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1953/04/09 第19回国会 参議院 参議院会議録情報 第019回国会 文部委員会 第18号
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1953/04/09 第19回国会 参議院

参議院会議録情報 第019回国会 文部委員会 第18号

#1
第019回国会 文部委員会 第18号
昭和二十九年四月九日(金曜日)
   午前十一時五十四分開会
  ―――――――――――――
 出席者は左の通り。
   委員長     川村 松助君
   理事
           剱木 亨弘君
           加賀山之雄君
           荒木正三郎君
           相馬 助治君
   委員
           雨森 常夫君
           木村 守江君
           田中 啓一君
           高橋  衛君
           中川 幸平君
           吉田 萬次君
           高橋 道男君
           岡  三郎君
           高田なほ子君
           永井純一郎君
           長谷部ひろ君
           野本 品吉君
           須藤 五郎君
  国務大臣
   文 部 大 臣 大達 茂雄君
  政府委員
   文部政務次官  福井  勇君
   文部省初等中等
   教育局長    緒方 信一君
   厚生省公衆衛生
  局環境衛生部長  楠本 正康君
  事務局側
   常任委員会専門
   員       竹内 敏夫君
   常任委員会専門
   員       工楽 英司君
  説明員
   農林省畜産局経
   済課長補佐   下条菊次郎君
   食糧庁業務第一
  部加工輸送課長  大津 嘉明君
   水産庁生産部水
   産課長     小池 弥六君
  参考人
   全国販売農業協
   同組合連合会マ
   ルA東京青果市
   場長      滑川彦次郎君
   全国販売農業協
   同組合連合会青
  果事務所長代理  川島 豊季君
  ―――――――――――――
  本日の会議に付した事件
○義務教育諸学校における教育の政治
 的中立の確保に関する法律案(内閣
 提出、衆議院送付)
○教育公務員特例法の一部を改正する
 法律案(内閣提出、衆議院送付)
○学校給食法案(永井純一郎君外六十
 七名発議)
  ―――――――――――――
#2
○委員長(川村松助君) 只今から文部委員会を開会いたします。偏向教育の二十四事例に関しまして大臣の説明を求める件をどう取扱うかということにつきまして、昨日から本日午前中にかけ、理事会を開いて協議いたしましたが、まだ結論を得るにいたつておりません。この点を留保いたしましたまま本日は一般質疑に入りたいと思いますが御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#3
○須藤五郎君 私は今月、昨日の理事会で御相談下さつたことが今朝の委員会で報告され、それが解決されて加賀山さんの顧問に入るというふうに私は予期していました。併し只今伺いますと、それが保留のままで加賀山さんの質問に入ろうというふうな御意見でありますが、これに対しまして私は甚だ理事会の決定に横車を押すようなことで申訳ないと思いますが、私はどうも賛成しがたいのであります。と申しますのは、恐らく今後審議が進むにつれまして、何回も私は繰返して申しますように、その点で支障を来たして、必ず問題が起つて来るということが予測されますので、これを円滑に審議を進める上にも、その点を解決してからでないと、私はやはり不都合が起つて来るということが予測されるのであります。私はまだ理事会のいろいろな内容につきまして詳しくは存じませんので、ただ漏れ承わつた点から私の意見を少し委員長に聞いて頂き、又私たちの意見を委員長が今後理事会にこれを諮る上に御参考にして頂きたいと思いますので、その点を少し委員長に聞いて頂きたいのであります。その出所を明らかにする新聞とか聞込みとか、いろいろなケース毎に出所を明らかにするという点はよしとしましても、それ以上問題を追求しないというような申合せがあるやに私は漏れ聞くわけなんでありますが、それはそういうことを決定することは、これは国会みずからが自分の審議権を拘束することになりはしないか、ですから国会みずからが行政府の従属機関になつてしまう虞れはないかという点であります。この点私は一番心配することであります。行政府と国会、立法府とは対等の立場でこれは政府は、行政府は国会の審議権を尊重して、国会の質問に答弁するのが当然の私は義務だと考えております。それを国会みずから追及をしないというようなことを決定することは、私は国会の審議権をみずから拘束することであつて、これは私はどうしても承服し難い点であります。又審議を早めるため、早めるためというふうな言葉が使われますが、私は法律というものは国民の生活を守るために、国民の幸福を守るために作られるものである、そういうふうに私は考えます。人民の自由を守るために法律が作られるのでありますが、その人民の自由を守るために審議権まで放棄して何が故に審議を早める必要がある。審議が多少遅れても審議は詳らかにしなければならないということが、私たち立法府にある国会議員としての任務ではないかと、私はそういうふうに考えます。ですから審議が遅れるからというようなことで審議を早めるということのために、そういう拘束をするような決定をするということに対しまして、私は絶対に承服できないのであります。それから政府は個人の秘密を守る必要を非常に強調しておりますが、一方において個人の秘密を暴露し、不確定なことを暴露しておきながら、それを報告したり、密告したりする人の秘密を守ることを非常に政府は強調しているようでありますが、そういうことでは私は片手落ちだと思う。若しもそういうことを政府が主張するならば、この事例全部を私は撤回するのが当然ではないかというふうに私は考えます。
 それから証人喚問がこの次の十二日から始まりますが、証人喚問の途中二十四の事例が事実無根であるということがわかつた場合、政府はどういうふうに処置を取るのか。政府はみずから大臣は、これは二十四全部私は真実だと信じておるということをこれまで答弁しておりますが、若しも証人喚問途中でこれが事実無根だということがわかつた場合、政府はみずからの所信を通すために、その反証としてどういう方法を取られるのか。やはり密告した人、報告した人を連れて来てそれを証明しなかつたならば反証にならないと思うのです。その場合、そういうことが起つた場合どうするか、私たちも審議の過程において、政府を追及して行く上において必らずこの問題は起つて来ると思うのでありますが、そのまま、政府がそのこわさに我々立法府の審議権を無視し、答弁をしないという状態が今日続いておるわけでありますが、この点を委員長はどういうふうにして処理して行かれようとするのであるか、又或いは私が今後このことを次の機会かいつかに強行に主張するならば、この委員会は採決を似て臨まれようとするかも知れんわけです。併しこれはこの国会の審議権に関する重大な事件であります。重大な権利でありますから委員長におかれては軽々しく採決などによつてこれを決しないように、飽くまでも討論によつて、納得の行く方法を以て処理されるように、私はこの機会に委員長に強く要望いたしまして私の発言を終りたいと存じます。
#4
○委員長(川村松助君) ほかに御発言ございませんか。(「進行々々」と呼ぶ者あり)只今須藤君からお聞きのような御発言がありまするけれども、会議の規定によりますと、一応お諮りした以上、賛成がある以上採決しなければなりません。(「意見だから採決する必要はない」「私は反対だから」「一般質問」と呼ぶ者あり)
 それでは御発言がなければ委員長は採決を以て決定するほかありません。(「今委員長に質問があつたじやないですか」「いいですよ、それは採決する必要はない」一般質問に入つていいでしよう」と呼ぶ者あり)
 大多数の御賛成があるようでありますから、理事会の決定通りに進行したいと思います。(「異議なし」と呼ぶ者あり)
 それでは義務教育諸学校における教育の政治的中立の確保に関する法律案並びに教育公務員特例法の一部を改正する法律案、一括して議題に供します。
 只今総括質義中でございますが、御質疑のおありのかたは御発言を願います。
#5
○加賀山之雄君 私は文部大臣に順序といたしましていろいろ本会議の席上でも御答弁があつたようでありますが、この法案を今度提出されるに至つた文部大臣の心境というか、いわゆる直接の動機といいますか、そういうものについてお伺いしたいと思うのであります。と申しますのは、この法律が出て以来、まあ賛成の立場、反対の立場、非常に議論が沸騰しておる。で、文部大臣は文政の責任者として信念を持つてやつておられることは私もよくわかりますが、今度の法律を拝見して、文部大臣の非常に何というか、お気持というか、この法律に強く出ているように伺う。そういう意味で文部大臣の心境をお伺いし、いつ頃からこういう構想を立てられたか、いつこういう法律を出すことを決意されるに至つたか、面接の動機になつたものは何かということをお伺いしたいと思うのであります。
 で、私は中央教育審議会で、本年の一月十八日ですか、答申があつて、その中で、年少者の純白な政治意識に対して、一方的に偏した政治的指導を与える機会を絶無ならしめるように適当な措置を講ずべきである。そうしてこの措置はいかなる反対理由にも優先すべきものであるということが述べられておりますが、私の伺うところによれば、その審議会におきましても、一方において有力な反対意見があつたということであり、必ずしも満場一致の下に法律を制定することが不可欠であるということではなかつたように伺つております。そういう点について大臣から御所見を承わりたいと思います。
#6
○国務大臣(大達茂雄君) この法律案を提出したほうが、現在の我が国の学校教育の状態から見て適当ではないかというふうに考えて参つて、それに対する案の内容その他についての検討を進めて参りましたのは昨年の七月か八月と思いますけれども、山口県における小学生日記というのが表面に現われて参りまして、そうしてこれは相当当時の特別国会におきましても盛んな論議がありました。それに対して文部省から偏つた教育が行なわれることのないように注意して欲しいという意味のこれは各教育委員会に対してその通達を出して、いわゆる法律に言うところの助言と申しますか、指導勧告という意味において通達を出したのであります。併しこれが実際この一片の通達を以てしては偏向教育を是正するということは困難であるし、又一面かような偏向教育をするようなことをむしろ運動方針として動いている、そうして学校の教官にこれを採入れて行こうというような動向も見受けられますし、この通達によつては到底ここまで来た学校の教育状態を是正するということは困難である、こう考えて実は法案の提出についても検討を重ねて参つたのであります。そこで今お尋ねのこの中央教育審議会でありますが、これは昨年の多分十月、十一月頃だからだと思います。これは文部省が別に諮問したというのではないのでありますが、中央教育審議会に総会でお集りになつた際にこの問題を採上げて、教育の中立性を確保するために適当な手段を講ずる必要があるかないか、そういう点についての検討を、これは審議会独自の立場で審議をされたのであります。あれは今年になりまして、一月になつてから結論が出たわけでございます。これは形式は答申というわけでありますが、文部省から諮問したというわけではないのであります。その当時の模様を事実について申上げますと、小委員会というものに付託をせられ、小委員会で一応の案といいますか、結論が出て、それが今加賀山さんのお挙げになつたのは小委員会の案だと思います。それが総会の席に持出されて、それに対して論議が重ねられたのであります。その当時私からも出て意見を述べろということでありまして、質問に応じて多少の意見を述べたのであります。そのとき私が当時出席しておつたのでありますが、この決を採るに当つて、この小委員会の、つまり結論に対して反対の議論をされた方が委員の中で一人ありました。それからまあ中立的と言いますか、反対と見れば反対と見られるような、まあはつきりしないのですけれども、そういう方がもう一人ありました。この方は大体反対の御意見のように伺いました。それから他の一人の委員の方から、この答申案では具体的な点が指摘されておらん、どういうふうにするのがいいということを指摘されておらんので、趣旨には賛成するけれども、中央教育審議会の答申としては多少無責任になりはしないか、だからして文部省において更に具体的な案を作つて、そうして改めてそれを中央教育審議会のほうに諮問をしてくれ、こういうふうにこの答申案を直したらどうか、こういう意見が出たのであります。それに対して採決をされたんでありますが、それが少数でその案は廃棄されました。それからその次に、適当な措置を講ずるようにしてくれ、具体的なことじやなしに、中央教育審議会としてはこういうふうに考えて、これは何らかの措置を講ずる必要があるということも考えるから、その点は責任ある文部省当局において適当な処置を講ぜられることを希望する、こういう意味の修正案といいますか、というものが持出されたのであります。それは大多数を以て成立したわけであります。でありますから、私ども見ておりまして、まあ二人の委員が反対をされた。つまり中立性確保のために何らかの措置をとる必要がある、こういう結論に対して、反対ということではありませんが、疑問を持つた説を述べられたようであります。それ以外の人については、これは具体的な結論がないんですから、その点は明瞭ではありませんけれども、大体そういつことで中央教育審議会の答申は成立したわけであります。文部省といたしましては、先ほど申上げますように、必ずしもこの答申というものがあつたらこの法律案を出したという関係ではありませんけれども、併し文部省としては、折角この問題について真剣な検討をしておつたときでありますから、最高審議機関である中央教育審議会のさような意見の提出というものもあつたので、ますますさような措置を講ずる必要があるということの感じを新たにしたわけであります。そうして検討しました結果、只今御覧になるような案として国会に提出するに至つた、こういう一応の経過であります。
#7
○加賀山之雄君 只今伺いましたが、そうすると、まあ遠因と申しますか、文部大臣に何かしなければならんという確信をお与えになるに至つたその元は山口県にある、そうして今度の法律案を提出されるに至つた直接の動機となつたというか、まあそれは今度の審議会の答申である、かように伺つてよろしうございますか。
#8
