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1953/12/04 第18回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第018回国会 農林委員会農業災害補償制度に関する小委員会 第1号
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1953/12/04 第18回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第018回国会 農林委員会農業災害補償制度に関する小委員会 第1号

#1
第018回国会 農林委員会農業災害補償制度に関する小委員会 第1号
本小委員は昭和二十八年十二月一日(火曜日)委
員長の指名で次の通り選任された。
      足立 篤郎君    佐藤洋之助君
      綱島 正興君    吉川 久衛君
      足鹿  覺君    中澤 茂一君
      安藤  覺君    久保田 豊君
同日
 足鹿覺君が委員長の指名で小委員長に選任され
 た。
    ―――――――――――――
会 議
昭和二十八年十二月四日(金曜日)
    午前十時五十分開議
 出席小委員
   小委員長 足鹿 覺君
      足立 篤郎君    佐藤洋之助君
      綱島 正興君    吉川 久衛君
      中澤 茂一君    安藤  覺君
      川上 貫一君
 小委員外の出席者
        農林委員長   井出一太郎君
        議     員 福田 喜東君
        議     員 松山 義雄君
        議     員 井谷 正吉君
        議     員 芳賀  貢君
        農林事務官
        (農林経済局
        長)      小倉 武一君
        農林事務官
        (農林経済局農
        業保険課長)  久宗  高君
        農林事務官
        (畜産局長)  大坪 藤市君
        参  考  人
        (静岡県大阪村
        農業共済組合
        長)      山崎昇二郎君
        参  考  人
        (長野県伊那町
        農業共済組合
        長)      松崎 親助君
        参  考  人
        (群馬県農業共
        済組合連合会参
        事)      黒沢 豊作君
        参  考  人
        (島根県農業共
        済組合連合会参
        事)      高橋 政吉君
        参  考  人
        (宮城県農業共
        済組合連合会会
        長)      小野寺誠毅君
        専  門  員 難波 理平君
        専  門  員 岩隈  博君
        専  門  員 藤井  信君
    ―――――――――――――
十二月二日
 小委員久保田豊君同日小委員辞任につき、その
 補欠として川上貫一君が委員長の指名で小委員
 に選任された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した事件
 農業災害補償制度改正問題について
 参考人より意見聴取の件
    ―――――――――――――
#2
○足鹿委員長 これより会議を開きます。
 本日は、去る二日の小委員会の御決定に基きまして、参考人の御意見を聴取することにいたします。
 ごあいさつを申し上げたいと思います。本日は皆さんにたいへん遠路御足労を煩わしまして恐縮に存じます。特に打続く風水害あるいは冷害あるいは病虫による被害等に基くこれが具体的措置につきまして、日夜御尽瘁になつておられ、特に保険金の早期支払い等、当面の問題もありまして、さだめし御多忙であつたと存じます。しかも急に電報等でお招きをいたしましたにもかかわらず、全員がおそろいで御出席をいただきまして、厚く感謝をいたす次第であります。
 最初に、本委員会の今までの経緯を簡単に申し上げ、また私としましての希望を合せて述べたいと存じます。御存じのごとく、本委員会は第十六国会におきまして、農業共済制度の抜本的改革について、衆参両院の両院協議会の決議に基き設けられたものでありまして、衆参とも歩調を合せて、この小委員会の審議を進めておる次第であります。今日までの経過は、家畜共済に関する法律案の改正を手始めに、現地調査あるいは参考人の意見聴取、あるいは委員会の開催等、すでに二十回になんなんとする審議を継続いたしておるのでありまして、その結果、大体においてこれを集約し、最終的な小委員会案を起草する段階に達しておるのであります。つきましては、本日の皆さんの御意見聴取を最後といたしまして、結論に入りたいと思つておるのでありますが、特に二日の委員会におきまして、第一線においてこの制度の運営に当つておられる諸君から、その体験を通じた忌憚のない意見を聴取したらどうか、こういう御意見がありまして、委員会はこれを了承し、本日の御出席をいただくことになつたような次第であります。なお本委員会には速記を付してありまするので、皆様方の御発言は記録にとどめまして、ただ聞き流しではなく、今後もよく検討の資にいたしたいという点をあらかじめお含みおきを願いたいと存じます。つきましては、この際私としまして二、三希望を申し上げて、御発言の参考に供したいと存ずるのであります。ただいま申し上げましたような経過をふんでおりまるので、われわれとしましては、皆さんの現地の率直な御所見、第一線の実務担当者としての体験を通じた、大地に足を踏んまえた具体的な御意見を拝聴いたしたいということが一つであります。
 第二は、意見は、主として実務担当者として、真摯な共済事業の運営に当つておられる立場において、過去本制度が五箇年間の歳月を経ておりますが、その歳月を通じて、実務担当の上に立たれた厳粛な自己批判あるいは現状に対する反省を中心として、今後の共済制度はいかにあるべきかということについて、大胆かつ具体的に意見をお聞かせいただけば幸いと存じます。従つてただ単なる現制度にとらわれた意見、あるいは現制度をことさらに庇護しようというような御意見、すなわち現行制度の自己弁護的な立場をとられることなく、また現在諸君の所属しておいでになりまする共済協会としても、一応の現制度に対する改正意見をわれわれにお示しになつておりますが、これらにとらわれることなく、皆さんの個人的所見をも合せて伺いたいというのが第三点であります。これを要約いたしますならば、共済は農民のためのものであつて、決して団体のために存在しておるのではないということは申すまでもないところでございますが、ややもすれば、団体が中心となり、農民が従たる立場に立つきらいも、現在の日本の農業団体のあり方について真劔に考えてみたときに、なきにしもあらずと存ずるのであります。究極においてこの共済制度はどう改革をし、どういうふうに、運営をして行くことにおいて、農民の福祉を増大し、そうして現下の日本農業政策の重大な一環として発達せしむべきかということに重点を求めて、われわれはこの審議を進めておるのでありまして、意のあるところを十分おくみとりを願いまして、それぞれの立場から御発言をお願い申し上げる次第であります。ここに遠路御足労いただきましたにつきまして、お礼をかねて、ごあいさつにかえる次第であります。
 それでは、お元手に配付申し上げております印刷物の順序に従いまして、順次御発言を願うことにいたします。最初に、静岡県小笠郡大阪村農業共済組合長、山崎昇二郎君にお願いいたします。
#3
○山崎参考人 今ここに意見を求める要点として、たくさん項目が羅列してありますが、大体それの順序を追いまして、考えのないところもありますからして、考えているところだけ点々と申し上げたいと思います。
 この一の問題は、つけ加える作物としては、入れれば菜種ぐらいどうだろうかと思うのです。これは作付が非常に不同であります。今後における貿易関係からいつても、ひどく年によつて動くと思いますから、そういう点において、安定した面積を持つものでない。そこをうまく考えて行くならば、菜種は入れたらよかろうと思います。本年は茶につきましては、四月の中旬から、たびたびの霜害で恐ろしい被害を受けましたが、当時茶もぜひこの共済対象に入れてもらいたいという意見がかなりあつたのであります。しかしこれは実際やるときになると、非常にめんどうな、取扱いのできないような事態に到着しないかということを考えます。と申しますのは、私どもの方では年四回の収穫であります。そうして需給関係やそういうことからいつても、霜害があつたからその霜害程度に応じてただちに減収になるかということになりますると、そこの判断が非常にむずかしいということになります。ほかの作物は私の方にはあまりありませんから、一の問題はこれだけにしておきます。
 二でありまするが、加入を緩和するということにしたならばどうなるか。これはただいま私のところでは、無理にひつぱつて、どうでも入れというようなことはしておりません。一応の話をいたしまして、大体みんな快く入つております。これは五箇年の経験によりまして、順次そういう線が出て参つたのであります。今あまり強制などという言葉を使わなくても、それで行つております。これを緩和すると一たび申したならばどうなるか。その点につきましては、非常にこの共済というものが弱体化するだろうというぐあいに考えております。被害の少い組合を解散するというようなことは、今申し上げたような理由によりまして、全体の事業にどういうひびを入らせるかということについて、懸念しております。
 次に四番目でありますが、共済掛金が農業所得に対して高すぎるそういう面はまずあると思います。支払いに困難を感ずるような農家があるかということについては、これはあります。つまり農家の経営の規模なり、今までの経済の状態から言いまして、支払いに困難を感じておる農家が多少私の村にはあるのであります。これはしかし高過ぎるから低くしてもらいたいということはやまやま思つておりまするし、今、国の負担が六割にまで上つて来たということは、これは非常にありがたいのでありまするが、これをもう少し、竿頭一歩を進めて、農家負担というものを軽減するようにしてもらいたいと思います。ただいま私のところでは陸稲がありませんので、米は水稲だけであります。これは反当四十五円、麦が三十円、それから農民一人当り三十円、乳牛で二・五%、役牛で一%そういう賦課金を徴収いたしております。その用途は、組合の事務費といいますか、業務費といいますか、それの方に使うということでやつております。
 五番目は、掛金の未納農家がどのくらいあるかということですが、私どものところでは三百八十戸しかありません。それで年度の当初、ちようど八月ごろまででありますが、未納の者が五人あつたわけであります。九月になりましてそれも全部納入をいたしましたから、大体納入成績はいいと考えております。その五人以外に、相当支払いに困難を感じた者もあつたのでありますが、いろいろ勧奨をいたしまして、結局五人ということになつたのであります。八月一ぱいでその人たちも納めましたから、これはまず成績がいいというわけであります。
 それから共済金と掛金と差引き相殺をやるというようなことは、初めはそういうような考えを持つたのでありまするが、頭からそれはいけないということで、相殺をしておりません。
 それから損害評価の上における難点はどこにあるかという問題、これにつきましては、非常にむずかしい。まず基準の反収をどこにおくか、その基準の反収というものが、今までやつて来ておるやり方で、はたしてそれが適正であるかということについては、これは相当疑問に思われます。しかしただいまのところ、まず水稲につきましては、地方等級というものがある。それによつてこしらえているのでありまして、ただいま各農家はそれを納得いたしております。しかしそれがいつまでもそれでいいというわけには考えられないので、これをどういうふうにして適正なものにして行くか。しかも年を追つて、地方等級というものは変動して行くべき性質のものであります。そこにまた非常にむずかしい点が加重されて来る。こういつたぐあいになつております。
 それから水稲においては、収穫の半月くらい前に、各人からこまかい収穫見込高というものを申告をしてもらつております。さらに農業委員全員が、共済組合の評価委員と同時に村全部の検見をしております。そうして部落におきましては、全農家が出動して、少くとも一つの田において二回以上の検見を実行しておる。それから別に共済組合は、大体標準と考えられるところをつかまえて、坪刈りをやるということをいたしております。私の村では、この坪刈りは村の人が自分で選定をして坪刈りをしない。そういうぐあいにしておつて、坪刈りの場所を選定し、その中のいずれの部分をどういうぐあいに刈るか、そういうことについて、株数の計算というようなことは、食糧事務所の職員が私の村の役場におりまして、その人たちに全部きめてもらつて、農業委員、評価委員というようなものがその助手となりまして、その指示された通りの坪刈りをやるというようなことにしております。このやり方が、今のところまず一番わが田に水を引かないやり方であるというふうに考えております。それで部落全員の全筆についての検見調査をして、それの申告を出しておるのであります。そこに相当の食い違いも起りますが、そういうことを損害評価上の手続として今やつております。これも全部一筆残らず坪刈りをやる村も郡にありますが、そこまで行けば徹底すると思うが、今私のところでは、それほどまでにはやつておりません。従つて、抜きとりの坪刈り調査の結果を、どの程度までほかの田にその数字を適用していいか、それで適正なる結果を求め得るかということについては、相当に疑問があります。というのは、あとで自分の方のあの田はこうだというような、いろいろな意見が続出しておるところから申しますると、まだこのやり方では相当不満足な点がある、こういふうに思います。これはあとの方の話に関連をいたしまするが、それ以上のことを、自分の村としてやるだけの資金的準備がないということになるのであります。どうしてもこれを正確にやることは、最初に申し上げたような地方に応じたる収量というものと合わせて、これが一番めんどうで、適正な評価をするということに対して一番むずかしい点である、こういうふうに思います。また統計調査事務所のいろいろな調査がありますが、これはどこでもいろいろと苦情があると思いまするが、しかしこのやり方というものは、第三者的に制肘を受けない調査であるから、この調査をもつと高度に進めて行くということをしてもらいたいと思います。それによつて目分らが自主的にやつたものを是正をするという有力なる資料にして行きたい、かように考えるのであります。
