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1958/10/30 第30回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第030回国会 公職選挙法改正に関する調査特別委員会公聴会 第1号
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1958/10/30 第30回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第030回国会 公職選挙法改正に関する調査特別委員会公聴会 第1号

#1
第030回国会 公職選挙法改正に関する調査特別委員会公聴会 第1号
昭和三十三年十月三十日(木曜日)
    午前十時五十分開議
 出席委員
   委員長 早稻田柳右エ門君
   理事 加藤 高藏君 理事 鍛冶 良作君
   理事 古川 丈吉君 理事 南  好雄君
   理事 島上善五郎君 理事 森 三樹二君
   理事 山下 榮二君
      倉成  正君    藏内 修治君
      三田村武夫君    村瀬 宣親君
      柏  正男君    滝井 義高君
 出席政府委員
        総理府事務官
        (自治庁選挙局
        長)      兼子 秀夫君
 出席公述人
        東京都議会議員
        前東京都議会議
        長       上条  貢君
        日本労働組合総
        評議会政治部長 小山 良治君
        弁  護  士 坂  千秋君
        千葉大学助教授 杣  正夫君
        都道府県選手管
        理委員会連合会
        副会長     小暮藤三郎君
        全国市区選挙管
        埋委員会連合会
        会長      宮島幸太郎君
    ―――――――――――――
本日の公聴会で意見聞いた案件
 地方公共団体の議院の議院及び長の選挙期日等
 の臨時特例に関する法律案(内閣提出第四百
 号)
 公職選挙法の一部を改正する法律案(内閣提出
 第一三号)
    ―――――――――――――
#2
○早稻田委員長 これより会議を開きます。
 内閣提出、地方公共団体の議会の議員及び長の選挙期品等の臨時特例に関する法律案、及び公職選挙法の一部を改正する法律案について、本日御出席の公述人各位より御意見を承わることといたします。
 この際、公述人の皆様方に一言ごあいさつを申しげます。本日は御繁忙中にもかかわらず、公述人として御出席を賜わり、まことにありがとうございました。大へん時間がおくれまして恐縮をいたします。すでに御承知の通り、本日御意見を承わることにいたしました再案は、来年四月または五月に任期が満了する地方公共団体の議会の議員及び長の選挙期日等を統一する特例を設け、また選挙法の改正に関しては、立候補の手続及び要件に関する規定を改め、選挙の管理、執行に関する規定を整備し、さりに政党その他の政治団体の政治活動の規定を改正しようとすることを主要な内容といたしております。これらの特例措置、もしくは選挙法の改正点につきましては種々御意見があろうかと存じますので、選挙法並びに選挙に関する諸問題について、深い御見識と御経験を有せられる公述人各位から、それぞれ専門の立場に立って忌憚のない御意見を承わり、もって法案審議の貴重な参考に供したいと存ずる次第であります。
 本日の議事について申し上げますと、公述人各位の御意見の開陳はおおむね十五分程度におまとめを願い、委員長の指名順に御発言を願うことにいたします。なお、御意見の開陳のあと、委員から公述人の各位に対して質疑を行いますから、あらかじめ御承知おきを願いたいと存じます。
 それでは、これより順次御意見を承わることにいたします。
 まず最初に、弁護士坂千秋先生にお願いいたします。
#3
○坂公述人 公職選挙法の一部改正案と選挙期日の特例に関する法律案について、私の考えを述べろというお話を二、三日前に伺いまして、資料もいただいたのであります。一応は拝見いたしたのでありますか、十分にも参っておりませんので、いろいろ項目がたくさんあるように見えます関係もあり、多少読み違ったりいたしておることかあるかもしれませんので、その点は御了承いただきたいと思います。
 まず公職選挙法の関係でありますが、これ全体を通じまして私の感じましたのは、大体これは事務的なと言っていいようなものか大多数であるように思いました。多少そうでないのもあるようでありますが、私の受けました印象では、私は趣旨として、別段いずれの頃日にも不賛成ではございません。まあけっこうだろうと思います。ただ、これも率直に申し上げますと、そうひどく効果のある改正のようにも思えません。まあこれは、必要だというのならやってけっこうであろう、こういうくらいの程度に考えております。一々このいただきました要綱で申し上げますとたくさんありますので、私が比較的重要でないかと思った点を、かいつまんで申し上げます。
 第一は、選挙人名簿の調製期限が十日ほど変っておりますが、これは事務的なもので、暦年に合せて名簿を調製するのが都合がいいというのがおもな御趣旨でありましょうから、それならばそれでけっこうであろうと心います。
 第二は、不在者投票の範囲を少し広げまして、従来、ただほかの町村に住所を移したというだけではできなかったというものを、不在者投票採用という程度に拡張されるもののようであります。これは市町村の場合には選挙権かなくなるように思いますけれども、国の場合にはその効果があるでありましょうし、だんだん不在者投票の範囲も拡張して参っておりますし、私は趣旨として、これはいいことだと思っておるのでありますから、こういう点を改正せられますこともけっこうであろうと思います。
 それから、立候補の届出は、郵便によるのはやめたいというのか一つであります。これは考え方によりますと、少し自由か拘束されるという考え方もあるとは思いますか、これはおそらく届出があったとかなかったとか、いつ着いたとか着かないとか、届出が不備であって、それを直さなければならぬというような、事務的な紛争を避けるという趣旨じゃないかと私は想像いたしますし、非常に重要なことでありますから、本人の都合が悪ければ代理人でお届けになってもけっこりなんでありましょうから、こういことにしても、そうさきまでこれは自由の制限になるというようなことは言わなくてもいいのじゃないか、こういう感じを持っております。
 それからその次に、候補者の届出の様式が、今まで政令できめてあったものか法律事項になっておる。これはただ形だけのことでありますから、大したことはないと思いますが、そのうち、今までは所属政党といいますか、所属の政治団体を二つ以上書き得るものであったのが、今度は、それは一つに限ろうという趣旨が入っておるようであります。これはちょっと、事務的とのみ言い切れない点もあると思うのでありまして、あるいはそういうことは、少し行き過ぎだという意見もあり得るといます。これはしかし、だんだん読んでみますと、ほかのこととの関連上、やはりそれを明瞭にしておかないと都合が悪いということがあって、そういう意味から考えておるのでありまして、私は、実際政治家の方がどういうふうにこの点を不自由と感ぜられるか、あるいは差しつかえないと感ぜられるのか、判断はつかないのでありますけれども、私が持っておる程度の常識で、言いますと、他の理由から、こうしておいた方がいろいろ選挙の秩序を保っていくとか、あるいは感違いが起ることを避けるとか、何かの必要上こうだというならば、やはり政党も、たくさんあるにしても主たるものがあるのでありますから、そのことをお書きになっておってもいいのじゃないか、こうも考えるのでありまして、私はこれでいいのじゃないか、こういう感じを持っております。
 それから、知事、市町村長か在職のまま立候補することをとめておられます。これは賛成であります。まあこうした方が弊害が少いだろうと思います。もっとも実際は知事、町村長の地位を利用すると言っては語弊があるかもしれませんが、在職中であることを利用して、なお在職のまま立候補したいという気持の人は少いのじゃないかと思いまして、いろいろな法律の制限や何かがあってそういうふうになっておるという事情もあると思いますから、知事、市町村長のやり方が、従来悪かったという非難をするつもりは毛頭ありません。ただ法律上、こうされるのはそれはいいのじゃないか、こういうふうな気持を持っております。
 次は、供託金を値上げされたのと、町村長の選挙に新しく作られた、こういうことのようであります。町村長の選挙に供託金を作るということは、一つの問題かもしれません。ただ、町村か大きくなっておるはずであります。今度の町村の大合併で、三つか四つ合せて一つ、三倍か四倍になっておるわけでありますから、従って、市と町村との差が非常に減ってきておることは事実でありましょうし。町村長というものの地位も従って上ってきておる、重要性も増しておるということでありますから、ある程度の軽い供託金を設けるといことにも理由はあると思います。そうしなければならぬというほどのことかどうかわかりませんけれども、まあほか並みにするということには理由があると考えていいのじゃないかと思いますし、金額が倍くらいになっておるのじゃないかと思うのですが、これか倍がいいかどうかということは、私にはよくわかりません。わかりませんか、今の貨幣価値などから考え――私は戦前の選挙を少しいじった経験がありますか、その当時二百円とか二千円とかいった記帳がありまして、それを今の貨幣価値に換算いたしますともっと多くなりますし、かたがたこの程度のものならば、供託金制度かある限りは、そう不当なものというべきでもなかろうと考えます。
 それからその次に、多少政治活動ということに関係を持つことのように思いますのは、政党その他の政治団体の選挙運動期間中における政治活動の規制に関しまして、二つ、三つ、改正があるようであります。
 その第一は、政党その他の政治団体の所属候補者が、先ほど申し上げました立候補を届出するときに、自分はどの政党に属するかということを書け、それは一つに限るぞ、その一つ書いた政党、政治団体と一致しておらなければいかぬ、それと同じにしなければいけない、こういうことのようであります。これは、それだけのことを言えば当然なことでありまして、それが違っておるというのがおかしいのであります。実際は、何か大へん違った事例かあるというようなことを聞くのでありますが、私はそういう事実をよく存じません。しかし、かりにあるとしますとむしろそれがおかしいのかもしれませんので、こういうふうに届け出た一つの政党、政治団体を、立候補の場合にも、政治活動云々の場合にも一致させるという趣旨はけっこうじゃないかと私は思うのであります。これは少し窮屈になるという反対論かあるかもしれません。窮屈になるということがよくわからないのでありますけれども、あるいはそういうことも考えられるかもしれませんが、私は、それはがまんしなければならないのじゃないかというような感じであります。
 それからその次に、知事、市長の選挙のときに、公認した候補者でなくて推薦した候補者であっても、政党その他の政治団体か、ある限度の政治活動をすることができる。これは、従来は公認した場合にはできるということであったのが、推薦でもできるという改正のように了解しておりますか、これも実際からくる必要があるのじゃないかと思います。知事、市長というのは、何か票を集める関係でありましょうけれども、無所属という建前で出ている人がたくさんあるようであります。いいことか悪いことか存じませんけれども、それが多いのであります。そうすると公認でなく推薦という形になる。しかし実際は、革新糸あるいは保守糸ということはみんな言っておるのでありまして、何かの都合でそういう形になっておるのでありましょうから、その形をしいてとがめることもないかもしれませんけれども、そうなれば、推薦した、実質的には公認した団体か、形式上の公認をした場合と同じように、ある程度の政治活動をするようにするということはやはり理由があるのじゃないかと思うので、けっこうじゃないかと思うのであります。
 それから、政治活動用のポスターを、所属候補者を有する選挙区以外においてはやれないということは、何か制限のようでありますが、たしか政談演説会に似たような制限か現在もあると思いますので、政談演説会と同様な扱いにしようということであろうかと思います。これも何か実際上の弊害を防止しようという意味が、そういう理論を通すという以外にあるのかもしれません。その弊害とかいうことを申しましても、私は実際をよく存じませんからそのことを申しませんが、まあこれは同じ扱いにしてもいいのじゃないか、こういう感じは持っております。従いまして、大体改正要綱の重立った点はそのように了解をいたしたのでありますが、趣旨はけっこうじゃないか。先ほど申し上げた通りであります。
 それからその次の、期日の統一に関する法律案でありますが、これもこういうように統一することがいいか悪いかを議論することもけっこうでありますか、従来何回か、こういう形で大体はやってきておるのでありますから、今回もそういう形でやることにしいて異を立てることもない、それでいいのじゃないかというふうに思います。おそらくこれは、選挙の執行上何かの弊害が起るとか、公営上の関係がやりにくいとか、いろいろなことからこういうことが出ておることでありましょうから、その形を踏襲することに別に異存はありません。ただこまかく言いますと、少し期日が――前に四月三十日であったものが二十八日になっておるとか、県会関係は二十三日で同じでありますか、二日ほど繰り上っておるというこまかい違いがあるようでありますが、これは何かそれぞれの理由があってそうなっておるように理解いたしますので、しいてとやかく言うこともないだろう。それから、都道府県を先にするか市町村を先にするかということを、今回は知りませんが、前には、ずいぶんけんかしておると言うと語弊がありますか、争っておられた事実があります。これはどっちか先にしなければならぬ、四つを一緒にすることはなかなかむずかしいでありましょうから、前回の例を踏襲してやっておられるのでありましょう。あるいはそれ以外の理由があるかもしれません。私もよくわかりませんが、まあこういうことも、どっちか先にしなければならないことでありますから、しいて争ってみたところでいたし方ないのじゃないか、こういう感じを持っております。
 あとこまかいことがいろいろあるようでありますが、大体きわめて事務的なことでありまして、特に意見を申し上げるほどのことでないように思いますので、期日の特例に関することにつきましては、それだけにしておしまいにしたいと思います。
 以上の通りであります。
#4
○早稻田委員長 次は、千葉大学助教授であらせられる杣正夫先生にお願いします。
#5
○杣公述人 杣正夫であります。選挙法のあり方につきまして、平素私が考えておりましたことと、今回の公職選挙法改正案の主要な項目と関連づけて、意見を申し上げようと存ずるのであります。あとから申しますように、選挙法というのは政治道徳と密接な関係を持った法律でありますので、その点私の意見が、あるいは皆様にとりまして釈迦に説法といったような道徳話めくかもしれないのでありますが、皆様か選挙法、従ってそれに伴う政治道徳において釈迦に位置して下さるならば、選挙制度を研究している研究者といたしまして、まことにうれしいことでありますので、こうした釈迦に説法もどうか御容赦願いたいのであります。
