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1956/11/16 第25回国会 参議院 参議院会議録情報 第025回国会 本会議 第4号
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1956/11/16 第25回国会 参議院

参議院会議録情報 第025回国会 本会議 第4号

#1
第025回国会 本会議 第4号
昭和三十一年十一月十六日(金曜日)
   午後七時四分開議
    ―――――――――――――
 議事日程 第三号
  昭和三十一年十一月十六日
   午後二時開議
 第一 国務大臣の演説に関する件
    ―――――――――――――
#2
○議長(松野鶴平君) 諸般の報告は、朗読を省略いたします。
     ―――――・―――――
#3
○議長(松野鶴平君) これより本日の会議を開きます。
 議員小野義夫君は十月十三日、議員重成格君は同月十六日、逝去せられました。まことに痛惜哀悼の至りにたえません。両君に対しましては、議長は、すでに弔詞を贈呈いたしました。
 阿具根登君、高野一夫君から発言を求められております。この際、順次発言を許します。阿具根登君。
  〔阿具根登君登壇、拍手〕
#4
○阿具根登君 ただいま議長から御報告のありました通り、議員小野義夫君には、かねて胃病のため御静養中でありましたが、去る十月十三日、薬石効なくついに御長逝になられました。まことに痛惜哀悼の情にたえません。各位の御同意を得まして、ここに同君の功業をしのび、一言追悼の辞をささげたいと存じます。
 同君は、明治十三年十月二日、大分県大分郡庄内村に生まれ、早稲田大学法科を卒業、古河鉱業株式会社に入られ、後みずから昭和合成化学工業株式会社を興して社長となり、自来、ラサ工業株式会社その他の会社の会長または社長としてその経営に当られ、前後を通じて、実に十余会社の重役として御活躍になったのであります。しかも、そのかたわら肥料協会会長を初め、東京商工会議所、日本鉱業協会、日本経営者連盟、日本関税協会などの理事、経団連評議員となられるなど、病に倒れるまで、終始産業団体のためにも大いに御尽瘁になったのでありまして、一生を通じで商工鉱業の上に残された足跡は偉大であり、功績かくかくたるものがあるのであります。
 君は、人となり闊達明朗、しかもその反面きわめて強固な意思の持ち主であり、熱意をもって事に当るという実行の人でありましたが、この熱情と活動カ、実行力に加うるに、業界多年の貴重な経験を傾けて、これらを遺憾なく政治の上に生かされたのであります。すなわち昭和二十五年以来、参議院議員に当選されること二回、常にその人柄からくる持ち味をもって、すこぶる円滑裏に政務に当られ、衆望をもって自由党総務となり、参議院副会長にあげられたのであります。その間、法務、商工、予算、農林を初め、あらゆる委員会に、委員長あるいは委員として造詣を傾けられました。
 かくのごとく、君の生涯は文字通り活動と努力の連続であり、その政治性が、業界を背景とし、貴重な経験を裏づけとしたすこぶる特異の存在であったことを、しみじみと追想するものであります。今日国家内外の情勢は、まことに多事多難なる折柄、君のごとき人格識見ともに、卓抜にして実行力に富む政治家を失いましたことは、邦家のためまことに惜しみてもなお余りあるところであります。
 議席をともにして国政に携わって参った同僚といたしまして、衷心より君の御逝去を悼み、うやうやしくその御遺徳をしのんで御冥福を祈りたいと存じます。(拍手)
    ―――――――――――――
#5
○議長(松野鶴平君) 高野一夫君。
  〔高野一夫君登壇、拍手〕
#6
○高野一夫君 今国会の劈頭におきまして、ただいま阿具根議員から小野義夫君に対する追悼の辞がございましたが、さらに引き続いて重成格君の御逝去につきまして追悼の辞を申し上げなければならないことを、まことに痛恨しごくに存じます。私は重成君とは学友でありました関係をもちまして、ここに皆様の御了解を得まして、同君生前の業績をたたえ、各位とともにその風貌をしのびたいと思います。
