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1956/03/05 第26回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第026回国会 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第6号
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1956/03/05 第26回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第026回国会 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第6号

#1
第026回国会 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第6号
昭和三十二年三月五日(火曜日)
    午後四時二十分開議
 出席委員
   委員長 廣瀬 正雄君
   理事 木村 文男君 理事 中馬 辰猪君
   理事 中山 マサ君 理事 山下 春江君
   理事 櫻井 奎夫君 理事 戸叶 里子君
      逢澤  寛君    臼井 莊一君
      原 健三郎君    保科善四郎君
     茜ケ久保重光君    受田 新吉君
      小林 信一君
 出席政府委員
        総理府事務官
        (恩給局長)  八巻淳之輔君
        厚生政務次官  中垣 國男君
        厚生事務官
        (引揚援護局
        長)      田邊 繁雄君
 委員外の出席者
        厚生事務官
        (引揚援護局引
        揚課長)    石塚 冨雄君
    ―――――――――――――
二月二十一日
 未帰還問題の完全解決に関する請願(井谷正吉
 君紹介)(第一一五四号)
同月二十三日
 未帰還問題の完全解決に関する請願(田中正巳
 君外五名紹介)(第一二四二号)
 同(竹谷源太郎君外三名紹介)(第一二四三号)
 同(逢澤寛君紹介)(第一二四四号)
 同(安藤覺君紹介)(第一二四五号)
 同(伊瀬幸太郎君紹介)(第一二四六号)
 同(石坂繁君紹介)(第一二四七号)
 同(今松治郎君紹介)(第一二四八号)
 同(内藤友明君紹介)(第一二四九号)
 同(大坪保雄君紹介)(第一二五〇号)
 同(田子一民君紹介)(第一二五一号)
 同(中居英太郎君紹介)(第一二五二号)
 同(中川俊思君紹介)(第一二五三号)
 同(中村時雄君紹介)(第一二五四号)
 同(濱野清吾君紹介)(第一二五五号)
 同(福田赳夫君紹介)(第一二五六号)
 同(三宅正一君紹介)(第一二五七号)
 同(山下春江君紹介)(第一二五八号)
 同(受田新吉君紹介)(第一三五〇号)
 同(臼井莊一君紹介)(第一三五一号)
 同(大平正芳君紹介)(第一三五二号)
 同(坂田道太君紹介)(第一三五三号)
 同(橋本龍伍君紹介)(第一三五四号)
三月一日
 未帰還問題の完全解決に関する請願(伊藤卯四
 郎君紹介)(第一六〇〇号)
 未帰還問題の完全解決に関する請願(足鹿覺君
 紹介)(第一六六六号)
 の審査を本委員会に付託された。
二月二十五日
 未帰還問題完全解決に関する陳情書(東京都千
 代田区西神田二の二留守家族団体全国協議会長
 有田八郎)(第三三〇号)
を本委員会に参考送付された。
    ―――――――――――――
 本日の会議に付した案件
 海外同胞引揚及び遺家族援護に関す
 る件(傷病帰還者の援護に関する問
 題)
    ―――――――――――――
#2
○廣瀬委員長 これより会議を開きます。海外同胞引揚及び遺家族援護に関する件について調査を進めます。
 直ちに本件についての質疑を行います。中馬辰猪君。
#3
○中馬委員 私は、恩給局長に、主として傷痍軍人の恩給の問題をお伺いいたします。
