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1958/10/22 第30回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第030回国会 公職選挙法改正に関する調査特別委員会 第3号
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1958/10/22 第30回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第030回国会 公職選挙法改正に関する調査特別委員会 第3号

#1
第030回国会 公職選挙法改正に関する調査特別委員会 第3号
昭和三十三年十月二十二日(水曜日)
    午前十一時五十一分開議
 出席委員
  委員長  早稻田柳右エ門君
   理事 高橋 禎一君 理事 古川 丈吉君
   理事 島上善五郎君 理事 山下 榮二君
      岡崎 英城君    倉成  正君
      高橋清一郎君    服部 安司君
      三田村武夫君    村瀬 宣親君
      森   清君    柏  正男君
      小松  幹君    滝井 義高君
 出席国務大臣
        国 務 大 臣 青木  正君
 出席政府委員
        自治政務次官  黒金 泰美君
        総理府事務官
        (自治庁選挙局
        長)      兼子 秀夫君
 委員外の出席者
        総理府事務官
        (自治庁選挙局
        選挙課長)   皆川 迪夫君
    ―――――――――――――
十月十七日
 公職選挙法の一部改正に関する陳情書(東京都
 千代田区平河町二ノ六全国市長会長金刺不二太
 郎)(第一七〇号)
を本委員会に参考送付された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 公聴会開会承認要求の件
 地方公共団体の議会の議員及び長の選挙期日等
 の臨時特例に関する法律案(内閣提出第四号)
 公職選挙法の一部を改正する法律案(内閣提出
 第二二号)
     ――――◇―――――
#2
○早稻田委員長 これより会議を開きます。
 内閣提出、地方公共団体の議会の議員及び長の選挙期日等の臨時特例に関する法律案及び公職選挙法の一部を改正する法律案を議題とし、審査を進めます。
 本日は、先般の理事会においての申し合せにより、主として青木国務大臣に対し質疑を行うことといたします。質疑の通告がありますので、順次これを許します。
 島上善五郎君。
#3
○島上委員 私はこの際、青木国務大臣に二、三の重要な点について御質問をいたしますが、今回提案されました改正案の重点は、第一には、供託金を大幅に増額した点、第二には、政党及び政治団体の選挙運動期間中におけるす活動をさらに強く規制した点に問題があると思います。その他の点につきましても、若干問題がないわけではありませんけれども、それは順次また質問することとしまして、この二点について大臣に伺っておきたいと思います。
 先般の提案理由の説明及び本会議における同僚森議員の質問に対する御答弁によりますれば、泡沫候補の乱立を防ぐために増額した、こういう趣旨の御答弁でございました。増額の理由ほそれだけであるか、その他にも理由があるのか、その理由を少しく詳細に承わっておきたいと思います。
#4
○青木国務大臣 供託金の値上げ、並びに新しく町村長選挙にも設けた理由いかんということであります。まず町村長の関係において、新しく供託金を設けました理由につきましては、これは率直に申し上げまして、いろいろ各方面で町村長さんの選挙に、名前をどうと申し上げるわけではありませんが、あるいは島上委員も御承知かと思いますが、ある人のごときは、町村長選挙がどこにありましても必ず立候補する。しかも、従来の規定でありますと、郵便をもって立候補することもできますので、郵便で立候補の届け出をしてくる。こういうことで、私お目にかかりました町村の関係の方々でも、どうもこういう状態で放任しておかれても因るし、何とかそういうような、どの町村長選挙にも立候補するということがないようにする方法はないだろうかというような話もあったのであります。
 そこで一つの考え方としては、郵便で立候補するということは、これを受ける方の立場からいたしましても、たとえば届け出の順序の問題等も困りますし、そこで郵便ということは思わしくありませんので、これは本人もしくは代理の者が届け出なければならぬという改正をいたそうという第一段階の考えをきめたのでありますが、しかしこれに対しましても、どうも単にそれだけで果していいのかどうか。まあ他の市長等についても供託金制度があるのだから、やはり町村長の場合にも供託関金を設けることがむしろ適当ではないかというような意見も出て参りまして、そうして泡沫候補――と申し上げますとまことにこれは失礼なことになるのでありますが、いわゆる泡沫候補そういうのをできるだけないようにするためには、やはり供託金制度は必要ではないか。
 それからもう一つは、町村合併によりまして町村が地域的にも、また人口の面におきましても、昔の町村と違って非常に大きくなって参りました。所によりますれば、市と町村と、ほとんど人口の面におきましては、どちらが多いということもできないほど町村が大きくなって参っておるのであります。そういたしますと、市長の場合に供託金制度があるとするならば、やはり町村長の場合にも供託金制度を新設することが適当ではないか、こういう考え方に立って、新しく町村長に供託金制度を設けるという結論になったのであります。
 そこで、町村長に供託金を設けることになりますと、これに伴いまして、従来供託金をとっておりました他の選挙との均衡の問題もありますし、また、現在の供託金制度による供託金の額が果して適当かどうか、こういう問題もこの機会に検討すべきではないかということで、いろいろ検討いたしてみたのであります。大正十四年に供託金制度が初めて新設された当時、衆議院の供託金が、たしか二千円ということになっておったのであります。その当時の物価から比較いたしますれば、あるいは三百五十倍とすれば七十万という数字も出てくるかと思うのでありますが、単に物価の上昇率だけでこれをきめるべき性質のものでもありませんので、現在提案いたしました程度が適当ではないかということで、改正をいたそうという考えに立ったのであります。もちろん供託金の額等につきましては、理論的に幾らが適当であるというような問題ではありませんので、常識的に、前段申し上げましたような、つまり一つは新しく町村長の選挙に供託金制度を設けたこと、これのつり合いの問題、もう一つは、当初設けた当時と現在との物価の関係等、いろいろ考えまして、まあまあこの程度が適当ではないか、こういう考え方に立って提案いたしたのであります。
