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1956/05/15 第26回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第026回国会 科学技術振興対策特別委員会 第39号
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1956/05/15 第26回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第026回国会 科学技術振興対策特別委員会 第39号

#1
第026回国会 科学技術振興対策特別委員会 第39号
昭和三十二年五月十五日(水曜日)
    午前十時三十二分開議
 出席委員
   委員長 菅野和太郎君
   理事 赤澤 正道君 理事 齋藤 憲三君
   理事 前田 正男君 理事 岡  良一君
   理事 志村 茂治君
      小平 久雄君    須磨彌吉郎君
      南  好雄君    石野 久男君
      佐々木良作君    原   茂君
      松前 重義君
 出席政府委員
        総理府事務官
        (科学技術庁原
        子力局長)   佐々木義武君
 委員外の出席者
        科学技術庁次長 篠原  登君
        総理府技官
        (科学技術庁原
        子力局アイソト
        ープ課長)   鈴木 嘉一君
        大蔵事務官
        (主計官)   鳩山威一郎君
        参  考  人
        (日本赤十字社
        中央病院長)  都築 正男君
        参  考  人
        (立教大学総
        長)      松下 正寿君
        参  考  人
        (法政大学法学
        部長原水爆実験
        禁止日本協議会
        理事長)    安井  郁君
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 科学技術振興対策に関する件(放射線障害の防
 止に関する問題)
    ―――――――――――――
#2
○菅野委員長 これより会議を開きます。
 科学技術振興対策に関する件について、調査を進めます。
 本日は、放射線障害の防止に関する問題について、参考人より意見を聴取することといたします。本日出席の参考人は、日本赤十字社中央病院長都築正男君、立教大学総長松下正寿君、法政大学法学部長、原水爆実験禁止日本協議会理事長安井郁君、以上三名の方々であります。
 この際、参考人各位に一言ごあいさつを申し上げます。本日は、御多用中のところ、本委員会の調査のためわざわざ御出席を賜わりまして、まことにありがとうございました。厚く御礼を申し上げる次第であります。本委員会といたしましては、科学技術の振興とともに、放射線障害から人体を守る問題につきましても重大なる関心を払って、先般来調査を続けて参った次第でありますが、今国会におきましても、放射線同位元素等による放射線障害の防止に関する法律案を議了いたしております。しかるに、本法律案は、エックス線及び放射能灰等を対象としておらないのであります。従いまして、本委員会といたしましては、全国民の重大なる関心事である、これらによる放射線の障害防止をも含めたところの、全放射線障害の防止に関する法律案を、政府は次期国会に提出すべきであるとの趣旨の付帯決議を行なったのであります。参考人各位には、原水爆実験禁止について、あるいは放射線障害の医学的立場等で日ごろより研究せられ、御活躍でありますので、本日はそれぞれのお立場より、この問題につきまして、忌憚のない御意見を承わりたい所存であります。なお、参考人の御陳述は一人約十五分ほどにとりまとめを願いまして、あとは委員諸君の質疑によりお答えを願いたいと思います。
 それでは、都築参考人よりお願いいたします。
#3
○都築参考人 都築でございます。今のお話では、何か私に言えということですか、あまりにばく然としておることで、特別に申し上げることもないと思うのであります。今伺ったところでは、今度できまする法律の中に、エックス線と放射性の落下物でございますか、灰といいますか、そういうものに対する事柄かないというふうなお話でございますが、それは別として、私のふだんやっておりますることから申してみますと、エックス線にいたしましてもあるいはそのほかのアイソトープにいたしましても、あるいは現在問題になっておりまする放射性の落下物にいたしましても、ある分上以上にそれか生体に作すれば障害を起すということは、もちろんもう間違いのないことであります。その際にある程度以上ということは、ごく言葉では簡単に申し上げられますが、しからばそれを数字的に表わして幾らであるかということになりますと、これは個々の場合でいろいろ違いますので、これはなかなかむずかしいことであり、また学問的に見て、それが必ずまだ一定のところにきまっているとも限らないのであります。けれども、大体のところ放射線の物理的性質がきまり、あるいはアイソトープにいたしますと、どのアイソトープであるかということがきまりますれば、大体このくらいなところまでは安全であり、これくらいから以上は安全でなかろうかというふうなことは考えることができるように現在はなっております。そういうふうなところから申しますと、たとえば遺伝学というふうな方面から申しまするならば、放射線というものに関係にいたしてまして、われわれの住んでおります地球の上の自然の放射能に対し、生物はもう長い間適当に順応をいたしまして、現在放射線の影響というものと遺伝学的のいろいろの事項が、一定の平衡状態に達しているというような考え方になっております。従って、その際に自然の放射能の分量以上に人間が作り出しまする放射能によって分量がふえるということは、あまり好ましくない。分量がふえれは、ふえた分量はどんなに少量であっても、生物に対して何らかの影響がある。その影響は、それが害であるか、あるいは利益であるかということは、第二の問題でありまして、とにかく何らかの影響があるということが考えられております。そういう意味でありますから、遺伝学の立場から申しまするならば、もう少しでも人間が放射線を出すようなものを作り出すということは、簡単にいえばいけないと申しますか、もしそれが利益であるとすれば必要になるかもしれませんが、よほど慎重な考慮を要する、こういう問題になると思います。ところが、この放射線あるいは放出性物質をわれわれが人工的に作り出して使います場合を考えてみますと、これが人類全体としての福祉と申しますか、利益と申しますか、そういうことしになるという意味が非常にあります。いわゆる原子力の平和的利用というふうなものもその一場面であろうと思いますが、そういう場合には、ここに一つのバランスと申しますか、兼ね合いと申しますか、人数に非常な利益をもたらすものであれば、場合によっては、ある程度の影響、それが障害であった場合にしても、影響というものがあるところまでは許されるのではないかという考えがありまして、そこに放射線として人間が作り出しまするものの分量に評されるべき分量といいますか、というものがおのずから考えとしてでき上ってくるというので、山来そういうものに対しまして最大許容量というふうな意味の言葉が使われまして、いろいろの数字が出ております。そういうふうなものが現在の考え方であります。結局、一方においてこれだけの利益があるということがわかれば、それに比べて、分量あるいは割合の少い障害というふうなものであれば、どちらかということの兼ね合いを考えた上でやるというふうなことに考えた方が、生物学としては都合がいいのじゃないか、こういうことが考えられるわけであります。なお、ついでに放射線のそういう障害に関しましての生物学的のことについて考えますと、放射線の障害は細胞に影響いたしますが、その際に、生物というものを考えてみますと、放射線の与え方によっては、放射線の作用の間に、その生物として回復ということがありますので、回復ということが適当に行われるならば、ある程度の放射線が与えられても、全体としてはひどい障害か起らぬ、こういうことがいわれるわけであります。それからまた、からだの中のある種類の細胞が障害を受けましても、それに対してほかの細胞がそのかわりになって働く、あるいはそのためにかえって刺激されたような意味で反応性に働くというふうなことがありました場合には、全体としてはそうひどい障害か現われてこないということがありますので、そういう間をうまく縫っていけば、われわれとしては、原子力の平和的利用その他の方面で、こういうふうなものをある程度の分量まで使うことができるんではないかというふうなことが考えられるわけであります。
 いずれ、いろいろ一々の問題について、また何か御質疑によって申し上げることがあるかと思いますが、全体的の考え方として、ちょっとヒントがはずれておったかもしれませんが、私からそれだけのことを一つ申し上げておきたいと思うのであります。
#4
○菅野委員長 次に、松下参考人にお願いします。
#5
○松下参考人 私が今日のこの放射線障害の防止に関する問題について、科学技術振興委員会から、どういう資格において、またどういう理由においてお呼び出しを受けたか私にもはっきりしないわけであります。私は、国際法の方は若干研究しておりましたが、放射線障害については、何らの知識もない者であります。従って、私がここで皆様方の御研究、御審議にお役に立つような参考人になる資格はないと思うわけであります。しかし、何らかの理由でこの賢明な委員会が私をお呼び出しになったのでありますから、はなはだピントがはずれておるかもわかりませんか、私の知っておる、もしくは自分が知っておると思っておることだけを申し上げて、私の責をふさぎたいと思います。
 私は、この問題について直接には全く関係がございませんが、多少なりとも関係があるとしますならば、三月の十五日に岸総理大臣から水爆実験反対の日本国民の感情及び意志を伝えるために英国に行くように、特使としての御指名を受けたわけであります。そこで、三月の末から四月の二十九日まで約一月の間、主としてイギリスでありますが、その他ヨーロッパ各国並びに米国を旅行して参ったわけであります。私のおもな仕事と申しますのは、申すまでもなく、英国政府並びに英国民に対して水爆実験を禁止するように、直ちに禁止ができないとするならば、せめて協定ができるまで延期するようにということを要請し、かつまたそのような希望を実現するのに適当と思われる程度においての世論の喚起ということに努めて参った次第であります。その際に、私の一番障害でありましたのは、二つあります。一つは、何と申しましても、私の回って参りましたところは、非共産圏、普通自由主義陣営と申しておりますが、つまり米ソの対立という現段階において、ソ連の侵略を防ぐ上においては、どうしても水爆実験を政治的に必要とする、こういう立場であります。これについては直接この委員会と関係かないと思いますから、これ以上詳しく申し上げせんが、これが、一つの大きな障害になっておったのであります。第二の障害は、これは多少この委員会と関係があるかも存じませんが、それは、英国においては、大体英国政府のとっております立場は水爆実験によるところの害を全然否認はしておりませんが、非常に少いという考え方を持っておるのであります。御承知のように英国政府で正式に出しておるともの思われますが、メディカル・リサーチ・カウンシル、これは何と訳したらよろしいでしょうか、医学研究協議会とでも訳しましょうか、ここで出版しております放射能の人体に及ぼす害、こういう百数十ページの本ができております。これを、いわば英国政府の公けの、何と申ましょうか、バイブルのようなふうに考えておるわけであります。それで、私が四月一日に英国の国会に行きましたときに、マクミラン首相がバーミューダ会談についての報告を行なっておるのでありますが、そのうちに、やはり原水爆の問題に言及したのであります。ちょうどこのときは放射能の障害について討議か行われておったときでありますから、まずマクミラン首相の報告演説を中心として、政府党と野党との間に、非常に活発な放射能障害並びにそれの防止に関する質疑応答がかわされたのであります。そのとき私の非常に、痛感しましたことは、政府並びに野党いずれの側においても、今申し上げましたこの本並びにその他種々科学的な根拠を基礎として、非常に活発な論議が行われておったのであります。私は科学的な知識が非常に貧弱でありますから、その討議の内容については十分理解ができませんでしたが討議そのもの全体の雰囲気から見まして、いわば机をたたいて大声疾呼するというようなやり方でなく、どこまでも科学に基いた非常にじみな、いわば客観的な論議がかわされておったということに、非常に大きな印象を受けたのであります。それで、大体において私の得た印象では、まず放射能障害がある。従って、水爆実験というものは禁止すべきであるという議論の立て方に、科学的な証明の仕方は、私の印象でははなはだ弱いように思う。むしろ英国政府側が言っておるように、放射能障害というものは、多少はあるが、現在の程度においてはそれほど重大ではないというような立場の方がやや強いように私は感ぜられたのであります。こういったような科学的な根拠を持ったものに対して、われわれの方では、これはむろん国会で議論したわけではありませんが、一般の、いろいろな政府要人なりあるいは政治家その他言論界の方々とお話しする場合に、幸い道家助教授を随行させましたから、道家氏の持っていった資料に基いて、いろいろ科学的に議論したわけであります。先方においても、非常に胸襟を開いてわれわれの資料に目を通し、非常に関心を持ってくれた点は非常にうれしく思いました。しかもなお、われわれとしては放射能の缶というものによって、水爆実験を直ちに中止させなければならないというような結論を出すことができなかったことを、非常に残念に思っておるわけであります。従って、私は今後わが国においては、もっと学者が、一そうこの問題について関心を持っていただき、また国会等においても、一そう国家の機関を近して、この問題についてわれわれか水爆反対運動をする場合の科学的根拠を作っていただきたいということを、非常に強く痛感した次第であります。
 私が本委員会にお呼び出しになって、私に対して何らか御期待があったとすれば、以上のような程度のものじゃないかと思いましたから、私の所感を述べて御参考に供する次第であります。
