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1953/03/26 第19回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第019回国会 文部委員会 第24号
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1953/03/26 第19回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第019回国会 文部委員会 第24号

#1
第019回国会 文部委員会 第24号
昭和二十九年三月二十六日(金曜日)
    午前一時十四分開議
 出席委員
   委員長 辻  寛一君
   理事 相川 勝六君 理事 竹尾  弌君
   理事 長谷川 峻君 理事 町村 金五君
   理事 野原  覺君 理事 松平 忠久君
      伊藤 郷一君    岸田 正記君
      熊谷 憲一君    坂田 道太君
      世耕 弘一君    原田  憲君
      山中 貞則君    亘  四郎君
      田中 久雄君    中嶋 太郎君
      吉田  安君    高津 正道君
      辻原 弘市君    山崎 始男君
      小林  進君    前田榮之助君
      小林 信一君    松田竹千代君
 出席国務大臣
        文 部 大 臣 大達 茂雄君
 出席政府委員
        人事院総裁   浅井  清君
        検     事
        (刑事局長)  井本 臺吉君
        文部政務次官  福井  勇君
        文部事務官
        (初等中等教育
        局長)     緒方 信一君
 委員外の出席者
        専  門  員 石井つとむ君
       専  門  員 横田重左衞門君
    ―――――――――――――
三月二十五日
 公立学校教職員の政治活動制限反対に関する請
 願(神近市子君紹介)(第三九〇七号)
 同(萩元たけ子君紹介)(第三九〇八号)
 同(高津正道君紹介)(第四〇〇二号)
 同(吉川久衛君紹介)(第四〇〇三号)
 同(井堀繁雄君外一名紹介)(第四〇〇四号)
 同外一件(中澤茂一君紹介)(第四〇〇五号)
 同(萩元たけ子君紹介)(第四〇〇六号)
 高等学校の定時制教育及び通信教育振興法に基
 きその経費の予算強化に関する請願(田中龍夫
 君紹介)(第四〇〇〇号)
 公共学校事務職員に教育公務員特例法適用の請
 願(加藤高藏君紹介)(第四〇〇一号)
の審査を本委員会に付託された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した事件
 義務教育諸学校における教育の政治的中立の確
 保に関する法律案(内閣提出第四〇号)
 教育公務員特例法の一部を改正する法律案(内
 閣提出第四一号)
    ―――――――――――――
#2
○辻委員長 これより会議を開きます。
 義務教育諸学校における教育の政治的中立確保に関する法律案、教育公務員特例法の一部を改正する法律案の両案を一括して議題といたします。両案の修正案に対する質疑は終局いたしました。これより両案並びにこれに対する各修正案を一括して討論に付します。討論は通告に従つて順次これを許します。長谷川峻君。
#3
○長谷川(峻)委員 私は自由党を代表いたしまして、ただいま提案になつております教育二法案、すなわち教育公務員特例法の一部を改正する法律案及び義務教育諸学校における教育の政治的中立確保に関する法律案の修正案につきまして、賛成の討論をいたさんとするものであります。以下その理由を申し述べます。われわれがこの二法案に賛成するその第一の理由は、審議の過程あるいは現地調査において明らかなように、教育基本法第八条第二項に触れる偏向教育が随時随所に行われており、今にして何らかの法的措置が講ぜられなければ、全国津々浦々の小中学校に蔓延する危険性が感ぜられるからであります。たとえば例を具体的に旭ケ丘中学校にとつてみます。日本共産党が日教組の容共分子である統一委員会に指示した学校の自主管理を完全に実行しておるのでありまして、その自主管理方式が最初七、八名の容共的グループによつて指導され、反対の意見を表明していた校長も、遂にはそのグループの指導方針に屈服し、それが男女生徒に浸透して、生徒みずからも、われわれは片寄つた教育を受けてはいない、片寄つた教育をしているのはむしろこの学校以外の学校であると言い、あるいは赤とは正しいことを正直に言うことであると言つたり、さらにまた学校新聞においては、国会を見学した感想文に、いなかまわりの大根役者やばくち打などが集まつて、万才や茶番劇をやつているとか、靖国神社に行つた感想としては、幾多の戦争犠牲者がペテンにかかつて死んで行つた無名戦士の墓であるとか、大阪の平和祭の参加した百余名の生徒の手記に、これらの人たちの中には日本人より朝鮮人が多い、日本より朝鮮の方が平和勢力が強いというようなことを十四、五歳の男女生徒が大胆に書いているのであります。特に注目すべきは、父兄、住民に対しても、学校の自主管理方式が決して誤つておらないと働きかけていること、すなわち共産主義教育即平和教育であると、あらゆる学校行事、父兄会を通じて印象づけ、しかもそれがかなりの父兄によつて支持されている事実であります。このような教育を受けたくない生徒、あるいは受けさせたくないところの父兄がどんなに立ち上つても、聞き入れられないまでに徹底発展していることは憂うべき実情であろうと思うのであります。よく反対党の諸君、これらの事例は偶発的なものであると言い、これをもつて大多数の善良な教職員を制限することは不合理であると論難しますが、われわれは断じて偶発的に起つたものでないと断ぜざるを得ないものであります。きわめて計画的に組織的に巧妙に行われておるのであつて、少くとも反対党の諸君が言うように、現在のまま日教組の自主性にゆだねて、善良なる教職員の良識にまつだけでは、文部省が提出した二十四の偏向事例にとどまらず、日ならずして全国をおおうに至り、赤色革命の危機を感ずるもの、ひとりわれわれだけではないと思うのであります。
