題をひっさげて、サンフランシスコ条約における条約解釈の疑義として、国際司法裁判所に対して条約の二十二条に従った提訴をしなければならない時期がくることがあるかもしれませんことを私は政府に申し上げたいのでございますが、現在の政府は、私がいかに申し上げてもこれを聞こうとはしないと思います。しかし委員長はそういうことを十分にお考え下さいまして、委員会の報告をお作りになるときには、少数意見でございますが、こういう意見があったことをその中にお取り上げ願いたいと思います。
#162
○小澤委員長 約束はできませんが、善処いたします。
#163
○柏委員 ありがとうございました。それではどうも政府と平行線ばかりの質問でございますので、次の質問に移ります。
 現在のベトナム共和国と、サンフランシスコ条約を結びましたベトナム国との関連についてでございます。このベトナム国のバオダイ政権は、私どもはかいらい政権であると思っております。少なくもその意味におきましては正統政府ではないと思っております。また完全なる主権を持たない国家として私どもが考えておることについては、今までの質問を通じておわかり下さったと思います。ゴ・ディンジェム政権というものができましたが、私はこのゴ・ディンジェム政権というのはどんな政権であったろうかということについ非常に疑義を持つものであります。これがかいらい政権であったのか、正統政権であるのか、そういう点について問題を進めてみたいと思います。
 まず、はっきり日時は申し上げる必要もないと思いますが、ゴ・ディンジェム首相がバオダイ皇帝から解任をせられました。解任されたゴ・ディンジェムが、そのあと一週間ぐらいしまして国民投票を行ない、その国民投票によってバオダイ皇帝を追っ払って自分が大統領になったのでございますが、この解任を機会として大統領に就任いたしますまでの間は、どういう権限によってゴ・ディンジェムが最高の主権者の地位を獲得したのでありますか、その法的な継承の工合といいますが、そういうものに対して私は疑義を持ちますので、その点はお教えを願いたいと思います。
#164
○高橋政府委員 ただいまの点は国内法手続というよりも、むしろ国民投票によりまして、その結果によって現在の地位についたと思います。
#165
○柏委員 ではその国民投票をするようになったことにつきまして、ゴ・ディンジェムはバオダイ皇帝によって総理大臣になって、その総理大臣になったゴ・ディンジェムは解任になったのでございます。やめさせられたのでございます。やめさせられた者がどういう権限を持って国民投票をすることができますか。権限はないはずではございませんか。
#166
○高橋政府委員 でございますから、国内法上の成規の手続によるものではないわけでございまして、いわば一種の革命的な方法によってこれが転換を行なったということでございます。
#167
○柏委員 実は私も条約局長がそういう明快なる御答弁をなさることを期待できなかったのでございますが、実に明快にゴ・ディンジェム政権というのは革命によってでき上がった政権である、革命によってでき上がったということは、ベトナム国からそのゴ・ディンジェムの主権は継承されていないのだ、新しい国家がゴ・ディンジェムの実力によってでき上がったものである、そう解釈いたして間違いございませんか。
#168
○高橋政府委員 その点は国家の問題でございません。政府の問題でございます。政府の変更の問題でございます。
#169
○柏委員 どうしてあなたはそういう論旨をなさいますか。国家でなければそういう最高の権限を行使することはできないのでございます。最高の権限を行使するゴ・ディンジェムが革命をやった以上、その革命によって起こったベトナム共和国の主権はゴ・ディンジェムが作ったものでございます。主権は伝承いたしておりません。ゴ・ディンジェムがみずからの力によって作り上げた地位でございます。そうしてこれが正式に総選挙を経、国会を作り、憲法を制定したことによって既成の事実として一つの新しい国家ができた。これは国家論的に見ましたならば新しい国家として見るのが当然であると思いますが、そうはお考えになりませんか。
#170
○高橋政府委員 やはり政府の交代だと考えます。
#171
○柏委員 その点はまた平行線に入りまして、この点になりますと水かけ論でございます。私はこの点についてなお争おうとは思いません。
 政府が主席変更の通知を出して、これのみをもってベトナム国がベトナム共和国に変わったという一つの事実に対して、国家の承認とお考えになっておるのでございますか。
#172
○高橋政府委員 新しい政府の承認と考えております。
#173
○柏委員 今お話しになりました新しい政府というのは、新しい国家というのと同義語でございますか。同じ考えのものでございますか。全然新しい政府というものは、ただ内閣がかわった場合の、その内閣のかわった次の内閣と同じという意味でございますか。
#174
○高橋政府委員 国家は同一性を継続いたしております。政府だけの変更でございます。
#175
○柏委員 それなら伺いますが、国民投票に続いて起こりました南ベトナムの総選挙において、この総選挙を実施いたしました地域、これはどういう地域でございますか。
#176
○伊關政府委員 南ベトナム全土において行なわれたわけであります。
#177
○柏委員 今のお話では南ベトナムの全土に行なわれた選挙でございますね。そうすると、ベトナム共和国の国会を代表するものは南ベトナムの地域の国会でございますね。その点間違いございませんか。
#178
○伊關政府委員 ジュネーブ協定のあとでございますから、現実に議員が出ていますのは南ベトナムから出ておるわけであります。
#179
○柏委員 ではお尋ねします。この南ベトナムにおける選挙を実施いたしますときに、ベトナム共和国はこの選挙をベトナム全土にわたる選挙として考えたのでございますか、それとも南ベトナムだけを考えた選挙でございますか、この点につきまして事実をあげてお話を願いたい。
#180
○伊關政府委員 事実上の問題と法律上の問題は違っておるわけでございます。
#181
○柏委員 このアジア局長の答弁に対して私は満足できないのでございます。これは一九五五年の一月二十三日でございますが、南ベトナム政府が三月四日に総選挙を行なうということを発表しております。そうしてチャン・チャン・タンという者の情報の中に、政府機関紙のベトナム・プレスというものを通じて表わしております選挙の内容によりますと、国民会議はゴ大統領が提出する憲法草案を審議する任務を持ち、議員数は百二十三、いろいろ書いてございます。有権者六万人について一人、秘密投票、それから一九五五年十二月現在で十八才以上の国民は住民登録を受けている限り選挙権を有する。ここまではようございますが、その次に書いてあるのは被選挙権でございます。被選挙権につきましては、二十五才以上で南ベトナムに六カ月以上居住している男女に与えられる。こういうことが明文をもって書いてあるのでございまして、この明文によって、こういう明らかな規定に従って選出されましたベトナム共和国の国会は、完全に私は南ベトナムだけの国会であると言わなければならないと思いますが、その点に対してはどうお考えでございますか、被選挙権は南ベトナムだけに限られているのでございますよ。
#182
○伊關政府委員 ベトナム共和国の憲法にはベトナム全土を代表すると言っておりますけれども、事実問題としましては十七度線以南におるわけでありますから、これはやむを得ないことだと存じます。
#183
○柏委員 またここにおいても平行線でございます。これ以上やりますと水かけ論でみっともないのでございますが、どうしてもこういうように政府は常にあるワクを作りまして、そのワク以外のこの真実を認めようといたしておりません。私どもはこういう態度に対してなかなか審議をするのに困難を感じます。国民の皆さんもこういう審議を通じて真実のものがつかめないのじゃないかということをおそれるものでございます。まあしかしそういうことを言っても仕方がございません。多勢に無勢でございますから私どももがまんをいたしますが、しかしながら皆さん、全ベトナムを代表するベトナム共和国は南ベトナムの住民のみをもって構成された国会をもって主権が構成されておる、ベトナム共和国の主権は十七度以南のベトナムの地域の住民によって構成されておるということは、ベトナム共和国は南ベトナムの地域の主権国家であって、この国家は、全ベトナムを対象としたベトナム国とベトナム共和国とは実体において違うものであるということはお考えになりませんか。違いますよ。片一方は全域を代表したベトナム国でございます。今度の一九五五年の三月四日の総選挙によってでき上がって参りましたベトナム共和国というものは、南ベトナムだけを領域とする国家である。革命によって起こったこの新しいベトナム共和国は、そういう国家であるということの現実をお認めになりますか、どうですか。
#184
○伊關政府委員 北も南も法律上は全ベトナムを代表すると申しておりますが、現実の施政権が十七度でもって分かれている、こういう事実に基づいて、法律上の理念と現実が合わないという現状が出ているわけでございます。これは北も南も同じでございます。
#185
○柏委員 これも水かけ論でございます。これ以上平行線をたどることは時間の空費でございますからいたしません。しかしながらここで私どもが政府に申し上げたいことは、ベトナム共和国はベトナム国統を継承したものでない。事実革命によって成立した国家であって、これは全ベトナムをもってその領域とする国家でない以上、全ベトナムを代表する正統政府でないと私どもは考えますが、政府はそれについて反対のお考えでございましょうが、いま一度その点だけは外務大臣の御意見を伺いたい。
#186
○藤山国務大臣 私は柏委員と意見が違いまして、平行線になってまことに申しわけございませんけれども、しかしわれわれは今の御意見とは反対の立場をとっております。
#187
○柏委員 政府がいかような御答弁をなさいましても現実は現実でございます。私どもは日本国と平和条約を締結した国家はベトナム国でございまして、これは全ベトナムを代表した国家でございます。しかし今賠償協定を締結した国家は南ベトナムだけの国家でございます。そうしますと、この間の継承関係を私どもは革命による以上、新しい国家として承認してない以上、認めたことにはならないと思うのでございます。そうすると、この賠償協定はその資格を有せざるもの、少なくもサンフランシスコ条約第十四条による賠償を受くるに値する国家でないということを私どもは考えております。政府はそれをそうはお考えにならないと思いますが、そうお考えにならなくてもようございますから、外務大臣いま一ぺん言って下さい。
#188
○藤山国務大臣 重ねて申し上げますけれども、残念ながら柏委員とは全く反対の立場に立っております。
#189
○柏委員 その点につきまして、これでもう論議をする必要はございません。ともかく私どもが一番おそれておりますのは、どれが正当にこの賠償を受けるに値する国家であるか、この点を一番心配いたしておりますが、政府の今までの答弁のすべての中から、私はその真実をつかむことができないことを非常に残念に思います。しかしこれもいたし方ございませんから、その先へ進んでみます。
 私はベトナム民主共和国について考えてみたいと思います。このベトナム民主共和国が完全な主権を持っており、しかも全ベトナムから選出せられた議員をもって構成する国会を持っており、憲法を持っておる一つの国家である、三・六協定といいますか、ハノイ協定におきましても、政府間協定をいたしております。フォンテンブローの条約におきましても、政府間の協定をやっております。ジュネーブ協定におきましても、はっきりとベトナム民主共和国はフランス国と協定をやっているわけでございます。代表こそ両方の軍の司令官ではございますが、そこに常に対等なる状態において、国家としての行動をしております。しかしこの点につきましては、今までの審議のすべてを通じて、政府はこれを否認されておるのでございます。ゴ・ディンジェム政権は正統政府であるが、ホー・チミン政府は民間団体であるというようなことを放言されておるのが政府の実際ではございませんか。しかしながら、この北ベトナムのベトナム民主共和国が一つの国家をなしておる、この厳然たる事実の上に立って、この国会に対しましても、向こうの国会から正式な書面が参っております。なお先日は――これはハノイの十一月二十二日付の電報でございますが、これによりましても、この北ベトナムのベトナム民主共和国は日本に対して重ねて、重ねて、賠償の請求権を留保しておることを声明いたしておるのでございます。将来におきまして、政府はこのベトナム賠償が実現いたしましたならば、この賠償は北に及ぶということを申しておりますが、私どもは決してそうではないと思っております。ジュネーブ協定によって統一政府ができるそのときでなければ、現実に今政府の考えておるようなことは実現できないはずだと思っております。私どもはベトナム民主共和国が持っております請求権が、将来この賠償問題に大きな影響を与えていくであろうということをおそれます。
 先日、横田喜三郎外務省顧問ですか、参与ですかが言われたことでございますが、将来においてこの北の方からの賠償の請求権によるこの賠償に対する国際法上の提訴があり、この問題がそういう形において展開する場合には、その問題はなかなか解決することはむずかしいであろうということを横田先生も言っておられたのでございます。そういうことを考えてみますときに、私どもはこの賠償を急いでやることが、決してこの賠償がベトナム民族に対するよりよい賠償となるとは考えられないのでございます。そういう意味におきまして、将来においてベトナム民主共和国が賠償の請求権を行使することができる場合に、政府は、この将来の賠償請求権に対してどういう予断を持っておられますか。
#190
○藤山国務大臣 政府は、サンフランシスコ条約調印国としての賠償の義務を全ベトナムを代表する政府として、べトナム共和国に支払いをいたすわけでございますから、その限りにおいてわれわれは賠償の義務を完全に果たしたと、こういうふうに考えております。
#191
○柏委員 今までの政府の答弁のすべての中に、私どもはほんとうに、もっと誠意のある、もっと真実を真実として認める答弁があってほしかったのでございますが、すべて私どもは、今までの答弁の中からは、その真実をくみとることができませんでした。はなはだ残念に思います。こういうような審議が日本の国会において国民の前において行なわれるようなこの現実は、やはり私は日本にとって決して喜ぶことのできないことだと思います。そういう意味におきまして、私は最後にいろいろもっと申し上げたいことがございますが、同僚議員の質問の時間もございますので、これをもって私の答弁を終わります。(笑声)どうか一つ、政府はもっとりっぱな答弁をしていただきたいと思います。私は、こういうふうに言葉一つぐらいの言いそこないで笑っていかなければならないような状態というものに対して、はなはだ残念に思います。これをもって終わりといたします。(拍手)
#192
○小澤委員長 この際食事のため三十分だけ休憩をいたします。
    午後六時一分休憩
     ――――◇―――――
    午後六時四十三分開議
#193
○小澤委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。
 両件について質疑を続行いたします。岡田春夫君。
#194
○岡田委員 ベトナムの賠償問題に対しては国民の疑惑はますます深まっております。この疑惑の根本になっているのは、一つの面から考えるならば、実体と法律論との食い違いの面で、実体の点については、政府の態度としては、常に実体の問題を見ないで、これを無視して、半面で法律の解釈だけでこれを割り切っていこうとしている、解釈論だけでやろうとしているところにこれは無理がある。そしてまた国民の疑惑はそれによってますます深まっていると私は思う。今度の委員会の質疑応答を通じて、外務省の担当局長その他が、答弁が非常にうまくいかないというようなことが、再三自民党の内部で問題になっているようであるが、しかしこれは今申し上げたような実体論と全くかけ離れた法律解釈論をしゃにむにしなければならないという悩みの現われだと思う。こういう点で、法律解釈だけで問題を割り切ろうとしても、賠償協定の実体というものは、決して国民に納得を与えるものではないと思う。たとえば具体的に言うならば、先ほどからもいろいろ質疑応答があったのでありますけれども、ベトナムの実体としては、北緯十七度線を境にして、北と南に現実に政権のあるのは事実である。ところが法律解釈論では、南の政権が全ベトナムを代表するのだというところに無理が出てきている。こういう点で解釈論のいろいろな点の無理が今度の国民の疑惑の大きな問題になっている。あるいはまた現実論としては、賠償によってダニムの発電所が作られるというのだが、このダニムの発電所の設計工事は終わっている、実際に基礎工事も進んでいるというのに、賠償協定はいまだ国会で審議の最中である。こういう点で実体論と条約の審議との間の食い違いがこれまた国民の疑惑のもとになっている。ですからわれわれが政府に対して、ダニムの発電所その他の建設の総工事費の合計と賠償の金額とはぴたっと一致するではないか、これはおかしいじゃないかと言ってわれわれは追及する。そうすると、これに対して、この間のテレビの討論会でも、あなたの方の官房長官は私に対して、ぴたっと一致するのは偶然に一致したのだとこう言う。そんないいかげんな話があるか。そんなことを言っても、そんなことでは国民はその疑惑を晴らしたということにはならない。
