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1954/12/06 第20回国会 参議院 参議院会議録情報 第020回国会 文部委員会 第2号
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1954/12/06 第20回国会 参議院

参議院会議録情報 第020回国会 文部委員会 第2号

#1
第020回国会 文部委員会 第2号
昭和二十九年十二月六日(月曜日)
   午後三時三十五分開会
  ―――――――――――――
 出席者は左の通り。
   委員長     堀  末治君
   理事
           木村 守江君
           竹下 豐次君
          小笠原二三男君
           相馬 助治君
   委員
           大谷 瑩潤君
           吉田 萬次君
           加賀山之雄君
           岡  三郎君
           矢嶋 三義君
           松原 一彦君
  事務局側
   常任委員会専門
   員       竹内 敏夫君
   常任委員会専門
   員       工楽 英司君
  説明員
   文部省大学学術
   局長      稲田 清助君
   文部省監理局長 近藤 直人君
   文化財保護委員
   会事務局長   森田  孝君
  ―――――――――――――
  本日の会議に付した事件
○教育、文化及び学術に関する調査の
 件
 (文化財保護行政に関する件)
 (大学制度に関する件)
 (文部省関係予算に関する件)
  ―――――――――――――
#2
○委員長(堀末治君) それではこれから文部委員会を開会いたします。
 教育、文化及び学術に関する調査を議題といたします。先ず第一に文部関係予算について御質疑をお願いいたします。
#3
○矢嶋三義君 これから質問しますのに先ほどから要求してあります大蔵省の担当官の出席を早急に委員長要求して頂けますか。でないと文部省の政府委員を相手にここに時間をかけて質疑をしても、私の質問の要点から言うと余り意味がないので、是非とも出席を早急に要望して頂きたいと思います。
#4
○委員長(堀末治君) 速記をとめて。
   〔速記中止〕
#5
○委員長(堀末治君) 速記を始めて。
 それでは大蔵省のほうはしきりと要求しておりますが、併し先ほど申上げた通り全部各委員会に入つているのでありまして、できるだけ動員してやるようにしたいと思いますから、どうか悪しからず。
 それでは相馬さんのお話の文化財保護行政、特に日光神橋問題に関する件を議題といたします。質疑を願います。
#6
○相馬助治君 先般当委員会において問題になりました日光神橋の軌道架替の問題についてでございますが、あの委員会における答弁を承わりますというと、森田局長並びに厚生省国立公園課においては鋭意この問題について協議をし、成るべく当委員会が期待するような結果に至るように努力する旨の発言があつたのでございます。勿論当委員会といたしましてはこういうふうなものがいいとか、或いはああいうふうなものがいいというようなことをコンクリートしたものをあなたがたに強制しようとする筋ではございません。ただ私自身はみずからの地元のことでありますので、それらの案を私案として持つているにとどまるのでありまして、当然政府当局並びに文化財保護委員会を拘束するような案を押付けようとする意図のないことは森田局長においても御了承の通りであります。従つてその後工楽専門員等帯同いたしまして、文化財保護委員会の建造物課長の御案内を頂きまして本委員会においては実地に調査をいたしました。この調査は勿論このハウスよりの出張ではございませんので、プライベートの形において神橋の現地を見たのでありまして、各委員は何を感じ、どんな結論に至つたかは私の知るところではありません。ただ前の委員会の関連においてその後文化財保護委員会、厚生省或いは建設省、これらに運輸省等においてはどのように事態を推し進めようとして話が進んで来たか、これらの経過処置についてこの際承わりたいと存ずるのでございます。
#7
○説明員(森田孝君) 本件に関しましてはこの前の当委員会におきまして申上げましたように厚生省の国立公園部が中心になつて文化財保護委員会、運輸省、建設省の四者が協力をして事態の解法を図りつつありますので、本来からいいますと厚生省の国立公園部長から御答弁申上げるべきでありますが、只今お見えになつておりませんので、私からその後の経過を代つて一応申上げる次第であります。
 なお私の知る限りでありますので、落ちたところがありますれば後ほど公園部長のほうから御説明があるだろうと思つております。この前の委員会のときに申上げましたように建設省で一案を得ました大谷川の金谷ホテル側の沿岸の道路の問題につきましては、厚生省の国立公園審議会の委員のかたがたが現地視察をせられました結果、景観をそこねて不適当であるという、更にこれを案を進めるならば、もう少し金谷ホテルに近いトンネルのほうで実施すべきである、こういう意見が支配的でありましたので、この案はその結果として一応留保になつたと考えるのであります。その後、国立公園審議会の特別委員会が開かれたのでありますが、この席におきましては、更に別の案といたしまして、日光橋を渡つて、只今最初の知事案で、八本杉が伐られるというところを、太郎杉を残して、比較的小さい杉の木を三本伐る。そうして太郎杉を真中に挾んで道を作るという一案が出たのであります。これを更に現地におきまして、つい数日前関係各省の専門技官が現地に参りまして、調査いたしましたところ、これをいたしますというと、そこにあります神橋のすぐ前の祠でありますか、名前は忘れましたが、この祠が危険に瀕して転覆の虞れが出るというので、この案も結局駄目になつた。従いまして更に国立公園審議会の計画委員会に、これがまあ現状変更の許可を審議する委員会でありますが、この計画委員会の審議におきましては、とにかく杉は伐らないことという方針の下に、更に研究するということで、最終決定を得なかつたそうであります。これは私は出席いたさなかつたので、報告で聞いたわけでありますが、そういうような状態でありまして、従つて更に、それではどの案がいいかということにつきましては、文化財保護委員会のほうにおきましても、国道を早急に造るという点と、並びにそれが国立公園の特別保護地域にかからないということと、それから杉を伐らないということと、同時に地元の県、市、或いは又軌道会社その他に、経費の過重負担をかけない、こういう点を考慮に入れまして、早急に国道の改修をする案を実施するような方向に、目下努力をいたしておるわけであります。現実には只今それらのいろいろの見地から、専門家が全部日光に参つておりまして、日光の現場において現在調査をし、審議をしておるという状態であります。不日帰つて参つて結論をつけたいと思つております。
