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1953/08/07 第16回国会 参議院 参議院会議録情報 第016回国会 中共地域からの帰還者援護に関する特別委員会 第7号
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1953/08/07 第16回国会 参議院

参議院会議録情報 第016回国会 中共地域からの帰還者援護に関する特別委員会 第7号

#1
第016回国会 中共地域からの帰還者援護に関する特別委員会 第7号
昭和二十八年八月七日(金曜日)
   午後二時二分開会
  ―――――――――――――
 出席者は左の通り。
   委員長     常岡 一郎君
   理事
           西岡 ハル君
           三橋八次郎君
           千田  正君
   委員
           大谷 瑩潤君
           横山 フク君
           林   了君
           藤原 道子君
           白川 一雄君
  政府委員
   引揚援護庁長官 木村忠二郎君
  説明員
   厚生事務官
   (引揚援護庁復
   員局復員課勤
   務)      田島 俊康君
  ―――――――――――――
  本日の会議に付した事件
○今後の中共地域からの引揚状況に関
 する件
○未帰還者調査機構に関する件
○アツツ島の遺骨送還に関する件
  ―――――――――――――
#2
○委員長(常岡一郎君) 只今より委員会を開会いたします。
 先ず今後の中共地区からの引揚状況に関する件を議題といたします。
 本日の新聞によりますと、興安丸が天津を出港したと報道されておりますが、去る三月五日に行われました在華同胞帰国打合代表団と中国側との協定の通りに今後も引続いて同胞の帰還が実現できるものであるかどうか、将来の見通しについて御説明をお願い申上げまして、なおこれに関連いたしまして前回におきましてソ連地区の戦犯者の帰還について一応御説明を願つたわけですが、その後の状況につきまして併せて御説明を願いたいと存じます。只今政府当局に説明をお願い申上げます。
#3
○政府委員(木村忠二郎君) 中共地域からの今後の引揚の見通しでございますが、昨年の北京放送におきまして言つております数は約三万、向うに在留しておる者は三万であります。そのうちで帰国を希望する者は全部帰すようにするという放送でございます。その後三団体の代表が北京に参りまして会談をいたしましたその結果によりましてもやはり向うの話は約三万ということであるようでございます。第一次から第四次までに帰りました者は二万弱でございます。一万九千余のものでありまして、二万に達しておりません。第五次も帰還者の数は先方で申して参つておりまするのが天津地区が千二百、上海地区が二千、合せて三千二百という数字を示して参つております。従いましてこれが帰つて参りますれば約二万三千近くの数が帰つて来ることになろうかと思います。先方で申しておりまする数字から比べましてもまだあと七千あるわけでございます。やはり五次以降、つまり六次以降の引揚というものはあるものと考えてもよかろうかと考えております。これにつきまして先般向うに帰還いたしまする華僑の送還の援護の仕事をいたしまするために、日本赤十字社から代表として興安丸に乗船いたしまして先方に参りました日赤の工藤外事部長の話によりますると、第五次の配船は必ずある。六次以降もある見込であるというお話があつたようでございます。従いまして、六次以降ということを言つておりますので、六次だけでなく更にそのあともあるのではなかろうかということが一応考えられるというふうに工藤外事部長は推定しておられるようであります。なお一回に引揚げまする引揚者の数は逐次逓減するというような話でございました。その人数は最初のように五千名ということにならずにこれより減るであろうという話であつたのでありますが、予想の通りに第五次は三千二百ということで減つて参つたのでありますが、従つて六次以降というものはやはりそれと同じような割合で続くのではないかというふうに考えるわけです。現在のところ五次で終るのではなくて六次、七次があるのであろうというふうに一応推定ができるというふうな情勢にあることを申上げておきたいと思います。
