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1958/10/16 第30回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第030回国会 法務委員会 第4号
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1958/10/16 第30回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第030回国会 法務委員会 第4号

#1
第030回国会 法務委員会 第4号
昭和三十三年十月十六日(木曜日)
    午前十時五十一分開議
 出席委員
   委員長 小島 徹三君
   理事 鍛冶 良作君 理事 田中伊三次君
   理事 福井 盛太君 理事 村瀬 宣親君
   理事 井伊 誠一君 理事 菊地養之輔君
      犬養  健君    薄田 美朝君
      世耕 弘一君    竹山祐太郎君
      辻  政信君    馬場 元治君
      大貫 大八君    神近 市子君
      菊川 君子君    志賀 義雄君
 出席国務大臣
        法 務 大 臣 愛知 揆一君
 委員外の出席者
        検     事
        (大臣官房司法
        法制調査部長) 津田  実君
        専  門  員 小木 貞一君
    ―――――――――――――
十月十五日
 司法試験法の一部を改正する法律案(内閣提出
 第三三号)
の審査を本委員会に付託された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 司法試験法の一部を改正する法律案(内閣提出
 第三三号)
     ――――◇―――――
#2
○小島委員長 これより会議を開きます。
 司法試験法の一部を改正する法律案を議題といたします。政府当局より提案理由の説明を聴取いたします。愛知法務大臣。
    ―――――――――――――
#3
○愛知国務大臣 司法試験法の一部を改正する法律案について、その趣旨を説明いたします。
 御承知の通り、司法試験は、裁判官、検察官または弁護士となろうとする者に必要な学識及びその応用能力の有無を判定する国家試験でありまして、将来性のある優秀な人材を法曹として迎えることができるかどうかは、一にかかってこの制度の適否にあると考えるのであります。しかるに、昭和二十四年以来実施されております現行の司法試験制度におきましては、大学の制度がいわゆる新制大学に切りかえられて以来、大学在学生の司法試験に合格する者の数が逐年減少する傾向を示しまして、大学の優秀な新卒業生を他の職業分野に逸することが憂慮せられるとともに、他方において、社会生活の複雑化に伴いまして、将来の法曹たるための適格として単に法律についての学力を有するのみでは足らず、法律以外の素養を備える必要があるにもかかわらず、試験の科目が法律のみに偏しているとの批判を聞くに至りました。そこで、法務省におきましては、昭和二十九年の末ごろから司法試験制度について調査に着手いたしまして、昭和三十年十一月、法務大臣から法制審議会に対し司法試験に関する制度の改善につき諮問を発し、昭和三十二年四月同審議会からの答申を得てさらに検討を加え、この法律案を立案した次第でございます。
 次に法律案の内容の主要点について説明いたします。
 第一点は、司法試験第二次試験の筆記試験を短答式(択一式を合む。)による試験と論文式による試験に分けまして、論文式による試験は、当該筆記試験の短答式による試験に合格した者に限って受験することができるものとしたことであります。これは、司法試験の受験者の数の増加に伴いまして、論文式による試験のみでは、これら多数の受験者の答案を限られた期間に精査することがきわめて困難となりましたので、まず、最も基礎的な憲法、民法及び刑法の三科目について、短答式による試験を行い、これに合格した者についてのみ、論文式による試験を行いまして、答案の審査を精密にしようとするものであります。
 第二点は、論文式による試験の試験科目について、科目の数は現行の通り七科目といたしましたが、いわゆる必須科目を五科目に、いわゆる選択科目を二科目に改め、受験者の試験科目選択の範囲を広くして、特に大学在学生の受験を容易にするとともに、選択科目のうちに法律科目以外の科目を含ましめまして、視野の広い人材を選び得るようにいたしたのであります。すなわち、必須科目を憲法、民法、商法、刑法並びに民事訴訟法及び刑事訴訟法のうち受験者のあらかじめ選択する一科目の通計五科目とし、そのほかに選択科目を二科目とし、そのうち一科目は、右の必須科目として選択しなかった民事訴訟法または刑事訴訟法、行政法、破産法、労働法、国際公法、国際私法及び刑事政策のうちから選択し得ることといたしたのであります。しこうして、他の一科目は、政治学、経済原論、財政学、会計学、心理学、経済政策及び社会政策のうちから選択し得ることとしたものでございます。
 なお、これに伴いまして、口述試験も、受験者が論文式による試験において受験した七科目について行うことといたしたものでございます。
 第三点は、司法試験管理委員会は、司法試験管理委員会規則で、試験科目中の相当と認めるものにつきまして、その範囲を限定できることにいたしたのであります。これは、司法試験管理委員会が相当と認める試験科目につきましては合理的にその範囲を限定し、大学在学主たる受験者の負担をなるべく軽減することができるようにしようとするものであります。
 第四点は、司法試験考査委員の数の制限を撤廃することとしたことであります。現行法が司法試験考査委員の数を一科目につき四人以下に限定しております点は、特に短答式による試験を実施するにつきましては適当でないので、これを改めようとするものであります。
 なお、改正法律の施行の期日は、受験者に十分な準備期間を与えるため、昭和三十六年一月一日といたしたのであります。
 以上が、司法試験法の一部を改正する法律案の趣旨でございます。何とぞ慎重御審議の上、すみやかに御可決下さいますようお願いいたす次第でございます。
#4
○小島委員長 以上で提案理由の説明は終りました。
 これより質疑に入ります。質疑の通告がありますから、順次これを許可いたします。
 鍛冶良作君。
#5
