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1947/02/06 第2回国会 参議院 参議院会議録情報 第002回国会 文化委員会 第2号
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1947/02/06 第2回国会 参議院

参議院会議録情報 第002回国会 文化委員会 第2号

#1
第002回国会 文化委員会 第2号
昭和二十三年二月六日(金曜日)
   午後二時一分開會
  ―――――――――――――
  本日の会議に付した事件
○祝祭日の改正に關する件
  ―――――――――――――
#2
○委員長(山本勇造君) それではこれから委員會を開きます。最初に前のときに決議いたしました觀光小委員會の承認を議長に求めましたところ、許可になりました。その際に觀光小委員會の委員の人數と指名とは私に御一任になつておるのでございますが、その人數を九名といたしまして、金子洋文君、梅津錦一君、團伊能君、徳川頼貞君、藤森眞治君、大隈信幸君、來馬琢道君、三島通陽君、高田寛君、この九名を指名いたすことにいたしましたから御了承願います。御異議ございませんね。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#3
○委員長(山本勇造君) では次に祝祭日の決定の基準につきまして、前囘この問題をやりましたのでありますが、引續きまして前囘の後もう少しまだ問題が殘つておるようでありますから、その點について前囘の引續きをいたしたいと思います。
#4
○三島通陽君 この前私は簡單に子供の日のことにつきまして申しまして、その後で委員長のお言葉があつた、そのお言葉の途中で速記が切れてしまつたわけでございますが、子供の日につきましては金子委員からもお觸れになりましたし、又外の委員からも御發言がありましたので、詳しく申上げる必要もございませんし、前囘大體極く骨子だけは申上げたのでございますが、國の祭日といたしまして果してこれが祭日になるかどうかは分りませんけれども、とにかく皆が子供のことを考え、子供のためにする日を一日休みにしたい、バンクホリデーにしたいというのが、私たちの希望なのでございます。そしてこれには先日もちよつと觸れましたけれども、子供のためにするところの運動を附けて欲しい、何か單なる休にして、この日を無爲に過してしまうのではなく、新しい國の祭日には何かこういつた運動が附いた日というような、大きな社會運動の、國を擧げての普遍的な大きな運動が附いた日というものもあつていいのではないかという考えから先般申上げていたわけでございますが、これにつきましては多少皆樣の御意見等も纒めて、これは私個人の意見ではないので、皆樣方からちよいちよい御發言になつたことを纒めまして一つの案を書いてみましたのですが、今その案をちよつと朗讀してみます。
   國祭日(祝祭日)として兒童デー(假稱)設置提唱
  子供は家庭の子供であり、國家の子供であり、社會の子供である。故にその子供の福祉を譲り、且つそれを増進することが極めて大切であることは今更多言を要しない。されば、この子供たちを尊重し、尊敬し、祝福することは、我々お互いの當然の責務であり、その顯われとして、ここに「國祭日」、即ち國の祝祭日としての「こどもの日」を設定することは最も好ましいことだと信ずる。
  國家はすでにこの子供たちの大切なることを認めて「兒童福祉法」を發布されたのであるから、ここに國祭日を設けることが、その點においても亦誠に意義深いものと思ふ。
  以上の趣旨により設けられた子供の日の構想について、私達は次のようにあらしめたいと念願している。
 一、名稱、子供日、こどもの日、子供デー、兒童の日、兒童デー等々あるが、これは民主主義に則り、新聞及びラヂオ等を利用して、廣く國民より公募すべきものと思う
 二、期日及び 兒童福祉法發布の日をその祝祭日として、その前後を、例えば「兒童福祉増進週間」とするようにしたいと思う。そしてこの日が飽くまで獨立した國際日であり、それだけの意義を持たしめたいことと、その日又はその期間において行う「行事」から見て、「季節」と言うことが極めて大切であると思うからである。
 三、行事内容
  (イ)、國を擧げての子供祝福の日として官廰、公署、學校、銀行、會社、工場、事業場等一切從來の祝祭日ごとく休日とする。