 昭和二十八年初めて戦後の恩給が施行された当時の軍人普通恩給におきましては、御承知の通りその倍率が百十六倍でございます。戦没者の遺族扶助料におきましては七十七倍、しかるに、傷痍軍人であるところの傷病恩給につきましては、わずかに、各款項症等を平均いたしまして、五十五倍にすぎないのであります。それから、昭和三十年に恩給法が一部改正せられた際に、軍人普通恩給においては百三十四倍でありますが、公務扶助料におきましては八十九倍であります。その際においても傷病恩給は据え置きのままでございまして、五十五倍であります。第三番目に、現行法が施行せられた現在におきましては、軍人普通恩給が百五十三倍であります。公務扶助料の遺族関係が百一倍、しかるに、傷痍軍人におきましては、前二回の改正にかかわらず、依然として五十五倍という案であります。なぜこういうふうになっておるのか。祖国のために自分のからだを傷つけた気の毒な方々に対しまして、終戦後二回も恩給法の改正によって増額がございましたのに、傷痍軍人だけなぜ二回にわたって据え置かれたかということは、私ども実に不思議でならないのであります。この点について、恩給局においては、いろいろ、終戦後マッカーサー司令部の命令によって、他の軍人恩給、公務扶助料が禁止されたのに、傷病恩給だけはマ司令部の当時においても支給された、であるから、傷病恩給の傷痍軍人の諸君は他の普通恩給あるいは遺族に比べて優遇されているのだ、こういうような説をなす人もあるようでございます。なるほど終戦直後においてはそういうような人もあったかもしれませんけれども、今日においてはまことに気の毒な人々であります。現在まだ、新宿の駅に参りましても、あるいは列車に乗りましても、白衣の方々が歌を歌わなければならぬというような非常に気の毒な人々が多いのでありますけれども、そういう姿をなくすためにも、私どもはこの際思い切ってこの問題の解決をはからなければならぬと考えております。しかるに、傷痍軍人の方々の考え方は非常に謙虚な立場であって、自分たちはけがをしたけれども、決して、文官あるいは普通の軍人あるいは遺族、これ以上のことを要求していない、せめて遺族や普通軍人の恩給程度の倍率をほしいという、まことに謙虚な奥ゆかしい精神であろうと拝察をいたしておるわけであるし、また私どものところに御陳情に来られる方々の話を聞いてみても、決して不当なる要求をしないという、まことに崇高な気持を持っておると思うのですけれども、なぜ、恩給局が、傷痍軍人だけを、こういうふうに虐待といいますか、不当なる差別待遇をされなければならぬかということが、私どもには納得がいきかねるのでございますけれども、その点についての恩給局のお考えをまずお伺いいたしたいと思います。
#4
○八巻政府委員 ただいま傷病恩給につきましての御質問でございますが、傷病恩給の現在の額がきめられましたのは、昭和二十八年の法律百五十五号によってきめられたわけでございます。その後ほかの方の恩給は上っておるけれども、傷病恩給は一ぺんも上っておらないじゃないか、こういう御質問でございますけれども、傷病恩給につきましては、増加恩給を受ける傷病者、それから傷病年金を受ける傷病者、この二段階になっておりまして、重症者につきましては第一項症から第七項症まで、これは増加恩給受給者でありまして、この方々には普通恩給が併給されておる。軽度傷病者につきましては、第一款症から第四款症まで傷病恩給が出ており、これは普通恩給が併給されておる、こういうことになっておるわけであります。今までの普通恩給のベース・アップ、軍人の普通恩給の基礎になりますところの仮定俸給というものが一万円から一万二千円ベースになり、また四号下げが四号上げになるというような改正を加えられましたことによって、普通恩給の方の増額があったわけであります。従いまして、七項症以上の増加恩給を受ける方々、この方々は当然その併給される普通恩給におきましてその増額分があるわけでございます。従いまして、第七項症以上の増加恩給受給者につきましては、全然恩給額においてふえなかったということはなかったと思っております。