○鍛冶委員 ただいま提案理由の説明を承わったのでありまするが、この改正の第一の眼目は、現行大学制度と旧来の試験制度とが一致しない点がありますので、これによって大学制度に合せることにしようということのように承わりました。そこで、これはもう大学制度と合っていなかったら大へんなことですから、一致しなければならぬのは当然であります。ここで何より問題なのは、私はこの新しい制度ができたときに、直ちに頭へきたのは、特に法律学ですが、法律学を二年間だけやる。大学の一年、二年は教養学をやって、三年、四年の二年間で法学全体を修了させるということの方針、これで一体法律学のすべての研究ができるのか、教育ができるのかどうか、この点に大へんな疑問を持ってきたのです。ところが、今度はそれにマッチしない試験制度だから直す、こういわれるが、私はここでひどく大きな疑問を持つのです。法律学制度と試験制度を合せなければならぬのは当然ではありまするが、試験制度が大学制度に譲歩していくのがいいのか、それよりも大学制度そのものに考うべきところはないのか。この点私は相当考うべきものがあるのではないかと思っておる。われわれが試験したときのことを追憶いたしてみますると、私は一年、二年はまじめに学校へ出て講義を聞きました。その講義を聞いておる間に法律学の大体の知識が与えられるし、また法律の術語も覚える、一人で本を読んでもわかるようになる。三年へいきますると、もう学校へ行かなくても大てい試験委員になられるような人の著書を読んでいけば、試験を受けるだけの能力は十分与えられるという確信を得たものですから、私のごときは、三年になるとほとんど学校に行かぬで、直ちに受験準備をしてその年の試験を受けております。ところが、現在のところではそういうわけにはいきますまい。おそらく一年だけで、二年目にはそういうわけにはいかぬと思うから、私はこれが一番の難点ではないかと思います。そこで私は法務当局において立案せられるに当って、制度を改革するのがほんとうであろうか、それとも制度はいいんだが試験制度が悪いから改革するのがほんとうか、この点をどの程度まで御研究になったか。そしてどういう結論を得たかを承わりたいと思います。
#6
○愛知国務大臣 その御質問はまことにごもっともな点で、私どもといたしましても十分慎重に検討いたしたわけでございます。現在の新制の大学における法学教育というものは、履修の時間から申しましても不十分でございます。現に司法制度の改善については、法制審議会でも、先ほど申しましたように、非常に慎重な御研究をいただいたのでございますが、大学の法学部における専門教育科目の履修時間は短かきに失するから、すみやかに是正をしてほしいという附帯決議がございますことも御承知の通りでございます。そこで、大学の学制改革の方を先にやっていくのが妥当ではないかというような御意見もここから出てくるかと思うのでありますが、一方、しかしながら、学校の制度全体につきましては、終戦後いろいろの経過を経て御承知のような制度になってわりますが、これを法学教育という点からだけで直ちに学制を改革するということは、なかなか容易なことではなかろうかと思うのであります。また他の試験制度等を見ましても、司法試験制度よりは、現行の学校制度にマッチしているように思われますので、ただいまのところとしては、やはり一応現行の大学制度を前提にいたしまして、これにマッチするように改正をしていく、これが順序として適当ではなかろうかという結論に達したような次第であります。
#7
○鍛冶委員 大学制度に相当の考慮を払うべき余地がある。でき得るものならば、いま少し期間を長くして変更せしめる方がいいと思われるならば、今おっしゃったように、附帯決議はけっこうですけれども、これは文部当局と法務当局とこの点に対して何か御協議をなすったことがありますか。ありますとすれば、文部当局ではいかなる見解を持っておるのかを承わりたいと思います。
#8
○愛知国務大臣 御指摘のように、これは学制と密接な関係のある問題でございますから、この立案につきましては文部当局とも十分打ち合せまして、先ほど私が申しましたような意見に文部省としても異存はないというか、これでやりましょうということに意見の一致を見て提案をいたしたような次第でございます。
#9
○鍛冶委員 ちょっと私の言っている意味と違うようです。試験制度が悪いとかいいとか言ってはいかぬのだが、二年で法律学を終了せしめるという制度がおもしろくないというならば、試験制度を改革するよりか、学制を改革した方がいいんじゃないのか。そしてまた、法制審議会の方でも、学制に対して考慮を要するという附帯決議がある以上は、文部当局において考えがあるかどうか。またその方がいいならば、文部当局に対して、もう少し法律学の修業期間を長くすべきものだという意見を出されそうなものだと思うが、それをお出しになったか、出されたとすれば文部当局はどういう意見を持っておるか。それから法律学を学ぶ期間を変える必要はないんだ、これはこれでいいんだ、試験制度の方を変えてくれ、こう言ったなら、それはそれでまた考えがありますが、この点を承わりたいと思います。
#10
○愛知国務大臣 御質問の点はよくわかりましたが、要するに文部省当局といたしましては、この学制の改革について、法律学をどういうふうにするかということはこれは将来変えるとしても、やはり全体の六・三制から出発しておる学制の基本的な制度の一環として検討すべきものだ、そういう点からいって、必ずしも現行の制度に全体として改善を加える必要があるとは文部省も断定をしておらないようでございますが、こういうふうな御意見については、将来学制全体の問題としての研究の対象にはいたしましょう、しかしながら、現在のところ、学制全体の根本的な問題の一環であると思うので、ここしばらくの間は、その改正ということはなかなか困難である、ついては、試験制度との関連においては、法務当局の考え方というものがこの際としては妥当であると思うので、これを改正することを承認するというか、同意をする、こういうわけでございますので、学校の制度全体の一環としての研究の対象には将来したいということは言っておるわけであります。
#11
○鍛冶委員 われわれは、ほかの科目は知りません。法律学の上から、ことに受験の点から申しまして、今この改革をせられましても、前の三年から見ると大へんな隔たりがある。二年修業いたしまして大体法律知識ができますと、あと一年くらいは一人で自宅で、あるいは図書館で本を読んでもわかるようになる、こう思うので、私はこの際一つ、試験制度を変えて悪いと言うのじゃありませんが、変えるに当っては十分そのことを研究しておく必要があると思うから、次会に文部当局の意見を聞きたいと思いますから、そのことを委員長にお願いしたいと思います。
