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1953/05/13 第19回国会 参議院 参議院会議録情報 第019回国会 厚生委員会 第40号
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1953/05/13 第19回国会 参議院

参議院会議録情報 第019回国会 厚生委員会 第40号

#1
第019回国会 厚生委員会 第40号
昭和二十九年五月十三日(木曜日)
   午前十時三十六分開会
  ―――――――――――――
 出席者は左の通り。
   委員長     上條 愛一君
   理事
           大谷 瑩潤君
           常岡 一郎君
           竹中 勝男君
   委員
           榊原  亨君
           高野 一夫君
           谷口弥三郎君
           西岡 ハル君
           横山 フク君
           安部キミ子君
           堂森 芳夫君
           有馬 英二君
  政府委員
   厚生政務次官  中山 マサ君
   厚生省引揚援護
   局長      田邊 繁雄君
  事務局側
   常任委員会専門
   員       草間 弘司君
   常任委員会専門
   員       多田 仁己君
  参考人
   日本赤十字社副
   社長      葛西 嘉資君
  ―――――――――――――
  本日の会議に付した事件
○社会保障制度に関する調査の件
 (ソ連地区引揚対策に関する件)
○厚生省関係法令の整理に関する法律
 案(内閣提出、衆議院送付)
  ―――――――――――――
#2
○委員長(上條愛一君) 只今から厚生委員会を開会いたします。
 社会保障制度に関する調査の一環として、ソ連地区引揚に関する件を議題といたします。
 本日は参考人として日本赤十字社副社長葛西嘉資氏の出席を願つておりますので、先ず最近の引揚者を中心として残留者等の調査をなされた状況について、今後の引揚の見通しについての御意見を聴取いたしたいと存じます。
 参考人のかたにはお忙しいところを御出席願いまして、誠に有難うございました。厚くお礼を申上げます。
 それではこれから御意見の御発表をお願いいたします。
#3
○参考人(葛西嘉資君) ソ連地区からの今後の引揚の見通しというようなお話でございますが、或いは本日政府のほうからも援護局長がお見えでございますので、直接具体的な資料をお持ちの援護局長から御説明申上げるほうが適当かとも思う点がございますが、一応私のほうから、御指名でございますので、お話を申上げて見たいと思います。
 ソ連地区に一体どれくらいの人がおるかということは、実際見たのではないものでございますから、なかなかはつきりいたさないのでございますが、とにかく今日はつきりいたしておりますものは、ソ連のほうから昨年のモスクワの会談の際に、戦犯として抑留しておるということを申して名簿が渡されたのでございます。その名簿の一千四十七人というものがソ連の地区に抑留されておることは、はつきりいたしておるのでございます。そのほかどれくらいな人がおるかという点については、モスクワの会談においても先方にいろいろ聞いたのでございますけれども、先方も相当の期間たつてから、その間恐らくソ連政府ともソ連赤十字は打合せをしたものと思うのでありますが、ソ連の赤十字には資料がなくてどれくらい残留しておるかということは答えられないと、こういう返事であつたのでございます。併し、日本側のほうで、国際赤十字で認められておる安否調査の形式で日本側のほうから個々の一人々々の人について安否調査の形式を以て問合せて来るならば、ソ連の赤十字は国際赤十字の慣例に従つて調べて、そうして返事をいたしましよう、その努力はいたしましようと、こういうことになつておるわけでございます。今年の二月から赤十字社に臨時に安否調査部という部を作りまして、政府のほうと打合せをした上で、個々の人についての安否調査の形式によつて調べると、こういう段取りなつておるわけでございます。現在までのところ、終戦後ソ連の赤十字に安否調査の形式を以て若干数のものを出したのでありますけれども、これは受取つたとも受取らんとも何とも返事のないままになつておりますが、そういうふうにソ連が安否調査の形式でお答えをいたしますと言つてからは、まだ実は出しておらんようなわけでございます。