○国務大臣(大達茂雄君) 大体その通りで、今申上げたのは大体経過的に事実を申上げたのです。御承知の通り私昨年の五月の末に文部大臣に就任をいたしましたので、学校教育の実情については当時非常に暗かつたのであります。たまたま山口県の日記の問題が起つて、非常に私としては関心を持たざるを得ない事態であるということを考えました。爾来この点についての検討をやつて参りました。これは私に気がつかしたということでありまして、山口県の日記というものがあつたからこれを対象として法律案を作つた、こういうのではないのでありまして、こういうことに私の認識が呼び醒された、こういう関係は確かに山口県日記が一つの契機になつたというふうに考えております。
#9
○加賀山之雄君 この法案が今度公表されて国会の審議にかけるということになりまして、この審議会の有力なメンバーであると思われる矢内原東大総長とか或いは前田多聞氏等、そのほかたくさんありますが、猛然たる反対意見が相次いで発表されておるわけであります。日教組は勿論反対であるとして、その他いわゆる進歩的学者であると言われるような人々、それから中央地方の各新聞、挙げて今回の法律案を、或いは悪法である、愚法であるというように痛罵をしておる。今日に至りますと我々の所へすら全国から非常に多くの電報や通信、その他訪問というようなことがあつて、文部大臣が心から守ろうとしておられるところの児童や生徒の父兄たちからも、真剣にこの法案を思いとどまつてくれるように、これを阻止してくれるようにというような陳情が来ている。これは私は単にいわゆる日教組とか、その対象になり易い人たちの悪宣伝のために、或いは偏向教育が行われておるためにこういう状態になつているんだとは考えられません。私はそこに何か反対をしなければならんという大きなところがあるんじやないかというふうに思うのであります。で、今日のこういう状態になつて来て、文部大臣としては提出前のお気持と、今日恐らく文部大臣の所へも、私の所ヘよりも以上にお手紙などが参り、又それを御覧になつておると思いますが、その御心境に全然変られる点はないですか。
#10
○国務大臣(大達茂雄君) 御指摘の通り、この法律案が提出されてから、若しくは提出せられる前から、提出せられるであろうということが大体予測された当時から非常に反対の声が起つております。これは私は誠に遺憾に思いますけれども、併し又この法案が真剣に社会の関心を買つて検討せられるということであれば、一面これは非常に喜ばしいことである。国民各位が教育について系大の関心を持たれるということについては、私は非常に敬意を表しておる、結構なことであると思つておつたのであります。ただ今申上げましたように、法律が出る前から、法律の内容はこういうものだということにきめて、そうしてそれを前提としての反対論が圧倒的に多かつたのであります。その後法律案が提出されて以後におきましても、依然として内容の違つたことを前提にしての反対論が非常に覆い。この点が私は一般の人々がそこまでこのむずかしい法律をよく読んで研究されるということはむずかしいこととは思いますけれども、併し大事なことだから十分検討を加えられるのは非常に望ましい、こういうふうに思つておつたのでありますが、今日に至つても、なお依然としてそういう意味の反対論が非常に強いということは、私は誠に実は残念に思うのであります。(笑声)そこで私はお笑いなるようですからその内容を申上げると、例えばこの法律が出ると警察官が始終学校をうろうろするようになるのであるとか、或いは給食をもう少し増したい、或いは又学校の経費少し増したい、甚だしきに至つては、北海道辺りで寒いからもう少しストーブを暖かくしたいというようなことを言つても、すぐこれが三年以下の懲役になるというような、私どもからみると全く虚構の宣伝が行われている。今日に至つてもなお同様であります。そこでこれは私は非常に遺憾に思うので、私は真剣な論義を重ねられて、そして私が成るほどとそのお話を聞いて、この法律案は確かに行過ぎであるとか、或いは考え方に間違いがあつたとかということであれば、私は許されることならばその部分について国会で直して頂く、苦しくは撤回をする、又人を騒がせたことについて私が責任をとつて職を退くということは一向構わんというように私は今日思つております。ただ遺憾ながら私が承服するような反対論というらのにまだ出つくわさないのであります。従つて今後におきましても私は本当に心から成るほどと思うことがあれば、これは大事なことでありまして、決して面白半分に考えるべき筋合のものでないから私は何時でも善処したい、こういうふうに考えております。
#11
○加賀山之雄君 私は戦後民主主義が日本に採入れられまして、一面この敗戦後の日本としては非常にまあ自主的ないい面がたくさん出て来た、勿論民主主義のはき違い、行過ぎもありますし、まだ完全に実行されているとは言えませんが、非常によくなつて来ている面もあると思うのでありますが、併し特に戦後非常な空白な時代があつて、国民はもうその昔時は拠るべきところがないということで迷つておつた、そこへ民主主義が採入れられて非常に自主的になり、人の考え方なり、行動が活発になつて、青年男女等も生々として来たという面も見られる、これは非常に国として喜ばしい現象だろうと私は思う。そこで目標をどこに置くかということがいわゆる青少年の非常に大きな問題だと思うのですが、二つの世界に挟まれて、原爆と水爆に挾まれている国民としては非常に目標が大事だ、そこで教育基本法というものが作られたのだろうと思うのですが、この教育基本法なるものはいわば倫理的な規定であつて、非常な立派なことが書くいてあると思いますが、例えばこの前置の「個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも慣性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない。」誠に立派なことだと思いますが、遺憾ながら私はまだこの教育基本法の実態が一般国民は勿論のこととして、教えを受ける生徒諸君、或いはこれを教える先主がたにも私は徹底していないのじやないか。私は文部省としてこの教育基本法の方針はこれは今変えられる御所存はないということを承知しておりますが、然らばこの教育基本法にきめられた立派な条項は、はつきりとこれを把握して、これを普及し或いは敷衍して、これをもつと実施するようにお努めにならなければならない、これが文教行政の責任者であるところの文部省の責任であると考えますが、その点について大臣の御所見は如何でしよう。
#12
○国務大臣(大達茂雄君) 私どもといたしましても今加賀山さんのお話の通りに考えております。教育基本法に掲げられておるところの日本の教育についての基本的な方針というものは誠に立派なものであつて、どうしても日本の教育を基本法に掲げられてあるような精神が実際において発揚せられるように、今後そこまで持つて行くようにせなければならん、そういうことを実は痛感をしておるのであります。御指摘の通り戦後において民主主義というものが我が国の今後向うべき一つの大道として定められたのでありまして、まあ民主主義という以上は、やはり国を形成する社会を形作つているそれぞれの個人々々が、いわゆる自主的な立場をはつきり持つということでなければ、これは民主主義というものの精神は発揚し得ないと思うのであります。従つていわゆる個性が豊かであり、その個性を活かした自主性のある人間によつて社会国家が形成せられるということを私は民主主義の根本であると思うのであります。従つて健全な民主主義社会を作り上げて行くためには、これから社会を構成する青少年或いは又子供というものがさような意味において真に民主主義社会の一員たるにふさわしい人間として育て上げなければならん、こういうことが私は教育の基本であると思うのであります。従つて子供が豊かな教養を備え、判断力、立派な批判力というものを備えた子供ができ上り、確固たる自分の道を自分の考えで進む、さような自由的な人間ができ上るまだそこへ持つて行く前に、一方的にその子供の将来を方向付けるような教育が苦し行われるとすれば、これは私は将来日本の民主主義社会が建設されて行く上の大きな妨げになるというふうに考えるのであります。この法案を提出いたしましたのも、さような意味において我が国が今後健全なる民主主義の国として、民主主義社会として立つて行くためには、批判力のない子供に子供のときから一方的に方向付けるような教育は断じて行われるべきものではない、これは基本法にも書いてある通りであります。この基本法の精神を飽くまでも堅持してこれを活かして行くための必要な法律案としてこのたび提案をした趣旨も全くそれにほかならないのであります。
#13
○加賀山之雄君 大臣は今のお言葉でこの教育基本法の実施の裏付けとして今度のこの法律を考えられたというお話を承わつたのでありますが、私に言わして頂ければ、この今回の法律に関係のある問題のみにかかわらず、私はこの教育基本法に規律せられておりますところのことが余り行われていない、例えば「個人の尊厳を重んじ、」と言い、或いは「個性ゆたかな文化の創造」と言つておりますが、余りにも他人を誹謗したり、或いは疑つたり、自分は尊厳を主張するが、他人の主張は一向かまわないとか、或いは「個性ゆたか」というよりは、むしろ何か、本当にこの「個性ゆたか」というのは、日本の民族的ないい面をより活かして行くというような意味だと私は解釈いたしますが、一方ではアメリカ的な風潮が瀰漫する、それに対して今度はそれに反する一方を非常に謳歌する、称揚した言葉が行われるというようなことで、「個性ゆたかな」どころでなく、それをどつちか一方にはめ込んでしまうというような感じがする。
 それが今回のこの法律を考えた理由であるというように考えて差支えございませんか。
#14
○国務大臣(大達茂雄君) 今私の申上げましたのは、今加賀山さんの言われた通りのつもりを申上げたのであります。
#15
○加賀山之雄君 そこでこの法律を考えられ、これがただ一つの方法であるというように考えられるのかどうか。私はこの教育基本法を本当に実現し、これを国民に普及するためには、私はほかにたくさんの方法があり、又手段も残されているように考えるのです。例えばこの教育基本法第十条に言われておりますところの、これはいわゆる教育行政の問題になつて来ますが、「教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を別様として行われなければならない。」と言われております。これはいろいろな問題があろうと思う。学校の施設等を充実して、或いは僻陬地の教育問題であるとか、給食の問題であるとかいうことを解決して行く、或いは教育をよくするにはどうしても先生がたによくなつて頂かなければならんので、外部的な力で先生をああしてはいかん、こうしてはいかんと抑えるよりは、先生自体がしつかりして、如何なることにも惑わされない、本当に判断力を持つて行くような先生が大事であるというように考えるし、又先ほど言われた中央教育審議会におきましても附帯事項としてそれらのことが、或いは地方教育委員会の育成強化というようなことも入つておつたように私は了解しておりますが、それらの事柄について一体文部省としては十分手を尽して来られだと考えられるか。或いは今後そういう問題によつてこの教育基本法の実現が期せられるというふうにはお考えになりませんか、その点についてお聞きしたいと思います。
#16
○国務大臣(大達茂雄君) 御承知の通り、この教育基本法に書いてありますことは、いわば日本の教育の目標というか、その理念と申すか、その向うところを規定したものであると、こう考えます。従つてこの教育基本法の全体の趣旨を徹底してその理想を実現するためには、あらゆる教育のすべての面に亘つて不断の努力が注がれなければならんと、こういうふうに考えられます。今易論我が国の教育はこの基本法の目標とするところから照らしてみて無論十分でないということは、これは勿論であろうと思います。それらにつきましてはそれぞれの点で、これはあらゆる関係の人々、又国民も一緒に協力をして日本の立派な教育というものをこの基本法の精神に則つて打立てなければならんというふうに考えております。只今提案の法律案は、これはこの基本法の中の第八条の政治教育に関係する部分について現在の教育の現状から見てこの法案を提出する必要があるということで出したのでありまして、この法律案を提案をいたしましても、これだけで十分であるというものでないことは勿論であります。又第八条の趣旨を活かして参ります上におきましても、教育の任に当るところの先生がたというものが、先ず自分の良心に訴え、良識に基いて自主的な立場で教育をしなければならん、これが根本であります。従つてそれらの先生がたのそういう意味においての自覚を促すということも必要であります。又教官行政としては先生の、いわゆる教員の素質の向上のためのあらゆる施策を講じなければならんということも勿論考えなければならんのであります。ただ今日八条の一項というものの、これは先ほど申上げましたように、私は民主主義社会においての基本的の問題であると思つております。さような意味においてこの法律案を出しましたので、この法律案が出たからと言つて万事これで解決する、これでよろしい、こういうものでないことは勿論であります。
#17
○加賀山之雄君 只今大臣はこれだけを以てしては十分でないと考えられておると言われましたが、十分でないのみならず、私は根本を衝いてないのではないかというように考えるので、これは八条二項に相応するものであると言われましたが、私はこの教育基本法というものはこの十一条を一括してこれを考えなければならん問題で、単に八条三項だけを収上げてもいけない。そこでいわゆる教員諸君の素質の向上とか学校の施設の整備というものとは無関係かというと、決してそうではないので、これは非常に絶大な関係があるということを述べておきたいのであります。根本を衝いていないという意味は、とにかく先ほど山口県の日記の例が出ましたが、あつちに偏向がある、こつちに偏向があるということで、表面的の一つの現象を追われて、本当の根本を衝かないと思う。折角熱意を持つて準備されたこの法律が、何というか、その目的を達しない憾みが出て来るのじやないか、かようなことを私は憂うるのでありまして、その点を申上げた次第であります。つまりこの法律を似て処置されようとする方向は、方法論としても非常にまずいのではないか。私も偏向教育がある。文部省が提出された二十四件のみが、これはそれだけのものではなくて、私が友人やその他の人たちからいろいろ聞いておる範囲でも、少しこれはまずいなと思うような事例はこれはたくさんあります。又日教組の行き過ぎが言われておりますが、それは確かにその衝に当つておる、責任を持つておられるかたがたからいつても、さような反省の言葉が私は出ておるように思うのであります。この法律以外にはない、そうしてこれが最善の方策だというふうに大臣は考えておられるのか、それともほかに方法がそうかといつてないから、そういう意味でこの法案を準備されたのか、こういうような点について御答弁を願いたいと思います。