 それからソ連におきますところの、先方で戦犯として抑留しておるというふうに発表いたしておりまする数字、約千五百名足らずの数でございますが、これにつきましてこちらに帰還できるのではないかというような報道がいろいろと伝えられおるのであります。これが実現いたしまするならば、我々といたしましてこれに越した喜びはないというふうに考えておるのでありますが、これに対しまして直ちに赤十字社におきましては国際赤十字並びにソ連の赤十字にこの点につきまして電報を出しておるのでございまして、国際赤十字のほうからはできるだけの斡旋をとるような返事が参つておりますが、ソ連の赤十字社からはまだ何ら返事が来ておらないという状況でございます。これにつきましては今後赤十字におきましても適当なる折衝をいたすようにいたしておるように聞いておるのであります。我々といたしましてはこの話ができるだけ早く具体化するように希望いたしております。この問題につきましては引揚援護庁直接の仕事になつておらないで、外務省がこの仕事を担当いたすことになつておりますので、我々といたしましては間接的にこの仕事を促進するようにいたしたいと考えまして、現在のところ関係方面と連絡いたしておるような次第でございます。
#4
○委員長(常岡一郎君) 只今の御説明につきまして質疑のあるかたはお述べを願います。
#5
○千田正君 今の木村長官の御報告は誠に我々は喜んでおるのであります。というのは中共側が四次で打切らずに、五次も六次も帰してくれる、こういう見通しがついたことは、全国の留守家族にとりましても誠に喜ばしいことだと思います。ついては今までのようにどうもいろいろな問題を起すことが上陸地にあつて、これは一番当委員会といたしましても悩みの種であり、且つ又どうかしてそういう問題が起らないように、無事に郷里に帰られるような方法を念願してやまないのでありまするが、今後まもなく第五次船が入つて来る、第六次船が入つて来るという問題に対しては、木村長官のほうといたしましては、今までよりも何か施策について紛糾が起らないように善処して行こうという、今までと変つた或いは特別な施設であるとか或いは方法であるとかいうものをお持ち合せでございますかどうか。若しお持ち合せがあるとすれば、この際議員の皆様が現地に行つて又いろいろ見せて頂くというようなこともあり得ると思いますので、一応ありましたならばお知らせ願いたいと思います。
#6
○政府委員(木村忠二郎君) 従来の引揚げの際におきまして、いろいろといざこざがあつたのでございまするが、大抵の今までの一次から三次までの状況はと申しますれば、それぞれの一応の要求はあるのでございますけれども、この要求に対しまする説明によりまして、滞留期間を延ばすことなく業務を無事に遂行いたして帰つておつたのであります。第四次の場合におきましては、私第四次の帰国者と会いましたときの状況からいたしましても、第四次で特に申しておられますることは、集結いたしましてから相当長い期間先方で船を待つために待機しておつたということによりまするいろいろな点を非常に強調しておられたのでございまして、今回興安丸が向うに参りまして、予定通り向うを出航いたしておる。先方の指定通りに出かけまして、先方の指定通りにこちらに帰つて来るということができるように相成つておりまするので、一次から三次までとおおむね同じような状況に今度は帰つて来るであろうというふうに考えられるのであります。
 援護局内におきまする各種の措置につきましては、従来とそう著しい大きな変更というものは現在の予算の下におきましてはできかねるのでありまして、一応やり方等につきましていろいろと細かい点におきまして、改善はいたすつもりでおるのでありまして、先方から援護局の責任者をこちらへ呼びまして、それらにつきまして今連絡をいたしておるのでありまして、これが今晩発ちまして向うに帰ることになつております。なお従来から帰還者から要求されておりまして我々も誠にそれは御尤もであるというふうに考えて、而もできていなかつた事項でございまするが、日本籍を持たない人でこちらに同伴して帰つて来られた人、つまり帰国者に同伴して帰つて来られた日本籍を持たない人に対しましては、従来は帰還手当を出さないことに相成つておつたのです。これは趣旨といたしましては長らく向うに抑留されておつたということに対しまするお見舞の意味をこめて、こちらに帰還いたしました後におきまする生活の不安を除く一助としたいというのがその趣旨でございますので、全然日本籍を持つていない方々につきましては、向うに抑留されておつたことに対しまするお見舞という趣旨がございませんので、これが入らないという建前になつておつたのでございます。