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1947/10/08 第1回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第001回国会 司法委員会 第46号
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1947/10/08 第1回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第001回国会 司法委員会 第46号

#1
第001回国会 司法委員会 第46号
昭和二十二年十月八日(水曜日)
    午後一時二十九分開議
 出席委員
   委員長 松永 義雄君
   理事 荊木 一久君 理事 鍛冶 良作君
      石井 繁丸君    榊原 千代君
      山中日露史君    中村 俊夫君
      山下 春江君    吉田  安君
      北浦圭太郎君    花村 四郎君
      明禮輝三郎君    大島 多藏君
 出席國務大臣
        國 務 大 臣 和田 博雄君
 出席政府委員
        經濟安定本部副
        長官      田中己代治君
        司法事務官   奧野 健一君
 委員外の出席者
        專門調査員   村  教三君
    ―――――――――――――
本日の會議に付した事件
 民法の一部を改正する法律案(内閣提出)(第
 一四號)
 經濟査察官の臨檢檢査等に關する法律案(内閣
 提出)(第四二號)
    ―――――――――――――
#2
○松永委員長 會議を閣きます。
 經濟査察官の臨檢檢査等に關する法律案の審議を進めます。鍛冶良作君。
#3
○鍛冶委員 安定本部長官にまず伺いたいことは、片山總理大臣は議會の施政方針演説において、現内閣は、新憲法を忠實に實施することをもつてその使命としておるという演説をせられたのであるが、安定本部長官も、同一のお考えであろうと思うが、まずその點を基本的にお聽かせ願います。
#4
○和田國務大臣 さようであります。
#5
○鍛冶委員 そこで新憲法を實施するということは、特に舊憲法と變つた點を嚴格に勵行することであると考えられるのでありまして、最も忠實にこれを施行するということは、嚴格にこれを解釋し、どこまでもこの精神に反することのないように、また舊憲法と變つたところは、變つた精神に基いて、嚴格にこれを施行するものだと私は解釋しておりますが、長官も同様のお考えでありましようか。
#6
○和田國務大臣 新しい憲法の精神に從つて、その精神を活かしていく、こういうように考えております。
#7
○鍛冶委員 そこでお伺いたしいのは、憲法第三十五條でありますが、第三十五條には「何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押收を受けることのない權利は、第三十三條の場合を除いては、正當な理由に基いて發せられ、且つ捜索する場所及び押收する物を明示する令状がなければ、侵されない。捜索又は押收は、權限を有する司法官憲が發する各別の令状により、これを行ふ。」となつております。ところがこの經濟査察官の臨檢檢査等に關する法律の主要なるところは「事務所、營業所、工場、事業場、倉庫その他の場所に臨檢し業務の状況若しくは帳簿、書類その他必要な物件を檢査させることができる」となつております。從いまして、人の住居に侵入し、書類及び所持品について捜索もしくは押收するということに該當するのでありますが、かかる法律は、憲法第三十五條に明らかに違反するものと考えるが、どうお考えになつておるのでしようか。
#8
○和田國務大臣 その點につきましては、おそらく司法大臣からもお答えがあつただらうと思うのでありますが、憲法三十五條は、犯罪捜査のために令状なくして今お讀みになつたように、家宅に侵入したり、捜査をすることを禁ずる。言いかえれば、犯罪捜査の目的をもつてする場合に限つておる。また新しい憲法の精神も、これは憲法第十二條第十三條から見まして、廣く國民の權利の自由は保障はしておりますが、やはり公共の福祉というもののわくに副つての保障でありまして、やはり個人と社會との關係、國家との關係といつたようなものが、憲法においても、十分にそこに調整をいたしておるのであらう。私は新しい憲法の精神も、そこにあるだろうと解釋しておるのでありまして、公益の目的のために、かつ法律をもつてきちんときめまして、臨檢檢査の實施をやるということは、憲法上の違反にはならないと思うのであります。また新しい憲法の精神にも反するとは考えません。殊に今囘の行政査察の場合は、行政監査の目的のためにやるのでありまして、犯罪捜査とかいつたようなためにやるのではないのであります。また實際運營から見ましても、これはしばしばこの委員會においてもお答えしておりますように、主として行政監査をいたすのでありまして、そこにたとえ違反を發見した場合も、それらのことについては、すべて警察や檢事へ移してやつてもらう。犯罪捜査を目的にして臨檢檢査をやるのではないのでありまして、その點は御了承願えると思うのであります。
#9
○鍛冶委員 ただいまのお言葉では、公共の福祉に關するものは私人の權利をある程度制限しても差支えないというお言葉でありましたが、さようなことこそ、われわれは憲法第三十五條の精神に根本的に反するものと考えますか、もしそうだとすれば、ここに犯罪ありとなれば犯罪は捨てておいてはいけません。何としてもこれ捜査してもらわなければならない。その福祉のために私人の權利を侵害しても差支えないのでありますか。しかるに、司法官の令状がなければならぬと書いておりますのは、これはどういうことになりましよう。今のあなたのお答えからは合點がいきません。
#10
○和田國務大臣 きわめてはつきりいたしておるのでありまして、三十五條は犯罪捜査のために令状なくしては家宅に侵入することはできないということを規定いたしておるわけであります。憲法の精神から言いまして、たとえば憲法十二條十三條等を見ましても、公共の福祉があるにかかわらず、絶對に個人の自由というものは何ら制限ができないというようには解釋できないのであります。しかしそれをやるにしても、憲法の精神に從つてやることは當然でありますので、そこでやはりはつきりと法律にそれを明示しまして、その限界をはつきりして、これをやつていくということになろうかと思うのでありまして、憲法上の精神が、私の今言いました事柄に反するということにはならぬと思うのであります。
#11
○鍛冶委員 私の今お聽きいたしておることは、公共の福祉のためには、個人の權利を侵害しても差支えないのだ、こう言われるのだが、犯罪捜査ということは、公共の福祉のためにやるのであつて、何も檢察官が自分の私利のためにやるのではありません。しかるにもかかわらず、判事の令状を得なければならぬと規定しておる。今あなたの言われるのとは違うが、何ゆえにそういう令状がいるのか。
#12
○和田國務大臣 私は公共の福祉のわくに副つてと言つておるのでありまして、福祉に從つておるからといつて、何でも勝手にやつていいということを申しておるのではない。公共の福祉という一つの建前からやる場合に、きちんとした法律できめて、その上でその手續に從つてやつていくということが必要であるということを申し上げておるのであります。三十五條ははつきりと犯罪捜査のために個人の權利自由というものを保護するために、司法官の令状がいるのだということを規定しておるのであります。一定の手續でやるんだということを書いてあります。他の場合でも勝手にやつてもいいということをちつとも申しておるのではないのであつて、從つて法律をもつてきちんと定めて、そうしてその限度に從つてやつていく、こういうことになるわけであります。
#13
○鍛冶委員 それではこの點から聽きましよう。犯罪捜査のためであるならば三十五條でやるが、犯罪捜査のためでなかつたら三十五條の保護は與えなくてもよろしいという御見解と聽いてよろしゆうございましようか。
#14
○和田國務大臣 そういう意味ではないのでありまして、今度の經濟査察官に臨檢査權を與えるということは、新しい憲法の上から見てどうか、こういう御質問でございますから、憲法三十五條の關係は、これは犯罪捜査のためにやることであり、今度の經濟査察官は、犯罪捜査のためにやるのではない。しかしこれはいやしくも臨檢檢査ということをやるのであります。なぜやるかというと、結局公共の福祉という觀點からやつていく。從つてそこにはきちんとした法律に從つて、法律によりまして、その權能を與えて、そうして犯罪捜査の面とダブることのないようにして、きちんとこれをやつていこう。こういうのでありまして、犯罪捜査でない場合には、勝手に個人の權利自由を侵していいというようなことを申し上げておるのでは毛頭ないのであります。
#15
○鍛冶委員 それではもう一つ別の方面から承りますが、もし臨檢檢査をやる場合に、犯罪ありと認めた場合には、どうせられるのでありましようか。犯罪捜査のためでないのだから、そういう場合は、目をつぶつてくるのであるか。それとも犯罪捜査に著手せられるのであるか。その點をお聽きします。
#16
○和田國務大臣 犯罪の捜査はやりませんで、警察や檢察廳に事件を移してしまいます。經濟査察官として犯罪捜査ということはやりません。
#17
○鍛冶委員 安定本部長官は本法をつくられるときには、確かにさような精神でやられたのでありましよう。また犯罪捜査をもしやるということになつたら違法であるとして、必ず止めるという御精神は間違いございませんか。
#18
○和田國務大臣 犯罪の捜査ということは、それについてはやりません、これは全部警察や檢察廳に移してしまうわけであります。あるいはその書類等についての證據保全というようなことはやるかもしれませんが、犯罪捜査自體についてやるつもりでこれをつくつたのではありません。
#19
○鍛冶委員 もう一つ、くどいようだが聽いておきます。犯罪捜査をもしかりにやつたとすれば、それは憲法違反であると同時に、法律違反であるのでありまして、その點は嚴格にこれを禁止せられるだけのお考えをおもちでしようか。
#20
○和田國務大臣 片方で司法警察官としての資格をもつておりますから、一概に違法であるということは申し上げかねますが、しかしこの經濟査察官という制度を置きます本旨から言いまして、私が今言いましたように、犯罪の捜査は、警察や檢察廳に移して、經濟査察官はやらないという建前でありますから、そういう點において十分監督を加えることにいたしまして、御心配のないようにいたしたいと思うのであります。
#21
○鍛冶委員 ただいまおつしやつた司法警察官ですが、今までこういう法律がない場合に、最も多くの弊害があつたのは、檢査當局よりも、司法警察官そのものが人權蹂躙したのであります。その點はもう現行刑事訴訟法においても、このことがきまつておつたのです。しかるにかかわらず、これを犯してやるのが司法警察官だつた。それで憲法の上にこれを明記して、われわれは多年の主張が通つたと思つて、いわゆる凱歌をあげておつたわけであります。しかるに今おつしやつたように、司法警察官の權限をもたせるのだといつて、この三十五條にはまらぬでもよろしいということになると、何のためにこの憲法が改正されたかわからぬことになるのですが、一體この點はどうお考えになりますか。
#22
○和田國務大臣 犯罪捜査はやらないのだからいいじやないでしようか。
#23