  (ロ)、旗日として國旗を揚掲するが、ただ國旗だけでなく、特に子供祝福のペンデント(統旗)を定めて、これをその竿頭に附けることにしたい。
  (ハ)、子供日の歌を作る。(歌詞、作曲に公募する)
  (ニ)、記念郵便切手を發賣する。
  (ホ)、配給物についても、何か子供のためのもの又は子供たちを喜ばせるものを祝福の印として特配する。
  (ヘ)、家庭その他いずれもこの日は子供に奉仕して、すべてのことを子供本位に且つ子供中心とする。
  (ト)、當日又はその期間は、從來の花の日のように、子供祝福のマークを街頭等において賣り、その上り高又は利益を子供のための社會事業に寄附する。
  (チ)、從來の子供に關する一切の行事を整理し、且つ新らしい行事をも考へてこれに盛り込む。
  (リ)、赤ん坊展覧会や朝日新聞社のやつている優良兒童の表彰式その他子供を對象とするこの種の催しもこれに盛り込む。
  (ヌ)運動會、ハイキング、音樂會、演劇會。映畫會、各種展覧會、各種競技會、各種のコンクール、バザー等で、子供のため又は子供を對象とする催し物をこの日又はその期間に行う。
  (ル)、興業場は當日又はその期間において
   1 子供本位のプログラムとし、無料又は割引有料で子供及び子供連れの顧客にサービスする。
   2 平常通りのプログラムにて一般顧客を迎えて、その入場料の全般若くは一部を子供のための事業又は施設に寄附する。
  (ヲ)、食堂等は、たとへば子供ランチのごとく、これ又やはり子供本位の獻立として廉價にてサービスする。
  (ワ)、一般商店、理髪店、浴場、寫眞屋等も、その日又はその期間中品質的又は價格的サービスをするか、興業場の2のごとくする。
  (カ)、新聞、雜誌、ラヂオは子供のためにそれぞれ特輯するか、附録をつける。
  (ヨ)、交通機關も當日は何らかの形で直接又は間接に子供にサービスする。
  (タ)、他の事業者及び一般國民もこの日又はこの期間に子供のための事業に寄附をする。
  (レ)、この日において子供自身又は子供のための文化作品(小説)、映畫、歌詞、作曲、劇、レコード、書畫、學用品、玩具、發明品その他等々の優秀なものをそれぞれの機關において表彰又は推奬する。
  (ソ)、子供及び子供のための文化作品の發表。
  (ツ)、子供自身又は子供のための美
   事、善行の表彰又は再表彰。
  (ネ)、子供のための事業の功勞者及び功勞團體の表彰。
  (ナ)、期間中の行事としては
   國際親善の日、平和祈念の日(日本人形その他手工藝品、メツセーヂ等の外國贈呈とか文書、玩具、切手、子供の作品等の交換その他)。
   善行の日、動物愛護、植物愛護等もこの日に盛り込む。
   體育の日、スポーツ行事一切
   感謝の日、これは最終日に子供及び社會が親、教師その他の恩に感謝する知恩の日ともいうべき日としたい。(マザースデーのように)
  その他行事についても廣く公募すればいろいろよいものがあると思う。
  最後に特筆して置きたいことは、前記寄附であるが、これは、一定事業を指定せず、寄附の任意として、寄附者の好める事業(子供のための社會事業又は子供の教育事業)に寄附し、國家的機關は寄附者及び被寄附者よりそれぞれ報告を取り、年集計を發表することとする。
以上であります。
#5
○岩本月洲君 今三島委員の御發言になりました子供の日の問題でありますが、これはこの前の基準の討議の結果として出て參りました傳統的なものと傳統的でないものを選ぼうとする、そのあとの新らしい國家建設のために必要な日を選んで來るという上に、是非とも子供の日というものをこの委員會でお考え頂きたいということは、私は三島委員の御發言に特に贊成を表すると共にお願いをしたい點であります。それはもう説明の要はないのでありましようが、結論は、新らしい國家を建設するのに何といつても期待は子供にあるわけなんでありまして、國家を擧げて次の時代を背負う子供のために、常に國家が年に一度ずつとにかく休んで、子供のために總掛かりになつて考えてやる日があつていいということは、現在だけでなく、これからの日本を築き上げて行く上に、どうしてもなくてはならない日だと、こう考えます。委員會で特にこの問題を愼重に取上げて頂きたいという希望を持つております。
#6
