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1953/03/19 第19回国会 参議院 参議院会議録情報 第019回国会 水産委員会 第13号
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1953/03/19 第19回国会 参議院

参議院会議録情報 第019回国会 水産委員会 第13号

#1
第019回国会 水産委員会 第13号
昭和二十九年三月十九日(金曜日)
   午後一時四十八分開会
  ―――――――――――――
 出席者は左の通り。
   委員長     森崎  隆君
   理事
           秋山俊一郎君
           千田  正君
   委員
           野田 俊作君
           菊田 七平君
  政府委員
   外務政務次官  小滝  彬君
   厚生省公衆衛生
  局環境衛生部長  楠本 正康君
   水産庁長官   清井  正君
  事務局側
   常任委員会専門
   員       岡  尊信君
   常任委員会専門
   員       林  達磨君
  説明員
   海上保安庁警備
   救難部長    砂本 周一君
  参考人
   大日本水産会副
   会長      藤田  巌君
  ―――――――――――――
  本日の会議に付した事件
○水産政策に関する調査の件
 (北太平洋漁業協定に関する件)
 (漁船の安全操業に関する件)
  ―――――――――――――
#2
○委員長(森崎隆君) それでは只今から委員会を開会いたします。
 本日の議題は、第一に北太平洋漁業協定に関する件を議題に供したいと思います。
 先般、北太平洋漁業協定に基きましての第一回の委員会がカナダで先月初めから開催されましたことは御存じの通りでございまするが、当時日本側から鈴木さん初め、多数の委員のかたが出られまして、非常に熱心な会議で、我々の期待しておりましたのに十分応えて頂きまして、日本国のために比較的有意義な会議であつたように実は考えて、委員各位に敬意を表する次第でございますが、丁度本日藤厳君が本委員会室に参つておりますので、この際この件につきまして、大日本水産会の副会長の藤田巌君を参考人と決定いたしまして、同君から同第一回委員会の御報告をお伺いしたいと存じますが、御異議はございませんですか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#3
○委員長(森崎隆君) 御異議ないと認めまして、さように決定いたします。
 それではこれから藤田巌君から御報告を伺います。御発言を願います。
#4
○参考人(藤田巌君) 本日この委員会におきまして、北太平洋漁業国際委員会第一回の会議に、政府代表の一人といたしまして出席をいたしました私から、会議の模様を御報告いたします機会をお与え頂きましたことを、厚く感謝をいたします。
 極く簡単に会議の模様を御報告申上げたいと考えております。
 御承知の通り、この北太平洋漁業に関しまする日米加の漁業条約は、たしか昨年の春効力を生じたわけでありまして、その条約の規定に従いまして、国際委員会というものをこの三国で作つて行くことに相成つております。でその委員会の組織、構成、予算、或いは今後この委員会がどういう問題を取上げて進む、活動して行くかということをきめようというのが、このたびの第一回国際委員会の第一回会議の根本の目的であつたわけであります。それで条約の規定によりまして各国から委員というものが四人ずつ選ばれておりまして、これは御承知かと存じますが、日本側の委員は、その当時アメリカのワシントンの臨時代理大使でおられました武内龍次氏、それから水産庁長官の清井正氏、それから日本水産の社長の鈴木九平氏、それから私の四人でございます。それからアメリカ側の委員は、これはあちらのフイツシユ・アンド・ワイルド・ライフ・サービスというのがございまして、これは丁度日本の水産庁に当るのでありますが、そこのデイレクターでありますフアーレーさん、それからもう一人はシヤトルのアレンさん、これは法律家でございます。それからブルーデングさん、このかたはやはりサンフランシスコの団体関係、或いは業界関係のかたでございます。それからハインツエルマン、このかたはアラスカの州の知事でございます。この四人のかたがアメリカ側の委員に任命された。それからカナダ側はべーツさん、これはカナダの漁業省の次官でございます。それからブキヤナンさん、これは罐詰会社の社長、それからへーガーさん、これも罐詰会社の社長、それらかカメロンさん、これはあちらの漁民組合の組合長でございます。この四人のかたが選ばれておるわけであります。今度私どもが参りましたのは、丁度水産庁長官は、国会開会中でございましたので、御出席ができませんので、こちらから鈴木さんと私が参り、あちらでワシントンの武内臨時代理大使と一緒に会議に臨みましたわけでありまして、そのほかのアドヴアイザーを入れまして、全部で九人揃つて参りましたわけであります。会議は二月の一日から、一日の午前十一時から開かれまして、十二日の午後六時十分までかかつたわけであります。丁度当初約十日乃至二週間と考えておりましたが、丁度そのくらい、十二日間くらいずつとかかつたわけでありまして、その間総会が開かれましたことが、秘密会をも含めまして約十回、それから常任の委員会ができまして、それが二つございますが、生物調査委員会、財政管理委員会という二つがございますが、これがいずれも六回ばかりずつ開かれました。で、毎日午前、午後、総会、或いは委員会が、必ず何かの会合がずつと続きましたわけでございます。で、会議を通じまして、今度は第一回の会議でございますから、そう深刻な問題というものは、ございませんわけでありまして、あとで御説明いたしますが、ただ一点日本側でやつておりますべーリング海の「たらばがに」、キング・クラブとあつちでは言つておりますが、このキング・クラブの保存措置の問題について、初めからアメリカ側がこれを取上げるというふうな意向が見えておりました。この点についての何か面倒な話合いがなければよいがと懸念しておつたのでありますが、しれも会議ではさしたることもなく、まあ全体を通じまして、大体私どもの予想いたしておりました範囲で、又こちらで訓令を頂いて参つておりましたが、大体訓令を頂いておりましたその範囲内で、一応話がまとまつたというふうな結果に相成つております。
