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1958/09/30 第30回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第030回国会 本会議 第2号
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1958/09/30 第30回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第030回国会 本会議 第2号

#1
第030回国会 本会議 第2号
昭和三十三年九月三十日(火曜日)
    ―――――――――――――
    開 会 式
午前十時五十七分 参議院議長、衆議院参議院の副議長、常任委員長、議員、内閣総理大臣その他の国務大臣、最高裁判所長官及び会計検査院長は、式場である参議院議場に入り、所定の位置に着いた。
午前十一時 天皇陛下は、衆議院議長の前行で式場に出御され、玉座に着かれた。
衆議院議長は、左の式辞を述べた。
    ―――――――――――――
  天皇陛下の御臨席を仰ぎ、ここに第三十回国会の開会式を挙げるにあたり、衆議院及び参議院を代表して、式辞を申し述べます。
  現下わが国は内外幾多の重要なる問題に当面しておりますが、とりわけ、財政、経済、教育、厚生等に関し、また、外交及び貿易につき、緊急に諸般の対策を講ずる必要があると存じます。
  われわれはこの際、慎重かつ周到に諸施策を推進し、国家繁栄の基盤を固めるとともに、世界平和の確立に寄与するため更に一層の努力を致さなければなりません。
  ここに開会式を行うにあたり、われわれに負荷された重大な使命にかんがみ、日本国憲法の精神を体し、おのおの、その最善を尽して任務を遂行し、もって国民の委託に応えようとするものであります。
    ―――――――――――――
次いで、天皇陛下から左の御言葉を賜わった。
    ―――――――――――――
  本日、第三十回国会の開会式に臨み、全国民を代表する諸君と親しく一堂に会することは、わたくしの深く喜びとするところであります。
  現下の内外の諸情勢に対処し、いよいよ各国との国交を深めるとともに、わが国経済の繁栄と国民福祉の増進を期するため、国会が、当面する諸問題の審議に努力されることは、わたくしの多とするところであります。
  ここに、国会が、国権の最高機関として、その使命の達成に最善を尽されるよう期待します。
    ―――――――――――――
衆議院議長は、御前に参進して、御言葉書を拝受した。
午前十一時五分 天皇陛下は、参議院議長の前行で入御された。
次いで、諸員は式場を出た。
    午前十一時六分式を終る
    ――――◇―――――
昭和三十三年九月三十日(火曜日)
    ―――――――――――――
 議事日程 第二号
  昭和三十三年九月三十日
    午後一時開議
 一 国務大臣の演説
    ―――――――――――――
○本日の会議に付した案件
 岸内閣総理大臣の施政方針に関する演説
 藤山外務大臣の外交に関する演説
 遠藤国務大臣の第二十二号台風の災害状況報告のための発言
 国務大臣の演説に対する質疑
 芦田均君の故議員松岡駒吉君に対する追悼演説
 竹谷源太郎君の故議員本間俊一君に対する追悼演説
 栗原俊夫君の故議員小淵光平君に対する追悼演説
    午後一時五分開議
#2
○議長(星島二郎君) これより会議を開きます。
     ――――◇―――――
 国務大臣の演説
#3
○議長(星島二郎君) 内閣総理大臣から、施政方針に関して、外務大臣から、外交に関して発言を求められております。順次これを許します。
 内閣総理大臣岸信介君。
    〔国務大臣岸信介君登壇〕
#4
○国務大臣(岸信介君) ここに、当面する諸問題の審議を願うため、臨時国会が開かれました。この際、私は、最近におけるわが国内外の諸情勢を明らかにするとともに、これに対処する決意と施策を、国会を通じ、国民諸君に訴えたいと存じます。(拍手)
 まず、私は、政府・与党が公約として掲げた政策について、鋭意その具体化に努めていることを強調いたしたいのであります。(拍手)政府は、目下、通常国会に臨むため、明年度予算の編成を急ぎ、施政の全般について検討を進めているのであります。従って、今国会においては、とりあえず、当面の諸案件を解決するため所要の法律案等の成立を期し、もって、公約の実現を進めていきたいと思います。
 世界の注目を浴びた中近東の問題については、政府は、国際間の恒久的平和を求める外交の基調に立ち、国際連合を通じて、その収拾に積極的な努力を払ったのであります。幸い、事態は解決への曙光が見出されるに至ったのでありますが、情勢は、今後なお楽観を許さないのであります。私は、この地域の民族主義運動に十分な理解を持つものでありますが、同時に、中近東問題は、あくまで国連憲章の精神に従い、かつ、国際連合のワク内において平和的に解決せらるべきものと考え、今後も極力努カいたす決意であります。(拍手)
 日中関係につきましては、貿易や文化の交流を通じ、相互に利益を招来するように努めることは、かねて政府の方針とするところであります。私は、双方が、その政治的立場を異にしながらも、世界の平和の保持に努めることが必要であると信ずるものであります。よって、私は、根拠なき不信や誤解にとらわれることなく、日中双方が置かれているおのおのの立場を尊重しつつ、現下の事態を改善する道を見出していきたい考えであります。(拍手)
 また、台湾海峡をめぐる紛争は、わが国の地理的立場からも、特に重視するところであり、事態が武力によらないで一日もすみやかに解決され、アジアの平和が取り戻されることを心から望みます。(拍手)
 自由諸国、特に米国との協調は、わが国の一貫した外交方針の基調をなすものであり、さきに行われた外務大臣と米国首脳との会談も、この趣旨に基くものであります。私は、今後もなお、各国首脳との接触を緊密にし、国際紛争の平和的解決と世界平和の増進に貢献するとともに、率直な話し合いを続けることにより、逐次諸種の懸案の解決をはかっていきたいと考えます。(拍手)
 このたびの第十三回国際連合総会におきましては、核実験停止を含む軍縮問題とアジアの諸問題に重点を置いて、その建設的な解決のため努力し、国際連合を通じてわが国の国際的地位を築いて参りたいと存じております。特に、原水爆の禁止につきましては、かねてから、あらゆる機会と手段を通じて、その実現に努めて参ったのであります。幸い、最近に至り、ようやく米英ソ各国も核実験の停止を声明するに至り、また、本年夏には核実験の査察に関する専門家会議が開かれ、これらを契機として、近く関係国間に核実験の停止に関する会議が開催される運びとなりました。このことは、わが国のこれまでの主張と提案が次第に世界に理解されるに至ったものとして、まことに喜びにたえません。(拍手)
 国内におきましては、民主主義の思想が、年を追って国民生活の中に広く深く根を張り、労使の関係についても、健全な労働慣行と労働秩序を積極的に確立しようとする動きが見られるに至りましたことは、まことに喜ばしいことであります。しかしながら、今日、なお一部の組合組織においては、民主主義の名のもとに、法秩序を無視して国民の福祉と安全を脅かしているものがありますことは、遺憾にたえないところであります。(拍手)特に、反民主主義思想を抱く少数指導者が、組合員の経済的要求を特定の政治的意図に利用し、暴力的闘争に組合員を走らせている傾向のありますことは、許しがたいところであります。(拍手)国権の最高機関たる国会で国民多数の意思として成立した法を軽んじ、これを無視することは、明らかに議会政治の根本をゆるがすものであります。私は、勤労者諸君が、誤まった指導に追随することなく、わが国経済繁栄のにない手としての自覚を取り戻すように、強く訴えたいのであります。(拍手)さらに、この際、各政党においても、党是や政策を異にするとはいえ、法秩序の維持こそが民主主義の支柱であるとの毅然たる態度を明確にし、民主主義擁護の決意を新たにせられることを切に望むものであります。(拍手)
 最近、教職員に対する勤務評定の問題をめぐり、その実施をはばむために、集団の圧力により、一斉休暇や登校拒否などの手段に訴え、これに学童やその父兄をも巻き込もうとするような事態が起りましたことは、教育の本義にかんがみましても、また教職員の職責の上からも、真にゆゆしいことと申さなければなりせん。(拍手)幸いにして、世論の支持と大多数の良識ある教職員諸君の自覚によって、この無謀な企図は、大きな不祥事を招くに至らなかったのでありますが、本来純粋に教育行政の問題として解決すべき事柄を、ことさらに政治上の争いとして、法秩序を乱すに至ったことは、まことに憂うべき傾向であります。(拍手)およそ勤務評定は、人事管理の公正を期するため欠くことのできないものであり、一般公務員についてはつとに実施されているにもかかわらず、ひとり教職員のみを例外としなければならない理由は見出し得ないのであります。この実施によって、教職員の人事の公正が保たれ、ひいては学校教育の向上に役立つことを信じ、政府は、各方面の協力を得て、既定の方針を貫き、教育行政が正しい姿で運営されるよう努める決意であります。(拍手)
 経済の正常化をはかるため昨年来実施してきました緊急総合対策によって、行き過ぎた経済成長は抑制され、国際収支も著しく改善されたのであります。しかしながら、経済調整の余波や国際経済の不況等によって、鉱工業生産や輸出など経済活動全般は、なお停滞の傾向を続けております。
 このような状況に対処し、政府は、長期計画による国民総生産の拡大を期し、経済基盤の強化、輸出の振興等従来から実施してきました諸施策を一そう推進するとともに、当面重要な施策として、新たに企業間の自主的な協定による調整体制を整備して経済の安定と国際競争力の培養に資するため、私的独占禁止法の改正を行うこととしたほか、輸出取引の秩序を確立して過当競争を防止するなどの措置を積極的に講ずることといたしました。また、東南アジアを中心とする対外経済協力については、政府が特に重視しているところであり、現在、有識者の意見をも徴し、その実現に努めているのであります。
 雇用問題につきましては、経済の安定した成長を確保することにより、就業の拡大に努めて参りますとともに、当面の景気停滞のもとにおける緊急な施策として公共事業の繰り上げ実施を行うなど、失業増加の防止に特別の措置を講ずることといたしております。