 それからいま一つ重大な点は、法律の学制とマッチしないという点もありまするが、優秀なる学生は他の方へ逃げていくというか、こぼれていく者が多いと言われるが、その一番大きな問題として、せっかく司法試験を受けても、その試験を受けただけの待遇が行われないという大問題がありはしませんか。これはおそらく法務当局におかれましても、司法試験というものは現在行われておる試験のうちの最もむずかしい申しまするか、難関の一つであろうということはお認めになると思います。そこで、せっかく来年の四月にいけば就職できる者が、司法試験を受けて満足に卒業するなり就職しようとしても、来年の暮れにいかなくては就職できない。しこうして、また他にない勉強をし、在学中から優秀な者であって、しかも来年の夏末まで一生懸命に勉強しなければ受からない。そうしてみると、ほかの科目を出た者より、または同じ法科を出ましても試験を受けない者より、特別の優秀な者であって、しこうして特別の長い聞勉強をしておる。してみれば、その特別な者に対する報いがなくては、人間として当然他のところへ行くのは、これは当りまえなんです。してみると、そういうむずかしい試験をやらせる、そうして優秀な者をとってこようとするならば、それに報いるだけの特別の報酬がなくちゃいかぬものだと思うのですが、この点に対して他にまさるだけの者を引っ張ってくるだけの自信のある報酬があるとお思いですか、この点どうですか。この点は重大なことです。
#12
○愛知国務大臣 これもまたきわめて適切な御意見でございます。これはひとり試験制度の改善だけの問題ではなくて、直接法務省の立場からまず申しますと、検察官の待遇の問題でございます。検察官の金銭的な給与の点については、御案内のように、累次改善が相当行われて参りまして、現在のところ他の国家公務員に比して金銭的な給与の面で待遇が悪いということは、相対的な問題でございますが、言えないかと思います。しかし、私もかねがねこの点には頭を痛めておるわけでございますが、執務上の環境を改善するということが非常に必要な段階でございまして、たとえば官舎の問題でございますとか、あるいは庁舎の問題でございますとか、そのほか執務の環境の改善ということが非常に必要なことであると思います。これはいささかこまかいことを申し上げるようでありますが、司法修習生の諸君が、たとえば検察庁の現在のようなまことに粗末な建物の中で、きわめて恵まれない環境において検察官諸公が仕事をしておるというような状況を見ると、ともすれば、そこを一生の働き場所としていくということの気持を阻害されるような実情でございます。従って、来年度の予算におきましても、こういった面に努力を新たにいたしまして、検察官諸公の執務の環境の改善ということについては、できるだけの努力をいたして参りたいと考えておるわけでございます。なおまた給与の改善等につきましては、先ほど相対的には申しましたが、なおこれを充実改善するということについても、あわせて検討を続けて参りたいと思っております。
#13
○鍛冶委員 給与の点でほかのものと大てい同一だと言われたが、この点からは、私は考えなければならぬと思う。ほかのものと同一のものならば、ほかのものよりもむずかしい試験をせぬでもいいじゃないですか。そこで問題は、いやしくも司法官になろうという――弁護士になればこれは自由職業ですからいいのですが、それにしたところが、特別に法律知識が要るんだ、だからこれだけの試験をしなければならぬのだ、こういうお考えの上であなた方はこういう試験を実施しておられるのだと思うのです。そうしてみると、ほかの者よりか特別の知識を持っておる、ほかの者よりか特別にできる者でなくちゃ、これはならないのだという、こう言う以上は、ほかへ行くよりも、ここへ来た以上は優秀な者である、有能な者であるという証拠をつかんできておるのだから、ほかの者よりも優遇する。そうでなくては、そういう難関をわざわざ突破しようとする者はなくなるのじゃないか、こういうことなんです。それで、あなた方の方で、ほかの試験よりもむずかしいが、これはもう司法試験としてはやらなければならぬのだ、こう言われる以上は、それならば司法試験を受けた者は、ほかの者よりも優遇してやらなければならぬという結論が出そうなものだと思うのです。その結論が出るのかどうか、出た以上は、しかるべく取り扱ってもらわなくてはならぬと思うのだが、この点はいかがですか。
#14
○愛知国務大臣 給与の問題につきましては、先ほども申しましたように、決して現状でいいということを申しているわけではないのでありますが、ただ相体的に、他の行政官庁等と比べれば、必ずしも悪くないというのが現状であるということは言えると思うのであります。たとえば、司法修習生につきましては、現在月額一万二千八百五十円ということになっておりますことは御承知の通りでございます。それから検察官の俸給等に関する法律では、御承知のように最高は検事総長でございますが、検事の各号俸につきましても、たとえば他の官庁の同じ年令の人あるいは同じ年に採用された人と比べてみまして、これは給与体系が御案内のように他とは違っておりますけれども、いろいろの点から総合いたしてみまして、あくまでもこれは相体的なのでございますが、必ずしも悪いとは言えない。これは判事の給与に対してスライドしてきまるような格好になっておりますから、たとえば管理職手当がないとか、あるいは家族手当がどうなっているかというような点については、他の公務員の給与の立て方と違っておりますけれども、今申しましたように、たとえば昭和二十年なら二十年に、一方は他の官庁に入った、こちらは検事になったというように、大体同一年令あるいは同一のときに就職した人のその後十三年間の現在の状態を比べてみますると、必ずしも検事側が悪いとは言えないということを先ほど申し上げたようなわけでございます。なお、これらの点については私も同感でございまして、相当むずかしい試験を非常な競争を経て参っております人でございますから、給与の面においても、引き続きできるだけ改善は常に考えて参らなければならないと存じます。
#15
○鍛冶委員 次いでお伺いしたいのは、この試験改革のねらいの一つとして、法律以外の素養を備えているかどうかということも必要だから、それの試験をやられる。これもまことにけっこうなことでありますが、ただどうも受験生に難きをしいているようで、はなはだ困ると思うのであります。選択科目がふえたのですが、これは二年間でも四年間でもかまいませんが、現在大学の教えている科目で大体こういうものが入っておりますか。私はこれをやるのには反対ではありませんけれども、われわれの時代には全然なかったものが入っておりますが、もしも学校で教えぬものをここへ入れておるとなりますと、これはまたあべこべに学校制度と受験制度とマッチしないことになります。この点お調べになりましたかどうか。