 このような偏向教育の参謀本部的役割をしております日教組の運動方針に、共産党が多大の影響を与えておることは、国警長官、公安調査庁長官の答弁でも明らかなことであります。一九五三年すなわち昨年九月四日、日教組中央グループ指導部の秘密機関紙教育戦線によりますと、日教組を上から下まで民主化することによつて戦闘的労組に育て、全国五十余万の教育労働者を日教組に結集させるとともに、それを平和、独立、民主自由を求める国民統一戦線の側に立たせ、労農同盟結成への組織者としての自覚を持つた実践行動に入らせねばならないと言つておるのでありまして、すなわちそのうち第三項目としては、義務教育学校職員法、スト禁止法、警察法改正案等の悪法を粉砕するためには、平和教育を実行するための学校の自主的管理並びにストライキをもつて闘い、これを全国、全産業のゼネストに発展させるという方策を明確に打込むことと、このような革命指令は次々に日教組の内部に発せられておるのでありまして、これを受取つた日教組は、実力行使は合法的、遵法的ではないか、非合口法行為を侵してもなお闘うべきであるという強い線を実践しているのであります。これによつてみても偏向教育のよつて来るものは、決して偶発的なものでなく彼らの革命方式に向つて歯車の回転するがごとく、精密な計算によつて実施されているのであります。よつてわれわれは反対党の諸君が、これらの偏向教育を大したことではないではないか、九牛の一毛であると、繰返し繰返し弁解し続ける態度は、了解に苦しむものであります。いな、その思想的立場を疑わざるを得ないものであります。われわれは日本の教育界百年のために、まさに思想的対決の場に立つていることを痛感するものであります。
 次に、第二の賛成の理由を申し上げます。今日何人といえども平和を欲しないものはないはずであります。日本の独立と平和の維持は、決して反対党諸君の専売特許ではありません。その手段と方法に議論があるだけであります。日教組が掲げる再軍備反対、親ソ、親中共、反米一辺倒の平和教育を、一方的に教壇から、白紙のごとき感受性の強い生徒、児童に反復徹底させることは、往年のフアツシヨ教育以外の何ものでもありません。これは共産主義の奴隷となつた教育政策と何ら異なるところがないのであります。現在のごとき、まさに五十余万の教職員の人事権を実質的に掌握し、生殺与奪の権を持つ日教組が、あえて非合法行為を犯してまでも、このような偏向教育をその資金と組織力を動員して、全国の教職員を叱咤激励、内面指導した際の恐るべき結果は、火を見るよりも明らかなことであります。愛児を人質にとられている父兄の弱みにつけ込んで、各種の署名運動を強要したり、闘争に名をかりて子供の学ぶ自由と権利を蹂躙して、楽しかるべき日曜日に振りかえ授業をしたり、ウイークデーに休校したり、さては強引な居すわり戦術を実行したり、さらにまた学校長や教育委員会の権限を無視して、日教組の指令一本で学校管理をするがごときは、断じて許さるべきではないと思うのであります。世論を軽視しつつ、しかも一部権力主義者は、政治的野心を果さんがために、この全国組織を踏台にして、選挙の行われるたびごとに薄給の同僚教職員に莫大な資金カンパを強制する一方、得票の割当まで行つて特定候補のために狂奔する無状ぶりは、まつたく教職員組合本来の使命を逸脱したものとして、われわれの黙視し得ざるところであります。世界の目が笑つているところであります。すなわち私は、日本の教育を守るために、わが自由党の政治的生命をかけたこの二法案の成立を契機として、義務教育に携わる全国五十余万の教職員が、日教組に巣食う容共分子や権力主義者の不当支配に教唆扇動されることなく、敗戦の苦悩の中にもわが愛児に望みを託している全国の父兄、その愛情と期待の中に孜々として学校に通つているネクスト・ゼネレーシヨン、これらを育成して行くという重大なる責任者として、教育者の良心を発揮して、それぞれ自主的に奮起精進せられんことを切に念願し、賛成の討論を終えるものであります。(拍手)
#4
○辻委員長 次に吉田安君。
#5
○吉田(安)委員 ただいま義務教育諸学校における教育の政治的中立の確保に関する法律案、教育公務員特例法の
 一部を改正する法律案の二法案に対しまして、三党共同の修正案が提出されておりますから、私は改進党を代表いたしまして、この三党共同の修正案並びに修正部分を除く政府原案に対し、賛成の意を表するものであります。(拍手)以下きわめて簡単に賛成の理由を述べたいと思います。
 戦後わが日本国は新憲法のもとに、かの全体主義的教育方針をかなぐり捨てまして、民主主義的教育の大原則を打立てましたことは、諸君御承知の通りであります。しかしながらこの変化はまつたく大なる変化でありますから、教育基本法など世にいわゆる教育三法その他教育に関係ある諸法令を出しまして、教育の民主化にあやまちなきよう、これが育成をはかつたのであります。しかるにわが国今日の教育界の現状はどうでありましようか。労働運動の発達とともに、せつかく育成途上の教育界に真に排撃すべき赤の手が侵入し来りまして、今や純正なる全国五十万の最大多数の先生方が、その赤の手の強大なる勢力に支配されまして、いかんともなしがたい状態に追い込まれつつあるのであります。また一面には国家公務員法、地方公務員法等によりまして、相当制限規定は設けられてあるのでありますが、時によりますと、ほとんど傍若無人のありさまであります。今にして国家は断固たる決意のもとにこれが対策を講じなかつたならば、百年後とは申しません、ここ十年を出ずして、全国至るところわが国はいわゆる赤の支配下に追い込まれ、制圧されないとだれが保障できましようか。さきにわが国はがらにもない武力戦争に巻き込まれまして、国は破れました。その後今日までの国民の塗炭の帯しみはいかがでありましたか。辛うじて独立国になりましたが、今また赤の侵略が教育界に遠慮なく迫りつつあるのであります。国家の前途まことに憂慮にたえないことと私は存ずるのであります。思いをここにいたしますとき、原案提出者である大連文部大臣の御苦心を多といたしますと同時に、わが改進党は反共主義の党是に立脚いたしまして、政府原案に厳重な検討を加えつつ、遂に自由党、日本自由党といわゆる三党共同の修正案を打出した次第であります。すみやかに本案通過を期待する次第であります。
 最後に一言申し上げたいことは、この二法案とも臨時措置の法案でありまして、もちろん恒久法ではありませんから、わが今日の教育が真の軌道に乗りまして、全国至るところに真の反省が見えましたときには、すみやかにこの両法案を廃棄すべきであるということを強く付言いたしまして、簡単ではありますが、改進党を代表した賛成討論を終るものであります。(拍手)
#6
○辻委員長 野原覺君。
#7