ところが第一回に昨年の十二月にソ連から帰つて参りました人、それから本年の三月二十日だと思いますが、ソ連から第二次に帰つて来た人、合計千二百余名の帰還者からいろいろソ連におつた日本人の消息について得た情報は、これ政府のほうでいろいろお調べの結果、相当はつきりした具体的な名前の付いたものがあるのでございます。こういうものについては、実はこの数等は政府のほうがはつきりいたしますから、必要でありましたら政府のほうからお聞き頂いたらと思うのでありますが、それで千四十七名のほかにこういう人がおるのだというふうなはつきりした具体的な名前のわかつたものについては、これは安否調査を待つまでもなく、すでにすぐソ連のほうに帰してもらいたいというような交渉ができるものと、かように思うわけでございます。それから又この千四十七名の名簿にも載つていない、併しおることははつきりしておる、何となれば留守家族の所へはどんどんと通信をして手紙が来ておるというような人もあります。これは数多くございませんが、あります。そういう人もこれはどういうわけで第一次、第二次に帰らなかつたのか、或いは三次に帰すということなのか、そこらがはつきりいたしておりません。そういう問題もございます。又十四十七人と言うが名簿をくれたものについては、大部分のものは家族との問の通信が、頻々ではありませんが、計されておるのでありますが、その中におる若干名のものはこれは通信がないのであります。全然通信がございません。こういうものについては、どういうわけで通信ができないのか、家族としては通信をしたいというようなことがございます。大体第一次、第二次の帰還者について見ましたところでは、以上の三つの点がはつきりいたしておらんように思います。丁度、時たまたま今月の二十四日から二十九日までノルウエーのオセロにおきまして国際赤十字連盟の理事会が開かれることになつております。非常にいい機会だと思います。世界の七十一カ国の赤十字社の代表がこれに集まるのでございます。ソ連も勿論参るはずでございます。中共も参るはずでございます。その機会に、公式ではありませんが、いろいろ話合う機会ができる、私どもとしては非常にいい機会だ、こう思つたのでございますが、今申上げました安否調査の前に先ず三つの点を何とかしたいというようなことで、これは政府当局ともいろいろ話合いしました末、オスロの会議でその問題を一つ持出して折衝をしてみようじやないかというようなことになりました。ところがオスロへその三つの問題を持つて行つて折衝しても、或いはソ連赤十字としてはいろいろデリケートな点、政府との関係等もあるでありましよう。そんなようなことで、よくわかりました、帰つて相談いたしますというようなことであつては非常に残念で、折衝ができませんので、取急ぎまして、これは政府にも大分御迷惑をかけたのでありますが、名薄その他を整えまして今月の一日に飛行便を以ちましてソ連赤十字に今の三つの点を書き送りまして、いずれオスロでお話を承わりたいというような手紙を出したのであります。私どもはこのオスロにおけるソ連赤十字の代表との折衝を非常に期待いたしております。若しこの折衝がうまく行きますれば、今言いました三つの点も明らかになりまするし、相当数のものが重なれば、第三次ソ連地区からの引揚という問題も近いうちに期待ができるのじやないだろうか、こういうふうに考えておるような状況でございます。
 残留者の数或いはそれらの具体的な数字につ含ましては、正確には、資料は私どものほうよりもむしろ政府側にあると思いますので、政府側からお聞き頂くことをお願い申上げます。なお又御質問によつてお答えをしたいと存じます。
#4
○委員長(上條愛一君) それでは次に厚生省当局からの引揚対策について、現在までおわかりになつたところで、只今の日本赤十字社副社長の御意見以外に、或いは御意見の具体的の御説明等をお願いしたいと思います。
#5
○政府委員(田邊繁雄君) 未帰還者の消息の調査につきましては、厚生省として従来とも努力いたしているところでございますが、特に現段階における引揚問題の様相から考えまして、調査究明の問題は特に重要性が増して来たと思うのでございます。そこで昨年、今年ソ連からお帰りになつたかたにつきましては、できるだけ詳しく各人より覚書と、生存残留考及び死亡者に関するできるだけ詳しい消息を集めまして、これを基礎として今日まで調査を続けておるわけでありますが、その結果、今日まで判明しておるところを御報告申上げたいと思います。これは今後とも調査を継続するわけでございまして、今後いろいろと又数字等も変つて来るかと思いますが、現在まで判明しているところを御説明申上げたいと思います。
