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1953/04/24 第19回国会 参議院 参議院会議録情報 第019回国会 文部委員会 第29号
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1953/04/24 第19回国会 参議院

参議院会議録情報 第019回国会 文部委員会 第29号

#1
第019回国会 文部委員会 第29号
公聴会
  ―――――――――――――
昭和二十九年四月二十四日(土曜日)
   午前十時三十二分開会
  ―――――――――――――
 出席者は左の通り。
   委員長     川村 松助君
   理事
           剱木 亨弘君
           加賀山之雄君
           荒木正三郎君
           相馬 助治君
   委員
           雨森 常夫君
           木村 守江君
           田中 啓一君
           高橋  衛君
           中川 幸平君
           吉田 萬次君
           岡  三郎君
           高田なほ子君
           永井純一郎君
           松原 一彦君
           長谷部ひろ君
           須藤 五郎君
           野本 品吉君
  国務大臣
   文 部 大 臣 大達 茂雄君
  政府委員
   文部省初等中等
   教育局長    緒方 信一君
  事務局側
   常任委員会専門
   員       竹内 敏夫君
   常任委員会専門
   員       工楽 英司君
  公述人
   中央教育審議会
   委員      河原 春作君
   日本教職員組合
  中央執行委員長  小林  武君
  ―――――――――――――
  本日の会議に付した事件
○義務教育諸学校における教育の政治
 的中立の確保に関する法律案(内閣
 提出、衆議院返付)
○教育公務員特例法の一部を改正する
 法律案(内閣提出、衆議院送付)
  ―――――――――――――
#2
○委員長(川村松助君) 開会いたします。
 只今から義務教育諸学校における教育の政治的中立の確保に関する法律案及び教育公務員特例法の一部を改正する法律案の両法案について公聴会を開会いたします。
 開会に当りまして公述人の各位に文部委員一同を代表いたしまして一言御挨拶を申上げます。
 当委員会は只今義務教育諸学校における教育の政治的中立の確保に関する法律案及び教育公務員特例法の一部を改正する法律案の両法案を審議中でありますがこの法案の重要性に鑑み公聴会を開き、先生方の御意見を拝聴いたし、審査の参考に資することになりました。本日各位の御出席をお願い申上げましたところ、御多忙中にもかかわらず御出席を頂きまして厚くお礼を申上げます。
 只今から御意見を拝聴させて頂くのでございますが、御発言の時間につきましては別に制限はございませんから、何とぞそれぞれのお立場から腹蔵なく御意見の開陳をお願いいたします。
 文部委員各位にお願いいたしますが、公述人の各位に対する御質疑は公述人各位の御意見の開陳が終りましてからお願い申上げることにいたし討論に亘らないようにお願いいたします。
 それでは只今から河原先生に御意見を願います。
#3
○公述人(河原春作君) 教育三法案のうち、先ず教育公務員特例法中改正案について私の考えを申上げたいと存じます。
 本案は公立学校に勤務しておりまする教育公務員の政治的行為の制限並びにその制限の違反に対する罰則につきまして、これを国立学校の教育に勤務いたしまする教育公務員の例によらんとするものであります。私は本案に賛成いたしまするから、次に賛成の理由を申上げたいと存じます。
 第一に、教育基本法並びに教育公務員特例法によりますれば、教育というものは国民全体に対して直接に責任を以て行わるべきものであり、又同時にそれがために教員というものはすべて全体の奉仕者であります。決して公立学校の職員といつても単にその一地方の住民のみに奉仕する性質のものではないのであります。又実際考えてみますると、同一制度の下に同一の仕事をしております。同一の制度についてここで詳しく申上げるのは煩雑と思いまするが、教育基本法、学校教育法初めすべての法令は公立学校の職員と国立学校の職員との間に何らの差違を設けておりません。そうしてその執行する職務につきましても国が定めておりまする学習指導要領の基準に準じてやらなければ、行わなければなりませんし、又国が検定した教科用図書を使用しなければなりません。公立学校の職員と国立学校の職員との間に大きな差違を生ずる給与につきましても、教育公務員特例法には公立学校の職員の給与の種類及びその額は国立学校の教員の給与の種類及びその願を基準として定めなければならないと規定しております。そのほかに免許状を必要としまする教育職員につきましては同一の免許状を要することは申すまでもないことであります。要するに公立学校の教員でありましても、国立学校の教員でありましても、その行う公務という点においては全然違いがないのであります。教員の本来の職務でありまする教育という公務について全然同じであるといたしまするならば、その公務を執行するときに必要とする、こういうことはしては困る、こういうことをしてもらつては困るという制限についても同一であるべきことは当然の結論だと思います。政治的行為の制限につきまして、公立学校の職員に対して国立学校の教員に定めてある政治的行為の制限と応じに扱おうとしますことは私は当然の結論だと考えます。私が本法案に賛成する主なる理由はそれであります。
 なお一、二それに関連して私の意見を申上げることをお許し願いたいと思います。その一つは国立学校と申しますれば無論例外もありまするが、大体において大学であります。公立学校と申しますればこれも例外はありまするが、大体において中学校、小学校、高等学校であります。教育を受ける者が教育者の言動によつて重大なる影響を受ける度合はどちらが大きいかと申しますれば、申すまでもなく中学校、小学校の先生が児童に対して与える影響のほうが著しく大きいのであります。然るにもかかわらず現下の法制の下におきましては、公立学校の職員の持つておる政治的行為の制限というのは、国立学校の教員の持つておりまする制限よりも遙かに寛大であります。これは私は不思議な現象だと思わざるを得ないのであります。
 その次にこの法案が成立すると教員はうかうかとものが言えなくなる、本当のことを話すと縛られる、従つて教員は萎縮してしまう、そんな萎縮してしまつた教員によつて教育を受ける生徒児童は無気力なものになつてしまう、これが反対論の私主な理由じやないかと、主な理由というのは少し言い過ぎであります。主な理由の一つとして世間で言われておるのであります。これが極く辺鄙な、田舎の交通の不便な、中央の状況のよくわからないところの人が言つておるならば私又了承できるのでありまするが、一般に有識階級と言われている人々の間にこういう反対論を聞くのは実に意外と思うのであります。名前を申上げるのはどうかと思いまするから差控えますが、国立大学の某々学長、某々教授のかたがたはこの二法案に関して新聞雑誌の上で、或いはラヂオで、或いは反対運動の集会の席上において、堂々と反対の演説をなしておられるのであります。そうして政府の考え方を攻撃し、本法案のよろしくないということを言つておるのであります。併しながらこれらの国立大学の某々学長や或いは某々教授というものは決して国家公務員法上の違反とはなつておらないのであります。なつておらないから堂々と議論をしておられるのであります。この教育公務員特例法中改正法律案は地方公務員であるところの公立学校の職員に対しましてこの公開の席上で堂々と政府攻撃をしておられる、その国立学校の先生と同じ地位に置かしめようというのに過ぎないのであります。これを以て教員を萎縮せしめ、無気力な子供を養成することになるのだというような反対理論は全然私了解できません。而もこれ事実を誣いるのではないかと思うのであります。
 次に義務教育諸学校における教育の政治的中立の確保に関する法律案について私の考えを申上げます、私は本法案につきましても賛成でありますから、その賛成の理由を申上げるのであります。
 学生、生徒、児童に対しまして特定の政党を支持させ或いは反対させるための教育を行うことにつきましてこれを許すことができないと考えることは、これは恐らく何人も御異存のないところであろうと存じます。学生、生徒、児童に対して学校の教員が特定の政党を支持させ又はこれに反対させるための教育を行うことがよろしくないといたしまするならばその次に今度は学校の教員に対して特定政党を支持させ或いは反対させるための教育を行えと教唆、扇動することを許すことができないことはこれも又当然の結論だと思います。併しながら新たにこれを取締り、或いはこれを処罰する立法をする場合におきましては、ただよろしくないからこれを取締る。これを処罰するのだというのでは、本当は考えなければならん問題がそとから起つて来る慮れがあります。従つてこれを取締りこれを処罰せんとする場合におきましては、必要やむを得ざる限度において最小限度においてこれを取締り、これを処罰するということに考慮を払わなければならんのであります、本法案に特定政党の政治的勢力の伸長又は減退に資するの目的をもつて特定政党を支持させ、或いはこれに反対させるための教育を、義務教育諸学校に勤務する教員に対し、学校教職員団体の組織並びに活動を利用して教唆、扇動する場合にのみ限つて処罰の対象といたしておるのであります。その最小限度必要な範囲という点に、この点を求めましたことについては、私は大体妥当であると考えます。義務教育諸学校に通学しておりまする生徒、児童は、改めて只今申上げるまでもなく年少であつて、心身未成熟の理由から法律上の能力さえ制限されておるものであります。この者たちがこの政治意識においても十分判断し得る年令に達しておらんのでありますから、これに対して学校の教員が若し特定の政党を支持させ、或いはこれに反対させるための教育を行なつたならば、恐るべき結果を来たすということはこれも又恐らく問題のないところであります。若しこういうことが行われまするならば、学校を卒業する前にすでに或る一定の政治的予断を以て社会に入るわけであるし、そういうやりかたの許すことのできないことは当然であります。
 学校教育においては良識ある公民たるに必要なる政治的教養を与えなければなりませんが、それ以上の一党一派に偏したる教育をなすべきものではないのであります。
 殊に義務教育諸学校における生徒、児童につきましては、それに及ぼす影響は非常に大きいのであります。これに反して上級の学校に参りまするならば年令も長じて来ますし、批判力も長じて来るし、殊に大学になりますれば選挙権を持つておるものもある。こういうものに対して先生がどう言おうがこう言おうが、場合によつては反擬するくらいのものであり、先生が、教員がそういう行為を学校において行うことを許すことのできないことは教育基本法その他において明らかになつておりまするが、併しその学校の、上級学校の教員に対して教唆、扇動するものまでを取締るだけの必要はないと思います。本法案はその点を考慮して義務教育諸学校における教員に対する教唆扇動のみに限つておりますることは相当妥当と考えます。なおその教唆扇動が学校職員の団体の組織及び活動を利用する場合に限つて、そのほかに及んでいないのは学校の職員団体がその教員に対する力を持つているという点を考慮してそういう制限を設けたものだと思いまして、その点については私異存はありません。
 義務教育諸学校に勤務しておる職員は年令におきましても学歴におきましても、他の上級の学校の教員と比較いたしますれば比較的若い人が多いのであります。そうしてそれと同時に何とかして自分の学力を向上させたい、どうかして修養を積みたいという研究心に燃えていることは昔から今日に至るまで一番強いのであります。従つて義務教育諸学校に勤務しておりまする教員のかたがたは、あらゆる機会を利用して、講演会であつても、講習会であつても、研究集会であつても、成るべく自分の修養を積みたい、自分の学力を向上させる機会を得たいと常に熱心に思つておられるのであります。そのうちでも講演会、講習会或いは研究会というようなものが、学校の職員団体の主催しておりまする場合には、なお喜んでそれに参加いたします。その機会を利用して不適当な考え方をその教員のかたがたに対して話込もうとすることは、これは何も今に始まつたことではない。昔からそういうのは、たまにやはりあるのであります。そういう機会を捉えることは以前からあつた話であります。私、新聞で拝見いたしましたので、若し事実に相違しておりまするならば無論御指摘を受けて取消すつもりでありまするが、或る教員の集まつておられる大会において、或る大学の教授は、この教育二法案に反対するために、若し監獄に入れられるようなことがあつても、日本には五十万人の人を入れる監獄はないのだから、安心して反対しろとか何とかいう新聞記事を拝見したことがあります。いわゆる進歩主義学者と唱えられるかたのうちには、こういう考えられざる発言をそういう機会においてなされるかたがどうもあるのであります。繰返して申しますが、私はこれを新聞で拝見したのでおりまするから、若し事実に相違しておりますれば、無論取消すつもりであります。この学校の職員団体のうちで最も有力なるは、小林さんとは前からの知合いで何でありますが、お許しを願いたいと思います。日本教職員組合であります。日本教職員組合は申すまでもなく地方公務員法上の単位職員団体を基盤としてでき上つておる連合体であります。その単位職員団体というのはどういうものであるかと申しますれば、給与、勤務時間、その他勤務条件の維持改善に関しまして、当局と交渉することを目的として認められたる団体であります。昔から教員殊に義務教育関係の学校の教員というものは、待遇も比較的悪く、惠まれざる地位にあつたのでありますから、その地位を向上させるために団体を作つて勤務条件の維持向上を図るというそのやり方につきましては、私は満腔の賛成をいたすものであります。そういう組合がますます強力ならんことを希望いたしておるのであります。併しながらこの単位職員団体の連合体である日本教職員組合は、その単位職員団体が、全部の教員がこれに加入し、そうして又たとえ組合のやり方に不満の人がありましても、脱退することができない状態になつておるのであります。