 ます、選挙法というのは、国政の働きの上でどのような位置を持っておるかということに関連してなのであります。代議制の統治過程は、選挙過程、国会過程、それから行政、司法等の法制の実現過程という順次に相次ぐ一つの段階からでき上っているのであります。そうして最初の選挙過程と、最後の行政過程で一般国民に接しているのであります。いわばそういう窓口を持っているのであります。この接し方は、選挙過程は国民の意思を徴するのであり、あとの行政等の過程は国民に奉仕し、あるいは国民を統制するといった接し方であります。選挙過程におけるこの国民の統治への意思を聞くという接し方は、言うまでもなく、国民に主権がある場合、国民の主権性の最も主要な発現形態であるのであります。さて、国会は統治に関する最高の権能を持っておりますから、こうした国民の主権的意思の発動によって選ばれた国会議員は、国民の主権的な権力の現実のにない手になるのであり、中でも衆議院は第一院として、より優越した権限を参議院に対して持っている関係上、衆議院議員は国民の主権的権力のより優越した行使者、実現者となるのであります。つまり国会議員は、国民主権の具体的実現者であります。このような国会議員団は、もっぱら選挙過程を通して選出せられ、構成せられます。ここでもっぱらと特に申しましたのは、旧憲法で、貴族院の構成は選挙によらない別の方法によったことかあったからであります。こう考えますと、選挙過程が、それに次ぐ国会過程、行政等の過程に、まさるとも劣らない重要性を持つことがうなずけるのであります。従って、この選挙過程を規律する選挙制度の中心法規としての選挙法の重要性を、あらためて認めていただきたいと思うのであります。国家の統治過程について考えた以上のことは、地方公共団体についても、多少の修正はあるものの、基本的には同じように当てはめることかできると思います。
 第二に、国会の以上のような意味に加えて、議院内閣制をとることによって、国会の議員勢力の意味が、旧憲法時代とは比較にならないほどの重さを加えてきたことを指摘しなければなりません。旧憲法の時代には、内閣は国会の、そうして衆議院の多数を持っているかどうかには関係せず成立し、総辞職をしたのであります。内閣の総辞職は、元老、重臣、一部閣僚、軍部等々の意向によって、やむなくせられることも多かったのは御承知の通りでございます。ところが現在の議院内閣制のもとでは、内閣は、国会の多数に支持せられている限り、議員の任期のある間、内閣を維持できるのであります。国会の多数派は、内閣の死命を制する絶大な権力を持っているわけです。そこで、もし極端な場合、国会の多数派が国民の圧倒的な意向を無視したり、ある片寄った党派的利益を重視したり、国民の重大な困難にしいて知らぬ顔をしたりしても内閣は議員の任期中は安閑としていることもできるわけです。つまり国会の多数勢力、そして内閣は、議員の任期中は自分に対して責任を負うだけで、他のいかなる機関にも責任を負わず、他のいかなる勢力からも統治の権限を制約せられることは、制度的にはないのであります。国会議員、それも特に衆議院議員の任期中は、その多数勢力の政権担当者としての良心だけが、いわばその多数勢力の統治の監督者、批判者であります。主権者である国民全体は、議員の任期中は、よき国政を全く議員の多数勢力の良心に期待するだけであるというのがわが統治制度の実際であります。そうして選挙は、このような統治権行使のいわば全権委任を行う機会であり、同時にまた、それまでの統治を批判する機会でもあります。有名なルソーの言葉に、イギリスの議会政治を見て、「人民は選挙のときだけ自由であるが、選挙が済めば奴隷になる」と申したのは、こういう関係の悪い面を皮肉に言ったのであります。この関係を言いかえますと、内閣を含めて、政府の政治責任を根本的に問う機会は、選挙をおいてほかに憲法では作られていないことであります。それゆえ選挙の意味が、旧憲法と全く違った思い政治目的を持つようになったのであります。
 最近の選挙法に関する学者の意見の中に、「憲法は旧憲法から根本的に変った。ところがその重要付属法規である選挙法は、旧憲法下の体裁を基本的には維持継承せられてきている。これは問題である。」というのがありますが、この点私も同感であります。その理由は、上に述べました通り、選挙の意味か全く変ったからであります。従いまして、選挙において、国民の国政に関する意向ができるだけ正確に反映できなければなりません。もし選挙過程で、政党が国政に対する国民の批判や意向を公正にくみ取らなかったならば、国政は、人民のための政治となっていく反省の機会を失うことになるのであります。もしそうなら、ルソーの皮肉、すなわち「選挙のときは人民は自由である」より、もっと悪くなるのであります。こういう理由で、選挙法の制定、改正には、政党の党派性を去った、公正な良心的態度が要望せられるのであります。
 選挙法は、従来わが国では、選挙過程の手続を定めたところの技術性の勝った法律として理解されてきました。訴訟法や商法の手形法のような技術性の強い法律であるというのであります。こういう理解は、旧憲法下では、ある程度理由がないではなかったのであります。こういう見解に対し、戦後、それも最近になって、選挙法の倫理法的性格――政治法的性格とも言えますか、それが学界で強調せられるようになりました。確かに選挙法は、その条文を見ますと、何円とか何メートルとか何枚とかの、こまごました手続的、技術的規定に満ちていて、一見技術性の勝った法律であるかに見えます。しかしそれにもかかわらず、選挙法は、基本的には、むしろある一定の政治目的に使える政治性の勝った政治法であります。このことは私が申し上げるまでもなく、皆さんか実感としてそう受け取っておられるのではないかと思うのであります。選挙法が基本的によるべき政治性、すなわち倫理性とは、選挙過程がいかなる倫理目的によって規制せられるべきかの問題なのであります。倫理とは、人間にとっての価値にかかわる事柄と一応理解しておいていただきますか、いわゆるモラル、道徳に高い低いがありますように、国政に関係したモラル、倫理品的にも高い低いかあるのでありまして、選挙法のよるべき倫理目的についても同様であります。民主政治としての代議制の選挙過程を律すべき選挙法のよるべき最高の倫理目的は、国民の国政に関する意見や意向を公正にくみ取り、それを指導的に実現していけるような代表の選出ということであります。もちろんこれは理想でありまして、容易に実現し得るものではありません。これに反して、選挙法かしばしばよらしめられる低い倫理H的とは、骨うまでもなく、一党の党派的利益の実現の手段とせられることであります。選挙法が、党派的利益の実現という低いモラルに従嘱した選挙の手続的技術の体系となっては、国民の政治的不幸は甚大なものであります。もちろん、このような日収悪の状態にはなかなか落ち込むことはない上信じられますが、しかし、人間、そして人出からなる政治団体としての政党は、ともすればこの方向に引かれがちであります。もちろん現実の社会の実際の関係によって、選挙判が制約せられることも当然あるのであります。それゆえ、選挙制度、選挙法の改正の方向は、その社会、政治の実際に即しながら、しかも国民生活のための公正な理想的選挙法を目ざすことでなければなりません。選挙法の立法当事者は、他のいかなる立法作業にもまさって、党派的利巳心を良心的反省によって排除していっていただかねばならないのであります。このため、選挙法に限って、その立法を党派をこえた特別の機関に委託するとか、あるいは選挙法の立法に当る委員会を与野党同数で構成するとかいった、党派性排除の保証のための制度的措置も考慮されてしかるべきであると思います。わが国の代議制がどうにか発展していくとすれば、将来当然そういうことが実現するであろうと存ずるのであります。
 以上、長々と述べました倫理的論議は、結局のところ、選挙法審議には党利党略を排除しなければならぬゆえんの説明であったのであります。
 次に、こうした観点から、今回の公職選挙法改正案の主要な三項目、知事及び市長の現職立候補の規制、立候補供託金の引き上げ、政党その他の政治団体の選挙における政治活動の規制に関する意見に移ります。
 知事及び市町村長の任期満了に伴う選挙において、在職のまま立候補することを禁止する旨の改正は、多少影響する向きもありましょうか、これに関しては異論はありません。しかし、こういう独任制の公職について、あまりそういう問題に神経質になっても、それほど効果はないのではないかとも一面思うのであります。しかし大した異論はありません。
 立候補供託金の引き上げという改正措置でありますか、これは選挙制度の理論と、わが国における選挙の実際から見まして、相当問題があるのであります。供託金制度は、一九二五年、大正十四年わが国に初めていわゆる一通選挙法が施行されまして、イギリスの制度にならって新設せられましたもので、当事衆議院議員について二千円ときめられました。立法趣旨は、普選に伴う候補者の乱立を防止しようとするにあったのであります。そうして実際のねらいは、無産政党の進出を抑えることにあり、当初内務事務当局案が一千円であったのを、既成政党側は二千円に引き上げられたと伝えられております。供託金制度は、すぐれた政治的才能の持ち主であっても、供託金を負担する資産的ゆとり、あるいは負担するほどの熱意を持たない候補者を締め出すことになります。それは、従って一面財産による被選挙権の制限となり、他面、その結果間接的に、選挙民の代表者の選択範囲を、選挙に先だって制限するということにもなるのであります。これは選挙権における、財産資格による制限を解除した普選の精神に逆行するものでありまして、選挙法の権威でありました故森口繁治氏などは普選法成立当時からそういう意見で、たとい候補者のある程度の乱立かあっても、候補者の代表者としての適、不適の判定は選挙民の投票が行うであろうとして、供託金制度撤廃の方向に進むべきであると主張したのであります。普選法制定のころに、衆議院議員で選挙法に関心を持っておられました藤沢利吉太郎という方がおられますが、この人も、供託金制度については森口さんと同じように批判的であったのであります。
 供託金制度の上述の性格が理解されましたためか、一九三八年、昭和十三年でありますか、第一次近衛内閣のときに、水野錬太郎総裁は議会制度審議会で一千円に減額する答申を行なっております。次いで、二年後の一九四一年、大政翼賛会は選挙制度改革に関する基本資料を作成いたしました際、賛否両論はあったものの、供託金制度の撤廃をはかっております。旧憲法下でさえ、選挙民の代表者選択権はこのように尊重せられるのか当然であるといたしますと、最初述べましたような意味を持った現憲法下の選挙過程にありましては一そう当然であり、それ以外の態度はあり得ないのであります。従って、各種選挙における供託金の引き上げは、民主国家の選挙法規として原理的にふさわしくない処置といわなければなりません。もっとも、実際の行政上の管理には原理的に不適合な手段でも、制度の有効な運用のためには、できるだけ限定的に用いねばならない場合もあることはあるのであります。しかしながら、供託金制度には、こうした技術的必要は認められないようであります。提案になっております改正案で、町村長の立候補供託金か新設せられ、一万円とされておりますが、供託金か課せられなかった従来の町村長選挙に、今まで泡沫候補か乱立して困ったという事例は一件もないのであり、逆に五五年、昭和三十年四月の町村長選挙では、改選定数千六百六十三名のうち、実に六百十九名が無投票当選なのであります。
 この場合、泡沫候補の乱立ということについて一言しておきますが、供託金制度の趣旨は候補者の乱立を防止するという、乱立に力点があるのでありまして、泡沫候補に力点があるのではありません。ある候補者が泡沫、すなわちあぶくのごとき存在であるかどうかは、結果として国民の判定からそう言える場合もあるだけのことで、当選しなかったから泡沫であるとか、あるいは選挙以前に、あれは泡沫であるとかえるはずのものではないのであります。
 さて、衆議院の場合でも、政党が選挙区の定数以上の候補者を公認することはほとんど考えられません。その上、政党の数も現在では整理せられて、少数になっております。またかりに、いかがわしい候補者が多く、無所属で立候補するとしまして、無所属候補の得票率、当選数は、五三年四月選挙で全無所属候補のうち四・四%、当選は十名、五五年二月選挙で三・三%、当選は六名、五八年五月選挙で五・九%、十二名であります。無所属候補のこのような成績は、有権者の選択が予想以上にきびしく無所属候補に働いたことを示しております。
 こういうふうに見ていきますと、供託金制度は、理論上はもちろん、実際も存置の理由に乏しいと言えます。この供託金をさらに現行の倍額、さらにそれ以上に引きあげるのは、選挙制度の現在並びに将来の方向に逆行するものといわなければなりません。供託金の引き上げは、この制度の沿革に見られましたように、金持ちの政党が貧乏人の政党に、国民の代表者になる機会をより狭くしようとする党略のにおい持っております。戦前の既成政党の供託金制度などに現われた党略性は、他の事情とも合わさって、国民のより正しき代表者に脱皮していく生命力を既成政党から失わせまして、農民や労働者の要求は、軍部や官僚の一部勢力に代表せられるというゆがんだ現われ方をし、政党はそのファッショ勢力によって解体をしいられる結果をたどったのであります。こうした歴史は、政党の片寄った党略性に重大な教訓をたれるものではないかと思います。
 さらに供託金引き上げによって、立候補に伴う金銭上の危険負担の増加は、そういう金銭的援助を引き受けるという理由で、議員という公職を利権化する憂いが濃いのであります。現在でさえ議員の皆様は、選挙における精神的、物的負担に苦しめられておると存じますが、供託金の引き上げが、議員の公職の利権化を促進することになっては、選挙における政治道徳は腐敗し、それは国政の腐敗につながっていくおそれがあるのであります。
 以上の理由で、供託金の引き上げには賛成いたしがたく、少くとも現状維持のまま漸次逓減、撤廃の方向をとられることが正しい態度であると存ずるのであります。
 最後に、政党その他の政治団体の選挙運動期間における政治活動の規制についての改正であります。その政治活動をする資格を取得する上で、一定数以上の所属候補者を有することが必要とされていましたが、この所属候補者の意義があいまいであったので、これを法律的に厳密に定義し、それに伴って政治活動のできる団体の数も制限していこう、無所属立候補の知事や市長の推薦の場合も、同様に推薦する政党、政治団体を特定、制限して政治活動を認めようというのが改正案の趣旨と見られます。
 結論的に申しまして、選挙運動の規制は、買収とか度はずれた運動とかの悪質事犯以外にはできるだけ簡単に、自由にしていくのが理想的方向であると思います。選挙や政治にしろうとである一般国民にとって、あまり選挙運動の制限規定がわずらわしいと、統治上の重要行事である選挙過程に国民がきわめて消極的に、受け身な態度で参加するという事態が現われてくるのであります。これでは、国民の政治的関心を国会過程に注ぎ込む意味を持つ民主制下の選挙過程のあり方として、おもしろくないのであります。