 調査は舞鶴で帰つて来たかたから覚書というものを取ります。この覚書というのは、各人が自分はどこで何という人に会つて、この人の生存を確認しておる、何という人はどこで死んだことを自分は証言する、こういた具体的な証言でございますが、これを一応舞鶴で取りまして、更にその後各府県におきまして引揚者が世話課等に出頭した際、いろいろ又情報を提供させております。又中央又は都道府県におきまして合同調査というものをやりまして、残留者に関する調査をいたすわけでありますが、その際いろいろ資料を提供させる、こういうやり方によつてやつておるわけであります。目下それを進行中でございますが、今日までの結果を申しますと、先ず第一は、いわゆる赤十字名簿に登載されておりまする千四十七名でございます。これは先般島津社長がモスコーに行かれました際向う側から渡された名簿に登載されておるいわゆる戦犯と言われておるかたがたでありますが、この千四十七名のうちですでに五名のかたは第一次及び第二次の船でお帰りになつておられます。それから赤十字名簿千四十七名の中に入つておられるかたで、すでに死亡したことが確認されたかたが一人ございます。従つて現在では四名を引いた千四十三名が残留しているということになるわけでございます。この千四十三名のうちで大部分のかたは留守宅に通信をよこしておるわけでありますが、通信のないかたが七十八名ございます。その七十八名のかたは通信だけでは現在どこにおられるかわからないのであります、今度帰つたかたがたからいろいろ証言をとつてみまするというと、大部分のかたは現在どこにおるということがわかつております。但し十九名のかたにつきましては、どうしても現在どこに残つておられるかわからないのでございます。そこで今回日本赤十字社のほうにおきましては、この十九名の人につきまして、具体的に名前を挙げまして、このかたが現在どこにおられるかということを照会されたわけであります。
 第二は、この赤十字名簿には登載されていないけれどもが、昭和二十七年以降現地から留守宅に通信のあつた人であります。いわゆる捕虜通信は二十五年以降中絶いたしまして、二十七年から再開されたわけでありますが、そういう名簿に載つていないで通信をよこしているかたが総数三十八名現在おられます。その三十八名のうちで、通信のあつた日以降において死亡せられたということに今回の帰還によつて証言せられたかたが二人ございます。他の三十六名につきましては、大体受刑中と思われるかたが十四名でございます。又大体満刑したと思われるかたが十名でございます。残りの本名のかたは受刑中であるのか、或いは刑に関係なく一般市民生活をしておられるのか、現在どこに残つておられるのかはつきりいたさないわけでございます。今回赤十字におかれましてはこの十名のかたにつきまして具体的に名前を挙げられまして、現在服役中であるのか、或いは一般人として市民生活をしておられるのかについて調査の上お知らせ願いたいということを照会せられたわけであります。
 それから第三は、いわゆる赤十字名簿にも登載されておらない、又昭和二十七年以降のPW通信も留守宅にない、併し今度の第一次、第二次の帰還者の証言によつて、極く最近の機会において生存しておられるということが確実にわかるかたであつて、而も名前が具体的にはつきりしておられるというかたがどのくらいあるかと調べて見ますと、シベリアと雄大と合せまして四百六十名おられます。シベリアが三百六十六名、樺太が九十四名であります。これらのかたは大部分は留守宅から未帰還者届のあるものでございますが、中には留守家族から未帰還者として届のないかたが入つておられます。これは内地にいわゆる身寄りのないかたがたでございます。こういつたかたがたは現在刑を受けているかたと、満刑になつているかたとあると思いますが、我々のほうで調べて見ますとはつきりしないかたもありますが、確かに満刑しておられるということが確実にわかるかたが八十八名おられます。受刑中、或いは受刑中であるか満刑であるかはつきりしない人を除きまして、たしか満刑になつて一般の市民生活をしておられると思われるかたが八十八名でございます。この八十八名のかたと通信をよこしている中で満刑と思われるかた十二名を加えまして百名のかたにつきまして、今回赤十字のほうから早めに帰国せしめられるようお願いしたいということを照会せられたわけであります。従つて現在ソ連地域に生存残留しておるということが確実であつて、具体的に名前を把握しておるかたは、赤十字名簿に登載せられておるかたがたと、それから通信をよこしておるかたと、通信はなくて今回証言のあつたかたと合計いたしました数字になるわけでございます。正確に申しますと一千五百三十九名になるわけであります。これは併し極く最近の機会において生存しておることが確実であつて、而も名前が具体的にわかつておる人ばかりでございます。現在ソ連地域に残つておられるかたがたがこれだけだという意味ではないのでございます。