 なお、昭和二十八年の百五十五号で第一項症の金額をきめます場合の考え方といたしまして、大体”一万円程度は支給すべしという声が高かったので、大体これを考慮に入れまして十一万六千円という最初の柱を立てたわけであります。この十一万六千円というものは、これが昔の普通公務でありますれば九百三十六円、特殊公務であれば千百七十円というものの平均のところが約千円から千五十三円でありますが、この俸給をとりまして、ずっと一万二千円ベースで見て参りますと、約十万三、四千円になります、これにさらに月千円ぐらいのもの、一万二千円ぐらいをつけ加えて十一万六千円にしたというふうなことで、最初の第一項症の柱を作ったわけでありますが、この第一項症の柱を百といたしまして、新しい間差を作ったわけであります。当時の状況におきましては、なるたけ重症者は厚くするという意味で、下の方の間差におきましては、戦前の間差よりもあるいは開いておるというところがあると思いますが、そういうような経緯によりまして、百五十五号で額をきめたわけでございます。
 もちろん傷病者及び遺族につきまして恩給上の処遇を改善するということをいろいろと考えておりますが、いろいろな財政的の制約等がありまして、今年度予算でまだその点について触れておりませんけれども、将来とも十分に考えて参りたいと思っております。
#5
○中馬委員 傷病恩給については、普通恩給をもらっておるから、それにプラスして傷病増加恩給といいますか、増加恩給がついておるから低くてもいいというのですか。
#6
○八巻政府委員 低くてもいいということではございません。増加恩給受給者の手取り額が全然上っておらなかったということではない、普通恩給については当然上っておったんだということを申し上げたのであります。この増加恩給なり傷病恩給なりの額が改善されるということにつきましては、将来とも十分考えて参りたいと思っております。
#7
○中馬委員 聞くところによれば、新しい案として、三億程度のものを二年計画で支給したいという案がございます。その際、不自由をなくするために、思い切って現在の五十五倍を百四十八倍にしてくれという切実な御要求が傷痍軍人の方々からあることは、あなたも御承知だと思います。これは金額にして大体四億円程度だという話です。百二十倍の案が二十二億ですから、それにあと四億円足せば遺族や普通軍人との均衡がとれるんだということを、傷病軍人の方々は主張されておりますけれども、もし、将来案を出す場合に、恩給局としては依然として百二十倍が妥当だとお考えであるか、それとも、予算が許すならば、この際思い切って百四十八倍に引き上げてもよろしいというお考えであるか、その点をお伺いいたします。
#8
○八巻政府委員 今後の改善措置についてどういう目安がよいかという具体案は持ち合せておりませんけれども、ただいまお話しのように、何倍ということも一つの考え方だろうと思います。結局、第一項症を百の柱として、一番下を九とか十とか開きをつけておったわけでありますが、それを戦前のようにもっと下の開きを詰めていくやり方の方がいいかどうかということが一つの検討の材料になるわけでございます。言いかえますと、下の間差を詰めることは軽症傷病者にもう少し厚くしてやれという考え方なんです。それから、もう一つは、最初の第一項症の柱をどういうふうに動かすかということの問題だろうと思います。これはベースとの関係もございますし、第一項症の方々に対する額というものは、現在の段階においてどのくらいが妥当であるかということも考えなければなりません。将来はそういうことを目安にして考えていくべきじゃないかと思っております。
#9
○茜ケ久保委員 この問題は内閣委員会でやることもあるだろうと思いますが、ちょっと今中馬君の質問に関連してお聞きしたいことがあるのです。恩給局長の説明によると、傷病恩給をもらう者が普通恩給ももらっておるということがございましたが、私どもの関知するところでは、高級将校等はそういうこともございましょう。しかしながら、下士官とか兵というような期間の短かい者は、おそらく一般恩給はないと思うのです。従って、傷病年金をもらっておる者と普通恩給をもらっておる者の比率がわかっていましたら、一つ御明示願いたいと思います。
#10