 わが国における選挙運動の規制の沿革を簡単に概括してみますと、普通選挙制以前の制限選挙制のもとでは、選挙運動はきわめて自由で、戸別訪問も大っぴらに許されていました。一九三五年の普通選挙制とともに、選挙運動の規制が細部にわたってわずらわしくなり、罰則もきびしくなりました。そうして選挙運動の規制のこのきびしさは、当時の各国のそれと比べて、わが国の選挙法の一特質とせられたのであります。これは、旧憲法下における官権主義的選挙制度がこうあらしめたのであります。このとき、今まで自由であった第三者による選挙運動にも制限が設けられ、演説または推薦状による選挙運動のみが認められたのであります。しかも選挙運動の規制は、戦時下に進むにつれて一そうきびしくせられました。このきびしさを選挙粛正運動という半官半民的運動が背後から支持する形をとり、既成政党人ばかりの立候補している選挙には白票を投ずるという、いわゆる白票運動というゆがんだ形の選挙運動までが現われ、この選挙運動の規制の強化という面からも、とうとう既成政党を押しつぶしてしまったのであります。しかしこうした選挙運動の規制の強化という大きな流れの中に、第三者の選挙運動はこれを緩和しようという、反対の小さい流れがあったことは注目すべきであります。すなわち、「出たい人より出したい人を」の傾向がこれであります。これには当時の政治状況から見ていろいろな意味がありますが、少くとも議会人は一般選挙民の政治的要求、希望と結びつかねばならないという一事については、そのときも現在も、同様に正当なことであるということができます。
 戦後になりまして、当初選挙運動の規制はかなあらゆるやかになりました。第三者選挙運動も、政党や推薦団体の政治活動がかなり大幅に認められたのであります。現在の選挙運動は、御承知のように候補者個人主義が建前となっておりまして――これは多少問題があるのですけれども、ここでは論じないとしまして、同じ党派に属していても相戦わねばならないことになっていますから、候補者の所属する政党や推薦団体によって行われる選挙の応援活動は、第三者の政治活動と考えてよいのであります。ところが、一九五〇年、昭和二十五年の公職選挙法は、選挙運動の規制を強化し、その後の改正で、候補者の所属政党や推薦団体による政治活動を制限する傾向を示して今日に至っております。私は、公職選挙法に現われた選挙運動規制強化のこうした傾向も、やや時代逆行の意味があるように思うのであります。現在広く文明諸国家の社会に見られますように、集団的活動が個人の活動を圧して活発であります。このことは統治過程にも現われていまして、わが国でもこのごろ、政党の政策をある程度支配する圧力団体の活動の可否が、学界でも言論界でも、また政界でも問題になっております。圧力団体の活動の最も典型的な現われは、国会過程に直接圧力をかけるロビング、廊下トンビであります。こうした現況を思いますとき、選挙過程において政党初め社会の各種団体が、しかるべき限度で選挙に際して政治活動を行うことは、政党活動、大きくいって統治過程と社会生活の密接な関連をもたらすものであり、その弊害に至っては、廊下トンビその他の方法による国会審議、各種政策への圧力に比べて、はるかに少ないのではないかと思うのであります。さらに、一方部落会とか町内会とか、政治団体でない地域団体が、地方選挙や国会選挙において、かなり地方で有力な候補者推薦母体として働いている現状を考え合せますとき、政党や各種政治団体の選挙活動をことさらに規制の対象にするのは、社会生活の変化の状況に即した措置とは言いがたいのであります。選挙過程は、願わくは社会生活の進歩と変化に即して、その役割をよりよく実現していけるように規制せられるべきであると思うのであります。こうした理由から、選挙運動の制限強化を意味し、選挙における第三者たる集団の選挙運動を、その集団の数において、より制限、特定する本改正事項に反対いたすのであります。
 他の改正点につきましては、事務的な事柄にわたりますので省略いたしたいと思います。
 以上で私の意見は終ります。
#6
○早稻田委員長 次は、都道府県選挙管理委員会連合会副会長であらせられる小暮藤三郎先生にお願いいたします。
#7
○小暮公述人 まず、臨時特例法案について申し上げたいと思います。
 この法案は、明春行われます多数の地方公共団体の議会の議員及び長の選挙の期日を統一することを骨子とするものでありますが、地方選挙の期日を統一することによりまして、選挙に関する選挙人の関心を高めますることは、われわれ公明選挙運動を推進する立場から申しましてきわめて好ましいことでありまして、私どもはこれに賛成するものであります。ただ、選挙を管理執行する立場から申し上げまするならば、都道府県の選挙と市町村の選挙の選挙期日の間は、なるべく離れていることが、選挙のいろいろな準備をいたします関係上都合がよいのです。また選挙の期日等も、これら選挙の準備のために要する日数等を考慮していただきたいと考えるのであります。
 特に来春の選挙におきまして、従来と異なっております点は、選挙運動期間が短縮されていることと、地方選挙終了後に参議院議員の選挙を控えているということ、及び都道府県の選挙期日と市町村の選挙期日との間が今回は二日間短縮されて、五日間となっていること等でございまして、これは選挙管理上においてはきわめて重要なことでございます。これらの期間の短縮、時期的事情等は、帰するところ選挙事務が一定期間に重複、集中し、これを処理するためには、周到な準備と練達な職員とを要するものであることは申し上げるまでもありません。また、選挙管理委員会といたしましては、身近な選挙を迎えたこの機会におきまして、年来の公明選挙運動の飛躍的前進を期したいと考えているものであります。率直に申し上げて、都道府県選挙管理委員会連合会がここ数年にわたり、要望して参りました事務局及び専任職員の必置制の問題につきましては、あわせて何分の御配慮をお願いいたします。
 いずれにいたしましても、今回のこの法的措置は、前回の地方選挙の実績その他地方議会の会期等を考慮の上決定せられていることと存じますので、やむを得ないものと考え、私ども選挙管理委員会といたしましては、困難の増加いたします点は十分考慮に入れ、これに対して万全の備えをもって当る覚悟でございます。従いまして、いろいろこまかい準備とか、選挙人に対する啓発等の関係もございますので、できれば早い機会に可決していただきたいと考えておるのであります。
 次に、公職選挙法の一部を改正する法律案についてでございますが、今回の改正は、主として選挙の管理、執行上問題となっておりました点に重点が置かれているものであり、選挙の管理、執行に当っております者の要望も数多く取り入れられているように考えますので、この改正法律案には賛成いたします。
 以下改正点について、二、三申し上げたいと思います。
 まず、選挙人名簿の調製手続に関する改正でございますが、第一線におきましては、この選挙人名簿の調製ということは非常に大へんな仕事であります。一つ間違ったら大へんです。この大へんな仕事の、合理的かつ能率的な調製方法が要望されて参ったのでありますが、今回その第一着手として、選挙人の年令計算の方法を暦年によって容易に判断できるようにしたことは、まことに当を得た改正であると考えるのであります。
 次に、候補者の立候補の手続に関する改正でございますが、従来市町村長の選挙などに数多く見られておりますか、立候補届出だけを郵送いたしまして、そうして候補名本人はもとより、運動員等も、一度も顔を出さない者があるのでございます。このようなときにおきましても、選挙管理委員会といたしましては、法律で定められておりますいろいろの公営物資、たとえば街頭演説のための標旗でありますとか、運動員の腕章、自動車の表示板等、そういうものを候補者に渡さなければならないのでありますか、それが、結局は取りに来ませんからむだになってしまうのでありまして、これらの行為は選挙人を欺くことはもんちろ、いろいろの弊害を生ずることも考えられます。それでありますから、郵送による届出を禁止した今回の改正は、きわめて適切なものであると考えるのであります。
 第三に、供託金の額の増額の問題でありますか、今回の改正案に見られる程度の増額は妥当の額である。近年公営が拡大され、このため非常に多額の費用を要している現状から見ましても、むしろ当然であると思われるのであります。なお、町村長の選挙につきまして新たに供託の制度を設けることは、最近の町村長の選挙の実態を見ますとき、ぜひ設けなければならないと考えるものであります。
 第四は、知事、市町村長の在職のまま立候補することを禁止する改正でありますか、現職の知事や市町村長かそのまま立候補いたしますと、知事や市町村長としての本来の仕事をしているのか、また選挙運動をしているのか、その区別かなかなかっきにくい場合があるのでありまして、種々の弊害を伴う場合もあると考えられますので、これはやはり改正案のように、おのおの対等の立場で選挙運動かできるようにすべきものと考えるのであります。
 そのほか、政治活動に関する改正等についても、何ら異論はありません。
 ただ、これらの改正のほかにも、たとえば選挙人名簿についてカード式永久名簿にすること、あるいは採用可能のものから記号式投票制度を採用することなど、幾多の重要な問題がございますので、ごれらの点につきましても、将来早い機会に改正方を御研究願いたいと存じます。
 以上私見を申し上げましたが、特に事務局の必置制につきましては、特別の御配慮をいただきたいことを重ねてお願いいたしまして、私の陳述を終ります。
#8
○早稻田委員長 ありがとうございました。
 次に、全国市区選挙管理委員会連合会会長であらせられます宮島幸太郎先生にお願いいたします。
#9
○宮島公述人 御指名をいただきましたので、提案されました選挙期日の特例に関する法案について先に申し上げたいと存じます。
 端的に申し上げまして、ぜひ統一をしていただきたい。その理由は、ただいま前者も発言なされておりましたか、今まで相当の成果を上げております制度でありまして、これをもし制定されないとしましたならば、期日がまちまちになりまして選挙民が惑う結果になり、また、順序もまちまちになるようなおそれが起りますし、それを通じましてまた末端の選挙管理委員会等では、いろいろな疑義をかもすような問題も起らないとはいえないのでありまして、ぜひ早い機会に、この国会においてぜひ御決定願いたい。と申しますのは、もうあの最初の、四月二十三日と三十日ということが新聞に出まして以来、私に、来年の選挙はもうきまったんですねと言う人がたくさんございます。町の人か申しておるくらいでございます。それかまた二十八日と発表されまして、ごれについてもすぐ、今度は三十八日と改正されたのですかというようなことを聞く人かあるほど関心が高まりまして、選挙意欲を向上させることになると考えておるものでございます。これは、私一人の考えではございません、全国五百有余の会員が申しておるところでございます。それに、私どもといたしましては、広報活動を十分行えという御決議をいただいたあくる日から、話し合い運動等にも直ちにこれを利用しまして、いろいろと選挙民の熱意を高めることができる。署務上から申しましても、きめておいていただきますれば入場券の早期作成、早期配布等によりまして、補充選挙人名簿等により新たに転入した者、新有権者となる者等を漏れなく登載して、選挙権を一人も残らず行使できるようなサービスかできると思いますし、また表示物あるいは証明書等、われわれが準備しておかなければならないものも前から準備がしておける。それは選挙管理委員会だけの都合だと申されればそれまででございますけれども、いかにいたしましても、ただいま小暮公述人から申しましたように、選管の機構というものは弱体でございます。地方交付税のワクから申しますと、人口十万で二人、十五万で三人、二十五万で五人、四十万を擁して九人ということになっておる。実態を調べますと、現在全国でこれの倍数は働いておりまするけれども、私どもの会員市を調査してみますと、倍の陣容は持っておりまするが、なかなかもって選挙時におきましては、この人々の数でやれないことはもう申し上げるまでもないと思うのであります。われわれが常にこの点についてお願いをいたしており、また当委員会におきましても、昭和三十一年八月二十三日に、管理委員会を強化しなければいかぬという御決議をいただいておりますので、今さら申し上げるまでもないと思いますけれども、何にいたしましても公営のワクがだんだん広かっております。公営のワクをお広げになるときに、選管の事務などの強化、選管機構の強化ということを御決議いただいておらない。たとえば、船や車でも定員法があり、積載キロ数とかトン数があるはずであります。しかるに、選管は十年も前にきめられた地方交付税のワク内で、あとは選挙管理委員が市長にねだって陣容を整えるのが当りまえだというようなとをいわれるのでありますか、なかなかもって地方財政もきびしいものでありますから、ねだれない場合がある。しからは選挙のときだけ、応援を求めればいいじゃないかという御意見もございます。もちろん応援を求めなければ仕事ができませんが、なかなか選挙人の選管の事務を批判する声というものか強くなり、特に苦杯をなめた方は、何か欠点を探し出すというので、万全に万全を期すというのかわれわれの合青葉でございます。さような意味合いからいたしまして、公営のワクをお広けるになるような場合には、せひわれわれ選管の機構というものを、十分御勘案になってからに願いたいというように考えておるわけでございます。大へん失礼な申し上げようかもしれませんけれども、定員以上乗せた船か事故を起したり、車が問題を起したりいたしますと、国会等でも御質問になるような場合がある。選管が仕事をやりそこなうと、選管が悪いのだということを言われますけれども、われわれ同僚として、ほんとうに涙なくして聞かれないようなことが多々あるのでございます。めぐって四年目、また地方選挙が参りますので、一つ当委員会におきましても、この点につきまして御理解、御同情をお願いしたいと考えておるのでございます。
