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1953/06/25 第16回国会 参議院 参議院会議録情報 第016回国会 中共地域からの帰還者援護に関する特別委員会 第4号
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1953/06/25 第16回国会 参議院

参議院会議録情報 第016回国会 中共地域からの帰還者援護に関する特別委員会 第4号

#1
第016回国会 中共地域からの帰還者援護に関する特別委員会 第4号
昭和二十八年六月二十五日(木曜日)
   午前十時四十二分開会
  ―――――――――――――
 出席者は左の通り。
   委員長     常岡 一郎君
   理事
           西岡 ハル君
           飯島連次郎君
           三橋八次郎君
           山下 義信君
           千田  正君
   委員
           榊原  亨君
           横山 フク君
           林   了君
           紅露 みつ君
  政府委員
   外務省アジア局
   長       倭島 英二君
   引揚援護庁長官 木村忠二郎君
  ―――――――――――――
  本日の会議に付した事件
○引揚促進に関する件
○引揚者の定着援護に関する件
  ―――――――――――――
#2
○委員長(常岡一郎君) 只今より委員会を開会いたします。
#3
○榊原亨君 議事進行について質問を申上げてよろしうございますか。
#4
○委員長(常岡一郎君) 榊原君。
#5
○榊原亨君 今日は引揚援護庁の方々のお話を承わることになつておるのですか。如何でございますか。
#6
○委員長(常岡一郎君) 引揚援護庁の定着援護に対して承わることになつております。
#7
○榊原亨君 政府当局のお話でございますか。
#8
○委員長(常岡一郎君) そうです。
#9
○榊原亨君 あらかじめ今日の開会の日時は御通知がございましたのでございましようか、政府当局のほうに。
#10
○委員長(常岡一郎君) それはしてふります。しました。
#11
○榊原亨君 開会は、御通知は一般の議員には何時に放送されましたですか。
#12
○委員長(常岡一郎君) 十時五分であります。
#13
○榊原亨君 本会議におきましては大臣が出席した後にベルを鳴らすということを議運できめているくらいでございまして、御発言を願う当局は当然我我より先に来ておらなければならん。我々が集まつてから三十分以上も待つてから政府が来られて、そこで話をするということについては今後政府当局の御注意を願いたいと思うのです。あらかじめ政府が、大臣でさえが出席をして、そこで初めて集合のベルを鳴らすということを議運できめているくらいでございますので、我々が来て三十分以上も待ちまして、そして後から、あらかじめ通知してある政府のかたが来られてから、初めてそこで会議を開くということについては、政府当局に十分御注意を願いたいと思うのです。
#14
○委員長(常岡一郎君) よくわかりました。そういうことにいたします。
#15
○山下義信君 私も議事の進行についてお願いします。理事会で今日は定着援護とソ連抑留者の引揚促進について、今日の公報に案件が出ておる通りなんでありますが、順序はどちらになさいますか存じませんけれども、昨日来から全国の抑留者の方々の陳情もありまするし、外務省と援護庁の幹部が初めから揃つておられる関係もありますから、皆さんにお諮り下さいましてですね、取りあえずは今日の段階の引揚船の出港関係につきまして報告を願うてですね、それで今の未帰還者の引揚促進のほうから先に議題にして頂いて、後で定着援護のほうを議題にして頂きましたら、私は有難いのでございますが。
#16
○委員長(常岡一郎君) お諮りいたします。只今の動議に対しまして如何取計らいましようか。
   〔「賛成」「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#17
○委員長(常岡一郎君) それじや帰還促進に関するほうの議題を先にいたします。
#18
○山下義信君 それで新聞でここ両三日いろいろ報導せられてあるのでありますが、丁度その間この委員会が開かれていなかつた。それであの経過の途中において急遽委員会を開催しようという考え方を委員長お持ちであつたのでありますが、そうしているうちに昨日でありますか、話がまとまつて船が出て行くということになつたわけであります。それで極く最近の状況をですね、援護庁長官から承わり、それから遺骨問題について外務省が取計られたその関係をですね、これ又援護庁も関係あるわけでありますから、御両者から一応当面の経緯につきまして、極く最近の経過を一つ御報告をお煩わしたいと思うのです。
#19
○政府委員(木村忠二郎君) 只今山下議員さんからお話がありましたが、最近の中共地域からの引揚の停頓いたしましたことにつきまして経過を御説明いたします。
 中共地域からの引揚は三月に始まりまして、四月、五月と大体間隔を二十日乃至二十五日を置きまして順調に進んで参つたのでありまするが、それまでに参りましたような間隔をもちまして、先方から配船の通知が第三次が終りましたあと参らなかつたのであります。その点につきまして、こちらとしましては、向側から配船の通知が参りましてそれに基いて配船の計画を立てるということになつておりましたので、非常に焦慮いたしておつたのでありますが、暫く来ません。
 その後先方から在日華僑の中国に帰国することにつきまして、五月の十九日に中国紅十字会から三団体連絡事務局に電報が参りまして、これに対する受入れの準備が向うにできておる、一件帰国を希望する華僑はいつ帰国がでざるか、第一輸送開始以来今日までに正式通知を受けていない、中国紅十字会は誠に遺憾の意を表せざるを得ない、目下中国に帰国を希望する華僑は何人であるか、日僑輸送のために、日僑というのは向うに在留しておる日本人であります、そのため中国に来る第四次船に乗船できるかどうか至急お知らせ願いたい、第四次帰国日僑の配船日時、到着港はその上で通知しますという電報が参りまして、そこで初めて在日華僑が中国に帰還する計画について、向うに知らせがあつて、初めてこちらの第四次の帰還船の配船についての通知をするということが明らかになつたのであります。
 それでこれに基きまして関係当局の間におきまして、安全に在日華僑を向うに送り届ける方途につきましていろいろと打合せをいたしました結果、大体の結論が出ましたので、六月の七日に三団体連絡事務局から中国紅十字会に宛てまして、諸種の情勢により在日華僑帰国に関する確答の遅延したのは遺憾である。我々は全力を挙げて問題の解決に努力した結果、次の通りお知らせする。第四次船四隻のうち天津向け興安丸を日赤で運行する赤十字船とし、これに在日華僑三百乃至五百を乗せて帰国をさせる。在日華僑の帰国準備の都合を考慮し、第四次船四隻の中国港到着日時は六月二十三日より二十八日を希望する。なお第四次船に乗船する在華日本人の総数は従来通りと考えて頂きたい。御回答を待つ。こういり電報を向うに打ちまして、それから直ちに在日華僑を向うに送り還すについて、どこがその仕事を担当するかということをきめまして、その援護につきましては、引揚援護庁においてこれはやることに閣僚の間でおきめになりふしたので、その援護についての予算の決定並びにこれの送還の手続というようなものを打合せをいたし、準備をいたしたのであります。
