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1953/11/04 第19回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第019回国会 水産委員会 第41号
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1953/11/04 第19回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第019回国会 水産委員会 第41号

#1
第019回国会 水産委員会 第41号
昭和二十九年十一月四日(木曜日)
    午前十一時十九分開議
 出席委員
   委員長 田口長治郎君
   理事 小高 熹郎君 理事 鈴木 善幸君
   理事 山中日露史君 理事 中村庸一郎君
      田渕 光一君    中村  清君
      松田 鐵藏君    中村 英男君
      志賀健次郎君    椎熊 三郎君
      白浜 仁吉君    田中幾三郎君
 委員外の出席者
        外務省参事官  寺岡 洪平君
        農林事務官
        (農林経済局金
        融課長)    松岡  亮君
        水産庁長官   清井  正君
        農林事務官
        (水産庁漁政部
        長)      増田  盛君
        農林事務官
        (水産庁漁政部
        協同組合課長) 中里 久夫君
        参  考  人
        (元衆議院水産
        委員長)    福永 一臣君
        専  門  員 徳久 三種君
    ―――――――――――――
十月十五日
 委員並木芳雄君辞任につき、その補欠として白
 浜仁吉君が議長の指名で委員に選任された。
同月二十二日
 委員辻文雄君辞任につき、その補欠として木下
 郁君が議長の指名で委員に選任された。
同月二十五日
 委員田中幾三郎君辞任につき、その補欠として
 中居英太郎君が議長の指名で委員に選任された。
同月二十六日
 委員木下郁君及び中居英太郎君辞任につき、そ
 の補欠として伊藤卯四郎君及び竹谷源太郎君が
 議長の指名で委員に選任された。
同月二十七日
 委員伊藤卯四郎君辞任につき、その補欠として
 辻文雄君が議長の指名で委員に選任された。
十一月四日
 委員竹谷源太郎君辞任につき、その補欠として
 田中幾三郎君が議長の指名で委員に選任された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した事件
 公海漁業に関する件
 水産貿易に関する件
 漁業災害に関する件
    ―――――――――――――
#2
○田口委員長 これより会議を開きます。
 その前に私中国視察議員団の一員といたしまして、約一箇月中国を視察して参りました。御承知の通り中国と日本との間には、非常に漁業問題が錯綜しておりまして、一九五〇年から一九五四年までの間に、支那東海及び黄海におきまして操業をしております日本の底びき網及びトロール漁船が百五十八隻拿捕されておりまして、この乗組員が千九百九名に達しておるのでございます。支那東海は、トロール及び底びき網漁場として最も優秀なる漁場でございまして、日本の水産物の漁獲高の約一割が同海区で漁獲されておる。かような重要なる漁場であります。この重要なる漁場で、しかも日本が保健食糧の八四%を魚から取らなければならぬ、かような実情にある必要性から申しましても、この漁場で日本の漁船を拿捕されるということにつきましては、われわれは人道上から申しましてもゆゆしき問題である、かように考えております。
 幸い中国視察議員団が派遣されるにあたりまして、この問題を中国とひざを交えて話して、何とか目鼻をつけたい、かよう熱意のもとに中国に参つたような次第でございます。東京をたちましたのが九月二十六日、東京に帰つて参りましたのが十月二十六日で、約一箇月でございました。その間漁業問題につきましては、十月三日に視察団として中国に折衝する問題につきましていろいろ相談いたしました結果、一、漁業問題、二、引揚げ促進の問題、三、貿易の問題、かように決定をいたしました。同時にこの三項目について話合いをする内容について書類を提出いたしたのでございます。ところが翌四日になりまして、先方から話合いをしたい問題といたしまして、一、貿易問題、二、引揚げ問題、三、財政建設問題、この三つの問題について指示がありまして、漁業問題については何ら触れておらなかつたのであります。そこで五日、六日、七日と漁業問題について議題に供することを極力先方と折衝いたしました結果、書類で一応出していただきたい。責任を持つて周総理に届けるからというようなことでございました。この間十月の六日には、午前十時から紅十字社総会で、李徳全女史とお会いをいたしたのでございますが、その際、従来から漁業問題に関係をしておられます趙安博先生が列席しておられましたから、私から漁業問題、ことに安全操業の問題、拿捕漁船及び船員の送還問題並びに民間団体を中国に招請をして、そうして支那東海の資源の問題、いかにして安全操業させるかという問題、中国の漁業との関係問題、この三つについて忌憚なく話合いをさせる、この三点についてお話をいたしまして、従来中国といたしましては、今研究中だ、こういうような話でございますが、どこで研究をしておるのでございますか、研究しておる機関を知らしてもらいたい、こういうような提案をいたしました。ところが郭沫若さんがさようなことを言つておるというようなことだけで、詳細な内容について知ることができなかつたのでございます。この席におきまして、参議院の松浦先生は私の説明に補足をされまして、現在未帰還の抑留船員三百二十一名のうちに四名生死不明の者があるから、これを調べていただきたい。かような補足がありました。十一日になりまして周恩来総理と三時間にわたりまして面会をいたしました。そのときに私らがあらかじめ書類として提出をしておりました第一の問題でありますところの日本漁船の捕獲抑留、これを停止されたし。第二、すでに捕獲し中国に抑留中の日本漁船百三十四隻及び乗組員三百二十一名については、すみやかに送還を願いたい。第三、東海及び黄海における安全操業の方法、同海区における魚族保証の問題、中国漁業との関係その他の問題につき、具体的に話合いをするために日本の漁業者の代表を招聘願いたい。第四、次の者生死不明につき、その真相を調査願いたし。千代三郎、小田義明、松本正年、粟飯原茂樹、第五、漁船報国丸及び日本丸の海難事故処理について。第六、汽船辰和丸の遭難について。この六項目を提出しておつたのでございますが、第四の生死不明の者につきましては、紅十字会から、二名だけはすでに帰しておる。あと二名については追つて調査をして回答をいたします。こういうような返事がありました。第五の問題につきましては、同じく紅十字会から、本問題につきましては、御希望の通り処置するために、日本赤十字社に近く書類を出しますから、御了承願いたい。第六の問題につきましては、中国の機関を動員して調査をいたします。今何も資料がございません。こういうような紅十字会からの御報告でございました。最も重要問題でありますところの第一、第二、第三の問題につきましては、十月の十一日に周総理から次のような返事がございました。漁業問題については日本と話合いをすることに喜んで同意をします。皆さん、今日の中国と日本との関係は、政府と政府が話合いができないことになつておりますから、日本の水産団体と話合いをして、早く解決したいと思います。この問題が解決の遅れることはよろしくないと思つております。責任をもつて解決するつもりであります。かような回答がございました。これに対しまして当方といたしましては、われわれの滞在も余日が少くなりましたから、ただいまの総理の提案を具体化するために、言いかえますと、民間団体の組織だとか、あるいはいつ呼んでもらえるかとか、さような問題について具体的に打合せをいたしたいと思いますから、かような問題の打合せのできる人をあなたから指名をしていただきたい、こういうことをお願いいたしました。これに対しまして周総理は、それでは人民外交学会の張会長と話してもらいたい、こういうようなことでございました。私らは十四日に東北に立つたのですが、十三日の夜、張会長とお会いをいたしました。私から、この問題の内容に触れますと非常に複雑でございますから、一日や二日で話合うことができません。従つて問題の内容や折衝につきましては、全部招聘していただくところの民間団体に譲ることといたしまして、ここではこの民間団体の組織、あるいは期日、場所、さような問題についてのみ打合せをいたしたい、かように提案をいたしましたところが、張会長も、そういたしましよう、かようなことでございました。
 私から第一の問題といたしまして、民間団体の組織として、日本には中日漁業懇談会とか、日本遠洋底曳綱漁業協会とか、あるいは大日本水産会とか、全日本海員組合とか、支那東海の漁業に関係している有力なる団体がありますから、かような団体から代表を出しまして、この代表で中国訪問団を組織をいたしたいと思う。これでさしつかえないか。さしつかえない、かような回答でございました。人員の問題につきましては、私ははつきりわからないけれども、十名内外になるんじやないか、かように考える、こう申しましたところが、先方では、その点は日本でよく相談をしていただきたい。第二の問題といたしまして経費問題を相談したのでございますが、旅費、宿泊料一切の経費は日本側で負担する。金銭的には一厘も迷惑をかけません。こういうことを申して参りました。第三は時期の問題でございますが、私は諸般の情勢を考えまして十一月下旬ごろにしてもらえないか、こういうことをお願いしましたところが、期日を切られては、違約したときにはなはだ困るから、年内に責任をもつて招請する、かようなことに了承願えぬか、こういうような話でありましたから、けつこうでございます、こういうことを申して参りました。場所は北京、こういうことに打合せをして参つたのでございます。
 大体中国におきまして、漁業問題につきましては、内容的に結論をつける期日がなかつたのでございますが、道筋だけをはつきり立てて来たつもりでございます。東京に帰りましてから水産団体が視察団全員を迎えまして懇談をいたしたのでございますが、私はその席で、私らが出発するときに皆さん方から負託されました大体の用件は果して来た、こういうふうに考えておるのでございますので、この席で皆さん方にこの問題に対するバトンを渡してしまいますから、これから先は業者ですべての問題を処置していただきたい、政党及びわれわれは、側面的にいろいろ援助の必要があれば援助をいたしますが、業者自身でひとつやつていただきたい。この問題と、それから早く民間団体を組織して、そうして、組織をしたからなるべく早く呼んでもらいたいと積極的に先方と折衝をいたしなさい、この二点を結論として申し上げておいたような次第でございます。
