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1947/09/22 第1回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第001回国会 厚生委員会 第16号
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1947/09/22 第1回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第001回国会 厚生委員会 第16号

#1
第001回国会 厚生委員会 第16号
昭和二十二年九月二十二日(月曜日)
    午前十時三十二分開議
 出席委員
   委員長 小野  孝君
   理事 田中 松月君 理事 山崎 道子君
   理事 武田 キヨ君 理事 有田 二郎君
   理事 徳田 球一君
      太田 典禮君    松谷天光光君
      井村 徳二君    園田  直君
      中嶋 勝一君    降旗 徳弥君
      榊原  亨君    村上 清治君
      河野 金昇君    齋藤  晃君
 出席國務大臣
        司 法 大 臣 鈴木 義男君
        文 部 大 臣 森戸 辰男君
 出席政府委員
        總理廳事務官  伊東 五郎君
 委員外の出席者
        厚生事務官   高田 正己君
    ―――――――――――――
九月二十日
 結婚問題の指導その他に關する請願(山下春江
 君外二十六名紹介)(第六一一號)
 元官公吏の思給増額に關する請願(植原悦二郎
 君外二名紹介)(第六一九號)
 同(唐木田藤五郎君外一名紹介)(第六二三
 號)
 日本醫療團築館病院建設完成促進の請願(庄司
 一郎君紹介)(第六二七號)
 恩給増額に關する請願(池谷信一君外二名紹
 介)(第六二八號)
の審査を本委員會に付託された。
    ―――――――――――――
本日の會議に付した事件
 住宅問題に關する件
 風水害被害状況報告聽取
 兒童福祉法案(内閣提出)(第三三號)
    ―――――――――――――
#2
○小野委員長 これより會議を開きます。
 この際御了解を得たいと思いますが、一昨日本委員會の理事の打合會を開きまして、今後の議案の審査についていろいろ相談いたしたのでございますが、會期はあと餘すところ一箇月になつておりますのに、まだ議案が相當出積しておりまして、政府提出の法律案についてもまだ五、六件は殘つております。しかもその間に議員提出の相當重大な法案が出ることもまた豫想されるような次第てございまして、つきまして議事の進行に關しましていろいろ打合わせました結果、この際できるだけ審議を急ぐという申し合せをいたした次第でございます。今後定例日以外の日にも速記の方の都合がつき次第隨時開くことにいたしたいと思いますが、いずれにしましても、議事の進行については急ぐようにいたしたいと思いますので、御協力賜わりたいと思います。
 河野金昇君から住宅問題について緊急質問をいたしたいとの申し出がありますので、これを許したいと思います。河野金昇君。
#3
○河野委員 全般的な問題をお聽きする前に少し事務的な質問をいたしまして、それからそれをまとめたようなかつこうで住宅政策についてお聽きしたいと思います。復興院のお方がお出でになつておるようでありますが、戰災とか、強制疎開とか、外地から引揚げてきた人とか、あるいは戰爭中家をつくらせなかつたというようなことによつて、非常に住宅が不足しておると思います。特に今度の風水害等によつてもまたおびただしい住宅の不足を來しておると思いますが、今度の風水害のものはまだおそらく御調査もできておらないと思うから無理でありましようが、そのほかで現在大體どのくらい全體として不足であるかというような事務的の問題からまずお伺いいしたいと思います。
#4
○伊東政府委員 お答えいたします。ただいま住宅不足數につきましては完全な調査がありませんので、推定による概算でございますが、その數字を申し上げます。戰災によりまして消滅いたしましたものが二百十萬戸、強制疎開によつて破壞いたしましたものが五十五萬戸、海外引揚者による利用増が六十七萬戸、戰時中の供給不足數が百十八萬戸、これを合わせて四百五十萬戸とわれわれは推定いたしております。その後建築せられましたものなど差引きまして現在の不足數が約四百萬戸となつております。しかし今囘の風水害、また先般の飯田の大火災というようなものは年々あるのでありまして、火災、風水害等による滅失戸數は、戰前の統計などから推定して、大體五萬戸、自然腐朽によつて滅失してくるものが五萬戸、世帶の自然増加による利用増を十萬戸、現在の不足數に二十萬戸の新たな不足が生ずるというふうに大體見ております。從つて毎年二十萬戸の新たな需要による建設と、四百萬戸のうちの何分の一かの建設を必要とする、こういうふうにわれわれ考えております。
#5
○河野委員 そうすると結論として、そういつたものを合わせて大體現在四百二十萬戸くらいの不足と見ているわけですか。
#6
○伊東政府委員 現在四百萬戸の不足を見ておりますが、それに新たに二十萬戸ずつ不足していく、こういうふうになつております。ですからかりに四百萬戸のものを十年間でこの不足數を建設するといたしますと、毎年平均しまして四十萬戸、新たな需要が二十萬戸、合わせて六十萬戸ずつを建設してまいりますと、十年後にほ住宅の不足數がゼロになる、こういうふうに考えております。
#7
○河野委員 それから住宅營團ができたのは昭和十六年の五月一日だと記憶しておりますが、その設立から昨年の十二月二十三日の閉鎖機關に指定されるまでに、住宅營團は厖大な費用を使つており、この厖大な費用は戰時中から問題になつておりましたように、職員なんかの厖大な給料とか手當というものに相當使われていると思いますが、この厖大な豫算を費したところの住宅營團が、この數年間に建設した戸數、ただマツチ箱のようなものをこしらえておつたのでは問題になりませんから、戸數と坪數とがわかつておればお聽きしたいし、今おもちにならなければ、あとからでも結構ですから、お知らせを願いたいと思います。
#8
○伊東政府委員 きよう數字をあいにく用意してまいりませんでしたが、大體わかつておりますから調べてお答えしたいと思います。
#9
○河野委員 終戰後非常に家を燒かれたり、いろいろとられたりした人が、自分の家を建てるために一生懸命に努力をして建てたのでありますが、どういう加減か、復興院が建築許可を非常に強化された。從つて現在公定價格がやみよりも下まわつているというのはほとんどない際に、材木なんかが公定を下まわつておるというような現状であります。どういうわけで復興院はこんなに許可を嚴重にされたのか、嚴重にした以上は、國の方でつくつて皆に滿足を與えなければならぬが、それが遅々として進んでおらないようであります。建築強化をされた理由は、巷間傳えるところによると、民間側と官廳側と競爭すれば、民間に負けるのはきまつておるから、自分たちの立場を擁護するために、こういうむずかしいことをしたなんという悪口を言つておる連中が多いのでありますが、強化されたところの理由竝びにこれからもなおこのままおやりになるか。おやりになるとすれば一體どういう計畫でこの住宅の不足を滿していくのか、お尋ねしたいと思います。
#10
○伊東政府委員 お尋ねの臨時建築等制限規則でありますが、終戰後ごく一部の料理屋とか劇場とか、そういう不要不急の建築物について特に許可制をとつておつたのでありますが、この二月の八日にこれをさらに強化いたしまして、建築物は住宅を含めて全般的に許す制をとることにいたしました。これは何分重要資材が非常に不足いたしておりますにもかかわらず、その需要が相當多ございますので、これを放任いたしますと、料理屋とか、やみ商賈の店舗とか、劇場とか、そういう方面にばかり流れてまいります。また住宅にいたしましても、相當ぜいたく住な宅の方ができて、一般庶民の住宅ができないという事態になりますので、これを全般的に強化したわけであります。ところがこれを二月以來實施いたしてみますと、あまりに制限が強過ぎて、この目的とする庶民住宅すらもなかなか煩わしい手續のためにできない。こういう非難も最近非常にあるのであります。これをよく調ベてみますと、木材などは相當に大都市その他の消費地に滯貨がございます。しかしこれが正當なルートで入手されたものでない。そういう立證ができませんために、これを手持材として活用できない場合が非常に多い。そういうようなことで住宅の建築が阻止されている事實もありますので、最近、手持材の利用については書面をもつて立證できない場合でも、現地に實際建てたいという人がもつているということが確認されました場合には許可するという處置をとりました。これによりまして現在の滯貨が相當はけるのじやないかという見透しをもつております。この暮までにそういう種類の建物が相當できるのではないかと思つております。
