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1947/10/07 第1回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第001回国会 労働委員会 第18号
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1947/10/07 第1回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第001回国会 労働委員会 第18号

#1
第001回国会 労働委員会 第18号
昭和二十二年十月七日(火曜日)
    午前十一時五分開議
 出席委員
   委員長 加藤 勘十君
   理事 辻井民之助君 理事 山下 榮二君
   理事 川崎 秀二君 理事 橘  直治君
   理事 相馬 助治君
      田中 稔男君    館  俊三君
      前田 種男君    山崎 道子君
      小川 半次君    尾崎 末吉君
      小林 運美君    寺本  齋君
      橋本 金一君    石田 博英君
      河野 金昇君    綱島 正興君
 出席國務大臣
        勞 働 大 臣 米窪 滿亮君
 出席政府委員
        勞働政務次官  土井 直作君
        勞働事務官   上山  顯君
 委員外の出席者
        專門調査員   濱口金一郎君
    ―――――――――――――
本日の會議に付した事件
 職業安定法案(内閣提出)(第三六號)
 失業手當法案(内閣提出)(第五二號)
 失業保險法案(内閣提出)(第五三號)
    ―――――――――――――
#2
○加藤委員長 これより開會いたします。
 前會の質疑に引續いて質疑を行うはずでありますが、その前に委員長から皆さんに、御意見を承りたいと思うことがあります。それは職業安定法についての問題でありますが、職業安定法につきましては、先般の委員會において修正箇所が大體決定されたわけでありますが、その内容につきまして、さらに檢討を要する箇所がありますので、これより再審査に付します。まず、第十三條の勞働安定委員會の事柄に關してですが、そのうち第十二條第五項の「職業安定委員會は、勞働者を代表する者、雇用主を代表する者及び公益を代表する者でこれを組織する。」とありまするその下へ、「但し委員會は一名以上の婦人を加えなければならぬ、」こういう項目を但書として入れたいと思うのです。それから次の第六項の「勞働者を代表する者及び雇用主を代表する者は、各々同數とする。」とあるのを、「勞働者を代表する」者として、その次の「及び」を削り、その下の「雇用主」という次へ「及び公益を」と、結局「勞働者を代表する者、雇用主及び公益を代表する者は各々同數とする」と、こういうように訂正いたしたいと思います。それから第十項の前の九項の次に、「委員に對しては政令の定めるところによつて旅費、日當を支給するものとする」、この一項目を加えたいと思います。これは最後の「前各項に定めるものの外、職業安定委員會について必要な事項は、政令でこれを定める。」その前にこれを入れるわけであります。もう一遍申します。第五項の末尾に――第五項は御承知のように「職業安定委員會は、勞働者を代表する者、雇用主を代表する者及び公益を代表する者でこれを組織する。」こうなつておりますが、この次に、「但し委員會は一名以上の婦人を加えなければならぬ、」こういう字句を加えたいと思います。それから第六項に「勞働者を代表する者及び雇用主を代表する者」とありますのを、「勞働者を代表する者、雇用主を代表する者及び公益を代表する者は各々同數とする。」こういうぐあいにいたしたいと思います。それから最後の十項の前に、第十項として、「委員に對しては政令の定めるところにより旅費、日當を支給するものとする」として、最後の十項が十一項になるわけであります。つまり一項目を、加えたわけであります。これをまとめて申しますと、委員の中には必ず一名以上の婦人を加えなければならぬということと、それから原案によりますれば、勞働者を代表する者と、雇傭主を代表する者とが同數になつておりまして、公益を代表する者はあるいは多かつたり、あるいは少なかつたり、はつきり規定がなかつたのであります。それをはつきり規定して、勞働者を代表する者も、雇傭主を代表する者も、公益を代表する者も全部を同數にする、こういう意味であります。それから第十項として加えまするのは、この規定に全然なくして、政令によつて定められるはずでありました旅費日當支給の事柄を、この條文の中に加えて、はつきり法律で支給するということを明記するわけであります。ただ費用をいくらにするかという細かいことは政令に讓るというようになつたわけであります。もしこのただいまの委員長からの意見に對して御異議がございませんければ、決定をする前に、やはりその筋の承認を得たいと思います。もし御異議御意見がありますれば、述べていただくことにいたしたいと思います。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#3
○加藤委員長 よろしうございますか。――それではそのように取はからいまして、その方から承認がありましたらば、改めて御採決を願うことにいたします。なお附け加えておきますが、前囘の修正要綱はこちらからの意見通りに決定されまして、最後の法律施行の期日の問題でありますが、これははつきりと十二月一日からということを明記することになつております。この點も豫め御報告申し上げておきます。
 それでは前會に引續いてこれから質疑にはいることにいたします。小川半次君。
#4
○小川委員 大體におきまして本法律案は、一九一一年英國において制定された強制失業保險法竝びに、一九三五年以來米國において實施されつつある社會保險法と比較對照いたしまして、必ずしも見劣りのする法律案でないことを卒直に認めるものであります。しかしながらおよそ法律というものは、いずれの法律を問わず、きわめて抽象的なものであるのでありまして、これを生かすも、殺すも、その法律を運用する國民によつて決定されるのであります。いかに完全な法律でありましても、これを運用する政府の信念と、國民の熱意と協力がなかつたならば、決してよき效果をあげ得ないのであります。また比較的平凡であり、その内容においても無味乾燥にひとしい法律でありましても、これを運用する政府の實行力と國民の理解によつて、よき成果をもたらすものであることをまず冒頭に申し上げておきたいと思うのであります。私は特にかくのごときことを申し上げますのは、かつて失業保險法がスイスの國においても、イギリスにおいても失敗している歴史的事實を無視することができないからであります。スイスでは一八八四年に初めて強制失業保險制度を採用したのでありますが、財政負擔に耐えかねてわずか二年後に破産しているのであります。また英國におきましては最初はその適用範圍も狭く、給付の額もきわめて限定されていた上に、當時は比較的好景氣でありましたので、剰余金の増加をみたのでありましたが、その後適用範圍の擴張や給付の増加が行われるに從い濫給に流れ、一方勞働者には勤勉性がなくなり、惰民の養成となり、遂に財政上に非常な負擔を加えて、結局一九三四年に制度の大改正のやむなきに至つた次第であります。しからば現在のわが國内の客觀情勢は、この法律を有效適切に行使し得る状態にあるかと申しますと、必ずしもそうではなく、きわめて不安定な、かつ不自然な状態におかれておると思うのであります。すなわち國家の貧困なる財政状態から觀察するとき、はたしてその負擔に耐え得るや否や、一抹の不安を感ずるものであります。また國民の道徳心悪化の現状から見ましても、本法律によつて失業中最低生活を保障すれば失業者が増加して、一面惰民を養成する危險性なしとしないのであります。これに對する政府の意見及び見透しを、まずお伺いしておきたいのであります。
#5