○委員長(山本勇造君) 只今君本委員からのお話もありましたが、とにかく先ず只今議題としておりますことは、祝祭日を定めるに當つての基準を如何にするかという問題でありますから、今子供日の問題については取上げるかどうかということは、この次の議題のところにして頂きたいと思います。御趣旨はよく承りました。同時に私、このことについて三島さんのお言葉の中にもありましたけれども、こういう祝祭日が定められるときに、敢えて子供日に限らず、どの祝祭日にも行事を伴うこと、或いは催し物を伴うということがないと、ただの休と一緒になつてしまいますから、これは行事乃至催し物が附け加わるようなことも、基準としては考えてよろしかろうと思いますが、如何でございましようか。尚それと共に私考えられますことは、子供の日にも關係いたしますから申上げるのですが、三月三日の雛祭というときには、お雛樣を飾つて祭るというだけでなしに、これに草餅というものが附いて來る。これはお母さんたちになり或いは子供たちも「餅草」を摘みに行くというようなことがそれで起つて來る。又お母さんたちがそれを草餅に搗いて作る、子供なり一家中がそれを食べるというので、大變和やかなものが生れて來る。同時に五月五日の端午の節句には、菖浦、人形を飾るとか、鯉幟を立てるとかしますが、更に又「ちまき」を作るとか、或いは今では「かしわ」餅が多いと思いますが、「かしわ」餅を作るというようなことが加つて來ておりまして、そうして子供たちが「かしわ」餅を食べて喜ぶばかりでなく、大人の連中もやはり樂しい。そういう祝祭日は、先程言いました行事や、それから催し物の外に、それぞれの何か食べ物みたいなものも加つて來ると、非常にいいのではないかと思います。例えば昔ありました五節句は、一月の七日、これは最初は元日であつたようですが、後には七日になつたが、御承知のように七草粥がある。これから三月三日には草餅、五月五日は「ちまき」又は「かしわ」餅、七月七日の七夕には索餅という言葉は字引に載つておりますが、麥粉を繩のように綯つたものらしいのですが、或いは「そうめん」などをやるようでございます。それから九月の九日、重陽の節句には、「いのこ」餅というものを作るようであります。これはどのくらいはやつておりますか、「いのこ」餅とか「むぎなわ」の方は「ちまき」や草餅の程でないようですが、昔の節句を見ますと、食べ物がついております。それはお祝の感じを和やかにして行くと思つております。今度祝祭日を考えて行きますときには、こういうふうなものは、法律で何々を拵えろということは無論できませんけれども、併し祝祭日を定めて行く上に、こういうものがやはり考えられていいのではないかと思いますので、ちよつと一言いたしておきます。
#7
○三島通陽君 只今の委員長のお話は大變面白いと思いますが、お言葉の中にありました五月五日の「かしわ」餅を食べるということは何かお調べになつたことがありますか。
#8
○委員長(山本勇造君) 餘りあれでもございませんが、それは恐らくは支那から來たのだと思います。大體前には「ちまき」でありましたようですが、後に「かしわ」餅に變つて來ております。尚このことにつきまして、茶人の磯野さんという法學士で、片山さんと大學を同期に出た人ですが、今お茶の宗匠になつております。この人から聞きました話に、お茶の方の人の意見では、五月五日の「かしわ」餅を食べるのは、これは單に「かしわ」の葉つぱでくるんで食べるというのでなくて、あの「かしわ」の葉というのは意味がある。それはああいうふうないわゆる落葉樹はみんな秋になると、散るわけですが、「もみぢ」みたいなものは色が變ると直ぐに落ちてしますのです。併しこの「かしわ」餅の葉はなかなか落ちない。これは「かしわ」に限りません。「くぬぎ」「なら」もそうなるのでございますが、こういうふうなものはなかなか落ちませんで、翌年まで茶褐色になつたまま全部殘つておる。なぜ殘つておるかというと、冬の間に新らしい芽が出るのを保護するために殘つておる。それに結び合せて五月五日にこの「かしわ」の葉を使うというのは、子供の芽を、自分は枯れても、どこまでも、子が本當に成長するまでは保護する意味で殘つておるのだ。つまり子をはぐくむような氣持を考えて、それで實は「かしわ」の葉でくるんで「かしわ」餅を作つておるという話を聞いたのであります。それがどのくらい確かな説でありますか、私も本當には分らないけれども、字引みたいなものも少し調べましたが、そこまでは見えておりません。實はこの點につきまして、帝大の植物の方をやつております服部博士に聽いたときに、尚これは牧野さんに聽いた方がよいだろうというので、牧野さんの所にも人を出しまして聽きましたところが、それは自分たちもそこまでは知らん。それから又「かしわ」の葉で落ちないことは事實であるけれども、併しながらそれが芽を保護するのだということを我々の學者の立場からはつきりそうは言い切れない。併しそういうふうに民間で考えて、そういうふうに意味で「かしわ」餅を作るということには別の我々は異議がない。こういうふうなことでありました。このことは今度「かしわ」餅を作られるのにどこかに、利用されるかどうか知りませんけれども、何らかの御參考になるだろうかと考えます。