併し実際に一緒に帰りました人に対しまして差別的な扱いをいたしますることはどうも適当でないというふうに考えられますので、これにつきましてはこれを支給することにいたしたいと考えまして、財務当局と話をいたしまして、話を付けましたので、この点の問題は一応今後はなくなるというふうに考えておるのであります。その他大体の全般的な空気からいたしますると、現在のところそれほど心配することはないんじやないかというふうに一応考えられるのであります。ただ今後問題となりまするのは、こちらから向うに帰りまする華僑を向うに送り返す、これについての問題でありまするが、これにつきましても、現在までのところ、日本赤十字社を通しまして、これを手伝いまする東京華僑総会というものとの連絡をとつておるのでございますが、現在のところこれらの話合いも円滑に進行いたしておりまして、前のようないろいろなごたごたが起る原因は非常に少くなつているというように考えております。併し何と申しましても、やはり気持よく上陸ができて、そうして気持よく業務ができるということが肝要であるというふうに考えまするので、いろいろと細目の点につきましてはできるだけそれに沿うように、改善すべきものは改善したいと考えておりますが、併し大綱につきましては予算の関係もございまするので、現在のところこれ以上のことはできない。従つて細かい点で気持よくするというように努めたいと考えております。
#7
○千田正君 もう一つ、本日参議院におきましては、政府がこのたびスイスのジュネーヴで開かれるところの国連の捕虜に関する委員会にオブザーヴアーとして日本の政府代表を参加せしめるというので、その代表として衆議院議員有田八郎君を任命したいという政府側からの提案に対しまして参議院といたしましては政府の要請を許可したわけでありますが、そこで不日有田代表がスイスのジユネーヴの国連の捕虜委員会に臨むでありましようが、現在ソ連を除いて中共がこうやつて帰してよこしている。今まで捕虜委員会はたびたび国連の中にあつて、日本からも外務省或いは厚生省の方々が政府の代表という立場もあつたろうし、それから民間の代表者もまじえまして国連の捕虜委員会に日本のこの衷情を訴えたのでありますが、除かれたソ連、中共に対して特にこの問題を強調して世界の人道主義というものに訴えたのでありますが、今度は現実にはもう中共から帰還しつつある。こういう状況下においてどのような程度までこの政府代表として行かれる有田氏が捕虜委員会に訴えるのか、援護庁長官としてはその辺のところはどういうふうに聞かれているのか。それとも行つてその委員会に日本が参加して、有田さんは外交官でもあるのですから、いろいろな外交的な手段を以てこの日本の非願を訴えられると思いますけれども、一方にはもう現在引揚げが続行しつつあるということに対して国際的に影響を及ぼすのではないかという私は多少の危惧がありますものですから、その点については大体どういうふうに考えておられますか、長官のお考えを一つ聞かせて頂きたいと思います。
#8
○政府委員(木村忠二郎君) 今回の代表が先方へ参りまして、この問題につきまして日本としてのいろいろの要請をなされることになるわけでございまするが、これにつきましてどういうふうになつておるかということについては、外務省のほうから正式にお話があるというふうに思います。援護庁といたしまして、最も関心を持つておりましてこれにつきまして要望いたしたいと思つておりまする事項は、現在抑留せられておりまして帰還の望みが必ずしもあるとは言えない方々が現在なお残されておるのであります。例を挙げて申しますれば、ソ連におりまするところの、先方で戦犯と言つておられる千数百名の方々これにつきましては戦犯といたしましてならば、これについての罪名なり刑期なりその他の点について詳細な通報があるべきでありますけれども、これが現在ないという状態であります。なお中共におきましては、今平穏に向うで生活しております日僑はこちらに還すけれども、中国の法律に違反した者については、中国の法律による処分を受けるべきであるというふうに申しておられてそうでありまして、これらにつきましてはこちらに帰還せしめるということは何ら先方側では言つておられないのであります。これらにつきましての詳細な情報を知るということがどうしても必要であるというふうに我々は考えるのでありまして、これらにつきましての詳細な情報を知ることが我々といたしまして必要であります。且つこれらの方々のこちらに帰りますことがでまするようにすることについて、やはり適当な措置をとつて頂くようにいたしたいと考えております。なお各種状況の不明になつております方々が相当あるのであります。