○野原委員 私は日本社会党を代表いたしまして、ただいま上程せられておりまする教育公務員特例法の一部を改正する法律案並びに義務教育諸学校における教育の政治的中立の確保に関する法律案の修正案につき反対の討論を展開せんとするものであります。まず最初に総括的な討論を述べ、次に二法案のおのおのにつきましてその主要な問題点を指摘し、反対の理由を明らかにしたいと思うのであります。
 教育基本法はその第八条におきまして、良識ある公民たるに必要な政治的教養の尊重さるべきこと、及び法律に定める学校は、特定の政党を支持し、またはこれに反対するような政治教育その他政治活動を行つてはならないことを規定し、また第十条には教育は不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負つて行われるべきものであること。教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならないことを規定しているのは、まつたく正しいと思うのであります。このことからの帰結は、教育は自主性を持つべきであり、時の権力によつてほしいままに動かされてはならないということであります。(拍手)なぜならば、教育の自主性に対する最大の脅威は、時の政治的支配力と行政的権力からの圧迫であるからであります。それゆえにこそ教育基本法は、教育行政に対して教育の条件整備といういわば謙虚な地位のみを与えることを明記しているのであります。またそれゆえにこそ過去の外国の事例に徴してみましても、教育の中立性がいわれる場合には、多くは現実政治における政党間の対立抗争から、教育行政の運営をあとう限り防禦し、また教育行政に教育関係者の発言を織り込むための制度上、あるいは行政技術士の種々の考慮が払われているのを見、るのであります。
 言うまでもなく、教師は一個の市民としてはみずからの政治的判断に従つて行動する権利を持つているべきであります。現行の地方公務員法において、地方公務員がその勤務地以外において政治活動の自由を与えられているのは、それが一市民としては当然の権利であるというのみでなく、むしろ積極的に地方の良識を政治に反映させるべきだという趣旨によつていることは、地方公務員法第三十六条第二項但書が附加されたときの第四回国会議事録を見ても明らかであります。法案は教師からのみこの権利を奪おうとしているのであります。このことは教師の良識が他の地方公務員より劣るという認識によるのであるとするならば、それはわれわれの見解並びに一般の常識に反するものであります。また教師の職能は他の公務員のように直接に公権力を行使して行政事務を執行するものではないのでございまするから、教師に対してはより広い市民的自由が与えられるべきでございましよう。この意味において、むしろ現に国家公務員たる教師の受けている政治活動の拘束をこそ取除くべきなのであります。もともと人事院規則による国家公務員の政治活動の禁止は、手続上に疑義があり、内容も酷に過ぎるとされているものでありますから、この機会に再び厳密に検討されなければならないにもかかわらず、公立学校の教育公務員を国立学校の教育公務員と区別して規制することは適当でないとの理由で、国立学校の教育公務員と同様の取扱いをしようとすることは、教育の何たるかをも解しない、本末転倒もまたはなはだしいといわなければなりません。(拍手)
 政府は今回二つの法案を提出いたしました理由として、今日の日本の教師は片寄つた教育をしているとして、いわゆる偏向教育の事例なるものを大達文部大臣が出して参つたのであります。そのあげられた事例の大半はまつたく事実無根であり、二法案提出に信憑性を持たせるためのでつち上げであることはわれわれの調査によつて明らかであります。(拍手)偏向教育として指摘せられた学校の教職員、児童、生徒はもとより、父兄、地方教育委員会を初め、教育に関心を持つ国民の憤激はその極に達しているのでございます。今や逆コース大達文政にほくそえんでいるものは反動極右のともがらだけであつて、良職ある国民はことごとく一片の信頼をも寄せていないことを私は指摘しなければなりません。(拍手)もしそれこの二つの法案が通つた場合には、常に犯罪容疑者の地位にある危険を冒さずには現実に即した教育の研究はできなくなるのであります。戦後初めて学者と実際家との交流が自由になり、今日ようやく共同研究が実を結ぼうとしているのに、この法案が再びこれを不可能にするものであります。教育学者が科学的に研究した成果がたまたまある政党の政策と致し、または背反した場令、そのいずれの場合にもこれを教師に伝えることが
 一方的に教唆扇動と認められ、その教育学者は罪に問われているという危険にさらされることになるのは、理性をもつてはまつたく理解し得ぬことといわねばなりません。(拍手)それは単に教育研究者のみについて言えることではございません。いかなる科学の研究者も、政治家も、評論家も、何人も程度の差こそあれ、この危険から免れることはできないのでございます。けだしいかなる科学も何らかの意味において政治に関係がまつたくないということは現代においてはあり得ないからであります。すなわちこの二つの法案は広汎な学問思想の自由に車天な影響を及ぼし、言論機関にも甚大な制約を与えるものなのであります。(拍手)
 次に私は教育公務員特例法の一部改正法案につきまして、その若干の問題点とこれに反対する理由について述べてみたいと思います。第一点としてあげねばならぬことは、この改正法案は憲法違反であるということ、であります。御承知のごとく、憲法第三章は国民の基本的権利として思想、良心、表現、学問の自由を保障し、すべての国民は法のもとに平等であり、政治的、経済的ないしは社会的関係において差別されないことを保障しているにもかかわらず、この改正法案を見てみますと、全体の奉仕者であるということ及び公共の福祉に反するということを名、目といたしまして、教員の政治活動を全面的に制限しているのであります。この点に関しましては国家公務員法及び地方公務員法がすでに違憲立法であるのに、本法はさらにそれを越えて時間的、場所的な配慮をもすべて無視しているのであつて、まさしく憲法及び憲法に規定された基本的人権の蹂躙以外の何ものでもないといわなければなりません。