 同君は、先の通常選挙において初めて当選せられましたので、御面識のない方が多いかと存じまするが、同君は、明治三十四年岡山市に生まれ、東京帝国大学法律学科を卒業とともに内務省に入り、各県の事務官を歴任し、内務兼外務事務官として欧米諸国を視察し、またロンドンにおける世界厚生会議へ日本代表として出席し、さらに内務書記官として南方諸島へ出張せられましたが、その後、大阪府、兵庫県の部長を経て、終戦直後、鹿児島県知事に任ぜられたのであります。昭和二十二年初めての知事選挙に鹿児島県知事に立候補して、めでたく当選し、初代民選知事となられたのでありますが、二十六年再選されましたので、その任期満了まで実に前後十年間にわたり、県議会におきましては、各会派一致しての支持を受け、県庁内では吏員全体の協力がありまして、地方行政のために尽瘁し、ことに台風常襲地帯でありまするところの鹿児島県の災害対策、あるいは奄美大島の復帰等、さらに一般地方財政の赤字対策については、全国知事会議の有力代表として、大いに活躍せられたことを初め、特殊土壌対策に関する法律の制定に当っては、審議会会長となり、また南九州総合開発審議会の発足するや、同会長として国土総合開発に尽され、経済五カ年計画を立てて、電源開発や農業県としての育成に当る等、数えきたれば、同君が残されたる功績は、実に顕著なるものかあったのであります。しかも同君は、その多年の経験をもととして、みずからの抱負経綸を実現せしめるため、中央政界への進出を決意し、先の通常選挙に立候補して、衆望の帰するところ、めでたく当選の栄冠をかち得られたのであります。
 今日我が国の国内政局並びに国際政情のますます多事多端、特に議会の円滑なる運営による民主政治の待望せられておりまするときに、同君のごとき多年の経験による識見と、すぐれたる性格の持主であったところの人物が、その器材を国政に反映せしめ得ずして急逝せられましたことは、邦家のためまことに遺憾にたえません。ことに当選後の初の国会でありまするところのこの臨時国会の召集を待たずして、希望の常任委員会にも出席する機会もなく、一回も議席に着かずして急逝せられました同君の不運と不幸に深く思いをはせますれば、万斛の涙なきを得ない次第であります。
 ここに各位を代表いたしまして、つつしんで同君の御逝去に対し追悼の辞を申し述べた次第でございます。(拍手)
     ―――――・―――――
#7
○議長(松野鶴平君) 日程第一、国務大臣の演説に関する件。
 鳩山内閣総理大臣、重光外務大臣から発言を求められております。この際、順次発言を許します。鳩山内閣総理大臣。
  〔国務大臣鳩山一郎君登壇、拍手〕
#8
○国務大臣(鳩山一郎君) 第二十五回国会の開会に当りまして、ここに所信の一端を表明する機会を得ましたことは、私の欣幸とするところであります。
 私は、河野、松本両全権とともにモスクワにおもむきまして、去る十月十九日、日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との共同宣言並びに貿易に関する議定書に調印して参りました。これによりまして、終戦後十一カ年間も継続した日ソ両国間の戦争状態は終結いたしまして、外交関係は回復され、日本の国連加盟への支持や抑留者の送還、漁業条約の発効等も確定いたし、さらに、両国間の平和条約についても、今後引き続き交渉することになりました。歯舞、色丹両島は、平和条約締結の後わが国へ引き渡されることになったのであります。
 これらの交渉に当りまして、わが全権団は、国民の期待に沿うべく、渾身の努力を傾けました。日ソ復交こそは、わが内閣成立以来の最大公約でありまして、同時に世界平和へのわが国民の悲願に直結すると考えたからであります。交渉の成果は、必ずしも十分満足すべきものとは思っておりません。しかしながら、私は国際関係の現実を冷静に見つめながら、わが祖国と国民の将来を深くおもんばかりまして、意を決して妥結の道を選んだのであります。
 ひるがえって世界の情勢を見まするに、今や中東及び東欧方面の事件を中心として、各地に大きな国際的紛争を生じておりますことは、戦争の防止と世界の平和を念願するわが国としては、まことに憂慮にたえないところであります。しかし幸いにして、最近これら戦火も、次第に終息を見ようとしていることは御同慶に存ずるところでありまして、私はこの際、まず世界に正常な、そうして合理的な雰囲気と精神が立ち返ることを祈念してやみません。しかも一方、米国においては、世界の平和確保について確固たる信念を持つアイゼンハワー氏が、国民の輿望をになって大統領に再選せられ、また世界の世論が、国連中心の活動を要望いたしまして、戦争回避の方向に動いておることは心強く感ずるところであります。
