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1956/11/20 第25回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第025回国会 科学技術振興対策特別委員会 第2号
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1956/11/20 第25回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第025回国会 科学技術振興対策特別委員会 第2号

#1
第025回国会 科学技術振興対策特別委員会 第2号
昭和三十一年十一月十二日
 有田喜一君が委員長に、小笠公韶君、椎名悦三
 郎君、長谷川四郎君、前田正男君、南好雄君、
 岡良一君及び志村茂治君が理事に当選した。
    ―――――――――――――
昭和三十一年十一月二十日(火曜日)
   午前十時五十四分開議
 出席委員
   委員長 有田 喜一君
   理事 小笠 公韶君 理事 長谷川四郎君
   理事 前田 正男君 理事 南  好雄君
   理事 志村 茂治君
      赤澤 正道君    稻葉  修君
      橋本 龍伍君    山口 好一君
      佐々木良作君    田中 武夫君
      石野 久男君
 出席政府委員
        科学技術政務次
        官       齋藤 憲三君
 委員外の出席者
        科学技術庁次長 篠原  登君
        総理府事務官
        (科学技術庁長
        官官房長)   原田  久君
        総理府事務官
        (科学技術庁企
        画調整局長)  鈴江 康平君
        総理府技官
        (科学技術庁資
        源局長)    藤村 重任君
        総理府技官
        (科学技術庁調
        査普及局長)  三輪 大作君
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 科学技術振興対策に関する件
    ―――――――――――――
#2
○有田委員長 これより会議を開きます。
 科学技術振興対策に関する件について、調査を進めたいと思います。
 先般アメリカ政府の招聘を受けて、原子力政策調査団として、不肖有田喜一団長となり、齋藤政務次官、前田議員、それから松前議員、また参議院から白川議員並びに海野議員、そのほか政府並びに民間の六名の者を加えまして、十二名の調査団を組織しまして、アメリカの原子力事情を視察したのであります。また、前田委員は、松前議員とともに引き続いてヨーロッパ、アジアの原子力事情を調べられたのであります。また、志村委員は、ソ連の招聘を受けられまして、ソ連並びに中国の原子力の事情を視察されたのであります。
 そこで、本日は、前田委員並びに志村委員より、これらの実情調査の結果を本委員会に報告したいという申し出がありましたので、この際、両委員より各国の原子力利用の実情について説明を承わりたいと思いますが、これに御異議ありませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#3
○有田委員長 御異議がなければ、さよう取り計らいます。
 それでは、前田委員より御報告を願いたいと思います。
#4
○前田(正)委員 それでは、お許しを得まして、簡単に御報告を申し上げたいと思います。
 われわれ一行は、アメリカの原子力委員会並びに国際経済協力局の計画に基きまして、米政府の招待によりまして、アメリカに三週間滞在いたしまして視察をすることになっておりました。九月の八日に出発をいたしまして、サンフランシスコに到着して、概略を簡単に申し上げていきますと、十一日にはサンフランシスコのすぐそばにサンホセというところがございますが、ここのゼネラル・エレクトリックの会社に行きまして、民間の製造状態をつぶさに視察いたしたのであります。ここで特筆すべきことは、このサンホセにあります工場は、平和利用だけに特別の部局として設けられておるのでありまして、アメリカにおきまして原子力の平和利用だけの部局を設けておるというのは、これが最初のようであります。