#6
○菅野委員長 それでは、次に安井参考人にお願いします。
#7
○安井参考人 松下さんも触れられましたが、本委員会は、衆議院の科学技術振興対策特別委員会であり、きょうの主題は放射線障害防止に関する問題となっておりますが、私は二十数年来、国際法、国際政治の研究と教育に従事しておりまして、それが一つの立場であります。この数年来は、原水爆禁止と被爆者救援の国民運動のお世話をしておりまして、これがもう一つの立場であります。きょうは、その二つの立場――国際法、国際政治を研究しているものの立場、それから原水爆禁止、被爆者救援の国民運動をお世話しているという立場、その二つの立場から、できるだけ本委員会の性格と、きょうの主題にお役に立つように努力をいたします。若干のずれがありましたら、それは一つお許しいただかなければならないと思います。
 放射線障害の防止については、私どもは、これからどうするかという未来の問題を、当然に考えるべきであると思います。それと同時に、あるいはその前に、どうしても過去の問題、つまり過去の原爆投下、あるいは過去の原水爆実験によって被害を受けた人たち、簡単に言えば被爆者の問題、これは、やはり考えてみる必要が私はあると思います。率直に申しまして、広島、長崎への原爆投下以来、非常に長い間被爆者は国家から見放された状態で、非常に苦しい生活を続け、あるいはその間にどんどん死んでいったのではないかと思います。私ども国民もまた、それに対する関心は、長い間それほど深くなかったと申せましょう。しかし、あの昭和二十九年三月のビキニ事件の以後、国民運動として原水爆禁止運動が、署名運動から出発して起って参りしました。その中で、昭和三十年八月に広島へ全国の代表と、それから世界の代表が集まりまして、第一回原水爆禁止世界大会を開きましたところ、非常に国民の多くの人々、また世界のある種の人々が、広島の被害の実情を見る機会を得まして、私もその一人なのでありますが、こんなにまでひどかった、こんなふうな悲惨な状態で、被爆者は見捨てられていたのかということが、私どもの胸をつきあげて参りました。やはりここで過去の問題、つまり過去に、原水爆の被害を受けた人人、あるいは放射線障害を受けた人人、そういう人々の問題を取り上げなければならないということに、はっきり気がつきまして、そうして、それから民間の救援運動が発足し、それが国際的救援運動へ発展していったというのが、ここ二、三年来の実情であると申し上げることができます。そして、それはまず、そういう民間運動及び民間の国際運動として発展いたしまして、相当多額の民間資金がこれに投入されましたけれども、私どもの考えましたのは、これはとても民間の手だけではできない。それには限界があるということでありました。過去の放射線障害を受けた人々に対しては、やはり国家的な救援の手が伸べられなければならないのではないか。私どもは今後民間運動を、やめるというのではありませんけれども、民間運動を進めながら、やはりこれについては国家の救援、援護の手を伸べていただく必要がある。またそうでなければ真の救済はできないのではないか、そういうふうに私どもとしては考えております。
 その観点からいたしますと、最近国会の非常な御努力によりまして、原子爆弾被爆者の医療等に関する法律、私どもはこれを簡単に被爆者医療法と申しております。あれが本国会に成立いたしましたことは、これはややおそきに失したとはいえ、非常にけっこうなことであったと思います。ここに初めて今までの民間運動あるいは国際的な民間運動で取り上げられて参りました過去の原爆被害者、放射線障害者に対する救援、援護の手が初めて国家的に伸べられたということになるわけなのでありまして、被害者の間からも、この点については、国会の御努力に対して非常な感謝の声がわき上っております。私どもまたこの民間運動を進めて参りました者としても、本国会における被爆者医療法の成立は、画期的な問題として、非常な感謝を持っておるのであります。しかしこの委員会においては、さらにその点について私の意見を率直に述べる必要があると思います。参考人としてはそういたす必要があると私は考えるのであります。
 それに入ります前に、その法律において明らかにされました一点は、ここであらためて指摘しておく必要があると思います。その法律の中で、被爆者の定義を下しているわけであります。その被爆者の定義の中で、原爆投下の二週間内に爆心地より二キロ以内の地域にあった者は、やはり被爆者に入るということが書いてあるわけであります。被爆後爆心地付近に入ったり、三キロ内のところを通過して、第二次放射能を受けた者がこれに該当すると書いてあります。申すまでもなく、広島では八月二十日、長崎では八月二十三日、つまり原爆投下から二週間以内、そういう地域に入った者、そうして第二次放射線の障害を受けた者、これが被爆者になるという事実、これは単に原爆投下のときに、その広島、長崎にいたというだけではなくて、その後二週間以内にその地域に入った者も第二次放射能を受ける可能性がある、そうして今回の医療法においてはっきりそれを取り上げたという事実、それが普遍に考えられている被爆老の範囲よりさらに広い範囲において、われわれは被爆者の問題を考えなければならないという国会の慎重審議によるこの被爆医療法によって明らかにされたことであります。この点もまた、いまだ国民の間で広く認識されていないようでありますけれども、被爆の問題はそれほどのものであるということを、この医療法成立の機会に、私たちはもっともっと国民及び全世界に知らせる必要かあるのじゃないかと思います。これはすなわち第二次放射線の問題なのでありまして、ここに私はきわめて深刻な問題がある。もし将来原爆投下等が行われたならば、そのときに死滅する者、それから起るところの第二次放射能の問題、それもきわめて深刻である。それからすでに広島、長崎でのわれわれの悲痛な実験の中で、今度国会を通過した被爆者医療法の中で、こういうふうに取り上げられたということを、私はここで指摘しておく必要があると思うのでありまして、そういう形で非常に重要な被爆者医療法がここに成立いたしましたが、これについて被爆者の間からは非常な感謝とともに、またこれに対する要望がすでに浮び上っているのであります。その一つは、すなわち、この被爆者の医療法をぜひ被爆者援護法へ発展していただきたい、そういう声なのであります。と申しますのは、私ども広島、長崎の実情をつぶさに数回にわたって実地調査いたしました者にとっては、すでに明らかなことなのでありますが、この放射能障害を受けた人々であって、しかもその人々の間には、病院があっても、そこの病院へ入れないという人々がいるわけなのであります。なぜかと申しますと、それらの人々は、この被爆、あるいはその後における経済的な決定的な障害を受けておりますがゆえに、そうしてある者は家族をかかえておりますがゆえに、たとい病院が手をあけて待っていて下さっても、その経済生活の苦痛からその治療を受け得ない、そういう実情の者が広島、長崎に少くないのであります。それは私どもが広島、長崎をたずねまして、あの繁華街を見るだけでなく、言葉は少し悪いかもしれませんが、ほんとうに苦しい方々の住んでいられるところの部落、そこへ入りましたときに、これは一目瞭然になるわけなのであります。それらの人々は日々の生活に追われるがゆえに、かりに医療法が成立し、病院がありましても、そこで安んじて医療を受けることかできないという生活状態に置かれているわけであります。その悲痛な状態の中から医療法の成立に対する非常な感謝の言葉を述べつつも、被爆者の間からは、どうか被爆者の援護法までこれを発展していただきたい、被爆者がその苦痛な経済生活の中で、安んじて医療の受けられるような生活状態に置いていただきたいというのが被爆者の声でありますので、この放射線障害の問題について、私はそういう被爆者の声をお伝えする一つの責任を感じるわけなのであります、
 もう一つは、単に資料を普通の形においてするというだけではなくして、被爆者の悲痛な声は、ぜひ根本治療の研究をしていただきたいということなのであります。単に多少の普通の手当をお受けするだけでなく、一体放射線障害というものは、根本的治療が可能のなかどうか、そういう点についての徹底的な研究をしていただきたいという声が上っているわけでありまして、簡単に言えば、根本的治療の研究について、今すでに都築博士その他日本のすばらしい医学名たちに、あるいは世界的にもこの動きが大きくあると存じますけれども、その被爆者の声は、もっと大きな意味において、国内的及び国際的な根本治療の研究機関を作るよう、その点について日本政府あるいは日本国会がもっともっと大きな努力をしていただけないか、そういう声が実は上っているわけなのであります。あの生命の不安におののく被爆者の生活から見ますと、私はこれは当然の声ではないかと思っておるのであります。しかし、これはよほどの大きな組織を持っていたしませんと、個々の良心的な医学者が取り組んで下さるというだけでは、私は困難ではないかと考えており、よす。ここにはやはり国家的のみならず、国際的な手が差し伸べられなければならないわけなのであります。そういうふうに考えますと、私はここにおいて過去の被爆者、過去の放射線障害者の問題と、われわれは現在以上にもっと真剣に取り組む必要があるのではないか、そしてその点については、医療法の成立は、わが国において一つの時期を画するものであった、これをさらに被爆者援護法へ発展させる必要があるのではないか、さらに突っ込んで、国家的及び国際的な根本治療研究機関を設立する方向へもっともっと積極的努力をすべきではないか、そういう点を私はここではっきりと参考人として意見を述べ、また要望したいと思うのであります。
 それらに関連して、この点を結ぶ私の言葉として申したいことは、私はこの放射線障害防止の問題については、どうか国会においても被爆者の声をもっと聞いていただきたいということであります。被爆者は、先ほど来申しますように、約十年、国家から打ち捨てられておりました。今やそれに対して民間から、あるいは政府から若干の救援の手が差し伸べられてきたわけでありますけれども、今後この放射線障害の防止の問題を推進いたします場合には、この問題を身をもって体験し、十数年苦痛の生活を送ってきたところの被爆者の声を、もっともっと聞いていただきたいということを私はここで要望したいと思います。それを具体的に申せば、今度国会で成立させていただいた被爆者医療法の中に、被爆者医療審議会という機関があることは御承知の通りであります。その被爆者医療審議会に被爆者代表を入れるというふうなことも、具体的に考えていただいていいのではないか。せっかく成立した被爆者医療法がなめらかに運営されるためには、私はその被爆者医療審議会に被爆者の代表を入れるというふうな思い切った措置を、やはり国会及び政府が考えていただく必要があると思います。そうしたときに、初めて私は今度のような経過をたどって成立いたしました被爆者医療法、そういうものが俗に申しますところの仏作って、魂入れずということにならないで済むことになるのではないかと思うのであります。第一点として私の申し上げたかったことは、われわれが放射線障害の防止の問題を考える場合に、過去の放射線障害者の存在を忘れてはならない、それの実情をよく考え、そして今やようやく被爆者医療法等においてその点が進行し始めて、もっともっと大がかりに、もっともっと根本的にこれと取り組む必要が、国家的にも国際的にもあるのではないか、そして簡単なことを言えば、被爆者の医療審議会に被爆者代表を入れるというような、そういうあたたかい措置をとるくらいのところまで進んでいいのではないか、それがこの点に関する私の意見であります。
  次に、松下さんも非常に、外国から帰られて以来述べられております科学的データの整備ということにつきましては、私の立場からも非常な必要を感じております。たとえば、アメリカの原子力委員会のリビー博士からいわゆるリビー報告書というものがこの間出ますと、直ちに全国から私のところへあのリビー報告が正しいのか正しくないのか。それに関する政治的批判ではなくして、科学的批判をはっきり日本において出す必要があるのではないかという声が全国民の間からわき上って参りました。それほど国民はやはりこういう問題の一つ一つにすでに直接の反応を示すような段階にきておると私どもは考えます。また、さらに外国から私どものところへ、三年前とは違って、毎日といっていいほどいろいろ希望要要望等が寄せられて参ります。その点で、外国から寄せられますところの大きな希望は、日本の科学者あるいは日本の医学者の間から、この放射線障害の問題に関する真に権威のある報告書、それはときには大部の学術報告書の形をもって、ときには大衆の理解し得るようなパンフレットの形をもって出してもらえないかという要望が、外国から私どものところへもたびたび参ります。このように考えて参りますと、松下さんの御指摘もありましたが、私たちの立場からいっても、今や被災国としての立場にある日本、そうして世界に原水爆禁止を訴えておる日本、そこに精密な科学的データを集約をいたしまして、あるいは膨大な科学的報告の形をもって、あるいは大衆の理解し得るハンディーな。パンフレットの形をもって、世界に出す必要があると思います。そうして、この点についてはすでに原子物理学者あるいは科学老の個々の形においていろいろな努力がなされ、多少組織的にもそれは進行しておると思いますが、私が今日、本委員会において、要望したいと思いますことは、科学技術振興の一つの大きなお仕事として、そういう点を国家的に推進し、国家的にまとめていただくような御努力を願えないかということであります。もちろん、国家的にという場合には、政治的な角度から科学的データを作れということは、絶対いたしません。科学的データはあくまで科学的客観性を持たなければならないのであります。親しい科学者の告白を聞きますと、やはり研究費その他において非常な苦労をしながら、今この点の科学的データの整理あるいは研究等に当っておられるのが実情のように私は聞いております。そこで私は、科学者が真に客観的なデータを集約し、そうしてあらゆる外国語にそれを翻訳して外国へ発表されるように、そういう経済的措置あるいは組織の問題について、政府あるいは国会において、この段階において、もっと努力していただく必要があるのではないか、われわれ民衆運動、国民運動のお世話をするものも、その立場からできるだけの努力はいたしますけれども、この点については、やはり政府あるいは国会のそのような一段の積極的な努力が必要ではないかと私は痛感しておりますので、その点について、科学技術振興対策特別委員会において特別の御配慮がいただけたら、私は非常に幸いであると思います。これが私の申したい第二点であります。