#18
○国務大臣(大達茂雄君) 本来教育基本法というものの趣旨が守られて、少くともこの趣旨を体して教育の関係者がその方向に進んで行くという態勢であるならば、私は必ずしもこの法律案を出さなければならんということにはならんと思うのであります。ただ今日我が国の教育界の現状を見まするときは、どうもそうなつておらん。そうなつておらんので、このまま放置しておきましては、みすみす基本法の第八条の趣旨というものが逆に壊されて来る、こういうふうな私どもは認識に立つておるのであります。従つてその実情というものと併せて考えてみて、何らかの法律的措置を講じなければならん、こういうのがこの法案提出の元の起りであります。普段何もない、健全な教育が行われておる場合にこういう法律を出さなければならんとは思つておらんのであります。ただ今日の教育の現状から見てこのまま放置するということは適当でない、かように考えて八条の趣旨を守る意味でこの法律案を提出したのでありまして、ただ法案をこれで十分であるかということになると、これは結局は教育に当る人々、それから父兄を初めとしての国民全体の気持が日本の教育はこういうふうに進むのだ、そしてそれにお互いに協力しなければならんのだという自覚ができないというと、法律ができたからといつて直ぐそれが正しい方向に行くものとは私は考えません。併しながら間違つた方向に向きつつあるものをとにかく阻止する方法を講じなければならん、こういう見地であります。併しこの法律もさような意味におきましては、現状との関係から出ておる法律でありますから、少くともこの法律が出たために非常な行き過ぎが起る、逆に教育界に非常な混乱を巻起すというような事態が発生するようなことは、できるだけこれは避けなければならない、これは当然であります。私どもとしてはその点についてはできるだけの検討をし、配慮を加えて法案を作成したつもりであります。従つて只今申上げるような教育の現状から見て緊急必要と考えられる法律的措置としてこれが最小限度のものであるというふうに私どもは考えております。
#19
○加賀山之雄君 この法律の一つの大きな目標というか、は日教組だというように言われておりますが、確かに先ほど申しましたように従来の日教組には行き過ぎも多分にあつた。併しながらこの日教組の幹部諸君に会つていろいろ話を聞いてみますと、最近非常に強い反省が行われ、行き過ぎを十分自覚して来ておられるように私は伺うのであります。で、大臣は従来日教組の幹部、或いはそういう教員の人たちと直接膝を交えて話合われたというようなことがございますか。
#20
○国務大臣(大達茂雄君) 日教組の諸君とはしばしば会つております。会つておりますが、只今加賀山さんの言われたような意味で日本の教育をどういうふうに持つて行こうかというような懇談的の話合いというものは遺憾ながらありません。日教組の諸君にお目にかかるときは、常に一定の要求書と称するものを持つて来られると、それについての要求をして行く、こういうまあ何と言いますか、これは法律上は団体交渉ということは日教組に許されておりません。従つて私どもも日教組を団体交渉の相手方とは思つておりません。併し形式的に言うとそういう団体交渉的な態度で来られておるのが非常に多い。よくお互いに話合おうという機会は今日まで残念ながら持つことはできませんでした。
#21
○加賀山之雄君 先ほど私はこの思い違い或いは行き過ぎということにあり得ると思うのでありますが、私は文部大臣は日本の文政について御心配されていることはよくわかりますが、日教組も又私は、文教自体に強い関心と熱意を持つているということは私もこれは疑いないところだと思うのでありますが、今伺うと大体団体交渉的なことでは話合つたことがあるが、そういつた日本の将来の教育をどうするかという根本の問題について話合つたことはないということを伺うのは非常に私は残念に思います。そこで、座り込み或いはこれを大達文政と日教組との対決というようなことで張合つて、お互いが反感を持ち、片方は片方を潰すのだというようなことになつて来ますと、この法律自体が大臣が最初目的とされておる非常に立派な目的を離れて却つて国内に不必要な摩擦、それから折角反省期に入りつつあろうとする、これは日教組のみでなく日本の労働組合或いは日本国民自体が落着いて来てだんだんと反省期に入つていると思うのですが、これを阻害しやしないか。
 それから私は衆議院の公聴会においていろいろ公述人が陳述されましたが、特に私心を打たれたのは群馬県の島村小学校の齋藤校長先生の陳述であります。これは切々として教師の徳性、教員の特性、或いは場合によつては言い難かろうと思われるような弱点といつたようなものを十分述べられている、で、同僚の野本委員からも言われましたが、教育というものは本当の愛情と信頼が本としてなされるべきであるのに、却つてこの法律のために逆になつて強い人は反揆心が強くなり、弱い人は萎縮してしまうと、こういうようなことになつては法律の目的を達するどころか、却つて世に言われておりますようにこの法律が邪魔物になると或いは阻害、折角伸びようとしておるものを縮めてしまうというようなことになりはしないか、かようなことを私は危惧するのでありますが、これに対して大臣は如何様な御見解をお持ちでございましようか、お伺いいたします。
#22
○国務大臣(大達茂雄君) どうも世間で私が日教組に対して何か感情的な気持でおるというふうに、こう言われておりますることは私も承知いたしておりますが、これは言訳をするわけではないけれども非常に遺憾に思つております。私は個人的の感情というものによつて、かような法律案を出してみたり、又日教組の諸君に対してもそういうことは私としては毛頭ございません。又こういうことで議論をする場合にはこれはそれぞれ意見がございますので、日教組の諸君とも会つた場合には激しく議論をすることもございます。併し個人的に日教組の幹部の諸君に対して私が個人的な感情を抱いているということはないと、又その点は日教組の執行部の人たちも私はおわかりになつていると思います。私はただ申上げておきたいことは、絶対にさような日教組の諸君田が座り込みをしたとかなんとかいうような、まあ普通で言うと礼を失するような態度をされたとか、そういうことの感情というものは一切私の気持にはありませんから、その点は一つ御了承を願つておきたいと思います。
 それからこの成るほど私どもも今加賀山さんの言われるように、これは何といつても日本の教職員の殆んど全部を網羅するところの団体でありますから、私どもがよく膝を交えて、今後教育がどうあるべきかということについて隔意なく話をする機会が若し与えられるならば非常に結構だと私は思います。ただそういうことでなしに、日教組がすでにはつきりと極めて鮮明にこの教育に関する方針を打出しているのでありますから、これは累次の大会、累次の中央委員会等において、はつきりと日教組の教育に対する方針というものは打出されてある、世間ではまあいろいろ反省しているとかなんとかいうことを誓いますけれども、併し大会或いは中央委員会においてこの態度というものは終始一貫してこれは私はほかの点について日教組がどういう行き方をするかということは必ずしも意に留める必要はないと思いますが、日本の学校教育に対して持つておられるところの日教組の考え方、これは私は誠に困つたものであるということをこれは率直に申上げて差支えないと思うのであります。これが極めて偏向的な教育を教育の場に行うべきことを明らかに打ち出しておる。でありますからして、それを白紙に戻して、白紙に戻して教育は一体どういうふうに持つて行つたらいいのだということが話合えればこれは非常に結構だ。けれどもこれは旗が、はつきりとした旗を立てての話でありまして、従つてなかなか今お話しになりますように、十分話合いをしてというふうには実際はそこまでなる余地が事実上ない。この点は私は非常に遺憾に思つておるのです一昨年の秋でありましたか、非常な行き過ぎの点については十分反省をするというような意味の、新聞にそういう記事が載つておりました。真相は知りません。併し私どもがその後の日教組の動向というものを考えて見て、新聞なり或いは世間で受取つたような意味において、日教組は方向転換をしておるものとは思つておりません。これはその後、山梨県で行われた会議におきましても、日教組の責任あるその関係の役員からその席上において、はつきり何ら方向を転換しておらんということを、はつきりこれは日教組の責任ある地位におる人自身がその会議に出てはつきり言つておるのです。さようなわけで日教組のほうで自分の掲げておるところの教育に関係する考え方というものに再検討を加えるとか、或いはこれを一体世論に開き、又関係の方面に聞いて、どういうふうにして行くというふうなことになれば、これは非常に私ども十分話合いをしたい、こう思いますけれども、今申上げるようなわけで、なかなかそこまで行つておらんということは非常に残念に思います。それから先ほどこれがために非常に教員が萎縮して、殆んど何も言えなくなるとかというような点について、公聴会においてお話があつたということをお話になりました。これは先ほど私が申上げますことに関連をしておるのでありまして、私はこの法律の如何なる部分からさようなことが割出されて来るかということを了解するに苦しむのであります。そういうふうに非常にまあ虚構と言つて悪ければ非常に誇大の宣伝をして、そして日本の現場の教職員或いは延いては父兄、PTAのかたがたにまで不安と動揺を与えておる。この実情を実に遺憾に存じておるのであります。この法律が成立した結果、学校の先生は萎縮して何も費えなくなるというようなことは私はこの法案が仔細に検討されれば全くいわれのないことだということは明瞭であると思つております。
#23
○加賀山之雄君 私の申上げたのは、この法律案を以て特に刑罰を以てこれを中立を保つて行こうという方法は、方法論としても拙いじやないか。で、先ほども申しましたように日教組の方針は確定しているので、これは一歩も譲らないのだというお話でありましたが、実際問題として私は日本の国内の状況から見ても、先ほど申上げたように思想的に或いは行動的にだんだんと日本国民が落ち着きを取戻しつつある、冷静に判断をしよう、或いは反省をしようという空気になつているので、日教組も私は確かにさような傾向にあることはこれは看取できると思うのでありますが、折角そうなつている日教組を更に又鐙兜を着て張り合わなければならんということにすることは拙いじやないか。又子供が直接教えられている先生が萎縮してしまうということはこれは事実なかろうと言われますが、大臣も衆議院の公聴会に出られておつただろうと思うのですが、この間斎藤先生の陳述の中には、先代というものは事大主義もあり、又一面その中には立身出世主義があるので、こういう法律が出ることによつて、お互いに中傷し合つたり、或いは何も言わないで随いて行けばいいのだ、長いものには巻かれろ式になればいいのだという虞れがある。先生の特質の中にそういうものがあるということを述べられておるので、すぐ自分が引つかかりはせんかという心配は、却つてそういう心配が多いので、平穏なるべき学内に却つてそういつた悶着なんか起きるということを心配しておられるように私は伺つておるのです。そういう点について大臣に伺つた次第でありますが、もう一度恐縮ですが。
#24
○国務大臣(大達茂雄君) 教員という人は非常に穏やかな人が多いといいますが、まあこの間の斎藤さんのお話を聞きましても、非常に長いものに巻かれろ、そういう傾向になり勝ちである。そういうことをよく習われております。私も実はそういう点がありはしないかと思つておるのです。これは言葉を換えるならば非常に自主性に乏しい、周囲の影響を受け易くて、その個々の先生がたが非常に自主性に乏しい、こういうことにほかならんと思うのであります。そこで私どもはこの特例法のほう、二法案あります教育の中立性を確保するためのほう、これは教職員を対象にしていうものでないことは申上げるまでもない、教育基本法の八条の精神を破壊するような教育を行わせるように教職員に働きかける、その教唆扇動というものの行為を抑制する、こういうのが目的でありますから、さような教育をするということが基本法の精神を破壊するものであるということが一応原則として考えられるならば、さような教育を教唆扇動するというような行為が許されなければならんということは理論上私はあり得ない、そういうような邪悪な行為というものがこれは当然抑制されて然るべきもので、これがために教育を圧迫するものでなければ何人にも迷惑をかけるはずがない、さような教唆扇動をしようとする人は困るかも知れない、それをする気がないものは困るはずがないのであります。その教唆扇動自体がいいことだ、こういうなら別論であります。偏向教育をすることがいいことだ、それを教唆扇動せんとすることがいいことだというならこれは別論であります。(「あつち向いてやつて下さい」と呼ぶ者あり)併しながら教育基本法の精神に反するような教育をしてはいけないという原則が確立すならば、それを教唆扇動することがいいということはあり得ない、従つて教唆扇動を罰するということはこれは何人にも私は迷惑がかからんと思う。勿論教員に対して圧迫を加えるゆえんでも何でもない、只今加賀山君の誓われるような、教典が果して自主性に乏しいというものであるならば、さような比較的穏やかと言いますか、自主性に乏しいような先生方に対して、外からいろいろなことを言つてけしかけるのをとめるということは、これは先生の立場を楽にすることと私は思うのであります。然るにこの教唆扇動ということを論ぜられる場合には、これは教員を侮辱するものだ、教員の自主性を無視しておる。こういう議論が行われ、同時た又今の逆のように先生というものは自主性が乏しい、こういうことを言う人がある。世間で丹頂鶴ということをよく言いますが、私は丹頂鶴という場合に、その丹頂鶴ということが仮に悪口であるとすれば、その悪口に対して憤りを感ずるのはむしろ丹頂でなくて負いほうではないか、これは自主性がない、小数の人々によつて全対が引ずり廻わされる、こういうことを意味しておるのでありますから、つまり自主性がないということを意味しておる。だからさような立場に立つておられるならば、それに対していろいろけしかけるということはこれは甚だよろしくない、それをとめるということであつて、これは先生方を萎縮させるということではなくて、先生方をむしろのびのびとする立場におく、この法律の第一条にも書いてありますが、教職員の自主性を擁護するゆえんである、こういうふうに私どもは考えておる。
#25
○加賀山之雄君 余り長くなりますので、主として抽象的なにとでお尋ねしましたが、法案の審議に入つて又今申上げたような観点で具体的にいろいろ質問することを今留保いたしまして、これで私の質問を打切ります。
#26