 そこで私はまず第一に岸総理にお伺いをいたしたいと思うのですが、この現実の問題をいかにお考えになっているか、この点が第一点。
 第二点は、このような法律論、法律解釈論で実体に反するような場合には――これは実体に反するような法律解釈論が出ているわけでありますが、こういう点については、私は実体に立って法律の適用を考えるのが当然であると思うけれども、法律解釈を先にして、そして牽強付会な答弁によってこの実体をごまかすということは、断じて私は許されないと思う。そこで政府の最高責任者である岸総理にお伺いをしたいと思うのですが、このような法律解釈論、こういうことを政府が率先をしてやるということについては、断じて私たちは許せないのであるが、こういう点についていかにお考えになっておるか、この点を伺いたいと思います。
#195
○岸国務大臣 賠償協定の問題は、実はわれわれ日本といたしましては、過去の戦争による事態に処して、そしてサンフランシスコ条約に明らかにわれわれがこの賠償協定を結び、そして適当な賠償をすることによって戦争の償いをすると同時に、これによって将来の友好親善関係を開いていくという性格を持っていることは、このベトナムの賠償だけではなしに、すべての賠償を通じて一貫している問題でございます。しこうしてベトナム政府が正統に全ベトナムを代表してサンフランシスコ条約に署名をし、その条約の十四条に基づいて過去数カ年の間日本に対して賠償の請求をなし、賠償の提議をしてきておりまして、これに対する問題をわれわれが処理していくということは、戦争におけるいろいろな問題をこれでもって解決して、将来両国の友好親善並びに繁栄に資する、こういうことから考えまして、われわれは当然条約上の義務はこれを果たしていくという考え方をしなければならぬと思います。われわれは、これはそういう立場に立って考えるときにおいて、やはりこの実体をどういうふうに見ていくかということになれば、ずっと南ベトナム政府ができ上がるまでの沿革と、サンフランシスコ条約に調印し、今日に至った実際上の沿革というものを頭に置いて考えるということが適当なのである。今の事実、すなわちベトナムは世界各地においてある非常な不幸な事態であるとわれわれは思いますが、同じ民族の間において完全な統一ができておらないという事態そのものは、私ども非常に遺憾な状態であり、これが統一されることは望ましいことである。しかし今申したような経緯をとって賠償の交渉もし、そうして今日に至って、これが締結をし批准をするということは、当然戦争からずっとこの沿革を考えてみると、私はこれを行なうことが適当である、こういう考え方に政府は立って考えておるわけであります。
#196
○岡田委員 先ほど休憩前の質問にも藤山外務大臣が答弁をされたのでありますが、実際問題としては、現実には北緯十七度線を境にして南と北とに政権があるのは事実じゃありませんか。藤山さんそのようにお答えになりましたね。
#197
○藤山国務大臣 ジュネーブ休戦協定によりまして、十七度線を境にして話し合いがついておる。また、現実の事実として、必ずしも南ベトナムが北にその施政権が及んでいないという事実は御答弁申し上げた通りであります。
#198
○岡田委員 今事実問題としては二つの政権があるというのは隠しようがないわけですね。しかも、その二つの政権があるというその基礎になっているのはジュネーブ協定という国際条約である。そこで問題があるのは、岸さんが今答弁をされました、そうして今度の賠償協定にもある、南ベトナムの政権が全ベトナムを代表するという法律論拠を出すところにあなた方の矛盾と悩みがある。苦しみがあると思う。国際法上の規定によって、ジュネーブ協定で二つに現実に分かれている。それにもかかわらず、あなたが南ベトナムの政権が全ベトナムを代表するというところに国民の疑惑がある。こういう点については、私は第一の論点として、南ベトナムの政府が全ベトナムを代表するという、そういう論拠自体に誤りがある。その点をこれから二、三の点で伺っていきたいと思うのですが、少なくとも法律上の問題においても、そういう二つの相矛盾した関係があるということは、岸さんだってお認めにならなければならないと思うのですが、それは事実でございましょうね。
#199
○岸国務大臣 われわれ日本がベトナム政府を承認し、ベトナム政府との間に正常な関係を開いておることは、多数の他の各国と同様に、全ベトナムを代表する正統政府としてわれわれが承認して、そしてこれとの間に友好関係を開いておる。こういうことは、現実に、現在、あるいはそのために戦争が行なわれたり、あるいは休戦協定が行なわれたりして、ある一部に実際上主権が施行されておらないということとは私はおのずから別な問題である。国が国との関係において、どういう性格を持っておるものとして承認し、これとの間に友好関係を開いているかということが、私は話の基礎にならなければならぬ、かように思っております。
#200
○岡田委員 しかし、この点につきましては、総理大臣としてはそうお答えになるかもしれませんけれども、日本の国がいわゆる南ベトナムの政権というものを、今までの答弁によってお答えを伺っていると、承認したというのは、一九五一年サンフランシスコ条約である。ところがジュネーブ会議というのは、それから三年あとの一九五四年である。そうすれば国際条約というものを日本の政府が守るということを考えているのだとするならば、サンフランシスコ条約においてどのような決定があろうともその後において新たな事態が起こったならば、その国際条約を守るという精神に立って、国際条約のジュネーブ協定の精神を具体的に生かしていくのが私は当然でないかと思う。この点についてはサンフランシスコ条約の二十五条、あるいはその他の関係についても、法律的な点については私きょうは申し上げません。むしろ今日は実体論として、国民の常識としてその点がいかにもおかしいではないかということをやはりわれわれは感ずるだけに、岸総理としてはその点を明快に国民に対して解明しなければならぬと思うのですが、ほんとうに国際条約を政府は守る意思があるのかどうなのか、こういう点から一つ御答弁を願いたいと思うわけであります。
#201
○岸国務大臣 国際条約を日本が守ることは、私は当然なことだと思います。ただジュネーブ協定というものは、そのときに行なわれておった戦争状態を休戦にするということをきめたものであって、政府の性格を認めておる政治的な意味のあるものだとは私どもは解釈しておらないのです。これがまたジュネーブ協定の本質だと思います。
#202
○岡田委員 おそらくそういう答弁をされるだろうと私は思っていた。ところがこれはきのうも私は質問をしたのでありますが、ジュネーブ会議の協定というのは、何も休戦協定だけではない。あなたも御承知のように最終宣言、ファイナル・デクラレーションというのがある。このファイナル・デクラレーションというのは休戦協定と不可分の一体をなしておる。このファイナル・デクラレーションは、しかも昨日条約局長の答弁によっても、関係国はこれを尊重しなければならないといいう義務がある。アメリカの場合には第十三条についての留保はありますけれども、一条から十二条までについての尊重の義務というものは明らかです。この一条から十二条までのジュネーブ宣言の中で、確かにあなたのおっしゃるように、第一条、そして第二条の第一項、これは休戦協定に関する事項であります。しかしながら最終宣言の第二条第二項においては、明らかにこれは政治的な規定というものが明快に規定されておる。従って単なるこれはたとえば停戦協定であるとか、あるいは単なる休戦協定とかいうものではありません。政治的な問題について、具体的に言うならば、独立と統一についての予約を明確に規定をしている政治的な拘束力を持っているものであります。(「それはアクセサリーだ」と呼ぶ者あり)今アクセサリーと言うが、そういうことしか知らない程度だからそういうことを言うので、実際はこういう宣言の中の第二条の第二項に明文上明らかになっている限りにおいては、政治的な宣言であると言わざるを得ないと思う。これについてはいかがです。
#203
○岸国務大臣 これは将来の統一に関することを規定したものだと思います。
#204
○岡田委員 しかし、これは総理大臣、統一に関することは、軍事問題ではなくて、政治問題でございましょう。
#205
○岸国務大臣 統一に関する問題、私が申し上げたいのは、要するに二つの国家をこれが認めたところの意義を持っておるものじゃない、こういうことを申しておるのであります。
#206
○岡田委員 今総理の御意見はよくわかりました。しかし具体的に伺いましょう。第七条においては、ベトナムに関して独立、領土の統一及び保全に関する原則に基づいて行なわれる政治問題の解決云々という条項がございます。これはあまりこまかいことならば条約局長から御答弁を願ってもけっこうですし、藤山外務大臣から御答弁を願ってもけっこうでありますが、政治問題の解決とはっきり明文上うたわれているではありませんか。この点はいかがですか。
#207
○高橋政府委員 ただいまの点でございますが、これは将来の問題として、将来そのような統一が行なわれることを期待している条項でございます。
#208
○岡田委員 これは将来であろうが現在であろうが、条約の中に政治問題の解決ということが書いてあるならば、間違いなく政治問題であることは事実です。しかも、それじゃもう一つ言いましょう。宣言の第十一条においては、「会議は、フランス政府が、カンボジア、ラオス及びベトナムにおける平和回復及び強化に関連するすべての問題を解決するため」、その「すべての問題」という中には、当然政治問題が入るのはあたりまえではありませんか。しかも「ベトナムの独立、主権、領土の統一及び保全の尊重を基調とする旨のフランス共和国政府の宣言を了承する」と、はっきり政治問題であると書いてあるではありませんか。政治問題であるならば政治問題だとお答えいただけば、与党の諸君がヤジらなくてもいいわけであります。
#209
○岸国務大臣 つまり御質問の要点――われわれが問題にするのは、この宣言によって、ベトナムについて二つの政府、二つの国を認めておるという性格の問題じゃないと私は考えます。従って、この条文を基礎に、一体ベトナムというものは二つあるのであって云々ということは、私は論拠にならない、こういうふうに思います。
#210
○岡田委員 総理大臣、私はそんなことを伺っているのではない。政治問題についての宣言を行なっているではないか。あなたは休戦協定だから軍事問題だけだ、こういう意味のことを先ほど言われたが、そうではなくて、政治問題もはっきり入っているではありませんか、とこういうことを私さっきから伺っている。
#211
○岸国務大臣 私が言った休戦協定であっていわゆる政治問題を含んでないということは、これでもって二つの国を認めているというような意味のことを意味しておるものでないということを、私は政治の問題に触れていないと言ったのですが、今書かれている通り、政治問題というものも明文上あるのですから、しかし政治問題というものは非常に広い意味であって、ここに使われている字句の、用語の問題で、私がさっき申し上げたこと、問題になっているのは、要するに南ベトナムというものが全ベトナムを代表しておるということを考えることは間違っているじゃないか、それはジュネーブ協定にもその根拠があるというような岡田君の御質問でありましたから、私はそういう意味においては、ジュネーブ協定というものは何ら触れてはおらない、こういうことを申し上げたのであります。
#212
○岡田委員 それでは非常に明快になって参りました。単なる軍事的な協定ではなくして、政治的な予約を与えたところの協定である、こういうことが明らかであるとするならば伺いますが……。
    〔「予約だなどと言ってない」「ヤジるならやらないぞ」と呼ぶ者あり〕
#213
○小澤委員長 静粛に願います。
#214
○岡田委員 それでは今の点が明らかになってきたとするならば、これは、きのうは岸総理おられなかったけれども、条約局長がはっきり私の質問に対して答弁している。ジュネーヴの最終宣言並びに休戦協定の中で、明文上明らかにベトナム民主共和国という国の名前がはっきり出ている。ところがベトナム国、いわゆるバオダイ政権ですね、ベトナム国というものは一言も出ていない。これは一体どういうわけだ。あなた方は全ベトナムを代表する政府がベトナム国であると言いながら、国際協定の中に一言も出ていないということをもってしても、明らかにこれはベトナム国というものが正当に認められているものではないということを明らかにしているではないか。どうですか。
#215
○高橋政府委員 その点は昨日申し上げました通りでございます。国という言葉を使っておりますが、これは政治的な、国際法的な一つの国家とか、その承認であるとか、そういう意味合いにおいて使われたものではないというふうに考えております。
#216
○岡田委員 これについては非常に異議があります。異議がありますが、今は申し上げません。
 それでは藤山さんに伺いますが、ジュネーブ協定に規定されたベトナム民主共和国、これをあなたは、ベトナム民主共和国は交戦団体であるとか、あるいは民間団体であるとかとおっしゃっておりますが、ジュネーブ協定との関係においては、これはどういうことになりますか。この点はどうですか。
#217
○藤山国務大臣 前に、御質問に対して答弁しましたときに、むろん日本は北ベトナムを承認いたしておりません、従ってそういう意味において北ベトナムの国を承認していないのですから、その立場から言いますと、これは全ベトナムを代表する正式政府という形では認められないのだ、それをどういう名で呼ぶか、国という名で呼ぶか、あるいは政府という名で呼ぶか、その他の呼称で呼ぶかは別個の問題であるということを申し上げたつもりであります。
#218
○岡田委員 それでは伺いますが、ジュネーブ会議によって決定されたベトナム民主共和国の法的地位はどういう関係になりますか。
#219
○高橋政府委員 それは、やはり先ほど申し上げたと思いますが、そのような一種特別な法的地位を認めたものではないのではないか。もしもそれで、何かそういうふうな地位々認めるということになりますと、なかなかこういう条約その他宣言は成立しないのではないかと考える次第でございます。
#220
○岡田委員 そんなことを言っているが、きのう藤山さんはこう答弁をしました。ジュネーブ会議に参加した国の中ではベトナム民主共和国を承認している国もある、従ってベトナム民主共和国という国として出ているように考えている人もある、一方において南べトナムを承認し、それによって南ベトナムが国であるとして考えている人もある、それが両方出ているのであるから、会議においてはそれぞれの国という形が出ているのであると答弁をなさっている。これはどうです。
#221
○高橋政府委員 ただいまの点はお説の通りであります。
#222
○岡田委員 そうでしょう。それでは藤山さんに伺いますが、二つの国というか、政府というものが事実としてあるではないか。ジュネーブ協定の上で明らかに認めているじゃありませんか。
#223
○藤山国務大臣 私は昨日答弁した通りで、また今補足して申し上げた通りに考えておるものでございます。
#224
○岡田委員 これはややこまかい問題ですから、条約局長にお答えいただいてもけっこうですし、藤山さんおわかりなら、それでもけっこうですが、ジュネーブ会議がこの先ほどの宣言を採択いたしましたのは一九五四年の七月二十一日であります。ところが七月の十九日にステート・オブ・ベトナムは、いわゆる南のベトナム政権は関係国八ヵ国、この中にアメリカも正式に入っております。この八ヵ国に対して正式文書による要請をいたしました。この文書による要請の項目は、全部で五項目であります。五項目の第四項目に、ベトナム政府に、すなわち南ベトナムの政権です。これに全国的管理権、いわゆる全ベトナムを代表する管理権を認むべきことということを正式に要請をいたしました。この要請に対して、アメリカ、イギリスを含む八ヵ国は、この要請を完全に拒否いたしております。これを拒否しているということは、全ベトナムを代表するものではないということを、アメリカ、イギリス、フランスを含めて明らかにしたことを立証していると思いますが、この点はいかがでしょうか。
#225
