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1957/11/05 第27回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第027回国会 本会議 第3号
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1957/11/05 第27回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第027回国会 本会議 第3号

#1
第027回国会 本会議 第3号
昭和三十二年十一月五日(火曜日)
    ━━━━━━━━━━━━━
 議事日程 第三号
  昭和三十二年十一月五日
    午後一時開議
 第一 裁判官弾劾裁判所裁判員の予備員の選挙
 第二 裁判官訴追委員の選挙
 第三 皇室経済会議予備議員の選挙
 第四 検察官適格審査会委員の予備委員の選挙
 第五 首都圏整備審議会委員の選挙
 第六 海岸砂地地帯農業振興対策審議会委員の選挙
 第七 離島振興対策審議会委員の選挙
 第八 畑地農業改良促進対策審議会委員の選挙
    ━━━━━━━━━━━━━
●本日の会議に付した案件
 議員請暇の件
 伊瀬幸太郎君の故議員仲川房次郎君に対する追悼演説
 安平鹿一君の故議員越智茂君に対する追悼演説
 松井政吉君の故議員鈴木直人君に対する追悼演説
 日程第一 裁判官弾劾裁判所裁判員の予備員の選挙
 日程第二 裁判官訴追委員の選挙
 日程第三 皇室経済会議予備議員の選挙
 日程第四 検察官適格審査会委員の予備委員の選挙
 日程第五 首都圏整備審議会委員の選挙
 日程第六 海岸砂地地帯農業振興対策審議会委員の選挙
 日程第七 離島振興対策審議会委員の選挙
 日程第八 畑地農業改良促進対策審議会委員の選挙
 鉄道建設審議会委員の選挙
 国土開発縦貫自動車道建設審議会委員の選挙
    午後一時九分開議
#2
○議長(益谷秀次君) これより会議を開きます。
 議員請暇の件
     ――――◇―――――
#3
○議長(益谷秀次君) お諮りいたします。議員大西正道君より、ラオス国仏紀二千五百年記念式典に全日本仏教会を代表して出席のため、十一月五日から本会期中請暇の申し出があります。これを許可するに御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり]
#4
○議長(益谷秀次君) 御異議なしと認めます。よって、許可するに決しました。
     ――――◇―――――
#5
○議長(益谷秀次君) 御報告いたすことがあります。議員仲川房次郎君は去る六月六日、議員越智茂君は去る九月十日、議員鈴木直人君は去る九月二十日に逝去せられました。まことに哀悼痛惜の至りにたえません。三君に対する弔詞は、それぞれ議長において贈呈いたしました。
 この際、弔意を表するため、伊瀬幸太郎君、安平鹿一君及び松井政吉君から、それぞれ発言を求められております。順次これを許します。
 伊瀬幸太郎君。
    〔伊瀬幸太郎君登壇〕
#6
○伊瀬幸太郎君 ただいま議長から御報告のありました通り、本院議員正五位勲三等仲川房次郎君は、去る六月六日、郷里において、病のため逝去されました。まことに痛惜の至りにたえません。
 私は、諸君の御同意を得、議員一同を代表し、つつしんで哀悼の辞を申し述べたいと存じます。(拍手)
 仲川君は、明治二十八年奈良県大淀町に生まれ、年少にして自立独行の志かたく、高等小学校を卒業せらるるや、直ちに売薬業に従事し、あしたに出、タベに帰る行商のかたわら、商品の包装等にも創意工夫をこらす等、刻苦精励、販路の開拓に努め、大和売薬業の創始者として、その名を全国に広められたのであります。
 さらに、土木建築業に志し、次いで林業、製材木工業、製薬業に順次その事業を拡大せられ、しかも、その間、終始、一身の利益よりも地方産業の開発と郷土の発展とを主眼として活動せられたのでありまして、各種組合の役員あるいは顧問に推されるなど、県下産業界の指導的役割を果しておられたのでありました。(拍手)
