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1947/06/24 第2回国会 参議院 参議院会議録情報 第002回国会 文教委員会 第4号
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1947/06/24 第2回国会 参議院

参議院会議録情報 第002回国会 文教委員会 第4号

#1
第002回国会 文教委員会 第4号
昭和二十三年六月二十四日(木曜日)
  ―――――――――――――
  本日の会議に付した事件
○学生の盟休問題に関する件
○教科書の発行に関する臨時措置法案
 (内閣送付)
  (右案に対する証人の証言あり)
  ―――――――――――――
   午後一時四十五分開会
#2
○委員長(田中耕太郎君) これより委員会を開会いたします。速記を止めて。   午後一時四十六分速記中止
   ―――――・―――――
   午後一時五十三分速記開始
#3
○委員長(田中耕太郎君) それでは速記を始めて。それでは文部大臣に対する緊急質問に移ります。
#4
○岩間正男君 実は只今行われておりますところの学生の盟休事件につきまして、当委員会といたしまして、これに全然無関心でおることは、当然我々の職能の上からできないと思います。この事態を一日も早く解決して、そうしてこの不安を取除くという建前から、ここに大臣の出席を要求いたしまして、質問を申上げたいと思うのであります。
 今度の問題の経過については、大略のことしか私は無論承知しておらないのであります。細密な分に亘つて何からかにまで知つておるというわけではないのでありますけれども、大体の今までの経過について、学生諸君から、そういうような陳情を受けたこともあり、いろいろな情勢によつて知つておる面があるのであります。ただ一番重要な問題でありますのは、なぜ一体このような学生の盟休、而も全國的に波及した盟休が起つたか、恐らく今まで日本にもなかつたような問題がなぜ起つたか、この点について文部省が、今までどのような態度を取つて來られ、又今度それに対してどのような責任ある態度を取つて、一日も速かにこの問題を解決される用意があるか、この点について私は質問をいたしたいと思うのであります。でその前に、大体今日のこの状態になりまして、望ましくないところの盟休が行われておるという点について、今までの文部省の取つて來られた態度につきまして、これは委細な報告があると思うのでありますけれども、今日ここまで追い込んだ原因の中に、どうしても考えられるものは、根本的にこの問題の把握の仕方が違つておるのではないか、文部省の見方というものが、その後の交渉経過を見ておりますときに、学生の生活の現在陥つておるところの実態というものを、本当に掴んでいないのではないかというふうに思われる面が多いのであります。学生の授業料の問題について、三倍値上の問題について、物價が上つておるのだから、又他の私学との授業料の連関において、これを今日値上反対をすることは非常に不当である、だからこれは当然どうしても要求を受付けることができないというので、十数回に亘るところの交渉が最後に決裂して、このような状態に入つたということを聞いておるのでありますが、併しこれは、成る程文部省の現在挙げておられる理由は、原則的に考えますというと、物價が上昇しておるのであるから、それとの連関において、三倍程度の値上げというものは一應正しいように考えられるのであります。併しこれは学生の生活の現在の姿というものを、本当に見極めていないというところから起つておるのじやないかと思う。御承知のように現在の学生の、殊に大学高專の生徒達の状態を見ますというと、これは殆んど八五%から九〇%の生徒達が、生徒不安の中に立つて、そうして今日の授業を受けておるというような状態であります。無論これは親許から送られて來る学資というものも、今までの過去の学生の姿を基準として考えることはできないのであつて、これはいろいろ学生から出されたデータについて見ましても、その僅か二〇%、三〇%が親許から送られる。それもいい方であつて、大部分の者は自分の課業を縮める。又は学業を何とかまあ繰上げる。若しくはそれを短縮するというような方向で、大部分の時間をアルバイト生活をやつておる。そうしてそれから殆んど大部分の生活費というものを仰いでいる。いろいろな調査についてこれは申上げる時間を持たないのでありますけれども、それによつて生活している。今日学生の生活費の場合、男の学生の大体の平均の最低を、これは映画とか、娯樂とか、文化費とか、そういうようなものは一切、彼らの青春時代に非常に必要であると思われるところの、それらの欲望を一切制限した最低ぎりぎりの、食つて行ける、ノートを買つて、そうしてやつて行くだけの生活費でも、先ず男の学生の場合が二千五百円、それから女の場合がまあ二千二、三百円から二千円程度というような状態なのでありますけれども、それらの実情を調べて見ますというと、さつき申しましたように、親許からの送金というものは、まあその中の二〇%、三〇%、あとの部分は殆んど学生自身の学業の余暇における勤労、つまりアルバイトによつてこれを支えておるというような実情なんでありまして、そのために彼ら自身においては非常に余裕のない生活をしている。つまりこれを從來の例から考えますと、從來の学生の場合におきましては、いわゆる、これは大学專門学校というものは、或いは日本の中産階級以上、有産階級の子弟であつたのでありますが、今日におきましては、この学生達の属しておる階級構成というものはまるで変つておる。この現実を我々は無視することはできないのでありまして、殆んどこれらの学生の今日置かれておる生活状態というものは、これらの父兄の生活状態というものは、中にはそれは幾分の新円所得者、終戰後の利得者というような立場の者もあるのでありますが、殆んど大部分のこの学生達の属しておる階級というものは、中流階級以下に落ちているというような形であります。そういうようなところから、而も学業を何とかやらなければならないというので、現在の苦しいアルバイト生活を余儀なく強いられて、その中で而も満足な授業時間を、十分にそれに全力を傾けることができなくて、その半分若しくは三分の二の時間をそのアルバイト生活に向けて、そしてそれによつて得た收入によつて、何とか最低の生活を支えておるというような実情が、これは統計的にもいろいろなものが出されておるのでありまして、はつきりしておるのであります。從つて過去のような、或る中産階級以上、いわゆる有産階級の子弟で、而も親の脛噛りをやつて、親許から相当の学資を仰ぐことができるというような立場の時代におきまして、この授業料の問題はそれ程大きな問題として響かないのでありますが、現在のような最低ぎりぎりの線において学生が生活をしているというような立場におきまして、この與える影響というものは相当深刻なものがあるのであります。こういう点について、文部省は十分に今日の日本の教育の、殊に今申しました高專、大学の生徒達が置かれておるところのこの現実的な姿をよく見て、そしてこれをどのように文教政策の面で援助し、この学業を続けさせてやるかというところに、温かい親心というものが必要だと思うのであります。ところが今までの交渉経過を見ますというと、文部省の態度というものは依然として、さつき申しましたような條件を挙げまして、そしてこの授業料据置きには賛成することができないと、三倍の線を堅持しておる。結局学生達は、当然止むを得ない状態、何としてもこのような教育行政、文政の状態においては、眞に学生達の問題の解決はあり得ない、従つて学生達の氣持が、この授業料値上げから、日本の教育政策が非常に貧困である、それから教育復興に対するところの当局の態度に対して、一つの目覚めを持つて來たというのが当然であります。そういうような立場からして、自分の授業料問題を中心といたしまして、そのような教育復興をも含めたところの要求に段々目覚めまして、そしてそのような立場からして、この教育復興の基本線を確立するというような線において、今度のような盟休が、最後的な止むを得ない段階として行われておるという実情を見るのであります。この際この学生の盟休事件につきまして、文部省の取つておる態度はどうであるかというと、依然として從來の官僚的な態度に過ぎない、こういうふうに思われるのであります。もつとこの現実をよく見極めて、学生の対する親心というものをもつと働かして、この問題を事前に解決するという努力がなされたならば、この問題は今日のような状態に陷らないで済んだと思うのでありますが、依然として、これは十数回の交渉にも拘わらず、その態度が全体歩み寄りがなかつた。而もそれは國家予算の建前から何ともならないので、そして結局今日のような最悪の事態に追い込んでしまつておるのでありまして、この点において、これは当然文部省の責任をはつきりして欲しいというふうに考えるのであります。誰が一体この盟休の責任を負うべきか、この責任の主体者は誰であるかということを我々ははつきり考えなくちやならん。これを文部省は逆に学生し轉嫁し、或いは今日ここに見えられませんけれども、日高局長の談なるものがたまたま新聞紙に発表されておりまするが、それによると、学校当局は無関心である、熱意がない。これに対して十分な措置が取れない、このようなことでは学校当局の責任が追及されるかも知れない。若しこの新聞紙の傳えるところの、あの日高局長談なるものが正しいとするならば、これは実に本末を顛倒した問題だと言わなければならないのであります。一体この原因はどこにあるか、文部省の政策の貧困並びに今度の問題に対する処置における自分の無力というような形が、このような状態に追い込んでおるにも拘わらず、その結果を学校当局に責任を転嫁するような態度で学校当局を責めておる。こういうようなところが、実に本末を顛倒しておる。自分のことは棚に上げて置いて、そうしてこれを学校当局に巧みに轉嫁するというような態度を取つておる。その一例でも分るのでありますけれども、この責任の主体がはつきりしていないのでありまして、どうしても文部省はこの事態、即ち昨日は関東東北の方においてストが行われ、更に今日は関西、中國の方において行われ、それから又九州の方で明日行われ、更に二十六日には全國的なストが計画されておるというようなことを聞いておるのでありますが、このような事態に追い込まないうちに、この問題を早急に解決するように、これは徹底的な措置が取られなければならないと思うのでありまして、こういう点から、文部省のこれに対するところの責任をはつきりさせた立場から、以上の問題について答弁を求めたいと思うのであります。
 尚最後に附加えたいことは、この学生の問題が、何か政治的なものに利用されておる、或いは共産党が指導しておるというようなことが、これはともすると言われておる実情を聞いておるのであります。果して今度の問題は、一体そのような指導によつて行われておるのであるかどうか、これも率直に文相は目を明いて実際を調査される必要があるのではないか、何か一つの原因を以て、このような問題を最初から一つの枠に入れて考えるというそのこと自体が、この問題を解決するところの鍵では絶対にないと思うのであります。そのような事態があるかないかということについては、私は十分に知らないけれども、併し恐らくそういうような指導のあるなしの拘わらず、学生の現実の生活の困難がここまでこの事態を追い込んでおるのでありまして、この学生の根本的な問題と解決なしには、この問題の解決は絶対にあり得ない、こういう点をこれは十分に虚心坦懷に見守るべきではないか、これは何かそのような一つの煽動によるとか、それから政治的な一つの運動に轉化しておるというように考えるならば、学生運動の一つの自主的な考り上る運動によつて、自分自身が本県にいろいろなことを知り悟つて行くという、そのような視野が拡大されて行くような段階を、学生の中において認めないというような実情になつておるのではないかと思うのであります。恐らく文部省の態度が、今まで非常に冷く取られて来た、その態度が段々と学生の意識を目覚めさせ、そうしてどうしてもこの運動についてもつと徹底的な方向を持ち、更に根本的な解決をしなければならないという学生自身の運動自体が発展して、今日の事態をとつておるということを私は信ずる者でありますが、こういう点についても、併せて文部省の見解を問いたいと思うのであります。
