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1953/02/03 第19回国会 参議院 参議院会議録情報 第019回国会 図書館運営委員会 第2号
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1953/02/03 第19回国会 参議院

参議院会議録情報 第019回国会 図書館運営委員会 第2号

#1
第019回国会 図書館運営委員会 第2号
昭和二十九年二月三日(水曜日)
   午前十時二十一分開会
  ―――――――――――――
  委員の異動
一月二十九日委員八木秀次君辞任につ
き、その補欠として三木治朗君を議長
において指名した。
  ―――――――――――――
 出席者は左の通り。
   委員長     高橋 道男君
   理事
           岡田 信次君
           野本 品吉君
   委員
           藤野 敏雄君
           石黒 忠篤君
           三木 治朗君
  国立国会図書館側
   館     長 金森徳次郎君
  ―――――――――――――
  本日の会議に付した事件
○国立国会図書館の経過報告に関する
 件
  ―――――――――――――
#2
○委員長(高橋道男君) それではこれより図書館運営委員会を開会いたします。
 本題に入る前に御報告を申しますが、八木秀次君に代つて三木治朗君が委員になられたことを御報告申上げます。
 本日は国立国会図書館の経過報告に関する件を議題といたします。
 国立国会図書館法第十一条の規定に準拠して、前回報告を頂きました昭和二十八年四月以降の経過につきまして図書館長から御報告を伺います。
#3
○国立国会図書館長(金森徳次郎君) 昭和二十八年四月から六カ月間の図書館の経過について御報告を申上げますが、お手許に出してありまする資料は、業務のあり方を主に数字に現われたる面から明らかにしておるのでありまするが、これは従来図書館の動き方を半年ずつに区切つておりました関係から、四月から九月までというふうになつております。併し図書館の仕事はずつと継続しておる面が多うございまして、この数字の中にぴつたりと現われないものもあるのでありまするので、九月で事が切れないでずつと今日まで継続しておる若干の重要な問題があるわけであります。そこで一応その印刷物になつておりまするところの経過報告要綱をもとにいたしましてあらかたを御説明を申上げ、更に図書館が今当面しておりまする数個の問題について現状を御報告申上げたいと考えております。
 で、先ずこの国立国会図書館の経世報告要綱という刷物について申上げますが、著しい変化はざいませんで、大体そこに書いてありまする順序に従いまして、図書館の「組織」がございまするが、これは大した変化はございません。
 それから二の「人事」という点でございますが、これも格別なる変化があるわけではございませんので、従来の線に沿いまして漸次職別定数を改めたというくらいのところでございます。
 それから更に三のところに参りまして、「国会への奉仕」というところでございまするが、これはこの私どもの図書館の主要任務としておりまする国会に対していろいろの調査をする、つまり考査という事柄の現状を明らかにしておりまするが、大体そこにありまする半年の間に一千四百五十五件の考査をいたしましたが、一月に平均いたしますると二百件余ということになつておりまするし、まあ或る月のごときは四百件以上にも及んでおることがあるのであります。
 それから更にそれと関連をいたしまして、特に求められずして、大体の見込で当該部局で調査しておることもたくさんあるのでありまするが、その関係で刊行いたしました調査書類が半年の間に二十七件になつております。あと国会分館における図書閲覧状況、国会巡回文庫の利用状況は、その数字に現われておりまするように、利用は大体従前と同じような線に沿つて利用せられておるのであります。
 それから次に「行政司法各部門への奉仕」ということが四に書いてございまするが、これも順調に進行しております。
 次に五の「一般の図書館及び一般公衆への奉仕」というのがございまして、閲覧状況等が出ておりまするが、これは大体座席の関係が全体の標準になつてしまうものでありまして、座席は大体充実して、たくさん人が待つているというのが中央館の姿でありまするが、どうも一日の数量をひどく切替えるということもできません。ここに現われておりまする中央館の閲覧者は八万七千四百四十九人という数字が出ておりまするが、この辺のところが自然の傾きであろうと思つております。以下いろいろ書いてございまするが、印刷カードとかマイクロフイルムということがかなり大きい問題でございまするので、これはあとに一括して申上げたいと思つております。