#9
○松野喜内君 基準を今日お決め願う、そのきつ掛けにたまたま子供の日を取上げるという話が出ました。基準ということについてその關連を申上げるのですが、今四月一日を子供の日とする。これは今三月にも委員長のおつしやる通り、或いは五月にも、六月にも、七月にもある。いずれも主として子供を樂ませる。食事の關係、行事の關係と思いますが、幾日も子供の日を設けるには、どういう基準を設けるかということになつて來ると思います。併し四月は恰かも學校教育の丁度新學期、新學年というような時である。ここにお互いが幾日も設けられるならば、一日を國を擧げての日にして置く。その他は行事にするとか、休日であり、何らかの強制をするとかいうふうの一つの基準については、この前委員長からおつしやつて頂いたような風に、國を擧げて、國民全體の休日をお決め願う。今お話の食事についても誠に結構だと思うが、國を擧げてやらないでも、部分的にせよ、團體的にせよ、或いは婦人子供の喜ぶことのできる意味において強制をする。祭日は一つのその意味からいつて今上げて下さつた意味に贊成し、こういう機會に少しでも子供のために、母のために、家庭のために、食事、行事を通してのことに至極贊成であります。分けても三月、四月の學校教育、學期の變り目というようなところに選ぶことを必要だという感じからやはり基準を決めて頂きたい。國全體を擧げてやるのをどうするかということをお決め願いたい。部分的、或いは食事的、或いは行事方面、只今は國を擧げて必ずしもやらないでも、全體を擧げて地方的にやるようにして頂くというふうな意味から、子供の日を取上げることを贊成し、むしろお願いしたいのでありますが、基準を一つ御相談願いたいと思います。
#10
○委員長(山本勇造君) この前の基準として、國内の傳統を重んずる。但し新憲法にそぐわないものは省く。それから全く日本の今までの仕來りにないでも、新しいものを日本の國民の意欲を高めるようなものがあれば、新らしいものも考える。その二つのものの中國民全體に通ずるもの、團のものと地方的のものと、こう三つ考えられのるでありますが、その中の國民全體に通ずるものを先ず第一に考えよう。そうして第二には團體的のものを考えて行こう。こういうふうな分け方をいたしました。ところが、その後これは「新報知」に出ておる祝祭日のものを私の手許にある限り見ましたところが、三宅正太郎さんがこういう問題を取扱つておるのです。これは私はそのまま全部贊成ではありませんし、隨分意見があるのでありますけれども、一つの考え方になると思いますので申上げますが、三宅さんは新たに祝祭日として制定したいもの、私の考えておる祝日といたしまして、第一には國家に對する感謝の日、それから第二には天皇に對する感謝の日、第三には祖先に對する感謝の日、第四は日本國のため命を捧げた人に對する感謝の日、第五が天地に對する感謝の日、これを元日としたいといつております。それから第六には同胞に對する感謝の日、勞働に對する感謝の日とするのも一案ですが狹い感じがあります。それから第七番目が我々の生活に寄與する動物に對する感謝の日、それから八番目が同じく植物に對する感謝の日、括弧をしまして米、麥については別に設けることも一案でしようとしてあります。それから第九番目が藝術に對する感謝の日、十番目が世界のあらゆる偉人に對する感謝の日、こういうふうに十に分けてあります。この中には子供の日は入つておりません。或いは藝術などがありますが、科學とか、そういうふうなものは入つておりません。この分け方には大變面白いところがあると思うのでありますが、同時にちよつとダブる感じもありますが、私は今後考えて行く上にこれは一つのいいヒントを與えて呉れたものと思つております。これは「新報知」に出ておりますし、私の手許ばかりでなしに事務局にもございますから御覽下さい。