 大体以上でございますが、その後中国といたされましては、ただちに第二の問題を処置していただきまして、昨日の日暮れから本日の朝にかけて、いわゆる拿捕漁船及び船員を日本に送還して参りました。この内容は、上海からトロール船二そうを加えまして二十八隻、青島から手操船二隻と人員が三百二十一名、抑留船員全部を帰して参りました。この三百二十一名のうちに遺骨となつて帰られた方が三人含まれておるのでございますが、とにかく向うにおりました人間全部がきのうからきようにかけて日本に着くようになつておりまして、今福岡に全部帰つて来ております。さような処置をとつていただきましたことに対しましては、周総理に厚くお礼を申し上げたいと思います。第一、第二の問題につきましては、先ほど申しましたように、民間団体が先方に行きまして話合いをいたしますと、何とか責任を持つて解決する、かようなことでございますから、不日この問題も円満に解決することを期待しておる次第でございます。
 以上をもちまして私が中国に参りました御報告かたがた、皆さん方に対するごあいさつとする次第でございます。
#3
○松田(鐵)委員 ただいま委員長の御報告を聞きますと、今まで不安に満ちておつた中共との漁業に対する道筋ができたという御報告でありまして、委員長及び派遣議員団の御苦労に対して感謝をするものであります。ただいまの御報告を開いてみますと、国交がないから政府と直接話ができ得ない、ゆえに水産団体及び日本の人民の団体と話合いをしたい。またそれを了承されたというお話でありますが、国交のないことを外務当局としてはよくうたつておられる。しかしあの中共への視察団が行かれるときにおいては、外務省において相当の議論があつて延び延びになつたのであります。それは共産主義国家であるからということが第一の理由だろうと思うのであります。日本の現在の漁業、またあらゆる面から行きまして、外務省の現在の考え方で行つたならば、いつの日に日本は外国に伸びることができ得るかという心配をわれわれも、国民全体も持つことだろうと思うのであります。よつて今回の議員団が、とにもかくにも不安であるあの漁場に対して一つの道筋をつけて来たという点から行きまして、外務省はどうか小児病的な考え方を捨てて、共産主義国家の宣伝におびえるようなことなくして、外務省の手で国交のない国に対する交渉がなかなか容易でないという点から行つたならば、国会議員であろうと、また水産団体であろうと、こうした民間団体によつてよろしく日本の経済というものを考え、しかしてただいまの御報告のような点に対する万全の策をつくつてやつていただきたいと思うのであります。とにかく不安というものはまだ残つておることであろうけれども、ただいまの委員長の報告から行けば、これに対して一つの道筋をつけたということは大きな功績であろうと思うのであります。国民はその将来に対して非常に期待されることであろうと思うのであります。こういう点から行きまして、宣伝に踊らされるようなことがあつてはいけないし、しこうしていつまでも逡巡しておつてはこれまたいけないことでなかろうかと思う。どうかその点十分ごしんしやく願つて、将来こうした方面に対して小児病的な考え方を除いて善処あらんことを要望しておくものであります。
    ―――――――――――――
#4
○田口委員長 ただいまより公海漁業に関する件並びに水産貿易に関する件を一括して調査いたします。
 この際お諮りいたします。先刻の理事会におきまして理事諸君とは御協議を願つたのでありますが、元衆議院水産委員長福永一臣君が先般ソ連邦から帰国されましたので、本日同君を参考人に選定し、日ソ両国間の漁業問題についてその実情並びに御意見を承りたいと思いますが、これに御異議ありませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#5
○田口委員長 御異議なしと認め、そのように決定いたします。
    ―――――――――――――
#6
○田口委員長 それではまず福永一臣君より御意見を承ることにいたします。
#7
○福永参考人 私は去る四月二十四日、本委員会における決議によりまして、北洋漁業の安全操業並びに水産貿易についてソ連の意向を打診するためにという目的でソ連に参つたのでございます。
 決議後三箇月を経ました七月二十四日に日本を出発いたしまして、ストツクホルム経由、途中十日以上経過しておりますが、八月十日にモスクワに到着いたしました。そして三日後の八月十三日にソ連邦商工会議所に連れて行かれまして、商工会議所の会頭がみずから会見をいたしました。そうしてまず私に聞きましたことは、あなたはどういう用向きでソ連に来たのですか、それが第一であります。第二はあなたと日本政府との関係はどういう関係でございますか、こういう二つの点について私に質問をいたしました。私は第一点の目的につきましては、漁業、それからそれに付随する日ソ間の経済関係、またでき得るならば、広く一般的な日ソ経済関係、これもひとつ意見の交換をしたいのであります、こう申し上げた。第二点の私の立場と日本政府との関係はどうであるかという質問に対しましては、日本政府は私に対しては何ら政府の意向を伝達しておりません、また私の言動に関しては、日本の政府が何ら責任を負わないということを前提として参つたのであります。すなわち民間代表でありますから、政府との関係はありません、こう言いました。ところが妙な顔をいたしまして、用向きはわかりますが、あなたは国会の決議で参つたという話であります、国会は政府でありませんかと言いますから、いやこれは違います、国会は立法府であつて、行政府ではありません、政府とは違うのです。そうしましたらば、国会で決議してやつたのは政府は責任を負わぬかとしきりに聞きますから、その辺はソ連の政体と日本の政体の違いを私の方からいろいろ説明しまして、しきりに政府との関係が全然ないということを力説いたしたのでありますけれども、向うは半信半疑な顔をしておりました。
 そういたしまして、第一の目的は漁業問題でありますから、これを早く交渉ができますように、ひとつごあつせん願いたい、私はいきなり外務省かあるいは漁業省なりに連れて行かれると思つたところが、予想に反して商工会議所に連れて来られたことは、少し私もふに落ちません、こう申しましたところが、いやそれはあなたの思い違いです。ソ連の商工会議所は資本主義社会の国家の商工会議所とは違いまして、もつぱら対外的の関係をやつておるところの機関であります。資本主義の国家においては対内と対外と両面を兼ねておるけれども、ここは経済関係においてはもつぱら商工会議所が窓口になつておりますから御心配いりません、決して筋違いでありません。私の方で一切あなたの方の目的が達成するようにお世話いたしますから心配はない。こういうわけで私も、日本と様子が違うので、なるほどソ連には会社もなければ商社もありませんから、商工会議所なるものはもつぱら外国との折衝をする機関であるということがわかりまして納得をしたわけであります。そうしてその日はそれでわかれまして帰つたのでありますが、すぐ翌日は、目下モスクワにおいて大々的に開催されておりますソ連邦の農業博覧会、これはソ連だけの国内的な博覧会で、よその国のように各国が陳列しておるのではありません。十六のソ連邦の共和国が、それぞれできた品物を持ち寄りましてやつておる農業博覧会で、たいへん大仕掛なものでございまして、これは今年だけでなく来年も再来年もというふうに恒久的なものであるそうであります。それに商工会議所の副会頭が非常に親切にかつ詳しく案内をしてくれまして、夜はレストランに連れて行つて御馳走をしてくれ、またその翌日は商工会議所の会頭の秘書がホテルに参りまして、当分あなた方もお疲れでしようからすきなことをしてください、何が希望ですかと言いますから、いや、それはできるだけ早くわれわれの目的であるところの交渉をしたいと言いましたところが、いや、ソ連側としても準備があるから、しばらく見物でもされたらどうかと、こう言うのです。それで向うにまかせまして、名所旧蹟の見物とかあるいは芝居とかいつたようなところべただで案内をしてくれまして、夜はまた御馳走をしてくれます。そういうことが相当に続きまして、毎日というわけではありませんでしたが、一日おきくらいにそういうことがありまして、ついうかうかと二十日ばかりそういうことで過ぎてしまいました。その間もちろん早く話をしてくださいと言つて会う都度に催促をしましたが、向うはにやにや笑つてまあまあというぐあいでもてなしてくれるものですから、私たちもあまり無理なことも言えないというようなことで二十日間が過ぎてしまいました。
 そういたしまして、八月は過ぎてしまいましてすでに九月になりました。そこで私たちもしびれを切らしまして、書面をもつて商工会議所の会頭に抗議文めいたものを出しました。早く会見ができるようにしてくれと言つたところが、それがきいたと見えて、翌日九月の二日でございました、自動車で迎えに参りましたのでそれに乗りますと、ソ連外国貿易省の極東局長の名前はスパンダーレンという男のところへ連れて行かれました。この極東局長というのは日本で言えば通商局長というのでございましよう。共産党の北鮮並びに中共を除くところの全アジア地域の関係をやつている通商局長であります。その局長の部屋に連れて行かれますと、四、五人がおります。そうして日本語で片言ではありましたが話しかけて参りました。実はわれわれはかつては日本のソ連大使館いわゆる狸穴におつた者であります。従つて日本とは従来非常に関係がありますから、あなたがいらつしやつたというので本日われわれはあなたにお目にかかりに参りました。またそのうちの二人は今日ソ両国においてぼつぼつやつております貿易関係を担当する担当官で、日本班とでも申しますか、そういうものを組織している連中でございます。そしてその極東局長が私に言いますには、また商工会議所の会見のときと同じようなことを言います。最も力説いたしましたのは日本政府と私との関係であります。あなたはオフィシャルの資格があるのですか。ございません、私は民間の代表であります。それは困ります、ソ連は民間というものはないのであります、政府一本槍ですべてが政府政府であります。従つて政府と政府との関係がなければあなたの提議されている漁業問題なり貿易問題についてのほんとうの話はなかなかむずかしいと思う、そこであなたはこれからでもよろしいから、東京に電報を打つなりしてできるだけ日本政府の意向を体するような資格をひとつ持つてもらえませんか、それはできますか、と言いますから、それは不可能であります、絶対にできませんと私はきつぱり申したのです。