 次に、第三点といたしましては、ややこの特別委員会とずれますけれども、私はやはり国際法との関係に一言触れることを許していただきたいと思うのであります。私は、放射線障害の防止に関する問題は、今申しました過去の障害者に対する救援援護の問題から出発いたしまして、それの防止を根本的にするのにはどうしたらいいかという方向に、これからいよいよ進むべきであると考えております。それについては、まず科学的データを整理し、科学的にどうであるかということをはっきりしなければならないと考えております。私の意見を率直に述べることを許していただくならば、私はいろいろな医学的な対策が講ぜられましても、この放射線障害の防止に関する根本点は、やはり原水爆実験をやめさせるというところに帰着してくるのではないかと私は考えているわけなのであります。
 そこで、まず問題になって参りますのが国際法の問題であります。まず私は、実験について、現在の国際法上実験が許されるのかどうかをやはりこの段階でもう一度しっかりと考えてみる必要があると思います。この点につきましては、私はすでに衆議院の外務委員会、あるいは参議院の外務委員会その他においてたびたび意見を述べており、またカルカッタにおけるアジア法律会議等においても意見を述べておりますが、現在の差し迫った段階において、もう一度私はこの問題とはっきり取り組む必要があるのじゃないかと思っております。簡単に要約いたしますと、私は実験については、国際法上三つの問題点があると思っております。
 第一は公海の自由であります。クリスマス島の実験について、さきのビキニ実験について、公海の大きな範囲にこれが危険を及ぼすということは、すでに明らかになっておりまして、最近はクリスマス島実験について、直接には高知の漁民たちがこれによって決定的な打撃をこうむりつつあるわけなのであります。と申しますのは、さきに高知の漁民たちは、大体百トンくらいの船でビキニ海域へ出漁いたしましてマグロをとっておりました。ところが数回あるいは十数回のビキニ実験によって、ビキニ海域におけるマグロ漁業はほとんど不可能となったのであります。そこで、やむを得ず高知の漁民たちは大へんな経済的打撃を受けて、百トン級の船を捨てて、二百トン級の船を非常な苦痛のうちに作りまして、そうしてクリスマス島付近へ乗り出したということになったわけなのであります。イギリス政府は、あんなところは日本の伝統的な漁場ではないというようなことを申しておりますけれども、それは今言ったようないきさつから出てきたということを私はここで指摘する必要があると思います。もし、今度クリスマス島が第二の原水爆実験地になって、クリスマス鳥漁場が再びビキニ漁場に次いで壊滅すれば、今度は二百トン級の漁船ではない、五百トン級の漁船が必要となってくるのであります。そういたしますと、中小の漁業者はここにおいて壊滅するということになります。そういう点を考えてみますと、公海の自由ということは単なる国際法学者の議論ではなくて、そのような漁民の死活問題と結びついた問題であるということを指摘する責任がある、そのように考えておるのでありまして、高知から遂に抗議船を出すというような動きが出ておりますことも、いわば単なる特攻隊的な動きではなくて、実はその背後に今言ったような漁民の非常に痛切なる利害関係がひそんでおるということを私たちは考えなければならない。そのような打撃を他国の漁業に与えることが、国際法上一体許されるのかどうかということを考えてみましたときに、私は現在の国際法においても、そのように他国の漁業に深刻な打撃を与えるところの原水爆実験を、公海に大きく影響を与えるような範囲において行うことは、これは国際法違反であると考えております。
 その次に、信託統治の問題が一つの問題点になるわけであります。マーシャル群島は、信託統治地域であります。住民の利益をはかるために国連から信託された統治地域を、原水爆実験地として使用することは国際法上計されるかどうか、私は許されないと考えておりますが、きょうは簡単にとめます。
 その次に、きょうの主題と関係して決定的な意味を打つところの国際法上の第三の問題点は、私はそれこそ大気の汚染の問題であると思います。かりに公海自由の問題、信託統治の問題をカッコの中に入れましても、大気汚染の問題について、ソ連実験の問題をも含めて、われわれは国際法上これが合法かどうかを判定しなければならない、一つの重要な問題として取り上げなければならないと思っておるわけであります。簡単に申しますと、私はこれほどまで他国民の生活に決定的な障害を与えるような大気の汚染を伴う原水爆実験は、それがかりに自国領域内で行われ、公海の自由を妨げない場合においても、大気の汚染を通ずる他国民生活への障害という点から見て、国際法上許されないのではないか、私はそういう意味で問題点を提起したいと思うのであります。
 以上は、実験問題について、公海自由、信託統治、大気汚染の三点から、現行国際法上も非常に問題があるということを指摘したわけなのであります。
 さらに、原水爆の使用については、これはもう戦時国際法の歴史と基本精神から見まして、現在においても私は問題があると思っております。戦時国際法は、今まで、人体に無用の苦痛を与えないということを基本精神として、その歴史は約百年発展して参りました。その中では、たとえば科学兵器を使うとか、バクテリアを使用する、毒ガスを使用する、こういうものが次々に国際法上禁止されてきたのが戦時国際法の歴史であり、基本精神であります。そういう点から見て、原水爆の使用ということが戦時においても許されるかどうか、これは非常に問題になる点であると思います。私は少くとも国際法の歴史から見て、戦時国際法の基本精神に反するという点は、現行国際法の立場から見ても断定できると考えております。さらに第三次世界戦争後においては、御承知のように、集団殺害の防止に関する条約が国連において成立したというようなこともありますので、そのような新しい国際法の発展の立場から見ても、私は決定的な問題点があると考えているわけであります。
 以上のように考えて参りますと、現行国際法の立場からも、原水爆実験あるいは原水爆使用ということが、手放しで許されるのだという一部の国際法学者の学説には、私は必ずしも直ちには同意し得ないのであります。この点は、本委員会の性格とややずれますけれども、国会においてもう一度真剣に考えていただく必要があるのではないかと思います。
 それではどうすればいいか。一つの問題は、国際司法裁判所に提訴する、あるいは国際司法裁判所の意見を求めるということであろうと思います。私は両方ともそれぞれの意味において価値があり、けっこうであると思います。しかし、これにはいろいろな困難があり、時間的な問題があると思いますので、私は国際司法裁判所への提訴、あるいは国際司法裁判所の意見を求めるという点を、政府及び国会において考えていただくと同時に、もう少し簡単な方法においては、日本政府が被災国の政府として、あるいは日本の国会が被災国民を代表する立場おいて、世界の国際法学者の意見を聞くというふうな方法は、国際司法裁判所の意見を求める以上にもっと簡単にできることではないかと思います。世界の国際法学者の中にも、良心と良識を持つ出てこの問題と取り組んでおる人があるのであります。たとえば、アメリカのマーゴリス博士のごときは、はっきりと私が指摘いたしました三点から原水爆実験は違法であるという学問的断定を下し、そうしてアメリカ政府に対してきびしい警告をすでに論文の形をもってしておるのであります。そういう良心的な学者は、世界に少くないと思います。そういう意見を求めるについて、われわれ国際法学会においても努力いたしますが、政府や国会においてもなお努力していただく必要かあるのではないか。国際司法裁判所の問題と並んで――国際司法裁判所の問題を否定するのではなく、国際司法裁判所の問題と並んで、私はそういう点についても国会において真剣にお考えいただきたいということをきょうの機会に要望したいと思います。
 最後に、さらに突き詰めて参りますと、この問題は、結局国際政治の問題に帰着すると考えているわけであります。日本国民が営々として進めて参りました運動も、署名集めの段階から国内段階を通り越しまして、今やはっきりと国際政治の段階に入ったかと思っておるのであります。ここにおいて、本委員会の範囲をそれると思いますが、私は、国会において一そうの御努力を願いたいということを、国民運動の立場から、要望したいと思うのであります。この場合においては、日本政府の態度を非常にすっきりしていただくところの必要があるのではないかと思います。率直に申しまして、たとえば、登録制の問題に触れてくるだろうと思います。私はこの点について、岸首相、石田官房長官ともお会いいたしまして、岸首相及び石田官房長官のこの点に関するお考え方は十分承知いたしております。私もまた、将来の完全な原水爆禁止に至るところの第一段階として、登録制が現在のきびしい国際政治の場において一つの意味を持っておるということは、必ずしも否定はいたしません。しかし、次の二点について私の意見を述べることを許していただきたいと思います。それは、私はあの登録制を日本の国連代表が国連に持ち出す場合において、やや準備が足りなかったのじゃないかという点なのであります。日本の国連加盟の直後、あの問題は突如として出され、あの措置が一体どういうわけであったのか、国民はそれについていろいろな疑問を持っております。政府としては、あのような突如とした形で登録制を出された問題について、もう少し懇切丁寧な説明をしていただく必要があるのじゃないか。これが一点であります。
 次に第二点は、登録制の問題につきまして、私は被災国日本からは、登録制という問題を出さない方がいいのではないかと考えております。他の国、たとえばカナダその他が出すことは、私は考えられると思います。しかし、被災国日本が、登録制の問題でなくて、もっと徹底した原水爆禁止の問題を世界に強く主張した場合、日本政府あるいは日本国民の態度は一貫することになるのではないか。たとえばインドから、非常に深刻な問い合せが私にも来ております。日本政府あるいは日本国民か登録という場合、インドは非常に困難に直面する、日本国民及び日本政府は、やはり端的に原水爆実験禁止そのものを一貫して訴えるという立場をとってもらえないか、日本政府ないし日本国民か登録制ということは、現実政治のいろいろな配慮はわかるとしても、それは世界の原水爆禁止への動向を非常に混乱させ、マイナスの機能を国際政治の場で果すのではないか。そういう声は、インドからだけではなく、ほかからも来ております。そういう意味で、私は政府のいろいろな苦労をよく了解しつつも、やはりこの問題は、ある段階に入れば政府としてははっきり処理をされ、私どもの希望では原水爆実験禁止の方向へ踏み切っていただくことが、国際政治的に見て必要ではなかろうか、そういうふうに私は考えるわけであります。そうすると、問題は必然に実験禁止協定の問題に入ってくるわけでありまして、私も国際法及び国際政治を専攻する者といたしまして、今日この問題をめくって原水爆保有国の間に、特に米ソの間にいかなる政治的障害があるかは十分に承知しております。しかし、日本の立場としては、そういう困難があることを知りながら、そこにおいてアメリカ、イギリス、ソ連の三国の間に、一日も早く実験禁止協定ができるような一切の努力をなすべきであると私どもは考えるわけでありまして、それは日本政府が非常にすっきりとした実験禁止協定促進の態度に踏み切ると同時に、一切の国際政治の場における総合的な努力を要求するという方向へ行かなければならないと思います。一つは先ほど申したインド――インドは御承知のような態度をとって、ネール首相を先頭に、この問題について努力しております。今度岸内閣総理大臣がインドへ行かれます場合、ぜひその点について、日本とインドの共同の努力がなされるような、非常に建設的な取りきめをしていただけないか、そういうふうに私は考えるわけであります。インドだけを私は申すのではありません。日本に近いアジア、アラブの諸国と日本が共同の努力をすることが、非常に有力ではなかろうかと思います。またもう一つは、国連の場においても、この努力がもっともっと実験禁止協定というポイントにしぼってなさるべきではなかろうかと私は考えておるわけなのであります。さらにもう一つ、国会に直接関係するところでは、この問題について、すでに日本国会においては原水爆実験禁止要望決議がなされているわけでありますが、この点について各国の国会の共同の努力がなされないであろうか。国民の一部には、それに対する非常な要望が実は出ているわけなのであります。時間がすでに経過いたしましたので私は簡単にいたしますが、あらゆる国際政治の場において、実験禁止協定の実現に向っての努力を集中すべき時期ではないか、それこそ放射線障害の防止に関する完全な措置ではないかというふうに、その点を私はきょうの問題との関係において結びつけて、意見を申したいと思ったわけなのであります。
 最初にお断わりいたしましたように、私の立場は国際法と国際政治を研究するという立場、もう一つは、原水爆禁止と被爆者救援の運動のお世話をしておる立場であります。あるいは本委員会の性格、あるいは本日の主題と多少ずれた点があるかと思いますが、その点はお許しいただきたいと思います。少し長くなったことを、委員長初め委員の各位にお詫びを申し上げます。
#8
○菅野委員長 以上をもちまして、参考人各位の御陳述は終りました。
 通告に従いまして質疑を許します。岡良一君。
#9
○岡委員 参考人の皆さんからいろいろ御意見を承わりました。われわれの委員会といたしましても、それぞれ科学技術とは直接に関係のないお方をお招きをいたしておるのでありますけれども、しかし、松下先生にいたしましても、先般英米等に水爆実験の禁止方申し入れのための御旅行の率直な御感想として、日本はやはり反対のための科学的なデータを整備する必要があろうということを申しておられますし、また安井先生にいたしましても、国際法上この問題を取り上げるといたしましても、やはり日本が日本独自の立場から、科学的な資料を十分に整備するということが重要な素材となろうかと存じます。都築先生は、日本を代表して国連の科学委員会に御出席になり、特にストロンチウム九〇なりセシウム一三七の問題が、委員会でも当面の大きな問題として取り上げられておりますので、それらの点を考慮いたしまして、三先生からとくと率直な御意見を承わって、委員会といたしましても、必要とあれば政府を鞭撻をして、日本の努力によって、科学者のお力添えによって科学的なデータを十分に整備するための必要なる措置を講ずべきであろう、こういうふうな念願もありまして、御出席をいただいたのであります。