○高橋政府委員 そのような事実でございますが、それによって直ちにそれを否定したと、御指摘のように見ることはできないと思います。
#226
○岡田委員 それを認めなかったら否定したことになると思うのだが、それは認めなかったら否定しないで肯定したことになるのですか、どうなんですが、藤山さん、はっきりお答え下さい。
#227
○林(修)政府委員 それは今岡田委員のお読み上げになった点、あるいは高橋条約局長がお答えいたしました点から総合いたしますれば、このアメリカ等が全ベトナムについての管理権を認めなかったということは、これはジュネーブのいわゆる休戦協定という問題と関連すれば当然だと思います。これをもって直ちに、それらのアメリカ等の国がいわゆる南ベトナム、これをベトナム全域を代表する正統政権と認めていなかったということの証拠にはならないわけであります。休戦協定というようなもので両方がお互いに戦闘状態をやめるということと考えれば、南ベトナムに全部の管理権を認めるということは、これは矛盾してくることでありますから、おそらくそういう回答をした、こういうことだと思います。
#228
○岡田委員 いや林さん、お互いに冷静にやりましょう。そういうお話は、先ほどの岸さんの答弁と食い違いませんか。ジュネーブ協定というのは休戦協定だけではない、政治的な問題を含むと岸さん答弁したじゃないですか。しかも政治的な問題について全国的な管理権を認めるものではないとはっきり書いているじゃないか。この点について統一によって全国的な管理権を認めるということがジュネーブ協定の精神じゃありませんか。全国的管理権というものをアメリカもイギリスも全部が認めないということを立証しているじゃないですか、どうなんですか。
#229
○高橋政府委員 ただいまの点でございますが、それは休戦をどのようにして実現するかという方法及び手続の問題ではないかと思います。そこで南ベトナム側としましては、この十七度線によりまして二つに分けて双方に結集するというような休戦の実現の方法には反対である、従いましてそのような線を引かずに、おのおのが各自いる場所において集結しようではないか、そういうふうな提案があるわけでございます。そのようなことによってこの交渉が行なわれたわけでございまして、それによって何らかの法的な、全体を代表するとかしないとかいうふうな意味まで持たせることは行き過ぎではないか、このように考えております。
#230
○岡田委員 しかし、あなたもやはり休戦協定ということだけしかお考えにならない。さっきのファイナル・デクラレーションの第二条第二項、第七条、第十一条の実例をもって政治的な統一というものを予約しているじゃありませんか。統一の予約によって初めて全国的管理権というものは明確に、法律上においても明らかになるわけでありましょう。ですからジュネーブ協定のこれにおいては、十九日の南ベトナム政府の申し入れは拒否されたわけじゃありませんか。こういう点はしごく明快であり、筋の通っていることじゃありませんか。それは違うのですか。その点はどうなんです。法律論からいったってそんな解釈は出てきませんよ。
#231
○林(修)政府委員 先ほど私申し上げましたことは決して総理のお答えと矛盾していないわけでありまして、そのいわゆる政治的なものを含むという言葉の政治的という意味、これは先ほど総理からお答えになった通りでございまして、いわゆるあのジュネーブ協定が両方の国を国として認めるとか認めないとかいうような問題を含んでおらない。要するに二つの戦争をしていたものについての休戦をきめる。それから将来の統一の希望について予約というものについてきめた、そういうものでございまして、それとの関連においてただいま申しました南ベトナムの要求が関係国から拒否されたということでございます。これはいわゆる将来の統一という問題は一定の手続を踏んで行なわれるわけでありまして、それとの関連において今の南ベトナムの要求に対しての回答が出ておる。決してこれは矛盾するものじゃない、こう思います。
#232
○岡田委員 それじゃ林さんに伺います。ジュネーブ関係の文書、これは政府の出した関係文書ですが、関係文書の第四項に、フランス共和国とベトナム民主共和国との交換公文があり、日本の政府の解釈では交換公文というのは条約と同じ意味を持っている。そうすればフランス共和国がベトナム民主共和国を法的に承認しているから、その前提に立っていわゆる交換公文を出しているのではないですか。しかもそれのみならず、一九五四年の十二月にフランス共和国とベトナム民主共和国との間に、これはジュネーブ会議のあとですよ。経済文化の今後の交流に関する協定を結んでおる。これは相手方政府の承認を前提としているからこのような条約を結んでいるではないですか。これは林さんお答え下さい。林さんが先ほどお答えになったのですから……。
#233
○林(修)政府委員 これは御承知の通りに、いろいろの問題につきまして事実上存在するそういう政権、そういうものとの間に承認を前提としないでいろいろの取りきめをやることは、これは世界各国いろいろある実例でございまして、そういう交換公文を取りきめましたから直ちにそれを承認するということにはなりません。承認はしないという意思のもとにそういうことをやることは、事実上一定の地域を支配する政権でもこれは幾らでもあることであります。
#234
○岡田委員 それじゃその場合におけるベトナム民主共和国の法的地位というものは、フランスにとってはどういう関係になりますか。
#235
○林(修)政府委員 これは事実上そういうところにおいて実力をもって支配しておる政権と申しますか、権力、そういうものを対象としてやった、こういうことだと思います。
#236
○岡田委員 それはデ・ファクトでしょう。事実上の政府としての承認ではありませんか、違うのですか。
#237
○林(修)政府委員 いわゆる事実上の承認だとか、あるいは法律上の承認という問題とは私は違うと思います。
#238
○岡田委員 それではデ・ファクトというのはどういう関係ですか。法律上の承認ではなくて、事実上の存在を認めておって相手方に対していろいろな経済的な契約を結ぶ。その経済的な契約を相手方が認められないのに実行するかしないかわからないじゃないですか。認められないなら、認められないものに対して契約を結ぶなんという、そんな話がありますか。そんな事実はないじゃないか。これはデ・ファクトですよ。
#239
○高橋政府委員 ただいまの承認の問題でございますが、それはデ・ファクトであろうと、デ・ユーレでありましょうとも、承認というものは包括的な関係ではなかろうかと考えております。ただいまの御指摘のこの条約は、このような休戦協定が結ばれました関係上、フランスは北における自己の個々の権利、これを保護する必要がありましたので、このような約束を結んだ。従いまして、その個々の事項、その関係に関する限り、そのような法的関係が出てきておることは明らかでございます。
#240
○岡田委員 この点の解釈論は、それは非常に問題があるのですが、私はこればかりにこだわっておりません。続いてやります。
 ベトナム民主共和国というものは休戦協定並びに最終宣言においては明らかにフランス連合の拘束を受けておらない。その当事国として相対関係にあるわけですね。この点はきのう条約局長もお認めになりました。ところがベトナム国というステート・オブ・ベトナムというものは全然協定の中には出てこないのです。それじゃ協定の中に出てこないのはどういう関係だと言ったら、フランス連合が協定を調印したことによって、ステート・オブ・ベトナムはフランス外相が代表である、こういうことを御答弁になっておりますが、それは間違いございませんか。
#241
○高橋政府委員 その通りでございます。
#242
○岡田委員 独立国であるなら、それは一緒にフランス連合と並んで調印すればいいじゃないですか。なぜ調印しないのですか。
#243
○高橋政府委員 それは個々の独立国が結合したそういう包括的な関係として、一体として考えるべき問題であろうと思います。
#244
○岡田委員 それじゃフランス連合の法的規定というのは、先ほどもだいぶ問題になりました一九四九年のエリゼ協定を基礎にして、その後幾らかの改正はありますが、フランスとステート・オブ・ベトナムとの関係が規定されておりますか。
#245
○高橋政府委員 エリゼ協定もその一つでございますが、御承知の通り、それに基づくいろいろな軍事協定がございます。その軍事協定におきまして、そういう軍事問題の指揮権をフランスが持っているわけであります。
#246
○岡田委員 それは軍事問題に関する限りはその通りですが、基本的にはエリゼ協定でしょう。
#247
○高橋政府委員 軍事協定として締結をしたと思います。
#248
○岡田委員 それじゃこの前も藤山外務大臣に伺っておりますので、これはお答えをいただきたいのですが、その場合における、ジュネーブ協定当時のステート・オブ・ベトナムというのは、これはエリゼ協定を基礎にする一つの国家的な地位というか、いわゆるフランス連合の中における法的地位が与えられておる、この法的地位というものはフランス憲法六十条の規定によると、エタ・アソシエ、参与国の地位である、このように私は考える。この前もお答えをいただいておるのでありますが、これは間違いございませんね。
#249
○藤山国務大臣 この前答弁いたした通りであります。
#250
○岡田委員 それじゃ、この前の答弁は私が今申し上げた通りであります。エタ・アソシエである。ところが、エタ・アソシエでフランス連合との関係は、先ほど柏君の質問に対して条約局長がいろいろお答えになっているが、フランス連合とステート・オブ・ベトナムとの関係は、政府の考え方ではステート・オブ・ベトナムは完全独立国であって、この完全独立国がフランス共和国との結合関係を規定したのがエリゼ協定である、このような解釈ですか。
#251
○高橋政府委員 そのような結合の両者の協定によりまして、そのような制限は受けております。
#252
○岡田委員 主権の制限を受けておって、完全独立国といわれますか。
#253
○高橋政府委員 それは主権の概念の問題になるかと思います。しかし国家が結合する場合に、主権の制限とか、主権の拘束を受けたり、お互いに協力関係に立つということは、私は差しつかえないものと考えます。
#254
○岡田委員 主権の概念によるというお話ですから私は伺いますが、主権の概念として司法権を取り上げましょう。司法権は三権分立で、民主主義の原則の根本問題ですが、司法権の制限はありませんか、あるでしょう。
#255
○高橋政府委員 ベトナムにおきますフランス人関係の裁判は、ミキスト・コートにかかることは御承知の通りであります。
#256
○岡田委員 ベトナムにおけるフランス人だけでなく、ベトナムにおけるベトナム人の司法権についても制限がありましょう。
#257
○高橋政府委員 それは原則としてやはりベトナムの法令及び裁判にかかると思います。
#258
○岡田委員 これはあるのです。司法協定の四十四条なんです。それはベトナム人がフランスに忠誠を尽くさない場合、重罪のみならず軽罪も、フランスの法律、刑法によるとなっておるわけです。ベトナム人もフランスの刑法の規定を受ける。その限りにおいて、ベトナム人の主権の制限があるわけです。司法権の制限があるわけです。これは事実です。いかがですか。
#259
○高橋政府委員 ただいま御指摘の通りでございます。フランスの安全に関する罪だったかと思います。
#260
○岡田委員 そうです。安全に関するというのは、国家に対するたとえば変革の罪とか、こういうことなのです。ですからこの限りにおいて、司法権の制限は明らかです。これではステート・オブ・ベトナムは完全独立国といえないじゃありませんか。藤山さん、いかがですか。
#261
○藤山国務大臣 独立国として完全な独立を保ちながら、かつフランスと協調していくという立場をとっておると思います。
#262
○岡田委員 それはただいまの条約局長の答弁と違いますよ。完全独立国として、しかも協調するということではありません。なぜならば、司法権における制限はあると言っているじゃありませんか。藤山さんの方が正しいのですか、どっちですか。
#263
○高橋政府委員 それは司法権その他軍事権、いろいろそういう制限関係はございます。しかし、やはりフランス連合のワク内でそういう制限を受けているわけでございまして、その意味においてエタ・アソシエという地位を持っておるわけでありますが、これはやはり独立国であると私は考えます。
#264
○岡田委員 これは一々言っていても切りがないですが、司法権を例にあげて私は申し上げます。軍事問題、外交問題についても制限があることは、先ほど柏君が言われた通りです。それでも完全独立国ですか。
#265
○小澤委員長 岡田君の御了解を得ますが、岸内閣総理大臣は参議院の本会議で要求がありますので、一時退席をいたします。
#266
○岡田委員 それでは続けます。先ほどの藤山さんの御答弁は、ステート・オブ・ベトナムは完全独立国である、エリゼ協定はフランス連合とステート・オブ・ベトナムとの協力関係を規定したものだ、このような御答弁ですね。それならば伺いますが、一九四六年三月六日のハノイ協定は、ベトナム民主共和国とフランス連合との間の協力関係を規定した条約である、そういうことになりませんか。
#267
○高橋政府委員 お答え申し上げます。これは、このような将来の関係をどういうふうにやっていこうかという、その約束をした協定でありまして、これによってすでに現実のある地位が確定的に与えられたというようなものではないと私は考える次第であります。
#268
○岡田委員 しかし、ハノイ協定では明らかに、これは再三申し上げる必要もないですが、第一条で政府、議会、軍隊及び財政を保持し、インドシナ連邦及びフランス連合の一部を形成するところの自由な国家、エタ・リーブルとして承認し云々とあります。だから自由な国家の承認じゃありませんか。自由な国家とフランス連合との協力関係を規定したのがハノイ協定である、あなた方の解釈によれば、そういうことになるじゃありませんか。
#269
○高橋政府委員 それは御承知の通り、個々の国々がインドシナ連邦を構成いたしまして、このインドシナ連邦がさらにフランス連合のワクの中に入ろう、そういう協定であったと考えます。しかも第二項におきまして、外交関係については、またインドシナの将来のステータスに関しましては、全く将来の交渉にゆだねるという規定がございます。
#270
○岡田委員 この点は重要な点ですから、もう一度聞いておきます。エタの場合、この前の答弁ではステートといいましたね。ステートならばジュネーブ会議のときに参加いたしましたベトナム共和国は、ステートという地位ですか。
#271
○高橋政府委員 使われている言葉がエタであろうとステートであろうと、そういう言葉自身によって直ちに判断することはできないかと思います。連合の実体から判断すべきではないかというふうに考えます。
#272
○岡田委員 この点は重要ですから、林さんもよくお聞き下さい。ベトナム民主共和国というのは、フランスとの関係は、一九四六年三月六日、続いて同年の九月十四日においてその地位が認められた。この地位はエタ・リーブル、ステートの地位、州だという御答弁だ。この州という地位が、一九五四年ですから、それから八年たってジュネーブ会議が行なわれたそのときに、ベトナム民主共和国の法的地位というものはそのまま続いてステートの地位ですか、こういうことを伺っている。
#273
○高橋政府委員 この初めのエタ・リーブルの地位は、これはフランスと当時のホー・チミンとの関係で一応そういう関係になりましたが、御承知の通り、その後の戦闘によりまして、この条約は効力を失ってきたわけであります。従いまして、そのステータス自体ももう存在しなくなった、このように考えます。
#274
○岡田委員 戦闘によって効力がなくなったというのは、相手にせず声明のことをおっしゃるのですか。
#275
○高橋政府委員 これはフランスの意図でございます。と申しますのは、この後数年たちまして、これも同じことを繰り返して恐縮でございますが、一九四八、九年に今度バオダイの独立の協定を結びました。これによりまして、このようなフランスの意図は、ここにおいて明白にこれを否定したということになるわけであります。
#276
○岡田委員 それはおかしいじゃありませんか。これは林さんもよく聞いて下さいよ。ベトナムの一地域をフランスが承認して一つの州にした。この州というものに対して、あとから三年たって四九年に、この州を含めてバオダイ政権というものが認められたというけれども、この州に関する限りは二重の承認じゃないか。二重の承認なら、あとから承認したことは間違いであるというのははっきりしているじゃありませんか。
#277
○林(修)政府委員 これはただいままで条約局長がお答えしたところで尽きると思いますが、要するに、あとの今の協定ではっきりフランスとしてはバオダイ政権を認めた。その前のいわゆるベトナム民主共和国の方についてはこれを認めないという意思がはっきりしているわけでございますから、それでそういうステータスに日本としては解釈する、こういうことだと思います。