 ところがこの電報に対しまする回答がなかなか参りません。最初二十三日から二十八日の間に向うに第四次船の四隻が行きまして、そのうちの最後の船、興安丸を最後にいたしまして、これに先方に帰ります在日華僑の帰還船にこれをするということにいたしまして、こちらの華僑が出発いたしまする日を大体舞鶴出発二十三日という予定で以て計画を立てますると、どうしても普通にやりますれば十三日中にこのことが明らかにならないと、どうしても準備ができないというような状況でありました。我々といたしましては、三団体連絡事務局に対しまして、即急にその返事が来まするように督促をいたすことをお願いいたしたのでありまするけれども、督促の電報は遂にお打ちになつて頂けなかつたのであります。そういたしまして、いよいよ十四日になりまして、それではもう一日待つて、十四日一日待つても電報が来なかつたならばもう絶対に二十三日に船を出すことは、一日延ばしまして二十四日に船を出すこともできないというふうに考えたところが、十四日の朝になりまして、先方からこちらの向うに言いました通りの日で以てよろしいという電報が、先方からこちらに参つたのであります。それでそれまでの準備をいたしましたところに従いまして、日本赤十字社をしてこの手続をとらせるようにいたしたのであります。
 国内におきまする援護の仕事、つまり在日華僑がそれぞれ現在地から舞鶴まで参りまして乗船いたしまするまでの援護といたしましては、その所在地から舞鶴までの汽車賃を政府が負担する。それから荷物は六十キロまで、つまり三十キロの荷物二個まで、その範囲内は政府がその運賃を負担する。それ以上は本人がこれを負担する。それから帰国者一人当りに対しまして七千円の帰国雑費を給与する。舞鶴に着きまして、舞鶴において業務を行いまする期間、三泊四日の間の宿泊及び食事は舞鶴援護局においてこれを行うということにいたしましてあつたのであります。そうして帰国援護の事務のうちで政府が直接やる舞鶴援護局内におきまするもの以外のものは、一切を挙げまして日本赤十字社にこれを委託いたしたのであります。これにつきましては、日本赤十字社以外のいわゆる三団体の他の二団体というものがあるのでありますけれども、政府のいたしまする予算を伴いまする事務を委託いたしまするには、他の二団体は事務組織もできておりませんし、経理に関しまする組織も不十分でありまして、これらに対しまして委託いたしますることは絶対に不可能であると私たちは考えましたので、これをすべてを挙げまして日本赤十字社に委託したのであります。なお、日本赤十字社におきましては、みずから全部の仕事をやりますることは困難である。従つて華僑総会をしてその仕事を援助させるということを申して参りました。これにつきまして政府といたしましては了承いたしました。これにつきましての細目の手続等につきまして、日本赤十字社に我々は打合せをいたしまして、日本赤十字社はその点を華僑総会と相談いたしまして手続を決定いたしました。
 ところがこの間におきまして、突如といたしまして、戦争中に日本に来て労働させられておりました華僑の、その間におきまして不慮の事故によつて死亡いたしました人々の遺体が各地にある。そのうちで花岡のものが最も早くから問題になつておつたのでありまするが、この遺骨をこの際先方に送還したい。その問題が解決しなければ帰還船に乗りまする三団体の代表が乗船しない、こういう問題が突如として起りまして、この点は各代表は前に一遍集まりまして、そういうような宣言をしたことがあるようでありまして、その後に三団体といたしましては、その問題と関係なく帰還輸送船の日程を御決定になつたのであります。そしてそれが決まりまして、船が出るときになりまして、最初の声明通りに乗船を拒否いたしたのであります。これは三団体のうちで日赤を除きまする二団体の乗船代表が乗船を拒否されたのであります。北京におきまして三団体の代表が中国紅十字との間で、話合いをいたしました協定によりますると、これらの帰還船には三団体の代表一名ずつを乗せて来なければならないということを規定いたしてあるのであります。従いましてこの三団体の代表が乗りませんと、船を向うに出すわけには三団体としてはできないと我々は考えるのであります。従いまして船といたしましてもそういう状態ではこれを出すことができないという、やむを得ざる事態に立ち至りまして、帰還船の高砂丸は門司で立往生いたしました。なお白山、白竜につきましてもその見通しが着かないというような状況になつたのであります。その後におきまして、いろいろと遺骨を向うに送還する問題につきまして、折衝があつたようでありまして、これにつきましては私のほうの所管でございませんので、その内容につきましては仄聞するところだけでございますので、ここで申上げることを差控えますが、先般三団体としては一応これを解決したということで以て、それぞれの代表に乗船をするように打電をいたしまして、そうして帰還輸送船がようやく三、四日遅れまして、先方に出航するように相成つた次第でございます
#20
○山下義信君 今のに関連して、これは遺骨の問題について、外務省のほうから最近の状況を一つ報告してもらいましようか。
#21
○政府委員(倭島英二君) 遺骨の問題は、これは外務省の主管ということでもありませんけれども、とにかく引揚船を出すということにいろいろな関連を持つて、遺骨を是非持つて帰りたいという話があり、実はこの問題につきましては、台北にある国民政府のほうから強い反対の意向が表明せられておるわけでありまして、遺骨の問題と引揚船を出す問題、或いは赤十字船を出す問題ということと関連せしめて来ると、ますます以て事態がこんがらがつて来るということで、政府のほうといたしましては、日本から引揚船を出す問題と、それから日本における華僑が大陸へ渡る問題と、それから遺骨の問題というものは、全然すべて切離して考えなければいかんということで、いろいろ折衝したわけであります。華僑が大陸へ渡る問題も、遺骨の問題も、台北の国民政府ではいずれも最後まで日本政府に対して、同意するとか或いは了承するとかいうことを言つておりません。要するに、それはどういうことを意味するかと申しますと、先般も曾つて御説明申上げたと思いますが、大陸は、国民政府の建前から言えば、あすこは封鎖地域になつておる、その封鎖線を横切る船に対しましては、いろいろ取締りなりそれから臨検なりというものを事実やつておりますし、やる建前をとつておる。そういう所に船を出すわけでありますから、従来から引揚船を出しますときにも、その運航状況を通告して、安全に引揚船が航行できるように頼んでおり、向うもよろしいと言つて来ております。ところが、そういうような関係もありましたので、今度赤十字船に華僑を乗つけて大陸へ送るということにいたしましても、又、あとで出て来ました遺骨の問題にしましても、やはり台北にある国民政府の一応の意向を確かめざるを得なかつた。それは航行の安全ということがあるからであります。それに対しては、先ほども申上げましたように、最後まで了承するとか黙認するとかいうことは言つておりません。最後まで反対し続けております。
 そういうような状況を前にして一方国内では、是非華僑の帰りたい連中を帰すべきだという要求がありますし、これは日本側の団体の中にもございますし、勿論関係者としては帰りたいという。それから遺骨の問題にしましても、これは帰る華僑の人たちとしては是非これを持つて帰らなければ我々立場がないというような要求、考え方があり、日本側でも遺骨を丁重に向うへ送るべきだという主張があります。政府といたしましては、帰りたい人が大陸へ行くという問題、又遺骨を丁重に大陸へ送るという問題について、根本的に異存は一つもありません。ありませんけれども、やはりそれが引揚ということに関連して来て、その関係で引揚が遅れるということは困つたことである。別途の恰好でやりたいということを考えて行きたい。而もその別途でやるにつきましても、必ずしもその船の航行安全というものについて、はつきりした了解がとりつけられないという状況でありましたので、その間いろいろ折衝もしたわけであります。