また、そのすぐそばにありますバレシトスという所には、これまた民間の資本だけでもって研究所及び原子炉を建設いたしております。ここでは、沸騰水型の原子炉を建設中でありまして、熱で五万キロワット、蒸気で一万キロワット、電気で五千キロワットというようなものを建設しておりました。またその近所には、いわゆるホット・ラボという放射線に対しますところの研究所等も建設しておりました。その次、十二日には、サンタスサナに参りまして、これはロスアンゼルスのそばでございますけれども、ここにございますノース・アメリカン・アビエーションといいまして、日本が一番最初に買いましたところの原子炉を製造しておる工場でございますが、そこのアトミック・インタナショナルという原子炉部門のところへ行ったわけであります。ここでいろいろと説明を聞きましたあとわれわれはソジウムを使いましたところの炉の実験的なものと、それから沸騰水型のウオーター・ボイラー・タイプの実験用のもの、こういうものを見たのでございます。さらに続きまして、われわれはロスアンゼルスを経まして、米大陸を横断して行くことになりまして、ちょうどそのまん中ごろにありますところのアイダホホールという大きな砂漠荒涼地帯の都市に参りました。それから少しく郊外のところにありますアメリカの国立の炉の実験所へ行ったのであります。これはフィリップという石油会社が経営を委託されておるのでございますけれども、非常に都市から離れました荒漠たる荒れ地の中にぽつんとできておるものでありまして、ここで私どもは材料試験用の炉と、それから燃料の再生化学処理の工場、それから実験用の増殖炉、そういったようなもの、それからボラックスIIIという実験用の沸騰水型の炉、こういつたような炉を見たのであります。
 そこで、いろいろとこの中で考、えられますことは、アメリカはこういうふうに沸騰水型だとかあるいは増殖炉とかいったものを実験用に作って、すでにそれをおのおの破壊試験を実行いたしております。非常に広範な点にわたりまして、彼らが実験に手を伸ばしているということであります。
 もう一つは、この化学処理の工場でございますが、これはわれわれの想像以上の大規模な化学工業の工場であります。三階建の鉄筋の堂々たる建物でございます。いわゆる原子力というものを平和利用していくことについて、そのコストという問題が非常に重要になって参りますけれども、そのコストのまた大きな部門は、それを再生処理して、またその破棄物を化学処理して利用する、こういう点にあると言われておりましたが、それに対しまして、アメリカは非常な大規模な金をかけまして、約四千五百万ドルというような金を大体かけておるようでございますけれども、すでにそういう処理の工場を持って行なっておるような状態でございます。
 その次に、われわれはデトロイトへ参ったのでございますが、このデトロイトでは、十七日の日に、デトロイト・エジソン・カンパニーというところに参りまして、ここで作っておりますところの高速中性子によりますところの増殖炉、これにつきまして、われわれはいろいろと話を聞いたのであります。これは三十万キロワットの蒸気ができまして、十万キロワットの電気ができる、将来十五万キロワットまで電気を作るというようなものでございまして、現在世界におきまして、増殖炉を実際的に発電に使って建設をいたしておりますのは、ここが初めてでございます。ただし、この増殖炉を実用に使うということにつきましては、だいぶいろいろと問題があるようでございまして、原子力委員会からも、条件付で認可を受けておるような状態でございます。そのあと、われわれは、午後、原子力の労働組合が所属しておりますところの自動車の労働組合の団体、ここに行ったのであります。ここへ行きまして、労働組合側から見ましたところの原子力産業に対します考、え方をいろいろと話をいたしましたけれども、アメリカの労働者の諸君も、この放射能の問題については相当いろいろと研究しておられましたが、しかし、根本的には、原子力の平和利用ということには非常に協力いたしまして、これに非常な熱意を示しておるような状態でございます。