 大体その会議できめられました事項の主なものを御説明を申上げますけれども、先ず第一にこの委員会ができるについてのオフイサーといいますか、つまり役人を先ずきめるというのが第一の問題であつたのであります。これは条約の規定で、議長、副議長、事務局長、これをそれぞれ三国から出す。これば一年で持廻りに、順番に代つて行くというふうなことが規定で書いてあります。どういうふうにこの順番をきめるかということが第一の問題であつたのでありますが、これは結論におきまして議長はカナダから出す、それから副議長は日本から出す、それから事務局長はアメリカから出すということにきまりましたわけであります。で、具体的の人の問題は、議長はカナダのべーツさん、それから副議長は日本の私、それから事務局長はアメリカのアレンさんというふうにきまりましたわけでございます。この任期は一年となりますが、その始まりは今年の二月の一日から、来年の一月三十一日まで一年というふうなことにきまつております。従つて来年の二月一日から再来年の一月三十一日までは日本が議長をする。その次の年には、今度はアメリカが議長をする、順々に交替に相成つて行きますわけでございます。それから委員会の本部をどこへ置くかというふうな問題が次の議題でございますが、これは候補地といたしましてはアメリカのシヤトルとカナダのブリテイツシユ・コロンビアのヴアンクーヴアー、BCといつておりますが、このヴアンクーヴアー、この二つが一応候補地になつたわけであります。アメリカ側はシヤトルを推し、カナダはヴアンクーヴアーを推したわけであります。日本の立場が非常に注目されたわけでありますが、我々といたしましては、こちらでいろいろ相談をいたしておりましたのでは、委員会の本部というものはむしろ余り中心地でなく、中立的な場所のほうがむしろ望ましいのじやないかというような考えを持つておりましたので、そういうふうな結果から最後にカナダのヴアンクーヴアーが一応テンポラリイな、仮の本部ということにきめられましたわけでございます。
 それから事務局の職員をどうするかという問題でございますが、この事務局の職員は、これは予算にも関係がございますが、予算はできるだけ切詰めてやろう、余り経費をかけないで当初は行こう、そういう考え方からいたしまして、極く小人数にしようということでいわゆる執行委員長と申しますか、本当に委員会の常時仕事をする人、執行委員長というものを一人きめ、それから補助の職員をきめる、そのアシスタントをきめる。あとはタイピストとか、それから又通訳関係とかいうふうな極く三人乃至四人のことで行こうというふうに一応きまりました。執行委員長を相談をしたのでありますが、これはいろいろのいきさつがございましたが、結果におきまして一応アメリカのミルトン・ジエームズ、これは前の漁業会議のときにも日本に見えておられましたが、フイツシユ・アンド・ワイルド・ライフ、二つに分れましてフイツシユとワイルド・ライフのほうとに分れますが、そのフイツシユのほうのチーフでおられたのであります。このミルトン・ジエームズさんを一応推す。ただこれはヴアンクーヴアーに居住するという条件と、それから俸給は年に七千五百ドルというふうなことで本人の承諾を条件にして一応二週間の期限付で会議としてはきめましたわけであります。その後私どもはつきりどうなつたかということは、本極りになりましたかどうかはまだあちらから通知はございませんが、恐らく御本人は受けられてきまつているのじやないかと考えております。そうしてこれは予算の関係で執行委員長は恐らく八月から発令をされる。委員会は、これは次に予算の関係も出て参りますが、年度が一応アメリカ年度、つまり今年の七月一日から来年の六月三十日まで、これがその第一の会計年度、こういうふうになつております。そういうふうな関係で八月頃に恐らく発令になるのじやないかと考えております。それまでの仕事、委員会の残務は、委員会の引継ぎ途上における仕事は、これは一応アメリカ側の事務局に面倒を見て頂くというふうなことになつております。それからアシスタントの一名は、これはその当時会議の席上主張いたしまして、日本側から出してくれという主張をいたしまして、これはアメリカ、カナダ両国から同意を得ております。従いまして日本側からはアシスタントといたしまして、まあ両国語、つまり日英両国語を話すということ、それから年間六千ドルというふうな俸給の枠がございますが、その範囲で適当な人を選んで推薦するということで日本側から出すことについては了承を受けておりますわけであります。それが大体事務局の職員でございます。
 それから第一の委員会が発足いたします場合の組織法と申しますか、つまり議事手続、今後の議事のやり方の議事手続、それから財政規則というものも、これも審議をいたしましたわけでありまして、これは大体アメリカ側から原案が廻つておりましたが、私はこちらのほうでいろいろ各方面の御意見も聞いて行つておりました。大体日本側の通りで決定を見るように相成りました。そのうち殊に主な問題は今後この委員会で予算をきめ、或いは規則を変更し、又は保存措置を決定する、或いは抑止義務を伴うような保存措置を決定するような議題は、これは会議を開く二月前に少くともそれを提案したところの国から申出して、そうして事務局から各国に正式に通知をしなければならない。その通知がなければ急に委員会でそういう問題を取上げてもそれはそのときの委員会ではこれは決定の対象にはならないというふうな規定を特に入れましたわけであります。