何となれば脱退は無論事実上は差支えないのでありますが、若しこれを脱退いたしますると、自分の勤務条件の維持、改善に関しまして主張する機会がなくなる、発言権がなくなる、無論公務員法上におきましては、一人であつても交渉することはできるのでありますが、それはもうただ理窟であつて、事実そんなことで目的が達成されるはずはありません。要するに団体の力を借りなければそういうことは実行ができない、実行ができないから労働組合でも地方公務員法上の職員組合でも、団体を作ることを認め、団体の力を法律がこれを保障いたしておるわけであります。従つて教員は、事実上その職員団体を脱退することができない状態になつておるのであります。従つて日本教職員組合の結束力、統制力というものは非常に強いのであります。その一例は、本年三月十四日でありますか、いわゆる振替授業というものが行われて世人を驚倒せしめたのであります。これが日本教職員組合の指令によつて行われたことは、まさか嘘ではないと思います。新聞の報ずるところによりますと、これをその通り実行したのは五割であるとか六割であるとか七割であるとか八割であるとか、新聞によつていろいろ区々でありますが、併しそういうことは恐らく問題ではない。一割でも二割でも本部の指令に従つて振替授業が行われたというそのことが驚くべき事実だと私は考えるのであります。今日学校を休んで、明日学校の授業をするということを、その学校の校長さんがおきめになるのなら、これは納得できます。或いは校長を監督する教育委員会がこれをなさるのならこれも又よくわかる。そういう点について何らの権限もない教職員組合の指令によつてそういうことが一割であつても二割であつても、行われるということは、これは本当に驚くべき事実であり、同時に又その結束力、その統制力というものが如何に大であるかということを証明する一つの証左となるものであります。私はこの点についてまだ多少意見もありまするが、併し私が申上げようというのは振替授業の当否ではなくして、その振替授業を実行するに至らしむるところの日本教職員組合の力が如何に大きいものであるかということを申上げたいのであります。そうしてこの日本教職員組合は、前に申しました通り単位職員団体の連合体ではありまするが、人によつてはすでに政治的団体であると申しておる人もあります。私は、現在政治的団体であるとは申しません。若し政治的団体であるならば、日教組の仮に専従員であるにせよ、教員がその団体の幹部にあるということは法律上許されておりません。従つて、私は政治的団体であるとは考えませんけれども、併し政治的団体に変貌しつつある状態にあるということは申上げて決して過言ではないと思います。およそ政治というものは……少し僭越なことを申すようでありますが、例えばイギリスで保守党と自由党とが対立しておつたことは、私らの青年時代の事柄であります。あとで労働党というものができますと、その中間派である自由党というものは、いつのまにか影をひそめてしまつた。現在二人いるのか三人いるのですか私はよく知りませんけれども、まあイギリスは保守党と労働党との政党の争いとなつておるのであります。日本はどうであるかと申しますると、これは私など申上げるのは却つて僭越でありますから申上げませんが、政治というものは、どうしても右か左か、どつちかに走るものであります。私何も右がよくて左が悪いなどと決して申上げておるわけではない。ただ左に組みする人は右が嫌いである。右に組する人は左が嫌いで、右に属する人の子弟が、左に属するその仮に学校へでも通わさせなければならないような状態になつたら困るじやないかと思います。これが若し大学の学生でもありまするならば、もう大きいから、俺のおやぢが何と言つても、俺はあの学校に行くんだということもあり得るでしよう。若し相談を受けられれば、俺はあの大学のほうがいい、あの大学は余りにこういう考え方を持つておる人がたくさんあり過ぎるから、お前はあつちのほうがいいだろうというような相談相手にはなるつもりでありますけれども、これが義務教育の諸学校であつては、自分の子供に対して学校を選定する自由というものは全然ないのであります。嫌でも何でも地方庁から指定された学校に自分の子弟を送らなくてはならないのであります。私はこういう点を考えて、政治的行為の制限を受けるのは、人間として辛いことであることは申すまでもない話でありまするが、併し、小さい可愛い子供というものを考えて、自分が教員という職務をとつた以上、このくらいの行為の制限を受けても我慢しようじやないかという考えになつて頂きたいような気がいつぱいするのであります。本法策が、この二つの法案が、私の希望を全部充してくれているとか私思いません。併しながら、私の考え方と大体似たような傾向に行つておりまするために、この二法案に対して私は賛成をいたすのであります。終ります。
#4
○委員長(川村松助君) 次に小林先生にお願いいたします。
#5
○公述人(小林武君) 二つの法案のうちの中立維持に関する法案から申上げますと、この法案は教育基本法八条を守るために、新たに刑罰を盛つているところの法律を作らなければならないと、こういうのが提案者の側の御意見のようであります。又これに反対する側の意見は、教育基本法八条を守るために、そのような法律は、却つて害がある法律は要らないと、現在ある行政罰のあれでよろしいと、こういう意見の二つに分れているわけであります。私はこの二つの意見のうちの刑罰を以てやるという今度の法律は要らないという立場であります。こういうまあ反対する者も賛成する者も、どちらも教育基本法八条を守るというのが主眼でございます。これは同じ目的を持つておるわけです。八条を守るということは、私はこれは教育基本法を守るという立場であると思つております。こういう同じ立場でありますけれども、そういう全然違つた二つの意見があるわけであります。必要とお考えのかたの言分は、偏向教育が各地において行われているということが一つ、日教組が計画的にこれを指導しているというところにあるようでございます。で、提案された側も、その事実の例として、二十四の事例を挙げられたことについては、御承知の通りでございまして、その一部分が本委員会において、証人を呼ばれまして、いろいろ御調査をされたわけでございますが、その点について私はかれこれ申上げる気持はございません。併しこのような提案者の側の御意見であると、私は今まで、ここまで来たあれから言つて、そこに一つのこれに反対する意見があるわけであります。それを申上げたいと思います。
 先ほどから申上げますように、教育基本法八条を守ること、それから教育基本法を守ること、約めて言えば日本の教育を立派にすると、こういうことだと思います。このためには法律は要るのか要らないのかということ、まあこういうことになるわけでありますが、私は仮に要るという人の立場をとつてみれば、この基本法八条を守るために、先ず今度の法律によれば、警察官が、警察署が先ずこれを判断する、その次にこれが検察庁の検事によつて判断される。そこで起訴されるかどうかという問題がきまるのです。そこから裁判所に今度行く、そういうことによつて、この日本の教育が果して中立性を維持しているかどうかということをきめたほうがいいのかということであります。私はこういうこの警察官、検察庁、裁判所と行くような系統から言えば、本当に日本の教育を立派にするという目的は達せられない、威嚇するというのであれば私は又別だと思うのであります。でありますから、私は若し提案者の側の御意見が日本の教育を立派にすると、こういう御意見であるならば、このような方法はまずいと、而もこの法案は大臣もおつしやつているように、予防の法案でございますので、事実が起るか起らないかということの前からこれを警戒していなければならんということから、もう日本の教育に今のような三つの立場から常に警戒の目が光らされている、私はこのようなやり方は、まずいと思つております。
 それでは私はどのようにしたらいいかということを考えますというと、私はやはり教師をやつておつたので、なんといつても教育というもののいろいろなそういう中立を違反しているとか、或いは児童に与えているものが適当であるのかないのか、或いは教育上のいろんな技術とか、そういうようなものは、自由な教育の、自由というものを与えられた立場において十分討論されて、論議されて、そういう過程によつてきめられたほうがよろしいのだと、こう思つております。そうしてこそ初めて教育というものが子供の幸福のためになり、立派な教育に育つて行くものだと考えているわけです。
 例えば私は山口日記の事件を例にとつて見ますと、山口日記というのは大分問題になりまして、お前は山口日記をどう思うかというようなことを私ちよつと尋ねられたとするというと、この頃はうつかりいいとか悪いとかいうことを一口で言うということになると大問題になつてしまう。さてそれを述べるということになると本腰を据えて、これはこのような経過でこのようになつてということをながながと言わないというと、なかなか山口日記についての十分な意見が出て来ない。そうしないというと或る人に迷惑をかけたり或いは生硬な判断では相手方に受取れなかつたりするようになつて来るのであります。これはどうしたわけであるかということを先ず考えて見れば、これは必要以上に初めの取扱い方が悪かつたということであります。山口日記というあの日記はここでも証人が申されたと思いますが、あれは教材ではございません。一般市販のものでございますから、店頭に売つている日記というようなものと同じものでしよう。併し私はそうではあるけれども、これは教員組合というものが編集しているのであれば、市販でやついてるものとは違つた責任が、少くとも教師の良心というものがこの中になければならないと思つております。そういう建前からいたしまして、あれに若し好ましくないところがあつたとしたならば、私はやる方法は幾らでもあると思います。ところがどう判断されたのか、生徒が持つている物を取上げるとか、或いはそれを編纂したものが或る特定の政党の支持者であるとか、或いはこれは容共的な分子であるとかということになつて、だんだんそれが拡まつて今度の法案を直接出すところの原因にまでなつて行つた、こういうやり方にいたしますというと、もう先ほど私が申上げました通り、この問題に触れるものはうつかりものが言われないということになるわけであります。併しこれは私はそうでなく、たとえこれが市販に出された物であつて、買うものと買わないものがあつて結構である。そういうものとしてやつたにしても組合というようなものがやつたのであるならば、責任はあるのでございますから、その内容上工合が悪かつたらどこがいいか悪いか、一つも子供に与えるものとして欠点がないというようなことの研究的な態度で行けば、私はこの問題はそれほどこじれて行かなかつたと思うわけであります。私もあの日記の中にある枠の中に入つた一カ所か二カ所のことについては肯定できないところもございます。例えば朝鮮が南から攻めて来たとか、北から攻めて来たとか、私はこれは軽々に判断できないと思います。そういうようなことはやはり子供を対象として考える、又その出所がどこからとつたにいたしましても、読む者がそれはどこから出た文章であるかどうかということも判断もできないものでありますから、やはりそういう点については読む者が、受取る者が過ちのない受取り方のできるようなことを考えなくてはいけない。そういう点で私はまだまだ考慮の余地がある、研究の余地があると思います。併しながらこれを以て先ほど私が言つたように、この法案が出されなければならんようなところまで必要以上にやるということ、騒ぎ立てて、そうして若しこれを取扱つた者が、それはあつたかどうかわかりませんが、取扱つた者が、取扱つたというのは、これに関係した者が直そうと思つても、うつかりその個所が悪かつたとでも言おうものなら、直ちに悪いことが肯定された形において、その者が丸で日本で教員も何もやれないようなところに追い込むような状況にまで持つて行けば、これもはう純粋な教育の立場から改良しようなどという考え方は生れて来ないのでございます。私はそういう意味でも、あのような問題でも取締るとか何とかいう観点でなく、教育の自由な立場における討論の上で研究が十分積まれて、そうしてその対象になる子供に与えるものとして好ましいか好ましくないかというようなことになるならば、私はこの騒ぎを起したよりかもむしろ結論的にはいい結果を導き出し、考え出し得たと思います。そういう点私は先ずこの法案の持つている刑罰を以てやつて行くというやり方には反対をしたいのです。
 それから私は教育基本法を守ろうという立場、八条を守ろうという立場であるならば、私は教師の立場から一体戦後の日本の教育は、教育基本法に盛られている教育というものは、教師に何を期待しているのかということを一つ考えて頂きたいのです。戦前の教育というもの、教育勅語というものに盛られたあの形から、教育基本法というものに盛られた形というものが全然違うのであります。これは教育基本法の前文に明瞭に書かれておるわけであります。こういうこの教育基本法の本当の精神を活かすということは、先ず私教師に期待されなければならないと思うのです。そうするならば、その期待される教師は一体どういう立場においてこれを本当に日常教育活動の上に具現するかと申しますると、私は最も自主的な教師の立場において、教育の自由というものが許された中において、自分の教育的良心に従つてやるということが一番この教育基本法の精神が活かされるものだと思うのです。そういう立場においてこそ、教師は又国民に教育者としての責任をとることができるのであります。若しここに刑罰を以てお前のあれを監視してやるぞというようなことであるならば、私は萎縮してしまつて、本当に教育基本法の精神、真理を愛し、平和を愛し、そうして自主的な精神を持つた子供が、青年ができるはずがないと思います。こういう点、私は刑罰を以てやるというこの法案は、根本的において新教育というものの新精神破壊するものである、破壊する傾向を多分に持つたものであるというふうに考えまして反対をいたしたいのでございます。
 又私は一人の教師として是非お願いしたいのです。先ほど申しましたように、私どもは国民に対し教師としての責任を感じておるわけであります。又責任を負わされているわけであります。その責任を果すことを我々は誓つているのであります。そのときにおいては、私どもが将来その責任を問われるときにおいて本当に教師の自主的な立場において教師の良心に従つてやつた行動にだけ責任を負わしてもらいたいと思うのです。何かものに怯え、一つの力に左右されて、そうして心ならずもやつたようなことに最後に責任を持つて来られるようなことは私は勘弁して頂きたいのです。そういう馬鹿なことがあり得るかとおつしやるかもわかりませんけれども、これは戦前の教育を御覧になれば、そうしてあの敗戦のときに起つた事実を御覧になればこれは明瞭だと思うのであります。教師は一つの枠にはめられて、そうして全く国家の言うままに動いたわけであります。併し最後の責任は教師はとらされたわけであります。戦争教育に協力したということで我々は責任を相当とらされた。そういう立場からいつても私は本当に日本の教師に国民に対して教育上の責任を負わせるというものであるならば、どうか一つ教師の良心においてやれるような自由な教師の立場を確立して頂きたいということをお願いいたしたいのであります。そういう立場から申上げましてやはり私はこの刑罰法はまずいと思うわけであります。