 第二点は、公立学校教員の身分法上の扱いを身分法とかかわりなく、その政治的行為に関して国立学校教員と同一にしたことは不当であるということでございます。現在公立学校の教員の身分が市町村にあることは憲法の地方分権の精神によるものであり教育委員会の設置された目的によつても明らかな事実であります。申すまでもなく教育はその地域住民の意思によつて決定されるべきものであつて、義務制といえども、官僚機構と国家権力により統制さるべきものでは断じてないのでございます。(「そうだ」と呼ぶ者あり)しかるに、本法案におきましては、教育の特殊性というような一般的抽象的規定により、憲法を無視した条文を押しつけようとしているのであつて、逆コースのはなはだしきものといわなければならないのでございます。文部当局は、民主主義に立脚し、教育行政の地方分権のためと称して、地方教育委員会を強行設置し、現状を無視してまで育成強化せんことをうたいながら、しかも、一方におきましてかかる処置をとることは、明らかに政治権力の教育に対する不当な干渉であつて、このことが教育の中立を侵害するものであると断定してはばからないと思うのであります。私どもは、現行地方公務員法第三十六条の但書制定の沿革は、市町村に公立学校の教員の身分があることによつて理由づけられたものであることを忘れてはならない。このことを重ねて申し添えたいと思うのでございます。
 第三点は、人事院規則は、大学と大学以外の教員との間に適用上の相違が生ずるということであります。学校教育法によれば、大学は第五十二条により研究機関であることも規定されているのであります。従つて研究としての政治批判の発表は本来の職務として制限されないのでございますが、高等学校以下には研究機関たることの保障がございませんので、一方的に政治行為にわたるものとして、権力的解釈がなされる不合理があることを指摘したいのでございます。
 第四点は、教育の場に官憲が介入する口実と機会を与えることにより、教育は破壊されるということであります。改正法案第二十一条の三項によつて、教育公務員なるがゆえに、市民なら問題にならないことまでも、捜査、逮捕、拘留の対象となるのであります。刑事訴訟法第二百三十九条の一項は、「何人でも、犯罪があると思料するときは、告発をすることができる。」のであり、さらに同二項では官吏、公吏はその職務を行うことにより犯罪があると思料するときは告発しなければならないとしているのでございまするが、十七箇条にわたる広範囲の人事院規則について、その解釈が一方的に権力機関にまかされることとなると、安心して教育に専念することは不可能になるのであります。
 以上は教育公務員特例法の一部改正法案に対するおもなる反対点でございます。
 次に中立確保に関する法律案につきまして、若干の問題点を指摘し、逐次反対の理由を述べてみたいと思うのであります。
 まず第一にあげねばならぬのは、「何人も」とすることによつて、文字通りだれでもこの法律によつて処罰できるわけになるということでございます。このことだけから見ても、本法律案は単に義務教育諸学校の教育職員にかかるだけの法律ではないということでございます。すなはち、明らかに全国民の政治活動を制限する結果を生ずるもので、このことは露骨に憲法に違反する措置であることを指摘しないわけには行かないのでございます。また法案の中に述べているところの、その他の政治的団体についての解釈規定がなく、政治的団体の認定の根拠もないためにこれらの用語が政治権力の拡張解釈によつて適用されるおそれが多分にあるということを申し上げなければなりません。(「その通り」)
 第二点といたしましては、教唆扇動がでたらめに濫用され、教育に対するフアッシヨ統制が強行されることは火を見るよりも明らかでございます。教唆とは、刑法第六十一条「人ヲ教唆シテ犯罪ヲ実行セシメタル者ハ正犯ニ準ス」と規定しているところであります。教唆とは、いわゆる教えそそのかすことでございますが、教唆が犯罪となるためには、教えそそのかされた者が犯罪行為を実行したとき、犯罪の予備行為をしたときにおいて、教えそそのかした者が制せられるわけであります。従つて本法案第三条の適用についていえば、教唆された職員が特定の政党を支持させ、または反対させるための予備行為として、たとえば教えなくとも教案を書いたというだけで教唆したものとして罰せられる危険があるのであります。この場合、職員に対しては教唆の事実の確立のため、児童、生徒のノートはもちろん、学校のあらゆるものを証拠物件として押收できることになるではございませんか。しかも行為者からそそのかされたのであるとの表示があれば、本人がそそのかす意思も行為もなかつた場合でも、一応犯罪者の取扱いをされることになるのでございます。うかつには口もきけない恐怖状態がこうして学園を襲うことを否定することができるでございましようか。扇動とは何か、見て字のごとくあおりそそのかすことでございましようが、扇動の罪は、御承知のように刑法には規定されていないのであります。しかしこの今はないはずの扇動の罪が、例の破防法の中にかつての騒擾罪の構想をもつて再現して来たのであり、その行き過ぎはつとに指摘されたところであります。
 第三にあげたいことは、法の目的があいまいであり、欺隔的であるということでございます。すなわち第一条には「教育基本法の精神に基き」と、もつともらしいことをうたつているのでございますが、基本法第八条第二項「法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない。」との規定だけを不当に強調利用いたしまして、平和と民主主義を原則とする憲法を基調とした教育基本法の精神を尊重するものでないだけでなく、逆にこの法案は基本法全体の精神を踏みにじるものであることを指摘しなければならないのでございます。しかも義務教育諸学校に適用を限定しているのは、国にしてむその教育に義務を負つており、しかも児童、生徒の純真な段階を考慮したと大連文相は答弁しているのでございますが、高等学校以上の社会的影響力の多い段階について触れていないのは、あくまで政治的に考えられた、日教組対策ということ以外の何ものもないことを露呈していることは明らかでございます。(拍手)
 以上の分析によつて明らかなように、これらの二つの法案というものは、まことに危険きわまりないものでございまして、そのねらうところは、政治的勢力の伸張または減退に資する目的をもつてする教育活動を禁止するというもつともらしい理由に隠れて、実際には政府与党の伸張をはかり、一切の民主的勢力弾圧のための強力なくさびを打込むものにほかならないのであります。(拍手)