○八巻政府委員 今のお尋ねでございますけれども、先ほど申し上げましたように、第七項症以上の症状の方々につきましては、年金の年限に達していようといなかろうと、とにかく全部普通恩給をつける。すなわち、下士官、兵でありますと十二年、将校でありますと十三年ないと普通恩給はつかないわけでありますけれども、傷病恩給に関する限りは、たといその人が二年であろうと三年であろうと、全部普通恩給を併給するという建前になっております。三十一年度予算の人員でございますが、増加恩給受給者は五万九千人、傷病年金受給者は六万九千人、こういうふうに見込んでおります。
#11
○中馬委員 私がさっき申したのは、この際軍人恩給、遺族扶助料、傷病恩給、この三つの方々に不平がないようにしなければならぬということであります。傷痍軍人の方々の御要求は、決して金をよけいにしてくれということでなくして、他の人々に比べて均衡がとれるような法律を作ってもらいたい、こういうことだと思うのです。その際に、ただいま局長がおっしゃったような第一項症の柱をどう立てるかとか、あるいは傷の軽い者をもう少し重くするとかしないとかいう技術的なことでなくて――その点については私も意見を持っております。現在の一項症から七項症まで、一款症から三款症までの金額をどういうふうに想定するかということはいろいろ考え方があると思いますが、その点については今触れません。ただ、大局的に見て近いうちに、あるいは今度の国会で、恩給問題の解決を見なければならぬとわれわれ考えております。見る場合に、伝えられる案としては、普通軍人恩給の場合は百七十二倍、遺族扶助料も百七十二倍、遺族扶助料と普通軍人恩給は均衡がとれるが、傷痍軍人だけ百二十倍ということは、たれが考えても非常におかしいと思うのです。それに、傷痍軍人の方々が、百七十二倍を要求されないで、せめて百四十八倍にしてくれとおっしゃるのであるから、これはきわめて妥当な御要求であると思うのですが、それをあなたはどうお考えでありますか。
#12
○八巻政府委員 その倍率の計算の開きは私まだ十分やっておりませんので、即答できませんけれども、戦前との比較において、むしろ百五十五号の際は傷痍者を厚くするというふうな考え方で、計画をきめたというふうに承知しておるわけでありますが、今後とも新しく改善していく場合におきましては、やはり同じような思想が入っていってしかるべきであろう、こう思っております。
#13
○中馬委員 大へんけっこうな御意向を聞いたのです。百五十五号のときは傷病恩給について優遇をしたというのであるならば、今度改正しようというときも、当然その思想が優先しなければならぬと思います。終戦直後は優遇したけれども今日は優遇されないということは非常におかしいのです。あなたが今おっしゃったように、終戦直後の百五十五号時代において、他の部門に比べて決してひけをとらなかったのであるならば、今度新しく恩給問題もすべて清算して解決をしようというのであるならば、その際においては、優遇こそされ、冷遇される必要はないと思います。ただいまあなたのお言葉を聞いて大へん心強く思ったのですけれども、こういう問題が再び起らないように、昔は優遇したが今は冷遇しているということに、傷痍軍人の方々は非常に不平なんです。百七十二倍にしてくれというのが当然でありますけれども、それすらされないで、せめて百四十八倍にしてくれとおっしゃるのでありますから、そういう点、法律をお作りになる際におきまして、昔優遇したから今は優遇せぬでもよろしい、マッカーサーがおった時代においてすら傷痍軍人には金をやったんだから、今は少しがまんしなさいということは、今月においては非常におかしい考え方でありますから、近い将来にこういう問題が具体化する場合においては、そういう不平がないような案を一つ作っていただきたいということを強く要求いたします。
#14
○山下(春)委員 中馬先生の御質問に関連して、恩給局と厚生省両方にちょっとお尋ねしたいのですが、傷病恩給の裁定がどの程度に進んでおるかということです。私が承知しているところでは、なかなかこれが進まないように聞いております。その進まない原因の一つに、終戦当時に、項などというのは非常に大きいですから何ですが、款、目等に至りますと、そのときにきめられたのが、今お医者さんから再審査を受けると、非常にそれが狂っているということのために、本人も不平だし、裁定もしにくいというふうなことがあるかに聞いておりますが、裁定の状況がわかればお知らせ願いたい。