 それからもう一つ、今日徳川さんがいらつしやいませんが、この間、前囘のときでしたが、速記がなくなつたので、そこのところが消えてしまつておりますけれども、徳川さんが「こくさい日」ということを言われまして、私がとんだ聽き違いをいたしまして、誠に申譯ない話でありますけれども、「こくさい日」と言われましたので、インターナシヨナル・デーと私はそいつを解釋したものでありますから、とんちんかんな質問をいたしたのでありますが、徳川さんの「こくさい日」と言われたのはインターナシヨナルの意味ではなくして、國の祭の日であつたのであります。國の祭の日は結構でありますけれども、ただそれをやはり「こくさい日」というふうに言われますと、どうも今のように「こくさい」というと直ぐインターナシヨナルというふうに我々に來るものですから間違えたのでありますが、どうも今度日を選んで行きますのにも、全體として祝祭日とするか、國際日とするか、その他いろいろな案があると思いますけれども、何にいたせ耳で聽いて分るような言葉にしたい。それは祝祭日という總體の名まえだけでなしに、選び上げる一々の日も直ぐ耳で聽いて分る言葉、又誰にも直ぐ親しみの持てる言葉を選びたいと思うのでありますが、この點如何でございましようか。
#11
○金子洋文君 原則的には贊成です。
#12
○大隈信幸君 これは私の申上げるのは、選定基準とは直接關係いたしませんけれども、世界暦の問題を一應この際御考慮になつたら如何かと思いますが……。
#13
○委員長(山本勇造君) それは大變大事な問題で、私はできるならば、こういうふうな今までの暦よりはずつと合理的な、そうして又又經濟面からいつても大變結構な問題なんですから、できれば私は、日本で率先してやつたらよくはないかしらとさえ思つておるのであります。戰爭放棄というような、どこの國にもない、どこの國の憲法にもないことを、日本がまつ先にやつたくらいなんですから、こういうふうな問題もできれば早く採上げ、同時に祝祭日との繋ぎ合せがついて來るといいんじやないかと考えております。これは又御意見があるだろうと存じますけれども、高田さんはそのとき御意見があつたわけですから、どうかおつしやつて頂きたいと思います。
#14
○高田寛君 この問題につきましては、世界各國が歩調を揃えて新らしい暦を採用するということは、非常に結構なことだと思うのですが、ただ諸外國がまだ採用しないのに、日本だけ掛け離れて先に採用するについては、又いろいろな不便な點もあるということを考えなければならんと思うのであります。つまり今後日本が諸外國との關係も、いろいろ政治的にも經濟的にも文化的にも非常に多くなつて來る際に、日本だけが世界暦を使うということになりますと、いろいろ外國との交渉なり或いは取引なりで、逆に非常に不便な點が起きて來る。こういうことを考えますと、やはりこれは主な國が歩調を揃えて同時に、例えば一九五〇年一月一日からというふうに歩調を揃えてこの暦を採用するというふうにして行くべきだろうと私は思つておるのです。
#15
○委員長(山本勇造君) とにかく、やはり國際的に行かなければなりませんから、原則としてはそう考えなければいけませんのでございましような。併しただ五〇年まで待つておつたときに、本當に世界中やるかどうか、相當まだこれは未定なのと、又考えようによれば、どこかが卒先してやると、方々がやつて來るということも考えられますけれども、まあ全體としては、或るべく歩調を揃えて行くというあなたのお考えは、實際穩當だろうと思いますね。
#16
○金子洋文君 大體高田委員の御意見に同感しますが、同時に、定める場合には、世界暦は大體豫想されておりますから、その日を豫想して、日曜日がダブツていいのか、或いはダブらないで、一應離れて決めて行くのか、その點くらいの考慮はあつてもいいんじやないかと思います。
#17
○委員長(山本勇造君) それから金子さん、この前のときに、これが決まれば、紙の上でどれだけ經濟的になるか、分らんということを、あなたは言つておりましたね。あれも私は大事な點であると思いますね。それからもう一つは、明治六年に日本では祝祭日が定まつたのですが、その前の明治五年の十一月に太陽暦に變えております。十一月に變えて、そうして十二月の九日が新暦の六年の一日になつたのですが、そういうふうな前のときでも、祝祭日を定めるときには、ちやんと先に太陽暦というものを先ず定めて、それから祝祭日を定めて行つておるのです。今度でも本當からいうと、若し世界暦になるあれがあるならば、世界暦が定まつておつて、そこで祝祭日が定まつて來るのが本當は順序なんですけれど、先程高田さんのおつしやる通り、日本だけやるのもどうかとも思いますが、これは中華民國あたりはすでに賛成の意見を前に出しておるようですから、話合うと、東洋なんかだつたらできないこともないのじやないかというような氣もいたしますね。