○米窪國務大臣 小川さんから該博なる各國の保險制度を引例されて御質問があつたのですが、英國が失業保險制度を改正せざるを得なかつたという點について、私はつきりしたことを今書類がありませんから言えませんが、おそらく、それは小川さんの引例された最低の生活程度を保障するという觀念に、英國の失業保險制度が立つておつたために、惰民が養成されることになつたと思う。また國の財政の基礎がゆるんだ、こう考える。もちろん國の財政がかりに許すにしても、國民の最低生活費を保障するというような給付額の立て方であれば、これは惰民が養成される危險が多分にある。すなわち働くよりも國家によつて保障された方がいい、こういうことになれば、やはり勞働者の生産意欲が落ちて生産増強にならない。いわゆる勞働者保護があまり厚きに過ぎて結局惰民が起る、これは當然のことです。ところがわれわれ失業保險起草委員會の空氣も、惰民を養成してはいかぬ、また日本の今日の財政基礎は惰民を養成するほど、言い換えれば、國民の最低生活費をこの保險法によつてカバーするほどの餘裕は、もちろんない。すでに職業安定局長から説明があつたと思いますが、今日のこれに充てる失業保險の給付額の案は、大體において十三億程度であるだろう。その程度では一人當りの保險給付額は、標準月額報酬の平均百分の六十。非常に收入の少い者は百分の八十、多い者は百分の四十、こういうことでございますから平均で百分の六十。しかもその標準月額報酬は、大體今これじや食えないといつて非常にやかましく言つておるところの千八百圓のところにおいておるのでありまして、從つて百分の六十ということは、結局千百圓くらいの程度に止まる。それでは決してこの保險給付額を貰つて、それで最低生活費をカバーできないことは當然である。また政府の方も、財政關係もあつて非常に窮屈である關係もありまするが、大體においてA案、B案、C案という三つを立てまして、すなわちこの官吏及び官業の勞働者を入れた場合はこうである。入れない場合はこうである。日雇勞働者を入れない場合はこうである。大體こういうA、B、Cの三つの案を立てて、そうして一番少い場合においても被保險者は四百七十萬人、そのうち失業の豫定者がその一割である四十七萬人、受給者の豫定はその半分の二十三萬五千人、こういうぐあいに制限をせざるべからざるいろいろの客觀的條件のもとに、そういうことになつておるのであります。從つて二十三萬五千人というものに對して、今申し上げた一人千百圓ということでいきますると、結局さつき申し上げたような金額になる。この程度の給付額では、惰民を養成するという心配は絶對にない。またこの程度の失業保險の給付額というものの算出でいくと、國家經濟上非常に危殆に陥るということはない。こういうぐあいに考えておるのでございます。
#6
○小川委員 次に本法律案提出の根本的趣旨についてお伺いしたいのであります。政府は今秋から豫想される企業整備に伴う失業者對策の一つとして、この法案を提出するに至つたと述べておられるのでありまして、およそ失業保險とか失業手當というものは、失業對策の第二義的なものであつて、その根本的の對策は失業防止策でなければならぬのであります。豫見せざる突發的の失業者の生ずる場合、失業防止策の困難であることは當然のことでありますが、目下中心問題の企業整備は終戰以來の既定の事實であり、そこに失業者の生ずることも、すでに早くより豫想されていたのでありますから、政府においては當然これが對策を早くより立てておかなければならなかつたはずであります。しかも對策を立てるには十分の餘裕と期間があるのであつて、政府に積極性と熱意さえあれば、各種の失業對策が今ごろ完全にでき上つていたはずであります。しかるに今日にいたつても、なおこの重大なる失業防止の對策を有せざるは、あまりにも無策であり、かつ無責任であると言わざるを得ません。
 私は外國の例をとることをあまり好まないのでありますが、現在イギリスは日本と同じごとく食糧の不足、資材の不足、石炭の不足が原因で深刻なる經濟危機にあることは、本年一月二十日に發表された經濟白書によつても明らかなところであります。藏相ダルトンが輸出か壤滅かを叫んで以來、今やこの言葉が英國民の日常語となりこれが産業振興を促し、一方政府においては、輸出産業の部門だけでも五十萬人の勞働者の位置を計畫したのであります。かくのごとく現在日本と同じく持たざる國英國が、政府のたくましき創造力と果敢なる實行力によつてフル・エムプロイメント、すなわち完全雇傭の理想がある程度まで達せられんとしておるのであります。
 しかるにわが國政府では失業防止策はもとより、勞務配置の計畫すら立てておらす、國民をしてただ不安に陥れるばかりであります。私ははなはだ失禮なことを申し上げるようですが、勞働大臣は失業對策に非常に無策であり、確信と創造力に乏しきことに、實はあきたらぬ感じをもつておる一人であります。いまさら申し上げるまでもなく、失業の社會に及ぼす弊害はまことに大きいのでありまして、第一に失業者は社會の最も貴重なる富の源泉であるところの勞働の浪費であります。それはあたかも水力電氣の水をむだに流すごとく、また豐富なる土地を遊ばせるごとく、實に富の浪費であります。
 第二には、勞働の質を悪くするものであります。すべて不斷に適當にこれを活用しておればこそ、その質を維持することができるのでありますが、留まる水が腐るように、使用さられざる勞働はその質を悪化するものであります。かるがゆえに事業主は勞働者を雇う場合失業していた者を採用することはきわめて少く、初めて職に就く者、たとえば新卒の少年工や農村出身の末經驗者を採用して、これらの勞務者を養成する方がより能率的であり效果的であると言われておるのであります。このことについては、一面には少年工や未經驗者を使用することが、賃金が安い條件にあるからだと批評する人もあるのでありますが、事實は私が申しましたごとく、失業中無為に暮した悪習慣と惰性からくる勤勞意欲の缺如が原因しておるのであります。
 第三には、失業の存在は勞務の繼續が中斷されるがゆえに、技術の修得が中斷され、將來の勞働力の不足を來すことになるのであります。
 第四には、失業は社會不安を來す危險が多分性にあるのでありまして、多數の無資産なる勞働者が長期にわたつて失業するということは、あるいは暴動反逆の誘因ともなるのでありまして、敗戰後國民道徳悪化の日本の國情からみて、特にこの點考えなければならぬのであります。
 かくのごとく失業對策の重要性が迫られておるが、その根本的の對策は失業防止策であり、あるいは景氣囘復策であつて、それによつて失業者のはなはだしき増加を防ぐことができるのであります。失業保險や失業手當は、かかる政策の行われることを前提として、初ゆてその性格を發揮し得るものであります。政府においては第一義的の防止對策なきがために、やむを得ず次善の策である失業保險、あるいは失業手當によつてこれを救濟するというのであるとすれば、これは自己の力の無能を失業保險または手當によつてカバーせんとするものであり、すなわち自己の無策から生ずる悪現象を、國民の犠牲において解決せんとする卑怯なる手段であるとの譏りを免れないのであります。ゆえに政府は、これこれの失業防止策を立てておるが、なお失業の發生を防ぐことができないという、具體的な點を明確にしなければならぬのであります。
 なお私は、失業保險竝びに手當法案の提出される根本原因を、廣く國民の前に明確すべきだと思うのであります。今申しましたごとく、政府で極力失業防止策を立てておるが、なお失業の發生を防ぎ得ないことの原因に基くものが、あるいは豫想される大量續出の失業者に、最低生活の保障を與えなければ、暴動混亂の社會不安を起すおそれあるゆえに本法律案が必要であるのか、あるいは失業者は産業的理由から發生したものである、すなわち失業は一時的現象であるから、失業者はやがてまた産業に必要とせられるものなるがゆえに、失業中その生活を支持しなければならないという産業豫備軍的立場の意味で最低生活を保障するのであるか。それぞれその個々の點において、おのずからその性格が異なると思うのでありますが、一體この法案の本質は、それらの中のいずれに重點がおかれておるのであるか、明らかにしていただきたいのであります。
#7