#16
○愛知国務大臣 こまかい点については政府委員から御説明いたしますが、ここにやはりむずかしさがございますことは、司法試験であるということから申しまして、先ほど申しましたような憲法、刑法、民法というようなものは、ほんとうの基本的なものでございますから、これはどうしても今回の改正案によりましても、短答式から始まりまして、この三科目は一番重視されておるわけでございます。これは現行の学制の上におきましても、大体ただいま御指摘のような大学においても、高学年までには十分履修できる。従って在学生が受けるのに支障はない。それから必須科目のうちに、たとえば商法というようなものがございますが、これはやはり本案の中で、試験管理委員の相談によりまして、これにある種の限界を加えるということもでき得るように考えて、そこの調整をはかっておるつもりでございます。それから選択科目のうちで、甲類、乙類というふうに分けて、どちらからも一つずつということは、相当広範囲な選択の余地が受験生にございますが、この取り方は、低学年においても履修し得るようなコンビネーションで甲乙両方から一科目ずつ選び得るというように考えたわけでございます。具体的に何科目何科目といえば、あるいは大学の普通の課程からいえば四年ということになっておるものもあるようでございますが、この選択の取り方いかんによりましては低学年でも十分に履修していけるというふうに考案をいたしておるつもりでございます。
#17
○鍛冶委員 これは具体的に一つずつ聞いてみますと、労働法というのは、われわれの時代になかったものなんですが、これは何かまとまったこういう学科になって教えておられるのか。それから次の社会政策というのですか、こういう何か科目でもあって、社会政策としての特別の教授をやっておられるのか、心理学であるとかなんとかいうのは、われわれの時代には予科、今でいえば教養科目時代にやるのだろうと思います。そういうような点で疑問を持たれると思うのですが、大体四年間にはみんな教えておるものでありましょうか。これはお調べになっておると思いますが……。
#18
○津田説明員 ただいまのお尋ねでございますが、まず労働法につきましては、各大学の法学部の法律学専攻課程におきましては、ほとんど全部履修することになっております。お手元に差し上げました参考資料の法律学専攻課程についての一覧表をごらんいただければ、労働法につきましては、法律学専攻の課程でやっていないのは九州大学と北海道大学というようなことで、あとは全部四単位ないし八単位を行なっておるようでございます。それから、選択科目の乙の方の経済原論、経済政策、社会政策につきましては、大体法律学専攻課程において、その単位を設けております。ただ、心理学は、ただいま仰せの通り、法律学専攻課程では、どこもやっておりません。会計学につきましては、やっておる大学もございます。財政学あるいは政治学につきましては、大部分の大学で法律学専攻課程においてその科目を行なって、履修できるようになっております。しかも、これらの科目は、おおむね二年、三年において履修するようになっておりますので、選択科目のいかんによりましては、当然四年生の六、七月ごろの間には完全に履修ができるというふうな形になっております。なお、ただいま九州大学に労働法の講座がないと申しましたが、九州大学では、社会法の講座で労働法を履修せしめるようになっているようであります。社会政策につきましても、これはほとんど全部の大学においてこの講座を設けております。大体三年の課程であります。
#19
○鍛冶委員 社会政策という科があるのですが、何かそういう本でもあるのですか。
#20
○津田説明員 社会政策という単位がございまして、具体的にその著書を使って講義をいたしておるかどうかはつまびらかにいたしておりませんが、少くとも社会政策という教科書的な書物は相当部数公刊されております。
#21
○鍛冶委員 今承わりますと、これは学校によって大へんまちまちであろうと思うのです。非常に範囲の広い学問であって、そのうちの一部を一年なら一年間に講義をしようとするときには、その先生の頭によって、最も必要だとするところを抜粋して教えられるんじゃないかと思われるのです。そうしてみると、甲の先生が必要だと思うものと、乙の先生が必要だと思うものとには、大へんな差が出てくる。そこで、試験の科目が、甲の先生の必要だと思うものが出てくると、乙の先生が必要だと思う本を読んでおったのでは受からぬということになってくる。その意味で選択にしておられるのでしょう。これが第一私は疑問だと思う。その次にもっと大きな問題は、特に経済学及び政治学、それから労働法はそうじゃないと思うが、これは人によっては大へんな学説の違いがあります。学説の違いどころでなく、イデオロギーの違いがある。そのイデオロギーの違う人が試験問題を出して、そうしてイデオロギーの違う答案を書きますると、敵国の者が来たような考えでこれを排除する憂いがないか、そういうことがあっては大へんだと思うのです。この点に関して、あなた方が試験をせられるときに、一般の試験をすることについて、そういうことのないようなお考えがあるか。これは重大なことになりますから、もちろんお考えのあることと思いますから、具体的に承わりたいと思います。
#22
○津田説明員 まず経済政策あるいは社会政策等につきまして、各大学についての講義にそれぞれ違いがあるという点の御指摘でございますが、まことにその点は仰せの通りでございます。しかしながら、過去におきましても、昭和四年以来昭和二十三年までは、これらの科目を、やはり高等試験の選択科目、あるいは司法試験の選択科目にいたしておったわけであります。その当時は今日ほどあるいは激しくなかったともいえるのでありますけれども、少くとも社会政策あるいは経済政策として、大学において講義される講義の内容に関する事項につきまして、あるいはそれを説明する角度等が違う場合は考えられまするけれども、事項そのものについては、やはり最大公約数的なものがあるわけでありまして、合理的な考査委員の考え方によりまして、この最大公約数的なもののうちから、しかるべき問題を出題するということによりまして、適正な試験が行い得ると考えられるわけであります。今後はその考査委員の選択には十分意を用いていくべきでありますが、選択された方々によりまして、そういう意味におきまして、少くとも特殊的な問題は出さないように配慮していただくことが必要だろうというふうに考えられますし、管理委員会としても当然そのような方向に運営されるように、考査委員に要望して参るということになろうと考えておるのであります。