 さらに、十八日には、アンアーボアにありますところのミシガン大学に参りました。ここで実験用の千キロワットの水泳プール型の炉を建設しておるところを見たのでございます。さらに、十九日には、ピッツバーグに参りまして、そして、ここでいわゆるシッピングポートの原子力の発電所へ行ったわけであります。ちょうど建設をしておる中途でございまして、すでに炉の中心でありますところの部分の据付をいたしつつありました。これは加圧水型の十万キロの電気が起るものでありまして、これは一番早くアメリカにおいて実用的に動き出す予定のものでございます。すでに五割程度完成をいたしておりました。このところにおきましては、非常に好意的に取扱ってくれました。その製造はウェスティング
 ハウスがやっているけれども、そこにおります原子力委員会の諸君は、非常に好意をわれわれに寄せてくれました。写真の撮影その他も全部自由にやらしてくれたのでございます。そのあとニューヨークに一行は参りまして、二十日にはブルックヘヴンの国立研究所へ行ったのであります。ここでも原子力及びアイソトープの利用状態を調べました。さらに、二十一日には、ニューヨークにおきまして、原子力委員会のオペレーション・オフィスへ行きました。ここはいろいろ健康管理あるいは障害防止等の研究をいたしているところであります。さらにその午後には、産業会議に参りまして、ここで各産業界の諸君から代表的な話を聞きました。
 二十四日には、国際連合に行きました。ちょうどこの日は原子力の国際管理機構の初めての総会がございましたので、この総会にわれわれも出席いたしました。当日、議長でありましたブラジルの大使がわざわざわれわれのところへ参りまして、いろいろと交歓をいたしました。日本が理事国及び準備委員になるためには、相当効果があったものと考えているのであります。
 二十五日にはシカゴへ参りました。ちょうどここで世界の原子力産業会議がありまして、それに出席をいたし、午後はこの貿易博覧会といいますか、原子力のトレイド・フェァ、原子力の商業博覧会に出席いたしたのであります。二十六日には、レモントにありますアルゴンヌの国立研究所へ参りました。ここではボイリング・ウォーターの実験用のものであるとか、あるいはCP5の、日本で最初に入りましたこういったものを見まして、同時にいろいろ研究いたし、さらに日本から留学生が参っておりまして、その留学生の諸君とも歓談する機会を得たのでございます。
 二十七日にはワシントンに参りまして、ここでわれわれの一行といたしまして最も重要な問題でありますアメリカ政府との交渉に入ったのでございます。まず初めに国際経済局に参りまして、そのあと午前中に国務省へ参りました。国務省におきましては、シーボルド次官補に会いまして、日本の原子力平和利用の立場と、それに伴うところのアメリカとの関係について触れたのでありますが、特にその中で問題にいたしましたことは、わが国は急いで発電用の原子炉の建設をする必要がある、その一部はアメリカその他からも輸入しなければならないと思うのでありますが、その輸入に必要な動力協定において、秘密条項があるというようなことが言われております。そういうようなことでは、日本といたしましては輸入することができません。いわゆる原子力基本法に触れるわけであります。そこで、この秘密協定を取り除いてもらいたいというような問題について、日本とアメリカとの間の協力の問題について突っ込んだ話をいたしたのであります。特に超党派的にこの原子力の平和利用を推進して、しかもこの基本法というものの制定に至りました経過及びその精神について、シーボルト次官補に十分に意向を伝えたのでございました。午後は原子力委員会に参りましていろいろと質問をいたしたのでありますが、そのおもな点は、健康管理の問題、あるいは研究助成の問題、特許の問題、そういったようなことについて先に質問をいたしました。この中で特に問題とすべきことは、研究助成につきまして、われわれが今回原子力の平和利用を見ました場合に、アメリカ政府の援助を受けて、発電所とか原子炉を建設中のところもありますけれども、しかしその他の部分は、大多数自分の費用を相当民間で投じておりまして、政府と共同で炉を作っておるとか、あるいは自分だけで炉を作っておるとか、こういうふうに非常な金を平和利用に投じておるのであります。