#15
○八巻政府委員 最近の裁定状況を私手元に持っておりませんが、大体さっき申し上げました予算上に上っている人数につきましては、一応裁定が済んでおるというわけでございますが、なお、その後症状が高進したとか、あるいは五年間の有期の恩給の期間が切れまして、また再審査を請求するとかいうふうな方々の書類が、まだだいぶ世話課から援護局の方を通じて私どもの方に参っているのがございます。なお、症状決定に対する不服の申し立てのための具申でございますが、具申件数も相当の件数が逐次恩給局の方へ参っております。それによりまして再審査をいたしまして、それぞれの措置をいたしております。現在援護局の方から私の方へ参っておる書類につきましては、順調にさばいていっておりますが、援護局の方のお手持ち、あるいは世話課の方の受付の状況等につきましては、厚生省の方で御答弁願います。
#16
○中馬委員 今の山下先生の御質問と同じなんですが、今盛んに裁定をしておるというものがたくさんきますね。今のお話では、事後重症と申しますか、あとから病気が重くなった分のお話が出ましたけれども、私どもの方に参ります陳情書というものは、まず最初からの裁定がないというのが非常に多いのです。だから、私がお願いしたいことは、たとえば腕がないとか足がないとかいうようなものは、優先的にどんどん簡単に裁定してもらって、たとえば胸が痛いとか足が痛いとかいうような内部的なものの裁定は、なかなかむずかしいと思いますから、二つに分けてもらって、早く済むものはどんどん済まして、そうしてむずかしいものは恩給局の人員でさらに念を入れて裁定をしてもらう。今のやり方は、私は内部のことは知りませんけれども、その点はどうなっておるか。
 それから、援護局から恩給局の方にくるときは、何か催促でもされるのですか。それとも、たとえば福島県の世話課から横須賀の元の海軍の鎮守府を通って援護局にくる、それから鹿児島の方からくるというふうにくるわけですが、その際に、たとえば最低何カ月程度援護局にとめおくというような基準でも設けてもらわなければ、一年も二年も援護局でたまっておる、御本人は早く恩給がこないかということで非常に心配しておるというようなこともありますから、ある程度一カ月に一回とか二カ月に一回とか両方の係官で打ち合せをしてもらって、そして、今幾らたまっておる、あるいは去年、三十一年八月までの分は全部送り届けたとか、何か一つ、そういう具体的な工作といいますか、仕事をしてもらいたいと思います。今すぐは資料がないと思いますけれども、年次別、月別の、援護局にいつきていつ発送された、恩給局にきてから何カ月かかったというような詳しい資料を、一つこの次までに出していただきたいと思います。市ケ谷の援護局にたまっているのですよ。市ケ谷へはわれわれもなかなか行くことはできませんし、傷痍軍人の方々も行けないという状況ですから、その督促の状況を一つ調べてもらいたいと思います。これはお願いですから、一つよろしくお願いいたします。
#17
○山下(春)委員 今中馬先生から非常に適切なお願いがありましたが、援護局の方で、通達とかあるいは法の内容を地方の世話課の窓口の者が十分了解し得るような、講習会のようなものをやっておられるのでしょうか。とにかく、今出てくるのは、傷病恩給ばかりでなく、たとえば、戦地で結核にかかりまして、終戦まで陸軍病院を転々として、内地に後送されて、内地の国立病院でなくなった、さんざ世話課に頼んでも、そういうものの救済方法を教えてくれないので、五年くらい家内が一生懸命努力をして薬代をみついで、ついになくなったということでございまして、こういう者に対して当然いくべき施療を受けられなかったために死にまして、そうして期限が法律のどれからもはずれてしまって何らの援護も受けられないというのが、最近直接私のところへ来ましたけれども、日本にはたくさんこういうのがあると思うのです。何ともごあいさつのしようのない、気の毒なケースなんですけれども、そういうことに対しては、世話課の者が、あるいは市町村の役場の窓口の者が、それを理解しておるような手続を踏んでおられましょうか、どうでしょうか。