○鍛冶委員 それでは承ります。本法の理由にこういうことが書いてあります。「經濟査察官は經濟安定本部令により經濟安定の緊急施策に關する監査及びこれに關連する經濟統制の勵行に關する事務を掌るとともに經濟統制に關する犯罪につき司法警察官の職務を行うのであるが、」こう書いてある。これはどういうことですか。今のあなたのお答えとこれとはどういう關係になりますか。
#24
○和田國務大臣 その點はこの前のときに御質問がありまして、實はそれは訂正いたしたのであります。われわれの方としてはそれを訂正して出す考えでありましたのが、誤つてそれが出たのでありまして、その點はひとつ御訂正をお願いしたいと思います。
#25
○鍛冶委員 訂正せられたならばいいですが、つくられた精神はここにあつたのではないですか。
#26
○和田國務大臣 そうじやありません。あとでこれはおかしいというので、われわれの方でそれを訂正したわけであります。だから今言いました精神でわれわれは出しているのであつて、そこに書いてあるのがわれわれの本意ではない。從つて訂正するということにいたしたわけであります。
#27
○鍛冶委員 訂正せられるというならばいいかもしれぬが、この理由書から見れば、今後この精神でやるつもりであるとわれわれは見ざるを得ない。殊に先ほどのあなたの言葉でも、司法警察官であるからその點はやらぬとも限らぬというお言葉があつた。司法警察官という、それがわれわれには了解ができない。何ゆえに司法警察官という權限をもたなければならぬか。
#28
○和田國務大臣 これは經濟査察官というものが片方では司法警察官という二重資格をもつておりますから、かりに犯罪を捜査するということをやれば、司法警察官としてちやんと令状をもつて、憲法の精神に從つてやつていかなければならぬということになるわけであります。從つてこの方は、そういう犯罪の捜査はやるのではなくして、經濟査察という仕事をやつていくわけでありまして、そのためにむろん臨檢檢査が必要なわけでありますので、そこで一定の證票をもつてその仕事をやつていく、犯罪捜査はやらないということを言つておるのでありまして、犯罪捜査をこの經濟査察官が勝手にやつていくということではないのであります。
#29
○鍛冶委員 しからば何ゆえに司法警察官の權限をもたせる必要がありましよう。單なる經濟査察官だけで司法警察官の權限はもたせなければならぬか。またどうして起つてくるのであるか。
#30
○和田國務大臣 話が大分こまかくなつて、實は私もそういうことは詳しく、あるいは正確にお答えできないかもしれませんが、結局證據保全のような事柄の程度のことはやる必要が起つてくるということにあるだろうと思います。
#31
○鍛冶委員 どうもその點の區別は、われわれにははつきりしない。安定本部長官にはつきりしているかわからぬが、われわれにははつきりするどころではない。ますますもつて疑問を深くするのですが、證據保全ということと、犯罪捜査ということとは、どこに違いがありますか。犯罪のための證據保全は捜査ではないでしようか。
#32
○田中(己)政府委員 私からお答え申し上げますが、一應司法警察官として司法警察官の職務を行うものとなつておるわけでありますが、たとえば刑事事件を監査の最中に發見したというような場合におきまして、その證據保全をするというような程度において、事件の構成上必要な措置をいたすために、さような資格を與えたわけだと思うのでありますが、證據保全ももちろん全般的に申しますれば、それは犯罪捜査の一部には相なりますが、今長官からお答えを申し上げました犯罪捜査と言われましたのは、結局取調べとかいうようなここを指して言われたものと考えるのでありまして、專門的に申しますれば、もちろん證據保全を捜査の一部と考えるのでありますが、その點は私の申し上げたようなわけであります。
#33
○鍛冶委員 ますますもつて疑問であります。犯罪捜査のためならば、憲法三十五條に基いて令状をもつていかなければならぬことは覺悟しておる。しかして司法警察官として證據保全のごときものも犯罪捜査の中にはいる、これは明白なんです。これは動かぬ議論でしよう。しからば何ゆえに令状をもつていかぬでいいのでしようか。犯罪捜査のためならば憲法第三十五條を守ります。しかして司法警察官として經濟査察官がやるときには證據保全もやる。それも犯罪捜査の一部である。明白になつてきている。しかるに令状が要らぬということはどこから出てくるか、何段論法かしらぬが、三段論法をもつてすればわれわれには考えがつきません。
#34
○田中(己)政府委員 御承知の通り、犯罪捜査に任意處分と強制處分とございまして、この司法警察官の職務を行うものとして、この場合におきましては、任意捜査の場合だけだと考えております。強制処分を必要とする押收、捜索というようなことになりますと、やはり檢察廳の判事の令状を必要とすることはもちろんで、それも大臣の申された通り、そういう捜査面にはタッチさせないという建物であります。
#35
○鍛冶委員 どうもますますわかりませんが、任意捜査の場合だけをやるということであるが、任意というのは相手方が證據物を出すという場合を言うのですか。
#36
○田中(己)政府委員 大體證據物を向うで提出したような場合に、これを領置するとかいうようなことはございます。しかしながら、それ以上にわたつて人を調べたり、いろいろするようなことはいたさないという方針であります。
#37
○鍛冶委員 任意に相手方が提供するならなにも法律をもつ必要はないではありませんか。ただ出すのであつて、職權でこれを取調べ、職權でこれを證據にする、これが捜査にあらずして何ですか。相手方が任意に出せばあとは壊そうが煮て食おうがいいのですか。出すだけでは任意であるが、そのあとは何に基いてやるのですか。それをやる權限がなかつたらできやしません。それを名づけて捜査とわれわれは考えるが、あなたがそうでないと言われるなら、これはたいへん考えが違う。
#38
○田中(己)政府委員 任意で出した場合には、やはり訴訟上の效力をもたせるためにこれを領置いたしますが、これも先に申し上げた通り、廣い捜査の一部ではございますが、それがつまり司法警察官の職務を行う資格を與えた理由と考えるのでありまして、さつき長官のお答え申し上げた捜査でないと言われたのは、專門的に申し上げたのではないのでありまして、やはり取調その他をいたさないという趣旨であると存じております。
#39
○鍛冶委員 同じ議論はいくら繰返しておつてもいけませんが、私の言うのは、犯罪捜査のためであれば、憲法第三十五條に從わなければならぬことは議論がないと思う。あなたも犯罪捜査の一部だと言われる。それが犯罪捜査であるならば、憲法第三十五條に從わなければならぬと思うが、從わぬでいいという根據を伺いたい。
#40
○和田國務大臣 憲法第三十五條に從わなくてもいいということは申しておりません。そうでありませんで、あなたはなぜ司法官の身分を與えたのかという御質問だつたと思います。そこで司法官であるということについて、實際は經濟査察なんかをやつておりまして、たとえばかりに犯罪があつたといたしますと、普通であれば令状をちやんともちまして、當然そこで捜査の手續にはいるなり、警察なり何なりに移してやつていくわけであります。たとえば應急的の證據保全をやろうという必要があつた場合、これは任意にやろうというのではなくて、司法官が成規の手續を履んで、應急的にやつていくということは司法官としての資格が要るではないかと思います。そういう意味で司法官の資格をもつているのであつて、どこまでも成規の手續によるわけでありますから、ほんとうの犯罪捜査にはいつていくときには、ちやんと令状をもつていくことになるのであります。證據保全をやるときには、成規の手續が要るのではないかと私は思うのであります。そういうことで、あなたのおつしやるように、司法官としての資格をなぜ與えたかと言えば、そういうようなこともやはり臨機に應急的にやらなければならぬ場合もあるということを豫定して與えたのである。こうなのであります。
#41
○鍛冶委員 お説の通りと私も考えます。それは犯罪捜査でないと言われるならば、これは別ですが、それは犯罪捜査だと言われるのです。先ほど田中政府委員もそう言つておつた。犯罪捜査であれば憲法三十五條に從わなければならぬと思うが、その場合目的が違うのだから、令状は要らぬというのが、私にはわからない。
#42
○和田國務大臣 それは犯罪捜査であれば、私は憲法に從わなければならぬと思います。
#43
○鍛冶委員 然らば令状を持たせてやりますか。
#44
○田中(己)政府委員 もちろん現行犯處分、あるいは任意處分の場合以外におきましては、令状を持つていくので、それは三十五條に規定した通りの手續を履踐いたさなければならぬ、かように考えております。
#45
○鍛冶委員 然らば承りますが、さようなことの必要があるかないかは出ていかぬ先にはわかりません。行つてから起る問題であつて、臨機にやる處置である、その處置が必要なときに、もどつて令状を持つてくるということは不可能だと思います。前もつて令状を持たせてやらなければできないことだと思いますが、それはいかがですか。
#46
○田中(己)政府委員 令状をあらかじめ持つていかなくても、今普通の警察官がやつていることでもありますが、さような犯罪を發見いたしまするような場合におきましては、ただちに檢察廳に事件を移しまして、檢事の手でそれぞれの處置をしてもらうということに相なるのでございます。
#47
○鍛冶委員 普通の警察官はやつていることだと言われるが、どういうことを指してそう言われるのか知らぬが、行つてみてこれは犯罪になる、すぐ證據固めをやつていかなければならぬ、然るべく處分をやらなければならぬということになれば、これは捜査にはいつている。それを放つておいて歸つてきて、あとは檢察廳に事件を移すつもりなんですか、あなた方の考えはそうじやないでしよう。行つてみて強制的に調べる、そして物があればそれを押收してくる、さらに犯罪があれば、その犯罪の證據固めまで踏み込んでやられると思うが、今あなた方の言葉をかりて言えば、證據固めをやるということが目的じやない、もどつてきて檢察官に相談したり何かすると言われるが、そうですか。
#48
○和田國務大臣 實際の問題になつてくれば、これをやるのは臨檢檢査をやるのが目的であつて、犯罪捜査をやるのが目的ではない、どこまでも行政査察の點にあるのでありますから、もし副次的に犯罪がありそうだ、これはどうしても應急的に證據としての保全をやつていかなければならぬということになれば、檢察廳と適當な連絡をとればいいわけでありますから、あらかじめ令状を持つていかなければならぬということはないと思います。そこらは實際運營上において目的が達せられるように適宜な處置がとれる、しかも憲法に反せずに具體的にはその目的が達せられる、そう私は考えております。
#49
○鍛冶委員 これはよくお考え願いたいのでありますが、先ほど普通警察官もやつていると言われましたが、警察官などは、われわれの目から見れば、まつたく人權蹂躙などということの頭はないので、職權上さようなことは當然できるものだという考えをもつているのです。それでわれわれはやかましく言つて、この憲法第三十五條のできることを、まつたく旱天に雨を待つがごとく待つておつたのでありますが、ようやくそれができたが、その通りやつていない、それはまさしく憲法違反をやつている。いわんや今度安本の官吏に司法警察官のやる權限をもたせるということになれば、その憲法違反をやることは火を見るより明らかであります。今長官と私の問答のような徹底した觀念でやつてくれれば、それは問題はありませんが、そんなことはやりはしない。だからどうしてもそういうことをやるということを豫想する以上は、少くとも憲法違反でないというならば、令状を持たせていかなければいかぬのです。それでなくては、われわれ法律家からみれば、先が見えるし、國民全體が不安に驅られることは當然であります。何でも倉庫へはいつて調べて引張り出す。そうして犯罪がある。これは私はこの間片山首相にも言つたのでありますが、われわれは今までは司法警察官なるもののやることが最も弊害があつたがために、それを矯正するということが目的で、この改正を叫んでおつた。ところが時代が變つて、今日では司法警察よりか、この經濟何々官、何々官というものが出てきて、まつたく國民はこれには震え上つている現状であります。それへもつてきて犯罪捜査までやるかもしれぬということを豫想しながら、令状を持たんでいいということはどこから出てきますか。