#5
○島上委員 私は、今の御答弁では、新たに町村長の供託金制度を設けましたのは他の選挙の供託金とのバランスを考え、町村合併により町村が広くなったという事実等を参考にして、バランスを考えて作ったということ、それから供託金の額を増額することに対する納得するに足る理由が乏しいと思うのです。私はこの機会に、供託金制度そのものの是非を、さかのぼって論議してみる必要があるのではないかと思うのです。というのは、大正十四年に供託金額は衆議院二千円という、これは当時としてはかなり高額の供託金制度であった。これは普通選挙を前にして、新たに設けられたところに私は一つの意味があると思う。というのは、この新たなる供託金制度設定には、普通選挙制実施に伴って起ってくるでありましょう新しい政党――はっきり言うならば、当時の言葉でいういわゆる無産政党、無産政党の候補者の立候補を制限しようとする、こういう意図がその底にあったといわざるを得ないと思うのです。その伝統が今日に引きで続いて、そうして増額されて今日に至っているわけです。まさか今日、社会党やその他の小政党の候補者の立候補を金でもって押えようという意図があるとは思いませんけれども、少くとも出発当時の考えが、ずるずるに今日に及んでいるということは事実なんです。この供託金制度の中には、今日、私どもが否定しなければならぬような思想があるといわざるを得ないのです。新しい憲法は、御承知のように国民にひとしく選挙する権利と、選挙される権利を与えているはずです。先般、泡沫候補という言葉を使われました。今の慎重を期して、いわゆる泡沫候補と言われておりますが、泡沫候補という言葉を使うこと自体が間違いだと私は思うのです。泡沫であるかないかは、選挙の結果を見なければわかりませんし、それは選挙民がきめることですから、立候補する前から、こっちは泡沫であってこっちは有力候補であるというような、ものの考え方をすること自体に間違いがあると思うのです。国民には、貧乏人であろうと有産者であろうと、立候補しようとする意思を持っている者に対しては、立候補する権利が平等に与えられなければならない。それが、設定当時の二千円に比較しますれば、物価の倍率を考えてまだ安いとおっしゃるかもしれませんけれども、二十万円という金額が立候補の手続をするときに必要だということが、金のない人々にとって大きな制約になることは事実です。私ども、今日の十万円の供託金でもずいぶん苦労します。もし供託金を積まぬでいいということになれば、その十万円で最初の運動のすべり出しがかなりできるのです。二十万円ということになれば、かなり大きな制約になることは事実です。金でもって、国民にひとしく与えられておる立候補の権限を制約するという、このものの考え方自体が今日間違いであり、検討を要すると私ども考えますが、そういうことに対して大臣はどのようにお考えですか。
#6
○青木国務大臣 お話のように被選挙権というものは大事なものでありまして、立候補者が、金によって立候補することができないというようなあり方はもちろん好ましくないことはお話の通りであります。私も、一つの抽象論と申しますか、観念論としては、確かにその通りだと思うのであります。しかしこの供託金制度は、ただそういう観念論だけでその是非を決定していいものかどうか、私どもはさらに実際の選挙という現実の問題を取り上げまして、これが果して適当であるかどうかということを考える必要もあろうと思うのであります。外国の例を見ましても、御承知のように英仏は供託金制度を採用しており、アメリカと西ドイツとは、供託金制度を採用していないのであります。各国それぞれ違うということは、やはりそれぞれの現実の事態に対応して、ある国では供託金制度を採用し、ある国では供託金制度を採用しないということになっておると思うのであります。日本の場合も、大正十四年に初めて供託金制度がしかれて、それから今日まで、続いてこの制度を採用いたしておるのでありまして、私どもは日本の現在の選挙制度から見まして、また選挙の実際から見て、特に今日の二大政党下の選挙ということを考えまするときに、日本の従来の沿革がそうでもあり、また現実の選挙の姿から見ましても、この程度の供託金制度を置くことがやはり適当ではないか。私はいわゆる泡沫候補という問題でおしかりを受けましたが、本会議でも私はいわゆるという言葉を冠しておったのでありまして、実際問題として、両党の候補者の方々のことについて、とやかく言う気持は私には毛頭ないのであります。また、他の有力な政治団体の候補者の方についてとやかく申すのではないのでありますが、実際問題として、これは各町村等におきましても困っておるところがあるのであります。市町村長の選挙のたびごとに立候補の届出をする、こういうことは、観念論から申しますれば、そういう方々の立候補を押えることも、これはいかぬといえばいかぬかもしれませんが、実際問題とすると、私はそういう方々についてはできれば自粛していただいて、そういうことがないようにしていただくことが好ましいことには相違ないのであります。供託金制度なしに自粛していただけることが望ましいことには相違ないのでありますが、実際はなかなかそう申しましても参りませんので、やはり供託金制度というようなことで、そういう弊害をためていく必要が現在でもなおかつあるのではないか、かように考えておるわけであります。
#7