 それから財政規則の問題は、先ほど申しましたように、会計年度は一応ここではアメリカの年度に相成りましたわけでありますが、各国は予算を組みましてそれによつて分担金を支払うことになるのでありますが、その分担金はこれは米ドルで出す。これがカナダドルで出すか、米ドルで出すかという問題があつたのでございますが、これはそう大した違いはございませんが、カナダドルのほうが一ドル当り大体三セント乃至四セント強くなつております。そうして日本はカナダドルは指定通貨にいたしておりませんので、カナダドルで立てられますと通貨の変動がありました場合にそれを円に換算いたしました金の金額が変つて来る。そういたしますといろいろ今後この国会なり、政府で承認を受けました場合に、それが又あとで貨幣価値の変動で変つて来ることがあると困る、こういうことで、これは一応通貨は米ドル、勿論予算はカナダドルで立てるのでありますが、分担金の額はこれは米ドルで一応決定する、本年度はこれは一応米加両ドル・パーで行く。一ドル一ドルと、こういうふうにパーで計算をするというようなことに相成りましたわけであります。
 予算の総額でございますが、これが大分議題で問題になりまして、当初私どもが参りましたときには、これははつきりした打合せは大蔵省とはしてなかつたのでありますが、一応委員会の予算は全部を通じて三万ドル、三者均分にいたしまして一万ドルずつの分担金を我々が確保しなければなるまいということで参つたのであります。アメリカは六万ドルを主張いたし、カナダは四万五千ドルを主張いたしまして、そういうふうな結果になつたのでありまして、我々といたしましては、併しながら日本の財政から申しましてそう多額なものを出すわけに行かないというふうなことで、いろいろ極力削減をして頂きまして、最後に三万三千ドル、それを三者で均分しようということになりまして、当初考えて来ましたよりも一千ドルだけ多くなつたのであります。この点について早速あちらから日本の政府宛この額で妥結していいかということの請訓をいたしたのでありますが、大蔵省との折衝の結果いいというふうな最後的な御返答が来なかつたのであります。それで会議もとうとうもう終りに近付いてしまいましたので、仕方がないのでして、我々といたしましては政府の承認を条件として一応委員としてはこの額で承認する、あと帰つて努力をするというふうなことで帰りましたわけでありまして、この点は一つだけはつきりはきまらなかつた問題でございまして、私ども帰りましていろいろ大蔵省にもその事情を申上げまして御了解を得ることにいたしましたわけでありまして、まあ折衝いたしました結果ははつきりしたことはまだ聞いてはおりませんが、大体においてこれは大蔵省でも御承認頂けるのじやないかというふうに考えておりますわけであります。
 それからこの委員会は毎年々々一回会議を開く、年次会議を開くということに相成つておりまして、次の会議をどこでいつ開くかという問題があるわけでありまして、これは年次会議はいわゆる第一回年次会議としては、次に開くのが第一回でありますが、この第一回の年次会議は本部の所在地のヴアンクーヴアー、又はその対岸のヴイクトリアで開く、期日は本年の十月の最終の週に開くというふうに大体きまりましたわけであります。
 それからなおこれは委員会でありますが、この常任委員会のうちで生物調査委員会、これが今後いろいろ研究をして行かなければならんことに相成るわけでありまして、この生物調査委員会はこの年次会議の間にもう一度だけ中間的に開く必要があるというふうに結論が出まして、その中間を日本で五月の十七日に開くというふうな決定がございます。これは生物調査委員会の小委員会でございますが、それに基きまして五月の十七日から日本へアメリカ、カナダの小委員のかたが来られまして、研究をして、そうしてその調査委員会の決定に基いてこの十月の年次会議で更に総会に報告があつて、これを決定するというふうな段取りになつて行こうかと考えております。
 で議題で委員会のときに問題になりました主な問題といたしましては、そのほかに大体三つあるわけでありまして、一つは日本側から要求いたしましたのでありますが、条約に基く報告、各資源の保存措置を調査、研究するための必要なデーターというのを、どういうデーターを出すかというそのアイテムをきめてもらいたい。それによつて毎年々々そのデーターを持ち寄つて、今後委員会が調査研究を進めるということにしたいということで、アイテムといたしまして我々のほうから要求したものがございます。それについては一応これは取上げられまして、なおアイテムの詳細については今度開かれます五月十七日の会議でそのアイテムの詳細を検討するということに最終的にはなりましたわけであります。
 それからもう一つは、「かに」の共同保存措置の問題、これは当初アメリカからは「かに」について、べーリング海のキング・クラブについて中間的な保存措置を決定したいというふうな、そういうふうな事項を正式に議題に乗せてもらいたいという意向があつたのでありますが、これについては我々は条約の規定上中間的な保存措置というものは予想せられないということで反対をいたしまして、議事日程からはそれは落ちたのでありますが、併しながら条約の第三条の第一のCの一というのがありまして、各国が共同の、或る特定の資源について必要な保存措置を考えなければならんというふうな場合には、締約国の要求に基いて委員会がこれを研究して行くという事項がございます。この規定に基きましてアメリカの国務省のほうから正式にべーリング海のキング・クラブについてこの保存措置が必要であるかどうかということを一つ委員会で研究をしてもらいたいという要求があつたわけでありまして、これは条約の規定に基く要求でございます。我々としてはこれを拒否することはできない、今後研究を進めましようということになつております。そうして調査研究をいたしました結果、今後それが将来若しも何らかの保存措置を必要とするような場合には、更に委員会でこれをきめ、これを関係国に勧告をする、委員会としては勧告をする、こういうふうな手続に進んで行くことになるわけでありまして、本年の委員会ではそこまでは問題は取上げられませんで、ただ生物調査委員会で取りあえずこの「かに」の問題についてはよくデーターを集めて保存措置の必要があるかないかということを研究しようということに相成りました。