#5
○國務大臣(森戸辰男君) 只今岩間委員から、学生ストについて御質問があり、かような事態がどうして起つたか、文部省はいろいろな点で十分策を盡さなかつたのではないか、又今後についてどういうふうな策を取るつもりであるか、こういうふうな御質問であつたと思うのであります。尚多少お話について、はつきりしない点があるのでありますが、只今のお話では、趣意から言いますると、授業料値上反対がストの目標であると、こういうようなふうにお話の趣意は承わつたのであります。実は昨日各学校に人を派して、一体どういう目標でストをやつているのかということを、実は調べさして見たのでありますけれども、授業料値上ということはどうも表面には出ていないようであります。これから数日前に、全國國立大学高專代表会議という名の下で、私共の下に要求書が出されているのであります。これを読みまして、これは二十二項程要求が掲げられているのであります。値上がどこにあるかというので、いろいろ尋ねて見たのでありますが、第二の「イ」に授業料値上撤回、入学金その他の値上撤回、地方教育税反対という「イ」の項目の更に小さな部分に挙げられているのであります。この事態は私は非常に注意すべきではないかと思つているのであります。長い間、文部省ではこの問題に対する交渉を受けまして、私共親切にその学生の要求を聞いたのであります。併し私共よく日本の事情を話し、三倍値上ということは望ましいことではないけれども、併し今日の事態から止むを得ないものではないかということを懇々説明をいたしたのであります。社会におきましても、一般的にそういう判断はむしろ常識となつて参つたと思うのであります。そこで学生運動は、それを取つては問題にならんということから、目標の轉換が行われたと私は判断するのであります。そこで只今言われましたように、教育復興ということを目標として、中に二十二項目が挙げられているのでありまして、先程申しましたように、授業料値上ということは尋ねないと、どこにあるか分らんような要求でありました。でその中のものをいろいろ見ますと、学生生活には関係があるけれども、日本の文教行政、政治全体の問題であると私は考える。例えば第一には、六・三制完全実施ということがあります。それから又中には当委員会の直接に御関係になつておりまする地方教育委員会法案絶対反対ということも掲けられているのであります。かような問題等が掲げられているのは、私は全般的な政治問題でありまして、教育行政全般に関する問題であつて、直接学生の身分に関係するものではないのであります。こういう問題はむしろ政治問題として扱われるべきものではないかというふうに考えているのであります。そして私のところに來た学生達も、一体これは君達学生の生活と直接に関係がないじやないかと言つたら、いやこれは政治問題です。政治問題として取扱つているのである。こういうようなことである。それじや併し文部大臣のところへ來て話をするのはおかしいじやないか。私文部大臣として扱うものは、学生の生活に関し、学生の身分として適当な運動であれば、私共は幾らでも承わるのであります。こういうような話をしたのでありますが、いつの間にか目標が授業料の現状の維持ということから教育復興という、これは誰でも賛成であります。誰でも賛成であるところの目標を掲げて、ただそれについて、実行の方法についていろいろな疑問がある次第でありまして、これらの個々の問題については、私共賛成できないものもあるのでありまするけれども、例えば六・三制完全実施というものは、何人もこれは反対ではありません。そういう目標が掲げられているのであるが、併しこの問題が貫徹されなければ、一体学生がストをやつて貫徹するということは適当な方法であるかどうかということについては、私はおのずから別であると思います。岩間君と雖も、私は学生が六・三制完全実施ということを第一に掲げて、これが通らなければストをやるということは、確かに御賛成にならぬと私は思います。教育委員会法絶対反対、これが通らなければストをやるというときには、岩間君或いはその属されておる教職員組合の方々はどうなされますが、そういうような次第であります。でありますから、こういうような問題が、学生の生活に関係があるからというので希望を述べ、関心を示すということは、これはいいことであります。我々も喜んで聞きますけれども、併しこれを言うことを聞かなければストをやるとか、何とかいうことは、学生として行き過ぎではないだろうかと私は考えております。そういう形でこの問題が現われておると思うのであります。文部省は学生の生活について知らない、或いは調べておらんと言われますが、そうでなく、私文部大臣になりまして、私自身学生には関心を持にておりますから、特に学生の生活についてはいろいろ調査もさせております。生活の困る状況もよく存じております。これに対して何とかしなければならんということを、文部当局としても強く要求しておるのであります。併しその方法が、授業料の値上を抑えるということで解決されるのは、実は私は考えておらんのであります。殊に大学、高專の官立学校の授業料値上反対というものは、学生、学徒の中で何%かであり、私立学校の中の半分である。そしてこれは綜合大学においては、大体一人につき五万円程國費を使つております。これは或る点から言えば、受ける者の特権と言いますと語弊がありますが、特惠的な地位にあるので、これは或る程度これを支弁してもいいのではなかろうか、むしろ支弁するのが公正の原則に合うのではないか、而も三倍というと大きいのでありますが、月五十円を百五十円にするということは非常に不公平でないと私は思う。三倍と言えば大きいのでありますが、併し長い間、戰前からずつと授業料は上らなかつたのでありまして、今度初めて上げたのであります。これは昭和十四年から十八年ぐらいでありますか、これに比べると十五倍であります。併し物價は六十五倍、今度は百倍になろうとしております。鉄道運賃は二十五倍であります。それを今二倍半、三倍にすると五十士、六十倍になります。だから僅か十五倍になつたから非常に不当に高くなつたとは、私は公平に考えて言えないのではないかと思います。尚これを私立学校、又所によりましては、公立の新制高等学校に比べましても非常に高くはない、却つて安いのであります。それで若しこれを上げなければ、学生の生活の問題は解決するかというと、私はそうではないと思います。と言いますのは、戰前におきまして、学生生活の中で授業料の占める地位は、全体の約五分の一くらいでありました。最近の学生の生活費は二千五百円から三千円と言われるが、中西君はこの間一ヶ月五千円と言われた。そうすると約二十分の一くらいではないのじやないか、学生生活に占める授業料の部分というものは極めて少い。そのことはどういうことであるかというと、仮に授業料を全廃しても、学生生活の問題は、これは解決しないのであります。そこに私はもつと深いところの問題があるのではないかと存じておりますが、併しこれを私共は見送ろうといたしているのではないのであります。制度といたしましては、これは特惠的なもので義務教育ではないのであります。義務教育の問題が、本委員会でもいろいろお骨折を願つておるように、足らないのであります。だけれども、これは特惠的な地位にあるから、この問題については或る程度辛抱はして貰わなければならんという私共は考えを持つて、或る程度の負担は、これはどうしても止むを得ないことではあるけれども、併しこれは制度としての問題で、特に困つている人については、私は特殊の方法を講じなければならない。制度といたしましては、金持ちの子供も入つておるところの大学において、授業料の値上げをしないということではなく、困つている学生に対して、如何なる措置をすべきかということが私は適切な政策であると思うのであります。そこで私共は、ここでもいろいろ御批判になりまして、もつとこれは十分にしなければならんという、常に御注意にありました日本育英会の問題、これらの拡充ということを大いに努力しなければならんと思つております。その他学生の生活の授護ということにも大いに努力をいたしたいと思つているのであります。その他アルバイトの問題につきましても、今晩も官邸で各方面の人々に來て頂いて、学生の夏休暇に対して、どうしてアルバイトをやつて行くべきであるか、又アルバイトの種類が、学生の品格を崩さないようなのは、どういうものを選ぶべきかということについて、御相談も申したいと思つているのであります。そういう点に十分に関心を持つて行きたいと思うのであります。併しこれは私はただ学生だけの問題としてのみ解決されるものではなく、日本全体の経済生活との関連にあるのでありまして、この点では学生も先生も或る程度辛抱をしながら、この敗惨日本の教育を護つて行かれる覚悟がなければならんと思つているのであります。そういう考えから、私共はこの問題につきましては、殊に教育復興ということを掲げていることについては、学生は授業を止めることではなくして、忍んで、もうこの授業を完成するというところに、教育復興の熱意が学生に現われるべきではないかと思うのであります。私は何か学生のこの運動が、外からの働きがあるかどうか知らんが、少くとも外のいろいろな政治運動が模倣したような恰好が出て來ている。学生の十分な思慮を持ち、反省を持ち、又学生の品格というもの、本分というものを知つたところの行動としては、やや逸脱したものがあるのではないかということを心配をいたしておるのであります。幸いに私は、日本の学生が全部これに参加しているとは考えません。東京におきましても、日本の全國で申しますれば、官公私立の大学、高等專門学校六百ございますが、只今参加を発表されておるのは七十五校であります。約十分の一と申しましようか。それから昨日同盟休校を実施したのは、関東地方の官立六十一校中十九校であります。三分の一、私立百六十二校の中六校、合計二百二十三校のうち二十五校であります。ですから約十分の一強の数であります。そのうち東京都内におきましては、官立三十四校中九校がこれに参加し、私立百三十六校中六校が参加し、合計百七十校中十五校、一割弱と推定される状況でありますので、日本の学校が挙げてこれに参加しようという状況ではございません。更に注意すべき点は、東京におきましても、東大では全部がこれに参加しておるのではないのでありまして、東京大学の中、三学部が参加し、それに附属医專がありますが、三学部、あとの五学部はこれには反対をしております。尚文理科大学、工大等の学校は参加いたしておりません。商大がただ参加しているのが注意すべきであります。尚一高も参加いたしておりません。師範学校も男子部は参加いたしておりません。こういう点から見ますと、京都等でもそういう状況等が見えますけれども、学生の中で判断力のあるところの層においては割合に共鳴者が少い。そうしてそうでない若い層に可なり多い。そうして東京の例を取つて見ますると、男子の師範は参加しておりませんけれども、女子の方が参加いたしております。これも私は多少それに似た関係であるのではないかと推測しております。つまり外面的な力に感化され易いような面に、この運動が余計に影響力を持たれている。反省と自制のあるところには、その影響力が少いというのが、今後は分りませんが、今日の状況であるのであります。尚これについて外の勢力がどうかというお話もありましたが、これは確かなことは私は分りませんが、併しこの問題を政治問題であると言つて取上げて、私共のところに題える場合には、政治的な色彩の強い人もしばしばございました。又学校の方では、上の学校からいろいろ勧誘に來られる人の中には、又特殊な政治的な色彩を持つた人も相当にあるということが傳えられているのであります。これは報告でありますから、事実はどうか私は知りません。大体かような状況でありまして、文部省といたしましては、先程も申しましたように、学生の今日の窮状については十分同情を持つており、調査もいたし、最善のことをいたしたい。これは又当委員会等の國会の力に俟つところが多いのでありますから、私共は繰返しお願いをいたしておるわけであります。