 そこで一つ申し上げておきたいと思いますことは、この間、台風第十三号というのが襲来をいたしました。私のところは海岸に近いので、恐ろしい潮風に吹きまくられたのであります。しかも台風の後にほとんど降雨がなかつたということから、わせだけはある程度被害を免れたけれども、なかての早いものから、おくてに至るまで、全部をあげて潮風のために穂が乾燥状態になつた。私は今までの検見のやり方の頭を切りかえなければならないと思う。要するに米が幾らとれるということに問題があるのだから、米として認め得る価値のあるものがどれだけとれるかということについての判定を、ここに正確にしなければならぬ。これから下は米でないという、いわゆるくずがどれだけあるか。どうやらこれから上は米であるというのがどのくらいあるか、そこの判定をはつきりして行かない限り、収穫高とかなんとか言つてみても、それは価値のないものであるだろう。ちようど統計調査部長が私の村の役場へ来られたので、見本についていろいろと意見を申したのであります。そういう御経験は各地においてたくさんおありであろうと思いまするが、私のところは今回が初めてであります。現に収穫をいたしまして、ほとんど全部が米になりましたが、検査等級の五等、いわゆる合格米というものは農家としては一俵も収穫をしておりません。拾えばあります。拾えばそれに該当する米粒はまじつておるけれども、農家の現在の方法において、それを選別をして、これは五等以上であるというぐあいに、よりすぐつて出し得るところの米というものはないという事態になつたのであります。これが非常な問題でありまして、収穫高が幾らあつたということの判定が、自分ではただいまでもまだついおりません。いろいろ供出の問題というようなこともありますし、同時に損害評価の減収程度というものをどういうふうに見るか、それぞれ関係方面に対する質問もしておりまするけれども、私がなるほどと思うような明確なる指示を受けておりません。そういう点につきまして、多数皆さんの御経験によつて、これはこうだといういろいろ指示をしていただいて、そこによりどころができるならば、この損害評価の一つの難点を解決し得るだろう、こういうふうに思うのであります。
 それから災害防止に関する仕事でありまするが、たびたび米も麦も災害防止をやつております。それは共済組合が主体になりまして、農業委員会、それから普及技術員一体になつてやつております。本年は昨年に比してずいぶん回数がたび重なり、仕事の種類によりましては、青年団あたりを動員してやります。また農家全員が動員いたしまして、一筆も、一枚の田も残らぬようなぐあいに、そういう操作を続けて参つております。ここにおいて植物防疫事業というものは、もう少し何とかしてもらわなければ、どうにも耐え切れないというような状態に陥りつつあります。今、ことしの体験から申しますると、明年はもつと進んでこれをやろうというふうにみんな決心をいたしておりまするが、どうしてもこれに対する相当の支援をしてもらわなければ、ぐあいが悪い、こういうようなことになつておるのであります。この仕事は、だれがやつたらいいかということですが、共済という仕事をして行く以上、これはやはり共済団体が主体になつてやるようなぐあいに、ほかのものはそれを援助してくれればいいのでありますから、そういうぐあいにひとつ強く線を出していただきたい、こういうふうに考えるのであります。
 今御注意がありましたからやめますが、もう一つだけ申し上げておきたいことがある。それは私の組合は、農業協同組合に寄生しておる存在であるということです。役員は全部協同組合の役員と同じ人である。職員が二名おりまするが、これは全然独立したものでありまするからよろしいが、ほとんどすべての仕事が協同組合あつて、辛うじて共済組合の事務をとるという事態であります。そういうことは、制度の上から行きましても、またいろいろこれを育成して行かなければならないという強い意味がある以上、何かどうやら一人立ちができるような方法を講じてもらうということに願いたいと思うのであります。私の県は、共済職員は県連の職員として、村の共済組合に駐在するわけであります。その俸給につきましては、村の共済組合が負担をしていないのであります。それでも先ほど申し上げましたような賦課金は、まず賦課の最高限度であると私は考えております。これ以上増徴する余地ないものというふうに思つております。職員は県からもらつているが、経済的には、ほとんど全面的に協同組合に寄生しておる存在であるということであります。この点についてひとつ何とか、自分らも考えまするけれども、力が及ばないのでありまするから、共済組合が単独行動ができるような、独立ができるようなぐあいに、ひとつぜひとも仕向けていただきたい。これができませんければ、今後における共済組合というもは、ジリ貧の方向をたどるよりほかに道がない、こんなような気持がしています。もう少し申し上げたいのですが、一応これをもつて私の申し上げることを打切ります。
#4
○足鹿委員長 この際参考人各位に申し上げますが、せつかくおいでを願つておりますが、時間が十分にございませんので、大体十五分ないし二十分程度で御発言をいただきたいと思います。なお、皆さんの御発言が終りましたあとで、委員各位からも御質問があろうと思います。その際にいろいろとまた御意見の御開陳を願う機会もあろうかと思いますので、たいへん恐縮でありますが、お含みを願いたいと思います。
 次に長野県上伊那郡伊那町農業共済組合長松崎親助君。
#5
○松崎参考人 実は私、所用のためこちらへ参つておる留守に出頭の通知がありました。従つて準備もきわめて不十分でございますので、数字的な面については、申し上げられない点があるのでありますが、これを御了承いただきまして、ごく簡単に要点を意見として申し上げたいと思います。
 一の農作物の対象に新しく加えるということは、私の町といたしましても、また長野県の実情といたしましても、特に考えておらないわけであります。しかし菜種は全般的に作付がありますので、加えていただくことが適当であろうというふうに考えておるわけであります。
 二の加入を強制する方式でありますが、これは御承知のように、通常の場合には、掛捨ての面が非常に多いという声が農民に強いので、困つておるのですが、やはり現行制度として推し進めますためには、強制の方法をとつて行くことが、結局農家のために有利になるというふうに私どもは考えて、推進をいたしておるわけであります。おそらくこれを緩和いたしまして、任意加入という制度にしますると、主要農作物等におきましても、通常の場合のみを農民は考えますので、ことしのような大災害というようなことを考慮する面が少いということで、非常に組織が弱体化する。従つて農民のためには、結局災害の補償という線でマイナスになるというふうに考えておるわけであります。
 三の農家単位の引受けでありますが、私の郡は二十一箇町村のうち、現在三箇町村が試験的に農家単位の引受けをやつておるわけでありますが、非常にいい成績をあげております。大体町村の規模から申しまして、中ぐらいな町村が一箇町村、それから小さい町村が三箇町村で、三箇村やつておりますが、非常にいい成績をあげております。しかし、まだ結論が出ておりません。特に大きな町村になりますと、農家単位の引受けということは、日常の取扱い上非常な困難な面もありますので、この点まだ結論が出ておりませんが、結局理想とししは、やはり農家単位の事業にすべきであるというふうに考えております。なお農民の強い希望といたしましては、やはり農家単位の共済を、私の町の農民は希望しております。たとえば三割以上の被害と申しましても、一筆の圃場で三割以上の被害をこうむつた場合は、共済の対象になりますけれども、一町歩耕作している者が、平均どの圃場も二割しか被害をこうむらなかつたことになりますと、総体いたしますと相当な減収になりますけれども、一筆単位の場合は、遺憾ながら共済の対象にしてもらえないという隘路がありますので、総体の圃場を通じて、共済の支払いをしてもらうようにいわゆるこれを農家単位にすべきだという声は、専業農家であり、しかも相当経営規模の大きな農家においては、そういう声が逐次高まつておる状況であります。
 それから現行の掛金でありますが、これは農業所得に対比しますれば、私のところあたりでも、反当百二十四円程度でありますので、そう高いというふうな、声はないわけでありますが、要するに災害補償という線から考えますと、まだ農民負担が非常に過重である、もう少し国家補償の線を強くするのが当然ではないかという意識が非常に強い。私もそういうふうに考えておるわけであります。
 それから賦課金は長野県は連合会で統制をいたしまして、最低限度の賦課金でまかないをつけるようにしておりますので、賦課金につきましては、高いというような声は出ておりません。それから御承知のように、共済組合の日常の経理というものは、ほとんど賦課金に依存いたしておりますので、賦課金は全部日常の組合の運営の経費に充当いたしております。
 それから掛金の徴収でございますが、これはいわゆる税金でなくて、保険料という観念が非常に強いために、比較的納入成績が悪いのであります。しかしおおむね約半年ぐらい経過する間には、掛金が入つております。ただ零細農家――私の町は半農半商の町で、組合員数は千八百二十人あるのでございますが、そのうちの約四割程度は零細農家であります。それから兼業農家もございますので、これらの小さい農家は、たまたま掛金を、あまり意識的ではないけれども未納しておる。さんざん督促を受けてやつと納入するというような状態で、おおむね半年経過いたしまして、二割程度の未納があるわけでありますが、年度末までには、おおむね完全に整理がついておるという運営をいたしておるわけであります。おそらく私の町ばかりでなくて、郡の状態も大体そんな状態になつておるのであります。従つて掛金の徴収については、特別な施策をしておるということはございません。郡下の町村においても、特に物納をさしておるとか、特別な手を打つておるとかいうことはないのでありますが、事務担当者は、相当悩んでおりますので、これを保険税に切りかえて、保険税として徴収をするようにしてもらいたいという希望が非常に強く出ております。
 次の料率の個別化ということでございますが、これは要するに今の共済金額が非常に少いということでございますので、やはり自由選択制を高度に織り込んで、力の強い農家は高い共済に入つて、災害を受けたときには、やはり高い補償を受けるという線を、強く打出して行くことが必要であるというふうに考えておるわけです。
 その次の掛捨てと共済金の受領の関係でありますが、私のところは、米と養蚕が農産物の主たるものになつており、養蚕も郡下で一、二番の規模の町でありますが、おそらく三年、四年以上、共済金を全然もらわないで掛捨てにしておるという農家は少いわけであります。それでも大体三割くらいは掛捨ての農家があるというふうに記憶いたしております。
 その次の掛金の源泉徴収または物納というようなことは、これは実際問題としては、なかなか実施が困難であるというふうに考えております。
 その次は損害評価上の問題でありますが、何と申しましても、ことしのような、大きな災害の場合には、人的な関係から申しましても、技術的な関係から申しましても、やはり難点があるわけでございます。要は、評価委員に人を得ているかいないかが一番の中心になると思いますが、現行で参りますと、任期は二年でありまして、農林大臣から評価委員の任命の辞令はもらいますけれども、身分といたしましては、公的に何も保障されておらないということになつておるわけであります。従いまして実情は、損害評価に適切な評価委員を得るということに非常に悩んでおります。特に水稲等におきましては、短期間の間に評価を完了しなければならぬということがございますので、この損害評価のことにつきましては、今度の改正においては、相当研究しなければならぬ、もつと現実に即したようにしていただかなければならぬというふうに考えておるわけであります。
 それから統計調査事務所の機能強化の問題でありますが、ただいまでも郡、県の段階におきましては、統計事務所、食糧事務所、農協の生産指導の関係、地方事務所の経済課の関係、そういう関係の人を網羅をして、郡の段階では評価委員会というものをつくつて、その評価委員が中心になつて評価をいたしておるのでありますが、たまたま作物報告事務所の関係あるいは食糧事務所の関係というような面は、立場立場で作況指数等の算定にやはり相違がございまして、特にことしの災害の状態などから申しますと、町村の評価委員が幾日も日をつぶして詳細な調査をして積み上げて出た結果と、これらの機関の見た作況指数というものに、大きなそこに開きがあるという矛盾した点も出ておるわけでありますので、現行制度で統計調査事務所の機能を強化して、それに損害評価をさせるということについては、私はちよつと反対な意見を持つておるわけであります。要するに、現在の町村の段階において改善をして、しつかりした評価をいたしまして、その評価に対して、これが適正妥当であるかどうかという判定を下すという程度のことでいい、こういうふうに考えております。
 それから災害防除の問題でありますが、これは前の山崎さんの御意見があつたように、共済団体はまだ非常に微弱でございまして、従つて経費的には、人件費もやつと償つておるという状態でありますので、災害防除事業は農協が中心になつて、これに共済関係の技術員が協力して、表裏一体の形で防除を実施しておるという状態であります。技術的な協力をいたしまして、経費的な面は、おそらくはとんど農協がその責任を負つておるという実体でございます。従つて共済団体に一元化すということも、一面からすれば理想かもしれませんが、実体は、共済組合に一元化しても効果は上げ得ないというふうに私は考えております。むしろ今の形で技術的に協力をさして、経済力のある農協に防除事業というものは一元化してやるべきであるというふうに考えております。
 それから建物の任意共済事業は、私の町も、それから郡も、県の段階におきましても、非常にいい成績を上げております。またこれが一つの通常の経費を捻出する大きな財源になつております。私の町の実情は、千八百戸の組合員のうち、百パーセント加入で勧誘をしておるのでありますが、現在七六%程度の、相当の成績を上げております。
 それから家畜共済事業も、診療の面におきましては、ほとんど農家の希望を満たしておりません。これは獣医も専任を置くだけの力がございませんししますので、診療の面は非常に手薄でございますが、加入、死廃等の共済の関係は、非常に成績を上げております。私の町は、大家畜が九百、中家畜が三百、小家畜が二百程度おるのでありますが、ほとんど全頭加入の線まで行つております。しかし共済金額の面は、やはり掛金の関係で、農家は比較的低額の金額を選んでおるという傾向になつておるわけであります。
 それから役員の数だとか素質等については、特に意見はございませんが、職員が非常に下足をいたしておりますし、それから職員の資質も逐次向上がはかられておるわけでありますが、まだまだ満足すべき域に達しておりません。これは特に現在のように、共済事業というものを農業団体が取扱つて行くということにいたしますれば、この点は今後大いに施策をいたしまして、優秀な職員を設置するように、重点的に考えて行くという必要があると考えております。
 大体項目別に申し上げますと、以上でございますが、要約して申し上げますと、現在農家の声といたしましては、要するに通常の場合には、掛捨ての面が非常に多い。だから、ただ掛金をかけるだけで、ちつとも共済を受けないのだという声が非常に強い。そこでこれを任意選択性の幅を広めて、個個の農家の経営規模に応じた一つの共済に付して行くという線を大幅にいたした方が、実際に即し、また共済の目的にも即するというふうに考えておるわけです。それからこの共済事業を取扱うものについて、いろいろ意見が出ておるようでありますが、私は、現在の共済組合にもつと法的な、公的な性格を持たして、やはりこれは農民の自主的組織団体であるというこの線は、あくまでも堅持して行くべきだ、こういうふうに考えております。従いまして三制以上の被害には、一応今補償されておるわけでありますが、やはり三割以下の災害であつても、災害をこうむつた場合には、この制度の恩恵に浴するというような線から考えて見ましても、保険事業と、いわゆる補償事業と申しますか、共済事業との調整を、ひとつうまく考えていただいて、そして経営規模の大きい内容の充実した農家は、その経営規模によつて高度な共済に浴せられるようにして行くことが必要ではないかと考えております。
