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1959/06/30 第32回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第032回国会 本会議 第5号
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1959/06/30 第32回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第032回国会 本会議 第5号

#1
第032回国会 本会議 第5号
昭和三十四年六月三十日(火曜日)
    ―――――――――――――
 議事日程 第五号
  昭和三十四年六月三十日
    午後一時開議
 第一 予算委員長の選挙
    ―――――――――――――
○本日の会議に付した案件
 議院運営、内閣、地方行政、法務、外務、大蔵、文教、社会労働、農林水産、商工、運輸、逓信、建設、決算及び懲罰の各常任委員長辞任の件
 常任委員長の選挙
 公職選挙法改正に関する調査をなすため委員二十五人よりなる特別委員会、科学技術振興の対策を樹立するため委員二十五人よりなる特別委員会及び国土の総合開発について諸施策を樹立するため委員二十五人よりなる特別委員会を設置するの件(議長発議)
 議員五十嵐吉藏君逝去につき院議をもって弔詞を贈呈することとし、その文案は議長に一任するの件(議長発議)
 茜ケ久保重光君の故議員五十嵐吉藏君に対する追悼演説
    午後六時四十一分開議
#2
○議長(加藤鐐五郎君) これより会議を開きます。
     ――――◇―――――
#3
○議長(加藤鐐五郎君) 常任委員長辞任の件につきお諮りいたします。
 議院運営委員長江崎真澄君、内閣委員長内海安吉君、地方行政委員長鈴木善幸君、法務委員長小島徹三君、外務委員長櫻内義雄君、大蔵委員長早川崇君、文教委員長臼井莊一君、社会労働委員長園田直君、農林水産委員長松浦周太郎君、商工委員長長谷川四郎君、運輸委員長塚原俊郎君、逓信委員長淺香忠雄君、建設委員長堀川恭平君、決算委員長田中彰治君及び懲罰委員長山口好一君から、それぞれ常任委員長を辞任いたしたいとの申し出があります。
 これを許可するに御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#4
○議長(加藤鐐五郎君) 御異議なしと認めます。よって、許可するに決しました。
     ――――◇―――――
 常任委員長の選挙
#5
○議長(加藤鐐五郎君) つきましては、日程に追加して、右の各常任委員長の選挙を行うに御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#6
○議長(加藤鐐五郎君) 御異議なしと認めます。
 これより各常任委員長の選挙を行います。
#7
○松澤雄藏君 常任委員長の選挙は、その手続を省略して、議長において指名せられんことを望みます。
#8
○議長(加藤鐐五郎君) 松澤君提出の動議に賛成の諸君の起立を求めます。
    〔賛成者起立〕
#9
○議長(加藤鐐五郎君) 起立多数。よって、動議のごとく決しました。
 議長は、各常任委員長を指名いたします。
   議院運営委員長      荒舩清十郎君
    〔拍手〕
   内閣委員長        福田  一君
    〔拍手〕
   地方行政委員長      濱地 文平君
    〔拍手〕
   法務委員長        瀬戸山三男君
    〔拍手〕
   外務委員長        小澤佐重喜君
    〔拍手〕
   大蔵委員長        植木庚子郎君
    〔拍手〕
   文教委員長        大平 正芳君
    〔拍手〕
   社会労働委員長      永山 忠則君
    〔拍手〕
   農林水産委員長      吉川 久衛君
    〔拍手〕
   商工委員長        中村 幸八君
    〔拍手〕
   運輸委員長        平井 義一君
    〔拍手〕
   逓信委員長        佐藤洋之助君
    〔拍手〕
   建設委員長        羽田武嗣郎君
    〔拍手〕
   予算委員長        小川 半次君
    〔拍手〕
   決算委員長        鈴木 正吾君
    〔拍手〕
   懲罰委員長        高瀬  傳君
    〔拍手〕
     ――――◇―――――

#10
○議長(加藤鐐五郎君) 特別委員会設置につきお諮りいたします。
 公職選挙法改正に関する調査をなすため、委員二十五名よりなる特別委員会を設置いたしたいと思います。
 また、科学技術振興の対策を樹立するため、委員二十五名よりなる特別委員会を設置いたしたいと思います。
 また、国土の総合開発について諸施策を樹立するため、委員二十五名よりなる特別委員会を設置いたしたいと思います。
 これに御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり]
#11
○議長(加藤鐐五郎君) 御異議なしと認めます。よって、その通り決しました。
 ただいま議決せられました三特別委員会の委員は追って指名いたします。
     ――――◇―――――