#278
○岡田委員 それじゃ伺いますが、その場合に、これはこの前藤山さんが答弁されておるのですが、参議院においても答弁されている。辻君の質問に対する答弁ですが、相手にせず声明というのは一九四七年の二月十三日に出されている。この声明によって、ハノイ協定、それからフォンテンブローの九月十四日協定、これは全部無効になったという態度を政府がとっているように答弁されているのですが、これは間違いないですか。
#279
○高橋政府委員 確かに一九四七年の二月十三日にも相手にせずという声明を発しておりますが、その前には戦闘も起きております。そういうことによりまして、フランスの意思としましては、せっかくこういう協定ができかかりましたが、これを実施するということはできなくなったという状況になっております。
#280
○岡田委員 それはおかしいですね。一つは、フランスの国内における交戦であるということになりますね。それで、交戦であって、その地位についての取り消しがありますか。相手にせず声明というものが出たという。これは法的には非常に疑義があるが、そういうことと、この二つが理由としてステートであるということをあなた方は言っておられるのですが、私はそうは思わない。国家だと思うのだが、ステートが取り消されたということになりますか。これはならぬじゃありませんか。
#281
○高橋政府委員 私はそのように解釈いたします。
#282
○岡田委員 あなたの方はどういうように御解釈になったか知らないが、相手にせず声明などというものは意味がないのです。なぜ意味がないかというと、これは二月十三日の新聞記者会見で当時のラマディエという首相が新聞記者に語った言葉です。
    〔発言する者多し〕
#283
○小澤委員長 静粛に願います。
#284
○岡田委員 近衛声明の場合には、これは無効ではあるけれども、蒋介石を相手にせずというのは正式の声明書であり、これは国家としての正式の承認をとったものなのです。記者会見の単なるステートメント、談話なのですから、こんなものは意味ないのです。意味のない証拠に、はっきりしているじゃありませんか、相手にしているのですよ。その後にいつ相手にしているか。その相手にせず声明の三カ月後の五月十九日に、休戦について、和平提案についてフランス共和国は正式にホー・チミンに申し入れている。こういう事実ははっきりしている。そればかりじゃありません。閣議で決定されて出されているもう一つの例もある。たとえば一九五三年、ジュネーブ会議の前年の十二月三日に、ホー・チミンがスエーデンのエクスプレセンという新聞を通じて和平提案を行なったのに対して、フランス共和国は正式に閣議の承認をもって、和平提案受諾についての具体的な条件はありますけれども、この条件についての閣議の決定で、ベトナム民主共和国というものに対してはっきりした態度を明らかにした。ですから、相手にせず声明なんて意味ないです。事実相手にしているし、その相手にする仕方はベトナム民主共和国として相手にしている。これは閣議の決定の中にはっきり書いてあります。こういう点からいっても、それによって無効になったなどと言えないじゃありませんか。
#285
○高橋政府委員 フランスは、この三月六日協定におきまして、先ほどと同じことをたびたび繰り返すようでございますが、ベトナムの将来の外交のステータスとか、そういう具体的な問題は一切将来の交渉にゆだねているわけでございます。ところがその交渉を始めようとする場合に、御指摘のように、戦闘が起こり、あるいは和平交渉が行なわれ、あるいはそれが消え去り、そういうことによりまして、ついにこれが実施できなくなったということは確実であろうと考えます。
#286
○岡田委員 あとでまたその点は伺って参りますが、もう一度ジュネーブ宣言に戻りますが、ジュネーブ宣言の第七条によって、一九五六年の七月に統一選挙をやるということになっておりますね。これは御承知の通り。この統一選挙は実施されなかったが、統一選挙はどちらが拒否したのでありますか。
#287
○伊關政府委員 拒否しましたのはベトナム共和国の方でありまして、当時の北の状況においては自由選挙は期待し得ないという理由によって拒否しております。
#288
○岡田委員 どういう事情があっても、これを拒否したのはジュネーブ協定違反でございますね。
#289
○伊關政府委員 ジュネーブ協定は自由な意思の表明を期待しておるわけでありますから、それができないという理由で拒否しましたことは、形式的な違反でありましても、実質的違反になるかどうかは問題だろうと思います。
#290
○岡田委員 あなた方は法律の形式論が非常にお好きで、実質論はおきらいなはずでありますが、形式的には違反であるということは事実としてお認めになったわけですね。
#291
○伊關政府委員 私は形式的にはそう言えるかもしれないけれどもと申したのでありまして、実質的にはジュネーブ協定に期待していることが行なわれないのだから、これは拒否してもやむを得ない、こういうふうに考えております。
#292
○岡田委員 さっきの答弁とだいぶ違いますね。これは国民が全部知っているから、速記録に残っているから、あなた方がどういう答弁をされても私はどんどん進めます。今の答弁は、形式的には拒否したというが、なぜあなたはそんなことを遠慮する必要があるのですか。ジュネーブ協定に違反しているなら、違反していると言ったらいいじゃないですか。そんなことを何もベトナムに遠慮する必要はないです。
 それでは伺いますが、日本は南ベトナムの政権を全ベトナムを代表する政権として承認をする。とするならば、法律的には南北統一の選挙をやらなくてもいいわけですね。南北統一の選挙をやらなくても、南ベトナム政府は全ベトナムを代表しているのだから、何も統一をするための選挙をやる必要はないのでしょう。少なくとも法律的にはそれは国内問題であるから、北の方が南の武力によって消滅をするか――南の方はよく武力を使いたがるのだが、武力によって北の方が消滅をすればいい、そういうことになるでしょう。
#293
○伊關政府委員 ジュネーブ協定の精神というものは、やはり平和裏にこれが統一されるということを期待しておるのでありまして、事実問題としてどうなるかということは、これは将来の問題としてわかりませんが、ジュネーブ協定では平和裏に統一選挙が行なわれて統一するということを期待しておるのであり、また各国も、日本も同じようにそれを期待しておるわけでございます。
#294
○岡田委員 それじゃ日本の政府としては統一選挙を期待しておる、こういうお話ですが、もう一度伺いましょう。北の政権、ベトナム民主共和国の方の政権は統一選挙に反対しましたか。
#295
○藤山国務大臣 ただいまお話のありました選挙は、ジュネーブ協定によって平和裏に、かつ公正に行なわれなければならぬこと当然でございます。従って、そのような状態のもとにおいては、はたして公正にしてかつ平和裏に選挙が行なわれるかどうかということは疑わしいということをもって、南がこれに対して反対をいたす。従って、もしそういうことが保証されるならば当然行なわれると思うのでありまして、そういうことを調印国が了承したことと私どもは考えております。
#296
○岡田委員 藤山さんの答弁を伺っていると、これは失礼でございますが、日本政府というよりも、ベトナム政府の外務大臣として言っていることとそっくりのことを言っておられるのですが、この点はどういう御連絡であるが私は知りませんけれども、少なくともイギリス、フランス――ジュネーブ会議に参加した国はそんなことを言っておりませんよ。日本の政府と南ベトナム政府は全く同じ態度なんですか。その点はいかがなんです。
#297
○藤山国務大臣 私は今申し上げたような解釈をいたしておるわけでありまして、決してベトナムのために代弁しているわけではございません。
#298
○岡田委員 それじゃ伺いますが、この前、これは予算委員会で田中伊三次君の質問に関連して――田中君は与党だからあまり追及しないで藤山さんは危地を救われたのでございますが、統一した場合の請求権の問題、この点について南が北を吸収した場合、これは継承する、これはそういう解釈はできるでしょう。北が南を吸収した場合にはどうなるか。こういう点についてこの前参考人の御出席をいただきましたときに、横田教授に私はこれを質問しました。そうしたら、北が南を吸収した場合には、新たに政府の承認が必要である、このように答弁をいたしました。この点は条約局長いかがでしょう。
#299
○高橋政府委員 国としては変わりはございません。同一の国であります。これは申すまでもないことでございますが、そのような政府ができた場合は、新政府の承認が必要であろうと思います。
#300
○岡田委員 横田教授に続いて私は質問いたしました。新政府の承認が必要ならば、請求権は新たに起こるのではありませんか。そういう点を伺いましたところ、横田教授は、新しい請求権がその場合に生まれますと答弁をいたしました。この点はどうですか。
#301
○高橋政府委員 政府の変更の場合でございましても、権利義務関係は原則として、これは承継さるべきものでございます。
#302
○岡田委員 この点については、藤山外務大臣は、田中伊三次君の質問に対して違う答弁をいたしております。田中伊三次君の答弁の場合には、北が吸収をいたしました場合には、北はサンフランシスコ条約に調印をいたしておりませんので、従って、現在の請求権というものとは別に新たな請求権が生まれるという答弁をしておられます。どうです。
#303
○藤山国務大臣 私は、今条約局長が御説明した通りでありまして、要するに統一政府ができますということ、ジュネーブ協定によって統一政府ができますことは、平和裏に選挙によって、両政府が、一つの政府ができるわけであります。それは全ベトナムを代表する政府ができるわけでありまして、政府の交代でありますから、当然その場合において前の権利義務が国として継承される、こういうふうに考えます。
#304
○岡田委員 北が吸収した場合において請求権が継承されるということについては、これは革命政権の規定と国家の問題からいって、そういう解釈ができますか。
#305
○高橋政府委員 これは当然原則としては承継さるべきものである。これが国際法の原則であろうと私は考えます。
#306
○岡田委員 それじゃ伺います。この前も取り上げた例であります。ずっと前であります。日本と汪兆銘政権といろいろな契約を結んだ。この汪兆銘政権との契約が、あとで日本の国が敗戦して蒋介石政権が正統政府となった。この蒋介石政権は汪兆銘政権の権利義務を継承しておりますか。
#307
○高橋政府委員 これは事実問題でございますが、――事実問題と申しますが、汪兆銘政権の性格とか性質とか本質とかそういう方面からの考察をしていかなければならないかと存じます。
#308
○岡田委員 それはきわめて不十分な御答弁です。というのは、はっきりしているじゃありませんか。汪兆銘政権は、日本の軍隊の占領地区内において点と線を領土としてあったいわゆる協力政権というか、かいらい政権である。バオダイ政権の場合にはフランス軍の占領地域の中における点を領土としたこれまたかいらい政権である。汪兆銘政権のときに日本政府は蒋介石の政権に対して相手にせず声明を出した。フランス共和国は戦争の――ちょうど蒋介石政権と同じ地位に当たるホー・チミン政権に対して相手にせず声明を出した。これまで同じだ。そういう点が明らかになっておって、蒋介石の政権は汪兆銘政権の継承をしておらない。ところがバオダイ政権がこの形において継承できるという論拠がはたしてどこにあるか。
#309
○藤山国務大臣 ただいまお話のありました南と北との関係でございます。むろんわれわれは武力をもって北が南を併呑するとかあるいは南が北を併呑するとかいうことをジュネーブ協定でも予想しておりませんし、平和裏な選挙において、統一の一つの政府ができるということを考えております。従ってそういう政府ができまして、それが従来結んでおりました諸般の条約というものを継承していくことは、当然なことだとわれわれは考えております。
#310
○岡田委員 それはベトナムの場合のことについてお話しになっております。汪兆銘政権と蒋介石政権についての関係は、お話しになっておらないじゃないですか。
    〔発言する者あり〕
#311
○小澤委員長 静粛に願います。
#312
○藤山国務大臣 今汪兆銘政権のお話は、北のベトナムと南のベトナムとの関係において例を引かれて言われたのであります。従って本質的には、御質問の趣旨は南北の問題と思いましたから、そういう御答弁を申し上げたのであります。
#313
○岡田委員 今申し上げた事例をもっても明らかじゃありませんか。革命政権においては、それは拒否することができるのですよ。だから横田教授は、はっきり言っておるじゃないか、横田教授は、横田教授でさえ、国際司法裁判所に提訴したらいいと、こう言っておるじゃありませんか。請求権があるから国際司法裁判所に提訴できるのですよ。その点をはっきり認めておるのに、あなた方だけがこれを認めないなんということは、世の中は通らない。賠償協定を通すためだけにここで答弁したって始まりません。この点は、北側に対して賠償請求権が明らかにあることを立証しております。
 それから続いて次の問題は、第二は軍事問題であります。もうあと一時間ばかりしかありませんから、次の問題に入ります。軍事問題につきましては、松本七郎君がこの前いろいろ非常に詳しい軍事問題について質問いたしましたときに、伊關アジア局長あるいは通産省その他の関係の担当者がそれぞれ答弁をいたしております。そこで、私はここでお伺いしたいのは、この間伊關局長の答弁によると、ベトナム国防省と技術協力株式会社との間に一つの協定が結ばれて、この協定によって南ベトナムにおける軍事計画が進められている。日本の政府が認めて、技術協力会社をこのような形で軍事計画に協力さしている、こういう点を松本君が質問いたしましたのに対しまして、あなたの御答弁は、技術協力株式会社が南ベトナムにおいて船舶、小艦艇の建設に技師を送ってそれに従事しているのは知っております、このようにお答えになりました。この限りにおいては、いわゆる軍事建設に対して日本の技師が協力しているということは明らかであります。この点は間違いございませんね。
#314
○伊關政府委員 私が申し上げましたのは、小さな船舶とか小さな艦艇の修理の技術指導をしている、こういうことを申しました。
#315
○岡田委員 同じことじゃありませんか。修理の技術指導にしたって、修理の指導をすることによって、軍事的な協力をしつつあるわけであります。そればかりではありません。これは藤山さんもお聞き下さい。東洋精機は銃弾工場であったという事実は明らかであります。これは通産省が明らかにしたのです。それからまた南ベトナムにおけるアメリカ並びにベトナムの軍事基地の建設について、松本七郎君から地図をもってこの事実を指摘されました。これに対して昨日伊關局長は、この軍事基地の所在については、外務省で調査した限りにおいて正確であると答弁されました。ともかくも、このように南ベトナムにおいて軍事計画はどんどん進んでいるというのは、外務省も認めたのであります。そうすると、外務省が認めました軍事計画の発展、このことは明らかにジュネーブ協定に違反していると私は考えるが、この点はいかがですか。藤山外務大臣に伺います。
#316
○藤山国務大臣 ジュネーブ協定について、はたして違反しているかいないかという問題は、非常にむずかしい問題だと思います。むろんいろいろな面でアメリカが援助しておるということは先般来のお話にもあろうと思いますが、しかし、その限りにおいて、はたしてどの程度までそれがジュネーブ協定に違反するかしないかという問題は、今にわかに申し上げかねると思います。しかし、ジュネーブ協定の精神を体しますれば、そういうことは適当でないのではないかと思いますけれども、完全に違反しているかしていないかという問題については、むろん今にわかに断定はできません。
#317
○岡田委員 それはおかしなことをおっしゃるじゃありませんか。このジュネーブ協定の中に、軍事的な建設一切をあの当時以上にふやさないとはっきり言っているじゃありませんか。それは違反していることは明らかじゃありませんか。違うのですか。これに従っていないということは、結局違反しているということでしょう。あなたはアメリカに対しては言いにくいから、そのようにお答えになったのでしょう。
#318
○藤山国務大臣 むろんジュネーブ協定に違反するかしないかは、カナダその他の中立国が決定するわけでございまして、われわれが今にわかにそういう点について断定することはいたしかねるのであります。
#319
○岡田委員 それではカナダその他の中立国の決定に従うかどうかということをお話しになっているわけですね。その決定したことが大体において公正妥当であるということになりましょう。そうですね、藤山外務大臣。
#320