 今後の国際情勢の推移については、安易な楽観と予断を許さないものがありますが、わが国といたしましては、あくまでも世界情勢の変化を見きわめつつ、平和外交政策の方針を貫き、平和愛好諸国と提携しながら、国際緊張の緩和に努め、世界平和の建設の中に、わが国運の隆昌をはかって行くことが大切であると存じます。しかして、これがためには、特に国際貿易の伸長に意を用い、広く世界各国とともに、相互に経済活動の範囲を拡げて行く政策を推進しなければなりません。貿易の拡大こそ平和の根底をなすものであり、さらに国際的地歩と発言力増進の基礎であると信ずるからであります。
 さて、わが国経済の現状を見まするに、昭和三十年以後、ここ一両年における経済の発展が、まことに目ざましいものであるということは、国民とともに喜びにたえません。試みに昨年暮に決定した経済自立五カ年計画と比較してみますと、国民所得の上昇率は、計画の五%に対しまして一〇%と急増し、また輸出は八・七%に対し三一%という飛躍的な増大を見たのであります。しかもその間、物価はおおむね安定を続けたのでありまして、経済の拡大が、このように国際収支の改善と物価の安定という理想的な形で行われたことは、まことに少い事例であります。
 このような経済好転をもたらした原因を考えますと、世界経済の好況とか、引き続いた豊作というようなこともあずかって力あったのでありましょうが、より基本的には、二十九年十二月、第一次鳩山内閣成立とともに経済自立六カ年計画を策定いたし、自来これを基準とした健全財政方針を堅持し、さらに企業家並びに勤労者の努力と国民各位の理解ある協力のもとに、引き続きこれら長期経済計画を実施して来たことにあると思うのであります。
 しかしながら、われわれは決してこの成果におぼれてはなりません。激動する世界情勢の中にあって、わが国のゆるがない地歩を確立するため、この経済事情の好調を契機として、一段の努力を払う必要があると考えます。今こそ労使一体となって、生産性の強化をはかり、貿易をさらに増進して、国民の生活安定と国家繁栄の基礎を築くときであると信じます。
 戦後久しくうっくつしたわが民族の前に、今や広く東西の窓は開かれんとしております。世界の趨勢と新しい時代の要求に順応しつつ、わが日本民族が広い視野に立って、一致団結、雄渾な精神をふるい起して、国運の発展と世界の進運のために活躍せんことを期待してやみません。
 私の政治的生涯において、最も感慨深きこのときに当り、一言所信を申し述べまして、国会を通じて国民諸君の御賛同を求める次第であります。(「どうも御苦労さん」と呼ぶ者あり、拍手)
#9
○議長(松野鶴平君) 重光外務大臣。
  〔国務大臣重光葵君登壇、拍手〕
#10
○国務大臣(重光葵君) 第二十五回国会の開会に当りまして、最近の緊張したる一般国際情勢について、いささか所見を申し述べますことは、私の最も光栄とするところであります。
 本年初めの通常国会におきまして、私は国際情勢の動向について述べ、今後の推移に対しては特別の注意を払う必要のあることを警告してきた次第でありますが、最近の世界の形勢は、まさに容易ならぬもののあることを認めざるを得ないのであります。言うまでもなく、これは中東及び東欧における異変に基くものでございます。中東アラブ界におきましては、民族主義はすでに最高潮に達し、本年七月、エジプト政府がスエズ運河会社の国有化を宣言いたしましたのを契機として、英仏とエジプトとの間に重大なる紛議をかもし、国際関係はとみに緊張を加えたのであります。これが対策として、本年八月、ロンドンにおいて関係二十二カ国会議が英国政府の提唱によって開催せられ、日本もこれに列席したことは御承知の通りであります。
 元来、スエズ運河に関する紛議は、一運河の問題ではないのであって、エジプトにおける拠点の喪失は、英国にとっては世界的地位の動揺を意味し、エジプトの指導するアラブ民族思想の勝利は、北アにおける仏国の運命を左右することとなる次第であるのみならず、ソ連の新積極政策が、エジプトに対する武器供給による援助政策となって現われていることは、明らかに西欧側の対アラブ政策と相いれぬ次第であって、問題の根本は、スエズ運河の問題が重要なる国際政治問題を包蔵する点にあるのであります。日本としては、運河の自由航行を国際的に確保することについては、もとより協力を惜しむものでないのでありますが、これより生ずる紛争については、関係国間の交渉によって平和的に解決すべきものであって、もしそれが困難なるときは、直ちに国際連合の処理にゆだぬべきものであるとの主張をもって、終始本問題に対処してきたのであります。