そういうふうな研究及び平和利用というものに現実に多額の金を投じておるのにつきまして、どういうふうな助成をしておるだろうか、こういうことについて質問をいたしたのでありますが、原子力の平和利用については特別に処置はしておらないけれども、一般の研究費と同様の取扱いをしておりまして、それは助成ではなくて、税金の問題において、研究費というものは、必要な経費は利益から全部経費として落しておりまして、そうして税金をかけていない、あるいは固定資産となるような資産というようなものにつきましては、やはりその減価償却を認めまして、必要経費として落しまして、税金がかからない、こういうような点で非常に強力に科学技術一般の研究、また原子力の平和利用の研究等も進めておるという現状を聞いたのであります。最後にストローズ委員長から、先ほど申し上げました日米原子力協力において、動力協定から秘密条項をはずしてもらいたい、こういろ問題につきまして相当強硬な申し出をいたしたのであります。特にわが国の原子力基本法の持っております重要なる意味から見まして、この基本法の精神に合うような協力をしてもらいたいということを特に申し出た次第であります。初めは、委員長も言を左右にいたしまして、そのうちに秘密はなくなるだろうとかいうようなことを言っておりました。御承知だと思いますけれども、ブラジル、スイス等は、この動力協定におきまして秘密条項をとるというとで、長い間かかりまして交渉をいたしておりましたけれども、アメリカの原子委員会は承認をしない。またわが国の米国におります日本大使館におきましても同様な交渉をいたしておったのでありますけれども、原子力委員会の了解を得ることができなかったのであります。われわれ一行からさらに突っ込んで、ぜひともこの際その問題を明瞭に返答していただいて、秘密末項を取り除いた原子力協定が結べるようにしていただきたいということを交渉いたしました。最後に至りまし、、ストローズ委員長から、それでは秘密のないものを日本では買うようにしたらどうだということで、加圧水型ごか、あるいは沸騰水型等の建設中の炉をあげたのであります。そこで、いわゆる秘密条項なしに、秘密のないもりが買えるという可能性が出てきましんので、それではどういう範囲のものか買えるか、こういうことについてさっに突っ込んだのでございます。その範囲につきましては、翌日の会談で明瞭に示す、またその条件はどういうことかということについても、詳細は翌日の会談でお話しするけれども、要するに動力協定で買います炉自身には秘密がなくて、それに使いますところの燃料も協定で仮すわけでありますが、その燃料の燃えましたものを化学処理するに当っては、日本が化学処理する能力がない間はアメリカに返してもらいたい、化学処理する能力ができました場合には、その工場が十分であるかどうかというここをアメリカが認定いたしまして、それができたならば日本で処理していいけれども、それからできるプルトニウムは、平和に利用するという条件でやってもらいたいということでございました。
 さらに翌日、二十八日の午前中に国会の合同委員会に行きまして、原子力の予算のとり方あるいは法律等について、いろいろと説明をいたしました。午後におきまして、国際協力局におきまして話をしたあと、引き続き原子力委員会から、前日の交渉の詳細について、責任者から答弁があったのであります。先ほど申しましたように、秘密条項を含まないものの範囲でありますが、それは現在アメリカで建設中のもので非軍事的なものは、全部これに入るということでございました。その具体的な例は、現在は加圧水型、沸騰水型、ソジウム・グラファイトの炉、それから水溶液均質炉、さらに高速中性子増殖炉、大体この五つの型が考えられるのでありますが、そのほかに近く秘密を排除できると思われるものには、液体金属の燃料型、また有機溶質均質型のものが企画されるだろうというようなことを申しておったのであります。その秘密条項の内容の範囲につきましては、これまた詳細にわたって説明がありましたけれども、一応省略をいたしたいと思います。
 そうして、この二十八日をもちましてわれわれの一行は任務を終りまして、解散をいたし、議員の大多数の方は大陸を横断されて、ハワイを経て日本に帰られた。さらに随行されました官庁、民間の方は、カナダ方面等に行かれた。私と松前議員とは、欧州、アジア方面に回ったのでございます。