 それからこの選挙の期日の点につきましては、ぜひ御制定願いたい。ただいま小幕さんからも申されましたように、期日が接近するのでは、大へんわれわれ困るのでございます。それは選挙期間が昭和三十年のときよりも五日間ずつ詰められまして、昭和二十六年のときのごとく、市町村の選挙が先に行われるのならばまだしものことでございますが、あとから、私ども市町村のものが選挙長として受付を受理し、表示物を交付する。ポスターの枚数もふえて参りました。かようなことから、証明書の交付等いろいろなものの準備、それを点検するとか、いろいろな事務というものは、御想像していただこうとしても無理なくらいでございます。かような意味合いから、最初二十三日、三十日と発表されたのでありますか、その三十日ではどうしても重要な事務が重なり合うので困るというところから、二十八日にむしろ詰められたものでありますが、三十日より二十八日にしていただいた方がましではありますけれども、私どもといたしましては、ぜひこれは三十四日開票、二十五日準備、二十六日告示ということにお願いしたい。いまだに地方から、当委員会へも電報その他でお願い状が参っておると考えております。私ども本部を預かる者として、大へん苦情を申して参っておるのでありますが、やはりいろいろな関係があり、もちろん選挙が一つ終りましてあと期間をあまり置くことは、投票の率その他から望むところではないかもしれません。しかし、参議院と重なって悪いというようなところが私には納得ができないのであります。参議院の選挙が重なりましても、全国区は中央選挙管理委員会、地方区は都道府県で受付をなさるのでありまして、私どもの方は何ら事務には差しつかえない。ただ選管の都合だけで、選挙民の方々の都合を考えないわけには参りません。けれども、選管が万全を期せられないというようなことが、われわれにはわかっておるのでありますが、一般の方にはおわかりにならないのは当然だとは思いますか、十分御了解を願いたい。それにつきましては、私ども数年来お願いしておりますけれども、ぜひ百四十七条の削除をこの際お願いいたしたい。お願いの方法等は、何か私どもも、強力なものによってすべきであるという決議を私は与えられております。百四十七条とは、あの違反のポスターのことでございますが、事前に政治活動の目的をもちまして張ってあるもの、これが張りっはなしになっておる。それにもかかわらず、このごろは文書図面の違反か非常に悪質になって参りました。先般の参議院選挙のときには、地方区におきまして、山手方面では、ある方が無検印のポスターを張ったそうであります。あとから、あとから張ったそうでございます。私どもの下町――荒川でございますが、荒川あたりでは半切と申しますか、障子紙一枚ぐらいなまっ白な紙に名前を印刷して、実に傍若無人とも申したいようなビラを投票の前々日に張っております。ごれに警察は手をつけません。とうとうそのヒラは、選挙が終りましてもまだ張ってございました。こういうことが割合に有効であるうちは、ほんとうの選挙ではない。ああいう違反をする人には投票するなと言いたいところでありますか、選管かもしそういうことを言ったとしますれば、その人を誹謗することになり、次の選挙に影響がありますから言えませんけれども、そういう時期が遠からずくると私どもは考えております。しかしながら、これに撤去命令を出さなければならぬという私どもの義務づけられたことを――義務づけられておらぬとおっしゃるかもしれません。撤却させることかできるのでありますから、義務づけられておらないのかもしれませんが、この字句があるために、警察は全然手をつけません。そのために、前々日の現行犯か何かでなければつかまらないそうですか、警察がこれをはがすこともいけないのだそうであります。手をつけないために、著しく公正を害しております。こういうところも、末端の実情をお聞き取り下さいますよう。
 それから第百四十七条のうちには、一町以内のポスターというのかございます。こういうことも、繁務のさなかに、一町以上のものをはがせば選挙妨害になります。一町ではございません。間違いました。メートル法になりまして、百メートルでございます。百メートル以内のものをはがしておけばいいのですか、百メートル以上のものをはがせば選挙妨害になり、残せば苦情になる、こういうことであります。特に選挙法というのはなかなかむずかしくて、選挙投票所の入口から前には建物の入口からというのが投票所の入口になったというような関係から、投票所がその敷地内のうしろの方にあると、どうしてあそこをはがさないかと反対党の人が言う。また一方、門の近くのところをはがすと、なぜおれの方をはがしたと言ってくるようなのがある。その苦情の受け場が末端の選挙管理委員会でございます。この点も深く御理解を願いたい、かように考えておる次第でございます。
 三十年、二十六年の選挙のときには、市町村の選挙をまず先にやりまして、都道府県の選挙をあとからやったというのは、身近な選挙を先にやってしまうと、投票意欲が落ちるからというので順序が変えられたということでございまして、この点はけっこうなことだと私ども考えておるのでございます。日時につきましては、重ねてお願いいたしますか、切り離すということを申し上げるのではございません、切り離すと言うとちょっと言葉が違いますが、一つの選挙を終ってからやらしていただくようにお願いいたしたい。もう一つ、これは私が地方で県会議員の方から聞いたのでありますか、選挙か重なると、ポスターの枚数が市会議員の方が非常に多いので、県会議員のポスターが見えなくなってしまう。選挙は別にやってもらいたいという意見かあったことをつけ加えまして、ぜひ一日も早く御制定、並びに御決定をお願い申し上げる次第でございます。
 次に、選挙法の改正につきましては大体御賛成のような御意見が多かったので、私から申し上げる必要はないようでございますが、各項ごとに簡単に私の考えを申し上げたいと存じます。
 基本選挙人名簿の調製の事項でございますが、これは決定する日を十一日間延ばしていただいたので、資格調査その他についてこのとうとい十一日間というものは、私どもは大へん都合がよいと思っております。それから十一月五日から十九日までの十何日の期間というものが、十五日から三十日までになりましたので、わずか一日ではありますが、この縦覧期間が延びておるということは、選挙民にとっても都合のいいことであろうと思います。先ほど御発言がありました十二月三十日の暦年にしていただきたいということは、私どもから自治庁の方へ再三お願いいたしたような次第でございまして、ぜひこの通り御決定いただきたいと思っておる次第でございます。
 次に、他市町村へ住居を移転した場合、これを不在者投票の扱いにするということは、不在者投票という字句かおかしいのでございまして、当然国の選挙には選挙の投票をする権利があるのでございますから、管理委員会としては非常にめんどうな仕事がふえるのでございますけれども、かようなふうに直していただきたいということも、われわれの総会の決議になっております。
 それから三の開票立合人及び選挙立会人となるべき者の届出は、選挙管理委員会にお願いしたい。これは、先般ちょっとあるところへ陳情に参りましたけれども、誤解をなさっていらっしゃった方もあったようでございますので、これに触れてみたいと思うのでございます。開票立合人、開票管理者というものの役所というものは、別に開票所に設けておりませんので、いずれにいたしましても、選挙管理委員会へ届出をしていただく。ところが七つも八つも開票所があるところがあるように承わっておりますか、そのような場合に、開票管理者でありますればそれは別々の名前をもって届出をしなければならないのでございますが、一カ所で選挙管理委員会へすべての、そうして名前も、一人で済むということでございます。
 次に、立候補の届出について郵送による届出を認めないよう、これは当然こうしていただかなければならないことでございます。選挙というものは、すべてあらゆる関係法律に基き、憲法はもとより、いろいろなことを考えなければなりませんけれども、実際よく見なければ、ほんとうの選挙ができておるかどうか。先ほど小暮公述人から言われましたように、選挙を汚す者があった場合には、これを幾分は封じるというようなことも必要ではないかと思うのでありまして、郵送によって――町村長などには資格、住所要件というものがない、そのために、承わりますと、ことしの十月までに六十数回立候補した人があるそうでございます。こういう人に限りまして表示物も何も要らない。ただ届出をするというだけの者もおるような有様でありまして、ぜひまじめに、当選を目的として立つ人をわれわれは真の候補者と考えておりますので、この点をぜひ御決定願いたいと思うのでございます。
 それから立候補の届出につきましては、氏名掲示、党派別なども、もちろん三つも三つも書きましても、あの小さな欄に申し出をして、それを掲載させたらむしろマイナスになるので、そういうことはないと思いますが、これもぜひこういうことにいたしたいと思います。
 次に、都道府県知事及び市町村の長が、任期満了によってそのまま立候補することを禁止するということは、われわれが常に考えて、そうしてもらいたいと思っていたところでございます。これはその長の方が候補者となって、運動を現職のままやることは何ら差しつかえないように考えますけれども、私どもの方で八年ほど前に起った問題は、区長が公用の自動車で選挙運動あるいは戸別訪問をやったとかやらないとか、ああいうことをやっていいか悪いかなどを選管に聞きにくるというようなことがあり、現職のまま立つから、勢いその中の職員が法律に触れない程度のお手伝いをするということで、末端におきましては選挙管理委員会にまで、何かああいうことには注意すべきであるというような小言まで言ってくる方かあるようなわけで、事実住民の中にもそう考えておる者もございますので、この提案のように願いたいと思います。
 それから七は供託の制度でございます。これは私どもの連合会の総会では、町村会議員にも供託制度を設けてくれという決議をいたしております。これは先ほど申し上げたことと関連がありまして、先ほど坂公述人から申されましたように、このごろは町村も大きくなっておりますので、いろいろな点から見まして、当然町村会議員でも供託金を設けた方がいい。供託金の点につきましては、増額について先ほどいろいろ御意見もありましたが、私どももいわゆる貨幣価値から当然であろうと考えております。と申しますのは、これは一つの例にすぎませんが、参議院の全国区の選挙のときに、私ども全国の第一線の選管の委員が実に憤慨したことがある。それは、自分のところの商品と商標を略称届にして、この投票は有効にすべきであるというようなことを与えられたことであります。すなわち、今回ははがきが六万枚であれば、三十万円というものは立候補届によって営業宣伝に使える。そのほかにいろいろな恩典がある。新聞広告とか、経歴放送であるとか、いろいろございます。政見の発表もございます。そういったようなことから悪用する人がある。そうしてこれは、法定得票数をとれば返す金である。従って泡沫候補とかいろいろ御意見もございましたけれども、当然これは増額すべきものだと私は考えております。私ばかりではございません。会員がそう申しております。これを悪用して選挙を汚すようなことは、私どもはまことに残念に思っているので、この金額の大きいために金の工面かできないというような方があっても、それは――私どもも実は小さな議員に二度当選した経験を持っておりますが、金がなかったら、供託金を引き当てにほかのものは貸してくれるくらいなものであって、法定選挙費用から見たら、私どもはこの点はさしたる問題でない、ぜひかように、というよりは、全国の会員の決議から申せば、町村会の議員にも一万円くらいの供託金を設けていただきたいとさえ考えている次第であります。
 次は市町村長の選挙が行われる場合に、これと同時に行われる市町村の議会の議員の再選挙または補欠選挙、これは都道府県の場合と違いまして、市町村長の選挙と議員の選挙と選挙期間か同じでありますので、どうしてもかようにしていただかないと困る。前日に首長に立候補するためにやめた場合、議会の方ではわれわれ選挙管理委員会に、法律でなにしたのだから一晩で準備をして、あした受付を受理しろというようなことを言っても、それは無理であります。ぜひこれはこのように御可決願いたいと存じます。
 それから政党の政治活動の点についてでございますが、これは私どもとしては差し控えたいと思いますけれども、要は、政治活動はあくまでも政治活動であってほしいと私は願っております。私ばかりではございません。政治活動の自動車や街頭演説が、まことに傍若無人的な選挙運動をやります。政治活動ではございません。事実は選挙運動になっております。演説会でも何でも、候補者の名前をあげてやります。こういうたびに反対派からは選管に、こういうことを言った、ああいうことを言ったが、いいのか、こういうことを言ってくるくらいでございまして、これには取締り当局も困っておるのではないか。やる方が割合に大物だから、手も足も出ないというのが事実じゃないかと私どもは考えております。
 それから街頭演説でございますが、単一の選挙の場合においても、投票当日、投票所を設けた場所の入口から三百メートル以内の区域においてはできないものとすること、こういうことになっております。これはもちろんこうなければなりませんが、私どもの考えといたしましては、選挙運動が禁じられておりますので政治活動もやめていただいて、もう前日までに候補者を選んでおいた選挙人が、静かに投票に行かれるように直していただいたら大へんいいのではないかと考えております。この点につきましても、私どもの方におきましては、場所の狭いところに有権者が多いので、三百メートル以外の場所というものは非常に少い、投票所がくっつき合っておるのでありますが、おそらくこういうことなどを無視して、どんどん入ってきてどんどんやるのではないか。私はさように考えまして、いかに法律できめられましても、それを踏みにじっておられる方々が多いことをまことに残念に思うのでありまして、ぜひ法律をかように御決定願って、さらにわれわれから候補者、運動員の方に自粛を願えるようなところにするか、あるいは先ほど申し上げました百四十七条を削っていただきまして、われわれ末端の選挙管理委員会は選挙人の奉仕者としてじっと事務だけに専念させていただく。何とかわれわれも、もっともっと生きた仕事のできるように、十分手の打てるような制度に直していただきたいと、全員こいねがっておるわけであります。
 小暮さんと同じように、まだまだこのほか、たくさんお願いしたいことがありますが、本日は与えられたこと以外には申し上げるべきではないと考えるので、本日はこの程度で終らせていただきます。
#10
○早稻田委員長 どうもありがとうございました。
 次は、東京都議会議員であられ、前の東京都議会議長であった上条貢先生にお願いいたします。
#11
○上条公述人 すでに各公述人から詳しい御意見が出ておりますので、私はなるべく簡潔に申し上げたいと存じます。政府から提出されております公職選挙法の一部改正法案及び地方選挙の期日統一法案につきまして、私の所見を申し上げたいと存じます。
 まず公職選挙法の一部改正案についてでありますが、第一に、供託金の増額並びに郵送による立候補届の禁止の問題につきましては、結論から申しますれば賛成であります。私はかねがね、選挙は信念と実力とを兼ね備えた候補者の間のフェア・プレーとして行われなければならない、信念もなく、実力も初めから疑わしい、いわゆる泡沫候補の乱立によって選挙全体が乱されることは、何とかして避けなければならないと考えておったところでありまして、今回の供託金の増額、町村長の供託金の新設並びに郵送による立候補届の禁止は、泡沫候補の排除、あるいは誠意のない立候補の抑制の見地から適切なものと考えられますので、賛成の意を表する次第であります。
 第三に、知事、市町村長が在職のまま立候補することの禁止につきましても、選挙の公正を期そうとする見地から賛成でございます。それは自治体の首長たる知事や市町村長が、在職のまま立候補することを認めておきますと、公明な活動と候補者としての選挙運動とのけじめがあいまいになり、選挙の公明を確保するゆえんでないと考えられるからでございます。