 最低賃金制を確立し、低賃金労働者の労働条件を改善し、労働力の質的向上をはかることは、かねて多大の努力を重ねてきたところであります。政府は、今国会に再び最低賃金法案を提出したのでありますが、この法案成立の暁には、ただに労働者の福祉が増進せられるばかりではなく、中小企業の公正な競争を確保することができることとなるなど、国民経済の健全な発展にも少からぬ意義を有するものと確信するのであります。(拍手)
 なお、繊維、繭糸、酪農、石炭等については、生産の適正化、需要の開拓、価格の安定等の対策を講じてきたところでありますが、今後も一そうこれを推し進めることといたしております。また、風水害、旱害等の災害については、すみやかにその復旧に努めてきたのであります。
 このたびの第二十二号台風は、静岡県を初め、各地に多数の死傷者と罹災者を出しました。私は、これらの方々に対し、深く哀悼と同情の意を表するものであります。(拍手)政府は、今次の災害の規模が大きく、かつ、被災地域の広範なことにかんがみ、直ちに中央災害救助対策協議会を開き、また、現地に調査団を派遣して応急の救助に努めておりますが、被害状況の詳報を待って、すみやかに根本的な対策を講じ、民生の安定と災害の復旧に万全を期する決意であります。(拍手)
 社会保障制度を確立することは、政府の最も重要な基本政策の一つであります。国民健康保険の普及については、おおむね順調な進展を見ているのでありますが、さらに、その内容の充実をはかるとともに、この制度があまねく全国市区町村に適用されるようにするため、今国会に新国民健康保険法案を提出いたしました。また、これと並んで無医地区を解消し、医療機関を整備するなど、医療保険実施の基礎的条件たる諸施策を積極的に進め、もって、国民皆保険の実現を期しているのであります。(拍手)なお、公約とする国民年金制度については、鋭意関係法案の作成を急ぎ、通常国会に提出いたしたいと存じます。
 本年の米作は、三年にわたる豊作のあとを受けて、なお引き続き大豊作を見込むことができるに至りました。このような豊作の連続は、農民諸君のたゆまない努力、工夫が、政府の施策の積み上げと相待って実を結んだものであり、農民諸君の労苦に対し、深く敬意を払うものであります。(拍手)政府としては、これがわが国経済の向上に大きな役割を占めることに思いをいたし、今後も、農林漁業の生産力の持続的な向上をはかるよう農政の振興に意を用いて参りたいと存じます。(拍手)
  青少年の力は、国力の根源であります。私は、青少年諸君がはつらつと伸び行く姿に力強さを感ずるものであります。しかし、近時、一部青少年に好ましからぬ傾向が見受けられることにも、深い関心を抱くものであります。政府は、家庭、学校及び一般社会の協力を得て、青少年に明るい環境を与えるよう努めているのでありますが、青少年諸君が、さらに、社会の一員として必要な規律と教養を身につけ、わが国文化の創造と発展に貢献せられるよう念願してやみません。(拍手)
 ここに、所信の一端を述べ、国民諸君の協力を心から切望してやみません。(拍手)
#5
○議長(星島二郎君) 外務大臣藤山愛一郎君。
    〔国務大臣藤山愛一郎君登壇〕
#6
○国務大臣(藤山愛一郎君) 第二次岸内閣の成立に伴いまして、私は再び外務大臣に就任いたしましたので、今後におけるわが外交の進路を定めます上からも、わが国と最も深い関係にある米国を訪問し、日米間の基本問題に関して意見の交換を行うことを適当と考え、また、この機会に国連その他において常に協力的な関係にあるカナダよりの招待を受けることといたしまして、今般ワシントン及びオタワを訪問いたしました。
 カナダにおきましては、ディーフェンベーカー首相を初め、スミス外相、フレミング蔵相及びチャーチル通産相と会談をいたし、現在の国際情勢に関し率直な意見の交換を行うことができました。
 この会談におきましては、国連尊重の方針及び国際紛争の国連による平和的処理、査察制度を伴った核実験の停止、軍縮措置に関する国際協定の交渉を促進する方針等について話し合いをいたしましたが、私は、これらの問題につきましては日加両国政府の見解に多くの共通点を見出し、大いに意を強くいたした次第であります。さらに、私のカナダ訪問の最大の目的の一つであった日加貿易拡充の問題につきまして話し合い、両国の貿易を双方にとって有利に伸張せしめることについて相互に確認し得たのであります。
 次いで、米国におきまして九月十一日、十二日の両日にわたりダレス国務長官と会談し、また十二日にはディロン経済担当国務次官とも会談する機会を得たのであります。この会談は、相互に関心のある問題について、きわめて友好的に、かつ、相互理解の雰囲気のうちに行われ、その結果、日米両国の理解と協力に一段の進歩を見たものと信ずるものであります。(拍手)
 まず、国際情勢につきましては、私は、国際社会における民主主義の擁護と発展とを念願するわが政府の基本的立場に立ちまして討議をいたしたのでありますが、国際共産主義が依然として世界平和の大きな脅威となっていることにつき、米国政府との間に完全な意見の一致を見ました。次いで、台湾海峡の問題については、私は、これを武力によらず、あくまでも平和的手段により解決すべきであるとの見解を強調いたしたのであります。
 次に、日米共同安全保障の面におきましては、昨年六月の岸内閣総理大臣の訪米によりまして、日米関係は新段階を迎えたのでありますが、その結果、同年両国間の協議機関として日米安全保障委員会が設けられ、日米安全保障条約に関して生ずる諸問題を検討してきたことは、御承知の通りであります。
 今回の私の訪米によりまして、この点に関し日米両国間に隔意ない意見の交換を行い、安全保障問題に関する共通の利害と双方の立場についての理解が増進された結果、ここに日米安全保障条約を再検討することが確認され、引き続き東京においてその具体的協議を進めることになったのでございます。
 また、両国間多年の懸案である沖縄、小笠原の問題につきましても、私は、わが方の立場を率直に米国政府に説明し、その考慮を要請したのであります。沖縄に関しましては、すでに土地問題の円満な解決のため米国政府当局と沖縄代表との間に討議が行われておりますので、私は、これが成功することを念願いたしております。沖縄民生の安定については、経済的援助を増強する方向で研究することになり、将来この道を開く目途を確認することができました。また、元小笠原島民に対する補償についても米国政府の善処を要請いたしましたが、ダレス長官も本問題を理解し、その解決のため慎重に研究すべきことを約束したのでございます。
 さらに、重要な議題の一つとして日米貿易関係及び東南アジア経済開発上の協力の問題を検討いたしました。
 まず、日米貿易に関しましては、わが国にとり対米貿易がいかに重要であるかを強調するとともに、わが国としても日米貿易の円滑な伸張のため、秩序ある貿易、特に売り込み方法に格別留意すべき旨を述べ、米国政府もわが国のこのような方針を多としたのであります。
 東南アジア諸国の経済開発については、米国の最近における米州大陸、中近東等に対する地域的な経済開発基金の構想について先方の見解をただしますとともに、アジア諸地域の住民の生活水準の向上が急務であり、そのためには早急に自由諸国が協力してこれら諸地域の経済開発を援助する必要があることを力説し、この点、意見の一致を見たのであります。
 以上のごとく、ダレス国務長官との会談は安全保障問題を中心として多岐にわたったのでありますが、米国政府首脳者がわが国が国際場裏において果しつつある役割を正しく評価しているということ、及び、昨年における岸総理大臣の訪米によって打ち立てられました日米関係の新時代に即応し、相互の善意と信頼の上に、日米の協力関係をますます強化していきたいと念願しているということでありました。従ってわが国としては、今後とも日米協力の方針を維持し、強化し、もって世界の平和と正義の達成に貢献する必要を痛感したのであります。(拍手)
 私は、カナダ及びアメリカ訪問に引き続き、第十三回国連総会に出席して参りました。
 国連総会におけるわが国の対処方針につきましては、総会冒頭の一般演説において私の所信を表明いたしました。このうち、中近東問題につきましては、本三十日に予定されておりますハマーショルド事務総長の報告によって緊急総会決議の実施が促進されることを期待するものであり、また、核実験停止問題については、近くジュネーブにおいて米英ソ三国の間で協定締結の交渉が開始されることになっており、この交渉が成果を上げて究極的な実験禁止に向って一歩を進めることを希望するものであります。台湾海峡問題につきましては、ワルソーにおける会談が成功することを望むものでありますが、この問題が国連において論議される場合も予想されますので、今次総会はきわめて重要なものになると考えております。
 国連協力を外交の基本方針の一とするわが国といたしましては、国連における討議の成り行きを注視しつつ、国連がこれら諸問題の平和的処理に成功し、世界平和の確保に貢献すべきことを衷心期待するとともに、わが国もその実現のため努力を続けたいと考えております。
 以上をもって私の帰国報告を終りますが、私は、今後外交を進めて参るに当りまして今次の米加両国の訪問と国連総会出席の成果を十分に反映せしめ、もって世界の平和と繁栄の確保に貢献いたしたいと考えます。国民各位の御支援を切望してやまないものであります。(拍手)
     ――――◇―――――
#7
○議長(星島二郎君) 遠藤国務大臣から、第二十二号台風の災害状況報告のため発言を求められております。これを許します。国務大臣遠藤三郎君。
  [国務大臣遠藤三郎君登壇〕
#8
○国務大臣(遠藤三郎君) 最近の二十二号台風の概況につきまして御報告を申し上げたいと存じます。
 去る九月二十六日夜半、神奈川県の江ノ島付近に上陸し、東京、茨城等を経て福島東北部より三陸沖に抜けました台風二十二号は、これら台風の通過地に当りました静岡、神奈川、あるいは東京、千葉、埼玉、福島等の広範囲にまたがる諸県に猛威をたくましゅういたしまして、特に静岡県狩野川流域地帯におきましては、その被害は惨烈をきわめたのでございます。