 それから役所が建てるのと、民間が建てるのでは、役所の方が競爭した場合に負ける、そういう理由で一般の建築を統制しておるというような聲があるというお話でありますが、これは決してそういう意味ではないのであります。先ほども申しましたように、なるベく少い資材を庶民階級の住宅の方にまわそうという趣旨でありまして、この庶民階級の住宅は、一般民間の經營としてはただいまの經濟事情では成り立たないのであります。在來日本の建築は都市では大體七割五分くらいは貸家として供給されておつたのであります。その貸家のほとんど全部と言つてよいくらいが今までは民間の企業としてやつておつたのであります。それが現在成り立たなくなつたために貸家の供給者がありません。前には公共團體として住宅營團もございましたが、ただいまでは主として公共團體でありますが、これに國庫補助を出して供給させておるのであります。結果としまして、公共團體の建築をやりよくするために民間團體を抑えるということにも自然なりますが、趣旨としましては先ほど申した通りであります。ただいま申しました庶民階級の住宅を終戰以來どれくらい建設しておるかと申しますと、終戰以來今年の三月までに新築をいたしましたものが六萬九千九百七十四戸であります。それから工場とか兵舎とかいうものを住宅に改造いたしましたものが五萬九千六百十六戸であります。合わせて約十三萬戸を建設いたしました。今年度も引續きまして約五萬戸建設の計畫を進めております。ただいま各都市でこの庶民住宅を建設いたしまして、大體できることになりまして一般から申込みを受けますと、非常な申込みでございます。東京、名古屋あたりの例を見ましても、百何十倍というような申込みがあるのであります。われわれとしましては一般の建築は多少抑えることがあつても、この庶民住宅の方を十分にいたしたいのでありますが、なかなか豫算の關係でこれを許しません。今年五萬戸でありますが、その豫算を編成いたしました後の物價の値上り、特に最近の新物價體系によりまするマル公の引上げによりまして、建築費が相當大幅に引上げられますために、この五萬戸の建設すらただいまできない實情であります。相當の追加を必要とするようなことになつております。かりに五萬戸建設いたしましても、ただいまの百倍以上の申込みというようなことは多少緩和されますが、相當の申込み者に對して供給數は非常に少い率になると思います。ただいま來年度の豫算も準備いたしておりますが、少くも今年度の倍くらいの計畫をもつてしませんと、この方の問題は緩和しないのじやないかというように思つております。
#11
○河野委員 二月からきびしくしてみたところが、大した効果は現わさなかつたから、今月からですか少しゆるくした。こういうようなことをおつしやつたようでありますが、役所というのは妙な機構で、私たちがたとえばあなたのような人と話をすると非常に話がわかるのでありますけれども、あなたの出店が各縣にありまして、ちつともあなたの意思が地方に通じておりません。依然として昔通りのじやまをしておる傾向が多々あるのでありますが、はつきりここで――それはこういう際でありますから料理屋をつくるとか、映畫館をつくるとかいうことは制限されていいと思いますが、住宅とか、あるいは妙な飲み屋とかでない店舗であつたなら、手持資材のある限りは一體お許しになるのか、依前としてあいまいで、あなたは許したようなことを言われるが、地方では許さないような態度でありますが、これをはつきりしておいていただきたいと思います。手持資材があつて書類を出せば許可になるのか、それともならないのか、それをひとつはつきりしておいていただきたいと思います。
#12
○伊東政府委員 手持資材でもやみで取得したものは建前としてはいかぬことになつておりますが、正當なルートで入手しました手持資材については、これは無條件で許可するということを指示しておりますので、もしそうでない例がありましたならば、直接私の方へお話を願いたいと思います。ただこれはごく最近でございますから、まだ十分徹底していないかもしれません。指令を出しただけで、まだ現地の打合曽なども最近にやることになつておりますので、十分に徹底していないこともあるかもしれません。
#13
○田中(松)委員 今おつしやるその證明ですが、この證明が今河野さんもおつしやつたように、ここではすらすらといくようなかつこうになりますけれども、現地におきますと、それを管財局かどこかで證明をとつてこなければならぬ、ところが管財局に行つて證明をとるということが、法文の上か、あなたたのお約束の上ではできることになつておりますけれども、事實は十人の中の八人か九人まではやりかけてあきらめるというような實情ですが、管財局の證明をとつてくれば、許可するとおつしやるが、管財局の證明をとるということが何とかの諺にある針のめどにらくだを通すようになかなかむずかしいので、そういう點をもう少し親心をもたれて、簡單にたれでもそういう正式のものをもつておる場合には、すらすらと行くように御考慮願いたい。ちようど日ごろ考えておつたことが河野さんの御質問に出ましたので、その點實地に副うように御配慮願いたいと思います。
#14
○伊東政府委員 仰せの通りでございまして、これは今までは證明書を要求しておつたのであります。ところがなかなか證明書というものは事實正式ルートで入手して持つておるものでも、證明できない場合が多いのであります。それで最近現場を確認すればいい。證明書は要らないということをはつきり指示いたしたので、これから先はそういうことはないと思います。
#15
○田中(松)委員 やはり管財局ですか。
#16
○伊東政府委員 そうではありません。復興院の出張所がありますから、出張所において現地で確認をする。また東京でつくる場合に、長野縣にものがあるという場合は、長野に出張所がありますから、長野の出張所で確認した場合には、東京に送ることができるのであります。そういう手配をしております。
#17
○河野委員 何というても家を政府の方が建てるか、自分の力で建てるかしなければならぬときでありまして、實際私どもが地方でぶつかる問題は、役所がいくつにもわかれていて、建築の書類をもつていくと、復興院の出張所があるにもかかわらず、一應縣廳の方に送つて、縣廳の方で一箇月、二箇月ぐらいがちやちやもちまわりして、それから復興院の出張所にもつていく、復興院の出張所で一箇月も放つておいて、縣廳の方と相談するということで、最低三、四箇月はかかるのであります。三、四箇月放つておけばまた内閣が迭り、公定なども變りやみ相場も變つてくる。實に迷惑千萬であります。一髓こういう許可などは復興院の出張所を設けたのですから、復興院の出張所でやつたらどうか、それともむずかしければ地方に委讓すればいいし、それをもつと簡單にされる意思があるかどうか。同時にこういう時代になつたのだから、正式に書類を出して、半月なり一箇月經つても何ら役所側の方において意思表示がなかつたら、それは勝手に建ててもいいというようなことをきめないと、何だか役所でいつまでも書類がそのままになつておるので行つてみると、まるでやみの奬勵やら、賄賂の奬勵やら、そういうことをときどきおつしやる。協力費を出してくれなければいかぬとか、そういうことを必ず縣廳の人々や出張所の人々は言うのであります。われわれがついていくと、そういうことは言わないのでありますが、一般の人が行くとそういうことを言うそうであります。あまりむずかしいことを言うと、先ほどおつしやつたように、途中であきらめるようになる。それはおとなしい人であつて、人によるとめんどうくさいから、まさか壊すとは言うまいと言うて、規則を無視してやつてしまうということになると思いますが、一髓役所へ正式に書類を出したら、半月か1箇月の間に處理せよということをきめられないものでありましようか。
#18
○伊東政府委員 ただいまの問題は私どもとして非常に苦慮いたしておりまして、いろいろ改めるところもあると思います。研究しておる點もございますが、大髓建築許可ということについてちよつと御説明申し上げますと、小さな住宅とか店舗とか、そういうもので、當然建てられるというようなものと、それから住宅にしましても、十坪、二十坪というような大きなものとか、あるいは劇場とか料理屋とかいうような原則として遠慮してもらいたい種類のものがあります。もう一つは、いろいろな工場だとか、病院とか一概に禁止的な態度でもいけませんし、またそうかといつて放任もできないというような、大髓三種類にわけることができると思います。地方住宅につきましては、これは現在あまり暇をかけておらぬと思います。大髓の調査をいたしまして、資材の面から言いまして許可のわくがございますが、そのわくを非常にオーバーする場合には、抽籖の方法によつて決定してしまう。これは毎月二囘くらいずつは各地でやつておりますので、申請しましてから大髓一月以内に慮理できておるようであります。ただ先ほどの手持資材があるという場合には、これは抽籖も何も要りませんから、迅速に調査さえ濟めば許可できることであります。これも一月以内に處理できておると思います。
 それから第二の料理屋とか劇場とかいうようなものは、非常に長くかかつております。これはいろいろな點も考えなければなりませんし、申請が相當山積しておりますが、資材の關係などでその中で許可できるものはごくわずかでありまして、こういうものが三月も四月もかかつておる。早くきめてくれと言えばこれは許可できめるよりしようがないというものが多いのであります。それがずいぶん長くかかつておると思います。
 それから第三番目の工場その他であります。こういうものは私ども特定部門と申しておりますが、特定部門は資材の割當が戰災復興院の方に來ないのでありまして、安本から商工省、農林省、文部省というふうに各省にわけられるのであります。その建物の性質によつて所管別に資材が行くわけであります。私ども許可する場合には、その方へ合議をしまして、向うで資材が出せるということで初めて許可するということになつておるわけであります。これのためにその資材が各省から地方廳に渡されておりますと、出先だけで決定できますが、その多くのものは中央各省に資材があるのが多いのでありまして、その場合にはやはり遠方からでも東京まで書類を送つてまいります。そうして私どもの方から商工省なり、厚生省なりと御相談しまして、資材があつた場合には返事が來て許可する。こういうわけで當然許可になるベき相當重要な工場などが二月かかつた、三月かかつたというような非難を聞くのであります。この點は私どもでも解決できませんので、安本などとも御相談しておるわけでありますが、ただいまのところ、それについてまだ決定を見ておりません。この點は何とかしなければならぬというふうに考えております。
#19
○河野委員 次に住宅營團であります。これが閉鎖機關に指定されたのでありますが、もちろんこれの監督は復興院にあるのではないかと思うのですが、この營團そのものの處理と言うよりも、營團が扱つておつた住宅なんかは、今後どういうように處理していかれる方針でありますか。その大髓の方針をお聽きしたいと思います。