 君が地方政界に第一歩を踏み出されたのは、大正十四年大淀町会議員に当選されたときであります。元来、大淀町は、吉野山に近い山間に位置して、沃野に乏しく、産業ふるわず、多年財政の窮乏に悩んでおりました。君が当時だれ一人として引き受ける者のない町長に推されて就任されたのは昭和八年でありまして、町政の刷新に渾身の熱意を傾け、すぐれた手腕をふるうこと十年間、君の献身的努力は報いられて治績すこぶる上り、大淀町はその面目を一新するに至ったのであります。
 君は、また、昭和六年以来十五年間にわたり奈良県会に議席を占め、昭和十七年には副議長の重職につかれ、大いに地方自治の向上と民生の福祉増進のために尽され、県民の信望を一身に集められるに至りました。
 かくて、昭和二十一年四月、戦後最初の総選挙には、奈良県から立候補して本院議員に当選せられ、その後、昭和二十七年の第二十五回総選挙からは、引き続き三たび当選の栄を得られ、在職五年九カ月に及んでおられます。この間、常に一貫した信念と節操とを保って、真摯な態度で国政の審議に当り、あるいは建設委員となって得意の道路問題にうんちくを傾け、あるいは海外同胞引き揚げの特別委員として遺家族の援護に力をいたされるなど、よく国会議員たるの本分を全うせられたのでありまして、その功績はきわめて顕著といわねばなりません。(拍手)
 また、昭和二十九年八月には、第五次吉田内閣の行政管理政務次官に任ぜられ、行政の簡素化に努力し、多大の業績を残され、昨年九月には、建設委員の諸君とともに欧米各国に渡り、道路、橋梁、住宅等についてつぶさに調査視察され、わが国の高速道路、不燃住宅の建設計画の作成に大いに寄与いたされたのであります。
 君は、また、党内にあっては、さきに自由党の総務、代議士会副会長等の要職を歴任し、一昨年秋の自由民主党の結成にもあずかって力あるところ多く、その重厚な人格をもって僚友の厚い信頼をかち得られておりました。
 君は、平素至って健康に恵まれ、本院の内外にあって元気に活動を続けておられましたが、本年一月病にわかに発し、入院加療のやむなきに至りました。その後、小康を得て退院し、郷里において静養に努められたのでありますが、五月末再発、ついに本復を見るに至らなかったことは、まことに痛恨きわまりない次第であります。(拍手)
 顧みるに、君は、一介の売薬行商人から身を起し、人生苦難の道を開拓し、ついに奈良県下第一の名望家としてその徳を仰がれ、名誉ある衆議院議員としてその最後を飾られたのでありまして、まさに立志伝中の人物と申さなければなりません。(拍手)
 その人となりは、きわめて人情に厚く、すこぶる包容力に富み、熱情家であり、また努力家でありました。君は、まことに苦労人と呼ぶにふさわしい人柄であり、常に満腔の誠意をもって人に接し、相手のいかんによって態度を変えるがごときことは決してなかったのであります。また、郷土のため犠牲的献身を続け、郷党知友をいつくしむ温情、義挾に富む行動は、数え尽せぬほどに多かったのでありました。特に戦没者、夫帰還者の遺家族の援護については、きわめて熱心で、つとに遺族更生会を興し、慰霊碑の建立を呼びかけ、また、遺族の靖国神社参拝等の機会には、必ず先頭に立って、肉親も及ばぬ世話を一手に引き受けられたのでありまして、県下三万有余の遺家族から慈父のごとく慕われておられました。
 かつて、第二十六回総選挙の際、君は後進に道を譲るため立候補を辞退する意向でありましたが、県民の熱心なる支持は、その引退を許さず、届出締め切りの寸前に立って、みごと高点をもって当選されたのであります。これは、君に対する郷党の支持と信頼とがいかに大なるものであったかを示す事柄であり、実に敬服にたえない次第であります。(拍手)
 君は、行年六十二才、われわれは、君が、今後も長く国会において、その円熟せる人格と豊富なる経験とをもって縦横に活躍されるものと信じておりましたのに、今この練達堪能の士を本議場より失ったことは、本院にとり、国家にとり、はたまた郷土にとりましても、この上ない損失であり、哀惜のきわみと申さなければなりません。(拍手)