 御質問の要旨に満足にお答えできるような意見を申し上げないではなはだ申訳ないわけでありますが、以上で打切りまして、あとは先生方の御質問に応じてお答えをいたしたいと思います。
 それから特に申し上げたいのは、私の町も、実体は協同組合の共済部というような形で、日常運営をいたしております。従つて組合長以下役員も、全部農協の役員が兼任をいたしております。昭和二十三年の設立当時にも、すべてのことを受ける農家というものは一人である。だから頭を幾つもつくつてやることは、負担の点からいつても、すべての点からいつても不合理である。いわゆる農業団体をできるだけ一元化して行くべきだという考え方も自主的にあつたわけであります。これは私の町ばかりでなくして、郡下三十一箇町村のうち、組合長が農業協同組合長でないという町村が三箇町村、あとは農業協同組合長が全部兼任をいたしております。しかし日常の運営は、協同組合が親団体の形でおる。掛金を納める場合にも、未納があります場合には、立てかえ納付をしなければならぬ。その場合は、共済組合には金がないので、協同組合が一時無利子で立てかえて、連合会の方へは完全に保険料を納めるというような処置をしなければならぬことがあるわけであります。それから技術員の給料にいたしましても、日常の支払いにいたしましても、賦課金が入らなければ支払いができないという状態にあるので、あげて農協の台所を当てにして、一応経営をしておるというような状態でありますので、将来もつと根本的な改正をされることと思いますが、私の意見といたしましては、やはり何らかの形で、こういうような事業は一つの団体に、百姓に関係したことはやらせるというふうなことに考えて行くことが、ちようど行政簡素化が唱えられておるのと同じに、百姓のことも簡素化されて、しかも実効的になるようにというふうに考えておるわけであります。
 以上申し上げまして終ります。
#6
○足鹿委員長 次に群馬県農業共済組合連合会の参事、黒沢豊作君。
#7
○黒沢参考人 黒沢でございます。配付されました要綱に応じて申し上げる前に、過去六箇年間の業績と、ことし一年の業績とに、農家の受ける感じに相当の開きがあるということを最初に申し上げたいのであります。そのことがすべての事項に影響を持つております。従つて従来は、これは欠陥だと評されていたものが、いやそうでなく、これでよかつたのだというような事項も多分にあるわけであります。従つて両済事業というもののほんとうの姿を農家が知つたというのは、ことし一年だと思うのであります。従つて従来論議されました点と、今の農家が感じている点とに、相当の相違があるということを、私は率直に感じ、機会あるごとに申しているわけでございます。
 さて与えられました事項のうち、一番の共済の目的の変更でありますが、これは前二者の発言と同様でございますが、群馬県は、御承知のように蚕が長野と同様きわめて大きい部面を占めております。むしろ農業保険が実施されますときには、桑園のための保険であつて、水稲なり、麦なりは、それのほんのお相伴程度に考えられておつたのであります。そのくらいに養蚕部面が非常に大きな重みを持つております。それが本年の凍霜害によりまして、蚕と桑を合せました蚕繭共済のぜひを非常に論じておりますが、これは一面には、評価方法が非常に事務的に困難な面がありますので、これに携わる職員自身も、かなり手をやいている事項でございます。しかしながら現行の桑園と蚕児とを合せた蚕繭共済が不合理であるというのではございませんが、もう少し簡素化できないかということを常々考えております。従つて共済目的に蚕繭と桑とをわけるということは逆行になると申し上げませんが、もう少しこれを改正して行く必要があろう。その具体的事項については持合せございませんが、何らかの方法を研究すべきだということを非常に強く感じているわけであります。
 それから第二の強制方式でありますが、これは現在の農業経営の形態から申しまして、農家が進んでこの制度に飛び込むということにはなつていないのが実情ではないかと思います。従つて現行のように、相当程度の国家財政を投資して、国がひつぱつていただかなければ、この制度は成り立たない。こういうふうに考えまして、強制方式は、現状をさらに強化するといえども、緩和するという方向には反対をしたいと存じます。従つて組合の解散というようなことは、私どもはほんとうに口にしたくないのであります。
 第三の農家単位引受けの問題でありますが、これも昨年から実施されましたが、群馬県の場合、昨年はいずれの作物も通常災害で、被害らしい被害はなかつたので、農家単位はむしろ農家のためにならないではないかという見方があつたのでありますが、先ほど申しますように、本年の実相はまつたく違いまして、現在の水稲あるいはこの春の麦作を比較してみますと、一、二の組合でありますが、少くとも一筆単位共済に比較して、二倍ないし二倍半程度の給付金額が多かつたということがはつきり言えます。従つてその町村では、農家単位がほんとうの共済の姿だというように感じております。従つてこれは、この方式を採用した当時も論議されましたが、将来の方向としましては、農家単位に行くべきだということを強く感じております。
 それから掛金の高いか安いかという問題でありますが、たまたま、昨年の例でございますが、群馬県の統計調査事務所で調べました農業経営費のうちの、公租公課の中で分類をいたしました結果、現在県平均の掛金がおおむね二千二百円くらいになつておりましたが、公租公課総額三万円に対しましては、七・五%という比重を持つております。従つてそう耐えられないほどの重みではないと思いますが、これはただ平均の数字でありまして、現在の危険階級による掛金の賦課方法は、群馬県の場合、水稲で最も低いものと最も高いものとの比が一対四になつております。従つて四の比重を持ちます町村等では、相当の金額になりまして、群馬県の場合は、現在の算定方式から行きますと、六対四――いわゆる国が六、農家が四という線を少し下まわると申しますか、農家負担がかなり多いのであります。従つてこれは従来行われました累加増進と申しますか、高いところには高い分の負担をしていただくように、つまり危険度の高い町村には、それだけの国家負担を加えていただきますように改めていただきたい、かように考えます。総じて農家負担の軽減ということが、この事業を左右するような面がございますので、少くとも全国的に七対三というような線にまでおろしていただきたい。たまたま掛金の全額国庫負担をというような運動を耳にいたしますが、群馬県の場合、下からの声としましても、かりに全額を国家が持つた場合にあるいは予算的措置、あるいは評価の面等に、現行制度を逆行させるような点が出て来はしないかという心配を持つている職員なり組合員なりがございますので、私は農家負担をするという線はぜひ堅持していただいて、農家の請求による共済金の交付ということは、これはこのままぜひ踏襲をしていただきたいと存じております。
 それから損害評価の難点の問題でありますが、お二方のお話合いにもございましたように、現在の損害評価は、これは機械やますではかるのではございませんで、練達された評価委員の検見によるものを中心にしております。従つて今年のように、また関東と申しますか群馬県のように、期日が過ぎれば過ぎるほど被害度の高まりました所では、当時の検見による評価実績と、実際収穫をいたしましたときの実績とが、相当の開きがございます。これらに対しましては、現在基準町村の設定であるとか、あるいは作況調査であるとか、あるいは坪刈りないしはもみすりということで、できる限りの精密度を加えるように指導をし、実施もしておりますが、なかなかこの点に困難があると思います。従つてこれはやはり損害評価委員を相当程度訓練をいたしまして、訓練すると同時に責任の所在をはつきりしていただきまして、国家補償の何らかの点を堅持させて、誇りをもつてやるようにしていただくことが、評価をスムースに持つて行く一つの手段ではないかと思うのであります。統計調査事務所との関係は、しばしばどこの地でも問題を起しております。現在の統計調査の方でやつております調査方式と、共済団体の行います査定方式とはおのずから違つておりますので、数字の食い違いということは当然でございましよが、何となく政府機関による調査実績に一方的に片寄せるというような印象を与えるとすれば、これは大きな問題ができようと思います。共済事業はあくまでも収穫保険であるということを堅持していただきたいと存じます。
 それから災害防除事業の問題でありますが、これは当然共済団体がすべきだと存じます。群馬県におきましては、いち早くこの点を実施に移しまして、現在二百の組合に、平均二台半程度の動力噴霧機を自力で持つております。本年の防除につきましては、まつたく献身的な努力をして、その当時一名は交通事故によつて倒れましたが、その他の者も、誘因がこの防除事業に献身した疲労のためにと言われるくらいの症状で二名倒れております。そういうような実績を持つておりますし、一般の農家もほんとうにこれによつて共済を生かすという点に徹しておりますので、これはあくまでも一元化していただきたい。従つて群馬におきましては、植物防疫法による防除員が約二百八十名ほどございますが、その九割程度は共済の町村職員でこれをやつております。そういうような実績でございますので、国の助成等も共済団体に一括して交付する。さらに群馬県の場合は、町村費を相当程度つぎ込みまして、その事業を町村役場の方から応援をしていただいております。
 それから次の任意共済の問題、ことに建物共済でございますが、群馬県におきましては、昭和二十一年からこれを実施しておりまして、二十一年、二十二年の農業保険の末期には、まつたく全戸加入をしておりまして、二十二年のキヤスリン台風のあの被害には、全面的な効果を上げておりました。その後補償法の出現あるいは任意共済をやらないというあの点で少し中だるみになりましたが、現存も七制程度の実績をもつてやつております。なおこれに比べまして“農協の団体建物も同時にやつておりますが、これも実際七割程度の実績でやつております。従つて共済団体は、このために人を要するということはございません。一般の団体建物共済におきましては、千分の三・五でありましたか、一万円の加入に対して三十五円という低率の保険料でやれるようになつております。団体建物におきましても、平均一割から二割五分程度一般の営業会社より安く実施しております。従つてこれは群馬県の場合、農協にするか、共済にするかということは、全然問題はございませんで、従来の実績通り、今後も進むと思つております。
 それから累年の不足金はどうかというお尋ねでございますが、群馬の連合会におきましては、二十六年、二十七年と二箇年続きまして通常災害でありました。従つて両年度の決算期におきましては、約七千万円の黒字を生じております。従つて不足金に悩んだという経験は非常に少いのであります。従つて基金からの借入れも現在少しもございません。こういうことは全国的に数県しかないようでありますが、しかしこれも、本年の結果は、今予想されますものは、大体三千五百万円程度の赤字が生ずる。しかし連年からの問題もありますので、今年の年度末にもなお三千五百万円程度の黒字は残るだろうという見通しであります。従つて不足金に悩む度合いは、私まだ経験が浅いと申しますか、余剰だということが言えると思うのでございます。
 次に、団体の運営上、職員の数は現状でいいかということでありますが、現在の定員は、町村二名、支部四名、本部六名というきわめて小人数であります。町村の二名は二年ほど前に実現したのでありますが、率直に申し上げますと、町村は三名をほしい、支部は六名がほしい、本部は十二名がほしいということをしばしば言つておりましたが、なかなか実現の域に達しておりません。全国的には、職員に対して、大体一・四程度の定員外の実人員を持つておるようであります。従つて国の事務費の交付金も、定員に対しては相当額の助成があるようでありますが、定員外の職員をまかないますために、相当額の賦課金を必要とするという現状であります。従つてこの事務費関係につきましては、国家財政の許す限り御後援を願いたいと思うのであります。
 それから、さきにも御発言がありましたように、群馬県の共済組合が設立される二十三年当時の状況は、まだ一般の認識もございませんし、表立つて共済組合をつくる、協同組合をつくるという域に達していなかつたので、印象的には、協同組合をつくる陰に沿つて共済組合ができたというような形であつたのであります。その姿は現在まで持ち越されておりまして、二百の組合長のうち九一%が農協の組合長の兼務でございます。あとは町村長の方、あるいは専任の組合長という状況でございます。事務所については、ほとんど全部が農協の事務所に、先ほどの発言者の言葉をかりますと、寄生しているという状況でございます。このことは、私どもは農業団体であるこの二つの団体が有無通じまして、運営の妙を発揮してもらうことがよかろうという意味で、あえてこの方法をお勧めしたのであります。しかしその後の経済事情の変遷と申しますか、統制経済が自由経済に移行するというような点で、農協の経営に相当の困難が出て来たというようなことから、従来は農協にすがつておつたことが、今度は共済組合が逆に農協に悪用されるというようなことになりまして、連合会の掛金の未納の中には、農協が壊滅したために生じた未納が、まだ若干残るというような状況にもなつております。私はここであえて専任組合長がいいということは、これは当然言えないのでございますけれども、この辺はもちろん人にもよりましようが、農協の仕事はあくまでも経済に専念される事業であり、共済団体の仕事は指導を含めた事業であるというようなところから、今後研究さるべき問題ではないかと存じます。
 大体盛られました事項について、簡単な意見を申し上げたのでございますが、先ほどもございますように掛捨ての農家は、非常にこの事業についての批判が多い。従つて今後は無事もどし制というのは、当然つくつていただかなければならないというように考えております。二十八年度の予算をつくるずつと前でございましたか、無事もどし制が何となくできるような印象を受けまして、私ども今後はこういうふうに改正されるということを声を大にして言つたのでありますが、不幸にしてそれが実現いたしませんでした。損害防止の事業を活発にすると同時に、共済保険金をもらわない人に対する報償を加味いたしまして、無事もどし制度は絶対にこれをつくつていただく必要がある、かように考えるものでございます。
 以上簡単でございましたが、私の意見を申し上げました。
#8
○足鹿委員長 次に、島根県農業共済組合連合会参事、高橋政吉さん。
#9
○高橋参考人 私ただいま御紹介いただきました島根県の農業共済組合連合会の高橋でございます。
 まずお話を申し上げます前に、本日私らの意見を御聴取なさいまして、制度改正の参考に資したいという本農林委員会のお考えに対しまして、私は衷心から感謝をするものでございます。と申しますのは、日本の農業が非常に困難な、そして複雑な状態であることは、今さら私が申し上げるまでもない事実でございます。そこで、農業災害補償制度の軸となるものは、何と申しましても保険理論なのでございますが、さようなものをもつて、一つの災害を補償するということは、非常に困難な問題であろうかと思います。この点につきまして調査をして、いろいろお考えになつたところ、がややもすると第一線ではそれが合いかねる。そこに問題があるように私は存じております。さような意味におきまして、むしろ第一線の姿を何とかしてよく検討しようというそのお気持に対しまして、私は非常な敬意を表します。また今後の問題についても、かような観点から何かとお進めいただきますように、特に農民の側としてのお願いを申し上げるわけでございます。