#20
○伊東政府委員 住宅營團が戰爭前から相當の住宅を建てまして、現在經營は閉鎖機關管理委員會でもつて管理しておられるわけであります。これは管理委員會の方で何とか處分をしてくれということで、その案をつくつてもらいたいというふうに要求されております。私どもとしましては閉鎖機關の方の立場、債權者の立場も考えなければなりませんし、それから家にはいつておる人の――これは庶民階級の人たちでありますから、その點も考慮しなければなりませんので、大藏省とただいま折衝中でありますが、私どもだけの立場から申しますと、一應これを國なりあるいは公團のようなものなりで一括買上げておいて、そうしてはいつておる人なり、あるいは公共團體なりに賣拂う、そうして閉鎖機關にもあまり損をかけないように、またはいつておる人にもあまり無理な負擔をかけないようにいたしたいと思つておりますが、まだ具髓的に案ができておりません。
#21
○河野委員 まだ具髓的に案ができておらないとおつしやるにもかかわらず、實は非常な問題を起しておる所があるのであります。それは北多摩郡の昭和町にある八清住宅というのでありますが、これは營團が昭和二十年の十1月十日に土地の親分、これは政治的に何かバツクがついておるそうでありますが、八日市屋清太郎という親分から營團が買上げた。それで四千人ぐらいの人がここに今住んでおるのでありますが、それは土地も建物もこの親分から營團が買上げたのであります。しかるにその建物の中に浴場と映晝館があつて、當然これも營團が買上げておつたにもかかわらず。もとの親分がこの經營をやつて金もうけをしておつた。しかし去年の冬あたりから燃料がなくなつたということによつてお湯屋はやめてしまつた。これで住民が非常に困つて、何町を離れた所へ行かなければならぬ。あるいは電車に乗つて立川まで行かなければならぬというようなことで、住民が非常に困つて交渉した結果、ふろの方は電氣ぶろにする工事をやつた。住民たちも相當の負擔を出し合つて、もう完成というところまで來たときに、その親分が子分を脱衣場にすわりこましてしまつて、絶對明け渡しをさせないという現状になつておるのであります。映晝館なんかもやはりこの親分が經營して、そうして金をもうけておる。當然營團が買上げたら營團が經營するのが本來であります。しかるに營團はどういう加減か、この親分に遠慮してかどうか知らぬが、そのまま黙認しておる。しかも去年の十二月に閉鎖機關に指定されてから建物の補修も何もしないから、はいつておる住民たちは非常に困つておる。だから住民たちにしてみれば、國の方がやつてくれるか、そうでなければお湯とその映晝館は四千人の住民の委員會と言いますか、管理會と言いますか、そういうものでもこしらえて考慮してもらいたい。そうしてその利益でその建物の補修をしていつたりなんかしたいということを再三陳情しておるはずでありますが、未だにこれはらちがあいておりません。しかるに昨日私がたまたまそこに訪ねて行つたら、何だか進駐軍の通譯とかしている男が、どこから聞いてきたか知らぬけれども、この建物はもう皆に拂下げることになつたのだ。一戸三千圓か四千圓で拂下げるのだから、さあ皆申込めというので昨日大あわてにあわてて皆から申込書をとつておるというような騒ぎなのであります。一體進駐軍の一通譯か何かがどこでそういうことを聞いてきたか知らぬが、こういう營團なんかの建物は進駐軍の方で勝手に處分できるものか、それとも營團、復興院のあなた方が何か方針をきめておやりになるのか、これははつきりしないと、もしも昨日たまたま起きておる問題のように、三千圓か四千圓で一戸ずつ拂下げるということは、はいつておる人はありがたいではあろうが、そういうことが他の營團なんかの建物などにおいても行われるかどうかなのであります。先ほどのあなたの話を聽いてみれば、まだ方針がきまつておらない。方針がきまつておらないと言いながら、その足もとにおいてこういうことが現に行われておるのでありますが、一體これは方針できまつておりながらあなたがお知りにならないのか。それとも方針などはどうでもよいというのか。一方進駐軍の方でこういう閉鎖機關に指定したようなものは、勝手に處分ができるという建前なのか、はつきりしていただきたいと思います。そういう方針がはつきりしておらないにもかかわらず、こういうことが現に行われておるのでありますから、早速あなたの方で御調査の上、何らかの處置をとつていただきたいと思います。もう一遍一體この住宅營團なんかに對するところの方針と、現にここに起きつつある問題に對してのあなたの御見解、これからの方針、また現に起きておる問題に對しては、どう處置されようとするのであるのか、お聽きしたいと思います。もし最後の結論が見出されないとするならば、この次の委員會までに態度をきめて報告をしていただきたいと思います。しかし大體のあなたの――あなたと言うよりは復興院の方針もあろうと思いますから、もう一遍くどいようでありますが、この現實の問題と結びつけて御方針を承つておきたいと思います。
#22
○伊東政府委員 昭和町の厚生住宅の問題は、私まだ聽いていないのでありまして、よく調査いたしてお答えいたしたいと思います。
#23
○河野委員 そうすると、これはもちろん今おつしやる通り、御調査結構でありますが、住宅營團の處理方針はあなたのさつきおつしやつたように、まだ確たる方針がきまつておらないと承知しておいてよろしゆうございますか。
#24
○伊東政府委員 これはあるいは閉鎖機關になる前からの問題じやないかと思いますが、閉鎖機關になつてからですと、これは管理委員會の許可を受けませんと賣却できません。委員會で許可する場合には私どもの方へ相談があります。これはおそらくその前の問題じやないかと思つておりますが、よく調べて御返事いたしたいと思います。
#25
○有田委員 これに關連して戰災復興院の方にお聽きしたいのですが、各工場は戰災復興院の用途變更の許可がなければ、今度は工場としての認可を受れられないという状態なのでありますが、その工場が最近のような状態で經營が非常にむずかしくなつて工場を賣りに出す。そしてその工場を新しく買つて、大した用途變更なくして他の事業に移つていくような場合に、その屆けを出す場合に、戰災復興院において相當長い時間その手續にかかるという現状にあるように聞いておるのでありますが、それは日本の復興、日本の産業復興の上に大きな隘路になるわけであります。大した資材が要らないというような場合においては速やかにこれを許可して、日本の産業復興に寄與するということでなければならぬと思いますが、それに對してどういうような御方針でありますか。
#26
○伊東政府委員 工場につきましては先ほど申しましたように、非常に重要た工場であるにかかわらず、その手續のために暇がとれる、あるいはほんの變更で資材も必要としないという場合でも、やはり相當の暇がかかつておるということは事實であります。これは何とか改めたいと思つております。ただ復興院といたしましては、工場の許可は大體資材は各省の所管廳でもつておりますので、その方でよろしい。資材を使えということになると、私の方で許可しておるのであります。お話のように資材が要らないという場合には、復興院限りで處理できるのではないかと思いますので、こういう點もよく研究いたしまして、改善いたしたいと存じております。
#27
○有田委員 それから私は大阪選出でありますが、大阪の各區に戰災復興院の監視官というものが出張しておられますが、この監視官というものはどういう仕事をするためにおいてあるかお聽きいたしたい。
#28
○伊東政府委員 臨時建築等制限規則というものを施行しておりまして、建築の許可制を布いておるのでありますが、以前にはこの許可制を布きましても無斷建築が多い、こんな建築規則なんかを無視してやつている方が勝だという状態でありまして、この點非常に非難があつたのであります。また豫算の關係等で十分の人をおけないのであります。最近監視官を全國配置することによりまして、違反建築を絶對にさせないというようにやつております。最近大分徹底いたしまして、無斷の建築というものは非常に少くなりつつあります。そういう目的で監視官をおいております。
#29
○有田委員 先般私が休會明けで歸つてくる二三日前に、私は西成區役所の方へ参りまして、それはある家主と借家人との間の問題でありまして、借家人の方が無斷で表をすつかり改造し、家の中を全部土間を落して改造しておるのに對して、家主との爭いがありまして、その問題について私の方に話があつて、西成區役所の戰災復興院の監視官に名刺をもたせてやつたところが、その監視官の曰くには、私たちは料理屋、旅館だけを監督しておる、それ以外は監督してない、そういうものはわれわれの監督外である。こういうお話である。それから西成警察の方に行きまして、西成警察で調べましたら、それは戰災復興院の方の仕事だから知らない、こういうようにお互いになすり合いをやつておりました。私は西成警察へ行きまして、もしも無許可の建築を許すならば、私は自由黨の大阪の支部長をいたしておりますから、とにかく大阪府全體に指令を發して建築をどんどんやらせると申しましたなら、警察の方でもこれは臨時建築等制限規則の違反だから、何とかいたしましようということになつたのでありますが、依然戰災復興院の監視官の方においては言を左右にしておる。これには無許可で建築をやつておる人と、戰災復興院の監視官との間において何らかの醜關係があるのではないかと想像されますので、ちようど議會再會になりましたから歸つてまいりましたけれども、とにかく監視官というものがいろいろ御馳走になつたり、あるいはいろいろな物をもらつたりするような危險が非常に多いのではないかと思います。今度建築は資材があれば簡單に許可するというような場合に、よけいそういう誘惑の途が多かろうし、間違いが多くなるのではないかと考えておる。いずれ十月二十日の國會明けに歸りまして、監視官の現状は大阪においてどういう状態にあるかということを檢討するつもりであります。とにかくいろいろな情實によつて法律を左右するような點が多々あるように見受けられますが、その點復興院でも十分注意していただいて、監視官が金もうけをするという事實のないように、またそのために民衆が困ることのないように十分御檢討願つて、監視官のまた監視官を置かなければならないというようなことのないように御注意願いたいと思います。