それがもし足りないというならば、たとえば、今の傷病恩給の裁定の問題などでも、ベース・アップどころの騒ぎではなく、基本的な戴冠がまだ受けられていないということになると、まことに気の毒で、そのうちにみな死んでしまうのです。ぐずぐず言って、それから診察の仕方も、適当な機械を持っておりませんために、ただ傷口だけ見てそれできめるというわけにいかないものでございまして、これは、私はしろうとで、専門のお医者様から聞いたことですから、あれですが、手が一木ないということは、手が一木ないという不自由だけでなくて、全体のからだに及ぼす栄養その他の一切の条件が、かたわの人――これは私どもなくなられた外務大臣の電光さんからもよく伺ったものでございますが、倍の栄養をとらないと、普通の手足のそろっている人のような活動ができない、こういうことでございます。それで、裁定ができないままで死なしてしまうようなことになれば、せっかく法がありながら、ちっともそれの恩恵を受けられないで死んでしまうということは、はなはだ残念だと思うのですが、どのようにやっておられるのでありましょうか。
#18
○石塚説明員 ただいまの山下先生の御質問は、留守家族援護法の療養給付の問題であると思います。療養給付の問題につきましては、各府県の世話課長会議を例年やっております。その席上で絶えず注意しておりますけれども、今おっしゃったようなケースが間々出るのであります。特に、結核の患者で、一応なおって、そして二年なら二年経過した後に死んだ、こういうことで、それが、すぐ申請すればよろしいのが、若干遷延して、あるいは法の要件を欠く、そういう事例が間々あった。下部の機関のそういった傷痍者に対する掌握とか、あるいは指導の面につきましては、今後そういうことのないように、できるだけ徹底するように、方法につきましては、ぜひ研究を重ねましてやりたいと思っております。
#19
○山下(春)委員 それから、もう一つ、これは非常に重大な役所の機構の問題でございますが、法律できめられたところによりますと、援護局なんというものは、どんどん細くなっていきまして、影も形もなくなりそうな時期がもうすぐなのであります。ことしは補正で幾らかふやしてもらったということでございますが、だれしも同じでございまして、それをあながち責めるわけにもいかない。仕事が片づいてしまえば、その次に待っているのは首だということになると、仕事にも精がいかない。全国で待ち受けて、ほんとうに生きている間にそれを受け取って死にたいという、一刻千秋の思いで待っている人とは、全く違う形で業務が片づけられておるということがなきにしもあらずであります。これは課長に聞いても仕方のないことで、総理大臣に伺わなければならないことなのでございますけれども、そういうことで業務が遅滞しておることが起るならば、これは大へんなことでございますので、政務次官から、一つぜひ、今後、引き揚げの問題だけでなく、戦争犠牲者の跡始末という、われわれ当委員会が受け持たなければならない部門が、広範に、しかも非常にめんどうな、けれども、それにはこまかい、あたたかい気持をつぎ込んでやらなければならない問題が残っております際に、援護局がだんだん人員が整理されると、その対象に当てられておる人たちは、ペンを持ってもペンが走りますまい。無理もないことだと思いますが、今後の機構の問題について、政務次官の御決意と、将来どうあるべきかということを一つ明確にしておいていただいて、職員が一生懸命に働けるようにお考えを願いたいと思いますが、いかがでございましょうか。
#20
○中垣政府委員 山下さんにお答えいたします。援護局の行政内容から見まして、まだ相当長い期間にわたりまして、これらの事務的な面あるいは行政的な面が必要であろうと思います。そこで、やっております仕事の内容につきましては、漸次業務が片づいていきますと、人の手が要らなくなるという点があると思います。ただし、そういったような傷病軍人等の問題は、だんだん患部が悪くなっていくといったようなこと等もありまして、その年その年同じような状態でないということを考えますと、やはり事務的には相当重要なことになると思いますので、そういったようなところまでを整理したり、人を少なくしたりして、人手がないために重要な事務が進まない、そういうことになっては相済まぬと思います。