 これもまた簡単につけ加えて御報告いたしますけれども、一日にロンドンに行きまして、イギリスの政府の中に、枢密和のもとに原子力の事務局みたいなものがありますが、そこの原子力局長であるハウという方と、原子力公社のピアソンという事務長みたいな方とに同席でお会いいたしました。先ほど申しましたアメリカと同様に、日本もイギリスから発電用の炉を買いたいという話がございますので、それにおいて秘密条項がありますと困りますので、その点について交渉いたしたのであります。これに対しましてはイギリスといたしましては、アメリカ同様秘密条項なしに日本に動力炉を渡してもいい、ただし、燃料につきましては、日本が燃料の燃えかすについて化学処理ができるまでは、一つイギリスに返してもらいたい、日本で化学処理ができるようになりました場合には、そのできましたプルトニウムは、平和利用をするという条件で一つやってもらいたいということでございました。そういうごく簡単な政府間の協定を結びまして、その他のことは大体商業ベースに基きますところの製造家同士の協定でやっていただいてけっこうだ、それに必要な燃料は、もちろんアメリカ同様、燃料公社から補給をする、こういうことでございます。続いてコールダーホールの原子炉の現在の問題等につきまして話をいたしたのでありますが、これは、御承知のように、プルトニウムを生産することが主でありまして、発電は従でありますから、日本に向かないということは当然であります。
 その次に、コールダーホールを改良いたしまして、現在、発電を主にいたしましたものを、ちょうど私らの行っておりましたときに、イギリスの電力公社が入札をいたしておりました。これは二十万から三十万キロワットという条件であったのでありますけれども、大体二十八万キロ程度のものを、四つのイギリスの製造家全部が入札に応じておりました。大体のところの話を聞きますと、二十八万キロ前後でもって、円に換算いたしまして二百五十億から三百億くらいのようであります。そうして、その納期は三、四年であるようであります。さらに、この炉につきましては、これが完成いたしました一九六一年以後は、続いて大体毎年一つくらいずつ作っていって、燃料発電計画の中に入れていく予定だそうでありまして、さらにどんどん改良されたものが出てくると考えるのであります。そのあと、われわれは製造家のグループの一つに会いました。製造家グループの意見によりますならば、現在のところは、何といいましても、まだ入札に応じている程度でありますが、来年の春になりますとその明細等もわかるので、そのときにはお話に応じられると思うが、先ほど申しました通り、さらに続いて毎年一台ずつくらいを作っていくつもりであるから、だんだんといいものができていくのじゃないかというようなことを話しておったのであります。
 フランスにおきましては、十月の四日に原子力委員会をたずねて参りました。そうして、日仏原子力協力の話をいたしたのであります。
 十月の五日には、スエーデンに参りまして、六日に、ここにある原子力の会社に行きました。ここでは、CP3型の重水・天然ウランの、初め三百でありましたが、最近六百キロワットくらいの熱のできる原子炉を見ました。その他来年の春ころには完成したいと考えておるような発電用の炉、九万キロのものについて話を聞きました。これもやはり重水・天然ウラン型でありますが、このスエーデンの特徴といたしましては、その熱の約七割というものを住宅の暖房に使いたい、残り三割程度を電力に使いたいということでありました。こういうものを一九六一年から六六年まで、今後毎年一つずつ作っていこう、こういうような考え方でございます。また、スエーデン自身は、現在ウラニウムを年五トンばかり作っておりますのを、さらに五十トンから百トンぐらいまで増加していこう、こういうような非常な実用的なものについて推進を考えております。また化学処理の研究もいたしております。
 ノルウェーにつきましては、十月の八日にシェラーの研究所に参ったのでございます。ここでまた天然ウラン・重水型の九百キロワットのものを見たのでありますが、ここにもまた日本の留学生が二人おりまして、その留学生の諸君とも話をいたしました。ノルウェーでも、新しい化学処理の工場を現在建設中であります。こういうふうに、おのおの北欧の国におきましても、化学処理の工場を建設中でありましたが、しかしながら、それは研究的な工場でありまして、将来、大きな工場というものを欧州原子力機構の中で一つ作る、こういうふうな考えでやったらどうかということを申しておりました。また、もう一つは、船の問題について委員会を作りまして、相当研究をやっております。この点についても、われわれは考えなければなりません。