#8
○相馬助治君 その後関係各省において御努力になつておる経過は、只今承わりましたので、一応敬意を表したいと思うのですけれども、只今の答弁の範囲内においては、何ら進展していない、何ら結論に近付いていない、こういうことだと判断いたします。問題は、文化財保護の立場から眺めても、国宝であります神橋が、袖高欄を失い、そうして神橋のすぐかたわらに、無体裁な戦時中の遺物の気動車が走つておる。これが第一。
 第二点は、神橋脇の道は、幅員僅か四メートル、そうしてものすごい交通量が今日ある。貨物自動車が走り、バスが走り、タクシーが走り、気動車が走り、人が通る。こういうところから日光の地元においては、文化財保護の立場と、もう一つは文通保全という建前から、相模湖事件のようなことの発生する前に、何とか解決して欲しいという熱烈なる希望を持つていて、分担金も出して、これを解決しようとする積極的な意思に燃えておるわけであります。勿論文化財保護委員会としては、専門的な立場があると思いますけれども、問題は、理想案は非常に金がかかる。これは国家財政の面から実現は不可能である。金の余りかからない案をとるならば、神橋を助けるならば、あのかたわらの太郎杉を初めとする八本の老杉を伐らなければならない。痛し痒しとは全くこのことで、私はこの問題に関して、厚生省や文化財保護委員会を責めようとはいささかも思つておりません。問題は、どうしたらば何人も合点の行くような形において解決するか、こういうことになれば、ベストは望み得ないとして、ベターの案は何だということになるのだと思うのです。もうこれ以上議論めいたことは申しませんが故に、是非この際森田局長におかれては、この地元の極めて妥当な希望というものを、案が妥当な希望というのじやない、何とか解決して頂きたいというこの熱意、それからこの希望に対して、よくよく御賢察下さつて、早急にこれが解決に今後も努力されるように私は期待いたしまして質問をやめます。何かこの際御発言があつたら承わりたいと思います。
#9
○説明員(森田孝君) 只今相馬委員から、非常に納得の行く、又非常に適切なる御勧告がありまして、我々といたしましても、地元の御心配ということについては、十分に承知をいたしておるわけでありまして、今後とも相馬委員の御趣旨のように、最大の努力を払つて、早急にこれが解決するように、只今も殆んど着々と努力をいたしておりますが、更にこれに熱意を加えまして、御期待に副うようにいたしたいと考えております。
#10
○委員長(堀末治君) それじやこの問題については、他に御質疑ございませんか。
 他に御質疑がなければ、別の議題に入りたいと思いますが。
  ―――――――――――――
#11
○委員長(堀末治君) それじや大学制度に関する件について。
 吉田先生、あなたはこの間、学芸大学の問題で御意見がございましたようでありますが、幸いに大学学術局長が見えておりますが、如何ですか。
#12
○吉田萬次君 先日ここへ福岡県の関係者が来られまして、そうしてあそこに学芸大学が、一つの学芸大学に対して四つの分校があるが、その本校に通つておる人たちが、いろいろな関係上、経理の、何といいますか、学費の関係とか、距離の関係とか、その他の理由によつて非常に困つておるから、総括的に、いわゆる四年制度でありますか、その学校をもう一つ殖やしてもらいたい。そうすると二百万の県民に対する十分なはけ口ができるのと、それから希望者に対するすべての事柄が完備して、そうして十分な教育が施されるというような点において、いろいろな方面から検討した結果、是非四年制度の学校を二つにしてもらつて、そうして分教場の学生を十分に上級へ入れることができるような方策をとつてもらいたい、こういう熱烈な希望がありました。それについて当局はどういうお考えを持つておられるか。若しこの問題が実現するというようなことになりましたならば、二百万でない三百六十万の県民を持つておる愛知県に、四年制度の学芸大学は一つきりである。而もそれは岡崎のほうに本校がありまして、名古屋が分校になつておるというような点から考えますると、この四つの分校の生徒の問題でなくて、むしろ愛知県の二つの学校が何とか両立して、そうして噛合つているというようなことをなくして、大県であるという点から、人口の方面からも、又いわゆる学費の方面から考えましても適切なる処置を講ずるということにおいて二校にしたら非常に私は結構だと思う。私はこの問題についていろいろな事情があり、殊に不文律の下に一県一校というふうな学芸大学というものの存在というものができているということでありましたので、今まで黙つておりましたけれども、併しここに小県で、僅か百万足らずの小県もあれば、或いは私どものほうのように三百六十万の県もあるというようなことで、私は理論的に考えましても二つあつて何ら差支えないと思つておりますが、これに対して当局はどういう考えを持つておられるか、一応承わつておきたいと思います。
#13