 それから、もう一つは、整理されるのだといったような不安が原因いたしまして、だれでも動揺する、そういうことで今日特に審査要求等の書類がはかどっていないのじゃないか。そういう点実は私も心配をいたしまして、局長や部長等に聞いてみたのでありますが、それほど、そういうことのために、おくれておるというようなことはないようでございます。しかし、昨年も今年もというふうにだんだん人が減っていくのは事実でございますから、やはりこれは相当な気分的な影響があると思います。御指摘の点は非常に注意をいたしましてやって参りたいと思います。そしてみんなが安心してやれるような措置もとらなくちゃならぬと思います。
#21
○戸叶委員 関連して。先ほど山下委員が言われましたことは、私非常に重大だと思うのです。たとえば、当然国家からの補償を受けられるにもかかわらず、手続等の不備なためになくなっていかれるというような例も私は知っているわけなんです。そういうようなことは、ことに山村の僻地に行われておりますので、もう少しそういうことが徹底するように、ぜひしていただきたいと思います。それから、あまりいろいろなことを知らない人が役場などに参りましても、書類の手続だとか時間的に長くとられるというようなことで、大ていねばり強くするのがいやになってしまって、その結論を待たないで、いいかげんで投げてしまうというような、あるいは、投げてしまわなくても、投げざるを得ないというようなことになっている場合が非常に多いのです。ですから、こういうことに対しては十分考慮を払っていただきたいということを、私もつけ加えてお願いしたいのです。
 それから、もう一点は、先ほど中馬委員の御発言の中にもありましたけれども、いわゆる白衣の勇士といわれております人たちの問題なのです。いまだに観光地とかあるいは東海道線の二等車なんかでは、片手のない人などが、昔の戦争のときを思い出してくれというようなことを言いながら、物をこうていられるわけなのです。これに対して、この委員会でも、たびたびそういう人はないはずだということをおっしゃっていられるのですけれども、依然として観光地なんかにはうんとございまして、そうして特に外国の人なんかがそれを見たりしているわけです。そういうふうなことを考えましても、私は、そういう人たちがそういうことをしないで済むように、早く考えてあげなければいけないとも思いますけれども、一方また商売でやっている人もいるのじゃないかというような話も聞くのですが、最近そういうことを突き詰めてお調べになったかどうか。この点を伺いたいのです。
#22
○中垣政府委員 戸叶さんにお答えいたします。
 第一点の、山村僻地等におきまして、当然受けられるべき権利であるものを、たとえばその手続内容等について無知のために、あるいは山村僻地であるためにいろんな事故があって、そういう事務的なものを最後まで進めなかった、それがためにおくれておる、御指摘の通りそういうのがたくさんあると思います。こういうものにつきましては、たとえばその一つの対象が期限によりまして失格したような場合がありますので、これらの問題についてはあらためて考えるつもりでおります。
 それから、第二の白衣の勇士の物ごいのことでありますが、ほんとうにお気の毒ではありますけれども、また一面、御指摘のように、一つの生業のような形でやっておられる人もあるように聞いておるのであります。こういう方に対しましては、先ほど来中馬委員並びに山下さん等からお話がありました傷痍軍人等の扶助並びに恩給の問題等の解決とともに、この白衣の勇士の方々があまりにも人々の同情になれ切ると申しますか、あるいはまた職業的な意識でやっておると申しますか、そういう点等につきましては、こういうような方々の団体等とも話し合いをいたしまして、あまりそういうことがないように努力して参らなければならないと思います。
#23
○戸叶委員 今の政務次官の御発言で、そうしていただけると思うのですけれども、前にもこの委員会でそういうふうな結論を出していながら、依然としてまだ同じところにあるわけなのですが、なるべく早くそういうことをもう一度お調べになっていただきたい、こうお願いいたします。
#24