 尚教育復興につきましても同様であります。私共はできるだけ最善を盡したいと思つておるのでありますが、何分皆さん御承知のような日本の現状でありまして、私不敏なせいもありますけれども、誠に思うに任せぬところがあるのであります。こういう事態の下に、学生が同盟休校によつてその目的を達しようということについては、私共はこれは穩当でない。又かような方途でその目的を達することは、学生として私は、大いに考慮しなければならんものであると実は存じておるのでございます。これは私が学生に同情せず、学生に冷酷であるということでなく、眞実に学生に同情し、日本の学徒が健全に日本を背負う者になることを期待するからでございます。かような事態におきまして、私共文部省は行政面に立つ者でありますから、直接この問題には触れませんけれども、併し教育の機関としての、各大学において、十分この問題を教育問題として取上げるようにと、私は勧めているのであります。尚学校局長のお話がありましたが、これはどういうことであつたか私存じませんけれども、この問題はむしろこういうことを言われたのであります。この問題は教育の問題である。学校当局は教育問題として取上げて貰うように、ただ政治的な妥協とか何とかいうことではない。日本の教育をどうして立てるかという問題のところに重点を置きながら、この問題を解決して貰いたいということを要請したことと私は存じておるのでありまして、その限りにおいて私はそのことに賛成であります。大体こういうことが学生ストに対して文部省が考えておりますところであり、取り來つたところであり、又その基礎になる考えは以上のごとくであります。
#6
○委員長(田中耕太郎君) 外にもまだ質問されたい方もありますから、極く簡單にお願いします。
#7
○岩間正男君 今の説明を頂いたのでありますが、その中で結局授業料値上問題から発して、その後いろいろ視野がそういうように段々拡がつたというか、高まつたというか、そういうところで現在の教育復興の線まで行つたのであります。現在そうして更に盟休がとられつつあるのであります。併しその間文部省と十数回に亘つて学生の代表が折衝されておる、その間の指導の方向が若しも、もつと完全に行われておつたならば、今日の盟休は避けられておつたと思うのでありますが、こういう点について、やはり文部行政の中に何か欠けたものがあるのじやないか、こういう点の責任と反省は文部省がここで率直にこれを持つて、そうして今度の問題の解決をしなければならないのじやないかというのが第一点であります。
 第二点は、学生の今度の運動が期せずして教育復興の線に行き、それがやや実践的な運動の性格を持ち掛けて盟休にまで來たのでありますが、こういうような方法について、何かともすると、これは政治運動的色彩があり、更にそういうような実践行動に対しては、頭からこれを否定してかかるというような先入感があるのじやないかというふうに、私には今のお話では思われたのであります。併しこの点は、ここで論爭し盡せない問題に実は関與しておるので、余り廣汎な問題に拡げようとは思わないのでありますけれども、少くとも新らしい今後の教育そのものの在り方、つまり過去の教育の陷つておつた弊害からの反省として、当然今までの学生というものは、ともすると中間地帶におつて、そうして外界から隔絶され、社会性を持たない、視野がない、そうして何か観念的なものに縛られて、そこに何か学の権威とか、独立性というものが強調されておつたのであります。そうしてその結果はどうであるかというと、社会的視野がない、問題に対する批判がない、更に最も欠けておるのは行動力であつたということであります。このことが少くとも今度の戰爭の最大原因である。そうしてこの責任は、やはり過去の文教政策が負わなければならないと私は痛感しておる。こういう観点に立つて、再びこの愚を繰返すならば、日本に再建も民主化もあり得ない、私はそういうような方式から考えますときに、学生は今日のような一つの問題に社会的関心を深め、更に実践行動的な色彩を取るこの傾向は、むしろこれは、この立上りに対しては、これを單に枠を掛けてこれを過去の形で以て批判する、そうして過去の既成的なものに見て行くということでは、学生の本当の動きというものは理解されないと思うのでありまして、むしろ実践的、行動的、批判的であるところの学生の立場に対しましては、十分の文部省がこの中に入つてこれを指導する。これをよく正しい方向に伸ばす、ますますそのような方向に対してこれを助成する、その中に入つて正しく指導するという態度こそが望ましいと私は考えるのでありまして、何か最初からあのような運動というものは不穩である、何か常軌を踏み外ずしたようなものだという見解からは、絶対に新らしい教育の理念というものは求めることができないというような点を私は考えるのでありまして、こういう点から相当これは文部省との間に、我々今日本の直面しておるところの教育改革というものを考えておる者との、観念的な相違があるのではないかということを指摘せざるを得ないのであります。
 更に今の説明を伺いまして、私は最後に結論的に、現実に問題はすでに起つておる、足元に現に今起つておる、この問題をどのような手を打つか、これを解決する具体的な実践方法は何であるか、この点について伺いたいのであります。いろいろ説明の妙を得られたようでありますけれども、併しそれは我々の要求しておる説明には何らのものを加えるものではない、明日から今何を打つか、どうしてこれを解決する努力をするか、少くとも今全努力を出してこの問題を解決するために、どのような方策を文部省は持つておられるか、このような解決方法を私は聽きたいのでありまして、いろいろそれに対する御説明も、それが單なる御説明であつてはならないとこう思いますので、以上三点について私の意見を述べ、又これに対する文部省の見解を伺いたいと思います。
#8
○國務大臣(森戸辰男君) 簡單にお答えいたします。
 第一に、文部省は何ら欠点がないかということになりますと、これは人間のやつておることでありますから、いろいろ足らないところもあると思います。足らないところは反省をして十分補つて行きたいと思います。
 第二の点でありますが、古い教育につきましては、いろいろな欠陷がありまして、いろいろな点、改めるベきであることは申すまでもないのでありますが、終戰後の日本の教育におきましては、多くの点でかようなものは著しく改善されておると私は考えておるのであります。例えば教育制度の問題にしろ、学問の自由にしろ、学生の行動の自由にしろ、私は戰前と今日の事情とをお比べになつたならば、隔世の感があるのではないかと存じておるのであります。併し他面学生が実践的であり、批判的であり、行動的であるということは、学生としての身分というもの、学生としての本質というものと背馳いたしてはならんと思います。そこに学生運動の限界があると私は思うのであります。私は学生は実践的であり、行動的であるから、例えば教育復興の目標を掲げて、二十二項目の教育委員会絶対反対というような項目を含めたそれを掲げても、これは急に開けるものでもない、これを開かなければ直ぐに盟休でもやる、こういうようなことが一体岩間君は実践的行動であつて、これをその通りに改めることが新らしい教育理念とお考えになつておるかどうか、私はそうは考えておりません。むしろ学生としては、こういう問題は学生として守るべき分に應じて、國会であれ或いは文部省であれ、適当に申述べられて、而もこれは直ぐに実現できない問題でありますから、我々はそれに向つての努力をし、條件を克服しながら逐次なして行くものでなければならんと存じておるのであります。
 それから第三点は、具体的の問題をどう解決するかということでありまして、差当りの問題は一齊ストの問題でございますが、文部省といたしましては、スト参加の学校に宛てて平常通りの授業をするような態勢を取り戻して行くということ、できるだけ学生の間にかような逸脱した穏当を欠いた行動が取止められるように、努力するように要請をいたして置きました。そうして実情を更に調査して報告を待つ、ただこの問題は教育の問題ですから、飽くまで教育の問題としてそれを処理するようにということを私共は考えておるのでございます。
 尚授業料の問題につきましては、私共三倍値上は望ましいことではないけれども、これは不当なものではなく、止むを得ないものであるという考えを持つておりまするけれども、併し同時に困つている学生については、先程申しましたように十分の考慮を拂わなければならん。それには日本育英会の費用も今回の予算では増額して置きましたが、できればもつと増額をいたしたいと思つております。尚学生の授業料につきましては、一時に拂うことが困難である者には分納の方法を認め、そうして又更に延期の方法を認めんとする実情に即した措置を採つて行きたいと思つております。尚学校援護、アルバイトのことにつきましても、できるだけのことをやつて行きたいと思つておるのであります。
 尚根本の問題の教育復興については、皆さんの御協力を得て最善の努力を盡したいことは、文部省の存立意義でございまするし、我々はこれを決して軽視しておるわけではないのであります。
#9
○河野正夫君 簡單にお伺いいたしたいのですが、その前にちよつと申上げたいのは、授業料の問題がいろいろな、先程岩間議員からの発言乃至は大臣の御答弁の中にもありましたように、いろいろな原因から起つておるでありましようけれども、最も善意に解釈いたしまして、やはり学生諸君の生活が困難であることと、而してやはりこの文教予算に関する当局の態度と言いますか、力が文教関係者、特に学生に取つて信頼し得ないような、頼りないような氣持を起しておるということも一つの原因ではなかつたかと思うのであります。今日も私は学校諸君に会いましたけれども、私学生諸君の運動については、私個人のいろいろな考えを申述べましたけれども、文部当局が必要な文教予算を十分に親切に、力強く獲得するという努力が足りないために、我々の授業料を、八千何百万円あるかも知らないけれども、その授業料を收入として加えるという、むしろこれは今日の時勢として止むを得ないという議論において、とにかく学生生活においては苦痛を聊かでも加えることはやつておりながら、一方においては文教予算の十分なる獲得をしていないという点に君達の不満があるのではないかと、こう聽いたのでありまするが、大体において純眞な学生諸君には、そういう不満が相当に強かつたように私は印象を受けました。この点について尚先程の大臣の御答弁にも拘わらず、その点の努力が足りなかつたことについては御反省を願いたいと思う者であります。