#50
○和田國務大臣 お話の點は私もよくわかるのでありまして、私もそれはそういう經驗があるから、特にこの憲法はいい憲法だと思うのであります。從つてこの場合には、この經濟査察官の性質をよくお考えを願つておきたいと思うのでありまして、これは御承知のように、官廳の行政の査察をするのが主であります。從つてそれをやつていく上において、必要があるときに、参考的に國民のいろいろななにを調査するということになるのであつて、直接國民を取締つていくという大きな目的があるわけじやないのであります。どこまでも經濟行政というものの査察なのであります。しかし今おつしやつたように、犯罪捜査の點はやらないわけでありますから、犯罪捜査をやるとすれば、これはどうしてもそこに令状を持つていくということが、私は必要だろうと思うのです。そういう精神に從つて、僕らはやらせていくつもりでありますが、今あなたの御質問からだんだん議論が發展してきたのは、結局司法官という一面の性質をもつているので、そこでそれがどういう必要があるのかということで、結局やつていると、副次的にやはりそこに犯罪の事實があつたときに、應急的な處置として、證據保全ということをやる必要が起つてくるだろうと思う。しかしもちろんそのときにおいても、これは廣い意味では犯罪捜査にはいるわけでありますから、令状というものが要るだろう。成規の手續をもつてそういうことをやる必要があるだろう。ちよつと交通のいい所であれば、すぐ連絡がとれて、令状をあらかじめ持つていかなくても、その場合にはすぐできる場合もあり得ることでありますので、やはりそういう實際上の點から考えて、もちろん一々本格的な捜査なり何なりは、全部警察なり檢事局の方へ、當然移してしまつて、至急に經濟査察としては手を引くということになりますので、應急的なことを考えますと、一應こういう司法警察官なものをもつているということも必要であるという意味で申し上げたわけであります。もちろん精神においては、憲法の精神はやはり嚴として生きているわけであります。
#51
○鍛冶委員 たいへんうがつたお答えでありまして、その通りだと私も考えます。從いまして、司法警察官が權限をもつていることが便利というか、もつていることが必要だと言われることは、犯罪捜査をやることもあり得るからということになるのですが、犯罪捜査をやることがあれば、令状を持つていなければいかぬのですから、それならばいつでも持たしておくのがあたりまえじやありませんか。それは一々お前は令状を持つているのか、おらぬのかと、われわれならば聽きますが、一般の者はそういうわけにいきません。そうして常に憲法違反をやつているというようなことになれば、その區別は出ていくときに起つている區別ならばよいが、行つてから起る問題でありますから、どうあつても令状を持たなければいかぬと思いますが、どうですか。
#52
○和田國務大臣 しかし犯罪があるかないかやつてみないとわからぬのですから、犯罪があつて初めて令状の問題が起つてくるのであつて、調べるときには犯罪があるかどうかわからぬのですから、あらかじめ令状を持つていくということにはちよつとまいらぬと思います。だからやはりそこに犯罪の事實があつて、初めて起る議論だろうと考えているわけであります。
#53
○鍛冶委員 私の言つているのはそれです。行つてみなければわからぬ。ところが行つてみてあつたらやり得る權限を與えるというのでしよう。それならば令状を持つていなければやり得ない。初めから持つていかれればそういうことはやり得る。それをわからないからとにかく行つてみるというのは、そこに違いがある。もしそういうものならば、令状を持たなければ出られない。われわれが憲法を嚴格に解釋してもらいたいというのは、そこを申し上げておるわけです。
#54
○和田國務大臣 僕とあなたの意見が違つておるのではなくて、僕の言うことは、行く前にはあるかどうかわからぬのですから、とにかく令状を持たずに行くわけであります。もともと犯罪捜査というものを目的にして行くのではない。いろいろなことをやつてみると、どうも犯罪の疑いがある、犯罪捜査の手續の中にはいつて行かなければならぬという一つの認識に達したときに、實際犯罪捜査に移るとすれば、本來ならばそのときすぐ警察なり何なりの手に移してしまつて、そうして警察なら警察が令状を持つてきてやるということになると思うのであります。そのために、あるいは時機を失する場合があるかと思います。しかし憲法の精神からいけば、令状を持つていくべきであろう。犯罪があつたときに、初めて犯罪捜査の目的で改めて捜査をやればいいと思う。かりに經濟査察官などが行つた場合に、どうもおかしい、犯罪がありそうだということで、連絡をとつて、そのときはじめて令状を正式に受けて、正式の犯罪捜査に移つていくということも考えられる一つの方法だと思うのであります。だから初めからわかりもしないのに、令状を持つて皆が出ていくというわけには、ちよつと私まいらぬと思います。犯罪の疑いがないときには、やはり調査だけで歸つてくればいいので、むしろその方が目的なんですから、初めからすべての者が令状を持つていかなければならぬということは、少し實際の運用としては行過ぎではないかと私は思うのです。
#55
○鍛冶委員 先ほども言うたように、あなたと私とが言うように世の中がいくのなら問題はありませんが、行つてみて犯罪があればやるために司法警察官の權限をもたしたのではないのですか。そのときには司法警察官の權限をもつていないのでできないからというので歸つてきて、出直して嚴格にやつてくれれば文句はありませんが、今ここで言つているようなものではありませんよ、實際の世間は……。
#56
○和田國務大臣 いや、それは私が初めに説明申し上げましたように、この經濟査察官というものは、犯罪捜査を目的にしたものではないということを言つておるのですから、その點はどうかそういうふうに、ぜひ御了承をお願いいたしたいのであります。
#57
○鍛冶委員 よくわかつておりますが、實際問題としては……。それからもう一つ、この間そのことで片山首相も、そういう弊害のある場合は、なるべく令状を持たせるようにしたいという御意見でありましたが、どうも今の長官のは、持つていかぬのがあたりまえのように思われる。そこに首相とあなたとの答辯にも違いがあるのでありまするが、絶對にそれはいかぬ。そういうものだとすれば、ほんとうにこの法律に對して考えなければならぬ。
#58
○和田國務大臣 私、片山總理の御答辯を聽いていなかつたのですが、私と同じような答辯をされたと思うのでありますが、何か本質的に違つた答辯であつたのですか。
#59
○鍛冶委員 そういう疑いがある場合は、なるべく令状を持たせるようにするというお答えでした。
 そこで私の言うのは、今行つてみればそういうことになる。ところがその前にとれぬのじやないか。とれぬのなら、あなた方考えておられるような司法警察官の仕事ができぬことになる。そこに議論の違いがある。そうすると、あなた方が目的とせられることはやれない。憲法に牴觸する。その點を私は言うておる。
#60
○和田國務大臣 犯罪の疑いのある場合にはということになるのでありますけれども、しかしただ單に疑いがあるからといつて、すぐ令状を持つていくということはできないと思うのであります。だからやはり總理が言われたのも、確實なということじやないのでございましよう。
#61
○鍛冶委員 そういうことでしよう。しからば先ほどから言われたような仕事にははいれないということになるのですが――まあこの點はこれで打切りましよう。
 ついで私承りたいのは、經濟安定本部の職務權限でありますが、どういうことをもつて經濟安定本部の方針使命としておられるか。それをお尋ねいたします。
#62
○和田國務大臣 それは安定本部の官制の第一條に書いてある通りであります。
#63
○鍛冶委員 それでは私の方から聽きましよう。經濟安定本部令第一條を見ますると、「經濟安定本部は、内閣總理大臣の管理に屬し、物資の生産、配給及び消費、貿易、勞務、物價、財政、金融、輸送、建設等に關する經濟安定の緊急施策について企畫立案の基本に關するもの、」これが第一であります。その次は「各廳事務の總合調整及び推進」これが第二、「竝びに施策の實施に關する監査及びこれに關連する經濟統制の勵行に關する事務を掌る。」となつておるのであります。私の今聽かんとするのは、この第一に言つた「企畫立案の基本に關するもの、」また「各廳事務の總合調整及び推進竝びに施策」この施策というのは、各廳事務の實施に關する監査だと解します。その次に「これに關連する經濟統制の勵行に關する事務を掌る。」ということは、各廳事務官に關連する經濟統制の勵行、かように私は解釋するのでありますが、長官はどうお考えでありますか。
#64
○和田國務大臣 大體そのようであります。
#65
○鍛冶委員 大體じやない。それに違いないのです。この點から見ますると、經濟安定本部の實際の使命は、「經濟安定の緊急施策について企畫立案の基本に關するもの、」これは安定本部獨自でやられるものだと思います。これを第一の使命でなく、全使命だと思う。その次は「各廳事務の總合調整」また「施策の實施に關する監査及びこれに關連する經濟統制の勵行に關するもの」となつていて、各廳に事務をやらせる。その事務がまつすぐにいくように、間違いのないように、さらにこれを勵行するようにということが、安定本部の付隨したついでの使命である。それから經濟統制の勵行においても、各廳事務に關連する經濟統制の勵行である。この根本はその主務官廳である官廳に經濟統制をやらせ、それの勵行に關することを掌る。こういうことだと思うのでありますが、この點はいかがでありましようか。
#66
○和田國務大臣 その通りであります。
#67
○鍛冶委員 そこで承りたいのは、たとえばこれはいろいろのものがありまするが隱匿物資に關するものであるならば、隱匿物資等緊急措置令がありまして、商工大臣もしくは地方長官が、これを掌る主務官廳となつて出ております。從つてここに書いてあるこれに關連する經濟調整であるから、隱匿物資に對しては、主務官廳たる商工大臣もしくは地方長官が行うところの、この事務に關連する經濟統制の勵行をやることが、安定本部の使命だと思うのでありますが、今出された法律案を見ると、安定本部自身がやらなければならぬ。こういうことになつております。各廳事務の勵行ならば、各廳でやることをあなた方の方で督勵し、これを監査してやらなければならぬ。みずからとつて代つてやらなければならぬということは、どこから出てきたのか、われわれは了解に苦しむのであります。どこから出てきたのか、それを承りたいのであります。
#68
