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1954/12/04 第20回国会 参議院 参議院会議録情報 第020回国会 厚生委員会 第1号
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1954/12/04 第20回国会 参議院

参議院会議録情報 第020回国会 厚生委員会 第1号

#1
第020回国会 厚生委員会 第1号
昭和二十九年十二月四日(土曜日)
   午前十時四十四分開会
  ―――――――――――――
 委員氏名
   委員長     上條 愛一君
   理事      常岡 一郎君
   理事      竹中 勝男君
           榊原  亨君
           高野 一夫君
           谷口弥三郎君
           中山 壽彦君
           横山 フク君
           高良 とみ君
           関根 久藏君
           前田  穰君
           藤原 道子君
           湯山  勇君
           山下 義信君
           紅露 みつ君
  ―――――――――――――
  委員長の補欠
十二月二日上條愛一君委員長辞任につ
き、その補欠として加藤シヅエ君を議
長において委員長に指名した。
  委員の異動
十一月三十日委員藤原道子君辞任につ
き、その補欠として千葉信君を議長に
おいて指名した。
十二月一日委員関根久藏君辞任につ
き、その補欠として西岡ハル君を議長
において指名した。
十二月二日委員千葉信君及び上條愛一
君辞任につき、その補欠として高田な
ほ子君及び加藤シヅエ君を議長におい
て指名した。
  ―――――――――――――
 出席者は左の通り。
   委員長     加藤シヅエ君
   委員
           榊原  亨君
           谷口弥三郎君
           中山 壽彦君
           西岡 ハル君
           横山 フク君
           高良 とみ君
           前田  穰君
           湯山  勇君
           山下 義信君
  事務局側
   常任委員会専門
   員       多田 仁己君
  説明員
   厚生省引揚援護
   局引揚課長   坂本貞一郎君
  ―――――――――――――
  本日の会議に付した事件
○派遣議員の報告
○参考人の出頭に関する件
  ―――――――――――――
#2
○委員長(加藤シヅエ君) それでは、只今から厚生委員会を開会いたします。
 議事に入ります前に、ちよつと私、一言御挨拶をさして頂きます。
 去る十二月の二日付を以ちまして私が厚生委員長に選任されまして、従来私はときどき代理の厚生委員を数回勤めました程度で、本委員会には今まで余り関係がございませんようなものでございますし、誠に万事行届かないことだと存じますけれども、どうか今後、皆様の御協力を得まして、大過なく勤めさして頂きますよう、よろしく御願い申上げます。(拍手)
 では、最初に委員の異動を御報告いたします。十二月一日付を以て関根久藏君が辞任されました。後任として同日西岡ハル君、十二月二日付を以て千葉信君が辞任され、後任として同日高田なほ子君、又同日付を以て上條愛一君が辞任され、その後任として私がそれぞれ選任されましたことを、御報告申上げます。
  ―――――――――――――
#3
○委員長(加藤シヅエ君) 次に、派遣議員の報告を議題といたします。
 ヴエトナム及び中共地域からの引揚者実情調査の派遣議員の報告をお願いいたします。
#4
○高良とみ君 今回ヴエトナム及び中共地区からの引揚状況を調査するために、私と横山委員が派遣されることに決定されまして、両名は斎藤参事を同行して去る十一月二十九日から舞鶴へ出張いたし、翌三十日興安丸で舞鶴に入港帰還されました引揚者を出迎え、その状況を調査いたして参りましたので、簡単に状況を御報告いたします。
 今回の引揚者六百四名を乗せ、去る十一月二十七日塘沽を出帆いたしました興安丸は、三十日午前六時舞鶴に入港いたしたのでございます。
 今回の引揚人員総数は六百四名で、うち越南地区からの引揚者七十一名を除いては、大部分中共地区の元旅順、大連、安東、いわゆる旅人地区の居住者が他の地域に数年来移動されたものであつて、比較的いい待遇を受けていたもののように見受けられました。引揚者六百四名の内訳を申上げますと、男子三百二十二名、そのうち子供百七名、女子は二百八十二名で、そのうち子供百二十二名であります。従来の引揚者に比べますと、子供の数が多かつた点が異なる特色であります。そのうち軍人関係については、旧陸軍々人七十六名、軍属十六名、旧海軍々人三名、軍属七名でありまして、残りは一般邦人となつております。その中には中国籍の者三名、朝鮮籍の者二名が含まれております。今回の引揚地域別に見ますと、越南七十一名、南京八十一名、河北四十名、湖南六十六名、熱河、内蒙百三十四名、武漢四十二名、西安八十七名、その他八十三名となつております。