 第三は、政治活動の規制に関する改正案についてでございます。その一として、政党、政治団体の所属候補者の認定を立候補届の記載事項に基いてするようにすることは筋の通ったことでもあり、また過去の選挙において見られた弊害を除去するゆえんでもあると考え、賛成をいたします。その二として、知事と市長の選挙の際に、政治活動のできる政党、政治団体としては、その所属候補者でないにしても、その団体による推薦候補者一人を有するならば政治活動を認めようとしておりますが、これは無所属政党推薦の候補者が非常に多い知事や市長の選挙の特殊性を勘案されたものと思いますが、私も全く同感に存じます。その三として、政治活動のポスターは、所属候補者のある選挙区においてのみ掲示することができる旨の規定でありますが、選挙運動期間中における政治活動が、結局選挙運動を補強する役割を果している点に着目して、政治活動のルールか定められているものと考えます。以上、所属候補者のいない選挙区で、むしろ他の団体所嘱の候補者の応援のためにポスターを張ることができるとするのは不合理であると思うのでありまして、改正案のような規定とする方が妥当であると考える次第でございます。
 さらに、自余の改正点を通覧いたしましたところ、事務的あるいは技術的な改正のようでありまして、それぞれもっともな理由かあるように見受けられる次第でございます。
 以上申しあげたような考え方からいたしまして、私はこの法案に対しまして、全面的な賛意を表する次第でございます。
 次に、地方選挙の期日等の法案について申し上げます。
 まず、四月選挙として一定の期日にまとめて行うことがよいかどうかということでありますか、すでに前の公述人の御意見にもありましたように、地方選挙の月、地方選挙の日を設定して、全国一斉に選挙を行いますことは、あたかも全国的なスケールで選挙という祭典をとり行うこととなり、国民の地方選挙に対する熱意を高める上に有効かつ適切な方法であると考えますので、基本的に賛成をいたします。
 次に選挙の日取りの問題でありますが、おおむね前回の地方選挙と同様の考え方のようにお児受けいたしますので、特に異論はございません。
 さらに、その他の現定も拝見いたしましたが、重複立候補を禁止して売名の余地を封じたことなどは、選挙を経験いたした私どもといたしまして、賛成でございます。
 以上申し述べましたような理由から、地方選挙の期日等の法案につきましても賛意を表すものでございます。
 これをもちまして、私の両法案に対する所見の公述を終ることにいたします。
#12
○早稻田委員長 ありがとうございました。
 次は、日本労働組合総評議会政治部長であらせられる小山良治先生からお伺いいたします。
#13
○小山公述人 総評の小山でございます。ただいまは選挙を管理する方、あるいはまた学者の方からの御意見でございまするか、私ども選挙を行うという立場から、意見を申し述べたいと思います。なお本日は、単に総評の代表ということではなくして、全労会議あるいは中立労働組合、新産別など日本の全労働団体を代表いたしまして意見を申し述べたいと思います。
 今度のこの両法案とも、改正案はいわゆる事務の改正あるいは一部の選挙屋、こういうことに問題をかこつけて、民主政治の確立を願う大多数の国民の要望をしりぞけて、与党議員の声のみいれて改正したのではないか、こういうふうにいわなくてはならないと思います。従いまして今度の改正案は、私たちに言わせますると、それは改正案ではなく、改悪案であるといわなくてはならないと思います。政府の提出されました改正案を見ますると、一部の事務的なものを除きましては、その重点が、第一といたしまして、社会党やそれから労働組合の政治団体の選挙期間中におけるところの活動の規制を一そう強めたことでございます。第二は、供託金の増額によりまして、革新勢力を代表する人々の立候補を抑制しようとはかっていることでございます。第三には、市町村の長や議員の選挙運動期間を短縮し、いわゆる顔のある候補者の当選を有利に導こうとしておるのではないか、かように思われます。私たち労働組合員であり、同時に政治団体に加盟して活動しておる者に言わしていただくならば、公職選挙法は選挙のつど改正が行われ、そのたびごとに、われわれから言うならは改悪されて、革新勢力の本来の政治活動が極度に制限され、その選挙活動はもちろんのこと、公職への選出を妨げられる仕組みに変えられてきたといわなければなりません。それが今度の改正で、さらに一そうひどいものにされようとしていると強くいわなければなりません。
 なぜならば、私たちが考えます第一点は、革新政党や政治団体の選挙期間中における活動の規制についてでありますか、そもそも本来は、憲法によって保障された政治団体の活動を、保守党の願望によってのみ制限を加えるべき筋合いのものでないにもかかわらず、それか次第に制限されるようになってきております。しかも、それは政治活動の規制というようなものでなくして、むしろ選挙期間中は、政党や政治団体が活動してはならないという程度に変えられようとしておるのでございます。前回の地方選挙の際にも私たちはこの制限に反対でありましたが、それでもその当時は、機関紙あるいは機関雑誌その他を通じての活動は大幅に制限をされはしましたけれども、一応演説等については、それぞれの政治団体が独自にその主張や政策を、言論を通じて展開することができました。それかこの前の参議院選挙のときになりますると、ポスター等は制限される、選挙のときは二つ以上の政治団体に所属してはならぬというような制限が加えられ、本来なら、当然憲法の建前からいずれの政党、どの政治団体に所属してもよろしいのにもかかわらず、選挙の場合に限って、このような極度の制限が加えられるに至ったのでございます。今度はさらに、立候補のときから一つの政党または政治団体に限って届出を行い、その届出を行なった所属政党または政治団体に限ってしか、選挙則間中の一定の規制を加えられた政治活動を認められないことになるのでございます。これでは、憲法に保障された政治団体が、一定の候補者を持たない限り、選挙期間中は一切の政治活動をしてはいけないということになり、小さい政党の活動を抑圧して憲法に違反するのみならず、このことは、要するに革新政党や政治団体に所属する候補者の公職への選出を不利または不可能にし、言論戦や文書を通じて政策を明確にしては不利の多い与党のみが、有利になるようにする意図から出ている改悪なのでございまして、われわれとしては絶対に容認できないものでございます。
 第二点は、供託金の増額という点についてでございますが、これは、そもそも撤廃すべきが筋合いだと私たちは考えておるのでございます。なぜならば、貧富の差によって、公職に選出されることを差別してはなりません。これが憲法の精神であり、規定でございます。この法案の審議の過程を承わったところによりますと、青木国務大臣は、大正十四年に供託金制度が初めて新設された当時、衆議院の供託金がたしか二千円になっておった、その当時の物価から比較すると三百五十倍云々、常識的に増額云々と言われているようですが、これは私たちに言わせますと、とんでもない話でございます。アメリカや西ドイツで供託金制度がないということを引き合いに出すまでもなく、供託金の減額あるいは廃止に向うならともかく、これを倍額にまで引き上げようとすることには、絶対に反対でございます。しかも、今の日本の供託金制度の持つ意味は、公営費の一部負担等というのとは何ら関係がなく、その候補者が一定の票数を取れば返ってくるし、足りなければ没収されるという制度であり、顔の売れていない者は出るな、お金のない者は選挙に出るなと言うようなもので、制度そのものが、お金をたくさん持っている、いわゆる金権あるいは保守候補に有利で、貧乏人を差別するものでございます。まして現行の供託金を二倍にも引き上げようとすることについては、絶対に私どもは反対でございます。
 第三点は、今度の地方選挙の期日の問題でございまするが、政府が提案している理由には一応うなずける点もございます。期日の統一についてはうなずける点もございますが、しかし四月二十三日に都道府県関係の選挙をやって、四月二十八日に市町村関係の選挙をやるということになると、その間に五日間しか選挙運動の期間がありません。これは一体どういうことなのでございましょうか。これは趣旨にはだれでも賛成できるようになっていながら、実際は、市町村関係の選挙運動期間を三日ないし五日間に制限してしまうという意図が隠されておるといわなければなりません。私たちは、市町村関係の選挙期間が七日間という現在の規定ですら非常に短いものだと思っておるにもかかわらず、さらにその期間を、統一という美名に隠れまして短縮するということにつきましては、絶対反対であります。従って市町村関係の選挙期日につきましては、社会党の方々が提案しているような五月六日ときめられるように希望します。
 以上、今回の政府提出案には非常に多くの点で反対する点がございます。私どもはこの際もし改正するならば、政府当局者によってさらに次のような点を改正してもらいたいと思います。
 そもそも、公職選挙法は非常に取締り規定的な性格が強いものでありまして、しかも今回の改正案は、以上述べましたように私どもにとりましては改悪案でありまして、むしろ選挙に伴うところの不正、買収、供応等に関する罰則規定の強化、こういう本来の取締り規定が何ら出ておらない、これは非常に不満でございます。従いまして私どもは、政治資金規正法の改正とも関連いたすのでございますけれども、公明選挙ということをしばしばいわれておるのでございますから、特にお願いしておきたいと思いますことは、第一に、寄付制限の強化を一つ織り込んでもらわなければならないと思います。たとえて言いまするならば、政府から補助金、交付金、財政投融資、利子補給を受けているような団体は、政党及び候補者に寄付をしてはならない、また政党及び候補者はこれを受けてはならない、こういうことをはっきり明記していただきたいと思います。第二の点は、公職の候補者及び候補者となろうとする者は、当該選挙区内にある政党及び政治団体並びにその支部に対して、選挙運動の期間中と、その六ヵ月前までの間には寄付をしてはならない、こういうことを明記していただきたいと思うのでございます。
 第二には、選挙の公営をもっともっと拡大していただきたいと思います。先ほど選挙管理委員の人数が少い、あるいは予算が足りない、こういう点を言っておられましたけれども、こういう点につきましてもわれわれは全面的に賛成でございまして、もっともっと選挙公営というものを拡大してもらいたいと思います。特に具体的に申し上げますならば、都道府県会の議員の選挙にも立会演説会、それから選挙公報発行、こういうことを一つ義務制にしてもらわなければならないと思います。
 第三には、今連呼制度か禁止されておりますけれども、これはぜひ復活してもらわなければならない。選挙運動用の車上における連呼を、午前八時から午後六時まで――夜おそくまで町をにぎわすということは問題がありますけれども、しかし言論によって選挙運動を展開する、こういう建前でありますならば、今申し上げましたような時間内におきましては、許可するようにしてもらわなければならないと思います。
 さらに第四といたしましては、買収、供応、多人数買収、供応の罪、こういうものにつきましては必ず公民権を停止させる、こういう罰則規定を強化してもらいたい。こういう点をむしろ挿入していただきまして、われわれ多くの国民が期待しております選挙に伴う不公正なやり方、あるいはまた金権によって選挙を乱す、こういう点を粛正してもらうことの方がより重点でございまして、今度の改正案はそういう点に何ら触れられていないということについて、重ねて遺憾の意を表したいと思います。
 最後に申し上げたいと思いますことは、先ほど申し上げましたように、特に政治団体の規制という点につきましては合理化というようなことがいわれておりますか、その提案理由はきわめて薄弱でありまして、私どもといたしましては全然納得がいかないのでございます。これは、あるいは言葉が過ぎるかもしれませんけれども、来たるべき参議院選挙で与党が政府団体を規制して、むしろ現在持っております社会党の議席三分の一を削ろうとしている意図ではないか、こういう点を疑わなければならないと思っているのであります。
 それから第二の点は、今日まだ地方の選挙におきましては、非常に非民主的なことが行われております。非常に顔がものを言っている。民主化がおくれている。現在の改正案では、そういうおくれている地方の選挙等について、古い態勢をそのまま温存していこうという意図か隠されているのではないか。
 次に申し上げたいと思いますことは、今警職法で非常に問題が起っておりますけれども、この改正案も岸政策の一環ではないか。私どもは今まで政府といろいろ交渉して参っておりますけれども、私どもがやむにやまれぬ争議をする際におきましても、そういう政治活動をやってはならない、こういうことで、われわれのやるいろいろの運動に規制を加えております。われわれが選挙を通じまして議会主義を守っていこう、選挙を通じて私どもの政治活動を続けていこう、こういう考え方を持っているにもかかわらず、これさえも禁止してしまう。一体、政府は労働組合の活動を認めようとしているのかいないのか、こういう疑問を持たなければならない、かように考えておるのでございます。言葉をかえて申し上げますならば、これは憲法改正の道をつけるためにやっている行為ではないか。これは結局、今の政府並びに自民党の自殺行為になってしまうのじゃないか。この点は慎重に審議をしていただきまして、できますならば、私が今申し上げました点につきましてはぜひ撤回を願いたい、かように考えるのであります。
 最後に申し上げたいと思いますのは、今度このままでいきますならば、公職選挙法は自民党の党略選挙法になるのではないか、かように考えるのでございます。(拍手)
#14
○早稻田委員長 ありがとうございました。
 これにて公述人各位よりの御意見の公述は終りました。
 これより公述人に対する質疑に入ります。質疑は順次これを許します。
 なお上条公述人は、お約束があるのでお急ぎのようでございますから、最初に上条公述人に対する質疑を願いたいと思います。上条先生にありませんか。――それではどうも御苦労様でした。
 それでは島上善五郎君。
#15