#30
○榊原(亨)委員 戰災地に都市計畫を實行されます場合に、都市計畫がきまりましても實際上その都市計畫がうまくいかないで、そこに住んでおります人たちに住宅建築の許可が下りない場合もございまして、住民が宙に迷つておる。しかもその宙に迷うのは少くとも今後十年以上も宙に迷わなければならぬという實情にあります場合には、便宜上もしも都市計畫を完成したならば立退くという條件のもとに許可を願うことはできないものでございましようか。實例を申しますと、私は岡山市でございますが、岡山市における岡山縣廳の所在地を、岡山市の内山下という所に都市計畫上豫定されたのであります。ところが岡山縣廳は縣の財政方面から申しましても、少くとも今後五、六十年はそこへ移ることができない見込みでございます。ところが敷地に指定された所におります者、あるいはその土地をもつております者は建築許可を得ることができない。それでは代替地を求めたらどうか、代替地へ行けるかどうかと申しますと、代替地はすでにほかの住宅ができておりますので、そこに移ることができない。結局岡山縣廳敷地として指定されましたところの住民は、今後五、六十年の間は少くともほかへ移ることもできなければ、そこへ家を建てることもできないで、そこは草ぼうぼうになつておるという状態でございますが、かような場合には、縣廳が實際に移る場合には立退くけれども、それまでは便宜上家を建ててよろしいというような、事實に即した許可を得ることはできないものでございましようか。その問題についてちよつと承りたいと存じます。
#31
○伊東政府委員 都市計畫の問題は、私擔當でありませんのではつきりしたお答えができない分もあると思いますが、大體戰災地には都市計畫をやつておりまして、特に土地區畫整理をやつております關係で、一時建築が制限される場合があるのでありますが、しかしお話のように十年も家が建てられないというようなことはないのでありまして、たとえば道路ならば計畫がありましましても、この一兩年だと思いますが、ごく近い將來において事業をやる所は一時建築を制限されます。あるいは都市計畫の區畫整理をやる場合に、區劃整理の設計を測量中で、今宅地がきまろうとする場合、そういう短い期間は一時建築を制限する、こういうような方針を示しておりますのであるいは行き過ぎなどもあるかもしれませんが、方針としてはそう長い間御迷惑をかけるようにはやつてないと思います。
#32
○榊原(亨)委員 ところが今のように縣廳は今後五十年も建つ見込みはない。實際そこに家を建てようにも許可がなくて建てられない。それで今のお話のようでございますと、そういう見込みが判然としている場合には、建築許可になる見込みでありますか。
#33
○伊東政府委員 岡山縣廳の敷地については私具體的の事實を存じておらないのでありますが、お話のようだとしますと、何かほかの事情があるのだと思いますが、なければ假設建築物はできるはずだと思います。
#34
○小野委員長 河野君、緊急質問はよろしゆうございますか。
#35
○河野委員 よろしゆうございます。
#36
○小野委員長 それでは兒童福祉法案を議題に供して審議にはいりいと思います。司法大臣が出席されておりますから、司法大臣に對する質疑を先にしていただきたいと思います。山崎道子さん。
#37
○山崎(道)委員 それでは兒童福祉法案の審議にあたりまして司法大臣にちよつとお伺いいたしたいのでございます。この兒童福祉法案は児童全般の福祉を増進するために立案された法律であると私は理解しておるのでございますが、その年齡を十八歳までの者というふうに法案では規定されておりますが、同じ年齡の子供が、一つは厚生省關係のこの兒童福祉法で保護され、またある一部分の者は司法省關係の少年法によつて處分されるというようなことは、母心として私はどうしても納得しがたいのでございます。私はあくまでも子供に悪人はないと信じております。ですからこの兒童福祉法案が出た以上は、一本にして兒童を護つてまいりたいと考えておるのでございます。ただしかしながら刑罰と申しますか、一應すベてを兒童福祉法に包含して、それによつて兒童相談所で鑑別して、それを限度に應じて附託するということもあり得るとは思うのでございますが、根本的に二つの法律によつて保護していこうということにつきましては了承しがたいのでございます。その點につきまして司法大臣の御意見を伺いたいと思います。
#38
○鈴木國務大臣 お答えいたします。この兒童福祉法を立案いたします場合に、ただいま山崎委員の御質問のようなことは一番問題になつた點であります。できるならば同一法案として司法省と厚生省との共管にするか、あるいはどちらか一方で管理することにするかということは考慮されたのでありますが、結局いろいろ考慮いたしました結果、一般的に言う不良少年はこの兒童福祉法で救濟をし、教育をし監護をしていこう、そして虞犯少年と申しておりますが、犯罪を犯すおそれのある少年と、現實に犯罪を犯した犯罪少年、この二つの類型に屬するものは少年法に規定をし、司法省の所管とするということに相なつたのであります。深い理論的根據があるわけではありませんが、結局そういう段階的な差別があるということは現實の問題として認めざるを得ないのでありまするから、そこでできるだけ温かい親心をもつて兒童福祉法で監護をしていく。どうしても兒童福祉法で處理することができないという少年に限つて、司法省の管轄による少年法で監護をしていく。嚴格に言えば、強盗をしたり、殺人をしたりする少年、それが近來殖えつつあることはまことに國家のために悲しむベきことでありまするが、そういうものは本來から言うと、司法省を離れて裁判所で處理すベき問題であるのであります。むろんあるものは多の方へもつていつておるのでありますが、裁判所の方から言えば、そういう少年は裁判所の專管に屬するということが御尤ものことでありますが、できるだけこれを最後の段階において、萬やむを得ないときに司法處分に付する裁判所で判決を下し、監獄に入れる、その前の段階ではできるだけは行政的處置で、やはり親心をもつて温かい愛情をもつて處理していきたい。こういう建前から理論的に多少間隙がありますけれども、行政官廳たる司法省の所管にいたしておこうということに相なつておるのでありまして、それらの點を御考慮くださいまするならば、理論的にはこれを統一法に直し一つの官廳が管轄する。少くとも管轄する官廳は二つであつても、法律としては一つの統一されたものにすることがよろしいという御議論は十分根據があるのでありますけれども、取扱いの上においてただいま申すような分類が可能であります以上は、それを統一的に規定することは立法技術的にかなりむずかしい。實際の行政面における取扱いとしてもむずかしい。こういう點からやはりただいま申し上げたように、少年法と兒童福祉法という二つの法律をつくることに決定いたしたのであります。司法省としてもそれに贊意を表したわけであります。
#39
○山崎(道)委員 大臣のお言葉ではございますが、從來少年教護法というものがあり、これも不良少年を見てまいりました。そして少年法と二本建になつていたのでありますが、これにおきましても非常に末端におきましては摩擦があつたのでございます。そして御説の通りに人殺しをしたとか、あるいは強盗したとかいうことは別といたしまして、ただ單に保護で直り得ると思うような少年をも、おまわりさんが絶えずがちやちやと出入りをいたしております。そういたしますと今度兒童福祉法ができまして、兒童委員ができて兒童の保護には細心親心をもつて保護していこうというときに、やはり末端におきましてこれは不良だというような先入主からと申しましようか、その少年法によつて隣の家の子供は同じ程度であつても兒童委員が來ている、隣りの家はおまわりさんが來ているというようなことから、よけい子供心をゆがめていくというような場合も、これから多く起きてくるのではないかということを最も憂慮するものでございます。でございますから私はどうしても福祉法へいただきまして、そしてそういう強盗とか殺人とかいうようなものは別といたしまして、温かい親心で指導してまいりましたならば、私はそこまで落さなくて濟む子供が多くあると思うのであります。私も方面委員をいたしましたり、あるいは社會事業の眞似事もいたしておりました關係で、少年法にかかつておりました子供を、私を信用してほしいと強く要請いたしまして、私預からせていただきました。それで非常に成績をあげてきたような記憶もございますので、この際いろいろな行きがかりもありましようしするけれども、敗戰後の日本の状態から見ましても、一番惠まれないのが子供でございます。その子供を初めて法律によつて福祉を増進していこうという親心をもつてでき上ろうとしております法律の出發にあたりまして、私はまげて一本にして、同じ子供でございますから同じ親心をもつて指導していつた方が、子供のために幸福であるというふうに理解いたしておりますが、とにかく子供の幸福というようなところから御考慮願いたいのでございます。それで福祉法の中にも兒童相談所があつて、そこで鑑別を掌ることになつておりますので、ここで鑑別をして、これはどうしてもという者だけをそうした法律に委託するというか、おまわしするということにして、根本的な法律はこの福祉法一本でまいりたい、かように考えておるのでございますが、御意見を承りたいと思います。
#40