○吉田萬次君 私は大臣に質問を申したいと存じます。先回滋賀県の和邇小学校の偏向教育ということについて(「議事進行」「発言中」と呼ぶ者あり)荒木委員からすでに質疑がありましたが、私は荒木委員とは異なつた観点から文相にお尋ねしたいのであります。日教組のかたがたはこの和邇小学校の児童作文集が偏向教育の実例として引用されたことに御不満の向きもあつたようでございまするが、私はこの作文集こそ如何に巧妙に政治的偏向を児童に植付けているかということについて実証し、私の見解に対する文相の御意見が承わりたいと存じます。
 先ず冒頭に我々が推進しておる日教組の教研運動は、民族の教師としての立場に立つ限り、日本民族の直面せる歴史的緊急課題、民族解放と平和擁護国民運動と切離しては全く無意味である云々と、教研大会の在り方を調つておるのであります。第一章から第三章までは児童の作文集によつてでき、第四章にはアメリカ帝国主義者は和邇村及び湖西地方の労働者と農民を苦しめ、新らしい侵略戦争に引入れようとしておる。第五章には反帝、反封建、民族解放の教育こそ真に村を守る平和的生産人の教育であるという見出しで、代表教師の運動過程を激越な調子で発表しておるのであります。そういう労働者と農民を苦しめ、新らしい侵略戦争に引入れようとしておる云々のこの教師の恐るべき独断と偏向は、日教組の最高指導方針が琵琶湖畔の一寒村の教師にまで漫透しておる。この事実というものに対して文相はどうお考えになるか。私はこれを偏内教育の一例と見ておりますが、どうお考えになるか、承わりたいと思います。
#27
○国務大臣(大達茂雄君) 滋賀県における事例、これは読む人によつていろいろ感じは違うと思いますが、私はこれを書いた先主の態度というものは、大体共産党の態度と一致しておるのではないか、これは私の所見であります。これが日教組の影響を受けておるからそうだ、或いは日教組がこの方針をとつておるということについては、これけさように断止すべき何らの根拠もありませんし、むしろこれは日教組の中でも少し過激過ぎるということですね。過激過ぎるということで、正式には採用されなかつたというふうに承知しております。併しこの内容はむしろ共産党……([正し過ぎる」と呼ぶ者あり)これは抽象的な書き方ですから人によつていろいろ御議論はありましようが……。(「議事進打々々々々」「もう時間だ、休憩したらどうだい」と呼ぶ者あり、その他発言する者多し)
#28
○吉田萬次君 次に私は生徒の作文集によるこの偏向教育の児童に与えた影響を申上げ、文相の御所見をお聞きしたいと思います。
 悲しい日本という題で橋本由美子という者が……、これは出ておりますから省略いたしますが、この作文を見ても、先主のお話では、教師が反米……(「議事進行々々々々」「委員長枠から外れておる」「理事会の申合せはどうした」と呼ぶ者あり、その他発言する者多し)
#29
○委員長(川村松助君) ちよつと速記をとめて。
   〔速記中止〕
#30
○委員長(川村松助君) 速記をつけて下さい。
#31
○吉田萬次君 反再軍備派が正しいと理解させようとしておるというようなことは、これは容易なことではないと思うのであります。又天皇に対する罵詈誹謗といようなことも、これも私は実例がありまするによつて御覧の通りであると思うのであります。かような問題につきまして私は前二例を捉えましても、いわゆる日教組というものが丹頂鶴ということを先ほど大臣がおつしやいましたが、その丹頂鶴の上に白いところもあるけれども、今日ではその胴体にも赤い羽が私は散見すると思うのであります。そうして鶴の本体というもの、性質というものが失われて、行くということに対する一つのこれは比喩でありますが、これは極めて重大なものだと私は思うのであります。従つて胴にまで赤い羽ができて来るということに対して、大臣はどういうお考えを以て、これに対処されるか、承りたい。
#32
○国務大臣(大達茂雄君) 日教組の内部における共産勢力の浸透と言いますか、そういう点については私どもは実際はよくわかりませんが、これは衆議院の場合もいろいろ議論がありました。公安調査局の授賞なり、それから国警長官なんかも委員会のほうにお呼び出しになつて、その点をいろいろ聞かれたようであります。私どももそれについては全然知るところはありません。従つてだんだん下のほうにまで赤い羽ができておるかどうかということもわかりません。
 ただ私が申上げておきたいことは、私は日教組の中に共産党員が何人おるとか、又何人おろうとも、或いは社会左派の人が何人おろうとも、自由党の人が何人おろうとも、そういうことには当面直接には私は関心を持たないのであります。ただそれが日教組の動向として、日本の教育の面に何らかの影響を与えるような動きになる場合に、日本の教育と結びつく場合に、私どもこれに対して至大の関心を払わざるを得ない。直接に共産党の人が何人おろうとも、自由党の人が何人おろうとも、これは人の、要らん世話でありまして、私はそれについては知らん。(「全く要らんお世話です」と呼ぶ者あり)ただ日本の教育の面にそれが、何らかの形で関係を持ち、影響を及ぼそうとする場合に、私は初めてここに極めて重大な関心を払う、こういうことであります。
   〔須藤五郎君「議事進行」と述ぶ〕
#33
○委員長(川村松助君) 議事進行の発言があるから、一応併されなくちやならん。
#34
○須藤五郎君 私は、それはたくさん質問はあります、お互いに。併しもう一時も過ぎているし、吉田さん、どうですか、この辺でもう休憩になすつたら。
#35
○吉田萬次君 まだ質問は私は相当長いですけれども、簡単に一言だけ質問して終ります。
 そこで私はやはりこれに対する意見と、それから実例も持つておりますけれども、時間が時間ですから省略いたしますが、最後に一つ文相にお尋ねしたいのは、二十四年の秋から二十五年二月にかけて行なつたレツド・バージでありますが、かような問題が出るということにつきましては、非常な共産党に与しておる人、或いは容共的の分子乃至それに対して興味を持つというような人ができるから、こういうふうのものを出さなければならんようになつていた、やむを得ざる現象と私は感ずるのでありまするが、かような時代に当つて、いわゆる学校教育法の第九条の四を適用せられまして、いわゆる赤の教員の追放ということをおやりになあ御意思はあるかどうかということを承わりたい。
#36
○国務大臣(大達茂雄君) いわゆるレツド・パージというものがどういう意図の下に行われたか、私はその当時のことは存じません。存じませんが、少くとも教育の面からそれを合理的のものとして堪える場合には、それらの先生が母校の教育を利用して自分たちの極端な思想、これを子供に植え付けておる、苦しくはその危険があるという認定に立つたものであろう、こう思うのであります、今日において。その当時のことは私はよく弁えませんが、依然として学校の面においてさような傾向が現われており、又それを是認するばかりでなく、(「憲法蹂躙ですよ」と呼ぶ者あり)その方向を目標とする動向があるということは、私甚だ遺憾に思います。ただこのいわゆるレツド・パージと申しますか、共産党であるから教職員たる地位から逐う、こういうことは、共産党なるが故にということは筋の通らんものであると思います。(「憲法違反だよ」と呼ぶ者あり)その教員が極端な、教育上さしおき難いような偏つた教育をしておる事実、そういう具体的な事実があれば、これはそれぞれの規定に従つて教職員たる地位を追われても仕方のないものだと、こう思います。思いますが、それはそれぞれの場合について、それぞれの機関において判定すべき問題であつて、ただどこの党員であるということだけで以てこれを追放するということは、これはどうも筋が通らん、こう思いますから、従つてさような点について私どもほ何も考えている点はありません。
#37
○委員長(川村松助君) お諮りいたします。午後の予定もありますから、一応この程度で休憩して如何でしようか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#38
○高田なほ子君 ちよつとその前に。折角の吉田さんの御質問でありますがね。やはり関連質問というのはよほど……、一昨日のことに関連して質問なさるというようなことは、私はやはりうまくないように思うのです。川村委員長は、議事の運営、この委員会の運営のために、公平無私な立場に立つて御心配なさつていられる委員長に、重ねてこういうことを申上げることは却つてどうかと思いますが、今後開かれる理事会においては、もう二日も三日も前のことについての関連質問というようなことについての扱い方ですね、そういうことについても一応お諮り頂いて、もう少し納得の行くような運営が続けられますようにお願いしたいと思います。
#39
○委員長(川村松助君) 吉田君の言うのは関連質問じやないと思います。(「その通り」と呼ぶ者あり)曾て荒木君が、こういうふうだということを例証しただけで、関連質問じやないと思います。(吉田萬次君「関連質問じやありませんよ、絶対に」と述ぶ、「了承了承」と呼ぶ者あり)じや、暫く休憩いたします。
   午後一時十六分休憩
   ―――――・―――――
   午後三時十一分開会
#40
○委員長(川村松助君) 只今か委員会を再会いたします。
 単校給食法案に参考人から意見を聴取することについてお諮りいたします。全国販売農業協同組合連合会A東京青果市場場長滑川彦次郎君、及び同連合会青果事務所長代理、川島豊季君を参考人と決定しまして、只今から両君の御意見を伺うことにいたしたいと存じます。御異議ありませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#41
○委員長(川村松助君) 御異議がないと認めます。
 それでは只今から御意見を拝聴さして頂きます。
 その前に当文部委員会を代表いたしまして一言御礼を申上げます、本日は御多忙のところをわざわざお越し頂きまして誠に有難うございました。只今から御意見を拝聴いたします。
#42
○田中啓一君 その前に私からこの懇談会の趣旨と今日の日程につきまして一言御挨拶かたがた申上げておきたいと思います。
 学校給食はこの提案をなされましたかたたちの御抱負は誠に遠大でございまして、小中学校全部、定時制の高等学校に及びまして千八百万人になんなんとする人数にやりたい、こういうことでございます。そこでこれは非常に広汎多岐に亘る問題でございまして、いろいろ専門家の御意見を伺いながら進めて行かなければなりませんし、その間又委員もそれぞれ意見を言いながら懇談形式で進めて行きにたい、こういうことですでに数回やつております。この前は役所側のかたにおいで願いまして、主として栄養的の見地から、又或いは食生活の改善そのものの見地から御意見を伺つたのでございまして、そのあとで熱心に父御懇談が続けられました。本日は何分にも給食でありますから、食べさせるものが要るわけでございまして、現状をどうしておるかということは、ここへおいでのかたけ皆存じておりますから申上げませんが、それほど広汎な範囲でやつて行こうということになりますれば、必ずしも従来のやり方に拘泥はしておられず、もつともつと大きな見地に立つて我が国の食糧生産或いは、栄養、或いは、その間の流通というような諸般の見地から検討しなければなりませんので、本日は先週においでを願いましたかたたちにも懇談のために御列席を願い、同時に本日は農林省の生産のほう、及び流通のほうを所管しておられる局課長においでを願い、且つ又青果につきましては直接流通の衝に当つておられますところの全般の東京の青果市場長、それから又全販で全国に野菜の出荷を指令しておられるところの青果事務所長においでを願いまして、御意見を伺い、且つ懇談をいたしたいと思うわけであります。そこで先月も厚生省環境衛生部長からは、これはまあ恐らく酪農の問題でありましようというような御意見が出、それから又野菜の方面の非常に重要なことなどを強観しておられました。そうして石川委員からは農協の受持範囲というものは重大でありましようというような御意見も又あつたのであります。そこでそんな問題につきまして今日やりたいと思うのでありますが、他の委員会に出席されておる関係上、農林局長、畜産局長がまだ見えておりません。畜産局長の代りには今、下条技官がおいで下さいましたので、畜産局は御出席でありまして、酪農計画についてもすぐお話が願えると思うのであります。そこでまあ私が考えますのに、小麦粉の供給状態或いはこれには将来必ずしも小麦食ばかりにも限らんじやないかというような御意見も出ておりましたので、まあ小麦粉というものの供給状態というような点から、先ず食糧庁の大津加工輸送課長にお話を願い、それからその次にまあ間に合えば大坪畜産局長或いは間に合いませんければ下条技官から酪農計画のお話を願い次に青果物のほうの滑川さんから東京都における野菜の流通なり供給なりというようなものはどういうことになつて、学校のほうからこういうものを食べたいのだという要求があれば、どんなふうに処理をして下さるか、そんな点を一つお伺いしたらどうかと、こんなふうに本日の議事日程を考えるわけであります。私にいろいろそういつた議事の進行を図れという委員長からの御命令でございますので、誠にこういう慣れぬ席に着きまして大いに弱つておるのでありますが、そのお役目を勤めさして頂きます。
 それでは一つ大津さん、今のような趣旨でお話を願いたいと思います。
#43
○説明員(大津嘉明君) 戦後は御承知のように非常に麦食、大麦及び小麦を相当に輸入しまして、外米の輸入が必ずしも十分に手業ができませんので、大麦、小麦を相当に中心にして国内食糧の不定を大体賄つて来たわけであります。そうすると、大麦、小麦の大体平年の消費量から見ますと、小麦が二で大変が一の割合で大体従来の消費傾向であつたわけであります。それで、ところが従来から粉食奨励の問題は非常に言われておつたのでありますが、米の作が少しよくなりますと、どうも来に比べて粉は必ずしも消費が伸びんという状態で奨励がされておつた割合に伸びていなかつたところが、昨年の凶作を中心といたしまする米の不足及び闇米の値上りから非常な大きな伸び方をいたしまして、大体平年ベースに対しては只今は小麦は大体四割程度の伸び方をやつているわけであります。精麦のほうは大体一割程度の伸び方に対して、製粉は大体四割くらいの非常な、異常な伸び方をいたしております。近頃の又傾向といたしまして御承知の通りに国際価格が異常に小麦が安くなつて参りましたので、米よりも麦、同じ麦でも大麦より小麦に転換するほうが国際収支上関然非常に節約になるわけでありますので、その線が非常に凶作を境としてうまく行つているわけであります。大体小麦の年間所要量は大体本年の総計から行きますと原変につきまして二百四、五十万トンだろうかと思います。輸入の数量は本年は百九十六万三千トンと予定しておりましたが、これは国際的に非常に小麦は御承知のように過剰でありますし、又国際的に今のように非常に価格が下つて参りましたので、これは成るべく麦に転換するということは、これはまあ当然得策であるわけであります。それで、もう常識論になりますが、小麦の手当というものは今のように十分にできますし、だんだん安くなつておりますし、又国際収支上非常に小麦を入れることがいいわけでございましよう。これは大いに小麦の転換についてはさつきも申上げたように努力をいたすべき問題だと思います。それでいろいろの粉食の問題がやられておりますが、やはり一番具体的に伸びるのは学校給食でありまして、政策として一番普及しておるのは学校給食でありますし、又学校給食をやればその学校給食ばかりでなくて、その学校給食をやつたところは、その地域は家庭的にも非常に粉の普及ができますので非常に大きな消費を見るわけであります。又いろいろの世論調査をおやり願つておる傾向から見ましても、学校給食をやつた子供さんは大体圧倒的にパン食を好みますし、従来パン食になれない中年以上のかたはなかなか今日の非常に粉食の奨励をやる時期になりましてもあまり伸びておらないわけであります。こういう観点から見ましても、学校給食が非常に粉食の奨励上実効的の価値があるというように考えられるわけであります。何か非常に一般的で……。