そう言いましたところが向うもしかたがないものですから、それではあなたも国会の決議によつて来たのではあるし、初めて旅券を持つておいでになつたのであるから、そうでたらめなこともないでしよう、できるだけあなたの身分についてはソ連の方は公式にひとつ取扱うようにいたしますと言いますから、私も向うで一方的に取扱つてくれるものであるならばよかろうと思いましたから、それではひとつできるだけ、私もせつかく来たのだからソ連の政府と立入つて話ができるように取扱つてください、あなたの方でひとつそういうような格付をしてもらいたいということを頼んだわけであります。そこで私は実は漁業が先であとはつけ足りでございますから、漁業の方を早くしてもらえませんかと言いましたところが、漁業問題は今ソ連の政府で検討中であります、むしろソ連側で望むことは、今ソ連から三名貿易の関係者が日本に行つておりましていろいろ話の最中である、そのことについてもいろいろあなたの方の事情を聞きたいし、それから日ソ間で今事実上の経済関係は貿易の面においてあるけれども、何しろ両国において外交関係がないために非常に不便な点があります。たとえて言うならば決済関係が非常にむずかしい。貿易はバーター制によつてやりますけれども、これは有利なようでまた不便な点もございます、すなわち買うものと売るものの数量と値段が合わなければ話がなかなか進みません、ところがそれは通常の貿易においてはなかなか不便なものでございまして、できるならばその場その場で金で決済するのが貿易としては非常に便利でありますし、通例行われている方法でありますから、こういう問題もひとつ日ソ問においても打開しようじやありませんか。それからソ連側は東京に残している機関が正式には認められておらないけれども、それはいわゆるソ連大使館、今は通称代表部とみずから称しておりまして、日本側はこれを認めておりませんけれども、非公式にやつているわけであります。これがソ連側としては非常に困る、非常に不便だから、どうでしようか、ひとつこれを正式に日本側で認めてもらうわけにはいかぬでしようか、そのかわり同じ条件でモスクワにも日本側から機関を設けてもらえばいいでしよう。あなたは政府の意向などは聞いて来られませんでしたか、また日本の輿論はどうでしようか、国会あたりの意見はどうでしようか、ということを私に聞くわけです。私はそれに対しましては当らず触らずの答えをして、政府や国会に御迷惑のかかるような言質は一つも与えておりません。外交辞令と申しますか、けつまくつてけんかしに行つたわけではございませんので、それはごもつともなことでございます、というような程度のことを言つていた次第でございます。それから私もだんだん話しておりますうちに、いわゆるソ連の平和攻勢といいますか、貿易貿易と言つて盛んに呼びかけて参りますが、しかし実際に日ソ間において実行され実が結ぶ商売というものは、話の三分の一も四分の一もないような実情であります。それはどういうところに原因があるのか、またソ連の意向がどの程度に政治的な面があるのか、どの程度に純経済的な目的があるのかということも私は非常に興味が出て参りました。そこでむしろこの際、そういう問題についてひとつ深く立ち入つて話をしてみることもこれは何かの参考にもなるし、行きがけの駄賃ともなるわけでございますので、私はそれではひとつ日ソ貿易の関係について、たとえば船舶をあなた方が買う問題について、あるいはパルプ用材を日本が輸入する問題について、あるいは石油を買う問題について、あるいは樺太の石炭をどうするかという問題についても意見の交換をいたしましよう、と言つたところが、ロシヤ語で言うならばハラシヨー、よろしい、オーケー。非常に向うも乗り気になりまして、外国貿易省の傘下にある約二十の商品別の輸出入コーポレーシヨンですが、これは公団といいますか、公社と訳しますか、そういうような性質のものがありますので、それに対しまして指令を下して、それではそこへ一つ話をしてみましようということにしてその日は別れました。そうして私もその次の日あたりから、まず現在日本とソ連が話合いをしております船舶輸出入公団に参りまして、ほんとうに船を買うのですか、一体どれくらい買うんですかとか、修繕はどれくらい注文するのですかということを聞きますと、いくらでも注文を出しますという。ところがそれに見返りの品物をソ連から日本が買わなければなりませんが、それは材木だとかあるいはマンガン、クロームというようなことを向うでは言つておりますが、そういうマンガン、クロームというものは近いところのフイリピンやそこらにたくさんありますからそんな船賃の高い、遠いところから買わぬでもよろしいというと、値段をまけるとかいろいろなことで、こつちもおもしろ半分に研究のためもあるものですからいろいろ話をしてみました。そうして初めのころは非常に各公団で歓迎いたしまして何でもハラシヨー、ハラシヨー、よろしいよろしいというわけで、たいへんな大きな数量のものを商売しようという話でございます。ところが現在ソ連から三人こちらに来ておりますが、その連中は三箇月の予定で来てまだ仕事のらちが明かないので、さらに滞在の延長を日本政府に再申請しておるそうでございますが、そのように話がなかなかうまく東京では進んでおりませんので、その結果がわれわれにもすぐ反映いたしまして、初めは風船玉をぷつとふくらましたようなかつこうのものが、だんだん空気を抜いてしゆ一つとしぼんで参りまして、きげんが悪くなつて非常に冷い態度にかわつて参ります。これは要するに向うとしては、東京の三人組とわれわれを兼ね合いに、してじつと見ておつた。それは私がストックホルムに十日あまりストツプいたしまして、ソ連の大使館に毎日出かけてビザを要求したのでありますが、ああでもないこうでもない、本国の方からまだ連絡がないというて私にビザをよこしませんでした。それはちようど三人が香港あたりでひつかかつて、日本の外務省の最後のビザがおりるかおりないかの境目のところで、私たちとそれを天びんにかけて日本側がよさそうだから急にぱつと鑑札をおろした。こういうように、ソ連という国は必ず何かをにらみ合わしておるということが私は読みとれたのであります。あらゆる画においてそれが露骨に現われるのであります。これは私がモスクワにおいていくたびも折衝いたしましたときに必ず言つたりしたりすることは、何かそこに交換条件というのか、そういうものをちらつかせるごとをソ連がやるということに私は気がついたのであります。
 そうこうするうちにまた日がたつて参りましたが、向うは漁業の漁の字も言い出しません。それで私は非常に煩悶いたしまして、日本ならば農林省に行くとかあるいは外務省の玄関を入つてどつか係のところへ交渉するとかいうことができますけれども、ソ連という国はそういうふうにおそろしく話が簡単に参りません。窓口をぴしやつとしめまして、道を歩く、あるいはどこどこに行くという一切の行動はインツーリストが控えておりまして、これの了解なしにはどこにも行けません。役所との交渉事は、第一番目に商工会議所がおれたちが引受けるといつたことは、親切なようでも、これはもうどこへ行つてもだめだよ、ここが入口だぞという宣告を受けたようなものでありました。商工会議所を通じなければどこの役所にも電話一本もかけられません。それで、商工会議所の会頭に対しまして電話をかけても、いないとか何とか言うし、手紙を持たせて何べんも使いをやつて返事を待つておりましても返事がございません。
 私のとまつておりますホテルは外国人専用のホテルでありまして、ソ連人は一切とまりません。これはソ連側で外国人を体のいい監視をするのに便利なために、外国人専用のホテルをきめております。そこの中には各国の外交官がおります。ギリシャの一等書紀官がおるかと思えば、パキスタンの代理公使もおります。オランダの参事官もひとりもので下宿をしておるというような始末でありまして、多種多様な人がそこにおるわけでございますから、だんだん食堂などで顔見知りになりまして仲よくなります。お前たちも何しに来たか、これこれで来たが、こうこういうわけでなかなからちが明かない。それはこういうわけだ、ソ連という国は自分が好まないことはもういつまでもひつぱつておく。それだからよほどしんぼう強く居すわるつもりでないと交渉はできませんよ。但し、もう帰ると言つてごらんなさい。帰るには一週間前に出国のビザを要求しなければなりません。これはソ連の規則であります。帰ると通告してから一週間目にビザがおりるのでありますから、ちようど一週間目くらいのところがよろしいからやつてみろ、こういつて各国の外交官が教えてくれました。そこで私はころ合いを見はかりまして、九月十四日、パスポートをイン・ツーリストに出しまして、もう一週間後に帰る、二十三日に帰る、こうやつて出しましたところが、そうかとびつくりしておりました。そして驚くべきことにその翌日、さつそく漁業省から高級車の黒塗りのカーテンをおろしてあるすばらしい自動車を迎えによこしまして、ぜひどうぞ来てくれ、本日は漁業省において漁業次官があなたに会見いたしますというので参りました。その日はイン・ツーリストの私のホテルの関係の主任がみずから私を案内して――いまだかつてそういうことはない。ははあ、これは本物かなと思いましたので、ボストンバツクに持つて参りました漁業関係の書類を一ぱい詰めて抱えて参りまして、漁業次官の部屋に通されました。漁業次官がにこにこ迎えまして、そのほか二人係官がついております。向うは合計三人であります。こちらも通訳を入れて三人です。そうしていすに腰かけますと、どういう用件であなた方は来たのだ、こう言うのです。それは北洋漁業の問題でありますと言つたら、その北洋漁業の問題でどういう点をあなた方は交渉したいのですかと、こう言うのです。そこで私は次の五つの問題について申し上げたのであります。第一番目がカムチヤツカ半島の東西両岸における日本の漁業について、すなわち太平洋とオホーツク海の両岸でございます。二番目が宗谷海峡と沿海州、樺太沿岸におけるところの日本の漁業について、三番目が歯舞、色丹及び南千島周辺の海域における日本の漁業について、四番目がソ連に拿捕された日本の漁船並びに船員の帰還の問題について、五番目が日ソ両国において研究した漁業の関係資料を交換し、お互いの研究の資料に供する点について、この五つの問題を私は漁業次官に申し上げました。ところが漁業次官はじつと考えておりましたが、ああ、それはわれわれもあなた方の意見については全部承知しているのだ、承知しているということはどういう意味か知りませんが、了解しておるのだ、こう言うのです。それで私は、それではこれからこの一々について交渉したいけれども、よろしゆうございますか、書類もここに持つて来ました、こう言つたのですが、ちよつと待つてくれ、きようあなた方を呼んだ用件は、まず今のあなた方の用向きを聞きたいことが一つ、それからもう一つは、堤衆議院議長からウオロシーロフ最高会議幹部会議長といいますか、ウオロシーロフに対する私の紹介状みたいなものがございますが、それが一つ、それから田口水産委員長から漁業大臣あての同じような紹介状、この二通をあなたが持つて来ておるそうであるが、それをいただきたい、こう言うのです。