 私が申し上げますことは、実は私は島根県の連合会の人間でございますが、昭和十四年の農業保険制度が始まつた準備職員の時代から、この制度の前身であつた保険時代から関係をいたしております。私個人も島根県において水田を一町歩耕作し、牛も飼つております。養蚕をした経験も持つております。組合員としてのりつぱな農家でございます。そういうような観点から申し上げますので、とかく問題が非常に片器つた考え方になりまして、あるいは全国のいろいろな持つて行き方については、非常に偏見に陥るというようなきらいもままあるかと思いますけれども、その点については取捨適当にお考えいただきまして、御容赦をお願いしたいと思います。いろいろな問題がございまして、お示しになつたような要点について、箇条について申し上げますことがいいかとも思いますけれども、むしろ私は、ことごとくの問題がいろいろ関連をいたしますので、島根県において問題と考えられるような事柄の中から、お問いになつておるような問題に触れてお話を申し上げたいと思います。
 まず何と申しましても島根県において一番問題になつておる問題は、いわゆる農作物の災害が非常に偏在的であり、また集中性を持つておる。そしてまた何の災害はどこに発生するという地域的な予見性を持つておる。このことは保険の問題から考えてみますと、私は非常に困難な問題であろうかと思います。そこでいろいろな問題が発生するというのが、一番根本的な問題ではありますまいか。そこで掛捨てになる地帯は、大体わかるわけであります。この制度の一番基本的な問題は、結局比較的高い被害の地帯と低被害地のその間をどういうように調整するかという問題が、一番重要な問題かと思います。その問題は、たまたま島根県でありますとか、あるいは鳥取県でございますとか、岡山県でありますとかというような被害の少いところだけの問題では決して私はないと思います。比較的被害の高い地帯におきましても、いわゆる共済金の支払いを受ける機会の多いものと少いものとの間におけるその間の調和の問題は、掛金の程度こそ違え、その内容については同様の問題があるかと思います。その点について、何らかの方法をお考えいただかなければならない。比較的共済金の支払いを受けることの少い側に立ちますものは、たとえば昭和十四年の農業保険が始まつて以来今日まで、まだ共済金の支払いを受けたこともない、またさような状態でありますから、今後といえども災害を受けることはないであろうということを、大体常識的に考えるわけでありますが、そういう立場におります者は、何とかして掛金の掛捨てでなく、無事もどしをしたいという考え方になりますことは、私は当然の考え方かと思います。われわれが生命保険に入りますにしましても、ただ単に農村のお互いのためにといつたさような考え方で保険に加入するようには、われわれ個人が冷静に考えてないと思います。この制度に関して、そういう考え方を持つて行くということは、いかに農村が純朴であろうとも、さようなことは、実際問題として農家が了解するところでは決してございません。そこで、それらの問題が非常にまずく働きまして、いろいろの問題が派生いたします。たとえば損害評価という問題も、ややともすると過大になる傾向を持ち、これも避けがたいこの制度から生れる一つの問題かと思います。そういうことになりますと、すべての問題が悪くかわつて参りますから、それらの調整の措置を考えることが、目下島根県としては一番お願いをしたい問題であります。ただいまわれわれの考えております問題としましては、たとえば損害評価を正確にやるような何らかの奨励措置、あるいは損害事故防止によつてそれらの問題を調整するような措置、そういうようなことも考えてみたわけでありますけれども、損害の事故防止の問題は、やはり被害の高いようなところには、事故防止の必要性が多いのであります。被害の低いようなところは、事故防止の必要性が少いのでありますが、先ほどの高被害地、低被害地の調和をはかる目的には、期待ができないということが一応考えられるかと思います。損害評価を適正にするような何らかの奨励措置、これは一つの観念的な問題でございまして、具体性に欠けておりますから、さようなことでは効果が少いのではないか。そこで無事もどし制度、この問題が比較的具体性を持ち、また実行を伴う問題ではないかと私は思います。県下各町村ともに、この無事もどしの問題については、よほどの期待をかけております。現在いろいろの問題がございますけれども、今日まで島根県の各町村全部をつなぎとめております姿は、かようなものを期待して、制度はいつかわれわれの納得するものになるであろうという期待のもとに、島根県がさような一つの悪い事態を発生してはならないという気持から、今日まで仕事を続けております。そういう点につきまして、何とか措置を講じて行くことが、私は非常に大事だと思う。島根県では総水稲の共済掛金農家負担分は約四千五百万円程度でございます。多少数字は違いますけれども、そういつたようなはつきりした数字にまとめます。そこでかりに四千五百万円という農家負担、これに対して国庫の方から負担を増額いたしていただきまして、かりにその一割を国庫負担の増額を願つたといたしますれば、反当共済金額の掛金にいたしますと、百円のものが九十円に下るという具体的な事実になります。しからば島根県で一割の国庫負担の増額によつて、百円の掛金が九十円に下つたと考えて、島根県の共済事業は問題が非常に少くなるかと申しますと、決してそうではありません。百円のものが九十円に下つても、問題は依然として残つておるのであります。そこで、しからばその四百五十万円というものの一割に相当する部分を、もつと適切に、これを無事もどしに使つたらどうかということを考えたわけであります。お手元にお配りしました資料について、あとでまたお目通しを願いたいと思いますが、各戸の悉皆調査をいたしまして、昭和二十二年から今日まで、県下の水稲については、約九万の農家がございます。その農家の年々の掛金、支払いを受けた共済金等の悉皆調査をいたしました。何分にも数が多いので、精密な調査をして出すまでには、結果はまとまつてはおりませんけれども、その中間的なものをこれにつけてございます。それによりますと、大体その程度の金がございますれば、島根県における高低両被害分の調和の問題がよほど解決される。そうしてすべての問題が全部よくなつて行くということに、大体の自信を得たのであります。掛金の保険上の問題からいたしまして、無事もどしをするということにつきましては、私は多少理論上については疑義があるということは聞かされております。しかしながら、さような面もございましようけれども、農業災害のようなものをいかにりつぱに調
 査をしようといたしましても、保険理論に合致するような資料を求めることは、絶対に不可能だといつてもさしつかえないほどに、農業の基礎資料のまとめは困難であります。しからばいかにりつぱな計算がはじき出されましても、基礎の間違つた上においてはじき出されたものであつて、常に間違つておることは、われわれは当然わかる問題かと思います。そこで、しからばその問題をどうして解決するかの問題につきましては、私は経験の中から答えを求める。その答えによつて正しく調整することが、一番賢明な理諭の通つた行き方ではあるまいか、かように考えております。そこで無事もどしについてはいろいろな問題もございましようけれども、現実の問題として、またこれの運営を正しくする具体的な手段として、私は決してどうこう考えるべきものではないじやないか、かように考えております。また島根県におきましては、それが実現いたしますれば、りつはに公正な運営を期せるという自信を私は持つております。
 次に、なお一つの疑問に考えておりますことは、共済団体のあり方の問題でございます。現在の共済組合というのは、名前は共済の二字をもつて大体の性格を現わしておるかと思います。連合会は政府の特別会計の再保険という関係になつております。この関係においてどういうことになつておるか、一番下の共済の部分についていささか疑問あるのではないか、いろいろ御指導を受けておりまして、たとえば料率の個別化というようなことによつて、ある団地を求めて、そしてその危険の類似の団地において、一町村内を教区にわけて、たとえば四階級、五階級にわけて、いわゆる料率の個別化の問題が考えられます。これは非常にけつこうなことではありますけれども、なかなか農村の第一線の実態は、農家の経営規模も違いますし、あるいは一くぼ一くぼによつて、収穫量も、個々の農家の経済カも違います。いろいろの関係が区々でありまして、簡単に料率の個別化などということはなかなか容易にはできません。そこで私は共済のあり方は、むしろ共済というほんとうの名前に合うたような運営をさせるような仕組みにした方がいいのじやないかと思います。名前は共済であるけれども、内容は保険で貫かれておるというように考えております。たとえば一筆の耕地の損害なり、引受なりの一切は、東京の農林省の特別会計の再保険につながつておる実態であります。かようなところから事務が非常に複雑いたします。事務の簡素化は農業保険当時から叫ばれておりますけれども、いまだにその簡素化は不可能であります。むしろ以前に比べまして、簡素化されたことによつて運営の不適正化を来すようなおそれさえもわれわれは経験をいたしております。なお、この問題をもつと正確にいたすためには、簡素化よりか、もつと増して精密な一つの書類の整備その他を必要とするものではないかとすら考えております。そこでそれらの問題も解決いたしますし、いろいろな農村の実態において合いかねる問題を解決いたします問題は、それは農家の個々に、その最も似通つつた村の段階において、共済事業として処理させるような仕組みが、一番農村の実態に即するではないかと思われる。
 いま一つの問題は、しからば過去において各農家がどれくらい共済金の支払いを受けておるかの問題を調査いたしております。たとえば数百円という段階の金額をもらつた者が何戸あるか、千円から二千円もろうた農家がどれくらいあるかというような調査もいたしております。ところが、これは災害の姿にもよります。たとえば最近の冷害のような場合でありますとか、かようなことも言えませんが、島根県においては、過去七年間、二十三年から二十八年度、本年度までの実態にいたしますと、数百円の共済金を受けておる農家比率が非常に多いのであります。ところが、その数百円あるいは千円あるいは二千円という程度のものが、私は農家の経済が非常に逼迫するとか、あるいはそれによつて再生産が増減するというようなことは、あるにはいたしましても、そう大きな問題ではないではないか。しかしその金の累積については、町村段階ではかなりな数字となり、県段階あるいは国の段階になると、かなりな数字になります。そこでそういつたような、非常に低い、いわば町村のうちで自己保険ができるというある数字のものがあるといたしますれば、その数字のものは、先ほどの共済といういろいろな問題とあわせ考えて、そこにそういうような事業をやらせる。こういうことが私は適切ではないかということを最近特に痛切に感じ出したわけでございます。
 そこに保険、共済、再保険の関係につきまして、いま一応御検討を願いたい、かように考えております。
 それから強制か任意かの問題でございます。実は一部については、解散決議をした町村が一、二ございました。しかしそれについては、いろいろこの大きな制度のねらいを説きまして了解を求めて、全町村漏れなく、全耕地について共済事業を実施いたしております。おりますけれども、そこに流れておる気持といたしましては、任意であるか、あるいはやめてほしいという気持があることは事実でございます。その場合、しからば任意ということが正しいんではないかという考え方も成り立つわけでございます。だが私は、現実の制度そのままであるならば、そういう問題は必ず出て参るかと思いますけれども、しかし制度そのもの、何らかかような制度の必要だということはよく知つておりますから、この制度がよくなる希望さえ与えますれば、かような問題は島根県においてはいささかも起りません。そこですみやかに私は、現行制度を農家が納得のする、希望を持つような制度に一日も早くすることいかん、その問題が任意か強制かの問題を解決する最も大きな考え方ではないか。ことに日本の農業のいろいろな面、食糧の問題、国民経済的な、あるいは社会的ないろいろな面からいたしますれば、農家のことを思うても、将来何とかしてこの制度をやらなければならないことは、これはわかりきつた問題でありまして、農家も話せばわかります。そこで私はよくなるまでの手段として、強制は断固やるべしだという考え方で臨んでおります。
 それから国営の問題とかあるいは掛金の国庫負担というような問題が、多少今日第一線でちらりほらりと現われておりますが、大した問題ではございません。そういうような運動も大してはございませんが、ほんの一部についてそういうような動きがございます。これに対して、先ほども申しましたような事情でありますので、農家はとかくしますと、いつそのこと一文も出さないでやれるならそれがいいと、きわめて表面的な、そういう目に映る考え方そのままで、その方がいいんじやないかというようなことを考えないとも限りません。しかしながらこの制度は、農家が、ほんとうにわれわれの出した仲間入りの一つの権利を土台といたしまして、国の金を受ける、こういう制度は、おそらく私は他に農業政策にはないと思う。農家の現在の考え方は、ややともすると、補助金に対しては無条件について行くというような考え方になつております。これは私はあまりかれこれ申しますのもどうかと思いますけれども、日本の農業が、明治の時代から補助金によつて農政が成り立つておつた。そのことによつて、そういうことにもう習い性となつておるうらみがございます。かような考え方を払拭いたさないことには、日本の農業、農村の問題は解決できないではないか。かような面からも、私はこの制度のような自主性を持たして、農民みずからの自覚において、さらにそれに国政のいろいろな力が加わつて行くということが、新しい農村を建設する最高の考え方でなければならぬではないかという考え方で進めております。かような問題について、心ある人はよく了解をしたしてくれます。
 それから共済組合の単位の問題でありますが、現在共済組合のあり方について、性格そのものも考えられますが、たとえば規模そのものについても検討の余地があるように思つております。と申しますのは、掛金よりも賦課金の方が高いというような問題が出ております。この問題は、いろいろな関係もございますけれども、一番大きな問題は、共済組合の単位規模が大きいか小さいかの問題であります。非常に小さいところは、俗に申す一升のもちにもとり粉がいるというような関係から、事務費が割合にかさんで参ります。そういうところは、掛金よりか賦課金の方がかえつて多くいるというようなことが考えられます。たとえば団体引受けというようなことをかりに計画なさるとしますならば、さような場合においては、ある程度の単位が相当な一つの力を持つものでございませんければ、危険分散は困難であります。
 いろいろな面から考えまして、現在の単位共済組合の規模そのものについて検討を加える必要があるんではないか。最近地方自治のいろいろな発展のために、町村の合併等がございます。これらの機会をとらえて、行政区と一致さして行くという考え方も、私は必要ではないかと思います。特にこの制度が、ただ農家の経済的な問題のみにとどまらなくて、制度それ自体が、日本の国民の全体の面から、いろいろ社会保障的な性格を付与しなければならないようなことも考えられるではないか。さような面からいたしますれば、社会保険、社会保障的性格も、広い意味においては持つかとおもいます。そういうかれこれの考え方からいたしましても、私は行政区と一致さして、運営規模を大きくし、弾力性を持たせる。また性格もはつきりさせる。そういう考え方も、一つの考え方じやないかと、われわれは考えております。