又私どもといたしましては生存の資料がありながら、その後死亡の資料がないといつた方々もございまして、これらにつきましての消息を明らかにいたすということは、やはりこの際この問題を人道的に解決します上におきまして最も重要なことではなかろうかというふうに考えるのであります。これらの点は是非ともこの際に明らかにするようにして頂きたいというふうに考えております。こういうようにいたしまして、我々といたしましてはこちらにおられまする留守家族の方方にその状況をすべて明らかにするという責任を国民としては果さなければならんのではなかろうかというふうに考えまして、この点につきまして各関係各国の深い御理解を求め、御協力を得まして、その目的を達成されるようにいたして頂きたい、かように考えまして、これらの点につきまして外務省に御連絡いたしているわけでございます。
#9
○千田正君 木村長官の御説はよく伺いました。そこで今も国際的にこの問題が相当重要な問題であり、且つ又日本にとりましては、戦後八年を経た今日までも解決できない。こうした戦争の犠牲の問題の解決への段階に一歩一歩進めて行くということは誠に望ましいことであります。そこで先般未帰還者留守家族等に対する援護法案に対しまして同特別委員会はこれに対する附帯決議を行なつたのでありますが、この点は木村長官は御存じでございましよう。そこでこの附帯決議に対しまして厚生省、援護庁といたしまして、或いは外務省としましてどういう方針で今後やつて行かれるかということについて長官から一言その所信のほどを明らかにして頂きたいと思います。
#10
○政府委員(木村忠二郎君) 先般の未帰還者留守家族等援護法の法律案の御審議の際に付けられました附帯決議につきましては、引揚援護庁といたしましては御趣旨御尤もと存ずるのでございまして、是非ともこの趣旨に副いまして一日も早くそういうような問題が解決いたしますようにいたさなければならんというふうに考えるのであります。特にこの調査究明関係の仕事でございますが、これにつきましては現在の状況を申しますると、元の陸海軍関係は復員局におきます留守業務等によりまして、これらの消息を明らかにするように努めておりまするし、その他の一般邦人につきましては外務省におきましてそれぞれその機構を持ちまして現在両方で連絡をとつてこの仕事をやつているようなわけであります。これにつきましては今回帰国いたしました、帰還いたしました引揚者の方々によりまして新たなる情報が相当たくさん入る、得られるというふうに考えるのでありまして、これらによりましてできるだけ速かに、又できるだけ確実にこの仕事をとり進めるように計画を進めたいと考えております。特に中共地域からの引揚も順調に進みますればここ二、三カ月で全部が一応終るというように考えられます。そういたしましたならば主力をこの方面に全力を挙げるように体制をとりたいと考えております。なお、この機構を一文化いたしまして、私どもは強力にこれを推進するという点につきましても、我々といたしましてはその関係があると考えておりまして、外務省とも連絡をとりましてできるだけ速かに御趣旨に副うようにいたしたいと考えているわけでございます。
#11
○千田正君 まあ木村長官は当該行政の長でありますから当然考えておられるでありましようが、どうしてこういう問題が出て来るかというと、軍人、軍属に関してはあなたのほうの関係でありました第一復員局、第二復員局等にある当時の戦時動員の状況が把握できているから一応調査の中核が成り立つ、大体見当がつくのであるが、一般邦人に関するところのあれが外務省がそれに当るという建前をとつていた関係上、どうしても遅々として進まない。又複雑した外地の状況であるからそうあるのは当然かも知れんけれども、どうも我々が考えますというと熱意が足りないようである。そういう点から言つてどうしてもこれを一元化して只今木村長官の言つているように、早急に調査の徹底的な効果を現わしてもらいたい。つきましては何といつてもこれは予算の裏付をしなければならない。この予算に対しましては補正予算、或いは二十九年度予算に対してはもう格段の予算を組まなければならないと思うんですが、その点につきましては木村長官はどういうふうに考えておられますか。
#12
○政府委員(木村忠二郎君) 現在この関係の仕事といたしまして持つております陣容は一復関係で五百八十四、二復関係で百十六、それからこれらの地方におきまする連絡関係の人が九十、外務省では百八名、合わせまして約九百名近くの人がこの仕事に当るように相成つております。これに対する事業費は外務省関係は私どもよくわからないのでありますが、復員局関係は二千二百万円という金額を持つておりまして、二十八年度の仕事を進めているわけでございます。今度帰還いたしました方々によりまする新らしい資料によりまして、どういうふうにこの計画を進めるかということにつきまして今具体的に案を練つているわけでございます。この具体的な調査方法の樹立と併せまして現在の予算で足りませんければ、これに必要な予算的措置を講ずるようにし、なお二十九年度につきましては、それに即応いたしまして予算的措置を講ずるようにいたしたいと、かように考えまして、現在この問題につきましては外務省とも話合いをいたしているようなわけでございます。