 さて、ロンドン会議は、エジプトの出席がないために、一方的なものとなって妥協の端緒を得ずして終りました。引き続き開かれた運河使用国会議なるものも、事態の改善に資することなきままに、スエズ問題に関する紛争は、当事国の提訴によって、わが国の希望した通り、国際連合の俎上に上ることとなった次第であります。
 およそ民族主義の勃興は、人類解放運動の自然の帰趨であって、日本といたしましては、他国の民族主義的要望に対しては常に同情を表して参ったのでありますが、スエズ問題の処理に当っては、常に大国に対しては寛容な態度を、小国に対しては謙譲な態度を勧説して、米国と密接な連絡のもとに、相協力して、事を破綻に導かぬよう鋭意努力してきた次第であります。国際連合においては、安保理事会は、たびたび会合して、一たん交渉の基礎条件作成に成功したのでありますが、現地情勢の悪化によって、事態は急変することに相なりました。
 アラビア諸国とイスラエルとは、イスラエル立国以来の紛争が絶え間なく、エジプトはイスラエルの船舶に対してスエズ運河の通航をも禁止しておるありさまでありますが、イスラエルは、にわかに本年十月末、軍を動かしてエヂプト領シナイ半島に侵入し、スエズ運河に向って進撃するに至りました。ここにおいて事態は急を告げ、安保理事会は直ちに開かれて、イスラエルの行動を阻止すべしとする米国の提案を討議いたしましたが、これに対して、英仏は拒否権を発動して、理事会の決議を不能ならしめると同時に、みずからエジプトに出兵して、運河を両国の軍事行動より守り、さらに占領の意図を表示して、エジプトに対し最後通牒を発するの非常手段に出ました。エジプトは直ちに英仏と国交を断絶し、軍事行動に対しては全面的に反撃するの態度に出たので、中東地域は全く戦雲に包まれることに相なりました。
 安保理事会においては、常任理事国が拒否権を使用し得るために、国際連合は、これまで幾たびかその本来の機能を発揮することができなかったのでありますが、今回その中心勢力とも見られる英仏二大国が、米国初め一般連合国の意思に反して拒否権を行使し、直接軍事行動に出たことは、国策の遂行のために武力を使用しないという、多年培養された国際通念を無視するものであって、国際連合の精神をじゅうりんし、その存立をも危うする行為であるとして、英仏に対する非難は、至るところごうごうたるありさまでありました。英仏両国政府は、内外よりする世論の圧迫のもとに置かれたのでありますが、国際的に見ても、英仏と米国との政策の背反は、結局NATO陣営の破綻を意味するので、冷戦のいまだ全く解消せられておらない今日、その間隙は必ずやソ連側の見のがすことのないものと思われておりましたところ、十一月五日、ブルガーニンソ連首相は、アイゼンハワー米大統領に対して、英仏の行動を許すべからざる侵略行為であると非難し、これを阻止するために、米ソ両国が武力をもって干渉すべきものであるとの趣旨の提案をなすと同時に、英仏首相に対しては、英仏のかかる侵略行為は、まさに第三次世界大戦を誘致するものであると痛論して、ソ連は何どきにても近代武器をもって侵略行為を阻止する用意のあることを激しく警告いたしたのであります。かくして、あたかも第三次世界戦争の勃発するやもはかられずとの印象を与えて世界を、戦慄せしめたのであります。
 この際、国際連合はすみやかに行動を起さなければなりません。危機を脱するためには、まずエジプト現地における、戦闘行為の停止が必要であります。日本政府が、「中東方面における形勢を重視し、国際連合が今後なお事態の平和的解決のため有効なる措置をとることに成功せんことを希望してやまない」と声明したのも、このときでありました。国際連合は必死の努力によって国際警察軍を作り、これをもって英仏軍にかわり、運河地帯の確保に当らんとする案を立てて採決に付し、直ちに国際警察軍の組織に着手いたしたのであります。この国際連合の措置については、英仏もエジプト、イスラエルも、ともに異議なく、いずれも戦闘行為を停止するに至りまして、ここにスエズ問題は、ようやく危機を脱することを得たのであります。国際連合が、よく大局を収拾し、世界的平和機構としての任務を果しつつあることは、真に称賛に値するものと言わなければなりません。