 共済掛金についてでありますが、掛金の問題につきましては、これは高被害地の方は非常に負担に耐えがたいいう声もあるし、低いところは、掛金は掛捨てになる。これは掛金の問題で何とかなさるべき問題かと思いますけれども、しかし掛金に関する限りにおいては、私は完全な保険理論によつて割切るべきであると考えております。従つて生のままの姿であるのが、掛金本来の考え方でなければならない。ただ掛金の高いところは、掛金に耐えがたいという問題は、保険理論の問題ではなくして、それは農家経済とか、いろいろな他の問題から考慮されて解決さるべき問題であつて、掛金そのものについては、私ははつきりと割切つた考え方でなければならぬのじやないかと思う。そこに掛金と国庫負担との調和の問題が考えられるかと思います。だが低いところは、それならばどうでもよろしいかという問題については、先ほどの問題がございます。そこでいろいろそういう調和措置は考えなければならないかと思いますけれども、とにかく農家の考え方は、出した掛金ともらう共済金との損得ということを常に考えております。そこでその損得の関係を、大体納得の行くような姿に持つて行かなければ、これまた非常な過大評価をもたらす一つの原因になると思います。評価の問題がとかくに論じられますけれども、私は、評価より前に、掛金の問題がはつきりとしておることによつて、初めて適正な評価がなされるのではないかと常に考えております。過大評価が一たびそういうような傾向になりますと、今日の生の純被害率に対して、人為被害率が加わることになつて参ります。そうしますれば、次の保険料率改訂には、高い掛金のはね返りが来ることは、農家としてもわからないことはありません。しかしそれは個々の農家によつて損得がきまるのではなくして、全体の問題に響くわけでありまして、決して自分一人がようしやをするというあほうな考え方を持たないようになつて参ります。掛金が高くなればなるほど、過大評価の問題も出て参りましようし、料率の個別化も困難でございましようし、あるいは共済金額をもつと引上げて、中身のある共済金支払いという問題も困難になつて参ります。人の問題にいたしましても、損害評価が問題になるし組合経営が困難になれば、理事者も、非合法的な何らかの考え方を考えざるを得ないというところへ追い込められるのは、そういう基本的な問題があるからのことであつて、単にその人のなしたこと自体全部が悪いというように私は考えたくありません。そこには制度自体をよくして、正しく強要することができるような制度に押しつけて行かなければいかぬじやないかというように私は考えております。
 人の問題が出ておりますけれども、非常に苦しい仕事でございますから、いい人を求めようと思つても、なかなか人が参りません。有能な者は、他の適当な向きへ転向するようなきらいが多分にございます。これは私は、掛金の問題とか、その他いろいろな問題についての根本的な問題を解決しなければ、ただいろいろな写真に映る姿そのものによつて解決することは、非常にむずかしいように私は考えております。
 掛金の国庫負担についてでありますが、たとえば料率の個別化というようような問題につきましても、掛金の国庫負担の問題は、現在府県段階で大体わかれておりますが、町村段階、さらには地域の面にまでそういうような岡庫負担率をはつきりさせるというようなことも考える必要があるかと思います。しかしこれらの問題は、根本的に共済組合のあり方がかわりますれば、これはまた別個な考えでございますけれどもそれにしても、やはり国庫負担をそういうところにまでよく考えて負担をして行くというようなことが、一応考えられなければならぬではないかと思います。そして最近ピーゼロの部分について、三分の一を見るように大体御措置願いまして、われわれは非常にありがたく存じておるわけでございますけれども、大体ものの考え方として、一応国庫負担についての私の考え方を申さしていただきます。強制の二字を使つておりますから、結局やめたいという者も協力をいたしております。従来国庫負担になるものは、災害地へいろいろな形で多くのものが流れておるこれはその通りであります。またさような農家は、比較的経済負担に耐えがたい、これも事実であります。事実ではありますけれども、この制度ができたがために、さような地帯は非常に農家経済が安定し、再生産確保に役立つておることもまた事実だろうかと思います。その制度の効果、それはその地帯に対して従来よりプラスであります。そのプラスは何によつて得られるか、国の費用によつて得られるものも多分にございますけれども、さような農家の低被害地の貢献にまつことも忘れてはならない厳然たる事実であると私は思います。しからば、いろいろな一つ一つについての考え方はあるでございましようけれども、制度全体を育てる意味からいたしますれば、低被害地とても、必ずしもなおざりにすべき性格のものではないと思います。そこで国庫負担についての基本的な考え方につきましては、低い地帯についても相当な考慮が払われて行くということが、制度全体を育てるゆえんではないかと私は存じております。
 掛金の延納あるいは延滞の問題でありますが、これらにつきましても、いろいろな方法もございましようけれども、先ほど申しましたような問題を解決していただくことによつて、大体それらの問題も逐次よくなつて行くというように考えております。現在、全農家について、昭和二十二年から二十七年に至る町の未納が、どれくらいあるかということを調査中であります。大体二十七年三月末日の決算じりで、実質的な未納部分は約一千万円程度島根県にはあつたかと思います。現在では、それが大部分解消はいたしておると思いますけれども、決算じりについてはそういうふうに思われております。掛金の未納問題も、いろいろございますけれども、それにはどういう理由で未納になるかということを調査いたしております。われわれの想像いたしております問題といたしましては、損害評価がどうも気に入らないからという考え方で、未納になつたものもありましようし、あるいは理事者がどうも適当でない、あのやり方はどうもいかぬという事実もあるかと思います。あるいは制度自体がどうも納得が行かないというものも出て参るかと思います。あるいは経済負担に耐えがたいという問題もあるかと思います。そういうような問題につきまして、一応改めてみたいと思つております。だが制度の問題さえ解決いたしますれば、私は、大体それらの問題は解消するかと思います。時間がございませんから簡単に申します。損害評価についての問題でありますが、損害評価の問題について、一番大きな問題は、何と申しましても基準収量の問題かと思います。現在農家が考えておる収量と、国から示されます基準収量とに、かなりな食い違いがございます。そこのところがはつきりいたしませんから、いかに爾後の問題を適正にやろうと思つてもなかなか適正にはなりません。そこでその問題を解決することが、非常に大事な問題かと思います。たとえば石建にするようなことは、非常にけつこうかと思います。ただ石建にいたしましても、どういう石建にするかの問題は、依然としてかわりません。ただそこに農家は希望収量――かつての農業保険時代には、災害なかりせば収穫し得べかりし収量、いわゆる希望収量というものを、ある程度は考える必要はなかろうか。現在の言葉で申しますならば、増産目標というような考え方において、農家がのみ、あるいは期待する。そういう努力の目標というものにある程度の歩み寄りをする必要があるじやないかというように考えております。共済金に幅をつける問題でありますが、これについては、けつこうなことでございまして、今回の法の改正にもお認めを願つたわけであります。いわゆる百六条の改正でございますが、これもけつこうなことでありますが、石建にした場合においては、多少の考慮を必要とするかと思います。従来の問題につきましては、割合保険でございますから、被害の割合によつて共済金がきまります。従つて幅をつける問題は、割にそう大きな問題ではなかつたのでありますが、かりに契約石数というような手投を用いましたときには、被害の多い所は、どうしても契約石数の高いものを望む、被害の少いところは低いものを望むという傾向をたどるかと思います。もしさようなことにおいて、幅を無条件につけたといたしますれば被害の少い所が低い契約石数において契約しますれば、ますますもつて共済金支払いの機会を少くするような傾向になります。さようなことになりますれば、これはいよいよ問題化するおそれがあるではないか、そこでそれに対しては何ら裏づけとなる――無事もどしでありますとか、あるいはそれだけ危険度が低くなれば、掛金かなんかの面で、何らかの措置をするといつたようなことも、あわせ考えて御考慮願いたいと思います。いろいろ問題がございますけれども、最後に任意共済の問題について、ちよつと私の県の実情を申し上げます。任意共済につきましては、実は団体間で多少の問題があることは事実でございます。事実でございますが、島根県については、共同声明共同通牒を出しまして、原則として農協指導連ですか、こちらの方は農協建物、われわれの方は農家を、というようなところを、主管課であります農政課と、両団体が一緒になつて、共同の通知を出して円満にやております。何ら問題は起してはおりません。ただ私はここに建物共済の問題につきまして、いずれの団体がどうであろうと、はつきりと打立てたい一つの問題がございます。それは現在の農家は建物が、かつての時代でございますと、いろいろな関係で建物の問題もある程度楽に再建ができるというようなことも考えられますけれども、今日の農家の建物は、いろいろの面において非常に大きな生産資本であります。固定資本でありますので、その大きな資本を保険するのはあたりまえであります。だが農家自体は、利潤に乏しい、ほんとうに労力を自分で打込んで、またその労力によつて自己の生命をつなぐといつたような、そういうような零細な農家の経済状態というものを保険する場合においては、実費保険料であるべきであるということを私は主張したいのであります。そこでさような意味からいたしますれば、なるべく低い保険料、いわゆる実費保険主義をとるべきであるという希望を持つている。そういう意味については、そういう機能を持つものにやらせさえすればいい。だれがやるべきだ、だれでなければならぬというようなことに、かれこれ考えるべきものでなくて、そういう機能をだれもが努力し合つて、そういうようなものに持つて行く努力をむしろ私は歓迎すべきだというように考えております。だんだん安くして、火災のみといたしますれば、島根県においては、千分の二十五くらいで優にやつて行ける自信をつかみました。現在六〇%程度の加入でございます。あまり長くなりまして恐縮でございますが、私はこの制度改正につきましてなかなかこれはむずかしい問題でございますので、そう短兵急にはこの問題は解決ができないと思いますが、この制度を解決することができれば、そのときには日本農政が確立したと言つても間違いないくらいな、非常にむずかしい問題であるかと思います。どうぞひとつ末端のいろいろな事情をよくお調べいただきまして、少くとも農家の実態に合うように御考慮が願いたい。しかし、といつてはつきりといたしたものにつきましては、急速にひとつそれらの問題を御解決願いたいというように考えております。特に島根県の実情からいたしますれば、無事もどし制度の確立につきまして、何分の御配属をお願いしたいと存ずるわけでございます。
#10
○足鹿委員長 それでは最後に宮城県農業共済組合連合会会長、小野寺誠毅君。
#11
○小野寺参考人 小野寺でございます。初めに御了承願いたいのでありますが、全国農業共済協会の音頭によりまして、われわれは、われわれ仲間の一つの制度改正に対する基本案をつくろうというような議が持ち上りまして、そのまとまつた一つの意見書が、先生方のお手元にもお配り申し上げて、ごらんを願つておるわけであります。私も、実はその制度改正のための委員の一人であたということであります。従つて私の意見の大半も、あの印刷物の中に織り込まれておるということを御了承願いたいのであります。それを前提といたしまして、個別的に思いつくままを申し上げたいと思います。まず大ざつぱに申し上げまして、この現行の共済制度が、今日いろいろな意味において非常に農民から悪評を受けており、またいろいろな不備の点が指摘されておるのでございますが、これはこの制度自体の出発当時を私はしみじみ思いまして、この制度は出発当初から非常に宿命的に芳ばしからざるハンデイを負つておつたということを考えるのであります。第一番目には、協同組合もそうでありますが、協同とか共済とかいうような考え方は、実は日本の百姓には一番縁遠い考え方でございまして、とりわけ供米制度などについて非常うるさい、いわば百姓がいやが応でも秘密主義、個人主義のからにとじこもろうとせざるを得ないようなときに、協同とか共済とかいうようなものが説かれ初めておる。協同どころでなく、いかにして自分自身の秘密的な立場で利益を擁護しようかということを、一生懸命百姓が考えておる最中に、この制度が出発した。こういうことであります。そしてまたその中でも、協同組合と違つて共済組合は、当時広報宣伝の上からも、いわば政治上からも、非常にこれが下積みに取扱われた傾向があります。協同組合の方は、マッカーサー命令というようなことで、非常にジャーナリズムにおいても、はでに取扱われましたし、国の方針といたしましても、これが当時の農民の行くべき一つの道として大きく取上げられて、内容はどうあろうとも、協同組合を知らない百姓はなかつたはずでございます。ところが、そういうような半面、共済制度というものは、全然協同組合のはなやかな宣伝の蔭に隠れて、知らぬ間に下積みの形でこそこそと生れたようなわけで、いつの間にそういうものができたのだろうというような感じがずいぶんあつたわけであります。いらないものが付随的に、おまけとして、協同組合の抱き合せか何かのような形で生れたものだというような、そんな程度の思想上の扱い方しか受けないような、そうい創立当時の状況だつたと思つております。そうしてまたそれがだんだんわかつて参りますと、前の農業保険、あるいは家畜保険というような前身がございますが、その前身が至つてだらしがなかつたり、低調をきわめておつたものだ。それの生れかわりだというようなことがわかつて来ますと、前の非常に悪い印象がまだこびりついておりまして、そうしてまた出て来るものはろくなもんじやあるまいというように、あんなふうな前身の印象が悪かつたことによつてかえつて割引される、こういうようなことでもございます。