○和田國務大臣 お話の要點は非常によくわかるのでありますが、今の事情から言いまして、實は隱退藏物資の摘發は、相當急速に效果をあげる必要があると私は思うのであります。今のように商工省關係の物資、農林省關係の物資と、とにかくいろいろの物資がありまして、かりに隱匿物資の摘發をするとすれば、まざつてあるわけでありまして、非常に複雑だと思うのであります。商工省だけでやれば、その商工省はほかの物資を摘發することができぬことになつてしまいます。やはりここは總合調整をやる安定本部のような官廳で、一本に總合的にやつていくことの方が、かえつて今の時期におきましてはよいであろうと考えまして、隱退藏物資の摘發につきましては、われわれの方でやつておる。こういうことに官制上なつたのであります。それから主務官廳といたしましても、隱退藏物資關係の人員というものもそれほど多いわけでもありませず、もちろん經濟安定本部がやるといたしましても、今度の物資活用委員會にかかつておりますように、いろいろ民間からの協力を得てやるということもありますが、今の事情から言つて、やはり相當強力なる機構のもとに、總合的にやつていく、統一的にやつていくという必要がありますので、隱退藏物資につきましては、經濟安定本部でやる。こういうことにいたしたのであります。
#69
○鍛冶委員 強力にやる必要のあることは私も認めますが、強力にやる必要があるからといつて、ほかの省にある權限をもつて、ほかの省がやることに法律がきまつておるにかかわらず、それをやめて經濟安定本部みずからがやらなければならぬという基礎がどこから出てくるか、必要があることは認めますが、だからといつて法律できまつているのをやめるということはできない。それを私は聽いておる。必要があるというそんな便宜論や事實論ではない。私は法律論を聽いておる。どの規定に基いてそれができるか。
#70
○和田國務大臣 それは經濟統制の勵行ということでやります。
#71
○鍛冶委員 だから私はこの經濟統制の勵行ということは、各廳事務に關連する勵行だろうと前もつて聽いておる。そうすると先ほど言われたことは違つておるのですか。
#72
○和田國務大臣 そこのところは、どうも私はあなたの御質問の要點がわからないのですが、各廳事務に關連する經濟統制の勵行ということで、今のような經濟的な必要があつてやるということであつてはいかぬ。こうおつしやるのですか。
#73
○鍛冶委員 各廳事務の勵行をあなたの方で勵行するようにやる。各廳がやるにもかかわらず、それではいかぬ。強力にやる必要があるから、これに代つておれが出てやらなければならぬという法律上の根據がどこにありますか。各廳にやらしたらどうですか。今の法律で力が足らぬというなら、法律を改正して強い權限をもたせてやればよい。今のところ強力なものでないから、經濟安定本部が出てやらなければならぬということにはならない。
#74
○和田國務大臣 だから經濟安定本部が官制上やろうというのです。
#75
○鍛冶委員 それならば、各廳事務に關連するということにおいてやるというのは、どういうわけですか。
#76
○和田國務大臣 それに關連しておる事柄について、實際上經濟安定本部が實行するということなんです。
#77
○鍛冶委員 これはもつと嚴格に御答辯を願いたいのです。各廳事務に關連することなんですよ。それを各廳の事務をおいて安定本部がやらなければならぬというのが、今のあなたの御議論です。各廳事務ということはどういうことですか。われわれがこの法律の最も遺憾と思うところはそこなんです。
#78
○和田國務大臣 私もあなたの質問の内容が正直に言つてわかりません。各廳である程度やつておることを、經濟安定本部で今度一つにまとめてやつていくということであつて、各廳事務との關係はそれでよいではないかと思います。
#79
○鍛冶委員 各廳事務を勵行するのですよ。あなたの方で各廳の事務をやめさせるのではないのですよ。各廳でやることを勵行する。それに效力があがるように、あなた方の方で指導する。それが本分だと思う。各廳の事務を各廳の力が足らぬから、それを安定本部でやらなければならぬというその根據を私が聽いている。
#80
○花村委員 今のに關連質問をちよつと附け加えたい……。
#81
○松永委員長 長官はほかの委員會で呼ばれているから……。
#82
○花村委員 簡單だからもうちよつと待つてください。それは、今鍛冶君の言われるのは、安定本部の仕事の對象は各官廳であるということにこの安定本部令第一條のきまつているわけです。これは私が首相に質問してはつきりしているのですが、安定本部令の第一條でみますれば、安定本部の仕事の對象となるべきものは各官廳である。從つて第一條の解釋から考えれば、官廳以外の業者、關係者は對象にならぬのじやないか。こういうことになる。わかりましたか。安定本部令第一條の安定本部の職務權限の對象は各官廳である。從つて各官廳以外に出ずることはできぬということは、一條に明瞭である。從つて官廳以外の人民に對して、人民を對象とすることは當然できぬではないか。しかるに、本案を見ますれば、この第一條に「關係者に報告をさせ」云々、それから「その事務所」云々とある「その」というのは、これは關係者のことであるから、從つて官廳以外の人民に對して經濟安定本部が仕事をやつていくという建前になるから、經濟安定本部令の一條の趣旨に反するのではないか、こういうのです。
#83
○和田國務大臣 わかりました。「結局これに關連する」という「これ」を各廳事務と讀むかどうかということですね。「これ」を僕らは廣く讀んでいるわけです。「これに關連する」の「これに」というのは、ずつとこう來ているのに關連するというわけですから、そういうふうに「これ」を讀めば、その點については議論はなくなるだろうと思うのであります。その點は官廳の事務の監査をやるとしても、これに關係して關係業者等について参考的に調査していくということは、これは仕事の上からいいまして、この官制の上からいけば、できるのじやないかと思います。それが直接の對象ではございませんけれども、官廳のたとえば行政監査をやつていく上に、官廳というものも結局ほかの業者を相手にして行政をしているわけでありますから、その官廳の行政監査をやつていく必要上、それの参考なり何なりとして、直接關連のある人たちについての調査ということはやつていける、こう考えます。その點はいずれ詳しくひとつもう一遍議論をいたすことにいたしましよう。その點の讀み方を、あなた方は各廳事務の總合、各廳事務と讀んでおりますし、私はむしろこれを上からずつと來て全部に引かかると讀んでおりますから、及びですから、素直に讀むと、どうも廣く讀めるのじやないかと思いますけれども、その點については、多少意見が違いますから……。
#84
○花村委員 多少どころではない、大いに違いますから、その點はあとで指摘したいと思いますが、もう一點だけ鍛冶君の言われたことに關連して質問を簡單にやつておきたいと思いますが……。
#85
○和田國務大臣 大分待たしておるのですが。この次にしてもらいたい。
#86
○花村委員 この理由の中に間違つておつたと先ほど言われたのは何ですか、司法警察官の職務を行うのである云々と言われたのは間違つておる。そういう意味ですか。
#87
○和田國務大臣 その通りであります。その點を削除してもらいたい。
#88
○花村委員 それでは司法警察官は論ずる必要がないのですね。削除すべきですか。
#89
○和田國務大臣 司法警察官の字句を削つてもらいたいと思う。
#90
○花村委員 特に「經濟統制に關する犯罪につき司法警察官の職務を行うものである」云々とある、これが間違つておつたから削つてもらいたい、こういうのですね。
#91
○和田國務大臣 それとともに經濟統制に關する犯罪につき司法警察官の職務を行うことになつた、その點を削つてもらいたい。
#92
○花村委員 それは削るのは結構ですが、少くとも司法委員會にこういう案を出しまするのに、間違つた説明を印刷したものをそのまま出しておいて、そうして相當に質問が進行して、今や正に終らんとするときにあたつて削つてもらいたい。そんな不親切きわまる……。
#93
○和田國務大臣 ちよつと待つてください。その前にあなたの御質問がありまして、その點に觸れられましたから、最初のときに言つた。この點はわれわれの方としては實は間違つておつたと訂正いたしたいということを申入れまして、私から御説明申し上げたと思う。
#94
○花村委員 今でしよう。
#95
○和田國務大臣 今ではありません。この前の前の最初に私が出てきた委員會で、あなたが二時間くらい御質問を私になさつたときだつたと思います。
#96
○花村委員 いやいやそんなことは言いません。
#97
○和田國務大臣 言いました。それは最初のときにあなたが第二囘目か第三囘目の御質問のときに……。
#98
○花村委員 それでは速記録を見てみますが、削るべきときにはなるべく早く削つてもらいたいという註文をしてやめておきます。
#99
○松永委員長 その點ははつきりしてもらうとして、ちよつと速記を止めて……。
    〔速記中止〕
#100
○松永委員長 では速記を始めてください。
    ―――――――――――――
#101
○松永委員長 次は民法の一部を改正する法律案について、審議を進めます。鍛冶良作君。
#102
○鍛冶委員 それでは前會に引續いてお伺いしたいのは、この間は婚姻に關する問題の途中でやめたのでありました。この前も議論はいたしましたけれども、憲法二十四條に基きまして、婚姻は兩性の合意のみに基いて成立するという規定から言いますと、屆けによつて效力が生ずる。屆けがなかつたら婚姻が成立せぬということは、私はどうしても合わないと思います。合意のみによつて成立するというのだから、婚姻というものは、民法上の契約とすれば、兩性の意思の合致、兩性の合意のみに基いて成立するということでありまして、どうしてもそれは合わぬと思います。但し私は屆出を要することにすることは、惡いという意味じやありませんが、法律の解釋上もつと考えていただく點がないかと思うのであります。成立要件と效力發生要件とにわけられますから、成立はやはり合意があつたら成立したのであつて、あとは效力發生要件として法律上屆出を必要とするのだ。こう解釋できぬものかと思いますが、いかがなものでございましようか。これはあとの方にも影響がありますから……。
#103