 又この法律を出されました事由の中に日教組が計画的指導をやつておるという御批判があるわけであります。誠にこの点についてはこれは私も重大であると考えるのであります。併しこの計画的指導というようなことの中に何か一つ間違いがないかということであります。どうも組合運動というものを十分に御理解を頂いておられないような気持もするのであります。日教組の組合運動というものはどこまでも個人としての組合員、その個人としての組合員との間の関係でございまして、公人としての教師を縛るものではないのであります。公人としての教師というものは教育基本法とかその他学校関係の教育関係の諸法規によつて動いているのであります。この点には明確に個人と公人の区別がはつきりしておるわけであります。日教組は、教師としての教育活動を行うところの現場において生徒に対している教師を拘束する組合ではないという、このことは一つ明確にして頂きたいわけであります。政治的団体であると明瞭に何か文部大臣が言われたようなところがあるような気もするのでありますけれども、或いは政治団体に変貌しつつあるというような御意見もございますけれども、私どもはどう考えてもそれについては理解が行かないのでございます。併し日教組も八年間の短い労働運動でございます。而も日本の労働運動というものは極めて底の浅い労働運動でございまして、その間に而も敗戦のあの混乱の中から立ち上つたこの日本の労働運動、その中における日教組というものの動きの中に私は労働組合としてやはり拙い幼稚な点が多々あつたと思います。いわゆる皆さまからいろいろ御批判にする行き過ぎと言われるようなこともあつたと思います。そういう点は私どもも十分反省をしなければならないと思います。併しながらどうかこの日教組という団体の持つている至らない点については、これは組合がみずからの手で直して行きたいと思いますので、性急にこの日教組の対策というようなことを主眼としたそういう法律が出て、そのために日本の教育が破壊され、或いはそのために日本の教育全体が萎靡沈滞するようなことがあつては私はならないと思うわけでございますので、そういう意味で私はこの法律については賛成ができないのでございます。
 それから次は教育公務員特例法の一部改正の点でございますけれども、私はアメリカの教育使節団が参りましたときにも、日本の過去の教育というようなこと、その大きな過ちの中にやはり日本の教師が自由でなかつたというようなこと、市民としての完全な権利を持つておらないという、そういうところに大きな欠陥があるということを指摘されたことを記憶しているわけであります。又教師という立場が一個の人間として完全な姿でないときにおいて、私はこれは完全な教育というものはできないものだと思うのであります。又基本的な人権を我々が享有しないでいるというような場合において、人間としても完全な行動はできませんし、又そういう人間によつて構成された国家というものも極めて不健全なものだと思うのであります。この点においては日本国憲法が制定されましたときに非常に強い言葉でこの基本的人権の尊重をすべきことを時の政府は説かれ、この基本的人権の保障こそ日本の民主的な政治の支柱であるという意味のことをいつたわけであります。随分激しい言葉でありますが、そのとき基本的人権の剥奪、自由の福祉を保障しない政府というものは専断による戦争への傾向を持つものであるというようなことが語られたように私は記憶いたしております。それほどこの基本的人権というようなものが重大なもので、これらの欠けた人間、そういう教師というものができるということは私はどうもこれは反対しなければならないと思うわけであります。又教育の特殊性のために国家公務員並みにするというような改正の趣旨でございましたけれども、私は教育の特殊性ということをそこにお考えになつたことにどうも無理があるように思うわけであります。公務員或いは地方公務員、その公務員というものと教育というものの特殊性、国家権力というものを一部代行する公務員とか地方公務員というものと職教にある教師というものの間には一つの違つた面がある。そういう考え方であつて、教師については今までは考慮されておつたわけであります。それが当然の解釈であると思うわけであります。それが今度はそういう意味でなく、全国的な地域性の立場に立つて教育の特殊性というような解釈で国家公務員並みにしたということは私はどうも納得が行かないのであります。もともと公務員といえどもこれは基本的人権の制限、基本的なそういう諸権利の制限を相当受けております。これも間違いであると私は思います。公務員がもともとそういう制限を受けているのが間違いなのに、間違いのほうに教師を持つて行くということはどうも私はこれはますます間違いが大きくなるというふうに考える点から反対でございます。これはひとり私が申上げるまでもなく、この点については国際自労連のヴオーレーという人がはつきりこれは指摘しているのであります。そうして又そういうような公務員からいろいろな諸権利を奪うというようなことは、基本的人権としての諸権利を奪うというようなことは、これは日本が他の国から疑われることになる、又日本は反民主的な国になるのじやないかというような疑いを持たれることになるということを強調しておることを見ても私は逆に公務員がもつと制限を緩和されるということ、そういう立場に行かなければならないのに、逆に悪いほうに教師を持つて行くというやり方に無理があるように思つております。もう一つ申しますというと、私はどうも今度の改正の中にも、その前からのいろいろなやり方にも一貫性がないように思うのであります。地教委の強化というようなことを言われていますけれども、地教委の強化というものが本当に教育委員会制度の建前からの地教委の強化というものじやなしに、今度の特例法の一部改正におきましては、地教委が地教委の精神からはずれた一つの監視機関としての性格を強調されたというだけで、本当の意味における教育委員会制度の強化ではないのだということを私は考えるわけであります。むしろ私はこの法の中にある精神の中には、教育委員会制度を否定する考え方がある、中央集権的な傾向がこの中にあるということを私は考えるのであります。こういうところから私はこの特例法の一部改正については反対をしたいと思うわけでございます。甚だ簡単でございますが……。
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#6
○委員長(川村松助君) これを以つて公述人のかたがたの御意見の開陳は終りました。委員のかたがたで御質疑のおありのかたは御発言願います。
#7
○高田なほ子君 河原先生にお尋ねをいたします。先ず私は中央教育審議会では本問題に対しましてもいろいろと御意見があつたように私は存じております。非常に強く制限をしたほうがいいという御議論もあつたでしようし、又然らざる御意見もあつたように承知をいたしております。河原先生は今日は強い制限をすべしという御主張の側に立たれての御公述であつたように承わつております。前々のよほど前の文部大臣、或いは前の天野文部大臣、矢内原東大総長というような、非常に専門的な立場に立たれているかたが極めて強い反対をお持ちになつたということは、私どもとしてはかなり心を動かされるものがあるのでございます。そこでお伺いをする第一点は、私の意見でございますし、又これは非常に大事な問題であると思うので伺いたいと思いますのは、中央教育審議会制度が出発いたしますときに、我々参議院の中でもかなりこの中教審の運営というものが日本の教育行政に大きな影響を及ぼすという観点から、広汎なところからこの中教審のメンバーが選ばれることを希望し、同時に教育そのものが政争の具になつたり、或いは特定の階級闘争と場になつたりするということは好ましくない、こういうような観点で特に日本の最も大きな教育団体であるところの日本教職員組合の代表は必ずこの中教審の中に加えられるべきである、こういう主張をしたわけであります。これは我々この教員組合を支持するとかしないとかいう立場の考えのものが主張したのではなくて、当時緑風会から出ておられました梅原或いは堀越、こうした良心的なかたがたが全くそうである、教育はやはり協調の世界から生まれて来る、こういうような観点からこと中教審が出発するときに強い申入れを文部省にされたことを私記憶しております。ところがその結果、こうした我々の協調的な精神は全く無視せられまして、日本の教員を代表するところのかたがたは入られたかも知れませんが、極めて民主的な団体であるところのものはここから閉出されたということは、今日のいろいろな意味における教育界の不幸な一つのものを醸し出しておる原因になつておるのではないか、こういうことを私非常に憂えておる一人でございます。今日のメンバーのかたがたに決して御不足を申上げるような筋合いではございませんが、私は今日日本の日経連会長の諸井氏、経団連会長の石川一郎氏、日本商工会議所会頭の藤山愛一郎氏、防衛生産委員会の火薬委員会会長の原安三郎氏、こういつたような経済団体或いは防衛六カ年計画、十五師団三十万を提案したところのこの経団連の主なるメンバーが入つておる。或いは又日本防衛協会の生みの親であるところの石川一郎氏などがこういうメンバーに加わつておる。然るにかかわらず民主的団体のこの日本教員組合のかたがたが一人もここに入つておらない、或いは労働組合を代表するものが入つておらない、これでは労資協調の、いわゆる協調の世界の中から生み出されて来るところの教育の中立性そのものが保ち得ないという非常に私は憂いを持つておるのでございます。
 そこで個人的な見解に亘るかも知れませんけれでも、この点について私は先ず第一に河原先生の御見解を頂戴したいと思うわけでございます。即ち協調の世界における教育推進の場としての中教審の中に、日本の労働者の代表も入れ、経済の団体の代表も入れたら、それと同時に反対の立場の者も入れ或いは日本の教育の民主的団体の代表も入れ、而して協調の世界における教育を確立するという方向についての先生の御意見を頂戴したいというのが先ず第一点であります。
 第二点でございます。私は野放しにその教育を政治の勝手の場所にしていいなどということは露すら考えておりません。教育が本当の意味における正しい方向に向つて行かなければならないということは御説の通り私も共に主張する一人でございます。併しながらそのために不必要なる制限を加えるということに対しては、どうしてもこれは日本の民主的発展のために私は反対をしなければならないのでありますが、先ほど先生は決してその政治的なことを制限するのじやない、それが証拠には、国立学校のいわゆる国家公務員としての身分にあるところの某々大学の学長は、堂々と教育二法案に対しても反対をし、それは何にも支障がないじやないか、だから日本の五十万の教職員はあれと同じことをやられるのになぜそんなにわあわあ騒いで心配をするのか、行過ぎではないか、こうおつしやいました。私は本当に矢内原さんその他のかたと同様に堂々と教員がどこへでも行つて国が制定しようとする法律に対してああいつたような強い反対意見を述べ、時の政府が施行せんとする法律の方向に大きな影響を与えるようなことが自由にできるならば、我々は決して心配はいたしません。本当にそれができるのなら私は心配をいたさないのであります。ところが現実に国家公務員を規定するところの人事院規則によりまして、はつきりと政治行為の中にこういうことが出ておるわけでございます。即ち政治的行為はいろいろとございますけれども、集会その他多数の人に接し得る場所で、公に政治的目的を有する意見を述べること、述べたときに、それは懲役三年、罰金十万円以下、こういうことになるわけです。例えば街頭に置いて、井戸端会議でも、そこに多数の者が集つたところの国家公務員の身分の教員が、ときの政治政権に影響を与えるようなことを言つた場合には、はつきりとこれに該当する、ここにちやんと書いてある。こういう人事院規則が明確に規定しておるのに、矢内原さんがああ言うのだからいいじやないかとおつしやいますけれども、これは矢内原さんの場合にはこれははつきり学者としての、これは学説として採上げられておられる。併しながら五十万の先生がたが、俺は学説を主張しているからいいじやないかと言つても、はつきりと人事院規則が適用されるということになりますれば、そう簡単には私は行かないのではないか、非常にこのことを憂うるわけでございます。今後学童給食をこれは絶対にやらなければならない、或いはPTAの会費は、こんなものは減らさなければならない、こういうようなことを教員が不特定な場所で多数の人に接し得るところで意見を述べたといたしましても、これははつきりと十一条に該当をする。若し該当しないというならば該当をしないというような法的な措置が、或いはこの規約の中に何らかそういう場合が入れられなければならないと思うのでございます。どうぞ一つ私はながなが時間をとりたくありませんけれども、そう何遍も何遍も発言をすることは許されませんでしようから、ちよつと長くなりますが、私の質問の趣旨はそういうようなものでございます。そうしてその現実問題というものが私それほど簡単に行かないという、こういうふうに考えておるのでございます。それからもう一つそれについてお尋ねをしたいことは、この人事院の規則そのものは当初から教員を縛るためにこれは出したのではないと思うのです。これは御承知のように国家公務員法の制定の経過を御研究になればわかるのでありますが、初めからこれは教員を縛ろうと思うつもりはなかつたのだ。ところがたまたまその中に国立学校の教員も含む、こういうことが一応中に入ることになつたのですが、今度は明らかに教員を縛ろうという意味で、この人事院規則が適用されるのでありますから、縛ろう思わないでたまたま入つて来たのと、初めから縛ろうという意味で出したのとでは、その法の運営というものは、運営の方法によつてはつきり違つて来る、一網打尽であります。若しこういうことが矢内原さんと同じような立場にすべての教員がおかれるということであれば、どこにそういうことが保障されておるか、是非これはお伺いしておきたい。