○藤山国務大臣 日本として、むろんジュネーブ精神というものに対して、かねてから申し上げておりますように、尊重はいたして参ります。しかしながら、今お話しのような、たとえば軍需工場であるとか、あるいは艦船の修理を指導するというようなことが、はたしていわゆる協定に違反するようなたぐいのものであるかどうかということについては、はなはだ疑問があり、今にわかに断定はできないということを申し上げているわけでありまして、たとえば今日まででもそれらの問題について、委員会から日本が違反しているというようなことは言われておらぬのでございます。
#321
○岡田委員 それでは藤山外務大臣の言われたように、カナダその他の中立国の国際監視委員会の決定が正しい審判であるとするならば、アメリカがやった約十件の違反事項は、国際監視委員会で指摘されておりますが、これは明らかに違反でしょう。
#322
○藤山国務大臣 むろん国際委員会はいろいろな角度から検討しております。従ってそれがどの程度の軽量をもって違反しておるかという問題については、その決定の内容に従わざるを得ないと思います。
#323
○岡田委員 違反の事実は認めて、その違反の軽重について今御答弁になりました。ですから、それは違反しておるということはお認めになったと私は考えます。
 そこで、それに続いて、賠償協定のかねてから問題になっておる二百万ドルの工業技術センター、これは兵器廠であることは間違いない。違うならば違うとはっきり言って下さい。この前岸さんと藤山さんは、今度の賠償協定ができて、そのプロジェクトによってきまるのだから、これは兵器廠になるかどうかはわからないという意味の御答弁をされた。これは日本の金額にして八億円です。この工業技術センターというものが兵器廠であるかないかは、非常に重大な問題である。これが兵器廠でないならばないとはっきりおっしゃい。たとえば今後において協定ができた場合に、兵器廠の申し入れが先方からあった場合にも、岸内閣はこれを拒否するということをあなたが言える勇気があるのかないのか、拒否できるのかどうか、拒否するのかしないのか、この点は一つ藤山外務大臣からはっきりお答えを願いたい。
#324
○藤山国務大臣 今この協定上に出ておりまする技術工業センターというものは、決してこれは兵器廠ときまったものではございません。いろいろな修理をやりまする工場を作りたいというのが向こう側の希望でありまして、これは銃弾を作るとかあるいは何か武器を作るという意味で向こうが言っておるのではないのであります。従ってわれわれはそういうものとは思っておりません。しかしながら同時に、その内容についても今後実施の上でもって話し合いをいたしていくことでありますから、今すぐにそれが兵器工廠だと岡田委員の断定されるようなものではないことむろんでございます。そうして、賠償を通じましてできるだけ軍事援助的なことはしないということは、総理がすでに声明しておられる通りでありまして、われわれもその総理の精神に沿って行動していくことはむろんであります。
#325
○岡田委員 これは重要ですから、あらためて念を押しておきますが、たとえば先方からこの二百万ドルで兵器廠を一つ作ってもらいたいという申し入れがあった場合にも、今の御答弁はそういう申し入れを拒否するというように私たちは解釈して間違いございませんか。念を押しておきます。
#326
○藤山国務大臣 今まででも兵器廠を作ろうという申し入れはないのでありまして、ただ修理その他をやる工業技術センターがほしい、修理工場がほしいということは言っておりますが、兵器廠を作るということは言っておりません。重ねて申し上げておきますが、われわれとしては、むろんそれが兵器廠を作るということであれば賛成いたしかねると思います。
#327
○岡田委員 わかりました。これは拒否されるとおっしゃるならば、それでもけっこうです。
 次は、第四番目、戦争の損害について少し伺いたいと思います。今度の賠償協定が妥当であるかどうかということを決定するのは、賠償の原因になっておる戦争損害の実態が明らかに国会に提出されて、われわれがその戦争損害に比べて今度の賠償金額というものが妥当であるかどうか、それを判断するのが国会の最も大きな任務の一つであると私は考えます。ところが、この戦争損害あるいは今まで日本の政府が独自に考えた戦争損害をいまだに資料として一回も出したことはない、明らかに怠慢じゃないか。今まで出しておるのは、ベトナム政府が主張する資料を借りてきて、それを出しておるじゃないか。一体これは何ですか。あなた方賠償協定を結んでくれと言いながら、これを承認してもらいたいと言いながら、その賠償の基礎になっている戦争損害を全然出すことができないじゃないか。戦争損害はないでしょう。あなた方が作ったものはないでしょう。ないから出せないでしょう。どうなんですか。あるならお出しなさい。
#328
○伊關政府委員 戦争損害があるということは明瞭であります。先方が引用しております統計も、われわれがそれを引用しましても同じでございます。同じ統計に基づいて戦争損害を出すわけでございます。
    〔発言する者多し〕
#329
○小澤委員長 静粛に願います。
#330
○岡田委員 私は特に注意を喚起したい。一般の委員の諸君がやじられるのは、これは私はある程度やむを得ないと思う。しかし少なくともこの委員会の運営に当たるべき理事が直接にやじって妨害をするということならば、私は審議が続行できません。やじらないということを明らかにしてもらわない限り、審議は続行できません。この点をはっきりしていただきたい。
#331
○小澤委員長 岡田君の主張はまことに適当なお言葉でございます。以後やじは、理事に限らず、各委員も傍聴者も絶対に禁止いたします。
#332
○岡田委員 それでは続いて進めます。今伊關局長のお話では、ベトナムの主張する資料も日本の資料だ。――ベトナムの主張する資料というものは全部日本の資料ですか。それではその責任を負うのですね。
#333
○伊關政府委員 先方は、何と申しますか、戦争の結果としまして、非常に資料が少ない。そこで自分の方で探してあるだけの資料を出したのだ、例示的に出したわけであります。それにはインドシナの統計によるものを引用いたしております。わが方でもその統計を調べておりますので、多少統計の数字の小さい点で違う点がありますが、大局を判断する点におきましては、全然これは十分なものでございます。
#334
○岡田委員 それでは、あなたのお話は、ベトナムが主張する資料の中で、四四年の八月から四五年の八月までの一年間は、エスティメートしたこの資料に関する限りは日本政府の資料で、それ以外の資料は日本政府ではないわけですね。
#335
○伊關政府委員 向こうが出して参りました資料がございます。それに対しまして、その統計が正しいかどうかということをわれわれの方で探しました統計と合わしたわけでございます。大体においてこの統計は合っておる、こういうことを申し上げておるわけであります。
#336
○岡田委員 向こうの出してきた資料を検査した。大体においてこれは妥当である。それではその資料は、向こうから出した資料を検討した結果妥当であるとして、日本の資料になったという意味ですか。これ以外に日本の資料が別にあるのですか、ないのですか。
#337
○伊關政府委員 それは何べんも申し上げましたように、まとめて出すほどの資料はございませんが、断片的にはございます。
#338
○岡田委員 断片的な資料を今まで断片的に藤山外務大臣は答弁されておりますから、今日は断片的でなくて、全部総括的に断片的な資料をお答え願いたいのであります。
#339
○藤山国務大臣 アジア局長より答弁させます。
#340
○伊關政府委員 私が断片的と申し上げましたのは、たとえば餓死者の判断をいたします際に、餓死者が幾らあるかというふうな際に、いろいろな人の話を聞いております。こういうものも断片的な資料の一つでございます。そのほか当時のサイゴン並びに北部に住んでおった人たちから、当時の生活状況がどうであったかというふうなことをいろいろ聞いております。こういうのも断片的資料でございますが、一番よく皆様に損害の実情がわかるような資料としましては、向こうの出しましたものを引用いたしまして、これで米とかゴムとかの生産減とか、あるいは貿易の減退とか、あるいは、主として北部でありますが、鉱産資源の減退、こういうふうなものをお示ししまして、これら向こうがあげたものだけを見ましても損害が相当大きいということをおわかり願いたい、こう申し上げているわけであります。
#341
○岡田委員 その資料を再三お出し下さいと言うのにお出しにならないのはどういうわけなのですか。日本の独自な資料というものは全然ないじゃありませんか。
#342
○伊關政府委員 その点は何べんも申し上げましたように、向こうが出したものをこちらで統計をチェックしたものが、まとまった資料として非常に正確なものであり、その他のものは断片的だ、こう申し上げておるわけであります。
#343
○岡田委員 それではこのように承っておきます。日本の方で作った資料というものは断片的なものであるために、国会に提出するほどの意味を持たない資料である、従ってこの資料は出さなかったのである、このように解釈せざるを得ない、それでよろしゅうございますね。
#344
○伊關政府委員 国会に提出するほど資料がまとまっておらぬということを申し上げたのでありまして、意味を持たぬという意味ではございません。われわれが判断をいたします際には役に立っております。
#345
○岡田委員 資料は持っておらないわけではないというのは私は知っております。しかし、国会に出せと言っても出せないのは、国会に出すほどの資料ではないということを意味しているじゃないか。ベトナムの資料は出せるけれども、日本独自の資料というものは全然ないということになる。同じじゃないか。資料として出せるようなものは何もないということが明らかじゃないか。
#346
○伊關政府委員 資料として出すほどまとまったものはございませんというのでありまして、われわれが何も持っておらぬというのではございません。
#347
○岡田委員 これは明らかじゃありませんか。国会に出すほどのまとまった資料はない。そんな程度のさまつな資料しか日本側は独自な資料を持っておらない、そんな程度で国会で審議をしろというのはむちゃじゃありませんか。あなた方は国会で二百億円の国民の血税を審議しろといっても、その基礎になっているものを全然出しておらぬじゃないか、いかに日本の政府というものがいいかげんなものであるかということが明らかじゃないか。
    〔発言する者多し〕
#348
○小澤委員長 静粛に願います。
#349
○伊關政府委員 われわれが国会に提出いたしました資料の中にも、米とゴム等の大きなものがございます。ベトナムの貿易の約半分を占めるものは米でございます。その米につきましては、資料を提出してございます。こういう貿易がいかに減ったかということは、それでもおわかりになります。それに紡ぎましてゴムの資料も提出してございます。ゴムも非常に大きなアイテムでございます。これが、たとえば六、七万トンできたものが、四十五年にはわずか一万二千トンしかできておらぬとか、あるいは米にいたしましても、百万トン近く出しておりましたものが、四十五年には約五万トンしか出ておりません。そういうふうなことで十分お察しができるはずだと私は思っております。
#350
○岡田委員 国会の審議というものは、推察で審議するものじゃないのです。これはわかり切っているではないか。それではあなたに伺いますが、そういう資料があるなら、国会が政府に対して資料を提出しろと言った場合に、あなたは提出しなければならない義務がある。この義務に違反するのですか。外務省というものは、国会法に規定している資料、この日本の独自の資料というものを出さないじゃないか。国会法違反じゃないか。明らかじゃないか。藤山さん、どうですか、この点は。外務大臣としてはっきり答弁なさい。
#351
○伊關政府委員 米とかゴムにつきましては提出してございます。それにつきまして口頭で補足して詳しいことを申し上げてあるわけでありまして、口頭説明もこれまた御参考にしていただきたいと思っております。
#352
○岡田委員 これは外務大臣に伺います。今米とかゴムとかの資料は出したと言う、ところがあなたの答弁によっては、餓死者二、三十万という答弁がある。なぜそれをつけないのか。正式に国会に出して責任の負えるような資料というものは、米とゴムとそれだけであって、餓死者その他については責任の負えるものではないんですか、この点はどうなんです。
#353
○藤山国務大臣 餓死者の資料につきましてはいろいろ人によりまして意見が違っております。従いまして……(発言する者、離席する者多く、議場騒然、聴取不能)それでありますから、われわれといたしましては十分な資料を出すわけに参らないわけでございます。
    〔発言する者、離席する者多し〕
#354
○岡田委員 委員長々々々。――委員長に申し上げます。ばか者とは何です。取り消さして下さい。委員長委員長……。(発言する者、離席する者多し)委員長に聞きたい。菊池君は委員ですか。この人は外務委員ですか、ないのですか。(「退場々々」と呼び、その他発言する者多し)委員長委員長……。
    〔「あやまれ」と呼び、その他発言する者多し〕
#355
○小澤委員長 岡田君に申し上げますが、菊池君の問題については、委員長が適当な時期に適当な処置をとります。
#356
○岡田委員 委員長の処分におまかせをいたします。
 続けます。――続けます。先ほどから伺っているのですが、資料の問題でありますが、先ほどの資料の問題について、一年間のエスチメートされた資料、これは植村特使が……(発言する者多し)少し静かにさせて下さい。
#357
○小澤委員長 静粛に願います。
#358
○岡田委員 それでは、先ほど国会に提出をされた一年間のエスチメートされた資料、これは植村特使に持たされたわけでありますか。ネゴシエーションされた場合にはこれを持たされたわけでございますか。外務大臣、これは重要な点ですからこういう点はお答えを願います。
#359
○藤山国務大臣 植村特使に交渉をいたさせましたのは、当時ベトナム側といたしましては二億五千万ドルから一億五千万ドル辺まで下って要求を続けてきておったわけであります。私はこの交渉に入るためにはどうしてもベトナム側に対して、そういうような要求をし続けていたのではとうてい話にならぬ。従ってそれらについてベトナム側にも日本の立場、日本の賠償を支払い得る能力なり、あるいは向こう側に対しても、そういう要求では無理だという、また向こう側の真意が一体どこにあるのかということをまず知ることが必要であると思いまして、そういう交渉をする意味で植村特使を出したわけでございます。
#360
○岡田委員 植村特使を出した事情を私は聞いているのじゃないのです。
 委員長、一つ注意してくれませんか、時間がだんだんなくなりますから……。何か長々とほかのことを言っているのでは話にならないので、植村特使に、日本側のたった一つの資料であるといわれているこの資料を持たしたのですか、どうですかということを聞いているのです。
#361
○藤山国務大臣 そういうことはございません。
#362
○岡田委員 それでは植村特使は資料を全然持っていかなかったわけですね。国会に提出できるような資料は持っていかなかった。今、ございませんと御答弁になった。それでは植村特使は全然資料を持っていかなかったのですか。
#363
○伊關政府委員 植村特使も大体の損害についてはもちろん御存じでありますが、植村特使は政府の訓令の範囲内で動いておられるわけでありますから、政府がこれを知っておれば……。
    〔「もちろん御存じとは何だ」と呼び、その他発言する者多く、聴取不能〕
#364
○岡田委員 藤山外務大臣に伺いますが、あなたの言われるのは正確だ。伊關さんは間違っている。植村特使は三月十六日の外務委員会に参考人として出られて、自分は向こうに行く場合に、戦争損害に関する資料は全然持っていきませんと、はっきり答弁しているじゃないか。伊關さん、あなたは資料を持っていったというなら資料はあるのですか。資料があるならばあると言って下さい。
#365
○伊關政府委員 私はただいま植村さんが資料を持っておられたとは申しません。
    〔発言する者多し〕
#366
○小澤委員長 静粛に願います。
#367
○伊關政府委員 植村さんも大体のことは御存じであろう、それで政府の方でこういうものは判断しておる、こう申し上げたわけであります。
#368
○岡田委員 それではベトナムとの交渉にあたって、ベトナムは資料を持っておった、植村特使は交渉にあたって資料なしに当たった、これで交渉ができますか。あなたは役人をずっとやっているから知らないかもしれないけれども、藤山外務大臣に伺いましょう。あなたは大きな会社の――いわゆる経済界の人だ、品物を買うときに、あなたはこのコストは何ぼだ、何ぼでなければ売れない、買う方はこれについては何ぼでもなければ買いませんというふうに、資料をもって交渉するじゃありませんか。あなたは交渉する場合に、こっちの方の資料はありませんけれども、あなたの方の資料によってやりましょう。そんな交渉がやれますか。この賠償交渉はそういう限りにおいて、いかに日本政府がいいかげんなものであるかということを、ここで立証しているじゃありませんか。