○奧野政府委員 一應成立と效力發生要件と違うという建前で考えられないこともないというふうに、實は思つたのでありますが、しかしよくよく考えると、やはり成立はしているが、婚姻の效力がない。その間はどういうことになるか。あるいは第三者には對抗ができないのだというふうなことでは、やはり婚姻という身分關係について、對内關係、對外關係にわけるとか、あるいは成立と效力發生の時期とわけるということは、どうしてもおもしろくないのではないか。それから婚姻が兩性の合意のみによつて成立するとあるのでその成立をかりに效力が生ずるのと同じことを意味しているというふうに解釋すると、合意だけで效力が發生するので、さらに屆出というふうな形式を必要とすることは、憲法違反ではないかという御議論が起つてくると思うのであります。しかし婚姻ということは、人生の重大な身分上の行為でありまして、これはやはりその時期が明確でなければならない。たとえば戀人同士が散歩の途中夫婦約束をするというような行為をしたからといつて、そのときに婚姻ができたということはどうも適當ではない。法律上の效力としては、どうも適當ではない。そうなると、たとえば他の國の立法例でもありますように、夫婦が教會あるいは登録をする官吏の前で二人とも婚姻の意思があるということをそこで告げて、それをレジスターして、婚姻の效力を生ぜしめるというようなことが、最も適當ではないか。言いかえれば、時期を明確にするということが適當ではないか。しかしながら、わが國の今までの慣例としまして、夫婦になるものが揃つて戸籍吏の前に行つてお互いに婚姻するという意思を表示するということも實は煩わしいのではないか。やはり從來のごとく、屆出という形式によつて、兩性の合意を表現すれば、それで自由なる兩性の合意ということになつて婚姻が成立する。すなわち效力を生ずるというふうに見ていいのではないか。要するに憲法の二十四條の趣旨は、婚姻當事者二人の意思以外に、父母あるいは戸主というようなものの意思が加わることを要件とするのではいけない。そういう他人の意思の干渉を排除するという趣旨にほかならないので、その兩性の自由なる意思の表現の方法を屆出という形式でやらしめるということは、必ずしも憲法二十四條には背馳せざるものであるという考えから、從來通りの屆出主義をとつたのであります。もちろんこのほかに事實婚、結婚式を慣習に基いてあげた場合に、そこに婚姻の成立あるいは效力の發生を認めるべきかどうかということは、これは非常に重大な問題でありまして、もしこれを認めると、いろいろな關係において、たとえば戸籍法その他の關係におきまして、いろいろな法文の手當をいたさなければならないので、事實婚につきましては、從來法制審議會等でも十數年來にわたつて研究されておる問題でありますが、なおこれについては、解決點に至つておりません。それでただいまこの憲法の要請に基いて民法を改正する際に、ただちにその事實婚の問題を取上げて、ここに規定するだけの解決點に到達いたしておりませんので、そういう意味で、今囘は從來通りの形式婚をとつたのでありまして、將來さらに再檢討のときに、事實婚の問題を、さらに取上げて研究いたさなければならないというふうに考えております。ただだんだんわが國が法律的に文化が向上しておる際でありますから、できるだけ今屆出によつて明確な婚姻という線を引きたい。ずるずるべつたりの事實婚より、むしろ法律で認めていつて、いろいろそれに應ずる法制をつくるというよりも、むしろ人々を法律實踐の方に向けてもらいたい。何となれば、やはり屆出というふうな明確な標準で婚姻と婚姻でないという線を畫するのが一番明確でないかという意味で、今囘はこの屆出主義を踏襲したわけであります。
#104
○鍛冶委員 御説の點もわかりますが、私の一番申し上げたいのは、結婚式をあげて同棲した、これは天下晴れての夫婦だと思います。しかるに實際において屆出がないから、法律は夫婦にしておらぬのだと言つてみたつて、どうも實際に合わぬ法律をつくられても、かえつて社會の秩序を維持するということに困難だと思います。それから今おつしやつた、できたら早速屆出するようにしたらいい。これは私も贊成ですが、なかなか行われません。先ほどもちよつと申し上げましたように、滿州において登記は對抗要件でなくて效力發生要件にするのだと言つて、動産の變動については登記せいということにきめたが、やる者がおらぬ。そしてみな裏書で讓渡ができておる。いくら言つても行わぬから、これを行わずにやつたらすべて無效だ。無效だということになると、一切の權利の移轉がみな無效になつてしまつて往生する。今度は罰する。罰するとことごとく罰しなければならぬということで、手がつけられなかつたという實例は、局長も聞いておると思います。それでどうしても實際に合うようにやつてもらいたいと思います。そこで私は效力發生要件ということも考えたのでありますが、いま一つの重要な點は、屆出をせぬ先にできた子供は、天下晴れて夫婦の子供であるのに、法律は屆出がないために、その夫婦の子供でないということに取扱うことになるとたいへんです。だから私は效力發生要件ということにして、屆出したら婚姻の成立したときにさかのぼつて效力を發生するということにせられたら一番事實に適するのじやないかと思います。もう一つ考うべきことは、屆出がなくても、その事實があつたことを證明して、裁判なり家事審判所の審判などを經れば、これも婚姻したときにさかのぼつて效力を發生する、これでなくちやいかぬと思つて、私は申し上げるのでありますが、これはただ議論じやありません。ほんとうの氣持で申し上げておるのですから、この點ひとつ十分お考え願いたいと思いますが、いかがでしよう。
#105
○奧野政府委員 その點はいずれ根本的改正の際に、いわゆる事實婚の問題はかならず再檢討されることになろうと思いますので、その際に十分御意見のある點を参酌して研究することにいたしたいと思います。
#106
○鍛冶委員 しかし社會は生き物でありますから、いつ改革せられるか知らぬが、事實上の夫婦の間に子供ができるということ、それは根本的改革まで待てと言つたつて待てません。私の言うことがどうしてもいかぬと言うなら別でありますが、今この改正の際にぜひひとつとくとお考え願いたいと思うのであります。
#107
○奧野政府委員 そういう場合に、婚姻前にできた子供でも、後から婚姻屆が出れば、これは當然屆出の子でありますから、大體現在はそれで救われております。もつともそれは父母が婚姻しないということになると、これはやむを得ず女の方の子供ということにならざるを得ないわけであります。
#108
○鍛冶委員 そこなんです。むしろ私は屆出をすればさかのぼつて效力を發生するようにせられたらいいと思う。ところが問題になるのは、屆をせぬうちに夫婦わかれをする。そうすると、實際の社會ではそこの家で生れた子供というものはおやじの家に置いていく。しかるに母の子だというのが實際にあるのです。そこはひとつとくとお考え願いましよう。ここでいくら議論しても仕方がありませんから、とくと御考慮願います。私らも修正にあたつて研究してみたいと思います。
 その次に、兩性の合意によつて婚姻は成立すると言つても、なんと言つても社會上最も重大な人生の基礎でありまするから、やはりそこには嚴格なものが必要だと思う。そこで式を擧げるとかいろいろなことを言われるが、實際の社會を見ますると、あなた方考えておられるような、式を擧げるというようなものは一割も一分もありません。おもしろい實例は、私の生れた所で、東京から疎開しておる者が婚姻をやつて、そうして氏神様で式を擧げました。そうすると、私の所では未だかつてなかつたことなので、町中大騒ぎになつて、宮に押かけてきて、見物人で困つた。嫁さんが宮から出ようとすると通れない。そういう事實があります。そういうことから考えまして、私は何と言つても、ここに必要なことは、客觀的に見て公然性のあるものということを要する。單に合意ということになると、道で會つて二人で話しても合意と言われれば合意であるかもしらぬが、ほかの合意と違つて、結婚は人生の基礎をつくる、いわゆる偕老同穴の契を結ぶのでありまするから、公然性というものがなければいかぬだろうと思います。こういう意味で、ここに屆出以外に婚姻の成立に嚴格なものを附すべきものだと思いますが、政府の方はいかにお考えになりますか。
#109
○奧野政府委員 そういう意味で一體いつ婚姻が成立したと見るべきかということが非常に問題になつてくるわけで、もしかりに事實婚を認めるにしても、一般に認める擧式、いわゆる結婚式を擧けたというようなところで押えるのか、同棲というような事實で押えるのか、そういうことになると、たとえば重婚關係があるのかないのかというようなことも非常に問題になつてましりますし、從來法制審議會等で考えられた案としては、一般の慣習に從つて婚姻の式を擧げたような場合には、大體あとからそのことを證人が二人か何かで證言するというふうなことを、あとから屆出をすれば、その前にさかのぼつて婚姻があつたことにするというようなことで、いろいろなことが考えられておつたのでありますが、なかなかこれがむつかしくて、いろいろなところに響いてまいりますので、殊に從來は家というような關係もありました、なお戸籍の關係等から見て、いろいろ問題があつたのでありますが、今囘は家という關係がなくなるということになると、その點はやや事柄は簡單になるかとも思いますが、その同棲の事實を一般に公然と認めるというのは、どの程度でもつて押えるかということになると、非常にそこがなつかしくて、法律の上にこれを表わすことは、短日月の間には、ほとんど不可能ではないかと思うので、その點は先ほど申しましたように、さらに研究いたしたいというふうに思うのであります。ただ大體最近においては、皆婚姻は屆出なければできないのだという思想が、常識的になつてきているのではなかと考えて、殊に從來のように屆出ができないという理由、すなわち親の同意がないとか、戸主の同意がないとか、あるいは家督相續人の廢除ができないというような、殊に法律的なそういう障害もなくなつた現在であるから、できるだけ皆屆出をしてもらつて、法律婚と事實婚との差をなくしていきたい。一面皆婚姻は屆け出なければならないのだということが常識になつてまいりますと、大體すべて法律婚で行つても行き得るじやないかというふうに考えたのでありますが、なおただいまの點は、よく研究いたしたいと思います。
#110
○鍛冶委員 理想としては、私も法律家でありますから、今局長の言われた通りであつてほしいと思いますが、實際はそうでありませんから、實際に合うように、一つでも法律をほんとうに國民の實生活と一致したるものにしたいと思うので、そこで屆出がなくても実際に夫婦と認められ、憲法にいう合意があつたと認められるときに成立したもの、こういうことでやつてもらいたい。しかしこの合意ということは嚴格なものであつて、いわゆる野合的なものではいかぬ。公然性がなければいかぬ。こういうものは、成立したるものとしてもらいたい。こういう私の考えを申し上げたので、大物おわかりかと思います。從つて離婚の場合にも、成立したるときに公然性を認められると同様の法律行為がなくては、離婚は認めない。夫婦は合意のみによつて成立する、離婚も合意だけでやるのだということで、けんかして出て行つたからといつて離婚になつたということは、これはいかぬ。そこで私は、實社會においてはどんなに貧乏なものでも、仲人がない結婚というものはないと思います。仲人があつてそうして社會からも夫婦と認められるときに、これを成立したものとし、また離婚の場合も、その人が死ねば別でありますが、死ねばそれに代る者があつて、そういう人と一緒にやつた行為でなければいかぬ。こういうことにする方が一番いいじやないか。實際に合うじやないか。離婚の場合について、これは私の意見でありますが、御意見を伺わしていただきたいと思います。
#111
○奧野政府委員 離婚の點につきましては、むしろ結婚の場合よりもより一層この時期を明確にいたさなければならないのではないかということが一般に言われておるのであります。そこで實は今までの協議上の離婚、すなわち屆出によつて協議上の離婚をいたすのでありますが、これをそのまま採用いたしたのであります。しかしこの點については、各方面におきましても、ただ當事者の屆出というだけでは、はたしてほんとうの自分の意思から出た屆出であるかどうかということが危ぶまれる。強いて離婚屆出をさせられるようなことも考えられるので、むしろその離婚だけについては、離婚屆があつても、家事審判所等が一應兩方を呼んで、ほんとうに離婚する意思で出したのかどうかということを確かめるくらいのことをやるべきではないかという意見もあつたくらいであります。しかしこの點は家事審判所の負擔が大きくなるので、從來の國民感情からいきまして、そこまでする必要はなかろうというので、協議上の離婚を屆出だけでいいということにいたしたのでありますが、少くとも離婚ははつきりどつかで明確な線を引きませんと、ただ別居しておるからというようなことで離婚ということにいたしますと、法律的な效力――重婚の問題であるとか、あるいは財産分與の請求とか、あるいは子供の親權の問題でありますとか、いろいろ問題がありますので、離婚は婚姻以上に、その時期を法律的に明確にならしめることが必要じやないか、こういうふうに考えております。
#112