 結局のところは、赤十字船が出るこの関係は、先ほど援護庁長官からの御説明のように、赤十字に委任をしておるわけでありまして、華僑の方々が大陸へ行くという問題についても、いろいろ問題がありまして、台湾籍の人はいかんとか、大陸の人はよろしいとか、或いは日本人で華僑の妻になつておる人、或いはその間にできた子供というような日本人が向うに行くような問題というようなことが含まれておりますが、そういうことについての取扱い、又世話、それを区別し又調査するというようなことは一切赤十字にお願いして、赤十字としてはできる限りのことをやつておるわけでありまして、大体現在までのところでは赤十字船に、具体的には興安丸でありますが、赤十字船に現在五百余の華僑の方々が乗つて大陸に行くという問題については、我々の見るところでは大体大した問題なく行けるのではないか、こう考えております。
 ところが遺骨の問題につきましてはこれは又国府のほうとしてもいろいろ難点なり反対が相当強いようでありまして、まあその理由等についてははつきりわからない点も我々あります。国際間のことは理由をはつきり述べないで反対ということでそういう意思表示がある場合が多々あるのでありますが、この遺骨の問題につきましては、例えば遺骨を赤十字船に乗せる際に、遺骨だということでそのくらい反対のあるものを乗せる際に、一体航行の安全というような問題についてどういうことになるかということが大変実は心配であります。この点も赤十字なり又関係団体も大変心配をいたしまして、むしろ遺骨は現在までのところ別の船でやはり遺骨は遺骨として送るということにしたらどうかというのが一つの結論であります。而もその遺骨を送るということについてもこれは国府にどういうふうに今後交渉して行くかという問題が残つておるのでありますが、まあこの遺骨の問題も人道上の問題でありますし、むしろ別の船で行くならば国府側の反対というものもそう余り心配せずに行けるのではないだろうかという程度が、現在の政府の考え方でありまして、そういう趣旨で関係団体なり関係者というものと交渉をしておる次第でありまして、政府といたしましては、新聞紙にも出ましたように別の船を一週間かそこらの内に仕立てて送るということに持つて行きたい。大体それで関係の者の間には了解がついたように我々思つておりますけれども、まだ今朝の新聞を見ましても、興安丸が舞鶴を出ないところをみますと何か又現地で多少もめている、或いはそれが華僑の問題であるか或いは遺骨の関係の問題でありますかよくわかりませんけれども、今朝の新聞を見ましても、まだ興安丸が出ておらんようなふうにみえるのでありますが、まあ大あらまし申上げますとそういうわけであります。
 なお先般もたしか参議院の関係で秘密会にして頂きましたこともありますし、又先日衆議院でも秘密会にして頂きまして、今日は公開のままこの問題を申上げたわけでありますが、実は台湾の国民政府との関係から申しますと、何と申しましても表面から国民政府の建前を無視するというような行き方になると、結局それは新聞等にれいれいしくいろいろな問題が出て来るということになりますと、国民政府のいろいろな立場もあるわけでありましてますますもつて問題を困難にするということで、実は我々交渉の衝に当つておる者としてはいろいろ心配しておるわけであります。大体そういうような経過です。
#22
○山下義信君 詳細に御報告頂いたのでありますが、この前の特別委員会で倭島局長に遺骨のことについて何か問題は起きないでしようかということを私伺いましたら、いや遺骨に関する限りは問題は何にもありませんということであつたのでありますが、こういうことにこじれて参りまして、いろいろその間の経緯は我々もつまびらかにしないのでありますが、実はこの委員会の委員のメンバーの中に大谷君がありまして、極く近くにいるんですから詳しいことが大谷君からきけるかと思つておつた。今日も聞けるんじやないかと思つたら、夕刊を見ますと大谷君は舞鶴へ飛んで行つたということでありますから、実は燈台もと暗しで我々聞きそこなつたが、或いは委員長等が遺骨問題についての大谷君の承知しておられる程度を聞いておられるかもわかりませんが、聞いておられましたらあとで承わりたいと思いますが、それでまあこじれて来たことでありますが、私、今局長に伺いたいことが二点ある。事情をよく知らないで聞くのでありますから、私の質問は事情が承わりたい。質問目的はむしろ事情を承知したいという意味でお尋ねするのです。
 それはこの遺骨の問題がこじれて来た一つの理由は、外務省当局が遺骨の送還の取扱について非常に無理解である。今局長は人道上のこともいろいろ考慮して考えなければならんと言われたが、そういう点の顧慮が外務当局に関する限りは殆んどない。殆んどこれを一箇の荷物として扱うような考え方で、この少くとも三団体の中の関係団体に向つてはそういう態度をとられたことが中途、問題をスムーズに進める上において非常に故障になつたということを承わつたのでありますが、そういうことが、ありますのかどうか、なぜそういうふうな扱い方をしなければならんのであるかということを私は承わりたいのであります。
 それから、それは途中のことでありますが、いま一つは、今局長の報告の中に、興安丸に乗せて行くことについては途中の航行等についての安全は保しがたい、又国府の考え方についても考慮しなくちやならん、別仕立の船ならばそれは支障ないように考えられるということなんですがこれが私どもにはわからん。どういうわけで別仕立の船ならばそれがよろしいのか、興安丸ならばなぜいけないのかということが航海の安全性の上においてわからん。それで恐らく私どもの想像では結局興安丸に乗せて行くということは、今局長の説明の途中にもありましたように、この華僑の帰国等と関係を持たさないで別個の取扱にしたいという建前でそういうことになると思われるのでありますが、どうして別仕立でしなくちやならんかという点をもう一度一つ御説明を願いたいこう思うわけです。今の二点を伺いたい。
#23
○政府委員(倭島英二君) 第一の点は私いろいろ誤解があると思います。それから意識的に誤解をしてそういう宣伝をされた方も多々あるようでありまして、外務省は最初からこの問題について荷物扱いをしろとか何とかいうことは一回も言つておりません。
 ただ先ほども簡単ながら従来の交渉経緯等、外務省のかく立場を御説明いたしましたが、国府のほうでは遺骨の問題についてはつきり反対を表明しておるのであります。従つてこれについて何か便法といいますか、形式上もそれに、殊に今国府の反対の問題については先般もちよつと秘密会にして頂いたときに申上げたのでありますが、表面から国府の立場なり面子をこわす方法で物事を取運ばなければ、或いはこれは直接妨害といいますか、目的を達成するのに阻害を受けないかも知れない、受けないのではないかと思われる程度でありまして、従つてその遺骨という問題についても、遺骨ということや、或いはそれについての表立つたいろいろな意識とか、或いは発表とか声明とかいうことをしないで、何とかそれを実際問題として向うへお送りするということができればいいのではあるまいかという話はしたのでありますけれども、それに関連していろいろな言葉もあり、第一それの関係団体の方々もそういうことをいろいろ考えておつたようでありまして、ところが或る程度話がついたら又更にもつと押せば何とかなるのではないかと、その間に又新聞に宣伝をすることを、或いは政府の交渉に当つた者の言葉尻をとるというようなことをいろいろひつかけまして、話はだんだんと輪に輪をかけて行われておるのではないかと私は思います。従つてここではつきり御説明申上げて御了解を願いたいと思います。外務省は荷物として持つて行けばいいじやないかという建前で粗末にするというような気持からそんなことを言つたことはありませんし、又そんなことを考えておりません。