 それからなおその生物調査委員会の席上でアメリカ側も日本側も大体本年はまあ昨年程度のスケールで我々は出漁するというようなことをお互いに申しまして、大体それで済んでおるわけでございます。なおその際日本側といたしましては、キング・クラブはそうであるし、なお「ずわいがに」については、これは本年は五千箱だけ一つ試験的に作つて見るというふうな提案をいたしておりまして、これも格別異議なく認められておるわけでございます。
 それからもう一つ、「さけ」の調査計画の問題についてこれが議題になりました。これは御承知のように日本がアメリカ系の「さけ」、「ます」については一応漁業することを自主的に抑制するということを条約でいつておりますが、その具体的な条約の形といたしましては、西経百七十度の線から東の所べは日本からは漁業はしないということを一応約束しておるわけであります。併しこれは百七十度の線は一応暫定の線でございまして、これが正式に正しいかどうかということは今後の調査で正式にきめようということに最終議定書でなつておるわけであります。その問題を今後この委員会としてはやつて行かなければならんわけでありまして、我々といたしましては、勿論その問題も必要であり、更に広くべーリング海全体の漁業資源の調査ということを積極的にやらなければならん。だからそういうふうなこと、それから又更に一応我々は「さけ」、「にしん」、大鮃については抑止の義務を持つておりまして、条約の効力発生後五年間はこれを変更するところの、まあ何といいますか、決定は動かさないということの約束をしておりますが、調査研究はこれを毎年続けるべきという建前からこういうふうな調査も我々としてはやはり含めてやつて行かなければならんということを申しまして、その点については大体了承を受けておるわけであります。ただ問題になりましたのは、日本の水産庁でいろいろ今年漁期に調査をされます中に、西経百七十五度以東の水域においてタツギングする。つまり標識調査をする。この問題がございましたが、これについてアメリカ側のほうもそういうタツギングをする計画があつたけれども、漁業者側の意向もあつて、これはやらないことにしたから日本のものも一つはつきりと委員会で正式に調査計画その他がきまるまで遠慮をしてもらえないかというふうな話が出たわけであります。併しながら我々はこれは調査については何ら北太平洋の水域については線は引かれておらない、調査することは全然自由であるし、又条約の精神からいつて調査はできるだけ早くやるということになつておるのだからして、どこの国でもやりたいという調査計画があればどんどんやつていいじやないか、そうしてその調査を進めて、できるだけ早くいろいろ結論を出すようにしたほうがいいのじやないかというふうなことを主張いたしました。カナダはこれに賛成をいたしました。最後に一応この問題については黙認するというふうな恰好に相成つております。併しながら私ども考えておりますのは、今後この委員会の重要な問題というものは、結局調査委員会の調査研究であろうと、調査研究が先行をして、その科学的な基礎に基いて、いろいろの保存措置の他の施策が進められて行く、すべての保存措置は科学的な調査研究の裏付けによつて初めてやつて行くというようなことを我々も主張しておりますし、これがまあ条約の精神でございます。我々といたしましては、今後キング・クラブの問題及び「さけ」の問題については、毎年これはだんだんと重大化して来る問題に必ずなつて来るというふうに考えております。我々といたしましては、この北太平洋漁業の資源の調査研究というものは、日本といたしましても一日もおろそかにせず、又これに必要な予算というものを一つできるだけ早く実現をさせて、そうして速かに調査を急がなければ、将来大きな禍根を残すのではないかというふうなことを心配いたしまして、その点を特に痛感をいたしておりますわけであります。この点は一つどうぞ水産委員会におかれましても御了承頂きまして今後予算なり、その他の水産施策をいろいろ御考究頂きます場合にこの調査究研の問題を日本は更に今後より一層強く取上げて行く。殊に国際的な漁場における紛争なり、いろいろの問題というものは、我々はやはり日本の現在の立場としては科学的基礎に基いて発言する、正しいことを発言する。そういうふうな態度で進む以外に方法はないと考えております。この点は一つ重大視をしてそれが実現をして行きますように今後とも、これはお願いでございますが、御配慮頂きたいというふうに感じております次第でございます。以上が大体会議においてきまりました内容及びそのあらましでございます。あとはいろいろ御質問がございますればそれに応じましてお答えいたしたいと考えております。
#5
○委員長(森崎隆君) 有難うございました。只今の御報告につきまして何か御質疑がございましたら……。それではいずれ今後の機会を見ましてこの問題について又いろいろと御質問申上げることがあろうかと思いますが、本日は一応御報告を聞く程度にいたしたいと思います。御苦労でございました。
  ―――――――――――――
#6
○委員長(森崎隆君) それでは第二の議題に移ります。漁船の安全操業に関する件を議題に供します。
 本議題は先般のビキニにおけるこの水爆に関係して被害を受けました日本漁船の問題でございます。この問題につきましてこれまでの状況の中間報告を願いたいと思います。先ず海上保安庁より御報告を願います。
#7
○説明員(砂本周一君) それでは問題になつております第五福龍丸の遭難事件につきまして概要を申上げます。船名は漁船第五福龍丸、九十九トン九でございます。船主は焼津市の七二四の西川角一、船長は筒井久吉、二十二歳でございます。乗組員二十三名、積荷は「まぐろ」その他で二千二百九十九貫、こういうふうになつております。