 今やこの二法案に対しましては国内における各層各界の反対はもちろんのこと、国際的にも大きな反響を呼んでおるのでございます。これら二法案は、すでにその内容批判において、ただいま明らかにいたしましたように、教育の自由と教師の自主性を破壊することは、火を見るよりも明らかでございます。もし不幸にして、この二法案が通過成立するときは、教師をして自主的、批判的精神を喪失せしめ、ひいては政治的無関心と、教育的無気力に陥らせるのみならず、教育は常に時の政治権力に左右せられるごとき事態を招来することは必至でございます。戦争に敗れましてからやつとのこと、新しい憲法のもとにおきまして、民主化の軌道に乗りつつある日本の教育を、その根底より破壊するというゆゆしい上結果を持ち来し、悔いを千載に残すことは、私どもの断じて避けなければならぬことであります。(拍手)わが日本社会党は、総力をあげて、新しい形態としてのフアシズム的狂暴性を内包しておる教育関係二法案の成立には、断固反対であることを表明いたしまして、私の討論を終ります。
 終りにあたり、私は本法案の審議における大達文部大臣の答弁の態度は、実に傲慢にして不遜であることを指摘し、大臣の猛省を要求いたすものでございます。(拍手)
#8
○辻委員長 前田榮之助君。
#9
○前田(榮)委員 私は日本社会党を代表いたしまして、ただいま議題となつております教育公務員特例法の一部を改正する法律案並びに義務教育諸学校における教育の政治的中立の確保に関する法律案、この二案と、これに伴う修正案に絶対反対の意思を表明するものであります。
 この法律案が、われわれ国民の自由を制限するという点において、われわれは根本的に政府と考えを異にいたしておるのであります。憲法第十二条には、「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。」と規定されておるのであります。この国民の自由が、国家に許されてある最大限度に保障されるときこそが、その国家は文化国家といわれ、また国民生活の保障された国家でなければならぬと思うのであります。長谷川君は世界の目が笑つておる、こう言われるのでありますが、歴史を見ますと、いわゆる革命が起つた歴史は何を物語つておるかということを考えなければならぬのであります。赤色革命を自由党の諸君は恐れていらつしやるようでありますが、赤色革命は、自由党的感覚から起ることをわれわれは言わなければならぬのであります。(拍手)幕末のときの井伊大老の暴政を思い起さねばならぬと思う。なおまたロマノフ王朝の奴隷政治がソ連の革命となつたことも考えなければならないのであります。ルイ王朝の革命は、国民の自由を束縛いたしたことから起つておるのであります。世界の目はどちらを笑つておるかということを考えなければならぬのであります。自由がたつとばれ、人権が確保された時代に、赤色革命は起つた歴史はないのであります。(拍手)
 目を世界に転じてみれば、今回の二法案ほど実に時代錯誤であり、文化国家としてこれは許すべからざるところの非国民的な犯罪であるとわれわれは考おるのであります。われわれ国民は、国民の自由を確保するためには努力を払わなければならぬにかかわらず、自由党政府はいかなる努力を払つたか、いかにして国民の自由あるいは権利を制限して、一部の階級の弱肉強食の政権を維持しようかということに奔走しておるということであります。このことは日本があるいは国民思想が赤色化するという方向の温床となり、それに力を加えることになることをわれわれは歴史によつて知らなければならぬのであります。この二法案は教育の偏向を是正すると言われるのでありますが、教育の偏向を是正することは、教育に携わるところの五十余万教職員を信頼して、自主的に教育基本法第八条に示されたる方向に向つて十分進まれるような処置こそ必要なのでありますけれども、今回の法律案そのものは、そういう点ではむしろ権利を束縛し、そうして法律をもつて威嚇を行い、自主性を失わしめるものであり、ただ政府の暴虐なるところの権利に屈従せしめる真の中立性はあり得ないことを考えなければならぬのであります。真の中立性というものは正しい意味の自由が最大限度に確保された上に保たれることをわれわれは知らなければならぬと思うのであります。教育公務員特例法の改正案につきましても、今野原君からもいろいろ申されましたが、政治的な活動を制限をする点に、国家公務員と同等に、教育は国家的仕事であるという点から、当然に制限をするのはあたり前だと、かようなことをおくめんもなく言われるのでありますけれども、現在地方公務員の資格において義務教育教職員が教育に当つておられる。これに最大限度に憲法に保障されたる自由と権利を保障するということになりまするならば、教員の職場である学校においてある程度の制限を持たれることはやむを得ない点もあるのでありますけれども、職場を離れた家庭においても、国民生活においても政治活動に制限を加えるごときことは、憲法に反すると言われないならば、少くとも憲法の精神に反することだけは間違いのないことなのであります。かようなことをわれわれは断じてなさしめるべきものではないと思うのであります。もしほんとうに自由党の諸君が言われておるように、赤色革命を恐れるならば、弱肉強食の政治をやめなさい。働くことを尊び、正直者がばかを見ない、正しいことをする者が尊重される世の中をつくりさえすれば、決して赤色革命は起らない。そういうことをしようとはしないで、汚職のふんだんに行われろようなことをやるのみならず、憲法を蹂躙し、国会を軽視して、多数横暴な政治をやるのみならず、国民大多数の者が犠牲になつて、一部の階級だけが栄耀栄華な暮しので送る方向に多くの力を尽されるならば、当然世の中の思想は悪化し、国民思想に動揺を来し、そういうことは赤色革命の道を選ぶことであることを忘れてはならないのであります。