その他の人につきましても、我々はできるだけ多数の生存資料を得たいと思つて努力したのでございますが、今日までわかつたところによりますれば、極く最近の機会において生存確実、名前のわかつておるかというものはこういう数字になつております。尤も名前はわからないがたしか日本人がこの地点にこれだけの数おられたという数字は別に出ております。これは受刑中のかたにつきましては、帰つて来たかに伺いますというと、相互に連絡は十分でないようでございまして、具体的に名前をつかむことは勿論のこと、従つてそういう状況でございますから困難であると思われます。併し帰つたかたがたがたしか日本人がこの地点にこれだけおられたという証言をしておられるのでございまして、そういう一般資料と申しておりますが、一般資料によりますると、ソ連地域は樺太及びシベリアを合せまして約二千二百名乃至二千五百名くらいのかたがソ連地域内に現在おられるという証言をしておられます。この中には先ほど申上げましたような具体的に名前のわかつておるかたを含めてございます。尤もそういう証言でありましても、これは第一次及び第二次の帰還者が帰つた地点に関する限りの資料でございますので、帰還者がなかつた地点に関する資料はこれから除かれるわけでありますが、併し調べて見まするというと、第一次、第二次で帰つた帰還者のおつた地点はソ連の全土に及んでおりまして、殆んど大体の地域から帰つて来ておられるようでございます。一部の不明な地点がございますが、そういう地点を別にいたしますれば帰つた地域に関する限りの一般資料は大体今申上げたような数字に相成つております。
 そこで昨年の八月政府は未帰還者の集計表というものを発表しておりまするが、それによりまするというと、ソ連地域は、シベリアにおきまして一万一千五百名、樺太におきまして六千六百名という未帰還者があるということになつておりまするが、これはたびたび申上げまする通り、入手した資料のあるものであつて、死亡した資料のあるものを引いたのでございまして、少くとも一遍でもシベリア又は樺太において生存しておつたという資料のある人を積み重ねたものの総数でございます。従つてこれはその人の最後の生存資料が昭和二十年のもの、二十一年のもの、二十二年のもの、二十三年のもの、二十四年のものというふうに分けて出ております。終戦直後入ソしたという資料があるだけで、その後全然消息のわからないかたもこの中に入つております。従つて先ほど申上げました数字は、極く最近において生存しておるという資料の挙つたかたでございます。これはその当時、昨年の八月発表しました集計表よりも殖えております。
 そこで問題は従来政府におきまして発表しております未帰還者、これは終戦直後から今日まで一度でも生存しておつたという資料のあるかたの総数でございますが、先ほど申上げました以外のかたはどうなつたかという問題、状況不明者の調査の問題になりまするが、只今これは、先ほど葛西副社長からお話がありました通り、安否調査という方法によつて、一人々々の消息を確かめるように向うに照会をするようになされたいということが日赤の御意見でございます。これにつきまして、政府も財政的に或いはその他の面でできるだけ援助をいたしたいと思います。要すれば留守家族の希望に応じまして、一人々々につきまして日本赤十字社からソ連赤十字社に対しまして安否の消息を問い合せるということになるわけでありまして、現在その仕事の準備を進めておるような次第でございます。
 大体以上でありまして、足りない点は又御質問等によつてお答え申上げます。
#6
○委員長(上條愛一君) それでは御質疑を願います。
#7
○竹中勝男君 今の田邉さんの御報告で一万一千六百人というのはどういう数でありますか。
#8
○政府委員(田邊繁雄君) これは昨年の八月前から政府が未帰還者集計表というものを外務省から発表しております。これは地域別に、又資料別に、資料別と申しますのは、生存資料のあるかた、死亡資料のあるかたというふうに分けまして発表しておるわけであります。生存資料のあるかたが先ほど申上げましたように、ソ連地域において一万一千五百名、その数字は昭和二十年に生存資料があつたというかた、それから二十一年、二十二年、二十三年、二十四年とずつと年度別に分けてこれを発表してございます。これは現地からの通信及び帰還者の証言によつて得た数字であります。例えば昭和二十三年、一九四八年にお帰りになつたかたが、二十二年の年に自分はどこの収容所でこういう人に会つた、又自分は二十一年の年にどこの病院にこの人がおられるのを見た、こういう証言を積み重ねて行つた数字でございます。
#9