 ここに、君が生前の事績を追懐し、その風格をしのび、君の眠りの安からんことを心からお祈り申し、もって追悼の言葉といたします。(拍手)
#7
○議長(益谷秀次君) 安平鹿一君。
    〔安平鹿一君登壇〕
#8
○安平鹿一君 去る九月十日、本院議員従四位勲二等越智茂君の長逝の報に接しまして、私どもは、驚愕悲痛、実におくところを知らなかったのでございます。私は、諸君の御同意を得まして、議員一同を代表し、ここにつつしんで哀悼の辞を申し述べたいと存じます。(拍手)
 越智君は、明治三十九年愛媛県越智郡に生まれ、今治実践商業学校を卒業、刻苦精励の後、昭和九年よく二十八才の若さをもって小西村村会議員に当選され、ここに輝かしき政治的生涯の第一歩を踏み出されたのであります。その後十余年にわたってその職にあり、二十二年四月には小西村村長に、同五月には愛媛県議会議員となり、地方自治の発展と民生安定のために、ししとして、たゆまざる努力をいたされたのでございます。
 他方、君は、越智郡農水産加工販売組合長、今治商工会議所副会頭、愛媛県販売農業協同組合連合会長等の要職を歴任いたされ、地方産業の振興発展に大なる足跡を残され、県下における名望家といたしまして、敬慕の的となられたのでございます。
 昭和二十四年一月の第二十四回衆議院議員総選挙には、衆望をになって出馬し、みごとに当選の栄を得られ、自来四回連続当選、八年八カ月の長きにわたり本院に在職せられたのでございます。
 その間、建設委員、農林委員等となり、その豊富な体験とすぐれた才幹とをもって縦横の活躍をいたされ、ことに昭和二十九年十二月には、選ばれて文部委員長の重任につき、わが国文教政策の推進に貢献されたのでありまして、国政の審議に尽瘁して、よくその重責を果された君の功績は、永久に伝うべきものと信じます。(拍手)また、二十七年十一月には第四次吉田内閣の厚生政務次官となって、中共地区残留同胞の引き揚げ、その他厚生行政の諸問題解決に専心努力し、多大の成果を上げられたのでございます。
 君は、また、一方、党内にあっては、自由党の代議士会副会長、国会対策副委員長となり、現に自由民主党総務の重職にあって、労を惜しまず、苦をいとわず、よく党内の意見調整に尽力し、同僚議員の強い信頼をかち得ておられました。
 思うに、君は、資性きわめて温厚にして、人格従ってまた円満、人に接するや春風駘蕩、事に処するや深謀遠慮、よく一言をもって人心を掌握されたのであります。また、公私多端なる生活にあっても常に郷土のために力を尽し、おのれを捨てて他人のためをはかられたことは、人のみな知るところでありまして、君に接した人々が深く君を敬愛し、多大の信望を寄せましたのも、まことにその人徳のしからしめるところと申さねばなりません。(拍手)
 君は、心臓の重患に侵され、ついにそのとうとい生命を奪われたのでありましたが、病中も人を騒がすことを顧慮され、家人以外にあえてそれを知らさず、静かに入院加療されたのでありましたが、薬石効なく、初秋の風とともに溘焉としてゆかれたのであります。われわれは、思いもかけぬ君の訃計報に接して、しばしわが耳を疑ったのでありましたが、それにつけても、平素より寡黙謙虚で、いたずらにおのれを示すことを喜ばなかった君の人柄がしのばれて、追慕哀惜の感ひとしお胸に迫るを覚えたのであります。(拍手)
 君のよわい知命を越えることわずかに一才、政治家としての真の活躍は今後に残されていたのでありますのに、今にわかにこの前途有為の士を失ったことは、痛恨のきわみでありまして、ひとり郷土のためのみならず、広く邦家のため痛惜にたえぬところであります。
 ここに、君が生前の事績を追叙し、その人となりの一端をしのんで、心から御冥福をお祈りいたし、つつしんで追悼の辞といたします。(拍手)
#9
○議長(益谷秀次君) 松井政吉君。
    〔松井政吉君登壇〕
#10