 それからもう一点は日教組が政治的団体であるかどうかということの見解は非常に重大であります。河原先生は政治的団体に変貌しつつある、これは非常に先生のお言葉に千金の重みを持たしておる、誠に重大である。この点先生は政治的団体と認めておるのか、或いは認めないか、これがこの法律の運営を規定づける最も分岐点だと思いますから、この点明確にお示し頂けたら幸せと存ずるのであります。
#8
○公述人(河原春作君) 只今高田さんからいろいろ御質問がございましたから御返答申上げます。第一の中央教育審議会委員の人選の仕方でございまするが、御承知のように中央教育審議会は昨年の一月二十一日に発足いたしたのでありますが、私が中央教育審議会委員に就任いたしましたのは九月でありまして、その当時どういう標準によつで委員を選定するかどうかというような問題については全然知らないのでございます。それで又こういうふうな人選をしたらいいじやないかという御質問でございますけれども、私はただ中央教育審議会の委員の一員に過ぎませんので、どういう標準によつて文部大臣が御選定になつたか、これはわからないのであります。それから第二のこういうことをしたら刑罰になるのじやないかというようなお話がございましたが、どうも少しこういう席上で、ただ話合いで伺うのですから、私のほうに誤解があるのかも知れませんけれども、どうもそれだけでは私政治的行為の制限に違反した犯罪にはならないのではないかと思います。刑罰を科せられる条件として、第一に人事院規則に定めた政治的の目的というものがなくちやならん。その次に人事院規則が定めた特定の行為がなければならない、その行為だけでは犯罪にならない。それに先ほどいろいろ例をお引きになりました集会で、若しその人々が特定の政党を支持するという目的のためにそういう行為をしたならば、これは犯罪になります。そうでなければ私は犯罪にならないのだと確信しております。それから第二の教員を縛る、教員を縛るとおつしやいますが、それは先ほど私も申上げましたが、どうもそういうふうに思えないのです。例えば義務教育諸学校における教育の政治的中立確保に関する法律案、この法律案のどこを読んだつて教員を縛るということは書いてない。全然ない。義務教育諸学校に勤務する教員に対して教唆扇動した人を処罰する。教員のほうには全然関係はない。
#9
○高田なほ子君 それはわかつているのです。
#10
○公述人(河原春作君) そういうふうにさつきどうも小林さんのお話もそうとれたのですが、私の聞き違いだつたらあとで速記録を見ればわかりますが、全然そういうことはない。それからもう一つの法律案についてはさつきたびたび申しました通り、すでにその制限を受けている国立学校の大学の教員、高等学校の教員、中学校の教員、小学校の教育と同じ地位に置くという教員に対して新らしく刑罰を以てこれに臨むというような言い表わし方は、これは私は行過ぎじやないかと思うのです。併しこれはただお話合ですから、お互いに間違いがあるかも知れませんが、大体私はそういうふうに感じました。私は先ほどそう申しましたので、それを訂正するつもりはありません。私は政治的団体であるとは申しません。政治的団体に変貌しつつあると、それは信じております。なぜそういうふうにお前は思うかと申されるならば、昨年の何月か、宇治山田大会に提出せられた議案を御覧になればよくおわかりになると思います。政治的団体に変貌しつつあるというくらいの表現が不当であるとは私はどうしても考えられません。
#11
○高田なほ子君 もう一つ大変恐縮でございますが、成るほど先生のおつしやる通りに特定の政党を支持する目的を持たない場合に該当しないと思いますが、ただ政治的団体だと日教組が考えられた場合に、その政治的団体の、ここに書いてございますが、「特定の政党」、これは今解決つきましたが、その他の政治的団体を支持する目的を以て公の場所で言う、その場合に教員組合の組合員は日教組の組合員でありますから、日教組が政治的団体であるという考え方をされた場合には、その組合員が多数の人の所へ行つて、これは道路でもいいし、それから会場でもいいし、そういう所でやはり政治的なことを言つた場合には、これはやはり百二条に該当して懲役三年以下、こういうことになりますから、私は非常に危険ではないか、こういうことを申上げておるわけでございます。
#12
○公述人(河原春作君) それで私は先ほどから政治的団体であるとは私は考えておりませんと申上げておるのです。ただ政治的団体に変貌しつつある、線すれすれのところまで来ておるということを申上げたのであります。(笑声)
#13
○中川幸平君 大変通俗的なことで一、二小林委員長にお尋ねいたしたいと思います。先般、先般と申しましても今月の十日頃でありましたが、たまたま郷里へ帰つて、帰りの汽車に乗つた際に、汽車の窓に全部ポスターを貼つてある、何が書いてあるかと申しますと、可愛いお子様のために教育二法案を葬りましようということを全部書いてあつたので、たまたまそこへ車掌が参りました。誰が貼つたのかと言いましたところ、当分は今金沢で乗つたのだから知らない、知らんければすぐ調べて剥いだらどうかということを言つて、そのまま上野まで参りました。そのままになつておつたのを見たのであります。これは恐らく国鉄の労組の手によつて貼られたことと存じまするが、あなたのほうの組合の依頼によつて貼られたのじやないか。如何に労組間の仁義によつてとは申しながら、(笑声)国家の公器である汽車にまでかようなことを貼られるということは、果してどうであろうかという感じをいたしたのであります。又昨今我々委員のところへ、全国の教職員であろうと存じまするが、衆議院を通過した二法案を参議院の良識によつてどうでもして通過を阻止してもらいたいというはがきがたくさん参ります。中には又承わるところによると、貴殿はこの法案に賛成ということを聞いておる、何とか考え直して阻止してもらいたいというはがきがどんどん参つておるわけであります。元来この二法案は国会といたしましてもそう大した重要法案ではないような感じを、我々は頭がちよつと古いか知れませんが、感じておるにもかかわらず、(笑声)非常な重要法案にして国会の内外に騒がれておる。中立性維持の問題にいたしましても、教育基本法によつても当然処置せんければならん法律のような感じをいたしております。又特例法の一部改正にいたしましても、現在は半額国庫負担、全額国庫負担であれば当然国家公務員、ここにおいて全国の教職員は考えてもらわなければならんという感じをいたします。如何に労働組合が組合運動をやられましたところが、県、市町村の負担であつたならば今日の待遇は到底でき得ないのではなかろうか。のみならず、全国の教職員の中に、或いは政治活動の非常に好きな人もありましようが、大部分はこの法律が通れば、今後選挙があつても選挙運動を強いられることがなくて結構であるという人がたくさんおるように考えまするが、あなたとして如何ようにお感じになるか。又先ほど申しましたように、汽車の窓にまでポスターを貼るとか、或いは見ず知らずの、全国の教職員であろうと思う人たちからさような手紙が来ておる、如何に組織的の活動がかくまでに恐ろしいものであるかという我々は感じをいたしております。(笑声)それらの点についての御感想をお漏らし願えれば結構と存じます。
#14
○公述人(小林武君) 国鉄労組が汽車に貼つたということでありますが、これは国鉄労組の方々も、父兄の立場から二つの法案に反対の意を表示されたものと思うわけでありまして、これについては私は国鉄労組の立場をかれこれ申上げるあれはないと思いますので、その点は御勘弁を願いたいと思います。ただ国鉄労組の方々が父親として、母親としての立場からこの法案の重大性にお気付になつてやられたということについては、これはやはりこの法案の性格上これは当然じやないかと思うわけであります。それから見ず知らずの教職員からはがきが来たというお話でございますが、これはやはり先生方が政治をやられる方でございますので、何とかして国民の一人である教師がこういう考えを持つておるんだが、その考えを是非議会に反映して頂きたいというこれは真心の現われでありまして、決してこれは恐ろしい考えを持つた危険な行動に出ようというのでは決してないのでございますから、この点は一つ御了解して頂きたいわけでございます。
#15
○中川幸平君 組合の関係は。
#16
○公述人(小林武君) なお、それから政治活動といいますが、政治活動をするためにこの法案に反対しておるというような御解釈になつて頂くことは、これは甚だ迷惑と思うわけでありまして、先ほどから私も公述人として申上げました通り、この教育二法案がどんな影響を教育に及ぼすかという観点から申上げておるのでございます。なお、全国の教師というものもさような観点から申上げておるのでございますから、その点もどうぞ御了解頂きたいと存じます。政治的な立場からこの二つの法案は重要な法案でないかも知れませんけれども、私ども教師の立場からいえば極めて重要な問題でございますので、どうぞそのおつもりで御審議頂けたらば仕合せと考える次第でございます。
#17
○相馬助治君 私はこの際河原先生に三点お尋ねしたいと思うのでありますが、当委員会が先生を煩わして御指導を頂きたいという意味の中には、先生御自身の御意見を承わりたいとする念願が一つと、もう一つは、中央教育審議会における過程を通じての、その委員会の意思についても承わることができたならば幸いであるというような前提に立つておるのでございます。
 そこで先ず一点最初に承わりたいと思いますることは、この二つの法律案がこの国会に提案されまする過程を見ますると、世間ではいろいろ取沙汰されて、日教組対策であるとか、或いは自由党の選挙対策であるとかいわれておりまするが、私は今にわかにそれを信じようとするものではありません。文部省が申しておることを今そのまま信用することといたしますれば、中央教育審議会の答申書に基いてこの二法案を国会に提案するのやむなきに至つたというような意味の発言を文部大臣はされておるのであります。そこで中央教育審議会における論議の過程は、不幸にして私どもはその速記録等を見たいと思つたのでありまするが、見ることができなかつたのであります。ただ明らかとなりましたことの一つは、中央教育審議会の答申書は、当初文部省は、偏向教育が行われ、且つ、その可能性が増大しつつあるから、この際法的措置に出なければならないとする答申を期待したやに承わつたのでありまするが、先生がたの御良識は適当な措置をせよとこれを改正されたと承わつております。この辺の事情が私の理解に過ちありや否や、これを一つ承わり、同時に先生御自身の御意思は公述によつて承わることができたのでありまするが、中央教育審議会における少数意見としてもこのような意見があつた、或いはこのような考え方がこの適等な措置の中には含まれているのであるというような諸般の事情が、この際先生のお口を通じてここに開陳されまするならば、本員の非常に仕合せと思うところでありまして、これらの点に関しまして、私どもは今後正式に中央教育審議会の御意思を伺う機会がございませんので、この一点に関しましては是非とも懇切なる御指導を承わりたいと、かように存じます。
 御質問の第二点は、先生のお話についての具体的な質問でございます。御公述のうちに学長が公式の席上においていろいろな話をしておる、それと同じことに地方公務員である教職員をする法律なのであるから、さして問題はない、かようにおつしやつたかと存じます。そこでこれを具体的に申しますると、例えば矢内原学長の話を某所で聞きまするというと、現在の教育を推し進めて行くためには、やはり教育基本法の精神と憲法の精神がその中軸であらねばならない、そうすることになるならば、この際平和を守るためには再軍備に私どもは反対する、そうしてこれを今日主張している保守党の考え方というものは極めて危険である、かようなお話をされております。このことは明らかに別な言葉を以てするならば、或る政党を支持し、或る政党を非難しておると思うのであります。然らばこれと同じことが、この法律の成案後小学校の一教師によつて、仮に婦人会の会合においてこれと同じ表現を以て、これと同じ内容の話をされたときには、本案が加罰対象としておりまする事案に該当すると先生はお考えであるかどうか、先生の論述を以てするならば、さようなことはないというふうに判断されると思うのでありまするけれども、文部大臣の本委員会におきまする答弁によりまするというと、山口日記、これについてはいろいろ議論があります。私もその一部は甚だ偏向教育の虞れありとして、世人の指弾を受けること当然であるというふうに考えております。併しながらこれを刑法上の加罰対象とするかどうかということについては、極めてこれは問題があろうと思つておりまするが、三派修正によつて「ために」という言葉が加えられたために、山口日記のようなものは今後この法律案ができた暁には加罰される、刑事上の処罰行為に当る、かように明快に答弁されております。そういうことになつて参りまするというと、どうも先生がお考え下さつたこととはこの法律案が将来口をきく適用範囲というものは著しく違う虞れがあるのでございまするが、それらの点をも勘案されて一つ先ほどの学長と同じようなことが一小学校教員によつて婦人会において述べられたというような事態は、この法律案の適用範囲内に入るのかどうかということを承わつて御指導を願いたいのであります。
 第三点は、同僚議員高田君の質問に対しまして、中立維持法案は何ら教職員の政治活動を拘束するものでないとお話になりましたが、誠に失礼なことを申上げて恐縮なのでありまするが、御明快に御指導を頂いたのちにお詫びを申上げたいと思いまするが、私どもが理解しまするところによりますると、教育公務員特例法案と中立維持法案は不可分なものであると文部省が申しております。私どももさよう信じております。そこで中立維持法案は何者が罰せられるかと申しますれば教職員の団体を通じて教唆、扇動をした者が罰せられるのであります。ところがその教唆、扇動した者を罰するためのこの事案はどこで発見されるかと申しますると、学校の教育の場を通じて、例えば私なら私が、相馬という者が偏向教育をやつておる、そうしてこれはどういうわけでやつておるんだと、元を質すと教唆扇動が行われておる、そこでこれが罰せられる、いわゆる中立維持法案によつては私に関係ありません、私を教唆扇動した者が罰せられるのでありまするが、同時に相馬という教員は、教育公務員特例法の別な規定によつて、中立維持法案によつては何ら該当しないけれども、別な法律案によつて同時に刑事上の刑事被告人となつてこれが罰せられますることは理の当然であり、文部省の答弁等からも明らかに窺えるのでありまして、かように考えて見ますると、小林先生の公述というものも私どもには妥当した言葉であるやに承わつたのでありまするが、これは明らかに小林先生並びに同僚高田君の考え方が間違いであり、法的な立場からもこれは誤謬であるとするならば、一つそれらの点についても御指導を給わり、同僚高田君と共に私もそのみずからの誤謬を正したいと思うのでございます。是非以上三点に亘つて御懇篤なる御指導を頂戴したいと存じます。