 西独につきましては、ボンに参りまして、十月十二日に原子力省の総務局長に会いました。大臣がちょうど更迭されるときでありましたので、大臣には会いませんでしたが、総務局長に会いました。ドイツでは、原子力委員会と政府とが協力いたしまして、三段階に分けて研究していこうという研究の状態を聞いたのでありますが、おもに実験用の原子炉を、自分の国の製造家のグループに分けて作らせていこうという考え方でございます。動力用のものにつきましては、まだよく意見がまとまっておりませんので、外国の例を見てから考えていきたいというような考え方で、動力炉については、日本より多少おくれておるような状態でございます。
 スイスにつきましては、十月十六日にブラウン・ボヴァリーの会社に行きました。スイスにおいては、民間の有力会社が集まりまして、二千万フランをもちまして、原子力の会社を作っておるという話でありました。しかしながら、まだ実験用の炉を作っている程度であります。
 続いてアジア方面に参りまして、インドのニューデリーにおいて――政府の代表といたしましては、ネール首相が原子力の大臣を兼任いたしておりますけれども、ちょうど旅行に出ておりましたので、その代理という意味で、国立物理研究所の所長のクリッシュナンという博士に十八日にお会いしたのであります。この人は、科学技術省の審議会の議長もしておられ、また原子力の委員もやっておられる方でありまして、日本にも来られたことのある方であります。アジアにおきましては、特にわれわれが問題にいたしましたのは、昨年アジアにおきましてインド、ビルマ、インドネシア、セイロン、
 エジプトというような国がアジアの原子力会議を開いております。これに日本とかタイとかいう国が参加いたしておりませんので、その問題について話をいたしたのでありますが、これははっきりした組織体になっているものではなく、とりあえず近所のものばかり集まってやったのであるが、次回は、アジア、アフリカ、なるべく広い範囲でやりたいと考えておるのであって、日本がこれに協力して参加することは非常に賛成であるから、ぜひ次回はみな一緒になってやろうというようなことでございまして、われわれの大体の目的は達したのであります。さらに、日本とインドとの間の学術技術方面の情報交換とか、あるいは留学生の交換とか、こういう問題についても非常に賛成をいたしております。その辺
 のことは、よくネール首相まで申し伝えるということでございました。
 十九日には、ボンベイに参りましてインドの原子炉の実際にありますところへ参ったわけであります。ここには原子力の省もございますし、また原子力の研究所もございます。そこへ参りまして、ちょうどバーバ博士が
 ニューヨークヘ行っておられませんでしたので、その次長にお会いいたしまして、いろいろと話を聞きました。やはり、アジア会議のことにつきましては、非常に賛成をいたしておりました。日本と今後協力してやることについても、賛成であります。それからさらに、ボンベイの郊外にありますモナザィトを精練いたしておりますところの会社、これは全額政府出資でございます。と同時に、そこにやはりアトミック・エナージー・エスタブリッシュメントというのがありまして、原子力を管理しておるところ、この両方を見に行ったのであります。私たちは、このモナザイトをイギリスが化学処理をいたしまして、そして月二十トンも硝酸トリウムを作り、あるいは弗化ウラニウムを作っておる現状を見まして、非常に感心をいたしたのであります。しかも弗化ウラニウムの方は、すべて貯蔵いたしておりまして、それからウラニウムを作る工場の基礎工事をやっておりました。このウラニウムの精練工場ができましたならば、さらにトリウムの精練工場を作るというようなことで、彼らは将来の燃料は自給自足するのだというようなことを考えております。同時に、バーバ博士は、先ほど申しました通りに、ニューヨークに行っておりましたが、欧州、アメリカ等におきまして、動力炉の交渉をいたしておりまして、一九六二年ころまでには、この動力炉が動き出すように完成したいというような考え方を持つております。