#13
○委員長(常岡一郎君) 別に御質疑ございませんか。
#14
○千田正君 今長官からお答え頂いたので、特に要望しておくことは、とかくこういう問題は一元化すれば非常に強い力になるものが、分裂してお互いに責任のなすり合いをやるようなことをやつていたのでは、いつまで経つても成立たないのです。この際早急に我我の附帯決議を活かすために、あなたのほうはあなたのほうで強力な力を以て調査の万全を期すなり、一本化したいわゆる計画性を持つた実行に当つて頂きたいということを強く要望しておきます。
#15
○政府委員(木村忠二郎君) 御趣旨誠に御尤もでございまして、現在外務省ともその点につきまして話合いをいたしております。外務省におきましても大体そういう趣旨におきまして御異議はないようであります。どういうふうに具体化するかということにつきまして急速に話合いをとり進めたいと思つております。
#16
○委員長(常岡一郎君) 速記をとめて。
   〔速記中止〕
#17
○委員長(常岡一郎君) 速記を始めて。
 この前の委員会で議員派遣のことを大体決定いたしましてお願いしておりますので、皆さんがたが党にお帰りになりまして議運のかたがたに特に御斡旋を願いますようにお願い申上げます。
#18
○千田正君 特別委員長からの議院運営への申入れは、この休会中北海道東北方面に出張したいという申入れがあつたのであります。それで議運の委員のかたの中には、その調査の内容が十分おわかりにならないかたもあるように見受けられたのです。それでその調査の目的が今次中共から引揚げて来た人たちの定着後の状況を特に知りたいというのが大体目標と私は思いますので、その重点を各党の議運に出ておられる委員の方々に各派の皆さんから特にこの点を御了解願つて、委員長のお申入れの実行ができるように一つ皆さんの御支持をお願いして頂きたいと思うのであります。
#19
○委員長(常岡一郎君) 只今千田委員のおつしやつた通りに、皆さんのほうで特にお力添え頂きまして、更に休会中継続調査の問題につきまして、どうぞこれも又お願いして頂きますようにお願いいたします。
  ―――――――――――――
#20
○委員長(常岡一郎君) それでは田島事務官にアツツ島のことについてちよつと御報告願つてみたいと思いますが、よろしうございますか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#21
○委員長(常岡一郎君) それじや田島さん。
#22
○説明員(田島俊康君) アツツ島の戦さでアツツ島守備隊長山崎大佐以下最後の戦闘をいたしましたのは、去る昭和十八年五月二十九日午後九時四十分に最後の電報を大本営に打つて参りました。丁度その時私おりましたものでありますから、まあその最後の状況を今日まだ記憶しておるのでありますが、とにかくこれでもう最後の突撃をする。健在しておるものが百五十有余名、それでここで無線機を破壊して突撃をするという電報が入つたのであります。で爾後勿論音信はなかつたのでありますが、たまたまキスカに部隊がありましたので、その部隊ではアメリカ軍のいろいろな電報を聞いております。そこでキスカから返電して来たところによりますれば、翌朝の午前四時頃までアメリカ軍の無電が入つておるのであります。それが例えば或る部隊が二千ヤード後退を余儀なくされたとか或いは救急車を持つて来いとか、或いは野戦病院の所在を知らせろといつたような状況が翌朝の午前四時頃まで続いておつたということを私記憶いたしておるのであります。そういうふうにいたしまして今度現地に行かれた人たちによく聞きますと、向うの第一線を突破いたしまして、ずつと後方に工兵が陣地を取つておりまして、今その名前をエンジニア・ヒルと申しておるようでございますが、そこまで山崎隊長以下突き出て参りまして、そこで全部衆寡敵せずもう力尽きて山崎隊長もそこで亡くなつた。でまあ丁度その山崎隊長がなくなられた所には向うのアメリカ軍の艦隊の司令長官の名によりまして、現在記念の碑が建つている、こういうことを伺つたのであります。まあそういう状況で亡くなりました者が大体二千四百名でございます。そこで、まあアメリカ側といろいろ交渉をなされておつたのでありますが、アツツ島及びアツツ島からアラスカのフオート・リチャードソンという所に移されました遺体があるのでございます。その両方について送還をしてよろしいというような向うの話が出て参りました。で東部復員局連絡局長をしておられます不破というかたを団長にいたしましたものが例の御承知の大王という船に乗りまして、アツツ島に行かれました。私はアラスカのほうに御遺体の送還をいたすために参つたのであります。