 狩野川は、御承知のように、天城山の水を一本に集めて流れておる河川でございまして、従来の経験によりますと、三百ミリ程度の降雨でさえも相当の洪水が出る川でございますが、今回は、二十六日の朝から夜半にかけて五百ミリに達するというような、明治以来かつてない大降雨がありまして、しかも、それは短時間に集中したために、上流部の山地には至るところ山腹の崩壊、がけくずれ等が発生いたしましてこれらの土砂を一挙に押し流したために、狩野川中流部に急激な大はんらんを来たしたのであります。このため、死者三百九十名、行方不明者八百八十六名、流失家屋七百二十八棟、全半壊家屋七百八十一棟、田畑の流失埋没等四百八十八町歩の広きに達する大惨害を起す結果となったのでございます。
 政府は、事態の重大なるにかんがみまして、災害の翌朝、二十七日、直ちに総理大臣主催のもとに中央災害救助対策協議会を開催いたしまして、関係各省あげてこれが救済並びに復旧の対策に当らしめることといたしたのでございます。私は、政府を代表いたしまして、関係各省の局長を帯同の上、災害の翌日、すなわち二十七日、急遽、自衛隊機の御援助により……(発言する者多し)現地におもむきまして、罹災者の皆さんに対し、政府を代表して心からお見舞を申し上げ、同時に、罹災者の救済と善後措置について、それぞれ適切な措置を講じさした次第であります。私は、この機会に、水害等による罹災者の皆様方に対し、心からお見舞を申し上げたいと存じます。
 狩野川にかけられました橋梁は、二、三の永久橋を除いて、三十数橋がほとんど流失し、しかも、二十七日じゅうにはほとんど減水いたしませず、ために、沿岸の各町村は孤立の状態にあったのであります。従って、交通、通信は途絶し、食糧、飲料水、野菜の供給には最も苦心を要するところでありました。これらについては自衛隊の協力を得て万全の努力をいたしております。二十八日にはだんだん減水をして参りましたので、これらの被害地との連絡が順次ついて参ったのであります。なお、二十九日より自衛隊は工作隊を加えて約七千人が出動いたしまして、行方不明者の捜索あるいは貫通道路の一本の道をあけること、これによって物資の供給、復旧等の対策の措置を進めておる次第でございます。被害の状況は、交通がまだ開けておりませんので、詳細なことはわかりませんが、逐次判明するに従いまして相当深刻の度を加えて参ることと存じます。政府は、現地に災害対策本部を設けまして救済並びに復旧に遺憾なきを期する所存でございます。(拍手)
 なお、二十二号台風は、静岡県のほか、神奈川県の鶴見川沿線、あるいは東京都の江東地区を初め、各地に非常な災害を及ぼしており、現在までに災害救助法を適用いたしましたところは十二都県、二十区、二十二市、四十七町村にわたっております。被害の詳細につきましては目下調査中でございますが、現在までに報告をされました公共土木施設の被害は大体九十八億円程度に達し、農林災害等につきましては、なお調査中でございます。政府は、係官をそれぞれ現地に派遣するとともに、関係府県の協力を得て、復旧対策の万全を期しておる次第でございます。
 以上、概略でありますが、今回の災害の報告を申し上げた次第でございます。(拍手)
     ――――◇―――――
#9
○議長(星島二郎君) この際暫時休憩いたします。
    午後一時四十六分休憩
     ――――◇―――――
    午後三時七分開議
#10
○議長(星島二郎君) 休憩前に引き続き会議を開きます。
     ――――◇―――――
#11
○議長(星島二郎君) これより国務大臣の演説に対する質疑に入ります。淺沼稻次郎君。
    〔淺沼稻次郎君登壇]
#12
○淺沼稻次郎君 私は、日本社会党を代表いたしまして、岸総理大臣の施政方針の演説に関連し、外交、内政の重要なる問題について質問を行わんとするものであります。(拍手)
 本国会は、わが日本社会党が、憲法の規定に基いて衆参両院ともに定員の四分の一以上の賛成を求め、各院の議長を通じて、去る八月一日、外交政策、経済不況対策、労働対策等々と案件を付し、九月上旬と日限を限って要求したものであります。政府は、今度の国会に関しまして、これを受けたがごとく、伺っておるのでありますが、来たるべき通常国会は、先ほども総理大臣から話がありま一した通りに、参議院議員の半数改選並びに地方自治体の選挙が行われる前に開かれる国会であるをもって予算以外の諸法案の審議は必然的にたな上げにされる心配があるのであります。そこで、予算関係以外の重要法案は、その審議を本国会で終えておきたいというこの便宜の上に、社会党の要求に便乗をいたしまして、便宜主義のもとに開かれたのが今回の国会であるといっても過言ではないと私は思うのであります。(拍手)先ほど総理大臣の演説を伺いましても、あまりにも抽象的であります。ただ具体的であったのは、勤評に反対をしておる教職員に対して、いかに弾圧を加えるかということが大いにはっきりしておりますが、それ以外は、あまりにも抽象的であり、また、藤山外務大臣の演説は、われわれは外交方針の演説をなされると思っており、あるいは外交の経過報告でもあろうと思っておったところが、案外、旅行の報告のごときものでありまして、はなはだ遺憾しごくといわなければなりません。(拍手)今、外交の関係を考えてみましても、戦争か平和かという重大な危機を含みつつある激動する世界の情勢のさなかにあって、わが日本はいかように対処するかということを伺いたかったのでありますが、この具体的問題に触れなかったことは、はなはだ遺憾しごくといわなければなりません。(拍手)加えて、経済界の不況はいよいよ深刻の度を加え、中小企業者は転落の道をたどり、失業者は増大しつつあります。この不況をいかにして打開するか、日本国民が政府の施策を聞かんとしておるのが、今国会の重大なる意義であろうと私は思うのであります。(拍手)ところが、これに対しまして、大蔵大臣並びに経済企画庁長官の財政経済の見通し及びこれが対策に関する方針演説のなかったことは、はなはだ遺憾しごくであり、加えて、伺いまするところによりますと、その責任者たる大蔵大臣が本国会中に外国へ行かれるというのでありますから、はなはだ無責任きわまるといわなければならぬと私は思うのであります。(拍手)また、このことは、国民も非常に失望しておることと思います。
 以下、順を追うて質問を行いたいと思います。
 第一は、外交問題に関することであります。今や、国際情勢は重大なる局面にぶつかっております。中近東問題、台湾海峡の問題は、世界人類に重大なる課題を投げております。かかる重大な国際情勢の中に、わが国外交は常に情勢の観察を誤まり、動揺、不安定の中に進められておるのであります。はなはだ遺憾といわなければなりません。(拍手)
 たとえば、外務省においては、去る七月十三日、アメリカ、ソビエト、西ドイツ、タイ、アラブ連合国駐在の五大使を集めまして、いわゆる五大使の連合会議を開き、中近東情勢を検討の結果、この地域にはクーデターなしと確認し、アラブ民族主義に理解ある立場をとるべき方針を決定したのであります。ところが、十四日にはイラクにクーデターが起り、カセム将軍が新政府首相に就任をいたしました。十五日には、外務省は、イテクの政変を内政問題と断定して、この線に沿うて、第三国武力干渉は望ましくないと、松平国連大使に訓令をしておるのであります。このことは正しいと思うのでありますが、この日にアメリカ海兵隊がレバノンに上陸をしておるのであります。十六日には、松平国連大使は、安保理事会で、派兵を前提とするアメリカ決議案に賛成をしております。さらに十八日には、外務省は、松平大使に、レバノン国連監視団の増強を骨子とする決議案の提出を訓令しております。一度、イラクの政変は国内問題として断定して、第三国の武力干渉は望ましくない、こう決定をしながら、ひとたびアメリカからレバノン派兵の決定が通知されるや、条件付アメリカ決議案に賛成という、朝令暮改というか、あるいは朝令昼改といった方が私は妥当ではなかろうかと思うのであります。(拍手)まさに百八十度の転換であります。某国は奇妙なる転換というておりますが、私をして言わしめるならば、奇妙きてれつなる転換といわなければならぬと思うのであります。(拍手)
 さらに、最近、藤山外相は、アメリカにおけるダレス氏との会談において、中国問題については、しばらく静観という態度を表明した、さらにイギリスのロイド外相との会見においては、金門、馬租島は中国の領土であるといって意見の一致を見たと、外電並びに日本の新聞はこれを報道しておるのであります。これは正しい意見であろうと思います。しかるに、帰って参りますと、これを否定しておるのであります。かくのごとく動揺する姿の現われは、岸外交の基本的方針の誤まり、矛盾からくる結果であると思うのであります。
 岸内閣は、その外交の基本方針を、第一には国連中心主義、第二には自由国家群と協力する、第三には、アジアの一員としてその立場を堅持すると規定して動いておるのであります。しかし、これは、ただ三つの原則を並べただけでありまして、多くの矛盾を含んでおります。この矛盾が今回日本外交路線の醜態となって現われてきておるのではなかろうかと私は思うのであります。(拍手)世界は自由主義国家群と共産主義国家群のみではありません。アジア・アフリカの地域には、西欧植民地主義からみずからの民族を解放して、新しき民族主義のもとに、いずれの陣営にも属さない自主独立の国家を形成しつつある国々があるのであります。日本は、アジアの一員として、これら民族国家との提携を強化して、いずれの陣営にも属せず、自主独立の外交を展開することでなければならぬと思うのであります。また、国連の中における日本の活動もこの方針に基いてやることは、私は当然ではなかろうかと存ずるのであります。(拍手)
 日本は戦争に敗れた結果、国民の反対にもかかわらず、現在日本は日米安全保障条約、行政協定に基いてアメリカの軍事支配下にあるのであります。これから脱却しなければ、日本の完全独立と平和を期するわけには参りません。今回、藤山外務大臣は、日米安全保障条約の改正を約束し、これより改正の交渉に入るということであります。しかるに、このような重大問題が、あの旅行報告には一言も触れておらぬところに、大きな誤まりを犯しておるのではなかろうかと私は思うのであります。(拍手)だから、あなたのは外交方針にあらずして旅行報告であるということは、こういうところから出てくるのであるということを御了承願わなければならぬと思うのであります。安保条約は、改正を求めるにあらずして、解消を求むべきものであると私は思うのであります。(拍手)われわれが国際的に改正を求めるのは不平等なる対日平和条約であるといわなければならぬと私は思うのであります。