○鈴木國務大臣 お言葉はまことにもつともでありまして、できるだけそういうふうにありたいと思うのであります。殊にこの兒童に關する限り、司法省といたしましては決してセクシヨナリズムで、ぜひこちらへ頂戴したい。強いて仕事をよけいにしたいというような氣持はもたないのでありまして、できるだけは兒童福祉法で温かい監護を與えるように仕向ける。少年法の方でも虞犯少年につきましては少くとも警察官等は使わないのでありまして、少年保護司というものを差向けまして、それは平服を著た普通の主任でありまして、少年を愛する氣持をもつた人を選んでこれに當らせておるのでありますから、今仰せられるようなことは、その趣旨が徹底しないために、末端において從來ときどきあつたかと思うのでありますが、これは今後ないように十分に注意いたしまするとともに、福祉法ができますれば、できるだけこの福祉法によつて處理をしていく。どうしても犯罰傾向が顯著であつて、福祉法のやり方だけではいけないというときに少年法といえども愛の法律であり、親心をもつて少年を善導する趣旨であるということは、法律そのものにもうたつてあるくらいでありまして、そういう趣旨に基いて引取る。むしろ教護院やその他の方面でもてあまして、どうかあなたの方でこれは一つやつていただきたいと言われたときに、初めて乘り出すというような氣持をもつているのであります。そういうものが必要がないという問題になつてくれば、最小限度においてもやはり必要ではある。それであるから少年法竝びに虞犯少年と犯罪少年の特別取扱いというものを發するわけにはいかぬと思います。御趣旨に副うように運用していくという氣持をもつていることを申し上げておきます。
#41
○山崎(道)委員 大臣のお考えはよくわかるのでございますが、昨年生活保護法の審議にあたりまして憂慮したことが、やはり實施されてみると、考えていたような運營の方法になつておりますので、私はどうも不安でならないのでございます。それで少年を頭からこれは不良少年だ、これは惡いやつだというような氣持で扱う人がありますことが、先日の熊谷のああした不祥事が起るもとにもなつてくるのだと思いますので、いずれこの法案を十分に審議いたしますのは小委員でももちまして、また司法省の方にも御出席願いまして、いろいろ御相談をいたしたいと思つておりますから、どうかその點を御了承願います。できますれば重ねて私はそういうことを希望いたしておきます。
#42
○小野委員長 武田さん司法大臣に御質問ありますか。
#43
○武田委員 大體今の質問で盡きました。
#44
○小野委員長 それでは司法大臣はそれでよろしゆうございますか。
#45
○山崎(道)委員 もう一つ。少年審判所で扱いまして釋放されました少年が罪を重ねておりますような例をひとつ恐れ入りますが、この次までにお調べ願いたいと思います。
#46
○鈴木國務大臣 承知いたしました。
#47
○武田委員 この次までに少年審判所の方からの司法保護の關係の今までございます施設、それから厚生省の保護關係の施設と兩方ひとつその數なり、現在の状態をお調べ願つておきます。
#48
○鈴木國務大臣 承知いたしました。
#49
○小野委員長 それでは文部大臣が見えておりますから文部大臣に對する質疑を願います。山崎さん。
#50
○山崎(道)委員 大臣方お忙しいところを特に御出席いただいたわけでありますから、私拔き書きで質問いたしますので、何だかやりにくいのでございますが、實は文部大臣にお伺いいたしたいことは、兒童福祉法案が上程されまして、その法文を見ますと、法といたしまして初めて保育所というものが認められてくることになつたのでございますが、子供は一律平等に保護し、教育していかなければならないものだと理解いたしております。これにつきましては一方におきましては幼稚園があり、一方におきましては保育所がある。そして幼稚園は主として裕福な家庭の子供が行つております。保育所は一般の勤勞大衆の子供が行く所になつておるというようなことでございますと、やはり子供のときから差別的な扱いをするということになりますので、できますならば私は子供の問題は一本にしてまいりたいのでありますが、これに對しまして文部省のお考えを伺いたいのです。
 いま一つ、近く幼稚園は義務教育になるということも一應決定しておるのでございますが、これは實現可能でございましようか、その點もひとつお伺いしておきたいと思います。
#51
○森戸國務大臣 ただいまの山崎委員からの御質問でありますが、まことにごもつともな御質問でありまして、日本の將來は育つていく世代にかかるので、これらの人の保育教育というものが一本であることが最も望ましいことでありますが、現状においては多少これが、働いておる人々の方面では保育所、あるいはもとの名前で託兒所というところに重點がおかれ、また富裕とは言えませんが中産的な人々の間では幼稚園に子供を入れるというような事態が存在しておるのであります。しかし大體の傾向から言いますと、この状況は次第に統一の方向に傾いておるのでありまして、中産階級が御承知のような經濟状態のために非常に苦しい状態になつてきたことと、他面また農村方面の經濟状態がもととは違つたような状態になりましたので、もとのような階級的のわかれということとは違つた形ではありますけれども、まだ二元的な傾向の存在しているということは否定できないのであります。できるだけこれは統一的なものにされなければならぬと思つているのであります。なぜそれではそういう二元的な形になつたかと申ますと、幼稚園のことは明治の初年から考えられていたことでありますが、大正の終りに法制化されたものであります。しかしこれは教育の側面から、生活の状況ということに特に重點をおかずに考えられたということから、比較的生活に餘裕のあるところの子供さん方の施設と他面社會政策的の要求から、殊に都會においては婦人勞働ということと關連し、農村においては農繁期の勞働ということと關連して、託兒所が發展し、これがさらに教育的な面をも含めるという要請から、託兒所というものが幼稚園の近づいたものになるというような傾向をとつたのであります。教育の制度ということから言いますと、すでに戰前におきましても幼稚園令にありますように、當時の國民學校の教育、あるいは小學校の教育ができれば前の方に伸ばされなければならぬという立場がとられたのであります。もとは小學校の一部として、それから幼稚園令におきましては小學校とは獨立性をもつた幼稚園ということが規定された。戰爭時代は戰爭の特殊の状況で幼稚園という教育の形というものは、保育というところに重點がおかれたのはもつともであります。戰爭が濟みましてからの状況は、もう一度教育ということに關する關心が高まつてまいつたわけであります。幼稚園というものが從來保育所的な側面が重視された傾向よりも、教育ということが重視されなければならぬという方向に向つているのであります。教育制度の建前といたしましては、アメリカの教育使節團がすでにそのことを指摘しており、これと協力した日本側の教育委員會というものも同様のことを考えておつたのであります。そして日本側の教育委員會の擴大とも言われる教育刷新委員會においてこの問題が取上げられまして、そうしてそこでは、決議、幼稚園を學校體系の一部として滿五歳以上の兒童の保育を義務制とすることを希望するということが、特別委員會並びに總會を通過いたしまして、これらのことを背景といたしながら學校教育法が前の議會を通過いたしたのでありますが、この教育法では、「この法律で、學校とは」という中に「小學校、中學校、高等學校、大學、盲學校、聾學校、養護學校及び幼稚園とする」ということが定められておるのでありまして、さらにこの幼稚園はできれば義務制のものに早くしなければならぬ。こういうような大體の大きな方向をとつているのであります。ただ義務教育を五歳から六歳まで、一年前に延ばすということは、今日の經濟上、また教師、施設の側面から、ただちには困難でありますけれども、事情が許すようになつたらば、少くとも五歳から六歳という小學校教育に先だつ一年は小學校の教育とは違つた形ではあるけれども、義務制として幼兒を教育していくというような建前に、教育の大きな方針としてはなつておるのであります。ただ、ただいまのところ實はそういう状態に進むことが困難でありまするので、實際においては二本建でいつておるわけであります。一つは在來の幼稚園令に基いた幼稚園、そうして保育所、幼稚園においては大體十五萬人くらいの幼兒が參つております。約二千くらいの幼稚園があります。小學校にはいる子供が一年百九十萬いますから、一割に足らないのであります。五歳から六歳の者をとつてみましても一割に足らない。保育所の方は私どもはつきりわかりませんけれども、ほぼ同數くらいではないかと思います。兩方合わせても實は一年前の子供の二割には足らないのではないかと存じておりまして、それらの子供は實は保育所あるいは幼稚園の利益を受けずにおる状況にあるのでありまして、この状況は好ましいことではないと思つておるのであります。さしあたりのところそれはこの二つを何とか一本にしたらいいじやないかという考え方があるようであります。これももつともなことでありまするけれども、さしあたりこの問題には、いわゆる双方で歩み寄つて、施設の側からも一面では教育的なものを望んでおり、また他面ではそれぞれの何と言いますか立場から、獨立的な存在であることも希望されておるような次第でありまして、さしあたりこれをむりに統一するということにはいろいろな困難と弊害が伴いますので、むしろ兩方とも漸次接近の傾向にある、その傾向を助長しながら、義務制に到達いたす統一の準備期と考えたが適當じやないかと存じておる次第であります。
#52