 それからまた私どもの県の立場を申し上げますと、やはり協同組合の方に非常に大きい重みが行つておりました関係か、共済事業に対しては、県当局の指導も非常におざなりであつた、こういう形でございます。そういうような、何一つとして特に注目さるべき、あるいは農民の特に飛びついて来るというような魅力を持たさせないで出発したということ、このことが今日の共済制度に、依然として着いてまわつている一つの悪評の根本的な原因だと、私は思つております。その後いろいろと、結局実物教育で、災害のあつた都度、だからこういうことなんだというふうな、実物教育の形で逐次浸透もはかつて参つたのでありますが、今もつて非常に低調をきわめておるような組合の実態でございます。組合が低調をきわめておるということは何かというと、それの端的な現われが掛金の徴収に非常に難渋をきわめて、未収が多いというようなことで一応表わされるのでありますが、そういうところは、しからばどういう形になつているかということの大略の分析をいたしますと、結局非常に掛金の徴収に難渋をきわめて、百姓が非協力的だというような地区は、立地条件の上から、あるいは経済上の問題から、あるいは思想的な問題から、あるいは運営者の問題から、というようなことに大体わかれるわけであります。立地条件と申しますと、結局前の方々が申し上げたような、掛捨てになる、しよつちゆう掛捨てにばかりなつておるというような地区は、これはもう申すまでもないことであります。それからちよつとしたいなかの町場で、いわゆる半農半商的な人口の組合せになつておる、そして案外商人として裕福で、飯米かせぎに、片手間に百姓をやつておるというようなところは、てんで共済というようものには目もくれない、こういうような状況であります。それから行政区域の問題で、百姓の組合員の構成が、経営の絶対規模が小さいという所、耕地面積がねこのひたいのようであり、組合員が二、三百人というような程度の所は、これはどうにもこうにも、かけようにもかけられてない、一組合を維持しようとしても維持して行けないというようなことで、この絶対規模の小さいということが大きい隘路になつております。それから思想的なと申しますか、町村のうちには、御想像いただけると思うのでありますが、非常に政争のはげしいような地区がございまして、自由党と社会党が相半ばして、相対峙しておるというような所になりますと、自由党系統の経営者、組合長なんかが出ると、反面の社会党系統の方々がそつぽを向いてしまう。その反対のときは、それのすつかりまた逆のようになつてしまう。こういうようなことで政党的な色づけを特に好んでやつて、半分はいつでも非協力的な態度をとる、こういうようなところがございます。それから特殊な部落というようなものが考えられます。これはほんの一例としてあげてどうかと思うのでありますが、たとえば共産党のリーダーというような小児的な考え方でと思うのでありますが、何でもかんでも今の政府のやられること、今のお上のやられることはさからわなければならぬのだというような、そういう先入的な立場でもつて、とにかく非協力的な態度をとらせようというような分子が部落にたまたまおりますと、そのあおりを食つて、その部落一帯がそつぽを向いてしまう、こういうようなのがございます。それからこれはたつた一つの例外でございますが、弁護士の前歴を持つた方が村へ帰りました。その村で一期村長をやつた人でありますが、これは御自分の法的な知識から、この制度の盲点をついて、これは強制力がないんだ、
 強制して、いわゆる罰則を加えるなら加えてみろ、おれはこれには全然協力はできないし、納得はできないのだ、かようかくかくにこの法律はおかしいじやないかというようなことを、専門的な知識をたてにとつて、あくまでただ一人そつぽを向いておる。そして罰則だつて強権だつて思うようにできないだろう、村長名でもつてこんなものをよこしたつて、そんなことは事実上できないんだというふうにたかをくくつて、いわば法の強権の裏づけの弱体であるところにつけ込んで、一人いい気になつてさからつておるというようなのがただ一人ございます。
 以上のような形で共済組合の非協力者の立場というものが分類されるのでありますが、それらを結局今日まで五年間の経過からながめてみますと、今度は年を経て趣旨の普及、徹底ができることによつて、なるほどそうかということでだんだんついて来る者と、それから普及、徹底すればするほど、かえつて遠のいて行く者と、こういうふうにやはり分類されるのであります。そういうような程度のことなら、なおさらおれはもういやだというふうに、そつぽを向いて行くような人があります。結局、言えばわかるというような方々は簡単でございますが、制度をつつ込んで行けば行くほどこれから離れるというような階級の人たちを、いろいろと今度はつつ込んでみますと、結局残るものは負担が多過ぎるということ、掛金がまるつきりどぶへ捨てるようになるということ、これに対する不平が最後まで残る、こういうことでございます。
 以上申し上げたようなところから、今日まで私がしみじみ考えますことは、この五箇年間の経過を、こういうようなハンデイのもとにやつて参りました役職員の働き方を見ますと、私は連合会を申しません、特に単位組合の方々の実態をもつて申し上げるつもりでありますが、結局悪口されることを承知の上で、寝る目も寝ないで、犠牲と奉仕の上に立つてやつて来たところが何とかかんとか持ちこたえておるのであります。今いろいろこれが仕組みをかえて、方法を大きくかえようというようなお考え方もあるようでございます、私は、これだけの悪条件を背負つてやつて来たのにしてはできがよかつた、今日の結果はむしろ非常にりつぱなものだというふうに考えるのであります。それは、今日どうやらこの程度にこの制度が育成され、存続しておるのは、一にかかつて単位組合の役職員、特に職員の方々の血のにじむような、寝る目も寝ない御努力のたまものじやなかろうか、これがなかつたら、おそらく今ごろはこの制度はどこかへふつ飛んでしまつたのではなかろうか、こういうふうにさえ極言できるという気がするのであります。公社にする、公営にする、官営にするというようなお説、非常にけつこうでございますけれども、結局現在の職員の以上の方々が行つておやりになるのでなければ、おそらくこれは形をどうかえて行つても、これ以上に伸ばすことは不可能じやなかろうか、今の職員の方々が労力を惜しまないで、超過勤務というようなものにこだわらないで、ほんとうにやつてくれてこそ、今日まで打ちこたえて来たんだと私は思うのであります。これ以上にこの制度の内容を改善してくだされば、何も公務員の方々がわざわざお出ましにならなくつたつていいはずでありますし、また今の制度でもつて、今の公務員の方々が八時間労働でもつて、それ以上のところは割増金をくれなければどうとかいうような形で、一日でもこの単位組合の、共済組合の運営ができるのだつたら私はお目にかからぬ、こういうふうにも申し上げられると思います。ですから 問題は、現在の職員諸君の、単位組合の血のにじむような職員諸君の努力を何とか生かしてくださるように、法律上の裏づけを与えていただきたい、こういうふうにお願い申し上げたいと思うのであります。
 この法律から受ける感じは、大ざつぱに申し上げますと、まず法律と技術と算術の計算と、ややこしい三つのものが取組み合せてありまして、非常にややこしくて複雑で、とつつきにくくてわかりにくいにかかわらず、一部は非常に都合がいいのでありますが、一部は、これほどにできている法律のくせに、あんがい、きりつとしたきめ手がない、こういうことを感ずるのであります。そこを一番端的に私が感ずるのは評価の問題だと思つております。それから取立てる方、掛金の算定というようなことは、非常に綿密な計算や何かで、技術的なそういうようなことは、申し上げようのないようなとりきめになつておるのでありますが、そういうようなりつぱな一面におきましては、実際にたんぼに出て町村の評価委員が評価をする、それが最後の決定を見るまでのあの経過を見ますと、全然この評価というものは、やつているようなやつていないような、あつてなきにひとしいような扱いを受けている。
 しかも文句の言いようがないというようなぐあいにさえも感ずるのであります。こういうような評価や何かについては、しばしば問題になることがございますが、特に掛金の問題、掛捨てにならないような措置を講じていただくこと、それから評価というような問題をもつときめ手を与えていただければ、現在の職員の諸君においてもけつこうりつぱにやつて行けるだろう、必ずしも公営とかどうこうということまでお考えいただかなくても、十分にこれから健全な発達を遂げるであろうということが考えられるわけであります。
 そういつたようなことを前提といたしまして、個別的なことをちよこちよこ申し上げますと、一の問題は私の方では何もございません。特にこれ以上つけていただくというようなことはございません。しいて言えば、技術的にどうあろうとも、ばれいしよを加えてほしいというようなことをちよいちよい要望されることがございます。それから二の問題は、これはもう問題ございませんで、解散しても何でも自由ということになつたならば、おそらく一組合も残らないであろうというような現況であるということを申し上げれば足りるだろうと思います。
 それから三の農家単位の引受けのことは、私の方でも九%かの実施を御指定いただいてやつておるので、あります。これは制度それ自体がいいか悪いかということよりは、これによつて掛金が少しでも安くなるというところに飛びついて、農民が大体歓迎しておる。いいか悪いかの最終的な結果のデータは実はまだ出ておりませんが、特に今回冷害地帯でございますので、この冷害地帯の私どもとしまして、二割以上の被害に対して支払われる、こういうようなことが今回は決定的な魅力となつて、おれの方も農単をやればよかつたというようなこところが圧倒的なようでございます。
 それから掛金の問題、これはやはりもつと安くしてもらわなければならぬというようなことは、いの一番に申し上げたところでございますが、とりわけ、さしあたつてわれわれが考えて行きたいことは、やはりこの保険理論からの当局の計算によつて割当てられるのは、前の四箇年間、五箇年間の実績に応じてということになつておるのでありますが、それをそのまま持ち込まれますと、とてもとても反当七百円を越えるというような実態が出て来まして、それではまつたく――かりに私がそういう立場であつたなら、やはり組合をやめてそれだけ備荒貯蓄をしておいた方がいいと思うような数字まで出て参りますので、これは計算のいかんにかかわらず不可能なこととして御詮議を願いたいということを、当時一生懸命農林当局にお願をいたしまして、こういうところはお取上げをいただき、手かげんをしていただいておるというようなことであります。そういうことのために、賦課金の方はしばしば農林省の方から認可制をとるというようなお示しでございますけれども、農林省の方で首をひねられるほどの高いものは、とりたくてもとれないようなことでございますから、私はいの一番の山崎さんの先ほどの御発言にあつたと思いますが、協同組合や村役場に依存しないで、自前にこの組合の運営をやつて行くためには、かりにも役員たるものの報酬はどうあらねばならぬか、あるいは最小限度の事務所の構えばどうしなければならぬか、その中における役員の数などは最低どのくらいは必要とするというよなことを、世間並の常識でこれを計上いたして参りますと、おそらく今の掛金の何倍かをもらわなければ、賦課金の何倍かをとらなければやつて行けないようなものが、現在やつているものは、やむを得ずしてそういうところで屈辱的な立場に甘んじておる、こういうことであることも御了承願いたいと思うのであります。それから掛金の中で急いででもお取上げを願いたいことは、民生委員あたりで認定によつて生活扶助の規定を受けておるようなものも、これでは一応しやにむにとれるような形になつておりますので、こういうようなことに対して、何か弾力性のあることを早急にお考えいただいた方が助かる、こういうふうに思つております。
 それから五番目は、どうやらこうやらやつておるというような程度で、十二月に百パーセント完納をめざしてやるよりしかたがない、こういうような形でおります。
 それから特に七番目の料率の個別化ということ、これは今の掛金の絶対額の高い安いの問題と関連しておりますが、御承知のように四階級、さらにその内訳は、甲乙丙とありまして、結局実質的に十二の階級があるわけでございます。これがどうしてもやはり町村単位では割切れないものが残る。極端な例でございますが、AとBという隣あつた二つの村がありました場合、Aが一階級の甲で、Bが四の丙であるというような場合には、いかように調整いたしましても、この村の境界線のあぜ道一本のところで、やはり高い低いがどうしても出て参ります。しかも四の丙というようなのと同じような条件で絶対に水害などには何百年後までかかる心配のないような所が、Aの甲に属する方にも部分的にあるのでございます。それがやはりAという村に住んでおるということのために、よその評判で、隣よりもはるかに高い掛金のお相伴を食うという、こういうアンバランスに対する不平が非常に多いものでございますから、こういうことに対する、細分化して行く方法その他については、何か自主的にもつともつと弾力性を与えていただけるような措置も望ましい、かように考えております。
 それから十と十一の損害評価上の難点、統計調査事務所の問題でございますが、難点はどこにあるかと申しますと、結局きめ手がないということに尽きると思うのであります。お互いに、いつでもこれは水かけ論に終始するような感じがいたしまして、現在も、今回の冷害のあとの損害評価には、そういうことでもんちやくがしきりに起きておるようなことでございます。極端な一例でございますが、私の県の一部で十月初めに検見競技会をやつた例を申し上げますと、ある村に、その支部管内の二十七箇町村の代表選手の評価委員が一人ずつ集まりまして、二十七人に、そのある一囲いのたんぼを見させたのであります。冷害にかかつておるとおぼしきものを、十月初め午後のある日を選んで、まつ昼間、そこで二十七人一緒に同じたんぽをながめさして、これはどのくらいの減収だと思うかというようなことを見て来たところを記名投票さして、すぐそこで答えだけをとつたのです。あとどれが一番正しいかという問題は、最後にそれを刈つて、脱穀調整をして正確な一つの答えが出て、それに一番近かつたものを一等とするというようなことで、少しでも評価額の統一をするための指導方針の奨励の意味でそういうことをやつておる一例でございます。その日にその地区で行われましたのは、二十七人の組合代表的な、村からの選手と言われるような委員が集まつて、思うところを書いて入れたわけでございますが、一番少く見たのは五斗でありまして、一番多く減収を見たのは、一石二斗、実に同じ囲いでその差一石七斗に及ぶ、こういう極端なものがあつたのであります。これは事実記録も何もございますので、はつきり申し上げられるのであります。かようなぐあいで、結局その五斗と二石二斗との間のほんとうの妥当なところは、その間のどこにあるかというきめ方、これをしかも全部刈りとつて、脱穀調製する前にきめることが、いかに難をきわめることであるか、このことで作報がどう言うた、おれの評価委員会の方はどう思うと、お互いに言いつのつてみても、それはある程度まで行きますと水かけ論にしかすぎないようなことになつてしまう。これに対して何かもつと根本的なきめ手を考えていただけないだろうか。そうして、そういうようなことになつたら、作報がどうだとか、評価委員会の方はこうだということを言うより、むしろ作報の方々を含めた意味においての新しい評価委員制度というものを何か考えていただいたらどういうものだろうか、こういう感じを持つのであります。お互いに別箇の立場ということで、いつでも相対峙するようなことだけでなく、けつこうそういう場合でも、村あるいは郡に対しましては、その人よろしきを得れば、あるいはよろしきということにならぬかもしれませんが、調査事務所の農林省側の方々と非常によく連繋のとれておりまするところでは、何のいざこざもない。それが結果的には大体ぴつたり合つたものになつておる。こういうことで、お互いが、おれは作報だから全然そつちにはタッチしない、おれの方もそつちには頼むものかというように対立しておる所は、いつでもあとあとまで騒動を持ち越して、お互いに傷ついて、何ら得るところがないような結果を生んでおるようでございますが、むしろこれを何か制度的にうまく練り合わしてくださるようなことはどうだろうか、こういうようにも考えておるのであります。それから私の方は不足金はございません。それから建物の任意共済事業の点、これもやつてはおりますけれども、特にこのために共済がありがたがられておるというようなことにはなつておりません。ただ一つ、申し遅れましたが、十二番目の災害防除の問題、これが私の方では一つの決定打として取上げられて、非常に好評を拍しております。