 それから別の船の点は、大体これも今申上げた点と関連があるわけでありますが、一つは先ほどから御説明申上げておりますように、華僑の大陸へ渡る問題も、遺骨の問題もいずれもはつきり国府が反対しておる問題であります。華僑の帰るかたのその範囲等についてもいろいろ問題があります。その問題とそれから遺骨については又別の理由でいろいろ反対があるようでありまして、従つてその困難な二つの反対の問題を一緒にして、余計困難にしておるということもどうかというのが主たる理由でありまして、ますます以てまあそういう例えば華僑の乗つた船が向うに安全に着くという問題につきましても、国民政府のほうは何らはつきりした確約も何にもないわけであります。むしろ表面の問題としては反対し続けているわけであります。従つて我我の見方としましては、困難を二つ加えて実行するよりも、早く、殊にまあ華僑の方々の中には、生活困難な人もあるし、それからその他の事情で一日も早くということでありますので、これはこれで一組出す。それから更に遺骨の問題は遺骨の問題として取扱つて行く、こういう考え方であります。
#24
○山下義信君 わかりました。一応御説明を承わつておくことにいたしまして、私どもも二団体の態度に対しては実に釈然としないものがある。これは又別の場合に我々の態度も明白にしたいと思うのですが、それでは今朝のところはどうなつているのですかね。
#25
○政府委員(木村忠二郎君) これもまだ正式な報告が参つておりません。全然政府を除外いたしまして、又三団体のうち……三団体も入つているのかどうかよくわからないのですが、秘密会で舞鶴でいろいろ打合せているようでありますが、その結論等もはつきりいたしておりません。ただ現在に至るも未だ帰国の業務について手続を始めておらないということは事実でございます。本日の朝の報告によりますると、華僑の諸君はまだ局内で業務の手続を全然始めておらない、こういうことでございまするので、このままでございますると、普通にあそこで業務をやりますれば、中二日まるかかりまするからして、今日すぐ始めましても二十七日でないと、船は出ることができないのじやないか。若し明日から業務を始めましたならば、早くて二十七日の晩、遅いと二十八日にならないと船が出られないということになるのではなかろうかと考えております。
#26
○山下義信君 昨晩でしたか、一部の報道では東舞鶴において、何か七項目の華僑側の要求が出て、援護局において……。それで援護局がそれを全部呑んで手打ちが済んで解決したような報道がありましたが、それはじやあ、そういうことはないのですね。どういうことを要求しておりましたか、若しわかつておれば……。
#27
○政府委員(木村忠二郎君) 最初問題が起りましたのは、東舞鶴の駅において問題が起つたようであります。これは二十日の朝、即ち十九日の晩発つはずのものが二十日の朝早く汽車が出まして、その晩に東舞鶴に着いたのであります。これは業務分担といたしましては、日本赤十字社と舞鶴の援護局が局に入れるというところから、舞鶴援護局がその仕事をすることになつておりました。日本赤十字社がそれまではやることになつておつたのでありますが、聞くところによりますと、最初にその日の二時に着きました。関西方面の華僑の人々が着きまして、それに付添いとして来た見送人、即ち華僑総会の職員といたしまして業務の手伝いをする以外の見送人の人が、局内に入りたいという申入れがあつたのであります。で、面会につきましては当方は制限していないのでありますけれども、局に直ちに入りますることは、局内の秩序の上から困りますので、先ず局内に入つて整頓いたしまして、そうして面会人は面会所で面会するという建前をとつたのでありまするが、どうしても局内に入らなければならんという強い要求がございまして、それが一番最初のいざこざの因であつたようであります。援護局からの報告によりますと、非常に最初局内に入りましたのは円満に入つたようであります。ただそういういざこざがあつたということは、私どものほうであとで承知したのであります。それから関東の華僑が東舞鶴に着きましたときに、その見送人の中の一人であるか、或いは世話人の中のかたが出られたのか、そこのところは詳しいところは私のほうにはわからないのでありますけれども、着かれた関東の華僑の人々の出迎えに出まして、非常に激越な言葉で以て舞鶴援護局の待遇が悪いということを申しまして、そのために着いた関東の華僑の諸君が下車を拒否した。即ち汽車から降りることを拒否された、こういうことを聞きました。これは私どものほうに電話が参りまして、拒否されて、要求事項として出たものは、見送人、これは友人でも親族でも一切、それから世話人、それらの者を皆舞鶴援護局の中に泊めて、そうしてこれに給食をしろと、こういう要求でございます。それからあらゆる人の出入りを自由にせよ、こういうような要求でございます。即ち舞鶴援護局といたしましては、あそこで以て援護その他出国の業務をいたすのでございまするからして、これに支障のない限りは、行動の自由を束縛する必要もありません。又そういう権限もないのでありますけれども、少くとも局の維持管理という上におきましては責任を以てこれを処置しなければならないものでございまするからして、帰国者自身には何らの制限を設けませんけれども、個々に入つて来ます者につきましては、従来からいろいろと制限をいたしているのでございます。その点につきましては、当初日本赤十字社を通じまして、華僑総会には十分御連絡を申上げまして、世話人の方々、業務をいたしまする方々は局内に入つてずつとおつて仕事をされることは差支えない。又それはお願いしなければならないわけですが、併し夜泊つたり、食事を局で給与するということはしませんから、泊りのかたは森寮に泊つて頂きたい。勿論旅館に泊ることは差支えありませんが、若しお泊りになるかたがあれば森寮にお泊めします。それから食事は銘々自分で以てやつて頂きたいということにいたしてあつたのであります。この点が非常に向うに参りましてから、そういう要求が新たに出て参りましたので、我我といたしましては、当初の約束通り、これは業務を進めて頂きたい。従つてこちらといたしましては、そういう問題については、中央できめたのでありまするから、その通り円満にやつて頂きたいということを向うに申上げたのでありますけれども、その間にどういう行違いがあつたのか存じませんけれども、いろいろごたごたが続きまして、結局その晩は華僑の人々は汽車に泊つてしまわれまして下車されず、援護局に来られなかつたのであります。そうしていろいろな要求があつたのでありますけれども、結局のところは、面会人の面会については、こちらの申しました通りに、一定の面会所でする。ただ現在の面会所は狭いから、もう少し広い面会所が欲しいというようなことが新たに加わつた程度であります。その他には人権を尊重するとか、華僑が自由な意思で帰るのだということを、自由意思を尊重するというようなこと、これは当然なことを書いたに過ぎない、そういう話合いで以て全部下車されまして、そうして舞鶴の援護局に入つたのであります。大体局に対しまする要求といたしましては以上であります。その後華僑総会の人々は、当初四十人華僑総会の人が業務上あそこに入つて業務の手伝いをする必要がある、これは日本赤十字社もそう認めました。そういうことでこれを認めたのでありますが、先方に参りますと、五十名に殖やしてもらいたいという要求がありまして、日本赤十字社も必要があると認めるならば、これは認めても差支えないと思いまして、これを認めているわけであります。大体そういうようなことで今は局に対しまする華僑からの要求というものについては、当初の方針通りで問題がないのであります。ただその他の遺骨の問題が解決しないというために業務に応じないという状況になつておるようでございます。
#28