○説明員(稲田清助君) 只今のお話の点でございますが、御承知のように教員養成は中小学校とも大学四年卒業を以て基本といたしておりまするけれども、今まで教員の需要供給の非常に緊迫しているというような点からいたしまして、当分の間二年課程を終了いたした者を以て中小学校の教育界に供給しなければならないというような点からいたしまして、教員養成は四年課程と二年課程と全国的に見て約半々に置いているのでございます。そうして各都道府県に四年課程を置くのを一校といたしまして今日まで及んで参つております。然るところ今日の教員の需要供給の状況を見ましたり、或いは又中小学校教員の学力の充実状況等から考えますときに、将来といたしましては四年課程を拡充いたしまして、漸次二年課程を減らしてこれに置き換えて行くという方策をとるべきだと私どもも考えて参つて来ているのでございます。そうしてそれをどういうところから実施するか、又いつの時期にこれを実施するかということが現実の問題となつて来ております。と申しますのは、お話のような問題が単に一カ所でございませんので、全国各地に同じような問題を抱えております。いずれを先にするというようなこともなく、これを全部適当なときに実現するというようなことにいたしますれば相当財政力を要するわけであります。従いましてこれをいつ実施するかということは大学全般の問題、或いは文教行政全般の問題と関連して考えまして、まあその緩急その他の点からこれを決定して行かなければならん問題だと思つております。
 それから更に地方々々には或る計画に対して、それに対して激しく賛成、及対対立しているような状況でございますので、どうしてもこれは地方に教員を供給する教員養成機構の問題でございますので、地方の地元における一致した御意見と御支援がなければ今後又新たな問題を孕むことになりますので、そういう点について地方の御意見の一致ということも期待しなければなりませんし、又同時に教員の配置転換等を行うことでありまして、大学の人事は大学自身が決定するというような点からいたしまして、関係の大学の教授会或いは評議会あたりがやはり或る計画にまとまつて参らなければならんと思います。申上げましたように、方角といたしましては四年課程を充実する、お話のように分校の幾つかありますようなところは、相当必要度の高いところだ思いますが、その時期の決定又方法の順序といつたような点は全国的に見、又地方の御意見を何つて将来慎重に研究いたしたいと思つております。
#14
○吉田萬次君 誠に事細かに亙りまして恐縮に存じますが、一言お伺いしておきたいと思います。それは愛知県の例でありまするが、名古屋とそれから曽ては名古屋と岡崎に師範学校がありまして、ところがそれが一つになるということについて三河と尾張との非常に激烈なる競争があつて、その間大体は名古屋にそれが存置されて岡崎のがなくなるというふうに県民は解釈しておりました。ところが岡崎の連中が、いわゆる時の駐留軍といいますか進駐軍に非常に運動をいたしまして、そうしてスミスの了解を得て、向うが却つて本校になつてしまつた。本来から申しますると、教育というものはいい先生を雇う、いい先生が集まるというふうのことはやはり都会に多い趨勢でありまする関係上、名古屋ならば相当な人材が集まるところを、岡崎であるがために集まらんというふうなこともありまするし、岡崎に上級学級があるがために、その岡崎の上級学級の学長といいますか、それが名古屋に非常に気兼ねをして、卒業式にも来ないというようなふうにもなつておりまして、誠にその内部におけるところの抗争というものが非常に熾烈化しておるのであります。もともとこれは第一師範、第二師範といつておりましたが、名古屋のほうは芳陵会という会を作り、岡崎のほうは龍城会という会を作り抗争を常に事としておりました因習が今日の因をなしておるということから考えますると、これはあなたのお話のように、将来四年制度によつて整理がしたいとおつしやつておいでになりまするけれども、これは到底望み得ないものであります。併しながら県民一般の意向というものは、何とかして両立して、そうして円満なる解決をしようという希望を持つております。これに対して、将来を考えましたところが、極めて抗争というものを考える以外に何ものも我々は解決が認められんような今のお説を承わりまして、どうするかという方針もここに立ち得ないような状態であります。かような問題を解決する最もいい方法は、三百六十万の県民を持つておるところであつたならば、二つ作られて二つにこれをせられて、そうして両方にいわゆるその権限を賦与して、そうしてこの問題を解決せられたらば頗るいい工合に将来行くものと考えまするが、この両立するということについて一県三校の今までの不文律のいわゆる事柄をやめて、そうして二校が立て得られる。名前は違うにいたしましても、二校の両立というものができるというふうな方向に対する見通しはどうお考えになるか、承わつておきたいと思います。
#15
○説明員(稲田清助君) 御意見承わつたのでございますが、先ほど申上げましたように、将来二年課程を漸次四年課程に置き換えて行くということを考慮いたしまする場合におきましては、必ずしも従来の一県一校四年課程主義をとつて来たということにいつまでも拘泥しなければならんとは思わないのでございます。将来四年課程を太らせますときに、やはり土地の事情から見て一カ所に集中する、或いは土地の御意見に従つてこれを二つに分ける、そういう点を大事な問題として慎重に考究しなければならんと思うのでございますが、御指摘の愛知県につきましても、一部には一校に将来ともまとめて、以て学閥の抗争というようなことを将来根絶やしにしなければならんというような議論なり、或いは又新らしい大学ができてからの現実ということに立脚して一校主義を主張せられるかたがた及び地方もございますし、或いは又これに対しまして、将来はこだわりなく四年課程を二カ所に置いて、或いは二校主義に発展すべきものであるという説を主張する向きもあり、先ほど申上げましたように教員養成の問題は、養成いたしました卒業生が就職いたします土地の中小学校教育に非常に関係することでございますので、中央における文部省が、文部省だけで考えますよりもやはりその地方の御意見のまとまりということを期待しながら実施しなければならん問題だと思つております。愛知県の場合も私はこの例の一つであろうと思うのでございます。従いまして、学校の当局が意見をまとめ、又地方がまとめ、又中央におきまして、その他の地方との関連において、いつどういう方法を以て実施するかということを大所高所から考える、この三つの要素が揃いませんと、やはり事が紛乱いたしまして帰結しにくかろうと思うのでございます。まあそういう点で、私どもといたしましては将来この地方の学芸大学の拡充という問題につきまして十分慎重に、而も又成るべく早く解決をみたいと考えまして努力いたしたいと思います。