○島上委員 今大臣が御答弁されましたどこの町村長選挙にも必ず郵便で届け出て立候補する人がある、そういう弊害があるからということに、かなり大きなウェートを置いて理由にしておるようでありますが、それはきわめてまれな例です。そこで私は、今までのように郵便で届け出たのを、今度は書類を本人なり代理人なりが持っていかなければならぬという改正点には、別に異存を言っているわけではないのです。それはそれでよろしいと思うのです。しかし、きわめてまれな、例外中の例外ともいうべき事実を根拠として供託金を大幅に引き上げるということは、これは理由にならぬと思う。先般の本会議の質問で同僚の森君が数字をあげましたように、戦後、昭和二十年の選挙以来、候補者の数が今日ではほとんど三分の一に減っております。これは国会議員、衆参議院のみならず、地方選挙の場合でも同様です。このことは、政党の発達と公認制の確立という事実を背景としておると思うのです。今後、こういうふうに三分の一に自然に、政党の発達と公認制の確立によって候補者の乱立がなくなってきておるこの事実が、逆戻りするということはとうてい考えられない。今後ますます、そういうふうに候補者は少くなっていく。今後このままにしておいたならば、もっと乱立して昔に逆戻りするというような心配が事実あるとすれば、その事実に対しては考えなければならぬでしょうけれども、そうではない。そうだとするならば、私は、この際供託金制度の廃止について一つ考える、そういう段階にきておるのではないか。今大臣のお答えになった理由は、供託金を増額するという理由にはならぬと思う。国民にひとしく与えられておる権利を、十万円あるいは三十万円という供託金によって、ないしは五万円、十万円という供託金によって差別をつける、この不当な制度を廃止するということこそ今日要請されておるのであって、これを増額しなければならぬという積極的な理由は、今までの御答弁ではどうしても納得できない。例外中の例外の、それこそ枝葉末節の事実をあげてきて、だからということは理由にならぬ。郵便で届け出たものを、今度は書類でもって持っていかなければならぬことにするということは、われわれは実情からして、それはよかろうと是認しておるのです。だから供託金を上げなければならぬということは、理由にならぬ。今までも、選挙法の改正のつど公営を拡大するのですから、その公営費の一部を負担するような制度が必要ではないかという議論をされたことがありますが、今日の供託金制度は、この公営費とは何ら関係のないことです。一定の票数をとれないものは没収されて、一定の票数以上あったものは、供託金はまた返ってくるのですから、公営費とは何ら関係がない。としますれば、今日供託金の制度を廃止するという方向に向っていくべきものであって、今回の改正案は、まさにその時代の要請とは逆だと思うのです。もっと私ども及び国民をして納得せしめる積極的な理由があったら、一つお聞かせを願いたい。
#8
○青木国務大臣 島上委員のお考えも、確かに一つのお考えと私どもも考えます。供託金制度というものが果して適当であるかどうか、これはいろいろ議論もあることであり、また島上委員のおっしゃるように、むしろこの制度はこの辺で考慮したらいいじゃないかという議論も確かに一つの議論であると思うのであります。ただしかし、また私どもは、そういう御議論は御議論として首肯すべき点もあるのでありますが、現実の選挙の面から見まして、やはり乱立を防止するという問題、あるいはまた供託金制度というものがわが国におきまして大正十四年以来今日まで引き続いて行われておったということを考えますときに、にわかにこの制度を廃止するということが果して適当であるかどうか、これにつきましては、やはりそれ相当私どもの考え方についても、私はうなずける点があると思うのであります。そうして、先ほど申し上げましたように、新しく町村長の供託金を設けることが適当であるという判断に立っておりますので、そういう面からいたしまして、今回の程度の改正はこの際適当である、こういう判断に到達いたしたのであります。島上委員のお考えにつきまして、それが間違っておるとか、あるいはそういう考え方はいけないとか、こういうのではないのであります。ただしかし、私どもの考えといたしましては、選挙の実際にかんがみまして、現実に立って考えるときに、やはりこの程度の供託金というものは必要である、こう考えるのであります。
#9
○島上委員 町村長に新しく供託金制度を設けたのは、現行供託金制度を是認して、しかもこれをある程度増額することを是認した議論の上に立ってのことであって、供託金制度の存在及びその供託金の増額を是認するという論拠に立てば、今大臣が答えられたように、町村長にも供託金をある程度課するという議論が出てくると思うのです。私は、その根本について検討する時期が来ている、こういう議論の上に立っているのです。それは、先ほど来言っているように、大正十四年に、当事の金額にしては非常に高額である二千円の供託金制度を設けた際には、普通選挙の施行を前にして、新興政党の候補者の抑制ということが確かに考えられておった。そういう考えは、今日捨てなければならぬときです。おそらく青木国務大臣も、新興政党あるいは新興政治勢力の立候補を抑制しよう、抑制しなければならぬという考えは、お持ちではないと思うのです。その点をもう少しはっきりさしてもらいたい。大正十四年当時、新興政治勢力の候補者の抑制ということを腹の中に考えてやった、そういう考え方は今日捨てるべきであるという私の議論に対して、明確な御答弁をいただきたいのと、それから、もう一つ理由にあげております乱立防止というのが、さっき言ったように、事実上供託金に何の関係もなしに、政党の発達と公認制度の確立という事実を背景にして実際的に三分の一に減ってきているのですから、この三分の一に候補者が減ってきている現状が、供託金を値上げしなければ、また逆戻りして乱立になるというおそれが今後考えられるかどうか。私は考えられない、だんだん減っていくと思うのです。これは供託金制度と関係なしに減っていくのです。そうだとすれば、ここで国民にひとしく与えられている権利を、十万円、三十万円という供託金によって差別をするということ、これは重大な問題だと思うのです。そういう金により、立候補の権限を実際的に差別するという考え方は、この際改めるべきではないかということ。それから乱立という事実はだんだん減ってきておる。これに対して大臣はどういうふうに見ておるか。この見方が私と全然違うならば――今後供託金を値上げしなければ乱立するというふうにお考えになっておったり、あるいは憲法の上ではひとしく与えられているが、貧乏人には立候補する権利を与えてはいかぬという考えをお持ちならば別でありますが……。もその点を明確にしていただきたい。観念論とか、具体的議論とか別々にしないでも、一般論として賛成ならば、具体的議論としてもそういう方向に持っていくことに当然なると思うのです。今の点をもっと明確に伺いたい。
#10