 民族主義の勃興は、単にアジア、アラビア地域に局限されたものでないことは言うを待ちません。ソ連は久しく民族主義を高調し、植民地主義を攻撃し、これをもって西欧諸国に対する非難の好題目としていたのでありますが、本年二月開催されました第二十回共産党大会を契機として、抑圧政策より転じて広範なる非スターリン化政策を実施するに至った結果として、東欧衛星国においては、民族主義に基く自由独立の風潮が起り、ソ連の勢力を排除せんとする機運が台頭し、まずポーランドにおいては、チトー主義による政変が成功し、その傾向が直ちにハンガリーに波及するに至りました。ハンガリーにおける国民運動は、ポーランドにおける政権交代が比較的平穏裏に行われたのに比し、チトー主義を越えた反ソ反共的なものとなりましたので、スエズ問題が危機に際会すると同時に、ソ連は巨大な軍隊を動かして、ハンガリーの全領域にわたって国民運動を徹底的に弾圧するに至ったのであります。これがためソ連のハンガリーに動かした兵力は、師団数十個、戦車数千を数うると言われておりまして、ハンガリー国民の犠牲者は数万をこえ、惨たんたる光景を呈しておると報道せられておるので、現地に近き欧州各地においては、至るところハンガリー国民に対する同情の示威運動が起っているありさまであります。
 国際連合は直ちにハンガリー問題をも取り上げ、内政干渉の中止、政治的独立の許容、軍隊の撤退、調査団の派遣、救援物資の送付等を骨子とする決議を採択いたしました。これに対してソ連は、ハンガリー問題は一国の国内問題であって、国際連合の関与すべきところにあらずとの態度に出ておりますが、ハンガリーの独立は、ソ連を含む各国のすでに承認するところであって、現にハンガリーは国際連合の一員でもあるので、ハンガリー問題が国際連合の関心事であるということは当然のことと言わざるを得ないのであります。
 そもそも民族自決主義は、国際的にもすでに認められた原則であって、第一次、第二次世界戦争も、そのために戦われたといっても過言ではないのであります。さらに、内政不干渉や主権尊重の原則に至っては、国際間の基礎的観念であって、国連憲章の骨子をなすものであります。アジア・アフリカ会議において採択せられたバンドンの平和十原則においても、またいわゆる平和五原則においても、その中に掲げられておる基本原則であって、単に自由陣営の主張たるにとどまらず、共産陣営においてもひとしく重要視されておるところであります。さらにまた、これらの原則は今次の日ソ共同宣言においても、すでにその順守を約束しておるところであります。わが国といたしましては、ハンガリー国民の叫びに対しては深甚の同情を表する次第であります。私は日本指導者と面識あるソ連首脳部に対し、理解と寛容とをもってハンガリー国民の声に耳を傾け、国際連合決議の趣旨を尊重し、事態の緩和をはからんことを訴うる次第であります。(拍手)
 スエズ運河を中心とする中東における事態は、幸い緩和されてきたのでありますが、なお幾多の危険なる問題を包蔵しており、事態の改善は、一に今後の発展にかかり、困難なる問題の処理は、ひとえに国際連合の活動に待たざるべからざるありさまであります。他方、東欧ハンガリー問題に関する一般の感情はきわめて深刻でありまして、形勢はいまだ明確を欠くものがあり、世界平和の基礎を不安ならしめておる次第であります。
 かくして、本年前半に認められました東西両陣営間のいわゆる雪解け状態は、再び逆転して、冷たい戦争はさらに激化することなきを保しがたき国際情勢と相なりましたことは、まことに遺憾とするところであります。このときに当り、アメリカにおいては、アイゼンハワー大統領が米国民の絶対支持を受けて再選せられ、国際緊張緩和のために、はつらつたる指導力を発揮せられることが期待せられるのは、真に人意を強うする次第であります。わが国といたしましては、将来、平和外交の方針を堅持し、他国の紛争に介入することはあくまでこれを避けつつ、国力の増進をはかり、国際的地位の向上と発言権の強化とを期し、もって世界平和に一そう寄与するよう前進を続けたいと祈願しておる次第でございます。
 以上であります。(拍手)
#11
○議長(松野鶴平君) ただいまの演説に対し質疑の通告がございますが、これを次会に譲りたいと存じます。御異議ございませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#12
○議長(松野鶴平君) 御異議ないと認めます。
     ―――――・―――――
#13
○議長(松野鶴平君) この際、日程に追加して、日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との共同宣言の批准について承認を求めるの件
 貿易の発展及び最恵国待遇の相互許与に関する日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の議定書の批准について承認を求めるの件