いや、それは私は直接渡したいのだと言いましたら、それは面接渡すわけに行きませんぞ、私が伝達する命令を上の方から言いつかつておるから、それをいただくと言う。それでは漁業大臣やウオロシーロフさんには会えますかと言いましたら、それは上の方で決定しなければ今は申し上げられない。しかしその手紙をもらわなければ、この後話が進みませんよとおどかすようなことを言うものですから、そうでございますかというわけで、カバンから取出してそれを向うにやりました。向うはそれを取上げました。そして私は、あなたはそういう目的できよう私を呼んだのですかと言うと、そうだと言う。それでは今申し上げた問題を交渉する日はいつですかと言うと、その問題については、いろいろ上の方とも相談しなければなりませんと言う。きようは漁業大臣がいらつしやいますか、こう言いましたら、いるかいないか、それはわからないと言うのです。ここは漁業者だからおるのでしようと言つたら、それはわからないとこう言う。ぜひおつたら、ひとつ大臣に会わしてくれないか、手紙もあることだから、それを大臣の手に渡すことはできませんかと言うたら、きようの私の任務はこれだけで、大臣に会わせる任務については、私は上から命令がないからできませんと言う。私も、ソ連官吏が与えられた任務以外のことは一切やらないということは、百も承知でありますから、無理は申しませんで、それではこの次の交渉の日取りはいつか返事をしていただけますかと言つたら、それはちよつと待つてくれ、きようは言えない。但し漁業省だけではこの問題は取扱えないと思う。ソ連の漁業省は、ソ連国内の水産物の需給関係をやつているところであつて、カムチヤツカとかあるいはまた拿捕船の問題とか、そういう問題は外交問題になるから、漁業省も関係はあるけれども、漁業省だけで処理できたない問題であると言われて、これはなるほどと私も思いました。外務省かあるいはクレムリンか知りませんけれども、いずれは政府の最高機関が関係しなければできない問題であるということも、私は大体想像ができましたので、できるだけ早くそういう主官庁と申しますか、関係官庁が寄り合つて、私を引見してこの問題を討議するように、ひとつあつせん願いたいと言うと、よろしい、そういたしますということでしたが、その間雑談もいたしまして、どうでしよう、あなた方は今日本がやつている漁業については、全然文句はないでしようと言つたら、うん、それはない。あなた方は今公海でやつているのであるから、ソ連は何ら興味もなければ関心もない。ソ連が最も気を配つて注目しているのは、要するに魚族保存の問題だ。魚族資源の枯渇とかなんとかいうような問題になると、ソ連は非常に注目して見ているけれども、現在日本のやつていることは、そうソ連としては取上げておりませんと言う。そんな雑談をしているうちに、話がだんだん砕けて参りまして、たとえば、あなた方は十二海里をほんとうに主張するのですかと言つたら、それはするのだ、十二海里は昔から変更はしていない。しかし十二海里といつても、場所によつてはもつと沖合いの方までわれわれは考えることがあるかもしれない言う。ほんとうは私もそこのところが聞きたかつたので、どうでしよう、十二海里といつても、あのくらい軍艦なんか浮かべているとあぶないでしようねというようなことを言うと、ちよつと笑い顔を見せました。それは、漁業省としては資源保護の問題しか関係はないだろうが、軍事的やいろいろな問題で、たとえば歯舞、色丹なんというようなところでは、現に漁船を拿捕されているのだから、十二海里どころじやない、それ以上もあぶないじやないかとつつ込みますと、それはほかの目的でとかなんとかかんとか言つて言葉をにごしておりました。それからだんだん私もからんで参りまして、いろいろカムチヤツカ問題や何かはむずかしいでしようが、私はここへ陳情書を持つて来ている。北海道の根室地区の零細漁民が、非常に日常生活に困つて、何とかして安全に、ソ連に迷惑の及ばぬ範囲内で、しかもソ連が現在とつていない貝とか、あるいはこんぶを採集したいという切なる陳情書もここに持つて来ております、また拿捕されてまだ帰らない船員の家族の切々の陳情書もここに持つて来ております。一体ソ連という国は、こういう問題についてはどこの国よりも最も同情する国柄じやないのでしようか、こういうようなことで水を向けると、いやな顔をしまして、それは今申しましたように外交問題であつて、漁業省はそれにタツチできないということを言うたじやないかといつて怒るわけです。そういうことを言うと、やはりだめかなと思いまして、それじやそういう陳情書でもここへ置いて行きたいがといつてボストン・バツグをあけようとしましたら、それはちよつと待つてくれ、きようはここでもらうわけには行かない、それはこの次にもらうから持つて帰れというのです。それじや何とかしてこの次の日取りでもあつせんさした方が得策かなと思いましたので、私もほんとうはわからないのですけれども、いや、あなたの言うことはわかりましたというような顔をいたしまして、握手をいたしまして約一時間ばかりの会見で、すごすご帰つて参りました。そして夜私が飯を食つておりますと、ある外国の外交官がやつて来ましておい、どうだつたと言うので、実はこうこうだつたと小さい声で報告すると、ああそうか、それじやこの話はこれでおしまいだ、手紙を取上げて要件を聞いて、おそらく返事は来ないよと言う。そんなばかなことがあるものか、いやおれはちやんと経験があるから見ておれというわけです。私もああそうかな、やられたかなと思いまして、ぐつといたしまして、半真半疑でおりますと、翌朝になりますと突然さつき申しましたホテル係の親方が、こんこんたたいて入つて参りまして本日は私がみずから御案内いたしますと言う。どこへ行くのですか、外国貿易省です。外国貿易省はしよつちゆう行つておるから案内せぬでもいいよと言つたら、いや、きようは自動車でお送りしますと言う。それから私は十時でございましたか、着物を着かえて、いつも行つている外国貿易省の極東局長の部屋に、その日は案内付で行きましたら、その日に限つてずつと四、五人並んでおります。極東局長がまん中にいて、その両横に日本係の日本語の非常にうまい通訳です。大したしろものじやないですが、非常に日本語のうまいロシヤ人が特にそこにおりまして、 いつもならタバコがあつてのめのめと言うのですが、タバコも何もない。非常に静かな光景でありますから、何だろうと思つて腰かけましたところが、ここにありますこれを広げまして、ロシヤ語で極東局長が読み出しました。一区切り一区切り通訳が、日本語で私に説明いたしました。そうして終ると、これはメモランダムですと私に言うから、私はあて名もなければ、サインもないじやありませんか、何ですかと言つたら、いやあなたは知らないんだ。メモランダムというものは、あて名もなければサインもないのが普通であつて、ちつともさしつかえないのだ。しかもこれはソ連の正式の政府のものである、こう言うのです。そうして私に対してうやうやしく渡すわけです。それで私は、はてな、この中には貿易のことばかり書いてあつて、漁業の漁の字もないじやありませんかと言いましたら、いや漁業の問題はちやんとこれに付随してあるんだ。これは貿易問題を論じてあるが、最後に結んである会議を開くということについて、そのとき堂々とあなたの政府が乗り出して来て、漁業問題を提起されたらいいじやありませんか。これをもつて一切が含まれるのであるから、御心配いりません。たいへんなソ連の呼びかけであるから、これを早く日本に持つて帰つて議会にも報告しなさい、政府にもこれを見せなさい、こう言うわけです。それで私はこれをもらつて来たわけですが、その日本語訳を私が今読みます。この訳は日本の在外のある高官の翻訳者が翻訳したものでございますから、百パーセント正確かどうかわかりませんが、ソ連から出て来て大急ぎで私が訳さしたのです。それでありますから、ひとつそのつもりで聞いていただきたい。
  覚書、外国貿易省及び全連邦商業会議所における余談に際して、日本経済代表から提起した問題に関連し、ソ日間通商発展問題に関するソ連専門家の見解をを左の通りここに一通報ずる。
 一、ソ日間の通商発展に対しては、在日ソ連通商代表臨時代理ドムニツキー氏の提案した一九五四――一九五五年度ソ日間貿易計画を早急に具体化することがこれを促進するであろう。ドムニツキー氏と日本商社との間に右計画に応じて締結された仮契約は、運送用船舶、曳船、鰹漁船の建造並びに船舶の修理及び改造に関するソ連の厖大な注文を日本に発し、またその注文の対償として加工用材、石炭、重油、マンガンクローム鉱、綿花、白金等のソ連物資を多数に日本に供給することを予見している。
  右計画の具体化はソ日通商関係の回復及び発展にとつて第一の重要な措置である。
 二、ソ連側はソ日間通商の今後の拡張に対し相互受益の基礎において寄与する用意を有する。
  前述の計画による発症後においては、ソ連外国貿易団体はさらに日本に対し船舶建造及び修理並びに君子の工業施設及び運輸施設を注文し得べく、また鉄材、銅及び銅製品、人絹糸その他の商品を一九五五――一九五七年度供給とともに購入し得る。ソ連外国貿易団体は右に対応して前述ソ連商品の一部の数量を増加し、且つ無煙炭、アスベスト、ニツケル、化学肥料その他の商品を提供し得る。ソ連外国貿易団体は日本経済代表によつて手交された「ソ連からの輸入計画案」及び「日本よりの主要輸出品目表」並びに日本側から提起され得るこれら諸問題についてのその他の提案を日本代表者とともに審議すべく研究中である。
 三、われら双方の通商は個々の物資交換取引契約締結によつて実現し得べく、また清算勘定に基く相互の物資供給協定によつても差支ない。もつとも後者の形式の方法が相互の物資交換を発展せしめる課題に適当し得るものとし認められる。
   かくて、ソ日間通商の今後の発展は相互に有利な正規且つ発展的物資交換の組織に関する諸問題の調整を必要とする点に鑑み、これが審議は公式の水準において行うことが目的に合致する。これら交渉は準備に必要な時間を考慮し、日本側において異存がない限り大体一九五九年第一・四半期中においてモスクワまたは東京において開始し得る。
   一九五四年九月十六日 モスクワにおいて。