 今日の教育界のありさまは、文部省が提示されましたいわゆる偏向教育の実例などというようなことを、今もつておくめんもなく長谷川君も言われるのでありますけれども、実にきつかい千万だと私は思うのであります。一つの例を申し上げますならば、これは愛知県渥美郡神戸村の事件でありますが、これに対して神戸村教育委員会から、おそらく大達文部大臣にも進言書が出ておると思う。その一部を読み上げてみますると、「神戸中学校に関する資料は事実と相違し左記の通り事実無根のものであつて学校教育上重大なる悪影響を及すものと断じますから速かに取消されたく要望いたします。」かように教育委員会自体が公文書をもつて文部大臣に抗議を申し込んでおるのみならず、われわれにも明確に涙をもつて陳情いたしておるのであります。このことはただ単に偏向せるところの教育が行われていたというのみならず、かような無責任な文部当局の処置が、いかに地方民に迷惑を与えておるかということを知らなければならぬのであります。その中の一節だけを読み上げますと、教育委員会の所見として、「本村はかつて経済更生の模範村であり、教化指定村ともなつて県下の模範村として村民が誇りを持ち、温健着実な思想を持つた純農村である。かかる本村に於て仮りに偏向的な教育が実施されたとしたら忽ち村内に反対の声が起り物議をかもす事は必然である。然るに本村に於ては中学校創立以来七年間今だかつて村内にかかる声の起つた事はない。校長も教職員もかかる非難を受けた事はない。各種の団体、PTA、公職者等の会合に於ても話題となつた事すら無かつた。村民は学校教育に対し敬意と信頼をもつて全く平穏無事であつた。かかる時、あの無根の事実の発表は遺憾至極である。平地に波瀾を起し、人心を動揺せしめ学校教育上支障を来した事多大である。速かに取消しの処置をとられるようお願いします。」このことは教育委員会のみならず、学校長からもその実情のありさまを詳しく書き連ねて陳情をいたしておるのであります。同時にこれはその中の実態を、姓名をもあげて明らかにしておるのであります。これは愛知県の一例でありまするが、私の調査いたしました山口県の小学校の実例も、文部省が言つておるのとはまつたく違つております。文部省が実例をあげました二十数件のうち少くとも――われわれが何ぼ譲りましても、半数以上はこの通りなんだ。かかる国家の公の機関、またうそを言つてはならない教育の本家本元であるところの文部省が、でたらめな材料をもつて教職員が偏向いたしておると言うことは、教職員をいわゆる思想的な犯罪人扱いにいたしておるということであります。何ゆえに今日の教職員を信頼し、みずからの自覚と責任の上に立つて中立が保たれ、正しい教育が行われるようにしないか。このことは大達文部大臣みずからの責任なんだ、自分の無能をたなに上げて、その罪を国民にかぶせるなどということはきつかい千万だと言わなければならぬと思うのであります。
 従つて私はかような政治の権利を制限したり、思想的な弾圧あるいは調査等のことが行われたならば、ひいては国民を萎縮せしめ、かわいい子供にはつらつたるりつぱな教育が行われなければならぬにかかわらず、いわゆる萎縮せしめられたところの教員によつて教育が行われたときには、日本の国民に闊達な教育をすることはできるはずがないのであります。その国の消長は教育の元気のあるなしにかかつていると私は思うのであります。単にいわゆる官僚的な感覚によつてすべての事犯をながめ判断をして、国家を誤るがごときは、われわれの許すべからざる問題なのであります。従つてこれに対しては、全国のいわゆる識者といいますか、目のある人は反対であるということであります。先般の衆議院における公聴会においても、自由党の推薦された人もありまするが、九人の中で七人は反対であつたということを諸君は御承知であろうと思う。また東大におきまして、あるいはすべての私立大学等におきましても、教授や助教授、講師等が口をそろえて反対いたしていることを忘れてはならぬのであります。国家のこうした問題につきましては、文部大臣は反対する者は日教組の悪宣伝にまどわされているというのでありますけれども、いかに日教組の人が宣伝上手と言いましても、大学の先生などが日教組の先生方より思想的にまた判断力においてどちらが上かくらいのことは、三つ子でもわかつた話だと思うのであります。むしろこの大学の先生が日教組の幹部を教唆煽動し、誘惑をいたしているから、大学の先生は不都合だというなら話はわかる。そういうことはすなわち国家社会のこれらの事犯というものは、言論機関あるいは評論家、学者こういう目のある人、識者が最も正しい判断をしているということになりまするならば、今の輿論はどうかということくらいはわかつた話だと思のであります。ところが大達文部大臣は、かかることは法律を読まないとか、知らないとか、一部の人々の宣伝にまどわされているとか、始終一貫これ以外に何ものもないのであります。われわれが二十日間ほどの論議の中に、何ら信憑性を持つた感心するに足るところがなかつたことは、このことを物語つているのでありまして、われわれはかかる意味において、この法律の修正案にも反対するわけだ。ことに修正案が真に原案を是正をして正しい修正が行われているかというと、これはむしろインチキであつて、かかる修正案というものにはわれわれは断固反対しなければならぬと思うのであります。ことに時限法であると称するところの「当分の間」実に愚にもつかぬことを言う。当分の間だからもうそう長いことはやらないんだから、ずいぶん悪いことで不当なことだが、がまんせよというような、実に子供だましなことをもつて修正をしたというようなことでありまするが、これは修悪を私はやつたと思う。少くとも政治は国民とともに正しく、ごまかしや天ぷらであつてはならぬと思う。そういう意味で私は原案並びに修正案ともに断固反対するものであることを表明する次第でございます。(拍手)
#10
○辻委員長 小林信一君。
#11
○小林(信)委員 私はこの法律が制定されるならば、ますます政治が腐敗堕落し、この頽敗しております道義がますますく地に落ちてゆく。そしてこの社会に希望を見出し得ない、国民全体にいよいよ前途に暗影を投げかけるという点からいたしまして反対をするものであります。それは教育者ばかりでないかもしりませんが、教育者の使命として、日本の将来はいかにあるべきかという理想を常に現実に引き下して来て、これを批判、検討して、そうして達し得られるところの理想というものを教師は常に考えて行くわけでございますが、こうした教師の熱意を奪つてしまつて、そうしていよいよその法律の上に政治が昼寝をするようになつてしまつたならば、困惑したところの日本というものはますます暗澹たる将来に引込まれるようなおそれを感ずるのであります。