○山下義信君 大変私だけ時間をとつて恐縮なんですが、経過報告を承つたのでありますから、詳細に報告して頂いてよくわかつたのでありますが、ともかくも私は、今長官並びに局長のお話を聞いて、こういう印象を受けるのです。帰国のこじれは二団体の代表のあり方にも問題がある。率直に申してですね。これは先ほど申上げましたように、別の機会に所見を伺いたいと思うのですが、併し外務省当局並びに援護庁当局が、問題の処理につきましてなかなか厳重な態度をとられておるということだけは間違いない。そういう印象を受ける。それで外務省の考え方は、外交上国府に対する態度、その他いろいろ国際関係を考慮されたのでありますが、要するところ、極めて厳重である。この外務省及び援護庁が話合いされたのか、話合いではないのか、期せずしてその揆が一になつたのかわからんが、厳然たる我がかたの、いわゆる政府としてのとる建前をなかなか強硬に、そういう態度をとられるということについては――この帰国ということに関連する限りは、言うまでもなく自他周知のごとく、日本政府が介在していないのでありまするが、併しながら介在しなかつたという、この今次の成行きはやむを得ざる成行きとしても、ここに日本政府の自主的な立場を十分発揮しようという考え方が底意にあるのではないかという考え方が、私どもの印象としては受ける。私はそういうふうな印象を受けるのでありまして、若しそれらにつきまして、そうであるならば、そうであるという御所見があれば承りたいのでありますが、それは次の御回答のときに御所見を承りたい。
 私はもう一つだけ伺つて質疑をやめますが、それは今次の帰国は、この第四次を以て最終とするということであるということであります。果してこれが最終になるのでありますか、そういう情報と言いますか、通知と言いますか、当初の話と大部違うように考えられる。帰還の人員等につきましても、最終になるような観測を政府もしておられますか。その辺につきましてどう考えておられますか。又帰還、帰国すべき同胞の、中共にある邦人の当然帰るべき人たちの人数と言いますか、こういうことも非常に昨今問題になつておるのでありますが、そういう点につきまして、長官並びに倭島局長の御所見を承つておきたいと思います。
#29
○政府委員(木村忠二郎君) 第四次で以て終りになるということにつきましては、公式にはまだ何も承つておりません。先般共同通信の特派員が向うに参りまして、林という中国紅十字会の副秘書長、そのかたに会われましたときに、大体二万名余りしか帰る希望者が今のところは出ていない、こうなると引揚は当初の予定のように長くはならない。それから第五次船以降、つまり第四次の配船したあとで、今までのように四船要るとは限らないだろう。それから引揚は、大体向うは引揚とは申しませんが、大体七月中に終るだろう、こういうことも話合いになりましたようです。なぜ三万人余り帰るだろうと思つておつたものが、二万人余りしか帰らないか、こう申しますると、それは向うの中国の人と結婚した日本婦人のかたが、夫婦の情愛にひかされて帰国の意思をやめたからである。そういうような理由によるものだけであります。我々といたしましては、それで以て十分説明が行くとは考えられないのでありまして、中国の人と結婚された婦人が一万名余りあるいとうふうにはちよつと考えられないのでありまして、どうもそれは帰国者の数が少くなつた説明になるとは私たちは考えておりません。それから向うの言います通りに、二万余りまだ帰る希望者が待つておりますとしますれば、今回帰りまする、即ち第四次で帰りまする四千六百名を、従来帰りました一万四千五百名に加えますと、まだ二万にはならないのであります。従いまして又四次で終るということは、その発表された数字からいたしましても、ちよつと考えられません。恐らく五次まではあるんじやなかろうかと一応考えております。その上に先方から公式にはもう四次で終りになるという御通報はないわけであります。
#30
○政府委員(倭島英二君) 私から特に今のに付け加えるところはございません。
#31
○山下義信君 このあとの帰還の促進については、日本政府としては何も努力する手というものはないのですか。援護庁にしましても外務省にしましても……。
#32
○政府委員(木村忠二郎君) 援護庁といたしましては、結局日本赤十字社初め三団体に、今度向うに行かれるのでありますからして、十分その点についてはお話を聞いて来て頂けるものだろうと考えております。こういう状態でありますからして、その点は聞いて来てくれるだろうと思つております。赤十字社に対しましては、そういう話を私どもいたしておりますけれども、そうじやなかろうかという気持で期待いたしております。そうしまして情勢が明らかになつて来ませんと、我々としては考えをきめることはできないのであります。
#33
○山下義信君 外務省は促進の手というものは別にお考えになつておられませんか。
#34
○政府委員(倭島英二君) 従来やつておりまする以上の新らしい手というのは考えついておりません。従来の手と申上げますと、国連方面へのいろいろ努力があります。それから中共につきましては、今長官の言われた以外の香港を通じて個人的な小さなグループずつではありますけれども、帰つて来るときには帰れる道が開いてあり、その援護の方法も講じているわけであります。それから又最近は積極的に留守宅家族のほうから通信のある度に、本人のほうへは入つているわけであります、帰つて来たくないのを、これを促進するというのは、これはなかなか問題であります。併し帰りたいという方方のお帰りになる途は今のようなふうに開けている。ところがその辺が、その希望者云々という点がなかなか問題のあるところでありまして、従来通り、ソ連の関係も同じでありますけれども、中共にしても帰りたくても帰れん事情におかれておつて、帰国を差当り希望しないという人もあるだろうと思います。一般的な促進という従来の政府の態度は、今後もできるだけ強化するといいますか、続けて行くということには何ら変りないわけであります。
#35
○山下義信君 私が外務省に伺いたいと思いますのは、正式の中共と政府との関係がないことは申すまでもないことなんですが、最近の諸般の情勢等から考えて、殊に昨日の新聞あたりには、中共は国内の旅行或いは渡航等についても緩和するというようなことが新聞等に報導された。ともかくも最近の情勢等から睨み合わせて、少くともこの問題に限定してでも或いは第三国を通じて、いろいろな方法を通じて、外交の機関を通じての間接であつても、中共との話合いを政府自体が進めて行きたいというような考えはないのですか。或いは時期は極めてまだまだ遠いのでありましようか。こういつたような三団体の人民管理というような方式でなしに、何か一遍そういう政府の正式な機関を通じてやつて見るというような少くとも希望、そういう考え方というようなものは持つていられないのでありましようか。こういう点が承わりたい。
#36
○政府委員(倭島英二君) それは従来もやつておる通りでありますが、御存じの通りインドに……まあインド以外の国にも一、二頼みましたけれども、それは名前を出すことを好まんようでありますからここで申上げませんが、インドには、これは二、三回頼んでおりまして、実際問題として或る程度話を進めて見ると、或いは名前を申上げません国も取上げて話を繋いでくれたことは確かであります。併しながら向うがこれを結局聞き放しになつて、何ら回答か従来ございません。併しながらそれは最近の朝鮮の関係だとか、平和攻勢だとか、いろいろ事態も動いておるわけでありますから、勿論さつき申上げましたような、国連というような大きな機関を通じてやることは勿論でありますし、事態の動きに即しまして、適当な機会をとらえて更にそういう方法をやると、この問題はその関係してくれる国自身がなかなか慎重でありまして、インドにも最後のときには結局どの程度まで伝わつたかわからない状況もあります。併しながら今後とも情勢の推移を見て努力するつもりであります。
#37
○千田正君 今の問題につきまして倭島局長にお伺いしたいのですが、国連の三人捕虜委員会が最近又八月に開かれる予定のようでありますが、それに対して日本側から従来の通りこの委員会に対していろいろ同胞の事情を訴えて促進方を懇請するということで、今度も派遣される予定になつておりますか、どうですか。
#38
○政府委員(倭島英二君) そうなつております。まだはつきり日にちはわかりませんが、八月二十四、五日ジエネバで開かれ、従来も代表のかたが二、三人おいでになつていろいろ御努力頂いております。今年の会議は相当又重要な会議になるのではないか、こう考えておりますので、我々としては、今からそういうつもりで代表のかたがたにも行つて頂きたいという気持で考えております。