 こういう次第でございまして、もつぱら貿易の問題しか書いてございません。そこで私は、こんなものを持つて行つたのでは非常に困ると言つたら、いやこれでもつて漁業問題も同時に並行的に包含されておるとあなたは解釈してよろしい、それで会談のときに持ち出してもらいたい、こういうことをつけ加えて、そうしていわく、今夜はひとつあなたのために送別会を開くように用意してございますから、六時にあなたのホテルで待つていてもらいたい。こういうわけで、私はこれをもらつて帰つておりますというと、送別会、私のホテルにレストランもついておりますから、そこへ四、五十人参りまして、今まで会つたやつが全部来て、商工会議所の会頭から何から漁業次官まで参りまして、その日はすつとぼけたような顔をしやがつて、あなたが来て骨を折つたのはたいへん有意義だつた、まあ飲みなさいというようなもんで、豪華な宴会をしてくれまして、漁業問題なんというものは心配はいらぬですよ、漁業問題というものは日本側だけが主張するので、ソ連側は提起してないのだ。やはりこういう問題はお互いにはかなり合つて、両方から提起された問題で検討すベきで、いきなり来て漁業問題と言われたつて、これは無理ですよ。ソ連側はその現状においては何ともないのだから、それは心配いらない。これ以上の問題になると、これはまたいろいろ両国の政府間が話し合うことで、公式に取上げなければならない問題である。その点は帰つたら政府にもよく言いなさい、民間代表といつたつてソ連では通用しないのだから。こういうことで慰められまして、私も非常に憂欝でございましたけれども、個人的に飲みながら、だめですよ、あなた、私は困つちやつたと言うて、あなたのソ連としてもマイナスですよ、せつかく来てソ連の悪口を言おうものならぐあいが悪いじやないか。そうすると、いや悪口を言つてもらつちや困る、ソ連は友好的だから経済的にやろうじやないか、そんな怒るなよと言つて、酒を飲ませやがつて、それでしまいなんです。その順序が、漁業次官にぱつと会いますね、くどくど言つておる、その翌日ちやんとこういうものを用意しておる。そうして送別会もその日のうちにぱつとやつてしまう。わつと来て慰めて、そうして持ち上げる。なるほどそれで一週間したらバスポートをくれて、飛行機は大丈夫かというと、その日になつてみないとわからない、それでちやんと一週間目に飛行機に乗れという。飛行場には大勢来まして――行くときにはたつた一人しか出迎えがないのに、帰るときには十四、五人来て、ほんとうに御苦労だつたと握手しまして、そうしてまた来いなんというわけで、肩をたたきやがつて、そうして飛行機へ乗せてぶつとすつ飛ばしてヘルシンキに連れて来られた、こういう次第でございます。
 そこで私が結論として申し上げたいことは、ソ連は漁業問題に関してはきわめて慎重であつて、そうして日本側が最大の関心を漁業問題に寄せているということは百も承知であります。これは日ソ間の従来の古い歴史を見てもわかります通り、普通の一般の貿易と違いまして、漁業問題はとつておきの対日の問題であることは、皆さん御承知の通りでございます。でございますから、これをただでやるということは、私はないと思います。そこでこれはひとつその腹構えで、今後ずつと日本が北洋漁業に進出する、これ以上ずつと入り込もうというならば、やはりソ連が言うように、政府自体が腰をすえてやつていただかなければ、民間代表をちよろちよろ出してみたつて向うは応じないというような印象を私は受けたのであります。それは私が表向きに折衝した漁業次官やら外国貿易商社の係官の話だけではありません。その間狸穴にかつておつたと称して非常にわれわれに近づいて来て、そして個人的に自動車で郊外にドライヴするとか、あるいは特にかわつた料理があるから行こうじやないかというようなぐあいでときどき連れ出してくれた人たちが、ピクニックに行つたりあるいはレストランでウオツカを飲み過ぎたときにしやべることを私が聞いて、あらゆる点を想像しまして、漁業問題というものは初めからそう簡単に応ぜられるかというようなことが、ちやんとわれわれ行く前からできておつたと思う。そう問屋は簡単に卸さぬぞというようなことを私は受取つたばかりでなくて、教えられたような感じがいたします。
 私もせつかくこの委員会において決議いたされまして、皆さん方はおそらく私に対しましてたいへんな期待を寄せられたことと思います。ところが事実はさような次第でございまして、何らみやげがございません。持つて参りましたみやげというのは、こういうようなソ連の一方的な見解を披瀝したところの覚書だけでございまして、こんなものと言うておそらく皆さん方は憤慨されるかもしれない。しかしまた相手が千変万化のソ連でございますから、賢明なる諸君におかれまして、ひとつこれはいろいろな面から検討されんことを希望いたします。またいろいろソ連の内情あるいは側面あるいは正面から見たソ連についてのお話は、いずれ機会を見ましていたすことといたしまして、私の使命を達し得なかつたことをおわびいたしまして、報告を終えたいと思います。
#8
○田口委員長 私、委員会を代表いたしまして福永一臣君に一口お礼を申し上げたいと思うのでありまます。
 福永君は先方に行かれまして、国情がまつたく違い、ことに日ソの国際的、環境から申しましても非常に御不便、御苦心をなさつたと考えるのでございますが、にもかかわらず各方面の方とお会いになりまして、そうして先方の考え方についてある程度の報告をもたらしていただきましたことに対しましては、将来に大いに貢献するものがあると考えるのでございます。かくのごとき重大なる問題は、これは一度や二度で解決する問題ではありません。たびたびひざつき合せて話し合つておる間に、先方からはこちらの考えが判断でき、こちらからは向うの思つていることがわかる、かような事情になると思うのでございまして、今回福永さんが行つて話合いされましたことはその第一石でございまして、それ以上に委員会としても期待をかけるということは無理でございます。これから福永さん同様たびたび先方と話し合いまして、そうしてお互い融和の上に困難なる問題を解決する、かような考えで行かなければならぬと思います。
 私、委員会を代表いたしまして、非常に御苦労になつた福永君に対しまして厚くお礼を申し上げる次第でございます。松田鐵藏君。
#9
○松田(鐵)委員 ただいま福永君の報告を聞いておると、文化団体の方々や、それから公式の旅券を持つて行かなかつた人々の話とは大分異なつておりまして、前にそういう文化団体や公式のビザを持つて行かなかつた人々の話では、まるつきり漁業の問題その他すべての問題で、今にでもソ連は開放するような話を新聞その他講演会でもやられておりますが、それと全然異なつた実際面を聞かされて、ソ連の現在のやり方というものは、対日平和攻勢によるわれわれへの宣伝の具に使つているように私は受取れたのであります。ただいまのこれは権威ある国会においての福永君の報告でありますから、われわれとしてもこれをよくひとつお互いが研究して行かなければならぬ問題だと思うのであります。
 それからも一つの重大な問題がありますが、先日福永君がお帰りになつて私と個人的な話をされたときにおいて、漁業省の次官が非常に力強く力説された問題は北洋における資源の問題である。その資源の問題が、昨年の日本の北洋の漁獲の資料というものに対しては資源維持のためにさしたる影響はないと思う、しかし本年度の出漁の資料はまだ入手していない、よつて本年度の資料が入手された場合においてどういう結果になるか、公海に出てとつておるのだからこれはさしつかえないと思うけれども、非常に関心を持つという強い御意見があつたように先日承つたが、ただいまのお話だというと、そういうことは全然なく、北洋に出てとつて行くものだから何でもいいというように受取れますが、この点はどういうことなのですか、その点をひとつ承りたいと思います。
#10
○福永参考人 その資源保護問題については、松田君の言われますように非常に向うは幾度も繰返して言いました。警備とかあるいは軍事上という言葉を避けたのかもしれませんけれども、資源保護の観点に立つてソ連は注目しておるのだ、現在という意味は一九五四年度のことだと思います。来年度の計画をソ連はしたと私は思いますから。
#11
○松田(鐵)委員 いや去年のことですか、ことしの……。
#12
○福永参考人 それはおそらくはことしも何船団出ているし、独航船が幾ら出て、調査船が幾らというようなことは向うはちやんと知つておると思いますから、ことしのことを標準にして言つたと私は思います。現在と言つておりましたから。
    ―――――――――――――
#13
○田口委員長 次に漁業災害に関する件について調査を進めます。
 本日の政府側出席者は外務省寺岡参事官、根本欧米局第五課長、岡田アジア局事務官、農林省松岡金融課長、来正総務課事務官、山路金融課事務官、水産庁清井長官、増田漁政部長、中里協同組合課長であります。
 まず政府の台風による漁業災害対策について当局より説明を聴取することといたします。松岡農林省金融課長。
#14
○松岡説明員 官房長が出席いたしかねますので、僭越でございますが、私からお手元にお配りしてございます二十九年災害(冷害を含む。)対策要綱について概略御説明申し上げます。
 農林省といたしまして大体きめておりまする災害対策に対する考え方は、まず第一に農地、林道、漁港等の災害復旧事業につきましては特に復旧率三、五、二の割合によりましてすみやかに済手いたしたい、これに必要な資金運用部からの応急のつなぎ資金につきましてはすみやかに手配をいたしたい。つなぎ融資につきましては、すでに大体の準備が終つておるかと存じます。
 第二点といたしましては、公共施設以外の農林水産業施設を含めまして、施設災害に対しまする措置といたしましてはまず農林漁業金融公庫から必要な災害復旧資金を供給いたしたい、こういうことでありまして、その融資額につきましては大体四十八億程度を大蔵省に一要求いたしておるのであります。この中には水産関係も含んでおるのでございますが、当初農林省といたしまして施設災害に公庫から金を出すという点につきましては、施設関係は一切公電という考え方を一応とつたのでございます。しかしながら公軍の原資の不足というような問題もございますので、公庫融資の増額が困難でありまする場合には、三に書いてございまする経営、資金とあわせまして別途特別措置法による系統融資を考えまして、損失補償と利子補給によつて万全を期して参りたい、かように考えておるのでございます。四十八億に対しまする公庫の資金源といたしましては、大体回収金等の増加を九億内外と見ております。そのほかに本年度当初におきまして、財政投融資の節約として十億程度を保有いたしておりまするが、これらもできれば財源にまわしたい。それからこれは積極的に財源となるものではございませんが、昨年の大災害に対しまして、二十億以上のつなぎ資金と申しまする措置を特別措置法でとつたのでございますが、この分を公庫で肩がわりする予定になつておりまするのを来年度にまわしまして、本年度は行わない。それによつて今年支出する予定のものの減額をはかるということが一つでございます。なお不足する分につきましては、一般会計からの出資あるいは資金運用部からの借入れを要求いたしたい、かように考えておるのでございます。ところがなかなかこの新規の財源につきましては大蔵省との話合いも困難でありまするので、目下のとこる農林省といたしまして考えておりまするのは、漁具及び水産関係の個人施設を特別措置法の方にまわしたい、かように考えております。なお今後の折衝のいかんによつては、さらに他の部門のものも特別措置法の方にまわすことになるかと考えております。