○中垣政府委員 私も実はあまり詳しくないのでありますが、これは法律でただいまのところ禁止するというようなことも実はできないようであります。でありますから、やはり、こういった問題は、傷痍軍人の団体と私どもの方でよく話し合いをいたしまして、努めて社会道徳的な見地に立ちまして善処して参らなければならぬものだろうと思います。ただいまのところ、私も勉強が足りませんので、その程度しかお答えすることができません。
#25
○中山(マ)委員 そういう問題ですが、どれくらいそういう人が残っているのかお調べいただいたことがあるのでしょうか。たとえば、大阪の心斎橋のような盛り場に、バイオリンを持ちまして、二人か三人かで、妙な車みたいなのを作りまして、それに乗っかってバイオリンをひいて引っぱって歩いておる。いかにも哀れであるし、もう戦後という言葉を使うなという人があるにもかかわらず、あれは戦争直後のような感覚を与えますから、私は、今の問題について、厚生省あるいはその関係のお方様方に、どれくらいの人たちがそういうことをやっておるか、そうして、やっておる人たちの中で、いろいろな手続が渋滞しているために何も受けていない人たちがどれだけあるか、また、受ける人でもないのに、白衣を買ってああいう格好をして国民の哀れを誘っているというような人が何人あるかということをお調べ願えませんか。ただここで何とかしてくれ何とかしてくれと言っておったところが、いつまでたってもこの道は開けないのでございます。十一年もたちまして、私どももいささか独立国らしい感じを持ちたいと国民に呼びかける手前からいたしましても、もし政府の責任でそういう人たちが残っているならば、私どもは、政府に善処をお願いして、手続を早くして、こういう人たちがそういうことをしないように、もしそういうふうなにせの人たちがあるならば、こういう人たちは何とかしてやってもらわなければならぬ。それは傷痍者の団体でもないのでしょうから、何かでもってけがをしたのをいい幸いにして、そういうことをやって暮している人かもしれませんが、そういう人たちはそういう人たちで、また何らかの手を打たなければならない。一つ早急に全国でどれくらいあるか徹底的な御調査を願いませんと、人間というものはこじきを三日すればやめられぬと昔からいわれておるのですから、この気分に浸っておったら何年たってもやめないと思う。私は、法律ができない間は、哀れに思って汽車の中で与えておりましたけれども、当節は全然差し上げないことに――私気持としてはつらいのですけれども、理性に従って上げないようにしているのでございます。どなたもそういう気分だろうと思うのです。どうぞ一つ、この数を何とか御把握を願って、色分けをしていただきたいということをお願いしておきます。
#26
○中垣政府委員 中山先生にお答えいたします。
 ただいまの御意見全く同感でございまして、ほんとうに職業的になったり、あるいは、傷痍軍人の形はしているけれども、実際は傷痍軍人でないといったような者、そういうことを考えますと、これは相当真剣に厚生省としては対策を考えるべきだと思います。
 その次に、ただいままでに、厚生省で、正確無比な数字じゃございませんが、大体概算としましては、九百人くらいの人が、街頭あるいは列車、電車等の中でああいう行為をしているようであります。これらの人々に対しましては、これは厚生省だけの力で全部調べ上げるということは実はちょっとできがたいようでありまして、場合によれば、職業補導といったような観点から労働省であるとか、あるいはまた住居等の問題から警察であるとか、そういうような関係省とも連絡をとりまして、ただいま御指摘を受けましたような点を調査いたしまして、御要望にこたえたいと思います。ただ、相当な時間がかかるようでありまして、一週間とか二週間ということはお約束はできませんが、必ず調査をしたいと思います。
#27
○廣瀬委員長 ほかに御質疑はございませんか。――御質疑がなければ、本日はこの程度にいたします。
 次会は公報をもってお知らせすることとし、これにて散会いたします。
   午後五時五分散会
ソース: 国立国会図書館
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