 そこで、都築先生にお尋ねをいたしたいのであります。先生のお話を承わっておりまして、率直のところ、私どもまだはっきりと納得をいたしかねておるのであります。私は現在、原水爆実験禁止の問題が世界の科学者の良心によって訴えられておるという事実は、いなむべくもないと存じます。すでに四月十二日には、西独十八名の科学者、中にはオットー・ハーン博士のようなノーベル賞受賞級の四名の専門的な権威をも含めたこれらの科学者の諸君が、ゲッチンゲン宣言を発しておることは御存じの通りであります。その中では、もはや今日実用化されておる小型原子兵器の戦術兵器と呼ばれるものもすでに広島に爆発したところのあの古い原子爆弾の破壊力を上回るであろう、従って、西独の科学者はこのようなものの生産には協力しないのであるということを明確に言い、このことが、昨年暮れの西ドイツのシュトラウス国防相の、原子力装備を中心と目するドイツの国防計画に対して、大きな変革を余儀なくしょうというような段階になっておることは、御存じの通りであります。これに引き続きまして、先般も、モスクワ総合原子核研究所に集まっておる共産圏の著名な科学者が、連名でもって、全く符節を合致したように、今日における戦術兵器としての小型の原子兵器は、広島に炸裂をしたあの原子爆弾の破壊力を上回るであろうということを申しておる。また、きょうの新聞を見ますれば、日本の科学者二十五名が連署をもって、このゲッチンゲン宣言を支持するという決定をいたしておるのであります。
 こういうようなわけで、世界の著名な、特に専門的な権威ある科学者の諸君が一致して、原水爆の実験、ひいては製造、使用等をも禁止すべきであるという立場に立っておるという事態は、私は世界の歴史の上においても、特筆すべき大きな現象だろうと思います。もはや平和の問題が、単なる人道主義の問題としてとらえられておるのではなく、真理を探求する科学者の良心の問題として切実にとらえられておるというところに、今日における国際情勢の重大な危機があろうと思うのであります。
 こういうような観点から考えまして、国連の科学委員会会が、ただ調査のデータの細目についてとかくの論議をかわしながら、結局において大国の政治的な意図のままに引きずられていこうとするのではないのであろうか、そういうようなことであったのでは、せっかくの都築先生の良心が無に帰する心配があるのではなかろうかということを実は私は案じておるのでありますが、この点について先生の率直なる御意見を承わりたいと存じます。
#10
○都築参考人 それでは、私からお答え申します。先ほどは、委員長から、放射線障害防止法に関するいろいろの審議をするについての参考意見というふうなお話がございましたので、先ほどのようなことを申しましたが、これを全く立場を変えて、今、問題になっております原水爆の問題ということになりますと、私の考えもだいぶん変ってくることになります。今お話のありました国連の科学委員会というものは、いろいろの問題を取り上げておりますけれども、結局一番重要な問題は、原水爆の使用を目的とした実験、研究を全部含めるわけでありますが、そういうことが人類に対してどういう影響を与えるかということに目標を置くべきではないかと思います。そういう見地から申しますと、一応は国連の科学委員会は来年の七月一日までに報告を出すことになっております。純学問的の立場から申しますならば、現在日本だけが学問的の資料が不足であって、ほかの国は十分持っておるかのごとき印象を一部の方には与えておるかのようでありますが、私から率直に申しますと、これは世界的にどの国の資料も絶対的に不足であります。来年の七月までに、この問題について科学的の完全な根拠をもって、一応の結論的の報告を出すということは不可能であります。学問というものは、どんなにいたしましてもある日数を要しますので、いついつまでにこれまでのものを仕上げてくれとおっしゃいましても、それはできるかできないかやってみなければわからぬということになりますので、大体のこれまでの経験から申しますと、来年の七月までにということは無理だろうと思います。と申しますのは、これは学者がなまけているわけではなく、現在刻々に変化しつつある状態を検査しているということでありますので、ある期間経過して、その変化の推移をながめた上でなければ、将来の予想もできないということになりますので、その点が非常に困難であり、ごく神経質に言えば不可能である、こういうことも言えると思うのであります。けれども、一方において、この原水爆の問題は非常に差し迫っておりますので、やはり不完全な資料のもとにおいても、一応の考えをまとめなければならないということは、国連の科学委員会に属しておりますメンバーが全部考えておることでありまして、その点につきましては、松下総長も、ジュネーヴで、私と一緒に、この科学委員会の今期の議長をしましたべルジュームのバック教授にお会いしましたときに、そういう印象をお受け取りになったと思います。そういう意味から申しまして、世界各国も一これに関連いたします国々は特にそうでありますが、この点について、間に合わないかもしれないが、できるだけの努力をしてみよう、こういう考えを持っておるようであります。ただいま岡委員の方から、不足な科学的資料をもって無理に意見をまとめるということをするような場合には、そこに何か政治的の圧力が加わるのではないかというふうな御心配がありまして、この点は、この前ここに伺いましたときにも、国連の科学委員会の中で政治的の圧力というものを感じないかというお話がありまして、私、意見を申し上げました。それをもう一度簡単に繰り返して申しますと、政治的の圧力は感じないけれども、もし日本から提出されておる学問的の資料が、ほかの国から出ておる資料に比べて数的あるいは質的に見劣りがするという場合には、学問的な圧力は感ずるということを申し上げました。それは考え方によりましたら、政治的な圧力とも解釈できるかとも思いますが、そういう意味において、私どもは苦労をしたこともございます。けれども、この前からいろいろ各方面の御援助をいただきまして、政府の方からもいろいろ御援助をいただきまして、曲りなりにも相当の資料を作ることができまして、この間の四月の会には大体それがようやく間に合ったような次第であります。そういう意味から申しますと、今度の四月の科学委員会では、大体世界の八十何カ国の中で資料を出しましたのは二十何カ国でありますが、そのうちこれは十分間に合うであろうという程度以上の資料を出しました国が五つばかりございます。その五つのうちに日本も入っておりますということは、私としても非常にけっこうなことだと思うのであります。現状から言って、その五つの国の第一位に日本がなるということはちょっとむずかしいかとも思いますが、とにかく世界の八十の中の五つの中に日本が入っておるということは一けっこうなことだと思います。そういう意味から言って、いわゆる純と申しますか、狭い意味と申しますか、での政治的圧力というものはない。その一例を申しますと、今度の会でも来年の七月一日までに出します報告、これを英語でフアイナル・レポートと申しております。日本語に翻訳いたしますと、最終報告というふうな格好になりますが、そうなりますと、皆さんが心配される、不十分な資料で、大国の都合のいいように、勝手な報告を出してしまって、あとでそれを変えられないという最終的なものであれば困る、こういう御心配も各方面にあるようでありますが、それはそういうようなことではなく、ひとまず中間的の報告を取りまとめようという意味だと私たちは承知しておるのであります。その際に、ある国からただ学問的に集め得た資料について、数字その他を並べて報告すればいいじゃないか、こういう話もあります。それに対して私も意見を申しましたが、ほかからも意見がありました。国連の総会に出す報告でありますので、それでは国連の総会としてはおわかりにくかろう。それからまたそれをいろいろな国連としてのほかのお仕事にお使いになるのに御不便であろう。何らかそこに学問的な解釈をつけなければいけない。私は、英語でサイエンティフィック・インタープリテーションという言葉を使いましたが、学問的の解釈といいますか、考察を加えなければならぬ。インドの代表は、それに対してサイエンティフィック・ディスカッションという言葉を使いまして、学問的の討議をした結果を意見として出すべきではないかということになりまして、それに多くの国の人が賛成をいたしまして、そういう意味から一つ出そうではないか。学問的の論文のような形を持つような報告であっても、そこに考察あるいは討議というふうな形での意見を取りまとめるということは必要であるということになりましたので、どういうことになりますかということについては、私ども今ここで申し上げるわけにいかないのでありますが、その草案は今各国の代表がそれぞれ手分けして作っておりますので、今年の十一月ごろになりませんと、大体の体長、内容なんかはわかりませんが、そういう意味でいくのではないか、こういうふうに大体今のところは考えておりますので、今、御心配になっております点は、そのまま御心配のままで実現するということはないのではないかというふうに考えております。
#11
○岡委員 重大な問題ですから、外務なり運輸なり大蔵関係各機関の担当の責任者の御出席をぜひ督励してもらいたいと思います。
 それでは先生、先般、松下特使に御同行なされた道家助教授が英国で発表されておるストロンチウムの問題について、私は具体的に申し上げますが、御発表を見ますと、すでにストロンチウムについてもかなり具体的な数値をあげての御発表があるわけです。その要点を申しますれば、実験が直ちにやめられても、蓄積しているストロンチウム九〇の平均蓄積量は、一般人に対する最大許容量を越える。さらに実験が現在の規模で続けられると、ストロンチウム九〇の蓄積は、職業人の最大許容量を突破するであろう。従って原水爆実験はすでに人類の安全限度に達したと考えなければならない、こういう結論になっております。ところが大体これに同調したような所論が、当の英国で、しかもタイムズの四月一日の論説に載っておるわけです。大気内のストロンチウム九〇の測定は一九五五年ニューヨークのコロンビア大学によって行われたが、現在の濃度は生命または生殖に危険を及ぼすことはない。最大許容度の八十分の一にすぎなかった。その後の測定によると、一九五六年までの核爆発により、一九七〇年には、人骨内における世界平均のストロンチウム九〇の濃度は、英国医学評議会最大許容度の約八分の一に達するであろう。もちろん結論は非常に違いますけれども、こういうふうに数値をあげて発表いたしておるわけです。そこで今度わが方では、先般この委員会でも、このままの調子で水爆実験が続けられるとすれば、十年を待たずして日本人の骨内に蓄積せられるストロンチウム九〇は、おそらく危険の許容度を越えるであろう、こういう御趣旨の先生の御発言もありました。こういうような形で、かなり数字をあげて、具体的に危険の度が指示されようとしつつあるわけであります。今般の科学委員会においては、これらの数字についての決定とまでは行かなくとも、論議の過程において、大勢はストロンチウム九〇の危険についてどのような御論議が進められて参ったのでありましょうか。その点をお伺いいたしたいと思います。
#12
○都築参考人 それではお答えいたします。問題は、現状はわかっておる。つまりストロンチウムが現在地球の表面に、どのくらいたまっておるかということは、はっきりした数字がわかっておる。それが今後何年かたったならばどうなるであろうか、こういう問題に結局第一段としてなるわけであります。それにつきましては、将来の予想というものに対して、今度の科学委員会で数字をあげて、予想に関する意見を発表いたしました国は、日本とスエーデンの二つであります。スエーデンは、主として外部照射というものについての推定を発表いたしました。これは推定のことでありますから、いろいろな前提を置きますから、確実な数字はなかなか出し得ない。かりにここに百という数字を出しましても、それは五十から二百とか三百くらいまでの範囲を動き得る数字でありますので、スエーデンの発表にも五〇%くらいな動きは考えなければいけないということがつけ加えてあります。それからもう一つの日本から出しました報告は、主として東大の檜山教授のグループがやりましたことからの推定でありますが、これは主としてからだの中に入りました場合のことで、ストロンチウム九〇その他が骨の中にたまった場合にどうであるかというふうな問題についての推定であります。これは大体十年とか二十年とかいう年月を経ますると、先ほどおっしゃったような相当危険な憂慮すべき分量まで到達するであろうというような推定であります。ところが、これはなまけておったわけではございませんが、両国とも結局昨年の十月から始めたことなんであります。十月の会議が十一月の二日に終りまして、われわれ帰って参りましてから十一月の半ばころから始めたことでありまして、なかなか間に合わないということで、辛うじて間に合って、印刷物をこしらえて、政府の手で送ったのでありますが、両国の報告ともニューヨークの本部には着いたのでありますが、それを会合いたしまするジュネーヴには来なかった。それで大騒ぎしまして、電報を打つやら電話をかけるやらして、やっと一部分のものを取り寄せて、ほんの一部分の方に配付して、中では二、三人で首をひっつけてそれをながめるというふうにして、一応の両国の説明が済んだのでありますが、事柄は、いろいろな仮定を置いて、考え方も少し複雑しておりますので、すくその場で聞いて、そうかといってわかるわけにもいかない問題でありますので、結局はそれを持ち帰る、――というよりは、あとから送ってもらってということに実はなるのですが、そうしてよく研究してみて、一つこの次にはできるなら各国とも将来の推定をやってみようじゃないか、こういうところまでいきました。従って、そういう意味から申しますと、各国とも将来の推定ということに対して相当の関心を持っておるということは言えるのであります。今お尋ねになりましたような、どういう数字的のものがどのものかということは、なかなか議論までいかなかったわけであります。