 次に開拓者関係につきまして、特に開拓者の住宅の復旧でございますが、これに対しては五割の補助を要求いたしております。この開拓者に対する住宅復旧の補助と同様に、北海道の魚田開発につきましては、大体同様の措置をとつて行きたい。五百万円程度でございますが、これも要求中でございます。
 次に施設災害を除きます農業につきましては作物の被害、水産業につきましては稚貝稚魚等の手当のために必要な資金、そういつた運転資金的な経営資金に対します措置といたしましては、特別措置法を制定願いまして、系統金融機関から必要な融資をいたしまして、これに対する国の利子補給と損失補償を行いたい。この額は農林水産業全部で九十億程度を予定いたしておりますが、そのほかに先ほど申し上げました施設関係のものが一部特別措置法にかわりますと、系統金融機関から出しますのは十五億程度増加いたしまして、百五億程度の金額になるかと存じます。これに対しまして系統金融機関の資金繰りは、昨年の大災害に対する措置以来非常にきゆうくつになつておりますので、来年度の資金繰りにつきましては、必要によつて農林債券の発行額を増加するために資金運用部の引受けを増額してもらいたい、かように考えておるのでございます。なお損失補償率につきましては、一応原則的には四割、その半分二割を国が負担するという考え方でございますが、岩内方面の大火による被害者に対しましては、六割程度及び開拓者につきましては、同じく六割程度の損失補償を講じてはいかがかと考えておるのであります。
 次にこの特別措置法に対する立法上の問題でございまするが、一応目下のところ政府提出として準備をいたしております。ただその際水産関係は別途の単行法で行くかどうかについては、目下研究中でございます。
 それから特に北海道あたりに多い開拓者に対する経営資金の融資にあたりましては、損失補償率を引上げるといつた措置のほかにすえ置き期間をある程度置きたい。これは五年償還でありますが、そのうち二年程度のすえ置きを行いたい、かように考えております。この対策要綱におきましては三年以上のすえ置きとなつておりますが、それにつきましては源資の関係で困難かと思いますので、一応二年すえ置き五年償還といたしまして、別途、昨年の大災害によつて貸し付けましたものにつきましては、将来償還期到来後において借りかえを認めるという措置をとりたいと考えておるのであります。なおこの三に書いてあります昨年の災害に関する特別措置法によつて融通いたしました貸付につきましては、今年再び災害を受けたものにつきましては、ことしの償還分を猶予するという措置をとることにいたしております。
 次にこれは主として農家の場合でございますが、冷害や風水害によつて米の収穫を奪われた人々について考えられますことは、何といつても食糧の問題でございますので、これにつきましては政府の手持ち食糧を払い下げまして、その代金を延納する。来年まで支払いを待つという措置をとりまして、昨年の大災害と同様の措置を講じて参りたい、かように考えております。
 次に農業関係と林業関係につきましては一応朗読いたしまして、特に申し上げることがあれば申しとげるということにいたしまして、水産関係を主として申し上げることにいたします。五から朗読いたします。
 五、被害農家が水陸稲、雑穀種子不足のため再生産に支障を来すものについては、特別の措置を講ずること。
 六、農業災害の甚大なる地域については、実情に応じて救農土木事業、開墾作業等を実施すること。
 この救農土木の中には漁港の災害復旧事業を含めて考えております。
 七、災害に伴う異常発生の病害虫防除については、特別の措置を講ずること。
 八、冷害の甚しい地域については、耕地防風林を設置すること。
 九、冷害の甚しい地域については、水稲建苗育成、及び耕土培養事業を実施するとともに水温上昇施設の設置を図ること。
 十、国有林の風倒木処理等のため特別の措置を講ずるとともに国有林野事業において極力被害農家の労力を吸収すること。
 十一、林業者に対する伐採調整資金の増額の措置を講ずること。
 十二、農業災害補償法及び漁船損害補償法による保険金については速かに本払又は概算払を行うこと。
   漁船災害保険の義務加入制度の対象を現行二〇トンを一〇〇トンまで引上げるよう法的措置を講ずること。
 この漁船災害保険につきましては、後ほど水産庁の方から御説明を願いたいと存じております。
 十三、冷害による災害の甚大な地域については、薪炭材の特別払下げを行うとともに、炭がま設置の国庫補助を行うこと。
 十四、畜産の飼料確保のため、特別措置を講ずること。
 十五、供出割当の適正と公平、災害対策適正迅速を期するため災害時における農作物の被害調査の施設を整備拡充すること。
 十六、農業気象観測及び試験研究の充実化を図ること。
 十七、麦類の緊急増産を図ること。
 大体現在農林省といたしまして考えております台風及び冷害に対する対策は以上の通りでございまして、これに伴う予算につきましては百下大蔵省と交渉中でございますが、必要な応急の措置につきましては、可能なるものから逐次実施に移して参つておる次第でございます。
 所管以外のことにわたりましたので、きわめて説明不十分であつたかと存じますが、以上簡単に御説明申し上げました。
#15
○松田(鐵)委員 北海道では岩内の問題は、中金では六割の補償ではいけないので、八割の補償をするようにということで、北海道も今議会が開かれておりますが、そこで八割まで補償するように道議会では今度の議会で議決するのだ、こういうことがけさ電話でありましたのですが、そういうことで信連が――北海道の信連はなかなか一生懸命にやつており、内容も充実しておりまして、つなぎ資金を約八千万くらい岩内へ出しまして、そして岩内が非常に喜んで、今出漁を準備しておる、こういうことでございますが、ただいまのこの法律をつくるということから行きましての御報告だというと、六割というようなお話ですが、これは中金とどういうようにお打合せになつておるのでしようか。
#16
○松岡説明員 私の方から農林中央金庫に対しましては、岩内については補償六割で行きたい、かように申しております。もちろん金融機関としては補償率が高いほど望ましいといえばそうでありますが、六割の補償というものは非常に手厚いものでありますから、農林省といたしましては六割程度でよろしいのではないかと考えております。なお農林中央金庫に対しましては、先般水産委員会でも至急つなぎ資金を融資するようにという厳重なお話がございましたので、即日北海道庁の補償なり必要な措置を受けてただちに融資を行う、こういう指令を出しております。
#17
○松田(鐵)委員 そうしますと今八割ということで考えて、道はどうしてもやらなければならぬということで、岩内に対して信連が金をとりあえず出しておるのですが、そうなつてあとから法律が六割になりますと、岩内の問題は中金はそういう指導というのか、そういう心がけでもつて出そうとしておる。そうすると信連が今出したものが、この法律が六割ということになつて行つた場合において、中金は今まで北海道との話合いが齟齬を来す、そういう場合において、法律で六割になつているのにあと二割が違う。この二割は道において決議したのだから、道だけでもつて二割を補償してもさしつかえないということになりましようか。これが重大な問題です。
#18
○松岡説明員 きわめて単純に申しますならば、道が八割を補償されるとすれば、それは道限りの措置であつて、国としては六割の半分、三割ということになるのでございますが、それもあまりに考え方があつさりしすぎておると存じますので、なお農林中央金庫から事情を聴取いたしまして調整いたしたいと存じますが、私どもとしては六割あれば十分ではないか、かように考えております。なおこれは立法の技術的な問題もございます。水産関係を一本にいたしまして、北海道においては六割の補償をするというようなことになりますと、北海道全体について六割なり四割ということになるわけでございまして、岩内については八割になつても十割になつても、北海道全体が平均で四割あるいは六割にとどまればよろしいわけでございますから、それらの立法上の技術的問題もございますので、調整はいたしたいと思つております。
#19
○松田(鐵)委員 ありがとうございます。
#20
○田口委員長 水産庁から何か説明ございませんか。
#21
○増田説明員 ただいまの点が最もかんじんでございますから、繰返すようでございますが、私からも御説明いたします。当初はやはり岩内だけが特に緊急の事態でございまして、つなぎ融資も一億ほどすでに支出いたしておる段階でございますので、八割問題もやかましかつたのでありますが、問題は岩内だけに限りまして八割を主張しましても、やはり全面的に利子補給なり補償するという段階になつて来ますと、むしろ岩内町というのではなしに、農林中金その他の金融機関と道との問題が一番問題でありまして、道がどのように補償をするかということがかんじんでございます。われわれのねらいといたしましては、やはり道が中間に立つて全市町村をとりまとめて補償しますと、そこにプールする道が開かれるのでございまして、プールをすれば、今金融課長のお話の通り、個々の市町村にのみこだわる必要はないのであります。どこまでも国の補助金としましては、道が補償した額に対して半分補助する。こういうことになりますから、道内で非常に損失の額の少いところ、あるいは多いところとありますから、その点を十分にらみ合せますと、岩内はほんの一部分でございますから、御主張のような目的はおのずと達成されるのじやないか。一体金融機関としてもどちらが得なんだという点で、農中もあまり岩内だけに限つて岩内だけを見て八割ということをいわぬでも、おのずから解決する道があるのじやないか。それはやはり道との話合いであるということで、私どももその辺で農林中金との折衝なども、今後全部にらみ合せましてから進めて参りたい、かように考えております。
#22
○松田(鐵)委員 そうなりますと、この法律において六割の補償がかりに出て来た。ところが漁民の災害というものは六割の補償でもつてやるといつた場合に、災害が少い、多いというものよりも、六割でもつてみなやつて行きたいということになつて行くわけです。そのとき岩内はあの通りの災害でございますから、とてもそれではどうにもこうにもならぬ状態だ。そこでもつて道は大体において六割ということを知つているのです。この災害立法が六割になるのじやないかということに対して、道は岩内に特に八割までやろうという積極的な応援の仕方をもつて行こうということ、ところが法律ができた場合においては二割というものが食い違いが出て来る。それがかりに国が三割、道が三割ということになるなら、道がそれに二割を足して五割を補償してもさしつかえないか。それで八割にしてもさしつかえないか。私の聞きたいところはそこなんです。独自の立場でもつて道が二割を補償してもいいかということです。