 政府がこの法案を提案いたしましてかかる事態があるから制定の必要があると申しますいわゆる偏向教育、日教組の行動、この二つのものによつて強調しているのでございますが、その考え方は非常にものを過大評価している。たといこういう政府のいうような問題があるとしましても、それに対する対策は道を誤つております。こういう点から私は指摘して行きたいのであります。偏向教育も確かにあるかもしれません。しかし政府がその根拠として提案したあの二十四の資料はどうであつたか。実にでたらめなものであつて、何ゆえかかるものをあえて出して誹謗するのか。今政治に対して、文教政策に対しまして、国民全体が大きな批判をしているような状態でございます。これを日本国中がかかる状態にあるというところまで過大評価して、この法案を制定するとはまことに遺憾でございます。日教組の行動につきましても多少の行き過ぎがある。しかし日教組が今日まで六・三制の完全実施を叫んで参つたことに対しましては、われわれは敬意を表さなければならぬ点が多々あると思います。しかしそうしたものをたたえる謙虚さは、文部大臣初め官僚諸君並びに与党等には片鱗もない。こういうことで、教育行政が行われるかということを、私は反省していただきたいのであります。常に六・三制完全実施を叫んで政治を刺激し、政治に対して常に要望いたしまして、かかる現実になつているということも、日教組の一つの仕事として認めてやらなければならない事実であると私は思うのであります。それを一部の問題を取上げて、日教組があるがゆえに日本の教育は破壊される、こういう過大批判をしているのでありますが、これでは将来どうなるか。自分のことに対してはいささかも反省せず、独善的に他を批判する傾向は、いよいよ官僚統制機構を強化する一方であつて、まことに政治としては嘆かわしいところだと考えるのでございます。しかも現在多少の偏向教育がございますが、これらはどういうふうに措置されてあるか。社会のきびしい輿論の前にやはり批判されまして、地教委等が、これに対して適切な処置をとつている。これが正しい教育行政であるのに、かかる法律を持つことはただいたずらに事を過大批判するところから起きているのでありまして、まことに教育行政をわきまえないにもほどがあるものと私は考えるのでございます。
 さらにこうした事実が多少あつても、これに対する教育行政がいかにあるべきかという点を考えますときに、また非常に私は残念なものを感ずるのでございます。憲法が示すところのものに反することは当然のこと、教育基本法の精神にもとることにおきましては、まことに由々しき問題でございます。大臣が教育基本法の精神を具体化したとか、あるいはこれを実質化したとかいうふうなことを申しておりますが、教育基本法の八条を制定して、これを具体化しないところに教育基本法の精神があるのでございます。大きく国家権力というものがここだけに働いて、これを小さく、こまかく砕かないところに、教育は他の権力、あるいは政治に支配されないという大方針がある。これをこまかく砕いたとか、あるいは具体化したとか平気でおつしやつておりますが、教育基本法の精神を知らないにもほどがあると私は考えるのでございます。もちろん教育というものが、教師の自主性、あるいは子供を通して父兄や社会が、常にこれをきびしく批判し、そこにつくられるところの教育的な熱意というものが教育を向上させるものでありまして、こうした法の力によつてあるいは罪悪視することによつて、教育というものがどうなるかということを考えますときに、まことに遺憾でございまして、こうした方途を誤つたことは、われわれが念願しておりますところの真理を追求する、平和を愛好する人間をつくることを不可能ならしめるものだと私は考えるのでございます。こういうような過大評価、あるいは方途の誤りというものはどこから出て来るか、これを要するに、自分みずからの失政というものをかばう以外の何ものもない。そして自分たちの政治の行き詰まつた無能さを、かばう以外に何ものもないと考えるのでございます。
 さらに私は、この法案審議の最中、政府並びに与党がどうしても通そうとするところから、幾多教師を誹謗したことがあるのでございます。決して教師に対して敬意を払つたり、あるいは尊敬するような言葉は、この委員会においては大臣あるいは与党からは片鱗も出ておらない。(「その通り」)こうした審議の過程からいたしましても、教師は今いかなる心情にあつて教壇に立つておるかということを考えますときに、この法案が成立したあかつきには、いよいよ熱意をもつて次代の国民を養成するというような、そうした純真誠意は生れない。何か私は不安を感ぜずにはいられないのでございます。教育行政こそ、いかにして次代の国民をつくるか、いかなる次代をつくつて行くか、ほんとうに政治が教師に信頼され、そしてそこに相寄つて子供をはぐくもうとすること以外にないのでありまして、誹謗され、これに対する反感を持つて、ここに生れるところの教育は、いかにして、日本の再建に役立つかということを考えましたときに、私は非常に恐怖を感ずるものでございます。
 以上の見地からいたしまして、法律の体系あるいはその内容につきまして、やはり矛盾したもの、あるいは不合理なものを感ぜずにはおられないのでございます。先ほどもどなたか申されましたように、扇動罪というものが非常に論議されたけれども、教育者を罰するのに平然として取上げておる。あるいは原案によりますところの「至らしめるに足りる」ということに難解な言葉をもつて、そしてその裏には、非常な悪意を持つたところの言葉を平気で使つておる。修正案の言葉であります「ための」という三つの文字が、この原案の三条の二項の内容を全部含むというような、そういう恐しさを感じますときに、法律の体系というものは全然考えられずに、何でもかんでもこの中に取入れて、そうしてあらゆる場合に適用しようとするところの考え以外に何ものもないのでありまして、まことにこの点遺憾でございます。
 それから、地方公務員法に示しますように、教育公務員に対しましては特例を設けることができるということが五十七条に書いてあります。しかしこの五十七条に規定する場合、第一条の精神に反してはならないと書いてある。だのに今回の特例法の改正にあたりましては、地方自治体で働くところの地方公務員を国家公務員並に扱つて平気でおる。これもやはり法律に反するところではないか、それをたくみに「例による」という言葉でごまかしてあるのでございますが、国家公務員に扱う以外に何ものもない。こういう点から考えまして、非常に無理がある。さらに人事院規則を適用する欄におきましては、人事院が国家公務員に対しましてはこれを擁護する機能を持つておる。ところが人事院は地方公務員に対しては何ら責任を持つておらない。こういうものが平然として坂扱われております点を考えますときに、この法律がいかに悪法であるかがわかるわけでございます。