○青木国務大臣 この供託金制度が、いわゆる新興政党の台頭を押えるというような考え方に立つべきものでないことはお話の通りであります。大正十四年、普選が初めて施行された当時の考え方がどうであったか、私その当時の詳しい事情はよく存じておりませんが、いやしくも、今日そういう新興政党が出ることを押えるために供託金制度を採用すべきであるというような考え方は、私も、これは島上委員と全く同感でありまして、そういうことをすべきものでないということはお話の通りであります。
 第二点の、政党政治がだんだん発達してきて、今日公認制度というものもだんだん確立されてくるに伴いまして、いわゆる候補者の乱立もだんだん少くなってきている傾向にあるので、確かにそういう面もあると思うのであります。それと、私どもの希望といいますか、われわれの今後やるべきこととしては、さらに一層政党政治というものを確立して、日本の議会政治が正しい姿で運営されていくようにせんければなりませんし、また、その確立された政党というものの上に立って、選挙制度もやはり即応して、りっぱなものを作っていかなければならぬと思うのであります。そのためには、お互いいろいろ研究しております政党法というようなものもさらに今後真剣に検討をし、りっぱな政党、そしてりっぱな政治活動、こういうものができるような姿に、日本の選挙界をしていかなければならぬと思うのであります。その点、島上委員と私は考え方が同じであります。しかし、現在の姿から見まして、確かに政党が発達して参り、公認制度も確立して参りましたというものの、今直ちにここで供託金制度を廃止して、せっかく確立してきた政党の公認制度というものがこのままずっといくかどうか、あるいはむしろ、やはり今の段階におきましては、一方におきまして乱立を防止する手段も講じつつ、さらに一そう政党政治の確立をはかっていく必要があるではないか、こういう点も、実際問題として考えられると思うのであります。そのことが決して国民の立候補の重大な権利を押えるという意味ではないのでありまして、実際の選挙のあり方に立ちまして考えるときに、いたずらに選挙界を混乱させるようなことはできるだけ防止していくべきではないか、こう思うのであります。私どもは、こういう制度が決して政党政治の発達を妨害するとも考えませんし、また、国民の権利を不当に抑圧するというふうにも考えていないのであります。なるほど供託金によって立候補の権利を押えるという面から見ると、お話のようなことも言い得ると思うのでありますが、何と申しましても、選挙の現実に立って見るときには、この程度の供託金制度は現段階においては必要ではないか、こう思うのであります。将来の問題として、あるいは島上委員のおっしゃるように日本の政党政治が発達してくれば、なお検討すべき時期に到達することもあり得ると思うのでありますが、現段階においては、やはりまだまだこの程度の供託金制度は存置しておく必要がある、かように考えるのであります。
#11
○島上委員 私の今申し上げた三つの点のうちの一つのお答えがない。つまり、今日国民に平等に与えられておる選挙権及び被選挙権が、供託金制度によって事実上抑制されるんです、差別をつけられるんです。差別をつけるものではない、押えるものではない、こう言いますけれども、しかし、衆議院に立っためには、まずもって二十万円用意しなければ立てない。参議院の全国区をやるには、三十万円積まなければ立てない。これは、われわれにとっては大金なんですよ。立てないという事実は抑制じゃないですか。国民にひとしく与えらるべき権利、平等に与えらるべき権利を、二十万円ないし三十万円積まなければ立てないぞ、お前立っちゃいかぬ、こういう差別をすること自体が私は間違いだと思う。もし差別してもよろしいということになれば、二十万円が五十万円になってもよろしいという理屈が出てくるんです。理論的にはそうなんです。理論的には、百万円でもよろしいということと同じなんです。十万円を二十万円にするというちゃんとした根拠があるかといえば、ないのです。大正十四年の三千円を三百五十倍すれば七十万円になるのですから、根拠とすれば、七十万円にしてもいいということになる。まあ十万円を二十万円程度だから大したことはないじゃないか、こういうお考えがあるからそうおっしゃるだろうけれども、これがもし百万円ということになったらどうなりますか。七十万円ということになったらどうなりますか。七十万円でも二十万円でも、金によって立候補の権利を抑制しておる、差別をつけておるということには、やはり変りがない。平等に与えらるべき権利を金によって差別するということ自体、私は間違いだと思う。ここに一つメスを加えて検討する必要がある、こう考えるのですが、この点に対して、金によって差別することはやむを得ないという積極的な理由があったら、お聞かせ願いたい。
#12
○青木国務大臣 供託金制度そのものについての本質的な御議論でありまして、その点は、私先ほど申し上げましたように、確かに供託金制度というもの、そのこと自体果して適当であるかどうか、根本的にはいろいろ問題もあると思うのであります。思うのでありますが、しかし、いやしくも立候補するからには、立候補者というものもやはり責任を持って立候補しなければならぬこと、これまた当然であると思うのであります。そういう意味からいたしまして、いたずらに乱立に陥るようなあり方、結果において非常に票が少かったからということでなしに、選挙のたびごとに立候補するような方々、こういう方々があることも事実なのであります。そういう方々がおることが事実であるとするならば、これに対してそういうことのないようにすることも、現実問題としてやはり考えなければならぬのじゃないか、こういう考え方に立っておるのでありまして、供託金制度そのものが果して適当であるかどうか、これは根本的には、確かにお話のような議論も成り立つことでもあり、島上委員の考え方がいかぬとか、それに反対だとかいうのではないのであります。確かにそういうことでありますが、しかしやはり私は、この程度の供託金制度は残しておくことが、日本の現在の選挙界の実際に見て必要であろう、こう考えるのであります。
#13