○米窪國務大臣 失業保險法及び失業手當法案を上程したときに、この兩法案提出の趣旨の説明の際、大體お尋ねの點は述べたつもりであります。勞働大臣が失業問題については無策だとおしかりを受けたのであるが、自由黨のある委員からは、勞働大臣は失業對策の問題についてはいろいろ意見を述べておる、そういうことはある雜誌にも基本的の意見を述べておるが、それは今日の日本の情勢から行われぬじやないか、兩方から、どうも有為策であるけれども、現實から行われぬじやないかといつておしかりがあり、無為無策であるといつておしかりを受けて、勞働大臣は間にはさまつてまことに困る。同時に私としては、社會黨の失業對策委員長當時において、いろいろな案を立てております。たとえば勞働問題としては就業の平準化、勞働者自身のなす共濟組合の設立奬勵、時間外勞働または殘業の廢止、勞働時間の短縮または休日の増加、操業短縮または交代制の採用、こういうようなことを述べておりまして、その他にも經濟問題についていろいろ對策もございますが、こういつた諸種の事業は、政府の政治力が貧困であるということよりも、こういつたことのできない今日の日本の經濟状態、すなわち資金の極度に梗塞しておる、あるいは施設及び資材がいわゆる荒廢しておる、こういつたときにおいて何人が内閣を組織しても、たれが勞働大臣になつても、でき得る限度はおのずから定まる、こう私は考えるのであります。英國の場合をいつも例にとられるのでありますが、英國はその經濟實情において私はただちに比較はできませんが、戰勝國であり、かついわゆる管理されておらないとか、あるいはアメリカとのいろいろ貿易の關係とか、そういつた點においてこれは日本と同じであると言うことはできない。こういうことから考えると、日本は領土を失い、そうして嚴重なる管理を受けて、そうして資金、資材は極度に不足しておる。このときに失業對策として、許されるいろいろの材料というものは、きわめて少い。そこで私はもちろん、御指摘のように失業手當、失業保險というものは末の末である。その前にあくまでも就職の機會を増大しなければならぬ。それにはどうするか、公共事業を起すとか、あるいは電源を開發するとか、あるいは輸出産業を振興するとか、そういつた新しい事業を起すことによつて、そうして現在失業者をそれに吸收するということについては、去る十月二日の勞働組合の代表者との懇談會においても、賃上闘爭ばかりに精力を集中せずに、腹が減つておるということは事實である、生活が困難であるということは事實であるが、生産増強の方へ、すなわち生産闘爭の方へ勞働組合の指導者が注意を振り向けるようにしてもらいたいということも要請しておるのは、實は失業對策のためにもそれが役立つということを考えておるからでございます。こういうぐあいで、今日日本においてフル・エムプロイメントが實現できないという困難については、私この委員會ですでに申し上げた通りであります。ただこのフル・エムプロイメントについても、廣い意味と狭い意味とがあるのでありまして、すなわち企業を前においてフル・エムプロイメントが實現できない場合においては、國がいわゆる職業補導所、その他の勞務配置轉換の機關を動員して、そうしてこれに廣い分野からしてこの勞務の配置轉換を行いたい、こういうぐあいにわれわれは考えております。今日全國にあるところの五百四十箇所の職業安定所、これの機能をもつと有效に活發に活動させたらどうか、今までは日本の役人根性で、自分が役所にすわつておつて、そうして求職と求人との申込みをつながらせる程度ではいかぬ。私はこの點は嚴重に職業安定所を通じて國全體の職業安定所長に對して、役員はわらじばきでもつて企業家のところにも行き、勞働組合にも行つて、そうして失業者の就職する機會をつくれ、こういう命令を出しておるのであります。さらに全國に三百四十何箇所あるところの職業補導所の機能も大いに活用して、そうして勞務の配置轉換をやるように私は指令を出しておるのでありまして、その他において、もし何らか民間側からこの失業對策について名案があるならば、いつでも私どもはそれを國の財政あるいは經濟状態とにらみ合わせて、これを採用するのに何らやぶさかではないのであります。こういうことで、われわれはまず第一に就職の機會の増加、それからいわゆる勞務の配置轉換、こういうことで最後に吸收できない勞働者は失業保險、失業手當でやつていきたい、こういうぐあいに考えておるわけであります。
#8
○小川委員 勞働大臣は失業防止對策として、あるいは勞働時間の短縮とかその他申されましたが、しかし今日ではすでに勞働基準法が制定されまして、この基準法に基いての失業對策を私が申しておるのでありまして、おそらく日本の現状から申しまして、これ以上の時間の短縮によつて失業者を防止するということは、これは當然なことであつて、この政策でいきますと、これは失業對策の、おそらく三流くらいの程度のものであると思つております。なお本案提出の根本的な問題を申しておられないようでありますが、私は失業者の氾濫によつて、それは勞働賃金の低下を食い止めるために、この法律案の重要目的のあることを勞働大臣は申しておられないのは、はなはだ遺憾であります。いやしくも働らく階級の父である勞働大臣は、もつと深く勞働者の立場を考えていただきたいのであります。
 なおこの法案御提出の原因にもどるわけでありますが、産業的理由から申せば、失業者はいわば産業の豫備軍であり、やがてまた産業に必要とせらるるものなるがゆえに、その失業中の生活は企業家が責任をもつのが當然であるという結論が生まれるのであります。かかる論から申せば、保險のかけ金は企業家だけに負擔さすべきものであるとも言えるのであります。また政府に失業防止策の名案なく、それがために失業者の續出というのであれば、すなはち政府の無策から生じたのであるから政府の責任に歸すべきであり、かかる場合保險のかけ金は政府ひとりの負擔とすべきであるという議論も生れるのでありますが、この點についてお伺いしたいのであります。
#9
○米窪國務大臣 本法を提案した理由については、劈頭に私から御説明申し上げた通りでございまして、すなわち失業者が多いということは、國としてもこれは經濟的のいわゆるがんでございまして、また憲法二十二條によつて、いわゆる人たるものは職業の機會を與えられておる。こういうことから見ましても、先ほど私が申し上げた方法で、まず就職の機會を増大する。また適當なる職業についている者に對しては、これを再訓練して勞務の配置轉換を行いたい。なおかつ今日の日本の經濟状態で救濟しきれない者は、失業保險及び失業手當で生活の若干を補助する、こういう考え方である。そこで政府の無為無策でもつて失業者が出る、こう仰せられたが、私はそうだと思いません。失業對策を講ずる點において、今日のように制約され、いろいろの點で思うようにいかない點においては、これは私は若干政府が責任を負わなければならないことも考え得ると思いますが、失業者が出てくるということは、これは政府のいわゆる政治力が貧困であるとか、無為無策であるということでなしに、アメリカの例をとつてみましても、あのルーズヴエルトがニユーデイルを施行して、あの資金においても、資材においても豐富なアメリカでさえ、常時三百萬の失業者があつた。これは資本主義經濟におけるところの必然的な、いわゆる病氣であると私は一應考えておる。そこで要するに、人間が生活するために必要とするところの物資と資源、そういつたものが限られている場合において、全人口と全勞働人口との割合において、これが十分なるところの配給が受け得ない場合において當然生活難が起り、また經濟問題としては、産業がこれらの失業者を吸收し得ないような、資本主義的な缺陥において失業者が出てくる。私はそういうぐあいに考えている。從つて今の小川さんの論據のように、政府の無為無策から出發するから、政府で全部の保險料を負擔しろということは、私としては承服しかねる。失業保險というものは、一つの社會補償であると同時に、相互扶助觀念でやらなければならないので、やはりこれに關連するものは經營者といえども、勞働者といえども、その負擔はやはり均等しなければならない。政府は保險者である以上三分の一の負擔をする、さらにそのほかに政府が保險者として、經營者となるのであるから、事務費をもつ。こういう建前がどこの國でも、あるいは失業保險以外の保險でも、これはほとんど常識化されたところの考え方である。こういうぐあいに見ている。
#10
○小川委員 次に失業防止策について私見を申し上げ、政府の對策を聽きたいと思います。失業防止のために國家の講ずる施策は大別して二つあると思います。一つは公共事業の振興であり、一つは私營事業の振興であります。私は日ごろから大量の失業者の發生する場合は、公共事業のみを振興させても、失業防止の徹底を期し得られないという意見をもつているものであります。すなわち今後世界を通じて唱えられるであろう完全雇傭は、公營私營の事業をともに振興さすことによつて、その目的が達せられると思うのであります。私營事業の振興は、通常産業貿易の振興政策であつて、一般商事政策あるいは工業政策の分野に属するものでありますが、ただそれが失業防止の名のもとに主張せられるときは、一つの重大なる本質を有するのであります。個人の産業振興のために國家が助成金等の方策をとることは、不健全なる政策のように思われるのでありますが、それが失業防止の目的を有するときは、國家が國費を投じて私營事業を補助することは當然の政策であり、妥當な處置であるとも言えるのであります。