#39
○千田正君 そこで、いずれ我々は今度の引揚に際しましても、今も同僚委員の山下委員から特にこのことについてお尋ねがあつたのでありますが、中共からすでに帰還した数と、現在残つておる数というような、この数の的確性という問題については、我々自体が未だ把握しておらないような感じもするのでありまして、この数の的確という問題については、外務省といたしましては相当自信があつて発表できますか、未だ帰らざる未帰還者ですね。
#40
○政府委員(倭島英二君) この数の問題は、まあ従来から御存じの通りでありますが、今後政府としましても、従来のやり方に何か改良を加えたほうがいいという点があればということで、目下研究しております。従つて今後も更に、従来のやり方だけでなくて、もう少し改善をして行きたいと考えております。なお只今このたびの中共の帰られたかたがたの数字はわかつておるのでありますが、それと、従来政府が持つております数字との関係は、目下照合中でありますけれども、先般もたしか援護庁長官から御説明があつたと思いますが、偽名だとか、それから従来、特に子供が多いのでありますが、向うでできた子供の名前がわかつておらんというようなのが、今度帰つて来ておるということで、必ずしも従来政府にわかつておる名前、或いは数字というものとの照合が容易ではありません。殊にこのたびの引揚においては、従来ソ連から帰つて来た人たちが政府の調査に協力をしておられたのとは別に、なかなかいろいろ理由があると見えて協力して頂けない状況にありまして、つまり政府が従来移動経路表だとかその他の関係で頼んでおりましたのは、或る地点、或る地方に住んでおつた、どことどこにおつたということをお教え願えれば、我々が従来から手紙が来たり、それから同僚のかたが帰つて来られたときに、確かにあそこに何の某がおつたと、或いはどういう状況であつたというような氏名や数を集めておるのでありますが、最近の帰つて来たかたがたから、確かに僕はあそこにおつたということならば、それじやその後の状況はどうですかということで尋ねたいというのが政府の本当の意向でありまして、そういうことに関連して、つまり援護局におられる間だけでは二、三日の間でとても調査がまとまりませんから、家にでも落ちつかれたあとでも更にお尋ねするというようなきつかけを作りたいということで、これは軍人の関係も、一般邦人の関係も、そういう在留同胞の消息を知るきつかけを作りたいという調査を進めておつたわけでありますけれども、残念ながらこれもその或る団体等の宣伝や、邪魔が入りまして思わしく行つておりません。そういうような関係もありまして、偽名だとか、新らしくわかつた人だとか、或いはそういうような調査の困難というようなことがありまして、従来政府が持つております例えば中共地区においても五万八、九千というようなかたがたの氏名がわかつておるのでありますけれども、それと今度帰つて来られる二万程度のかたがた、それがまあ三万になることを希望しておるわけでありまするが、その人たちとの関係はどういうふうになるか、或いはできれば政府としましては国連等に出る前には相当そういう計画をはつきりしておきたいと思つておりますけれども、まあ自信があるかどうかということを言われると、その程度のことであります。
#41
○千田正君 それで今度第四次船が帰つて来て、一応の中国側が呈示したところの引揚が仮に不幸にしてそれが終つた、これで一応の切れ目だというようなことが仮にあつたとしまして、あとに残つている、或いは今は不明であるというような人々に対する的確な数字は、これは全日本の国民の立場からしましても明かにしておかなければならない、かように我々は考えるのでありまして、その点につきましては、今まで軍人恩給の調査に対しては約一億という調査費を出して、軍人恩給の施行に当りましては十分の調査は届いているはずであります。このすでに亡くなられた遺族のかたがたと同じように、むしろ現在生ける屍として未だなお外地にいる人たちの留守家族のやるせない気持というのは、これは同情に値するものであると同時に、我々国民としましても、この真相は糾明しなければならないと思うわけでありまして、それに対して外務省なり或いは厚生省なりにおいて適当なる予算を組んで、各府県にもう一度的確なる調査をするだけの予算措置を我々講じて欲しいと思うのでありますが、この点につきましては倭島局長は外務省の仕事として今後一応の切れ目を中心としまして的確なる調査の予算措置ということについてはお考えを持つておりませんか。
#42
○政府委員(倭島英二君) 実は先ほども私ぼんやり申上げたのでありますが、調査の問題はなかなか困難でありまして、軍人の関係は従来援護庁がやつておられますし、それから一般邦人の関係は外務省でやつておつたのでありますが、実際は二つの所管に分れておりますけれども、現実に一部分は同じところで執務をさせている場合もありますし、お互い照合をやつております。これでは併しながら余り諸般の関係上面白くない点もありますので、最近援護庁のほうとも御相談をして、むしろ厖大なる機構とそれから練達の士の揃つておられる援護庁のほうで御一緒にやつて頂きたい、これはまだ最後の話はついておりませんけれども、大体そういう恰好になつて、更に今後調査という関係の政府のやり方ももう少し整備をされるということになるだろうと思います。現在予算はどうかという御質問でございますが、そういう整備をすることに関連して更に予算措置も考えて行きたいと考えております。
#43
○千田正君 これは重大な問題で、先ほども何度も繰返して言うように、我我はあとで残つた数だけは的確にしなければならない、それに行方不明であるのは不明として、或いは大体死亡したものであるとすれば死亡として、おおよそ見当がついているはずでありますから、この点をはつきりして、この戦争の犠牲における最後の締めくくりをしなければならないと私は思うのでありまして、その点から言いますれば、現在の政府の考えているところの防衛体制におけるところのジェット機二台作る分があつたれば十分にこの調査ができるのであります。各府県に百万円ずつの調査費用でも政府が応援してやれば、約四千五百万円もあればこの調査は私は十分にできると信じます。でありますから、これは外務省も又援護庁も、二十八年度の予算は一応通過しましても、或いはこの次の補正予算或いは二十九年度予算にこの戦争の犠牲者の最後の締めくくりである外地におけるところの一般邦人並びに抑留された軍人軍属というものの数を明らかにすべきである。私はさように思いますので、この点は十分に考えられて、次の予算の措置の中に繰入れることを私は要望するのであります。その点続いてお考えを一つ承わつておきたいと思います。
#44
○政府委員(木村忠二郎君) 先ほど倭島局長からお話がありましたように、引揚援護庁といたしましては、従来軍人関係につきまして留守業務部の機能をその方面に動員いたしましてこの調査をいたしております。留守業務部から地方の復員課に繋がる組織で以てその調査をしたしておるわけであります。大体大規模な機構を持ちまして、あの予算で以て現在のところなかなか十分な調査は行かないという状況でありまして、その上に御承知の通り昨年度並びに現在でもございますけれども、遺族援護法のほうにこの手を相当割いております。又今後恩給問題等がありますれば、やはりこのほうの手が相当割かれるのではないかと一応考えるのであります。そういうような関係でございますので、従来逐次これらの機構が縮小されつつある段階におきまして、こういう最終段階としての調査をしなければならんような現在の状況になつております際には、相当この機構を整備いたしまして、そうして強力にこの仕事を推進しなければならんというふうに考えております。この問題につきましては、我々としましても今後努力いたしたいと考えております。
#45