○松井政吉君 ただいま議長の御報告の通り、本院議員正四位勲二等鈴木直人君は、去る九月二十日、病のため逝去いたされました。まことに痛恨の至りにたえません。私は、諸君の御同意を得て、議員一同を代表し、つつしんで哀悼の辞を申し述べたいと存じます。(拍手)
 鈴木君は、明治三十三年五月福島県相馬市の名家に生まれ、幼少のころより俊秀の誉れ高く、相馬中学、水戸高等学校を経て東京大学法学部に学ばれました。
 大正十五年卒業とともに高等文官試験行政科に合格され、直ちに内務省に入り、地方警視、地方事務官より累進し、石川、広島、山口、愛知、熊本各県の部長を経て、昭和二十二年三月をもって熊本県知事に任ぜられました。
 かくのごとく、君、戦時、戦後の複雑多難な情勢下の官界にあって、国民の生活安定と福祉増進とのために、ひたすら力を尽し、著しい成果を上げられたのでありますが、昭和二十二年日本国憲法が施行されるに及んで、民主的政治家たらんことを念願し、第一回参議院議員通常選挙に際して全国区から出馬し、みごとに議席を獲得されたのであります。
 参議院における君は、まず同志と相はかって緑風会の結成に奔走し、事なるや、同会会務委員、議員総会副議長等の要職に当り、会の円滑なる運営に力をいたされました。昭和二十三年十月には、第二次吉田内閣の逓信政務次官に任ぜられて逓信行政に参画し、また、昭和二十六年八月には、参議院よりサンフランシスコに派遣され、講和会議に出席して、わが国の独立回復に大いに寄与するところがありました。
 次いで、昭和二十七年十月の第二十五回衆議院議員総選挙には、参議院議員を辞職の上、郷里福島県第三区より立候補して当選の栄を得、現在まで当選二回、在職三年二カ月に及んでおられます。
 本院においては、君は、終始地方行政委員会の理事として尽瘁し、多年のうんちくを傾けて、その審議に目ざましい活躍を示されました。また、自由民主党にあっては、政務調査会地方行政部会の部長として政策立案の衝に当りその高邁な識見と該博な知識とを披瀝して、広く僚友の尊敬を集めておられました。
 君は、常に健全な地方自治の発達と強固な地方財政の確立とを念願せられ、地方公共団体の現況を的確に把握し、これを詳細に分析し、穏健中正の結論を下されたのでありまして、ことに、去る第二十六回国会における地方税法、地方交付税法等の立案審議に際し、党の幹部として、あるいは地方行政委員として尽された君の熱意と努力とに対しては、何人といえども賞賛を惜しまなかったのであります。(拍手)
 かくして、君は、参議院議員の期間を通算すれば約十年にわたって国会にあり、この間、民主政治の発展と国民生活の向上とのために献身されたのでありまして、その功績は長く伝うべきものであると信じます。
 思うに、鈴木君は、その才能、経験において、このようにすぐれた政治家たるの資質を有しておられたばかりでなく、その性格はすこぶる温厚であり、その人格はきわめて高潔でありました。かつて、第二十六回総選挙に際し、君は、先輩に当る某氏の当選を助けるため、あえてみずからは立候補を辞退されたのでありますが、これは余人の容易になしがたいことであり、聞く者は君の義心に深く感動し、敬服したのでありました。
 君は、生来至って健康で、病気を知らず、明朗闊達なスポーツマンとして人々に親しまれ、また、特に青年団、婦人団体の育成については常々懇切至らざるなき世話をいたされたのでありまして、郷土における各種の体育会の会場に、青年、婦人団体のつどいの場に、君の元気な姿は必ず見受けられたのであります。
 しかるに、さきの国会における君の不眠不休の努力があるいは災いを招いたのか、閉会後間もなく、不幸にして病魔の侵すところとなり、心を傾け尽された御家族の看護も、至らざるなき医療もむなしく、ついに不帰の客となられたのであります。今や、君のありし日の堂々たる体躯と、にこやかな温容に再び相まみえることのかなわぬことは、まことに痛惜きわまりない次第であります。君の訃報一たび郷土に伝わるや、君の教えを受けた多くの青年、婦人諸君の嘆きと悲しみは想像に余りあるものがありました。私は、君と郷土を同じくする年来の友として、もろもろの会議や集会に常にひざを交えて親しく相語り、かつ論議をかわして参ったものでありまして、今この盟友を失って、切々たる悲しみに胸を締めつけられる思いがいたすのであります。
