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1947/08/02 第1回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第001回国会 本会議 第21号
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1947/08/02 第1回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第001回国会 本会議 第21号

#1
第001回国会 本会議 第21号
昭和二十二年八月二日(土曜日)
    午後一時五十二分開議
    ━━━━━━━━━━━━━
 議事日程 第二十号
  昭和二十二年八月二日(土曜日)
    午後一時開議
 第一 両院法規委員会の委員の選挙
 第二 常任委員の補欠選任
#2
○議長(松岡駒吉君) これより会議を開きます。
     ――――◇―――――
#3
○議長(松岡駒吉君) お諮りいたすことがあります。
 文学博士幸田成行君は、七月三十日逝去されました。諸君御承知のごとく、博士は明治文壇の巨匠であるとともに、和漢の学に造詣深く、わが國文化の発達に貢献せられました功績は、実に多大であります。今、博士逝去の報に接しまして、まことに痛惜哀悼の至りにたえません。つきましては、本院は特に院議をもつて弔詞を贈呈いたしたいと存じます。なお、その文案は議長に一任せられんことを望みます。
 この際、松本淳造君より発言を求められております。これを許します。松本淳造君。
    〔松本淳造君登壇〕
#4
○松本淳造君 藝術院会員幸田露伴先生は、先月三十日午前九時十五分、市川市の自邸において逝去せられました。本日は同地において午後二時から告別式が挙行されるやに聞いておるのでございますが、私は、ここに議長の御発議によりまして、衆議院が弔詞を呈することに対しまして、満腔の賛意を表する次第であります。(拍手)
 幸田露伴先生は、慶應三年東京に生れられ、明治十六年電信修技学校を卒業、同二十年北海道において一介の電信技手として勤務せられましたが、文学修行のために退職せられまして、早くも二十四才にして小説処女作を発表せられ、続いて「一刹那」、あるいは「風流佛」、あるいは「五重塔」、あるいはまた「天うつ波」等々の諸傑作を発表されることによりまして、尾崎紅葉とともに、明治文壇における紅葉露伴時代を現出せられ、紅葉の写実主義に対應いたされまして、特異な東洋的、宗教的な深さと美しさをもつところの、いわゆる理想派としての作風によりまして、明治文壇の巨匠と仰がれ、なかんずくその傑作「五重塔」並びに詩作「心のあと」のごときは、英訳せられて、海外に日本文学の一つのあり方を提示されてきたのであります。
 坪内逍遙氏は、かつてこの露伴先生に対して、幸田先生こそわが國文藝復興期におけるまことに偉大なる藝術家であつたと批評せられ、内田魯庵氏また、五百人に一人しか生れてこない偉大な文藝家であつたと激称せられておりましたが、それほど露伴先生の存在は、まさにわが國文壇における巨匠的存在であつたと言つて過言ではないのであります。
 明治三十年に新しく設けられました京都帝國大学は、この学歴をもたない、一介の電信技手としての経歴しかもちませんところの先生を、文学部の講師として招聘をいたし、時の文部省は、文学博士の称号を贈つたのであります。しかしながら先生は、後に創作をやめられまして、主として学究生活に入られ、江戸文学、支那文学、宗教文学等々、古典文学の研究に没頭いたされ、その該博なる知識、そのゆたかなる学徳は、まさに入超の域にさえ達せられ、日本においての最も貴重なる文化的存在として、何人もこれを認めない者はなかつたのであります。(拍手)
 昭和二年学士院会員、また昭和十二年には帝國藝術院会員に推薦せられ、同時にわが國初めての文化勲章を授與せられて、文界の功績を表彰せられたのでありまするが、最近におきましては、大正十二年以来病床にあつて、二十年にわたる労作たる「芭蕉七部集」の評釈に没頭せられ、遂にそれを完成せられたのでありましたが、しかしその喜びを十二分に享受せられないままに、亮年八十有一才をもつて永眠せられたのであります。
 思うに先生の一生涯は、純然たる文化人であり、藝術家として終始せられ、しかもその功績たるや、明治・大正・昭和三代を通じて光り輝き、なおかつ、わが民族の続く限りその名と業績は必ずや後世に遺るとともに、將來の日本文化の生成発展に寄與するところ、これまた大たるものありと固く信じて疑わない次第であります。