#16
○竹下豐次君 関連して質問いたします。只今のお話わかりましたが、今御説明のこの方針をおきめになりましたのはいつでございますか。
#17
○説明員(稲田清助君) 別に方針ということもないのでございますが、新らしい大学を作りましたときには、一府県一校主義という方針を以て今日まで七十二の大学を作つて参りました。その基本方針は現在変らないのでございますが、ただそのうち教員養成に四年課程と二年程課とあつて、四年課程を一府県一カ所に置くという方針も当初から来ておるのでございます。ただ将来の見通しとしては、二年課程を少くして四年課程を充実するのが全体の趨勢だろうと思います。併しこれも地方によつて事情が違うと思います。非常に僻地の多い地方を抱えているときは今になお教員の需要が切実でございます。或いは四年課程よりも二年課程を増さなきやならん地方もあろうかと思います。或いは又大都会地区あたりでは需要がそれほど緊迫しない、むしろこれに比して質の向上ということが喫緊の要請になつておる、こういう地区には四年課程をもつと太らせなきやならんと思います。その場合に四年課程をそういう地区に一カ所に太らせるか、或いは二カ所に分れるか、これにつきましては、申上げたように、別に方針というものはまだ私ども決定しておりません。
#18
○竹下豐次君 そうしまするというと、現在のところでは、別に文部省のほうで二年課程のところを四年に引上げるようにということを慫慂されるとかというような実例は今日までのところにはないわけですか。
#19
○説明員(稲田清助君) それはあるのでございます。年々新らしく予算を考えますときに、需要供給の問題につきまして、各都道府県の教育委員会に照会いたします。四年を殖やすか、二年を減らすか、或いはどういう課程が多いか少いか、中学校、小学校はどうだとそれを聞きましてやつて来ております。で、今までの傾向といたしましては、北海道については二年課程を年々殖やして頂いておりますけれども、それ以外の地区につきましては、漸次四年を殖やして二年を減すことをこの二、三年実現しております。
#20
○竹下豐次君 それでこの二、三年の間に二年課程が四年になりましたのは幾つございますか。
#21
○説明員(稲田清助君) これは全国の定員でございますので、おおよそ譲りましたのは或いは十カ所以下だと思います。
#22
○松原一彦君 関連してお尋ねしたいのですが、現在のところで教員は充実しておりますか、余ほどまだ不足でございますか、今の養成機関を拡充しなければ追いつかないのでございますか、どうなんですか。
#23
○説明員(稲田清助君) 現在学芸大学学芸学部で養成いたしておりますいわゆる中小学校教員の計画養成中というのは二万三千ございます。およそ半分が四年課程で、約半分が二年課程、二年課程のほうが多少多いのでございます。ところで年々の県の中小学校の教員の需要数を計算いたすのでございます。これは計算が非常にむずかしいのでございますが、いわゆる減耗率等を用いまして、過去における退職者の率等から推算いたしますときに、私どもといたしましては年々三万の需要があるように考えるのでございます。三万の需要のところ二万三千の計画養成でございますが、それ以外に中学校教員あたりは、相当国公私立の他の大学から流れても参ります。従いましてこの二万三千の数を四月の最初に就職せしめるという問題については、そう楽でないのでございます。相当学校と教育委員会と協力いたしまして、四月から五月、六月へかけて大体二万三千が片付く。そうすればあとはどうかと申しますと、他の国公私立大学から流れるものと、それから教員の再教育によりまして無資格教員を有資格教員に入れるもので、年間を通じて埋まつて来るんだろうと思います。従いまして計画養成の新卒の数といたしましては、二万三千を殖やすことは適当でないと思います。或いはもつとこれを減らしてもいいと思います。併しながら、さつき竹下委員にお答えいたしたように、これは地方々々で非常に違います。北海道と東京、これは全く別の状況でございますから、全国的にはそうでございますけれども、地区的には或る大学においては四年課程を殖やす、或る大学においては現勢を維持する、こういうことを考えなければならと思います。
#24
○松原一彦君 その四年課程が本体となつて、だんだんに二年課程は減るものと私どもも見ておるのですが、その学芸大学が一県一校主義で今日まで来ておりまするところに、今吉田さんの質問のように、地方によつては二つにしてくれというところもあるということを私承わつたんですが、愛知県以外にそういう要求の出ておるところがありましたらちよつと御例示を願いたいと思います。
#25
○説明員(稲田清助君) 第一に北海道でございます。非常に広範囲な地区に、今四年課程が札幌に一カ所でございまして、二年課程が函館、旭川、岩見沢、釧路と置いてあります。これは地域が広大なるが故に四年課程を一カ所に集中することが不可能だということで、他の二年課程を置いております地方から、四年課程を置いてもらいたいという要請が出ております。それから東京におきましては、四年課程を殖やして二年課程は殆んど要らないという要請が地元から出ております。併しこれは大学の形態といたしまして、四年課程を一カ所に置くという点については別に異論はないのでございます。次に今の御指摘の愛知県、それから大阪においては天王寺と、平野とそれから池田と二分校ございまして、天王寺だけに四年課程がある。従つて他の分校において四年課程を置きたいという希望が分校を中心とする地区から相当激しい御要求があります。更に北九州の福岡県でございます。福岡に四年課程があり、小倉、田川、久留米に二年課程がございます。二年課程を置いております地区においてはやはり要請がございます。それから更に新潟は新潟、高田、長岡という昔の二師範の関係で、静岡においては静岡と浜松、二師範の関係、この地区におきましても恐らく同じような御要求が出て来るだろうと思います。