 対日平和条約の論議は将来に譲ることといたしまして、安保条約について申し上げますが、政府は、安保条約を双務条約ならしめんとしておるようであります。その結果、自衛隊はアメリカの基地防衛隊になり、さらに、アメリカは憲法違反たる海外派兵を要求し、沖縄の共同防衛の義務を持ち出し、日本より全面戦争参加の証文を取らんとするのがこの改正案だといっても断じて過言ではないと思うのであります。(拍手)安保条約は日本から改正を求めたというのでありまするが、案外これはアメリカに乗せられた結果ではなかろうかと思うのであります。しかも、条文を簡単にして、すべてを行政協定にゆだねようとして、そうして国会の論議からのがれ去ろうというところに大問題を含んでおるといわなければなりません。(拍手)まさに重大なる課題を日本にかけておるといわなければならぬと思うのであります。日本の安全を保障することは、アメリカとの軍事関係を強化することではなく、解消することであり、しかも、われわれは、中ソ友好同盟条約の中における軍事関係はこれが解消を求め、日本とアメリカとソビエトと中国、これが中心になって新しい安全保障体制を作ることが日本外交の一基準であるといわなければならぬと私は思うのであります。(拍手)この点について総理大臣はどう考えるか、お伺いいたしたい。
 さらに一言申し上げたいことは、日本外交の失敗は、常に遠きと結び、近くを攻め、近くを敵視するところにあったと思います。さきには日英同盟を結んで、イギリスのアジアにおける番兵のごとき役割を果し、第二次世界戦争の際には、ドイツ、イタリアと軍事同盟を結び、中国並びに東南アジア諸国に帝国主義的な発展を試みんとしたところに、日本の大失敗があったといわなければならぬと思うのであります。今また、岸内閣は、中国を敵視し、アメリカと結び、アメリカのドルを日本の技術でオブラートいたしまして、アメリカの帝国主義的発展を東南アジアにせんとするその媒介体の役割を持っておりますものが、いわゆる岸内閣の東南アジア開発金庫ではなかろうかと私は思うのであります。(拍手)従いまして、東南アジア諸国は、この岸内閣の東南アジア開発金庫に対して重大なる警戒を持っておることは、忘れてはならぬ点であろうと思うのであります。ここで、私は、岸内閣に対し、アメリカ追従の外交を改めて、自主独立、善隣友好、平和外交の展開を求むべきであろうと思うのでありますが、総理大臣のお考えを承わっておきたいと思うのであります。
 第二には、日中国交回復問題であります。戦後十余年にわたる中華人民共和国とわが国民間同士の努力によりまして築き上げられた貿易、漁業、文化交流、人事往来、こういうような日中関係は、岸内閣の第四次貿易協定の事実上の拒否と、長崎における国旗事件を契機として、最悪の状態に立ち至っております。これを打開しなければ、日中両国民の友好とアジアの平和に重大なる危機をもたらすと思うのであります。わが国民生活にとっても重大なる影響を与えることと思います。これを解決することこそ、日本外交の最大なる課題であると思うのであります。(拍手)日本と中国の関係がいかように重大であるかということは、単に地理的、歴史的のみでなく、現在すでに中華人民共和国が確固不動の地位を確立し、現実に中国を代表する政権となっておるのであります。今日これに対して目をつぶって、そうして、アメリカの財力と武力に援助されながら、台湾及び澎湖島を統治しておるにすぎない台湾政権と日華条約を結んでおることは、断じて私は真に中国との国交を意味するものではないと思うのであります。(拍手)
 日中国交とは、日本と中華人民共和国との間に結ばれた国交のことでなければなりません。しかるに、現在の実情は、中国と日本との間は、満州事変始まって以来一番迷惑を受けた中国本土との間においては戦争状態が残っておるのであります。一九五二年、吉田内閣の手によりまして、いな、吉田内閣がアメリカの威圧の中に、台湾政権との間に日台平和条約を結んでおります。これによって中国六億の人民に対する戦争責任が完了したかのごとく装ってきたところに大きな誤まりがあったといわなければならぬと私は思うのであります。(拍手)中国は一つ、台湾は中国の一部であります。台湾問題は中国の内政問題として解決するのが当然と私は思うのであります。新中国の承認、日台条約の再検討の時が来ておると私は思うのでありますが、総理の所見を承わっておきたいと思うのであります。(拍手)
 さらに、中華人民共和国は、アジアのみならず、世界において実力を持っておる国家となっております。その隣国に位する日本が、正常なる外交関係を持たず、今日のごとき最悪の状態にあることは、日本のアジアにおける国際的地位を不安定ならしむるばかりでなく、アジアの平和に、いな、世界の平和に重大な影響を有するのじゃなかろうかと考えるのであります。この点より、日中国交回復の一日も早からんことを望んでやみません。さらに、社会体制の異なったアジア・アフリカの諸国と同様に、いずれの陣営にも属せざる日本と中国との間において、平和共存、互恵平等の立場に基いて経済的、文化的交流を推し進めることが両国にとって相互の利益であり、わが国の発展と繁栄を実現するものであると思うのであります。
 かかる見地に立って、日本社会党は、保守党内閣の消極的な態度にかかわらず、国民とともに貿易、文化、人事の交流と国交回復のために努力して参りました。しかるに、岸内閣は、アメリカの戦略体制との結びつきを一段と固めて、日台関係を強化することによって日中間の親善友好の関係をはばんで、さらに日中関係の正常化を妨げているといっても過言ではないと思うのであります。(拍手)しかし、最近になりましても、岸内閣は中国に対する誤まった認識を改めません、今なお静観の態度をとっておるのであります。非常に遺憾であるといわなければなりません。
 そこで、私は、岸内閣に対し、次の諸点を要求するものであります。政府の真意を伺いたい。
 二つの中国の存在を認めるがごとき一切の行動をやめ、中華人民共和国との国交回復を実現すること。台湾問題は中国の内政問題であり、これをめぐる国際緊張は関係諸国で平和的に解決すること。日本は、中国を対象とするNEATO、北東太平洋平和機構――日本、朝鮮、台湾、この軍事同盟には加入せざること。また、日本に核兵器は絶対に持ち込まないこと。国連その他の機関を通じて中華人民共和国の国連代表権を支持すること。長崎における国旗事件には陳謝の意を表し、今後中華人民共和国の国旗の尊厳を保証する万全の措置を講ずべきだと思うのであります。(拍手)さらに、友好と平和を基礎とする文化的、技術的、経済的交流を拡大し、国交正常化を妨害することなく、これに積極的な支持と協力を与うべきだと思うのであります。特に、第四次貿易協定の即時実現をはかるべきと思うのであります。これらに対する総理大臣の隔意なき意見を承わっておきたいと思います。(拍手)
 次に、総理大臣は、施政方針の演説の中で台湾海峡問題に言及をいたしまして、平和的解決を望んでおります。まことに私はけっこうだと思うのであります。しかし、台湾海峡をめぐる問題はどこに重点があるかといえば、アメリカの台湾政権に対する軍事支援であり、台湾にアメリカ軍隊が駐屯しておることがアジアの緊張を強化しておるといっても過言ではないと思うのであります。(拍手)岸総理が平和的解決を望むならば、岸総理は、昨年東南アジア諸国を訪問して、帰りに台湾に立ち寄られ、蒋介石に対して本土反攻を激励した言葉を贈っておるのである。まず、平和解決を望むならば、これを取り消していくのが岸総理のとるべき態度であるといわなければなりません。(拍手)さきには本土反攻を説き、今また平和解決を説く。まさに口は重宝なものだと思いますが、問題は信頼と誠意にあると思うのであります。
 さらに、さきに開かれた国連総会に、インドからの「中国の国連代表権決議案」が出た際に、日本代表は、これに反対の意を表しておるのであります。これでは日本の誠意は疑われるのみであると私は思うのであります。(拍手)
 また、さきに述べたように、藤山・ロイド会談で金門、馬租島は中国本土の領土であると意見の一致を見たと、こういうことの報道をしておるのでありまするから、その通り藤山外務大臣が行動をしておりまするならば、平和解決の一布石となったと私は思うのであります。かかる政府の態度は、日本のアジア諸国からの信頼を落すのみであります。
 台湾問題は、米中会談が開かれておりまするが、難航を続けております。一方、アメリカのダレス氏は金門、馬租は手放せない、こう言っております。また、伝えられるところによりまするならば、アメリカ第七艦隊は核武装をしておるといわれておるのであります。ソ連のフルシチョフ氏は、核兵器には核兵器をもって報復するという書簡を出しておるのであります。従って、一歩誤まれば、日本と沖縄を含めて原子戦争に巻き込まれる憂いなしとしないと私は思うのであります。(拍手)ほんとうに重大な問題になっておるのであります。しかし、アメリカにおいても、ダレス外交に対しては痛烈なる批判が起っておるようであります。
 そこで、私は、平和解決をせんとするならば、第一には、中国は一つ、台湾は中国の一部であり、その内政問題として解決するということに重点を置いて、アメリカの軍事介入には反対、アメリカが台湾問題のために日本の基地を使用することに反対の態度をとって政府は行動すべきであると思うのであります。この点について政府の所信を承わっておきたいと思います。(拍手)
 第三点は、不況対策であります。経済白書では、経済不況は在庫品整理の第一幕から過剰設備による不況の第二幕が始まるといっております。そして、操業短縮は六月に終る、九月に終るといって、さらに来年二月になっても見通しがつかないといっております。自民党の水田報告書によりましても、この不況に対して若干の対策を講じなければならぬということを言っております。ところが、岸総理以下、関係閣僚は、不況ではない、不況対策の必要性はないと言っております。経済成長率についても、ことごとに見通しが狂い、毎年改められ、五カ年計画はあってもなきがごとき乱脈の状態であります。一国の経済を預かる政府として無責任きわまるといわなければなりません。(拍手)大企業は、神武以来の景気のもうけで、操短をやっても何とかやりくりをつけておるようでありまするが、中小企業者は受注がなくなり、さらに高金利、金詰まりに悩み、下請業者の多い地区においては、失業者は続出しておるような状態であります。不況の犠牲が勤労大衆にしわ寄せされておるのであります。岸総理は、現在の経済界の実情を不況にあらずと考え、独占禁止法の改正を行わんとするがごときは、岸内閣が大資本の立場に立っておることを雄弁に物語るものであるといわなければなりません。(拍手)政府は、二百二十一億のたな上げ資金を抱えながら、何ら不況対策を立てておりません。政府は、この不況を克服し、不況から犠牲者を救うためには、中小企業者救済、失業者救済、酪農対策、養蚕対策、最近に頻発をした災害対策を講ずるために、補正予算を組むことが当然であると思うのでありまするが、政府の、この不況対策と、補正予算に対する考え方を明確に伺いたいと存ずる次第であります。(拍手)