#23
○増田説明員 ただいまの点に上積みとしまして、二割道独自で補償されることはさしつかえございません。
#24
○松田(鐵)委員 そうですが。それならばいいのです。
#25
○鈴木(善)委員 ちよつと貸付限度のことにつきましてお伺いしたいのでございますが、貸付限度が五万円になつておるわけであります。これは農業の場合と違いまして、漁業の場合には、小型の漁船にいたしましても、あるいは漁具の手当にいたしましても、五万円では災害復旧の経営資金としては非常に少額に過ぎるのじやないか、こう思うわけでありますが、この点水産庁は十分漁業の特殊性について金融課の方と御検討願つたかどうか、その辺の事情を伺いたい。
#26
○増田説明員 五万円のお話でございますが、これは水産を除きました農林業に関しましては、一応そういう案があるように聞いておるのでありますが、大体水産業の関係でこの最高限度をどこで押えるかという問題は、これは一にかかりまして金融の対象を、特別立法に基きます系統融資の場合に何と何に貸すかということが先決問題でございまして、一番かなめになりますのは、ただいまのお話にありましたような、漁船を公庫に持つて行くか、あるいは系統融資に持つて行くかという点であろうと思うのであります。相当大きな漁船で沈没、流失しておるものもあるのでありまして、これに対しましては、漁船はあるところで線を切りまして、大きいものは公庫に持つて行く。それから、どこで線を切りますか研究問題でございますが、小型の漁船は、無動力船を含めまして、これは系統融資に持つて行きたい、かように思つております。従いまして最高限度の点も、比較的小さい船でございますから、金額はあまりのしません。むしろ定置の漁具で相当大きいのがやられておりますので、漁具は公庫融資でいろいろやつてみたのでありますが、これは長期資金の関係でむりなようでございますから、やはり全部系統融資にお願いするよりほかしかたがない。そういたしますと、定置網の一番大きいのが、大体一定の被害金額を予想しまして、それに対する融資率で押えますと、そういうものを押えまして五百万円くらい――五万円というのも実は相当大きいのでありますが、五百万円くらいのものを最高限度に押えて行つたらいいのじやないか。これは最高限度でありまして、通常の小型の船舶の場合は大体百万円くらいで間に合うのじやないか。岩内の場合も一応検討したのでありますが、現地からのお話でありますと、大きい船は公庫にまわすという前提にいたしますと、大体最高百万円のところで道庁並びに道信連の方でも指導しておるようでありますから、大体それで間に合うという考え方でございます。
#27
○鈴木(善)委員 ただいま漁政部長からお話がありましたように、漁船にいたしましても、また漁具にいたしましても、漁業の場合には非常に小さいものから大きいものまでありまして、漁具の補修であるとか、手当であるとかいうぐあいに、画一的にやつて行けない特殊な事情があると思うのであります。そういう観点からいたしまして、農林関係とごの経営資金の問題を一緒に扱うということが、漁業の実態からいたしまして非常に無理があるように私は思うのであります。つきましては、公庫融資にするにいたしましても、また系統融資にするにいたしましても、農林とは別個に、漁業の実態に即するような立法をする方が妥当である、こういうぐあいに私考えるのでありますが、この点について長官からひとつ御意見を伺いたい。
#28
○清井説明員 ただいま鈴木委員からお話がございましたが、従来の立法例から申しまして、漁業だけの災害のことは別でありますが、昨年のごとき場合は、一般の経営資金は水産業は農林と一緒にやつてあるのであります。ただ北海道のような特殊地域において、しかも水産が非常に大きい被害を受け、また他の被害よりも水産が特に著しく大きいという場合には、特に立法を別にいたすようなことをやつております。実態がただいまお話がありました通り、また私どもも同様に感じているのでありますが、ただいまの単価の問題から申しましても、農林業と非常に違うということでございます。それから対象がそれぞれ違うということでございますので、この際立法いたす場合において水産関係を別にした方がよいのか、あるいは全体の中に入れて統一をとつて、その中に例外として水産を認めるようにした方がよいのか。これは実態さえかわらなければ実は同じことなんであります。ただ法律を二つにするか、一つにするかというだけの問題であります。要するに問題は農林と水産と実態が違うということをこの際にはつきりさせようというところに問題があると思うのであります。その趣旨はよくわかつておりますので、われわれもその方に努力をして参つているわけであります。従いまして、形式的に法律をどうするかということは、もう少し考えさせていただきたいと思うのであります。問題は特徴をはつきりさせたいということにあると思います。
#29
○鈴木(善)委員 長官の御答弁で私の趣旨は十分御了解いただいているようです。
 もう一点伺いたいのは、農業の経営単位は農家一世帯ごとになつておるのが通例でありますが、漁業の場合は、数世帯のものが、小さな漁船でありましても乗り組んで漁業をやつている、こういう形になつておるわけでありますが、その場合に、被害を受けました漁業者一人々々に対して、貸付限度をある線にきめました場合に、出すのか、一そうの漁船の経営単位あるいは定置の経営単位というものがあるわけでありますが、その点ははつきりあくまで被害を受けた漁業者一人々々に対して融資をするという考え方でありますか、その点をお尋ねしておきたい。
#30
○松岡説明員 農業の経営資金の場合におきましては、被害を受けた個々の農業者という単位で融資されると考えます。漁業関係の場合におきましては、ただいまお話のありましたように、何と申しますか、共同経営式の経営もございます。その場合に代表者で借り受けるか、あるいは共同で借り受けるか、実際問題は形はいろいろ考え得ると思いますが、いずれにしても同じように扱つて参りたい。貸付限度につきましても、その点のことは十分加味すべきではないか、かように考えております。
#31
○鈴木(善)委員 ただいまの御答弁によりましても、農業の場合と漁業の場合は非常に事情が違うのであります。でありますから、長官が言われるように、農林と一緒の法律の中に盛るにいたしましても、実質的には漁業の実態に合うように条文を農林と書きわけてきめないと、漁業の実態に即した融資ができない、こういうことに相なるわけでありまして、非常に法律そのものが複雑になると思うのであります。私はやはり漁業の実態に即する融資が行われますためには、漁業関係を、形式にとらわれずに農林と切り離してやる方が非常にいいのではないか、こういう意見を持つているのでありますが、これらにつきましては十分今後委員会側とも御連絡をいただきまして、誤りない御措置を希望いたしまして私の質問を終ります。
#32
○田口委員長 ほかに御質疑ございませんか。
#33
○椎熊委員 ただいまの問題と全然かけ離れた問題なんですが、先月の中ごろであつたと思いますが、水産経済新聞というのがわれわれのところに配付されておる。それによると、当委員会に同席しております松田鐵藏君を対象にして、非常な問題が連日掲載されて、今なお余韻を引いておるのであります。私は事の真相を存じませんけれども、第十九国会以来国会の信用が非常に傷つけられておる。それは主として国会内部に起つた汚職事件であるとか外部と関連しておる疑獄事件のようなものから起つておる問題なのであります。それと関連せしめるように読者に感じを与えるこの問題を、ことに水産委員会としては、私はこのまま放置しておくことはできないものではないか、松田君個人にとりましても、これは相当の弁明を必要とする問題ではなかろうかと思う。御自分はもとよりのこと、当水産委員会並びに水産庁にも関係のある問題のことくに私はあの新聞記事を見ておるのですが、もし故意に人を傷つけるための悪意ある行動であるならば、許すことはできません。もしあの新聞記事に出ているようなことが事の真相であるとするならば、これまた国会はこれを黙過することはできない。私はこの真相をきわめることは、とうてい委員会等では完全でなくて、結局は司直の手を要することであるかもしれぬと思われるのだが、一応この機会に、松田君はあの問題に対する弁明等があつてしかるべきものだと私は思う。これを全然放置しておくにおいては、あのことを認めたような形にもなるかとも思われて、それはひとり松田君の名誉ばかりではなくして、本委員会全体の名誉に関する問題であるので、この際松田君からしかるべき発言があつてよろしいものでないかと私は思うのだが、あえて強要するわけではございません。
#34
○松田(鐵)委員 ただいま椎熊委員から、委員会及び私に対して弁明についての発言がありましたので、私は一応の弁明をしたいと思います。お許しを願いたいと思います。
 まずあの水産経済新聞という新聞に記事が載つてから、私は昭和二十九年十月二十七日に東京地方検察庁に出した書類があります。これをまず朗読いたしまして、どういう考え方でこういう新聞を出したかということ、次には私の今までやつて来たことに対する詳細なる説明をしたいと思います。
 検察庁に出したのは、「一、水産経済新聞社長安成某は赤新聞社長のたぐいであり、このたびその性格を表示したものである。一、彼は大洋漁業をバツクとした新聞であることは、水産業界並びに水産新聞業界周知の事実であり、他の水産新聞は全部反大洋であるがゆえに、水産経済を大洋漁業は必要とするものである。一、大洋漁業の横暴に対しては、他の水産新聞は決して快く思つていない。一、国会水産委員会において私はあまりにも大洋漁業の横暴に対して批判しておる。一、私は常に資本漁業は南洋に、北洋に遠洋に進出するのがその使命であり、沿岸より手を引き沿岸は漁民に与えよと国会で叫んでおる。しかし現行法としては力によつて合法的に沿岸漁業を経催するは水産庁としても道府県としても阻止できない。日本水産、日魯漁業、極洋捕鯨はほとんど沿岸より手を引き、真に資本漁業としての常業を常んでおる。一、昭和二十六年末に免許料、許可料の全廃の漁民運動を起し、各政党は何ら調査せずに同調したものであつたが、これは資本漁業の謀略によつてなされたもので、大洋漁業のみで当時年四千五百万円の税の免除という利益を得たもので、今日昭和二十九年度に納入するとすれば六千万円以上となるものであります。この運動により国会に法律の廃止が提出されたとき、私は法律の精神、法律のできた経過、大衆漁民の不利を力説し、二十四対一で反対したものであります。一、安成某は水産新聞各社の先頭に立つて右の運動をリードしたものであり、十二、三名の記者を引連れて私に強談つるし上げをせんとしたが、これを拒絶するとともにその非を面罵したことがある。それ以後ことごとに大洋漁業にこびんがため私に悪意を持つておるものである。