○鍛冶委員 これもまた今までの實例からいうと、たいへんな弊害があるのでありますが、戸籍というものをもつて形式的にやりますと、實際において離婚しておる。男女平等になるから、これからはないかしらんが、今までの實例からいうと、女は出て行つても、戸籍がはいつておるからお嫁に行きませんが、男は勝手でありますから、戸籍が消えておらぬのに嫁をもらつておる。そうして嫁の方から戸籍を切つてよこせといつても新しい嫁さんをもらつておりながら切つてやらない。そういう實例もたくさんあつたのでありまして、これらもできるだけ實生活と合うように御考慮を願いたいと思います。それからこれはあなたの畑でないかしらぬが、今申したような場合に、これは實際あることですが、戸籍を切つてやらぬで新しい嫁さんをもらうことがたくさんある。嫁さんもらうと、姦通罪でもらつた男を告訴することができるでしようか。
奧野政府委員 刑法が改正になりつつありますが、從來のでいきますと、男の方は相手の女がいわゆる人妻でない限りは姦通罪にならないのであります。だから今後は姦通罪全部廢止になれば問題はなくなります。
#113
○鍛冶委員 いろいろなことが考えられますから、これらのこともともととお考えを願いたい。できるだけひとつ實際に合うように御考慮を願いたいと思います。
その次にお聽きしたいのは、これは舊法になつておるが七百九十九條、改正案では何條になりますか。夫婦財産制の登記の問題でありますが、七百五十六條に「夫婦が法廷財産制と異なる契約をしたときは、婚姻の屆出までにその登記をしなければ、これを夫婦の承繼人及び第三者に對抗することができない。」とありますが、この登記とはどういう形式でやることになつておりますか。
#114
○奧野政府委員 これは夫婦財産契約の登記簿という登記簿が別にありまして、登記の手續は非訟事件手續法に詳しい規定があります。
#115
○鍛冶委員 これは動産、不動産とも兩方含むものですか。
#116
○奧野政府委員 こはれ不動産、動産も一緒にした契約の登記であります。これは非訟事件手續法に「第九章法人及び夫婦財産契約の登記」というのがありまして、この非訟事件手續法によつて登記をいたします。つまり法人登記のほかに、夫婦財産契約の登記簿というものがあつて、その契約の内容を登記するのであります。
#117
○鍛冶委員 私も法律家だと言いながら、かような法律まで知らなかつたのですが、實際こんなことは、行われておるのでございますか。われわれさえ今まで知らないくらいなんですが、實際ちよいちよいあることですか。
#118
○奧野政府委員 これは實は非常に少くて、ほとんどないのです。次會までにその受理件数を刷つてもつてまいります。
#119
○鍛冶委員 私の言つていることは一致しておるのですが、もう少し實際の婚姻とあてはまる法律はできないものでしようか。私は今別に案はもつておりませんが、こういうものでなくても、もつと考うべきものがあると思います。こんな空文にひとしいむずかしいことを書いてみたつて、どうせ行われもしないのだから、もつと實際を研究して、ぴつたり合うことにお努め願いたいと思いますが、この點はこの程度にしておきます。
#120
○奧野政府委員 實は夫婦財産契約については、ほとんど利用されていないので、こういう規定はむしろなくてもいいのではないかという議論もあつたのですが、今後男女平等ということになると、かえつてだんだんそういうことに女の方も目覺めてきて、婚姻前にいろいろな契約をして、あらかじめの登記をしておくというこの制度を利用することが、むしろ多くなりはしないかという意味で、とりあえず存置いたしております。
#121
○鍛冶委員 次に、舊法の七百二十八條と削除されて、繼父母と繼子との間に親子の關係を認めないというのは、どういう理由でありますか。まずその理由から承つておきたいと思います。
#122
○奧野政府委員 舊法の七百二十八條というのは、繼父母と繼子、嫡母と庶子との間は、眞實の親子ではなく姻族一等親にほかならないのでありますが、解釋上同一の家におる關係から、特に親子の關係を擬制いたしまして、相續の關係、扶養の關係、親權の關係、すべてを親子同等に取扱うということにいたしたのであります。しかしながら、親子と認めながら實は非常に警戒をいたして、繼父母が繼子に對して親權を行う場合には、常に親族會の同意というような制約を受けていくということになつておるのでありますが、今後家というわくをはずしまして、家督相續などがなくなつた關係から、むしろ本來の姻族一等親の形にもどしてその間に親子の關係を擬制して、當然に扶養の義務を生じたり、あるいは實際上には自分の子でもない者に遺産が相續されるということは不自然であるという考えから、これを削除したのであります。もつとも繼親子の間でも、實際の親子以上にいわば愛する場合もあろうと思います。實際に親と呼び子と呼ぶ實例があると思うのでありますが、その關係は、ちようど嫁が、舅、姑に對して、親あるいは嫁親と呼んでおる。しかしながらその關係においては、法律上の親子の調係はないので、ただ姻族一等親の關係があるにすぎない。その關係と同様な程度でいいのではないかという意味で、繼親子關係、繼母子關係を、強いて親子の關係と法律で擬制することをやめたわけであります。
#123
○鍛冶委員 そういたしますと、相續の場合も、直系卑屬の規定の適用はないことになりますか。
#124
○奧野政府委員 そうです。
#125
○鍛冶委員 そこで考えていただきたい點は、實際世間では、後妻がくるとおつかさんと言つておるし、また言つてもらわなければたいへんなので、おつかさんということにして、親子と同一どころでない、ほんとうの親としてやることをもつて、一般社會は理想としておるようでありますが、法律はこの一般社會と離れたことを、なぜ認めなければならぬのでしようか。これはどうも私は解釋に苦しむのでありますが、どうお考えでありましようか。
#126
○奧野政府委員 ちようどその關係は、嫁にきた者が、夫の父母に對して、おとうさん、おかあさんというふうに事實呼んでおつて、そういうふうに感じておるのだけれども、法律上は親子の關係はなく、姻族一等親の關係であるというのと同様なのが適當じやないかというふうに考えております。
#127
○鍛冶委員 嫁と舅の關係と、後妻と子供の關係とは全然違います。何とおつしやつても違います。またさようなことではたいへんなので、そういうことなら、後妻というのは、まつたく昔から言う繼母と繼子とのおとぎ話みたようなことを前提としてでなければ考えられません。
 なお相續のことで考えますと、私は實際問題でえらいことになると思つたのですが、よく日本で行われるのは、兄の夫婦の間に子供がおつて、その兄が死にますと、弟とその嫁さんとなおすということが實際行われておるし、また私も現にこれはどうなるのですと聽かれたから伺うのです。そのときに、あとからはいつた入夫――今そういうものはないかもしれませんが、今まででは入夫になるのですが、その入夫と前の夫の子供との間に親子の關係ができないということになります。そういたしますと、そのあとの夫の子供ができましたら、その財産の相續というものは、前の夫の子供に及ばないで、あとの夫の子供だけにいくことになりますか。そういたしますと、兄弟の、家庭の圓滿ということはもてぬと思うが、そういうことになるかどうか。私はそういう質問を現に受けました。これらに對してどうお考えになつておりますか。
#128
○奧野政府委員 その場合は、前の夫であつた長男が死亡したときには、その子供とその細君とが相續しておるわけです。今度は、そこでさらにその細君と次男に當る人とが婚姻をするという場合に、なるほど今度次男が死んだという場合には、その前の長男の子供は親子關係がありませんから相續しません。しかしその場合に、その細君と次男との間の子供にしたいという場合には、もちろん養子ができますから、養子にしておけば、財産も他の子供と同順位で相續することになるわけです。
#129
○鍛冶委員 それはもつと深く考えなければならぬのは、農家では、死んだ兄の財産をその弟に繼がせることを目的として入夫をさせております。ところが、死んだ兄の財産はみな子供へいつて、後からきた夫はこの財産を手に觸れられぬことになる。親權を行うということもできない。そうなると、これからこういうことが實際行われると――行われないことがいいのだと仰せられるかもしれませんが、われわれ農家としては、まことにいいことと思つておる。われわれの所では俗にその弟をおつさんと言う。あのおつさん堅い人で感心な人だと言つておるのだが、今度は法律上ではさような者はばか者になつてしまう。親權も行われないから、子供のもつておる財産の管理もできない。事實上はともかくとして、法律的には。實際においてこれは非常な不合理なことになる。もつと言えば、家庭の破壊の法律になるという結果を導いてくる。これを深く考えてもらいたいのであります。
#130
○奧野政府委員 その場合は、母親なる前の長男の未亡人が親權をもつておるわけです。だから、その母親なる自分の細君が親權者としてその息子の財産を管理しておるわけです。で、さらに自分の配偶者の子供を養子にするときは、割合に簡單に、家事審判所の許可なんか要らないで、簡單にできる制度をつくつたので、すなわち七百九十八條の但書で、普通未成年者を養子するには家事審判所の許可を得なければならないが、自己または配偶者の直系卑属を養子とする場合はこの限りでないというので、簡單に養子にできる。そこで養子にすれば、兩親として親權を行使するわけになりますから、財産の管理というふうなことは、大體それでやればよいのじやないかと思います。
#131
○鍛冶委員 御説の通りでありますが、實際の社會でそういうことができましようか。私の言うのは、ただ實際と合わぬということで、今までならば、あとからはいつてきても、やつぱりおとつさんに當然なつておるが、これからは養子にしなければ親權を行われぬのだというようなことは、これは實際に合いません。また社會でおとつさんといつておるのに、法律で親と認めないというので、養子にもらい直さなければならぬということは、これはどう考えても考えられぬのですが、とくと御考慮を願いたいと思います。
 なおもう一つの場合を考えてみますと、後妻と先妻の子供との間に親子の關係ができないということになります。そういたしますと、夫のおる場合は法律上認めないでも、家ではおつかさんということになりますが、夫が死にますと、その先妻の子供とは他人になります。すると親權を行うこともできないし、さなきだに後妻に對してはいやな顔をするのに、法律が認めないということになりますと、事實上において、後妻は追出されるという結果になりはしませんか。この點ひとつ考えていただきたいと思います。
#132
○奧野政府委員 後妻が追出されるということはもちろんならないだろうと思います。なるほど先妻の子とそれから後妻とのに間おいては、今言いましたように、親子の關係を認めないことになつております。それで夫が死亡したような場合、後妻の子供と先妻の子供と配偶者の後妻、この三者で相續が行われることになるわけでありまして、そういう場合には、家つきというふうな觀念はなくなりましたから、むしろ後妻が追出されるというのではなくて、先妻の子供がむしろ氣の毒なことになるおそれがあるのではないかと思うくらいで、後妻が追出されるというようなことは、なくなると思います。
#133
○鍛冶委員 子供がいればいいのですが、子供がおらなかつたら夫の財産は配偶者としていくらもらえるかしれませんが、そうなればなるほど、ぢやまもの扱いをされる。子供がおればその子供と必ず喧嘩をやります。そういう結果は豫想できませんか。また子供のおらぬ場合はどうなりますか。
#134