 失業者を救濟するということは、今日國家の重要な任務であつて、これがために莫大なる國費を使つているのでありますが、この失業救濟に使つている國費の一部を解約して失業防止に振り向けることによつて、多大の效果を期待することができると思うのであります。かかるゆえにか、近時諸外國においては、産業助長が失業防止の目的を有する場合には國費の使用を承認しているのであります。私はかつておる雜誌で讀んだのでありますが、ロンドンで失業救濟の公共事業に四十五萬ポンドを投じたが、そのでき上つた價値にしか相當しなかつたし、また失業防止の目的で百萬ポンドを私營事業に奬勵したら、その效果が二百萬ポンドの價値を超えたというのであります。ドイツにおいては、失業防止に基づく産業助長策として、たとえば從來使用していた以上に勞働者を使用する場合には、追加勞働者一人につき幾らかずつの奬勵金とか補助金を、その使用者に下附して完全雇傭の實をあげた例があるのであります。現にわが國の政府においては、失業者救濟の目的で六十億という莫大なる豫算を取つて公共事業を計畫したのでありましたが、それは單なる計畫の作文をつくつたのみであつて、何一つ完全に實施されておらないのであります。私の言うことが間違いでありますれば、政府の方でその反證を示していただきたい。私はあの六十億で公共事業を起し失業者を救濟するという法案は、見透しを過つたと思うのであります。この公共事業によつて二百萬及至三百萬の人を使う豫定であつたということでありますが、今日までこれに就職を申出た者が、全國を通じて全體の百分の一にも達していないのであります。その原因はどこにあるかと申しますと、もちろん今日は賃金生活よりも、買出しとかやみ商賣の方が、より收入のよいという點もあるのでありますが、一番の原因は、失業者が働こうとするような事業を政府は實施しておらないからであります。また民間の事業は恆久的でありますが、官公營の事業は一時的のものが多く、いわゆる失業救濟事業で、そこで身を落つけて働くという氣分にはなれないのであります。かかる立場から見て、民間事業の振興ということは、失業防止策に最も重要な役割をはたすものであることが肯定されるのであります。そこで私は、六十億の失業救濟事業費の一部を、失業防止策に振向けることも一つの方策であり、それが私營事業の助成にまで發展すれば、必ず效果的なものが期待できると思うのであります。以上失業防止策についての政府の對策があればお示し願いたいのであります。
#11
○米窪國務大臣 失業對策は二つにわけまして、失業防止と失業救濟になる。今上程されておる失業保險、失業手當は失業救濟の施設のうちにはいる。失業防止については、小川さん御指摘のようにいろいろの事業がある。たとえば先ほども私が申上げた公共事業、あるいは輸出産業の振興、電源の開發、道路の修築、農地の開發、そういつたことがあるのでありますが、これらが一齊に、そういう事業を起すためには、取あえず問題になるのは資金であり、資材である。これが非常に窮屈な日本の現状であることは、御承知の通りであります。御指摘の六十億といつておりますが、實は前内閣において豫算を立てた公共事業は九十五億である。九十五億に對して、さらに本内閣は目下追加豫算として、ここでは、目下G・H・Qと交渉中ですから、數字はあげられませんが、相當の額を今追加支出をしようとしておる。しからばこの約百億圓の公共事業費のうち、どれくらいが失業防止にあてられたかということは、これを明確に區別ができない。すなわちその中の人件費はどのくらいであるかということについては、まだ調査がまとまつておりませんが、それの一つの傍證的の裏書きになるような數字を申し上げますならば、昨年の雇用關係の數字を申し上げたならば、大體見當がつくだろうと思うのですが、昨年は求人が三百萬人、求職が二百二十萬人で、求職の方が八十萬ばかり少い。これで成立したところの就職者數は約百三十萬、ここにアンバランスがあつて、私どもとしてはもつともつと求職し得る機會があるのではないか。あるいはもつともつと勞務の配置轉換をし得るところの餘裕が殘されているのではないか、こう考えております。そこで本年の三月三十一日をもつて締切つた公共事業において、どのくらいの勞働者が吸收されたかということも、正確な數字は申し上げられませんが、最初の豫定は、百七十萬人を大體吸收したいと思つておつたのが、九十五億のうちの部分が資材の購入だとか、そういう方面に流れ過ぎた點もございましたでしよう、その他のことで大體百二十萬人くらいが吸收されたのではないか、こう考えております。われわれは追加豫算も請求して、もつとこれを人件費の方へ振り向ける。こういうことに考えている次第でございます。從つてこの失業防止は、はなはだ乏しい國力の今日においても、なおかつ政府は鋭意この方面に政府の政治力を發揮したい、こういうぐあいに考えている次第であります。
#12
○小川委員 ただいま大臣は、あるいは道路の開發とか、あるいは電源の開發、その他土木事業にも相當資力を注いでいると言われたのでありますが、およそ日本の現状から見て、御承知のごとく食糧不足の現在の日本では、土木事業というような重勞働に從事するところの失業對策というものは、根本から間違つていると思います。御承知のごとく土木事業に從事する勞働者、すなわちこの仕事は重勞働でありまして、一日に六合ないし八合の主食をいただかなければ從事できないのであります。こういうことは明らかである。食糧事情の點からみましても、そうした方面に失業者を振り向かすということが困難であることは明らかでありまして、そういう重勞働、すなわち一日に主食の六合も八合も食べなければ働くことのできないような勞働よりも、もつと輕勞働ということを考えなければならぬ。輕勞働を振興さすには、すなわち産業を振興さすことであります。ところが現在のわが國では銀行の貸出金が制限されております。産業資金融資規則というのですか、こういうものがありまして、産業を助長しようと思いましても、資金の關係で止められております。ただいま大臣は非常に資金の關係がむずかしいとおつしやいましたが、この點私も同感であります。しかし政府の對策によつて、この資金の融通をもつと緩和して、産業を助長さすことによつて、この方面の失業者を吸收することができると私は考えます。失業保險は保險詐欺または濫給が非常に多いのでありまして、失業保險は他の社會保險に比較いたしまして、保險事故の證明方法が非常に困難であるのであります。病氣には詐病ありといいますが、原則として、科學的客觀的に診察できるのでありますが、失業給付の要件たる勞働能力及び勞働意思の存すること、竝びに勞働の機會なきことは、これを證明する方法は、結局職業安定所あるにすぎないのであります。その職業安定所にしましても、失業者に勞働意思の存するや否やの判定が、非常につきがたいのであります。私は失業者とは、勞働意思を有するも適當な職務なき者を言うという見解をもつているのでありますが、すなわち勞働忌避者もしくは意思的に勞働を欲せざる者、これは失業者とみなすことができないのであります。また金持で生活が困らぬがために勞働に從事しない者も失業者でないのでありまして、なお病人や老人、幼児、その他心身の缺陥があつて勞働に服したい者も失業者でないことはもちろんであります。それでは勞働能力者とはどの程度のものをいうのか、ドイツ失業保險法の八十八條は、普通の勞働能力の三分の一以上の勞働能力を有している者を勞働能力ありとして、それが職業がなければ失業として取扱つているのであります。しかしながら勞働意思が十分にあつても、勞働の機會を得ない場合があるのであります。すなわち適當な職業を得ないことであります。本法案第三條がそれでありまして、たとえば、ある熟練の熔接工が職業安定所に毎日出頭しても、本人に適する熔接の職場がない。一方旋盤の仕事では人を求めている。この場合旋盤の仕事は、その熔接の熟練工に當然適しない勞働であることは明かでありますが、職業安定所は、かかる場合就職を強いるものであるとか、あるいはその熔接工は拒否できることは當然でありますが、その職業の限界點を明かにして、職場の限界點を明かにしておかなければならぬと思うのであります。わが國一部學者の中では適當な職のないものを失業者と解釋しているものもありますが、これは絶對的失業者を意味するものではなく、相對的失業と解釋すべきであると思うのであります。適當の解釋や判斷がはなはだむずかしいのでありまして、適當というのは本人の經歴、就業能力に對して適當である。もしそれを絶對的のものとして取扱えば、失業數はますます増加すると思うのであります。いかに手厚き失業保險法の存する國といえども、失業者はある程度まで條件を落して就業するのを常としております。またいかに失業保險のない國といえども、各人の職業にはおのずから條件があつて、人はある程度以上に身を落せるものではないのであります。この點、すなわち制限を寛大にすれば失業者は簇出して、財政上の負擔がはかりしれないのであります。さりとて財政上の均衡を保つことに專念して制限を嚴重にすれば、本法律の趣旨に副わない結果となる傾向があると思うのであります。