 ところで、これまでお話ししておりましたことは、いわば純物理的の問題なんであります。物理学者の問題でありますが、これを一面今度は生物学者の立場から考えてみますと、生物学的の影響は、今度の十一月に開かれる予定になっておりまする会で、一つ十分話し合ってみようじゃないかということになっておるのでありますが、これまで各方面で数値を上げて、いろいろ危険であるとか、またいやそうではないとか、あるいは安全であるとかいうことをいわれております数字は、いずれも平均値なんであります。たとえば骨の中に幾らあるといわれましても、多数の人間のうち、場合によっては違ったところの骨、ある人は肋骨をとり、ある人は背骨をとり、ある人は大腿骨をとるというふうにしてはかって、その数字を平均して幾ら、だからどうだということなんですが、生物学の立場から申しますと、それではもう絶対に私は議論にならないのだと思う。人間というものは、ことに生物一般としてみんな個人性かありますから、それはみな違うのです。従って、もし平均値というものが安全率ぎりぎりのところまでいくか、あるいは安全率の十分の一の程度にまでいったならば、個人差というものを考えれば、その平均で低くなったその一番高い最大の分量を持っている人について考えれば、もう安全率はとっくに通り越しているということが考えられ得るのではないかと思う。それは骨の場合については、まだ資料がそうたくさん――今、世界で六百か七百くらいの資料でありましょうが、地球の表面についての資料はもうたくさんありますが、それをながめてみましても、非常に違うのであります。それをかりに数字的に平均してみると、これだけの数が出ておるということをおっしゃいますが、これは生物学の立場からいえば、そういう場合には平均値うといものは一応は目安になりますけれども、個人の立場を考えてみますと、要するに個人的に一番多い分量、一番少い分量ということを同時に考えてみなければならない、こういうことになりますので、事がめんどうになる。こういうことになりますが、その点は、この次の会のときにいろいろまた話し合いがあると思うのでありまして、先般行われました会では、大体そんなふうな経過をたどっております。
#13
○岡委員 松下先生は英国でマクミラン首相にお会いになり、あるいはアメリカでダレス長官にお目にかかられた印象として、内地の新聞が伝えておるところによると、やはり相手国とすれば、科学的資料に基いて水爆実験の安全性を主張しておるというところに、いわば問題があるというようなことがありました。やはりそのような御印象をお受けになりましたでしょうか。
#14
○松下参考人 私の記憶が正しいとすれば、安全という言葉を使ったかどうか、おそらく安全という言葉じゃなかったと思いますが、少くとも水爆実験というものはそれほど差し迫った危険はない、そういう科学的根拠に基いた政治的意見である、こういう見解のようでありました。そのような科学的根拠なるものを私らが徹底的に否定し得れば、マクミラン首相なりあるいはダレス長官なりの意見を修正させることができるという確信を私は持っております。
#15
○岡委員 都築先生にお伺いいたしますがへそのようなことであるわけであります。いわば水爆を実験しつつある国々においては、実験の危険度については、科学的な基礎に立って、そう大して心配することは要らないという立場に政治的指導者が立っておる。ところがまたわれわれとすれば、それは至って危険が切迫しておるという立場に立っておる。このさばきをつけていただくのが国連科学委員会の一つの大きな仕事だと思うのであります。そういうわけで、今度の国連科学委員会では、あるいはセシウムなり、ストロンチウム九〇なり、その微量分析はきわめて困難なものではありましょうが、これらについての何か統一的な測定の方法その他について一応のお話がまとまったのかという点と、同時にまた、先生も御指摘のように、個人差があるという点、特にまた日本という国民の、あるいは食生活なり、日本という国土の気象的条件なりというものが、いろいろと特にまた危険度を感ぜざるを得ないような条件に置かれておるかもしれないというふうな事情、こういう点についての先生の率直な御意見を承わりたいと思います。
#16
○都築参考人 それじゃお答えいたします。第一の問題の測定法というものは、この前から問題になりまして、今回測定法は決定されました。今後ストロンチウムとか、セシウムというものの分量をいう場合には、こういう測定法――それは一つではなく、結局はかる相手がいろいろなものがありますから、この方法とこの方法というふうなことでやるということにきまりました。従って、それを言い表わします単位も、たとえば地球の表面にありますようなストロンチウムの分量を言い表わします場合には、平方キロメートルに対してミリキューリーの単位で表わすというふうなことなんかがきまり、それからたとえば食べ物あるいは人のからだの中の組織、骨、そういうところに含まれておりまする分量は、ストロンチウム単位という新しい名前を作りまして、それで言い表わしますことになりました。それからセシウムにつきましても、セシウム単位という単位を作りました。今後はそれによって資料を出して比較するということになったわけであります。
 それからもう一つの問題は、平均値云々の、先ほど申しましたことに関連いたします問題ですが、現在、今年の夏から行われようとしております物理の方面の研究でありますが、国際的地球観測年、それに関連いたしまして、地球上のいろいろ放射能の分布の測定をこれまで各国がやりましたこと、そのはかる方法も幾らかまちまちであり、表わしました単位も幾らか違っておりますが、それをなるべく考えて、計算をして、同じ単位に直して、いろいろ修正を加えて世界の地図の上にそれを書き込んでみますと、わかりましたことが、大体北半球に多くて、南半球に少い、それから北半球の中では、赤道付近が割合少くて、北緯三十度、四十度というふうなところに多いということであります。これについては地球物理学者のいろいろの解釈がございますが、それは事実であります。そういうわけでありますと、かりにある学者が、地球上にまんべんなく分布したとするならばという前提のもとにやっておりますいろいろのこの後の考え方は、一応考え直してもらわなければならぬじゃないかというようなことも言えるんじゃないかと思う。
 それから、第三に、先ほどお話のありました、同じく泥や水からストロンチウムが食べものや牛乳の中に入って、そうしてからだの中に入ってくる場合にも、食べものの種類や食習慣の違いによって、各国民の間に入り方に違いがあるのではないかという問題、この問題は昨年の十二月の会に日本から提議いたしまして、そのときには、そんなことがあるだろうかというふうなところから、おれにはよくわからぬというところまで、いろいろの考えがありましたが、その後半年ばかりたちまして、今度の会では大体皆さんおわかりになりまして、なるほど、いかにも肉や牛乳をおもに子供に食べさせるところと、米や豆をおもに食べさせるところとでは、子供の骨の中に入るストロンチウムというものが、外界のストロンチウムの分量との割合が違うものであるというふうなことで、それは今後世界各国の違った民族の食生活というものの違いを、ことにカルシウムというものに非常に重きを置いて調べてみようということを、FAOでありますかの代表者なんかも賛成いたしまして、調べるということになりました。それもやはりこの次の会にも一部問題になると思いますが、そういうことで、どうもこれは一つの国だけの食生活とか習慣だけで考えて、それを全地球の上に推し広めるということは、当を得てないというふうなところまでいったものと考えていいのではないかと思います。
#17
○岡委員 なお、セシウムの問題が最近論議されておるようでありますが、この人類に対する放射能、特にセシウム一三七の遺伝的影響というものは、相当な長年月と調査対象に対する厳密な前提が必要になってくるというようなことで、困難な問題ではなかろうかと思います。
 それはそれといたしまして、現にビキニの被爆漁夫の場合は、先般も厚生省について調査の結果の御報告を得ましたところ、被爆の当初は精子は皆無であった。最近回復をした最高の者で、大体一万程度に回復をしているという報告を先般厚生省から受けました。そうなりますと、遺伝云々の問題よりも、これはおそらくセシウムよりバリウムかとも存じますが、精子が死滅をしてしまうということになれば、かたわの子供ができるのではなくて、子を産む能力そのものさえ失われてくるという問題があるわけです。こういうような問題もあわせてきわめて重要な問題ではなかろうかとも存じまするが、先生方、これは国連の科学委員会の方ではあまり問題にならないのでございましょうか。
#18
○都築参考人 お答え申し上げます。今の問題は、科学委員会でも問題にしております。というのは、今度の四月の科学委員会では、遺伝学者を世界から集めまして、日本から立教大学の村地教授が参りましたが、有名なノーベル賞をおもらいになりましたスエーデンのボニエさんを初め、それに近い方がたくさんお集まりになって、いろいろ話をされました。それで、遺伝学者の間では、今おっしゃいましたようなことは当然考えているわけでありまして、放射線によって生物の突然変異の発生率がかりにふえるといたしますと、そのふえるという中には、一方から言えば生殖能力がなくなると申しますか、子供が生まれてこないというものまで当然含まれているわけなのであります。同時にそれがごく程度が軽い場合には、あるいは不具というものが生まれるということも含まれておるのでありまして、この問題は非常に重要な問題で、いろいろ話し合いがあったようであります。今のビキニの際の福龍丸の乗員の問題につきましては、これはどうも個人の問題に関係いたしますので、あまり私から公けの席では詳しくお話することもどうかと思うのでありますが、大体のところを申しますと、一時障害を受けておられましたが、大部分の人が回復されました。このことは広島、長崎の被爆者の場合も同じことが言われたのであります。広島、長崎の場合の被爆者に対するそういう方面の調査の結果と、それから福龍丸の乗員に対する調査の結果と、なおその間、日本ではまだないのでありますが、世界各地の原子力の研究所で誤まって多量のガンマ線中性子を浴びたという人に対する調査の結果が、数は少いのですがいろいろわかっております。そういうものを全部まとめてみますと、大体同じような経過をとる、御本人が障害のためになくなったという場合は別でありますが、回復されたという場合を考えてみますと、大体半年から一年くらいが生殖能力というものが最低あるいはゼロに近いところまでになる。それから二年ぐらいたちますと大体回復する。その大体というとろが、それじゃ何パーセントかということになりますと、これは生物学のことでありますからなかなかむずかしくて、数字をあげるわけにいきませんが、大体において回復するということは、確かだと思います。現に福龍丸の乗員の方の中にも、その後結婚されまして、完全なお子様をお産みになった方もあるようなことでありますので、大体われわれは臨床的の意味から回復あるいは回復に近いところまでいっておられるのだろうと思います。大体三年ぐらいたちますと、もとに近いところに戻るということが各方面の研究の結果を合せて見たらわかるのであります。その場合に、二年ぐらいたってみんな回復するのであれば、それは遺伝的な影響とは分けて考えるべきではないかという考えがここに一つ起るのであります。それは分けて考えるべきだというお考えであれば分けて考えても差しつかえないのでありまして、そうすれば、遺伝ということと全く離して、現在生きている人が障害を受けた場合には、生殖能力ということに障害がある。ところがその二年ぐらいで回復する障害というものを起すのには、相当大きな分量の放射線が当らなければならぬ。一時的にすれば、たとえば二百レントゲン以上ということであります。場合によっては三分の一くらいは死ぬかもしれないというぐらいな程度の放射線が当らなければ、今のような二年くらいで回復するという一時的の生殖能力の低下というものは起らないということになりますので、また問題が非常にこんがらがって参りますが、遺伝という方面で考えますと、そんな大きな分量でなく、ごく少量の分量――またそれの例を一例上げますと、一番少量の推定をしております遺伝学者は、生まれてから三十才に達するまでに三十レソトゲンくらいでそういうことが十分起る、あるいはもっと少くて十レントゲンくらいでも起るだろうということを言っておる人かありますが、多くの人は八十レントゲンないし三十レントゲンくらいを三十年田に全部――積算でありますね、積った量を受ければ突然変異率が変化する。突然変異率か変化すれば、その中には当然いわゆる致死的の突然変異ということがありますので、その場合にはもう受精しないか、あるいは受精しても非常に早期に発育がとまってしまって流れてしまうということになりますので、妊娠能力というものがなくなるという結果になる。そういうことで、この問題は非常に重要な問題で、ことに先ほどお話のありましたセシウムというものは、からだの中に入りました場合に、ストロンチウムと違って割合に入り方も簡単なようでありますが、出方も簡単なようなのです。割合に早い時間に出てしまうということでいいのでありますが、今度出た先でございますね、出てもやはり放射線を出しているわけであります。ことにそれはガンマ線でありますので、地面の上にあるということでありますと、それから長年の間、半減期が三十三年とかいうのでありますから、大体百六十年ばかりの間は生物に作用いたしますので、長い間ガンマ線を出しておるということからいいますと、これが生殖線に作用して、今のような遺伝的の生殖不能あるいは不具の発生というふうなことに関係を持つということは、むしろストロンチウムよりはあるいは強いのでないか。ストロンチウムというのはからだの中に入っている間は作用しますが、からだの外にもしそれが出てしまう、あるいは外にあってまだ入らぬという場合には、作用が、どちらかというとベータ線でありますから少い。セシウムの方はガンマ線でありますから、入る前、それから短かい時間からだの中に入っている間も、からだから出てからも長い間、百何十年と作用するということでありますと、問題が深刻になる。ただし、そのセシウムという問題は、今、簡単に入って簡単に出るとは申しましたけれども、その点まだ研究が非常に不行き届きでございます。今度の会でも、アメリカが予報的にごく二、三の数字を、大体自分のところでやってみたが、このくらいのものだろうということをあげただけでありまして、どこの国もまだそこまでいっていない。日本もできれば今度はそれより上回るような資料を一つ早く作り上げることができたならばということを考えております。
#19