 さて、先程からいろいろのお話がありましたが、事は教育問題であるという大臣のお話であります。正しくそうでありまするが、特にそれは政治教育の問題であると私は考えます。今日の学生は明らかに実践的な公民といつて悪ければ、市民的な生活能力というものを、その学生時代に十分に養う必要があるのであります。その意味の政治的教育ということは、下は小学校から上は大学に至るまで、教育当局の十分に考えなければならないところであります。けれども学生諸君の行動が、政治的活動に亘るかどうかということになると、これはデリケートな問題が起つて來ると思うのであります。單純な経済的な授業料という問題でも、事が國家の財源の問題、或いはその財源を以て何に使うかというような問題にまで、廣い視野を持たなければ論ぜられない今日は複雜な世相であります。それ故に学生が單純な教育問題を掴まえたとしても、それが廣汎な政治問題の一環をなすということは当然であります。だからその点において、学生の活動が政治的活動と、ともすればなり易いのは止むを得ないところではなかろうかと思うのでありまするが、私のお尋ねいたしたいのは、教育基本法にもありまするように、学校は或る政党を支持したり、反対したりする行動、政治的活動というようなものを学校はしてはならないというようなことが規定とてあると思うのであります。然るに今回の事件に関連して私は質問するのでありまするが、学校内において、例えば何々青年同盟というようなのが、單純な学生の研究團体、同好團体ではなくして、政治結社が存在することがあります。もとより学生が政治結社を作つて悪いことはありませんけれども、それが学校内において行われておるという現状は、これは如何なものでございましようか。世上最近今回の学生運動を、岩間君も言いましたように、或る種の政党的なる考え方に基いておるのではないかというような噂があるのも、実は学校内において、そういう一種のフラクシヨン的活動が、而も公然と行われておる。それを許しておるという文部当局の側に、やはり責任があるのではなかろうかと思うのであります。今回の出來事がそうだというのではありませんけれども、そういう意味で純眞なる学生諸君の運動も、更にそういう誤解を生むことにもなるのだろうと思うのであります。学生の政治團体を組織することは、校外においてはこれは差支えないものと思いまするけれども、校内においてその團体が学校、学級全体を全部含むかのような活動をするということは、これは十分に愼んで貰わなければならない。この点について大臣は如何なお考えをなさつておるか、お伺いいたしたいと思うのであります。
#10
○國務大臣(森戸辰男君) 第一の御質問で、学生の一つの要望が文教予算が少いので、そのことがいろいろ影響があるので、それに対して不満足であるということでありまして、これで一体文部大臣は甚だ、これだけしか取れなくて無能じやないかというようなお叱りを被むつたのでありますが、この点或る面から見れば誠にその通りでありまするし、他面から見れば、なかなかこれだけよくやれたとも考える点があるのであります。これは実際私としても遺憾でありまして、文教予算はもつと取らなければならんと思つておりまして、最善の努力はいたしておるのでありまして、私は当委員会等の力強い御支持を頂いて、最善を盡したいと思つておるのでありますけれども、今日の日本の財政上又資材の関係から、殊に私共の期待しておるところに行かないことは遺憾でありますが、この教育復興の文教予算八百億というような目標を掲げて、これを得なければストをやるということでは、これはもうしよつちゆう学校は殆んど閉鎖を続けて行かなければならんようなことになるのでありまして、私の不敏は誠に遺憾に堪えないのでございますが、今日の日本の実情ということと引き比べて頂けば、私は同情を求めるわけではないのでありますが、理解すべき良もあるのではないかと思うのであります。併し学生諸君が多くの文教予算を要求することは、これは國会と共に当然なことであり、私も又全幅の支持を惜しまないのであります。ただこの授業料の問題は、ただ財政の問題ではございません。公正の問題であります。公平の問題でありまして、特権的な地位にある学校としては、このくらいの負担はする方がむしろいいのではないか。困つておる者に対しては特殊の方途が構ぜられるであろう。これが文部省の取つておる見解であります。 尚第二の、今日の問題は政治と結び付いており、学校の一つの問題でも政治問題であり、これの解決の形体は政治活動の形体を取るということがあり得る。或いは場合によつては止むを得ないということは誠に御指摘の通りでございます。そこでそういう事態の下で、学校の中に特殊の政党的な團体ができておるところもあるが、こういうものを放つて置くことが、こういう禍源をなすのではないか。これを禁止した方がいいではないかというような御質問と存じます。文部省といたしましてはこれは禁止いたしておりません。学生といたしましては、学生が外において政治的な活動をなす自由を持つておりますように、学内においても政治的な活動をなし得ると考えております。併しこれには私はやはり学生としての一種の限界があるべきだと思つておるのであります。学生の政治的な意味を持つた團体を作るのもいいが、その團体を飽くまで学内の学生の團体であるという分が守られなければならないと存じております。これは私は青年学徒として学問もし、一定の理想も持ち、見識も持つておる者であるから、無暗に逸脱はしないものと私共は信頼いたしたいと思つております。尚大学には自治が許されておりますので、学校の行政を掌つております総長学長も又適切な判断を以て、学校がいわゆる政治混乱の場所でなく、学問、眞理追究の学園であるように努力されることを私は期待しておるのでありまして、こういう意味で特に学校における学生の政治團体を禁止するということはいたしておらないのであります。
#11
○柏木庫治君 大臣にお尋ねいたしますが、只今の大臣の最後の御答弁は教育基本法に、私の解釈によると反しておりはせんかと思うのであります。「良識ある公民たるに必要な政治的教養は、教育上これは尊重しなければならない。法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない。」これが基本法にございますが、團体を認め、團体は動くに決まつておるのでありまするから、これは例えて申しますと、内閣はいつでも政党でありますが、この内閣の政策に反対の行動を取るならば、これはやはりその教育基本法の第八條に私は反するものであると思うのであります。それが河野君の言われる今日のようになつたのだ、こう私には解せられるのでありますが、文相の所見をもう一度伺いたい。これとどこが合致しておつて反せないかということを承わりたいと思うのであります。それから私は組合法とか、組合員の活動に至つては実際非常に素人なんであります。昨日も河野君にいろいろのことをお尋ねいたしまして、大分知識は得たのでありますが、まだ納得を実はせないのでありますが、私は学校の先生に向つては最も尊敬をいたしておる一人であります。先日岩間君も、あなたのようなのは千人に一人だろうと言う、松井委員も、そんな者は柏木さん滅多にないぞと言われた。が、私は肚の底から学校の先生に向つては尊敬と親しみを持つております。そうして私の三人の教育を受けた子供には、生涯先生の恩義を忘れず尊敬をしろと常に説いておる一人であります。その私が河野君に質問をいたしましたものは、教員組合の中の人が組合員として動いている状態であります。私は組合の方が生活権擁護のための組合だということを、この間誰からか聞いて、それならば、生活権擁護を逸脱して、全然政治運動をやつておるというふうに、私には受取れるのでありますが、さつきの六・三制、それからその他の問題におきまして、学生の言うておることと、組合員の言うておることが符合しておると思うのでありますが、私は尊敬する岩間君が、大部大臣に迫力を以て追つて参りましたが、この学生の盟休その他を收め得るものは、非常に失礼な申分でありますが、文部大臣よりも、むしろ教員組合の方が力があるんじやないか、教員組合の方々がこういう問題で盟休することが、学生の本分として逸脱しておるということを、本当に心の底から後悔しておるならば、先生の言うことを一番よく聞く生徒としては、一番力を持つておると思うのであります。その又反対に、この先生達の中に何人か誤まつた者がありまして、唆るようなことをいたすならば、これ又一番力を持つておると私には思われるのであります。私はさつきの文相の話の中で、女学校の女の生徒が盟休に入つているということを聽きましたときに、確かに唆られた姿であると私は想像いたしたのでありますが、こうした点において、文相の処理を取られる上において、さつき言うた困つた者の生活云々、甚だ結構でありますが、それは日本の経済が頗る豊かであつた時代にも、靜岡高等学校の中に苦学生がありまして、私はそれを援助した実例も持つておるのであります。併し今日は経済上そういう方が多いので、特別の考慮を拂われるのは非常に結構であると思いますが、私の質問と申しますか、意見と申しますのは、法律論ではなくて、実際論といたしまして、これを收める一番私は力を持つておるものは教職員組合であろうと、私には思われます。だから文相は腹を割つて、膝を交えて、組合とむしろお話になつて、生従と直接常に親しんでおりまする方々をして、一般の解決に向つて努力を、力添えを希うことが一番効果的ではないか。こう思われますので、お尋ねやら意見やらを述べて置きます。
#12
○國務大臣(森戸辰男君) 柏木委員からのお話、第一点は学校における政治活動と、学校の政治活動とであります。この二つのものを分けて考えるべきではないかと思います。教育基本法で規定されておりまするのは、学校が政治的な活動をしてはいかんというのであります。学校に属しておる例えば教師、或いは生徒が一定の條件の下で政治活動をするということは禁止されてはおらんのであります。問題がただ学内ということでございますが、これにつきましても、学校とは別に学内の学校ではない。学校の中での團体として政治的な行動を取るべきかどうかという問題であります。この点では私は政治的な團体も作られて差支えない。こういうふうに思つております。これは基本法に反するものではない。併しその團体は政治的なものでありましても、学生としての身分というものの限界がありますので、最も適切な形で言えば、政党に副うことの学問研究というようなことは差支ないであろうと思いますが、併しその他に及ぶということもあるけれども、併しそれは飽くまで学生としての埓を越えてはならないと思うのであります。それを越えたと学校の管理者が判断するときは、これに対して適当な処置を取ることは、その解釈によつて任されておる。ですから学生が政治團体を持ち、それが絶対自由で、これに干渉することが憲法の違反であると私共は考えてはおらん。学生は、学生としての学園内における運動には、そのことによつて一定の制約があると私は考えておるわけであります。そうしてそれは学生、殊に高等の学生として、又高等の学校を管理しておる人々として、一定の識見があることを信頼いたしておるのであります。
 第二点でございますが、お説の通りでありまして、最近ややともいたしますれば、先生と学生との関係、生徒との関係が学問の切賣的なものになり勝ちであります。從つて教育の一つの重要なポイントであるところの人的感化と言いますか、人的交渉というものが稀薄になつておることは極めて遺憾であります。学生犯罪の問題、いろいろな問題につきまして、私共特にそう思いますことは、学校が本当の意味の教育のために協同團体とならなければならん。それがためには又学校の経営者、又学校の先生も眞実に人間を育てる者として学問を切賣するものでないという意識を持つて頂きたいと思う。この点当然なことでありますけれども、最近の生活窮乏が、ややともすれば教育者の間にも、そういう意識を軽くし、後ろに追いやるような事態が出ておりますことは、私としては遺憾な状態であります。これは私一日も早く元に戻して頂くことが教育再建の途と思つております。これは教師だけでなく、私は学徒についてもそのことが言えると思うのであります。ただ生活窮乏の問題、又いわゆる政治的要求の問題でなく、学生として眞実の教育を復興するにはどうしていいかということの反省と努力とを、ただ外の運動だけに行くことでなく、教育の振興ということは学園関係者、教師も生徒も正しく自分を見守つて行くことが、私は学生自治運動の本旨、中核でなければならんと思うのであります。この自治運動が、ただ政府に対する要求のような形のみに現われたことは、私はこれは極めて遺憾なことであると存じておるのであります。自治運動は自治運動としてのもつと正しい形に還えるべきであると思つておる次第であります。