○山崎(道)委員 實はこのごろ幼稚園へ行つておりまする家庭がどんどん幼稚園へ行かれなくなつております。それを聽きますると、やはり食事の關係であるというようなことでありまして、各所にいろいろな子供の悲劇が起きております。今まで何と言いましても、幼稚園と保育所が社會から非常に相違して考えられておりました。今まで幼稚園へ行つていたけれども、行かれなくなつたというような子供が、保育所へはいるのはいやだと言つて泣いておる。幼稚園へはやれなくなつた。なぜやれなくなつたかと申しますと、生活の關係でございましよう。幼稚園はまるで有閑マダムの、何と言いますか競爭みたいになつておつてあそこの子供は毎日玉子燒のおかずをもつてくる、あそこの子供はてり燒でなくちやいやだということで、まるで先生がそれをどれどれ御飯がいたんでいないかということの名目で、一々においをかいで歩くというような状態でございますので、子供も母親もたまらなくてやれなくなつてくるというような悲劇がたくさんございます。もう一つ根本的なことは、子供の教育と申しますならば、まず私は幼兒のときから與えなければならないものは、おもちやのようなものであろう、繪本のようなものであろう、かように考えますが、幼稚園に行つている子供の家庭ではそういうものがあるのでございます。ところが幼稚園ではいろいろそういう施設が完備いたしておりまして、保育所はそういうものが缺けておる。歌のようなものも缺けておる。そういうようなわけで、幼稚園では現段階においてはというような言葉で差別していく傾向にあるということをどうぞお考えおきを願いたいのであります。
 もう一つ大臣に伺いたいことがあります。今度幼稚園の保姆さんは教諭になる資格があるということを承つております。そうしますと、教諭になる資格をとつておりますとこの人は國民學校の先生にもなれるし、新制中學の先生にもなれるというように私は聞いております。このために保育所の保姆さんがどんどん幼稚園の方に變つてまいりまして、保育所ではさらでだに人の足りない保姆さんが幼稚園の方に吸收されるという現状であります。それで保育所の保姆さんには何ら身分を保障されるような途がとられておりませんので、今保姆さんの講習會を開こういいたしましても、それの希望者がない。ほとんど幼稚園の方に幼稚園の方にと吸收されていくような現状であります。私たち國民の大多數の子供が保護されなければならない保育所に保姆さんが不足してくる。一部の人たちが行く幼稚園の保姆さんは身分の保障もあれば、人員も充實してくるというようなことは、私はゆゆしき問題だと考えるものであります。現在は幼稚園と保育所がほぼ同數であるという大臣のお言葉がございましたけれども、兒童福祉法ができますると、ずつと保育所が殖えるのでございます。ほとんど全國にこれをつくらなければならない、かように解釋いたしております。そういうときに幼稚園をなお殘さなければならないか。今までは法律では何ら保育所は取上げられておられぬのでありますが、今度法律で保育所というものができるのでありますから、それでもなお幼稚園を取立てていかなければならないかというところに私は疑問をもつものでございます。
 それからいま一つは、教育議員連盟はどういう人で構成されておられるのでございましようか。
 それから幼稚園の兒童教育ということも大切なことである。なさねばならないことであるという氣持でおりますが、兒童教育が大切であるからこそ全般の兒童にこの福祉を及ぼしたいのでございます。それなら全般の兒童が義務制となつた幼稚園へはたして通えるであろうか、今の幼稚園へ行つております状態を見ますと、ほとんどが附添いがついて行つております。殊に女高師あたりの幼稚園になりますと、りつぱなお供がつきまして、九時から十一時ごろまでというようなことで、その間木陰で編物をしたり、それぞれのことでぼつちやんや、お孃さんのお歸りを待つて、またお供をして歸るというような状態でございます。また今義務教育の一年生でございましても、最初のうちは母やあるいはたれかが送り迎えをしなければ、なかなか登校が困難だというような子供もございますのに、年齡を低下いたしましてはたしてこれが可能であるかどうかというような點につきましての大臣のお考えを伺いたいと思います。
#53
○森戸國務大臣 至極ごもつともな御質問でありまして、今日幼稚園の一部――これはきわめて一部であるのでありますが、お話のような事態にあることも存じておりまして、きわめて遺憾なことだと思つておるのでございます。これは幼稚園ではありませんが、ある女學校の話でありますが、このごろ學校にだんだん子供が來なくなつてきた。これはどういうわけですかと聽いたら、女學生は白い御飯をもつてこないとはずかしい。粉食を辯當にもつてくることは何となく氣はずかしい。初めのうちはお母さんが食べないで白いめしを詰めてやつていたが、お母さんが食べなくても間に合わなくなつたので、子供が休んで來ないというので、それは遺憾なことだ。一體學校の先生が、これを點過してよいのであるか、粉食だけを配給するときには、白い御飯をもつてくる人は先生の了承を得てすべきであつて、先生は粉食をもつてくる子供が國民としてりつぱなことであつて、白米をもつてくることは、むしろはずべきことであるということを生徒に徹底さしてもらわなければ困るということを私は申したのでありますが、それと同じような事態が幼稚園にもあり得るということも、私はその通りに承認しておるのであります。それははなはだ遺憾でありまして、これは國民精神運動とも關係するのでありますが、國民の心構えがすつかり變らぬと、いろいろいい制度をつくつても、その制度が生きていかぬのではないかと思つておるのであります。これはやや餘談にわたりましたが、そういうような今日の幼稚園のある部分において、はなはだ實情に即しないものがあるのであります。しかしこれは全體から言いますと、幼稚園の動いておる今日の傾向から言えば、それとは逆の方向に行つておるように考えられるのであります、同時に託兒所が普及いたしますということも考えられるのであります。託兒所は社會政策的の必要を基點として發達したものでありまして、まず生活の擁護というところに重點があるのでありまして、それから教育という側面にだんだんと及んで行くということになつておるのであります。今日の事態から申しますれば、幼稚園の方は教育の方面から進んでまいつたのでありますが、今申したような状況にある者は、幼稚園にいつておる者の家庭でも少數であつて、多くの者はだんだんそういうことを許さなくなつてくるので、幼稚園においても社會政策的な考慮を必要とする時代に今日なつてきておるのであります。これはつまり幼稚園に行く者も、かなり多くの中産階級、殊に俸給取りの生活状況が一變したことが原因でありまして、實は幼稚園と保育所とは二つの傾向から同じ方向にだんだんと近づきつつあるというような事態にある。私どもはそういう事態を正しく見て、子供は同一的な取扱いをしなければならぬという意味は、一面においては社會政策的な考え方をすべての兒童に及ぼすような傾向をとることと、他面では幼稚園のとつておつた兒童幼兒の教育という面を、また單なる社會政策的な面のみに重點をおいたところのものに及ぼしていくというところで、兒童教育が一本になるという形に導いていかなければならぬと思つております。
 御指摘の幼稚園の先生は教諭の資格が得られ、保育所の保姆はその資格が得られない事態にあるというお話でありまして、實はそれはその通りなのでありますが、これは必ずしもはなはだよい状態だとは私どもは考えておりません。むしろこの組織が一本になることが望ましいのであります。先生の關係から言うと、幼稚園の方に希望者が多く、經營の面から言うと、幼稚園には保姆がなくて保育所には保姆があるので、それになろう、こういうような傾向にあります。これは同一的なものになるのが必要なのであつて、一面では厚生省等で考えられておる社會施設的な面が考えられてくる。他面ではまた文部省の考えております教育的な面が普及されるというようなことになるべきであつて、これは何らかの形で同一的な取扱いがなされるようになつていかないと、御指摘になつたような教育が階級的に別れるというような結果をもつてくるおそれがありますので、できるだけそういうふうにいたしたいと思つておるのであります。これはおそらく義務教育が延長されれば解決されますけれども、それに至る段階においても私どもの關係しておる文部省竝びに厚生省の兩省において適當な協調を保つて、同一的なものに近づいていくような方策がとられることを私は希望しております。
 なお教育議員連盟の構成、職務については私よく存じておりませんので、また後の機會にお答え申し上げたいと思います。
#54
○山崎(道)委員 だんだんに同一的な傾向に動きつつあることはほんとうにうれしいことでございます。私は大臣が今この法律をも社會施設のようにお考えのように拜聽いたしました。また私たちもこれを讀んでみまして、非常に施設的な法文と思えるところに不滿をもつております。これはこれから審議していくのでございますが、私は兒童福祉という以上は、全般の兒童の幸福をはかつていく法律と理解して、この審議を進めてまいりたいのでございます。ですから各町村にまで保育所は公共的なものをこしらえなければならぬ。そうすると全部の子供がそこに包含されてまいりますならば、そこで一本の從來の托兒所としての使命をも果しつつ、幼稚園のもつておつた使命をもそこに兼ね合わしていけば、文句はないのじやないか。またそうならなければならない法律であると、私はかように解釋いたしておりますので、その點もどうぞお考えが願いたいのでございます。この法律はあくまでも施設法に墮しては困る。かように考えておりますので、どうぞ文部省の方でもお考えおきを願いたい。もう一つ食事の問題でございましたが、先日休會中に施設を私は相當見て歩いたのでございますが、保育所へまいりましても、幼稚園へまいりましても、幼稚園では三つの子供はございませんけれども、やつと歩けるくらいな子供が、大きい子供と一緒に食卓を圍んでおひるを食べておりますが、ある子供は白米をもつてきておる。ある子供はお麥の御飯をもつてきておる。ある子供は高梁と麥ばかりの御飯である。中には白いパンあり、黒いパンあり、まるで食事の見本のような状態でございます。そうして白い御飯をもつてきておる子供は、得得と食べておりますし、かぼちやだけをもつてきております子供はうらやましそうにそばでながめながら食べるが、なかなかかぼちやがのどを通らないというような現状を見まして、これは大阪でございましたが、ほんとうに胸を打たれたのでございます。そうしましたらそこの保姆の言うのに、まだかばちやでももつてくる子供はいい方です。お畫になるとこのごろはだんだん食事に歸る子供が殖える。その子供に何を食べてきたかと言うと、おかゆさんを食べてきたとかなんとか言つておりますが、ろくなものを食べてきてないことは明瞭だというので、保姆さんも非常に心配しておりましたが、私は子供のときから、これは今大臣の言つたように國民運動によつて解決していかなければならぬ。配給以外のものを食べることははずかしいことだ。この理解はおとなにはつきますけれども、三つや四つの子供にはつきません。私はああした小學校の低學年、そうして保育所や幼稚園におりまする子供には、ぜひ給食を實施したい。かように考える。その給食も、副食の施設はございますが、主食の施設がないから困難だというのでございますけれども、これに對しましては粉食の配給が多いのでございますから、パンを一律に配給したら、すぐ解決つく問題じやないかというふうに考えました。大臣としてこれは管轄違いのようでございますけれども、教育の面を受持つておいでになるのでございますから、その點をどうお考えになつておりますか。私はそういうふうに實現してほしいと思います。そうならなければならない。かように解釋しております。