○島上委員 どうも積極的な理由に乏しいといわざるを得ない。立候補するからには責任を持たなければいかぬ、これはどういう意味かよくわかりませんけれども、選挙の公営を拡大したために、岡が選挙のために相当の経費をかけている、そういう意味で責任を持たなければならぬというならば、むしろ一定数の得票をとれないものは供託金を没収するといったような制度でなしに、国が候補者に公営費としてこれだけの金をかける、一人について五十万円なら五十万円かかるんだから、その若干部分を負担せよというなら、これはまた一つの理屈として考えられる点もあると思うのです。供託金は、御承知のように、有効投票総数を議員の定数で割った数の十分の一をとらないものは没収する、それ以上とったものは没収しない。いわば弱い者いじめなんだ。しかし、議員に出ようとする者は、出ようとするからには、将来に希望を持っている。特に最初出馬する者は、どのくらい票が集まるかということは確定した見通しがつくものじゃない。しかし、最初供託金を没収される程度の得票しかとらないものでも、二度、三度、四度やっているうちに人物が選挙民に知られて、だんだんと当選するということになる。今日国会に議席を持っている諸君の中にも、最初のうちは、何回か供託金を没収されたという人も相当多数おる。供託金を没収されるほど得票が少いから、そういう者は選挙に立候補する資格はないんだと言わんばかりの制度です。例外中の例外をあげたのでは、供託金制度を存続し、もしくは増額するという理由にはならぬと思う。例外中の例外は衆議院の十万円を二十万円にしてもやります。三十万円にしてもやりましょう。しかし、それよりも、普通の多くの候補者がこの制度のために、立候補の際に非常な不自由が与えられておるということは事実です。私は、自分のことを言っては悪いと思いますので言いませんけれども、私ども社会党の中では、今の十万円の制度でもずいぶん苦労しています。十万円あれば事務所を設けて、最初の運動のスタートができるのです。いずれ返ってくるからといっても、一カ月門ないし二カ月間は遊ばしておかなければならぬ。これは、金のない候補者にとっては重大な制約です。私は、今までの大臣の答弁では、積極的にこうしなければならぬという理由が納得できない。今度政府が出した改正は、それほど根本的な改正ではない。それなのに、この供託金制度を二倍――少いのは一倍半ですが、多いのは五倍程度という大幅な増額をこの案につけてきたのは、私は軽率ではないかと思う。今の大臣のお答えによっても、観念論としては肯定する理由もあるし、候補者が少くなっているということも事実お認めになっておる。金によって差別をつけることの間違いも、御答弁ははっきりしていないけれども、大臣としてはお認めになると思う。そうだとするならば、この程度の改正に対して、積極的にここでこれを出さなければならぬ理由がどうしても納得できない。むしろこういう改正は、あなた方の方に増額の理由がかりにあるとしましても、私どもは、この際根本的な検討を加えて廃止をする、もしくは廃止の方向に向って改正する時期ではないかと考えていますから、先ほどお答えになりました中で、選挙制度全般にわたって検討しなければならぬし、政党法というような問題も考えなければならぬ時期にきておるとおっしゃられましたが、そういうような選挙制度全般の問題、あるいは政党法の問題というようなものに大きな検討を加える際の問題点として検討するというならば話がわかりますけれども、そういうふうに扱わないで、大して根本的な改正でない今回の改正にこれをつけてきたという理由は、どうしても私は納得できない。何回質問しても同じような御答弁しかないので、私は納得できないままですけれども、他の諸君から角度を変えてまた御質問もあろうと思いますから、供託金の問題は納得できませんので、あるいはまたもう一ぺん質問するかもしれませんけれども、納得できないままにこの点は打ち切っておきます。
 次に、政党及び政治団体の選挙期間中における活動の規制の問題です。私どもはかねがね主張しておりましたが、政党及び政治団体にとっては、選挙というものは一番大事な戦いです。戦いといって言葉が気に入らなければ、運動といってもいい。政党及び政治団体においては一番大事な運動なんです。ですから特に弊害が伴わない限りは、一般論としては、政党及び政治団体に対しては選挙期間中といえども政治活動を自由に許すべきものだと思う。従って今日の規制自体が、私はもうすでに問題だと思う。まあしかし、現行法においてはある程度の規制をしておりますので、私どもは、これまたこの規制も考え直して緩和すべきものではないかと思う。今言った論拠に立って、少くとも議会主義を積極的に肯定する政党及び政治団体にとっては、選挙という場は一番大事な運動の場なんです。その大事な運動を抑制するということは、一体どういうことですか。私は最初に、これまた一般論からお伺いしますが、政党及び政治団体の選挙期間中における政治活動、これは政治活動ですから選挙活動ではない、政治活動を抑制しなければならぬという積極的な理由がありますか。あったらまずそれを一つ伺いたい。
#14
○青木国務大臣 御承知のように、政党が政治活動におきまして、選挙運動というものが政党の最も大きな使命と申しますか、仕事である、これはお話の通りであります。しかし選挙は、言うまでもなく一つのルールの上に立って選挙をやるのでありますから、ルールなしにお互いに政党がやるということもフェアな運動になりませんので、やはり私は一つのルールを立てる必要があると思う。そこで現行法におきましても、政党の選挙期間中における政治活動につきましては、一つのルールを定めておるわけであります。そのルールのあり方が適当でない、あるいはまた、現在現行法においては制限されている自動車の使用台数なりあるいはポスターなりは、もう少しふやすべきものであるという御議論が、一般の考えとするならば、それはふやすということも一つの考え方でありましょう。しかし基本的な問題として、やはり一つのルールを設けておくことが必要ではないかと、私はこう考えるのであります。
#15