○岡委員 若干、松下先生にお教えを願いたいと思いましたが、鳩山主計官が来られましたので、鳩山さんにちょっとお尋ねしたいと思います。今度、国連科学委員会に日本も東大の檜山教授が責任者となられ、ストロンチウム九〇班を編成せられまして、資料の提出をいたされました。このことは、原水爆の実験禁止を訴えておる日本の立場から、特にまた松下特使も英米等をお回りになって、日本側としてもやはり権威ある科学資料を整える必要があるということを主張しておられるということからいたしましても、日本としては相当思い切った予算をさく必要があろうと思います。このたび国連の科学委員会に提出をするために、放射能による障害に関する諸種の科学的資料を調査し、整備し、提出をするための費用はどの程度をおさきになっておられましょうか。
#20
○鳩山説明員 ただいまのお話の海外の放射能関係の資料の収集につきまして、ただいま正確なところを覚えておりませんが、関係各省、文部省あるいは関係庁等に、それぞれ一般的にそういう経費、資料の経費が入っておりますので、それをいかに使用するかにつままして、具体的に関係の方から御相談もありますれば、十分な措置を考えたいと思います。
#21
○岡委員 それではこのたび国連科学会員会に、都築先生を初め代表の方か、やはり前回の科学委員会の取りきめによって、日本としても資料を提出しなければならない立場になっておるわけです。そのことのためにおさきになった予算というものは、どの程度でございますか。科学技術庁でわかっておれば、科学技術庁から伺いたいと思います。
#22
○鈴木説明員 放射能の調査を組織的に行おうということで、関係の国立試験研究機関等に配賦いたしますすべての予算は、科学技術庁に約三千三百万円、それで国連に論文を出すために、それだけのために関係の学者の方がお集まりになったり、資料を取りまとめる費用と申しますのは、文部省の科学試験研究費から出ることになっておりまして、それが今度は二百万円であります。
#23
○岡委員 今、二百万円の予算が一応国連科学委員会への資料提出のための調査その他の費用として国庫から支出されておるというお話でありますが、都築先生、日本の代表として御出席でありますが、この二百万円のお金は皆さんの資料の調査提出に要する費用としてフルにこれを御使用になりましたか。
#24
○都築参考人 今伺った二百万円は、二十二年度にいただく金だと思っております。それで、この前の四月にありました国連科学委員会には、その金は関係ない。
#25
○岡委員 それでは、二百万円で、この七月のいわゆるファイナル・レポートでございますが、日本としてもその五カ国の中に入っておるという権威ある立場を今とろうとしておるわけでありますが、この程度の予算でもって十分に専門の科学者も動員でき、また十全な調査ができ、国際的にも権威あるファイナル・レポートを提出するに足りでしょうか。
#26
○都築参考人 その点率直に申し上げますと、これはいろいろ政府の方の御方針等とあるいは食い違うかもしれませんが、この前十月の会議が済んで帰りましたときに、今度の、ことしの四月にやりました会議に出すいろいろな資料を調査する費用として、それを取りまとめる費用が、少くとも百万円くらいは二月ごろまでに一まず欲しいということでありましたが、年度末のことでもあり、もうちゃんときまっておるので、なかなかそういう金は出ないしいうのでありましたが、どこかに金がないだろうかというので、いろいろ探しましたところが、文部省の科学研究費の中に少し予備費としてとってあるものがあるというわけで、それをお願いいたしまして、三十五万円を出していただきまして、それであとは手弁当で、皆さんがほかの項目でもらっておられます研究費や何かを融通いたしましてやりました。それが主として檜山教授を中心とするストロンチウム九〇を研究しますグループに配賦されたのであります。それで、そのほかに私の関係しておりまする生物学の方面、それから村地教授の関係しておられた遺伝の方面というのは、調査するためには特別に金をいただかなかったのであります。むろん先ほどもお話しになりましたように、この放射線に関するいろいろな調査の問題は、数年来問題になっておりますので、いろんな意味で政府の予算が認められておりまして、各省それぞれ関係のところで、予算をお持ちになって仕事をしておいでになります。従って、単純な理論的な考えから言えば、そういうところでできているデータを調べて、ひょっとまとめてひょっと出せばいいから、特別の金は要らないので、少しの紙代くらいもあればいいだろうというようなことにもなるのでありますが、国連の方へ出すべき資料というものが、そのときの相談によってきまりますので、なかなかかこれまでの政府のいろいろな考えできまっておりまする仕事とぴたっと合わない。そこで幾らか変えなければならぬ。それからこの問題を特に急かなければならぬ、この問題は少しあと回しにしてもらってもいいじゃないかという問題がありますので、そういうところの融通といいますか、そういう言葉を使っていいかどうか知りませんか、融通というものがどうもわれわれの考えから言うと円滑にいかないという点がありまして、やむを得ず、文部省の科学研究費を一部いただいて、そういうことをやったわけであります。今の三十二年度の二百万円というものは、やはり同じような意味で文部省の科学研究費の中に申し込んだらよかろうというので、楢山教授の名前で四百五十万円でしたか申し込みまして、二百万円だけ認めるということになりました。来年の七月に出します最終報告に対する資料の提出の締め切りは、今年の八月一日でありますので、今はその二百万円の金をなるべく有効に使って、今年の八月一日までに一つ何とかしてできるだけ資料を集めよう、こういうことでやっておるわけであります。
 それについて、しからばどのくらいな金があったら世界の五つの国のうちの一つとして十分な、たとえば松下総長の方からの御要望にも沿うだけの資料が集められるであろうかというふうな問題であります。これは計算しろとおっしゃってもなかなかむずかしい問題でありますが、問題は、費用というよりも、一番の難点は人と施設ということであります。これに従事しております専門の人が現在いないわけであります。私初め、みな本務を持っております者が、臨時的に何々を命ずということで、その場限りの委員のような形になりまして、そしていわば余暇と申しますとはなはだ言い過ぎになるかもしれませんが、そういう意味でやっておりますので、昨年の三月に国連の科学委員会ができましたときに、私何とかこれに対して国家的な中心機関を、しっかりフルタイムで働く有能な人を集めて作っていただかないと困るのではないかということを申してをりますが、それがまだ実現されないわけであります。その一部分の考え方として、国立の放射線医学総合研究所というものが最近発足することになりまして、それが発足すれば、その仕事の一部をし得るような性格になっておるようでありますが、その点がまだでき上っておりませんので実行されていない、こういうことでありますので、現在から言えば間に合わないということも言えましょうけれども、この問題は何も来年の七月で打ち切って、あとは必要ないというのではなく、当然今後も長く続く問題だろうと思いますので、そういう見地から、こういう方面に対して、ことに政府当局の各方面の方の御尽力を切にお願いしたいとこう申すわけであります。これは私の大ざっぱな腹づもりでありますけれども、来年の七月に予定されておりまする国連科学委員会の最終報告というものに対する日本の資料を、一応の締め切りは今年の八月一日でありますが、なお十一月か来年の三、四月ごろにまたありまして、そういうことをいろいろ折衝いたしますことから考えますと、大体千万円を単位とするくらいな金はやはりないと十分なことができない。十万単位の金では少し無理だと思うのでありまして、やはり千万という金を用意してかからないと、どうも工合が悪いのではないかという気がいたします。すでに現在科学技術庁の力では三千何百万かの予算をお持ちのようでありますが、それが、やはりこれを無関係ではないのですが、直接の関係なく、日本の国としての立場からむしろ考えられているというふうなことでありまして、国際的の関連においての考察がまだ少し不十分な点がある予算である、と申し上げてははなはだ失礼な申し分かもしれませんが、そういう懸念があると思いますので、これを国際的の会合に十分生かすという意味においては、そういうことができるかできないか知りませんが、内容を幾らか融通していただくということでもできれば、その点が非常にカバーされて都合がいいのではないか、こういうふうに思います。
#27
○岡委員 とにかく原子力に基く障害の予防については、原水爆のための直接の障害だけではなく、今後平和利用が進み、日本にも動力炉が導入されるということになれば、やはりいよいよ必要な問題でもありますし、そういうことで医学に関する総合センターもできるにはできますけれども、やっとその敷地の決定が国会で承認を経た段階でありますので、これが施設として建築をされ運営をされるのは、まだまだ将来のことでもあります。そこで、三千三百万円が一応障害のための予算として計上され、国会の承認を経ておるわけでありますが、これがどのような、特に国連科学委員会という日を限定して、しかも日本のいわば科学者の権威にかけての重要なレポートを提出しなければならないという事情でもありますので、こういう問題については、いずれまた委員会としても、科学技術庁長官の善処を促すような機会もあろうかと存じますが、この際特に鳩山主計官にお願いをいたしておきたいのは、そういう事情でありまして、とにかく原水爆実験禁止を提唱しておる日本としては、松下特使をわずらわしました結果としても、やはり世界に対して、なぜ禁止をする必要かあるかという、人数に対する障害について専門的な権威者の立場からする十分な資料の提出をする、これが最も有効な武器の一つであるということはもはやまぎれもない事実になってきておるのであります。そういう事態において、都筑先生かせっかく責任者となっていろいろ御努力を願っておりましても、予算的な制約あるいはまた機構的な制約から、なかなか思うがままには運ばないという事情にあることを一つ十分御認識いただいて、今後はこういう方面にも十分目を開いていただいて、予算的措置についての御配意を、直接担当せられる主計官として一つお願いをしたいと思います。
 それから次に、松下先生に若干お尋ねをいたしたいと思いますが、先ほど安井先生からの中にありました、日本が一月十八日に国連軍縮委員会に対して登録制並びに査察制をノルウエー、カナダと提案をしたということは、実験禁止という日本の建前からすると、いわば日本のほこ先が鈍った格好ではなかろうかという御指摘があったわけであります。特に、クリスマス島の実験禁止を要請に参られた先生の率直な御印象といたしまして、日本が一月十八日にあのような共同提案でいわゆる登録と査察をうたうというようなことは、先生の目的というものに対しては、むしろ大きくチェックする影響があったのではなかろうかという安井先生の御意見について、先生はどのような御経験でございましたでしょうか。
#28
○松下参考人 私は、岸総理大臣の特使として参ったわけであります。そこで、政府の方針並びに政府の政策と矛盾するようなことを私が言うことは、はなはだまずいわけであったのでありまして、そこで私としては、日本政府が提案しました登録制度ということと実験禁止ということとが、できるだけ矛盾しないという立場を一応とったわけであります。その根拠づけとしましては、日本国民はむろんのこと、日本政府も、結局水爆実験の禁止ということを強く要望しているのではあるが、しかし、現段階においてこれが実現が困難であるとすれば、まず、二つの害のうちのより少い害をとるという意味において、日本政府は登録制度ということを提案したのであろう、こういうふうに説明したわけであります。一応そこで論理としては一貫していると思うのでありますが、率直のところ、論理の問題でなくして、私の気持の問題からいいますと、何かそこに、自分の主張にあまり割り切れないものを感じたことは確かであります。その一つの例として、こういうことがあったのであります。これはちょっと人の名前は避けますが、ある要人と会っておりましたときに、私の一番希望しましたことは、登録制度よりかむしろもう一歩進んで実験を延期する。――これも不徹底といえば不徹底でありますが、とにかく一番工合の悪いのが実験でありますから、製造そのものはあと回しとして、実験を一時延期してもらいたいということでありました。そこで、延期することに対するイギリスの一番大きな障害は、イギリス、アメリカは正直に実験を延期するかもわからないが、ソ連が黙って実験をした場合に、ソ連の方だけが実験の結果兵器が非常に進むが、米英の方がそれに対して実験を差し控えるというと、兵器の発達がおくれるわけでありまして、非常に不利な立場に立つ、しかし、実際上、実験をしたかしないかということは探知し得ない、そういうところに非常にむずかしい問題がある、こういう考え方があったのであります。そこで私は、こういう意見を私案としてある要人に対して述べたわけであります。それはまことにごもっともである、しかし、実験が探知し得ないと一切の学者の意見が一致しているわけではないから、国連が新たに探知し得るかいなかについての研究をする委員会を設けて、そこでどうしても探知し得ないということになれば、これは別問題であるが、探知し得るという結論になった場合には、これは延期することは差しつかえないのじゃないか、こういう意見を私が述べたのであります。ところが、ちょうど私がそういう意見を述べているときに、ソ連が実験をしたということが発表されたわけであります。私は全然そのことを知らなかったわけですが、そこで、日本の科学者はこれを探知し得なかったそうだというふうに、いわば非常に私に不利な情報が入ってきたわけであります。そこで、今の御質問とだんだんに関連してくるわけでありますが、私としては非常に不利な立場になったわけで、そのときすぐ向うでは、いや、そういうようなめんどうなことをするよりか、やはり日本の政府で提案されておる登録制度というものが一番合理的で実際的だと思うから、それをすることにした方がいいだろうというふうに言われたわけで、私としては登録制度よりはもうちょっと先に進んだ延期というところまで話を持っていきたかったわけでありますが、登録制度ということが日本政府の正式な立場になっておりました関係上、君の国の政府がこう言ったのだから、これは実にけっこうなことであると言って賛意を表されたわけで、私としては、いや、それは反対だと言うことができなくなったような格好である。従って、私の結論としましては、登録制度もあるいはしないよりはいいのじゃないかと思いますが、日本政府がもっと一貫した禁止ということを一応原則として、そうして禁止から登録制度まではまだ多少距離があり過ぎはしないか。従って、もうちょっと実際的に考えても、延期というところまで来たが、その次の段階まで行き、最後にやむを得ないときには登録で差しつかえないのじゃないかと思いますが、登録制度を初め持ち出したということは、私の立場上非常に有利だったとは言えなかった、こういう結論であります。