○高野一夫君 ちよつと伺いますが、今あなたのほうで御発表になつて、又葛西副社長からも伺つた数字は、大体名簿にある者或いは名簿にないけれども所在並びに氏名が判明した数とありましたが、我々の感じでは、軍官民で相当向うに引張られて行つて相当多数の人が行方不明といいますか、調査のしようがないという人があるかと思いますが、そういうような数字が概略どのくらいのものとお考えになつておりますか。
#10
○政府委員(田邊繁雄君) 私のほうでは、終戦後一般的な数字でなしに、具体的に名前の裏付けがある何の何某が未帰還者である、或いは未帰還者の留守宅からの届出、留守家族のほうは自分の主人が満洲に行つてまだ帰つて来ない、シベリア或いは樺太におつてまだ帰つて来ないという届出があるわけであります。
 それからもう一つは、帰つた人から一人々々について、自分はシベリアのどこにおいてどういう径路を通つてシベリアに行つて、どういう径路を通つて帰つたが、自分は確かにこういう人に会つたという証拠を集めまして、その証拠を整理しまして、その不確かな者を除いて年度別に整理しました。新らしく調査が進みまして、その人が新らしい場所において生存が確認されると新らしい年度に移しまして整理をしておるわけであります。そういう数字を積み重ねておりますものが、先ほど申しましたようにソ連に一万一千五百人、樺太に一千六百人ということは、これは具体的な名前がずつと出ております。まだこれ以外に我々もわからないで現在ソ連地区に入つておられるかたがないとは言えない。我々のほうでは満洲におられると思つておつたかたが実は樺太に行つておられ、或いはシベリアに行つておられると思つたかたが満洲に逆送されて先般の引揚で帰つて来られたというかたがあるわけであります。私どもはできるだけそういつた最近の資料を集めて整理をいたしておるわけであります。今日非常に問題になつておりますのは、生存の確認されないかたがた、そういうかたがたが非常に御心配でございますので、生存しておられるか、或いは死亡しておられるか、これをできるだけ早くはつきりしたいという念願で調査を進めておるわけであります。これは古い資料のかたにつきましては、過去の大分古いことになりますのでなかなか困難のでございますが、帰つたかたがたを集めたり通信調査をいたしまして、過去の記憶を喚起して頂きまして合同調査をやりました。その調査の都度若干の成果を挙げておるわけであります。併し国内調査は何といいましても限界があるわけでありまして、なかなか壁につき当たるよう事態もだんだん予想されるわけであります。これは先方に問い合せまして、先方の持つておる資料によつて或る程度答えて頂くということが必要になつて来るわけであります。日本赤十字社がそういう意味で調査を進めておるわけでありまして、ソ連にも全部あるかどうかわかりませんが、相当数の死亡者の資料を持つておるのではないかと我々は考えております。現に先般日本赤十字社から向うに参りましたときにも、一万何がしの死亡者のあることを確認されておられます。できるだけわかつた数だけでも資料を教えて頂けますれば、それだけ問題の範囲が狭ばまつて来るわけであります。できる限りの方法を講じまして今後やつて行きたいと考えております。
#11
○高野一夫君 これは今日お伺いすることになつておりませんので数字も別に伺わなくとも結構ですが、事柄として一言伺つておきたいのですが、このソ連地区に引張つて行かれて中共のほうに廻された者、或いは最初から中共地区に残留した者、こういうものは正確にわかつておりますか、数字はいいのですか。
#12
○政府委員(田邊繁雄君) そういうような当時の状況を調べて見ますると、武装解除になつたあとで、体の弱い人は病院等に残しまして、ソ連に大体の編成を組んで入ソしたわけであります。入ソしたあとで体の弱い人はもう一遍満洲に相当数帰つているようであります。それはできるだけ調べておりますが、大体の数は、このくらい帰つたという数字はわかりますが、一人一人について正確には知り得ないと思います。大体二十一年の七月頃でございましたか、ソ連地区から満洲に逆送している事実は相当あるようでございます。
#13