#44
○田中啓一君 又あといろいろ質問出ると思いますから。
#45
○参考人(大津嘉明君) 一般的で大抵御承知と思いますが。
#46
○田中啓一君 大要だけおつしやつて頂いて結構であります。
 次にまだ畜産局長がお見えでないようでありますから畜産局の下条技官からお話を願いたいと思いますが、実は下条さんが、今の千八百万という給食を考えますと何でも現在の牛乳の総生産量を使うことになるのだそうです。だからこれは一体どういうふうになるものか、これはもうどうしても畜産局が中心だと牛乳というものはここにおいでの楠本部長の御意見では、これはそれほど問題はない、是非その学校給食で生牛乳をやりたいものだ、こういうお話で、我々大いにあおられたわけなんですが、そこでそれについての一つ畜産局の御計画御抱負というような点を一つ先ずお話し願いたいのです。どうせあといろいろ質問が出ますから。
#47
○説明員(下条菊次郎君) 只今田中さんからお話のあつたような点に或いは副わないかとも思いますけれども、大体最近の酪農の情勢を先ず簡単に申上げたいと思います。現在、昨年の二月一日現在の乳牛頭数は約三十二万頭になつております。これは戦前の最高を非常に上廻つております。戦前の最高は昭和十六、七年頃の二十五万頭、これが最高でございましたけれども、去年の二月一日にはすでに三十二万頭に上つておる。こういうような状況になつております。従いまして牛乳の生産のほうも非常に伸びておりまして、戦前の最高は年間で二百万を少し超えた程度でございましたけれども、二十七年、正確な統計は二十七年しかできておりませんけれども、二十七年には三百十一万石という数字になつております。又二十八年を推定いたしますと、大体三百七、八十万石が生産されていると見られております。この中でこれがどういうふうな割合で消化されているかと申しますと、そのうちの四八%、数量にいたしますとさつと百五十万石ばかりが飲用牛乳、いわゆる生で消費されます市乳として消化されております。それから四五%、数量にいたしますと百四十一万石ほどになりますけれども、これが原料牛乳として消費されております。原料牛乳の中で煉乳、粉乳、これに使われますものが一番多くて、ざつとこれを併せて八十万石程度となつております。それからバターに使われておりますものが六十二万石で、このうちの或る部分が国内産の脱脂粉乳の原料になつております。消費の血につきましては大体牛乳、乳製品は十年毎に二倍くらいの消費になつて行くということを言われておりますけれども、特に昨年の消費は闇米の値上りとか或いは粉食の奨励とか、そういうものにあおられまして非常に伸びております。それで御存じのようなバターの不足とかいろいろな現象が出て来ましたけれども、それは今申しました粉食奨励、凶作と、そういうものとの関連のほかに、菓子原料用の煉乳とか或いはバターとか、そういうものが非常に殖えて行つたわけでございます。それで現在の時期としてはなおやや全体として不足のような状況にあるというわけであります。それで今非常に問題になつておりますことは、これは酪農の面から問題になつております問題は、国内で相当農業経世の改善の面から酪農をやりたいという声が非常に進んでおるわけでありますが、ただこれを無制限に伸ばして行くと非常に生産原価の高いものもできて来る。今私のほうで考えておりますのは、飲用牛乳のように比較的販売条件の備わつているところは、これは相当程度伸ばして行つても、放置しておつても、相当これは自然の経済原則に沿つて伸びて行きますけれども、原料の関係は外国の乳製品との関係もございますので、そう無暗にどこでもできるというものではございませんので、二十八年度から特に集団的な酪農の育成、予算面では集約酪農地域というようなことで、大体将来一地域に五千頭程度の乳牛を少くともまとめて、そうして大量の牛乳を処理して行く、加工のコストを非常に安くして行く、そういう面で加工の乳製品の安い乳製品、そういうものを豊富に出して行く、要するに農業経営の改善、それから消費の面、両面から見て合理的な酪農を育てて行くということに中心を置いております。頭数については、どのくらいまで伸ばすという今はつきりした見通しは持つておりませんけれども、このようにしてやつて行つても将来百万頭近く、現在三十何万頭の乳牛が百万頭近くまで伸びて行くというふうに見ております。それから問題は学校給食の関係で、現在地域的に国内産の牛乳なり脱脂乳がかなり学校給食にも用いられているようでありますが、大体算定されます数字を合計すると、現在は約十万石程度のものが年間に使われている。それから製品につきましては、地区で例えば或る会社と学校が話合いましてれその地区の製品を脱脂粉乳というような形で学校に一部出しているというような所もございますけれども、まだ国内で生産される脱脂粉乳が非常に少い、大体二十七年が二千百トン程度しかできておりません。又二十八年では一月――十二月で一千八百トン程度のものしかできておりませんので、学校給食用の何万トンというものに対しては、今のところはまだ非常に少くなつております。ただ今後酪農の振興に伴いまして相当の牛乳製品が出て行くことは予想されるのでありますが、その際にやはりこういうものの或る部分が、或いは相当部分が学校給食というようなものに向けられて行くことと考えられます。現在としては非常に足りないところで一般用の需要にもなかなか応じられない。それと、もう一つは価格の問題で、国内産の製品が非常に高くついておりますので、そういう点からもなかなか学校給食に向けられないというような状況にございます。こういう点は今後の酪農の進展と共に次第に国内製品が豊富になる、或いは価格が安くなる、そういうものに伴つてだんだんに一部ずつ輸入品と切換つて行く、そういうことになるんじやないかと思います。簡単でございますが。
#48
○田中啓一君 先ずこの程度で一つ、ありがとうございました。まだ農林経済局長なりその代りのかたがお見えになりませんし、又水産庁のほうもまだ姿が見えませんので、実は農林経済局長からは二つの話を聞きたいと思つたのです。一つは日本の将来、小麦と米というもの、これは併せて日本人が食うだけは自給自足の制度に持つて行かなければならんのでありますが、そういうことを考えるには学校給食としてはどの面を伸ばして行つたらいいのかというような問題を聞くことが一つと、もう一つはやはり野菜の生産というものが、青果物の生産というものが農林経済局の所管になつておりますから、その面からもお伺いしたがつたのでありますが、幸い全販のほうの場長と事務所長が出ていらつしやるので、この野菜の生産と流通とが非常に密接不可分のやつでありますから滑川さんから……。これで東京とか大阪とか大都市の小中学校全師の給食をやつて、そしてそれの野菜を引受けるということになつたら一体どういうことになるのか、或いは又殆んど果物というのは食わせておらんけれども、何とか安くして食わすような方法があるのか、或いは食べるほうが先だから注文の物の計画生産まで行つてそれを持つて行くことができるのかというような点につきましてお伺いしたいのであります。どうぞ一つお願いします。
#49
○参考人(滑川彦次郎君) 私○Aの市場を担当しております滑川と申します。今先生から大分むずかしい宿題のようなことを承わりましたのですが、私実は青果一物の市場の仕事に携わつておりますのですが、そういう非常に今の学校給食問題と関連して、果してそれが青果物の特質から言つて、適正な配給がうまくできるかという問題につきましては非常に困難な問題じやないかと簡単に言いますとお答えせざるを得ないのじやないかと思うのであります。但しこれは青果物と言いましても野菜と果物と二つに分けられますが、果物は給食の範囲にどの程度入るかわかりませんが、野菜の場合においてやはり非常に生鮮食料品であるだけに速かなる処理をするということが最も必要じやないかと思うのです。それらと同時にその日その日の食膳に十分に間に合わせるような考え方から行きまして、先ほど田中先生からちらつとお話が出ました計画生産ということが当然ここに問題点として大きく浮び上つて来るのじやないかと思うのです。只今これは全国的に見ましても、いろいろな問題がありますが、東京、大阪両中央市場におきましては卸売機関といいますか、荷受機関というものがありまして、東京におきましては築地の本場、あと分場が六つございます。而して本場はこれは魚を主としておる、それから野菜、果物におきましては神田が日本で一番大きい市場として今配給をしておるわけであります。而して青果物の卸市場というもののうちには、生産地における市場とかそれから仲介市場とか或いは消費地における市場とか、いろいろ区分がありますが、消費地における市場というものは、これは配給の市場における最終の終点市場であるわけですね。ですから非常に青果物のような腐敗し易い鮮度を最も必要とする農産物の扱いにおきましては集荷も敏速にやる、その代り又集散市場といいますか、消費地における最終の終点市場である、今の中央市場における卸の段階からあと消費者に行く場合の小売屋さん或いは台所まで行く間の速かなる配給ということが非常に重要な問題であります。それらにつきまして、果してこの学校給食の場合においてどういう方法を以て速かに、而も食膳に鮮度のいい、滋養の生産された場合の価値を下落しないで、そうして皆さんの食膳にのぼせるということは相当むずかしい問題じやないかと思うのです。実は私この生産者の販売組合に長く経験を持つておりまして、米、麦等におけるそういう受入態勢の完全なところにおける場合の、例えば昔家庭購買組合のごとき、そういう場合における毎日トラック十台とか五台とかいつて、そうして一つの精米所に持つて行つて配給を全部毎日平均にやるというような経験を持つておりますが、青果物において果してそういう問題を完全に取上げられてうまく合理的に運営できるかということは、相当問題があるかと思います。要は問題点とありますのは、先ほど田中先生がおつしやつた計画生産ですね。非常に日本の国の農業生産というものは無計画な生産でありまして、何といいますか、非常に有利な農産物だというと急にそれに移る。悪いというとすぐやめてしまうというような工合でありまして、誠に食糧の観点から行きますと、相場の点から行きましても、非常に望ましくない恰好が多いのであります。そういう関係から行きましても、この学校給食問題を取上げた場合は、恐らく青果物そのものについての柿類からいつて、比較的単純なもの、大量非常に容易に間に合うもの、そういつたものの計画的な生産によりまして、出荷も計画的な出荷によつて、必ずそれが一日円滑に毎日々々鮮度の落ちないものを配給するというような合理的な問題を具体的に研究して結論を得ませんというと、これは相当困難な問題なのじやないか、こう思うのであります。
 その他いろいろの点につきまして又今の先生のお話についての私の意のあるところが十分尽せないと思いますが、何か御質問等によつて又ありましたら何でもお答えいたします。それから丁度私のほうの青果事務所のほうから川島君が見えておりますが、簡単に、全国の青果物の一体どういう大体の情勢であるかということについて簡単に述べさして頂きたいと思います。
#50
○田中啓一君 どうぞお願いします。こちらからお願いしようと実は思つておつたところですから。
#51
○参考人(川島豊季君) それでは簡単に申上げます。
 戦争中、それから終戦直後青果物は非常に減産になりまして、大変国民が迷惑したわけでありますが、年毎に生産が増加いたしまして、現在野菜の作付面積は約百万町歩、これは今年の見込みでございますが、百万町歩に達するような予想が成り立つておるわけであります。その生産量は大体四十四億貫と見られております。この中に販売されるものの数量が二十億貫、これは極めて大まかな数字ですが、約四五・何パーセント、四五%以上になるわけですが、戦前の事情を見ましても、大体野菜は販売用はそのような率になつていたように記憶いたします。それが六大都市、それから北九州のような大都市、広島、呉というような地帯を合せて大体消費人口が千六百二十万か五十万ぐらい想定されますが、そこに出る野菜の数量が約五億貫でございます。販売用に二五%ぐらいですか、そのぐらい使われまして、戦前の都市人の野菜の消費量は老人、子供押しなべて一日七十五匁内外であつたと記憶しておりますが、現在そういう状態までやつて来た。すでに野菜に対しては何らの不安もない状態が生まれて来ておるわけであります。或る一時期には非常に出廻りが易いとか、或いは一時期には多少端境期等において少いようなときもありますが、そうしてみますと、他の副食品も相当豊富なのでありますから、何らの不安ない状態であります。仮に学童給食をいたしましても、現在すでに野菜を取入れてお.るところもあると思いますから、大量な生産をこれにプラスする必要もないのじやないかというようなことが考えられます。それから果物につきましては栽培面積が十七万町歩、それに潜在果樹、果樹園でないところに散在している果樹が大体七百八十万本、大ざつぱに見ましてそれだけあります。今年はりんごもみかんも豊作年に当りますので、六億二千五百万貫ぐらいの生産があるだろう、こういう予想をされておるわけであります。このうちに販売される量が四億九千七百万貫ぐらいですから約五億質ぐらいが販売用になつている。この比率は七九%、八〇%弱であるわけですが、これも戦前と同じなのであります。それから生産の状態を見ますと、柑橘、特に温州みかんは非常に園が荒れていた関係で復旧が遅れて漸く戦前の状態に帰つて来た。但し満州方面、北支方面に大量のみかんが輸出されていたものが、今日は国際情勢がああいうふうでありますから、そこにその量が行かない。それを国内で今食べていることになるわけで、豊作年にはかなり相場が下落することに対して生産者は非常な不安を感じている。それからりんごにおきましては、これは戦前の最高より大体七、八割増産になつております。そのためにりんごは豊作になりますと、非常に価格の下落する懸念が大きい果物のうちで主なるものはりんごと甘橘類でありまして、これは約六〇%ぐらい生産量を占めておるわけでありますから、これの豊作であるか、凶作であるかということは果物全体に大きく響くのでありましてれ今年などは相当価格は安くなつて困るのじやないか、こういうことが考えられるわけであります。