#12
○議長(加藤鐐五郎君) 御報告いたすことがあります。議員五十嵐吉藏君は、去る六月二十四日逝去せられました。まことに痛惜哀悼の至りにたえません。
 つきましては、同君に対し、院議をもって弔詞を贈呈いたしたいと存じます。なお、この文案は議長に一任せられたいと存じます。これに御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#13
○議長(加藤鐐五郎君) 御異議なしと認めます。よって、さよう決定いたしました。
 つきましては、議長の手元において起草いたしました文案を朗読いたします。
 衆議院は多年憲政のため尽力された元本院国土総合開発特別委員長議員従四位勲二等五十嵐吉藏君の長逝を哀悼しつつしんで弔詞をささげます
 この弔詞の贈呈方は議長において取り計らいます。
     ――――◇―――――
#14
○議長(加藤鐐五郎君) この際、弔意を表するため、茜ケ久保重光君から発言を求められております。これを許します。茜ケ久保重光君。
  [茜ケ久保重光君登壇]
#15
○茜ケ久保重光君 私は、諸君の御同意を得て、議員一同を代表し、故衆議院議員従四位勲二等五十嵐吉藏君に対し、つつしんで哀悼の言葉を申し述べたいと存じます。(拍手)五十嵐君は、かねて病気のため御静養中でありましたが、去る六月五日、東大病院に入院するのやむなきに至り、御家族の手厚い看護もそのかいなく、二十四日夜、ついに永眠されました。まことに哀惜の情にたえないところであります。
 君は、群馬県伊勢崎市豊受の出身で、明治三十四年十月に生まれ、大正七年県立安中蚕糸学校を卒業し、その後家業の蚕種業に従事し、当時わが国の主要産業である養蚕の振興に専念しておられました。
 先代の五十嵐栄三郎氏は、人格、識見ともに高い名望家で、多年にわたり群馬県会議員に在職し、副議長の要職につかれたのでありますが、昭和八年、その在任中に、惜しくも病気のため逝去いたされました。
 父君の気性を受け継ぎ、つとにそのすぐれた人物であることを知られていた君は、推されてその補欠選挙に出馬し、三十一才の若さをもって、みごと当選されました。自来、三期にわたって県会議員の職にあって、地方自治の発展と県民の福祉向上とに大いに貢献されたのであります。
 昭和十年、君は、迎えられて、そのころ群馬県下における唯一の組合製糸であった群馬社に入り、その専務理事、副社長となり、同社の再建に挺進し、著しい成果を上げられました。その他、県下はもとより、養蚕、製糸に関する全国的の諸団体の指導的役職を兼ね、その発展のために努力を続けられたのであります。
 君が本院に議席を占められましたのは昭和十七年の第二十一回総選挙の際であり、戦後は、二十七年の第二十五回総選挙以後連続して本院議員たるの栄を得られ、今日まで当選五回、在職十年六カ月に及んでおられます。本院においては、君は主として建設委員、農林委員として活躍し、また、第二十六回国会及び第二十七回国会には国土総合開発特別委員長に選任せられたのであります。
 今、君のこの多方面の活躍の一端を回顧しますと、まず、去る本月十五日に開通式をあげました群馬・新潟両県を結ぶ三国国道は、君が建設委員としてきわめて力を入れてその工事の促進をはかられたものでありまして、この開通により産業の開発の上に受ける利益ははかり知れないものがあるのであります。
 蚕糸問題については、君がその第一人者であることは、世人のひとしく認めるところであり、君は、農林水産委員会において多年のうんちくを傾け、全国の養蚕家のために、繭糸価格の維持と養蚕業経営の安定とに終始努力をされたのであります。中でも、第二十九回国会における繭糸価格安定臨時措置法の制定の際に、また、前国会における日本蚕繭事業団法の制定の際に示された君の熱意と努力とは、まことに目ざましいものがあったのであります。
 国土総合開発特別委員長として君が最大の努力を払われたのは東北地方開発に関する一連の諸法律の制定に関してであり、もって同地方の産業の振興に多大の貢献をいたされました。
 かくして、君は、多年にわたり国政審議に精励して、大きな業績を残されました。これ、まことによく国会議員の職責を全うされたと、たたえるべきでありましょう。
 君は、党にあっては改進党代議士会副会長、日本民主党総務、自由民主党農林部長の要職を歴任し、農政通として、その高邁な人格をもって広く同僚議員の信望を一身に集められておったのであります。
 また、君は、昨年来、蚕糸業振興審議会委員として活躍し、さきには、二十八年九月、イタリアのミラノにおいて開催された国際絹業大会に日本代表として出席し、帰途、欧米各国を歴訪して、生糸の輸出市場の開拓に大いに努められたのであります。
 思うに、君は、まことに君子人と呼ぶにふさわしく、その人格は至って清廉高潔、その性格はきわめて温厚篤実で、いやしくも自己を誇るがごときことは決してなかったのであります。しかも、かたい信念の人であり、事に当っては熟慮断行し、常に信ずる道を貫き通されました。君は、また、きわめて情義に厚く、ことに公私多端な生活の中にあって、郷党の子弟の指導、啓発に煩をいとわず努力されたのであります。従って、郷里の人々の間における君の信望ははなはだ高く、たとえば、選挙において一投票区の九〇%以上の得票を得られるという、まことにわれわれの追随を許さぬものがございました。
 私は、君とは所属政党を異にし、過去幾たびかの選挙において相争い、立会演説会において、または各種の討論会において議論を戦わしてきたのであります。しかし、いささかも政敵という感じがせず、農村問題について、あるいはまたわが国の将来について、お互いに腹を打ちあけて語り合ったということのみが思い出されるのであります。君は、平素、寡黙、謙虚でありましたが、主張すべきときには実に堂々の論陣を張り、その信念を吐露されたのであります。私も、それに応じて私の意見を十分に述べ、君の忌憚ない批判を求めることができました。五十嵐君との交わりが、このようななつかしい追憶によってつづられているということは、全く君の崇高な人徳によるものでありまして、私が君を心から尊敬してやまないゆえんも、またここにあるのであります。
 現下、政局は、内政に外交にますます多事多難であります。このときに当り、五十嵐君のごとき、いたずらに自己の名利を求めることなく、ひたすら国民のために誠実に議員の職責を遂行するという練達の士が、しかも、よわいいまだ六十に満たず、政治家としてますますその本領を発揮すべきときに、溘焉としてゆかれましたことは、邦家にとりこの上ない大きな不幸でありまして、痛恨きわまりない次第であります。(拍手)
 ここに、五十嵐君生前の事績を追叙し、その徳をたたえ、その長逝を心から哀悼して、もって追悼の辞といたします。(拍手)
     ――――◇―――――
#16
○議長(加藤鐐五郎君) 本日は、これにて散会いたします。
    午後六時五十六分散会
ソース: 国立国会図書館
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