○奧野政府委員 子供がおらない場合には、やはり配偶者は三分の一の相續をし、先妻の子供がそのあとを相續するということになりましよう。そして圓滿にいけばよろしいですが、追出されるという關係はありませんけれども、その未亡人の方でおもしろくないと思えば、いつでも婚姻關係を終了もしめる意思表示をするとか、氏を婚姻前の氏に自分で復するという自由がありまして、もちろんこれは強いられるものではないので、そういう自由があるのでありますから、そういう場合に折合が惡ければ、前の家に復し、姻族關係を終了せしめる。自分の相續した財産をもつてそういうふうに獨立するという自由をもつだけであります。
#135
○鍛冶委員 自由と言われるが、そんな自由があつてはたまりません。年寄になつて子供が見てくれぬから、おれはもとの籍に歸るんだ。これは自由どころのさわぎではありません。たいへんなことです。この法律が行われると、いやでもそういうことになる。そうするようにこの法律は導いております。自由なんてとんでもないことで、お婆さんになつて、そのうちから戸籍を拔いて實家に歸るのか、一人で戸籍をもつのかしらぬが、女としては一人ぼつちになれば財産があつてもかないません。いわんや財産のない家はどうなるんですか。これは何としてでも、親子としていやしくも一度親子となつた以上は、まま母であろうとも、母として見なければならぬという舊來の美風を打壊わすような法律はいかぬと思う。これはとくと御考慮を願います。それとも私と意見が違うならやむを得ませんが、自由どこのさわぎじやありません。それは頼るところのない人間になつてしまう。
#136
○奧野政府委員 從來は夫が死亡しますと、財産は未亡人には全然こないんですが、今度は必ず夫の財産の三分の一は未亡人にくることになつているので、その點において、非常に保護されていることになる。もちろん財産が全然無一物であれば自由がありませんが、そういう場合には、先妻の子供との間に親子關係を認めて扶養親子關係になれば、直系血族ということになつて、子供がその未亡人を扶養しなければならない。當然にそういう關係ができるわけでありますが、今度は法律で親子關係は認めませんでしたから、扶養の關係は當然にはなくなります。しかしながら、特にそういう關係においては扶養せしめるのが適當であると認めた場合は、家事審判所で扶養の關係を設定することができるわけであります。そういう實情に即して、扶養の關係等を設定するというふうな方法、竝びに遺産の三分の一の相續權を與えるというふうなこと、さらにまたその家に止まる。言いかえれば姻族關係を繼續せしめておくか、あるいは終了せしめるか、氏を從來通りにしておくか、婚姻前の氏に歸るか、すべて自由にしているというような意味で、未亡人という者の地位は、むしろ舊來よりも厚く保護されることになるのではないかというふうに思つております。
#137
○鍛冶委員 未亡人の地位が厚くなると思われるのは、實際と離れておると思います。財産があるからといつて、財産につながつておれるものではありません。年とつた女は、たれかにつながつていかなければならぬ。しかるに財産があれば自由だと言われるが、自由どころのさわぎじやない。それから財産のある者を對象として考えられると、いつも相續人のときはそうですが、われわれの考えは、財産のない者をどうするかということを考える。親子じやないが、法律で扶養させる義務をくつつければいいという。いくら義務をくつつけたつて、貧乏人にこれを扶養せいと法律でいうても、この間も言うたが、これは方法はありませんよ。親子と思えばこそ、貧乏の中でも、一椀の飯でもわけて食うという氣持ちになるが、親子でないものが、家事審判所の命令によつて、これを世話してやれとかなんとかいうことはできませんよ、實際。とくとひとつ御考慮をお願いすることにいたしましよう。これはまつたく今ここに出ている婦人方の修正案にも、その點を強く述べております。
 それからまだいろいろありますが、まず相續の點についてでありますが、まず承りたいのは、被相續人の財産を均分相續にしなければならぬという理論上の根據は、どこから出てくるのでありますか。この點を承りたいと思います。
#138
○奧野政府委員 從來の家督相續というのは、要するに家を繼ぐ、家という法律上の制度を前提といたしまして、家における戸主の地位を受け繼ぐという關係と、それから前戸主のもつておつた全財産を――殊に遺言か何かで別に規定がありますれば格別でありますが、遺言等がない限りは、前戸主の全財産を、その戸主權を承繼する長男に全部承繼せしむるというのが、家督相續であつたのであります。ところが、いろいろ問題はありますが、家という制度及び戸主という制度をやめました結果、家を繼ぐ、あるいは戸主權を承繼するという意味における家督相續というものはなくなつたわけであります。そうすると、結局それは遺産の相續ということにならざるを得ない。そうすると、親が死んで遺産があるという場合に、それをどういうふうに相續せしむるかということになりますと、その中のたまたま長男であつた、あるいはたまたま男であつたという理由のために、全財産を讓り受けるということは、これは適當ではないのではないか。殊に憲法において、個人の平等ということと尊厳を重んじている以上は、そういう場合に、一人占めにせしむる制度、これはそれが戸主になり、全家族に對する扶養義務があるという裏付けがあればこそ、一人占めにするということも、ある程度納得できるのでありますが、家族に對する扶養義務もなく、戸主という地位もないというものが、ただ長男であつたというため、長幼の差及び男女の差ということによつて、そういう差別待遇をして、一人だけによけいやるということは、適當ではないとなると、やはり庶子均分相續ということに落ちつくのが妥當ではないかということで、現在でも遺産相續となれば、子供が數人おつた場合に、平等に分配されるのでありますから、戸主權というものの承繼たる家督相續がなくなれば、すべてそうなるのが當然ではないかということで、こういうふうになつたのであります。
#139
○鍛冶委員 家督相續ということを、現在の戸主權を相續することだ、こういうことはわれわれは法律家としては納得できますが、一般社會の者は、そういう考えをもつておりません。家督相續ということは、家の跡を繼いでいくことだということと、今一つ重要なることは、その家にある父母のめんどうを一代みることだ。この觀念でずつと貫いてきておるのであります。今田舎の百姓に、お前は戸主權を相續することを目的とした家督相續をしたかと言いましても、戸主權の何たるかは知りません。しかるにどうも法律家は知つておるからというて、家督相續は戸主權の相續だとこう斷定して、それだから家督相續はなくせなければいかぬのだと言われる。そこに私は根本的の考え方の違いはないかと思いますが、見解を異になさりましようか。
#140
○奧野政府委員 法律的だというおしかりを受けると思いますが、やはり從來の家督相續というものは、法律的に言えば、家の戸主たる地位を受け繼いで、しかも戸主である以上は、すべての家族の扶養する義務がある。そういう義務づけられた地位を受け繼ぐのだということになると思う。おそらく財産も、そういう人の、そういう義務に應じて、多く受け繼がしむるということになつておつたのだろうと思うのでありますが、今後はたとえば親をめんどうをみるということは、やはり子供數人おれば、數人で共同してめんどうをみるべきもので、その中の一人だけに義務を負わすというようなことは適當ではない。そうなると、同じこの子供の中で、非常に差別的な取扱いをするというのは、民主的ではないというふうに考えるのでありますが、實際問題として、だれが親のめんどうをみるかというようなことは、これはまあぎりぎりの法律的なところにいくと、扶養の關係になつてまいつて、數人ある場合に、その義務者の順位等は、話合いにしてきめ、話合いがきまらないときは、家事審判所がきめるということになつておりますが、實際問題としては、そういうところまでいかないで、兄弟が相談の上でめんどうをみるというようなことになるのでないか。從來のように、長男のみが親のめんどうをみなければならぬという觀念が、少しくだんだん變つて、少くとも働かれる子供が、みな寄つて親のめんどうをみようということになるのでないかと考えております。
#141
○鍛冶委員 私の質問の趣意は、家督相續ということは、戸主權の相續だ、こう言われるのです。われわれは法律家だから、そう言われれば、われわれにはぴんときますが、一般國民にはそんなことはありませんというのですよ。家督相續ということは、戸主權の相續だというが、戸主權の内容を知つておる者はありません。ただ親父になるという觀念はありましよう。そうじやないのです。この家の家業を守つていくこと、受け繼いでいくこと、それに親のめんどうをみることだ、これが家督相續の私は根本だと思う。これを法律的に見れば、戸主權の相續だというが、そんな戸主權の權利があるの義務があるのということは考えていない。あなたに言わせれば、今おつしやらなかつたが、戸主權には弊害があつた、だからこれをなくするのだ、なくする以上は、家督相續をなくする。その觀念がわれわれと違う。なくしてよろしい、戸主權をなくすることは私は反對ではない。舊來の戸主權は困るということは、私もよく知つておる。それをなくしたからといつて、家督相續ということがなくなるのだとおつしやることは、私にはわからない。家業を繼ぐということ、親のめんどうを見るということは、どこかになくちやならぬ。それがなくていいと言われるならば、これは議論のわかれるところでありますが、私はなくちやならぬと思いますが、それはいかがでしようか。
#142
○奧野政府委員 家業を繼ぐということはあつてしかるべきものだろうと思います。呉服屋なら呉服屋を先祖傳來營んでおるという場合に、その家業を繼ぐという觀念は、もちろん必要であろうと思うのであります。それは結局遺産相續をどういうふうに相續人の間でこれを受け繼いでいくかという、いわゆる遺産の分割、あるいは遺産の管理という問題でなかろうかと思うのであります。その場合に、みんなが共同してその家業を受け繼いでいくということも適當でありましようし、どうもそれでは能率があがらぬとか、仲よくいかないという場合は、その中の一人に、最も適した者にその家業を全部やらしていく、他の者は他の財産、もし他の財産がなければ一人が受け繼いだ人から債權の形等によつておのおのの持分に相當するものでわける。要するに數人の子供のあつた場合に、その間において非常に差別ある利益の關係をつけることは不當であるというふうに思いますが、その家業を何人が續けていくかというふうなこととは、また別に考えていいのではないか。そういう場合に、その家業をほかへ讓つて、その讓つた代金で、みんな均分してわけるというふうなことも一つの考えでしようが、強いてそういう先祖傳來ある家業を共同でやるか、あるいはその中の一人の人にやらすか、何も法律で必ずしも長男がやらなければならないというふうに言う必要はない。その間共同相續人の話合いで、適當にそこはきめていくこと、そういう意味で、從來の家業を繼ぐということは、やはり今後といえども、そういうことが可能であるというふうに考えます。
#143