行きづまつておる共済事業のために、少しでも農民のそつぽを向こうとする事業をつなぎとめ得ておる大きい点として、私どもはこの災害防除事業を全面的にわれわれの共済組合がやらしてもらつておるからだと思つております。昨年来、県と話合いをつけまして、植防法のあの実施を何とか共済の方にまかせてほしい、共済団体を指定してほしいという中入れをやつたのでありまして、それがうまく実を結びまして、われわれを中心とした県の防除の組織というものを、県全般のものをつくつたのであります。一つの機構的なものをつくりまして、県全般の組織として、それに指導員とかその他の必要な改良普及員ですか、そういう方々にも御参加願つて、あくまで指導権を共済が握つてやつておる。助成それから費用の問題は、国から二分の一ちようだいしたのに対して、原則的には県がさらに四分の一をつくつてくれる、残りの四分の一を受益者負担として、その実施団体である共済組合が受益者から吸い上げる、そういうようにして二倍にして実施して行く。これは非常にスムーズに行つておりまして、これに対しては歓迎は受けておりますけれども、少しの不満も聞いておりません。こういうようなことをもつと血と神経を通わしてつつ込んでやつて参りたい。また共済団体がしばしば解散の寸前まで行つた場合におきましても、これがたつた一つの起死回生の薬になつておつた、こういうような事実を私は体験をもつて確認しておりますので、何か防災事業、これを共済と有機的に結びつけてお取上げ願えれば非常に幸いだと考えております。非常にまとまらない申し上げようでございますけれども、現行制度の中で、最終の「共の他」というところになると思うのでありますが、概算払いをせつかく議会で御配慮いただいたのでありますが、今の概算払いのあの程度でございますと、まだありがたみが少い、こういうようなぐあいでございます。春蚕の場合には概算払いの措置を講じていただいたのを、いざおろしてみましたところが、あまり額が少いので、どうにも配りようがないといつて、そのまま協同組合の預金に持ち込んで暖めておいたというような所も相当ありましたので、これはもう少し何か掘り下げて、わくを拡充していただくようなごくふうがお願いできないだろうか。それから町村の共済の場合の削減払いというのが、これが一つの問題でございます。しばしば削減払い措置をすることによつて、農民から非常な不満をあとから受けておる組合がございます。あれは組合長がかつてに何かその金をちよろまかしたんだろうとかなんとか、総会においてそれは一応承認されたことであるにかかわらず、そういうことが隣村に行つて、そこではそうでなかつたということを開きますと、自分の方では承認しておりながら、おれの方は組合長がどうかしたのじやないかというようなことを農民は言いがちでございます。そういうことで、共済制度では組合長限りの考え方で、相当まとまつた金が右にも、左にもなるという印象を持たれて困つておりますので、むしろこれは削減払いをしなくてもやつて行けるような方法を講じていただいた方がいいのじやなかろうかと考えられるのであります。それから十八番目の、国家補償と保険とを切り離してやるべきかどうかということにつきましては、しばしば大きい水害が私の方にございました場合、作物だけではなく、耕地まで何とかひつくるめて共済してほしいというような切実な要望がございまして、そのころの耕地に対する補償というようなことを中心として、二、三年前、ここに御出席の足立先生あたりからも非常に有益な御意見を伺つて、期待したことがあつたのでありますが、それ以来、こういうことも今立消えになつております。これはやはり掛金さえふやさないで済むならば、農民はもつともつと共済してほしいということに尽きるようでございます。以上で終ります。
#12
○足鹿委員長 それでは、あと大体三十分程度、委員諸氏からの御質問を願いまして、大体おそくとも二時までには終りたいと思いますので、そのおつもりで御質問を願います。
#13
○吉川(久)委員 時間がございませんから簡単にお伺いいたします。最初に山崎さんと松崎さん、あとでその他の諸君にお伺いいたします。まず山崎さんにお尋ねいたしますが、あなたのおつしやる程度の賦課金で、組合員からあまり不平はございませんか。それが第一点。第二点は、基準反収のきめ方はどういうようにやつておりますか。坪刈りと反収との関係といいますか、調整をどういうようにやつておりますか。それからもう一つ、役員の選任方法はどういうようにやつておりますか。役員の兼職などはどういうふうになつておりますか。それから松崎さんにお伺いしますが、松崎さんは自主的な機関としてこの制度を強化して行くべしとおつしやいましたが、掛金の徴収を保険税とすることについての御主張もございました。やや矛盾するがごとき感じを受けるのでございますが、もし保険税とするような立場をおとりになつた場合、組合員から相当の反撃があるのではないかと思うのでありますが、あなたの地方ではどういうふうになつておりますか。その点をまず伺います。
#14
○山崎参考人 賦課金について不平がないか、こういう意味に伺つたのでありますが、賦課金について不平はないかと言われれば、あまり気持はよくないけれども、ここはひとつしんぼうすべきであるというように了解をしてくれております。これから上げようということになりますと、それはまたいろいろ議論があるけれども、難航をする見通しではありません。
 それから基準反収のきめ方について、坪刈りとの調整をどうするかというお話でございます。それは坪刈りを非常にたくさんやれば都合がいいのでありますが、私ども今年やりましたのは、百七十八町歩しかないのであります。それで、初め百点ほどやろうということでかかりましたが、労力、時間、いろいろの点から四十点ずつやりました。それは自分でやらないで、先ほど申し上げましたように食糧検査をやつている人にやつてもらつて、みんなが助手になりまして米にして、その米の品位、程度まで判定を食糧検査員の連中に頼んだわけです。そこでその収量というものを基準にいたしまして、そうして部落から検見で出して来ました収量と、農業員が検見をいたしました収量とにらみ合せまして、ここらだというように考えたのであります。そこらは非常にあいまいな点で、そんなやり方ではとてもいけないだろうという考えもありますが、今年のところはそれでやるということにしたのであります。
 それから役員の兼職の問題、これは先管もだんだんお話がありました。私もちよつと申し上げたのですが、協同組合と共済組合の役員は同一人であります。そうしてその役員がいろいろな方向に、自分の家の農業はもとよりやつておりますが、いろんな方面の公職的なところに顔を出しております。それを出していない人はない。一人で多い人は五つも六つも持つております。少くとも二つぐらいは何かあります。これは村単位です。私のことを申し上げますと、近ごろ村長をやらされております。県の農業委員をやらされております。それに付随したいろんな方面にひつぱり出されておる、こういうわけであります。ごく少数の人がやつておるから、少数すぎる、もつと多くの人が介入すべきであるという気持を多分に私も持つておりますし、そう思つておる人がたくさんあるのですから、そういうことは今後月を重ねるに従つて漸次改善して行く、そういつた希望に応ずるというようなふうにして行くよりほかしかたがないのであります。ともかく何でも私のところに押しつけてしまう。従つて私は何も知らないということに現在なつております。県の方からひつぱられることも非常に頻繁で、はなはだ往生いたしておるようなわけであります。しかしそれは私一人でありまして、ほかの役員は数個の兼職をいたして当惑はしておるものの、どうやらやつてくれておる、大体そういうことであります。
#15
○松崎参考人 お答えいたします。これは確かに今吉川先生のおつしやるように、自主的団体であつて、税ということは矛盾しておると思いますが、実際問題として職員は掛金の徴集処理に非常に骨を折つておるので、何らかそこのところを調整して、保険税的なものにして完全に徴集できるようにしてもらわなければやりきれないというような声が、職員の間にはあるということを御参考までに申し上げたのでありますから、御承知願いたいと思います。
#16
○吉川(久)委員 次に黒沢さんと高橋さんにお伺いしますが、まず黒沢さんに、補償の対象のうち蚕繭共済を廃止したらどうかという考え方もないわけではないのでございますが、桑だけにしたらどうか――桑だけではございませんが蚕繭共済の場合に、あなたは群馬県においでになるので、これをどういうふうにごらんになりますが。それから超異常の災害について、今年のように、こういうひどい災害のあつたときに初めて共済制度に関心を持つて来た、今まで、このすばらしい制度が、非常に普及が徹底を欠いていた、こういうことは、この制度があまり複雑であるからということも考えられるのですが、この制度は強制共済だけをやる。できるだけ単純化して、しかもこれをなるべく間口を広めないで、強力に推進して行つた方が効果が上るのではないかという考え方もできるように思うのでございます。そこで強制共済と任意共済というものをあわせ行うというよりは、こういうものはわけて行つた方がいいのではないかというような意見等も今までにあつたのでございます。こういう点について、黒沢さんはどういうふうにお考えでございますか。
 それから高橋さんにお尋ねしますが、あなたは非常にこの無事もどしの制度を強調しておいでになつた。高被害地と低被害地の評価問題は、私たちの小委員会においても相当問題になつた点でございますが、これについて、私は備荒貯蓄の制度を考えているんですが、高橋さんはそういう問題をお考えになつたことがあるかどうか、まずこの点をお二方にお尋ねをいたします。
#17
○黒沢参考人 ただいま蚕繭共済を廃止しようというように言つたとおとりのようでございますが、もしそういうふうにおとりになつたとすれば、私の言葉の足らないか、誤りでありまして、もしそうだとすれば、この点は取消させていただきたいと思います。ただ今年の凍霜害につきまして、桑の被害と繭と蚕児の被害、これには掃立て不能もございましようし、あるいは途中において蚕児を放棄したものもありましようし、最後に桑が足りなくて、きわめて貧弱な熟蚕しかできなかつたという問題もございます。そういう場合に桑と蚕児をあわせて考えますと、損失評価上に非常に技術的の複雑さがある。だから一般の農家の人も、これだけ桑は被害を受けたんだから、繭はかりに少々とれても、もう少し補償を受けたいのだというような印象もありますので、一部の人たちに、従来のように桑は桑、蚕児は蚕児にわけてほしいという議論があつたということでございますが、私どもとしては、せつかくここまで試みられた蚕繭共済でありますので、さらにこれをやつて行きたいという熱意に燃えております。さらにその評価方法等については、今後研究すべきだというふうに私も考えております。
 それから強制共済と任意共済との問題でございますが、事業がきわめて複雑多岐で、むしろ強制と任意とをわけて、別々に、あるいは別々の団体で行う方がよくはないかという点でございます。従来第一類第二類と申しました当時は、第一類共済は大体作物だけであつたのであります。それは被告が偏在する場合が非常に多い。つまり旱魃を受ける所、水害を受ける所というふうに、災害というものは局地に限られるという場合も、この共済制度を全面的にやる場合には、自分の所では水害のおそれは全然ないのだという環境の所にも同様に共済事業をやつて行くためには、それを補填するような任意共済、形において任意とは申しませんが、家畜共済のように、危険が普遍的にまわるようなものを同時に行つて行く。あるいは家畜共済のようなものを同時に行つて行くことによつて、一般の保険のマイナス点をプラスにして行つて、両者をあわせ行うことの方が、私はいいのではないかというふうに考えております。
#18
○高橋参考人 無事もどしの方法論になるかと思いますが、備荒貯蓄の問題については私も多少考えておりますけれども、備荒貯蓄の問題につきましては、もつと無事もどし、掛金も一結にした考え方において考える問題ではないかと思います。備荒貯蓄の問題から申しますと、現在のような姿においての備荒貯蓄というものはどうかと思います。やるならば町村の共済組合に当てはまる、共済の二字にふさわしい何か運営をやつて、備荒貯蓄をやるということになれば、私はかなり農家はついて来るのじやないかと思いますし、むしろ安心するのではないかと思います。そういうふうに備荒貯蓄の問題については考えております。
 無事もどしの具体的な方法論としましては、まずこの制度の性格からいたしまして、制度全体の調整をはかつて育てる上から、国の財政で大体お考えを願いたい。国の財政面からいたしますれば、現在、水稲に対して六、七十億の国庫負担がございます。その中の一割にも満たない金で、この効果が十分発揮できる、こういうことが、大体私の県内の調査成績でわかつたものと考えております。そこで大体主体をそこに置いていただきたい。但しそういうような国の段階だけの問題では私はいけないのじやないかと思います。やはり農家自体もいくらか負担をして、はつきりとそういう自覚を持たせ、るようなことも考え合せていただいたらどうか、しかし目先きだけは、国庫において相当お考え願いたい。その方法論につきましては、何を対象にして無事もどしをするか、現在農家が問題を起しておりますが、その農家を対象とすることでなければならない。手段といたしましては、たとえば現行の料率に何がしかのそういう無事もどし、あるいは料率修正資金とも言うような内容において、幾らかプラスして、それに国庫負担率もみんなきめてつくる。それを村の段階でつくり、あるいは県の段階でつくり、国の段階でつくる。そこらに、現在の保険について、それぞれ共済の範囲、保険の範囲、再保険の範囲ということもあるいは考えられる問題があるかと思います。さような問題にしても、それは農家を対象として無事もどしをしなければいけない、かように大体考えております。
#19
○吉川(久)委員 最後に小野寺さんにお尋ねいたします。小野寺さんは区域の問題をおつしやいましたが、適正規模と申しますか、区域と申しますか、それはどの程度にお考えになつておりますか。
 それから法律と技術と計算と、この制度の内容は、それだけでも多岐にわたつての経営であるとおつしやいました。従つて先ほど他の方にお尋ねをしましたように、あまりに、複雑多岐にわたることによつて、この制度の本質をほんとうに生かすことがむずかしくなりはしないか、従つて強制共済と任意共済とを合せてやることの可否について、どのようにお考えでございますか、もう一つついでに、ただいまの基金制度についてどういうようにお考えでございますか、この三点についてお願いをします。
#20