#55
○森戸國務大臣 ただいまの御質問でありますが、兒童福祉法についてはこれから御審議になることと思いまするが、大きな建前から言いますと、兒童福祉法は社會政策的な立場を根據として兒童に及ぶものであり學校教育法は文化教育という心を育てるという側面で兒童に及んでおるものと理解されるのであります。しかしこれが別々に動いては困るので、兒童という一つの對象でありまして、殊に兒童の多くのものが今日生活の問題の中に生きておるような時代においては、かようなものが統一的な取扱いを受けるような形になることが望ましいと思つておりますが、二つの法律の主として立つておる根據は、そういう形でそれぞれの立場があるものと考えられるのであります。
 それから食事の問題でありますが、これは實は最も如實に子供の階級性を表現する一つの象徴とも見らるベきものでありまして、民主主義の社會でそのことがあまりに子供にはつきりと見えるという事態は、まことに遺憾なことだと存じております。もちろんこの根本的の改革というものは、學校教育だけで遂げ得るものではなくて、もつと深い社會の改革というものを前提としなければならぬと存じておりますが、そういうような社會を前提としながらも、できるだけその事態を緩和するためには、御説のように、少くとも學校にともにおる間は同じような生活ができるようにしたいと、私どもは念願いたしております。ただ小學校の子供の給食も、實は今日の事態ではすベての子供に及んでおりませんし、及んでおるのでも一週二度というような状態で、はなはだ遺憾に存じておるのであります。この小學校における給食をもつと充實擴充していくこと、そうして保育所竝びに幼稚園の方にも及ベば――幼稚園は義務制になつておりませんので、これに及ぼすということは、すぐにはなかなか困難と存じておりますが、そういう側面にもだんだんと及ぼしていくということが考えられなければならぬと思うのであります。殊に今日のような事情でありまして、非常に困難なことではありまするけれども、そういう側面に私どもは非常に重點を置いております。これは直接教育ということではありませんけれども、教育を十分に行うという社會的、物質的な基礎としては、最も望ましいことでありますので、委員の皆樣の御協力によつて、また厚生省の方々の御援助によつて、學校給食というものがもつと充實され、擴充されていくことを、山崎委員とともに私ども局に當つている者は、心から希望している次第であります。
#56
○山崎(道)委員 私はどうしてもこの法律を施設法から、ほんとうの兒童福祉にもついていきたいと思つております。そして子供の教育、また子供の日常生活から階級性を取去るために、どうしても幼稚園と保育所は一本にしたいという希望をもつておりますので、この審議の過程にあたりまして、文部省の方ともしばしば御懇談を願う機會があろうと存じますので、ぜひこの點も御考慮に入れていただきたいことを希望いたします。
    ―――――――――――――
#57
○小野委員長 この際今囘の風水害について、厚生省でとりました應急對策について簡單に御報告願いたいと思います。ちようど大臣、社會局長は同じ時刻に参議院でやつておりますので、高田保護課長から代つて報告することにいたします。これを許したいと思います。
#58
○中嶋(勝)委員 議事進行について、私は昨日の日曜日を利用して實は決壞箇所を見たところが、この問題は實際重大な問題だと思うのでして、これは簡單に今こんな時間になつたのに御報告を聽くだけではだめだと思います。これから二時からでも三時からでも、あらためてお開きになつて、大臣、次官にも出席してもらいたいと思う。これは眞劍に協議せんといかぬ、驚くベき重大な問題です。今この報告から見ても、龜有あたりきのうは水かさが五尺も増しておる。雨が降らぬから幸いだつたが、降雨でもあつたらどんな被害が及んでくるかわからぬ。これに對する對策は一見百聞にしかずとはこのことで現場を見なければわからぬ。これに對する對策はわずか一時間や三十分協議してもだめだから、私は時間を變更されて一時休憩をされ大臣、次官にも御出席を願つて、これらの對策を委員會で愼重に審議したいと思いますから、その動議を提出いたします。
#59
○小野委員長 實は本日午後は醫療資材に關する小委員會が豫定されておりますので、今度の水害の重大性ということはおそらく御視察になつた人ばかりでなしに。だれしも考えておると思います。今お手もとにお配りいたしました資料によつてとりあえずどういうことをやつたのかという程度のことをまず頭に入れておいて、そしてそれをさらにどうしていくかという協議にはいりたいと思つております。それで今までやつた事務的な報告だけをお聽きしたいと思います。
#60
○高田説明員 それでは御了承を得まして私から簡單に御報告申し上げます。災害の大體の模樣は新聞その他で御承知の通りでありまして、なお大臣からも御報告が本會議であつたようでありますから省略いたします。ただ、ただいまのお話にもありましたように、今度の災害の一番大きな特色は利根川の粟橋の北方が切れまして、大體聞いておりますところでは、水がもとの本流に四分、こちらに六分流れておるそうであります。從いましてこの決壞口を止めませんことには浸水の状況はいつまでも續くということが、今度の災害の非常に大きな特色のようであります。その點につきましては主として内務省がこれに當つておられるわけでありますが、昨日までの私の聽きましたところでは、昨日から工事に著手した。そうして大體一週間くらいかかつたならば新しい水を止める程度の工事かできるというのが、内閣に設置されております災害對策委員會の幹事會でのお話でありました。ただこの工事の進捗状況がいかになりますか、これによりまして救護對策というものも非常に變つてくるのではないかと思います。お手もとに厚生省のやりました措置につきまして、非常に亂雜ではありますが刷りものがお配りしてございます私の頭もなかなか整理されておりませんので、それをごらんをいただきまして大部分御了解いただきたいと思うのでありますが、この災害に對しまして、數日前内閣に應急救助對策委員會というものができまして、官房長官が委員長で金曜日から連日開催をいたしております。第一囘が委員會、その次は幹事會をもつてこれに當つておるわけでありますが、明日また委員會が開催される豫定になつております。そのときの模樣等を總合いたしまして、厚生省でやりましたことはこの刷りもの大體御了承いただきまして、よその模樣も少し申し加えてみたいと思いす。
 内務省の話では、今のようにせき止めが――大體一週間ぐらいかかれば新しい水は止め得る。これが災害對策の一番大きな對策となるのでありますが、この工事いかんによりましては、今埼玉縣の約三、四十箇町村が泥海になつております、その泥の中の堤防でありますとか、屋根の上でありますとか、小高い所に上がつております約二十萬人の人たちを他へ移さなければならぬという問題ができてくるわけであります。それから東京都下でも同じでございますが、江戸川竝びにこちらの荒川の方の堤防の上や、冠水地帶の小高い所。屋根の上や、二階に籠城しておりますようなたくさんの人も他へ移さなければならぬという問題が生じてくるわけであります。早く水が引けばその問題は解消いたしますけれども、これがなかなかせき止め工事がはかどらないということでありますと、相當長期間の冠水状態を豫定いたしまして、そういう措置が必要になつてくるんじやないか、これが一番の眼目でございます。ただいまのところではこれらの地域に殘つております人々の水の問題、食糧とか醫療とかいう問題ももちろん急でありますけれども、實情はやかんに一ぱいくらいの水はみな持つて出ているようでありますが、非常に疲勞をいたしまして、何より水が欲しいということで、水の問題がむしろ先だという現地の情報でございます。埼玉縣の方の給水状態についての情報は的確につかんでおりませんが、警視廳管下におきましては、大體三十臺くらいの消防ポンプを利用いたしまして、そのうちの十五臺は濾過ポンプのついたものを出しまして給水隊を編成してやつております。それから舟も使つている。これは一昨日の情報でございますが、おそらく本日におきましてはもう少し多數の給水隊が活動しているのではないかと思います。かような状況でございます。