 そこで私は、本法案第二十一條に關連するのでありますが、給付期間が百八十日とすれば、これを三段階にわけけて、失業六十日を經過した場合職業安定所の認定する――この場合別にわくを設けるわけでありますが、認定する職業に、さらに百二十日を經過した場合には職業安定所の命ずる職につかなければならないこととし、もしこれを拒んだ場合は、一月とかあるいは二月――この場合も後ほどきめることにいたしますが、失業給付を受けられないこととすることが、國家的見地から見ましても最も妥當な方法ではないかと思うのであります。もちろん職業安定所の命ずる職業と申したところで、限度のあることは當然であつて、大學を出て事務のみをやつていた者に旋盤工や金属工になれということは常識上あり得ないことでありますが、要するに三段階のわくを設ける必要があると思うのでありますが、この點についての政府の立場を明らかにしていただきたいと思います。
#13
○米窪國務大臣 先ほども私指摘申し上げたように、憲法の二十二條によると、何人といえども公共の福祉に反しない限り職業の選擇をすることができる、これが大前提になるといいますか、そういう原則になる。從つて政府としましては、職業安定法の精神も、また失業保險法の精神も、職業を選擇する自由は、いわゆる就職者に權利としてももつことを認めなければならぬ。但し就職者が前の給料よりも非常に安くても、あるいは前の職業と違つた斡旋でも、なおかつ本人がいくということであれば、職業安定所で拒むことにはできないのであります。ただ問題は、求人者が非常に違つた給料、あるいは非常に違つた職業で雇い入れたいという場合においては、求職者は拒み得る。だからといつて失業者として認めない、こういつた處置はとりたくない。ここで問題となるのは、英語でいいますとイントレラブル、アンシユーダブルの場合。イントレラブルというのはたえがたい勞働、アンシユーダブルは不適當、こういうことでございます。そこでいかなる限界が適當であるか、不適當であるかということになるのでございますが、能力から見ていわゆる適當であるとか、不適當であるとかいうことをきめるのでございまして、前と違つた職業を就職斡旋をするのが不適當であるというぐあいには、政府は考えていない。これは一に本人の自由意思によつて、職業紹介の衝にあたる者が、二十一條の精神において判定すべきであると、われわれは考えております。もちろん御指摘のように、あまりこれをきびしくやると失業者が多く出る。そうかといつて、これをルーズにやつて、今までの勞働條件よりもはるかに低下したものでも押しつけるというように、條文を變えることになると、結局憲法の精神にそむくので、ますます二十一條くらいの規定が適當ではないか、こう考えた次第でございます。
#14
○小川委員 私が昨年「勞働評論」という雜誌に失業保險に關する論文を書きましたときに、ある人が次のごとき意見を言われたのであります。失業なる事項は、被保險者が平等にさらされておる事故でないにかかわらず、平等の保險料を徴することは不公平である。不景氣が來て勞働者を減す必要のある場合に、まず解雇されるのは無能な者であり、人を求むる場合にまず職を得るのは能力ある者である。無能な者は先に失業してあとに就職する、能力ある者はあとに失業して先に就職する。この失業保險は、勤勉有能な者の負擔において怠惰無能者を救濟する、かくのごとき法律は國家的見地から健全なものではない、というのであります。同じことが事業者を對象とした場合にも言われるのであります。すなわち經營が巧みであり、失業者を出さざる事業主も、放漫なる經營によつて失業者を出す事業主も、同様な保險料を負擔することは公平でないと言い得るのであります。
 片山首相は、正直者が損をしない社會國家をつくるといつておられるのでありますが、失業保險を對象として見るとき、眞面目で勤勉な者が損をするという結果が生ずるのであります。私たち民主黨は、常に友愛協同の社會連帶主義を掲げ、社會においては人はもちつもたれつであると唱えているのでありまして、かかる立場から、幸福な者は不幸な者を助けることは當然忍ばなければならぬであろうし、從つて失業の被保險者に對しても、まつたくこの精神を有するものでありますが、この點について勞働大臣の御意見を伺つておきたいのであります。
#15
○米窪國務大臣 道理は今小川さんの言われた通りであります。しかし現状はグレシヤムの法則の悪貨は良貨を驅逐している現状でありますから、一様には言われませんが、大體優秀なる能力をもつている者、勤勉なる者が先に就職して、あとから失業するということはあり得ることであり、また政府もそれを望むものでございます。しかしこれが、そういう者の負擔において悪い能力、あるいは怠惰な者を救うシステムになるのではないかという御指摘でございますが、嚴密に言うと多少そういうこともあり得ると思うのであります。しかし今日の社會は、私がこんなことを申し上げるのは釋迦に説法ですが、要するに社會連帶主義である。相互扶助ということが、やはり民主主義の一つの特徴であると考えております。自分だけ勤勉であり、かつ勞働能力が高くて優秀であるから、自分らだけよければよいという觀念は、決して悪いとは言わないですが、さらに一歩進めて、自分らは就職しておる、就職の機會は限らている、しかるに勞働人口は非常に多い、さいわいわれわれは就職ができておるから、われわれが就業しておる犠牲――犠牲と言うと非常に強すぎますが、その反面には、いわゆる失業者がいる、われわれは就職しておるのであるから、まずわれわれがひとつ連帶責任、あるいは相互扶助の觀念で救つていこうじやないかという考え方は、あつてしかるべきだと思う。私は勞働組合の諸君に、いつも言うのですが、自分らは失業しない、であるから保險料のかけ損であるという觀念を皆がもてば、保險制度というものは成り立たない。この場合は單に勞働問題に限らず生命保險の場合も、おれは病氣をしない、長生きする、しかるに平均年齢に達しない者が死んだ場合は、われわれは損をするという考え方をもてば――生命保險の場合は連帶的な觀念はないからあたらないかもしれませんが、やはり社會生存のよい境遇を與えられた者は、社會連帶的觀念から見ると、與えられておらない者を多少でも扶助していくという觀念がなければならぬ。たとえば勞働災害扶助保險においても同様でございまして、いわゆるけが人がたくさん出ているところの工場があるし、また施設やその他の安全思想が強く出ておらないのがある。そうするとそういうところの經營者は、例の災害保險の保險料をかけ放しにしてしまつて、しかも自分らのところは災害事故がないから非常に損をする。こういう考えになるのですが、この場合も經營者の間に相互扶助あるいは社會連帶、こういう考えでいけば私は今日の民主主義の世の中において、そういう觀念が當然認められなければならぬのではないか。こういうぐあいに考えておる者でございます。
#16
○小川委員 大臣はわが民主黨の社會連帶主義に御同感であつて、大變滿足に思います。しかしこの場限りの答辯でないようにお願いをしておきます。大體私の記憶では、大臣は今日まで資本主義打倒論の非常な強硬論者であられたように思いますが、今日まで大臣は政治運動あるいは勞働運動の過程におかれて、しばしば勞働者は資本家に搾取されておるということを黒にされておられたようであります。すなわち大臣のこれまでの御意見は、勞働第一主義であつたと思われるのであります。およそ社會においてひとり勞働のみが絶對的の意義をもつものでもなく、またひとり資本のみが絶對的の意義をもつものでもないのでありまして、勞働も資本も、ともに社會經濟組織の根本的要素であることを確認することによつて、闘爭なき友愛協同の社會が生まれるものと思うのであります。よく聞くことでありますが、勞働者は資本家に搾取されていると言いますし、一方資本家は決して搾取しておらないと言う。この理解せざる意識のままにいくならば、日本の産業の再建はとうてい望まれないのであります。私はこの場合、勞働者が資本家から搾取されておると、しばしば口にされた大臣の口から、搾取の限界點を承りたいのであります。搾取の限界について考えられまするのは、事業主にして勞働基準法を正直に守り、また賃金においては業種別基準賃金を嚴守し、さらに福利厚生施設においても普通以上に備えている事業主でも、それが勞働者から搾取していると言われるものであるかどうか、これは今後わが國の産業問題竝びに勞働問題に重要なる意味をもつものでありまするから、大臣の見解を伺つておきたいのであります。
#17