○小野寺参考人 規模につきましては、私の県下において、各町村についてデータを出さしておるのでありまして、結論的に、この程度ならばというものがまだ的確には出て参りません。町村という行政区域を無視して、組合だけを大きくすることは、なかなか望んで実行不可能なことでありまして、手をやいておりましたところ、幸い今回町村の合併統合の法的措置が出て参りましたので、あれがうまく進めば、あの規模においてやれるのだつたら、大体私の方は共済も一組合で一人前にやつて行けるのじやないかと期待いたしておるような次第であります。強制と任意とのことは、ごもつともでもございますが、ただ私の考えといたしましては、結局、日本の百姓は、何か大きなささえがないとやつて行けないような実体である。そのささえの一番いいものは何であろうか、今いろいろ摸索しておるような形であります。そこでさしあたつてあるのが共済制度だから、せめてこれだけでももり立てて行かねばならぬ。やはり既存の制度を是として、一応われわれは今日までやつて参つたわけであります。いつも感ずるのでありますが、農民からこの制度が不評を買つておるということは、一つは、制度それ自体の不平だけでなくして、農民の経営不如意なすべての下平と不満のしわ寄せがここに来ておると考えます。従つてわれわれとしましては、植物防疫の問題もそうですが、実はあまり仕事をふやしたくない。現在の町村のきわめておそまつなスタツフをもつてすれば、とても仕事は過重であります。この間も、町村代表者を集めた座談会をやつたのでありますが、職員が、端的に苦心談をこう言つておるのであります。五年間に共済の仕事は十倍にふえたけれども、人間は二倍にもなつておらないという実態である。仕事は幾何級数的にふえておるのに対して、人間と金とは算術級数的にもふえてない。こういうことに対する下平を端的に言われたのであります。そういうことからいいますと、われわれはなるべく仕事はふやしたくないとも考えております。現在与えられたものの中でも、一番大きいものを重点的にやつて行つてせいぜいだと思うものもありますけれども、それらをやるためには、結局農民の経営全般のよき相談相手となつて行かなければ、制度を生かして行けないという観点からいたしまして、あれもやつてみよう、これもやつて喜んでもらわなければならぬというものが、事実として出て来るわけであります。職員の事務分量から申し上げますれば、なるべく仕事は簡略に少くして行きたい。現在の仕事をそのままさらに徹底するためには、もつともつと職員の数をふやしていただきたいという実態でございますが、それもかなわない今日として、われわれは大の虫を生かすために、小のところを附帯したものとして、サービスとしてもやつて行かねばならぬという状態に追い込まれておる、こういうような感じを持つておるのであります。
 なお先ほど重大な申し落しがあつたので、一つつけ加えさしていただきたい。建物等の任意共済の問題についてであります。私の県の実体といたしましては、やはり協同組合側との建物をめぐつてのせり合いもございます。それにつきましては、このごろはそうはげしいどうこうということもなくなつておりますが、決して私どもはなわ張り争いのつもりでこれを死守しようという意図はないのでありまして、協同組合側の建物をお扱いになる代表者と、私は懇談申し上げまして、農民の方々の総意によつて、そつちの方がいいということになつたら、いつでも手を引いてそちらにおまかせしたい。現在はまだそういうふうではないということであります。掛金その他の関係で、私どもの方が少しでも農民のプラスになつておるという一つの確信を持つておりますから、それについては、農民全般の意見によつて、将来必要のある場合には事をきめて行きたい。こういうことを友好的に申し入れて、大体その形で行つております。不即不離の形であるということ、従つてこれに対する意見もその程度であるということを申し上げたいと思います。
 基金の問題は、私設立のときの委員でもございましたが、今の程度ではとても中途半端でございます。かといつて、これを出資なんかで農民負担の部分をふやして行くということになりますと、これはむずかしいのでありますが、国の御心配によつてこれが強化できるものならば、大急ぎで百億くらい程度のものを強化して、スムーズに運営をやつて行けるようにしていただきたいと思うのでありますが、現在は貸借関係等、取引をまだ持つておりませんので、それ以上の詳しいことを申し上げられません。
#21
○足立委員 各参考人から、まことに真摯な、しかも業務の実体に触れての内容の充実した参考御意見を拝聴いたしまして、まことに得るところがあつたと存じます。この点は委員の一人として感謝いたします。
 私もこの制度に関係をいたしております者して、絶好の機会でございますので、いろいろお伺いしたい点はたくさんございます。この制度の中におりますと、とかく制度のからの中にとじこもつてしまいまして、最初小委員長から御注意もあつた通り、私どもも常にとらわれがちになるのでありますが、そういう観点から、さらに皆さん方飛躍したと申しますか、相当思い切つた御意見もつつ込んでお伺いいたしたいと思つておりますが、御熱心な御陳述のために、時間が相当経過いたしました。従つてただいま御陳述のありました中で、ただ一点だけぜひとも伺つておきたいと思いますので、あえて御質問申し上げるわけであります。黒沢さんと高橋さんにお伺いいたしたいと思います。御両所とも、特に無事もどしの点を強調されていらつしやいました。実際運営の衝に当る御両所としては、身にしみてのお考えであるということは私もよくわかるのであります。この制度の批判が相当高まつて参りました大きな原因は、何と申しましても、農家の掛捨ての問題、そう申してはしかられるかもしれませんが、経営の苦しい農家にとりましてはどうしても目先の欲というのがつきまといます。たとえば今年十年分の共済金をもらいましても、来年一年掛捨てになりますと、すぐに文句が出て来るというのが実情であります。これを指導してもらうことが、この制度に携わる方々の任務であることは申すまでもないし、これがまただんだん啓発されて来つつあることは事実でありますが、いかんせん、この長い伝統を持つた考え方というものは、そう一朝一夕に改められるものではない。これがひいて評価の問題に対する批判の声となり、あるいは先ほど小野寺さんからお話のあつたような、組合長が適当にちよろまかしているのではないかというような、とんでもない疑惑あるいはデマといつた問題も起つて来る。なおまた共済金の金額がすでに実情に合わない、あるいは支払いが遅れるとかいうようないろいろな問題がありまして、そういうものが大きな声になつて現われて来ているということは、おおうべくもない事実でございます。そこでやはり根本は、私は掛捨ての問題だと思うし、これを解決するためには、農家の負担の軽減をはかり、あるいは料率の個別化をはかり、あるいは無事もどしというような対策を考えて行かなければならぬと思つております。ここで具体的に、私どもが、国会を通じてこの制度の改正を行いまして、政治的にこれを解決するという場合にぶつかります問題は、やりたいことはたくさんありますが、そこで相反する性格を持つた命題が与えられる。つまり農家の負担を軽減せよという、これは完全な社会保障制度にまで発展させて、農家の窮状を救えという強い声がある。さらに無事もどしをせいという問題、さらに共済金を実情に合つたように直さなければならぬ。また迅速な支払いをせよ。こういつた問題が競合して参つていまして、いずれも国の財政負担に大きな関係を持つて参ります。そこですべてを割切つて解決するということは、事実問題として困難であることは御了承いただけると思うのであります。ここで率直に申しますと、皆様方に、特に参事をしていらつしやる御両者の今までの御経験で、当面この共済制度を改善させるために、どの道をまず優先的に選ぶべきかということについての御判断を、個人の御意見でけつこうでございますから、率直に御表明いただきたいと思うのであります。また農家負担軽減の問題は、共済金支払い金額の引上げと関係をして参ります。従来も御承知の通り農家負担はふやさない、しかも共済金額はふやして参りました。米価も上げる。現在実質一万円以上になつております。従つてかりに反当二石としても二十万円、その半額という基準で行きましても十万円、一万円以上の共済金でなければ、少くとも農家があてにしても、何にもならない実情であることは申すまでもない。最小限度一万円ということになりますと、農家の掛金負担をふやさずに、国庫負担の面を増大して、これをまかなうということにいたしますと、先ほどお話のあつたように、おそらく少くとも七対三程度に行くと思うのであります。その上さらに無事もどしを考えろということになりますと、農家負担をふやし、国の負担をさらにふやしてという問題になつて参ります。そうなりますと、これは手のつけようがないという現実の大きな壁にぶつかつて参ります。そこで御両者の御判断をいただきたいのは、私が申し上げたようないろいろな問題がありますが、当面この制度の改正に手をつける場合、この制度のためにプラスになるように前進させるために、どの道を選ぶべきかということについての、率直な御意見をお聞かせ願いたい。私はいろいろ問題を持つておりますが、この一点だけ伺つておきたいと思います。
#22
○黒沢参考人 ただいま足立先生からお話の無事もどしを中心にしてのことでございますが、現在農家単位共済は、試験中とは言いながら、二箇年の歴史を経ております。その実際を見てみますと、一筆単位の方は掛金の納入はきわめて渋滞しているというが、これは支出の中にも、農家単位の場合は、暫定的な措置かもしりませんが、調整資金として、その年に事故がなかつたか、あるいは事故が少かつた場合には、農家の掛金の半額がその年にもどされるということがかなりの魅力を生じまして、掛金の納入成績が非常にいいということを現実に聞いております。なお今年の防除等に当りまして見かけたのでありますが、あの目まぐるしい忙しさの中に、あの献身的な防除をしたために、多少でも収穫を得て、防除をしなかつたものに比較して災害の度合いが少かつたということは、農家としては当然なすべき仕事であるのだから、当然なこととは申せ、それをしなかつた人も隣りにあるわけであります。その際の損害評価の場合には、場合によれば免除事由なしとして落されこともありましようし、あるいは分割評価で落される場合もございますが、そういうことはなかなか実際面には骨の折れる問題であります。拙速な防除をしなければ、今年の収穫すらもこれまでに維持できなかつたということは、現実のものでございますので、そういうものを、お前はやるべきことをやつたんだから、補償金はこれだけでよろしいといつて、ただ突き放すわけには行かない面があろうかと思います。なお家畜等におきましては、とかく牛などは針を飲み、釘を飲んだために、廃用に落されるという問題もかなりございます。それらが、最近の技術によりまして、第一胃の切開手術をすることによつて、りつぱによみがえつて、乳牛の場合は乳の生産になり、あるいは役牛等も元に復すること等もございますし、また群馬県等においては肝詮症がたくさんございますが、ごく簡単な投薬によつて見違えるような牛になるというようなこともございます。しかしそういう行為は、今の農作物と同様に、飼育者の当然の仕事とは言いながらも、しない者の方がむしろ多いのでありまして、農業技術としては、これは非常な困難をしなくても、指導し、奨励して行くべきだと思うのであります。そういうものに対しての補償、つまり無事もどしは、私は当然なことだと思います。なお現在の料率計算から申しましても、異常災害の掛金のうち半額は政府へ納まるというようなこともございます。そういうものもありますので、無事故の場合には、政府資金を、あるいは特別会計の資金を投じてでも、無事もどしの制度は確立してやる。要は増産にあるわけでありますので、増産に役立つような施策をあとう限りやつてほしいということをあえて申したいと思います。以上であります。
#23
○高橋参考人 無事もどしの問題が当面する問題ですが、これが優先的な問題であるかないか、他に優先的の問題があるかといつた御趣旨だつたかと存じます。私は無事もどしの問題は、当面のきわめて重要な問題であるというふうに考えております。どういうわけかと申しますと、私は無事もどしの問題は、国庫の負担に負うことを期待いたしております。それについてのお話は、先ほど申し上げた通りでありますが、農家自体もいくらかは負担すべきである。ところが現実の問題として、現行制度の非常に大きな問題は、高い低いの問題が非常に大きな問題として現われておりますでしようが、私はその最も大きな問題をまず第一番に取上げられるべきではないか。かような観点から、無事もどしの問題を私は大きく考えております。もちろんこの問題については、地域によつて多少異なるかと思いますけれども、さように考えております。
 なお国庫負担の問題でございますが、国庫負担を多くしていただいて、制度を大きくしていただく、ことをお願いしたいのでありますが、たとえば国庫負担は現状のままであつても、そのうちでいろいろな仕組みをかえてよくするような問題もあるかと思います。たとえば共済組合連合会再保険といつたような問題の持つて行き方等の問題も、もちろん財政的な関係も関係しないでもございませんけれども、あまりそれらと、大きな関係のない範囲においての問題もあるかと思いますので、さような問題もまたお考えを願いたいと存じます。
#24
○足立委員 松崎さんにちよつとお伺いしますが、話に聞いたのですが、長野県においては、今申し上げた掛捨ての問題に根本があると思うのですが、これからだんだん発展して、共済制度というものは、現在の制度が非常に経費がかかつてせつかく国庫予算で相当多額の金額を組んでおりながら、農家にその金がすぐにはなかなかおりて来ないのだ。そうして先ほど小野寺さんの話にあつた一割の町村の削減の問題も、疑惑を生む一つの原因だと思うのでありますが、こういつたもやもやした空気から、長野県の一部においては、この制度はむしろ思い切つて改めて、あるいは廃止をして病虫害の防除対策を全額国庫負担でやる。あるいは凍霜害等の例でもあります通り、実際に農家が災害を受けた場合には、国の補助金制度である程度の金を出す。そうして農家は、農家自体として備荒貯蓄制度をやつて、両々相まつて行く。備荒貯蓄であれば、農家みずから積んだ金というものは、共有財産でございますから、はつきり目の前に積み立てられておる。これによつて疑惑も何もない。従つて無事もどしも何も考える必要はないので、そういう制度に改めた方がむしろよいのではないかというふうな、相当強い声があるやに聞きましたが、そういう点につきまして、あなたの伊那地区においても、やはり同じようなお考えの方が相当あられるかどうか。これに対して組合長の松崎さんとして、どのようにお考えになつていらつしやるか、この一点だけをお答え願いたいと思います。
#25
○松崎参考人 お答えいたします。ただいま先生のお話のような声も、ちまたにないわけではございませんが、私の郡といたしましても、また県の段階においても、それはほんの一部の声であつて、大部分の声ではございません。やはり県総体の農民の声といたしましても、また組合長そのほか役員の立場で申し上げましても、原則的には現行制度を持続すべきだ。しかし制度改正の内容には、幾多の問題がありますので、まつたく農民が希望しておるような姿が、一日も早く運営の上に具現するような御施策をいただきたい。しかし制度そのものは、まず原則としては、現在の制度をどこまでも育てていただきたいというのが、大方の農民の声であります。また私どもその職にある者の信念でございますので、どうぞひとつお願いしたいと思います。
#26
○足鹿委員長 参考人の皆さんにごあいさついたします。
 本日は、急にお集まりをいただきましたにかかわらず、全員おそろいで遠路御出席いただきまして、御体験を通じてにじみ出る真摯な、かつ具体的な御意見を御開陳いただきまして、われわれ委員会といたしましても、審議の進行上、大きな収穫があつたやに思うのであります。本年の共済金の支払い額は、総額三百三十六億に推定されるやに存じておりますが、まことに本制度のよつて来たる事態でありまして、私どもとしては、これを軽卒に、かつ公式的に取扱うような意図を持つておらないのでありまして、現下の政局下において、最大限の制度の改廃を行う立場から検討を加えておるわけであります。第一線におかれましても、いよいよ御活動をお祈り申し上げる次第であります。本日はまことに御苦労さんでありました。
 それでは本日の委員会はこれで終ります。
    午後二時七分散会
ソース: 国立国会図書館
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