 で、アツツ島に行かれましたのは、五月の六日に東京を出発されまして、向うに大体三日間滞在をされまして、その間に最初わかつておりました七十八柱の先ほど申しましたエンジニア・ヒル附近の墓地を処理をいたして帰つて来られたのであります。そのほかまだ約六百六柱とおぼしき墓地がまだアツツには残つておつた。総計それだけ残つておつたそうでありますが、これは時間の関係、作業力の関係で、向うへ御遺族の代表が行つていらつしやいましたので、御遺族の代表といろいろ相談をされました結果、先ほども申しますように、時間と作業力の関係から、まあそこに眠つておられるかたにはそこに眠つておられるそのままにして、而も相当丁重に葬つてあるからそのままにということで、先ほど申しました七十八柱の御遺体と、それからなお葬られないで残つているかたがあるのであります。それは事前に向うから、アツツから生還いたしました二十八名の人を三回に亘つて集つて頂きまして、いろいろ最後の状況を伺いまして、ここにはこういう死体があり、あそこにはこれだけの人が死んでおるはずだというようなことをいろいろ調査いたしたのであります。それに基きましてそこで得ました証言の場所は全部踏査いたしたのでありますが、そこで発見いたしました遺体がございました。でそういうものは全部処理をいたしまして今度お持ち帰りになつたわけであります。私どものほうはアラスカに参つたのでありますが、これはアツツに五年間葬られたままにしておる。それで五年後アラスカのほうに葬られた、こういう御遺体が二百三十体でございます。そこで私どものほうは現地に参りましていろいろ調査をして、それから作業を始めます、そういう相当時間に余猶がありましたのと、現地の部隊が相当大きな部隊でございまして、非常な力を貸してもらいまして、そこで二百三十五体という記録のあります御遺体は全部処理をいたして持ち帰ることができたのでございます。それで今申しましたように、五年間アツツに埋められてなおこのフオート・リチャードソンに移りましてから五年間というような歳月を経たのでありますが、御遺体はアメリカの軍用の敷布で御一体ずつすつかり固く包んでおりました。その上を又軍用の毛布で包みまして、そうしてアメリカの遺体を入れますゴム引きの二メートル半くらいの袋、それに入れましてチャックを締めて、それで眠られた姿のまま地下三メートルのところに埋めてございました。従いまして案外御遺体の損壊の生じております程度は軽かつたのであります。そこで私のほうでは二百三十五体の御遺体のうち、二十六柱だけ、このかたは何というかただという姓名を判定することができたのであります。実はまあ何を申しましても戦場の大きな戦闘をしたあとでありますから、完全でない御遺体がたくさんあるのであります。そこで全部一々当つたのでありますけれども、どういたしましても姓名の判定ができませんので、私のほうでは二十六柱、それからアツツでは八柱だけ姓名の判定ができまして、その御遺骨はそれぞれ御遺族にお渡ししたのであります。先ほどもちよつと申しました通り私のほうは非常に大きな部隊がおりました関係上、作業力等の提供も完全に参りましたので、全部処置をいたしまして、現地には相当灰がたくさん残りましたので、その灰を埋めますために、元の墓地の一角十メートル四方ばかりのところに土地を借用いたしまして、そこに灰を又三メートルくらい下に埋めました。それでその上は又垣根を植えて、そうして芝生にして、そこに一メートル半くらいの大理石の墓碑を建ててやろう、こういう、約束をして帰つて来たのであります。なおアツツのほうも、これはやはり部隊がおるのでありますが、これは部隊が小さい関係上、なかなかそこまで強力が実際不可能であつたようでありまして、そこで御遺体は残さざるを得なかつた。こういうような関係になつておりますが、ここでもこちらから持つて行きました記念碑を建てられて、最後の回向をして帰つて来られた、かような状況であります。