#26
○松原一彦君 そういう御要求の出るのも、地域が大きいのと養成機関が一校では厖大であるというところからかと思いますが、私どもの過去の経験から言いますというと、同じ養成機関が同府県の中に二つあるというと非常に学閥の争いを起して、教育上に及ぼす影響が非常に悪かつた例をたくさん知つておる。どこでも大きな争いがあつて却つて抗争が絶えなかつた。東京においても池袋の豊島師範と青山師範との間に大きな争いがあつて、弊害が尽きるところを知らずというような、それが今一つになつて非常によく納まつておるのですが、こういう方面に対する利害についての御説明がございませんか。
#27
○説明員(稲田清助君) 非常にむずかしい問題であり、又それについて意見が対立いたしておりますので、私どもとしては慎重に考慮しなければならないのでございますが、学閥という一点から考えますれば一カ所にしくはないと思います。併し又一カ所に集中いたします定員の教育的限度があろうかと思います。人口増加、急増の将来を見越した場合、一カ所とする教育上のおおよその限度というようなものも一つの議論になる、それから又非常に地域が広汎である、或いは又地域が非常に歴史的沿革的に対立した地域等であるとすれば、そういう意味での教員の将来の配置というような点から見て又別途の考慮が要る、学閥という一点から見れば一カ所が一番いい、今この問題につきましても、分かれることに対する反対論の一番主なる理由は学閥の排除にあろうかと思います。
#28
○松原一彦君 一番大きなもののなには東京であろうと思うのですが、東京の今の学芸大学は定員何人になつておりますか。
#29
○説明員(稲田清助君) ちよつとここに材料を持つておりません。
#30
○松原一彦君 できる限り私はやはり教員養成機関などは一府県一校がいいと思う。過去には御影師範と姫路師範との争いが熾烈なものがあつた結果が一つにまとまつた。大阪の池田師範と天王寺師範の争いのごときは骨髄に行つている。どうにもこうにも手がつけられんというところに来ておる、それが教育上に及ぼす影響が非常に大きい、教育行政がやられんというところまで行つておる。できます限り私どもは東京が一校で済むならば、地方もできる限り一校であつて欲しいという希望は持つております。併しそうかというて北海道を一つにしろとは考えませんが、そういう点においては慎重に一つ是非御考慮を願つて、余り悪い例をお残し下さらないように一つ、踏みとどまつて頂きたいという希望を持つております。
#31
○竹下豐次君 今日まで約十校くらいが二年課程から四年課程に切換えられているというお話でございましたね。
#32
○説明員(稲田清助君) 十校くらいに関連いたしまして、これは二年課程がなくなつてしまつたのじやございません。四年課程を多少殖やして二年課程を減らした箇所がある。十校もないかと思います。たかだか十校かと思います。多少、しよつちゆう定員をいぢつておりますから、傾向として四年が殖えて二年が減るのでありまして、決して二年がなくなつてしまうことをいたしたところは一つもないのでございます。
#33
○竹下豐次君 そうすると四年課程にするためには予算の関係が伴つて来るわけですね。
#34
○説明員(稲田清助君) お話のようにこれはやはり施設費、設備費、教授定員、相当まあ予算が要るのでございます。学生経費においては或いは同じ計算もたつかも知れませんけれども……。
#35
○竹下豐次君 そうしまするというと、お尋ねしたいのは文部省のほうでは一年のうちにどのくらいの程度で切換えて行くかというような予定でもお作りになつて、大蔵省のほうに予算獲得に年々お努めになつておりますのか、それとも言葉は悪いけれども地方の事情などが起つて来た際に行き当りばつたりに一つ一つ加えて行くというようなことでおやりになつておりますか。恐らく前のほうじやないかと思いますけれども、どうなつておりますか。
#36
○説明員(稲田清助君) 今日までのところはまあ各大学の全体の充実という問題に追われておりますので、現在の経費で可能な程度においての手直しでございます。従つてその四年を殖やし、二年は減すといつても極く僅かでございます。そのために教室を建て増すとか、そのために教員を増員するというような方法を伴いながらやるような大きな程度のことは今まではいたしておりません。
#37
○委員長(堀末治君) この問題について他に御質疑ございませんか。御質疑がなければこの問題はこれで打ち切ることにいたします。
  ―――――――――――――
#38
○委員長(堀末治君) それで私から一つ皆様方に御報告申上げたい問題があるのでありますが、それは先般当委員会で取上げました癩の未感染児童の入学問題、熊本の龍田寮の児童の就学問題でありますが、あの当時御承知の通り、まあ委員長個人のような立場でこれは自主的に何とかあなた方で御解決を図つたらどうかという仲裁論を私出したのであります。ところが、幸い委員会の諸君もそのほうがいい、それなら委員長一つあなたが先に立つて斡旋をしてくれたらどうか、こういうことでございましたので、実はその当時お見えになつたおかたに晩にお集りを願つて、私成るべくこういう問題は地方問題でもあるし、当委員会できつぱりとしたような解決案をお示し申しても、それが幸いによければいいけれども、若しも巧くないときには禍根をあとに残すので、何とかやはり本問題は地方問題で話合いできまらないようなことはないと思うからと縷々御説明した。幸い当時出席なさいましたお方は私の勧告も諒とせられまして、それでは私どもまあ何とか郷里に戻つて相談をいたします、こういうことで本日までずつとその経過を見守つておるのであります。先般も今日はちよつといらつしやいませんが、矢嶋さんから、その後の状況はどうかといつて御質問を受けたのでありますが、当時私の手許まではこんな程度で解決いたしたいと、まあこういうことで出ておりましたけれども、それは極秘の判を押してあるものですから、実は私それは発表いたしませんでした。