#369
○藤山国務大臣 むろん賠償交渉のことでありますから、政府として支払うべき問題につきましては、損害というものを考慮に入れることは当然でございますが、しかし同時に日本の支払い能力というものも考慮に入れなければならぬことはむろんでございます。従ってそういう面からいいまして、交渉にあたりましてもやはり日本側の支払い能力、そうして要求に対してはそういう巨額の金額は払えない。損害その他の数字だけ見ましても――交渉の過程において膨大な交渉を圧縮していく場合には、そういうことでは理由にならないのでございます。むしろそういう意味におきまして、やはり日本の立場というものを十分に説明していきまして、また向こう側の出しましたものに対して、これは不当ではないかというようなことを言いますこと自体が交渉になっていくわけでございます。
#370
○岡田委員 それでは一点伺います。日本とベトナムとの戦争の期間の問題について伺いますが、今までの答弁を伺っていると、昭和十九年の八月二十五日から昭和二十年の八月十五日まで一年間を戦争の時期とする。従って戦争損害というものはこの一年間の損害が基礎である。このように私たちは政府の答弁を今まで聞いたのでありますが、その点は間違いございませんか。
#371
○藤山国務大臣 たびたび申し上げておりますように一九四四年八月二十五日以後終戦まででございます。
#372
○岡田委員 それでは植村特使やあるいはその他の人がいろいろ交渉された。その交渉の場合においても、この一年間の戦争損害を基礎にして交渉されたわけでございますか。
#373
○藤山国務大臣 むろん当時の事情から申しまして、最終的な一九四四年の秋からの損害が多いということは申すまでもないことであります。でありますから、その期間を考慮に入れてわれわれは交渉をいたしてきた事実でございます。
#374
○岡田委員 外務大臣、少し御注意下さい。少し前置きが長くて私の質問に対して答が出ていない。そこでこの一年間の戦争損害を基礎にして交渉されたのですか。そうでないのですか。それ以外のときも含めて交渉したのですか。どうなんです。この点をはっきりお答え下さい。
#375
○藤山国務大臣 交渉でございますから、先ほど来申し上げておりますように損害についても頭に入れ、また日本側の支払い能力というものも考慮に入れなければ交渉にならないわけでありますから、交渉に当たります場合は当然そういうことは考慮しておるわけであります。
#376
○岡田委員 それではちょうど総理大臣がお見えになりましたから総理に伺いますが、この一年間が戦争状態であり、この戦争損害を基礎にして賠償交渉をやるわけですね。そうすれば、一年間の戦争損害を向こうが見るかどうかは別として、日本側としては一年間の資料を基礎にして交渉したのでしょう。そうじゃないのですか。それも違うのですか。どうなんです。
#377
○岸国務大臣 日本側としてはもちろん戦争の損害を賠償するということですから、戦争の開始のときから終戦までに与えたところの損害を基礎にして交渉に当たったわけであります。
#378
○岡田委員 藤山さん、岸総理のようにうまく答弁するように少し見習って下さいよ。そういう答弁をしない限りは総理大臣になれませんよ。(笑声)
 それでは続けます。相手国は賠償交渉においては、戦争の期間をどのような期間として交渉をされましたか。
#379
○藤山国務大臣 相手国としては、むろん戦争損害というものをできるだけ膨大に見積もろうということであります。かつまた向こう側としては、平和進駐その他の時分にもいろいろな損害があったということは主張することは当然主張しております。しかしわれわれとしては今言った通りの態度でやっておるわけであります。
#380
○岡田委員 私の伺っておるのは、相手側は戦争の期間をどのように交渉の中ではっきりしているか、この点を伺っている。期間の点は条約局長でもけっこうです。
#381
○高橋政府委員 相手国の法律的な立場でございますが、相手国は一九四一年、昭和十六年でございますがその十二月八日、フランスの開戦日と同様に考えている。相手国の法的立場はそのような立場に立っておるわけであります。
#382
○岡田委員 それでは相手国の立場というのは、賠償交渉の場合、あるいは昭和三十八年の沈船協定の場合、あるいは特別円の場合、これは全部昭和十六年十二月八日から昭和二十年八月十五日までの間を戦争期間として考えて交渉をしたということになりますね。これはよろしいですか。
#383
○高橋政府委員 法律的立場としてはその通りでございます。
#384
○岡田委員 法律的立場というが、実際もそうじゃないのですか。向こうは実際に交渉をするときには、そう言ってきたのじゃないですか。
#385
○高橋政府委員 と申しますのは、これは一つの法律的な立場でございますので、おのおのその立場があると考えます。客観的に見ましても、やはり何といいましても一九四四年の八月二十五日が実体的には私どもは開戦日であると考えます。しかしおのおのその見方によりましてそのような立場をとるということでございます。ただ実際的な交渉にあたりましては、この法律的立場をそのまま通すということとは別でございます。この点はちょっと申し上げておきます。
#386
○岡田委員 それでは法律的立場として向こう側は十六年十二月八日、日本の方は法律的立場としては十九年八月二十五日、こういうことになりますか。
#387
○高橋政府委員 お説の通りであります。
#388
○岡田委員 これは藤山外務大臣、その通りですか。
#389
○藤山国務大臣 条約局長の答弁した通りであります。
#390
○岡田委員 この点は岸さんも間違いございませんね。
#391
○岸国務大臣 先ほど来お答え申し上げた通りに解釈いたしております。
#392
○岡田委員 それでは戦争損害の基礎については――戦争損害というものは私はこういうものだと思うのですが、どうですか。政府の言う通りにすれば、一九四四年八月二十五日から翌年八月十五日まで日本軍隊がベトナムを占領して、その地域内に起こった戦争行為によって受けたベトナム側の損害ということになるのだと思いますが、その点はいかがですか。しかもそれはサンフランシスコ条約の関係では十四条とそれから連合国の地位をベトナムが取得した二十五条、この二つの条約の規定によってこのようになると思いますが、この点はいかがですか。
#393
○高橋政府委員 その通りだと思います。
#394
○岡田委員 それでは法律的な立場としては今申し上げたように一年間ということですが、実際的な立場は違うのですか。
#395
○高橋政府委員 実際的立場は、やはりたとえば賠償でございますれば、いつの時期に日本の戦闘行為が行なわれたか、そういう点が実体的な問題になるかと思います。
#396
○岡田委員 実際的な立場もあるでございましょう。戦闘行為が行なわれたというのは、昭和十九年八月以降における実際の戦闘行為でないのですか。それ以前の戦闘行為なのですか。
#397
○高橋政府委員 御説の通りでございます。従いまして、法律的立場はあるいはそのようなそごがあるかもしれませんが、実体面から見ますれば期間はおのずから同一になる、こういうことであります。
#398
○岡田委員 期間は実際的な立場も法律的な立場も同じだ、こういう意味ですね。
#399
○高橋政府委員 日本としてはそのような結果になると考えます。
#400
○岡田委員 それでは伺いますが、戦争損害にいってもう二、三伺いたいのですが、実際的な立場も法律的な立場も同じですね。そうすると具体的に伺うのですが、戦争損害の場合に、日本の軍隊がベトナム人に与えた損害は当然損害ですね。ところが日本の軍隊がフランス国家に与えた損害は、国家の継承関係からいってベトナムに継承されるのですか、どうなんですか。
#401
○高橋政府委員 その場合は継承ということは正確さを欠くと思います。十四条の問題でございますれば、その地域に起こりました損害についての賠償だと考えております。
#402
○岡田委員 具体的に伺いますが、フランスの国家に与えた損害は、それではベトナムに与えた損害とみなされないということになりますか。
#403
○高橋政府委員 その場合、フランス国家という具体的内容がどういうものか私はわかりませんが、とにかくその地域内で損害が起こりましたら、その損害が継承される、こういうふうに考えます。
#404
○岡田委員 それでは伺いますが、そのベトナムの地域内に起こったフランスの国家の所有に関するもの、これはベトナムの損害ということになりますか。これは林さん、いかがですか。
#405
○林(修)政府委員 これは要するにいわゆる戦争の期間内におけるフランス国家について起こったベトナムの地域内の損害、これはやはり筋としては継承さるべきものだと考えます。
#406
○岡田委員 それでは続いて伺いますが、フランスの国民に与えた損害はベトナムに継承されますか。
#407
○高橋政府委員 継承という言葉はちょっと正確さを欠きます。その地域内の損害でございましたら、ベトナム側としてもそれを計算に入れることができるわけであります。
#408
○岡田委員 計算に入れるということは違法ではないという意味ですね。
#409
○高橋政府委員 その通りでございます。
#410
○岡田委員 それでは先ほど具体的な例がありましたが、昭和二十年三月九日、これはすなわち明号作戦といいますが、その明号作戦によって日本の軍隊とフランスとの間に戦闘行為が行なわれたわけですね。この戦闘行為によって生じた損害、この損害の中でフランスの個人のもの、これは当然その地域内で行なわれた限りにおいてベトナムの損害と見るべきである、こういうことになりますね。
#411
○高橋政府委員 それをベトナムがどういうふうに計算するかということはベトナム側の問題でございますが、ただいまの法理論からいたしまして、地域主義をとっておりますから、これを包含することはできると考えております。
#412
○岡田委員 それでは地域主義というのは、日本の場合にはどういうようになりますか。地域主義をとっているのですか、これは認めているのですか、どうなのですか。
#413
○高橋政府委員 第十四条の趣旨がそうでございますから、われわれはそれを承認しているわけでございます。
#414
○岡田委員 日本とフランスとが明号作戦で戦争しましたね。これによって日本がフランス人あるいはベトナム人に損害を与えた、これは十四条の規定が地域主義である限り当然戦争損害と規定すべきである、こういうことになりますね。フランス人の損害であってもベトナム人の損害だ、こういうことになるわけですね。ところがフランス人がその地域内で戦争をやっておった場合、フランス人がベトナム人に損害を与えた、戦闘行為の最中そういうことはあり得ることです。これは戦争の損害として認められますか、どうですか。
#415
○高橋政府委員 それはフランス対ベトナムの問題でございますので、私は関係がないと考えます。
#416
○岡田委員 それでは日本の損害の中には入らないわけですね。入らないとするならば、どういうように区別をしますか。
#417
○高橋政府委員 それは個々の具体的問題になりますが、法理論的から申しますれば、そういうのは含まない。日本が与えた損害、こういうふうに私は考えております。
#418
○岡田委員 あなたの方の解釈はおかしいじゃありませんか。ベトナムの地域に日本の軍隊が侵略した事実の上に基づいて起こった戦闘行為であります。従ってこの原因は日本の側に責任がある。従って戦闘行為において行なわれたフランスの損害も、当然これは戦争損害と見るべきではないか。十四条の解釈はそういう解釈をすべきだと私は思うのですが、どうですか。
#419
○高橋政府委員 わかりました。その点は直接損害と申しますか、間接損害と申しますか、損害の因果関係をどこまでで切るかというような問題ではなかろうかと思います。これはやはり個々の問題について、個々に検討して判断すべき問題だと思います。
#420
○岡田委員 これはおかしい。林さんに伺いましょう。個々の問題を個々に検討してとおっしゃるが、日本が戦争損害を調べたという場合、個々の問題として検討しなければならないわけですね。個々の問題として検討されているのですか。そうじゃないのでしょう。一般的に日本がベトナムの地域を侵略しているのだから、それに基づいて起こった損害はフランスが与えたかもしれない損害ですね。そういう損害については当然戦争損害として日本が負うべきことになるのじゃないですか。これは違うのですか。
#421
○林(修)政府委員 これは条約の解釈問題として、相手国はそういうものを加えてくる可能性が非常にあると思います。その場合に日本としてはどこまでそれを日本の与えた損害として見るかというのが、先ほど条約局長のお答えした立場だろうと思います。
#422
○岡田委員 日本ではこれを認めないというのですか。
#423
○高橋政府委員 それは、同じことを申し上げて恐縮でございますが、損害の因果関係の問題でございます。日本側としてはなるべくそれを直接損害に限る、その因果関係をなるべく短くするというのが日本の方針であります。
#424
○岡田委員 なるべく短くするとおっしゃるけれども、これは非常に重要な点です。短くするとかなんとかいうことになるならば、一々戦争損害について検討しなければなりませんね。そういう検討をした資料を伊關さん、お持ちなんですか。この損害によってこれはこうです。フランスは五百人殺しました、しかしこれは違うのだ、そんな検討をされましたか。そんな事実はないでしょう。
#425
○伊關政府委員 先ほどから申し上げておりますように、戦争によって資料は大半なくなっておりますので、不完全なものしかございませんが、ベトナム側はフランス人から受けた損害というものは主張しておりません。
#426
○岡田委員 ベトナム側が主張していないのは落としているからです。明号作戦の場合、フランス人がベトナム人を殺した、こういう事実について、そういうことがはっきりわかった事実がございますか。
#427
○伊關政府委員 そういう事実については私はよく存じません。
#428
○岡田委員 それでは続いて伺いますが、フランスとベトナムとが共同して日本と戦争した、それと同じように、たとえばビルマの場合、ビルマの主権国であるイギリス軍が連合国であるアメリカと一緒に日本と戦闘した。その場合にアメリカ軍と日本が戦闘行為をしたことによって、ビルマの側に損害を与えた場合においては、これはアメリカ側が入っていることによって戦争損害になりますか。
#429
○高橋政府委員 十四条の法理論の問題でございますが、ただいま御指摘のような点ではこれは入ると思います。
#430
○岡田委員 それでは地域主義をとる限りにおいて、そういうものはすべて入るわけですね。これは林さん間違いないですね。ちょっと首では速記できませんから……。
#431
○林(修)政府委員 ただいまのサンフランシスコ条約の解釈としてはそういうことになると思います。
#432
○岡田委員 それではたとえばニューギニアなんかではアメリカの軍隊が逆上陸してきたことによって損害がずいぶん与えられた。日本と戦闘行為をやって、その戦闘行為によってニューギニアの中に損害が起こった。これは当然戦争の損害と規定して今まで賠償交渉をされたわけですね。
#433
○高橋政府委員 それはフィリピンの場合も同じような問題ではなかろうかと思います。双方とも戦場になって交戦をやるわけでございます。そこでどこからどこまでが――ただいま申し上げましたように、だれに与えたということではなくて、その戦闘行為によってこれは相当な損害を与えるということになるわけでございまして、そういう意味合いにおきまして、その事実に対して賠償をいたす次第であります。
#434
○岡田委員 それでは実体論で伺いますが、今度は藤山外務大臣に伺いたいと思うのです。昭和十九年から二十年までを戦争状態としているのだが、日本の軍隊は実際問題としては、実体論に立っては、昭和十五年からベトナムに上陸して二十年までいるわけです。十九年以前の戦争の損害というのはどういうことになりますか。
#435
○藤山国務大臣 お話の四四年八月二十五日以前は戦争状態に入っていると認めておらぬのでありますから、従って平和進駐の時代の損害というものを計算に入れないという建前をとっております。
#436
○岡田委員 これはしかしおかしい話を藤山さんたち、外務省はお話しになるのですが、昭和十九年から二十年の一年間以内ならフランスに損害を与えたものまでベトナムのものであるが、十九年以前のものはベトナムに損害を与えても戦争損害にならないというのは、一体どういうわけなんですか。常識として通らないと思うのだが、一体これはどういうことなんですか。
#437