○島上委員 それでは小暮さんに伺います。期日の統一については、都道府県と市町村の間はなるべく離れている方がよい、しかし今回はやむを得ない、こういう御意見のように聞きましたが、なるべく離れている方がよいということは、私どももそうだと思うのです。今度の場合は、今ほかの方の御意見もありましたが、三十三日と二十八日というと五日間です。町村の選挙は一週間ですから、一週間の運動期間で五日間ということになりますと、最初の二日間は前の大きな選挙とダブることになるのです。それから実際問題として、投票日と開票日はあとの選挙運動にはならぬと思うのです。それからダブった投票日、開票日のほかに、いわゆる終盤戦――大きな選挙の終盤戦にダブる期間、これまた、小さな選挙は非常に選挙運動がやりにくくなる。そうすると、二十三日投票、二十四日開票ということになると、正味ほんとうに運動できるのは五、六、七と三日間しかなくなる、こういうことになるのではないかと思う。立候補して運動する側から見ると、終盤戦にあとの小さい選挙がダブると、最初選挙をやっている方もやりにくいし、あとで立候補する方もやりにくい。選挙運動する側から見ても不便な点であり、また選挙管理の事務をやる選管の立場から見ましても、こういうふうに終盤戦と緒戦とかダブるということは、事務が非常に輻湊し、困難になる。現在の選管の機構では非常にむずかしい。あなたは、困難が増加することを覚悟して万全の準備をするとおっしゃいましたけれども、それはそういうふうに法律がきまれば仕方なしにやらなければならぬでしょう。しかしどういうふうにきめるかは、今われわれがきめることですから、私どもとしては、前の選挙の投票が済んで開票が終って、そのあくる日に告示するのが一番合理的ではないか。運動の面から見ても、あるいは選挙を管理執行する側から見ましても、これが一番いいのじゃないか。私どもがこの前地方へ参りまして、選挙法全般についての選管の意見を伺った際に、前の選挙とあとの選挙とは十二日間離してほしいという希望が多かったのは、今言ったような意味であろうと思います。これについては、こういう反対の意見があります。そういうふうに離すと、前の選挙で落選した人がまたぞろ立つ。つまり都道府県の選挙に落選した人が次の市町村の選挙に立つ、もしくは初めから、次の市町村選挙をやることが目的で、こっちの方に立つ、そういう弊害が起るという御意見もあります。私はそれが全然ないとは言いませんけれども、しかし今日、政党の発達と公認制が確立しまして、地方選挙といえども、大ていは政党の公認です。無所属は非常に少くなっている。ですから、そういう状態から考えますれば、あとの選挙をやるために前の選挙に立つ、もしくは前の選挙に立つことが目的だったけれども、落選したからあとの選挙に立つということは、例外中の例外としてはあり得るわけですが、一般的にたくさん行われることとは思えない。そういうことを考えますと、最初の選挙の終盤戦と次の選挙の緒戦とがかち合ってダブるということは、そうでなくとも短縮された一週間の期間では、実際には運動期間が三日か四日しかないことになる。さらにまた、実際的にはあとの選挙の期間の短縮にもなる。こういうふうに考えられますので、私どもはやはりもう少し離した方がいいのではないか、つまり前の選挙が済んで、開票が終ってからあとの選挙に入る方がいいのではないかと思います。これは一つ、小暮さんと宮島さんは選管の実際の担当者でございますから、御両君に伺いたい。
#16
○小暮公述人 御指名がございましたので、私からお答え申し上げます。
 いつも島上先生の選挙に対する御意見につきましては敬意を表しており、私ども、ただいまの説を承わっておりましても、例によって教えられる点が多々ございますが、まずその教えられておりまする点を私から感謝いたします。
 次に、今のお話の通り、これから改正するのであるからということで改正していただいて、お説のようにしていただきますることが最もよいということについては、賛意を表することに決してやぶさかではないのであります。ただ、今度の法案を通じて見まするときに、次の参議院の選挙もあるし――参議院の選挙はダブってもいいという御意見もありましたけれども、それらの点からやむを得ないのじゃないか、かように考えて申し上げた次第でございますので、その点よろしく御了承を願います。
#17
○宮島公述人 御理解深い島上先生の御意見でございます。しかし、今の御意見と先ほど小山さんでいらっしゃいましたか、公述人のおっしゃった五日間しかないということは、当らないと思うのでございます。私どもは、先ほど申した通り、切り離していただくことを念願はいたしております。ただずっとさかのぼりまして昭和三十二年のあの選挙のときに、五日に首長の選挙をやって衆議院の選挙を十日にやって、選挙期間は五日間であったとは言えない。ですから五日間のズレというものではやれないという理由はないことであり、ただそこには、先ほど申し上げたように弱体であるからできないのであって、これがほんとうに力があったらできないとは言えないと思うのでございますし、私の発言の中にございますように、最初は一週間のズレだ、しかるところ、これは反間苦肉の策としてお考えになったのだと思うのでありますが、二十八日にしていただく方がましだと申し上げてありますが、二十八日の方がかえっていいのでありまして、これを五日ではいけないから一週間違いにしろというようなことになると、かえって私どもは困るのでございます。もちろんこれが別に切り離されまして、先ほどこちらの公述人からおっしゃられた六日になることはけっこうなのでありますが、これがまた連休かあるというようなことで、選挙人の人でも反対しておる人が実はございます。こういうような関係で、応援者といいますか、運動をする人にも反対する人があって、先ほど私が申し上げたようになかなか選挙管理委員会の都合だけではいきません。でき得るならば都道府県の選挙の告示をもとへ引き戻していただきたいということをお願いしたことがあるのでございますが、予算に関する県会のあるときに、知事の告示をそれより早くはできないということもごもっともなことであるので、私どもも実は困っておるところでございます。あとは御質問によって、またお答えさせていただきます。
#18
○島上委員  これは杣さんに伺います。供託金増額については賛否両方の御意見がありましたが、私どもは大正十四年に供託金制度を、当時の金で二千円、今の金にすれば七十万か八十万という高額の供託金制度を設けたこと自体に、すでに不満がある。これは先ほどの御意見にもあったと思いますが、普通選挙によって新たに新興政党の候補者が多数立候補する、今まで選挙権を与えられていなかった階層からの候補者が多数立候補する。これは必然のことですが、それを抑制しようという意図があった。これは普通選挙をせっかく施行しようとする精神に反することは、先ほどの御意見の通りだと思います。そうして、どういう制度がずるずると今日まで及んでおって、供託金を今度は新たに町村長にも設けよう、それから金額を二倍あるいは三倍、ひどいのは五倍に増額しているのでありますが、私はこの機会に、供託金制度が是か否かという点に議論を掘り下げてすべきであろう、かように存じて先般も大臣に伺いましたが、どうも何の選挙でも立つ人がおる。確かに一、二名おります。先ほどもどなたかが言いましたが、あらゆる町村長の選挙に文書の郵送で立つ。全然来ない人がある。そういう人が一、二名おりますけれども、しかしこれは例外中の例外であって、その例外中の例外を理由にして、全立候補者の供託金を値上げするということの理由にはならぬ。外国の例は、供託金制度のあるところとないところと両方あるということを聞いておりますが、私どもは今日、終戦後の候補者数がだんだん減ってきておるという事実は、供託金制度のために候補者が減っているのではなくて、政治の情勢あるいは政党の発達、公認制度の確立というものからだんだん候補者が減ってきておる、こういう事実を考えますならば、乱立を防ぐとか、泡沫候補をどうこうというような、今まであげておった供託金制度の理由というものは、だんだん消滅してきている、こういうふうに考えざるを得ないわけです。従ってこの際、供託金は廃止もしくは廃止の方向に向って大きく改正するというのでなければ、ほんとうの意味の改正ではない。今まで私ども、提案者から伺っている引き上げの理由は、全く理論的にも、現実的にも納得のできないものであります。そういう意味で、私どもは廃止するか、廃止の方向に向って大きく改正するかということの方が妥当ではないか、こう考えておるわけです。先ほどそれと同じような御見解のようでございましたが、外国の例なども、もし御存じでしたら、それをもう少しお聞かせ願いたいと思います。
 それから、政党及び政治団体の活動につきましては、今小山君から労働組合側を代表する意見の陳述がございましたが、私どもは、個人中心の選挙運動であるというところに、多くの弊害が発生する原因があると思う。今まで、これは日本の政治の発達の過程としてやむを得なかったのかもしれませんけれども、だんだんとこれからは、個人中心の運動から政党の運動へと選挙運動は発展さしていかなければならぬものだ。そして政党中心の運動になりますれば、今まで選挙界につきものの不正、腐敗の方法がだんだんなくなっていくのじゃないか、そういうふうに考えますならば、政党の大事な選挙期間中における政治活動を規制するということは間違いだ。今許されているのは、非常に規制された範囲内においてではあるが、政党は選挙運動期間中、政治活動することが許されているのみです。選挙活動は許されていない。政治活動は、間接に選挙を援護する程度の遠慮した活動しか許されていない。これはむしろ、今言ったように、個人中心の選挙から政党中心の選挙運動にいくために、政党及び政治団体は選挙運動期間中、政治活動ではなくて、選挙活動そのものを許してよろしいのではないか。そういう方向に改正すべきものではないか、こういうふうに考えているのです。今は御承知のように、選挙運動則間中、政治活動として選挙を間接に援護する遠慮した運動しか許されていませんが、政治活動ではなくて、選挙活動そのものを政党及び政治団体に許していいのではないか。そうすることが選挙界の腐敗をなくするゆえんであり、政党の発達の方向に沿うゆえんである、こういうふうに考えていますが、その点に対する御意見を、もう一ぺんお聞かせ願いたいと思います。
#19
○杣公述人 お答え申し上げます。供託金制度をこの際、廃止に踏み切っていいんではないかという第一の御意見だったと思うのですが、確かに供託金制度が大正十四年に初めて設けられましたときに、そのような意見もあることはあったのであります。けれども、何にしましても、ちょっとこまかい数字は忘れたのですけれども、あのとき選挙権を一般的に解放した結果、ものすごく有権者数が増加したものでありますから、選挙の管理当局といたしましても、そのような候補者が乱立するのではないか、それでは困るから、何とかそれに対して措置したいというような事務的な側からの要請も、ある程度あったのであります。そこへもってきてもう一つ、普通選挙制が通過する上ではかなりの問題があったわけですが、そういうようにできるだけ国民の選挙権を制限したい、そういう強い意向が当時の統治権力を持っている側にあったのであります。枢密院とか貴族院とか、その他の勢力の中に、できるだけその選挙権は制限できるようにしたいというような意向があったのであります。そういうのと加わりまして、大体一千円くらいが適当であろうというようなことになっていたのでありますが、当時、大正八年ごろから、現在見られるような労働運動の形が現われてきておりまして、それが社会の経済情勢とも関連いたしまして、政治的に相当強い動きを示すようになったのでありますが、それに対して、当時の既成政党が幾分警戒心の気持を抱いたのであります。そのことから二千円という額にきめられたというように存じております。ところがその後のプロセスで、私非常におもしろいと思っているのですが、供託金制度は当時から、先ほども申しましたような森口さんだとかあるいは藤沢利喜太郎という方が、供託金制度が無産政党の候補者にどのような影響があったか、あるいは当時犬養さんだとか、今の星島議長もたしかそうだったと思うのですが、所属しておられた少数党があったのですが、その少数党の人たちにどのような影響を与えたかということを調べられまして、それを「総選挙読本」というのに書かれて、出しておられます。それを見ますと、供託金制度はかなり当時の少数党や、無産政党も少数党でありましたが、無産政党にかなりの被害といいますか、不利を与えているのであります。そして当時の政府といいますか、権力を握っている勢力からいたしますと、一方では政党も押えたいのであります。ですから、当時のそういう統治権力の中心を握っている勢力が、政党は抑えたいけれども、無産政党が出てきてもらっては困る、そういうかね合いがあって、しかも供託金制度の理論的な根拠はそういうものであるというので、政党を押えるためには選挙法をきびしくしていくという手段をとりながら、供託金制度については、できるだけ軽減していこうというような考え方を示しているのであります。いろいろな結果から見て、そういうことなのであります。
 それから第二番目の問題に関連するのですけれども、当時の既成政党側は小選挙区制というものを非常に主張するのであります。原敬という人は小選挙区制論者であったのですが、その原敬以来、政友会というものは常に小選挙区制を主張するのでありますが、やはりそういう政党の勢力の増大をおそれて、当時の統治権力の側は、小選挙区制ではなくて、比例代表制の方をとろうというような傾向を示すのであります。そういう選挙制度に対する当時の統治権力の中心的な勢力の方向というものは、非常に複雑な意味合いを持ったものであるのであります。
 それで、供託金制度は減額しようというような考えを持ちながら、現在まで至っているのでありますが、実際現在のところ三大政党――社会党の方は、失礼ですが、まだ大政党と言えないかもしれないのですけれども、そういう二大政党ないし三つか四つくらいの少数党に整理されているのでありまして、こういう点から見ましても、その供託金制度が、かりに島上先生のおっしゃるように全廃せられたといたしましても、実際上そんなに政党側の公認候補者がたくさん出て困るというようなことは、おそらくないであろうと思うのです。それから無所属候補者は、おそらくある程度ふえるのではないかと考えられますけれども、しかしそういう無所属候補者が、いかなる選挙において、どのような成績をおさめているかということを衆議院について考えてみましても、先ほど申し上げましたようなきわめて低い成績なのでありまして、現在の選挙民というのは政党に対して、政治家として非常に政党勢力というものを信用しておりまして、無所属候補に対しては、非常に冷たい態度をとっているということが言えるのであります。こういう点から、無所属候補によって、当然当選すべき政党のりっぱな人たちが妨げられるというようなことは、現在のそういう状況から見て、ほとんどないであろうと思うのであります。ただ残念なことには、今まで普通選挙制になって一度も供託金のない選挙をやったことがないものですから、実際上どうなるかということは予言できないのでありますし、事実を示すことができないのでありますが、今までのそのような事情から考えまして、供託金制度を全廃しても、さして混乱は起らないのではないかと私は思います。けれども、皆さん政治を実際に担当しておられる方でありますから、そういうことは御存じのように、あまり制度というものを、極端に根本的に変更するということは非常に困難なのであります。ですから、理想として廃止を目ざすというのはけっこうでありますけれども、当分は暫時制限する、少くとも、現状維持といったような方向をとられるのが実際的ではないか、こういうように私は思うのであります。原理的には、もちんこの廃止が望ましいと思います。
 それから外国の例のことも……。
#20
○早稻田委員長 ちょっと申し上げますが、実は時間の関係もありますので、要点だけ一つお答えを願いたいと思います。
#21
○杣公述人 それでは次の、選挙における団体主義と申すのでありますが、選挙において、政治団体の活動をもう少し積極的に認めた方がいいんじゃないかということであります。この点も大正十四年の普通選挙以来問題になっておりまして、先ほど例にあげました森口さんなども、そういうことを主張しておられます。そういう考え方が比例代表制の主張ということになって現われてくるのであります。選挙におけるこのような個人主義でありますが、これは明治三十三年の選挙法によってこういう形にきめられたのでありまして、この明治三十三年の選挙法というのは山県さんの作ったものですが、このときこういう個人主義的な選挙法を作るということに対して、当時の政党人は猛烈な反対をいたしておるのであります。これもまたあまり長くなりますから、ただそういうことがあるということだけ指摘しておきます。