 これを要しまするのに、アラスカのほうは全部処置ができましたが、アツツにはなお若干の御遺体が眠つておられます。併しこれは先ほど申しましたように、御遺族のかたともよく相談されまして、そうしてこれはこのままにして折角鄭重に葬つてあるのだから、これ以上手をつけないのが、この際適当なやり方ではないか、そうしてこういうような結果になつたのではないかと思います。
#23
○千田正君 長官にお伺いしますが、今後とも例えば南方であるとか、その他そういうふうな状況に置かれた遺体は、日本政府としては引取つて来る、こういう方針で進まれておられるのですか。
#24
○政府委員(木村忠二郎君) 先般南方八島の現地におきまする御慰霊並びに御遺骨の送還をいたしました。その他の南方地域におきまする問題でございますが、現在濠洲政府とは或る程度の話合いが進んでおります。できるだけ早い機会に同じような方法で現地におきまする御慰霊をし、又こちらにできる限りの御遺骨を送還するようにいたしたい、かように考えまして、今話合いを進めております。大体今月中ぐらいに向うに話合いをいたしまして、年内に仕事を取り進めるようにいたしたい、かように考えております。その他の地域につきましても、現地の実情に応じまして今後話を進めて参るようにいたしたい。こういう大きな地域に亘りまして、而もジャングルの中での戦闘のあつた跡でありまして、これをどういうふうにして処置をしたしまするかということにつきましては、従来の例を以てしては、これを処理できないのでありまして、現在の実情に応じましたところで以て国民の御納得の行くようなふうに措置いたして参りたい、かように考えております。
#25
○白川一雄君 戦犯及び処刑されたかたの遺骨の引取りという事柄は実行まだされていないのでございますか。
#26
○政府委員(木村忠二郎君) これも先般の、フイリピンにおきましては、御承知の通りに、これをフイリピンのほうでいたしましたものにつきましては許可になりまして、これを持帰ることができたのであります。今後もこれらの状況等につきまして十分調査いたしまして、遺漏のないような措置をいたすようにいたしたい、かように考えております。
#27
○白川一雄君 中国におきましては最初のうち処刑された人は遺骨はみなくれましたので、我々も帰つて来るときに九つほど持つて帰つてお家族に届けたのでございますけれども、途中から急に遺骨を渡さなくなりまして、それでその当時中国の当局に対して遺骨も渡さんという事柄は、将来の中日間の感情に非常に悪い、向うはそのほうが却つて害しないでいいと思つておるのですけれども、我々のほうは日本の習慣からして遺骨さえ渡さんという事柄は、将来の中日の親交に非常に障害を来すから、遺骨だけは渡してくれということを非常に交渉しましたのでございますけれども、当初のうちは先ほど申したように銃殺されたその死骸そのものを日本人の居留民に渡して、居留民で火葬にして、その遺骨を我々持つて帰つた。その後は死骸がどう処分されたかわからんで、我々その遺族の方方からそういう機会があつたら懇望してくれんかという事柄をよく頼まれるのです。まあそういう面もあるということを一つお含みの上、今後御交渉のうちの何かに入れておいて頂きたいと思うのです。今アメリカの死体の扱い方等を聞きますと、恐らく中国においてはそれほど鄭重になつておらん、非常にいろいろ悪い宣伝も伝つておるわけでございます。果してどうなつておるかは不明で、恐らく或いは今集めようと思つても集らんのではないかと思いますけれども、集め得るものならばやはり集めて、それで又実際銃殺された人というのは全く滑稽なような理由の下に処刑されておりますので、私も一年二カ月巣鴨なり、そういうところに戦犯容疑としてやられておる間に、つぶさにその殺された人がどういう理由で殺されたかということはよく知つておりますので、まあ生きておる人間よりはその御家族にむしろ同情してあげて頂きたいという気持から特にお願いいたして置きます。
#28
○千田正君 今、遺骨の問題がいろいろお話に承わり、又白川委員からも中国における遺族の問題等がありましたので、これは十分木村長官のほうでもお考えおかれまして、将来こういう問題の解決に十分慎重に進めて頂きたい。更に今残つておるいわゆる生ける屍として、戦犯として残つておるソ連地区における我々の同胞、なお且つ又只今帰還してはおりまするが、或いは残されるであろうという中共地区におけるところの我々の同胞に対して、一日も速かに帰られるあらゆる万全の策を講ぜられんことを要望いたします。
#29
○委員長(常岡一郎君) それでは今日はこれで散会いたします。
   午後二時五十七分散会
ソース: 国立国会図書館
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