○米窪國務大臣 私は從來勞働者が資本家に搾取されているということを言つたものです。それはどういう點で言つているかというと、いわゆる資本主義全盛のときにおいて、資本家がその利潤を獨占して勞働者を商品化する場合、すなわち勞働者には給料だけ與えればいい、それでいやならやめておけ、勞働餘力もたくさんあるから、自分らの意に滿つような者を使つていけばいいじやないか、こういう考えをもつておる資本家に對しては、これは勞働者を搾取している、私はこう考えるのであります。しかし今日の資本家は、そういうことを考えようとしても、今はそのような客觀的條件にない、みな赤字が出ている。そこで私は、經營者はいかなるあり方でなければならぬか、勞働者はどうであるかということに就いて、少しく抽象的になるが申し上げますれば、私としては、經營權は經營者にあるべきだ、しかしその經營に參加せしむることによつて、經營者が一人でやらない。そこで經營協議會というものにおける經營權に對する參加權を認めて、そうして勞働者といえども、これを商品のごとく見ず、自分らの經營のいわゆるコーポレーターだ、協力者だ、こういうぐあいに資本家が頭を切替え、そこで大體經理の點も、株主に話すように話す、そこで勞働者の協力を求める、こういう行き方をする。それから經營の實情においても、ある一定のいろいろの租税とか、あるいはいろいろの積立金であるとか、そういつた資本保有はこれを認めるけれども、それ以外のものは勞働者にわけてやる、こういう考え方をもつておるので、そうなれば資本家と勞働者が互に對立して爭う必要がない。いわゆる階級的利害というもので對立する機會が非常に少くなる。こういうぐあいに考えておる次第であります。
#18
○小川委員 大體この問題について、大臣の見解は私たちの考えていることと同一であるので、非常に滿足に思うのであります。
 次に私は、就業報奬勵金制度のごときものをつくる必要があると思うのであります。これまでわが國において、失業者が就職した場合を見ますると、職業紹介所の斡旋で就職した者はきわめて少數であつて、そのほとんどは自己の力で就職しているのであります。すなわちその率は、自己の努力で就職した者は八〇%であり、公共職業安定所の斡旋で就職した者は二〇%という率を示しているのであります。ところが失業保險制度ができた今後の場合を考えてみますると、失業しておれば保險金がもらえるから、急いで就職するのはばからしいという不まじめな思想に陥り、自己の努力で就職しようという熱意と積極性をもたなくなるのであります。そこで受給資格者が、その受給期間中に自己の力で就職した場合報奬金を與える制度を設ければ、就職にみずから積極的になるだろうと思うのであります。この場合その豫算が問題となるのでありますが、保險料として支拂うその經費を、報奬金の方にまわすという結果にすればよいと思うのであります。これは一方には惰民の養成を防止せしめ、一方には官公廰の複雜な事務を援けるという效果をもたらすものであります。この點について大體政府の方の御見解を伺つておきたいと思います。
#19
○米窪國務大臣 今のお説では、失業しない者に返還金をさしたらどうかというようなお考えですが、一應そういつた考え方もおもしろい考え方だと思いまするけれども、この法律ではそれは考えておりません。
#20
○小川委員 大臣のお考え違いです。失業中の受給資格者が自己の力で職を見つけて就職した場合。現在失業中の失業保險金をもらつておる者が、自己の力で就職した場合、これは今世界のどこにも例がないのであつて、日本で初めてだからむずかしいだろうと思うが、しかし非常に重要なことであると思う。
#21
○米窪國務大臣 先ほどの私の囘答が違つておつたので訂正します。それは一つのおもしろい考えであると思いますが、そうなると經費か、失業保險の經營費だけではおさまらなくなり、相當の額が必要になるではないかと考えます。當然この受取るべき給付額の程度ではおさまらなくなる、そう考えるので、この點はこの保險では考えておりません。
#22
○小川委員 大臣おわかりにならぬようでありますが、要するに保險金で出す金を奬勵金、報奬金で出すことになるのですから、豫算には關係がない。だから報奬金を高くするか低くするかということで違つてくる。あなたの言われるように、高くすれば保險金で出す以上に豫算が必要であるかもしれないけれども、失業しておれば當然保險金を出さなければならぬのですから、本人がみずからの力で職を見つけた場合に、報奬金をやつても、それは保險金でやる金をそちらにまわすわけであるから、豫算には關係がないと思う。しかし時間がないようでありますから、これはまた最後にあらためて修正案として私は出したいと思うが、きようはその點はこの程度にして、あと一點だけ申し上げておきたいと思います。
 この法律案には、受給資格者が職業安定所に出頭する義務のあることを明らかにしてありません。アメリカ、イギリスの法律では、一週間に二囘は必ず公共職業安定所に出頭すべきであるという規定がある。ドイツのごときは一時毎日出頭しなければならないという規定さえあつたのであります。わが國においては、幾日目ごとに出頭を命ずるのであるか、その點をこの法律に明らかにしておかなければならないと思います。これは政令で定めるということでありますが、この重要なものを、なぜ法律とせず政令によるのであるか、その點を明らかにしておいていただきたいと思います。
#23
○米窪國務大臣 先ほどの私の答辯の足らざるところをもう一つ補足します。それは當然六箇月なら六箇月給付額をもらえる方が、本人の努力で就職したからには、そのあとのは報奬金として出したらどうかというお尋ねですか。
#24
○小川委員 それとは違うけれども、似ている……。
#25
○米窪國務大臣 だからこれは非常にむずかしい問題であります。當然黙つておれば六箇月間保險金をもらえるものを、本人の努力でやつたというても、その努力が報奬金に値する努力かどうか、政府で認定することは非常に困難であるということと、はたしてそれが給付總額十三億とみて、それ以内でおさまるか、それ以上にオーバーするかという見當がつかないから、ここではつきりわれわれとしては賛成するというわけにいかないのであります。これはおそらく修正したいという御意見らしいが、なかなか法文に書き表わすにの困難で、實際事務的にどういうふうに表現するかということが困難であると思います。
 それから、なぜ政令でもつて一週間に二囘公共安定所に行つて、失業者であるという登録をすることをきめて、法文に書かないかということについては、これは職業安定局長から御説明申し上げます。
#26
○上山政府委員 第十六條の公共職業安定所に出頭いたします囘數を、私たちのつもりでは、政令で定めることに考えておるのでありますが、これは原則といたしましては、安定所に週二囘出頭さすことに規定いたしたいと思つておるのであります。しかしながらなお場所によりましては、週二囘出頭さすことが非常に困難なところもあると思いますので、そういうところは、さらにその囘數を減らすことができるとか、あるいは、大體これは安定所に出頭するわけでありますが、場所によりましては、こちらから、いわば出頭して參りまして認定をする途を開きますとか、いろいろ細則的なことを規定してまいりたい。かように考えておりますので、そういうことはむしろ政令に讓る方が適當じやないかと考えた次第であります。
#27
○小川委員 時間も過ぎたようでありますから、これで私の質問を打切ります。
#28
○加藤委員長 川崎君。
#29
○川崎委員 ただいま第十一委員室で開會中の鑛工業の委員會におきまして、石炭國管問題が論ぜられておりますが、先ほど米窪勞働大臣は、わが黨の西田隆男君の質問に答えられまして、炭鑛事業を勞調法第八條に謳うところの公益事業に、追加指定をする意思はないかという點に關連してお答えがあつたそうである。しかしながら西田君の話では、十分に滿足のいくまでの御説明がなかつたということでありますので、勞働委員會においても、これはきわめて重大な問題でありますので、民主黨としてはこの際ぜひお伺いをいたしておきたい、かように考えるのであります。
 八月十六日與黨三派の政調會長が會談をいたしまして、商工大臣の官邸で、臨時炭鑛國家管理要網というものを、三黨頭首協定の線に基いて決定いたしました。その際に炭鑛生産協議會という項の中に、勞働爭議が炭鑛で起つた場合は、當該勞働關係の當事者は、その請求があつたときから三十日を經過したあとでなければ爭議行為をなすことができないという項を入れまして、このことについては明らかに三派の意見が一致しておりました。すなわち公益事業に追加指定することを豫想しての箇條であつたと私は承知いたしております。しかるにその後商工大臣に對しまして、勞働大臣の方から横やりがはいつた。炭鑛を國家管理をするからといつて、公益事業の指定追加を行うというようなことは、現在の勞働事情からしてまことに困難である、そのようなことは不適當であるというような意味の横やりがはいつたそうで、そこでこれは取やめになつたように聞いております。今囘提案された臨時石炭鑛業管理案にはその條文が少しも見當らない。そこで西田君の質問と相なつたと思うのでありますが、まずこの問題の理解のために、どうしてそういう横やりがはいつたものか、商工大臣が公益事業として指定することが當然であるという見解に對して、勞働大臣はいかなる見解のもとに、これを頑強に突張られて、その趣旨を通されたのか。そのいきさつをまずお伺いをして、私の質問を進めたいと思います。