 六の「国際交換業務」、これも順当に進行しております。
 それから七の「図書館資料の収集及び整理」というところは、これも従来と大した変化はございませんが、ただ私といたしましては、その資料の収集及び整理が決して無意味であるとは考えておりません。資料の収集につきましては甚だ思うに任せぬ事情がございまするし、又その得ましたところの資料を整理いたしまして、いつでも渦らかに利用ができるというような点につきましてもなかなか思うに任せない事情がございまして、これは急ぎましても、とても目的は達せないと思つておりますが、根気よく、主として予算の充実の線でありまするが、努力をしておるわけでありまするが、余り只今のところでは非常に有望な仕事になつておるということは言えないのであります。今後の努力を待つものと思つております。
 そこで大体さような線から御説明を申上げましたが、この最近の比較的重要な点を別の形で御説明を申上げますが、第一はこの図書館の印刷カードを一枚刷にするということであります。これはこの図書館ができまする当時からの問題でありまするが、日本の図書館はだんだん数が殖えて来るであろう、とすれば学校の図書館であれ、公共の図書館であれ、自分のところで図書を整理してカードを作るという順序になりまするが、それは甚だ無駄があり、中央でカードをこしらえて、これを殆んど実費で以て各図書館に売ることにいたしますれば、もう非常に節約になるのでありまして、たくさんの人件費を使つてやつた仕事が本当のカードの印刷費だけに化けてしまうということでありまして、これを国立国会図書館の重要なる一つの仕事として見当を付けておつた次第でありまして、併しなかなかこれは大掛りな仕事であり、各方面の協力を得なければできないことでありまするので、極く安全な方法をとりまして、印刷カードは作るけれども、むやみに人に売るという方法をとらないという方針を立てたわけであります。と申しまするのは、この国立国会図書館としては必ず書物に応じてカードを作り、大部分はこれを印刷するということは当然であります。そうするといわばそれの副産物のようなものを日本中の図書館の利用に供しますると、そこに恐しい大きな仕事の上の節約と経済の上の節約ができるということであります。でありまするけれども、中央図書館では大蔵省から多額の予算を受取つて企業的にこれをやるということは、いろいろ努力いたしましても事情が許しません。且つ又人の希望に応じて売るといたしますると、その蓄積品としてのカードをたくさん持つていなければならんのでありまして、過去三十年くらいの間に発行されておる書物のカードを平素から準備して、いつでも希望する人に実費で売つてやるという建前にいたしますることは、相当骨の折れることであり、金額とか場所とかいうものが必要主なわけであります。そこで次第々々にこれを発展せしむるという意味で、大体一枚売りという方針をとりませんで、組によつて予約を以て売るという方針を立てたわけであります。つまり全部を一括して売る、これか一つの方法であります。或いは各部門別に一括して売るというのも一つの方法でありますが、まあそのようにして一応組にして、そうして予約を取つて売る。こういたしますれば安全にやつて行けるという方針で、順次経験を積んで来たわけであります。併しだんだん経験が満ちて来ますると、どうしても一枚売りをやらなければ実際の役に立ちませんので、何とかして一枚売りという方向に出ようといたしましたが、これはとても蓄積によつて経済が行き詰るということも、ございまして、まだ試験時代であります。そこで期の初め、つまり昨年の四月一日を期しまして印刷カード販売の規則を改正して、一枚売りをするという方針だけ立てたのであります。併しこれは結局予約を取つて一枚売りをするのでありまして、まだく幼稚至極な段階でございまするが、まあこの期におきまして四月一日から始めて、約八十の図書館に対しましてカードの速報、つまりこういうカードが出るぞという速報を出しまして、その速報に基いて二週間の間に注文をした人には印刷カードを一枚売りで売ると、こういう方針を立てました。今まで速報で三十三回ばかり出しまして、印刷カードを二十九回ばかり発送をいたしております。これは進歩の道行きでございまして、これを以て理想としておるわけではございません。