○高橋政府委員 これは先ほどの法理論的に考えまして戦争状態でございませんから、サンフランシスコ条約第十四条の適用を受けないということになるわけであります。
#438
○岡田委員 それはフランスと日本との戦争関係は昭和十九年八月二十五日ということが基準になっているから法理論上はそうであっても、実体的には損害を与えておる。大体十九年の八月二十五日という法理論を作ったことに問題があるということになるのじゃありませんか。だから、そういう矛盾した事実が生まれてくるじゃありませんか。どうなんですか。
#439
○藤山国務大臣 先ほど来申し上げておりますように、戦争損害の算定ということは非常にむずかしい問題でございます。ただいま岡田委員のお話にもございましたように、個々にそういうものの資料を収集することはほとんど不可能でございます。従いまして全体としてこれを考えていくよりほか方法がないのでありまして、それらのものを全体として推察していく。従って個々のケースになりますれば、どこからどこまでを区分するということはむずかしいと思います。一九四四年八月二十五日という戦争の始まった時期をわれわれはとっております。従って戦争損害としてはその後のものでございますが、しかしそれは若干の因果関係によりまして、その以前から引き続いたような損害があり得るということも絶無ではないと思うのでありまして、それらのものは、むろん総合的にそういうものを見ませんければ判断はできないのであります。しかしサンフランシスコ条約の解釈からいいまして、われわれは今申し上げたように八月二十五日をとっておる。そして個々のいろいろのケースというものは、調査がほとんど不能であります。区別はむずかしいわけでありますから、総体的に戦争損害というものは勘案していかなければならない、こう思うのであります。
#440
○岡田委員 それではもう少し伺いますが、法律論としては、昭和十九年八月以降一年間、それが戦争損害である。実体論としてはそれ以前に戦争というか、交戦による損害というものがある。それは戦争損害でしょう。違うのですか。藤山さんどうなんですか。
#441
○藤山国務大臣 われわれは平和進駐の時代を戦争損害とは見ておらないのでありまして、従って八月二十五日以後の戦争開始後というものを実体論としても見ておるわけであります。
#442
○岡田委員 平和進駐とお話しになりますが、これはおかしいじゃないですか。ヴィシーとの間に条約を結んだものは法律上有効なものですか。ヴィシーという政権は、これはかいらい政権じゃありませんか。ドイツの占領地域内に作られ、しかも休戦協定によってはドイツの占領費を払うことになって、そしてドイツとフランスとの協力の原則によってナチスに指導された政府がヴィシー政府じゃありませんか。いわゆるかいらい政権との条約が有効であるなどという話は私は聞いたことがない。平和進駐などというのはいわゆるファシストの言う言葉であります。平和進駐ということは国際法上から言ったら成り立たない。こういう点はどうなんです。
#443
○高橋政府委員 お尋ねのヴィシーの件でございますが、これはドイツと降伏条約を結びまして、当時の内閣が倒れましてペタン元帥を首班とする内閣が、フランスの憲法上の正当な手続を経て成立したわけであります。そしてこれは有効なフランスを代表する政府として存在をいたしまして、わが方としましてはお互いに外交使節を接受、派遣いたしております。アメリカもその他の諸国もこれを認めておったわけでございますので、これは有効な、正統な政府とわれわれは考える次第でございます。占領と申しますが、占領地域外にございます。
#444
○岡田委員 昭和十九年八月二十五日というのは、外務省より特に林さんの意見なんです。これは私がこの前質問していって、ついにあなたはこういう答弁をしたのですよ、去年の三月の予算委員会で。ですから昭和十九年八月二十五日説について具体的にお伺いします。今高橋さんの言ったように、それ以前は占領地域外にあったから、これは正統政府だと認められますか。
#445
○林(修)政府委員 一九四四年八月二十五日ということは、私一人で申し上げたわけではございません。それは外務省と打ち合わせの上で、日本側の解釈としてこういうことを申し上げておるわけでございます。私の独断で申し上げたことでないことを御了解願いたいと思います。
 それから、ただいまのヴィシー政府の性格は、条約局長の申し上げた通りでございまして、一九四四年八月までは日本としても正統な政府としてこれと関係を結んでおるわけであります。しかしまた客観的に、八月二十五日以後は、やはりフランスと交戦状態に入った、こう見ざるを得ない、こういうことだと思います。
#446
○岡田委員 先ほど高橋さん、林さんの答弁を伺っていると間違いがある。ヴィシー政権は占領地域外にあった、これはあったときもある。しかし一九四三年十一月十一日以降はナチスが全フランスを占領した。全フランスを占領した中におけるヴィシー政権というものは明らかにかいらい政権である。なぜならば休戦協定に基づいてナチスの占領費の何分の一かを負担している。ナチスとフランスとの協力原則によって、フランスはフランス共和国という地位を捨ててフランス国家という名称を使って、憲法によって規定されているというのだが、こういうことを通じて明らかにナチスの言うなりになるところのかいらい政権になった。百歩譲って、一九四三年以前まではこれは自由地域の中にあったから一応これが正統政府であったとしても、全地域を占領された以降においては、明らかにこれはドイツの支配のもとにあるところのかいらい政権と言わざるを得ない。そうすれば、一九四三年までがヴィシー政権との間に日本の条約が結ばれたのは一応正当であったとしても、四十三年以降はこれは完全に無効である、そういうことになってくるのじゃありませんか、どうですか。
#447
○高橋政府委員 占領の点はお説の通りでございます。後ほどになりまして占領が全土に行なわれたということもございます。しかしながらやはり正当な憲法上の手続に従いまして一応でき上がりまして、それがずっと引き続いておったわけでございます。そしてドゴールが連合軍とともに上陸してこれを倒すまでは、これはいろいろ見解の相違もあるかと思いますが、正統政府としての存在を持ち得た。また当時まで、たとえば中立国スイスなんかも正式の外交関係を持っておりました。私はそのようにこれを評価いたす次第でございます。
#448
○岡田委員 ドゴールがパリに入城したときが八月二十五日である。そのときに正統政府としての地位を取得した、こう言われますね。ところが今度の第二次世界戦争において、みずからの領土に地域を占めないで、亡命政権の法的地位を持ちながら戦争状態に効力を持っておる政権がたくさんある。オランダ、ベルギーあるいはポーランド、ユーゴスラビアその他もあります。こういうような政権の場合においては日本との戦争状態の関係はどうなっておりますか。昭和十六年十二月八日以降になっておるのじゃありませんか。
#449
○高橋政府委員 それは先方が宣戦をいたすと同時にその地域は占領されております。そこでその地域にいた政府が逃亡しまして、いわゆる亡命政府というものを作っているわけであります。ところがこのフランスの場合は、ドゴールその他ダルラン、いずれもそのような政府ということをみずからさえも言わずに、一つの委員会としての存在をずっと続けておったわけでございます。従いまして私の見解といたしましては、そのような個々の場合の判断によりますが、亡命政府として活動した場合もございますし、フランスのこのような場合は、私はヴィシー政府が正統な政府として活動したものだ、この方を考える次第でございます。
#450
○岡田委員 それはしかしおかしいじゃありませんか。これは林さんにもはっきりお答え願いたいのだが、そして藤山外務大臣にもお答え願いたいが、ポーランドとオランダあるいはベルギーの場合には、亡命政権は宣戦布告をしたのを認めておる。ところがフランスの場合に限ってだけはドゴール政権かフランスに上陸をしてパリに入ったときに、初めて戦争状態というものの効力を認めております。なぜフランスだけはこのように違うか、亡命政権の時代になぜ認めないのか、その点をはっきりしていただかなければ、フランスの場合だけは違うのですというのは、これは国際法上の通念に合わない。
#451
○藤山国務大臣 個々の例について一一詳しくございませんけれども、おそらくオランダにいたしましても、それまでオランダ自身を統治しておりました政府全体が外国に移ったわけである。ドゴールの場合においては、御承知の通りロンドンでありますか、解放委員会を作りましたけれども、そのドゴール自身がそれまでフランスの政権を持っていたわけではございません。従ってやはり亡命政権でありましても、正統政府が移転した場合には、それは立場が違うというふうに考えるべきだと思っております。
#452
○岡田委員 ドゴールは政権じゃないのですか、それ以前は。政権でしょう。一種の亡命政権じゃありませんか。違うのですか。
#453
○高橋政府委員 たびたび同じことを申し上げて恐縮でございますが、ドゴールは政府の地位は私は持っていなかったと考えます。あくまでも正統政府としてはフランスの本国におりましたヴィシーでございまして、ドゴール、これは自由フランス委員会とか自由フランス運動というふうに称していたわけでございます。この点につきましては外務省条約局におきましても、前から種々検討いたしております。記録等を見ましても、その検討の結果、やはり一九四四年の八月が最も妥当じゃないか。それからいろいろ学者の意見も徴しました結果、そのような結論が出、そのような点でもし国際司法裁判所の問題になりましたときは、一番客観的な妥当な時期はいつであるかということをも考慮いたしました結果、やはり一九四四年の八月末日、これをもって戦闘開始とすべきが一番妥当じゃないかと考えております。
#454
○岡田委員 それでは八月二十五日以降政府の承認があったものとして、そのような承認を与えましたのはほかにありますか。連合国は十月ですよ。日本だけですね。
#455
○高橋政府委員 多少そういう一カ月、二カ月の相違はございますが、やはりパリを回復したというこの象徴的な日、そのときにみずからもう政府と名乗りました。そこで、その日をもって、これが一番妥当ではないかと思います。
#456
○岡田委員 それは私は妥当だとは思わない。なぜならば連合国が二カ月おくれて承認したということは、ドゴール政権というものが全フランスを実効的に支配したということを確認したから十月に承認をした。これは私は知っている。それはアメリカとイギリスとソ連との間に書簡の交換があって、それによって承認が行なわれた。八月二十五日において承認をしておらないのは、これはヴィシー政権というものがどちらかにあったからです。全フランスを実効的に支配しておらないからです。ドゴールが支配しておらないのに日本だけがそれを承認するというのはおかしいではないか。もしあなたの方でフランスだけには亡命政権を認めるという――今のところ亡命政権を認めておらないのだが、フランスだけもし亡命政権的性格を認めるというならば、一九四三年の六月三日、このとき以来をもって戦争状態にするのが当然である。なぜならばこれははっきり申し上げますが、亡命政権でそのみずからの領域の中にない政権でも、亡命政権として宣戦布告の効力が発効しているのに、――一九四三年の六月三日以来フランスの一地域内にドゴールの政権が確立されている。藤山さんはこれは勘違いしておりますが、フランスの一地域内にドゴールは、あなた方の言っている一年前にすでに権力を確立している。権力を確立したとき以来宣戦布告があったと見るのがあたりまえじゃないか。フランスの地域はどこか、アルジェであります。フランスの植民地の一部であるアルジェに確立されている。ドゴールがロンドンにいたときは権力がないと言えたとしても、それは日本がいう一年以前から権力が確立されたとして、宣戦布告の効力は少なくともそれ以降ということになるのではないかと一応私は考える。私はこの説はとらないのだけれども、この点についてはあなたの八月二十五日説よりもこの方がより妥当だと私は思う。
#457
○高橋政府委員 繰り返し同じことを御答弁申し上げて恐縮でありますが、一九四三年六月三日の点でございますが、当時はドゴールとダルランとが合流しましてアルジェリアによったわけであります。しかし当時解放フランス国民委員会と称しておりまして、またみずからも政府とは称していません。
#458
○小澤委員長 穗積君、関連質問を許します。
#459
○穗積委員 実は私はこのベトナム問題については、まだ多く質問の問題点を持っておりまするので、質疑の通告をいたしておりますが、まだ質問者が多くて順番が回ってこないので、きょうは問題を残して、岡田君の質問に関連をして一点だけこの際明らかにしておきたい。特に岸総理並びに藤山外務大臣がおられますから明確にしてでおいていただきたいと思うのです。それは今われわれの解釈では、今度のベトナム賠償につきましての重要なる国際条約は、ジュネーブ協定だと思うのです。並びにその最終宣言、これによって相手方のベトナム政府の政治的性格、立場というものが相当有力に規定づけられておるのにかかわらず、これを法律的なフィクションによって南ベトナム政府を全ベトナムを支配する政府として、これを最終的な賠償協定外であるとしておる点に問題がある。
 そこで私はこの際お尋ねいたしたいと思いますのは、南ベトナム政府に対する賠償以外に、他からの新たな賠償請求権の問題についてでございます。その第一に予想されますのは、先ほど岡田君も触れられましたが、新たなる日本政府からの承認を必要とするような革命または革命的変更が行なわれた場合、これが一点。第二点は、今度の賠償協定の内容は、言うまでもなくジュネーブ協定によって拘束されておる相手方でありますから、これに対する賠償の実施は、軍事援助の内容を持っておるものであってはいけないわけでございます。ところが表面は平和賠償であるという名目のもとに、実際行なわれましたものがジュネーブ協定に反する軍事援助が行なわれた場合、すなわち、両国政府の作為的な虚偽の協定によってジュネーブ協定違反が後に明確になったときには、こちら側が行なったと称する賠償の実施というものは効力を失なう。すなわち今まで行なった賠償と称するもの以外に、新たなジュネーブ協定の精神に沿った賠償の実施を行なわなければならない義務を生ずる。これが第二点。第三点は、相手国政府すなわち現在で申しますならば北ベトナム、すなわちベトナム民主共和国側が今日日本に対して賠償請求権の留保の意思表示をいたしております。その場合に、後になってこのベトナム民主共和国政府に対して日本政府が承認を与えるような場合が起こった場合におきましては、もとよりサンフランシスコ条約と別個の国交回復の平和条約、または国交回復の新たなる協定が結ばれましょう。その場合においても、その相手国が、現在行なわれる南ベトナム政府に対する賠償協定は、国際法上も、政治の事実から見ても、無効のものであるから認めがたいという意思表示を現にしている。それを後になって日本政府が承認いたしました場合には、この相手国の賠償請求権というものは、わが方において棄却することができない、消滅させることはできがたい。この三つの場合が考えられるわけでございます。私はこの問題については当初から岸総理にも注意を申し上げて、今度の賠償協定は、南ベトナム地域並びにその地域に生存しておる人民に対してのみの賠償に限定すべきであるという点を指摘いたしました。あなたは一時これを承認なさいましたが、後にこれを取り消しておられる。私はその後の説明を聞きましても、先ほど申しましたように一方的な法律上のフィクションをもって押し通しておられるわけでございますが、そういう点から見ましても、その法律上のフィクションを押し通そうとされても、今私が説明申し上げました三つのケースの場合には、新たなる賠償請求権を日本側は棄却することができないと私は思うのでございます。従ってその点についての総理並びに外務大臣の所信を明確にしておいていただかないと、後に国際法上の紛争の種になりますから、この際ついででありますから、関連して三つの場合について一々明確に御答弁をわずらわしたいと思うのでございます。
#460
○岸国務大臣 われわれはこの今回の賠償をなにしますのは、サンフランシスコ条約第十四条に基づくところのこの義務を履行するということにあるのであります。しこうして、御承知のように、今のわれわれがこの交渉の相手としておる政府の前身たるバオダイ政府を全ベトナムの代表として……。
#461
○穗積委員 けっこうです。私の今提案いたしました三つのケースについて答えて下さい。
#462
○岸国務大臣 お答えするわけです。そういう意味でわれわれはベトナムとなにするわけでございますから、いかなる場合においても、これはその地位を継承する政府に対して、われわれは賠償義務を持っているわけであります。それ以外に対しては賠償の義務は一切ないのであります。従って、それと離れた革命政府なり別個の政府ができました場合において、われわれがそれに対して賠償の義務は負わない、こういう解釈であります。