#18
○公述人(河原春作君) 少し長く御質問を頂いたので、これは御答弁が漏れると思いまするから、そういたしましたらあとで又追加の御質問をお願いいたしたいということを先ず先に申上げておきます。
 第一の中央教育審議会の経過の内容についていろいろお話がございましたが、私は中央教育審議会からそういう中身を発表していいという委任を受けているわけでないのですから、私非常にその点困るんですけれども、併しまあこれは或る程度常識を以て許される範囲に御答弁申上げようと存じます。
 何か言葉尻を捉えるようで誠に申訳ないんですが、あの中央教育審議会の答申案が、何か文部省のほうでこういうことを知つておつて、そうしてそれがいつの間にか適切なる措置になつたかというような御質問でございましたが、全然そういうことはありません。
#19
○相馬助治君 文部省がそういうことを期待したんじやないんですか。
#20
○公述人(河原春作君) 全然そういうことはありません。あれはもう、私申上げますが、実は私が原案を作つた、原案を作つて同僚の委員諸君に見てもらつて、そのうちには実際この教員諸君もおられるんだから、あなたがたの立場も困るだろうから私はどんなにでも修正する、ただ私の気持が通らないと困るけれども。こういう話だつた。随分直したんです、直したのが……、併し文部省は全然関係がない。一体私らの乏しい経験を以ていたしますと、ああいう審議会の案というものは大体文部省で……、言えば文部省で作つてくれたんです。こういうふうにしてくれ、こういうふうにしてくれという注文をつけると作つてくれたんです。それを委員諸君がこう直したらいいんだろうというので出来上るものが諮問委員会としては普通なんですね。ところが今度の問題に限つて私には何も話しません。何も材料を提供してくれなかつた。全然委員会の独自の立場で作つてくれ、こういうわけ。それで仮にですね、若し材料がたくさんあれば、何も適切なる措置なんという、考えようによるとあいまいな答申案を出す必要はないんですな。私はさつき公述いたしました通り、何とかしなくてはいけないということを考える。それから又我々が得たる材料というものは、日本教職員組合の御好意によつて私どもが頂いた闘争目標、闘争方針かな、そういうものを五年分ばかり頂いた。而も全部刷つて頂いた。それから教育研究大会の報告書である「日本の教育」を頂いた。私はこれ以外に全然材料をとるということはあえてしなかつた。それはああいう委員会の手によつて、若しそういうその材料によつて教組がこうだとか、教員がこうだということを言い出すと、それはとても締りがつかなくなると思うのです。偏向教育の事例として当委員会でも大分御議論になつたようですが、これが確かとか、嘘とかというようなことはなかなか裁判所でさえむずかしい。あのくらい松川事件のような問題が起つても、この証拠は嘘だから無罪にしろと釈放運動を裁判所に要求することのできるような時代なんです。私はもうその公式の材料以外には一切材料を使わなかつた。日本教職員組合から御提出を願つた二つの材料以外には全然委員会の答申案を決定する材料には使わなかつた。先ほど申しました通り、文部省からも一つももらわなかつた。そこで皆が考えて、どういう具体的の案がいいだろうかということを研究しても、なかなかそれだけでは名案ができない。そこでとにかく何とかしなけりやならんという点だけは確かなんだから、文部省において適切な措置をとつて欲しい、こういう答申案を作成して、まあ多少の修正は経ましたけれども、十六対三ですか、大多数で承認されたのであります。
 それからどういう委員の発言はどうだという、どうですかね、あれは委員長如何ですか、そういうことを、委員の名前を申上げてもよろしいのです、私はちつとも差支えないのですが。
#21
○委員長(川村松助君) いや、先生のお考えで、差支えないとお考えの分は御発表願いたい。
#22
○相馬助治君 私から補正してもいいと思いますが、どの委員がどういうことを言つたと私は申したのではなくて、少数意見の中で非常に参考になる意見がありましたならば、差支えない程度においてお漏らし頂けるでしようか。
#23
○公述人(河原春作君) 名前は言わないでいいですか。
#24
○相馬助治君 勿論私は名前なんか問題ではない。少数意見の中で参考意見として先生が取上げたようなことがあつたらお漏らし願いたい。こういうことなんです。
#25
○公述人(河原春作君) 反対意見のうち一人はこういうことをおつしやいましたな。日本教職員組合は平和憲法と教育基本法を最も忠実に実践しているのであるから、こういう答申案を作る必要がない。こうおつしやつたかたが一人あります。それからもう一人のかたは、日本教職員組合のやり方には憤懣を禁じ得ないけれども、立法措置をとることはどうかと思うから、私はこの案には反対する。もう一人のかたは、私は、そのかたは理由も何もまあ大体同感であるけれども、立法措置をとつてもよろしい、よろしいけれども、折角中央教育審議会というものがあるのだから、その具体案を諮問した上でやつてもらいたい。その諮問のないうちは反対だ。まあ反対のかたの意見は御参考になると思います。そのほかにいろいろ賛成意見を述べて下さつたかたもありますが、それは別段申上げません。第一点は大体それでよろしうございますか。
#26
○相馬助治君 結構でございます。
#27
○公述人(河原春作君) それからその次、矢内原さんの公開の席上における演説を教員がよそでやつて今度の法案に触れないかどうか、まあ大体そういうことですね。私は矢内原さんの公式の演説というようなものをときどき新聞でざつと見ないことはないけれども、深く知りませんから、こういう問題になつて、それをどうのこうのということは、実際お答えしにくいけれども、ここは内輪と考えて、余り公式になつては困るけれども、よろしうございますね。
#28
○相馬助治君 結構です。
#29
○公述人(河原春作君) それでは質問者の御了解を得てそういうふうなつもりで返事をいたしますが、矢内原さんは恐らく自由党だとかそんなことは言わないだろうと思う。例えば保守党とか何とかいうお言葉を使やしませんか。
#30
○相馬助治君 私もさよう申したつもりですが、時間をとつて非常に恐縮なんですが、矢内原さんは、今の教育は憲法と教育基本法によつてやつておる、そこで再軍備を強調し、そうしてこの平和を守ろうとする動きは正しい。これは政党によつては、保守党によつて再軍備というようなこともいろいろ言われておるけれども、なかなかこのことには問題がある、こういう意味のことを申したのであります。で、私は自由党だとか社会党だとかいうのではなくて、という話を諸学校の教員が話をした場合に、聞く人によつては保守党と言えば自由党と改進党、別のほうは社会党のことを言うのだろう、こういうふうに考えるだろうが、かように一種の誤解をされやすいような話が、将来さつき申したような場においてなされた場合に、本法に規定される刑罰行為と認定されるであろうかどうであろうか、かようなことの御指導を頂きたい。
#31
○公述人(河原春作君) お教えなんと言われても実は法律案を何も知らないで、今度勉強しただけでありますが、あれは保守党という字を使つたことは問題起らないんです。特定政党とあるんですから自由党とか左派社会党といいますか、そういう字を使えばいけないと思う。何も、そういう刑罰を伴うのですから、あいまいなことを言つて、あいまいに該当するということは、どうしてもはつきりしなければいけないと私は思います。
 第三の点ですね。それからこのお言葉の中で、山口県日記の中で二、三非常に自分は悪い点があるということは認めるということで、非常に私は安心したんです。何かあれを全然何も差支えないんだというようなことを、日教組のことを言つては悪いのですが、そういうふうに人が言われる。それではどうもいつまでたつてもなごやかに仕事が進行しないで……。それからついででよろしうございますか。
#32
○相馬助治君 はあ。
#33
○公述人(河原春作君) 昨年のいわゆる方向転換の決議、あれが新聞に載つたときは世間がどのくらい喜んだか知れない。我々も富んだ。私は先ほども申上げました通り、日本教職員組合という、教員というものの身分を確保するために団結を作る必要があるということは全然同感であります。従つて日本教職員組合が健全なる発達をすることを喜ぶ点においては人後に落ちないつもりであります。併し先ほど申しました通り、山口県日記の際にとつた措置は、その後の行動についてやや悲観しておつたら、あの決議に本当にみんな喜んだ。ところが少したつと書記長か何か知らないけれども、あれは商業新聞の報道なんで我々は全然知らないのだ。もう実際がつかりしましたね、本当は。
 それから最後に私さつき申上げようが悪かつたかも知れませんが、義務教育諸学校における教員の政治的中立の確保に関する法律案の処罰の対象となるものは、義務教育諸学校に勤務する教員に対して教唆、扇動するものであるから、教員を目標としたものでない、こういうことを申しました。無論それは教唆、扇動をする人の身分が教員である場合もあるでしようけれども、併しそれは法律案の目的とするところじやない。教員かどうかは法律案の目的とするところではない。従つて中立法案については、教員には何も関係がない、刑罰を以て脅かされておるということはとんでもない話だと実は先ほど申上げた。それからそれならたまたま特例法に該当することによつて、結局刑罰を以て威嚇されることになるのじやないかというお話がございましたけれども、そのほうは特例法違反になるのだから、中立法違反があろうがなかろうが、特例法違反だという、その特例法という一つの法律によつて刑罰を受ける。中立法だと、あなたのようにおつしやれば関係がないとも言えないかも知れないけれども、これは普通常識で関係がない、こういうふうに言うのが当り前じやないか。なおお答え漏れがありましたら……。
#34
○木村守江君 時間が遅くなりましたから簡単に小林委員長に御質問申上げます。小林委員長の御説によりますと、この法律案は両方とも要らないと思うというお話でありまして、私ども文部委員といたしましても、こういうような法律案は成るべく作りたくない、本当に。而もその刑罰を以て処するような法律案は作りたくない。特に私は教育というような法律から考えまして、教育を法的に規制するなんということは、教育の本当の自由を束縛するものだというような考えまで持つておりまして、教育の法的の規制ということについても非常に異論を持つておるものであります。ところが今回の国会におきまして、この法案を我々が審議しなければならない状態に立至りまして、いろいろな方面の状態を考えて参りまして、この法案を作るのも止むを得ないのではないかというような状態に立至つたのでありまするが、小林委員長のお話では、今日に至つてもなおこの法律は要らないというようなお話でありますので、私は簡単にお伺い申上げますが、然らば小林委員長は、一体教育基本法の第八条が守られて、立派に守られておるというような考えの上に、現在日本においては偏向教育がないのだというようなお考えであるかどうか。イエスかノーかで結構ですから、お願いいたしたいと思います。私はその後にいろいろ委員長の話を聞いておりますと、まあ八条違反の、八条に違反するような教育があり、或いは偏向教育があるというようなことを認められたのであろうと思われまするが、こういうような場合においても、こういう法律を作ることは好ましくない。やはり教育者自身の教育に対する自由な議論の末に決定さるべきものであるというようなお話でありましたが、私どもそういうことを心からお願いしております。何とかしてそういうような方向に行つてもらいたいと考えておりましたけれども、御承知のように、この一例を申上げてみますとですね、山口日記の例にとりましても、これは山口県の教員組合において相当論議された末に、この山口県の日記が現われたものであると私は思うのであります。こういうような点から考えますと、ただ本当に教育者自身が教育に対して自由な検討をしていられたものが、而も我々から考えまするとかなり偏向した方向に進んでおるのではないかというようなことを考えますると、あなたの言わるるような教育者自身の自由な教育の討議に任しておくことはできないかというような結論になつて参るのであります。特にこれに対してどういう考えを持つておられますか、簡単で結構ですが、特に日教組の、日教組というものは、日教組の計画的の指導というものは決して公人を縛るものではないのだ、これは教育者の個人的な結合であつて、決して公人としの先生を縛るものではないのだというようなお話でありまするが、これは恐らくあなたの間違いか、それともこれは詭弁だろうと言わなければならないと私は思うのであります。表面におきましては勿論公人の結合でないかも知れませんが、実際におきましては教育者自身、教育者であるいわゆる教育公人として縛つておる結合であると申上げても差支えないのではないかと思うのであります。特に私は一例を、忙しいからもう時間がありませんから申上げますと、今回の日教組でとりましたいわゆる振替え授業のあの事例の一例を見ましても、私は全く公人としての教職員を縛つておるものであると言わなければならないと思うのであります。私はかように考えまして、あなたの言うことに賛成いたしたいのでありまするが、あなたの言うことにつきましては、どうもやはり表に現われたことばかり言つておりまして、その内容において、実際教育の面に及ぼす影響につきましては、あなたの言つておることが非常にぼけておるということを言わなければならないのではないかと思うのであります。