 行動の概要でございますが、第五福龍丸は一月二十二日十一時三十分焼津を出港いたしましてミツドウエイ附近の漁場に向いまして、そうして二月三日から二月十二日までその附近で操業をしておつたのでございますが、その後マーシャル群島方面の漁場に向つて操業を続けておりました。三月一日遭難現場附近に到着したわけでございます。同日午前四時十二分頃おおむね北緯十一度五十三分四分の一、東経百六十六度三十五分四分の一、即ち危険区域の東端の境界線から約十九浬東側の危険区域外におきまして今回の事件に遭遇したわけでございます。その後十時三十分現場から遠ざかるため北に向つて航走いたしまして、内地に向い三月十四日午前六時焼津に入港しております。以上が該船のこの事件に関係いたしまする行動の概要でございます。
 次にその遭難の当時における概況でございますが、遭難の概況につきまして乗組員の供述によりますと次の通りでございます。三月一日午前一時十五分頃から現場附近におきましてなわを入れ始め、午前三時四十二分天測位置、ここで確実に天測をしているのでございますが、その位置は北緯十一度五十二分二分の一、東経百六十六度三十五分におきましてなわを入れ終り、その後北東に十分間航走して機関を停止して漂泊しておりまして、その後約二十分いたしまして、即ち午前四時十二分頃でございますが、その位置は先ほど申しました北緯十一度五十三分四分の一、東経百六十六度三十五分四分の一におきまして該船の西南西の方向に赤味がかつた光の輝きを認めました後次第に白黄色に変り、又赤味を帯びて来て消えました。その後七、八分後に、爆風は感じなかつたのでございますが、前後二回に亙り爆発音のごときものを聞いております。光の輝きを認めましてからその方向にきのこ状の雲を認め、それが空一面に拡がつてどんより曇つて参りました。それから約三時間後に真白い砂のようなものが降り始め、その日の昼頃まで降り続けました。以上が遭難現場における概況でございます。
 それから先ほど申しましたうちの位置でございますが、これは非常に重要な問題でございますので、本船が入港いたしまして私のほうの出先として清水に海上保安部がございますが、この専門の職員が出向き、必要な資料を取寄せ、又船長、漁撈長の供述も得ましていろいろ天測その他の正確性を確め、なお念のために先ほど申しました係官、これが本省に参りました本省におきましても十分なる検討を加え資料によりまして計算をして出しましたのが先ほど申しました位置でございます。現在のところこれは確実性があると、かように考えておる次第でございます。
 以上が大体遭難に関する概要でございます。
#8
○委員長(森崎隆君) 次に引続きまして水産庁から一応の御報告を頂きたいと思います。
#9
○政府委員(清井正君) その後におきまして私どものとりました措置の経過につきまして御報告申上げます。只今の海上保安庁からの御説明になりました第五福龍丸が三月の十四日焼津に入港をいたしたのでございますが、十六日の日、当庁といたしましてはこの事件の発生を知りまして、焼津の漁業協同組合に直ちに電話連絡しまして、当該事件の真相につき調査報告方を依頼いたしまして、同時に又中央電報局を通じまして当該の都道府県の知事、関係業者の団体、及び三崎無線局に対しまして当該方面に出漁しておりまする漁船に対してかかる事件が発生したということを報告いたしまして注意の一層の喚起を警告いたしたのであります。
 なおその日の二十一時三十分頃、船主の西川氏の代理飯田氏から遭難地点その他について報告があつたのでありまして、それによりまして第五福龍丸の遭難当時の位置がいわゆる危険区域の外にあるということを認められたのであります。三月の十七日午前中及び十八日の午前中外務省におきまして関係の係官が参集いたしまして、本件の事実についての実態の調査、及びよつて生じたところの損害計算等のその他の一般的な事項につきまして慎重に会議を遂げたのであります。
 なお当該船から出荷されまして各地に漁獲物が参つておるのでありますが、先ず十六日のうちに東京魚市場に「まぐろ」及び「さめ」が参つておるのでありますが、いち早くその処分につきましては市場当局がそれを販売停止の措置をとつたのであります。それからその日の午後になりまして学者がいわゆる放射能の問題につきまして当該出荷物の「まぐろ」及び「さめ」について行なつたのでありますが、そこに放射能があるということがわかりましたので、私どもは直ちに市場当局に対しまして電報を以ちまして当該魚類の出荷先を調査して速かに市販に供する以前にこれを処分するということにいたしまして、いわゆる消費者一般に迷惑のないようにというふうに連絡をいたしたのであります。事実といたしましては各地に出荷されました漁獲物の大部分が市販を停止されたと考えているのであります。
 なお三月の十七日、現地におきます漁船、或いは乗組員の状況等の調査並びに被害状況等の調査、その他一般連絡のために私どものほうから職員を派遣をいたしております。又その日にこの問題が我が国の漁業界に与えた影響等につき今後の対策を検討するため業界各方面の代表のお集まりを願い、この問題につきまして善後策を協議しておるのであります。更に昨日三月十八日午前にこの問題に関係いたしまして関係の閣僚会議が開かれておるのであります。私どもといたしまして本件の直接の措置は勿論でございますが、同時に出荷されましたる漁獲物について非常な一般の消費者に不安の感を与えておりました、それが影響するところ極めて甚大であるということを考えましたので、これに対して何らかの方策を講ずる必要ありということを厚生省と二、三日に亙つて折衝をいたしておつたのでありましたが、昨日折衝がきまりまして、三月一日その当時該海域附近におきまして操業若しくは航行いたしておりました漁船につきまして、その乗組員の保健、その漁獲物等による危険の防止等の見地から出漁した当該漁船の入港地を指定しまして、陸揚入荷物の衛生検査を実施したわけであります。現に試験いたしておりますのは塩釜、東京、三崎、活水、焼津の五カ所を指定いたしまして昨日より実施をいたしておるのであります。当該港に入荷されました漁獲物につきましては国の衛生の係官が当該地元の係官と協力いたしまして全部所要の試験をいたしまして、それに合格いたしましたものには特にその「まぐろ」類につきましては必要なる合格の印を押すというような措置を講じたのであります。よつて当該港などよりその検査を受けて消費地に向つて出荷されましたものは、決して一般消費者に食用として何ら不安がないということを図るための万全の措置を講ずることにいたしたのであります。その他三崎に入港いたしました俊洋丸等の漁船等につきましても若干の放射能があるということの新聞記事等がありましたので、直ちに私どものほうから調査班を派遣をいたしたのでありますが、現在までのところは人体に危険のあるということはないというような報告に接しておるような状況であります。今まで私どものとりました措置の概要は以上の通りであります。