 それから次に第二の問題といたしましては、書物を複写することの発達であります。大体この図書館におきまして写真で書物を複写するということをかなり前から希望はしておりましたけれども、なかなか複写施設もうまく手に入れることができませんで、いろいろ努力をしておつたのでありまするが、だんだん細々ながら順当な線に沿つて来たわけであります。そこでこの期におきましては先ず図書館の複写につきましての規程を作りまして、幾ら料金をもろうかという規程をはつきりさせまして、昨年の九月から、つまり二十八年の九月から二十八年の十二月末まで数カ月の間にネガで七千三駒だけを要求に応じて写しました。それから印画引伸しが三千九百四十五枚を作成をいたしました。併しこれは在来の設備を主にしてやつておるのでありますが、今度ロックフェラー財団から複写装置についての一括寄贈を受けまして、それは相当大仕掛なものであります。ところがなかなか品物を買いますることに骨が折れまして、やつと昨年の七月十四日に機具、機械等八十四点が到達いたしましたし、そのほかに現像に関するものも到達しております。この中で特に注目に値いたしまするものは、大きいものを写す機械であります。写真で複製をいたしまするときの普通に一番大きいものは新聞紙でありまして、新聞紙を大きく開いてやる、そしてこれを写しまして、マイクロフイルムに写すということは実際からいつて非常に重大な問題であります。日本の新聞紙が明治以来たくさん蓄積されておりましたが、大体保存期間が切れるような時期に到達しております。いろいろ聞くところによれば、二十年で紙が駄目になるという説もございまするし、百年は持つというのもございまして、これはまあ保存の方法やら紙の質によつて違うんでありますが、とにかく新聞紙を一応は保存しなければならないというときに、これを写真にとりまする装置はよほど能率の高い且つ又鮮度の明らかなもの、つまり写したむのが楽に読めるという写真機でなければならんのでありますが、その非常に大きな写真機が図書館に入るということになりまして、これはまあほかに民間に一つもないということではございませんけれども、図書館に入つておるものは又一つの新しい構想によるもののように聞いております。で、この図書館それ自身の仕事と直接関係するというわけではございませんが、まあ将来図書館というものが書物を読む所であることのほかに、主にこのマイクロフイルム等によつて比較的流通の少い印刷物を一般の利用に供するということは、恐らく将来の図書館の大きな一つの道行きだろうと思つております。マイクロフイルムということを或る程度まで日本の図書館から読者層、そのほかの利用者に拡めることが好ましいものと思つております。そこでロックフェラー財団からマイクロフィルムにつきましての機械、機具が一括して到達いたしましたことを機会として、昨年図書館でマイクロフイルム等に関する展覧会を開きまして、且つ又マイクロ写真相談所というような、話は大きうございますが、そこの一部の仕事としてそのことを考えまして、展示会を開きました。全期間を通じまして、全期間と申しますると一週間でございまするが、その間に約一万五千人以上の入場者があり、相当興味を引いたようであります。
 それから次に申上げたいのはPBレーポートの現在の運用であります。昭和二十七年度でございましたか、PBレポートというものを図書館に備えたいという希望で、予算等の措置を臨時に願つたのでありまするが、その後順当にものが進行いたしまして、現在相当到着しておるものであります。予算のほうから申しますると、昭和二十七年の十二月に補正予算で約七千万円交付を受けまして、又昭和二十八年の七月に、これは本予算であります、本予算におきまして幾分の予算を頂きまして、これによつてPBレポートの注文を、合計いたしますると約十一万点弱だけ注文をいたしたのであります。そこでこの十一万点のPBレポートは、なかなかこの外国でもそう右から左に複製して供給することはできないものと見えまして、厚意を以てやつてはくれておりまするが、今のところ月に一万点ぐらいしかどうも来ないようであります。併し現在相当到着しておりまして、多分三月の末日までには最初の注文の十万点以上のものが恐らく到達するのではないかと予想しております。現在までは四万七千七百点だげ到達をしておりまして、その相当の部分が現に一般に公開せられております。
 そこでこのPBレポートをどうして見せるかというような問題になりまするが、私どもの思つたのと違いまして、違うといいますか、研究の当初の考えよりも少し変りまして、やはり相当の広い場所がないとPBレポートの需要が、需要者に対するサービスができないような気がいたしました。何しろ図書館の建物が狭くてどうすることもできません。一部分を空けて直ちにPBレポートを見せるというわけには行かないのでありまして、まあいろいろと物色いたしましたが、赤坂旧離宮に近い所に宮内庁の所有のコンクリート建の倉庫がございまして、その三階建の倉庫の一階と二階だけを回収をいたしまして、大よそ百六十坪の建物を得まして、そこをPBレポート閲覧室ということにして、昨年の九月から公開閲覧をすることになりました。今のところではまだ到達した材料の数は少いのでありまするし、利用者もそんなにたくさん来るわけではございませんが、とにかく十箇のリーダーと申しまするか、拡大して読むところの設備十箇だけをそこに設けまして、一般の利用に供しております。大体これは専門家の来るものでありまするために、人数はそんなに多くはございませんが、一度それを見て、その後その写真複製を希望するというような点が多いのであります。なお材料の完備するに従いまして、広く一般にまあ宣伝をするというような方法で利用価値を高めたいと考えております。