○島上委員 現行法による政党及び政治団体の活動は、今ルールとおっしゃいましたけれども、法律の用語からして、「総選挙における政治活動の規制」と、規制です。単なるルールじゃないのです。政党及りび政治団体の活動を規制しておるのです。抑制しておるのです。これとこれとこれだけ以外にはやってはいかぬ。たとえば、衆議院議員選挙についていえば、二十五人以上の候補者を持った団体が三台の車を持って、一選挙区の候補者について回の政談演説会と街頭政談演説と、政談演説会一回について千枚のポスターと、政談演説会の会場でまくチラシと、これ以外のことはやってはいかぬ、こういうふうに規制しておるのです。これはルールではない、規制です。この規制だって、以前にはなかったのです。最近だんだん規制を作り、その規制を強化してきておる。かってはなかったものを規制して、その規制を強化してきておる。改正のたびに強化してきておる。私はこれは逆ではないかと思うのです。なぜならば、政党が発達した今日において、選挙は、個人の選挙から政党の選挙運動になるべきものだと思う。選挙で国会議員に出る、参議院に出る、地方議会に出るということは、個人の利害や個人の名誉のために出るのではないと思うのです。今なおそういう考えを持っておる者も若干おるかもしれませんけれども、そうあってはならぬと思う。これは個人のためではなくて、政党が掲げる政策を実行するという意欲をもって、その必要から出るもので、選挙運動は、外国の例を見ましてもそうですが、個人の運動から次第に政党の運動への方向をたどっておる。日本もだんだん政党の発達と確立によって、そういう方向をたどっております。従って法においても、個人の運動から政党の運動へというふうに発達することが必然であり、法的にもその方向を助長するという方向に改正さるべきものではないか、私はこう考えておりますが、大臣はどうですか。
#16
○青木国務大臣 私も、今後の政治のあり方として、政党が中心になることは当然でありますので、そういう意味からいたしまして、選挙というものも単に個人本位の選挙でなしに、政党本位の選挙になるべきもの、またそうしなければならないと考えるのであります。従来、ややもすれば個人本位の選挙が行われて参ったのでありますが、そうでなしに、民主政治のもと、現実の政治を担当いたしますのは政党でありますから、やはり政党があくまでも責任をもって選挙もやる、こういうふうにしなければならぬと思うのであります。その点は全く同感であります。しかし政党の選挙活動につきましては、これはやはりお互いに一定のワクの中でやるべきものではないか。選挙というものはあくまでも公明で、フェアな戦いでなければなりませんので、そのためには、やはり一つのワクを設ける必要があると私ども考えるのであります。そのワクが、現行法が適当であるかどうか、これはまたいろいろ御議論もあると思うのでありますが、ともかく基本的には、政党同士の選挙活動におきましてもそれぞれ一定のワクを置いて、そのワクの中で活動するというあり方が望ましいことではないか。そのワクなしに何をやってもいいというようなことになりますと、これはまたいろいろな弊害も出て参りますし、また選挙の公明を期するゆえんでもない、こうも考えますので、私はそういう意味で、政党の選挙活動はできるだけ助長しなければなりませんが、同時にまた一方におきましては、ワクをはめる必要があると考えるのであります。
#17
○島上委員 個人の運動から政党の運動へという方向に選挙界自体が発達してきておる事実、またそう助長していかなければならぬということについてはお認めのようです。それならば、なぜ一体政党の活動を規制しなければならぬか。ルールは必要ですよ。ルールは必要ですが、候補者一人について政談演説会は一回、ポスターは千枚、その場所でまくチラシ、それから二十五人以上持った団体に自動車三台、それ以外はできぬという規制、制限をしなければならぬか。制限をしなければ非常に弊害が起るという積極的な理由があれば、これはまた別です。しかし今日の選挙の弊害、不正腐敗の選挙というものは、政党のやる運動に不正腐敗があるのではなくて、個人中心の運動であるところに不正腐敗の原因が胚胎するのです。私どもは、選挙法というものは取締り法であってはならぬと思うのです。日本の選挙法は、昔は取締り法だったのです。ああやっちゃいけない、こうやっちゃいけない、道で立ち話をしてもいけないといったような、非常に峻厳な取締り法律だった。私は今の選挙法にもその取締り法的なにおいを多分に感ずるのですが、この取締り法から、極端な不正腐敗の弊害を生む部分は取り締らなければならないけれども、その他の部分は、すべからく伸び伸びとした自由な選挙にする、こういうように、取り締る方からもっと自由な方に脱皮しなければならぬと思うのです。(「同感」と呼ぶ者あり)ここに法律の専門家がおって、同感の意を表しておる。それが、依然として取り締る方の色彩が強くて、規制を強化するということになれば、やはり取締りを強化するということなんです。私は、政党が選挙運動期間中自由に政治活動をすることによって、かくかくかような弊害がある、かようにして選挙界を堕落せしめているのだという原因があるのだったら、一つ指摘してもらいたい。個人中心の運動だからこそ不正腐敗が胚胎しておるし、そういう問題が起るのです。その個人の不正腐敗の部分を排除するための法改正をするというのなら、話はわかります。私どもはそういう改正を今用意しておりますが、その弊害のない政党及び政治団体の活動を、一そう規制を強化しようということは、私はどうもわからない。これは時代の逆行です。(「選挙運動を通じて政治活動する自由がある」と呼ぶ者あり)その自由が――政党に自由にさせておいて、こういう弊害があるという積極的な理由があったら、お示し願いたい。もちろん法律は、自民党にも社会党にも、同様に適用されるのです。同様に適用されるといっても、権力を持っている側にはとかく寛大で、野党には峻厳ですけれども、まあそういうことはないという前提に立って議論してもいいですから、そういうことは抜きにしますが、寛大にすれば、自由民主党も社会党も同じように寛大になるのです。なぜ政党の活動だけを峻厳にしなければならぬかという、積極的な理由があるのか。これを自由にするとこういう弊害がある、こういう弊害があるという点があったら、御指摘願いたい。個人中心の選挙だから、いろいろな不正腐敗の弊害が生まれる。これは事実に徴して明らかなんです。そこで個人中心から政党本位の運動へ、こう持っていかなければならぬと考えておるのに、これは逆行です。政党及び政治団体の活動を自由にしてはこういう弊害があるという点があったら、御指摘願いたい。
#18
○青木国務大臣 私ども、今回の改正におきまして、政党の政治活動の規制を強化しようという考えではないのでありまして、この改正は合理化そうということなんであります。決して従来やっておりました自動車を制限するとか、あるいはまたポスターを制限するとか、そういう考えではなくして、合理化さなければいかぬ、こういう考え方に立っておるのであります。