#13
○委員長(田中耕太郎君) 実は文部大臣は、初めに申上げましたように急いでおりますので、すでに御質問なすつた方で、何か新らしく質問なさりたい方も多々あると思いますが、速記も都合もありますし、今日の議題は教科書の発行に関して証人のお話を伺うことになつておりますので、ほんの一、二分程度ならば……。
   〔「一、二分」と呼ぶ者あり〕
#14
○委員長(田中耕太郎君) 併し多数の方が御質問なさるようでは到底二、三分、四、五分では済みませんから、同じような機会を、御要望によつてもう一遍作つたらいいと思います。
#15
○梅津錦一君 これは急な問題ですから、今日中にでも……。
#16
○委員長(田中耕太郎君) それでは梅津君だけにつきまして一、二分……。
#17
○梅津錦一君 私はこの学生の定期券、授業料の問題ですが、定期券の問題は大体了承いたしましたが、授業料の問題は、文部大臣が言われるように、そう金額において大きな問題でないとこう思うのです。併し授業料の問題に絡んで、こうした問題が急速に時の話題として、而も各方面に輿論を捲き起すということは、單に授業料の問題が当面の問題でなく、これに絡まる種々な問題が内包しておるということを私は言いたいのです。時間がありませんから一例を申上げますれば、学生の現在一番困つておる問題は宿舍と食糧の問題です。これは誰でもで、学生のみではない、私はそう思います。この問題は日本國民すべての問題であるから取上げる必要はないと思いますが、ここに問題になるのは学生の教料書の問題です。教料書と言うか、或いは参考書、教料書並びに参考書の問題である。これが非常に値段が高い、これでは参考書を求めることも、ノートを求めることもできない、或いはそれに要するところの学用品を求めることもできない。この問題はどこの学生でも同じことだと思いますが、特に專門学校、大学について、私が問題にしたいのは研究資材の問題であります。研究するところの食材の問題、或いは資材の問題、化学生が藥品の実驗をするとか、或いは物理科におけるところのあらゆるいろいろな資材を集めて、これを研究して行くというときに、これを誰がやつておるか、どこから買うか、学校は補給して呉れない、皆個人個人の負担においてやつておる、特に化学藥品が非常に闇値である、この闇の値段を知りつつ学生は自弁しておる。この眞理を追究して行くところのすべての資材或いは資料が、皆学生個人個人の手によつて購われる、或いは見付ける、こういう苦境に立つておるところに授業料の値上が來たということは、授業料そのものの問題でない、この苦しい中に授業料が上つて行くこと、言換えれば、学問に対する同情がないというこの問題が、こうした大きな思想上の問題にまで発展するところの定期券の問題或いは授業料の問題になつたのではないか、こういう意味から考えて、少くも学生が使うところの藥品或いは他の資材を、マル公で國家がこれに対して補助を與える、切符を與えるという程度にまで手を差伸べたら、恐らく了解も付くだろう。或いは、学校で、こうしたものを個人々々の負担によらないで、学校もそれを用意する。こういう問題になれば、授業料の問題は簡單に片付くと思う。こうしたことは、これは一例ですが、今の学園内に種々あると私は思うのです。文部省において、そうした調査がございますならば、お聽かせを願いたい。これに対する文部当局としての見解、或いし学校当局の見解を聽ければ非常に都合がよいのです。学校当局者はおりませんので、文部当局において、こうした学料の資料並びに資材がどういうふうに今学生間に配給されておるか。この資材がどこにあるかということをお尋ねしたいと思はこう思うのです。
#18
○國務大臣(森戸辰男君) 詳しいことは、後刻関係当局からお答えいたしますが、大体におきまして、私共は、学生には参考書並びに研究所の資材が十分に渡ることを望んでおるのでございますけれども、御承知のような日本の今日の経済状況でありまして、十分を期し得ない点もあると思うのであります。学校並びに研究所には、科学研究の補助として不十分でありますけれども、御協賛を願えれば、この費用が参りまするし、或る点ではその要求が満たされると存じますけれども、併しなかなか今日の実情では、学生等の希望しているだけの資材は得られないということは、これは亦恐らく止むを得ないことではないかと思うのです。このような事情の下に、最善を盡して行くのが当然であると存じまするが、詳しいことは私は存じませんので、後の機会に事務当局からお答え申上げます。
#19
○岩間正男君 この問題の発言者として、一分でいいから……。
#20
○委員長(田中耕太郎君) それではこの問題に対して……。
#21
○堀越儀郎君 議事進行について発言したいんですが、私も意見は述べたいと思いますが、質問もありますし、又殊に教育上の文部大臣の回答については、異論がありますけれども、折角今日証人も見えておられるし、又時間もないようですから、この辺で質問を打切つて、又改めて機会を作つて頂くことにして、証人を喚問された審議を進めて頂けばいいと思います。
#22
○委員長(田中耕太郎君) 只今議事進行について、堀越君の動議に対しまして如何ですか。
#23
○岩間正男君 ちよつと結論的なものがあるんですが、二分ばかり……。
#24
○委員長(田中耕太郎君) 今日の到底二分や三分では、これは足りませんから……。
#25
○岩間正男君 さつきのことを出した責任者としてやらせて頂きたいのですが、どうでしようか。
#26
○委員長(田中耕太郎君) 皆さん、岩間君と同じように発言されたいので……。
#27
○岩間正男君 ちよつと二、三分頂きたいと思いますが、皆さん、如何ですか。(「大事な点にまだ触れていない」、「簡單々々」と呼ぶ者あり)じや頂きまして簡單に、大事な問題ですから。
#28
○委員長(田中耕太郎君) 又発言されますと、どなたも亦発言したくなるので……。
#29
○岩間正男君 自分が言い出した問題について、責任がありますから……。
#30
○委員長(田中耕太郎君) これは一回だけの、今日だけの問題でないから、(「堀越君の動議を採決したらどうですか」と呼ぶ者あり)堀越君の動議は如何ですか。
  (「賛成々々」と呼ぶ者あり)
#31
○委員長(田中耕太郎君) それでは御賛成が多いと認めます。
 それでは次に、教科書の発行に関する臨時措置法案を議題といたします。今日の証人といたしまして、小坂銅佐久馬君、和田貞一君、平井四郎君、喜多茂市君、黒岩武道君、以上の五名の方に御足労を願いました。証人の方に申上げますが、今日御出頭をお願いいたしましたのは、この教科書の発行に関する臨時措置法案に関しまして、それぞれ御專門の、又特殊の知識、経験をお持ちになつておいでになる立場から、実情なり、或いは本法案につきまして、すでに内容を御承知でおありになると存じますので、いろいろ御意見なり、御知識なりを承わつて、我々本法案を審議いたしますのにつきまして、いろいろ参考といたしまして、審議の万全を期したいと存ずる次第でございます。先ず御証言を願います前に、宣誓をして頂きたいと存じます。宣誓書を各自御朗読を願いまして、署名捺印をお願いいたしたいと思います。順次に、小坂佐久馬君から。
   〔総員起立、証人は次のように宣誓を行なつた〕
    宣誓書
 良心に從つて、眞実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。
        証人 小坂佐久馬
    宣誓書
 良心に從つて、眞実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。
        証人 和田 貞一
    宣誓書
 良心に從つて、眞実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。
        証人 平井 四郎
    宣誓書
 良心に從つて、眞実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。
        証人 喜多 茂市
    宣誓書
 良心に從つて、眞実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。
        証人 黒岩 武道
#32
○委員長(田中耕太郎君) 尚これから証言をお願いいたしますのでありますが、法律にもございますように、僞りなく証言なさいませんと、僞証という制裁がございますので、予め御注意いたします。では小坂君から御証言をお願いいたします。大体時間は十分程度で……。
#33
○証人(小坂佐久馬君) 申上げます。画期的な檢定教科書の制度が開かれまして、これを健全に発達させ、教育の民主化の実を挙げることを基本目標に置くべきことは言うまでもありませんが、この目標を達成するための臨時措置としまして、通覧いたしますと、率直のところ、この立案の精神において、檢定教科書の道が開かれた。これを善意を以て育成して行くという精神が稀薄ではないかと。先程申上げました檢定制度の採用ということは、至上命題でありまして、これの積極的な有効な具体化に好意を以て当ると、第一條を見ますというと、消極面の統制に重点が置かれておつて、何か明るい助成的な精神が見られない。できるだけこの仕事を達成するために便宜を図つて、容易にしてやろうという当局の意図が薄いのではないかと感じられます。この点は過渡的な当面する混乱を予想いたしまして、それを回避するという点に第一位の意図があつて、それに性急であるために、業者は初めから氣を許せないというような観念から取締りの面、いわゆる制約の面が非常に強く出ておるというふうに感じられるのであります。できるならば、臨時措置法案の中に業者の自主性をもつて認めて頂きたい。悪く行くと、文化事業の悪統制の再現を見るの危險があるのではないか、もつと業者を信用して頂いて、用紙の配給の点でも、金融……この教響書全般に亘る仕事を業者みずからの力、或いは共同の力で共済して運営せしめるというふうな方式が、考え方がよいのではないかと存じます。取分け本年度は、事早急の間に運ばなければならないというようなことから、業者の苦心、苦労は並々ならんものがあるのでありますが、これらに温かい助成の親心を見せて頂きたい。檢定の締め切の日、或いは目録作成の日、或いは八月末に予定されておりますところの見本の展示会、これらの関開を一つ一つ業者が果して行くには時間的に、技術的に非常に苦心を新するのでありまして、ひよつとすると、そういう制約が強いために、檢定制度の第一年に当つて、この檢定制度の将來に業者の意慾を萎縮させてしまうような結果になりはしないかということを虞れております。八月二十五日に予定されております展示会までに、見本、或いは目録を提出することになつておりますが、このために約一月ぐらい前の七月二十日前後に、目録を作成するという限定がありますが、それから繰上げて換算しますというと、何としても六月一杯ぐらいには原稿を提出して、それと同時に印刷工程の方を急がなければならないというような、時間的な制約が非常に強いために、編輯の万全を期して、念入れに良いものを作るという期間が非常に狭められております。できるならば目録の作成、見本本展示会という期日をもう少しずつ緩和させて、檢定最初のこの年に少しでも良いものが沢山出るようにお図り頂きたいというのが率直な希望でございます。二月十日に檢定制実施の告示が出まして、更にその後四月二十一日の文部省発表によるところの檢定の一般的基準が示され、六月十四日に受理種目の発表があつたというような、極めて時間的に制約を受けております関係から、業者は今並々ならん苦心を嘗めておるわけでありますが、これが徒労に終らないで、教育民主化のために、少しでも役立つ本を余計子供の手に早く送り込みたい。そのためには、先程言いましたように、期限的に何とかもつと緩和して頂く考慮をお願いしたいものであります。