 それから次に原子力資料の問題でありまするが、日本が原子力をどう扱うかということは政治家の問題でありまして、図書館の知つたことではございません。併し図書館といたしましては、原子力に関する資料をできるだけ完全に集めまして、そうして一般の利用に供したいという希望を持つておりまするし、学界の方面からその要求もかなり強いのであります。これは私ども正確には申上げかねますが、学界において原子力資料を必要とせられるにしても、全部を網羅して、あつちもこつちも買うということは非常に困難でありまして、これを国立国会図書館において整備をするということになれば、今度は各大学、学界等が利用せられるということになつて、非常に便利であることになつて、御賛成を得られておるかと思いますが、二十八年度において科学技術振興費八千万円中の二千万円で原子力関係資料を収集するということになりまして、この予算がきまりますると直ちに九月頃から原子力資料を集めようと思つております。併し私どもは図書館の仕事しか知らんものでありまするから、如何なるものが原子力資料として好ましいものかということを即座に判定する方法もございませんが、そこで原子力関係の学者、経験者十三人を招きまして、その材料を選択する方法について打合せを行いまして、それを昨年の十二月二十八日に至りまして、いろいろの新らしい雑誌とか或いは従来から出ておる雑誌のバツク・ナンバーであるとかいうもので、原子力に関する重要な記述を含んでおるものを相当、と申しましても予算のある限りの発注をいたしました。これが大体の御説明であります。
 これをやりまする前にこの方面の大家として一般に言われておりまする湯川先生の意見も伺いましたし、又新たに学術会議の会長になりました茅先生の格別なる御助言を得てやつておるのでありまするが、外国の学界等も相当に厚意を持つてこの書物を選ぶことについて助言をしてくれる実情であります。
 それから次にもう一つ申上げたいことは、やはりPBレポートに関係することであります。大体この中央図書館ではPBレポートが今の計画では、今までの予算等をもとにして考えますると、約十一万点弱のPBレポートが手に入ることになつておりますが、このPBレポートが一つく価値あるものと考えまするけれども、その殆んど全部に近いものが小さいマイクロフイルムの写真になつております。そうしてこれを読もうといたしますれば、結局中央館に来て人々が読むよりほかしようがないということになります。九州の人も北海道の人も中央館へ来て読むということになります。私どものほうは今のところ貸出をやらないという前提をとつております。そういうふうになりますると、折角のPBレポートが日本に入りましても、利用価値がどうしても限定せられるわけでありまして、思うに任せんことと思うのでありまするが、これに一つ大きな利用価値の増進を図ろういたしますると、これを目で見せる程度の大きさのものに複製をいたしまして、そうして日本中のあちらこちらの場所に全部とは言えませんにしても、或る限度において必要な数量のものを配置したいというような希望を当初から念頭においておつたのであります。併しこれとても思う通りに行くものではございません。そこで今まで集めましたPBレポートを一応全部目で読める程度の大きさのものに写真で複製をいたしまして、一括して関西地方に置いて、関西の人が自由に利用し得るようにしたならば、外国に払う金は新らしく出るわけじやございません。国内にある資料を国内の費用で複製をして使うというだけでありますので、相当意義があることじやないかというふうの気運が発達して来たのであります。昨年この目的のために頂きました予算がおよそ六千万円あるのでありますが、それを基本にいたしまして、手持のこのマイクロフイルムをどんどん写真拡大で複製をいたしまして、二期に分けまして、先ず最初に、というのは一月十五日で完了をいたしましたものが約六十万ページであります。それから一月十五日以後におきまして、三月末までに複製をしたいと思つておりまするのが二百十二万ページでありまして、この六十万ページと二百十二万ページを合せますと二百七十二万ページというものの写真複製が多分三月末までにはできるものと思つております。