それからエスタブリツシュメントの方には、水泳プール型の原子炉がございましてこれはインドで設計製作されたといわれておったのでありましたが、私らも行ままして、それが特別な設計をいたしておりますのには非常に感心をいたしたのであります。同時にまた、それに使いますところの調整室の計器とか、すべてはやはりインド自身で作っておりまして、これは先ほど申しました研究所で作っております。そういうふうなことで、この水泳プール型はインド自身で設計し、製作していくということは明瞭でありまして、その個々の問題につきましては、わが国の方がすぐれた点もあると思うのでありますが、そういうふうに総合して原子力を推進していこうという熱意には、われわれは非常に感心して帰ってきたのでございます。さらにその横には、カナダと提携いたしまして、五万キロに及ぶところのやはり実験用の天然ウラン・重水・黒鉛型の炉を作っておりまして、その建設の責任もインドが負いまして、カナダの方は技術的な援助をしておるというような状況でありました。
 さらにビルマに渡りました。ここでは二十二日に原子力センターに行きまして研究しておる状況を見ますと同時に、原子力担当大臣でありますところのウー・チョー・ニェンという副総理にお会いいたしました。これは日本に賠償団長として来られた方であります。ここでアジア原子力会議の問題について話をいたしました。もちろん日本と一緒にやることには賛成でございました。と同時に、将来アジア協力といたしまして、技術、燃料等の協力の点についても原則的な賛成を得たのでありますが、日本からの援助といたしましては、賠償等の問題についてもう少し有利に、好意的にやってもらいたいというような話があ−つたのであります。ただ、ここでわれわれが話を聞いて注意しなければならぬと思います問題は、すでにビルマにはちょうどわれわれの行きました日に、イギリスがコロンボ・プランでもって空中探査隊を出しておりました。さらに続いて地上探査隊を出す模様でありましてビルマの燃料について、イギリスが相当積極的に開発に手を出しておるということを考えなければならぬと思うのであります。
 それから次にタィに行きまして、二十三日にタイの原子力委員会化学局長等に会いました。さらに続いてこの原子力委員会の委員長であり、副総理でありますと同時にチラノコン大学の総長でありますムニ・マハ・ウェチャヤン・ダングサリーという方でありますが、この方にお会いしたのであります。アジアの原子力会議のことについては、もちろん賛成でありました。タィもこれに参加するにやぶさかでないような話をしておりました。タィ自身としては、あまり国に金がないので、どれだけ十分協力ができるかというふうなことについて話をしておりました。日本とタイとの間の学術情報あるいは留学生の交換等については、非常に賛成をいたしておったのであります。ただこのタィにおいて一つ問題の点は、大使館で話をしておりましたが、タイはモナザイトを現在のどころアメリカ、イギリス、カナダに輸出するような省令が出ておりますが、これは日本に対しましてもタイの方は貿易上借りの勘定になっておりますので、このモナザイトを出してもいいというので、この省令を直してもいいというようなお話でありました。日本側におきましても、早く態度をきめていただくことを大使館は非常に希望しておったのであります。私ら帰りましてから政府に交渉いたしまして、近く公社からタイのモナザイトについて視察に行くようなことになったような次第であります。
 以上、大体のところを回りまして、二十六日に松前議員と私は日本に帰ってきたようなわけでございます。
 これらの点につきまして結論的なことをお話しいたしたいと思うのでありますが、それは初めの、アメリカの原子力政策調査議員団といたしましては、日本に団長一行の主メンバーが帰って参りましたときに声明を出しておるのであります。その声明のうちのおもな点は、重要な問題でありますので、ぜひ御報告を申したいと思うのであります。