 第四点は、自由民主党は、総選挙の際に公約をいたしましたものがございます。それは、岸内閣によって、いかに行われんとしておるのでありまするか、この点についてお伺いをしたいと思うのであります。
 さきの特別国会において、選挙公約問題についてわれわれが言及した際、岸総理は、特別国会は内閣を組織するのに重点が置かれておって、公約問題については臨時国会でと申されたのであります。しかし、今度の国会において、施政方針の演説の中に、公約の具体的なものが現われておらないことは、はなはだ遺憾しごくといわなければなりません。(拍手)政治家にとって、さらに政党にとって大切なものは何であるかといえば、その発言と公約であるといわなければならぬと私は思うのであります。総選挙の際、社会保障制度の確立、所得税については、その免税点を月収二万五千円まで引き上げる、事業税については、免税点を年所得二十万円とする、また、固定資産税、物品税等を合せて七百億円の減税を行うことを公約したのであります。ところが、来年度の税の自然増は七百億といわれております。前年度の剰余金は二百億減となって、財源としては一千億円くらいしか出て参りません。これに対して、防衛費、旧軍人恩給費、義務教育費等、当然の支出増が行われるのでありますが、これが七百億あります。残り三百億で減税と社会保障制度の公約を実行するというのでありまするから、よほど器用な人でなければできないと思うのでありまして、これをいかように実現するか、伺っておきたいと思うのであります。(拍手)現に、地方税の減税についても、政府と与党と野党との間に相当鋭い対立があることを私は見なければならぬと思うのであります。さらに、老齢、母子、身体障害年金を明年度より、病気に対する国民皆保険は三十五年度よりと公約したのでございますが、母子と身体障害年金は、これをたな上げし、老齢年金だけ実施せんとしておるのでありますが、これも、実施期をずらして、財源を少くしょうとしておるのであります。従いまして、いかように公約を実行せんとするのか、総理から承わっておきたいと思うのであります。(拍手)
 第五点は、教員の勤務評定を強行実施せんとする政府の態度について私はお伺いをしたいと思います。
 教員の勤務評定をめぐる紛争は、わが国教育史上に重大なる混乱を起しております。これは、政府はさきに教育委員会の公選制を廃止して任命制とし、教育長の選任は文部大臣の承認を必要とするという制度の改変によって教育の中央集権化が行われ、政府が一方的に勤務評定を強行して、国家権力を背景にして押しつけんとするところに、大きな問題があるといわなければならぬと思うのであります。(拍手)政府の国家権力乱用、労働運動弾圧は、単に日教組ばかりでなく、国鉄労組、全逓労組、民間王子製紙の争議等に露骨に現われていることを指摘しなければなりません。
 戦後、日本の教育は、平和憲法のもと、教育基本法に基き、教育の中立制を保持し、教員の創造性と熱意のもとに行われて参ったのであり、従って、その教育が日本国憲法のもとに行われるのでありまするから、日本国憲法擁護の立場に立つことは当然であるといわなければならぬと思うのであります。(拍手)憲法改正の立場に立つ保守党が、教育委員会法の改正、教科書法の改正を行なって、教育を自己権力の維持、さらには憲法改正の道を開くために勤務評定を強行しているといっても、私は断じて過言ではないと思うのであります。政府が強行を続けるならば、さらに深刻化すると思います。そこで、私は、政府に対し、勤務評定の強行はこれを即時中止すべきと思うのであり、さらに加えて学識経験者を中心とした審議会を作って抜本的解決をはかるべきだと思うのでありますが、これに対する政府の考え方を承わっておきたいと思うのであります。(拍手)
 ここで一言申し上げておきたいのは、この勤務評定問題には、学長グループがあっせんに乗り出して努力されました。しかるに、文部大臣は、何の資格があって会いに来たかわからないと言っている。また、岸総理大臣も、昨日の新聞記者会見において、学長という良識ある人々が、どうしてあっせんとか審議会と言うのか、意図がわからないと言っておりますが、まことに独善的な態度といわなければなりません。(拍手)政府は常にあらゆる民間人の意見を聞くことが当然であり、しかも、大学の最高学府にあって教育に当っている人が、教育の問題に対してこういう意見を持っているというときには、政府は、これを参考にして考えるのが政府のとるべき態度でなければならぬと私は思うのであります。(拍手)政府は法律にあるから実施するのだと言っておりますが、法律の規定は昭和二十五年にできております。そうして、昨年まで実施しなかったのであります。そこに問題があると思います。これを、急激に、相手の立場を考えずに強行しようとするところに問題があるといわなければなりません。ところが、きのうの新聞記者会見では、岸総理は、この強行していることを、当りまえだ、その当りまえは、雨の降るときは天気が悪いのだ、こういうことで表現をしたというのでありますが、私は、この表現は、官僚としての表現ならわかるけれども、政治家としての表現ではなく、これは、政府が、きまったことは何でもやればよい、はたからよけいなおせっかいをする必要はないという、官僚政治家としての露骨なる現われであるといっても過言ではないと思うのであります。この総理大臣のもとに官僚的文部大臣があって勤務評定を実行せんとするのでありまするから、紛糾はまだ続くであろうということを私は申し上げないわけには参りません。政治家は、天気が悪くなったとき、それをどうするかを考えるのが政治家の任務であるということを一つお考え願いたい。
 最後に質問せんとする点は、政府の災害対策についてであります。戦後一つの特徴は、災害が多いということであります。特に風水害の多いということであります。この風水害の多いのはなぜかといえば、戦争中、時の政府が戦争のためにすべてを集中して、山林は切りっぱなしにし、河川改修費は逐次これを減少する等、自然との争いを中止して戦争に終始したところにこの災害が大きく現われておる一つの原因があるといっても過言ではないと思うのであります。(拍手)災害とは、いわば自然のいたずらであるといっても過言ではございません。従いまして、私どもとしては、災害が起きた場合においては、超党派的にやってしかるべき問題であると私は思うのであります。災害の問題を私がしゃべっておるときにやじる方の人たちの中には、案外、災害はどうなってもいいというお考えがあるのではなかろうかと考えるのであります。いわば、災害は人間と自然との争いであります。この人間と自然の争いには、すべてのものを超越して、これを回復することに努力して参らなければならぬと私は思うのであります。
 ところが、昨年は九州に大きな災害がありました。本年は関東並びに東北にあったのでありまするが、それに対して自由民主党が何ら対策を立てないということは、明らかに、国土保全の立場に立っておる岸内閣が、自然のいたずらに敗北しておる姿であるといっても断じて過言ではないと私は思うのであります。(拍手)そういう意味合いにおいて、この災害対策については、いかなる対策を持っておるか、特に、先ほど建設大臣から報告を受げてあったのでありますが、報告だけで対策はない。対策のない報告なんというものは政府側にはないはずだと私は思うのであります。従いまして、対策と補正予算をいつ出すのか、はっきりしてもらいたいということを申し上げまして、私の演説を終ります。しかし、答弁のいかんによってはもう一ぺん壇上に立つことを留保しておきます。(拍手)
  [国務大臣岸信介君登壇]
#13
○国務大臣(岸信介君) 淺沼君の御質問は、外交、内政各般の問題にわたっております。私は、できるだけ明確に、かつ、詳細にお答えをしたいと思います。
 ただ、全体として私どもの非常に遺憾とするところは、国際情勢にいたしましても、また、いろいろな国内の問題にいたしましても、やはり、はっきりと政治は現実をつかんで、現実の上に考えていかなければならないということであります。(拍手)たとえば、第一の質問であったところの日米安保条約を解消し、日米中ソ四ヵ国の間で話し合って安全保障体制を考えていったらいいじゃないかというお話であります。これは、およそ現在の国際情勢から申しまして、そういうことが可能であると考えること自体に私は疑問を持つのであります。(拍手)もちろん、今日の世界の米ソの間の対立、緊張というものを緩和していくという努力につきましては、すでに、われわれが、あるいは国連を通じて、あるいはその他の場合におきましても、あらゆる努力をしておるのでありますけれども、これが解消されない状況が現実の問題であります。その現実に即して、こういうものでやっていったらいいじゃないかということは、非常に現実から離れている。しこうして、日本の安全保障という問題は、一日もこれがギャップを作ってはならないのであります。国民をして安全の意識を持たせるためには、最も有効で適切な安全保障体制を考えることは当然であります。(拍手)私どもが今回十年前に作られた日米安保条約を全面的に検討して、日本の自主性に基いた日本の安全保障体制を考えようというのも、こういう考えからでございます。(拍手)
 第二は、従来、日本の外交は、いわゆる遠交近攻、遠いものと交わり、近きものを攻めるというような考えであって、むしろ、世界の平和を増進するためには、近隣の諸国との間に友好親善を増進して、そうして世界の平和を確保していかなければいかぬというお話であります。私は、これは全然同感であります。ただ、問題は、私どもは、今日の国際的の諸種の状況を考えますと、遺憾ながら、国々におきましてその政治の理想を異にし、政治の形態を異にしておる状況でありますが、しかし、私どもは、そういうものを乗り越えてあるいは経済の面、あるいは文化の面の交流をして、互いに親善友好を進めていこうということは、現に私どもがとってきておる方針であり、今後もそれは貫くつもりであります。