 それから販売用の果樹というものは、まあ日本人がまだ果物を嗜好的に、嗜好品として取扱つているというような立場にある関係上、まあ見事な花のようなものでないと商品価値がない。栽培におきましても非常に苦心して、花のような立派な無疵な美しいものを作ることに一生懸命努力している。そのために非常に生産費が嵩んで、価格の下落の際には非常な痛手を受ける、こういう状態であるわけでありますが、そのように努力しましても、相当傷の入つたものとか、或いは味は関係はない、栄養の価値も何ら変らないもので、市場に向けては不利のようなものが相当たくさんできるわけであります。こういうものを学童給食にでも廻すようなことになれば生産者も助かるし、相当安い値段で給食ができるのじやないかという面にも、増産され過ぎて行きつつあるような果実の面の打開策になるのじやないかというようなことが考えられ、我々そういつたことをいろいろ論じたこともあるわけでありますが、昨年は果物減産、今年は又逆に豊作でありまして、この消費宣伝などでいろいろなことが考えられると思いますが、そういう状態であります。
 それからなお東京の場合ですが、東京の旧市域の消費人口が六百三十万人ぐらいじやないか、これも規定でありますが、そこに入つて来る野菜は、各県一貫目の野菜も出さないという生産地は現在は殆んどないと思われますが、大体関東各県で野菜の総入荷量の中に占める割合は関東各県下で七七%から少いとき七五%占めておるわけです。その総入荷量が昨年は一億七千七百万貫、その前は大体一億六千万貫程度、その前後をここ二、三年続けて来て昨年非常に多かつたわけです。それをまあ計算してみますと、さつき私が申上げたように一人当りの消費量が出るわけでありますが、そういう状態で蔬菜の価格は二十七年、二十六年は五十何円というのが一貫当り一年間総平均価格なんです。高い促成品から安い大根菜つ葉に至るまですべてのものの平均をしてみますと、五十何円。但し昨年は非常に高くて七十一円というようなことになつておるわけです。まあいろいろ何はありますが、この程度であります。
#52
○田中啓一君 有難うございました。
 なお本日お話を伺いたいと思つておりましたのは、水産関係が抜けることになりますけれども、まだおいでになりませんので、やむを得ませんので、これで御意見なり、質疑応答なりやつて頂きたいと思うのでありますが、全体政府委員同士質疑応答は普通の委員会ではございませんけれども、ここでは特に政府委員同士でも、或いは参考人と政府委員との間でも、議員との間でも何でもよろしうございますから、どうぞ忌憚なくやつて、そうして学校給食というものを何とか大成して行こうという方向に向つて頂きたいと、こう思うので、どうぞよろしく願いたいと思います。どうぞ議員さんがたから御質疑なり、御意見なり出して頂いて。
#53
○吉田萬次君 只今滑川さんと川島さんのお話を承わりますと、果物、蔬菜、果実というものは学校給食に関しては殆んどでき得ないような状態のように拝聴いたしました。勿論おつしやる通りに蔬菜というものは鮮度というものが非常に大切ということ、これは地方的に生産物が違うという点、一様にカロリーというものを基準にしての計画が立たないというようなことが感じられるのでありまするが、特に強いてそれを配給ということができ得るというように考えられるのは、まあ甘藷ぐらいのものだ。甘藷、馬鈴薯というふうな性質のものぐらいかとも考えられますが、併しこれも季節的なものであつて、結論的には私は不可能のように存じます。
 それから又川島さんのお説による果実の問題でありますが、果実というものもこれは地方的のものであつて、全国的にこれを配給するなんということは容易なことではない。もう一つは鮮度においては多少そこにゆとりがあると思いますけれども、併しながらその価格においては、これは非常に高価につくものではないか。カロリーを主体にする学校給食としての果実というものは価値があるかどうか。そこに非常に疑わしいものになりはしないか。殊に果実の生産地の子供ならその配給は必要を認めません。若しこれを強いて学校の方面へ出そうとするならば、これをジュースにして出したらどうかということを考えまするが、季節的に関係ない、或いは関係がありましても大量を出せる蔬菜というものと、それからもう一つは加工して出して、そうして間に合うというものに対するお二人の御意見を承わりたい。
#54
○参考人(滑川彦次郎君) それじやちよつと私から。只今青果物についての学校給食は非常に困難だというような結論に私が申上げた。非常に困難なことには違いありませんが、私の申上げることはその鮮度が問題でありまして利用価値がさほど悪くないという程度でしたら、これはやつてやれないことはないと思うのです。ただ前提条件として計画出荷ということが大きい問題点だと思うのです。
 それについては受入態勢ですね、これがはつきりとして、学校のほうなり具体的にできませんと、果してこれがうまく行くか行かないか、現段階において各市場から、東京の場合は御存じかも知れませんが、各市場におきまして公正なせりの下に仲買、普通のほかの都市においては仲買以外は入らないのです、せりには。ところが東京におきましては小売屋も一緒に入つております。それが卸売機関、荷受機関からその日のうちに朝七時から八時にせりが始まつて八時か九時には輸送して早く持つて行つて、それから小売屋の店頭にかかつて……。現在の学校給食がどの程度どういうふうに行つておるかということは私は知りませんですけれども、恐らく鮮度の悪いものが或る程度比較的そういう方面には流れるというのじやないかとも私は想像しているのですけれども、相当これを理想的にやる場合においては相当困難があるのじやないか、こう私は感ずるのでありまして、この学校給食が恐らく現状どの程度進んでいるか知れませんが、少くとも現状よりは或る程度の進んだ、いい合理的な理想的なことができるのじやないか。私の先ほど申上げたのは、相当理想的な観点から見まして困難な問題を取上げたわけなんであります。
 要は受入態勢ですね、受入態勢さえ或る程度できますれば、産地におきましてはどこかへ売る。これは蔬菜でありますし、輸送機関のタイアツプによつて或る程度合理的な問題ができるのじやないか、こう考えます。
#55
○参考人(川島豊季君) やはり何ですね、蔬菜は種類が非常に多いので、何をやつたら一番いいかということは実際的な問題になりますと経済の問題がありましよう。それから子供が喜んで食べるかどうか。それから栄養の問題。それがよく供給されるかどうかという問題があると思いますが、さつき仰せられた、さつまいもにばれいしよ、これはばれいしよなどは季節的の関係は殆んど今日では解消しまして、年間東京などに入荷するもの、量なんかを調べておりますと、殆んど平均的に出るような状態になつているわけです。ただ四月、五月、ちよつとその頃値段が高くて、新ものと古ものとの交代期がやや品薄になる。そのほかはもう非常に豊富に出て、市場に出るものの一番多いのは目方にして大根です。その次はばれいしよ。これは東京の場合は千六百万貫以上出ます。そういう状態なんで、これなども取上げ方によれば鮮度の問題なんかは比較的少いいも類は一日二日何でもないのですから、そういうことが考えられる。それから又キヤベツなどにおきましても、一般の出廻りの少い時期には高冷地からも来る。近在からもどんどん出る。年中たくさん出る野菜でありまして調理も極めて簡単と思います。こういうものもいい繋がりをつけますと必ずしも不可能な問題じやない。それから又年がら年中使うというのじやなくて使いいい時期に、安価で買いいい時期に使えばいい、こういうことになるからいいと思います。併しいろいろなものを、一つの品目ごとに検討して行きますと、これはむずかしいとかこれはよかりそうとか、これは産地がこういうふうになつているから無理があるのだということは言えます。
 それから先ほど私が申しました果物のようなものも、多少形は悪くてもそういうことに係わりあるとも思いませんし、学校の場合はそういうものを扱うことになりますと、何も東北のほうに無理にみかんを食べさせる必要がないので、りんごのほうがたくさんできるところはりんごを使うとか、或いはこれは大都会はあれでしようが、みかんが比較的多い関西方面では、みかんを使えば安くて手に入るというようないろいろな生産地帯が変つていても、又消費されるところの関係でその繋がりはいろいろな形でつけられるのじやないか。こういうことも考えられるわけです。ただ具体的な、がつちりした計画が立つてさてこれをどうするかというようなふうに押上げて来る形でないと、抽象論はなかなかむずかしいのじやないかということも考えられます。
#56
○吉田萬次君 只今承わりまして了承いたしました。併しながらこれは学校のほうの給食の設備と、それからその使用する人の手間というようなことから考えまして、それに適応した蔬菜或いは果実でなければ給食の価値がないように考えられるという点から、結論においてどうも罐詰と違つて生鮮食料品としての蔬菜、果実というものと学校の給食というものとは、どう考えてもこれは経済的に考えても、又労力の方面から考えても、場所の点から言つてもできにくいように思いますが、さようなことを或る程度まで直ちに使用し得るような方法を以て供給してもらえるという方針は立ちますか、どうですか。
#57
○参考人(滑川彦次郎君) 今の御意見ですけれども、私のほうから見た場合、要するに学校が受入態勢とでも言いますか、学校給食の内容そのものについて、一つは、かなり標準化した、何か単一化した一つの大根、菜つ葉或いは、にんじん、ごぼう、いも類、そういうようなものを比較的大量にやられるという考え方から、比較的簡単なやり方で処理できれば受入態勢のほうがかなり楽に行くのじやないかと思うのですけれども、供給面から行きますと、三ツ葉とかいろいろな促成物の料理屋で使うような細かいものは問題にならないと思いますけれども、今のような蔬菜の、主として大量に食生活において必要な蔬菜については、やりようによつてはできるのじやないか。鮮度の問題でありますけれども、これらは今の東京都の配給組織と言いますか、状況から、流通過程から行きますと、各県から入つたものが市場にかかります。そして近在所産のものは、自動車でどんどん夜の十時頃から入るのです。そして翌朝の六時頃までのうちに入つてしまわないというと、うまいせりにかからんというような場所の関係や何かありますが、大体七時か八時、七時頃までには終わるわけです。そうしてその日のうちにせりにかけて、公正な取引によつて午前中全部持つて行つて八百屋の店頭に飾るわけでありますから、私ら見ておりますと、小売屋においては相当鮮度の落ちたものを、二日も四日も野ざらしにしておいて売つている店もたくさんあるわけです。ですから、そういう現状の配給過程において、そういう配給機関をどういうふうに有利にそれを利用して配給を受けるかという問題と、そういう問題とは別個に産地直取引をするのがいいのか、そこらの問題も具体的な問題になりますと出て来ると思うのです。これは私のただ研究もまだしてありませんし、今日のお話のあれにはならないかと思いますけれども、大体今度の計画出荷ということになりますと、一つの責任態勢をはつきりした出荷組合に命じまして、そうして給食の受入態勢のほうから言つて、一カ月の献立なら献立ができまして、そうして大根はどのくらい、何千貫要るのだ、菜つ葉は何千貫要るのだということによつて、それを一つの責任割当てをやりまして、そうしてくるくる配給をする。ですから相当の受入態勢が強固にできておりませんと、こういう青果物の問題ですから、相当困難な問題があるのじやないか。こう考えるのであります。
#58
○吉田萬次君 もう一つお尋ねしますが、先ほど川島さんから、私がジュースの問題を尋ねましたが御返答がなかつたのですが、形の如何とか、或いは見たところのきれいきれいでないという点から考えて、ジュースというものができるとしたなら、果してどの程度までそれが実用ができるか。又現在のジュースのように、化学製品であつたならば何も役に立たんものである。本当のジュースというようなものを考えたなら、皮も身も全部潰してしまう。而もそこにビタミンの量は多いというような点から考えて、果物そのものを使用するよりは、むしろジュースにして使用したほうがいいというように考えますが、併しその量たるや極めて僅かで、到底学童に及ぼすまでにはでき得ないように考えますが、どうです。
#59
○参考人(川島豊季君) 私、ジュースのことについては詳しく調査したこともないのですが、現在出廻つているジュースの八割以上のものは、あれは化学製品じやないかというようなことが一般に言われているようです。で、完全な、本当に栄養価のあるジュースというのは極めて少くて、あとは清涼飲料の濃縮したようなものだというようなことなんですが、学童給食にそれを使うほどの量なんかはとても現在ではないだろう。それから現在の価格ではやはり生を食わしたほうがよくはないかというようなことが端的に言えるようです。
#60
○政府委員(楠本正康君) 只今学校給食と野菜等の問題になりましたので、私から一言述べさせて頂きます。日本の学童は、般にカルシウムの不足と、各種ビタミンが不足しているというのが日本人の学童の共通的な欠陥です。この形態は、必ずしも学童だけでなく、日本人全体が各種ビタミン及びカルシウムの不足ということが考えられるわけです。特に学童においてこの傾向が著しいわけです。これは極めて重大な問題でありますが、そこでなぜそういつた欠陥が日本の食事に来ているかというと、これは野菜の食べ方が諸外国と違つているということなんです。外国は、大体ビタミン及びこのカルシウムは、主としてカルシウムは牛乳から摂る。併しビタミン類はやはり諸外国においてもこれは野菜から摂つている。ところが日本人は菜食でありながらなぜ一体ビタミンの不足が来るかということになりますと、これは日本人の野菜を食べる方法が、例えば漬物であるとか、或いは茹ものであるとかいうようなことになりまして、そのうちの有効成分というのは非常に散逸したものを食べているのが現状です。例えば私どもがいろいろ実験をいたして見ますと、簡単に茹てもビタミン或いはカルシウム等は殆んど大部分が消失されてしまう。漬物等も、浅漬程度の、晩に一晩漬ける浅漬程度でもビタミン、カルシウム等は大体半分以上流れてしまう。かようなものを食べているところに根本的な問題があるわけです。ところで私どもは、今後は何としても野菜を生で食べる習慣をもつとつけなければいけないのじやないか。これはいろいろ貯蔵とか、生産とかいう問題がございます。併しながらこれは目下一つ農林省の特産課といろいろ相談をいたしまして、野菜を生で食べるということを、もう少しやらなければ日本の食生活の改善というものは根本的に成り立たないのだ。そこで問題はなぜ甘菜を生で食べないかというと、危なくて食べられないというのが現状です。例えば殊に洋菜類等をこれ又試験をいたしてみますと、例外なく寄生虫卵が付いている、今のような状況で生で食べていたら、これはカルシウムやビタミンは摂れたかも知れませんが、みんなもう寄生中で干上つてしまう、こういうわけで或いはまあ腸チフス、赤痢等も野菜類から起きる、それでこわくて生で食べられない。それで何としても安心して生で食べられる野菜を生産することが、日本の今後の食生活として極めて重大な問題である。その点は目下農林省と相談をいたしておりますが、これも屎尿を腐熟して使うような方法にすれば、従来の営農形式を著しく変えなくてもできるんじやないかという見通しに立つております。