 かくしてできましたところの目に読めるものをどういうふうにするかという問題でありますが、当初図書館の一部で考えておりましたのは、こういうものを見せる場所をどこか関西の一地点、図書館の経営としてやつてみたいというような希望もございましたが、併しこれは問題でありまして、国立国会図書館というものが地方へ手足を伸ばして行つて、そこで自分の店を拡げるというようなことは、一面においては有利であるかも知れませんけれども、国立国会図書館が支店を持つて、地方に競争に出掛けるというようなことは非常に悪いことじやないかという気もしております。結局研究をいたしました結果は、これを一つ然るべき公の施設において閲覧事務をやつてもらうように持つて行つたならばどうであろうかということでありました。昨年の暮頃に私は大阪へ行きまして、その辺の空気を打診してみたのであります。と申しまするのは、大阪がいいか京都がいいか、神戸がいいか、いろいろの疑問もありまするし、そういうふうた点でどこが一番いいかと打診をしてみましたところ、いろいろな事情がだんだん熟成して来まして、結局大阪府でその事務をやつてよろしいということになりました。大阪府でやるということになれば、今度大阪府のどういう所でやるがいいかということになりまして、なかなか向うは熱心でござまして、二つの大きな争いというか、二つのところが希望が強かつたわけであります。一つは名前もしつかり今覚えておりませんが、大阪府の工業試験所に該当するようなところが、自分のところでそれをやつたほうが、技術家がたくさんおるのでありまして、いろいろこれを普及ぜしむる上で便利であろう、こういう主張であります。それからもら一つは大阪府の図書館でありまして、大阪の図書館は現在場所のいいところにあり、それから相当施設も整つており、且つ又全体が図書館業務であるからして、大阪府の図書館でやつたほうがよかろう、こういうような議論もありまして、いろいろその間に研究が取り交おされたようでありますが、図書館といたしましては、主として大阪でやつてもらうとして、余り細かい注文を付けません。向うのほうでいろいろ話の落着くとろに任せたらいいのではないかという気持を持つておりましたが、最近に至りまして、というのは一月に至りましてだんだん確定して、いよいよ大阪府立図書館で向うの経費を以てこのPBレポートを一般に公開して下さるというふうに話がつきまして、こちらからはPBレポートを拡大したものと、これを格納する備品、これだけを向うに送りまして、あとは向うでやつてもらうという方針であります。これができましたら今の私どもの推察では、関内方面の各科学工業の研究者は非常に乗気になつているように見受けられます。更にこの点につきまして他の地域から自分のほうにも一組置いてもらいたい、こういう希望を申出ておられるところがございまして、非公式なのは別として、正式に書面を以て言つて来られたのは名古屋の商工会議所でございました。これはなかなか経費を要することであり接するし、今日何らの深入りした考えを持つてはおりませんけれども、若し順当に各地域に全部でなくても、重要なる発明だけでも行き亙ることができましたら、日本の経済、学術の将来に大きな影響が生ずるのではないか、こんなふうに考えております。若し大阪がその仕事を確実にやつてくれるときまりますると、大阪の事業の開始は四月一日からというふうに大よそ期待しておるのであります。
 次に図書館建築関係の問題でありますが、これは一口に言えば、いわばかなり苦しい道を辿つておるということが言えようと思います。私が図書館の仕事に関与いたしましてから今まで約六年に近い、近いのではない、正式に言つて六年になるのでありますが、その間の、表にはすぐ出ないにしても、一番大きな眼目は、日本に物的な意味においての図書館を国立として存在せしむるということにあつたように自分では考えております。併し戦後の非常な困難な時期にそういうものが一躍してできるというわけはございません。いろいろと各方面の御協力を仰いでおりまして、だんだん熟成して来ましたのは皆様方がよく御承知になつております昨年からの大きな動きであります。昨年昭和二十八年の頃からして急速に図書館建築の気運が起つて参りまして、皆様方の格別なる御助力によりまして、両院の図書館運営委員会の合同打合会を昨年の七月十四日に開かれまして、そのときの私どものほうからの申出、且つ皆様方から大よそ御承認を願つたと思つておりまする計画は約一万五千坪の図書館を作る。そのうち八千坪は第一期として四カ年間に作る。それからあとの七千坪は第二期の工事としてその後の三年間に作る。こういうようなところの方針について、これは御了解とか何とかいう程度の意味ではございません。幾らかそういう気持を申上げてお耳に入れた、こういうような程度でありました。そうして次に如何にしてこれを実行して行くかという問題につきましては、これも内輪では相当議論もあつたのでございまするけれども、これは各方面の協力によつてやるべきものであるということで、国立国会図書館建築協議会というものが昨年の八月にできまして、その会議によりましてだんだんと方針が樹立せられて行つたのであります。