 北西太平洋の公海における漁業に関する日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の条約の締結について承認を求めるの件
 海上において遭難した人の救助のための協力に関する日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の協定の締結について承認を求めるの件
 以上、四件について、国会法第五十六条の二の規定により、提出者からその趣旨説明を求めたいと存じますが、御異議ございませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#14
○議長(松野鶴平君) 御異議ないと認めます。重光外務大臣。
  〔国務大臣重光葵君登壇、拍手〕
#15
○国務大臣(重光葵君) 本年十月十九日、モスクワで署名されました日ソ共同宣言及び貿易に関する議定書並びに本年五月十四日に、同じくモスクワで署名されました漁業条約及び海難救助に関する協定の四案件につき、提案の趣旨を一括御説明申し上げます。
 わが国は、サンフランシスコ条約によって諸外国との平和状態を回復したわけでありますが、ソ連はこの条約への調印を拒否しましたので、日ソの間には、いまだ平和関係が回復されていないのであります。かような不自然な状態は、なるべくすみやかに終息せしめることが両国間のみならず、東亜の安定、世界平和のために必要でありますので、鳩山内閣は、成立以来一貫して日ソ国交の正常化を方針としてきたことは御承知の通りであります。交渉に当っては、わが方は、サンフランシスコ平和条約及び日米安全保障条約体制はこれを変更せずとの方針を堅持して、ソ連側も同様の方針のもとに、国交の正常化をはかることに異存がなかったので、客年六月一日以来、ロンドンにおいて交渉が開始せられたのであります。
 日ソ交渉に臨むに当り、政府は国交回復の方式としては、国際間の通則に従い、平和条約を締結して国交を樹立し、外交使節を交換する方針をとって参りました。ソ連側も同様の考え方でありましたので、ロンドン交渉は、平和条約を締結する目的をもって行われた次第であります。この交渉において平和条約に規定する必要のある各種の問題が討議せられて、領土問題以外の諸問題、すなわち戦争状態の終了、国際連合憲章の尊重、内政不干渉、戦争請求権の放棄、通商貿易、漁業、戦前条約の取扱い等については、おおむね合意を見るに至りましたが、領土問題の交渉は妥結を見るに至らないままに、本年三月休会を宣するのやむなきに立ち至ったのであります。その直後、ソ連は北西太平洋方面の公海における漁業の制限措置を一方的に発表いたしました。これはわが北洋漁業に重大なる影響を与えますので、政府は、河野農林大臣等をモスクワに派遣して交渉の結果、公海における漁業資源の保存ないし漁猟の規制等を内容とする条約及び海難救助のための協定の締結を見るに至ったのであります。しこうしてこれら条約は、将来締結せらるべき平和条約の効力発生の日、または外交関係の回復の日に効力を発生することになっております。と同時に、この交渉の任に当った河野農林大臣と先方イシコフ漁業大臣との間に、これら条約をすみやかに実施するために、最も近い時期、おそくも本年七月三十一日までに、日ソ間の関係正常化に関する交渉を再開する旨の合意が成立し、その旨発表せられたのであります。
 そこで政府といたしましては、日ソ国交正常化の交渉を七月三十一日までに開始することと相なりまして、私は松本全権とともにモスクワにおもむきました。交渉は約束通りに七月三十一日に開始せられたのでありますが、この交渉は、従来の方針、すなわち平和条約の締結を目途として進められたことは言うを待ちません。前に申し述べました通り、ロンドン交渉において、すでに領土問題以外の諸問題については、大体の合意が成立していましたので、この交渉においては、これらの諸問題については全部にわたって条約文の起草をも完成いたしましたわけであります。しかし領土問題については双方の合意に達することができませんでした。すなわち日本側は、日本の固有の領土であるいわゆる南千島は、当然日本に返還さるべきものであると主張したのに対し、ソ連側は、歯舞、色丹は日本に引き渡す用意があるが、国後、択捉の両島はすでにソ連領として確定的にソ連に編入されたものであるから、日本側に引き渡す意向のないことを明らかにし、この旨平和条約において確認すべきである。ソ連としては、日本側の承諾があるまで待つことができると、こういう主張をいたしました。日本側としては、わが固有の領土はいかなる国に対してもこれを譲渡し得ないとり主張に立っておるので、とうていソ連の要求に直ちに応ずることができないまま、交渉地は、スエズ運河の国際会議地であるロンドンに移されましたが、妥結を見るに至らずして、私は東京に引揚げることに相なりました。