 それから私はこの際、(「批判しているのか」と呼ぶ者あり。)いやいや質問しているのだよ。この際ちよつとお伺いいたしたいのでありまするが、日教組、この法案を審議いたしまするのに非常にやつぱり日教組のことが必要になつて参りますので、お伺い申上げまするが、一体日教組というものは、先ほどから最近政治的団体に変貌しつつある、或いは政治団体であると言わるるような批評があるというようなことを言われおりまするが、私は日教組は勿論政治的団体ではないと思つております。併しながら現在の日教組が或る政党の大きな影響を受けつつあるということは、私は否定でき得ない問題ではないかと思うのであります。かような点から申しまして、私は衆議院で取上げました、或いは闘争資金に国会議員に三十三万円送つたとか何とかいうような問題をここで取上げようとはしません。あれが研究資金として出されておるならば問題はありませんが、少くとも目的を持つた闘争資金でありましたならば、これは大きな涜職であると言わなければならないと思いますが、私はここではこの問題に触れようとは考えておりません。私はお聞きいたしたいことは、一体日教組の執行委員というのは、専従職員であるかどうかをお伺いしたい。勿論日教組には専従職員は正式にあるはずはないと思いますが、まあ専従職員のような恰好であるかどうかをお伺いいたしたいと考えます。併しこの日教組執行委員は専従職員であろうが或いはなかろうが、これは教職員であることには間違いがないと思います。その教職員の身分にある人が国会議員の批評をしておつて果していいものであるかどうか、これをお聞きしたいと思います。(「批評とこの法律とどこに関係がある」と呼ぶ者あり)関係があつてもなくても静かにお聞きなさい。痛いところを言われると文句が出る。私はこういうことを、これは地方公務員法にも違反します。これは大きな問題であつて、或いは進展いたしますれば、本人の懲戒処分等になり、身分の問題にも関係して参ると思うのでありまして、この点を明瞭にいたしておきたいと思うのであります。
 それから昨日もいろいろ論議された問題でありまするが、この世界教育会議に参りましたのでありますが、これは日教組とは何ら関係のないということを聞いておりましたが、なお今日は委員長が参りましたのでお聞きしたいことは、世界教育会議に出席されました人々の経費はどこから出ておりますか、知つておりますればお聞きしたいと思います。(「当然よ」と呼ぶ者あり)なおこのおいでになられました方々はどういうふうにして選考されましたか。それはあなたは知らないかも知れませんが、この行かれた方々の名前を見ますと、これは日教組に関係のある、教員組合に関係のある人が殆んど全部であります。こういうことを考えますと、これが日教組と教員組合と何ら関係のないということは、言い逃れはでき得ないのではないかと思う。こういうようなことがあるからいろいろな誤解が起るのだと、こういうようなことを考えまして、私は今日委員長がおいでになりましたので、どうか委員長にこういう疑惑を受けるようないろいろな点を明瞭にしてもらいまして、而うして日教組を正しく世間の人に見てもらうというのが法案の審議上大変に便宜であると考えますので、どうか以上の点につきまして御答弁をお願いいたします。
#35
○公述人(小林武君) 第一問は、教育基本法が守られているかというなんでありますが、私は教育基本法並びに憲法を守ろうと日本の教師は努力して、そうして守られているものだと思います。併しながらこれが日本の隅々まで全部守られている、そういう過ちは絶対ないかどうかということは、これはやはり断言できないと思います。そういうような具体的な事実は知らないけれどもですね、そういうことは(「誰でもわからない」と呼ぶ者あり)断言できませんけれども、私の考える範囲においては、守られているということを思つているわけであります。
 それから山口日記は、どういう御質問だつたでしよう。
#36
○木村守江君 いやあなたは例えば八条が守られていない。偏向教育が行われているというような場合には、こういう法案でない、刑罰を以てする法案でない、教育自体が教育を自由にディスカッシヨンして結論をすべきじやないか。ところが、これは山口日記は相当教員組合でディスカッシヨンしたあとに作られたものだと私は思うのであります。そうした場合に、教員諸君に任かしておいて、自由な討議をさした末にできたものがこういうものであるということを考えたときに、これは誠に残念ですが、教職員諸君の自由な討議にのみ任かしておくことはできないのじやないかと考えるのです。それに対して御意見を……。
#37
○公述人(小林武君) 山口県の日記は、私は少くとも編集するときはですね、山口県の執行委員は十分検討したと思います。検討したけれども、やはりその中に先ほど私が申上げました通り、これがいわゆる特定政党を支持したというようなことにはならなくても、枠の中に書かれている一々の記事の中には私もそれは納得の行かないものがある。併しそれは山口の県執行部がそういう編集をしましても、それが全国的の問題になれば、私どもはやはりそのことを山口の人に言つているのであります。山口県の執行部の者に対して私ははつきり言つているのです。その点については、あなたがたは、私は、そのときいろいろ問題が起きた、容共的分子であるとか、あれを没収するとか、いろいろな手当がありましたが、それについては私はやはり不当だと思う。それについては、日教組としてはやはりあなたたちの言い分を守つて、そうして言い分を通してやりたい。併しながらその内容の一、二カ所の問題について、あなたたちはやはり教師として本当に子供に最上のものを与えるという立場から、そういう立場に立つてやはり反省をしなくちやいかん、こういうことは私は言つております。それについては了承いたしまして、その次からの日記については、私はその次からの日記についても取調べております。その次からの日記については、これは私も満足すべきものがだんだんできて来たと思います。それに至つてもなお且つ、私は教育の、とにかく教育人がものを考えるときにおいては、いつでも現状に満足できないのですから、改良はしなければなりませんけれども、だんだんよくなつて来ている、而も前に現われたような状態はなくなつて来ているということで、私はやはり討論によつて幾らでもそれは直せるのだということを考えている次第であります。
 それから日教組の計画的指導についての私の公述についての御意見でございましたけれども、これはやはりそこはどうも組合の中にお入りになつて、組合を十分やはりおわかりになつてもらえない、私どもも又説明がなかなかうまく行かないのでありますけれども、これはやはり先ほど申上げました通り、組合というものはどこまでもやはりその個人の立場を擁護する個人的なものなんです。ですから私はそれが公人としてやることについて指令するとか何とかということは、やはりこれはやつてないわけでありますから、その点はやはり区別があるわけであります。この点は私は、この前の衆議院のときも申上げたのでありますが、若しそういう影響力があるから、又日教組の組合員であるから、やることはみんな日教組ばりでやつちやうのだろうということならば……。
#38
○木村守江君 振替え授業は……。
#39
○公述人(小林武君) 待つて下さい。だんだんやりますから、そういうことで言いますれば、例えば自由党の大臣がなられたから何でも自由党の方式でやるということもないと思うのです。やはり教育行政全体のことを考えてやはりやられる。それから自由党に所属しておられる役員のかたがあつて、そのかたがなつたから何でもそういう尺度でやるということはないと思うのです。そういう建前は日本の場合においては認めなければならんと思います。政党の政治とか、議会政治というものの中において。だから私は組合の組合員であるからして、公人としてのそれに全部影響して行くのだということを考えるのは、私はやはりちよつとこれは酷だと思うわけであります。
 それから振替授業のことのお話がありましたが、これについては私どもは決して一斉にそれを取替えろと、日教組の立場で取替えろと言つたことはないわけであります。この点は私どものほうは校長なり或いは教育委員会なりに十分話合いをつけて、そうしてその了解を得たならばやるようになさい、だからできない所とできる所ができたわけでございます。(「それは公的な問題です」と呼ぶ者あり)この点については私どもやはり公的なものと私的なものをはつきり区別しているつもりでございます。
 それから政治的な変貌をしているという御批判でございますけれども、その御批判の中に或る政党の大きな影響を受けているというお話でございますが、私はこれは受けていないと思うのです。少くとも私どもは、少くとも私も、私どもの今の執行部も、うちの執行部に対してどの政党であろうと、政党的な影響力、政党的にこれをかき廻すというようなことは絶対許さないという態度を持つております。(「観点の相違だ」と呼ぶ者あり)併しまあ御指摘になるのは、恐らく私の組合から出身した者の多数が或る政党に所属しているというようなことを御指摘になるならば、これは私は非常に迷惑するのでありまして、(「そうじやないのだ」と呼ぶ者あり)組合をやめて出て行かれるかたがどのような政党に入ろうと、これは組合が拘束すべきでないと思うのです。(「大会の決議だよ、内容は。」と呼ぶ者あり)どうぞその点は御了解を頂きたいと思いますのであります。
 それから執行委員はこれは専従でございます。この専従であるというのは、これはちやんと届出をして、これは正当の許可を得たものがなつているわけであります。但し身分は教員として身分を持つております。学校もやはり所属する学校というのはあるわけであります。俸給その他は全部組合から出すということになつております。
 それから世界……。
#40
○木村守江君 秘書の問題は。
#41
○公述人(小林武君) ああそうですか。教職員が秘書をしているものはないと思います。(「あつたらばどうします」と呼ぶ者あり)あつたらば間違いだと思いますね。(「間違いでは済まないですね」と呼ぶ者あり)それはあるでしようね、(「間違いでは済みませんよ」と呼ぶ者あり)わかりました。ないと思います。(「あるもの、実際」と呼ぶ者あり)
 それから世界教員会議についてのいろいろ日教組との関係でございますが、この中には日教組の者も参加いたしました。これは事実でございます。但しその経費がどうであるかとか、或いは人選がどうであるとか、或いはその他いろいろな会議に参加することにつきましては、当時私は来たばかりでよくはわかつておりませんが、少くともそのときは準備会議というものが持たれました。そこで運営されて日教組はこれは直接タッチするわけではないわけであります。この点については他団体との関係ということはやはり明確にしなくちやいかんと思うのです。私どもは他団体に加盟するとか、或いはそれに参加する場合においては、これは大会並びに中央委員会という決議機関に諮らなければこれはできないのでありまして、そういう不明確な態度はとつておりませんので、御了承頂きたいと思います。(「ちよつと一問だけ」「こつちにも廻して下さい」と呼ぶ者あり)
#42
○委員長(川村松助君) 公平にやつております。(「公平つて、この間から言つておるのですよ、発言してないのです」と呼ぶ者あり)とにかく発言を求めた人の順序にやつております。
#43
○須藤五郎君 ちよつと待つて下さい、私が発言しますから。
 お二人にお尋ねするのでありますが、戦前は学校の校長が教育勅語を読み間違つたというようなことで引責辞職をしたというようなことを私たちたびたび聞いておりました。全く戦前の教育者というものはこういうふうに自由も何もない。常に戦々兢々、小心翼翼として教育に当つていたというのが戦前の教育だと思うのです。ところが今度この二法案が若しも成立するといたしますならば、今度は辞職するのにとどまらず、刑務所に引張られなくちやならんというようなことであり、自分の言動が政治的な意見になりやしないか、この法案に触れやしないかというようなことを常に考えて、実にその自由というものが少しもない、常に脅かされていなくちやならないような状態で教育をしなければならないという状態に追込まれるのではないだろうか、こういうふうに思います。河原さんは、この法案によつて教員の活動が何ら拘束されるものじやない、何ら脅かされるものじやないというふうな御意見でしたが、私は実際教育に当る者としまして、恐らく自分の言動に常に小心翼々でですね、常にその不安に脅かされながら教育をして行かなければならないという結果が来て、そのために伸び伸びとした教育ができなくなるのではないか、そういうふうに考えるのです。特に今日日本の学校教育の最も主眼点は平和教育にあると思うのです。これは憲法に定められたところの第九条の精神を教育に活かしているのであつて、これは実に立派な教育だと思うのです。これが戦前の教育と、戦後の教育との大きな相違点であつて、そうして又最も尊い点だと私はそういうふうに解釈するのでありますが、ところがこの平和教育すらも偏向教育として処断される虞れが生じているということなんです。河原さんはそういうことはないとおつしやるかわかりませんが、今度私たちに出されたところの二十四の事例の中にも平和教育の事例がやはり出ているわけなのです。そうしますと、ここでは自由党と言つてもいいと思いますが、(笑声)自由党の諸君は憲法を改正して行こうという、そういう意見を持つている。ところがその平和憲法を改正されては困るという立場から、学校の先生がそれに対して闘う場合に、これは一政党の主張に反対するとして、平和憲法を守ろうという運動はこの偏向教育の事例として処断されるという結果が来るのではないかと思うのです。というのは、保守系は、来年にもなれば、平和憲法を改正して再軍備をやろうという考えを持つて、今日虎視眈々としているわけです。そのときに学校の先生たちが児童を通じて家庭に対して、平和憲法を守ろう、再軍備に反対しましようという教育をすることが、保守系にとつては一番怖いことなんです。それが一番怖いから、今度こういう法案を出して来た原因はそこにあると思うわけですが、この平和憲法を守ろう、平和を守りましようという教育が、この法案の対象となつて懲役に処せられるとするならば、これはとんでもないことだと思うのでありますが、お二人のこの平和教育が偏向教育であるかどうかという点に対する御意見を私は伺つておきたいと思う。
 又、もう一点申しますと、ここに児童がありまして、今日自由党内閣は汚職で一ぱい汚れております。(笑声)どうですか、先生、こんな内閣を存続さすことはいいことでしようか、どうでしようかという質問を学校の先生に質問する。学校の先生はどう答えましようか。汚職をする立場から見ても、悪いことをした。その汚職をやる内閣は一日も存続さすということは絶対許されないことです。而も今日この汚れた内閣が今日も存続しようとして悪あがきをしておる、(笑声)こういうことを児童が先生に質問をしたとき、先生はどう言つて答えるのですか。それは許すことができないのだ、こう言つて答えるのが私は教育者としての道だと思う。(笑声)それが正しいことだと思う。(「その通り」と呼ぶ者あり)ところがそう答えたらば、自由党を一方的にやつつけるものだとして、この法案によつて偏向教育として処断される虞れはないかどうか。恐らくそういうことが怖いために、汚職内閣がこういう法案を出して来たと私は断ぜざるを得ないと思いますが、(笑声)この点に対しまして、お二人の御意見を伺つておきたいと存じます。
#44