#30
○米窪國務大臣 これは川崎さんのお話のように、横やりを入れたとか、論爭したとかいうことを西田さんも言われておりましたが、これはきわめて圓滿裡の兩大臣の間に話ができた。そういうことにおちつくまでには、これは川崎さんも御承知のようないきさつがあつたのでありますが、この席上では言いません。私勞働大臣として、この問題についてお答えするならば、やはり勞調法の改正をしないとそういう指定はできないことになります。勞調法の改正ということでいくならば、この急を要する石炭國家管理の問題が、また非常に審議が遅れはせぬかということが一つの心配になります。そこで、これは勞調法の審議が昨年行われたときにおいても、公益事業の範圍について、いかなるものが公益事業であるかということが一つの非常な論點だつたのです。で、いろいろの論點があつたのですが、結局はその當時の大勢は、公益事業というものはそう擴げると、勞働者の罷業權を抑壓することになりがちだ、そこで、どうしても公共の福祉のために、その爭議がただちに激發されるということが望ましくないということが、横から見ても縦から見ても明らかであるものに限つて、公益事業ということにして、三十日の調停期間というものをおこう、こういうことになつた。そこで、たとえば電車であるとか汽車であるとかいうものは、勞働爭議が起つて、すぐそこでそれがストツプになると、ただちに公共の福祉に影響を及ぼす、こういうことが認定される。石炭の場合はそれではどうかということですが、これも一年前と今日とは大分情勢が變つておりますから、これを公益事業とするの可否ということの分れ目が、一年前の時ほどでなくて、非常に緊急を要する事態にはなつていることは私どもも認めるのですが、しかし汽車が止まる、あるいはガスや電氣が止まるというのに比べれば、まあ辛抱できるのではないか、こういう點で、しかしこれについては、勞調法の方で……、勞働大臣から調停を申請することができるということの手があるのです。そこでこれは勞働大臣が、調停を申請した場合においては、三十日というようなそういう期限はありませんが、とにかく勞働大臣が調停を申請して、そうして調停の實のあがるまではこれはやはり爭議にならないということが原則なのです。それもあくまでも勞働組合法を楯にとつていけば、それは爭議をしたことは決して非合法ではないのですが、しかしいやしくも監督官廰の勞働大臣が調停の申請をやるということであれば、すぐ罷業になるというその危險性を先へ延長できる。こういうことを實は先ほど説明申し上げたわけであります。それで、問題は、勞調法を改正すべきであるかどうかということについては、閣議において實は、改正せずにそういう方法で行こう、こういうことに納まつたわけであります。
#31
○川崎委員 非常に博學の米窪勞働大臣でありますが、この問題に關する限りは私は少し見解が違います。というのは、勞調法をどうして改正する必要があるかということです。勞調法を改正しなくても公益事業の指定を追加することができる。即ち勞調法第八條には明白に、運輸事業、郵便、電信又は電話の事業というふうな事業は、これは公益事業として、勞調法のできるときに指定事業としました。しかしながら「第二項には主務大臣は、前項の事業の外、中央勞働委員會の決議によつて、業務の停廢が國民經濟を著しく阻害し、又は公衆の日常生活を著しく危くする事業を、一年以内の期間を限り、公益事業として指定することができる。」という條項があるではありませんか。しからば勞調法を改正せずとも、主務大臣が、炭鑛事業は今日その業務の停廢が國民經濟を著しく阻害するということを認めたならば――私は、認めるのがほかの業務よりも何よりも今一番炭鑛事業だと思うのですが、そういうことにおいて、勞調法を改正せずともできるというこの明文があるにかかわらず、大臣はこれを斷行する御意思がないのでありませうか。
#32
○米窪國務大臣 第八條の二項は私は知らないのではありません。それはわかつておるのですが、私は、そういう法的處置をとらなくても、勞働大臣の調停の申請で、勞調法の第八條をまたずして、いわゆる調停によつていきたいというその點へ、私の説明の要點をおいているわけで、この八條の二項というのは、結局は勞働委員會の裁定を要する。こういうことになる。こうして勞働委員會がいつまでもこれに同意しないということになつてくると、實はそういうことが八條できめてあつてもなかなかできない。そこで勞働大臣が直接調停にはいるということがまつすぐな途だ、こういうぐあいに考えておるわけであります。それから何といつても石炭増産ということは、勞働者が心からその精神に共鳴していかなければならない。いやしくも勞働者がもつておる既得權利、罷業權をこれによつて彈壓したという感じを與えることは、これはあなたのおつしやる通り、そういうものを發動すればできるけれども、そういうことをせずに、勞働者の既得權利を多少とも、侵害と言えば語弊があるが、狭められたという感じをもたすことは、はたして増産の效果が上るかどうかということについて疑問があるから、三十九條の規定はああいうぐあいにした方が效果的である、こういう點に兩大臣の意見が一致した。
#33
○川崎委員 第八條の二項を十分知つておられるということであれば、まことに結構であります。そこで私はたでいま勞働大臣が言及されたのでありますが、これは勞働委員會の裁定というのではなく、決議を經なければできないのである。そこで私は、昨年この勞働關係調整法が議に上つたときにも、この公益事業の追加の場合においては、使用者を代表する委員と、勞働者を代表する委員と、第三者を代表する委員と、この三つの委員のおのおのの過半數が賛成をしなければ、公益事業の追加指定をすることができないということは、多少行過ぎではないか。これは委員會全體が一つの獨立した性格を持つ機關である。從つて委員會全體の多數決によつてやるべきが最もよろしいではないか。現在の状態から炭鑛事業を追加指定をする場合には、勞働委員なり、あるいは經營者側の委員なりが反對をするものがあるであらう。その場合、委員會の構成上、一方の側の委員が足並を揃えて反對をする場合もあれば、これは國家のためには必要だから、勞働委員、使用者側の委員の立場にかかわらず賛成をしようというような、國家全體の立場に立つ人もあるから、そこで全體の多數決にする方がよろしいということを申し上げておつたのですが、その當時の起案者はこれを頑強に主張して、とにかくおのおのの過半數の同意がなければできないということになつてしまつた。私は勞調法を改正するならば、むしろここに重點があると思う。そこで今主務大臣が調停をすることができる。それにこの勞調法の第十八條の五項の「公益事業に關する事件又はその事件が規模が大きいため若しくは特別の性質の事業に關するものであるために公益に著しい障害を及ぼす事件につき、行政官廰から、勞働委員會に對して、調停の請求がなされたとき。」こういう場合においても調停はできることはできる。大臣の今の大體のお考えは私はわかつたのでありますが、私は石炭問題については、鑛工業の委員でないために委員會の發言はできない。しかしこの勞働委員會を通じて特に申し上げたいことは、マツカーサー元帥の書翰に示唆された第一には勞働者の生産性を最大限に發揮せしむるために必要なる住宅と食糧を供給するということは、一方において勞働者を大いに優遇しなければならないということを言うと同時に、一方には交代制を採用して、石炭業を一般的に二十四時間作業體制にすること、こういう強力な示唆も含んでおる。そこで今度の石炭國家管理案の狙いというものは、勞働者、企業者、政府が一體になつて増産にあたらなければならぬということが骨子であるが、少くとも現在までの私企業の経營形態というものを、相當抑制し、國家管理とする。從つて今までの經營者のプロフイツトの上に、相當強い抑制を加えることは事實である一方において勞働者の經營參加を認め、勞働者に多大の發言權をもたして、そうして勞働者經營者一體となつて増産をはかる。こういう進歩的な考えをもつて國家管理を斷行しようとしておる民主黨としては、同時にやはり勞働の強化、勞働の責任制というものを、この炭鑛事業の面に現わしていかなければならぬ。われわれはそういうような考え方から強くこの點を主張しておる。これは勞調法の改正を要せずしてもできる。公益事業の追加指定に對しては、これは勞働委員會の中の權威ある中立側の委員もその必要性を認めてきている。しかし一方には國管をやるのであるから、炭鑛事業を公益事業として追加指定するということは、勞働者に對して相當感情的刺激を起し、勞働者の爭議權を抑制するという點から、國管は實施前には避けたいというならば十分わかる。しかしやり始めたら結局公益事業並の取扱いをしなければならぬ情勢になる。こういうことを中立委員が言い始めておる。もしも今後勞働爭議というものが、相當廣範圍に炭鑛事業において起つた場合、國家管理を行つておる場合においては、どうしても調停を乗り越えて、そのときこそ炭鑛事業の公益指定を行わなければならぬ時節が必ずくるということを豫見して申しておるのでありますから、それらの事態を勘案して十分なる御善處を願いたい。これはひとつぜひお考えを願いたいということを最後に申し上げて、私の緊急質問を終る次第であります。