#18
○松野喜内君 高田委員の御意見誠に御尤もであると思いますが、どんなものでございましようか。名前でも、假稱とありますので、試みに實施してみて、試驗期だというような意味で、一應日本がやつてみた。つまり世界と歩調を揃えることを條件として、今は試驗中というような意味で、自分だけが先に勝手にやるというような態度を取らないで、高田委員のおつしやる通り、世界と歩調を揃えるということを前提の下に、今試驗事項を考えているのだというふうに、試驗實施というようにしてやつて行くのがいいのじやないでしようか。
#19
○金子洋文君 中華民國のお話がありましたけれども、これはやはり東洋ということでなく、世界という觀點からやる方がいいと思います。
#20
○徳川頼貞君 私も高田委員の説に贊成する一人でありますけれども、成る程理想としてそういうことは結構なことだと思います。例を取つて見ますると、世界にエスペラント語というものがある。エスペラント語というものが若し世界で用いられたならば、世界へどれだけ利益し、どれだけ便利があるかということが考えられますが、このエスペラント語というものが敷衍され。宣傳されてから、未だにエスペラント語というものは一部では確かに通用はしておりますけれども、考えられておるように、世界語として世界に通用されていないという例もあるわけなので、理窟としては確かにある觀點からいいこととはなつていても、事實上それが行われないということもあり得る。殊に我が國のように今後世界と協調して行かなければならないというような立場にある以上は、やはり世界の動きということと餘り掛け離れたことをするということはどんなものかと考えられる。この點を……私高田委員の説に贊成する者であります。
#21
○委員長(山本勇造君) それはエスペラント語とそれから世界歴とは大分違うところが僕はあると思いますが、併し世界暦の實施期の日にち等があるので、果して一九五〇年から行われるかどうか、この點がまだ相當問題じやないかと思うのですけれども、尚そういう基準についてお話合いをして置くことは……
#22
○松野喜内君 私はこういうのは國民擧つての動向をどの方向へ向けるかということについて重點を置かなければならんと考えますから、從つて歴史的にも或いは子供の日とか、いろいろ分類方法がありましようが、總理廳の調べのところにも體育祭とか、文化祭というのが出て來ますが、私の特に強調し、國民をその方に向けなけれどならんといつて一番力を入れなければならんと思うのは、自然科學、科學の方面であります。ともすれば法文系とか、文科系統のことに多くの教育、多くの社會指導がされておつた次第でありまするが、これは力を擧げて國民全部が總技術、全部が技術の常識的に進むということを昂めなければならん。體育も勿論これは助長しなければならん。又科學も力を入れなければならん。そういうような名前などには成る程文化、藝術も含むということもありましようが、その程度ではどうも滿足ができない。國民を強く率いて行かなければならんのはこの點だと思いますので、科學デーとか何かそういう方向に向けべく御心配が願いたいと思います。
#23
○委員長(山本勇造君) そこで一方では子供の日を設ける、婦人の日を設けるとか、科學の日とか、文化の日とかということを申しますと、それでなくても昔からの仕來りのものを殘して行く、こういうのと加へて行きますと大變な數になるのであります。そうかといつて前のときに私申上げて置いたと思いますが、このお祝の日というものをそう澤山作ることは如何かと思う。産業の發達、日本を築き上げて行く上から餘りに澤山の祝祭日を設けることは良し悪しと考えます。三宅さんの御意見を讀んで私思いますことは、例えば明治節という名前で殘りますか、憲法公布記念日として殘るか知れませんが、十一月三日なら十一月三日というものが選ばれたときに、このときに直ぐに文化節ならば文化節というものを行川としてそれに織込んで行きますと、祝の日であつて一つの催しや行事なりがある。そのときに特殊な食べ物でも誰かが考え出しでもすると、いろいろな意味で非常に樂しい日が起つて來るのじやないか。そうして日の數を幾つも作らないで、催し物を祝う日とか一緒になつて行くように組合せて行くことが、兩方の案を滿して行くことになるのじやないか、例えば松野さんが言われた假に科學デーというようなものが必要だということになりますときに、例えば彼岸、こういうふうなときは、秋の彼岸のときには藝術祭にするなら、春の彼岸は科學祭にするとか、彼岸としてただ春分とか、秋分だけでなく、そのときにそれぞれ藝術祭というものが行われる。科學祭というものがあつて催し物をやるということになつて、こういうことにすると兩方が丁度うまく行くのじやないか、こういう氣がいたします。