 モスクワ交渉において、領土問題に関するソ連の最終的な意向が判明し、領土問題に関する妥協が不可能なる以上、従来とり来たった平和条約の方式をもってしては、妥結を図ることは不可能と認められるに至りました。ここにおいて政府は、領土問題に関する交渉はこれを将来に残し、その他の問題について話し合いをまとめて、直ちに国交を回復するという暫定方式をもってすることが適当であるという観点に立って、この趣旨を、鳩山総理大臣から直接ソ連ブルガーニン首相に通報いたしましたところ、先方より、右のような方式で交渉を再開する用意があるという回答があったのであります。
 ここにおいて、鳩山総理は、みずからこの交渉を主宰することを決意し、河野農林大臣を伴い、十月十二日モスクワに到着し、先着の松本全権とともに、この交渉に当りました。この交渉においても、領土問題以外の問題については、従来交渉済みの線に沿い、きわめて順調に進捗し、妥結をみるに至りました。特に政府が最も重要視していた抑留者の送還も、国交が正常化されれば直ちに実行に移されることになり、また、消息不明者の調査にもソ連側は応ずることに相なりました。さらに、わが国が久しく待望いたしてきた国際連合への加入についても、ソ連側は何ら故障をかまえざることが明らかとなりました。そのほか、両国の基本関係をなすべき国際連合の趣旨尊重及び内政不干渉の原則についても合意に達し、また、前に述べました漁業条約及び海難救助に関する協定は、規定通り、国交正常化とともに効力が発生するわけであります。その他、これまでの交渉ですでに合意に達した問題、たとえば戦争請求権の相互放棄等の事項もこれを網羅することとなりました。ただ、領土問題については、歯舞、色丹の引き渡しはこれを認めるけれども、他日、正式の平和条約が締結され、領土問題の全部について解決がついたときに、現実にその引き渡しを実施することとなったのであります。
 今次のモスクワ交渉では、以上のような諸点について全部合意が成立し、日ソ共同宣言の内容としてこれが織り込まれるに至ったのであります。右のほかに、通商貿易に関する最恵国待遇を盛り込んだ議定書が共同宣言に付属することになっております。かくて日ソ国交の正常化は、この共同宣言が日ソ双方によって批准せられ、その批准書が東京において交換されるときに実現されることになっておるのでございます。
 戦争終結以来、十有余年を経て、今日、国際情勢は非常な進展を見せつつあるのでありまして、国家間の関係は、すべて利害関係によって動き、思想的背景のいかんによってこれを律することは、もはや国際関係の実体に則しないようになって参りました。現に共産主義に関する取扱いと、国家間の関係を律する準則とは、おのずから異ならざるを得ないのであります。今日、世界の国際的重要問題の多くは、国際連合のワク内で取り扱われているのであって、その国際連合には、世界の諸国が思想的背景のいかんにかかわらず、平等に、相互に協力しておるのが現状でございます。日本としては、すみやかにこの国際舞台に上って発言権を強め、各国と協力してわが平和政策の推進をはかり、世界の平和及び繁栄に寄与するように前進して行かなければならぬと存ずるのでございます。
 幸いに、ただいま御説明申し上げた日ソ国交回復に関連する四つの案件について国会の承認を得られますならば、終戦以来十余年の長きにわたる戦争状態は終結し、多年辛苦にあえいだわが抑留同胞の帰還は実現し、漁業は確保され、国際連合加盟によるわが国の国際的地位の向上は期して待つべきものがあり、わが国は、歴史の新たな局面に立って世界の平和と安全のために、一そう貢献の実をあげ得ることを信じて疑わないのであります。
 よって、ここに日ソ関係四案件につき御承認を求める次第であります。何とぞ慎重御審議の上、本件につき、すみやかに御承認あらんことを希望いたす次第であります。(拍手)
#16
○議長(松野鶴平君) 次会は、明日午前十時より開会いたします。議事日程は、決定次第公報をもって御通知いたします。
 本日は、これにて散会いたします。
   午後七時五十八分散会
     ―――――・―――――
ソース: 国立国会図書館
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