 この問題に関連して、日中関係の問題についての御質問がございました。私は、施政方針のうちにも明確に申し上げました通り、両国は政治形態を異にし、政治の理想、理念を異にしておるけれども、しかし、われわれは、それにかかわらず、お互いにおのおのの立場を尊重しながら、経済あるいは文化の交流を進めていくということが、両国民のために望ましいことである、こういう方針で今日まできておりますし、今後もいくつもりであります。ただ、問題は、最近、この春以来、日中の関係はあらゆるものが停止、停頓しておるという状況でございます。この状況は、両国にとって非常に好ましからぬ、望ましくない状況であって、これが打開されることは両国のために望ましいことであると思います。しかし、その方法としてどういう方法をとるかという問題につきまして、淺沼君の御指摘になりましたようなことは、私は考えておりません。現に、われわれは、決して二つの中国を認めるというような陰謀に参加している覚えもありませんし、そういう考えは全然持っておりません。それにもかかわらず、われわれがそういうものに加担しており、そうして、それが中国に対して敵意を持っておる証拠であるということを言っておりますけれども、われわれは、かつて中国に対して敵意を持ったこともありません。従って、そういうことは誤解である、いわれなき誤解であるということを私は申しておるのであります。(拍手)
 また、日中の国交回復の問題につきましては、現在の状況においては、われわれは直ちに国交回復をするということはできないということを申しておる。日本と国民政府との間に日華平和条約が結ばれていることは、御承知の通りであります。現に、淺沼君自体から、そういうものを再検討すべき時期じゃないかという御質問があるように、これを無視していきなり日中の国交回復をするということは、とうてい許されないことであります。さらに、国際情勢をごらんになりましても、国連における代表権の問題も、まだ多数の国がこれを取り上げて討議しないというところでありますから、そういう国際情勢が調整されずして、直ちに日中国交回復を言うことは、私は、現実を離れておる、こう言わざるを得ぬと思います。(拍手)
 また、NEATOの、そういう台湾や韓国を含めた軍事同盟に参加しないということ、あるいは核兵器を持ち込まないということがありましたが、これらは、言うまでもなく、日本が自主的にきめる問題でありまして、私は、この交渉にこれを条件とすることは絶対に反対であります。(拍手)しこうして、私は、国会を通じてNEATOに参加しない、また、核兵器は持ち込みを認めないということは明確に申しておることも申し添えておきます。しかしながら、これはあくまでも日本の自主的立場から言うべきことであります。
 国旗の問題につきましては、これはお互いが自国の国旗に対して尊敬の念を持つものでありますから、他国の国旗に対しても、やはりこれを尊重していくということは、これは望ましいことであります。しかし、長崎の事件というものは、御承知の通り、全然根拠のない突発的な事件でありまして、そういうことに対してすべて国が責任を負うということは、私は国際慣例にないと思います。従ってこの問題について日本を代表して中国側に陳謝しろと言われることは、どういう意図を持っておられるか、私には了解ができません。陳謝することはございません。(拍手)
 台湾海峡の問題に関連しまして、いろいろ御意見もございましたが、私どもは、この台湾海峡の問題を武力によって解決しようとか、あるいは、これが戦争に進展するということは、いかなることがあってもさしてはならないという立場に立って、これが平和的解決を促進することに努力をしておるのであります。まず、当事者の間においてワルシャワ会談が行われております。私どもはその成功を祈るのでありますが、あるいは、今日までの経過をもってしますというと、簡単に成功というような甘い考えもできないと思います。しかしながら、あくまでもこれを話し合い、そうして、平和的の手段によって解決するという方向に持っていかなければならぬ、あるいは国連に持ち込まれるというようなことも予想して、それに対処すべき方途も考えていかなければならぬ、かように思うております。なお、台湾のこの問題に関して、台湾とアメリカとの関係なり、あるいはこれは単に中国の内政問題であるから云々というお話もございました。しかし、私は、今日の国際情勢をごらんになりますと、台湾問題は、単に中国の内政問題なりと言い切っただけで、これが解決するというような簡単な問題ではないと思います。これに関連しての国際的ないろいろ複雑な関係がありまして、それが調整されずして、ただ内政問題だというようなことで解決するような、簡単な問題でないということを申し上げておきます。
 内政問題に関しましては、これまた、経済の見通しについてのお考えが、私どもの考えとやや違っておるのであります。もちろん、今日の状況を不況と見るかどうかというのは言葉の問題でございまして、私の施政演説の中にもありましたように、今日、経済活動がある程度停頓しておるということは事実であります。ただ、問題は、不況対策として補正予算をこの臨時国会に出すのが適当であるかどうかという問題であろうと思います。それは、私どもは、今日の経済の一般の見方をしますと、昨年来、いわゆる調整期に入っております。調整期のこの調整の段階というものが、予想したよりも幾らかずれておることは事実であります。その段階においても、いろんな経済上の現象はございますけれども、しかし、この調査を終るということが今後の日本経済の発展のための基礎でありまして、今、甘い考えでもって、安易な考えでもって補正予算等を出して国内の景気をあおる、景気をつけるというようなことを考えることは、堅実な経済政策としては適当でない、私は、かような見地から、補正予算を出す意思は現在のところ持っておりません。
 公約の実現の問題についての御質問がございましたが、お説のごとく、政党が、国民に、選挙の際、あるいはその場面において、責任を持って公約したことについて忠実でなければならぬことは、言うを待たないのであります。私どもは、三十四年度の予算の編成を急いでおりますが、この予算をごらん下されば、われわれがいかに公約の実現に忠実であるかということが明瞭になると思います。
 減税の問題に関しましても、いろんなお話がありましたが、私どもは、目下、あらゆる観点から、これが検討をいたしておりまして、実現を期しております。また、国民皆保険の問題は、三十五年度から、比較的詳しく施政方針に申し上げましたような方向によってやるつもりであります。また、国民年金の問題は、おあげになりました三つのうち一つしかできないじゃないかというふうなお話がありましたが、私どもは、養老年金、母子年金、障害者年金という三つを必ずやるというもとに立案を急いでおるのであります。何か大へん御心配で、そういうことをやるのには、非常に巧妙に、手ぎわよくやらなければ、普通じゃできぬぞというような御注意もありましたが、十分責任を持ってりっぱにやりますから、これはその案を見た上で一つ御批判を願いたいと思います。
 それから勤務評定の問題でございますが、これまた、私は、施政方針の中に、相当詳しく、明確に私の信念を申し述べております。
 何か勤務評定の実施ということが憲法改正につながっておるというふうなお話でありますが、これはどういう論理であるのか、私には理解できないのであります。憲法改正の問題は、御承知の通り、憲法調査会において審議中でございます。これは日本としてきわめて重大な問題でありまして、十分に、慎重に検討すべき問題であります。
 勤務評定の問題は、私どもがすでに言っているごとく、人事の管理を公平にするという意味から、多数の人を勤務せしめるべき場合において勤務評定が行われるということは、どの世界においても当然のことでありまして、教職員の諸君だけこれが例外でなければならぬという理由は、われわれは見出さない。従って、これは既定の方針の通りやるつもりであります。それにつきまして、中止して、第三者を入れた審議会で一つ根本的に検討したらどうだというお話でありましたが、そういう意図は持っておりません。これは、しばしば明瞭に申し上げました通り、私どもは、既定の方針の通りあくまでも実施する、しこうして、日教組を初めこれに対する反対運動の態勢というものは解いてもらいたい、しこうして、勤務評定の内容そのものは、実施してみて、いろいろ検討すべきものも私はないとは思いません。そういう工合に検討することにはやぶさかでない、こう思っておるのでございます。
 それから、風水害の問題につきまして、かくのごとく戦後においてしばしば大きな風水害の出ることは非常に遺憾なことであり、それが戦時中における国土の荒廃に基因するところが大きいというお話も、私もごもっともに思います。従って、風水害対策としては、これは言うまでもなく、治山治水の全面的国土保安の問題に関連するわけでありますが、しかし、これには大きな予算も要しますし、長い年月も要するものでありまして、その途中においていろいろ起ってくるところの対策については、私どもは、できるだけの緊急措置と、あるいはこれに対する対策を立てております。
 今回の二十二号風水害につきましては、実は、先ほど建設大臣が報告を申し上げましたように、まだ正確に実情が把握されておりません。また、従って、対策というものを具体的に立てる段階になっておりません。至急に調査を完了し、十分に対策を立てまして、必要があれば、私どもは、もちろん補正予算その他の方法も講ずるという覚悟であります。
 以上であります。(拍手)
#14
○議長(星島二郎君) 淺沼稻次郎君から再質疑の申し出がありますから、これを許します。淺沼稻次郎君。
  [淺沼稻次郎君登壇〕
#15
○淺沼稻次郎君 総理大臣の答弁を聞きまして、必ずしも十分というわけには参りません。しかし、ただ、特に私が遺憾に思いますることは、外交問題につきまして総理の意見を聞いておりますと、案外、現在の姿ばかりにとらわれて、動く世界の姿に対してどうやるかという考え方が欠如していることは、はなはだ遺憾であります。(拍手)なるほど、外交は現実的に問題を処理しなければならぬのでありまするが、世界は動いておるのでありまして、その動いておる世界の中に日本はどうやって生きるかということを考えて参らなければならぬと思うであります。もちろん、台湾と日本との間において、現実には条約があることは認めざるを得ません。しかしながら、一体、中国の主人公はだれであるかといえば、六億の人民を擁して新しく中華人民共和国を作っておるこの中国こそが中国本土の主人公なりといわなければならぬのであります。(拍手)それとの関係をどうするかということが日本の将来にとって重大なる問題でありまするから、そこで中国の承認ということを考えて参りまするならば、自然、台湾との関係を再検討して、どうするかということにならなければならぬから、再検討ということを言ったのでありまして、この点は、よく誤解のないように願っておかなければならぬと思うのであります。