 次に、経済学、政治学につきましては、学説の相違のほかに、立場の相違という問題が確かにあるわけでございますが、これにつきましても、特定のあるいは違った立場であるからといいましても、その立場の違った事柄についてのやはり適正な評価というものはあり得るわけでありまして、その立場の違いによって全く評価が違うというような問題は、やはり先ほど申しました政策学について言えるように、最大公約数的なものではないわけでありますから、そういう意味におきまして、立場の違いを離れて判断し得るような経済学上、あるいは政治学上の問題について出題をすべきであるというふうに考えられますし、それに適する適任者を考査委員として選択すべきである、かように考えるわけでございます。なお、それらの方法につきましては、さらに管理委員会におきまして十分検討をいたしまして、立場の違いあるいは学説の違いによって受験者に不公平を来たさないようにはかることになろうと思う次第であります。
#23
○鍛冶委員 これは試験というものの根本観念から考えなければならぬわけなんですが、司法試験と申しましても、試験というものはそんな専門的の深いところを調べるものじゃないと思うのです。その学問についての一般常識、もしくは今後その学問をやる上において、進んで深いところまで研究する能力を持っておるかどうか、こういうことが試験の眼目じゃないかと私は思うのです。そうしてみると、先ほど言われたように、最大公約数というようなところをねらわれていいのだと思うのです。しかし、これはわれわれがそう思っても、試験をする人がそういうものでなかったら、おれの言うこれくらいなことは知っておかなければならぬとか、こういう考えを持っておらなければ今後間に合わぬというような特殊な考えを持って見られると、幾らわれわれが常識でいいのだといっても、どうもしようがありません。そこでなるべくそういう人でない者を選ぶ、こう言われるのですが、そこはむずかしいところで、今ここで私にそういうものでない者を選ぶという約束をしておっても、どういう方法でそういう人でない者を選ぶことにしたらいいか、きょうから深く考えておいてもらいたいと思う。ことに、私が先ほど申しましたように、試験を受ける上において、法律学でなく一般教養も必要だと言われますが、今後の社会において、偏狭なる考え、もしくはまだ受験生時代でありながら、今後おれは世の中に出たらこういうことをしてやろうという特殊な考えを持っておる者は、あるいはいい者が出るかもしれませんが、あるいは危険しごくな者も出るかもしれない。受験生においてそういうものは、私は非常に危険なものだと思われる。だから、そういうものでないものを、もっといってみれば、穏健なる人間、中庸を持っていくという人間が、受験の目的には一番かなうのではないかと思うのですが、そういう者をとろうとするときに、特殊の考えを持った先生が出てこられるとすると、あなた方が企てておられる試験科目はとんだところにそれていきはせぬかという大きな憂いを持っております。従いまして、そういう人は大ていわかろうけれども、出てこられては大へんだ、それをどうして防ぐというのかしらぬが、最もいい人を選ぶにはどうしたらいいか、具体的にお考えがあるか。今なければ、もっと考えてもらって、これは重大なことだと思いますから、御答弁を願いたいと思います。
#24
○愛知国務大臣 この点も全く私も御同様に心配をいたしまして、いろいろ考えましたし、また今後も御趣旨の線でやって参りたいと思います。その考えました点は、純粋というかあまりにも法律的に偏した専門的な試験だけをやりますと、かえって今御懸念のようなことが防ぎ得ないこともございますので、むしろある程度科目を広げて、そうして短答式から口頭試験に至るまでの一連の過程の中において、その人のものの見方とか、考え方とかいうものをよく見得る機会を、今度の改正案の方が広くなっておるような気持で立案をいたしたわけでございます。同時に、だれが試験に当るかということは非常に大きな問題であると思います。この試験の考査委員の選び方等について、あるいは問題の出し方、点のつけ方等については、この制度が実施できるようになりましたならば、猶予期間も二年有余あることでもございますので、十分に慎重にかまえを作りまして、積極的にただいまの御意見のような点が伸びていくように、消極的に、御心配のような点をなくすることができるように工夫をして、運用をして参るようにいたしたいと思っております。
#25
○鍛冶委員 いずれまだ日もあることですから、もしその点に対して具体案がありますならば、機会を得て承わりたいと思いますが、そうなってきますと、今度は試験委員の選び方が大へん重大な問題になってきます。これは第十五条の改正になるかと思いますが、第十五条の第二項を、現在のように「一科目につき四人を越えてはならない。」というのを撤廃して、これは人数をふやすお考えであろうと思うのですが、幾らぐらいにふやすお考えであるか。将来に対しても、試験委員をお選びになる何か基準がなければならぬと思いますが、この点があるならば、一つ承わりたいと思います。
#26
○津田説明員 現在は「試験科目一科目につき四人を越えてはならない。」という制限になっておりますが、この制限を撤廃するというのが改正案でございます。で、その趣旨は、まず短答式試験を今度課するわけでありますが、短答式試験につきましては、問題の数を非常に多くするということにしなければその目的が達し得ない。すなわち、偶然による合格ということをできるだけなくするためには、問題の数を多くするわけでございます。問題の数を多くいたしますのにつきましては、相当考査委員の数を必要とする。ことに御承知の通り短答式につきましては、たとえば択一式の場合は、あらかじめ答えを五つなら五つ用意することになりますので、それらの点からいって非常に問題作成の負担が大きくなるわけでございます。そこで、短答式問題につきましては、試験委員の数をかなりふやしまして、数十題、大体七十題とかあるいは百題とかいうものを出題するようなことになるのではないかと思います。そういう意味で試験委員の数の撤廃を要するということでございます。従いまして、そういう場合に何人が適当であるかということにつきましては、まだただいまのところは特に具体的な考え方はないわけでございますが、少くとも十分問題を練って、偶然によって合格することがないように、また問題に不適切なものがないように検討せしめるのに必要な数という抽象的なことをただいま考えておる次第でございます。