○参考人(葛西嘉資君) 高野委員からお尋ねがあつたので関連して申上げますが、先般、いつ頃でありましたか、タス通信で、九百七十一名の戦犯をソ連に連れて行つた。併しこれを中共に引渡したという記事があつて、九百七十一名がどうなつているということがわからない。それに該当されると思われるような家族から非常に聞きたいというような話があつたのでございますが、先般モスクワの会談の際にこれを聞いたのでございます。タス通信で九百七十一名をソ連が中共に引渡したというが、その事実ありや否や、事実であれば、誰を引渡したか、その名前を聞かしてもらいたいということをソ連に聞いたのでありますが、ソ連の赤十字社は、これも相当調べた上で、タス通信にあつたところの九百七十一名の戦犯中中共戦犯に関係のある者は、確かに昭和二十五年、一九五〇年に引渡しました。併し二人はそのうち死にました。九百六十九人だけは中共に引渡しました。併しその名前や何かは中共で聞いてもらいたいというようなわけで、一切明かさなかつたのでございます。この点は実は非常に関心のあることでありますので、今年になりまして、もう日はちよつと記憶しておりません、一月か二月前だつたと思いますが、中共に、御承知のように三団体でありますから、三団体の名において、ソ連側がこういうことを言つておつたが、九百六十九名の氏名並びにその後の情報を提供してもらいたいという依頼状を、電報を三団体の名において中国紅十字会に打つたのでございます。併しその後側も中国紅十字会からは、実は昨年の十月以降、第七次の集団帰国が済んだあと、打切りという通知がありましたあと、何らの通知がございません。これは今のところでは中国紅十字会との交渉になつている、こういうことになるわけであります。関連して……。
#14
○政府委員(田邊繁雄君) それからソ連地域の人につきましは、いわゆるPW通信というのが許されまして、通信をよこしているかたが相当数あつたわけでありますが、中には通信をよこしていないかたもあるわけでございます。これは日本赤十字社のほうにお願いいたしまして、できるだけその通信を内地によこすように、又通信の便宜を図つてもらうように向うにお願いをしてもらいたいということを再三お願いをして、首脳部にもたびたびお願いしているわけであります。PWには通信が許されておるわけであります。そのために家族は非常に安心をしているし、慰問品も行つております。そういう方法を他の残留者にも許されるようになれば、その面からいろいろと向うの様子がはつきりして参ります。これは中共地区については特に問題になる点でございますが、ソ連のほうでは、先般も船に乗つて行かれた工藤さんからいろいろとその点をお願いしてあるようであります。今後いろいろの機会に向うの赤十字のかたと接触する機会があろうと思いますので、そういつた面を私どものほうから推進するようにお願いをしておるのであります。
#15
○竹中勝男君 これに関連することですが、その後今の中国の紅十字会のメンバーを日本に招待するという交渉はどういうふうな状態にありますか。
#16
○参考人(葛西嘉資君) 中国紅十字会の李徳全女史ほか幹部を日本に招待するという問題は、実は先般も参議院の本委員会において御決議などを頂いておるのでありますが、極く最近、数日前にも実は政府にもいろいろお願いをしておるのでありますが、なかなかいろいろ国際的並びに国内的な配慮があるようでございます。政府の態度はまだ中国紅十字会を招待してよろしいというところまで至つておらないのでございます。私ども殊に赤十字の立場といたしましては、赤十字が赤十字のお客として呼ぶわけでございまするし、又昨年の初め、北京で団長島津社長が紅十字会の幹部を帰国が一段落したならば呼ぶように努力をしたいと思うと言うた手前もあり、実は五月二十四日から開かれるオスローの理事会は、実は非常に、若しこのことを解決せずに行きますと、大変工合の悪い、ちよつと間が悪いと申しますか、そういうふうなことでありますので、実は是非一つ解決したい。解決が若し駄目であつても、日本政府としての肚を一つ聞かしてもらいたい。こういう心持でオスローで一つ先方の代表に会つてもらいたいというくらいな肚は一つ示して頂きたいというようなことでお願いをして、先般社長も政府の当局にお会いになつた。外務大臣にお会いしたんであります。まだどうも政府の態度は変つておらんというようなことで、実はまだ立つのに数日日がありますので、この間になお政府にもお願いをして、何とかもう少し私どもの立場も悪くないようにという、立場ばかりでありませんで、私どもといたしますれば、中共引揚の一つの大事なきつかけと申しますか、中国紅十字会を然らば呼んだら必ず引揚ができるかと、こう政府が聞かれるのでございますが、それは相手のあることでございますので、必ずできますということは申上げられないのでありますけれども、これは向うの人か来まして、日本の留守家族などの本当に痛切な叫びを聞いてもらえば、人道的な赤十字の団体のことでありますので、私は必ず悪かろうはずはない。又今日の中国紅十字会と赤十字、或いはもつと広く言えば三団体との関係でありますが、あれ以来ちよつと壁にぶつかつたような実は感じなんでございます。従つてこれを打開して多数の同胞の引揚をするためには、どうしてもこの問題を先ず解決するということが私どもは必要じやないかと、こう思つておりますので、丁度オスローの会議がいい機会でございます。