 思うに、地方自治体に関する諸問題は、いずれも国民一人々々の日常生活と密接な関係を有し、現下における最も重要な多くの政治的課題を含んでおります。鈴木君のごときこの方面の第一人者と目される練達の士が、よわいまだ五十七才、政治家としてますますその本領を発揮されねばならぬときに卒然として長逝されましたことは、本院にとり、国家にとり、この上ない損失と申すべく、哀惜の情いよいよ切なるものがあります。
 ここに、いささか君の生前の事績を追念し、その風格をしのび、御冥福を心からお祈りし、もって追悼の言葉といたす次第であります。(拍手)
     ――――◇―――――
 日程第一 裁判官弾劾裁判所裁判
  員の予備員の選挙
#11
○議長(益谷秀次君) 日程第一、裁判官弾劾裁判所裁判員の予備員の選挙を行います。
#12
○山中貞則君 裁判官弾劾裁判所裁判員の予備員の選挙は、その手続を省略して、議長において指名せられ、その職務を行う順序については議長において定められんことを望みます。
#13
○議長(益谷秀次君) 山中君の動議に御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#14
○議長(益谷秀次君) 御異議なしと認めます。
 議長は、裁判官弾劾裁判所裁判員の予備員に高見三郎君を指名し、その職務を行う順序は第二順位といたします。
     ――――◇―――――
 日程第二 裁判官訴追委員の選挙
#15
○議長(益谷秀次君) 日程第二、裁判官訴追委員の選挙を行います。
#16
○山中貞則君 裁判官訴追委員の選挙は、その手続を省略して、議長において指名されんことを望みます。
#17
○議長(益谷秀次君) 山中君の動議に御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#18
○議長(益谷秀次君) 御異議なしと認めます。
 議長は、裁判官訴追委員に薄田美朝君を指名いたします。
     ――――◇―――――
 日程第三 皇室経済会議予備議員
  の選挙
#19
○議長(益谷秀次君) 日程第三、皇室経済会議予備議員の選挙を行います。
#20
○山中貞則君 皇室経済会議予備議員の選挙は、その手続を省略して、議長において指名せられ、その職務を行う順序については議長において定められんことを望みます。
#21
○議長(益谷秀次君) 山中君の動議に御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#22
○議長(益谷秀次君) 御異議なしと認めます。
 議長は、皇室経済会議予備議員に堤康次郎君を指名し、その職務を行う順序は第一順位といたします。
     ――――◇―――――
 日程第四 検察官適格審査会委員
  の予備委員の選挙
#23
○議長(益谷秀次君) 日程第四、検察官適格審査会委員の予備委員の選挙を行います。
#24
○山中貞則君 検察官適格審査会委員の予備委員の選挙は、その手続を省略して、議長において指名されんことを望みます。
#25
○議長(益谷秀次君) 山中君の動議に御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#26
○議長(益谷秀次君) 御異議なしと認めます。
 議長は、検察官適格審査会委員の予備委員に小林郁君を指名し、椎名隆君の予備委員といたします。
     ――――◇―――――
 日程第五 首都圏整備審議会委員
  の選挙
#27
○議長(益谷秀次君) 日程第五、首都圏整備審議会委員の選挙を行います。
#28
○山中貞則君 首都圏整備審議会委員の選挙は、その手続を省略して、議長において指名されんことを望みます。
#29
○議長(益谷秀次君) 山中君の動議に御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#30