一、彼は事実を知つておるが、ことさらに悪意に満ち筆をまげて宣伝するものである。一、水産庁長官談などとは捏造であり、長官は迷惑なことであるが、記者相手に争うことは大人気ないことでできぬと知つて筆にしているものである。一、今日沿岸漁民は漁船建造資金に困つておる、一年間の建造資金は大体において八十億より百億である。従来は手持資金のほか銀行及び水産加工業者等よりの後援を得て充当していたが、デフレによつてまつたく困却しておる。国会においても十分論議をして公庫の融資を増額に増額して本年度は十五億のわくを広げたが、今後ともなかなか容易なものではない。資本漁業は開発銀行、市中銀行よりの融資を得ることができるが、大衆漁民は公庫以外にはない。戦前漁業の経営には十一の税があつた。漁業制度の改革で免許料、許可料に一本化することによつて、原始産業である漁業の保護の上から負担の軽減をしたものである。一、免許料、許可料の全廃によつて今日では二万トンの捕鯨船でも漁船であれば一円の税もかからないし、また北洋の母船でもいかなる漁業の経営するにも一円の税はかからない。一、沿岸漁民の漁船建造資金は公庫以外に道がないゆえ船税、一トン当り一千円を課する場合、百二十万トンの二十トン以上の漁船で十二億円となる。これを目的税として財政資金より公庫のわくを広げることになれば十年後には百二十億となるので沿岸漁民の活路を見出せると考え、道府県に呼びかけつつある。これが法律として次の国会で通過すれば大洋漁業のみで年八千万円以上納入しなければならない。安成某はいち早くこれを察知して次の選挙に私を不利にせんがため政局とにらみ合せ急に宣伝したものであり、この法案を阻止せんとするものである。一、アルゼンチン漁業移民計画は私の政治生命をかけての大事業である。アルゼンチンと日本との漁業協定、移民協定は事実上私の手によつてなされたものである。さきに平野農林政務次官、今回岡崎外務大臣がアルゼンチンにこのため特に打合せのため行つたものである。漁船十一隻公庫より融資を受くべく閣議決定により中金において調査中のところ、妨害のため前々から新聞記事としてあしざまに誹諦しつつあり、今決定を前にして特に別紙のごとく悪意に満ちた捏造の記事をしかも全紙面に書き立てたものである。一、私は国会議員としてこのような赤新聞と争うことは大人気もなくまた笑われることであると考える。一、今日の政局は汚職疑獄で国民の批判のはげしいとき別紙記事水産経済新聞十月十九日付及び二十四日付二面による嫌疑により被疑者として私を御調査願いたい。衆議院議員松田鐵藏。昭和二十九年十月二十七日、東京地方検察庁。」こうして私はとりあえず出しておつたものであります。
 しかしてあの記事の内容によつても皆さん方に非常に疑惑を持たせたことであろうと存じ、またただいまの椎熊委員の発言にもあつたので、その内容を発表いたします。「一、パタゴニヤ漁業移民を計画するに当つて私は水産庁の以東底曳整理転換の方針に添う為に同庁調整一課と打合せ船主として組合加入希望者に対しては以東底曳の権利の提出を指示した。一、当時(本年一月)転換要項は未決定(二九年度予算決定前)であつたが九千万円六十隻、一隻当り一五〇万円と推定出来る状態であつた。一、パタゴニヤ出漁用漁船の建造資金は一隻当り一二〇〇万円の見込で農林漁業金融公庫の融資八割として手持必要自己資金二六〇万円、協同組合の設立並に運転資金として四〇万円計三〇〇万円の出資が必要である旨を準備会で説明した。而し前述底曳転換資金は漁夫の渡航に不可欠の漁夫の仕度金及手持準備金として船主が保留し置く計画であつた。一、漁船の建造については設計並に仕様を漁船課に一任し、造船所の決定に当つては漁船課の指導を仰いだが当時十隻以上の漁船建造を短期間(三ケ月余)に引受ける造船所は無かつたので苦心の結果各組合員の縁故によつて夫々各地の造船所と契約をさせた。(九ケ所十一隻)一、組合員は一隻当り手付金百万円を造船所に支払い各組合員名義で造船契約をなし、組合設立後組合との契約に切換える事にして造船の早期完了を計つた。一、エンヂン契約金として五〇万円宛出資させた。(上は後に造船所に送金した)柴田定男、坂本与平、碓氷勝三郎、松田祐二、木村円吉、松田恒司、阿部秀一、四之見茂発治、以上八人各五〇万円小林鶴蔵二〇万円、山口寿一三〇万円、川上五郎吉四〇万円、一、造船造機、底曳の権利提供等私に一切を委せて三〇〇万円を出資した(前掲五〇万円を含む)者は次の五名である。柴田定男、坂本与平、碓氷勝三郎、松田祐二、松田恒司一、私は各地に人を出して前記五名並に特に木村円吉の依頼で六名の底曳の権利の買入に努力し、他の五名には夫夫各人の責任で権利の提出を求めた。一、水産庁の整理転換要項が決まつて各自の底曳権利の転換資金を計算した結果一隻当り七三万円程度となつて所期の一五〇万円と著しい開きが明かになつた、調整一課でも余りに開きが大きいので他に処分した方が組合の利益ではないかとの好意的指導もあつたので当初の底曳転換の方針に反し不本意ではあつたが事業遂行上已むを得ず他に処分することにし此の事は五月二十六日の総会に報告して了解を得た。一、千烏丸の底曳権利は入〇万円で船主より買受けたものであるが後に至り曽て私が新潟に口演に行つた時非常な歓待を受けた第一組合長が来訪し該船主は第一組合から借があるので組合で共の権利書を貰い度い旨裁判所の判決書を持つて説明私に了解を求めて来た。私は第一組合長の言を認めて権利を第一組合に引渡した。全く私は詐偽に掛つたものであり一時立腹したが新潟は私の出身地の関係もあり且つ事件にする事は私の平常の信念にも反するので将来金銭的に解決することとして組合に関係なく私の損失として諦め、寧ろ共の後第一組合に協力して新潟への許可方を調整一課に進言推進したものである。一、四之見茂登治及阿部秀一の件、四之見、阿部は造船所への手付金各一〇〇万円は自己所有の山材から船材三隻分を供出し之を一八〇万円で造船所に渡し後は現金で手付を渡したと称し、私が自ら造船所に調査に行つた時造船所で充分な材木を見せられて安心して居た。後になつて(八月下旬か九月上旬)造船所の主人が上京会見の結果右木材は実は両名に頼まれて左様云つたもので四之見五万円、阿部一五万円計二〇万円より受け取つて居ない事が判明私も両名の嘘に驚き三〇〇万円の出資は不可能の者と考えた。一、四之見及阿部の底曳権利は五月上旬一切の書類を添えて組合に提出したものである。私は他の山口、小林両名の権利を合せ之を見返りにして組合が当時現金に困つて居つたので以上四名の権利代として三八〇万円を組合に提供し組合は上記四名の仮受金(将来精算の上出資金に振替予定)として収受した。その金額は五月十八日二〇〇万円四之見、阿部、山口、小林権利代仮受。五月二〇日一八〇万円四之見、阿部、山口、小林権利代仮受でありその総屯数八六屯八四で一屯当り平均四、二六〇円余である。一、然るに共の後四之見の権利は手付金一〇万円で阿部の権利は手付金二〇万円で一切の書類を実権利者から取つて組合に提出したものであることが分り、且つ同時頃四之見、阿部の提出した権利の実権利者が第三者に名義書換の書類を水産庁に提出した事を知り四之見、阿部両名には至急金で問題を解決する様指示したが実権利者の申請には何の異議も申し出なかつた。結局四之見、阿部が現金を以て後金を払えなかつたので実権利者の申請の通り名義は書換えられた。一、四之見、阿部について以上の様な事実が次々に判明し私としては両名共到底三〇〇万円の出資は不可能と見込んで居つた処四之見より組合脱退の通知が来た。一、十月十二日頃四之見、阿部上京し、四之見は先の組合脱退の意思表示を取消し再度組合参加を申込んで来たので組合としては一人の脱落者もなく当初の組合員が一緒に進む事が最も希ましい事であるが、三〇〇万円の出資は是非必要であるから十月二十三日迄に出資金の手当が出来る事を条件に応諾した。而し今日迄に出金はない。一、四之見、阿部、山口の権利は結局売買してない。小林の権利は了解済で何の問題もなく共の他の権利は私の責任で買受けたもので他に何の関係もない。一、小樽市高橋、八田、松田は私に必要上売つたもので質入代金は四名が日魯から借金したもので日魯に何の関係もない。一、私は組合の設立の前後を通じ私の金を組合及組合員の為に立替え、一意事業完成に努力して居るものであり今後脱落者は相手にせず組合一団となつて(現在組合参加希望者は漁夫関係二〇〇名罐詰工場関係六〇〇人に達し此の内漁夫関係一三〇人工場関係二八〇人計四一〇人程度を人選組合員として一人第一回払込三万円を徴する)事業遂行に当る決意である。一、十八根室丸の件坂本与平(外十一人)は曾ての北洋漁業実績者で、昭和二十七年以来北洋に出漁して居る。二十七年以来二ケ年間チヤーター船を以て出漁して居る実績者であつて新規の底曳業者ではない。北海道には釣漁者で二十七年以来の出漁実績者が二、三隻あるが彼坂本与平も之と全く同一ケースである。彼は本年十八根室丸を新造して兼業するに当り彼が偶々北海道水産委員長の公職に在る立場上実績者であるに拘らず強いて水産庁の要項に基いて以東底曳の権利を提出して、長野生産部長の了解の下に出漁したもので何の不備不法もないのである。而して私は彼が私の選挙区に於ける有力な後援者である関係上此の間斡旋努力したのは当然の事であり他に何の関係もないのである。松田鐵蔵」
 これが私の弁明書でございます。これは組合課長も組合の内容をお調べになつておることだろうと思います。そこでこういうのが実態でございまして、あの新聞というものは、実にそういう内容を知りながら、私が新聞との争いなどというものはでき得るものではないだろうという考え方から行われたものであります。また内容については、私は日本夕刊を通じて全部調べ上げております。どういう内容になつておるか、どうしたことであるか、全部調べ上げておりまして、明日小玉前代議士、小玉弁護士がこの問題を収上げて、名誉毀損及び常業妨害でもつて訴えることになつております。
 以上が経過でありまして、検察庁においても十分この内容を調査することだろうと思うのであります。以上が私の弁明であります。
#35
○椎熊委員 ただいまの松田君の一応の弁明を承りましたが、しかし私どもは事の真相を知らないものであります。従つて黒白を明らかにするためには、ただいま松田君からも言われたように、法律的な関係で、たとえば名誉毀損で訴えるとか、あるいは営業妨害で訴えるということで、この問題をうやむやにせずに明確にするということが、松田君にとつても必要なことであろうと思います。私は他人のことですから、何もこれ以上申し上げることはないのですが、事態が明白になることによつて、当委員会もまた水産庁も、迷惑をこうむらない結果になるだろうことを期待するのであります。よつて本事件の今後の推移を私は見守りたいと思います。
#36
○田口委員長 本日はこの程度にとどめ、散会いたします。
  午後一時五十六分散会
ソース: 国立国会図書館
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