ところがそのとき矢嶋委員からは一体解決の目途はどうかという質問を受けた私は時々情報は承わつておりますけれども、確実なことはございませんが、ただその情報から考えて私の勘で余り遠くないうちにきまるであろう、こうお答え申しておつたのであります。その後向うのほうからいろいろな連絡がございまして、丁度この間専門員の吉田君がこの問題で向うに参つたんではございませんけれども、いろいろな調査事項があつて向うへ参りました、参りました際に向うの岡本という委員長からわざわざ会見を申込まれて、こんな状況まで行つておるので、委員長に話しておいてもらいたいという報告を受けましたので、今日その状況を一つ御報告を申上げたい、かように思うのであります。その解決案といたしましては九項目を挙げて、この地の教育委員長がお骨折になつて、そんなことで私の手許には九項目の原案をこんなことで解決をしたい、こういつてこの間専門員の吉田君が参りましたときに私にそういつて話をして欲しいということでございました。これもまだ解決の途中にあることでございますので速記録になど残すことはどうかと思いますが、そんなことでこれを拝見いたしますと、いずれも私どもこの間皆さんから聞いたそのお話から見ると頗る妥当なものではないか、私はこう思われます。向うでも委員長といたしましてはこの線で是非とも近いうちに解決したいし、解決できるという見通しを立てておるから、こういうことでございました。従いましてこの間丁度吉田君が向うに行つていろいろお世話になつたので、お世話の礼状を出すということでございましたので、そのときに私も希望として大変結構な案だと思うから、何とかこれで一つ、もう年末も近付くことであるし、こういう問題を年を越させるということは決していいことだと思わないので、骨も折れるだろうがどうか、これらの線で是非一つ年内に解決するようにお骨折り願いたい、こういつたことを私は切に希望しておつたからということを、それを一筆書いておいてくれということで、こういうことでやつております。どうかそういうことでございますので、大分解決の曙光が近付いたことでございますが、この点だけ御報告申上げておきます。
 ちよつと速記をとめて下さい。
   〔速記中止〕
#39
○委員長(堀末治君) 速記を始めて下さい。
#40
○大谷瑩潤君 私立の大学ですね、この私立の大学が施設及びその内容が不十分な大学に対しては来年の四月に取消があるという、認可を取消すというお話があるように承わつておりますが、そういうことが行われますのですか、どうですか。
#41
○説明員(稲田清助君) お話のような事実は私どもも考えておりませんし、又外部からも聞いておりません。
#42
○委員長(堀末治君) 私学振興法の内容、私詳しく知りませんですけれども、この間私ちよつと関係の子供が明治学院大学、あそこへ行つているのですが、いろいろ図書なんかの拡充を図つてやりたいというところから学校債を一つ募集する、こういうことで、私も一つ是非学校債に応じてくれんかという相談を受けた。そのときに折角私学振興法というものができたけれども、どうも要するに私学のほうに対して十分な予算をくれないが、何とか先生骨を折つてくれないかという、こういう相談を受けたのですが、これらの点に対する文部省のお考えを承わりたいと思います。
#43
○説明員(近藤直人君) 私立学校の戦災復旧に関連するわけでありますが、非常に戦災の被害を受けましたので、その復旧に対して、政府が援助するということになりまして、当時戦災復旧の貸付金をしたわけであります。その後機が熟しまして、昭和二十七年でございますが、私学の多年要望されました私立学校振興会法ができまして、これによりまして戦災で痛めつけられた私学に対して、復興の資金を貸付けするということになつたわけでございます。当時私学振興会の政府出資が三億九千万円、その後昭和二十八年には十五億それから本年分は、二十九年におきましては、五億という金額が政府出資されたわけでございます。なお二十七年以前に戦災復旧貸付金として貸付けられました十七億五千万というものが債権出資になつたわけであります。この政府出資によりまして、現に私学の復興のために貸付をいたしておるわけであります。これによりまして大学から幼稚園に至るまで非常な恩恵を受けて、着々復興いたしておりますことは、これはいささか手前みそになりますが、相当貢献もいたしておると考えられるのであります。ただ併しながら私学の戦災の打撃が非常に大きいのでありますので、この二十数億の政府出資を以てしてはまだ十分とは参りません。只今御指摘のようないろいろ苦情があるわけであります。そこで今後も私学振興会の政府出資を増額いたしまして、更に多額の貸付ができるようにいたしたい、かように私ども考えております。また私学のほうからも非常な要望があるわけであります。只今昭和三十年度におきましては、十五億の予算要求をいたしております。更に引続きまして昭和三十一年度におきましても、十五億を要求いたすつもりであります。これによりまして、将来私学の貸付金は合せて政府出資が五十億ということを一応理想にいたしまして着々この実現に努力しておる次第であります。
#44
○委員長(堀末治君) なお、もう一つお尋ねしますが、今の御答弁から承わりますと、そうしますと、今私のお尋ねした明治学院大学のごときは、場合によれば、一般にそういう学校債を募集しようかなどというのは、その費用の中からお借りするというようなことができるわけでしようか。
#45
○説明員(近藤直人君) 只今私学振興会で貸付けておりますのは経常費と施設費と両方あるわけであります。経常費と申しますのは例えば授業料が、一時所定の授業料が入らなかつたという場合に、その赤字を補うために一時振興会から借入れをする。これは短期でありますので、大体一カ年でまあ返済する。それからその次は施設費でございます。これは臨時費でございますので、これは学校の教室の増築或いは設備の充実ということにこれが資金を使うのでございまして、これは大体五カ年の期限でございます。かように二本建を以て只今貸付けをしておりますが、お話のように学校によりまして資金が足りませんので、まあ学校債を募集するということは、これは他の学校にも行われておるようでございますが、何分振興会の貸付金の元額が需要に対して極めて少いのでありますんで、各学校の御要望に十分応じきれませんものですから、従つて各学校といたしましては、どういたしましても自己資金を以て相当額賄わなければなりませんし、或いは又父兄からも金を集める。或いは又他の金融機関からも借りるというようなのが現状であります。