 さらに、私は、外交問題については、ただ単に政府の考え方ばかりでなくして、国民がどういう考え方を持っておるかということを考えて参らなければならぬと思うのであります。(拍手)先ほど、岸総理は、原水爆の実験禁止になったのは、あたかも政府の行動のごとく言っておるのでありますが、これはそうではない。三たび原水爆の洗礼を受けた日本国民が、ほんとうに国民運動として世界に訴え、そうして、世界の世論がここにきたから、ついに、アメリカもイギリスも、さらに、これに加えましてソビエトも聞かなければならぬということになったのでありまして、この点は、よくお考えを願っておかなければならぬ問題であろうと思うのであります。(拍手)従いまして、日米安全保障条約改正といっても、国民の考え方がどこにあるかということを考えて、国民とともに外交をやるという態度をとらなければ成功はしないということを、私は付言しておきたいと思うのであります。(拍手)
 今、日本は、国際紛争を解決する手段としての戦争は放棄しておるのである。従いまして、日本外交の基準は何であるかといえば、正義と人道に訴え、日本の国民の世論を背景として、世界の良識に訴えていくことが日本外交の基本でなければならぬと私は思うのであります。(拍手)この点をよくお考えを願いたい。
 さらに加えて、補正予算のことでありますが、景気は不景気でない、不況でない、ずいぶん、私は、現実をこれこそ見ておらぬと思うのであります。外交の点においては、私が見ないと指摘されたのでありますが、日本の経済界の現実を見て不況ではないという総理の頭の考え方は相当違っておるのではないかと思います。(拍手)このしわ寄せが方々にありまして、中小企業者は転落をする。今、労働争議が起きて、どんどん解雇が行われている姿を見ますならば、やはり不況の現われである。たとえば、日産化学というところで大きなストライキをやっておる。これはどこからきておるかといえば、中国との貿易がとだえた結果きておるのであります。さらに加えまして小西六で争議が起きておる。この争議は、いわゆる貿易関係が悪くなり、それと同時に、国内における購買力がなくなってきておるのが、こうなっておることを知らなければならぬと思うのであります。まあ、そういう点について、もっと真剣に、困っている人、失業をしていく人、あるいは転落していく中小企業者の身になって少しお考えを願いたいと私は思うのである。
 それから、予算は出さないというのでありますが、しかし、あとの方では、場合によったら災害予算は出そうと言っておる。一体、どっちがほんとうなのか、私はこれを聞きたい。私の前の質問は、災害対策も加えて補正予算を組むべきであると、こう言っておるのでありまして、少くとも、私は、補正予算を出すことが政府の国民に対する一つの義務であるといっても過言ではないと思うのであります。この点をもう一ぺん明白に願いたいと思うのであります。
 他の点につきましては、それぞれ委員会におきましてまた相まみえることにいたしまして、私の質問はこれで終ります。(拍手)
  [国務大臣岸信介君登壇〕
#16
○国務大臣(岸信介君) 外交が国民の支持を受け、国民のバツクのもとに行われなければならないというお考えは、私どもも全然同感であります。私は、原水爆の実験禁止の問題で、政府がやっているというようなことを申し上げたつもりはございません。わが国のこれに対する主張と提案が世界に認められたということを言っておるのでありまして、政府のことを私は言っておるわけではございません。誤解のないように願います。
 補正予算の問題でありますが、不況云々ということも――私は言葉の議論をするわけではございませんということを先ほどもお断わり申し上げておるのでありましてただ、いわゆる不況対策の補正予算を必要とするかといえば、それは適当でないということを申し上げたのであります。災害予算につきましても、今までの災害については、われわれは、事情を明らかにし、予備金その他の方法でこれが措置を講じてきておるのであります。それで補正予算を出す必要は認めておりません。ただ、二十二号の災害は、現在、私ども事情がまだよくわかりません。これは、まだ何人もわからぬと思います。従って、その対策もまだ立たない。ただ、それが膨大であるから補正予算を出せというような議論がありますけれども、政府が責任を持って補正予算を出すためには、損害の実情をはっきりし、これに対する具体的対策を明らかにした上において必要があれば補正予算を出すことをちゅうちょしない、そういうことを申し上げておるわけであります。(拍手)
     ――――◇―――――
#17
○議長(星島二郎君) 御報告いたすことがあります。議員松岡駒吉君は去る八月十四日、議員本間俊一君は去る八月二十日、議員小淵光平君は去る八月二十六日逝去せられました。まことに哀悼痛惜の至りにたえません。三君に対する弔詞は、それぞれ議長において贈呈いたしました。
 この際、弔意を表するため、故松岡駒吉君に対しては芦田均君から、故本間俊一君に対しては竹谷源太郎君から、故小淵光平君に対しては栗原俊夫君から発言を求められております。順次これを許します。
 芦田均君。
    〔芦田均君登壇〕
#18
○芦田均君 本院議員松岡駒吉君は、去る八月十四日、病のために急逝されました、日ごろ元気な姿を見なれていたわれわれにとって、この悲報はまことに驚愕にたえないところであります。
 私は、諸君の御同意を得て、議員一同を代表し、ここにつつしんで哀悼の言葉を申し述べます。(拍手)
 松岡君は、明治二十一年四月八日、鳥取県岩美町に生まれました。町の高等小学校を卒業して後、機械工見習として舞鶴海軍工廠に入り、次いで北海道に渡って、室蘭製鋼所の旋盤工として三ヵ年を送られました。
 時あたかも明治より大正への転換期でありまして、労働組合運動の機運がようやく胎動し始め、大正元年に故鈴木文治君がその口火を切って友愛会を創立しました。松岡君は、大正三年に迎えられて友愛会に加入し、労働者出身の指導者として世間の注目を引いたのであります。そのころは、まだ幸徳秋水のいわゆる大逆事件の影響が残っておって、労働組合の結成には、今日では想像もできないような迫害と弾圧を伴ったのであります。松岡君は、それに屈せず、社会正義に燃える情熱をもって勇敢に行動されました。
 間もなく、君は、大正七年東京に出て、労働総同盟の幹部となりましたが、当時、共産党は、わが国労働組合の主流としての総同盟に注目して、その中にもぐり込んで、これを分裂させようと企てました。松岡君は、終始これに拮抗して激しい戦いを続け、民主的社会主義者としての信念を貫き通したのであります。その後、故安部磯雄氏などとともに社会民衆党を結成しましたが、労働総同盟はその有力な組織基盤となったのであります。その間、君は、一貫して労働組合の育成と経営に専念し、堅実なる労働組合主義の旗じるしのもとに、多くの悪条件を克服して、輝かしい業績を残しております。
 君は、また、大正十五年にジュネーヴに開かれた第八回及び第九回国際労働総会に列席し、さらに、昭和四年の第十二回総会にも労働代表として出席され、その機会に欧米諸国を歴訪して、労働事情や労働組合の経営の実情を見、その方面の有力者と会談して、日本の松岡の名前は海外労働組合指導者の間にあまねく知れ渡るようになりました。
 満州事変から大東亜戦争にかけての軍閥、官僚の専横時代に、わが国の労働運動は未曽有の弾圧に直面したのでありますが、これはまた松岡君にとって最大の試練でありました。いわゆる産業報国会と称する政府御用機関の運動に対して、松岡君は最後までこれに抵抗を試みました。けれども、あらしのごとき勢いで押し寄せるファッショの荒波は、ついに総同盟をも押しつぶさずにはおかなかった。やがて総同盟は解散するの余儀なきに至ったのでありますが、松岡君は、絶対に権力の前に頭を下げることをがえんじなかったのであります。野に下って、民主的社会主義者としての清節を全くしたのであります。われわれは、その当時の松岡君の出所進退を思い起して、今さらのごとく欽慕の情に打たれるのであります。(拍手)
 君が初めて本院に議席を占められたのは、昭和二十一年四月の総選挙のときであります。自来、本院議員に当選すること六回、在職十年余に及んでおります。昭和二十二年五月新憲法が施行せられ、第一回国会が召集されたときに、君は衆望をになって国会初代の本院議長に就任されました。(拍手)当時は戦後の日本が民主的平和国家として再出発する重大な時期でありましたが、君は、新しい国会の正常な運営に日夜肝胆を砕き、各党間のあっせんに、連合軍総司令部との折衝に、ひたすら民主政治の確立と国会のよき慣例を樹立するために全力を尽されました。その公正、適切なる議長ぶりは党派を越えて賞賛の的となったことは、世間の記憶になお新たなるところであります。(拍手)
 松岡君は、まれに見る強い正義感の持ち主であり、その行動には必ず筋を通す、かたい信念を持っておりました。同時に、また、きわめて敬虔なクリスチャンであり、身を持すること簡素、謹厳、一見近寄りがたく見えながら、その胸底に無限の温情を蔵しておったことは、親しく君に接する者の常に心を打たれた点であります。(拍手)
 その昔一介の旋盤工として世に出た君が、今日偉大なる労働運動の先覚者と仰がれるのも、一はその透徹した英知と卓越した指導力によることはもちろんでありますが、同時にまた、君がその清節を堅持して、高い理想を追求しつつ、社会大衆のために全身全霊をささげた崇高なる精神によるものでありまして、これこそ万人が君を敬慕してやまないゆえんであると信じます。(拍手)
 わが国の政治経済は、近時ようやく戦後の混乱から脱却して、一応安定を見る段階になりましたけれども、なお、内政に外交に幾多の懸案を擁して、国事ますます多端のときであります。かかるとき、松岡君のごとき練達堪能の士を失ったことは、本院にとり、また国家にとり、この上なき不幸でありまして、痛惜の情一そう切なるを覚える次第であります。(拍手)
 ここに、松岡君の功績を追懐し、その人となりをしのんで、つつしんで哀悼の言葉といたします。(拍手)
#19
○議長(星島二郎君) 竹谷源太郎君。
  [竹谷源太郎君登壇〕
#20
○竹谷源太郎君 ただいま議長から御報告のありました通り、本院議員従四位勲二等本間俊一君は、去る八月二十日、郷里において逝去せられました。
 私は、諸君の御同意を得て議員一同を代表し、つつしんで哀悼の言葉を申し述べたいと存じます。(拍手)