 それから、全然規制をなしにしたならばどういう弊害があるかというお話でありますが、私は、ここで規制をはずした場合にこういう弊害がある、ああいう弊害があるということを一々検討してみたこともないのでありますが、大ざっぱに考えまして、大局から見まして、かりに何も規制なしということになると、たくさん金を持っておる政党が自由に自動車を何台も使い、ポスターもやるということになるのは決して好ましいことではない。やはり政党としては一定のワクを置いて、その中でお互いにやるということが、当然やるべきことではないか。それを野放しにしてしまって、金のある政党は幾らでも自動車を使いほうだい、ポスターは使いほうだい、演説会はやりほうだいということになりましたら、私は決してフェアな戦いにならぬと思うのであります。そういう意味におきまして、やはり選挙活動は政党として大事なことでもあり、やらなければならぬことでもありますが、同時にそれについては一定のルールを設けまして、その範囲でお互いの政党がやる、こういう姿にすることが私は望ましいことではないか、こう思うのであります。
#19
○島上委員 金のある政党は大いにやれるなら、自民党さんには非常に都合がいいじゃないですか。私は、金のある政党は金を使ってやったらよろしいっと思う。個人が五百万、千万も使うということになれば、これは弊害が起ります。党がやるのですから、金のある政党は金を使ってやったらよろしいし、組織のある政党は組織を使ってやったらよろしい。その他、力のある政党は、その政党の持っている力を大いに発揮してやったらよろしい。その金を政党がやたらに使うと政界腐敗、汚職、疑獄の温床になる危険性があるとおっしゃるならば、政治資金規正法を改正して――私ども政治資金規正法の改正を近く出しますが、政治資金規正法を改正して金の出どころ、支出というものを明確にする、こういうふうなルールを作れば、これはまた何の弊害もない。特に私は、参議院の選挙を明年に控えまして、参議院の選挙の特質からいって、政党に属しておるが同時に職能団体にも属しておるという候補者は、非常に多いと思うのです。そうすると、たとえて言えば、自民党公認ではあるが、お医者さんの全国医師会に属しておる。医師会は自分の方の候補者を大いに当選させたいと思っても、活動できないというふうになってしまう。これは来年の参議院の、特に全国区の選挙なんかを考えると、非常に不便な拘束になると思うのです。今御答弁のようなことでは、政党の活動を自由にしては非常に弊害があるという、納得のできる理由がないようです。まるきり野放しにしてはいかぬから、この程度の線は引こうかということになったら、それはそれでも考える余地はあると思うのです。しかし今の規正法をだんだん窮屈にしてきている。窮屈にしてきているから、どうしてもそこから脱法行為が生まれる。政党は、一番大事な選挙のときに窮屈にされるから、脱法行為が生まれる。私は二、三の事実を知っておりますが、それでは大臣に伺いますけれども、今政党に許されておる選挙期間中の政治活動というものは、この法律にはっきりしておるように政談演説会、街頭政談演説、政談演説会の際のポスター一千枚、政談演説会の場所においてまくチラシ、これだけですね。これ以外にやれる運動はありますか。兼子君でもいいですから、これ以外に、文書その他の政治活動でできることがあるかどうか、一つお聞かせ願いたい。
#20
○兼子政府委員 公職選挙法の政党の政治活動につきましては、建前は、いわゆる確認政党がここに列挙した方法で政治活動ができる、こういう建前になっておるのでございまして、それ以外の政党は、確認を受けない団体はこの列挙した方法では制限を受ける、こういう趣旨、それからそれ以外の方法につきましては、これは本来この規制が及ばない、政党の政治活動が自由である、こういう法の建前になっておるものでございます。
#21
○島上委員 それではもっと具体的に伺いますが、確認を受けた団体が選挙期間中にできる政治活動は、ここに列挙してありますように、政談演説会の開催については一選挙区につき当該選挙区における所属候補者の数に相当する回数、街頭政談演説の開催については、第三号の規定により使用する自動車の停止した車上、それから台数は最低三台以上最高十二台まで、それとポスターの掲示については、一選挙区につきタブロイド型千枚以内、ビラの頒布については、その開催する政談演説会の会場においてする頒布、このほかに政党の機関雑誌、機関紙のことは別の項にありますけれども、機関雑誌、機関紙を除いては、ここに列挙した、私が今申し上げた活動しかできないというふうに制限されていること、これはその通りですね。
#22
○兼子政府委員 この法の趣意は、確認を受けない団体はただいまお話のありました方法はとり得ない、こういうことでございます。
#23
○島上委員 そのことは、確認を受けた団体は、これらのことはこの範囲ではできる、こういうことでしょう。言葉をかえて言えば、これ以外はできないということですね。
#24
○兼子政府委員 お話のありました運動方法以外の方法につきましては、何ら規制が及んでおらないのでございます。
#25
○島上委員 これ以外の方法については規制が及んでいない、これは少し問題ですよ。確認団体が、今言ったことについてはこれだけの規制がある。そうしますと、もし機関紙や機関雑誌以外の文書をまいてもよろしいですか。機関紙、機関雑誌は他の項で認められておるが、これ以外の文書、図画の頒布、掲示はかまわぬのですか。
#26
○兼子政府委員 規定されましたポスター、ビラはいけない、こういうことになります。
#27
○島上委員 ポスター、ビラなど、定められたもの以外はいけないのでしょう。

#28
○兼子政府委員 規制されましたポスター・ビラは、確認団体は規定された範囲内においてできる。それをこえます同様なポスター、ビラはできないということが一点。それ以外の運動方法がありますれば、これは規制の対象になっておらない、こういうことでございます。
#29
○島上委員 それ以外にないことはありませんけれども、それでは一つ具体的に聞きましょう。ここで一選挙区所属候補者について一回の政談演説会ができる。この政談演説会の際に、有権者にはがきをもって通知をすることは差しつかえありませんか。
#30
○兼子政府委員 演説会場において、はがきを配布するというお話でございます。そうすると、これはビラに相当します。
#31
○島上委員 そうじゃない。はがきをもって有権者に演説会の開催を通知するという……。
#32