#10
○委員長(森崎隆君) あと外務省から政務次官が来られるはずでありますが、一応海上保安庁並びに水産庁の御報告につきまして、御質疑がありましたならば、この際御発言を頂きます。
#11
○秋山俊一郎君 外務当局が見える前に、海上保安庁並びに水産庁にお尋ねいたしますが、この海上保安庁から頂戴しました資料によりますというと、こういうふうな、水爆であるか、原爆であるか、とにかく原爆の実験についてのアメリカから危険区域と申しますか、立入禁止の通告があつたということがございますが、そのうちにこのビキニ環礁については通報を受けていない、こういうことでありますが、而もこのエニウエトツク環礁といいますか、それに対する禁止の周知方の依頼というものは一昨年の九月から十月、十一月というふうに通知があつておりますが、これは海上保安庁から航路告示で以て告示して周知を図つた、こういうことでございます。果して漁業者が沖合に出ております場合に、航路告示で周知徹底ができるものであるかどうか。先ずこの点を伺います。
#12
○説明員(砂本周一君) 航路告示の周知徹底の件でございますが、これは航路告示に出しますと同時に、官報には勿論これは掲載いたします。それから又全国に百カ所以上のところにいろいろ機関がございます。これはチヤート販売所とか、或いはその他関係組合、海事関係機関、こういうものに常に告示を配付されておりまして、自由に閲覧することもできますし、水路図誌というものを発行いたしておりまして、それを販売しております。これを購入された先には、航路告示が出ました都度追加いたしまして、無料と申しますか、当然そのすでに購入されております水路図誌に附随をしたものとして配付をしておるわけであります。それから告示をいたしますときにはその内容その他を検討いたしまして、緊急性、まあその他の面に必要だというものはできるだけラジオ、その他を通じましてれこれが周知に当つておるわけでございます。今回の告示は当初特別の連絡はないのでございますが、国際的に水路会議という機関がございまして、その加入国は各国の航路告示を相互に必要な部分は自国の航路告示に転載いたしまして、これが海上の安全のために告示をする、周知をするという取極めになつておるのでございます。それに従いまして今回の危険区域の設定につきましては、アメリカからの告示を転載いたしまして、日本の告示としてこれを措置したわけでございまして、この差上げました書類にもございまするように、この禁止区域につきまして特に外交機関を通じてその周知方を依頼されたのは一回でございますが、このときも直ちに告示の措置をとつております。
 それから二十八年の十月十日の危険区域の拡大の点でございますが、これは特別な外交機関のチヤネルを通るまでもなく、普通の経路によりまして、アメリカの告示を日本の告示に転載し、これが周知を図つておる、こういう状態でございます。
#13
○委員長(森崎隆君) ちよつと……只今外務省並びに厚生省のほうから出席頂きましたので、併せて報告を先にいたしたいと思いますので御了承願います。
 それでは外務省の小瀧政務次官から一応御報告を頂きたいと思います。
#14
○政府委員(小滝彬君) 議題は何でございましよう。
#15
○委員長(森崎隆君) 約一時間くらいすでに経過しておりますが、議題は漁業操業の安全確保に関する件でございまして、先だつての第五福龍丸の事件につきまして、外務省の立場から一応中間報告を頂きたいと存じます。今海上保安庁から当時の模様、それから水産庁からその後にとられました、特に国内での衛生その他の措置等につきまして承わりました。
#16
○政府委員(小滝彬君) 外務省では、もうすでに御説明があつたかも知れませんが、この三月の十六日に報道を得ましたので、早速在京米国大使館に電話をいたしまして、何か情報を受けていないか、重大なる問題が起つたから一つその点を調べてもらいたいというように照会いたしましたところ、先方は何ら情報を持つておらないので、早速本国のほうに電報で問合せてその上で返事をしようということだつたのであります。同時に事件の重大性に鑑みまして早速在米井口大使に電報いたしまして先方の米国側の当時における実験の実情その他詳細なる情報をとると共に、特にこの実験が行われた際に如何なる警戒の措置、危険を除くための安全措置をとつたかというような点を照会するように訓令いたしたのであります。ところがその翌日になりまして、日本におりますハル司令官のほうから電話がありまして、非常に被害者に対しては気の毒に堪えないんだが、その医療の措置或いは病院の施設というようなものについては十分協力いたしたいから、一つ遠慮しないで申出てもらいたいという申入がありました。と同時に、アリソン大使は奥村外務次官を尋ねて参りまして、この医療措置については十分アメリカ側は協力いたしたいし、又被害を受けた船舶の消毒等についても協力するし、その他の実験等にも十分協力いたしたいということを申しますると同時に、東大のほうからの依頼もあつたので、広島にいるこの原子力の専門家であるアメリカ人三名、いわゆるABCCに所属しておるお医者さんの米国人のかたを三名と日本人三名を早速上京さすように手配したということを申して来たのであります、当日は、又本省のほうから井口大使に対しましても、それまでに出した船の位置などについて更に詳細なことを調べてやるほうが米国の回答を促進するのに都合がいいと考えまして、そうした詳細を更に電報いたしますると同時に、日本で重大なる関心を持つておるから一日も早く先方から回答を得るようにということを言つてやつたのであります。