 次に、論文式試験におきましては、大体各科目につきまして二題を出題するのが普通でありまして、かつては四題を出題したこともありますが、大体短答式を行いました後の論文式におきましては、二題くらいを適当とすると思われるのであります。そういたしますと、二題を交互に審査して採点の不公平をなくするという意味におきまして、合計四人の試験委員で行うということが適切だということになるわけでありますが、さらに交互審査による採点の不公平をなくしますために、あるいは三人で交互審査をするということも考えられるわけであります。これは論文式試験の審査をする対象の受験者の数によって、三人で交互審査するということも可能になって参るわけであります。ことに選択科目につきましては、先ほど御指摘がありましたように、いろいろ立場の問題とかあるいは説の問題があるということであれば、さらに採点の公平を期するために、選択科目については受験者が必然的に分布されまして数が少くなるわけでありますから、考査委員の、問題に対する交互審査の範囲を一題について三人ずっということにいたしまして、採点の公平を期するのがよろしいのではないか、さように運営されるものとただいまのところは考えております。
#27
○鍛冶委員 そうすると、まだ確定しませんが、大体においてどれくらいの数が要りますか。
#28
○津田説明員 大体一応の計算ででございますが、短答式につきましては、かりに三科目について、一科目二十五題ずっといたしまして、七十五題出題するといたしますと、一人の考査委員が五題ずつ担当する。そうしますと、一科目について五人要することになります。それから論文式の方は、二人によって交互審査をするということになると四人で足りるわけであります。それから、選択科目につきまして三人で交互審査をするということになりますと六人を要することになりますし、口述につきましては、口述の受験者の数によりまして班を三つに分けるということになれば六人、あるいは二つに分けるとすれば四人というようなことが考えられるわけでありまして、短答式、論文式、口述、それぞれ所要数は少しずつ変ってくるのではないかと思います。しかしながら、短答式、論文式、口述に共通の考査委員もできるわけでございますので、全体の数としてその人数がどういう工合になるかということはちょっと今予想しがたいところでございます。また非常に試験の期間が長くなりますと、一人の考査委員が全期間を見切れないということもありますので、あるいは短答式の考査委員は短答式のみにするということも考えられるわけであります。その場合々々によりまして、総員数はちょっと今のところ予想しがたいように思います。
#29
○鍛冶委員 短答式は三科目です。それから筆記試験は五科目ですね。短答式と筆記試験とは、忙しくて同一の人がやれぬというなら別ですが、大体同一の人でもやれる。それから選択科目は、どれを選択するかわからぬのですから、おそらく科目全体に通ずる学者というかそれ相当の人が入っておらなければならぬようになりませんかと私の考えでは思われます。そうなると相当の人が要りますが、今までは大体どういう標準で選んでおったのですか。今後、新しくなったものでそれについてどこらくらいまで拡張しなければならぬか、何かお考えになっておりませんか。
#30
○津田説明員 各科目を選択科目について受験者にあらかじめ選択いたさせますので、どの科目を何人受験するかということはあらかじめわかるわけであります。それに応じて考査委員を任命するということになろうと考えます。
 試験委員選択の標準でございますが、これは御承知のように司法試験管理委員会の推薦に基いて法務大臣が任命することになっております。その推薦の内容でございますが、大体におきまして各大学の担当科目の教授あるいはまた場合によっては助教授、それから法曹部内における裁判所、検察庁あるいは法務省部内におきまする学識のある者というものを大体標準にして選考する。ただ、大学の関係者につきましては、中央にある大学、地方にある大学、それから国立大学、公立大学あるいは私立大学、この間にあまり偏することがないように一応考慮を加えて適任者を選択しておる、こういうことになるわけであります。いずれにいたしましても、これは何によって評価するかということになると非常にむずかしい問題でありますけれども、いろいろ図書等によりまして、大体適任者と見られる者の方から選んで推薦するというような形になっております。現在は大体大きい科目につきましては四人、それからそうでない科目につきましては三人を選んでおるのが実績でございますので、全国的に見て適任者を選ぶという抽象的な方針によっておるというわけであります。
#31
○鍛冶委員 この十五条を見ますると、「司法試験は、法務大臣が、司法試験管理委員会の推薦に基き、試験ごとに任命する司法試験考査委員が行う。」こうなっておる。そうすると第一、管理委員会はどういうところから選ぶのですか。
#32
○津田説明員 管理委員会は、現在法務省の外局でございまして、その構成員はポストできめられておりまして、法務事務次官と最高裁判所事務総長、それから日本弁護士連合会が弁護士のうちから推薦する者、その三名をもって構成することになっております。
#33
○鍛冶委員 それは別に変らないのですね、その三人の管理委員は。
#34
○津田説明員 さようでございます。
#35
○鍛冶委員 そうすると、その管理委員がどういう人を選ぶかということが問題になるわけですね。これも私はある程度やはり標準があればけっこうだと思いますが、今ないなら、もう少し考えておいていただいて、また時期を見て聞きたいと思うのです。ここが大事なところです。なるほど学問の試験でありますから、学問のうんのうがある人がいいと言うかもしれませんが、私は、試験というものは、先ほど言ったように、そんな深いものを選ぶものではないと思う。一般の学問及び一般の教養にどれほど通じておるか、今後勉強すればどこまで伸びる能力を持っておるか、そこが私は一番の標準だろうと思う。そのときにどうもあの人の説がいいからあれを使ってみようとか、今後これはこうでなければいけないとか、それは時代によって変ってきますから、そういうことでないことを眼目にして選んでもらわなければならぬ。それから、今そちらから申されましたが、同じ大学と申しましても、いろいろの特徴のある大学があります。その一つの特徴をもってこれをよしとせられたのでは、他のものにはどうも不公平が起りますし、また一般の試験という考え方から見ても、弊害の起ることもあると思いまするから、これらに対してはあらゆる角度から一つ最も公平に、最も全体に通ずる人、こういうことで御選択を願いたいと思うのであります。これはもう少し考えてみて、何か一つ標準がありましたら、次会にでも承わりたいと思います。