数日、恐らく社長ともう一回、二回大臣にもお会いをしてお願いをすることと思いますし、仮に向うに行きましても、留守の間に電報を打てるくらいに政府にもよくお考え頂いて、ほかのいろいろ関係があつて政府としてもいろいろお考えようでありますが、それらの点を考えましても、とにかくこの引揚という問題をやりますためには、私どもとしては是非これを先ずやれということでないといけないのではないか、こう思つております。ここ数日少しく強くお願ひをして、何とかいいように取計らつて頂きたい、こう思つておるようなわけであります。大変遺憾でありますが、現状は只今申上げまじた通りでございます。
#17
○竹中勝男君 これは全会派一致でこの厚生委員会でもこれを決定しておるのです。李徳全女史を日本に招待するということは、この厚生委員会が決定しておることなんですが、その後委員会としてはどういうように運んでおるのでございますか。
#18
○委員長(上條愛一君) ちよつとお答えしますが、これは昨年この委員会で決定したときに、外務大臣に会つて要請したようです。その御この国会の始まつた直後に、前の委員長とそれから私とで外務大臣に会いまして、この点を再び強く要望したわけです。それで趣旨はようわかつておるけれども、国際的関係、国内的関係、国内的関係というのは何か前、体育の関係で来たときの様子等からみて、利用されるというような傾向もあるので、そういう点の見定めの付くまでもう少し考慮させてもらいたいというのが外務大臣の趣旨でした。私どもは、それはそういういろいろな付随した関係はあろうけれども、この問題は、主として未帰還者の帰還についての趣旨で李徳全女塾を呼ぶということが本質なんだから、その本質を外れて附随したことを余り重要視してこの問題を躊躇するというようなことは、これは国策として遺憾だというので、そのようなことは考慮せずに本質の問題で速かに許可してもらいたいということを強く外務大臣に二、三十分会つて要望したわけなんです。そのままになつております。
#19
○竹中勝男君 まあこれは後に懇談のとき正式に討論し、みんなの御意向の下でしたいと思うのですけれども、オスローの国際赤十字会議が五月の二十四日に開かれるということを前にして、もう一度この委員会としてそれを申入れるというようなことについて、後ほど御相談願いたいと思います。
#20
○安部キミ子君 局長さんにお尋ねしたいのですけれども、昨年大山さんがソ連へ参られまして、それがきつかけになつて引揚の動機になつたと私どもは理解しておりますが、今のような日本の国交のあり方では正式な交渉もできないし、それからあなたのお話を聞いておりましても、何かしら不安で、もどかしくてしようがないような印象を受けるのです。と申しますのは、結局日本が外交を開始していない、正式な国交を回復していないということが原因になつていると思うのでありますが、聞くところによりますと、只今もオスロで国際赤十字大会がある、それから来月の、六月の下旬にはストックホルムで平和会議がある、こういうようなことも聞いておりまして、日本からもそれぞれの代表が出席になるというふうな段取りもできつつあるように伺つております。そういうふうな機会がありますので、何とかいろいろなチャンスをつかんで、こうした帰還の動機を作るという意味において、そういうふうな外国に行きたいというかたが各層からある場合には、極力旅券の交付なども、政府の考え方ではいろいろな事情もありましようが、純粋な立場からもつと政府に反省して頂いて、せめて引揚、未帰還の人たちだけでも早く解決ができるようにあなたのほうからいろいろ御尽力頂くということはできないものでございましようか。
#21
○政府委員(田邊繁雄君) 只今の御質問の点は主として外務省の所管になつております。まああらゆる可能なラインを通じまして引揚の問題の解決を図るというのが必要であろうと思います。この問題は純然たる人道上の問題でありまして、従つて我々もその立場からこの問題の解決に努力しておりますが、幸い日本赤十字と向うの赤十字社とのルートができておりますので、このルートによつて解決できる面が相当あろうと思います。従来我々といたしましては、一般的な方法だけをやつておつたのでありますが、今回はソ連からお帰りになつたかたを通じまして、先ほど申上げましたような或る程度の具体的な事項がわかりましたので、それだけでも活用したい、こういうことで、日本赤十字社のほうでそれをもととされまして、先ほど申上げたようなお願いをしておるわけであります。その点についての向うからいい回答がありますれば、それだけでも問題が少しずつ解決して行くわけであります。更に我々は従来死亡者及び生存残留者に対する公式の発表を国連を通じてお願いをしておるわけでございますが、これはどこまでもやつてもらいたいと思いますが、これが仮に延びましても、先ほど申上げましたような日本赤十字社の御努力、又今後におきまする安否調査の御努力が得られますならば、或る程度の成果を挙げられるのじやないかというふうに考えております。その点はできるだけ今後とも勉強、努力したいと思つております。