 私は、本間君とは郷里を同じうし、昭和二十一年、ともに初めて本院議員に当選して以来十三年間にわたり、ことのほか親交を重ね、お互いに主義主張は異にしておりましたが、君の高潔な人格に対しては常々深い尊敬の念を抱いておったのでありまして、この思いがけない君の訃報に接し、ましとに痛恨の情にたえない次第でございます。(拍手)
 本間君は、大正元年十一月宮城県中新田町に生まれ、古川中学を経て早稲田大学政治経済学部に学び、政治学を専攻されました。
 君は、つとに志を政治に抱き、勉学のかたわら、内外の政治問題につき常に研究を怠らず、また、みずから学内世論の先達をもって任ずるなど、ひそかに他日を期して研さんを積まれました。昭和十年卒業とともに中外商業新報社に入社して社会部記者となり、同十四年には読売新聞政治部に転じ、前後十年間の記者生活において幾多の貴重な体験を重ね、後年民主政治家として活躍する素地を作られたのでございます。
 終戦直後、昭和二十年八月、君は推されて中新田町長に就任し、新しい施策をもって町政の一新に挺身すること一年有半、郷土の復興と地方自治の発展とに大いに寄与されました。君は、また、農業生産の増強を念願し、ことに土地改良については、みずから土地改良の鬼と称するほど異常な熱意を傾けて終生努力されたのでございまして宮城県土地改良協会会長、全国土地改良協会常任理事、全国土地改良事業団体連合会常任理事として、本事業推進に全国的指導の役割を果し、多大の業績を残されました。
 昭和二十一年四月、第二十二回衆議院議員総選挙に際し、君は深く期するところあって郷里から出馬し、みごとに本院の議席を獲得せられ、ここに、年歯わずか三十三才の青年政治家として勇ましくその第一歩を踏み出されたのでございます。自来、本院議員に当選されること六回、在職九年一ヵ月に及んでおります。この間、第一回国会には、水害地対策特別委員長として、累次の関東、東北地方の大水害による罹災地の援護対策樹立のため日夜懸命の努力を続けられました。また、第五回国会から第七回国会に至る一年有半にわたり、本院決算委員長の重任にあって、全力を傾けて精励し、きわめて著しい成果を上げられました。その後は予算委員として毎会期代表質問に立ち、豊富なる経綸と適切なる意見を開陳し、わが国財政の確立のため大いに活躍されたことは、諸君よく御承知のところでございます。かくして、国政審議に尽瘁し、よくその重責を果された君の功績は、まことに顕著なるものがあるのでございます。
 君は、また、昭和二十二年、早くも第一次吉田内閣の農林参与官に抜擢され、戦後の困難な農林行政に参画され、二十六年には第三次吉田内閣の通商産業政務次官の要職につき、豊かな経験とすぐれた力量とをもって産業の復興、貿易の振興等のために尽力し、その識見と手腕とを遺憾なく発揮されました。
 君は、党内にあっては、日本進歩党幹事、民主自由党常任総務、自由党副幹事長、同政務調査会産業部長等の重職を歴任し、また、本年の春から夏にかけて全国を襲った旱魃の際には、党内の旱害対策特別委員として日夜尽瘁されたのでありまして、少壮政治家として大いにその将来を嘱目されておられたのでございます。(拍手)
 本間君は、まことに重厚な性格であり、人格高潔、若くして大臣の風格を備えておられました。君は、また、頭脳すこぶる明晰、加うるに決断力に富み、みずからの利害得失を顧慮するところなく、信ずるところを断行するという人柄でございました。かつて通商産業政務次官時代、その事務処理に当って、清廉潔白、公正なる裁断に終始され、実に見上げた政治家であるとの事務官僚の賛辞を私は聞いたことがございます。もってその人格の一端をうかがい知ることができると存じます。
 かくして、日ごろ民主政治家としての反省を怠らず、山積する古書、仏典を読破して絶えず修養に努め、政治家の第一の務めはまず政治道徳を重んずることにあり、政治の真髄は、先に憂え、あとに楽しむことにあるとの、かたい信念のもとに行動されたのでございます。また、知己、後進を敬愛するの情に厚く、特に失意逆境にある人に友情の手を差し伸べ、郷土の子弟を懇切に指導誘掖されたことは枚挙にいとまないところでありまして、郷党、知友の信望を一身に集めておられたのでございます。
 君は、平素至って健康に恵まれ、病気を知らず、明朗なスポーツマンとして人々から親しまれておられましたが、去る八月十三日、にわかに発病し、仙台の土地改良会館において療養中のところ、二十日、ついに不帰の客となられたのでございます。
 現下、時局はますます多難であり、今日の政界は君のごとき少壮有為の士の手腕に期待するものがすこぶる多かったのでございます。しかるに、よわいわずか四十五才の若さをもって卒然として他界されましたことは、ひとり郷土のみならず、国家にとってまことに大なる損失でございまして、心から痛惜の情にたえないところでございます。(拍手)
 ここに、つつしんで本間君の長逝に対し哀悼のまことをささげ、君の御冥福を祈る次第でございます。(拍手)
#21
○議長(星島二郎君) 栗原俊夫君。
    〔栗原俊夫君登壇〕
#22
○栗原俊夫君 本院議員従五位勲四等小淵光平君は、去る八月二十六日午後、にわかに病に冒され急逝いたされました。まことに哀惜の情にたえません。
 私は、諸君の御同意を得て議員一同を代表して、つつしんで哀悼の辞を述べたいと存じます。(拍手)
 小淵君は、明治三十七年二月二十六日、群馬県吾妻郡伊参村に生まれました。君の生家は農業のかたわら繭の仲買業を営んでいたのでありますが、君は、わずか九才の幼い身で、父とともに中之条町に出で、家業を助けながら苦学力行し、同地の高等小学校及び実業補修学校を卒業されたのであります。十九才にして父を失った君は、かわって一家の生活をささえなければならぬ運命に置かれ、しばらくは父の遺業を継がれたのでありますが、やがて敢然として独立自営の道を歩む決意を固め、当時わが国における主要輸出品たる生糸に着目し、光山社小淵製糸所を創立されました、時に、よわいまだ二十一才の弱冠でありました。蚕糸業界は糸価の変動による事業の浮沈がはなはだしく、そのために家運を傾け、ときに倒産する人も少くないのであります。しかるに、君は、その若さにもかかわらず、堅忍不抜の意志をもって幾多の困難を突破し、よく初志を貫徹して小淵製糸所をして今や近代的設備を誇る大工場にまで発展せしめたのであります。
 このほか、君は、光山倉庫株式会社を興し、また、県下随一と称せられる北毛自動車運送株式会社を経営し、いずれもその社長の重職に当り、県内有数の実業家として名をなしておられ、さらにまた、群馬県産業振興会連合会長、製糸協同組合副理事長、交通協会会長及び日本トラック協会常任理事、日本製糸協会理事等、多くの要職につき、日夜多方面にわたって活躍を続けておられました。かくして、君は、郷土群馬県下における産業の振興開発に、あるいは交通の向上発達にきわめて大なる功績を残され、広く県民の信望を一身に集めておられたのであります。
 君は、昭和十七年五月以来、中之条町町会議員として困難なる戦時の町政に参画し、地方自治の発展に寄与されましたが、戦後は、昭和二十四年における第二十四回衆議院議員総選挙に勇躍出馬し、み、ことに栄冠を獲得されました。二十七年八月の解散後は、数ヵ年間、もっぱら地方産業の振興と県民の実情を中央に反映させるために、ひたすら努力をしておられましたが、今年五月の総選挙に再び本院に復帰されたのでございます。
 君は、前後四年の在職中、労働、農林、災害地対策、予算、運輸等の委員を歴任し、国政審議に精励し、その重責を果されたのであります。また、最近は、蚕糸業振興審議会委員として、わが国蚕糸業の振興に貢献しておられました。多年の経験に基く君の意見にはまことに傾聴すべきものがあり、蚕糸業界の第一人者として仰がれていたのでございます。
 新たな決意と抱負とを持って国会に復帰された君は、その政治活動にみずから深く期するところがあり、八月下旬、酷暑の候にもかかわらず、運輸委員会から派遣されて関西の各県に至り、陸運、海運の実情をつぶさに調査、視察して多大の成果をおさめ、八月二十六日の早朝帰京されました。しこうして、息つくいとまもなく、引き続きトラック協会の重要な会議に出席し、長時間にわたり論議をかわされたのでありますが、その帰途、にわかに病魔の襲うところとなり、同夜ついに永眠されたのであります。日ごろ健康を誇っていた小淵君ではありますが、きびしい暑さと、あまりにも激しい活動とがこの不幸を招いたのでありまして、返す返すも残念にたえないところであります。
 君は、さきには自由党本部幹事、後には自由民主党群馬県支部連合会長の他位にあって、党内外の連絡あっせん、党勢の拡張に努められ、中堅幹部として僚友からその将来を嘱目されておられました。
 顧みるに、小淵君は、逆境から身を起し、みずから苦難の道を切り開き、今日の成功をおさめた、立志伝中の人であります。資性まことに温厚篤実であるとともに、強い信念の士であり、断じて行うところ成らざるはなしとのかたい信条のもとに、絶えず郷土の発展を念頭に置いて努力に努力を重ねてこられたのであります。君は、常に苦闘時代のころを忘れず、私生活はすこぶる質素であり、きちょうめんでありましたが、人情にはきわめて厚く、しばしば私財をなげうって他人のためをはかられたのであります。強靱な意志を持ち、不撓の努力家でありながら、辺幅を飾らぬ豪放らいらくな人となりは、今なお眼前にほうふつするのであります。
 よわいいまだ五十四才、前途なお有為の君が、しかも捲土重来の意気をもって本院の議席に返り咲き、政治家としていよいよその本領を発揮すべきときに卒然としてゆかれようとは、われわれの夢想だにしなかったところでありまして、郷土にとり、邦家にとり、まことに痛惜きわまりない次第であります。(拍手)
 ここに、つつしんで小淵君の長逝を哀悼し、君の御冥福を祈り、もって追悼の辞といたします。(拍手)
     ――――◇―――――
#23
○松澤雄藏君 国務大臣の演説に対する残余の質疑は延期し、明十月一日定刻より本会議を開きこれを継続することとし、本日はこれにて散会せられんことを望みます。
#24
○議長(星島二郎君) 松澤君の動議に御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#25
○議長(星島二郎君) 御異議なしと認めます。よって動議のごとく決しました。
 本日は、これにて散会いたします。
    午後四時三十八分散会
ソース: 国立国会図書館
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