 それから次に食生活改善の面と野菜の点を考えてみますと、食生活の改善というものは、これは今後パン食というものを普及するということですが、ところがこの小麦と米とは蛋白質の性質が根本的に違つております。それで米の蛋白質は塩と比較的調和がとれやすい。従つて白米に漬物なんというのはその意味で非常に調和がとれるわけです。ところが小麦の蛋白質は塩とどうも調和しかねる、むしろ甘いほうの味と調和がとれるというのが、これは蛋白質の組成上の本質的な問題です。そこで粉食をして行くということになると、漬物とか味噌とかいうような塩辛いものの形態ではなかなかむずかしい。こんなことを考えて参りますと、やはり野菜を生で食べるということが、これが栄養上は勿論、食生活の改善の上から言つても当然の結論になるわけです。
 そこで学校給食の話に戻りますが、学校給食においても私どもは今後何とかして取りあえず生で食べるような仕組みを考えなければ駄目だ。こうさえすれば粉食というものはより一層普及して行くばかりでなく、日本人に最も欠けているビタミン問題、カルシウム問題が直ちに解決する、かように考えておるわけで、この点は目下生産面について農林省と相談をいたしております。
 次に先ほどお話のありましたいも類或いはかぼちや等の主食に代替できるようなものはどうだという、こういうお話でありますが、これは誠に御尤もなお話でありまして、私はこの学校給食というものは日本人の食生活の行き方の一つの膜であるとも考えております。こうなつて参りますと、どうしても朕のことを考えなければならん、それには日本の主食というものが余り窮屈に考えられるところに日本の食生活の根本的な問題がある。米を食べなければ食べたような気がしない、こういうところに根本的な問題がある。これは同じように麦を、パンを食べなければ食べたような気がしないとなつても窮屈な話になつて来る。世界各国の食生活を見ますと、主食はこれでなければ食べたような気がしないというようなのは日本だけであつて、支那等においても主食はさまざまなものを主食として喜んで食べている。ヨーロツパ、アメリカ又然り、これは御承知の通りです。そこで日本におきましても今後主食というものは何も米にこだわらん、これは当然な話ですが、と言つて麦にもこだわらないという感じは同じように持つていいわけです。それで場合によつたらいもでも主食と考える、或いはかぼちやでもよろしい、或いは豆でもよろしいというようなふうに考えて来れば、極めてこれは日本の生産計画から言つても、又食糧の総合計画から言つても、極めて幅のある主食体系が整つて来る、ここが重大な問題だと思うのです。そこで只今御指摘のようにやはり、勿論粉食、パンが主食であることには異議はございませんが、併し場合によつたらいものたくさんとれるときにはいもでも主食に代替させる、かぼちやでも代替させるというような躾をしてこそ、初めて日本の今後の食生活というものは正しい姿に帰つて来る、それはやがて日本の食生活、主食の食糧政策を幅を持たせて、それだけ日本の国内需給が楽になつて来るという根本問題だと思う。従つて只今の御意見はいずれも誠に私同感と存じまして、今後結論的に申上げますと、先ず野菜というようなものはもつと豊富に、而も生で食べさせることを考える、それからもう一つ、主食についても勿論パンが主食ではあるが、偶にはいも或いはかぼちや等においても主食を食べた感じを出さなければいかん、こういうことが言えると思います。
 それから次にお話のありましたジュースの問題は、只今御返事がありましたと私も全く同様に考えておりまして、これは今後相当日本が裕福になつたとしてもジュースというようなものを大衆的な食糧に切替えることは、これは極めて困難な面が、全体生産計画から言いまして困難な面があるのじやなかろうかというように考えられます。以上御質問に若干の意見を加味してお答え申上げました。
#61
○田中啓一君 只今水産庁の小池水産課長が見えられましたので、この学校給食の問題としましては、この澱粉蛋白というようなものの、殊に又その中の動物蛋白というようなものの適当な、今楠本さんがお話になりましたようなバランスのとれたものを食べさせなければならん。そこで動物蛋白としまして日本の国としましては非常に魚というものは大きな関係をもつておりますので、水産庁のほうから見られた学童給食に対して魚がどんな関係に立つか、又どういうふうにしてもらいたいと思つておられますか、そういつた点を一つ小池水産課長からお願いいたします。
#62
○説明員(小池弥六君) 私只今御紹介頂きました小池でございます。まだ来たばかりでございまして、あまり勉強しておらないので、十分に申上げることができないかも知れませんが、只今御質問の点につきまして簡単に申上げておきます。
 御承知のように水産物と申しますのは、我が国の蛋白資源の中で非常に重要な地位を占めているのでございますが、只今まで学校給食に見られている部面は、私の今まで聞いております範囲内では罐詰が少し出ている程度で、ただそう広範囲に普及はしていないということのようでございます。これは罐詰以外につきまいてはいろいろ水産物という性格から言いまして問題があるのでございましようけれども、現在のところは罐詰程度が少々出ている、我々といたしましても罐詰につきましてはできるだけ学校給食に合つたものを考えて行くことと、それからもう一つ安くこれをできるだけ供給して参りたいということを念頭においていろいろ考えております。その他罐詰以外につきましては只今フイツシユ・ミール、つまり脱脂粉乳等に代るものとしましてフイツシユ・ミール等が利用できないものかどうかということで、折角いろいろ研究中でございます。これにつきましては従来も数回に亘りまして試食会などやつているのでございますが、今後更に検討を続けて参りたいと思つております。只今申しましたように、我々としては大いに水産物を学校給食に利用して頂きたいのでございますが、まだ趣旨が普及しないという点も、趣旨と言いますか、水産物を如何に取入れたらいいかという、そういう方法等が十分に研究されていないことなどもございまして、我々の考えているように水産物が取入れられていないような状況でございます。この機会にいろいろ御鞭撻を頂きまして、できるだけ多く水産物を取つて頂きたい、かように考えております。簡単でございますが。
#63
○吉田萬次君 先ほど楠本さんのお話を承わりまして、いわゆる寄生虫パラジーテの問題につきましては、漬物必ずしも寄生虫が死滅するものではないという点から、漬物といえども危険なものであるということはよくわかつておりますが、そこで衛生方面を主体としてそして学校給食に対して注意すべき点はどんな点に、重点といわず一般にどんなお考えを以て学校給食のことを考えておられるか、衛生方面から見た……。
#64
○政府委員(楠本正康君) 野菜を生で多量に食べるということが……。
#65
○吉田萬次君 野菜に限りません、一般。
#66
○政府委員(楠本正康君) 一般には私どもは野菜につきましてはこれはやはり生産の形態に若干肥料の施肥の方法を多少研究、工夫をいたしまして、そして寄生虫卵のないものを食べさせる以外に方法はない。これは私ども実験の結果ではやれば必ずできるので、コストも大して高くなるものではございません。なお全体として学校給食でしばしば問題を起すのは、只今御指摘のようにその調理の段階においていろいろ保菌者がこれを使つたり、或いは比較的汚れた品物を使いますために問題を起すことが極めて非常に多いのであります。これらの点につきましては材料の入手の方法から考えなければならんのですが、これが差当りどこからも安いものを買つて来るというようなやり方で主として行われております。従つて得てして材料の選び方に欠陥があろう、かように私ども考えております。まあ事例はたくさんございますが、そこで先ず材料の選び方について先ほどからお話が出ているように、これは学校給食用だというようなことにして、できるだけ正常な立派な材料を選ぶ、これにはやはり出荷の問題等からも考えなければなりませんが、そこに第一の問題があろうと存じます。
 それから次に現場の調理でありますが、これはやはり私どもはこれに調理、これはまあ人員整理のさなかに極めて困難なことかと存じますが、入替り立替りいろいろな人が来て、まあPTAあたりから来て手伝います、これも結構だと思うのです。併しその根本的に直接口に入るものを扱います場合の人たち、例えば最後の皿盛をするとか、直接品に入るものを扱う者についてはこれは糞便検査等をして保菌者でないことをたしかめ、又同時にこれらの者に対してできるだけ手をきれいに洗つて調理に従事するというようなことをする必要があります。現在までいろいろな問題を起しておりますが、これも例えばたまたまやつたPTAの母親のうちの一人に保菌者がいて、そのために赤痢にすつかりなつてしまつたというようなものもございます。
 それから第三に注意しなければならんということは、この施設の管理が不十分だということ、これが実際的には一番今まで事故の多いパーセントを示しておりますが、施設と言いましても決して贅沢な施設というものを私どもは毛頭考えているわけではございません。現在のところ学校給食程度の施設で結構であります。ただ例えば鼠を出ないようにするとか、或いは水を十分に使えるようにするとか、更に万一魚等を次の日に使うものは冷蔵庫でないまでも鮮度の落ちないように工夫して貯える施設、或いは簡単な貯蔵の施設、かような程度のものを作りまして、そして施設の整備を図つて行くということが必要と存じます。殊に今までに一番多く弊害を見ておりますのは、このまあ証明されております原因となつておりますのは鼠によるところのいろいろな中毒菌の撒布が一番大きな原因のように思われます。そこでこれらのものは施設の管理という点になるのですが、併し私どもは、といつて決して贅沢な施設の管理を申しているのではないのであつて、現在の程度のものでも施設の管理さえよければこれに原因して従来のように問題を起すことはあるまい、かように考えております。
#67
○吉田萬次君 只今のお説で大体の方針はわかりました。火事と伝染病はいつ起るかわからないと同じことで、伝染病予防ということは極めてむずかしいことでございます。只今おつしやつたことについて大体の方針はそれで定まつておるように思いますけれども、なんにいたしましても学校給食というものはこれは取扱うところの人に対する報酬も出ない、PTAがこれに携つている、この施設の方法につきましてもたくさんな金を出すことができ得ないというような点から、これを本当に衛生的に検討してみたならば、到底給食というものは行えるものではないというくらいまで考えなければならない問題だとは思いまするが、少くともこれに対する予防が一般的にできないということであつたならば、せめてその消毒を、熱気消毒だけでも行わせる、茶椀、箸だけの消毒だけでも行わせるということ、これの徹底ということだけでも私は極めてむずかしい問題だとは思いますが、それに対して簡単に箇条書のようにして徹底する方針を考案して頂いて、そうしてこれからやる所、或いは現在やつている所等もやり得る程度の指針を与えて頂いたらいいと思いますが。
#68
○政府委員(楠本正康君) この点は全く御尤もでございまして、早速文部省とも相談をいたしまして、一つさような危害防止の点から極めて可能性のある基準のようなものを作成してみたいと存じます。
 なお一言この施設或いは取扱の基準のほかに、もう一つ考えなければ、これは危害防止の点で考えなければならない点になりますと、この食物の形式と申しますか、形態ですね、これを注意する必要があると思います。現在学校の修学旅行等でしばしば、今年は幸いに、去年の秋から減つて喜んでいるのですが、しばしば問題になつておりますが、これらを分析してみますと、皆もう原因がきまつているのです。こういう品物と、それから或いは学校給食にしても問題を起したものはもう皆さまつているのです、きまつているものは成るべく食べないような献立形式が必要だと、私はかように考えております。学校なり修学旅行等もこの点さえ務めて注意すれば問題は起きないで済む、きまつているのですから、そこのところに私は特にやはり基準のようなものを置いて考えたい、かように考えております。
#69
○剱木亨弘君 ちよつとあの食糧庁のかたに承わりたいのですが、私ども学校給食で聞いております問題は、学校給食を実施する場合に実は全面実施ということを今一応理想に置いて考えておるのですが、従つて小中学校一千何百万というものに実施をいたします場合には、これは学校給食を義務制のようにしなければできないという考え方をしております。そうして又そういう場合には現在小麦粉は食管で半額を国が負担しておると、これは全面実施の場合には私どもとしては一応粉食についてはその材料を無料で全学童に渡してやるということを一つの理想の形として考えておりますが、そういうことを実施した場合に米穀との全体の総合計画ですね、どういう影響を及ぼすか、又例えば米の将来に対して相当な影響を及ぼして、米価等の関係にどんな影響があるか、又私どものこれは素人考えですが、今例えば干拓事業、米の増産に干拓事業なんかやつて相当な経費を入れておつて、それから来る実際上の収穫というのはまあどのくらいになるかわかりませんが、そう大した量じやないかと思つておりますが、そういつたようなことから考えて全般的に小麦なら小麦粉を全面的に無料でやるとかいうことが、あなたがたのほうの関係から望ましいことであるか、実施可能のことであるか、そういつたような点について御意見を承わりたいと思います。
#70
○説明員(大津嘉明君) さつき田中先生からも米、麦入れて自給態勢をこれは早晩やらなければいかんというお話がありましたが、御承知のように差当つての問題は、人口も殖えまして相当の大量を外国から実際問題として差当りは入れざるを得んわけでございます。そしてそれを入れる場合に一番割安のものはこれは小麦であることも御承知の通りでございます。それで今後の食糧政策だけから申上げましても、見通しとしましてもこれは小麦が一番今後入手もし易いし、又経済的であるということはまあ大体言えると思います。それで、そういう意味で食糧の操作から申上げれば小麦を成るたけ殖やすということは、これは一つの国際収支から申上げましても非常に理想的な形でありますから、数量的には何の問題もないと思います。ただ予算上の問題は別でありますが、ただそういう点から申上げれば、これはもう全然問題はないと思います。