 引揚者中にマラリヤ等で入院を必要とした病人は十五名でありまして、うち一名に精神病で、十三名は国立舞鶴病院へ移送されたのであります。なお今回の引揚船で帰還いたしました遺骨は三十九柱でありまして、うち家族の捧持して参りましたものは三十八柱となつております。
 引揚者の荷物は従来に比べまして相当多く、全部で千二百八十個、百八十トンであります。持帰り金についても割合に多かつたように見受けられました。
 私たちは引揚者を棧橋に出迎えた後、興安丸を訪問し、次いで引揚者が引揚寮に入つた後、マイクを通じて参議院を代表して引揚者に対して挨拶を行い、療内を廻つて慰問いたし、更に引揚者代表七名と両院議員で約一時間半懇談して、ヴエトナム、中共地区における生活の状況、残留者の模様等について説明を聴取いたしたのであります。次に、別室において更に引揚者代表十名から、今回のヴエトナム地区引揚者に対するいわゆる帰還手当の支給に関し、他地区からの引揚者と同様支給されたい旨の要望がありまして、至急善処を約束いたして帰京いたし、厚生省当局と連絡いたしました結果、厚生省当局は支給できるように配慮した旨の回答を得たのであります。
 今日の引揚者の殆んどが極めて明朗でありますが、今後内地における生活についてはやはり不安を抱いていることは、前回までの帰還者と同様でありまして、援護対策についてはあらゆる角度から手を差し延べなければならないと存じます。特に申上げたいことは、今回の引揚者が、従来胎んど関係者のなかつたヴエトナム地区と中共地区の特定な方面からの引揚者でありますから、残留者引揚対策等の点から見ましても、適当の機会に代表者数名を当委員会に参考人として出席願い、意見を聴取して、今後の引揚援護対策に資せられるように希望いたす次第でございます。
 以上簡単ながら、御報告を終ります。
#5
○委員長(加藤シヅエ君) 有難うございました。
 只今の御報告に関しまして何か御質問ございませんでしようか。政府委員も参つておりますが。
#6
○高良とみ君 援護局から来ておられるようでしたならば、一応越南地区からの引揚者に対する差当たつての帰還手当の状況を伺いたいと存じますが、如何でございましようか。
#7
○説明員(坂本貞一郎君) 引揚課長であります。ヴエトナム地区からの帰還者七十一名に対する帰還手当の問題でありますが、実は本件に関しましては地区からの帰国が発表された当時から、いろいろ問題を検討していたわけであります。いずれにしましても、現地の実情がよくわからない、正確に把握できない現在におきましては、一体どういうような状況において当時、今回の帰国者が残留したのか、或いは離隊したのかというような、そういつた実情がよく把握できなかつたために、私たちのほうでは、現在の帰還手当の支給の制度の建前上、一応舞鶴援護局においては支給しないで、舞鶴援護局並びに各県においてその後、定着後よく実情調査の上で、必要なものに限つて中共地域と同様に支給するという考え方をとつていたわけであります。まあ現地の実情は舞鶴援護局においては、昨日までのところ非常に帰国者の口が固く、よく実情を話してくれなかつたのでございますけれども、この帰還手当の問題に関しましては、何とかしまして舞鶴に滞在中に支給してもらいたいという各方面の要望がありましたので、こういうような建前で支給することにいたしたわけでございます。根本的な建前としましては、各人ごとに現地での実情を調査した上において支給するということでございます。
 具体的に申上げますならば、先ず第一番目に、本人の責に帰すべからざる事由によつて終戦当時離隊又は残留したというような条件に該当するもの、それから第二番目に、本人の責に帰すべき事由では離隊又は残留しなかつたのであるけれども、つまり逆から申上げますと、本人の責に帰すべき事由によつて離隊又は残留したのであるが、その後現地の実情によつて離隊又は退職又は退出が不可能な状況におかれたもの、こういうような二つの条件のいずれかに該当するものに限つて支給するということにいたしまして、結論から申上げますと、そういう二つの条件のどれかに該当するものだけになりましたので、一昨日全員七十一名に対して、中共と同様に、大人一万円、子供五千円という帰還手当を支給することになつたわけであります。いきさつは大体そういうわけであります。
#8
○高良とみ君 この問題は少し今後とも研究を要すると思います。参考人を将来お喚びになりましたときにも、問題が成るべく混乱しないように、今のうちから一つ厚生引揚当局の考え方を話しておいて頂きたいという希望を、私は持つておるのであります。