 それから、だいぶこまかいことになりまするが、「筆記試験に合格した者に対しては、その願により、次回の司法試験の筆記試験を免除する。」と書いてある。願によるというのはどういうことなんですか。願わなんだら、持っておってもだめなんですか。これはあれば資格があるのだから、そんな願なんか要らぬように思うけれども、どういうことなんですか。
#36
○津田説明員 「願により」という字句は、御承知のように筆記試験に点数がございまして、あるいは前回の筆記試験に合格しておるが口述試験には落第した。ところが、その前回の筆記試験は非常にできが悪かったと自分は思うから、今度もう一度筆記試験を受け直してみて、そして口述までいって合格したい、こういう人もいるわけなんです。でありますから、前年の筆記試験に合格しておることをもって筆記試験の免除を強制すことは適当でないと思われますので、本人が前年の筆記試験を援用して免除してほしいと言う者に限って筆記試験を免除する、こういう形をとっておるわけであります。
#37
○鍛冶委員 用語の違いか知らぬが、どうも僕らの頭では、願によるじゃないように思います。資格はあるけれども、新たに受けようと思えば受けてもいい、こういうことでしょう。願によってそうさしてくれという意味じゃないように思うのですが、何かもっと表わし方はないですか。これはどの条文に出ておるのですか。
#38
○津田説明員 これは現在もその通りでございます。現行法の第六条第三項と同じ条文になっております。この第六条第三項を第六条の第六項に移したということにすぎないわけでございます。
#39
○鍛冶委員 そうですがこれはちょっと僕らの考え方からいうと違うように思われるのですが、用語の違いか知らぬけれども、私にすれば、その趣旨なら、筆記試験に合格した者は次回の筆記試験を免除する、ただし新たに受けようと思えば受けることを妨げない、こうすべきがほんとうじゃないかと思われるのですが、これはまたあとで考えてみましょう。
 その次に、もう少し重大だと思ったのは、司法試験管理委員会が相当と認める試験課目については、合理的にその範囲を限定するということがあります。これは先ほどの説明でわからぬでもありませんが、これはどの程度まで限定せられて、どういうことになるかわからぬということになると、受験生にとっては大へんな不安定があると思います。これは何も基準なしですか。全く委員会の選任にまかされるのですか。それとも何かあるのですか。
#40
○津田説明員 この考え方は、現行試験においてはむろんこの制度はないわけでございますが、事実上、考査委員会の考え方で、たとえば一例を申しますと、商法につきましては、海商法は普通課さないというようなことも実際運営上は現行法でもできるわけであります。ところが、今度は管理委員会でこの範囲をきめるということにつきましては、この改正の趣旨が、大学在学生でも優秀者は受験して合格し得るようにしようということが一つの眼目になっておりますので、大学の商学年、主として四年の課目に普通盛られておるものにつきまして、普通一般の法律学、商法なら商法の中においてそれほど常時使うものではないようなものについては、そこを制限して、少くともそこについての試験勉強はある程度免除して負担を軽減してやる、こういうことができるようにするという趣旨でございます。なお、そのやり方につきましては、司法試験管理委員会の規則できめるわけでございまして、その規則を公示することによりまして受験生にはその範囲がわかるわけでありますが、この公示の時期の問題でございます。これはなるべく早く公示をいたしまして、受験生の勉学、試験対策に資するようにいたしたい、こういうことを考えておるわけであります。
#41
○鍛冶委員 今言われた海商法なんというのは、おそらく私の知っている範囲では、試験に出たことはないじゃありませんか。そんなことは、試験委員の常識によるもので、それは何かどうも委員会が特別にその年によってやるとか、その学校の何によってやるというようなことになると、思わざる疑念を抱くようなことがありはしませんですか。こういうことは常識でいいんじゃないかと思うのです、これも私の意見ですが。これは今まで試験委員で何年も続いてずっとやっておられる例がありますか。それは最も適任であったからやられたのかは知りませんが、そういうことはないですか。
#42
○津田説明員 試験委員は、毎年毎回委嘱するわけでありますが、同じ委員を数回委嘱した例はございます。
#43
○鍛冶委員 それはたまにあるならいいが、ずっと一人の人が続けておるようなことはありませんか。それに対して世上往々にして非難が出ることはないかと思うのです。今後ともそういうことに対しては――それは最も適任な人であるかはしれませんが、世の中はなかなかそうはいかぬものでありまして、そういうことはやはり考えなければならぬと思うのです。
#44
○津田説明員 現在までの実例によりますと、多少ずつ、たとえば四人の組み合せで変更をいたしておる場合もありますが、あるいは数年同じ委員が続いておるという場合もございます。これは管理委員会としては、ほかにいわゆる最適任者というもの四人を考えれば、それ以外の人は認められなかったということになろうかと思うのでございます。
#45
○鍛冶委員 まあ認められなかったといえばそれまでですが、世の中にはたくさんおるのですから、なるべく一つそういうことでないように、これは今後のことですから、私の希望意見です。
 それからもう一つ重大なことは、学生と試験とマッチするという意味において、試験の期日ですね。これは学生とマッチするだけじゃない。さらに他の方面へ逸脱せないための防止という点と両方から考えなければならぬのですが、その点は規則できまっておるわけでもないようです。大体どういうことをお考えになっておりますか。
#46