○鍛冶委員 家督相續という言葉を使うのはいやだとおつしやるなら使われぬでもいいが、今おつしやつたことが家督相續なのです。われわれはそう思つておるのです。私はそのことに家督相續ということを使つて、何も憲法にも違反しなければ、何にもないと思う。舊來の戸主權を繼ぐことが家督相續だと言われることが、私は間違いだと思う。そこで今もおつしやつたように、適當なる方法でやればいいと言われるのですが、それは理論はそうでありますが、第一わけるのにめんどうだから、のれんを賣つて金にかえようというようなことが行われるとしたら、これは實際上いかがでしようか。のれんのごときものは、わけようがありません。金にかえると言つたつて、評價というものはできるものではありません。また賣つてやつたらいい。そんなものは賣つたつて、それはこのうちがしにせとしてもつておればこそ重大なる資産であつたのを、これを他人にやつて、他人の資産になるというものではありません。そのうちの固有のものなのだ。賣るわけにいかなければわけるわけにもいかない。そういうものを均分でやらなければいかぬということになれば、どういう方法でやればいいんでしようか。どう評價したらいいのでしようか。まず私はその點を伺いたい。
#144
○奧野政府委員 それは共同でそれをお互いに經營していくということも、一つのやり方でありましよう。すなわちそういう場合に、共同でその店舗を、家屋なら家屋を共有にいたしておいて、その營業によつてでき上つた利益を均等に分配するというふうなことも考えられましようし、あるいはまたそういうことではかえつて能率があがらない。また共同してやろうという氣持ちもないという場合は、兄弟の中で最もそれに適した能率のあげ得る人にやらして、他の者に對しては、結局その一人に全部を承繼せしめて、十萬圓のものであれば、長男と次男とある場合に、長男に十萬圓の店舗を全部與えれば、その十萬圓の中の五萬圓は長男から次男に借金するなり、あるいはほかに現金があれば現金で次男に五萬圓やるといつたようなことで、仕事といいますか、そういう家業を承繼いでいつて、その兄弟の間においての不公平ということを十分除き得るのではないかと思います。
#145
○鍛冶委員 それでは一つずつ尋ねていきますが、まず共同經營とおつしやるが、その共同經營が行われましようか。他家に嫁に行つておる娘がもどつてきて共同經營をやるとしても、先ほどもだれか合資會社でやると言われたが、合資會社でそんなことができましようか。女の子がよそへ嫁に行つて、それが親の家へもどつてきて、共同經營をやるのだからと言つても、それは實際行われましようか。まずこれを聽きたい。
#146
○奧野政府委員 それはたとえば組合のような關係でやるにしても、事實上その營業をやつていく者は、たれというふうな、内部關係における委任等によつてきまるので、必ずしも他家にお嫁に行つた者が出てきて、事實上その店にすわるといつたようなことは、考えなくてもよいのではないかと思います。
#147
○鍛冶委員 それでは組合にするという場合を考えます。組合にすれば勞力を出した者、出さぬ者との差別があります。持分關係をきめなければならぬ。利益の分配もきめなければならぬ。利益だけならよろしいが、損益の分擔がきまつてこなければならぬ。損をしたらそれを出さなければならぬ。一體よそへ嫁に行つておる娘が、兄弟でそういう組合關係で勞務の分擔とか、執行機關だとか、損益分擔とかいうようなことは、實際そんなことを言われるが、今後そういうことが行われましようか。われわれには想像できません。そこにはちやんと今までいけるようなものがあるのです。そうしてそれを公平になるようにさえすればよろしい。何もかも覆えして均分にしなければならぬというところに、大なる相違があるのであります。今おつしやるのは、理論的にいけばそういうことができまするが、實際に今後あり得るとお考えになりますか。
#148
○奧野政府委員 理論上はもちろんできると思いますが、實際上そういうことが行われるかどうかは――もつともそういう場合に、もちろん嫁に行つたような者は、嫁に行く際親からわけてもらつた物を計算して差引かれるわけでありまして、そういう場合においては、嫁に行つた者は、よほどの財産家であれば別でありましようが、そうでない限りは、そういうものに對して非常に關心をもつかどうか、疑問だと思いますが、理窟の上では、そういう相續分があることになるわけであります。事實上あるいはそういう放棄をしておる場合が、非常に多かろうと思いますが、すでに養子にいつたものであるとか、あるいは嫁にいつたものは、そういうことを自然事實上相續の放棄、現在におきましても、遺産相續の場合には、大體において相續の放棄を事實上やつておるわけであります。そういう關係は、今後といえども、豫想し得るのではないか、その點すべてのものがそう法律的に持分を主張してくるということは、實際問題としてはどうでありますか。今後あるいはそういうふうになるかもしれませんが、見透しとしては、十が十まで全部そういう法律的にいくとは限らないので、從來のように、相續の放棄を事實上する場合も相當あるのではないか。そこでおそらくすでにお嫁にいつたようなものは、お嫁にいつた先で、いろいろ忙しい問題もありましようし、そういうものは、よく話合いの上で、そういうものに對しては、その家業の持分を参加せしむるというふうなことは事實上なく、ただほかの財産等で埋合せをするか、あるいは放棄する。事實上放棄するというようなものもあろうと思いますが、そういうほかに事實嫁にいつていないものに、その家業に参加せしめて、毎日店へ出ていろいろ働くというふうなことは、事實上ないので、その點は他の何らか財産、あるいは配當、あるいはその持分に應じての適當な話合いによつて、結局やはり均分的な關係で、相續するということになるのではないかというふうに思つております。
#149
○鍛冶委員 事實上なかろうとおつしやれば、それは私の言わんとするところと一致しておりますが、ないということならば、それで片づけておきましよう。
 その次に放棄すると言われましたが、放棄という言葉について始めましよう。われわれはそういうことはちよつと考えられませんが、事實上放棄というけれども、法律上放棄しなかつたということはあることですから、事實上放棄するということは、どういうことをおつしやるのか。請求しなければ放棄とみなすと書かれれば別ですけれども、特に放棄という意思表示をしなければならぬということ、そういうこともあり得ないと私は思います。
#150
○奧野政府委員 法律上もちろん放棄は自由にできることになつております。ただ事實上放棄と申しましたが、かりに遺産の分割ということになつて、あるいはこれを共有のような意味の分割ということも考えられるわけでありますが、そういう場合でも、特にもうすでに得たそういう請求權があつても、これは私は要りませんからという意味で、他の共同相續人に放棄するということは、いろいろあるのではないか。すなわちこの意味は相續の放棄、民法上いわゆる相續の放棄、これはもちろんできますが、そういう意味のものではなく、すでに遺産が各人に分割されることになつても、その個々のそういう請求權といいますか、遺産管理人に對してのそういう請求權は、事實上放棄するということも相當あるのではないか。現在でも遺産相續のときに形見わけをやつたり何かしますが、そのときに法律上の相續の放棄ではなく――法律上は遺産相續人になつてはおりますが、その相續權に基いて具體的にその遺産のうちの何分の一かの請求をするということを、他の共同相續人に對して請求しないで、自分はよろしいというような意味での、事實上の放棄というものが、相當あるのではないかというふうに考えます。
#151
○鍛冶委員 その事實上の放棄というのは、そういう意味ですか。實際上請求しないで放棄した、それを事實上放棄するということだとおつしやるならば、たいへん違うと思う。そんなことはありません。頭から請求する意思がないのですから、私から言わせれば放棄も何もない。あなたが事實上においてそういうのを放棄と認められれば、私はそうだと思いますが、あなたのおつしやるように、事實上、私は要りませんから放棄するという意思表示か何かしらぬが、そういう放棄ということがあると言われるなら、そんなことはありません。それがなかつたらできぬということになつたらたいへんです。お嫁にいくときにもらつたものは差引する。お嫁にいつたときにどれだけのものをもらつていつた。二十年後に親が死んだら、一々計算するのですか。そんなことはできるものじやありません。今あなたのおつしやる事實上の放棄というのが、私の言う請求しなかつたらいいじやないかという意味なら贊成です。實際はそうならなければならぬし、またそうであります。私は斷定しておきます。しかるに法律が特にその場合に放棄という意思表示を要するのだということになれば、これはまつたく實際の生活に相反するのですが、そういうものは要りましようか。
#152
○奧野政府委員 法律による相續の放棄というのは別でありますが、これは相續人にならないことになるわけであります。一應相續人になつても、その遺産の分割の請求、そういうことをやらないで、事實上暗默のうちにそういう個々の請求權を放棄するということがあり得るのじやないか。現在でも遺産相續の場合に、みんなの共有になつておるのでありますが、實際は今まで嫁にいつたというようなものは、自分に寄越してもらいたいということを要求しないて、事實上暗默に自分の取り分を放棄するということがあり得るのじやないか。そういう場合でも、やはり法律上は遺産相續人になつておるので、相續放棄であれば相續人であることにならないのでありますが、相續人になつて、その相續の分け前の請求を暗默に放棄するということはあるのではないか。それから嫁にいつたときに親からもらつた財産を計算するということは、現行法でもあるわけで、この案でも九百三條にそのことをはつきりうたつておるわけであります。しかしこれから共同相續、遺産相續ということになつてまいりますと、こういうことも相當問題になるのではなかろうか。相續の算定の際に、かつてお嫁にいつた、あるいは養子にいつたときに、また生計の資として贈與を受けたというような部分は、それを換算して、それを加えたものを現在の相續財産とみなして、その上で相續の査定をするという九百三條の規定は、今後相當大きく働いてくるのじやないかと思います。
#153
○鍛冶委員 事實上暗默のうちに放棄するであろうとおつしやつた。その點はそうだと思います。そういうものであるならば、そこに非常に考えてもらわなければならぬものがある。そんなばかなことはありません。嫁にいつておるものがもどつてきて、その財産の一部分を均分相續だから寄越せということになつたら、たいへんなことになります。あなたの言われるように、暗默のうちに放棄するであろうことは、われわれもそうでなければならぬと思います。そうしてみるならば、それを豫想して考えたからといつて、平等の原則に反することではありません。それから嫁にいつたものがもらつてまた財産を計算することはあるだろう。これは法律問題が起るだろうとおつしやつる。そんなことが起つたらたいへんである。そんなことが起つてどうする。そんなばかなことがあつたら世の中はたいへんである。ぼくは辯護士であるからあつた方がいいかもしれないが、そんなばかなことをやつたらたいへんなんです。あり得ないことを法律で規定しようとしておられる。それはあれば、とつぴなものが出てくるかもしれません。しかし一般にはそんなことは考えてもいません。殊に二十年も先へいつて嫁仕度をしてやつた親が死んでから、お前行く時にどんな物をもつて行つた、その時の價格が今日に換算すればいくらだと計算してやるようなことになつたら、世の中は亂脈ですよ。そこのところを、ひとつとくと御考慮を願いたいと思います。
#154
○松永委員長 速記を止めてください。
    〔速記中止〕
#155
○松永委員長 速記を始めてください。
 本日はこれにて散會いたします。明日は午後一時より開會いたします。
    午後四時十三分散會
ソース: 国立国会図書館
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