 それからこの法案を見ますというと、第九條に、発行者の事業能力、信用状況が不適当と認めた場合には、文部大臣の考えで発行の指示を差止めるという意井のことが謳われておりますが、この判定が非常に大事であり、発行の事前措置として当然なされなければならない問題でありますが、誰がどういう基準で、どういう方法で判定するかという点を誤まるというと、不当な官僚統制に堕す危險があるのではないか。できるだけこれも業者の自主的な、協同的な民主的な方策によつて行われて然るべきではないかと考えます。
 それから教科書の定價の問題が第十一條で謳われておりますが、教科書である限り、できるだけ安くて、良いものであることが望ましいのでありますが、定價を安くすることに性急である余りに、粗悪なもの、低俗なものに堕さないようにするために、檢定教科書の檢定をパスした優良についての助成方法を何らか聞くことによつて、直接兒童の負担を軽くするという点に御考慮をお願いしたいものだと思います。それから下手をすると、この定價の問題から、折角出ようとしておる檢定本の途が、國定本と競爭というようなことから塞がれる危險があるので、これについては十分な考慮が拂われなければならないと考えております。安いのは結構でありますが、そのために、製品が整わないとか、供給が遅れるとか、何とかのために粗悪な参考書や、学習書が街に氾濫するような状態を防ぎたいものだと思います。
 それからこの法案には、指示を受けた業者が……時間がありますので、最後に一言言わして頂きますと、残された重要問題として、製品の賣捌き、代金回收等について有効な過渡的措置がこれには窺われないのでありますが、或いは省令、その他で出るかも知れませんが、完全な配給を行うために、今言いました二点を御考慮頂きたいと思います。
#34
○委員長(田中耕太郎君) 次には和田貞一君に願います。
#35
○証人(和田貞一君) 今回のこの法案そのものにつきましては、私共は教科書の発行についての專門家でございませんので、それについての意見を申述べますことは差控えますが、教科書用紙の供給の面について、私共製紙業者の一人といたしまして、是非國家としてこういうような措置を講じて頂きたい。又考えて頂かなければ、教科書の配行に將来思わざるところの支障を生ずることが起きるであろうということを簡單に御参考に供したいと思います。
 その前に紙の生産状況なり、設備の状況なりが、今どうなつておるかということにつきまして、お手許に紙を差上げて置きましたが、この第一表、順を逐うて極く簡單に御説明申上げますと、紙の生産高というものが、御承知の樺太を失ないまして、非常に只今減つております。昭和十五年の最盛期に比ベましては、教科書の対象である用紙について申しますならば、二〇%に減つておるのであります。國民一人当りの消費量から申しましても、戰前は一年間に四十ポンド消費しておりましたのが、只今では僅かに八ポンドという、戰前の五分の一程度に下つておるわけであります。参考にアメリカの消費量を申しますならば、昨年度アメリカでは一年に一人当り三百ポンドの紙を使用しております。かように紙の生産高が減つておりますですが、第二表で御承知願いたいと思いますが、これは決して紙の設備能力が現在だけで止まつているだけではなくて、戰前に比べまして紙の設備能力は正に半分に減つております。併し現在はその半分がフルに動いているのではないのでありまして、まだ相当の余力を残しております。何故それでは紙の設備が全部発揮できないかと申しますと、この第三表に挙げました紙パルプに向けての配炭量が一つの例でありますが、紙及びパルプは、御承知のように最も重要な資材としてパルプを作ります木材であり、それからそれをパルプにいたしますために、或いはパルプから紙にいたしますための石炭であり、それから作業上の電力、この木材と石炭と電力というものの資材に負うところが非常に多いのでありますが、この第三表で御覧の通り、戰前の十五年度には百二十四万トン程度の石炭を使用しておりましたものが、二十年、二十一年では三十万トン足らず、又二十二年では相当の回復はしておりますが、四十四万トンというような非常な低下を示しており、且つ只今のカロリーは非常に低下しておりますので、実質的には、そのパーセンテージの示す以上に配炭量が減つておるということを申し得るのであります。そういうような結果、第四表で御覧になりますように、二十二年度の紙の生産能力というものは一ヶ年間に十九億ポンド、用紙だけについて言えば十億ポンドの生産能力があるのでありますが、二十二年度の生産実績は用紙においては僅か四〇%であります。これは今申上げました配炭量が示くごとく、重要な資材の割当量及びその実際の配給が悪いせいでありますが、もう一つはパルプの状況を第五表で御覧願いたいと思いますが、パルプの状況も亦昭和十五年度に比べますならば、二十二年度は全部のパルプを入れて二五%に減少しております。これは申すまでもなく樺太の喪失が非常に大きな原因であります。その一番下に書いてございます「紙パルプ。ニ於ケル化学パルプト碎木パルプノ割合」という、これはちよつと專門的になりますが、化学パルプと碎木パルプと、その組合せでいろいろな上質の紙、下級の紙ができるのでありますが、戰前は紙パルプの方が五六%、グランドパルプと申します碎木パルプは四四%で、上質の化学パルプの方が非常に余計できていたのでありますが、現在の設備及び木材の状況によりましては、二十二年度においてはその割合が逆になつております。化学パルプは三十五で、碎木パルプが六十五というような結果、遺憾ながら現在の紙は、新聞紙程度のザラ紙といつたような下級品を以て賄わざるを得ないような次第であります。これを上質紙にいたしますためには化学パルプを余計作る。從つて木材を余計消費するという建前から、どうしても上質の紙を作るますることは、全体の生産量が激減するのであります。只今といたしましては、仮に悪い紙でもできるだけ余計に紙を作るという方針で、この新聞紙類似のザラ紙を余計生産しておるような次第でありますから、教科書においても紙質の向上ということは望みたいところでありますが、数量の確保と矛盾を來すような結果になりますので、その点は文部省当局としても十分にお考え置き願いたいと思うのであります。
 それから第六表は、教科書用紙の配給の計画と、その配給の実績というものと、新聞巻取を除く用紙について、その比率を見ますと、ここで見られます通り、絶対量におきましては、戰前に比ベて教科書用紙は減つておりますが、用紙全体の中で占めるパーセンテージは、その表で御覧の通り比率は上つております。言換えれば教科書を確保するために、外の用途の紙は犠牲になつておると申すこともできるのであります。
 第七表は、これは極く御参考でありますが、十五年度の配給計画が、新聞を含めて各用途別にどういうふうに配給計画が立てられていたか、それに対して二十二年度はどうなつたかというその比較でございますが、ここでも御覧の通り新聞及び教科書は非常に優先的に配当割当ができておるということが申されるのであつて、その反面出版であるとか、一般印刷であるとかいうものに対しては相当の重圧が加えられておるわけでございます。そういうようなわけで紙の生産高は減つてはおりますが、このところに相当の資材なり、パルプなり、石炭なりの供給ができれば、まだ我々製紙業者としては製造高を高めることができるのであります。ただ現在の紙の生産をそのままにして、そうして教科書用紙を余計獲得するということは、今でさえ圧迫されております出版でありますとか、印刷であるとか、或いは学童関係のノートであるとか、その他のものに非常に重圧を加える次第でありますから、教科書の重要性を認め、その用紙を確保するためには、どうしても紙全体の枠を拡げて頂かなければならない、こういうふうに我々は考えております。でありますから、教科書の数量がはつきり決まりましたならば、教科書用紙一年間に半ポンドという計画を早くお立て下すつて、これを國家のはつきりした計画の中に織込んで頂く。そうして教科書のための資材、石炭等々は價先的にこれを確保して頂く、そういうことにいたしますならば、我々製紙業者としては、くどく申しますように、設備能力がございますのですから、それを生産いたしまして、決して昨年度のように用紙不足のために教科書の発行が遅れるというようなことを來さなくても済むのであります。又輸送等の面におきましても、或いは資金等の面におきましても、教科書を生産することの重要性を政府当局でお認め下すつて、國家全体としてこれに対する支援を與えて頂く、優先的に取扱つて頂く。現在新聞用巻取紙については、終戰この方割当に対して一ポンドたりとも配給不足を生じたことがないのでありますが、これは一般の紙に先立つて、新聞用紙がその資材なり、石炭なりが優先的に確保されておるせいでありますから、少くともこの程度に教科書用紙についても、むしろ新聞以上にこの生産のための資材確保、或いは金融方面の措置等を國策的にこれを取上げて頂きたい、そういうことを特にお願いする次第であります。
#36
○委員長(田中耕太郎君) 次に平井さん。
#37
○証人(平井四郎君) 私は実はこの文部省の教科書用図書委員会の委員をしております。特にこの中の第三小委員会というものがありまして、それはこの図書のために学校教科の面を扱つておりますのですが、私はその主査をしております。それで本日お呼び出しのあつたのは、その主査という資格において呼び出されたのかとも思いますが、多少こういう問題が取扱つておりまするので、そういう経驗に基いて、時間もありませんから、簡單に要点だけを申上げたいと思います。
 この法案は、この委員会に上程されなかつたのでありまして、この刷り物を見まして私は初めて内容の概要を知つたわけなんですが、併し委員会において今まで論議された結果というものが非常に反映しておるということは認め得るのであります。端から順々に申上げますが、先程最初にお話しなさつた方が非常に明るい面がない、非常に抑え付けるという面が強く出過ぎておつて、自由に恢弘し、発展せしめるという面の規定が少いということをおつしやいましたが、これは私の思いますのに、編輯或いは檢定という面の規定が入つていないために、そういう感じを與えるのではないかと思います。そうしてこの臨時措置法なるものは、ここで檢定制度を開始する、そうしてこれを運行して行くためには、何か法律的基礎を持たなければ、文部省としてできないということから、急いでこれを作り且つ極めて暫定的なもので、恒久的なものはやがて作るというお考えではないかと思うのでありますが、併しこの編纂並びに檢定に関する制度については、法的基礎を與えなくてもいいものかどうかということが、私の一つの疑問であります。これはここにお読みになれば分る通り教科に関連する規定だけであります。その点が私の疑問として、一つこれを読んで起つたことであります。