#22
○安部キミ子君 今までもあなたの立場でいろいろ御努力頂いたこととは思いますが、私は国会の議場で外務大臣の発言を聞いておりましても、ソ連とか中共に対する態度はアメリカや他の自由諸国に対する態度とはがらつと変つた非常に一方的な印象を受けるのです。と申しますのは、それは根本的に日本の今の立場がそうであると言い切つてしまえばそれまででございますが、現実に我々の同胞が他国で非常に辛酸を嘗めているというこの現実の前に立つては、やはり私は真剣にこの同胞の立場に立つて国の政治もなさなければならないのではないか、こういうふうに考えております。そういう意味でやはりもう少し努力が、積極的な努力が足りないのじやないか。それは外務省もそうでありますと共にあなたがたの立場においてももつと何とか積極的な努力をして頂くことが私は望ましいと、こういうふうに考えておるので、無理なお願いとは思いますが、併し他国におられるほかの人たちの思いをいたしますならば、どのような努力をしても私はし過ぎはないというふうに考えておりますので、これは希望でございますが、先ほど葛西さんがおつしやいましたこともございますので、その目的が達成せられまするように、横の連絡も十分おとり下さいまして、それから外務省との折衝のときも、ただ手順とか、立場とか或いは自分の所管だけでなしに、他の外郭団体とかいうものとも一緒の大きな力を以て交渉してもらつたら外務省を啓蒙することもできるんじやないかと考えております。これは希望でございます。
#23
○委員長(上條愛一君) なお竹中委員の李徳全女史招聘に関する政府との再交渉の問題は委員長に御一任を願つて、理事打合会で御相談の上実現いたしたいと思います。さよう御了承を願いたいと思います。
 それでは本問題に対する質疑はこの程度にいたしまして、次に移りたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異諸なし」と呼ぶ者あり〕
#24
○委員長(上條愛一君) 御異議ないと認めます。
 速記をとめて下さい。
   〔速記中止〕
#25
○委員長(上條愛一君) 速記を始めて下さい。
 次に、厚生省関係法令の整理に関する法律案を議題といたします。
 先ず提案理由の説明をお願いいたします。
#26
○政府委員(中山マサ君) 只今議題となりました厚生省関係法令の整理に関する法律案につきまして、その提案の理由を御説明致します。
 政府におきましては、昨年以来法令の改廃整理について鋭意検討しておりましたが、今日までに一応の結論を得ましたものにつきこの際整理を実施することとなりましたので、これに当省関係の諸法令のうち整理すべきものの改廃に関する法律案を提出する次第であります。
 この法律案は、すでに死文化した法令又は存在の意義を失つた法令を廃止すると共に、行政事務の簡素化と行政事務処理方式の改善とを図るため、若干の法律の規定を整理しようとするものでありまして、その内容は次の通りであります。
 第一は、国民体力法、有毒飲食物等取締令、伝染病届出規則及びあん摩、はり、きゆう、柔道整復等営業法に関する特例の四件の法令を廃止しようとするものであります。第二は、精神衛生法、伝染病予防法、トラホーム予防法、寄生虫病予防法、予防接種法、理容師美容師法、死体解剖保存法、保健婦助産婦看護婦法、薬事法、覚せい剤取締法及び児童福祉法の十一件の法律の一部につき行政簡素化の見地から若干の改正を加えようとするものであります。
 以上がこの法律案を提案致しました理由であります。何とぞ慎重に御審議の上、速かに御可決あらんことを切望する次第であります。
#27
○委員長(上條愛一君) 本案の質疑は次回にいたしたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#28
○委員長(上條愛一君) 御異議ないと認めます。
 速記をとめて下さい。
   〔速記中止〕
#29
○委員長(上條愛一君) それでは速記を始めて。
 本日はこれにて散会いたします。
   午前十一時三十四分散会
ソース: 国立国会図書館
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