その方針の立て方というものは、誰が作るかという問題につきまして図書館建築の基本的設計の原案を作るのは、これは利用者側であるところの図書館が主としてやる。この基本的設計ができましたならば、これを実施旧するという段階になるわけでありまするが、その実施者は建設省でやつてもらう。つまり注文主はその設計のところで一応手控えて、そうして執行者は建設省になつてもらい、その後におきましては注文主と執行者との間に円満なる協議を続けて行く、こういうくらいの気持で行きまして、そうしてその基本設計ができまする中間の段階といたしまして懸賞募集をするということもその委員会できまつたのであります。又その懸賞募集の要綱等もその建築協議会におきましてきまつたのであり、その一番面倒な仕事もその中にありますところの小委員会においておきめを願つたわけであります。かくいたしまして建築設計の懸賞募集要綱というものを昨年の十一月二十日に官報その他の新聞で一般的に公告いたしまして、その後いろいろな内部的会議はございまするけれども、今日に至つておるのであります。かくしておりますうちに年は移つて、暦の昭和二十九年になつて来るというときに、一体将来の予算がどろいうふうに落着くものであろうかということになりまして、不幸にして昭和二十九年の予算は全般的に緊縮ということで、図書館の建築予算は一応は事務当局によつて落されてしまつたらしいのであります。そこで若しも図書館の予算が昭和二十九年度に少しも新らしく計上せられないということになれば、非常な大きな目で見れば、この建築がこの一年間白紙状態であつたということは理論上支障はないかも知れません私は思つおりますけれども、併し世の中の実情はそうは行かんのでありまして、じつと盛り上つて来て、一つのカーブを描いて結果が出て来るような線にあるときにごそつとこれがなくなつてしまうと、それは図書館の建築が非常に困難な状況になるのであります。従つて一般の財政計画からして、図書館建築が所期のようには行かないにいたしましても、とにかく持続的に進行して、これに関係する人々の熱情の冷めないようにありたいと思つておりました。御承知のよ乏いろいろな方面、殊に国会側の大きな御尽力によりまして、二十九年度には五千万円の計上をするというような方向に只今向つております。若しこれがうまくまとまりますれば、昨年の事業がまだ実施されておりませんために、残つております約七千万円というものを次年度に繰越しまして、これに五千万円を加えますると、一方において建築の設計ができて来るに応じまして土地に関するいろいろな仕事、つまり根切とか杭打とかいうような工事の或る部分ができることになりまして、将来の夢に描いたとでも言いたいような図書館の建築が、姿が具体化されて来ることができようかと思つておるのであります。
 なお建築の主なる点はそれだけでございまするが、皆様も恐らく御承知になつておると思いますが、建築の設計の懸賞募集を一般に公示いたしました点について、建築家の一部から激しい反対を受けまして、建築家の作つておる団体の中でもいろいろな運動があり、又それらの建築者の会合から図書館に向けて反省を促す文書を提出されているのであります。その結果、その文書によりますると、全国の建築設計家に対して、かような募集には応ずるなというふうの文書が、関係者の署名付のものが廻わされたように聞き受けております。この問題は図書館当局といたしましても非常に残念なことでありまして、何らの悪意なくして、従来の伝統を比較的地道に尊重し、日本の官庁の建物のやり方、或いは民間の大きな建物のやり方というものに従つてできるだけ公平に、あらゆる方面の建築設計家の協力が得られるということを期待しておりましたけれども、いろいろの世の中の複雑な事情のために、いわば反抗を受けたという形になつておりまして、それが現在の状況であります。
 これに対して如何に善処すべきかという問題でございまするが、私、静かに見ておりますのに、歴史的に動いて行く建築家の主張、又この依頼者の希望のあり方というものはどうしたつてぴつたりと一致することはございません。その中で両方ともおのおのの主張があるというものと想像しております。それがこの論争の中心点であると思つておりますが、現在の私どもの立り、この意思決定を取消すということは非常に困難である、まあ私だけの考えで言えば、それは不可能であるというふうに考えております。賽はすでに投げられたという段階に来ているかと思つております。公けのこの公募の条項以外の点につきましては、建築家に対してその了解を求むるいろいろな努力は勿論できることと思いますけれども、本体につきましては如何ともいたし方がないというのが現在の私の心境でございまするが、なお具体的には明日、建築界のいわば元老とも言わるる人々の御意見等を伺つて、更に措置を講じたいと思つております。