 そういう選挙において、政党の立場を認めなければならないという主張はずっと続いてきておりまして、森品繁治さんとか藤沢利喜太郎といったような人も、比例代表制の方向に向うべきであるということを戦前において主張せられております。それから、ここにおられます坂先生が若いとき、内務省の若いお役人をしておられましたときにも、たしか内務省の事務局の間で、そのような比例代表制の方向の御研究があったかと存じております。現在の公職選挙法において、ようやくこの政党の政治活動が第三者的な活動として認められておるのでありますが、この点問題のあるところでありまして、政党が選挙活動の主体になる、そして選挙における政治道徳を、政党自体が責任を持って向上させていくというような方向に、これから進んでいっていただくことが非常に望ましいと私は思うのであります。
#22
○早稻田委員長 古川丈吉君。
#23
○古川委員 杣正夫さんと小山さんに伺いたいのですが、まず第一に、今杣公述人がおっしゃったように、ここ二、三回の選挙の跡を見ますると無所属というものの当選率が非常に悪くて、二大政党から立候補された方々が非常に当選されておりますことは、政党政治というものが非常に発達したということだと私は思うのであります。それと同時に、今お話のありました通りに、いろいろな圧力団体が政治に非常にじゃまをしておる。民主主義になって、数さえそろえば非常に強い力を現わすので、保守党といわず社会党といわず、やはりそういうことの悩みを持っておるだろうと思うのです。そうしますると、これは政治の行き方から言えば、今あなたのおっしゃった圧力団体に屈しないで、やはり国会議員として、また政党としてその主義主張を通すことが、政治が非常に明朗になるゆえんである、こういう建前から言いますると、選挙の場合、選挙中の政治活動というものは、実質的にはやはり選挙運動でありますので、やはり政党を名乗る以上、その所属の政党だけが政治活動できるようにすることが、政党政治の建前からいって、また一方、圧力団体が非常に弊害があるという意味において、その方がいいと私は思う。われわれ保守党に対してだいぶ御批判があったようでありまするが、われわれは政策を建前として、自民党として政策を立ててそれを通そうとしておるが、社会党を前に置いてまことに申しわけないが、社会党の諸君はすぐ日教組と相談される、また総評と相談をされる、こういうような行き方が多いようであります。これは政党政治の建前から言えば、日本社会党と自由民主党と二つの政党ということでありまするから、政策においてもしかり、また政治活動即選挙運動におきましても、政党一本が政治活動をやる方が、政党政治の行き方としては非常にはっきりしておる。今あなたが、圧力団体が非常に弊害があるということを言われることと、政治活動を多数の政治団体に認めるべきだと言われることは矛盾がある。政治活動をしようと思えば、政治結社をやればすぐできる。圧力団体は政治結社をすればできるわけでありますから、解放農地の団体も政治活動ができるわけであります。そういうことはむしろ弊害がある。そういうものの政治活動即選挙運動というものはやらぬ方が、自由民主党と日本社会党で政党政治というものがりっぱに成り立つ、こういうふうに私は考えるのですが、その点を一つお答え願いたい。
 それからもう一つは、小山さんのお話ですが、今度の保守党の選挙法改正は憲法改正の前提だ、そっくりその通りだとおっしゃいましたが、政治結社の選挙中における政治活動を制限するのは憲法違反だ――このごろは何でもかんでも気に食わなかったら憲法違反だと言われる。個人が個別訪問することも、選挙中は禁止されておるのは御承知の通り、金をくれることも禁止されておることは御承知の通りであります。また政治結社でなくても、人が集まってだれだれを推薦しようじゃないか、だれだれに投票してくれということは、憲法上から言うと自由でありますけれども、ただし選挙の公平を期するために制限しておる。政治結社といえども、一定の場合には、やはり制限することが必ずしも憲法違反じゃない。何でもかんでも気に食わぬことは憲法違反だ、こういうようなことがともすれば用いられがちでありますが、私は決して憲法違反だとは思っていない。また先ほど申されましたように、今度の改正案というものは、保守党が憲法改正にいく準備の工作で、全く保守党本位の選挙法だ、一から十までその通りだとおっしゃいますが、都道府県知事及び市町村長の任期満了による選挙を、在職のまま立候補することの禁止のごときは、御承知の通り社会党の府県知事も二、三おられます、市町村長もおられます。けれども、これは現在県知事も市町村長も、大部分が保守党の人であります。ところがこれでは、そういうような人が不利になることはきまっておるけれども、われわれは今申し上げたように、こういうことでは弊害があるということで進んでこういう案に賛成しておるので、必ずしもこれが保守党本位でやっておるのでないということをお認め願えるかどうか、この点もお答え願いたい。
#24
○杣公述人 古川さんの御質問、私が申し上げたことはちょっと言葉が足らなかったせいか、十分に受け取っていただけない点があったようです。というのは、私は圧力団体の弊害と申しましたけれども、圧力団体は必ずしも弊害ばかりがあるのではなくて、長所もあるということも認められるのであります。それというのは、普通圧力団体が学界や、政界や、言論界で問題になります場合には、私が先ほど分けた三つの過程の、国会過程で圧力団体が働きかけていくというところに問題があるのです。いずれにしても、そういう社会に存在するいろいろな団体が、国会で行われる政治と直接密接な交渉を持っていこうとすること自体は、非常にけっこうだと思います。けれども、国会過程においては多少圧力団体の弊害があって、たとえば廊下トンビというような名前はいい名前じゃありませんか、そういう名前があるほどに、国会過程における圧力団体の働きというものは確かに弊害があるということは認められるのであります。しかしながら、この選挙過程というものは国会過程とは違って、政治家が最も民衆の社会生活と接した活動を行うところです。その社会におけるあらゆる政治的な問題が選挙過程に反映し、そこで政治家が、自分が国会に来た場合に、どのような政策を実現すべきかということを、社会生活と密接して作り上げていくという過程なんです。この過程において、一般の社会に認められる政治的なあらゆる問題が、この選挙過程を通じて国会に上ってくるというのが、一番望ましい代議制の形ではないかと思うのであります。その点、先ほどの圧力団体と呼ばれるような団体も、選挙過程においてこそ堂々と自分の言いたいことは注文をつけるということの方が、むしろ望ましいと私は思うのであります。
#25
○小山公述人 今何か圧力団体というお話があったのですけれども、これは新聞が作られた名称であって、むしろこれは、良識ある自民党の先生方であるならば、そういう誤解を解かれるのではなかろうかと私は思う。なぜならば、総評というものは日本の基幹産業や重要な国家公務員、そういう日本の産業や官庁で、まじめに国家の再建をささえておるほんとうの労働者なんです。これはやはり愛してもらったり、また言うことを聞いてもらわなければ、日本の政治がうまくいくはずがない。そういう点で、若干誤解があるならば解いてもらいたいと思うし、それから同時に、団体自体で完全に民主主義が行われておるかどうかということが問題だろうと思います。たとえば、総評の太田薫なら太田薫、岩井章なら岩井章という個人が独裁しておるということなら問題があると思う。しかし今の労働組合というものは、そう言っては非常に失礼ですけれども、ある意味では国会より民主化されているのではないか、非常に民主化が徹底しているのではないか。そういう職場でいろいろ持ち出されたものを、討議に討議を尽して、真に民主主義の過程を通して要求がきまったものを決議として出してくる、そういうことをやっておりますから、決して今の日本憲法を破壊したり、日本にあるところの法律を無理やたらにこわして運動する、こういうことではないので、その点につきましてはぜひ御理解いただきたいと思います。
 それから、直接的な問題といたしまして申し上げたいと思いますことは、たとえば今度の来たるべき参議院の全国区、こういう問題を一つ考えてみますと、現在まで与えられている選挙運動期間中なり、あるいはまた今許されているところのポスター、そういうもので果して四千万に近い、あるいは四千万以上の有権者に浸透できるかどうかということを私は考えていただきたいと思うのです。むしろ今できないことを無理に強制しているのではないか。ほんとうに国民の一人々々に、有権者の一人々々に政策なりあるいは信条なりを訴える機会というものが、今の場合には非常に制限されているのではないか、こういう実際上の問題を見ても、私はやはり、ある意味の政治団体というものがあって、これが選挙なりあるいは政治運動なりについて啓蒙運動をやるということは、非常に大切なことではないか。むしろ今の日本の議会政治を発展させるゆえんのものではないか、こう私は思っております。
 同時に、そういう問題と関連して考えられますことは、私はやはり、自民党の皆さん方がよくおっしゃられるところの英国の例をとっていただいても、わかるのではないかと思います。大体英国の労働党自体がどういう成立過程ででき上ったかということは、これは私か申すまでもないのであります。むしろあれは、労働組合の政治活動というものが結集してでき上って、それが一つの議会勢力を作って、ああいう労働党ができ上ったのが例なのであります。私は必ずしも英国の例をそのままとろうとは思いませんけれども、議会主義を守って、しかも議会を通じて私どもの運動を、いろいろな要求を実現していきたい。またそういうことの運動方針を明確に掲げているわけでありますから、その点は、私はむしろ自由にまかしていただいて安心できるのではないか、こう思っております。もしそういうことができないとすれば、私はむしろ違うことを考えておられるのではないか。違うことと言うとはなはだ口幅ったいことになるのですけれども、またそれは、ある面では社会党にも当てはまることですが、それは政党の組織上の欠陥があるのではないかということです。自由民主党というものを一つとってみても、そういう政党の機能が、市町村の末端まで政党としての支部を持ち、あるいは班を持って、きちっと政策活動を行なっておるということであれば、こんなものは私はちっともおそれることはないと思うのです。ところが国会議員あるいはそれにまつわる一部の方々しか作っておられない、むしろ選挙をする場合には、現在の県市町村なりあるいは官庁機構を無理やたらに利用して、選挙運動をやろうということをやっておられるから、そういう御心配をされるのではないか。むしろ私は、政党の側が組織上の欠陥というものをもっと是正してもらう――これは私ども国民として、単に政党だけに責任をかぶせるわけにいかないと思うのですけれども、むしろ日本国民全体が、議会政治というものを考えた場合には考えなければいけないのではないか、こういうように考えているのでございます。
 なお先ほど申されました、たとえば在職のままということについては、私は事務上の点については賛成するところがあるのでございますけれども、むしろ何かそういうことが一つの看板になっておって、中身はさっき言った政治団体であるところに重きを置かれているのではないか、こういうふうに考えられますので、私どもとしてはやはり心配をせざるを得ない、こう考えているところでございます。
#26
○早稻田委員長 加藤高藏君。
#27
○加藤(高)委員 杣先生とそれから小山さんにちょっと聞きたいのですが、それは供託制度の問題であります。お二方の御意見によりますと、現行法の供託制度は廃止した方がいい、また廃止すべき方向へいくのが民主政治の建前であるのではないかというようなお話を承わったのであります。また同僚島上委員の御質問に、要するにこの供託制度というものは改悪である、一、二の特例によってこうした法律を改正するということは悪いというような御質問がございまして、これに対する杣先生の御答弁も、やはり供託制度というものは廃止することが望ましいという御意見の御開陳がありました。私は実際の地方選挙の実情に徴しまして、いかにこの一、二の例外者のために地方選挙が毒されておるかという実例を申し上げまして、それに対しまする御意見を承わりたいと存ずるのであります。
 去る九月に、私は同僚の島上委員とともに東北地方に視察に参りまして、青森県の選管から青森県の金木町の町長選挙の問題についていろいろお話を承わりました際に、東京の小田俊与という人が青森県の金木町の町長選半に立候補いたしました。そうしてその開票の結果は、五票の得票を得ております。これに対しまして青森県の選管の方は、小田という人は青森県の他の町の町長選挙にも立候補しておって、非常に困るというようなお話があったのであります。私はこの小田某の名前は東京にもちょいちょいビラを張ってあるのを見まして、うろ覚えには覚えておったのですが、ただそのときは、大して気にもとめずに帰ったのであります。私の郷里は茨城県であります。ところがことしのつい十月に、茨城県の町村長の選挙が二つございました。一つは鹿島郡の鹿島町の町長選挙であります。それからもう一つは真壁郡の大和村の村長選挙であります。この一つの選挙にいずれもこの小田某が立候補いたしまして、鹿島郡鹿島町においては八票の得票、それから真壁郡大和村の村長選挙には六十票を得ております。ことに問題になりましたのは、真壁郡大和村の村長選挙であります。真壁郡大和村の村長選挙は、この小田某か立候補いたしましたために、前に無競争を予想されておりました村長選挙を、この見も知らぬ小田某の郵送によりますところの立候補届出によりまして、選挙を執行せざるを得なくなった。それがためにこの大和村は約十何万円の費用を使い、しかもまた、農繁期の最中に村をあげて選挙運動をしなくてはならなくなって、非常な大損害をこうむったのであります。これは十月二十四日の選挙でございます。これにつきまして茨城県のいばらき新聞は、この大和村の選挙を取り上げまして、「「幽霊候補」罷り通る、法の盲点大和村長選の教訓」という題で記事を載せております。この記事で、ほとんど私の言わんとするところは言い尽されておりますので、一応御参考までにこの記事を全部読み上げてみて、御参考に供したいと思うのであります。