 私は最後に、教育者の教育そのものに対しまして遺憾の点をあげるのでございますが、先ほど教育基本法の問題で申し上げましたように、決して教育というものは権力の支配に左右されてはならない。時の政治によつてその内容等が安配されてはならない。そうして政治の中立性を確保して行かなければならない。これが現行法の根本精神でございますが、この法律ができますと、地方の現在の事情等から考えまして、いよいよ悪用されて、結局一つの政党の伸長のために使われる、あるいは地方教委の感情あるいは警官の独善、こういうふうなことによつてこの法律が濫用されまして、教育というものはますます破壊される一方であると思うのでございます。それから教師の熱情というものがうせることは、私が申し上げるまでもなく、各委員が述べられたところでございますが、常に犯罪の対象にされておるということを自分が考える場合に、その教育内容を研究し、検討するような熱意はもちろんなくなつて来る。自分たちの生活の一切がこの犯罪の対象として常に捜査を行われる、あるいは偏向教育の資料等から考えましても、文部大臣がその出所を明らかにしません点などは、やはりこういう点につきまして、教育者はすでに大きなる恐怖を持つておるのでございます。密告がある、警察の何か通達がある、しかし文部省はこれを秘密にするから密告してもよろしい、あるいは警察も何かおもしろくない場合には、これを文部省あるいは教育委員に通達してもいい、今回のように文部大臣は厳として口を割らないのだということになれば、こういう事実からしましても、教師は大きなる恐怖を持つて教壇に立つておらなければならない。さらに地方教育委員会というものは強化育成すると大臣は言つておるけれども、これは決して育成しておらない。こういう教育委員会によつてこれが運用されるときに、どういう結果になつて現われるか、おそらく地方教育には大きな混乱が起る以外に何ものもないのであります。こういうような状態からいたしまして、教師はいよいよ教育に対しては情熱を失つて行く。われわれは政治活動が教師に限つては、その時間内あるいはその地域内においては制限されるもよろしいけれども、それ以外にあつては自由であつて常に時局を批判し、公民として、人間としての教養を高めておるところに大きなる感動もあり、責任を感ずるところが出て来るのでございまして、これが教育に作用する場合、初めて教育というものの真髄が生れるのでございます。こうした熱意のない、情熱のない教育というものが今後行われるときに、はたしてりつぱな公民が生れるかどうか、非常に遺憾に思うものでございます。とにかくこういう法律が制定されることは、政府の失政によつて生れたことは事実でありまして、それがいよいよ官僚統制機構を強化する、そうして教育というものはますます情熱を失つて行くということを考えますときに、この法案に対しまして反対せざるを得ないのでございます。以上をもつて終ります。(拍手)
#12
○辻委員長 松田竹千代君。
#13
○松田(竹)委員 私は日本自由党を代表いたしまして、ただいま議題となつておりまする義務教育諸学校における教育の政治的中立の確保に関する法律案並びに教育公務員特例法の一部を改正する法律案並びに保守三派の共同提案にかかる修正を含めて賛成の意を表したいと思います。(拍手)
 すでに共同提案着たる自改の両党委員からその賛成の趣旨を表明されており、共同提案にかかるものでありまするから、もとよりわれわれの見解も自改両党の委員から述べられたことと共通する点が多いのでございます。従つて私は多くを述べません。ただ私はこの法律案が法律となりましても、これによつて全国の教育界の現下の時弊、この法律のねらうところの目的を完全に達成し、万全を期するに足り得るものであるとは私は考えられない。この複雑な世の中で、一法律の力はおのずから限度があります。わけて教育界においてしかりであると私は思うのであります。われわれは国会ごとに幾多の法律をつくつておる。しかもいかなる法律でも完全にそのねらうところの目的を達しておるかどうかということを考えるときに、われわれは規制の法律の一部改正法律案を始終出しておる。これを見てもいかに法律というものが、完全にその目的を達成することのできないものであるかということも判断できる。従つてこの二法案のごときものもあまり好ましくない法律である。(「その通り」)さりながらなおかつこれを必要とするこの世相、この教育界の時弊を悲しまざるを得ないのであります。ただ私はこの法律ができ、そうして全国の五十余万の教員諸君の真摯な崇高な国民教育という使命に目ざめて、その良識が、その自主性と創造性を進展せしめつつ、なお過去の誤りと行き過ぎを矯正せられることを希望し、かつ信じ、この法律案が法律となつたあかつきでも、その発効の機会なからしむることを希望しつつ、私は衷心からこの法案に賛成するものであります。
#14
○辻委員長 これにて討論は終局いたしました。
 これより採決いたします。初めに義務教育諸学校における教育の政治的中立の確保に関する法律案について採決いたします。
 まず本案に対する松田竹千代君外十六名提出の修正案につき採決いたします。この修正案に賛成の諸君の起立を求めます。
    〔賛成者起立〕
#15
○辻委員長 起立多数。よつて本修正案は可決されました。
 次にただいまの修正部分を除いて原案について採決いたします。これに賛成の諸君の起立を求めます。
    〔賛成者起立〕
#16
○辻委員長 起立多数。よつてただいまの修正部分を除いては原案通り決しました。これにて本案は修正議決されました。
 次に教育公務員特例法の一部を改正する法律案について採決いたします。
 まず本案に対する松田竹千代君外十六名提出の修正案について採決いたします。これに賛成の諸君の起立を求めます。
    〔賛成者起立〕
#17
○辻委員長 起立多数。よつて本修正案は可決せられました。
 次に修正部分を除く原案について採決いたします。これに賛成の諸君の起立を求めます。
    〔賛成者起立〕
#18
○辻委員長 起立多数。よつて修正部分を除いては原案の通り決しました。これにて本案は修正議決されました。
 なおただいま修正議決せられました両案の委員会の報告書の作成につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが御異議ありませんか。
    〔「異議なし」「異議あり」と呼ぶ者あり〕
#19
○辻委員長 それでは少数者の意見を保留するに御異議ございませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#20
○辻委員長 さよう決します。
 本日はこれにて散会会いたします。
    午前二時三十八分散会
ソース: 国立国会図書館
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