○津田説明員 御承知のように、現在の他の部門、たとえば銀行、会社等の就職試験の開始時が十月一日になっております。そこで、司法試験に合格したかどうかを受験者が知るのには九月一ぱいにそれを知った方が心がまえ的にも便利であるということから、九月一ぱいに合格、不合格をきめて通知できるということにいたしたいと考えております。それから逆算して参りますと、いろいろな事務的のことがございますが、この新しい制度によりますと、考え方は二つあるわけでございます。短答式試験をやるにしても、短答式試験を四月の上旬の、学校のまだ授業開始前に行う。そういたしまして、今度は論文式を七月の十日ごろから行う。そして論文式の審査に約一カ月近くを要します。八月の下旬ごろから口述試験を行う。そして九月の二十日ごろに発表するというようなことが一応考えられるわけです。もう一つは、短答式を六月の十日前後に行いまして、それの審査に約一カ月かかりますから、七月の十日ごろから論文式をやって、あとは同じ八月の下旬に口述試験を行って、九月の二十日ごろに合否の発表をやるというようなこと、この二つが考えられる。ただ第一次試験というのがございまして、第一次試験を免除されておる人は別でございますが、第一次試験を受けて、その年の第二次試験を受けようという人のためには、四月に短答式を行うことにつきましては、第一次試験を二月ごろに行わなければならぬということになりますので、これは学生なんかにとりましては、少し二月は適当でないということも考えられます。そういうことから見まして、四月に短答式を行うが適当かどうかというような問題があるわけであります。現在は、あるいは四月に第一次試験を行い、六月に短答式を行い、七月に口述試験を行う。こういうことが一応よいのではないかというふうに考えております。ただ八千人足らずの受験者なのでございまして、ことに東京におきましては、なかなかその試験場の確保が困難です。そこで、大体は大学の休暇に入ったときに試験を行うというようなことを従来行なってきておるのであります。これは場所の問題が非常に影響するということも考えられる。ただし、今度は短答式につきましては、たとえば日曜日一日を使うということであれば、その時間的な問題、日時の問題はあまり問題にしなくてもいいのじゃないか。そうすると、今度は短答式でふるうわけでありますから、口述を受ける人の数は非常に減ってくる。そういたしますと、今度は試験場の問題もある程度解決できるので、時期の問題は相当自由に行えるというふうに考えます。いずれにいたしましても、最終の合否の発表を九月下旬の初めごろまでは行うのが受験生にとっては便利ではなかろうかという点は、一応動かせないのではないかというふうに考えております。
#47
○鍛冶委員 今あなたのお話を聞いておると、早く試験を受けさせておかなくては、十月一日にほかの試験を受けて逃げていってしまうから、その前にという。ところが、その前に早くさえやれば、法学の学生と試験とだんだん合わぬことになる。これはよほど考えなければならぬので、早くさえやれば、たとえば四月にやるということになれば、一年だけで試験を受けなければならぬということになりまして、そうなると、試験制度よりか、やはり大学の制度そのものを研究するということが前提になります。かりにこの法律案が通っておっても、そういうものだとするならば、なおさら大学制度の問題に関して、もっと頭を使わなければならぬことになりはしないか、こういうことを考えます。
 そこで私は最後に、今の法務大臣にさようなことを質問するのは無理かは知りませんが、かねてわれわれが何十年来主張しておりまする法曹一元制度の問題、今さら法曹一元の論議を説明する必要もありませんけれども、こういうことを考える上において、法曹一元制度という頭からこの試験制度を考えてみると、人材が得られるのではないかと思うのです。この点に対して、法務大臣にお考えを伺いたい。これは、今までその点の専門家でないあなたに対して無理であるならば、もっと研究せられて、御答弁願ってよろしゅうございますが、これは私らにしては大問題なんです。今さら説明するまでもありませんが、試験をして弁護士にしておく。弁護士になっておってから、一定年限を経て判事を選び、検事を選ぶ。こういうことが最も理想だ。またそうでなくてはほんとうの法曹一元化というものは確立せないという考え方なんです。こういうことでやりますると、先ほど私が質問したような、待遇とかなんとかいうさしあたりの問題は別として、ただ問題は、弁護士になる方を好むか、それとも月給取りになるのを好むかというこの一点できまるわけであります。法曹一元制度を実現しようという頭でこの試験に臨まれるならば、大へん考え方が違ってくるのじゃないかと思われるし、私は今悩んでおられる問題も、解決できるのではないかと思うのです。これは今お考えがあるならば、承われればまことにけっこうですが、もし現在お考えがないならば、しばらくこの法案の審議中に、一つお考えの上で御答弁願ってもよろしゅうございます。
#48
○愛知国務大臣 御指摘の通り、しろうとでございますので、御満足のいくような答弁もできないかと思いますが、私は法曹一元化ということは、一つの理想としては考えられることかと思いますけれども、今直ちに法曹一元化ということについて私が考えていくという段階ではないように思います。同時にしかし、私は常識的に考えるのでありますが、この司法試験制度の問題にいたしましても、それから特に司法修習生の制度にいたしましても、法曹一元化という理想の線にはずれているものではない、私はそういうふうには考えておりますが、なおとくと研究いたしまして、適当な機会にお答えいたしたいと思います。
#49
○鍛冶委員 われわれの言うのは、試験は法律家として認めるに適当な者かどうかということを試験するのです。そこで、法律家といえばローヤー、ローヤーといえばまず弁護士、弁護士をして、そうして間違いのない者、それから相当の人格がある者、そういうものを見きわめた上で、世情その他に通じている者から検事なり判事なりを選ぶ、こういうことなんですから、私から考えると、別にあなたが今言われるように、憂えるところはないと思うのです。弁護士をしておっては判事や検事に不適当である、やっておっては悪い、こういう議論が出るならば大へんなことですが、そうでない以上は、それの方がいいのじゃないか。そうしてみると、ローヤーになることを希望するか、それとも普通の官吏もしくは実業家になることを希望するか、この一点で試験の標準がすっかり変ってきます。そこで問題は、そうなるといい者が来ないのだという議論が出れば別でしょうが、そうじゃなかろうと思う。これは大問題ですから、この機会に新しい法務大臣にとくと御考慮願いたい。きょうはこの程度にしておきますが、いずれまたそれについて一、二点あなたに質問することにいたします。
#50
○小島委員長 次会は明十七日午前十時より開くこととし、本日はこれにて散会いたします。
    午後零時十二分散会
ソース: 国立国会図書館
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