この十七日に井口大使から参りました電報は頗る簡単でありまして、この問題については東京にある米国大使館からも言つて来ているんだが、国務省としては詳細がわからないから関係省へ聞いてやつておるけれども、これらの関係者からの確答が、はつきりした返事がないのでまだ何ら公式な回答をする段階に至つていない。速かにそうした確答を得た上で日本側へ正式の回答を通達するということを申して来ただけであります。その後井口大使から受取りましたものはビキニ事件についての米国国務省の声明文だけでございます。この声明文は新聞にも出たかと思いまするが、アメリカ政府としてはマーシヤル群島における原子爆弾の試験中に日本の漁夫が非常な被害を受けたということについて憂慮に堪えないものがあるので、米国政府として日本側と協力の上、あらゆる事実についての調査を現に遂行中であるというふうな趣旨のものでございます。以上のような次第でありまして、まだアメリカ政府の正式な回答というものは出ませんし、向うの考え方というものもわかりませんけれども、いろいろ情報を総合して見ますと、これも大体新聞にも出ているかと思いまするが、アメリカでは非常にこの問題を重大視しておるようであります。殊に上院の原子力委員会の委員長であるコールのごときも若しアメリカ側の過失によつてこういう惨害を生じたものとすれば、アメリカ側は速かに弁償の措置をとるべきであるというようなことを言つておりますし、又下院議員のヴアンザントという人のごときはこのビキニ事件のいろいろな情報を総合して見ると、米国の当局は十分なる警戒の措置というものをとらなかつたように感ぜられる、であるから議会としては一体誰がこの事件に対して責任があるかを十分追及しなければならないというようなことを記者会見で述べておるようであります。これは勿論政府の正式の見解ではございませんけれども、このように米国のほうでもこの問題はただ責任免れをするということでなしに、真剣に考えようとしておるのではないかというように見受けられますので、日本としても更に詳細な情報でも提供することができましたらそれを提供いたしましてできるだけ早くこれまでの起つたところの問題について、如何に処置すべきかということについてはつきりとした日本側の申入をなしますと同時に、こういうことが再び起らないように、如何なる警戒措置をとつたらいいか、又如何にしてこうしたものが起らないような取極めをしたほうがいいか、そうした面について十分努力をいたしまして再びこうしたことの起らないように十分米国側と強力に交渉いたす考えでおる次第でございます。
#17
○委員長(森崎隆君) 次に厚生省から楠本環境衛生部長が見えられておりますから、併せて御報告を伺いたいと思います。
#18
○政府委員(楠本正康君) 十六日の未明に東京都の中央卸売市場の中の東都水産から東京都庁に対しまして原爆実験に遭遇したと思われるような漁船からの荷揚品があるがどうしたものだろうかという連絡があつたそうであります。東京都におきましては直ちに厚生省に連絡がございまして、そこで厚生省といたしましては十六日早朝からいろいろ各方面と相談をし、現地とも連絡をいたしまして、この対策に取りかかつたわけでありますが、その間我々のほうといたしましては、何分の結果ができるまで現地は勿論各地に出荷されました「まぐろ」その他の魚類につきましては、一応何分の通知のあるまでそのままにして置くよう連絡をいたしたのであります。そこで直ちに私どもこの現場を督励いたしまして、東京都の、焼津から入りました魚類を調べましたところ、すべてかなり強度の放射能を認めましたので、これらのものは市販にすることを禁じまして、食品衛生法に基きましてそれぞれこれを処分いたした次第であります。なお全国的に手配をいたしまして、各地に出荷されました状況等を調べて見たのでおりますが、すでに私どもが手配をいたしましたときは、焼津の港に福龍丸の荷揚品が僅か二百五十貫をとめただけで、あとおおむね二千貫がすでに出荷をされております。その出荷先は十三府県に亙つておりますが、幸いにもそれらのうち極く一部百五十貫程度が市販に廻されたほかは、すべて荷受機関又は卸売市場等におきましてこれを突きとめることができたわけであります。ただ残念ながら時間的な経過のありましたために、百五十貫のうちの極く一部恐らく消費されておるのじやなかろうか、これは甚だ遺憾に存じております。ただ店頭に出ましてからのその足どりを調査いたしまして、百五十貫のうちでおおむねは、半数以上これを取返すことができた次第であります。なお私ども考えられます点は、今後南方諸地域からかなりの遠洋漁船が内地に帰つて来るということが当然見越されますので、これらにつきまして対策を立てなければならんというわけで、早速水産庁の御協力を得まして、私どもといたしましては、目下水産庁の御方針に従いまして芝浦、三崎、焼津、清水及び塩釜の五港に、これらの今後帰つて来る漁船の集結をお願いいたしまして、私どもといたしましては、直ちにこれらの五港にそれぞれ国の係官を派遣いたしまして、船が着くと同時に、その船体は勿論、魚類の検査をいたすことにいたしたのでございます。なお、その間民衆に多大の不安等も与え、折角取つた魚がみすみす消費されないというようなことは甚だ遺憾でありますので、一方私どもといたしましては、この検査の結果、安全が確保されるものにつきましては、それぞれ所定の検印を使用いたしまして消費に向けることにいたしておる次第であります。と同時に、国民に対しましては、すでに皆様お聞きとりのように、ラジオその他一般報道機関等を通じ、目下かような措置を講じておる、市販に出ておるものは少くも全く危険はない、十分にこれを安心して消費してくれということを盛んに徹底を図つておるわけであります。ただ、残念ながら国民一般の非常な恐怖心というようなものが手伝いまして、消費の現状というようなものが著しく減少をいたしておるようであります。この点は、併し今後一層安全であるということが徹底すると同時に、次第に解消して来るものと考えております。なおこれらの措置の結果、現在まで芝浦その他にすでにその後十数隻が入港をいたしておりまして、一艘おおむねどの船も一万貫乃至一万五千貫程度の漁獲品を積んでおりますが、幸いにも、現在まで私どもが報告を受けておりますところでは、何ら支障がない。従つて少くも現在市販されておるもの、新らしいもの、すべてが無害のものと私どもは考えて、そのような方針で指導をいたしておる次第であります。