 それから第三條に、これは小さい問題ですが、教科書にはその表紙に「教科書」の文字を、その末尾に著者の氏名云々、つまり表紙に「教科書」という文字を書けということなんですが、これは少し考える必要がありはいないかと思うのであります。例えば今日の教科書は、昔は皆教科書、教科書という固い名前を付けたものでありますが、今日は逆な傾向になつて、むしろ教科書という文字から逃れようとする、例えば「我々の村」とか「我々の町」とか、そんなようなタイトルを現実に付けておるし、今後もそういう傾向は盛んになると思うのであります。で「我が村教科書」じやどうも甚だ書名としてはまずい書名になる、これは小さいことですけれども、中には表紙なども綺麗に裝幀をして、例えば美的に作つておるものもあるでしようか、そういうところに持つて行つて「我が村教科書」じや、どうもちよつとそういうところは、やはり教育上も問題になると思いますけれども、美的教育という面から考えれば教育上の問題になると思います。で私の考えを申しますれば、その表紙に教科書の文字、或いは何か教科書たることを表象する一つの印しですね。シンボルを使う、何か図案のようなものでもいいと思います。何か氣の利いたものはできると思います。何かそういうものをそこに印刷をいたして、他の檢定を受けていない、或いはもぐりのものと一見区別するという目的なんでしようから、却つてそういうように私はしたらいいのじやないかと思います。それから第十一條の定價の問題があります。「教科書の定價は、文部大臣の認可を経なければならない。」、この問題につきましては、我々の委員会においてもすでに論議が盡されて、一應の決議があるのであります。それは教科書の配給事業というものは、根本に自由競爭主義を原則とするということが根本の原則となつておるのであります。そうしてこの定價というものも、自由ということで、やはりこの原則の適用を受けるのでありまして、その点から言えば、これは自由であつて、発行者で付けたい値段を適当に付ければいいのであります。そうすると、べらぼうに高い値段を付ける者があつて、不当な者が現われて來やしないかという御心配があると思いますが、私はそういう心配は絶対にない。そういうものは自分の身を滅ぼすものでありまして、自由競爭になりますれば、下へ下へと競うのでありまして、上へ上へと競う場がないのであります。而も今日の情勢においては六十数社の檢定出願者というものがあります。点数は或いは千点にも及ぶじやないかと思われる情勢にありまして、多くの出版者並びに多数の檢定教科書の中で競爭が起り、これは年々増加して來るものでありますから、相当競爭というものは激烈を極める。かかる競爭下において高い値段を付けて競爭をする馬鹿は決してありません。併しこれは定價を統制するという立場から見ますと、非常な困難が生ずる。そうしてできたものは極めて人工的なものに終つて、そうして実際にそぐわん定價ができる。これが事業の実態と一致しないために、そこに非常な困つた現象がいろいろ起つて來ると思います。大きく言いますと、檢定という門戸を開いたが、結局それは名ばかりであつて、その実が挙らんという結果を招きはせんかということを私は恐れるのであります。特にこの点につきましては、教科書の、例えば二十四年度の四月から採用される教科書というものは、現状におきましては、その前年の九月の末か、十月の初め頃に定價というものを決めなければならん。八ヶ月くらい先に定價を決めるのです。この八ヶ月間に今日の経済情勢におきましては、如何なる変化が來るか分らんのであります。物價において、労働條件において、八ヶ月の先の物價なり、労働事情なりを予想して適正な値段を付けるということは、恐らく今日の経済状態においては人間の業として不可能じやないか。それで委員会といたしましては、こういうことを決めたのですが、定價はつまり自由であるけれども、絶対の自由放任主義は、教科書の場合においては少しこれは考慮すべきであろう。それで如何なる本も檢定を経るのでありますから、檢定の際にその面の目の利く人が委員に加わつて、その定價というものが果して妥当であるや否やということを考えて、内容に比して比較的安い定價を付けたようなものは採点を高くするのです。この檢定のやり方は採点主義でありまして、内容を幾つかの項目に分けまして、各項目について調査委員が、この点については何点々々というふうに点数を付けるのです。その点数を合計しまして、何百点以上のものは合格、それから不合格なものがその中に何項目あるとか、それは総点数がよくても不合格となる細かい規定がある。その際に内内容と定價との釣合いが非常によかつた場合には、非常にいい点数をやるというようなこと、或いはそれに近いような程度において、この余り突飛なものであつた場合には、氣狂い染みた定價の場合には多少是正する。そうして認可するなら認可でもいいのですが、認可というものの内容は、極めて自由主義的な立場に立つて、最も少い限度の統制を與えるという意味の認可であつて欲しい、それが必要である。こういうふうに考えます。
 それから第十三條に、保証金ということがありますが、この保証金三%ということは、これはあつてもなくてもいいような問題でありまして、これは從來の慣習がここへちよつと首を出したという程度のものでありましよう。殆んど意味はないと思います。実際これは発行業者が、悪い面を考えまして、発行業者が檢定を出願する。そうしてそれが採用になつて紙の配給を受けて、本も作らんで流してしまう。少し流せば非常な利益ができるのであります。そういう危險も予想されるので、そこで保証金と、そう來たのでありましようが、三%ぐらいの保証金は実際問題になりません。むしろ三%ぐらいならば、こんなものは書かん方がいいのじやないか。保証にならんと思います。
 それから先程最初の方に大分御質問がありました。これは或いは文部当局からお答えすべき筋合のものと思いますけれども、あの種類の疑問に対しては、委員会の方では一切これは檢討済みでございまして、いずれそういう心配はできるだけ防ぎ得るような措置を講ずる筈でございます。今日よりそれらの問題について会議が始まつたのでありますが、私こちらへ参りましたので、明日から本式にその方をやります。大凡案はできております。以上。
#38
○委員長(田中耕太郎君) 次に喜多茂市君。
#39
○証人(喜多茂市君) 時間もないようでございますから、極く簡單に前証人の方々がおつしやれたことに重複せんように、すべてを省かせて頂きます。ただ私といたしまして、これを拜見いたしまして、この臨時措置法案は、この経済界における一、二年の臨時の措置としては、この法案は全面的に必要じやないか。こういうふうに考える次第であります。ただ良い教科書を迅速確実に配給するという点においては、今までの定價が非常に文教省の方で酷に抑え付けられている憾みがあるわけでございます。これは業者側から言えば尤もな話で、たとえ一銭でも安くするということは、これは当然なことだと思いますが、併しその程度がございますので、今後檢定制度の門戸開放に際しては、その定價を從來のような方法で抑えておつては、良い教科書はできない。又完全迅速に配給もできないということを痛感する次第でございます。現在他の物價指数から申上げましても、先程この委員会で、授業料を三倍に上げるということに対して非常に又問題が起つておるようでございますが、現在教科書がどの程度におるかということを考えて見ますと、從來大体終戰前、十七、八年頃は、大体教科書は五十銭という平均であつたわけでございます。それが現在はまだ五円幾らというような状態でございます。これは昨年一ヶ年間手前共でやつたのを総合計いたしまして、五千何百万册を、その定價で割つて見ますと、五円三十六銭何厘という数字が出て來るわけでございます。これは昭和十七、八年を五十銭と見まして、僅か十倍にしかなつていない。今この状態において、十倍そこそこであるものが何であるかということを考えます上において、如何にも國定教科書はいいものはできない。いつまで経つても無味乾燥なものだということを、よく私共は数字の上で上るわけでございますが、この今度の場合にも十一條において、定價は文部省において認可を経なければならない。この認可の程度、これは皆さんにおいてよく御審議を煩わして、從來のようなあの安定價でいつまでも抑えておれば、いつまで経つてもいいものができない。こういうことを私は痛感する次第でございます。どうか他にもいろいろございますが、先ず私は定價を今少しよくすれば、必ずいい教科書ができる。御満足の行くようなものができる。今の十倍かそこらで抑え付けておつては、いつまで経つてもいいものができない。こういうことを繰返す次第でございますが、その点よろしく御審議願えれば結構だと思います。以上簡單でございますが、私の証言を終ります。
#40
○委員長(田中耕太郎君) 次に黒岩さん。
#41
○証人(黒岩武道君) 私は教科用図書委員会の委員長でございますが、以下図書委員会の委員長として御証言を申上げたいと思います。
 先ず第一に、本臨時措置法案の本委員会に提出されました経過と言うか、その方式につきまして、委員会として疑義を持つことにつきまして御説明を申上げます。我々の教科用図書委員会は、昭和二十二年二月十九日、政令第二百七十六号による教科用図書委員会官制によつて運営をいたしておりますが、その第一條に、我々の委員会は文部大臣の監督に属し、教科用図書に関する重要事項を調査審議する。第二項に、委員会は前項の調査審議の結果を文部大臣に報告し、及び文部大臣の諮問した教科用図書に関する重要事項について答申するものとする、とあります。從つて教科用図書に関する重要事項は、我々の教科用図書委員会によつて審議調査した結果を、進んで大臣に報告し、或いは大臣の諮問した事項につきまして、更にこれを答申することになつておるのであります。然るに今提出されております臨時措置法案の内容は、教科書の重要なる事項でありまして、すでに大臣より正式に発行供給に関しまして、更に檢定並びに編輯に関しましては諮問をされておるのであります。我々委員会としましては、主として発行供給に関しましては、第三小委員会におきまして審議中であります。その審議の結果を総会において決定し、これを答申することになつておりますが、編輯並びに檢定制度につきましては、殆んど審議を終えまして、その大分は答申をいたしましたが、この発行並びに供給に関しましては、第三小委員会の決定もいたしておりません。その実態は、第三小委員会は遠方の方もありますので、在京の第三小委員関係者並びに委員長、副委員長を中心にしました特別の委員会を作り、我我の乏しい知識を補うために、主として在京の各業者関係の方の專門調査員ですか、それを御委嘱申上げまして、そういう多方面の意向を聽取し、その特別委員会において、主として前証人の平井氏を中心にして審議を続行中であります。從いまして教科用図書委員会としては、正式なる第三小委員会は本日より三日間、明後日まで行いまして、第三小委員会の発行、供給に関する問題の審議はそれによつて終りを告げて、総会は二十八日、二十九日の両日によつて、教科用図書委員会として決定することになつているのであります。この未決定の発行供給に関する新らしい制度、それを如何なる意図の下に文部当局が、これを急速にこの委員会にお出しになつたか、甚だ我々教科用図書委員会としては遺憾に存ずる次第であります。その意味におきまして、教科用図書委員会としましては、本臨時措置法案は、改めて我々の教科用図書委員会の第三小委員会並びに総会によつて審議決定されたるものを答申し、その答申に基いた具体的な必要な法案を作成されて、本委員会にお出しになることが適法ではないかと我々は判断するのであります。勿論條項につきましては、成る程展示会の件その他に関しては、すでに我々教科用図書委員会はこれを決定し、これを答申し、その下に具体的なる措置をしつつある。これを裏付けする法案が必要であることは我々了承いたしますが、ここにありますような第一條の目的、教科用図書の需要供給の調整、発行迅速ということは、單なる狹い発行規定、或いは需要供給規定というものでは賄えないものでありまして、文部当局の檢定の問題、或いは先程より御指摘になつたような用紙配給、或いは用紙の生産の育成並びに檢定教科書と國定教科書の價格差の調整、具体的には國定教科書は如何なる方法によつて発行者にこれをさせるか、いわゆる育成の問題、それを未解決の問題が廣汎にあるのであります。從つてそれ程一部のものを取り出して、急速に法案化することは極めて危險でありまして、その意味より全面的にこの法案の提出に我々は遺憾であることを表明いたすゆえんであります。第一点につきましては、以上のようであります。