○公述人(河原春作君) 戦前教育勅語を誤り読んで懲戒処分を受けたり、或いはお酒の好きな人が赤い顔をして道路を歩いていると、ああいう先生じや困る。或いは独身の男と独身の女が恋愛関係に陥ることは、現在では恐らく何にも問題にならんと思いまするが、昔はやはりそういうことは問題になつた。だから教育者、殊に義務教育諸学校に勤務する教員諸君が非常に束縛された状態にあつたということは、私も全く御同感であります。けれどもですね、その昔はそういう特別の待遇を受け、特別に世間から見られた半面として、先生はすべて聖人君子だと皆思つている。(笑声)いわゆる三尺下つて師の影を踏まずですかな、そういう扱いをしていた。(「そんなこと嘘だよ」と呼ぶ者あり)ところが嘘です。本当ですよ。それは嘘です。全く嘘ですよ。が、そういうことを言うておつたのだね。(「そう言つて欲しい」と呼ぶ者あり、笑声)ところが近頃はどうでしようかな。文部省の廊下に座り込んで、徹夜をして、大臣室に入り込んでは大臣の出入を妨害したり、或いは又局長室に入つて、事務机の上に土足で上つて威嚇する。私はね、労働争議として、今しているそういうことが許されておるなら、私はそれを決して咎めようとするものじやないのですよ。悪いと申上げているのじやない。労働争議の或る一つの方法として通常認められておるなら、私は決してそれは悪いと申上げておるのじやないけれども、そういう半面と、又さつきのような、一方において教育者に対して刑罰を以て臨むごときは、到底許せないという……、これはやはり復古調ですね。逆コースです。(笑声、「逆コースということをどう考えられるのか」と呼ぶ者あり)そういう点少し話が……(笑声、「逆コースを認めているよ」と呼ぶ者あり)それで少し話が変になりましたが、(笑声)平和教育のお話ございましたがね、平和教育が悪いなんということを、誰も言う人はないでしようね。これは無論誰もない。ただこういうスローガンみたいな言葉は、とかく特定の意味を持つておる。平和四原則とか、平和攻勢とか、私は平和憲法という言葉も、近頃は特別の意味を持つているのじやないかという気がする。(「それはあなたの論理ですよ」と呼ぶ者あり)まあちよつと私の頭が悪いのかも知れないけれども、(「いいともいいとも」と呼ぶ者あり)もう少し待つて下さい。例えば学校の先生は、なぜ日本国憲法を守らなくちやいかんと、なぜこういうふうに説明しないのでしよう。若し仮に国民大多数の意思によつてこの憲法が改正されて、戦力を持つことが許された場合において、その人々は、我々は平和憲法を守るのだが、今度の憲法はいかんと言うのでしようか。私はそういう特別なイデオロギーを持つとか、特別な誤解されるよなう言葉を使わないで、少くとも相手は小さいのだから、誤解をされないように、あなたがたは日本国憲法をよく守らなければならん、こういうふうに言葉を……(「今日の憲法は平和という点が特色ですよ」と呼ぶ者あり)
 それからその二法案の話が……(「討論だよ」「討論じやない」「討論じやなければ自分のさつきの質問なんか滅茶苦茶じやないか」「多数で偏向するなよ」と呼ぶ者あり、須藤五郎君「私は邪魔しないでお答えを聞きますよ」と述ぶ)続いて二法案についてのお話でございましたが、これは先ほどたびたび申上げました通り、いわゆる法案ができたからといつて、教員に何も刑罰を科する……、実態は教唆することにあるのだから、法案ができたからといつて、何も教員に刑罰が科せられるなんて、そんなことを考えるのは、私実際失礼ですが、おかしいと思う。
#45
○須藤五郎君 それから特別法のほうで今度は危険が生じます。
#46
○参考人(河原春作君) それはそうです。特例法のほうは、私もさつき申上げましたように、特例……学校の先生と同じような待遇をしておるのですね。昭和二十二年ですが、国家公務員法ができた。その時分から今日まで過去問題もなしで来ておるのですから、私は別に大して問題はなかろうと実は思つているわけであります。
 それから先ほどお話ありましたように、そのとき憲法改正の案でも出たときには、児童を通じて家庭に呼びかけて反対しろ……、それだけはして欲しくないのですね。これはこの教育法案と何も関係ないでしよう。関係ないかも知れないけれども、それではね、根本的に私らと教育の考え方が違うのだから、どうも返事のしようがない。
 それから汚職の問題が只今出ましたね。私は何ですよ、大学の学生なら……又大学の学生ならそんなこと聞くわけはないでしよう、自分で汚職は悪いと思つているのだから……。小学校の教員……、小学校や中学校の子供は、やはり少し現実、余りに現実の生々しい問題と取組まないで欲しいと私は希望する。これはあなたがたのお考えと違うかも知らんけれども、そういうような気がする。なぜかというと、仮に汚職でどなたか引張られた、逮捕されて調べられた。一審で仮に裁判所で無罪になつたらどうしますか。二審へ行つて無罪になつたらどうしますか。そういう例はたくさんある。併し道義的責任において、政治家が堂々と論じて、そういう疑を受けたものはこの内閣においてはいかん、やめろ、これは当然ですな。今の裁判所の判決を待つていたら、いつになつて切りがつくのかわからない。政治家として私は当然だと思う。政治家としては当然だけれども、小学校や中学校の先生が、まだ罪のきまらないものに対して、あれは汚職だからいかんということはまあ先生が自制して、自粛して本当は欲しい。仮にですよ、仮に、私がですな、汚職事件で今日逮捕状が来た、私はそんな小さい子はないですけれども、小さい子が学校に行つている、そういうときに、先生はどういう扱いをしたらいいと思いますか。なんとか慰めて、童心を傷つけないように、将来を誤らしめないように、みんなをなだめて、あの子は気の毒なんだから、そういうことは成るべく言わないようにして、あの子を立派な人間にしてやつて欲しいと、ほかの子供を教えるのが先生でしよう。その先生が、汚職だから、汚職だから罪なんだということを言うのは私はどうかと思う。
#47
○須藤五郎君 政治家の汚職が悪いというのが問題ですね、小林さんの。お二人のお答えを求めたい。
#48
○公述人(小林武君) 戦前に教育勅語があつて、それについてのお話がございましたけれども、今はもうないから、そのことはもう大して問題はない、心配はないと思いますが、ただ私は、やはり戦前にあつた或る一つの束縛というもの、そういうものが、今度のこの法律ができることによつて甦つて来るということを非常に恐れるのであります。私もやはり教員をやつておつて、私の実例を申上げて甚だ申訳ありませんが、教員になりたてのときでありました。歴史の授業を町の研究授業でやらされまして、丁度そのときに新田義貞が劔を海の中に投げるところの授業をやつた。稲村ヶ崎で劔を投げる挿絵がある。私はなりたてのほやほやでございまして、みんな見て下さるので大変張切つたまではよかつたのですが、その挿絵をいよいよ取扱うときに、これは劔を投げたから水が引いたんじやない、新田義貞というのはえらい一方の大将だつたから、丁度満潮干潮のあれを知つておつて、士気を鼓舞するために劔を投じたのだ、それが丁度あれして、兵隊もそれに非常に力を得て戦つた、こうやつたのでありますが、そうしたら、非常に皆さんから叱られまして、神国日本、こう言う。それで、そのとき、小学校の教育で国史を扱う場合には二つの見方がある、純正な史学の上に立つ純正史観、それから応用的な歴史観、応用史観というものがある、少くともこれを教えるときには、応用する、応用史観でなくちやならん、お前は本当のことを余り言い過ぎるというので大変叱られましたんですが、こういう非常に束縛下における教育というのはむずかしいと思うのです。これは平和問題、平和問題の教育になりますというと、私は平和ということを言つて悪いということはないと思うのです。これは大臣も認めて、私どもに平和教育はやつてよろしい、こういうことをおつしやつた。これは間違いないと思います。今のような話で、この平和教育という問題は非常にむずかしいことになると思うのです。併し、教育基本法にも明かでありますし、憲法にも明かなんでありますから、これはやはりやると思います。そこで本当に平和ということを子供に知らせることを教師のあらゆる日常活動を通じてやるということになれば、私はここに至つて、良心的であればあるほど動揺する。そういう点で非常に心配があるのでございまして、この点については、やはりこの二法案というものは非常にまずい法律じやないかというふうに考えるわけであります。
 それから汚職の問題でございますが、私は汚職の問題では、やはり生徒がそういう質問をしたという場合において、対象を考えなくちやならん。どんな一体生徒なんだ。まさか小学校の一年生がそんな馬鹿なことを聞きはせんと思いますが、対象を考えてやはり話をしなくちやいかん。だけれども、私は、この中でもやはりこれを聞いて、何と言いますか、刺激的なあれで以てやるということはいかん。子供の成長の段階に応じたものでなくちやいかん。少くとも、その中においては、汚職をするということは悪いことであると言つても、それを特定の誰かを挙げて、更にそれをどうするのだ、断固何とかするというようなやり方の教育というものは、これはやはり教師として相当考慮を要するのであります。その建前は、はつきり教師として日常活動にやらなければやはり駄目だと思うのであります。
#49
○剱木亨弘君 ちよつと木村委員の質問に関連したことで、言葉尻を捉えて言うのではなくて、やはり真実でないと思つたものですから伺いたいのですが、日教組の専従職員の問題でございますが、これは法律的には単位団体であるものに専従職員があつて、府県単位までは専従職員というものは置き得ると思いますが、中央の日教組におきましては、恐らく実際上は府県なり市町村の専従職員として認められた者が出張した形で日教組におるじやないかと考えておりましたが、あなたは今、日教組の場合の専従職員であつて、届出を済ましておるということでございましたが、その点ちよつとお教え願いたい。
#50
○公述人(小林武君) 只今おつしやる通りであります。私の例を申せば、私は北海道のあれで許されております。道で許されております。条例がそのようになつております。これは教育委員会の了解を十分得ております。
   〔委員長退席、理事劔木亮弘君着席〕
その形において私は日教組の専従職員として出て来ておるわけであります。日教組としてというようなことはそうではありません。
#51
○岡三郎君 河原先生に一つお伺いしたいのですが、昨年の十月二十五日の朝日新聞に出ていた吉田首相の特使としての池田氏が米国のロバートソン国務次官補との会談議事録中に、「会談当事者」、二人ですね。「は、十分とまではいえないにしても、ともかく日本で防衛力といもつたのを作るだけではなく、これを維持するためにも今後数年間にわたり相当額の軍事援助が必要であることに同意した。」又「会談当事者は日本国民の防衛に対する責任感を増大させるような日本の空気を助長することが最も重要であることに同意した。日本政府は教育および広報によつて日本に愛国心と自衛のための自発的精神が成長するような空気を助長することに第一の責任を持つものである」という内容のあることが報道されておるわけです。前項の軍事と後項の自衛という二つの言葉を対照すれば、後項に言うところが再軍備促進のために政府の権力を用いて教育を左右する意味であること、このことに一点の疑をこれからは差挾むことができないと思う。そこで日教組の再軍備反対を一方的と非難する答申案の起草者であるあなたは何故このような会談内容に同意した人たちの措置を教育の中立侵害として非難しないのかどうか、この点が第一点、御自身の態度が一方的ではないかと私は思うのですが。
 それからサンデー毎日の二月七日号の報ずるところによれば、静岡の研究大会で長崎の小学校の先生が木村保安庁長官を歓迎するために生徒に日の丸を持たせ軍歌を歌わせるように強要された事実が報告されております。これはその他にも書いてありますが、この法律のごとくであれば、明らかに学校教育が再軍備政策に協力すべく強制されておるわけであろうと思うのであります。これこそ私は政治的であり、一方的であると思うのですが、答申案にはこのような出来事が一言も言及されておりません。つまり答申案によれば、再軍備政策に協力する者は教育の政治的中立を守らしむることになるが、再軍備政策に反対することだけが教育の中立性を破ることであるとの結論に達するのであります。言い換えると、教育の中立というのは再軍備に協力することであるというわけになるわけでありますが、この点についてなぜ答申案にこういつたものを言及されることがなかつたのか。その点と、それからもう一点は、以上のような問題から考えて、現在の政府がこの教育二法案を重要政策である、重要法案であると言つているのは、(「そうは言つていない」と呼ぶ者あり)防衛二法案、MSA、(「幹事長は言つているじやないか」と呼ぶ者あり)警察法案と、これははつきり言つているわけなんです。これはそうでないと自由党のかたが言つているのに私は驚いているわけですが、まあ明確にそういうふうに出ているわけです。こういうふうな法案との関連から言つて、この教育二法案自体が将来防衛二法案なり、MSA援助等と関連して日本の憲法改正なり、或いは再軍備を強行しようとするところの意図から出ているというふうに我々はとられると思うのです。
   〔理事剱木亨弘君退席、委員長着席〕
そういうふうな点について、そうでなければそうでない、そうであるならばそうである、御見解を承わりたいと思うのです。以上について更にあと一点この御返答によつて御質疑をしたいと思うのです。
#52
○公述人(河原春作君) 十月二十五日の朝日新聞、サンデー毎日というようなお話ですが、私実は両方とも読んでいないのですがね。朝日は大抵読んでいるつもりなんですが、その当時余り関心が、私はそういう会談があつたという話は知つておりますけれども、内容は知りません。その当時まだ私それほど深い関心を持つていなかつたのです、その問題についてね。十月でしよう。だから一月頃から成るべく新聞も雑誌も関連した内容のものは読むようにしておりましたけれども、その前は実は不勉強で、何も実は読んでいないのです。従つてあなたがそこで長い間お読みになつたものに対して私がすぐ返事を申上げるということは実際できないわけですね。これはまあ悪しからず御了解願いたいと思うのです。
 それから政府のほうで教育が重要法案だとか、重要法案でないとかいう問題があるようですけれども、これは政府にお尋ね下さるので、私から御返事申上ぐべき筋合いもないと思う……
#53
○岡三郎君 そういうことを言つているのじやないのです。
#54
○公述人(河原春作君) ちよつと待つて下さい。すつかり済んでからね。(笑声)
 それから答申案について、再軍備を基としたフアツシヨ的な文教政策から子供を守るために云々という言葉を書きながら、なぜそのときにこういう問題を扱わないかというお話がありました。そうでございますね、大体。