 将来振興会の出資を更に増額いたしまして、さようなことのないようにすることが理想でございますが、只今ではそのような現状でございます。
#46
○委員長(堀末治君) 今のお話だと施設とかそういう方面のようですが、今の私尋ねたのは図書館を拡充しようというんですが、そんなようなほうには貸されないようになつておりますか。
#47
○説明員(近藤直人君) 先ほど申上げました経常費と臨時費に貸すわけでありますが、臨時費のほうは施設、設備であります。従つて御指摘の図書館などもその中に入り得るわけでありますが、只今のところは主として資金の関係からいたしまして教室の最低基準、応急の最低基準を充足するということに当面重点を置いておりますので、従つてなかなか図書館の充実というところまでは行かないかと思いますが、併しながら漸次資金の用途を拡充いたしまして教室のみならず図書館或いは病院或いは寄宿舎という面にまでもこの資金を活用するように努力いたしております。或いは只今のお話では詳細がわかりませんが、場合によりましてはよくお話を伺いまして調査の上考えてみたい、かように考えております。
#48
○委員長(堀末治君) これはさつきの問題を蒸し返すようでありますが、お話のあつた北海道の学芸大学、この間私旭川へ帰りましたときに旭川市は今は人口は十五万で、室蘭とほぼ同様でありますし、釧路あたりからみればずつと多い。然るにもかかわらず、帯広あたりでは、人口半分に満たないところに大学がある。それから今の室蘭にも大学がある。それであれだけの北海道の都市で大学のないところは旭川だけである。是非旭川に大学を置きたい。こういうことを頻りと私に迫られたわけであります。私は大学を無闇に殖やすということに対しては根本的に果していいか、悪いかということには疑問を持つているので、なかなかとり合わなんだ。併し今お話を聞くというと、学芸大学にならば、場合によつたら旭川を四年の大学に昇格していいというようなふうにさつきの言葉で聞えるのですが、如何ですか、旭川に二年の分校があるのですね、北海道の東のほうは随分最近は開けて来ているので、できるだけあれを一つ大学に昇格して、そうして釧路或いは稚内等にあるいわゆる分校を、今一年になつていますが、それを二年にして昇格というか、拡充というふうになりませんか。一つあなたのお考えを聞かせて預けませんか。
#49
○説明員(稲田清助君) 北海道の学芸大学につきまして、やはりこれも一府県一校主義をとつて創設いたしたわけでございますが、今まで北海道の教員養成について努力いたして参りました順序は、先ず第一にあの地域の非常な教員の需要の緊迫というものを埋める点を第一の急務といたしまして、これにつきましてはここ三、四年ばかり二年課程の増員ということを努めて参つたのでございます。及びそれに関連いたしまして、僻地教員の養成、特別施設の助長ということが何と申しても第一の問題。
 それからその次に、やはりあれは師範学校をもととして大学程度の教育施設を充実しようという計画で出発したのでございますので、現在ありますところの札幌の四年課程も施設設備、教授陣容、これを整えますことに非常にまあ力をいたさなければならなかつたのであります。更にまあこれはその充実過程にあるわけでございます。私どもといたしましては、北海道はその他の地域と違いますので、又これは特殊の構想を持つて将来考えてもいいんじやないか。即ち一県一校主義というか、或いは四年課程一カ所主義というものを若し将来破るとすれば、北海道あたりは一番先に破つていい地域だとは考えております。ただ今申しましたような緊迫した事情が、二年の充実、札幌の充実にありましたものですから、まだ着手しないのでございます。将来財政力その他と見合いまして、適当な機会にこの問題を実現いたしたいということは私どもは考えておるわけでございます。
#50
○委員長(堀末治君) 北海道の教員養成所の拡充の問題について、どういうふうに考えておられるか。
#51
○説明員(稲田清助君) 北海道は北海道の入植計画という点から見ましても、もう近々非常に人口が増大する今日におきましても、北海道の教員の供給が非常に少く、教員の充実工合が非常に悪いのでございますが、将来を見かえてこの点については考えなければならんといたしまして、まあ年々、ここ三年ばかりでございますが、北海道入植計画に伴う教員養成計画といたしまして、年々二年課程を二百人、二百人、百五十人と、こうまあ増加して参つて来ております。この点につきましては明年度予算につきましてもなお百五十人の定員の増を考えて来ているわけでございます。それと更に附け加えまして、先ほど申上げました四年課程の充実及び充実せられました学芸大学の教育施設を中心としての再教育の振興というような問題を伴わしめて急速に需要に応ずる教員の充足を考えなければならんと思つております。それから更に僻地教員の養成施設も、やはり半分は従来北海道に力を注いで参つて来ております。来年はそれもやはり倍額要求いたしたいと考えております。
#52
○委員長(堀末治君) もう一つお尋ねしますが、今僻地教育の関係で充実を考えて、来年度は予算も殖すと、まあこういうことで大変結構でございますけれども、これはこの間も大臣にも私よくお願いしておいたのですが、いわゆるその僻地教育の関係でなかなか実際行かない。そこで稚内あたりがまあ養成所があるのですが、あそこの養成所は一年やつておる。そして市ではあの窮迫した財政の中からその費用を負担している。なかなかより以上の負担はあの市としても堪えられない。九十万円は道庁で負担しておつてくれるが、文部省から僅かに十五万円もらつておるだけで、あとは全部市が持つている。なかなか市としては堪えられない。而も稚内市自体の教員養成のためならば、これは何をおいてもやるけれども、大部分はあの稚内支庁内の、つまり離島なんかの先生の養成のために稚内市が、而も赤字の中から負担をするということはとても堪えられないこだから、少くとも文部省のほうで、もう少し僻地教育という建前から補助を増額して欲しいと、私は痛切に、文部委員長になつて初めて受けた陳情はこれでありますが、今後そういうものに対してどういうふうなお考えでありますか、それをはつきり一つお聞かせを願いたい。