 「「幽霊候補」罷り通る、法の盲点大和村長選の教訓」これが見出しであります。「真壁郡大和村村長選挙(二十四日)は現村長稲田源平氏(六十一)と、同村と何ら関連もない東京都港区麻布笄町世界タイムス社長小田俊与氏(五十二)(諸派)との問で争われ、投票率四六・四%(有権者四、五九五名)と未曽有の低率を記録、稲田氏二、〇四三票、小出氏六〇票で稲田氏が当選したが、この形ばかりの選挙に村民は全く愚ろうされ、法の盲点だとしてかたづけられない多くの問題を残している。今度の選挙は合併後二度目の村長選。再選を期す稲田氏のほか二、三擁立のうわさもあり激戦が予想されたが、何れも本人の固辞でまとまらず、村民は稲田氏の無競争当選と決めこんでいた。ところが立候補締切りの二十日村民の離れ一人として知る者のない小田氏から、書留郵便で立候補届が舞込んだので選管委でも大あわて。同封された立候補あいさつでは「私は代議士、参議院、知事、全国の町村長選など多くの選挙(その数は百三十余回に及ぶという)に立候補しているが、目的は原水爆の禁止と死の灰禍対策で、脳出血などのほか流行している原因不明の奇病は実に死の灰のためであり、このままでは国民全部が死滅する。村民諸君(原文では町民諸君)この世論をもりあげるため、あなたの一票を有効に使ってもらいたい。」と書かれており、政党は世界連邦促進、戦争防止、水爆禁止、死の灰禍対策、国民生活安定、人道主義政治連盟会長ということだった。選管委では公選法の規定(市町村長の場合二十五歳以上ならどこの誰れでも被選挙権を有する)にそって、小田氏の名前を公示したが、念のため港区と本籍の静岡市へ実在の有無を確めるという気の配りようだった。ところが村民は全く予期しない小田氏の出現に驚いたものの、最初からこの選挙を捨てており、選管委でもこの分ではメチャクチャな選挙になると心配した、ところで小田氏は選挙事務所を東京の自宅に置き、ただの一度も姿を見せないばかりか、一枚のビラもはらない。さすがに稲田氏は百五十枚程のビラをはりだしたが、相手が幽霊的な存在なので拍子抜け、ついに一回の街頭演説もやらないまま投票日が来た。選管委では自動車を繰りだして棄権防止の宣伝にヤッキとなったが、投票率は四六・四%とお話しにならない結果に終ったのである。幽霊のような候補者を相手にした奇妙な選挙でも、とにかく公選法の規定するところによって行われ、関係者延七〇名が動員され、村費十万円をみすみす空費、村民は意味のない投票をするために、農繁期の貴重な時間をさいたのである。小田氏は最近では鹿島、牛久町長選にも立候補したそうだが、他の真剣な候補者がしのぎを削っている選挙の場合は、小田氏が仮りに一人加わっても大して気にならない茶番劇としてすむが、小田氏のためにやらずもがなの選挙をした大和村の場合は違う。小田氏がただ一度でも現地に乗りこんで選挙活動らしいことをしたのなら、候補者として立派に筋が通る。だが小田氏はビラすらはらず、折角の主張を村民に伝えようとしなかったばかりか、結果はただいたずらに村民を混乱に落し入れただけだった。市町村長選挙も供託金を積む公選法改正案が今国会に提出されたが「責任ある立候補制にしてもらいたい」というのが、今度のニガニガしい選挙から学んだ村民全部の教訓である。「幽霊を相手にした選挙。」村民は最後まで愚ろうされ続けたのである。法の盲点だとして笑い捨てるわけにはゆかない問題といえるようだ。」以上読み上げました記事によりまして、実情はおわかりのことと思います。
 こうした例は、あるいは私の知っている限りにおきましてはただいま申し上げましただけでございまするが、全国的にはこうした小田何がし、あるいはこれに類似した行為をなす方がおりまして、神聖なるべき選挙がゆがめられ、あるいは真剣に戦うべき候補者自体に、選挙を冒涜する考えを植え付けることが非常に多くあるように私には考えられるのであります。こうした見地から見ましたときに、私はそのような不まじめな候補者、またいわゆる泡沫候補を淘汰する意味におきましても、供託金制度を設けるということが最も選挙の実情に即したことであると考えているわけでありますが、これに対しまして御意見を承わりたいと思います。
#28
○杣公述人 小田何がしというのは、私も名前は存じておりますが、きわめて特異なケースであります。そして小田何がしが立ったがために選挙の結果がゆがめられたということはなくて、有権者が五票とか、あるいは六十票だとかいったような、きわめて取るに足らぬ支持しか得られぬ。その上、今読み上げられましたそういう酷評を社会から受けるに至っているのであります。このことは、小田氏が十分そういう、いわば選挙撹乱行為によってみせしめを受けて、罰せられているということの現われであると見ることができます。しかし民主社会における選挙の建前といたしまして、小田氏をそういう選挙に不熱心、不まじめな候補であるといたしましても、その人を初めから泡沫候補であるとかいったような評価はするべきものではないのであります。小田氏というのは非常に極端なケースであったのですが、こういう泡沫候補であるという名前で、実はまじめな有能な候補者が、この立候補制度に制約を設けることによって、事前に立候補をとめられるというような形になる場合が非常におそれられるのであります。
 それから選挙の費用でありますが、確かにそういう不まじめな候補者によって選挙の費用をかけるということは、それだけ考えれば問題でありますけれども、しかしながら、こういう公職の選挙制度というものがある場合には、この選挙というものはきわめて基本的な重要な意味を持っているものでありまして、そしてその選挙制度が持っている一定の建前においてその選挙が行われるということになります場合には、費用の問題は、そういう選挙の持っている重要さに従属すべきものでありまして、費用がかかるから選挙をさしたのがいけないということには、事の重さと軽さとの比較が少し違うことになるのではないかと思います。
 それから無投票選挙というのは、やはり公職が選挙によってきめられるという建前からしますと、無投票当選というのは選挙としては異例なケースなのであって、選挙で公職がきめられる場合には、選挙が行われるというのが正常な状態であるかと思うのであります。
 大体以上のことでお答えといたします。
#29
○小山公述人 なかなかむずかしい問題ですから、今言ったような実情は、新聞に書かれている通り、私は認めていいのじゃないかと思うのです。しかしそれを供託金ということによってだけで制止ができるかどうか、私はこれは、国民の政治意識の高揚というところに待たなければ最終的なあれにはならないのじゃないか。例に引いて大へん申しわけないけれども、早稻田さんの選挙区でも、何回も選挙に出られて、やはり最後には自民党の代議士になられた方がおるのです。何べんもあらゆる選挙に出られて、結局は最後に当選された方があるのです。だから一がいに泡沫候補というだけで片づけてしまって、今出ている方はすべていいのだという考えは、私は問題があるのじゃないか。もちろん選挙をやっていく建前から言えば、さっきおっしゃったようた、たとえば標旗を作つたけれども取りにこなかったというのがあるけれども、こういうのは法律によって押えるというのではなくて、それはそれとして、実情を世論に訴えて批判をしていくということでないと、こういうことをやることによって、そうでない、いわば善良な選挙民がこれによって規制されてしまうという一里塚になるようなことについては、やはり問題があるのではないか、私どもとしてはそう考えます。従って供託金の点については、皆様方から言えば、参議員の全国区の三十万というのは安いじゃないかとおっしゃるようですけれども、私どもの月給という点から考えてみれば、一体何ヵ月分になるか。それはもちろん、政党なりあるいは後援団体というものが出す面もあるでしようけれども、しかしやはり今の政府が支給している月給を基準に考えてもらわなければ、こういう問題の正しい批判にはならないのじゃないか、こういう工合に考えます。
#30
○加藤(高)委員 私の申し上げたいのは、この小山氏が立候補したのは先ほど申し上げましたように百二十何カ村で、これによって、百三十何カ村が一人のために迷惑しておる。これに供託金制度というものがありましたたらば、おそらく百三十何カ所も全国で立候補をせず、従って百三十何カ村というものが迷惑をこうむらなかっただろう。ただ、これが新聞に出たのがことしの十月二十四日の茨城県の大和村の選挙で、そういうところから取り上げた問題です。(「供託金じゃなくても、ほかの方法でもやれるよ」と呼ぶ者あり)それもあるけれども、これもやはりこれで規制する、そういう点におきまして、この供託金制度というものをわが党の立場においても私は支持するわけであります。
#31
○島上委員 僕は、これは抽象的なことでありますが、しかし根本的なことなので、選挙制度について長年研究しておられる坂さんに――おられないようですから、それでは特に指定しませんが、できますならばここにおいでの方々に、簡単に一言ずつでいいからお答え願いたいと思います。
 政府与党の諸君には少し耳か痛いかもしれないけれども、今までの選挙法の改正は、選挙の直前になって大急ぎで党略的な改正案を出す、こういうくせがあります。今度の改正でも多分にそのにおいがある。選挙を目の前にして党略的な改正――いいところもある。もちろん党略的なものばかりむき出しにすると工合が悪いから、抱き合せになっている。これは非常に巧妙で、かつずるい。選挙法はもっと改正すべき根本的な点がたくさんあると思います。今度政府が出したものは根本的ではないので、もっと根本的に、ふだんから検討して改正をすべきだと思う。選挙法はざる法だといわれておりますが、ほかにもざる法はあるが、特に選挙法はその最たるものだ。これはさっきも言ったように、選挙の直前に改正すると混乱しますから、ふだんから検討して、根本的な改正をすることが必要だと思います。新聞の論説にも出ております、そういう間に合せ的な党略的な改正はいかぬ、もっと根本的に選挙法と取り組んで、根本的な改正をすべきだ。今改正しようとするなら、むしろことしの五月の例の物量選挙にかんがみて、いかにして不正、腐敗を防止するかというところに力点を置くべきだったと思う。社会党は出しましたけれども、あした私は提案理由を説明しようと思っておりますが、とにかく物量選挙、金の選挙、不正、腐敗の選挙をいかにして防止するかというところに、むしろ当面力点を置くベきです。見てごらんなさい。全国に見るにたえたい、聞くにたえないような猛烈な事前運動が行われている。これが政界の腐敗堕落を招来することは必然です。だからほど、選管の方からもありましたが、百四十七条の問題もしかり、記号式の投票ということもしかり、こういうことは今までも検討されて大して異論のない、改正しようという点で、こういうような選挙法全般にわたって、時間をかけて根本的な改正をすることこそが必要であって、少くとも今後はそういう心かまえで私どもは改正に取り組むべきではないか、こう考えております。そういう点に対する御希望なり、御意見なりがあったら承わりたいと思います。
#32
○宮島公述人 おっしやる通りではございますけれども、私黙って伺っておったりいろいろしますと、すべてが何か党利党略的のようにばかり持っていかれ過ぎるのじゃないか、私どもも一国民として考えてみると、この通りわれわれが念願するのでもなんでもないのでありますが、悪いところは直して、いいところだけは通していただきたい。特に先ほど申し上げたように、臨時特例の問題だけは早くやっていただきたい。
 それでちょっとおくれたという御意見のようでございますが、もし二十九つかりましたならば、大へんなことになつたわけであります。われわれも本屋まで行って、本を奪い合うようにして持ってこないと選挙にかかれなかった。しかしこれがどうやら今回提出されましたが、これもなかなかこの国会で取り上げられないで、通常国会まで持っていくのだということを参議院のある議員のの方がおっしゃるが、そういうことならば直していただかない方がいい。ぜひ臨時国会の方でお取り上げ願えれば、まだ期間的に地方選挙に入るまでございますから、切にこの席から私よりお願い申し上げます。
#33
○小山公述人 これは、今党利党略ということでそういう活をし過ぎるというお話ですが、実は私この間の朝日新聞の社説に、公職選挙法の改正案のねらいを比較してみると、政府提出案は党利党略のにおいが非常に強く、社会党の方は問題の本質に取り組んでいて、原則的に賛成する面が多い、こういうふうに沖書かれておるわけでして、決してその点、私ども組合だけがこう言っているのじゃない、こういうように思います。
 それから、やはり私どもも、今管理委員会の方々の立場から言えば、確かにいろいろ技術の問題があると思うのですけれども、私も今ここに選挙法を持っているのですが、そのつどややこしいといいますか、改正を選挙のたびごとにされるものですから、私どもとしては、これは違反をある面ではさせないようにというので、非常に時間や手間をかけてやらなければいけない、こういう必要があるのです。ですからぜひお願いしたいと思いますことは、改正をするなら、さまつ的に区々一々やってまた改正するということではなくて、根本的に今の選挙制度というものが現在の政治情勢に合うような、また大多数の国民が望んでいるような公明選挙ができるようなことを、大胆に打ち出してもらう必要があるのではないか。その手続については、今度のように、そう言っては失礼ですけれども、こそこそ出してこられてやられるというのではなくて、十分期間を置いて、聞くべき意見というものはあらゆる階層から聞いていただいて、討議する時間を十分置いてやっていたたくことが大切じゃないか。特に私どもとしてお願いしたいことは、やはり金権といいますか、あるいは買収といいますか、そういう卑怯な方法で選挙をやるのではなくて、堂々とやはり政策と言論とに訴えていただきたい。そういうことの活動が、自由にできるようにすることが正しいのじゃないか。そういう方だけを犠牲にしてしまって、一番肝心なお金の方については非常にルーズだ。たとえば政治資金の方向なんかについては、あまり大して規制してない。こういうことを、むしろやはり十分にやっていただくことの方がいいのじゃないか。従って今選挙を管理する立場から言えば、相当技術上の問題があろうと思いますが、私ども選挙を行使する立場から言えば、今申し上げた点についてぜひ配慮していただきたいと考えております。
#34
○杣公述人 研究者の立場といたしまして、公職選挙法がどういうような方向に作られていくべきかということについてはただいま申しましたが、ただ一つ、公職選挙法を読んで見ましてどうしてもわからないことは、別表の改正手続がきめられておりまして、その改正すべき期限がもう来ているのであります。それがどういう手続で別表の改正が諮られるのかということを、自治庁の方には当つていないのですが、憲法の方の先生に聞いてみても、よくわかりません。そういう別表改正手続がはっきりきまっているにもかかわらず、別表の改正が行われていない。そのために、二十一年の人口状態に基いて議員の定数の配分が行われているというのが、この三十三年においてはまだ続いているのです。それでは非常に問題があると思うのですけれども、この点、今後公団選挙の建前を継承される以上、一度与党の方、野党の方も、ぜひこの問題を取り上げて検討していただきたいと思うのであります。東京都とか大阪府といったような大都市の選挙民は、そのために、鳥取県その他の農村地区の選挙民の何分の一の選挙権しか持っていないという形になっておりまして、あたかも選挙権が都道府県の地域にあるような感じで、非常に不合理な状態になっております。この点を合理的に検討していただくことを、島上先生の御質問に関連してお願いしておきたい次第であります。
#35
○早稻田委員長 ほかになお質疑もあるかと思いますが、時間も大へんおそくなりましたし、本会議の関係もありますので、質疑はこれにて打ち切ります。
 公述人の皆様におかれては、御多用のところを御出席いただき、長時間にわたってきわめて貴重な御意見を開陳いただきまして、まことにありがとうございました。厚くお礼を申し上げます。
 公聴会はこれにて終了いたします。
 次の委員会は明日の午前十時からとし、本日はこれにて散会いたします。
    午後一時五十七分散会
ソース: 国立国会図書館
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