要点の骨子というものは、人によつて見るところは違いましよう。ただ私の目から言えば、建築は依頼者がその必要を充たすということが第一条件にならなければならんのでありまするから、決定の鍵が依頼者の手を離れて建設者の手に移るをいうことは、将来は知らず、私どもの図書館に関する限りにおいてはどうも得心しがたきことでありまして、どんなに譲歩いたしましても、結局最後の決定の鍵というものは依頼者側に置かなければならない。依頼者側に置くといたしましても、私どもはその決定の鍵を持つているわけじやございません。図書館の建築に対する委員会もある。その委員会ばかりではない、国会側のいろいろな御意見もあるのでありまして、こういものを根本として図書館を作るのほかはございません。だから建築家に鍵を渡せと、懸賞募集の第一等になつて、先ずその発言の権を持つという形になりますことは、私としては責任をとり得ないものと、ひそかに考えているわけでありますが、すあこれもどういうことになりますか、いろいろの行違いもありましたに相違ございません。何とかしてあらゆる方法を以て善処したいということを考えております。
 大体主な点は一応それを以て終ることにいたしたいと思います。どうぞ御審議のはどをお願いいたします。
#4
○委員長(高橋道男君) 只今の図書館長からの御報告につきまして、御質問のある方は御発言を願います。
#5
○委員長(高橋道男君) ちよつと速記をとめて下さい。
   午前十一時十一分速記中止
   ―――――・―――――
   午前十一時三十七分速記開始
#6
○委員長(高橋道男君) 速記を始めて下さい。
#7
○岡田信次君 私聞き漏らしたのかも知れないのですが、国際交換業務のらち外国に送付した資料、外国から入手した資料、これは主にどこからですか。
#8
○国立国会図書館長(金森徳次郎君) これは本当を申しますると、国と国との間に条約があつて、そうして出版物を交換するというものがあるべきはずのものなんですが、ただ併し現在は戦争のあとでもあり、実ははつきりしたものがないのでして、事実行為でやつておるのでありまするが、そのうち一番徹底してやつておるのがアメリカの連邦のほう……、州ではございません。アメリカの連邦のほうでは、先ず一般に出す公けの出版物を全部私のほうにくれまして、これと同時に私のほうも一般に出版物と言われておるものは全部、政府出版物といろものは全部やる、こういう形になつております。併しそれとてふろく例外がございまして、政府で出版をしても、秘密ではないけれども、必ずしも人にやれない、即ち部数が少くてやれないというものもございますが、そういうものの中にも欲しいものもたくさんあるので、結局そういうところは話合いで行くよりほかありませんが、今あらかたアメリカ合衆国は全部交換ということにしております。それからヨーロッパのほうは、イギリスでもフランスでもドイツでも、だんだん国際交換の途は開けて来ますけれども、大体これは話合いで或る項目だけはきめております。例えば官報を交換したい、法令の集めたものを交換したい。こんなようなふらで、話合いで交換をしておりまして、アメリカのように網羅的には行つておりませんです。この間濠州のほうから一つの希望がございまして、これはやや広い範囲で数種の項目をきめまして、主に雑誌を中心として交換をしております。これが又拡まつて参りますと、実は世界の表向きに出ておる材料が全部交換されることになり、そうなりますと、非常に重宝なんで、外国の事情の隠れたものは何とも仕方ないが、よくわかる、こんな段階になつております。今のところまだアメリカを除いてはそう手広くは行つておりません。数字はここに出ておる程度でございます。
#9
○委員長(高橋道男君) ほかに御質問ございませんか……。
 それでは本報告について採決をいたしたいと思いますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#10
○委員長(高橋道男君) 館長の報告につきまして、これを承認することに御異議のない方の御挙手を願います。
   〔賛成者挙手〕
#11
○委員長(高橋道男君) 全会一致でございます。それではさよう決します。
 なお、本件につきましては本会議において委員長から口頭報告をいたすことになつておりまするが、その内容につきましては委員長に御一任願いたいと思いまするが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#12
○委員長(高橋道男君) さよう決します。
 では本日の委員会はこれを以て終りといたします。
   午前十一時四十一分散会
ソース: 国立国会図書館
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