 それは、わが国の、原子力の開発を推進するために、この際原子力の関係予算を画期的に増加して、積極政策を遂行すべきであるということがまず第一点でありました。第二点といたしましては、原子燃料の自給態勢を確立するために、その探査、精練に一そう力を注いで、すみやかに燃料の化学処理に関する研究を促進すべきである。第三点は、原子炉については、材料試験炉を早急に設置することが必要であるが、動力炉についてはなお慎重に検討し、輸入計画と並行して将来の国産化を目ざし、研究の促進をはかることが必要である。第四点は、原子力の開発には多大の資金を要する、従って、これを推進するためには、従来の各分野のセクショナリズムを排し、その基礎研究について官民一体の共同研究態勢を確立するとともに、関連産業においても、協力の態勢を確立すべきである。第五、原子力関係技術者の充実をはかるため特に教育を重視し、あらゆる方途を講じ、原子力関係の人材をすみやかに賛成すべきである。
 以上が議員団としての声明でございますが、さらに松前議員と私とが戻りましたときに、覚書を発表いたしたのであります。その中で、やはり緊急を要すると思います当面せる政策についての施策を申しておりますが、その第一は、原子力はもちろん、すべての科学技術の分野において、これがすみやかなる発展を促すために、科学技術研究基本法を制定し、研究に対して国家の十分の保護助成を行うべきである。第二、アジア原子力開発協力態勢の樹立に対し、政府はすみやかにその指導的立場においてインドその他の諸邦と談じ合い、原子力アジア会議の開催に努力すること。第三、政府はすみやかに、原子燃料公社をして原子燃料化学処理の研究並びに工場の建設の研究に対し努力せしむること。第四、日本の原子力産業振興のため、原子力関係の建設に当っては、わが国の学術と民間産業を育成強化する国内貝任態勢を確立すること。以上が大体われわれの考えておる点でございます。
 最後に、感想といたしまして私が申したいと思いますことは、アメリカにおきましても、先ほど申しましたアイダホホールの国立実験所等におきましては、非常に都会から離れましたようなところで、荒れ地の中におきまして、みなが営々といたしまして原子力平和利用ということについて努力し、また多くの人と資金を投じましてこの平和利用というものに非常な努力をしているという、この開拓者的な精神というものは非常に学ばなければなりませんが、同時に、イギリスにおきましても、自分の国の石炭、燃料事情及び発電、電力事情等から、発電計画というものは非常に限られた部門でありますが、強力に推進しておる。あるいは北欧方面におきましても、自国の産業によりまして、自国に適したような原子炉の建設に努力しておる。アジアにおきましても、インドはみずから設計し、みずから原子炉を製造しておる。またビルマにおきましては非常に明治維新当時のような国家的な意気に燃えて、原子力平和利用その他の建設に向って努力しておる。またタイにおきましても、非常な発展を遂げておるというような、こういう状況を私たちが総括して見ますときに、日本の原子力平和利用に必要な学問的な基礎だとか、あるいは技術的な基礎というもの相当ある思うのありますけれども はなはだ遺憾な点は、これを総合して、自国の力において原子力平和利用を強力に推進しようという、その総合された心意気といいますか、熱意というものについては、不十分な点があると思うのであります。私たちは、世界各国の原子力平和利用に示しておりますその熱意と努力を見て参りまして、さらに一段と総合的な力を結集いたしまして、この原子力平和利用のために努力をしなければならぬと思うのでございまして、先ほど申し上げましたような声明あるいはメモに盛られておるような措置は、予算的な必要もありますけれども、この際、国家的な立場から、十分に必要予算はこれを認めて、大々的に、積極的に推進しなければならぬものであるということを確信しておる次第であります。以上をもって御報告を終ります。
#5
○有田委員長 以上をもって前田委員の説明は終りました。
 何か前田委員に対して御質疑ありませんか。――御質疑がなければ、次に志村茂治君。
#6
○志村委員 私は大体五十日間にわたりまして、ソ連、中共の原子力並びに科学技術を視察して参り、その報告を今日申し上げる予定でございましたが、都合によって、これは次の機会に譲りたいと存じます。
#7
○有田委員長 それでは、志村委員の説明は、他日に譲ることといたします。
 次会は明二十一日午前十時より開会いたします。
 本日はこれにて散会いたします。
   午前十一時四十三分散会
ソース: 国立国会図書館
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