#34
○米窪國務大臣 私が勞調法の改正を要すると言つたのは、今あなたの言われた通りの點を考えておるからであります。それではこれをなぜ改善しないか。今日の北海道なり九州なりの各方面の勞働委員會の構成をよく調べてみますと、中立というものはあの文字通りの中立ではない。中立委員もはつきりと二つにわかれております。資本家側の中立、勞働者側の中立とあつて、各地方の勞働委員會がみなそうです。そうすると結局半々でもつてきまらない。あなたのおつしやる通り、たとえ改正をして過半數で――一々の勞働側、經營側、中立側の多數決で決するということを改正して、くるめて包括多數決にしても、結局結果は同じになるだろう。私はこういう豫感をもつておるので、そこで私としては、今申し上げたような勞働大臣の調停でいくべきである。そうして十月二日に勞働組合の代表者を集めて、私のいわゆる勞働行政の一つの政策として申し上げた點は、あなたと同じ主張である。すなわち公益事業にあらざるものを一方の提訴によつて中央地方の勞働委員會が受理したときには、その調停に關する裁定が下るまでは勞働者はストライキをしない。經營者はロツク・アウトしないということを勞働團體に提唱しておるのであります。しかしながらこれは、もちろん石炭關係の勞働組合の者にも提唱しておるわけです。大體私はこの提唱に應ずるだろうと思つておるのですが、もし應じないときは勞働大臣は調停をする。どうしてもいけない場合においては、今あなたのおつしやつたような、例の多數決できめる勞調法の改正もやむを得ないと考えております。
#35
○相馬委員 私は、今まで問題になつておつたことと違うのでありますが、千六百圓ベースより千八百圓ベースへの差額の支給の配分について、ただいままで私は金融財政委員會に出ていたのでありますが、その間のことを申し上げて、ぜひ勞働大臣の見解を承りたいと思います。
 この千六百圓から千八百圓の差額の補給金の配分について、政府側は超特が十二割、それから特地、甲地、乙地、丙地。丙地においては二割という五段階による配分を政府が發表して、全官公廰代表といろいろと話合いになつたことを知つておりますか。そうして金融財政委員會において全官公廰の代表の話を聽きますと、これを呑んだのであります。政府案でよろしいと言う。しかし私は勞働組合出身の者として、こういう事情を知つております。教員組合はまつこうから反對しております。それから全遞がまた反對しております。ところがその勞働組合の幹部だけが政府案がいいと言う。それで今委員長の方にも出しておいたのでありますが、委員の諸君にもぜひ考えていただきたいことは、本俸二千圓の者が丙地においては、すなわち村に住んでいる者においては六百五十六圓しかもらえない。ところが大きな都會に住んでいる者は五千百十七圓もらえる。われわれにはどう考えても、あまりにも大きな差額でわからない。それを全官公廰代表が呑んでおる。そうしてこういうことを言つている。それはどういうことかというと、これは政府の責任においてやるのであるから、われわれ組合員としてはその生ずる結果についてはまた考えが別だと言つている。勞働大臣もおわかりの通り、今度豫想されるところの勞働攻勢が、地方々々から收拾すべからざるような形において起きてきた場合を考え、それを政府とまた國會とが簡單に呑んだということになると、これは非常に國會の權威から言つても、また祖國再建の途上にあるあなた方政府の勞働主務大臣においても、困つた問題が起きるのじやないかと思う。從いまして勞働大臣の立場から、この片方は六百五十六圓、片方は五千百十七圓という莫大なる差額が至當だと思うか。それからまた訂正の意思はないか。こういうことについてひとつお答えを願いたい。それからまた、それらの勞働攻勢に對する大臣の見解等がありましたら、むりに要求しませんが、附随して述べていただきたいと思います。
#36
○米窪國務大臣 閣議の内容についてあまりここでお話することは避けたいと思いますが、實はこれは閣議できまつたのです。當時私は勞働委員會に出ておつて、その席におらなかつたのです。しかしきまつたものは閣僚の一人として責任をもちます。しかし私としましては、この十二割から二割までという段階は、あまりに段階をつけすぎる。地域差のいわゆるデコボコ調整ということは必要であるけれども、あまり特地、甲地、乙地、丙地というように、たくさんの段階をつくつて、しかもその段階ごとの比率というものが、非常な違いをしておるということについては、私在野當時から、これは非常に遺憾であるとして大藏當局にも言つておる。そこでそのいきさつは相馬さんが一應お話になつたように、これは官公廰の勞働組合の中にも意見の相違がある。中央と地方で官廰待遇委員會というものがあつて、各省の勞働組合から若干の委員が出ておる。この連中と大藏當局とが折衝しておつた。ところがその勞働組合の中にも、中央と地方の意見がまとまらないものですから、なかなか話がまとまらない。そこで結局勞働組合の方でさじをなげた。そのときは日教組はおらなかつたというが、一説によれば、日教組もはいつておつたと言うけれども、そこはよくわからない。こうなればわれわれの方で、いいとも悪いとも言えぬから、大藏當局の責任できめてくれと言うと、それに對して大藏當局は、おれに一切任してくれたと考えた。ところが勞働組合では、そうではない、政府の責任できめてくれと言つたのは、段階とか比率を白紙で委任したのではないということで、若干の見解の相違がありますが、ああいうことになつて、それが閣議に報告されて國會にきた以上は、どうか國會で自由に是正していただきたいと思います。勞働大臣としての意見を述べればそういうことであります。
#37
○相馬委員 國會において自由に審議してほしいという勞働大臣の言葉を聞いて、まつたく同感であると同時に敬意を表します。
 もう一つ具體的に言うと、家族一人について丙地においては三十圓しかもらえない。ところが超特地においては二百三十四圓もろう。こういう數字も出ておりますので、後ほど私はその參考書類を上げます。そこで政府ではこう言つておる。それは、われわれは今の官公吏の生活の實態調査をしたが、六對一という數字が出た。これに反對するものは、これは明らかに間違いである。常識的にもあまりひどいではないか。こういうことではだめなんだ、間違いである。こういう資料でも出してこなければだめだという大體の腹らしく、かつまた金融財政委員長の北村さんもそういう腹なんです。しかし具體的な問題として、各組合は最高諮准機關である大會にかけておりません。今の勞働組合というものが、きわめて中央集權的であることも、勞働大臣お認めの通りであります。そこで政府に責任が殘るのだぞというような言葉を與えておいて、この全官公廰の代表と大藏省とがくつついて、これを今呑もうとしている。國會議員の方でも完全なデーターがないから、山口喜久一郎さんなんかおもしろいことを述べておる。これは實におかしいが、反對する理由がないからできない、賛成するよりほかはないではないか、こういうことでは國會の權威も何もあつたものではない。そういう意味で大臣に申し上げたのでありますが、大いに國會でもんでやれということでありますから、大いにもんでやります。しかし閣議においても數字の魔術にかかつておる。そういうでたらめな統計というものは、統計のないものよりも悪いということを指摘したいと思います。
#38
○米窪國務大臣 國會議員はいかなるデーターにせよ材料にせよ、請求する權利がありますから、そういう必要なものについては請求していただきたいと思います。
#39
○加藤委員長 それでは本日はこれでもつて散會いたします。
   午後零時四十七分散會
ソース: 国立国会図書館
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