○山下義信君 今のに関連してですが、千田君から最終的な実態調査をやろうということ、これは当然やらなければならん。生死を判明のできるだけ判明しなければ、やはりそれぞれの人に対する措置そのものができんことになる。当然のことである。政府のほうで考究するということでありますから、政府のほうは政府のほうで一つやつてもらわなければなりませんが、この委員会も一つ最終的未帰還者の実態調査について政府の督励或いは委員会自体がどういうふうな方法或いは行動をとるかということは、これは一つ取上げて頂いて、理事会で具体的に御検討を願いたい。先ほど私が質疑したことで、結局要領を得ないのですが、引揚の促進ですね、帰りたくないものを帰らそうというのでなくて、その帰国希望者或いはそれらの実数、或いはあとでほかの委員のほうからも御質疑がありましようが、ソ連地区の引揚等にも関連いたしまして、この引揚促進の仕事、これは一つ国会が乗り出してみたらどうかと思う。外務省はやらんと言う、援護庁は国内の援護はやるけれども相手方のほうにかれこれというようなことはやらんと言う。そうすると、これは国民みずからやるよりほかに手がない。それでその中の団体を通じるとか或いは個人を通じるとかいろいろありましようけれども、これは一つ国会が乗り出してみて、この問題について一つ働いたらどうかという気持がするのです。例えば当委員会の名においてもですね、中共側に一つ促進についての打電をする、交渉をするということも考慮して頂きたい。これ又一つ理事会で御検討願いたいということを提案いたしますから、お諮りを願いたいと思います。
#46
○委員長(常岡一郎君) 只今の御提案に対しましては、理事会で決定することに、いろいろ話合いますことに決定いたしたいと思いますが……。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#47
○委員長(常岡一郎君) さように取計います。
#48
○千田正君 それから倭島局長に伺いたいのは、今度の引揚の第四次船の出航に対して……今私は遅く来まして、経過を十分伺わなかつたのですが、新聞等或いはいろいろな点から私の知つている範囲内において私なりの考え方を持つておりますので、お聞きしたいと思うのでありますが、華僑のいわゆる送還という問題と、それから遺骨の送還という問題は、必ずしも第四次配船の際に特にこの船に乗せてやらなければならないという建前のものではないように我々は考えるのであります。殊に遺骨の問題は、占領下にあつた当時すでに日本政府としましては、当時の国民政府との間のいろいろな外交的折衝があつたとも思われますし、いろいろな観点からいいましても、今度のいわゆる第四次に中共から日本の同胞を連れて来るのとそれとは、又別個に取扱つて差支ない問題ではないかと私は考えるのであります。この点は外務省としてはどう考えるのでありますか。
#49
○政府委員(倭島英二君) 今の御意見と全然我々も同感であります。もともと事の起りは、邦人の引揚から始まつたわけでありますし、それからいわゆる北京の紅十字会というものと三団体というものが話をして来ましたので、発表した文書、コムミユニケという中にも在留華僑の大陸へ行く問題だとか遺骨の問題は入つておりません。それから又最近いわゆる向うの通信ですからどの程度まで信頼し得るかどうかわかりませんけれども、向うの紅十字会の責任者のほうも、他の引揚とそれから他の二つの問題と関連せしめる意思はないと言つているようであります。私はそれがはつきりした立場だと思うわけでありますけれども、そこへいわゆる御承知の二団体という特別な御意見をお持ちのかたがたがあつて従つて……引揚船の乗船というのに結局最後の回答では三団体の代表が乗るということになつておりますので、三団体の意見が合わなければ引揚船が結局出ないということになる。そういうことに関連して結局華僑の問題が片付かなければ我々は船に乗らない、或いは遺骨の問題がどうこうならなければ困るというような関係で、何と言いますか、本質的には直接関係のない問題でありますけれども、技術的にそういう関係になつて来たということで、現実の事態としてはその三つの問題が関連せざるを得ない状況になつた。そこで最近のような事態を起しておる。こういうわけであります。
#50
○千田正君 我々としましては、先般も華僑の代表者の一人を喚んでここにいろいろ事情を聴取したのでありまするが、日本の国民の感情なり、又この特別委員会の気持からいたしましても、当然華僑の人たちで帰りたいというかたがたに対しては、できるだけの便宜を与えてお帰しするのは当然のことでありますし、又遺骨の問題にしましても、鄭重に扱つて当該国にお返しするのは当然のことであります。でありまするから、そういうことに全幅の努力を捧げるということに対しては、何ら我々は異議はないところでありますけれども、そういうことと技術的のかかり合いを持たされて、中共から当然帰つて来べき時期に、その配船が行われているにもかかわらずそういうことによつて帰れない、帰されないという帰還促進に対する支障を来たすということは我々国民としまして、又国民の代表の一人といたしましてその点非常に遺憾に考えるのでありまして、これは法治国の建前からいたしましても、自主的に、日本が独立国になつた今日においては当然政府としては国内的の問題は国内的の問題としててきぱきと処理してもらいたい。私はそう考えるのであります。どうしてもそういう処理ができないのかどうか、その点も一応承わつておきたいと思います。切離しては全然これは実行できない問題でありましようか。或いは委曲を尽してこの問題は十分了解させる方法がもう全然手がなくなつておるのかどうか。この点を一応承わりたいと思います。
#51
○政府委員(倭島英二君) 結局関係者は数回以上に亘つて朝三時から四時頃までかかつていろいろ協議をし、私もそれに加わわる場合があるのでありますが、結局いろいろ話をし合つてみましても、結論としてはもう華僑の問題とそれから遺骨の問題を二団体のほうの意向に従つて大体片付けなければ物は動かない。結局最近舞鶴でもこの一日、二日起つておりました、引揚船が出る前にもそういう事態が起つておりましたが、乗船しないと言われると結局船が出ない。それで赤十字の代表だけ乗つて参りましても、向うでは三団体が乗らなくちやいかんという一応のことになつておりますのでどうにもならない。技術的と言えば技術的でありますけれども、実際はそうしなければどうにもその引揚の目的を達しないというのが実情であります。
#52
○委員長(常岡一郎君) この点につきましてほかに御質疑はございませんか。……それでは御質疑もないものと認めます。
#53
○千田正君 ただ一言昨日全国留守家族の大会に私が一応出席したのでありますが、全国留守家族の代表の皆さんはいわゆる二団体の人たちが留守家族の代表ということに我々は考えられない。我々は今日何年間というものを血みどろとなつて生活の苦しみの中から歩んで一日も早く帰ることを念願して今日まで来ておる。にもかかわらず、国民の代表であるならば留守家族の気持を代表すべきはずであるにもかかわらず、留守家族の代表という気持は全然持つていないのではないか。そこにいわゆる全日本の国民の代表ということに対して非常に我々としては遺憾であるという意味の誠に悲痛極まりないところの叫びを私は承わつて参つたわけであります。我々は今日の段階に来て、そうして今なおかようなことで躊躇しておるということになるとすると、一体今度の帰還促進という問題は那辺にその問題があるのかという点を国民的な立場からも糾明して行かなければならないのじやないかと私は考えるのでありまして、この点は委員の皆さんにも十分今までの経緯なり、又現在起りつつあるところの問題、並びに全国のいわゆる留守家族の人たちの悲願というものを達成してあげなければならないこの委員会の立場からも、十分この点をお考えおき願いたいということを附加えておく次第であります。そうして全国の引揚者のいわゆる留守家族の代表のかたがたが、どうか皆さんによろしくお伝え願いたい、我々はこうやつてなけなしの金をはたいて東京に集まつて来て、何とかして一人でも多く帰してもらいたいという嘆願が、かような事態で延びているということは、我々は踏みにじられたような気がするということを強い意思を以て発表になつておられましたから、この点は一応委員の一人として昨日の全国大会の気持をお伝え申上げておく次第であります。