 というのは、七十一名のうち少しは民間人もありますが、大体話を聞きますと、非常な困難の中に経験して来て、それから多くの人の状態は、取残されたままいろいろな隊の命令で以て、隊を離れて食糧の確保、土地の確保等に出たあと、帰つて来てみたら船が帰つてしまつた。その後日本からは何ら船も迎えも連絡がなかつた、というのが実情のようであります。当時の隊には限られた食糧と金しか残つていなかつたものですから、隊の上のほうの命令で以て、土地を確保して野菜を作るというようなこともあつたらしいのであります。又みずから進んで、食糧を減しては相済まないと思つて、食糧を確保に行つた。帰つて来たところが逃亡、離隊というような名前が付けられている事情のようでありまして、これはなお当局で十分御検討願いたいのでありますが、ああいう国際情勢の只中にありまして、而も内地には少しも報道が来ておらない、そういう中にありましたものを離隊、逃亡というカテゴリーの中に入れますこと自身が、非常に残酷のように私ども迎えに行つた者は感じたのであります。今後とも他の地区、或いはタイとかビルマとかから帰る人があると存じますが、それを離隊、逃亡というような言葉で迎えられるということを、薄々聞いたり、又はほかの人から聞いたりしておつて、心中誠に朗らかに帰つて来たにもかかわらず、どうか我々を迫害しないでくれとか、暴力を使わないでくれとかいうような要望事項も出ていたことを思いまして、絶対そういう心持ちは迎えるほうの祖国にはないということを説明しましたけれども、併しこの点、日本にはもう軍隊もない時代でございますから、今更離隊、逃亡ということで差別待遇をしたり、苦悩を経て来た同胞を石を以てうつというような、そういう気持は日本国のどこにもないと思います。
 そこで幸いにして七十一名という僅かな方々に対して、予算の中から支給を処理されたことは大変結構なことだと思いますけれども、若しそうでありませんと、今後とも親切に、随分貧しい中からも金を出し、食糧を与え、そして親しく世話をしてくれた越南地区の人民や政府、中共に入つてからまでも、貧乏して困るというので、金を送り付けたというような人たちに対しても、誠に恥しいことではないかというように考えるわけでございます。ここに御同行しました横山委員もお出でになりますが、更に中共におきましては、何ら中共に関係のなかつた越南地区に取り残された日本人に対しまして、厚くねぎらい、又迎賓館に入れて、そして衣類等も支給して、ぼろぼろの着物を脱がせ、そしてやつて来たことを思いますと、僅かな金のために、ただ法規がそうであるということで冷淡な取扱いは、私ども少くとも厚生委員の一人としては、したくないというように考えたわけです。そういう意味で、今まで多少とも逃亡とか、離隊とか、或いは越南軍にみずから進んで参加したというようなことを、多少こちらで考えていたとするならば、それは引揚援護局におきましても、十分一つ考え直して頂くか、或いはそういう事情があつたにしても、食うに困つたから一部越南軍に参加したけれども、言葉もわからないし、役に立たないというので、その後民間に定着して、日本人など一人もおらないジヤングルの中で、野菜を作り、或いは医者なら医者を開業し、言葉を教えたりして、厚くねぎらわれて来た、十数年目に帰つてきた同胞でありますから、そういう点も十分考慮して処して頂きたいというふうに私は思つたわけであります。
 これにつきまして、委員諸賢に御報告しますと共に、困難の中にいた我が同胞たちに対してできるだけの、「よきサマリア人」のような厚いもてなしをしてくれたアジアの諸国に対しましても、日本へ帰つて来たら差別待遇したとか、或いは特別な疑いを持つて見たというようなことのないように、希望を述べさせて頂きます。
#9
○委員長(加藤シヅエ君) そのほかに、何か御質疑ございますでしようか……。別にございませんでしたら、質疑はこの辺で打ち切りましてよろしうございましようか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#10
○委員長(加藤シヅエ君) 御異議ないと認めます。
  ―――――――――――――
#11
○委員長(加藤シヅエ君) それではこの際追加してお諮りいたしますが、先ほどの派遣議員の報告にありました通りに、今回の引揚代表を当委員会の参考人として喚ぶこととし、その数、人選、日時、手続等につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんでしようか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#12
○委員長(加藤シヅエ君) 御異議ないものと認めます。では参考人を喚ぶことに決定いたしました。
 本日は、委員会はこれにて散会いたします。
   午前十一時二分散会
ソース: 国立国会図書館
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