 それからもう一つは、この賠償の内容について軍事援助をするかという点でありますが、私どもはあくまで、これによってベトナムの国民の福祉とその経済の発展に資するように、賠償協定の実施をいたす考えでございます。
#463
○穗積委員 第三の、相手国が請求権を留保した声明を出し、日本の国会へもその文書がきておるわけなんです。その政府が後になって、あなたは承認しなくても、後の日本のある政府がこれを承認した場合における請求権の問題です。
#464
○岸国務大臣 今私が初めによく聞いていただきたいと申し上げたのは、その点に触れて私はお答えをしたのであります。すなわち、われわれは、サンフランシスコ条約によるところの義務というものは、これでもって賠償の義務を果たすわけでありますから、その地位を継承する政府に対しては賠償の義務を負いますけれども、それ以外のものに対しては一切負わないというのが、われわれの考えでございます。
#465
○岡田委員 関連質問以前の点に戻りまして、一応話を進めるために、要約をして進めたいと思いますが、ベトナムと日本との戦争の関係は、フランスと日本との戦争の関係において、昭和十九年の八月以降、昭和二十年の八月まで一年間、こういう法律の立場に日本は立っている。それから八月二十五日という説は、ドゴールがパリに入城したときに、一応宣戦布告を昭和十六年の十二月八日に行なったのだが、正統の政府としての形があったために、それ以降をもって政府の承認と見て、一年間の戦争があったという解釈をとっている、これが政府の態度でございますね。
#466
○藤山国務大臣 今まで申し上げました通りに、一九四四年八月二十五日に、ドゴールがパリに帰りました。その事実の上に立って、承認は若干おくれたかもしれませんが、その事実があったからこそ承認があったわけであります。
#467
○岡田委員 実はこれから重要な点について伺いたいのであります。これは岸さんにぜひ伺いたいのでありますが、法律論の上では、明らかに昭和十九年の八月から二十年の八月、この一年間の中では、ベトナムの地域内でフランス人に与えた損害もベトナムの損害になる。戦争損害として明らかにこの中へ入る。これが地域主義の原則である。ところが昭和十九年の八月以前において、戦争の損害をベトナム人に与えておった場合には、これは戦争の損害にならない。法律論と実体論のかみ合わせにおいて、そういうことにはならないという解釈が日本政府の態度である、こういう解釈ですね。
#468
○岸国務大臣 八月二十五日以前は交戦状態でありませんから、今岡田君の御意見のように私どもは考えております。
#469
○岡田委員 それでは一点伺いますが、昭和十九年以前、すなわち一九四四年以前において、たくさんの戦争損害を与えておる。こういうふうにはっきりとした資料を持っておる。しかもこれはベトナムにおいて、日本の軍隊がベトナムの人民に対して損害を与えておる。これは明らかに戦争の損害に算入さるべきものであると私は考える。たとえば、具体的に言いましょう。一九四三年の四月に、バクニンにおいて二カ所、七月においてハロン、十月においてニンビン、あるいは強制労働の問題についても、一九四三年の十一月に、タインホワ省において千五百名の強制労働が行なわれて、大半は死亡しておる、あるいは一九四四年の二月九日に、タインホワ省において、やはり飛行場の建設のために強制労働が行なわれておる。これは実質上戦争損害に算入さるべきものである。われわれの解釈からいうならば、ベトナムの地域においても、フランスの国家に損害を与えたものは、これはベトナムの人民に与えたものとはわれわれは考えるべきではない。しかしながら昭和十九年の以前において、このようなベトナム人に損害を与えたものは、当然戦争損害に入れるべきである。そうでなければ、ベトナムに対する戦争の賠償という意味をなさない。なぜならば、戦争の賠償に対して、このような損害を与えておきながら、この戦争損害は見ないということになる、これでは論理一貫しないではないか。この点はどうなんです。
#470
○岸国務大臣 先ほど来しばしばお答え申し上げておるように……。
    〔発言する者あり〕
#471
○小澤委員長 静粛に願います。
#472
○岸国務大臣 政府としては、八月二十五日以降が交戦状態に入っておる、戦争状態はそれから始まった。それ以前は戦争状態がない。交戦状態がないから、従って、その以前の、かりにいろいろな損害があったとしても、それはいわゆる戦争による損害とは見ない、こういう立場をとっておるわけであります。
#473
○岡田委員 じゃ、その損害の賠償はどうするんですか。
#474
○岸国務大臣 それは私は日本として払う義務はない、こういうふうに思っております。
#475
○岡田委員 私は八月二十五日説が間違いだと思う。いいですか。八月二十五日説が誤りである理由をはっきりいいましょう。あなた方も法律論だから、今度は法律論だけでいきましょう。八月二十五日にドゴールは正統政府になった。ところが、どうです。九月の二日に、ドゴールは、ヴィシー政権のとったあらゆるものは無効である、共和制の存続の宣言を行なっておる。従って、この宣言に基づいて、ヴィシー政府の法律は一切無効になっておる。当然正統政府であるところの効力を発揮して、これはヴィシー政府が成立してから以降に、九月の二日に至るまでの一切のものは無効になっておる。従って、平和進駐という形で行なわれた。これは一切認められない。フランスの正統政府の継承関係は、休戦協定の行なわれる以前において、フランス国会で、フランス国家のいわゆる第三共和国の憲法の採択が行なわれ、これ以来ヴィシー政権というものができたのであるけれども、これに対して、ドゴールは一切無効宣言を出しておる。従って、継承関係は、第三共和国からドゴール政権に継承されておるわけだ。現在の正統政府というものは、その一貫した継承関係に立っておる。あなた方は、八月二十五日を認めるならば、九月の三日に出しておるのだから、その法律の効力を認めなければならない。あなた方がヴィシー政権というものに対して正当性を認めておるのは間違っておる。これは藤山さん、どうです。
#476
○藤山国務大臣 条約局長から御答弁いたさせます。
#477
○高橋政府委員 ただいまのドゴールの法令も承知いたしております。ただドゴールも、その法令は、その法令の原則として、そのようなことを、原則的な精神的な面をそのように説明しておるわけでございまして、ドゴールも一切の法律を全然無効にしておるとは言っておりません。もしそういうことになりますれば、法秩序は非常な変動を受けるわけでございますから、この法令におきましても、個々の法令をあげて、ここで明らかに無効とするものだけを無効とする。しかもそれも初めから無効とするものと、有効であるが今後無効にするものをここにあげているわけでございます。いずれの場合にいたしましても、これは国内法令の問題でございますので、一片の国内法令におきまして国際関係の条約を無効にするわけにいかない……。
#478
○岡田委員 それは何もドゴールの問題だけを指摘しているのではない。国内法的に正統関係が続いておるならば、それによって国際関係が継承されていることになる。それはペタンの側においても立証している。八月の二十日においてヴィシーから逃げ落ちたペタンは、正式にステートメントを発表して、みずからの政権は誤りであったという声明を出している。これは明らかにペタン政権はみずからの政権の無効を宣言した。継承関係は当然第三共和制からドゴール政権に継承されたんだ。従ってヴィシー政権に効力があるというのは外務省の誤りである。
#479
○高橋政府委員 私は先ほど申し上げた通り同じことを繰り返すわけになりますが、ヴィシー、ペタン元帥も、今後自分の政権はだめになったということを申しているかと思います。
 それからただいまの件は、やはり個々の法律をあげましてそのような措置をとっているわけでございます。従いまして、まず第一に国際条約につきましては、これはやはり一片の国内法令で国際関係の約束をどうこうするわけにはいきません。当然そういうふうに考えるわけでございます。
#480
○岡田委員 ここに私は公文書を持っている。フランスの公文書です。ごらん下さい。この公文書によって明らかにいたしますが、これは一九四二年の公文書を今日確認した公文書であります。フランスの国民議会の公文書であります。この公文書によって四二年の一月二十日におけるフランスのドゴール政権の公文書、これは一九四一年十二月八日以降日本に対して宣戦布告の効力は今日にまで続いているという、フランスの正式な発表がある。これが先ほどから言った共和政権の存続の問題に関連して、今日ではフランスとしては明らかに合法的に認められていることであって、日本の側としては、これは違いますというわけにはいかない。なぜならば、宣戦布告というものは一方的に宣言を発すれば効力が発することは、この間岸さんが辻政信君に対して答弁した通りであります。従って昭和十六年十二月八日から今日まで宣戦布告がそのまま効力を発生して今日に及んでいるというのが、国際法上正当な考え方であります。その点藤山さん、どうです。
#481
○藤山国務大臣 私は条約局長の解釈の上に立って仕事をいたすことは当然でございます。
#482
○岡田委員 委員長、々々々、重要な点ですから、もう一ぺん伺います。これは日本政府が認めているじゃないか。日本政府が平和条約の中に認めているじゃありませんか。極東裁判の中ではっきりこう言っている。極東裁判の判決文の中で――これは東条英機が絞首刑になったときです。「本裁判所はフランス共和国に対して侵略戦争が行なわれた」これが四一年以降であるということを明らかに認定するとはっきり言っているじゃないか。これを平和条約の十一条において、極東裁判所の判決を受諾するということが規定されている。判決を受諾すれば、この判決文を受諾したことになる。これによって昭和十六年十二月以降が戦争状態であったということを日本政府がはっきり認めているじゃありませんか。明らかじゃないか。
    〔「外務大臣、外務大臣、だめじゃないか」と呼び、その他発言する者多し〕
#483
○藤山国務大臣 条約局長から答弁いたさせます。
#484
○高橋政府委員 ただいま御指摘になりました平和条約の条文、私承知いたしております。しかしそれは極東裁判の判決――ジャッジメントを受諾するということでございまして、判決に至るところの理由、そこまでを受諾するという意味合いではありません。
    〔発言する者多し〕
#485
○小澤委員長 静粛に願います。
#486
○高橋政府委員 法律解釈といたしまして、判決を受諾しろということでございます。
 それからただいま御指摘になりました極東軍事裁判の判決でございますが、この軍事裁判の判決は、むしろ私が調べまして読みました点によりますと、日本の最高戦争指導会議は一九四五年二月に次のような要求を仏印総督になしたというようなことをやりまして、最後に、当時の日本軍の行動はフランス共和国に対する侵略戦争の遂行を構成するものであったと認定する。当時と申しますのは、一九四五年の三月の行動を主体として考えておるようでございます。
#487
○岡田委員 私の言っているのはそればかりではなしに、うしろにはっきり書いてある。宣戦布告の効力について書いてある。極東裁判所の判決B部第第七章にはっきりしているじゃありませんか。この中に宣戦布告の期日として「自由フランス、一九四一年十二月九日」はっきり書いてあるじゃないか。これは明らかに日本が受諾している。これを認めている。岸さん、これは政治問題です。しかもあなたは戦犯容疑として問題になっておる。それだけにこれは、皆さん、判決を受諾したのであって、判決文を受諾したのじゃない、そんな三百代言の答弁は許さない。「一九四一年十二月九日、自由フランス」とはっきり書いてあるじゃないか。これは日本が認めているじゃないか。これはどうなんです。岸さん、これははっきり答弁して下さい。岸さんでなければだめです。政治問題ですから、はっきり答弁しなさい。
#488
○岸国務大臣 ベトナムの賠償協定を行なうにつきまして、われわれがベトナム政府との間において交渉した損害の算定の基礎としての戦争開始の時期は、あくまでも一九四四年八月二十五日とわれわれは認定し、そうして一カ年の間の損害を基礎に賠償協定の交渉をして参ったのであります。しかし、今御指摘の判決文となにの食い違いの問題につきましては、法律的の解釈につきましては法制局長官から答弁をさせます。
#489
○岡田委員 時間もないから延ばしてくれますか。延ばしてくれるなら……。
    〔発言する者多し〕
#490
○小澤委員長 静粛に願います。
#491
○岡田委員 明らかじゃないですか。四一年の自由フランスとの戦争状態というものは、極東裁判で認めている。日本が受諾している。ベトナムの賠償の場合には一九四四年の九月で、極東裁判の場合には一九四一年である。これは違っておるじゃないか。そればかりではなく、あなた方は、先ほど言っておるじゃないか、高橋さんや林さんが言っておるじゃないか。連合国との間の戦争の問題についての損害を与えておるとするならば、連合軍がベトナムにおいて損害を与えているのは昭和十九年の八月以降からではない、昭和十八年から損害を与えているじゃないか。明らかにアメリカと日本は昭和十六年十二月八日から戦争状態にある。そうすればアメリカの爆撃、日本のそれによる戦闘行為、アメリカ人捕虜に対する虐殺、これは昭和十九年以前において行なわれている。これは明らかにベトナムを地域にしてアメリカの軍隊が損害を受けた、あなた方の地域主義の原則によれば、これは当然戦争損害として認定しなければならないじゃないか。だから昭和十九年の八月以降というその論拠は間違いであるということになる。明らかにしているじゃないか。極東裁判の判決ともあなたの言っているのは違っている。これも違っているし、損害の問題についてもあなた方は間違っている。昭和十九年八月というのはあなた方の間違いです。その証拠に、どうです、沈船協定のときには昭和十六年十二月八日として日本は交渉しているじゃないか。外務大臣答弁して下さい。はっきりしているじゃないか。
#492
○藤山国務大臣 私どもといたしましては、いろいろ御見解もあろうかと思います。しかし私が外務大臣として仕事をいたして参ります上においては、条約局長の解釈の上に立って仕事をいたすことは、当然のことと思います。
#493
○岡田委員 あなた方は、今度のこの賠償協定を通すために、今まで日本の政府が決定したこともすべてくつがえして、あらゆる道理というものをぶちこわしながら、このような勝手な決定をしているじゃないか。戦争損害についても一つも出せないではないか、あるいは軍事協力の問題についてもはっきりした答弁ができないではないか、あるいはかいらい政権の事実についても、あなた方ははっきりしたことは言えないじゃないか。すべての点において、今度のベトナム賠償の問題ではきわめて政府の態度は不明確である。この不明確の態度というものは、今度の賠償協定が経団連の一部によって――この経団連との間に賠償が行なわれて、植村甲午郎と、この利権のために日本の政府岸内閣が動かされようとしておる。(拍手)(発言する者多し)そのためにあらゆる道理をくつがえして、筋というものをひっくり返して、しゃにむに金のためにこのような協定を結ぼうとしておるのは明らかじゃないか。こういうスキャンダルの問題についてはあなた方はないと思っておるかもしれないが、きょうはわれわれは保留しておく、二十分になってしまったから……。これはこのあとでやります。こういう点についても明らかに徹底的に究明して、国民の疑惑を明らかにするためにわれわれは徹底的に戦います。だからあなた方も疑惑を深めるようなことをやらないで、あなた方はもっと態度をはっきりして下さい。岸内閣のこのような政治は後世に残る政治です。私は個人岸さんにも何の恨みも持っていない、藤山さんにも恨みを持っていない。あなた方に過去の歴史において汚点を残すようなことをやってもらいたくはない、これは日本の国民のためである、日本の国民のためにもそのようなことをやってもらいたくない、世界の平和のためにもそのようなことをやってもらいたくない、これを私は要求いたします。(拍手)
#494
○小澤委員長 ただいまの岡田君の発言中もし不穏当な個所がありましたなら、速記録を調べた上適当の措置をいたします。暫時休憩いたします。
    午後九時二十五分休憩
     ――――◇―――――
    午後十一時六分開議
#495
○小澤委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。本日は時間がありませんので、この程度にいたし、次会は明二十六日午前零時五分より開会することとし、本日はこれにて散会いたします。
    午後十一時七分散会
ソース: 国立国会図書館
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