○議長(益谷秀次君) 御異議なしと認めます。
 議長は、首都圏整備審議会委員に福永健司君を指名いたします。
     ――――◇―――――
 日程第六 海岸砂地地帯農業振興
  対策審議会委員の選挙
#31
○議長(益谷秀次君) 日程第六、海岸砂地地帯農業振興対策審議会委員の選挙を行います。
#32
○山中貞則君 海岸砂地地帯農業振興対策審議会委員の選挙は、その手続を省略して、議長において指名されんことを望みます。
#33
○議長(益谷秀次君) 山中君の動議に御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#34
○議長(益谷秀次君) 御異議なしと認めます。
 議長は、海岸砂地地帯農業振興対策審議会委員に徳安實藏君を指名いたします。
     ――――◇―――――
 日程第七 離島振興対策審議会委
  員の選挙
#35
○議長(益谷秀次君) 日程第七、離島振興対策審議会委員の選挙を行います。
#36
○山中貞則君 離島振興対策審議会委員の選挙は、その手続を省略して、議長において指名されんことを望みます。
#37
○議長(益谷秀次君) 山中君の動議に御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#38
○議長(益谷秀次君) 御異議なしと認めます。
 議長は、離島振興対策審議会委員に綱島正興君及び山中貞則君を指名いたします。
     ――――◇―――――
 日程第八 畑地農業改良促進対策
  審議会委員の選挙
#39
○議長(益谷秀次君) 日程第八、畑地農業改良促進対策審議会委員の選挙を行います。
#40
○山中貞則君 畑地農業改良促進対策審議会委員の選挙は、その手続を省略して、議長において指名されんことを望みます。
#41
○議長(益谷秀次君) 山中君の動議に御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#42
○議長(益谷秀次君) 御異議なしと認めます。
 議長は、畑地農業改良促進対策審議会委員に塚原俊郎君及び町村金五君を指名いたします。
     ――――◇―――――
 鉄道建設審議会委員の選挙
#43
○議長(益谷秀次君) この際、鉄道建設審議会委員の選挙を行います。
#44
○山中貞則君 鉄道建設審議会委員の選挙は、その手続を省略して、議長において指名されんことを望みます。
#45
○議長(益谷秀次君) 山中君の動議に御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#46
○議長(益谷秀次君) 御異議なしと認めます。
 議長は、鉄道建設審議会委員に川島正次郎君及び三浦一雄君を指名いたします。
     ――――◇―――――
 国土開発縦貫自動車道建設審議会
  委員の選挙
#47
○議長(益谷秀次君) 次に、国土開発縦貫自動車道建設審議会委員の選挙を行います。
#48
○山中貞則君 国土開発縦貫自動車道建設審議会委員の選挙は、その手続を省略して、議長において指名されんことを望みます。
#49
○議長(益谷秀次君) 山中君の動議に御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#50
○議長(益谷秀次君) 御異議なしと認めます。
 議長は、国土開発縦貫自動車道建設審議会委員に川島正次郎君、三浦一雄君及び村上勇君を指名いたします。
     ――――◇―――――
#51
○議長(益谷秀次君) 本日はこれにて散会いたします。
    午後一時四十一分散会
     ――――◇―――――
 出席国務大臣
     文部大臣  松永  東君
     農林大臣  赤城 宗徳君
     運輸大臣  中村三之丞君
     建設大臣  根本龍太郎君
     国務大臣  石井光次郎君
ソース: 国立国会図書館
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