○兼子政府委員 はがきで政談演説会の開催を通知するという行為についてお尋ねでございますが、これが党員であって党の連絡活動ということにつきましては、これは差しつかえないと考えます。
#33
○島上委員 だんだんはっきりしてきましたが、党がたとえば選挙運動の期間中、党の支部の大会をやるとか、執行委員会をやるとか、そういう党の機関の活動をするために党員に通知することは、もちろんこの規制の中に入っていない。しかし一選挙区、候補者一人について一回の政談演説会というのは規制されている運動なのです。そうしてこの規制されている運動においては、その場所でまくチラシはよろしい――以前はいけなかったけれども、まくチラシはよろしい。その演説会一回について千枚のポスターは、演説会の告知用に使ってもよろしいし、その他に使ってもよろしい。これは政談演説会に関連して許されておる行為。この政談演説会に際して、党員以外の一般の有権者にはがきで通知するということは、明らかに私は違法だと考える。どういう解釈をお持ちですか。
#34
○兼子政府委員 お話の党員の連絡でなく、一般の有権者にそのようなはがきによりまして通知をするということは、当然違法になるものと考えます。
#35
○島上委員 ところが、そういうことが現に行われておる。それは、私がさっき言ったようにあまり規制をするから、勢いそういう脱法、違法行為が行われることになる。私は架空の議論をしておるのではない。一つ証拠を示しましょう。
 千葉県の知事選挙です。「自由民主党千葉県支部連合会長衆議院議員水田三喜男、始関伊平」として、「来る十月十五日午後一時より千葉市教育会館に於て県連主催の演説会を開き」云々とありまして、その前文には、「此度の知事選挙にはわが党の公認候補者を御推薦下され御協力を頂き深謝申し上げます。必勝を期する為め格段の御支援を賜り度御願い申し上げます。」こう書いてある。これは党員ではない。一般有権者。明らかにこれは選挙運動のはがきです。党員ならば党公認の候補者を推薦するのが当りまえだし、格段の御支援を願わなくてもよろしいし、特別に深謝しなくてもよろしい。その文面からして、そのようにできております。これが一般有権者に郵送されております。ちゃんと私は現物を持ってきました。(「党員だろう」と呼ぶ者あり)社会党の党員です。(「両方に入っているんだろう」と呼ぶ者あり)ちゃんと持ってきておる。これは明白に違反です。今の答弁で、はっきりしておる。私はきのう県警の本部長に捜査を申し入れてきましたから、多分捜査しておると思いますが、こういう違反が起るというのも、規制をあまりに強化しておるからで、規制がなければ、こんなもの違反でも何でもない、しかし、現行規定からいえば違反です。政府与党の自民党さんが、こういうことをしなければならぬほど現行法が窮屈です。この違反の問題は県警で捜査する段階ですから、ただ違反であるという法解釈だけは明確にしておかなければならぬ。私の考えもあなたの答弁も同じ、違反です。こういう違反のよって起る原因というものも、規制があまりにも強化されておるからだ。その規制をさらに強化する。合理化しようというお考えだとおっしゃいますけれども、それは言葉の合理化であって、事実は規制が強化されるということなんです。こういうふうに、もっと一そう規制しなければならぬという積極的な理由がありますかということを私は聞いておる。積極的な理由は何もない。積極的な理由がなかったら、進んでこの規制を取りはずしてしまうか、もっと大幅に運動を認めるべきですよ。このはがきを出したって、別にこれ自体が選挙を大いに腐敗させる、堕落させるというものではない。ただ、規制があるからこういう違反になる。一体、こういうふうに規制しなければ非常に選挙界を腐敗させるという、積極的な理由がありますか。このはがきは違反ですけれども、これを出したから選挙界を腐敗させるという理由がありますか。それを私はさっきから伺っているんですよ。それがなければ、この規制自体を取りはずすべきものです。どうでしょうか。
#36
○兼子政府委員 二百一条の五の総選挙における政党の政治活動の規制の問題は、先ほどお尋ねがございましたが、ほかに方法があるかということでございました。これは御承知のごとく、ラジオとかテレビとか新聞広告等は、現在規制の対象になっておりません。でございますから、これは確認を受けた団体、あるいは確認を受けない団体でありましても、当然政治活動としての自由なものであります。
 なお今回の改正につきまして、規制を強化するものではないかというお話でございますが、これは先ほど大臣からお話がありましたように、従来の規制はそのままでございます。二百一条の五の体系はそのままでございまして、従来の解釈上疑義のありました点、また選挙の実情から見まして、大臣のお話のありましたようにいわゆる合理化をはかったものでございます。
#37
○島上委員 今度は内容にわたって少し質問したいのですけれども、お約束の時間でもありますし、きょうはこの程度にして、次会まで留保しておきます。
    ―――――――――――――
#38
○早稻田委員長 それでは、この際お諮りいたします。ただいま本委員会におきまして審議中の内閣提出、地方公共団体の議会の議員及び長の選挙期日等の臨時特例に関する法律案及び公職選挙法の一部を改正する法律案、いずれも重要な案件でございますので、公聴会を開き、広く利害関係者及び学識経験者等より意見を聴取し、委員会の審査の慎重を期したいと存じます。つきましては、衆議院規則の定めるところにより、議長に対して公聴会開会承認要求をいたしたいと存じますが、これに御異議はありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#39
○早稻田委員長 御異議なしと認めます。よって、公聴会開会承認要求をいたすことに決しました。
 なお、公聴会開会の日時は一応十月三十日午前十時よりとし、その他公述人の選定等につきましては、委員長に御一任を願いたいと存じますが、御異議はありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#40
○早稻田委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。
 次会は二十四日午前十時開会することとし、本日はこれにて散会いたします。
    午後一時六分散会
ソース: 国立国会図書館
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