#29
○岡委員 ノルウエー、カナダとの共同提案の内容は、結局要約をいたしますと、日本政府としても、核兵器は消極的には禁止をしてもらいたい。しかし、その実現はさしあたり困難であるから、段階的にこれを実現することとして、とりあえず実験をしようという国は、回連にこれを登録する。そうして国連あるいは国連の科学委員会がその影響を調査することを国連事務総長に勧告をする、先生御存じの通り、大体そういう内容であります。でありますから、内容を端的に申せば、今のところやむを得ないから、米英ソ等の大国の実験は一応余儀なきものとして認める。将来はしてもらいたくないから、そのように持っていくために、とりあえず事前の届出をやり、国連が影響の調査をやる。そこで先生か率直にお話のように、しかも一月七日に英国政府は日本の西大使に対して、四月の一日から八月一日までの間にクリスマス島水域でやるぞという通告をよこした。それを受け取っておって、一月の十八日にノルウエー、カナダ共同の提案というものが国連の軍縮委員会に出された。そして、今度は一月三十日になってからクリスマス島水爆実験はやめろという申し入れをし、そして三月の下旬に先生がやめてくれといってお出かけになる。心ある国民とすれば、先生のお立場に対しては、みんなさぞ苦しいところがあるのではないかという心配をしておったわけなんです。そういう意味で、これは別に先生方の責任でも何でもないのでございますが、先生のお話を承わるにつけましても、私どもは何とかあの際ああいうことを言わないで、もっとすっきりした一本の線で行っていただければ、政府も出てくれば、先生も堂々と英国の方で御活躍願えたのにと今さらながら残念に思っておるわけなんです。
 それから、科学的な資料という問題で内地の新聞に伝わっておりました、が、先生がバートランド・ラッセル氏にお目にかかられたときに、インドの科学者と提携して云々というような記事がありましたが、そういうことがあったのでしょうか、そしてまたその内容はどういうようなことであるか、お聞きいたします。
#30
○松下参考人 新聞に、インドの科学者と提携云々ということがあったとすれば、これは誤報でございます。バートランド・ラッセルが私に述べた意見としては、この非常に重大な問題についてあなたの個人の意見として、日本としてはどういうことをしたら一番効果が上るだろうか、こういう質問をしたのであります。それに対して、日本はインドと仲がいいか、こういう質問があったわけです。それに対して非常に仲がいい、こういうふうに答えましたら、それでは日本とインドとで共同宣言をやれ、その共同宣言の内容というのは、水爆実験というものが、終局において人類に非常に大きな悪影響を及ぼす、こういう意味の共同宣言を日本とインドとで共同してやったらどうかということを言われたんです。それから科学者との共同云々ということは、インドとの問題とは全く別に、これはやはり私が会ったときに、バートランド・ラッセル氏の言った言葉でありますが、御承知のようにバートランド・ラッセル氏は、政府の関与したところの科学委員会というものはとかく政治色がつく、これでは工合が悪いから全く政府との関係を離れて、民間の科学者が共同をして、放射能に関する研究をすべきであるしいうことを自分はかねがね主張し、かつまたその仕事に着手しておる。それについて日本の学者も大いにこの問題について協力してもらいたい。協力どころか、むしろ日本の特殊な立場として大いに指導的な役割を演じてもらいたいという」とをバートランド・ラッセル氏が申したのであります。従って、この科学者の協力の問題とインドとの共同宣言の問題とは、バートランド・ラッセル氏言われた二つの別な提案であります。
#31
○岡委員 都築先生にお伺いいたしますが、こうして太平洋が実験の場に選、ばれておるわけであります。そこで、特にその被害を大きく受けようという懸念のある日本またはインド、インドは御存じの通りバーバー博士などがおられまして、すでに原子力の総合研究所もできておって、日本との協力の申し入れさえもしておるようでありますが、この協力の申し入れの一環として、こうしたアジアの太平洋地域の科学者と、これは国連の科学委員会と別なものという意味じゃありませんが、日本の科学者がイニシアチブをとって、そうして、この実験に基く影響の調査等に対する協力態勢を作り上げていこうというような政策はいかがでしょうか。
#32
○都築参考人 その問題については、私これまであまり深く考えたことはないのでありますが、この前ビキニのときでありましたか、太平洋の水がよごれるという問題を調査するために、太平洋をめくる国々の人が集まってやったらどうであろうかというふうなことなんかも、一部の人の間で話されたようでありますが、どうもアジアだけでということよりは、むしろやるならもう少し広い意味にやった方がいいんじゃないかというふうな気もいたしますが、私個人としてはまだそのことは考えておりません。今お話になりましたことで考えてみますと、アジアと申しましても、実際この問題についてほんとうに、突っ込んで、そういうことに放射線の障害ということについて研究しております国は、日本だけということになります。アメリカやイギリスがアジア地区に出張って研究をしているというのはありますけれども、アジアの、ことに日本に近いところの国々が特にそれに対して積極的に自主的に調べておるというような話をまだあまり聞いておりませんので、もしやるといたしましても、将来の問題になるのでないかというふうな気がいたしますが、それについてまだよく考えをまと止めておりません。
#33
○岡委員 私一人で時間をとりますから、もうこれで最後にいたしたいと思います。これも日本の政策と非常に緊密な関係がある問題でありますが、特に松下先生、安井先生は国際法の専門の権威でいらせられますので、率直な御見解を承わりたいと思います。それは御存じのように、日本の登録制云々の提案にいたしましても、ロンドンの軍縮委員会に付託されております。ところが、今のところ、これが日の目を見ようという見通しはありません。各国ゼスチュアは使っておりますけれども、日の目を見ようという見通しはほとんどありません。問題はどこにあるかというと、当初からこの原水爆の問題は、いわば一般軍縮と可分であるか不可分であるかという米ソの対立に発しておると私は思うのです。そこで、先ほども申しましたように、今日世界、の科学者が切実な科学者の良心に訴えて、その禁止を訴えておる、こういう時代に参りまして、一九五四年のビキニの実験、引き続くシベリアの実験は、それこそ文字通り実験段階であったかもしれませんが、もう今では、四月に入ってからのソ同盟の無警告実験は、三日置き、四日置きにやっております。アメリカがネヴァダでやろうという実験も、そのうちいわゆるノミナルと称するものが大体TNT二万トン、級であるとすれば、広島に爆発した一万五千トンの原子爆弾よりはるかに強力なものが、アメリカではもはや実用の戦術兵器となっておる段階です。そういう事実を考えますと、まことに人数の繁栄か滅亡かという問題が差し迫っておるのではないかとさえも思うのです。戦う相手国同士の勝利か敗北かという問題ではないのではないかという不幸な予感さえもするわけです。そういうときに、なお可分か不可分かという形でこの問題が提出をされるということは、国際的な視野からごらんになっていかがでしょうか。私はソビエトの陣営に立つ立たないという政治的な色分けは別として、やはり人類の運命というものを考えていくという立場から、もはや核兵器の問題は一般軍縮とは切り離した問題であるという厳然たる立場で、その禁止という方向に邁進するというのが、日本としての国際的な最高の方針ではないかということについての先生方の率直な御意見を承わりたいということが一つ。
 第二点は、いろいろ御意見もありましたが、結局実験当事国である米英ソ三国が、大国の協定に達して、実験を取りやめるというような協定に達しようという意向が原水爆協議会方面でも盛んなようです。しかし、だれかそれをさせるかということになると、国際司法裁判所の、勧告を待つとかいう、いわばきわめて間接的な方法しかありません。そこで、私はもはやここまで世界の世論に高まったものであるならば、この問題を、国連が、国連の規約に基く二分の一以上の賛成を得て緊急特別総会を開き、そうして緊急特別総会の勧告で、これら三国に対して協定を結ぶべきであるという勧告を決議するという方式が一番有力ではないかと思うのです。私がこういうことを申し上げるのは、昨年も一昨年も私は原水爆の問題で――一昨年はロン、ドンの社会主義インターの総会で決議案を提出をいたしたこともあります。昨年はイタリア、オーストラリア、西ドイツ、スイス、英国、フランス等を回りまして、特に社会党が政権をとっておるところでは、その責任者に会って、日本が国連でこのことを押し出したときには、ぜひ協力をしてくれということを強く訴えたときにも、おおむね賛成を表しておりました。私はこういう方式で、問題を大きく国際的な舞台で、国際的な世論を特別総会に集約をする、そのイニシアチブを日本がとるということが可能な条件がすでに満たされてきておるのではないかとも思うのです。この二点について、国際法を手がけておられる先生、特にまた松下先生はこの問題で親しく向うの現地を見てこられました御体験から、昨年のあのハンガリー問題、スエズ問題の国連の緊急特別総会の決定というものは、非常に大きな威力を発揮したことは御存じの通りであります。七十五対二で、英仏はスエズから撤兵せざるを行なかった、こういう事情を考えますと、こういう政策が打ち出されるべきものではないかということです。
 第三点は、これもまた松下先生と安井先生はその旨を指摘されましたが、今度アジアへ行かれたら、岸総理はネール氏に会って、この問題についての何らかの合意に到達をする。この問題というのは、国連の緊急総合会でなくてもけっこうです。原水爆実験禁止あるいは全面禁止についての何らかの合意に到達する、それをひっさげて今度アイゼンハワーと会われたら、堂々日本の国民を代表して、原水爆禁止の悲願を達成せしめるがごとき、何らかの協定に到達してもらいたい。と申しますのは、現在日本とアメリカとの間に結ばれておる安保条約でも、行政協定でも、MSA協定でも、アメリカが日本に核兵器を供与するときに、その受領を拒む法律的根拠はありません。単に総理大臣が拒否するといえば、その総理大臣の信義にわれわれは期待する以外に、法律的な根拠はありません。従って、当然日本の立場からは、この法律の改正をやるならやって、持ち込まない、受け取らない。こういう約束を取りつけるということも、私はこの際の岸総理大臣の東南アジアあるいはアメリカへ行かれるときの目的、使命ではないかと思うのです。私はこういう問題を、特にごく公正な立場から、国際法の問題について御経験のある両先生から率直に承わりまして、質問を終りたいと思います。
#34
○松下参考人 この問題は、国際法の問題というか、むしろ国際政治の問題じゃないかと思います。国際法とおっしゃったのを広く解釈いたしまして、国際政治の問題として、御賛同に対して私の所見を述べてみたいと思います。第一に、即納会議において一般の武器と核兵器とが可分であるか不可分であるか、こういう問題であります。これは可分であるとも言えるし、不可分であるとも言えるわけであります。私はごく厳密にいいますと、やはり不可分であると考えております。従って、その立場においては、原子兵器だけを制限して、他の兵器に対して何ら制限を加えないということは、相当困難であると考えております。しかしながら、その問題を離れて可分であるにせよ、不可分であるにせよ、つまり私の意見によればこれは不可分であると考えますが、不可分であっても、この核兵器の制限だけはすべきであると考えております。この点は、あるいはその結果として英米の方が不利になるもわかりません。不利になることは、英米としてはまことに迷惑であるかもわかりませんが、そうであるとしても、この問題だけは切り離して、理論的に可分であっても、不可分であっても、このようなおそろしい、特に水爆の実験等、については別に取り扱わなくてはならない、これか私の意見であります。次に、この核兵器実験の問題について、国際司法裁判所等に提訴または諮問的意見を求めるのもけっこうであるが、今日の段階においては、むしろ特別総会の招集を求めて、この問題を国連総会に持ち出したらどうか、こういう御意見に対して、私の意見を、お問いになったのですが、私はこれには賛成であります。ただし、国際司法裁判所にするか、あるいは国連の特別総会にこの問題を打ち出すべきか、二者択一的にこの問題を考える必要はないと考えております。一方において特別総会においてこの問題を提出すると同時に、先刻の安井教授のお説と私の説とこの点に関する限り完全に一致しておりますが、やはり核兵器の実験をするということが、戦時は別として、平時において国際法上許されるかどうか。この問題はさらに公海における公海自由の原則に反するかいなかの問題それからその問題を離れても、自国内においても他国に迷惑を及ぼす放射線障害を起すような可能性のある実験をなすことが国際法に違反するかいなかということは、非常に重要な問題であります。このことは政治問題を離れても、法律問題こして、はっきりした客観的な一つの判断か必要であると考えております。その意味において、私は二つのことを考えるのでありますが、第一は、やはりこれも国連総会を通さなくてはなりませんが、へーグにあります国際司法裁判所に勧告的意見を求めて、ここで決定的な意見を言ってもらいたいということが一つ。それから、それよりかもっと率直、端的に日本が例の選択条項にサインして、この問題を正式に国際司法裁判所に提訴する。このいずれでもいいと思いますが、もしできるならば第二の方法の方がいいと思います。特別総会にこの問題を持ち出して、世界の世論に訴えるということも必要であるが、やはり法律問題として確定的にこの問題に関する国際司法裁判所の意見ないし判決を求めるということが必要であると考えます。これに関連して、それならば国際司法裁判所が果してわれわれの考えておるような線に沿う意見または判決を下すかどうか、こういう問題になります。これについて私は必ずしも手放しで楽観しておるわけではありませんが、少くとも十五人のうち一人くらいは、水爆実験は現行国際法に違反するという見解を持っておる人があるのじゃないか、かように考えるわけであります。御承知のように法律というものは確定してはおりますが、しかし進化するものであります。私など多少英米法をやっておりますが、英米法の発展の段階を研究してみますと、初め少数意見であったものが、十年、二十年たつうちに、ほんとうの多数意見となり、判決という形になって現われておる。かような形で英米の法律は発達してきたのであります。国際法においても同様のことが言えると思うのでありますから、たとい最初は日本の立場というものが認められないとしても、かりに一人でもそのような意見を述べる判事があります場合には、将来において非常に国際法の発達に寄与することができると思うのであります。そう気長に待っていることはできないというふうに考えられるかもわかりませんが、しかし、いずれにしても、われわれ日本だけ、もしくはわれわれ個人が国際法を作るわけにいきませんから、たとえ手間がかかっても、日本は世界のために、国際法を発達させるために、国際司法裁判所を利用すべきであると考えております。