 爾來わが國の風習は官尊民卑、特に太平洋戰争中は、軍閥、官僚にあらずんば人にあらず、藝術を語り、文化を語るは、むしろ有害なりとするの風一世を風靡し、現に今私が立つて居りまするこの演壇すら、軍閥並びにそれらの関係者によつて左右せられ、國民の公僕たるべき大臣席さえ、ごらんの通り、國民代表の議員よりも数段高いところに設けられているがごとく、まして一藝術家の業績がいかに偉大でありましようとも、國家がこれを表彰するがごときはきわめてまれであつたことは、何人といえども否認することのできない事実であると言わなければならない次第であります。
 しかしながら、文化は生活の花であり、藝術は眞理への道であります。この眞理への道を無視して、断じて民族のゆたかなる生活発展を期することはできないとさへ考えざると得ないのであります。かの世界的文豪ビクトル・ユーゴーが、その創作「レ・ミゼラブル」の中において、ナポレオンによつてひき起こされたワーテルローの戰をこまかに記述いたしました後に、ワーテルローをウエリントンより奪い、ブルユツヘルより奪うことは、イギリス及びドイツより何かを奪うことになるであろうか。否、光輝あるイギリスも、いかめしきドイツも、ワーテルローの問題においてはとるに足りない。幸いなるかな、民衆は痛ましき劍戟の暴挙の外にあつて偉大なるものを得るのである。ドイツも、イギリスも、またフランスも、劍のさやのうちに保たれてはいない。ワーテルローがただいたずらなる劍の響きにすぎないその時代において、ドイツはブルユヘルの上にゲーテを有し、イギリスはウエリントンの上にバイロンを有する。
 これは、はるかなるフランスにおいて、ユーゴーが喝破した言葉でございますが、われら東方の日本におきましても、特に太平洋戰争を回想するときに、この感をいよいよ深くせざるを得ないものがあると考えるのであります。B二九へ挑戦いたしました竹槍部隊の作戰参謀の名は忘れられましても、あるいは太平洋に沈没しましたところの巨艦大和・武藏の名は消え去りましても、文化や藝術ははるかにそれらの上にある。幸田露伴の文豪たる名は、あらゆる將軍たちの名の上に必ずや遺るであろうと信ぜざるを得ないのであります。(拍手)ましてや、今日以後わが國の向うべき道が平和國家、文化國家であります以上は、よりそのことは確かであると信じてやまないものであります。
 ここに粛然として幸田露伴先生の遺業を称え、議院諸兄を代表いたしまして、先生御長逝の追悼の辞にかえる次第であります。(拍手)
#5
○議長(松岡駒吉君) 議長の発議に御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#6
○議長(松岡駒吉君) 御異議なしと認めます。よつて弔詞を贈呈するに決しました。
 ここに議長の手もとにおいて起草しました文案を朗読いたします。
 衆議院ハ我ガ國文化ノ発達ニ貢献セラレタル帝國学士院会員帝國藝術院会員文学博士幸田成行君ノ長逝ヲ哀悼シ恭シク弔詞ヲ呈ス
 この弔詞の贈呈方は議長において取計らいます。
     ――――◇―――――
 第一 両院法規委員会の委員の選挙
 
#7
○議長(松岡駒吉君) 日程第一、両院法規委員会の委員の選挙を行います。
    ―――――――――――――
#8
○土井直作君 両院法規委員会の委員の選挙は、その手続を省略して議長において指名せられんことを望みます。
#9
○議長(松岡駒吉君) 土井君の動議に御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#10
○議長(松岡駒吉君) 御異議なしと認めます。
 よつて議長は
    松永 義雄君  原 彪之助君
    松澤 兼人君  菊池  豊君
    佐藤 通吉君  降旗 徳弥君
    星島 二郎君  樋貝 詮三君
    高橋 英吉君  酒井 俊雄君
以上十名を両院法規委員会の委員に指名いたします。
     ――――◇―――――
 第二 常任委員の補欠選任
#11
○議長(松岡駒吉君) 日程第二、常任委員の補欠選任を行います。衆議院規則第四十條により、議長において補欠の常任委員を指名いたします。
  外務委員に
          竹尾  弌君
 治安及び地方制度委員に
          大内 一郎君
 通信委員に
          柏原 義則君
 財政及び金融委員に
          青木 孝義君
 予算委員に
          西村 久之君
を指名いたします。
 次会の議事日程は公報をもつて通知いたします。本日はこれにて散会いたします。
    午後二時九分散会
ソース: 国立国会図書館
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