#53
○説明員(稲田清助君) 明年度予算の要求といたしましては、僻地教員養成は従来の倍額程度予算要求いたしておるんでございます。その倍額は多少箇所を殖す点もございますけれども、同時に内容充実という点を狙つて考えなければならんと思つております。それから更に今年の夏御審議頂きまして改正いたしました免許法から見ますると、差当りは一年課程でいいんでございますが、まあ将来は二年課程の養成施設にしなければならないのであります。その二年課程に直しますときによく関係地方庁とも相談いたしまして、根本的にこういう臨時教員の養成施設の将来のあるべき姿というものを考えまして、又その際に国として御援助を申上げる点があれば十分考えたいと思つております。
#54
○委員長(堀末治君) もう一遍お尋ねしますがね。一年を二年になるときに考えるということは、これは大変結構で、当然やつてもらわなければなりませんけれども、現在一年で、今言うた通り僅かに十五万円で道庁が九十万円、あとは全部市が負担しているということに対して、もう少し文部省はこの間に張り込んでやられませんか。
#55
○説明員(稲田清助君) 大体教員養成につきましては、基本的な教員の養成は国が負担いたしまして、それに対しまする補助と申しますか、特殊事情の教員養成を地方において負担いたしていたのがまあ建前で来ておりますので、地方において実施せられまする領域についての国庫補助というものを、実は予算を非常に取りにくいのでございます。併しながら僻地教育振興に関しまする法律もできたことであり、北海道の特殊事情もありますので、私どもとしてはこの上とも関係省と相談いたしまして充実を期したいと思つております。
#56
○委員長(堀末治君) いわゆるこの間の災害対策、或いは今度の補正予算の内容を聞いていませんが、どんなことになつておりますか、一つお聞かせを願いたい。
#57
○説明員(近藤直人君) 文部省関係の災害復旧費でありますが、これは大体大蔵省に要求しておりますのは、補助額の総額で約十二億でしたか、目下これは要求しておりますが、まだ大蔵省のほうで全体につきまして査定を了しておりません。併しながら補正予算にはそのうち三億を計上してございます。この三億と申しますのは、まだ全体が決定しない前のうちの三億でありますので、これが全体の二割になりますものやら、或いは二割五分になりますものやら、その点はまだはつきりしておりませんが、いずれにしろ補正予算には文部省関係といたしまして公共土木災害復旧関係予算としては三億計上しております。それからいろいろの災害復旧でございますが、これは三千三百万円、この分につきましては補正予算ではなしに、予備費のほうに計上してございます。これが今回の文教施設の災害復旧の予算の全貌でございます。
 なお申し落しましたが、この前の例のつなぎ融資の問題でございますが、これは殊にだんだん寒さが加わつて参りますので、北海道その他におきましては非常に強く要望されておりましたが、これも大蔵省のほうと種々折衝いたしました結果決定いたしまして、総額が約五千万、そのうち北海道に対しましては約千数百万というものが決定いたしまして、これは通知その他の手はずは済んでいるはずでございます。北海道のみならず宮崎の方面につきましても同じく必要な措置がとられております。つなぎ融資の総額につきましては、金額は非常に少ないというお話もございますが、併しながらこれは補正予算が決定いたしますればすぐ配分が行くわけでございますから、その配分するまでのほんのつなぎという意味でございますから、そのつなぎ融資そのものは補正予算額が決定いたしまして配分されましたその金額によつてこれを返済するということになるわけでございます。
 以上簡単でありますが……。
#58
○委員長(堀末治君) もう一つお尋ねしますが、そうすると補正予算に三億計上してありますというと、そのうち北海道にどのくらい行きますか。
#59
○説明員(近藤直人君) まだ三億の配分につきましては計画を立てておりませんが、結局全体の金額が決定いたしませんとその三億につきましての配分もわからないわけでありますので、只今大蔵省に対しまして、全体の金額につきまして早く決定してもらうことを要求しておりますので、それが決定次第三億の配分をきめるつもりでございます。
#60
○委員長(堀末治君) そうすると何ですね、大蔵省の全査定が済まないうちは、三億は補正予算はきまつても金の配分はできないということになるわけですね。
#61
○説明員(近藤直人君) つまり三億と申しますものは二十九年度分の補助額でございます。仮に十二億と決定いたしますれば、十二億から三億引いた残りの九億が昭和三十年度のものになるわけでございますので、その割振りがきまりませんと、三億をどう配分していいかなかなか困難でありますので、これは大蔵省のほうでも速かにきめると申しておりますので、間もなくきまると思いますが、それがきまり次第配分いたしたいと思います。
#62
○委員長(堀末治君) これは改めて申すまでもなく、北海道はもう雪が来ておりますので、まごまごしておつたのでは雪の下になつてしまつてやろうにもやれなくなつてしまうので、その点補正予算は今日、あす午前中に通つてしまうのだから、ここ一両日中にきめて、さつさと金をやつてもらわないと死金になつてしまいますよ。これは特に大蔵省にいずれ要求しますが、あなたのほうも早くきめて頂かないと、三億全部北海道にやるならいいが、そうは行かん。この点特にお願い申上げておきます。
 それでは今日はこれで散会することにいたします。
   午後四時四十五分散会
ソース: 国立国会図書館
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