#24
○松野喜内君 確かにおつしやる通りで、私の言つたことは言葉が足りませんでしたが、行事として決めて置いてもいい。國を擧げての休日とか、祭日とかいうのは數を少く、十幾つかくらい、月に一囘くらいというそういう基準でありましようが、その度の行事の中に、科學とか、そういうものをあれすることで結構だと思います。
#25
○委員長(山本勇造君) 大部皆さんの御意見が出ておりますが、これを別々にして行きますと大變數が多い祝祭日になつて行くだらうと思います。そうしますと、大體そのくらいで基準の問題は、お話合いはよろしうございましようか。もう少し何かございましようか。
#26
○來馬琢道君 只今の問題で、先程委員長の擧げられた中で彼岸團子という言葉が……
#27
○委員長(山本勇造君) 何……
#28
○來馬琢道君 ……彼岸團子、それから何ですね、同じく彼岸の牡丹餅(笑聲)、それから四月八日の釋迦祭のときには「いただき」というお菓子が……餅の上に餡をのせたものがある。これは今でも作つておりますが、そんなものがあります。それから特に赤の御飯を炊くということは、やはりあなたの案の中に一つ入れて置いて貰いたい。「赤のままにとと添えて」というのは、非常に日本語で懷しい言葉ですから……。
#29
○委員長(山本勇造君) 今のようにして行くと、祝祭日が樂しいものになり、又國民全體のものになる。今迄の祝祭日はとにかく宮中で御儀式はあつたかも知れないが、學校や官廳でやつたかも知れないが、國民の全體のお祝いする日の感じが出て來ませんから、どうしてもそういうふうに持つて行きたいと思います。
#30
○來馬琢道君 委員長の方針に對して贊成します。何かを附け加えて行くという、文化祭とか、藝術祭とか……。
#31
○委員長(山本勇造君) そういうことになると催し物が附くから……。
#32
○來馬琢道君 食べ物と行事と、それから。……
#33
○久松定武君 子供のなんですが、日本には古來から七五三の日がある、特に子供の日というものを七五三以外に作るのも一案だろうと思います。基準としてこれもお考えになつて頂きたいと思います。
#34
○來馬琢道君 特に十一月十五日ですね。七の祝い、七五三の祝いは十一月十五日ですな。
#35
○委員長(山本勇造君) 基準の問題はこのくらいでよろしうございましようか。日數の問題は、これは記録に載つておりましたか。
#36
○專門調査員(岩村忍君) ときどきは御發言がございましたけれども、この前に……
#37
○來馬琢道君 十以上十二くらいと言つたら、初めからそういう數を決めないで、日の選定をして、それから数を決めようというので中止になつておるわけです。
#38
○岩本月洲君 基準の問題には季節的な方面のことを取入れて考えて頂きたい。
#39
○委員長(山本勇造君) この前にそのことを言いましたが、國民全體として考える、團體として考えるというところで、僕はやはり季節の問題も入つちまうんじやないかと思つて、意識しながら拔いたんですが、あれは前の速記の中に殘つております。
#40
○徳川頼貞君 この前私が例の……。
#41
○委員長(山本勇造君) この前あなたが見えなかつたので、私入れて置きました。それじや大體基準の問題はこれくらいのところで止めまして、それで、これから又個々の問題について討議を重ねるというようにいたしたいと思いますが、それには個々の問題に方は却つて速記がない方が私いいだろうと存じますから、これで一應委員會は閉じることにいたします。
   午後二時四十一分散會
 出席者は左の通り。
   委員長     山本 勇造君
   理事
           金子 洋文君
           久松 定武君
   委員
           徳川 頼貞君
           松野 喜内君
           大隈 信幸君
           岩本 月洲君
           來馬 琢道君
           高田  寛君
           服部 教一君
           三島 通陽君
  專門調査員
           岩村  忍君
ソース: 国立国会図書館
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