#54
○林了君 千田委員の御発言に全く賛成であります。附言いたします。
#55
○委員長(常岡一郎君) それでは只今から中共地区からの帰還者の、もうすでに帰られたかたがたの定着援護に関しまする件で木村長官にお願い申上げたいと思いますが、その前にちよつと先ほど榊原委員から動議が提出されまして、要望を一つ申上げますが、今日御承知のようにもう十時にこの委員会を開くことになつておりまして、速記者も委員のかたも来ておられましたが、十時四十分まで当局のかたが来られなかつたために開かれなかつたので非常に遺憾とするところであります。今後そういうことのないように特に要望いたします。どうぞよろしく。
 それでは木村長官に御説明を願います。
#56
○政府委員(木村忠二郎君) 今回の中共から帰つて来ました帰還者の定着援護の内容でございますが、この帰還者の定着地におきまする援護といたしまして、最も重要なことは住宅と職業の問題であるということは申すまでもないわけであります。特にその中で引揚援護庁といたしましては住宅の問題が最も重要であると考えまして、この点につきましては財政当局と折衝いたしまして、特に中共帰還者のための引揚住宅を設けるということにいたしまして、これに必要なる経費を二十七年度及び二十八年度で以て計上いたしましたことは、前にも委員会におきまして御説明を申上げたところであります。建設いたしまする数は三千四百……三千五百弱でございますが、大体帰還いたしまする予定が三万人、世帯にいたしまして一万余りということになりまするからして、その三分の一、或いは四分の一程度の人にこの引揚者住宅が当ることになるのであります。事実といたしまして従来の引揚者と比べますと格段の住宅編成をいたしたのであります。ただ問題になりますのは、全国に三万人の人が大体ばら撒かれるのでありますから、定着する場所があらかじめ予定できません。大体東京とか大阪とかというような大都市にはこれらのかたがたが定着される、相当数定着されることは予想されます。併しその他の地域だつたら、普通の農村におきましては果してどの程度そこに定着されて住宅のないかたがおられるかということはわかりませんが、差当り昭和二十七年度におきましては六大都市、京都を除きまして五大都市と、それから福岡、ここにこれを建設させることにいたしました。それから二十八年度は第一次分千戸、これを各府県に割当てまして、大体各府県内の大きな都市、つまり大体定着者が或る程度あるであろうと見込まれる場所にこれを建設することにいたしたのであります。大体都市を狙いました理由といたしましては、今回の中共帰還者が主として向うにおきまして都市生活を営んでおられたかたがたが多いというところからいたしまして、こちらに帰られましてもまあ農村より都市に落ちつく人が割合に多いだろうというところからそういう措置をとつたのであります。あとの二千戸につきましては今後の帰還者の定着状況、住宅の不足状況というものに応じまして逐次各府県に割当てて建築をすることにいたしたい。大体定着地がきまりまして職業がきまりませんと、この住宅を建てましてもそれが無駄になりまして、却つて就職には妨げになるということも考えられますので、更によく調べまして建設の仕事を進めたいと思つております。各県からのこれらの建設状況並びに吸収状況等は逐次報告を取つておりますけれども、東京都、これが一番まあ我々といたしましても多数の人が帰つて来られる関係上注意いたしておるのでありますが、都におきましては現在におきましてすでに第一次及び第二次のかたがたにつきましては大体収容所に入られましたかたがたの収容が終つておるようでございます。まあその他の、一時親戚とか友人とかのところに落ちつかれまして、その後やはりそこではどうしても暮しにくいということで申出られるかたがたがあるようであります。これらにつきましてはそのときそのときの手を打つて行こうと思います。ただ大都市におきまして非常に困りますのは、土地の問題でありまして、適当なる場所に適当なる土地がないために住宅の建設も非常に各都市といたしましては困難いたしておるように聞いております。これらにつきましても関係方面と連絡をとりましてそれらの土地ができるだけこの予定のように獲得できるように努力いたして参つております。
 それから就職関係につきましては、これは労働省のほうで所管いたしておりまして、我々といたしましては労働省のほうに特別な措置を講ずることをお願いいたしまして、又経済団体方面にも特別にこの際採用方についてお願いをいたしております。更に国鉄につきましては今回帰られましたかたがたの中に相当数鉄道関係の技術者が多いということからいたしまして、これらのかたがたの採用につきまして特に措置を講ずるようにお願いいたしております。国鉄といたしましても一般の人の場合とは違つた措置をこれらのかたがたにとり得るよう各地方に通達をされたようであります。労働省につきましては従来職業斡旋につきましては、大体来ました者に対しては平等にこれは扱うということになつております。平等にこの措置をする、優先的な扱いはしないというのが原則になつておるのでありますが、これらの中共から引揚げられましたかたがたの状況に鑑みまして、長年向うにおられましてこちらの事情にうといというような関係もございまするので、特にこれらのかたがたにつきましては優先的に紹介申上げるという方針を特に立てられまして、そうしてその斡旋の方法等につきまして詳細な通達を地方の職業安定機関に出しておられます。これによりまして舞鶴にも先ず労働省並びに職業安定機関の人が出ておられますが、更に車中におきましても連絡をとられ、帰られましたあとにおきましては、職業安定機関のほうからも積極的に、進んでこれらのかたがたに会いまして職業斡旋をいたしておられるというような状況であります。求人開拓につきましても非常に努力いたしております。大体現在までの成績、今日新聞等によつて見ますると割合に良好な成績を収めております。併しまだ必ずしも十分ではございませんので、我々といたしましても今後各方面と協力いたしましてこれが十分徹底するようにいたしたいと考えます。
 なお、みずから事業をいたしたいというかたがたのためには、国民金融公庫によりまする更生資金の貸付制度があるのでありますが、引揚者の更生資金の斡旋のために、特にこの中共関係の引揚者に対しまして今回二億円を国民金融公庫の枠として特別の枠を設けましてこの枠の中からやるようにいたしております。限度は従来のものは一人三万円が限度であつたのでありますが、中共関係のみこの限度を五万円に引上げまして、それからこの利率も従来は九分であつたのでありますが、今回はこれを六分に引下げまして、中共関係者につきましては限度は五万円、それから利率は年六分ということに引下げまして、これらのかたがたの御便宜を図るようにいたしております。第一次の分は各府県に割当をいたしまして相当貸付が行われているのであります。
 それから先ほど御注意がございまして、本日時間に遅れまして誠に申訳ないのでありますが、御承知の通り、先ほどお話をいたしました通りに舞鶴方面でいろいろと今ごたごたいたしておりまして、各種の指示をいたさなければなりませんので、遅れましたことは誠に申訳ないと思います。
#57
○委員長(常岡一郎君) 木村長官の説明に対しまして質疑のあるかたは御発言をお願いいたします。……それでは御質疑もないようでございますから、今日はこれで委員会を閉じることにいたします。
   午後零時十八分散会
ソース: 国立国会図書館
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