 それから純然たる米の生産地に小麦粉の普及をやることがいいかどうかという問題でありますが、これは酪農等の関係も結びまして、やはりまあ栄養的に或いは農業経営的にできるところは成るたけこれはやはり粉食をやつたほうがいいのじやないか。例えば具体的に申上げれば岩手県などは非常に粉食の普及を酪農とも結付けて奨励をやられて相当に成果を挙げられておられるわけです。それでそういう点からもいいと思います。
 それからもう一つは、どうしてもこれは米食がいいか粉食がいいかという問題は別といたしまして、非常に日本人の従来の長い伝統の嗜好から見まして、米を御承知のように一般的に非常に欲しがるわけであります。それで御承知のように局部的に非常に高い闇米も出ておるような状態でございます。それでこれをどうしても日本人に適する米というものが非常に少ないし、又よそから準内地米を入れるにしても非常に割高でありますので、これを国民の嗜好を尊びながら全国、全体的に成るたけ均らして来るということがどうしてもこれはまあそういう嗜好から考えまして或いは闇を下げるとか、そういう意味から申上げましても、どうしても全国こう均らして行く必要があるわけであります。そうすると共に米の生産地も成るたけ麦を食つて頂いて、そうして都会地に米の供出を成るだけ余計に、麦を食つただけ余計に供出などして頂いて米の食を全国的に均らすというような観点からもこれは成るだけやつたほうがいいのじやないかという大体考えでございます。
#71
○剱木亨弘君 それからもう一つは畜産局のかたに伺いたいのですが、この前のこの会でですね、まあ学校給食の問題は酪農の問題であり、生の牛乳を飲ませることは非常に必要であるというようなお話が相当あつたわけであります。そこで先ほど畜産酪農関係の御説明を伺いましたが、全部の学童に学校給食を実施するとして日本で生の牛乳を飲ませ得るような状態ができ得るかどうかですね、その点について一つ御意見を承わりたいのですが。
#72
○説明員(下条菊次郎君) 御質問が大変むずかしいので、お答えできるかどうかわかりませんが、大体やはり問題は、酪農の問題は農業経営の問題と、それから製品の問題と両方に絡んで来るわけでありますから、大体市乳の形で地方々々の学校でその地盤の牛乳を消費するという形が成立するならできると思います。併し製品の形にするという段階に入りますと、相当の収量がまとまりませんと製造コスト、例えば脱脂粉乳なんかの問題になりますと、現在とするとどうしても国内品は、これは我々の机上の算定でございますが、一ポンド当り生産原価どうしても八十五円乃至九十円程度かかると思います。要するに、そこで生の牛乳で先ほど申上げましたようにその地方々々でできたものを、例えば最近厚生省のほうで大幅に認めて来ておるような高温殺菌というものを採上げて処理段階の経費を縮めるということで、全乳を安く供給できること等の措置がとられるならば、全乳と学校給食が結び付くことができると思います。生の要するに全乳の形で出て行くものならば、そうしてそれが局地的に学校への給食に結び付くならば、そういうことも考えられると思います。
#73
○政府委員(楠本正康君) 只今劔木先生の御指摘のように一応量の問題が一番まあ問題になるわけでございます。併し私どもは現在千八百万人を対象にして仮に生乳を飲ませるとしても二百万石で足りることです。二百万石と申しますと極めて生産率の悪い牛を考えましても、大体二十万頭殖えればいいわけです。二十万頭あればいい。してみるとこれは、量の問題は全体的には差当り問題ではないと考えております。で、問題は先日も私この席上で申上げたのですが、この操作をする場合に、いろいろな問題がありますが、一つは長い暑中休暇或いは日曜日等に余る牛乳をどうするか、こういう問題になつて参ります。
 そこでこれらのものを一応製品化した形にするということは勿論考えられますが、これは併し、そういたしますると、結局工場に非常にまあ何と申しますか、負担がかかつてしまう。まあ遊んでおる施設がどうしてもできて来る。こういうわけで工場能率が非常に落ちて来る。その辺でコスト高を考えなければならん。こういうような問題になつて来ると思います。これをどうしようかということは、私どものほうで非常に頭を悩ましておりますが、うまい対策がございません。併し工場の能率を下げることさえ前提におけばこの問題は解決いたします。それからもう一つ、量がうんと仮に多くなつたときの暁を考えれば、二百万石ぐらいのものは僅かのものですから、殊に日曜日或いは暑中休暇等の牛乳は極めて僅かなものなのですから、これらは問題でなくなつて来る、量がうんと多くなつて来ればこれらの問題は解消して来るわけです。併しそこまで行くまでにどうするか。次に、只今もこれは農林省からお話がありましたが、現在も生産地帯、酪農地帯においては極めて現在でも容易な問題です。ところが、集乳を要する東京都の例えば学校給食等を考えた場合に、その集乳方法だけでなく、問題はむしろ価格の問題に非常に響いて来る。そこに一つ問題がある。そこでこれをどうしたらいいだろうか、併し酪農地帯なら現在でもやつておるのです。これはどんどん今後普及して行くと思います。問題は、集乳作業を要するところの都市の問題をどうしたらいいか、これも価格の問題に帰着するわけです。次に考えられます問題は、これを私どもは今後その地方の市乳販売業者から牛乳の供給を受けるというような方式であつては、酪農地帯においてはとてもコスト高になつてやつて行けない、そこで直接これは生乳を牛で入れて学校で処理をして与えてしまうという問題です。これは牛乳の処理は、高温殺菌で行くならば極めて簡単ですから、これはまあ比較的問題ではないと思うのですが、ただこれに若干の技術が要るのです。そこで私どもは学校の先生、なんかに一つ多少試験的に沸かさして見ることを指導してみておりますが、なかなかこれがうまく行かない。そこで問題は、これを沸かすことをどうしたらいいか、まあ消毒と申しますか、熱を加えるにはどうしたらいいかという問題ですが、そうして行くと、やはりそこに学校給食用の鍋で沸かすということは、どうしても技術的にむずかしいので、何か瓶のような、牛乳瓶、あれに入れまして、そうしてお燗をつけるような仕組にすればこの問題は解決する。そうするとやはりそこに一つの施設というものが要る。この問題をどうしたらいいかというような問題がここに横たわつておるわけです。従つて私はむしろ量の問題よりも、今言つた三点の問題がなかなか思うように参りません。量の問題でしたらこれは逐次やつているうちに、そのうちには二十万頭ぐらいの牛は殖える。二十万頭は間もなく殖える、こう考えまして、その辺のところをむしろ私は素人でありますから、先生方によく教えて頂いて、これを実施に移して行く以外にないのではないか、かように考えられます。
#74
○相馬助治君 今楠本部長の話を聞いていて気付いたことでお尋ねするのですが、劔木委員の質問に答えて、全国的な規模において牛乳を飲ませるということについてはいろいろ困難な事情がある、現実にはそうだと思うのですが、そこで或る地域社会においては現在でも壁の面からは可能であるという御答弁のように聞いたわけです。その場合においても消毒という面から考えると相当困難が横たわつている。第二段のお話がそのように承わつたのですが、事実衛生的な面から牛乳をどのように殺菌して飲ませるかということについて、厚生省から出ている規則に縛られて、テスト・ケースとしてやろうとしても問題があるということを私どもはこの間山口県方面を視察して現場の職員から訴えられた事例があるのです。そこで楠本さんのおつしやつたその高温殺菌の問題ですが、むずかしいというそのことを一歩進めて、厚生省としては可能な範囲において最も安い施設で、その地域社会を限つてテスト・ケースとしてやらせて見ようとするような積極的な計画等は現在お持ち合せでございませんでしようか。又それについ文部省の学校給食課等あたりが立案するならば、積極的にそれらの問題について、現在の規模において、現在の前提条件において、これらの問題解決のために御協力頂けるような態勢にあるでございましようか。これらを一括して一つ御指導願いたいと思います。
#75
○政府委員(楠本正康君) 成るほど従来は厚生省は低温殺菌一点張で進みましたために、とてもかような施設は学校ではできません。そこでこれらの点に非常に支障がございました。併し先日この方式を放擲いたしまして、現在は高温殺菌を積極的に採入れるという仕組にいたしております。従つてこの点には問題はございません。ただ私がやりにくいと申しましたのは、ただ釜で沸かさしてみたり、或いは鍋、学校給食用の鍋で沸かしてみる。これは結局できないのでございます。ふきこぼれてしまう、つまり言うならば、ふきこぼれるという形式になりまして、とにかくこれはできない。そこで先ほど劔木先生にお答え申上げましたように、或る程度極めて些細ながら何か施設が要る。それで私どもいろいろ東京都に一つ依頼をいたしまして、試験をいたしておりますが、今のところは結局あの牛乳の瓶ごとかまの中に入れ、火を焚いて、そうしてお湯の中でお燗をつけてしまうというやり方が最も合理的である。安上りである。燃料の問題はありますが、というようなところに到達いたしております。ただ併し、これも極めて多量の量になりますと、果してさようなやり方で全部に給食ができるかどうかという問題にもなつて参ります。又燃料問題にも引つかかつて参ります。このようなところに隘路がある。こういうことを申上げたわけです。
 それからなお私どもはこれらの問題は極めて重大な問題でありますので、酪農地帯の地域においては従来も指導をいたしております。若干試験的にこれを実施いたしておるところもございます。これらの結果は試験ですから、比較的成績はよいようです。コストの問題も大体現在の脱脂粉乳と大差ないコストで購えます、府県も協力してくれます。それからその牛乳代というものが外貨になつて流れずに、その地元の農村に落ちて、これが又酪農振興の経費に転換して行きますから、この点は非常に合理的だろうとは存じます。併しその通りでありますけれども、ただ私が先ほど申上げたような点を考慮しないとなかなか困難である。それから、もう一つ量の問題ですが、現在でもできるということを申上げたのではないので、現在は、つまり僅か年間三百七十万石の生産しかございません。そこで二百万石を、全部にやつたとすると二百万石になりますが、二百万石をとつてしまうことは不可能です。そこで現在でもまあこの二百万石の生産は私はそう困難ではなかろう、二十万頭の牛ですから、じきに近い将来にそのくらいできる。それからただ問題は、酪農地帯等で非常に牛の多い地方においてはこういうようなものが現在でも可能である。こういうことを申上げたわけであります。
#76
○田中啓一君 私からも二、三御質問申上げたいと思いますが、先ず畜産局にこの学童給食というものはどうしても経費が余り嵩ばつてはどうにもならん。それで酪農地帯のほうでやつておられる値段がどのくらいについておりますか、私よく存じませんが、全国見まして給食として学童から金を出させておりますのは、一食十五円乃至二十円くらいの見当が大体多いようであります。そうするとその中へまあ今何ですね、粉ミルク脱脂粉乳のものが四円前後入つているようでありますが、まあできればその程度で生牛乳というものを飲めるようにしてやるということは、まあ一番望ましいことなんです。そこで先程下条さんからも、又楠本さんもお話がありましたように、まあ量としては何も今一挙にやるわけじやないので、牛の頭数の増加に従つてやれるだろう、のみならず私の見解から言えば、学童給食によつて大量に若し消費してくれなければ、畜産業の酪農家が行き詰るであろう。殖やさなくなるだろうとまで私は実は思うております。だから畜産業の酪農計画の救済者は学童給食だろう、こう実は私は思う。そういうように生産というのは消費が相当程度安定をして、そうして安定した需要があるということはもう第一番で、それなくしては技術的に如何にいいことであつてもどうにも伸びようがない。私はそういうふうに思つておりますが、そこで飼料の問題なども自給飼料であるとか購入飼料であるとか、それにもいろいろ個々の複雑な問題がありますが、何とか四円前後で今後持つて行く計画はありませんか、ということをお伺いしたい。
#77
○説明員(下条菊次郎君) 只今の大体牛乳の価格の問題だと思うのですが、現在大体牛乳の市乳地帯の東京とか大阪とか、いわゆる大消費地に供給いたします牛乳の販売価格は六十五円乃至七十五円、それから中消費都市、例えば新潟でありますとか、或いは仙台でありますとか、その程度の消費地は五十五円乃至六十五円、それから乳製品の原料が四十五円乃至五十五円、これはいずれも一升についての生産者の手取り乃至は組合が受取る価格、そういうことになつております。それで只今の学童給食用のミルク代が大体従来脱脂粉乳の場合は四円以内というような数字であつたのでありますが、今の現状のままでは一合について四円程度のものでは非常にこれは農家のほうとしては採算がとれない。一昨年ですか、北海道とそれから内地の特定の県で行いました牛乳の生産費調査、それによりますと大体五十円台の乳価では労賃或いは資本利子、そういうものを加算いたしますと採算がとれないということになつておりまして、なかなか今のままでは非常に辛いのじやないか。これには飼料の自給度が内地が六割でしたか、これは飼料の購入の比率が内地六割、北海道が四割五分ぐらいになつております。そういう形或いは経営の大きさでありますが、現在内地では大体平均二月当り一・五頭ぐらいの乳牛を飼つております。北海道でも二頭、三頭までなつておらなかつたはずであります。そういうような規模の小さい、又自給度の低い農家、今の形ではなかなか今おつしやるようなところまで持つて行けないと思います。併し先ほど申上げましたような集団的な形で適地に乳牛を集団する、そういうことによつてあらゆる経費を下げて行つて、飼料の自給度も非常に高い、或いは牛乳の容物なんかにしても非常にたくさん要る、そういうような地帯へ持つて行つてやりますと、いろいろな生産面の経費、例えば乳牛の分娩をさせます、種をつけます場合に種牡牛の効率、例えば人工授精をやるというような場合でも、その地帯に非常に乳牛の密度が高ければ、こういうものも効率的にできる。現在種牡牛は相当高い経費をかけて飼つているわけでありますが、そういうものが効果的にやられる場合には非常に安くなる。あらゆる費用がそういうことによつて安くなる。そういう方向に持つて行くことによつて或いは今申された価格でなるかならんかということは、はつきりまあ申上げられないと思いますけれども、現在よりは遥かに安く飼つて行ける、そういうことは申上げられると思います。
#78
○委員長(川村松助君) ほかに御質疑ございませんと本日はこの程度で散会したいと思いますが。御異議なければこの程度で散会いたします。
   午後四時五十六分散会
ソース: 国立国会図書館
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