#55
○岡三郎君 そうです。
#56
○公述人(河原春作君) ところがさつき私申上げました通り、この委員会としては最も正確な資料を基礎として判断を下すべきものだという、私のそれは基本方針なんです。で、朝日新聞、毎日新聞の記事を間違つておるなどということを申上げるわけじや決してありませんけれども、私の良心として公文書、それに準ずべきものでなければ資料として扱わないという、それは私の固い決心なんです。従つて偏向教育の事例なんかも二つや三つ知らんことはないけれども、それはもう全然採上げなかつた。採上げたのは前に申しました通り、日教組から頂いたところの大会の議案、方針と、それから日本の教育、それ二冊だけであります。従つてそういう問題を答申に採上げなかつたということについては御了解を願えるだろうと私は思います。
 それからこの再軍備云々という、その答申案の内容と、今回の二法案との間に全然一致しているわけじやないのですね。この答申案について我々が、少くとも私が考えてあることが即ちこの二法案であるとは申せない。大体似合つている、途で食い違いはあるわけです。これで読めばもう少し広くなるわけなんですな。この答申案で読めば、もう少し広く何らかの措置をとつてもいいように受取れるのです。実際為政者としては刑罰を科するような場合においては、その範囲はできるだけ減少しなければならんし、成るべく具体的な事実でなければならん。その点については答申案は少し何と言いますか、荒つぽいと申しますか、広いと言うか、意味が。無論法律案を作るつもりで答申案を作つたのじやないのですから、そういう食い違いがあることは、それは間違いないと思います。なお御質問ありましたら……。
#57
○吉田萬次君 私は小林さんに簡単に……
   〔岡三郎君「先ほど言つておいた。劔木議長のときに委員長に言つておいた。ちよつと困るなあ」と述ぶ〕
#58
○委員長(川村松助君) ああ、そうですか。
#59
○岡三郎君 今のお答えで、知らなかつたという点についてそれ以上言えないことと思うのですが、仮にそれならば、今言つたような池田・ロバートソン会談というものが、これは新聞に報じられているわけで、これは嘘のことだとは思わないのですが、そういつた事実、或いは木村保安庁長官歓迎の日の丸、或いはそれを君が代を歌わせようというふうなことについて、こういうことが仮に事実であつたとするならば、そういうふうな点についての御感想はどうですか。
#60
○公述人(河原春作君) その前の池田・ロバートソン会談のほうは、あなたはそこに本をお持ちになつていて、すつかり読んでおられるからわかるけれども、私は何もないから、まだその点については御返事のしようがない。
 それから、木村長官を迎えるのに日の丸を持つて君が代を歌う私はそういうことをすべきものじやないと思いますね、少くとも今日の時世においては。たかが大臣、たかがと言つては悪い、取消します。(笑声)大臣が来たからといつて、日の丸の旗を持つて君が代を歌うのは言語道断だと思います。本当を言えば学校長なんか懲戒にしてもいいが、(笑声)私はそういうことは不賛成です。
#61
○吉田萬次君 私は……(「委員長、委員長」と呼ぶ者あり)
#62
○委員長(川村松助君) どなたにも不公平にやらして下さい。(岡三郎君「ちよつと困るなあ」と述ぶ)どなたにも満足行くようには許されません。全くどちらにも私は不公平にやつていると思つているのでございます。(笑声)どなたも御不満のあることは承知しております。(「不公平にやつているとは正に名答弁だ」「誰にもだよ」と呼ぶ者あり)
#63
○吉田萬次君 私は小林さんにちよつとお伺いいたしますが、小林さんは日教組の中央執行委員長というお立場でおいでになつたと考えますが、あなたは先ほど河原先生の御答弁か或いは供述の中にありましたが、宇治山田のあの決議というものについてよく御了承になつており、又それを是認しておられると私は思うのであります。併しながら今日の場合、あなたの心境として、この問題をなお且つ是認しておられまするかどうか、当然と認められますかどうかということだけお承わりしておきたい。
#64
○公述人(小林武君) 宇治山田の決議を現在認めているかというふうな大変漠然とした質問でちよつと申上げにくいのでありますけれども、大会で決定したことは、これは組合としては守らなくちやいかん。若し誤りがあれば次期大会においてこれを是正しなくちやいかん。その間において直すということはできないわけであります。
 そこで今後の運動方針とどのように差があるかというようなことは、これはまあ今盛んに考えておりますけれども、ちよつと今そういう点について申上げられません。
#65
○吉田萬次君 あのときの決議というものは適当なものであるということを今お考えになつておるかどうかということを承わりたいのです。
#66
○公述人(小林武君) 適当であるかどうかというお話でございますけれども、私は基本的なものの考え方にはそう何か狂いはないと思つているのです。というのは、私の考えは、日教組は、先ほども私、皆様申訳だというような意味のことをおつしやいましたけれども、日教組は政治的な団体に変貌しつつあるというようなやり方をとつてはおらないと思つているわけです。私は併しその活動の方法、運動の方法等において、いろいろそれは問題はあると思う。そういう点については私どもはいろいろ考えて反省しなくちやいかんということが、私どもの地方の代表を含めた反省の会において決定したわけであります。そうして甲府の中央委員会等におきましてもこれが、その反省が認められたわけであります。執行部並びに地方の代表者も入つてやつたいろいろの反省が。で、先ほどお話の中に途中で併し新聞にうちの書記長が発表して、この間の反省は全然あれは嘘だというようなことを言つたというような、そういうことはないのでふります。我々の活動のいろいろの面において反省することを否定したわけであります。但し根本的において教員の狙つておる、教員組合がどのような綱領によつてどうしてやつておるかというようなことについての偏向というものは、私はこれはないものだと思います。
#67
○加賀山之雄君 時間も大変経つておりますので極く簡単に、本日はお二方から大変有益なお話を頂いて大変有難うございました。小林さんに一言伺いたいのですが、先ほど来ちよつとお話しておつた平和憲法という問題ですが、これは誰が考えたつて悪い道理はない。平和憲法と言い、平和教育、こういう言葉が非常に多く使われておるようでございます。で、日本中で恐らく戦争がいいものだというふうに思つておる人は一人もないだろう。殊に子供というものは大体平和なものなんで、その子供に特に平和教育といつて言わなきやならんということになると、これは戦争を非常に奨励する戦争教育なるものが一方において考えられて、それに対抗するのでなければ平和教育と、こう特に私は意味はないように思うのです。で、子供に対しては私どもなどの考えが間違つておれば教えて頂きたいが、ヒューマニズムであるとか、或いは社会生活をどういうふうにお互いの寛容を持つて生活するのか、共同の生活はどう営むべきであるか、そういうことを教えることによつて、おのずから私は子供に対する平和教育が出て来る。で、今行われておるいわゆる平和教育の行き方を見ると、如何にもどつか一方のことをよく言う、或いは悪く言う。従つて先ほどからお話が出ておるように、これは或いはピース・オフエンシイヴの平和という言葉もあるから、そういう意味に使われたのじやないかという誤解すら招く。これは先ほども河原先生が言われたところでありますが、あなたはなぜその平和教育に殊更大きな標題を立てて、教育に平和という字を冠して、教育学者も又日教組あたりもこれを声を大にして言わなければならん理由はどこにあるのか、その点を一つお教え願いたい。
#68
○公述人(小林武君) 平和教育というようなことを日本の教師が特に非常に強く言うということは、これはやはり過去において、過去というのは極めて最近のことでありますが、戦前の教育において日本の教師がやはり何と言いますか、教育の立場からやはり非常に誤りを犯したということ、この反省が非常に強いわけであります。そういう立場でやはり今度の憲法並びに教育基本法に語われている平和というものに対する考え方というものは、非常に熾烈なものがあると思うのです。これはほかの国とは別な、やはり日本の教師において特に強いものだと私は思うわけであります。そういう意味で私どもの平和教育というのは別にどこの国の方式であるとか、どういう平和方式であるとかいうイデオロギー的なものは何もないのであります。日本の教師が本当に目指しておる平和教育というのは憲法であり、その憲法の精神によつて行うものでございまして、教育基本法の謳つておる平和教育なんであります。そういう点で私どもが平和教育をやつておるのでありまして、若しこれが特定のどうこうというようなことを疑いを差挾まれるようなことがあれば、私はやはり反省点として平和教育の中に考えなきやならんと思つております。
#69
○加賀山之雄君 その意味はよく、これは日本の憲法に基くものであり、又教育基本法に基く平和であるということは、私はこれは勿論疑つておるわけじやありませんが、特にそこを強調しなければならないという事由は、そうすると日本の先生がたは昔風のまだ好戦国であつた当時もあつた、そうい教育を奨励された時代があつたわけでありますが、そういう時代の先生がまだ残つておるので、特にこういう平和教育と謳わないといけない、こういう意味でございますか。その点一つもう一度恐れ入りますが、おつしやつて頂きたいと思います。
 それからもう一つ、国家権力を代行する公務員とは違うので、教師は大変違うから、一般公務員の上に置くということはいけないと言われたが、併し教育の特殊性ということは飽くまでもお認めになるだろうと思うので、教育職員として教育の特殊性からして来る一つの制限、例えばこれは公職選挙法なんかにも、選挙活動に子供を使つてはいかんということが明らかに書いてある。これはやはり先生のお仕事から来る特殊性に基くものだと思いますが、そういつたことが特に純白な義務教育諸学校に通つている生徒或いは児童の諸君を教えるという立場にあられる関係で、これは政治的な目的或いはその行為については私はおのずからそこにやはり一つの一般公務員と或いは全然裏表同じにならないかも知れない、或いはなるかも知れないが、そこに特殊な何か制限があるべきだと私は考えるのでありますが、その点について小林さんと、それからこれは河原先生にも伺いたい。特に河原さんには先ほどそういう点でこれは国立も公立も同じである、区別すべきではないというお言葉がございましたが、然らば私は私立の学校はどうであろう、法律に認められる私立の学校と同じく、非常に多くの学校はやはり義務教育程度の生徒児童を預つておる。これは先ほどのお話から承われば、国立も公立も区別すべきじやない。で、先生という或いは公立ということが主たる先生の属性であつて、むしろ公立であるとか国立であるとか私立とかいうものは、その一段下の属性に過ぎない。そういう点から言えば区別すべきではない、かように私は愚考するわけでありますが、御意見を承わらして頂きたいと思います。
#70
○公述人(小林武君) 平和に対して日本の教師が特に強く感じておるということ、又責任を感じておるということは先ほど申上げた通りでございます。而もまだこの憲法が出、それから教育基本法が出てから年月も経つておりませんし、本当に日本の国の若い世代が平和な民主的な国家を作る形成者となるのにはまだまだ基礎ができておらないのであります。教師はやはり過去を思い合して、熱情を傾けてやらなければならないという考えが一つと、もう一つはやはり平和というものが平和の中において、やはり極めて平和な環境の中においてやらるる場合においては、これは比較的何と言いますか、表に常に出て来ないのでありますけれども、今のいろいろな国際的な事情を見ましても、何か平和に対する一つの不安がある。そういう中において日本の人たちはなかなか平和という問題をしつかり守つて、而も平和な日本の国を作るということは容易でないのだということ、そのことはやはり強調面が私は出て来ているのではないか、又世間がそういう立場から特に日教組の平和教育というものを注視しておるのではないかというふうに考えるわけでございます。
 それから教育の特殊性について政治的に特に教師として考えるところはないかという御質問でございますが、私は御指摘の通りです。基本法によつて示された教育者としてのいわゆる学校という一つの営み、教育という一つの営みの中に、そういう特定政党の宣伝や何かを持ち込むような教育は絶対あつてはならないということを考えております。即ち教育基本法第八条を本当に教師は良心的に守らなければならないと、こう考えております。
#71
○公述人(河原春作君) 只今加賀山さんから御質問ございました点、誠に御尤もなことだと思います。従つて教育基本法第八条第二項の対象となるものは、勿論官公私を通じて適用を受けるわけであります。併しながら教育公務員は、その名の示す通り、一方において公務員であつて、国民の租税、或いはその地方団体の租税によつてその給料を支弁されているものであるし、国家に対して、公共団体に対して、特別の又義務を負担しているんでありますが、私立学校のほうは、そういうことはない。昔から私立と官公立では多少無論扱いを異にしておつた。その基本においては、先ほど申す通り教育基本法第八条第二項を適用する点においては、官公私は平等であります。ただこれに特別な義務、特別な手段を加えるというような場合においては、公務員と民間人とはやはり多少区別するほうが至当ではなかろうか。恐らくこういう趣旨でこの法案ができているんだろうと思います。私は無論それに異存はありません。なお義務教育諸学校における教育の政治的中立確保に関する法律のほうは、これは官公私を通じてこの法律の適用があるわけであります……と思います。
#72
○剱木亨弘君 議事進行。大分遅くなりましたが、どうでしようか。
#73
○委員長(川村松助君) まだまだどの委員もお尋ねしたいこともあるかも知れませんけれども、半面先生がたにも余り長い時間御迷惑を煩わすのも不本意でありますので、この程度で散会して御異議ありませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり)
#74
○委員長(川村松助君) 御異議ないようでありますから、これを以て散会いたします。
   午後一時二十三分散会
ソース: 国立国会図書館
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