 第三の御質問は、ネール等と協力して、この問題について岸総理が大いに語り合って、その結果、米国の当局と話し合ったらどうか、それについて私の意見はどうか、こういう御質問のように承わりました。これは私は非常にけつこうであると考えております。ただし、今回の場合は、岸首相はヨーロパ各国その他を訪問されたあとアメリカに行かれるというふうに聞いておるのではなく、単にアジアの諸国を訪問されたあと米国に行かれる、こういうふうに聞いておりますが、この問題を離れて考えますと、この水爆実験アメリカ、ソ連、イギリス等と交渉する場合には、私の考えでは、アジアの国だけではなくて、むしろ世界の原水爆を持たない国全体を総合して、持てる三国に向って要求すべきである。アジアのみがこの問題に関心を持っているのじゃなくして、世界の諸国が全部これに対して関心を持っている。従って、われわれ日本としましては、単にアジアにおいてそういう立場をとるということよりは、進んで世界の原水爆を持たない、原水爆の実験から被害のみを受ける国の世論を日本自身がリードして、それで世界の原水爆保有三カ国に対してわれわれの誠意を持った交渉をなすべきである、かように考えております。
#35
○安井参考人 ただいまの論点は、むしろ外務委員会にふさわしいような論点であると思いますが、御質問がありましたから、簡単に私の意見を申した方かよろしいかと思います。
 第一点の原子兵器禁止と一般軍縮との関係ということは、これは学問的にも非常に問題があります。実践的にも非常に問題になっておりまして、一例を申しますと、一昨年ヘルシンキで世界の代表と会いましたときにも、この両者の関連は突っ込んで話し合ったわけであります。これに対する私自身の考えといたましては、現在国際政治の場で世界戦略は大体原子兵器の装備と結びついて進行していると思いますので、そういう国際政治の現状から見ますときに、現実の政治の場では、私は一般軍縮の問題と原子兵器禁止の問題を分離することはきわめて困難である。これは認識をしております。私の希望ではなくして、現実をそういうふうに認識をしております。それから、今米ソのこの問題の交渉にも幾多の困難な問題を投げかけると思います。これは私の国際政治の現実の認識であります。にもかかわらず、きわめて最近の段階で、その国際政治の非常にきびしい場においては、原子兵器禁止の中で、原水爆実験禁止だけは、一般軍縮及び原水爆禁止一般と切り離して実行しなければならない、こういう動きが出てさたと思っております。それは、私は国際政治の場においても、非常な現実的な根拠があると考えております。それは、きょうの本委員会の主題にも関係するわけであります。そういう現実の政治の場における――将来の戦争を想定することを別にしても、原水爆実験そのものがすでに放射能に関する障害をもたらすという、その事実があるわけであります。その点を考えますと、非常に冷静な国際政治の分析の上に立ちつつも、われわれはそれらの問題と切り離して原水爆実験禁止を考える、そういう論拠は立ちつつあり、またそれは国際政治の場においても論拠のある議論となりつつあり、現実もまたそれに歩み寄っているところがあるのじゃないかと思います。そこで、私の結論は、現在の世界戦略そのものが原子兵器の装備へと向いつつあり、それを切り離しては考えられないから、ますます一般軍備と原子兵器との関連をわれわれは率直に認めなければならないと同時に、その現実を知りながらも、少くとも原水爆実験禁止協定は、それと切り離して締結さるべきであるというのが、今の御質問の第一点に対する意見であります。その意味においてわれわれは決して原水爆禁止そのもの、あるいは一般軍縮を忘れ、あるいはそれとの関連を無視するわけじゃありませんが、私は原水爆実験禁止協定を今言ったような意味で、むしろ将来原水爆禁止ないし一般軍縮へ至るところの第一歩ないし突破口として、現在はこれに全力を集中すべきであるし、それは国際政治の場もある程度可能になりつつある、そういうふうに考えております。なお、この点に関連して、登録の問題について私が疑義を持ちますのは、登録制が実現されて実験が行われても、依然として放射能障害は続くわけであります。その点においても、私は登録制に疑義を持つということを、先ほどの点につけ加えてお答えしておきたいと思います。
 それから第二に、そのような方向へ向う場合に、どうしたらそういう方向が実現できるかということは、今真剣に考えなければならない問題であろうと思っております。その点において、岡委員の御質問の中の、国連の緊急特別総会を招集して、そこにおいてそういう方向を打ち出すことの意味はどうであるかという点にお答えいたしますと、私はきわめて適切な方向であると考えております。先ほど申しましたように、国際司法裁判所への提起、あるいは国際司法裁判所への諮問、意見を求める、その他のいろいろな努力を私は無視するものでない。しかし。それと並行して、現在の段階では、私は明瞭に原水爆の禁止は政治段階に入っておると思います。特に国際政治の段階に入っております。その国際政治の場としては、やはり第一に国連総会というものが考えられるのではないか。国連総会において、単純な原水爆禁止とかでなくして、非常にしぼって、原水爆保有三国が実験禁止協定を結ぶべきである、そういうふうに線を非常にしぼった、現実的かつ具体的な決議をするという方向へ行くべきである。こういうふうな意味で、私は第二の御質問の点に非常に賛成であるということをお答えいたします。
 第三点につきましては、第二点との非常な関連において考えなければならないと思うのであります。そういうふうな国連総会の緊急招集、あるいはそこにおいて今のような決議をするということについても、これは単純に国際政治の場ではできないと思います。そうすると、そういう機運を盛り立てることが、各方面において必要になってくるわけであります。そういう場合に、私は日本とインドとの提携、ああいうことが大きく浮び上ってくるのではないかと思います。率直に申しますれば、科学者の提携という意味においては、都築博士の言われる通り、日本とアジアの科学者の提携ということは、必ずしも実際的効果は大きく期待できないと思います。日本とアジア諸国、特にインドとの提携が問題になるのは、科学の場よりは政治の場であると思っております。そういう点において、もちろんインドに限らず、アジア諸国、あるいは松下さんの指摘されたように、世界の原水爆を持っていない国との提携も必要であります。いわばそれの一つの象徴的なものとして、インドと日本が手を握るということは非常に意味があるのではないか。岸総理が今度行かれた場合に、それが直ちに実現できるかどうかは、いろいろな政治的な関係もありましょうから、これはまた深く考えなければならないと思いますが、総理は少くともそういう方向を考えながら行っていただけないだろうか。また今度の岸総理のインド訪問によってそれが実現しなくても、私どもはやはりそういう大きな政治的方向において日本政府や国会が努力していただくことが望ましいことである、そういうふうに考えます。若干私の意見をつけ加えての回答でありますが、三つの点について大体お答えができたと思います。
#36
○岡委員 いろいろ達識ある先生方の御意見をいただきまして、大いに啓発されたことを感謝いたしまして、私の質問を終りたいと思います。
#37
○菅野委員長 次に志村茂治君。
#38
○志村委員 もう時間も一時を過ぎましたので、私は一問だけ、特に最近松下さんと一緒においでになった道家さんが立教大学で発表されたことで、放射線に対する障害について非常にわれわれが驚くような事実が書いてありましたので、それについて都築先生に専門的立場からお答えをいただきたいと思います。ということは、イギリスでは一九五五年末までで原水爆実験を中止したとしても、十年後には一平万マイル四十五ミリキューリーに達するのだ、これは一応対流圏のちりが落ちた後でも、成層圏にあるちりが大体一〇%くらいずっと落ちてくる。それが地上に蓄積して、十年後には四十五ミリキューリーに達する。これは一般人に対する最大許容量が五十五ミリキューリーということですから、それと接近しておりますし、また今までの地球上における放射線の分布状態を見ますと、落ちてきたちりの分布状態が一平方マイル五ないし十ミリキューリーから、ところによっては二十ないし五十ミリキューリーある。四ないし五の偏差を持っておるということを考えました場合には、すでに五五年末で実験が終ったとしても、地域的には最入許容量を超過するところが出てくるであろう。それからさらに、五六年末までこれが続けられるとすると、その事実は二倍くらいに達しておるのであるからというようなことが書かれてある。そうすると、このまま実験を禁止しても、もうすでに成層圏から落ちてくるちりの放出線量というものは、一般人の最大許容量を超過しておるのではないかというふうに私たちには受け取れるのであります。国連の科学委員会等ではこういうことを取り上げられたか、また専門的な立場で都築さんはこういうことも考えられるかどうか、この点の御意見を聞きたい。
#39
○都築参考人 お答えいたしますが、この問題は各方面の人がいろいろの仮定を置いて推定をやっておるわけであります。今おっしゃいましたような推定も確かにできると思います。日本でもそういう考えを持っておる人がありまして、現在のところでやめても、現在までに打ち上げたものが何年かかるかということは別問題として、何年かの後に大部分が落ちてきた場合には、いわゆる現在考えております最大許容量を越すかもしれない、こういう問題がいわれるわけであります。それはいろいろの仮定がありますから、その仮定をかりに賛成するとすれば、結局はその意見に賛成しなければならぬ、こういう問題が一つあると思うのでありまして、私は生物学者でありますから、物理学者みたいにきちっと数字をあげることはいつでも差し控えますが、大体十年――それは十年と申しましても、十五年であるか、二十年であるか、わかりませんが、おそらく十年ぐらいたてば相当心配すべき状態に到達するのではないかということを考えておる一人でございます。ところで問題は、現在いわれております最大許容量というものは、物理学的方面からおもに考察されておる最大許容量というものであります。もちろんそれは生物について、特に人体についてこれまで私どもの持っておりまするラジウムであるとか、メゾトリウムであるとか、そういうものの資料を十分考えた上での話でありますけれども、大体おもに物理的の考え方から来ておる最大許容量というものであります。ところで、生物学的にそれではその最大許容量というものを考えたらどうなるであろうかということになりますと、正直にいえば、その点がわからない、こういうことになるわけでありますが、大体これまでのところでは、からだの中に入りますということがいろいろな条件によって違いますので、一がいには申し上げかねますが、ならして言いますと、地面の表面にあるものが全部そのままからだの中に入るのではない、こういうことだけは申し上げられると思います。それが三分の一入る4か、五分の一入るか、十分の一入るかということは別問題として、ある部分が入る、そういうことになりますと、どの部分が入るということが第一わからなければ、この問題は結着したい。そういう問題については、実は国連の科学委員会ではまだ十分の結論を得ていないのであります。今後の問題として残されておる。それからもう一つは、いわゆる最大許容量だけのものがあって、それだけの分量がからだの中に入った場合に、一体からだがどういうことになるのであろうかという問題も、学問的にはまだ、ことに人体についてはしっかりした結論が得られていないという点で、非常に困ることになる。そういうふうにわからぬ、困ると言っておりましたならば、何にも言えないということになりますが、今度はそれを別の方面から申しますと、これまでのいろいろな生物学的の研究の結果から総合いたしまして、ことにストロンチウムあるいはセシウムというような長い寿命の放射性物質によるところの生物学的影響というものを考えますと、ある限度まで到達いたしますと、それをもとへ戻すということができなかろうということは、相当はっきり私たち考えていいんじゃないか。その点が一番の問題でありまして、よごれたものをきれいにするということもむずかしいし、それから、もしその間に生物がある程度の影響を受けたならば、その影響を治癒するということもむずかしいし、そういう二つの点から考えてみますと、まあ少し不確かであっても、あるところでそれをとめるというふうにできるものならばすべきではないか、こういうふうな感じに到達せざるを得ない、こういうことになるのじゃないかと思います。
#40
○菅野委員長 他に御質疑はありませんか。――なければ、三参考人よりの意見聴取はこの程度にとどめます。
 参考人各位には、長時間にわたり貴重なる御意見をお述べいただき、まことにありがとうございました。本委員会の調査に資するところきわめて大なるものがあったと考えます。委員会を代表いたしまして、私より厚く御礼を申し上げます。
 次会は来たる十七日、午前十時より開会し、電子工業に関する問題について、先般決定いたしました参考人より意見を聴取いたしたいと思います。
 本日はこれにて散会いたします。
    午後一時十二分散会
ソース: 国立国会図書館
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