 第二点につきましては、この法案自体について多少申上げたいと思います。教科用図書委員会としては、すでに発表いたしておりまするような國定教科書は、理想の形においては存続されるべきではない。檢定教科書が全國的に十分賄えない範囲においては、國定は存続するが、飽くまで檢定のみが日本の新らしい教科書の姿であるということを我々は確定いたしております。その意味より、飽くまで教科用図書委員会は檢定教科書を如何にして育成するか、そういう方策の下に新らしい制度、そういうものを考えつつありますが、その見地よりこの立法の精神を眺めました場合に、甚だ遺憾でありますのは、この大事な檢定教科書育成の精神が極めて薄いだけでなく、所によりますと、國定温存の嫌いがあると思う條項もなきにしもあらずであります。即ちこの立案の精神につきまして、我々の難点とするところは、檢定制度育成という意慾が燃えていないという点であります。具体的には時間がありませんので、申上げることを多少略しますが、第一は、國定と檢定の價格差を如何にするか、そういうものについて印税その他の制度を新らしく我我は考えつつありますが、こういうものも法案化すれば出て來るのではないか、こういう條項が全然未決定であります。
 それから供給の面におきましても、資材或いは金融、そういう関係が必要でありますが、これらいついての措置も、法案化するものが出て來るかも知れませんが、それらの措置が現われておりません。尚需要、供給の統制、それらにつきましても、我々の委員会としましては民主的な委員会ができまして、業者を含めた委員会が、第九條にありますような発行の指示を行うとか、或いは取消をするというようなことを研究することになつておりますが、具体的な方策がまだはつきりしていない。それを急に大臣は以下のようなことをやるというような條項がありますが、そういう民主的な組織を我々が決定していないのに、ここに書いておることは非常に遺憾であります。この檢定を育成するという意慾が燃えていない、他面逆に檢定学科書を窒息させるような空氣が匂つておりまして、先程申しましたようにいろいろな面において業者を拘束し、窮屈にするというような傾向が相当あります。一々の指摘は省きたいと思います。それから尚業者の拘束ということは、他面我々の委員会として考えております民主的なる一般への解放が、或いは過去の官僚統制に復帰するというような空氣がある條項もあるのであります。我々としては必要な統制は、成るべく民主的なる、民間の自主的なる組織機構によつて統制することに原則として、必要があればその綜合的指導を文部大臣がやるということにしたいということが、委員会の決定線であります。それらの具体策、その他が十分審議されていないところに、大臣決定としては疑わしいような條項もあるのであります。尚從來臨時措置法案と銘打つておるが、数ヶ年も存続しておる場合もあります。そういう意味より我々は暫定的の展示会を今年度においても一應考えておるのでありまして、若しこの法案が通過するならば、來年も再來年も、ここ数ヶ年はこの展示会というものは規定されるのではないか、我々の見解でも、地方教育委員会法その他と睨合せまして、檢定制度ができることを予想しまして、展示会その他のことも考えておりますので、この展示会のこういう制度につきましても、極めて狭い範囲の暫定的な措置と考えております。從つて名目は臨時措置法案と書いてありますが、今年度に限つての法案であるならばともかくであるが、相当長く先に影響するような措置が、この法案に現われておりますので、その点よりもこの法案の危險性が多分にあると思います。時間がないそうでありますので、極く概略のみ申上げて、條項について一々申上げたいと思いまするが、省略をいたします。再度申上げまするが、この法案に対しては、全面的に教科用図書委員会としては、一應提出の形については不満であります。了承できるところもありますが、全面的に一應この提出を引込めて頂いて、幸いにも今月二十九日までには決定をいたすか、答申ができる。それに伴つた案を当局としては構想するという措置をお願いしたいと思うのであります。
#42
○委員長(田中耕太郎君) それでは、五人の方から只今証言を頂きました点につきまして、御質問等おありの方は簡單に御質問願いたいと思います。
#43
○河野正夫君 和田さんにお尋ねしたいと思うのであります。和田さんよりはむしろ文部当局の方かも知れませんけれども、或いは黒岩さんがお分りになるかも知れませんけれども、本年度新らしくこういう教料用図書檢定制度にするとこにして、文部省だけに任して置くときには、例えば社会科ならば、或る学年の一册一單化だけを一年間やつて、六單元出るのが出ないから、紙なんか不足しないでしようが、今回のようになりますと、これは一齊に必要なる單元が全部教科書として取られるということになりましよう、そうしますと、競爭による紙の不足というものはあり得ないわけですけれども、教科書が全部この際に出揃うということになりますから、紙が可なり要ると思いますが、その紙の何ポンドと言いますか、何百ポンドと言いますか、その数字を、要る分量をお調べになつておりましようか、お分りになつたら御説明願いたいと思います。
#44
○証人(平井四郎君) 総体は大体六千万ポンド……。
#45
○鈴木憲一君 黒岩さんにお尋ねしたいのでございますが、文部省ではこの法案を出すにつきましては、全く委員会に相談はなかつたのでございますか。一言の相談もなく出したようにお受取りするのでございますが、その通りでございますか。
#46
○証人(黒岩武道君) 正式な委員会においては、第三小委員会関係においても証言がありましたように、取上げておりませんし、まして総会においては取上げておりません。今進行中の議案であります。発行供給に関しましては……。

#47
○鈴木憲一君 続いてお尋ねするのですが、この内容につきましては、事前に御存じだつたのでございましようか。
#48
○証人(黒岩武道君) 内容の数ヶ條につきましては、展示会その他のことについては決定したところでありますので、了承できるところも相当あります。ただ全般的に、発行供給の綜合的見地から制度一般を結論付けておりません。それに一方的に一ヶ所であると、相当危險性があるわけであります。再檢討の要が十分あるところであります。
#49
○河野正夫君 今黒岩さんのお話ですと、教科用図書委員会の小委員会で、発行配給の分でなくして、檢定とか何とかいうのでございますね、檢定やその他の部分はもはや答申が済んでおると申されましたけれども、いつ頃答申されておりますか、日にちはよろしうございますが、大体……。
#50
○証人(黒岩武道君) 檢定並びに編輯と申しましたことは、ちよつともう少い正確に申上げますが、編輯の基準というもの、或いは檢定の基準というもの、そういうものは一般基準というものをすでに答申し、発表し、各科檢定基準につきましては数点のみ、漢文その他が未決定でありますが、もう大部分は答申を終えまして、如何なる採択方式を採るか、又如何なる檢定委員、檢定方式をやるか、その檢定に関し、並びに採択に関しての制度、これらの答申をいたしたのであります。
#51
○岩間正男君 黒岩君にお伺いしますが、この前稻田局長の教科用図書委員会との関係について、私が質問しましたときの答弁によりますと、教科用図書委員会は單に大臣の諮問機関である。從つてこの法案に対しては別に直接的に関係を持たない。それで大体この面に謳つている点については、檢定委員会の方で今まで討論された、決定された面もあるのだが、併し全体については、これは委員会の方に対しては、事前に別に諮つていないというようなことが答弁されたように記憶するのであります。もう一つの点は大臣の権限の点でございますが、この文部大臣の権限がこの法案によりますと、どうも我々の見解では甚だ一方的である。從來の関係から統制の面を強力に、むしろ後戻しするような面が我々としては感じられましたので、從つてこの檢定に実際の大臣の権限を行使する、そういう場合には、その主体はむしろこのような、折角民主的な措置によつて作られましたところの諮問機関、教科用図書委員会に諮つて決定されるのが非常にいいのではないか。從つて法案の中にもそのようなことを謳つた方がよいのではないかというような点について私は質問したのでありますけれども、この点に対しましてもやはり権限が違うので、そういうような措置について考えていないというような御答弁であつたのであります。この点について教科用図書委員会としまして、以上の二点につきまして、どういうような見解を持つておられるか伺いたいと思います。
#52
○証人(黒岩武道君) 第一点につきましては、この法案の内容を御覽になつたらお分りのように、重大なる教育行政に関する法案でありまして、当然教科書に関する重要事項であります。從いまして我々の委員会で当然審議決定さるべき性質のものであり、すでに諮問を受けて我々が審議を進めつつあるわけであります。然るにその決定を見ずして、綜合的見地よりこの発行供給の制度を決定したる後に、必要なる法案を提出するならよいと思いますが、まだ未決定なときに出されたことは甚だ遺憾であると私は思うのであります。
 第二の点につきましては、先程申上げましたように、文部大臣が、よしやいろいろな権限はありましても、我々の委員会ではこの下にと言いますか、それを補ういろいろな民主的機構を考えつつあるわけでありまして、具体的に第九條のごときも、文部大臣はこういう委員会に諮り、次のように行うものとするというような法案も可能かと思いますが、そういう名称を出すと、勿論民主的な委員会は、直ちに教科用図書委員会そのものが当るかも知れませんが、こういう條文については、別の委員会を設置すべきであるという意見が出つつあるのであります。これらもまだ審議中でありまして、未決なのであります。以上。
#53
○委員長(田中耕太郎君) いろいろ他に御質問もまだおありになることと思いますが、四時を大分過ぎまして、速記も時間を起過しておりますので……証人の方には長時間に亘りまして御証言を頂きまして、又質問等にもお答え頂きまして、我々といたしまして非常に感謝に堪えない次第でございます。今後の審議に当りまして、只今の御証言なり、御答弁は参考になることが多いのであります。厚く御礼を申上げます。それではこれで散会いたします。
   午後四時二十一分散会
 出席者は左の通り。
   委員長     田中耕太郎君
   理事
           松野 喜内君
           柏木 庫治君
           岩間 正男君
   委員
           梅津 錦一君
           河崎 ナツ君
           若木 勝藏君
           小野 光洋君
           左藤 義詮君
           木内キヤウ君
           高良 とみ君
           河野 正夫君
           鈴木 憲一君
           堀越 儀郎君
           矢野 酉雄君
           藤田 芳雄君
  國務大臣
   文 部 大 臣 森戸 辰男君
  証人
   教育出版株式会
   社社員     小坂佐久馬君
   王子製紙株式会
   社次長     和田 貞一君
   三省堂社員   平井 四郎君
   日本出版配給株
   式会社神保町支
   店長      喜多 茂市君
   日本教員組合委
   員長      黒岩 武道君

ソース: 国立国会図書館
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