 それからこれは一昨々日來の大問題でありますが、埼玉縣では浸水をいたしますると同時に舟が非常に足りない。御承知のように埼玉縣は舟のない縣でありますので、舟を一體どうするかという問題が一番大きな問題になりまして、これについては埼玉縣當局も非常に苦勞をいたしまして、隣接の東京あるいは千葉の關係都縣に應援を求めまするし、また私どもの方でもただちに社會局内の課長が現地を視察いたしまして、その状況をいち早く把握いたしましたので、内務省と協力いたしましていろいろ心配をいたしたのであります。このためには大臣に夜おそく運輸大臣にお電話をしていただいたのでありますが、いろいろみなの努力によりまして、なお一方進駐軍にも要請をいたしまして、あらゆる方面の努力をしましてそれが總合されて現在の状況では埼玉縣には進駐軍の舟を入れて約百四五十ぱいくらいの舟が動いている。それから東京都内におきましては大小取混合ぜて五百ぱい近い舟が動いているんじやないか。大體かようなふうに情報を把握いたしております。しかしながらこれではまだ足りないということでございます。それで先ほど申し上げましたように長い間水の中に留まつておるということになりますと、この船で食糧なり醫藥品なり水なりを配給いたすということが非常に困難なことになります。從つて期間が長ければおる人たちを安全な所に移すという問題が、せき止め工事の進捗状況いかんによりましては生じてくるというわけであります。なお運輸省の方面では相當トラツク等を準備して、これを東京都廳に提供いたしまして利用さしております。それから大藏省方面では、各府縣の特別融資の問題を今措置をいたしております。それから商工省といたしましては、お配りいたしました資料にの中にあるいははいつておらなかつたかもしれませんが、とりあえず埼玉、群馬、栃木、茨城の四縣に對してかま、なべ、ローソク、マツチ、そういうような日用品を相當數量送出いたしました。なお私の方の資料にも書いてございますが、厚生省といたしましても、引揚援護院が手持ちをしておりました日用品類約一萬九千點、それから衣類において三萬九千點ばかりでございましたが、この四縣に一昨日トラツクで輸送をいたしました。食糧の方につきましては、食糧というものは大體現地にあるそうでございまして、そけぞれ現地の食糧事務所長が適當に知事と連絡をとつて措置をしておるようである。これは農林省の話でございます。しかしながら特に必要であるところの埼玉縣に對しては乾パン一千梱送つた、それからカン詰一千箱を送つた、こういうことでございます。それから栃木、群馬に對してカン詰一千箱と粉乳、これは煉乳でなくてはなはだ工合が惡いけれども、ないので、粉乳を埼玉に三百五十箱、茨城に三百箱、栃木に百五十箱、千葉に二百箱、群馬に二百箱オーダー濟みだという話を一昨日いたしておりました。それから衣料につきましては、先ほど厚生省の方で手配をいたしましたと別に、商工省の方に對しても相當な數量を大體見込みで要求いたしておりましたので、商工省の方ではその内渡しとして、被害状況を的確に把握し、府縣の知事から要請があつたならば、ただちに送り出す準備をいたしておつてくれます。
 それから防疫醫療の關係でございますが、これはお手もとに差上げました資料に相當詳しく書いてございますので、それによつてひとつ御承知を願いたいと思います。なお資料にはございませんが、日本赤十字社におきましても、醫療方面につきましては相當な活躍をしたしております。
 はなはだ頭が整理されておりませんために、ごてごてとお話を申し上げましたが、結局は先ほど申し上げましたように、利根川の水をいつ止めるかということで、その模様によりまして救護對策も非常に變つてこなければならない。昨日現地を視察いたしました結果によりまして、今日午後二時半から委員會の幹事會を開催されることになつておりますので、現在水の中に殘つておる人をそのまま殘して船でこれに補給するか、あるいはしかるべき所に移轉をさせるかという問題について協議いたしたいと思つております。ことによりますと、移さなければならぬという問題になつてくるかと思います。なお附け加えて御報告いたしておきたいのは、なぜそういうふうに水の中にたくさん殘つたかと申しますと、その最大の原因は、これほどの大きな水害になるとは思つていなかつたということが一つと、もう一つは時節柄財産に對する執著というものが非常にあるらしいのでございます。これで東京都下におきましても、埼玉縣下におきましても同樣でございましたが、警察署長等が、情勢が切迫しておるから避難をしてくれ、かような勸奬をいたしましても、なかなか避難が思わしくいかなかつた。そうしてがんばつておつたところが、だんだんと水が深くなつてきて、とうとう動きがつかなくなつてしまつた。こういうような状況でありまして、それじや安全な所に移そうといつて勸奬に参りましても、物をとられたり何かすることを心配して、やはり堤防の上とか、二階とか、そういうような所に相當多數罹災者の方々ががんばつておられるそうであります。この點が今囘の水害の一つの特色かと思われるのでございます、はなはだ雜駁でございますが……。
#61
○中嶋(勝)委員 ただいま御報告を承りましたが、委員長は見に行かれぬでも知つておると言われるけれども、大體政府は知らなかつたと思う。どうしてかというと、あの決壞場所は五十五メートルである。そして四十四メートルの水深で水は流れておる。あれだけの大決壞がきたのだから、決壞を知つたときに、あの川下のものは全部強制避難命令を出さなければならぬ。その手落ちをどうするかという問題。しかして今お話になりましたが、これが一週間でせき止めができるなどというのは、子供の寢言としかわれわれにに思えない。われわれの方の下關の小門の海峽を締切るのでさえ四年かかつた。七囘失敗して、八囘目に外國の技師か來て締切りをやつた。その苦い貴い經驗をもつておる。私ども素人であるけれども、私どもの目で見たところでは、あれは上から、雨が降らないから非常に幸であるけれども、今まで流れておつた利根川は全然流れなくなつて、子供らがじやぶじやぶ遊んでおるようになつてしまつた。川筋が全然變つてしまつて、あれだけのものが流れこんでしまつておる。それを一週間か十日で締切りができるものではない。雨が降つたらたいへんなことになる。私は龜有におりましたが、十九日の晩から騒ぎ始めたけれども、まだまだ大丈夫だ、今晩の滿潮時に決壞しなかつたらよい。そう言つておつて、とうとう二十日の晩の滿潮時に決壞した。私は旅館におりましたが、旅館の疊を二階にかつぎ上げたり、いろいろ騒動しておるときにどんどん浸水してきた。それで驛と連絡をとつて、もし汽車が通わなくなつたら因るから、その時間を知らしてくれと言つておいたところ、七時四十五分が最終でこれから通いませんということでしたから、私はその汽車に乘つて引揚げてきた。そのとき避難民が汽車に押し寄せておる状態は、實に目をおおう以上の状態であつた。その状態があまりに悲惨であつたから、大藏大臣が行かれる自動車に便乘を頼んで現地へ行つて見た。大藏大臣そのものも、あの大決壞の状態を見たときに、これは實に意外なことが起つておると言うておる。それから今おつしやいましたけれども、實際水に困つておる。龜有あたりでも十九日の晩の十一時から斷水になつて、水は出ていない。水に困つておる連中がたくさんある。ことに日立の工場の二階が避難場所に當てられて、そこに女子供が上つておる。これは船で運ぶ以外に方法がない。これはどんな方法を講じても速やかに避難させる必要がある。これは委員會が設置されておるから、その方の仕事かとも思うのでありますけれども、あの決壤のときに強制的に避難命令を出しておつたら、あの邊の人も非常に助かり、樂であつたと思う。資財等に對する執著もあつたでしようけれども、そうじやない。避難命令が出ていない。今晩の満潮時に決壤しなかつたらそれで安心である。そう書き出して、安心感を與えておるから、結局逃げなかつたのであつて、これは大ごとであるから早く逃げつと言つたら逃げておる。これは確かにそうした責任をもつ方面の重大な責任であります。それを今責めてもしようがないから、われわれはこれの對策を考えるということにしたい。新たにまた東京都の江戸川、足立、葛飾の三區の状態は、實際ここで言つてもお話にならない。二十日の眞夜中、へこ帶をふんどしにして、頭へふろしき包みをかついで汽車に乘込もうとしてくる人間が何人あつたか。そういう實情を私は見て現實に知つておるのです。そうした避難民の状態を速やかにこれを救濟し、しかも將來に對する對策を講じなければならぬというときに直面しておりますので、午後小委員會があるといたしますれば、これは非常に急ぐ問題なので、なるべく急がれて、さらにこの委員會を開いてこの問題に對する對策に對して大臣も次官も御出席を願い、われわれ厚生委員としてこの職責の上において、これを審議したいから、よろしくお取計らい願いたいと思います。
#62
○山崎(道)委員 これはほんとうに緊急を要する問題だと思います。關東の問題が非常に取上げられておりまして、重大問題のところへ、東北方面も三囘の出水で通信が杜絶していたために、こちらにわかつていなかつた。今日來た人から聞きますと、相當重大らしいのでありますから、午後小委員會が終つた後に、避難民のことを考えれば私たちももつと勉強していいと思いますので、夕方遲くなりましても、小委員會が濟みました後に、緊急厚生委員會を招集願いまして、十分御相談申し上げたいと考えますから、その提案をしたいと思います。
#63
○小野委員長 それではお諮りいたしますが、ただいま本日午後緊急集會をやるという動議でございますが、御異議がなければ……。
#64
○河野委員 小委員會がいつ終るかわからぬ。そのあとでというと待つている人もたいへんでありますから、小委員會の方々にはお氣の毒ではあるが、どうでしようか、むしろ今一應午後このまま繼續していただいて、小委員會の方は失禮ですが、あとにしていただいた方がかえつてよくはないでしようか。
#65
○小野委員長 ごもつともな御意見と思いますから、小委員長ともなお相談いたしまして、小委員會の方を延期してもらうということにし、午後一時半に再開いたすことにいたしまして暫時休憩いたします。
   零時四十二分休憩
ソース: 国立国会図書館
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