 なお、今後の見通しでありますが、これは何とも申されませんが、今まで十数隻とつて、なお且つ何ら支障のなかつた点を見ますると、今後来るものも恐らく、まあこれは断定できませんが、心配がないのではなかろうかと考えます。
 次に、魚の問題を先に話しましたが、船体の問題でありますが、焼津の船体につきましては、第五福龍丸につきましては、これは船体の各所からかなり強い放射能を証明しております。これらの処置につきましては、目下水産庁その他と協議をいたして危険なきを期したい所存でございます。勿論、現在はこれらのものは明らかに格納し、他に害の及ばん処置をとつてございます。なお、その後入りました十数隻の船は、そのうち極く一部は微量の反応を証明し得ておりますが、併しその他のものは何ら反応を示しません。放射能を持つておりません。そこで考えられますことは、なぜ一体一部のものが全体的に微量の放射能を証明し得たかという点でございますが、これは極めてむずかしい点でございますが、恐らく海水から来た一つの放射能ではなかろうか、かように私どもは判断いたしておりまして、目下これ又水産庁のほうにお願いをいたしまして今後帰る船は成るべく海水を瓶にでも入れて持つて来てくれということをお願いをいたしておりますが、未だ海水の試験には至つておりません。
 次に乗組員の状況でありますが、乗組員は、御承知のように初めて原爆らしい状況を見、又これに遭遇したのは三月一日でありまして、なんでも夜遅く遠方に大きなあかりを見、暫らくすると、かなりの濃度で灰が降つて来たということを乗組員は言つておりますが、併し大した気にもとめずに、そのまま、帰りがけでありましたので、焼津の港に急いだわけであります。一週間ぐらいたちますというと体がおかしくなる、体がひりくする、麺がかゆくなる、その毛が抜けぎみだ、中には火傷をしたようなあとになつて来るというわけで、特にその中の一、二名はかなりの重体に陥つておつたわけであります。焼津港に着くと同時に、大変だというわけで、共同病院、焼津の共同病院に診察を受けたわけでありますが、どうも何かはつきりしない。医者も初めて見る病気でありますから、なかなかむずかしいですが、十四日の十時頃焼津に着きまして、午前中に医者の診療を受けたということでありますが、どうもはつきりしない。その後一日はつきりせず、十五日になりましても、どうも医者のほうの診断がつかない。だんだん患者と話しているうちに、爆発の話等も聞きまして、これはあやしいなと思いまして、早速東大病院に患者を送つたのであります。東大病院で科学的な試験の結果、初めてこれは放射能を浴びたんだということが明らかになつた。それから問題が出て来たような恰好に相成つておりますが、いずれにいたしましても、現在東大に入院いたしております二名の患者は、その後経過ははかばかしくはありませんけれども、絶対に悪いほうには向いておりません。私今日午前中に聞きました報告によりますと、勿論生命等には支障なかろうという話であります。なおその他の乗組員の二十一名は目下焼津に、その中の一部はこれは治療を要する程度、火傷の程度でございます。一部の者は勿論何ら支障がない。かような者もすべて目下できたての隔離病舎に一応お集まりを願いまして、そこに収容いたしまして、医者がつききりで経過を見、治療に当つておるわけで、ございましてこの点も恐らく心配なかろうかと存じております。なお、その後入りました十数隻の船の乗組員、これも一々厳格な健康診断をいたしておりますが、これらは何らの支障なく、全くの健康状態であります。
 なお、これらの患者の医療費の点でありますが、一応目下のところでは船員保険の被保険者でもある関係で、正規の収入等も得ております。又一方医療費にも別に支障はございません。従いまして、目下の点はこれらの点につきましては何ら心配がないわけであります。
 なお御質問等がありますれば……。一応簡単に現況並びに対策を申上げた次第であります。
#19
○秋山俊一郎君 先ほどの質問を続けて行きますが、保安庁に伺いますが、福龍丸以外の船が新聞によりますと、あの附近で操業していた、又今お話を聞くと、その後十数隻帰つて来るということでございますが、その船とは違うのでありますか。
#20
○説明員(砂本周一君) その事件が起きまして、早速我が国の機関を通じて十分なる調査の手は打つております。それで現在判明いたしました数は十九日までの判明でございますが、マーシヤル方面、まあ危険区域及びその附近でございますね、これははつきりわからないのでございますが、大体こういう見当で調べましたところ、新聞にも出ております第十一日光丸、俊洋丸を含めまして計十六隻が疑わしい、こういうことでこれは船名もわかつておりますし、入航を待ちましていろいろその船の行動をよく調べて見ようということで手配をいたしております。なおこれに限らず全国に各機関がございますので、遠洋漁業船につきましては十分抜かりのないように入港船を調べて状況を調査する、そして必要があれば各県の水産課とかその他適当な機関に御連絡を申上げる、こういう指示を出しております。現在のところ十六隻でございますが、先ほどお話になりました、すでに入港いたしました船の中に入つておるかどうか、これはまだ十分連絡をとつておりません。
#21
○委員長(森崎隆君) 速記をとめて。
   〔速記中止〕
#22
○委員長(森崎隆君) 速記を始めて。
 それでは休憩いたします。
   午後三時十二分休憩
   〔休憩後開会に至らなかつた。〕
ソース: 国立国会図書館
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